理想郷の皇帝とその仲間たち (海豹のごま)
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はじまり
一話 イレギュラーと転生者


はじめまして。

こういった二次創作などを書くのは初めての試みなので
何か問題点や注意点があれば言っていただくとありがたいと思います。

あと、しょっぱなからネギまのネタバレ祭りですので
原作見てなくて、ネタバレしたくない人は注意してください。

台詞少し変えました


テンプレ1:チート能力の特典

テンプレ2:能力の修行

テンプレ3:神様の下で修行

テンプレ4:転生者の駆逐作業


 火星――――

 

 赤茶けた大地に覆われた世界。

生命が存在するかもしれないとは言われているが、今現在その痕跡すら発見されてはいない。

 

 しかし、この世界に魔法があるとすれば……?

 

 この火星の表面に裏の世界があるとすれば……?

 

 その裏の世界が魔法の世界だとすれば……?

 

 

 

 いや、()()()()

魔法の世界はあるのだ。

なぜならこの世界が”魔法先生ネギま!”の世界だから――――

 

 

 しかしだ。

しかし、ここにひとつ違うものがある。

転生者が言う”()()()()()”場所が存在する。

 

 それがタルシス大陸の南に広がる大海、アルカディア海の中央に存在し、幾多の空中に浮遊する島々からなる大帝国。誰もがこう噂する帝国”弱きものが集う国”と呼ばれる場所。

 

 

 ――――アルカディア帝国

 

 

 力なき民、特殊な力により他の部族から襲われる民、生きるのもギリギリの民など、そのような弱きものを集め、住まわせ、恩恵を与え、救い出す国。

 

それが弱きものが集う国の真の姿である。

 

 

 そしてこの帝国を治める王”無敵皇帝”と呼ばれ、外見としての年齢は30~40かそこらに見え、細めではあるが骨ばってはいない顔立ち。橙色の髪をオールバックにし、目つきが鋭い長身の男。

 

 はたから見れば極悪人、それでなくても悪の組織の頭のような見た目であった。その名を”ライトニング・サンダリアス・アルカドゥス”という。

 

 

「……そろそろ、”()()”とかいうやつの時間か……?」

 

 

 皇帝は玉座としては少し質素なウッディーチェアーに背中を任せ、机の上に足を組みながら乗せつつ、ポツリと部下の一人に言葉を投げかける。

 

 

「えぇ……”()()()”の言葉が真実ならば、間違いないかと……」

 

 

 皇帝の前からやや右にいる、背中に黒いマントと銀色の仮面を付けた騎士風の男性が、姿勢を低くしてうなだれたまま、しかし視線は皇帝に向けつつそう答える。

 

 

「”()()”というものがあるとしても、我々にはさほど関係の無いことですがな」

 

 

 皇帝の前からやや左側にいる、もう一人のプレートメイルを着込んだ、いかつい体の怪獣のような顔の亜人型の男性が、背筋をピンと伸ばし大きめの声で発言した。

 

 

「そうだなぁ、無意味なことだ、どうでもいいことだったぜ。問題はそこじゃねぇ、その”()()”と言うのが始まって、それでどう”()()()”が動くかだ」

 

「皇帝陛下もご存知のとおり、”()()()”がもし、"()()()()()"とかけ離れた状態を見たら何を起こすかわからないと、協力者となった”()()()”が語っておりました。ゆえに、皇帝陛下の命令どおり、ある程度はその"()()()"が言う"()()()()”と言う流れで事を運んでおります……」

 

 

 ”()()()”は基本的に、原作通りに物事を運びたがる傾向が強い。自分の好きなキャラに会えない、未来が不確かになって不安になる、などの理由があるようだ。

 

 

「まあ、"見た目だけは"原作とか言う流れ通りってやつだがのう……。この程度の対策ではバレるのも時間の問題だろうが、さてどうしたものか……」

 

 

 彼らの発言を聞いた皇帝は、肩をすくめつつ言葉を述べる。

 

 

「面倒なやつらだぜ。この世界は”()()()()()()()”があり、しっかりと存在する世界だっていうのに、やつらはそれがわからねぇんだろうな」

 

 

 その通りだ、運命というものは決まってはいない。転生者や彼らの行動で、簡単に運命が変わってしまうのだから。そうやって、何度も運命を変えてきたのが彼らでもあるのだ。つまり、すでに”原作”というものは、あってないようなものということなのだ。

 

 

 ――――原作

 

 それは転生者が絶対と信じて疑わない未来が描かれた聖書(バイブル)である。英雄の息子の冒険活劇であり、この世界の未来が描かれている漫画。

 

 あるものは英雄の息子を慕う多くの少女を我が物にしようと目論む。

 あるものは英雄の息子の行動を貶め、苦しませようと目論む。

 あるものは英雄の息子とともに行動し、世界に名をはせようと目論む。

 あるものはそれすら知らず、平穏に暮らすことを目論む。

 

 しかし、それがうまくいくかは、やはり運命しだいということになるだろう。だが、転生者はきっと、原作という運命に踊らされているに違いない。原作を中心に、物事を考えるのが、原作知識がある転生者なのだから。

 

 

 皇帝は少し面倒そうな表情であったが、強い意志を感じる表情で発言する。

 

 

「まあ、なるようにしかならんが、対策は必要だな。といっても、転生者(やつ)らは突然何をしだすかわからねぇんだがよ」

 

 

 ――――そう

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 転生者とは異世界の邪神が自分の失敗を隠すために、あるいは遊び半分で”特典”というものを二つ選ばせ、記憶と魂を”この世界”に送り込むことで産み出される存在。

 

――――それが()()()というものたちだ。

 

 

「それはしかたのないことでしょう……。異世界の邪神が送り出すだけ送り出し、面倒すら見ないのですからね」

 

 

 騎士風の男は仮面をかぶっているので表情が読み取りづらいが、明らかな嫌悪感が言葉からにじみ出ていた。

 

 

「やれやれですな、"原作とやらの知識"なんぞ当てにせず、人として、普通にこの世界で人生を送ればよいというのに」

 

 

 亜人の男は、特殊な能力をもらっても、普通に生活する転生者を知っていた。だから、他の転生者も、そうやって生きればよいのだと思っているようだ。

 

 

 しかし彼らはなぜ転生者や原作知識といったものを知っているのか?それは彼らは心の真っ当な転生者に恩恵を与える条件に、転生者としての知識を教えてもらっていたのだ。

 

 転生者とて千差万別、戦闘力の無い転生者が、高い戦闘能力の転生者に追われてしまえば一貫の終わりだ。だからこそ、この場所をなんらかの方法で知り、救援を求めた転生者も多数存在したのだ。その転生者たちが、守ってもらう代わりに原作知識や転生した時のことなどを明かしたのだ。

 

 

 また、戦闘力が高い転生者でも力におぼれずに、世のため人のために動くものも少なくはなかった。そんな彼らは、この帝国に協力し、力となってくれたこともあった。

 

 そして、弱い転生者を助けられるということは、つまるところ、皇帝とその部下たちは”戦闘力が高い転生者を倒す力がある”ということだ。そして彼らは皇帝からは相当信頼されているように見える。いや、実際この二人と、ここにはいないもう一人には、相当信頼されているのだ。

 

 

 そもそも、何故彼らは転生者と敵対しているのだろうか。

それは過去、転生者が幾度と無く魔法世界で暴れていたからだ。その惨状を見た皇帝は、このままでは魔法世界が崩壊すると考えた。魔法世界が崩壊してしまえば、自分の帝国も滅びてしまうからだ。実際にはもっと理由はあるのだが、大まかな理由はそのあたりである。

 

 そのため皇帝とその部下は、危険な転生者を倒すことにしたのだ。

そして、それが最も活発になる可能性があると聞いた”()()()”をどうするかを模索しているところだったのだ。

 

 

「いやまったくだぜ。貰った力の恐ろしさや強大さを理解せずに、その力で暴力を振りかざし、自分勝手に迷惑をかける……、まったくもって、どうしようもないやつらさ」

 

 

 多くの転生者は特殊な”特典”という力を与えられる。そのせいか貰った力を振りかざし、他者を傷つけるものも多い。と、ここで皇帝が一人足りないことに気づき、質問する。

 

 

「そういや、あいつはどうした?まあ、重要な任務は与えては居なかったはずだがよぅ」

 

「ふむ、多分あの男なら、修行でもしているのでしょう……。これからのことを考えると、さらに力が必要だと言っておりました」

 

 

 騎士風の男はやはり仮面で表情は見えないが、”あの男”と呼んだものには、若干あきれてはいるが、その行動にはある程度納得したような表情で皇帝の質問に答えた。

 

 

「そうか、まあ、あいつのことだ。ほっといても、なんとかするだろう」

 

 

 その発言を聞いた後、何かを気にするような素振りで亜人の男が皇帝に、申し訳なさそうに質問した。

 

 

「ふむ、ワシらもそろそろ、戻らねばな……。皇帝、そろそろ失礼させてもよろしいでしょうか?」

 

 

 亜人の男は、自分の仕事へと戻ろうと考えたようだ。そこで、仮面の騎士も、なにやら準備があるようで、移動をしようと考えた。

 

 

「うむ、確かにな、こちらも準備が必要そうだ。皇帝陛下、申し訳ありませんが、我々はこれで……」

 

「おう、いいぜ。でもよぉ、気をつけろよー、転生者が狙っているかもしれねぇぜ。まあお前らなら負けるなんて、ありえんだろうがなぁ!」

 

 

 彼らは転生者に狙われる何らかの要因も持っているらしい。だが、その程度のことなど、彼らはすでに想定済みのようだ。当然であろう、幾度と無く転生者と戦闘してきたものたちだ。彼らの行動原理など、明らかなのだ。

 

 

「万が一を想定して行動をしております。皇帝陛下の手を煩わせるような真似はいたしません」

 

「おう、きぃつけーや!あとお土産よろしくたのむぜ」

 

 

 しかしこの皇帝、皇帝らしからぬ言動が目立つのだが部下たちはそれに文句もなく、ただひたすらに皇帝に対して敬意を示す。それほどのカリスマが、この皇帝にはあるのかもしれない。

 

 

「はっ、皇帝陛下の仰せのままに……」

 

「では、ワシも仕事へと戻ろう。皇帝、これで失礼いたします……」

 

 

 二人は皇帝に背を向け、通路の闇へと消えていった。まるで、”この世界”を予見するかのように……。

 

それを見送った皇帝は一人つぶやく。

 

 

「……さて、どうなることやら、未来なんて元々わからんもんだがな」

 

 

 これは原作には存在しない帝国と大多数の転生者が、原作を破壊しながら最善の手を考える物語。

 

 

 

 

…… …… ……

 

 

 転生者とは……!

 

 一つ

 

 神という存在から二つの特典をもらったもの

また、そのキャラの能力といえばそれが一特典とみなされる

 

 二つ

 

 武器、能力が他の作品のキャラだった場合、見た目もそのキャラと同じようになる

つまり最初に選んだ特典でドラゴンボールのベジータの能力をもらった場合、ベジータにそっくりとなる

 

 三つ

 

 オリジナル技量や単純な才能や技能をもらった場合、モブっぽくなる

これは戦闘能力を持たない(低い)ため、他の転生者に気づかれにくくしているのでは、と思われている

 

 四つ

 

 武器または従者を持つキャラの能力をもらった場合、オマケで武器や従者がついてくる

極端な話、ガンダム系の主人公の能力をもらうとオマケでガンダムがついてくるというもの

 

 五つ

 

 原作知識があろうがなかろうが、転生する時代を選べない

つまりどの時代で転生するかは本当の意味で”神しだい”である

 

 六つ

 

 ただし、原作の重要イベント付近で転生が大量に行われる

重要なイベント前後で、転生者が大量に産まれるということ

 

 七つ

 

 転生したからといってすぐに能力は使えない

大体5歳を超えない限り、特典が発生しないが、武器関係はそれに該当しない

 

 八つ

 

 特典で技術をもらおうとも、鍛えなければそのキャラの技能の

初期レベルの力しか発揮できない

例外としてFateの宝具の”王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”等のブッパするだけの武器に技術はいらない

 

 九つ

 

 自分の魔力量以上の能力、武器は使用できない

無理に使用すれば命を削るか、命を落とす

 

 十つ

 

 この世界の転生において、憑依転生は絶対に存在しない

 

 

 さあ、あなたも転生しましょう、さあ、特典を選びましょう、さあ、力を誇示しましょう

 

 

 

 …… …… ……

 

 

 

 

 僕の名前は赤蔵覇王(あかくら は お )、転生者だ。

川沿いを歩いていたら、突如足が引っかかり川へ転落、そのまま溺死した。そしたら突然目の前に”神と名乗る存在”が現れて土下座していた。

 

 神と名乗るもの曰く『自分のミスで君の寿命をなくしてしまいました。お詫びに特典二つつけますんで転生していただきたい』というものだった。

 

 所謂テンプレ(おやくそく)というやつだろう。とりあえずテンプレ(おやくそく)どおりにことを進めて特典を二つもらった。

 

 僕がもらった特典は”シャーマンキングに登場する「ハオ」の能力”と”Fateに登場するアサシン「佐々木小次郎」の技能”だ。

 

 どちらも強力であり、特にハオの能力は最強で、最初から巫力125万というとんでもない数値だ。大陰陽師と呼ばれ、数々の陰陽術や巫術を操ることができるというのも大きいだろう。オマケでS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)と物干し竿がついてきた。

 

 特典を選ぶ前に転生先を聞き忘れていたが、どうやらネギまの世界らしい。主人公の少年魔法使いが、なんやかんやでちょっぴりエッチな目にあいながら世界の危機に直面し、その度にパワーアップして壁を越えていく物語。

 

 魔法が飛び交う世界で、多少命にかかわる部分もあるが、もっとも怖いのは転生者が別にいることの方だ。二次創作で、踏み台と呼ばれる転生者は、自らの力で他者を屈服させようとするのがお決まりだ。

 

 まあ、この特典があれば、イベントに巻き込まれても他の転生者に狙われても、生き延びれるだろう。逆に言えば過剰だったかもしれないと思ってしまった。

 

 転生したら、あわよくば変なことに巻き込まれないようにしよう。こんな能力をもらって何を言っているんだと思うが、戦うことは怖いことだ。できれば安全に現代社会を行きぬきたいと思っている自分がいるのだ。そう考えていた時期が、僕にもありました。

 

 

 

 なんてことない、転生した時代がおかしかった。

何しろ原作から1000年前というとんでもない時代だった。場所はしかも京都だ、鬼や妖怪が暴れている平安京だ。正直僕は絶望したが、もらった能力で京都を鬼や妖怪から守るために使おうと考えた。

 

 

 ――――とはいえ特典で選んだハオという男も霊が見える母親がいるだけでキツネの子やらといじめられ、キツネの裔と呼ばれた母親も家ごと焼かれてしまった時代でもあるのだ。

 

 そう考え気をつけながら、特典の能力を伸ばしつつ生活していた。霊が見えるというだけで命を狙われる時代だが、それを表に出さず危険があれば、気配遮断を使って逃げおおせた。

 

 特典でもらったFateの佐々木小次郎もクラスはアサシンだ。

アサシンのスキル、気配遮断は機能していないようだが、透化による気配遮断が可能だし虫の知らせと呼ばれるほどの心眼(偽)もあるし、サーヴァント相手ではないので問題なかった。

 

 

 技能系の特典は鍛えないと初期のレベルだったので、必死に鍛えた。ハオの能力をもらっても、それを操る力がないのでは意味がない。特典としてもらった技術的な記憶を頼りに、陰陽術やO.S(オーバーソウル)を習得していった。

 

 S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を空気にO.S(オーバーソウル)させるという行為は自殺に等しかったので最初は式神あたりを練習した。

 

 シャーマンキングの原作でも空気にO.S(オーバーソウル)させたのはハオとチョコラブぐらいだし何より地獄で修行を重ねたチョコラブですら、空気にO.S.(オーバーソウル)させるのに苦戦していたぐらいだ。

 

 だから、まずは子鬼を落ち葉にO.S(オーバーソウル)させたり、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を薪にO.S(オーバーソウル)することから練習した。佐々木小次郎の技能も剣を振ってひたすら訓練を重ねた。

 

 陰陽師として妖怪退治をはじめたときは、感動したものだ。源頼光やその四天王とも戦友となり、魑魅魍魎や数多の妖怪を退治して回った。超・占事略決も書き起こし、その技術を全てマスターし、シャーマンキングの原作に出てくる前鬼、後鬼も持霊にすることができた。

 

 僕はその後若い嫁さんをもらったりして、そこそこ裕福な暮らしをしこの世界が”ネギま”ということもすっかり忘れ、原作なんて関係なく生きた。後悔もなく、恨みもなく、妬みもなく、安らかに死ねると思った。

 

 惜しむことがあるなら、佐々木小次郎の秘剣、燕返しを完成させたのが老人になってからぐらいだ。まあ、佐々木小次郎ですら、燕落とすのに一生かけて完成させたのがあの技だ、当然だろう。家族に看取られながら、最後にそう考えて永い眠りについた。

 

 と思ったのだが――――

 

 

 安らかに死んだというのに、また転生部屋に逆戻りしていた。

 

 なにやら”この世界”の転生神らしく『異世界から来た転生者は危険な存在だ、世界を破壊しかねない、暴れまわっている転生者だけでもいい、お前に駆逐してもらう。お前のような、後悔も未練もない清らかな魂こそ掃除屋にふさわしい』などと、迷惑なことを突然言って来たのだ。

 

 しかし、転生しなければ地獄にも天国にもいけず、魂が消滅すると言ってきたので、しかたなく転生することにした。特典をくれるらしいので”転生者とそれ以外の見分ける能力”をもらうことにした。

 

 転生しようとしたとき、あの神は『お前の技術では強い転生者には勝てない、500年ほど地獄で修行してこい』と、いわれたのでしぶしぶ修行させてもらった。これじゃ、まるでシャーマンキングを目指すハオじゃないか。いや、まさかこの特典を選んだから、このような状況になっているのではないか?と考えた。

 

 

 大体500年が経ち、もう一度転生した。すっかり忘れていたが、この世界は”ネギま”の世界だ。

魔法世界の地球人類に生まれ、ある程度の魔法を教え込まれた。とは言うものの、僕の戦闘スタイルはあくまで陰陽術とO.S(オーバーソウル)であり、さほど使う機会などはなかったけれども。

 

 

 しかし、想像以上にひどい様だった。暴れている転生者たちは”転生した時代が許せない”という理由だけで破壊の限りを尽くしていた。くだなら過ぎて頭にきたし、攻撃してきたのでそれを各個撃破していった。

 

 相手の特典がわからないのが難点だったが、大抵の転生者はあまり強くなかった。だが、数多くの転生者を倒すことに多少むなしさを感じていた。転生者という存在を鬱陶しく感じてきて、口癖が「ちっちぇえな」になったのも時期だろう。まあ、自分自身も転生者だし、転生者という部分には文句を言うことはないが。

 

 

 果てしない転生者との戦いの日々をすごしていた時、あることに気がついた。僕はシャーマンだ、相手の魂がよくわかる。よく見ると神の特典が魂にくっついているのだ。

 

 ”転生者とそれ以外を見分ける”特典が作用しているのだろうか? それに気がついたのは原作にはない国”アルカディア帝国”に赴いた時だ。正直言えば、すでに原作知識などはほとんどなかったが”アルカディア帝国”なんて国はなかったと思った。

 

 

 僕はこのアルカディア帝国の皇帝が転生者ではないかと考えていた。しかし、僕の特典が反応しなかった、彼は転生者ではなかったのだ。

 

 ……予想でしかないが、過去の転生者の行いが作用して彼のような存在が誕生したのだろう。

 

 そこの皇帝も転生者には手を焼いているようで、協力する契約を結んだ。皇帝は多くの転生者を見てきた、助けてきた、知識をもらった、戦ったという。

 

 だからだろうか、僕の能力と現状を説明すると、皇帝がこう言ったのだ。『特典というものはどこに存在するのか、なぜ特典に肉体が左右されるのか』と……。

 

 僕はハッっとした。

 

 誰かが言っていたが、肉体が精神に引かれるようなことを思い出したのだ。健全な肉体には健全な魂が宿るというのならば、逆に魂が肉体に影響を与えている可能性があると。ならば魂の一部に”神が与えた特典”がくっついているのではないか、と。

 

 

 僕の特典ならば、転生者の特典のみを破壊できるかもしれない、と考えて行動に移った。

 

 S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)は魂を吸収して霊力を増幅させれる、僕は転生者の”特典”のみを吸収することに成功した。まあ、その時に転生者本人にも一度死ぬが、魂さえ残っていれば生き返せるので問題ない。

 

 特典がなくなった転生者など、そこらの人間と大して差が無いし殺すのは好きではなかったからね。その後、なんやかんやで50年ほど転生者と戦ったが、最後に戦った転生者の能力に敗北してしまった。よくわからなかったが、とんでもない能力だったのは覚えている。

 

 

 そしたらまた転生神の部屋だった。『やはりアレには負けたか、もう500年ぐらい修行させてやる、特典もやる、次の転生はある程度自由にしていい』と言ったので、50年前のように地獄で修行し、”転生者の特典がわかる能力”をもらって転生した。

 

 

 転生したのはいいが、まさかその先が自分の末裔で、しかも、双子の兄として産まれるとは思いも見なかった……。

 

 いや、ハオの特典をもらって900年ほど地獄で修行したことを考えれば当然の結果だが……。さらに弟も”転生者”だな、なるほど、この特典を選んだなら確かに僕の弟になるか……。

 

 そうだ、このシチュエーションなら言っておかないとな。

 

 

 

 ”ちっちぇえな”

 

 

 

 ……まあ言えてないし、心の中で思っただけだけど。

 

 

 

…… …… ……

 

 

オリ主名:ライトニング・サンダリアス・アルカドゥス

種族:???

性別:男性

技能:???

能力:???

元ネタ:デウス・エクス・マキナ

 

 

転生者名:赤蔵(あかくら)覇王(はお)

種族:人間

性別:男性

原作知識:1000年の時を経ているのかあまり残ってない

前世:20代後半の独身サラリーマン

巫力:約250万(初期値:125万)

持霊:五大精霊S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)

特典:シャーマンキングのハオの能力、オマケでS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)

   Fateのアサシン佐々木小次郎の技能、オマケで物干し竿

   転生者とそれ以外を見分ける能力

   転生者の特典を見抜く能力




アルカディア帝国皇帝陛下はデウス・エクス・マキナですので基本的に活躍しません。
あくまで、彼の部下やその仲間たちや転生者が主役となります
オリジナル主人公がオリ主、転生者は転生者という枠組みです
どちらもオリ主には違いありませんが

またアルカディア帝国は基本的に空気になるかもしれません



一応覇王は主人公格の転生者です

特典のくだりと特典をS.O.Fに食わせるのは拡大解釈的なものです
あとこの世界での転生は神の使命なのでS.O.Fが初期化されません
さらに、この世界の転生神の特典は生まれたときから使えます


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原作前
二話 騎士と少女 赤蔵家


テンプレ5:アスナの救済

テンプレ6:原作キャラ強化

テンプレ7:麻帆良で店開き

テンプレ8:踏み台転生者

テンプレ9:特典の作品にそっくりな家族

テンプレ10:長にSEKKYOU

テンプレ11:木乃香に魔法バレ

初の原作キャラ登場でいいのか……?


 *騎士と少女*

 

 

 わたしの名前は”メトゥーナト・ギャラクティカ”。日本では”銀河来史渡(ぎんが きしと)”と名乗っている。

 

 転生者ではないが、転生者が言うには”()()()”というものらしい。よくわからないが、原作に登場しないで活躍する存在をそう呼ぶようだ。アルカディア帝国に身を置き、皇帝陛下の直属の部下をやっている。

 

 得意の得物は剣である。……自慢ではないが、アルカディア帝国の中で皇帝を除けば、剣でわたしを超えるものは居ないと自負している。

 

 

 そんなわたしは、とある任務で麻帆良にやって来たのだ。一つは単純に言えば護衛である。では誰の護衛かといえばお姫様の護衛だ。

 

 名はアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフェシア。名前が長いがまあいい、彼女はかの王国のお姫様だ。

 

 特殊な力を宿している上に、立場も複雑な状況だ。そんな彼女の護衛という名誉ある任務を承ったのだ。

 

 とはいうものの、わたしは彼女のことをよく知っている。なぜなら、わたしが彼女の親代わりだからだ。

 

 かつてわたしは、かの有名な英雄たち”紅き翼”とともに戦い、彼女を()()()の外へと連れ出すことができた。

 

 皇帝陛下の命令を賜り、彼らと魔法世界崩壊を防ぐべく剣を取り、皇帝陛下の命令により、無事に彼女を救出したのだ。

 

 ……その後、いろいろあってわたしが彼女を引き取ったというわけだ。多数の転生者が敵対、あるいは味方をしてくれたこともあったな。懐かしい話だ、かれこれ10年以上前の出来事だろう。

 

 

 まあ昔話はまた今度することにしよう。……しかし、正直言えば彼女の護衛など必要があまりないだろうと考えてしまう。

 

 いや、何かあったときを考えれば必要なのだが、何分彼女はとても強いのだ。なぜなら彼女は天性の才能を持っているからだ。

 

 戦友(たにん)が使う咸卦法を見よう見まねで簡単に完成させるポテンシャル。剣を振れば短い訓練で、即座に技術を身につける高い身体能力。そして特殊な力”完全魔法無効化能力”をも持っている。その上で、このわたし自らが剣術等を教え込んでしまったのだ……。

 

 正直言えば現状の彼女はとんでもない実力だ。わたしが教えた技の数々を習得し、使えるほどだ。

 

 ただ、彼女を鍛えたのには理由がある。それはある時までさかのぼる。まだ、彼女をつれて世界を駆け巡り、仲間の危機と聞けば即座に駆けつけていた頃のことだ。

 

 そんな時に彼女は『自分がいつまでも守られている側にいるのが嫌になった』といった。何、気にすることはないと返事を返したが、駄々をこねられてしまったので、しかたなく剣を持たせた。

 

 そしたらスポンジのように、わたしの技術を吸収していく彼女に感動してしまい、わたしの全てを教え込んでしまったのだ。さらに、心を無にすることで解き放つ奥義すらも、一瞬で完成させた彼女を見て”やはり天才か”と、思ったほどだった。

 

 ……まあ、そのことについては後悔などない。彼女が自分の身を守れるぐらい強くなったのだから、むしろ喜ばしいことだ。ただ、一つ思うことは、女の子なのだから、もう少しお淑やかになってほしかったと言うことだけだろう。

 

 

 ……話がそれてしまったが、二つ目の任務は麻帆良にいると思われる転生者の確認だ。彼らが原作前に何らかのアクションを起こす可能性を想定してのことだ。これだけは、骨折り損のくたびれ儲けで終わってほしいところである。

 

 現在は”原作開始”から7年ほど前にあたる。転生者が言うには西暦2002年ごろに原作が動き出すらしいが、なってみなければわからないか。それに”一応”()()()()()”にことを進めることが決定した。言わば様子見、現状維持というわけだが、それしか今は手がないのも事実。だからこそ麻帆良にやってきたのだ。

 

 そういう訳で、わたしは任務のために、適当な空き家を使って骨董品店を営むことにした。お金を稼ぐわけではない、帝国から資金を毎月送られてくるので金銭の面では問題などないからだ。

 

 だが、住む場所は準備には必要だし、いろいろ備えておく必要がある。実際はカモフラージュや砦としての意味のほうが大きいのだ。

 

 

 それで、いろんな物に触れてほしいという親心もあるが”()()()()()”を通すため、あえて彼女を麻帆良学園本校初等部に入学させたわけだが……。

 

 

「まさか入学初日で喧嘩してくるとは……」

 

 

 わたしはそう言うと、顔に手を当て天井の方を向き、目を瞑った。そのすぐ目の前に喧嘩で顔などを怪我をした少女が立っている。ところどころに怪我を、絆創膏などで治療したであろう部分が少々痛ましい。

 

 だが、幼いが整った顔立ちでとてもかわいらしく、橙色で長めの髪をツインテールにしており、宝石のようなきれいな目は、左右別の色をしていて、所謂オッドアイというものだ。

 

 アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフェシア。この世界においては”原作のヒロインとなる神楽坂明日菜に()()()()()()”少女。今はわたしの娘のようなもので、名も”銀河明日菜(ぎんが あすな)”とここでは名乗らせているのだが。

 

 

「……ガキばっかでつまらなかった」

 

 

 幼い見た目でそんなことを言う彼女は、あまり表情が変わらないため少しわかり辛いのだが、微妙に機嫌が悪そうな感じでこちらをじっと見ている。

 

 この少女は見た目と年齢が違う部分があり、同じぐらいの背丈の子供が苦手なのだ。元々紅き翼のメンバーは基本的に大人ばかりだった。

 

 さらに、彼女ぐらいの背丈の子供との出会いが、なかったというのもあるだろう。紅き翼の最年少組ですら、さほど子供らしくなかった。

 

 ……そのせいか、どうやらクラスに馴染めず、学校デビューがうまく行かなかったようだ。

 

 しかし、強い力を持つ彼女が怪我をしたのなら、ただの取っ組み合いでもしたのだろう。学校へ行く前に言いつけたことだが、しっかりと手加減できていることに、わたしは安心した。

 

 そして、彼女と喧嘩しただろう相手のことを思い安堵のため息を出した後、ゆっくりと、彼女の目線に合わせてしゃがみこみ、何かを説くように話しかけた。

 

 

「ふむ……大人にもまれすぎた君からすればそうだろうな……。まあ、君が怪我をして帰ってきたということは、しっかり手加減できていたということかな?……安心する所なのか、不安を感じる所なのか、怒る所なのかを迷うな……」

 

「まあ、ね……。また明日、学校へ行かなきゃ駄目?」

 

「学校は人生経験には必要な場所だ。勉学以上に人の付き合い方、他者への配慮の仕方、友人を作り遊びを覚える、どれも重要なことだ」

 

「でもガキばっかで面白くない……」

 

「ほう……?自分がその子らより大人だと思うなら、喧嘩なんてしないものだがな?」

 

 

 そういうと彼女はピクリと反応した。彼女が子供扱いされることを嫌っているのは知っている。しかし、争いは同じレベル同士でしか発生しないのだ。精神は肉体に引っ張られる、なんだかんだ言って彼女はまだまだ子供なのだ。

 

 

「つまるところ、君はまだまだ未熟者だ……。戦いに関してはぬきんでているが、精神的にはまだ幼い……。学校で社会の勉強をする必要があるということだ」

 

「……」

 

 

 それを言い終えた後、彼女は考えるそぶりを数秒間見せた後、答えを出したらしく再びこちらを見つめてきた。

 

 

「……学校で社会勉強して、ガキと同じ扱いなんかされないようにする」

 

 

 ふむ、とりあえずは学校には行ってくれるようだ。まあ、多少そうするように誘導したのではあるが。そう考えながら、不意にわたしはそっと彼女の頭に手のひらを乗せ、ゆっくりとやさしくなでた。

 

 

「そうか……わかってくれてうれしいかぎりだ。学校でストレスがたまったら、剣の稽古をつけてやろう。しかし、喧嘩ばかりしていてはならないぞ?」

 

「……わかった……」

 

 

 彼女はそう言うと、すこし照れた感じで、わたしの手のひらから離れ、自分の部屋へと走っていった。これでよかったのかはわからないが、とりあえずなんとか説得できたようだ。

 

 ……こちらも転生者の存在に眼を光らせねばならないので忙しくはあるが少しばかり、彼女との時間を作ってあげなければならないな。

 

 そしてわたしは窓の外の巨大な樹を見る。世界樹というやつだ、近くで見るとその大きさがよくわかる。

 

 ……願わくばこの場所が転生者同士の争いの場にならんことを。

 

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *赤蔵家*

 

 

 昔から妖怪や魑魅魍魎が住むと呼ばれた都市、その名も京都。

 

 西暦1989年、そこに存在する関西呪術協会の長、近衛詠春の娘が誕生した。膨大な魔力をその身に宿して。しかしその前の年に、すでにその子を超える膨大な魔力を持つ子が生まれていた。

 

 

 陰陽師の名門、かの有名な大陰陽師”()()()()”の末裔。

 

 西暦1988年、赤蔵家にて双子が誕生した。どちらとも高い魔力を持っていたが、特に兄は桁違いの魔力を宿していたのだ。

 

 その兄は成熟も早く、3歳ですでに身に宿す膨大な魔力を制御していた。恐れるものも居た、先祖返りと呼ぶものも居た、神童と謡うものも居た。しかし両親はそんなことを気にすることなく、その双子に愛情を注いで育てた。

 

 

…… …… ……

 

 

 オッス!オレの名前は赤蔵陽(あかくら よう)、転生者だ!自転車を猛スピードでこいでたら石に躓いて吹っ飛んで死んだ!

 

 そしたら、なんと神が土下座してやがったよ!蹴り飛ばしてやったからいいけどな!そんでもって、二つ特典もらって転生させてもらってたのさ!

 

 双子の弟として産まれたのはやはり運命としか思えないね!なんたってオレが神(笑)とかいうハゲからもらった特典はシャーマンキングの主人公”「麻倉葉」の能力”と”フツノミタマノツルギ”なんだからな!

 

 しかしたまげたぜ、まさかその兄が()()ハオそっくりなんだからな……!こりゃ多分転生者だぜ、間違えないね。きっと特典はハオの能力かなんかだろう、まったくチートすぎるぜ……!

 

 そういや、この世界は”ネギま”だったな!京都だしヒロインの近衛木乃香や桜咲刹那がいる場所だ!まあ、もう知り合いだけどな!オレの生まれが陰陽師の名門らしく、近衛家や青山家と近い関係にあるらしい。

 

 ……しっかし、原作にそんな名前あったか?いやなかっただろう。まあいいか、これも彼女たちを手篭めにしろという啓示に違いあるまい!探す手間も省けたし、どれどれ、早速フラグたてちゃいましょうかね!そう考えていた時期が、オレにもありました。

 

 

 

 クソックソックソッ!なんだあの糞兄貴は!?魔力の量が尋常じゃねぇ!

その尋常じゃねぇ魔力もすでに制御してやがるし、O.S.(オーバーソウル)も普通に使いやがる!!

 

 クソチートってレベルじゃねーぞ!!ありえんのかよ!!しかもあのFateの佐々木小次郎の秘剣、燕返しを普通に使ってるしよぉー!マジ意味がわかねぇ!!んでもって、すでに木乃香のフラグ立てやがって、ふざけんじゃねーぞ!!オレの嫁候補だっつーのにぜってぇ許さねぇぞ!!!

 

 しかもくっそ口うるせぇし!!何かあるごとに『人に迷惑かけるな』とか『訓練しないと力を使えない』とかクソみてぇな小言並べてきやがる!うるせぇーんだよクソがぁ!俺のフラグへし折っといて、どの口がほざきやがる!ナメんじゃねーぞ!!

 

 ……まあいいか。木乃香はアイツからNTRすりゃいいし、そうすりゃ面白いもんが見れそうだしな!そう考えてるとなんだか楽しくなってきたぜ!

 

 

「……思考中のところを失礼するでござる」

 

 

 ……せっかく人が楽しく妄想にふけていたのに、それを邪魔をするやつが突然目の前に現れた。

 

 こいつはオレの特典のオマケでくっついてきた持霊の阿弥陀丸だ。オマケだったが刀か剣かの精霊となっているから霊力が3万ぐらいあるはず。しかし、こいつはオレの兄貴みてぇに口うるせぇんだよな……。

 

 

「陽殿、覇王殿が訓練をするよう申しておったでござるぞ? O.S(オーバーソウル)ぐらい使えるようになれと……」

 

「おいおい、阿弥陀丸よぉー、クソみてぇな説教やめてくんね? お前オレの持霊ってだけだろ?うるせーぞ!?」

 

「ぬっ……承知したでござる……」

 

 

 そう言うと阿弥陀丸は消えていった。まったく面倒な持霊だな、親みてーに説教しやがって……。

 

 特典のおかげですげー力使えるはずだし、元々の巫力だって108000はあるはずだ!鍛えなくても適当にO.S(オーバーソウル)ぐらいできるはずだ!そんでもって、麻帆良に行ったら3-Aのメンバーのフラグをかき集めるんだ!!今から楽しみだなあ、フェッヘッヘッ!!

 

 

…… …… ……

 

 

 今、僕は持霊を邪魔者扱いしている自分の弟を遠目から見ていた。()()は所謂典型的な踏み台系転生者と呼ばれる存在だ。

 

 普通なら捨て置くところだが、彼は血がつながった弟だ。口うるさくなるが、真っ当な人間になってほしいと思っているからこそだ。

 

 しかし、あの性格が良くなるどころか、悪化している気がしてきた……。訓練しないと能力が発揮できないと教えてやっても、まったく訓練しない、本当に困ったものだ。せっかくのフツノミタマノツルギも彼には宝の持ち腐れでしかないな。

 

 

 僕はこの世界の神に、この世界で2度目の転生をさせられ、自分の末裔である赤蔵家の長男として生を受けた。

 

 自分が開祖みたいなものだというのに、次期頭首という扱いには苦笑した。次期頭首は別に嫌ではないし、将来がしっかり決まるという意味では逆にありがたい。

 

 だが、わりと本気で驚いたことだが、この世界の赤蔵家の家族はあの”シャーマンキングの麻倉家の家族”とほとんど変わらないのだ。多少違いはあれど、僕の父親も”シャーマンキングの麻倉幹久”に外見も中身もそっくりなのだ。だからといって別に困ることもないのだが。

 

 それと、僕や弟が”そういうもの(転生者)”だと占われていたらしく、精神年齢が高いことや早熟なことも、最初からある程度予想されていたらしい。まさにシャーマンキングの世界のようだ、ネギまの魔法世界を見てなかったら勘違いしていたよ。

 

 大きな違いがあるとすれば、麻倉家が島根の出雲にあったのに対して、この赤蔵家は京都に存在するところぐらいだろうか。というか、この原因は全部僕にあるんだろうけど、なんだか釈然としない。

 

 まあ、僕はシャーマンキングのハオのように暴れたわけでもなく、普通に育てられたけど。まさかこのような形で原作が改変されてしまうとは思っても見なかった。過去からの試練とは、まさにこういうものなのだろうか? 深く考えていても始まらないので、前向きに行動するとしよう。

 

 

 転生神はこの人生をある程度自由にしてよいと言ったがなるほど、原作開始前というわけか。たしかに、自由にしてもこの立ち位置、明らかに原作に関わらせる気があるというわけだな。

 

 

 ふと最近になって思ったことだが、ネギまの原作知識はほとんど覚えていないのに、シャーマンキングの原作知識は何故かかなり残っているのだ。特典のせいなのか、ネギまの世界だからそういう現象が起こるのかはわからないが。とにかく奇妙な気分であった。

 

 

 しかし、自分がとんでもない魔力を持っているとは思いもよらなかった。……何度も転生を重ねてしまったので、巫力と同じように増えてしまったのだろうか。

 

 かすかに覚えている原作だと、確か魔力で式神を使ったり、妖怪を召喚していた気がしなくもないが。どういうことだろうか。ひとつの仮説としては巫力と魔力は同じか、近い関係にあるのかもしれない……。

 

 たしかにこの仮説ならば、O.S(オーバーソウル)が魔法でダメージを受けたのも頷ける。本来ならば巫力以外でダメージを与えることができないはずだからだ。……まあ、そのあたりのことは後々考えていくこととしよう。

 

 

 

 そして今自分は関西呪術協会の総本山、近衛家に来ている。膨大な魔力を抱えながらも、何も教わっていない彼女が危険だということを話し合うためだ。

 

 その彼女は家のつてもあって、友人として接しているのだが、あの魔力を制御していないのにはいささか不安があった。そこで、彼女の父で関西呪術協会の長である近衛詠春に話を付けに来たのだ。

 

 もっとも、今の自分は子供だ、こういう話ができるわけがない。だから話し合いは、赤蔵家の現頭首である祖父”赤蔵陽明”が行うことになった。僕は高い魔力を持ちながらも、制御している上でついて来いと呼ばれたのだ。

 

 ……近衛家に行くと言ったら、弟が勝手についてきたのには頭が痛くなったが……。

 

 そんなことを考えていたら、案内された大広間へと着いたようだ。僕と祖父は近衛詠春と対面する形で、しっかりとした正座の姿勢で祖父の隣に座った。緊張などはしていないが、次期頭首という意味で、家の恥にならぬよう心がけなければ。

 

 

「久しいなぁ、詠春よ、元気だったか?最近また老けたようだな」

 

 

 気がつけば話し合いが始まっていた。

 

 

「これはお久しぶりです。そちらも変わらず元気そうで何よりです」

 

「世間話をしに来たわけではないのでな、早速本題に入らせてもらうぞ。わしの孫と同様、お前の娘も相当な魔力を抱えているな?わしの家に来ていたときにチラリと見たが、なかなかの量だぞ?」

 

「はい……。覇王君には及びませんが、かなりの魔力を宿しています」

 

「ではなぜ、それを制御する術をおしえぬのだ? 何か重大なわけでもあるというのか?」

 

「……このかには平穏に暮らしてほしいのです。魔法や裏に関わってほしくないという親心です」

 

「それはわからなくも無いがな……。わしの娘もある程度自由にはさせてきたつもりじゃ。……だが何の説明もしないというのは問題ではないのか?」

 

 

 確かシャーマンキングの原作だと葉の母親はOLやったりしていたな。しかし、シャーマンもできない訳ではなかったはずだ。……深く聞いたことがないが、僕の母親もこんな感じのようだ。

 

 

「はっきり言ってやろう……。その考えはお前の押し付けがましい親馬鹿なだけだ。娘に全て説明した上で、どの道を進むか決めさせてもよいはずだ。……それにお前の娘の魔力量では、絶対に狙われるぞ?娘をその危険から、絶対に守りきれる自信があるのか?毎日、いかなる場所でも護衛できるわけではなかろう。関西呪術協会の長として、それでは詰めが甘すぎるぞ」

 

「……そうですね。確かにそのとおりかもしれません」

 

 

 原作でもそうだったが、この屋敷にえーと、たしか小学生低学年ぐらいまでだったか。それだけ住んでいるのに何も教えないというのは、正直いかんともしがたいとは思っていた。むしろ、それだけ住んでいるのに、気がつかせないというのもある意味すごいのだが。

 

 

「すでにお前の娘は隣の部屋に呼んである。しっかり説明して、これからどうするかを決めさせるんじゃ」

 

「今すぐに……ですか……」

 

「左様、当然じゃ。この機会を逃せば、永遠に先延ばしされかねん。お前の娘も小学生だったはずだ、もう教えてやってもよかろう」

 

「……わかりました、全て説明しましょう。このか、こちらへ来なさい、大切な話があります」

 

 

 詠春が隣の部屋へと、その言葉を発した直後、すごい勢いで襖が開き、娘の木乃香が飛び出すように、こっちの部屋へと入ってきた。勢いがありすぎて、僕は少し驚いてしまった……。彼女の後ろに控えていた刹那もかなり驚いてる様子だったが。

 

 さて、これからが本番というわけかな、どうなることやら。

 

 

 

…… …… ……

 

 

オリ主名:メトゥーナト・ギャラクティカ(日本名:銀河来史渡(ぎんが きしと))

種族:長寿種

性別:男性

技能:我流剣術

能力:奥義、光の剣(グラディウス・ルクス)

元ネタ:”アニメ版”星のカービィの「メタナイト卿」

 

 

 

転生者名:赤蔵陽(あかくら よう)

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代の無職

巫力:108000(初期値:108000)

持霊:刀の精霊、阿弥陀丸

特典:シャーマンキングの麻倉葉の能力、オマケで阿弥陀丸

   シャーマンキングの武器フツノミタマノツルギ、オマケで刀の春雨




赤蔵家の人々はほとんど出番はありません


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三話 熱血親子 スタンド使いの転生者と少女 大地の戦士

テンプレ12:オリ主修行回

テンプレ13:スタンド使い

テンプレ14:転生者、アスナと同じクラス

テンプレ15:オリアーティファクト

テンプレ16:原作キャラとオリ主の仮契約、そしてオリアーティファクト

テンプレ17:世紀末な雑魚キャラ

主要キャラの説明のために、現在は基本的にこの話まで一人称を使っています


 *熱血親子*

 

 

 よぅ、俺の名は”熱海龍一郎(あたみ りゅういちろう)”ってやつさ。

 

 ま、覚えてくれようが、覚えてくれまいが、どちらでもいいんだがね。アルカディア帝国、皇帝陛下直属の部隊の一人だけどよ、俺は特に皇帝から指示を受けてねぇんでな、適当にやってるのさ。

 

 そんでもって俺は今、実の息子の修行をつけてやってる。名は”熱海数多(あたみ あまた)”っていうんだがな。こいつの名前は覚えなくていいぜ。

 

 黒い髪に赤い鉢巻を頭に巻いて、つりあがった眉毛に微妙に目つきが悪りぃ表情。俺をかなーり若くしたような顔してやがる、昔の俺はもっとイケメンだったがな。

 

 鉢巻の中央にはAの文字が刻んである。俺のはRの文字だがな、名前の頭文字ってやつだ。熱血っつったらこの赤い鉢巻だろうがよ。鉄板ってやつだ。

 

 俺はあいつ(メトゥーナト)らと違ってただの人間だし、あいつらより先に死んじまう。周りは俺のこと、まったく人間だと思ってくれねぇけどな。

 

 だから、この馬鹿息子を鍛えて、自分の後釜にしねぇといけねぇ。わがままかい?わがままだな。だが、馬鹿息子もまんざらではなさそうだしな。

 

 この修行場所は、アルカディア帝国の中心にあるアルカディア中央浮遊大陸から、北の場所にある北方浮遊大陸の中央、美しい自然が丸まる残った山岳地帯の山深くだぜ。

 

 こんなでけー島か大陸かが浮いてるってのも、魔力によるもんらしいが、俺にはよーわからん。一応修行場所の近くには、コテージがあり、そこに寝泊りもできる。

 

 その上、城に移転するための魔方陣も用意してあって、行き帰りはそこまで苦労しないのさ。修行といやー大自然の中で、サバイバルしながらやるもんだろう?

 

 そう考えていると、滝の目の前でピョンピョン飛び跳ね何がしたいのかまったくわからない馬鹿息子が居た。

 

 

「おい、その程度か? 蚊が飛んでるとしか思えねぇんだがどうしたよ?」

 

「ま、待てよ親父……。こりゃ無茶だぜ、根性論ってやつかよ!?」

 

 

 あったりめぇよ!俺らは熱血の力を使うんだぜ?根性論なくして熱血あらずだろうが。何をいまさらって感じだぜ。

 

 今、息子に何をさせているかっつーとな、簡単なことさ、滝のぼりだ。ただし、道具なしで紐なしって所を除けばな~。滝の高さはざっと20メートルあるか無いかってところだな。できるわけない? できるだろ、できるやつだっているしな。俺みたいにね。

 

 と、突然馬鹿息子がアホみたいな顔で叫びだした、うるせぇ。

 

 

「死ぬ、死ぬ!」

 

「なら、九割死ね」

 

「死なせる気がねぇや!」

 

 

 死んだら跡継げねぇだろ、何言ってんだこいつ。まったく、チンタラやってんなよ、しょうがねぇな、見本みせてやるか。

 

 

「いつまでやってんだよ、見本見せてやっから真似してみろ」

 

「は? 何!?」

 

 

 俺はそう言うと、しゃがみこんだ瞬間に足の膂力のみで高く飛翔し、滝からはみ出ている岩を利用しながら、岩の間を瞬間的に移動しつつ徐々に登っていく。

 

 滝の一番高い部分にある岩に足を乗せた瞬間、最後に力強く蹴って大上昇する。そして、ものの数秒で滝の頂上の岩場へと到達する。ほらみろ、簡単じゃねぇか。

 

 下を眺めてみると、小さく見える馬鹿息子が、眼を見開いて驚いてやがって、なにやら叫んでいるようで口を金魚みてぇにパクパクさせていた、だらしねぇ。

 

 見本も見せたし、俺はその場からジャンプし、滝の下へと落下、そのまま馬鹿息子の目の前に着地した。すると、何が気にくわねーのか、馬鹿息子がわめきだした、うるせぇ。

 

 

「早すぎて見えねぇよ!」

 

「あぁ? ずいぶんスローにやったつもりだが?」

 

「なん……だと……」

 

 

 見本なのに見えねぇ速度でやってどうすんだよ。これでも見えねぇとか、鍛錬が足りてねぇ証拠だな。つーか、”気”とか使ってねぇ時点で察しろや。

 

 俺はそんなことを言う馬鹿息子にあきれ半分の眼差しを送り、別の修行にするしかないなら、何がいいかと考える。

 

 

「しょうがねぇなぁ、丸太避けに変更するか」

 

「つーか明日学校だろうが! これ以上どうするってんだよ!」

 

 

 あー?そんなのもあったね。確か小学3年だったっけ、俺が修行馬鹿すぎて忘れてたわ。何、気にすることは無い、がっこーなんてクソ食らえだぜ。

 

 しっかしま、魔法の世界だっつーのに、日本っぽい学校があるってのもなぁ。外国の日本人学校みてぇなもんなんだろうがよ。世知辛い世の中だぜ、ファンタジーさのかけらもねぇや。俺はそんなこと考えつつ、肩をすくめて左右に首を振る。

 

 

「がっこーって何だ? 食えるのか?」

 

「親父が息子にズル休みさせてどうすんだよ!?」

 

 

 知らんね。がっこーとか言うのより、こっちのほうがずっと大事だろう?ああ、この修行の後すぐがっこー行かしゃーいいんだ。簡単じゃねぇか。

 

 ふむ、ならどうしたらやる気が出るか。そうだこの手がいい。俺は口元を吊り上げ、馬鹿息子をにらみつけた。

 

 

「じゃあよ、賭けしようぜ。お前が丸太避けの修行、一発でできたら解散してやらぁ」

 

 その発言と同時に、俺は馬鹿息子に対して指をさす。

 

「何ぃぃ!? できるわけが無い!」

 

 

 馬鹿息子は驚いた表情で、できねぇとかわめきだしやがった、うっせぇ。

 

 

「今、言ったな?できるわけが無いと?」

 

 

 けっ、そんなんだから、だらしねーってんだよ。男なら黙って一発でキメろや。カッコがつかねーだろ。失敗を恐れてどうすんだよ、コンジョーもたりねーんか。ここはちっと挑発して、やる気を出させるしかねぇな。そんで俺は失望の眼差しを送り、やる気の出る呪文を唱えてやる。

 

 

「根性なしめ、それで俺の息子だと? 俺はがっかりしたぜー、そんなんじゃ永遠に俺は超えられねぇ」

 

「くっ……や、やってやらぁ!!」

 

「うんうん、それでいい、その調子だ」

 

 

 息子のやつぁ、俺を超えることが目標みてぇだかんな。親としちゃうれしいが、簡単には越させねぇぜ?俺を超えたきゃ、今の三倍の修行はやってこい。俺は半分馬鹿にした態度で腕を組みながら、さっきとは逆に首を上下に振る。

 

 馬鹿息子も早く終わらせて休みたいみてーだし、さっさと移動するために、川の近くにある林へと、せっせと足を運ぶ。

 

 

「よし、移動するぜ、ついてきな」

 

「一発合格してやらぁ!」

 

「くっくっく、できりゃいいなぁ」

 

 

 滝が流れる川から少し離れた林の中に、ロープに吊るされた丸太が大体20本ほど並ばせてある。こいつが、丸太避けの修行だ、ニンジャみてーでカッケー修行法さ。これを避けきれるようになれば、さらに数を増やす予定だがね。すると馬鹿息子はやる気を引き出すように叫びだした、うるせぇ。

 

 

「うおおおお、やらせていただきます!」

 

「おう、やれや」

 

 

 俺が全部の丸太を瞬間的に蹴り上げ、すごい速度で丸太が揺れる。全部で20本ぐらいあるだろう動く丸太の道の前に、息子が立っているのがわかる。さぁ、避けてみな、テメェの修行の成果ってやつを俺に見せてみろ!そして俺の合図と同時に馬鹿息子が動く丸太の道を突っ切ろうと走り出す。

 

 

「ぐおおっ」

 

 

 馬鹿息子は20本近くある、高速で動く丸太の道をギリギリ、本当にギリギリで回避しつつ進んでいる。ギリギリとは言ったがあれでいい。

 

 ギリギリというか、少ない動きで回避するのが、この修行の重要な部分だ。最小限でありながらすばやく動き、さらに正確な判断力で、確実にゴールに近づいているようだ。

 

 やるねぇ、この修行法は馬鹿息子がクリアできねーで悔しがってたからな。必死こいて練習を重ねたに違いねぇ、でなきゃここまで綺麗に進めねぇぜ。

 

 そう考えていると、息子はあろうことか、マジで一発合格しやがった……。馬鹿息子の近くに寄り、柄にもねぇが俺の中では、惜しみない賞賛を送ってやる。

 

 

「なんだよ、やれるじゃねぇか。おつかれさんよ、けーって休むぞ」

 

 

 でもって、俺は修行の終了を宣言し、帰路に着く準備を始めた。しかし馬鹿息子は、いまだ合格したことに実感が無い様子で自分の両手を見ながら震えているようだ。ドンだけうれしーんだよ。

 

 

「お、おう、俺やれたんだな!?」

 

 

 何言ってんだよ、やれたからここにいるんだろうが。帰りたくねぇのか?だから帰りたくなる呪文を、そこで唱えてやった。

 

 

「できたっつってんだろ?さらに修行増やすぞ?」

 

「ひっ、帰って休むぜ!」

 

 

 けっ、帰るときになると元気になりやがる。まったく、このクソ息子め、滝登りの修行のときより動きがいいぜ。次の修行はさらにハードなやつ決定だなこりゃ。そんな風に考えていると、馬鹿息子が突然震えだした。

 

 

「親父ぃ、すげー薄ら寒いもん感じたぜ……?」

 

「あ?気のせいだろ?」

 

 

 いい勘してんじゃねーか、これだからこいつを鍛えるのはやめれんな。くっくっくっ、早く俺の目の前に上ってこいや。楽しみにしてんだからよ。と、すでに夕焼けが落ち始めて、あたりは暗くなって来たな。さっさと帰って飯食って寝るか。

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *スタンド使いの転生者と少女*

 

 

 俺の名前は東状助(あずま じょうすけ)、転生者ってやつだ。

 

 死因はまったく覚えてねぇ、なんたって突然死んだらしいからな。それが神のミスみてーでよぉ~、お詫びとして特典二つもらって転生させられたぜ。お詫びならよぉ~、自分の世界で生き返してくれってんだよなぁ~!

 

 

 もらった特典はジョジョの奇妙な冒険Part4の主人公「東方仗助」のスタンド”クレイジー・ダイヤモンド”と、同じ作品の出典で「トニオ・トラサルディー」のスタンド”パール・ジャム”だぜ! どちらも回復特化で便利っちゃー便利だかんなぁ~。

 

 ただ、パール・ジャムのほうは料理がうまくねぇと効果が発揮しづれぇのが難点だな。まぁ、そこは俺の料理の腕しだいってわけだから、頑張ればなんとかなるさ。

 

 

 それよりよぉ、最近の悩みは特典が動かせるようになったのはいいんだがよぉ~髪型がどんどんリーゼント(サザエさん)みてぇになっていくってことだぜ~ッ!

 

 まあ、俺は仗助みてぇに、髪型の話題だけでキレねぇから問題ねぇけどよぉ。ずっとリーゼント(アトム)ってのは、ちと問題じゃねーかぁ?ま、でかくなったらまた考えりゃいいか、今は放置すっかね。

 

 

 しかし、この世界がまさか”ネギま”だったなんてよぉ~! スタンドも月までブッ飛ぶこの衝撃ッ! たまげたなぁ~!

 

 ネギまの世界とか、ミスったら火星と地球が大戦争するやべぇ世界じゃあねぇかよ! なんで、こんな未来に希望が持ちにくい世界に転生させやがったんだッ!

 

 正直この能力で生きていけるか、すでにすげぇ不安だぜ……ぜってぇやべぇ! 神の話じゃ転生者もいっぱいいるらしいし、マジでグレートな状況だぜ……。

 

 

 ふぅ~、やれやれ……。考えたってしかたねぇか。なるようになるしかないぜ。と、思ってたんだがよぉ……。神ってやつぁ俺のことが嫌いみて~だなぁ~!!

 

 

 まさかとは思ったが、このクラスに主要人物(アスナ)が入って来るなんてよぉッ!

 つまり原作通りなら”雪広あやか(ブルジョア)”もこのクラスってことじゃあねーかーッ!

 

 つーか普通にいるしよぉ~! 現実逃避してて目を逸らしてただけだがよぉ~~!! うおおおぉぉぉ! 無敵のスタープラチナで何とかしてくださいよぉ~~~ッ!? くそー……、マジかよグレート……。先行き不安になってきたぜェ~~!

 

 だがよぉ~、アスナの姓がちげぇみてーだな。原作だと”神楽坂(かぐらざか)”だったはずだろう?

 

 ここだと”銀河(ぎんが)”になってやがる、転生者が他にいるってことは、その”()()()”かぁ~?!

 

 まぁ、あんま差がね~みてぇだし、今んとこ大きな違いはねぇな。まてよ、確かこの場面って原作でも多少重要なイベントがあった気がするが、どうだったかなぁ~? 思い出せないってこたぁ、そこまで重要でもなかったのかもしれねぇぜ。

 

 ん? なんか、あやかのヤツがアスナにいちゃもんつけ始めたぞ!? おいおいおいおいおい、こりゃアレか? ”()()”かぁ~!?

 

 

 グレートな状況だぜ……、あやかとアスナが喧嘩し始めやがった!! 誰か! 誰か説明してくれよぉ~! たしかに原作でもこんなんだったがよぉ~!

 

 しっかも、段々攻撃のしかたがガチになってきてっぞオイッ!! 誰かとめるやつはいねぇのかよ!

 

 やべぇ、エキサイトしてきやがった! おい誰か! 誰か止めてやれ! 俺はヤだぜ! 関わりたくねぇからな!!

 

 ギニャ! なんだこのクラスは! 止めるどころがノリノリでどっちが勝つかで金まで賭け始めやがった! 頭がいてぇー! この年で賭け事とか、ろくな大人になれねぇぞコラァ!

 

 うおおおおお! どっちもボコボコじゃねーかー!! どうしてこうなったんだ! ちくしょうっ!!

 

 俺のスタンド使えば傷なんて治せっからいいが、いややっぱやめとくぜ、関わりたくねぇし。特殊な能力があるってバレたら、いろいろメンドくせぇしなぁ~……。

 

 しかし、もどかしいぜぇ……、治す能力揃えたってのに、美少女の傷ひとつ治せねぇなんて、マジで情けねぇ~。

 

 まッ、ひどい怪我じゃなさそうだし、喧嘩に痛みがねぇってことはねぇからな。これを期に反省して喧嘩なんてやめりゃいいのさ……。そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 

 今日もようやく騒がしい学校が終わって、そそくさと帰路へ着く。入学してから何週間かすぎた気がするけど、クラスでの大きな変化はあまり無い。

 

 ……学校で社会勉強をしてこいと言われたけど、毎日喧嘩しかしてない気がしてきた。喧嘩の相手は、雪広あやか(いいんちょ)っていうナマイキなガキ。目つきが気に入らないとか、態度が気に入らないとかで、一々つっかかってくる。

 

 そんなんだから、ガキだって言うと、さらにムキになってつっかかってくる。私もそのガキの挑発に乗って、つい取っ組み合いをしてしまう。

 

 ……最近、それにも慣れてきて、むしろ喧嘩がない時のほうが落ち着かなくなってしまった。でも、そのせいで、毎日傷だらけで、傷が無い日がまったくないんだけども。だけど、メトゥーナトさんが喧嘩してできた怪我は

 

 『喧嘩での怪我を治してしまったら、相手に対してフェアではない。対等な立ち居地でこそ意味があるのだ。その傷は反省とともに、自然に治るまで我慢するんだな』

 

 とかすこしキザなこと言って、絶対に魔法で治療してくれない。

 

 喧嘩には喧嘩の美学があるみたいな感じに言ってるし、初めて喧嘩したときも”喧嘩ばかりするな”って言ってたけど”喧嘩を絶対にしてはならない”とは言われてないし、むしろ喧嘩を推しているの?

 

 ……確かメトゥーナトさんも、メトゥーナトさんが、いつも”馬鹿”って呼んでる”熱海龍一郎さん”と喧嘩ばかりしてたっけ。会うごとに睨みあって、売り言葉に買い言葉で、最終的に訓練場で戦ってた。

 

 ……しかし、あれが俗に言う好敵手(ライバル)っていうやつなのかもしれない。

 

 

 ……ん?するとあのガキは、まさか私のライバル……!?

 

 

 確かに、私が本気を出せば、指先ひとつでダウンだけど、それじゃ大人気ないから同じぐらいの力で対抗したけど、こっちも無傷とは行かないあたりやり手ではあるのかな?

 

 ……そう考えると、ほーんの少しだけ、あのガキに興味が出てきた。

あのガキは何なのか、目つきがどうだ、態度がどうだってつまらない理由で、どうしてそんなに毎日毎日突っかかってくるのか。聞けば教えてくれるだろうか、教えてくれなければ実力行使するだけだけど。明日早速聞いてみよう、教えてくれるかは別として。

 

 っと、いつの間にか家の前についていたみたい。考え事していると時間がたつのが早い。私はこの小さな手でドアノブをひねり、扉を開けて中に入る。

 

 

「……ただいま」

 

 

 大きな声ではないけど、メトゥーナトさんに聞こえるようにただいまの挨拶をする。すると、黒い髪に黒い服のメトゥーナトさんが、玄関へ出迎えに来てくれた。いつもは仮面をつけてるけど、麻帆良(ここ)でははずしているみたいで、40代ぐらいな感じに老けていて、それでも美形と言える顔がこちらを見ている。

 

 

「おかえり、……また喧嘩したのか? ……本当に毎日懲りないものだな……。怪我が治っても、また新しい怪我が増えるだけではないか?」

 

 

 毎日喧嘩しているとは言え、今日も喧嘩したかのような言い方。まあ、毎日喧嘩してるから間違ってないし、今日も喧嘩したし。でも、それはメトゥーナトさんが言ってもあまり説得力がない気がする、絶対言わないけど。そして、私はライバル候補を見つけたことを、無い胸を張って説明する。

 

 

「メトゥーナトさん、いつものガキが私の強敵と書いて友(ライバル)と呼ぶに相応しい相手かもしれない」

 

 

 そう言うとメトゥーナトさんは、いったい何を言っているのかわからないというような表情をしながらも、小さく微笑んでいた。

 

 

「……そうか、それはよかった。しかし前にも言ったが、この場所では家の中とはいえ、一応”銀河来史渡(ぎんが きしと)”と呼んでほしいところだ」

 

 

 そうだったっけ、すっかりわすれてた。次からは気をつけるとしよう。しかし、”よかった”とはいったいどういう意味なのか。ライバルが見つかることが、よいことなのだろうか。

 

 そう考えながら、メトゥーナトさんに見送られつつ自分の部屋へと歩いていった。部屋へ行く途中、よく聞こえなかったけど、メトゥーナトさんが何かつぶやいていた。

 

 

 ”彼女もようやく友人ができたようで、うれしいかぎりだ”

 

 

 明日絶対に、ガキが何なのか問いただしてやろう。

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *大地の戦士*

 

 

 ワシの名はギガント・ハードポイズン。アルカディア帝国、皇帝陛下直属の部下だ。

 

 そしてNGO団体”大地の宴”の団長であり、その中核を担う”大地と敬虔”のリーダーも勤めている。

 

 仲間や弟子たちと共に、魔法世界や旧世界の紛争地帯に赴き、幾多の患者を治療してきたよ。また、魔法世界では戦争で住む場所を失ったものたちに、帝国へ来ないかと呼びかけたりもした。

 

 

 ワシの姿は亜人と呼ばれるもので、ゴツい体に紫色の皮膚を持ち、顔は怪獣のような形で、髪の毛は生えてない。その代わりに、頭部に一本の角を生やし、トゲトゲしい巨大な耳が頭の左右に存在している。初めて顔を見せるものには、少しだけ驚かれるのが、気にはせんよ。

 

 この姿では旧世界へ行くときだと目立つので、変身魔法で人に変化するがね。流石にこのままの姿では、驚かれたりしてしまうからね。

 

 

 ……なぜ亜人のワシが旧世界へ赴けるかというとだな。実はワシは生粋の魔法世界の住人ではない。転生者の”特典”として存在したものだ。ワシの前の(トレーナー)はもうこの世にはおらんだろうが、まあその話はどうでもよい。そこらへんは、正直深く考えたくはないのでな。まあ、だからこそ魔法世界に縛られず、旧世界へと赴けるのだが。

 

 

 今、ワシがいるのは魔法世界の紛争地帯近くの医療テント群だ。大戦が終わって十数年経つというのに、いまだ紛争が収まらない地域もある。

 

 皇帝陛下が交渉し、和平を協定させたり、少数民族ならば帝国へ移住させたりと、いろいろ活動をなさっているおかげか、最近はだいぶ落ち着いてきている。だが、それでも紛争はやまぬのだ。それも仕方ないことなのだろうがな。

 

 

 ……しかし、原因は紛争だけではない。転生者が突然暴れたり、転生者同士の衝突で、街が被害に会うこともあるのだ。

 

 転生者は旧世界ではさほど暴れない、なぜなら転生前の故郷だからだ。だが、魔法世界は違う、幻想だと思っている転生者も数多く存在し、魔法世界の住人には、遠慮や配慮などをしないものも多い。

 

 それだけは、断じて許すことはできんが、突発的に行動する転生者の前では悔しいことだが、我々は後手に回るしかないというのが現状だ。だから、ワシはこうして普段は紛争や転生者の暴走によって、怪我をした人々を治療して回っておるのだ。アルカディア帝国のひとつの顔でもあるのだがな。

 

 

 この医療班のテントの村を歩きつつ、周りを見渡す。患者が今日は多いようで、人手は足りているが、みな忙しそうに動いておる。

 

 さて、ならば我が皇帝陛下から賜りしアーティファクトを使うとしよう。ワシは胸元から一枚のカードを出す。仮契約カードというものだ。この仮契約カードは皇帝陛下との契約の証、皇帝陛下からいただいた最大の信頼と恩恵。

 

 

来れ(アデアット)

 

 

 その一言でアーティファクトを呼び出す。するとワシを中心に数十体の白衣を着たものが浮かび上がる。

 

 白衣を着たものはガタイのいい成人男性の姿で、若干無機質な感じで人間味を感じづらい。これがワシのアーティファクト、総勢200体からなる、医者型のオートマトン。世界で行われている最新の医療を常に更新している、いわば最上位の医者の軍団。さらに、医療器具も大量に搭載、いかなる場面でも確実で適切な治療が可能というもの。

 

 ”国境無き医師団”、これこそがワシが皇帝から賜った無類の神器。戦闘はできぬが、ワシの仕事にあった最高のアーティファクトだ。

 

 だが、ワシ自身も別に医者としての仕事ができぬわけではないぞ?あくまで、このアーティファクトはサポートとして使っているだけだ。

 

 また、旧世界にいるときや、部下が多くいる場面では、あまり使うことはない。彼らもまたプロフェッショナルで、使う必要が無いとも言えるがね。

 

 

 そしてワシはオートマトンたちに指示を出す。するとオートマトンたちは了解の声とともに分散して行った。

 

 

「ギガント様」

 

 

 気がつけば隣に少女が立っており、小さな声でワシを呼んだ。頭に特徴的な二つの角、長く伸ばした髪に、いつも目を瞑っており、まだ幼いが美しい顔の少女。その彼女の名は”ブリジット”という。

 

 

 彼女はワシの弟子であり、医療班のマスコットみたいなものだ。

 

 ……彼女との出会いは数年前まで遡る。彼女の集落は深い巨大樹の森の中だ。あの時、そのあたりで、きな臭い情報をつかんでいた。連合の駐留軍が、種族間の対立を煽っているという情報だった。

 

 それが原因であったのか、その集落は何者かに襲撃されていたのだ。一歩遅かった、そうワシは思い生き残りを探しつつ、森を移動した。

 

 すると一人の少女が、震えながら木の根の影に隠れているではないか。彼女の種族の角は、高い効果を発揮する薬の材料で、高く裏取引されているものだ。

 

 襲撃者は角を取りながら、復讐だと言っていたが、そこはどうでもよい。その少女が見つかりそうになっていたので、とっさに体を動かした。彼らを精霊の力でねじ伏せ、さっさと退場してもらったのだ。その時、彼女を引き取り弟子にしたのだ。

 

 

「どうした。何か問題でもあったか?」

 

「いえ、特に問題はありません。アーティファクトの練習の許可をいただきたいと思いまして」

 

「ふむ、そうだな……。許可しよう、さあ弾いておくれ」

 

「ありがとうございます。では……」

 

 

 彼女はそう言うと仮契約カードからアーティファクトを呼び出し、曲を奏でる。ワシが主として仮契約して、彼女が得たアーティファクトが”穏和の竪琴”というものだ。

 

 その効果は、それを使って弾いた音楽を聴いた相手の敵意や苦痛などを発散させ、安らぎを与え、心を穏やかにするというものだ。

 

 まあ、演奏をうまく奏でられないと効果が薄いのだが、彼女は必死に練習しておる。今ではなかなか心地よい音楽を奏でるようになった。彼女の練習で、周りが静かになったようだ、よいことだ。

 

 

「なかなか上達してきたようだな。師として、弟子の成長はうれしいものだ」

 

「いえ、この程度ではまだまだです。もっとうまく弾けるようになって、完全に使いこなして見せます」

 

「謙虚に振舞い、自らを高めることはよいことだが、あまり無理をしてはならないぞ?」

 

 

 無理はよくない、せっかく鍛え上げても体を壊しては意味がないのだ。すると彼女は「はい」と言って、もう一曲弾き始める。

 

 ……最初のころとは大違いだ、よくここまで進歩したものよ。美しい音色を聴きながら、そう考えているとどうやら弾き終わったようだ。

 

 

「見事だ、あまりにも見事だ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 ワシは彼女の曲を賞賛しつつ拍手すると、彼女は照れくさそうにしつつ、ペコリと頭を下げた。

 

 さて、こうしているだけでは、仕事をオートマトンたちに任せているだけの無職(ニート)のようだな。ゆっくり、見回しながら歩き出すと、彼女もそれに釣られてワシの後を追う。すると、地平線の彼方から地面を滑空するバイクに乗ってやってくる集団があった。

 

 

「ヒャッハーッ! 水だァー! 食料だァー!」

 

「奪え奪えー!」

 

「ヒヒッ! 俺様のかわいい爆弾ちゃんに挨拶しな!」

 

「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のものだァー!」

 

 

 ……最近紛争地帯で火事場泥棒のごとく、荒らしていると噂されている集団。たしか名前が”世紀末特攻野郎”だったか。

 

 数はだいたい5~6人程度のようで、全員赤色のモヒカンという髪型に、柄の悪いサングラス、肩に棘がはえた肩パッドを装備している。しかも、わけがわからんことを叫ぶ、とんでもなく迷惑な連中だ。

 

 やつらはこっちをターゲットにしたのか、近づいてきた。ブリジットはあの集団に恐怖したのか、ワシの背後へ回っていた。

 

 

「ギガント様……」

 

 

 おびえた表情でワシを見上げる彼女の頭にそっとワシのゴツい手を乗せて安心させる。

 

 

「このワシがいるのだぞ?何を心配する必要がある?」

 

 

 そう言うと彼女は納得したらしく少しだけ不安げにしながらも、微笑んだ。

 

 ワシはやつらを退治するため、仮契約カードのオマケ機能である衣装の変更を使い、フルプレートの鎧を着込み、彼女にここで待っているよう伝える。

 

 さて、やつらを退治してくるか。

 

 

「ヒャッハー! おっさんなんて蹴散らすぜー!」

 

「電動ノコが血をすいてぇって言ってるぜぇー!」

 

 

 久々に体を動かすとしよう。ワシの戦闘スタイルは基本的にカウンターだ。あえて、相手の攻撃を受けた後、倍にして返すというものだ。

 

 

「俺様の爆弾ちゃんを食らいな!!」

 

「ヒーハーッ! 汚物は消毒だァーッ!」

 

解体(バラ)してやんよ!?」

 

 

 全ての攻撃がワシに命中する。爆弾の爆発により視界が妨げられたようだが何、気にすることはない。

 

 

「あっけねぇーぜ!」

 

「終わった、何もかも」

 

「やった! 第六話完!!」

 

 

 ……この程度でワシを倒したと思っているらしい。ワシは装着している鎧を発光させて、受けた攻撃のエネルギーを増幅する。

 

 これがワシの力”ギガントアーマー”というものだ。ネーミングが安直だとか、そういう話は聞かぬからな。その受けたエネルギーを、両腕に集中させて大きく腕を広げ、そのままやつらの中心へと瞬動を利用して突進する。

 

 

「”豪腕の鉄槌(アームハンマー)”」

 

「「ドギャスッ!?」」

 

 

 まず二人を両腕で捕らえ、そのまま数回自分の体を中心に回転し、振り回す。そして、その勢いで別々に構えている二人に向かって投げ飛ばしてやる。

 

 

「”投げつける(ジャイアントスイング)”」

 

「「オッパァァァーッ!?」」

 

 

 投げ飛ばした二人は、構えていた二人と衝突し、四人とも地面に転がったようだ。ワシはその回転の勢いを乗せたまま、地面に両拳を突き刺す。

 

 

「”地震(アースクエイク)”」

 

「「ホゲェェェェェッ!?」」

 

 

 地面に尖った隆起ができ、鋭く尖った地面が残りの二人が襲いそれに直撃し、尖った地面の上でぶら下がっておる。さて、トドメの一撃だ。ワシは足に力を入れ、そのまま地面を踏みしめ、大地の精霊を呼び起こす。

 

 

「”大地の力(エレメンタルアース)”」

 

「「「「「「ヤッダアアアバアアァァァァッ!!!?」」」」」」

 

 

 大地の精霊の力により、地面からすさまじい衝撃波が発生し、やつらをまとめて上空に吹き飛ばし、そのまま自由落下した後、地面に叩きつけたのだ。そして、やつらは白目を向いてピクピクと痙攣しており、完全に気を失っているようだ。

 

 

「何、職業柄、殺しは好きではないのでね。しかと法に基づき、裁いてもらうのだな」

 

 

 さて、こいつらをふん縛って、帝国の牢獄にでも放り込んでもらうか。そう考えつつ、部下を呼んでこいつらを預けた。

 

 

…… …… ……

 

 

オリ主名:熱海龍一郎(あたみ りゅういちろう)

種族:人間

性別:男性

技能:我流格闘術

能力:真の熱血(パシャニット・フレイム)

元ネタ:親父系師匠熱血キャラ全般

 

 

オリ主名:熱海数多(あたみ あまた)

種族:人間

性別:男性

技能:我流格闘術

能力:真の熱血(パシャニット・フレイム)

元ネタ:息子系弟子熱血キャラ全般

 

 

転生者名:東状助(あずま じょうすけ)

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:20代前半のフリーター

体質:絶対髪型リーゼント

スタンド名:クレイジー・ダイヤモンド、パール・ジャム

特典:ジョジョの奇妙な冒険Part4のスタンド、クレイジー・ダイヤモンド

   同じ作品内のスタンド、パール・ジャム

 

 

オリ主名:ギガント・ハードポイズン

種族:半不死者

性別:男性

技能:我流戦闘術

能力:精霊からの最大恩恵と無敵装甲ギガントアーマー

アーティファクト:国境無き医師団

元ネタ:ポケットモンスター「ニドキング」




この数多少年は、3-Aメンバーよりも年上です
同世代は転生者だけで十分です


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四話 黄金のサーヴァントと少女

テンプレ18:ご都合主義(かみのて)によるサーヴァント召喚

テンプレ19:ご都合主義(かみのて)によるサーヴァントの維持

テンプレ20:原作開始前に二人の仲裁

ここから基本、三人称になります


 近衛詠春と赤蔵陽明の会談は、近衛木乃香が陰陽術を習いつつも、今は平穏に暮らすことで決着がついた。

 

 近衛木乃香は赤蔵覇王とその祖父陽明の弟子として、陰陽術を習うことになったのだ。

 

 覇王は木乃香が子鬼をO.S.(オーバーソウル)できるかを試し、シャーマンとしての適正があれば、シャーマンとしても伸ばし、最終的に前鬼、後鬼を預けてもよいかと判断した。

 

 しかし、ここに何故かあの刹那が、木乃香に抱きつかれてアワアワしている。なぜだろうか、刹那は川でおぼれかけた木乃香を助けられず、彼女から離れていたはずだ。

 

 これには深い訳があり、桜咲刹那がまだ、それを名乗る前の時まで遡る。

 

 

…… …… ……

 

 

 桜咲刹那は忌み子である。

 

 髪は白く、目は赤く、そして人には無い白い翼が背中にあった。彼女は烏族と人間のハーフという特殊な存在であり、烏族は白い翼を持つ彼女を忌み子として追放したのだ。

 

 

 この桜咲刹那となる前の幼い少女は里から追放され、路頭に迷っていた。お腹をすかせ、疲れきっていた彼女は、フラフラと、行くあてもなく、ただ、闇雲に森の中を彷徨うのみであった。

 

 そこに、青白い光が見えたので、そこに行ってみると膨大な魔力が渦巻く魔方陣が浮かんでいた。彼女は、力尽きその近くにうなだれ、このまま死んでしまうのかと思い”死にたくない”と強く念じ、叫んだのだ。

 

 

「誰か、助けてぇ……!」

 

 

 するとその青白い魔方陣から、なんと筋肉質の大男が現れたではないか。ゴールデンな金髪のオカッパの頭、サングラス。白シャツに黒い|ズボン。そしてなんと言ってもやっぱり筋肉。明らかに不良。ヤンキーがそこに立ってた。

 

 

「よ、おお? あんたがオレの大将(マスター)か?」

 

 

 突然現れた男は、少女を見てギョッっとしながら、そう質問した。なぜ、ギョッっとしたかというと、背中に白い翼が生えていたからではく、単純に、幼い少女がマスターらしき人物だったからだ。

 

 そして、刹那はまったくわからなかった、何が起こっているのかわからなかった。だから、適当に返事をしてしまったのだ。

 

 

「え? あ、はい」

 

「んむ、そうみてぇだな。ところで、どうしてこんなところに?」

 

 

 この大男は刹那にこう質問すると、忌み子として追放されたことはあえて言わなかったが、お腹がすいて、しかも疲れて動けないと説明した。すると大男はとてつもなく驚き慌てだした。

 

 

「何? 本当か!? なら、食い物を買ってくればいいんだな!?」

 

 

 大男は完全にテンパっていたので、何か忘れていた。

もっとも、買い物という取引に必要なものだ。

 

 

「あの、お金、あるんですかえ?」

 

 

 そう、お金が無ければ食い物など買える筈は無い。今さっき召喚されたばかりの大男に、そのようなものはなかった。

 

 

「うおおお!? (ゴールド)がねぇ?それじゃ駄目じゃねーか!(ゴールド)おおお!!こんな幼い大将一人助けられないっつーのか!?」

 

 

 大男は(ゴールド)(ゴールデン)といってのた打ち回っていた。刹那は、その様子を見ると、すこし元気が出てきた。と、そこへ骨ばってすこしやせた顔をした、メガネの男性が現れた。彼の名は近衛詠春。青白い魔力を察知してやってきたのだった。

 

 

「えーと、この状況はどういうことでしょうか?」

 

 

 詠春はのた打ち回る大男が白い翼の少女に漫才をしてるようにしか見えなかった。と、刹那と大男が、詠春に気がついた。

 

 

「うおおお、頼む!! オレの大将を助けてやってくれ!!」

 

 

 次はなんと、大男が突然土下座して、大将を助けてくれと言って来た。大将とはきっと、その近くであわてている少女のことなのだろうと察した。

 

 

「事情はわかりませんが、……いいでしょう。では、私の屋敷へ案内しましょう」

 

 

 そうすると詠春は快くそれを承諾し、屋敷へと案内してくれるという。人がよすぎだろう、こんな怪しい大男を連れた、羽付きの少女をそのまま預かるなどと。

 

 だが、それが詠春の美徳でもあった。大男は少女を担いで、彼についていくことにした。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこから遡ること数十分前、ここには一人の赤茶けた髪をした少年がいた。彼は、鶏の血で魔方陣を描き、なにやら詠唱を始めたのだ。

 

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)、繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 

 正直怪しいことをしてるようにしか見えない少年は、なにやら儀式を行っているようだった。しかし、そこへ邪魔が入る。

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤n」

 

「君、ここで何してんの?」

 

 

 なんということだ、呼び出したのはおまわりさんだった。近くに居た住民が、一人で山に入っていく怪しい少年がいると、交番に通報したのだ。

 

 怪しい、と言うのは単純に、鶏と鉈を握り締めて山へ向かって行ったからだ。そんなものを持ってる幼い少年なんぞ、不気味としか言いようが無い。

 

 また、少年の年齢は低く5歳ぐらい故に、一人山に入るのは危険だと判断され、こうしておまわりさんが探しに来てしまったのだ。

 

 そしておまわりさんは、この青白い光をただのいたずらと判断してしまったらしい。その彼はポカンとしつつ、質問に答えたが、その答えが悪かった。

 

 

「え? サーヴァントの召喚ですけど?」

 

「……意味がわからないことを言って、大人をからかうんじゃない。事情を聞きたいから、交番まで来ようね」

 

「ちょ、ちょっとまって!? もうちょいで召喚できるからさ!?」

 

 

 彼は焦った、あと少し呪文を唱えるだけで召喚できるはずが、おまわりさんに捕まって、あろう事か連れ去られてしまったのだ。

 

 

「なんでさ!?」

 

 

 そして、先ほどに戻って、刹那がやってきてしまったというわけだったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 あれから少女が、髪を黒くし赤い目を隠し”()()()()”となり、近衛木乃香と出会い、友達になった頃のこと。

 

 

「よう! 大将! 元気してるか?」

 

「はい。ところで、昨日はどうでした?」

 

「ああ、久々の京だったが悪くなかったぜ!」

 

「そうですか」

 

 

 突然大きな声で幼き刹那へ挨拶するは、筋肉質な大男。そんな男へと、刹那は疑問を投げかけた。それは昨日、その男が急に出かけると言いだし、それの許可を頼んできた。

 

 刹那は別に彼がどうしようと縛る必要も理由も無いので、快く許可した。その時一緒に来ないかと誘われたが、刹那はあまり人前に出たくなかったので、それは断ったのだ。その時の男は、背丈に似合わずとてもガッカリした様子であった。

 

 男はその問いにテンション高そうに答えた。久しぶりの京都なので、ふらりと見て回っていたと。随分とまあ変わってしまったが、変わらぬ場所もあるもんだと。

 

 とはいえ、この男は刹那のサーヴァント。マスターを放置して、遠くまで行く気はない。刹那がこの生活に慣れて来たし、詠春に刹那のことを頼んでおいた。なので、少しの間ならマスターから離れても大丈夫だと考えて、京都を見て回ったのだ。

 

 

「そうやった。ずっと聞きそびれてしもーとりましたが、あなたは何者なんです?」

 

「お、オレとしたことが、スッカリ忘れてたぜ!」

 

 

 ふと、刹那は思った。この目の前の男は何者だろうか。中々タイミングが合わず、ずっと聞きそびれていたことだ。男も説明しようと思ってはいたようだが、ついうっかり忘れていたらしい。

 

 

「オレは大将に召喚された()()()()()()、クラスは”狂戦士(バーサーカー)”ってんだ」

 

「え、あ、はぁ……」

 

 

 それを尋ねれば、バーサーカーと自ら名乗った。

刹那に召喚されたサーヴァントだと言った。輝かしい白い歯を見せて笑いながら、それを豪語した。

 

 やはり刹那には、何がなんだかわからなかった。サーヴァントとはなにぞや? バーサーカーとはなんぞや? あの召喚は事故のようなもので、刹那が意図した訳ではないので、まったく理解できなかった。

 

 さらに、突然バーサーカーと名乗るこの金ぴかなヤンキーの大男は、バーサーカーの癖にやけに理性的だったからだ。

 

 ……まあ、最初の出会いでのた打ち回っていた、あれがそれなのかもしれないが。

 

 

「んまあ、気軽に”ゴールデン”って呼んでくれてもかまわねぇ。むしろそっちの方がいい」

 

「はぁ……」

 

 

 だが、バーサーカーと名乗ったのにもかかわらず、さらにゴールデンと呼んでくれと言い出した大男。どこまで(ゴールデン)が好きなのだろうか。刹那も多少なりに呆れていた。が、刹那は一つ気になった。

 

 

「えっと、その、”サーヴァント”や”クラス”とか言うんはどないなものなんですか?」

 

「おう、そいつはなぁ……」

 

 

 刹那は先ほどのバーサーカーなる男の話の、”サーヴァント”と”クラス”という言葉が気になった。当然の疑問だ。

 

 バーサーカーなる大男はとりあえず最初から最後まで刹那に説明したのだが、やはり彼女はまったくわからなかった。当たり前である。幼い少女なのだから。

 

 それに、バーサーカーは自分を馬鹿だと思っている。説明があまりうまくなかったのだ。

 

 

「まぁつまりだ、大将を守るのもオレの仕事ってわけだ」

 

 

 それならわかりやすい、単純に言えば護衛というやつか。しかし、それなら自分より、友人となった木乃香を守ってほしかった。

 

 

「それなら、ウチの友達、このちゃんも守ってください」

 

 

 それは願いだった、刹那は友人である木乃香を守りたかったのだ。

 

 

「おう、いいぜ? サーヴァントはマスターの命令には従うもんだ! それにオレは子供の味方だからな! オレが近くに居る間は、絶対に守ってやるぜ!」

 

 

 声を張り上げ、絶対宣言をするバーサーカー。刹那はこのバーサーカーに微妙に不安になりながらも、木乃香を守ってくれるという、誓いを立ててくれたことにうれしくなった。

 

 ……ただ、ひとつだけ不満があった。

 

 

「あの、その大将って呼び方、恥ずかしいんやけども……」

 

「何ィ? 嫌だったのか!? そんじゃ、大将はなんて呼べばれたいんだ?」

 

 

 大将なんて、街中で呼ばれたらそりゃ恥ずかしいものだ。だから、そうだ名前で呼んでもらおう。

 

 

「なら、名前で、”刹那”でお願いします」

 

「おう! これからよろしく頼むぜ! 刹那!」

 

 

 ここでようやく主と従者の契約が完了したと言ってもよかった。しかし、その守ってほしいと頼んだ木乃香が、彼にとって、とんでもないものだった。

 

 

「あれがこのちゃんって子か」

 

「はい、ウチの友達のこのちゃんですえ」

 

「中々いい子みてぇじゃんか。んなら、しっかり守ってやらねぇとな!」

 

 

 バーサーカーは幼き木乃香を見て、とても可愛らしいお人形のような子だと思った。それに優しそうで、とてもいい子に見えた。確かに刹那の友人になってくれる、そんな感じを受けた。

 

 それ以外にも、なにやらゆるそうな、ちょっと天然と言うかふわふわした感じにも見えたのだが。

 

 ならば、やることは一つ。彼女をきっちり守ってみせる。バーサーカーはしっかりと、決意を高らかに語った。意気込みを叫んだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 それからしばらく経った、ある日のこと。

 

 突然刹那が剣の修行に没頭し、友人の木乃香を避けるようになったのだ。これにはバーサーカーも驚いた、なにせあんなに仲良くしていたのだから。いったい何があったのか、刹那に聞いても教えてはくれなかった。

 

 バーサーカーはヒーローであろうと心がける男だ。このまま彼女たちが、仲違いしたままというのは、後味が悪すぎる。だから、刹那に何があったかを知るために、木乃香のほうに話しかけてみた。

 

 

「よう! 刹那から聞いていると思うんだけどよ、オレはバーサーカーってんだ、よろしくな」

 

「ほえ? バーサーカーはん? ウチはこのえこのかって言-ます。こちらこそ、おおきにー」

 

 

 バーサーカーは元気よく木乃香へと挨拶した。

挨拶はとても大切なものだ、第一印象も重要だ。バーサーカーはニカッと笑い、木乃香を怯えさせぬよう話しかけたのだ。

 

 木乃香もバーサーカーのことは刹那から聞いていた。筋肉質な大男、ヤンキーみたいな風体だが、とてもやさしく頼りになると聞いていた。

 

 確かに見た目はヤンキーだ。やることなすこと全部豪快な感じだ。ただ、それを感じさせない、やわらかい印象を木乃香はバーサーカーから受けていた。刹那から聞いたとおり、見た目に反して温かみのある人物だと木乃香は思った。

 

 

 

「まっ、ゴールデンって呼んでくれ!」

 

「ゴールデンはんかー、それもええなー」

 

 

 そして、お決まりの台詞。ゴールデンと呼んでくれ。バーサーカーは木乃香へもそう話した。

 

 木乃香もゴールデンという言葉に反応し、ニコニコと笑って見せた。こうして少しずつだが、バーサーカーは木乃香へと絆を深めていったのだ。

 

 

「ところでよぉ……。なんか最近、刹那の様子がおかしいんだが、どうしてか知ってっか?」

 

「……それがウチもよーわからへんのや……。ウチが川でおぼれそうになってから、せっちゃんは顔を合わせてくれへん……」

 

 

 バーサーカーは木乃香とある程度親密になったことを悟り、本題を切り出した。

それはマスターである刹那のことだ。最近の刹那はどこかおかしい。その理由を知っているかどうか、木乃香へ質問したのだ。

 

 だが、木乃香にもその理由がわからなかった。自分が川で刹那と遊んでいた時に、そこでおぼれそうになった時から、刹那の様子がおかしいことは知っていた。それでも刹那の内心を知ることができなかった木乃香は、理由がわからないのだ。

 

 

「そいつは困ったなあ、でもなんか少しわかった気がするぜ。で、でもよぉ、泣かれると困るぜ……」

 

「う、うん……。すまへんなー……」

 

「別に気にするこたぁねえよ。でもこのかちゃんもわからない理由か……」

 

 

 バーサーカーは泣き出しそうになる木乃香に慌てつつも、要点を聞き出したし、納得していた。ああ、そういうことか、と。

 

 木乃香も人前でぐずついたことをちょっと恥ずかしく思い、涙を拭ってバーサーカーへと謝った。バーサーカーが困った顔で慌てていたからだ。

 

 バーサーカーは特に気にしないと言う態度で、再びニカッと笑って見せた。ただ、木乃香も知りえない刹那の変化、さてどうしたものかと思った。もしかしたら、バーサーカーはふとそれが頭に浮かんだ。ならば次にどうするかを考えた。

 

 

「なぁ、このかちゃん……。ここはオレに任せてくんねぇか?」

 

「うん……」

 

 

 木乃香はバーサーカーの作戦に相乗りした。さあ、次は刹那にあってもう一度話そう。

 

 

…… …… ……

 

 

 ……そこは関西呪術協会、総本山の一室。バーサーカーが刹那を、この場所に呼び出したのだ。

 

 

「あの、バーサーカーはん。お話って、なんでしょうか?」

 

「あぁ、なに。このかちゃんに事の詳細を聞いてな。どうして、会ってやらねぇのかと思ってよ。いったい、どうしたってんだ?」

 

 

 バーサーカーは直球で、とりあえず質問した。しかし、つっぱねられて答えが聞けない。しかし、刹那はバーサーカーをゴールデンと呼ぶ気はないらしい。というか、ゴールデンって何だろうか、と考えてちょっと恥ずかしいと思ったからだ。

 

 

「……バーサーカーはんには、関係ありまへん。それでは失礼します」

 

 

 もう、話すことはないという感じで、部屋から出て行こうとする刹那を、とりあえずでかい体で阻止しつつ、バーサーカーはもう一度話をした。

 

 

「……なして、そんなにかまうんです?」

 

「だって、今の刹那は明らかに無理してるじゃんか。一目でわかるぜ、本当は一緒に遊びてぇんだろ?」

 

 

 バーサーカーは精神年齢が子供に近い。だから子供の気持ちがよくわかるのだ。刹那が自分の気持ちを殺して、剣の修行に没頭しているのがわかっていたのだ。だから、どうしても自分に正直になってほしかった。

 

 

「……そうや、ウチやって、そうしたい」

 

「だったらよ、そうすりゃいいじゃん! どうして、そうしねぇんだ?」

 

「でも、あの時守れへんかった! せやからもっとつよおなって、このちゃんを、しっかり守れるようなりたいんや!」

 

 

 バーサーカーは納得した。刹那は木乃香を守れなかったことを後悔し、次こそは失敗しないよう、力を付けたくなったということを。だが、バーサーカーは納得できない部分があった。だから、すこしだけムキになってきてしまった。

 

 

「そりゃいいことだが、そのこのかちゃんが悲しむのはよくねぇ……。それに、強くなっても一緒にいれなきゃ、守れねぇぞ!」

 

 

 このバーサーカー、子供の涙に弱かった。だから、木乃香にも刹那にも、仲良くしてもらって元気になってもらいたいのだ。バーサーカーが言った事は正しいのだが、刹那にはもうひとつ懸念があったのだ。

 

 

「……ウチには、この白い羽があるんや! みんなに嫌われて、その上このちゃんにも嫌われたら……」

 

 

 そう言うと、刹那は背中から、白い翼を生やす。刹那は木乃香が川でおぼれかけた時、この翼を使えば助けられたのに自分可愛さにできなかったことを、とてつもなく後悔していたのだ。

 

 

 また、バーサーカーは刹那のことを、詠春から聞かされていた。彼女が烏族と人間のハーフということを。だが、それでどういう扱いを受けていたかまでは聞いてなかった。

 

 

「その綺麗な羽がなんだってんだ? 刹那はハーフだってことを気にしてんのか?」

 

「当たり前やないですか!これのせいで、みんなに嫌われて、いじめられて……そして……」

 

 

 刹那は感極まって泣き出してしまった。バーサーカーは反省した、やっべ、言い過ぎた、と。泣き出した刹那に焦りつつ、謝罪をしながら自分のことを話した。

 

 

「……熱くなりすぎてわるかったよ、刹那。たしかに、それじゃつれねぇよな。でも、オレだって同じようなもんだぜ?」

 

「……え?」

 

 

 そういえば、バーサーカーは、バーサーカーとは名乗ったが真名は一回も名乗っていなかったのだ。だからこの場で教えることにした。

 

 

「オレの真名は”()()()()”……。あの、まさかり担いだ金太郎、その本人だ!」

 

「……は?」

 

 

 得意顔で真名を語るこのヤンキーな大男。坂田金時。まさかり担いだ金太郎の成人した名前。源頼光の部下だった男、四天王だった男。

 

 しかし、今まで何故、バーサーカーは真名を話そうとしなかったのだろうか。そこにはちょっとだけ理由があった。

 

 このバーサーカー、ゴールデンなる男は、自分の名前がダサいと思っているのだ。故に、呼んでくれるならゴールデンだと語っていたのである。まあ、ゴールデンと呼ばれるのもかっこいいかは別であるが。

 

 

 刹那には意味がわからなかった、あれは過去の人物だ。こんなところで、ヤンキーやってるわけがない、馬鹿にしているのかとすら思ったのだ。

 

 ……そりゃ、金太郎がヤンキーになったなんて、誰も信じはしないだろう。しかし、そういえば、バーサーカーが説明してくれたことを思い出す。

 

 ――――サーヴァント、それは過去や未来から英霊という存在を召喚したものだ。その英霊は、英雄と呼ばれた人物たちが、死んだことで召し上げられた存在だ。まさか、そう刹那は考えた。

 

 

「そう、オレは本物だ。そんでもって、オレの母親は山姥さ」

 

 

 坂田金時と名乗ったバーサーカーは、自分の片親が妖怪の類だと暴露した。つまりそれは、刹那と同じハーフだと言いたかったのだ。そして、さらにバーサーカーは続ける。

 

 

「ま、もう片方が雷神の赤龍で、人間ですらねぇんだけどな」

 

「え? はい?」

 

 

 刹那は、なんだかもうよくわからなくなってきた。山姥と雷神がどうやったら、坂田金時を生み出すのか、もうわけがわからなかった。そこで、バーサーカーは自分がどうしてきたかを少しだけ話した。

 

 

「オレも刹那のように、頼光の大将に拾われてよ。んでもって四天王になって、バッタバッタと妖怪どもを蹴散らしてきたってわけよ」

 

 

 このバーサーカー、ミスターゴールデンは、刹那の境遇に多少自分を重ねていた。確かにオレもそうだった。生まれながらに持ったゴールデンな金髪は、忌み子の象徴だったなと。

 

 刹那はそこで、バーサーカーが何を言いたいかわかったのだ。オレはお前と同じだ、だから気にするな、そう言いたいのだとわかったのだ。なんというゴールデン不器用。しかし、バーサーカーにだけ、受け入れられても意味がないのだ。

 

 

「でも、バーサーカーはんはええかもしれへんけど……。このちゃんは……」

 

 

 と、そこで聞き覚えのある声が聞こえた。かわいらしい、毎日聞いていたあの少女の声だ。

 

 

「……せっちゃん、そのことでずっと悩んどったんやなぁ……。でも、ウチはそんなん全然きにせへんよ。むしろそのハネ、天使みたいで、きれいやわぁ……」

 

 

 なんと、バーサーカーの後ろから、すこし涙目になった木乃香が出てきたのだ。そして、トタトタと刹那に近づき、そのままダイブする。

 

 

「え!? お嬢様!?」

 

「お嬢様じゃなくて、このちゃんや」

 

 

 なぜ木乃香がバーサーカーの後ろから出てきたのかというと単純に、体がでかいバーサーカーの背中に、引っ付いていただけだった。それを隠すように、後ろを刹那に見せることなく、会話していただけなのだ。

 

 バーサーカーは少し無茶な作戦だとは思ったが、木乃香が刹那を白い翼が生えている程度で嫌うとは思っていなかったので、実行したのだ。

 

 

「え、あっ!?」

 

「このハネ、ふかふかやわぁ~」

 

 

 刹那は自分が翼を出していることを忘れていたのだ。そして、その白い翼に、もふもふと包まっていく木乃香がいた。刹那は、急に恥ずかしくなってきた。

 

 

「~~~~~~~ッ」

 

「せっちゃん、かわえぇなぁ~」

 

 

 なんかもう、いつの間にか二人の世界になっていた。バーサーカーは、もう安心だろうと思い、霊体化して部屋を後にした。

 

 ……バーサーカーはクールに去るぜ。

 

 

 その後、バーサーカーはその経緯を詠春に話し、外に出て行こうとする刹那を抑えて説得し、木乃香と刹那は、またいっしょに遊ぶようになったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:不明、赤茶色の髪の毛の少年

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代手前の会社員

能力:投影魔術

特典:衛宮士郎の能力、オマケで衛宮士郎が使った宝具を投影可能。

   一度だけ好きなサーヴァントを召喚する能力

(”召喚する能力”なので令呪がもらえなかった

 そして、令呪がないため召喚を始めたら最後までやらないと他人に取られる恐れがある)

 

 

真名 坂田金時

クラス バーサーカー

マスター 桜咲刹那

性別 男性

身長/体重 190cm/88kg

属性 秩序・善

ステータス

筋力 A+ 耐久 B 敏捷 B 魔力 C 幸運 B 宝具 C

 

クラススキル 狂化 E

 

保有スキル 怪力 A+ 動物会話 C 天性の肉体 A 神性 D

 

宝具

黄金喰い(ゴールデンイーター)

ランク B 種別 対人宝具 レンジ 1 最大補足 1人

ゴールデンな鉞、15発の雷カートリッジ仕様。

 

黄金衝撃(ゴールデンスパーク)

ランク C 種別 対軍宝具 レンジ 5~20 最大補足 50人

ゴールデン理不尽。




大聖杯のサポートや魔力供給などをは、送りつける側の転生神が勝手にやってる設定
(サーヴァント召喚特典で召喚しても、維持できないと意味がないため)
ゴールデンスパークはマテではC-ですが宝具強化を考慮しCにしております

この作品では、木乃香はすぐに麻帆良へ行かず、覇王や陽明から陰陽術を学びます


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五話 強敵と書いて友と呼ぶ

テンプレ21:転生者、原作キャラと絡む

テンプレ22:あやかの弟の命を救う


 アスナはある朝突然、あやかに”ガキって何者?”と聞いてみた。あやかも、最初は何がなんだかわからなかった。だが、単純に自分を知りたいというのを察したので、自分のことを話し、アスナも自分の現状を話したのだ。

 

 そして、喧嘩も殴り合いでは埒が明かなくなったので、別の方法を取ろうということになった。それは単純、ボードゲーム、カードゲームなどの無電源ゲームである。ただ、痛みが無いのでは面白くなかったので、勝負には必ず”何かを賭ける”というルールができた。

 

 ライバル(喧嘩仲間)が、本当のライバル(強敵と書いて友)となったのだが、他人には完全に友人同士にしか見えなかった。そして今日も、”何かを賭けて”ゲームをしていた。

 

 

 ちなみに、それをアスナが育て親のメトゥーナトに話した時、メトゥーナトは内心滅茶苦茶感激した。感激しすぎて体が震えると思った程に。が、それを決して表情や態度に出さず、坦々と「怪我をしなくなったのは良いことだ」と一言言うだけだった。

 

 まあ、アスナはそれしか言われなくとも、表情の仮面の下をある程度見抜いているため、満足した様子だったが。二人は随分と長く共に生活しているので、そのぐらいは察することができるのである。

 

 

 また、メトゥーナトが内心感激したと言うのには理由があった。

それはメトゥーナトも同じ皇帝直属の部下である、熱海龍一郎よく戦闘での喧嘩をしていたからだ。

 

 まあ、それは単純に喧嘩と言う枠組みだけではなく、技術の研鑽やストレス解消などの意味も含めた戦いではあるのだが。決してどちらもバトルマニアで、関係ねぇ戦いてぇ、と思っているだけではない……はず。

 

 そういう訳で、自分たちは確かにガチのバトルでやっていたりするのだが、少女たちがそれで怪我をし続けるのもどうかと思っていたメトゥーナトは、彼女が平和的な喧嘩を行っていると聞いて、大変喜ばしいことだと思ったのである。

 

 

「もーすぐ、弟が生まれますのよ!」

 

「いいんちょに弟? ふーん……」

 

「な!? その冷たい反応はなんですのー!?」

 

「……スッゴクウラヤマシイ」

 

「きぃー! その言い方、むかつきますわ!!」

 

 

 とは言え、喧嘩が無くなった訳でもなく。

売り言葉に買い言葉などで、喧嘩が勃発することも珍しくない。この程度の煽り合いで、簡単に火がついてしまうのである。と言うか、なんでこんな挑発に乗るのだ、と思うが彼女たちはまだまだ小学生、当然といえば当然と言うべきか。

 

 そしてアスナが何故、あやかをガキではなく委員長(いいんちょ)と呼ぶか。それは彼女があやかをライバル(強敵と書いて友)として認めたからだ。認めたからには、ある程度敬意を示したくなったのだ。

 

 

「……ならば今日も勝負する?」

 

「えぇ、今度は何にするんですこと?」

 

「……私は”ポーカー”で勝負をしたい」

 

 

 であれば、()りあうしかないだろう。

今回のルールは何がいいか。あやかはそれをアスナへと問う。あらゆるカードゲーム、ボードゲームの中から、どれを選ぶのか。それもまた彼女たちの喧嘩の醍醐味であった。

 

 そこで、ドン! という効果音が、アスナの後ろに見えるほどの宣言が、アスナ本人から発せられた。今回の勝負はポーカー。カードでの刺しあいをすると。

 

 すると、クラスメイトがざわ……ざわ……と騒ぎ出したではないか。このクラスの名物たる二人の喧嘩が始まろうとしている。クラスメイトたちはそれに便乗し、トトカルチョをするのがこのクラスのエンターテイメントとなっていたのだ。

 

 そんな中、転生者たるこのリーゼント、東状助は「え?なんかおかしくね?」と思っていた。そりゃそうだ。小学生が賭け事をやりだすのだから、ちょっと待てよと言いたくなる気持ちはあるだろう。とは言え、これが麻帆良のノリってやつだ。諦めるしかないのである。

 

 そして、アスナはもはや慣れた手つきでカードを混ぜて、それが終わると状助に声をかける。

 

 

「そこの、リーゼント、このカードを配ってほしい」

 

「え? うそだろ承太郎!?」

 

「誰それ?」

 

 

 状助はあせった、何せ彼はチキンで、彼女たち(原作ヒロイン)に近づきたくないからだ。しかし、呼ばれてしまったのではしかたがないが、あえてキョロキョロ周りを見て、誰のことだろうか?という行動をとってとぼけてみた。

 

 

「リー……ゼン……ト? 何だねそれはいったい……」

 

「リーゼントは、あなたしかいませんわ!」

 

「……俺ぇ?」

 

 

 なんてこった、状助がカードを配ってくれないからか、あやかがそこへ参戦し、早く配れと催促してきたのだ。

 

 

「グレート……わ、わかったぜ」

 

「ん、助かる、これ、配って」

 

「おねがいしますわ」

 

 

 そう言われてしまったからにはもう後戻りはできない。彼はしぶしぶカードを受け取ると、彼女たちに配りだす。その間に、彼女たちは何を賭けるか相談していた。

 

 

「そういえば、何を賭けるか、聞いてませんでしたわね。私は”大切にしている消しゴム(たましい)”を賭けますわ!」

 

グッド(Good)、なら私は”今日のお昼のおかず(たましい)”を賭けよう」

 

 

 なんだこの状況は、作品が違うのではないか?状助は自分の特典が悪かったのでは、と冷や汗をかき始めていた。そして、あやかは自分のカードを見て、すでに勝利を確信していた。

 

 

(ふふふ、まさかこのようなカードが揃ってくるなんて、なーんて運がよいのでしょう、この勝負、いただきましたわ!)

 

 しかし、アスナは自分のカードを拾おうとしない。

どういうことなのか、不思議そうな顔をしながらあやかは尋ねる。

 

「アスナさん、なぜ、カードを拾わないのでしょうか?」

 

「私は、()()()()()()()

 

 

 ドン!とやはりアスナの後ろに、そんな効果音が見えるかのように発言していた。しかし、そんな阿呆なことをしているな、とあやかはアスナのカードを見ないように手渡す。

 

 

「馬鹿にしてますのー!? さっさとお拾いなさい!」

 

「チッ」

 

「今舌打ちしましたわね!?」

 

「さぁ……」

 

 

 状助はもう、さっさとどっか行きたかった。その後ろで、やはりどちらかが勝つかを賭けるクラスメイトの姿があった。痛い頭を抑えつつ、彼女たちを見守る状助であった。

 

 

「ヘビィすぎるぜ、この状況……」

 

 

 もう状助のライフポイントは0だった。彼は、この生活を小学生が終わるまでやらなければならいのかと思い、そのうち彼は考えるのをやめた……。

 

 

…… …… ……

 

 

 そんなある休日の朝のこと、雪広あやかは自分の弟が生まれてくるのを楽しみにしていた。しかし、ヒョンなことから、その弟が生まれないかもしれないということを知ってしまった。

 

 それは、姉が病院から電話を受けて話しているのを聞いてしまったからだ。あやかは、姉に説明を受け、逃げるように豪邸といえる、自分の家の正面門の外まで行き、そこで泣いていた。

 

 

「うっ……ひっく……」

 

「……いいんちょ?」

 

 

 と、そこへアスナがやってきた、彼女はあやかの弟が生まれるかもしれないと聞いて、とりあえず彼女なりに前祝いしに来たのだ。だが、そこには幼くも美人の顔を、涙でぬらすあやかがいた。

 

 

「……弟が、弟が」

 

「うん、うん」

 

 

 あやかはアスナにそれを説明した、あれだけ自慢された弟が生まれないなんてなんて悲しいことだろう、アスナは昔、ガトウが死に掛けたことを思い出していた。そこで、助けることはできないが、とりあえず励ますことはできる。彼女はそれを実行した。

 

 

「……祈ろう」

 

「……アスナさん?」

 

「弟が、無事に生まれるように、祈ろう」

 

 

 アスナは、あやかの弟が生まれるよう、祈ろうと言ったのだ。だからあやかも、同じように祈りをささげた。と、そこへ一人の男性が歩いてきた。

 

 マントを羽織った強面の男だった。少し太めの眉毛、黒い髪、そして大きな体に筋肉質という風体の男だった。そんな男の足にあやかが衝突してしまい、あやかがしりもちをついたのだ。

 

 なんということだろうか、あやかは涙で濡れた目を手でぬぐっていたために、周りが見えていなかったのだ。そんな男に衝突し、しりもちをついたあやかはその男に恐れを抱いた。こんな筋肉質の男だ。どんな叱咤を受けるかわからなかったからだ。

 

 

「ひっ! ごっ、ごめんなさい……!」

 

「むっ、こちらこそすまない。怪我はなかったかな?

 

「は、はい……。特には……」

 

 

 あやかは男の風体に怯え、即座に頭を下げて謝った。しかし、男はむしろあやかの体を気遣い、逆に自分が悪かったと言葉にして謝ってきたではないか。

 

 その男はしゃがみこんで背の高い体を低く下げ、あやかの目線にあわせて、あやかの体に異常がないかを確かめ始めたのだ。男に怪我はないかと聞かれたあやかは、少し拍子抜けした気分で、特に問題ないことを言葉にしていた。

 

 

「……怪我はなさそうだが、目が赤いな……。泣いていたのか?」

 

「えっ、いえ……」

 

 

 だが、男はそこであやかの目が赤いことに気がついた。ただ、これが病気で赤い訳ではなく、涙を流していたがゆえに赤くなったことだとすぐに気がついて見せたのだ。

 

 それを男があやかへ聞くと、あやかはなんでもないと話したのだ。何せ弟が生まれないかもしれないという身内話のことで泣いていたなど、見知らぬ人に話したくはないからだ。

 

 

「いいんちょ……、この子の弟さんが産まれないかもって、泣いてたんだ……」

 

「あっ、アスナさん!? 余計なことは言わなくていいの!」

 

 

 そんなあやかの横から、アスナがどうして泣いていたのか男へ説明しだしたのだ。あやかはそんな余計なことを話す必要はないと、アスナへと叫んで怒っていた。ただ、アスナもあやかが泣いているのを見て、とても悲しい気分だった。だから自然と、そう言葉がもれてしまったのである。

 

 

「何……!? その君の母親が入院している病院はどこだ!?」

 

「えっ!?」

 

「俺はこう見えても医者だ。君の弟さんとお母さんを助けることが出来るかもしれん……!」

 

 

 その男がアスナの説明を聞くと、様子が一変した。突如焦るような様子を見せ、あやかへ母親の入院している病院を聞き出し始めたのだ。あやかはそれに驚き、どういうことなんだろかと思っていた。そこで男は自分の身分を明かしたのだ。なんと、このマントの男は自分を医者だと名乗ったではないか。

 

 

「そ、それは本当なんでしょうか……?」

 

「本当だ。それに君が泣いていたということは一刻を争う事態なのだろう? 今すぐ行かなければ間に合わない可能性がある!」

 

「で、でも……」

 

 

 しかし、あやかはこの男が医者だということを信用できなかった。何せマントを羽織った筋肉質の怪しい男だ。嘘かもしれないし、お金を騙し取ろうとする詐欺師かもしれないと思ったからだ。

 

 そんな疑いのまなざしを向けるあやかへ、男は本当だと言葉にした。そして、あやかが泣いていたことを考え、母親とそのお腹の中の弟が危ないと考え、それをあやかへ伝えたのだ。

 

 だが、やはり信じきれないあやかは、どうしようかと考えていた。この男が本当に医者だったなら、助かるかもしれない。けど、嘘だったら怖いと疑心暗鬼になっていたのである。

 

 

「教えよう、いいんちょ」

 

「アスナさん……?」

 

「この人に頼んでみよう……」

 

 

 迷っているあやかへアスナは静かに、この男へ病院を教えようと語りかけた。そのことに少し驚き、あやかはアスナの方を向いていた。またアスナは、この男に頼んでみようと、助けてもらおうと言い出したのだ。

 

 

「し、しかしっ、もしもそれが嘘だとしたら……」

 

「その時は私がこの男を倒してあげる。だから、今はこの人を信じよう……!」

 

「アスナさん……」

 

 

 それでもあやかは嘘だったらどうしようかと、不安だったのだ。ならば、その時はこの男を倒してやる。何とかしてやるとアスナは言い切った。だから今は、この男を信じてみようとあやかへ話したのだ。

 

 あやかはアスナがこの男を倒せる訳がないと思った。何せ自分と同じ小学生。そんな幼い少女が筋肉モリモリの男を倒すなど、不可能だと考えるのが普通だからだ。それでもあやかはアスナの言葉を聞き、少し勇気が湧いた。虚勢をはってでもこの男を信じようと話すアスナに、勇気を貰ったのである。

 

 ただ、アスナは本当に嘘だったら男を倒す気でいた。アスナはこんなナリだがかなり強いし、アスナ自身もそれを多少自負していた。が、それをあやかは知らないので、そう思ってしまったのである。

 

 

「わかりましたわ……! あの、今場所を聞いて執事に車を出させますので、少しお待ちください」

 

「……わかった。待っているよ」

 

 

 ならば、アスナがそこまで言うのであれば信じてみよう。あやかはそう思い、すぐさま屋敷に居る専属の執事に病院の正確な場所を聞き出そうと考えた。そして、その執事に車を出してもらい、急いで病院へ行こうと考えたのだ。

 

 それをあやかは説明すると、男は立ち上がって腕を組み、待っていると静かに口を開いた。その後、あやかはすぐさま走って屋敷へ戻り、その病院の場所を聞き車を出させるべく足を急いだ。

 

 

「ねえ、本当に医者なの……?」

 

「誤解されてしまっているようだが、本当のことだよ」

 

「……嘘じゃない?」

 

「ああ、本当だ」

 

 

 あやかが走り去った後、アスナも男へ本当に医者なのかを尋ねていた。見た目が明らかに医者には見えぬ男ゆえに、アスナも聞いておきたかったようだ。男はその質問に、肯定の一言だけを述べた。弁解があってもいいはずなのだが、この男はそう言ったことを一切語らなかった。アスナは次に嘘ではないかと男へ質問した。男はその問いにも一言だけ返事をし、それ以外何も言わなかった。

 

 

「違う……。あの子の弟さんを助けられるって言うこと……」

 

「……絶対に助けてみせると約束しよう……!」

 

 

 だが、アスナがこの問いで聞きたかったのは、医者かどうかではなかった。男が医者と言ったのなら、そうなのかもしれない。だから、助けられるかもしれないと言う言葉は嘘ではないのか、と言う意味の問いだった。

 

 そのことをアスナは再び男へ聞いた。とてもその顔は真剣な表情だった。男はアスナの表情を見て、気を引き締めてハッキリと言葉にした。絶対に助ける、約束すると。それを聞いたアスナは、ほんの少しだが微笑んで見せた。ならば大丈夫かもしれない、この男に任せようと思ったのだ。

 

 そこへ門の入り口から一台の車が出てきた。黒く車体が少し長い、所謂リムジンと言うやつだ。あやかが場所を聞き終え、車を用意させたということだった。

 

 

「お待たせしましたわ! アスナさん、それと……」

 

「……K()

 

 

 その真ん中のあたりの窓からあやかが顔を覗かせ、待たせたことへの謝罪を述べた。そして、アスナの名を呼び、男を呼ぼうとしたのだが、名を聞いてなかったことをいまさらながら気がつき、どう呼べばよいか戸惑っていた。そんなあやかを見て、男は名を静かに語った。K、その一文字のみを語ったのだ。

 

 

「俺の名はK()……!」

 

「K……」

 

 

 男の名はKと言うらしい。本当なのだろうか疑わしいが、確かに納得できる名だった。あやかはKと聞き、その名を呼んでいた。K、この男の名はK、と。そしてアスナとKと呼んだ男は車へ乗り、その病院へと急行した。

 

 

「……」

 

 

 車内は誰もが何も話さず、静かな状態だった。と言うのもKが腕を組んで黙っており、アスナとあやかには、それがとても威圧的に感じてしまっていたからだ。だが実際Kは、このあやかと言われた少女の母子に何が起こっているのだろうかと、思考をめぐらせていたのだ。

 

 

「……あのっ、本当に私の弟を助けてくれるのでしょうか……?」

 

「任せてくれ。俺が必ず助けてみせる!」

 

 

 そこであやかは勇気を出して、Kへと質問をした。本当に弟を助けてくれるのだろうかと、少し心細そうに聞いたのだ。あやかの問いにも、Kは先ほどアスナへ返したように、頼もしく返事をしていた。必ず助けてみせると。

 

 

「だから、心配する必要はないよ」

 

「は、はい……」

 

 

 さらにKは、ゆっくりとあやかの肩に片手を乗せ、助けるから心配は不要とあやかを安心させるように、優しく語りかけたのだ。あやかはその言葉に、とてつもない安心感を覚えていた。アスナはそれを見て、あることを思い出した。それは、最強の英雄である、ナギ・スプリングフィールドだ。彼女は、彼にそれに近い体制で、励してきたのを思い出しこういう人が、強い人なんだと感じていた。

 

 そして病院に着き、Kは急いで入っていった。彼女たちは椅子に座って、ただひたすら待った。

 

 

「大丈夫、ですわよね」

 

「きっと、大丈夫」

 

 

 あやかは大丈夫なのだろうか、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせながら、不安をぬぐおうと必死になっていた。そんなあやかにアスナも、大丈夫だと元気付けるように語り掛けてた。そして、何時間がたっただろうか、あやかもアスナも静かに待っていた。

 

 

「あっ、K……先生……!」

 

「母はっ、弟はどうなったのでしょう!?」

 

 

 すると先ほどの男、Kが二人の前へ現れた。アスナはKがここに現れたというのならば、治療が終わったのだと思い、その名を呼んでいた。あやかも同じ事を思ったので、母親は、そして肝心の弟は無事なのかを問い詰めたのだ。

 

 

「……治療は成功した。後は産まれてくるのを待つだけだよ」

 

「そ、それじゃあ……!」

 

「君のお母さんも弟も無事だ」

 

 

 Kは問題なく治療は終わった。成功だと強く語りかけていた。そう聞いたあやかは、自然と涙がこぼれてきて、とても感激した様子を見せていた。そして、弟も産まれてくるのを待つだけだと、あやかへ優しく話したのだ。

 

 

「よっ、よかったぁ……」

 

「よかったね……、いいんちょ」

 

「……はい!」

 

 

 あやかは泣いて喜んだ、それを横で見ているアスナも感動してちょっと涙目だった。だからアスナは、今だけは素直にそれを祝福したのだ。そんな二人をKは眺めながら、ふっと笑っていたのだった。

 

 

「……でも、ナマイキにならないか心配」

 

「な! なんでそーいうことを言いますの!?」

 

 

 しかし、感動の場面は長続きはしなかったようでこんなとこでも、いつのまにか平常運転の二人だった。だが、二人はとても楽しそうだった。

Kは二人が元気になったのを見て、もう用はないだろうと考え、この病院を立ち去ろうとしていた。

 

 

「あっ、K……先生……」

 

「何かな?」

 

 

 あやかはそのKを呼びかけ、まだ何か用がある様子を見せた。Kはなんだろうかと思い、しゃがみこんであやかの目線にあわせ、その用件を聞こうとしていた。

 

 

「母を、弟を助けていただいてありがとうございます……!」

 

「ありがとう、K先生……」

 

「フッ、弟を大事にするんだぞ」

 

 

 あやかはKへ、少し涙目のまま、母と弟を救ってくれたことに、頭を下げて感謝を述べた。その隣のアスナも、同じように礼をしていたのだ。Kはそんなあやかへ、今度産まれてくる弟を大事にするよう、微笑みながら言葉にした。そして、Kは再び歩き出し、病院から姿を消したのだった。

 

 その後、あやかはやっぱりアスナに自分の弟のすばらしさを語りつつも、毎日のように何かを賭けて勝負する日々をすごしたのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:”K”

種族:人間

性別:男性

原作知識:なし

前世:医者だったが限界を感じていたので、才能がほしかった

能力:神の手と称されるほどの医療技術

特典:”医者”としての最高の才能

   ”医者”としての最高の運(助けられない命を、助けだせるという運)

 

 

 




腕のいい医者がいれば助かったのではないかと思いました


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六話 皇帝陛下と珈琲少年

最初からクライマックスレベルの原作ネタバレです

好きな女の淹れた珈琲がうまい
これが飲めるか飲めないかで、彼の運命(フェイト)は大きく変わる(キリ


 ここはアルカディア帝国、中央浮遊大陸の中央に位置する帝都アルカドゥス。さらにその中央にある要塞のような巨城、これがアルカディア城、そしてその玉座の間。

 

 玉座の間とは言っても、皇帝の趣味によりヨーロピアンな雰囲気でありながら、質素で家庭的な部屋となっている。皇帝は豪華なものが苦手なのだ。皇帝の玉座は、立派だがやはり質素なウッディーチェアーでそのすぐの目の前にある、仕事用デスクも同じく木でできている。

 

 今、ここには皇帝陛下以外に、複数の人物がいるようだ。何かの液体をすする音がしているが、いったい何だというのか。皇帝が好物の緑茶をすすって、飲んでいるのだろうか?

 

 いや違うようだ、皇帝は不機嫌な顔をしてある人物を睨みつけているからだ。その不機嫌な顔をした皇帝は、流石に我慢できなくなったのか、口から文句を吐く。

 

 

「おめぇさぁ……。()()()()()()()()()()()? アホなの?」

 

 

 皇帝が吐き捨てたの文句の後なのだが、まったくそれに対する返答はなく数秒が過ぎる。しかし、いまだに液体をすする音だけは聞こえてくる。

 

 

「アホだな、もはやアホとしか言いようがねぇ? クレイジー! どうしたらここまでアホになれんの? 同じこと何度言わせんの?アホだから記憶しないわけ?」

 

 

 返答が無かったことに、皇帝はさらに不機嫌を増しどういう趣旨なのか、よくわからない罵倒を飛ばしている。

 

 

「はぁ~、やっぱ、おめぇのあの発言は”フラグ”だったんか……。流石にここまでしてくるたぁー、思っても見なかったぜ。もう、流石に慣れてきたけどよぉ~……」

 

 

 もはや皇帝は怒ってはいないようだが、完全に呆れ返ってしまっている様子で腕を組み、足をクロスさせた状態で机の上に乗せるという、不良みたいな態度を取り、いい加減にしろ、という眼差しをその人物に向けていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 その”フラグ”というのは、現在から数年前に遡ることになる。

今、その数年前の魔法世界の上空をすばやく飛ぶ、ひとつの人影が存在した。

 

 白髪で色白の肌、着飾る気を感じないブレザーらしき服装で、まるで機械か人形のような表情だが、決して顔の形は悪くない。むしろ、100人居れば99人はイケメンと称すだろう少年。

 

 その正体は”フェイト・アーウェルンクス”という人物。この時はまだ、その名を名乗っては居なかったが、いずれ名乗ることになる。

 

 真の名は、アーウェルンクスシリーズのテルティウム(三番目)。”()()()()()()”という組織にて、魔法世界の”()()”のために”()()()()”存在だ。

 

 

 完全なる世界の救済とは、魔法世界の人々を”()()()()”に送り出すことだ。厳密に言えば違うのだが、簡単に言えばそうなのである。そんな完全なる世界の幹部クラスというのが、このフェイトである。

 

 完全なる世界のボスである”造物主(ライフメイカー)”と呼ばれる存在に作られたフェイトは日夜、造物主の命令どおり、魔法世界の住人を”救済(魂狩り)”してまわっていた。

 

 

 だが、今の彼は、この任務に疑問を感じていた。むしろ宿敵(ナギ・スプリングフィールド)との戦っているほうがよいと思うぐらいには、そう感じていた。

 

 と、その時体に異変を感じたのだ。調整の不調か、心臓(コア)発作に近い症状が起こりすさまじい苦痛が彼を襲い、もはや意識が保てなくなってしまった。彼は今、どこにいるのだろうか。空の上だ、つまりそれは落下を意味していた。

 

 

…… …… ……

 

 

 フェイトは気がついたとき、何者かの民家のベッドの上だった。と、そこへ、この家の住人だろう姉妹と思わしき少女が二人、扉を開けた場所に立っているではないか。

 

 二人とも質素なワンピースを着ており、村娘を強調させていた。どちらもリボンの付け方とウェーブのかかった髪型も同じで、頭の先から後頭部に、回り込むようにリボンを付けており、どちらも美少女と言える顔立ちだった。

 

 違いがあるとすれば、姉らしき娘のほうが、顔も少し大人びていて、腰まで髪を伸ばしており、妹らしき少女は肩までしかなく、すこし幼い感じであり、リボンも少女のほうが大きめで、娘よりもすこし短いものを付けていた。

 

 少女は人見知りのようで、娘の腰のあたりに引っ付いて、隠れるように彼を見ていた。フェイトには、その少女の行動がよくわからない様子であったがそこへ娘が、彼に安否を尋ねてきた。

 

 フェイトはその質問には答えずに、この場所を娘に尋ねると、ヘラス帝国の外れの小さな村という答えが返ってきた。質問で質問を返すあたり、きっとテストでは0点をとるに違いない。

 

 調子が悪いなら、調子が戻るまでいてもよいと娘に言われたが、彼はその好意を断り、立ち去ろうとしたのだが、やはり問題があるようで、娘に、体を支えてもらう羽目になってしまった。

 

 その後ろで、さらに椅子の裏に隠れながら、こちらを見ている少女の行動にフェイトは、やはりなぜ隠れているのかわからない様子で少女をチラリと見た。そんなことを考えていたフェイトは、娘に強制的にベッドへと戻されてしまった。

 

 

 何があったかを尋ねられたフェイトだが、覚えていないと答えた。それを聞くと娘は、彼に腕にを差し出すことをお願いし、フェイトは疑問に感じながら、その右腕を差し出した。すると、娘は何も気にすることなく、そっと右手の甲にキスをした。

 

 その行動に、彼はやはり疑問を覚えたのだが、その直後、娘は先ほどの質問とは、別の疑問があるようなことを口に出していた。彼は少し不審に思ったのか、何か?と質問すると、娘は謝罪を混ぜつつ、なんでもないと答え話を切り返すように、どの飲み物がほしいか尋ねた。

 

 すると、フェイトは遠慮なく即座に珈琲を頼んだ。反逆者(トリーズナー)だったら”オレんちはビンボーなんだヨ”と文句を飛ばすだろうがその娘は気にすることなくせっせと珈琲を用意した。

 

 

 旨い、その一言だった。フェイトはこの珈琲に、惜しみない賞賛を送ったのだ。娘は嬉しそうな、いや実際嬉しいのだろう、笑顔でよかったと答えた。

 

 フェイトは動けるようになると家の外へ出た。山に囲まれた美しい草原で、なんと平和なことだろうか。姉妹はそよ風が吹く中、仲良く洗濯物を干していた。彼女たちが彼を見つけると、娘は笑顔で手を振り珈琲があることを教え少女はやはり不安なのか、ぴったりと娘の陰に隠れていた。

 

 

 フェイトはそこにある珈琲を飲み、やはり旨いとつぶやいたのだが、そこに奇妙な気配を感じたのだ。いったい何の気配かと、そちらに目を向けると、()()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女たちからはほど遠く、多分見えないであろう場所ではあったが、確かに立っていた。橙色の髪をオールバックにし、赤茶けたコートを着込む目つきが悪い男だった。しかし、一瞬目を離すと、そこには誰も居なくなっていた。フェイトは、多少疑問に感じたが、珈琲を口にすると、どうでもよくなっていた。

 

 

 

 不調から三日、ようやく元気を取り戻したフェイトは、また尋ねることを約束し、別れの挨拶をして飛び立とうとしていた。そこへ娘は別の約束を取り付けた。

 

 珈琲を入れて待っているので、また立ち寄ってほしいということだった。彼女らは杖を持たずして飛び立った不思議な彼を見送りつつ、一日10杯も珈琲を飲んだ彼に対して、珈琲好きの称号を与えたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 数日が立っただろうか、空も暗くなってきたそのころ、彼女たちの村に異変が起きていた。なんということだろうか、大きな火の手があがり、村に炎が燃え広がっていたのだ。

 

 きっとこの時、ガルムの第二の相棒ならこう言ったはずだ”町が燃えてる……”と。あの美しい草原も、今では炎に包まれ、見るも無残な光景となっていた。フェイトがそれに気づき駆けつけ、この前珈琲を淹れてくれた娘の姿を見つけた時には、すでにその娘が腹部にひどい怪我を負っていた後だった。

 

 フェイトは娘に息があることを確認した時、近くで娘の妹の少女が倒れているのにも気がついた。と、そこで娘もフェイトがそばに居ることに気がつき、一言つぶやいた。

 

 

「ス……スミマ……セン……。今日は……珈琲は……ちょっ……と……」

 

「いや……」

 

 

 フェイトは息も絶え絶えな娘に、そう答えることしかできなかったかはわからないが、彼はそれだけしか答えなかった。するとそこに、第三者が現れた、フェイトがもっとも知っている人物。

 

 ”セクンドゥム”……、フェイトと同じく造物主によって”救済”のために作られたフェイトの兄のような存在。

 

 ”造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)

それは”原作後半”に”()()()()”なる術と同じ効果を持つ”救済(魂狩り)”のための呪文。

 

 これにかかれば魔法世界の人々は、”()()()()”へ送られるというが、実際はわからない。だが、現実的に言えば、それを受けた人々は、”()()()()()()()()()()”ということだ。セクンドゥムが、致命傷を負った娘の”救済”を実行に移すため、その呪文を無慈悲に唱え始めた。

 

 

「コード・オブ・ザ・ライフメi」

 

 

 しかし、全て唱えきれずに、寸断されることになった。いったい何が起きたのか、フェイトはその瞬間を見てわかっていた。

 

 詠唱が寸断される瞬間に『させねぇよ』という男性と思わしき声を、しっかりとフェイトは聞いていた。

 

 あの平和だった時に、あの家の外で、あの美しかった草原で、目撃したはずの男がそこにいた。造物主に最強の設定を与えられた、最強のはずのセクンドゥムの顔面に、その男の拳が鋭く突き刺さり、その彼の顔は醜くゆんでいた。

 

 

「ギッ!?」

 

 

 セクンドゥムは何が起こったのかわからなかった。一瞬、いやそれ以上の速さで、セクンドゥムは殴り飛ばされていたからだ。

 

 造物主に作られた彼らには、最強クラスの障壁が存在する。どんな火力であっても、彼らにはダメージを与えられないほどの障壁だ。だが、そんな障壁すら、紙のようにぶち破り、彼は顔面に拳を受けていた。

 

 

「貴様、何者だ!?」

 

 

 セクンドゥムは数メートル吹っ飛ばされたあと、受身を取り瞬時に身構えた。この男は奇襲だったとはいえ、最強格の自分を殴り飛ばしたのだから只者ではないということには、違いは無かったからだ。

 

 しかし、そんなセクンドゥムなど気にもせず、後悔とやるせない感情を表すような、悔しさと怒りに満ちた表情をしたその男は、そのまま、致命傷を負っている娘のそばへと近づいていた。男は娘の状態を確認すると、フェイトをチラリと見て、何を思ったのかこう言った。

 

 

「おめぇ、おもしれぇな」

 

 

 フェイトはこの言葉に、一種のデジャブを感じていた。かの紅き翼のリーダー、最強の英雄にもフレンドリーな態度で『以後よろしくな』などと言われていたからだ。

 

 

「貴様、私を無視するとはいい度胸だな……よほど死にたいと見える!」

 

 

 何が癪に障ったのやら、という表情で、怒りをあらわにするセクンドゥムを眺め本当に興味すらなく、つまらなそうな視線を向けこう言った。

 

 

()()は、おもしろくねぇ」

 

 

 それを言い終えた瞬間、もはや瞬間と呼んでいいのかとさえ思える神速の速さで、その男は気がつけば、セクンドゥムの背後の数メートル先へと回り込んでいた。セクンドゥムは戦慄し、視線を自分の後ろへと向けると男が背後に居ること以外に、別のことに気がついた。

 

 無いのだ、背中に転移し、操っていた鍵状の杖が。それこそが”造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)”であり、”救済”に絶対必要な鍵。これが無ければ造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を唱えたとて意味がないのだ。

 

 そして、それがすでに男の手に握られており、遊び飽きた玩具を見る目で、品定めをするかのように眺めていた。

 

 

「っ何……!?」

 

「……()()()()()()()()()か、おもしろくねぇな」

 

 

 ポツリ、そう男が言うと、あろうことか造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を握力のみで握りつぶし、完全に砕いてしまったのだ。

 

 流石にそれにはセクンドゥムもそうだが、フェイトも驚いていた。あろう事か、造物主から与えられた恩恵を、こうも簡単に砕かれたのだから当然だ。そしてセクンドゥムはとっさに、その男のほうへと向きなおし、激昂した。

 

 

「貴様! それが何かわかってやっているのか!?」

 

 

 完全に頭に血が上ったセクンドゥムは叫びつつ、もはや男を殺す勢いで襲い掛かろうとした。しかし、またしてもそこに男の姿は、その場所にはなかった。

 

 そう、その男はすでにセクンドゥムの真横の右側に立っていたのだ。対峙する形で、セクンドゥムが居ないほうの腕を、ズボンのポケットに突っ込んだままの姿勢で。

 

 

「よぉく知ってるぜ、完成した自信作(まほうせかい)をぶっ壊す玩具だろう? しかし、人形遊びたぁ、()()()も悪趣味になったもんだ」

 

 

 ほとんど聞こえないような、小さな声で男がそうつぶやくとなんと、男の左側に居たセクンドゥムの両腕が肩から吹き飛び上半身と下半身がなき分かれしていたのだ。

 

 

「がああああああ!??」

 

 

 セクンドゥムは、もはや何が起こったのかさえも認知できずに、盛大な苦悶の声を上げるのに精一杯だった。フェイトは再度、目をむいて驚いていた。見えなかったのだ、その切り裂かれた瞬間が。片腕は常にズボンのポケットの中だというのに、いったい何をしたというのか。

 

 ――――ポケットに手を入れたままの戦闘態勢に無音拳という技があり、このようなスタイルを取る。しかし、射程が前方である無音拳だと、完全に左側に居たセクンドゥムは、射程には入っておらず、その技ではないことが伺えた。

 

 

「中ボスだと思ったら、ただのザコだった」

 

 

 大して期待などしてなかったのだろうが、それでももう少しぐらい、耐えてくれるとばかり思っていたという様子で、男は失望が混じった表情をしつつそう言い放つ。そして、頭と上半身のみとなったセクンドゥムを、遊び終えた玩具を見るような目で見下ろすと、次はフェイトに視線を送り、彼にセクンドゥムの明暗を委ねた。

 

 

()()の処分、おめぇに任せる。持ち帰るなり、ツブすなり、好きにしな」

 

 

 しかし、造物主が作り出したセクンドゥムは、この程度ではくたばらない。”原作”だと首だけとなっても、ずいぶんとうるさく叫んでいた。当然のように、元気でありながら怒りに満ちた声をセクンドゥムがあげていた。

 

 

「テルティウム! 何をしている!! 呆けていないで早々にその男を殺すのだ!」

 

 

 もはや自分では、本当の意味でも手も足も出ないので、フェイトに男を殺すことを命じた。しかし、フェイトは自分の兄であるはずの彼を、何の感情もなく見下ろしていた。そして、その男呼ばわりされていた男は、セクンドゥムが自分のことを知らない事実を不思議に思いつつ、自分が何者かわからない彼に、正体を教えようと考えた。

 

 

「お前、俺がわかんねぇのか? アホなのか? お前らの宿敵である、この俺がまったくわからねぇのか?……しかたねぇから、教えてやるよ、冥土の土産だ」

 

 

 しかし、セクンドゥムは命令にまったく反応しないフェイトに、怒りを向けるのに必死なのか、男の声が聞こえていないようだった。

 

 

「おい! 聞こえていないのか!? ええいっ、私の命令に従え! その男を殺すのだ!!」

 

 

 もはや、呪いを吐くように殺せと連呼する哀れなセクンドゥムに、フェイトはゆっくり近づいた。

 

 

「テルティウム!? 貴様、なぜ何もしないのだ!? 我らの計画を忘れたか!? 全ての魂たちのために、我らの計画しか道はないのだぞ!!?」

 

 

 それはまるで命乞いのような叫びだった。だが、フェイトはそんなことはお構いなしで、一言残した。

 

 

「わかっている」

 

 

 そして、フェイトもはや完全に興味をなくした視線を向けながら、セクンドゥムにトドメを刺した。

 

 

「ならばなぜぴっ」

 

 

 セクンドゥムは強力な力で、体ごとねじ伏せられ、消滅していった。だが、その消滅の瞬間に、男は本当に冥土の土産として、自分の正体をポツリと話した。

 

 

「完全なる世界の宿敵、アルカディア帝国皇帝、ライトニング・サンダリアス・アルカドゥスだ、覚え無くてもいいぜ」

 

 

 最後までそれを聞けたかはわからないが、セクンドゥムは完全に消滅していた。魔法世界の人々を”幸せな夢”に送るために、何人もの人々を消し去ってきた彼は、今この場で、この世界から消滅したのだ。

 

 

 

 気がつけば先ほどの少女が、致命傷を負った娘に泣きつき声をかけており、娘も苦しそうにしながらも、少女を心配させまいと気丈にも大丈夫と言っていた。

 

 セクンドゥムが消滅したのを確認すると、その男、ライトニングは彼女らのそばに歩み寄った。しかし、そこで何をするわけでもなく、ライトニングはフェイトのほうを向いて尋ねた。

 

 

「おめぇ、この娘を助けたいか?」

 

 

 ライトニングは、なぜかフェイトに娘を助けたいか質問した。自分は人形だと考えているフェイトではあるが、娘を助けたいと思った。なぜ、そう思ったかはわからなかったが、ただ、そうしたいと思ったのだ。だからライトニングに、こう言うだけだ。

 

 

「できることなら……」

 

 

 娘の傷は致命傷だ、最高級魔法薬ぐらいでなければ、治療できそうにない。その上に、そんなものはここには無いのだから、もはや治療は絶望的だった。だがライトニングは、口を吊り上げて余裕の笑みを浮かべていた。

 

 

「やっぱおめぇ、おもしれーわ! いいぜ、おめぇの頼み、最大の敬意を以って行うとしよう」

 

 

 できるわけがない、と普通なら考えるだろう。だが、フェイトはなぜか、治療できるのではないかと思っていた。そして、ライトニングは少女に少しの間、下がっておくように説明し少女がそれを承諾して、三歩ほど下がった瞬間、両腕を大きく開き顔の高さまでかかげる姿勢で、魔法始動キーを省略し、その魔法の詠唱を始めた。

 

 

「灰の中から蘇りし黄金に輝く火の鳥、不死鳥よ、かのものに、その一粒の伝説を、分け与えたまえ」

 

 

 それは奇跡、すさまじい魔力と精霊の力が、ライトニングへと引き込まれるのをフェイトは感じていた。

 

 大魔法レベルでありながら、魔方陣すらでない謎に満ちた奇妙な魔法。ライトニングは詠唱を終えると、最後に魔法名を言って、魔法を完成させた。

 

 

「”不死鳥の羽根”」

 

 

 すると掲げた両腕の中心から、ひとつの羽根が舞い降りた。それは、やさしく、強く燃える炎の羽根であり、ひらひらと娘の元へと落ちていった。その羽根が娘に触れたとたん、娘はまばゆい炎に包まれ、赤く光った。少女はそれを見て焦るが、炎がゆっくりと消えていった。

 

 炎が完全に消えた後には、致命傷であったはずの傷が、もはや跡形も無く、娘は上半身をゆっくり起こし、泣きつく少女をやさしく抱きしめていた。

 

 それを見て、安堵したのかはわからないが、フェイトは疑問を打ち明ける。

 

 

「その魔法、いったい……」

 

 

 その質問に、得意顔でライトニングは答えた。

 

 

「俺んとこの最上級回復魔法。どんな致命傷でも、たとえ体が欠損していたとしても、完全な形でしかも瞬時に治療できる、完全瞬間治療魔法さ。いや、()()()()()といっても、間違えじゃねぇぜ。こんぐれー使えねぇと、アルカディアの皇帝はやってられんぜ?」

 

 

 なんてことない、という余裕の表情。

半蘇生魔法と答えた”不死鳥の羽根”と言った魔法は、もはや数人がかりで行われる、儀式魔法と呼ばれる大魔法に匹敵した。しかし、そんなことはどうでもよさげに、ライトニングは彼女たちをほほえましく眺めていた。そして、彼女たちに今後どするかを、ライトニングは尋ねた。

 

 

「お二人はどうするよ?ギリギリだったが、何とか助けて匿うことができた村人も数人居るし、そうだな……」

 

 

 考え事をするかのように、ライトニングは腕を組み、数秒視線をはずしこれしかないかと思ったのか、彼女たちをもう一度見て口を開いた。

 

 

「我がアルカディア帝国は、あなたたちに対し最大の敬意を持って接します故……。……らしくねぇな、どうだ? 俺の国にこねぇか?」

 

 

 最初はカッコつけたかったのか、最後は微妙にしまらない言い方になってしまったが、ライトニングは自らの帝国に彼女たちが来るように呼びかけたのだ。

 

 その姿を見てフェイトは、こう言って立ち去っていった。

 

 

「あの珈琲を……、また、飲めるかな」

 

 

…… …… ……

 

 

 そして現在、接客用に用意された、皇帝玉座の間の中で、もっとも豪華に見えるソファーに座り、珈琲を飲むこの白髪の少年。

 

 もはや何食わぬ顔で、旨いを連呼しながら珈琲を何杯もおかわりしているフェイトに、馬鹿馬鹿しいと言った顔をした皇帝が、挑発的に言葉を発する。

 

 

「おめぇー、まさかうちの珈琲を大量に飲んで、俺の国を転覆させようって算段じゃねぇーだろうなぁ? ドンだけ飲んでんだよ、ドン引きだぜ。この帝国の場所が場所だけに、頻繁にこれねぇからって、飲み溜めでもしてるわけ? 今、おめぇの体の何割珈琲よ?」

 

 

 フェイトは敵の本拠地であるアルカディア帝国の、まさに腹の中と呼べる城の、さらにそのラスボスがいる玉座の間で、堂々と珈琲を飲みあさっていた。しかし、どうしてこうなったかというと、こういう経緯があった。

 

 

 

 あの時、皇帝が救った姉妹は二手に分かれた。

娘は皇帝について行くことにし、少女はフェイトのほうについて行った。

 

 実際は、とりあえず皇帝が二人の身元を預かったのだが、あろう事かフェイトのやつは、娘の珈琲ほしさに、堂々とアルカディア城にやってきやがったのだ。

 

 フェイトは、娘がこのアルカディア城にいることなど、すでにわかっていた。だから、正式なルートでなければ強力な障壁が邪魔して、蚊一匹すらも進入できないこのアルカディア帝国に、偽造パスポートを作ってまで珈琲を飲みに進入してきたのだ。

 

 ……この出来事は、皇帝が長年の人生で味わった中でも最上位に入るぐらい呆れ返ったほどのことだった。

 

 その時、少女がフェイトについて行くことを表明し彼女の本当の名前は”ルーナ”というのだが

今では彼の従者として”(しおり)”と名乗っているのだ。娘のほうは、種族が持つ特殊な力を命の恩人である皇帝に役立てるべく、秘書をやっているようだ。

 

 

 

 彼女らの亜人種族は、肌接触にて深部記憶まで読み取るほどの強力な読心力の持ち主であり、フェイトの手の甲にキスをしたときに、その能力を発揮していたのだ。

 

 そのおかげでいろいろと狙われる要因があったので、皇帝は彼女らの村長とひっそり交渉し本来は、あの事件の数日後ほどに、帝国に招き入れる準備までされていたのだ。

 

 しかし、その計画もむなしく、人間たちに襲われ村は炎上し、多くのものを救えなかったために皇帝はあの時、その無念さをかみ締めていたというわけだった。それでも、あの事件で皇帝がなんとか救った少数の人々にも帝国の土地と平穏を与え住まわせたのだ。

 

 

 と、ここで疑問に思うだろう、なぜ姉に引っ付いて離れなかった栞が姉の下を離れて、フェイトの従者をやっているかということに。

 

 単純な話、フェイトという人物を見極めたいという部分があるからだ。

大切な姉が多少なりに気に入った相手だ、変な虫であったら困るのだ。

だから、彼の品定めこそが彼女にとっての、基本的な目的なのだ。

 

 ……それ以外にも、皇帝の質問で姉を助けたいと言ってくれた事も理由にあったりもするのだが。

 

 

 

 そして現在”これこそ、まさに愛だな、そうだ”そう自らを納得させて平常心を保たせている皇帝がそこに居た。だが、ただでは転びたくないので、このフェイトをどうやってからかってやろうと考えていた。

 

 

「しかし、”あの珈琲を、また飲めるかな(フラグ)”ってのを、マジで実行しやがって。おめぇんとこ、一応敵対してるんですけどー!? もしもーし!?」

 

「……何、気にすることは無い。あなたの口癖だったはずだよ、ライトニング皇帝」

 

 

 もはやフレンドリー、旧知の仲ではないかと疑うほどの光景。

玉座の間の衛兵たちの胃に穴が開かないか、とても心配になるレベルだ。

と、そこで第三者が声を出す。

 

 

「私は、別にかまいませんよ?」

 

 

 フェイトのために、珈琲を用意していた栞の姉が、ニコリと笑ってそう言った。

村では質素だが清潔感あふれるワンピースを着込んでいた彼女だが現在は仕事上、レディーススーツを身にまとっているようだ。そのすぐ横に、その妹の栞が、やっぱり引っ付いていた。

 

 

「あ、あれぇ? 俺が悪いの? ねぇ? どういうことなの? ここ、俺の帝国で、こいつ一応敵なんですけどーッ?!」

 

 

 いったいどうしてこうなった、皇帝は片手を顔に当て、真上を向いて嘆いていた。このままでは、我が帝国の珈琲豆の在庫が切れてしまう。

 

 ……取引先の”転生者”でありながら、農作業を得意とする通称いなかっぺに、とりあえず、珈琲豆をいつもの10倍ほどに、取引を吊り上げてもらうかを考えた。

 

 そんなことを考えている間に、フェイトはさらに珈琲をおかわりしている。

その横では珈琲を用意しつつ、妹と楽しそうに会話する娘の姿があった。

 

 

「ま、いいか、しゃーねぇやっちゃ」

 

 

 だが、この光景に、皇帝は満足した様子で眺めていた。

たまにはこういうのも悪くない、そう考えながら。しかし、フェイトへの報復は忘れてはいなかった。直球こそが最大火力だ、皇帝は言葉のミサイルをフェイトへと放つ。

 

 

「おい、N()o()3()、ぶっちゃけると、彼女に惚れてんだろ? 正直に言ってみろって?」

 

 

 皇帝はそう言うと、両手を娘の方へ向け、どうなの?という表情で返答を待つ。

珈琲を飲む音が止まり、数秒がたったとき、フェイトは答えた。

 

 

「……僕は彼女が淹れる、旨い珈琲に惹かれているだけさ。それと、”No3”などという呼び方はしないでほしいね」

 

「あぁ? そりゃすまんね、今は()()()()っつったっけ? それ、自分で決めたわけ? 案外まともな名前だな」

 

 

 皇帝の謝罪の言葉を聞くと、フェイトは珈琲を口に含み、それを再開する。

皇帝はおもしれぇと思いつつ、さてお次はどう出てやるかそう考えながら、次の攻撃に移るべく、作戦を練りだす。

 

 そこにいい案ができたので、早速それを実行へと移すべく、娘の方をチラリとみて、その彼女に質問した。

 

 

「なあ、あいつんこと、どう思うよ? 知り合いとかじゃなく、異性としてだぜ?」

 

 

 皇帝の次の攻撃は、ミサイルではなく、今度は中継を挟んだレーザー報復装置だった。

その質問に、娘は指を頬にあて、うーん、と少しばかし考えて、笑顔でその答えと言う名のレーザーを投下する。

 

 

「フェイトさんのような、紳士的な方は、素敵だと思いますよ」

 

 

 皇帝はクツクツと笑い出し始めていた。

その自分の姉の発言に、かなり驚いていたのは妹の栞だった。

フェイトは、無言で珈琲を飲むことだけに集中していた。

皇帝は内心ほくそ笑む、反応が思ったとおりだったからだ。

 

 もう、勝利の鍵はそろったも同然だ、やつ(フェイト)はすでに罠にかかったねずみだ。皇帝は前進あるのみ、退かぬ、媚びぬ、省みぬ(サウザー)、の精神でさらなる追撃を出すよう、娘の方に再度視線を送る。

 

 すると、読心力など使ってないというのに、それだけで意図を察して小さく頷く。そして、コロニーレーザー級の口撃を、娘はフェイトに微笑みながら言い放つ。

 

 

「でも、見た目が少し少年すぎますね。私の好みは、もう少し背の高く、スラっと伸びた人ですから」

 

 

 冗談(うそ)本気(まじ)か、娘の好みの男性がこの場で暴露されたのだ。皇帝は声をあげて笑い出し、でかい笑いが玉座の間に鳴り響いた。

 

 それもそのはず、あのフェイトが口に含んだ珈琲を、無表情のまま噴出したからだ。きたねぇ、と思いつつ、腹を抱えて笑い転げる大人気ない皇帝の近くで、クスクスと、その状況を見て笑う娘がおり、その横で必死で笑いをこらえている栞もいた。

 

 それは、とんでもなくシュールな光景だったからしかたないことだろう。

この発言、フェイトにとっては聞き捨てならぬ言葉であった。数秒間完全に停止していたフェイトが再起動したようで、娘の方ではなく、皇帝の方を向いて、自ら放った爆弾で出口を閉じる。

 

 

「……見た目程度、年齢詐欺薬でなんとでもなるよ」

 

 

 皇帝はもう、息すらできないほど笑っており、ひーひーと息を荒いでいた。

なんてこった、このフェイト少年はあろうことか、神風特攻をかまして自爆したのだ。

クソまじめに”僕は君の好みの姿なれる(I LOVE YOU)”といっているのと同意義のことをしゃべったのだから。

 

 笑いで息を苦しそうにする皇帝の横で、娘は多少頬を紅く染め、まんざらではない様子で困ったような笑顔を見せていた。

 

 ……彼女は読心力が使えるが故に、心が読みにくいフェイトに惹かれるのは当然の結果であった。まあ、”原作”でもフェイト少年は、結構モテモテなのではあるが。それを気に食わない様子で、強く姉に抱きつく栞、彼女は自分の姉が取られると思ったのだ。

 

 しまった、何を言っているんだ、そうフェイトは思ったが、時すでに遅し。

完全に包囲された罠の上で道化をさせられてしまった。

だから、捨て台詞を吐くしかなかったのだ。

 

 

「……何を勘違いしているかは知らないが、さっきも言ったと思うけど、この旨い珈琲に惹かれているに過ぎない。それと、僕は人形だ、そのようなものは望んでいない」

 

 

 嘘をつくな、という言葉を喉までに留め、それも自爆だからね、と考え、笑いの苦しみからようやく解放された皇帝は、勝利という名の美酒に酔いしれていた。この完全な皇帝の流れに、フェイトも流石にこの状況はまずいと判断し、撤退を決断する。

 

 

「栞さん、そろそろ行くよ」

 

「は、はい、フェイト様」

 

「珈琲、ありがとう。またよろしく頼むよ……」

 

 

 フェイトの命令を聞き、姉のそばから離れ、彼の後ろを追う栞の姿は、まさしく小動物であった。娘は出入り口の扉へ向かう彼らに、小さく頭を下げて挨拶している。同じく栞も、こちらを振り向きペコリと頭を下げて挨拶し、フェイトの後ろへ行く。それを皇帝はやれやれ、といった表情でそれを見送っている。

 

 しかし、玉座の間の出入り口付近で、フェイトは何を思ったのか立ち止まり、首と視線だけを皇帝に向け、交渉を始めた。

 

 

「……そういえば、ずっと言い忘れていたけど、実は()()()()()()の後、僕らは、紛争によって、行き場を失った子供たちを拾って、アリアドネー等に保護を依頼している。あなたの国でも保護を任せてもいいかい?」

 

 

 皇帝は一瞬、何を言っているのかわからねぇが、という所謂”ポルナレフ状態”となって数秒間ポカンとした後、ニヤリと口元をゆがめ誇り高く、高らかこう宣言した。

 

 

「そいつは、俺らの性分だろう? じゃんじゃんつれて来いよ、我が帝国は敬意を以って、面倒を見させてもらうぜ」

 

 

 口約束とはいえ、交渉はいともたやすく成立された。

”予想通り”と考えつつ、フェイトは「なら次からは任せるよ」と皇帝へと言葉を向け、従者の栞をつれて玉座の間を、ゆっくりと出て行った。

 

 フェイトは前々から”救済(魂狩り)”について疑問を感じていた上に

造物主への忠誠心が設定されておらず、その造物主に思うように動いてみよ、と言われていたので、自分なりの”救済”を模索し始めたのだった。

 

 そして皇帝は、フェイトらを次回から”客人”としてもてなすようにと、部下たちへと指示を出す。それを末端まで広めるようにも指示を出し、仕事をするべく皇帝も歩き出す。

 

 

「いやぁ~最高に面白かった! さてとよ、今日もまた、訳ありの亜人と交渉だ、頼んだぜ?」

 

「仰せのままに、皇帝陛下様」

 

 

 皇帝と娘も、玉座の間を後にした。

残されたのは、胃をキリキリさせ、腹を押さえている衛兵たちの姿だったが、その月の衛兵たちの給料には、すこしだけ色がついていた。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:通称いなかっぺ

種族:人間

性別:男性

原作知識:なし

前世:とてもこだわりが強い農家

能力:DA○H村も驚きの超絶な農作業能力と動物使役

特典:牧場物語の主人公の能力、オマケで最大値の全道具(武器ではないため)

   Fateのスキルの動物会話Cランク、オマケで牝牛、鶏、羊が数頭、馬が一頭

 

 




フェイト君の本命ちゃん助けるのって見たことなかったのでつい


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七話 大地の戦士と主人公と転生者

テンプレ23:悪魔襲来に介入

テンプレ24:ネカネ無傷、スタン生存

テンプレ24:永久石化治療がんばる

テンプレ25:ネギの兄弟が転生者


 ここはギガント・ハードポイズンが趣味で営む魔法薬店。しかし、趣味なのは売っている商品であり、店自体が彼の趣味ではない。

 

 ではなぜ、彼がこのような店を開いているかというと、ネギまの主人公、ネギ・スプリングフィールドの保護とそれを襲う転生者の制圧を任務としているからだ。本来なら、ここまでする必要を感じてはいなかったのだが、()()()()が、あまりにも悲惨だったので、店を拠点にすることにした。

 

 白髪で眉毛が太めの老人、怪獣研究の第一人者である某博士の姿に変化させ医療団の大地と敬虔を、部下の副団長に任せて今は、ウェールズにある山奥の魔法使いの村に居るのだ。

 

 

「お師匠さま、今日はどんなことを教えてくれるんですか?」

 

「ふむ、”火よ灯れ”の大きさを変化させる方法を教えよう。火を出すだけの魔法だが、魔力の調整などで大きさを自由に変化できるのだよ」

 

 

 そこで、ギガントを”お師匠さま”と呼ぶ赤毛の少年。彼こそ、この世界の主人公たるネギ・スプリングフィールドだ。彼はいろいろあって、今はギガントの弟子となっているようだ。

 

 

「そんなことができるんですか?」

 

「できるとも。どんな魔法でも、魔力の大小で威力は変化するものだからね」

 

「へえー、”火よ灯れ”も同じなんですかー」

 

 

 火よ灯れ、それは誰もが最初に覚える初心者入門の魔法だ。だから、誰もあまり研究しないし、応用もそこまで考えられてない。だが、初心者入門だけあって、魔法を知るにはわかりやすいもので、ギガントは、知識を生かし、それを利用する方法を教えているのだ。

 

 

「”魔法の射手”でさえ、属性の数、数を増やす、質を増やす、大きさを変化させる、すばやく放てるようにする、などなどいろいろ応用もあるのだよ。ただ、基本をしっかりしなければ、うまく行かんがね」

 

「基礎が大事なんですね」

 

「いつも言うように、そのとおりだ。基礎は基盤となり、積み重なる経験をしっかり支えてくれるものとなる。磐石なる基礎を持てば、応用の幅も広がり、それは力となってくれよう。ではネギ君、今回は魔力を抑える訓練をするとしよう。ほんの少し、魔力をこめるように”火よ灯れ”を使ってごらんなさい」

 

「はい!お師匠さま!」

 

 

 しかし、なぜネギが、ギガントの弟子となっているのか。それには、”()()()()”がとても影響しているのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこは地獄絵図だった。

やはりガルムの第二の相棒なら”街が燃えてる……”と言うだろう。

大量の悪魔が村を襲っている、だけならよかったのだが、そこには数多くの転生者がやってきて、転生者同士争っていた。さらに、主人公であるネギの命を狙おうとするものも存在したのだ。

 

 転生者たちは、主人公のネギのポジションを狙っていたりするのかはわからないが、とてつもなく迷惑なのには変わりは無い。ギガントの部下は、転生者を相手取るのに精一杯で、悪魔まで手が回っていなかった。そこへ、報告を聞いて人の姿となり、即座に駆けつけたギガントがやって来た。

 

 

「クッ、部下の知らせを受けて来て見れば、なんてことだ……」

 

「団長殿、このままでは埒が明きませんぞ!?」

 

「この瞬間のために、準備してやがったってのか?」

 

「……龍一郎はどうしている?」

 

 

 もう一人の皇帝の直属の部下である熱海龍一郎が来ているようだが、ここには姿が無いようだ。

 

 

「ハッ、龍一郎殿なら、すでに転生者を数名撃破しており、今もここからすこし離れた場所で、3名の転生者と同時に交戦中です。」

 

「ふむ、転生者はあとどのぐらい残っている?」

 

「ハッ、まだ8名ぐらいは残っているかと……」

 

「多いな……ワシも本気を出す、各自転生者と悪魔を倒してくれ」

 

「「「ハッ!!」」」

 

 

 ギガントもその部下も怒りをあらわにしていた。

転生者の数があまりにも多すぎるのだ。それもそのはず、転生者は”原作重要イベント前に大量に出現する”というルールがあるからだ。そのせいで、いつも以上の数の転生者が、その村へと押し寄せてきたのだ。もはや一刻の猶予も無い状態だ、ギガントはまずアーティファクトを展開する。

 

 

来れ(アデアット)

 

 総勢200体のオートマトンを呼び寄せ命令を下す。

 

「国境無き医師団に告ぐ!石化された村人や、無事な村人たちを安全な場所まで運ぶのだ!!」

 

 

 ギガントはここへ来る途中、悪魔だと思われるものに石化された村人たちを目撃しており、そのままでは転生者の攻撃の余波で、吹っ飛んでしまう可能性があったのだ。了解を合図に拡散して行くオートマトンを目で追うことなく、ギガントは、村人の生き残りを探そうと即座に移動する。

 

 すると、青年が一人上空から現れる。転生者だ。その転生者が、赤き魔槍を構え、突撃してきた。そこでギガントも応戦するように、強力な技を繰り出す。

 

 

「テメェなんだ? 邪魔だぁ!”刺し穿つ(ゲイ・)……”」

 

「それはお前だ……”砕け穿つ岩石(ストーンエッジ)”」

 

「ブゲェ!?」

 

「大地の精霊よ、かのものを大地の檻へと閉じ込めよ」

 

 

 鋭い岩に串刺しとなり、気を失った転生者をギガントは、何の躊躇もなく鋼鉄の檻に閉じ込められた。この檻は精霊の力を使っており、簡単には壊れない。しかし、またしても、転生者が現れた。転生者は黄金の剣を構え、エネルギーを放出しようとしていた。

 

 

「俺が主人公なんだ! あいつ(ネギ)じゃねぇ!俺だ!! ”約束された(エクス)……”」

 

「……”毒突き(ポイズン・スタッブ)”」

 

「パギャーッ!?」

 

「邪魔ばかりするやつらよ……」

 

 

 ギガントは面倒そうに、すぐさま技を繰り出すと、簡単に転生者の腹部に命中し気絶させた。そのまま気絶した転生者を、鋼鉄の檻に閉じ込める。その直後、何かすごい力を感じた。

 

 

「むっ……この魔法は!?」

 

 

 するとすさまじい雷系の魔法が放たれたようだ。

ギガントはこれを”雷の斧”と”雷の暴風”と判断し、それは、()()()()()()()()()()()()()が到着した知らせでもあった。

 

 と、そこに二人の影があった、髭を生やしたいかにもな魔法使いスタイルの老人と金髪で修道女に似た服を着る美人の女性、スタンとネギの姉のネカネだ。

 

 

「よかった、貴殿らは無事だったか」

 

「おぬしはいったい? いや、それよりぼーず(ネギ)のやつはどこに……」

 

「あ、あれは?!」

 

 

 二人はまだ無事だったが、ネギを心配して探していたのだ。そして、噂をしていれば、そのネギが走ってきたが、場所が悪かった。悪魔がいたのだ、永久石化を得意とする、その悪魔だ。

 

 

「ネギ! 逃げて!」

 

「ヌンッ、全ての大地の源よ、我が前に、力を示せ」

 

 

 ギガントの最大能力、大地の精霊の最高使役。それは、全ての大地の精霊の源の力を操るものだ。

 

 

「”引力(アトラクション)”」

 

 

 間一髪だった、悪魔が口を開け、石化光線を放つ前に悪魔を引力の力で、地面に押しつぶすことができたのだ。

 

 

「ふん、召喚された悪魔になら手加減など無用だな”螺旋、引力(アトラクション・ツイスト)”」

 

 

 ギガントはそれを唱えると、引力の回転により悪魔はねじ切られて消えていった。しかし、危険が全て無くなったわけではない。

 

 

「ネギ!」

 

「お姉ちゃん!」

 

 

 ネカネはネギに気づき、こちらに呼び寄せたがそこへもう数匹、悪魔が影から這い出てきた。しかし、ギガントは間髪入れずに別の技を繰り出す。

 

 

「”(サンダーストーム)”」

 

 

 高密度の雷撃がその悪魔に全て突き刺さり消滅する。ネギはネカネに抱きかかえられ、その様子を見ていた。すると、そこに一人の男がやってきた。

 

 

「お、おぬしはまさか……」

 

「貴殿は……ふむ、とりあえず場所を移そう。この場所はまだ危険だ」

 

 

 彼らは安全な場所へ移るべく、移動を開始した。その移動中にギガントは、自分たちのことや

転生者のことをぼかしつつ、誰と戦っていたかを説明した。そして、とりあえず安全な場所として村から少し離れた草原へと到着したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 遠目でも、村が炎に包まれているのがよくわかる。その上空で、数名の”人間”が戦っているのも見えた。転生者とギガントの部下、それと同僚の熱海龍一郎だ。転生者はあと2名ほどとなっており、完全に包囲された形となっていた。捕まるのは時間の問題だろう。

 

 ギガントはネギ少年たちから少し離れた場所で、転生者と悪魔を警戒しつつ、彼らの方を見ていた。

 

 

「……おぬし、ナギなんじゃろう?」

 

「えっ!? でも、たしかナギさんは……」

 

 

 スタンは男の正体を察知し、ネカネは死んだはずのナギがこの場にいるはずが無いと、驚いていた。

 

 

「すまない……来るのが遅すぎた……」

 

「あぁ、まったくじゃわい!!」

 

 

 するとあろうことか、スタンがナギの顔面をぶん殴ったのだ。

 

 

「ヘブーッ!?」

 

「相変わらずのバカさ加減にはほとほと愛想が尽きるわぃ!」

 

「ちょっ!? スタンさん!?」

 

「お前がここまでバカだったとは思わんかったぞ!」

 

 

 殴られたナギは、殴られた部分を手で押さえつつ、ゆっくりと立ち上がる。そして、せっかく父親に会えたというのに、罵倒をするスタンをネギは多少不機嫌そうに眺めていた。しかし。

 

 

「……生きとったなら……連絡ぐらいよこさんかい……」

 

「……悪ぃな……こっちもいろいろあったからよ」

 

 

 スタンはナギが死んでせいせいしているとは言っていたが、その息子のネギを守るという誓いを立てていた。それはつまり、ナギが死んだことを悔やんでいたのではないだろうか。

 

 すると、スタンの瞳から、一筋の涙が出ていた。その光景を見ていたネギは子供心ながらも、スタンが自分の父の死を悲しんでいたことを知ったようだ。そしてナギは、そこの幼い少年が自分の息子だと理解し、ネカネのそばでそれを眺めていたネギに近づいていく。

 

 

「お前がネギか……大きくなったな」

 

 

 ネギはようやく会えた父親に、目に涙を溜めつつ、それを見上げることしかできなかった。そこでナギは、何かを探すように辺りを見渡していた。

 

 

「……ここにはいないようだな……」

 

 

 ナギは誰かを探していたようだが、この場にいなかったので諦めたようだった。そしてナギはネギへと視線を戻し、自分の杖をネギの目の前に差し出して渡そうとしていた。

 

 

「そうだ、この杖をお前にやろう、俺の形見だ」

 

「お……お父さん……」

 

 

 それをネギは受け取ると、杖の重さでヨロヨロする。それを見て安心し、ナギは遠くを見てポツリと口を開く。

 

 

「……もう時間がない」

 

 

 ナギはそう言うと、少しずつネギを見下ろしながら空へと浮きながら離れていく。それを見ていることしかできない、残りの二人も離れて行く彼を、悲しそうな表情で見上げていた。

 

 

「悪ぃな、お前には何もしてやれなくて。あと、全然連絡よこせなくてよ」

 

「……お父さん! お父さーん!!」

 

「行ってしまうんか……」

 

「……ナギさん……」

 

 

 空へと浮きつつ、最後にナギが息子へと言葉を贈る。

 

 

「ネギ、元気に育って、幸せにな! 後、()()()()の方にも同じ言葉を伝えておいてくれ!」

 

 

 するとナギは、空の彼方へと消えていった。誰もが涙を流し、見送ることしかできなかった。そこへギガントの部下たちがギガントの前に姿を現し隊長と思われる男がギガントへと報告する。

 

 

「団長殿、やつらの捕獲、完了しました」

 

「……よくやった、では、予定通り頼むぞ」

 

「ハッ」

 

 

 ギガントの部下たちはそれを聞くと消えていった。ギガントはネギ少年らを連れ、とりあえず別の魔法使いの村へと移動するのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 それからスタンとネカネとギガントは今後について話し合った結果、とりあえずギガントが、この土地に住み着き、ネギの近くで護衛する形となった。悪魔を一ひねりするギガントの姿を二人は見ており、是非ともギガントに護衛をしていただきたいという申し出を、ギガントは快く引き受けた。

 

 そして、ギガントはネギを弟子として、育てることにしたのだ。ネギは魔法学校へ通いつつも、ギガントの魔法薬店へと足を運び、ギガントから学校では習わないような、魔法の基礎を学んでいた。ネギは、魔法が上達していくのを実感したが、父親のナギのようになれるか心配になり、ギガントに質問したのだ。

 

 

「お師匠さま、お父さんのように、立派な魔法使いになるにはどうすればいいんですか?」

 

「ナギのように、か……。ふむ、知人の話でしか聞いたことはないが、知っていることを話してやろう」

 

「え?いいんですか!?」

 

「いいも悪いも、君はそれを知る権利ぐらいあろう。まあ、知人から聞いた話だがな」

 

 

 ギガントは、静かに語らうように、彼の父、ナギの武勇伝と、どうしようもないバカな部分の両方を教えてあげた。ネギは本気でショックだった、まさか尊敬していた父親が5~6つしか魔法を覚えていない上に、アンチョコが無くては魔法も使えないような、ダメダメな親父だったからだ。

 

 

「お父さんって、そのぐらいしか魔法覚えてなかったんですか……」

 

「……彼の場合、魔力と身体能力でゴリ押しするタイプだったようだからな。確かにとんでもない強さだが、技術を磨けばさらに上にいけただろうに……。いや、あれ以上、上に行かれても地味に困るのだがな」

 

 

 ナギはあの生けるバグ、”ジャック・ラカン”と同等かそれ以上という時点で、すでに完成されている強さだ。それ以上強くなったら、いろんな意味で洒落にならないだろう、そう考えて、ギガントは苦笑した。ネギは、その強さで大戦を終わらせたからこそ、立派な魔法使いとなったと考えた。

 

 

「それで、その戦いで有名になって、立派な魔法使いになったんですね?」

 

「いや、少し違うな」

 

 

 ギガントは、大戦を終わらせて立派な魔法使いになったこと否定した。ネギはそれが、なぜだかまったくわからなかった。それもそのはず、ネギは強くなれば立派な魔法使いになれると考えていたからだ。

 

 

「どういうことなんですか?!」

 

「ふむ、確かにそれもあるのだが……。彼はその後、いろんな人々を助けて回ったのだよ。それが有名となり、彼は誰もが称する”立派な魔法使い”になったのだ」

 

「いろんな人を、助けて回って?」

 

「そう、多くの人を助けたからこそ、多くの人に尊敬されるようになったんだよ」

 

 

 ナギはある女性との約束を守るために、多くの人々を助けて回ることをしたのだが、それはいずれの話だろう。

 

 

「つまりネギ君、人を助ければ、立派になる近道となるのだ。魔法使いとしても、人としてもな」

 

「はい!僕もそういう人になりたいです」

 

「しかし、押し付けがましい親切はよくないぞ。他人がどう考えているか、どうすれば喜ぶかを考えて行動せねばならん」

 

 

 ”原作”のネギ少年も、最初の頃だが親切心で突然通りがかりの少女(明日菜)を占い、ひどい結果を言って怒らせていた。ギガントは、そのことを知らないのだが、そういうことはあまりよくないことだと、窘めるかのように彼は話した。

 

 

「人を助けるって、難しいことなんですね」

 

「難しくは無いよ、少し助ける人側で考えればいいのだ。何を欲しているのか、何をすれば喜ぶか、それを考えればいいだけだよ」

 

「そうなんですか、僕も人を助けられる人になりたいです」

 

「うむ、その心がけが一番だ」

 

 

 そのネギの発言に、ギガントは喜び笑顔を見せる。ネギもそれにつられて笑って見せた。ギガントは思う、子供は素直でいい、と。そこへ、ネギとは違う人が店へと入ってきた。

 

 

「いらっしゃ、お、待っておったぞ」

 

「こんにちわ、お師様、今日もよろしくお願いします」

 

 

 入ってきたのは一人の少女だった。その名はアンナ・ユーリエウナ・ココロウァ。ネギからはアーニャという愛称で呼ばれているツーサイドアップの赤毛の少女だ。彼女はネギがこの店に頻繁に入っているのを見て不審に思って突入し、ギガントの弟子となった経緯がある。ギガントはそれを見て、元気がいいお嬢さんだ、と思ったらしい。

 

 

「うむ、よろしく」

 

「あ、アーニャ」

 

「ネギは来るの早すぎよ!」

 

 

 アーニャはギガントの弟子となった理由は”両親と話したい”からだった。アーニャの両親はあの事件で永久石化してしまっており、それを治したいと言ったのだ。ネギからギガントのことを聞いて、助けてもらおうと思ったのだが、ギガントもそこまでのものは覚えておらず、ならば一緒に研究しようということにした。

 

 だからギガントが先に、永久石化の治療法を研究しながらも彼女に状態異常解呪の魔法の基礎を教えているのだ。それを知ったネギも参加することを決め二人は基礎を習いつつ、ゆっくりだが三人共同で永久石化の治療法に挑んでいる状況だ。

 

 

「さて、昨日は麻痺解呪の魔法をマスターしたのだったな」

 

「はい、新しい魔法をおしえてください」

 

「なら、次は解毒の魔法を教えるとしよう。毒の種類は多様多種存在し、いろいろな効果があるのだが、それを一括りに”人体に悪影響のある”ものを解呪する魔法だ。まあ、その毒の種類別で魔法を使い分ければもっと効果が高いのだが、まずは、さっきも言った、基本的な解毒魔法を教えよう」

 

「はい!お願いします!」

 

 

 すでにアーニャは麻痺解呪魔法をマスターしたらしく、次は解毒の魔法に挑戦するようだ。それをうらやましく見ているネギがいた。

 

 

「アーニャはいいなあ、もういろんな魔法が使えて」

 

「当たり前じゃない?アンタよりも1歳年上で、魔法学校も1年上なんだから」

 

「なに、二人ともよくやっておるよ。それに、その程度の差はすぐ埋められよう、気にすることは無い」

 

 

 ギガントは二人に感心していた。とても優秀で勤勉で、元気な子供だったからだ。ギガントは二人に指示しつつ、大地の精霊を操り石化のプロセスを解くことにした。それを二人はものめずらしく眺めながら、自分たちの課題に取り組んでいった。こうしているうちに日が落ち、二人は明日もここへ来る約束をし、帰路へ着くのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 彼の名はカギ・スプリングフィールド。

名前から察するに、ネギ・スプリングフィールドの双子の兄である。そして、彼は転生者でもあった。なぜなら転生者のルールに原作キャラの”憑依転生”はできないが”肉親へ転生”できないというものはない。彼は転生してネギ・スプリングフィールドの兄として誕生してしまったのだ。

 

 

 最初は彼も戸惑った、最初から死亡フラグの塊だったからだ。しかし、彼には偉大なる野望があった、原作ヒロインを手篭めにするという野望だ。

 

 

 悪魔襲撃があるのを知っていたので、その時は特典で倒して俺TUEEEEEしようと考えたが、あれはネギが3歳ほどの年齢で起こる事件で、5歳にならないと特典が発生しない彼はそれが無理だと考えた。だから、その事件の時は遠くの森へと逃げ込んで凌いだのだ。

 

 

 今、彼はとても不満だった。なぜならいまだに、ヒロイン級の少女たちが自分のものになってないからだ。それはアーニャやネカネのことだ。

 

 ネカネは彼を、ほんの少し変な手間がかかる弟としか見ておらず、アーニャは勘がよいので、スケベな視線を送る彼を快く思っていないのだ。

 

 このカギ・スプリングフィールドはそれがとても不満だったがさらに不満なのが、ネギとアーニャが二人でどこかに行っていることだった。

 

 

 ネカネやスタンは彼のことも一応ギガントへ保護を頼んだのだが、カギ自身が拒んだので、仕方なく自由にさせているのだ。拒んだ理由は単純で、特典がもうすぐ手に入るからというものだ。そして彼は、スタンが石化してない上に、ネカネも足を怪我していないのを原作改変と考えたが、誤差の範囲としか思っていなかった。

 

 

「クソッ!どこで二人で遊んでるかわからねぇ! 俺のどこが不満だってんだ! 畜生!!」

 

 

 そう叫ぶカギ・スプリングフィールドは、ネギにそっくりな赤毛の少年だ。

違いがあるとするならば、目つきが微妙に悪く、髪の毛を逆立てているというところぐらいだ。デビルメイクライのダンテとバージルといえばわかるだろうか。そんな彼は不機嫌に当り散らしていたのだ。

 

 

「クソ! イライラするぜ! 魔法学校ではかなりモテモテだっつーのに、なぜアーニャはこの俺に惚れねぇんだよ!! おかしいぜ!!」

 

 

 独り言である、大切なのでもう一度言うが完全に独り言である。誰かに聞かれたら、ただの変態としか思えない独り言であった。だが、彼は今は我慢することにした、原作が始まればネギをアンチできるからだ。

 

 

「まあいい、原作開始でネギを叩きに叩いて俺が主役になればいいんだ! あと、アイツに乗じて武装解除を流しまくってやるぜ! ヒャッハッハ!!」

 

 

 やはりただの変態である。もはや公然とセクハラ発言するこの彼が、なぜ魔法学校でモテモテなのかさえわからないほど、公然わいせつなやつであった。

 

 

「もうすぐ特典が開放される! そうすりゃネギなんて目でもねぇ、楽勝だぜ! そんでもって、ネカネとアーニャを最初にゲットだぜ!!」

 

 

 彼は知らないのだ、他に転生者が居ることを。

転生神から教えてもらってなかったのだ、他に転生者がいることを。

さらに、あの事件を森でやり過ごしてしまったために多くの転生者が居ることを知ることができなかったのだ。だから、彼は自分がこの世界の主人公だと疑ってはいない。

 

 ……まあ、他の転生者も、大抵そんな感じだったりもするのだが。

 

 

「俺の特典は”ナギの能力”と”王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”だ!! 俺にかなうヤツなんて、絶対にいねぇぜ!!」

 

 

 彼は知らないのだ、赤蔵覇王という強敵を。

彼は知らないのだ、転生者を知るものがいることを。

そして彼は知らないのだ、弟のネギ・スプリングフィールドが優秀に育っていることを。

 

 

「今から6年後ぐらいが楽しみだぜ、待ってろよ!麻帆良!!」

 

 

 彼の物語は、後6年後に動き出すだろう。

しかし、それは想像を絶するものなはずだ……。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:不明

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:20代無職

能力:ルーンと呪いの一撃

特典:Fateのランサーの能力、オマケで刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)

   保有魔力大

 

 

転生者名:不明

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代無職

能力:聖剣ブッパ

特典:Fateのセイバーの武器、約束された勝利の剣(エクスカリバー)

   剣術の才能

 

 

転生者名:カギ・スプリングフィールド

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:40代契約社員

能力:膨大な魔力によるゴリ押し

特典:ネギま!のナギ・スプリングフィールドの能力

   オマケでネギが持つ杖と似た杖(この世界の同じ物は二つ存在しない)

   Fateのギルガメッシュの宝具、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)、オマケで中身全セット

 



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八話 赤蔵覇王VS踏み台転生者

赤蔵覇王は今日も魔法世界を行く


 ここは魔法世界のシルチス亜大陸のほぼ中央。

ここに一人の少年が、何も使わずに空を飛んでいた。いや、使ってはいるが、普通の人には見えないので、まるで”立ったままの姿勢”で人が飛んでいるシュールな光景に見えるのだ。

 

 その彼は赤蔵家次期頭首、赤蔵覇王である。彼は夏休みを利用して、魔法世界へと足を運んでおり

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)O.S(オーバーソウル)して、その左手に乗って空を飛んでいるのだ。

 

 しかし、彼が今なぜ、魔法世界にいるかというと”この世界の転生神”の使命を全うするべく、他の危険な転生者を倒して回るためだ。

 

 いや、すでに倒して回っていると言った方が正しい。何せ、転生者の数がとてつもなく多いのだ。彼が500年前、転生者と戦い続けた時よりも圧倒的に多かったのだ。やはり”原作前”というのが大きな影響を与えているのだろう。

 

 

「ちっちぇえな」

 

「ピギャピー」

 

 

 また、誰かがS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の炎の餌食となり、特典をそれに食われ適当に蘇らされているようだった。これでかれこれ何度目だろうか、そう覇王は考えていた。と、その時、すさまじいエネルギーが彼を襲ったのだ。

 

 

「ふん、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)

 

 

 だが、覇王はそれをS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の右腕で防御し、無傷でその場に立っている。攻撃が来た方向を見渡すと、ふと金髪の白騎士が白銀の剣を構えて立っていた。

 

 

「ほぅ、我が聖剣の一撃を防ぐとは、何者だ?」

 

 

 完全に防御されたというのに、余裕を見せるこの青年。

彼も転生者であることには変わりないが、何をしたというのだろうか。その余裕そうな青年をS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の左手の上から余裕の笑みで見下ろす覇王。

 

 

「僕の名は赤蔵覇王」

 

「未来王というやつか」

 

「なんだ、知ってるのか。だが僕は未来王ではない」

 

「貴様が名乗ったのなら、名乗り出ないのは失礼だな。我が名はガーヴェン、貴様を倒すものだ」

 

 

 この時覇王は、なぜこいつ攻撃してきたの?と疑問に思っていたが、どうせ戦闘狂か他の転生者を跳ね除けて、主役になりたいと考えている輩だろうと結論付けた。

 

 そう考え、どうでもよさげに騎士の青年を見下ろし、周りを警戒しながら互いに自己紹介と言葉を交えつつ、次の攻撃に備え、どちらかが先手を打つか待っていた。

 

 

「我が剣は太陽の剣、それは太陽の炎だ! 所詮貴様の炎は地球の炎、すでに勝敗は決している、潔く散るがいい!」

 

「ふぅん、ならば試してみればいい」

 

 

 この会話の後、膠着状態が数秒続き、やはり先手を打ったのは騎士の青年だった。

 

 

「先手必勝!”転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”!!」

 

 

 騎士の青年がそれを発動すると、剣を横なぎに振り回した。その直後、すさまじい熱力の火炎が覇王を襲った、だがしかし。

 

 

「その程度で太陽の炎? 笑わせるなよ。S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)、魂すらも焦がす君の炎を見せてやれ」

 

 

 そう覇王が命令すると、騎士の青年が放った百熱の炎を、いともたやすくS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の炎でかき消し、逆に青年が火達磨となってしまったのだ。……なんというあっけない決着。

 

 

「うぎゃああああ、焼けるぅぅ!? ひぃぃうおおおぉぉ!!? た、たすけてぐぇえええ!?」

 

「情けないな、さっきまでの威勢と紳士な態度はどうした?」

 

「ヒギャアアアアッ!!」

 

 

 騎士の青年の先ほどまでの態度は仮面にすぎなかったようだ。もはや覇王の言葉すら聞こえておらず、火炎に焼かれる苦しみを味わいつつ、醜い本性をさらけ出し、のた打ち回っていた。

 

 いや、本来ならばその”特典”の力を考えると、この一撃で騎士の青年が倒れるはずがない。何せ彼の選んだ特典は、Fate/EXTRAで登場したセイバーのサーヴァント、()()()()()()()()だ。

 

 そのガウェインは日中ならば能力が三倍になる”聖者の数字”スキルを持っている。これにより陽が出ている時ならば、無敵に近い力を得ることができるのだ。

 

 が、この青年はその能力を過信しすぎ、能力を鍛えていなかったようだ。自身を鍛えなければそれが3倍になろうとも、あまり意味がないのである。太陽の騎士の名に恥じぬ力を得たいならば、それに見合った苦労が必要だということだ。

 

 

「ちっちぇえな」

 

 

 その醜く焼きただれていくその騎士の青年を、粗大ごみのような目で見下ろす覇王は、そう小さくつぶやいた。

 

 

「ふん、もういいよ、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)、あまりやりすぎると、蘇生させるのに面倒になる」

 

 

 すると、騎士の青年の炎は消え、完全に事切れた彼だけが残された。その騎士の青年の魂は、彼の体の上に浮いており、彼が死んでいることがわかる。そこへ覇王はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)と共に近づき、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)へとこう命ずる。

 

 

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)、喰っていいぞ。……ただし、いつもどおり”特典”だけをな」

 

 

 S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)にそう命じると、騎士の青年の魂を丸呑みすると口の中でもごもごし、まるでスイカの種のように、不必要になった本体の魂をはきすて、彼の魂はその場に投げ捨てられる。そして覇王は、超・占事略決に載せた蘇生術、呪禁存思を使い蘇生させた。

 

 

「ぐひぃ!? 俺を生き返らせたことを後悔させてやる!!! ”転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)”!! ……あ、あれ!?何ででねぇんだよ!?」

 

 

 騎士の青年はとてもあせった、”特典”がまったく機能しなくなったのだから。そこへ、あきれ返っていた覇王が、さもめんどくさそうに説明する。

 

 

「お前の特典はもうない。僕のS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に食わせた」

 

「はぁ!? ありえねぇだろ!? ざけんなよ!! 返せよ!! 返せよおおおお!!」

 

 

 特典がないというのに、先ほど敗北した相手に怒りをぶつける騎士の青年のその姿は、まさしく醜悪そのものだった。覇王はそんな彼を捨て置き、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の左手に乗ったまま、次の目的地へと移動するために空を飛び始める。

 

 

「返せるわけないだろ? じゃあね、せっかく蘇らせたんだ、せめて平穏に暮らせよ」

 

「ふ、ふざけんじゃねぇ!? 俺はこれからどうすりゃいいんだよ!? 主役にすらなれねぇのかよ!! テメェ待てよ!! おーい! クソオオオオオオオオ!!!」

 

 

 その場で放置された哀れな騎士の青年は、うなだれながら呪詛をはくように覇王を罵倒した。しかし、転生者と転生者の戦いにおいて、その敗者たる彼がこうして生きていることは逆に幸運なことなのだが、彼はそれを知るよしもなかった。

 

 

「しかし、なぜ転生者というのは、ああいう輩が多いのか。僕には理解できない……、まあ、どうせこの世界を、”漫画の世界”と勘違いしているんだろう」

 

 

 覇王が言うとおり、この世界を”ネギま!という漫画の中”と思っている転生者が圧倒的に多く、その中でも魔法世界は”幻”という扱いだった。だから転生者の多くは、この魔法世界で暴れまわっているようだ。

 

 

「やれやれ、久々にアルカディア帝国にでも、向かってみるか? 僕は500年前、敗北して死んだから、あの後行方不明扱いになっているかもしれない」

 

 

 彼が500年前契約した、アルカディア帝国に向かってみようと考えた。自分を知っているものがいるかはわからないが、自分の残した資料はあるはずだからだ。そう考えて覇王は、そちらに方向を変更し、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を飛ばした。しかし、そこにまたしても襲撃者が現れる、またしても転生者だ。

 

 

「テメェハオだな? いいチート具合じゃねぇか!」

 

「誰だお前? 僕の名前を気安く呼ぶな」

 

「俺は最強の転生者だ! 一通って呼ばれているぜェ!」

 

 

 突然最強を名乗るこの男は、いったいなんだろうか。もはやすでに覇王には、彼を眼中に入れていなかった。それに、自分の特典(特典の霊視)を使わずとも、名前で大体特典がわかったし、自分の相手にもならないと感じたからだ。

 

 

「……ちっちぇえな」

 

「あんだと!? この岩を食らってろ!!」

 

 

 転生者は足で岩をけると、それを高速で飛ばしたのだ。しかし、覇王はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の左手から動くことなくその右腕で防御し、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)へと面倒そうに命令を下す。

 

 

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)、やれ」

 

 

 ただ、その一言で、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)は攻撃を開始し、一瞬のうちにその鋭い爪を転生者につきたて腹部を串刺しにして、そのまま炎上させた。

 

 

「ナゼダァァァアァァ!?」

 

「君は霊とやらを反射できるとなぜ思えた? 霊というものがわからなければ、反射のしようがないだろ?」

 

 

 この転生者の特典は、感知しているあらゆる存在のベクトルを支配し、操るものだったが何てことない、この転生者はシャーマンではないので、霊や魂といった概念を知らないのだ。この世界の魔法なら、炎、雷、水、氷、岩などを具現化させて飛ばすので、ある程度は反射できるだろう。

 

 しかしO.S(オーバーソウル)は違う。O.S(オーバーソウル)は精霊などの霊という見えない存在を具現化させているものだ。だから霊という概念を知らない彼は、O.S(オーバーソウル)を反射できなかったのだ。すると覇王は先ほどの騎士の青年と同じ要領で、特典を抜き去り蘇らせる。

 

 

「くだらない、本当にくだらない。この世界にG.S(グレート・スピリッツ)がいるのなら、王になってしまいたいぐらいだ」

 

 

 もはや、こういった転生者に覇王はあきれ果てていた。500年前よりも多く沸いている頭がおかしい転生者に、完全に無関心になってきていた。しかし、転生者の中でも、いいやつもいることは、彼も知っていた。

 

 500年も前のことだが、一時的とはいえ一緒に戦った仲間がいたし生産を得意とする転生者に、何度も世話になった。それを思い出しつつ、後数年で始まる”原作”に不安と期待を募らせるのだった。

 

 

「原作開始で、どう転生者が動くのやら……。まあ、どうでもいいか」

 

 

 彼はもう、将来的に赤蔵家を継ぐことに決めており、麻帆良に行く気もまったくないのだ。さらに”原作”なんて半分も覚えていないので、どうでもよくなっていたのだ。

 

 しかし、そんな考えを否定するかのような運命が、今後の彼に降りかかるとは

今の彼には予想もできないことであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:ガーヴェン

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代会社員

能力:聖剣ブッパ

特典:Fate/Extraの白セイバーの能力、オマケで転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)

   剣の技術

 

 

転生者名:一通

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:10代学生

能力:反射

特典:とある魔術の禁書目録一方通行の能力

   高い演算技能

 

 

 



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九話 少女とスタンド使いの受難

テンプレ26:最終決戦時点でアスナを救出

テンプレ27:アリカの処刑に介入

テンプレ28:ガトウ生存

テンプレ29:明日菜の武器がやっぱりハマノツルギ

テンプレ30:転生者、原作ヒロインを助ける

とても物議を醸し出しそうな回


 アスナは夢を見ていた、とても懐かしい夢だ。

これは本当に最初のころ、今の親代わりであるメトゥーナトとはじめて会った時のことだ。メトゥーナトとアスナの出会いは、彼女の魔法無力化の範囲を広げる塔で、体を鎖でつながれ、兵器として扱われていた時のことだった。

 

 その時はまだ、この頃のアスナには、メトゥーナトが遠くで、こちらを見つめている仮面の男としか印象が無かった。昔は何も思わなかったが、今思えば仮面の男とか怪しさ満載だと、としみじみと夢を見ていた。

 

 

 

 場面が飛び、黄昏の姫御子として、墓守り人の宮殿の最奥部に生贄とされ、メトゥーナトが皇帝の命により、そこから助け出してくれた時のことだ。生贄にされる寸前のことで、造物主には、恐ろしくて、悲しい人だと感じたことも思い出した。

 

 そして、あの時は感謝しかなかったが今思えばツッコミどころが満載だと夢の中でアスナは思った。

 

 何せ、アルカディア帝国最強の騎士メトゥーナトは、騎士とは思えぬあるまじき暴挙を行ったからだ。

 

 アスナが捕らえられている墓守り人の宮殿の最奥部への行き方がわからかったメトゥーナトは、あろうことか壁や天井などを切り捨てながら、ドリルのようにそれらをぶち破り、目的地へと一直線に突貫したのである。時間がなかったというのもあるが、とてつもない脳筋な作戦だった。

 

 だが、そのおかげでしっかりとアスナを救出できたので、悪いことではないだろう。

 

 何故周りがボロボロになっているのだろうかと、当時は不思議に思ったとアスナは思い出しながらそう考えていた。これはナギが造物主にアッパーで勝った!!(笑)時のことであった。

 

 ……このことは、紅き翼の仲間たちも、ドン引きしたことなのだが。

 

 

「もう少し早く来る予定だったが、遅れてしまった、すまない」

 

 

 そして、そんなことを言っているが、ゴリ押しでさっさとやってきたこのバカ一名。紳士ぶってるが最高に脳筋野郎だったのだ。

 

 反魔法場(アンチマジックフィールド)の封印は、アスナと引き換えに、皇帝がメトゥーナトに渡しておいた、黄金に輝く一本の杖を媒介にして行わせたらしい。

 

 その杖を代わりに置いてくればいいよ、程度しか説明されてなかったらしいが。そんな夢を見つつ、本当に今思えば無茶なことをしてたんだなーと思う彼女であった。

 

 

 場面がまた飛ぶ、紅き翼の面々と旅をしたり、メトゥーナトと二人で魔法世界を回ったりもした時のこと。それから、そうだ、自分と同じ血族であるアリカが、処刑されそうになった時の事だ。

 

 アスナはこの時点ですでに、メトゥーナトの護衛下にあったので、この場を目撃できた。しかし、夢の中でさえ何かおかしい、どうしてこうなっている、という状況に多少驚いた。

 

 

「アスナちゃん、すまんなあ。皇帝がどうしても、アレによく見えるように、見せびらかしてやれ、と言うものだからな。何、危険はないよ、あのフードの連中以外、全員味方だからな」

 

 

 この声は確かメトゥーナトの同僚のギガントという亜人の声だ。そう思うと、夢の中の自分が、ギガントの肩の上で座っているのがわかった。この場にメトゥーナトの姿が見えなかったが、どこかで何かしているのだろう。

 

 遠くから、フードの男が口をパクパクさせており、皇帝がその前でその男に指をさして大きな笑い声を出しているところだった。正直意味がわからない、どうしてこうなっているんだろうか。

 

 そういえば、あの皇帝は強くて、そして楽しい人だ、造物主とは真逆を行く性質だと夢を見つつ、懐かしい思いにアスナは浸っていた。

 

 

 

 そしてまた場面が飛ぶ。

”咸卦法”のコツをタカミチに教えたり、”光の剣”をメトゥーナトに教えてもらったりもしたことを、夢で見ていた。咸卦法と光の剣は、”心を無にする”ことで完成できるというところに、共通点がある技だった。

 

 アスナは、自分には元々何一つ無いと考え、いともたやすくそれを完成させた時のことだ。タカミチたちは元々何一つ無いと言うと悲しいそうな目で、”そんなことはない”と励ましてくれた。しかし、メトゥーナトは何故か違った。違う答えを持っていたからだった。

 

 

「……何一つ無いということは、カラッポということかな? 別にそれが悪いことだとはわたしは思わない」

 

 

 何一つ無いことを否定ではなく、肯定してくれたのがこのメトゥーナトだった。そして、それをやさしく語ってくれたのを思い出していた。

 

 

「誰かが言ったか、”頭カラッポの方が夢を詰め込める”と、君はこの先の人生で楽しいこと、悲しいこと、嬉しいこと、さびしいことを学んでいくだろう」

 

 

 メトゥーナトは一言一言、静かに、丁寧にアスナへと語りかけた。人生の先輩として、教師として、これからのことを考えて、それを言葉にしていた。

 

 

「それは”君だけのお菓子のビン”に、”君だけのお菓子を詰め込んでいく”ようなものだ……。君だけのとっておきを少しずつ、その”空のビン”に入れていくといい。……まあ、彼らの言うとおり、我々がいる時点で、何も無いことはないと思うがな」

 

 

 この時はいいこと言うなー、と思ったが、今夢で見るとキザだなー、と思うアスナだった。いや、それでも今もその言葉は、確かにアスナの心に響いていた。ただ、やはりキザだなーって思う部分もあったのである。

 

 その後、光の剣を習得したアスナは、調子に乗って山ひとつ切り刻み破壊してしまった。それを見ていたメトゥーナトが自分の後ろで、「加減と言うものを教えよう」、と小さな声で語り決意をしていたのを思い出した。……あの時は確かにやりすぎた、今は反省している、テヘペロと夢の中で思うのだった。

 

 

 そしてメトゥーナトと世界中を旅し、世界の広さを教えてもらった。途中、旧世界のギアナ高地という場所で、謎の初老の男と若い男が叫びながら修行をしているのを、メトゥーナトは”あれは無害だからスルーしよう”と言っていたなーと夢で思い出した。

 

 その後、紅き翼の面々が、散り散りになっていくのが悲しかったがまた会えると、メトゥーナトが励ましてくれたことで、少し安心した記憶があった。

 

 

 

 さらに場面が飛ぶ。この森は確か、ガトウが死に掛けたときのことだった。メトゥーナトの肩の後ろに捕まって、ガトウとタカミチのところに到着した時だ。

 

 ガトウが腹部から血をにじませて、口から血を流しているところだった。アスナは彼が死んでしまうのではないかと、初めて悲しいと感じて泣いたことを思い出していた。その目の前で、仮面の騎士メトゥーナトが、ガトウに叱咤を飛ばしていた。

 

 

「……この程度のものぐらい常に備えておくべきだと、何度も言っておいたはずだが?」

 

「すまねぇなぁ、助けてもらっちまってよ」

 

「見ろ……、アスナが泣いてしまったではないか。全部貴様のせいだぞ、ガトウ」

 

「いやぁ、本当に悪かったって、ゲホゲホ」

 

「ああ、まったくだ。……タバコ吸う暇があるのなら、さっさとそれを飲むんだ」

 

 

 メトゥーナトが、なにやら小瓶を出していた。ラベルに”皇帝印”と書いてあり、微妙にシュールな場面だった。それを飲んだガトウは、傷が癒えて復活したのを知って、彼に泣きついたのを思い出した。今それを夢で見て、とても恥ずかしいシーンだとアスナは思った。

 

 

「準備を怠って死にかけるなど、阿呆のすることだ。その内タカミチにまで呆れられるぞ……」

 

「めんぼくねぇ……」

 

「今回は運が良かっただけだと言うことを、肝に銘じておくんだな」

 

「ああ、よくわかったよ。わりぃな……」

 

 

 アスナはこの時、とてもすさまじい力を感じたはずだと思った。ああ、思い出した、メトゥーナトが初めて自分の前で、怒りをあらわにした時のことだ。

 

 

「……元気になったところで悪いが、アスナを頼む」

 

「何故だ?」

 

「何、わたしが決着を付けてやろうと思ってな……。我が友人を傷付けたのならば、ただでは済まないと言うことを教えてやろうではないか……」

 

「おー、怖い怖い。じゃあ、嬢ちゃんは任されたから、そっちの方は任せたぜ」

 

 

 メトゥーナトは仲間や友人が傷つけられると、かなり怒っていた。それは、想像でしかないが、仲間や友人の死をとても恐れているのかもしれない。彼は自分の過去を話してはくれないけど、きっと何かあったのだろう。

 

 夢の中で、アスナはそんなふうに考えていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 そしてようやく、朝になったようでアスナの意識が覚醒していき、ふと、目を覚ましたようだった。

 

 

「ん……」

 

 

 アスナは懐かしい夢を見たと思ったがどんな夢だったかは、はっきりと思い出せなかった。まだ眠い目をこすりつつ、キッチンまで足を運ぶと、メトゥーナトがエプロン姿で朝食を用意していた。

 

 

「……おはよう」

 

「ああ、おはよう。もうすぐできるから、顔を洗って着替えておいで」

 

「はーい」

 

 

 アスナはすでに初等部の3年生となっていた。昔は薬で強制的に成長阻害をさせられていたが今ではちゃんと育ってきている。

 

 今日もまた学校だ、またきっと、委員長と勝負をするのだろう。彼女はそれが、とても楽しみになっていた。最初は億劫だった学校も、今では楽しく行けるようになったのだ。顔を洗い、制服に着替えてキッチンへと戻り、アスナは懐かしい夢を見たことを話す。

 

 

「今日、懐かしい夢を見たよ。ほとんど覚えてないけど」

 

「ふむ、夢は覚めれば記憶に残らないからしかたがないな」

 

 

 覚えてないと言ったからか、メトゥーナトは夢の内容を聞いてはこなかった。朝食ができていたようで、アスナがそれをいただきますの後にそれを頬張っている時彼がその夢を知るかのように、質問してきた。

 

 

「ところで、”空のお菓子のビン”には、”とっておきのお菓子”は入ったかい?」

 

 

 アスナは夢でこんなこと語ってたなー程度ではあったが覚えていたようで、やっぱりキザだなーと思いつつ、質問に答える。

 

 

「うん、特大のが入った」

 

「ほう、それはよかった」

 

 

 メトゥーナトはそれを聞いて感心したようで、特大のが何かは聞いてこなかったが、多分わかったのだろう。その特大のお菓子は、大切なライバル(強敵と書いて友)なのだから。

 

 

「大きすぎて、幅食ってるのが玉に瑕」

 

「そういうことをあまり言うものではないな」

 

「はーい」

 

 

 しかし素直になりきれないアスナは、ライバルのお菓子はでかすぎて幅食ってると表現し、多分意味がわかっているメトゥーナトに窘められた。

 

 そして、朝食を食べ終わったアスナは、歯磨きをして学校へ行く準備をした。今日も楽しくなるだろう、彼女は期待で胸をいっぱいにし、玄関へと足を運びその後ろからメトゥーナトも、玄関まで付き添う。

 

 

「……いってきまーす」

 

「いってらっしゃい、よく周りに注意するんだぞ」

 

「大丈夫、問題ない」

 

 

 ”フラグ”っぽい何かを言い終え、元気よく登校するアスナだが、常人とは思えぬ速度で、走り抜けていくのだった。それを毎日見ているメトゥーナトは、ポツリとこぼす。

 

 

「学校が楽しくなったようでよいのだが、そこまで急がなくてもいいのではないか?」

 

 

 どんだけ楽しみなんやねん。そう考えて、彼は玄関から、家と一体化している店の方へと移動し暇な店で転生者の監視と捜索をするのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 今日も学校が終わり、そそくさと帰路へ着くこの少女。

現在の名は銀河明日菜と名乗る、この橙色の長い髪をツインテールにし、少し目つきが据わった、麻帆良学園本校初等部の制服を着ている少女が一人。今日は委員長との戦いに勝利し、戦利品を手に入れたのを嬉しく思いつつ、ゆっくりと、帰宅していたのだった。

 

 

「昨日は負けたから、今日は勝ててよかった」

 

 

 アスナは昨日敗北し、大切にしていたシャーペンをあげてしまったのだ。だから今日は勝利して、あちらの大切にしていたボールペンを貰ったのだ。明日はどんなゲームで、どんなものを賭けようか。彼女はそう考えながら、歩いていた。

 

 

「君が明日菜ちゃんだね、フフフ! 俺のモノにならんかね?」

 

 

 突然変態的な台詞を吐く、20代の青年がそこにいた。その見た目は普通の会社員っぽい姿だが、中身は間違いなく変態の部類だった。顔はたれ目のイケメンのようだが、目つきと表情が変態的で台無しだった。そして、表情もニヘラニヘラしており、変態そのものを体現していた。

 

 

「知らない人に、ついていかない。これ、少年少女の基本」

 

「そんな基本は、捨てるためにあるんだよ」

 

 

 常識がないのだろうか、この男、ただの誘拐犯である。自分の名前をなぜ知っているかはわからないが、とりあえず先手必勝。自慢の足で、さっさと逃げることにしたのだ。

 

 

「基本は重要、それじゃあ、バイバイ」

 

「ギャニ!?」

 

 

 瞬間、すさまじい速度で走って逃げるアスナ。ああいう変態は、関わらないほうがよい。変態で思い出したが、紅き翼にも変態(アルビレオ・イマ)がいたのを思い出した。あの変態はどこかで元気でやっているだろうか。そう考えて逃げていたが、あの男は杖で空を飛んできたのだった。

 

 

「フフフ、甘い甘い! ここらは認識阻害と人払いを両方かけてある。誰も来ないから安心だよ」

 

 

 それは逆に安心ではない、不安というのだ。アスナはそう考え、杖で空を飛ぶなら魔法使いだと判断し、面倒になったので応戦する構えに出た。

 

 

「んん? 突然どうしたんだい? 観念してくれたのかい?」

 

「今日は見たい番組がある。邪魔をするなら、キリステゴメン」

 

 

 男のほうを向き、幼い顔で鋭く睨む。そして、一枚のカードをポケットから取り出し、魔法の言葉を使い、愛用の武器を出す。

 

 

来れ(アデアット)

 

「なんだと……!? すでに!?」

 

 

 男はその光景に相当驚いているようだ。彼女の武器はやはりハマノツルギであった。メトゥーナトとの仮契約でそれが出て、専用武器だと勝手に推測されていた。

 

 ……ちなみに彼らの名誉のために、ここで説明させてもらうが基本的に皇帝の部下は、皇帝印の特殊な契約法を用いており、接吻での仮契約は行っていない、行っていないのだ。

 

 

 そして、その黒く巨大なその剣を構える幼い彼女の姿はかわいらしいものだが、戦士としての風格は十分あった。アスナはこの変態が初実戦ということを考えると、ほんの少しだけ悲しくなったが、とりあえず倒すことにした。

 

 

「ヘンタイに容赦はするな、名言だよね、これは」

 

「迷言だと思うんだけどなー」

 

「問答無用」

 

 

 その言葉を言い終えると、アスナは咸卦法と虚空瞬動を用いた高速移動で、空中に浮く男へと近づき、そのハマノツルギの刃ではない部分を使って殴る。地味にハマノツルギはハリセン型にできるのだが、変態には容赦しないため、あえて使わないのだ。

 

 

「ギェヒー、いてぇ!?」

 

「ッ……、避けられた?」

 

 

 しかしこの男、瞬間的に後ろへ移動し、腕にかすっただけでギリギリ回避したようだ。男は腕をさすりつつ、痛そうな表情でこちらを睨んできた。

 

 すると、その男は地面へと降り立ち、ひとつの武器を取り出した、紅色の魔槍のようだ。右腕にそれを持ち、左手に杖を持った形をとる男がいた。

 

 

「しょうがないよね、君が本気にさせたんだ。使わせてもらっちゃうよ”破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)”!!」

 

「それは?」

 

 

 アスナは驚いた、男が突然、紅色の槍を取り出したからだ。仮契約カードを出さず、呪文も唱えず、突然武器が出てきたから驚いたのだ。

 

 そして、この紅色の槍は、魔力の流れを阻害し、その魔法を無効化する力を持つ。だが、アスナは障壁などの魔法を使わないので、その部分には大きな意味はないが彼女の武器はあくまでアーティファクトだということが、最大の欠点となってしまったのだ。

 

 

「ヒュッヒュッ!!」

 

「あ……?」

 

 

 紅の槍をハマノツルギでかわしたはずがハマノツルギを貫通して、進んでくる槍があったのだ。アスナはハマノツルギを手放し横に飛び、ギリギリで避けた。

 

 

「思ったとおりだ! こっちのほうが、アスナちゃんの武器よりも有利だったなぁー!」

 

「ッ……、去れ(アベアット)、そして来れ(アデアット)

 

「無駄無駄ぁー! 俺のモノになっちゃいなよー!!」

 

 

 アーティファクトは戻して出しなおせば簡単に呼び戻せる。しかし、この破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)の前では自慢のハマノツルギとて、あまり大きな意味をなさないようだ。

 

 そして、ハマノツルギを使って槍をいなせないのが、戦略に大きな打撃を与えてしまっているようで男の攻撃をかわしつつ、攻撃のチャンスを待つアスナだった。しかし、男の突きがなかなか鋭く、思うように攻撃できないでいた。また、これがアスナの初実戦であったのも大きいだろう。

 

 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)は、刃の部分のみに破魔効果があるのだが、これが初実戦であるアスナには、それを見抜くほどの経験が無いのだ。と、その隙に男は左腕に握っていた杖で、あの魔法を放つ。

 

 

「ロリ・ロリ・ロリータ・ロリ・ヨウジョ、”閃光・武装解除”!」

 

「!?」

 

 

 まったくもってひどいといわざるを得ない魔法始動キーである。ところで、武装解除とは、簡単に言えば脱がす魔法である。

 

 この魔法、一応武器も吹き飛ばすのだが、鎧や衣服を脱がすほうが有名である。これにかかれば、どんな人でも簡単に服を脱がされてしまうのだ。

 

 この男が使う武装解除は、光属性らしくその強い光に命中すれば、衣服を光子に変質させて脱がすようだ。しかし、アスナにはそれは効かない、完全魔法無効化能力を持っているからだ。

 

 

「最大で防御」

 

「何!? 何で防げんの!?」

 

 

 この男は原作知識で当てはめていた。原作ならば、確かに今のアスナには効果があっただろうが、このアスナはその能力をしっかり運用できているのだ。というか、ハマノツルギ振り回している時点で気づくべきことだった。

 

 そう、この男は転生者だったようだ。しかし、アスナは最大で防御した、なぜならぶっちゃけ脱げるのは嫌だからだ。

 

 

「ぬ、完全魔法無効化能力、支配していたとはなぁ~。どうしちゃおうかな、槍でひん剥けばいいかぁ?」

 

「ヘンタイさんだこの人」

 

「男はみな変態だ!」

 

 

 意味がわからない、この男はこんなロリボディーの自分を脱がして楽しいのだろうか?アスナはそれと同時に、どうやって逃げるか倒すか考えていた。だが男は、その発言どおり、さらに鋭く槍を突いてきた。

 

 

「ヒャッハーッ! 脱げろー! 脱げろー!」

 

「ッ……」

 

 

 すさまじい槍捌き、それをアスナはギリギリで回避しているのだが、どうしてもかすってしまう、多少の傷はいいが、せっかくの制服もボロボロになってしまった。

 

 それに少し気を取られてしまい、一瞬男から目を離してしまった。その隙に、男はアスナの距離がゼロ近い位置に移動し、彼女の腹部に杖を押し付けて魔法を使う。

 

 

「ロリ・ロリ・ロリータ・ロリ・ヨウジョ”閃光・武装解除”!!」

 

「!!?」

 

 

 しまった、そうアスナが思ったときには遅かった。意識を別のところに向けていただけでなく、完全なゼロ距離からの武装解除となってしまったのだ。ゆえに自分の肌上ぐらいにしか、魔法を無力化できない状態だった。さらに、無意識で無効化している部分も、肌上からでしかないため、防げない。

 

 そして武器は吹き飛ばされ、制服は散り散りになっていき、素肌が見えてきたのを、ただ見ているしかいなかった。流石の彼女も目に涙を浮かべ、こんな変態な男にそのあられもない姿を見られると思うと、どうしようもなく悲しくなった。

 

 しかし、その時、不思議なことが起こった!

 

 

「な、なんだとぉ!?」

 

「あれ?」

 

 

 なんと、武装解除で吹き飛んだ制服が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。と、そこにアスナの後ろから少年の声が聞こえたのだ。学校で毎日聞いてる、少年の声だった。

 

 

「おっさんよぉ~……。ちーとばかし、おいたがすぎるんじゃあねぇ~のかぁ~!?」

 

「誰だお前は!?」

 

 

 アスナが振り返ると、そこ居たのは同じクラスのリーゼント君だった。

リーゼント君は不機嫌そうに男にメンチを切っており、本気で頭にきていることが伺えた。

 

 しかしなぜ、武装解除で吹き飛んだ服が戻ったのだろうか。アスナはリーゼントが何かやったのだろうと思ったが、わからなかった。さらに男はわからなかった、認識阻害と人払いをかけていたのに、なぜリーゼントの少年がこの場にいるのかが。

 

 

「俺ぇ? 俺は東状助!麻帆良学園本校初等部3年の東状助だぜ、コラァ!! てめぇガキに何してんだ! この、クサレ脳みそがァァァッ!!」

 

「ドギャァ!?」

 

「?!」

 

 

 突然、突然男の顔面に拳を突きたてたような跡ができた。アスナはまったく意味がわからず、男もそれを受けて意識が一瞬飛んだようだった。そしてさらに、状助は追撃を繰り出していた。

 

 

「ドララララララララララララララァァァッッ!!」

 

「ビギャアアッ!?」

 

 

 次は男がなんと拳で打ちのめされているかのごとく、傷を負っているのだ。もはや男は拳らしきもので何度も殴られ、ボッコボコにされていた。アスナは何がなんだかわからなかったが、とりあえずハマノツルギを拾って構えていた。

 

 

「ドラアアアァァァッッ!!」

 

「キャバッッ!?」

 

 

 状助の能力、それはスタンド、クレイジー・ダイヤモンドだ。部品さえ残っていれば、いかなるものも修復するだけではなく、近距離パワータイプに位置する戦闘特化の能力でもあったのだ。

 

 そのスタンドでの拳のラッシュの破壊力は、想像を絶するだろう。また、スタンドの修復能力で、アスナの服を瞬時に直したということだ。そして、それに殴り飛ばされ、吹っ飛んでいく男。その先にはアスナがおり、ハマノツルギを握り締めて待っていた。

 

 

「オーライ、オーライ。……これで、ホームラン!」

 

 

 アスナはハマノツルギの腹の部分で、男を殴り飛ばし上空へと打ち上げ、男はそのまま落下してぺしょりとつぶれる音と共に、地面にぶつかったようだ。

 

 そして、この変態は親代わりのメトゥーナトに何とかしてもらおうと思い、とりあえず彼に、防犯用に買ってもらった携帯電話で電話をするアスナであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ――――――彼の名前は東状助、彼はとても臆病な転生者だ。

俗に言う”関わりたくない転生者”というもので、同じクラスにヒロインが二人も居るのに、積極的につながりを持とうとせず、むしろ逆に、必死に関わらないようにしていたのだ。が、しかしその考えはもろくも崩れてしまった。

 

 

 彼と同じクラスにいるヒロインでもあるアスナとあやかの喧嘩が、無電源ゲームでの決闘になった時、カードゲームをすることも多くなった。

 

 そこで、カードを配る時に、不正をしないように他人に配ってもらうというルールとしたようで、状助はその”配役”を与えられてしまったのだ。もはや無心でカードを配る状助は、完全に考えるのを止めていたのだった。

 

 

 しかし、そんなある日の下校のこと、状助は拾い物をした。それは一つのハンカチがであり、名前にぎんがあすなと書いてあった。このハンカチは知人の落し物だ、後を追って渡すなり、明日渡すなりできるのだがこの”銀河明日菜”という人物は、本来”神楽坂明日菜”になるはずだった人物でネギま!のヒロインの顔とも呼べる位置にいる人物なのだ。

 

 

(おいおいおい、マジかよ……グレートっスよぉ、こいつぁ……)

 

 

 そう考えて、状助は頭を悩ませていた。しかし、ふと遠くを見ると、持ち主が落し物に気づかず歩いているではないか。ならば仕方が無い、ハンカチを渡すぐらい、やってやらぁ……! と思い彼女の後をついていくことにしたのだ。

 

 

 

 アスナの後を追っていたが、なにやら不思議な雰囲気を状助は感じた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これはいったいどういうことか、魔法使いではない彼にはわからなかったが、なにやらヤバイ、特にヤバイ! 状況だということはわかった。

 

 

(おいーッ!? どういうことよー!? ハンカチ渡すだけだったじゃぁねーかー!? どうしてこうなっちまったんだ!?)

 

 

 状助はテンパり、その上ハンカチの持ち主であるアスナを見失ってしまったのだ。どうしようもなく、途方にくれる状助ではあるが、一度決めたことを曲げるのは男が廃るとして、必死にアスナを探すことにしたのだ。すると、こちらに近づく二つの影を発見した。

 

 

(お? アスナじゃねーか? おおお? なんだあの速度は!? 人間の出せる速度かよ!?)

 

 

 アスナは猛スピードで駆けており、こちらに近づいてきた。そして、その空の上には、会社員風の男が杖に乗って飛んできたのだ。

 

 

(魔法使いだとぉ!? 何考えてんだ!? うおお、ヤベェ! とりあえず適当に隠れておくぜ)

 

 

 建物の影に隠れひっそりと息を潜め、二人の声は聞こえないが、状助はその状況を見ることにした。するとアスナは立ち止まって振り返りアーティファクト”ハマノツルギ”を持ち出し魔法使いの男に叩きつけていたのだ。状助は驚いた、当然だろう。彼の原作知識にはそのようなことがないからだ。

 

 

(すでに原作改変されてるじゃあねーかー!? あれ虚空瞬動だったかぁ? 強すぎだろう!?)

 

 

 しかし男はなんとかかわし、地面へと降りてすさまじい力を持つ紅色の槍を構えていた。状助はさらにそのことに驚いた。

 

 

破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)じゃあねーかー!? ヤベェぞこの戦いはよぉー!!)

 

 

 猛攻、それは猛攻であった。

男はアスナに紅色の槍で突きたて、攻撃していたのだ。紅色の槍はハマノツルギで防ぐことができないらしく、さらに男のすさまじい槍捌きの前に、アスナは完全に窮地に陥っているように、状助には見えた。

 

 

(や、やべぇぞ!? あの男がどんな目的で攻撃してるかはわからねぇが、このままじゃやべぇ、完全に追い込まれちまう!!)

 

 

 アスナはそれを何とか回避しているのだがそこで男はあの魔法を唱えたのだ。そう、”武装解除”だ。

 

 

(どういう意図で武装解除なんて使ったんだ!? おいおいおいおいおいおい、まさかだよなぁ? ()()()だよなぁ!?)

 

 

 実際にそのまさかであり、状助はその男の表情を見て、本気でアスナを脱がそうとしているのがわかった。しかし、完全魔法無力化により、防御したアスナを見て、状助は安堵のため息をつく。

 

 

(この時点でアスナがあれほどやれるとぁーよぉー……。でも脱がされなくてよかったぜ、ほんと)

 

 

 この状助、とても紳士的だった。

というのも、こんな街中で脱がされたら誰でもたまったものではないだろう、と考えているのだが。しかし、魔法が効かないと知るや否や、男の槍捌きがさらに鋭くなりさっきまで無傷で回避していたアスナに、かすり傷ができ始めていた。

 

 

(な、なんて野郎だぁ!? さらに早くなりやがった!? アスナがボロボロになってきてるじゃあねぇか! やべぇぞ!)

 

 

 実際はそこまでボロボロではないが、見た目はボロボロだった。かわいらしい制服は、槍に切られてボロボロで、見るも無残な状況だった。そこへ、アスナが少し男から目を離した隙に、男がゼロ距離で武装解除を唱えたのだ。

 

 

(や、やべぇ!? どうする? どうするよぉ? おいどうする状助!?)

 

 

 状助は焦っていた、このまま放置すればアスナは脱がされ、恥ずかしい思いをするだろう。状助はそれを何とかする手立てがあった。だがそれは、自分の能力がバレるということでもあるからだ。だがしかし。

 

 

(俺は何をやってるんだ?! このスタンドがあるんだぜ!? 今できることがあるだろう!! それによぉー! 幼い彼女を脱がして楽しんでるあの男、ぜってぇ許せねぇだろうがよぉーッ!)

 

 

 状助は腹をくくった。

クレイジー・ダイヤモンドの射程は2メートル。建物の影から飛び出し、今にも服が消滅しそうなアスナに駆け寄り射程距離ギリギリの位置で、状助はその拳を叩きつける。

 

 

「クレイジー・ダイヤモンド! ドラァ!!」

 

 

 その拳が彼女に触れた瞬間に、アスナの服と傷を癒し彼女は恥ずかしい思いをせずにすんだようだ。そして、プッツンしている状助は、目の前の男にスタンドの拳を叩きつけた。

 

 

「この、クサレ脳みそがァァァッ!!」

 

 

 こうして、男はボコボコにされた後、アスナにぶっ飛ばされたのだった。しかし、男の認識阻害と人払いをどうやって、状助は抜けてきたのだろうか。

 

 

…… …… ……

 

 

 電話の話を聞いて、即座に駆けつけてきたメトゥーナト。謎の男は完全に意識を失っており、いたるところに打撲の後があった。

 

 チラリとアスナのほうに目を向けると、そこにはリーゼントの少年もいた。メトゥーナトは不思議に思った。なぜならこのあたり一帯には認識阻害と人払いがかけられているからだ。リーゼントの少年、状助はアスナを心配ていたのか、声をかけていた。

 

 

「危なかったなぁ~、まさかこんな変態がいるたぁ~よぉ~」

 

「ん、助かった、ありがとう」

 

「お、おう」

 

 

 状助はアスナに面と向かってお礼を言われて、少し照れくさそうだった。しかし、転生者に目を光らせていたメトゥーナトが、なぜこのような失態を犯したのか。

 

 実は、メトゥーナトはこの怪しい男が麻帆良の結界に侵入したことは察知し、男の足取りを追っていた。しかし、男はすばやくアスナを見つけてしまい、そのままアスナと交戦したという経緯があった。

 

 そのためメトゥーナトは、アスナを助けてくれたリーゼントの少年に感謝していた。だから、とりあえずこの男を特殊な魔法で縛り上げ、リーゼント少年にお礼と挨拶をしようと、メトゥーナトは考えた。

 

 

「ふむ、状況から君が彼女を助けてくれたみたいだね。わたしは銀河来史渡、彼女の親代わりをしているものだ。ありがとう、心から感謝する」

 

「気にする必要ないっスよぉ~、人として当然のことですから」

 

 

 むしろ人としてやっちゃいけないことをしていたのが、例の男なのだ。しかし、人として当然というが、この男の能力を考えると普通の人が相手にできるような相手ではないのだが。と、そこで状助は自分が本来、どうしてここにいるのかを思い出した。

 

 

「忘れてたがよぉ~、銀河、これ、落としたぜ」

 

「それは、私のハンカチ。拾ってくれたんだ、ありがとう」

 

「こんぐらい当然っスよぉ~。一応クラスメイトなんだからなぁ~」

 

 

 そのハンカチを見て、メトゥーナトはなぜ、このリーゼント少年がここにいるかわかった。ハンカチだ。アスナに常備させる物には、メトゥーナトが強力な魔法具としてある程度の魔法を、無視できるほどの力を与えていたからだ。

 

 まあ、メトゥーナトはアスナが賭け事をして、自分の持ち物をあげたりしていることを知っていた、だから一応念のために、魔法具となっているものは、渡さないようには言ってあるのだ。

 

 これをもっていたからこそ、認識阻害や人払いを跳ね除け、状助はここに居るのだ。と、ここでメトゥーナトに別の疑問が浮かび上がる。ならば、この男を倒した攻撃は一体なんなのか。魔法ではないならば、どのような能力で倒したというのだろうか。

 

 

 

 しかし、ここで状助も、このメトゥーナトという人物のことを考えていた。この男は何者なのか、なぜアスナの保護者をやっているのかを。

 

 

(この男が()()()()()()()()だとぉ? ()()()()()()()()()ってわけか……。だが、悪いやつじゃあなさそうだ、礼儀もしっかりしてるしよぉ~)

 

 

 だが状助はほんの少しメトゥーナトの正体を考えたが、どうでもよくなった。悪いやつじゃなさそうだし、アスナも彼を慕っているようだったので、気にする必要はないと考えたのだ。だからか、能力を一応話しておこうと思った。ここで変に警戒されるより、信じてもらったほうが楽だからだ。

 

 

「あのー、銀河のおっさん、話があるんですけどー」

 

「ふむ、銀河ではアスナもいるだろう、名前でかまわないよ」

 

「んじゃあ、来史渡さん、俺には特殊な能力があるんスよ」

 

 

 東状助の能力は二つある。

一つは修復と破壊を行うことができるスタンド、クレイジー・ダイヤモンドだ。もう一つは食事と共に摂取することで、かなりオーバーなリアクションになってしまうが、体調の調子を整え、健康にしてくれるスタンド、パール・ジャムだ。この二つの能力を状助は、メトゥーナトに話したのだ。

 

 

「ふむ、《《不思議な能力」》だが、ウソではないようだ、信じよう」

 

「信じてくれるんっスか!? ありがてぇ~」

 

 

 メトゥーナトは簡単に信じた。当然である。

この世の中には転生者が大量に存在し、不思議な力を使っているからだ。そしてメトゥーナトは、彼を転生者と考えたが、悪い子ではなさそうだったので、さほど気にはしなかった。

 

 

「では、俺も今日はこの辺で帰りますわ。銀河もまた明日、学校で会おうぜ」

 

「ん、今日は助かった。また、明日」

 

 

 この出来事で、二人の距離は少しだけ縮んだようで、いつの間にか友人になっていたようだ。そこにメトゥーナトの部下が、変態な男を引き取りに来て、そのまま影の転移魔法(ゲート)を使って転移していった。影だけに影が薄い部下の男だが、超優秀な工作員なのだ。これで安心と考え、メトゥーナトはアスナと家に帰ろうと思った。

 

 

「アスナ、すまなかったな。一緒に家に帰ろうか」

 

「まさか初実戦が、ヘンタイ相手なんて思わなかった」

 

「それはまあ、仕方ないな」

 

 

 二人で手をつなぎ、家へとゆっくり歩く姿は、まさに本当の親子のようであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 アスナは家に帰ると、楽しみだった番組まで時間があることを考え、戦いでかきたくも無い汗をかいたので、そのまま風呂へ入ることにした。

 

 アスナは体を洗い終わり、湯船につかりつつ、自分のロリボディーをまじまじと見て、やはり不思議に思っていた。こんなロリボディーのどこがよいのかと。男性はもっとボンキュッボンのほうが喜ぶと聞いていたし、自分と同じ血族のアリカも、悪くは無い体系だったとアスナは考えていた。

 

 と、ここまで考えて、アスナは自分が知っている大人の女性の少なさに驚いた。なぜなら紅き翼は男性ばかりで、女性が居なかったからだ。まあ、今不思議に思っていることは男性に聞きたい事なので、親代わりのメトゥーナトに質問しよう、そう考えた。

 

 そしてアスナは風呂から上がり、パジャマに着替えてメトゥーナトがいるキッチンへ行き、不思議に思っていることを、彼に打ち明けたのだ。しかし、その質問の仕方が、最悪に悪かった。

 

 

「来史渡さん、来史渡さん」

 

「おや、あがったのかい? すっきりしたようだね」

 

「うん。ところで、私のロリボディ見てどう思う? 興奮とかする?」

 

「ん? 今なんと……?」

 

 

 両手を横に広げ、全身が見えるようにくるりとターンするアスナ。普段なら、とてもかわいらしいと感じるであろうその姿を見ていたメトゥーナトは、その言葉に一体何がどうしたのかと疑問に思った。

 

 いや、今のは自分の聞き違いか何かだろうか。まさかそのようなことを聞かれるはずが無い。メトゥーナトはそう考え、もう一度何を言ったのか、アスナへ聞き返したのだ。

 

 

「だから、私のこのちっちゃい体で、何か感じたりするのかなって」

 

「……う……むう……。どうして突然そんな質問を……?」

 

 

 アスナは聞き返されたので、再びくるりとターンして見せ、もう一度同じく自分の幼い姿を見て何か思わないだろうかと言葉にしたのだ。再び同じ事を聞いたメトゥーナトは動揺を隠せなかった。むしろ、何故そんな質問を突然言い出したのだろうか。それを今度はアスナへ聞いてみた。

 

 

「今日戦ったヘンタイさん、ロリが好きみたいだったから……。もしかしたら男の人ってそういうのが好みなのかなって思ったの」

 

「……なるほど……。しかし一般的に君のような幼い子を、そういう目で見るものは変態と呼ばれている……」

 

「あっ、やっぱりそーなんだ」

 

 

 そう聞かれたアスナは、その疑問に思ったことを率直にメトゥーナトへ話した。男の人って自分みたいな幼き少女が好きなのだろうかと、そう言ったのだ。

 

 メトゥーナトはその問いに、それはおかしな人だと言った。というか、こんな小さな子に対してスケベな目で見るやつは、基本的にどうかしている変態以外ありえないのだ。

 

 アスナはメトゥーナトからそう言われ、やっぱりかー、と思っていた。どうりで戦ったヘンタイは顔つきもヘンタイだったと、納得した様子を見せたのである。

 

 

「そういうことだ。流石に突然の質問だったので、少し驚いたぞ」

 

「そう? それはゴメンナサイ」

 

 

 そうだ、あの手の輩は変態なのだ。メトゥーナトはそう言葉にした後、アスナの今の質問は肝が冷えたと続けていた。何せ自分がロリコンなんじゃないかと疑われたのかと、思いそうになったからだ。

 

 アスナをそんなふうに捉えたことも見たこともなかったはずだが、一体何故だと一瞬考えてしまったのである。それも完全な誤解だったようで、理由を聞けばやはり違ったものだった。ゆえに、メトゥーナトは安堵した様子を見せ、アスナにそう話していたのだ。

 

 アスナはメトゥーナトが焦ったと言ったので、悪いことをしたと思った。だから、すぐさまペコりと頭を下げて謝ったのだ。ただ、やはり身近な成人男性はメトゥーナトぐらいなので、そうするしかなかったとも思っていた。

 

 

「別にいいんだ。気にはしていないよ」

 

「……それならよかった」

 

 

 メトゥーナトは謝るアスナに笑みを浮かべ、気にしていないと言葉にした。と言うよりも、別に謝るほどのことではないと思っていたのだ。しかし、そうやって自分が悪いと思うアスナに、いい子だと思いながら、その小さな頭を手で優しくなでていた。

 

 アスナも頭を撫でられたことに喜びつつ、メトゥーナトの言葉に安心を覚えていた。質問した手前であるが、気にしていたどうしようか、ちょっと怒らせたかもしれないと思ったからだ。そして、アスナは頭を上げると、笑みを浮かべたメトゥーナトの顔があった。そこでよかったと思い、それが自然と言葉に出ていたのだった。

 

 

「今後ああいうものにあったら、すぐに逃げてわたしに連絡するんだよ」

 

「はーい」

 

 

 そこでメトゥーナトは、今度あのような変態が現れたら、すぐ逃げて自分に連絡を寄越しなさいと、アスナへと注意していた。

 

 アスナもメトゥーナトの注意に耳を傾け、元気よく返事をして返したのだ。また、アスナはもうすぐ見たい番組の時間になったので、テレビの方へとテコテコと歩いていった。

 

 そんなアスナをメトゥーナトは眺めながら、今回少し焦ったが、無事で何よりだったと思っていたのだった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:不明

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:変態だった

能力:槍での攻撃と魔法

特典:Fate/Zeroのランサーの能力、オマケで破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)

   (黒子はない、転生神に駄々こねて外させた、幼い少女にしか興味が無いため

    必滅の黄薔薇は呪いが強い上に、二槍流を鍛えてないので使わない)

   魔法使いとしての才能

 

 

 




破魔の紅薔薇は契約が完了してる魔術は破壊できないとされている
魔力で編んだ鎧は貫通する
刃が触れていれば宝具の効果を打ち破る
アーティファクトであるハマノツルギは、アーティファクトですら切り伏せる
つまりアーティファクト自体は魔法の一種

このあたりを考えて、破魔の紅薔薇で
アーティファクトは破壊できないが、貫通はする設定にしました

スタンドはスタンド使いにしか見えない、倒せない設定
O.S.ほど防御力がないので、このぐらいがちょうどいいかと


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十話 覇王、麻帆良へ行く

テンプレ31:行く気がないのに麻帆良入り

テンプレ32:転生者同士友人になる

テンプレ33:転生者先生

テンプレ34:いると便利なスピードワゴン財団


 2001年、主要キャラたちが初等部から中等部へとあがった年。

シャーマンファイトがあったなら、その一昨年の年にシャーマンファイトIN麻帆良があってもおかしくなかっただろう。そして、昨年の頭にシャーマンキングが誕生していたのだろう。

 

 

 さて、その麻帆良学園本校男子中等部の一年に、黒い髪を長く伸ばし、星型のアクセサリーをつけ、完全につまらなそうな表情をした、青空を眺めている一人の少年の姿があった。

 

 赤蔵覇王である。しかし、本来ならば赤蔵家の次期頭首として、この麻帆良に来る必要性などどこにもなかったはずの彼が、なぜ麻帆良学園に入学してしまっているのか。それは、彼が麻帆良学園に入学する数週間前に遡る。

 

 

…… …… ……

 

 

 京都に存在する陰陽師の名門、赤蔵家。

その屋敷の一室で、現頭首、赤蔵陽明と次期頭首、赤蔵覇王による談義が行われていた。二人は対面する形で座り、覇王はどのような話で呼ばれたかを考えていた。

 

 

「話しというのは、どういったことでしょうか」

 

「ふむ……。覇王よ、お前に麻帆良へ行ってもらうことにした」

 

「……はい?」

 

 

 覇王はそれを聞いて驚いた。なぜか麻帆良に行くことになっていたからだ。そして、麻帆良へ行くということが、どう意味するのかもわかっていたからだ。

 

 

「お前も西と東の今の現状を知っていよう……。お前を東へ送ることは、普通ならあまりよいことではない」

 

「わかっております。東へ行けば、裏切り者と思われる可能性が大きいでしょうからね。で、そのようなことをしてまで、なぜ僕が麻帆良に?」

 

 

 どうして麻帆良に行かなければならないかを陽明に質問した。このまま家を継ぎ、陰陽師になればよいのなら、麻帆良に行く必要がないからだ。それに関西呪術協会の一部は、麻帆良をあまり快く思っておらず、強硬派のようなものは、わざわざちょっかいまで出しに行くほどであった。そして、京都から麻帆良へ行くということは、裏切りと思われても仕方が無い行為なのだ。

 

 

「わしはな、そのようなことをしている暇はないと考えておる」

 

「どういうことでしょう?」

 

 

 陽明は、目を瞑りながら、自分の考えを覇王に語った。そして覇王は真剣にその話を聞き入れる。

 

 

「1000年前からシャーマンとして生きてきたお前にはわかろう。このまま科学が進めば、我々のような存在が不要となるだろう。だからこそ、東だ西だともめている暇があるのなら、そうならないために、何か手を講じる必要があるだろうと思うのだ」

 

「たしかに、そのとおりかもしれません。科学も行き過ぎれば、魔法とかわらないといわれていますし」

 

 

 しかし、陽明はそれだけを危惧してはいない。もっと大きな力に対抗する必要があると考えていたのだ。

 

 

「しかし、もっと恐れていることはな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……転生者……!」

 

 

 転生者は、今は魔法世界で暴れている。たまに旧世界で暴れているものもいるが、基本的には魔法世界どまりである。陽明は、目を開き、覇王が知っている原作知識というものに触れた。

 

 

「お前は多少なりに知っていよう、予言に近い、未来の情報を……。お前だけではなく、陽も知っておるようじゃがな」

 

「はい、存じております」

 

「わしがお前や陽に教えてもらった限りの情報でしかないが、近い未来、その転生者たる存在が、この旧世界を脅かすと考えておる」

 

「まさか……魔法世界の消滅……」

 

 

 そう、”原作”では阻止された魔法世界の消滅。未来人(超 鈴音)が味わった恐怖の未来。それは火星と地球の戦争だった。しかし、この世界はさらに転生者が多数存在し、暴れまわっている。

 

 その転生者たちが旧世界に逃げ込み、またその場所で暴れだした時、どうすればよいというのか。考えただけでも恐ろしいことになるだろう。覇王の原作知識はほとんど無いが、大事となるだろう魔法世界の消滅だけは、はっきりと覚えていた。

 

 

「さよう……。そのようなことにならんために、行動するものもおるだろうが、最悪の事態を想定して動かねば意味などあるまい……。東にもある程度力を持つ転生者がおるはずだ。だから、今のうちに手を組んでおかねば、いずれどちらも滅ぼされてしまうだろう」

 

「た、たしかに……。考えたくは無い未来ですが、起こっても不思議ではない……」

 

「そのために、ある程度、こちらの強硬派を捕らえ、あちらとの連携を穏便に進めたいと考えておる。それが理由の一つでもある」

 

「理由の一つ? もう一つ理由があるのですか?」

 

 

 陽明はこれを理由の一つと言った。つまり、さらに別の理由があるのだ。陽明は、静かにそれを説明する。

 

 

「近衛木乃香の護衛じゃ」

 

「彼女の護衛なら、桜咲刹那とバーサーカー(ゴールデン)が、行うことになっているはずでは? 特に、あのバーサーカー(ゴールデン)に、勝てるものなどほとんどいないでしょう」

 

 

 近衛木乃香は関西呪術協会の長、近衛詠春の娘である。膨大な魔力も宿しており、その利用価値はとても高い。だからこそ、すでに護衛としてその二人が上げられているのだが覇王もそこに加われと告げられたのだ。

 

 

「うむ、二人はとても優秀で、信頼できる存在だ。お前の言うとおり、あのバーサーカーという男もなかなかできる。……しかし、多くのものが彼女を手に入れようとするのならば、その二人だけで守りきれると思うのか?」

 

「確かに……。しかしそれなら、弟の陽でもよかったのでは?」

 

 

 覇王の弟、赤蔵陽、麻倉葉の能力をもらった転生者でスペックだけならば、他の転生者に引けを取ることはないのだ。

 

 

「あれは駄目だ。まるで成長していない……。いまだにO.S(オーバーソウル)も初期レベルで、無駄に巫力を使っているのが現状だ。そのようなやつに、彼女の護衛など勤まるわけが無かろう。それに、やつはうちの家業を手伝ってもらわねばならん」

 

「う……そうですね……」

 

 

 陽はいまだにO.S.(オーバーソウル)もろくに使えない、駄目なシャーマンどまりだった。その程度の能力では、護衛は勤まるはずが無い。

 

 

「そういうことだ。すでに長にも話はつけてある、頑張って来い」

 

「は、はい……わかりました……」

 

 

 このようなことがあり、今現在、どうしてこうなったと嘆く覇王の姿があるのだ。本当にどうしてこうなった、転生神の悪戯か、しかし彼が欲する答えなどはでなかった。

 

 

…… …… ……

 

 

 この麻帆良学園本校男子中等部、1-Aには三人の転生者が存在した。一人はこの赤蔵覇王、最強クラスの転生者だ。二人目は東状助、最もやさしいスタンド使いの転生者だ。そしてもう一人は……。

 

 

「お、おめぇハオかよ!? グレートマジかよ……なんでハオが同じクラスにいんだよコラァ!?」

 

「そういう君は東方仗助!」

 

「そういうネタ振るなら悪いやつじゃあねぇみてぇだなぁ~」

 

 

 学園の入学式が終わり、放課後となった時のこと。ハオと同じ姿の赤蔵覇王、東方仗助と同じ姿の東状助。どちらも知った姿だったので、すぐに転生者だとわかり、どちらも悪いやつではないと考え、話し合っていた。と、そこへもう一人、それを知るものがいた。

 

 

「ひえー、たまげたなぁ……。ハオと仗助、どんなジャンプ大戦だ!?」

 

「あぁ? 俺の姿を見てそう思うんなら、あんたも転生者ってやつぅ?」

 

「みたいだ、見ればわかる」

 

 

 状助は自分の姿を知るならば転生者だと考え、覇王は”特典(転生者の霊視)”で彼が転生者だということがわかったようだ。やはり黒髪をそこそこ短めにし、イケメンと思えるほどの顔立ちをしたこの少年。

 

 

「俺の名前は川丘三郎(かわおか さぶろう)、君たちと同じ存在だよ。俺は戦闘とか得意じゃないんで、敵対とかしないよ。というわけで、よろしく!」

 

「おう、俺は東状助ってんだ!よろしく!」

 

「僕は赤蔵覇王、まあ、よろしく頼むよ」

 

 

 川丘三郎と名乗った転生者は、漫画やアニメのキャラの姿ではなく、どこにでもいそうな”モブ”と呼ばれる姿をしていた。まあ、それでもイケメンなのだが。彼らは信頼のために、自らの特典を話し合った。

 

 

「俺の特典は”運動神経抜群”と”料理の才能”だよ。めっちゃ地味だろう?」

 

「何!? 料理の才能だとぉ!? おめぇー料理できんのか? できれば教えてほしいんだがよぉ~」

 

「おや? どうして?」

 

 

 突然状助が料理を教えてほしいと言って来た。彼の姿を考えれば、スタンドはクレイジー・ダイヤモンドだから別に趣味にしていなければ、料理など必要ないと三郎は感じたのだ。

 

 

「俺の特典は”クレイジー・ダイヤモンド”と”パール・ジャム”だぜ!だから料理を教えてほしいってわけよ」

 

「なるほど、確かにそれなら納得だ」

 

 

 パール・ジャムは食材と料理の腕で効果が高まるスタンドだ。食材は仕方が無い部分もあるのだが、腕なら磨くことができる。だから状助は、料理がうまい人に教えを請いたかったのだ。

 

 

「さて、僕が最後になったようだけど話そうか。僕の特典は”ハオの能力”と”Fateの佐々木小次郎の技能”さ。……最近佐々木小次郎の技能をまったく使ってないけど」

 

「使う場面があるほうが驚きだぜ、コラァ!」

 

「チートすぎる……。もはや別の次元に住んでる人間だったなんて……」

 

 

 そりゃ中ボスとラスボスの能力を持ったやつが、目の前にいるんだから驚くだろう。だが、覇王は彼らに敵対の意思は無い。踏み台と呼ばれる転生者ではなさそうだからだ。

 

 なお、覇王はこの世界での二度の転生で手に入れた、特典のことはあえて話さなかったが転生神からの使命や、実は1000年前に転生していたなんて話しても、話がややこしくなるだけだと考えたからであった。そう考え、つまらなそうだった表情を笑顔に変えている覇王がそこにいた。しかし、その笑顔が状助はとてもトラウマだったらしい。

 

 

「こえぇよその笑顔よぉ~。その表情で”ちっちぇえな”っつって燃やすんだろう? やばすぎるぜ!!」

 

「ひどいなあ、僕は君たちにはそんな真似はしないさ」

 

「他の人にはするってことかい……」

 

 

 そりゃもう、何百人という転生者を焼いてきたのがこの覇王だ。まあ、今世では()()は出していないから、あまり気にはしていないのだが。

 

 ハオの能力ということで、少し驚かれてしまったのは彼としてはショックだった。……シャーマンキングのハオは、人間を蚊とも思わないほどの残虐ファイトをしているので、しかたないのだが。

 

 

「大丈夫さ、僕は君たちに対して攻撃はしない。逆に守ってあげよう、僕のS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)でね」

 

「お、おう、頼もしい限りだぜ」

 

「あ、ああ、嬉しいこと言うじゃないか」

 

 

 やっぱりハオの能力ということで、若干ビビっている二人に多少ため息をつきながらも、覇王はほっとけば何とかなるだろうと考えた。そして、三人でどういう経緯で転生したか、転生後はどうだったかを話し合いつつ、寮へと帰宅するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 この麻帆良学園本校男子中等部、1年A組には三人の転生者が存在した。赤蔵覇王、東状助、川丘三郎である。

 

 基本的にこの三人は仲良くやっており友人として、つねに行動を共にする仲となっていた。しかし、この学園には彼らとは別に転生者が存在した。

 

 

…… …… ……

 

 

 それに気づいたのは、あの東状助だ。いや、気がつかないほうがおかしいのだ。

 

 

「今日からここの担任をすることになった、”ジョゼフ・ジョーテス”じゃ。ハッピーうれピーよろピくねーーー」

 

「なん……だと……」

 

 

 そう、この1年A組の担任、ジョゼフこそが転生者だったのだ。というか、見た目もまんま、ジョジョの奇妙な冒険Part4のジョセフ・ジョースターだったのだ。

 

 これには他の二人も度肝を抜いた。まさか担任の教師が転生者だとは夢にも思うまい。だが入学式の初日、ジョゼフは行動を起こすことなく、完全にスルーされる形となったのだが、その次の日、突然ジョゼフが彼らを呼びつけたのだ。

 

 

「そうじゃった、赤蔵覇王、東状助、それから川丘三郎、その三名は放課後、生徒指導室まで来てくれんかな。では、ホームルームを始めるとするかの」

 

 

 クラスメイトたちがすでに彼らが問題でも起こしたのかと、三人を話題にしていたが、彼らはとんでもないことになったと考えていた。

 

 さらに、どういうわけか、モブ顔の川丘三郎が転生者ということまでバレていたのだ。と、いうのも単純で、入学式終了後の帰宅途中に転生者としての会話をバリバリ話しており、それをチラリとこのジョゼフが聞いてしまっただけなのだ。

 

 どんな話をするかは予想がつくのだが、敵対する可能性を否定できないところがあった。そもそも、このジョゼフの姿なら、確実にスタンド能力を持ち、そのスタンドは相手の思考を読むことすら可能な、念写のスタンド、ハーミットパープルだろう。

 

 どんな考え事も、テレビに映し出せるこの能力ならば赤裸々に、自分の思考を読まれてしまうというものだ。さらに、波紋が使える可能性もあるのがとても大きい。

 

 対人ならば、相手の意識を簡単に失わせることも可能というのが波紋だ。ハーミットパープルの茨を体に巻きつかせ、波紋を流せば相手に近づくことなく、意識を奪えるだろう。そんな不安を募らせ、放課後に生徒指導室に足を運ぶ三人がいた。

 

 

「グレート、マジかよ……。まさかジジイがいるとはよぉ~」

 

「そしてそれが、僕らの担任か」

 

「明らかに状助君のせいだと思うよ」

 

 

 スタンド使いはスタンド使いと惹かれあう。状助はスタンド使いで、多分ジョゼフもスタンド使いだろう。そのルールどおりだとすれば、間違えなく状助に惹かれあった可能性がある。

 

 さらに、ジョセフ・ジョースターの息子が東方仗助であり、その父親を元にした能力を持つのがジョゼフ・ジョーテスならば、その息子を元にした能力を持つのが、この東状助なのだから、あきらかに、この状助が彼を呼びよせたようなものだろう。

 

 やや重い足取りで、生徒指導室へと入っていく三人を待つように、長方形の形で囲むように配置された、長いテーブルの、その真ん中に座っているジョゼフがいた。そして覇王、状助、三郎の順番に椅子に座り、ジョゼフと対面していた。また、生徒指導室にはテレビがあり、状助と三郎はとてもそれに不安を感じた。

 

 

「来たようじゃのう。単刀直入に聞くとするかの、三人は()()()じゃな?」

 

 

 枯れた老人のような姿とは思えないほどに、ジョゼフの後ろから”ゴゴゴゴゴゴゴゴ”という効果音が見えるぐらいのプレッシャーが放たれている。状助と三郎の二人はこの老いた大男にすごまれ、冷や汗をかいていた。

 

 ……実際は別にすごんでないのだが、二人にはそう見えるようだ。ただ一人、覇王だけは涼しい顔で、ジョゼフを見てどう行動してくるかを考えながら、適当にくつろぎつつやはりここで、それを答えたのだった。

 

 

「そのとおり、僕らは転生者だ。だが、別に何をするわけでもない」

 

「……ふむ、そのようじゃなぁ~。お前さんの見た目から察するに、この麻帆良を支配しようと思えば、できなくは無いじゃろう。信用するとしようかね」

 

 

 ジョゼフはそのような判断で、彼らを信用したのだ。たしかに、ハオの最強と称されたO.S(オーバーソウル)を使用すれば、麻帆良を火の海に変え、魔法使いたちをなぎ払い、簡単に制圧できるだろう。

 

 だが、それをせずに学園で生活を始めたからには、特にそれを行う気がないか、理由が無いのだろうと判断した。次に、話題を振ったのは状助だった。少し恐縮した形だったがが、はっきりと質問した。

 

 

「ジョーテス先生、俺らの特典を教えますんで、そちらの特典も教えていただけないスかね」

 

「ふむ、よいじゃろう、先にわしの特典を話そう。わしの特典は”ジョセフ・ジョースターの能力”と、”Fateのスキル、黄金律Aランク”じゃよ。能力はスタンド、ハーミットパープルと波紋の呼吸じゃ。あとスピードワゴン財団が存在することを言っておこうかの」

 

「黄金律!?」

 

「スピードワゴン財団!?」

 

 

 なんということだ、このジョゼフという男は金をもてあますほど持ち、さらにスピードワゴン財団が存在すると断言したのだ。スピードワゴン財団の存在に三人は流石に驚いた。そして、ジョゼフは彼らの特典を聞き終えると、別のことを彼らに教えた。

 

 

「わしが念写で調べたことじゃがな、この学園には多くの転生者が存在しておるよ……。つーか、お前さんたちの同級生に、あと6人ほど転生者が存在しとる」

 

「そん、なに……」

 

 

 三郎はその数にショックを受けている様子で、隣の状助も驚いていた。なるほど、という表情でその情報を受け止めているのは覇王ぐらいだった。それもそのはず”原作イベント前に転生者が大量に出現する”ルールがあるからなのだ。さらに、ジョゼフは他にも転生者がいることを暴露した。

 

 

「まあ、スピードワゴン財団に調べてもらったことじゃがな。……学園で授業を受けている人間の、大体50人は転生者みたいじゃのー……。ま、大して問題はなさそうじゃがね」

 

「多すぎっスよ~、どうしてそんなに……」

 

「でも問題なさそうとはどういうことです?」

 

 

 状助はその数に驚き、問題ないとしたジョゼフに三郎が質問していた。覇王は大体予想がついており、目を瞑りながら完全にリラックスしていた。

 

 そもそも踏み台と呼ばれる転生者を、倒して回っていた覇王にとって、この麻帆良の転生者が何をしようと、自分はただ狩るだけだとしか考えていないのだ。ジョゼフは三郎の質問に、安心させるかのように答えた。

 

 

「学園で授業を受けとる転生者や、わしのように教師をしとる転生者は、基本的に暴れることを良しとしないものが多いようじゃ……。そもそも、強い能力はもらっているようじゃが、暴れまわる気がないものが、麻帆良では多いようじゃのう、嬉しい限りじゃわい」

 

「ほへー、俺みたいなのが多いってことっスかぁ~」

 

 

 転生者たちは何を考えているかはわからないが、現段階では麻帆良で暴れる気はまったく無いとジョゼフは考えている。そもそも原作知識がある転生者の多くは”原作改変”をあまり快く思っていないものが多く、”原作通り”進めたいのだ。

 

 特に麻帆良に在籍する転生者の多くは、そのような考えのようで派手に動くことを嫌い、少しずつ好きなキャラに会ったりしているようだ。また、原作知識の無い転生者も、表立っては特に問題は起こしていないようだ。覇王はそれを聞いて、この麻帆良に来てそうそう、仕事をする必要はなさそうだと考えた。

 

 

「お前さんたちも、特に暴れようなど考えてはおらんようじゃし。まあ、一応確認のために呼んだだけじゃよ。ちーと時間を使わせてしまったのう」

 

「まあ、しかたないことだから気にしません。それに、転生者がこんなに多いことを知れたことは悪くはありませんよ」

 

 

 三郎は彼ら三人に会うまで、転生したのが自分だけだと思っていた。状助も同じように、転生者が自分以外いるとはあまり考えていなかった。だから、こういう情報を得たことは大きいと感じていた。

 

 だが、覇王は大体の情報を持っているので、さほど気にはしていなかったのだ。そして覇王は、この場でこの世界の転生神の使命により、自分が行っていることと最初の転生時にもらった特典以外の特典について話そうと考えた。他の転生者との戦闘になって、悪者にされたくはないからだ。

 

 

「僕のことを少し話そう……。僕は”()()()()()()()()”に”()()”この世界に転生させられた。そして二つの特典を貰った、一つは転生者がわかる、もう一つは転生者の特典がわかる、というものだ」

 

「こ、この世界にも転生神がいるのかよ!? マジかよ!?」

 

「え、えぇ!? 転生者と特典がわかるのか!?」

 

「ふむふむ……」

 

 

 覇王は1000年前に転生し、しっかりと人生を全うしたこととその後、この世界の転生神に、危険な転生者を狩るよう命じられたことを話した。

 

 

「見た目どおりじゃあねーかー!! つーかよぉ! そこまで似なくてもいいだろう!?」

 

「苦労してたんだね……」

 

 

 二人の意見は、まあ普通だった。学生的にもその程度だろう、間違ってはいない。しかし、ジョゼフはすこし違う質問をした。

 

 

「お前さんが今まで殺してきた転生者の数を覚えておるのか?」

 

「なんだって!?」

 

「やはりそうきたか……」

 

 

 当然の質問である。転生者を狩るということは、それすなわち転生者を殺すことだからだ。失念していた二人も、ショックが隠しきれなかった。まだ1日しかたってないが、友人となった転生者がまさか殺人マシーンだったなんて思いもよらなかっただろう。

 

 

()()では()()はしてない」

 

「……んん? そいつはどういう意味じゃ?」

 

 

 前世、500年前は殺すしかなかったが、今は別に殺してない。そのような答えが返ってきたのにジョゼフは不審に感じた。なぜなら転生者を狩るということは、殺さなければならないと考えたからだ。そこで覇王は、自分が行ってきたことを話す。

 

 

「なに、転生者の”特典”だけを奪うことができるようになった。ただ、それだけのことさ」

 

「”()()()()()()()じゃと……!?」

 

 

 覇王以外の三人はさらに驚いた。覇王が平然と”特典を奪う”ことをやってのけていたからだ。しかし、どうしてそのようなことができたか、ジョセフには新たな疑問が浮かんできた。

 

 

「僕は大陰陽師、麻倉ハオの能力をもらった。シャーマンとして最高の能力だ。だから、ある程度他者の魂がよく見えた……。まあ、霊視するほどの力は無いけどね」

 

「ふむ、心までは読めないわけじゃな」

 

 

 覇王は心は読めないよ、と説明しつつ、さらに踏み込んだ話を始める。

 

 

「超・占事略決に記された、呪禁存思を使って生き返らせれる。そうすれば、殺さずにすむんだ」

 

「しかし、それだけでは”特典”が奪えるとは思えんがのう……」

 

 

 ジョゼフの意見も最もだ、というか覇王は遠まわしに説明し、なかなか肝心なことを話そうとはしていないのだ。まあ、あの抜け目なさと花京院のヒントでDIOの能力を特定した、ジョセフ・ジョースターの能力をもらっている、このジョゼフならある程度察してくれるだろうと、覇王は考えているだけなのだ。

 

 ……というか、ジョセフ本人でないというのに、この考えは少しばかし無茶ではあるのだが。だが、ジョゼフが考え出したその答えは、間違ってはいなかったようだ。

 

 

「つまり、”特典”が”魂”に強く結びついとるか、それに近いものというわけかのう……。さらに、それを何とかして引き剥がし、特典を奪っているということかな?」

 

「さすがジョーテス先生だ、そのとおりだ」

 

 

 ジョゼフが正解を言うと、覇王は嬉しそうにどういうことなのかを説明しだした。

 

 

「転生者の特典は、魂につながっている。それを僕の持霊、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に食わせたのさ」

 

「そんなことができるってぇのかよ!?」

 

「す、すごいね、なんか訳がわからないけど」

 

「なるほどなあー……。S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)は他者の魂を食って霊力を上げれるんじゃったかのう。それを特典のみに作用させたというわけか……」

 

 

 驚きつつ、今の覇王が人殺しをしていないことに喜ぶ二人。まあ、一度殺して蘇らせているので、殺してないわけではないのだが。ジョゼフも納得したようで、この三人は安全だと確信した。

 

 

「すまなかったのう、三人とも。今日はもう帰りなさい、疲れたろう」

 

「おっしゃ! ジョーテス先生も敵じゃなかったし、これで安心して熟睡できるってもんだぜ」

 

「そうだね。しかし、帰ったらまだ部屋の整理が終わってないからやらないとな」

 

「僕はもう、終わってるけどね」

 

 

 いつの間にか他愛も無い会話となり、先ほどの緊張はまったくなくなっていた。部屋の整理が終わってないなら、手伝ってやろうと二人が言い出し、帰宅後に三郎の部屋へ集まることとなったようだ。生徒指導室から出て、離れていく三人を、ジョゼフは優しい目で眺めていた。

 

 

「よい子たちじゃのう……。凶悪な能力を持ちながらも、暴れることなく普通に生きとる……。これほど頼もしいことはないのう、よかったよかった」

 

 

 これから転生者が麻帆良を襲撃する可能性は十分ある。その時、覇王が仕事をしてくれれば、かなり安全に終わらせられるだろう。ジョゼフはそう考えながら、残りの仕事をすべく職員室へと足を運ぶのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:ジョゼフ・ジョーテス

種族:人間

性別:男性

原作知識:若干あり

前世:60代教師

能力:波紋と念写能力のスタンド、ハーミットパープル

特典:ジョセフ・ジョースターの能力、オマケでハーミット・パープル

   Fateのスキル、黄金律Aランク

 

 

転生者名:川丘三郎(かわおか さぶろう)

種族:人間

性別:男性

原作知識:なし

前世:30代の会社員

能力:ない

特典:運動神経抜群

   料理の才能

 

 




覇王の祖父は転生者や原作知識のことなどを少しだけ陽や覇王から聞いてる設定

あと状助君とジョーテス先生の関係は未設定です


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十一話 吸血鬼の過去 シャーマン少女と幽霊少女

テンプレ35:エヴァを拾う

テンプレ36:さよ救済

テンプレ37:木乃香強化

みんな大好きエヴァちゃん


 *吸血鬼の過去*

 

 

 ここは麻帆良学園本校女子中等部、1-Aの教室である。原作メンバーが集う2-Aおよび3-Aとなるクラスでもある。

 

 さて、基本的な原作での3-Aのメンバーは、1-Aに入っているのだが少しおかしなことになっているようだ。

 

 まず、吸血鬼で初期のボスを務めていたはずの、金髪の少女で有名なエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが教室にいない。つまり、学生として学校へ通っていないことになる。

 

 

 

 だが、エヴァンジェリンの棲家は”原作”と変わらずあのログハウスである。ただし、エヴァンジェリンがここにいるのは、ナギに封印されたからではない。単純に依頼だったりするのだが、その依頼主こそがアルカディア帝国の皇帝なのだ。そもそも、なぜそのようなことになっているのか、それは彼女の過去から説明しなくてはならない。

 

 

…… …… ……

 

 

 エヴァンジェリンがアルカディアの皇帝と出会ったのは、かれこれ500年ほど前のこと。エヴァンジェリンが吸血鬼となってしまい、100年ぐらい過ごしたある日のことだった。突然その男は彼女の前に現れて、ほんと突然変なことを言い出した。

 

 

「おめぇ、よえーな。俺の国へ来いよ」

 

 

 エヴァンジェリンは警戒したが、弱いといわれて頭にきた。しかし彼女がなぜ警戒したのか。それは転生者のせいでもあった。

 

 エヴァンジェリンを狙う転生者は多数存在し、謎の好意を寄せてくるのだ。それがエヴァンジェリンとしては、あまり気持ちのいいものではなかった。

 

 時代が時代だけに、精神をすり削るというのに、エヴァンジェリンはそれのせいで、さらに精神が追い詰められていた。そこへ、この知らぬ男が”俺の国へ来い”なんて言えば当然警戒するだろう。

 

 

 しかし、それ以外にも”弱い”などといわれれば頭にくるものだ。100年は吸血鬼をやってきたエヴァンジェリンは、その年月の間にある程度強くなり、自信がついてきたころなのだ。そんな時に弱いなどと、今のエヴァンジェリンにはとても許しがたいことだった。

 

 

「私が……弱いだと……? ふざけるのも……大概にするんだな……!」

 

「やんのかい? いいぜぇ? じゃあ、俺が勝ったら、俺の国に来てもらうぜ」

 

「……ならば、私が勝ったら、そのまま潔く死ね!」

 

 

 すさまじい魔法合戦だったが、結果を言えば皇帝が勝った。地力が違いすぎるのだ。エヴァンジェリンは魔法を独学で必死に覚えただろうが皇帝はしっかりとした基礎の元、戦っているのだから当然であった。

 

 また、皇帝の”弱い”とは、エヴァンジェリンが考えた”弱い”と少し違うのだ。皇帝は”立場”や”精神状態”のことを言っていたのだが、エヴァンジェリンは単純に”戦闘能力”で考えたのだ。

 

 敗北のショックを隠しきれないエヴァンジェリンは、そのままアルカディア帝国へ連れて行かれた。だが、その帝国について、最初に言われたことは、普通では考えられないことだった。

 

 

「おめぇ、アリアドネー行ってこい。しっかり魔法の基礎を習って来いや」

 

「はあああ!?」

 

 

 アリアドネーは学業を積む意思があるのなら、死神すらも受け入れるというほどの場所だ。エヴァンジェリンの魔法は、現段階で独学のみだった。それ以外も理由があるのだが、とりあえずアリアドネーで勉学に励め、というものだった。

 

 皇帝がアルカディア帝国の封書とともに、エヴァンジェリンをアリアドネーに送り、たまに連絡をよこせ、程度に注意したあと、さっさと帰って行ったのだ。流石のエヴァンジェリンも、これはひどいと思った。完全にアリアドネーに丸投げである。

 

 

 最初はしぶしぶと魔法の勉学に励むエヴァンジェリンであったが、周りとの空気がめっぽう合わなかったのだ。なぜならエヴァンジェリンは吸血鬼であり、周りから疎まれる存在だったからだ。だが、エヴァンジェリンはそのほうがよいと思っていた。しかし、エヴァンジェリンが真面目に勉学に励む姿を見て周りの彼女への評価が変わってきたのだった。

 

 エヴァンジェリンは基本的に好戦的ではない。襲ってくる相手に対して、仕方なく戦うことがあっても、自ら暴れようとするような性格ではなかった。そのため、アリアドネーでも特に問題を起こすことは無かったのだ。

 

 さらに言えば、エヴァンジェリンは誰もが思うような美少女と呼べる存在である。彼女が吸血鬼であろうとも、問題を起こさずひたすら勉学を励んでいれば、恐れられていた理由も、無くなっていくというものだ。

 

 極悪な吸血鬼だなんだと噂されても、近くで彼女の素行を見ていれば、最終的には気にするほどのことでもなくなるのだ。何故かいつの間にか人気者と化していたエヴァンジェリンは、どうしてこうなったと嘆いていた。

 

 しかし、なぜエヴァンジェリンが脱走や逃亡をしなかったかというと、単純に、どこへ逃げても追っ手に追われる日々に戻るだけだからだ。だから脱走するよりも、この場にとどまり安全に暮らしたほうがよいと考えたのだ。

 

 

 

 いつの頃からか、エヴァンジェリンはいつのまにか、魔法の技術を身につけることを楽しむようになった。

 

 ”原作”でもエヴァンジェリンは魔法の開発に余念が無かった。

”闇の魔法”を10年かけて開発したり、多くの魔法の技術を習得するほどであった。それは、戦闘だけではなく研究者肌の吸血鬼ということでもあった。

 

 エヴァンジェリンは、このアリアドネーでの生活に、不満を感じなくなっていったのだ。さらに、いつの間にか、多くの友人を囲うようになっていた。

 

 

 そしてエヴァンジェリンは、元々高い能力を持っていた。生きるために培われた戦闘技術と、高い吸血鬼の能力だ。その能力を生かし、騎士団へと入り、功績を残していった。

 

 しかし、ここでエヴァンジェリンはとても歯がゆい思いをした。

自分は吸血鬼であり、どれほどの攻撃を受けようとも、簡単に再生し、戦闘続行できる力があった。だが、周りの仲間たちは違う。自分以外のものたちは怪我をすれば治療が必要になり、死にかけることもあった。

 

 また、エヴァンジェリンは吸血鬼であり、回復系をまったく得意としていなかった。だから、傷つく仲間の前に立ち、盾となって戦うしかできなかったのだ。彼女はそれが、許せなくなっていった。

 

 

 エヴァンジェリンは怪我して倒れていく仲間を、どうにかしたいと考え始めていた。

怪我が治らないならば、仲間が自分のように再生しないなら、そうさせればよいと考えた。誰もが自分と同じとは行かないものの、ある程度の傷を自動的に治療する魔法を研究したのだ。

 

 

 されど、エヴァンジェリンはそこで高い壁に衝突することになる。

エヴァンジェリンは真祖の吸血鬼であり、回復系の魔法は非常に苦手だったのだ。

何せエヴァンジェリンは闇の魔力が強い上に、自己再生能力がベラボーに高い吸血鬼。

 

 試そうとしても勝手に傷が塞がってしまうし、魔法属性の影響で回復魔法を習得するのも難易度がアホみたいに高かったからだ。

 

 それでも仲間のため、友人のためと、諦めずに協力者を集って研究に明け暮れた。

寝ずに研究室に引きこもることもザラだった。研究が暗礁に乗り上げて頭を悩ませることなんてしょっちゅうだった。

 

 

 そんなエベレストを無酸素単独登頂するぐらいの努力と苦労の末に完成させたのが”リジェネート”の治癒魔法だった。

 

 術を発動し、魔法との契約執行中ならば、自動的に魔力を使用し傷を癒してくれるという、治癒魔法であった。それは治療魔法の革命と言えるものだった。

 

 エヴァンジェリンは、その治癒魔法をアリアドネーに献上すると教授となった。

研究チームも栄誉を称えられ、勲章を授与された上に独立部門として扱われるようになった。

 

 そして、治癒魔法や能力上昇系の魔法を研究しながらも、騎士団で勇敢に立ち向かうエヴァンジェリンがいた。

 

 さらに、魔法を研究し、多くの魔法を開発していったエヴァンジェリンは、教授として教える側に回ることになることも多くなった。

 

 

 また、魔法世界の住人は、基本的に長寿だったりするため、エヴァンジェリンとともに時間をすごせるものが多かった。そんな感じで100年ほどアリアドネーで過ごした後、アルカディア帝国に戻っていった。

 

 

 アルカディア帝国へと戻ったエヴァンジェリンは、皇帝と喧嘩したり、魔法を共同で開発したりもした。”闇の魔法”もその一つとなった。”原作”だと10年かけたが、こちらでは1年ぐらいで完成させた。共同だったこともあるが、アリアドネーで魔法を学習し、研究していたのも大きかった。

 

 だが、この”闇の魔法”はすさまじいものだったが、エヴァンジェリンは”欠陥魔法”と切り捨てた。彼女の考え方はもうすでに、研究者のそれだった。発展性はあっても汎用性がない、”闇の魔法”を自分専用でしかない、誰も使えない欠陥魔法としてしまったのだ。

 

 

 だからこそ、エヴァンジェリンは誰もがある程度平等に使える新たな魔法を開発に取り組むことにしたのだ。それで、開発した新魔法をエヴァンジェリンが、アリアドネーに献上したら、その功績が称えられ、名誉教授にまでなってしまったのだった。そして300年間は、友人の死を見送りつつ、新たな友人と魔法研究をしたり、新魔法の開発に着手したりと、研究漬けの日々をすごしていた。

 

 

 その後エヴァンジェリンは、引きこもりすぎて世間知らずだったので、それはヤバイと感じて旅に出ることにし、世界をいろいろ回ったのだ。

 

 魔法世界ではアリアドネーで有名人になったので、賞金もあるようでない状態だった。だが、追っ手や転生者は必ず居るもので、エヴァンジェリンは開発した、”自分の事の部分の記憶を封印して忘れさせる”魔法を使って、適当にあしらっていった。途中、日本で合気柔術を学んだり、日本の風景が気に入ったりと、退屈しない日々を過ごした。

 

 

 そしてエヴァンジェリンは、紅き翼の連中となんだかんだで知り合いとなったりと、基本的に大きく”原作”と差はないようだ。魔法世界で紅き翼と出会い、魔法世界で有名だったせいか、ジャック・ラカンに目を付けられ、賭けをした戦闘を行ったり、アルビレオに変態的な衣装を着せられそうになった。

 

 しかし、紅き翼のリーダー、ナギを追いかけたりはしなかった。エヴァンジェリンは日本の各地を転々としながら、地味に溜めた金で作成した、魔法球内で魔法を開発したりと、こそこそと生きていた。

 

 

 と、突如そこにエヴァンジェリン宛に、皇帝からの依頼があった。その内容がまた、とても適当でひどく『”物語”が始まるから、とりあえず麻帆良に行ってクレヨン』というものだった。意味がわからず頭にきたが、まあ恩もある程度あるし、近くにいるので行ってやるか程度に考えた。

 

 麻帆良でもエヴァンジェリンの名は有名だ。悪しき名ならば、”闇の福音”が代表なのだが、良き名ならば”金の教授”が代表だった。アリアドネーにて名誉教授まで上り詰め、治癒師としても高い評価を得ているエヴァンジェリン。麻帆良の学園長、近衛近右衛門はそんなエヴァンジェリンを心から歓迎し、彼女はログハウスに住むことにしたのだ。

 

 

 さて、そのエヴァンジェリンが今行っている仕事は、魔法生徒への魔法の指導と学園の夜の警備である。魔法生徒へ自分の開発した魔法を教えつつ、暇なときはさらに魔法を研究し夜は警備員として、戦う毎日を送っているのだった。

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *シャーマン少女と幽霊少女*

 

 

 ここは麻帆良学園本校女子中等部、1年A組の教室。この室内の一角に、幽霊がなぜか在籍している。

 

 

 その名は相坂さよ。

 

 幽霊だからか色素が薄く、色白で長く伸ばした髪も水色をしている。制服も古く、かざりっけの無い紺色のセーラー服を着ており、かれこれ60年ほど、この場所で自縛霊として生活している。

 

 

 そんな幽霊の彼女だが、基本的におとなしく、決して人を驚かそうなどとは考えない。むしろ、幽霊だというのに、友人がほしいと望んでいるほどだ。

 

 

 しかし彼女は幽霊としても存在感が薄く、退魔師や魔族のハーフですらほとんど気づかない存在であった。”原作”では退治されそうになったところを、ネギに助けられ友人を作ることになる。だがこの世界では、彼女を見ることができるシャーマンが、すでにこのクラスに存在した。

 

 

…… …… ……

 

 

 関西呪術協会の長の娘、近衛木乃香。

 

 木乃香は陰陽師の名門、赤蔵家のものである覇王と、その祖父の陽明の弟子として陰陽道を学び、さらにシャーマンとしての適正があったため、その力も伸ばしていた。木乃香はこの教室に来て、微弱ながら幽霊の存在を感じ取り、その幽霊に話しかけたのだ。

 

 

「もしもしー、そちらさんはもしかしなくても、幽霊ですかえー?」

 

「……まさか、声をかけられてる?」

 

 

 相坂さよは話しかけられたことに驚いたが、ずっと気がついてもらえなかったことで、気のせいだろうと勘違いしてしまい、それをスルーしてしまう。

 

 

「そ、そんなはず、ないですよねー」

 

「聞こえてへんのかなー、もしもーし」

 

 

 クラスの人々は誰もいない場所に話をする木乃香に驚いていた。しかし、木乃香はそんなことなど気にすることなく、幽霊のさよへと声をかけているのだ。そしてやはり、自分に話しかけているのだろうか、そう考えてさよは木乃香に返事をした。

 

 

「……もしかして、私が見えるんですか?」

 

「おー、やっと返事しとくれたー。気がついてくれへんのかとおもったわー」

 

 

 必死に声をかけて正解だったと木乃香は思い、笑顔を見せた。さよは幽霊としてまったく存在感のない自分を見て、声をかけてくれた木乃香に、涙目ながら笑顔で自己紹介をした。

 

 

「私、相坂さよって言います。かれこれ60年ほど、自縛霊をやってます!」

 

「ウチは近衛このかともーしますえ。60年も幽霊やっとるなんて、大変やなあー」

 

 

 誰もいないはずの場所に話しかけている木乃香に、クラスメイトは驚き、流石におかしいと考え始めていた。と、そこで声をかけたのが、ルームメイトとなったアスナだった。

 

 

「このか、何か見えるの?」

 

「アスナー、ここに幽霊がおるんやよ」

 

「ふーん……」

 

 

 アスナは木乃香がすでにシャーマンであることを知っていたので、何か見えたか、居たかぐらい察することができた。なぜそのことを知っていたかというと、木乃香の父親と友人である、アスナの親代わりのメトゥーナトから教えられていたのである。木乃香の幽霊が居る発言を聞いて、クラスメイトは大声を上げて騒ぎ出した。

 

 

「今、幽霊って言わなかった……!?」

 

「マジ!?」

 

「うっそ? この教室いわくつき!?」

 

 

 ガヤガヤと騒ぎ出したクラスメイトを放置し、どうして成仏できないのか、木乃香はさよに質問していた。

 

 

「どないして成仏せーへんの?」

 

「それが私にもさっぱり……」

 

 

 なぜ成仏できないか、さよにもよくわからなかったようだ。また、自縛霊とは本来前世にて、やり残したことなどが心残りとなり、それが思念となって縛られた霊である。最終的にはその思念が強くなりすぎて暴走し、自分の本来の姿すらも忘れてしまうものなのだ。

 

 しかし、このさよは自縛霊と自らを称したが、それほど強い思念が存在しないようだった。木乃香はその答えを聞くと、とても不思議に思ったが、それなら質問の仕方を変えて、今何がしたいかをさよに聞いてみた。

 

 

「さよちゃん、今やりたいことってなんかあるんかえ?」

 

「やりたいこと……。うーん、そうですね~」

 

 

 さよは指を顎に当てながら、何がしたいのかを考えた。そして答えが出たようで、頭から豆電球をだしながら、そうだという表情ではっきりと答えた。

 

 

「私、友達がほしいんです!」

 

「友達かー、それって幽霊の? それともクラスの?」

 

「クラスの友達です!」

 

 

 さよは60年間、この教室付近に縛られながらも存在感が薄かった。だから、誰にも気付かれなかったのだ。そのため、幽霊というのもあるが、友人がいなかったのだ。木乃香はそれを実現するために、協力をすると申し出た。

 

 

「よし、友達作るんなら、ウチが手伝ーたる! むしろ今から、ウチがさよちゃんの友達や!」

 

「私なんかの友達になってくれるんですか? すごく、うれしいですー! ……でも、どうやって友達を作るんですか?」

 

 

 さよは幽霊で、誰にも見えない存在である。だからどうやって、見えない自分がクラスの友人になれるのか、まったく見当がつかなかったのだ。そこで木乃香は、そのやり方をざっくりと説明した。

 

 

「ウチはシャーマンや。シャーマンはあの世とこの世を結ぶものなんや。ししょーが言ーとったえー、成仏できへん幽霊の供養もシャーマンの仕事の一つやって!」

 

 

 シャーマンはあの世とこの世を結ぶもの。成仏できない幽霊の悩みを聞き、それに答えて成仏させるのもシャーマンの仕事なのだ。

 

 

「だから憑依合体して、さよがいい幽霊ーってことをクラスのみんなに教えるんよ」

 

「シャーマン? 憑依合体!? 一体どうすればよいのでしょう!?」

 

「難しーことはせへんよ。ウチがさよちゃんを、ヒトダマモードにするだけや」

 

「人魂モード? ……よくわからないけど、お願いします!」

 

 

 そしてヒトダマモードとは、等身大の幽霊から人魂のような姿へと変えることである。

そこで木乃香は、一通り説明を終えると、幽霊のさよを手のひらで優しくなでた。するとさよはヒトダマモードへと変化したのだ。さらに、木乃香はヒトダマモードのさよを手のひらに乗せ、胸部付近へもって行き、こう発言した。

 

 

「憑依合体!!」

 

 

 すると、さよの魂は木乃香の体に吸い込まれ一体化したのだ。そして、木乃香に大きな変化が現れた。

 

 

「あれ? これってこのかさんの体……!?」

 

 

 憑依合体とは、幽霊を自らの体へと取り込み、幽霊が持つ技術などを、憑依者が体を使わせて再現するものである。この場合、さよに木乃香が体を貸し、クラスに自己アピールさせようというものであった。

 

 

「みんなー、今ウチの体に、さっきの幽霊がおるんや。すごくかわいくていい子やから、ウチの体を貸して紹介するえー!」

 

 

 その元気いっぱいな発言に、クラスメイトの大半は木乃香に注目していた。そして木乃香はさよに体を受け渡し、自己紹介させた。さよIN木乃香は精一杯のアピールをするべく、笑顔でそれを答えた。

 

 

「わ、私は相坂さよって言います!60年ぐらいこの教室で幽霊やってます、よろしくお願いします!」

 

 

 クラスメイトはさらに騒ぎ出していた。本当に幽霊がいるのか、実はドッキリではないか。いろんな予測が立てられたが、明らかに木乃香の口調が別人なのだ。また、この1-Aのクラスはそういうものに敏感であり、お人よしが多かった。だから、なんだかんだ言って、さよIN木乃香を受け入れたのだ。

 

 そして、さよIN木乃香はクラスからの質問攻めに多少困りながらも、とても楽しいひと時を過ごすことができた。さらにさよが、とてもいい人(幽霊)ということがクラスに伝わり、それなら友人になろうというクラスメイトが多数存在したのだ。さよはそれにとても感動し、嬉し涙を流すのだった……。

 

 

 そして、なんだかんだで人気者となったさよは、木乃香に感謝していた。クラスのみんなに自分のことを知ってもらえて、さらに友人にまでなってもらったからだ。そして、成仏する時になったのだが。

 

 

「これで満足して成仏できるんやないかな」

 

「はい、でも私、成仏しません」

 

 

 なんとさよは強い意志で成仏を拒んだのだ。どういう訳なのか、木乃香は驚いて理由を聞いた。

 

 

「さよちゃん、どないして成仏せへんの? 未練はもう、ないはずやろ?」

 

「私はこのかさんと一緒にいたいです!」

 

「それって、ウチの持霊になりたいってことなんかな?」

 

「持霊とかよくわかりませんが、それでもかまいません!」

 

 

 持霊とは、シャーマンが友好を深めた霊を自らのパートナーにすることである。憑依合体や、O.S(オーバーソウル)を使う時も、信頼が強ければうまくいきやすいのだ。しかし、なぜさよは突然木乃香と一緒にいたいなどと言い出したのか。木乃香は不思議に思ったが、すぐにその答えが聞けた。

 

 

「このかさんは幽霊の私と友達になってくれました。さらに自分の体を使って、私に友達を作らせてくれました……。だから、このかさんに何か恩を返したいんです!」

 

 

 なんてやさしい幽霊娘なのだろうか。木乃香はそれを聞くと、まぶしい笑顔を見せその返答を述べた。

 

 

「ホンマにかー!? すんごくうれしーわー……。自分の力で持霊を得て、初めてシャーマンとして一人前やって、ししょーが言っとった。ウチはさよちゃんなら、大歓迎やえー!」

 

「ありがとうございます!私、これからも幽霊としてがんばります!」

 

「さよちゃん、これからもよろしゅーなー」

 

 

 さよは木乃香の持霊となった。そんな木乃香は覇王から教わった超・占事略決の力を使い、さよを自縛霊から精霊へと召し上げた。さよは自縛霊としてあまり遠くへ行けずにいたのだが、学習机の精霊となり自由の身となったのだ。

 

 

 そしてさよは、木乃香とともに女子寮へとついていったのだが、そこでとても驚いた。なぜなら木乃香の部屋の前には、二体の鬼が居たのだから。その鬼たちは何なのか、流石にさよは木乃香に説明を求めた。

 

 

「あ、あのー」

 

「ん? あー、前鬼と後鬼やな?この子たちはウチの味方や、ぜんぜん大丈夫やえー」

 

「あ、そうなんですか! 前鬼さん、後鬼さん、不束者ですがよろしくお願いします!」

 

 

 さよは鬼たちが木乃香の味方だと聞くと、まるで嫁に来たかのように、深々と頭を下げて挨拶をしていた。鬼たちもそれにあわせ、ペコリと頭を下げる。そしてさよは、木乃香の部屋に入って行った。しかし、今日の木乃香の行動力を垣間見た、ルームメイトであるアスナは、木乃香へ一言つぶやいたのであった。

 

 

「このか、アグレッシブすぎ……」

 

 

…… …… ……

 

 

持霊名:相坂さよ

人間霊(霊力:150)→学習机の精霊(霊力:17000)

媒介:今のところなし

 

 




魔法世界には骨とか悪魔っぽいのがいっぱい
吸血鬼の幼女なんて、恐ろしくもなんとも無いぜ

実は憑依合体がやりたかった
シャーマンキングといえばまず憑依合体でしょう


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十二話 騎士と吸血鬼 熱血親子と少女

テンプレ38:吸血鬼、封印されず

テンプレ39:やっぱりいじられる吸血鬼

テンプレ40:純粋魔法世界人、特殊な旧世界入り


 *騎士と吸血鬼*

 

 

 麻帆良学園都市の一角にある、誰かに気がついてもらう気すらない、完全に寂れた骨董品店。その店内で二人の男女が会談をしていた。男の名はメトゥーナト・ギャラクティカ、日本での偽名は銀河来史渡。そして女のほうは、女というよりも少女といった方がよい見た目で、名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルという。

 

 今のエヴァンジェリンの格好は、白衣の下に白シャツに赤いネクタイ、そして黒のタイトスカートである。顔には楕円形のレンズをした眼鏡をかけており、完全に研究者のそれだった。

 

 エヴァンジェリンはアルカディアの皇帝からの依頼により、この麻帆良に来たのだ。しかし、いかんせんどうしてこうなったかが、よく説明されていなかった。

 

 だからイライラしながらけしかけるように、その部下であるメトゥーナトにどういうことかと説明を求めてきた。それも今にも食って掛かるような、鬼気迫る勢いでだ。

 

 

「おい、メトゥーナト! 貴様んとこの頭の頭はどうかしているのか!? こんな手紙だけを渡して説明になるか! どういうことか全部説明しろ!」

 

「誰かと思えばマクダウェルか……。久々に会ったというのに、いきなりだな……。……ちなみに手紙にはなんと?」

 

「自分で確認しろ、貴様のとこのトップだろうが!」

 

 

 突然店に入ってきた客だと思ったら、少女が叫んで突っかかってきたのだ。流石にそれにはメトゥーナトも驚き、それがエヴァンジェリンだと確認すると、いつものことかとため息をついた。この会話の後、相当頭にきていたのか、エヴァンジェリンは投げ捨てるように皇帝からの手紙をメトゥーナトへと渡した。そして、メトゥーナトはそれを開くと皇帝の立体映像が説明を始めた。

 

 

『そろそろ”物語”が始まるから、旧世界にあるジャパンの麻帆良へ行ってクレヨン。あ、すでにそこには部下のメトゥーナトが居るから、大丈夫大丈夫!あと、この手紙は3秒後に消滅……するわけねーだろ!だまされてやんの!!』

 

 

 この手紙の内容に、部下であるはずのメトゥーナトも流石にドン引きしていた。メトゥーナトが頭に手を当て、意味がわからないという表情をするほどであった。これはひどすぎる、あまりにもひどすぎる。確かに意味がわからないとメトゥーナトも納得した。

 

 

「そ、そうだな……説明しよう」

 

「今すぐ説明してもらうぞ!!」

 

 

 そしてメトゥーナトは、皇帝に全部面倒ごとを押し付けられたと思いながらも、とりあえず納得してもらうために説明したのだ。

 

 ちなみにエヴァンジェリンは”転生者”や”原作”のことを、ある程度皇帝から説明されている。何年も追い掛け回してきた、あの忌々しい人間たちの半分は、ソレだということを皇帝が教えたのだ。その説明を受けたエヴァンジェリンは、ドン引きしながらも鬼のような形相になるほど怒ったという。

 

 

「皇帝はとりあえず”原作どおり”にことを進めることにしたのだ。……とはいえ、流石に中学生をやれとは言わなかったのだが……」

 

「当たり前だバカ! そんなことするわけないだろう!?」

 

「だからとりあえず、麻帆良のログハウスで生活してくれればいいということだ」

 

「そんなことも説明できんのか!? 貴様んとこの皇帝は!!?」

 

 

 説明できないのではない、あえてやらないのだ。メトゥーナトはそう考えたがあえて口には出さなかった。とりあえずエヴァンジェリンは、不機嫌ながらも今の説明である程度納得したようだ。

 

 

「チッ、あの男が意味の無いことをするわけがないとは思ったが、そういうことか……。まあいい、今度あいつに会ったら一発顔面を殴らせてもらうとしよう!! フハハハハハハハハハハッ!!」

 

「その時は、是非お手柔らかに頼む……」

 

 

 先ほど不機嫌だったというのに、皇帝に一発お見舞いしてやろうと考えたエヴァンジェリンはテンションがうなぎ登りに上昇し、高笑いを始めるほど愉快な気分となっていた。それを見て、やはりドン引きしながらも、皇帝を殴るときはやさしくしてやってほしいと提案していた。

 

 と、そこへ一人のツインテールの少女がやってきた。中等部の1年となったアスナである。日曜日ということで、アスナは久々にメトゥーナトへ会いにやってきていたのだ。

 

 

「あ、エヴァちゃん、お久しぶり」

 

「久しぶりだな、ではない!! ちゃん付けで呼ぶのはやめろと、いっつも言ってるだろう!!」

 

「あ、そうだっけ、じゃあ……エヴァにゃん」

 

「おまっ!! アスナ! 貴様というやつは!!」

 

 

 アスナは悠々とした態度でエヴァンジェリンへと挨拶した。エヴァンジェリンも返したが、それ以上に気になることがあった。それは”ちゃん”を付けて呼ばれたことだ。

 

 エヴァンジェリンはこのかた600年も生きた吸血鬼だ。ちゃんなんて付けられても嬉しくないのである。ゆえに、せめて”さん”を付けてもらいたいのだ。そう、ちゃん付けはエヴァンジェリンのプライドが許さないのである。

 

 しかしアスナはそう言われ、もっと恥ずかしい呼び方をしたのである。なんということか、駄目だこの吸血鬼、完全にアスナに遊ばれているのだ。ぐぬぬとプルプル震えながら大声を張り上げるエヴァンジェリンを、面白い生き物のようにアスナは見ていた。

 

 メトゥーナトはそうやってムキになるからイジられるのだと思った。だが、あえて言わないのだ。なぜならメトゥーナトはアスナの味方であり、エヴァンジェリンに味方する気がまったくないからだ。

 

 

 しかし、なぜエヴァンジェリンがアスナのことを知っているのか。

それは、アスナがメトゥーナトや紅き翼とともに旅をしていた時や、エヴァンジェリンがたまにアルカディア帝国へ、戻った時に出会っていただけである。そこで、アスナのことをメトゥーナトなどに聞いたエヴァンジェリンは、ほんのちょっぴりアスナへの同情心が沸いて、色々話したりと友人に近い形の付き合いをしていたのだ。

 

 

「とりあえず落ち着け……、店内で騒がれても困る」

 

「貴様が親代わりだろうが! なんか言ってやったらどうだ!」

 

「別にそのぐらいで怒る方が子供ではないか? 気にしすぎなだけだろう」

 

「ぐっ!? ……そうは言うが600年も生きた吸血鬼のプライドと言うものがな……!」

 

 

 落ち着けと冷静に述べるメトゥーナトへ、エヴァンジェリンは今の怒りをぶつけた。お前がアスナの親として面倒見ているのなら、何かあるだろと。静観なんかしてないで、少しアスナに注意してやれと叫んだのだ。

 

 だが、そこでメトゥーナトはその程度のことを気にして怒る方が悪いとキッパリ答えた。むしろ600年生きた吸血鬼が、その程度でムキになるなんて大人気ないのではないか、恥ずかしくないのか、と考えていたのだ。

 

 エヴァンジェリンはそう言われ、間違ったことを言われていないので反論が出来ずにぐっっと押し黙った。それでも600年も生きてきたエヴァンジェリンにとって、可愛らしく呼ばれるのはとても恥ずかしいことだった。ゆえに、自分のプライドが許さないと、悔しそうにメトゥーナトを睨みつけながら、唸るような声でそれを言ったのだ。

 

 

「……ゴメンね。久々に会ったから嬉しくって」

 

「ぬ……、そっ、そうか? まぁ、そー言うのなら許してやろう……」

 

「ありがと」

 

 

 すごい剣幕でメトゥーナトを睨みつけるエヴァンジェリンを見かねたアスナは、そこでしおらしく謝った。久々に会ったので、浮かれてしまったと。そう言われてしまうとエヴァンジェリンも怒るに怒れなくなってしまい、謝ってきたことだし許してやるかと思い、そう言葉に出していた。そして、エヴァンジェリンから許しの言葉を聞いたアスナは、よかったと思い笑顔で礼を述べていた。

 

 

「ところで、エヴァちゃんは何でここに来たの?」

 

「今謝ったばかりじゃないのか!?」

 

「あっ、ついクセで……」

 

 

 アスナはエヴァンジェリンがこんなところに来るなんて何かあったのだろうかと思い、どうしてここへ来たのかを聞いて見た。しかし、謝った後だというのに、またしても”ちゃん”付けで呼んでしまったのである。

 

 待て待て、今の謝罪はなんだったんだと、またしても怒るエヴァンジェリン。アスナはそのことについて、癖になってしまっていて、うっかりしていたとしれっと答えたのである。

 

 

「そのクセ治せよ!? いいな!?」

 

「はーい」

 

 

 だったらその癖を治せ、直さないと絶対に許さないぞと、エヴァンジェリンは叫んでいた。そう叫ぶエヴァンジェリンを見ても余裕の態度で、一言の返事のみで返すアスナだった。

 

 

「ゴホン。今の質問に答えるぞ? ……いや、まあ、例の手紙を読めばわかるはずだが……」

 

「手紙?」

 

「いや、マクダウェルは皇帝陛下の頼みでここへ来るように言われたのだ。そして、その後の説明が無かったので、わたしのところへ説明を求めに来たという訳だ」

 

「そうだったんだ……」

 

 

 して、先ほどの質問へと話を戻すエヴァンジェリン。むしろ説明するよりも、その原因である皇帝からの手紙を見せた方が早いと思ったので、手紙を読んでみろと話したのだ。

 

 アスナは手紙と聞いて、さてどこにあるのだろうかと周りを見回すが、それはメトゥーナトが持っていたので見当たらなかった。そこでメトゥーナトは、手紙の変わりに自分が説明しようと考え、先ほどの経緯をアスナへ聞かせたのである。その説明を聞いたアスナは納得した様子を見せ、それじゃ仕方がないと思ったようだ。

 

 

「……ふむ……。アスナ、すまないが彼女に紅茶でも出してやってはくれないか……?」

 

「うん、わかった」

 

 

 そこで、ふいにアスナへお茶の用意をさせようと、申し訳なさそうにメトゥーナトがそう言った。アスナはそのぐらいお安い御用と言う感じで、微笑みながら頷いた後にそそくさと店から母屋の方へと歩いていった。

 

 

「……そろそろいいか? マクダウェル」

 

「むっ?」

 

 

 メトゥーナトは騒ぐエヴァンジェリンへ、もうそろそろ本題に入りたいと申し出た。と言うか、いつまでアスナに遊ばれているのだと、少し呆けていたのだった。

 

 エヴァンジェリンもメトゥーナトにそう言われ、まだ話の続きがあったことに気がついたようだ。この手紙通り麻帆良に来てればいいと思ったエヴァンジェリンは、もう話は終わったと思っていたのである。

 

 

「マクダウェル、今後について話そう……。”転生者”はマクダウェルが、アスナも在籍している現在の1年A組、つまり将来的には3年A組になるクラスに居ないことを不審に思うだろう」

 

「ふん、そんなことなど、どうでもよいだろう?」

 

「……まあ、マクダウェルの言うとおり、どうでもよいのだが、それで”転生者”が、どのような行動に出るかがわからないところに困っているのだ……」

 

 

 ”原作”ではキーキャラクターレベルの存在であるエヴァンジェリン。主人公であるネギの師匠となり、ネギを育て上げる存在となる。また、そのネギの窮地を何度も救うのも、このエヴァンジェリンだ。それが居ないとなると、”原作どおり”ことが進まず、最悪ネギが死亡してしまうのではないかと”転生者”が焦るだろう。その時、”転生者”がどのような行動に移るかが、ほとんど見当がつかないのだ。

 

 

「別にどうとでもなるだろう。私は一応麻帆良にいる、何かあれば直接手を下してしまえばいいんじゃないか?」

 

「例の一部の記憶のみを封印する魔法か。確かに何かあった時は、それを使ってもらえるとありがたい」

 

 

 エヴァンジェリンはハッキリ言って、そんな連中などかまう気などなかった。それに、自分がここにいれば何とかなるだろうとも思っていたのだ。それは記憶を封じる魔法を、エヴァンジェリンが使えたからだ。その魔法を使い、過去襲われかけた時などを簡単に脱出してきたのである。また、”転生者”とか言う面倒な輩に絡まれた時もそれを使い、面倒ごとを避けてきたのだ。

 

 それを使えばたとえ転生者とて、前世を思い出せなくなれば残るは()()で生まれ育った記憶のみとなる。そうすれば、確かに”特典”とか言う力は残るが、人格的に矯正が可能になるということだった。

 

 メトゥーナトはそのことを知っていたので、何かあればそれを使って欲しいとエヴァンジェリンに頼んでいた。面倒をかけることになるだろうが、それがどうしても必要な場合があるかもしれないと思ったからだ。

 

 

 また、アスナにお茶の用意と言う理由でこの場を離れさせたのは、こういった話を聞かれたくなかったからだ。転生者ということもあまり耳にして欲しくはないのだが、それ以上にアスナは記憶を消すということに敏感であることをメトゥーナトは考慮したのだ。

 

 それは過去にて、アスナの記憶を封印するか否かでメトゥーナトが仲間内と話し合ったことがあったからだ。紅き翼の一人でもあるガトウが、アスナの記憶を封印してしまったほうが良いのではないかと提案したのだ。アスナの過去は辛いものだ。長い間、ずっと閉じ込められ、争いの道具として利用されてきた。そんな悲しい記憶は無い方がよいと考えたガトウが、そのことを話したのだ。

 

 しかし、メトゥーナトは反対だった。確かにアスナの過去は本人にとっても辛いものだが、今はそれだけではないことを知っていたからだ。紅き翼の面々や自分と一緒に旅したことまで忘れさせてしまうのは、あまりにも寂しいではないかとメトゥーナトは反論したのである。ただ、両者ともアスナを思ってのことだったので、最終的にアスナに決めてもらうことにしたのだ。

 

 その質問を受けたアスナは、涙を流して記憶を消さないで欲しいと言葉にした。過去は本当に辛いことだが何も感じてなどいなかったがゆえに、大きく気にする必要が無いと思ったからだ。さらに、紅き翼のメンバーとの思い出を忘れてしまうなんて、絶対に嫌だったし悲しすぎると思ったからだ。そう言ったことがあり、アスナは記憶を消すことに非常に敏感になっているのである。

 

 

「まあ、そう言った輩に絡まれた時にでもやっておくとするよ」

 

「それでも充分だ。すまないが任せる」

 

「身に降りかかる火の粉ぐらい、自分ではらうだけさ」

 

 

 エヴァンジェリンも自分がここで襲われる可能性もある程度考慮していた。ゆえに、使うときは使おうと思っていたのである。メトゥーナトも、それで充分だと話し、再び頭を下げていた。そんなメトゥーナトをエヴァンジェリンは眺めながら、こいつ本当に真面目だなと思いつつ、自分の身ぐらい自分で守れると肩をすくめて話していた。

 

 

「……さて、方針も理解してもらえたようだし、これからよろしく頼む」

 

「やれやれ、仕方がないな。任せておけ」

 

「お茶出来たよー」

 

 

 とりあえず、エヴァンジェリンに全ての説明を終え、理解してもらえたと思ったメトゥーナトは、今後よろしく頼むと頭を下げていた。まあ、そこまでするのであれば仕方がないと、エヴァンジェリンはニヤリと笑って自分に任せておけと豪語したのだ。そんなところへようやくアスナが、紅茶を三つほどおぼんに乗せて戻ってきた。

 

 

「何? エヴァちゃん、これから近くに住むの?」

 

「貴様はなー! あーそうだよ!」

 

 

 アスナはメトゥーナトの最後の会話が聞こえたのか、エヴァンジェリンがここにとどまるのではないかと思った。それを聞くとまたしても”ちゃん”で呼ばれたエヴァンジェリンは、叫びながらその問いを肯定していた。と言うか、先ほどその癖を治せと言ったのにこの始末では、この先が思いやられるとエヴァンジェリンは呆れたりもしていた。

 

 

「そっか、それじゃこれからよろしくね!」

 

「フン……」

 

 

 アスナはエヴァンジェリンがこの麻帆良に住まうことを知り、笑顔で挨拶した。エヴァンジェリンもそうやって笑顔を向けられたら、怒る気にもなれない様子だった。ただ、それでも不機嫌なのは変わらないので、少しふてくされた様子で返事を返していたのだった。

 

 

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *熱血親子と少女*

 

 

 この麻帆良学園本校女子中等部、1年A組。

 

 基本的に2-Aおよび3-Aのメンバーに差はないが、エヴァンジェリンがこの教室にいない。

そして、そのエヴァンジェリンが座るはずだった机に、別の人物が座っていた。転生者というわけではないようだ。だが、本来ここにいるはずのない人物だ。普通では考えられないことなのだ。

 

 

 ”焔”

 

 ”原作”ではフェイトの従者をしていた、炎を操る力を持つ、ツインテールで”ジト目!ツリ目!”の少女である。魔法世界の住人であり、本来なら魔法世界から出てこれないはずの彼女が、なぜこの教室でエヴァンジェリンの席に座っているのか。これまた話せば長いことになる。

 

 

…… …… ……

 

 

 シルチス亜大陸のパルティア付近にて、二人の男が空中を高速で移動していた。アルカディア帝国、皇帝直属の部下である、ギガントと熱海龍一郎だ。転生者二名が大規模な戦闘を行っているのを察知して、駆けつけていたのだ。

 

 しかし、すでに手遅れであり、戦闘により街は破壊されつくされていた。そして、その戦闘をしていた転生者二名は、相打ちとなっておりどちらも最強の技を受け、完全に事切れた後だった。

 

 

「クソッ、遅かったか……」

 

「諦めるのは早いぞ! ”来れ(アデアット)”」

 

 

 街の惨状を見て握り拳を作り、そこから血を流す龍一郎と、すかさずアーティファクトを展開するギガントがいた。ギガントのアーティファクト、国境無き医師団は総勢200体の医者型オートマトンであり、その全てを展開し、ギガントは大声でオートマトンたちに命令を下す。

 

 

「国境無き医師団に告ぐ! この街の住人の生き残りを探すのだ!報告はしなくていい! 生命維持を最優先にするのだ!」

 

 

 この命令の後、アーティファクトのオートマトンたちは了解の発言の後、即座に街中に散らばって行った。それを見て龍一郎は自分の過ちを嘆いた。

 

 

「なさけねぇ……。あの時、他の転生者に気を取られさえしなければ……。……もっとすばやく、その転生者を倒していれば……」

 

「自分を責めるな、おぬしが悪いわけではない……。それに、その転生者を放っておけば、別の場所で、このような事態が発生していたかもしれん」

 

「そうは言うがよ……。やりきてねぇもんはやりきれねぇんだよ……」

 

 

 この街で転生者同士が戦闘しているのを察知した二人は、すぐさま街へと移動をしていたのだ。だが、そこへ新たな転生者が現れ、道を阻み交戦してきたということだった。その転生者を倒すのに手間取り、到着が遅れてしまい、このような悲劇を招いたのだと、龍一郎は悔やんでいたのだ。

 

 龍一郎はそのことを後悔し、それをギガントは励ましつつ、生き残りを探して歩き回っていた。するとそこに、一人の少女が座り込んでいた。生き残りがいたことに安堵を浮かべ、二人はその少女へと近づいていった。

 

 

「父……様……母様……」

 

 

 少女はこの惨状で死んでしまったであろう両親を呼びながら、左目を左手で抑えていた。そこからは血が流れており、左腕を赤く濡らしていた。そこへギガントは近寄り、声をかけた。

 

 

「お嬢さん、生きていてよかった……。……うーむしかし、その怪我は今の設備では完全には治療できそうにないな……」

 

 

 少女の左目は何で怪我をしたかわからない。だが、ギガントは怪我の様子を見て、現状では治療が難しいと言った。その後ろで、見ているだけしかできない龍一郎。彼は自分の行動を悔やむように、ただそれを眺めながら立っていた。

 

 と、そこへ国境無き医師団のオートマトンからギガントへ念話があり、生き残りが存在しないことを告げられたのだ。ギガントはやるせない表情をしながら、ならばどうするかを命令する。

 

 

「遺体は帝国にて埋葬する。かのものたちの遺体を集めよ」

 

 ギガントはこの街の住人の遺体をアルカディア帝国で埋葬することにした。なぜなら、この場所で埋葬すれば墓荒らしに遭う可能性を否定できないからだ。それでは死者が安心して眠ることができない、だからそうしたのだ。

 

 

「お嬢さん、君のご両親も手厚く埋葬させてもらうよ……。その前に、その目を何とかせねばならんな、とりあえず先に帝国に来ていただこう」

 

 

 少女は涙を流しながら、その言葉にうなずくことしかできなかった。ギガントは少女を連れ、一時的に帝国へと戻り、治療を優先した。龍一郎はその場にとどまり遺体にシートをかぶせながら、変わり果てた街の住人たちを供養するように、一人一人に手を合わせていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 アルカディア帝国の霊園にて、その街の人々の慰霊碑が建てられた。少女の両親はそれとは別に、しっかりとした墓が用意されており、少女はその前で自分の両親を供養していた。そこへ龍一郎がやってきてこう説明した。

 

 

「よう、自己紹介がまだだったな。俺は熱海龍一郎ってんだ、よろしくな! 俺は書類上、君の親になったが、まあ気にしなくていい。君の両親は、君だけのものだ、別に他人と思ってもかわんさ。だが、俺は一応、君の父親として面倒見させてもらう、そればかりは譲れん」

 

 

 龍一郎はあの事件を自分のせいだと責め、生き残りの彼女の面倒を見ると言い、預かったのだ。勝手なことだと龍一郎自身思ったが、こればかりは譲れないとも思った。少女はそれを承諾したようで、名を改め”焔”とし、新たに”熱海焔”として生きることになった。

 

 龍一郎は父親として彼女に接し、彼女もそこまで文句はなかった。だが、龍一郎には息子がいた。熱海数多である。彼は妹となった彼女に会うと、こう言ったのだった。

 

 

「はじめまして、俺は熱海数多ってんだ、よろしく頼むぜ! なんか兄になっちまったようだけど、気にしなくていいさ。ほんと赤の他人だし、兄なんて思う必要なんかないしよ。でも、俺は一応、君の兄として接するから、そこだけは譲ねぇ。ま、相談事とかあんなら、気軽に言ってくれや!」

 

 

 この親子、どうしようもなく似ていた。どうしてここまで答えが同じなのか、意味がわからないほどだった。

 

 焔は龍一郎には自分の命と両親を埋葬してくれた恩があるため、引け目を感じていた。しかし、この数多にはそのようなものはない。どうでもいい存在だった。その発言どおり兄として接してくる数多を、焔は鬱陶しく感じていた。だから募りに募った感情が爆発してしまったのだ。

 

 

「……私に一々かまうな! のうのうと生活し、大切な人も失ったことの無い貴様などに、かまってほしくなどない!」

 

 

 ”原作”でもフェイトの従者たちは、普通に生活していた3-Aメンバーに嫌悪感を抱いていた。自らを”敗者”や”神に捨てられた”として、彼女たちを”勝者”や”神々に祝福された”としていた。それは単純に、突然全てを失ったことからくるものであり、仕方の無いことだった。焔は特にそれを表に出していた。ジャック・ラカンに同情されて、怒り叫ぶぐらいであった。赤の他人たる数多にそのようなことを言うのは当然の結果だった。しかし、それを聞いた数多は、言い返すことすらなかった。

 

 

「そうだな……。でも性分なんだ、悪かった。……まあ、また来るよ」

 

 

 笑いかけるように、そういって部屋から出て行くこの少年に、焔は不思議な気分を味わっていた。どうして何も言わないのかと。怒らずとも、何か言い返してもいいはずなのだ。しかし数多は、何も言い返さず立ち去ったのだった。

 

 それからしばらくして、焔は熱海家の母親に会ったことが無いことを気にするようになった。今までそれに気がつかなかったのは、それほどまでに余裕がなかったからだった。

 

 あの事件から日が経ち、ある程度余裕のできた焔は、それを考えた。しかし、龍一郎にそれを聞くのは失礼であると、やはり恩人として引け目を感じていた。だから数多に聞いたのだ、母親がどこで、何をしているかを。

 

 

「かあちゃんなら、遠くで静かに暮らしてるさ」

 

 

 すると、あいまいな答えが返ってきた。どこで何をしているかがわからないのだ。その程度の答えでは、答えになっていないことに焔は文句を言った。

 

 

「それではわからない、もっと具体的に説明してほしい」

 

「ふうむ、かあちゃんに会いたいのか?」

 

 

 説明しろというのに、別の質問で返してきた。学校で説明文に説明文で返すなと教えられてないのだろうか。だが、焔は会いたいかと聞かれたら、会いたいと答えたのだった。すると数多は、その場所に案内してくれると言って、歩き出した。

 

 

 熱海家は基本的に、アルカディア城内の一室を借りて生活している。城の内部にある、転移用の魔方陣に乗ると、その場所へと移動していった。

 

 しかし、焔が見たその光景は、いつも見慣れた場所だった。霊園、アルカディア帝国の巨大霊園だったのだ。数多は気にせず歩き、目的地に到着したのか立ち止まり、こう言った。

 

 

「かあちゃんはここで静かに寝てる。ま、天国かなんかで、ゆっくりしてるだろうけどな!」

 

 

 そこは、とてもきれいに磨かれた、一つの墓の前だった。そこには熱海の姓が刻まれており、彼の母親の墓だと焔はわかった。そう、数多の母はすでに他界していたのだった。

 

 なんていうことだ、焔は考えれば気付くことができたはずだと思った。それで無くとも、教えてくれればよかったのにとも思った。

 

 

「なぜ……教えてくれなかった」

 

「色々あって、いっぱいいっぱいだったろう?そこに俺のかあちゃんもいねーから、なんて言える訳ないだろ?」

 

 

 ある程度時間が経ったら、教えようと数多も龍一郎も考えていたことだった。しかし、焔はさらに別のことが気になった。

 

 

「では、なぜあの時……何も言い返さなかった……。……どうして、何も言わなかった!」

 

 

 大切な人を失ったことのない貴様なんかに、と焔が怒りをぶつけた時のことだ。数多はすでに母親を無くし、大切な人を失っていた。それにもかかわらず、怒らず、文句すら言わなかったのだ。だから焔は疑問に感じたのだ。数多はそういえばそんなこと言われたかな、と思いゆっくりと説明した。

 

 

「別に怒ったり文句言ってもしょうがねぇーじゃんかよ。そっちはいっぱいいっぱいで、余裕なかったみてーだしさ! 気にするほどでもねーって」

 

 

 気にする必要はない、どうってことないと答えさらに数多は続けて理由を述べた。

 

 

「それの理由になるかわからねぇが、そうだなぁ~……。……俺は親父みてーに強くなりてーのさ。力だけじゃねぇ、精神的にも強くな」

 

 

 数多は説明した、自分の母親が死んだときのことを。

母親が死んだのに、父の龍一郎は、涙一つ流さず、ずっと笑っていたと言う。数多は父親が母親の死を悲しんでないと感じ、恨んだと言った。文句を言って殴りつけた時、普段なら簡単に避けれるはずが、龍一郎はそれを顔面に受け止めたのだと。そして、今考えれば、悲しくないはずがないと思ったと。しかし、自分の前では弱さを見せず、でかい背中だけを見せてくれていた。それが自分の父親、龍一郎の強さだと感じたのだと。

 

 

「だからよ、俺もあのぐれー、でっかくなりてーのさ、ま、そういうわけだ」

 

 

 気軽に説明しているが、地味に重い話しであった。数多は少年ながらも、自分の母親の死を乗り越え、父親のその時の態度を察し、すでに過去とのケリをつけていたのだ。これには焔もショックだった。自分より2年ほどしか差のない少年が、これほどのことを考えて前へと向かっていたからだ。そして、あの時のことを悪く感じた焔は、小さな声だったが素直に謝った。

 

 

「……ごめん」

 

「いや、気にしなくていいーって! 暗ーい話しちまったからって、暗くなる必要ねーって! 別に気にしてねーからよ、明るなってくれや!」

 

 

 あれだけ散々文句を言ったというのに、気にしてないと言い、あまつさえ、励ましてくるこの兄に、焔は少しだけ心を許す気になったのだった。そこに龍一郎が花束を持って現れた。

 

 

「よう、見ないうちに仲良くなったみてぇだな。ま、そのあたりはまったく気にしてなかったがよ」

 

「おい親父ぃ……。まさか、完全に俺に丸投げだったのかよ……」

 

「はっ、兄妹間の問題は勝手にそちらがやってくれねぇと、どうにもならねぇだろうが! ふん、まあいいや、あいつに報告してやるかな」

 

 

 そう龍一郎が言うと、花束を墓に沿えた。そして、今までのことを墓で眠る妻に聞こえるかのように、静かに語った。ほんの少しだが、焔が彼らの家族として一歩近づいた気がしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここはアルカディア城にある、熱海家の部屋の一角。数多が麻帆良へと旅立った後、数年が経ち、原作メンバーが中等部へ上がる数週間前のことだった。

 

 「焔、おめぇにも麻帆良に行ってもらうことになったわ。別に普通に生活してくりゃいいだけだから、なんも気にしなくていいぜ」

 

 

 突然この親父、龍一郎がそんなことを言ってきた。行く必要なんて、考えてみればどこにもないというのにだ。しかも、自分は魔法世界人であり、旧世界へ行くことなどできないのだ。行くとしても”入れ物”が必要になるのである。

 

 

「どう、行けばいいのですか……」

 

「何、皇帝とギガントがこんなもん作ってくれたぜ。器用な奴らだなぁ~、よくできるぜこんなもんよ」

 

 

 そう言うと龍一郎の手には二つの指輪があった。これをなんかもうよくわからなそうに、龍一郎が説明する。

 

 

「これを片手ずつはめれば、不思議パワーで旧世界に行ける! と行ってたぜ。……いやーほんと不思議だなぁ~」

 

 

 まるで説明になってない説明だった。さりげなく説明書がついていたので、それを焔は読むことにしたのだった。説明書を開くと、立体映像の皇帝が現れ勝手に説明してくれた。

 

 

『これを両手の指に一つずつはめれば、”自分の世界”を作り出してくれる。簡単に言えば、自分の周囲のみに”魔法世界と同じ状況”を生み出すというものだ。魔法の適正などは多少下がるが、旧世界で普通に生活する分には問題ないはずだ』

 

 

 エヴァンジェリンに出した手紙とは打って変わって、まともに説明している皇帝の説明書であった。というか、焔は意味がわからない、どうしたらそんなものができるのかと思った、でたらめすぎると。龍一郎は説明書の内容を聞くと、皇帝が何か言っていたのを思い出したようだった。

 

 

「範囲が狭くて楽にできた。これを星一つ埋め尽くすってパねぇな、とか言ってたなぁ」

 

 

 この皇帝は規格外にもほどがあるだろう。とりあえず旧世界へ行けるらしい。しかし、皇帝や龍一郎とその仲間たちが、麻帆良で何か作戦を実行していることを焔は知っていた。それの邪魔にならないか、心配になったのだ。

 

 

()()()、私がそのような場所に行っても、問題ないのですか?」

 

 「何も気にするなって言ったじゃねぇか。皇帝からも許可もらったから、この指輪があるんだぜ?ガキはなんも気にせず、がっこー行ってりゃいいのさ」

 

 

 数多の修行の時とは完全に逆のことを言ってのけているこの龍一郎。修行バカな龍一郎だが、娘には激甘なのであった。というのも、息子だから修行させているのであって、もし数多が娘だったら、そのようなことをさせてはいないのだ。

 

 

「ま、その指輪には”出会っても居ないのに焔を記憶しているもの”への、強力な認識阻害がかかる仕組みにもなってるらしいぜ。だからまあ、安心して行ってくればいいのさ」

 

 

 麻帆良には多くの転生者がいる。焔は”原作”では主人公のネギと敵対したフェイトの従者だった。そういうわけで、敵だのなんだのといちゃもんをつけられる可能性が高いのだ。だからそれを防ぐために、転生者対策の認識阻害もかかるように、その指輪は作られているのだ。しかし龍一郎はそれ以外にも、少しだけ手を加えようと考えた。

 

 

「ま、そんだけじゃ不安かもしれねぇから、髪型ぐれぇ変えて行けや。ちょいとばかし、俺に髪をいじらせてくんねぇか?」

 

「え?あ、どうぞ……」

 

 

 そう言うと龍一郎は、鏡の前に焔を椅子に座らせ、リボンを取ってその長い髪をいじりだした。だが、龍一郎は、そこで一応こういうことは苦手だと先に言っておいた。

 

 

「こういうのは苦手だからよぉ、てきとぉーにやらせてもらうがいいか?」

 

「……父さんに任せます」

 

 

 龍一郎は鼻歌を交えつつ、どれがよいかといろいろな髪型を作り出していく。それを焔はじっとしながら、なんだかんだで嬉しそうにしているのだった。

 

 さて、この龍一郎、苦手だといいつつも、なかな器用に焔の髪型をいじっている。なぜなら龍一郎は自分の妻の髪をいじったことがあるからだ。いやーあの時が懐かしいぜ、と感傷に浸りながら、焔の髪型を何度も変えていった。

 

 

「んま、こんぐらいでいいだろう」

 

「これは……」

 

 

 どうやら焔の髪型が決まったようだ。リボンで長い髪を、左右二つに分けて結わえた髪型。しかしそれでは髪が長すぎるので、髪がクルリと輪になるように結わえてあった。焔は新しい髪形を喜んで受け入れ、龍一郎はそれを笑って眺めていた。

 

 

「ありがとうございます、父さん」

 

「気にすんな、まっ、これで問題ねぇな。まあ、気をつけろよ? 何かあったら、馬鹿兄貴にでも頼ればいいさ」

 

 

 焔は、麻帆良へ行くことを憂鬱に思っていた。だが、龍一郎や皇帝にここまでしてもらったのだから、行かなければ恩をあだで返すことになると考えた。それに、麻帆良へ行ってしまい最近会っていない兄に、会えることをほんの少しだけ楽しみだと考えていた。

 

 そして、現在に至るのだった。

 




転生者は消費が激しいようです


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十三話 珈琲少年と最強級の転生者

テンプレ41:敵組織に強い転生者

フェイト君の今

そしてあまり見かけないけど、強くなるならこの特典を貰うべき


 シルチス亜大陸、多くの亜人が住むこの大陸に、四人の姿があった。フェイトとその従者、(しおり)(こよみ)(たまき)である。フェイトは従者たちを連れ、戦場となった街へと赴き、生き残った人々を救出しようと歩いていた。だがしかし、この街も、何者かの戦闘で完全に破壊され、生存者は絶望的だった。

 

 

「ひどい……」

 

「どうしてこんなことに……」

 

 

 従者の三人はあまりの惨状に眼を背くほどであった。フェイトはその光景を見ながら、何か考えていた。

 

 

「この状況、皇帝なら多分知っていると思うけど……。話してくれないなら、必要ないか、あえて言わないんだろう」

 

「そうかもしれませんね……」

 

 

 フェイトはこの状況を皇帝が知っていると確信していた。紛争以外で破壊される街は少なくないからだ。だが、それを皇帝はフェイトに教えていない。つまり、知る必要が無いか、あえて教えないのだろうとフェイトは考えた。そして瓦礫となった街を、少し歩いたその場所に、一人の男性が立っていた。

 

 その男、黒い髪を無造作なオールバックにし、口髭を生やしていた。左目には片眼鏡らしき装飾をしており、40代ぐらいだと思われる、ダンディーな顔立ちだった。竜を思わせる服装と剣、そして肩に鎧を身にまとい、その男は静かにフェイトを眺めていた。フェイトがその男に気がつくと、男はフェイトに声をかけてきた。静かながら、怒りを感じる声だった。

 

 

「ふん、欠陥人形が……。()()を忘れ、少女と戯れながらの散歩とは、さぞかし楽しかろうな」

 

「僕を知っている……? 何者?」

 

 

 この男はフェイトを知っているようで、挑発するように言葉を発していた。フェイトは自分を知るこの男を知らなかったようで、そう男に質問した。

 

 

「私は貴様と同じ”完全なる世界”のものだが……。貴様のような、遊び歩く欠陥人形は目障りだ……消えてもらうぞ」

 

「僕の仲間……? いや、違うみたいだね」

 

 

 なんと、この目の前の男は、フェイトと同じ組織のものだった。だと言うのに、フェイトを消そうと考え、この場に現れたようである。

 

 と言うのも、フェイトは基本的に戦場となった街などを回り、生き残りがいないかを探していた。そこで生存していた幼い子たちは、アリアドネーなどに保護してもらっていたのである。

 

 だが、それは完全なる世界が行う仕事ではない。本来ならば”救済”と言うしかるべき処置をするのが当然なのだ。

 

 それを行わずに仕事を放棄しているフェイトを、この男は恨めしく思っていた。仕事を忘れた道具など、必要ないと感じていた。

 

 だから、フェイトを消しにやってきた。こうやってふらついて遊んでいる道具など、組織に不要と考えたからだ。()()()()()()()ですら各々の思惑があるにせよ、もう少し仕事をしているからだ。

 

 男とフェイトが戦闘態勢を取り、睨みあっていた。従者たちはたまらず飛び出し、戦闘に加勢しようとしたが、一人の従者である環が膝をついてうなだれだした。

 

 

「もう駄目だ……おしまいだぁ……」

 

「にゃ!? た、環どうしたの!?」

 

 

 突然環が弱音を吐き、完全に恐怖に支配されていた。もはや戦う気力すらでないほどに、怯えて弱音を吐き続けている。その様子を驚きながら見ている従者二人。そして、その男の実力を感じ取ったフェイトも、いやな汗をかいていた。

 

 

「勝てるわけがない……()()()……」

 

「ほう、竜族の娘か……。竜族故に私の竜の力を感じ取ってしまったようだな」

 

「……三人とも下がっていたほうがいい……。あの男は相当危険だ……」

 

 

 フェイトもその男を完全に警戒し、従者三人に下がるように進言した。彼女たちが戦っても、この男には勝てないだろう。むしろ殺されてしまうかもしれないと思ったからだ。従者三人を後ろに下げ、フェイトは先手を取って魔法を唱えた。

 

 

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト、おお、地の底に眠る死者の神殿よ、我らの下に姿を現せ、”冥府の石柱”」

 

「ふん……」

 

 

 その魔法は巨大な石柱を数本召喚し、相手に叩きつけるものだ。それが全て男に直撃し、舞い上がった煙により視界がさえぎられた。従者二人はフェイトが男に圧勝したことを、喜んでいた。

 

 

「にゃ? あっけない……」

 

「環が怯えるほどではなかったようですわね」

 

「いや……あの男は健在だ……」

 

 

 しかしフェイトはそれを否定した。まだ生きている。まだ倒れていない。フェイトはそう感じていた。すると突如煙が吹き飛ばされたのだ。そしてそこには、額に光る竜を模った紋章を現し、光に体を包んだ、無傷の男が立っていたのだ。

 

 

「なっ!?」

 

「そ、そんにゃ!?」

 

「殺される……みんな、殺される……」

 

 

 栞と暦は無傷の男に驚き、もはや殺されるとまでつぶやきだした環がいた。フェイトもその男の姿を見て、ジャック・ラカンと同等か、それ以上だと考え始めていた。

 

 

「”竜闘気(ドラゴニックオーラ)”、この程度の魔法で、私に傷をつけることはできんぞ……」

 

「……みたいだね、あなたもバグの一種というわけか」

 

 

 ”竜闘気(ドラゴニックオーラ)”、ダイの大冒険にて、竜の騎士と呼ばれる存在が操る、特殊な闘気のことだ。竜の騎士とは、竜の神、悪魔の神、人間の神が作り出した調停者である。世界が危険となった時、その姿を現し、世界を救う存在である。しかし、このネギまには、そのようなものは存在しない。つまり、この男もまた、転生者ということだった。竜の神、悪魔の神、人間の神、その三つの神ともう一つ、転生神が生み出した、最強クラスの転生者だ。

 

 

「さて、そちらに先手をくれてやったのだ。今度はこっちが出向く番だな」

 

「そうはいかないよ……」

 

 

 すると両者は高速で接近し、殴り合いを始めたのだ。だが、フェイトは完全に押されていた。フェイトは格闘術にも優れ、接近戦すらも上級クラスである。だが、いかなる打撃でさえも、この竜闘気(ドラゴニック・オーラ)の前には、ダメージにもならないのだ。殴られることを気にせず、強力な一撃を繰り出す男。そのすさまじい猛攻の前には、フェイトの障壁でさえ簡単に砕かれ、その綺麗な顔に拳をもらってしまっていたのだ。

 

 

「……ッ。……強い……」

 

「強く()()()()()()からな、当然だ。さて、これで実力差がわかったわけだ、潔く死ぬがいい」

 

 

 竜闘気(ドラゴニックオーラ)は単純に防御のみに特化した能力ではない。それを拳にこめることで、爆発的な攻撃力も得られるのだ。だからこそ、フェイトの曼荼羅のような障壁すら、簡単に撃ち破れるのだ。観念しろと男は言うが、フェイトはまだ、諦めてはいなかった。

 

 

「そう簡単にはやられない。まだ、やることがある」

 

「ならば本業に力を入れろ、それならば、見逃してやるぞ」

 

「それはできない……相談だ」

 

 

 会話を閉ざす前に、瞬時に男の懐に入り、その拳を叩き込むフェイト。さらに、間髪いれず何度も拳を打ちつけた。だが、男はまるで効いてない様子で、同じく拳を連続的に叩きつける。それは、すさまじい拳と拳のぶつけ合い、すさまじい衝撃が、瓦礫の街を揺らしていた。

 

 その圧倒的な戦いに、フェイトの従者三人は、戦慄しながら眺めていることしかできなかった。しかし、この戦いに決着の時間が迫っていた。ただの拳の打ち合いでは、フェイトに勝ち目は無いのだ。そしてそこには、男に首を片手でつかまれたまま、体を持ち上げられ、もはや虫の息のフェイトがそこに居た。

 

 

「ふ、フェイト様!?」

 

「所詮欠陥人形、この程度か」

 

 

 もはや完封。血のような液体を、噴水のごとく流しながら、フェイトは力なく垂れ下がっていた。男もこれほど弱いとは思っていなかったようで、完全にあきれており、このままトドメを刺そうと考えていた。そのフェイトの姿を見た従者たちは、流石にまずいと思い加勢しようとする。

 

 

「フェイト様を放せ!!」

 

「やめるんだ、戦ってはいけない」

 

「だ、だけどそれでは、フェイト様が!」

 

 

 フェイトはそれでも従者たちを、男と戦わせようとしなかった。明らかに勝ち目が無いからだ。こうなった以上、どうしようもないと考えていた。だが、フェイトはこれでも諦めていなかった。まだするべきことが残っているからだ。

 

 

「さあ、消えてもらおうか……。……そうだな、遺言なら聞いてやろう」

 

 

 男はもう勝負は終わったと考え、このままくびり殺すことなど簡単だと思った。だから遺言を残すぐらいの時間を与えようと考えたのだ。だが、フェイトが答えたのは、遺言ではなかった。

 

 

「……………()()()()()……、……()()()()()()()()()()()()()……」

 

「……何を言っている……?」

 

 

 そうつぶやいたフェイトは、男の手から離れるべく行動した。そこでフェイトは魔法で作った石の剣で、首を掴んでいた男の腕にそれを突き刺したのだ。強い意志で石の剣を突きつけたのか、竜闘気を貫通し、男の腕に浅く刺さったのだ。強い痛みは無かったが、男は一瞬の隙をつかれ、首をつかんでいたその手を離してしまったのだ。

 

 

「何だと!?」

 

「まだ、僕はやることがある……!」

 

 

 フェイトは開放された瞬間、男から数メートル距離をとった。そして石柱が男の周囲に数本地面から出現し、その内部に巨大な魔方陣が現れた。次にフェイトが使ったこの魔法は、あの紅き翼のリーダー、ナギを押さえ込んだほどの、石柱を使った拘束魔法だった。完全に不意をつかれた男は、その魔法に一時的だが縛り付けられたのだ。だがそこへ、フェイトは魔法をなだれ込ませる。

 

 

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト、おお、地の底に眠る死者の神殿よ、我らの下に姿を現せ、”冥府の石柱”!」

 

「またそれか、欠陥品は学習しないようだな」

 

「それだけではないよ」

 

「何……!?」

 

 

 フェイトがそう言うと、そこには男の周囲を埋め尽くす、黒い杭が大量に、規則正しく整列するかのように並んでいた。石柱と共に、その杭が男に集中して襲い掛かる。”万象貫く黒杭の円環”という魔法だった。さらに黒い刀の群集をも、男を串刺しにせんと突きつけられていた。”千刃黒耀剣”とう魔法だ。しかしそれだけではない、さらに男を確実に倒すべく、別の魔法をフェイトが唱えた。

 

 

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト、契約により、我に従え、奈落の王、地割り来れ、千丈舐め尽くす灼熱の奔流、滾れ!迸れ!赫灼たる亡びの地神!”引き裂く大地”!!」

 

「貴様、それほどの魔法を同時に操るか……!」

 

「あなたを倒すには、もうこれ以外、手は無い……!」

 

 

 超高温に熱された大地の咆哮までもが男を襲う。すべての魔法が数秒のずれも無く、一瞬にしてその男へと叩きこまれたのだ。すさまじい爆発が男を飲み込み、フェイトはそのままさらに数メートル下がり、それを眺めていた。これなら流石に倒しただろうと、フェイトの従者たちも安堵をしていた。

 

 

「や、やったか!?」

 

「暦、それはフラグじゃ……」

 

 

 そのフラグどおり、男はいまだ健在だった。無傷ではなかったようだが、かすり傷程度しかダメージが通ってなかったのだ。フェイトはこれでも駄目かと考え、次にどうするかを模索していた。男は額から流れる血を、指でなぞり、それを眺めていた。

 

 

「ほう、私の竜闘気(ドラゴニックオーラ)を貫通させたか。欠陥人形としては、よくやったほうだな……」

 

「本当にバグだね……。あのジャック・ラカンですら、その程度では、とどまらないほどの攻撃だったはずだけど……」

 

「そのラカンというものが、どの程度かは知らないが、私の竜闘気(ドラゴニックオーラ)ならばこの程度、痛くなど無い」

 

 

 あの連続した魔法ですら、かすり傷でとどめてしまう男。強すぎる、勝ち目は無い。従者たちは完全に怯えきっており、身を寄せ合っていた。フェイトはもう逃げるしかないと考え、その算段を立て始めた。だが、男は逃げる気であろうフェイトに、トドメをさすべく最強の技を繰り出す。

 

 

「逃がさんぞ、欠陥人形。貴様はこの大地で散っていくのだ」

 

 

 男はそれを言い終えると、背中に下げてあった剣を引き抜いた。それは神々が作り出したとされる、最強の剣。竜の騎士の力に耐えるべく、いかなる剣よりも、硬く作られた無類の剣。オリハルコンと言う素材でできており、その強度はどの鉱物をも超えるものだ。そうだ、これこそが、竜の騎士専用の武器、真魔剛竜剣である。

 

 その剣を、右腕と共に天に掲げ、男はギガデインの呪文を唱えた。そしてそこに、極大の雷が落ち、剣と雷が融合した。あの竜の騎士の必殺技だ。

 

 

「貴様は私に、傷を負わせた。それに敬意を払い、最高の一撃で、葬ってやるとしよう」

 

「それはありがたいが、お断りするよ」

 

「ふっ、もう遅い! さあ受けるがいい! ”ギガブレイク”!!」

 

 

 男は天高く飛び上がり、その雷の剣をフェイトに叩き落した。フェイトはその技を耐えるべく、全ての障壁を使い防御した。命中と共に、すさまじい轟音と、雷の力が解放されていた。その攻撃で、フェイトは肩から胸にかけて切り裂かれ、数十メートルも吹き飛ばされたのだ。

 

 

「ぐっ……」

 

「耐えただと……!? 千の雷の10倍とも言う、ギガデインを這わせたこのギガブレイクを……」

 

「……僕にはまだ、やることがある……。ここで倒れるわけには……いかない……」

 

「ふ、フェイト様ぁ!?」

 

 

 フェイトはギガブレイクが命中する寸前、後ろへ下がりダメージをなんとか押さえ込んだ。だがしかし、それでも重症は免れないほどであった。もはや瀕死、ギガブレイクの一撃を何とか耐えたフェイトだが、完全に死にかけていた。

 

 当然である。あの防御に特化した獣王クロコダインでなければ、耐えられないほどの攻撃力なのだから。流石にこの光景を目の当たりにした従者たちは、フェイトに駆け寄り声をかけていた。だが、さらにもう一度、ギガブレイクを放つため、男は剣を天へと掲げた。

 

 

「だが、次で最後だ。潔く、散るがいい」

 

「フェイト様! しっかり……」

 

「……殺される……」

 

「ど、どうしましょう……」

 

 

 天に掲げた剣に、雷が落ち、男はフェイトにトドメを刺すべく近づく。フェイトの従者も、フェイトから離れず、それを耐えるように目を瞑った。だが、フェイトは余裕の笑みを、この窮地の中でこぼしていた。

 

 

「いや、三人とも、それでいいよ。僕に捕まったままが、一番ベストだ」

 

「フェイト様……何を!?」

 

「トドメだ! ”ギガブレイク”!!」

 

 

 男のギガブレイクが決まる瞬間、フェイトは胸元から一枚の紙を取り出した。それは転移魔法符だった。しかもただの転移魔法符ではない。中央に”皇帝印”とかかれた、皇帝特性の符だったのだ。

 

 それを発動した瞬間、魔方陣とともに、フェイトと従者たちは、その場から消えていった。フェイトたちが消えた瞬間に、ギガブレイクが地面に衝突し、大爆発を起こし、その場所にクレーターを作っていた。

 

 

「逃げたか……。欠陥品の癖に、なかなか頭が回るようだな……。……まあいい、次に見つけた時にでも、トドメは取っておこう」

 

 

 そう男は言い残すと、誰もいなくなったその場所から、自分の陣地へと帰るべく上空へと飛びあがり、突風のように移動して行った。そして、この場所には男が残したクレーターと、瓦礫となった街以外は、何も残ってはいなかった。

 

 

…… …… ……

 

 

 アルカディア帝国、帝都アルカドゥス。アルカディア城内の皇帝が君臨する玉座の間。そこに、突如魔方陣が現れ、四人の人影が姿を見せた。フェイトと三人の従者だ。しかし、フェイトはボロボロで、三人がそれを心配し、声をかけていた。

 

 

「フェイト様~! ……ここは!?」

 

「どうなってる……?」

 

「こ、皇帝陛下の玉座の間!?」

 

 

 三人は先ほどの破壊された街から、城内へと転移したことに気がついたようだ。あの転移魔法符は、皇帝が渡したものであった。孤児などを引き取る際、面倒だからショートカットを用意しておいたのだ。フェイトはその半分を、珈琲を飲みに行くために使うこともあるのだが。一応一回ぽっきりの使い捨ての転移魔法符だが、来るたびに一つだけ渡されるので、問題は無いらしい。

 

 だから玉座の間ならば、皇帝がいるだろう、何とかしてくれるはずだと。フェイトはそう考えて、この転移魔法符を使用したのだ。だがそこには、皇帝の姿は無かった。すると、もう一人、フェイトを心配し近寄る人物がいた。

 

 

「ふぇ、フェイトさん! ……そ、その怪我は……!?」

 

「あ、姉さん! 先ほどの戦いでフェイト様が……!」

 

 

 栞の姉である。毎度のこと珈琲を飲みに来るフェイトだが、なにやら今回は事情が違うらしい。謎の液体を体から流し、動きが鈍いフェイトに栞の姉が駆け寄った。

 

 

「君の珈琲を……飲みに来た……」

 

「そ、そんなことをしている場合ではありません……! 皇帝陛下は先ほど出て行かれてしまいましたし、どうしたら……」

 

「と、とりあえず私のアーティファクトで、フェイト様の怪我の時間を止めます!」

 

 

 フェイトは栞の姉を見て、珈琲を飲みに来たなどという、のんきなことを言っていた。暦はアーティファクトを呼び出し、フェイトの体の部分のみ、時間を止めた。暦のアーティファクトは時間を操る”時の回廊”と呼ばれる砂時計だ。

 

 そして栞の姉は、皇帝が出て行ってしまって、今はここにはいないことに焦っていた。皇帝さえいれば、半蘇生魔法で治療できるからだ。何かできないか、ぐるぐると頭を回して考える栞の姉。何か皇帝に言われていたようなと、それを思い出そうとしていた。

 

 

「な、何か……何か……、……あ、思い出しました! 少し待っててください!」

 

「大丈夫、君の珈琲が来るのを待っているよ」

 

 

 いや珈琲から離れろよ。三人の従者もこの発言に、少し引いた。死にかけているというのに、どういう執念だ。栞の姉は、何かを思い出したようで、近くの棚をあさりだした。あるものを見つけようと、中を掻き分けて探していた。そして、そのあるものが見つかったらしく、手に握りしめてフェイトに急いで駆け寄る。

 

 

「珈琲は後で淹れますから、まずはこれを飲んでください!」

 

「これは……ありがたい」

 

 

 それは一つの小瓶だった。ラベルにやはり”皇帝印”が描かれており、やはりシュールな小瓶だった。それをフェイトが一気に飲み干したところを見て、暦がアーティファクトの効果を解除する。すると一瞬にして傷が癒えたのだ。

 

 皇帝は何かあった時のために、回復魔法薬を玉座の間の棚の中に、しまっておいたということだ。まあ、かすり傷でも負った時に使えば? と気軽に皇帝は栞の姉に言っておいたのだが。そして従者たちはそれを見て安心し、安堵の涙を流す。栞の姉も、安心したようで、いつもの笑顔に戻っていた。

 

 

「よ、よかったです! フェイト様が元気になって!!」

 

「……うん」

 

「本当によかったですわ……」

 

「……どうしてそんな怪我をしたかはわかりませんが、そんな無茶は、あまりしないでくださいね……」

 

「……そうだね、君の珈琲が飲めなくなるのはつらい」

 

 

 いやだから、そういうことではない。このフェイト、脳漿が珈琲でできているのだろうか。従者たちも栞の姉も、あきれてはいたが、全員笑顔であった。そんなハーレム状態のフェイトが、そんなボケをかましていたその時、突如玉座の間の扉が勢いよく開いたのだ。

 

 

「ハッハッハッハッ! ボコボコに負けたなフェイトよぉ~!!」

 

「皇帝陛下……!?」

 

「ライトニング皇帝……」

 

 

 高笑いと共に突如として現れ、負けたフェイトをなじるこの皇帝。まるで心配などしていない風で、いつものような軽口を叩いていたのだ。しかし、なぜフェイトはこの帝国にいた皇帝が、自分の敗北を知ったか疑問に感じた。当然である。

 

 

「見ていたのかい?」

 

「ここどこだと思ってんだよ? 海の上だぜ? ()()()()()()()()()!」

 

「ではなぜ、僕が負けたことがわかった?」

 

「強い力の衝突を感じてな。一つはおめぇ、もう一つはなんかスゲーやつ。その衝突で、おめぇの力が消えたから、負けたと思ったわけよ!」

 

 

 この皇帝、遠くの力を察知して、大体の戦闘経緯を察していた。本気でこの皇帝、相変わらず意味がわからないほどにバグった男だった。フェイトはその答えに納得したらしい。いや納得してるなよ。そこに栞の姉が、いつもの珈琲を持ってきた。フェイトは従者たちとソファーへと移り、それを飲みながら皇帝と雑談を始める。

 

 

「いやあれ強いねぇー、()()()()()()あれ」

 

「痛いで済ませるあたりで、あなたはバグを超えているよ」

 

 

 ギガブレイクを痛いという表現で終わらせるあたり、とんでもない男だろう。あのジャック・ラカンですら、あれを気合防御で受けて、何とか無事だろうと思えるほどの威力なのだから。だがそれほどまでに、竜の騎士というのは、世界のバグの寄せ集めのような存在なのだ。しかし、あれが竜の騎士の本気ではない。さらに上があるのだから恐ろしいものだ。

 

 

「まあ、今日は泊まっていけや。ボッコボコにされたみてぇだし、部屋は有り余ってるしよ」

 

「そうさせてもらうよ。……君たちもそれでいいかい?」

 

「は、はい! 私たちはフェイト様についていくだけです!!」

 

 

 暦が代表してそれでよいと応えた。従者たちはフェイトにとても献身的なのだ。また、帝国の城にフェイトが泊まることにしたのは理由がある。フェイトはあの男が、まだ徘徊しているかもしれないと考え、下手に動きたくないというのもあった。皇帝もそのあたりを考慮したようで、城に泊まって行けと申し出たのだ。

 

 

「あれほどの力があるたぁー、覇王のヤツも、あれとやりあったら苦戦するだろうな」

 

「覇王……例の陰陽師のことかい?」

 

 

 赤蔵覇王。アルカディア帝国と同盟を結び、たまに魔法世界で転生者狩りを行う少年だ。実は魔法世界ではかなりの有名人である。なぜなら暴れまわる、凶悪な能力を持った荒くれものたちを、なぎ払っているからだ。そして、その五大精霊の一体であり、全ての炎の源である、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を完全に使役し、その炎を支配しているのだから当然である。

 

 その炎上する炎の中で、紅き巨人の手のひらに乗り、余裕の笑みを浮かべる長い黒髪の少年の姿。それこそが魔法世界の誰もが浮かべる、覇王の姿なのだ。何気に人気者となっていた覇王だが、本人はあまり気にしていないらしい。フェイトもその名は聞いたことがあった。皇帝と盟友となっていることも知っていた。だが、会った事は無かった。

 

 

「あぁ、あのバグ陰陽師さ。どうしようもねぇ強さを持っているが、あれも一度負けたクチさ」

 

「この世界で有名な、”星を統べるもの”と呼ばれる彼も、敗北を許していたなんてね。聞きたくなかった情報だよ」

 

 

 いつの間にやら覇王につけられた二つ名、”星を統べるもの”。本人が聞いたら”まだ統べてないよ、G.S(グレート・スピリッツ)どこだろうね”といいそうな厨二ネーミングであった。しかし、そこまで呼ばれたあの覇王も、敗北していたことに強い衝撃を受けるフェイト。そんな情報しりとーなかったと、無表情ながらに戦慄していたのだ。覇王も500年前、転生者との戦いで命を落としている。それを皇帝が覇王のたった一度の敗北としているのだ。

 

 

「そうだ皇帝、()()のことをそろそろ教えてくれないかな……」

 

「やっぱ気になっちゃう?……しょうがねぇなぁー、教えてやるよ。あんま気分のいい情報じゃねぇから、知らないほうがいいんだがなぁ~」

 

 

 アレとは転生者のことだ。あれほどまでに強く、特異な能力を持つものが、これほど多く発生するのはおかしい。フェイトはそう考えていた。さらにそれを皇帝が知っていることを察していた。だから聞いたのだ。皇帝も、フェイトに教えるならよいと考えた。だが、後ろのフェイトの従者たちには、あまりにも残酷な情報だ。だから、フェイトの従者たちには、あまり教えたくなかったのだ。

 

 

「だけどよぉー、おめぇに教えるのはいいが、後ろの娘たちには教えられねぇ」

 

「なぜだ?彼女たちにも深く関わることなのかい?」

 

「関わっているかもしれねぇからな……。覚悟が無ければ、聞かないほうがいいぜ」

 

 

 皇帝は本気で渋っていた。本当につらいことだと確信していたからだ。この情報は、最初に皇帝が助け、初めてフェイトの従者となっている栞は知っていた。その姉もまたしかりだった。そのため、栞もその姉も、確かにそうかもしれないと考えていた。だが、その他の従者二人は、聞きたいと申し出た。

 

 

「おしえてください! フェイト様が知る真実を、私たちも知りたいです!」

 

「お願いします」

 

 

 皇帝は、指を顎に当てて、ふむと考える。さて、本当に教えてよいものか。そこで、チラリとフェイトのほうへ視線を送る皇帝。フェイトもそれに気がつき、飲んでいた珈琲を止めて、口を開いた。

 

 

「僕からもお願いするよ。どの道、僕が教えてしまいそうだしね」

 

「あぁ、じゃあしょうがねぇか……。主さんの許可も出たし、教えてやるよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「ありがとう」

 

 

 暦と環はその言葉に感謝を述べ、頭を深々と下げていた。その光景を見ていた栞は、複雑な気持ちを感じ、少しつらそうな表情をしていた。皇帝もいつもの笑顔ではなく、とても渋い顔をしていた。

 

 それほどまでに、つらい情報なのだろうか。フェイトも暦も環も、そう考えていた。そして厳しい顔つきで皇帝は、ソレについて説明した。それが恐ろしい存在であり、どうしようもない存在だということを教えたのだ。

 

 今日戦った、あの竜の騎士もソレだということを含めて。本当にくだらない、本当にあほらしい、その存在の行動原理や、思考もすべて教えたのだ。

 

 

「そ、そんな理由で破壊しまわっているの!?」

 

「ひどい……」

 

 

 暦と環は怒りと悲しみに包まれていた。栞も、初めて聞くわけではないが、やはり暗い気持ちになり、表情にそれを表していた。その姉も、いつもの笑顔ではなく、影が差した悲しい表情だった。

 

 そして、フェイト従者の一人である暦も、転生者同士の戦闘によって、住んでいた街を滅ぼされていたのだ。最近は紛争以上に、転生者同士の戦いのほうが深刻化しており、それが浮き彫りになってきていた。

 

 もはや世界を救うとか、そんなレベルではなくなってきていることに、フェイトは無表情ながら内心なぜか許せないと感じていた。

 

 

 転生者はなぜ、何も無い山や平原、荒野で戦わないのか。実はそうでもない、転生者同士の戦いは、ありとあらゆるところで起きているのだ。

 

 しかし、特に人が集まる街では、当然のように転生者も集まる。つまり、転生者同士、顔を合わせやすい状況となってしまうのだ。だから、衝突も起こりやすいのだ。

 

 気が利く転生者は、何も無い場所まで移動するぐらいはするのだが、血の気の多い転生者は、それを良しとせず攻撃を開始してしまうものも多い。そのせいで、戦闘が始まり、街が破壊されるということなのだ。

 

 

「僕も人形だが、彼らはさらに”哀れな人形”というわけか……」

 

「ま、あれこそまさに”神の祝福を受けた強者”ってやつよ」

 

「許せない!! どうしてそんな!!」

 

 

 転生者たちは、基本原作に縛られる存在だ。そのために自らの行動を制限するものもいる。また、それ以外に暴れる転生者も、転生神の特典があればこそだ。完全に転生神に弄ばれ、掌で踊らされていることに気がつかないのだ。だからフェイトは彼らを”哀れな人形”と称したのだ。フェイトの従者たちも怒りに満ちていた。特に暦はくだらない理由で、住む場所を奪われたなら当然である。

 

 

「暦、落ち着いて」

 

「落ち着いてなんていられません!! だって!!」

 

「……落ち着いて……」

 

 

 フェイトは興奮する暦の頭を優しくなでた。ギャグのように千切れた腕ではなく、普通になでた。その行動に暦は驚き、顔を真っ赤にしてあわあわしながらも、落ち着きを取り戻していった。

 

 

「これがプレイボーイってやつか? 妬けるねぇ、なあ、そう思うよな?」

 

「妬けますねぇ~」

 

 

 皇帝が場を和ませるためか、突然そんなことを言ってきた。それにつられて栞の姉も、嫉妬する振りをして遊んでいた。フェイトはなぜか慌てた気分であったが、なぜ慌てているのかまではわからなかった。だが、やはり表情や行動にはださず、静かに珈琲を飲みあさるのがフェイト式というやつだ。それで場が和んだことを感じた皇帝は、また真剣な表情へと変えていた。

 

 

「ほらみろ、知りたくねぇ情報だったろ? ……だから教えてくれと言われるまで、教えなかったんだがよ」

 

「……確かに知りたくない情報だった。まさか、そのようなものたちが世界を破壊しているなんて」

 

 

 転生者たちはいまだに増え続けているようだ。どの程度時間がたてば、転生者が出なくなるのか。それも未知数だった。転生者の行動は突発的で、出る杭を打つ意外に方法がないのだ。皇帝も、それにとても苦渋を味わっているのだ。

 

 

「まぁ、あーいうの見つけたら、問答無用で石化させちゃっていいから、その石像、うちが引き取って何とかするからよ、頼んだわ」

 

「今日出くわした男ほどでなければ、そうさせてもらうよ」

 

 

 まあ、転生者は自ら鍛えるものが少ない。鍛えなければ初期レベルの存在でしかないのに、能力をもらっただけで慢心しきっているのだ。だから竜の騎士の男ほどの実力者は、ほんの一握りなのだ。皇帝はそのあたりを踏まえて、あの男は化け物だが、それ以外はたいしたこと無いと話した。

 

 

「あぁ、ありゃ例外中の例外だ。あーゆーつえーの、そんないないから大丈夫さ」

 

「そういうものなのか、それなら問題なさそうだ」

 

 

 フェイトは新たに転生者の石化を皇帝と約束した。現在、皇帝の下で働く部下は熱海龍一郎のみであった。それ以外は旧世界で仕事をしていて、動けないからだ。皇帝は転生者を止めてもらうため、覇王のようなものに、そういう契約をいくつも結んでいるのだ。また、あの皇帝印の転移魔法符は、そういうものたちにも配られており、魔法世界ならばどの場所でも、この皇帝の玉座へと瞬間移動できるのだ。無論、覇王も持っていたりする。戦いは数だよ兄貴!

 

 

「まぁそういうこった、ヤな世の中だぜ」

 

「だけど、それを何とかしようとしているのが、あなたでは?」

 

「そうだけどなぁ、ヤな世の中なのは同じさ」

 

 

 皇帝ですら、このように述べるほどのものたちだ。さぞアレな存在なんだろうと、フェイトはすでに想像していた。とりあえず、フェイトは珈琲を飲みつつ、この城で一晩を過ごすのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:???

種族:竜の騎士

性別:男性

前世:30代会社員

原作知識:なし

能力:竜闘気(ドラゴニックオーラ)

特典:ダイの大冒険のバランの能力、オマケで真魔剛竜剣

   保有魔力極大

 

 

 




踏み台転生者が多いわけではありません
踏み台転生者が目立つだけで、普通に世界に謙譲している転生者もいるのです

魔法世界人は、O.S.(オーバーソウル)がある程度見える設定
精霊種とか、なんかいろいろいるし、魔法でできてるし


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十四話 覇王と愉快な仲間たち

テンプレ42:桜咲刹那、人知れず強化


 覇王は麻帆良学園の男子中等部に在学中である。

在学中は基本的に寮住まいとなる。寮ではルームメイトがいる場合があるのだ。そしてその覇王のルームメイトは状助だったらしく、とりあえず適当に助け合いながら生活していた。

 

 基本的に料理全般は状助が担当している。パールジャムのスタンドが使え、ある程度料理を練習しているからだ。それ以外を覇王が片付けているのだ。洗濯物を乾かすのに、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が重宝するからだ。

 

 さて、ここに実はもう一人、ルームメイトが存在する。

しかしそれは、正規のルームメイトではなく、ただの居候なのだ。

 

 

「いやあ、金時。この時代でもいつもどおりの金ピカで、安心させられるよ」

 

「そりゃオレはオレだからな! むしろオレは覇王が転生して、こんなにちーさくなってるなんて知らなかったぜ」

 

「それはなんていうか成り行きでね。しかし、サーヴァントとやらになっても、君のトラウマはまったく直ってないみたいじゃないか?」

 

「……トラウマっつーか、悔いみてぇなもんさ……。あんまその話は触れねぇでくれや」

 

 

 坂田金時(バーサーカー)である。

バーサーカーは桜咲刹那をマスターとするサーヴァントである。しかし、流石に女子寮に入り浸るのは、バーサーカーも快く思っていなかった。だから、かれこれ1000年前からの友人である、覇王の部屋に居候させてもらっていたのだ。

 

 そしてバーサーカーは過去の後悔を掘り起こされ、多少ブルーな気分になっていた。それをおかしく笑いながら、からかう覇王であった。両者は本当に友人であり、盟友であり、戦友でもあるのだ。だが、ここにとてもアウェーな空気にさらされている少年がいた。

 

 状助のことである。

状助はまさかの超有名な鉞担いだ金太郎たる坂田金時が、自分の横で雑談してることに黄金衝撃(ゴールデン・スパーク)を受けた。あの”Fate/Apocrypha”で人気ながらも没となり、"Fate/Grand Order"で復活を果たしたあのバーサーカーが、自分の部屋にいるという状況に状助は気が気ではなかった。

 

 というか、さらに1000年前に覇王がそのバーサーカーと友人となって、共に妖怪退治をしていたというのにも相当驚いたのだ。まあ、しかしそれも数日過ぎれば、人間なれてくるものだ。状助もいつの間にか仲間となって打ち解けていたのだ。

 

 

「美少女の酒呑童子を、騙し討ちで倒しちゃったってやつでしたっけ? そりゃ確かにトラウマになるぜぇ……」

 

「それ以上言うなって……。まあ、へこんでんのはオレぐらいだろうがよ……」

 

「ハッハッハッハッ、君のような筋肉でも繊細な部分があることに、友人として、とても嬉しく感じるよ」

 

 

 もうそれ以上はやめてくれと、バーサーカーはかなりブルーに言葉にしていた。とは言え、こんなことでブルーになるのは自分だけで、騙し討ちされた方は気にしてないんだろうな、と昔を思い返すように、小さくこぼした。

 

 状助は流石にブルーなバーサーカーを見てヤバイと感じ、話題を変えようと考えていた。しかし、覇王はその部分まで愉快に感じて笑っていたのだ。

 

 もはやこの覇王、とんでもないドSっぷりを発揮していた。もうハオでいいんじゃないか、ぐらいのドSっぷりだった。そんなドS全開の覇王に、微妙に引きながらも、状助は会話を続ける。

 

 

「思ったんだがよぉ~、覇王の1000年前の奥さんって美人だったのかなぉ~?」

 

「さぁね、僕よりも10歳も年下だったから、最初は美人というよりも、美少女だったよ」

 

「え? 覇王ってロリコンだったのかよ!? マジかよグレート!!」

 

 

 覇王の嫁さんは覇王よりも10歳も年下だったことに、状助は驚きロリコンの称号を与えた。しかし、それは覇王が意図したわけではない。それに時代が時代であり、15歳以下の結婚も普通に存在したのだ。

 

 

「はぁ~、状助、君ねぇ……。近年で考えればそうなるかもしれないが、あの時の寿命はせいぜい50年そこらだよ? 20歳だと行き遅れといわれるぐらいの時代だったんだ、わかるかい?」

 

「まったくだなぁ……。むしろ今だと熟女(マダム)好きが多いって言われても違和感ねぇぜ」

 

「お、おう……」

 

 

 覇王はあきれた感じで反論し、バーサーカーもそれに便乗して意見を述べる。状助は自分が悪いのかと思うほどに、凹まされてしまったのだ。

 

 

「そういう話を振ったのなら、君も話してもらわないと。状助は確か、明日菜とあやかの幼馴染と呼べる存在だろ? どう思っているのかな? 結構気になっていたんだ」

 

「覇王よぉ~、俺はあいつらを別にどうとも思ってねぇっスよぉ~。トランプ配り役程度のパッシー君だったからなぁ~」

 

「パッシーってパシリのことか? 確かにそんな役柄はちょっとなぁー」

 

 

 パシリと聞いてそいつはひどいなあ、とバーサーカーはぼやいていた。状助としては、あの二人に何かを思うほどのことはないのだ。単純にトランプ配りのパシリという扱い程度の認識だからだ。まあ、一度アスナを変態から助けてから、少しばかし友人となったが、状助としては所詮その程度なのだ。

 

 

「面白くないね、君は。まあ、ジョジョの中でもたいしたフラグ体質でもなかったし、しょうがないか」

 

「その納得の仕方はねぇぜ~……。つーかよぉ、おめぇもこのかや刹那と仲良くやってんじゃねぇーのかよぉ~!」

 

「そう見えるかい?」

 

「オレの目からもそう見えたぜ? まっ、遠目からだからよくわかんねぇけどな!」

 

 

 バーサーカーは刹那のサーヴァントだ。だからいつも基本的には刹那の近くに居たのだ。覇王は木乃香を弟子として鍛えたり、刹那と剣を打ち合ったりしていた。バーサーカーにはそれが遠目で、仲良くやってるように見えたようだ。

 

 

「木乃香は僕の陰陽師とシャーマンとしての弟子だ。それに僕の特典”佐々木小次郎の技術”を腐らせないためもあるけど、刹那を鍛える点においても、剣の稽古は有意義なものだよ」

 

「ほんとおめぇ京都に生まれるべくして生まれた存在じゃあねぇーか! どうしようもなく染まってるぜぇー!!」

 

「1000年前から染まってたぜ、この坊ちゃんはよ!」

 

 

 普通に考えて覇王の特典はチートオブチート、もはやバグの領域であった。しかし、回復としてみれば状助も十分バグっているだ。というか、この部屋バグしかいなかった。

 

 

「状助だって、回復だけを見れば十分チートさ。君ほどすさまじい回復要因は存在しないね」

 

「おめぇーがそれを言うかぁ? 呪禁存思で死んだ人間蘇らせるおめぇーがよぉ~!」

 

「つーかよ! 回復できねぇの、オレだけじゃんか!!」

 

 

 バーサーカーは自分だけ回復能力が無いことに黄金衝撃(ゴールデン・スパーク)を受けていた。そういえばそうだね、程度にチラリとバーサーカーを見て笑っている覇王。本当にドSである。状助はそこをなんとかうまく慰めようと必死だった。

 

 

「ゴールデンさんなら回復なんて必要ないっスよぉ~! だって、ゴールデンに強いんっスもんね~! いやー、その筋肉憧れるなぁ~」

 

「そ、そうかぁ? ゴールデンか、いい響きだぜゴールデン!」

 

「君、ほめている部分でなくゴールデンで機嫌が直るんだ……」

 

 

 バーサーカーはゴールデンの単語で簡単に元気になったのだ。それに引くレベルで覇王はあきれていた。当たり前である。なんとかバーサーカーを立ち直らせた状助は、今度からバーサーカーが凹んだ時は、ゴールデン機嫌直しをしようと考えるのだった。そんなことを忘れるかのように、覇王は自分の弟子の木乃香の話を始めた。

 

 

「しかし、僕の弟子がとうとう自分で持霊を持ったみたいで、嬉しい限りだ」

 

「弟子ってこのかのことかよぉ~? 持霊っつーことはシャーマンなんだよなぁ!?」

 

「そうさ、彼女は僕が鍛えたシャーマンさ」

 

 

 状助はそういえばさっきそんなことを言っていたと思った。そしてシャーマンとして鍛えられた木乃香を少し想像し絶句したのだ。

 

 

「おめぇ、あの魔力でシャーマンってどういうことよぉー!? つーかよぉ、このかの持霊って何になったんだ?」

 

「ああ、今僕が貸してる前鬼、後鬼と、えーと、たしか教室に居た幽霊少女を持霊にしたらしい」

 

「お、おい、待てよ。それってまさかよぉ~……」

 

 

 まさかシャーマンキングにて恐山アンナが使役していた前鬼、後鬼を木乃香が持霊として操っているなどとは状助も思っていなかった。さらに、教室に居た幽霊とはまさしく”相坂さよ”のことだろうと、状助は簡単にわかり、完全に原作崩壊してるじゃあねぇーかー!と思うのだった。

 

 

「マジかよグレート……。でも彼女は自縛霊で、動けねぇんじゃねーのか?」

 

「ああ、状助は”原作知識”がかなり残ってるんだね。その部分なら大丈夫さ、超・占事略決で精霊化させたみたいだから」

 

「え? うそだろ承太郎?!」

 

「承太郎って誰のことだよ!!」

 

 

 バーサーカーは状助の承太郎発言に、誰だよとすかさずツッコミを入れる。

まさか幽霊を精霊化するなんて、グレートなことがあるのかよ、と状助は考えていた。

 

 とはいうのも、シャーマンキングにて、麻倉葉の持霊だった阿弥陀丸は、その力で精霊化しているのだから当然である。覇王は弟子の成長を心から喜び、とてもいい笑顔になっていた。それとは逆に状助は、先行きがさらに不安になって頭を抱えていた。

 

 

「どういうことだよそれはよぉー!? これじゃ原作どおりにいかねーぜぇー!!」

 

「別に原作どおりとか言わなくても。まあ、僕らでなんとかすればいいし、特に困ることもないだろ?」

 

「原作とかよくわかんねぇけどよ、未来なんて最初っからわかんねぇもんじゃねぇのか?」

 

 

 まさに覇王とバーサーカーが正論を説いていた。状助は確かにそうかもしれねぇ、と思い腕を組んでうんうんと唸った。

 

 

「つまりよぉ~、俺らが彼女たちの面倒を見るっつーことかぁ?」

 

「そうは言ってない、それをしているのは僕らだけではないよ。というよりも、状助は明日菜が強くなっているのを知っているはずだろ?」

 

「確かになぁ……。アレだけ強けりゃ、原作に出てくる相手なら大抵倒せるだろうぜ……」

 

 

 状助はアスナと変態の戦いを見ており、アスナの強さを知っていた。うっかり失念していただけであった。つまり、アスナや木乃香が強ければ、特に気にする必要が無くなっていくのだ。

 

 

「刹那も僕や金時に鍛えられている。”原作”とやらは知らないが、かなり強いと思うよ」

 

「はっ、オレと覇王が鍛えたんだぜ? 今の大将は、生半端な強さじゃねぇぜ?」

 

「ぐ、グレート……。なんかもうどうでもよくなってきたぜ……」

 

 

 佐々木小次郎の技術とバーサーカーの怪力で鍛えられた刹那とか、想像しただけでも悶絶しそうになる状助だった。ああ、もう心配するだけ無駄だな、そう感じた状助は、開き直って”原作”なんて捨ててしまおうと考えたのだった。覇王は特に悪びれた感じすら見せず、まあ当然だよね、程度の認識であった。

 

 そして、そんな会話を続け、日が落ちてあたりは暗くなっていくのだった。

 




バーサーカーに女子寮に居ろなんて、流石に拷問すぎる


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十五話 電気と収穫

テンプレ43:原作前の騒動

テンプレ44:スタンド使いの敵

やはり物議を醸し出しそうな回


 ここは麻帆良学園都市の噴水公園。覇王と状助はとある人物たちと待ち合わせをしていた。その待ち合わせていた人物たちが、ようやく到着したようだ。

 

 

「ししょー、久しぶりやねー」

 

「東も、相も変わらずリーゼントなのね」

 

 

 近衛木乃香と銀河明日菜である。

とても元気に手を振り、覇王に挨拶する木乃香。それとは対照的に、いつものリーゼントだと挨拶するアスナがいた。しかし覇王と状助によるダブルデートというわけではない。そんな甘ったるいものでは断じてないようだ。

 

 

「やあ、木乃香、元気そうだね」

 

「ししょーも元気そうで、なによりやわー」

 

「よぉ~、銀河、元気っぽそうだなぁ~」

 

「気分的にはアレだけど、病気はしてないよ」

 

 

 とりあえず挨拶をしている四人だが、さっそく本題へと入っていった。まず、とてつもなく不機嫌に、それを言い出したのはアスナだった。

 

 

「……東、正直男子に言いたくないことだけど、相談したいことがある……」

 

「うん、ウチらかなり困っとるんや……」

 

「んん~?どういうことだぁ~!?」

 

 

 彼女たちは彼らになにやら相談するために、会いたいと申し出てきたのだ。その内容は彼らが想像したものよりも、恐ろしく腹立たしいものだった。アスナは思い出すだけで怒っているようで、とても表情が怖くなっており、状助は少し後ろに下がった。

 

 

「……下着泥棒が出るのよ……。ヘンタイは死すべし……」

 

「マジかよグレート……。だ、だがよぉ、怒るのはわかるが、少しだけ抑えてくれねぇ~かなぁ~!」

 

「下着泥棒だって?」

 

「そうなんよ……。ウチらの部屋は前鬼、後鬼がおるからさほど被害はでてへんのやけど……」

 

 

 木乃香の部屋の門番でもある、前鬼と後鬼。この鬼たちは優秀であり、ある程度の外敵を跳ね除けることなど簡単であった。しかし、それでもなくなる下着があり、木乃香もアスナも非常に困っていた。それ以外にも、他のクラスメイトも多大な被害を受けているというのだ。だが、それ以上の展開すらもあったようで、アスナはさらに怒りを募らせ、般若のごとき険しい表情へと変貌していった。

 

 

「……絶対に、許さない……」

 

「お、おい、銀河ぁ……。ちぃーとキレすぎじゃあねぇーのかぁ!?」

 

「アスナが怒るんも無理ないんやよ……。……下校中に身に着けてた下着も盗まれたみたいなんや……。……せっちゃんもすごーおこっとったえ……」

 

「えー……、それはひどすぎる……。キレて当然だ」

 

 

 涼しい表情を見せている覇王だが、内面ではとても頭にきていた。自分の弟子やその友人を困らせる輩など、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の炎に焼かれて魂もろとも消えろ!と思うほどに、かなり頭にきていた。そんな話を聞いた状助も、流石に許されざる行為であると考え、怒り出した。

 

 

「おい、マジかよ……。あー、犯人のやつぁ、ちっと痛めつけねぇと気がすまねぇーなあ!」

 

「絶対に許さない……。じわじわとナブリ倒してくれるわ……」

 

「アスナ、流石にそれはやりすぎやない……?」

 

 

 流石に路上で下着を脱がされてしまったアスナは、プッツンきていた。状助は誰が犯人か考えていた。こういうことをするやつは”原作”に一人、いや一匹いたことを思い出した。

 

 しかし、それは”原作開始”後に登場する生物であり、今この場所に居ることは考えられないと思った。つまり、犯人は隠蔽が得意な魔法使いか、自分たちのような転生者ではないかとあたりをつけた。だが、覇王は最初から、自分たちで犯人を見つけるのは不可能だと判断したようだった。

 

 

「とは言え、僕たちは探偵じゃないんだ。そうそう犯人を特定なんて、できるわけないだろ? 証拠や追跡に必要なものも、まったくないみたいだし……」

 

「うーん、まあ確かに証拠っつーか、手がかりすらないんじゃわからねぇーよなぁ……」

 

「…………」

 

「あ、アスナがとうとう黙ってしもうた……」

 

 

 犯人が特定不可能と覇王から聞いたアスナは、もう完全にブチ切れており、その内校舎すらぶった切りそうな勢いになっていた。しかし、覇王は自分では無理だが、別の人なら特定できると言い出した。

 

 

「別に犯人を割り出すのが、僕たちじゃなくても問題ないだろ? 一人、そういうのが得意な人を知っている。状助もよく知っている、あの人がいるじゃないか?」

 

「あっ!? 確かにいたぜぇ~! 毎日会ってたんで、うっかりしていたぜ!」

 

「……誰?」

 

 

 そうだ、そういえばそんな能力を持つ人物が一人居た。しかも、とてつもなく身近な存在で、相談に乗ってくれる人物だった。覇王はそれを知っていたので、別に自分で犯人を考える必要など、最初から無いと思っていたのだ。そして、その人物は……。

 

 

「僕らの担任の教師さ。この事件、とりあえず僕らに任せてくれないか? 犯人が男子なら、僕らの近くに居るかもしれないだろ?」

 

「そうだぜ! 俺らに任せな! 犯人見つけたら、好きなだけ殴ってもいいからよぉ~!」

 

「……わかった、信じるわ。犯人が特定できたら、呼んでほしいんだけど」

 

「担任の先生? 占いでも得意なんかなー」

 

 

 覇王の担任の教師はジョセフ・ジョースターの能力をもらったジョゼフ・ジョーテスという老人だ。覇王がそれで犯人を特定できるとしたので、とりあえずアスナは食い下がることにした。木乃香は、それよりも犯人を特定できるという人物が、占いが得意なのかと気にしていた。そして彼らは、彼女らと別れ、男子中等部の職員室へと足を運んだのだ。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 

 男子中等部職員室。多くの教師が仕事をしている場所に、年老いた大男が椅子に座っていた。そこそこ広い職員室ではあるが、高身長の老人であるジョゼフを見つけるのに、二人はそう時間はかからなかった。そして、そこへ状助と覇王がやってきて、先ほどの相談事を持ち込んだのだ。

 

 

「ジョーテス先生、少しよろしいですか? 相談したことがあるんですけど」

 

「相談? はて、一体どうしたというのかのー?」

 

「頼むぜ、先生! 今頼れるのは先生しかいねぇ!!」

 

 

 とりあえずこの相談は、職員室ではできないので、いつもの生徒指導室へと移動したのだ。そして、状助と覇王は、お小遣いを出し合って購入したポラロイドカメラをジョゼフに渡したのだ。なぜならハーミットパープルでの念写は、カメラを叩き割って行うというものだったからだ。

 

 

「ちくしょー! なけなしの金だったんぜー!? 犯人の野郎ぉ~、ぜってぇ~許せねぇ~!!」

 

「……状助、今思ったんだけどさ、この部屋にはテレビがあるよね……」

 

「ギニャァァァァー!?」

 

「ふむ、カメラを渡したということは、わしの能力が必要ということかな?」

 

 

 しかし、テレビがあれば話は別だった。テレビにより念写が可能であり、カメラをいちいちぶっ壊す必要など、まったくないのだ。そのテレビの存在をうっかり忘れていた状助は、無駄金を使ってしまったことに頭を抱えて落ち込んでいた。

 

 覇王は特に気にしていない様子で、落ち込む状助を眺めていた。

そして、ジョゼフはカメラを持ち出したなら、念写が必要なのだろうと考え、彼らの返答を待っていた。そして、とりあえずジョゼフに念写の依頼を二人はしたのだ。

 

 

「ジョーテス先生、最近女子の間で下着泥棒が出て困ってるみたいなんスよ。犯人は魔法使いか、俺らみたいな転生者の可能性があります」

 

「ある程度犯人が特定できればいいんで、これで念写をお願いします」

 

「ふむ、確かにそれは重大な事件じゃな……。やれやれ……わかった、念写をしてみようかの」

 

「お願いします!」

 

 

 するとジョゼフは自分のスタンド、ハーミットパープルを腕から発現し、そのまま手刀をカメラに叩きつけてぶっ壊した。ジョゼフはせっかく念写のために受け取ったカメラだから、とりあえず念写に使ってぶっ壊そうと考えたのだ。

 

 そのままテレビで念写してやればよいのに、あえてボケた振りをしたのだった。そして、ぶっ壊すほどシュートッ!と呼べるほどの力で、カメラが壊れ、一枚の写真が飛び出した。

 

 すると、そこに二つのスタンドが浮かび上がったのだった。状助はとてもびっくりし、目玉が飛び出していた。覇王はなるほど、という表情で、その内容を眺めていた。

 

 

「お、おいマジかよ……。この恐竜っぽい見た目のスタンド……()()()よぉ……」

 

「こっちの端っこにも、蜂っぽいスタンドが写っている」

 

「ふむ、大体特定できたようじゃな」

 

 

 そこに写っていたのは、状助がよく知っているスタンドだった。ジョジョの奇妙な冒険Part4、状助が選んだスタンドと同じ部に登場するスタンドだったからだ。そう、そこには”レッド・ホット・チリ・ペッパー”と”ハーヴェスト”が写りだされていたのだーーーッ!!

 

 これには状助も度肝を抜いた。流石に同じ部のスタンド使いの転生者が居るとは、思っていなかったのだ。覇王は、ふうん、程度に考え、この二人を相手にした時、どうするかをすでに考えていた。だが、ジョゼフはそのスタンドの持ち主を知っており、彼らに話したのだ。

 

 

「そのスタンド使いは隣のクラスのB組の生徒じゃよ。特に問題はなさそうだったんじゃがのう……」

 

「マジかよ……。まさか隣のクラスにスタンド使いがいるとぁーよぉ~……」

 

「いや、君がスタンド使いだから惹かれたんだろ?」

 

 

 スタンド使いはスタンド使いと惹かれあうルールがあるのだ。覇王は状助にそれに対してのツッコミを入れたのだ。そして、とりあえず今日は解散し、明日の放課後でもそのスタンド使いたちに会って、状助と覇王は直接話を聞くことにしたのだ。さて、どちらが犯人なのか。状助と覇王は明日に備え、ある程度計画を立てて、明日をただ待つのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 次の日の放課後、状助と覇王は隣のB組へと足を運んでいた。

ちなみに三郎はスタンド持ちの転生者を相手にするということで呼んでいない。

 

 状助と覇王は相談し、とりあえず”ジョジョ4部”で大量の盗みを働いていた”レッド・ホット・チリ・ペッパー”の本体を先に問い詰めようということにしたのだ。そして、そのB組の教室に居たのは、若干ウェーブのかかった紫色の髪を伸ばし、ギターを持つ少年だった。状助はとりあえず、その彼に話しかけたのだった。

 

 

「よぉ~、俺は東状助だぜ。おめぇもスタンド使いみてぇだから挨拶に来たわけよ?」

 

「おん? 俺がスタンド使いだってなぜわかった? あぁ、()()()()()()()()()()って訳か、なるほどねぇ~。というか、スタンド使いの癖に、自分から挨拶だと? 面白いやつだなぁ~。……おっと、なら俺も挨拶しねぇとなぁ~」

 

 

 と、その彼は突然すばやくギターを弾き、演奏を始めたのだ。その演奏を弾き終わると、彼はうっとりしていた。だが、そこで挨拶を忘れまいと、すかさず自己紹介をしたのだ。

 

 

「俺の名前は”音岩昭夫(おといわ あきお)”。まっ、このギターは気にしないでくれ!」

 

「お、おう……」

 

「ずいぶん愉快な人のようだ」

 

 

 この謎のテンションに、状助はドン引きだった。というか”ジョジョ”で彼の元である”音石明”という男も、謎のテンションを持っていたのだが。この昭夫はそれを真似しているかはわからないが、ギターを弾くことに愉悦を感じているようだった。状助はあきれ半分で昭夫に事件のことを問い詰めた。

 

 

「おめぇの”スタンドの原作”っつーくだらねぇ理由なんだがよぉ、そのスタンドで女子寮の下着泥棒なんてしてねぇーよなぁ~!?」

 

「はぁ? 何で俺がそんなことしなきゃならねぇーんだ? 意味わからねぇぜ」

 

 

 昭夫はとぼけた振りではなく、本気で意味がわかってなさそうだった。状助はとぼけてないか確認するため、さらに問い詰める。

 

 

「おめぇのスタンド、レッド・ホット・チリ・ペッパーは隠密行動が得意じゃあねぇかよ。電気が通っている場所なら、移動して物体も運べるスタンドだったはずだぜ!」

 

「ありゃ、スタンドもバレちゃってんのかよ。ジジイもよくしゃべってくれるぜぇ……。まあ、確かにそのとおりだぜぇ~? だが、それをする理由がまったく俺にはない!!」

 

 

 昭夫は下着泥棒をする理由は無いとした。それを聞いて今度は覇王が別の質問をすることにした。

 

 

「理由がない? なら、君が下着泥棒をする時は、どうするのか教えてほしいな」

 

「クックック……、おもしれぇ事言うじゃねぇーか!」

 

 

 普通、犯人なら黙るか、ウソをつくだろう。だが、何故かそこで昭夫はまたギターを弾き鳴らしだした。そして、機関銃を乱射しているかのような演奏を終えると、昭夫は気にすることなく、それを言ってのけたのだ。

 

 

「俺なら電気が通ってる場所しか動けねぇ。だから、俺が狙うなら”部屋の中”だぜ!それ以外の場所だと、ちーと面倒だろうしなぁ~!」

 

「う、そ、そうだったぜ! チリペッパーは室内以外だと、電線かバッテリーがねぇと動けねぇ!!」

 

 

 レッド・ホット・チリ・ペッパーは電気がなければ動けないスタンドだ。路上で下着を脱がすような行動は、かなり難しいことだと覇王は考えたのだ。それ以外のことも、昭夫は得意顔でよくしゃべってくれた。

 

 

「つーかよぉ、ベランダに干してあるもんとか、そういうのを狙うならよぉ、俺のスタンドじゃなくてもできるぜぇ?」

 

「確かにそうだったぜぇ! ”ジョジョの原作”にちっとばかし惑わされちまった!!」

 

「つーかオタクら、俺以外に誰に目ぇつけたんだ?」

 

 

 昭夫は自分以外のスタンド使いも、犯人としてあげているだろうと、状助らにそれを質問したのだ。というか、昭夫はスタンド使いの転生者が、すでに自分を含めて3人も居ることを考え、他にも居るのだろうと見当をつけたのだ。そして覇王は、それを笑いながら答えたのだ。

 

 

「へぇ、なかなか頭が回るようだね。君以外だと、もう一人は”ハーヴェスト”さ」

 

「おい、そっちのほうが盗みに特化してるじゃねぇか! 俺なんて、電気通ってねぇと何もできねぇんだぜ!?」

 

「あーそうだったぜ~!! クソー、なんてこったい!」

 

 

 状助はまたしても”原作”にとらわれてしまったようだ。覇王はまあ、多分そうだろうと考えていた。だが、あえて言わないのは、この状助を見て楽しんでいるからである。本当に最近の覇王はドSであった。そして、B組のもう一人の”ハーヴェスト”のスタンド使いを探すべく、覇王と状助は行動を開始した。と、そこへ昭夫が協力をすると言い出したのだ。

 

 

「待ちな! 俺もやるぜ? 濡れ衣を晴らしてぇし、そういうやつは許せねぇからな!」

 

「グレート、頼もしい限りだぜ! じゃあ、よろしく頼むぜ!!」

 

「そうかい、じゃあよろしく頼むよ」

 

 

 そして昭夫は自らのスタンドを支配する。そうだ、金色に輝き、バチバチと火花を散らす、電気さえあれば無敵のスタンド。それはレッド・ホット・チリ・ペッパーだ!

 

「行くぜぇ!! レッド・ホット・チリ・ペッパー!!」

 

「マジにすげーパワーだぜ……」

 

S.O.T(スピリット・オブ・サンダー)とあわせたら最強だろうね」

 

 

 レッド・ホット・チリ・ペッパーは電気さえあれば無限に強くなるスタンドである。ステータスもほとんどAであり、射程距離も電気がある場所ならどこでもいけるほどだ。昭夫はそのまま、チリペッパーをコンセントに侵入させ、ハーヴェストのスタンド使いを探していた。

 

 しかし、探している間にもギターをギュンギュン弾き鳴らし、うっとりしている昭夫に状助はやはり引いていた。覇王も式神を大量に散布し、そのハーヴェストの本体を探し出そうとしていたのだ。すると、誰も居ない教室に一人の太った少年が居た。明らかにハーヴェストの本体の少年だった。

 

 

「おい、まさかよぉ~、アイツじゃあねぇーのか? 明らかにアイツしかいねぇ!」

 

「確かに、間違いない」

 

 

 二人は間違えないとしたのには理由があった。なぜならその少年が”ジョジョ4部”の矢安宮重清、重ちーと同じ姿だったからだ!すかさず二人で囲み、さらにそこへ、チリペッパーが登場する。すると重ちーっぽい少年が驚いた様子で叫んでいた。

 

 

「な、なんだどー!?」

 

「俺は東状助ってんだ、おめーは?」

 

 

 とりあえず自己紹介を簡潔にする状助。すると少年は若干驚きながらも、とりあえずそれを返した。

 

 

「お、オラは屋案偶重光(やんぐう しげみつ)だどー。一体あんたらは、何をしに来たんだどー!?」

 

 

 完全に包囲されている中、重光は何しにここへ来たのか聞いてきた。状助は問い詰めるように、その内容を話した。

 

 

「おめぇスタンド使って悪さしてねぇーよなぁ~!?」

 

「な、なんの事だどー!? 理解不能!? 理解不能!?」

 

「あ、今どもった?」

 

「し、知らないどー!?」

 

 

 明らかにテンパっているのがバレバレだった。しかし、これだけで犯人と決め付けるのはいかんともしがたい。覇王はさらに問い詰めるべく、別の質問を行うのだった。

 

 

「最近盗みが多いのさ。誰かが能力を使って悪さをしているんだ。君のスタンド、多分ハーヴェストだろうから、ちょっと質問させてもらっているだけだよ」

 

「そ、そうかどー。それじゃあ、しかたがないどー! あんたの言うとおり、オラのスタンドは”ハーヴェスト”だど!」

 

「素直なのはいいことだ。……ところで、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「し、してないど! 盗んでないド! ()()()()()()()()()()ド!!」

 

「……おめぇ~よぉ~!」

 

 

 この転生者、重光はどうしようもなくアホだった。勝手にテンパって自爆したのだ。覇王はこうなるだろうと予想して、このようなつまらない質問をしたのだが、まさか本当にそうなるとは思っていなかった。そのため、覇王はかなり驚いていた。状助はこいつが犯人だと確定し、戦闘態勢に入る。チリペッパーもだった。完全に追い詰められた重光だが、彼のスタンドはとても厄介なものだった。

 

 

「ば、ばれたどー! なら、証拠隠滅しかないど! ハーヴェストー!!!」

 

「こ、こいつぁ!?」

 

「ヒュゥー!? なかなか大量じゃねぇの」

 

 

 ハーヴェストは群集型のスタンドで、その数は100とも200とも言われ未知数だ。10体ぐらいつぶしても本体に影響がないほどに、その数は膨大であった。流石に100体のハーヴェストに囲まれ、臆する状助であったが、チリペッパーは関係なかった。雷の速さで行動し、そのハーヴェストをつぶしまり、重光を捕えようと行動した。しかし、チリペッパーはなぜか、重光の一歩手前で動きを止めた。

 

 

「しっしっしっ、()()()()()!」

 

「ぐおおお!? クソ!! ()()()()()()!! やべぇぜ、けーどーみゃくっつー所をつかまれた!?」

 

「何イイィィィーーーーーーッ!?」

 

 

 重光はそれ以上の数のハーヴェストを分散させ、チリペッパーの本体である昭夫を発見したのだ。そして、スタンドの操作に意識を使っていた昭夫の、首にある頚動脈に攻撃し、完封してしまったのだ。状助はこのままではまずいと思った。これでは完全に包囲されたのは状助たちのほうだったことになる。余裕の薄ら笑いを浮かべ、勝ち誇った重光がそこにいた。

 

 

「しっしっしっ、甘いんだど……。オラのハーヴェストは最強なんだど! オラの趣味の邪魔はさせないんだどオオオーー!!」

 

「や、やべぇぞ覇王オオオオオッ!?」

 

 

 状助と覇王を取り囲んだハーヴェストがいっせいに攻撃を開始したのだ。状助は完全に焦っており、クレイジー・ダイヤモンドで攻撃するも、やはり多少つぶした程度では本体にダメージが入らない。じりじりと追い詰められていく状助をよそに、覇王は突然笑い出した。

 

 

「ハハハハハ!! その程度でこの僕を倒せるとでも?」

 

「は、覇王何笑ってんスかぁ!? 無敵のS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)で何とかしてくださいよオオォォォーーーッ!!」

 

「その余裕もこれまでだど!! オラのハーヴェストは無敵! あんたの力はわからないが、ひねりつぶしてやるどオオッ!!」

 

「余裕さ、だってお前じゃ、もう()()()()()()()()()()()()

 

 

 その直後、100体あまりのハーヴェストが覇王を襲った。重光は”勝った”と思ったのだ。しかし、突如ハーヴェストが炎上し、灰になっていくのだった。状助はその光景を、ただ見ていることしかできなかった。

 

 

「ふん、O.S(オーバーソウル)S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)

 

「な、何が起こったんだど!?」

 

「何、スタンドはスタンド以外でも、倒せるということだ」

 

「どういうことだよ覇王!?」

 

 

 基本的にスタンドはスタンド以外では倒すことはできない。しかし、覇王はそれをO.S(オーバーソウル)で打ち破ったのだ。意味がわからない重光と、どういうわけなのかわからない状助が呆然としていた。そこで、上機嫌な様子の覇王が説明をしだした。

 

 

「スタンドは霊的な現象をうけつける……。振り向いてはいけない道で、チープトリックが引き抜かれたようにね」

 

「ま、まさか……!?」

 

O.S(オーバーソウル)は霊的な現象……。つまり、スタンドを攻撃できるというわけだ」

 

「理解不能!? 理解不能!?」

 

 

 重光は完全に理解できておらず、状助はまさかとは思ったが、できてよかったと安心した。そして、覇王の側には、等身大にO.S(オーバーソウル)されたS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が、スタンドのように立ち尽くしていた。炎を操るマジシャンズレッドのごとき、その姿のS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に覇王は命令を下す。

 

 

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)、やれ!」

 

「ギャアアアアアアアアッッ!?」

 

 

 S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が手を伸ばし、重光の首をつかんだ直後に、重光はめまぐるしい火炎の渦に包まれていた。そして、そのまま炎上させ、窒息死か焼死かはわからないが、とりあえず重光を殺したのだ。その光景を見て状助はドン引きし、やりすぎじゃね?と思っていた。

 

 

「は、覇王!? やりすぎじゃあねぇのか!?」

 

「はっ、僕だって頭にきていたんだ。それに、どうせ生き返す、このぐらい問題ないだろ?……さて、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)、いつものように”喰っていいぞ”」

 

 

 そうS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)へと命令すると、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の頭だけが巨大化した。そして重光の魂を丸呑みすると、いつものごとく本体の霊だけ吐き捨てて、特典のみを食らったのだ。覇王はそのまま、面倒くさそうに呪禁存思で重光を生き返らせる。さらに、覇王は状助に追い討ちをかけることを提案した。

 

 

「状助、君も怒っているんだろ? クレイジー・ダイヤモンドで治しながら殴るといい」

 

「覇王、おめぇ鬼かよ!? だが、確かにそのぐれぇしねぇーと気がすまねぇーなぁッ!!!」

 

「ひぃー!? はひぃー!? 許さないど!? ハーヴェスト!! ……な、なんで出ないど!?」

 

「歯ぁ食いしばんなぁ!! ドララララララララララララアアアアアァァァァッ!!」

 

「プギッグ!?」

 

 

 特典をS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に食われ失ったことも気がつかず、状助のクレイジー・ダイヤモンドのラッシュが重光の全身に刺さった。ボコボコにされ、教室のテーブルをぶっ壊しながら吹き飛ぶ重光。しかし、すでにクレイジー・ダイヤモンドの能力が発動しており、重光の傷は回復していくのだ。そして、さらに状助はラッシュを繰り出し、ボコボコにぶちのめすのだった。

 

 

「ドラララララアアアアアーーーー!!!」

 

「ヒデェブ!?」

 

「状助、もうやめてあげれば?どうせ、この後、さらに殴られるんだ」

 

 

 覇王は重光の今後を考え、それで十分だと言って状助を止めた。状助はラッシュを止めると、重光と教室を修復し、晴れ晴れした顔をしていた。

 

 

「スゲーッ爽やかな気分だぜ。新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のようによぉ~ッ」

 

「下着泥棒だけに、それかい? 皮肉が利いてて面白いね」

 

「ひ、ひぃー!? 理解不能、理解不能!?」

 

 

 状助にボッコボコにされ、完全にビビって尻を地面につけて、後ろに下がろうと必死になる、情けない姿の重光。その正面に覇王が近づき、笑顔で死刑宣告と同じ意味の命令をした。

 

 

「さ、君が盗んだものを、返しに行け、今すぐにだ」

 

「や、ヤだど?!」

 

「ふうん、ならもう一度S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に焼かれて蘇生させられるか、クレイジー・ダイヤモンドに修復されつつ殴られるか、どちらか選べよ」

 

 

 もはやどちらが悪役だかわからない状況となっていた。重光はその恐ろしさから完全に縮まって、ガタガタと震えだした。その様子を眺めつつ、やはり特大の笑顔の覇王が、重光の目の前で仁王立ちしていたのだ。

 

 

「ひぃー、返すどー!? だからもうやめちくりー!?」

 

「まあ、また殴られるはずさ。その時は状助にでも治してもらえば?」

 

 

 そして、重光は完全に観念したのか、盗んだものを返すこととした。覇王は監視のための式神を重光に貼り付けた。そして、その後重光は、女子寮の前でボロ雑巾とかしていたのだった。

 

 むしろアスナがプッツンしていたのに、まあよくボロ雑巾になるだけで助かったものだと、状助は思うほどだった。ボロ雑巾でよかったね、と覇王は笑い、状助はボロ雑巾となった重光をしぶしぶと治してやるのだった。

 

 

 ……忘れられていた音岩昭夫は、まあ自分の無罪が証明されたので、別に気にすることはなかった。というか、その忘れられた状況下で、ギターを演奏して、自らの演奏に酔いしれていたぐらいだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:音岩昭夫(おといわ あきお)

種族:人間

性別:男性

原作知識:どうでもいい

前世:しがないギタリスト、ギターがうまくなりたくて音石明の能力をもらった

能力:電気のスタンド、レッド・ホット・チリ・ペッパー

特典:ジョジョの奇妙な冒険Part4の音石明の能力

   オマケでスタンド、レッド・ホット・チリ・ペッパー

   とても高価なギター

 

 

転生者名:屋案偶重光(やんぐう しげみつ)

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:10代学生

能力:スタンドのハーヴェストだったが、もうない

特典:消滅した

 

 




路上で下着を脱がすと書くと、エロスである
しかし、ネギまでは路上で全裸が普通だった


そして作者はジョジョが好きなのです
あと、多くの能力を選べる点で、便利なのです

また、踏み台転生者の特典は適当に選んでいるだけなのです
決して、特典の原点が嫌いなわけではないのです

スタンドはスタンドでしか倒せないとキッパリ言ったばかりだったのに
スマン、ありゃウソだった


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十六話 陽、麻帆良へ来る

ただのシャーマンファイトIN麻帆良


 赤蔵陽、シャーマンキングの主人公の、麻倉葉の能力をもらった転生者である。今彼はとても不満だった。なぜなら麻帆良へ行けず、赤蔵家で留守番させられ、家業の手伝いまでさせられているからだ。転生者たる彼は、それがとても許せなかった。

 

 さらに兄である赤蔵覇王は麻帆良へ行ったのだ。兄と自分の差に、とても腹が立っていた。まあ、覇王は一応、陽に麻帆良へ行くよう推薦してはいたのだが。こんなことが許されると思っているのか!?許されるわけないだろう!!と怒りながら、陽はこっそり家を抜け出し、一人麻帆良へ向かったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良学園中央駅前、陽はようやく自分がネギまの世界へ来たことを、本気で実感できたと感じた。とりあえず、誰でもいいので原作キャラにあって、話がしたい。陽は気分よくスキップしながら歩いていた。

 

 そこに一人の少女がいた。しかし原作キャラというわけではなく、確実に転生者だった。その姿に陽はアホのような顔で驚いた。

 

 なぜかというとシャーマンキングにて、X-RAWSのリーダーだった、聖・少・女、アイアンメイデン・ジャンヌの姿をした少女が、麻帆良学園の女子の制服を着て歩いていたのだ。陽はとりあえず、声をかけることにした。同じ作品出典の特典の転生者同士だ、仲良くしようや……という下心だった。

 

 

「ハローハロー! 君ぃー!」

 

「は、はい……?」

 

「オレは赤蔵陽ってんだぁ~、君の名前は何かなぁ~」

 

「え?ナンパですか?」

 

 

 あ、あれぇ?おかしいなぁ、この姿にまるで反応が無い。そう陽は考えた。さらにただのナンパだと思われているようで、その少女もかなり困った表情をしていた。しかし陽は諦めなかった。明らかに特典がわかっているのだ、自分で選んだのならわかるはずだと思ったからだ。

 

 

「こいつはオレの持霊の阿弥陀丸だ! わかってるくせによー! このこの!」

 

「は、はぁ……一体どういうことでしょうか?」

 

 

 もはや何がなにやらわからない様子の少女。突然持霊だの、わかってるくせにと言われても、何がなんだか少女はわからなかった。陽はその少女の態度が白を切っていると感じ、怒り出したのだ。

 

 

「しらばっくれんじゃねぇぞ!! シャーマンファイトでもしてやろうかぁ!?」

 

「な、何を突然……困ります……!!」

 

 

 少女のその態度が陽はまったく気に入らなかったようだ。陽は完全に血が頭に上っており、少女の腕をつかんで叫びだした。少女は、なぜ彼が怒っているのかまったくわからかった。そして陽は刀の春雨を持ち出し、臨戦態勢へと入っていく。少女はその刀に恐怖を覚え、表情をこわばらせた。

 

 

「クソ、まだ未完成のO.S(オーバーソウル)だがしゃーない。やってやるぞ、このアマぁ!!」

 

「いっ、やめてください……!」

 

「陽殿、何をしているのでござるか!? 明らかにただの少女! 春雨を出して脅すなど、やりすぎでござるぞ!!」

 

 

 流石にこの行動に、阿弥陀丸も黙ってはいなかった。怯える少女の前に大の字となる阿弥陀丸。その阿弥陀丸の姿に、さらに不機嫌さが増す陽だった。

 

 

「おい阿弥陀丸!! テメェはオレの持霊だろうが!!! なんでそいつをかばってるんだよ!!O.S(オーバーソウル)するぞ!!!」

 

「なぜ、そこまでする必要があるというのか!? この少女が陽殿に、何をしたというのでござる!!」

 

「だ、誰か……!!」

 

 

 少女は涙を目にためながら、助けを求め始めた。阿弥陀丸はこの陽の態度に、怒りをあらわにしていた。陽はもはや阿弥陀丸を面倒だと思い、強制的にO.S.(オーバーソウル)させてしまったのだ。そして少女は、腕をつかまれ動けず、ただただ恐怖に耐えるのみであった。

 

 

「はっ! こうなりゃオレの天下だぜ!! テメェもさっさとO.S(オーバーソウル)しな、さもないとヒデェことになるぜ?」

 

「い、いや……誰か……助けて……」

 

 

 もはや完全に頭に血が上り、周りが見えていない陽は、そのまま少女にO.S.(オーバーソウル)した村雨を振るった。少女はもう駄目かと思い、目を閉じて痛みが来るのを待った。しかし、そこで村雨が何者かによって止められたのだ。

 

 

「キサマ……何をしている……? ふん、見た目とは裏腹に、ずいぶん好戦的ではないか」

 

「て、テメェはまさか……!?」

 

 

 なんと、そこに居たのは麻帆良学園の男子の制服を着た道蓮だったのだ!槍である馬孫刀を媒介にO.S(オーバーソウル)させ、春雨を防いでいたのだ。

 

 少女を痛めつけようとした陽に、腹を立てているこの少年は、少女を守るように立っていた。陽は少女から手を引き、数メートル離れた場所で構えていた。そして、少女は目を開け、震えた声で助けてくれた少年に声をかける。

 

 

「れ、錬……」

 

「突然襲われるとは、災難だったな……。……しかし、か弱い少女に攻撃するなど、許せるものでは……ない!」

 

「やんのかテメェ! ぶった切ってやるよ!!」

 

 

 なんということだ。完全にシャーマンファイトIN麻帆良になってしまった。錬と呼ばれた少年は、冷静に相手を分析しながらも、隙を見せずに相手の出方を待っていた。陽は初期のO.S(オーバーソウル)で、巫力を無駄に使っているため、さっさと決着をつけるべく、奥義を発動する。

 

 

「”阿弥陀流真空仏陀切り”!!」

 

「ほう、技は出せるのか。だがその程度のO.S(オーバーソウル)で俺が倒せると思ったら間違いだ!はあぁ、”ゴールデン中華斬舞”!!」

 

 

 陽が繰り出した技は、真空の刃を飛ばして相手を切り裂くというものだ。しかし、錬と呼ばれた少年は、真空仏陀切りを、槍と共に高速で突撃し、爆発を起こす大技、ゴールデン中華斬舞で吹き飛ばした。

 

 そして、逆に陽がその技を食らってしまい、O.S(オーバーソウル)を破壊されて吹き飛ばされたのだった。吹き飛ばされ、背中を地面に打ちつけ、何が起こったのかまったくわからない陽。それを、この程度なのかという眼差しを送っている錬と呼ばれた少年の姿があった。

 

 

「弱すぎるな……。どうしてそんなに弱いのか、わからないほど弱いぞ」

 

「クソ!! クソ!! なんでオレの邪魔をするんだテメェは!!」

 

「何を言っているんだこいつは……? 勝手に喧嘩を売ってきたのはキサマのほうだろうが」

 

 

 もはや怒り心頭で自分でも何を言っているのかさえわからない陽だった。その哀れな姿を、もう見たくは無いという表情で錬と呼ばれた少年は陽を見下ろしていた。少女は錬という少年が助けてくれたことに安堵し、彼の側に寄りそう。

 

 

「ありがとう、錬……」

 

「ふん、たまたま通りかかっただけだ……」

 

「な、何イチャイチャしてやがるテメェら!! クソクソクソ!! もう一度O.S.(オーバーソウル)だ!! 次はさらに大技を出してやる!!」

 

 

 その二人がイチャイチャしていると思った陽はもう一度O.S.(オーバーソウル)して構えた。しかし、錬と呼ばれた少年は微動だにせず、ただ少女の横にたたずむのみだった。それがさらに陽の怒りを買い、陽は錬と呼ばれた少年に近づき技を繰り出す。

 

 

「消えろこの、リア充野郎!! ”大後光刃”!!」

 

「技だけ立派でも意味が無いぞ! キサマごときに技など不要! 消えるのはキサマのほうだ!」

 

 

 陽の技を、少女を左手で抱えこみ、横に飛んで避ける錬と呼ばれた少年。こうもあっさりと、自分の技をかわされたことにショックを受け、陽は動きが一瞬鈍った。そこへすかさず錬と呼ばれた少年はO.S(オーバーソウル)した馬孫刀を振り回した。

 

 そして陽の腹部にそれを叩きつけて吹き飛ばし、追撃に右肩に鋭い突きを繰り出す。陽はその攻撃で右肩を負傷し、鮮血が舞い散った。またしても地面に叩きつけられ、前のめりに倒れた陽は、肩の痛みに耐えていた。

 

 また、陽が地面と衝突すると同時に、錬と呼ばれた少年は、少女を抱えたまま、綺麗に着地していた。この勝負、もはや決まったも同然だった。

 

 そして、もう勝負はついたと感じ、錬と呼ばれた少年はO.S(オーバーソウル)を解除した。そして、そのまま少女を片手で抱きしめ、立ち去っていった。勝手に立ち去っていく少年少女に、前のめりに倒れながらも、陽は怒りの声を張り上げる。

 

 

「て、テメェ!! まだ終わってねぇぞ!! クソ!! 右肩がクソいてぇ!! おい待てよテメェ!!!」

 

「……もう勝負はついた。これ以上やっても無意味だ……」

 

 

 もはや錬と呼ばれた少年は、完全に陽への興味を失っていた。振り向きもせずにそう陽へと言い放ち、立ち去っていく錬と呼ばれた少年。その横で助けてもらった礼を言って、元気を取り戻した少女がいた。そして、立ち去っていく二人を、倒れながら見ていることしかできない陽だった。

 

 完全敗北であった。もはや勝ち目などまるでなかった。その敗北のショックから、もう原作キャラに会う気すら無くし、そのまま京都へと帰っていった。その途中、陽は自分の特典が強いはずなのに、周りはさらに強いやつらばかりということに、文句を垂れ流していた。

 

 

「チクショウ……。兄貴もあの野郎も、なんでつえぇんだよ!! オレだって、チートレベルの能力をもらってるんだぞ!!」

 

「陽殿、覇王殿が訓練せねば強くなれぬと申しておったでござる」

 

「ウルセェ!! テメェが弱いからじぇねぇのかぁ!?」

 

「そうでござるか……。……では、拙者など、不要でござるな……」

 

「ハッ、もっと強い持霊を手に入れるさ! テメェなど使わなくても、強くなれる持霊をな!!」

 

 

 もはや自分の弱さを棚に上げ、持霊を罵倒する陽。その持霊である阿弥陀丸は、もうしゃべることはないと感じ、そのまま姿を消していった。

 

 阿弥陀丸はもう陽を捨てて、どこか行きたかった。だが特典として縛られており、陽から離れることができないのだ。しかたなく陽とともに、位牌の中に入りつつ京都へと帰るしか、阿弥陀丸にはなかったのだ。

 

 また、この戦いで、陽は得られるものもあったはずだ。しかしそれすらも感じられず、ただただ文句ばかり言うだけで、自分の敗北を認めないのだった。そして京都に帰った陽は、祖父陽明にしこたま怒られ、式神に監視される生活を送るようになってしまったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:錬と呼ばれた少年、やはりトンガリ

種族:人間

性別:男性

原作知識:微妙にあり

前世:社長、この世界でも大企業の社長の息子

巫力:102002(初期値:100001)

特典:シャーマンキングの道蓮の能力、オマケで持霊の馬孫

   前世と同じような生活

 

 

転生者名:不明、聖・少・女

種族:人間

性別:女性

原作知識:なし

前世:10代学生

巫力:68万

特典:シャーマンキングのジャンヌの能力、オマケで持霊のシャマシュ

   高い強運

   (特典選ぶ気すらなかったので、ルーレットで決めた)

 

 

 




錬君は本気でありません


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十七話 少女の苦悩と二つの炎

テンプレ45:公園などで発生する転生者同士の激しい戦闘

テンプレ46:オリ主の強い能力

テンプレ47:クレイジーDの活用


 熱海数多、アルカディア帝国の皇帝直属の部下の一人、熱海龍一郎の一人息子。真の熱血にたどり着きしものであり、心の強さ、精神の強さを信条とする熱血な男子である。父親、熱海龍一郎から、麻帆良にて勉学と共に身も心も強くなれと言われ、とりあえず生活しているのだ。

 

 

 そんな中、数多の妹となった少女が、麻帆良へとやってきた。そして、”原作”に大きく関わる、麻帆良学園本校女子中等部の1年A組に在籍しているのだ。その妹こそ、あの”焔”である。彼女は1年A組でとりあえず父親の言われたとおり、普通に勉学に励み、普通に生活していた。

 

 しかし、焔は性格上もあるが生い立ちゆえに、1年A組のクラスメイトになじめずに居たのだ。どうにも騒がしくてのー天気な感じのクラスが、焔としてはあまり好ましくないのだ。だから、どうすればよいかと、兄である数多に相談することにしたのだ。

 

 

 だが、焔は基本的に女子寮住まいであり、数多は流石にそこへは出向けないと考えた。だから休日にでも、どこかで待ち合わせようと考えたのだ。その場所が世界樹前広場であった。広い階段のあるこの公園で、とりあえず数多は焔から相談を受けることにしたのだ。

 

 

 

 しかし、その場所になかなか現れない数多。待ち合わせ時間が少しだけ過ぎていた。焔は遅いと感じはじめた時、少年の二人がいがみ合っていたに気がついた。この不穏な空気の中、焔はひたすら兄を待つしかなかった。

 

 

…… …… ……

 

 

「おめぇ転生者だな? 俺様の邪魔をするなら、死んでもらうぜ!!」

 

「……何を言っている? この俺の能力に、勝てると思っているというのか?」

 

 

 突然このような会話をしだした少年たち。喧嘩を売り始めた少年をA、ガタイがいい、それを買う少年をBとしよう。転生者たちは、自分が主役であることを信じている。ゆえに、原作キャラを独り占めしようと、目論んでいるものも多い。そして、同じ考えの転生者同士が出会った場合、基本的に戦闘となる。だが、その能力が高ければ高いほど、周りに壮大な被害を与えることになるのだ。

 

 転生者は基本的に魔法世界で暴れまわっている。しかし、原作開始直前ということもあり、この麻帆良に多くの転生者が在籍していた。だからその分、衝突も起こりやすかった。今、それが始まろうとしているのだ。

 

 

「じゃぁ、俺様の”特典(のうりょく)”を先に見せてやるよ!! ”武装錬金”!!」

 

「何!? それがお前の武器か!!」

 

 

 武装錬金、それは核鉄を用いて発現する武器である。使用者の闘争本能に応え、さまざまな姿へと変化する。だが、これは転生神により与えられ、固定された武装であり、使用者の闘争本能とは何の関係も無い。そして、少年Aが操る、その武装錬金が姿を現した。

 

 

「これが俺の貰った特典だ!! ミサイルランチャーの武装錬金、”ジェノサイド・サーカス”だ!!」

 

 

 ……おぞましい光景だった。大量に配置されたミサイルポッドの群だった。少年Aの立っている周囲にそれが展開されていた。そして広場の一部がミサイルポッドに埋め尽くされ、それを放つだけで全てを破壊しつくすだろう。だがなぜか、それを見た少年Bは愉快に笑い、余裕を保っていた。

 

 

「クックックックッ、いやいや……、まさかこうなるとは、面白くなってきた……」

 

「アァーん? 何余裕こいてんだおめぇ!? 俺様の武装錬金を見た恐怖で、頭がおかしくなっちまったか?」

 

「あぁ、いや、笑いしかないな……。なぜなら、俺も似た能力を持っているからだ!! 見せてやるか、俺の”特典(アルター)”というものを!!!」

 

 

 すると少年Bの体から、大量の重火器が生え始めた。全身を重火器に埋め尽くし、柱のように立ち尽くすガタイのいい少年B。その姿はまさに、人間破壊兵器と言っても過言ではなかった。

 

 

「これが俺の特典……、アルター、”殲滅艦隊(ゴーランド・フリート)”!!」

 

「な、にぃ!? 俺の特典(のうりょく)とそっくりだ……!?」

 

 

 それは漫画版スクライドに登場する人物、ハーニッシュ・ライトニングが操っていたアルター能力。いわく無敵、いわく最強。そう呼ばれたほどの能力だった。重火器による大量破壊を前提にしたアルター。ジェノサイド・サーカスに近い特性を持つ、破壊の化身となるものだ。

 

 近い能力者同士の戦い。両者とも動かずに、静かに、何かを待つように、たた立っているだけだった。そこに、一枚の葉っぱが落ちてきた。それが両者が立っている、中央の地面に触れると、両者は能力名を叫んで攻撃を開始した!

 

 

「”ジェノサイド・サーカス”!!」

 

「”殲滅艦隊(ゴーランド・フリート)”!!」

 

 

 その号令と共に、すさまじい破壊音が鳴り響く。静かだった世界樹前広場が、一転火の海へと変わってしまったのだ。焔はこの光景を見て、過去の出来事がフラッシュバックしたのだ。あの時と同じ、二人の少年の戦闘。そこから始まった大規模な破壊。街の崩壊。街と共に滅びていく人々。自分を守ろうとして、命を落とした両親。それを見て、焔はたまらず叫び声をあげていた。悲痛な叫び声だった。

 

 

「や、やめろ!! やめるんだ!! そんなことをすれば、この街が破壊されてしまうではないか!!」

 

「誰だか知らねぇが、危ねぇと思うならここから消えな!!」

 

「こうなった以上、俺を止めることはできんぞ!」

 

 

 まるで話を聞いていない。話を聞くよりも、戦闘のほうが大事なようだった。そこには、大量のミサイル群を全身に受けているのにも関わらず、さほどダメージがなさそうな少年Bと、その逆に、ミサイルの雨を先読みしながら回避し、自分のミサイルで打ち落とす少年Aの姿があった。

 

 しかし、広場はすでに破壊しつくされ、もはや完全に別の場所のように変わり果ててしまった後だった。焔はなんとか戦闘を止めようと、必死に叫ぶ。自分が何をしたというのだ、なぜこのような仕打ちをするのだと。

 

 

「やめてくれ! なぜこんなことをするんだ!! 何の恨みがある!! 私はただ、普通に生活していただけだ!!」

 

「恨みなんぞない、ただ、目の前に敵がいるだけだ!!」

 

「危ねぇから消えろっつってんだろ!! 死にてぇのか!?」

 

 

 その会話後、さらに戦闘が激しくなり、加速していく。ミサイル群とミサイルの雨の衝突。空中、地上、ありとあらゆる場所で爆発が起きていた。少年Bが立っていた場所は、完全に破壊しつくされ、何も残っていなかった。それだというのに、少年Bはやはり元気そうに、少年Aに対して攻撃を行っているのだ。少年Aも、回避と相手のミサイルの打ち落とし、無傷で応戦していた。

 

 爆音と轟音が鳴り響く広場は、もはや爆発と発生した立ち込める煙以外、何も見えなかった。焔はもはやしゃがみ込んで、泣き崩れていた。どうしてこうなってしまったのか、あの時と同じくこの場所も、何もかもを破壊されてしまうのかと。

 

 

「なぜ……なぜなんだ……どうして……」

 

 

 爆発の中、ただ泣くことしかできない焔。もはやなすすべは無い。どうして、なぜ。何度考えても、焔が欲した答えは出なかった。さらに、焔の近くでミサイルが着弾し、焔は吹き飛ばされた。階段近くの壁に、背中を打ちつけ、力なく横に倒れることしかできなかった。

 

 

「もう……やめてくれ……」

 

 

 爆発で吹き飛ばされた痛みに耐えながら、大規模な戦闘により見るも無残な光景を、焔は見ているしかなかった。もう終わりだ、あの時のように、何もかもをまた失うだけだ。もう焔は完全に諦めてしまっていた。だが、そこに天をも焦がすほどの膨大な炎が、二人の少年の中心に巻き起こったのだ。

 

 

「何!? これはなんだぁ!?」

 

「ぐおおお……!?」

 

 

 そこの炎の中に、二人の少年が立っていた。赤い鉢巻の男子、熱海数多。そして星のアクセサリーを身につけた少年、赤蔵覇王。その二人が炎の中で静かに立っていた。怒りに燃えながらも、その怒りを抑えながら、その場所に立っていた。そしてその巻き上がる炎は、彼らの怒りを表すかのように、轟々と燃え上がっていた。

 

 

「兄……さん……」

 

「よー、わりーな、遅れちまった」

 

「怪我してるみたいだね、治療しよう」

 

 

 数多は遅れたことを謝罪し、覇王は焔の怪我を巫力を使って治療する。その突然の来訪者に二人の転生者は、戦いに水を差されたことで怒りの声をあげていた。

 

 

「おめぇら!! 俺様の邪魔をするんじゃねぇ!!」

 

「なかなか面白い戦いだったのだが、こうも邪魔されてはかなわんというものだな!」

 

「……あー? 周りを見ろや……。テメェらの戦いで、ひでー事になってるじゃねーかよ……」

 

 

 その二人の発言に、怒りの炎に燃える数多。この二人の戦いで、広場のありとあらゆる場所が、完全に破壊しつくされていたのだ。数多は焔をその場に寝かせ、戦闘態勢に移る。そして覇王もこの戦いに怒りを覚えており、確実に倒す手に出た。

 

 

「ひでーことをしやがるぜ……。まったく久々の戦闘だっつーのに、胸糞悪いぜ」

 

「本当に久々だ、こんなに気分が悪いのは……。S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)O.S(オーバーソウル)……」

 

 

 今の覇王のO.S(オーバーソウル)は、いつもの赤き巨人であるS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を空気を媒介に、具現化させるものではなかった。圧縮されていくその膨大な巫力。シャーマンキングにて、最強と呼ばれ、無双を誇ったO.S(オーバーソウル)。宇宙にある衛星砲からの爆撃すら、無傷で耐えるその姿。それが甲縛式O.S(オーバーソウル)、その名は……。

 

 

O.S(オーバーソウル)、”黒雛”……。お前らにはもう、手加減する気はない……」

 

「馬鹿な!? ハオだと!?」

 

「どういうことだ……!!?」

 

 

 覇王のその姿に、恐怖と戦慄を覚える二人の転生者。その姿は背中から回り込むように、長いアームが生え、鋭い爪を覗かせている。尻尾のようなパーツを背中から一本生やし、その左右の上段に、二本の蝋燭が装備されていた。これが最強のO.S(オーバーソウル)、黒雛の姿だ。最強のO.S(オーバーソウル)が今、ここに君臨したのだ。

 

 

「僕はあのデカイのをやる、しぶとそうだしね。……熱海先輩は、そっちを頼んだ」

 

「そうだな、こっちは俺に任せときなー!」

 

 

 両者が衝突し、戦いの火蓋は切られた。全てを破壊しつくすミサイルの豪雨が飛び交う。そしてそれを向かい撃つ二人。その傍らで、上半身を起こし、壁を背にもたれかかる少女が、ただそれを見てるしかなかった。

 

 

…… …… ……

 

 

 世界樹前広場にて、二人の転生者の少年が戦闘を繰り広げたいた。

 

 その少し前、熱海数多は妹の約束のため、その広場へと向かっていた。その途中で、ある人物に出会ったのだ。それが赤蔵覇王であった。覇王は今世にて、アルカディア帝国へと赴いた時、この数多と知り合い、友人となっていた。また、麻帆良学園本校男子中等部の先輩と後輩という仲でもあり、たまに学校で話したりもしていたのだ。数多は時間に余裕があると考え、少しだけ話そうと考えたのだ。

 

 

「よぉー、覇王じゃんかよ、元気してっかー?」

 

「おや熱海先輩、こっちはまあまあさ。そちらも元気そうでなによりだね」

 

「まーな、しかしここは平和だねー」

 

「表向きにはね、それにこの前ひどい事件があったし、一概にそうとも言えなくなって来てるかもしれないよ?」

 

「ひどい事件?」

 

 

 数多は男子中等部で生活しており、さほどそこから出ない。妹の焔とも連絡は取り合っているのだが、その事件のことは聞かされていなかった。

 

 

「女子寮に下着泥棒がでてね、それが転生者の仕業だったのさ」

 

「なん……だと……」

 

 

 数多はショックだった。まさかそんな事件があろうとは思っても見なかった。そして女子寮ならば、妹である焔も被害にあっている可能性を感じ、少し頭にきたようだった。

 

 

「その犯人を、一発殴っていいかなあー? ほんのちょっと、なでるように殴るだけだからよー!」

 

「もう十分僕らが殴ったし、女子たちも殴ったみたいだから、それ以上は必要ないと思うけどね」

 

 

 その犯人はすでに覇王と友人の状助にボッコボコにされていた。さらに、その盗んだ下着を返した時に、女子にもボコボコにフクロにされたようだった。だからもう、これ以上殴る必要はないと、覇王は言ったのだ。それに、あの後犯人は特典も無くなり、女子にボコボコにされた恐怖で、女性恐怖症となってしまったようなのだ。そういった理由があるので、それ以上するとかわいそうだなーと、覇王は考えたのだ。

 

 

「そうかー? ならいいけどさ……。妹もそのことは言ってくれなかったし、気がつかなかったぜ」

 

「まあ下着が盗まれるなんて、少し恥ずかしいだろうから、しかたないんじゃない?」

 

 

 まあ、こんな感じで数多は会話していたら、妹との約束の時間が少しだが過ぎてしまっていたのだ。やべぇー!と思い、急遽、その待ち合わせ場所へと移動しようとしたその時、その待ち合わせ場所付近から巨大な爆発音が響き渡った。覇王も数多も、驚き戸惑った。まさか、この麻帆良で転生者同士が戦っているのではないかと。

 

 

「な、なんだこの爆音は!? 尋常じゃねーぞこれ!?」

 

「まさか、転生者が戦闘を始めたのか!?」

 

「お、おいやべーぞ!あの場所の辺りに妹が居るかも知れねぇ! 急がねーと!!」

 

「待つんだ熱海先輩、僕のS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に乗って飛んでいった方が早い!」

 

 

 その爆音はやむことなく、さらに激しさを増していくばかりだった。さらに、約束した場所である広場からは、すさまじい煙とともに、大規模な爆発が起こっていたのだ。数多は焔が待っているのではないかと心配になり、急いで駆けつけようとした。そこで覇王は、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)O.S(オーバーソウル)し、それに乗って空から移動することを提案したのだ。数多は考えることもせず、それを承諾した。

 

 

「おう、すまねーが任せたぜ!」

 

「もう準備はできている、さぁ乗るんだ」

 

 

 しかし、実は数多にはS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を見ることが出来ない。だから覇王の横に移動したのだ。すばやくS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の左手に乗った二人は、すさまじい速度で飛び立った。そしてその時、二人は上空からその広場を見た。

 

 だがそこには、普段の静かな広場ではなく、悲惨な光景が眼下に移っていた。すさまじいミサイルの群と同じくミサイルの雨が、衝突して大規模な破壊が発生していたのだ。広場は無残なことになり、原型をほとんどとどめていなかった。数多は妹の焔を発見したが、その直後ミサイルが焔の近くに着弾し、その爆発で吹き飛ばされた。

 

 そして、焔は広場の階段近くにある壁に衝突し、横たわってしまっていたのだ。数多はその光景を見て、完全にキレていた。だが、平常心を保つことは忘れてはいない。心の強さとは、自らを抑え、それを自らの力へと換えることなのだから。

 

 

「俺が炎を出す! 俺の炎なら、広場を破壊せずに済む。奴らのど真ん中の花火の中に降り立つぞ!」

 

「炎で彼らの気を引いて、一度戦闘をとめるわけか。わかった、中央に下りたとう」

 

 

 熱海数多の能力、それは真の熱血(パシャニット・フレイム)だ。父親である熱海龍一郎が、修行の末、完成させた境地の一つでもある。真の熱血とは、自らの感情や思いを燃焼させることで、炎を発生させるというものだ。

 

 その炎は特殊であり、自らが定めた存在のみに熱量を与え、炎上させることができるのだ。なぜなら、自らの感情で生み出す炎であり、この世界の自然現象ではないからだ。その力ならば、熱量を感じさせない見掛けだけの炎を作り出し、広場を傷つけずに派手に炎上させれるのだ。

 

 そして、現在へといたるのだった……。

 

 

…… …… ……

 

 

 

 転生者の少年Aと少年Bは戦慄していた。なぜなら目の前にあの麻倉ハオにそっくりな少年が、最強のO.S.(オーバーソウル)黒雛をまとっていたからだ。そして、覇王は宣言どおり、ガタイのいい少年Bへと攻撃を開始した。

 

 

「ハオ……、貴様を倒さなければならないなら、倒すしかなかろう。”殲滅艦隊(ゴーランド・フリート)”!!」

 

「その程度の攻撃で、僕を倒す気だというのなら、笑えない冗談だ」

 

 

 少年Bの号令とともに、おびただしいミサイルが全身から発射された。しかし、そのミサイルの雨の隙間を潜り抜け、覇王は高速で飛行し、少年Bへと近づいていく。

 

 

「ぬう、あたらぬなら、さらに数を増やすまでだ!!」

 

「くだらない、諦めて潔く燃やされてしまえよ」

 

 

 少年Bは、さらに発射するミサイルの数を増やした。覇王はそれすらも簡単に回避していく。だが、そこに特大のミサイルが覇王に接近していた。少年Bの切り札らしき、大型のミサイルだった。しかし。

 

 

「無駄なことを、衛星砲の爆撃すら効かぬこの黒雛に、その程度の能力で敵うと思うのか」

 

「な、何だと……!? バカな!? これほどだというのか!?」

 

 

 覇王はそう言ってのけると、その大型ミサイルを黒雛のアームで握りつぶし、爆発させたのだ。少年Bはその光景を見て、恐怖の混じった表情で、驚くことしかできなかった。そして爆発の煙を衝きぬけ、少年Bの近くまで接近したのだ。その直後に、覇王は黒雛のアームで少年Bの腹部を串刺しにし、炎上させた。

 

 

「ガ、グアアアアアアアアアアアアガアアアアアアアアア!!!」

 

「ふん、最初からこうしていろ」

 

 

 少年Bは炎上しながら、炎に焼かれる苦しみと、腹部を串刺しにされた痛みにより、絶叫をあげていた。それをうるさそうに聞きながら、つまらないやつを倒したと、覇王は考えていた。そう思考しながら、少年Bを一度殺した後、黒雛を解除し、普段のS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)O.S(オーバーソウル)しなおす。そして、いつもどおり特典をS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に喰わせ、生き返らせたのだ。もはや何度目だろうかと思い、手馴れた作業のようにそれを行う覇王だった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 覇王が少年Bと戦闘を開始した直後、数多も少年Aと戦闘を始めていた。少年Aは相手が覇王でなくて、心底安心していた。なぜなら覇王にはミサイルが通用しないことぐらい知っていたからだ。だから、自分よりも年上らしきこの男子が相手だということに、余裕を感じていたのだ。

 

 

「俺様がおめぇみてぇなやつに、負けるわけがねぇ! 邪魔をするなら消えろ!!!」

 

「あぁー、そう上から目線だと、足元が見えなくなるぜ?」

 

「はっ、俺様のジェノサイド・サーカスに勝てるかよ!!」

 

 

 少年Aはそう言うと、大量のミサイルポッドから、雨あられのようにミサイルを発射した。そして全ての目標を数多へと向け、そのまま着弾するのを微笑しながら待っていた。だが、そこで奇妙な現象が発生したのだ。

 

 

「”真の熱血(パシャニット・フレイム)” !うおおおおおおおお!!」

 

「な、なんだこれは!? どうなってやがる!!??」

 

 

 大量のミサイルが数多に着弾する前に、数多の周囲に膨大な爆炎が生み出されていた。そして、その炎がミサイルを飲み込むと、ミサイルが炎上して燃え尽きたのだ。少年Aは驚いた。なぜならミサイルが炎にあぶられても爆発せず、灰となって消えていったからだ。

 

 

「俺様のジェノなんとサーカスがなんだって?」

 

「や、野郎ゥゥゥゥゥゥ!! ならばこれならどうだ!!!!」

 

 

 少年Aは先ほど以上のミサイルの豪雨を数多に向けて発射した。数多は少年Aに近づくため、地面を蹴って移動した。その大量のミサイルは、またしても数多が放出した炎により、焼却されて消滅していく。少年Aは完全にあせっていた。自分が選んだ誰にも負けないはずの最高の特典が、こうも無効化されてしまっていたからだ。

 

 

「オラァ!!!」

 

「グッ、あたんねぇよ!!!」

 

 

 数多は少年Aに接近し、その拳を少年Aの顔面へと突きつけた。しかし、少年Aはそれを回避したのだ。そして、少年Aは、追撃のミサイルを繰り出す。数多はそれを炎上させて消し去り、虚空瞬動を用いて移動し、少年Aを逃がさぬよう射程を保つ。

 

 

「なんで俺様のミサイルが爆発せずに灰になるんだよ!? ありえねぇ!!」

 

「そんぐれー自分で考えな!! オラオラオラオラオラァ!」

 

 

 数多は何度も拳を少年Aへと打ちつける。しかし、それすらも少年Aは回避して見せたのだ。数多は少年Aの能力に、予知か攻撃がはっきり見える能力を持っていると考え始めた。また、少年Aは自分のミサイルがまったく通用しないことに、もはやパニックになりかけていた。さらに近距離を保たれてしまっているため、ミサイルを発射することができずにいたのだ。

 

 

「考えてもしょうがねーな、一つ一つ試してみるか!」

 

「ふざけんなぁぁああああ!! 俺様が主役だぁぁあああ!! くたばれぇぇ!!!」

 

 

 もう少年Aは自暴自棄となり、大量のミサイルを数多へと放った。数多と少年Aの距離は近く、数多に命中して爆発すれば、少年Aも無事ではいられないというのにだ。つまり、それほどまでに少年Aは、精神的に追い詰められていたのだ。そしてそのミサイルが数多に触れる直前に、恐怖のあまり少年Aは目を閉じてしまった。命中すれば大爆発が発生し、自分もかなりダメージを受けてしまうからだ。だが、そのミサイルすらも、全て燃え尽き灰となった。少年Aは失念していた、そうなることすら予想できないほど、完全に混乱していたのだ。そして、その目を閉じた瞬間が隙となり、数多の渾身の一撃を受けることになる。

 

 

「ハイパーナッコォォォーッ!!」

 

「ガッハッ……!?」

 

 

 数多の拳には炎が発生しており、殴られた痛みだけでなく、その熱のダメージをも与えるのだ。その一撃は少年Aの顎に決まり、少年Aはその痛みと、頭が揺らされたせいで、感覚がおかしくなってしまったのだ。さらに、数多は連続して拳を打ち放ち、少年Aを殴り続ける。

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラァァッ!!」

 

「ギイイイアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 

 高熱の炎をまとった拳を、何度も打ち付けられる少年A。もはや完全に再起不能なレベルにまで殴られていた。数多は死なない程度にはとどめているが、それでも本気で殴り続けているのだ。妹が怪我を負わされ、怯えていたのだから当然である。数多は怒りを面に出していなかったに過ぎないのだ。そして、その拳の連打は終わりを告げ、数多は最後の一撃を少年Aへと繰り出す。

 

 

「オラァァァァッ!!」

 

「ウギャアアアーーーッ!?」

 

 

 顔面を殴り飛ばされた少年Aは、少年Bの特典を奪い終えた覇王の足元に転がった。覇王はその少年Aに止めを刺し、少年Bと同じように特典を奪い、そのまま面倒そうに生き返らせた。

 

 

「ナイスだったよ先輩、いいところに飛んできた」

 

「狙っては居なかったぜ? いやでも助かったぜ。あいつ目を瞑ってくれたからよー、その分楽に殴れたってわけだ。でなけりゃとりあえず、死角に回り込まなきゃならなそうだったかんなー」

 

「ふむ、攻撃が見えるような能力持ちだったんだろうか」

 

 

 少年Aの特典の一つは動体視力の向上であった。それは動くものがはっきり見えるということだ。だから高速で動く数多の拳にも反応できたのだ。だが、目で見ていなければ意味が無い。少年Aは目を瞑ってしまったが、数多はそれが無ければ目では届かない死角に入り、倒そうと考えていたのだ。

 

 

 さて、少年Aも疑問に感じた、ミサイルが爆発せずに炎上し、灰となって消えた現象。別に難しいことではない。真の熱血は感情を燃料として発動する発火現象である。いかなる存在をも、目標として捕らえれば燃やすことができ、それは自然現象としての発火ではないのだ。複数のパーツからなるミサイルという兵器ではなく、”ミサイル”という単体の存在を燃やし尽くしたということである。だからこそ爆発せずに灰となって消えたのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 戦いは終わった。覇王は転生者らを睨み監視しており、数多は壁にもたれかかった焔に近寄った。

 

 

「よう、ひでー目にあっちまったな、悪かった」

 

「大丈夫……というほどでもないが、とりあえず、ありがとう」

 

「いやー覇王と途中会っちまってさー、ちーと会話してたら遅くなっちまったんだわ。ほんと悪かった!」

 

「普段なら怒るところだが、今日は助けてもらった、だから気にするな……私も気にしない」

 

 

 数多は遅れた理由を述べ頭を下げに下げていた。焔も助けてもらったし、怒る気はないようだ。そこで第三者が現れた。仮面の騎士メトゥーナトと、それに抱えられてるリーゼント、東状助だった。

 

 

「君たち、大丈夫か? おや、数多か。元気そうで何よりだ」

 

「よーおっちゃん! そっちもいつもどおりっぽいな!」

 

「あれは確か皇帝の部下の一人だったか」

 

「どうも……」

 

「来史渡さんよぉ~、俺なんで連れてこられたんスか?」

 

 

 状助は強制的にメトゥーナトにつれてこられたようで、どうして連れて来られたかがわかっていないようだった。覇王はそれを見て愉快に笑っており、状助は覇王が居ることに驚きつつ、いつものことかとため息をついていた。

 

 

「学園の魔法使いもそろそろ来るだろう、まあ君たちは帰ってもいい。私がとりあえず報告しておこう」

 

「おう? いーんですかい、それで?」

 

「それは助かる。せっかくの休日なんだから、つかまったら大変さ」

 

「お、俺はどうなんスかねぇ~?」

 

 

 状助以外はこのまま解散してもよいとメトゥーナトに説明され、それを喜んでいた。メトゥーナトは、その場で状助に連れてきた理由を説明し始めた。

 

 

「すまなかったね、状助君。君にはこの広場を”直して”ほしい。ちゃんと依頼料は出す、頼まれてくれるか?」

 

「確かにこりゃひでぇ~ぜ。ま、そうなら仕方ないスね! クレイジー・ダイヤモンド!!」

 

 

 メトゥーナトがなぜ状助をこの場につれてきたかというと、広場の修復であった。爆音や轟音が鳴り響いていたので、広場が破壊されていることを考えたメトゥーナトは、状助に連絡し、そのまま連行したのだ。状助はそれを聞くと納得し、能力を使って広場を修復した。

 

 

「状助はほんとチートだね、クレイジーだ。僕も生物以外の修復はできない」

 

「いやホントすげーな、一瞬で直っちまったよ」

 

「一体どうなっているのだろうか……」

 

「そんな褒めねぇでくれ! 照れるじゃねぇかよ!」

 

 

 クレイジー・ダイヤモンドの能力により、破壊された広場は時間を巻き戻すかのように、修復されていった。広場は一瞬にして元通りに戻り、破壊されつくした広場ではなく、元のきれいな広場へと修復されたのだ。そしてメトゥーナトが戦闘を始めた転生者二名に拘束魔法を使い確保していた。この場で魔法使いが来るのを待つようだ。

 

 

「大体の経緯は彼らから聞くとしよう。君たちは解散してくれてもかまわない」

 

「んじゃ、けぇりますか~!」

 

「ありがてぇーぜ! おっちゃん!!」

 

「とりあえず、別の場所へ行こうか。さあS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に乗るんだ」

 

 

 移動のためにS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)O.S(オーバーソウル)する覇王。戦闘以外は基本的にタクシー代わりにされるのがS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の宿命なのだろうか。まあ、空も飛べるし便利なので、しかたないのではあるが。しかしそこで、焔はそのS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に乗ることを躊躇した。

 

 

「お、恐ろしい……全ての炎の精霊の主に乗るなど……」

 

「おい覇王!妹をビビらせてどうすんだよ!!」

 

「え?なんで驚いているのか、さっぱりわからないんだけど」

 

 

 焔は”原作どおり”炎を操る。そして炎精霊化もできる。つまり炎の精霊には敏感なのだ。そこに五大精霊の一体である、全ての炎の源たるS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が目の前に現れればどうなるだろうか。そりゃビビる。最強にて最大の炎の精霊なのだから。それに足をつけて踏みしめろなどと、焔にはできるはずがないのだ。

 

 

「魔法世界では、ある程度遠くに感じていた力だったが……。そしてなぜか最近、この近くで全ての炎の精霊の主が動き回っていると思っていた。……だが、まさか”星を統べるもの”がすぐ近くにいるとは……」

 

「”星を統べるもの”? なんスかその厨二病っぽいネーミングは?」

 

「それ、僕の異名なんだけど」

 

 

 覇王は厨二病な異名である”星を統べるもの”と魔法世界で呼ばれ、有名なのだ。五大精霊S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を操る、不敗の少年としてとても人気者なのだ。しかしまさか、ここで状助にそれがバレるとは思っていなかった。ちょっとショックだった。まあ、なじってきたら威圧してしまえと考える、この覇王は本当に最近ドSなのだ。

 

 

「え? マジかよグレート……」

 

「シャーマンキング、星の王にもなってないのに、そう呼ばれるのは心外なんだけど」

 

「そ、それは申し訳ございませんでした」

 

「いや謝るのは覇王だろうが!!」

 

 

 覇王はG.S(グレート・スピリッツ)を見つけておらず、星の王になってないので、その異名は好きではなかった。むしろ煽られているんじゃとすら考えるほどだ。焔はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を操る、星を統べるものである覇王を噂で知っており、尊敬の念があったので恐縮しているのだ。そして、別に焔を驚かせるつもりなど毛頭なかった覇王に対して、驚かせたのは事実だから謝れと数多は言っていた。

 

 ”原作知識”にて彼女が焔だとわかれば、ある程度察しがつくのだが、覇王は原作知識をほとんど失っているのだ。それに焔には転生者用の認識阻害がかかっているので、原作知識が残っている状助も、焔のことに気がつかないのだ。覇王はしかたなく、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)をぬいぐるみのような小さい姿にして、焔に手渡した。

 

 

「ほら、これなら怖くないだろ?まあ、しかたないね、とりあえず歩こうか」

 

「た、確かに、見た目だけなら怖くないないのですが……。圧倒的な存在感はいまだに残っている……」

 

「まあ、しょうがねぇスな、歩きますかね」

 

「だから覇王! 謝ってやれよ!! なぁー!!」

 

 

 いまだに数多は覇王に謝れといい続けており、覇王はもう半分無視していた。状助はその隣に続いて歩き始めた。焔は小さく人形のようになったS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を神妙な気分で抱え、数多の後ろをついていく。そして、とりあえず四人は、どこか適当なくつろげそうな場所まで移動することにしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 とりあえず休める場所へと移動してた四人は、適当な店に入り、適当な飲み物を注文するのだった。数多は先ほどの戦いで、目的をすっかり忘れていた。ここに来てようやく、数多はどうして焔と待ち合わせたかを思い出し、その内容を聞いたのだ。

 

 

「そーいや、なんか相談事あったんだっけ? ノーテンキなクラスに馴染めないとか?」

 

「確かに今まではそうだったが、今は少し違う」

 

「違う? どーしたんだ?」

 

 

 焔はぬいぐるみのようなS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を抱きかかえている。そして、それを眺めるように下を向き、考え込んだような表情をしていた。数多は今は違うといわれて、どうしたんだろうかと考えた。覇王と状助はそれを見ながら、静かに聞いていた。

 

 

「今まで私は、自分は”神に捨てられたもの”と考え、彼女たちを”神に選ばれたもの”だと考えてきた。それを妬ましいと感じていたのかもしれない」

 

「なーるほど。で、今は違うってーのは、どういうこった?」

 

「……あの二人の戦闘が始まって、ここも自分の街と同じようになると思った。そしたらここに住む人々も、誰もが私のようになってしまうと思った」

 

 

 焔は今まで自身の過去から”神に捨てられたもの”と格付けし、円満な生活をするのー天気なクラスメイトを”神に選ばれたもの”と格付けしていた。しかし、自分が過去に味わった恐怖の戦闘が、この場所でも起こることを知って、意見が変わったようだ。

 

 

「彼女たちの近くであの戦いが起これば、私のように”神に捨てられたもの”になってしまいかねない。いや、現に今日、それが起こってしまった」

 

「ふむ、確かにそうだなあ、迷惑な話だが、また起こるかも知れねー……」

 

 

 転生者はまだ、この麻帆良に大量に存在する。つまり、今日のような出来事が、もう無いとは言い切れない。むしろ、これからそういうことが増える可能性だって存在するのだ。

 

 数多の発言の後、焔は数多のほうへ向きなおして会話を始めた。その目にはもう、迷いは無かった。

 

 

「兄さんも知っているとおり、私は私のような過去を持つ子供が、なくなればいいと思っている」

 

「それは聞いたな。戦いで孤児となった子供が、いない世界になればいいって、いつも言ってたよな」

 

「だが私は同時に、平和に暮らす彼女たちを色眼鏡で見ていたようだ。私のよな過去を持たない、のー天気なやつらだと思い、勝手に拒絶していた」

 

 

 ”原作”でも焔を含めたフェイトの従者たちは、孤児が二度と現れない世界がほしくて、フェイトと共に世界滅亡の道を歩んでいた。それはフェイトと共に、多くの争いの残酷さを見て来たからなのだろう。確かにそう考えてしまうのも、しかたないことだった。だからこそ、その傍らで、3-Aのメンバーに嫌悪感を抱き、自分たちは彼女たちと違うという意思で、戦っていた。しかし、フェイトの従者たちは、そこに大きな矛盾が存在していることに、まったく気がついていなかった。

 

 そしてこの焔も、ある程度そういうものを見て来た。父親の龍一郎の同僚、ギガントを手伝おうと、戦場近くの医療テントの村を歩いたこともあった。フェイトがつれてきた孤児を、何度も見ていた。だからこそ、そういう考えにいたったのだった。

 

 だが、その矛盾に気がついた焔は、数多に対してしっかりとした声で告げる。自分でたどり着き、得た答えを。

 

 

「でも、それも今は違うんだろう?」

 

「今日のあの二人の戦いで、思い知らされた。そして同時に気がつけた。私のような孤児がなくなるということは、全ての子供たちが、彼女たちのような平和な暮らしをするということなのだと……」

 

 

 ”神に捨てられた”子供が出ない世界とは、つまり誰もが平和に暮らし、笑顔が絶えない世界だ。焔は孤児が出ない平和な世界になってほしいと思う反面、平和な世界のクラスメイトを拒絶していた。しかし、その矛盾に、今日の広場での転生者同士の戦闘で、気がつくことができたのだ。

 

 

「今までは、それに気がつかなかったのだ。自分の過去ばかり気にして、他人の過去ばかり気にして。まったく気がつけなかった……」

 

「でも気がついたじゃねーか。今日の出来事はひでーことだったが、得られるものもあったのは大きいかもな」

 

「……かもしれない。あの争いがなければ、私はずっとこの矛盾を抱えたままだった。あの争いで、どんな人でも、突然”神に捨てられる”ことを、知ることができたんだ」

 

 

 人間、生きていれば必ず悩みや壁にぶち当たる。平和な街ですら、突然事故にあって不幸な思いをする人もいる。神に選ばれることも、捨てられることも、きっと神の悪戯なのだろう。そして、神に捨てられた後、どうするかが問題なのだと、焔はそう思えるようになったのだ。

 

 

「まー、俺や親父もそこんとこ、けっこー気にしてた。相談されたら、ちょいとヒントぐらい出そうと思ってたのさ」

 

「やはりそうだったのか」

 

 

 数多と龍一郎は、そのことに気がついていた。だから何とかしてあげたいとも考えていた。しかし、それはきっかけを作ることであって、答えを教えようとは思っていなかった。自分で気がつくことが、最も重要だと考えていたからだ。

 

 

「焔はさ、過去ばっか気にしてたしよー。今はもう元気なんだから、少しぐれー楽しく暮らしてもいいじゃねーかって、よく親父と話してたぜ?」

 

「……そうか……。だから父さんは、私をここへ行かせたのか……。そして、こういうことが言いたかったんだな。兄さんの言うとおり、不器用な人だ……」

 

「ああ、不器用な親父だよ。強いけど、ホント不器用な、最強で最高の親父さ」

 

 

 答えは得た、大丈夫だよ。これから頑張っていくから。こう書くとそのまま死んでしまうかもしれない。だが、焔は自分で答えを見つけることができた。他人から教わるわけでも無く、自ら答えを出すことに、とても大きな意味があるのだ。そんな会話を静かに聞いていた状助は、涙を流して感動してた。いい話だなーと泣いていた。覇王も、その話を聞き入れて、静かに目を閉じていた。いい話だ、最高の家族じゃないかと。

 

 

「まだ、すぐには馴染めないし、彼女たちに対する気持ちも、すぐには変えられない。だが、なんとかやっていけそうだ」

 

「おう、その意気さ! 多くの友人を作れなんて言わねー、少しずつ変わっていけばいーのさ!」

 

「そうだね、少しずつ変わる意思が、重要さ」

 

 

 そこで覇王が会話に加わってきた。変わる意思が重要だと。覇王も1000年前転生し、一度本気で絶望したことがあった。だが、それも悪くないと意識を改めたら、別になんともなくなってしまった。住めば都という言葉があるが、まさにそのとおりだったのだ。その経験があるからこそ、出る言葉であった。

 

 

「僕もいろいろあった、そういう意識の変革はすぐにはいかない。だけど、変えられないことは無かった。無理せず、変えていけばいいと思うよ」

 

「……そうですね。流石”星を統べるもの”、ためになることを言ってくれます」

 

「それ、やめてくれないか?」

 

「あ、いや、申し訳ございません……」

 

 

 その”星を統べるもの”という異名は、覇王は本気で気に入らないのだ。G.S(グレート・スピリッツ)を持たない自分が、星を統べるわけがないと思っているからだ。……実際は、星形のアクセサリーを大量に装備してるから、そんな名前で呼ばれるようになったのだが。そして、またしてもやってしまったと焔は反省し、小さいS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)をギュっと抱きしめて縮こまってしまった。状助はいまだに感涙にむせび泣いており、良い話すぎるぜー、と言っていた。

 

 

「いやーでも、悩みが解決してよかったよかった。あの二人はどうしようもなかったが、得るものがあって助かったぜ」

 

「まったくだよ。ただのはた迷惑な連中で終わらなくて、むしろよかったと思うべきかな?」

 

「どうあれ、私はもう二度と、あの光景は見たくはないぞ……」

 

 

 いやーほんと、あの馬鹿ども、どうしてこんな馬鹿な真似してくれたんだろうか。と数多と覇王は言いつつも、まあ、焔の悩みを解決する糸口を出してくれたことに、ほんの少し、雀の涙ほどに感謝しておいた。焔はもう、あの光景は二度と見たくないようだ。当然である。本気でトラウマなのだから。状助もようやく復活したようで、注文したジュースを飲んでいた。

 

 

「……こういう平和も、悪くないか」

 

「だろ? 今まで肩の力を入れすぎた分、ちったー楽に生きてみればいーんじゃねーかな?」

 

「そうだな、今は少しずつ、そうして行こうと思っている」

 

「……楽に生きる……か」

 

 

 焔はもう少し楽しく生きようと思い、心に誓ったようだ。しかし、楽しく生きるという言葉に、覇王は何か悲しいものを感じていた。

 

 

「覇王、どうかしたか?」

 

「いや、別になんでもない。楽に生きる、いい言葉だなと思ってね」

 

「楽に生きられりゃいいっスもんなぁー!」

 

 

 状助も会話に加わってきたようだ。だが覇王の気分は晴れなかった。その”楽に生きる”という言葉が似合うはずの”彼”が、どうしようもない駄目なやつだったからだ。そして、どうしてもっとしっかり”彼”を導けなかったのかを、覇王は考えてしまった。暗い考えで、暗い表情となった覇王を、状助は心配した。

 

 

「覇王よぉ~、どうしたってんだ? すげぇ気分が悪そうだがよぉ~?」

 

「ああ、何、少しいやなことを思い出しただけだよ」

 

「覇王、妹のようにおめーの相談にも乗るぜ?」

 

「私もです、あなたほどの人の悩み、さぞ辛いものでしょう」

 

 

 覇王はどうしようもなく自分を恥じている部分があった。それは兄弟間のことである。弟の陽を、少しでもまっすぐな人間に変えたかった覇王は、それがかなわなかったことを悔やんでいるのだ。大量に焼いてきた転生者と同じ思考を持ちながらも、自分と血を分けた陽を、何とかしたかったのだ。だが、それはできなかった。悲しいことだが、陽は自分を変えようとはしなかったからだ。覇王が今、最も後悔している部分は、そこなのだ。

 

 

「三人とも、気にする必要は無いよ。もう大丈夫だ」

 

「そうスかぁ? それならいいんスけど」

 

「大丈夫そうに見えねーけど、まあ本人が言うなら無理に聞き出すこたーしねーさ」

 

「本当に大丈夫なのでしょうか……。しかし、全ての炎の精霊の主、柔らかで暖かくて気持ちがいいな」

 

 

 焔この会話の中、ずっとS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を抱きかかえていた。ほんのり暖かく、やわらかいS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に、もはや恐怖はなく、むしろ気持ちよさを感じていた。そんなS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)をもふもふして、喜ぶ焔は、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)がほんの少しほしいと思った。

 

 

「覇王様、この全ての炎の精霊の主、とても気に入ってしまいました」

 

「様はやめてほしいな、せめて”さん”にしてくれないか?」

 

「では改めまして、覇王さん。この全ての炎の精霊の主、少しの間貸してくれませんか?」

 

 

 焔は本気でS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が気に入ったらしく、少しだけ貸してほしいと覇王に提案していた。覇王が様で呼ばれたことに状助は笑い、本物のハオみてぇだなと言っていた。覇王はその姿の状助を見て、あとでいじってやろうと考えていた。そして、流石にS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)は貸せないと断った。今、自分の持霊は、そのS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)しかいないからだ。

 

 

「すまないが、それはできないよ。今の僕には、彼しかいないんだ」

 

「そうですか……、申し訳ないことを聞いてしまいました」

 

「気にしなくていいさ。S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)はなんだかんだ言って、重宝するからね」

 

 

 重宝するっていう意味で、貸してほしいと焔は言ったわけではないのだが。覇王は戦闘以外は、便利グッズレベルでS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を操っているから仕方が無かった。状助もそを知っているので、いないと不便だなーと思っていた。焔はそう聞くと、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を覇王に手渡し、覇王はそれにお帰りと言っていた。そして、全ての注文したジュースも空になってきたことだし、そろそろ帰ることにする四人だった。

 

 

「今日は助かったぜ、俺が最年長だからおごらせてくれや」

 

「いいのかい? それは助かるよ。最近痛い出費をしてしまったからね」

 

「確かに痛かったぜぇ……」

 

「兄さんが払ってくれるのか、ありがとう」

 

 

 数多がジュース代を全部おごることにして、支払いを終えた。そして外に出れば、綺麗な夕日が出ていた。また、明日学校なので、今日はもう、みんな帰ることにしたのだ。

 

 別れの挨拶をして、自分の住む寮へと帰っていく、四人をオレンジ色に染める夕日が、眩しく輝いていた。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:少年A

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:20代公務員

能力:武装錬金でのミサイル攻撃

特典:漫画武装錬金に登場する武装錬金、ジェノサイド・サーカス

   動体視力の向上

 

 

転生者名:少年B

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:20代アルバイト

能力:アルター能力、殲滅艦隊(ゴーランド・フリート)

特典:漫画版スクライドのハーニッシュ・ライトニングの能力

   強い肉体

 

 

 




近い能力同士の熱い戦い
超絶的な戦闘力を持つ転生者でなければ、ある程度強い能力であり、一定の攻撃力を持つことができる
マイナーすぎて誰も選ばないが、遠距離で火力を持たせられる強い能力である

そして初黒雛が、まさかこのような場所で出ようとは
本来ならもう少し先まで取って置こうと思ってた


予想通りの扱いを受ける状助君だった

状助君はこういうことに使うために出したのではなく、単純に作者の趣味です
むしろ初期プロットでは、麻帆良での大規模な戦闘は無かったのです

あと二人の転生者も黒雛は見えません、黒雛という単語で、大体把握している程度です
でも状助には見えてます、スタンド使いで幽霊が見えるからです


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十八話 鮫と人魚

テンプレ48:原作キャラに近い位置の転生者

テンプレ49:ナンパ

テンプレ50:銀髪イケメンオッドアイ


 さて、ここは麻帆良の繁華街。ここに二人の男女が歩いていた。一人は原作キャラの”大河内アキラ”である。スラっとしながらも、女性としてなかなかよい体つき。黒い長めの髪をポニーテールにしている、あの娘だ。そしてもう一人の男性のほうは、明らかに転生者だった。

 

 

 彼の名前は”鮫島刃牙(さめじま じんが)”。アキラの兄貴分である。なぜそうなったかというと、たまたま近くに住んでいただけである。そんな他の転生者から、羨ましがられそうなポジションを得た刃牙だった。が、しかし刃牙は別に原作キャラとかどうでもよかった。実際どうでもよさそうにしている。だが、兄貴分として扱われてしまったので、とりあえずそうしようと思ったのも事実である。

 

 そんな刃牙だが、今日は久々にアキラに呼ばれ、買い物につき合わされていた。学園の寮に住むようになったアキラは、久々に会う刃牙との買い物を楽しんでいた。逆に刃牙はどうでもよさそうに”水の入った”ペットボトルを片手に、フラフラ歩いていた。刃牙としては、アキラって何だっけ?ああ、あの音石明か、程度の認識でもあった。いやそのりくつはおかしい。

 

 

「久々に会ったのはいいがなぁ、ただの荷物持ちじゃあねえんかこれ?」

 

「ゴメン。だけどとても助かるよ、今日は本当にありがとう」

 

「はぁ、まあそう言われちまうと、悪い気分じゃねぇーな」

 

 

 もはや定番、定番の荷物持ち……! パッシーポジションだった。状助もパッシーだったが、彼もパッシーだったようだ。スタンド使いはスタンド使い同士パシリになるルールでもあるのだろうか。

 

 荷物を持たされ、ため息をつきながら、しょぉーがねぇーなぁー、と嘆くパッシー、じゃなかった、刃牙。その横で悠々と歩くアキラの姿があった。デートに見えなくも無いが、刃牙は自分をパッシーとしか思っていないのだ。しかし、荷物を抱えながらも、”水の入った”ペットボトルだけは、手放さない刃牙。それをアキラは不思議に思ったのだ。

 

 

「刃牙、何でそのペットボトルを持ったままなんだ?」

 

「こいつはクセってやつさ。生前の時の習慣がのこっていてね。そう……クセってやつだ」

 

「意味がわからないよ、まあクセなのはわかった」

 

「そういうことだから、気にしなくていいんだよ」

 

 

 刃牙はこれを癖と呼び、アキラは微妙だが納得したようだった。しかし癖というのは半分正解だが、半分は違うのだ。刃牙にとって、水というものは欠かせないからだ。水を飲まないとすぐ干からびるとか、そういう理由ではない。あくまで、個人的に欠かせないだけである。だが、これが最も重要なことなのだ。

 

 

(まぁ、これがねぇと”能力”が持ち歩けねえからな……。というか()()のせいか? アキラの兄貴分になっちまったのは!?)

 

 

 そう刃牙は考えた。そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ペットボトルの中を自由に泳げるほど小さいが、機械的でありながらも生物的なフォルムをしていた。異世界の生物と言っても過言ではないだろうその魚は、誰からも注目を浴びていなかった。なぜなら、この魚は基本的に刃牙ぐらいしか、見ることができないからだ。

 

 

(俺の特典、”スタンドのクラッシュ”は水の中でしか発現できねぇ……。まあ、水さえあれば便利だからいいがな)

 

 

 刃牙の特典の一つが”クラッシュ”と呼ばれたスタンドだった。ジョジョの奇妙な冒険Part5に登場した、ボスの親衛隊のスタンド使い、スクアーロのスタンドだ。この刃牙も、その影響でスクアーロにそっくりな姿となっていた。それを本人はあまり気にしていないのだが。能力は水がある場所なら、転移するというものだ。さらに鋭い牙で噛み付き、相手を攻撃できる。水の量や広さに応じて、大きさも変わるという特性もある。

 

 そしてネギまの終盤、アキラが得るアーティファクトも、似たような能力なのだ。運命か、転生神の悪戯か。刃牙はそのアキラと巡り合ってしまったようだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 買い物も順調に進み、とりあえず屋外の喫茶店で休むことにした二人。しかし休日のためか、人が多くて並んでおり、少しドリンクの購入に時間がかかりそうだった。

 

 

「俺がなんか買ってきてやるよ、コーラかなんかでいいか?」

 

「それでいいよ、任せる」

 

「おんじゃま、行ってくるかぁー」

 

 

 そう言うとさっさと店内に入りドリンクを買うために行列に並ぶ刃牙。面倒そうに、やはりペットボトルは欠かさず握り締めながら、その行列の最後尾に立つのであった。アキラも少し時間がかかるだろうと思い、のんびり待つことにした。しかし、そこで来なくてもよい来訪者がやってきた。

 

 

「HEY彼女、元気ー? 一人かーい?」

 

「OREたちと一緒に、どうだーい?」

 

「KIITOたのしーよー?!」

 

 

 アホ顔の男立ちが囲んで声をかけてきた。所謂ナンパである。もはや定番、鉄板のネタ。ありきたりであった。しかもこんな掛け声では、ぶっちゃけ誰も来ない。いや、声をかけるなら、せめてそこの木と比べて頭悪そうな女の人に声をかけるべきだ。とモフモフした帽子の男なら言うだろう。そんなアホのような連中に絡まれて、とても機嫌の悪そうな表情で、つっかえすアキラ。

 

 

「待っている人がいますから、どうぞお構いなく」

 

「SOREは本当かい? ウソじゃあないのかい?」

 

「HIHIHI、俺たちのほうがずっとたのしーよ!」

 

「SOUだぜ? いろんなことを教えちゃうよ!!」

 

 

 駄目だこいつら、早く来てくれゴクウ状態である。本当にしつこいやつらだった。しつこいヤツは嫌われえるぜ、と言われても仕方がないくらい粘着体質であった。

 

 

「HORAいこうぜ!? な!!?」

 

「あ、離してください!」

 

「いーもんもんじゃんじゃん」

 

「HOOOOORAAAAほらほらー!」

 

 

 腕をつかまれ、それを必死に解こうとするアキラ。しかしこのナンパ、結構力があるよで、なかなか離してはくれないようだ。流石に少しヤバイと感じ始めたアキラだが、もうすぐ刃牙が帰ってくる頃だろうと考え、ひたすら耐えることにした。しかし、そこで声をかけてきたのは、刃牙とは違う声だった。もう少し若い少年の声だった。

 

 

「君たち、そういうのはよくないと思うよ。離してあげなよ」

 

「OH? テメェがこいつのカレシかなんかってやつ?」

 

「違うよ、君たちの醜い行動を注意しに来たんだよ」

 

「FUCK? ヤンのかコラアアア!!」

 

「あ、危ない!!」

 

 

 すごい挑発的な態度で離すよう進言するこの少年。見た目はイケメンだ。すごくイケメンだ。銀髪の髪を整えながらも、ある程度長く伸ばしていた。目は両方の色が違い、赤と青で、オッドアイというものだった。

 

 まだ幼いが、とても整った顔立ちのこの少年は、ナンパ連中が攻撃をしてきたのに反応して、臨戦態勢となっていた。アキラはこの少年が、ナンパ連中にリンチされると思い、とっさに声をかけたのだ。

 

 

「HEEEY! イッちまいなぁ!!」

 

「KIIIAAAAYYY!! その命もらったぁ!」

 

「HOOOO! 食らえや!!」

 

「その程度の攻撃、あたるわけが無い」

 

 

 銀髪少年はナンパ連中の攻撃を華麗に避け、逆に全員を殴り飛ばしたのだ。そして吹っ飛ばされていくナンパ連中。それを見て、驚くしかなかったのはアキラだった。

 

 

「HI、ひひひひひいいいいいい!?」

 

「OH、NO! つえぇぇ、にげろおおお!!」

 

「SHIT! 俺たちの出番はこれだけかよーーー!!」

 

 

 訳がわからない悲鳴と共に、さっさと退散していくナンパ連中。情けない連中であった。そして、アキラへと心配そうな目で近寄るこの銀髪少年であった。アキラは助けてもらったので、とりあえず礼を言おうと思った。

 

 

「ありがとうございます、助かりました」

 

「いえいえ、あのような輩、困ったものですね」

 

 

 まったく気にするそぶりも見せず、どうしようもないね、と答える銀髪少年。しかし、そこへ突然刃牙がやってきて、とっさにさえぎる様、少年とアキラの真ん中へと立ったのだ。

 

 

「おっと、遅れてすまねぇ、ほれ飲みもん、で、なんかあったのか?」

 

「あ、ありがとう。そうだ、後ろの人がナンパされてたのを助けてくれたんだ」

 

「ほう、後ろのやつねぇ」

 

「どうも、はじめまして」

 

 

 刃牙はそう聞くと、後ろにいる銀髪少年へと向かいなおした。だが、そこで足を滑らせて、持っていた自分用の飲み物をこぼしてしまったのだ。それが運悪く、銀髪少年にかかってしまい、銀髪少年は冷たそうな表情をしていた。

 

 

「何をやってるんだよ! 刃牙!」

 

「おおう、すまねぇえ!! 悪い!悪い! あー、これやるから、勘弁してくれ!」

 

「ああ、いいよ、気にしなくて。注意しないと危ないね」

 

 

 刃牙は慌てて銀髪少年をハンカチで拭いた。そして刃牙は持っていたサンドイッチをあげるからと許しを請った。銀髪少年は別にいらない、気にするなと言って、刃牙がぬれた箇所を吹き終わると、すぐさまその場から立ち去っていった。その行動に、恩人にひどいことをした刃牙へ怒るアキラが居たのだ。

 

 

「まったく、注意しないからこうなるんだ! 恩人に向かってあんなコトを……」

 

「わ、悪い……。俺が不注意だったよ……」

 

「はあ、でも相手が許してくれたし、私からこれ以上言うことはないかな」

 

 

 アキラはあちらが許したから、これ以上責める必要は無いと思ったようだ。しかし、この一連の動作、実は全てわざとであった。刃牙は、わざとアキラと銀髪少年の間に立ち、わざと銀髪少年に飲み物をかけるようこけた振りをしたのだ。それには大きな理由があった。

 

 

(銀髪オッドアイイケメンとか、やべぇだろ……。二次創作でアレがもつ特典は、基本的に”ニコぽ”か”ナデぽ”だ。あのままほっといたら、アキラが呪いのような力で、あれに惚れちまっていたかもしれねぇ)

 

 

 刃牙はそう考えていた。二次創作において、鉄板と呼べる踏み台の姿。銀髪イケメンオッドアイの少年。まれにその中でも、常識的な中身までイケメンがいるのだが、基本的にはゲスな中身なのだ。そしてその特典は、基本的に”ナデぽ”か”ニコぽ”と相場が決まっている。

 

 ナデぽとは、頭をなでるだけで相手を惚れさせる呪いである。ニコぽとは、笑顔を振りまくだけで、惚れさせる呪いである。面倒なら愛の黒子でも貰っておけばいいのに、何故かそういう手段を選ぶのだ。そして、ソレにかかれば、たちまち狂った信者のように惚れ、永遠に愛の奴隷と化してしまうのだ。しかも、それを受けた本人の意思に関係なくなのである。

 

 

(アキラのやつが惚れた相手っつーんなら、祝福してやる。だが、呪いで惚れさせるなら、ぜってぇ許さねぇ!)

 

 

 刃牙は、惚れた相手ならいい、だが、呪いで惚れさせるのは卑怯であり、人を人とも思わない行為だと思っている。人として最低の行動で、人としてやってはならないことだと思っているのだ。だから、汚れ仕事になろうとも、わざと銀髪少年を追い払ったのだ。アキラにこれで恨まれても、気にすることなど無いと思っているほどだ。

 

 

「しかし、ナンパってのが今でもいるとはね、過去の遺産かと思ってたぜ」

 

「私とそんなに年の差がないのに、年寄りのようなコトを言うんだね」

 

「精神年齢50歳ですから」

 

「ウソばかりついていると、狼少年になるよ?」

 

「男はみんな、狼さ……アレ(銀髪君)も含めてね」

 

 

 最後の一言は、アキラには聞こえないように答えた。アレは狼だ、危険人物だと確信したからだ。刃牙は、もう少し出遅れていたら、アキラが魔の手に奪われていたと思った。そう考えるとうすら恐ろしいと感じていた。刃牙はアキラのことを別に恋愛対象として見てはいない。だだ、呪いのように惚れるという現象に、吐き気を催すだけなのだ。吐き気を催す邪悪だと思っているのだ!

 

 アレが居るとなると、原作キャラの何名かは、アレの毒牙にかかってしまったかもしれないと考える刃牙。しかし、それを助ける手もないし、どうしようもないと思った。だから、とりあえずアキラだけでも、助けようと誓ったのだ。

 

 

「アキラ、なんかあったら俺にいいな。力になるぜ」

 

「何を急に? まあ、そういうなら頼りにするよ」

 

「ああ、とことん頼ってくれや」

 

 

 銀髪イケメンオッドアイ。彼の特典を刃牙はわからないが、多分ナデぽニコぽと予想した。これが覇王なら、一発で特典がわかっただろう。刃牙は、こういう転生者を何とかしている人がいるかもしれないと考えた。だから、とりあえずそういう人物にあってみたいと思ったのだ。しかし、実はその隣で、目を光らせている人物が居た。それが覇王だったのだ。覇王は隣のテーブルに座り、適当にくつろいでいたのだった。

 

 

(ふうん、銀髪オッドアイに、そうか、彼もか……。でも彼はなかなか肝が据わっているじゃないか。後で声をかけてやろう)

 

 

 覇王は今ではなく、あえて後で声をかけることにした。今は、彼と彼女のデートを邪魔したくは無かったからだ。そして、刃牙とアキラが別れた後に、すっと現れ、自分の知識の全てを、刃牙へ教える覇王がいたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:鮫島刃牙(さめじま じんが)

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:40代給水装置工事技術者

能力:スタンドのクラッシュ

特典:ジョジョの奇妙な冒険Part5のスクアーロの能力

   オマケでスタンドのクラッシュ

   前世と同じぐらいの裕福な暮らし

 

 

転生者名:銀髪イケメンオッドアイ少年

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代会社員

能力:推定ニコぽかナデぽ

特典:推定ニコぽかナデぽ

   推定銀髪イケメンオッドアイという見た目

 

 

 




満を持して投入された銀髪イケメンオッドアイ君
テンプレ50記念にされてしまった


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十九話 珈琲少年は答えを得る

テンプレ51:ひっそりと生存していたマクギル議員


 アルカディア帝国、帝都アルカドゥスの中央にあるアルカディア城。

今は皇帝がここにいなかった。いたのは二人の男女のみ。男は少年であり、あのフェイトだ。相変わらず珈琲を飲んでいるのだ。少しは自重するべきである。

 

 女は少女よりは年が上で、栞の姉だ。また、フェイトとその従者たちは竜の騎士との戦闘後、数日間アルカディア帝国の城で寝泊りをしていたのだ。そしてその玉座の間で、一つの戦いが起こった。小さな戦いだが、真剣勝負だった。その戦いとは。

 

 

「フェイトさん、明日、お時間いただけますか?」

 

「?」

 

「明日、一緒にアルカドゥスの街を散策しましょう!」

 

「そういうことか、いいよ。今は行動しずらいしね」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 栞の姉がフェイトをデートに誘うという戦いであった。勝利を収めた栞の姉は、晴れ晴れしたすがすがしい笑顔を見せていた。そこでやはり栞の姉が淹れた珈琲を飲むフェイト。

 

 そして皇帝がいないといったが、すまんありゃウソだった。実はこっそりと、扉の向こうで見ていたのだ。この皇帝、平然とデバガメするのだ。しかしそれは皇帝だけではなかった。フェイトの従者三人も、同じだったのだ。

 

 

「フェイト様がデートですって!?」

 

「何……だと……」

 

「ううー、姉さん……」

 

「ヒヒヒ、楽しくなってきたぜぇ……」

 

 

 明日が楽しみだと考え、悪人顔をさらに悪役のようにさせ、口を吊り上げ悪人笑いをするこの皇帝。実は皇帝こそが仕掛け人である。

 

 栞の姉に皇帝が、休みならフェイトと出かけてみれば? と進言しておいたのだ。きっと明日のアルカドゥスは嵐警報発令だろう。いろんな意味で荒れる。とんでもないことになるはずである。

 

 

…… …… ……

 

 

 次の日の朝。空は雲ひとつ無く美しく晴れ、最高のデート日よりであった。ここは帝都アルカドゥス、中央噴水広場という場所である。人気のデートスポットであり、普段は多くの男女に見舞われる、美しい噴水がある広場なのだ。

 

 そこで待ち合わせをする男が一人立っていた。青色のスーツをしっかりと着こなし、そこそこ長身の男性だ。しかし、それはフェイトであった。

 

 現在フェイトはいつもの少年の姿ではなかった。わざわざ年齢詐称薬を使って大人となっているのだ。なぜかいつに無く気合を入れなければならないと感じて、この姿となっているようだ。

 

 

「うへー、本気モードかよ。軽くジャブ程度だと思ってたぜぇ……」

 

「フェイト様の大人モード!」

 

「カッコイイ」

 

「なんてことでしょう……」

 

 

 それを見た皇帝はマジ気合はいってんな、二つ返事のこの約束に、力を入れてやがる。と考えていた。他のフェイトの従者たちも、それぞれ意見を述べていた。栞はすごく、いても立ってもいられないような気分だった。

 

 しかしそう言う皇帝やフェイトの従者たちも、フェイトにばれないよう年齢詐称薬などを使い、ガチの変装をしているのだ。完全にストーキングする気が満々だった。こんな面白いもの、見ないほうがおかしいと思うほどに。

 

 

「フェイトさん? ですよね。おまたせしました」

 

「いや……」

 

 

 すると一人の娘がフェイトの近くへやって来て、その少し前で立ち止まった。その場所に白のワンピースを着た栞の姉が立っていた。ある程度着飾ったワンピースだが、派手さはない。しかし、それが逆に彼女を引き立てていた。

 

 そしてまぶしい笑顔とともに、手を振ってフェイトに挨拶をしていた。フェイトはその姿を見て、それ以上声がでなかったかはわからないが、それ以上言葉を続けなかった。

 

 

「ひえー、あっちも本気か。いやまさかノーガードで殴り合いになるたぁー思っても見なかったぜ」

 

「強敵すぎじゃない! 栞のお姉さんは!!」

 

「か、勝てない……」

 

「ね、姉さん……」

 

 

 このようなことを言っている皇帝だが、内心本気でわくわくしていた。というか皇帝、お前が仕掛け人だ。栞の姉が少し本気を出しているのは、当然だろうと。

 

 フェイトの従者たちは、栞の姉の姿に戦慄を覚え、強敵と称していた。やはり栞は、その美しく着飾った姉を見て、頭を抱えて考え込んでいたのだった。

 

 

「それ、似合ってるね」

 

「あ、ありがとうございます。フェイトさんこそ、今日は凛々しくなってますね」

 

「まあね……」

 

 

 互いを褒めあう二人。フェイトは素直に、栞の姉の姿を褒めていた。そして、フェイトのその言葉に、栞の姉は頬を紅らせながらも、いつものように笑顔だった。また、フェイトが大人モードなのを、凛々しく、頼もしく感じていた。

 

 

「とりあえず、案内をよろしく頼むよ」

 

「はい、まかせてください! 帝都のいいところを、連れて行ってあげますから!」

 

 

 栞の姉は、満点の笑顔だった。フェイトはその笑顔に照らされ、この表情こそが彼女だな。と考えていた。皇帝たちはそれを見てさらに戦慄していた。まさしくその姿は、付き合っている男女のような光景だったからだ。

 

 そしてとりあえず、フェイトと栞の姉は移動するらしく、こそこそとついていく皇帝パーティーだった。

 

 

…… …… ……

 

 

「ここが帝都アルカドゥスの中で、もっとも大きな百貨店です。入りましょうか」

 

「へえ、なかなか大きいね」

 

 

 帝都アルカドゥスで一番巨大な百貨店、そこへ入っていくフェイトと栞の姉の姿があった。皇帝たちもこそこそと、中へ入っていき、ばれないようにストーキングをしていた。まずは色々見回っているようで、なかなか足を止めないようであったが、そこでも楽しく会話をしているようだ。

 

 

「フェイトさんは、おしゃれしないんですか? いつも同じ服ばかりですよね」

 

「そういうのには、あまり興味が無いからね。特に気にしたことも無いよ」

 

「それはもったいないですよ、フェイトさんは元がいいんですから」

 

「そういうものなのかい?」

 

「そういうものなのです」

 

 

 もはや傍から見れば完全に彼氏彼女のような状態だった。皇帝は本気で付き合っちまえよ、と思い始めていた。フェイトの従者たちも、キャーキャーと騒がしく泣いたり笑ったりしていた。

 

 

「あんな楽しそうなフェイト様、初めて見たよ!?」

 

「表情いつもとかわってねぇーじゃねぇーか」

 

「楽しそう」

 

「このままフェイト様と姉さんが付き合ったら……。フェイト兄様と呼ばないとならなくなってしまう可能性が……」

 

 

 フェイトの従者たちは、フェイトがいつも以上に楽しそうにしていると口にしていた。皇帝は普段から無表情で、今も無表情のフェイトが楽しそうなのか、微妙にわからなかった。そして栞は、このままではフェイトが義兄となってしまうと思い、とても困っていた。

 

 

「にゃ!?確かに……、栞は複雑そうね」

 

「栞専用兄属性とは」

 

「ああ、そりゃ複雑な心境になるわなぁー」

 

「うーんうーん、でも姉さんも楽しそうだから、うーん」

 

 

 フェイトと同様姉のとても楽しそうで、幸せそうな姿を見て本気で悩んでいる栞だった。姉が幸せになれるなら、それもでよいと考えている。だがやはり、自分の主が兄になるのも複雑なのだ。

 

 栞は長年フェイトに付き添い、彼をよく知っている。悪い人ではない、人なのかは置いておくとしても、とてもよい人だ。がっつくタイプではなく、とても紳士的に振舞ってくれる。多少天然なのは否めないが、それがフェイトの茶目っ気だとも思っている。

 

 その主たるフェイトが、姉と付き合いゴールインしたら、義兄になってしまう。別にフェイトが義兄になることなど、そこまで重要ではないのだが、やはり悩んでしまうようだ。そうこうしていると、フェイトと栞の姉は紳士服売り場へと足を運んでいた。

 

 

「フェイトさんは、もう少しファッションに気を使うべきです」

 

「別にそこまで問題はないはずだけど……」

 

「いいえ、問題です! だから、色々と試してみましょうか」

 

「……お手柔らかに頼むよ」

 

 

 フェイトは栞の姉に、着せ替え人形にされていた。人形だけにだ。イケメンのフェイトがおしゃれをしないなど、世の中の損失だと栞の姉が考え、どれが似合うかためさせているのだ。

 

 ひえー、完全にデートだこれー、そう思う皇帝はさらに楽しくなってきたと感じていた。従者三人、自分たちもこのぐらいできれば……とうらやましそうに見ているしか出来なかった。

 

 

「そんなにうらやましいなら、誘えばいいじゃねぇか……」

 

「あのフェイト様とデートなどと恐れ多いです……。そばに仕えているだけで十分なんです!」

 

「うん、その通り」

 

「姉さーん……」

 

 

 そばにいるだけでいいと言う従者。なんて献身的なのでしょう。そこまで尽くされるフェイトは、とても幸せものであろう。皇帝は意気地がねぇだけじゃねぇーのー!? と思いながらも、あえて言葉にしなかった。

 

 流石皇帝だ。栞は姉のことばかり気にしていた。まさかこれほどうれしそうにデートするなどと、予想をはるかに上回ったわ!と思っているのだ。してフェイトの着せ替えが終わったようで、場所を移すらしい二人。やはりその後ろを、追跡する四人であった。

 

 

…… …… ……

 

 

 フェイトと栞の姉は、喫茶店に入っていった。帝都アルカドゥスでも、そこそこ有名な喫茶店だ。なかなかよい珈琲を出すことで有名であり、栞の姉は珈琲好きのフェイトなら気に入ると思ったのだ。そこで、早めの昼食にもしようと考え、入店していったのだ。

 

 

「なかなかいい雰囲気の店だね」

 

「ここの珈琲はおいしいと有名なんですよ。フェイトさんが気に入ってくれればよいのですが」

 

「へえ、それは楽しみだ」

 

 

 周りから見れば激甘空間な二人。やはり店内まで追跡し、二人の様子を見る四人がいた。皇帝もその甘過ぎる空間に、ブラックの珈琲を頼んでいた。従者三人も、同じものを頼むほどだった。

 

 

「あまーい、あますぎるよー!! いやーマジで甘い空間になってるぜ」

 

「見せ付けられているとしか思えない……」

 

「勝手に見ているのは私たちなんだけど」

 

「本当にうれしそうな姉さん……。久々に見た気がするわ……」

 

 

 甘すぎる空間に、この皇帝もやられてしまったようだ。従者三人も、これほどまでのものを見せられるとは思っていなかったらしい。

 

 当然である。あの無表情マシーンフェイト君が、ここまでエスコートできる完璧マシーンだとは誰も思うまい。こんな紳士的な態度で接されたら惚れてしまうやろー! と考えるが、もう基本的に惚れているのが従者二人だ。

 

 栞は姉が気に入ったフェイトを、どういう人か調べるために従者になったので、惚れてはいないようだ。だが姉が、久々にとてもうれしそうにしているのを見て、やはり複雑な心境であった。そうこうしている間に、あちらの二人に注文の品が届いたようだ。

 

 

「どうでしょう? なかなかおいしいと評判なんですけど……」

 

「たしかに旨いね……でも」

 

「でも?」

 

「君の淹れた珈琲の前では、どんな旨い珈琲も霞んでしまうよ」

 

「え? いや、そんなことは……」

 

 

 クサーッ!! クッサーッ!! こんな歯が浮いた台詞を、臆することなく平然と言うフェイト。風の精霊がいたら即死だった。無論風の精霊が。流石フェイト!俺たちの出来ないことを平然とやってのける! そこにシビれるあこがれるゥ!!

 

 そんな風に褒められた栞の姉は、もう顔を真っ赤にして、下を向いていじらしく座るしかなかった。しかし、とてもうれしかったのか、栞の姉は真っ赤な顔でも、はやり笑顔でもあった。フェイトはなぜ、栞の姉がそうなっているのか、あまりわかっていなかった。お前のせいである。

 

 そして皇帝は、まさかそこまで言うとは、ガチで落としにかかってるとしか思えんと考え始めていた。フェイトの従者三人は、今の言葉に相当衝撃を受けたようだった。まさかそんな台詞が出ようとは、考えても見なかったのだ。

 

 

「ありゃすげー、あんな歯が浮く言葉が出るやつが、世の中にいるとはよぉー!?」

 

「あ、あのフェイト様があのような台詞を?!」

 

「ああいう言葉、一度でいいから言われてみたい」

 

「フェイト様も姉さんも、いい感じすぎるー……」

 

 

 もはや戦局は混乱し始めていた。皇帝もフェイトがここまでやるやつだとは、思っていなかった。未知数だった。従者三人も、フェイトのイケメン完璧紳士っぷりに、驚かされるばかりであった。

 

 普段の少年の姿なら、そこまで威力は無かっただろう。しかし、今のフェイトは大人モードである。イケメン少年ではない、イケメン青年にそのようなことを言われれば、誰だって惚れる! 間違いなく惚れる! イケメン青年+甘い言葉=最強である。今のフェイトに敵はなかった。これなら竜の騎士すらも、倒せそうな勢いであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 早い昼食を終えると、二人は次に映画を見るようだ。お決まりであった。定番中の定番である。アルカドゥスの中で、最も有名な映画館へ、フェイトをつれて栞の姉がやってきたのだ。

 

 映画はいろいろあった。恋愛物、冒険活劇、怪獣物、戦隊物、B級作品、より取り見取りだった。しかし、フェイトがチラリと見て、少し興味を引いたのは、それらではなかった。

 

 

「フェイトさんは、どの映画が見たいんです?」

 

「そうだね、……なら、紅き英雄達でいいかな?」

 

「フェイトさんも男の子なんですね。こういうのに興味があるなんて」

 

「いや……。ただなんとなくだよ」

 

 

 紅き英雄とは、あの紅き翼を題材にしたドキュメンタリーっぽい映画である。彼ら紅き翼は魔法世界では超有名人である。なぜなら大戦を終わらせ、悪の首謀者を打ち倒した英雄たちだから当然なのだ。

 

 このフェイト、初代フェイトの記憶を受け継いでいた。だから少し気になったのだ。彼らはどういう活躍をしたのか。どういう行動原理で自分と敵対したのか。フェイトは半分ぐらいはフィクションだろうと思ったが、少しだけ気になったのだ。

 

 栞の姉は、フェイトも男の子だと思って、それを選んだのかと思ったようだ。皇帝もその映画のチケットをフェイトの従者の分も含めて購入し、こそこそと除くのだった。

 

 

「フェイト様はなぜ、あのような映画を……」

 

「意味深」

 

「暗い映画館で、フェイト様と姉さんが二人きり……うー」

 

「……あいつもまぁ、確かに因縁だよなぁ。しかも今は、ライバルいねぇしな」

 

 

 皇帝はある程度察しているらしい。フェイトは紅き翼とガチで敵対し、化かし合いまでした仲だということを知っていた。なぜなら部下のメトゥーナトもその紅き翼の一人で、皇帝は彼から話を聞いており、かなり詳しい状況を知ったからだ。

 

 半分はフィクションだろうと思うが、ドキュメンタリーっぽいのだから半分ぐらいは本当なんだろう。皇帝は自分が知りえる知識と照らし合わせながら、懐かしむように映画を見ることにした。そして、さりげなくフェイトの従者たちも、映画に釘付けにされていた。

 

 

『あんた、議員じゃねぇな、何もんだ?』

 

『よくわかったね。千の呪文の男』

 

 

 初代フェイトが、偽テニールのごとくマクギル議員に成りすまし、テニールのごとくマクギル議員を”海底で寝ぼけさせた”シーンだ。

 

 フェイトも初代の記憶から、そんなこともやったな。でもあの議員も偽者で、だまされてたんだなあー、と考えながら見ていた。

 

 皇帝も、化かし合いに化かし合いを重ねた場面だ、ギガントは名演技だった、よい仕事をしたと感服しながら眺めていた。

 

 栞の姉や、フェイトの従者たちは、フェイトのそっくりさんに驚いた。今の大人モードのフェイトに瓜二つだからだ。実際はそっくりさんレベルであって、本気で初代フェイトの姿をしているわけではないが、雰囲気も似ていたのだ。

 

 まあ、従者たちは完全なる世界に、一応身を置いているという扱いなので、フェイトの兄だと考えられた。栞の姉も、世界には三人ほど同じ姿の人がいるのだと考えた。明らかに本人です、ありがとうございました。そして紅き翼は一時的にお尋ね者となり、追われる身となった。そして物語は進む。

 

 

『俺の杖と翼、あんたに預けよう』

 

 

 英雄、ナギ・スプリングフィールドの名言である。そういうこともあったのか、程度に考え、フェイトは映画に熱中していた。

 

 皇帝は後ろにメトゥーナトっぽい人物を見て、ああいうポジションがうらやましいんだろうなあ、騎士だもんなあ、と思っていた。次に会うときに、少しばかりその部分で、なじってやろうとまで考えた皇帝であった。やはりメトゥーナトは苦労人ポジションのようだ。

 

 

「いいシーンですね。私もこういうのに、少しだけあこがれます」

 

「僕はそういうのはいいかな」

 

 

 後に夫婦となるこの男女のやり取りに、感動している栞の姉がいた。フェイトは別にそこまでだったようだ。まあ敵だったし、仕方が無い部分もあるのだが。

 

 

 それから映画の中で、本格的に完全なる世界と紅き翼の戦いが激化し加速していった。手に汗握る戦いが繰り広げられていたのだ。造物主の部下と、紅き翼との激しい衝突。息を呑むほどの戦闘。皇帝はよくできてるなーと思ってそれを見ていた。

 

 

『見事……、理不尽なまでの強さだ……』

 

『”お姫様”はどこだ?消える前に吐け』

 

『フフフ、まさか君はいまだに、僕が全ての黒幕だと思っているのかい?』

 

『なん、だと?』

 

 

 そして終盤、造物主が紅き翼を圧倒し、ほとんどが戦闘不能になった時のことだ。完全に諦めるしかないほどの絶望的シーンだ。

 

 実はここに、メトゥーナトはアスナ救出のためにいないのだが、この映画はいることになっており、なんかボロボロになっていた。

 

 ナギと初代フェイトが造物主のよくわからないビームで、吹き飛ばされたシーンでもある。そして、ナギは造物主に立ち向かう。どんなに絶望的でも、諦めないのがナギだった。

 

 

『たとえ! 明日世界が滅ぶと知ろうとも!! あきらめねぇのが人間ってモンだろうがッ!』

 

 

 造物主の台詞は、まあずいぶんと改変されていた。当然である。実際この映画を作った映画系転生者も、このまま載せるのヤバくね? と思ったからだ。

 

 だから造物主のくだりだけは、かなりぼかしてあるのだ。まあ、根本的な部分は公開しても大丈夫な情報ばかりなので、さほど問題ではないようだ。

 

 

『人! 間! を! なめんじゃ、ねえぇぇえーッ!!!』

 

 

 そして、その叫びと共に、ナギの渾身の一撃が造物主へと決まった。ラストダンジョンを破壊しながらも、その一撃で戦いは終焉を迎えたのだ。そう、ナギは絶対に諦めず、造物主を打ち倒したのだった。

 

 

 そのシーンをフェイトは見て、考えていた。諦めないということをだ。造物主はガチで諦めていると、ナギは言っていた。しかし、ナギは諦めなかった。

 

 また皇帝も、諦めずにこの世界を何とかしようとあがいている。フェイトは今自分が、何をしたいのか、諦めないこととは何かを考えていた。

 

 そして、この魔法世界と魔法世界人は、幻だということも同時に考えていた。この世界は幻想で、儚い存在なのだろうかと。

 

 

 皇帝は、この映画がよく出来ていたことに好感を覚え、次は部下を連れてメトゥーナトを、なじるために見ようと思うのだった。映画を見終え、それぞれ意見するフェイトと栞の姉。遠目からなら、ほんと恋人同士であった。

 

 

「いい映画でしたね。私はあまり見ないジャンルだったので、少し勉強になりました」

 

「いい映画かは知らないけど、僕も悪くは無かったと思うよ」

 

 

 そんなことを雑談しているフェイトらの傍ら、似たような話題で盛り上がる皇帝とフェイトの従者たちの姿があった。

 

 

「二十年ほど前に、あれほどの戦いがあったなんて……」

 

「フェイト様の兄上らしき人もいたんだね」

 

「姉さん、本当に楽しそうだなあ……」

 

「傑作だったな、いやはやあれを作ったやつらに金一封渡しておこう」

 

 

 皇帝は本気でこの映画の出来に感動していた。結構リアルだったからだ。だから製作者の転生者に、金一封を渡そうと考えた。次回もすごい映画でも作ってもらうと思ったのだ。

 

 フェイトの従者たちは、過去にこのような大規模な戦いがあったことを、はじめて知ったようだ。フェイト自身、こういうことをさほど話さないからだ。必要な情報のみしか、基本的に教えないのがフェイトである。

 

 

…… …… ……

 

 

 こうしてフェイトと栞の姉の初デートは、終焉を迎えるようであった。あたりは暗くなってきており、帰りの人が増え始めていた。最初に待ち合わせた噴水広場へと場所を移し、フェイトと栞の姉は、会話をしていた。もう空は闇に染まり、星空が覗き始めており、噴水広場も美しいイルミネーションに彩られていた。

 

 

「今日はありがとうございました。おかげで、とても楽しい一日を過ごせました!」

 

「たしかに、充実した一日だったよ」

 

「今度は、フェイトさんから誘ってくださいね!」

 

 

 栞の姉は、次はフェイトに誘ってほしいと申し出た。本来なら男子から誘うものだろうと、考えているからでもある。そして、栞の姉はフェイトの両手を掴んだ。そしてそのまま胸元付近まで持ち上げ、そのきめ細やかな手でやさしくはさむように、フェイトの両手を握り締めた。

 

 

「……私はですね、フェイトさん。あの村で危なかった私を助けてほしいと言ってくれたこと、今もとても感謝しています」

 

「いや……」

 

 

 両手をはさむように握られ、どう返していいのかわからなくなったフェイトがいた。別に動揺しているわけではない。ただ、その手のぬくもりが、実感できていたからだ。本当に幻なのかと思うぐらい、その手の柔らかさと暖かさを、フェイトは感じていたのだ。

 

 幻想であるならば、こんなに実感できるものなのかと、フェイトは考えていた。そして、それをさらに確かめるために、フェイトはその握られた手を離し、栞の姉を抱きしめた。両手を彼女の背中に回して、しっかりと抱きしめた。

 

 

「あ、い、いきなりそんな……こ、心の準備というものが……」

 

「……やはり、幻想とは思えない……」

 

 

 栞の姉は混乱していた。突然フェイトが抱きついてきたからだ。もう湯気を出すぐらい、顔を赤くしてはうぅと可愛く言葉が漏らす栞の姉。だから、フェイトのその言葉に気がつかなかった。

 

 そしてフェイトはその栞の姉の、その暖かさとやや早い鼓動を感じていた。鼻を優しくなでる、栞の姉の香り、やわらかい肌の感触を確かめていた。このままずっと触れていれば、消えてしまいそうな栞の姉の柔らかな肢体を実感していた。

 

 また栞の姉もほんの少しだけ、フェイトの気持ちを察することが出来た。だから、そのままの栞の姉も目を瞑りながら、フェイトの背中に手を伸ばした。

 

 

「フェイトさん……。私はここにいますよ。あなたのおかげで、ここにいます」

 

「……僕は何もしていない。君を助けたのは皇帝だよ」

 

「でも、皇帝陛下の質問に、答えてくれたのはフェイトさんですから……」

 

 

 お互いに気を使うように、やさしく抱き合う二人。二人は重なり合っていた。それを噴水のイルミネーションがその二人を照らし、美しく見せている。

 

 フェイトはこの暖かさ、やわらかさ、その愛しさを失いたくないと思った。いや、あの村で初めて出会い、体の不調で抱きかかえられた時から、ずっと感じていたのかもしれないと思った。

 

 そして、その栞の姉の感触を堪能したフェイトは、ゆっくりと体を離し、栞の姉と向き合った。栞の姉もほんの少し、それを名残惜しく感じながらも、フェイトの顔を向いて、優しくも暖かい笑顔をした。

 

 

「……そうだね、今度は僕から誘うことにしよう。そして、いつもの珈琲を頼むよ」

 

「フェイトさん、いつも珈琲のことばかりですね。でも、私はそういうフェイトさんが……」

 

 

 ああ、答えはこんなにも近くにあったのか。気がつかなかったのではない、気がつかない振りをしていたのだと、フェイトは思った。

 

 なんてことなかった。幻想だと聞かされていた。救済で消えていった。栞の姉も、幻想なのかもしれないと思っていた。だが、その彼女に触れて、ようやくわかったのだ。

 

 幻想だとしても、ここに”ある”ということを。真実? 意味? そんな言葉、彼女の淹れる珈琲の前には、関係など無い。ここでようやくフェイトは答えを得たのだ。

 

 きっと、(造物主)を裏切ることになるだろう。しかし、それでも彼女が守れるなら、かまわないと思い始めていた。

 

 

 その様子を、デバガメのごとく皇帝がしっかり見ていた。だが、その目は真剣そのものであった。フェイトの従者たちは、涙目で見ていたが。

 

 

「みゃ゙ーーー!? フェイト様、なんて大胆な!?」

 

「男らしいです」

 

「ううー、姉さん。私、祝福しますから、幸せになってください」

 

「……ほう、フェイトのやつ、答えを見つけたようだな、じゃあ、けーるか!」

 

 

 皇帝はフェイトが答えを見つけたことを確認すると、もう用はない、むしろ邪魔になると思い、撤退を申し出た。

 

 これからが盛り上がるところだというのに、それを見ずに帰るのかと、栞は文句を言った。その他二名は、フェイトが本命を見つけたことに、涙を流し、嬉しいのか悲しいのかわからなくなっていた。

 

 

「え? 帰るんですか!? これからがいいところですよ!!?」

 

「フェイト様あぁぁー。どんなことがあろうとも、ずっとついていきますからぁぁー!」

 

「ストーカーにならないよう、注意しよう」

 

「これから先はR-18だぜ? よい子は帰る時間さ。……はぁ、しょうがねぇなあー、俺がいいとこで夕飯おごってやるからよ?これで勘弁してくれや」

 

「にゃんですと!?」

 

「R-18……」

 

「うー、そうやって食べ物で釣ろうったって……。あー、もう! い、行きます! 行かせてください!」

 

 

 所詮彼女たちは少女だ。ちょろいちょろい。皇帝の提案を呑み、やけ食いだ! やけ飲みだ! 今日は食って食って食いまくってやる! と意気込むフェイトの従者たちであった。高笑いをしながら、夜の街にて複数の少女を連れて歩く皇帝。皇帝でなければ、正直警備兵に捕まるかもしれない光景であった。

 

 その後、いろいろな料理を片っ端から食い散らかす暦と、それをよそに普通に大食いしている環がいた。その横で、酒が入ってないのにもかかわらず、酔ったように泣き上戸とかす栞がいた。それに皇帝はドン引きしながら、こういうことを乗り越えて、美しく成長しろよ少女たちと思っていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 次の日の朝、アルカディア城の玉座の間。フェイトはソファーに座り、栞の姉を待っていた。当然、昨日の大人モードではなく、普通の少年モードだ。そこへやってきて、隣に座ったのは、残念ながら皇帝だった。

 

 

「ヒッヒッヒ、よぅフェイト君、昨日はおたのしみでしたね」

 

「見ていたのかい? いや、そんな気はしていたよ」

 

「最後まで見てねぇよ、あの後どうした? A・B・C、どこまで行った? 教えろよー」

 

「……それはそうと、今日、彼女は?」

 

 

 フェイトは完全にとぼけるつもりだった。話を無理やり変えようと、栞の姉がまだ来ないことを質問したのだ。皇帝は部屋にいると考え、その妹の栞に呼んでくるよう頼んだ。

 

 

「おーい、ルーナちゃんよ、お姉ちゃん呼んできてくれるかい? 愛しのフェイト君が呼んでるよぉー!! ってな。部屋はわかるよな?」

 

「え?! は、はい。少々お待ちください……」

 

 

 そう言うと栞はパタパタと姉のいる部屋へと走っていった。その後また皇帝は、フェイトの方を向きながら、ニタニタと笑っていた。フェイトはそんな皇帝に、目を合わせようともしなかった。

 

 

「……話を逸らすなってぇー! どこまで行った? もう全部ヤっちゃった!? マジ!? おめぇタツもんタツの!?」

 

「……ライトニング皇帝、あなたは下品だ」

 

「下品で失礼、でも気になるんだよなぁー。こういうこと、男のおめぇにしか聞けねぇーしよー!」

 

 

 皇帝は逃がす気がないようだ。そこで、のらりくらりとその質問をかわそうと、必死に逃げるフェイト。早く栞の姉の珈琲が飲みたい。会いたい。そして珈琲を飲んで、この話題から逃げたい。そう考えて彼女を待つのであった。

 

 

 その栞の姉はと言うと、自室のベッドで顔を赤くしながら、ゴロゴロ転がっていた。昨日の出来事に悶絶していたのだ。それを見た栞は、少し引いた後、とりあえず声をかけてみた。

 

 すると姉はびっくりして飛び上がり、そんな姿を妹に見られたショックで、布団に包まってさらに悶絶してしまった。栞はその姿をみて、幸せそうだと思いながら、姉の新たな一面を発見していた。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:不明、映画作者

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり、取材の元、仲間と紅き翼を題材にした映画を作る

前世:50代アニメーター

能力:アニメーターとしての技術

特典:ドラえもんの道具、アニメーカー

   魔法での画像作成技術




惚れた女のために組織を裏切ると書くと主人公に見える不思議

あと皇帝は影分身を使って分担して仕事をこなしてます。
決してさぼっている訳ではありません。
(とは言え、本体がさぼっているのには変わりませんが…)


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二十話 主人公の事情とライバルの事情

テンプレ52:原作前にさっさと村人たちの永久石化解呪

テンプレ53:フェイト仲間入り


 ここはウェールズの奥地にある魔法使いの小さな町。

”原作”でいう、主人公のネギが、メルディアナ魔法学校を卒業する一週間前のこと。その地下で、ある儀式が執り行われていた。

 

 その儀式とは永久石化の解除である。ネギが住んでいた村人は、四人を残して全員石化してしまったままなのだ。石化を免れた四人とは、ネギ、アーニャ、ネカネ、そしてスタンだ。アーニャはメルディアナ魔法学校の寮に住んでおり、この事件を免れていた。その他の三人は、アルカディア帝国の皇帝直属の部下、ギガントによって救出されたのだ。

 

 そして今、その四人はメルディアナ魔法学校の校長とギガントとともに、永久石化された人々を保管している、地下の大広間へと来ていたのだった。ちなみに、ネギの兄のカギは、この場にはいないようであった。

 

 

「さて、用意はできたな。心の準備はよいかね?」

 

「はい、お師匠さま」

 

「お師様、いつでも準備できてます」

 

 

 その部屋全体に、巨大な魔方陣が描かれていた。この魔方陣を利用して、解呪をするのだ。ギガントと、その弟子であるネギとアーニャは、数年かけてようやく永久石化を解く術を完成させたのだ。

 

 基本的にギガントが編み出した術だが、二人の子供ならではの鋭い目線からの意見により、改良に改良を加えてきた。実験として使ったものは、永久石化された道具などだ。それらに魔法を当てて実験していたのだ。

 

 何せ永久石化は別に生物だけがかかっている訳ではない。生物でなくても石化するから服なども石化される。そして、完成した術をこの魔方陣に上乗せし、効果と範囲を最大限に引き出すのだ。

 

 校長、スタン、ネカネは、その場面をただ静かに見ていた。二人の意思を聞き終えたギガントは、その完成した術の詠唱を唱え始めた。無論、ネギとアーニャも一緒である。

 

 

「クーラティオー」

 

「テネリタース・セクティオー・サルース」

 

「コクトゥーラ!」

 

 

 すさまじい緑の光、浄解の光と名付けられたものだ。大地の精霊だけではない、全ての精霊の力を借りて、浄解させる魔法なのだ。

 

 浄解を選んだ理由は、悪魔の永久石化が通常の魔法としての永久石化とは、微妙に違ったからだ。だからギガントも研究には苦労した。

 

 だが、ネギたちは魔法というよりも、呪いの分類としての視点から考えたらよいのでは、という意見をギガントに話したのだ。悪魔の口から出す光線での石化と、魔法での煙や目ビームでの石化とは、微妙に違うかもしれないと思ったらしい。

 

 ギガントは魔法ではなくに呪いの類ならば、治療よりも浄解に近いほうがよいことに気がついた。

 

 石化を得意とする生物は、この世の中には数多く存在する。バジリスクという魔物もそうだ。それらは魔法の力以上に、呪いに近い効果で石化を行うようだった。悪魔もそれに近い力で石化させているならば、浄解による解呪こそが、安全で確実なことだと発見できたのだ。

 

 

「こ、ここは?」

 

「村ではないようだが……」

 

「確か、悪魔の口が光ったとたんに……」

 

 

 そして、その浄解の光が収まると、永久石化していた人々は元の姿へと戻っていた。その誰もが、突然の場所の移動に驚いたり、安全であるかを確認した後、安堵の表情を浮かべたりしていた。

 

 

「おとーさん! おかーさん!」

 

「アンナ!」

 

「いつの間にか、ずいぶん大きくなったな……!」

 

 

 アーニャは石化から開放された両親に抱きつき、うれしさと寂しさで泣いていた。普段は、何があっても泣くことなどなかったアーニャだが、この時ばかりは声を上げて泣いたのだ。それほどまでに、両親との再会は、感極まるものだったのだろう。

 

 スタンもネカネも校長も、静かに涙を流し、村の人々の復活を心から喜んでいた。ネギも、ネカネのそばで、同じように泣いて喜んでいた。ネギもまた、石化した人々の姿はトラウマだったからだ。ギガントはそれを見て、本当によかったと思い、微笑んでいた。

 

 

「どうだね?ネギ君。これが”人を助ける”ということだよ」

 

「これが、”人を助ける”……。とても、心がぽかぽかします」

 

「うむ、この光景を忘れずに人のために生きれば、おのずと”立派な人”になれるはずだよ」

 

「はい! お師匠さま。僕も父さんのような、多くの人を救える”立派な人”にきっとなってみせます!」

 

 

 ネギの心は晴れ晴れとしていた。人を助けるとうことは、こんなに気持ちのいいものかと。それは表情にも表れており、すがすがしい笑顔を見せていた。

 

 そう、今のネギには、さわやかな風が吹いていた。ネギは父親のような強い力や、称号としての立派な魔法使いよりも、”人を助けられる立派な人”に憧れるようになったのだ。そしてギガントは、今だからこそ、あることを教えようと思った。

 

 

「そうだ。君の父親、ナギの強さの秘密を教えよう」

 

「お師匠さま、それは何ですか?」

 

「ネギ君、君の父親が本当に強かったのは、力だけじゃない、心だよ。だから、強く挫けない心を持ちなさい」

 

「強い、心……?」

 

「彼はとても強かった。だが、それ以上に”心”が強かった。決して諦めない、不屈の精神を持っておったのだよ」

 

「決して諦めない、不屈の精神ですか?」

 

「そう、彼はどんな絶望的状況も、その心の強さで乗り越えてきた」

 

 

 ギガントは、ナギの本当の強い部分を、ネギに教えた。今ならわかるはずだと思ったからだ。一つの大仕事を終え、完走したからこそ、わかると思ったのだ。この永久石化の解呪は、何度も挫けそうになった。

 

 だが、決してギガントも、ネギも、アーニャも、諦めることなく頑張ってきたからだ。だからこそこのタイミングでギガントは、ナギの持っていた本当の強さをネギに継承するべく、やさしく教えたのだ。

 

 

「どんな困難も、諦めない。簡単なようで、難しいことだよ」

 

「それが、父さんの強さ……」

 

「うむ、だが君はまだ若い。だから、本当に大きな壁に当たった時は、人を頼りなさい」

 

「……それは、どういうことなんですか?」

 

「君はまだ子供だ。独りでできることには限界がある。だから、人を頼ることは決して恥ずかしいことではない」

 

「僕が今、お師匠さまを頼っているのと同じように、別の人を頼るということですか?」

 

 

 ギガントは、さらに人を頼れとネギに助言した。一人で抱え込んでいては、いずれ折れるかもしれないからだ。無理をしてはいけないというのが、ギガントの信条。一人で無理をするなら、人を頼るべきだと論しているのだ。

 

 

「そういうことだよ。知っている人や、大人の人に頼るのは、決して悪いことじゃない」

 

「はい! でも、僕もいつかみんなに頼られるような人になりたいです」

 

「それでいいんだよ。無理はしないで、ゆっくりと大きくなればいい。君は彼とは、違うのだからね」

 

 

 父親のナギは、10歳という若さでも十分強かった。頭は悪かったが、力をもてあましていた。しかしそのナギも、仲間をしっかり頼っていた。すべて一人で背負ってはいなかった。

 

 そしてネギはナギとは正反対の人間だった。理性的であり、理論的なネギは、力任せでゴリ押しばかりのナギには、絶対になれないのだ。

 

 だからギガントは、父親のようには絶対になれないと教えつつ、父親のような立派な人にはなれると教えたのだ。

 

 

「そうですね。僕はきっと、父さんのようにはなれません。だけど、同じぐらい立派な人にはなれると、僕は信じています」

 

「うむ、その心意気を忘れることなかれ。さすれば、道は開かれよう」

 

「はい! この今の気持ちを、大事にしていきます!」

 

 

 今のネギにはもう闇はなかった。村の人々を救い、さわやかな気持ちになったからだ。これから”原作”が始まる。ネギにはいくつもの苦難が待ち受けているだろう。だが、ネギはギガントが教えた”不屈”を胸に秘めて、前へ進むことを誓ったのだった。

 

 その後、村の人の復活祝いが行われ、久々に騒がしくも、楽しい日をネギたちは過ごしたのだ。もう二度と、あのようなことが無い様に願い、これからの輝かしい未来を信じながら。

 

 

…… …… ……

 

 

 アルカディア帝国、アルカディア城。その玉座の間である。

ライトニング皇帝は、そろそろ原作開始だということを思い出したのだ。

 

 しかしもう半分以上、どうでもよさそうだと考えていた。それよりも、最近よく居座っている、目の前で珈琲を飲むこのフェイト少年を、どういじってやろうか考えていた。まあ、竜の騎士が完全なる世界の仲間なので、帰るに帰れないのだが。

 

 ……ちなみに今ここに、フェイトの従者たちはいない。皇帝が遊んで来いと行って、三人に帝都アルカドゥスを探索させているのだ。そこでチラリと栞の姉を見る。だが、そこで見たものは驚愕の事実だった。

 

 

「フフフ~~~」

 

「な、なんだそりゃ……」

 

「こ、皇帝陛下!? あ、これは、その……。も、申し訳ございません!!」

 

 

 皇帝が見たものは、カードだった。しかもただのカードではない。仮契約カードだ。先ほどまで栞の姉が、か細い指でカードをクルクルまわして、嬉しそうにそれを眺めて笑っていたのだ。

 

 誰が主なのか、この時点で考えなくてもわかるというものである。皇帝は驚きの表情で、目の前のフェイトへと顔を向ける。フェイトは皇帝が変な顔で自分を見ているのに気がつき、珈琲を飲むのをやめ、皇帝に向かい合った。

 

 

「何か?」

 

「や、やりやがった!」

 

「何を?」

 

 

 わかっているくせに、やはり白を切るフェイト。皇帝はとうとうやっちまったか、と思い顔に手をかぶせる。そして椅子にもたれかかり、もう一度栞の姉のほうを向くと、なんとも綺麗にお辞儀しているではないか。

 

 

「皇帝陛下の知らぬ間に、勝手な真似をしてしまいました……。どうか何なりと……」

 

「え、え~? ちょっと待てよ!? 俺が悪者みてぇじゃねーか……」

 

「で、ですが……、私は皇帝陛下の秘書ですし……」

 

「おいおい! 待て待て! 俺そんな独占欲あると思ってんの!? 顔が怖いからって、変に勘違いしねぇーでくれよ! そんなん気にするほど小さい男じゃねぇーよ!」

 

 

 皇帝は顔が怖い。これは誰もが多少なりに思うことである。そして栞の姉は皇帝陛下の秘書たる存在。そのような立ち位置にいながら勝手に他者と仮契約を結んだことで、皇帝に何か言われるのではないかと思ったのだ。

 

 しかし皇帝はぶっちゃけどうでもよいのだ。どうせ目の前のやつが犯人なのがわかっているからだ。まあ、罰というほどでもないが、少しばかりいじってやろうと思うのが皇帝なのである。

 

 

「まぁいいや。じゃあよぉー罰として、誰と仮契約したか言ってみぃー?」

 

「そ、それは……ふぇ、ふぇ、フェイト……さん……と……」

 

「あー、で?どう仮契約したの? いろいろやり方ぁーあるけど、どれでやったん?」

 

「そ、そ、そ、それは……あう……」

 

 

 この栞の姉の態度で皇帝はもうわかった。接吻だわ、チューだわ、キスだわ。だが栞の姉は、それが言えずに顔を赤く染め、あわあわと慌てていた。

 

 また、皇帝は栞の姉だけをいじるわけが無い。目の前にいるフェイトに顔を向きなおし、すさまじいほどに悪役顔で、ニタニタと笑いながら質問するのだった。

 

 

「フェイトくーん、どういう方法でやったんかね? おめぇ血の契約できるわけぇ~?」

 

「あなたには関係の無いことだよ……」

 

「あるだろ? 彼女一応俺の秘書だからなあ? そういうことも、報告してもらわんとねぇ~!」

 

「……ふぅ、この珈琲は、やはり旨い」

 

 

 突然話を逸らし始めたこのフェイト。だからそういう態度でバレバレだということに、なぜ気づかないのか。皇帝はクツクツ笑い、バレバレだぜバーカ、と内心思っていた。

 

 だが、それを言葉で聞きたいのが皇帝だ。栞の姉は、顔や耳まで真っ赤にして、キャーキャーと悶絶していた。だからやはり、フェイトに質問するのだ。

 

 

「もしかして、ぶっちゅーってヤっちゃった!? おせーてよー! おせーよくれよー!」

 

「……ふぅ……わかった……、教えるよ」

 

 

 するとフェイトは皇帝のうるささに耐えかねたのか、しかたなくそれを教えることにした。しかし、しかしだ。そのことを教えようと選んだ言葉が悪かった。かなり悪かった。

 

 

「……君の秘書の初めては、僕が頂いた」

 

「お、ま……」

 

「ふぇ、ふぇ、ふぇいとさん!? い、言い方というものが……!?!」

 

 

 初めてのチューのことを言っているのだろう。初仮契約のことを指しているのだろう。だが言い方というものがあろう。これではナニをしたのかまで、想像させるような言い方ではないか。

 

 皇帝は本気で驚いた。

マジかよ、そ、そこまでヤル男だったなんて思ってなかった、すごい漢だ……。と一瞬考えてしまったのだ。

 

 栞の姉も、言い方が言い方だったため、勘違いされてしまってはいないか、気が気ではない様子だった。そのフェイトの言葉を聞いて、首まで赤く染めながら、首を左右にいやいやと振る栞の姉は、なんとも初々しいものであった。

 

 フェイトはこの発言に、何の罪悪感もないようで、珈琲を飲みながら、特に気にしていなかった。流石である。

 

 

「えー、マジー!? もうそんな関係になっちゃったのー!? うっそー? ありえなーい!」

 

「ち、違います皇帝陛下!? さ、ささ、さすがに皇帝陛下が考えているようなことは……?!」

 

「俺がナニ考えてるって? 言ってみぃー!?」

 

「そ、そ、そんなこと言えるわけ……うぅぅー……」

 

 

 読心力を持つ栞の姉に、そのようなことを質問するこの皇帝。まったく持って大人気ない。その質問を聞いた栞の姉は完全にショートしてしまい、ソファーにもたれかかってしまっていた。仕方ないことだ。

 

 だがしかし、その半分はフェイトのせいでもある。そこですかさずフェイトは、もたれかかった栞の姉に隣に座るよう言うのである。この男できる……。その一連の行動を見ていたフェイトは、皇帝のほうを向いた。

 

 

「やはり下品だ、皇帝」

 

「下品で失礼」

 

「……わかっているんだろうけど、仮契約として、……申し訳なかったけど、初めてである彼女の唇を使わせてもらった……」

 

「いや、それ最初にそう言えよ……」

 

 

 それ最初に言えばここまで問題大きくならんだろうが!と皇帝は思った。そして栞の姉のほうを見ると、まだ顔を赤くしながら、フェイトの横に座っていた。その表情は困った感じだったが、やはりニコニコと笑っていた。

 

 

「……フェイトさん、それでも恥ずかしいんですけど、最初からそう言ってください……」

 

「それは悪いことをしたかな、でも、ウソは言っていないよ」

 

「ふぇ、フェイトさん! そういうことではありません!」

 

 

 なんか勝手に夫婦漫才始め出したこの二人。皇帝は自分が邪魔になっているのではと考えながら、天井を向くのだった。だがそこで皇帝は、フェイトへ質問しようと思ったことを思い出した。皇帝は姿勢を戻し、フェイトを向いて質問した。

 

 

「おーい、フェイト、俺がここで、突然”魔法世界の未来を救う一手”があるっつったら、どうする?」

 

「本当に突然だね、しかし、そのようなことができるのかい?」

 

「できなくは無いぜ?」

 

「……あなたほどの人が、嘘や冗談でそのようなことを言うはずがない……か……。……本当におかしな人だよ、皇帝は」

 

「それ、褒めてねぇーよな!?」

 

 

 皇帝の質問を聞いて、フェイトは珈琲を飲むのをやめ、皇帝へと振り向いた。栞の姉の前なので少し言葉を選んでいるが、突然この皇帝は、未来で確実に起こるであろう魔法世界崩壊を、何とかできると言ったのだ。

 

 普通に考えれば絵空事、現実的ではない。本来ならフェイトも、戯言を、失望したよ、と言い出しかねないことであった。

 

 しかし、フェイトは冗談には聞こえなかった。それを言ったのは、あのバグりにバグった皇帝だったからだ。あの皇帝がくだらない冗談のために、それを言うとは思えなかったのだ。そしてフェイトはそれを聞くと、質問を答えた。

 

 

「……ならば、僕はあなたに付こう。どの道、あの男が完全なる世界にいる時点で、もう帰れそうに無いしね、それに……」

 

「それに?」

 

「僕はこの珈琲と、それを淹れてくれる彼女を、失いたくは無い」

 

「……な、ん……、だ、と……」

 

「ふぇ、フェイトさん!? あわわ……」

 

 

 このフェイト、隣にその彼女、栞の姉が座っているというのに、そのようなことを言い出した。本気で天然なのか、告白しているのかまったくわからない。皇帝はこの言動に、完全に吹っ切れすぎだろと考えた。

 

 栞の姉は、やっと落ち着いてきたのに、またしても顔を真っ赤にしてあわあわ慌てだしてしまった。だが、それを言った本人は、当然とばかりに、珈琲を飲み始めていた。

 

 

「あーあー、おめぇよお……。ハァ……、まあいいか。よろしく頼むぜ」

 

「よろしく頼んだよ、ライトニング皇帝」

 

 

 そう言うと皇帝は、玉座から立ち上がり、フェイトの横へ来て手を伸ばす。フェイトも意図を察して手を伸ばす。そして誓いの握手が交わされた。契約完了の証であった。

 

 

「いろんなパターンを用意してあるぜ。豪華客船に乗った気でいてくれや」

 

「……本当にわけがわからない人だ」

 

 

 握手する男二人。だがその横で栞の姉は、やはり赤面しながら混乱していたのであった。どういう光景なんだこれは。誰かが見ていれば、栞の姉に変な属性があるように見えなくも無い。

 

 この面子意外、誰もいなくて正解だった。皇帝は握手を終えると、すぐさま玉座へとドカリと座り、フェイトと栞の姉の仲むつまじい姿を眺めることにしたのだ。

 

 

「フェイトさんにそう言って貰えるなんて……。で、でも少しは場所を選んでくださいね!」

 

「僕の本心を言っただけだよ。君を失うのは辛い」

 

「はうう……」

 

 

 なにこれー、二人の世界じゃねーかー!皇帝は心の中で叫んだ。完全に自分の玉座に居づらい皇帝は、もういいやと思い、玉座の間から出て外へ散歩しに行った。まさか吹っ切れたフェイトがこうなるとは、皇帝も予想していなかった。

 

 いや、栞の姉ですら予想できなかっただろう。玉座の間で、甘い空間を作り出す二人。それを放置して皇帝は原作とかどうなんかなー、でももうこんな光景見たら、やっぱどうでもいいかなー、と歩きながら考えていた。

 

 だが、そんなフェイトと栞の姉の小さな幸せを願い、この小さな幸せを失わないために、戦うことを新たに決意した。皇帝は諦めない。この世界がなんであれ、感情があるから生きているのだと、確信しているからだ。

 

 故に今日もまた、魔法世界の小さな幸せを救うべく、皇帝は世界を駆けるのだった。

 

 

 



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原作開始
二十一話 麻帆良に来た主人公 吸血鬼、襲来 覇王と吸血鬼


テンプレ54:吸血鬼と契約

テンプレ55:赤いアーチャーの転生者

ようやく原作に入りました


 *麻帆良に来た主人公*

 

 

 2003年。とうとう”原作”が開始された。あの二人の転生者の戦い以降、基本的に大きな転生者同士の衝突はなかった。まあしかし、小さな事件はある程度あったようである。そのような事件を経て、とうとう原作開始となったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良学園都市。広大な敷地にある、西洋風の都市である。ここに二人の少年がやってきた。一人はネギまの主人公、ネギ・スプリングフィールド。もう一人はその兄で転生者の、カギ・スプリングフィールドだ。彼らはこの麻帆良学園で先生をするべく、この都市へとやってきたのだった。

 

 一見カギがいる以外の大きな変化は無いが、小さな変化はあった。ネギがナギの形見の杖を背負っていないのだ。だが、持ってきていないわけではない。ギガントが卒業記念として、魔法球の縮小版のようなものをプレゼントしたのだ。

 

 これは道具をしまうためのもので、人が中に入ることはできない。だが、いくらでも道具を入れることができる、カバン代わりになる便利道具だった。ドラえもんのポケットのようなものと言えば、わかるだろうか。それにしまってあるため、普段は背負ってはいないのだ。

 

 この魔法球、アーニャにも渡してある。そしてカギにも渡すようにネギに言ったのだが、肝心のカギは王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)で十分だったので、必要ないと言ったのだ。

 

 

 さらに、ネギは魔法での肉体強化を行っていない。ギガントに毎度魔法で肉体強化することは、あまりいいことではないと言われたので、やめているのだ。

 

 そしてそれは、完全に魔法に頼らず、”先生”という課題に取り組む決心の現われなのだ。今のネギは”立派な魔法使い”ではなく”立派な人”になりたいので、基本的に魔法を隠蔽しなければならないこの麻帆良では、魔法に頼ることを極力減らそうと考えたのだ。

 

 

 

 そんなネギに、苛立ちを感じているのが兄のカギである。性格こそ差はないものの、行動の全てが別人だったからだ。全てにおいて完璧。つっこむ余地すらない。これではアンチできないと考えているからだ。

 

 このカギはネギを踏み倒して、人気者になろうと考えていた。だが、それが無理になることを恐れているのだ。さらに、原作どおりに進まない可能性すらも恐れており、基本的にイライラしていたのだ。

 

 

 そこへ見知らぬ少女が二人、すごい速度で走っていた。原作どおり、アスナと木乃香だった。アスナに手を引かれ、ローラースケートで滑走している木乃香がいたのだ。ネギは、特に何もすることなく、ただ軽快に挨拶をした。

 

 

「おはようございます、足速いんですね」

 

「ん? おはよう。ああー、あんたがネギって子ね、そっくりだからすぐわかったわ」

 

「おはよー、はじめましてー」

 

「僕のことを知ってるんですか?」

 

 

 その挨拶を聞いて急ブレーキをかけるアスナ。そして自分を中心に木乃香を回転させながら、速度を落とさせ停止させた。木乃香は新任教師であるネギとカギを迎えに来るよう、祖父の学園長に言われていたのだ。

 

 アスナはそれの付き添いでやってきていた。そしてアスナはすでに、メトゥーナトからナギの息子たちが来ることを知らされていた。だからナギにそっくりなネギが、その息子だとすぐにわかった。

 

 木乃香はとりあえず、挨拶だけをしていた。だがカギはそれを見て衝撃を受けていた。勝手に占って、変なことをネギが言ってないからだ。さらにアスナを怒らせていないからだ。

 

 

「あんたの父親の友人が私の親みたいなものだから、話だけは聞いているのよ」

 

「そうなんですか? 改めまして、この度こちらの学校で英語の教師をやることになりました、ネギ・スプリングフィールドです。これからよろしくお願いします」

 

「え? ああ、こちらこそ、私は銀河明日菜よ。というか礼儀正しいのね……」

 

「小さいのに先生? あ、ウチは近衛このかですー。よろしゅーなー」

 

 

 アスナはネギが礼儀正しいことに驚いたが、ふと考えて納得した。ナギの息子であるが、同時にあのアリカの息子だったからだ。ナギにそっくりだったため、うっかり失念していたのだ。どうりで礼儀正しいわけだと思ったのだ。

 

 

 

 だがこの現状、転生者たるカギは驚きの連続だった。まさか最初からネギが知られているとは。まさかアスナの姓が変わっているとは。完全に混乱してきたが、とりあえず原作どおりにするべく。カギは行動しようと考えた。

 

 

「お姉ちゃんよー、失恋の相が出てますぜー?」

 

「恋愛してないのに、失恋の相なんて出るわけないじゃない……」

 

「なんだと……」

 

 

 カギは今の発言にさらに驚いた。原作ならアスナはタカミチに惚れていて怒るはずだからだ。しかし恋愛してないしー、なんて言われてしまった上に、占いが駄目なやつだと思われてしまった。本気でやけになったカギは、原作どおりアスナをひん剥くため、くしゃみと同時に武装解除を撒いた。

 

 

「くしゅん!」

 

「あら? 魔力?」

 

「なん……だと……」

 

 

 なんということだ。渾身の演技とともに放った武装解除が、無効化されてしまったのだ。本来ならアスナを全裸とは行かないものの、下着のみにできるはずだったが、それも失敗に終わってしまった。

 

 地味にアスナは完全魔法無効化能力を、さらにうまく操れるようになっていた。自動防御も自分の周囲を囲えるほどになっていたのだ。

 

 カギは本気でショックだった。なぜ防がれたのかさえも、わからなかったからだ。そこに一人の男性がやってきた。ダンディーな無精髭を生やした眼鏡の男。高畑・T・タカミチである。

 

 

「やあネギ君、カギ君。迎えに来たよ。あとアスナ君にこのか君、おはよう」

 

「タカミチさん、お久しぶりです」

 

「高畑先生、おはよう」

 

「高畑先生ー、おはよーございますー」

 

 

 カギはネギの態度にさらに驚いた。なぜならネギがタカミチを呼び捨てにしていないのだ。

 

 それもそのはず、ギガントがたとえ友人でも、年上ならば敬う必要があると教えたからだ。アーニャぐらいの年齢差なら問題ないが、タカミチほど離れていれば、ある程度敬語で話すべきと言われていた。

 

 だから、呼び捨てなんてもってのほかだと、ネギは思っているのだ。それに苦笑しているのがタカミチであった。

 

 

「ネギ君、別に呼び捨てでもかまわないんだよ?」

 

「そんなことはできませんよ。だってずっと年上じゃないですか」

 

「高畑先生は子供に呼び捨てにされて愉悦を感じるタイプだったんだ……」

 

「高畑先生、そんな趣味があったんやなー」

 

「え!? ち、違うよ!? 誤解だよ!!」

 

 

 このアスナ、基本的にヒエラルキーの頂点に立つ才能があるらしい。完全にタカミチを遊んでいた。実際はネギの意見が正しいので、少し助け舟を出しただけだが、完全にいじられているようにしか見えないのだ。カギはあせった、このままではクマパンをタカミチに見せられないと。だから強硬手段にでた。

 

 

「足が滑った!」

 

「危ないわねー」

 

「なん……だと……」

 

 

 こけた振りをして、スカートを脱がそうとしたら、瞬動で近くまで移動され、アスナに体勢を立て直されてしまった。なんと恐ろしい、今の動きがまったく見えなかったカギは、とてつもなく戦慄していた。

 

 まるで康一君が承太郎にぶつかった時に、スタープラチナでカバンの中身やらを全部拾われた気分だった。もはやカギは何が起こっているのかわからなかった。最初から完全に原作が崩壊していたのだ。

 

 

「とりあえず、学園長の所へ行こうか」

 

「はい!」

 

「思ったんだけど、あっちの逆毛小ナギ、自己紹介してないよね」

 

「きっと、しゃいぼーいなんやよ」

 

 

 自己紹介していないのは自分だけとなっていたカギ。木乃香にいつの間にかシャイボーイの称号をもらってしまっていた。これから先、どうなるんだ、頭を抱えてうなるカギ。それを見た周りが少し引いていたことさえ、カギは気がつけなかった。

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良学園本校女子中等部、その学園長室。うわさでは学園長室は複数あるらしいが、ここだけを見ると変態と思われても仕方が無い。そこで学園長の椅子に座るこの妖怪のような姿の老人。学園長の近衛近右衛門である。

 

 後頭部がウリのように伸び、同じく髭も伸びているこの老人。近衛木乃香の祖父なのだが、血がつながっているようにはまったく見えない。そこに二人の少年と、二人の少女がやってきた。ネギとカギ、そしてアスナと木乃香だ。

 

 

「なるほど、修行のために日本の学校で先生を……。そりゃまた大変な課題をもろうたのー」

 

「よろしくお願いします」

 

「おなしゃーっす」

 

 

 近右衛門が大変だのうと言い、それに返事をする二人の少年。まず教育実習生として、今日から三月まで、二人は教師を行うことになるらしい。近右衛門は、調子に乗って、とんでもないことを言いだした。

 

 

「ところでネギ君にカギ君、彼女はおるのか? どーじゃな?うちの孫娘なぞ」

 

「じいちゃんったらーややわー、前鬼ーつっこみいれてー」

 

「べふー!?」

 

 

 トンカチで殴るべき場面を、式神ツッコミをぶち込む木乃香だった。鬼だ、いや鬼がツッコミしたのだが。近右衛門は数メートル吹き飛ばされ、いやいや口は禍の元じゃのう、と平気な顔をしていた。

 

 恐ろしいことに、この木乃香の行動に完全に慣れているのである。わざとらしく痛そうな態度を取り、席に戻る近右衛門。ネギもカギもあまりのことで、驚きまくっていた。驚かないほうがおかしいのだ。

 

 

「い、今のってまさか……」

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

「なに、慣れておるよ」

 

「このか、本当に恐ろしい子……」

 

「じいちゃんが悪いんやえー」

 

 

 最近の木乃香のツッコミは厳しいらしい。本当にアグレッシブであった。そんな木乃香に、本気であきれているアスナと、何をしたんだろうかと考えるネギ。そして、この前鬼に驚き、変な顔になっているカギがいたのだった。とりあえず仕切りなおして、近右衛門は真面目な表情となり、少年二人に質問をする。

 

 

「ネギ君、カギ君、この修行はおそらく大変じゃぞ」

 

 

 それを静かに聞き入れるネギ。どうなってんだチクショーと叫んでいるカギがいた。どうしようもなく対照的である。アスナは叫ぶカギを、うるさいガキンチョと思っていた。

 

 

「ダメだったら、故郷に帰らねばならん、二度とチャンスはないが、その覚悟はあるのじゃな?」

 

「はい! あります! やらせてください!」

 

「まぁ、俺なら余裕だろう?」

 

 

 ネギはこの質問にはっきりと答えた。難しいことだが、諦めないと誓ったからだ。カギは何があっても大丈夫だろうと高をくくっており、問題ないと思っているようだ。

 

 

「小学生ぐらいのガキンチョが先生をする修行ってどんな修行なのかしら……」

 

「どんな修行なんやろなー……」

 

 

 アスナは修行と聞いて、一体何の修行なのだろうと考えた。この二人が魔法使いだと言うことは聞いていたが、まさか魔法使いの修行が先生をやるなどと連想できるはずが無かったのである。木乃香も同じくどういう修行なのだろうかと考えていた。覇王をシャーマンの師として修行してきた木乃香は、先生をやることが修行には思えなかったのだ。

 

 

「そ、それは……」

 

「そいつぁ秘密の修行ってやつよ! 大人になるためのな!!」

 

 

 そう二人で会話しているところで、ネギが少し焦っていた。この二人にいきなり魔法使いの修行ですなんて言えないからだ。一応アスナも木乃香も魔法を知っているのだが、ネギはそのことを知らないので、どう説明すればよいか悩んでいたのである。そんなネギの横で、秘密の修行だ大人になるためだと適当な理由を並べ、偉そうにするカギがいた。

 

 

 また、この一連の動作をスルーして、近右衛門は指導教員のしずなを呼んだ。修行などとうっかり口にしたのはこの学園長であり、フォローのつもりで新しく人を呼び話題を逸らそうとしたのである。そして、そこにはナイスバディーな眼鏡女教師が現れた。その彼女がしずな先生である。カギはしずなを見て、ネギをちょいと押して、その場所を奪っていた。

 

 

「あら、ごめんなさい」

 

「いーっやっほー!」

 

 

 完全にスケベ根性丸出しのカギだった。原作でネギがしずなのダブルビッグマウンテンに挟まれることを知っていたカギ。挟まれるのは俺だぁー、と意気込んでいたのである。

 

 それが達成されたのか、カギは今とても喜びに満ち溢れていた。どうしようもないヤツだった。それが終わり、しずなが近右衛門の右側へ移動した後、近右衛門が突拍子な事を言い出した。

 

 

「このか、アスナちゃん、しばらくは二人をお前たちの部屋に泊めてもらえんかの」

 

「うん? 何か聞き間違えたかな……」

 

「アスナ、現実と向き合うんや。二人をウチらの部屋に泊めてーなって、おじいちゃんは間違えなく言ーたんやよ」

 

「うそだろ承太郎?」

 

「じょーたろーって誰なんやろ……」

 

 

 今の近右衛門の言葉に、アスナは現実逃避した。そして状助の十八番、うそだろ承太郎?まで使ったのだ。それほどまでに、冗談としか思っていないようだ。木乃香はこのネタがわからないので、誰だろうなーと考えていた。だがそこで、うるさく叫ぶカギがいた。

 

 

「おおお、そうだ! そうだった! ネギがアスナに付くから、俺はこのかに付こうっと!」

 

「う、うるさい……元気すぎ」

 

「あ、あのー」

 

 

 カギはネギがアスナにくっつくことを知っているので、だったら俺は木乃香を選ぶぜ!と叫んでいた。カギのうるささに、流石に文句が出てしまったアスナ。しかし、ネギはその言葉に意義あり!と申し立てる。

 

 

「なにかの? ネギ君」

 

「流石にはじめて会ったばかりの女性の部屋で、寝泊りするのはどうかと思うのですが……」

 

「ふむ、なかなか紳士的よのー、ネギ君は。そこに好感が持てるというものじゃな。まあ二人が許可すれば、大丈夫じゃろうて」

 

「いえ、それなら知り合いであるタカミチさんの部屋でも、大丈夫でしょうか?」

 

「なに!?」

 

 

 このネギ、イギリス紳士だった。今日はじめてあった女性の部屋で寝泊りなどと、できる訳がない! ということだった。だから、友人として付き合いのあるタカミチの部屋のほうがよいと言ったのだ。まあ、住むところが決まってないだけなので、タカミチに許可を取れば問題ないだろうと、近右衛門も考えた。

 

 

「じゃがネギ君、彼は忙しい。たまに出張で、いなくなることもあるが大丈夫かの?」

 

「はい、大丈夫です。元々二人でやっていこうと、思ってましたから」

 

「なんだとおおおお!? ウソだああああ!!!」

 

 

 これにはカギも予想外だった。まさかネギが自分と二人でやっていこうと思っていたなどと。このままアスナと同じ部屋になるなどと、その気になっていた俺の姿、お笑いだったぜ。ファッハッハッハ。とカギは内心泣いていた。

 

 近右衛門はそこまで考えてこの麻帆良にやってきたのかと感動し、それなら問題ないとして、彼らは今後タカミチの部屋にご厄介になることになったのだ。そして住む場所も決まり、少年二人は教室へと案内され、それについていく少女二人がいたのだった。

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *吸血鬼、襲来*

 

 

 さて、ネギとカギが麻帆良に来て、特に原作とさしたる差があったわけではないようだ。教室前のトラップをアスナが撤去するとか、エヴァンジェリンがいない上に、知らない少女がその席に座っているとか、そういうことはあったが、大きな違いはなかった。

 

 カギはエヴァンジェリンがいないことに驚愕し、後ろにひっくり返ったが、気にすることなど無かった。

 

 それ以外にも、宮崎のどかが本を大量に抱えて階段を歩くイベントも、多少なりに変わっていた。のどかが階段に足をかける前に、ネギがそれを見て注意したのだ。そこでネギはのどかを手伝おうと、その本を半分ほど持ったのである。それにより、危なっかしいイベントは回避されたのだ。

 

 また、アスナの記憶ではなく下着が消されるようなことも無かった。その後のクラスメイトからの歓迎パーティーも普通に行われ、特に何も無くそれを終えた。そこで原作通りのどかから、お礼の図書券を貰うネギがいたぐらいである。そんな感じで、一日が終わったかに見えた。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギの兄であり転生者でもるカギは、とても頭を抱えていた。ほぼ原作と乖離しているからだ。ネギはとてもいい子で、問題が起きていない。さらにエヴァンジェリンが生徒をしていない。カギの記憶にあるが、認識阻害により知らない子が、その席に座っていたのだ。

 

 カギはこのままではまずいと思い、エヴァンジェリンが麻帆良にいるなら、ログハウスに住んでいると考えた。だからそこへ行って、契約でも結ぼうかと考えた。エヴァンジェリンとの契約は、二次創作において普通のことだからだ。

 

 しかしその目の前に、金髪の少女が立っていた。白衣に白シャツ、赤いネクタイに黒いタイトスカート。そして楕円の眼鏡をした少女だった。

 

 

「貴様らが馬鹿の息子どもか。ほう、確かによく似ている」

 

「えええ、エヴァンジェリン!?」

 

「わ! また僕を知ってる知らない人が!?」

 

「ん? 逆毛小ナギ、なぜ私の名前を知っているんだ? ……まあいいか、自己紹介させてもらう。私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。魔法研究家さ」

 

 

 なんということだ、突然現れたのはエヴァンジェリンだった。カギが今から会いに行こうと思っていたら、本人が直接目の前に現れたのだ。

 

 しかし、カギの知っている”原作”での黒一色の服装ではなく、真っ白だった。スカートは黒ではあるが。今日は何度目の驚きになるのだろうか、カギはやはり目玉が飛び出るほど驚いていた。それはエヴァンジェリンが研究者っぽい格好をしながら、魔法研究家と自ら呼んだからだ。

 

 だが、とりあえず麻帆良にエヴァンジェリンがいることを確認できたので、少し安心したのだ。そしてエヴァンジェリンは、ナギの息子を見るためだけに、ここまで顔を出したのだ。

 

 

「あ、はじめまして、ネギ・スプリングフィールドです。あなたは父さんをご存知なんですか?」

 

「ああ、よく知っているさ。ふむ、貴様がネギか、馬鹿に似ているが、馬鹿っぽくはないようだな」

 

「馬鹿って、もしかして父さんですか?」

 

「ああそうだ、あれは馬鹿だ、大馬鹿だ。頭だけで言うなら、本当に馬鹿なやつだったよ」

 

「聞いた話では、そのようなので、なんともいえません……」

 

「い、言い返してもこないのか……。貴様の親父は本当にダメな親父だな……」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ったぁぁぁぁ!?」

 

「なんだ? 騒がしいやつだ。ああ、こっちのほうがカギか。親父よりも馬鹿っぽい顔をしているじゃないか」

 

「うるせぇぇぇぇーーーー!!!」

 

 

 よもや自分の父親を馬鹿にされているのに、その息子が言い返せないほどだったとは。それほどまでに、ナギはどうしようもない馬鹿だったのかと、エヴァンジェリンはため息をついていた。だが、突如カギが大声で騒ぎ出したのだ。エヴァンジェリンも、うるさいなぁと思い、どうしたのかと考えていた。

 

 

「やい! エヴァンジェリン! なんで目の前に現れた!?」

 

「いや、ただ顔を見に来ただけだが?」

 

「は?」

 

「貴様らは知り合いの息子だ。挨拶ぐらいしにきてもいいだろう?」

 

「い、いや、たしかに……。じゃねぇよ!! どういうことだよ!!」

 

「まるで話がかみ合わん。貴様の兄貴はいつもこんな感じなのか?」

 

「え、ええ、まぁ……」

 

 

 いちいち説明したのに、何が気に食わないのかわからないエヴァンジェリン。当然とても困った顔をしていた。ネギにこいついつもこんなんなの?と聞けば案の定、そうですと返ってきた。ネギも当然困った顔だった。というか、当の本人であるカギは、エヴァンジェリンが何か企んでいるのではと考えていたのである。

 

 

「ま、まぁいい……。エヴァンジェリン、テメーがここにいるなら、話は早い。後でテメーの家に行くからよろしく頼むぜ!」

 

「何でそうなったんだ? 経緯がまったくわからん……」

 

「兄さん、初めて会った人の家に上がりこむなんて失礼だよ……」

 

 

 テンプレどおり、エヴァンジェリンの呪いを代価に、交渉して契約するのがカギの目的だった。だが、このエヴァンジェリン、別に呪われていないのだ。だから突然家に来るといわれても、意味がわからないのだ。

 

 ネギの反応も一般常識的で、突然知り合った人の家に、いきなり押しかけるのは失礼だと思ったのだ。それでもなお、カギは止まらない。なぜならそれが、転生者として正しい行動だと思っているからだ。

 

 

「とりあえず、ここではあまり話せない。だからテメーの家で、じっくり話してやる」

 

「おいネギ少年、貴様の兄貴は本当に人の話を聞かないんだな……」

 

「す、すいません。いつものことなんで、気にしないでください」

 

 

 この状態、いつものことらしい。弟に恥をかかせるなんて、とんでもない兄であった。エヴァンジェリンは、大体当たりをつけてはいたが、まさかここまでとは思っていなかった。まあ、面白そうだから家に入れるぐらいしてやろうと考えた。別に家に入れるぐらい、どうってことないからだ。

 

 

「まあいいか。よくわからんが、わかった。私の家に招待しようじゃないか、カギ少年」

 

「そうこなくてはなぁ、エヴァンジェリン!」

 

「……すいません、兄がお世話になります……」

 

 

 兄が突然、エヴァンジェリンの家に上がることに、ペコペコと頭を下げるネギ。なんて出来のいい弟なんだ……。兄より優れた弟など存在しねぇと思ったが、そうでもなかったらしい。

 

 その兄のカギはこれでうまくいくと思っており、高笑いをしていた。恥ずかしい、なんて恥ずかしい兄なんだ。エヴァンジェリンも、その姿にドン引きしながら、そのネギを見て、苦労してるんだなあ、と考えていた。

 

 

「兄さん、あまり迷惑をかけないようにね……。僕は先にタカミチさんの部屋へ行って、タカミチさんに事情を説明しておくから」

 

「はっ、俺がいつ迷惑かけたよ? テメーこそ迷惑かけんじゃねぇぞ!」

 

「はぁ、大変だなあ、ネギ少年……」

 

 

 完全にネギへ同情するエヴァンジェリン。ネギはその後、兄を置いてさっさと帰ってしまった。とりあえずエヴァンジェリンは自分の家へとカギを案内した。

 

 

…… …… ……

 

 

「ここが私の家だ、まぁ茶ぐらい出してやるとしよう」

 

「おおー、ここが噂の……。うむうむ、原作どおりだな」

 

「はぁ……」

 

 

 エヴァンジェリンの家は原作どおりログハウスだ。カギは原作どおりのログハウスを見とれていた。その横でエヴァンジェリンが茶ぐらいだすと言っても、まったく耳に入っていないカギに対して、ため息をしていた。

 

 とりあえずエヴァンジェリンが家に入ると、一人のロボがいた。長く伸ばした緑色の髪、機械っぽい耳。機械っぽい間接。完全にロボそのものだった。それがこの絡繰茶々丸である。

 

 

「なんだ、先に帰ってきていたのか。ただいま」

 

「お帰りなさいませ、マスター。そちらの方はカギ先生では?」

 

「よー、じゃまーっす」

 

 

 これも原作どおりである。カギは適当にくつろぎ、茶々丸の淹れたお茶を飲んでいた。ずうずうしいヤツだなあ、とエヴァンジェリンは思いながら、さて何を話すのかと聞いてみた。

 

 

「で、なんで私の家に来ようとしたんだ?」

 

「単刀直入に言おう。テメーの呪い、俺の血で解け」

 

「……何の話だ?」

 

「学校に閉じ込められる登校地獄の呪いだよ! 知ってるんだぜ!!?」

 

「いや知らん」

 

「テメーじゃなくて俺が知ってるんだよ!!」

 

 

 呪いなど、貰っていないエヴァンジェリンは、さてはて、どうしたものかと考えた。これはもうアレだなあ、と思ったのだ。だが、単刀直入に言ってしまうと面倒になりかねない。腕を組んで、少し頭を悩ませるエヴァンジェリン。その間にカギはどんどん勝手に話を進めていた。

 

 

「俺の血で呪いを解いたら契約してくれ。そして俺の仲間になってくれ!」

 

「……ふむ、心配してくれたようだがすまないな。その呪いはもうない。完全に消えて無くなったよ」

 

「なんだと……。どういうことだ!?」

 

 

 呪いがあると言うなら、もう無いことにしてしまおうと思ったエヴァンジェリン。適当にでっちあげて、丸く治めようと思ったのだ。カギはそれを聞いて驚き、叫びだした。

 

 

「ま、まさか俺と同じやつが別にいたってことか!?」

 

「いや、自分で解いた。特に問題は無かった」

 

「ウソをつくんじゃねぇ!! あの呪いを自分で解けるはずないんだ!!」

 

「じゃあ、なぜそれがウソだとわかるんだ?」

 

「ウッ……。それは……。いや、むしろそっちがウソついてるんだろうが!!」 

 

 

 カギは自分が転生者だということを、なかなか言い出せないでいた。エヴァンジェリンはウソを言っているが、ウソだという証拠はどこにもない。だから、強気で行くのだ。

 

 

「だから、なぜウソだとわかる? その呪いを、一度でも見たことがあるのか?」

 

「あ、ある!!」

 

「ほう? それはいつ? どこで? 誰がかかっていた?」

 

「かかっていたのはテメーだ! エヴァンジェリン!! 俺の親父のナギがテメーに呪いをかけたんだよ! デタラメな呪いをなあ!!!」

 

「ふむふむ、しかし貴様と会うのは初めてだ。そして、貴様の父親、ナギは10年前死んだことになっているはずだが? 貴様が生まれた時、すでにナギがいないのに、どうやってその情報を得た?」

 

「ぎ、ぐーーー!!」

 

 

 エヴァンジェリンに完全に丸め込まれていくカギ。そりゃ年季が違うのだ、当然である。カギも自分が転生者だと言えないので、それ以上言葉に出せないのだ。カギは悔しそうな表情で、涼しげにしているエヴァンジェリンを睨んでいた。だが、ここでカギは覚悟を決めたようだ。

 

 

「なら教えてやる!! 俺は前世の記憶を持っている! そこでテメーが呪われているのを知ったんだ!!」

 

「ほう、それは面白い。だがそれでは、呪われているという情報だけではないか。なぜ解けないか、説明してもらいたいところだ」

 

「テメーに呪いをかけたのは、俺の親父だって言ったはずだぜ! あの馬鹿魔力で、メチャクチャな呪いをかけたから、解けなくてずっと中学生だったんだよ!!」

 

 

 カギは自分が転生者だということを、エヴァンジェリンへとやんわり伝えた。そして、その記憶があるから呪いを知っていると言い出したのだ。しかしこの程度で、エヴァンジェリンが折れるわけがない。それでも涼しい顔で、別の質問に切り替えるエヴァンジェリンがいた。

 

 

「なるほど、だが前世とやらで、私は貴様に会ったことがあるのか?」

 

「ねぇよ! でも知ってるんだよ!!」

 

「会ったことも無いのに、知っている?おかしな話だな。どういうことなんだ?」

 

「そ、それはだなぁ……!」

 

 

 原作知識で知っているなんて、そうそう言えたものではない。この世界が漫画で、それで知ったなんて、言えるはずもない。カギはこの時点でかなり焦っていた。だからカギは破れかぶれとなっていた。もはや面倒になって、もうこの際全部言ってしまおうとカギは思ったのだ。

 

 

「なら全部教えてやらぁー! この世界は前世で漫画だった! それを読んで知ったんだよ!!」

 

「ほう、この世界は漫画だったのか。だがしかしだ、その漫画とこの世界、同じだと思っているのか?」

 

「な、なんだと!?」

 

「貴様の言うように、この世界が漫画だったとしよう。だが、その漫画どおりに、物語が進んでいると思っているのか?」

 

「ち、違ぇってのかよ!?」

 

「違うではないか。現に私は、呪いを解いたと言っただろう?」

 

「ぐ……」

 

 

 漫画だったとして、何が問題あるのかと思うエヴァンジェリン。そして、その漫画とこの世界、似たようなものらしいが、同じようになっているとは思えないと考えていた。というか、そのあたりもエヴァンジェリンは、皇帝から話を聞いているので、はっきり言ってカギをおちょくっていただけである。

 

 自滅を誘発されたこのカギは、完全にエヴァンジェリンの掌で踊らされていたのだ。いや、釈迦の掌を飛び回る、孫悟空ですらなかったのだ。カギはすさまじい形相で、エヴァンジェリンを睨みつけていた。まったく自分の思ったとおりに行かないからだ。しかし、そんなことも全部涼しげに、受け流しているのがエヴァンジェリンである。

 

 

「呪いがねぇだと!? じゃあ何でここにいんだよ!!」

 

「私は日本が好きだ。そして魔法使いが集うこの麻帆良なら、私がいても不思議ではないだろう?」

 

「ぐ、ぎいいい!! うるせぇぇぇぇ!! このクソ!! なら力でねじ伏せるだけだぜ!!!」

 

 

 カギはもう逆上して、暴れだそうとしていた。エヴァンジェリンはそんなカギを、どうでもよさそうに見つめているだけだった。カギはその姿にさらに頭にきて、その場で攻撃しようとした。

 

 

「食らえ!! ゲート・オブ・バ」

 

「オイ、スデニ罠に嵌ッテイルコトニ、気ガツカネーノカ?オ前、頭脳ガマヌケカアー?」

 

「な……にぃ!?」

 

「ふん、何かしようとしたら、首が飛ぶと思え」

 

 

 首元にいたのは小さい人形だった。緑色の髪と、両手に刃物を握った人形だった。そう、エヴァンジェリンの従者、チャチャゼロだ。当然エヴァンジェリンは、すでに手を打っていた。

 

 最初からチャチャゼロをカギの首元の死角に配置し、いつでも攻撃できるようにしておいたのだ。呪われてもいないので、魔力を持つエヴァンジェリンは、殺人人形チャチャゼロを操るなど、難しいことではないのだ。

 

 それにまったく気がつかなかったカギ。むしろカギはエヴァンジェリンを信用しきっていた。まったく保証が無いというのに、原作知識やらをアテにして勝手に信頼していたのだ。首元にナイフを突きつけられ、もはやこれでは動きようが無いカギは、仕方なく戦うことをやめるしかなかったのだ。

 

 

「クソ……。最初から罠に嵌っていたのかよ……」

 

「年季の違いというやつを思い知るがいい。貴様のようなやつは、何人も見て来てるんだよ」

 

「何だとおおお!?」

 

 

 そりゃもう600年生きているエヴァンジェリンは、転生者をイヤというほど見て来たのだ。こういうやつも多く見て来た。だから簡単に罠に嵌めれたのだ。そして、やれやれと肩をすくめるエヴァンジェリンだった。

 

 だがここでカギは、初めて転生者が複数いることを知った。そしてかなりショックを受けていた。

 

 

「馬鹿な……。転生者は俺だけじゃなかったのか……」

 

「そういうことだよ、ぼーや。さて、貴様に二つの選択をやろう」

 

「二つの選択だと!?」

 

「そのまま首をはねてもいいが、私の主義に反する。そこで生き延びるチャンスとやらをくれてやろう」

 

「な、何をするってんだよ!?」

 

「簡単だ、一つは前世の記憶の封印。もう一つは、まあ何もしなければそのまま帰れ、ただしギアスはかけさせてもらうぞ」

 

 

 なんという優しい選択か。前世の記憶を封印するか、帰るかのどちらかだった。というのも、どうせ皇帝の部下もいるし、自分が直接手を下すのが面倒なのだ。自分で手を下してやるとメトゥーナトには言ったが、正直面倒ごとはごめんなのである。カギはその選択に驚きながら答えた。

 

 

「か、帰る! 今日は帰る!!」

 

「そうか、ならとりあえずこの”鵬法璽”で約束してもらおうか、私に対して攻撃しないことをな」

 

「チッ、しょうがねぇ……」

 

 

 鵬法璽とは絶対的な契約をする魔法具である。約束されたら最後、魂にまでその契約が刻み付けられる。そして、その約束した行動が絶対に取れなくなるのだ。このエヴァンジェリン、魔法研究家なので、魔法具の収集癖があるのだ。

 

 カギはとりあえずエヴァンジェリンと戦闘しなければよいと考え、その話に乗った。そして契約を完了させ、悔しそうにしながら逃げるようにログハウスから出て行った。

 

 

「やれやれ……。面倒なことになってきたなぁ……」

 

「ケケケ、切リ刻メナカッタノハ惜シカッタナー」

 

 

 エヴァンジェリンは面倒なことになってきたと考えた。何せ”物語”が始まってそうそう、このような輩が沸いて出たから当然であった。その従者のチャチャゼロは、あれも切り刻みたくて仕方が無かったらしい。まあとりあえず、これで自分が攻撃されることが無くなったと、エヴァンジェリンは多少安心するのであった。

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *覇王と吸血鬼*

 

 

 麻帆良学園都市。そこに一人の男がやってきた。

赤い外套。白く短い髪の毛。そして色黒の肌。その男が一人、その麻帆良へと降り立っていった。

 

 

「ふむ、ここが麻帆良か……。さて、私の任務を行うとしよう」

 

 

 男は任務を受けていた。それはネギと明日菜の身辺調査である。”原作”ならば同じ部屋で過ごしているので、さほど難しい任務ではないはずだった。しかし、それこそが間違えだったことに、その男は気がつかなかった。

 

 

「この部屋だったな……ん!?」

 

 

 そこには気配があった。霊の気配だ。それもただの霊ではない。強力な鬼神の霊だった。前鬼、後鬼。木乃香が持霊として、師である覇王から借りているものである。彼らは男の存在に気づき、攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 

「チィ……。ここで戦闘をすれば騒ぎになる……。それと無用な争いは避けろと言われていたな……」

 

 

 しかし男は戦いを避けるため、後退した。鬼たちは逃げた男を追わず、また木乃香の部屋の扉の前へと戻っていった。男はなぜそのような鬼がいるか、まったくわからなかった。完全に原作と乖離していたからだ。

 

 

「まさかこのような事態になっているとは……。たしかに転生者は複数いたが……」

 

 

 男は転生者が複数いることを知っていた。そして扉からの進入は不可能だと考え、遠くの窓から監視することにしたのだ。いや、最初からそれをすべきだったのだが、この男、女子寮に入ってみたかったのだ。

 

 そして男は一キロ離れた建物の上からアスナと木乃香の部屋の中を、その窓から監視することにした。またなぜかこの男は、何も使わずに自分の目のみで、アスナと木乃香の部屋を一キロ先から監視、いや覗きができた。

 

 何故このようなことができるかというと、この男の特典に遠くのものを見る力が含まれていた。その能力を使い、双眼鏡などを必要とせずに、一キロも離れたアスナと木乃香の部屋を見ることができるのだ。しかしもう夜であり、二人が着替えを始めているところだった。

 

 

「ふむ、体の熟れ具合に、さほど違いは無いようだな」

 

 

 真面目な表情で、かっこよく言葉にしているが、普通に変態的だった。ただの覗きであった。その二人の着替えをじろじろと見つめ、なかなかいい体つきだ、と言葉を漏らすこの赤い変態。だがそこへ、一人の少年が飛んできた。

 

 

「なあ、お前、ここから何が見えるんだ? 僕にも教えてくれないか?」

 

「な、は、ハオ!?」

 

「だからさ、何を見ているんだよ」

 

 

 それは覇王だった。不審な気配を察知して、すぐさまS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)で飛んできたのだ。何ってアスナと木乃香の着替えである。だがそんなことは、言える訳が無いのだ。男は戦うべきかどうか考えていた。争いを避けるべきだと一応言われているからだ。

 

 

「お前さ、まさか覗いてた? 誰の部屋だい?」

 

「何!? 覗いてなどいない!」

 

「へぇ、本当に?」

 

「あぁ、断じて。監視はしても覗きはしていない!」

 

「ふうん、でもそれって同じだろ?」

 

「違う! 断じて違う!」

 

 

 覗きも監視も、見ているものとしては同じだろう。しかし男は否定した。覗きなんてやっていない!これは監視だ!と焦りながら否定していた。しかし、明らかにムキになっており、自覚はあったようだ。

 

 

「で、何を見ていたんだい? まさか、ねぇ……」

 

「まさかとはなんだね? 私が着替えでも見ていたと言いたいのかね?」

 

「へぇ、着替えを覗いてたんだ。最低だね」

 

「ち、ちち、違う!! 絶対に違う!!」

 

 

 この時点で着替えを覗いていたことが確定された。覇王はそれにとても頭にきていたが、顔にはまだ出ておらず笑顔だった。男はやべぇミスったと思い、すごい焦りながら違うを連呼していた。だがもう遅かった。弁解の余地は無かったのだ。

 

 

「興味本位で聞くけど、誰の着替え?」

 

「違うと言っているだろう!!」

 

「違うのかい?じゃあ、誰を見ていたかぐらい、言えるだろ?」

 

「チッ、”神楽坂明日菜”の部屋だ」

 

「……ふうん、つまり近衛木乃香も一緒か……」

 

 

 この男は原作で当てはめていた。だからアスナを神楽坂と呼んだ。覇王はそれを聞いて、確実に転生者だとわかった。まあ、特典ですでにわかっているのだが。そしてまさか、誰を見ていたかをポロっとしゃべるとは、覇王も実は思っていなかった。それほどまでにこの男は、覗きをしていると言われてテンパっていたのだ。

 

 

「し、しまった!? 私は何を言っているんだ!!?」

 

「そうか、木乃香の着替えを覗いてたのか……」

 

「覗いてなどいない!! 監視していたのだ!!」

 

「だからさ、それは結局は見たってことだろ? ふん、なんて低俗なやつなんだ」

 

「うっぐっ!?」

 

 

 この男、完全に墓穴を掘っていた。穴があったら入りたいぐらいである。自分の失態に気づき、完全に焦っている男。それをテメェ見たなと、怒りに燃えながらも、表情は笑顔の覇王がそれを見ていた。しかし、笑顔ながらもその表情は、段々と冷淡になってきていた。そして覇王は攻撃を開始した。こういう輩は、黙らせないと気がすまないからだ。

 

 

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)、やってしまえ」

 

「チッ、仕方が無いか……。”トレース・オン”」

 

 

 男はその言葉を述べると、二本の黒と白の剣が握られていた。そして、それでS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の攻撃をなんとかしのいでいた。しかし、その程度で防げるわけがないのだ。

 

 

「グッ!?」

 

「どうした?自慢の夫婦剣が、泣いているぞ?」

 

「たわけたことを!!」

 

 

 S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の攻撃を、ギリギリでかわしながら、二つの剣を振るう男。それを余裕でS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の左手の上から眺めながら、笑っている覇王がいた。完全に男は遊ばれているのだ。

 

 

「このままではこちらが不利か、ならばこれならどうだ!」

 

「この程度で一つの切り札を切るのか?つまらないやつだ」

 

「どうとでも言うがいい!! ”壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”!!」

 

 

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)とは、Fateのサーヴァントの最強の武器である”宝具”を爆発させる最終奥義である。その宝具を爆弾として扱い、大爆発を起こさせ敵を吹き飛ばす。

 

 当然、その宝具は消滅するので、普通のサーヴァントは絶対に使わない。だが、この男はそれを生み出す力を持つ。だから平然とそれをやってのけるのだ。

 

 その男は覇王の前に二本の剣を投げつけると、それを爆発させたのだ。すさまじい轟音と共に大爆発を起こした剣は、完全に消滅していた。そして、それを見た男は勝利を確信し、ようやく小さな笑みをこぼした。しかし、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)はいまだに健在だったことに、男からは笑みが消え、冷や汗をかき始めていた。

 

 

「そんなもんか。心底あきれさせてくれる」

 

「五行の操作か……。忘れていた……」

 

 

 覇王は爆発を耐えるために、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を水へと変換して守ったのだ。たったそれだけで、完全に防がれてしまった男の切り札。男の切り札を警戒し、覇王は普段よりもS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)へ、多く巫力を与えていたのだ。

 

 そして水から再び火へと変換され、男を焼きはらおうと攻撃するS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)だった。もはや男は今は手に負えないと、逃げることをはじめた。

 

 

「チッ、ここはひとまず退散だ」

 

「なんだ、もう逃げるのか? ……本当につまらないやつだな」

 

 

 男はさっさと撤退し、夜の闇へと消えていった。覇王は深追いはせず、ただ逃げる男を眺めていた。再び静かになった麻帆良の夜に、美しい月が出ていた。覇王はそれを見て、少しだけ考えがよぎった。

 

 

「そういえば吸血鬼、どうしてるんだろうか……」

 

「私がなんだって? ”星を統べるもの”」

 

「ああ、いたんだ。そしてそれ、やめてくれない?」

 

 

 覇王がポツリと漏らした言葉に反応が返ってきた。そこにいたのは吸血鬼、エヴァンジェリン。やはり黒一色ではなく、白い白衣に白いシャツだった。覇王はエヴァンジェリンと向かい合い、笑顔で会話を始めていた。

 

 

「戦闘の気配を追ってみれば、魔法世界の現英雄がいるとはな」

 

「そこまで知っているんだ。それと僕も、君の事はある程度聞いているよ。金の教授」

 

「なんだ、知っているのか。私も噂しか聞いていないが、貴様のことは知っているよ」

 

 

 どちらもある程度知っているようだ。だが実際会うのは初めてなのだ。かれこれ500年前、覇王は皇帝に挨拶に行った。しかしその時エヴァンジェリンは、アリアドネーで過ごしていた。だから会うことが無かった。そして覇王の今世でも、エヴァンジェリンに会うことが無かったのだ。だが、どちらも皇帝から聞かされており、ある程度どちらのことも知っていたのだ。

 

 

「多分だけど、あの皇帝が話したんだろ?」

 

「それはお互い様だろう?そういえば、さっき戦っていた相手はどうした?」

 

「あぁ、あの男か。彼ならもう逃げて行ったさ」

 

「取り逃がしたのか?」

 

「いや、別にあの程度の相手、どうにでもなるだろ? 捨て置いたんだよ」

 

 

 覇王は特に男に対して脅威を抱いていなかった。だから放置してもよいと思ったのだ。木乃香の着替えを覗いていたのは腹ただしいが、派手に戦闘して騒ぎを大きくしたくはなかったのである。

 

 

「そいつは何をしていたんだ?」

 

「覗きだよ、”銀河明日菜と近衛木乃香”の着替えを覗いていたようだ」

 

「ほう、それはまた死にたいらしいな」

 

 

 本人たちに知れたら命が無いだろう、そうエヴァンジェリンは考えた。あのアスナはそういう変態に容赦がない。変態に容赦はするな、を名言とするほどだ。

 

 そして木乃香にも護衛がいる。覇王もそうだが、桜咲刹那とバーサーカーもいるのだ。この二人もそういう変態には、基本的に容赦がない。当然ではあるのだが。

 

 

「まったく、変態が多い世の中だね……」

 

「まったくだな……。しかし、その炎の源、近くで見るとすさまじい力を感じる」

 

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)のことかい? 別に悪いやつではないから大丈夫だよ」

 

「その程度では臆さんさ。だが、その炎と私の氷、どちらが強いかを考えるとだな……」

 

「そっちは氷系が得意だったかな?でも絶対零度に近い範囲魔法があるんだろ?」

 

「はっ、言うじゃないか。どんなものでも焼き尽くす、圧縮した灼熱の火炎弾を撃てるやつが」

 

「そこまで知っているのか。つまらないね」

 

「それもお互い様さ」

 

 

 どちらも最強の技を知られているようで、お互い様と言うエヴァンジェリン。戦う気などまったくないが、手の内がさらされている場合、戦いではやりずらくなると両者とも考えていた。そしてエヴァンジェリンはふと思い出したようで、覇王にしっかり向き合って話した。

 

 

「そういえば感謝しているよ、貴様の超・占事略決の知識は大いに役に立った」

 

「それも知っているのか。僕はもう丸裸同然じゃないか」

 

「まあ、教えたのは皇帝さ。あれのおかげで、色々できるようになったよ、ありがとう」

 

「別に教えたのは僕ではないのに、礼なんて必要あるのかい?」

 

「ふん、何、一応な」

 

 

 このエヴァンジェリン、何気に素直であった。というのも、あの超・占事略決のおかげで、新魔法が完成したのだから当然である。あれのおかげで、エヴァンジェリンはいろいろ助かったのだ。覇王は自分が教えたわけではないので、その礼を少しくすぐったく感じていた。エヴァンジェリンはその覇王の姿を見て、小さく笑っていた。

 

 

「まあ、僕はもう帰るとするよ。明日も学校だ」

 

「貴様ほどのやつも学校か、学校とは大変な場所だな」

 

「よく言うよ、勉強を必死にやってきたくせに」

 

「まぁな、でも私がこなしてきたのは得意分野だけさ」

 

「それは羨ましいことだ。さて、今日はこの辺にしておこうか。じゃあね、”エヴァ”」

 

「そうだな、また会おうか、”覇王”」

 

 

 この会話で、両者は友人となったようだ。互いに名前を呼び合うほどとなっていた。覇王はそのままS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に乗り、状助が待つ男子寮へと戻っていった。エヴァンジェリンも、そそくさとログハウスへと戻っていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:???

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代会社員

能力:投影魔術

特典:Fateの赤アーチャーの能力、オマケでアーチャーの使った宝具の全使用

   神造兵装以外の宝具の投影




カギ君は原作厳守第一で、その次にスケベ根性、その次に原作キャラハーレムという謎の思考です


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図書館島編
二十二話 図書館島


テンプレ56:アスナの頭がよい

テンプレ57:ネギの兄弟が地下行き

テンプレ58:すでに変態に会ってる


 ネギとカギが麻帆良に来てそこそこたったある日、突然近学園長から最終課題を出された。両者とも同じで二年A組の期末試験にて、最下位を脱出させることだった。カギはほっといても大丈夫だろうと考えた。ネギはどうしようか考えていた。

 

 ここで、一つだけ違うのは、アスナがそこそこ勉強ができることだ。なぜできるか、その理由は単純で個人的な理由なのだ。

 

 それはあやかとテストの合計点数を争っているからである。この戦いにおいて賭ける商品はそれ相応であり、負けることは許されないことになっている。

 

 だからどちらも勝つために、戦力を増強させているのだ。ゆえにアスナは勉強ができる。と、いうわけで一人抜けてバカレンジャーではなく、バカ四天王となっていた。どの道褒め言葉ではないのだが。

 

 

「最終課題、どうする兄さん」

 

「大丈夫だろ? なんとかなるんじゃね?」

 

「とりあえずホームルームで勉強会でも開こうか」

 

「意味あるかなぁ~」

 

 

 カギはこの試験、どうせ通過点レベルでしか考えてなかった。だがネギは真剣だった。自分の先生としての技量が試される課題だったからだ。とりあえずネギはホームルームにて、勉強会を開くことにした。

 

 

「このホームルームは勉強会にします。期末試験前なので、張り切っていきましょう」

 

「どうでもいいと思うんだけどなあ……」

 

 

 カギは本気でやる気が無かった。どうせ図書館島イベントで解決するからだ。しかしネギはそんなものは知らない。とりあえず勉強をさせてみようと思うしかなかったのだ。

 

 そして、またしても原作と違うことは、ネギがいらないことを言わないというものだ。つまり、最下位となるととんでもないことになる、と言わなかったのだ。だからカギが代理で言うことにした。

 

 

「まあ、聞け、この試験が最下位だと大変なことになる。心せよー」

 

「ちょっと、兄さん!?」

 

 

 カギの突然の言葉に驚くネギだった。このネギはそういう風に焦らせることは、言わなくてよいと思っていた。だから兄のカギに少しだけ抗議していた。

 

 だが、カギは単純に、原作どおり進めたいだけなのだ。だから言うのだ。そこで突然椎名桜子が英単語野球拳というものを提案してきた。

 

 

「英単語はわかるんですが、野球拳とは一体なんですか?」

 

「ネギ、別にいいじゃねぇか、やらせてやろうぜ?」

 

 

 カギの行動原理は基本スケベ根性だ。ここで脱がさずしてどこで脱がすか。そう考えていた。するとカギが許可したと思ったのか、生徒たちが脱ぎだしていた。

 

 ネギはそれを見て頭を抱えていた。しかし、逆にカギは喜んでいた。もっとやれ、そうだいけ! このカギ本当に変態であった。

 

 

「み、みなさーん、落ち着いてくださーい!!」

 

「いいぞ! もっとやれ! 全部脱がせー!!」

 

「兄さん!?」

 

 

 ネギは何とかしようと叫ぶがカギがさらに煽るので、さらにヒートアップしていくのだった。

 

 カギは最高に楽しんでいた。これこそ”ネギま”、これこそ桃源郷。最高にハイだった。

 

 逆にネギは不安になった。これでよいのだろうかと。いやまったくよくないのだ。そんな感じで授業が進み、終わっていった。

 

 

…… …… ……

 

 

 図書館島……。明治の中ごろに学園創立と共に建設された、大図書館である。地下はダンジョンのような入り組んだ仕組みとなっており、罠まで仕掛けてあるという。

 

 そこに綾瀬夕映率いるバカ四天王である、古菲、長瀬楓、佐々木まき絵、それに木乃香を除く図書館探検部の部員たちと、ネギとアスナが集まっていた。

 

 ネギとアスナがいるのには理由があった。アスナは女子寮の大浴場で、バカ四天王が魔法の本を探そうということを聞いていたのだ。それを阻止するべく、申し訳なかったが全てネギに説明し、ここへとつれてきたのだ。ネギはとりあえず、どういうことなのかを、リーダーっぽい綾瀬夕映に聞いてみた。

 

 

「これから一体何をするんですか?」

 

「ネギ先生は突然で教えてませんでしたね。これから図書館島の地下に眠るという、魔法の本を探しに行くのです」

 

「ま、魔法の本!?」

 

「はい、それを読めば頭がよくなるそうです」

 

 

 魔法の本と聞いて驚くネギ。しかし、さらにそれを読めば頭がよくなるらしい。なんというか、とてもいかがわしい。かなり胡散臭い。

 

 ネギはそう思い、さてどうしたものかと考えた。このままそのようなことを、させてよいものかと。とりあえず、ネギは本当のことかどうか、聞いてみることにした。

 

 

「それ、本当なんですか?」

 

「噂ですが、本当にある可能性があるのです。だから探しにいきましょう」

 

 

 そのやる気を勉強に持っていってほしいネギであった。ネギは魔法の本に頼るのは、あまりよくないと思っているからだ。それに、みんなは真面目に勉強しているのだ。ずるいと思ったのだ。

 

 せめて誰かに教わるというのなら、話はわかる。だがズルはよくない。カンニング駄目絶対! ネギはそれを阻止するために、どうするかを考え始めていた。

 

 

「魔法の本で頭がよくなって、試験を受けるんですか?」

 

「そうです! このまま大変なことになるそうですね、それは私たちが小学生に戻るみたいなんです」

 

「えー? そ、それは違いますよ!!」

 

 

 なぜか小学生に戻ると言い出した夕映。ネギは大変なことになると、カギが言っていたのを思い出した。そして兄の大変なことになる発言が、ここまで飛躍しているとは思っていなかった。

 

 と言うか、普通に考えても小学生に戻る訳がないだろう。エスカレーター式だろこの学園は! 普通に考えればそうなるのだ。しかし、とても個性的な2年A組、そう考えても不思議ではないのだ。ネギは慌てて訂正した。んな訳ないと。

 

 

「どう違うんでしょう?」

 

「違いますよー! 最下位になったら、僕たちが正式な教員になれないだけです!」

 

「な、そんなことが!?」

 

「だから帰って勉強しましょう!」

 

 

 小学生にならないから大丈夫だよー、さあ帰ろうという話だった。だが彼女たちは小学生になるより、ネギが先生ではなくなるほうが重要だったようだ。さらに騒ぎ出し、慌てていた。ネギはそれにさらに驚いた。

 

 

「それではさらに、魔法の本が必要です!」

 

「え、ええー!?」

 

 

 ネギはさらに彼女たちをやる気にさせてしまったようだ。流石にまずいと思ったネギは、最終手段に出た。少しだけかわいそうだが、仕方が無い。これしか手は無いのだ。ネギは真剣な表情となり、彼女たちを止めるべく、それを話した。

 

 

「僕はそのようなことをしてまで正式な先生になっても、うれしくありません!」

 

「え!?」

 

「別に最下位でもいいんです! みんなで頑張って、最下位を脱出してほしいです!」

 

 

 なんて言葉だろうか。数え年10歳とは思えぬ発言。夕映やその他メンバーも驚愕していた。そこにアスナがネギの横へとやってきた。こんなアホなことをしているなら、勉強しろというのがアスナの意見なのだ。

 

 というか、この図書館島の地下深部はそこそこ危険らしいので、あまり行かせたくないというのも理由の一つであった。だから、説得にちょっとだけ意地悪な言い方になってしまった。

 

 

「先生とは言え10歳の子供に、そこまで言われてもまだ行く気なの? 帰って必死に勉強した方がいいんじゃない?」

 

「うっ……。で……、ですが……!」

 

「思いとどまるなら今の内よ。じゃ、私たちは帰るから」

 

「な!? ちょっとアスナさん!?」

 

 

 アスナはそう言い終えると、さっさとネギを連れ去ってしまった。タカミチの部屋で寝ていたネギを、元の場所に戻すためであった。

 

 これはまずいと踏んだ夕映はネギの言葉を胸に刺しながらも、自分たちだけで行くしかないと決意した。だがそこに現れたのはカギであった。実は最初からカギすでにスタンバっていた。当然ガッチガチの完全装備でである。

 

 

「なんか大変なことになってるじゃねぇか……。力を貸すぜ?」

 

「はっ!? カギせんせー!?」

 

「ネギのやつ頭かてーからよ、許してやってくれや」

 

 

 ネギは頭が固いといい笑っているこのカギ。そして、とりあえず馬鹿四天王は、図書館島の地下へと進むことにしたようだ。そして、ある程度原作通り進んだ後、やっぱりポチャンと地下深くへ墜落していった。だが、この状況こそがカギの思惑通りなのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

「で、地下へ行ってしもーたんかー」

 

「みたいねえ……。止めたんだけどダメだったみたい」

 

 

 ここはアスナと木乃香の部屋。朝、少し早めに起きた二人は、朝食をとりつつも、とりあえず図書館島地下へ行ったと思われる友人を心配していた。

 

 しかし、木乃香は行かなかったようだ。一応図書館探検部員ではあるのだが、どうしてだろうか。アスナも気になって質問してみた。

 

 

「ところでこのかは、どうして図書館島へ行かなかったの?」

 

「んー、言うのを忘れとったけど、ウチだけずいぶん攻略してしもーたからなー」

 

「は?」

 

 

 ここに驚愕の真実が浮かび上がった。木乃香はずいぶん図書館島を攻略していたらしい。流石のその情報に、少しマヌケな顔をするアスナがいた。そのアスナの顔に、少しだけ面白く感じた木乃香は、その時の説明を始めた。

 

 

「せっちゃんとゴールデンはんと、さよとウチとで遊びに行ったんよー」

 

「そ、その面子で……!?」

 

「はいー、楽しかったですよー」

 

「わ!? さよちゃん、突然出てくるとビックリするじゃない!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 

 さよもこの部屋にいるので、ドロンと出てきたのだ。突然さよが会話に加わったことにアスナは驚いて文句を言うと、さよはすぐさま謝った。

 

 

「まーまーアスナ、そろそろ慣れへんとなー」

 

「私はシャーマンじゃないんだけど……。でも、言い過ぎたわ、ごめんね」

 

「いえ、私が驚かせてしまったのが悪いんですから。だから、もう少し静かに出てこれるように頑張ります!」

 

「それ以上静かに出て来られたら、さらに驚くわよー!!」

 

 

 このさよ、天然である。突然静かに出てきたら、それはそれで驚くだろう。アスナはそこにツッコミを入れつつ、木乃香の話の続きを聞こうと思った。

 

 

「で、このか。その図書館島探索の続きは?」

 

「おー、そやった。それで奥まで進んだらな、ドラゴンまで出てきはったんやー」

 

「ドラゴン!?」

 

「ゴールデンはんとせっちゃんが、それを見ていじめてしもーてなー。ウチがかわいそうやから治療してあげたんや」

 

「私も初めて見ました! 生ドラゴン!!」

 

「うん? 何か頭が……」

 

 

 ドラゴンが出てきた、というだけで何かおかしいのに、それをいじめたと表現する木乃香。さらに、それを治療したと言い出したのだ。

 

 さよは生ドラゴンと、なんとものんきな感想であった。それがさよらしいと言えばそうのだが。

 

 それを聞いたアスナは、とうとう頭を抱え始めていた。もう、何がなんだかわからなくなっていた。変な顔だったアスナは、さらに変な顔になってしまった。

 

 しかし、木乃香は普段どおりふわふわした笑顔だった。同じくふわふわ浮きながら、笑うさよもいた。

 

 

「ほら、ウチ巫力で治療できるやろ? あれを使ったんやー。そしたら懐かれてもーてなー」

 

「そ、そういう問題じゃない気が……」

 

「そしたらその先に、お父様のお友達がおったんよ。だから、そこでいろいろお話したんや」

 

「面白い人でしたよー! 私のことも見えるみたいでした」

 

「なに……それ……」

 

 

 さらにさらに、図書館島地下深くに、詠春の友人がいる言うではないか。詠春の友人ということは、紅き翼のメンバーだろう。そしてこんな場所にいるのは、大体一人しかいないのだ。アスナは本気でその友人とやらの特徴を聞いた。

 

 

「ところで、その人の特徴を教えてほしいな」

 

「んー、紺色の髪に白いローブの人で、静かな感じやったけど」

 

「でも、かなり年季が入ったような人でしたねー。O.S(オーバーソウル)とか付喪神っぽい感じでした!」

 

「あー、多分ヘンタイよそれ。お願いだから今度連れてってほしいんだけど」

 

「へんたいさんなん? まー、連れて行くなら、せっちゃんとゴールデンはんも呼ばなあかんなー」

 

「あの人変態だったんですかー!?」

 

 

 アスナは、もうそれだけでわかった。紅き翼一番のヘンタイ、その名もアルビレオだ。何を話したかは知らないが、一発殴っておこうと思ったのだ。

 

 変態には手加減するな、容赦もするな。メトゥーナトから教えられたことだ。だから容赦はしないのだ。感動の再会を、顔面で受けることになるかもしれないアルビレオが、少し不憫でならない。

 

 その誓いを胸に秘め、さて地下に行ってしまった連中は大丈夫かと、思い出したかのように心配するアスナだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 バカ四天王とカギが地底図書館へ落ちた次の日。ネギは学校へ来ていないメンバーを心配しながらも、他の生徒に心配させないように気を配っていた。

 

 アスナも同じ気持ちであり、騒がないように周りに指示していた。それに同調し、木乃香もあやかも同じくクラスを纏め上げようと頑張っていた。

 

 

 そして、とりあえず勉強会でも開くことにしたアスナと木乃香は、友人を自室へ集めて勉強することにした。

 

 そこでアスナはあやかを誘ったが『この戦いにおいてあなたとはライバル同士、そのような情けはいりませんわ!』と断られてしまった。気にしないのにと思いながらも、それでこそ私の認めたライバルだ!と勉強にさらに力を入れようと考えるアスナだった。

 

 ということで集まったのは刹那と焔だった。焔はアスナの過去をある程度教えてもらっていたので、まず友人となるなら同じ出身地のアスナにしたのだ。魔法世界出身ということで、とりあえず友人となったアスナと焔。

 

 また、アスナの伝で木乃香が友人となり、同じように幼き時に一人になったことがある刹那と友人になっていた。そこでこの部屋の居候でもある幽霊のさよも含めて五人で、アスナと木乃香の部屋にてテーブルを囲って勉強をしていたのだ。

 

 

「さよはずっと幽霊のままでも勉強しとったん? したら憑依合体で試験を受ければえーかなー」

 

「ずっと教室にいましたから、それなりにできますよ! でも私の得意技はペン回しですから」

 

「それは技なのでしょうか?」

 

「さよ流奥義真空ペン回しかー。ならシャープペンにO.S(オーバーソウル)してもえーやろか?」

 

「きっと相性がいいから問題ありませんよ!!」

 

 

 勉強しているのかと思えば、ただのシャーマンの会話だった。シャーマンキングにて麻倉葉がやっていた憑依合体での試験突破を、試みようと木乃香は考えていた。シャーマンとしての特権である。半分は冗談ではあるが。

 

 しかしここで、さよの得意技が発覚したのだ。刹那は技なのかと疑問に思いながら、木乃香とさよの話を聞いていた。そんな会話をスルーしつつ、黙々と勉強するアスナと焔だった。

 

 

「よーし、なら今からやってみよーかー!」

 

「はい!」

 

「い、今からですか!?」

 

「行くえー! 憑依合体! 相坂さよ! イン、シャープペン!」

 

 

 膳は急げとさよをシャープペンへとO.S(オーバーソウル)させる木乃香。それに驚く刹那。やはりその行動をスルーしているアスナと焔だった。シャープペンとO.S(オーバーソウル)されたさよは、まだ形が不定形で、初期の麻倉葉のようなO.S(オーバーソウル)となっていた。ただし、無駄な巫力は使われず、見た目以外は完成されたO.S(オーバーソウル)であった。

 

 

「式神として、最初から見た目がわかっとる前鬼や後鬼と違ーて、本来のO.S(オーバーソウル)は、はっきりとしたイメージが必要みたいやな」

 

「みたいですねー。でも戦わないんですから、今はこのぐらいでいいんじゃないでしょーか?」

 

「このちゃん、勉強しましょう……」

 

「そうよこのか、O.S(オーバーソウル)の練習じゃなくて、勉強のために集まったんでしょ?」

 

「そーやった。さよ、解除!」

 

 

 O.S(オーバーソウル)はイメージの具現でもある。イメージをしっかり持つことで、形を形成できるのだ。それがまだしっかりできていない木乃香は、形をうまく作れないのだ。勉強のために集まったのに、いつの間にかO.S(オーバーソウル)の練習をしている木乃香。その木乃香を刹那とアスナが窘めていた。そして勉強に戻るため、木乃香はO.S(オーバーソウル)を解除した。

 

 

「不思議なものだな、O.S(オーバーソウル)。あの覇王さんも、同じことができるんだったか」

 

「おや? ししょーを知っとるん?」

 

「な?覇王さんを師匠と呼ぶだと? ま、まさか、あの覇王さんのお弟子さんでしたか!?」

 

「そうやよー、はおはウチのししょーや」

 

「そ、それは失礼なことをしました!」

 

 

 焔は魔法世界で超有名な覇王を尊敬している。なにせ五大精霊であるS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を持霊にしているのだから当然だった。その弟子が目の前にいて、しかもため口を利いてしまったことを謝罪していた。あの覇王の弟子だ、すさまじい力を持っているに違いない、と焔は思ったのだ。刹那はその姿を見て、なんか親近感が沸いていた。

 

 

「焔さんはなんだか私に似てる気がします」

 

「あんたらねぇ……」

 

 

 この一連の動作に、流石に引いているのがアスナだった。お前ら勉強しろよ、と思いながらため息をついていた。まるで勉強ができてない。

 

 だが、まあいいかと思うのもアスナだった。まあ、訳あり五人、仲良くできていれば些細なことだと思っているのだ。

 

 

「ほむら、気にすることあらへんよー。ウチはウチで、ししょーはししょーや」

 

「で、ですがあの偉大な”星を統べるもの”の弟子である、このか嬢にそんなため口など!?」

 

「だから気にせんでえーんやよ? むしろ、ししょーはそんな面白い名前持っとったの知らんかったわー。今度話してみよ」

 

「あ!? 覇王さんから、この名は言うなと言われていたのを忘れていた! い、今のは聞かなかったことにしていただきたい!!」

 

「もう遅いわー。面白い名前やって、ししょーに言ってみよー」

 

「そ、そんな!!」

 

「まー、畏まらへんなら、ナイショにしてもえーんよ?」

 

「うっ……、わ、わかった……」

 

「あんたら漫才してるの?」

 

 

 焔はまたしても覇王を”星を統べるもの”と呼んでしまった。その名を面白いと感じ、覇王に言ってみようと考える木乃香だった。魔法世界では”星を統べるもの”は当然の通称であり、基本的にその名で呼んでいたから仕方が無いことなのだ。アスナは漫才を見ているとしか思えなかった。当然である。

 

 

「このちゃん、きっと覇王さんはその名前を気にしているんですよ」

 

「そうなんかなー、カッコえー名前やと思うんけどなー」

 

「……覇王さんは”G.S(グレート・スピリッツ)”を所持してないという理由から、その名はイヤだと申していた」

 

「ししょーの言っとった精霊王のことやな。それを持霊にしたものは、地球を支配できるらしいんよ」

 

「何でもありなのね、シャーマン」

 

「成仏すると、その精霊王さんのところへ導かれるんでしたっけ」

 

 

 精霊王、G.S(グレート・スピリッツ)。この世界のどこかに存在しているだろう、全ての魂の源。五大精霊が存在するなら、G.S(グレート・スピリッツ)があるだろうと覇王は思っているが、実際どこにあるかまではわからないのだ。

 

 この世界は基本はネギまで、シャーマンファイトは行われていない。だから、存在がつかめないのだ。そして精霊王を持霊にすれば、文字通り世界を支配し、死者の蘇生や逆に、生きたものを即座に殺めることさえ可能となるのだ。

 

 そのデタラメさに、アスナはなんでもありと言っていた。実際星の王となれば、何でもありだから仕方が無いのだが。さよは成仏すればG.S(グレート・スピリッツ)と一体化することを、幽霊ながらに思い出していた。

 

 

「覇王さんは魔法世界ではかなり有名で、その名称で呼ばれている」

 

「覇王さんも大変ねー。そんな名前で呼ばれるなんて」

 

「アスナも、そう違いはない気がするのだが……」

 

「むっ、長く言われてたあの名前は、黒歴史だから言わないでよね」

 

「あ、はい」

 

 

 アスナも長く黄昏の姫御子と呼ばれていた。それもある程度教えられている焔は、二つ名があることには変わりは無いと言ったのだ。

 

 だがこの名前はアスナにとって、いろいろな意味で黒歴史なのだ。だからあまり知られたくないのである。そういう訳があり、少し青筋を浮かべ、焔を睨みつけるアスナであった。

 

 

「はいはい、とりあえず勉強よ勉強!」

 

「アスナもなんかあるんかー、おしえてー」

 

「ちょっ! 絶対に教えない!」

 

「えーやん、少しぐらい教えてくれへん?」

 

「ダメ、絶対!」

 

「このちゃん、アスナさんも嫌がってますから、その辺にしてあげては!?」

 

「というか、勉強はどうしたのだ、勉強は」

 

「私は60年も幽霊やってたのに、そういう名前はなかったのかなー?」

 

 

 もはや二つ名合戦となっていた。どんな二つ名が付いていたか、どんな二つ名が似合うかを話し合っていた。勉強などそっちのけで、そんな会話に花を咲かせる五人。勉強するために集まったのに、さほど意味が無かったようだ。だが、それでいいと思うアスナであった。そしてゆっくりと、夜が更けていくのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 地底図書館。地下に存在する図書館であり、ここへ入ったら生きて帰ってこれないという噂の場所。そんな地底図書館へと落ちたメンバーは、普通に元気だった。

 

 特にカギは元気だった。最高の気分であった。どうしようもないヤツであった。というか、落ちるときに助けてやれよと考えるのが普通だが、このカギはそれをしないのだ。なぜならこの地底図書館に、目的があるからだ。

 

 

「ヒャッハーッ!! 脱出は俺が何とかする!! とにかく勉強しようぜー!!」

 

「えー!? ここまで来て勉強ー!?」

 

 

 このカギは原作どおり、ネギが勉強を教えたように、自分がそれをしようと思っているのだ。しかし、”原作”のネギと違い、カギは魔法使い放題。脱出する場所も知っているので余裕なのだ。

 

 そしてこのイベントで、最も楽しみにしていた事が、カギにはあった。それは女子生徒の水浴びである。それが見たいがために、わざわざやってきたと言っても過言ではなかった。

 

 そして落下から二日後、それは訪れた。こそこそと覗きをするこのカギ、本当に変態だった。

 

 

「むふむふむふ、自然な姿はえぇなぁ~」

 

 

 ただのエロ親父だった。数え年10歳とは思えない完全な変態親父だった。精神年齢的に言えば、親父で間違ってはいないのだが。

 

 しかし、そうこうしている所へ石像の兵士、ゴーレムがやってきたのだ。いつの間にか佐々木まき絵が、そのゴーレムの右腕に納まっており、カギに助けを求めていた。

 

 そこでカギは中身が学園長なのを知っているので、悠々とゴーレムへと魔法で攻撃していた。魔法の隠蔽? なんだねそれは一体? というレベルだった。むしろ、カギはこのメンバーに魔法を知っておいてほしいのだ。

 

 

「ハンサム・イケメン・イロオトコ! 魔法の射手! ”連弾!火の17矢”!!」

 

「フォ!?」

 

「な、何が起こっているです!?」

 

「今のはメラゾーマではない、メラだ」

 

 

 カギが使ったのはメラでもメラゾーマでもなく、火属性の魔法の射手である。それが全てゴーレムに命中し、左腕を破壊したようだ。無茶しやがる。ダメだこのカギ、早く何とかしないと。

 

 そこでよくゴーレムを見ると、首の後ろあたりに魔法の本が引っかかっていた。それを盗んで逃げよう、カギは生徒たちに指示し、そうするべく行動に移ったのだ。

 

 そこで続いて古菲と長瀬楓が動き出した。古菲は中国武術での格闘で、ゴーレムを殴る。その隙に楓がまき絵を助け出した。さらにまき絵は得意のリボンで本を回収していた。なんて抜け目の無いやつ。ただでは転ばないらしい。

 

 そして滝の裏側にある非常口から脱出するべく、カギが生徒たちを誘導していた。生徒たちは着替えながら、カギの後ろを追っていた。

 

 しかし、その後ろをゴーレムも追ってきていた。扉へと到着した一行だが、だが何故かそこの扉に、学校で出るような問題が書いてあったのだ。それを見て生徒たちは焦っていた。

 

 

「とりあえず答えろ! 答えが合えば開く!! ハンサム・イケメン・イロオトコ! 魔法の射手! ”連弾! 火の23矢”!!」

 

 

 カギはこの原理を知っていたので答えればよいと教え、さらに魔法をゴーレムへと撃ち放っていた。このカギ、本気で魔法隠蔽など捨てており、魔法を連射していた。大丈夫なのかこいつ。

 

 が、生徒たちは焦っており、あまり気にする様子はない。しかし、それを不思議そうに見ている夕映がいた。

 

 そこで古菲がその扉の問題を答えると、ピンポーンという音とともに、扉が開いた。全員がそこへ入り、奥へ進むと今度は螺旋階段が待っていた。

 

 階段を上っていると、そこへ壁を破壊して進入してくるゴーレムがいた。本を返せと追ってきているのだ。階段にはまたしても問題が書いてある扉があり、それを生徒たちは答えながら上へ上へと昇っていくのだった。

 

 その先にはなんと、エレベーターがあったのだ。いや、エレベーターがあるなら、それにつながるような階段なんて作る必要があったのだろうか。完全に嫌がらせ目的である。

 

 エレベーターに入る生徒たちだが、なぜか重量オーバーとなっていた。そこへゴーレムがやってきて、絶体絶命のピンチとなってしまったのだ。とりあえず生徒たちは服を脱ぎ捨て、重量を軽くしようとした。

 

 だがそれでも重量オーバーであった。カギはそれをスケベな顔で眺めながら、本を捨てればいいのにと思っていた。そしてとりあえず、カギはエレベーターから出て、ゴーレムを迎え撃とうとしていた。すると本をとった夕映が、それを投げ捨てたのだった。

 

 

「私たちはここでしっかり勉強をして、さっきの問題も解けたです! それにネギ先生に言われっぱなしでは、あまりに情けないのです! こんなもの! えいっ!!」

 

「あ!? 魔法の本!!?」

 

「フォ、フォオォォ~~~~~!?」

 

 

 夕映はネギからの言葉が、ずっと喉に刺さった小骨のように、胸に引っかかっていたのだ。

 

 10歳で自分よりも年下のネギに、あそこまで言われてまで魔法の本をほしいと思わなくなっていた。ここまで来るのに、さきの問題を仲間と共に全部解いて来たという自信もあった。

 

 だから魔法の本を投げ捨てたのだ。そして魔法の本はゴーレムに直撃し、墜落して行った。さらに、魔法の本が無くなったことにより、エレベーターが動いたのだ。そのままバカ四天王とカギは、地上へと帰っていったのだ。




O.S(オーバーソウル)はイメージが重要
剣が伸びるというイメージが付きにくい麻倉葉は、背中から回り込む動作でカバーしたという


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二十三話 普通

テンプレ59:千雨の味方

みんな大好きちうタン


 結論から言えば、最終課題をクリアしたネギとカギ。原作どおり、学年トップの成績を残した。

 

 しかしこの数日間、カギは極楽に過ごしたのに対し、ネギは大変だった。行方不明のメンバーを心配するクラスメイト纏め上げ、必死に勉強に力を入れてもらえるようにしたのだから。

 

 アスナや木乃香、そして委員長であるあやかが協力してくれなかったら、さらに大変だっただろう。だが、それも経験だと思い頑張ったネギであった。

 

 

「いやあ、最終課題は強敵でしたね」

 

「兄さん、図書館島へ行ってたんですね……」

 

「かわいー生徒を、見捨てるわけないだろう!!」

 

「だったら兄さんも、止めてくれればよかったのに」

 

「何を言う! 生徒の意見を尊重するのも教師の役目だぞ!!!」

 

「は、はい……」

 

 

 ネギの正論にも耳を貸さず、むしろ俺が正しいとカギは言ってのけていた。

またカギは桃源郷を見れて喜び、テンションMAXだった。

 

 さて、次のイベントはパーティーだ。カギは次に起こることを考えていた。その次に起こることとは、長谷川千雨がふてくされてパーティー参加を拒否するのを、ネギが連れてくるというものだ。

 

 しかしカギは、今のネギがそこまでするとは思えなかった。だから、自分でするしかないと思い、意気込んでいたのだ。

 

 だが、そのカギの予想を裏切る結果となった。長谷川千雨が普通にパーティーに参加したのだ。カギは衝撃を受けた。平穏や普通を好む千雨が、こんなデタラメなクラスのパーティーに普通に参加する訳が無いからだ。

 

 原作でも、クラスを普通ではないと考え、半分拒絶していたのだ。なぜ、こうなったかというと、やはり転生者が関わっていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 これは数年前、かれこれ8年ほど前の出来事であった。千雨がまだ小学生の頃のことだ。そこには二人のバカがいた。バカだったが、悪いやつではなかった。

 

 

 その男、バカだった。その男、クズだった。一途で、愚直で、真っ直ぐだった。

 

 だが、その男を抑えようとする男もいた。それもまた一途だった、愚直だった。

 

 同じ学校へ通いながらも、男はバカな男を従わせようとしたのだ。いや、男というより、まだ彼らは少年だった。

 

 

「今日は真面目に掃除をやってもらうぞ」

 

「ヘッ、何言ってやがんだ? 俺はそんなもん知らねぇな!」

 

「貴様、それがクラスの法を乱していることになぜ気がつかない!!」

 

「知らねぇなっつってんだろ? じゃーな!」

 

「貴様!! 待て!!!」

 

 

 濃い緑色の髪をしたきっちり制服を着た少年と、黒茶色の髪の制服をだらしなく着ている少年。その二人が、掃除当番のことで、もめていたのだ。

 

 毎日この光景を長谷川千雨は見ていた。こいつら何なんだと。確かに掃除をサボると誰かがやらなければならないか、人数が減って面倒になる。

 

 だがそこまで大層なことでもないのに、この委員長はそれを許さなかった。バカな少年は逃げ出し、別の少年はそれを追って出て行ってしまった。

 

 そんなことなど関係なしに千雨は帰るため、ひっそりと教室から出て行った。

 

 そして、帰宅中に道を歩いていると、二人の少年の声が聞こえてきたのだ。そこを千雨が覗いて見ると、道を少しだけ外れた林の奥で、二人の少年が戦っていた。しかし、その戦いは、その二人の少年の常識はずれの戦いだった。

 

 

「貴様を裁く! ”絶影”!!」

 

「はっ! やれるもんならやってみろぉ!! ”シェルブリット”オオオォォォッ!!」

 

「な、なんだこれ!?」

 

 

 二人の少年が声を上げると、地面が抉られ、虹色の粒子となった。その粒子が一点に集中し、なにやら形を形成しはじめたのである。

 

 また、バカな少年の髪は逆立ち、右腕には腕全体を覆うように、黄色のプロテクターのようなものが装着され、背中に三つの鋭い赤い羽が生えた。

 

 そして委員長の少年は、その目の前に十字の輝きと共に、白と青色の人形のようなものを作り出していた。

 

 スクライドで有名なアルター能力。その物語の主人公たちが操るアルター”シェルブリット”と、”絶影”だ。この二人は転生者で、いつもこのような小競り合いを繰り返していたのだ。

 

 

「俺は俺のルールに従う。てめぇのルールには従がわねぇ!」

 

「俺のルールではない! 学校のルールだ!」

 

「そんなんかわりゃしねーよ! じゃあ行くぜ! ”衝撃のファーストブリット”オオォォォー!!」

 

「チッ”絶影”!!」

 

 

 バカな少年が叫ぶと背中の羽が一枚砕け、虹色の粒子を噴出し加速した。委員長の少年は、その人形の首から触手状の剣を伸ばし、バカな少年へと向けていた。

 

 その直後、激しく衝突。絶影の触手とシェルブリットがぶつかり、火花を散らしたのだ。しかし、シェルブリットをそのまま押さえ、バカな少年は投げ飛ばされてしまったのだ。

 

 

「ぐあぁ!?」

 

「バカなやつだ、毎回同じ手が通用すると思ったら間違いだ! 行け”絶影”!!」

 

 

 投げ飛ばされ、空中で身動きが取れないバカな少年。その隙にさきほどの剣を、バカな少年へと突き立てたのだ。それがバカな少年の腹部へと直撃し、吹き飛ばされ倒れる。

 

 だが、委員長の少年は、これで終わったとは思っていない。こいつはバカだが、執念深く、そして諦めが悪いことを知っているからだ。

 

 

「へへ……。痛ぇじゃねぇか……えぇ? だが、まだ終わらねぇ、終われねぇよなぁ!!」

 

「やはりまだ立つか……。だが、次で終わりだ!! ”絶影”!!」

 

「”撃滅のセカンドブリット”……!!!」

 

 

 バカとバカと壮絶な争いであった。この勝負、今回は委員長の少年が勝利したらしい。しかしバカな少年は、敗北したのにも関わらず、さっさと逃げていったのだ。完全に逃げられ、あきれている委員長の少年が取り残されていたのだった。そこへ、千雨がやってきて、何をしていたのか聞いたのだ。

 

 

「おい、委員長、何をしていたんだ!?」

 

「長谷川か……。見られてたのか。失敗したな」

 

「ああ、しっかり見ていたぞ。何をしてたんだよ?!」

 

 

 だが、そこへ千雨が現れ、今の出来事を驚いた様子で聞いてきたのだ。委員長の少年は多少なりに焦ったが、すぐさま冷静さを取り戻して失敗したと言葉にしていた。この戦いはあまり人に見せれたものではなく、こっそりと行っていたからだ。

 

 そこで委員長の少年は適当に千雨をあしらおうと思った。今の戦いのことを話しても、”普通の人間”には理解し得ないと思ったからだ。

 

 

「戦いだ。バカが掃除をサボらせないために、戦っただけだ」

 

「いや、それはわかるんだが、その変な力のことだ」

 

「……ふむ……、仕方が無いか……。掃除が終わったら話そう」

 

 

 そこで、掃除をサボらんとするバカな少年をとっちめるために、戦いを行ったと委員長の少年は言った。それは嘘や偽りなどなく、事実しか述べてはいない。

 

 しかし、それを聞いた千雨は、聞きたかったのはそこではないと、変な力と言う部分を強調して言葉にした。そうだ、千雨が本当に知りたかったのは、戦っていたことではなく、二人の少年が使っていた謎の力のことだったのだ。

 

 委員長の少年はそこで、さらに失敗したと思った。まさかそこまで見られていたとは思ってなかったのだ。まあ、それでも見られたのなら仕方が無い。委員長の少年は冷静に分析し、考え込むような様子を見せた。

 

 そして委員長の少年は、とりあえず千雨にその謎の力のことを話そうと考えた。ただ、その話の前に、バカな少年の穴埋めとなり、掃除をすることになったのであるが。

 

 

「あれは”アルター能力”だ。正式名称は”精神感応性物質変換能力”と言う」

 

 

 掃除が終わり誰もが帰宅し、ガランとした教室の中、委員長の少年と千雨だけがそこへ残っていた。もう夕方となっており、夕日だけが教室を明るく照らしていた。

 

 そんなところで、委員長の少年は静かに口を開いた。あの戦い、喧嘩で見せた能力の名、それはアルター能力と言うと。

 

 ――――――アルター能力。正式名称、精神感応性物質変換能力。スクライドと言うアニメに登場した特異能力。その能力の特徴は、周囲の物質をアルター粒子なるものへ変換し、操る人間のエゴを具現化、再構築するというものだ。

 

 ただ、バカな少年と委員長の少年は”特典”として能力をもらっているので、”自分のエゴ”を具現化しているのではなく、”貰った能力(ちから)”を具現化していることになるだろう。

 

 

「は? いや待てよ、意味がわかんねーぞ?」

 

「意味がわからなくて当然だ。それが”普通”だからだ」

 

「”普通”!!」

 

 

 千雨は最初、その能力のことを聞いて驚いていた。そんなおかしな能力がこの世に存在するなど思っていなかったからだ。

 

 だがその次に”普通”という言葉に大きく反応した。千雨は普通という言葉に敏感だ。麻帆良には普通じゃないものが多すぎた。だからどうという訳ではないが、千雨は普通の学校生活に憧れていたのだ。

 

 

「俺たちの能力は、”普通ではない”」

 

「ちょっと待て! その能力って何なんだ!?」

 

「俺たちの能力は、周りの物質を変化させ、自らの意思で力として具現化する。簡単に言えばそういう能力だ」

 

 

 委員長の少年は、自らを”普通ではない”と断言した。こんな能力を持っている自分が普通なはずがないと、委員長の少年は思っていたからだ。

 

 そこへ一体どういうことなのだと、慌てながら叫ぶ千雨の姿があった。どんな能力なのか疑問に感じたからだ。

 

 そのことを委員長の少年は、少しずつ話し出した。自分やバカな少年の能力は、そういう能力だということを、千雨に説明したのだ。

 

 

「なんでそんな力を持ってるんだ!?」

 

「それは最初から”普通”ではないからだ」

 

「最初から……!?」

 

 

 千雨は次に、どうしてそんな能力を持っているのかが気になった。それを問い詰めるように委員長の少年へ尋ねると、その少年はそのことにも答えてくれた。

 

 と言うよりも、その能力は生まれたときから持っていたものだ。委員長の少年は、転生者だ。転生神から特典をもらい、転生させられた。その時貰った能力が、スクライドの”劉鳳の能力”だった。

 

 そして、自分は元々普通ではない、転生して力をもらった異端者だと思っているのだ。さらに言えば、そもそもスクライドのアルター能力者自体が異端者であり、他者から存在を否定されるほどなのである。それを踏まえての”普通ではない”という言葉だった。

 

 

「そうだ。さらに俺は5歳の時、その力に目覚めた」

 

「そ、そうだったのかよ……」

 

「そして、あのバカも、カズヤもその一人だ」

 

「あいつもか!?」

 

 

 また、特典は年齢が5歳になった時に初めて発現するというルールだった。委員長の少年もそのルールどおり、5歳の時にアルター能力が開花したのだ。

 

 さらに、あのバカな少年も同じ能力を持っていると、千雨へバラした。なお、バカな少年はカズヤという名前らしい。

 

 千雨はあのカズヤという少年も同じようなことをしていたことを思い出しながらも、そんな力を持った人間が、近くに二人もいたという事実に驚きを隠せなかった。

 

 

「別に悪いことに使ってはいない。あのバカも、そこは弁えているようだ。先ほどの戦いも、特に何かを壊していない。まあ、能力上、地面が抉れてしまうのだが……」

 

「そーなのかよ……。まあ、そこは心配してねーけど」

 

 

 ただ、その能力を使って悪事を行おうということは、委員長の少年は考えたことも無かった。あのカズヤという少年が同じ力を持っていたからこそ、喧嘩に使っている程度だったのだ。それはあのカズヤという少年も同じことだった。

 

 まあ、それでも地面などを粒子へ変換し、自分の能力に再構築する必要がある。その弊害で地面などを抉ってしまうと、少し後ろめたさを感じた様子で、委員長の少年はその説明に付け加えた。

 

 故に、そういった心配は無いと委員長の少年は千雨へ話したのだ。千雨もその辺りは特に嘘をついているとは思わなかったので、素直にそれを信じたようだ。そんな能力で暴れれば、何かしら影響が出るし、新聞にも載るだろうと思ったからだ。

 

 

「聞きたいことはそれだけか? ならば早く帰るべきだな。そろそろ下校時間が過ぎる」

 

「いや、待て! もう少し聞きたい!」

 

「まだ何かあるのか? 答えられる範囲でなら答えよう」

 

 

 とりあえず委員長の少年は、全ての説明を終えたと千雨へ話した。また、委員長の少年は冷静ながら多少なりに驚いていた。ハッキリ言えば嘘だとかバカだとか言われても不思議ではない話だったのを、目の前の千雨は真剣に聞き入れ受け止め、信じてくれていたからだ。

 

 しかし、千雨にはもっと聞きたいことがあった。こいつらの能力は目で見てしまったがゆえに、信じざるを得ないと思った千雨だったが、そんなことよりも聞いておきたことがあったのだ。

 

 千雨は普通ではないことが嫌いだった。この麻帆良はそれの集合体だった。この委員長の少年はそんな能力を持つ自らを”普通ではない”と答えたのだ。何か教えてくれるかもしれないと考えたのだ。

 

 

「この麻帆良の学園、”普通”じゃないことだらけだと思わないか?」

 

「ふむ、その”普通”が、どの”普通”なのかがわからなければ、答えようが無いな」

 

 

 千雨はこの麻帆良が普通じゃないことだらけではないかと、委員長の少年へ尋ねてみた。この麻帆良は何かおかしい。

 

 世界樹はおかしなぐらいデカイし、科学力だって周囲に比べおかしなぐらい発展している。周りの人たちの身体能力やテンションの高さも普通とはかけ離れた存在だった。

 

 そのことを委員長の少年が、どう思っているのかを知りたかったのだ。ただ、委員長の少年は、千雨の質問が漠然としたことだったので、一体どんなことが普通じゃないことなのか、千雨へ尋ね返したのだ。

 

 

「うっ……、たっ、たとえばあのデカイ木とか!」

 

「あの木か、確かにデカイ。だが、それがどうしたんだ?」

 

「デカすぎだろ! ”普通”じゃ考えらんねー!!」

 

「しかし、存在しているのなら”普通”なのでは?」

 

「な、に!?」

 

 

 ならば、一番わかりやすい例えとして、世界樹のことを千雨は話した。あの木はでかすぎる、普通じゃないと思っていたからだ。さらに、でかいだけでなく、光ったりもするのだ。それなのに誰もが気にせず暮らしているのに、千雨は不満だったのだ。

 

 だが、委員長の少年の答えは千雨が思っていたものとは違っていた。それが普通でなくて、どうなのだという答えが返ってきたのだ。ただ、委員長の少年は、別に存在するなら”普通”だと考えていた。自分の貰った能力は本来存在しない”特別”だということを踏まえての答えなのだ。

 

 委員長ならあれを”普通ではない”と答えてくれると思っていた千雨は、今の少年の言葉はショックだった。まるで好きだった相手に振られたような、そんな衝撃を千雨は受けていたのだ。そして、千雨は裏切られた気分になり、顔を下に向けてしまった。

 

 

「そ、そうだよな……。”普通”だよな」

 

「……デカイからと言って勝手に決め付けるのは、よくないということが言いたかったのだが」

 

「……どういうことだ?」

 

 

 委員長の少年は、千雨が変な誤解で暗い気持ちになったのを察していた。だから、答えを解くように、説明をしていった。何が普通なのか、どれが特別なのかを。

 

 

「俺の”能力”は”普通”ではない、それは他人が使えない”特別”だからだ」

 

「あ、あぁ」

 

「だが、あの木は誰もがデカイとは思っている。この麻帆良ではありふれた存在だ。だからこそ、”普通”だと思っている」

 

「た、確かに……」

 

 

 そうだ、自分の能力は神から賜った特典だ。そんなものはこの世に使えるやつなどほとんどいないだろう。だからこそ自身を普通ではない異常だと、委員長の少年は思っていた。

 

 しかし、あの世界樹はこの麻帆良ではありふれた存在だ。誰もがデカイと思っているし、光る事だって知っている。故に、誰もが気に留めずに普通だと思っているのではないかと、委員長の少年は千雨へ優しく説明したのだ。

 

 千雨はその少年の説明に、ほんの少しだが納得していた。周りがあれを騒がないのは、近くにありすぎるからだったかだと、少しだけ理解したからだ。

 

 そう、ネズミの王国が近くにあったら、その近くの住人は特に珍しいものだと思わない。珍しいと思ってやってくるのは、遠い場所から来る人だ。あの木もそういうものなのかもしれないと、千雨はそこで考えたのだ。

 

 

「確かに俺も()()へ来たばかりの頃は、この麻帆良に驚かされた」

 

「なっ何だってっ?!」

 

「……ありとあらゆるものが自分の常識とはかけ離れ、どうしたものかと思ったこともあった」

 

 

 また、この委員長の少年も、麻帆良には驚いたと千雨へ話したのだ。ここへ来た頃とはつまり、転生してやってきて、物心ついた時のことだ。

 

 千雨はその委員長の少年の言葉に意外だと感じた。自分が普通ではないと話す委員長の少年も、最初はこの麻帆良が普通じゃないと思っていたことに驚いたのだ。

 

 と言うのも、委員長の少年とて転生者。普通の暮らしからこの麻帆良に来れば、カルチャーショックの一つや二つぐらい受けるのも当然だったのだ。

 

 

「ただ、数年もここにいれば、この麻帆良が()()()()()()だと理解できた。故に、あまり気にすることもなくなってしまった」

 

「そ、そうなのか……。私は未だになれねーんだけど……」

 

「ふむ……」

 

 

 まあ、ショックだったのは最初だけ。何年も過ごすうちに、慣れてしまったと少年は言った。ただ、千雨は何年も暮らしているが、未だにこの麻帆良の空気に慣れないでいた。それを少年へ話すと、少年は腕を組んで少し何かを考えた様子を見せたのだ。

 

 

「長谷川は少し、周りを気にしすぎているのではないか?」

 

「そ、そうか?」

 

 

 委員長の少年は考え込んだ後、静かに口を開いた。千雨は周りを気にしすぎていると。何せ周りが普通じゃないと思うのは、周りをよく見ているからなのではないかと、少年は思ったのだ。

 

 だからそれを千雨へ言うと、千雨はあまりわかっていない感じでキョトンとしながら、どうだろうかと思っていた。

 

 

「確かに麻帆良はとんでもない場所だった。俺も最初はそう思った」

 

「いや、現行でもとんでもねーから……」

 

「だが、それで不自由を感じたことがあったか?」

 

「は?」

 

 

 委員長の少年は、確かに最初は麻帆良をすごい場所だと思った。違和感だらけだった。千雨はそれを聞いて、過去形ではなく現在進行形でおかしい場所だと呆れた様子で言っていた。

 

 ただ、委員長の少年の言葉は終わってなかった。そこへ少年は、それで生活が不自由だったかどうかを、千雨へ聞いたのだ。千雨はその突然の質問に、一瞬ポカンとした様子を見せていた。一体どうしてそんなことを聞いてきたのか、理解できていなかったのだ。

 

 

「この麻帆良で数年生きてきたが、特に不自由を感じたことはなかった」

 

「そりゃ、そうだろ……」

 

「なら、別にそれでいいんじゃないか?」

 

「どっ、どーいうことだよ?」

 

 

 委員長の少年は、短い間だったが麻帆良で生きてきて、何か不自由を感じたということはなかったと話した。と言うのも、この麻帆良が異常だと感じてはいたが、そう言った部分で苦労を感じなかったが故に、少年はこの麻帆良に慣れたのだろうと思ったのだ。

 

 まあ、麻帆良といえど日本である。生前も日本人だった少年から見ても、突然生活が変わる訳ではなかったし、法律も変わる訳でもなかったのだ。だから少年は気がつけば、麻帆良に慣れてしまったのである。

 

 それを千雨に話すと、当然だろうと言う表情をしていた。このご時勢、何か不自由があってたまるかと、そんなことを言いたそうな表情だった。

 

 少年はそんな千雨へ、ならば普通でなくても問題ないのではないかと言葉にした。千雨はそのことに、体を震わせて、どういうことなんだと、声を張り上げて口に出していたのだった。

 

 

「長谷川がそのせいで何かに苦しんで、不自由な暮らしを強いられているのならそう言うのもわかる」

 

「っ、確かに暮らしだけで言えば苦労はしてねーが……」

 

「なら、あれこれ考えても疲れるだけだろう」

 

 

 少年はこの麻帆良の異常さで、千雨の生活が抜き差しならない状況となっているのなら、普通がいいというのもわかると話した。

 

 千雨は何か言いたそうな感じだったが、それを抑えて生活の部分で言えば苦労したことはないと正直に言った。

 

 だったらそれでいいじゃないか。少年は普通に生活できているなら、あれこれ考えても疲れるだけだと、千雨へ静かに語ったのだ。

 

 

「だっ、だけどよ!」

 

「それに、”普通じゃない”ことで悪いことでもあったのか?」

 

「私の精神的に悪いわ!」

 

 

 しかし、千雨はそれで納得しない。こんな普通じゃないことだらけでは、普通の生活などできないと思っているからだ。自分の平穏は存在しないと考えているからだ。

 

 ならばと少年は千雨へ、普通ではないことで何か大きな被害にあったのかと、質問してみたのだ。すると千雨は顔を赤くし、怒りの叫びをあげたのだ。そのせいでいつもイライラしているし、気が晴れたことがないと。精神的に追い詰められていると叫んだのだ。

 

 

「……それだけか?」

 

「っ! ……あぁ……」

 

 

 確かにそれはきついことだ。ただ、それ以外に何かあったのかどうかを少年が聞けば、それだけだと千雨は答えた。そう、千雨は少年に言われたとおり、確かに気にしすぎで毎日イライラしているだけなのではないかと、少しだけ気がついたのである。

 

 

「ならば俺が愚痴ぐらい聞いてやる。だから少し落ち着いてみたらどうだ?」

 

「お前が?」

 

「人間溜め込むから疲れたりイライラする。そのはけ口があれば、少しぐらい楽になると思うんだ」

 

「まっ、まぁそうかもしれねーけど……」

 

 

 少年はそれを聞いて、精神的に楽になる方法を説明した。それはグチることだ。一人でイライラすることを抱えているから疲れるのだ。ばらば、それを吐き出せばいい。そのはけ口になってやると、少年は提案したのだ。

 

 千雨はその少年の説明に、確かにグチれば少しぐらい楽になるかもしれないと思った。自分だけが普通じゃないと思って抱え込むより、ある程度理解のある少年に話せば楽になるかもしれないと考えたのだ。

 

 

「俺も一度は異常だと思ったことだ。多少なりに長谷川の気持ちがわかると思う」

 

「……本当か……?」

 

「あぁ」

 

 

 少年もそこで、千雨と同じように麻帆良を異常と思ったことがあった。だから千雨の気持ちは少しぐらいわかるかもしれないと、千雨へ話したのだ。

 

 千雨はそのことに、本当にわかってくれるのかと、少しだけ希望を感じた表情で聞いたのだ。きっと千雨はそれを理解してくれる仲間が欲しかった。ただそれだけだったのかもしれない。

 

 そして、少年はその千雨の問いに、さわやかな笑顔でYesと答えた。少しぐらいだろうが、わかってやれる部分があるかもしれない。それをグチってくれても構わないと、そう言ったのだ。

 

 

「……お前、本当はいくつだ? なんか年上と話している気がするんだが……」

 

「それはこっちの台詞だ、長谷川。その齢で周りが異常だと言うのは、少し精神的に老けすぎなんじゃないのか?」

 

「なっ、何言ってやがんだ! このヤロー!!」

 

 

 ただ、千雨はさわやかな笑顔の少年を見て、何か違和感を感じていた。同じ年の男の子と会話しているはずなのに、なぜか年上の青年と、いや、大人の男性と会話しているような錯覚を覚えたのだ。まあ、この委員長の少年は転生者。多少なりにそう千雨が感じるのは当然と言えば当然だった。

 

 しかし、委員長の少年も同じ気分だった。まだ小学生だと言うのに周りのことに気を取られ、ストレスを感じている。本当に小学生なのだろうかと感じたのだ。

 

 それを千雨へ言うが、その言葉が致命的に悪かった。少女といえど女の人へ、老けているなどとう言葉を使ってしまったのだ。

 

 千雨はそれに激怒した。老けているという言葉もそうだが、まるで自分が普通じゃないと言われているように聞こえたからだ。だから千雨は怒り、右腕を握って少年に殴りかかったのである。

 

 

「待て! いきなり何をするんだ!?」

 

「私が老けてるだと!? 普通じゃねーだと!?」

 

「いや、そこまでは言ってないはずだが……!?」

 

「私にはそう聞こえたんだよ!」

 

 

 少年は千雨のパンチを軽々かわしながら、突然どうしたと叫んでいた。そこで千雨は先ほど感じたことを、怒りと共に叫びながら、再び少年へ襲い掛かったのだ。

 

 少年は普通じゃないとまでは言ってないと弁解するが、千雨にはそう聞こえたのだから仕方がない。千雨は自分にはそう聞こえたと怒気を含んだ声を出しながら、今度は左手で少年へ殴りかかった。

 

 

「それなら謝ろう。すまなかった。だからその手を下ろしてほしい」

 

「ウルセー! 一発殴らせろ!!」

 

「くっ……、やはり少女とは言え、女性に老けてるなど言うものではなかったか……」

 

「わかってんならわざわざ言うんじゃねー!!」

 

 

 少年はまたもや千雨の拳を軽やかにかわしたが、千雨はまたもや右腕を振り上げていた。少年は流石に自分が悪かったと感じ、すぐさま謝っていた。が、もう遅い。謝ったところで千雨の怒りは消えはしない。一発ぐらい殴り飛ばさないと気が済まなくなっていたのだ。

 

 少年はそんな千雨を見て、自分の先ほどの言葉を思い出して後悔していた。いやはや、やはり老けているなどと女の人に使うものではなかったと、そう悔いていたのだった。

 

 千雨はそれを聞いてさらに怒りのボルテージを上昇させた。理解していたのなら、そんな言葉を最初から使うなと。そして、とりあえず殴らせろと思ったのだ。

 

 そんな千雨から少年は逃げてひたすら謝る姿と、逃げ惑う少年を追いかけて殴ろうとする千雨の姿だけが、その教室にあった。その姿ははたから見れば、小学生そのものだった。

 

 まあ、このような会話が千雨の過去にあった。その後、千雨はカズヤという少年にも同じようなことを質問した。

 

 だが返って来た答えは『どうであろうと、そんなもん俺には関係ねぇ』だった。カズヤは周りのことなど、どうでもよいのだ。ただ、自分の信じたことだけに、真っ直ぐなやつなのだ。

 

 そんなことがあったので、騒がしい連中である2年A組のパーティーに、妥協して”普通”に参加していたのだった。だが、しかし……。

 

 

…… …… ……

 

 

「おい!10歳の教師とかありえねーだろ!! しかも二人だぞ!? どうなってやがんだ!?」

 

「なんというか、突然だな……。まあ確かにそうだな、何かおかしい……」

 

「なんだよ、えらく簡単に認めたな」

 

「それは”普通”ではないと思ったからな。明らかに”異常”だ」

 

「はあ……。流が言うなら、そうなんだろうな……」

 

 

 その後、ネギとカギが正式な教員となり、それを流と呼ばれた元委員長に、千雨は相談したのだ。流もそれはおかしいと感じたので、率直に千雨へそれを言うと、千雨はため息を吐きながら、流が言うんじゃやっぱりおかしなことなのだと、普通ではない何かを実感していたのだった。

 

 

「まあ、そうなってはしかたあるまい。もう少し付き合ってやるから今のうちに吐き出しておけ」

 

「ああ、この機会だから遠慮なく言わせて貰うぞ」

 

「というか、中等部にあがった時や前の担任の時も、ずいぶん荒れていた気がするんだが……」

 

 

 中等部にあがった際、ちっこいのやでっかいのがいたり、ロボまでいたので、千雨はかなり騒いでいた。また前の担任、高畑・T・タカミチにもずいぶん文句があったようだ。ガトウが生きているので、”原作”よりも出張が少ないが、それでもよく出張していた。

 

 そんなことがあったので、それらに頭にきた千雨が、流に相談していたのだ。千雨のグチを聞くと約束した流は、毎回千雨のグチに付き合っていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:一元(かずもと)カズヤ

種族:人間

性別:男性

原作知識:なし

前世:30代鉄工所作業員

能力:アルター、シェルブリット

特典:スクライドのカズマの能力

   適度に面白い人生

 

 

 

転生者名:流法(ながれ はかる)

種族:人間

性別:男性

原作知識:なし

前世:30代警察官

能力:アルター、絶影

特典:スクライドの劉鳳の能力

   適度に裕福な人生

 




無自覚リア充なら特に何も無く文句を言いながら生きていたんじゃないかなー
メガネは心の壁や色眼鏡なのかもしれない


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桜通りの吸血鬼編
二十四話 吸血鬼と吸血鬼 オコジョ妖精


テンプレ60:クロス先の技術を使ったオリジナル魔法

テンプレ61:原作遵守を奮闘する転生者

テンプレ62:ネギの兄弟にカモがつく


 *吸血鬼と吸血鬼*

 

 

 さて、麻帆良学園本校女子中等部、2年A組は3年A組となった。基本的に”原作どおり”進んだようだ。そして、”原作”ならば、ここで桜通りの吸血鬼事件が始まる。

 

 しかし、その吸血鬼は吸血する理由がない。だから本来は起こるはずの無い事件(イベント)なのだ。

 

 だが、それは何故か起こった。だから主人公のネギと転生者のカギは、それを追う事にした。普段持ち歩かない杖も、今回だけは持ち歩くことにネギはしたのだ。

 

 

「血はいらねぇって言った癖に、やっぱり吸うのかよ」

 

「兄さん、エヴァンジェリンンさんが犯人と決め付けるのはよくないよ?」

 

「はっ、普通に考えたらアイツが犯人以外ありねぇんだよ!」

 

 

 カギは”原作知識”で当てはめ、犯人を特定していた。ネギはそんな兄に対して、決め付けるのはよくないと言っているのだ。

 

 そして、原作どおり、宮崎のどかが襲われているところを目撃し、ネギとカギは突撃するのだ。しかしカギはうっかりしていた。なぜなら本当にエヴァンジェリンが犯人だとすれば、契約によりまったく攻撃できないはずだからだ。これではここに来た意味が無い。そう、カギはうっかりしていたのだ。

 

 

「待てー! 僕の生徒に何をするんですかー!」

 

「ほう、お前があのサウザンドマスターの息子か……」

 

「あ、あなたはエヴァンジェリンさん? そんな!?」

 

「おうテメェ、早く武装解除飛ばしやがれ!」

 

「う、うん? まぁいい、世の中にはいい魔法使いと悪い魔法使いがいるんだよ」

 

 

 そこには黒一色のエヴァンジェリンがいたのだ。ネギは嘘だろという驚きの表情をしていた。

 

 また、このカギはスケベ根性で動いている。武装解除してくれればのぞかが脱げるので、それを催促しているのだ。そして、流石にその要求に戸惑う悪い魔法使いであった。がしかし、ここにさらに来客が来訪したのだった。

 

 

「おい、私の真似をする愚か者はこいつか?」

 

「な、何!?」

 

「あ、エヴァンジェリンさんが二人に!?」

 

「……なんだその格好は。昔の自分を見るようで、痛々しいじゃないか!」

 

「はぁあ?」

 

 

 突然やってきた二人目のエヴァンジェリン。いつもどおり白い白衣、白いシャツ、赤いネクタイ、黒いタイトスカートである。そんな中、一人目のエヴァンジェリンは黒、黒い魔法使いっぽいローブであった。二人目のエヴァンジェリンがその姿を見て、黒歴史をえぐられる気分を味わっているようだった。

 

 

「貴様、どうしてくれようか。しかし、ここで戦えば被害が出る……」

 

「クソ! まさか、もう一人の私が来るとはな!!」

 

「ど、どうなってるんです!?」

 

「わからねぇ、どうしてこうなってるんだよ!?」

 

 

 二人目のエヴァンジェリンは、どこで戦えばいいか考えていた。一人目のエヴァンジェリンは、二人目が来てかなりあせっており、それが表情にも出ていた。ネギとカギは、何がなにやらわからない様子であった。

 

 

「ふん、なら面白い結界を張ればいいか。ほら」

 

「な、これはまさか!?」

 

 

 すると二人のエヴァンジェリンはネギたちの前から消えていった。ネギはどこへ消えたのかわからず焦っていた。だが、カギは二人目のエヴァンジェリンの持っていた杖に驚いていた。

 

 

「二人のエヴァンジェリンさんが消えた!?」

 

「あ、あの杖はまさか……。あ、ありえねぇ……」

 

 

 とり残された二人、そこへアスナと木乃香が駆けつけた。そしてのどかを保護して、とりあえずネギもカギも帰ることにしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは先ほどと同じ場所。二人のエヴァンジェリンも普通にそこにいた。だが、周りの色合いがやや灰色に近い形で、多少暗くなっていた。

 

 また、一人目のエヴァンジェリンは驚愕しており、その二人目のエヴァンジェリンの手に持つ杖を凝視していた。それを持つ二人目のエヴァンジェリンは、その杖を面白いものだと笑っていた。

 

 何をしたかというと、単純に二人目のエヴァンジェリンは、なにやら機械的な杖を出し、結界を張ったのだ。その杖を見て、一人目のエヴァンジェリンが驚愕していたのだ。普通ではありえないからだ。

 

 ……これはリリカルなのはに出てきた結界で、その結果意内ならば戦いで建築物を破壊されても、結界の外では破壊されていないことなる便利な結界なのだ。

 

 カギとネギは魔力を持っているので結界に普通は入れる。だが、あえて二人目のエヴァンジェリンが追い出したのだ。

 

 

「いつ見ても面白い結界だな。”幻想空間”を使わんでもよいのは、楽だし本当に便利だ」

 

「ど、どうしてそれを持っている!? それはデバイスではないか!?」

 

「知ってたのか。なに、私は研究者でな、こういうものを集めるのも趣味なのさ」

 

「う、嘘だろう!? 冗談ではないぞ!!」

 

「そうさ、嘘でも冗談でもない。本当のことだ」

 

 

 二人目のエヴァンジェリンが持つこのデバイスは、S2Uというものだ。リリカルなのはにおいて、ストレージデバイスと呼ばれたものである。会話もできないし、自動的に魔法を使ってくれるわけでもない。

 

 だが、処理能力が高いということが挙げられる。一応魔法が登録されており、結界魔法もその一つのようだ。この杖は、二人目のエヴァンジェリンを襲ってきた転生者が、持っていたものを奪ったものである。

 

 

「さて、これで安心して戦えるな。チャチャゼロ!」

 

「アイサー御主人!」

 

「ば、馬鹿な!? なぜチャチャゼロが動いている!?」

 

「貴様は何を言っているんだ? 私が魔力で動かしているんだ。当然だろう?」

 

 

 一人目のエヴァンジェリンは動くチャチャゼロを見て驚いていた。どうしてかはわからないが、とにかく驚き戸惑っていた。だが、それが普通な二人目のエヴァンジェリンは、さも当然のように答えたのだ。

 

 

「ほら、どうした? はやく私の魔法を使ってみてくれ。とても楽しみなんだがな」

 

「チッ、リク・ラク・ラ・ラック・ライラック、来れ氷精、来れ闇の精、闇を従え吹雪け、常闇の氷雪! ”闇の吹雪”!!」

 

「なんだ、それか。あまりがっかりさせてくれるなよ、()?」

 

 

 一人目のエヴァンジェリンが放った魔法は闇の吹雪だ。黒い竜巻を勢いよく相手へと飛ばす、雷の暴風に似た魔法だ。だが、その魔法をなんだ程度で済ませる二人目のエヴァンジェリンがいた。

 

 

「チャチャゼロ、受け止めろ」

 

「ヒデーナ御主人。モースコシ労ッテクレヨー」

 

「あの程度、お前なら余裕だろうが! 汚れたら綺麗にしてやるから!」

 

「ショーガネーナー」

 

 

 二人目のエヴァンジェリンは、それをチャチャゼロに受け止めるように命じたのだ。普通に考えれば無謀である。チャチャゼロのほうが持たないだろう。一人目のエヴァンジェリンもそう考えていた。

 

 

「従者に死ねとはひどいやつだな」

 

「何を言っている? 結果を見てからそういうことは言うんだな」

 

「見なくたって、わかるだろうが!」

 

「甘ク見ラレタモノダナ!」

 

 

 闇の吹雪がチャチャゼロに衝突し、黒い風が裂かれる。その衝撃で、すさまじい魔力が吹き荒れていた。すさまじい魔法の衝突に、一人目のエヴァンジェリンは笑っていた。

 

 

「アハハハハ! どうだ、これでもそんなことが言えるのか?」

 

「いや、それはこっちの台詞だよ、()?」

 

 

 闇の吹雪も、永遠に続くわけではない。そして、それがおさまると、チャチャゼロは無傷でその場にたたずんでいた。一人目のエヴァンジェリンはそれを見て、またしても口をあけて驚いていた。

 

 

「ば、馬鹿な!?」

 

「だから言っただろう。まあタネ明かしぐらいしてやろう。これが私が開発した新魔法、”術具融合”だよ」

 

「術具、融合……!?」

 

「なんだ、()なのに知らないのか? 闇の魔法の”固定”からの”掌握”の動作に少し変化を与えただけの魔法なんだがな」

 

「ケケケケー! 魔力ガ漲ル、溢ルゼー!」

 

「い、一体どういうことだ!?」

 

 

 二人目のエヴァンジェリンが開発したこの魔法。超・占事略決の知識により完成させた、高い汎用性の魔法だった。その新魔法により、チャチャゼロは無傷で闇の吹雪を耐えたのだ。

 

 

「術式を”固定”したまま”掌握”せずに、武器などにそれを”合体”させる魔法、それが”術具融合”さ」

 

「なんだと!? まるでO.S(オーバーソウル)ではないか!?」

 

「そのとおりさ、それをヒントに完成させたのだから、似ていて当然だろう?」

 

「な、なんということだ……」

 

 

 O.S(オーバーソウル)は霊を武器と合体させ、巫力によって操る力である。そしてこの術具融合は、魔法の術式を武器と合体させ、魔力によって操るのだ。

 

 基本はO.S(オーバーソウル)の原理と大して差はないが、合体させる魔法の種類によって、さまざまな戦い方ができるというものである。さらに、その一撃は内包された魔法と同等の威力であり、単純に攻撃するだけで、高い火力が持てるのだ。

 

 またこの術具融合、術者のイメージどおりに形状を構築し、操ることもできる。その辺りもO.S(オーバーソウル)と同じである。だからこそ、武器と合体させることにより、ある程度イメージを固めやすくしているという部分もあるのだ。

 

 最終的には、武器ではなく、固定された魔法と合体させることさえも可能であり、”原作”にてネギが作り出したオリジナル術式である術式統合”雷神槍巨神ころし”に近いものとなる。

 

 エヴァンジェリンが最初に開発した闇の魔法は”固定”した術式を、自らに飲み込む”掌握”が必要である。しかし、それを行うことは、魂を食わせ、闇の眷属へと堕ちる行為でもあるのだ。

 

 だからこそ、他人には使えず、不死の魔法使いたるエヴァンジェリン専用の魔法だった。だが、この方法ならば、自らに取り込むことを必要としないまま、高い攻撃力と防御力を持つことができるのだ。

 

 

「私はチャチャゼロに、”こおるせかい”を合体させてある。見た目こそ差はほとんどないが、よく見ろ。背中に氷の翼が生えているだろう?」

 

「ば、馬鹿な……」

 

「テメー頭脳ガマナヌケカー!?」

 

「さて、反撃してやれ、チャチャゼロ。お前の自慢の剣、”氷河刃”でな」

 

「ヨーヤクコノ剣ノ試シ切リガ出来ルゼー!!」

 

「う、ウソだそんなこと……」

 

 

 今のチャチャゼロには”こおるせかい”が内包されており、普段より水色っぽく、背中からは氷の翼が生えていた。そう、術具融合を究極まで進化させたのが、この”チャチャゼロインこおるせかい”なのだ。甲縛式O.S(オーバーソウル)を参考にしており、極限まで魔力消費を抑え、最大の防御力を有する。

 

 さらに、チャチャゼロが手に持つその剣も、氷でできていたのだ。それはチャチャゼロ自身が魔法として作り出した氷の刃。そう、チャチャゼロもまた、術具融合を自らの手で操り、操作することができるのである。

 

 そのチャチャゼロのすさまじい魔力を見て、もはや完全に意味がわからず、立ち尽くしている一人目のエヴァンジェリン。だが、そんな立ち尽くす一人目のエヴァンジェリンへと、チャチャゼロは楽しそうに氷河刃を超音速で振り回し、容赦なく切り刻んでいた。

 

 

「サー大人シク切リ裂カレロー!」

 

「が、がぁあ!?」

 

「おいおい、弱すぎるぞ、()。闇の魔法ぐらい使ったらどうだ?」

 

「楽シーゼー! ナンタッテ御主人ヲ思ウ存分切リ刻メルンダカラナー!!」

 

「うーむ……。そう言われると、自分が切り刻まれてる姿を見ているのだと実感できるな」

 

 

 切り刻まれ、凍らされ、ボロボロにされていく一人目のエヴァンジェリン。二人目のエヴァンジェリンは、それを涼しい顔で眺めていた。

 

 チャチャゼロは御主人を、切り裂けるまたとないチャンスなので、張り切って切り刻んでいたのだ。この斬撃、さりげなく一撃一撃がこおるせかいと同じ威力なのだ。そんなものを連続で叩きつけられれば、普通に死ねるというものだ。

 

 しかし、吸血鬼の能力で自動再生して、死ぬことはできない。もはや凍らされる苦しさと切り刻まれる痛みから、一人目のエヴァンジェリンは完全に戦意を喪失していたのだ。

 

 

「うぎぎー……。た、助けてくれ!」

 

「なさけないぞ、()。その程度だとは思わなかったぞ?」

 

「コリャ御主人ジャネーヤ。ガッカリダゼー」

 

「まあいい、とりあえず術具融合の(ワイヤー)で固定させてもらおうか」

 

 

 二人目のエヴァンジェリンは鉄扇を取り出すと、そこに”こおる大地”を合体させる。そして、そこから数十本の糸が伸び、それで一人目のエヴァンジェリンを縛り上げたのだ。エヴァンジェリンという人物は人形使いである。この程度の動作は、朝飯前なのだ。

 

 これで完全に動きが取れなくなった、一人目のエヴァンジェリン。だが、もはや動く気力すらないようであった。それを見て自分と自分とで、最高の戦いができると思っていた二人目のエヴァンジェリンは、心底がっかりしていた。

 

 

「ふん、とりあえず貴様の魔法を解こうか」

 

「好きにしろ……」

 

「ああ、思う存分させてもらうよ」

 

 

 二人目のエヴァンジェリンは、一人目のエヴァンジェリンへ、魔法解除を使った。すると一人目のエヴァンジェリンの姿が変化した。黒い髪を逆毛にし、青い服を着た青年となったのだ。この青年は転生者だったのだ。

 

 

 さて、この転生者たる青年は、なぜこのような回りくどいバカな真似したのだろうか。それは”原作どおり”エヴァンジェリンが吸血をしていないこと、この青年がに悩んでいたからだ。

 

 ならば、何故悩んだのだろうか。その理由は簡単だった。”原作”として考えれば、この桜通りの吸血鬼事件にて主人公のネギが成長するだけでなく、従者を増やすという重要なイベントである。この事件が起こらなければ、ネギの従者が増えない。そこに青年が焦りを感じたのだ。

 

 だが何故、焦りを感じたのか。それは、この青年が原作メンバーよりも年上というところにある。すなわち原作メンバーがいる3-Aの情報が入ってこないのだ。それに何故原作が乖離しているかが、まったくわからないというのも大きかった。原因がわからないから、こういった行動に出るしかなかったのだ。

 

 さらに言えば、自分が知っている”原作どおり”に事を進めたかった。”原作どおり”物語が進むのであれば、自分の”原作知識”を活用して行動できるからだ。だからこそ、学園中に噂を流し、自分がそれを真似しようと考え行動していたのだ。

 

 

 そして、自分の姿から青年へと変わったのを見て、二人目、いや、本物のエヴァンジェリンは驚いた。幻術よりも高い技術で変身していたからだ。だが、そのすさまじい魔法を知ったエヴァンジェリンは、研究者の目をしながら、高笑いを始めた。

 

 

「アハハハハハ! すさまじい魔法だな! 私と同じ能力にまで化けれるとはすばらしいぞ!」

 

「ああ、そうだ! 俺がお前に成りすましていたのだ!」

 

「アハハハ、面白い! なら貴様の頭の中を、少し覗かせてもらおうか」

 

「な、何をする―――ー!?」

 

 

 この青年の面白い魔法を知るために、エヴァンジェリンはこの青年の記憶を見たのだ。他者の記憶を封印できるエヴァンジェリンだ。このぐらいできて当たり前であった。そして、その青年の記憶を読み取ったエヴァンジェリンは、さらに大きな笑い声を上げたのだ。

 

 

「アハハハハハハ、ハハハハハ! こいつは傑作だ! 私がほしかったものばかりじゃないか!」

 

「な、何だよ急に!?」

 

「いいものを見せてやろうか、”メラゾーマ”!」

 

「ば、バカな!?」

 

 

 エヴァンジェリンは青年の記憶を覗き終えると、ドラクエで有名な魔法”メラゾーマ”を使ったのだ。つまりエヴァンジェリンに変身していた魔法はあの”モシャス”ということになるだろう。この青年はエヴァンジェリンの姿を目撃しており、その時に変身したのだ。

 

 そして青年はそれを見て驚き、青ざめていた。まず普通ではありえないからだ。しかし、そんなことはありえなくはないと、エヴァンジェリンは説明する。

 

 

「なにを驚いている? 魔力(MP)があれば使えるのが、この”魔法”じゃないのか?」

 

「ぐっ!? だが!?」

 

「フフフ……。貴様が見たいものも見せてやろう。”カイザーフェニックス”!」

 

「あ? あああ!?」

 

 

 エヴァンジェリンは”メラゾーマ”を”カイザーフェニックス”へと昇華させた。カイザーフェニックスとは、ダイの大冒険に出てくる大魔王バーンの得意魔法である。膨大な魔力を使用したメラゾーマが、火の鳥となった魔法なのだ。それをいともたやすく操るエヴァンジェリンに、青年は怯えるしかなかったのだ。

 

 

「何を怯えている? 貴様の楽しい記憶から再現してやってるんだぞ? 面白がって見るものじゃないのか? まあ、これはその劣化でしかないがな」

 

「あああ、ありえねぇ……。そんなバカな……」

 

「怯えるな、むしろ貴様に感謝しているのだからな。貴様のおかげで”ベホマズン”なるすばらしい治癒魔法を知れたよ。ありがとう」

 

「うああああああ!?」

 

「ふむ、騒がしいやつだ。”ラリホーマ”」

 

 

 劣化であってもカイザーフェニックスを使うエヴァンジェリンに、完全に恐怖してしまった青年。叫び声以外、あげれないほどに怯えていたのだ。

 

 そしてうるさくてかなわないと、エヴァンジェリンはラリホーマを青年に使ったのだ。ラリホーマとは広範囲での睡眠魔法である。相手を眠らせてしまうものだが、上級の相手には効果が出にくい。しかし、この青年はいともたやすく眠らされてしまったようだ。

 

 うるさい悲鳴から開放され、笑っているエヴァンジェリン。そして、エヴァンジェリンは青年の”前世の記憶”をそのまま封印したのだった。

 

 

「やれやれ、私がこうも手を下さんとならんとはな。チャチャゼロ、帰るぞ。茶々丸が待ってるからな」

 

「アイサー御主人!」

 

 

 青年の拘束と結界を解除し、自宅のログハウスへと飛行しながら戻るエヴァンジェリン。闇に支配された桜通りに取り残されたのは、過去を忘れ、深い眠りについている青年の姿だけだった。

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *オコジョ妖精*

 

 

 アルベール・カモミール。通称カモ君。由緒正しいオコジョ妖精。しかし下着泥棒にて刑務所へと送られた最強格の変態だ。その罪状、なんと下着2000枚を盗むというとんでもないものなのだ。

 

 そんな彼は脱獄し、ある人の下へと走っていた。それはネギではなく、転生者であるカギ・スプリングフィールドである。ネギはギガントの弟子として、毎日ギガントの魔法薬店へと通っていたので、カモミールを助ける時間などなかった。そこでカギがカモミールの罠をはずし、兄貴となったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 エヴァンジェリンは研究好きだ。基本的に毎日研究をしている。だが研究ばかりでは体がなまる。だから今日はある程度運動するため、ログハウスの外で合気柔術の形の稽古をしていた。そこへ学園の結界に進入したものを感知したのだ。だが、それが小さいため捨て置いていた。

 

 

「何か結界を破って進入したようだな……。まあいいか、あの騎士にでも任せておこう」

 

 

 エヴァンジェリンは積極的に、侵入者を何とかしようということはない。完全に他人行事だった。そういうことを調べているはずの皇帝の部下、メトゥーナトに丸投げしてしまえと思ったのだ。

 

 そしてそのメトゥーナトも気がついた。当然である。彼は転生者の進入を気にしているからだ。

 

 

「む? 結界に侵入者……? いや、この気配はオコジョ妖精か……。なら問題ないだろう」

 

 

 しかし、メトゥーナトはそれを気配で理解した。小さい一匹のオコジョ妖精だ。オコジョ妖精ならば、特に害はないはずだ。そう考えたメトゥーナトは、その小さな存在をスルーしたのである。

 

 ただ、メトゥーナトはそれを完全に無視した訳ではなかった。場所は移動せずに水晶で、そのオコジョ妖精を監視することにした。その後に起こる、彼の所業や悲惨な目にあうのも、しっかり見ていたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 アルベール・カモミールは下着が大好きだ。下着があるところカモミールありと呼ぶほどだ。”原作”でも勝手に下着を盗み、布団にするほどの変態ぶりだった。そして、このカモミール、カギの居場所がわからなかった。だから多分、いるであろう女子寮へと忍び込んだのだ。

 

 

「天国じゃー! ここは天国じゃー!」

 

 

 こう言いながら下着をあさるこの変態オコジョ、ではなくオコジョ妖精。本当に妖精なのか疑わしい。ここを天国と称し、犯罪に手を染めるこのオコジョ。いくつもの部屋へ侵入しつつ、下着をあさっていた。しかし、一つの部屋におかしな気配があった。

 

 

「な、なんじゃこりゃーーー!?」

 

 

 その気配とは、前鬼、後鬼であった。カモミールは驚き恐怖した。すさまじい力を持つ鬼たちが突然襲って来たからだ。実際は襲っているのではない。鬼たちは侵入者を発見し、捕獲しにかかっただけなのだ。これは恐ろしい、勝てる相手ではない。カモミールはそれをすぐ悟り、逃げだしたのだ。

 

 

「こ、こんなヤツがいるなんて、聞いてねーぞおおお!!」

 

 

 逃げるしかなかった。だから即座に出口へ向かった。必死に逃げた。もうすぐ出口だ、脱出できると安心し始めたカモミール。

 

 だがそこに待ち受けていたのは、それ以上に恐ろしい相手だった。それは少女だった。橙色の髪をツインテールにした、少女だった。カモミールは逃げるついでに、彼女の下着も頂こうと考えた。しかし、それが最悪の一手となろうとは予想していなかった。

 

 

「ひゃあ――――!  我慢できねーぜ!」

 

「ヘンタイは死すべし、慈悲は無い」

 

「プロ!?」

 

 

 なんということだ、飛び込んだと思ったら、いつの間にか掴まれていた。まるでエヴァンゲリオンに握られたカオル君のような状況となってしまったのだ。

 

 カモミールはその事実に驚愕するしかなかった。こうも簡単に捕まるなど、普通ありえないからだ。さらに握る力がどんどん強くなり、中身が出そうになるほどであった。

 

 

「ひー! でちまう! でちまうぅ! 身がでちまうぅぅぅー!」

 

「このまま握りつぶすか、それとも釜茹でにしてくれるか……」

 

「お、鬼だ! あっちの鬼より鬼がいるぅぅぅ!?」

 

「鬼ですって? ひどいことを言うのね……。もう容赦しないわ」

 

「ぴー!?」

 

 

 少女の正体はアスナだった。まるで養豚場のブタを見るような目で、冷たく睨みつけていた。というのも中等部1年の時、下着泥棒が出たことで、かなりそういうものに敏感だった。次にあったらぶっ殺すと意気込むほどだった。

 

 そして、変態に容赦はしない、これこそアスナの信条でもあった。だからこういう輩は掃除するに限ると思っているのだ。

 

 このまま握りつぶされる、そう恐怖に悶えるカモミール。もはや意識は朦朧としており、瀕死であった。そこへ一人の少年が来た。救いのヒーローだった。

 

 

「お、おめぇはカモ! わああああ死にかけてるううううう!?」

 

「ピクピク……」

 

「このヘンタイ小動物の知り合いなの? カギ先生は」

 

「おう! 一応! だ、だから離してやってくれ!!」

 

「あ、そう、ほら」

 

「ひでぶ!?」

 

「ああああ――――!?」

 

 

 その救いのヒーローはカギだった。カギはそろそろカモミールが女子寮へやってくることを思い出し、迎えに来たのだ。

 

 そして、アスナはカギに離せと言われてカモミールをその場で離したのだ。しかしその位置は、アスナの身長と同じぐらいの高さからだった。カモミールは全身を地面に打ちつけ、さらに瀕死になっていた。そのせいで完全に気を失ってしまったのだ。

 

 カギはそれを連れ去り、治療しに出て行った。それを見ていたアスナは、次にあったら確実に絞め殺そうと考えていた。いや、まあ半分は本気で、半分はきっと冗談だろう。た、たぶん。

 

 

「オコジョのクセに下着泥棒とは本当にオコジョなのかしら……」

 

「アスナー、どーしたん?」

 

「またヘンタイ、下着泥棒が出たのよ。今回は懲らしめておいたわ」

 

「アスナ、それ一年の時も十分懲らしめとった気がするんやけどー……」

 

「別人、いや、別動物だったから大丈夫よ」

 

「そーかー、へんたいの多い学校やなー」

 

「次会ったら確実にトドメをさすわ」

 

 

 アスナがあのオコジョはなんだったのかと、ぼそっと独り言を言っているところへ、同じ部屋に住む木乃香がやってきた。だから事情を説明したのだ。

 

 その後二人は部屋へと戻り、自分の下着が大丈夫か確認し、大丈夫だったことに安堵した。木乃香はその後、前鬼、後鬼にお礼を言っていた。アスナも同じくお礼をしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 さて、カギとカモミールはというと。カギは適当な林へと入り、適当な治療魔法をカモミールにかけていた。しかし、なかなか効かないので、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から特性の薬を出して、それを使ったのだ。なんという無駄使いか。こういう時に使うものではなかろう。もっと別の場所で使うべきである。

 

 

「兄貴ぃー、俺っちはもうダメッス……。いろいろ中身でちまったぁ……」

 

「大丈夫だ! 俺が治した! ほら起きろ!」

 

「お、おう! 本当だ! ありがてぇー! 兄貴ィィー!!」

 

「会いたかったぜ、愛しのカモぉー!」

 

 

 オコジョと少年の感動の再会であった。そしてカモミールは、あの鬼やら鬼のような少女が何なのかを訪ねたのだ。

 

 

「女子寮の鬼と、あの鬼少女はなんなんだぁぁ!? マジ死にかけたッスけどー!?」

 

「あれ、前鬼、後鬼だと思うんだがわからねぇ。あと鬼少女は俺の生徒で銀河明日菜だ」

 

「前鬼、後鬼って、わからねぇーけどいやぁーな感じの響き言葉だぜぇ……。つーか! あの鬼の姉貴は兄貴の生徒だったってかー!?」

 

「お、おう。ありゃ相手にしねぇ方がいいぜ、殺される」

 

「こ、殺されるぅぅ!?」

 

 

 このカギは先ほどのアスナを見て、確実にカモミールを殺りにきていると悟っていた。そのカモミールはアスナを相手にすると殺されると言われ、ショックを受けていた。

 

 いや本気で殺しにかかっていたのだ。その言葉を素直に納得したカモミールだった。そしてカモミールはカギのためにやってきて、パートナーでも探そうと言ったのだ。半分はカモミール自身のためでもある。仮契約に成功させたオコジョ妖精に、金が入るからだ。

 

 

「兄貴! パートナーを探そうや! より取り見取りですぜー!」

 

「なら俺より弟のパートナーを探してくれ」

 

「兄貴の弟さんっスかぁ!?」

 

「ああ、このままではいけないからなあ。あいつにパートナーを見つけてほしいんだ」

 

「な、なんて弟思いなんだ兄貴は! よっしゃ任せておいてくれぇ! きっと兄貴の弟のパートナー、見つけまっせ!」

 

 

 カギは原作どおり進めたくて、ネギにパートナーを見つけさせたいのだ。カモミールはそれを、弟思いと勘違いした。さて、とりあえずそのために、弟のネギへ挨拶しに行くカモミールだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギはタカミチの部屋で、のんびり過ごしていた。しかしそこに、カギとカモミールが現れた。突然のことで、ネギは少し驚いていた。

 

 

「俺っち、アルベール・カモミールでさー。カギ兄貴のペットってことでよろしく!」

 

「兄さん、いつのまにペットなんかを……。タカミチさんに許可を取らないと……」

 

「でーじょーぶだ、問題ない。こいつオコジョ妖精で、パートナー探してくれるってよ!」

 

「オコジョ妖精なんですか。はじめまして、ネギです」

 

「しゃっ! じゃあ早速パートナーでも探そうぜー!」

 

「おう、その意気だぜ!!」

 

「え? パートナー?」

 

 

 ネギは突然パートナー探しといわれ、焦った。別に今すぐほしいと思っていないからだ。もっと大きくなった時でも、十分だと考えているからだ。だが、今すぐパートナーを選ぼうと、カモミールが考えはしゃいでいた。

 

 

「パートナー探しなんて、今すぐしませんよー!」

 

「なんだよ、パートナーは魔法使いとしては当たり前だろうが!」

 

「そうですぜー兄貴の弟さん、いや旦那ぁー! さらに旦那のクラスより取り見取りじゃないっスかー! 選び放題だぜー!」

 

「えー!? 生徒たちから選ぶなんて絶対ダメだよ!!」

 

「いいーじゃないっスかー!」

 

「まあまて、カモよ。今すぐはいい。いずれチャンスが来る!」

 

「おや、兄貴いいんですかい? しかし兄貴がそう言うなら、チャンスを待つしかねぇかー」

 

 

 カギはあえて今すぐじゃなくてもよいと言った。なぜなら京都のイベントで、のどかがネギの従者になるからだ。実際どうなるかはまったくわからないというのに、謎の自信がカギにそう思わせているのだ。

 

 カモミールもそのチャンスが来るといわれて、それを信じることにした。またネギはとりあえず、今はよいといわれて安堵していたのだった。

 

 そして、地味にアスナとネギの仮契約を、カギは半分諦めていた。どうせエヴァンジェリンは吸血しないのだ、すぐにする必要がないと思っていた。さらに言えば、カモミールが完全にアスナに恐怖してしまって、こりゃ厳しいと思ったのである。

 

 

「しかし、女子寮で下着あさりてぇーなー、しかしあの鬼の姉貴が怖すぎる! や、やめといたほうがよいッスかね?」

 

「やめておけ、次は確実にくびり殺されるぞ!」

 

「ひ、ひいいい!? それは恐ろしすぎる! 諦めるしかねぇってのか! くそおおお!!」

 

 

 カモミールは女子寮進入を諦めた。次にアスナに捕まれば、確実に殺されるからだ。さすがに死地へ赴くほど愚かではないカモミールは、恐怖を感じながら、あの下着たちのぬくもりを忘れられずに涙するのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:不明、逆毛青年

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代アルバイト

能力:ドラクエの魔法、職業は勇者

特典:ドラクエの魔法全部

   ドラクエの勇者の能力

 




ドールマスターならドールマスターらしい戦い方をしよう
茶々丸さんはお留守番担当


闇の魔法は”掌握”するから危険なのだろうという設定
”固定”だけなら魔法の操作だろうから、頑張ればできなくはなさそう
まあ、それを見ただけでできるネギ君は、やっぱりおかしい

そして、待望のオコジョ妖精惨状、ではなく参上


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二十五話 漆黒の夜

テンプレ63:停電中に敵がやってくる

覇王無双


 桜通りの吸血鬼事件が吸血鬼本人によって早々と解決されてしまった。事件を起こした転生者は”原作知識”を失っただけで、特典は持っている。だからこそメトゥーナトが監視を付けていたのだが、原作知識が抜け落ちてしまったため、問題を起こす素振りを見せなくなったようだ。

 

 そしてその後”原作”で発生するイベントが、基本的に発生しなかった。ネギが茶々丸を攻撃し、そこから逃げ出して山に墜落することもなかった。というか、この結果は当然といえば当然である。また、ネギはエヴァンジェリンから話を聞いて、やはり犯人ではなかったことに安堵していた。カギは違うのかと考えているだけだった。

 

 それでもやはり停電イベントだけは行われる。これも当然であった。そして停電と言えば、やはり西からの攻撃を防ぐために戦うのも二次創作での定番だろう。

 

 しかし、そのようなことは起こらなかった。いや、確かに西からの攻撃は存在した。だが、今はもうそれはなくなっていたのだ。何故なら2年前、すでに西の刺客が全滅していたからだった。どうしてこうなってしまったのか、過去を振り返ってみよう。

 

 

…… …… ……

 

 

 覇王が麻帆良学園の中等部へと入学させられてすぐのこと。麻帆良学園都市のメンテナンスのため、都市全体が停電となった。停電となれば、学園結界も弱くなり、防御が手薄となるのだ。そこへ漬け込んで攻撃してきたのが、関西呪術協会の強硬派だった。

 

 しかし、この時の覇王は本気で機嫌が悪かった。その馬鹿どものせいで、来る必要のない麻帆良に来ているからだ。だから、本気でその時暴れたのだ。あれを見た友人のSさんはこう語った。『あの時の覇王さんは、化け物じみていました。正直近づきたくないほどに』と。

 

 

「ハハハハッ、ちっちぇえな」

 

「うわあああーーー!!」

 

「ひいいいええええ!?」

 

 

 S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を高速でO.S(オーバーソウル)しながら、召喚された魑魅魍魎どもを焼き払い、笑っているこの覇王。本気で破れかぶれなのだ。お前ら全員、滅ぼしてやるよ! とキレていたのだ。

 

 

「なあ、どうした? その程度で、まさかこの東を倒しに来たのか? 馬鹿なやつらだ」

 

「貴様は赤蔵のものやろうが!? なぜやつらの味方をする!?」

 

「別にあいつらの味方という訳ではない。現頭首からの命令だから、お前らをこうして相手してやってるんだよ」

 

「な、赤蔵陽明の命令やと!?」

 

「そうだよ。お前らが馬鹿なことをするから、止めろと言われたのさ。まったく、本当に迷惑だよ、お前ら」

 

「ひ、ひいいいい!?」

 

 

 術者の目の前に立ち、苛立ちを隠さずに返答する覇王。お前らのせいだぞ馬鹿ども、と本気で頭にきていたのだ。彼として見れば当然であった。そもそも1000年前、必死に京都を守ってきたこの覇王。こんな馬鹿なことをする余裕があるなら、しっかり京都を守れと思っているのだ。

 

 

「本当に馬鹿だよ、お前らは。S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)、燃やせ」

 

「ひぎゃああああああ!?」

 

「た、助けてくれぇえぇー!?」

 

「ちっちぇえな」

 

 

 極悪だった、本気で極悪だった。どちらが敵なのかわからないぐらいの蹂躙だった。召喚された鬼ですら、この光景にドン引きだった。そしてさっさと逃げたかった。そのぐらい壮絶な光景だった。また鬼たちも、1000年前のことを聞いていた。前鬼、後鬼を慕え、御霊神を操る陰陽師の名を。覇王の名を。

 

 

「ハハハハハハハ、僕に燃やされたくなければ、二度とこのような馬鹿な真似はやめるんだね」

 

「ハ、ハハー! 覇王様ー!!」

 

「二度と、二度とこのような過ちは犯しませぬ!!」

 

「どうかお許しを!! 覇王様ー!!」

 

「ハハハハハ、ハハハハハハ!」

 

 

 これが覇王の本気。覇王のカリスマ。西の術者を恐怖で纏め上げ、高笑いをする覇王がいた。実際覇王が笑っているのは、もうどうにでもなれ、という気分の表れなのであるが。

 

 その覇王の姿に、防衛に回っていた学園の、魔法先生や魔法生徒もドン引きだった。かれこれ覇王一人で、ほとんど壊滅させてしまったのだから。

 

 停電の闇を、灼熱の炎で明るく染める覇王の力。それを目の当たりにしたものたちは、戦慄していた。だが、魔法世界で超有名人の覇王を、裏切ったり攻撃することがないと信じていたので別に揉める事はなかった。その光景を遠くの建物の屋根の上から見ていた友人も、やはりドン引きだった。

 

 

「刹那、お前の友人は本気ででたらめだな……」

 

「あ、ああ……。まさか出番すらないとは思っていなかった」

 

「私としては金を貰えて弾も減らず、楽もできるから、むしろありがたいがな」

 

「そ、そうか……」

 

 

 しかしそこにもう一人、本気でつまらなそうにしている少年がいた。いや、実際はつまらないことになって、頭にきていた。喧嘩上等、売られた喧嘩は絶対買うこの少年、一元カズヤという少年だった。カズヤは喧嘩するために、夜の警備をしているのだ。それ以外に理由はない。

 

 

「おい、あの野郎やりすぎだろぉが! 俺の分がなくなっちまうじゃねぇか!!」

 

「あ、一元さん」

 

「おい、あー? あんた名前なんだったっけ? まあいいや、あんたさぁ、あいつの友人だろう? 何とか止めてくれよ! このままじゃ全部倒されちまうだろう!!!」

 

「名前覚えてくれてないんですね……。私は桜咲刹那です。しかし、今の覇王さんを止めるなんて、怖くてできませんよ……」

 

「むしろ私は暇なほうがいいから、止めなくてもかまわないさ」

 

「ざけんな! 俺のほうは死活問題なんだよ! くそー! 久々に派手に喧嘩できると思ったのよぉー!」

 

「喧嘩ではない気がするんですが……」

 

「喧嘩は喧嘩だ! あいつらが売った、俺が買った! だからボコりてぇのにあのザマじゃねーか! ……はぁ、もういいや、アレ見たらもう萎えちまった。俺はもう寝るから起こすなよ?」

 

「は、はぁ」

 

「ごゆっくり」

 

 

 これはひどい、戦う前から勝負が決まっているじゃないか。いや、戦いですらなかった。刹那とその相棒であるスナイパーの龍宮真名はそれを見ているだけだった。

 

 カズヤは敵が全滅しそうなのを見て、本気で怒っていたが、なんかもういいやという気分となって、そのまま横になり屋根の上で不貞寝してしまった。

 

 

 だがまだ別の場所に、もう一人、覇王の戦いを見るものがいた。同じシャーマンである、錬と呼ばれた少年だ。彼もまた、シャーマンとしての実力を伸ばすために、夜の警備に参加しているのだ。彼女たちとは別の建物の屋根の上で、覇王のS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の炎を眺めていたのだ。

 

 

「馬孫、奴が俺のもっとも恐れていた男だ……」

 

「ぼっちゃまが恐れるなど、あるのでございましょうか!?」

 

「俺にだって、恐ろしいと感じることはある。特に、あの男の力はな……」

 

「……確かにぼっちゃまのおっしゃるとおり、すさまじい力ではありますが……」

 

 

 錬と呼ばれた少年はシャーマンキングの原作を知っている。つまりあの覇王が、麻倉ハオの能力をもらった転生者だということがわかるのだ。

 

 そして、あの覇王がただ特典として能力をもらっただけではなく、さらにそれを完全に使いこなしていることもわかっているのだ。故に恐ろしい。ハオと同等かそれ以上の覇王の力が、錬と呼ばれた少年には恐ろしく感じたのだ。

 

 

「だからこそ、奴が敵でなくてよかったと思っている。敵であったならば、どう対処すればよいのか、まったく見当も付かんのだからな」

 

「……むしろ、ぼっちゃまとあろうものが、それほどまでに恐れるあの男は一体……!?」

 

「調べてもらったことだが、あの男は赤蔵覇王と言うものだ。京都にて代々陰陽師の家系として存在する、その長男。そしてその次期頭首だ……」

 

「かの赤蔵家のものでございますか!?」

 

「そうだ、過去に戦ったあの軟弱なシャーマンの男がいただろう?その兄があの男だ……。本当に血がつながっているのかさえ、疑わしくなるほどの強さではないか」

 

「あのものの兄ですと!? それは本当なのでございますか!?」

 

「言ったとおりだ。そして見たとおりあの男は強い。だが味方ならば、これほど頼もしいことはないがな」

 

 

 ハオの能力を持つあの覇王が味方ならば、これほど心強いものはいないだろう。錬と呼ばれた少年は、あの覇王が味方でよかったと思った。敵であれば、この麻帆良を炎の海に変えるなど、造作も無いことだからだ。

 

 

「さらに言えば、あの男は本気ではない……」

 

「あ、あれで本気ではないと!?」

 

「馬孫もわかっているだろう。俺のO.S(オーバーソウル)の最終形態を……。あの男もそれが使える。だが使っていないのだ……」

 

「つまり、あのぼっちゃまのO.S(オーバーソウル)と同等の技術をも持っていると!?」

 

「そうだ。あの男のそれは、俺なんかのO.S(オーバーソウル)など比べ物にならない。とてつもないものだ……」

 

「ぼ、ぼっちゃまがそこまでおっしゃるとは……」

 

 

 O.S(オーバーソウル)の最終形態。つまり甲縛式O.S(オーバーソウル)のことだ。覇王が本気を出すならば、O.S(オーバーソウル)黒雛を使うことも、この錬と呼ばれた少年は知っている。

 

 そして黒雛こそ、最強にして無敵のO.S(オーバーソウル)だということも知っているのだ。だからこそ、覇王がまったく本気でないことがわかるというものである。だが、ここで止まって見ているだけの錬と呼ばれた少年ではなかった。

 

 

「だがな馬孫。俺はいずれあの男を超え、最強のシャーマンとなる! そしてこの世界のどこかに存在するG.S(グレート・スピリッツ)を探し出し、シャーマンキングとなって見せよう!!」

 

「ぼ、ぼっちゃま! そうです! それこそがぼっちゃまでございます!!」

 

「待っていろG.S(グレート・スピリッツ)! 俺が絶対に見つけ出し、必ずやシャーマンキングとなってくれよう!」

 

 

 錬と呼ばれた少年は、絵空事でG.S(グレート・スピリッツ)があると言っている訳ではない。あのS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が特典として転生神が与えたものではなく、この世界に存在するS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を特典として操っていると睨んだのだ。

 

 S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)とは、G.S(グレート・スピリッツ)から切り離された炎の精霊である。つまり、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)がこの世界に存在するのなら、G.S(グレート・スピリッツ)も存在するだろうということなのである。そして覇王もそれに気づき、G.S(グレート・スピリッツ)の存在を感じているのだ。

 

 

「行くぞ馬孫。ここにはもう用はない。あの男以外にも、強い力を持つものがいるようだ。残念だが。俺たちには出番はないらしいな」

 

「ハッ!」

 

 

 錬と呼ばれる少年は、覇王の強さを確認したのち、もう戦う必要はないと感じて寮へと戻って行った。だが、覇王以外にも強い力を持つものとは何者だろうか。いや、忘れてはいけない。覇王と同じぐらい、でたらめなヤツがいたことを。忘れてはいけない、あいつがこの麻帆良に来ていたことを。

 

 

「久々のバトルだぜ! おい鬼ども、相手してやるからかかってきな!!」

 

「なんやあんちゃん。一人でわいらを相手にするんか?」

 

「馬鹿なやつやな、やったれー!」

 

「おうおう、その意気だぜ! だったら一発目行くから耐えてみな!! カートリッジリロード!!」

 

 

 大量の鬼に囲まれながらも、余裕を崩さない大男。さらにその状況で挑発し、かかって来いとまで言っているではないか。大量の鬼たちは、この馬鹿な大男が一人で相手にすると思い、余裕を感じていた。普通なら当たり前である。この数の鬼を、どう一人で相手にするというのだろうか。

 

 しかし、そこでその大男が、謎の言葉を発すると同時に、右手で握っていた武器である黄金喰い(ゴールデンイーター)の、刃とは逆の部分に存在する拳銃のようなグリップを、左手で握りしめた。

 

 そして、そこにある引き金を引くと、装填されているカートリッジが三つ弾け、すさまじい雷の力が爆発していたのだ。さらに、もう一言、大声で宣言すると、その持つ武器の力を解放したのだ。

 

 ……ちなみにカートリッジリロードの掛け声は、この大男が見ていたアニメの影響である。

 

 

「”黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”!!!」

 

「な、ぎゃーーーー!?」

 

「おま!?」

 

「ひいいいーーー!?」

 

 

 大男はその宣言後、持っていた斧を横なぎに振り回した。そうしたらなんとその直後、すさまじい雷のエネルギーが大量の鬼を飲み込み消滅させたのだった。術者も驚いた。一瞬にして大量の鬼が消滅し、ほとんど残っていなかったからだ。その惨状を見た大男は、ため息をついてグチっていた。

 

 

「おいおい、そんなもんかよ。1000年前のやつらの方が、はるかにへヴィーで骨があったぜ」

 

「お、おい、こやつまさか……」

 

「あ、あかん、そのまさかや……。なんちゅーもん呼び出しとるんや……」

 

 

 その力任せで豪胆な戦いぶりを、鬼の中で知るものがいた。1000年前、源の四天王として、多くの妖怪をなぎ払った大男のことだ。そう、彼こそが坂田金時(バーサーカー)である。

 

 そしてバーサーカーの宝具の一つ、黄金衝撃(ゴールデンスパーク)は対軍宝具だ。手持ちの宝具、黄金喰い(ゴールデンイーター)に装填された、最大十五発ある雷のカートリッジを三つ使うことにより発動できる、お手ごろ宝具なのだ。

 

 どの程度の射程で、どれほどの補足数かは明確に設定されてはいなかったが、対軍宝具とは言われていた。つまり、多くの敵を相手取った場合、その真価が発揮される。それが今だったというわけだ。

 

 しかもだ、この宝具、本当の名前ではない。だが、この名前で発動するのだ。それは普通では絶対にありえないのだが、それをやってのけるのが、このバーサーカーなのである。これなら聖杯戦争で呼ばれた場合、宝具の真名開放による本人の真名バレが防げるだろう。それほどまでに本当にゴールデン理不尽なやつなのだ。

 

 

「あかん、この金ピカなにーちゃん、あの噂の金時やないけー! 勝てるわけあらへんがな!?」

 

「あー、はよ倒されて戻ろーか」

 

「せやな」

 

「せやろか」

 

「そんじゃあ、もう一発! ”黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”!!」

 

「もうやや、二度と呼ばんといてくれ……」

 

 

 バーサーカーの真名を悟った鬼たちは、もう完全に諦め、ただひたすら倒されて消えるのを待っていた。それほどまでに、このバーサーカーは有名なのだ。当たり前である。1000年前、本気で暴れまわって妖怪退治した化け物中の化け物。

 

 こんなやつ相手にできるやつがいるか! と、鬼たちが思うのも仕方がないことだ。術者もその光景に恐怖しながらもドン引きし、加減しろ莫迦!と思っていた。だがそれはどだい無理な話である。その二発目で、全ての召喚された鬼が消滅してしまった。本当にゴールデン理不尽な強さであった。

 

 その理不尽さを目の当たりにした、そのバーサーカーのマスターもやはりドン引きしていた。確かに鍛錬として模擬戦ぐらいはした。共に京都で戦ったりもした。しかしここまでとは思っていなかった。その横の相棒も、同じような気分だった。こりゃひでーや。

 

 

「バーサーカーさん、まさかこれほどとは……」

 

「長い付き合いじゃなかったのか?」

 

「そうだが、本気のバーサーカーさんは見たことなどなかった……」

 

「まあ、あれほどの力だ。見せるほどのことなど、そうそうないだろうな」

 

「あったら困る気もするんだが……」

 

 

 そしてもう一人、それを空の上から見ているものがいた。金髪少女の吸血鬼、エヴァンジェリンだ。彼女もまた、夜の警備に参加しているものの一人である。当然、その覇王とバーサーカーの戦いぶりを見学していた。

 

 

「本当にあれらは化け物だな、私と同じか、それ以上じゃないか。まったく笑わせてくれるよ」

 

「ケケケ、アノ二人トヤリ合ッタラ、御主人トアッチ、ドチラガ上ダ?」

 

「さあな。別に相手にする気はないさ。むしろ相手にしたくない」

 

「御主人ガビビルナンテ、余程ノコトジャネーカー?」

 

「別に恐れている訳ではない。だが、あれらと戦えば、どちらかが死ぬことになると思っただけだ」

 

「ツマンネーナー、アレモ切リ刻ンデ見タカッタゼー」

 

「まあ、あれが私の魔法の基本となったO.S(オーバーソウル)だ。はじめて見るが流石と言ったところじゃないか。しかも、あれで本気でないとは本当に笑えてくる」

 

 

 エヴァンジェリンはあの赤蔵覇王が残した、超・占事略決を参考に魔法を開発した。だからこそ、その本人が操るO.S(オーバーソウル)に興味があるのだ。そして、そこに記された甲縛式O.S(オーバーソウル)のことも知っていた。だからあれが覇王の本気でないことは、すぐわかったのだ。

 

 しかし現物を間近で見て、恐怖はないと言ったエヴァンジェリンも内心戦慄していた。物体としての媒介ではなく、空気を媒介に五大精霊S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を瞬間的にO.S(オーバーソウル)していたからだ。さらに言えば、それらを繰り返すことで、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を瞬間移動させていたからである。

 

 だが、考えて見ればS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)は炎の精霊。空気を媒介にするのは、とても相性がいいということも、エヴァンジェリンは悟っていた。もはやすでに戦いが終わったと感じたエヴァンジェリンは覇王の戦いぶりを目に焼き付け、さっさと茶々丸が待つログハウスへと戻るのだった。

 

 ……ちなみにエヴァンジェリンはこの時覇王に挨拶したかったが、あの状況の覇王に挨拶するのは、少し気が引けたので後日にしようと考えていた。だが、なんだかんだとタイミングがなかなか合わず、結局エヴァンジェリンは、2年ほど覇王に挨拶できなかったのである。むしろ覇王はエヴァンジェリンに会う直前まで、エヴァンジェリンのことを忘れていた。

 

 

 そして早くもこの戦いは終了ですね。もはや誰もがそう思った。圧倒的な戦力の前に、西の術者もお手上げだった。覇王に許しを請って、命だけは助けてもらうものが続出するほどだった。そして、バーサーカーを相手にしていた西の術者の一人は、この大男が一体何なのか恐怖に引きつった顔で叫んでいた。

 

 

「こ、この男は何なんですか!?」

 

「坂田金時だよ、バーサーカーの金時さ」

 

「おいおい、覇王よぉ。そんな名前じゃなくてゴールデンって呼んでくれよ!」

 

「そんなに自分の名前が嫌なのかい?」

 

「だってダセェじゃねぇか。ゴールデンの方がキマってるしよ!」

 

「はぁ、はぁぁ!? 何を言っているのかわからねぇ!? お助けをー!!」

 

 

 西の術者たちは完全にパニクっていた。もう二度とこんなことはしないよ。そう誓う西の術者たち。その数週間後、元気に西を守備する術者の姿があったという。

 

 そして京都中にその噂は瞬く間に広まり、東への攻撃は、覇王への攻撃と連想されるようになった。そのせいで、もはや誰も東へ攻撃に行くものはいなくなった。

 

 さらに覇王を称える術者が増え、もうどうでもよくなってしまったからだ。その覇王を称える術者たちは、その祖父陽明の下で説明を受け、心を入れ替えたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 このような出来事がすでに2年前あったため、今年の停電も安心して過ごせているのだ。だが、一応それ以外の外敵がいる可能性があるので、とりあえず警護する覇王たちがいたのだ。

 

 

 

「いやあ、今年も暇だね、まあこれで僕の役目は終わったということなんだけど」

 

「何言ってんだテメェ! まだ、このかちゃんの護衛という任務があんだろうが!!」

 

「えー? 木乃香を護衛する必要があると思うのかい? あれはあれで十分強いんだけど」

 

「一応やるのが任務だろうが! まあ、強いのは認めるぜ。なんたって大陰陽師のお前が育てた優秀な娘だもんな」

 

「当然だよ。教えるならとことん教えないと意味がないからね。おや、誰かやってきたみたいだぞ」

 

「何? 誰だそいつは!?」

 

「何やら僕と同じようなヤツみたいだ。とりあえず倒してしまおうか」

 

「そうだなあ、じゃあ行くか」

 

 

 停電の闇の中を、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の炎が赤く染め上げた。誰かは知らないが、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の餌食になったものがいるようだ。こうして数人の侵入者を焼き払い、転生者だった場合、特典を引き抜く覇王がいた。また、バーサーカーも適当に敵を相手にして、つまらねぇと思いながらも、任務をしっかりこなして行くのだった。




Fate goだと黄金衝撃(ゴールデンスパーク)は対人宝具になってますがね
ただ、ここでは初期の案の対軍宝具として使っています


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京都修学旅行編
二十六話 やはり京都か


テンプレ64:男子も京都に修学旅行

テンプレ65:混浴でドッキリ

風呂と言えばハオ
ハオと言えばその特典を持つ覇王


 京都。昔は魑魅魍魎が暴れ、それを守るために陰陽師などが活躍したといわれる都市である。また、多くの寺などが残っており、観光地としても有名だ。

 

 さて、”原作”にてこの京都、修学旅行の行き先となっていた。その通りにここでも京都が修学旅行の行き先となったようだ。またネギとカギはエヴァンジェリンから、京都に父親の手がかりがあることを前々から教えられていた。

 

 ネギはあわよくば修学旅行中に、その手がかりを見つけられればいいと考えた。だがカギは全部知っているので、別にどうでもよかった。

 

 そしてネギとカギは、その修学旅行の件で学園長に呼ばれていたのだ。

 

 

「修学旅行中に、一つ頼まれてほしい、ですか?」

 

「うむ、そのとおりじゃ。こちらの特使としてあちらの先方、関西呪術協会に親書を渡しに行ってほしいのじゃよ」

 

「こちらの特使として?」

 

「実はワシ、関東魔法協会の理事もやっとるんじゃが、関東魔法協会と関西呪術協会は昔から仲が悪かったのでのう」

 

「あぁん!? かった? なぜ過去形!?」

 

「うむ、こちらに一人、関西呪術協会から派遣されたものがおっての。その一人が関西呪術協会の、仲の悪い人たちの大半を纏め上げたようなのじゃ」

 

「そうなんですか、すごい人が来ていたんですね」

 

「はぁ!? どういうこっちゃ!?」

 

 

 ネギは純粋に、仲が悪かったものを仲直りさせたことに関心していた。そしてカギは”原作”なら西と東は仲が悪く、いまだに喧嘩していると思っていたのだ。さらに、東へ来た西の一人が、それらを纏め上げてしまったという。どういうことだ!?と焦っているのだ。

 

 

「しかしじゃ、まだあちらにも、関東魔法協会を快く思っとらん人もおる。じゃから道中、向こうからの妨害があるやもしれん。彼らも魔法使いである以上、生徒たちや一般人に迷惑が及ぶようなことはせんじゃろうが……」

 

「ぬぬー……。一応”原作どおり”に動くか?」

 

「兄さん、学園長先生がお話中ですよ」

 

「シーット! わかってんだよ!」

 

 

 カギは今の学園長の話を聞いて、取り合えず”原作どおり”妨害されるかもしれないと考えていた。だがそれが、言葉に漏れていたことを、ネギに窘められた。カギはそれで逆ギレしていたのだ。本当にどちらが兄なんだかわからない。

 

 

「ネギ君やカギ君にはなかなか大変な仕事になるじゃろ……どうじゃな?」

 

「わかりました、任せてください。学園長先生」

 

「大船に乗ったつもりでいるんだな! 俺が全て解決してやる!!」

 

「おっと、もう一件、用事があったのう……」

 

「もう一件? それはなんでしょうか?」

 

「ふむ、ワシの孫、このかのことじゃ」

 

「このかさんのことですか?」

 

 

 近衛木乃香。関西呪術協会の長、近衛詠春の娘であり、膨大な魔力を抱える少女。木乃香はその立場上と身に宿す魔力の関係で、東を快く思っていないものたちに狙われる可能性があった。

 

 すでに木乃香はある程度魔力を制御できてはいるが、その魔力量を一部の者達が知っているのだ。そういう訳があり、学園長も木乃香を守ってほしいと、ネギとカギに依頼したのだ。

 

 ……ちなみにそれ以上の魔力を持つはずの覇王は、それを知るものもかなり少ない上に、強すぎるのでスルーされている。あれに手を出せる訳がないだろう。

 

 

「……ということなのじゃよ。どうか、このかを守ってはくれんかのう?」

 

「そういうことだったんですか。わかりました、このかさんも僕の生徒です! 必ず守って見せます!」

 

「はっ、俺にかかればその程度なんてことないぜ!」

 

「うむ、すまないの。では、修学旅行を楽しんで来るといい。頼むぞ、ネギ君にカギ君!」

 

「はい!」

 

「おう!」

 

 

 ネギは大きく返事をした。カギも同様だった。だがカギにはいろいろ考えなければならないことがあった。転生者は複数いるということだ。西から来た一人というものが、多分転生者なのだろうと予想は付いていた。さらに京都で、妨害してくるものに、転生者が含まれている可能性も考慮していた。この修学旅行、荒れるだろうと考えていたのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 修学旅行当日。この修学旅行、京都へ向かうのは女子中等部だけではない。男子中等部もまた、同じであった。その道中である新幹線の中で、つまらない顔をする少年、覇王の姿があった。

 

 

「京都かぁー、前世でも修学旅行でしか行ったことがねぇぜ!」

 

「状助、君はお気楽でいいね。僕なんてただの里帰りさ」

 

「おめぇーよー! 他人がテンション上げてる中で下げるやつがいるか!!」

 

「上がると思ってるのかい?本当にお気楽だねー」

 

「おめぇーなー!」

 

 

 前世ぶりの京都ということで、状助はテンションが高かった。だがその逆で、1000年前も今も京都出身の覇王は、本気でテンションが低かった。覇王はそれならハワイがよかったなーと、考えているのだ。

 

 そこにもう一人転生者がいた、川丘三郎だ。今この三人は、新幹線の座席でトランプのばば抜きをしてながら雑談しているのだ。

 

 

「俺も前世ぶりだなあ。京都なんてこういう時以外、行く機会がないからねえ」

 

「まったくだぜ」

 

「僕はハワイのほうが、行く機会ないと思うんだけどね」

 

「それ言うんじゃねーぜ!」

 

 

 あーつまらない、覇王は本気でつまらなかった。”原作”はほとんど覚えていないが、何か起こるだろうと思っているところもあった。そういえば状助はそれを覚えているのか、覇王は少し聞いてみることにした。

 

 

「状助、あっちで何かイベントでもあったかい?」

 

「イベント? ああ、”原作”かぁ……。ありすぎてどう言おうか迷うぜ」

 

「そんなにか、やれやれ……」

 

「原作? ああ、状助君が言っていた、この世界が漫画っぽいっていうあれのことか」

 

 

 三郎も状助から、この世界が”漫画であるネギま”に酷似していることを聞かされていた。だからどうということも考えなかったが、そういう危険なイベントも多数あることを知らされていたのだ。だが、三郎は”原作知識”がないため、正直釈然としていないのだが。

 

 

「そうだ! おめぇの弟子のこのかが危ねぇ! 敵に攫われて利用されちまうんだ!」

 

「ふうん。そうなんだ」

 

「な、なんでそんなに淡白な感想なんだよぉぉー!!? おめぇの弟子じゃねーのかよ!!」

 

「逆だろ? 僕の弟子だからこそ、淡白なんだよ。その程度乗り越えられないようなら、どうしようもないね」

 

「ツェペリさんかよ、おめぇーはよおおお!!」

 

 

 覇王は木乃香が心配ではなかった。むしろその程度乗り越えなければ、やっていけないと思っているからだ。それに、自分の全てを数年かけて教え込んで来たからだ。

 

 シャーマンキングにて、主人公麻倉葉は一年で急成長を遂げたのだ。数年も大陰陽師であり最高のシャーマンたるこの自分が、ずっと教えてきたのだからこの程度、乗り越えられない訳がないと考えているのだ。まあつまり覇王はツンな言い方をしているが、弟子の木乃香を信用しているのだ。

 

 

「状助、僕の弟子を見くびらないでくれないか? ”原作知識”に囚われすぎだよ」

 

「お、おう。まあ師匠のおめぇが言うなら大丈夫なんだろうがなあ……」

 

「まあまあ、状助君。覇王君だってああ言ってるけど、実は心配なんだよ」

 

「そうかなぁー……」

 

「はっきり言って心配なんてしてないさ。最悪僕がやれば全てかたがつく」

 

「そ、そうだがよお~」

 

「流石、プロは言うことが違うなあ」

 

 

 さらに言えば、何かあれば自分が出向いて終わらせればよいと、覇王考えているのだ。京都は自分の庭だ。何があろうとも、問題ないということである。

 

 鬼門には御霊神を配置してあるし、ある程度簡単に対処できるからである。それに、実家赤蔵家もある。自分の父親が家にいるならば、簡単に対処してくれるだろうとも思っているのだ。

 

 そう覇王たちが会話をしていると、なにやら隣の列車が蛙だなんだ騒いでいるのを、どうでもよさそうに聞いている覇王であった。

 

 

「おい、早速”原作イベント”だぜ!? 蛙の式神が暴れて、ネギの親書がツバメの式神に奪われるんだ!」

 

「でも、そのイベント何とかなるんだろ? 触る必要すらないじゃないか。特に被害らしきものもないみたいだしね」

 

「だ、だがよおー!!」

 

「呪詛返しでもしてほしいのかい? きっと犯人死ぬよ?」

 

「そ、そこまでしたらいろいろ危ねぇだろうが!」

 

 

 覇王はシャーマンであり陰陽師だ。蛙が式神ならば、それらを破壊して呪詛返しができる。しかしその膨大な反動は全てその術者へと向かう。覇王が本気を出せば、その場で犯人の命を奪うことさえ可能なのだ。

 

 だがそんなことをすれば、せっかくの修学旅行も中止になりかねない。だから覇王はほとんどスルーしているのだ。そこに術者を探す刹那が現れた。覇王は適当に挨拶をした。

 

 

「やあ、おはよう、刹那。術者探しかい?」

 

「あ、どうもおはようございます。そのとおり、あれの術者を探しているところです。覇王さんは助けてくれないんですか?」

 

「今の騒動なら刹那だけでも何となるだろ? それに、木乃香なら自分で何とかできるさ」

 

「そうでしたね、覇王さんはこのちゃんを信頼してましたね。では私は行きますので」

 

「ま、頑張ってよ」

 

 

 そう言うと刹那はすぐさま別の車両へと移動していった。覇王はそれを目で追いながら、よくやるなあと考えていた。状助はその覇王と刹那のやり取りに、驚いていた。とても仲がよさそうだったからだ。

 

 

「おめぇよー、本当に仲がいいんだなあー」

 

「そりゃね。剣で斬り合った仲だしね」

 

「そう言われると殺伐な関係に聞こえるんだけど……」

 

 

 覇王は何てこと無い、剣での模擬戦をしたぐらいだと言った。しかし三郎にとって、それはとても危険な関係に感じてしまったらしい。単純に生活の違いではあるのだが。と、そこへツバメの式神が手紙を加えて飛んでいった。

 

 

「おや、ツバメの式神って、あれだろ?誰も追ってこないじゃないか。つまり問題ないってことさ」

 

「誰も追ってこない!? な、何でだぁ……」

 

「状助君、君の番なんだから早く引いてくれないか?」

 

 

 状助は本来ならネギがツバメを追っているのを”原作知識”で知っていた。だがここでは、ネギがツバメを追わないのだ。状助は頭を抱えてどうするか考えていた。

 

 覇王は問題ないとして、完全にスルーしていた。三郎はばば抜き中だというのに、頭を抱える状助に、番だから一枚カードを引くように言っていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 さて、こちらは先ほどから数分前の原作メンバーのいる車両。アスナは木乃香、刹那、焔とさよの班に入っていた。さよは欠席扱いなのだが、一応班として入れてあるのだ。そのメンバーは、この不穏な京都修学旅行に、期待と不安を募らせていた。

 

 

「京都ねえ。大丈夫なの?」

 

「きっと大丈夫や。ししょーもおるし、せっちゃんもおるし、さよだっておるんやから! それにアスナも守ってくれるんやろ?」

 

「このちゃんは私が全力でお守りします」

 

「問題ないですよー!」

 

「覇王さんがいれば大丈夫だろう。心配など不要ではないのか?」

 

「そ、そうね……」

 

 

 一応アスナたちは覇王の修学旅行は同じく京都行きだと知っていた。だからあの覇王が近くにいれば、確かに安全なのだろうと思った。だが、いつも近くにはいないとも考えられる。

 

 しかし、ここには自分と刹那がいる。そうアスナは考え、大丈夫かもしれないと思った。とりあえず新幹線の座席にて、適当にくつろぐのだった。そしてそのメンバーが適当にトランプで遊んでいると、突如蛙が沸いたのだ。

 

 

「蛙?」

 

「術者の式でしょう。私は術者を探しに行ってきます」

 

「せっちゃん気ーつけてなー。さてウチはどないしよか。ししょーみたいに鬼たちの大きさを変化できればえーんやけど」

 

「ここはあえて放置でいいのでは?」

 

「ここは私とのO.S(オーバーソウル)で吹き飛ばしましょうよ!」

 

 

 刹那は術者を探しに席を外した。アスナは半分スルーしていた。あまり被害らしきものがないからだ。焔も同じくあえて放置でいいと判断したようだ。

 

 また、木乃香はどう対処しようか考え、前鬼、後鬼を使おうと考えた。だが覇王のようにO.S(オーバーソウル)をうまく調整できない木乃香は、大きめの鬼たちの大きさを操れない。だからその辺りを悩んでいた。

 

 そこでさよは自分とのO.S(オーバーソウル)でぶっ飛ばそうと言い出していた。確かにO.S(オーバーソウル)ならば、基本的に人に見えない。何をしているかわからないのだ。ただ、変人扱いされる恐れだけはあるのだが。

 

 

「さよとのO.S(オーバーソウル)かー。せやけど、まだよー形にできへんからなー。も少し練習せんと難しーと思うんよ」

 

「そうですねー。もっとイメージを固めないと!」

 

「周りが騒いでるけど、ここは本当にどうでもよさそうねー」

 

「そう言うアスナが一番どうでもよさそうにしているような……」

 

 

 もはや完全に放置。蛙なんていないというレベルでスルーするこの四人。異常事態に慣れすぎである。まあ、仕方がないとしか言いようが無いのだが。そこでアスナはネギとカギのほうをちらっと見ると、ネギが親書を奪われた所だった。しかし、ネギはそれをスルーしていた。それはダミーだったからだ。

 

 

「あっ親書が!? ……なんちゃって。実は本物はしっかりしまってあるんでした」

 

「て、テメェ本当にネギかよ……」

 

 

 ダミーを用意して時間稼ぎしようとするこのネギに、兄のカギもドン引きだった。まさかこれほど頭が回るとは、10歳児とは思えない。カギはそれならいいや、と放置し、蛙を処分していた。ネギもとりあえず、蛙を拾うほうを優先していた。そこへ刹那がやってきて、回収したダミー親書をネギへと渡していた。

 

 

「ネギ先生、こちらが奪われた親書です」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「これ、ダミーだったんですね。逆に申し訳ないことをしてしまったようで……」

 

「いえ、そんな! わざわざ取り返してくれたのに、謝る必要なんてありませんよ!」

 

「そ、そうですか。そう言われるのであれば……」

 

 

 刹那は渡す直前に親書がダミーだと気づき、ネギに謝っていた。だがネギは、気にしないでほしいと言ったのだ。せっかく取り返してくれたのだ。ネギは怒る理由がなかった。カギはなんだか訳がわからなくなってきて、頭を抱えていた。

 

 この状態で、本当に京都でやっていけるのだろうか。カギはかなり心配していた。普通は逆に安心するはずなのだが。そんな心配はよそに、新幹線は京都へと到着したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 京都、清水寺。清水の舞台があると有名な寺である。飛び降りるアレではない。普通は飛び降りるなんてことはしないのだから。

 

 さて、ここでもやはり”原作と同じように”妨害があった。落とし穴に蛙や、水に酒を混ぜるなど、いたずらレベルではあるが。そのたびにネギは、報告や介抱などを行い、忙しそうにしていた。カギはその妨害があることに安堵しながら、面倒になると考えた。そして覇王は遠目で、どうでもよさそうに見ていた。むしろあきれていたのだ。

 

 

「ねえ、状助。あれが妨害なのか?」

 

「お、おう。そうだぜ、あれが”原作”での妨害だぜぇ!」

 

「そうか、もうどうでもよくなってきたよ」

 

「こ、これからが大変だっつーのよー!」

 

「ふうん、でも、もうどうでもいいや」

 

「確かにあれじゃねえ……」

 

 

 状助は”原作どおり”妨害だと言った。しかしそれを言った状助も、微妙にあきれていた。覇王はもう、完全にどうでもよくなり、スルーすることにしたらしい。その横で三郎も、やはりあきれていた。当然である。そんな感じで一日目が終わり、宿泊施設へと移動するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは修学旅行で泊まっている旅館の中、その露天風呂である。かなり広い露天風呂でなかなか豪華と言えるであろう。そこに一人の少年がいた。覇王である。覇王は特典のせいなのか、温泉などが好きなのだ。

 

 だが、さらにそこへ少年が増えた。主人公のネギである。覇王は初めて、主人公であるネギに出会ったという訳だ。

 

 しかし、この覇王”原作知識”がほとんど無い。子供で先生をしているネギとしか、思っていないのだ。まあ、そんなことも関係なく、ネギへと声をかける覇王がいた。

 

 

「そこの少年」

 

「は、はい!?」

 

「今晩は、僕は覇王、赤蔵覇王さ」

 

「どうも、はじめまして、ネギ・スプリングフィールドです」

 

「ああ、君がうわさの子供先生か。なるほどねえ」

 

「僕って結構有名なんですか?」

 

「まあね、子供の先生だ、当然目立つさ。それに僕の友人も君の生徒だしね」

 

 

 覇王はうわさでも聞いていたが、弟子の木乃香や友人の刹那からも聞いていた。魔法使いの子供先生が担任をしていることを。いつの間にか有名になっていたネギは、そのことに若干驚いた。

 

 

「そうなんですかー。ところでその友達は誰なんです?」

 

「近衛木乃香と桜咲刹那さ。知っているだろう? 僕もこの京都出身でね、彼女たちとは長い付き合いなんだ」

 

「あ、そういえばあのお二人も京都出身でしたね」

 

 

 と、そこへもう一人の少年がやってきた。カギである。そしてオマケもやってきた。カモミールである。カギは今の話で覇王が転生者だと思った。

 

 というか見た目が麻倉ハオだったので、すぐわかった。カモミールは今の話を聞いて、覇王が敵の刺客と勘違いしたようだ。だから突然叫んで覇王を問い詰めたのだ。

 

 

「やい! てめぇが関西呪術協会の刺客ってやつか!!」

 

「何を言っているんだ、このナマモノは?」

 

「し、失礼だよカモ君……」

 

「こいつすげー怪しいですぜ! 兄貴と旦那!!」

 

「怪しいっつーか明らかにハオじゃねぇーかー!」

 

「ほう、だが僕が刺客なら、すでに全員燃え尽きているよ? ほら」

 

 

 覇王は刺客だと言われると、後ろに紅き巨人を作り出した。O.S(オーバーソウル)S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)である。その姿と性質を悟った、覇王の前の二人と一匹は、目を丸くして驚いた。

 

 

「おい、やっぱテメェの特典はそれかよ!」

 

「す、すごい……。純粋な炎の精霊の塊だ……」

 

「ひ、ひいぃぃ!? お、お助けおぉぉ!!?」

 

「だから僕は刺客ではないさ。もし刺客なら、この場で君たちは滅ぼされていた」

 

 

 この覇王、さらっと恐ろしいことを言う。だがその通りだからしかたがない。刺客ではないと聞き、とりあえず安堵をする一匹と一人。だがもう一人のカギは、この転生者である覇王がもっとも強敵だと考えていた。

 

 覇王はそんなカギの態度を、完全にシカトしていた。どうでもよかったからだ。と、そこへさらにもう一人、露天風呂へとやってきたものがいた。黒髪をサイドポニーにした少女。桜咲刹那だ。

 

 

「あれは桜咲さん!?」

 

「おや、ここは混浴だったのか。何も表記がないから、まったくわからなかったじゃないか」

 

「むひょー!」

 

「兄貴! 旦那! あいつも十分怪しいですぜ!!」

 

 

 ここの露天風呂は混浴のようであった。覇王は混浴の表記がなかったことに、多少不満を持つ程度であった。また覇王と同じく男湯として入ってきたネギは突然の来訪者に驚き、さりげなくそれを知りつつ入ったカギは、その刹那の自然な姿に喜びの雄たけびを出していた。

 

 そしてカモミールは、やはり京都出身ということで、敵の可能性があると睨んでいたのである。そこに女性である刹那が露天風呂へと入ってきたことで、ネギとカギはこそこそと岩場に隠れていった。しかし、覇王は違った。堂々と居座っていた。流石覇王と言わざるを得ない。

 

 

「やあ、刹那。いい湯だね」

 

「はい、いい湯ですね。……は? 覇王さん!? な、なんでここに!?」

 

「ずいぶん長湯をしたみたいでね、どうりで誰もいない訳だ」

 

「ど、どれだけ長くいたんですか!?」

 

 

 なにげに覇王はずいぶん前からここにいるようだ。少し前までは状助たちもいたようだが、すでに誰もいなくなっていた。まあ、刹那がやって来たことを考えれば、いなくなっていてむしろ正解だった。だが覇王はそのあたりさえ、どうでもよさそうであった。そこへ刹那は、こそこそとしている、二人の気配を察知したのだ。

 

 

「そこ、誰か隠れているのか!?」

 

「は、はい!?」

 

「お、おう……」

 

「言うの忘れていたけど、そこにいるのは子供先生二人だよ」

 

「なんだ、ネギ先生にカギ先生でしたか」

 

「というか、隠さなくて恥ずかしくない? 僕なら全然かまわないけど」

 

「あ!?」

 

 

 刹那はタオルすら体に巻かず、その場に立っていたことを覇王の言葉で思い出して、湯船へと沈んだ。そしてせっせと刹那はタオルを巻いていた。ネギもカギも同様であった。

 

 しかし覇王はそのようなマナー違反をしない。堂々と星マークを掲げていた。そして覇王はかまわないと言った意味は、どうでもいいことだと思っていたからである。決してやましい考えからではないのだ。

 

 ネギはあわあわとしており、カギはやはり喜んでいた。本当に欲望に忠実な少年である。そこでカモミールは、覇王同様怪しいと言って刹那を問い詰めていた。

 

 

「やいやい! てめぇも怪しいぞ!! 関西呪術協会のスパイじゃねぇだろうな!」

 

「カモ君、そんなはずないと思うんだけど」

 

「ち、違います! むしろそちらの味方です!」

 

「このナマモノ、思い込みが激しいんだね」

 

「まあ、カモのことは気にしねーでくれや」

 

 

 刹那も敵だと思われたのは心外であり、味方と表明する。すでにネギは違うと思っていたようだ。正解である。さらに兄貴分のカギでさえ、気にするなと言っていた。しかし、やはりスケベな目線で刹那を見ていた。そこへ脱衣所から悲鳴が聞こえてきた。木乃香とアスナの声だった。

 

 

「この声はこのちゃん!?」

 

「ふうん、あれも妨害か……」

 

「た、助けに行かなくちゃ!」

 

「おう! 見に行かねぇーとな!」

 

「兄貴やっちまえー!」

 

 

 覇王はやはりどうでもよさそうに、その場に残る。それ以外の三人と一匹は、即座に脱衣所のほうへと急いだ。すると小サルの式神が木乃香とアスナの下着を脱がそうとしていた。

 

 

「こ、この! つぶす! 来れ(アデアット)!」

 

「いやあああん! 脱がさんといてー!」

 

「アーティファクト?!」

 

「な、なんでネギと契約してねぇのに持ってるんだよ!!?」

 

「あひ!? 鬼の姉貴!!?」

 

 

 この状況にアスナはキレた。むしろキレないほうがおかしい。そして、すかさず剣型のハマノツルギを持ち出し、小サルをぶった切ったのだ。やはりこのアスナ、変態に容赦はしない。

 

 その一瞬でアスナを囲っていた小サルは真っ二つとなり、紙でできた二つに裂かれた人形へと戻ってく。さらに木乃香を襲っていた小サルも同様に、一瞬のうちに真っ二つにされていた。

 

 その光景を見ながら、アスナへの恐怖で動けないカモミール。また、ネギとカギは、そのハマノツルギを見て驚いていた。だがしかし、まだ小サルの式神が多数残っていた。

 

 

「まだいるの!? 変態サル!!」

 

「せっちゃんが来たえ!」

 

「ええい、このちゃんに何をするか!」

 

 

 すかさず剣を抜く刹那。しかし刹那が剣で攻撃するその前に、小サルの式神は炎に包まれていた。そして、いつの間にか木乃香の横には、等身大まで縮んだS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が立ち尽くしていた。それを見て刹那は、覇王がいる露天風呂のほうを振り向く。アスナも木乃香も同じくそちらに顔を向けた。

 

 

「まったく、騒がしくてのんびりと湯船に浸かっていられないじゃないか。嘆かわしい」

 

「は、覇王さんがやったんですか?」

 

「そうだよ。騒がしいのは好きじゃないんでね」

 

 

 そう言うと覇王は、露天風呂の近くにある、塀より高い木の天辺を、一瞬だけ睨みつけた。だが、その後どうでもよさそうに、視線を刹那たちのほうへと向けた。

 

 

「ししょーが助けてくれたんかー、ありがとうー」

 

「別に助けた訳じゃないよ。騒がしいから静かにしてもらっただけさ」

 

「あ、覇王さんじゃない。というか、この女子に囲まれた状況で、なんでそんなに堂々としてるわけ?」

 

「どうでもいいからだよ。何か気にすることでもあったかい?」

 

「覇王さん、いくらなんでも枯れすぎですよ……」

 

 

 流石覇王である。どのような状況でもあせらずに大きく構えていた。覇王があせることなど、ほとんど無いのだ。この状況でものんびりと湯船に浸かっていた。というか、女子が来たなら出て行けばよいというのに、そのあたりまでどうでもよいらしい。

 

 とりあえず、アスナと木乃香もタオルを巻いて、その側にいた全員で露天風呂へと移動した。ネギはアスナのハマノツルギを見て、魔法使いの従者なのかを聞いていた。

 

 

「それ、アーティファクトですよね? 誰かの従者なんですか?」

 

「従者ってわけじゃないわよ。身の安全のために持っとけと言われて、契約しただけだから」

 

「だ、誰だよその契約者は!! ざけんじゃねーぞ!!」

 

「カギ先生、うっさい」

 

 

 カギは転生者が主として仮契約をしたと考えた。アスナを助けて仮契約するというのも、お約束だからだ。カギは誰かわからない契約主に文句をつけていた。また、アスナは特に従者ということを気にしたことは無い。手持ちの武器をすぐ出せるということだけが、重要だったからだ。

 

 

「ししょー、堂々としすぎや……。ふつーなら出て行くか隠れるんやない?」

 

「なんで僕が? 隠れるようなこともしてないのに?」

 

「は、覇王さん、出て行かないんですね……」

 

「先客はこの僕だよ? なんで出て行かなくちゃいけないんだい?」

 

「せっちゃん、ほっといたらえーよ。ししょーはいつもこんなんやから」

 

「そうでしたね……」

 

「……本当に変なやつよねー、覇王さんは」

 

「そうさ、僕は変だから気にしないでくれよ」

 

 

 この覇王の態度に、ずいぶんと慣れている木乃香であった。刹那もそうだったことを思い出し、覇王を放置することにした。またアスナも覇王に対しては、変なヤツ程度の認識のようだった。だが、アスナは覇王に目を向けてはおらず、やはり少し恥ずかしそうであった。もはやこのどうしようもない覇王を放置し、女子三人は覇王から遠く離れた場所で、温泉を楽しむことにしたようだった。

 

 

「おっと、そうだネギ先生、このことは内密にね。女子と風呂に入っていたなんて、大問題じゃないか」

 

「そ、そうでした……。じゃあ僕も問題なんじゃ……!?」

 

「そういうことさ。お互い様、共犯ということにしておこうじゃないか」

 

「は、はい……」

 

「どんだけだよテメー!?」

 

 

 この今の覇王の言葉に、紳士としても教師としても最低な行為だー、とネギが落ち込み、脅迫してるじゃねーかー、とカギが叫んでいた。そしてカモミールは、アスナへの恐怖で身がたじろぎ、カギの頭の上から動こうとしなかった。

 

 ……ちなみにアスナと同じ班にいる焔は一応露天風呂までやって来たが、覇王の姿を見て露天風呂へ入るのをやめて自分の部屋へと戻って行った。ある意味一番の被害者である。

 




京都修学旅行編突入

この混浴は、どういうものなのかまったくわからない
何で誰も混浴だって気がつかないんだろう…


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二十七話 鬼と鬼、狂戦士と弓兵

テンプレ66:京都の刺客より断然強い味方

テンプレ67:フルボッコされる千草一派

テンプレ68:千草一派へつく転生者

ネギま版式神VSシャーマンキング版式神


 露天風呂から上がり、ネギは就寝時間をクラスに通達していた。刹那はその間に式神返しの結界を施していた。その後、なぜ木乃香が襲われたのか、どういう状況なのかを話し合うために、刹那とアスナ、ネギにカギ、そして覇王とカモミールが集まっていた。そこでカモミールはアスナの恐怖に怯えながらも、さきの無礼を詫びていた。

 

 

「す、すまねぇ! 剣士の姐さんに謎の兄貴!」

 

「わかってくれたのなら、それでいいんです」

 

「僕も気にしてないさ」

 

「そういえば、さっきのサルは何だったんですか? 僕も協力しますから襲ってくる敵について、教えてくれませんか?」

 

 

 敵対者の一部の勢力が操る力である、関西の魔法使いである陰陽道、そして呪符使いのことを、刹那はネギにわかりやすく説明した。また、自分が操る神鳴流の剣術のことも多少なりに触れた。

 

 そこに覇王もその説明の補佐をしていた。カギは大体わかっているので、どうでもよさそうに座っていた。ネギはその説明を聞いて、覇王の力が微妙に異なることに気が付き質問した。カモミールもそれを聞いて、驚きながらも納得していた。

 

 

「あれ、覇王さんの力って、それとは少し違うんじゃないでしょうか?」

 

「そ、そういや確かにそうだぜ! あの赤い巨人は、さっきの式神とかいうやつとは別もんっぽかった!」

 

「へえ、よくわかったね。僕は陰陽師でもあり、シャーマンでもある」

 

「シャーマン!?」

 

 

 シャーマンとはあの世とこの世を結ぶもの。霊の力を借りて、巫力にてそれを具現化させる。式神も、さきの術者が使うものと、シャーマンが使うものと二種類あるのだ。

 

 

「先ほどの力はO.S(オーバーソウル)と呼ばれる技術でね。霊を自らの力を使い具現化させることができるんだ」

 

「すごいですね。魔法で精霊を操るようなものなんですか?」

 

「近いと言っておこうか。だが、魔力ではない力で精霊を操る、それがO.S(オーバーソウル)だ」

 

 

 O.S(オーバーソウル)は術者の巫力を使って幽霊や精霊などを具現化する。魔法は魔力を使い呪文を唱えることで発動する。だが、O.S(オーバースル)は呪文を必要とせず、直接巫力を精霊などへ与え具現化して操ることができるのだ。

 

 しかし持霊と呼ばれるパートナーが必ず必要となる上、高い力を持つ霊を操るには、それなりに高い巫力が必要となる。

 

 そしてO.S(オーバーソウル)には魔法には杖などの媒体が必要なように、必ず媒介が必要となり、それを行うための道具が必要なのだ。

 

 S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)は基本的に空気を媒介としているが、これは覇王が必死に習得したからできる荒業であり、基本的にはそう簡単にはできないことである。

 

 

「そんな技術があったんですね。つまりあの炎の精霊は覇王さんのパートナーってことですか」

 

「しかもその精霊を具現化させる力ってかー、すげぇもんだぜ」

 

「シャーマンなら当然のこと。そして彼とは長い付き合いだよ」

 

「でたらめ系術者シャーマンだもんね」

 

 

 ネギはシャーマンの説明を受けて、すごい技術だと思っていた。カモミールも同様であった。またアスナは木乃香がシャーマンなのを知っている。最近よく、木乃香がさよとO.S(オーバーソウル)の練習をしているのを見ている。

 

 そしてシャーマンは星の王となれば地球すらも支配できる頭がぶっとんだ存在だ。だからこそ、アスナはそのシャーマンをでたらめと称するのだ。

 

 

「それだけは君に言われたくないね」

 

「それはどういう意味かしら?」

 

「そういう意味だろ”お姫様”?」

 

「そういうあんたは”星を統べるもの”じゃないの?」

 

「あ、あの、二人とも落ち着いてください!!」

 

 

 覇王は状助からある程度原作知識を教えてもらった。そこに友人であるアスナの正体も含まれていたのだ。黄昏の姫御子として、魔法世界を終焉させる力と、復活させる力の両方を持つことも教えられた。覇王はそのあたりを地球を支配する星の王と、どこが違うのかと考えているのだ。

 

 またアスナも、その辺は完全に黒歴史扱いなので、掘り返されたくないのだ。両者が睨みつけるところを、止めようとするのが刹那である。やはり苦労人らしい。

 

 そしてとりあえずネギたちは、クラスを関西呪術協会の一部勢力から守ることを誓っていた。しかし、覇王は乗り気ではない様子だった。当然といえば当然である。

 

 

「僕は適当にやらせてもらうよ。君たちは君たちでがんばるといい」

 

「おいおい! テメーが暴れれば一発だろうが! 何でやらねぇんだよ!!」

 

「それじゃ面白くないだろ? まあ、()()()()()()()()()()なら、そうするけどね」

 

「確かに覇王さんに頼りっぱなしではいけませんね」

 

「お、おい! 何納得してんだ刹那! 仲間に引き込めよ!!!」

 

 

 カギはその様子が微妙に気に入らないらしい。覇王はあのハオの力を持っている。ぶっちゃけちょっとなでるだけで、敵なんて滅ぼせるのだ。だが覇王はそれをしない。刹那もずっと覇王に頼ってばかりはではよくないと考え、あまり強く呼びかけないのだ。

 

 だからカギは文句を言っている。が、内心安心しているのだ。これで原作どおりに進むだろうと考えているのだ。そして、自分の王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)でリョウメンスクナを倒してちやほやせようと考えているのだ!

 

 

「ふん、まあいい! 俺が何とかしてやるぜ! じゃあ外周り行ってくるぁー!」

 

「付いて行きやすぜ兄貴ー!」

 

「ほんと元気ねぇ……」

 

「兄さん、守りを固めた方がいいんじゃ……」

 

 

 カギは原作どおり進めたいので、”原作”のネギの真似をして外へと出て行った。アスナはただ元気なやつだと思い、ネギはそれなら木乃香の周囲で見張っていた方がいいのではと考えていた。そしてカギは”原作どおり”従業員にぶつかっていた。その後、アスナたちはとりあえず部屋へと戻っていった。

 

 そしてアスナは、自分たち五班が就寝している部屋へとたどり着いた。刹那とネギは廊下周りを警戒として見回りをしに行くことにしたようだ。

 

 そして、アスナが帰ってきた時に、木乃香はトイレへと起きたところだった。アスナはトイレぐらい大丈夫だろうと考えたようで、流石に付いてはいかなかった。いや、普通に考えても、流石にトイレまで付いていかれると、少し鬱陶しいと考えるであろう。

 

 しかし十分ほど経っても、いまだ戻らない木乃香が心配となり、アスナはトイレへと向かった。すると、一人の少女がトイレの前で立ち往生をしていた。綾瀬夕映である。

 

 

「も、もるです」

 

「あれ、ユエちゃん?」

 

「こ、このかさんがずっと入ったままで入れないです」

 

「それは変ね……」

 

 

 アスナは何かおかしいと感じた。そこへ刹那もやってきて、トイレをこじ開けると、お札がしゃべっているではないか。

 

 

「やられた……!!」

 

「まさか、すでにこのかは敵に!?」

 

「後を追いましょう!今ならまだ近くにいるはずです!!」

 

「な、何でもいいから早くトイレに入れてください!!!」

 

 

 アスナも刹那もやられたと感じ、敵を追うことにした。そこへネギも杖を持ってやってきて、同じく敵を追跡するのだった。一方カギは、”原作どおり”なら問題ないだろうと放置し、適当にふらついていた。本当にどうしようもないやつである。

 

 ……ちなみに同じ班の焔は、旧世界では力が発揮できないので、戦力外としてあえて追わずに部屋に残ったのである。さらに言えば、覇王はとりあえず放置しているだけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 木乃香を抱えるきぐるみを着た敵の後を追う、ネギ、アスナ、刹那。だがここへもう一人やってきた。ゴールデンなバーサーカーである。彼もまた木乃香の護衛としての任務を受けている。この修学旅行にも、霊体となってやって来ていたのだ。そこへ刹那からの連絡で、すぐさま追跡に加わったのだ。

 

 

「あいつが敵か!? チッ、あの式をまとって身体能力を上げてんのか?」

 

「そのようです。気をつけてください」

 

「わ、またしても知らない人が!?」

 

「あら、バーサーカーさん、久しぶり」

 

 

 ネギはバーサーカーをはじめて見るので、驚いていた。アスナは刹那の友人なので、バーサーカーと何度か会っているのである。バーサーカーも、ネギへ自己紹介したいが、今はそれができる状態ではないので、あえて無視して走っているのだ。

 

 不気味なまでに静まり返った駅。敵は駅から電車に乗り込もうとしているようだった。また、駅の周辺にはすでに人払いの結界が張られており、人っ子一人いなかった。

 

 そして敵は駅から電車へと乗り込んだのである。さらに電車がすぐさま出て行ってしまったのだ。なんということだろうか、アスナたちは一手遅かったようである。

 

 

「しまった! 遅かったか……」

 

「で、電車が……」

 

「なんてこと! もう少し気付くのが早ければ……!」

 

「はっ、この程度問題ねぇ! オレは先に行くぜ! 後を追ってきな!」

 

 

 バーサーカーはそう言うと、建物の屋根を飛び回り、電車を追っていった。流石サーヴァントである。刹那も後を追うべく、即座に作戦を立てた。

 

 

「ネギ先生、その杖で空を飛べますね?」

 

「はい、でも刹那さんとアスナさんは!?」

 

「私も飛べますから、空から追いましょう」

 

「え? でもどうやって……」

 

 

 その質問を受けると、刹那は白い翼を生やした。烏族と人のハーフたる象徴。過去に戒めとして呪った、その白い翼であった。

 

 

「私はこの翼があります。アスナさんを抱えて飛びますので、それで追いましょう」

 

「すごい、綺麗な羽ですね……」

 

「うん。私もはじめて見るけど、本当に綺麗よ……」

 

「ありがとうございます、これは私の()()です。さあ行きましょう」

 

 

 その白い翼を刹那は誇りと言った。バーサーカーが教えてくれた。木乃香が理解してくれた。綺麗だと言ってくれた。この翼に、コンプレックスなどもはやない。だから、もうすでに迷いは無いのだ。ネギは杖を使い空を飛び、刹那はアスナを抱えて先ほどの電車を上空から追うのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 天ヶ崎千草、今回の首謀者で関西呪術協会の呪符使いである。計画どおり木乃香をさらい電車で京都駅へと移動し、全てがうまくいったと考え、笑いを浮かべていた。

 

 しかし、京都駅の階段を上っている最中に、気絶させたはずの木乃香が突然暴れだし、うっかり手を滑らせてしまった。そして階段の下へと降り、綺麗に着地する木乃香がいた。だが、その木乃香の雰囲気が、微妙に違っていた。

 

 

「ど、どうなっとるんや?!」

 

「……あなたが敵さんなんですね。どうして私を攫うんですか?」

 

 

 そこで突然木乃香は、敵である千草へと質問した。どうして攫う必要があるのかと。また千草は木乃香が、ただの小娘としか思っていなかった。実は木乃香の情報は隠蔽されており、魔力量以外ほとんど知られていないのである。だから笑って教えたのだ。どうして木乃香が必要なのかを。

 

 

「知ったところで意味あらへんでしょーが、お教えしましょーか。お嬢様」

 

「なんで? どうしてなんです?!」

 

「簡単なことや、お嬢様の魔力を使うて、封印されとる飛騨の大鬼神、リョウメンスクナノカミを復活させ、京都を牛耳り東に復讐するんや! リョウメンスクナさえ復活できれば、あの赤蔵の小僧など取るにたらんわ!」

 

「そんなことを……、教えてくれてありがとうございます」

 

「そりゃどーも。さて、もう一度つかまってもらいますえー」

 

 

 木乃香は千草の計画を教えてもらい、素直に礼をしていた。そして千草は、もう一度木乃香を捕獲することにしたのだ。しかし、ここで木乃香は、意味不明な行動に出た。

 

 

「このかさん、このかさん。起きてください!えいえい!!」

 

「んんー!? な、何しとるんや!?」

 

「起きてくださーい!!」

 

 

 なんと突然木乃香は自分の頭をポカポカ叩き、起きろーと言い出したのだ。その光景に、流石の千草もドン引きだった。だが、そんなことはお構いなしに、千草は自慢の式神を操った。

 

 

「まあえーわ。行きなはれ! 猿鬼(エンキ)熊鬼(ユウキ)!」

 

「はわ、おはよーさよ。助こーたわ」

 

「おはようございますー」

 

 

 二匹の式神から攻撃を受けそうになっているのにもかかわらず、のんきにおはようと誰かに言う木乃香。そして、その誰かは木乃香の体から抜け、はやりのんきにおはようと返すのであった。

 

 

「何漫才しとるんか知りまへんが、もろーたでお嬢様!」

 

O.S(オーバーソウル)”前鬼、後鬼”! 思いっきりやってーなー!」

 

 

 すると木乃香は千草の式神のほうを向くことなく、二枚の紙でできた人形を懐から取り出した。そして、それを千草が放った二体の式神の前へと放ると、その言葉を述べた瞬間に二つの鬼が出現した。

 

 片方の鬼は木乃香を守護するように盾を構え、もう片方の鬼は持っていた大鎌で、千草の二つの式神を一撃で破壊したのだ。

 

 それには千草も驚いた。当然である。何せ木乃香をただの小娘としか思っていなかったからだ。それぐらいしか情報がなかったからだ。

 

 前鬼、後鬼。かつて1000年前、大陰陽師、赤蔵覇王が使役した最高の鬼である。その霊力は1万であり、他の式神を寄せ付けぬ強さを誇る。そんな化け物じみた鬼の一撃である。

 

 千草が強力だと自慢する式神たる猿鬼、熊鬼でさえも、たった大鎌の一振りで全滅するのは当然の結果であった。これには流石の千草もたじろいだ。自慢の式神がたった一撃で破壊されたからだ。

 

 

「な、何なんや、その式神は!?」

 

「ししょーが貸してくれた、さいこーの鬼たちやえー。ねーさよ?」

 

「はい、さいこーです!」

 

「なん……やて……」

 

 

 ショック。呪符使いとして、これほどショックなことはない。自慢の式神が、ただの小娘だと思っていた少女に、一撃で倒されてしまったからだ。さらに、その小娘は幽霊らしき少女と、気の抜けた会話をしていたからだ。

 

 さて、なぜこうなったかというと、難しいことではない。憑依合体である。木乃香は自分の意識が失っても大丈夫なよう、京都ではさよと常に憑依合体した状態にしておいたのだ。

 

 木乃香は自分の立ち位置と膨大な魔力により、狙われる可能性を考慮していた。だからこそ憑依合体でさよに、いつでも体を受け渡せるようにしておいたのだ。

 

 さらに、どうして狙われるかを質問してくれるよう、さよに頼んでおいたのである。完全に計画通りであった。罠にはめられていたのは、逆に千草のほうだったのだ。これこそ、アスナがして恐ろしい娘と称する、現在の木乃香なのである。

 

 

「こうなれば、二枚目のお札ちゃん、お嬢様を捕まえておくれやす!」

 

 

 その札は水の札であった。千草がその呪文を唱え札を投げると、大洪水が起こったのだ。そして重力に逆らわず、階段の下へと流れ落ちるその大きな水の波が木乃香を襲ったのだ。

 

 

「こ、このかさん! 水が襲ってきますよ!?」

 

「さよ、心配あらへんよー」

 

 

 さよはその洪水を見て、流石に慌てていた。しかしそれを見ても慌てず、ドンと構えている木乃香。まったく心配などする必要が無いと、慌てるさよに言うほどであった。そんな木乃香の様子を見て、これは決まった、そう千草は思った。だがそうはいかなかった。

 

 

「”無極而太極斬”!!」

 

 

 そこへアスナが到着し、上空から落下と同時に魔法を消滅させるハマノツルギ専用剣術、無極而太極斬を放ったのだ。その一撃で札の効力である水が消滅し、完全に無効化されたのだ。

 

 

「な?!」

 

「すごい! 水が一瞬で消滅しました!」

 

「ほら、心配いらへんかったやろ?」

 

 

 これにも千草は驚いた。自分の自慢の札さえ、完全に無効化されてしまったのだから。さらに空から刹那とネギも降りてきて、木乃香の前に立ち並んだ。なんと千草は完全に逆転されてしまったのだ。

 

 そこでのんびりとしていた木乃香は仲間たちを信じ、こうなることを予想していたのだ。絶好のタイミングで、仲間たちが助けに来るのを待っていたのである。

 

 

「待たせたわね」

 

「大丈夫でしたか、このちゃん?」

 

「このかさんも、シャーマンだったんですか!?」

 

「ありがとー! みんなのおかげでこのとーり、全然なんともあらへんよ!」

 

「みなさん来てくれたんですね!」

 

 

 もはやこの時点で千草は完全に追い詰められたいた。しかし、どういうわけか一人追っていたバーサーカーの姿が無かった。だが、いなくてもどうということはないほどの、戦力であることには違いが無い。完全な逆転。相手が勝ち誇った時に、すでに相手が敗北しているのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 天ヶ崎千草は完全に追い詰められていた。完全に焦っていた。なぜかと言うと、前鬼、後鬼を従えた木乃香、神鳴流剣士の刹那、そして破魔剣士のアスナ、さらに魔法使いのネギが目の前にいるからだ。

 

 こんなフルメンバー、一人で相手にできるヤツがおかしい。強い転生者ぐらいでなければ、不可能だ。だからこそ、千草は今回は諦めて、さっさと逃げる算段を立てていた。

 

 

「バーサーカーさんは来てないようですね……。多分そうなると、別に敵がいる可能性があります」

 

「かもしれないわね。まあとりあえず、あっちを捕まえようか」

 

「僕の生徒に手を出す人は、許しませんよ!」

 

「一体どうなっとるんや!? 完全に逆転されてしもーとる!!」

 

 

 千草は焦りに焦って混乱しそうになっていた。順調だったはずの計画が、完全に逆転されてしまっていたからだ。そして、このメンバー相手に逃げ切れるかわからないからだ。

 

 しかし、ここで諦めるわけにはいかないのだ。憎き東を倒すまで、ここで諦めるわけにはならないのだ。だから、ここで千草は三枚目の札を出した。今度は火の札だ。

 

 

「お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす。喰らいなはれ! 三枚符術、京都大文字焼き!!」

 

「水の次は火ですか?!」

 

 

 その符術が完成すると、巨大な大の文字の炎が発生した。京都名物大文字焼きである。ハゲたグラサンの熱血クイズ親父の必殺技である、あの燃える大技大文字である。

 

 それが千草とアスナたちを横断するように、発生し、完全に行く手を遮断していたのだ。その光景を見て、さよは水の次に火だと驚いていた。だが、その他の仲間たちは、あまり驚いていなかった。

 

 

「ししょーの炎の方がもっとすごー炎なんやなー」

 

「あれ、どこかで見たことある術ね……」

 

「奇遇ですねアスナさん、僕もです」

 

「三人とも、緊張感のかけらもないですね……」

 

 

 もはや余裕、この程度の火など、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の魂を焼き尽くす炎に比べたら、たいしたことは無い。木乃香は覇王の弟子で、それをよく知っているため、まったく驚かなかった。

 

 そしてアスナとネギは、この炎の形をどこかで見たなあ、と考えていた。そんな三人に、もう少し緊張感を持ってほしいと思う刹那。やはり苦労人である。

 

 

「並の術者ではその炎は超えられまへんえ! ほなさいなら!」

 

「とりあえず消火するわね、”無極而太極斬”!!」

 

 

 だがしかし、アスナはこんなもん、どうということはないのである。ハマノツルギから放たれる魔法無効化現象。それこそが無極而太極斬なのだから。

 

 アスナはそれを放ち、大文字を吹き払ったのだ。そして炎すらも消滅させられ、あんぐりするしかない千草。そもそもあの水を無効化されたのだ、少し考えればわかったことである。

 

 うっかりというか、まあ単純に慢心していたのだ。これで千草は手札を全て使ったことになる。もう後が無いのだ。

 

 

「な、なん……やて……」

 

「すごい、あの炎も一瞬で消してしまうなんて……」

 

「ほえー、アスナもすごい人やったんかー」

 

「アスナさん、すごいです!」

 

「幽霊でもないのに、こんなことできるんですねー」

 

 

 次々に感想を述べる仲間たち。アスナにとって、この程度訳ないのだ。木乃香もある程度アスナの強さは知っていたが、まさかこれほど強いとは思ってなかった。

 

 また、刹那もさよもネギも、そのすごさに驚いていた。そこでアスナはその”大文字焼き”が何に似ていたかを思い出したようだった。

 

 

「あ、思い出した。この炎はギガントさんの技だわ! ”大文字(ビッグ・ファイヤー)”!」

 

「そ、そういえばお師匠さまの大技! ……あれ、アスナさんは、お師匠さまを知っているのですか!?」

 

「私の保護者の友人で、ある程度知ってるわ」

 

 

 というか、この二つの符術、ギガントの操る技にそっくりだったのである。さらに一つ目の水符にアスナとネギは”波乗り(ダイダルウェーブ)”を連想していた。完全に一致というレベルではなかった。まさか似たような技があろうとは、千草も思うまい。しかし、そんなのんきにしているアスナに、剣客が舞い降りた。

 

 

「ハッ! 危ないアスナさん!」

 

 

 刹那はそれに気づき飛び跳ね、刀を刀で受け止め、それを跳ね返したのだ。間一髪、結構のんきにしていたアスナも、その降りかかる剣には驚いた。

 

 

「あ、ありがとう刹那さん、助かったわ」

 

「アスナさん、そうのんきにしていると危ないじゃないですか! ……そして、この剣筋、神鳴流のものか……!?」

 

「どうも神鳴流です~、おはつに~」

 

 

 なんとも気の抜けた声でしゃべる、この新たに出てきた女剣士。大きな丸い帽子にゴスロリ、そして眼鏡という剣士っぽくない姿であった。

 

 この剣士、名を月詠と言う。どうやら護衛として千草に雇われているようで、本気で攻撃してくるようだ。だが、ここで刹那に焦りは無い。そう焦る必要など、まるで無いからだ。

 

 月詠がお手柔らかにと言うと、その瞬間攻撃が始まった。刹那はその剣を防ぎつつ、反撃をする。この月詠は二刀流、対人を仮定した装備のようだ。刹那は退魔用の大きな野太刀であり、普通に考えれば不利であった。

 

 だが、この刹那はその程度では倒せない。刹那は思い出していた。あのバーサーカーの怪力を、覇王の技など必要としない、完成された剣術を。得物の長さがどうした。覇王はこの倍ある刀をいともたやすく操り、自分以上の剣術で圧倒していた。

 

 二刀流がなんだ。バーサーカーのあの怪力で、腕が悲鳴を上げた時に比べれば、何てこと無い。そうだ、あれに比べれば今の相手など、取るに足らない存在だと思い出していたのだ。

 

 またアスナは、刹那が操るその剣術を見て、すごいと思っていた。美しい剣術だと感服していた。

 

 

「神鳴流奥義”斬鉄閃”!」

 

「はれまー!?」

 

 

 一撃、またしても一撃。敵が刀を使うなら、ぶっ壊せばいいという単純な思考。バーサーカーの怪力のおかげで考え出せた、最良の撃退法。月詠の二刀は根元から切り裂かれ、剣としての機能を完全に失っていた。これではもはや、月詠は剣士として戦うことが不可能となった。

 

 

「な、月詠はん!?」

 

「おー、せっちゃんほんま強いわー。一発で終わらせてしもーた」

 

「いえ、まだ終わっていません。神鳴流は武器を選ばない、まだあの剣士は戦えます」

 

 

 そうだ、神鳴流は武器を選ばない。素手での戦闘も可能なのだ。だからこそ、刹那は隙を見せず、刀を構えていた。月詠は刹那の剣術のすごさの惚れ惚れしており、紅潮して喜んでいた。とんでもない変態戦闘狂である。

 

 

「センパイ、いけずやな~。こんな美しい剣を魅してもろ~て、剣を使わせてくれへんのやからな~」

 

「……これが世に言う戦闘狂(バーサーカー)というやつか……」

 

「風の精霊11人! 縛鎖となりて敵を捕まえろ!!」

 

「し、しもーた!」

 

「魔法の射手”戒めの風矢”!!」

 

 

 ネギは月詠が倒され、驚いている千草に捕獲の魔法を使った。いや、その前からすでに詠唱を始めており、アスナはそれを見て、下手に動かず構えていたのだ。そしてこのまま無効化して、捕えてしまおうという考えだ。

 

 もはや完全に逃げ口を失った千草と月詠。捕まるのは時間の問題であった。しかし、その魔法が届く手前に、千草たちとアスナたちの間で、巨大な爆発が起きた。それによりネギの捕獲魔法はかき消されてしまったのだ!

 

 

「クッ! みんな無事!?」

 

「は、はい! でも一体何が!?」

 

「別に敵がいたのでしょう!」

 

「煙たいえー」

 

「今や! 今度こそもろーたで! お嬢様ぁ!!」

 

 

 煙で視界が悪くなったところを、すかさず式のきぐるみを着て木乃香に飛び掛る千草。誰もがその爆発に目を奪われ、煙によって動きが取りにくい状況だ。木乃香を攫うなら、チャンスは今しかないと思ったのだ。だが、その状況でも木乃香は冷静だった。というか、結構のんきにしていた。

 

 

「前鬼、式神ツッコミ!!」

 

「ポピー!?」

 

「ち、千草はん!?」

 

 

 なんということだ。千草の渾身の特攻すらも、あっけなく跳ね除けられてしまった。しかもただのツッコミによってだ。いや、前鬼のツッコミは、半端が無い。普通の人では耐え切れるものではないのだ。これをいつも耐えて、平気にしている学園長がおかしいだけなのである。

 

 この一撃で千草はきぐるみの式を破壊され、吹き飛ばされて目を回して気絶していた。当然の結果である。月詠はこりゃまずいと思い、自分の切り札を使う。

 

 

「ひゃっきやこぉー!」

 

「これは!?」

 

「ファンシーなやつらがいっぱい出てきた!?」

 

「かわええなー」

 

「不思議ですねー」

 

 

 月詠の趣味である、大量のファンシーな式神たち。ネギはその数の式神に驚いてたじろいだ。アスナと刹那はこの数の敵をどう対処しようか考えた。しかし木乃香とさよはやはりのんきな感想を述べるだけであった。この式神たちを惜しみなく使い、月詠は千草を掴んで逃げたのだ。

 

 

「さいなら~」

 

「あ!? 逃げる気!?」

 

「後鬼、守ってーなー」

 

「私も何かできればいいんですけど……」

 

「クッ!神鳴流奥義”百烈桜華斬”!!」

 

 

 アスナは応戦しつつ、逃げる月詠を目で追う。木乃香は後鬼に守ってもらっていた。その近くでさよは、自分も何かできないか考え込んでいたのだ。

 

 そして刹那は数が多い相手に有効な神鳴流奥義、百烈桜華斬をたまらず使った。その攻撃により、ファンシーな式神は全滅させたのだった。だがしかし、千草たちをも見失ってしまったようだ。

 

 

「……逃げられたか……」

 

「だけどさっきの攻撃があるから、ヘタに追跡できそうにないわね……」

 

「さっきの爆発はただの爆発じゃないみたいです。多少なりに魔力を感じました」

 

「つまり他に敵さんがおるってことかいなー」

 

「バーサーカーさんが抑えている敵もいるはずです。今日は一度戻ったほうがよいかもしれませんね……」

 

 

 まだ見ぬ敵がいる可能性を考慮して、一度撤退を進言する刹那。アスナもそれがよいと考え、ネギもそれを承諾した。とりあえず、木乃香はさよが知った、千草の目的を教えてもらおうと考えた。

 

 

「そうや! せっちゃん、さよが敵さんの目的を教えてもろーたようやえ!」

 

「何ですって? それは本当なんですか!?」

 

「は、はい。しっかりと教えてもらいましたよ!」

 

「どうしてこのかさんが襲われるか、わかりますね!」

 

「流石さよちゃん、ナイスね」

 

 

 さよは先ほど千草から教えられた情報を、仲間たちに伝える。すると仲間たちは納得と同時に、怒りをあらわにするのだった。特にアスナはキレかけていた。自分の過去と照らし合わせ、そういう生贄まがいなことが本気で許せないからだ。

 

 

「そんなことでこのちゃんを……。許さん! ……ってアスナさん……!?」

 

「…………」

 

「あ、アスナさん……!? そんなすごい顔してますけど、大丈夫なんですか!?」

 

「アスナが静かになる時は、本気で怒っとる証拠や……。あかんわー……」

 

「まるで般若みたいですよー!?」

 

 

 本気でキレたアスナは怖い。木乃香はそれをよく知っている。特にこうやって黙る時は、完全にキレてしまった時であることをわかっているのだ。このままではあかん。敵さんがぶった切られて星になりかねない。木乃香はそう考えた。だが、木乃香はそこでいい考えが浮かんだ。これこそ最大の攻撃である。

 

 

「みんな、ししょーに連絡させもろーてええー? いいこと思いついたんやけどー」

 

「……いいこと?」

 

「このちゃん、覇王さんに連絡して一体何を……!?」

 

「簡単や。あっちの目的はわかっとるんや。こういう場合、ガンガン行くんや!」

 

「ガンガン……!?」

 

「行く……!?」

 

 

 そうと決まれば話は早い。木乃香はさっそく覇王に連絡するため、一度宿泊している旅館へと戻ることにしたのだった。だが、その木乃香の計画は、アスナたちが想像していたものよりも、ずっと恐ろしいものであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 バーサーカーはアスナたちより先に天ヶ崎千草を追っていたはずだが、アスナたちが到着した時にはその姿が無かった。ではどこで何をしていたのだろうか。それは他に敵がいたからである。

 

 先ほどより少し時間を遡ると、バーサーカーは建物の屋根を使い、高速で千草が乗る電車を追っていた。しかし、京都駅にてその屋上に、一人の男を発見したのだ。

 

 それは赤い外套、白く短い逆毛の髪、そして黒い肌の男だった。そしてバーサーカーは少しだけ、自分と似たような力をその男から感じたのだ。さらにこの辺り一帯には人払いの結界が施されていた。だから敵かどうかを確認するため、その男と対峙したのだ。

 

 

「おいテメェ、何もんだ? 普通のやつじゃねぇな?」

 

「……貴様こそ何者だ?」

 

「おいおい、質問してんのはこっちだぜ? テメェは質問に質問を返せと教えられて育ってきたのかぁ?」

 

「ならば名乗らせてもらおう、私はアーチャーというものだ」

 

弓兵(アーチャー)? だがテメェ人間だろ? サーヴァントじゃなさそうだが?」

 

「ふっ、人間ではあるな。さらに言えば貴様のほうこそサーヴァントではないのかね?」

 

「ま、隠してもしょうがねぇ。その通りだぜ! オレのクラスは狂戦士(バーサーカー)さ。それ以上は教えねぇがな!」

 

「何!? バーサーカーだと!? 馬鹿な……、なぜ理性を保っている!?」

 

 

 アーチャーと名乗った男はバーサーカーのクラスを聞いて驚いた。なぜならバーサーカーのクラススキルは狂化であり、理性を無くして戦闘に特化させる能力だからだ。だが、このバーサーカーは理性を保ち、特に暴れる気が無い。つまりバーサーカーとしては異例なのだ。

 

 それもそのはず、このバーサーカーの狂化はEランクであり、特殊な効果を持っているからである。特に隠す必要のないバーサーカーは、赤い男が偽名であると悟りながらも、あえて自分のクラスをさらしたのだ。

 

 

「さあな、で? テメェここで何してんだ? 夜景の観賞なんてもんは無しだぜ?」

 

「貴様には関係の無いことだ」

 

「ほおー? つまり敵ってことでいいんだな? んじゃあ行くぜ?!」

 

「何!?」

 

 

 関係ないと言われれば、まあ敵だと思うだろう。やましいことがなければ、説明されてもいいからだ。バーサーカーはそう考え、宝具である黄金喰い(ゴールデンイーター)を持ち出した。そして、それを赤い男へと振り回す。赤い男はそれをなんとか避け、後ろへと飛び射程から逃げた。

 

 

「チッ、サーヴァントの正体がわからんが、”トレース・オン”!」

 

「それがテメェの武器って訳か! さぁかかってきやがれ!!」

 

「あまり舐めてもらってはこまるな!!」

 

 

 アーチャーはその呪文を唱えると、黒と白の剣を取り出した。これは宝具の一つであり、夫婦剣と呼ばれるものだ。その名を干将(かんしょう)莫耶(ばくや)と言う。互いに引き合う性質を持ち、投げても片方を持っていれば、自分の手元へと戻ってくる。

 

 また、投影による劣化でランクが下がっているが、本来のこの干将、莫耶は怪異のものへ大きなダメージを与えることができる。この劣化品がその力を持つかはわからないが、あるとすれば妖怪の子たるバーサーカーには弱点となりえるのだ。

 

 だが、いくら武器がすごかろうと、操るものが強くなければ、さほど意味がない。当然のようにバーサーカーに押されているアーチャーがいた。

 

 

「おいおいどうしたぁ! その程度かよ!? その白黒剣、簡単にぶっ壊れるじゃんかよぉ!!」

 

「クッ! なんて馬鹿力だ!? これでは攻撃のしようがない!!?」

 

「しかもスロォリィだぜ!! もっと根性見せてみやがれ!!」

 

「グッ!!」

 

 

 バーサーカーの怪力により、あっけなく破壊される干将、莫耶。それをアーチャーは瞬時に何度も投影し、なんとかバーサーカーの猛攻をしのいでいるのだ。

 

 このアーチャーという男は、その名の通りFateの顔である赤いアーチャーの能力を貰った転生者である。Fateのアーチャーのステータスは筋力D、耐久C、敏捷C、魔力B、幸運Eというものだ。そのステータスどおりならば、それ以上のステータスを持つバーサーカーと、普通に打ち合うのは手厳しいだろう。

 

 また、アーチャーの操る投影魔術を、完全な形で使えていないのが大きい。骨子の想定が甘いのだ。さらに言えば本物のアーチャーは、長い年月をかけて戦い続け、その経験と勘を培ってきたはずだ。つまり、このアーチャーという男がFateのアーチャーの能力を貰ったからといって、簡単に扱えるものではないのである。

 

 

「おら! その程度かよ!!」

 

「クッソ……、このままではまずい!! あれを使うしかない!!」

 

「おう、使えるもんがあんならどんどん使え!」

 

「―――――体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)

 

「それがテメェの切り札(ジョーカー)って訳か。いいぜ! 見せてみな!」

 

 

 バーサーカーは余裕であった。だからこそ、この男の切り札とやらが見てみたくなった。このままアーチャーを倒してしまっても、なんの面白みもないからだ。というかバーサーカー、完全に自分が何のために戦っているのかを忘れていた。

 

 だが、この男を抑えるという意味では、十分活躍しているといえよう。だからこそバーサーカーは詠唱を止めようとはせず、適当にアーチャーと打ち合っていた。そしてアーチャーは、その詠唱を完成させた。

 

 

その体は、きっと剣で出来ていた(So as I pray, unlimited blade works)

 

「ほおー! すげぇじゃん! こんなクレイジーなこともできるなんてよ!」

 

 

 その詠唱を終えると、そこには荒野が広がっていた。そして空には歯車が回り、荒野にはいくつもの剣が刺さっていた。これが固有結界と呼ばれる存在。これがアーチャーの心象風景。いや、特典としてもらった最大の能力といった方がよいだろう。

 

 そう、これこそがあの有名な固有結界”無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)”なのだ。これにより、外の世界から切り離されたアーチャーとバーサーカー。本来ならばこの状況となったことで、バーサーカーはアーチャーを倒さない限り、ここから出れないことになる。しかし、この状況下でさえ、バーサーカーは笑っていた。楽しそうに笑っていたのだ。

 

 

「ご覧のとおり貴様が挑むのが無……」

 

「オイオイ! さっさとかかって来いよ! これが完成しただけで満足してんじゃねぇぞ!!」

 

「何!? チィ、少しは待つのが礼儀だろうが!!」

 

 

 バーサーカーは面倒な御託など必要ない。さっさとアーチャーがかかって来ることを望んでいた。しかし、この固有結界が完成したところで、アーチャーはそれに酔いしれていたのだ。だから面倒になって、瞬時に攻撃へとバーサーカーは移った。アーチャーは少しだけでもいいから、待ってほしかったのだが。

 

 

「どうしたぁ!? 武器だけが多くても意味ねぇぞ!!」

 

「クッ! 馬鹿な!!?」

 

「これが本気かよ、つまんねぇぜ!!」

 

「ありえん……!? どうして押されているのだ!!?」

 

 

 無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)により、その結界内部の全ての剣を支配できる力を持つアーチャー。だが、その数ある剣すらも、バーサーカーには届かない。ただ闇雲に剣を飛ばすだけでは、バーサーカーの黄金喰い(ゴールデンイーター)の一振りで破壊されてしまうのだ。

 

 これが本物のアーチャーならば、届いただろう。サーヴァント同士での戦闘であり幾多の戦いを経て、その心眼に磨きをかけてきた本物のアーチャーならできただろう。

 

 しかし、このアーチャーは所詮能力だけを貰ったまがい物の転生者。この転生者を本物のアーチャーが見たらどう思うだろうか。まさか贋作者の贋作者がいるとは思わないはずだ。まさに皮肉としか思えないだろう。

 

 

「もう面倒になっちまったぜ! こいつを受けて倒れねぇなら、もう少し遊んでやるぜ!!」

 

「クッ! ソードバレル、フルオープン!!!」

 

「カートリッジリロード!! 受けろ必殺! ”黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”!!」

 

 

 アーチャーこのまま押されてはまずいと考え、焦りをこらえながらも大量の剣をバーサーカーへと飛ばした。もはや先ほどとあまり変わらぬ攻撃だが、アーチャーはこの攻撃方法が最善だと考えていた。いや、実際は物量で押し切るこの方法しか、頼れるものがないのだ。だからこそ所詮はアーチャー・エミヤの能力をもらっただけの、ただの転生者に過ぎないという訳である。

 

 しかし、その攻撃を見たバーサーカーは、瞬時に黄金喰い(ゴールデンイーター)を小刻みに振り回した。すると、その力でグリップ部分が稼動し、グリップの根元にあったトリガーが斧頭と三度ほど衝突。それにより、搭載されたカートリッジが三つ炸裂し、膨大な雷が発生したのである。

 

 そして、バーサーカーはその黄金喰い(ゴールデンイーター)を大きく縦に振り下ろすと、刃が地面に衝突し突き刺さったと同時に、膨大な雷の衝撃波が発生したのだ。さらに迸るほどの膨大な雷がアーチャーの剣を呑み込んで破壊しつくし、アーチャーへと向けられたのだった。その光景に驚いたアーチャーだが、それを見て即座に防御へと回った。

 

 

「”熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”!」

 

「盾も使えんのかよ! ならば突撃あるのみだぜ!!」

 

「な、にぃ!?」

 

 

 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)とは飛び道具に有効な七枚の盾である。だが、このアーチャーの使う熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)では、バーサーカーの黄金衝撃(ゴールデンスパーク)を耐えるのが精一杯だった。一撃で七枚すべての盾を破壊された直後、カートリッジを二つほど炸裂させアーチャーの目の前で、その斧を振り上げるバーサーカーがいたのであった。

 

 

「余所見してんじゃねぇぜ!! ”黄金喰い(ゴールデンイーター)”!!」

 

「が、ぐあああああ!!?」

 

 

 カートリッジ二つ分の雷が上乗せされた黄金喰い(ゴールデンイーター)が命中し、吹き飛ばされるアーチャー。アーチャーは何とか直撃を回避したものの、その雷の衝撃だけは受け止められず、大きなダメージを受けてしまった。

 

 そしてその一撃で、もはや戦闘不能となってしまったのだ。なんとかギリギリ立ってはいるが、もはや戦闘などできそうな状況ではなかった。

 

 するとアーチャーが戦闘不能となったせいか、固有結界が解除され景色が戻った。その戻った景色でボロボロのアーチャーが見たものは、ネギが放った魔法に捕まりかけている千草だった。

 

 

「”トレース・オン”、さ、させん!」

 

「何!? 野郎!!」

 

 

 アーチャーはその眼下に映る階段へ剣を一本投擲し、”壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”を使ったのだ。するとネギの魔法は吹き飛ばされ、消滅していった。それを確認したアーチャーは、転移魔法符を使い逃げていったのだ。

 

 このアーチャー、完全なる世界のメンバーであり、抜けたフェイトの穴の補充として、この京都に来ていたのである。アーチャーに今の攻撃をさせたことや逃がしたことを、うかつだったとバーサーカーは思った。最後の最後でしくじったと。

 

 

「ケッ! 逃げやがったか!! まあいいかあ……、大将たちに怪我はないみてぇだしな」

 

 

 だがバーサーカーは、とりあえずアーチャーを撃退したことで、それをよしとした。またバーサーカーは下の階段で、相談している刹那たちを見た。攫われた木乃香をしっかり助けられたようだし、とりあえずは問題ないとしたのだ。

 

 そして刹那たちは宿泊施設へと戻るようだったので、霊体化してのんびり帰ることにしたのだ。だがそののんびりしたせいで、まさか取り残されるとになろうは、この時バーサーカーは思っても見なかったのだった。

 




ネギま版式神は、札の文字で何を出すか決めれるみたいですね


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二十八話 大鬼神

テンプレ69:大鬼神を仲間にする


 京都、修学旅行で宿泊している旅館。その近くの橋で、一人の少年と四人の少女たちが待ち合わせをしていた。アスナと刹那、木乃香とネギ、オマケにさよだ。

 

 彼女たちは一度部屋へと戻りしっかりと私服に着替えて、ある人物を待っているのだ。焔はやはり戦力外であると考え、部屋で待つことにした。そしてその待っている人物はただ一人、覇王である。と、そこへS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に乗って飛んでくる覇王がいた。

 

 

「やあ、みんな。待たせたかい?」

 

「ぜーんぜん待っとらんよー! むしろゴメンなー、こんな夜遅くに連絡して来てもろーて」

 

「いえ、むしろ早いと感じるぐらいです」

 

「しかし、いちいち登場が派手ねえー」

 

「覇王さん、その精霊はやっぱりすごいですね!」

 

「あわあわ、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)さん、こんばんわー」

 

 

 覇王は木乃香から連絡を受けて、ひっそりと宿の部屋から抜け出してきたのだ。というのもこの覇王、実は寝てないのである。一応念のため、すぐに動けるようにしておいたのだ。本当に素直じゃないやつである。そして覇王が来たので、木乃香は先ほどの出来事を説明し、協力を求めたのだ。

 

 

「ふうん、そういうことがあったのか」

 

「そうなんやよ。でもウチ頑張ったんよ?」

 

「頑張った、ねえ。さて、どうするかな」

 

「む、ししょー褒めてくれへんの?」

 

「ハハハ、この程度の敵を撃退したぐらいで、強くなったと思われては困るよ」

 

 

 この覇王、実は木乃香が成長したことを嬉しく思っていた。だがあえて、こういうことを言っているのだ。少しばかり強くなったことで、安心してはならないと言っているのである。というかはっきり言って、ただ素直ではないだけなのだが。

 

 

「うー、ししょーのケチー! いけずー!」

 

「何とでも言うがいいさ。まあ、頼みぐらいなら聞いてやるよ」

 

 

 そして木乃香も、この程度で褒めてくれる覇王ではないことをよく知っている。だからケチとは言うものの、さほど気にはしないのである。だが、ほんの少しだけ寂しさを覚えていた。しかしそこで、覇王のその言葉を聞いて、木乃香は元気を取り戻したのである。

 

 

「あ、ありがとー、ししょー。ほな今からウチの作戦を説明するわー。さよー」

 

「はい! 敵さんの目的はこのかさんの魔力を使って、リョウメンスクナとかいうのを復活させるようです!」

 

「へえ、まあまあやることは、やろうとしていたんだね。あのまま馬鹿なことだけを、やってくるだけじゃなかったんだ」

 

 

 千草たちの作戦は、あまりに単純であった。木乃香の膨大な魔力を使い、リョウメンスクナを復活させることだ。そして、その木乃香の魔力でリョウメンスクナを操り、西を支配し東に復讐することなのだ。だからこそ、木乃香はこう考えたのだ。

 

 

「そうなんよ。だから、先にそのりょーめんすくなを倒してしまうんや!」

 

「は? こ、このちゃん……!?」

 

「な、何でそうなるの!?」

 

「え、ええー!?」

 

 

 その作戦に誰もが驚いた。驚かない訳が無い。突拍子な作戦だったからだ。だが木乃香は真剣そのもの。自分の魔力を使ってリョウメンスクナの封印を解いて操るなら、自分の魔力を使って復活させて、さっさと倒してしまおうというものなのだから。だからこそ覇王に協力してもらおうと思ったのだ。

 

 あの千草が赤蔵の小僧すら倒せると考えていたリョウメンスクナである。だが敵の言葉より、ずっと弟子として側にいた覇王を信頼するのは当然のことだった。

 

 だからこそ、覇王ならばそのリョウメンスクナを倒せると木乃香は考えたのだ。そして、このガンガン行く恐ろしい作戦に、覇王だけはとても愉快そうに笑っていた。

 

 

「ハハハハハハハ! 面白いよ木乃香! 君がそんな面白いことを考えるなんてね」

 

「だからししょーに協力してもらいたいんやけど」

 

「フフフハハハ、いいよ。面白そうだ、その提案を呑もうじゃないか」

 

「流石ししょーや! きっとそう言ーと思ーたわー!」

 

 

 木乃香は覇王を信じている。きっと協力してくれると期待していた。覇王もまた、木乃香を信じている。きっと敵を撃退すると期待していた。だからこそ、覇王は木乃香の提案を簡単に呑んだのだ。

 

 

「このちゃん……大丈夫なんでしょうか……」

 

「シャーマンになると、ああなるのかしら……」

 

「つまり、一体何どうするんです!?」

 

「このかさん、楽しそーですね」

 

 

 しかし周りは本気でドン引きだった。こんなイケイケな作戦に、アスナも刹那も完全に疲れた顔をしていた。ネギはもう何がなにやらわからないようであった。だがさよだけは、木乃香が楽しそうだなあーと、やはりのんきであった。

 

 そして、その作戦をさっさと終わらせるために、覇王はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に全員乗せて、そのリョウメンスクナが封印されている祭壇へと飛んでいくのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 湖に浮かぶ巨大な岩。そこにはリョウメンスクナが封印されている。”原作”ならば、もう少し後にここまでやってきて、ネギがフェイトと激戦を繰り広げるのだ。だが、その数日も前に木乃香が自分から、この場所へとやってきたのだ。

 

 ”原作”では戦いにより騒がしかった場所ではあるが、今は何も無くとても静かであった。念のため、人払いと認識阻害の結界符を周囲に張り、外界とこの祭壇とを分離させた。そして、とりあえずどうやってリョウメンスクナを復活させるか、全員で考えていた。

 

 

「ウチの魔力で復活させるんやろーけど、どうするんやろなー?」

 

「何か呪文のようなものが必要なのでは?」

 

「覇王さんはそういうの知ってるの?」

 

「まあ、知らないことは無いよ。はっきり言って長いけど、儀式ならしてやるさ。じゃあ木乃香、その祭壇の上に座っててくれないか?」

 

 

 覇王は1000年前から存在する大陰陽師である。ある程度京都のことは熟知していた。それはこのリョウメンスクナの封印を解く儀式も、知識として持っているということであった。

 

 

「とりあえずウチの魔力で復活させるんやな?」

 

「そうなるね。少しダルいかもしれないが、まあ耐えてくれ。君が考えたことだからね」

 

「わかったえ! ししょーにまかせる!」

 

 

 そして覇王がリョウメンスクナ復活の呪文を詠唱した。木乃香の魔力を使って、復活させるのは”原作”と変わらない。

 

 だが別に木乃香が生贄まがいの姿で強制的に魔力を使われている訳ではない。木乃香自身がそれを望み、覇王がその儀式にて、あえて木乃香の魔力を用いた復活を選んだからだ。そこで覇王は儀式発動の術を使った後、儀式を始めた。

 

 

「―――――高天の原に神留りまして……」

 

「このか、何かあったら言いなさいよ?」

 

「このちゃん、無理をなさらずに」

 

 

 覇王が詠唱を始めると、天まで貫く光の柱が木乃香から発されていた。膨大な魔力の光だろう。アスナも刹那も木乃香の心配をし、声をかけていた。

 

 

「んっ、何か変な感じや……。みんな心配してくれてありがとー」

 

「このかさん……」

 

「うわ! このかさん、私のような幽霊にならないでくださいねー……」

 

 

 またさよは、木乃香がこの光で幽霊のようにならないか、気が気ではない様子でオドオドと落ち着かない様子だった。そしてネギも、木乃香に何が起こっているのかわからず、とても不安を感じていた。その儀式の中、木乃香はこの儀式に何か奇妙な感覚を体で感じながらも、みんなに心配されて嬉しく思っていたのだ。

 

 その長い長い詠唱、ひたすらにその詠唱唱えながら、儀式を目を瞑り遂行する覇王。木乃香はその覇王を信じて身を任せていた。そして、その長い詠唱を、終えるときが来たようだ。

 

 

「―――――生く魂、足る魂、神魂なり……!」

 

「眩しーわー」

 

「す、すごい……」

 

 

 長い詠唱が終わると岩から巨大な光の柱が発せられた。そして、その後にリョウメンスクナが封印されている岩から、光に満ちた巨人が現れた。

 

 四本の腕に後頭部に二つ目の顔を持つ鬼神。これこそがリョウメンスクナノカミ。千六百年前に打ち倒された、飛騨の大鬼神の姿であった。

 

 その巨大な岩から半身のみが出現する中途半端な状態にも関わらず、その巨大さに威圧を感じるほどであった。覇王以外はその巨大さと禍々しさに驚きの声を出していた。

 

 

「これがりょーめんすくなかー……おーきーわー……」

 

「こ、これが……!」

 

「あいつら、このかを使って、これを操ろうとしてたって訳なのね……!!」

 

「な、なんて大きさなんだ……、僕の魔法じゃ太刀打ちできるかわからないほどです……!」

 

「前鬼さんや後鬼さんよりもずっと大きい!?」

 

「ふうん、流石大鬼神と呼ばれるだけはある」

 

 

 だがやはり覇王はこの姿を見ても余裕の表情であった。また木乃香は、リョウメンスクナの封印解除に魔力を使ったため、少し疲れてしまったようだ。体をふらりとふらつかせ、近くに寄ってきた刹那に抱きつく木乃香だった。その姿に、周りはとても心配していた。

 

 

「こ、このちゃん、大丈夫ですか!?」

 

「ちょ、ちょっとこのか! フラフラして大丈夫なの!?」

 

「このかさん!?」

 

「ししょー、ちょっと疲れてしもーたわ……」

 

「こ、このかさん! 死なないでくださいよー!?」

 

 

 みんなに心配されながらも、大丈夫だと笑顔を見せる木乃香。この仲間たちに心配されることを嬉しく思いながらも、心配しなくても大丈夫だという表現なのだ。また、木乃香は今の自分を見つめる覇王の目が、普段よりも優しいと感じていたのである。

 

 

「……木乃香、ここは僕に任せるんだ。すぐ終わらせよう」

 

「うん、全部ししょーに任せてしもーて、ごめんなー……」

 

「気にする必要はないさ。木乃香も立派に敵を撃退したみたいだしね」

 

「わー、ししょーに褒められたえ」

 

 

 覇王は木乃香が捕まったことを知っていた。だがあえて何もしなかった。それは木乃香の試練であり、これを乗り越えなければシャーマンとしても長の娘としても、やっていけないと考えたからだ。

 

 さらに言えば、数年も自分の弟子として教えていた自信もあった。この程度、何てこと無いはずだと考えていたのだ。

 

 そしてその考えどおり、木乃香はそれを難なく乗り越えた。さらに敵の目的すらも暴いてしまったのだ。だから覇王は素直ではない言い方だが、ここに来てようやく木乃香を褒めてたのだ。だからこそ木乃香の計画に賛同し、本気を出す気になったのだ。

 

 

「さて、明日も早い。せっかくの修学旅行、眠いまま過ごしたくは無いだろ?」

 

「ししょー、頑張ってーな」

 

「覇王さん、お願いします……」

 

 

 刹那は木乃香を抱え、祭壇から距離をとった。アスナもネギもそれの後を追って距離をとる。そして木乃香は刹那とアスナに支えられ、そのリョウメンスクナの近くでたたずむ覇王を眺めるのであった。

 

 だがリョウメンスクナは木乃香の魔力で制御していた。すなわち暴走が始まろうとしていたのだ。しかし、その程度、この覇王の前では、意味の無いことであった。

 

 

「さあ、久々の本気と行こうか……。O.S(オーバーソウル)S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)……」

 

 

 まさにこの時こそがふさわしい。この時だから使う。この状況だからこそ見せてやる。覇王が誇る最強のO.S(オーバーソウル)、黒雛。最初から本気だった。一撃で終わらせるなら終わらせてやろう。覇王はカギにそう言った。だからこの場で終わらせてやろうと思った。それに、明日も修学旅行だ。眠いまま過ごすのはつらいだろうとも思ったのだ。

 

 

「あれはししょーの最終形態や、本気の本気や……!」

 

「あれが覇王さんの本気……」

 

「覇王さん、やっちゃって!」

 

「精霊を身にまとっている……!?」

 

「とても大きな巫力を感じます……!」

 

 

 その覇王の黒雛を見た仲間たちは、そのすさまじさに驚いていた。あの巨大なS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を圧縮して体にまとい、徐々に空高く浮いていく覇王の姿に、誰もが感想を言葉にしていた。そして誰もが黒雛から、覇王からとてつもない力を感じていた。そこで覇王は、本気で一撃にて終わらせる行動に出た。

 

 

「ハハハハ、リョウメンスクナノカミ。お前に恨みなどない。だが弟子のためだ、潔く滅べ」

 

 

 覇王がその言葉を出した瞬間、背中にある二本の蝋燭が肩に垂れかかるように下がった。そしてその蝋燭が開くと、チリチリという音と共に、すさまじい熱量が発生した。これこそが黒雛の最強の攻撃。最強と称される由縁。覇王はその技名を、死刑宣告するように述べた。

 

 

「”鬼火”」

 

 

 鬼火。それは黒雛の背中に搭載された、二本の蝋燭から発射される超高密度の炎弾。その破壊力は霊力47万を誇る超大型O.S(オーバーソウル)アザゼルさえも、一撃で爆破するほどの威力である。

 

 その鬼火がリョウメンスクナに命中すると、爆発と共に炎の柱が上がり、リョウメンスクナは一瞬にして消滅してしまった。なんというあっけなさ、なんという幕引き。またしても一撃。リョウメンスクナでさえ、一撃で終わってしまった。

 

 いや、当然の結果であった。あのアザゼルさえも一撃でしとめる鬼火だ。この中途半端な復活状態のリョウメンスクナが、耐えれるはずも無いのである。

 

 そして炎上した炎が消え去ると、覇王はリョウメンスクナが封印されている岩へと降り、黒雛を解除した。そこで覇王はリョウメンスクナの魂を呼び覚まし、ヒトダマモードとなったリョウメンスクナが覇王の前に出現したのだ。

 

 

「お前がリョウメンスクナの魂だな?」

 

「いかにも、我がリョウメンスクナなり、しておぬしは一体……」

 

「今さっき、お前を倒した陰陽師だ。お前に三つ、選択をやろう」

 

「ぬう、あの力を操るものか……。してその選択とやらは?」

 

「なに、別の場所で封印されるか、僕の持霊となるか、さもなくばS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に喰われるかだ。さあどれを選ぶ?」

 

「その後ろのものが、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)というものか……!?」

 

 

 その覇王の後ろには巨人としてO.S(オーバーソウル)されたS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が立っていた。威圧するように、脅すように立っていたのだ。

 

 また、覇王はリョウメンスクナを倒して封印しただけでは、また同じことが起こると危惧したのだ。だから別の場所にこっそり移すか、自分が持ち歩くか、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に喰わせて消滅させようと考えたのだ。

 

 しかし、半分は自分の持霊となってもらいたいという部分もあるのだ。そこでリョウメンスクナが選んだのは、二つ目の選択だった。

 

 

「……このまま封印されるもの癪である。して喰われるのも困る。ならば選択は一つ。おぬしの持霊となろう」

 

「フフ、話がわかってくれて嬉しいぞ。リョウメンスクナよ」

 

「だが一つ条件がある」

 

「条件? できることならしてやるよ」

 

「我は封印されて長い。この今の京の都とやらを見てみたいと思うのだが」

 

「なんだ、その程度ならお安い御用さ。契約成立だな」

 

 

 覇王はリョウメンスクナさえも持霊としてしまった。飛騨の大鬼神が覇王の持霊となれば、さらに強力なカードとなるだろう。はっきり言えば過剰戦力にほかならない。

 

 しかし、500年前の敗北のことを考えると、このぐらいしておかなければならないと、覇王は考えているのだ。そこでリョウメンスクナは、聞いていなかったことを思い出しそれを聞いた。

 

 

「うむ、だがおぬし、名を聞いてなかったな。主となるおぬし名はなんと申す?」

 

「覇王、陰陽師にしてシャーマンの赤蔵覇王だ。これからよろしく頼むぞ、リョウメンスクナ」

 

「覇王殿か、理解した。では、覇王殿について行くことにするとしよう」

 

 

 覇王はリョウメンスクナを持霊にすると、悠々とS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に乗り、自分を待つ仲間の下へと戻った。

 

 そして木乃香とさよ以外の仲間たちは、リョウメンスクナを仲間にしたことに、ドン引きしていた。当たり前である。誰もが驚き、すさまじいほどの奇妙な顔をしていたのであった。

 

 

「流石ししょーやなー」

 

「流石というか、なんと言うか……」

 

「あの鬼神を仲間にしちゃったんですか……!?」

 

「でたらめ系術師シャーマン、ほんとにでたらめねえ……」

 

「あ、私このかさんの持霊の相坂さよと言います。これから持霊同士お願いします」

 

「そんな目で見られると悲しいんだけど。木乃香の計画の穴を埋めてあげたのにねえ」

 

「ほう、人間霊ではなく精霊であるか。こちらこそ、よろしく頼む」

 

 

 いやはや、ここでのんきにしているのは、もはや木乃香とさよぐらいであった。さよはリョウメンスクナに挨拶するほど、余裕だった。というか挨拶しないと気が済まないのだ。友人となるなら、まず挨拶。これこそが友人を作るための秘訣だと、さよは思っているからである。

 

 その他の仲間は、デタラメすぎる、バグシャーマンと思っていた。思わないほうがおかしいのである。なんということか、修学旅行一日目にして、すでに京都の重要イベントが終わってしまった。

 

 とりあえず明日も修学旅行だし、人払いの結界を破棄しながら、旅館へ帰って寝ることにした一同であった。

 

 ……ちなみにバーサーカーは、おいていかれてグレていた。いや、のんびりして帰ってきたら誰もいないのは、流石にグレる。刹那も教えてあげればよかったのに、うっかりしていたのだ。仕方ないので、今度その穴埋めをしようと思う刹那であった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここで突然ではあるが、あの場にいた人物は覇王たちだけではなかった。黒い髪、犬耳の少年、犬上小太郎。彼は木乃香たちがなにやら不穏な動きをしているのを察知して、追跡していたのだ。

 

 そして、なぜかリョウメンスクナが封印されている祭壇へとやってきたのを不審に感じ、とりあえず千草を狗神を使い呼び寄せた。そんでもって、その祭壇の近くの木陰で、こそこそと覇王たちの様子を見ていたのだ。

 

 しかし、そこで見たものは恐ろしい何かだった。恐ろしすぎた。というかここまでするか普通というものだった。

 

 

「ちぐさの姉ちゃん、あいつら頭どーかしとるで……」

 

「そ、そーやな……。どーかしとる……」

 

 

 二人はその光景を見て、ドン引きだった。なぜなら覇王がリョウメンスクナを復活させ、あっさり倒してしまったからだ。

 

 いやはや自分たちがやろうとした計画をそっくり真似された上に、その場でそれを倒されるなど誰も思うまい。しまいにはその倒されたリョウメンスクナが連れ去られてしまったのだ。

 

 また千草は、リョウメンスクナさえ復活できれば、あの覇王すらも倒せると考えていた。だが実際は一撃で倒されてしまったのだ。これほどの覇王の行動に、もはや顔が青ざめ、生きていてよかったとさえ思う二人であった。

 

 

「あれ、あかんで……。戦わんで正解やった……」

 

「ウチらがたとえ計画を成功したとて、あの赤蔵の次期頭首に一撃でやられとったんやろな……」

 

 

 あの戦闘マニアの小太郎ですら完全に引いてしまい、戦わなくてよかったと言うほどの、凶悪ぶりだった覇王の黒雛。実際、覇王は別にO.S(オーバーソウル)などなくても、佐々木小次郎の技能で近接戦闘さえもこなせるバグぶりなのであるが。

 

 また、千草はうまくリョウメンスクナを支配できたとしても、あの覇王にどの道一撃でぶっ倒されたと思うと、何かむなしくなったのだ。ここまで完膚なきまでにボコボコにされてしまうと、千草も流石に何もかもが、どうでもよくなってしまったのである。

 

 

「あー、なんかもうどーでもよくなってきおったわ……。こうもあっさり計画を台無しにされてもーては、色々どーでもよくなってしまうわ」

 

「う、うん。そやな……」

 

「小太郎はん、明日長の前で土下座するでな……。きっと説明したら許してくれるはずや……」

 

「そ、そーしよか……」

 

 

 そして次の日、詠春の前で綺麗に土下座する小太郎と千草がいた。さらにその話を聞いて、娘が遠くへ行ってしまったと感じた詠春も、どこか遠くを見つめていたという。

 

 なんやかんやで、ただボコられただけの千草と何もせずに終わってしまった小太郎は、罰として数日間は反省部屋に入っておくよう言われたのであった。

……だが月詠は”原作どおり”いつの間にか消え去っていた。

 

 

…… …… ……

 

 

持霊名:リョウメンスクナノカミ

霊力:45万

媒介:刀、物干し竿

 

 




これにて一件落着!
攻撃を待つだけが戦いではない


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二十九話 ネコとカメラ少女

テンプレ70:ネギとのどかが仮契約


 修学旅行二日目。さて、もうすでにリョウメンスクナは倒されて、ぶっちゃけ京都はもう安全である。

安全な修学旅行となった中、のどかがネギにアタックを仕掛けていた。ちなみにのどかの班、つまり原作だとアスナと同じだった班は、木乃香以外の図書館探検部、それとザジと春日美空を入れて5人である。その5人とネギは行動を共にしていたのだ。

 

 なお、あの茶々丸もこの修学旅行へやってきており、マスターであるエヴァンジェリンから京都の菓子を買って来いと命令されている。そしてエヴァンジェリンは『京都ならもう見飽きた』と言っていた。しかし、実はちょっぴり行きたかったらしい。

 

 

 という訳で木乃香やアスナの班は、安全となったのでネギと共に行動する必要はない。だから別行動をしているのだ。この修学旅行二日目は奈良である。バーサーカーが突然鹿としゃべったり、またがったりしていたが、刹那は見てみぬ振りをした。当たり前である。普通に考えて恥ずかしい。あれが自分のサーヴァントとか、思われたくないだろう。いつのまにやら鹿の軍団長となったバーサーカーを置いて、刹那たちはさっさと寺を見て回っていた。そして肝心の覇王たちは、その後ろで爆笑していた。バーサーカーバカだなーと思っていた。

 

 

「いやあ、バカだなあ彼は。本当にバカだね」

 

「動物会話ぱねぇ……」

 

「鹿しかいないのにバカとはこれいかに……」

 

 

 地味にバーサーカーにひどい三人であった。バーサーカーとて、そこまでバカではない、と思いたい。そんな感じで、とりあえず奈良の見物は終わっていった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは修学旅行の宿泊施設。ネギは”原作どおり”のどかから告白され、知恵熱で倒れた。カギはそれをとても複雑に思いながらも、いどのえにっきが必要だと考え、しかたなくそうさせていた。ネギはとても悩んだ。自分は年的には10歳だが、一応身分は教師である。生徒と教師の禁断の愛など、あっていいものかと。しかし、悩めど悩めど答えはでない。だからアスナに相談したのだ。

 

 

「別にいきなり恋人になる必要なんてないじゃない。友達からはじめてみたら?」

 

「そ、そうでしたね……。ありがとうございます!」

 

 

 なんと簡単に答えを教えてくれたのだ。というか告白されたからと言って、無理して付き合う必要はない。ダメならダメで断る勇気も必要だ。だが、ネギはとても優しくそれができない。だから断る訳でも無く、付き合うわけでもない、現状維持の方法を、アスナが教えたのだ。とりあえず、その場は丸く収まった。だが、それをスクープとして狙うものがいた。

 

 朝倉和美。桃色っぽい髪、短いポニーテールの少女である。自称麻帆良のパパラッチであり、カメラを片手に常にスクープを追い求めている。そんな少女に目をつけられたネギは、和美に後をつけられていることも知らず、ふらりと施設の外へと出た。だが、特に何もすること無く、ぼーっとしていたのだ。のどかの告白の件が丸く収まったので、安堵していたのである。

 

 と、そこにネコが道路に飛び出し、車に轢かれそうになったのだ。ネギはそれに気がついたが、遅かった。そこへカギものこのことやってきたが、特に何もしなかった。実はこのカギ、ネギが和美に魔法をバラすかどうか、確認しに来ただけでなのである。しかし、そこでネコを助けたのは、第三者だった。明らかに知らない人、いや人ですらなかったのだ。

 

 

「お前さん、こんなところを歩いていると危ないよ。さ、行きなさい」

 

 

 それはまたもやネコだった。ただのネコではなかった。尻尾を二つ生やし、二本足で立ち、着物を着たネコだった。魚ではなく、キセルを咥えたネコであった。

 

 ネギもカギも驚いた。ネコがしゃべって二歩足で立っているからだ。だがネギは、そういうこともあるかと思った。昨日の出来事と告白のショックで、感覚が麻痺っていたのだ。まあ、オコジョ以外にもネコの妖精も居るので、それだろうと考えてしまったようだ。

 

 それでネギはネコが助かったことに安心し、また旅館へ戻ってしまったのである。そして当然、それを見た和美も驚いた。こんなネコがいるなど、普通じゃありえないからだ。だから声をかけたのだ。

 

 

「あ、アンタ一体何者!?」

 

「おや? 小生が見えるのですか? ふむ、面白い人だ」

 

「み、見える……!?」

 

 

 このネコ、ねこまたである。普通の人間には見えない霊的な存在である。それが見えるということは、その時点で特殊な力を持つということだ。だが、逆を言えば危険と隣りあわせということになる。自縛霊などに、それを察知されて攻撃される可能性があるからだ。してこのネコ、自分が見えるというところに珍しさを感じ、少し話してみようと思ったのだ。

 

 

「申し遅れたが小生、名をマタムネと申す。以後お見知りおきを」

 

「あ、これはどーも。私は朝倉和美って言うもんさ」

 

「朝倉……? 小生の主と似た姓をお持ちとは、これも何かの縁。そちらの都合が悪くなければ、少しお前さんに付いて参ろうと思うのですが、よろしいかな?」

 

「え?! 一緒に来るの?そりゃ大歓迎だよ!」

 

「それはよかった。して、どこで何をなされているので?」

 

 

 このねこまた、マタムネと名乗った。―――――マタムネ。シャーマンキングにて、主人公麻倉葉の初めての持霊である。そして、大陰陽師麻倉葉王が作り出したO.S(オーバーソウル)でもあるのだ。つまり、この世界のマタムネもまた、葉王の特典を持つ赤蔵覇王から作り出されたO.S(オーバーソウル)なのである。ゆえに、赤蔵と朝倉の姓が似ている部分もあり、さらに霊が見えてしまっている和美に少し興味を持ったのであった。

 

 原作にて、この和美は幽霊のさよと友達となり、共に旅をする仲となる。ある時期から常に隣の席に座るさよを、見えるようになるのだ。つまり、そういう才能があったということである。というか、隣の席で現在精霊となったさよとは、仲良くやっていたりする。だからこそ、このO.S(オーバーソウル)たるマタムネを見ることが出来たのだ。

 

 

「つまりこの京の都には、修学旅行でやってきているということですかな?」

 

「うん、そのとおり! いやー面白い出会いが出来てよかったわ!」

 

「お、おいテメー一体何モンだ!? なんでそんな姿してやがる!? 転生者か!!?」

 

「兄貴、ありゃ多分動物霊だぜ?!」

 

 

 そのマタムネの姿を見て驚き、騒ぎ出したカギとカモミール。カギはマタムネの姿に、転生者だと勘ぐっていた。そしてカモミールは、ネコの霊だと思ったようだ。突然カギがやってきて、マタムネにいちゃもんをつけていることに、和美は困惑していた。

 

 

「か、カギ先生!? それとそこのオコジョがしゃべってるのは!?」

 

「いやはや、この小生も、一応ネコとして話しているはずですが?」

 

「あ!? そ、そういえば!?」

 

 

 さらに突然オコジョがしゃべりだし、和美は混乱した。しかし、マタムネも一応ねこまた、ネコとしてしゃべっているようなものだと説明した。まあ、実際は霊であり、動物ではないだが。

 

 

「小生、お前さんが思うような存在ではない。故に答えよう、我が主は赤蔵覇王様である」

 

「何!? あ、あの野郎かよ!!」

 

「あの謎の兄貴ですかい!?」

 

「え!? 何々!? 面白いことそれ?!」

 

「おや、覇王様をご存知で?」

 

 

 この話を聞いてカギは驚いた。だが納得もした。赤蔵覇王がハオの特典ならば、確かにマタムネが居ても不思議ではないからだ。またカモミールも同じく、その主の名を聞いて驚いた。まさかこのような動物霊をも使役しているとは思っていなかったのだ。しかし、それに興味津々の和美が騒いでいた。

 

 

「だったら俺様は関係ねぇや! じゃあな!」

 

「ああ!? ま、待ってくれ兄貴ぃぃー!!」

 

 

 カギはマタムネの質問に答えることなく、さっさと旅館へ戻っていった。敵でなければどうでもよかったからである。なんという失礼なやつだろうか。その立ち去るカギを見ていた和美が、今度はマタムネを見て質問した。

 

 

「ねーねー、あのオコジョもだけど、何でアンタ、いやマタっちもしゃべれる訳!?」

 

「ふむ、あのオコジョのことはどうでもよいとして、小生が言葉をかわせるのは、ねこまたですので」

 

「ねこまた!?」

 

 

 このマタムネ、1000年前に覇王から巫力と媒介を得て、O.S(オーバーソウル)として存在し続ける存在。その正体は御霊神である。過去の京都の門を守護する役目として、鬼の御霊神を使えた覇王。それと同じ力を使い、マタムネを御霊神として召し上げたのだ。1000年もの間、赤蔵家に仕える持霊なのだ。

 

 

「小生、かれこれ1000年もの間、こうやって霊をやっているのですよ」

 

「え?! れ、霊!!? つ、つまりもう死んでるって事!?」

 

「そういうことになりますかな。だからこそ小生が見える和美さんに、少し興味が沸いたのです」

 

「うーん、にわかに信じがたい……」

 

「では、お知り合いに会って見るとしよう。きっと小生が見えぬでしょうから」

 

 

 霊と言われて信じられないと言う和美。というか隣の席に友人の霊がいるではないか。とりあえずマタムネが他人には見えないと言ったので、それの真偽を確かめるべく、適当なクラスメイトを探す和美。

 

 するとそこにあやかがやってきた。先ほどネギが生徒に告白されたことを調べてほしいと言って来た本人である。まあ、それはおいといて、とりあえずこのマタムネを紹介してみたのだ。

 

 

「あ、委員長、いいところに!」

 

「あら、朝倉さん。さっきの件はどうなりました?」

 

「そんなことよりも、このネコを見てよ!」

 

「ネコ? そんなもの、どこにもいませんわ! はぐらかそうったって、そうはいきませんわよ!!」

 

「え!? ウソ!? 本当に見えてない!?」

 

「そう申したではありませんか。小生の姿は、基本見えぬものですよ」

 

 

 まさか本気で霊だったとは。しかも普通は見えないものだったとは。これには和美も驚いた。いやはや当然だろうと、マタムネは思うだけではあるが。とりあえずあやかから逃げ、自室へと戻った和美。誰も居ないようだったので、あのオコジョについても質問したのだ。

 

 

「マタっちのことはわかったからさ、あのオコジョが何なのかも教えてよ!」

 

「あのオコジョのことですか?ふむ……」

 

「何か問題でも?」

 

「さて、どうしたものかと思いましてね」

 

 

 魔法の隠蔽は基本的に人間が決めたこと。このマタムネ、ネコである。だから人間の法律には当てはまらない。しかしあのオコジョのことを話せば魔法が知れる。彼女の性格を少し垣間見たマタムネは、それを話していいやらと悩んでいたのだ。そして、あえて話さないことにしたのだ。

 

 

「……申し訳ないが、小生、あのオコジョをよく知らぬ、故に教えることはできません」

 

「うーん、そっかー。ま、本人に尋ねればいいかなー!」

 

「そうしてもらえると、ありがたいものです」

 

 

 マタムネは教えなかった。あのオコジョ妖精のことを。魔法のことを。また和美も残念には思うが、話せるオコジョなら聞けばよいと思ったのだ。そこでマタムネはオコジョ妖精や魔法ではなく、そのお詫びに自分の旅の話を和美にしたのだ。

 

 それはとても面白いもので、和美は喜んで聞いていた。そして、そのオコジョ妖精カモミールから、魔法のことを知った和美は、あるイベントを開催しようと企てるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 夜、就寝時間が過ぎたころ、三年A組はまだまだ元気であった。そこで和美がゲームを企てた。その名もくちびる争奪!ラブラブキッス大作戦!である。

 

 だがこれは、カモミールが一枚かんでいた。いや、カモミールこそが首謀者だと言っても過言ではない。このゲームはネギやカギの唇を奪い、キスをするというものである。実際はカギがこれが仮契約のチャンスだとカモミールに話したことも理由の一つにあるのだ。

 

 しかしその実態は、従者を大量に作り出し、仮契約カードを量産することにあった。オコジョ妖精は、仮契約カード一枚につき、5万オコジョ$が支払われるのだ。

 

 つまり、悪い言い方をすれば自らの私腹を肥やすために、生徒たちを餌にするというものだった。と、カモミールと和美が談義しているところに、マタムネがやってきた。

 

 

「なにやらその低俗オコジョが、つまらぬことを企んでいるみたいですね」

 

「な! さっきの動物霊!!」

 

「マタっち、そんなつまらないことじゃないよ!」

 

 

 和美はマタムネにこのゲームの内容を教えたのだ。カモミールはマタムネに教えることを、あまりよく思っていなかったようではあるが。また、マタムネはこの旅館の周囲に魔方陣があることを、すでに察知していたので、何をしようとしているのかがわかったのだ。だから、その話を聞いた後、マタムネは多少窘めるように話したのだ。

 

 

「和美さん、その低俗オコジョの口車に乗ってはなりませんよ」

 

「え!? ど、どういうこと!?」

 

「おい! 突然何を言い出しやがんだ!!」

 

「今行おうとしている遊戯は、お前さんの友人を売ることとなるであろう。それで本当によいのですか?」

 

「ゆ、友人を……売る……!?」

 

「そのとおり。この遊戯、そこの低俗オコジョの私腹を肥やすためのもの。お前さんには関係の無いこと。できれば後悔のない選択をしてもらいたいと、小生は思います」

 

「後悔の無い……選択……」

 

「姉さん! こいつの言葉を気にする必要はありませんぜ!! 俺らは一応兄貴や旦那のためにもやらなきゃならねぇんっスから!!」

 

「……言いたいことは言いました。では、小生は主に会いに行くので。どうか、後悔の無い判断を……」

 

「う、うん……」

 

 

 そう言うと、マタムネはまた来た道を戻っていったのだ。今のマタムネの友人を売るという言葉に、とても大きなつっかかりを覚えた和美。そして後悔の無い選択とは一体どういうことなのか、考えていたのだ。

 

 だが、このカモミール、とても必死で説得していた。5万オコジョ$はなかなかの金額なのだ。あわよくば最低でもそのぐらい入るかもしれないのだ。このゲームを成し遂げるように、和美を説得していたのだ。

 

 また和美も、ここまでやってしまったのなら、やるしかないと踏んだようだった。そして、そのゲームが開催されたのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 旅館の屋上にて、星を眺める一人の少年がいた。赤蔵覇王。かつて1000年前、大陰陽師として名を馳せた一人の少年である。その横に、一匹のネコがやってきた。そのネコ、マタムネであった。

 

 

「おお、マタムネよ。数年ぶりか」

 

「覇王様もお変わりないご様子で……」

 

「そうか? ずいぶん変わったと思うのだがな」

 

「見た目ではございませぬ。変わっていないのは中身のほうでございますよ」

 

「そう言ってくれるか。嬉しいことを言う」

 

 

 覇王は星を眺めながら、マタムネと会話していた。またマタムネも、星を眺めながらであった。両者とも、とてもいい笑顔で話をしていた。

 

 

「世界の股旅から帰って来たのかい?」

 

「今日、久しくこの京へと戻ってまいりました」

 

「ほう、してマタムネや。なにやら面白いことになっているみたいだが?」

 

「低俗妖精の契約の陣ですか。困ったものですね……。覇王様は止めにならないのしょうか?」

 

「止めたところで何かあるわけでもなし。それに、あまり興味がない」

 

「そこも相変わらずですな。確かに、どうということはありませぬか」

 

 

 カモミールの魔方陣を覇王は知って知らぬ振りをしているのだ。この結果がどうであれ、覇王には関係が無いからだ。そして、まったく興味もないからである。マタムネも、その辺りは昔から変わらないと思っていたので、やはりとしか考えなかった。

 

 

「マタムネよ。久しく会ったのだ、巫力を分けてやろう。来やれ」

 

「ハッ、嬉しゅうございます覇王様」

 

 

 覇王はマタムネを膝の上へと招き、再び巫力を増幅させたのだ。このマタムネ、かれこれ1000年もO.S(オーバーソウル)をしている。覇王が今世にて転生した後、巫力をマタムネに与えていなかったことをお思い出した。だから覇王はマタムネに、巫力を分け与えたのだ。

 

 

「これからも、赤蔵家、ひいてはこの覇王を守っておくれ」

 

「ハッ、それは承知のこと……。して覇王様、折り入ってご相談がございます」

 

「ん? マタムネともあろうものが、どうしたのやら。申してみよ」

 

「このマタムネ、少し興味を持った少女がございます。その少女に、少し付き合ってみてもよろしいかと」

 

「マタムネや。僕はそのようなこと、気にはしない。今までどおり、好きなだけ股旅をしてみよ」

 

「ありがとうございます、覇王様。今までどおりこのマタムネ、自由に股旅をさせていただきます」

 

「久しく会わないうちに、面白い人を見つけたというわけだ……。いいではないか、出会いもまた人生である」

 

 

 覇王はマタムネの申し出を許可した。特に気にしていないからだ。今までどおり、ふらりと旅をして、ふらりと戻ってくればよいとしたのだ。マタムネも、そうおっしゃってくれると思っていた。だがやはり、そうおっしゃられると嬉しく思うのである。そして、なにやら騒ぎが大きくなり、大きな怒鳴り声とともに、その鶴の一声にて騒ぎが終わりを告げるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 朝、ネギが起きるとそこにはカードが落ちていた。そのカードは夜に遊んだトランプなのではなかった。仮契約カードのマスターカードだったのだ。ネギは混乱した。いつのまにやら仮契約をしてしまったからだ。

 

 そしてとても落ち込んだ。明らかに生徒と仮契約を結んでしまっていたからだ。今のネギにとって、これほどショックなことは無いのだ。その落ち込みぶりはすさまじいもので、仮契約を結んだのどかもその姿に罪の意識を感じざるを得なかった。

 

 夜、ネギは寝ていたのだ。というのも、安全な修学旅行となったので、特にやることの無くなったネギは、就寝時間後、寝てしまったのだ。鬼の新田と呼ばれるほどの教師が、一度怒鳴ったので流石の3-Aも事を起こさないと考えてしまったのだ。そこにのどかがやってきて、ゲームを優勝し見事仮契約カードを手に入れてしまったのだ。

 

 だからこそ、のどかもその落ち込んだネギの姿を見て、悲しい気持ちになっていた。やはり寝ている相手にキスをしたのは、卑怯だと思ったからだ。さらに、そのせいでネギが落ち込んでいるのだと、思ってしまったからだ。

 

 

 さて、このラブラブキッス大作戦!にて仮契約が行われてしまった。だがこのゲーム、アスナたちは必死に止めようとしたのである。それは魔法の隠蔽もあるし、当然ネギがちょっとかわいそうだったからだ。

 

 だからアスナはこのゲームが発覚した時、仮契約の魔方陣を真っ先に破壊しに行ったのだ。そして木乃香と刹那も、他のクラスメイトを止めようと動いた。しかし、止まらなかった。というかこの3-A、強いやつがそこそこいるのだ。

 

 それが中国拳法を操る古菲、そして忍者の長瀬楓である。彼女達を手加減しつつ相手をするのは、流石に刹那も苦労した。二人に抑えられ、動けなくなった刹那をサポートするため、その他のクラスメイトを木乃香が抑えに出たのだ。

 

 しかし、木乃香も失敗してしまう。同じ図書館探検部の夕映によって、のどかをネギの部屋に送り込まされたのだ。そして仮契約の魔方陣が破壊する一歩手前で、仮契約が成立してしまったのだ。と、いうわけで地味にアスナたちも落ち込んでいたので、ネギを励ますほどの力が残っていなかったのである。

 

 

 また、このネギとのどかの姿に、和美もショックを隠しきれなかった。正直楽しませることをよしとするが、悲しませようと思ってしたことではなかったはずなのだ。

 

 だが現実に、二人は本気で落ち込んでしまっていた。普段ならば、”ヤバいかなー、やり過ぎたかなー”ぐらいで済ます和美も、この光景にはショックだった。流石に二人がこんなに落ち込むなど、思っていなかったのだ。

 

 これには普段明るさ全開の和美も、流石に落ち込みざるを得なかったのだ。と、その落ち込んだ和美の前に、マタムネがやってきた。

 

 

「和美さん、どうでしょう? これがお前さんが選んだ選択ですよ」

 

「うん、そうだね……」

 

「後悔しないよう、あの時そう言っておいたはず。して、後悔してしまわれましたか?」

 

「うん……、ちょっと失敗したと思ってる。こんなことになるなんて、思っても見なかった」

 

「そうでしょう。だからこそ、慎重に選ぶべきでしたね」

 

「そうだよね……。マタっちの言うとおりだった……。マタっちは今ので、私なんか嫌いになっちゃったよね……」

 

 

 マタムネが忠告してくれたとおりだった。あの言葉をもっと真剣に聞いていれば。いや、理解して行動していれば、このようなことにはならなかった。

 

 だがすでに遅し、こうなってしまったからには、そのような考えも意味など無いのだ。和美はそんな自分を、マタムネが嫌いになってしまったと思い、涙を見せていた。短い間だったが、変で面白いこのマタムネを、和美は結構気に入っていた。だからであろう、この少女が涙を流すほどに、マタムネに嫌われるということは、とてもショックが大きいのだ。

 

 しかし、その返答に、マタムネは違うと答える。このマタムネ、その程度で人を幻滅したりはしないのだ。

 

 

「ふむ、そんなことはありませんよ」

 

「え……?」

 

「和美さんは今後悔したと申した。それすなわち、自分の行いを恥じた証拠ではありませんか」

 

「う、うん……」

 

「人間、誰しも生きていれば失敗するもの。ですが、それをしっかりと失敗と認められる人を、小生は嫌いになどなりませんよ」

 

「ま、マタっち……」

 

「やってしまったことに取り返しはつきませぬ。しかし、まだ取り返しが付くことがあるのではないでしょうか」

 

「……つまり……?」

 

「落ち込んだあの二人を、元気にするぐらいなら、まだ挽回できるというものです。それは後悔し、反省したお前さんのする償いでしょう」

 

 

 なんという言葉か。やってしまったことはもう変わらない。なら、その次に何をすればよいかということを、マタムネは優しく説明したのだ。

 

 和美は嬉しかった。失敗した自分を嫌うことなく、励ましてくれるマタムネに、すごく感激していた。

 

 そしてまた、カモミールもやりすぎたと感じて嘆いていた。あそこまで落ち込まれると、あのカモミールでさえ、良心が痛むのだ。

 

 

「す、すまねぇ! 動物霊の旦那!! 俺としたことが……」

 

「ほ、本当にごめんなさい!」

 

「お前さんも、わかるオコジョでしたか。しかしお前さんがた、謝る相手は小生ではないはずですよ?」

 

「そうだね、私、ネギ君と宮崎に謝ってくるよ!」

 

「俺っちも同じ思いですぁー!」

 

「それでいいのですよ。さ、行ってきなさい」

 

 

 マタムネは思う。あの妖精も、腹の奥まで悪党ではないことを。そして和美という少女も、やはり悪い娘ではなく、優しい少女だということを。だからこそ、付いていこうと思ったのだ。また、あの少女の近くにいれば、覇王の近くにも居れるだろうと、考えたのであった。

 

 その後、ネギとのどかに、和美はしっかりと謝った。カモミールは魔法隠蔽のため、ネギだけに土下座していた。オコジョの綺麗な土下座にネギは困惑していたが。

 

 そしてネギものどかもそのことに驚いたが、事情を知ったネギものどかも、安堵したようであった。そしてとりあえず、のどかにカードの使い方を教えるのを保留にし、どうするかを考えようということになったのだった。

 

 ……ちなみにカギは、このイベントでも従者を得ることは無かった。なぜかと言うとこのカギ、仮契約の魔方陣を破壊しようとするアスナを止めに入っていたからであった。そのせいで、従者が増えなかったことに、少し涙したカギであった。

 




失敗というのは……いいかよく聞けッ! 真の失敗とはッ!
開拓の心を忘れ! 困難に挑戦する事に
無縁のところにいる者たちのことをいうのだッ!


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三十話 総本山と赤蔵家

テンプレ71:兄弟キャラが敵組織へ移動

設定されたポイントへ行けばクリアになるステージで、わざわざ敵を全滅させた状態


 修学旅行三日目。本来なら京都編において、とても重要な日なのだ。しかしすでに、その重要なイベントは解消されてしまった。だから平和な一日を過ごしていた。その道中にてネギは学園長の任務を全うすべく、関西呪術協会の総本山へと足を運んだ。同じく、アスナたちも一緒に向かった。当然刹那のサーヴァントたるバーサーカーも同行したのだ。また、さりげなくカギもついていったが、誰も気にしていなかった。

 

 そして覇王も、リョウメンスクナとの約束のために京都中を回っていた。それで随分と遅くなったが、一応報告のために総本山へと赴く事にしたのだ。また、いつも共に行動する状助と三郎であったが、流石の覇王もそこへは誘わなかった。

 

 

…… …… ……

 

 

 関西呪術協会、総本山。そこは木乃香の実家でもある。それは大きな屋敷であり、流石総本山といわざるを得ないだろう。その木乃香が先導して、ネギたちはその場所へとやって来ていた。そして盛大な歓迎と共に、関西呪術協会の長である近衛詠春は、ネギたちを歓迎したのである。

 

 しかしカギはまた驚いた。おかしい、まずこの総本山へ移動しているメンバーがおかしい。本来ならもっと多くのクラスメイトと行くはずだった。少し後にネギと合流するはずなのだ。さらに、ここであの犬上小太郎が待ち構え、ネギと戦うはずだからだ。そしてのどかのアーティファクトによって、窮地を救われるはずだからだ。だが、そのようなことは起こらず、普通に通り抜けられてしまった。というか、あの金髪のあんちゃんなんでついて来たんだ?とも思っていた。これらはカギにとって隕石が落ちるほどの衝撃的事実だった。

 

 

「ようこそ、明日菜君、このかのご友人。そして担任のネギ先生にカギ先生」

 

「詠春さん、お久しぶり。なんか老けたわね」

 

「お父様! 久しぶりやー」

 

「こ、このか……」

 

 

 アスナは記憶が封印されていないので、詠春に久しぶりに会ったことを喜んでいた。また、アスナは詠春が随分老けたことに、時間の流れを感じていた。そして普段どおりに父親として接し、詠春に抱きつく木乃香が居た。だが詠春はそんな中、なぜか遠くを見ていた。なにせ木乃香の大胆な行動で今回の騒動の首謀者を、間接的に土下座させてしまったからだ。覇王君は一体何を教えたのだろうか。そう思わずには居られないほど、この詠春には衝撃的なことであった。

 

 

「このか、相当無理をしたようで……」

 

「お父様、もう知っとるんやなー。でも無理はしてへんよ! ししょーが居るんや、無理なんてあらへんよ!」

 

「そ、そうだったね……」

 

 

 詠春は本気でショックであった。あの覇王君、娘を遠くへ持っていきおった。そう思った。これはもう責任とってもらわんと困る。そう考えるぐらい、娘の変貌振りに驚いているのだ。だが実際、変貌した訳ではない。元々そんな要素が木乃香にあっただけである。ちょっとだけシャーマンとして自信をつけた木乃香だからこそ、これほどアグレッシブになったのだ。

 

 

「とりあえず、積もる話は後にしようか」

 

「そうやねー」

 

「あのー、長さん、これを」

 

 

 ネギが親子の会話が終わったと思い、そこで学園長からの親書を取り出した。それを詠春に渡し、無事任務を達成したのだ。その親書、内容が原作と同じ部分もあった。しかしそれ以上に覇王の行動が書かれていた。夜の警備で、西の術者をボッコボコにして、恐怖で纏め上げて信者にしてしまったという、おぞましい内容だった。そこでさらに顔が引きつる詠春。いやはや最近術者たちが真面目に京都を防衛していると思ったら、そういうことだったのかと思ったのだ。まあ、とりあえず任務を達成したネギに詠春は労いの言葉をかけた。

 

 

「任務御苦労! ネギ・スプリングフィールド君!」

 

「はい!」

 

「な、何かおかしいぞ。おかしい……」

 

「兄貴どうしちまったんっスかー!?」

 

 

 この光景、やはりカギはおかしいと思った。完全に原作と乖離していたからだ。いやはやおかしい、どうしてこうなっているのかと頭を悩ませていた。

 

 その親書を受け取った詠春は、今から山を降りれば日が暮れるという理由で、この総本山へと泊まることを提案していた。しっかりと身代わりを立てるので、問題ないとしたのだ。だが、ネギは一応先生なので、自分だけでも帰ろうと言ったのだ。

 

 

「僕にはまだ仕事がありますので、とりあえず戻ります。そして明日にでも迎えに来ようと思います。魔力強化で走れば、日が暮れる前に戻れそうですので」

 

「ふむ、ネギ君は真面目なんですね。わかりました、ではこの札をお使いなさい。ここに居る人に姿を変えて、身代わりになってくれるはずです。そしてカギ君はどうしますか?」

 

「ありがとうございます! ありがたく使わせてもらいます」

 

「へっ俺は一応残るぜ! 何があるかわからねぇからな!!」

 

「そうですか、ではネギ君。また明日よろしくお願いします」

 

「はい、わかりました! ありがとうございます、長さん!」

 

 

 ネギはそう言うと旅館へと戻っていった。魔力強化、いや”戦いの歌”という強化魔法で走って行ったのだ。ネギは杖さえ持ち歩いてはいないが、ギガントから貰った魔法媒体の腕輪を、現在杖代わりにしている。普段はしないが、こういう場合に備えて持っているものである。それにより、魔法を使うことが出来るのだ。そして残った、アスナの班とカギのために歓迎会が行われるのであった。

 

…… …… ……

 

 

 にぎやかな歓迎会。色々な和食が出され、アスナたちはそれに舌鼓を打っていた。木乃香も久々の実家なので、妙にテンションが高いようであった。その傍らで、チビチビと酒を飲んでいるバーサーカーがいた。流石に少女だらけの宴会に入っては行けないようだ。そんな歓迎会が行われる中、詠春は刹那を呼んだ。自分の娘、木乃香を護衛してくれたことを労うためだ。

 

 

「刹那君」

 

「ハッ、なんでしょうか、長」

 

「この二年間、このかの護衛をありがとうございます」

 

「いえ、私は別に何もしてはおりません。結局覇王さんとバーサーカーさんがほとんど解決してしまいましたし……」

 

「近右衛門殿の手紙にも書いてありましたね。しかし護衛をしてくれたのは事実です。この感謝を受け取ってもらいたいのですよ」

 

「私のようなものに、そのような言葉、もったいなく思います!」

 

「そうかしこまらなくてもよいのですよ」

 

 

 なんか護衛に行ったけど覇王が大体全部終わらせちゃってた。それが刹那の感想である。だが詠春も、しっかりと護衛を全うしてくれた刹那を、とても感謝していたのだ。同じくバーサーカーにも、後で声をかけようと詠春は考えていた。と、そこで覇王が到着したようで、詠春の前に現れたのだ。

 

 

「お久しぶりです、長」

 

「ええ、お久しぶりです、覇王君。そちらも大変だったようですね」

 

「いえ、そのようなことはございません」

 

「そして、なにやら事件を解決してしまったようで……。さらにあの大鬼神を味方につけたようですね」

 

「情報が早いようで。しかし、それは弟子たる木乃香を守るため行ったことですので、どうかお許しを」

 

「そういうことではないのです。最近のこのかが何故か遠くに行ってしまった気がしましてね……」

 

「ああ、それなら問題はございません。きっと遠くでも、うまくやっていけるでしょう」

 

 

 いやそうではない、だからそうではないのだ。詠春はそう考えた。完全にズレた思考で会話するこの覇王。しかし覇王は木乃香を弟子としか見ていないので、そういう物言いになってしまうのだ。父親として考える詠春は、とても複雑な心境であった。

 

 その会話を終えると覇王は、バーサーカーの横で食事を楽しむことにした。知り合いの男性は、詠春含めてもこのバーサーカーぐらいだからだ。状助たちは流石に呼べなかったし、話し相手がほしいのである。

 

 そこでアスナと同じ班で一緒に来ていた焔は、覇王の登場で少し恐縮したが、すぐに慣れたようで出された料理を口へと運んでいた。また、さよは二日前に覇王の持霊となったヒトダマモードのリョウメンスクナと会話していた。なんと肝の据わった娘だろうか。そんな中、アスナが詠春に話しかけた。

 

 

「詠春さん、はっきり言えば、最近のこのかはあんな感じよ?」

 

「明日菜君も元気そうですね。そして、最近のこのかとは?」

 

「麻帆良に図書館島あるでしょ? あの地下で変態を見つけるぐらいやってのけるのが、最近のこのかなのよ」

 

「変態……? あ、ああアルビレオのことでしょうか。そうか彼はそんなところに……」

 

 

 変態アルビレオ・イマ。紅き翼の最年長にて最高の変態。あのロリ吸血鬼、エヴァンジェリンに変態衣装を着せようとしたりする変態だ。それでなくても趣味が他者の人生の収集。その時点ですでに変態だとアスナは思っているのだ。

 

 そして、さりげなくアグレッシブすぎる木乃香に、アスナも手を焼いているのである。アスナと詠春がそんな会話をしているところに、木乃香の持霊となったさよもやってきた。一応友人の木乃香の、父親である詠春に挨拶をするためである。

 

 

「どーもはじめまして。私は相坂さよと言います。今はこのかさんの友人と持霊をやっております」

 

「これはわざわざ、はじめまして、このかの父、詠春です。以後お見知りおきを」

 

 

 詠春は普通に会話しているが、内心驚いていた。シャーマンとして確実に成長している木乃香に驚いているのだ。そしていつのまにか持霊を得て、シャーマンとして一人前となっていたからだ。

 

 いやはや、あの小さかったこのかはどこへ行ってしまったのか。詠春は父親として、ほんの少し寂しくなったのだ。そしてアスナは今日の汚れを落としたく思い、近くに居た木乃香にそれを尋ねた。

 

 

「このかー、お風呂借りてもいい?」

 

「ええよー、むしろみんなで入ろかー」

 

「そうね、じゃあみんなで行こっか」

 

「お風呂いいなー。幽霊だから入れないんですよねー」

 

「さよー、なら憑依合体で入ればええやん。多分やけどお風呂に入る気分だけは味わえるかもしれへんよ?」

 

「それは名案ですね! ありがとうございます!」

 

 

 木乃香は憑依合体すれば感覚が味わえるかもしれないと考え、さよにそれを提案した。膳は急げとさよをつれて、木乃香たちは風呂へと向かった。実際霊が風呂に入るならマタムネのごとく、本人の姿のままO.S(オーバーソウル)してしまうのが一番だろう。感覚があるかはわからないが。また、この総本山の風呂は大きく、数十人ぐらい余裕で入れるのだ。

 

 それを聞いたカギは、覗きをしようと考えた。しかし敵襲に備えるためにあえてやめたのだ。カギはさりげなく死亡フラグを回避していた。覗いていれば、アスナにボコられることは必至だからだ。

 

 そして娘たちが風呂へと行ったので、その間に詠春はずっと外ばかり眺めているカギに、その父親の話をしようと思ったのだ。あの千の魔法の男、ナギの話だ。

 

 

「カギ君、父親のことをお話しましょうか?」

 

「いんや、別に興味ねーしー。気にせんでくれや!」

 

「本当にそうなんですか?」

 

「親父とかどーでもいーんだよね」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 カギはナギのことなどどうでもよいのだ。なぜならほっといても、最終的にはいつの間にか復活するからだ。それに居場所も現在どうなっているかも知っている。だからカギはどうでもよいのだ。そしてカギは来る事もない敵襲を待ち構え、戦う準備をしていたのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 総本山の夜。”原作”ならフェイトがやってきて、クラスメイトを石化する。しかし、それは起こらない。というのもリョウメンスクナ復活が目的で動いていた千草は、完全にその手段を絶たれてしまったからだ。さらに言えば、その千草と仲間の小太郎は、すでに反省部屋に入っており、もう何も出来ないのである。

 

 あのアーチャーという男も、何もかも終わったと言う連絡が来たで、あの月詠を連れてとさっさと戻っていってしまったのだ。だからもう敵は居ない。だからもう戦う必要が無いのだ。

 

 

「敵がこねぇー!! どうなってやがんだよ!!!」

 

「兄貴ぃー、どうしたってんだい!? 今日は様子が変ですぜ!?」

 

「本来ならここに人形っぽいやつがやってきて、攻撃されるはずなんだ! だが誰もこねぇ!!」

 

「そうなんっスか。でも平和でいいじゃないっスかー!」

 

「いい訳ねぇだろ!! 俺が活躍できねぇじゃねーか!! くそー!! もう寝る!!!」

 

「あ、兄貴ぃー!」

 

 

 カギはもうどうにかなりそうだった。ゆえにすさまじい変な顔で叫んでいた。計画的には復活したリョウメンスクナとフェイトを同時にぶっ倒し、人気者になる予定だったからだ。

 

 しかし、誰も敵がこない。むしろ襲われる気配すらないのだ。これにはカギも参った。

 

 というのも、カギは覇王がリョウメンスクナを倒し、持霊にしてしまったのを知らないのだ。近くでさよが、ヒトダマモードのリョウメンスクナと会話していたのに、気がつかなかったのだ。いや、まさかあの巨大なリョウメンスクナが、小さなヒトダマモードになっているなど、わかるはずもなかったのである。

 

 完全に空振りしているこのカギ。もうどうでもよくなって不貞寝したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 覇王は次の日の朝、つまり修学旅行四日目に、自分の実家へ帰ることにした。そして状助と三郎も同行することになった。また朝方、ネギが総本山へとやってきて、アスナの班員を迎えに来たのだ。そして、とりあえずそのまま旅館へと帰っていった。

 

 

 そして覇王は状助と三郎を連れ、実家の赤蔵家へとやってきていた。その見た目に状助も三郎も驚いていた。

 

 

「ここが僕の実家さ」

 

「これが赤蔵家……」

 

「シャーマンキング、麻倉家と同じような感じなんだね」

 

 

 そう、赤蔵家はシャーマンキング、麻倉家とほぼ同じ作りである。覇王は家へと入り、客として二人を家へと招いた。

 

 

「ヤッホー、はじめまして、僕は覇王の父の御木久、どうぞよろしく!」

 

「あ、ど、どうもっす、東状助っす」

 

「は、はじめまして、川丘三郎です……」

 

 

 状助と三郎は驚いた。なにせシャーマンキングの主人公、麻倉葉の父親、麻倉幹久と同じ姿の父親が登場したからだ。この時点で驚かないはずが無い。

 

 

「なんだ御木久、帰ってきてたのか」

 

「覇王、パパって呼んでくれてもいいんだよ?」

 

「年中家に居ないのに?御木久は御木久だよ」

 

「ひどいなあ、パパと呼ばれることなら、僕なら全然かまわないよ?」

 

「こりゃ驚いたぜ……」

 

「あ、うん」

 

 

 さらに状助と三郎は驚いた。なんたってシャーマンキングの幹久同様、名前で呼び捨てにされているからだ。これには状助も三郎も別次元にトリップしたのかと思うほどだった。

 

 

「御木久、その仮面ダサいからはずしたいほうがいいぞ」

 

「僕なら全然かまわないさ、それよりご友人がた、何もないところだけど、ゆっくりしていくといいよ」

 

「ありがとうっす……」

 

「あ、はい……」

 

 

 この御木久、あの仮面をつけている。これには色々と深い事情があり、その仮面をつけているのだが。覇王はダサいと思っているので、はずせばいいのにと思っていた。祖父の陽明も、家ぐらいはずせと思っているのだが。さて、その驚く二人は赤蔵家へと上がっていった。

 

 

「ほう、覇王よ。友人を連れてきたか」

 

「やあじーさん。久しぶりだね」

 

 

 覇王は基本的に、陽明にフランクに会話する。重要な話の時だけは、敬語で話すようにしているのだ。単純に雰囲気を出すためというか、まあそんなところなのである。

 

 

「久しいな、元気そうでなによりだ。お前のおかげでずいぶんと京都も安定したぞ」

 

「そうでなくては、僕が東に行った意味がない」

 

 

 覇王が麻帆良へ行った目的の一つは、京都の術者をボコして回収するということだった。そして覇王はその任務を全うし、随分と京都は安定したのである。陽明はそれを労うと同時に覇王に報告したのだ。

 

 

「グレート……」

 

「まさかここまでとは……」

 

 

 状助も三郎も、まさか祖父までそっくりさんとは思わなかった。この赤蔵家は、麻倉家なのだろうと思ってしまうほどだった。

 

 

「じーさんや、マタムネが帰って来たみたいだけど、会ったかい?」

 

「一昨日の朝挨拶したぞ。まあ、またそのまま出てってしまったがな」

 

「そうか。まあ今後は多分僕の近くに居るかもしれないから、とりあえずそう覚えておいてほしい」

 

「マタムネのやつも、やはりお前が居るなら、お前のそばに居たいのだろうな」

 

「おい、グレート、マタムネって言わなかったか!?」

 

「言った言った!」

 

 

 さらにマタムネまで居るらしい。状助はネギまだよなあ!?と思っていた。三郎もシャーマンキングなんじゃ……と考えていた。まあ半分間違っていないだろう。とりあえず出てきたお茶を飲みつつ、現実と向かい合う二人であった。

 

 

「とりあえず適当に寛いでくれよ。何も無いところだけどね」

 

「すでに寛いでるぜ!!」

 

「なあ覇王君、この状況、驚きの連続だよ」

 

 

 普通に考えて驚かないほうがおかしいだろう。何せ別世界みたいなものなのだから。あの覇王ですら最初は驚いたことなのだ。当然なのである。

 

 

「だろうね、僕も正直最初は驚いたからね」

 

「マジかよグレート……。覇王も驚いていたとはよぉ~」

 

「当たり前じゃないか。ネギまと言われたはずが、シャーマンキングだよ? 今となってはどうでもいいことだが、そりゃ驚くさ」

 

「だよねえ……」

 

 

 とりあえず、お茶を飲みながら、覇王は自分の人生を語っていた。そして、いつの間にかシャーマンキングの雑談となっていた。転生者三人、有意義な時間を過ごしたのであった。ちなみに陽はいないようであった。さてどこへ行っているのだろうか……。

 

 

…… …… ……

 

 

 赤い男、アーチャー。今回の敵の一人だった転生者だ。バーサーカーにボコボコにぶちのめされ、負け逃げした悲しい転生者だ。その横に二刀の女剣士と、もう一人、二刀の少年がいた。

 

 

「いいのか? 私についてきてしまっても」

 

「ハッ、もうあんな家に居る意味なんてねぇ、オレはオレのしたいように生きるんだ!」

 

「ウチもセンパイと斬り合えるなら、何でもえ~わ~」

 

 

 この少年、あの赤蔵陽であった。もう赤蔵の家に居たくない陽は、アーチャーと出会い仲間となったようである。もはや麻帆良に行っても戦う必要があるのなら、完全なる世界の仲間となって敵対したほうがよいと考えたのだ。また、あわよくば、敵対して原作メンバーに会えればいいとさえ考えていた。

 

 この二刀の女剣士月詠も、刹那の剣術に見惚れてしまい、また戦えればいいと思って傭兵としてアーチャーと契約したのだ。

 

 

「それならいいがな。あとで文句を言われても困る」

 

「クソ兄貴のヤツに全部持っていかれるのは気にくわねぇ! ぜってぇほえ面かかせてやる!」

 

「ふん、まあいい、行くぞ」

 

 

 アーチャーはこの陽という転生者が本当に使えるか、微妙な気分であった。さらに突然文句を言い出して我侭を言い出さないか、とても心配であった。だが陽は、絶対についていくという意思があるようだ。だからこそ、ある程度使ってみるかとアーチャーは考えたのだ。

 

 そしてアーチャーは次の任務のために、移動をすることにした。このアーチャーは結構多忙らしい。また、バーサーカーにボコられた傷は、なんとか治療したようだ。なかなかタフである。そういう訳で、彼らはその後、京都から姿を消したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 アスナたちは旅館へと戻り、自分たちを模した式神を片付けていた。そしてとりあえず部屋へと戻り、ゴロゴロしていた。そこに和美がやってきた。昨日何があったか聞きにきたのだ。

 

 

「やっほーアスナ。昨日の夜はどこ行ってたのかなー?」

 

「げ、朝倉じゃん……。なんでそれがわかるのよ!」

 

 

 なぜか昨日の夜、アスナはここに居た自分たちが式神だということが、和美にばれていたのかわからなかった。そしてアスナは、和美に総本山へ行っていたことがバレるのを恐れた。だが別に、総本山に行った以外何もしていないので、まったくやましい事はないのである。するとその理由を一匹のネコが教えてくれた。

 

 

「それは申し訳ないことをしたかな。小生があの式神のことを教えたのですよ」

 

「ネコ!?」

 

「わー、かわええやん」

 

「わ、このネコさん幽霊ですよ!!」

 

「自己紹介させていただく。この度和美さんのお供となった、名をマタムネと申す。以後お見知りおきを」

 

 

 どうやら夜に居たアスナたちが式神だとマタムネが和美に教えたようである。あの式神、微妙に変だったからだ。それに不審に感じた和美が、マタムネに質問したのだ。まあまだストリップしてないだけマシなのであるが。そして木乃香やさよは、マタムネに興味津々だった。

 

 

「おや、そこのお前さん。シャーマンでしたか」

 

「ウチのこと?そうや、ウチは近衛このかと言いますえ」

 

「あ、はじめまして、相坂さよです。幽霊同士、仲良くしましょうね!」

 

 

 マタムネは木乃香がシャーマンだと気がついた。横に霊が居たからだ。この娘の霊が木乃香の持霊だと察して、シャーマンだと確信したのだ。そしてマタムネに自己紹介をする木乃香とさよだった。

 

 

「ネコに自己紹介してるってのはすごいシュールねぇ……」

 

「あのネコはねこまたのようですね……」

 

 

 その木乃香とさよの行動にシュールさを感じるアスナだった。確かにシュールな光景だろう。なんたってネコに自己紹介をしているのだから。そして刹那は、あのネコがねこまただと推測していた。

 

 

「で、アスナー。どこに行ってたのか説明よろしく!」

 

「何もしてないわよ、このかの実家に行っただけだから」

 

「なんだー。それだけじゃ記事にならないかなー」

 

 

 和美はとりあえず、アスナたちがどこに行ってたのか知りたいようであった。アスナは面倒だが、木乃香の実家で遊んだだけと説明した。間違っていないのでそれしか説明しょうがない。和美はそれじゃ面白くないと思い、それ以上は聞かなかった。

 

 

「近衛といえば、あの関西呪術協会の長の娘さんですかな?」

 

「そうやえー、……およ、マタムネはんはO.S(オーバーソウル)なんか?」

 

 

 マタムネは覇王に仕えて1000年もO.S(オーバーソウル)をしている。木乃香はシャーマンとしてある程度修行を積んでいたので、それがわかったようだ。

 

 

「お気づきになりましたか。小生、1000年もの間、赤蔵の家に仕えておりますゆえ」

 

「ししょーの家やなー。ししょーもこんなかわええネコを持ってるなら、教えてくれてもえーのになー」

 

「師匠? それは陽明殿のことですかな?」

 

「うん、そうやえ。でももう一人、はおもししょーや!」

 

「おや、なんと覇王様のお弟子さんでしたか……」

 

 

 木乃香は赤蔵と聞いて覇王のことを思い出した。そして、それに仕えているマタムネなら、覇王も見せてくれてもよかったのにと木乃香は思っていた。また、マタムネも近衛家の娘の木乃香が、覇王の弟子であることを今知ったようである。まさか覇王がこのような娘を弟子にしているとは、マタムネも思ってなかったのだ。

 

 

「ししょーを様呼びしとるー!?」

 

「覇王さんのネコだと……!?」

 

 

 その短い会話であの覇王が育てた娘、とてもやさしそうなこの娘を、マタムネも気に入ったようである。そこで覇王のネコだと反応する焔であった。覇王ファンとしては当然である。

 

 

「小生、覇王様が生み出されしO.S(オーバーソウル)。ゆえに覇王様は我が主ということです」

 

「ししょーの持霊やったんか。ししょーは持霊が多いんやなー」

 

 

 覇王は修学旅行初日にて、リョウメンスクナを持霊にした。さらにマタムネも持霊ならばS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を入れれば三体も持霊が居ることになる。木乃香はそれが少し羨ましく思ったようだ。

 

 

「なんと、覇王さんの操るものは、あの全ての炎の精霊の主だけではなかったのか……!?」

 

 

 その言葉に焔は覇王が操る霊がS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)だけではないことを知り、驚いていた。そこで焔は、昔彼しか居ないと覇王が言っていたので、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を貸してもらえなかったことをほんの少し思い出していた。

 

 

「このかさんも、一応私と鬼さんを持霊にしてるじゃないですか」

 

「せやったな。さよは自慢の持霊や!」

 

「私もこのかさんは自慢の友人です!」

 

 

 しかし、さよの言うとおり自分も三体持霊がいたので、気にする必要がないと思ったようだ。そしてさよを友人としても、持霊としても自慢に思っている木乃香が居た。その答えに同じく木乃香を自慢の友人と言うさよであった。いやはや一昨日魔法を知った和美は、ここにきてシャーマンをも知ることになったようである。

 

 

「アスナ、アスナ! 近衛がなんかマタムネと話してるけどわかる!?」

 

「私シャーマンじゃないから、わかるわけないじゃない」

 

「シャーマン! 面白そうな単語が出てきたー!」

 

「そういえばシャーマンは、隠蔽とかするのでしょうか……」

 

 

 本来魔法使いは基本的に魔法を知られてはならないため、隠蔽している。しかしシャーマンは別に基本的に霊という、普通は見えないものを操るため、隠蔽する必要がないのである。だから隠蔽などは基本的にしない。そのようなルールも存在しないのだ。そんな感じの会話を午前中ずっとしていた、一同であった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここはナギ・スプリングフィールドが隠れ家だったところである。京都にこっそり拠点を構え、ナギは麻帆良の地下を調べていたという。そこにネギがやってきたのだ。また、アスナの班も一緒にやってきていた。だがカギは居なかった。ナギのことなど、とうに知っているからだ。そしてそこで、一枚の写真を詠春はネギたちに見せたのだ。

 

 

「これが、サウザンドマスターの戦友たちです」

 

「戦友……?」

 

「ええ、二十年前の写真です」

 

 

 そこに映っていたのは、若きナギたちであった。ジャック・ラカン、アルビレオ・イマ、近衛詠春、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ、そしてナギの師匠、ゼクト。と、その後ろで隠れるように映る仮面の男、メトゥーナトである。

 

 

「お父様、わかーい!」

 

「ほんと、懐かしい面子ね……」

 

「私の隣にいるのが、15歳のナギです」

 

「父さん……」

 

 

 木乃香は若い自分の父を笑いながら見ていた。アスナはこの面子が集まる日は来るのか考え、少しだけセンチな気分であった。ネギは若きナギを見て、これが自分の父親なんだと実感していた。

 

 

「そういえば明日菜君、メト、いや、こちらでは来史渡でしたか。彼は元気にやってますか?」

 

「たまに様子を見に行くけど、元気そうだったわ」

 

「それはよかった。彼も私と同じく、随分ナギに苦労させられましたからね」

 

「あー、来史渡さんって元々苦労人ポジションだったのね」

 

 

 昔は毎日アスナが見ていたあのメトゥーナト。確かに苦労人の雰囲気があったと感じていた。しかし、まさかこの時代からすでに苦労人だったとは。苦労人というポジションは一度請け負ったらなかなか抜け出せないのだと、アスナはこの時に悟った。

 

 

「そーいえば、この仮面の人がアスナの保護者に似てるんやけど?」

 

「え、そうなんですか?」

 

 

 木乃香はたまにアスナの家へ行くことがあった。その時にメトゥーナトと顔を合わせていた。だが、この写真では仮面をつけているので素顔がわからない。しかし木乃香は、雰囲気や体格、髪型などが似ていると感じたようだ。

 

 

「当然、それが私の保護者の来史渡さんだもの」

 

「あ! そういえばアスナさんが最初にあった時、そう言ってました!」

 

 

 そこでネギはアスナと最初にあった時、自分の父とアスナの保護者が友人だということをアスナが言っていたのを思い出していた。

 

 

「そうなんか、ウチ知らんかったわー。アスナの保護者がお父様の友達やったなんて」

 

「ごめんね、別にいいかなーって思って教えなかったのよ」

 

 

 アスナは木乃香に、自分の保護者たるメトゥーナトが、木乃香の父親たる詠春と友人であることを、木乃香に話してなかった。まあ、別にそこまで気にするほどでもないと、思っていたからである。また、木乃香もメトゥーナトとはさほど会わなかったので、メトゥーナト本人から説明されてはいなかった。

 

 木乃香はその真実を聞いて、世の中せまいんやなーと思っていた。そんなことを考えていると、木乃香はこの写真に写る一人の男のことを思い出した。

 

 

「そーや、お父様とは逆の位置に居るこの人に会ったんやけど」

 

「そういえば明日菜君がそんなことを言ってましたね……」

 

「本気で何を話したか心配なんだけど……」

 

 

 そこに映るはアルビレオ・イマ。木乃香はすでに図書館島の地下にて出会ってしまったらしい男。色々ひどい会話が得意なあの変態。木乃香に何か変なことを吹き込んでないか、アスナはとても心配していた。まあ、流石にそこまでするほど、常識外れてはいないだろうとも思っているのだが。

 

 

「そう長く話はせんかったけど、お父様は元気かーとは聞いてきたんよ」

 

「このか、本気で今度連れて行ってね。近くに居て挨拶しない旧友(へんたい)には、お灸をすえないと」

 

「明日菜君、お手柔らかにしてあげてほしい。というかこうさせてしまったのは、あの来史渡か……」

 

 

 アスナはそのアルビレオに対して、近くに居るのに顔も見せないとはいい度胸だ変態のやつめ、と思っている。だから近々会うなら、軽く懲らしめてやろうと考えていた。そういう考えにさせているのはあの来史渡だと、詠春はすぐわかった。変態には容赦をするなと、いつも教えていたからだ。何やってんだよあのバカ騎士はと、詠春は本気で頭を悩ませた。

 

 

「アスナもこの人を知っとるんやったな。なら修学旅行が終わったら、すぐにでも行って見よかー」

 

「あのー、それなら僕も一緒に行っていいですか?」

 

「ええよー! ネギ君なら大歓迎やえ」

 

 

 そして木乃香は行くなら修学旅行が終わったら、すぐ行こうかと計画していた。ネギも自分の父親の友人に会いたいと思ったので、それに参加を申し出た。するとすぐに木乃香からOKを貰ったのだ。

 

 そして詠春はネギに、ナギと旧友にて戦友だったことを話した。また10年前消息が絶ってしまったこと、図書館島の地下を調べていたことを説明した。ネギもまた、大体のことを師であるギガントから聞かされていたが、やはり戦友で腐れ縁である詠春からの話は新鮮であった。最後に詠春は、ネギへナギが調べていたと言う麻帆良の地図を手渡したのであった。



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日常編
三十一話 銀髪イケメンオッドアイ


テンプレ72:下衆な銀髪君


 さて、修学旅行も終わり、再び平穏な麻帆良へと戻ってきた一同。麻帆良はとても平和だった。いや、本当に平和なのだろうか。ネギの兄で転生者の一人のカギは、原作と完全に乖離してしまったこの世界で、どうするかを考えていた。もはや原作の知識など無意味、無駄。だからこそ、もうネギのお膳立てなどせず、自分の欲望に生きてもよいだろうと考え始めていた。

 

 

 そしてもう一人。ここに欲望にまみれた転生者がいた。銀髪オッドアイのイケメン。彼の名は天銀神威(あまがね かむい)。強力な呪いの特典、ニコぽを保有する転生者だ。この神威、ニコぽで原作キャラを自分のものにしたいのである。つまるところ悪く言えば、傀儡にしたいのだ。すでに何名かを虜にしており、さらに人数を増やすべく行動していたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 図書館島。多くの本が存在するこの大図書館。巨大であり地下にはダンジョンがある。だが、地上なら安全なのだ。多くの人が利用する図書館として、普通に存在していた。

 

 宮崎のどか。おとなしい性格で、普通は引っ込み思案な彼女。だが、ひとたび勇気を出せば、大胆な行動ができる強い心の持ち主でもある。そんなのどかは、ネギ先生にあわい恋心を抱いていた。京都修学旅行にて、とりあえず友人としてネギに接するようになったこともあり、それだけでのどかは喜んでいた。そののどかは図書委員であり、本が好きである。今日もその図書館島で本を選んでいた。そこに神威がやってきた。のどかを、自らの手中に収めようというのだ。

 

 

「ふふふ、彼女はあんな英雄の子にはもったいない……。僕がもらってあげよう」

 

 

 この神威は、自分に愛されることこそ至高の幸福だと思っているナルシストである。そこでのどかに声をかけ、ちょっと笑えばよいと、のどかに近づいていった。しかし、声をかけようとした瞬間、別の人がのどかを呼んだのだ。

 

 

「のどか、こんにちわ」

 

「あ、聖歌さん、こんにちわ」

 

 

 その娘の名は聖歌、転生者である。この聖歌、あの錬と呼ばれた少年といっしょにいた、あの少女だ。聖歌もまた、クラスが違えど図書委員であり、のどかの友人として接していた。

 

 

「今日もそんなに本を読むのですか?」

 

「はい、聖歌さんも一緒にどうです?」

 

「では、私も一緒に読みましょうか」

 

 

 二人は同じテーブルで仲良く本を読むことにしたようだ。だがそこで神威は焦った。なぜなら聖歌の見た目は、シャーマンキングのアイアンメイデン・ジャンヌだからだ。ヘタに攻撃すれば、単純に拘束具で殺される恐れがあった。いや、この神威、自分の特典を信じている。負けるはずが無いと確信しているのだ。しかしここで戦っては意味がないと考えた。だから、あえて引くことにした。そして振り向くと、一人の少年が神威を鋭い視線で睨みつけていた。

 

 

「キサマ、何を見ている」

 

 

 そこに居たのはあの錬と呼ばれた少年だった。錬は聖歌に会いに来たのである。あの陽との戦い以来、聖歌が他の転生者に襲われていないかと、少し心配性になっているのだ。で、来て見れば案の定、近くに銀髪イケメンオッドアイが居るではないか。このままではまずいと思い、錬と呼ばれた少年は声をかけて神威を牽制したのだ。

 

 

「……突然つっかかってくるなんて、暇なのかな?」

 

「挑発か? まあいい、俺はキサマの相手などしている暇はない」

 

「おやおや、逃げるのか?」

 

「そう思いたければ思っているんだな。俺はキサマを相手にはしない」

 

 

 しかし、戦おうとは思わない、あえて牽制だけなのである。だから神威の安い挑発に乗らず、聖歌のほうへと歩いていった。また、神威は今日は運が悪かったと思い、図書館島を後にした。だが、この神威は諦めない。原作キャラを手篭めにするため、麻帆良を練り歩くことにした。

 

 

…… …… ……

 

 

 神威が麻帆良を歩いていると、一人の少女が歩いていた。丸いメガネ、やや橙色に近い髪。長谷川千雨である。テンプレで、よくハーレム入りを果たすこの千雨。神威はそんな千雨を手に入れようと考えた。いいところに来たと思った。だから、そこで声をかけたのだ。

 

 

「やあ、君、そんな急いでどこへ行くの?」

 

「うわ……ありえねぇ……」

 

「は?」

 

 

 この千雨、普通が好きである。そこに突然銀髪イケメンのオッドアイが声をかけてくる。これが普通かと言われたら、まったく普通でないだろう。千雨は悪いものを見たと思い、手を頭に当てていた。神威はニコぽをする前に、アホみたいな顔で千雨を見ていた。というか、突然見た目だけで引かれるというのは、ちょっとかわいそうではある。

 

 

「あ、いえ、すいませんでした。私はこれにて失礼します!」

 

「え!? ちょっと君!?」

 

 

 千雨は早々に立ち去った。そりゃ当然だ。こんな変なやつにナンパなどされたくないのだ。神威はダッシュで逃げる千雨を、目で追うことしかできなかった。完全に失敗した神威は、少し機嫌が悪くなった。まあ当然である。二度の失敗。これは自分に自信がある神威にとって、とてつもないストレスであった。しかし何とか平常心を保ち、別の原作キャラに声をかけようと探していた。

 

 

 そしてまた、そこにもう一人原作キャラがやってきたようだ。あのアスナである。アスナは久々に状助と会って、情報交換をした帰りであった。この神威はアスナの過去もよく知っている。というよりも”原作知識”で知っている。だから不幸なアスナを自分のものにして、幸福にしてやろうと考えたのだ。そこでやはり、神威はアスナに話しかけたのだ。

 

 

「どうも、こんにちわ」

 

「……誰?」

 

「失礼したね、私は天銀神威と言うんだ、よろしくね」

 

「ふーん」

 

「ね、ねえ、こっちが自己紹介したなからさ、そっちも名前ぐらい教えてほしいんだけど」

 

 

 アスナは本気で興味が無いというような態度を取った。というのも突然知らないやつが声をかけてくる時は、決まって碌なことが無かったからだ。小学三年の時は変態が来たし、いい思い出がまったく無いのだ。そのアスナの態度に、ピクピクと頭にきている神威であった。だが、なんとか冷静な態度を取り繕い、名前ぐらい教えてほしいと言ったのだ。全てを知っているくせに、ずうずうしいやつである。

 

 

「……ゴメン、私急いでるから、それじゃあ」

 

「え!? 何でそうなるんだ!?」

 

「じゃあ、さよなら」

 

「な、何、待ってくれよ!」

 

 

 即逃げ。アスナはさっさと退散したのだ。こういう場合、下手に会話すると碌な事にならないと考えたのだ。神威はそのすさまじい逃げっぷりに、やはり見ていることしかできなかった。なんということだ、二人連続で逃げられてしまった。そんな感じで神威のこの最低な計画は失敗に終わったのだ。これにより、さらにイライラを募らせる神威。もはや怒り心頭であった。三度目の失敗、もう三度目である。神威は我慢できなくなった。どうするか考え始めていた。

 

 

…… …… ……

 

 

「が、ぎゃ……」

 

「ふぅー、弱い弱い。やはりサンドバッグには君のような醜いやつがよく似合う」

 

 

 建物の影で、揺れる銀髪を赤く染め、人を蹴り上げる少年がいた。神威である。神威はその苛立ちを抑えることなく、適当な転生者を見つけてストレス発散していたのだ。この転生者もまたある程度強かった。だが完膚なきまでに敗北したのである。

 

 

「特典はしっかり鍛えないと使えない。そんなこともわからない醜い脳みその君は、本当にその姿がお似合いだ」

 

「ぎ……な、なぜこんなことを……」

 

「イライラしていたからさ。理由なんてないよ。君が目に入ったからやっただけさ」

 

「ぐ……ひ、ひでぇ……」

 

「まあ、もうスッキリしたよ、ありがとう」

 

 

 スッキリして帰ろうとしたところに、もう一人転生者が現れた。そこでボコボコにやられた転生者の友人である。そのボロボロの友人の姿を見たもう一人の転生者は、キレて神威に攻撃を仕掛けた。

 

 

「てめぇぇぇ!! 何してやがんだ!!!」

 

「ハハ、君も醜い人種の分類か……」

 

「黙れぇぇ!! 切り殺してやる!!」

 

「あたらない、あたらないなぁ!!」

 

 

 もう一人の転生者は剣で神威を攻撃した。だが神威にはあたらないのだ。そのあたらなさに、さらに暴れるように攻撃するもう一人の転生者。しかし、大振りとなった隙をつき、神威はもう一人の転生者の腹部へ拳を刺した。

 

 

「ぎが……!?」

 

「弱いなあ、剣の使い方もなっちゃいない、醜い攻撃だね」

 

「ぐ、う、うるせぇえ!!」

 

「ほらほらほらほらぁ! 弱い弱い!!」

 

「ぐ、ぎゃ!?」

 

 

 神威はさらに顔面に連続して二人目の転生者へ蹴りを入れる。それが全部顔に命中し、吹き飛び壁に背を打ちつけるもう一人の転生者。だがさらに追撃の拳を神威は放ち、それがまたもう一人の転生者の腹部に突き刺さったのだ。

 

 

「あああああああ!?」

 

「醜い弱さだねぇ……」

 

「が、がる……」

 

「醜すぎる存在は、こうだね! ホラァ!!」

 

 

 そしてトドメに神威はアッパーを仕掛けた。もう一人の転生者はそれを避けるすべも無く、顎に命中した。その一撃で完全に意識を手放し、もう一人の転生者は伸びてしまったようだ。それを見て本当に醜いクズだと吐き捨て、神威は帰るために移動を始めた。

 

 

「ふぅー、本当に醜い。君達のような醜い存在は、僕のストレスのはけ口がお似合いさ」

 

 

 そう最後に気を失った転生者二人に吐き捨てた。そしてスッキリした顔で、自分の部屋へと戻っていくのだった。今回は収穫なしであったが、またやればよい、そう神威は考えながら歩くのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 その神威が転生者二人に当り散らしている影で、それを見ているものが居た。朝倉和美である。和美はクラスメイトの友人らしき神威を目撃し、面白いことがあるかもしれないと思い追跡していた。なんたってクラスメイトの数名は、この神威に惹かれているからだ。あわよくば修羅場や、そのクラスメイトと神威がイチャラブしているところを見れればいいと考え、神威を追っていたのだ。しかし、そこで見たものは想像を絶するものだった。この神威という少年は、とんでもないやつだったのである。

 

 

「な、何してるのあれ……」

 

「ふむ、喧嘩を売って、ただ相手をいたぶっているのでしょう。ひどいことをしなさる」

 

「そんな……。私のクラスメイトの憧れの彼が、こんなことしてるなんて、記事に出来る訳ないじゃない」

 

「あまり声を出さないほうがいいと思いますよ。見つかれば何をされるかわかりませんので……」

 

 

 和美は神威の行動に怒っていた。人を人をと思わぬいたぶりように、目を背けながらも許せないと感じていた。またクラスメイトの憧れである神威がこんな行動をしているなど、想像できなかったのだ。

 

 その横でマタムネは、見つかると危険だと忠告していた。すると神威は満足したらしく、こちらへやって来たのだ。和美は怖くなり、すぐさま退散していった。だからなんとかバレずにすんだようである。

 

 

「怖かった……。一体なんなの、アイツ?!」

 

「わかりませぬ、人の闇は深いということでしょう」

 

「でも、でもさあ……、このことを、みんなになんて言えばいいんだろう……」

 

「今はまだ、静観を決めているしかないでしょう。しかし、必ずや好機は訪れますよ」

 

 

 この元気なパパラッチである和美すらも恐怖を覚えたあの神威の行動。恐ろしい何かを垣間見てしまったと思ったようだ。そしてこのことを誰にも言えない、どうすればいいのか悩んでいた。マタムネもまた、人の闇を垣間見たと感じていた。しかし、この世に悪が栄えたためしなし、マタムネはきっとチャンスがやってきて、あの神威の闇を暴くことができると和美に話したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:一人目の転生者

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代会社員

能力:不明

特典:不明

 

 

転生者名:もう一人の転生者

種族:人間

性別:男性

原作知識:なし

前世:20代大学生

能力:剣での攻撃

特典:不明

 




気がつけば踏み台より性質の悪い銀髪イケメンオッドアイになってた


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三十二話 魔法使い

テンプレ72:夕映とのどかに魔法がバレる

テンプレ73:夕映とのどかに魔法使い転職フラグ

カギってヤツの仕業なんだ


 カギはとてもイライラしていた。原作が乖離したことを悟ったからだ。だからこそ、ネギに従者を与える必要などないと思った。そして生徒を自分の従者にしてしまおうと思った。そこで誰を先に従者にするか、少し考えることにしたのだ。

 

 

「ネギのやつがのどかを従者にした、なら俺はゆえを従者にすればよい」

 

「兄貴! 手伝うぜー!!」

 

 

 そうだ、ネギがのどかなら、夕映でいいや、そうカギは考えた。なんというひどい結論の出し方だろうか。と、まあそういうことで、早速夕映に会いに行ったのだ。さらに夕映なら魔法のことをチラつかせれば、渋るだろうが従者になってくれると考えたのである。

 

 しかし、夕映を見つけたのはいいが、そこにネギが居た。さらに夕映の隣にのどかも居た。そして、夕映がネギに魔法があるかを聞いていたのだ。こりゃまずいと、カギはさっさと撤退して行った。お前のせいだというのに、ひどい兄である。

 

 

「ネギ先生は、魔法使いですね!?」

 

「え? 違いますよー!?」

 

 

 ネギは夕映の突然の質問に焦った。なぜか自分が魔法使いだと聞かれたからだ。ネギは自分は夕映の前で一切魔法を使ったことが無かった。だからなぜバレたのかがわからなかったのだ。

 

 

「ま、魔法使い!?」

 

「いえ、間違いありません! 兄のカギ先生が、そんな不思議な力を使っていました!」

 

「ええー!? 兄さんが!? な、なんで!?」

 

 

 ネギは今の言葉に驚いた。自分の兄のカギが夕映の前で魔法を使ったらしい。どうしてこうなった。また夕映はカギが魔法使いであれば、その弟のネギも魔法使いだと考えた。だからそれが表に出やすそうなネギに質問したのだ。

 

 そして夕映と一緒に連れてこられたのどかは、何も知らずについてきたので、魔法使いと聞いて驚いていた。というのも、夕映はのどかにも魔法使いのことを知ってほしいのだ。そうでなければ、友人としてフェアではないと考えているからである。

 

 さらにのどかが好きなネギが魔法使いなら、同じく魔法使いになったほうがよいとも考えているのだ。また、ネギを追い詰めるべくさらなる質問を行う夕映であった。

 

 

「さらにのどかが貰ったというカードも、普通じゃ考えられません。あのような専用カード、あの場で簡単に作れるはずがないのです」

 

「え? そ、そういえば確かに……」

 

「う、うーん、どうしよう……」

 

 

 そこで夕映が見せたのは、のどかとネギが仮契約した証でもある、仮契約カードであった。これが簡単に作れないことを見抜いた夕映は、これも魔法の一種だと考えたのだ。これで完全に言い逃れが難しくなったネギは、頭を抱えてしまっていた。

 

 そしてネギはカギに、魔法の隠蔽をしてくれと本気で思うのであった。まあ、ネギは兄のカギが、そういうことも関係ないと思っているのをある程度察していたので、いまさらなのではあるが。だがしかし、理由はどうあれバレてしまった。ネギは別に自分のせいではないのに、本気でオコジョになる覚悟をした。

 

 すると、一人の老人がやってきた。ネギがよく知る老人、人に変化したギガントであった。

 

 

「困っているようだな、ネギ君」

 

「お、お師匠さま!?」

 

「え? お師匠さま!?」

 

「ネギ先生の師匠さん!?」

 

 

 ギガントが麻帆良にやってきたことをネギは驚いた。そしてネギの師匠と聞いた夕映ものどかも驚いていた。またギガントはネギが彼女たちに魔法がバレたことを察して質問をしたのだ。

 

 

「ふむ、このお嬢さんがたに魔法がバレてしまったのかね?」

 

「あ、はい……」

 

 

 ネギは兄のせいではあったが、それを言わず素直に魔法がばれたことを認めたのだ。どの道兄のせいにしても、意味が無いからだ。そのネギの言葉にギガントはどうするかを考えていた。本来なら記憶を少しだけいじってしまうのもよいのだが、この少女たちはどう思うか考えているのだ。

 

 

「ネギ先生のお師匠様ということは、つまり魔法の師匠ですよね!?」

 

「え、そ、そうです……」

 

 

 普通なら師匠と言ってもなんの師匠かはわからない。だが夕映はこの白髪の老人がネギの魔法使いとしての師匠だということに気がついたようだ。なかなか鋭い少女である。

 

 

「ネギ先生の師匠さん、私は綾瀬夕映と言います! 私に魔法を教えてください!! お願いします!」

 

「あ、私は宮崎のどかです……」

 

「丁寧な自己紹介ありがとう。ワシはギガント・ハードポイズンと言う。言われたとおり、ネギ君の魔法の師匠をさせてもらっておる。して、綾瀬君と言ったか、君はどうして魔法が知りたいのかな?」

 

 

 魔法、それは素敵なものだ。ファンタジーな力だ。カギがあの時使った火の矢が、夕映にはとても魅力的に感じたのだ。自分もできるなら使ってみたい。単純に子供心から来る好奇心であった。さらにそういう知識も知りたいと純粋に考えたのだ。それを勉強にも生かしてほしいものである。

 

 

「私は知識がほしいのです。魔法というものがあるなら、是非知りたいのです」

 

「ほう、しかし魔法でなくても、世の中には知らぬことはある。魔法のことを忘れて、生活するべきではないかな?」

 

 

 ギガントは一般人のこの夕映に魔法を教えることを渋っていた。魔法使いとして当然である。魔法は隠蔽されるもので、一般人に教えてよいものではないからだ。

 

 

「ですがもう知ってしまいました。だからもっとよく知りたいのです!」

 

「ふむ、お嬢さんは頑固のようだ……。さて、魔法は隠蔽されておる。それは普通の人が使えないからだ」

 

「隠蔽されていたのですか!? カギ先生は平気で使っていたからてっきり……」

 

「うむ、そうだ。カギ君はまあ、そういうところが甘い少年だからな……」

 

 

 カギは色々甘い少年だった。ギガントはあまりカギとは接点を持たなかった。だがやはりこうなったかと考えていた。そもそも、ギガントはカギを転生者だとわかっていた。だが能力を見せて暴れるようなことはしていなかったので、とりあえず保留にしてきたのだ。

 

 そしてそのカギが、やはりというか、まあ当然のように彼女に魔法をバラしてしまったようだ。またここで、夕映は魔法が隠蔽されていたのをはじめて知ったようだった。

 

 

「本来なら魔法は隠蔽されるものだ。さて、綾瀬君、君はどこまで魔法使いの事を知っているのかな?」

 

「はい、この麻帆良自体が魔法使いが築いた都市だと考えています。そう考えれば図書館島などの不思議なことも説明が付くのです!」

 

 

 夕映はカギの不思議な力を見た時から、ずっと考えていた。あの力はなんなのか。どうして使えるのか。そもそもその力を持っているのはカギだけなのだろうかと。さらに図書館島の地底図書館での出来事を考え、魔法使いは数多く存在する。そしてその魔法使いが、この街を作ったと結論付けたのだ。

 

 

「すごいなあ。ゆえはそこまでわかるんだ……」

 

「お、お師匠さま……」

 

「ふむふむ、なかなか鋭いお嬢さんだ」

 

 

 その鋭い指摘に、ギガントも驚きどうしようかと考えた。のどかも友人としてとてもすごいと思っていた。ここまで頭が回るなんて、思っても見なかったからだ。また、元々一般人だった夕映が、ここまでの情報を手探りで考え出したことに、とても感心していた。そこでさらに夕映は続ける。

 

 

「さらに学園長も魔法使いだと考えています。そして私たちが知らないだけで、実は多くの魔法使いがこの麻帆良に居ると思います!」

 

「そ、そんなことまで!?」

 

「そこまでとは……。どうしたものか」

 

 

 いやはや学園長が魔法使いだということもわかるとは、これにはネギもギガントも驚いていた。いや、確かに見た目人間じゃない学園長だ。魔法使いと言われても不思議ではないのであるが。しかし、一般人が魔法を知った場合の対処は存在する。つまり、普通なら夕映やのどかは、そのような対処を行わなくてはならない存在である。その対処とは記憶の消去なのだ。

 

 

「本来ならば魔法を知ってしまったものは、その記憶を消される。だがそれは嫌であろう?」

 

「そんなこと絶対に嫌です!」

 

「私も魔法とかよくわかってないんですけど、記憶が消えるのは嫌です……」

 

 

 一般人が魔法を知った場合、その魔法の記憶を消すのが普通である。つまり、本来ならば彼女たちは魔法により魔法の記憶のみを取り除かれるのである。夕映はそれを断固拒否した。とても大きな声で、嫌だと言ったのだ。その隣に立つのどかも、記憶が消されるのは嫌だとポツリとつぶやいていた。そこで、ギガントはこの賢い少女をどうしようか考えていた。

 

 

「お師匠さま、ならどうするつもりなんですか?」

 

「そうだな、学園長に話して見るとしよう。彼こそがこの学園の責任者。学園長の賛否で決めるとしよう」

 

 

 ここの学園長は関東魔法協会の理事でもある。そこでもし、学園長が許可を出すならば、夕映たちに魔法のことを教えてもよいとギガントは考えた。それに、これほど聡明な夕映ならば、魔法を教えても大丈夫だと思った。むしろ、教えてみたいとまで、思ったのである。

 

 

「では、ついて参いられよ」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

「あ、よ、よろしくお願いします」

 

「お師匠さま~!?」

 

「まあ、まだ魔法を教えると決まった訳ではない。そう畏まらずについて来なさい」

 

 

 とりあえず、今すぐ記憶を消されなくて済んだと思った夕映とのどかは少し元気を取り戻し、そのギガントの後を追うように学園長室へと移動した。またギガントも一応学園長に挨拶もしなければならないと思っていたので、丁度よいと考えた。

 

 そのギガントの横でネギは、どうなるかハラハラして気が気ではなかった。そしてハラハラするネギの隣で、のどかはネギと一緒だと考え顔を赤くしていた。そんな二人をよそに、夕映は魔法使いになれるかも知れないと思い、悠々と学園長室へ歩くのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは麻帆良学園女子中等部の学園長室。多少広く作られたこの部屋に、ギガントと三人がやってきたのである。学園長は何事かと思い、話が来るのを静かに待っていた。

 

 

「お久しぶりですな、近衛近右衛門殿。今日からこの麻帆良に滞在することになりましたので、挨拶に参った」

 

 

 ギガントは皇帝の命により、今日から麻帆良に滞在することになったようである。原作が始まり、色々厄介ごとが増える可能性があったためだ。実際ある程度厄介ごとが発生したが、大事ということはまだ発生していない。

 

 というのも、実際は原作が始まり、魔法世界から麻帆良に移動する転生者が多かった。だが夜の警備などをしている魔法先生や魔法生徒に捕獲されていた。さらには同じく夜の警備をする転生者によって押さえ込まれたり、メトゥーナトやその部下に捕えられたりもしていた。だからこそ、そこまで大事になってはいないのだ。しかし、この先どうなるかがわからないので、とりあえずギガントも、この麻帆良へとやってきたのである。

 

 

「おお、おぬしはギガント殿、久しいのう。して、その挨拶だけでは無いようじゃな。どうされましたかな?」

 

 

 学園長はギガントの後ろに立つ二人の少女をチラリと見た。そして意図を察しがよいようで、ギガントにそう質問していた。

 

 

「いえ、現在教師として修行をなさっているカギ君が、なにやら生徒に魔法を知られてしまったようでしてな」

 

「ふむふむ、それは大変じゃな。つまりその対処を、このワシに相談しに来たというワケかの?」

 

 

 そしてギガントも、カギが魔法を生徒にバラしたと説明した。そこで学園長はそのことでギガントが相談しに来たと考えていた。

 

 

「察しの通り、そこの綾瀬君がそれを知ってしまったらしいのだよ。さらにそこから、この麻帆良が魔法使いの街であることも、考察したようでな」

 

「なるほどのぉー、なんとまあ賢い子ではないか。と言うことは、彼女の今後について、ワシと相談したいということじゃな?」

 

 

 ギガントは夕映が魔法を知っただけではなく、この麻帆良が魔法使いの街だということもつきとめたと学園長に説明した。すると学園長もその夕映の賢明さに驚き、それで自分のところへやってきたと思ったようだ。

 

 

「うむ、そのとおり。いやはや近右衛門殿はなかなかの慧眼をお持ちで」

 

「なに、ただの年寄りじゃよ。しかし本来魔法を知られたものは、記憶を消さねばならん」

 

 

 しかし魔法使いとしての規則はやはり記憶の消去である。学園長も例外に漏れず、そうするべきだと言ってのけた。それがルールである以上、当然のことだからだ。だがそこで、学園長が記憶を消さなければならないとしたことに、夕映は反論にでた。

 

 

「待ってください! このまま記憶を消されてしまうなんて、そんなの嫌です!」

 

「ふむ、しかしそういう定めになっておる。心配することはない、別にすべての記憶を消すわけではないのじゃからの」

 

 

 とは言ってもルールはルール。守らなければならないものである。また、魔法以外の記憶は残るので、別に気にする必要はない、安心したまえと学園長は夕映に優しく答えていた。だが、それでも納得がいかないのが夕映だった。

 

 

「そういうことではないのです! 私は魔法を知りたい、使ってみたいのです!」

 

「つまり魔法使いになりたいというわけかの?」

 

「はい! 私は魔法使いになりたいです!」

 

 

 夕映は本気で魔法が知りたいと言った。どうしても魔法使いになりたいと。この熱意に当てられ、学園長もどうしたものかと考えた。記憶を消して平穏に戻ってほしいというのもあるが、それでは夕映が納得しないだろう。

 

 それにそのカギが先生をしているのだ。どの道同じことがまた起こるだろうと、学園長は考えた。あの地底図書館でゴーレムを動かしていた学園長は、ありゃきっとまたやると思っているのだ。

 

 ――――――と言うか、あの地底図書館での出来事は、成績の悪い生徒達に用意した特別授業のようなものだった。ネギやカギの最終試験の手助けが目的であり、それ以外の思惑はなかったのだ。ただ、一つ誤算だったのは、カギが魔法の隠蔽を怠ったことだ。まさか、魔法学校首席で卒業したカギが、魔法をバラすなど思ってなかったのだ。

 

 そこで、学園長は長い顎髭をなでながら、難しい表情をして、どうするかを考えていた。このまま夕映に魔法を教えてもよいかどうか、判断しかねていたのだ。

 

 

「しかし、一般人が魔法使いになれるという話は聞いたことがないのでのう」

 

「つまり、私は魔法使いになれないのですか!?」

 

 

 魔法は基本的に魔法使いやその子孫が使っている。また、普通の一般人から魔法使いになったものが居たかはわからないが、学園長はそのような情報を聞いたことがなかった。だから夕映が魔法を使いたいと言っても、使えなければ意味がないと言ったのだ。

 

 しかし、基本魔法使いと一般人に大きな差はなく、練習すれば間違いなく一般人でも魔法が使えるようになると、学園長は考えていた。だが、それを言わないのは、夕映に魔法使いになることを諦めさせようと思ったからである。

 

 

「じゃから諦めたほうがよかろうて。無用に他人へ魔法のことを話さなければ、記憶もそのままにしてもよいしの」

 

「……ですが一般人の私でも、練習すれば使えるかもしれません!!」

 

 

 学園長は魔法のことを話さなければ、記憶はそのままにすると言った。だから魔法を諦めて普通の暮らしに戻りなさいと夕映に優しく説いたのだ。なんという破格な条件だろうか。本来なら考えられないことである。

 

 しかし夕映は引き下がらない。絶対に魔法が使いたいと思っているからだ。それに一般人と魔法使いに大きな差があるとは考えていなかった。確かに魔力の量などは違うだろうが、それでも使えるか使えないかという話ではないと夕映は思ったのだ。

 

 

「どうしても諦めてくれぬのか……?」

 

「はい! 私は絶対に魔法を使いたいのです!」

 

 

 強い意志で魔法を覚えたいと夕映は学園長へと叫んでいた。その瞳からも強い意志を感じるほどであった。そこで学園長は困ってしまった。このままでは話が平行線になってしまう。かといって強制的に記憶を消してしまうのもあまり好ましくない。そこにギガントが学園長にある提案をしたのだ。

 

 

「……近右衛門殿、ワシが彼女に魔法を教えようと思います」

 

「む? どういうことじゃ!?」

 

 

 その提案に近右衛門は驚いた。このギガントは、そのようなことを言うような男ではないと思っていたからだ。だが、このまま話が平行線では埒が明かないと考えたギガントは、とりあえず夕映に魔法を教えようと考えたのだ。その言葉に夕映は反応し、少し笑顔を見せていた。また、ネギもそのギガントの言葉に驚いたようで、目を見開いていた。

 

 

「え? 本当に教えてくれるのですか!?」

 

「まあ待ちなさい」

 

 

 そこへまだ学園長への交渉中だと、ギガントは夕映の方を向きながら、そう語りかけた。そして再び学園長へ向きなおし、ギガントはその理由をゆっくりと話し出した。

 

 

「彼女はきっと、カギ君やネギ君に魔法を教えてくれるように頼むかもしれぬ」

 

「ふむ、ならば記憶を消してしまうしかあるまい」

 

「しかし、カギ君がまたバラせば、いたちごっこになってしまいましょう」

 

 

 記憶を消さずに魔法を覚えたままでは、カギに魔法を教えるように頼むだろう。そしてきっとカギは教えてしまうとギガントは考えた。ならば記憶を消すしかないと学園長はそう言ったのだ。それは当然の処置でもあるからだ。だが、またカギが魔法をバラせば同じことを繰り返すことになると、ギガントは答えたのだ。

 

 

「それに彼女はとても聡明だ。一般人だった彼女は魔法がある可能性を知り、一ヶ月の間にこの都市が魔法使いの街であることまで突き止めてしまった。これは普通の人が真似出来ることではないでしょう」

 

「確かにそうじゃが……」

 

 

 ギガントはこの夕映を高く評価していた。何せ一ヶ月前まではただの一般人だった夕映は、カギの使った不思議な力を魔法と断定し、魔法使いの存在を突き止めたからだ。さらにそこから、この麻帆良が魔法使いの街であることまでも調べたからである。普通の人間には、これほどのことはなかなかできるものではないと、ギガントは考えたのだ。だからこそ、魔法を教えてみようと思ったのだ。

 

 

「近右衛門殿。何かあった時はこのワシが責任を取ろう。それに魔法を教えるに当たって厳しい規則を設けようと考えております。ですから近右衛門殿の許可が頂きたい」

 

「ギガント殿がそこまで言うほどとは……。ならばどのような規則を設けるかを聞いてから判断するとしようかの」

 

 

 ギガントは魔法を教えた時、夕映やその周りに何かあれば自ら責任を負うと言った。それほどの覚悟をしてでも、夕映に魔法を教えるということだ。さらに厳しい規則を設け、それを夕映に守らせると言ったのだ。

 

 そのことに学園長も驚いていた。それほどまでにギガントは、夕映に魔法を教えたいのか思ったからだ。だからそのギガントが言う規則とやらを聞いてから、学園長は判断しようと考えたのだ。

 

 

「一つ、魔法のことは他言無用。二つ、魔法をバラせば記憶を消して元の生活に戻ってもらう。三つ、魔法で問題を起こした場合も同じく、記憶を消して元の生活に戻ってもらう。四つ、その場合ワシ自身が、彼女の代わりに罪を問われる。五つ、本業である学業を怠らせない。これでどうでしょう?」

 

「うーむ、確かにそこまで言うのであれば、許可してもよかろう……」

 

 

 ギガントが口にした規則は、なかなか厳しい規則だった。そして、何かあれば自ら犠牲となると言ったのだ。学園長もそこまでギガントが言うのであればと、許可を出したのだ。だが、その結果にネギは納得いかないようだった。

 

 

「待ってください! お師匠さま、そこまでして夕映さんに魔法を教えたいのですか!?」

 

「それが大人の責任だよ、ネギ君」

 

「で、でも!?」

 

 

 何かあれば責任を全てかぶるというギガントの言葉に、ネギは納得がいかなかった。また、なぜそこまでしてでも夕映に、魔法を教えたいのかわからなかったのだ。だが、ギガントはそれを大人の責任と言ったのだ。そこで、ネギにどうして教えるかを、ギガントはやわらかい口調で説明した。

 

 

「ネギ君、事の発端はカギ君になる。だが彼はまだ君と同じ年齢の少年だ。そして、それをしっかり教育できなかったのは、大人であるワシらの責任なのだよ」

 

「でもそれは兄さんが悪いのであって、お師匠さまが悪いわけじゃ!!」

 

「いや、ワシも悪いのだよ。こうなることを予想しておきながらも、何も出来なかった、いや、何もしなかったのだからな」

 

 

 そうだ、こうなることがわかっていたのに、何もしなかったことに罪がある。ギガントはネギへそう言ったのだ。そして、そうなる前にカギにしっかりと、魔法の隠蔽のことを教育していれば、こんなことにはならなかったとギガントは言ったのだ。だが実際カギは転生者で、年齢なら10歳を超えて居るだろう。しかし、そんなことはギガントには関係のない話しであった。

 

 また、そう言うギガントに、ネギは納得はいかなかったが、何もいえなくなってしまった。そんな中、そこで喜びたいはずの夕映も、ネギと同じ気持ちだった。

 

 

「待ってください!! なぜあなたが、全ての責任を負うような真似をしなければならないのですか!?」

 

「それが大人だからだよ。君に魔法を教えたのがワシなら、その責任もワシが取らなければならん。それが大人の責任なのだからね」

 

「ですが、それではあまりにも……」

 

 

 魔法を教えてもらえる許可が下りた。だけど夕映は何か自分がした時、責任を取るのは自分ではなくギガントとなるのが、どうしても納得できなかったのだ。何か自分が失敗したなら、その責任ぐらい自分で取れる。そもそもそのような事態を引き起こさなければ良い、夕映はそう考えているからこそ納得がいかなかった。

 

 

「自分が何かやった時、記憶を消されるというのなら納得できます! でも、自分が失敗した時、あなたに責任をかぶせるのは納得がいきません! それに、自分が何らかの失敗をしたなら、その責任ぐらいとれます! ですから、全部の責任を取るなんてやめてほしいです!」

 

「駄目だ、君たちは若いんだ。だから、この判断を下したワシが、全て責任を取るよ」

 

 

 夕映が魔法を知りたいという意地があるならば、ギガントにも責任を取るという意地があった。確かに夕映が魔法で何かした時、その彼女が責任を取らないというのはとても甘い判断だ。だが、ギガントはそれを踏まえて、この規則を考えたのだ。しかし、夕映も引き下がらない。自分の失敗は自分で償うと叫んでいたのだ。

 

 

「そんなの絶対におかしいです! 自分の罪ぐらい償えます!! 魔法を教えてもらうのに、そこまでしてもらって平気な顔なんてできません!!」

 

「ならば、自らの罪を償えると? そして、それを踏まえて魔法を知るということかね?」

 

「はい! そうさせてください!」

 

「……ふむ、わかった」

 

 

 ギガントは少し脅すような形で、そのことを夕映に話した。

だが、それでも夕映は強い覚悟でそれを望むと言ったのだ。ギガントもそこまで言うのであればと思い、それでよいと夕映に言ったのだ。

 

 

「ならば訂正しよう、三つ、彼女が魔法で問題を起こした時、魔法使いのルールにより裁いてもらう。これでどうかね?」

 

「それだけではないです! 四つ目も変更してください!!」

 

 

 三つ目は夕映自信が罪に問われるかどうかの規則だ。だが四つ目の同じようにギガントも罪に問われるという規則を変更していない。そこに夕映はツッコんだのである。しかし、ギガントはそれを変更する気はなかった。それが魔法を教えたギガントの責任でもあるからだ。

 

 

「それは出来ない。ワシが教えたのなら、教えたワシも責任を問われるべきだからだ」

 

「そ、そんなこと……」

 

 

 それが大人の責任。教えるものの責任だとギガントは言った。だから夕映もそれ以上言えなかった。それが大人のルールであり、当然のことだったからだ。しかしギガントはそこで学園長の方に目を向けた。それに気がついた学園長も、ギガントに目だけを向けた。それはアイコンタクト。三つ目は先ほど述べたように頼むという意味だった。それを察した学園長は、静かに頷いていた。

 

 

「そうだな、魔法を知ったのは綾瀬君だけではなかったね。そこの宮崎君?」

 

「え? は、はい!」

 

 

 そうだ、先ほど夕映の話を聞き、ここでも話を聞いていたのどかも、魔法を知ってしまったのだ。だからギガントは、のどかも面倒を見ようと考えたのだ。そこで突然呼ばれたのどかは、ゆっくりとギガントの下へ歩いてきたのだ。

 

 

「宮崎君、君も望むなら魔法を教えよう。無論先ほど述べた規則にはしたがってもらうことになるがね」

 

「そ、それは……」

 

 

 そう言われるとのどかは少し困っていた。あの規則を守ることが条件なら、何かあった時自分で罪を償うことになる。だが、それは人として当たり前のことだ。

 

 それにのどかはネギが好きで、ネギが魔法使いならば、自分もそうでありたいと考えていた。だから、その条件を飲んで魔法使いになる道を選んだ。ただ、感情に任せた、その場しのぎの答えではない。はっきりと自分の強い意志で、そうなりたいと考えたのだ。

 

 

「……私も……魔法を習いたいです……!」

 

「そうか、では近右衛門殿。宮崎君の方も、許可をお願いできますかな?」

 

「……よいじゃろう。許可しよう」

 

 

 こうして夕映とのどかは、魔法使いとなれる許可を学園長から貰った。そしてギガントから魔法を教えてもらうことになったのだ。そこで、本来なら喜びたいはずの夕映は、少しモヤモヤした気分だった。

 

 そこでその話を聞いていたネギも、同じ気持ちであった。それはまだ、二人が若いからであり、大きくなればおのずとわかることなのである。だが、今はまだ、そのことがわからないのだった。

 

 

「綾瀬君、そこまで気にすることはないよ。なぜなら君がしっかりと規則を守ってくれればよいだけなのだからね」

 

「そ、そうですね……。わかりました!絶対にその規則を守ってみせます!」

 

 

 ギガントは先ほどの話を気にしすぎている夕映に、そう語りかけた。そしてその話を聞いた夕映も、うじうじ悩んでないで規則を守ればよいと考えたようだ。そこではっきりと規則を守ることを、ギガントに誓ったのである。また、のどかも同じように、心の中でそう誓っていたのだ。そこで同じように悩むネギに、ギガントは話しかけたのだ。

 

 

「ネギ君も気にしないでほしい。君はこれから彼女たちの兄弟子となるのだ、そんな暗い顔では彼女たちに申し訳ないだろう?」

 

「……そうですね。お師匠さまがそう決めたのであれば、僕は何も言いません」

 

「そう言ってくれると助かるよ」

 

 

 ネギはギガントがそう言うのであれば、悩むことはないと考えたようだ。そしてギガントはネギの言葉に、微笑みかけて答えていた。そこで夕映とのどかがギガントの近くへ来て、改まって姿勢を整えて立っていた。

 

 

「ギガントさん、いえ、師匠! 今日からよろしくおねがいします!」

 

「よ、よろしくおねがいします!」

 

 

 そこへ元気よく師匠となったギガントへ挨拶する二人。ようやく元気を取り戻してくれたかとギガントは思っていた。また、その光景を学園長も、顔を緩ませ優しい眼差しで眺めていた。ネギも同様に、微笑みながら夕映とのどかを見ていたのだ。

 

 そしてもう二度と魔法バレが無い様に、ネギは兄に注意しようと考えたのだ。それと同様にギガントも、カギに魔法がバレないように言いつけようと思っていた。学園長も、当然同じであった。

 

 そう三人が考えている中で、いつもの調子を取り戻した夕映とのどかは、仲良く魔法を知れることを喜び、互いによかったと言い合い抱き合っていた。まさにその光景は親友同士であった。

 

 ……その後三人から魔法バラすなと注意されて、機嫌を悪くするカギが居たのである。

 



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三十三話 珈琲少年と黒騎士

テンプレ74:フェイトの仲間に転生者


 魔法世界、幻、幻想と呼ばれる場所。実際はその事実を知るものは、あまり多くはない。

 

 その世界に存在する亜人が多く住む、シルチス亜大陸にて、やはりあの少年が活動していた。

 

 少年の名はフェイト。

 

 自分の主である造物主に逆らい、アルカディアの皇帝の仲間となった彼。今も昔と同じく従者たちと共に、魔法世界で起こった、紛争や転生者同士の争いで破壊された街での生き残った人などを救うために旅をしていた。

 

 最近は原作が始まり、徐々に魔法世界に存在する転生者も減ってきて、ある程度落ち着いてきてはいるようだ。

 

 そこへ一人の黒騎士がやってきた。その姿はフルフェイスの仮面、黒くまがまがしい鎧だった。そして赤い線が無数に入った剣を持っていた。どうやらフェイトに敵対する気のようである。この状況に、フェイトはデジャブを感じていたりしていた。

 

 

「貴殿があの人形か。今のうちに片付けさせてもらうぞ……」

 

「何者かは知らないが、僕と戦うというのか?」

 

「そうだ、貴殿が掲げる世界崩壊を阻止するべく、この私が参上したのだ」

 

「そうか、あなたも()()()()()()か」

 

「貴様を狙うものが、私だけではなかったらしいな。だがそんなことなど関係ない。貴様はここで消えてもらう」

 

 

 この黒騎士は転生者のようであった。フェイトは会話からそれを察知して、どうするかを考えていた。従者たちは手を出すかどうか、迷っているところのようだ。しかし、黒騎士はそれとは関係なく、持っていた剣で攻撃してきた。

 

 

「……やはりその障壁、なかなか厄介だな……」

 

「その程度の攻撃では、僕には勝てない」

 

 

 フェイトには曼荼羅のようなデタラメな障壁がある。フェイトを倒すには、この障壁を打ち破るほどの攻撃力が必要なのだ。大抵の転生者は、これを抜くことが出来ず、石化されてしまっているのだ。だが、この黒騎士はそれでも攻撃を続けてきた。

 

 

「だが問題ない、この程度の障壁、破壊して見せよう」

 

「何……!?」

 

 

 その黒岸が放つすさまじい速度での剣術。まさに嵐や暴風のようであった。フェイトはそれを見て、まずいと感じた。そして障壁が破壊され、フェイトは左肩にかすり傷を負ったようであった。なんということだろうか。この黒騎士、なかなかやるようだった。

 

 

「フェイト様!」

 

「大丈夫だ、しかしこの男、強い……」

 

「私はかれこれ貴様たちを倒すために、死に物狂いで戦い続けてきた。そうやすやすと負けはしない……」

 

 

 フェイトはこの黒騎士を舐めていた訳ではない。単純に黒騎士が強かっただけなのだ。本気の障壁を剣の連打で破壊されたのには、フェイトも驚いたほどなのである。そして黒騎士は間髪居れずに、さらに剣を振りフェイトの首級を奪わんとしてきた。

 

 

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト……」

 

 

 だがその黒騎士の攻撃をしのぎ、詠唱を唱えるフェイト。その詠唱を止めようとすかさず剣を振り連続して斬りつける黒騎士。だが、その剣舞を回避しながら、フェイトは詠唱を唱え続ける。

 

 

「小さな王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ、時を奪う毒の吐息を”石の息吹”!」

 

 

 フェイトが放ったその呪文は石化の魔法の呪文だった。大抵のものは、この魔法で石化されてしまうのだ。基本的に転生者は、この魔法で石化され、フェイトに捕まってしまう。だがしかし……。

 

 

「石化の魔法か。だが私には効かぬ!」

 

「……これほど高い抗魔力を持つとは……!」

 

「フェイト様! 危ない!!」

 

 

 この黒騎士に石化の煙が効かなかった。とてつもない抗魔力を持っているようだ。フェイトは石化に失敗し、その隙を突かれてしまった。従者たちもそれに気付き、あわてて叫んでいた。だがフェイトは魔法だけではない。接近戦も得意としていたのだ。

 

 

「だけど甘いよ」

 

「何!?」

 

「さっきのお返しだ」

 

「ぐっ!?」

 

 

 フェイトは黒騎士の剣を数センチのところで避け、その至近距離から拳を叩き込んだ。その拳は黒騎士の胸部に命中し、鎧を砕きながら吹き飛んだのである。

 

 これには黒騎士も驚いた。まさかこれほどのことが出来るとは思っていなかったのだ。

 

 というのも、フェイトは竜の騎士に敗北した後、ひたすらに戦闘訓練に力を入れた。魔法が効かない相手に対し、どうやって戦うかをある程度研究してきたのだ。そしてさらにフェイトは魔法を唱えた。

 

 

「障壁突破”石の槍”!」

 

「ぐおお!?」

 

 

 フェイトは地面から石を鋭く突き出す魔法を唱えていた。そして黒騎士は吹き飛ばされた背後に出現した石の槍を剣で切り裂くも、ある程度カスりダメージを受けてしまった。

 

 

「あなたの抗魔力、打撃の魔法には効果がないようだ。ならば……」

 

「何!?」

 

 

 この男の抗魔力は、打撃系の魔法には通用しないようであった。そしてフェイトは、打撃の魔法が通用することを見抜き、すかさず石の杭を大量に出現させ、黒騎士へと打ち込んだ。”万象貫く黒杭の円環”である。さらに腕に石の剣を出現させ、フェイトはそれを右腕で握っていた。フェイトの従者たちは、またしてもこの戦いを見ているしかなかった。

 

 

「竜の騎士には通用しなかったが、あなたにならどうかな?」

 

「これしきのことで、負けはせん!」

 

 

 黒騎士は剣を自分の腕のように操り、自分に命中する可能性の高い石杭を、その剣で砕いていった。そこにすかさず石の剣を使い向かい打つフェイト。

 

 その行動に黒騎士もひるみ、数本の杭を左腕と左肩、さらに右足へ受けてしまったようだ。しかしこの黒騎士も、宣言したとおりこの程度では倒れないのだ。黒騎士は受けた傷を気にすること無く、その剣をフェイトへと振るう。

 

 フェイトも応戦すべく、右腕の石の剣を黒騎士へと振るった。そして鋭い音と共に、フェイトの石の剣が黒騎士の剣と衝突したのだ。だが、しかし。

 

 

「……これは!?」

 

「……甘いな、私の剣はただの剣だが、特殊な力で強化されている。貴殿のその剣で受けれるはずがない!」

 

「……あなたもそういう力を持っているのか」

 

 

 打ち合った剣と剣。だがフェイトが操る石の剣は、黒騎士の剣により簡単に切り裂かれたのだ。黒騎士のその説明に、フェイトは竜の騎士の竜闘気(ドラゴニックオーラ)を思い出していた。

 

 あれもまた、自らの体を強化する力だった。その石の剣を切り裂かれたと同時に、黒騎士は剣の方向を瞬時に変え、フェイトの右腕を切り落とした。

 

 

「ク……。これほどとは……」

 

「こちらも傷を負わされた。五分五分ではないかな?」

 

 

 右腕が切り落とされたフェイトを見て、五分五分と言う黒騎士。黒騎士も先ほどの魔法で、負傷していた。どちらも一歩も引かぬ戦いに、黒騎士はフェイトをやはり強いと思っていた。また、そのフェイトもまさか右腕を持っていかれるとは思っていなかったようで、冷静な表情の裏で戦慄していた。

 

 

「ああ、フェイト様の腕が……!」

 

「あの男、強い……」

 

「私たちも何かできれば……」

 

 

 その戦いを見ていた従者たちは動揺を隠せ無かった。フェイトの腕を切り裂かれて、焦る暦。そして黒騎士を強いと驚きの眼差しで評価する環。さらに栞はただ見ていることしか出来ないのかと、戦いを見ながら考えていた。

 

 しかしこれほどの相手では、たとえフェイトの従者たちが戦えても、勝てる訳が無いだろう。それが従者たちにとって、とても悔しいのだ。傷を負いながらも戦うフェイトを、見ていることしかできないのが辛いのだ。

 

 

「三人とも、気にする必要はないよ。君たちが後ろに居てくれるから安心して戦える」

 

「し、しかし!」

 

「少女と会話する暇があると思うか!」

 

「……あなたは少し空気を読むべきだ」

 

 

 フェイトは従者たちの気持ちを察し、声をかけた。だが従者たちは、それでも納得しない感じであった。

 

 しかし、その会話を打ち切って、剣で切り裂いてくる黒騎士が居たのである。フェイトは負けるわけにはいかないのだ。この慕ってくれている従者たちのためにも、待ってくれているあの人のためにも。

 

 

「さあここで消え去るのだ人形よ。だが安心しろ、貴様の従者には手はださん!」

 

「信用できないね。それに僕には帰る場所がある。ここで負けることは、できない!」

 

「たわけたことを! ……これは!!」

 

 

 フェイトは砂を操り壁を作った。これにより剣の攻撃を封じたのだ。さらにその砂で黒騎士を包み込んだ。そしてその大量の黒騎士を砂で押しつぶしたのだ。だがそれだけでは終わらせない。次々と石の剣を飛ばし突き刺し、更なる魔法を唱えた。フェイトがよく使う石柱の魔法だ。

 

 

「おお、地の底に眠る死者の神殿よ、我らの下に姿を現せ”冥府の石柱”!」

 

「ぐ、ぐお、な、な……にい!?」

 

 

 砂の圧力で身動きが取れ無いというのに、フェイトが放った石の剣を手に持つ剣で何とか受けきる黒騎士。だがその上空に五本の巨大な石柱が出現し、黒騎士を押しつぶしたのだ。さらにフェイトは、その黒騎士が居た場所へと移動し、残った左の拳を打ち付ける。

 

 

「やはりまだ終わっていないか」

 

「ぐおおお、なっ……何という力だ!?」

 

 フェイトは石柱の瓦礫もろとも黒騎士を殴り飛ばす。黒騎士も負けずに剣で応戦するが、フェイトはそれをなんとか回避し、さらに振るう左の拳を加速させていく。

 

 今の衝撃でさらにダメージを受けた黒騎士は、何とかその拳を防御していた。だが、フェイトはその拳に砂を巻き上げ、竜巻のように左腕へと纏わせていた。この攻撃に、流石の黒騎士も驚いていた。これほどの行動を取るとは思っていなかったのだ。

 

 

「だがここで終わらせる」

 

「ぐっ、いや、待て!」

 

 

 そのフェイトの猛攻に黒騎士も耐え切れ無くなり、距離をとらざるを得なくなった。黒騎士は数メートル後ろへと瞬間的に移動し、剣を下げて叫んでいた。この黒騎士はあることに気が付いたようであった。だから一時休戦を申し出たようだ。

 

 

「待て! なぜそれほどの執念がある! 今の貴殿には諦めを感じぬ……!」

 

「……それはどういうことだい?」

 

「私の知る貴殿は、諦めていた。強者との戦いのみに希望を見出していた」

 

 

 黒騎士は”原作知識”のフェイトを思い出していた。”原作”のフェイトはすべてが幻だと感じ諦めていた。幻だと言うことを知りながらも、飄々と生きるジャック・ラカンの答えがわからなかった。だからこそ、強く成長したネギとの戦いのみに執着していた。だが、ここに居るフェイトは少し違う。このフェイトが放つ強い執念を黒騎士は感じ取ったのだ。

 

 

「あなたが知る僕はわからないが、今はもう諦めていない」

 

「……どういうことなのか、説明していただきたい……!!」

 

 

 黒騎士は今のフェイトにどういう訳なのか説明を願った。どうして諦めていないのか。いや、希望を持っているのかを聞き出したかった。”原作知識”では絶対にありえないことだからだ。

 

 

「フェイト様、大丈夫ですか!?」

 

「腕、拾ってきました」

 

「いつも無理ばかりしないでください!」

 

 

 とりあえず戦いが止まったことを察した従者たちは、フェイトの下へとやって来た。そしてフェイトは今までのことを黒騎士に話した。アルカディアの皇帝のこと、自分の過去を、今の自分の目標を。すると黒騎士はひざを突き頭を下に向けた。それはこの黒騎士なりの最上級の礼儀であった。

 

 

「……失礼した、まさか貴殿が成長していたとは……、この戦いの非礼を詫びたい」

 

「一体どういうことだい?」

 

 

 黒騎士は頭を上げることなく、素直に今の行動を謝罪した。この黒騎士は”原作”のフェイトは強敵であり、偶然出会ったとはいえ、今倒しておかなければならないと考えたのだ。

 

 だが、このフェイトは敵ではなかった。失うはずだったものを失わず、魔法世界の真実を受け止め強くなっていた。だからこそ、この戦いを起こしたことを詫びているのだ。

 

 

「私の知る貴殿は、危険人物だった。だからこそ、偶然とはいえ出会った貴殿を、打ち倒すべきだと考えいた」

 

「そういうことか……。理解できたよ」

 

 

 またフェイトも、この黒騎士が転生者であるとわかっていた。そして、どうして戦いを始めたかまではわかっていた。幾多の転生者も同じ理由で突然戦闘を始めたからだ。

 

 しかし、この黒騎士はここのフェイトに違和感を感じ、戦闘をやめたのだ。その黒騎士の考えを察したフェイトは、そういう意味もこめて彼に対して、理解できたと言っているのである。

 

 

「だが、今の貴殿は私の知る貴殿とは明らかに違う。……ゆえにこの戦いにおいて、貴殿を攻撃したことを謝罪させていただく。申し訳なかった!」

 

「あの、これは一体……」

 

 

 しかし突然態度が変貌したこの黒騎士に、フェイトの従者たちは少し引いていた。突然敵対していたのに、突然膝を突いて謝る姿は、普通に考えればおかしいと思うのが当然である。

 

 

「フェイト様、と、とりあえず腕をくっつけましょう」

 

「そ、そうです! この陛下からいただいた薬を飲んでください」

 

「とりあえず治療しましょう」

 

「そうだね、とりあえず治療を優先しようか」

 

 

 フェイトの従者たちはフェイトを心配し、フェイトの傷の治療を始めていた。皇帝から数本貰った治療用の魔法薬を持ち出し、それをフェイトに飲ませようとしていた。そして拾ってきた腕をくっつけようとしているのだ。その魔法薬が数本あるのを見たフェイトは、黒騎士にこう尋ねた。

 

 

「さて、薬は数本あるけど、あなたはどうする?」

 

「……敵対したこの私に情けをかけてくれるというのか!? なんと寛容なお方だ!」

 

 

 フェイトは薬は数本あることを考え、敵対していた黒騎士にも分けようと思ったようだ。また、この黒騎士、とても騎士道精神が強い男だった。敵対して腕をぶった切ったというのに、フェイトは薬を分けてくれるというのだ。その行動に感激し、感謝と敬意を払う黒騎士。そこで黒騎士は顔をあげてフェイトを見た。

 

 

「今まで名乗らず失礼した、私の名はランスロー・レイクと申す」

 

「あなたも、俗に言う”転生者”というものなのかい?」

 

「そこまで知っているとは……。その通り、私は転生者という存在、この世界の異物である」

 

 

 この黒騎士、名はランスロー・レイクと言った。また名乗ったときに、フルフェイスの仮面を取り、素顔を見せた。その姿はウェーブのかかった黒い髪を肩まで伸ばし、少し暗い表情の色男だった。

 

 そして自ら転生者だということも明かし、さらに異物と称していた。フェイトはこの黒騎士もまた、ある種竜の騎士のような強い意志を持っていると感じた。他の石化してきた転生者とは、明らかに違うことを察していた。

 

 

「私はずっと、この世界を守りたいと思ってきた。そしてそれを崩壊させんとする貴殿を倒すことを目標としてきた」

 

「……確かに、僕も皇帝が居なければ、多分そうしていただろう」

 

 

 フェイトは皇帝に会わなければ、そして栞の姉が今を生きていなければ、きっと完全なる世界に魔法世界人を送るべく奮闘したと考えた。全てを幻と考え、行動していただろうと思っていた。そうフェイトが思考しているところに、黒騎士が頼みを申し出ていた。

 

 

「だが、今わかった。貴殿を倒す必要がないことを。だからこそ折り入って頼みがある……」

 

「頼み?」

 

「もし許されるならば、この私を貴殿の従者にしていただきたい!」

 

 

 そしてこの黒騎士は現在のフェイトに感激し、従者になりたいと申し出ていた。この黒騎士の願いは唯一つ、魔法世界の平和であった。もはや魔法世界を滅ぼす気がないフェイトならば、従者として仕えるこそが今戦ったフェイトへの最大の贖罪だと考えたのだ。

 

 

「え、ええ!?」

 

「何!?」

 

「ど、どういうこと!?」

 

 

 それを聞いたフェイトの従者たちは、それに驚き変な声を上げて驚いていた。まあ当然の反応だろう。なんたって今戦っていた敵が、突然仲間になると言い出したのだから。フェイトも流石の自体に多少なりに驚いていた。そんな中、さらに黒騎士は言葉を続ける。

 

 

「私が妙な動きをしたならば、その場で首を刎ねて貰ってもかまわん。貴殿の従者として、必ずや味方であることをここに誓おう……」

 

 

 この黒騎士、裏切れば自らを殺してくれてもよいとまで言ってのけた。それほどまでに、フェイトの従者となりたいのだ。そして、絶対に裏切ること無く味方であり続けると黒騎士はフェイトに誓いを立てていた。

 

 

「昨日の敵は今日の友」

 

「環、まだ日をまたいでいませんよ!」

 

「フェイト様、どうするんです!?」

 

 

 この事態にフェイトの従者たちも混乱していた。何がどうしたらこうなったのか、あまりわからないからだ。ただ、フェイトはある程度察していたので、それをよしとしたようだ。

 

 

「……わかった。あなたを僕の従者にしよう」

 

「なんと! ありがたき幸せ。このランスロー、死力を尽くし、貴殿の力になることを約束しよう!」

 

「……はじめて見るタイプの人だね……」

 

 

 フェイトは黒騎士を仲間にすることにした。なにせあの竜の騎士が敵対者なのだ。戦力はある程度ほしいとも考えているのである。そしてフェイトの言葉を聞いた黒騎士は、オーバーな言い回しで感激していた。流石のフェイトですら、その姿に引いたようである。その従者たちも、やはり引いていた。

 

 

「では、誓いの握手を」

 

「……これからよろしく頼むよ」

 

 

 黒騎士は姿勢を低くしたまま、手を伸ばした。それを見たフェイトも手を伸ばし、誓いの握手をした。これで黒騎士はフェイトの仲間となったようだ。

 

 

「フェイト様、本当にいいんですか!?」

 

「戦いから芽生える、熱い友情」

 

「友情と言うよりも、本当の意味での主と従者みたいな……」

 

 

 その光景を見ていたフェイトの従者三人は、自分たち以外に従者が出来ることを、微妙な気持ちで受け止めていた。その後フェイトは、皇帝印の仮契約法を使って、黒騎士と仮契約を結んだ。だがその時のフェイトの従者たちは、流石に接吻ではなかったことへ、安堵と期待を裏切られた気分の両方を感じていたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:ランスロー・レイク

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:自衛隊一等陸曹

能力:持つ武器を宝具化、変装、剣術

特典:Fate/zeroのバーサーカーの能力、オマケで無毀なる湖光(アロンダイト)

   クラスをバーサーカーからセイバーへ変更

 

 

 



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三十四話 修行と会談

テンプレ75:少しショッキングな魔法の勉強

テンプレ76:早い登場の古本



 綾瀬夕映と宮崎のどかはギガントの魔法使いとしての弟子となった。ギガントは二人に正しく魔法を使わせるために、それを教えることにした。そしてその二人は、ギガントの住むこととなった一戸建ての家へとやってきていた。その家の、厳重に防衛された奥の部屋の中に一つのダイオラマ魔法球が保管されていた。そこでギガントは時間が現実と変わらないように設定された、そのダイオラマ魔法球の中へと二人を招きいれたのだ。

 

 

「ここなら魔法を使っても、誰にもわからないはずだ」

 

「すごいです……。これも魔法なのでしょうか……」

 

「別の世界にきたみたい……」

 

 

 魔法球の中はとても自然にあふれた世界だった。林や草原、湖などがあり、コテージも建っていた。その美しい光景に、夕映ものどかも驚きながらも目を輝かせていた。

 

 

「だが、すぐには魔法は教えんよ。とりあえずワシが手本を見せよう」

 

「お願いします!」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

 

 ギガントはまず手本を見せることにした。火を灯す魔法、風を起こす魔法、治療の魔法、心を落ち着かせる魔法。その他、攻撃魔法ではないものを二人に見せた。夕映ものどかも、その不思議な現象に、心を躍らせていた。

 

 

「これが魔法ですか!? 本当に不思議です!!」

 

「うん、こんなことが出来るなんて……」

 

「これも魔法だよ」

 

「そういえばカギ先生が使っていた”攻撃の魔法”をまだ見てません!」

 

 

 その色々な魔法を見た夕映が、ふと思い出した。カギが使っていた攻撃魔法、魔法の射手である。その魔法をまったくギガントは使っていないことに夕映は気がついたのだ。

 

 

「ゆえ、カギ先生はそんな魔法を使ってたの!?」

 

「……ふむ、攻撃の魔法か……。見たいのかね?」

 

「はい! 是非見せてほしいです!」

 

 

 夕映はカギが使っていた魔法の射手が見たいとギガントへ申し出た。だがギガントはそれを少し渋った。攻撃魔法は危険なものでもあるからだ。しかし必死に見たいと訴える夕映を見て、少しだけ使って見せようとギガントは考えた。

 

 

「……よろしい、ではあの丸太にその”攻撃魔法”を使おう。よく見ておくのだぞ……」

 

「はい!」

 

 

 するとギガントは風属性の魔法の射手を、そこにあった小さな丸太へと飛ばした。それが命中すると丸太に穴が開いた。夕映はそれに感動して、丸太に近づいた。

 

 

「師匠、これが”攻撃魔法”!?」

 

「そうだよ、攻撃の魔法。魔法の射手というものだ」

 

「これをカギ先生が使っていたんですね! ……え?」

 

「ゆえ、どうしたの……あ?!」

 

 

 夕映はギガントに視線を向け、もう一度丸太にそれを戻すと、丸太ではないものが目に映った。それは紫色のウサギのような動物であった。外傷はないものの、完全に死んでいるようであった。夕映はそれに驚き、のどかもその異変に気がつき覗き込んだのだ。しかしその姿に、のどかは目を背けてしまった。

 

 

「し、師匠……これは……!?」

 

「ど、どうしてこんなことに……」

 

「攻撃の魔法、すなわち他者を傷つける魔法。そういうことなのだよ……」

 

 

 攻撃魔法とは、他人を攻撃する魔法。傷つける魔法である。ギガントはそれを教えるために、それを使ったのである。しかし、これはあまりにもやりすぎだ、そう夕映ものどかも思った。あまりにもひどすぎると。

 

 

「まさか、師匠はそれを教えるためにこんなことを……! でもあまりにもひどすぎます!!」

 

「う、うん……この子がかわいそうです……」

 

「安心なさい、それは幻覚だよ。誰も怪我してはいないよ」

 

 

 だがそこでギガントはそれが幻覚と言った。そこで、夕映とのどかが視線をその動物へと戻すと、先ほどの動物は消えて穴が開いた丸太に戻っていた。

 

 

「え!? あ……」

 

「ただの丸太に戻ってる……」

 

 

 このギガントは魔法使いではない二人に、魔法の危険性をも知ってほしかった。だから手荒な真似となってしまったが、この方法を使ったのだ。しかしとてもショッキングな内容でもあった。それゆえギガントは、今のことについて、彼女たちに謝っていた。

 

 

「すまなかったね、二人とも。攻撃魔法、魔法の射手を使うということは、君達のような少女が凶器を握るのと差がないのだ。魔法使いたちは、それをしっかり教えられるが、君たちは違う。だから仕方なくこの方法を取ったのだよ。本当にすまなかった」

 

「そ、そうですね……。魔法とは言え、確かに怪我させることに変わりはないです……」

 

「確かにそう言われると怖いかもしれません……」

 

「君たちが知りたい魔法は、そういうものでもあることを知ってほしかったのだ。さて、どうするかね?」

 

 

 普通の魔法使いたちは、魔法の学校で魔法の危険性も教えられる。だから魔法をやたらに使ったりしないのだ。だがこの二人は違う。魔法を知らない二人が、魔法の危険性を言葉で教えるのは、わかるようでわからないだろうとギガント考えたのだ。特に夕映は魔法が不思議な力として、憧れてしまっていた。だからこそ、このような行動に出たのである。そしてこれを見て、まだ魔法を使いたいか二人に聞いたのだ。

 

 

「それでも、私は魔法を使いたいです! 魔法はこんな怖いことだけではないことを、師匠は最初に見せてくれました!」

 

「うん……。確かに人を怪我させることなんて怖くて出来ないよ……。だけどそれ以外の、優しい魔法を知りたいです……」

 

 

 だが二人はそれでも魔法を知りたいと言った。ギガントが最初に見せた優しい魔法も、魔法だったからだ。攻撃魔法でなくとも、そういう魔法を知りたいと、夕映ものどかも考えたのだ。

 

 

「ふむ、これを怖いと感じるのはいいことだよ。ならばまずは、身を守る魔法と、他人を癒す魔法を教えよう」

 

「あっ、師匠! ありがとうございます!!」

 

「師匠さん……ありがとうございます」

 

 

 二人は他人を傷つけることを、攻撃の魔法を怖いと言った。人として普通の感性であり、それは優しさでもあった。ギガントはそれを嬉しく感じていた。そしてギガントが最初に見せた、攻撃以外の魔法があることを知っていた二人は、それを習いたいと申し出たのだ。だから、とりあえずギガントは二人に、防御と治療の魔法を教えることにした。だが、まず必ず覚えなければならない魔法があった。

 

 

「まずは”火を灯れ”を教えよう。これは魔法使いが誰でも魔法の入門として習う魔法だ。さあ、この初心者用の杖を使いなさい」

 

「はい師匠。ありがたく使わせてもらいます!」

 

「ありがとうございます、大事に使います」

 

 

 初心者用の杖を二人は嬉しそうに貸してもらっていた。そして、誰もが最初に使う始動キーと火を灯れを教えられ、それをゆっくりと行い二人だった。と、ここでギガントはのどかがネギと仮契約し、アーティファクトを持っていることを思い出した。だが、とりあえずはそれを教えず、魔法に専念させようと思ったのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 図書館島。その地底に6人がやってきた。アスナ、木乃香、刹那、さよ、ネギ、そしてバーサーカーだ。木乃香の話を聞いたアスナが、その図書館島の地下のその場所へと行きたいと申し出て、現在そこへやってきた。また、京都でネギが貰った地図に、さりげなくナギの手がかりになりそうな場所としても印がついていた場所でもあった。しかしその扉の前に、ドラゴンが待ち構えていたのである。

 

 

「ど、ドラゴンが居ますよ?!」

 

「別に大丈夫よ……」

 

「何も心配はありません」

 

「ドラゴンはん、ごめんなー、道を譲ってくれへんかな?」

 

 

 ネギはドラゴンを見て驚き怯えたが、周りはまったく心配していなかった。そこで木乃香がドラゴンに話しかけると、すっとドラゴンは道を譲った。そしてドラゴンは木乃香に久々に会えた事を喜び、頭を下げていた。木乃香はその下がったドラゴンの頭を優しくなでているのだった。この光景にネギが飛び跳ねるほど驚いていた。あのドラゴンが木乃香になついているからだ。

 

 

「よーしよし、えー子やなー」

 

「こ、このかさんがドラゴンと戯れてる……」

 

 

 この光景はネギにとってショックだった。まさかドラゴンをいともたやすく懐かせている木乃香にショックを受けていたのだ。このようなことは普通では考えられないからだ。そこでネギは木乃香がドラゴンすらも僕にしたのかと考え、さらに驚いていたのである。

 

 

「流石覇王の弟子だぜ、あのドラゴンなんて、子猫とかわらねぇーか!」

 

「いえ、きっとこの状況を作った私たちが半分悪いのでしょう……」

 

「このか、恐ろしい娘……」

 

 

 ネギが驚き後ろに倒れそうになっている中、バーサーカーは当然の光景とし、刹那は自分たちがやりすぎたせいで、こうなったことを少し反省していた。またアスナはもう、どーにでもなーれと思っていた。そして、とりあえず先に進むことにしたのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 先に進んだその場所には図書館島の地下とは思えぬ光景が待っていた。巨大な空洞、その中に建つ神殿のような建物、壁から流れ出る巨大な滝。とても神秘的な光景であった。そして一同はその建物の中へと入っていったのだ。

 

 

「おや、みなさんおそろいで」

 

「本当にヘンタイが居た……」

 

「この人が父さんの友人……」

 

 

 そしてその先には紅き翼の一人、アルビレオ・イマが居たいのだ。本当にアルビレオが居たことに驚くアスナと、父親の友人と出会い感激しているネギがいた。

 

 

「くーねるはん、お久しぶりやねー」

 

「は? クーネル?」

 

 

 だが、そのアルビレオに挨拶した木乃香が言った名前は、アルビレオではなかった。アスナはそれにどういうことなのかわからず驚いていた。バーサーカーはとりあえず部外者として、少し離れた場所でそれを見ていた。元々は冒険がしたくて、この図書館島探索をしていたのだ。

 

 

「ええ、そうです。ですからここでは”クウネル・サンダース”とお呼びください。そして久しぶりですね、このかさん」

 

「な、何その名前、パクリじゃない……」

 

「えー!? どういうことなんですか!?」

 

 

 このアルビレオ、自らをクウネル・サンダースと呼んだ。そしてそう呼ぶように勧めてきた。アスナはどこぞの真似だと考え、ネギはよくわかっていなかった。

 

 

「難しいことではありませんよ、この名前を気に入っているだけです」

 

「くーねるはんは、ほんま変な人やなー」

 

「中身もすかすかですしねー」

 

 

 そしてその名前を名乗る理由を述べるアルビレオ。しかしその理由がひどかった。木乃香は変な人だなーと、この前来た時と同様の意見をしており、さよもこのアルビレオが本体でないことを察知してスカスカと称していた。とりあえず木乃香とさよと刹那も、アルビレオの旧友であるアスナの再会を邪魔をしないため、それを眺めることにしたのだ。また、アルビレオは本当に久々に会ったアスナと、対面する形で立っていた。

 

 

「しかし大きくなりましたね、アスナさん」

 

「久々ね、アル……クウネルさん……!」

 

 

 感動の再会、久々にあった友人同士である。だがアスナは名前を言い終えたとたん、アルビレオに拳を振り上げていた。いやはやこれがしたくてやってきたのがアスナである。その行動を先読みしていたアルビレオは、簡単に避けてアスナの後ろへと移動していた。それを察知し、アスナは後ろをすぐさま振り向き、アルビレオをじっと見ていた。だが、こんな行動をしでかしたアスナの表情は、少し嬉しそうであった。

 

 

「久々に会ったというのに、とんだ挨拶ですね、アスナさん。いやはや、これもあの騎士が悪いのでしょうか」

 

「そうね、久々の再会の想いが詰まった拳を避けるなんて、とんだ挨拶だわ」

 

 

 アルビレオはこのアスナの行動が、あのメトゥーナトのせいだとわかっていた。そこでアルビレオはそのメトゥーナトに対して、いらぬことを教えたな、お前も変態じゃないのか仮面騎士、と考えていた。だがしかし、アスナは昔からアルビレオが変態だということを知っていたので、とりあえず殴っておこうと考えているに過ぎないのである。

 

 

「あ、あのアスナさん!? 何をしているんですか!!?」

 

「何もしてないわよ、いつもの挨拶だもの」

 

「い、いつも!?」

 

 

 これがいつもの変態に対する挨拶らしい。恐ろしいものだ。しかし、このアルビレオ、どの道本体ではないので、殴ることはできない。それをアスナは知っていたので、それにをふまえての行動であった。ネギはそれを知らないのでこのアスナの行動に驚き、さらにいつもの挨拶だと知って度肝を抜かれていた。

 

 

「しかし、もう来てしまったのですか、ネギ君」

 

「もう、とは?」

 

「いえ、会うならもう少し後にと考えていたものですから、少し早く出会えてしまったと思いましてね」

 

「そ、そうだったんですかー!?」

 

 

 アルビレオはどの道ネギに会おうと考えていた。というのもナギとの約束を果たすために、会わなければならないからだ。だが、今ではなくてもよい。いずれ会ってそれを見せようと考えていたのだ。しかし、そんな考えもむなしく、さっさとネギがやって来たのだ。まあ、あの詠春の娘がやって来た時点で、こうなることをすでに悟っていたのだが。それを聞かされたネギは、アルビレオの後で会う予定だったことに、少し申し訳ない気持ちになっていた。別にそんなことを気にする必要などないのである。

 

 

「というかクウネルさん、近くに居るなら挨拶に来なさいよ。盛大に歓迎してあげたのに」

 

「その盛大な歓迎が怖くて近寄れませんよ……」

 

 

 盛大に歓迎した、というのはきっと恐ろしい何かなのだろう。アルビレオはそれを考え、怖くて近づきたくないと言った。当然その言った本人も、まあその通りだと思った。

 

 

「ふーん、ところで来史渡さんには会ったの?」

 

「ああ、メトゥーナトも偽名を使っているのでしたね。私も同じようなものではありませんか」

 

「いや、あんたと一緒にしないであげてほしいんだけど……」

 

 

 そこで思い出したかのように、アスナは自分の保護者であり、紅き翼で戦友だったメトゥーナトには会ったのかを、アルビレオに聞いたのだ。だがその質問でアルビレオが気になったことは、メトゥーナトが偽名を使っていることだった。それで自分がクウネルを名乗っているのとほとんど差が無いと考え、それをアスナへと言ったのだ。その言葉はアスナにとって聞き捨てなら無かった。当然アスナは、メトゥーナトが別に趣味で偽名を使っていないことを知っているので、お前と一緒にするなとあきれていたのである。

 

 

「ここでは来史渡と呼んでおきましょうか、彼には一応会いましたよ」

 

「む……。私には挨拶なしで、来史渡さんには挨拶をしたのね……」

 

 

 と、ここでようやくアスナの質問をアルビレオが答えた。このアルビレオはメトゥーナトとすでに挨拶をしていたようだ。それを聞いてアスナは少しだけ不機嫌になった。自分には挨拶に来なかったからである。

 

 

「当然ですよ。あなたに殴られるのは怖いですからね。まあ彼からもあなたへ挨拶しておくよう言われていましたけど」

 

「でも来なかったのね。やっぱ殴っておかないとダメみたいね」

 

 

 一応メトゥーナトにも、アルビレオはアスナへ挨拶するよう言われていたようだ。しかし、アスナには挨拶をしに来なかった。まあ、アルビレオもアスナに殴られる気はさらさら無いので、敢えて挨拶に行かなかったのだが。そこでアスナはやはり、この場でアルビレオを殴っていこうと考えた。だがアルビレオは、とりあえずネギに話そうと考えたようだ。そんなアスナを放置し、アルビレオはネギの近くへと歩いた。

 

 

「はじめまして、ネギ君。私が君の父親、ナギの友人、アルビレオ・イマです」

 

「あ、はじめまして、ネギ・スプリングフィールドです」

 

「しかし、ここではやはり、クウネル・サンダースとお呼びください」

 

「え!? わ、わかりました」

 

「その名前ほんとに気に入っているのねえ……」

 

 

 とりあえずアルビレオはネギに挨拶を交わす。そしていつも通り、クウネル・サンダースと呼ぶように言うのだ。そんなことを聞いたネギは、わかったと言ったが実はあまりわかっていなかった。またアスナは本気であきれており、そのダサい名前気に入ってるのか、とドン引きしていた。

 

 

「しかし君もよい師を得て、随分成長したようですね。そしてナギによく似ています」

 

「あなたは僕のお師匠さまを知っているのですか?」

 

「ええ、ある程度は知っていますよ。一応私の友人の友人ですからね。話ならよく聞いています」

 

「そうだったんですか」

 

 

 アルビレオはメトゥーナトから、ある程度情報を貰っていた。そしてネギが、あのギガントの弟子となったことも知っていたのだ。ネギはそれに驚いたが、友人の話とならありえると納得したのだ。そこで、ネギは自分の父親について聞こうと考えた。

 

 

「ところでクウネルさん、あなたから見た父さんは、どんな人だったんですか?」

 

「おや、私から見たナギ、とは?」

 

「タカミチさんやお師匠さま、それに詠春さんから、いろいろ父さんの話を聞きました。みなさん思い思いに父さんのことを話してくれました。だからクウネルさんが、どう父さんのことを思っていたのかを知りたいんです」

 

「随分多くの人からナギのことを聞いたのですね。わかりました、話しましょう。私がどう彼のことを思っているのかを……」

 

 

 アルビレオはネギの話を聞くととても関心した。ネギが自らが理想とする父親という偶像ではなく、色々な人からナギの話を聞き、そのナギがどういう人物だったのかを、よく知りたいと考えているとアルビレオは思ったからだ。

 

 だからこそ、アルビレオは丁寧にナギがどういう人物だったかをネギに教えた。何を思って行動していたのか、友人との関係、どういう戦い方をしたのかを。ネギはまた別の人から、父親のことを知れて新鮮味を感じながら、とても嬉しそうにしていた。そんな姿を残りの5人も、その光景をほほえましく眺めていたのだった。

 

 




火を灯れは成功するのに何ヶ月もかかるらしい

クウネル・サンダースは大会用偽名?
でも随分気に入っているようだし、前々から使っていたという設定です


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三十五話 惚れ薬

テンプレ77:原作キャラに惚れられる転生者

どうしてこうなった回



 うっかり忘れていたが、カモミールが注文したものがあった。それは惚れ薬のチョコレートだ。カギのやつがカモミールに頼んで、購入してもらったのだ。しかし、まったくそれを使わず、存在すら忘れいてたのだ。それが今、明るみに出たのである。

 

 

 カギはうっかり忘れていた惚れ薬チョコレートを、普通のチョコと勘違いした。完全に忘れ去っていたのである。そこでカギは忘れ去ったチョコレートを見て、クラスに配ろうと考えたのだ。そして、とりあえずそれを持って教室へ行き、さらにうっかりその存在自体を忘れたのだ。どうしようもないバカだった。

 

 それを拾ったのが、木乃香だったのである。小さな袋に詰まったチョコレートで、誰かのものだと思った木乃香は、とりあえず持ち主を探したのだ。しかし、持ち主は見つからず、しかたなく持って帰ることにしたのだ。だが今日は、学校が終わった後覇王に会う約束をしていたである。あろうことか、そのチョコを持ったまま、覇王に会いに行ってしまったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 定番の噴水公園。待ち合わせならここだと、覇王たちの間では暗黙のルールとなっていた。そこへ一人の少年が立っていた。あの覇王である。今日は木乃香との約束のために、ここで待ち合わせをしているのだ。覇王は京都で活躍した弟子の木乃香を、労ってやろうと考えたのだ。まったく素直でないやつである。そこに到着したのが木乃香だった。二人とも学校帰りで会う約束だったので、お互い制服のままであった。

 

 

「やあ、木乃香。久しぶりだね」

 

「ししょー、久しぶりやなー。元気やった?」

 

「まあまあかな。さて、京都で頑張った弟子のために、今日は買い物に付き合うとしよう」

 

 

 京都の修学旅行以来、あまり会っていなかった二人。木乃香は嬉しそうに久々に会った覇王へと挨拶していた。覇王も嬉しそうな木乃香を見て、少し笑顔を見せていた。

 

 

「えへへ、ししょーとデートや! やけどデートならもっとおしゃれせへんとあかんわ」

 

「女子はそんなもんなのか。まあ今度の休日にでも、また会えばいいじゃないか」

 

 

 木乃香は女性として、デートなら制服ではなくおしゃれしたかったのだ。だが覇王は男子で、そういうものを特に気にしない性格だった。男子でもおしゃれする人はするだろう。三郎あたりなら、きっとそうしたはずだ。しかし覇王はどうでもよかったのだ。

 

 

「それがええかー。そんでもって、ししょーにデートを誘われてもーた」

 

「別にそんな気ではないんだけどねえ」

 

 

 そして覇王の休日に会おうと言われ、覇王からデートのお誘いだと木乃香は考え喜んだ。だがそれを言った覇王は特にそういう意味ではないと思っているようだ。しかし普通に考えればデートの誘いになるだろう。と、まあそこでとりあえず、適当に街で買い物でもしようと、覇王は考えたのだ。

 

 

「ま、とりあえず行こうか。ここにいつまで居てもしょうがないしね」

 

「そやなー、じゃあ行こっか」

 

 

 覇王と木乃香は歩き出し、少し遅めの買い物へと出かけた。買い物と言っても、ショッピングではなく夕食などの素材を買うためのものである。そういうショッピングは、今覇王に誘われたので、今度の休日にでもと木乃香は考えた。そこで、木乃香は覇王と手をつないだのだ。覇王は特に気にせずそれを受け入れたようである。

 

 

「ししょーの手はあったかいんやなー」

 

「おや、どうしたんだい? なんか微妙に変じゃないか?」

 

「ううん、そんなことあらへんよー?」

 

 

 だが、その木乃香の行動を覇王は少しおかしいと感じた。というのも、弟子と言えど木乃香と手をつなぐことなど普段からないのだ。しかし当の本人である木乃香は、変だと言われても特におかしいと感じてはいないようだ。それを聞いた覇王はまあ、問題ないだろうと考えた。そしてそのまま夕方の街を、ゆっくり二人で歩いていた。

 

 

「ししょー、京都ではありがとうー。とても助こーたよ」

 

「いまさらだね。別に助けた訳じゃないけど」

 

「でも、ウチが助こーたのは間違いないんやよ」

 

「ふうん、まあ、そう言うなら、どういたしましてと言っておこうか」

 

 

 木乃香は純粋に覇王にお礼を述べていた。あの京都にて、大鬼神リョウメンスクナを倒してくれたからだ。そして木乃香の計画の穴を埋めるため、リョウメンスクナを持霊にしたからである。さらに自分の計画を聞いて、喜んで賛成してくれた覇王に、木乃香はとても感謝していたのだ。しかし覇王は別に助けた訳ではなく、半分は自分のためにやったことだと考えていた。

 

 

「何かししょーを見てると、ぽーっとするんや、確かにししょーの言うとおり、変かもしれへん……」

 

「おやおや、それは確かに変だね」

 

 

 木乃香は何か変な気分のようで、覇王を見るだけで顔をうっすらと赤くしていた。そこに覇王は気がついたようで、確かにおかしいと思っていた。さらに木乃香は覇王に寄り添いたいと思い、覇王にそれを求めてみた。

 

 

「ししょー、くっついてええ?」

 

「突然どうしたんだい? まあ、僕なら全然かまわないけど」

 

「わーい、ししょーやさしー!」

 

 

 木乃香は自分が少し変だと感じながらも、覇王の許しを得て覇王のすぐ横へピタリとくっついた。それを許可した覇王も今日の木乃香はやはり変だと考えたが、ほっとけば大丈夫だろうと考えた。その木乃香は覇王の側にぴったりひっつき、少し顔を赤く染めながらニコニコと笑っていた。そして、その状態のまま、ゆっくり覇王と木乃香は歩いていた。

 

 

「今日の木乃香は甘えん坊だね。何か変なものでも食ったのかい?」

 

「別に変なものなんて食べてへんよー。このチョコを一つまみしたぐらいやえ?」

 

 

 変なものを食べたかと覇王に聞かれた木乃香は、バッグに入っていた袋入りのチョコレートを取り出し、これを食べたと覇王に言った。その袋入りのチョコレートを見た瞬間に、覇王はそれが変なものだと思った。そして、覇王はそれが原因だと悟り、だから何か変だったのかと思い少しあきれていた。

 

 

「はぁー……。ねえ木乃香、そういうものを変なものと言うんじゃないか?」

 

「そうなんかなー? でもししょー、今日は優しいんやね」

 

「まあね、まあ京都で修行の成果を見せた弟子に、たまに優しくするぐらいはしないと」

 

「えへへ、ししょーに褒められたー」

 

 

 その変なものと変な木乃香のことはとりあえず置いておくとした覇王。また木乃香は今日の覇王が優しいと感じていたようだ。実際、普段は結構厳しい覇王は、こういう風に木乃香が接しても、基本的にスルーしてしまうのだ。そんな覇王だが、実は京都での木乃香の活躍を心から喜んでいた。よく成長したと感服していたのだ。だからこそ覇王から、ツンな言い方だが褒められて、木乃香は喜んだのである。普段からさほど褒めることの無い覇王が、普通に褒められることがとても嬉しいのだ。

 

 

「ししょー、ずっとウチを守ってくれるん?」

 

「ずっとは守ってやらないよ。一人前のシャーマンなら、自分で自分を守れるはずだ」

 

「そっかー、そうやろなー……」

 

 

 ふと木乃香は覇王にずっと守ってほしいと思った。しかし覇王は一人前のシャーマンならば、一人で戦えるはずなので、それはしないと言ったのだ。その言葉に、なぜかとても悲しい気持ちになった木乃香であった。それを察した覇王は、まあしょうがないやつだと思い、一応守ることを言ってやった。

 

 

「なんでそこまで落ち込むんだい? まあ、一人前になるまでは守ってやるよ」

 

「ホンマに? ホンマに?」

 

「やれやれ、嘘はいわないさ」

 

 

 守ることは守る。だが一人前になるまでと言う条件を覇王は木乃香に言い渡した。しかし、その条件でさえも木乃香には嬉しかった。覇王が自分を守ってくれることを約束してくれたからだ。

 

 

「嬉しーわー、ししょー大好き!」

 

「うーん、やっぱ変だ。まったく、変なもんなんか食うのが悪いんだ」

 

 

 しかしこの木乃香、とても変であった。突然木乃香が覇王に告白するなど、普通に考えてたらまず無いだろう。それを聞いた覇王はどうしたものかなーと考えた。まあ、時間がたてば戻るだろうと、やはり楽観的に考えていたのである。そんな感じでとりあえず、店で今晩の夕食の材料を買い、帰ることにしたのだ。

 

 

「こんなもんだろう。状助に頼まれたものも全部買ったしね」

 

「ウチも大体揃ったえ、アスナは何が食べたいかなー」

 

「そうか、そっちは木乃香が料理してるのか」

 

「んー、日替わりなんよ。明日はアスナが料理当番なんやえ」

 

「へえ、こっちは料理が状助、僕は洗濯と決まってるからねえ」

 

 

 木乃香はアスナと同じ部屋である。料理は日替わり制であり、一日ずつ交代するようだった。覇王は状助の特典上、料理は全て状助に任せており、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が使える覇王が洗濯を行っているのである。そして寮への帰り道、すでに日は沈みかけており、辺りは赤く染まっていた。

 

 

「ししょー、今日はありがとうなー。付き合ってもろーて」

 

「何を言ってるんだ?この程度、かまいはしないさ」

 

「ほんま、今日のししょーは優しいわー、別人みたいや」

 

「木乃香が普段僕をどんな感じで見てるか、少しわかったよ」

 

 

 覇王は木乃香の今の発言で、厳しい鬼師匠と思われていると悟った。まあはっきり言えば間違えではない。シャーマンとして伸ばすなら、ある程度厳しくなければならなかったからだ。しかし、その厳しさも木乃香はとても感謝していたようだ。

 

 

「んー、シャーマンにしてもろーたこと、感謝しとるんよ。ししょーのおかげで、つよーなれたし、持霊の友達もできたんやから!」

 

「そう自慢の弟子に言ってもらえると嬉しいかな」

 

「ウチはししょーの自慢やったんかー、ウチもそう言われると嬉しーわー」

 

 

 覇王に自慢の弟子と呼ばれて満天の笑みで喜ぶ木乃香。本当にその言葉が嬉しかったようで、飛び跳ねて嬉しがっていた。また、この覇王が全てを注いだ弟子こそが木乃香なのだから、当然覇王にとっては自慢の弟子なのである。

 

 

「そりゃ自慢だよ。なんたって、弟子を取るなんてはじめてだしね」

 

「そっかー、ウチはししょーのはじめての弟子やったんやなー」

 

 

 覇王は1000年前、弟子は取らなかった。自分の子へは技術を伝えても、弟子と言う訳ではなかったのだ。500年前は、弟子を取る余裕も無く、ひたすら戦いに明け暮れていた。だから、木乃香は覇王にとっての、はじめての弟子でもあった。その弟子が、ここまで優秀に育っていることに、覇王は喜びを感じるのは当然であった。

 

 

「そうさ、木乃香が僕のはじめての弟子だよ。シャーマンとしてもね」

 

「ししょーのはじめてかー。えへへ~」

 

「うーん、やはり変だなあ、今日の木乃香は」

 

 

 やはり今日の木乃香は変だ。覇王はそう考えて、さっきのチョコレートが原因だと推測していた。だが覇王は変になった理由がわかっても、流石にどういう風に変になっているかはわからないのである。そしてそれを食べた木乃香も、その効果をまるで気にすることなく覇王に接しているのだ。

 

 

「ししょー、これからもずーっと、よろしゅー頼むわー」

 

「ずっとは無理さ、一人前になるまでだね」

 

 

 その言葉を聞いた木乃香は覇王に抱きついた。そして覇王を顔をしたから覗き込むように、少し不機嫌そうな顔で眺めていた。その木乃香の表情を見ながら、一体覇王はどうなっているのかと考えていた。

 

 

「うー、ししょーのいけずー!」

 

「どうしてそうなるのかなあ……」

 

 

 あのチョコレートのせいなのか、普段よりも押せ押せの木乃香に覇王は困った。別に抱きつかれたりするぐらい、覇王は気にしない。だが、こういう態度に、微妙に困っていたのである。そんな覇王に抱きついたまま桃のように顔を赤くして、今度は嬉しそうにする木乃香が居た。

 

 

「ししょー、大好きやえー!」

 

「ふーむ、それはどういう意味でかな?」

 

 

 その木乃香の告白を聞いて覇王はどういう意味で好きと言っているか、聞いてみることにした。師としてか、友人としてか、それともなのかを、知りたいと思ったのだ。また、その答え次第では、さっきのチョコレートがどのようなものか、わかるかもしれないと覇王は考えたのだ。

 

 

「んー、ししょーは一人の男の人として、好きなんや」

 

「へえー、そうなんだ……本当か?」

 

 

 その質問に木乃香は男性として覇王が好きだと言った。そこで今の言葉を聞いて、さらっと流しかけた覇王だった。だが一瞬ハッっとして聞きなおしたのである。

 

 

「ホンマや、ホンマにそうなんや! はお!!」

 

「あちゃー、どういうものを食ったか、わかったよ」

 

 

 覇王が聞きなおしても答えは同じだった。木乃香は堂々と、覇王が男として好きだと言っていた。覇王は木乃香のその態度に、どんな効果のものを食べたかがようやくわかったようだ。きっと惚れ薬だ。それも長時間持たない効果のものだとわかったのだ。

 そう、さっき木乃香が食べたチョコレートは、カギがうっかり忘れた惚れ薬チョコレートだったのである。そして、この惚れ薬チョコレートは30分しか効き目が無いのである。

 その答えを覇王は得て納得しているところに、顔を赤くして覇王に抱きつきながら、その覇王の顔を眺めている木乃香が居た。

 

 

「はお、ありがとう」

 

「困ったねえ……おう?」

 

 

 そして木乃香は覇王に礼を言うと、覇王の頬にキスをした。その行動に覇王は流石に驚いた。いやはやここまでするとは思ってなかったのだ。顔を真っ赤にしながら抱きつくのをやめて、もじもじしながらその覇王の様子を見る木乃香に、覇王も一瞬ドキりとした。この覇王に、一瞬だけでも平常心を失わせる木乃香は、やはりすごい少女なのだろう。

 

 

「はお、さっきのこと、嘘やないよ」

 

「ふうむ、木乃香はその食った惚れ薬のチョコで、変になってるんだよ。もうすぐ戻るんじゃないかな?」

 

 

 覇王はこの症状は薬のせいだと木乃香に言った。そして、もうその惚れ薬の効果も長くは無いとも言ったのである。これは悪い夢だから、あまり下手なことをしないで、おとなしくしたほうがいいかもよ、と覇王は思ったのだ。だが、その言葉を聞いた木乃香の答えは、覇王の予想外なものであった。

 

 

「そうやったのかもしれへんけど、今は違うんよ」

 

「……何!?」

 

 

 このチョコレートの効果は30分である。しかし、実際にはすでに30分立っていたようだ。つまり、今の木乃香の行動は惚れ薬によるものではなく、木乃香自身が望んだ行動であった。その言葉に覇王はまたしても驚いた。うそだろ承太郎と言うポルナレフ状態だった。そう言って強気で責める木乃香だが、はやり頬を紅色に染めていた。そしてまさか、木乃香がここまで押しの強い少女だとは、覇王も思っていなかったのだ。

 

 

「はお、返事はすぐじゃなくてもええんよ。はおはきっと、ウチを弟子としか見てないの、わかっとるんや……」

 

「こ、木乃香、君は……」

 

 

 今の告白の答えをある程度察していた木乃香は、少し寂しそうな表情で覇王を見つめていた。その木乃香の寂しそうな表情に、覇王は言葉が続かなかったようだ。

 

 

「でも、諦めへんよ。はおが振り向いてくれるよう、ウチはガンバル!」

 

「……やれやれ」

 

 

 しかし、どうしようかと考えている覇王を見ていた木乃香は、覇王に振り向いてもらうと強い気持ちをこめて宣言したのだ。その言葉に覇王は少しだけ吹っ切れたようで、肩をすくめてため息をついていた。そして木乃香は今の言葉に恥ずかしそうにしながらも、とても強気の表情で笑っていた。そんな木乃香に、覇王はその告白の答えを言ったのである。

 

 

「木乃香、君は僕の弟子だ。今はそれ以外ないよ」

 

「うん、わかっとる、わかっとんよ……」

 

 

 この時点で覇王は、木乃香をとても優秀な弟子で友人としか思っていない。それは紛れも無い真実だ。だから、自分を惹かせるにはどうすればよいか、覇王は木乃香へ高らかに発言した。

 

 

「……そうだな、この覇王を惹きつたくば、シャーマンとして強くなって見せよ。そして、この僕と並ぶほどのシャーマンとなれ」

 

「……はお?」

 

「僕はシャーマンキングとなる。この世界のどこかにある、G.S(グレート・スピリッツ)を見つけ出す。だからこそ、そう言うならば君にも強くなってもらわんと困る」

 

「それがはおの夢……」

 

 

 覇王の夢、野望、それは星の王となることだ。このネギまの世界のどこかにあるG.S(グレート・スピリッツ)を見つけ、シャーマンキングとして君臨する。そして、この世界のどうしようもない転生者の魂を管理したいと思っているのだ。ならばその覇王の隣に居たいのなら、シャーマンとして強くなれ、そう覇王は言っているのだ。木乃香は覇王が与えた最大のチャンスに、驚きながらも挑戦しようと考えたのだ。

 

 

「……わかったえ、はお。ウチはもっともーっとつよーなる! はおにふさわしい、最高のシャーマンになって見せるえ!」

 

「フフ、その意気だよ。やはり僕の自慢の弟子、そして自慢の友人だ」

 

 

 木乃香は覇王の今の答えを真っ向から受け止めた。とても強い意志で絶対に強くなると言ったのだ。覇王はその木乃香の言葉に嬉しさを感じ、笑いが口から漏れていた。そして木乃香は必ず覇王に好きになってもらうと覇王に向かって断言したのだ。

 

 

「今は弟子で友人かもしれへんけど、きっとはおに、ウチを自慢の恋人やって言わせるんや!」

 

「ハハハハ、面白い、やってみるといい。この覇王を得たいのなら、強くなっておくれ、木乃香」

 

「うん! つよーなる!」

 

 

 それを聞いた覇王は、ならばやってみろと挑発的な言葉を木乃香へと述べていた。だがこの覇王、今の木乃香の言葉に少しだけ嬉しく思っていた。なぜならここまで慕われたことは、覇王もなかったのである。1000年前覇王は結婚したが、ここまで愛されたことがなかったのだ。そして木乃香は本気であった。だからシャーマンとして強くなり、覇王の恋人になることを誓ったのである。

 

 

「楽しみにしているよ。木乃香が強くなり、僕に並ぶシャーマンになることをね」

 

「絶対なってみせる! だから、そうなったら……」

 

「フフフ、わかっているよ。まあ、今度は休日にでも会おう」

 

「うん! はおー、今からもうししょーとは呼ばへん! はおって呼ばせてもらうえー!」

 

「そうか、ではそうするがいい。じゃあな」

 

 

 木乃香は覇王に恋をした。いや、もっと前からしていたかもしれない。だが、この惚れ薬チョコレートにより、木乃香はそれに気がついたのだろう。別れの言葉を言った覇王は、そのまま立ち去った。S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を使わず、歩いて帰っていったのだ。木乃香はそんな覇王の後姿を見ながら、また今度と叫び、見送っていたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 寮へと帰ってきた覇王は、帰ってきたとたん頭を抱えて悩んでいた。あかんぞこれ、どうしてこうなったんだろうか。そう悩んでいた。状助が居なくて助かった、居たらきっと馬鹿にされていただろう、そんな醜態を覇王はさらしていたのだ。

 

 

「弟が家から消え、僕がもしも、本当にもしもだが木乃香と結ばれたら、誰が家を継ぐというのか……。どうしたらいい……」

 

 

 覇王はシャーマンキングになるという壮大な夢と、赤蔵の次期頭首としての現実的な未来を考えていた。だからこそ、もしも、もしものことだが木乃香と結ばれれば関西呪術協会の長として、婿養子とならなければならないだろうと考えたのだ。さすれば、今赤蔵家から消えた弟、陽を次期頭首にしなければならなくなるのである。そこに頭を悩ませる、なんとも現実主義な覇王であった。いや、悩むところ違うだろ……。

 

 

 

 ……ちなみに木乃香は、アスナとさよに覇王へ告白したことをしゃべっていた。アスナは驚いたが、まあそうだろうと思っていたらしい。さよも驚いていたが、そうだったんだ、程度で済ませていた。その味気ない態度に、もっと言うことがあるやろー!と叫ぶ木乃香が居たのであった。

 

 




何でこうなったのか作者自身も困惑していた


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三十六話 島

テンプレ78:夕映とのどか地味に強化

みんな大好き海水浴回


 海は広いな大きいな。ここは雪広グループのリゾート島である。本来”原作”なら、ネギのみを誘おうとしたあやかだったが、ネギ以外にもある程度クラスメイトを誘ったようだ。そこで誘われたアスナたちは休日にこのリゾート島へと訪れていたのだ。

 

 しかし、ここに覇王や状助の姿もあった。なぜかと言うとアスナと木乃香が誘ったからだ。というか、ホイホイ男子誘っていいのかよ、と状助は思った。

 

 だがまあ、アスナもあやかも状助とは旧友の仲、特に気にすることも無いと思っていた。それは単純に状助はヘタレで人畜無害という意味でもあるだろう。

 

 そんな状助はその誘いを何度か断っていたのだが、覇王が行くと言うので仕方なくついて来たのだ。その覇王は木乃香に押し切られてしまったらしいが。

 

 そして木乃香のクラスメイトたちがいっせいに海へと飛び込んで行く中で、状助は海など目もくれずに釣りをする覇王へと話しかけていたのである。

 

 

「しかしよぉ~、ここに来て覇王は釣りかよ~、どんだけ枯れてるだおめぇはよぉ~!」

 

「いいじゃないか、特にすることなど無いからね」

 

「ほんとジジイみてぇなヤツだなあ、覇王よぉ~!」

 

 

 リゾート島へ来て釣りとか、どういう感性しているのかと状助は考えていた。仮にも中学生だというのに、このおっさんっぷりの覇王。老け込みすぎだろおめぇよー、と状助は思うのであった。

 

 しかしその覇王は特に気にせず釣りをする。釣れているようには見えないが、こうやって動かないのがよいらしい。

 

 

「ジジイだから仕方ないだろう? 何年生きてると思ってるんだ?」

 

「かぁ~、この覇王もうダメだぜ……」

 

 

 状助は覇王の枯れっぷりに完全にあきれていた。話に聞けば露天風呂で女子と遭遇したらしいじゃないか。そこでもなんとも思わない覇王に、状助は完全にジジイ、枯れ木と称していた。どうしようもないこの覇王に、一人の少女がやってきた。白い生地に桜の花柄模様のワンピース水着を着た木乃香である。

 

 

「はお、なんで釣りなんてしとるん?」

 

「木乃香か。別にいいじゃないか、邪魔にはなってないだろ?」

 

「こー言う場所に来たんなら、泳がんともったいないんやない?」

 

「気にしないでほしいな。僕はこうして静かに釣りをしていたほうが、好きなんだ」

 

 

 この覇王は騒ぐより静かなほうを好む。当然騒いで泳ぐより、こうして静かに釣りをしていたほうが好みなのだ。だが木乃香はまったく納得がいかない。とりあえず覇王を連れ出すことにした。そう考え、覇王の顔を覗き込む木乃香であった。

 

 

「はおー、一緒に泳ごー?」

 

「何でだい? 木乃香は刹那たちと遊んでいればいいじゃないか」

 

「えーやん! 少しぐらい付き合ってくれてもえーやん!」

 

 

 すると木乃香は覇王の手を引っ張り、無理やり海に連れて行こうとしたのである。だが覇王は動かない。あの長刀である物干し竿を操るほどの力を持っているからだ。だからさらに木乃香は手札を増やしたのだ。

 

 

「ちょっと木乃香? 無理に連れて行く気か? な、前鬼に後鬼!?」

 

「前鬼、後鬼ー、はおをつれて来てー」

 

 

 そこで木乃香は前鬼、後鬼をO.Sした。こうなることを予想して紙の媒介を持ってきていたのだ。そしてその前鬼、後鬼に担がれそれに驚く覇王であった。

 

 

「こ、木乃香! そこまでやるとは思わなかったぞ! ……まあいいか、しかたないやつだ……」

 

「うわぁ……、覇王が負けてるぜ、グレート……」

 

 

 なんてことだ、あの覇王が前鬼、後鬼に捕まり、そのまま木乃香に拉致されてしまった。もはや諦め、完全に前鬼、後鬼に身をゆだねている覇王。木乃香もそれと共に歩いていった。

 

 そして海に投げ捨てられ、木乃香に抱きつかれて海に浮かぶ覇王は、もはやそこには大陰陽師としての姿はなく、ただの中学生であった。

 

 だが、ここでS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を使って鬼たちを倒さなかったのは、覇王の優しさであった。というのも捕まった時点で、完全に諦めていたのだ。

 

 いや、巫力無効化を使えば逃れられるだろうに。それをするほどでもないと多分覇王は感じたのだろう。その覇王を見た状助は、とんでもないものを見たと思っていた。

 

 

「覇王のやつ、木乃香に好かれてんなぁ~。つーか、いつの間にか名前で呼ばれてやがるじゃあねぇーかー!」

 

「そうね、随分イケイケなのね、このか」

 

 

 この木乃香の豹変振りに、状助は驚いていた。そこに一人の少女がやってきて状助の話に加わった。その状助は誰と話しているかを気にせず、さらに言葉を進めていく。

 

 

「まったく、どうしてこうなってんだ!? ありのまま起こったことを話すぜ! 状態だぜぇ」

 

「それはこのかが覇王さんに告白したからよ」

 

「ぎゃにぃぃぃ~~~!? うそだろ承太郎!!? つーか銀河がいつのまに!?」

 

「さっきから会話してたじゃない……」

 

 

 先ほどから状助の会話に加わっていたのは、新タイプのスクール水着のアスナであった。かれこれ小学生のころから付き合いのあるアスナは、状助とはある程度親しいのである。

 

 その状助はいつの間にか会話に加わっていたアスナに驚き戸惑っていた。そんな慌てる状助を、アスナはあきれながら目を細めて見ていた。

 

 

「このかが覇王に告白だとおおお!? どういうことだぁぁ!?」

 

「どうもこうもないわよ、このか本人がそう言ってたんだから」

 

「グレート、覇王の野郎フラグ立ててやがったのかよ……」

 

 

 アスナから事情を聞いた状助は、一歩後ろへ下がるほど驚いていた。まさかあの覇王がフラグを立ててしまっていたなどとは思っていなかったからだ。その驚きまくる状助を、やはり珍獣を見る目でアスナは見ているのである。

 

 

「状助はそのフラグとか言うやつ立ってないの?」

 

「立てる訳ねぇーだろ!!」

 

 

 状助が覇王のやつフラグを立てたと言ったので、アスナは状助もフラグを立てないか聞いてみた。すると状助はそんなもん絶対に立てぬぅと叫んでいた。やはり状助は昔と同じく、そういうことはしたくないようだ。

 

 またアスナは中学の最初まで、状助を苗字で呼んでいた。だが、最近は名前で呼ぶようになったのである。状助はまだ気恥ずかしいので、アスナを苗字で呼んでいるのだが。アスナは状助を腐れ縁の友人として接しているのである。

 

 

「フラグなんて絶対立てたくねぇぜ!」

 

「ふーん、状助は面白くないわねぇー」

 

「おめぇーも覇王と同じことを言うのかよぉ~!!」

 

「あ、やっぱ覇王さんも同じ意見なんだ」

 

 

 状助は覇王によく、面白くないやつと言われている。一切のフラグを立てず、原作知識を忘れたくても忘れられない、平凡な転生者。フラグの一本や二本ぐらい立ててくれれば、面白いものが見れそうだと、覇王は考えているのである。

 

 しかし実際フラグを立てたのは、状助ではなく覇王だった。そして木乃香に抱きつかれ、海の上で静かに浮かぶ覇王を、激写するものが居た。

 

 

「いやあ、あれアツアツだねー。きっと面白い記事になるよー!」

 

「木乃香さんは、意外と行動的」

 

 

 白いビキニを着た和美である。和美は覇王に抱きつく木乃香の行動力に笑いながらカメラを構えていた。そしてその横でマタムネは、その木乃香の大胆な行動に少し驚いていた。

 

 

「しっかし、見せ付けてくれるね、あの二人」

 

「むしろ覇王様が遊ばれているのではないでしょうか」

 

「いやー、近衛のやつもあんなに押しが強いとは思わなかったよ」

 

「木乃香さん、なかなか強気のようですね」

 

 

 あのおっとり系大和撫子の木乃香が、あれほどまでに押せ押せな姿を誰が想像しただろうか。そんな覇王は完全に海に身を任せていた。それは単純に、どうにでもなれーの表れである。

 

 木乃香はそんな覇王に引っ付き、顔を少し赤くしながらも笑っているのだ。なんとほほえましい光景だろうか。

 

 それを遠くで見守るものもいた。少し古いタイプのスクール水着を着た刹那である。刹那は覇王と戯れて笑顔で遊んでいる木乃香の姿を、嬉しそうに眺めていたのだ。

 

 

「このちゃんは本当に覇王さんが好きなんですね……」

 

「あーあ、ほんとどうしてこうなってんの?」

 

「あれ、バーサーカーさん、いたんですか!?」

 

 

 突然現れたバーサーカーに驚く刹那。と言うのもこんなところまでついて来るとは思っていなかったのだ。バーサーカーは特に悪びれた様子も無く、覇王と木乃香を眺めていた。

 

 

「おう、霊体化してこっそりついてきたぜ」

 

「いいんでしょうか、それで……」

 

 

 さりげなくこのバーサーカー、霊体化して乗り込んできたのである。このキャッホー、女子だらけの海水浴、によくやってきたものだ。しかしバーサーカーの任務は一応木乃香の護衛、逃げるわけにもいかんのだ。だが半分は海で暴れたいと思っていたりもする。

 

 

「一応護衛だからよ。しっかし、いらなかったかもなあ、あれを見ちまうとよお」

 

「そうですね。このちゃんは覇王さんにべったりで、普通に手が出せませんよ」

 

「ハッハッハ、違ぇねぇ!」

 

 

 木乃香は覇王にべったりである。というか随分過激なスキンシップだった。これが覇王でなければ雄たけびをあげて襲ってしまいかねないだろう。だが覇王は状助から枯れ木と称されるほどの感性の持ち主。もはや慣れた様子で木乃香をかまっているのである。

 

 

「覇王さんも、なんと言うか……」

 

「しょうがねーぜ、覇王のやつ、一応1000年前から存在してんだからよ」

 

「は!? な、何ですその話!?」

 

 

 覇王は1000年前に一度生まれ、転生したことを刹那や木乃香に話していない。というのも別に話す必要はないと考えていたからである。そんな驚きの事実をバーサーカーから語られた刹那は、当然驚いていた。

 

 

「知らなかったのかよ!? 覇王は何度か転生して、今に蘇った大陰陽師だぜ!?」

 

「し、知らないですよ!? そんなこと、一度だって話してくれなかったんですから!」

 

 

 覇王はこの世界で二度転生したものである。そしてかれこれ1000年は魂としては存在している。まあ枯れててもしかたがない部分もあったりする。

 

 だが、精神は一応肉体に引っ張られるはずなので、本来の感性は中学生のはずなのだ。だが覇王は結構悟っているので、やはり反応がド鈍いのだ。

 

 

「話してなかったのか、あいつ。まあ、教えても教えなくても、意味ねぇことだしな」

 

「ま、まあ、知ったところで、今の覇王さんが変わる訳ではありませんからね……」

 

「でもよー、あの態度はねぇだろ……。あんなに抱きつかれてるのに、スルーしてるんだぜ!?」

 

「で、ですよね……。なんというか、慌てることを知らないというか……」

 

 

 覇王は友人たちがドン引きするほど、反応が淡白すぎるのだ。木乃香がそこまで出るところが出てないにせよ、柔らか女性の肢体をゼロ距離で感じても、なんとも思ってない様子なのである。それではあまりに木乃香がかわいそうだ。

 

 

「あ、でもオレだったらテンパって逃げちまうな」

 

「バーサーカーさん、意外にウブなんですね」

 

 

 だがバーサーカーはそんなことされたら、たちまち逃げると豪語していた。それを聞いた刹那はウブと感じた。まあしかし、バーサーカーは少女に弱い。恋に弱い。そりゃ当然逃げるだろう。そこで言い訳ではないが、バーサーカーはどうしてそうなったかを、刹那に今度話してもいいかなーと思ったようだ。

 

 

「いや、まあ、今度色々話してやるよ」

 

「そういえばバーサーカーさんの過去って、あまり聞いたことがありませんね」

 

「ああ、だからそこらも踏まえて、話してやっからさ」

 

「それは楽しみですね」

 

「おう、楽しみにしておいてくれ、刹那!」

 

 

 バーサーカーもそろそろ自分の過去ぐらい刹那(マスター)に教えてもよいと考えた。実際、ある程度夢で刹那はバーサーカーの過去を垣間見てはいるのであるが。しかし、本人から聞けるとあれば、刹那も楽しみなのである。

 

 そして、ちらっと刹那は木乃香を見ると、覇王の腕に抱きつき海に浮く覇王を引っ張り、笑っているのである。いやはや青春であった。

 

 して、そこにもう一人覇王と木乃香の様子を見ている少女がいた。白いワンピース水着を着たあの焔である。焔は魔法世界人であり、魔法世界で超有名な覇王のファンである。微妙に複雑な心境であった。

 

 

「覇王さん、良き人を見つけたのですね……」

 

「みたいねぇ」

 

 

 そこに来たのはアスナであった。状助と会話を終え、覇王をじっと見ている焔に話しかけたのである。というのも状助はあの会話の後、逃げるように海に飛び込んで行ったのだ。そこまでしてフラグを立てたくないのである。

 

 

「アスナか、いやはやあの覇王さんを見ると、切ないというかなんというか」

 

「焔ちゃんは覇王のファンだもんね」

 

「だが、別に嫉妬などはしていない。覇王さんが幸せとなるのなら、祝福するのがファンの礼儀なので」

 

「ほんと覇王のことが好きなのね」

 

 

 焔は覇王のファンだ。というか覇王は魔法世界でファンクラブがあるほど人気である。だが焔はファンクラブには入っていない、所謂はぐれファンと言うものである。また焔は覇王が好きだが、それは敬愛から来るものであり、ただの尊敬できる人という意味でしかないのである。

 

 

「そうだな、好きではあるがそれは尊敬できる人という意味で、好きなんだ」

 

「ファンだもんねえ。まああの二人が本気で付き合い出したらチャチャ入れつつ祝ってやりましょ?」

 

「うん。あの二人は、結構お似合いな気もする」

 

 

 アスナはあの二人が付き合ったら、祝ってやろうと言っていた。焔も同じ気持ちであった。尊敬すべき人とその弟子なのだから、お似合いだと思っていたのだ。あわよくば二人の恋愛がうまくいくよう、祈っているアスナと焔であった。

 

 

 だが、そこに覇王と木乃香の姿を見て、気に食わないやつもいた。カギである。カギも呼ばれたというか、ネギが行くというからついて来たのである。そういう当たりは、なかなか抜け目が無いやつだ。

 

 

「ぐぎー! あの野郎! フラグ立ててるじゃねーかー!!」

 

「いやあ、ありゃデキてるとしか思えねぇぜー」

 

「ファーック!! どうして俺じゃねぇんだよ!!」

 

「あ、兄貴には兄貴のいいところがあるから大丈夫ですぜー!」

 

「そういう慰めが一番惨めなんだよー!!」

 

 

 このカギ、魔法学校ではモテモテだった。しかし麻帆良に来てから、まったくモテないのだ。まあ、魔法学校の時は、英雄の息子としてちやほやされていたのだろう。

 

 しかし麻帆良では、その理由は通用しないのだ。そして、ネギのほうを見ると、夕映とのどかに囲まれていた。そこにも羨ましいクソーとカギは思うのである。

 

 

「なんでアイツもモテるんだよー! 意味がわからねぇー!!」

 

「兄貴ぃぃ! どこへ!?」

 

 

 カギはその光景に悔しくなって走り出していた。もはやこんな光景見たくもないと思っているのである。そこで突然走り出したカギを追って、どこへ行くのかカモミールはたずねていた。

 

 

「こんなモテモテな連中と居られるか! 俺は部屋に戻る!!」

 

「あ、兄貴それは死亡フラグだー!!?」

 

 

 カギは涙を流し逃げ出した。どうしてこうなっちまったんだー!と思っていた。そこで惚れ薬チョコのことを思い出し、どこかに忘れてしまったことも思い出した。それでまた、涙を流すカギであった。また、あのチョコレートは覇王によってこっそりと焼却処分されていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 黒いワンピースの水着を着たのどかと夕映が、ネギと魔法の話をしていた。そこでネギは夕映とのどかが魔法使い候補となったことに驚いていた。そもそも一般人である二人が、ある程度魔法が使えるようになっていることに、驚いているのだ。

 

 まあ、そういう話は魔法を知らない人の前では話せないので、こっそり会話していたのである。また、しっかりと認識阻害をかけているので、話しを聞かれてもゲームの話し程度にしか感じないようになっていた。

 

 

「ネギ先生、師匠はすごい方ですね」

 

「お師匠さまから魔法を教えてもらってるんでしたっけ?」

 

「はい、ネギ先生のように、なりたいと思いまして……」

 

「のどかはとても優秀です! 私も負けれら居られません!」

 

 

 二人はギガントの弟子となり、ある程度の魔法を教えてもらっている。攻撃魔法は覚えていないが、それ以外のサポート系の魔法を教えてもらっているようだ。夕映もよく頑張っており、のどかも夕映が優秀と言うほど、なかなかの上達具合のようであった。

 

 

「お師匠さまから、どんなことを教えてもらったんですか?」

 

「火を灯れから、対衝撃用障壁や簡単な治療魔法です」

 

「私もゆえと同じです、だけど私は障壁より、治療魔法を優先してます」

 

 

 障壁にて防御を覚え、治療魔法も覚えているようである。夕映は防御に重点を置き、のどかは回復に重点を置いているようであった。それ以外にも武装解除なども教えられているらしい。

 

 いやはや何ヶ月もかけて火を灯れを練習せねばならんというのに、それがもう出来るようになっているというのは、なかなかの才能である。

 

 

「そうだったんですか。僕も攻撃魔法を覚えたのは、結構後だったんですよ」

 

「ネギ先生も、そうでしたか」

 

「お師匠さまはあまり他人を傷つけることを、好まない性格なんです」

 

「うん、師匠さんは傷つけるより、癒すほうがよいと言ってました」

 

 

 ギガントは医療団を結成するほどのものである。職業柄、治療を得意としており、基本的に戦闘を好まない。ただ、戦わなければならない場面では、躊躇わない性格でもある。そういう性格だからこそ、まずは攻撃より回復や防御を教えてしまうのである。そこにもう一人魔法を知るものが来た。やはりパパラッチ和美であった。

 

 

「おやおや、面白いことになってますなー」

 

「な!? 朝倉さん!?」

 

「まさか聞かれちゃった!?」

 

 

 和美はこっそりとネギたちの話を盗み聞きしていたようだ。そしてここぞと言うタイミングでひょっこり現れ、その三人を驚かしてやろうと考えていた。

 

 案の定三人は和美の姿を見て驚き、予想通りの表情をしていたことに和美の顔に笑いが漏れていた。しかし、認識阻害をかけているので、そこまで驚く必要はないはずなのである。

 

 

「大丈夫大丈夫! 魔法のことなら知ってたから!」

 

「たしかカモ君が勝手に教えたんだっけ……」

 

 

 しかし、和美は魔法を知っていたので、認識阻害がうまく働かなかったようだ。この認識阻害は、魔法の会話をゲームっぽい会話として聞かせるものであり、魔法を知らない人には効果が高いのだが、魔法を知っている人にはさほど効果が出なかったようだ。

 

 だが、魔法のことを知ってたら、むしろ大丈夫ではないのだが。また、そこでネギは修学旅行の時に、カモミールが和美に魔法を教えたことを思い出した。

 

 

「そうそう、だからそのまま話してても平気だよ?」

 

「でも、魔法のことはあまり知らないほうがいいんじゃないでしょうか?」

 

 

 ネギは魔法使いでもない一般人が魔法のことを知っているのは、あまりよくないと考えていた。そもそも多少大げさな言い方だが、魔法を使えないのに魔法を知っているということは、身を守るすべがないのに危険なことに片足を突っ込んでいるようなものだからだ。

 

 

「そのとおりですよ。魔法に深く関わると、いつか危険な目に遭うやもしれません」

 

「ね、ネコー!?」

 

 

 そこに一匹のネコが来た。マタムネである。マタムネは魔法と関わると、魔法使いの事件に巻き込まれるかもしれないと考え、言葉にしていた。だがしかし、その言葉以上に、ネギも夕映ものどかも、そのマタムネに釘付けとなっていた。

 

 

「ネギ先生! ネコがしゃべってます!!」

 

「かわいいー! 名前はなんて言うのですか?」

 

「おっと、小生としたことが。申し遅れたが名をマタムネと申す。お見知りおきを」

 

「マタっちは私の友達だからね!」

 

 

 マタムネは名前を聞かれ、自己紹介するのを忘れいてたと思い、即座に名乗った。夕映ものどかも、ある程度魔法に触れ使えるようになったせいか、O.S(オーバーソウル)たるマタムネを見ることができるようだ。

 

 ネギも夕映ものどかも、とりあえずそこで自己紹介をしたのである。そこでマタムネはネギの自己紹介の中で、彼女たちの教師をしていると言う言葉に反応していた。

 

 

「お前さんが教師なのですか。世の中も変わったものですね」

 

「魔法使いとしての修行が、先生をすることだったんですよ」

 

「魔法使いの修行なのに、先生なの!?」

 

「魔法使いとは、一体何なのですか!?」

 

「魔法関係なくない?」

 

 

 いやはや、魔法使いの修行が先生とはこれいかに。誰もがそれをツッコんでいた。ネギもそう言われて見ると、なんでだろうと考えてしまうほどだった。だって、先生するのに魔法はいらないのだから当然である。

 

 

「まあいいじゃないですか。それもまた人生、よき出会いがあったと言う事ですよ」

 

「よ、よき出会い!?」

 

「出会いはまさに運命ということですね!」

 

「確かに、そうかもしれません」

 

 

 よき出会いと聞いて、のどかは顔がりんごのように赤くなっていた。そりゃネギに告白したのだ、よき出会いとは好きな人と出会うことだと勘違いしたのである。

 

 それを見た夕映も同じような考えであったらしく、そっちも勘違いしたようだ。しかしネギはクラス全員こそよき出会いと思い、人生深いなあ、と考えていた。そこで和美はそのマタムネの言葉を聞いて、海岸辺りに指を指していた。

 

 

「ほらほら、あっちはよき出会いでラブラブだよ!」

 

「あれは覇王さんとこのかさん!?」

 

「な、このかさん、なんて大胆な……」

 

「あのぐらい大胆になれれば私も……」

 

 

 そこで和美が視線を向け、教えたのは覇王とこのかの戯れであった。ラブラブなのかは別として、とても仲むつましい光景だったのである。大胆にアタックする木乃香に夕映は戦慄し、のどかはあのぐらい大胆になれればと考えていた。

 

 

「のどかも負けれいられませんね!」

 

「でもー、あんなこと私できないよ」

 

 

 木乃香のようになれれば、ネギにもっと近づけると考えるのどか。だがそこまで勇気がでないとも思っていた。そんなのどかに頑張ってほしいと願う夕映が、その横で応援していた。

 

 

「覇王さんもこのかさんも、とても仲がいいんですね」

 

「ふむ、ネギさんとやらはまだまだ人生経験が浅いようだ」

 

「いやー、あの年で人生経験豊富だったら結構驚くよ?」

 

 

 だがネギはあまりそういうことがわかっておらず、単純に仲がよいんだな、程度しか思えないのである。まあ、そこまで察せる10歳児は、少しアレかなと思う和美でもあったが。

 

 

「そうだ、ネギ先生も一緒に魔法を教えてください!」

 

「うん、そうしてもらえると嬉しいかな……」

 

 

 夕映はのどかのために、ネギにも魔法を教えてほしいと頼んでいるのである。それを察したのどかも、同じくそうしてもらいたいと言っていた。それを聞いたネギはその理由がわからずに、どうしてだろうかと考えていた。

 

 

「お師匠さまだけじゃなく、僕にも?」

 

「はい、是非お願いします!」

 

「お、お願いします!」

 

「うーん、お師匠さまだけで十分だと思うんだけどなあ」

 

 

 夕映ものどかもネギに魔法を教えてもらうようにお願いし、頭を下げていた。夕映は当然のどかがネギに魔法を教えてもらえれば、二人の距離が縮まると考えていた。その横でのどかもネギに魔法を教えてもらえるだけで十分嬉しいと思っていたのだ。

 

 しかしネギは自分が教えるより、ギガントが教えたほうがよいと考えていた。まあそれ自体は間違えでは無いのだが。そこに助け舟を出したのは、やはりマタムネであった。

 

 

「まあよいではないですか、ネギさん。二人とも、一生懸命に頼んでおられるのです。少しだけ面倒を見てやってはいかがでしょうか?」

 

「そ、そうですね……。わかりました、お師匠さまのようには行きませんが、魔法も教えさせていただきます」

 

 

 そのマタムネの言葉と二人の熱意により、ネギは魔法を教えることにした。夕映とのどかはその言葉を聞いて飛び上がって喜んでいた。それを見ている和美もマタムネも、これも青春かと考えていた。

 

 

「ありがとうネギ先生! よかったですね、のどか!」

 

「ありがとうございます、先生ー!」

 

「青春してるねー」

 

 

 そして夕映はのどかの方を向き、よかったと声をかけていた。のどかも同じく夕映のほうを向いて、ありがとうと言っていた。まさに本当の親友らしい姿である。そんな感じで、とりあえずリゾートを満喫する少女達であった。

 




刹那の好意の順番は
木乃香>バーサーカー>覇王
となっております
刹那にとっての覇王は頼れる友人レベルです

最初の友人や最初の恩人とでは差があるのも仕方の無いことです



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悪魔襲来編
三十七話 スライムと転生者


テンプレ79:クロス作品を使ったオリジナル技能

テンプレ80:リリカルなのはっぽい転生者

テンプレ81:オリジナルデバイス


 ここで悲しいほどに影の薄い少年が居た。犬上小太郎である。本来なら京都でネギとの死闘を繰り広げるはずだった少年だ。しかし、そうならずに人知れず反省部屋で反省したのち、普通に関西呪術協会に雇われることになったのだ。だが、そんなある日、京都から忽然と小太郎は姿を消すのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこに居たのは一つの影であった。水を移動し様子を見ているものだった。まったく降り止まぬ気配すらない強い雨の中、とても不穏な空気が麻帆良に漂っていたのである。それとは別に、もう一人男がいた。赤いアーチャーの転生者である。このアーチャーは、小太郎をある程度ぶちのめし、”原作どおり”路上に投げ捨てたのだ。その後、”原作どおり”那波千鶴と村上夏美に助けられたのである。それを確認したアーチャーは、その場を後にし、もう一人の男に全てを任せたのだった。

 

 このアーチャーの目的は、ある程度原作に近い形へと持っていくことでもあったようだ。別に小太郎が関西呪術協会で頑張っていても、問題など無いはずなのだ。だがこのアーチャーはそれを許さなかったようだ。だからこそアーチャーは小太郎をこの麻帆良へと強制的に連れて来たのである。

 

 

 

 犬上小太郎は気がつくと、誰かの部屋に居た。ボコボコにされた傷も手当てされ、寝かされていたのである。この小太郎はアーチャーに仲間になるよう言われたが、断った。そこでアーチャーと戦闘し、ボコボコにされて路上へと投げ捨てられてしまったのである。しかしアーチャーは元々小太郎を仲間にする気などまったくなかったのだ。断られることを前提に仲間に誘い、戦いを誘発したに過ぎないのである。

 

 そして、この小太郎は悪魔封印用の瓶を持っていないのだ。”原作”ならば悪魔封印用の瓶を持って麻帆良へとやって来て、そこで敵に倒されたようだった。しかし、ここではそもそもその悪魔自体が、瓶に封印された訳ではなかったので、そういうものが存在しないのだ。

 

 

 だからこそ、知らない女性が二人居る部屋で、なぜか寝かされているこの状況がよくわからなかった。と言うのも小太郎は、あのアーチャーと戦い完膚なきまでに敗北した辺りまでしか覚えてないのだ。一体あの後どうなったのかはわからないが、この部屋から外の景色を見ると、京都ではないことぐらいはわかったようだ。ただ、記憶が無くなった訳ではなかったため、とりあえずおとなしく、その部屋の主二人の世話になることになったようである。

 

 

…… …… ……

 

 

 と、この中等部女子寮に三匹のスライムがやって来た。ある男の命令により、その作戦を全うすべく行動を開始したのだ。その行動とは、まずネギを誘導するための、人質の確保であった。ある男はネギに用事があるらしく、そのネギを呼び込むために人質として多数の生徒を確保せよとスライムたちに命じたのだ。

 

 だが、スライムたちが人質として生徒を攫おうとした場所は、女子寮の大浴場であった。スライムたちは遊びで関係の無い複数の生徒を襲うと、次に目標を定めてそれを狙った。その目標とは、魔法やネギに関わっているのどか・ゆえ・和美の三人だ。”原作”なら古菲も狙われるはずなのだが、ここのネギは中国武術を習っていないので、古菲は除外されたようである。

 

 そのスライムの力により、風呂の中に沈められる三人。三人はその異変に驚いたが、この時点でもはやなすすべはなかった。この謎の現象が異常事態だと気づいた和美たちの前にそのスライムが姿を現し、彼女たちをあざ笑うかのようにうごめいていた。そして、そのままスライムたちは、そのまま水の転移により攫おうとしたのだが。

 

 

「そこの軟体生物ども……。彼女たちに何をしておる?」

 

「ナ?誰ダ!?」

 

 

 何者かが棒状の武器を風呂場の水面に叩きつけたようだ、その一撃は水しぶきをあげ、風呂の水を天井まで吹き飛ばした。この謎の攻撃に一体どうしたのかと、スライムたちは一瞬焦った。そしてそのスライムに捕まりかけた三人は、その勢いで水面上へと飛び上がり助かったのだ。そこで、すばやくその誰かに気づいたのは和美であった。

 

 

「マ、マタっち!?」

 

「お前さんがた、大丈夫でしたか?」

 

 

 そこに居たのはマタムネであった。このマタムネは不穏な気配を察知して、この大浴場にやって来ていた。そしてマタムネはその衝撃を利用し、浴槽の外へと飛び再び和美たちの方を向いたのである。

 

 

「マタムネさん!!?」

 

「マ、マタムネさん!!」

 

 

 夕映ものどかもマタムネに気がつき驚いていたが、同時に感謝もしていた。もしマタムネが居なければ、意味もわからず捕まっていたからである。

 

 また、その場に居た他の生徒は、マタムネを見ることが出来ないので、謎の現象として捉えるしかなかった。マタムネは三人の安否を確認すると、すかさず認識阻害の札を取り出し適当に投げつけ、他の生徒たちの意識を逸らす。そして、そこで普段通りの表情でありながら、鋭い殺気をスライムへと向けていた。

 

 

「なんだお前ハ!?」

 

「コイツ動物霊ダゾ!?」

 

「邪魔者は倒すのデス!」

 

 

 突然の邪魔者にスライムたちは驚いたが、相手がネコの霊だとわかり余裕の態度を取っていた。そのスライムたちの姿をマタムネは警戒しながらも、静かに睨んでいた。それも目だけで相手を射殺すほどのものであった。

 

 

「和美さんとその友人がたに手を出すのであれば、この小生、手加減せぬ……」

 

 

 その言葉は波を感じぬものだった。だが、恐ろしいほどの威圧を感じる言葉だった。和美は今のマタムネの言葉に一瞬驚いていた。あの温厚なマタムネが、本気で怒りを感じていることをその言葉だけで察したからだ。だが、それは自分たちを心配してくれていることでもあると考え、同時に喜びと感謝も感じていた。

 

 

「マタっち、助けに来たんだね!? ありがとう!」

 

「礼には及びませんよ。これも小生が心で決めた事です故」

 

 

 和美はマタムネにお礼を言っていた。いや、言わずに入られなかったのだ。マタムネもその言葉をスライムたちから視線を動かさずに聞いていた。そして、気にするなと和美へと優しく言っていた。

 

 

「マタムネさん、ありがとうです……」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「お二人にも先ほどと同じ事を申そう。気にする事などありません」

 

 

 そこで夕映ものどかもマタムネに感謝を述べていた。だがやはりマタムネは礼には及ばないと二人に言っていた。その三人と一匹の光景を見ながら、いつまで話しているのだとスライムたちは思っていた。そこでスライムたちはマタムネに挑発的な言葉を発していた。

 

 

「そこの動物霊、邪魔をするなら消えてもらうヨ!」

 

「そうデス、邪魔デス!」

 

「今すぐ出て行くナラ、許してやってもイイゼ?」

 

 

 しかし、そのスライムたちの言葉に耳を貸さずに、マタムネは攻撃を開始した。マタムネはその手に持つキセルで、打撃攻撃を一匹のスライムに与えた。だが相手はスライムである。そういうダメージはなかなか通用しない。さらに三匹のスライム、そこそこ体術ができるのだ。スライムたちはその攻撃を合図にいっせいにマタムネへと飛び掛り、蹴りやパンチを連続的に浴びせだしたのだ。そのスライムたちの猛攻に、マタムネは防戦を強いられていた。

 

 

「所詮動物霊ダナ、このままやられてしまエ」

 

「その柔軟さ、寒天の如し。では小生も()()を使わねばならんようだ」

 

「強がるなヨ!」

 

 

 スライムたちの猛攻に、これはまずいと考えたマタムネは、次の手に出た。そのスライムたちはマタムネの今の言葉を強がりだと考えたようだ。さらに攻撃の速度を増すスライムたちを、マタムネは一度キセルを横になぎ払って吹き飛ばし、態勢を立て直した。そして、その秘術をマタムネは使った。スライムたちを倒すため、和美たちを救うために、自らの巫力を削って本気を出したのだ。

 

 

(ちょう)占事略決(せんじりゃっけつ)、”巫門御霊会(ふもんごりょうえ)”!」

 

 

 そこでマタムネはキセルに自らの巫力を与え、巨大な刀を作り出したのだ。これこそが超・占事略決に記された秘術の一つ”巫門御霊会”である。

 

 

「な、その巨大な刀ハ!?」

 

「訳がわからないデス」

 

「だが我らにそのような手は通じないゼ!」

 

 

 突然現れた巨大な刀に、恐怖を覚えるスライムたち。だが自分たちはスライムであり、軟体だと言う自信があった。だからあの刀程度ではこの優勢が覆らないと考えたのだ。

 

 

「ならば、受けてもらおう」

 

 

 巫門御霊会、そしてO.S(オーバーソウル)”鬼殺し”。マタムネが自らの巫力にて、キセルを媒介にO.S(オーバーソウル)した巨大な刀だ。その刀はすさまじい力を持ち、切り裂いた肉体を滅ぼす力を宿す。だが、それは自らの生命すらも削る諸刃の剣でもあるのだ。そこでその鬼殺しを、向かってきた一匹のスライムへとすばやく振るう。その軌道、三日月の如し。

 

 

「”三日月(ミカヅキ)(ハラエ)”!」

 

「ナ、ウアアアアア!?」

 

 

 その鬼殺しの一撃で、スライムは軟体の体を消し飛ばされ、完全に消滅した。つまりそれは、スライムが元いた場所へと帰って行った証でもあった。それを確認したマタムネは、残りの二匹へと顔を向け、鋭い視線を向けて無言の威圧を発していた。

 

 

「ウソダロ!?」

 

「い、意味がわからないデス!?」

 

 

 その刀の一振りにて仲間が消滅したことに、残りの二匹のスライムは驚き戦慄していた。それも何が起こったのかさえもわからないのだ、当然のことである。もはやこのマタムネに恐れを抱いた二匹のスライムは、流石に旗色が悪いと考えここは引くことにしたようだ。

 

 

「クッ、作戦通りじゃないけど、時間デス」

 

「このままじゃヤバイ、別の作戦に移ったほうがよさそうダゼ……」

 

 

 二匹のスライムは、このマタムネを相手にする時間がないことを悟り、退散していった。まだ主要人物を捕える任務があるスライム二匹は、ここで時間を使う訳には行かなかったのだ。さらに、ここで全滅してしまっては元も子もないと考えたのだ。また、マタムネは退散して行くスライムを追わず、その場にとどまる事にした。何か強い力を別の場所で感じたからである。

 

 

「マタっちありがとうー! 本当に助かったよ! ただのネコだと思ってたけど、強かったんだね!」

 

「マタムネさん、ありがとうー」

 

「どうもです、マタムネさん」

 

 

 危険が去ったことを察した三人は、マタムネに助けてもらったことにもう一度お礼を言っていた。その礼を聞いたマタムネは三人を無事守りきったことで、いつもの笑顔になっていた。

 

 

「何、当然の事をしたまでですよ」

 

 

 マタムネはこれが当然の行動だと三人に話した。自分はこういうことしかできぬ身であり、こういう時だからこそ、戦うものだとマタムネは考えているからである。しかし、この先にもこのような事態が起こりかねないとマタムネは考えた。だからこそ、この三人に忠告をしておこうと思った。

 

 

「そして今だからこそ、お前さんがたへ忠告しておくとしよう。魔法に関わるという事は、この手の輩に襲われる可能性があるという事なのですよ」

 

 

 こう言う危険な目に遭った時だからこそ、マタムネは魔法に関わることはこういう目にも会うということを、その三人へ話した。その忠告を述べるマタムネは、真剣な表情であった。また、マタムネの忠告を息を呑み、静かに三人は聞いていた。

 

 

「う、そうなんだ……。こういうこと、あまり深く考えたことなかったなー……」

 

「そうですね……。確かに私たちの認識が甘かったのかもしれません」

 

「うん、だから魔法は普通の人には隠されていたんだよね……」

 

 

 そこで三人はマタムネの今の忠告に、少し怯えていた。魔法は確かに危ないものだが、こういう危険があるなどと考えていなかったからだ。そして、このようなことがこの先にも起こるかもしれないと考えると、やはり怖いと思うのが普通だ。だが、そこでマタムネはいつもの笑顔に戻りこう言った。

 

 

「その恐れこそが最も重要。そして、危機があればこのマタムネ、すかさず駆けつけ、必ずや助けに参りましょう」

 

「ま、マタっち……! やっぱ最高の友達だよ! マタっち!」

 

 

 マタムネはとても優秀な御霊神である。赤蔵家や覇王を助けることは当たり前である。また、気に入ったこの和美やその友人を助けることもまた、当たり前だと考えるのだ。そして、とりあえず一難は去ったようだ。だがあのスライムはまだ二匹生き延びている。何があるかわからないマタムネは、とりあえず彼女たちの側に居ることにした。

 

 

…… …… ……

 

 

 なんとか大浴場から生き延びたスライムの一匹は、刹那を捕まえようと考えた。刹那は寮の廊下を歩いているところだった。それを見つけたスライムは木乃香に変身し、隙をつこうと考えたのだ。しかし、その姿は全裸の木乃香だったのである。

 

 

「せっちゃん、せっちゃんと一緒に大浴場行こうと思て」

 

「何で裸なん!? このちゃん!!」

 

 

 その木乃香の姿を刹那はかなり焦った、何故か全裸の木乃香が目の前にいたからだ。だがそれはスライムの変装だ。偽者なのである。木乃香の裸を見てわたわたと混乱する刹那の隙をつき、スライムは姿を変えて取り込もうとしたのだ。

 

 だが、遅い、遅かった。その動きでは、この刹那は捉えられない。それは一瞬だった。スライムが取り込もうとした一瞬、すでに刀は振り下ろされていたのだ。そして刀を鞘へと戻し、ポツリと刹那は言葉を残した。

 

 

「……神鳴流奥義”斬魔剣”」

 

「ナニ……!? ナゼ!?」

 

「このちゃんが、そんなはしたない真似など、する訳がないだろう。だがこのちゃんの姿は切れない。だから姿を変えた瞬間を狙わせてもらった」

 

「嘘ダロ……体ガ……」

 

 

 斬魔剣。退魔用の神鳴流奥義。魔のものがそれを受ければ、絶大なダメージとなる。そしてスライムはその神速の剣技により、体を保てず散っていった。つまりこのスライムも元居た場所へと帰っていったのだ。その剣撃、光の如し。

 

 この戦いにおいて、普段から外では刀を所持しておく習慣を身につけていたことが、功を奏したようだ。ここで刀を握っていたからこそ、一瞬でスライムを切り払らうことが出来たのである。それを考えて刹那は詠春から譲り受けたこの刀、夕凪を強く握りながら眺めていた。しかし、そこでその雰囲気をぶち壊すような言葉を刹那は口にしたのである。

 

 

「このちゃんがあのような姿を見せるのは、私ではなくむしろ覇王さんなのでは……」

 

 

 いやはやなんと迷走した言葉か。それもないだろうと、誰もが思うことだった。そんなことがあれば、覇王ですらドン引きなはずである。それを言い終えると刹那は、今自分が言った言葉に慌てだし、赤面していた。そして木乃香の身が危ないことを察するまでの数分の間、その場で自己嫌悪に陥っていたのである。

 そして、最後に残った他のスライムも、別の場所へと移動していた。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこはアスナと木乃香の部屋だった。窓からゆっくり侵入してくる残りのスライム。いまだその存在に気づかないアスナと木乃香を、このスライムが攫うのは難しいことではないだろう。だが、そこにはもう一人居た。精霊となったさよである。

 

 

「このかさん! アスナさん! 変なやつが来ました!!」

 

「変な? む、確かに変ね、”来れ(アデアット)”!」

 

「ホンマや。とりあえずここはアスナに任せよか」

 

 

 スライムは驚いた。音も無く忍び込んだはずがバレたからだ。だがその認識は甘い、甘すぎる。ここには精霊さよがいるのだ。その程度すぐばれる。その侵入者の姿を見たアスナはすかさずハマノツルギを取り出し臨戦態勢へと移る。そこで木乃香はアスナが臨戦態勢になったのを見て、とりあえずこの侵入者はアスナに任せようと思ったようだ。

 

 

「さて、今日はもう眠いからさっさと終わらせてもらうわね?」

 

「その強気もどこまで持つカナ?」

 

 

 スライムはそう言うと、すかさずアスナへと飛び掛った。体を広げアスナを捕えようとしたのだ。だがアスナにはその程度の動きなど、亀の歩み程度にしか感じないのだ。そしてアスナはハマノツルギを横に一振りし、スライムを切り裂いた。

 

 

「そんな攻撃など効かないデスヨ!?」

 

「無駄よ、あんたはもう、終わりよ……」

 

「何を悠長ナ……アアア!?」

 

 

 ハマノツルギの効果は魔法の消滅である。それは召喚された式神などにも有効で、一撃で帰してしまうほどだ。このスライムもまた召喚された存在だ。ゆえにこのハマノツルギの一撃を受ければ、強制的に送還されてしまうのである。もはや断末魔も言えずに、そのまま元居た場所へと強制的に帰っていくスライムであった。

 

 

「これで一安心ね」

 

「アスナのソレ、ホンマにスゴイんやなー」

 

「わあ、軟体さんが一撃で消えました!」

 

 

 アスナは完全に消滅したスライムを見て、安心して休めると思ったようだ。また、木乃香はアスナのアーティファクトであるハマノツルギを眺めながら、いつもながらすごい効果だと考えていた。そしてスライムをたった一撃でしとめたアスナを見て、さよはすごいと言葉にしていた。

 

 

「でも、本当にこれで安全になったのかしら? 何かやな予感がするんだけど」

 

「そやなー、とりあえず今夜の運勢でも占ってみよか?」

 

 

 しかし、完全に安心するのはまだ早いとアスナは考えた。あのスライムの仲間が居る可能性があると考えたのだ。さらに、何かいやな予感を感じたので、そのことを木乃香へ話したのである。そこで木乃香は占いで、そのいやな予感が的中しているかを探ろうと考えたのだ。

 

 

「そうね、それじゃお願いね」

 

「このかさんの占いの命中率は高いですからね」

 

 

 アスナは木乃香が占うと言ったので、そうてほしいと頼んだ。また、さよも木乃香の占いがかなりの確立で当たることを知っているので、どんな結果が出るかどきどきしながら見守っていた。そして木乃香が占いを終えると、木乃香の表情が険しくなった。あまりいいとは言えない、むしろ悪い結果が出たようだ。

 

 

「まだ誰かがやってくるかもしれへん、占いでは背が高い男がやってくるよーなことを示しとる」

 

「背が高い男?」

 

「それは誰なんでしょうね」

 

 

 木乃香の占いでは、この後背の高い男がやってくることがわかったようだ。だが木乃香の表情から見て、その背の高い男は知り合いではなさそうだった。それをアスナは察したのか、まだ面倒が起こるのかと頭を悩ませていた。その近くで占いの結果を見たさよも、それが誰なのか考えていた。

 

 

「うん、背の高い男や。そんで、なにやら悪う感じみたいやわ」

 

「もしかして、変態だったりして……。そしたら最悪じゃない」

 

 

 アスナはこの男が変態だったら本気でいやだなと考えていた。過去に一度変態と戦ったアスナは、二度目があるかもしれないと思っているのだ。そして、このアスナの勘、当たらなければよいと木乃香は思った。こんな雨の夜に変態がやってくるなんて、普通に考えても悪夢でしかないだろう。

 

 

「んじゃ、とりあえずこうやって待ち構えてようか」

 

「そやね、ウチもO.S(オーバーソウル)しておこーか、さよ!」

 

「はい!」

 

 

 アスナはハマノツルギを握ったまま、その男を待ち構えることにした。木乃香の占いはかなり当たるので、それを信用したのだ。また、何も無ければそれで良しだし、とりあえずいつでも戦えるようにしておこうと思ったのだ。そこで木乃香もいつでも戦えるようにO.S(オーバーソウル)をすることにしたようだ。

 

 

「憑依合体、相坂さよ、イン鉛筆!」

 

 

 今度は鉛筆を媒介に木乃香はO.S(オーバーソウル)をしたようだ。鉛筆は周りが木で出来ているので、普通のシャープペンよりも相性がよいと考えたのだ。そして、そのO.S(オーバーソウル)の姿は、簡素なもので、巨大な鉛筆そのものだった。

 

 

O.S(オーバーソウル)、スピリット・オブ・ペンシル!」

 

「全てがそのまんまなのね、まあ確かにわかりやすいといえばわかりやすいんだけども」

 

 

 名前も見た目もそのまんま、巨大な鉛筆のO.S(オーバーソウル)。その姿を見たアスナも、そう感じて感想を言葉にしていた。というのも木乃香は戦うことをしたことが無いので、まずは媒介に似せた武器のほうがイメージしやすいと考えたのである。しかし、覇王に並ぶためにはさらに工夫しなければとも考えているのだ。

 

 

「そう言わんといてな。ウチだってまだまだこれからなんやから」

 

「覇王さんに並ぶシャーマンになるんだっけ? 確かにまだまだこれからね」

 

「そうなんよ、だからもっとうまくO.S(オーバーソウル)がイメージできるようなりたいんやけどな」

 

 

 O.S(オーバーソウル)はイメージの形でもある。精霊となったさよならば、自由な発想で形状を変化できるのだ。だからこそ、木乃香はさらにうまくO.S(オーバーソウル)を構築出来るようにしたいと考えていた。そして、その状態のまま二人はその男がやってくるのを会話しながら待つことにしたのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 一人の少年が麻帆良へと降り立った。彼の名は真方使羽(まがた しば)、転生者である。あのアーチャーと契約した転生者で、ある男とともに麻帆良へとやって来たのだ。この使羽の目的はただ一つ、原作キャラにエロいことをするというものだ。はっきり言えば、いまだに手は出していないカギ以上に変態なのである。

 

 

「ようやく麻帆良か! やっときたぁぁ!!!」

 

 

 麻帆良へやって来たことに、テンションが上昇していく使羽。彼の抱いた最低な野望のために、女子寮へと移動を始めた。

 

 

「大浴場で結界使って閉じ込めて、魔法で拘束してあんなことやこんなことしちゃうもんね!!!」

 

 

 いやはや、なんという行動理念だろうか。最低すぎて反吐が出そうである。まさにこの使羽は本物の変態だった。カギはまだ生易しい方だったらしい。むしろカギはただのエロ親父だ。そして、この使羽の特典はリリカルなのはのアームドデバイスの”ぼくのかんがえたさいきょうのデバイス”である。オリデバイスと言うものであり、巨大な剣なのだ。もう一つの特典は”魔力SSSランク”という、転生場所を間違えたようなやつであった。なぜリリカルなのはに転生しなかったのだろうか。

 

 

 だがしかし、その使羽の行動を阻むものが現れた。使羽が女子寮付近に差し掛かった時に、一人の少年がその使羽に声をかけたのだ。その少年とは流法(ながれ はかる)、スクライドの劉鳳の能力をもらった転生者である。なにやら不穏な空気を感じ、女子寮近くへとやってきていたようだ。そして、法が女子寮近くにやってきたと同時に、そこへ一人の少年がやってきた。それが使羽だった。法は使羽が侵入者であることを察知し、警告をしたのである。

 

 

「お前は何者だ? ここで何をしている? ここから先は女子寮で、男子禁制だ。今すぐ立ち去るがいい」

 

「あぁ? 俺ちゃんの邪魔をすんのかテメェ!?」

 

「何を言っている? まさか女子寮に入ろうというのか?」

 

「そーだよーん! 邪魔しないでくれよん!!」

 

 

 この使羽は女子寮の大浴場に用事がある。だから当然女子寮へと侵入しなければならないのだ。だが法はそれを絶対に許さない。そのような不法侵入を許すような男ではないからだ。その使羽の言葉に目つきを鋭くし、敵と断定する法。しかし、それでも二度目の警告を法は使羽へと出していた。

 

 

「お前が何者かなどどうでもいい、この先は立ち入り禁止だ。速やかに立ち去れ! 次は無いぞ?」

 

「知るか! んなことより女体のほうがいいんだよ!!」

 

「何? お前、何が目的だ……!」

 

 

 法は本気で、しかし静かな怒りを燃やしていた。この使羽は明らかに女子生徒を狙っているからだ。何をするかはわからないが、かなり卑劣な行為を行おうとしていると悟った法は、使羽の目的を聞き出そうとした。そんな怒りに燃える法を、使羽は所詮雑魚だと見下し余裕の表情を崩さない。

 

 

「あぁ? 知りたい? まあすぐ死ぬテメェに、冥土の土産に教えてやらう」

 

「死ぬだと!?」

 

「テメェは俺に殺される。だから教えるのだよん、俺ちゃんの目的は原作キャラにイヤーンなことをするってことよ!」

 

「……原作キャラ? 何を言っているんだ!?」

 

 

 この使羽は完全に法をなめきっていた。そして目的として3-Aの少女たちにエロいことをすると宣言したのだ。だが、原作キャラと言われても、原作知識のない法には、それがまったくわからないのである。原作キャラとは何かと悩んでいる法に、使羽はその答えを馬鹿にした態度で教えていた。

 

 

「おろ、原作知識ないんかテメェ。そだな、女子中等部3-Aの女の子たち、あの娘らにちょっとイタズラしちゃうんだ!」

 

「な、に!? お前は……!」

 

 

 法は今の使羽の言葉を聞いて、完全にキレた。もうとてつもなくプッツン行ったようだ。なぜかと言えば3-Aには友人たる千雨がいるからだ。今その千雨が何をしてるかはわからないが、この下衆な使羽などに会わせる訳にはいかないと思ったのだ。

 

 そして、その千雨は現在大浴場にいる。法はこの事実を知るよしもないが、使羽を野放しにすれば千雨も被害に遭うということを理解した。それを法は許さない。ルール以前に、人として許せないのだ!

 

 

「……お前は俺が裁く! ”絶影”!!」

 

「チッ、血の気の多いやつだぜぇ、変身(セットアップ)!!」

 

 

 もはや完全にキレた法は、しょっぱなから真・絶影を作り出し、即座に攻撃させた。その真・絶影とは、絶影の本来の姿である。普段は拘束衣を装備したような少年の人形の姿の絶影である。だが、その姿は力を抑えている時の姿なのだ。力を解放した絶影の姿とは、巨大な腕の下に装備された二本のドリル状の剣。しかし技名は拳になっているので、一応腕の扱いらしい。そして上半身と下半身が分離し、下半身は大蛇のような形となり、常に宙に浮いた姿。それこそが、まさに真の絶影の本来の本気の姿なのである。

 

 

 また使羽もとっさに変身し、バリアジャケットを装備する。それは黒と青の騎士甲冑であった。バリアジャケットとは、リリカルなのはに登場する、所謂変身後の衣装である。だが、その性能はただの服や鎧などではなく、魔法による装甲であり、対衝撃、対魔法などの高い防御力を有しているのだ。

 

 さらに、その右手には巨大な剣が握られていた。これは同じ作品で登場するアームドデバイスというものであり、武器の形をした杖という特殊な武器だ。騎士と呼ばれるものが好んで使う、攻撃特化の武装なのである。そして、その右手に持つ巨大な剣で、絶影の攻撃を防いでいた。そこで、すかさず使羽は結界を張り、この法を逃がさないようにしたようであった。

 

 

「これが俺のアームドデバイス、”ジャイアントキリング”っつーもんよ!」

 

「何かわからんが、”絶影”!」

 

「甘いぜ!! カートリッジリロード!!」

 

 

 絶影は影すら捕えられぬ動きをする、すさまじい速度での戦闘を得意とするアルターだ。だが使羽はジャイアントキリングに装填されている魔力カートリッジを一つ炸裂させ、そのデバイスを変形させた。その直後、両刃だった剣が片刃となり、その刃とは逆の位置にブースターが装備されていた。見た目としては明らかに、スーパーロボット大戦の零式斬艦刀であった。それのブースターを噴射し、使羽は絶影へと剣を振り下ろす。

 

 

「おらぁあぁぁ!!!」

 

「そんな大振りな攻撃など、あたらん!!”絶影”!!」

 

「がぁぁ!? な!?」

 

 

 しかし、その程度の速度の攻撃、絶影に当たる訳が無いのである。そのジャイアントキリングが命中する手前で、絶影は銀色の残像を残し、すでに使羽の後ろへと移動していたのである。さらに絶影は、その巨大な尻尾で使羽を攻撃した。それに叩きつけられ、吹き飛ぶ使羽。だがその程度では終わらせない。絶影は銀色の残像を無数に展開しながら、使羽を先回りしさらに追撃を加える。

 

 その行動を5回ほど行った後、絶影は使羽を地面へと叩きつけたのだ。この攻撃に、使羽はボロボロとなっていた。流石にバリアジャケットがあるにせよ、今の攻撃を耐えるほどの力は無かったようである。

 

 

「ぐ、ぐうう……、まだだぁぁ!!」

 

「まだ動くか、ならば”剛なる拳、臥龍(がりゅう)伏龍(ふくりゅう)”!!」

 

「な、うわああああああ!!!」

 

 

 トドメといわんばかりに、絶影の持つ二つの剣を使羽へと飛ばした法。その攻撃に先ほどまではかなり余裕をこいていた使羽が、完全に恐怖一色となっていた。そして使羽にそれが着弾すると大爆発が起こり、使羽は完全に気を失っていた。

 

 正直言えばオーバーキル、やりすぎである。だがそれほどまでに、この法はキレていたのである。それは当たり前のことだった。友人たる千雨が、こんな毒虫ごときにひどい目に遭わされそうになったのだ。このぐらいしても仕方が無いことだろう。だが、まだ怒りが収まらないのか、法は鋭い視線を気絶した使羽へと向けていた。

 

 

「毒虫が」

 

 

 もはや動かなくなった使羽に、さらに吐き捨てるように法はそう言った。そこで使羽がのびてしまったためか、結界が消滅したようで、景色が元へと戻った。そして、この使羽を魔法先生へと渡すために、男子中等部へと使羽を持っていくのであった。いやしかし、この使羽、本当に弱かった。大体でかい剣とか使いこなすのが難しいというのに、よく選んだとしか言いようが無い。さらに言えば相手が悪かったとしか言いようが無かった。

 

 

…… …… ……

 

 

 しかし、もう一人この麻帆良に少年がやってきた。それはまたしてもあの赤蔵陽であった。彼もまたアーチャーの仲間となり、この作戦に参加していたのである。そしてやはり女子寮へと潜入しようとしていた。スライムが木乃香を攫うことは予定されていたが、あわよくば自分が攫おうと思っていたのだ。一応知り合いだし、隙をつき易いと思ったのである。いや、それ以上に覇王から寝取ろうと考えていたのだ。どうしようもない下衆である。だが、そんなところで、ある人物に出会ってしまった。それがまたもやあの錬であった。

 

 

「キサマ、何をしている」

 

「な、て、てめぇぇ!?」

 

 

 陽は錬の姿を見るや否や、怒りの叫びを上げていた。過去にて一度この錬にボッコボコにされ、悲惨な敗北をしたからだ。だが、肝心の錬は、またこの雑魚か、程度の認識しかないようだ。

 

 

「なんだ、あの時の雑魚シャーマンか」

 

「ざ、雑魚だとおお!!!???」

 

 

 いやはや、まったくもって陽は雑魚であった。当然そう言われても仕方が無い。そして、この錬もまたシャーマンとしての力により、不穏な空気を感じて女子寮近くにやってきていたのだ。なんせ本人は友人と考える聖歌が女子寮に居るのだ、当然である。そこにまたもや、こんなやつがやって来ていたのだ。心配になって女子寮付近へ来て正解だったと言うものだ。そこで、不審者の陽を相手にするため、当然臨戦態勢となる。陽は過去の敗北のためか、錬の顔を見るやいなやさらなる怒りを表していた。

 

 

「てめぇはぶっ殺してやる!! O.S(オーバーソウル)!!」

 

「ふん、少しはマシになったか、だがその程度では話にならんぞ!O.S(オーバーソウル)”武神”!」

 

 

 そんな怒る陽を涼しい顔で眺め、錬はこの前よりも一段階あげたO.S(オーバーソウル)を展開していた。この陽のO.S(オーバーソウル)は、ある程度強くなったのか、あの麻倉葉が初修行を経た時の第二形態となっていた。だが、錬のO.S(オーバーソウル)も変化していた。というのも元々このぐらい操れたのである。馬孫刀ではなく、宝雷剣に馬孫をO.S(オーバーソウル)させた姿、それが武神であった。

 

 

「な、なんだと!? そこまで出来るってのかよ!?」

 

「何を言っている? この程度で驚くというのなら、所詮キサマは雑魚のままだということだな」

 

 

 錬の言うとおりである。錬はすでにこれ以上のO.S(オーバーソウル)を操っているのだ。陽が今のO.S(オーバーソウル)で満足しているのなら、本気で話にならないのだ。ましてやこれが本気だと思っているのなら、陽は昔と変わらず雑魚ということになるのである。今の錬の言葉に、陽は完全に血が頭に上り、やはり暴れるようにO.S(オーバーソウル)をがむしゃらに振るう。この程度の挑発で顔を真っ赤にしているのなら、所詮その程度のレベルだろう。

 

 

「なんだとおお!! 絶対にぶっ殺してやる!!」

 

「ふん、なんと哀れなヤツだ。面倒だ、一撃で終わらせてやろう」

 

「ほざけぇ! 俺だって強くなってんだ! クソみてぇなこと言ってんじゃねぇぞ!!」

 

 

 もはや相手にもしたくないという態度の錬に、陽は暴れるだけしか出来ないほどとなっていた。その陽は技すら使うことも忘れ、ひたすら無駄にO.S(オーバーソウル)を振るっていた。なんという情けない姿か。そこで錬はそんなどうしようもない陽の言葉を無視し、O.S(オーバーソウル)を地面へと突き立てた。

 

 

「ならばその身に受けてみろ、我が必殺の”刀幻境(とうげんきょう)”!!」」

 

 

 刀幻境、O.S(オーバーソウル)武神を地面に突き立てることで、その周囲に大量の剣と槍を生み出し、相手を串刺しにする技である。その一撃で、あっけなくO.S(オーバーソウル)が破壊され、両手両足を負傷してしまった陽であった。またしてもあっけなく決着がついたようだ。もう勝負は終わったも同然だ。錬は最初から、この陽を相手にする気など無かったのである。

 

 

「ぎあ!? な、なんだよそれえええ!?」

 

「所詮キサマは雑魚だということだ。この程度、避けれんとはな」

 

「や、やろおお! もう一度だ!!」

 

「何度やっても無意味だ……」

 

 

 そう、この程度もしのげなければ、絶対に陽は錬に勝てない。それはコーラを飲んだらゲップが出るぐらい当然のことだった。だが陽はそれでも戦おうとするのだ。それは単に勇気ではなく、無謀な行為である。はやりつまらないという表情で、淡々と陽を見る錬であった。

 

 

「無理をすることはない、今すぐ逃げ帰るんだな」

 

「何を!! ふざけんなああああああ!!」

 

「……仕方が無い、少し見せてやろう。俺の本気とやらをな」

 

 

 そう言うと錬のO.S(オーバーソウル)が変化した。さらに巫力の密度が増し、高質化したのである。そう、これが甲縛式O.S(オーバーソウル)武神魚翅(ブシンユーツー)である。

そしてその必殺は、雷を操るものであった。

 

 

「最超奥義”九天応元雷声普化天尊(くてんおうげんらいせいふかてんそん)”!!」

 

 

 それは雷であった。轟音とともに陽の手前に落雷が発生したのだ。それこそが、この武神魚翅の最超奥義である九天応元雷声普化天尊であった。

 

 

「ひいいいぐいいいああ!!??」

 

 

 雨により水が湿っており、その雷の一部を陽は受け、吹き飛ばされていた。これほどまでに戦力差があるなど、陽も思っていなかったようだ。もはや戦意を喪失し、逃げるしかない哀れな陽であった。その姿、なんと情けないことか。そんな姿の陽を、視界にすら入れずに錬は目の前から消えろと言っていた。

 

 

「逃げたければ逃げろ。所詮キサマなど、俺の敵ですらない……」

 

「あ、ひ、ひいい!?く、クソオオオ!!」

 

 

 陽は逃げた、もはや戦う気力すら奪われ、逃げたのである。それを本当にくだらないと思い、見ているだけの錬であった。また、この敗北が、陽をどうなるかは、誰にも予想できないだろう。敗北を悔しく思い、これをバネに成長するか、もしくは恐怖により堕落するかだ。さて、陽の未来はどちらだろうか。それは誰にもわからない。きっと今の陽ですら、わからないことであろう。

 

 そして、またしても余裕で陽に勝利した錬は、この勝負にむなしさすら感じていた。一撃で終わる戦いなど、戦いですらないからだ。こんなもの、ただの弱いものイジメでしかないからだ。そこで、すでに勝負は終わったため、O.S(オーバーソウル)を解除した錬。その横に馬孫がドロンと現れた。

 

 

「錬ぼっちゃま、あのものが本当に覇王という男の弟なのでございますか!?」

 

「ああ、残念だが情報に偽りはない。本当に残念だ」

 

 

 この錬はシャーマンキングの内容をしっかりと覚えている。その自分の特典元である道蓮のライバル、麻倉葉の特典を貰った陽に初めて出会った時、錬は実は喜んでいたのだ。何せ作品中のライバル同士、強敵との戦いになると思っていたからだ。

 

 しかし蓋を開けてみれば、あっけないものだった。陽はシャーマンとしての技術をまったく伸ばしていなかったのだ。さらに言えばあの覇王、シャーマンキング最強のハオの特典を貰った男が近くに居るというのに、この体たらくというのも許せなかった。シャーマンとして強くなれる環境化にありながらも、雑魚のままだった陽に、錬は完全にあきれてしまったのだ。

 

 

「まあいい、帰るぞ馬孫。あまり女子寮付近をウロウロしていると、変な噂になりかねん」

 

「ハッ、そういたしましょう」

 

 

 錬は自分の寮へと帰ることにした。この場所に居れば、変態だと思われるかもしれないからである。とりあえず一つの敵を倒したのだ。他にも敵が居るかはわからないが、もし居るのならば夜の警備仲間の転生者にでも譲ってやろうと思ったのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:真方使羽(まがた しば)

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:40代無職

能力:リリカルなのはの魔法

特典:オリジナルデバイス、ジャイアントキリング

   保有魔力SSSランク

 




悪魔たちは封印された訳ではなく倒されてしまっていたので、アーチャーが必死になって召喚しました


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三十八話 無敵のスタープラチナ

アーチャーの仲間は、みんな変態である
頼れる仲間は、みんな変態である

ちょっとエロい回


 メトゥーナト・ギャラクティカ。現在偽名で銀河来史渡を名乗る男。アルカディア帝国皇帝陛下直属の部下であり、最強の騎士として誇り高い男である。

 

 その彼は今、この麻帆良に数名の転生者が現れたことを察知していた。いや、それ以外にも悪魔らしきものが居ることもわかっていた。そこでさて、どうしたものかと考え、とりあえず娘のように育ててきたアスナが無事か、確かめに出たのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 その能力は最強と呼ばれた力である。

最強の能力。無敵。そう呼ばれたことがある能力である。

 

 この転生者、名を空上城太郎(そらうえ じょうたろう)と言う。この帽子が髪と一体化したような、学ランの大男もまた、アーチャーの仲間となった転生者である。

 

 そして、その姿から普通に考えれば、明らかに特典は空条承太郎の能力だろう。そんな特典を貰った転生者が、おかしいヤツな訳がない、本来ならそう思うだろう。しかし現実は違ったようだ。この転生者、時間停止を変態的なことに使う、どうしようもないヤツだった。

 

 

「スライム娘も陽のバカも失敗したのかよ! 使えねぇ! ならば俺が明日菜を捕まえてやる!!」

 

 

 スタープラチナ。無敵のスタンドである。その能力は時間を最大5秒停止させることができる。だがそれだけではない。すさまじい精密動作と力強さを兼ね備えたスタンドなのだ。

 

 さて、ここはアスナと木乃香の部屋である。占いにより木乃香とアスナは、この長身の男である城太郎を待ち構えていたのだ。

 

 しかし城太郎は時間を停止して移動してきたため、アスナも木乃香も城太郎の進入に気がつくことができなかった。そして、アスナや木乃香が気がついた時には、すでに城太郎が部屋の窓に座っている状態だった。

 

 

「ごきげんよう、お嬢さんがた。悪いがさっさと捕まってくれや!!」

 

「何? 誰!?」

 

「いつのまにそこにおったん……!?」

 

「ひゃー! スタープラチナ!!」

 

 

 城太郎はスタープラチナにて、まず木乃香を攻撃した。木乃香は最初から展開したO.S(オーバーソウル)で受け止めるが、そのスタープラチナの膂力により吹き飛ばされてしまった。だが吹き飛ばされた直後、O.S(オーバーソウル)を使ってなんとかベッドの手前で、体勢を立て直したのだ。しかし、目の前に先ほどの男が居なかったのだ。

 

 

「ふふふ、白か、悪くない」

 

「は……!? え?」

 

「な、一体何が……? こ、このか!?」

 

 

 すでに城太郎は木乃香の背後へと立ち、木乃香のパジャマのズボンが下ろされ、下着を丸見えとなっていた。そして、その姿を木乃香の背後から変態な笑いをしつつ、それを眺める城太郎が居たのである。その光景だけでこの男の変態さと異常さを、同時に味わったアスナと木乃香だった。木乃香は恥ずかしさのあまり、そのまましゃがみこんでしまったのだ。

 

 

「や、やあ~~~~ん!?」

 

「ちょ!? へっ、ヘンタイ! なんて事してんの!!」

 

「いやいや、怪我するよりマシだろ?俺は紳士だから、女性を殴るなんて、好きではないのだ!」

 

「どこが紳士よ!! 変態じゃない!!」

 

 

 明らかに変態だった。変態と言っても、変態と言う名の紳士であった。城太郎はその木乃香の姿を堪能すると、アスナと戦うことにしたようだ。木乃香は顔を真っ赤にし、涙目になりながら必死にズボンをはいていた。

 

 

「だが、遅い!」

 

「ま、また!? ……一体何が起こってるの!?」

 

「や、いやああ!?」

 

 

 城太郎は今のですでに、アスナの後ろに立っていた。アスナはそれに気がつき、振り向こうと考えた。しかし目の前の木乃香の姿に、一瞬気を取られた。はこうとしていたズボンすら取られ、泣きながら立ち尽くしていたからである。

 

 

「クックックッ」

 

「あ、あれ? や!? こ、このかさん!!?」

 

 

 それを見ていた城太郎は、変態な笑いをもらしていた。そして、木乃香のパジャマのズボンを頭にかぶりだしていた。また想像以上の恥ずかしさから、木乃香はO.S(オーバーソウル)を解除してしまったようだ。そしてさよが木乃香の目の前であわあわとしていた。そうする以外何も出来ないのである。

 

 さらにこの変態、城太郎がアスナの後ろに居るということは、そんな木乃香の姿を眺めているとうことであった。アスナはそう考えると完全にキレた。友人である木乃香がこんなひどい目に遭っているのが許せないからである。だからこそ、振り向くと同時にハマノツルギを城太郎に向けたのだ。

 

 

「何してくれてんのよ! ヘンタイめ!!」

 

「ひゃー! 甘い甘い!!」

 

「!?」

 

 

 咸卦法による強化で、加速させたハマノツルギ。今の一撃は普通なら避けきれないものであった。だがそれを城太郎は防ぐことではなく、完全に避けていたのだ。いや、避けたのではない。別の場所に移動していたのである。そして城太郎は、窓際にある学習机の近くに立っていた。アスナがよく知るものを右手に握り締めて立っていたのだ。

 

 

「そ、それは……!? や、やだ!!?」

 

「ハッハッハッハッ、こっちも白か!ヒヒヒ、無敵、俺は無敵なんだお!」

 

 

 そう豪語して右手に握ったものを見せびらかす城太郎。城太郎が握っていたのは、アスナの身に着けていたパジャマのズボンであった。

 

 そこでアスナは自分の現状を確認すると、パジャマの上着はボタンを全部はずされ、その中には何も身につけていなかった。アスナは寝る前だったので、ブラジャーをつけていなかったのである。

 

 さらには白色のパンツが丸見えで、はしたない姿となっていたのだ。これにはアスナも恥ずかしく感じ、両腕を胸の前で組み、城太郎を睨みつけながらもしゃがむしかなかったのである。

 

 

「こ、こ、この……!!!」

 

「そうなっちまえば、もう勝ちだぜ? ヒッヒッヒー!!」

 

「あ、アスナ、ど、どないしよう……」

 

「最低ですよ!! 絶対許されることではありません!!!」

 

 

 完全に城太郎に遊ばれてしまったアスナと木乃香。さよはその城太郎の行動に、怒りを覚えたようである。こんな状況では、流石の木乃香もアスナも顔を赤くし、涙目になっていた。普段は笑顔の木乃香も、このような恥ずかしい姿では弱気な表情となっていたのだ。だがアスナはいまだに城太郎を睨みつけ、戦う意思を見せていた。

 

 そんな城太郎は、スケベな目で二人を交互に眺めて笑っていたのである。そして城太郎は手に持っていたアスナのパジャマのズボンを自分の上着のポケットへと放り込んでいた。本当に変態である。

 

 

「変態根性で鍛えたこの能力、役に立つもんだねぇ」

 

「こ、こいつ! 絶対殺す!!」

 

「無理無理、俺を捕えることはできん!!」

 

 

 アスナは恥ずかしいのを我慢しつつ、ハマノツルギで城太郎を切りつけた。だが、城太郎はその場所から消えていたのである。

 

 するとすでに城太郎はアスナの後ろへと回り込んでいた。アスナはこの城太郎の能力を、ある程度考えていたのである。そして、その一瞬自分を軸に回転し、回り込んだ城太郎のほうへと、ハマノツルギを加速させたのだ。

 

 

「このっ、ヘンタイ!!」

 

「何!? ぐっ!!?」

 

 

 命中した。ハマノツルギが城太郎に命中したのだ。だが、ギリギリでスタープラチナの腕でガードした城太郎だった。しかしその勢いだけは殺せず、壁のほうへと吹き飛ばされ、背中を打ち付けていた。このスタープラチナの時間停止は一呼吸おかなければ再び使うことができない。その隙をつかれた形となったのである。

 

 

「や、やりやがるぜ、強化されたと聞いていたが、ここまでとは……!?」

 

「ヘンタイ! ぶっ潰す!」

 

「しかし、スタープラチナ・ザ・ワールド! すでに!!」

 

 

 城太郎はスタープラチナ・ザ・ワールドと唱えると、時間が停止した。完全に停止した空間の中で、動けるのは城太郎のみ。城太郎の頭すれすれの場所に、ハマノツルギが停止していた。流石に峰打ちのようではあったが、それを城太郎が受けていれば、気を失っていた可能性があった。

 

 そして城太郎はアスナの後ろへ下がり、その柔らかそうなヒップを触っていた。このスケベ根性があったからこそ、スタープラチナを使いこなしているのである。

 

 

「そして時は動き出す」

 

「え? あ!? ちょっと!!? や、やめ!!!」

 

 

 その城太郎の言葉で時間が流れだした。アスナは自分の現状を一瞬で把握すると、城太郎にお尻をなでられていることに気がついたのだ。そこで顔を耳まで真っ赤にし、その場から離れるアスナ。流石にここまでされると、悔しさ以上に気持ち悪さが上回ったようであった。

 

 また、城太郎はそのアスナを触れた手の匂いをかいで、ニヤニヤと気持ちの悪い笑いをしていた。アスナはその姿を城太郎の姿を見て、鳥肌が立っていた。それを眺めているだけしかできなかった、木乃香もさよも同様であった。

 

 

「こ、こいつ、気持ち悪い……!」

 

「う、う……ん」

 

「ひっ! こ、怖いですよあれ……」

 

「そう言うなよ。さて随分遊んだことだし、捕まってもらうよん”()()()”!」

 

「……!!」

 

 

 ――――――お姫様。その言葉にアスナは大きく反応した。知り合いならば、さほど気にしない言葉である。だが自分が知らないこんな変態にそう呼ばれると、意味合いが変わってくる。

 

 この変態は自分の正体を知っている可能性がある。アスナはそう考えたのだ。そして、自分を捕まえに来たということは、魔法世界で何かしようとしていることだろう。アスナはそこまで考え、さらに捕まってはならないと考えた。

 

 

 実際はこの城太郎、とりあえずある男の場所まで、連れて行くことだけしか考えていなかったのだが。その言葉で、アスナは恥ずかしい姿を我慢し、全神経を集中させ感覚を研ぎ澄ませたのだ。この戦い、絶対に負ける訳には行かなくなったからである。

 

 

「オラオラオラオラ!!」

 

「……ッ!」

 

 

 スタープラチナの拳の連打。それは精密動作と力強さの象徴だ。だがそのラッシュを、後ろへと下がり避けるアスナだった。咸卦法の強化を使った虚空瞬動ならば、この程度なら避けきれるのである。

 

 しかし、アスナはスタンドを見ることは出来ない。だから、とりあえず城太郎から距離を取り、何か不穏な動きを感じたら即座に後退できるようにしておいたのだ。そして自慢のラッシュが避けられた城太郎は、少し機嫌を悪くしアスナを挑発することにした。

 

 

「ひゃー! そんなカッコで戦って恥ずかしくねぇーのー!?」

 

「……」

 

 

 アスナは城太郎の挑発をも無視し、相手の動きを把握することに専念していた。多分相手の能力は時間停止、それも数秒しか止められないと考えたのだ。アスナはそこで状助を思い出した。あいつと似た能力だったからだ。

 

 そこで状助が言っていた承太郎という人物も思い出した。何か驚くと、すぐ『うそだろ承太郎』と言う状助に、アスナはそいつ誰と質問したのだ。すると変な答えが返ってきた、承太郎は無敵のスタープラチナを持っている、射程距離は2メートル程度で時間を5秒ほど止めれると。

 

 まさに、今この変態が使っているのは、それに近い何かなのではと考えたのだ。そしてスタープラチナと叫ぶこの城太郎が、あの無敵のスタープラチナを操っている可能性があると結論を出したのだ。

 

 

「スタープラチナ・ザ・ワールド!!」

 

 

 スタープラチナの能力で、時間停止した城太郎。だが城太郎とアスナの距離は、停止時間の射程距離ギリギリであり、時間停止内ではアスナの後ろへ回るのが精一杯だった。時間停止が終了した瞬間に、アスナの後頭部へ手刀を当て、気絶させようとしたのだ。

 

 

「……!!」

 

「ひゃー! 貰ったぞ!! あてm!! ぶぺら!!?」

 

 

 しかし甘かった。それが読まれ城太郎は、ハマノツルギを叩きつけられたのだ。城太郎の停止時間がわからないアスナは、ある程度距離を保って戦っていたのだ。また運よく城太郎の停止時間の射程ギリギリまで下がっていたアスナは、この瞬間を待っていたのである。

 

 そして城太郎はそのハマノツルギが右腹部にめり込んだことで、血を吐いていた。今のは痛い。めっちゃ痛い。メキメキとヤバい音までしているのである。そこで、冷静な表情の中で、すさまじい怒りに燃えるアスナがこう言うのであった。

 

 

「……あんた、脳みそ足りないのね。いつもワンパターン!!」

 

「な、なにぃ!?」

 

 

 そう、ワンパターン。大抵時間が止まったら、後ろに立っているのがこの城太郎だった。というかそれしか出来ないのかと思わせるほどであった。だからこそアスナは城太郎の動きが簡単にわかったのである。そういう部分で、やはり詰めが甘かった城太郎。今の痛みで、動きが完全に鈍ってしまったのだ。そこへアスナ怒りの剣撃が城太郎に襲い掛かった。

 

 

「この、ド低俗野郎!!」

 

「ぷろ!? ぱぴ!!?」

 

 

 何度もハマノツルギをたたきつけられ、ボッコボコにされていく城太郎。峰打ちとは言え、巨大なハマノツルギと咸卦法による強化で殴られているのだ。痛いだけではすまないのである。腕と足を重点的に殴られ、何かヤバい音が響いていた。

 

 だがその程度で止まるアスナではない。完全な誤解とは言え自分、ひいては魔法世界が危うくなることだと考えているからである。さらに言えば、こんな恥ずかしい目にあわせたこの変態を、半殺しにしてやろうと思っているのだ。

 

 それを見ていた木乃香は、あーあ、そうなってしもーたかー、と眺めていた。だが、この変態が殴られているのを、止める気などさらさら無かった。

 

 

「このこの! ヘンタイ! 死ね!!」

 

「ぴ、ぴぎゃー!?……」

 

 

 今の一撃で、完全に城太郎は気を失ったようだ。白目をむき、ピクピクと虫の息となっていた。それを見てアスナは溜飲が下ったようで、気分がだいぶ落ち着いたのであった。完全に動かなくなった城太郎を見て、木乃香は死んだのかと多少心配になったらしい。

 

 

「アスナ、そのへんたいさん、動かへんけど……」

 

「でも幽霊にはなってないみたいですから、大丈夫でしょう」

 

「さよちゃんの言うとおり、死んじゃいないわ……。ふぅ……」

 

 

 完全に気を失った城太郎を見て、一仕事したという表情をするアスナ。さよは城太郎が幽霊になってないので、死んでないと言ったのである。木乃香もそれを聞いて納得していた。

 

 そしてアスナと木乃香はこの変態が奪った自分の衣類を回収し、着替えなおした。着替え終わった後、木乃香は札と適当な紐で変態を縛り、完全に動きを封じたのである。

 

 

「このヘンタイ、最低だったわね……」

 

「本当に最低でしたね……」

 

「ウチ、パンツ見られてしもーた……」

 

「大丈夫よ、記憶がトぶぐらい、殴っておいたから」

 

「ホンマか? ならえーけど……」

 

 

 変態には容赦なし。アスナは常にそれを考えてきた。今もそれを実践しただけに過ぎない。とりあえず見られたなら、消してしまえと城太郎をボコボコにしたのである。消えて無くても、あのエヴァンジェリン辺りに言って消してもらおうと思っているのだ。

 

 いやはや、まったくもって本当に変態に容赦がない。まあこの城太郎、自業自得なのだが。そこで縛られた変態に、蹴りを入れてさらに痛めつけてながら、それを説明するアスナであった。と、そこへ一人の男性が寮の外、つまり窓からやってきた。メトゥーナトである。

 

 

「二人とも、いや三人だったか、全員大丈夫か!?」

 

「はれ、どうも来史渡はん、こんばんわ」

 

「あわ、アスナさんの保護者さん!?」

 

「あ、来史渡さん。ヘンタイが襲ってきたけど、なんとか撃退したわ、ほら」

 

「また変態だったのか……。アスナは変態に狙われやすいのか?」

 

 

 またが付いた。そりゃアスナは小学三年生の時、変態に襲われたのだからそうなってしまうのだ。変態に襲われやすいという、不名誉な称号をアスナは手に入れてしまった。そしてアスナはとりあえず、この変態をメトゥーナトに引渡したのである。

 

 

「ふむ、無事でよかった」

 

「無事じゃないわよ……。ほんとヒドイ目に遭ったんだから!」

 

「そっ、そうや、女性の尊厳を失のーてもおかしゅーない目に遭ったんですえ!」

 

 

 見知らぬ男子にズボンを脱がされ下着を見られるという羞恥を味わったのだ。無事という訳ではないだろう。何が悲しくてこんな変態にそのような姿を見られなければならないのか。そこで普段温厚なさよも、怒気を帯びた声を出していた。

 

 

「普通に考えたらもうお嫁にいけませんよ!!」

 

「何!? ……そうか、少し問い質して、さらに痛めつけておこう……」

 

 

 流石のメトゥーナトも、今の言葉は聞き捨てならなかった。この変態は二人に何をしたというのか。しっかり聞き出し、再度痛めつけてやろうと考えた。被害者が自分の娘と同等の少女とその友人なのだ、そう考えても仕方が無かろう。そして、この変態を回収し、メトゥーナトは一度戻ることにしたのである。

 

 

「はあ、疲れた……」

 

「そーやなー」

 

「精神的に疲れましたねえ……」

 

 

 メトゥーナトが出て行った後、そこへ入れ替わりで刹那がやってきた。そこでとりあえず三人が無事だったことを刹那は安心したのだ。だが、今の戦いの話を聞いて、キレた刹那がそこに居たのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:空上城太郎(そらうえ じょうたろう)

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代フリーター

能力:スタンド、スタープラチナによる時間停止

特典:ジョジョの奇妙な冒険の空条承太郎の能力

   スタンド使いに惹かれあわない

 




スタープラチナの能力応用編
時間停止精密動作脱がし術


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三十九話 悪魔

テンプレ82:悪魔が本気出す

テンプレ83:悪魔、死す


 黒一色の格好をしたこの男は、学園祭のステージであるものを待っていた。黒いハット、黒いコートの姿の男だった。そしてこの男、悪魔であった。名はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマンと言う。ネギの村を襲った悪魔の一人である。

 

 そこでヘルマンは待っていた。部下のスライム三匹を、さらに仲間としてやってきた転生者たちを。そして、それらが連れてくるはずの人質を、魔法無効化するといわれたアスナを。しかし、待てど待てど、誰もやってくる気配が無い。ここに居るのはヘルマン自身が連れてきた、那波千鶴のみであった。だが、そのヘルマンの下へやってきたのは、その待っていた誰でもない二人の少年だった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギは異様な雰囲気を察して、タカミチの部屋から女子寮へと杖で飛んだ。今回は何か嫌な予感を感じ、杖を持って出たのである。そこで見たものは、この学園の生徒にボコられる少年たちであった。さらに、女子寮から黒い影が飛び出すのを見た。それはへルマンとそれに抱えられる千鶴であった。

 

 

 その部屋へネギは急ぐと、少年と少女がいた。少女は千鶴のルームメイトの村上夏美である。また、その少年こそ犬上小太郎であった。ここで初めてネギと小太郎は出会ったことになる。とりあえずヘルマンを追うため、二人は協力することにした。そして、そのヘルマンが居る学園祭のステージへと向かったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 目的のステージへと二人は降り立ち、ヘルマンと対峙していた。ネギと小太郎は人質となったと思われる千鶴を心配しつつ、ヘルマンへ敵意をむき出しにしていた。

 

 

「おい、おっさん! ちづる姉ちゃんをどうしたんや!?」

 

「千鶴さんは一体どこに!?」

 

「狼男の少年と、魔法使いの少年か」

 

 

 ヘルマンは人質や仲間ではなく、獲物がやってきたことに驚きつつ、それ以上に喜びを感じていた。ヘルマンの狙いこそ、この魔法使いの少年、ネギなのだから。そこで、人質を解放してほしければ、自分を倒せとその少年二人を挑発したのだ。

 

 

「彼女ならそこで寝ているだけだ。さて、彼女を助けたければ、この私を倒すことだ」

 

 

 そう言われてネギと小太郎がステージの上を見ると、千鶴が縛られて寝かされていたのである。スライムたちが居ない今、水の牢屋が作れないのだ。その姿を見たネギは戦う覚悟を決め、小太郎は怒りに燃えていた。

 

 

「どうしても戦わなければならないのなら」

 

「そーさせてもらうで! おっさん!!」

 

 

 するとそのヘルマンの言葉で、二人の少年は動いた。小太郎は能力を封印されていないので、狗神を使いながら接近戦を行う。そしてネギは後衛として、風の魔法の射手を放つのだ。だが、この程度ではヘルマンを倒すには足りない。ヘルマンは余裕の表情でその攻撃をいなし、反撃していた。

 

 

「なかなかやるではないか。だがその程度で、この私が倒せるとでも?」

 

「ハッ! おっさんもやるな!」

 

「千鶴さんは僕の生徒です、絶対に助け出して見せます!」

 

「そうだ、そうでなくては面白くない!」

 

 

 ”原作”ならばアスナの魔法無効化を利用して、魔法を防御していたヘルマン。だがここにはアスナは居ない。つまり魔法を無効化はできないのである。しかし、そんなことなどお構いなしに、すさまじい力を見せ付けるヘルマンであった。小太郎の体術を力でねじ伏せ、ネギの魔法をパンチでかき消していたのだ。

 

 

「甘い、甘いな、この程度では私は倒せんよ?」

 

「この!」

 

「”雷の暴風”!!」

 

 

 すさまじい強さのヘルマンに、果敢に挑みかかる二人の少年。小太郎は分身を使い、ヘルマンの動きを止めるように殴りかかる。さらに狗神を使って攻撃を加えていた。しかし、その攻撃も全てへルマンが放つ高速の拳で吹き飛ばされたのである。

 

 それでも小太郎はさらに分身を増やし、何とか必死に食らいついて居た。そして、そこにネギの放った雷の暴風が飛んできた。すかさずそれを避けるように、分散する小太郎と分身。だが、その魔法すらも、ヘルマンの渾身のパンチによりかき消されたのである。

 

 

「だから甘いと言っているのだよ。まったく幻滅させてくれる、ネギ・スプリングフィールド……」

 

「な、なぜ、僕の名を……」

 

 

 突然知らぬ男から自分の名を聞かされたネギは、どうして自分の名を知っているのかわからなかった。だからそれに気を取られ戸惑ってしまい、動きを止めてしまったのだ。そこへ動きが止まったネギへ、小太郎は叱咤をしてたのだ。

 

 

「何ぼさっとしてんね! はよ魔法を打たんかい!!」

 

 

 そうネギへ叫ぶと小太郎は、必死にヘルマンへと攻撃を繰り返す。それだけではとどまらず、狗神を利用しながらも、分身で攻撃していた。

 

 しかし、その攻撃すらももろともせずにヘルマンは小太郎へ拳を叩きつける。そして、そこにヘルマンの悪魔アッパーが小太郎の顔面に刺さったのだ。さらに、ヘルマンの悪魔パンチが連続で小太郎に命中し、数メートルも吹き飛ばされてしまったのだ。

 

 そのような状態でさえ、なぜこの男が自分の名を知っているのかわからないネギは、ただ立ち尽くしていたのである。

 

 

「お、おい……ネギ! 何しとるんや!!」

 

 

 ステージの座席へと飛ばされ、全身を打ちつけ前のめりとなった小太郎は、このネギの醜態に怒りの叫びを上げていた。しかし、ネギはそれにも反応しなかった。完全に思考の渦に沈んでしまっていたのだ。そしてネギはこの疑問を解消するべく、ヘルマンへと質問した。

 

 

「あ、あなたは一体……!!」

 

「……その前に私が君へ質問しよう。君は今、何のために戦っているのかね?」

 

「そ、それは……!?」

 

 

 このヘルマンもまた、質問に質問を返した。それがきっと流行なのだろう。ヘルマンの質問は単純に、ネギがなぜ戦っているかという質問であった。ネギはどうして戦っているのか、一瞬考えたのである。

 

 

「この君の一般人の生徒を助けなければという義務感かね?」

 

「ぼ、僕が戦うのは……」

 

「義務感を糧にしても、決して本気になどなれないぞ、実につまらない」

 

 

 義務感では本気がでない、そうヘルマンは言った。確かにネギは、生徒である千鶴を助けようという意思で戦っていた。だが、それでは自分には届かないと、ヘルマンはネギに言っているのだ。そして、その程度ではつまらないと、失望しているのだ。

 

 しかしだ、しかし、このネギには夢がある。人を助けること、ひいては立派な人となるという壮大な夢があるのだ。だからこそ、ここで負ける訳には行かないのだ。

 

 

「そうかもしれません、ですが、僕は人を助けたい。今そこで捕まっている、千鶴さんを助けたい!」

 

「やはりつまらないぞ、ネギ君。ならば、これならどうかな?」

 

 

 ネギの答えにまったく納得いかないヘルマンは、自分の真の姿を見せることにした。これならきっと、本気を出してくれると確信していたからだ。ネギはそのヘルマンの姿を見て、思い出したのだ。あの雪の夜のことを。

 

 

「あ、あなたは……」

 

「そうだ、君の村を襲い、村人たちを石化したのはこの……」

 

 

 そうだ、ネギ君、君の仇だ。敵なのだ。これで本気を出してくれるだろう、ヘルマンはそう思った。だから内心ほくそ笑んでいた。しかし現実は悲しいものであった。

 

 

「お師匠さまに潰された、あの悪魔!!」

 

「は?」

 

 

 なんという誤算。ヘルマンは完全に滑っていた。あの時、村人を石化したのはこのヘルマンである。そして目の前に現れてネギを襲ったのもヘルマンだ。

 

 だがしかし、あの時ネギの師であるギガントに、あっけなく潰されてしまった。ネギが明確に記憶しているヘルマンは、ギガントの引力魔法で雑巾のように絞られ消えていった姿だったのである。

 

 さらに、ヘルマンは村人が永久石化から復活していることを知らなかったのである。この小さな歪が、このような悲劇を招いたのであった。

 

 

「あの時、お師匠さま助けてもらった。だけどずっとそうしてはいられない。ならば僕は、今、あなたを倒します」

 

「ネギ、やっとやる気になったんかい。ちっとばかし遅いで!」

 

「なんということだ……」

 

 

 ショック。ヘルマンにとってこれほどショックなことはない。まさか自分があっけなくやられてしまった、雑魚Aレベルでしかネギの記憶に無いなどと。このヘルマンは自分のプライドを、もはやこれほどまでに破壊されたのは初めてであった。

 

 だからこそ、真の姿で二人を相手にすることにしたのだ。真の絶望をその身へとじかに教え、自らは強者だということを教えてやろう、という意思の表れであった。

 

 

「ならば、本気で私の恐怖を味わってもらうぞ!!」

 

「小太郎君、行くよ!!」

 

「おう、任せな!!」

 

 

 本気のヘルマン。原作では本気を見せなかったヘルマンが、ついに本気を出したのである。分身でかく乱しつつ、ヘルマンを追撃する小太郎と、魔法の射手を操りつつ、それに雷の暴風を混ぜるネギ。

 

 しかし、やはり本気のヘルマンは強かった。魔法をかわし、小太郎の分身や狗神を確実に撃破していくのである。そしてネギに悪魔パンチを放ち、その彼を吹き飛ばすヘルマン。なんて強さだ、強すぎる。ネギと小太郎は痛みと共に、そう考えるのであった。

 

 なんてことだろうか、ネギも小太郎も数十分もの防戦を強いられ、その悪魔の拳により疲弊してきていたのだ。だが、二人はこれでも諦めてはいなかった。諦めるわけにはいかなかったのだ。

 

 

「ぐっ……なんちゅー強さや……」

 

「強い……。せめて魔法さえ当てれれば……」

 

「どうだね、これが私の本気だ。さあ、終わりにするとしよう」

 

 

 ヘルマンはトドメとして、永久石化を使う気のようだ。その口を開け、ヘルマンの口の奥には徐々に光が集まってきていた。このままでは危ない、そうネギは考えたが体がなかなか動かないのである。だがそこへ、一つの槍がヘルマンの胸に突き刺さった。銀色に輝く槍であった。

 

 

大神宣言(グングニル)、我の宝の味はどうだ……?」

 

「な、がは!?」

 

 

 その一撃で、ヘルマンは永久石化を中断され、光線ではなく血を吐いたのである。ネギと小太郎は、その槍が飛んできた方向を見た。そこには知っている人物が立っていたのだ。そして、その姿に驚いていたのである。まさか、まさかこの少年がネギを助けるなどと誰も思うまい。

 

 

「ふん、ギャラリーが少ないのはつまらんが、まあいい。弱き弟のためだ」

 

「に、兄さん!?」

 

「な、なんや!? ネギの兄貴かいな!?」

 

 

 そこに居たのは黄金の鎧を纏うカギの姿であった。ステージの屋根の上にたたずみ、その後ろからは膨大な量の武器が空間から生えていたのだ。そのすさまじい力に、ネギも小太郎も本気で驚いていた。これが転生神から与えられた特典だ。

 

 

「ぐっ、まさか……このような伏兵がいるとは……」

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)、消えろ悪魔」

 

 

 そう言うとカギの後ろに存在する空間から、無数の武器が発射された。発射されたその全てが、宝具というとんでもないものである。これがカギが貰った特典”王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”だ。かの英雄王が全ての財を集めたという逸話から誕生した、強力無比の宝具である。ただ目標を定め、飛ばすだけの宝具であり、なんの技術もいらない。つまり訓練など要らず、適当に宝具を飛ばすだけで十分強いのだ。

 

 その槍や剣がヘルマンを串刺しにし、もはやヘルマンは虫の息となっていたのである。強すぎる、強すぎる宝具。不意打ちとはいえヘルマンを、こうも簡単に再起不能へと追いやってしまったのだ。そしてヘルマンは大の字となり、無数の宝具が刺さった状態で仰向けに倒れていた。

 

 

「悪魔の血で我が至高の宝が汚れてしまったではないか。まあよい、トドメは不出来な弟にくれてやるとしよう」

 

 

 そうカギは言い残すと、地面に刺さった宝具を消し去り、さっさと退散して行った。というのも”原作”ならもっとギャラリーが居て、注目を浴びれるイベントだったのだ。だが、ここには眠らされて捕まっている千鶴しかおらず、カギはこの悪魔を倒したから、もういいやと思ったのだ。

 

 また、カギは最初からネギたちとヘルマンの戦いを見ていた。しかし、まさかヘルマンが本気で戦うとは思っていなかったのである。このままネギが殺されるのは困る、だからカギは仕方なくヘルマンを倒したのだ。

 

 

「に、兄さん!?」

 

「何なんや……あの力は……」

 

「ぐふっ……ネギ君の兄か、うかつだった……」

 

 

 完全にボロボロになったヘルマンは、そのまま元の場所へと帰るのみとなった。カギはネギにトドメを譲ったが、どうせネギはトドメを刺さないと確信していた。とりわけ消し去る必要を感じなかったカギは、そのまま放置しただけなのである。

 

 また、この王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を久々に使えて、カギは内心テンションが高くなり、ついつい英雄王の口真似をしていたようだ。

 

 そこで小太郎は安全を確認すると、すぐさま千鶴を介抱しに走り、ネギは死にかけて仰向けで倒れこんだヘルマンのすぐ横へとやってきていた。

 

 

「君の兄がこれほどとは、思いもよらなかったよ……」

 

「恥ずかしい話ですが、僕も兄さんの力を知りませんでした」

 

「そうか……、私はこのまま消えれば、ただ国へ帰るだけだ。君の兄の言うとおり、トドメを刺したまえ、ネギ君」

 

「……僕はあなたに止めを刺すすべはありません」

 

 

 このネギは、悪魔への復讐のために魔法を覚えた訳ではなかった。ネギがギガントから教えられ、覚えてきた魔法は人を助けるための魔法だった。攻撃魔法は本当に最後の最後に教えてもらったのである。

 

 さらに永久石化を解除したので、この悪魔に何の恨みも無いのだ。つまり、このヘルマンに止めを刺す術をネギは持っていなかった。いや、最初から必要としていなかったのである。

 

 

「そして僕は、いえ僕たちはあなたの永久石化に勝ちました」

 

「なんと……、どおりで負の感情が見当たらなかった訳だ……」

 

 

 ネギはこのヘルマンに恨みなど覚えていない。今の行動も全て召喚者の命令で動いているに過ぎないと思っているからだ。そして、ネギの考えるとおりであり、実際へルマンは命令どおりに行動していたに過ぎないのだ。だからネギは静かにヘルマンと会話していたのだ。

 

 

「それに、あなたは召喚されて命令されただけなはず、特にあなたに恨みはありません」

 

「そうか、相当優秀な師がついていたようだな……」

 

「はい、僕の尊敬する、偉大なる師です」

 

 

 ネギはギガントを尊敬している。あの師もまた、多くの人を救ってきたのだから。そうなりたいと、そうありたいと思っているのが、今のネギなのだ。このネギの強い意思を持った笑いを見たヘルマンは、謎の満足感と爽快感を味わっていた。この少年はきっと、自分が思う以上の存在になると、確信できたからである。

 

 だが、この会話に邪魔をするものが現れた。それは白く輝く天使だった。しかし、機械のような騎士風の天使だった。その機械天使の握る剣が、ヘルマンへと突き刺さっていたのだ。

 

 

「ご!?」

 

「な、こ、これは!?」

 

「ぐ、ぐああああああ!?」

 

 

 そのステージの座席に、いつの間にか白い服を着た長身のメガネの男が立っていた。彼もまた転生者だった。そしてその浄化の剣の光により、ヘルマンは消滅してしまったのだ。これには温厚なネギも、怒りをあらわにしたのである。

 

 また、その近くに居た小太郎も、その天使の姿に驚いていた。ただ、小太郎の横にいた千鶴には天使の姿は見えず、小太郎が何に驚いているのかわからない様子であった。

 

 

「大丈夫だったかね? 子供先生」

 

「あ、あなたは一体何を!?」

 

「私の名はマルク。そして彼の名は大天使ミカエル。私の持霊だよ」

 

 

 このメガネの男は自分をマルクと言った。そしてその持霊は大天使ミカエルと呼んだ。天使長にて大天使の称号を持つ天使である。

 

 このメカメカしい天使が、ミカエルと言うらしい。しかし、そのメカメカしさと共に、神々しさすら感じる機械天使に、ネギは驚きを隠せなかった。

 

 するとマルクは、ネギへと近づいてきたのである。そこでネギはなぜ今の悪魔を消し去ったのか、怒りを隠さずにマルクへと質問したのだ。

 

 

「ど、どうして今の悪魔を消し去る必要があったんですか!?」

 

「悪魔は”悪”だからだよ。それにあのままでは、ただ帰してしまうだけだったからだ」

 

「そんな!!」

 

 

 なんの罪悪感もなく、悪魔へルマンを消滅させたこの男。そのマルクにネギは、とても怒りを感じていた。確かに悪魔で、悪いやつだったかもしれない。だが、今の会話で、極悪と言うほどではないと感じたからである。

 

 人質として自分の生徒を攫ったことは許せないことだ。しかし、卑劣と呼べるようなことなどせず、近くに居た人質を利用などはしなかった。それどころか正々堂々と戦っていた。

 

 だからこそ、ネギは怒りの叫びを男へと向けるのだ。そこで、怒りに燃えるネギを、マルクは氷のごとく冷たい視線で見ていた。

 

 

「やれやれ、君もまさか悪なのか? いや、確かに君は闇の存在。今消してしまっても、問題ないだろう」

 

「何を言っているんですか!? どうしてこんなことを!!?」

 

「それは悪だからだよ、あの悪魔は悪だから処断したに過ぎない。君もあの悪魔をかばうなら、それは悪だ。消えてもらおう、ネギ・スプリングフィールド!」

 

 

 このマルクは”原作知識”でのネギの将来を考えた。あの悪しき吸血鬼エヴァンジェリンに師事され、闇の魔法を習得するということを。さらに、闇の眷属となり人ですら無くなり、闇に堕ちることを思い出していたのだ。だからこそ、この場で始末してしまっても良いとマルクは考えたのだ。

 

 そこでマルクは右手に握る拳銃をネギへと向けた。その瞬間に、マルクが操る機械天使ミカエルが、巨大な剣をネギへと振るったのだ。ネギは疲弊しきっており、避ける力をほとんど残していなかった。さらに小太郎もとっさに動こうとしたが、彼もまた疲弊していてなかなか体が言うことをきかなかったのだ。もはや完全にネギは、絶体絶命となってしまったのだ!

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:マルク・ビアンコ

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代車工場員

巫力:特典により125万ぐらい

特典:シャーマンキングのマルコの能力、オマケで持霊大天使ミカエル

   膨大な巫力

 




本当にヘルマンが死んだかどうかは、謎ということに


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四十話 機動天使

テンプレ84:正義厨の転生者


 大天使ミカエル。シャーマンキングにおいて、九十九神が憑いた自動車に天使の思念を与えた機械精霊である。そしてそれこそが、機動天使ミカエルという存在なのだ。また、その天使を持霊とし、操っている男こそが、転生者のマルクという男だ。マルクはネギを悪と断定し、攻撃を開始したのだ。

 

 

「悪として滅ぶがいい!ネギ・スプリングフィールド!」

 

「うわっ……!」

 

 

 ネギはとっさに横に跳ね、ミカエルの剣を避けた。ギリギリであった。だが、ネギは今のが精一杯であり、次に同じ動きが出来るかどうか、わからかったのだ。それを見たマルクは、恐ろしい形相でメガネを吊り上げる。そして、さらに追撃を繰り出したのである。

 

 

「それを避けただけでは、勝ち目などなあるまい! 今度こそ消えるがいい!!」

 

「う、う……」

 

 

 ミカエルの剣がネギをしとめんと襲い掛かった。あのネギですら、半分諦めかけていた。これは避けようがない。もはや目の前までミカエルの剣が振り下ろされていた。しかしそこに、小太郎がやってきてネギを助けたのだ。間一髪ネギは小太郎に抱えられ助かったのである。そしてネギと小太郎はミカエルから距離を取り、出方を伺おうと考えたのだ。

 

 

「大丈夫かネギ!? クソ、ありゃ一体何なんや……!」

 

「こ、小太郎君!?」

 

「ち、犬っころめ。貴様も悪の仲間となるか!!」

 

 

 だが、その小太郎の行動に、怒りを滾らすマルク。もはやマルクは小太郎すら悪と断定し、攻撃目標としたのである。このなりふり構わぬマルクの行動を、許せないものが居た。那波千鶴である。彼女は子供が好きであり、少年たちにこのようなことを行う、このマルクが許せなかったのだ。そしてマルクへと近づき、千鶴は平手打ちをマルクの顔面にぶつけたのだ。

 

 

「あなた、どうしてこのようなことを?」

 

「貴様、何をした!? 彼らは悪だ。だからこの場で倒さねばならないのだよ!」

 

「悪ですって? 私には、弱いものいじめをしているあなたこそ、悪に見えますが……?」

 

「何、私が悪だと!?」

 

 

 客観的に見ればそうなるだろう。なんせ巨大ロボを操り少年を殺さんと動くこの男が、悪に見えるのは当然だ。実際千鶴はO.S(オーバーソウル)が見えていないので、拳銃を二人に向けている姿にしか見えないのであるが。だが、その自分こそが悪と言う言葉に、マルクはさらに怒りを燃やした。なぜなら自らが正義であり、あの二人が悪だと断じているからである。そこでマルクは恐ろしい形相となり、拳銃をネギから千鶴へと向けたのだ。

 

 

「私こそが正義だ! 何も知らぬ小娘が、知った風な口を利くな!!」

 

「あなたが正義? そのようなものが正義だとは思えませんが?」

 

「こ、この小娘! 痛い目を見なければわからんか! ミカエル!!」

 

 

 マルクは千鶴の言葉が相当許せなかったようで、数歩後ろへと下がりミカエルに千鶴を攻撃するよう命じたのだ。するとミカエルは追っていた小太郎とネギから遠ざかり、千鶴へと剣を振り上げたのだ。と、その行動に小太郎もネギも驚き焦った。何も関係のない千鶴が、あの騎士のロボに攻撃されそうになっていたからだ。

 

 

「ちづる姉ちゃん!?」

 

「あ、危ない! 千鶴さん!」

 

 

 このままでは間に合わない。いや間に合っても防ぐ手すらない。だが、そんなことなど気にすることなく、ネギも小太郎も急いで反転し、千鶴のほうへと移動した。しかしこのままでは間に合わない、明らかに間に合わない。そしてミカエルの剣は千鶴へと振り下ろされ、地面に突き刺さったのだ。

 

 

「千鶴さん!?」

 

「な、外れたんか!?」

 

 その剣は千鶴の手前の地面に刺さっていた。ミカエルの攻撃が千鶴には命中しなかったのである。それを見てネギも小太郎も気休め程度だが安心したようだ。そしてさらに加速し、千鶴を守ろうとする二人だった。

 

 しかし、なぜ攻撃が外れたのだろうか。今の攻撃を千鶴が避けた訳ではない。あえてマルクが一撃目をはずすように攻撃したのだ。だが、そこには突如地面が抉れたにも関わらず、千鶴は堂々と立っていた。また、何が起こったのかもわからず、ただ立ち尽くしていた訳ではない。強い意志のもと、この場所に立っていたのだ。

 

 

「……何をしたのでしょうか?」

 

「貴様にはO.S(オーバーソウル)は見えんか。だが、今度は当てるぞ? ミカエル!!」

 

 

 今のは脅しだった。この謎の現象に怯え、今の言葉を謝罪するなら、助けてやったとマルクは思った。だが今の現象を見ても、堂々としてた千鶴へ、再度攻撃を仕掛けたのだ。もはや千鶴がネギに変わり絶体絶命となっていた。その光景にネギも小太郎も焦り、叫びながら何とかしようともがくことしか出来なかった。しかしその時、剣を振り上げたミカエルの腕が止まったのだ。完全に動かなくなっていたのだ。

 

 

「何!? ミカエルどうしたというのだ!? なっ、こいつは!!?」

 

「こ、この紅き巨人はまさか……!?」

 

「お、おい、まさかこいつは!?」

 

 

 ミカエルの腕を押さえる、もう一つの腕。それは紅き腕であった。そして、その紅き腕が力をこめると、ミカエルの右腕がへしゃげ、引きちぎれたのである。一体何が起こったというのか。ネギも小太郎もそれに驚いたが、千鶴が無事だったことに安心し、ようやく千鶴の下へと駆けつけたようだ。また、そこに一人の少年がやってきた。その少年はステージの後部座席の上に立っていた。それは黒く長い髪、星のアクセサリーを多く身につけた少年だった。そこでその少年は、一言ポツリと漏らす。

 

 

「ちっちぇえな」

 

 

 その少年は赤蔵覇王だった。彼もまた悪魔の力を感じ、ここへやってきたものの一人だったのだ。そしてそこへ駆けつけて見れば、無関係な人を巻き込み、暴れる天使が居るではないか。その暴挙を許すほど、覇王は甘くはない。即座にS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)をミカエルの後ろにO.S(オーバーソウル)し、その腕を掴んで砕いたのだ。また、マルクはこの光景に絶句し、まさかこのようなことになるとは思っていなかったようだ。

 

 

「……!? は、ハオだと!? ば、バカな……!!? 私のミカエルがこうもあっさりと……!?!」

 

「一般人を巻き込み、攻撃するなどあってはならぬことを。お前は一体何がしたい?」

 

「き、貴様がハオなら悪だということだ! 貴様もやつらと共に、滅ぼしてやろう!!」

 

「悪か。だが明らかにお前のほうが悪だろ?」

 

 

 はやり客観的に見て、このマルクが悪であった。と言うのも、激怒したぐらいで一般人たる千鶴に攻撃を加えるなど、普通に悪である。その言葉にマルクはさらに怒り、完全に理性を失っていた。キレまくっていた。さらに、このマルクは覇王を”ハオ”だと思い込み、勝手に悪に仕立て上げ、攻撃しようと考えていた。そんなマルクを覇王は涼しい顔で眺めながら、ゆっくりとステージへと近づいていった。

 

 

「ハオ! 貴様が悪なのだ! そして私が正義なのだ!!ミカエルゥゥーーーッ!!!」

 

「そうか、なら僕は悪でもかまわん。だが、滅ぶのはお前だ」

 

 

 覇王がそう言うと、S.O.F(スピリット・オ・ファイア)が瞬間的にミカエルの前にO.S(オーバーソウル)され、ミカエルの上半身と下半身を分断したのである。瞬殺、もはやそうとしか言えない状況であった。そしてネギと小太郎は千鶴の前に立ち、ボロボロだというのに守ろうとしていた。この状況に、マルクはどうしてこうなったか考えていた。また、覇王はすでにステージ最前列の座席までやって来ており、その場所に立っていたのだ。

 

 

「な、何だと……! 一瞬で我がミカエルが……!?」

 

「なんだ、その程度か」

 

 

 一瞬にして破壊されたミカエルを見て、マルクは驚愕していた。だが覇王はそれが当然だといわんばかりの表情で、マルクを睨みつけていた。だがマルクは、もう一度ミカエルをO.S(オーバーソウル)したのである。膨大な巫力をそのミカエルに注ぎ込み、先ほどのO.S(オーバーソウル)よりも高い力を持つO.S(オーバーソウル)を構築したのだ。

 

 

「だが相手がハオだとしても、私には神から与えられし特典にて巫力は十分にある! 貴様ぐらいのな!!」

 

「ふん、そうか。じゃあこっちも別のO.S(オーバーソウル)を使おう」

 

「何を!?」

 

 

 覇王は京都にてリョウメンスクナを持霊にしていた。つまり、それをO.S(オーバーソウル)させることができる。そしてその媒介は、覇王がこの世界にて転生した時から存在し、特典のオマケとして所有してきた最高の剣。Fateの佐々木小次郎が振るった長刀、物干し竿であった。それにリョウメンスクナをO.S(オーバーソウル)させたのである。

 

 

「我が剣術を生かし、さらにシャーマンとして生かす。この剣こそ、我がO.S(オーバーソウル)にふさわしい」

 

「な、何だその巨大な剣は……!? スピリット・オブ・ソードだとでも言うのか!?」

 

 

 かれこれ1000年に渡って覇王と共に歩んできたこの物干し竿は、その長い年月により霊験あらたかな存在となっていた。そして、その覇王の新たなO.S(オーバーソウル)は巨大な刀であった。その巨大な刀は、マタムネが操る鬼殺しと、麻倉葉のスピリット・オブ・ソードを足して二で割ったような姿だった。だがしかし、甲縛式O.S(オーバーソウル)として、物質に近い形状となっていたのである。それがこの覇王の新O.S(オーバーソウル)……。

 

 

O.S(オーバーソウル)、”神殺し”」

 

「か、神殺しだと……!!」

 

 

 神殺し。そう名づけられた覇王のO.S(オーバーソウル)。転生神の子たる転生者を切り裂くために生み出されたO.S(オーバーソウル)。ゆえに神殺し。そこで、その巨大な刀のO.S(オーバーソウル)を用いて、静かにあの構えを取る覇王がそこに居た。ようやく使える。初めて真価が発揮できる。この技を使うことを長年待ち望んでいた。そしてその技を、今見せる時が来たのだ。

 

 

「ふん、だがその程度の剣では、私のミカエルは倒せん!! 滅びろ、邪悪なるハオ!!」

 

「来なよ。ようやくあの技が使えるんだ。さっさと向かわせて来い」

 

「減らず口を!! ミカエル!!!」

 

 

 マルクはミカエルに命令し、再度剣を覇王に向けた。そこでその覇王はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)をネギたちの近くに配置し、守るように腕を回していた。だが、肝心の覇王はO.S(オーバーソウル)を構えたまま、微動だにしていなかった。そして、ミカエルが剣を振り下ろし、覇王に命中する手前で、覇王は奥義を使用した。

 

 

「秘剣、”燕返し”」

 

 

 燕返し。Fateの佐々木小次郎が生涯かけて編み出した究極の剣技。同時に繰り出される三つの斬撃は、もはや魔法の領域とされるほど、研ぎ澄まされた剣技だった。この覇王は常日頃からこれを練習し、使う機会を伺っていたのだ。1000年前、生涯かけて完成させたこの技だ、使う日を待ち望んでいたのだ。

 

 その瞬間に秘剣が開放され、まったくの時間差すら無く発せられた完全な三連撃を同時に受け、ミカエルは三等分され砕け散った。もはやS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)など必要とせず、簡単にミカエルを破壊したのだ。

 

 

「ば、バカな!? ……何だというのだ!!?」

 

「何を驚いているんだ? これが僕の特典だということだろ?」

 

「……き、貴様一体……!?」

 

「赤蔵覇王、お前と同じ存在だよ。やれ、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)

 

 

 そう覇王が言い残すと、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)がマルクの目の前に出現し、鋭い爪を突き立てた。マルクは今のO.S(オーバーソウル)に力を使いすぎたため、ダメージのフィードバックが大きかった。そのためすでに肩から息をしており、立っているのがやっとな状況だったのだ。これで完全にマルクはS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)にとらわれたも同然で、後は貫かれ、燃やされ、特典を引き抜かれるだけとなっていた。

 

 

「何……!?」

 

 

 だが覇王の攻撃がなぜか外れたのだ。それに驚き、覇王の口から声が漏れていた。なんとS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が攻撃したその瞬間、マルクが突然地面へと沈んだのだ。いや、地面ではなかった。そのマルクの下にあった、水溜りの中にマルクが沈んだのである。それは水の転移魔法(ゲート)という魔法であった。

 

 そして何者かがマルクをそのまま連れ去ったのだ。つまり、今の魔法を見るに、明らかに高位魔法使いの仕業であった。覇王はマルクを取り逃がしたことを、少し苛立ちを覚えながらも、仕方なくそれを眺めていることしか出来なかった。これは覇王が始めて敵を取り逃したということであった。

 

 

「……まだ敵がいたというのか……。この覇王を出し抜くとは、やるじゃないか」

 

 

 覇王はこの雨の振る闇の空を眺め、そうポツリと言い残した。今世にて、初めての屈辱。敗北ではないが、ある種の敗北であった。この敗北感を雨と共に感じながら、覇王は次に会った時は、確実にしとめることを決意したのである。

 

 また、ネギと小太郎はマルクが消えたことで、安堵していた。あのまま戦っていれば、危なかったからだ。そして千鶴も、今何が起こっていたのかわかっていなかったが、なんとなく危険だったことはわかったようであった。そして覇王はとりあえず、三人へと近づき無事を確認した。

 

 

「そちらの三人、大丈夫だったかい?」

 

「あ、ありがとうございます、覇王さん」

 

「お、お前赤蔵の兄ちゃんか!?」

 

「何が起こっていたのか、よくわかりませんでしたが、何か危機を助けていただいたみたいで。ありがとうございます」

 

 

 覇王を知っているネギは、普通にお礼を言っていた。しかし覇王の強さに戦慄を覚えていた小太郎は、少しビビッていた。また、千鶴はこの戦いのことをよくわかっていなかったが、なんとなく危険を助けてもらったことを察して、覇王に礼を述べていた。だが、その覇王を見て千鶴は、何かを思い出したようであった。

 

 

「あら? あなたは確か……」

 

 

 千鶴は覇王のことを、微妙に知っているらしい。だが覇王は千鶴のことをまったく知らない様子であった。すると千鶴は覇王へ普段の笑顔で近寄った。

 

 

「あなた、赤蔵さんね?」

 

「ん? 君と会うのは初めてなはずだけど?」

 

「覚えてらっしゃらないみたいね。私はあなたと一度だけお会いしていると思いますけど?」

 

 

 そこで千鶴に会った事があると言われ、どこでだろうと覇王は首をかしげた。だが覇王は何とか思い出そうそして、ふとその記憶が頭によぎった。それは休日に木乃香に誘われて島に行ったことだった。そこで、そういえば確かに居た気がしたなあと、考えていた。また、ネギと小太郎は覇王が居るなら安全だと思い、とりあえず休憩がてらその二人の会話を眺めることにしたらしい。

 

 

「ああ、あの島でか」

 

「思い出してくれたかしら? 私は那波千鶴と言うわ、よろしくね?」

 

「そういえばそうだったね。そして僕の名前は知っているようだけど、一応名乗らせてもらおう。僕の名は赤蔵覇王、以後お見知りおきを」

 

 

 そこでとりあえず挨拶を交わす千鶴と覇王。千鶴は覇王を島で見ていたし、木乃香の彼氏と言う噂も聞いていたので、ある程度は知っていた。しかし、覇王は思い出すまでまったくわからなかったのだ。一応顔ぐらいは見たはずなのだが、思い出せない程度だったようである。そんな覇王に千鶴は、前から疑問に思っていたことを質問したのだ。

 

 

「あなた、このかさんの彼氏なのでしょう?」

 

 

 千鶴はあの雪広のリゾート島で、木乃香と戯れる覇王を見ていた。だから覇王が木乃香の彼氏か恋人だと考えていたのだ。確かにそう思われても不思議ではない、むしろそう思ったほうが自然な状況だった。だが、覇王の答えは否、断じて否であった。

 

 

「ん? 違うけど?」

 

「あら、最近よく仲良くしているのを見かけたから、そうなのかと思いましたわ」

 

 

 この覇王、まったく表情を変えずに違うと言い出した。その理由は木乃香との約束にある。それは木乃香が強くなり、自分の側に立つならそう名乗ってもよいが、今はそうではない。だからまだ、覇王もそれを認めるわけにはいかないのである。

 

 

「仲良くしているが、旧友どまりさ」

 

「本当かしら? あれほどこのかさんに抱きつかれてて旧友だなんて、普通に考えておかしいと思いますけど?」

 

「ああ、木乃香は昔からあんな感じだよ。さほど気にはしていないさ」

 

 

 覇王は自分は友人だと思ってる。そしてあの木乃香の行動は昔からだから気にしていないと覇王は言ったのだ。だから別にそう言う関係じゃないから、気にしないでくれよ、ということだ。

 

 だが、この程度の答えであの木乃香の行動に納得するかといえば、そうではないだろう。何せ随分と積極的なアプローチを仕掛けていたのだ。旧友などで納得できる訳が無い。さらに、あれだけ抱きつかれて無反応ではあったが、邪険にしないのも奇妙だと千鶴は思っていたのだ。

 

 

「ですが、あのようなことをされても特に邪険に扱わないのは、やはりそういう関係なのでは?」

 

「僕が彼女の扱いに慣れているだけさ。いつものことだよ」

 

 

 まったくYESと言わない覇王。覇王には意地があるのだ。ここでYESを言えば、あれだけ木乃香に豪語したことが、台無しになってしまうからである。そういった理由で、絶対にNOを貫いているのだ。しかしこのまま押されてしまうと面倒だと覇王は考え、逃げることにした。そこで覇王はネギと小太郎へと、話しかけたのだ。

 

 

「まあ、君たちはボロボロだ、とりあえず傷を癒すんだね」

 

「あら、逃げてしまわれるので?」

 

「そう取ってもらって結構。どう思われようが、僕には関係ない」

 

 

 そう言うと覇王はそのまま千鶴の横を通り過てた。千鶴は覇王を追うように体を動かしながら眺めていた。そして覇王は、ネギと小太郎の真ん中を歩いて通り抜けた。その瞬間、こっそり巫力での治療をその二人に行ったのだ。そこで突然傷が癒えて痛みが消えたことに、ネギも小太郎も驚いていた。治癒の魔法にも詠唱があるのだ。突然傷が癒えるなど、考えられないのである。

 

 

「あれ? 傷が……」

 

「ど、どこも痛くあらへんぞ!?」

 

 

 

 その二人の言葉を聞いて、治療が完了したことを覇王は確認した。治療されたネギと小太郎は、いまだになぜ傷が癒されたのかまったく解らず、その場で混乱していた。そんな二人に覇王は説明もせずにそのまま歩きながら、振り向きもせずに別れの言葉を発していた。

 

 

「雨が強い、それに夜だ。早く帰って寝たほうがいいぞ? じゃあね」

 

 

 その発言の後、さっさと走って覇王は寮へと帰っていった。まあ、後でS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に乗って帰るのだが。乗り残された三人は、とりあえず千鶴の部屋へと行くことにしたのだ。

 

 

「不思議な人ね、赤蔵さんという人は」

 

「そうですね……」

 

「いや、ありゃ化けモンやで!?」

 

 

 退散して行った覇王を眺めながら、千鶴はそう考えていた。奇妙な少年だが、決して悪いやつではない。むしろ木乃香に好かれるほどには、いい人なのだろうと思っていた。そこでネギもそれに同意した。京都では色々と助けてもらったからだ。だが、同じく京都でリョウメンスクナを一撃した覇王を見ていた小太郎は、やはり恐ろしい何かという感想しかでなかった。あの光景、地味に小太郎のトラウマであった。あの巨大な化け物を、一撃する化け物、それが覇王だと刷り込まれてしまったのだ。

 

 その後、ネギは千鶴を部屋へ送ると、自室にしているタカミチの部屋へと戻っていった。そして、とりあえず小太郎は千鶴の部屋に泊まることになったようであった。

 

 

 ……ちなみにバーサーカーは、アーチャーを追っていたのでその場に居なかった。そしてバーサーカーに追われるアーチャーは、何とか必死に逃げ切ったらしい。なんとも詰めが甘いアーチャーである。

 




いやあ、メガネは強敵でしたね

そしてようやく燕返しが使えるように


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日常編 その2
四十一話 カギと銀髪


テンプレ85:踏み台が踏み台にされる


 最近のカギ・スプリングフィールドは何かおかしい。ヘルマンとの戦いにて、あのネギを助ける行動を取ったカギ。ギャラリーの少ない中で、彼がネギを助けるメリットはさほど無かったはずだ。確かに一応兄弟として、助けた可能性はある。だがそれ以上がない。つまるところ、何かカギがおかしいのだ。なぜそうなったかと言うと、悪魔襲撃事件よりも前まで遡ることになる。

 

 

…… …… ……

 

 

 カギはいつものように麻帆良を歩いていた。最近本気で従者がほしくてたまらなくなってきたこのカギ。どうしたものかと考えていた。何せ、もうすでに”原作知識”なんか意味が無いのだ、とりあえず誰か従者になってほしかった。そんなことを考えながら歩いていると、一人の生徒がそこに居た。

 

 その生徒は佐々木まき絵。新体操を得意とする少女だ。天真爛漫でとても明るい彼女は、とても優れた運動神経を持っている。だが、それでも悪く言ってしまえば子供っぽいというものだ。だが、まあそこもまたこのまき絵の持ち味なのかもしれない。そんなまき絵を、従者にしようかと考えたカギ。従者にしようと思う程度に、カギはまき絵のことを気に入っていたのである。しかし、そこに現れたのは銀髪イケメンオッドアイだった!

 

 

「神威! こんにちわー!」

 

「や、まき絵ちゃん。いつも元気だね」

 

「神威も元気そうだね!」

 

 

 ファック!カギはそう思った。すでにまき絵には彼氏がいたらしい。全カギが泣いた。だからまき絵を従者にすることを仕方なく諦めたのだ。そこでカギに寝取り精神があれば、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)からそれらしき薬を出して使い、あの銀髪からまき絵を奪おうとしただろう。しかし、カギは寝取るような真似はしなかったのである。だがそこで、カギはこの神威とかいう少年が気になった。

 

 

「おい、カモ。あいつ変じゃねぇか?」

 

「おうおう、何か怪しい雰囲気をビンビン感じるぜぇ~!!」

 

 

 あのカモミールも、あの銀髪に何かを感じ取ったらしい。それを調べるために、神威を調べようとカギは考えた。神威はまき絵に挨拶し少し会話すると、別の場所へと移動していった。カギはそれを追跡していったのである。

 

 

 だが、すでに追跡するものの姿があった。それは朝倉和美である。前に一度神威の本性を垣間見てしまった和美は、その後神威を調べていたのだ。それに付き添っているのはやはりマタムネだった。あの神威が和美に牙を向けば、何が起こるかわからないからだ。だからこそ、一緒になって神威を追跡していたのだ。

 

 

「あれはカギ君とカモっち?」

 

「そのようですね。さて、彼らも追跡するようだが、いかがしますか?」

 

「とりあえず、私たちは私たちで追跡しようか」

 

「では、そういたしましょう」

 

 

 とりあえず和美は自分たちだけで追跡する気にのようだ。下手にカギと合流しても、見つかる可能性があるからだ。それにマタムネも同意し、神威を追って移動をするのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 次に神威がやってきたのは、またしても3-Aのメンバーのところであった。その生徒は釘宮円である。神威はその円に挨拶すると、また移動を始めたのだ。

 

 この神威は虎視眈々と、3-Aのメンバーを手篭めにしようと狙っている。だからこうやって暇があるときは、麻帆良中を練り歩き3-Aのメンバーに片っ端から声をかけて居るのだ。

 

 そしてまたしても3-Aのメンバーに会っていた。その生徒の名は宮崎のどかだった。大好きなネギと友達になり、今最も元気な少女である。神威は早々にのどかへと声をかけようと近づいていった。しかし、そこに邪魔が入った。またしても転生者の少女、聖歌だった。聖歌の特典の一つに、強い幸運がある。この幸運により、友人であるのどかは守られているようだ。それを見た神威はしかたなく諦め、また移動を開始した。

 

 

 そしてまたまた3-Aのメンバーに会っていた。というか、神威の行動は先ほどからそればかりで、何の大きな変化もない。一見何がしたいのかわからない行動だが、カギはすぐにわかった。ニコぽかナデぽである。このカギですら手に入れようとすら思わなかった特典を、あの銀髪は持っていると睨んだ。そして、自分のように3-Aのメンバーを手篭めにしようとたくらんでいると見た。その神威の謎の行動に、カモミールはカギに質問していた。

 

 

「兄貴、あの野郎は何やってんだ!?」

 

「ああ、カモ。あいつは洗脳をしようとしているのさ」

 

「せ、洗脳だあああ!? どういうことっスか、それええーーッ!?」

 

 

 カモミールは洗脳と聞いてショックを受けた。このカモミール、口で人を動かすのは得意だ。口先のオコジョ妖精と呼べるぐらい、人を乗せるのがうまい。それだけに、流石に洗脳はやりすぎだと思っているのだ。

 

 それはカギも同じであった。流石にニコぽしてまで、自分の生徒を手に入れようとは思ってなかった。それだけカギは、自分に自信があるということなのだ。まあ、見た目以上に変態すぎるのが、玉に瑕なのであるが。そして、ニコぽやナデぽは洗脳であり、手に入れても人格がおかしくなるかもしれないと、カギは考えていたのだ。そんな自分専用信者など、流石にカギはいらないのである。腐ってもただのエロい男、クズではなくバカなのが、このカギのいいところであり悪いところだった。

 

 

「洗脳ってやばいじゃねぇか! 兄貴どうするつもりで!?」

 

「証拠が無いからなんとも。しかし、あの様子ならそう考えざるを得ないぜ……」

 

「ひでぇことをしやがる! と言うことは兄貴の生徒の何人かは洗脳されちまったってことじゃ!?」

 

「クソー……。ふざけやがって……!!」

 

 

 このカギ、ネギまの世界に来て、漫画の世界だと考えていた。だから、原作の女性キャラたちにちやほやされたいという願望を持ち、モテモテハーレム王になりたかったのだ。だが原作が無意味と感じてから、モテモテハーレムになって、どうするんだろうかと考えた。ぶっちゃけテンション高い3-Aのメンバーをハーレムにしたら、モミクチャにされて色々と大変だろうと考え始めていた。

 

 それに原作のネギがどうしようもないやつだった(カギの個人的な感想です)から、アンチしようと思っていた。

しかし、ここではとてもいいやつだ。こんな転生者で上目目線の自分でさえ、ネギは兄として見てくれている。そういうまったく問題を起こさない紳士なネギを見て、アンチ意味ねえやと感じていたのである。

 

 そもそも原作のネギだからアンチしたかったのであって、いい子なネギをアンチなど出来るはずが無かったのだ。だからなのか、ハーレム王より、好きな生徒を数人だけ従者にしたほうがいいかな、と思い始めていた。そんな時にあの銀髪が現れたのだ。今のカギにとって、それはあまり気分のいいものではなかった。

 

 

「俺はハーレム王になりたかった! だがアイツの行動は許せん! 洗脳でハーレムとか、男じゃねえ!!」

 

「流石兄貴だぁ! その通り! パンツが好きな俺でさえ、ありゃクズだと思うぜ!」

 

「いや、それただの変態だろカモぉー!?」

 

「いやいや、兄貴には及びませんぜー!!」

 

 

 このオコジョと人間、変態同士息が合うらしい。というのも、カギが爆発せずにいられたのも、このカモミールがいたからであった。このカモミールとバカなことを話していると、とてもスッキリするカギなのだ。

 

 そこで洗脳と聞いて即座にカギの下へやってきたものが居た。和美だ。和美はカギが洗脳と言っているのを耳にして、話を聞こうと考えたのだ。

 

 

「カギ君! 洗脳ってどういうこと!?」

 

「うおお、なんだ朝倉か。聞いちゃったのね今の」

 

「ばっちり聞かせてもらったよ! それで洗脳って言うのは一体!?」

 

 

 当然カギは突然現れた和美に驚いた。そして今の言葉を聞かれたことを、やっちまったと考えた。また、和美はクラスメイトが洗脳されていると聞かされ、少し混乱していた。当たり前である。自分のクラスメイトがあの銀髪に洗脳などされているなんて、考えたくも無い情報だからだ。だが、現実は非常であった。カギはその質問に答えたのだ。

 

 

「わかった、教えてやる。あの銀髪が使っているのは、”ニコぽ”か”ナデぽ”だ」

 

「は? ニコぽ? なでポ?」

 

「おう、ニコぽは笑顔を見せると異性が惚れる。ナデぽは頭を撫でると異性が惚れる」

 

「え? ええ? ちょっと、意味がわかんないんだけど!?」

 

 

 ニコぽもナデぽも説明されたって、普通に考えればわからない。何で笑えば惚れるのか、何で撫でれば惚れるのか。まったくわけがわからないのだ。だから和美はその答えにさらに混乱していたのだ。だがマタムネはすぐさまその正体を察した。それが凶悪な呪いだと言うことを。

 

 

「カギさんが言いたいのは、その行動で相手が絶対に逃れられない”惚れる呪い”にかかるということでしょう」

 

「な、何それ!? 冗談じゃない!!」

 

「冗談ならよかったんだがな……」

 

 

 女性としてそんなこと許されるわけが無い。色々カメラで撮ってきた和美ですら、怒りをあらわにしていた。当然だろう。そんなくだらない行動で、勝手に人が惚れるなんて、思いたくも無いのだから。それを答えたカギも冗談だったらよかったなあ、と思っていた。また、マタムネも目を瞑り、冷静な態度を取っていた。だが内心は穏やかではなかった。そして、大声で叫ぶ和美に、マタムネは注意を促したていた。

 

 

「あまり声を出さないほうがよいですよ。見つかってしまいます」

 

「う、うん……」

 

「あいつ移動するみてぇだぜ?行こうぜ!」

 

「おう、兄貴!」

 

 

 二人と二匹は神威についていくことにした。そしてそこで見たものは、やはりおぞましい何かであった。ひどい有様、醜い人間性であった。

 

 

…… …… ……

 

 

 今日も神威はハーレム作りに失敗し、イライラしていた。またしても三度、失敗したのだ。あれからまったくハーレムが増えない。そこにとても苛立ちを覚えていた。だからこそ、またしても醜いと称する転生者を殴っていた。いつもどおり、裏路地に転生者を呼び込んで、殴り飛ばしていたのだ。

 

 

「ぎゃ!? な、何しやがる!!」

 

「はは、君たちのような醜い転生者は、私のサンドバッグなんだよ」

 

「ふざけるな! ふざぎゃ!?」

 

 

 転生者を殴り飛ばす神威。どうやって転生者と一般人を見分けて居るかはわからないが、とにかく必ず転生者を殴っていた。そして、その転生者をいたぶる行為に、神威は罪悪感をまったく感じてないかった。むしろ清々していた。こんな醜いゴキブリを踏みつけて楽しいと思っているのだ。

 

 

「お、俺の特典は戦闘向けじゃねぇ! クソ!!」

 

「はっは、そうなのかな?じゃあ戦闘向けの特典ってやつを見せてやるよ」

 

「な、なんだそれ!?」

 

 

 それは無詠唱の魔法の射手。ただの魔法の射手である。だが、戦闘力の無い転生者にとって、それだけで十分脅威なのだ。その魔法の射手がわからないのか、その転生者は怯えながら驚いていた。そこで、それが放たれると、その転生者の右腕に魔法の射手が突き刺さった。そしてその場所から赤い液体が噴出し、神威の銀髪を赤く染めていた。

 

 

「ぎゃああ!? な、なんてひでぇ!!? いてぇよおお!!」

 

「はっはっは、醜すぎる、汚らしい()()を撒き散らさないでくれよ」

 

「う、ううああ……」

 

 

 神威は笑いながら転生者を見下していた。そして赤く流れ出すその血を体液と言った。つまりこの転生者を、すでに人として見ていないのだ。虫か何かだと思っているのだ。もはや恐怖で意味が解らなくなっている転生者が、痛みに耐えかねて動けなくなっていた。そこに神威はこの転生者の顔面を踏みつけ、気を失わせたのだ。

 

 

「はっ、弱い。醜いね……。本当に醜い」

 

 

 なんということだろうか。この神威の口癖は醜いである。だが、明らかに醜いのはこの神威のほうだった。そしてその光景を見ていた二人と二匹も、おぞましいものを見るような目で神威を見ていた。当然だ、こんな現場を見せられれば、そうなっても不思議ではない。

 

 

「アイツ……なんでこんなことばかりしてるの!?」

 

「ひ、ひでーぜ兄貴、俺っちもあんなやつ見たことねぇぞ!!」

 

 

 完全に怯えきっている和美とカモミール。それもそのはず、もはや人のすることではないからだ。転生者とは言え、一応生きている人間。それをこうも簡単に攻撃するのは、もはや異常でしかないのだ。流石のカギですら、ありゃねーだろ、と思うぐらい最低最悪な行動だった。そして、その神威に怯えた和美は、後ずさりを無意識に始めていた。

 

 

「あ、あんなやつに、ほ、惚れさせられるとか絶対嫌……!」

 

「お、おいそこには!」

 

 

 和美は今の神威の行動にも恐怖を感じていた。だが最も恐れたのは、洗脳されて惚れさせられるという行為だった。あの神威に微笑まれただけで惚れる、撫でられただけで惚れる。それがとても怖かったのだ。だから後ずさりをしてしまっていたのだ。だがそこに空き缶が落ちていた。それをカギが注意した時にはすでに遅く、和美の足と空き缶がぶつかってしまっていたのだ。そして、その空き缶が倒れ転がる音が、裏路地に大きく響いていた。

 

 

「……そして、そこに居るやつ……。出て来いよ?」

 

 

 こそこそと神威の行動を見ていた二匹と二人。その空き缶の音で神威にばれてしまったのだ。和美はしまったと思ったがもう遅い、完全にばれてしまったのだ。そして恐怖で身がすくみ、動けなくなってしまったようだ。

 

 

「わ、私……」

 

「ここはひとまず退散するとしましょう。あのものに捕まれば、どうなるかわかりません」

 

「だったら俺がヤツをひきつけてやる! その間にさっさと逃げな!」

 

 

 とりあえずマタムネが和美を掴み、逃げることにしたようだ。だが、そこで時間稼ぎとして、カギが神威と戦うと言い出した。流石のカギですら、あの銀髪を野放しにしておくことが許せなくなっていた。そして自分の特典を信じており、負ける訳がないと確信してたのである。

 

 

「その行動、痛みいる。では頼みましたよ、カギさん」

 

「ご、ゴメン、カギ君」

 

「気にすんな! 生徒に頼られるのも教師の勤めさ! そんでもって、まかせとけって!」

 

「兄貴、俺っちは残るぜ! 兄貴に何かあったら困るからな!」

 

 

 そうマタムネと和美はカギへ言い残し、早々に撤退して行った。だがカモミールはこの場に残って、カギの様子を伺うことにしたらしい。そして、カギはその場から飛び出し、挑発するように神威へと叫んだ。カギはあの銀髪と対峙したのだ。

 

 

「おう、俺だ! 俺が見ていたんだぜ?」

 

「あ? 君は子供先生? いやその片割れか。醜い兄弟の片割れか。もう逃げたかと思ったよ」

 

「ああ? 片割れだぁ? ナメんじゃねぇぞ!!」

 

 

 神威に片割れと言われ、さらに激昂するカギ。そしてカギは自らが信頼する最高の特典を起動した。それは王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)だ。即座に王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を展開し、武器を飛ばすカギ。だが、それをものともせずにカギの目の前にやってきた神威がそこに居たのだ。

 

 

「ば、なんだと!?」

 

「その能力、この距離じゃ使えないだろう?」

 

「こ、この俺を、なめんじゃねぇぇぇ!!!」

 

 

 すると次はナギの能力で神威を殴り飛ばそうとした。その一撃はすさまじい威力なはずだった。だがカギは特典を鍛えていない。最終局面レベルのナギほどの力はまだ無いのだ。それをあっさりかわし、逆にカギの顔面に神威は拳を突き刺したのだ。

 

 

「ぐあ!?」

 

「やはり醜い。特典は鍛えてこそ意味があるというのに」

 

「こ、この!!ハンサム・イケメン……」

 

「遅いんだよ!!」

 

 

 カギは至近距離から千の雷を使おうと考えた。だが詠唱する前に、またしても神威に顔面を殴り飛ばされてしまったのだ。この神威、かなり特典を鍛えているらしく、すさまじい強さを持っていた。今の一撃でカギは、視界がぼやけて動けなくなってしまったのだ。そこへすかさず大技を、神威はカギへと叩き込んだのだ。

 

 

「はっ、”神々の神罰”!」

 

「があああぁぁ!?」

 

 

 神々の神罰。単純な気の衝撃波である。だが、その威力は戦艦の大砲を越える。その神々の神罰の衝撃波が、爆発音に似た音が発せられたのと同時に、カギの腹部へと命中したのだ。また、カギは障壁を張ったはずなのだが、それだけで体はボロボロにされ、吹き飛ばされてしまった。そして裏路地の外へとはじき出され、地面に転がったのである。その光景にカモミールも、恐怖で完全に固まっていた。

 

 

「弱い、あっけない。所詮醜い兄弟の片割れ。まあなぜ私を尾行していたかは大体予想がつくし、今回はこの程度で許してやるよ」

 

「ぐっ……ぐふ……」

 

「兄貴、兄貴ぃぃぃ!! しっかりしてくれえええ!!!」

 

 

 たった一撃で敗北したカギ。何が悪かったのかわからないほどだった。神威はカギをゴミを見る目で眺め、その場を立ち去っていった。そして、その立ち去る神威を睨みつけながら、カギは意識を手放した。そこでカモミールはカギに呼びかけ、叫ぶことしか出来なかった……。

 

 

…… …… ……

 

 

 あれからネギが持っていた治療薬で回復したカギだったが、あの敗北が許せなかった。特典は最強なものを選んだはずだった。だが現実的に敗北してしまった。あの銀髪が言っていた、特典は鍛えなければ意味が無いと。そこでカギはあの銀髪を倒したいと考えた。

 

 そして特典を伸ばすため、修行をすることにしたのだ。だからカギはエヴァンジェリンを頼み、戦闘はできないがアドバイスを貰おうと思ったのだ。その後、エヴァンジェリンはそれを渋々承諾し、魔法球を貸してカギを一から鍛えてやることにしたのだ。

 

 




待ちに待ったカギのフルボッコ回

好きなほうを応援しよう


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四十二話 銀髪の魔手

テンプレ86:転生者という存在を大暴露


 あのヘルマン事件、ひいては転生者襲撃事件から数日たった次の休日。覇王は木乃香に約束したとおり、デートをすることにした。一度言ったことなので、男として二言は無いのである。そこでまたしても噴水公園にて、待ち合わせをしているのだった。しかし覇王は普段どおりの星だらけのラフな格好。見た目などどうでもよいのが覇王であった。

 

 そこへ木乃香が手を振りながら走ってきた。とても可愛らしい笑顔だった。また、木乃香はそこそこ着飾ってきたようである。その姿はピンクのシャツに白の長袖の上着、そして水色の膝丈ほどのスカートというものであった。それに頭には白のキャスケットをかぶっていた。

 

 

「やあ、木乃香」

 

「おまたせー、はお」

 

「今着いたばかり、と言えばいいのかな?」

 

 

 覇王は実際今来たばかりである。しかし、やはりそう聞かれれば、こう答えるのが定番だ。当然のごとく、今着いたばかりだと、覇王は木乃香へ言ったのである。

 

 

「はお、それよりウチの今日の姿はどーや?」

 

「ふうん、馬子にも衣装とはこのことか」

 

「はお、それはちょっとひどいんやないかな?」

 

 

 さらっとひどいことを言う覇王。あまりにもひどい。流石にそう言われた木乃香も、少しむくれてしまっていた。覇王はそんな木乃香を見て、いつものように笑っていた。

 

 

「冗談さ。なかなか可愛いんじゃないか?」

 

「最初からそー言えばええのに。でも、はおにかわえーって言われたら、許すしかあらへんわ!」

 

「ゲンキンだなあ」

 

 

 今の言葉が冗談で、さらに可愛いと言われた木乃香は、頬を赤く染めて喜んでいた。そんな木乃香を見て、チョロイなあと思いながら、やはり笑っている覇王であった。だが、そう思っている覇王だが、今日の木乃香は可愛いというのは本心なのだ。

 

 

「さて、今日は街に出ようか」

 

「そやな。はお、腕組んでええ?」

 

「まったくしょうがないやつだ。いいよ」

 

「やった! じゃーよろしくー」

 

 

 木乃香は覇王と腕を組み、嬉しい様子だった。いつも以上の笑顔を見せ、照れながらも覇王に引っ付いた。覇王はまあ、慣れているのか特に気にせずに、そんな木乃香を眺めていた。そして二人は、繁華街へと出歩くのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 木乃香と覇王は繁華街にある適当なファッション店などに入り、色々見回っていた。定番といえば定番である。そこで木乃香は覇王に服を選んでもらっていた。これも定番である。木乃香は嬉しそうに服を自分に重ね、それを覇王に見せてその意見を聞いていたのだ。

 

 

「はお、こんなんどーやろ?」

 

「もう少し派手な方がいいんじゃないか?」

 

「そーやなー。じゃあこっちは?」

 

 

 しかし覇王はあまりファッションに詳しくないので、よくわかっていない。だから、とりあえず自分の感性で、似合っているか似合ってないかを言っている覇王であった。そんな木乃香も覇王がファッションに疎いことを知っているので、そこを気にはしていないのである。ただ単純に、こういうことを覇王と出来ることが嬉しいのである。そこで木乃香は覇王に露出が多いほうがいいか聞いてみた。

 

 

「もっとダイタンなほうがええんか?」

 

「むしろ肌が出ないほうがいいと思うけど?」

 

「どーしてそー思うん?」

 

「木乃香はおっとり系だし、変に露出を増やしても似合わないと思うよ」

 

 

 木乃香は大和撫子っぽい美少女だ。あまり露出を増やすより、肌を見せないほうがよいと覇王は考えた。その言葉に木乃香は、覇王が少しだけ独占欲があるのかと思った。だからちょっと、面白おかしく質問してみた。

 

 

「ウチの肌を見るんは、はおだけでええってこと?」

 

「なんでそうなったのか。特に理由はないよ」

 

「そこは嘘でも、そうだよって言うもんやないの?」

 

「ハハ、僕は君の師匠でしかないからね。そこまで思わないよ」

 

 

 覇王は木乃香の師匠。まだそれだけだと覇王は言うのである。という訳で、そんなこと考えていないと否定する覇王だった。だが、いまだ師匠気分である覇王に、木乃香は少しせつなく感じたようだった。こうして付き合ってもらっているが、覇王は自分を弟子としか見てないと思ったからである。

 

 

「はおはまだししょー気分なんやな」

 

「そりゃね、約束はしたからそうさせてもらうよ」

 

「うん、そうやな!」

 

 

 だが、そのせつなさも木乃香は飲み込んだ。シャーマンとして強くなるためには、強い意志が必要だからだ。それに覇王としっかり約束したのだから、その約束どおりに頑張ればよいと心に決めていたのだ。

 

 その覇王と木乃香の約束。それは木乃香がシャーマンとして覇王に並び立つぐらい強くなった時、恋人になるというものだ。そして木乃香はその約束さえ覇王がしっかり覚えていてくれれば、それだけで嬉しくなった。だからこそ、木乃香は強くなろうと頑張っているのである。

 

 

「はお、絶対つよーなる! なって見せる!」

 

「フフ、そう簡単に僕ぐらいになれたら苦労しないよ?」

 

「それでも、ウチはガンバル! 絶対はおの隣に立つんや!」

 

「そうか、それじゃ頑張っておくれ。君が横に並ぶのを、いつも楽しみにしているよ」

 

 

 木乃香の隣に立つとは、つまり恋人として側にいたいという意味である。覇王もある程それを度察しているのだが、それでもシャーマンとして横に並んでくれと言っていた。だが、結果的にはどちらも同じなので、さほど大きな差は無い。しかし、そんなことを言う覇王も、実は少しその木乃香の決意を嬉しく感じているのだ。そして色々な店を二人は回り、のんびりと休日を過ごしていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして二人はとりあえず休憩しようと、いつも覇王が通う喫茶店へと足を運んだ。あの時のオープンカフェである。そこで適当に注文した飲み物を飲みながら、二人は雑談をしていたのだ。

 

 

「ここがはおのお気に入りかー」

 

「そうだよ。この街へ来る時は、決まってここを使うんだ」

 

「何がそんなに気に入ったん?」

 

「雰囲気かな」

 

 

 このオープンカフェは、ある程度落ち着いている。随分混雑していることもあるが、外でのんびり茶が出来るところを、覇王は気に入っていた。そう言うと覇王は手に持っていた珈琲を、ずずいと飲んでいた。

 

 

「雰囲気かー、確かに落ち着いとる感じはあるかもしれへん」

 

「だろ? 僕は静かにのんびりするのが好きだからね」

 

「はお、精神的にふけすぎや」

 

 

 覇王はいつだって静かを好み、一人でのんびりしていることを選んでいた。木乃香はそんな覇王を見て、老け込んどると考えてきた。だがそれは、誰もが思う覇王の印象なのである。あのリゾート島でも、しょっぱなから釣りなどを始める覇王を見て、どうしようもなく枯れた印象があるのだ。だが、そんな枯れた、いや普段から大きく構えた覇王だからこそ、木乃香は好きになったのである。

 

 

「そうだ、これを木乃香にやろう」

 

「はおからウチにプレゼント?」

 

「そうだよ。木乃香は持霊がいるけど、まともな媒介がないからね」

 

 

 すると覇王は一つの箱を取り出した。綺麗にラッピングされた箱だった。それを木乃香に手渡すと、木乃香は好奇心と嬉しさでいっぱいになっていた。なにせ覇王からの贈り物など、そうそうなかったからである。アクセサリーや服ではなく、シャーマンとしての媒介と聞いても、木乃香にはそれがとても嬉しいものだった。

 

 

「開けてええ?」

 

「どうぞ。むしろ、すぐ見てくれたほうがいい」

 

「うん! どんなプレゼントやろなー」

 

 

 木乃香は覇王からの贈り物を箱の梱包を綺麗にはがし、そこから中身を取り出した。それは確かに媒介だった。美しい赤銅色の金属で出来た、二つの扇子だった。儀式的な装飾が施され、どこと無く神々しく感じられるものであった。

 

 また、覇王が形を扇子にしたのは理由がある。まず状助から、木乃香のアーティファクトが扇だと知らされていたからだ。もう一つは体術があまり得意ではない木乃香が、剣などの媒介を与えてもあまり意味がないと考えたからである。

 

 

「これが媒介?」

 

「そうだよ、知り合いに頼んで作ってもらったのさ」

 

「銅で出来た扇子やー!」

 

 

 その扇子の素材は青銅だった。青銅は昔から色々なものに使われてきた。鏡、銅鐸、銅像などである。また、そう言ったものは儀式に使われることもあったとされ、そういう意味ではとても媒介として優秀な金属だ。その青銅を用いた扇子に、防錆などのコーティングを施したのが、その媒介である。また、少女の木乃香が扱いやすいようにとても軽く作られていた。それを覇王は木乃香に説明したのだ。

 

 

「あの世界樹から切り出してもよかったけど、何を言われるかわからなかったからね。そっちにしたんだよ」

 

「はお、それは流石によーないわー」

 

「だけど、あの世界樹から媒介を作れれば、最も優れた媒介になると思うんだけどね」

 

 

 麻帆良に存在する巨大な樹。世界樹である。あれから切り出した媒介なら、とても優秀なものが出来るだろう。しかし流石に覇王も、そこまでしたらヤバいと思い、やめたのである。実はとてもそれを残念に思っていたりする。そして、それをとても喜び覇王へ木乃香は元気にお礼を言っていた。

 

 

「ありがとう、はお!」

 

「せっかく持霊が出来たのに、媒介がペンや鉛筆だなんて可愛そうだと思っただけさ」

 

「えへへ、はおからのプレゼント!」

 

 

 木乃香はこの媒介をとても気に入った様子だった。何せ覇王がくれたものだ。嬉しくない訳がないだろう。そこで木乃香は自分が覇王に何も贈っていないことを考えた。覇王からはずっと貰いっぱなしで、何も自分から贈っていないのだと。

 

 

「ウチはずっとはおから、貰ーてばっかやね」

 

「おや? そうだね、でも気にすることはないさ」

 

「でも、魔法のこと、シャーマンのこと、今日のプレゼント、ウチは貰ーてばかりで、はおに何も贈っとらん」

 

 

 覇王がその祖父に頼み、自分の父を説得して魔法のことを教えてもらえるようにしてくれた。また陰陽術、さらにはシャーマンとしての占術や巫術までも教えてもらった。持霊である前鬼、後鬼も貸してくれた。京都では力を貸してもらった。さらには今日、このような媒介を貰った。ずっと貰ってばかりだ。木乃香はそう考えて、自分が何を覇王に贈れるか、考えたのである。

 

 

「はお、ありがとう。こんなにいろんなものを、ウチに贈ってもろーて」

 

「この媒介一つで、随分と大げさだね」

 

「はおにはそうかもしれへんけど、ウチには大事なんやえ?」

 

 

 覇王は渡すのが当然だと思っている。木乃香は弟子であり、友人だからだ。さらに言えば、少しだけ生まれた日が早かったというのもあるだろう。また、1000年も存在しているし、そういう意味でも年上といえば年上なのではあるが。だから覇王は、特に木乃香から恩を返してもらわなくても気になどしないのだ。だが、それでは木乃香の気が済まない。ゆえに木乃香は自分が今出来る中で、最も大切にしているものを、覇王にあげようと考えた。

 

 

「せやから……、はお、少しだけ寄ってくれへん?」

 

「ん? むっ!」

 

 

 突然覇王は木乃香にそう言われ、木乃香へと近寄った。すると、木乃香はそのまま覇王の顔に近づけて、自分の唇と覇王の唇をあわせた。接吻、いや、キスと言ったほうがいいかもしれない。そう、木乃香は覇王の唇を奪った。否、自分の唇を覇王にささげたのだ。

 

 そして、これは木乃香のはじめてでもあった。あの時、頬にしたものとは違う、本物のキス。今の自分に覇王にあげれるものは、これしかないと木乃香は考えたのだ。さほど長くないキスの時間だったが、木乃香にはこの時間がとても長く感じられた。また覇王は突然のことに、混乱していた。どうなっているのか、まったくわからなかったのだ。

 

 

「こ、木乃香……!?」

 

「……はお、今のがウチのはじめてや。ウチはこのぐらいしか、はおにあげれへん」

 

「……やれやれ、気にするなと言ったのに」

 

「ごめんな、ちょっと卑怯やった。でも、このぐらいせんと、ウチの気がすまへんかった」

 

 

 覇王は肩をすくめ、やれやれと言っていた。が、内心ドギマギしている部分もあった。まさか、まさかここまでするとは。覇王は本気で驚いていた。しかし、その分喜びもあった。接吻をされたからではない。覇王が木乃香にした約束は、フったと思われても仕方の無いことだったからだ。自分と並ぶなど、普通に考えて出来る訳がないからだ。誰も追いつけなかったハオの能力を持つ覇王に、追いつけるはずが無いからだ。しかし、木乃香はそれでも追いつくと言った。並ぶと言ってくれた。それが覇王にとって、衝撃的であり嬉しく思う部分でもあったのだ。

 

 また、木乃香は今のキスを、流石に卑怯だったと思っていた。不意打ちだったし、約束を無視した形になったからだ。だけど、このぐらいしておかないと、気が済まなかった。覇王から貰いっぱなしでは、いやだったのだ。だから、自分が最も大切にしてきた一つを、覇王にあげたのだ。

 

 今の行為に、顔を赤くしながらも、いじらしく覇王を見る木乃香が居た。その姿は本当に可愛いもので、覇王もちょっと驚いていた。ドキりとしていた。そこで、木乃香は今までの貰ったもののお礼を、覇王にしたのだ。

 

 

「はお、ほんまにありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 その言葉を、覇王は素直に受け取った。そこで覇王は思う。この自慢の弟子を守っていかなければと。そして、シャーマンキングとなろうとも、ずっと木乃香を見守ろうと。それは覇王の初めての誓い。今まで感じたことの無い、強い意志だった。覇王はかれこれ1000年も存在し、この世界に二度ほど転生してきた。だが、ここまで決意したことも実は一度も無かったのである。それほどまでに、木乃香が愛おしく感じていた。弟子として、友人として、一人の女性として。

 

 そんなことを考えながら、今の木乃香の行動に驚きつつ、よくやるなあ、と覇王は言葉にしていた。

流石の覇王も、ここまで平常心を乱されたのも今世では初めてだったからだ。

 

 

「君は本当に何をするかわからない。いつだって予想不可能な行動を取る」

 

「んー、それも全部、はおのおかげなんやよ?」

 

「それは僕が木乃香をそうさせてしまったということかい?」

 

「そうや、はおがウチに自信をつけてくれたから、今のウチがおるんや」

 

「そ、そうなのか……?」

 

 

 しかし返ってきた答えが、まさか自分のせいだというのだった。覇王は自分のせいで、木乃香がこうなってしまったなど、まったく思っていなかった。確かにシャーマンとして強くした。自信はそこから来るものだろう。だが、それ以上に何かしたか、覇王は過去を振り返って考えてみた。その様子をはやり照れながらも、おかしそうに笑って眺める木乃香が居た。

 

 

「はおはホンマにカタいわー、何をそんな気にしとるん?」

 

「いや、木乃香をそうさせてしまった原因を考えているんだ……」

 

「そんなん、はおがウチを弟子にしてくれたからやろ?」

 

「な、んだと……」

 

 

 そんでもって、木乃香が覇王の弟子になったからこうなったと言ってきた。ショックだった。まさか弟子入りの時点でこうなることが決まっていたというのか。まあ、どうにでもなるだろうと覇王は考え、とりあえず木乃香との休日を楽しもうと思った。だが、そこへ突如来訪者が現れたのだ。危険な来訪者だった。

 

 覇王の座る席に、突如魔法の射手が飛んできたのである。それに気がついた覇王は、木乃香を抱きかかえ、すぐさま飛んでそれを回避した。そして魔法の射手が座席に着弾し、爆発を起こしてそこの地面に巨大なくぼみを作っていた。

 

 

「君、その娘は私のものになる予定なんだ、渡してくれないか?」

 

「誰だ? そんな恥ずかしい台詞を吐く馬鹿は」

 

 

 覇王は騒ぎ出した周りの人々を無視し、とりあえず認識阻害と人払いの結界符を投げる。それはまるで生物のように動き、ある程度はなれた場所に張り付き、周囲に結界を張り巡らせた。そして木乃香を自分の後ろに下げ、その目の前の少年を警戒していた。

 

 

「君、なかなかやるね。いつもの醜い連中とは違う訳だ」

 

「ハハ、醜いのは君のほうじゃないのか?」

 

「ど、どしてこないことをするん!?」

 

 

 少年。銀髪イケメンオッドアイのこと天銀神威であった。今の覇王の言葉に怒りを感じつつ、冷静な表情を崩さない神威。そこで木乃香はこんなひどいことをどうしてしたのかを、神威に語りかけていた。

 

 

「ああ、目的は君だよ、このか譲」

 

「う、ウチ?」

 

「木乃香、こんなやつとしゃべる必要などない。後ろで静かにしてるんだ」

 

 

 この神威、原作キャラを手篭めにするのが目的だ。その目的のためなら、手段を選ばないのである。だからこそ、いい雰囲気のこの二人の邪魔をしようと考えたのであった。また、覇王はその神威を鋭く睨み、殺気をにじませていた。

 

 

 ――――――銀髪イケメンオッドアイ。天銀神威の特典の一つはニコぽである。それは確定した事実だ。ニコぽを選んだことにより、銀髪イケメンオッドアイの姿となっている。だが、もう一つ特典がある。それは一体何なのだろうか。これは今それを見ている覇王にしか、わからない事実であろう。そして、その覇王は今、この銀髪イケメンオッドアイたる天銀神威と対峙していたのだ。

 

 

「木乃香、離れていろ。ヤツは何をしでかすかわからん」

 

「う、うん……。はおも気つけてな」

 

 

 そう木乃香は覇王に言うと、建物の柱の影へと移動した。それを確認すると、覇王は神威に視線を向け、鋭く睨みつけた。神威も同じく、その覇王の行動に苛立ちを覚え、睨んでいた。

 

 

「やはり邪魔をするのか、君」

 

「邪魔をするつもりは無い。お前から彼女を守っているだけだ」

 

「それが邪魔なんだけどねー、君」

 

 

 この神威、本気を出すようであった。そのすさまじい殺気を出し覇王を威嚇していた。そこで覇王も同じく殺気を出し、神威を威圧していたのである。また、覇王はこの神威を見つけ次第倒したいと考えていた。相手の特典がわかる覇王は、神威がニコぽを持っていることをあらかじめ知っていたからだ。だが、どんな人間なのかわからないので、すぐには手を出さなかった。しかし、こうも正面から攻撃してきた挙句、下衆な言動を行う神威に、容赦など不要と考えたのだ。そして、周囲の人が離れ見えなくなったところで、戦いが始まった。

 

 

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)、やれ」

 

「”神々の神罰”!!」

 

 

 この世界のO.S(オーバーソウル)は魔力でダメージを与えることが出来る。本来なら巫力で出来たO.S(オーバーソウル)からの攻撃以外、ダメージを受けないO.S(オーバーソウル)だが、魔法で破壊できるということだ。そして、ネギまの世界において、魔法と同等の力がある。それが”気”だ。

 

 気は自らの生命エネルギーを利用した力であり、周囲の力を利用する魔法とは逆の位置にある。だが、効果は同じようなものであり、強い気の力ならば、O.S(オーバーソウル)を破壊できる可能性があった。

 

 神威が放った”神々の神罰”は、気を圧縮した衝撃波である。右腕から放たれる大砲のような衝撃波は、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の右腕を吹き飛ばしたのだ。しかし、その程度でひるむ覇王ではない。普段と同じく余裕の態度を崩さない。

 

 

「やるね。だがその程度では僕は倒せない」

 

「なら本体を狙うだけだ、消えるがいい!」

 

 

 神威はそう言うと、覇王に一瞬で距離をつめた。虚空瞬動である。そして覇王の目の前で、右腕を伸ばし覇王を狙う。

 

 

「”神狼の咆哮”!」

 

 

 その右腕からは、拡散する気の衝撃波が放たれた。覇王はそれに吹き飛ばされたが、まるでダメージがないようであった。すでに覇王はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を自らの服の上にO.S(オーバーソウル)し、それを防御していたのだ。S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)は酸素が媒介、この程度訳ないのだ。なんという速さのO.S(オーバーソウル)だ。誰もがそう思うほどの力であった。

 

 

「その程度でこの僕に届くと思ったのか? 愚かな」

 

「その程度? ハッハ、何を言っているんだろうかねえ、君」

 

「……!?」

 

 

 そう言うと神威は覇王の視界から消えた。そして狙いは自分ではなく、木乃香だと察し、木乃香の目の前にS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)O.S(オーバーソウル)させたのだ。だが、それは間違えだった。神威は覇王の右側へと移動し、醜悪な微笑を見せていた。

 

 

「違うなぁ、彼女がそんなに気になるかい?」

 

「当たり前だろ?」

 

「大丈夫だ、しっかり貰ってやる。”神狼の咆哮”!!」

 

 

 覇王は今S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の防御は無い。その一撃は覇王の右腕に突き刺さった。とっさに覇王は右腕で防御したのだ。だがやはり、覇王にはダメージが無い。どうしたのかと、神威は考えていた。

 

 

「おかしいな、神狼の咆哮が決まったと思ったのだけどなあ」

 

「フフフ、ハハハ。だからその程度だと言ったんだよ。お前、この覇王を甘く見すぎだぞ?」

 

 

 すでに右腕には長い刀が握られていた。認識阻害の札を大量に貼ってあった布から、その長刀を取り出したのだ。さりげなく何かあってもいいように、覇王は物干し竿を持って来ていたのだ。さらに、リョウメンスクナをO.S(オーバーソウル)させ、神殺しを作り出していた。だからこそ、今の神威の攻撃を無傷で防御したのだ。その光景に、神威は少しだけ驚いていた。

 

 

O.S(オーバーソウル)神殺し、お前を倒すのにぴったりじゃないか」

 

「つまらない冗談だねえ、その程度の剣で、私が倒せるはずがないよ!!」

 

「ならば受けてみるか?我が神殺しの切れ味を」

 

 

 神威は虚空瞬動で覇王の左側へと移動した。覇王はそれを目で追うことなく、瞬間的に神殺しを左側へと振るう。

 

 

「”神蛇の毒牙”!!」

 

「ふん!」

 

 

 神蛇の毒牙。右腕を捻るように相手を突き刺す手刀。さらに気の周囲に発生させ、その鋭さを増させている。覇王はその攻撃を神殺しで受け止めていた。両者とも、一歩も引かぬ攻防であった。

 

 

「ちっ、醜いやつらと違って、鬱陶しい」

 

「君ほど醜い輩は、そうそう居ないぞ」

 

「その醜い口を今すぐ黙らせてやる。”神の鉄槌”!!」

 

 

 今度は気で固めた右腕を振り上げ、それを覇王にぶつける攻撃だった。すさまじい気が集中した右腕からは、まるで鉄槌のような形状の気が発生していた。覇王はそれを神殺しで受け流し、神威から距離をとった。そして受け流された神威の右腕が地面に衝突し、すさまじい爆発が起きたのだ。

 

 

「ふうん、なかなかやるね。随分と修練したんじゃない?」

 

「そうさ、私はこの特典を伸ばし、最強になったのだ。最強のバグキャラを超え、全てを超越する存在となるためにね」

 

「確かにバグだね。だがその程度なんてこと無い」

 

 

 覇王にはその程度、気にならない程度であった。確かに強い。他の転生者よりも数百倍は強いだろう。だが所詮は転生者。特典を貰ったまがい物だ。その特典の持ち主が生涯かけて鍛えたものを、数十年で完成させることなど難しいのだ。しかし、覇王はかれこれ1000年という長い年月をかけて、ずっと修行してきた。だからこそ、今の強さがあるのだ。地力が違いすぎるのだ。

 

 

「最強になって、洗脳かい? 最強ならそんな小細工捨てればいいだろ?」

 

「ふん、攻略とか面倒だろう? チート貰ったんだ、チートで補うのが普通ではないのかな?」

 

「つまらないやつだ。その特典を伸ばす根性があるなら、男を磨くべきだったね」

 

 

 モテモテになりたければそうすればよかった。覇王はそう言った。間違っては居ない。見た目がイケメンなのだから、当然モテモテになれる要素があるのだ。洗脳まがいなことをせずとも、男を磨けばモテまくる可能性もあった。だがこの神威は、最強になるために時間を費やした。だからモテることをチートに頼ったのだ。いや、転生神から特典をもらった時から、そうする計画だったのだ。

 

 

「そんなもの、面倒だろうに。彼女たちは、私の側にいれば幸せになれるのだよ」

 

「やはり醜いのはお前じゃないか。お前なんぞに人を幸せにできるものか」

 

「ハッ、そう? じゃあそういう君は? 私と同じ転生者の君が?」

 

 

 覇王はその質問に、ふと考えがよぎった。確かにそうだ。自分はこの特典をもらったハオの贋作。所詮まがい物だ。だがその考えている一瞬の隙を、神威に付かれてしまった。その思考をする覇王の背後に回り、必殺技を神威は繰り出した。

 

 

「”神の鉄槌”!!」

 

「くっ……!!」

 

 

 その気の鉄槌が覇王に直撃し、大爆発が起きた。覇王はギリギリで神殺しを使い防御したが、その衝撃までは防げなかった。その爆発に吹き飛ばされ、カフェのテーブルを蹴散らし地面に転がったのだ。今の攻撃を見ていた木乃香は、たまらず覇王へと近寄った。

 

 

「はお!!」

 

「いつつ、してやられたよ……」

 

「今のを防いだのか、流石だねぇ」

 

 

 だがこの程度では覇王を倒すことはできない。巫力による治療で、回復できるからだ。だが木乃香は吹き飛ばされた覇王が心配だったようだ。近寄って覇王の体を木乃香が支えていた。そこで神威は、木乃香に転生者のことを話し出した。

 

 

「そうだなあ、木乃香譲。いい事を教えてやろう。我々は君たちとは違う存在だ、そこの彼もね」

 

「お前、まさか」

 

「え……? 何がや? それはどーいうことなん!?」

 

 

 覇王は特に隠してきた訳ではない。だが木乃香には教えてこなかった。自分がこの世界に転生したことも。1000年前に存在し、二度もこの世界で転生させられたことも。神威は自分たちがこの世界の異物だということを木乃香に教えようとしているのだ。木乃香はそれがわからない。だからどういうことなのか説明を求めていた。

 

 

「そうだね、簡単に言えば”転生者”というものさ。他の世界から神に力を与えられた、所謂神に選ばれた存在だよ」

 

「て、てんせいしゃ?」

 

「木乃香、ヤツの話など、聞く必要はない」

 

「神に与えられし力により、不思議な力を持つ。この私も、彼もそうだ」

 

 

 神から与えられた力。特典。この世界の転生者は、特典により見た目が左右される。特典こそが全てであり、特典が転生者の中心にあると言っても過言ではなかった。覇王もまた、最強の特典を持つ転生者だ。神威はお前は私と同じだと、覇王に言っている部分もあるのだ。

 

 

「その男のシャーマンとしての力。それこそが神の与えた力だ」

 

「な、何を言うとるん? 神からもろーたのが、はおの力なん?!」

 

「そういうことだね。その力もその精霊も、神からの施しなのだから」

 

「何を言っとるかわからへん……。でも、そんなんウソなんやろ?」

 

 

 木乃香は覇王にウソであってほしいと聞いた。だが覇王はウソをつきたくはない。だから絶対に首を縦に振らなかった。普段余裕の覇王も、この時だけは辛そうな表情で、本当のことだと言ったのだ。

 

 

「……ウソではない。ヤツの言うとおり、僕は神から力を貰った、世界の異物でありまがい物さ」

 

「う、ウソ……。ウソやって言うてな……」

 

 

 教えてきてもらった力が、神から与えられた力だったとは。木乃香はその言葉に衝撃を受けた。そして涙ながらに覇王を見ることしかできなかった。

 

 だが実際に木乃香が悲しいのは、今まで覇王がそれを教えてくれなかったことだ。突然神から与えられた力と言われても、釈然としないのが当たり前だろう。木乃香は覇王の弟子としてずっと一緒に居たのだ。だからこそ、そういう話もしてほしかったと思い、ずっとそれを覇王が黙っていたことに対して、悲しい気持ちになったのだ。

 

 そして、その覇王は今まで黙っていたことに、罪悪感を感じていた。先に打ち明けておけばと考えていた。ただ、覇王が罪悪感を感じる部分はそれだけではない。

 

 覇王は”神”から貰った特典(のうりょく)である、シャーマンの力を木乃香に教えた。それは必要だったからこそ教えたが、やはり貰った力を自分のもののように教えるのには後ろめたさがあったのだ。故に覇王は、神威のその発言に、大きく心を揺さぶられてしまったという訳だったのである。

 

 また、神威はそんな二人の姿に愉悦を感じていた。喜びで邪悪な笑みを浮かべていた。まるで楽しい劇を見るように、嘲笑っていたのだ。

 

 

「クククク、どうだい? わかっただろう? 私は別に痛みはない。このまま、木乃香譲を貰っていくだけだからね」

 

 

 神威は転生者をバレても痛みがない。どうせニコぽで惚れさせるのだから。そういう部分も全て関係なく、単純に惚れさせることが出来るのがニコぽだ。そしてゆっくりと涙で頬を濡らす木乃香に神威は近づいていた。だが、その目の前にS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が立ちはだかった。

 

 

「何!? 君はまだ!?」

 

「……ああ、確かに……僕は転生者と呼ばれるまがい物だ。僕は所詮その域を出ていない……」

 

 

 しかし、覇王はこの程度では折れない。確かにこの特典(のうりょく)は神からの貰い物でまがい物だろう。神威の言うことはもっともだ。そこは間違いないと認めよう。それを木乃香に教え、慕われたことも間違ってはいない。

 

 だが、ここに自分の魂がある。特典だろうとS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を扱ってきた。特典だろうと燕返しを必死に修練した。特典を貰ったが、それだけに満足してきた訳ではない。ここにあるものは、全て自力で習得してきたものばかりだ。

 

 それに、それは必要だからこそ教えたことだ。木乃香を鍛えたのも、木乃香の将来を心配してことだった。それに木乃香が応えてくれたのならば、その行為は決して間違いなんかじゃない。間違いであってたまるか、覇王はそう考えながら、静かに心の炎を燃やし、再び足に力を入れる。

 

 

「どうして戦える? 君は所詮まがい物だぞ! 特典の原点の贋作でしかないんだぞ!!」

 

「……ああそうさ、だけどね。僕の姿、能力はまがい物でも、この身に宿る魂だけは……、気持ちだけは偽者ではない。この今の意志は、嘘ではない!」

 

「は、はお……?」

 

 

 そして、自分はシャーマンだ。ならば肉体よりも魂を優先すればよい。魂だけは偽者ではない。この世界に転生する前からずっと存在した、自分だけのものだ。転生神から与えられた特典と接合された魂であろうとも、昔も今も同じ魂なはずだ。

 

 また、今抱いている気持ちや意思も嘘ではない、まがい物であってたまるか。そして、お前のような呪いを振りまく輩と一緒にされてたまるか。覇王は本気でそう考えていた。そうだ、覇王は折れない、立ち上がる。その程度では、折れないのだ!

 

 

「だからこの覇王を甘く見るなと言ったはずだ。その程度では僕を折ることはできんぞ」

 

「ぐ……!?」

 

 

 動揺した神威にS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の右腕を叩きつける。神威は瞬時に反応し、後退してそれを回避した。そして神威は先ほどまでの醜悪な笑いが消え、焦りの表情を見せていた。また、覇王は神威を睨みながら、そっと木乃香に話しかけた。自分のことで涙を流す一番弟子に、やさしく語りかけたのだ。

 

 

「木乃香、ずっと隠してきて悪かった。だから、後でゆっくり話そう……」

 

「はお……。うん、絶対後で、その話しを聞かせてな?」

 

「……ああ、絶対だ。約束しよう」

 

「そやな、後でゆっくり、話しよな……」

 

 

 覇王は今の言葉を口にした後、微笑みながら木乃香の方を振り向いた。木乃香もそれにつられて、涙を流すのをやめ、いつもの笑顔でそれに答えていた。木乃香は覇王が全て話してくれる約束をしてくれたことで、さっきまでの悲しい気持ちを打ち消していたのだ。

 

 また、その光景を見て神威はおかしいと感じていた。なぜ木乃香はあの覇王を信じられるのか。転生者であり、世界の異物たるあの覇王を、なぜ。まったく理解できない光景だった。

 

 特典での能力をただ教えられてきたはずだ。そんなクズ、普通は軽蔑されてもおかしいはずだと。だからこそ、今の覇王と木乃香のやり取りに驚いているのだ。そして、覇王は驚く神威の方へと向きなおすと、先ほど以上の鋭い殺気を放ち、神威へ射殺すほどの視線を向けていた。

 

 

「馬鹿なやつだ。僕はハオの特典を貰ったが、ハオであろうとしたことはない」

 

「何!? 口調だって似ているじゃないか! 真似でなくてなんだというのだ!?」

 

「ああ、そんなもん知らん。気がつけばそうなってたとしか言えん」

 

「ば、馬鹿な!? 真似やなりきりでなくて、何だというのだ!!」

 

 

 神威は覇王がハオの真似した馬鹿な転生者だと思っていた。だが覇王はそう思ってなかった。というのも、何かいつの間にかこうなってたというのが覇王の考えだった。正直気がつけばこうなっていたとしか言えなかったのだ。それもまた特典の力か、転生神の悪戯か、さすれば特典との100%憑依合体なのだろうか。でも今は、そんなことはどうでもいいのだ。重要なことではない。

 

 

「意味がわからない……」

 

「僕はお前の方がわからない。いや、わかりたくもないね。……滅びろ」

 

 

 S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が瞬間的に神威の背後にO.S(オーバーソウル)され、その右腕を振るわせる。そして覇王も、虚空瞬動を使い神威の目の前に立ち、構えを取る。そこで神威は完全に挟まれた形となり、焦りながらもどうするかを考えた。だが、考えている暇も余裕も、この状況では存在などしないのだ。

 

 

「秘剣”燕返し”」

 

「がっ!?」

 

 

 S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の右腕を回避した神威だが、燕返しまでは回避が間に合わなかった。同時に放たれる三連撃、そうそう避けれるものではない。その攻撃を受けながらも、体制を整えとっさに覇王の右側へと飛び、距離をとったのだ。今の攻撃のダメージは相当なものだったが、神威は何とか耐えたようであった。

 

 

「”気合防御”。これが無ければやられていた……」

 

「お前の二つ目の特典、”ジャック・ラカンの能力”か」

 

「……よくわかったね、そのとおりだよ、君」

 

 

 ジャック・ラカン。理不尽なまでの強さを誇る、ネギまの中でも最強に等しい男である。技の半分がエロいことに使われているが、一瞬で必殺技を編み出すバグった男だ。特に気を操ることに長けており、全身から気を放つ技すらも一瞬で編み出していた。そんなバグった特典を確実に鍛えてきたのが、この神威なのである。しかし、最初の特典がジャック・ラカンの能力だったら、見た目がマッチョなおっさんになっていただろう。

 

 

「この特典のおかげで、随分気を使う技は開発できた。そして魔法もある程度操れる」

 

「……だが地力が違いすぎるね」

 

 

 1000年間も鍛えてきた覇王と、十数年しか鍛えていない神威では、まるで地力が違う。そういう部分で大きく差が出ていたのだ。だから神威は覇王に勝てなかった。だが、勝てなくとも逃げればよい。神威は覇王から逃げることに決めたのである。

 

 だが、覇王は神威を逃がさぬよう、さらにS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を神威の背後にO.S(オーバーソウル)し、追撃させようとしていた。しかし、その状況でさえ、神威は醜悪な微笑みを浮かべ、余裕を保っていたのである。

 

 

「ああ、そうだ。そして今日はここまでボロボロにされた。退散させてもらうよ!」

 

「そうはいかないさ。秘剣……”燕返し”!」

 

「なっ!? 初速がはや……!!」

 

 

 神威は正直いまのでボロボロだった。確かに気合防御でダメージを抑えることに成功した。が、それでも今の一撃はこたえるものだった。その証拠に体は切り裂かれ、血塗れであった。故に、神威は撤退を試みたのだ。

 

 が、当然覇王はそれを許さない。即座に構え、瞬時にその奥義を解き放つ。完全に流れるような動作で、確実に相手を倒すように。

 

 その技は速かった。中々のワザマエだった。神威が撤退をしようと行動をした時には、すでに攻撃が到達し、再び三つの斬撃が同時にその身を切り裂いた。

 

 

「ぐう……、馬鹿な……! なんて速さだ……!!」

 

「お前が遅いんだろ?」

 

「……本当に鬱陶しいヤツだな!! ”神々の神罰”!!」

 

 

 何と言う技のスピード、なんという技の鋭さ。恐ろしい、目の前の相手が恐ろしい。神威は転生してはじめて、”恐怖”を感じていた。今まで相手にしてきた連中は雑魚だった。正直汚物だと考えるほどの弱小な奴らだった。

 

 だが、目の前の相手は違う。なんという錬度。なんという実力。これほどまでに磨き上げられた技を、容易く放ってくる。神威はこれほどの相手と戦うのは、はじめてだった。ヤバイと感じていた。

 

 そんな神威を冷静に睨みながら、自分が速い訳ではないと語る覇王。正直言えば、神威が遅い。思ったほどの相手ではなかったと、冷徹に考えていた。それでも覇王は油断をしない、慢心をしない。誰であろうと、確実に滅ぼすために。

 

 神威は本気で撤退を考えた。だからそこで、再び神々の神罰を覇王へと撃ち放った。ただ、それは目くらましでしかなく、それを避けるか、あるいは防いだ隙をつき、逃げようと思ったのである。

 

 

「……秘剣”燕返し”!」

 

「グギャッ!!」

 

「逃がす訳ないだろ?」

 

 

 しかし、なんということだろうか。覇王は神々の神罰を回避することも防御することもせず、そのまま奥義を撃ち出したではないか。何故なら覇王が握っているのはただの刀ではない。甲縛式O.S(オーバーソウル)神殺しだ。その程度の気での衝撃波など、いとも容易く切り裂けるというものだ。

 

 そして、三つの鋭い刃が、同時に神威に牙をむいた。神々の神罰と同時に、神威は再び三連続、同時に切り裂かれたのである。神威は今の攻撃で血まみれとなり、神々の神罰も切り裂かれ、消滅した。

 

 まさか、まさかこれほどとは。神威は激痛から小さく悲鳴を上げた。痛い、痛い。神威は苦痛で表情を歪ませていた。こんなに痛い目を見たのもはじめてだった。

 

 覇王は神威へ、絶望的な言葉を投げ捨てた。撤退させてもらう、神威はそう言ったが、それはさせない。ここで決着をつけ、特典を焼却してやる。覇王は瞳の中に熱い炎を燃やしながら、神威を逃がすまいと鋭い視線を送っていたのである。

 

 

「アグ……、ハヒィ……ハヒィ……。こっ、こんなヤツがいるなんて……! クソ! なんて腹立たしいんだ!!!」

 

「ふん、世界を知らないヤツだな。お前程度の相手なんぞ、ごまんといるぞ」

 

「グググ……」

 

 

 神威は非常に焦った、覇王のその実力に。後悔した。こんな化け物に喧嘩を売ったことに。たかが転生者などと侮った自分が愚かだったと、ようやく理解したのだ。

 

 覇王はそんな神威を、まるで養豚場の豚を見る目で見下ろした。神威ほどの実力者など、何百人とも相手にしてきた。そのどれもを倒しつくしたと、冷徹に語りかけた。

 

 神威は悔しんだ。神威は憤怒した。こんなことがあるはずがない。これは何かの間違いだと。自分は修行して強くなった。この程度で終わるなぞ、あってはならない、そう思って苛立っていた。

 

 

「……燃えろ」

 

「おのれおのれおのれぇぇぇ!!!! ”神々の神罰”!!!」

 

 

 覇王はもはや言うことはない、即座に燃やして特典を消し去るべく、神威へとS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)へと攻撃を命じた。

 

 が、神威は最後の最後、悪あがきを行った。呪詛を吐き散らかしながらも、己が助かる道にしがみついたのだ。そして、その技は、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の右腕を貫いた。

 

 

「甘いぞ。秘剣”燕返し”!!」

 

「アギッ!?」

 

 

 神威は身を守るべく、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を攻撃し、その迫り来る右腕を破壊することに成功した。

 

 しかし、その瞬間、覇王は再びその奥義を解放した。絶対に目の前の男を逃がさないために、その奥義を放った。

 

 神威は度重なる燕返しに、もはや血まみれの状態だった。気合防御で防いではいるが、それにも限界があるというものだ。今の一撃で、神威の体は紙切れのように吹き飛び、力なく宙を待ったのであった。

 

 

「クッ……クックックッ!! クッハッハッ!!! それでいい!!!」

 

「何?」

 

「”神々の神罰”!!!!」

 

 

 神威は今の一撃で瀕死だというのに、突然笑い出したではないか。完全に追い込まれ狂ったか。頭がおかしくなったのだろうか。だが、神威の目はまだ死んでいなかった。

 

 覇王は神威の様子がおかしいと思った。故に、すぐさま追撃を行おうとしたその時、神威は自らの必殺技を解き放った。だが、その方向は覇王ではなかったのだ。 

 

 なんと神威は宙に吹き飛ばされたまま、今使える最大の力で神々の神罰を木乃香へと向けて放ったのだ。神威に狙われた木乃香は、とっさのことで身動きが取れずにいたのだ。それを見て覇王は木乃香へと叫んでいた。

 

 

「え……?」

 

「な!? 木乃香!!」

 

 

 覇王は焦った。木乃香が狙われたからだ。守るべき相手が攻撃されたからだ。さらに、今の神威の攻撃は、明らかに渾身の一撃だった。本気で木乃香を殺せるほどの、すさまじいものだったからだ。

 

 覇王は考えた、あの技をどう防ぐかを。S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を木乃香の前に再O.S(オーバーソウル)するか? いや、それだけでは不十分だ。あの技は普通にO.S(オーバーソウル)したS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の腕を吹き飛ばしている。その時以上の威力だと考えれば、防ぎきれない可能性がある。防ぎきれなければ、木乃香が傷ついてしまう。

 

 ならば、どうするか。覇王はそれを瞬時に考え、答えを導き出した。そして、それを即座に、瞬間的に行動へと移した。答えは簡単だ、その神威の放った技を追い越し、自らが木乃香の盾になればいいだけだ。

 

 覇王は、目を瞑りながら痛みを我慢する姿勢で縮こまった木乃香の前へと、瞬動を用い移動し立ちふさがった。神威の放った衝撃波を追い越し、危機にさらされそうになっている木乃香を庇ったのだ。

 

 

「クソッ!」

 

 

 覇王は木乃香の目の前に立ち、神殺しを振るった。すると神々の神罰はかき消され消滅したのだ。それに安堵した覇王と、そこで目を開けて、目の前に立って守ってくれた覇王に、感謝と嬉しさで涙する木乃香が居た。だが、今の隙は大きかった。神威はすでに影の転移魔法(ゲート)に体の半分が沈んでいたのだ。

 

 

「フ……、フハッ……フハハハハハハッ! アディオス!」

 

「お前……!」

 

 

 神威は覇王の行動が自分の予想と一致していたのを見て、大いに笑った。そして、影の転移魔法(ゲート)で逃げていった。

 

 ジャック・ラカンはバグの中のバグ。少しとはいえ闇の魔法すら使うことができるほどだ。魔法も覚えさえすれば、大抵のものが使えるのだから頭がどうかしている。そんな特典を持つ神威に、影の転移魔法(ゲート)なぞ朝飯前なのだ。

 

 そこで覇王は、神威の側にいるS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)へと、すぐさま指令を送った。神威が影へと消える前に、焼き尽くせと。だが、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の残っていた左腕は神威には届かなかった。ギリギリ、本当にわずかな差だったが、神威が影に消える方が早かったのである。

 

 してやられた、覇王はそう思った。しくじった、そう思った。まさか、土壇場であのようなことができるなどと、覇王は思っていなかった。侮ってしまったと、悔やんでいた。

 

 さらに覇王は基本的に”攻め”が得意だ。相手を見つけ攻めに攻める、これが覇王の戦い方だ。しかし、”守り”はさほど得意ではない。基本的に一人で戦い続けてきた覇王は、誰かを守りながら戦うことに慣れていなかったのだ。

 

 また、ここは繁華街。人払いを行ったとは言え、ド派手な炎をばら撒いて戦う訳には行かなかった。それを行えば神威を取り逃がすことはなかっただろう。が、その被害は想像を絶することになる。故に覇王は全力を出し切ることが出来なかったのだ……。

 

 

 そこで逃げられたことに悔しく思いながらも、冷徹な目を神威が消えた場所へ向ける覇王に、木乃香は声をかけたのだ。

 

 

「はお、大丈夫?」

 

「……ああ。それより木乃香こそ、大丈夫だったかい?」

 

「……うん、ウチは平気やよ? だってはおが守ってくれたんやもの……」

 

 

 そう言うと木乃香は覇王に抱きつき、顔をうずめていた。今の覇王がとても心配なだけではなく、身を挺して守ってくれた覇王にとても感謝していたからだ。だが、そこで顔をうずめながら、静かに木乃香は涙を流していた。自分が銀髪に見つかったから、今の戦いが起きたのだと。そして自分が居たから覇王はあの銀髪の少年を逃がしてしまい、それを苦に思っているのだと、木乃香はそう考えたからだ。

 

 

「ゴメンな、ウチがおったから……。ウチがしっかりせんかったから……」

 

「……木乃香、君のせいではないよ。全てはこの僕の失態だ。だから気にする必要なんてない」

 

 

 覇王もまた、今のは自分のミスだと感じていた。神威のダメージを見て、侮った自分が悪いのだ。確実に止めを刺しきれなかった自分が悪いのだ。あの神威を取り逃がすことも無く、こうして木乃香を泣かせることもなかったと考えたのだ。そこで覇王は、涙する木乃香の背にそっと手を添えた。また、残った手でゆっくりと木乃香の頭を撫でていた。泣く子をあやすように、ゆっくりと撫でていたのだ。

 

 

「ほら、泣かないでおくれ。木乃香が泣くと、僕も悲しいじゃないか」

 

「せ、せやけど……」

 

「僕は木乃香との約束を果たしただけさ。だから木乃香が悲しむことなんて何一つないんだよ」

 

 

 覇王は木乃香を泣き止んでくれるよう、優しく説いていた。だが木乃香は、今のことに深い罪悪感を覚えてしまったようで、涙が止まらなかったのだ。だから、覇王は木乃香へ一人前になるまでは守ると約束していた。だからこれを実践しただけだと言ったのである。

 

 

「木乃香、いつものように笑っておくれ。僕は木乃香の笑顔が好きなんだ」

 

「う、うん……。はお、ゴメンな……」

 

「謝るのは僕のほうさ。危険に晒してしまって、悪かった」

 

 

 木乃香は覇王の言葉を聞いて、泣くのをやめて笑って見せた。少し涙を目に浮かべながらではあったが、覇王にいつもの笑顔を見せたのだ。それを見た覇王も、普段の微笑みを浮かべていた。そこで覇王の今の言葉に、ほんの少し木乃香は照れていた。まさか覇王から好きだという言葉が出るとは思っていなかったのだ。

 

 

「……はお、ありがとう」

 

「今日は木乃香から礼ばかり言われている気がするよ」

 

「そやな、あと、はおがウチの笑顔が好きって言うの、ホンマに嬉しかったわぁ……」

 

 

 木乃香は覇王へ助けてもらった礼を言った。それを聞いて覇王は、今日は木乃香から礼ばかり貰っていると言葉にしていた。それを聞いた木乃香も、確かにそうだと思ったようだ。そして覇王が笑顔が好きだと言われたことに、木乃香は顔を少し紅く染めながらも、優しい笑顔のまま嬉しかったと静かに口にしていた。

 

 

「フフ、そう、その笑顔こそが木乃香だよ」

 

「えへへ、はおー!」

 

「おいおい、そんなに強く抱きつくなよ」

 

 

 そう覇王に言われて、木乃香はさらに強く覇王に抱きついたのだ。覇王は特に気にはしないが、強く抱きつかれすぎると木乃香に言って聞かせていた。また、とりあえず神威が消えたことで、この街に平和が戻ったようだ。しかし、周囲はボロボロであり、覇王はそれを直す術はない。しかたがないのでその辺りは放置して、覇王はとりあえず木乃香に抱きつかれながらも、物干し竿を認識阻害がかかった袋へど戻した。そして認識阻害の符と人払い符を遠隔操作で破棄し、結界を消滅させたのだ。

 

 

「しかしひどい有様だね、さっさと退散したほうがいい」

 

「う、うん……。でもほっといてええんかな……」

 

 

 覇王はなんかもうメチャクチャになった周囲を見て、こりゃあかんと思っていた。そこで状助が居ればすぐ直せるんだよな、便利だな状助、と状助を羨んだ。そして、もうさっさと立ち去ったほうがよいと考え、歩き出していた。木乃香はこの現状に少し胸を痛めていたが、自分でもどうすることも出来ないので、しかたなく覇王に抱きついたまま歩き出すしかなかった。そこで木乃香は先ほどの転生の話の続きが気になるようで、覇王に教えてほしいとせがんでいた。

 

 

「そうや、さっきの話の続き、してもらうえ」

 

「ああ、そうだったね。ならば話そうか」

 

 

 そこで覇王は歩きながら、自分がどうしてこの世界に誕生したかを木乃香に話した。そして1000年前、大陰陽師をしていたこと、500年前に一度転生したこと、さらに今、再び転生したことも全て話した。木乃香はそれでも、覇王が変わるわけがないと考え、覇王は覇王だという結論に達したようである。この騒動で、木乃香と覇王の距離は随分とまあ縮んだようであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:天銀神威(あまがね かむい)

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代会社員

能力:笑顔を見せた異性を惚れさせる、デタラメな魔法や気を使った攻撃

特典:ニコぽ、オマケで容姿が銀髪イケメンオッドアイ

   ジャック・ラカンの能力




本当にどうしてこうなったんだ

そして、銀髪君がここで退場してほしいと望まれた方々、本当に申し訳ございません
しかし、一応銀髪君は麻帆良祭あたりで退場してもらう予定なので、もうしばらく銀髪君とお付き合いください


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四十三話 三人の男子 騎士と娘

突然のクールダウン
いやあ、銀髪君は強敵でしたね


 *三人の男子*

 

 

 ここは麻帆良学園本校男子中等部、3-Aの教室の中。覇王や状助が在籍するクラスである。さて、次の大イベント麻帆良祭である。状助はそう考えて、気がつけば悪魔襲来事件が過ぎて居ることに驚いていた。また、状助はそれならもう麻帆良祭まで安心だと考えていた。だが覇王はのんきにはしていなかった。あの銀髪やメガネ男が存在するからだ。そして、あのメガネの男には仲間が一人は居るはずなのだ。そういう意味では、警戒すべき敵なのは間違えないのである。

 

 そこで覇王がそんなことを考えていると、状助が話しかけてきたようだ。この前の喫茶店爆破事件のことのようだった。

 

 

「よう、おめぇよ~、あの事件知ってるか?」

 

「あの事件?」

 

「喫茶店のテーブルがぶっ飛んだ事件っつ~やつ! なんか色々ヤバい噂が立ってるんだぜ!?」

 

 

 喫茶店爆破事件とは、覇王と神威の戦闘でオープンカフェの外に設置されていたテーブルなどが粉砕された事件のことである。また、不可解な地面のくぼみなどが見つかっており、何らかの手段で爆破されたと噂されているのだ。それを知った状助は、覇王が何か知っていると思い、それを聞いたのだ。

 

 

「ああ、あれか。僕は悪くない」

 

「やっぱおめぇじゃあねぇーかー!!」

 

 

 そして案の定覇王が何かやらかしたらしい。状助はやっぱりかと思ったようだ。だが、本気で覇王は悪くない。喧嘩を売ってきた銀髪が悪いのだ。また、あの銀髪、次にあったら確実にしとめてやる、覇王はそう心に決めているのだ。そこで状助はそんな決意の炎を目に宿す覇王に、あきれた視線を送っていた。

 

 

「確かに僕も居た、しかしああなったのは、僕のせいではない」

 

「あれ直したの俺だぞコラぁ!!」

 

「あ、やっぱりそうだったんだ。次の日に直っていたから、まさかとは思ったんだよ」

 

 

 神威と覇王の戦闘した数時間後に、状助はその喫茶店へと寄ったのである。なんかボロボロになっていたので、とりあえずクレイジー・ダイヤモンドで修復しておいたのだ。なかなか律儀なやつである。

 

 

「別に魔力も気も巫力も使わないんだから、ケチケチする必要ないだろ?」

 

「スタンドパワーを使うんだぜぇ!? まあ気にしてねぇけどよぉ~。何があったんだ?」

 

 

 状助はあの現場はただ事ではないと感じていた。覇王が関わっていると言うのなら、何かでかい事が起きた後だと察していた。そこで覇王は、その日の出来事と銀髪の能力を状助に説明した。それを聞いた状助は、ひっくり返りそうになっていた。銀髪の特典と覇王と木乃香のキスに驚き戸惑ったのだ。というか、そんなにいっぺんに驚く要素を話されて、混乱していたのである。

 

 

「はぁぁぁ!? ニコぽとラカン能力だとおおお!?」

 

「うるさいよ、状助。あまり騒ぐと注目されるじゃないか」

 

「それにこのかを狙って喧嘩売ってきただとお!? クソじゃあねーかー!」

 

 

 ニコぽでこのかを洗脳せんとする銀髪に、状助も頭にきていた。許されるはずがないだろうと思ったのだ。そのとおりである。覇王もさっさと焼き払って、他の生徒にかけられた呪いを解除したいとも考えていた。しかし、状助は銀髪よりも覇王と木乃香の仲のほうが重要のようだった。

 

 

「つ~かおめぇ! このかと付き合ってんのか!?」

 

「やだなあ、状助。付き合ってないよ」

 

「チューまでしといてそりゃね~ぜ~!!」

 

「……状助、少し黙れ」

 

 

 流石にそんなことを騒がれたら、クラスの注目の的になる。しかもここは男子校なのだから、そのような話なんて聞かれたくないのだ。すぐに噂になるぜー、というものだ。そこに三郎もやってきた。状助の声で何を話しているかがわかったからだ。

 

 

「状助君は相変わらずうるさいね。で、覇王君はこのかさんと付き合ったの?」

 

「付き合ってないよ。ある約束をしたからね」

 

「でもこいつよ~、チューしたらしいぜ?」

 

「チュー? どこに?」

 

 

 チュー、キスと言ってもまあどこでもできる。それは頬やデコにもできる。重要なのはしたのかしていないかではない、場所なのである。そこで覇王は面倒だが、騒がないように注意してその部分を話した。別にこのぐらいで、恥ずかしがったり騒ぐような人生を送っていないからだ。だが、状助も三郎も度肝を抜かれた。まさかの唇だったからだ。

 

 

「スタンドも、月までブッ飛ぶこの衝撃ッ!」

 

「あ、それ言うんだ」

 

「覇王君も隅に置けませんなー」

 

 

 そんなことを言っている状助だが、特に羨ましいとは思わなかった。なぜなら元々関わりたくない系転生者で、原作キャラと関わるのは好きではなかったからだ。だが、本人は望んでなかったというのに、関わってしまったのが運の尽きだったらしく、もう半分諦めているのだが。それでも原作キャラと、そういうラブな関係にはなりたくねぇ~なぁ~、と思っているのが状助だ。これだからヘタレだ人畜無害だと思われるのである。また、三郎も特に気にすることは無かった。こいつは外見も中身もイケメンだからだ。そんな状助と三郎を見て、覇王は騒がなかっただけよいかと思った。

 

 

「言っておくけど僕からじゃないよ、木乃香からだよ」

 

「押しが強いんだなあ、確かに押しが強い印象はあったがよぉ~……」

 

「あんなふわふわした娘が、そんなことをするんだ」

 

「するさ。いつだって予想を上回る。それが木乃香だ」

 

 

 京都の時もぶっ飛んでいた。ラスボス召喚する幹部が居るなら、その幹部が召喚する前にラスボスを召喚して倒そうとか、RPGではありえないことを考えたからだ。まあ、それは覇王が居たからこそ出来たことで、覇王ありきの作戦でもあったのだが。しかし、そうさせてしまったのも覇王である。つまりお前が悪い覇王。そこで状助と三郎は、覇王の今の言葉に、本当によく知る仲なんだなあ、と考えていた。

 

 

「おめぇよー、もう付き合っちゃえよ……」

 

「駄目だ。約束してしまったから、それは出来ない」

 

「ところで、その約束ってどういうものなんだね?」

 

 

 状助はもう覇王と木乃香の仲が恋人レベルだと察して、付き合えばいいのにとさえ思っていた。だが覇王は約束したから出来ないと言っていた。そこで、それはなんだ?と、三郎は疑問に思った。同じく状助も、どんな約束をしたのかと思っていたので、その三郎の質問はありがたかった。そこで覇王はその約束を言うと、二人はまたしてもひっくり返りそうになった。その約束とは、覇王と同等のシャーマンになった時に、木乃香と付き合うというものだったからである。

 

 

「おめぇよ~! 無茶言い過ぎじゃあねーかー!! 一ヶ月の修行で柱の男全滅させるより無理ゲーすぎるぜ!!」

 

「無茶というか無理というか、断っているのと同じなんじゃないかそれ!?」

 

「だが木乃香はそれをよしとした。だからこそ、約束になったんだよ」

 

 

 この覇王、約束してしまったからにはしてもらう、そう考えている。だが、並び立てとは言ったが、巫力が同じになれとは一言も言ってない。つまり、技術面で同じぐらいになればいいかなー、なんて最近考えてきていた。ぶっちゃけあの黒雛並の強さを得た木乃香は、逆に色んな意味で恐ろしすぎる。それを状助は想像し、少し怖くなったようだ。

 

 

「でもやっぱ無茶だよねそれ……」

 

「まあ、そのうちなんとかなるさ」

 

「逃げやがった!!」

 

「なんとかなるかなあそれ……」

 

 

 正直言えばなんともならない。無理に等しいだろう。だが覇王は、木乃香が強くなることを楽しみにしていた。自慢の弟子の成長は、とても喜ばしいことだからだ。しかし、そこでふと状助は、先ほど覇王との話に出てきた銀髪のことを思い出したらしい。それを三郎にも話したのだ。

 

 

「そういや、覇王が銀髪のやつがニコぽとか使えるっつってたぜぇ!?」

 

「ニコぽ!? そんな能力あったの!?」

 

 

 三郎もニコぽと聞いて驚いた。しかしそんな能力があったとは思っていなかったようだ。そんな特典選ぶやつって一体どういう思考しているのかと、三郎でさえ疑問に思ったようである。

 

 

「あったみてぇだぜ?覇王がしっかり確認したみてぇだしよぉ~」

 

「そうなのか、だったら状助君も気をつけたほうがいいんじゃないかな?」

 

「んん~? どういうことだァ?」

 

 

 今の三郎の言葉に、状助は疑問を感じていた。ニコぽは異性にかかる呪いだ。木乃香に好かれている覇王ならわかるが、誰も彼女が居ないこの自分に、一体何の意味があるというのか。そんなまったくわかっていない状助を、少しバカだと考えながら三郎はそれを状助に説明した。

 

 

「だって、状助君はアスナさんやあやかさんの友人なんだろう? 付き合って無くても友人がそうなったらいやだろう?」

 

「グレート、そうだったぜ……」

 

「状助は微妙に抜けてるから仕方が無いね」

 

 

 失念していた。別に付き合って無くても、友人がそんな銀髪に惚れたら困る。というか本気で銀髪を倒しにいくだろう。相手がどんな能力を持とうとも、絶対にその友人を助け出そうとするだろう。状助はそう考えた。むしろそんなグレートにおかしなやつに惚れさせられたら、何をされるかもわからんのだ。当然の考えである。

 

 

「そんなクサレ脳みその野郎、二人に何かしたら許す訳ねぇだろ!!」

 

「そう思うだろう? だから気をつけたほうがいいと思うんだ」

 

「まあでも、僕らが気をつけても意味が無いんだけどね」

 

「ま、まあそうなんだけどさあ……」

 

 

 彼女たちが気をつけなければ意味が無い。まあそれも当然だ。そして自分たちが監視出来る訳でもない。つまり、自分たちではどうすることも出来ないのだ。だが、幸いアスナは木乃香から、それをある程度聞いているので、多分大丈夫だろう。まあ、アスナ自身、あの神威に声をかけられて逃げたほどなので、きっと大丈夫だろう。そこで覇王は木乃香がそれをアスナに伝えたことを状助に言うと、深いため息をついて安心していた。

 

 

「そうか~、まあ、アイツなら銀髪オッドアイの時点でドン引きだろうしなあ……」

 

「魔法世界のお姫様なのにかい?」

 

「自分がオッドアイなのに?」

 

 

 ひどい言われようである。近くにアスナが居たら、殴られていること必須だ。覇王は魔法世界のお姫様とか言うすごい立場で、普通ドン引きだろと思っていた。また、三郎もアスナには何度か会っているので、彼女もオッドアイだろと考えたのだ。そんな意見を状助は聞いて、知られたらヤバいッと考え青ざめていた。だが、そこで覇王はさらに不吉な情報を、状助と三郎に話し始めた。

 

 

「まあ、気をつけるべきはそれ以外も居るけど」

 

「最近本当に治安が悪いねぇ……」

 

「やれやれすぎるぜ……」

 

 

 とりあえず覇王は、銀髪以外にもメガネ男のことも二人に話した。その話を聞いて状助は頭がぱーぷりんと称し、三郎はアンチ悪系かよと嘆いていた。そして、どんどん雲行きが怪しくなるこの麻帆良で、どうやって生き抜くかを考える二人だった。

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *騎士と娘*

 

 

 麻帆良祭が始まる二週間ほど前のこと。そういえばこの辺りで、アスナがタカミチに告白したいと考える時期だ。しかし、このアスナはタカミチにまったく興味がない。一応古い友人、または元担任の教師程度には考えているが、それ以上の感情はないのだ。あの少年は随分と老け込んだなあ、といつも思っているだけである。

 

 だが、そこで使われる年齢詐称薬は、普通に登場した。また、登場時間が一週間ほど早かったらしい。なぜかと言うと、あのカギが早々に用意させていたからだ。しかし、カギはせっかく用意したのにも関わらず、それをネギに全部渡てしまったのだ。

 

 というのも、カギには王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)があり、その中には肉体変化の薬が入っているのだ。だから年齢詐称薬など、不要だったのである。そのことをカギはうっかり忘れており、年齢詐称薬を用意してから、その薬の存在を思い出したのだ。そういう訳でカギはネギに年齢詐称薬を全部くれてやり、それをネギはアスナと木乃香に少し渡しのである。

 

 

「で、その見た目でわたしのところへ来たのか……」

 

「懐かしいでしょ? どうどう?」

 

「ああ、とても懐かしい。あのころの君は、とてもクールだった……」

 

 

 で、年齢詐称薬で小さくなったアスナが、その姿でメトゥーナトへ会いに、自分の家へ帰って来ていた。なんという嫌がらせ。実際は随分と長く幼い姿をしていたアスナは、それを懐かしんでいるだけなのだが。しかし、黄昏の姫御子という二つ名を黒歴史にしているわりに、見た目のことは黒歴史ではないらしい。そして、長かった少女の姿をメトゥーナトにも見せに来ていたのだ。

 

 

「今も十分クールよ? ただヘンタイが絡むとヒートアップするけど」

 

「変態が多い世の中だな、困ったものだ」

 

「困ったものよ、ヘンタイばかりで……」

 

 

 アスナがよく戦う相手は基本変態だった。アスナが小学生の頃に戦ったあの槍使いも、最近戦った無敵のうそだろ承太郎も変態だったのである。かれこれ変態とよく戦うアスナは、次もまた変態と戦うのかと思うと気が重いのである。まあ、それとは関係なく、アスナはなつかしの少女形態を楽しんでいた。

 

 

「……うーん。小さくなるって思った以上に不便ねえ、高い場所に手が届かないし」

 

「そういうものだ。だから元に戻っておいで」

 

 

 とは言うのもの、小さくなったことでの弊害もアスナは感じていた。小さくなったので歩幅も小さくなり、移動しにくい。それだけではなく、手も小さくなっており高い場所に届かないのだ。そう言葉にするアスナへメトゥーナトは、小さいと不便なのは当然だから元の姿に戻ってきなさいと話したのである。

 

 

「そうね……。まあ結構楽しんだから戻ってくるわね」

 

「今度は大きくなって来るということはないだろうな?」

 

「流石にないわ、だって大きな服がないもの。じゃ行ってくる」

 

 

 そうメトゥーナトに言われたアスナは、もう充分楽しんだので、戻ってこようと考えた。ただ、そこでメトゥーナトは、今度は元の姿よりも成長した姿で出てこないだろうかと、心配になってそれを話した。アスナも流石にあうサイズの服もないし、出来そうにないのでやらないと説明していた。

 

 そして、なつかしのロリボディーを堪能したアスナは、戻るために自分の部屋へと走っていった。その自分の部屋に走るという行為にも、アスナは懐かしさを感じていた。なにせ小学生のころは、この姿でずっとこの廊下を通って自室へと戻っていたのだから。そして、自分の成長を感じていたのである。そこで一歩一歩、それを実感するように、ゆっくりと部屋へ戻って行った。

 

 

「懐かしいわねえ、この姿でこの廊下を歩く。あの時は……」

 

 

 そういえばあの時は、何をしてただろうか。アスナはそれを少し考えた。委員長とファイトドーム(超エキサイティング)してたり、何か色々な賭けをしていた気がしたのを思い出した。そこで、さほど今と差が無かったのかと考え、あまり成長していないと思えたようだ。

 

 だが、体は成長しているからまあいいや、ともアスナは思いながら、懐かしさに浸っていた。そしてアスナは年齢詐称薬を使って元の姿に戻り、着替えてメトゥーナトの居る場所へと戻ってきた。

 

 

「うん、やっぱり普段の姿のほうが過ごしやすいわ」

 

「それは当然だ。成長するということは、そういうことなのだからな」

 

 

 元の姿に戻ったアスナは、今の姿が一番だと言葉にした。それは今の姿こそが自然体であり、当然のことなのだが。そしてメトゥーナトも、それこそが普通なのだと言っていた。成長すれば大きくなる、それはどの生物にも言えることだ。それが普通なのだと。

 

 

「成長、したんだね私……」

 

「うむ、もうあの時の小さなアスナではないのは間違いない」

 

「そうね……。実は小さい時、あのままだったらどうしようって、少し悩んでたのよね」

 

 

 そこでアスナは成長と言う言葉を聞き、自分の体をまじまじと見て少し感激していた。メトゥーナトもアスナのその言葉に反応し、もう小さいアスナではなくなったと、しみじみと語っていた。

 

 また、何せアスナはずっとずっと小さい姿のままだった。メトゥーナトに助けられた後も、ずっと小さいままだったので、このまま小さかったらどうしようかと、少し悩んでいた時があったのだ。

 

 

「確かにわたしも大丈夫だろうかと思ったこともあったが、今の姿を見て安心しているよ」

 

「そうだったの……。でも、成長できた……」

 

「そうだ、大きくなったな。アスナ」

 

 

 メトゥーナトもそのことを少し心配していたようだったが、今のアスナを見てそれは杞憂だったと思ったのだ。そして、アスナはその言葉を聞きながら、自分の成長を感じ取っていた。気がつけばここまで背が伸びたし、女性らしい部分も出てきたと、改めて喜びを実感していたのである。アスナが成長を喜んでいるところに、メトゥーナトも良くぞ成長したと、暖かい言葉を送ったのだ。

 

 

「フフ、ありがとう。来史渡さん」

 

「礼を言われることは言ってないと思うが?」

 

「だって、ここまで大きくなれたのも、来史渡さんのおかげだもの」

 

「……そういってもらえると、親代わりをしてきた身としては、うれしいというものだ」

 

 

 アスナはそこで満面の笑みを浮かべ、メトゥーナトへとありがとうの言葉を送った。メトゥーナトは特に礼を言われることはしていないし言っていないと思ったので、どうしたのだろうかと考えたようだ。

 

 そう不思議そうにするメトゥーナトへ、アスナはその理由を述べた。それは今までずっと自分の側で、成長させてくれたことへの感謝の気持ちだったのだと。そのアスナの話しに、メトゥーナトはとても感激していた。が、それを表に出さず、そういってもらえると嬉しいとだけ言葉にしていた。

 

 

「親代わりと言うより、もう親みたいなものだと思ってるけど……」

 

「……わたしは君の親にはなれんよ……」

 

「……そう……かな……」

 

 

 ただ、アスナは親代わりという言葉に、少し残念な気持ちを感じていた。むしろ親代わりなどではなく、本当の親のように思っているからだ。しかしメトゥーナトは、自分にその資格は無いと語り、親代わりでも充分だと話したのだ。それに、メトゥーナトはアスナに大人の事情で振り回してしまっていることに引け目を感じていた。何せアスナが麻帆良で学生をするのも、その大人の事情というものだからだ。

 

 だが、アスナにはそんなことは関係ない。アスナは自分を育ててくれたメトゥーナトを、親として接したいと思っていたのだ。それでもメトゥーナトはそれをさせまいとしていた。ゆえにアスナはそれを聞いて、少ししゅんとした表情を見せた。本当にメトゥーナトを親だと思いたいのに、メトゥーナトがそうさせてくれないからだ。

 

 

「あっ、そうだ! 来史渡さん。今度麻帆良祭あるけど、一緒にどう?」

 

「ふむ、アスナからのお誘いか。まあ問題はないだろう。日程を考えて一緒に歩いてみるとしよう」

 

「よかった。忙しくて断られるかと思ってたから」

 

 

 それでも、アスナはその落ち込んだ表情をすぐさま笑顔へと変え、メトゥーナトへ麻帆良祭を一緒に回ろうと誘った。

 

 メトゥーナトはアスナの誘いなので、出来る限り参加したいと考えたのだ。また、麻帆良祭は”原作イベント”である。転生者がさらにやってくる恐れがあった。だからメトゥーナトは、イベントの中を練り歩くのだから問題はないと考え、一緒に麻帆良祭を過ごすことを良しとしたのだ。

 

 アスナもメトゥーナトが忙しいのではないかと考えていたので、よかったと思っていた。

 

 

「詳しい日程は後日考えるとしよう」

 

「そうね、今度また連絡するわ。今日は帰るから、じゃね!」

 

「おや、もう帰るのか。まあまた来ればいい、ここは君の家だからな」

 

 

 メトゥーナトは帰り支度をするアスナに、そう一言残した。そして、明日も学校なので、アスナはそのまま寮へと帰っていった。そこで寮へと帰るアスナを見送り、まあ元気になったことだと考えるメトゥーナトは、かなり爺くさかった。

 

 



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四十四話 魔法の修行

テンプレ87:少し修行しただけで強くなる転生者


 このカギ・スプリングフィールドは変態だ。正直言えばスケベ根性丸出しで、どうしようもない存在である。だが、それでも外道には落ちていない。無理やり生徒を手篭めにするほど、腐ってはいなかったようだ。

 

 しかし、そんな時、腐った外道に敗北してしまった。あの憎き銀髪オッドアイのイケメンだ。この敗北はカギにとって衝撃だった。最強だったはずの特典が、簡単に打ち破られたからだ。だからこそ、あの銀髪を倒してあわよくば生徒に好かれたいと考えていた。そこで、あのエヴァンジェリンに頼んで鍛えさせてもらっているのだ。

 

 

 そしてここはエヴァンジェリンのログハウスの内部。そこにある別荘と呼ばれるダイオラマ魔法球の内部である。数ある魔法球の中からリゾート島が内包されている魔法球を使って、エヴァンジェリンはカギの修行に付き合っているようである。

 

 

「ちょ!? おま!? なんだよありえねぇぜ!! あれ師匠(マスター)の劣化コピーなんじゃねぇの!?」

 

「ああそうだ、私が生み出した人造霊だ。あれを倒せないのなら、その銀髪には勝てんぞ?」

 

「ギャニ!? すでに魔法の射手に囲まれてる!!?」

 

「無詠唱が基本だ。貴様の()()ならば切り抜けられるはずだろう?」

 

 

 エヴァンジェリンとカギは戦うことができない。というのも、カギが契約により、エヴァンジェリンに攻撃できないからだ。だから修行をつけるのは、エヴァンジェリンの劣化コピーである人造霊だった。その劣化コピー、エヴァンジェリン二号とここでは勝手に呼ばせてもらうとしよう。

 

 そしてなんとまあ、このエヴァンジェリン二号、原作とはまるで別物だった。なんとその姿は白一色のゴスロリ衣装だったのだ。しかし、その数十分の一の強さははずのエヴァンジェリン二号は、やはり化け物クラスの強さであった。そこで1001の氷の魔法の射手をなんとか防御したカギだが、その不甲斐なさにエヴァンジェリン二号はため息をついていた。

 

 

「おい、従者もなく、本体の劣化であるこの私が相手だというのに情けないではないか」

 

「う、うるせー! 俺だって情けないと思ってらぁ!!」

 

「そうか、ならもう少し強めに行こう」

 

「その術がチートすぎんだよ!! 体で覚えろってかチクショー!!」

 

 

 この劣化コピーのエヴァンジェリン二号でさえ、あの”術具融合”が使えるのだ。それを覚えさせようと、戦わせているのが本物のエヴァンジェリンである。ガチンコスパルタで鍛えてほしいとカギから言われたので、普段スパルタなんぞしないエヴァンジェリンも、そうしてやっているのだ。

 

 そしてこのカギ、今は大人の姿である。なぜその姿になっているかというと、特典を伸ばすためである。このカギは父親ナギの能力をもらっている。それならば、その父親の強さがイメージしやすい、大人の状態のほうがやりやすいだろうと、エヴァンジェリンが考えてそうさせたのだ。動きも魔法もイメージが重要だ。その特典をすばやく伸ばすために、そう言った些細なことにも気を使っているようだ。ちなみに年齢詐欺薬を買った後で、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の中に年齢を変化させる薬があったのを思い出したカギであった。やはりバカなのは直らないようだ。

 

 

「ええい、”千の雷”!!」

 

「ほう、随分とやるようになったじゃないか。だがその程度の魔法が通用すると思うな!」

 

「それも耐えるのかよ! 術具融合いかれすぎだろ!!」

 

「バカがよく見ろ! 単純に魔力の流れを読んで避けているにすぎん!」

 

 

 劣化だというのにこの強さ。本物はどんだけ強いのか。カギは戦慄し、やっぱり戦わなくてよかったと思っていた。しかし着実にカギは強くなっていた。千の雷もまともに扱うことができるようになった。体術なども、エヴァンジェリン二号のクレイジーな弾幕を避けることで、随分と磨きがかかってきていた。なんとまあ、元々特典がチートだったので、育つのが早いらしい。そんなカギへ、エヴァンジェリン二号は”氷神の戦鎚”を向けて放ったのだ。

 

 

「耐えて見せろ」

 

「耐えられるか! 俺は避ける!!」

 

 

 そこでカギは虚空瞬動を用いてその魔法を回避した。しかしそれこそ罠だったのだ。いつの間にかエヴァンジェリン二号はカギの背後へ移動していたのだ。もはや今のエヴァンジェリン二号の動きを、カギは捉えきれなかったようで、背中へ視線を向けて驚いていた。

 

 

「なんだとおお!?」

 

「だから耐えろと言ったんだよ」

 

 

 その動揺するカギの背後から、エヴァンジェリン二号は闇の吹雪を打ち込んだ。カギはとっさのことで避けきれず、その魔法に直撃してしまう。そして闇の吹雪に吹き飛ばされ、カギは地面へと落下していた。

 

 

「うかつだったぜ……。俺としたことが……」

 

「今のすら反応できんなら、銀髪とやらを倒すのは不可能だと思うのだな」

 

 

 あの銀髪、神威はバグの転生者である。この程度回避できなければ、カギに勝ち目はないだろう。それを身をもってカギにエヴァンジェリン二号が教え込んでいる状況だった。その様子を見ていたエヴァンジェリンが、カギを少し休ませやろうと考えたようだ。そこでズタボロとなって地面に転がるカギへ、エヴァンジェリンは近づき話しかけた。

 

 

「おい、とりあえず少し休め」

 

「お、俺はまだやれるぜぇ!!」

 

「ダメだ、今ので随分と魔力を使っただろう? 少し休まんと修練にならん」

 

 

 エヴァンジェリンはカギの魔力が残り少ないことを見抜き、休ませようと思ったのだ。魔法を習得したいカギにとって魔力はとても重要なのだ。しかし、魔力がなければ魔法が使えない。つまり、ある程度休ませてから、また修行させたほうが効率がよいとエヴァンジェリンは考えたのだ。

 

 

「わーったよ師匠(マスター)

 

「それでいい、貴様にはまだまだ覚えてもらう魔法が山ほどあるのだからな」

 

 

 しかしこのカギ、本気でチートであった。1ヶ月ぐらいしか鍛えてないはずだが、随分魔法剣士、いや魔法拳士として形になってきていた。やはりあの”ナギの能力という特典”とやらがすさまじいのだろう。すでにボロボロになったカギを休ませながら、エヴァンジェリンはそんなことを考えていた。

 

 

「本当に貴様の親父はチートだったのだな。貴様を見て常々思わされるぞ」

 

「俺もそう思うぜ! だが、あの野郎はそれ以上だった! あの野郎だきゃーぶっ潰す!!」

 

「思うのだが一度負けたからといって、どうしてそんなに拘る?」

 

 

 カギのあの野郎とはやはり銀髪の神威のことだ。その神威の特典こそカギが選んだ”ナギの能力”に対なる”ジャック・ラカンの能力”なのである。そういう意味ではある意味因縁めいたものを感じざるを得ないだろう。実際カギは、まだあの神威の特典を知らないのだが。また、そこでエヴァンジェリンは思った。確かに完全敗北は悔しいだろうが、そこまで拘ることなのかと。だからエヴァンジェリンは、カギへとそのことを質問したのだ。しかしカギの答えはやはりカギらしかった。

 

 

「あの野郎がニコぽ使ってハーレム作ったら、俺がハーレム作れねぇだろ!!」

 

「あ、ああ。やはり貴様の原点はそこなのか……」

 

「俺は正統にハーレム作りてぇんだ! 別にハーレムじゃなくてもかまわねぇけど、とりあえず従者がほしいんだよ!!」

 

「そ、そうか。まあ頑張ってくれ」

 

 

 なんか一気に応援する気が失せたエヴァンジェリン。まあ本人もやる気があるようだし、とりあえず鍛えてやろうと考えたようだ。というのもこのエヴァンジェリン、他人にものを教えるのが好きなのだ。だからこそ、研究を繰り返しているのだ。

 

 

「今に見てろよクソ銀髪! 俺が必ずテメーの顔面を歪ませてやる!!」

 

「まあ、確かにその銀髪が下衆なのは認めよう」

 

 

 エヴァンジェリンもカギから話を聞いて、流石にドン引きした。その後覇王が戦ったということも聞いて、さらにドン引きしたようだ。自分に惚れることが幸福とか、本気で何様のつもりなのか。とりあえず、運悪くそいつに会ったら、ボッコボコにしてやろうとエヴァンジェリンは考えていた。そして、休憩開始から数十分ぐらい過ぎたようだったので、エヴァンジェリンは修行の再開をカギに指示した。

 

 

「さて、そろそろ続きをしてもらうぞ」

 

「ええ!? も、もう少し休ませてくだされー!!」

 

「ダメだ、さっさと行ってこい!」

 

「自分が頼んだからしかたねぇが、きちーぜー!」

 

 

 エヴァンジェリンは今の休憩でカギの魔力がある程度回復したと考えたようだ。そこでつかの間の休憩が終わり、またしてもエヴァンジェリン二号にボコボコにされるカギであった。だがあのナギの能力は優秀で、ボコボコでも随分耐えるのである。なんと殴り甲斐があるサンドバッグではないか。まあ実際、まだまだ手加減されているカギなのではあるが。

 

 

「ほら行くぞ”こおる大地”!!」

 

「うお!? 連弾、魔法の射手”火の111矢”!」

 

「魔法の射手は無詠唱となったか! だがそれだけでは勝てんぞ!!」

 

 

 カギはすでにこの数の魔法の射手をも無詠唱で出せるほどになっていた。流石バグ能力、鍛えれば鍛えるほどバグっていく。だがまだまだ、この程度では甘いのだ。甘い、甘すぎる。砂糖菓子のように甘いのである。

 

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

 

「ハンサム・イケメン・イロオトコ!」

 

 

 二人は同時に詠唱を始めた。エヴァンジェリン二号は、カギの魔法の射手を回避しながら、それを行っているのだ。この程度命中するようなやわな存在ではない。だからこそ、それを牽制にしてカギは詠唱を唱えているのだ。

 

 

「”氷槍弾雨”!!」

 

「”奈落の業火”!!」

 

 

 無数の氷の槍と爆炎の衝突。その衝突により爆発した水蒸気が発生し、視界を悪くした。だが、その煙の中で、両者とも接近戦を繰り広げていた。

 

 

「俺テメーの特典にすりゃよかったかもなぁ! そすりゃテエーの兄にでもなれたかもしれねぇや!」

 

「それは本体に言うんだな! 私は所詮コピーだよ!!」

 

「そりゃそうか、オラオラァ!!」

 

 

 空中での接近戦。拳と蹴りが衝突し、そのつどすさまじい衝撃が空気を揺らしていた。そして両者の拳が衝突すると、その力で煙が吹き飛び視界が晴れた。両者はそのまま接近戦を繰り返していたが、エヴァンジェリン二号は手に光の剣を作り出した。これが有名な”断罪の剣”である。

 

 

「ならば、これぐらい使えるようになってくれ!」

 

「あ、明日やってやらぁ!」

 

「明日っていつだ?」

 

 

 まあこの状況でも軽口が叩けるカギは、かなり図太いのであろう。その断罪の剣を的確に振りながら攻撃するエヴァンジェリン。カギは断罪の剣を避けるのが精一杯となり、簡単に劣勢となった。そしてエヴァンジェリン二号が放っていた無詠唱の魔法の射手がカギへと迫ったのだ。そして、それを避けた一瞬動きが止まったカギへ、断罪の剣が迫った。さらに、エヴァンジェリン二号の断罪の剣が、カギの頭を捕えたところであった。しかし、このカギの特典はバグっていた。

 

 

「お姉ちゃん! 明日って今さ!!」

 

「誰がお姉ちゃんかッ!?……ほう、流石だ」

 

 

 カギはなんと断罪の剣を同じ魔法で受け止めていた。つまりカギも断罪の剣が使えるようになったのだ。大きさは短いが、間違えなく断罪の剣であった。それを見たエヴァンジェリン二号は驚きながらも、喜んでいるようであった。

 

 

「まだまだ魔力の練りが足りんが、よくぞ出来たと言ったところか」

 

「俺をなめるな大魔王!!」

 

「だから誰なんだ、大魔王」

 

 

 このカギのネタについていけないエヴァンジェリン二号。まあついていけるのは多分、転生者ぐらいだろう。そしてその後、嬉しさのあまりに本気を出したエヴァンジェリン二号から、フルボッコにされて凍り付けにされたカギが居た。それを見ていた本物のエヴァンジェリンは、やっちまったかーと涼しい顔で眺めていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 こちらはうって変わって随分と雰囲気がいい修行だった。ギガントと、その弟子の夕映とのどかである。その二人はギガントが用意した魔法球の内部で、魔法の練習を行っているのだ。また、たまにネギも一緒に魔法を教えられたり、その二人に教えているのだが今日は居ないようだ。そこで基本的にギガントは、治療・防御・逃亡の三つをその二人へと教えているのだ。

 

 

「夕映君、君は優秀のようだ。すでに水の転移魔法(ゲート)を使えるようになるとはな」

 

「ありがとうございます。これも師匠の教えの賜物です」

 

「すごいなー、ゆえは」

 

 

 なんと夕映は水の転移魔法(ゲート)を習得したようであった。逃亡としてみれば影の転移魔法(ゲート)には劣るものの、かなり優秀な魔法である。そんな夕映のすさまじい成長ぶりに、のどかは素直に驚いていた。そして、友人がどんどん魔法を覚えていることに、嬉しく感じていたのだ。だが、そんなのどかも、結構成長していたりする。

 

 

「何を言う。のどか君も状態異常の解呪の魔法を随分と習得したではないか」

 

「で、でも……」

 

「そうですよ! のどかも十分すごいです!」

 

 

 解呪には色々あるが、基本は麻痺、毒、石化、忘却、凍結などがある。それらを習得することは、なかなか難しいことである。のどかは麻痺と毒の解呪魔法を習得していた。そこでギガントは二人のことをやさしく褒めていた。

 

 

「いや、二人とも優秀だよ。まだ教えて一ヶ月ぐらいだというのに、よくここまで成長した」

 

「それも師匠さんのおかげです」

 

「はい、師匠のおかげです」

 

 

 一般人だった二人だが、一ヶ月ぐらいである程度魔法を使えるようになっていた。ギガントはそれを見て優秀な少女たちだと思った。また、その魔法を覚えたいという強い気持ちも感じていた。だが、それで学校の勉強をおろそかにしてはならないと、ギガントは窘める。

 

 

「まあ、魔法を覚える熱意もよいが、学業も忘れぬことだぞ?」

 

「う、わ、わかってるです。それも師匠からの約束ですので」

 

「はい、ネギ先生には迷惑かけたくないし、そっちも頑張ってます」

 

 

 のどかはまだ勉強をしっかりしているタイプである。だが夕映は、興味が無いことにはあまりやる気を出さないタイプだ。そこでギガントは魔法を教えるなら、ある程度学校の勉強もするよう約束したのだ。だから試験で赤点を取れば、規則どおり魔法を教えないと言う、厳しい態度を取ったのだ。夕映はそれだけは絶対にいやだったので、学校の勉強もある程度するようになった。また、わからないところがあれば、ネギやこのギガントに聞くなりするようになっていた。

 

 

「うむ、学生の本業は学業なり。それさえ守ってくれればよいのだよ」

 

「あの師匠、ところで次は何を教えてくれるのでしょうか?」

 

「水の転移魔法(ゲート)を覚えたのだったな。ふむ、趣向を変えてそろそろ杖で飛ぶ魔法でも覚えてみるかね?」

 

「杖で空を!?」

 

 

 魔法使いっぽさNO1の杖で空を飛ぶ。これがなくて魔法使いと呼べないだろうという代表的な魔法。夕映はその魔法を聞いて、絶対に覚えることを決意した。その夕映の燃える瞳を見ていたギガントは、元気でよいと考えていた。

 

 

「では、少し長めの杖を貸そう。二人とも、受け取ってほしい」

 

「師匠、ありがとうございます! 絶対に飛んで見せます!!」

 

「師匠さん、ありがとうございます」

 

 

 それを受け取った二人は、すごい魔法使いっぽくなったと笑いあっていた。空を飛ぶ魔法は落ちる危険があるので、ギガントはもう少し経ってからでもよいと考えていた。だが、二人ともとても勤勉で優秀だったので、そろそろ大丈夫だろうと考えたようだ。そして、ネギが握るような長い杖を貸し与え、二人に空を飛ぶ魔法を教えることにしたのだった。

 

 

 




カギが修行してる……

夕映の上達速度が異常すぎた……


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四十五話 珈琲少年の誘い

イケメンが本気出す


 久々のアルカディア帝国。その接客用の部屋に一組の男女がいた。片方はフェイトである。そしてもう片方はやはり栞の姉であった。名前がないのが少々不便なこの栞の姉である。どうしてフェイトが接客用の部屋で過ごしているかというと、最近皇帝は忙しいらしくフェイトをかまってやれないのだ。また、フェイトの従者三人は気を使って別の部屋で待機したようである。

 

 そういえば新しくフェイトの従者となった、転生者のランスローは一人街を徘徊しに行ったらしい。”原作知識”には存在しない国や都市なので、新鮮味があるのだろう。

 

 だからこそ接客用の部屋で、客用ソファーに座りながらフェイトは珈琲を飲んでいるのだ。そして、その隣に栞の姉が座り、休憩時間を利用してフェイト相手に接客をしているようだ。

 

 

「旨い」

 

「フェイトさん、いつもそればかりですね?」

 

「む? それは悪いね。だけど自然と言葉に出てしまうだ」

 

 

 このフェイト、珈琲を飲むたびに旨いとつぶやく癖があるようだ。そこを栞の姉が指摘すると、謝罪と共に勝手に言葉に出るとフェイトは言ってのけた。いや、どんだけだよ。そこでフェイトはふと思い出したことを隣に座る栞の姉に話した。

 

 

「そういえば、今度は僕から君を誘うと言ったはずだけど、今度の休日にでもどうかな?」

 

「え!? い、いきなりそんな!?」

 

 

 突然のデートの誘いに、戸惑い頬を紅く染める栞の姉。さらに両頬に両手を添えて首を左右に振る姿は、とても可愛らしいものであった。そんな栞の姉を横で座るフェイトは無表情で見つめていた。いや、普段から無表情であるため、実際何を考えて居るかはわからないが。

 

 

「都合が悪いなら、別の日でもかまわないけど?」

 

「あ、いえ、そういうことではなくて……」

 

「?……どういうことだい?」

 

 

 栞の姉の気持ちを知ってか知らずか、しれっとした態度で別の日にしようかと申し出た。だが実際はフェイトからの誘いに戸惑っているだけで、都合が悪い訳ではないのが栞の姉であった。だからそうではないと栞の姉は否定した。が、しかし、フェイトはそれを察せ無いのかわからないが、そのことを聞きなおしてきたのだ。

 

 

「突然フェイトさんから誘われたもので、少し驚いただけです。日程は問題ありませんよ?」

 

「なるほど、つまり大丈夫と言うことかな?」

 

「はい! 今から楽しみにしてますね!」

 

 

 そこで栞の姉は、まったく問題ないことをとても良い笑顔でフェイトへと告げた。フェイトはそれを聞き、よかったとポツリと溢し、再び珈琲を飲む作業へと戻っていった。また、栞の姉も休憩時間が終わりかけたので、少し後引くようにその部屋から出て行った。しかし、出て行く前にすでにフェイト用の珈琲が入ったポットを二つほど用意してから出て行く辺り、なかなか気が利くようである。

 

 

…… …… ……

 

 

 そしてその休日。休日と言っても栞の姉の休日である。と言うのも、フェイト自体は職業についていない超絶暇人である。悪く言えばニートだ。ただ、一応ボランティアレベルでの活動はしているので、そこまで悪く言わないであげてほしい。

 

 そんなフェイトは帝都アルカドゥスのアルカディア城正面門前にて、栞の姉を待っていた。ちなにみこのフェイト、やはり大人モードであった。デートでは決まって大人モードのフェイトは、彼なりに栞の姉へ自分をアピールしたいのかもしれない。と、そこに普段より少し着飾った栞の姉が、手を振りながら笑顔でやって来た。

 

 

「お待たせしましたわ」

 

「いや、そんなに待ってないよ」

 

 

 やはりお決まりのこの台詞。だが、この言葉があるのと無いのでは地味に違いが大きいだろう。まさか結構待ったなどと言うやつはそうはおるまい。そしてどこへ行くかを、二人で相談していた。

 

 

「今日はどちらへ行きますか?」

 

「君が行きたい場所でかまわない」

 

 

 フェイトは自分から誘ったくせに、デートプランがまったく出来ていないようだ。まあ、こういうことが初めてであり、この帝都のこともよくわからないフェイトに、そこまで考えさせるのも酷だろう。しかしだ、本来誘った相手がデートプランを考えるのが当然だろう。だから栞の姉は腰に左手を当て、右手の人差し指を立てながら少し怒った表情で、そのことでフェイトを窘めた。

 

 

「もう、フェイトさん! 誘ったのならそのあたりも、しっかり考えてきてくださいね!」

 

「ふむ、それは悪いことをしたと思う。しかし、僕はこの辺りをよく知らない、だから君に尋ねたほうがよいと思ったんだ」

 

「やっぱり! そんなことだと思いました」

 

 

 フェイトも流石にそう言われると、申し訳なかったと思ったようだ。しかし、自分がそういうことに疎いのなら、よく知っている栞の姉に頼んだ方がよいと考えていたようだ。だが、そのあたりは栞の姉もわかっていたようで、しっかりと考えてきたようだった。

 

 

「だから私がどこへ行くか、ちゃんと考えてきましたからね?今回は特別ですよ?」

 

「いや、本当に申し訳ない」

 

「そうですとも、今度誘うときはフェイトさんが考えてきてくださいね?」

 

「わかったよ。今度からは入念に調べて、しっかりとしたプランを立てて誘うとしよう」

 

 

 今回のはよくなかったと反省したフェイトは、次からは必ず計画を練って誘うことを約束した。その言葉に栞の姉は満足したのか、再び笑顔になっていた。そこで、栞の姉は自分が考えてきたプランを、両手を腰に当て、少し得意な顔でフェイトへと説明した。

 

 

「なら、今日は帝都公立のプールへ行きましょうか」

 

「プール?」

 

 

 このアルカディア帝国には海がない。いや、浮遊大陸の真下には広大な大海が広がっている。だが、海水浴場と酷似する場所はないのである。この帝国は浮遊大陸なので当然なのだ。だからこそ、水源での遊び場は川や湖に限られてしまう。そこでアルカディア帝国は各地にプールなどのレジャー施設を建造し、そう言った場所を確保しているのだ。中でも帝都アルカドゥスにある帝都公立のプールはとても有名で、何十種類ものプールが存在するのである。しかし、突然そのような場所へ行くと言われても、フェイトは何も用意をしていないので少し困っていた。

 

 

「確かに悪くは無いけど、僕は何も用意していないが大丈夫なのかい?」

 

「大丈夫ですよ。あちらで大抵のものは用意できますから」

 

「そういうことか。それは便利だね」

 

 

 そのプールではある程度のものが店で販売されており、ある程度手ぶらでも行けなくは無いのである。そこまで見越して栞の姉はそのプランを立てていたのだから当然だ。それを聞いてなるほど、と関心するフェイトだった。そして栞の姉が一通りフェイトへ説明を終えると、そのプール行きの直送バスへ乗り込んで、二人は目的地へと向かうのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして二人がやってきたのは帝都公立プール施設、カイザーブルーである。何十種類という数のプールに、時期を気にせず利用できるという点が特徴の巨大な施設である。

 

 

 とりあえず二人は必要なものを購入し、各自用意のために一度分かれた。フェイトは一応男子ゆえに、さっさと着替えを済ませてプールサイドで栞の姉を待つことにした。しかしまあ、このフェイトが着ている水着、とても簡素なものであった。普段着ているブレザーっぽいものと同じような色一色のハーフパンツだったのである。もう少しなんというか、派手なものでもよかろうと考えるほど、地味なものだった。そこで、ただ待つのは時間がもったいないので、先ほど自分の水着と一緒に買った鯨っぽい形の浮き輪を膨らませていた。そして、それを膨らませ終わると同時に、栞の姉が合流してきたのである。

 

 

「お待たせしました、フェイトさん!」

 

「いや……」

 

 

 またもやフェイトは、その栞の姉の姿に言葉を失っていた。これで何度目だろうか。栞の姉の格好は、普段よりもとても露出が多く、いつもは服の下に隠れて見えない、美しい白い肌を光の下に晒していたのだ。なん今回栞の姉が着ていた水着は、白の生地に花柄のワンポイントがあるビキニタイプの水着であった。普段の彼女からは想像できないようなとても大胆な姿に、フェイトが言葉を失うのも当然だった。また、その姿をフェイトの前に晒す栞の姉も少し恥ずかしいのか、ほんのり桃色に顔を染めており、照れくさそうにしていた。

 

 

「あ、あの、どう……ですか?ちょっと頑張ってみたんですけど……」

 

「……そうだね、普段の君からは考えられない選択だけど、とても似合っていると思うよ」

 

「そ、そうですか? フフ……、ありがとうございます」

 

 

 普段からロングスカートのワンピースなどを着て、あまり露出させることが少ない栞の姉。元々露出が少ない服装を好んでいた栞の姉は、仕事着のレディーススーツもロングスカートであり、あまり肌を見せることなどないのである。そんな彼女がここまで大胆に露出するなど、フェイトも想像していなかったようだ。そしてフェイトに頑張ったと称した水着姿を褒められて、照れながらもうれしそうに笑う栞の姉だった。

 

 

「それではうんと遊びましょうか! このプールは広いので、一日居ても飽きないはずですよ」

 

「それは楽しみだね。ではまず、普通のプールから行ってみようか」

 

 

 とりあえずポピュラーな流れも無い普通のプールへやってきた二人。多少水に慣れるという意味でも、間違った選択ではない。だが、その前にやることがある。忘れてはいけないだろう。

 

 

「フェイトさん、一応準備運動をしておきましょうよ」

 

「そうだったね」

 

 

 水場で遊ぶ前には必ず準備運動をするべきである。ある程度体をほぐしておかないと、水の中でおぼれるかもしれないからだ。しかしフェイトは、自分は人形でありはっきり言って意味があるか、疑問に感じていたりもしていた。ただ、空気を読んであえてそれを口に出していなかった。そこで栞の姉の言葉を素直に聞いて、フェイトは栞の姉と一緒に手足をほぐしていた。そしてそれを終えると栞の姉は、そのプールへと足を伸ばす。

 

 

「では入ってみますか」

 

「そうしようか」

 

 

 ゆっくりと二人はプールへと入った。その水の微妙な冷たさを感じながらも、初めてのプールということを実感する栞の姉であった。また、フェイトもこういうものは初めてのようで、微妙に不思議な気分を味わっていた。

 

 

「あ、フェイトさん。私、実はあまり泳げないんですけど、フェイトさんは泳げますか?」

 

「さあ、試したことが無いからわからないかな。でも一応知識にはあるから、出来なくはないかもしれない」

 

 

 栞の姉は山中近くの平原で育ったため、あまりこういう場面に出くわさなかったようだ。川などはあっても、泳ぐようなことが無かったのである。だから彼女はあまり泳ぎが得意ではなかった。そこでフェイトが泳げるなら、少し教えてほしいと考えたのだ。そしてこのフェイトも、そういった経験がまったく無かった。だが知識としては残っているので、出来なくはないと考えたようだ。

 

 

「少し待っててほしい。試して見るから」

 

「はい、なら少しここで見てますね」

 

「わかった、では泳げるかやってみるよ」

 

 

 フェイトは自分が泳げるかどうかを考え、とりあえず泳いでみることにしたようだ。造物主から作り出されたチートボディーが、この水の上で通用するか試そうというのである。そして水面に浮かび知識を使って泳ぎだすフェイトを、プールサイド付近で眺めている栞の姉が居た。いやはや、このフェイトはやはりチートボディーだったらしく、最初はぎこちなかった泳ぎが、すぐさますばらしいフォームでの泳ぎとなっていた。泳げることを確信したフェイトは、そのまま栞の姉の下へと戻ったのである。これがチートというものだ。

 

 

「特に問題は無かったようだ」

 

「すごいですね、もうあんなにうまく泳げるようになるなんて」

 

「まあ、僕は特別だからね」

 

 

 そのフェイトの泳ぎに栞の姉は感激していた。そこで問題なく泳げたフェイトは、栞の姉に泳ぎを褒められると自らを特別と称していた。まあ、確かに造物主から作り出されたチート人形なので、特別といえば特別なのだ。しかし、そんなことは気にもせず、栞の姉は泳ぎを教えてほしいとフェイトへと頼んだのだ。

 

 

「特別かどうかは別として、私に泳ぎを教えてほしいんですけど」

 

「僕が君に泳ぎを教えるのかい?」

 

「はい、私はあまり泳いだ経験がないので、出来れば教えてほしいかな、と思いまして」

 

 

 泳げないから泳げるフェイトに教えてほしい。そう栞の姉はフェイトに頼んだのである。頼まれたフェイトも、さて自分の知識で教えられるか腕を組んで悩んでいた。だが、出来なくも無いだろうと考え、とりあえずそれを承諾したのである。

 

 

「わかったよ。じゃあとりあえずプールサイドに両手をつけて」

 

「はい、こうでしょうか?」

 

「そうだね。それでそのまま力を抜いて、水に浮くことを考えるんだよ」

 

「むー、難しいですね。ちょっと沈んでしまいます」

 

 

 初心者に泳ぎを教えるように、レクチャーするフェイト。なかなか様になっているようだ。その指導をしっかり聞いて、栞の姉は水に浮くことに集中していた。だが、やはりどこか力が入ってしまうのか、なかなか水に浮けないようだった。そこでフェイトは栞の姉の体を支えたのである。

 

 

「ひゃ!? ふぇ、フェイトさん!!?」

 

「いや、すまない。でもこうやって浮くイメージをつければ出来るかと思ったんだが」

 

 

 突然体を支えられ水に浮かされた栞の姉は、驚いた表情で顔を赤くしていた。それもそのはず、フェイトは栞の姉のひざ上とつま先あたりを持ち上げていたのだ。しかし、確かに触れられても大きな羞恥がない場所でもあるため、栞の姉も焦って水に落ちることはなかったようだ。

 

 

「もう、支えてくれるなら支えるって、一言ほしかったですわ!」

 

「それは悪かったね。でもこのぐらいやらないと、なかなか水に浮けないと思ってね」

 

「……うーん、まあ、特には気にしていないので……」

 

 

 栞の姉は今のフェイトの行動に、プリプリと怒って見せた。それを見たフェイトは少しだけ申し訳なさそうにしたが、こうでもしないと上達しないと話していた。そこで栞の姉も、特に気にするほどのことではなかったと感じ、元の笑顔へ戻っていた。とても仲むつまじい光景。そんな二人をひっそりと隠れてみて居るものがいた。

 

 

 最近フェイトの従者となった黒騎士、ランスローである。ランスローはフェイトのデートを察した皇帝から、尾行してその行動を報告するよう命じられていた。そしてそのランスローは、そのフェイトと栞の姉の幸せそうな姿に感激していたのだ。

 

 

「おおぉ……なんということだ……」

 

 

 ランスローはフェイトからどういう経緯で今の考えにいたったかを聞かされていた。だが、それを聞くのと見るのでは大違いだった。また、ランスローは”原作知識”がある。しかしある程度歳を重ねており、多少その知識が消えてきていた。そんなランスローの多少残っている”原作知識”でも、フェイトと仲良く遊ぶ彼女が、栞の姉だということに気がつくことが出来た。確かに妹の栞にそっくりな彼女だ。”原作知識”が無くとも、一目見ればすぐにわかるというものである。

 

 

「やはり想い人の生存こそ、貴殿が答えに行き着いた要因でしたか……」

 

 

 フェイトは栞の姉が生きているからこそ、彼女の珈琲が飲めるからこそ、この幻想なる魔法世界を残したいと思うようになった。ランスローもあの恋人のような二人を見て、それを言葉で無く心で理解したのだ。そしてランスローは、そんな二人の邪魔などできようかと、方向を反転して歩き出していた。

 

 

「皇帝陛下には申し訳ないが、二人の邪魔などできますまい……。このランスロー、帰還させていただく……」

 

 

 ランスローは二人の幸せを願い、そそくさと帰っていった。このランスロー、皇帝の命令より、主の気持ちを優先したのだ。流石騎士である。そのイケメンぶりは、類を見ないだろう。ランスローはクールに去るぜ。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして二人は色々なプールを遊びつくし、休日を堪能したようだ。特にハプニングなどもなく、何事も無い平穏な一日が終わったのである。もう夕焼けも随分とおとなしくなり、辺りは夜の闇に染まってきていた。そこでフェイトと栞の姉はバス亭からアルカディア城へ帰るために、横に並んで歩いていた。

 

 

「フェイトさん、今日はありがとうございました」

 

「いや、感謝するべきは僕のほうだ。君に全て任せてしまったからね」

 

「そうですよ。でも、誘ってくれたのはフェイトさんですから、この気持ちは受け取ってください」

 

 

 今日と言う素敵な休日にしてくれたフェイトに、栞の姉は感謝を述べていた。だが礼を言われたフェイトは、今日の計画の全てを栞の姉に丸投げしてしまったことに、多少罪悪感を感じていたようだ。

 

 だからこそ、感謝など不要と言ったのだ。しかし、それでも誘ってくれたことには変わりは無いと、その感謝を受け取ってほしいと栞の姉はフェイトへと言葉を贈った。

 

 

「そうかい? なら、どういたしましてと言って置こう」

 

「はい、それでいいんですよ。だけど次に誘うときはフェイトさんがプランを考えてきてくださいね?」

 

「そうだね。今度からは入念に調べて計画を立てるとしよう」

 

 

 誘ったからには最後までやり遂げる。そう言う意味でも誘った側が計画を立ててエスコートするべきである。今回のフェイトはそういう意味ではマナー違反であった。

 

 だからこそフェイトは、次はしっかりと計画を練って栞の姉をエスコートしようと思ったのだ。つまり、またデートに誘うという約束を意味しているのだ。

 

 そう言い終えたフェイトは、無意識に栞の姉の首を背中から手を回し、その華奢な肩に手を優しく乗せ、自分の方へと抱き寄せた。

 

 そのフェイトの突然の行動に栞の姉は戸惑い、驚いて顔を紅色にしていた。

 

 

「あっ……」

 

「む? 嫌だったかな?」

 

 

 そこで驚いた拍子に栞の姉は声を漏らしていた。それを聞いたフェイトは、少し無遠慮だったと考え、それを栞の姉に聞いていた。だが、栞の姉は嫌という訳ではなく、むしろとても嬉しかったのだ。だから顔を赤くしながらも、嬉しそうな表情をしていた。

 

 

「え、あ、いえ……別に嫌ではありません……。むしろ、その……」

 

「むしろ?」

 

「……フェイトさんがこのようなことをしたもので、少し驚いただけです」

 

 

 そのぎこちない台詞と態度に、フェイトは疑問を持って質問したのだ。そこで栞の姉は流石に嬉しいとは言えなかったが、驚いたことだけを答えた。それを聞いたフェイトも、その答えに満足したらしくそれ以上このことで質問することはなかった。すると栞の姉からも、フェイトへと身を寄せた。そのことでフェイトも栞の姉のほうを向いたようだ。

 

 

「急にどうしたんだい?」

 

「フフ、フェイトさんが背の高い時でないと、こういうことができませんから」

 

 

 フェイトは基本少年である。だが、今は大人モードで背が高い。つまり栞の姉がフェイトの隣でこうやって身を寄せれるのは、大人モードの時だけなのである。だから抱き寄せられたのなら、そのまま身を任せてようと栞の姉は思ったのだ。そこでフェイトはそれならずっと大人モードのほうがよいと考えたようだ。

 

 

「なら、普段からこの姿で過ごすけど?」

 

「こういうのはたまーに出来るのがいいのですよ? だからこういう時にこそ、こうしていたいものなんです」

 

「ふむ、君がそう言うのならいいかな」

 

 

 しかし栞の姉はこういうデートの時でもいいから、こうしていられることが幸せだと感じていた。だから普段から大人モードでいる必要はないと、フェイトへと話したのだ。

 

 その答えにフェイトも納得したらしく、うなずいていた。だが、やはり大人モードの方がよいかもしれないとは思っていた。と、ここで不意に栞の姉は、フェイトにこう質問していた。

 

 

「フェイトさんは、今幸せですか? 私はとても幸せだと思ってます。こうしてフェイトさんと並んで歩けるのですから……」

 

「幸せ……か……」

 

 

 栞の姉は質問した後、とても照れくさそうに、だけどとても眩しい笑顔で、今の自分は幸せだと言った。それはフェイトと一緒に居られること、一緒に歩いていることに対して幸せだと口にしたのだ。それを聞いてフェイトは幸せについて考えていた。今自分は幸せなのだろうかと。そんな難しく考えるフェイトへ、栞の姉は話しかけていた。

 

 

「何か難しく考えてません?別に難しいことではないはずですよ?」

 

「……僕は」

 

 

 しかしフェイトはなかなか言葉が出ない。本当に今幸せなのか、わからないのである。

 

 確かにとても充実していると感じていた。こうして栞の姉と並んで歩いていられることを。そして栞の姉が淹れた珈琲が飲めることを、とても素敵なことだと感じていた。

 

 だが、フェイトにはまだ懸念があった。この魔法世界の行く末のことである。

 

 あのライトニング皇帝は何とかすると言っていた。その言葉にフェイトは疑問を感じてはいない。だからこそ、自らの生みの親である造物主を裏切ってでも、あの皇帝についたのだから。

 

 そして、あの造物主がこの世界を消し去ることを、やめるはずがないと考えていた。そういう考えが頭によぎり、本当に幸せなのかフェイトはわからなかったのだ。

 

 そこでやはり難しくそう考えるフェイトに、栞の姉は優しく語りかけていた。

 

 

「フェイトさんは何を考えているかわかりませんが、少し考えすぎだと思います。もう少し、気楽に考えた方がいいと思いますよ?」

 

「……気楽にかい?」

 

「そうです。きっとフェイトさんのことだから、色々考えたいことがあるのでしょう。ですが、そればかりでは疲れてしまいますよ?」

 

 

 難しく考えるフェイトに、もう少し気楽でいいと栞の姉は説いていた。そうでなければ疲れてしまうと思って出た言葉であった。

 

 その言葉にフェイトは、自分がライバルと考えた、あの千の呪文の男を思い出していた。あれもまた、あまり深く考えるような男には見えなかった。何でもかんでも拳で解決していたあの男は、どう考えていたのだろうかと。

 

 だが、何かを変えようとしていたのは事実だった。それなら、自分が今出来ることだけを考えればよいのではないかと、フェイトは考えたのだった。

 

 

「そうだね、もう少し気楽に考えるとするよ」

 

「それがいいと思いますよ。それで、フェイトさんは今幸せですか?」

 

 

 フェイトはもう少しだけ気楽に考えようと思ったようだ。自分が出来ないことは、あの皇帝に任せよう。そして自分が出来る最大のことをしていこうと考えたからだ。そこで、栞の姉は再び先ほどの質問をフェイトへと送っていた。

 

 

「僕は多分だけど幸せなのかもしれない。こうして君の隣に居られるからね」

 

「あ……。そ、そう言って貰えると、とても嬉しいです……」

 

 

 フェイトは栞の姉にその答えを述べていた。それは甘い甘い言葉であった。そんなフェイトの答えを聞いて、自分で質問したというのに顔を耳まで赤くする栞の姉であった。

 

 だが、その表情はやはり幸せの微笑みを浮かべていた。とても今の言葉が嬉しかったのだ。その横に居るフェイトも、表情こそ普段と変わらないが、多少嬉しそうな感じであった。そして、こんな状態でアルカディア城へと二人は帰っていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 栞の姉はアルカディア城の自室へ帰ってくると、そのままベッドにダイブして転がっていた。さっきのフェイトの行動と答えにドキドキしたままで、いまだにその興奮が冷めないでいたのだ。もはや恥ずかしすぎて、でも幸せすぎてどうにかなりそうな状況を、なんとか治めようととりあえずベッドで転がるしかなかったのだ。というよりも、仮契約とは言えキスした仲だろう。なんと初々しい娘なのだろうか。

 

 そして帰ってきた姉に一言伝えようと妹の栞がその部屋を覗くと、案の定転がっている姉がいるのを見てしまったのだ。それを見た栞は、そっと扉を閉じて明日にでも今日の出来事を聞こうと考えるのであった。

 

 

 

 そして皇帝は今日の出来事をまったく知れなかったことに愕然とし、肩を落としていた。それを申し訳なさそうに黒騎士が見ていた。だが後悔はないと断言するように、随分と胸を張っていた。皇帝はそんな黒騎士をチラりと見て、こいつも中身まで騎士なのかと考えるしかなかったのである。

 

 




村娘さん名前が無いのがつらくなってきた
やはり勝手に捏造するしかないのか……

しかし、考えてみればこの二人、10年ぐらい付き合ってるような……


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四十六話 鮫と銀髪

テンプレ88:脅威のニコぽ

精神の死は、肉体の死よりも重い


 最近最も出番の少ない転生者、その名は鮫島刃牙(さめじま じんが)。この物語で一番早く銀髪イケメンオッドアイたる天銀神威と接触した人物だ。その刃牙は原作キャラである、あの大河内アキラの兄貴分である。そのような立ち位置なので、学園祭間近となったある休日に、アキラから誘われたようだ。

 

 

「急な誘いでゴメン!」

 

「気にするなよ。で、突然どうしたんだよ?」

 

 

 普段どおりアキラは刃牙を誘ったようだ。だが突然の呼び出しだったことをアキラは刃牙へ謝罪していた。だが刃牙はその程度のことを気にするほど、小さい男ではない。何か理由があるのかと思い、それをアキラへ聞いていた。

 

 

「いや、実は相談があるんだ」

 

「相談? なんだ、麻帆良祭のことか?」

 

 

 アキラは刃牙へ相談があると言っていた。その相談とは一体何なのか刃牙は考え、麻帆良祭のことだろうと予想した。しかし、その相談とは刃牙が想像するものと程遠いものであった。

 

 

「じ、実はね……、えっと……」

 

「なんだよ? らしくねぇな。はっきり言えって」

 

 

 そこでアキラは両手を握りもじもじとして、照れくさそうにしていた。普段の行動とは明らかに違っていたので、刃牙は少し変だと思ったようだ。刃牙はそんなアキラに、普段どおりはっきりと物事を言うように言葉にしていた。その刃牙の言葉に、アキラは覚悟を決めたようである。そして、そのアキラから放たれた言葉は、刃牙を仰天させるものであった。

 

 

「実は好きな人が出来たんだ」

 

「……何ぃ!?」

 

「だから、それで相談したいかな、と」

 

 

 何ィィィ――――――ッ!?刃牙はその言葉に驚き後ろへ数歩下がっていた。一体どうしたというのだ。そんな刃牙を変だと思いながらも、照れているアキラだった。そこで刃牙はどんな奴が好きになったかをアキラへ聞いたのだ。

 

 

「お、おい。好きなヤツってのはいいが、そいつぁどんなヤツなんだ?」

 

「ほら、中学一年の頃に私がナンパされた時、助けてくれた人だよ。覚えてるかな?」

 

「……何……!?」

 

 

 な、なんということだ。まさかあの銀髪野郎にアキラは惚れたと言ってきた。その言葉に刃牙は本気でどうにかなりそうだった。一瞬だが意識が飛びそうになったのだ。ゆえに、表情では何とか笑ってごまかしている刃牙だが、内心なんでこうなったんだと本気で嘆いていたのである。そんな刃牙をよそに、アキラは相談事を話し始めていた。

 

 

「それで麻帆良祭を一緒に回ってくれるように頼みたいんだけど、どうしたらうまく頼めるかわからなくて」

 

「……つまり、俺で練習したいのか?」

 

「そうしてくれると助かるよ」

 

 

 クソォ!あのクソ銀髪野郎ゥゥ!刃牙は本気でそう考えていた。だがやはり表に出さず、冷静を取り繕っていた。そう必死に自分を抑えて居る刃牙の目の前で、アキラは麻帆良祭であの銀髪を誘ってデートしたいと言い出していた。そこで、どう頼めばいいかわからないアキラは、この刃牙で練習しようと言い出したのだ。あの銀髪との最初の出会いの時に、刃牙が言った相談に乗るという言葉を覚えていたアキラは、このことで相談しようと思ったのだ。なんと言う皮肉、なんと言う運命。その刃牙の心境やいなや、もはや暴れでもしなければ収まらないほど、荒れていたのである。

 

 

「いいけどよ……。参考になるかなんてわからんぜ?」

 

「それでもかまわないよ。あくまで練習なんだから」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 刃牙は本気で断りたかった。だがそんなことは出来るはずもない。そう考える刃牙へ、普段と同じようにアキラは微笑んでいた。それを見るたびに、刃牙は胸が押し付けられる思いであった。本気でこうなったことを後悔していたのである。しかし、そこへ一人の少年がやってきた。そう、あの銀髪イケメンオッドアイの天銀神威であった。

 

 

「やあアキラ、こんにちわ」

 

「え?神威!? こ、こんにちわ……」

 

 

 なんと狙い済ましたかのような登場だろうか。待ち構えていたのではないかと勘ぐるほどである。刃牙は挨拶する二人を見て、さらに複雑な心境となっていた。だが、これはあの銀髪を調べるチャンスでもある。まともな銀髪であるならば、と考えたのだ。しかしまあ、ニコぽを持っている時点でお察しなので、正直言えばまったく信用していないである。そこで神威は刃牙からの視線を感じたようで、そちらに目を向けたのだ。

 

 

「おや、君は確か。私の名は天銀神威と言います。よろしく」

 

「……ああ、俺は鮫島刃牙だ、よろしく……」

 

 

 神威は特に気にすることなく刃牙へと自己紹介をしていた。それを聞いてしかたなく、本当はしたくはないが刃牙も神威へ自己紹介したのだ。本当に不本意である。

 

 

「しかしアキラ、私は邪魔をしてしまったかな?」

 

「ち、違うよ! 刃牙とはそんなんじゃないからね!?」

 

 

 そこで神威は、少しふざけた態度でアキラへ冗談を言っていた。その言葉にアキラは頬を染めて焦り、刃牙との関係が彼氏彼女ではないことを必死に否定していた。その様子を見ていた刃牙は、本気で冗談ではないと考えているのだが。

 

 

「フフフ、そうかな?」

 

「本当だよ!刃牙からも何か言ってくれ!」

 

 

 アキラは刃牙が彼氏だと神威に思われたかもしれないと考え、刃牙に否定の意見を求めていた。だが、この事態に完全にどうしていいかわからなくなっていた刃牙。そのアキラの言葉すらも耳に入らず、腕を組んで考え事をしていた。そんな刃牙にアキラは、ひじでこついてもう一度同じ事を言っていた。

 

 

「刃牙! 聞いてなかったのか?! 私と刃牙は別に彼氏とか彼女とかそういう関係じゃないよね!?」

 

「……あ? あ、ああ……」

 

「そ、そういうことだから、別に気にすることなんかないよ!?」

 

「ふむふむ、そうなのか」

 

 

 もはや何を言っても無意味だろう、それが今の刃牙の考えであった。ニコぽで惚れさせられたのなら、自分の言葉ですら耳を貸さなくなる。それがニコぽの()()()という現象だからだ。そう考えながら、刃牙はアキラの言葉に生返事を返していた。そして、その刃牙の言葉に安心したのか、アキラはほっとしていたようである。また、それを見ていた神威は、納得するようなそぶりを見せていた。

 

 

「そうだ、神威は今暇かい?」

 

「今のところ予定はないよ」

 

「なら、神威も一緒にどうだい? 今刃牙と街を歩こうと思っていたんだ」

 

 

 なんとアキラはこの神威を誘うようであった。なんだ、普通に誘えるじゃん。普通ならそう考えるだろう。しかし刃牙の心境は穏やかではなかった。そんなことすら考えられないほどに、焦りと怒りで荒れていたのだ。

 

 

「いいのかい? 彼に失礼ではないかな?」

 

「刃牙、別にいいよね?」

 

「あ、ああ……」

 

 

 もはや言葉すら出ぬこの刃牙。本当にどうしてこうなったのか。だがアキラはその言葉を肯定と取ったようである。そんな刃牙など気にせず、アキラは神威を嬉しそうに誘っていた。その光景を見るだけで、刃牙は精神的に追い詰められていくのだ。

 

 

「ほら、刃牙もいいって言ってるし、大丈夫だよ」

 

「ふむ、それならいいけどね」

 

「よかった。じゃあ神威も一緒に行こうか」

 

 

 そして神威を加えて三人で麻帆良の繁華街を歩くことになったのだ。しかしもはや刃牙は、ほとんどどこを歩いたかさえ、覚えていないほど深刻に悩んでいたのである。だが、それを一切表に出さなかった刃牙は、とても強い精神力を持っているのだろう。その後、適当な店を回りながら仲良く話す神威とアキラを、刃牙は後ろから苦しい気持ちで見ていることしかできなかった。

 

 

…… …… ……

 

 

 それから色々と街を回り、とりあえず休憩しようと言う話となった。そして、あの因縁のオープンカフェにて休憩することにしたようだ。アキラは今回は自分が飲み物を買ってくると言って、店内へと入っていった。というのも、前は刃牙が飲み物を神威にこぼしたことを覚えており、そうならないためにアキラは率先して行動したのである。そこに取り残された神威と刃牙。と、アキラが見えなくなった辺りで、神威は突然視線を鋭くさせ刃牙を睨みつけたのだ。

 

 

「君、転生者だよね? 前はよくもまあやってくれたよ」

 

「やっぱり猫かぶってたのか、テメェ……」

 

「それはお互い様だろう?」

 

 

 そこで神威は刃牙に転生者だと聞いてきた。そして昔飲み物をぶっ掛けてきたことに根を持っていたようである。また、その神威の豹変振りから、刃牙は猫かぶりだと言葉にした。しかし、その神威も刃牙の態度を見て、お互い様だと言い出したのだ。

 

 

「何が目的だ、テメェ」

 

「目的? ああ、アキラのことか。大丈夫さ、私が彼女を幸せにしてやるんだからね」

 

 

 この神威、目的を聞かれて平然とこんなことを言ってのけていた。その言葉にさらに怒りを増す刃牙。だが、そんな刃牙など興味がなさそうに眺めていた。

 

 

「テメェがアキラを幸せにだと? 出来る訳ねぇだろ!」

 

「はは、じゃあ君が出来ると?私と同じ転生者の端くれの癖に」

 

「ぐっ! だ、だがテメェよりは100倍マシだ!!」

 

 

 そのとおりである。この神威と同じ扱いにされては、まともな他の転生者が可愛そうだ。それをはっきりと刃牙は神威へと言ってのけたのだ。しかし、その言葉を聞いた神威は、刃牙の顔面に拳を打ち付けて来たのである。

 

 

「ぐが!? て、テメェ!!?」

 

「くっはっはっ。醜い君が私に勝てる訳がないだろう? おとなしくしていれば痛い目は見ずにすむよ」

 

 

 刃牙は神威に殴られ、数歩下がっていた。だが刃牙は、殴られた痛みなどを無視し、怒りの表情で神威を睨んでいた。また、神威は刃牙を力で押さえつけようとしているのだ。そして今の攻撃は、過去の醜態への復讐の一撃だった。そんな邪悪に笑う神威を、怒りの表情で刃牙は睨みつけていた。そこで刃牙は怒りに身を任せ、神威の胸倉を掴んだのである。

 

 

「ざけんな! アイツから手を引け!」

 

「あーあー、そんなことしちゃってていいのかな?」

 

「何……?」

 

 

 こんな腐り果てた根性の神威に、刃牙はアキラから手を引くように叫んでいた。だが、その刃牙の行動すらどうでも、神威はよさそうな表情をしながら受け流していた。そして神威は少し視線を別の場所へ移し、すぐさま刃牙へと戻した。そこで一言刃牙へ残すと、そこへアキラが戻ってきていたのだ。

 

 

「な、何しているんだ! どうしてこんなコトを!!」

 

「あ、いや、これは……」

 

 

 なんということだ。刃牙が神威の胸倉をつかんでいるところをアキラが目撃してしまったのだ。その光景を見たアキラは、神威をかばうように怒り出したのである。さらにそこで、刃牙が何かやらかしたのではないかと考え、アキラは刃牙を攻め立てた。

 

 

「神威を離して! 何でこんなコトをした!?」

 

「お、俺はこいつに殴られたんだよ……」

 

「そんなウソをつくなんて最低だよ! 神威がそんなことするはずないだろう!?」

 

 

 

 これぞニコぽのなせる業。完全にアキラは神威を信用しきってしまっているのだ。そして刃牙もはっきり言えば、この言い訳が通用するとは思っていなかった。こうなることがわかっていたからだ。そんなアキラを、刃牙は悲しそうに見つめるしかなかったのである。だが、その二人のやり取りを下衆な微笑みを浮かべながら、神威は眺めていた。

 

 

「なに、私なら大丈夫だよ。彼も色々あって疲れているのさ」

 

「だ、だが、これはあまりにも……」

 

「私は気にしていない、彼も反省しているみたいだし、許してやってほしいな」

 

「う、神威がそう言うなら……」

 

 

 そこでなんと、神威はその二人の仲を取り持ったのである。しかし、これは神威がアキラに対するポイント稼ぎに過ぎない。こうやってアキラから見た刃牙への印象を最低まで叩き落し、自分を持ち上げようとしているのである。さらに、この行為によって、刃牙の精神を削り取るという二重の攻撃であった。だが、神威にそう言われたアキラだが、今回ばかりは流石に刃牙を許す気はないようだ。

 

 

「もう刃牙はもう、ついて来なくていい! 私は神威と遊ぶから!」

 

「う、あ……ああ、わかった……」

 

「気にしていないと言ったんだけど、仕方ないかな」

 

 

 アキラからそう言われ、刃牙は立ち去るしかなくなっていた。だが普段のアキラなら、絶対に出ないような言葉である。これもまたニコぽのなせる業なのだ。だからこそ恐ろしい。それゆえ刃牙はこれをずっと警戒してきた。しかし、こうなってしまっては後の祭りである。その哀愁漂う背中を見せながら、刃牙は静かにその場から立ち去っていった。そんな刃牙を勝利と復讐を遂げた達成感で、最高に醜悪な笑みを浮かべる神威であった。そこで今の刃牙の行動をアキラは神威に謝罪していた。

 

 

「ゴメン、なんだかうちの知り合いが、失礼なコトをしたみたいで」

 

「大丈夫だよ。別に怪我はしてないし、さっきも言ったけど気にしてないからさ」

 

 

 その謝罪を神威受け取ると、神威はアキラへと静かに答えた。そして神威は、ゆっくりとアキラの頭に手を乗せてなでたのである。そんな神威の突然の行動に、アキラは頬を紅く染めて照れていた。

 

 

「あ、やだ、神威ったら……」

 

「フフフ、いや、ついね。怒った君も美しいけど、やはり笑っていた方が一番だよ」

 

 

 そうやってしれっと歯が浮く言葉を述べる神威力。どの口がそれを言うか。すでにニコぽで洗脳しているというのに、完全な茶番である。しかし、アキラにはそれがわからない。だからアキラは神威が自分のことに気があると感じ、恥ずかしがるしかないのだ。そのアキラの照れる姿を見て、神威は最高の愉悦を感じ、まだ得ていない3-Aのクラスの娘を手篭めにしようと企むのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 刃牙は先ほどのことで、逃げ帰るしかなかった。そして誰も居ない路上を歩いていた。その表情は悔しさや後悔、悲しみ、色々なものが混ざり合った複雑なものであった。そして、拳からは血が滴っていた。強く握りすぎて爪が食い込んで怪我をしていたのである。

 

 

「クソッ……こうなることは予想していたっつうのに、なんてザマだ……」

 

 

 あのクソッたれな神威からいいようにされた悔しさもある。だが刃牙は、それ以上にアキラを守りきれなかったことが悔しいのだ。先ほどと同じ喫茶店で、二年前に決意したはずだった。銀髪からアキラを守ると誓ったはずだった。だが、それがかなわなかった。守りきれなかった。それがどれだけ刃牙へ重くのしかかっているのか、それは刃牙にしかわからないことだろう。

 

 

「もっとアイツのそばにいてやればよかった。なんでそれが出来なかったんだ……!」

 

 

 刃牙とて何もしてこなかった訳ではない。暇さえあればアキラといつものように出かけたりした。しつこくない程度に連絡を取っていた。あの銀髪に出会ってないか、確認してきた。だが、その苦労も水の泡となってしまった。だからこそ、だからこそ刃牙は苦しいのだ。あの銀髪に惚れるアキラを見るのが辛いのだ。だがもう、後戻りは出来ない。誰かがあの銀髪、神威を倒してくれることを願うしかないのだ。

 

 

「誰か、誰かやつを……」

 

 

 いや、そうではない。知らぬ誰かに頼るなら、いっそう自分の手で決着をつけてもよいはずだ。刃牙はそう考えた。あの赤蔵覇王なるものが倒してくれるかもしれない。だが、そんな悠長なことは言っていられない。はっきり言えば一刻を争う事態だと刃牙は考えていたからだ。あのクソな銀髪ごときに、アキラを好きにさせたくないのだ。だから、誰かに頼るなどということは出来ない。自分にこの能力があるなら、それを利用すればよいのだ。

 

 

「……誰かだと……? ……それは俺でも、俺でもいいはずだ……」

 

 

 また、あの銀髪の特典は赤蔵覇王から知らされていた。その特典の恐ろしさもわかっているのだ。しかし、しかしだ、ここで戦いを放棄するなど、この刃牙にはありえないことだった。守りきれなかったのなら、助ければいい。刃牙は、銀髪を倒す決意をここに固めたのである。

 

 

「あの銀髪の野郎ォ、絶対に許さねぇ……。俺を殴ったことはどうでもいい……だがアキラに手を出したんなら、絶対にぶっ潰してやるッ!」

 

 

 ああそうだ。今日、あの銀髪に殴られた顔面の痛みは、アキラを守りきれなかった贖罪として受けてやろう。あんな人のクズに惚れさせられたアキラのほうが、もっと心を痛めるかもしれないからな。ただし、次はないと思え。次にあったなら、それは銀髪の最後だ。そう刃牙は怒りと共に考え、自宅へと帰っていくのであった。

 



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麻帆良祭編
四十七話 未来人


テンプレ89:超に協力する転生者


 さて、麻帆良祭も間じかに迫ってきた。女子中等部3-Aは幽霊が教室に居るということで、”原作と同じ”お化け屋敷をするようだ。また、覇王の通う教室は、状助がベアリング飛ばそうぜと言ったら、なぜかダーツ投げになっていた。そんな感じでとりあえず、決まったようなのでとにかく良し。

 

 

 そして麻帆良祭といえば告白の噂、世界樹伝説である。世界樹の力で、告白すると呪いが発生するというものだ。基本的には22年周期に訪れる、世界樹の魔力放出が原因で、世界樹を中心とした六ヶ所の地点に魔力が溜まる現象。その現象が人の心に作用し、告白のみ願いがかなってしまうというものだ。いやはやはた迷惑な話である。いちいちそのつど対策をとるなら、さっさと解決しとけと言いたいほどだ。

 

 しかし、本来22年周期で発生する現象なのだが、今年は1年早くそれが起こってしまうという。そこで、魔法先生、魔法生徒が世界樹前広場へと集まり、緊急の集会を行ったのだ。

 

 

 その世界樹前広場には色々な人が待っていた。魔法使いではないが、夜の警備をするものの姿もちらほらあった。無論覇王の姿もあったが、どうでもよさそうでもあった。また、小太郎も普通にやって来ていた。さらに、さりげなくカギも来ていたようだ。一応仕事をしてくれるらしい。そしてネギと刹那がその場所へとやってきた。どうやら学園長に呼ばれたようである。そこでネギたちは、世界樹伝説の説明を学園長から受けているようだ。と、その間に誰かが口論しているようだ。

 

 

「あーだりぃ、俺は抜けさせてもらうぜ」

 

「貴様、何を言っている!! この任務は生徒の心を守るためのものだ! 精神の死は肉体の死よりも重いんだぞ!!」

 

「は、知らねぇよ」

 

 

 その口論を繰り広げているのは法とカズヤだった。このカズヤはこういうことにとても疎い。だから面倒だと感じているようだ。と言うよりも、どうやって阻止すればいいのかわからないのである。なぜならカズヤは殴ることしか出来ないからだ。だが、それを知ってか知らずか、そのやる気の無いカズヤの態度に、法が怒っているのだ。

 

 

「ならば苦痛を与えてでも従わせるしかないようだな!」

 

「へっ、やるってか?いいぜぇ?相手になってやるぜぇ!!」

 

 

 もはや一触即発。すでに喧嘩の体制が出来上がっていた。本当にこいつら、喧嘩ばかりである。しかし、その二人の真ん中に高速でやってきて、喧嘩を止めるものがいた。

 

 

「おい、お前ら何やってんだ? 喧嘩してる場合じゃねーだろぉ?」

 

「て、テメェは直一!?」

 

「猫山直一か!?」

 

 

 猫山直一(びょうやま なおいち)、彼もまた転生者である。その特典はスクライドに出てくるカズマの兄貴、ストレイト・クーガーの能力である。特典のせいで、ストレイト・クーガーにそっくりなこの直一だが、髪の色は染めておらず濃い茶色一色であった。また、この直一、カズヤの兄貴分でもある。その辺りまでそっくりなのも、特典の呪いなのだろうか。

 

 

「カズマ、お前はすぐ熱くなる。冷静になれよ」

 

「俺はカズヤだ! 間違えんな!!」

 

 

 この直一、カズヤの名前を間違える癖があるらしい。そこでカズマと呼ばれたことを、カズヤは叫びながら訂正していた。多分半分はわざとだと思われる。

 

 

「俺たちの戦いの邪魔をするというのか、直一!!」

 

「だから言ったろぉ、そんなことをしている場合じゃないって」

 

 

 いやまったくだ。緊急集会を行っている間に喧嘩するバカはいない。しかし彼らはバカだったようだ。その言葉を受けて素直に聞き入れたのはやはり法であった。だが、カズヤは喧嘩を止められて腹が立ったようで、今度は直一に喧嘩を売っていた。

 

 

「じゃぁ次にテメェが俺の喧嘩相手って訳だ!」

 

「やめとけ、カズマ。俺の速さに追いつけると思ってんのか?」

 

「カズヤだ! 追いつくとか追いつくじゃねぇ、勝つか負けるかだ!!」

 

 

 そしてカズヤはアルターを形成し、攻撃態勢へと入った。だがしかし、その時点で顔面に蹴りが入っており、そのまま吹き飛び壁に激突していた。さらに言えばこの直一も、すでにアルターを装着した状態だったのだ。その時間、わずか1秒足らずであった。

 

 

「だから言ったろぉ、誰も俺には追いつけないって」

 

「ぐ、い、いきなり蹴るやつがあるか……!?」

 

「おいおい、喧嘩買ってやったんだ、文句ないだろ?」

 

 

 完全に直一にあしらわれるカズヤだった。まあ、カズヤもこんな場所で本気で喧嘩しようとも思っていなかった。だからとりあえず、今はおとなしくしていようと考えたようだ。

 

 そしてあらかた学園長からの説明が終わると、いつの間にか人払いがされたこの広場の空に、一つの監視カメラが飛んでいた。そこで、魔法先生の一人がその空からの監視カメラを破壊したようだ。つまり、何者かがこの会話を盗聴、盗撮していたことになる。そこで学園長の最後の挨拶が終わると、直一はその場から消えていた。侮れん男だ。

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良の空を飛び回る影が一つ。それは超鈴音である。”原作どおり”監視カメラがばれて、魔法使いに追われているのだ。だが、ここにはそれ以上の速さを持つ男が居た、先ほどの直一である。直一は建物の屋根を飛びながら逃げる超を、同じく屋根を飛び回りながら追っていたのだ。

 

 

「は、早いネ、流石と言ったところヨ」

 

「はっはー、お嬢ちゃん。俺よりも早く逃げるつもりかい?」

 

 

 早い、早すぎる。超は逃げても逃げても追いつかれていた。いや、直一は捕まえられる速さで動いているのにも関わらず、捕まえようとしていない。完全に遊ばれていたのだ。そして超がネギの近くへ飛び込むと、すでに直一の右足が超の首元に置かれていた。なんという速さだ。

 

 

「お嬢ちゃん、ここから逃げるには、俺より早く動かないと不可能だ。さあどうする?」

 

「クッ……」

 

 

 もはやチェックメイト。完全に身動きが取れなくなっていた。だが、そこにはネギが居た。その光景を見たネギは、とりあえず説明を求めたのである。

 

 

「あの、彼女は僕の生徒です。一体何があったんですか?」

 

「んんー? あー、そうだったな。別にお前さんが気にする必要はないことさ」

 

 

 つまるところ、話すつもりは無い。直一はそう言っているのだ。ならば、捕まった超がどうなるかを、ネギは次に質問した。

 

 

「じゃあ、超さんはどうなるんですか!?」

 

「さーなー、どうなるのかは俺にもわからん。三度の警告無視したようだし、規則的には記憶が消されるかもしれないとしか言いようがない」

 

「そ、そんな!?」

 

 

 直一はどうなるかは予想できないが、よくて記憶が消されると言った。ネギはそれはあまりに不憫だと考えたが、この件についてよくわからっていなかった。それに三度も警告が出されているのに、それをやめなかった超にも非がある。そう考え、仕方ないがネギはあえて身を引くことにした。

 

 

「そうですか……。僕はこの件について詳しく知りませんので、何もいえません。ですが超さんにはあまりひどいことをしないでください」

 

「ほおー? 素直なことだな。まっ、どうなるかはわからんが、ある程度交渉ぐらいしといてやる、じゃな!」

 

 

 ネギの素直な言葉を聞いた直一は、即座に超を抱えて消えていった。もはやその瞬間が見えないほどの速度であった。その消える寸前に、ネギに助けを求める超の声が聞こえたが、その直一の移動で発生した風で、かき消されていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは超のアジトの内部。多数のモニターが設置され、機械仕掛けの部屋だった。そして、そこに二人の影があった。直一と超である。直一は超の仲間だったということだ。まんまと出し抜いたという訳である。

 

 

「ネギ坊主があんなことを言うとはネ」

 

「つうか、最初からわかってたんだろ?」

 

 

 この直一の速度を知覚できるやつなどいない。つまりステルス以上にステルスなのだ。だからこそ、こうも簡単に魔法使いから逃れることが出来たのである。そこへもう一人やってきた。白髪の老人、エリック・ブレインという男である。

 

 

「やあ超、危なかったようだな! さて、目的の人物は発見できたか?」

 

「ドク、バッチシ取れたヨ。魔法使いにバレたけど、猫山サンに助けてもらったネ」

 

「そうかそうか! ありがとう直一君!」

 

「ま、俺が勝手にやっているだけだ、気にする必要はない」

 

 

 エリックは超を見て近づき、無事を確認した。超は無事と新たに得た情報をエリックに教えていた。その表情は嬉しそうであった。またエリックの言葉から、ある人物の特定が目的のようだ。そこで、エリックに感謝された直一は、どうやら超に雇われている身の様だ。ただ、自分の好きなようになっているだけで、実際は雇われていると言う意識がない直一であった。そして直一はそう言うと、暗闇の廊下に消えていった。麻帆良の魔法使いに適当に説明しに行ったのだ。はて、この計画はどうやら”原作”とは違うらしい。一体どうなっているのだろうか。

 

 

「うむ、二年かけて探してきたやつが、どうやらこの男のようだ。照合して99%一致したぞ!」

 

 

 エリックは入手した画像を映し出すと、その画面を照合していた。そしてその画像に映る人物こそ、彼らが二年を費やして探していた人物と一致したようだ。しかし、一体誰を探していたというのか。

 

 

「この男が私のカシオペアを盗んだやつカ」

 

 

 超はそう言うと、その画像に映る男を憎憎しげに見つめていた。このエリックが探していた男は、どうやら超が開発したタイムマシン、カシオペアを未来の世界で盗んだようだ。そして、この時代の麻帆良へやってきて、平気な顔して生活しているようであった。

 

 

「そのようだ。このワシとタイムマシンでこやつを追って来なければ、危うかったな」

 

「そうだネ、ドクには感謝しているヨ」

 

「ああ、しかしまだやることがある。この男がやろうとしていることを阻止せねばならん! でなければスプリングフィールドの一族は、絶望に落とされることになる!」

 

 

 なんとこのエリック、タイムマシンを開発したと言ったのだ。そしてそれを使って超と共に、この時代の麻帆良へとやって来たようであった。また、エリックは大げさに言っているが、この男は過去を改変しようとしているようだ。それはとてつもない危険なことであり、最低最悪の行為でもある。その行動を阻止すべく、エリックと超はこの時代の麻帆良へとやって来たらしい。そこでエリックは胸元のポケットから一枚の新聞記事を取り出した。それは未来の新聞記事であった。

 

 

「この記事を見たまえ、あと数週間後にネギ少年がオコジョにされてしまう。これが引き金となりスプリングフィールドの一族を破滅に導く連鎖反応が生じるのだ!」

 

「そうさせないために、ここまで来たネ。なんとしてでも食い止めて見せるヨ」

 

「その意気だ! 出なければ最悪、君が生まれなくなってしまうかもしれん! なんとしてでも食い止めるしかない!」

 

 

 つまり超の開発したカシオペアを盗んだ男の行動により、ネギがオコジョの刑となる。それによりスプリングフィールドの一族は崩壊の道をたどることになるようだ。だからこそ、エリックと超はそれを阻止すべく、この時代へとやって来たということだった。

 

 

「しかしだ、この男がまさか魔法先生などということをやっているとはな。いや、手を出しづらい地位を得たと言ったほうがよいだろうか?」

 

「そのせいで危うく捕まるところだったヨ。敵はなかなか手ごわいネ」

 

 

 さらにその男は魔法先生をしているらしい。だからこそ超は危険を冒してでも、あの世界樹前広場に監視カメラを設置したのだ。そしてそれは、その男が捕えづらい地位に居るということだった。さらに超は無理をしすぎて、麻帆良の魔法使いからブラックリストに載ってしまった。つまり超はこの男の監視すらもできないということである。このことにエリックは怒り出し、超を叱っていた。

 

 

「まったく超、お前と言うやつは無茶をするなとあれほど警告しておいたはずだぞ! 何で味方につけなければならない麻帆良の魔法使いを敵に回したんだ!」

 

「し、しかたなかったのネ。多少無茶をしなければ、情報が手に入らなかったヨ……」

 

「ああー、なんということだ! ここまで調べてお前がその男に手を出せないのでは、何の意味もないではないか!」

 

「ゴメンヨ、今は反省しているヨ……」

 

 

 エリックの叱咤に超も確かにそうだったと思い、落ち込んでしまったようだ。それを見てエリックはため息をつきながらも、ならばどうするかを考えた。そして、とりあえず落ち込んだ超を元気付けようと、エリックは話し始めた。

 

 

「超よ、落ち込んでいる場合ではないぞ! こうなればお前が雇った人物を頼りに監視をしてもらうしかあるまい」

 

「そ、そうだネ……。どの道やらないと、ネギ坊主の将来も私の未来もないんだから、落ち込んでなど居られないネ!」

 

 

 エリックの励ましで、復活した超。少し早すぎるだろと思うが、自分の祖先の未来、ひいては自分の運命すらもかかっているのだ、仕方の無いことである。またエリックは、超が監視等が出来ないなら、他人にやってもらえばいいと考えたようだ。

 

 

「うむ、その通りだ。さて、ならば直一君にでも監視を頼もう。彼ならうまくやってくれるかもしれん」

 

「それか龍宮サンに頼むのも手だネ。むしろ両方に監視してもらうのがよいカ」

 

「そうしよう。ならばすぐさま頼みに行くとしよう。ネギ少年の、ひいては君の将来がかかっているのだからな!」

 

 

 計画は決まった。その男を追跡し、どういう行動に出るかをエリックは予測することにした。しかし超は懸念があった。いや、どうしても仲間にしたいものがいるのだ。

 

 

「ネギ坊主を仲間に引き入れられれば、とても力強いんだガ……」

 

「確かに彼の未来に関わることだ、出来れば仲間にしたほうがいい。しかし無理やりではいかん。逆に不審を抱かせてしまう恐れがある!」

 

「わかってるヨ。今日の出来事を正直に話し、仲間に勧誘してみるネ」

 

 

 この事件はネギにも関わってくることだ。出来れば超はネギにも協力してもらいたいのである。またエリックも同じ意見であった。ただし、仲間にするにあたっての注意をエリックは超へ強めに言った。

 

 

「それがいいだろう。ただし、くれぐれも未来のことに関してはネギ少年に言うなよ!? わかっていると思うが自分の未来を知ることは危険なことなのだからな!?」

 

「わ、わかってるネ。未来のことを言わずに仲間にしてみせるヨ」

 

「それでいい! よし、では早速計画を練るとしよう!」

 

 

 ネギに未来のことを教えることは許さないと言った。それは当然危険なことで、未来に関わることでもあるからだ。だが、そのリスクを負ってでも、ネギを仲間にしたいのである。それほどに、超のカシオペアを盗んだこの男を警戒しているという訳だ。そしてエリックと超は、この男の行動を阻止し、捕獲する計画を考えるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:猫山直一(びょうやまなおいち)

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:電設工業社員

能力:アルター、ラディカルグッドスピード

特典:スクライドのストレイト・クーガーの能力

   適度に快適な人生

 

 

 




未来がある程度安定するなら魔法バラす必要なんてないね
でも未来は不確定で、どうなるかは予想つかないからね


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麻帆良祭 一日目
四十八話 狂戦士と翼の娘 未来の事情


覇王の頑張りが二人の自由時間である


 *狂戦士と翼の娘*

 

 

 ついに麻帆良祭が始まった。世界樹の魔力で告白が成功してしまう呪いも発動したようである。そのため魔法使いたちは告白しそうな人たちを、気絶させるなどの対策を行っていた。

 

 また覇王も面倒そうに、小鬼を飛ばしてそれを行っていた。O.S(オーバーソウル)は普通見えないので、こういう時はかなり有効で安全なのである。こうして告白しそうな人々を、蹴散らしていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 覇王が今を忙しそうに動いている中、桜咲刹那はバーサーカーと麻帆良祭を回っていた。あの修学旅行での最終決戦時に、バーサーカーへ連絡せずに置いていってしまったからだ。

 

 流石のバーサーカーもその時だけはずいぶん不貞腐れたようだった。まあ今はもう気にはしていないようだ。その穴埋めをいつかすると、刹那はバーサーカーへ言ったのを思い出し、こうして一緒に歩いているのだ。

 

 

「あの時は本当にすいませんでした」

 

「もう気にしてねぇよ」

 

 

 刹那は数ヶ月前の、京都就学旅行での襲撃事件の最終決戦に、バーサーカーを置いて行ってしまった。一応バーサーカーへ連絡する手段はある程度あったはずなのに、それすらもしなかったのである。

 

 だから刹那はそのことを、今更ながら謝っていた。まあ、あの事件が終わった後、随分と謝ってたりしてるのだが。その謝罪を聞いたバーサーカーも、何ヶ月も前のことなので、すでに気にしていないと言っているのだ。

 

 

「しかし、あの後随分と不貞腐れていたじゃないですか……」

 

「そりゃそうさ、なんたって一番楽しそうな場面を逃しちまったんだぜ? グレねぇほうがおかしいぜ」

 

 

 バーサーカーは、あのリョウメンスクナを見逃しただけでも随分とショックだったらしい。しかも、それと戦えた可能性もあっただけでなく、刹那たちに置いていかれたことで、あの時は随分と機嫌を悪くしていたのだ。その割には鹿と戯れたりと、結構バカなことをやらかしていたが。

 

 

「まあ惜しむんなら、あの覇王の本気が見れなかったことだぜ。アイツは本気をあまりださねぇからな」

 

「覇王さんのあの姿ですか?」

 

「おうよ、たしか甲なんとかっつーO.S(オーバーソウル)で、名を黒雛とか言ってたはずだ」

 

「あれが黒雛……」

 

 

 覇王の本気モード、つまり甲縛式O.S(オーバーソウル)S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)黒雛のことである。アレを覇王が出す時は、本気で怒っている時か、本気を出す時、まあどちらにせよ本気の時だけだ。久々にバーサーカーはそれが見れたかと思うと、やはりあの時置いていかれたことを、許せなかったのである。ただ、今はもう気にはしていないが。

 

 また刹那は、あの覇王の姿が黒雛という名が付いていたことを、今さらながら知ったようだ。そこで刹那はあの時の覇王の姿を思い出していた。すさまじい炎の力と、リョウメンスクナを一撃で破壊したあの超火力をだ。

 

 

「あの黒雛、まあ普段見せねぇっつーか、見せる必要がねぇからな。あれを出したってこたぁ何かアイツを本気にさせることでもあったんだろうな」

 

「それは多分このちゃんのことでしょう。覇王さんとこのちゃんの会話から、それを感じました」

 

「あー、それだ! 絶対にそれだ! 間違いねぇぜ!」

 

 

 あの時から随分信頼しあっていた師と弟子。そう考えると、今の木乃香が覇王にべったりなのも、頷けるというものである。そして覇王もまた、普段からまったく素直ではないが、あの時だけは随分と素直に木乃香を褒め、本気を出したのだから。バーサーカーはその場に居なかったが、刹那の話で覇王が黒雛を見せた理由がすぐにわかったようだ。

 

 

「あの野郎も隅に置けねぇよなあ、しかも全然素直じゃねぇし」

 

「素直じゃないと言う事は、やはり覇王さんはこのちゃんのことを……?」

 

 

 バーサーカーは覇王の部屋で居候をしている。つまり毎日覇王を見ているのだ。時たま覇王は弟子の木乃香のことを話すことがある。状助もそれを聞かされているが、大抵は弟子自慢であった。そんな会話ばかりする覇王が、木乃香のことをなんとも思っていないという訳ではないのを、バーサーカーは知っているのだ。

 

 だが実際バーサーカーが考える好きと、その時の覇王の好きが同じ意味かはわからないが。そこで、そのバーサーカーの話を聞いて、刹那もそのことを察したようだ。

 

 

「多分、いや絶対に好いてんだろうぜ? 見てりゃわかる。なんつったって、なんだかんだでオレもアイツと長い付き合いだかんな」

 

「そうなんですか。やはりと言うべきなのか。でも、それならもう少し反応してあげてもよいのでは……」

 

「ああ、アイツも昔はある程度、年相応な反応を見せたんだがな、今じゃアレだもんなあ……」

 

 

 しかしあの覇王、どうしようもなく態度が枯れていた。木乃香に抱きつかれようが腕を組もうが、微動だにせず平常心を保っているのだ。年齢的に中学生の健全な男子ならば、少しはドギマギしてもよいというものだろう。

 

 だが、あの覇王はその程度では慌てることなど無いのである。そんな覇王の態度は、周りから見ても、あの態度はないだろう、少しぐらい何かするだろう、そう考えさせられるほどなのである。まあ、流石に木乃香から告白されたりキスされたりした時は、一瞬だがその余裕を崩されていたのだが。

 

 

「まあ、そこは私たちがどうこう言うことでもないですし、このちゃんの頑張りに期待しましょう」

 

「そうだな、このかちゃんならアイツの枯れた精神を復活させれるかもしれねぇしな」

 

 

 また、木乃香は好きな相手が自分を好いているとわかったならば、随分と積極的になれる。覇王が自分のことを好いていることを知った木乃香は、随分と大胆なアタックを覇王にしかけていた。それが何度も続けば、あの枯れ木な覇王も潤うのではないかと、バーサーカーは考えていたのだ。

 

 が、本当にそうなるかは別問題である。そんな会話をしながら、刹那はふと思い出した。あの覇王はかれこれ1000年前に一度生まれていたことを。そこでそれをバーサーカーに聞いてみることにした。

 

 

「そういえば、バーサーカーさん。覇王さんは1000年前に一度生まれていると聞きましたが?」

 

「ああ、そうだぜ! 覇王は1000年前から今に蘇った、大陰陽師だかんな!」

 

「それはこの前聞きましたね。だからなぜバーサーカーさんがそれを知ってるのかと思いまして」

 

 

 覇王が今に蘇った大陰陽師なのは、1ヶ月前ほどにバーサーカーから聞かされていた。しかし、なぜバーサーカーがそのことを知っているのか、刹那は気になったのである。

 

 

「ああ、話してなかったっけ? オレと覇王は戦友で盟友だったってことを」

 

「え!? は、初耳ですよそれ!!」

 

 

 なんということか。あの覇王とバーサーカーはまさかの戦友だったのである。その情報に流石の刹那も飛び出しそうになるほど驚いていた。そして、なんとまあ世の中狭いものだと感じていた。そこでバーサーカーが覇王の過去を知っているなら、ちょっとだけ聞いてみようと刹那は考え質問した。

 

 

「それなら1000年前の覇王さんがどうだったか、知っていますよね?」

 

「おう! 知ってるぜ! まあ、ある程度だがな」

 

「では、覇王さんって1000年前はどんな人だったか、教えてもらえますか?」

 

 

 1000年前の覇王は今と同じ感じだったのか、それとも別人だったのか。刹那は少しだけ気になった。また、その質問を聞いたバーサーカーは、少し思い出すなそぶりを見せ、その質問に答えた。

 

 

「昔の覇王……か。基本的には今と変わんねぇが、ぶっちゃけわりと普通だったぜ。それになんつぅか、今よりも随分と臆病だったけどな?」

 

「臆病な覇王さんですか? まったく想像できないんですが……」

 

 

 なんたって今の覇王は不敵。どんなことにもドンと構え、まったく微動だにしない男だ。だが昔は随分と臆病だったとバーサーカーから聞かされ、想像できないと刹那は思った。誰だってそう思うだろう。そんな信じられないと驚く刹那に、ある程度臆病だった理由を知るバーサーカーは、それを刹那へ説明したのだ。

 

 

「アイツは生粋のシャーマンだったからな。昔は霊が見えるだけでも恐れられたもんよ」

 

「そんな時代だったんですか」

 

「まーな、だからアイツは臆病に生きてきたみてぇなのさ。んでもって、アイツはそれを隠しながら随分とシャーマンとして鍛えてきたみてぇだったぜ? まっ、オレが会った時はすでに陰陽師だったがな」

 

「シャーマンということを隠して……ですか」

 

 

 鬼が溢れる平安京にて、それを操る力を持つものは味方としては頼もしいが、裏を返せば恐怖の対象でもあった。また覇王は。”シャーマンキングの知識”で行動していたので、ある程度臆病に生活していた。

 

 そして、バーサーカーは1000年前の少年時代の覇王を知らないが、話しだけは聞いたことがあった。そこで刹那は、今の覇王の話しの中の、隠しながらという部分に反応した。自分もバーサーカーが居なければ、この白い翼を隠しながら生きただろうと考えたからだ。

 

 

「……オレもそこんとこはよく知らねぇが、何かと対策を練りに練って動いてたからなぁ、1000年前の覇王は」

 

 

 昔の覇王はまだまだシャーマンとしての技術が半端であった。それゆえ戦闘にはかなり気を使っていたのである。今はただS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を暴れさせるだけで、大抵の相手を倒すことが出来るが、昔はそうではなかったのだ。

 

 

「今では考えられないことですね」

 

「まったくだぜ。あの時の面影は、もはや見た目ぐらいしかねぇ」

 

 

 いやはや今は完全に悟ってしまった覇王。なんと1000年前とは半分ほど別人であった。それはシャーマンとしての技術の向上による自信から来るものでもあるのだが。さらに平和な東京で生きてきた覇王が、突然平安京に投げ出され、それまでの価値観を砕かれたこともある。しかし一番の原因は、この世界の転生神に地獄で修行させたり、数多くのイカれた転生者と戦って来たことが、一番覇王に影響を及ぼしているのだ。

 

 だが、バーサーカーはそれでも芯の部分は変わっていないと思っていた。人間としての根本的な部分だけは、1000年前と同じ覇王だと感じているからだ。また刹那も、臆病に策を講じる覇王を想像できず、少しおかしく感じて笑っていた。そこで刹那は新たな質問をバーサーカーにしたのだ。

 

 

「そういえば、覇王さんは1000年前は結婚とかしていたんでしょうか?」

 

「おおう、やっぱ気になっちまうか? だよなぁ、気になるだろうよなぁ……」

 

「まあ、多少は……」

 

「オレが言っちまっていいもんかねぇ。つーか、これ勝手に言って殴られるのオレじゃん?」

 

 

 1000年前から居る覇王、今はその子孫として誕生している。つまり、覇王は子孫を残したことになる。だが実際、刹那はそこまで教えられていない。いや、それでも、こういうことは多少気になるのも当然のことである。そこに興味を持った刹那は、ちょっと気になってバーサーカーに尋ねたのだ。

 

 しかしバーサーカーは、正直それを教えてよいものかと考えた。勝手にそこまで覇王の過去話をしてもよいのだろうかと。下手をすれば覇王に殴られるような内容でもあるからだ。刹那もそれを聞いて、確かにそうだと考え、バーサーカーに聞くのをやめることにした。

 

 

「そうですね、それは覇王さん本人に聞いてみようと思います」

 

「そうしてくれや。オレはアイツに殴られたくはねぇ」

 

 

 覇王はある程度鍛えているので、殴られると結構痛い。しかし、別の本人が殴らずとも、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に殴らせてもよいのである。そういう意味では、覇王は絶対に殴られたくない相手であった。そこで刹那は別の質問に変えた。バーサーカーのことだった。

 

 

「では、バーサーカーさんの生前はどうだったんです?」

 

「オレのことか? さぁてねぇ……」

 

 

 その質問を聞いたバーサーカーは自分が1000年前どうしていたか、少し思い出していた。正直言えばただ暴れていただけだったので、さほど言うほどのことはなかったようだ。

 

 敵がいると聞けば倒しに行き、味方がピンチだと聞けばそこへやってきて加勢する。それの繰り返しだったので、さほど話すことが無かったのだ。バーサーカーはそれを思い出し、さて何をどう話したらいいか考えた。

 

 

「今とぶっちゃけ差がねぇ。今も昔も敵を倒して仲間を守る、これをずっと繰り返してきただけさ」

 

「そうではなくて、バーサーカーさんの恋愛の話です」

 

「お、おおう……!!?」

 

 

 刹那が聞きたかったのは、バーサーカーの地雷であった。それこそバーサーカーが最も聞いてほしくないことなのだ。しかし、バーサーカーは一度刹那に、自分の過去を話してやると豪語してしまった。後には引けないのである。だが、この話はめちゃくちゃ暗い。正直言えば、たとえそれがマスターたる刹那であっても、話したくないのである。

 

 

「そいつはちとへヴィーな質問だな……。ここで話していいもんか、悩むぐらいにゃヘヴィーでブラックな話だぜ?」

 

「え……? それはどういうことなんでしょう!?」

 

 

 さらにバーサーカーは刹那がそういう話を聞いて、きっと心を痛めると考えた。だから自分も話したくないが、刹那にも聞きたいか忠告したのだ。そこで質問した刹那も、どういうことなのか考えていた。このバーサーカーが忠告するほどの話である。きっとあまりよい話ではないのだろうと刹那も少し思ったのだ。

 

 

()()()にとっちゃ、それもここのフェスティバルと、なんら変わりゃしねぇんだろうが……」

 

 

 バーサーカーは、少し遠い目をして、過去を思い出すようなことを語りだした。刹那にはバーサーカーが言う”アイツ”と言うのがわからないが、多分好きだった相手なのかもしれないと、そう思えた。

 

 

「あの、別に話したくなければ無理しなくていいんですけど……」

 

「いや、話せるっちゃ話せるが、こういう場で話すにはちょいとブルーな話ってだけさ」

 

 

 刹那はバーサーカーの微妙な顔を見て、無理に聞く気はないと話した。思い出したくない過去なら、思い出さなくてもよいと思うからだ。それが特に暗い過去ならなおさらだ。

 

 ただ、バーサーカーは話すことは問題ないと言った。それでもこの祭りの中で話すには、雰囲気が台無しになってしまうだろうと思った。

 

 気分が台無しになったり、落ち込まれても困る。こういう祭りは楽しむもんだ。そういう陰鬱な話はこの場でするには場違いだと、バーサーカーは気を利かせたのだ。

 

 

「そうですか……。なら、次の機会にでも……」

 

「そうだな。オレも男だ、二言はねぇ。祭りが終わって落ち着いたら、ちゃんと話す」

 

 

 刹那はそれなら、別の機会に取っておこうと考えた。口ぶりからすれば、いずれ話してくれると思ったからだ。バーサーカーも、この学園祭が終わって、少し経ったら話すと言った。約束をした。

 

 

「まっ、んなことよりも、この祭りを楽しもうぜ! でなきゃせっかくの祭りがもったいねぇじゃん?」

 

「……ですね!」

 

 

 そうだ、祭りは楽しくなきゃいけねぇ。バーサーカーは考えを切り替え、にやりと笑ってそう言った。今は祭りの真っ最中だ。遊んで遊んで遊んで、愉快にならなきゃ意味がねぇ。だから、しんみりした空気はいらねぇ。バーサーカーはそう考え、テンションを上げていったのだ。

 

 刹那もバーサーカーの言うことに一理あると思った。せっかくの学園祭、一年日度しかない祭り。楽しまなければ損だと、そう思ったのである。

 

 

「おっしゃ! んじゃ早速、あのアトラクションでも入って見っか!」

 

「それはバーサーカーさんが行きたいだけなのでは?」

 

「おうよ! 1000年前はそんなの無かったかんな! ちっとばかし付き合ってくれてもいいだろ?」

 

「別にダメだなんて言ってませんよ。ではあのあたりから試して見ますか」

 

 

 だったら、面白そうなゲームをしようとバーサーカーはそこを指をさし、ニカッと笑う。刹那もバーサーカーが言う楽しそうなアトラクションへと、それに同行する意思を示した。その後刹那とバーサーカーは大抵のアトラクションで遊びながら、つかの間の楽しいひと時というものを実感するのであった。

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *未来の事情*

 

 

 麻帆良祭が始まった。この大きな祭りに心を躍らす少年が居た。

主人公のネギである。ネギはこのような盛大な祭りが初めてで、随分と楽しそうにしていた。そこで、とりあえず見回っているとそこに行列を発見した。それは自分が受け持つクラスのお化け屋敷であった。なんと随分繁盛しているようだ。そこで生徒たちはネギにも、このお化け屋敷を体験してもらうことにしたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 兄のカギもまた、同じようにお化け屋敷を体験したようだ。

その後ネギの自由時間の間、ある程度の世界樹伝説へのパトロールをしていた。このカギ、ネギと仕事を分担したのである。あのネギはデートを含めて忙しそうだったので、俺が半分受け持ってやると言ったのだ。

 

 だが、その時の表情は、とても悔しそうではあったが。なんせデートですから。それを含めて内心リア充どもめ、許さん!と思いながらも、淡々と世界樹パトロールをこなしたのである。カモを頭に乗せ、カギとは思えぬ仕事ぶりを発揮していた。

 

 

「ケッ! リア充どもめ、くたばれ!!」

 

「兄貴! くたばらせちゃあかんだろー!?」

 

「そういう思念でやってるだけだ! ジョーダンだよジョーダン!!」

 

 

 その執念がなかなか高い成果を出していた。

このカギ、執念深ければそれだけ成果を残せるようだ。基本的にスケベ根性でしか動かないが、まともにその根性を運用出来れば優秀だったらしい。まあ、なんといっても特典がかなりチートなのだ。そうでなくては困る。しかし、その表情は目を充血させて涙を流しながらという、なんとも哀れな表情だった。

 

 

「どいつもこいつも告白だとお!? 前世でもされたことねぇのにクソッタレー!!」

 

「いつも以上に冴えた魔法捌き! 今の兄貴を止めれるやつはいねぇ!!」

 

 

 このカギが役に立っているだと……。きっと明日は雹が降るだろう。末恐ろしい。今カギが行っているのは、相手を眠らせる魔法による告白の妨害である。魔法使い相手には効きにくい魔法だが、たかが一般人ならば効果覿面で、簡単にかかるお手軽魔法だ。それを告白しそうな人に手当たり次第に当てて、眠らせているのである。なかなかうまくやっているようだ。本当にカギへ憑依転生者が入ったとしか思えない活躍ぶりであった。

 

 

「テメーら全員、この床に這い蹲らせてやるぜー!!」

 

「悪役のセリフだそれー!?」

 

「うっせーカモ! 俺は悔しいんだ!! 魔法学校でモテモテだったこの俺が、今じゃこの有様だぜ!!? 悔しいんだよおおお!!」

 

 

 カギはメルディアナの魔法学校では常にモテモテだった。しかし麻帆良へ来てからはまったくモテなくなってしまった。そんな中、こんなにも告白している輩が大量にいることに、カギは悔しくて仕方が無かったのだ。だが、その悔しい中で眠らせる程度で済ませるカギは、やはり外道ではないようだ。

 

 

「テメーらの血は何色だああーーーッ!!!」

 

「兄貴ー!? 血の涙が!? 大丈夫かよー!?」

 

「ちくしょー! チクショー! 俺の青春はまだまだこれからだぁぁー!!」

 

 

 言われてみればそうである。カギはまだ10歳だ。きっとこの先、いい出会いがあるかもしれない。しかしカギは、今すぐに従者がほしいと思っていたりする。まあ、堅実に生きていれば、多分従者が増えるかもしれない。かもしれないだが。

 

 また、この仕事ぶりはとてもすばらしいものだった。だが見た目が怖すぎたので、その姿を見たカップルがドン引きし、別の場所に移るほどだった。いやはや二重の攻撃とは、このカギやりおる。本人が意図したわけではないが。

 

 

「オラオラー! 嫉妬に狂う醜い少年が見たくなけりゃここから消えろー!! ヒャッハッハッハ!!」

 

「兄貴ー!?」

 

 

 そんな血の涙を流し嫉妬に狂うカギに、カモミールは同情しつつ、少しだけ引いていた。まあ、そんなバカなカギだからこそ、カモミールもついて来たのだからしかたがない。もはや破れかぶれで笑い出したカギを、まさに痛ましいものを見る目でカモは見つめ、一緒に涙を流していた。

 

 

「兄貴ぃ、兄貴にもきっといい従者が現れらぁ……。それに俺っち、ずっと着いていきますぜ!!」

 

「うおおお、カモよおお!! モテないもの同士、頑張ろうなあああ!!」

 

「あにきぃぃー!!」

 

 

 今度は感動の涙を流し、オコジョと抱き合うカギ。やはり周りはドン引きで、立ち去るものが続出した。そのおかげか今回の仕事は完了したようだ。カギはここには人が居なくなったことを察して、別の場所へ移動したのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 恐怖のお化け屋敷を抜け出したネギは、麻帆良祭を回っていた。そして、そのネギと共に行動するアスナが居た。また、今ネギは超を探していた。なぜならあの事件の後直一に、超はある程度見逃されたと言われたからだ。だから、どういう訳なのかを超に聞くために、ネギは超を探すことにしたのだ。

 

 と、いう訳で、とりあえず超を探しながら、ネギは色々な施設に入り遊んでみるのであった。

しかし、遊んでばかりのネギに、アスナは探す気がないのではと思い始めていた。

 

 

「探す気がないなら、別に探さなくてもいいじゃない」

 

「いえ、こういうのは初めてでして、つい遊びたくなってしまうんです」

 

「だったら遊べばいいんじゃない? あまり気にしすぎてもしかたないわよ?」

 

 

 ネギは半分遊ぶ気でいた。というのもあまり真剣に超を探していなかったのだ。アスナはそこに鋭いツッコミを入れると、ついやっちゃうんだ、と答えが返ってきたではないか。だったら遊べ、遊び倒せと思うアスナであった。

 

 

「それでいいんでしょうか?」

 

「それを決めるのは私じゃないもの。ネギ先生本人が決めることじゃ?」

 

 

 人間二つのことをするのはなかなか難しい。どちらかが出来ないなら、どちらかに絞るしかない。それを決めるのは自分自身だと、アスナはネギへ言っていた。ネギもどうしようか考えていた。

 

 だが、転生者が多く麻帆良に居るため、ネギの仕事は随分と楽となっているようだ。また、カギもネギの変わりに頑張っているため、ネギにはそこそこ自由時間があるのだ。

 

 そこで、ネギはもうしばらく遊ぶことにしたようだ。

 

 

「そうですね。ならもう少しだけ遊びたいです」

 

「それでいいのね? なら私も付き合うわ」

 

「いいんですか? アスナさんも予定とかあるのでは?」

 

 

 とりあえずこの麻帆良祭を楽しもうと考えたネギに、動向することにしたアスナ。だがネギは、アスナがそう言うなら、逆にアスナにも、やりたいことがあるのではないかと考えた。

 

 

「今日はさほど予定がないのよ。だから問題ないわ」

 

「そうですか?では一緒に麻帆良祭を回りましょう!」

 

「そうそう、それでいいのよ、子供なんだから」

 

 

 今日の予定があまりないとアスナは言った。まあ実際暇なので、そのぐらいしてもよいと考えたのだ。そこでネギは、そのアスナの言葉を素直に聞きいれ、なら一緒に遊ぼうと嬉しそうに言っていた。

 

 しかし子供嫌いのアスナが、なぜネギと同行しようと思ったのだろうか。ネギもアスナが子供が苦手だと聞いていたので、そこを質問したのだ。

 

 

「そういえばアスナさんは、子供が苦手と聞きましたけど」

 

「そうねー、バカなガキが嫌いなだけ。ネギ先生はそこまでバカじゃないから、さほど気にならないわ」

 

「そ、それは褒められているんでしょうか……」

 

 

 そこまでバカじゃない、とは褒めているのかどうなのか。ネギはそこに少しもやっとした。まあ、アスナの考えるバカなガキと言えば、うるさいカギのほうが真っ先に浮かぶのである。そして二人が歩いていると、目の前に飛行船が現れた。ネギはそれに乗ってみたいと言ったので、アスナも同行したのであった。

 

 

 その飛行船の中で、その窓から景色を見ながら喜びの声を上げるネギが居た。アスナも窓の外を眺め、麻帆良の街を眺めていた。そこでアスナは、ネギが杖で飛べることを思い出し、こう質問した。

 

 

「普通に魔法で空を飛べるのに楽しいの?」

 

「杖で飛ぶのとは違いますし、最近空なんてあまり飛んでませんから」

 

「そういえばそうねえ」

 

 

 ネギは基本杖を持ち歩かないので、麻帆良の空を飛ぶことなどほとんどなかった。つまるところ、麻帆良の街を空からのんびりと眺めたことが無かったのだ。だからこそ、こうしてネギは景色を見て喜んでいるのである。アスナもそういえば空を飛んでいるところをあまり見たことが無かったので、そうだったと思い出していた。

 

 

「そういえば、僕とアスナさんだけでと言うのも、珍しいですね」

 

「確かに、基本的にこのかや刹那さんと一緒だし、そこにさよちゃんと焔ちゃんも入るから、そうなるかもね」

 

 

 このアスナとの二人きりの状況に、とても珍しい組み合わせだと、ネギは思った。アスナも普段なら木乃香と刹那とよく行動していた。さらに木乃香の横にはいつもさよも居るのである。また、たまにそこに焔が加わり、基本的に5人で行動することが多かった。そこにネギが加わり6人行動となることが、基本的な組み合わせとなっていた。だから、そう考えると、ネギと二人と言うのは、確かに珍しいと思った。

 

 

「そういえばアスナさん。前に聞いたことですが、アスナさんの保護者さんは、僕の父さんの友人なんですよね?」

 

「そうよ。そういえばネギ先生は、私の保護者に会ってなかったっけ?」

 

「いいえ、ないです。だから今度会わせてもらえますか?」

 

「別に会って困ることなんてないし、いいわよ」

 

 

 ネギはアスナの保護者、メトゥーナトが自分の父、ナギの友人だということをふと思い出した。それを言うとアスナも会わせてなかったなーと考えたようだ。ネギは今度でもよいから是非会いたいと申し出たのだ。アスナも特に会わせない理由がないので、快くそれをよしとした。

 

 

「ありがとうございます、アスナさん!」

 

「お礼言われるほどじゃないけどね。会って話すのは私の保護者だから気にしないでいいのに」

 

「でも会わせてくれるんですよね? なら礼ぐらいしないと!」

 

「律儀ねぇ。まあとりあえず連絡しておくから、後日会える日を教えるわ」

 

 

 ネギはアスナが保護者に会わせてくれるといったことに感謝していた。また別の人から父の話が聞けるからだ。そこで礼を言われたアスナも、礼なんて要らないと思いながらも、少しくすぐったそうな表情をしていた。また、ネギも教師で、メトゥーナトも忙しい。そのため連絡してから日程を決めようとアスナは考えた。だが、その会話している二人に、近づくものが居た。

 

 

「いやあ、仲よさそうにしているネ」

 

「あ、あなたは超さん!?」

 

「あら、超さん」

 

 

 偶然か必然か、そこへやって来たのは、なんと超であった。遊びながらではあったが、ネギが探していた本人が自らやって来たのだ。それに驚くネギと、あっけなく見つかったと考えるアスナだった。

 

 

「何を驚いているネ? まるで宇宙人を見たような顔だナ、ネギ坊主?」

 

「いえ、超さんは一応見逃されたと猫山さんから聞いたもので、どうしたのかと思っていたんです」

 

「アア、そういうことカ。別にどうってことはないヨ?」

 

 

 超は魔法使いから一時的にだが見逃されたと、ネギは直一から聞かされていた。だからどうして魔法使いに追われていたのか、どういう訳で追われることになったのかを超に質問したかったのだ。しかし、これも全部超が仕掛けたことであり、直一にネギへそう伝えるように伝言しておいたのだ。

 

 

「一体何をしたら魔法使いに追われることに……?」

 

「私は特に悪いことなどしていないヨ。少しヤンチャをしただけネ」

 

「それは本当なんですか!? ですが三回も警告を出されたって」

 

 

 ネギは超は魔法使いに追われるような悪いことをしたのではないかと考えていた。だがそんな超は、特に罪悪感もなく、悪いことなどしていないと言ってのけた。確かに超は、監視などの調査ばかりで、基本的には悪いことなど行っていないのだ。

 

 しかし超は、一応一般人として扱われている。だから、魔法を知ってしまったという扱いで、魔法使いに追われているのである。そこで超は、ネギを仲間に引き込むために、少しだがネギたちに未来の情報を教えることにしたようだ。

 

 

「ネギ坊主、私がやろうとしていることは、ネギ坊主の未来にも関わることヨ」

 

「僕の未来がどうというのです?!」

 

「あまり大きな声では言えないガ、ネギ坊主の近い未来に、かなり悪いことが起こるネ」

 

「な、何で、どうしてです!?」

 

 

 超はネギが近いうちにオコジョにされてしまうことを知っている。つまりそれは、ネギの未来が暗いということだ。だから超は、ネギへ近い将来、災厄が訪れると言ったのだ。その言葉を聞いたネギは、どういうことなのか混乱していた。だが、そのネギの横に居たアスナは、目を細めて超を眺めていた。

 

 

「超さん、変なことをネギ先生に教えないでちょーだい?」

 

「おや、明日菜サン。これはネギ坊主の将来のための話しヨ?ウソではないネ」

 

「本当に? まったく信用できないわ」

 

 

 まあ突然未来で悪いことが起こるなど言って来るやつを信用などできないだろう。アスナは超を目を細めて見ていた。本当に信用できないやつだと思っているのである。しかし超は、そんなアスナを流して、ウソではないと証言した。

 

 

「そうだナ、私の正体をお教えしようカ」

 

「え? 超さんの正体ですか……!?」

 

「まさか、宇宙からの遊星X……!?」

 

 

 信用できないなら、正体を教えようと超は考えた。いや、どの道正体を教えても信用してもらえるはずがないのだが。しかしネギは、やはりよくわかっておらず、混乱したままだった。そこでボケを入れているアスナは、やはりいつも通りであった。

 

 

「当たらずとも遠からズ、私は火星人でさらに未来人なのだヨ!」

 

「火星からの未来人!?」

 

「ちょっとあんた、属性つけすぎじゃない?かなり際物じゃないそれ」

 

 

 まあ宇宙から来たことは否定しなかった超。そして火星人で未来人だと自称したのである。ネギはもはや意味不明な正体に、頭を抱えていた。当たり前である。そんなアスナは属性つけすぎてバカキャラになっていると考えていた。ツッコむ場所はそこではない。

 

 

「火星人はウソつかないヨ」

 

「ほ、本当なんですかそれ!?」

 

「かく言う私も火星人なんだけど……」

 

「え、ええー?!」

 

 

 ネギはさらにショックを受けた。まさかアスナまで火星人だったとは思うまい。アスナは魔法世界が火星だよーと、こっそりメトゥーナトから教えられたので、ああそうなんだ、程度の認識で覚えていた。むしろ、それを教えられたころは、火星ってなんだろうと考えるぐらいでしかなかったのだが。

 

 

「フム、明日菜サンは知ていたのか、その事実を」

 

「教えてもらったのよ。こっちに来るまで火星が何なのかなんて、知らなかったけどね」

 

「この会話に地球人が僕しかいないんですけどー!?」

 

 

 超は、まさかアスナが魔法世界が火星だと、知っているとは思っていなかったらしく、少しだけ驚いた。しかし、別にそこに大きな問題がある訳ではないので、さほど気にするほどでもなかったようだ。だが、この会話に地球人が自分しかいないと考えたネギは、さらに頭を抱えていた。

 

 

「とりあえずネギ坊主。私が言いたいのは、ネギ坊主に協力者となってほしいということヨ」

 

「きょ、協力者……!?」

 

「そうネ、私がやろうとしていることは、ネギ坊主の未来に関わるからネ」

 

 

 このままではオコジョになる運命のネギ。それを何とかしなければならない。そしてその未来を変えれるのも、またネギだろう。まあ、実際はネギが協力者になれば、ある程度心強いと超は思っているのである。その超の言葉に、ネギは混乱しながらも、どうするかを考えていた。そこで口を挟んだのは、やはりアスナであった。

 

 

「信用できない相手に、協力する必要ある?」

 

「だ、だけど」

 

「……確かにそうネ。だけどこのことは明日菜サンの未来にもある程度関わることヨ?」

 

「む? それはどういうことよ?」

 

 

 ネギがオコジョになる未来に、ある程度アスナも関わっているようだ。その言葉にアスナは疑問を感じた。まあ、ネギとは無関係と言うほどでもないので、間違ってはいないかもしれないとは考えていた。だがここで超は、更なる恐ろしい未来を語りだしたのだ。

 

 

「はっきり言えば、この麻帆良は滅びるネ。いや、地獄へ変わると言ったほうがよいかナ?」

 

「ま、麻帆良が滅びるー!?」

 

「なにやら、ただ事ではないことが起こるって言うの?」

 

 

 このままでは麻帆良は滅びる! な、なんだってー!? 普通に考えればやはり信用できない言葉である。しかしネギはその言葉に驚いていた。その横のアスナも、地獄へ変わると聞くとなにやら不穏な感じだと思ったようだ。

 

 

「私は先ほど言ったとおり未来から来たネ。本来ならば平穏で安全な麻帆良が続く未来が存在するネ」

 

「本来なら、とは一体どういうことなんですか!?」

 

「専門的になってきた……」

 

 

 本来なら麻帆良は平和のままだと超は言った。だが”本来なら”である。そこにネギは疑問に感じた。どういうことなのかと。しかし、その横でアスナは段々と専門的な会話になってきたと感じていた。また、ここのアスナは頭が悪い訳ではないので、とりあえず理解はできているようだった。

 

 

「何者かが私が作ったタイムマシンを盗み、この時代の麻帆良を変えて、未来を破壊しようとしているのヨ!」

 

「え!? それじゃあ超さんが未来人だとして、さらに別の未来人がこの麻帆良に来ているんですか!?」

 

 

 超が作ったタイムマシン、それは懐中時計型航時機、カシオペア。魔力を用いたタイムトラベルを可能とする機械である。それを何者かが超の手より盗み出し、悪用しようとしていると言われたのだ。ネギはそれを聞いて、超以外の未来人がこの麻帆良に来ていると考えた。とても突拍子なことだが、この話が事実なら、とんでもないことになるからだ。

 

 

「そういうことネ。その本来の平和な麻帆良を、その誰かが時代を改変したのヨ。そして麻帆良を自分の支配下に置いて、好き勝手する未来になってしまったのダ」

 

「ひ、ひどすぎますよそんなの!!」

 

「最低じゃないそれ……」

 

 

 さらにその誰かが麻帆良を乗っ取り、自分の欲望通りに操れる街にしてしまうらしい。とても恐ろしい未来である。それを聞いたネギも、流石に怒りの表情を見せていた。また、アスナもそんな未来などゴメンこうむると考えていた。この話を終えると、超は一枚の記事を取り出した。やはり未来の新聞の記事であった。

 

 

「あまり未来の情報は伝えてはならないのだガ、これを見てほしいネ」

 

「こ、これは僕!? しかもオコジョにされて刑務所に!!?」

 

 

 未来の日付の新聞に映っていたのは、なんといかつい男性に取り押さえられたネギであった。さらに見出しには”英雄の息子、オコジョになる”と書いてたのである。これはネギにはショックだった。それをチラりと見たアスナは、作ったのではないかと疑った。

 

 

「これ、特殊な技術で作ったんじゃないわよねえ?」

 

「ドッキリするなら、こんなチャチな手は使わないヨ。もっと色んな技術を使って、アッと言わせるネ!」

 

「こ、これが本当だったら、僕はオコジョにされてしまうんですね……」

 

 

 いやはやオコジョにされる未来を教えてもらったネギは、ショックのあまり膝をついて涙を流していた。当然である。アスナもそのネギの姿を見て、流石に可愛そうに思ったようだ。だが、超はさらに言葉を続ける。

 

 

「これは本来の未来ではないネ! それを正しい歴史に戻すために、私がこの時代へとやて来たのヨ!」

 

「つ、つまり超さんは、僕の味方ということですか?」

 

「そうヨ! まあ、自分の作ったタイムマシンが原因でもあるから、そうせざるを得ない部分もあるのだガ……」

 

 

 まさか自分が作ったカシオペアが盗まれるとは思っていなかった。しっかり保管し、誰にも教えていなかったはずなのだから。だが現実に盗まれ悪用されてしまった。それを解決するのも、製作者たる自分の役目であると、超は言っていた。アスナは半信半疑だが、これが事実なら大変になると考え、とりあえず超の言葉を信用することにした。

 

 

「なら、僕は超さんに協力します! このままオコジョにされるのは、ゴメンです!」

 

「そうね、なら私も手伝おうかな? ウソだったら、ちょっと痛い目見せるだけで済むしね」

 

「それは怖いネ、でも本当のことヨ? しかも二人が協力してくれるなら心強いネ!」

 

 

 とりあえずは契約成立のようだ。ネギも本気で信じ込んではいないが、この未来が本当ならば阻止しなければならないと考えた。アスナもまあ、ウソなら少しだけ殴るぐらいで許そうと思ったのである。その話を続けてネギを説得していた超は、ようやくネギとアスナが味方になったことに安堵し、明るい表情を見せていた。

 

 

「そうだ、言い忘れていたヨ。アリガトウ!」

 

「い、いえ、これが事実なら何とかしないといけませんから」

 

「まったくね、こんな未来なんてノーサンキューよ!」

 

 

 一応はネギを味方にした超。これで一応手札は揃ったと考えた。あとはそのカシオペアを盗んだ男の計画を打ち砕き、未来を元へ戻すだけである。だが、その期間はさほど長くない。短期決戦となるだろうと超は予想していた。

 

 

「ところで、協力すると言ましたが僕は何をすれば?」

 

「とりあえずは麻帆良祭を楽しんでいればいいネ。指示はおって出すヨ」

 

「そうですか、わかりました」

 

 

 実際はまだエリックと超は計画を練っている最中である。ネギを仲間にできるかで計画を変更する必要があったからだ。だから、とりあえずは普段通りに行動してもよいと、ネギへと伝えたのだ。それは無論、アスナもである。

 

 

「明日菜サンも同じく普段どおりでかまわないヨ。まだ計画を考えているところだからネ」

 

「そう? じゃあそうさせてもらおうかな」

 

「じゃあ、麻帆良祭を存分に楽しむといいネ!」

 

 

 そう言うと超はその場から立ち去って行った。この会話が終わった時、丁度飛行船は着陸したようであった。とりあえずネギはアスナと別れ、次のスケジュールのために行動するのであった。

 



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四十九話 カギと傭兵 無詠唱の転生者

テンプレ90:真名の契約主の生存

テンプレ91:裕奈の母親の生存

テンプレ92:原作キャラと結ばれている転生者


 *カギと傭兵*

 

 

 カギは随分と活躍していた。これこそ執念であった。世界樹パトロールにて、とてつもない成果を出しているのだ。嫉妬の炎に身を焦がし、告白しそうな人々を魔法で眠らせたり意識を逸らしたりしていたのだ。

 

 

「消え去れー! 俺の目の前から消え去れー! リア充どもめー!!」

 

「やっちまえ兄貴ー!」

 

 

 やはり哀れにも非モテなカギは、カップルを襲撃する。だがこれは迷惑行為ではない。学園長公認の活動だ。許可が下りればどうということはない。悔しさと悲しみを表した表情をしながら、カギは幾多のカップルを襲撃するのだ。

 

 

「ぐぎー!! リア充ども! テメーらぁぁぁ!!」

 

「ペースが速すぎだぜ!? もう少し抑えないと疲れちまうよー!?」

 

「俺の誰だと思ってやがる!! 最強にして無敵の英雄の力を持つ、カギ様だぜー!?」

 

「なんてこったー! 今の兄貴はまさに修羅だぜ……」

 

 

 告白しそうな人に魔法を使いまくるカギ。このペースでは体力が持たないとカモミールは考えた。だが、このカギの特典から見ればそうそう疲れることは無いとカギ自身考えていた。

 

 

「ヒャーッハッハッハ! ヒャーッハッハ、ヒャァ!?」

 

「ど、どうしたってんだい兄貴!?」

 

 

 突然壊れたように高笑いをしていたカギだが、何かが起こったらしく変な声を出して笑うのを急にやめたのだ。カモミールもその突然のカギの行動に驚いて質問していた。するとカギの目の前に居たカップルの片方がぶっ飛んだのである。こ、これはいったい……!

 

 

 

「ペロ、これは銃撃!」

 

「ペロって舐めてねーし!?」

 

「ば、バカここは雰囲気を出すためにあえて言葉にするんだよ!!」

 

 

 ペロと突然言い出すカギに、すかさずツッコむカモミール。そのツッコミに対応するカギであった。というか銃撃は舐めれないだろう。カギはその銃撃を見て、もしやと思った。こんなことが出来るやつは、数人もいないのだから。

 

 

「おや、カギ先生も世界樹パトロールかい?」

 

「ぐ、軍曹!! 龍宮軍曹じゃないか!!」

 

「一体いつ軍曹になったんだ?」

 

 

 そこに居たのは同じく世界樹パトロールをしている龍宮真名であった。カギは軍曹と突然呼んだが、真名は謎の軍曹呼ばわりをあまり理解できないでいた。

 

 

「今の銃撃で軍曹です、マム! そして俺もまた、同じくパトロールですぁー!」

 

「その軍曹は置いておくとして、随分と仕事熱心じゃないか」

 

「違ぇー! 俺はやつら憎きリア充を絶滅させているだけだー!!」

 

「そ、そうなのか……?」

 

 

 今のでカギは真名に軍曹と言うあだ名をつけたようだった。そして仕事としてではなく、ただの逆恨みでカギは行動していたようだ。その答えを聞いて流石に引く真名。仕事をしていると思ったら、ただの八つ当たりだったのだ。

 

 

「俺の目の前で、イチャコラする連中なんぞ、消えてしまえばよい!」

 

「可愛そうに兄貴ぃ、10歳だというのにここまで老いさらばえてよ……」

 

「動機が不純すぎるが、まあ人のことは言えないか」

 

 

 もはやぶっ壊れているほどカップルを妬み涙を流すカギ。その哀れな姿を見て同じく涙をするカモミールだった。そこでカギの説明を聞いて不純な動機だと考える真名が居た。

 

 しかし真名も金のために働いているので、自分も似たようなものかと考えたのだ。だがそこに大量の告白しそうな人たちが発生したようだ。すぐさま拳銃を取り出しそれらを打ち抜く姿勢を真名は見せた。

 

 

「む、このままではまずいな」

 

「俺に任せろ!! ”超広範囲の眠りの息吹”だバッキャロー!!」

 

「兄貴ー、その魔法見た目がきたねぇー!!」

 

 

 この超広範囲眠りの息吹とは、催眠魔法の煙を風に乗せてぶっぱするだけの簡単な魔法らしい。さらに風をコントロールすることで、決まった対象に魔法を命中させれるのだ。執念から来るすばらしいコントロールで、告白しそうな人のみを眠らせていく恐るべきカギ。

 

 だが、この魔法の欠点は、カギが爆発するような屁をこいているように、煙が拡散するというものだ。だからこそ、カモミールが見た目が汚いと叫んでいたのだ。

 

 

「背に腹は変えられぬぅ! どーせ俺などゴミクズ同然よぉー!」

 

「あまりの嫉妬心に兄貴が自虐を始めちまったぁぁあーー!?」

 

 

 とうとうぶっ壊れたカギに、同情の言葉を叫ぶカモミールであった。しかし、その魔法のおかげで告白を未遂に済ませることが出来たようだ。身を挺して人々を守るこのカギの姿は、なんとまあ立派な魔法使いなことか。その行動に、真名も驚きを隠せなかった。

 

 

「先生は本当にあのカギ先生なのか?」

 

「俺以外誰が居るってんだ! こんなモテねぇゴミ人間が!?」

 

「人間なんてモテるかモテないかじゃないぜー!?」

 

 

 もはや乱心しきっており、カギはモテない自分こそゴミ同然と言い出した。そんな自虐に走り壊れきったカギを、やはり涙を流しモテるだけが人間ではないとカモミールは語っていた。そこでとりあえず会話が長引きそうなので、カギも真名も階段にでも座ることにしたようだ。

 

 

「まさかカギ先生がここまでやるとはね。立派な魔法使いでも目指しているのかい?」

 

「立派な魔法使いなんてクソ食らえですハイ。そんなことよりも従者がほしいぜ!」

 

「ほう、従者か」

 

 

 このカギの行動に、立派な魔法使いでも目指しているのかと思った真名だったが、どうやら違うらしい。というのもこのカギ、多少アンチ気質なので立派な魔法使いが嫌いなのだ。特に理由は無いがとりあえずそういう感情を持っている。

 

 とはいえ別に立派な魔法使いを否定するほどではない。だが、そんなことより従者がほしいのだ。従者に比べたら立派な魔法使いなどカギの前ではチンケなものであった。そのカギの発言に、従者がほしいのかと真名は尋ねた。

 

 

「あったりめーよ! 従者がいねぇーとカッコつかねぇ! とにかく従者がほしいんだ! つーか従者が出来ねぇのにハーレムなんて出来るかボケェ!」

 

「ふーむ、そんなものなのか」

 

「兄貴にはきっとお似合いの従者が現れらー! それまで我慢しましょーぜー!?」

 

「我慢できるか! 今すぐほしいんだよー!!」

 

 

 このカギは、ハーレム以前に従者が居ないと意味がないと、考えるようになったらしい。あまり目的意識に差は無いが。まあ、確かに従者が居ないと格好が付かないのも事実である。実際、魔法使いには従者が居ないと格好がつかないと言われるほどである。だが、今すぐほしいと豪語するのも、どうかと言うものである。そこで従者の話題がでたので、カギは”原作知識”を思い出して真名に質問してみた。

 

 

「そういやよー軍曹、軍曹は立派な魔法使いの従者とかしてたわけ?」

 

「おや、気になるのかい? むしろどうしてそう思ったんだ?」

 

 

 真名は原作だと立派な魔法使いの従者であった。だが本来なら2年前、その主は死んでしまっているようだった。この世界が原作と違うなら、どうなんだろうという考えがカギによぎり、質問したのである。

 

 

「こんな仕事してりゃ魔法使いにかかわっている証拠、なしてこんなことしてんのかねーと思いましてなぁー?」

 

「確かに兄貴の言うとおりだぜ! あの銃捌きはとんでもねぇもんだったしな!」

 

 

 

 しかしこの真名、自分語りは好きではない。どうしてそう考えたかを、逆にカギへと質問していた。本当に質問に質問を返すことが多い、悲しい時代だ。そこで適当な理由をでっちあげ、その質問に答えるカギであった。カモミールもあの銃の腕なら只者ではないと考えたようだ。そこで、まあいいだろうと考えた真名は、その話をカギへと語りだした。

 

 

「あまり自分のことは話したくないが、そうだな。カギ先生の言うとおり、マギステル・マギのパートナーをしているよ」

 

「何ぃぃ?! ()()()()だと!? ()()だとおお!?」

 

「姉御はパートナーだったのか、って兄貴驚きすぎじゃねーですか!?」

 

「驚くのはわかるが、オコジョ君の言うとおり驚きすぎではないか?」

 

 

 カギが驚くのも当然だ。原作だと過去形だったものが、現在進行形なのだから。いまだに立派な魔法使いのパートナーということに、カギは驚いているのだ。というよりも、それが知りたくて質問したのだから、やはり驚きすぎであるが。カモミールはそのカギの驚きように、むしろ驚いていた。真名も確かに驚くべき事実だが、そこまで騒ぐほどではないだろうと感じていた。

 

 

「つまり、軍曹の契約主は健在!? ピンピンしてんのぉー!?」

 

「生きていることを驚かれるのは変な感じだが、そのとおりさ」

 

「い、一体どういうことなんだ!? ま、まさかまたしても……!」

 

 

 真名は死んでしまったことに驚かれるならまだしも、生きていることに驚かれるのは心外であった。普通逆なのだから当然である。また、その生きているという言葉を聞いたカギは、やはり転生者が何かやったのかと思った。いや、転生者が契約主の可能性も考慮していた。テンプレでは真名を拾うのも転生者が行うからだ。

 

 

「カギ先生が何を言っているかはわからないが、私の主はこの人だよ。今も多くの人を助けるため、活動を続けているよ」

 

「こ、これは……、普通だった……」

 

「普通? いや普通どころか、なかなかのイケメンじゃねーか!!」

 

 

 真名は一つのペンダントを取り出し、その蓋を開けて契約主たるマギステル・マギの写真を見せた。カギはそれが原作どおりの男の人だったことに安堵していた。KOUKI・Tである。また、カモミールもカギの普通と聞いて覗いて見たが、普通どころかイケメンすぎることに少し驚いていた。

 

 だがそカギにこで新たな疑問が浮かんだ。なぜ死んでいないのかという疑問だ。やはり転生者が近くに居て、助けたのだろうとかと考えたのだ。

 

 

「まあ確かに2年前、彼は死にかけたことがあった。だが私の相棒、彼のもう一人のパートナーによって命を救われたという訳さ」

 

「なん……だと……」

 

 

 さらに新事実が発覚した。そのKOUKIなる人物に、もう一人パートナーが存在したということだ。真名は2年前、やはり原作どおり主が死に掛けたと言った。だがそのもう一人のおかげで死ななかったと言う。その話でカギはそいつこそが転生者だと確信した。だから、そのもう一人のことを、知りたくなったのだ。

 

 

「そいつは一体どんなやつだったんだ!? 軍曹の相棒と呼ぶそいつは……!!?」

 

「突然慌てだしてどうしたんだ?まあ知りたいなら教えるさ。そうだな、あいつは私よりも長く彼のパートナーをしていたよ」

 

「だにぃー!? 軍曹よりも古くから!?」

 

「兄貴、驚きすぎですぜ……!?」

 

 

 その人物は真名がパートナーになる以前から、真名のパートナーとパートナーをしていたらしい。カギはその情報に仰天し、目玉が飛び出しかけていた。どういうことなんだ、どういうことなのか、カギは頭を抱え始めていた。そんな変な行動をするカギを、カモミールはまた変なスイッチでも入ったのだろうかと考えて、少し引きながら眺めていた。また、その光景を見ている真名は、このカギにやはり少し引いていた。当たり前だろう。

 

 

「私が彼のパートナーになったとき、あいつとコンビを組むようになった。そして相棒と呼ぶほどの仲になった」

 

「う、うむうむ、そりゃ仲間としての相棒なんですかい?」

 

「そうだ、仲間としての相棒。背中を任せられるのは、彼とあいつぐらいだったよ」

 

「渋すぎるなあ。無二の相棒ってやつかー?」

 

 

 話を聞けば聞くほど本気で信頼していた相棒らしい。だが仲間としての信頼で、恋愛感情はなさそうだった。まあ多分、この真名が最もそういう感情を覚えているのは契約主たる写真の男性なのだろう。原作でも死んだパートナーの言葉を、生涯かけて守り通すことを決めていたほどである。ここでもそうなのだろうとカギは結論付けた。

 

 カモミールもその話を聞いて、これこそ最高の相棒、無二の仲だなと思っていた。しかし真名は少し、本当に少しだがさびしそうな表情をした。カギが気付かないほどだったが、そういう目をしたのだ。

 

 

「だがな、あいつは2年前、彼を助けた後に姿を消してしまった……」

 

「姿を消した……!? ど、どういうことだ!?」

 

「どういうことっスかそれ!?」

 

「消息不明ってやつさ。あいつは死ぬようなやつではないが、私たちの目の前から居なくなってしまったのさ」

 

 

 なんということだ。カギは今の話にとても大きな衝撃を受けた。その人物は2年前消息を絶ったと言うではないか。本来転生者ならそんなことはしない、というかこの麻帆良についてくるのが定石だ。だがしかし、その人物はそうではなかったらしい。カモミールも消えたという言葉に驚き、飛び跳ねていた。突然消えるなど、明らかに何かあったとしか思えないからだ。だからこそ、少しだけだが真名はさびしく感じていたのだろう。なんせ背中を任せるほどの相棒だったのだから。

 

 

「どこへ行ったかわからないが、あいつにはあいつの考えがあるんだろう。そう考えて元気にやっていることを祈っている」

 

「一体どうして消えたのか、わからんのかね?」

 

「そうだぜ、消えたなら理由があるはずだもんな」

 

 

 真名はその人物の実力を知っているので、まあ死んでないだろうと考えている。それを踏まえて、どこかで元気にしていることを、願うしかないと思っているようだ。そこでカギは、その人物が消えた理由の心当たりを真名に聞いてみたのだ。またカモミールも、消えるからには理由があると考えていた。

 

 

「ふむ、あいつは色々勝手に背負いすぎるやつだった。それのせいかもしれないな」

 

「背負いすぎるぅ? 世界でもしょっちまったんかいな!?」

 

「どうだか。まあ、あいつならそう言われても違和感ないよ」

 

 

 色々勝手に背負うやつ。真名はその人物をそう評価していた。基本的に紛争地帯で活動してきた真名は、その人物がその戦場での光景を見て嘆いていたことを知っていた。だからそういう評価を下していたのだ。

 

 そこでそれを聞いたカギは世界でも背中に乗っけたのかと冗談を言ったのだ。だが、その冗談ですら、冗談になればよいと真名が言ってのけた。しかし、そんな会話をしている時に、一人の男の声を真名は耳にした。2年ぶりの懐かしい声だった。

 

 

『よう、相棒。元気でやってるのか?』

 

 

 真名はその声にハッとし、声がした方向を向いた。すると、一人の男性が立ってた。人ごみの中心に立ち尽くし、真名を見ていた。その人物を発見した真名は、目を開いて驚いていた。まさか、そんなバカな。そう考えて驚いていた。

 

 

「お、お前は……」

 

 

 そこで真名は立ち上がり、その男性に声をかけようとしたが、多くの人の声にそれがかき消されてしまった。そして、男性は人ごみの中に消え、真名はその姿を見失ってしまったのだ。また、真名はその男性が人ごみに消えたのを見て、そのまま固まってしまっていた。その真名の横に居たカギは、一体何があったのかまったく理解できておらず、ポカンとしていた。

 

 

「おい、一体何してんだ?」

 

「どうしたんですかい姉御!?」

 

「……居たんだ」

 

「いた? 板がどうしたんか?」

 

 

 カギはポカンとしたままどうしたのかと真名に質問した。カモミールも同じく疑問に思ったようで、それが口に出ていた。すると居たという答えが返って来た。やはりカギはよくわかっていないので、板のことだと考えた。ボケすぎである。

 

 

「あいつがあの場所に居たんだ。今話していた、あいつが……」

 

「は!? 何だと!?」

 

「な、何だってぇ!?」

 

 

 ようやくはっきりと真名がカギの質問に答えた。先ほど話していた消えた人物が、近くの人ごみの中に居た。そうカギに言ったのだ。カギも驚き立ち上がり、どこだどこだと辺りを見回していた。カモミールも同じようにきょろきょろしていた。

 

 

「……いや、多分私の幻覚だよ。久々にあいつの話をしたから、そう見えただけさ」

 

「な、何言ってやがる! 居たと思ったんなら探せよ!!」

 

「そうだぜ姉御! 見たっつーんなら探したほうがいいぜー!?」

 

「いや、いいんだ。それに私には仕事がある。依頼を受け持った以上、ここから動くことは出来ない」

 

 

 真名はそれを幻覚や幻聴の類として処理してしまった。だがカギは間違えでも居たと思うなら探せと叫んでいた。探さなければ後悔するかもしれないと思ったからだ。カモミールも同じ気持ちのようで、その人物を探すように勧めていた。しかし、真名はそれでも探すことを拒んだ。この場所で世界樹パトロールの任務があるからだ。

 

 

「だけどそれで本当にいいのかよ!? 仕事なら俺に任せてきゃいいじゃねーか!」

 

「兄貴の言うとおりだぜ姉御! ここは兄貴に任せて探しに行くべきじゃねーのか!?」

 

「いいんだよ、たとえ幻覚だとしても、あいつの姿を見れただけで。幻覚でないのなら生きているとわかったんだし、それだけでいいんだ」

 

 

 カギがこの場所を受け持てば問題ないと思った。そして真名はその人物を探せばよいと考えたのだ。カモミールもカギの言うとおりにすれば丸く収まると言っていた。

 

 だが、だがあえてそれでも探さぬと真名ははっきり言ってのけた。幻覚だとしても、その姿を見れたからよいと。また、幻覚ではないなら、生きていたことによいと考えたのだ。そこで流石に、そんな言葉を聴いてしまったカギもカモミールも、何も言えなくなってしまったようだ。

 

 

「……まあ軍曹がそう言うなら……」

 

「そうだなあ、姉御がそこまで言うなら、無理強いはしねぇや」

 

「それでいい。さて、また告白しそうな人が現れたようだぞ? 現場へ急行するか」

 

「おう、イエス、マム!」

 

 

 そして任務を全うすべく、告白しそうな人を打ち落とす真名。その横で同じく魔法で眠らせるカギが居た。だが、あの人物は本当に幻覚だったのだろうか。実際居たとしても、どうして姿を現したのだろうか。謎は深まるばかりであった。そんな霧のかかった気分を晴らそうと、ひたすら仕事に力を注ぐ真名だった。

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *無詠唱の転生者*

 

 

 ここで突然だが、明石裕奈の話をしよう。この明石裕奈は魔法生徒である。何かおかしい。いや、何もおかしくはない。事実である。だがしかし、一体どういうことなのだろうか。

 

 答えは簡単である。裕奈の母、明石夕子が生きているからだ。さて、なぜ生きているのだろうか。それはやはり転生者が居たからだ。だがこの転生者が意図して助けた訳ではない。本来死亡してしまうはずの任務で、この転生者と明石夕子がチームを組んでいたのだ。そして、その明石夕子が死亡してしまうはずだった任務から、生きて帰ってきのである。だが、その転生者とは一体何者なのだろうか。

 

 

…… …… ……

 

 

 その転生者の名はアルス・ホールド。全ての魔法を無詠唱で操る特典と、全ての魔法を完全にコントロールできる特典を貰った魔法チーターだ。そのため立っているだけで、いかなる魔法を放つことが出来る魔法使いであった。

 

 このアルスの実力は非常に高く、魔法世界でもそこそこ有名なほどなのだ。そんなチート転生者とチームを組んだからこそ、原作で死亡してしまった明石夕子は存命したのである。そして、このアルス、さらにふざけたことになっている。その明石夕子の友人であり、メルディアナ魔法学校の校長のパートナーでもある、あのドネット・マクギネスの夫でもあるのだ。一体どうしてこうなった、と言う状況にまで上り詰めたこのアルスという男は、はっきり言えばめんどくさがりであった。

 

 

「めんどくせぇ。何が世界樹伝説だバカヤロー! お前のせいで仕事が増えただろーが! ファッキュー!」

 

 

 なんとも大人気なく叫ぶ金髪碧眼のイケメン。この見た目30代半ばの男性こそ、アルスであった。

このアルスは麻帆良で2年ほど魔法先生として仕事をしている。本当ならば妻のドネットと同じ職場がよいと思っている。しかし、上の命令でそうなっているようだ。というのも、この麻帆良に転生者が増え始めたのも2年前なので、その対策としてアルスが呼ばれてしまったのだ。哀れなり。

 

 そんなことになって、やる気がダウンしている中、この世界樹伝説である。いや、やる気がダウンしているのはいつものことだが。そのためアルスは本気でやる気が無くなってきていた。しかし、元々やる気などないのである。

 

 

「けっ、愛だの恋だの見る方向を変えれば全部呪いだっつーんだよ」

 

 

 なんという言い草か。見る方向を変えれば愛など呪いだと言い張るアルス。そう言うアルスはダルそうな表情で、本当にやる気がないのが一目でわかるような姿だった。しかし、面倒だが任務は任務。仕事をせねばならんのだ。

 

 

「だりぃ、ダルすぎる。適当にやりますかなあ」

 

 

 適当、適当と言った。大丈夫なのだろうか。だがこのアルス、やる気がないが重い腰を上げれば動くタイプの人間だった。視界に入る全ての告白しそうな人々に、この魔力溜まりから抜け出すよう、意識誘導の魔法を使ったのだ。無詠唱、無行動。ただ立ちながらそれらを見ているだけで、その魔法を使うことができる。これこそ彼の選んだ特典の能力なのである。

 

 また、実際戦闘となれば、無敵時間中爆弾を出しまくり、出したとたんに爆発させるゴリ押し爆弾男とかするのだが。まあ、そんな感じで適当にやっているアルスであった。

 

 

「クソ青春ご苦労様だぜ。オメーらの告白なんざ、どうせすぐに覚めちまうのさ」

 

 

 とんでもない告白への偏見。という割りに、別に彼の夫婦仲が冷めている訳でもない。多分前世での持論なのだろう。そんな暴言を吐いているアルスのところへ誰かがやって来た。メガネをかけた黒髪の男性、あの明石教授である。悲しいことに妻に名前があるのに、この教授名前がないのだ。僕の名前は……、と言うと邪魔されるタイプのキャラである。

 

 

「やあ、アルス。張り切っているじゃないか」

 

「張り切ってる? どこが? だらけてるの間違えだろう?」

 

 

 このアルス、無詠唱、コントロールを特典に選んだ理由が、魔法唱えて操るのがかったるそうだったからだ。そういう意味では努力を投げ捨てる人間なのである。だが重い腰を上げて、ある程度必死に魔法を習得したのも、このアルスなのだ。実際本気でやる気が無いなら、そもそももっと便利な特典を選ぶだろう。アルスは単純に魔法への憧れを捨て切れなかっただけである。

 

 そして、この明石教授とアルスは十年来の友人なのだ。アルスは明石教授と向かい合う形を取りながらも、下の広場をチラチラ眺めて魔法を使っていた。本当に器用なやつである。

 

 

「これでだらけているのなら、他の人たちは寝込んでるってレベルじゃないか」

 

「俺以上にやる気がねぇやつなんかいねぇってー! 居たら驚く……、居たわ……」

 

 

 これほどまでに卓越した魔法で、人々を翻弄するアルスがだらけているというなら、他の魔法使いは何をしているのかという話になる。明石教授はそうアルスに言っているのだが、アルスは自分以上は居ないと豪語した。いや、しそうになって途中でやめたのだ。なぜならアルスの目に、世界樹で寝ている少年を発見したからだ。

 

 

「あれ一元じゃんかよ! ずりぃーなー、ああやって寝てんの」

 

「本当だ。まあ彼は殴るしことしか出来ないから、やることがないんだろう」

 

「じゃあ、だらけることしか出来ねぇ俺は、寝てていいな!」

 

 

 なんと一元カズヤは世界樹の枝で寝ているではないか。これを見たアルスは、うらやましそうにカズヤを見ていた。サボれてずりぃと思ったのだ。また明石教授も、カズヤは殴るしか能が無いとフォローになっていないフォローをしていた。しかし、間違っていないので仕方の無いことだ。そこで完全にやる気をなくしたアルスは、サボりたくてしかたがなくなったようである。

 

 

「今の魔法が使えるだろう? 頑張ってくれよ」

 

「だりー。ケッ、オメーはいいよな、妻も娘も一緒だからよ。俺なんて単身赴任だぜ? そんなんでやる気がでるかバカヤロー!」

 

「そういえばアルスは、単身赴任で麻帆良に来ていたんだったね」

 

「そーなんですー! うらやましいなあ、教授さんよー?」

 

 

 かわいそうに、このアルスは単身赴任の身であった。かれこれ2年もこの麻帆良で単身赴任をさせられており、ひどくやる気が無いのだ。だからこそ、妻も娘も一緒の明石教授がとてもうらやましいのである。まさに嫉妬、SHITであった。そんな明石教授も、そんなアルスをかわいそうだと感じてはいたが。そこで明石教授はアルスの家族が元気なのかと、そのアルスへ質問したのである。

 

 

「そう言うわないでくれよ。それで、アルス。君の家族は元気かい?」

 

「たまにしか会わねーのに、そんなん聞くかフツーよお? まあ、連絡は取ってるから元気みてーだし、心配はないがな」

 

「そうだけど、君の家族のことは君ぐらいしか聞けないからね」

 

 

 いやはや2年もこっちで生活するアルスには酷な質問である。だがこのアルス、面倒といいつつもマメに家族と連絡を取っているようだった。しかし、アルスは家族の健康以上に別のことが気がかりだった。

 

 

「まあなあ。だが家族の健康以上に、俺は心配していることがあるんだよ!」

 

「家族の健康以上に、心配することがあるのかい!?」

 

「このままじゃ、娘にパパじゃなくておじさんって呼ばれるかもしれねーだろーが!!」

 

「そ、それはまた……」

 

 

 一応アルスは連休には帰国してはいるが、2年も家を空けているのはつらい。このままでは娘に父親だと思われなくなってしまう。それがアルスの最大の心配事だった。そう、このまま放置すればあの赤蔵の親父みたいに名前呼びになる可能性があった。それが心配で仕方が無いアルスなのである。そう言うとアルスは頭を抱えはじめてしまった。仕方ないことだ。

 

 というか、このアルスは娘まで居たのか。他の転生者が見たらリア充すぎて殴りに来るレベルである。また、同じ父親として、それは確かに心配だと同情する明石教授であった。

 

 

「実の娘におじさんなんて呼ばれたら、首吊って死ぬレベルだ! さらに名前で呼び捨てにされたら倍ドンだぞ!!」

 

「そ、そうだね。でもそうならないために、連絡はしているんだろう?」

 

「あたりめーだろ!? そのぐらいしねぇと、クズ親父だと思われるだろうが!!」

 

 

 オーバーに言っているが、間違ってはいないだろう。そうなったら死ぬしかないと叫ぶアルスに、明石教授も少し哀れみを感じたようだ。クソーチクショーと叫ぶアルス。もはや魔法世界である程度有名な魔法使いとは思えぬ姿であった。そういう意味では転生者の中でも不幸な分類かもしれない。この姿に明石教授はアルスの肩に手を置き、気持ちを察していた。

 

 

「大丈夫さ、きっと家族もわかってくれているよ」

 

「ケー、教授様に言われると皮肉に聞こえるぜチクショー! 妻にも娘にも愛されやがって、オメーが受けてる愛をよこせ!」

 

 

 妻との関係は良好、さらに娘も父親っこである明石教授。そんな彼にそう言われても皮肉にしか聞こえないアルスであった。

 

 

「それは出来ないな。僕の家族愛は僕だけのものだからね」

 

「ウオーン! そりゃそうだ。あー家に帰りてーや……」

 

 

 暴言に近いアルスの愛をよこせの発言に、誰がやるかボケと返す明石教授だった。アルスもそれはわかると思っていたので、半分は冗談ではあった。そこでアルスもはや完全にホームシックとなっていた。家に帰る!と言い出して、歩き出しそうなほどであった。そんな中、もう一人誰かがやって来た。明石教授の娘、裕奈だった。

 

 

「ちょっと、おとーさん! サボってないで動いた動いた!」

 

「おお、ゆーなか。いや、サボってた訳じゃないよ? アルスと話していただけさ」

 

「いや教授さんよー、それをサボってるって言うんだぜ?」

 

 

 そのとおりである。明石教授はサボっていないと思っていたが、はたから見ればサボっているのと同じだ。裕奈はそんな父親を叱咤しにやってきたようだ。アルスもまた、ずりーなお前と思っていた。

 

 

「そうだよー! ほら、あっちにもいっぱい告白しそーな人がいるんだからさー!」

 

「ハハハ、そうだね、ゴメンゴメン」

 

「そーだねじゃねーよ、はよ行けって」

 

 

 裕奈の示した方向には多くの人が告白しそうになっていた。それを見て明石教授は謝りながらそちらへと移動していった。アルスは明石教授が向かった方向を向き、告白しそうな人々へこっそりと誘導の魔法を使っていたりした。これで明石教授は行き損になるという訳だ。アルスは魔力消費以外痛みなど無い。ちょっとした嫌がらせ(親切心)である。と、ここで裕奈はアルスに挨拶がてら話しかけた。

 

 

「ハロー、アルスさん。元気してた?」

 

「元気な訳ないだろ、俺は堕落を愛する男なんだからな」

 

「えー? 元気こそが最強だよ?」

 

「俺にとっては怠惰こそ最強なんだよ」

 

 

 随分とアルスに親しく話す裕奈。かれこれ10年以上も長く家族ぐるみの付き合いをしていたからである。その裕奈は、そんなやる気のなさそうなアルスに元気かと質問した。だが普段通り、NOと答えが返ってきた。このアルス、堕落こそが最高なのである。そこで裕奈は母親からよく言われている、元気が最強だとアルスに言ったのだ。しかしアルスは、怠惰が最強だと言ってのけてたのだ。本当にやる気のないやつである。

 

 

「そんなんじゃ、奥さんに嫌われちゃうよ~?」

 

「ハッ、んなこたねーさ。なんたってあいつぁ、このやる気がないのも含めて、俺だっつって付き合ったんだからな」

 

「へえー、つーか何でアルスさんの、のろけ話になってんの?!」

 

「知るかよ!」

 

 

 裕奈はちょっとした脅しでアルスのやる気を出させようとしたのだ。が、しかしアルスはそうはならないと説明したのだ。だがそれを聞いた裕奈は、ただののろけ話だこれーとツッコんでいた。この作戦は失敗したが、これならどうだと裕奈は口を開いた。

 

 

「んじゃさ、アネットに嫌われるよ~?」

 

「な、何ぃ!?」

 

「あ、やっぱこっちは効果あるんだ」

 

 

 アネットとはアルスの娘である。裕奈よりも四つほど年下の娘がこのアルスにいたのである。そんなアネットと裕奈は親友で、昔から連休などによく会って遊ぶような仲だったのである。その大切な娘に嫌われるぞと裕奈はアルスに言うと、アルスは驚いて膝を突いて嘆き始めていた。

 

 

「すまん、こんなクソでダメな親父で、スマン……」

 

「あちゃー、元気にしようと思ったら、逆に凹んじゃった」

 

 

 ん~?間違えたかな?元気出さないと娘に嫌われるぞと言ったのに、さらに元気を無くされてしまった。その跪くアルスをやっちゃったーと、思って裕奈は眺めていた。だが、突如アルスはスッと立ち上がった。

 

 

「……と言うのは冗談だ!」

 

「なーんだ、ジョーダンか~」

 

「驚けよ……」

 

「えー? それ何度目? もう見飽きちゃったよ~?」

 

 

 あの凹みようは冗談だったらしい。このアルス、やる気の無い程度で娘に嫌われるはずがないと、本気で思っているのだ。そんな冗談を裕奈はもろともせずに完璧に受け流す。と言うのも何度もこれを、アルスは行っていたらしい。完全にパターン化されたこの冗談らしく、裕奈にとっては見飽きるほどのものだったようだ。

 

 

「はぁー、ゆーなが小さい頃は、これに驚いて涙目ながらに慰めてくれたのに、今じゃこの有様か」

 

「勝手に記憶を捏造しない! 私はそんなこと一度もした覚えは無いよ!!」

 

「はぁー、ゆーなは最初から薄情だったかー」

 

「このやり取りも何度やったと思ってんの!?」

 

 

 アルスはわざとらしいため息と共に、小さい頃の裕奈を懐かしむようなことを言い出した。だが、それはアルスの妄想だった。裕奈はそんなことを一度もしたことがないとはっきりと断言したのだ。その言葉に昔から薄情な娘だったと、アルスは裕奈に言ってのけた。ひどいやつだ。しかし、裕奈が言うにはここまでがアルスの冗談のデフォルトらしい。

 

 

「つーかゆーな、ミイラ取りがミイラになってるぞ? ゆーなも暇してていいなー?」

 

「そ、そういえばそうだった! いやアルスさんだって、私とずっと話してたじゃん!」

 

 

 裕奈も父親のようにアルスとの会話に夢中となってしまい、任務がおろそかになっていた。それをアルスはミイラ取りがミイラになると言ったのだ。アルスにそう言われた裕奈は、ヤバいと思った。しかし同時にアルスもずっと会話していたことに文句を言ったのだ。だが、アルスは別に問題なさそうな表情をしていた。

 

 

「あ? 俺は話しながらでも魔法が使える、チートオブチートだぜ? 周りをよく見ろぉ」

 

「うわ~、でましたよーそれ~。本当にズルいんだからもー!」

 

 

 このアルス、さっきの明石教授や裕奈との会話の最中でも、目で告白しそうな人を追って魔法を使っていた。詠唱いらずのアルスだからこそできる、会話しながらの魔法使役である。それを裕奈は純粋にずるいと言った。半分はそれいいなーとも思っているのだが。

 

 

「そうだよな、やっぱズルいよな。ま、ゆーなも他のところへ行った行った!」

 

「はーい、んじゃそっちも頑張ってね!」

 

「頑張らねーよ、そっちが頑張りな」

 

 

 裕奈にずるいと言われて、アルスは少し表情を曇らせていた。そして、その後すぐに裕奈に別の場所へと移動するように進言したのだ。そのアルスの言葉を聞いて、仕事しなきゃとお思い、移動を開始した裕奈は、最後にアルスへ頑張るように伝えていた。だがこのアルス、頑張らないとはっきり言った。むしろそっちが頑張れとまで言ってのけた。このアルスが努力の次に嫌いな言葉はがんばるなのである。

 

 

「やっぱずりーよなあ、この神様チートってやつぁーよ……」

 

 

 裕奈が遠くへ飛び去り見えなくなったところで、アルスはそうポツリとつぶやいた。転生神からの特典を卑怯とアルスは考えていたのである。だが、貰った力はどんな理由があれ使わせてもらう。それもまたアルスの考えであった。しかし、そのアルスの表情は、少しだけだが渋い顔つきだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:アルス・ホールド

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代タクシー運転手

能力:無詠唱での魔法

特典:全ての魔法を無詠唱で使える

   全ての魔法を完全にコントロールできる

 




カギ君は完全にバカキャラになってしまわれた

そして、魔法系チート転生者登場


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五十話 コンテスト 従者

テンプレ93:転生者に従者


 *コンテスト*

 

 

 うっかり忘れていたが、麻帆良祭初日にて、コスプレコンテストが図書館島で開催されていた。このドマイナーなイベントは公式プログラムには載っていない秘密の大会である。そんな大会の中に、なにやらガン○ムエ○シアや忍○戦士○影っぽいのもちらほら見てとれた。

 

 そして、そんなところに居たのは、やはり長谷川千雨だ。彼女はこのコンテストに出るか否か迷っていた。それもそのはず、この千雨は人前に出ることや目立つことに臆病なのだ。だから、現実(リアル)で人前に出るこのコンテストの出場に迷っていたのだ。

 

 と、そこへ一人の少年がやってきた。世界樹パトロールをサボっていた一元カズヤだ。カズヤは世界樹の枝で一眠りした後、ここへやってきたのである。単純に暇つぶし目的だ。それに気づいた千雨は大層驚いていた。

 

 

「な、なんでテメェがここに居んだよ!」

 

「あぁ? 居ちゃ悪ぃのか?」

 

「悪いに決まってんだろ!」

 

 

 なぜこんなところにカズヤがやってきたのかわからない千雨は、カズヤに叫んでいた。だが、その叫びを適当に受け流しまわりを見回すカズヤだった。そこでカズヤはここが何なのかを千雨に質問したのだ。

 

 

「なあ、ここで何がはじまんだ? 喧嘩か?」

 

「喧嘩な訳あるかバカ! コスプレコンテストって書いてあるのが読めねーのか!」

 

「あー? そういえばそう書いてあるな。わりぃわりぃ」

 

 

 このカズヤ、頭が悪い。すこぶる馬鹿だ。そこにクズとウスノロを足してもいい。目の前に堂々と書いてあるコスプレコンテストを読まずに千雨に質問したのである。そんなカズヤに心底あきれつつ、千雨はまたしても叫んで、それをカズヤに教えていた。だが、さらにカズヤは千雨に質問した。

 

 

「で、コスプレって何だ? 食えるのか?」

 

「食えねーよ! コスプレってのはなぁ……!」

 

 

 千雨は自分の趣味であるコスプレとなるとすぐに熱くなる性格だ。このわからずやのカズヤにコスプレの一から十を詳細に教えてやったのだ。だがカズヤは、その一ぐらいしか解らなかった。まあ、とりあえずアニメや漫画のキャラになりきるということだけはわかったようだ。そして、このコンテストに千雨が居るなら、当然出るのだろうとカズヤは思い、それを千雨に言ったのだ。

 

 

「あーわかったわかった! ところでよ、お前もこれに出んのか?」

 

「い、いや私は出ねーよ……」

 

 

 しかしその質問に答えられず、千雨はどもってしまった。何せ出場するということは、大衆に身を晒すことだからだ。ゆえにどうするか、ずっと踏ん切りがつかずに迷っているのである。そこでカズヤは千雨の表情で、それを少し読み取ったようだ。

 

 

「本当か? まっ、出ないんなら気にする必要なんてねぇだろ?」

 

「あ、ああ……」

 

「でもさ、お前。本当はこのコンテストに出たいんだろ?」

 

「そ、それは……」

 

 

 カズヤは千雨の核心に触れていた。そう、千雨はこのコンテストに出場したいと思っていた。だがやはり、人前に出るのが恥ずかしいのだ。だからずっと考え込んでいたのである。そんな千雨のどっちつかずの態度に、カズヤは少しイラっとしていた。どちらかはっきり決めるのが、カズヤの生き方だからだ。

 

 

「おいおい、それじゃどうしたいんだ? 出たいんだろ? だったら出ればいいじゃねぇか」

 

「た、確かに出場してーと思ったよ。だが私は普通の女子中学生、他の人に比べて凡の凡。明らかに結果は見えてるんだよ」

 

 

 千雨は自分が普通の一般的な中学生レベルだと思っていた。また、ネットであげる画像も修正しているので、自分に自信が無かったようだ。だからこのコンテストに出てもいい結果は出せないと考えていた。だからリスクが高い勝負はしたくないと思い、出場を拒んでいたというのもあったのだ。しかし、今の言葉はカズヤにとって聞き捨てなら無いものだった。戦う前から負けているというのが、少し気に入らなかったのだ。

 

 

「はぁ? 喧嘩する前から負けを決めてんのかお前? そんなもん、やってみねぇとわからんねぇだろ?」

 

「わかってるから、そう言ってんだろーが! わかれよ!」

 

「あのなぁ……。喧嘩は勝ちに行くんもんだろ? はなっから諦めてたんじゃ勝てるもんにも勝てねぇよ」

 

 

 カズヤは千雨が最初から負けを考えているのが許せなかった。だが千雨は、その負けがわかっているから、そう言っていると叫んでいた。しかしカズヤは、そんな千雨に対して淡々と言葉を送っていた。千雨はそれを聞くと、どうすればいいとカズヤへと質問していた。

 

 

「なら、どうすればいいんだよ。どうせ負けるとわかってんだ。出たってしょうがないじゃねーか」

 

「だから勝手に勝敗を決めんなって。それはただお前が自分に負けてるだけじゃねぇか」

 

 

 自分に負けてる。千雨はその言葉に衝撃を受けた。身を震わせ、目を開いてその言葉を聞いていた。確かにその通りだった。出てもいない大会で、最初から負けを認めているなど、大会以前に自分に負けているということだ。その千雨の様子をカズヤは見て、さらに言葉を続けた。

 

 

「だったら何も気にせず、自分のやりたいようにすればいい。負けるのがいやなら勝ちにいけばいい。お前にはそれが出来るだけの力があんだろ?」

 

「あ、ああ。確かにそうだよな……。ん? 力があるだろって……まさか……」

 

 

 千雨はカズヤの言葉で少し勇気がわいたようだ。だが、それ以上に、おかしい、何かおかしい、千雨はそう考えた。力がると言うのは、つまり自分がコスプレしていることを知られて居るのではないだろうか?

 

 さらに言えばこの会話、最初からカズヤが自分がコスプレをして居ることを、さも知って居るかのような流れだったような。千雨は今の会話を思い出し、いや、まさかと思い始めていた。そこで千雨はそれの確信を得るために、カズヤに叫びながらも質問したのだ。

 

 

「て、テメェまさか、私のHPを知ってやがるな!?」

 

「ん? ああ、アレね。俺じゃねぇよ、俺のルームメイトがお前のファンなんだよ」

 

「なん……だと……」

 

 

 なんてこったい。カズヤは千雨のHP、”ちうのホームページ”を知っていたのだ。そしてカズヤが言うには、カズヤのルームメイトが千雨のファンということだった。まさかそのような経由でバレるとは、千雨も考えていなかった。これにも千雨は衝撃を受けていた。あの流法にもずっと隠してきたこの趣味が、あろう事かこのカズヤに、ばれていたのだから当然だ。だが、そんなショックを受けている千雨に、カズヤはどうと言うことはないと言っていた。

 

 

「別にいいじゃねぇか。アレだって、他人に見せるためにやってんだろ?」

 

「そ、そうだが、知り合いに知られるのと他人に知られるのでは大違いだ!」

 

「だってお前の趣味なんだろ? だったら自信を持てよ」

 

 

 HPに掲載するのだから、当然人に見られたいはずだ。カズヤはそう考えた。だが千雨は、知らない人には見られてもいいが、知り合いに自分の趣味がバレるのを恐れていた。こんな趣味を持っているなんて知り合いにバレたら、何を言われるかわからないからだ。しかし、カズヤはまったく気にしていなかった。

 

 

「な、なんだよ。何も言わねーのかよ……。笑わねーのかよ……」

 

「んなもん知らねぇよ。むしろ俺の趣味なんか喧嘩だぜ? 周りから見りゃはた迷惑なもんだろ? だがお前の趣味は違う。別に誰にも迷惑がかかってねぇ」

 

「だが変だと思わねーのか!? 知り合いがこんな趣味で恥ずかしくねぇのか!?」

 

 

 千雨は不安だった。この趣味がバレてバカにされることが、とても怖かった。しかしカズヤは気にしていない。むしろ自分の趣味のほうが悪趣味だと言い張っていた。だが、それでも千雨はそんなカズヤの態度が信じられなかった。だから叫んで問いただしたのだ。

 

 

「だから別にいいじゃねぇか、お前の趣味だろ? それにお前の趣味に賛同してるやつだって結構いるんだろ? そんな態度じゃそいつらに失礼じゃねえのか?」

 

「うっ……」

 

 

 カズヤが言っていることは単純だった。変な趣味だとしても、それを応援しているファンがいるのだ。それを否定してしまっては、彼らが可愛そうだと言ったのだ。千雨はそのカズヤの言葉に、何も言えなくなっていた。そもそもパソコンの前では、随分とえらそうなことを豪語しながらHPを更新している千雨だ。そんなことを言われたら、流石に言葉を失うもの当然であった。

 

 

「俺のルームメイトも、お前の大ファンみたいでよ、毎日うるせぇのさ。だけどよ、お前がそう言っちまうと、そんなあいつが報われないだろ?」

 

「……確かにそうかもな……」

 

 

 そうカズヤに言われ、千雨はこのコンテストに出場するかを深く考えていた。また、自分のHPでもファンに出ないかと聞かれ、迷っていると答えていた。だから一部のファンはこのイベントを見にきている可能性があるだろう。そこで自分に期待して来たファンが居て、自分がこのコンテストに出場しないのなら、そのファンに失礼かもしれないと考えた。だから結果はどうあれ、とりあえず出てみるかと千雨は決心したようだ。

 

 

「はぁ……わかった、私の負けだ。このコンテストに参加してやるよ」

 

「はっ、やっぱはなっからやる気だったんじゃねぇか」

 

 

 千雨はカズヤの言葉でコンテストに参加することに決めたようだ。いや、ここに来た時からすでに参加しようと決めていたのかもしれない。ただ、あと一歩踏み出せなかっただけなのだろう。それをカズヤが背中を押した形となったのだ。

 

 そして千雨は着替えて出番を待っていた。その千雨の格好は、あの魔法少女ビブリオンの敵幹部、ビブリオ・ルーラン・ルージュだった。主人公である魔法少女ビブリオンは二人一組のセットなので、一人ではパッとしないと考えたようだ。また、その横でダルそうにしながらも、それを眺めるカズヤが居た。

 

 

「よく出来てんだな、それ」

 

「当たり前だろう? 誰が作ったと思ってるんだ?!」

 

「超人気ネットアイドル、ちうタンさんだろ?」

 

「う、ウルセー! くそー、どうもやりずれぇ……」

 

 

 カズヤは純粋に千雨のコスプレの出来を褒めていた。なにせ自分が出来ないような器用なことだ。ものめずらしいのである。そこで褒められて自慢げに自分を語る千雨だったが、カズヤの次の言葉で自爆したと感じたようだ。また、邪念がなく純粋にそういうことを言うカズヤの前に、千雨はたじたじとなっていた。そこで千雨の出番となり、名前を呼ばれていた。一応ハンドルネームの”ちう”で登録したようだ。

 

 

「呼ばれてるぜ。頑張れよ」

 

「あ、ああ……。自分の番になってから急に緊張してきた……」

 

「気にすんな、誰も見んな、天井を見ろ」

 

 

 出番となって急に緊張しだす千雨。その横でぶっきらぼうなアドバイスをカズヤが送っていた。そしてステージに千雨が立つと、はやり緊張と恥ずかしさで体が硬直してしまったようだ。やはり短期間で人は変われるものではない。千雨はあまりの恥ずかしさと緊張から顔を真っ赤に染めて、両手で顔を隠し膝を突いてしまったようだ。

 

 そこで、もはやどうしてよいかわからなくなった千雨は、自分の醜態を謝り始めていた。しかし、それを見ていたカズヤはやれやれと言う表情をしながら、多少嬉しそうに笑っていた。すると観客から歓喜の声があがり、千雨は一躍人気者となっていた。さらにそのまま優勝してしまったではないか。

 

 もはやこうなるなど予想すらしていなかった千雨だが、適当な理由をつけて自分を納得させていた。これにて無事にコスプレコンテストは終了し、再び着替えた千雨がカズヤの元へ戻っていった。

 

 

「優勝おめでとう、ちうタン?」

 

「ウルセーな! その名前でいちいち呼ぶな!」

 

 

 ケタケタと笑い皮肉っぽく優勝を祝っているカズヤ。そこでそのハンドルネームで呼ばれることを嫌がる千雨が居た。しかし蓋を開けてみればあっけないものだった。まさかこうも簡単に優勝してしまうとは、千雨もまったく思いもよらなかったのである。そこでカズヤは先ほどの話を振り返って、こう言うのである。

 

 

「どうだ? 喧嘩はやらなきゃわかんねぇもんだろ?」

 

「そうだな……。さっきまでの、勝手に負けた気分でいた自分が、バカらしくなっちまったよ。でもあれ、喧嘩じゃねーだろ?!」

 

「どんな形であれ喧嘩は喧嘩だ。お前が買った喧嘩ってやつさ」

 

 

 カズヤはなんでも喧嘩にたとえる癖があるようだ。そして千雨は先ほどまで負け戦だと思っていた戦いで優勝したことで、最初から負ける考えはバカな事だと思い始めていた。だが、やはりカズヤの喧嘩という言葉にツッコミを入れていた。まあ喧嘩というより試合だからだ。しかし、そうカズヤにツッコむ千雨は、とてもいい笑顔だった。こういうコンテストに参加して、優勝できたというのは彼女にとって大きな自信となっただろう。

 

 

「そうだ、お礼を言ってなかったな。ありがとう一元」

 

「んなもんいらねぇよ。俺が勝手にお前を応援しただけだからな」

 

 

 そういえばカズヤに優勝を祝ってもらった礼をしていなかったことを千雨は思い出した。それと、このコンテストに参加して賞を取れたのも、こいつのおかげだとも考えた。だから千雨はしっかりとカズヤに礼を言った。だが、その表情は照れくさそうで、そっけなく横を向いていたが、声ははっきりと発音していた。しかしカズヤは、そんな礼など不要、勝手に自分がやったことだと言い張った。そこで千雨はこいつはツンデレってやつかと思ったようだ。

 

 

「なんだ? 素直じゃないんだな。ツンデレキャラだったかお前は?」

 

「あぁ? ツンデレって何だ? 食えるのか?」

 

「食えねーよ! つーかこのやり取りさっきもやったぞ!!」

 

 

 カズヤはツンデレを知らなかったようだ。そして、またしても食えるのかと聞き出すカズヤだった。それを聞いて千雨はデジャブを感じ、叫ぶようにツッコミを入れていた。その後適当に二人で麻帆良祭を回って居たが、そこへ流法がやってきてカズヤと喧嘩を始めたのである。いつも見ていた二人の喧嘩に慣れた千雨は、自分がこの状況に慣れきっていることに驚愕し、頭を抱えていたのだった。

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *従者*

 

 

 さて、麻帆良祭にて、ネギはのどかとデートをしていた。転生者が多く警備をしていたためか、ネギは随分時間を使うことが出来たようである。そしてこのネギ、魔力溜まりをうまく避けてエスコートしていた。なかなかやりおる。

 

 

 

 そんな中、一人寂しく歩く少年がいた。カギだ。カギは世界樹パトロールが終わり、やることも無くただ一人でぽつんと立っていたのだ。パトロールで本気を出しすぎて、完全に燃え尽きていたのだ。

 

 だが、そこへ一人の少女がやってきた。魔法使い見習いとなった、綾瀬夕映である。その夕映はのどかとネギのデートを覗くことなどせず、ある目的のためにカギに会いに来たようだ。そこで夕映は完全にボッチなカギへと声をかけたのだ。

 

 

「あの、カギ先生」

 

「ふぁ~、あん?」

 

 

 もはややる気のかけらも無く、ただぼけーっとしていたカギ。そのカギは突然夕映が声をかけてきたことに、少しだけ驚いていた。だが、どうでもいいことなのだろうと構え、適当に返事をしたのである。しかし、夕映の表情は真剣であり、何かをカギに頼もうとしていたのだ。

 

 

「カギ先生、折り入って相談があります」

 

「そーだん? なんのじょーだん?」

 

 

 夕映が相談をカギに持ちかけていた。それを聞いたカギは、洒落だと思ったようで、ふざけた態度を取っていた。そんなカギの態度を無視し、夕映は話を進めた。

 

 

「冗談なんかじゃありません。私と仮契約をしてほしいのです!」

 

「かりけーやく? いいよいいよ、かりけーやくね…………仮契約ぅぅ!?」

 

「な、何ぃー!? 兄貴と仮契約ぅぅ!?」

 

 

 なんと夕映はカギに仮契約の相談を持ち出したのだ。そのカギはボケていたようで、仮契約という言葉を流しかけた。が、その仮契約という言葉に気が付き、やる気の無い態度から一変、すさまじく驚いた後に興奮していた。なんせ、これが本当なら初めての従者が出来るのだから当然だ。そのカギの頭で半分寝ていたカモミールも、それを聞いて驚き飛び跳ねていた。

 

 

「はい、そうです。最近仮契約について学びましたので、試して見たいのです」

 

「まさか兄貴にパクチャンスが来たー!! いっちょ張り切りますか!」

 

「はあ? 学んだ? 誰から? まさかネギか!?」

 

「あれ? カギ先生は私の師匠のことをご存知ありませんでしたか?」

 

 

 カギは夕映がギガントから魔法を教わっていることをまったく知らなかった。弟のネギも、このことはカギに話していなかったようである。しかし、”原作知識”に当てはめればこういうことを教えるのは、あのエヴァンジェリンなはずだとカギは考えた。

 

 だが、この世界のエヴァンジェリンに師事しているのは自分だけで、他には誰も居なかった。だからこそ、誰がこの夕映の師匠をやっているのかわからなかったのだ。そのことを考えているカギの頭の上で、カモミールはカギのパクチャンスと聞いて喜びの雄たけびを上げて張り切っていた。

 

 

「いや、全然知らねーんだけど?」

 

「そうでしたか。師匠はカギ先生のことを多少知っていたようなので、すでにわかっていると思ったのですが……」

 

「んん~? 俺のことを知ってるだと!?」

 

 

 ギガントはカギのことをある程度知っている。同じ村で数年も過ごしたのだ、知らないはずがないのである。だが、このカギはそのギガントとあまり接点を持たなかった。ネギがギガントの弟子となって数年たった時に、ようやくその存在を知ったぐらいである。そこでカギは某怪獣博士の姿の転生者程度にしか考えなかった上に、そこまで気にする存在でもないと思ったからだ。

 

 ただの老いぼれ爺には興味を抱かないのである。だからこそ、夕映の師匠がギガントであることに気付かないのだ。また、先ほどはテンションが上がっていたカモミールも、カギと夕映の会話を邪魔しないように、黙っていた。が、内心ははよパクろうぜと考えていた。

 

 

「私の師匠はギガントさんです。白髪のおじーさんです」

 

「あ、ああ~! あのジジイか! え? 何!? あのジジイ魔法使いだったのか!?」

 

「カギ先生はあまり師匠のことを知らないのですね。ネギ先生は師匠の弟子だったのですが」

 

「なんだと!? どおりでよくあの村でジジイんとこに行っていた訳だ!」

 

 

 ここでようやくカギは、ネギがあのギガントの弟子であることを知ったようだ。そして、あの山奥の村で魔法薬店に通っていた理由もわかったのだ。そこであのアーニャも同じくギガントの弟子である可能性が高いと、カギは考えた。だが、別にそのぐらいどうでもよいと、その考えを投げ捨てていた。それよりも、今は夕映の仮契約の件を考えようとカギは考えたのだ。

 

 

「ま、いいや。で、仮契約だっけ?」

 

「はい! カギ先生が主として仮契約をしてもらいたいのです!」

 

 

 夕映は最近仮契約とアーティファクトをギガントから学んだようだ。のどかも同じように学び、アーティファクトを起動できるようになっていた。

 

 また、のどかのアーティファクトはいどのえにっきであり、他者の考えを読むものだ。だからギガントはあまり使わないように、一応言ってあるのだ。そののどかも他人の心を読む行為には流石に罪悪感があるので、あまり使わないことを約束していた。

 

 だが、のどかのアーティファクトを夕映は見て、少しうらやましく思ったのだ。そのため自分も仮契約をしてアーティファクトがほしいと考えたのだ。

 

 

「なんで俺に? 別にそれなら弟子同士ネギでもいいんじゃね?」

 

「あ、兄貴!? 何言ってんだ!? 待望の初従者候補ですぜえ!?」

 

 

 しかしそこで、仮契約をするなら弟子同士でしてもよいだろうと、カギは考え夕映にそれを言った。そもそもカギは、自分よりも紳士なネギのほうがよくね?と思っていたのである。世界樹パトロールにて、目の前でイチャコラするカップルに当てられて、自暴自棄になっているのである。先ほどは夕映とカギの会話の邪魔をせんと黙っていたカモミールだったが、このパクチャンスを逃す必要などないとカギへと必死に叫ぶカモミールが居た。

 

 

「だってよー、俺しょっぺーしー。変態だしー、しかもモテねーしー」

 

「兄貴ぃ!? そういうことじゃねーっしょ!?」

 

「ネギ先生はのどかと仮契約してます。だから私はカギ先生に頼みたいのです」

 

 

 夕映は単に、のどかからネギを奪いたくないと思った。だからネギとの仮契約に戸惑いを感じたのだ。だが、やはりそれでも、うんと言わないカギであった。

 

 

「じょーだんはよしなされ。俺なんかと仮契約してもいいことねーよ?」

 

「ほらほらパクっちまおうぜ兄貴! あっちはめっちゃヤル気だしパクっちまおうぜ!!」

 

「カギ先生と仮契約しようとした理由はもう一つあります!」

 

 

 もはやカギは冗談ならやめてけれーと夕映に言っていた。その横で騒がしくパクれーパクれーと叫びまくるカモミールが居た。必死すぎる。そんなカモミールをスルーして、夕映はもう一つ目の理由をカギに話していた。

 

 

「私が魔法を知ったのはカギ先生のおかげです。カギ先生がどう考えて、あの時魔法を使ったかはわかりませんが、魔法があることを知ったのは、カギ先生が私の目の前で魔法を使ってくれたからです!」

 

「ん? あー、そんなこともあったね」

 

 

 夕映は魔法を知れたのはカギのおかげだと感謝していた。カギが図書館島の地下で魔法を使わなければ、魔法を知ることなく生きていたと、夕映は考えたからだ。だからこそ、カギと仮契約をしたいと思ったのだ。だが、そのカギはどーでもよさそうな顔で、そんなことあったねと言っていた。

 

 何せこのカギ、原作崩壊を知るまでは必死で原作どおり物事を進めようと考えていた。あの時魔法を使ったのも、それのためでしかなかったのだ。だからそのことで感謝されても、実感が沸かないのである。そこで、気の乗らないカギに、夕映は頭を下げていた。

 

 

「はい、だから仮契約をするならカギ先生だと思いました。どうかお願いします!」

 

「ほら! お嬢ちゃんが頭下げてるんだぜ!? 兄貴も男を見せる番だろう!?」

 

 

 そこで頭を下げられてはカギも断るに断れなくなってしまったようだ。カモミールもこのチャンスを逃す手は無いと、カギを必死に説得しようとしていた。その頭を下げる夕映を見て、まあ減るもんじゃないしいいか、とカギは考えた。

 

 

「はあ、俺でいいならしてやるよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「っしゃあ! 契約魔方陣用意しますぜ!」

 

 

 仮契約の方法は基本的にキスである。これが最も楽な方法とされているからだ。だからオコジョ妖精のカモミールは仮契約の魔方陣をとっさに用意しようとしたのだ。だがしかし、それを夕映はいらぬと申し出た。

 

 

「あ、それには及びません。これを師匠から貰ってきましたので」

 

「なにそれ?」

 

「簡易式仮契約ペーパーです。これに拇印を押すだけで仮契約が出来るそうです」

 

「はあああ!? うそだろおお!?」

 

 

 夕映がポケットから取り出した一枚の紙。印と書かれた円が二つ、左右の端に書かれており、中央には魔方陣も描かれていた。これが簡易式仮契約ペーパーである。この紙に拇印を押すだけで、簡単に仮契約ができるすさまじい魔法具なのだ。皇帝印の一つであり、仮契約魔方陣などが使えない場合に簡単に仮契約を済ませられるという優れものである。

 

 それを見てカモミールは断末魔のごとき叫び声をあげていた。これで仮契約されればお金が入ってこないからである。だが、それをカギは気にせずよしとした。このカギは従者がほしいのであって、別にキスがしたい訳ではなかったのだ。というのも、カギは前世にてそういう経験がない。つまり、色々豪語しているが、いざとなるとウブなのが、このカギであった。

 

 

「はい、これが朱肉です。ここに拇印を押してください」

 

「おう、これでいいんか?」

 

「じゃあ、私も」

 

「なんてこったああああ!? 俺っちの出番はどこへ!?」

 

 

 そこで二人がその紙に拇印を押すと、光が輝き仮契約が完了された。カギを主として夕映が従者となったようだ。また、拇印を押す方向で主と従者を決定することが出来るため、拇印を押す方向を逆にすれば、従者と主を逆転できるのである。これでカギは待望の従者を手に入れたことになる。

 

 だが、なぜかは知らないが、カギはあまり嬉しさを感じてはいなかった。むしろこんなもんか、と思う程に冷めていたのである。これが所謂燃えつき症候群である。なんせ世界樹パトロールで暴れ散らしてしまったので、色々発散したせいか、完全にクールダウンしまくっていたのだ。また、展開的に感動するようなシチュエーションでもないというのも大きいだろう。しかし逆に、夕映は従者となり仮契約カードを得たことを、心から喜んでいた。

 

 

「こんなもんかあ、まあ夕映よ。なんか主とかどうでもいいけど、これからよろしく」

 

「はい、カギ先生! これからよろしくお願いします」

 

「うおお、俺っちって一体何なんだ……」

 

 

 とりあえず主と従者という枠組みとなったので、適当に挨拶をする二人。カギは主とか従者とかどうでもよく、教師と生徒の関係で十分だと思ったようだ。もはや完全に冷え切ったカギ。まあ劇的なものではなかったので仕方が無いことだろう。

 

 そこでカモミールは自分の役目を紙一枚に取られたことを嘆き、自分はなぜ存在しているのかと哲学的なことを考えていた。そして、夕映は仮契約カードを使ってアーティファクトを呼び出してみようと思ったようだ。

 

 

「これが仮契約カードですか! 早速使ってみましょう、来れ(アデアット)!」

 

「あ、やっぱそれなんだ。俺もネギも差がねぇのか」

 

 

 夕映のアーティファクトは”原作どおり”世界図絵であった。単純な魔法百科事典であり、魔法に対する質問を自動検索し正しい回答を教えてくれるものだ。カギはそれを見て、やはりそれなのかと思っていた。だが夕映は自分のアーティファクトを目を輝かせながら眺め、手で撫でてその感触を実感していた。

 

 

「すごいです、魔法のことなら何でもわかる本みたいです」

 

「すりゃよかった。じゃあ俺はもういいよな?」

 

「俺っちの出番、俺っちの役割……」

 

 

 夕映は自分のアーティファクトを使い、色々検索しているようだ。そういう知識は溜め込みたい夕映。自分が知った魔法知識を使って、色々な事を調べていた。それをどうでもよさそうに眺め、カギは役目は終わったと思い立ち去ろうとしていた。また、カギの頭の上でカモミールは、再起不能レベルまで落ち込み、次からの出番すらも心配していたのである。

 

 

「じゃ、またな」

 

「あ、待ってください、カギ先生」

 

「え? まだ何かあんの?」

 

 

 カギはもう用はないだろうと、さっさと退散しようとした。別にやることが無いので、適当にフラフラしようと思ったようだ。しかし、そんなカギを夕映は呼び止めたのだ。何事かと思い、カギは再び夕映の方を向いて話しかけた。

 

 

「カギ先生は暇ですよね? 一緒に麻帆良祭を回りましょうか?」

 

「はぁ? なんで?」

 

「一応形だけとは言え、仮契約の主と従者となったのです。少しぐらい親交を深めてもよいではないですか」

 

「まあ、そう言うならいいけどよー」

 

 

 夕映はカギへ一緒にこの麻帆良祭を回ろうと言ったのだ。しかし、それを聞いたカギは、なぜという質問をする始末だった。昔なら喜んでYESと即答しただろう。これも、やはり燃え尽き症候群のせいである。まあ、謎テンションで喜ばれるよりマシだろうから、これはこれでよいだろう。

 

 そこで夕映は仮契約した仲となったなら、多少なりに仲良くしてもよいのではと言ったのである。それを聞いたカギは、しぶしぶと許可をしたのである。そして、とりあえず適当な場所を見つつ、歩く二人だった。そんな二人をよそに、カモミールはカギの頭の上で青くなり、ブツブツと何かを呟いていた。

 

 

「ところでカギ先生は、どんな魔法が得意なのでしょう?」

 

「あぁ? 俺自身は火系と地系の適正が強いっぽいが、それ以外は風系だな」

 

「火と地と雷ですか、結構多いのですね。私は風が得意のようです」

 

 

 カギの得意とする属性は火と地である。だが、特典の力により風も得意なのだ。そして夕映は風などが得意のようであった。得意のようと不確定な言い方なのは、まだ攻撃の魔法を覚えておらず、適正のみを教えてもらったからだった。

 

 しかし、魔法の会話など人が多いこの麻帆良祭のど真ん中で話しててもよいのだろうか。だが、夕映はこっそりと認識阻害の魔法を使っており、他人にはゲームの会話ぐらいしにか聞こえないようにしているのだ。ギガントが言い渡した規則の、他人に魔法を知られないということを、しっかりと守っているのである。しかし、普通はそれをカギがやらなければならないことなのだろうが。

 

 

「へぇー、風ねえ。どんな魔法を覚えたん?」

 

「対物衝撃用障壁や、水の転移魔法、それから最近はようやく杖での飛行を教えてもらいました」

 

「は? 水の転移魔法?マジで使えんの?」

 

「はい、頑張って覚えました!」

 

 

 夕映は逃げる魔法、飛ぶ魔法、防御の魔法を覚えたようだ。そこで夕映の水の転移魔法を覚えたという言葉に、かなり驚いていたようだ。なにせカギが思い当たる中で、この水の転移魔法で最も有名な使い手はあのフェイトなのだ。だからこそ、影の転移魔法ほどではないにせよ、かなり強力な転移魔法であることを知っていたのである。そんなすごい魔法を使えるようになったと言った夕映に、カギはとてつもなく戦慄していたのだ。

 

 

「何かおかしいですか?」

 

「い、いやいや。何でそんなパねえ魔法覚えちゃったわけー?」

 

「師匠が何かあっても、すぐ逃げれるようにと教えてもらったのです」

 

 

 ギガントは夕映やのどかに攻撃魔法をまったく教えていない。だから何かあった場合、抵抗や反撃が出来ないということだ。それゆえ、転移魔法や防御などをみっちり教え、何かあった時でもすぐ逃げれるようにしていたのである。その一つが転移魔法である。影や水を使って転移する魔法であり、覚えているととても便利なものだ。

 

 

「そう聞けば確かにそうだなあ。世の中逃げるが勝ちと言うしな」

 

「はい、それに私は攻撃魔法を覚えていないので、こうやって逃げるしかないのです」

 

「攻撃魔法を覚えてねぇだと!? 魔法の射手もか!?」

 

「はい、まだ覚えてません」

 

 

 カギは夕映が逃亡、防御特化だと話でわかったようだ。だがその夕映は攻撃魔法を覚えてないとカギへ言った。そこでカギは魔法学校でも覚える魔法の射手も覚えていないのかと夕映へと質問したのだ。そして夕映の答えは、やはり覚えていないというものだった。その答えにカギは少し驚いていた。普通は魔法の射手ぐらい使えてもいいはずだからだ。

 

 

「なんで覚えねぇんだ? 別にそれなら使えねー訳じゃなさそうだが?」

 

「師匠はあまり、攻撃魔法を教えたくないと思っているみたいですので……」

 

 

 ギガントは攻撃魔法を教えるのを渋る。それはあまり他人を傷つけてほしくないからだ。それに、職業柄、そういうことを教えたくないと考えているのである。まだ判断の甘い若い娘には、攻撃魔法を使ったことで後悔してほしくないのだ。

 

 しかし、カギはその話に納得行かなかった。なんせ普通に覚える魔法だからだ。だから駄々をこねれば教えてくれるだろうと夕映へと話していた。

 

 

「それでも教えてくれっつえば教えてくれんだろー!?」

 

「かもしれません。ですが私も攻撃魔法を使うのが少し怖いのです……」

 

「怖い? なんで!?」

 

 

 夕映は攻撃魔法を使うことを恐れていた。それはギガントがはじめて、攻撃魔法を見せてくれた時の光景が、記憶に焼きついていたからだ。また、それだけではなく、他者を傷つける攻撃魔法を使うことに、ほんの少し恐れを抱いていたのだ。だがカギは、魔法学校で普通に教えてもらうので、魔法の射手ぐらい怖くないだろうと考えているのである。

 

 

「攻撃魔法は他人を怪我させてしまうものです。私は神秘的な魔法に憧れて魔法使いになりたいと思いましたが、誰かを傷つけたいと思った訳ではありません」

 

「なーるほど。確かに攻撃魔法はそういう観点から言えば、凶器になるわな」

 

 

 カギは夕映の説明に納得したようだ。確かにそうだ、怪我させる攻撃魔法は普通に考えて凶器である。このカギもストレス発散のために、他人を攻撃するほどクズではないので、それがよくわかったのだ。それに、無抵抗の人間に魔法の射手を使ったあの銀髪の光景が、今でも目から離れないのだ。

 

 

「でもま、自分の身ぐらい自分で守れるようにならねぇと一人前じゃねえからな。最終的には覚えた方がいいぜ?」

 

「はい、最後には覚えたいと思ってるのです。だけど今はまだ、覚悟がないですから……」

 

「覚悟かあ。生まれつき魔法使いの俺にゃあまりわかんねぇことだわ」

 

 

 攻撃魔法を使うのに覚悟などはいらんだろうと、カギは考える。だが夕映は、他人を怪我させたくは無いので、どうも踏ん切りがつかないのだ。だからとりあえずカギは、気にすることはねーと夕映に話したのである。

 

 

「まあなんだ、あんま気にしすぎてもしゃーねーぞ? おめぇが攻撃された時、抵抗ぐらい出来た方がいいたー思うがね」

 

「やはりそうですか。私も少し考えさせられることがあったので、そう思っているんです……」

 

 

 夕映はへルマンが麻帆良にやってきた時、スライムに襲われた。その時、自分が何も出来ず、ただマタムネに守られているだけだったのを思い出していた。実際は杖も何も無かったので、何か出来るという状況でもなかったのだが。しかし、あの時杖があって攻撃できれば、あのスライムを逃がさずにすんだかもしれないと思っていたのである。まあ、それが出来たかわからないから、夕映は水の転移魔法を必死に覚えたというのもあるのだが。

 

 

「ふむふむ、まあいいんじゃね? 今はそれでもよ。その内出来るようならぁ!」

 

「そうですね。今はまだ、攻撃魔法よりも別の魔法を覚えたいと思います」

 

「そうそう、それでいいんだって。攻撃魔法だけが全てじゃねぇしな!」

 

 

 そのカギの言葉に夕映は、とりあえずは現状維持でよいと考えた。今すぐ攻撃魔法を覚えずとも、とりあえず逃げる魔法は覚えたのだから、十分だと思ったのだ。またカギも、攻撃魔法だけではなく、他の魔法を使ってみようと考えた。カギはエヴァンジェリンとの修行で、攻撃魔法でのゴリ押ししかしてなかったのだ。

そこに絡め手として、それ以外の魔法を使ってみようと考えたのだ。

そして二人は現時点での答えを出し、とりあえず麻帆良祭を楽しむことにしたのであった。

 




カズヤは知っていて、わざとボケている確率50%です
また、カズヤはただの喧嘩バカです

あとカギ君はずっと燃え尽きてればいいかもしれない


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五十一話 まほら武道会の始まり

天下一武道会開催


 まほら武道会。龍宮神社で行われる予定の格闘大会だ。そこに麻帆良中からすさまじい強者が集まってきていた。本来ならば衰退してしまったこの大会だが、それを買収して開催するものが居た。

 

 そのものの名はビフォア・タナン。”原作”ならば超鈴音が開いたはずの大会だが、ここではこの男ビフォアが主催者となっていた。そしてその開会式に、原作の超と似たようなことを宣言していた。

 

 また、司会役は朝倉和美ではないようだ。一応和美はこの大会の司会にスカウトされたが、あの銀髪の一件で少し臆病となっており、それを断っていたのだ。そもそも知らないおっさんから、そんな依頼をされても受ける人など居ないだろう。だからグラサンをした逆毛の男が司会をするようだった。

 

 そんな中、超は認識阻害を使いながら、こっそりとその開会式に紛れ、ビフォアという男を睨みつけていたのである。しかし、超は魔法が使えない。ではどうやって認識阻害を使っているのだろうか。それは科学の力である。光学迷彩などを使い、周囲の人間をごまかしているのだ。さらに、マフィアっぽい全身黒ずくめに変装し、正体もばれないように徹底していた。

 

 

「あの男が犯人に間違えなさそうネ……。この大会を開いて一体何をするつもりなのカ……」

 

「画像や映像の記録が残らないと言ったが、さて本当なのかどうか。検証してみんことにはわからんなー」

 

 

 もう一人、超の隣でその男を見ているものが居た。エリックである。エリックはビフォアの映像が記録できないという言葉を半信半疑に受け止め、検証することにしたのだ。しかし、そのビフォアという男の目的がいまいちはっきりしない。この大会を復活させて何をしようというのだろうか。エリックはその辺りも疑問を覚えた。

 

 

「しかし、その前にあの男の目的は何なのか。この大会は何を意味するのかがわからん」

 

「確かにそうネ……。一体この大会を復活させて何をしようというのカ……」

 

 

 超もエリックも疑問に思ったが、まったく答えが出なかった。だが、ビフォアが言った裏の世界という言葉や、詠唱禁止で少しだがピンと来るものがあったようだ。なぜなら魔法使いは魔法を隠すため、魔法に関する言葉を絶対に口にしないからだ。そこである仮定がエリックの脳裏に浮かんだのだ。

 

 

「まさかあの男、魔法を一般人にバラそうと言うのではあるまいな!?」

 

「そんナ?! 魔法を一般人にバラすだト!?」

 

 

 エリックのその言葉に超は驚いた。何せこの時代はまだ魔法が一般人に知れていないのだ。遠い未来においては魔法はすでに一般人にも知れ渡り、ある程度普及している。だが、この時代は隠蔽されており、魔法をバラせばオコジョにされてしまうのだ。さすればなぜ、オコジョにされるようなことを、あの男はしようとしているのか。そこに新たな疑問が浮かんだのだ。

 

 

「イヤ、待つネ。この時代で魔法をバラせば、オコジョにされるはずヨ。どんなメリットがあって魔法をバラそうとしているネ?」

 

「そこまではわからん。オコジョになるのが目的ではないだろうが、あの男はオコジョにならない自信でもあるのだろうか?」

 

 

 オコジョに好んでなるやつなどいない。つまりビフォアはオコジョにならない自信があるのだろう。それか、別の目的があるかのどちらかだとエリックは考えた。しかし、現時点で魔法を一般人にバラしても、ビフォアにメリットがある気がしないのだ。だから超もエリックも、今の仮定が正しいと考えられなかった。

 

 そこでエリックは一般人の幅を世界に広げて見た。するとどうだろうか。規模が大きくなったことで、別の目線から物事を見ることが出来るようになったのだ。

 

 

「一般人を世界規模と仮定しよう。すると魔法をバラしたこの麻帆良全体が責任を負うことになるかもしれんぞ!」

 

「ま、まさかあの男の目的は、この麻帆良の魔法使い全てをオコジョにすることなのカ!?」

 

 

 そう考えればつじつまが合う。あのネギがオコジョにされるという未来にも当てはまるのだ。さらにビフォアのみがそれを掻い潜る方法を持っているとすれば、自分以外の魔法使いはこの麻帆良からいなくなるのだ。そして、この大会を買収したということは、想像以上に資産を持っている可能性があった。エリックはそれを考えると、最悪の事態を想定した。

 

 

「ワシの予想ではあの男はこの麻帆良を、金で買収するつもりだ! やつは未来の知識でこの時代のさまざまな博打で儲けた可能性がある!」

 

「この時代のあらゆる賭け事の結果が書いてある年鑑か何かを使ったのカ!?」

 

「かもしれんぞ! なんてことだ! このままでは麻帆良はやつの手に渡ってしまう!!」

 

 

 そしてエリックは改変された未来のデータを思い出していた。この麻帆良を地獄へと変え、悪魔の化身として有名となった男の名を思いだしたのだ。そして、そのデータが詰まった小型末端を取り出し、それを見たのだ。するとやはり改変された未来で、その男がこの数週間後に麻帆良の代表となり、治安悪化を引き起こしていたのだ。

 

 

「ああ、なんてことだ!はじめに気付くべきだった! まさか我々が追っていた男は改変された麻帆良の代表とは!」

 

「そ、それは最悪ヨ! なんとしてでも阻止しないとネギ坊主だけではなく、麻帆良も崩壊してしまうネ!」

 

「そうだとも! しかし時間がもう残り少ない。早めに手を打たねばならんぞ!」

 

 

 もう残り時間が少なく、タイムリミットが迫ってきていた。エリックはその前に何とかしなければならないと考えてたのだ。だが、そこで超は、それならもう一度過去に戻れば、時間を多く使えると考えたようだ。

 

 

「それならもう一度二年前に戻て、あいつを捕まえればいいネ!」

 

「それは駄目だ!! 過去のワシらに出会う方が危険だ!」

 

 

 しかしその作戦はエリックによって却下された。なぜなら過去の自分たちに出会う危険があるからだ。そうなれば最悪、時空連続体が破壊されかねないのである。さらに、エリックにはもう一つ、その作戦が行えない理由を超へと話した。

 

 

「それにワシらのアジトもその理由で使うことが出来ん! だから過去に戻るという選択はない!」

 

「そ、そうね……。うかつだたヨ」

 

 

 過去に戻っても、今所有しているアジトが使えないというのは戦略的に厳しい。というのも、過去の自分たちがアジトに出入りしている。だから過去の自分たちに最も出会いやすいアジトを、使う訳にはいかないのである。だから、とりあえず現状維持で行動するしかなかったようだ。

 

 

「今はとりあえずヤツの目的を見定め、今出来ることをするしかないだろう」

 

「それしかないカ……」

 

 

 そして、とりあえず超とエリックはビフォアの監視とこの大会の流れを知るために、まほら武道会を見学することにしたようだ。そこでエリックはありとあらゆる機材を使い、本当にこの大会がカメラなどの媒体に映らないかを検証するための準備をしに戻った。

 

 そこで超は再びビフォアを睨み、必ず野望を阻止してやると心に誓っていたのだ。そんな二人が話し合っている中、その近くで二人の少年が会話をしていた。なにやらこの大会に出場するか否かでもめているようだった。

 

 

「おいネギ、この大会で強敵をぎょーさん倒して、つよーなるチャンスやで?」

 

「コタロー君、僕は戦いは得意じゃないんだ、あまりこういうのは……」

 

 

 その少年二人はネギと小太郎だった。ネギは小太郎に連れられてこの龍宮神社へやってきていたのだ。小太郎はこの大会で、強敵と戦えば強くなれるかもしれないと考えたようだ。だがそれに誘われたネギは、戦うことがあまり好きではなかった。絶対に戦わなければならない場面以外、極力戦いたくは無いのだ。

 

 ちなみにネギはここへ来る前、のどかとしっかりデートをしてキスまでされていた。だがネギは世界樹の魔力で暴走することなく、しっかりとのどかをエスコート出来たようだった。またデート後で、さらに意識がある中での”初めてのキス”をされたネギは、そのことを少し考えていた。そんな思考中のネギを小太郎は必死に説得し、この武道会に引っ張り込んで参加を促していたのである。

 

 

「そんなんでええんか!? あの悪魔のおっさんにボコられて、さらにあのメガネのおっさんにまで負けて、悔しくないんか!?」

 

「……確かに悔しかった。でもそれ以上に自分で生徒を、千鶴さんを守りきれなかったことのほうがもっと悔しいんだ」

 

「ならもっと強くならんとあかんやろ? これはそのチャンスの一つやで!」

 

 

 小太郎はヘルマンと戦った時のことを思い出し、それを叫んでいた。本気のヘルマンにただ殴られるだけで、まったく攻撃できずに終わったあの戦い。そして、その後に現れたメガネの男と、それが操る機械天使も強敵だった。どちらの戦いにおいても、まったく優勢にもならず叩きのめされただけだったのだ。

 

 小太郎はその戦いがとても悔しかったのである。それをネギに聞けばやはりネギも悔しかったようだ。だが、ネギが悔しいのは敗北以上に、自分の生徒である千鶴を守りきれなかったことだった。あの場で覇王が現れなければ、どうなっていたかわからなかったからだ。それならもっと強くなるために戦えと、小太郎はネギに言い聞かせていた。

 

 

「……コタロー君の言うとおりかもしれない。僕もこの大会に出てみるよ」

 

「その意気や! 男ならガッツを見せなあかんわ!」

 

 

 ネギは強くなるため、また強者と戦うために大会の参加を決意した。それを聞いた小太郎は、嬉しそうにしつつ、それでこそ男だとはっきりと言葉にしていた。そこでそのネギの言葉を聞いていたタカミチが、ネギの近くへとやってきたのだ。

 

 

「おや、ネギ君たちも出るなら、僕も出てみようかな」

 

「た、タカミチさん!?」

 

 

 なんとタカミチがネギの参加を聞いて、この大会に参加すると言い出したのだ。ネギはある程度タカミチの強さを知っているので、その言葉に驚いていた。

 

 

「今のネギ君がどれほどなのか、少し試してみたくなってね」

 

「僕はそこまで強くなろうとはしていないので、そう言われても……」

 

「何言っとるんや! こういう時こそ望むところやと言う場面やろが!」

 

 

 タカミチはネギがどれほど成長したかを確認したい、それで参加を決めたようだ。だが肝心のネギは昔から特に強くなる気などなかったため、さほど戦闘技術を磨いてはこなかった。ある程度の攻撃魔法は覚えさせてもらったが、それ以上は覚えていないのだ。

 

 しかし、そんな事情も知らず、小太郎はここは熱い展開で好敵手宣言する場面だと叫んでいた。さらにそこへ一人の少女がやって来た。アスナである。

 

 

「高畑先生も出るのね……。なら私も出ようかしら」

 

「あ、アスナさんまで!?」

 

 

 アスナはタカミチが出るから自分も参加してみようと言ってきた。だが、タカミチに惚れている訳ではない。つまり、好きな相手が出場するから自分も参加したいということではないのだ。ということは、どういう意図があって参加するのだろうか。それはまだ、アスナ本人にしか知りえないことだろう。

 

 そこでアスナも参加すると聞いたネギは、さらに驚いていた。ネギはアスナがアーティファクトを確実に使いこなし、高い技術を身につけていることを、ある程度見てきたからだ。さらに3-Aの中でも、一際戦闘力が高い古菲や忍者の楓、はたまたスナイパーの真名も参加するようだ。そこでネギは大丈夫かどうか考え始めていた。だがネギは、その三人の実力をいまだ知らないので、実際はなんとも言えないのだが。

 

 

「なんかすごいことになってきちゃったぞ!?」

 

「むしろ燃える展開やろが! どれほどの相手か知らへんが、わくわくしてきたで!」

 

 

 しかし、そこにもう二人、少女がやってきた。どちらも京都出身の少女だ。それは刹那と木乃香であった。二人とも並んでネギの方へとやってきたのである。

 

 

「あれ? アスナさんも参加するのですか? 私もちょうど参加しようと思ったところです」

 

「ほー、アスナも参加するんか? なら今からウチとは敵同士やな!」

 

「え? 刹那さんはわかるんだけど、このかも出場する気なの!?」

 

 

 刹那はこの大会の主催者が放った”詠唱禁止”の言葉に疑問を感じ、参加してみようと思ったようだ。本来なら一般人の前で使わない単語だからである。また、木乃香は自分の力試しのために参加しようと決めたのだ。そして、アスナは刹那が参加するのはわかるが、木乃香が参加するというのは意外だった。だから少し驚いていたのだ。しかし、アスナよりもその横に居たネギの方が驚いていた。

 

 

「ええ!? このかさんも参加するんですか!? だ、大丈夫なんです!?」

 

「この姉ちゃん大丈夫なんか? めっちゃ弱そうやけど?」

 

 

 ネギは木乃香が大会に参加することを心配していた。普段からふわふわしてやさしい彼女が、戦えるのだろうかと考えたのだ。しかし、京都での木乃香の活躍を考えれば、特に問題は無いはずである。いやはやネギは、普段の木乃香の態度を見て物事を考えているようだ。

 

 また、その隣に居た小太郎も、このやわらかい物腰の木乃香があまり強そうに見えなかったのである。だが、木乃香は問題ない、やれると、はっきりと口にしていた。

 

 

「大丈夫やよ! ウチだってちゃんとやれるってところを、はおに見せなあかんのやから!」

 

「そうか、木乃香が参加するのか。どれ、本選に進めるか楽しみだね」

 

 

 すると木乃香と刹那の後ろから少年の声が聞こえたのだ。それこそ木乃香の師匠であるあの覇王であった。覇王は木乃香が本選へと駒を進められるかどうかを考えているようだった。

 

 何せこの大会はそこそこの強豪が参加するようなので、本選へ進めるか気がかりのようだったのだ。その覇王の声を聞いて、木乃香と刹那は振り向いた。そして木乃香は覇王を、見ていっそう笑顔が眩しくなる。

 

 そこで小太郎は覇王を見て驚き、少し恐縮していた。さっきまでの威勢はどこへやら、完全におとなしくなっていたのだ。まあ、京都でリョウメンスクナを鬼火を使って一撃で倒した光景を見てしまったのだ。あれが完全にトラウマになっているのである。

 

 

「あ、はお!」

 

「覇王さん、こんばんわ」

 

「は、覇王さん! どうもお久しぶりです」

 

 

 とりあえず木乃香と刹那とネギは覇王へ挨拶していた。木乃香は笑顔で元気に手を振り、覇王へと近づいていった。また、刹那は小さく覇王にお辞儀していた。その刹那の横のネギも、丁寧にお辞儀していたのだった。

 

 

「あ、覇王さん。覇王さんは参加しないの?」

 

「僕が参加したら優勝しかないじゃないか。それじゃ面白くないだろ?」

 

 

 そこでアスナは覇王に大会に参加するかを質問した。だが、覇王は参加しないと言ったのだ。というのも、覇王はこの大会に出れば優勝以外の結果を疑っていないのである。そもそも、体術もそこそここなし、さらに一般人が見えないO.S(オーバーソウル)を操れるので、どんなルールであれ、本気で挑めるからである。

 

 

「あ、そう。やけに自信があるのね」

 

「当たり前だろ? こんなちっちぇえ大会で敗北したら、それこそ末代までの恥さ」

 

「はおー。ウチが参加するのにハードルあげへんでほしいんやけど」

 

 

 もはやこの大会にアウトオブ眼中の覇王。確かにシャーマンキングでのシャーマンファイトのトーナメントを考えれば、この大会での敗北はまさに恥の一言だろう。そう覇王が考えてしまっても仕方の無いことだった。そんな覇王を見てアスナは、どんだけ自信があるのかと思いながら、ため息をついていた。また、今の覇王の言葉に木乃香がハードルをぐーんとあげられたと感じ、覇王に文句を言っていた。

 

 

「ああ、僕が敗北したらという話だよ。木乃香にはちょうどいいんじゃないか?」

 

「そかー、そないなら安心して参加できそーやな」

 

「このか、勝ち残って本選で当たっても手加減しないからね?」

 

「このちゃんも本気で参加するんですね……」

 

 

 覇王はこの大会なら木乃香の戦力としてはちょうどよいと言った。そして覇王から、先ほどの言葉が誤解だったことを知り、絶対に参加することを決意していた。

 

 また、アスナも木乃香が本選へ進んで自分と戦う場合、手を抜かずに本気を出すと宣言していた。実際アスナは木乃香がそうやすやすと負けるはずがないと思っているのだ。

 

 だがそこで、最もやばいと思っていたのが刹那だった。刹那は木乃香と当たった場合、絶対に戦うことが出来ないと考えたのだ。大切な友人であり護衛対象でもある木乃香に、武器を向けるなど出来るはずが無いと思っていたのである。

 

 

「とーぜん本気やよ! ウチの成長をはおに見てもらわなあかんのやから!」

 

「ふふふ……。木乃香がどれほどのシャーマンになったか、師として大いに期待しておくとしよう」

 

「期待しといてな!」

 

 

 覇王は木乃香の成長をとても期待している。それは弟子としての成長という意味が大きい。だが、ほんの少しだが、自分と並んで歩けるようになることも楽しみにしているのだ。

 

 また、木乃香も覇王の横を共に歩めるようになるため、必死にシャーマンとして技量を磨いてきた。覇王から貰った大切な媒介を使い、新型O.S(オーバーソウル)の開発なども頑張ってきたのだ。だからこそ、木乃香は覇王にその成果を見てほしいのである。そして、その木乃香たちを遠くから見るものが居た。

 

 

「あの覇王は出場しないようだな」

 

「そのようですな」

 

 

 錬とその持霊、馬孫である。この錬もシャーマンとしての技量を磨くためにこの大会に参加するようだ。そこで覇王の大会不参加を聞いて、錬は喜び半分残念さ半分と微妙な気分となっていた。なにせあの覇王と戦えば無事ではすまないからだ。だが、覇王と戦えることは、成長にもつながる。だから覇王が不参加なのを少しだけ残念に思っているのだ。

 

 

「覇王が参加しないのは少し残念だが、あの覇王の弟子とやらが参加するらしい……」

 

「あの少女でございますか。見た目だけではまるで実力がわかりませぬが……」

 

 

 覇王の弟子の木乃香のことのようだ。錬は覇王の弟子ならばある程度出来ると考えた。そこで錬はあの覇王の弟子が”原作キャラ”の木乃香だとわかったようだ。この錬は微妙ながら原作知識を持ち、メインキャラぐらいならわかるのである。

 

 だが、そんなことは錬にとっては些細なことだ。なぜならそんなこと以上に、シャーマンとして実力を伸ばすことが大切だからだ。そして、あの木乃香が覇王の弟子ならば、シャーマンとしても優秀だということだろう。そう錬は考えると、木乃香と当たった時の事を考え、唇が片側につりあがっていた。とても楽しみだと感じたのだ。

 

 

「馬孫、見た目で判断するとはらしくないぞ?」

 

「いえ、雰囲気でしょうか。とても戦うようには見えぬものでして……」

 

「確かにそうだな。だがあの女は覇王の弟子だ。間違えなくシャーマンとしては強者なはずだ」

 

 

 木乃香は見た目どおりとても優しく柔らかい物腰の少女である。そのため馬孫には、どうしても強そうには見えなかった。だが、錬は見た目にだまされてはならないことを知っているからだ。

 

 また、あの覇王の弟はどうしようもなく弱かった。錬はそれをとても残念に思ったいた。しかし、その覇王の弟子が目の前に居る。そして戦うチャンスがやってきた。だからそのことに、とても喜びを感じていたのだ。

 

 

「楽しみだ、あの覇王の弟子と戦える時が……」

 

 

 いまだ予選すら始まってはいないというのに、すでに木乃香と戦う気で居る錬。むしろ予選など無いに等しいとまで感じて居るのだ。そして、いよいよ予選が始まろうとしていた。さて、ここで生き残るのは一体誰だろうか。

 

 




エリックが鋭すぎたかもしれない


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麻帆良祭 二日目
五十二話 まほら武道会、開催


テンプレ94:まほら武道会に参加する転生者

テンプレ95:入れ替わった選手


 まほら武道会の予選は難なく終わった。大抵”原作どおり”に進んだようだ。木乃香もタカミチの横で楽をしつつ、O.S(オーバーソウル)で攻撃を跳ね除け、敵を撃退していたのだ。また、その参加者にリーゼントが混じっていることに、アスナは地味に驚いたりしていた。まさか状助以外にリーゼントが居るとは思っても見なかったのだ。そんな感じで予選は終了し、次の日の本選へ向けて準備をするだけとなっていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 

 麻帆良祭二日目、まほら武道会本選当日となった。朝早くからすでに龍宮神社は大勢の人でにぎわっていた。そしてアスナ、木乃香、刹那とネギ、小太郎が合流して雑談していた。

 

 アスナは千鶴から小太郎のことを聞いていたようだ。そこでネギが飲み物を買いに出ている間に、アスナは木乃香たちへ、小太郎に両親がいないことを打ち明けていた。それを聞いた木乃香は小太郎にそれを尋ねると、小太郎が自分の過去をその三人へ打ち明けていたのだ。

 

 

「狗族と人間のハーフってやつで、捨て子やったんや」

 

 

 小太郎は狗族と人間の間に生まれた子で、捨て子だと語っていた。また、そのためどちらの種族にもなじめず、友人すらいなかったと本人は平気な顔で言っていた。そして生きるために小さい時から、ヤバい仕事をしながら生きてきたようだ。

 

 話を聞いた木乃香は涙を浮かべていた。こんな小さな少年がそうやって生きてきたことに、悲しみを覚えたからだ。

 

 またアスナは、まるで懐かしいものを語るように、自分の重い過去を話す小太郎に関心していた。恨みも妬みも感じないような、何てこと無いという表情で小太郎がその過去を語っていたからだ。普通ならば恨んだり妬んだりするものだが、小太郎はそれがなかった。だからアスナは心が強い少年なのかもしれないと感心していたのである。

 

 そこで刹那もその話を聞いて、ある程度自分と小太郎を重ねて見ていた。そして、自分だったらどうしたのだろうと考えていた。あの一人だった時、バーサーカーが現れなかったら、長が助けてくれなかったらどうなっていたのだろうかと。さらに一人で全て自己完結し、今を平然と生きている小太郎に、刹那はとてもすごいと思っていた。多分自分ならばこうやって生きていけないだろうと感じていたからだ。

 

 

 そんな少ししんみりした空気の中、突然大男が現れた。バーサーカーである。バーサーカーも武道会のチケットをしっかりゲットしていたが、霊体となっていたので受付をスルーして、渡すのをを忘れていた。

 

 今頃になってそのことを思い出したが後で渡せばいいかと思いつつ、霊体のまま刹那の後ろについてきていたのである。そこで小太郎の話を聞き話したくなって実体化したのである。

 

 そして、突然大男が現れたことに小太郎は驚いていた。そりゃ突然でかい男が気配もなく現れれば、驚くのは当然だ。まあ、アサシンではないので気配遮断などはなく、気を張っていれば存在を察知できたかもしれないが。

 

 

「な、なんやこのでけー兄ちゃんは!?」

 

「よう、オレはバーサーカーってんだ! 以後よろしく」

 

「お、おう! 俺は犬上小太郎っつーもんや! よろしゅーたのむわ!」

 

 

 バーサーカーは小太郎に関心していた。一人で生きるということは相当つらいことだからだ。だから、この年齢まで小太郎はずっとそうやって生きてきたことに、強い男気を感じたのだ。

また、バーサーカーもハーフという存在であり、その辺りにもシンパシーを感じたのだろう。小太郎も最初は驚いたが挨拶を交わした時に、この大男がある程度只者ではないことを直感でわかったようだ。

 

 

「ほおー、兄ちゃん、ただもんじゃなさそうやな。出来るんか?」

 

「さあな、だがオレはお前よりずっと強いだろうぜ?」

 

「何やて!? なら俺と勝負せんか?」

 

 

 小太郎はバトルジャンキーだ。だから自分より強いというこのバーサーカーと戦ってみたくなったのだ。だが、今戦うのは周りにも迷惑だし、何より武道会の開催前だ。だからバーサーカーは今は戦わないと言っていた。

 

 

「おいおい、焦んなって。今やったら武道会に出場できなくなるかもしれねぇぜ?」

 

「何!? 兄ちゃんそんな強いんか!?」

 

「まーな! まっ、別に今じゃなけりゃいつでも相手になってやるぜ? 暇な時に付き合ってやるよ!」

 

「おお! ほんまか!? おっしゃ、約束やで兄ちゃん!」

 

 

 バーサーカーは今ではなく今度なら戦ってやると小太郎へ言った。それを聞いた小太郎は、嬉しそうにガッツポーズをとりながら約束だと叫んでいた。また、バーサーカーはこの元気な小太郎を少し鍛えてやろうと思ったのだ。そのことに大きな理由は無かった。単純に元気な子供が好きなのがバーサーカー。こういう風の子のような小太郎を一目で気に入ったのだ。

 

 

「おう! わかったぜ!」

 

「絶対の絶対やからな! 逃げたらあかんで!!」

 

「ハッ、誰が逃げるかよ! オレが逃げる訳ねぇだろ?」

 

 

 さりげなくこの短い時間で小太郎とバーサーカーは友情を得ていた。何かシンパシーを感じたのだろう。確かに微妙に性格が似ているこの二人、仲良くならない訳が無いのだ。と、そこへネギが飲み物を抱えて戻ってきた。

 

 

「ジュースみんなのぶん買って……って増えてるー!?」

 

「よう、ネギのぼーず!」

 

「ば、バーサーカーさん、いつの間に来たんですか!?」

 

 

 バーサーカーは戻ってきたネギへ挨拶していた。だがネギはいつの間にか増えてるバーサーカーに驚いていた。なぜかと言うとバーサーカーの分の飲み物がないからだった。だからとりあえず自分の分をバーサーカーにあげようと思ったのだ。

 

 

「バーサーカーさん、これをどうぞ」

 

「それお前の分だろ?気にすんなって!」

 

「だ、だけど……」

 

「いいんだよ、俺は別に必要ねぇ体だしな」

 

 

 ネギは申し訳なさそうに自分の分の飲み物をバーサーカーへ渡そうとしていた。だがバーサーカーは気にするなと言って受け取らなかった。というのもバーサーカーはサーヴァントなので、飲み食いは趣味でしかないのだ。だからこそ、必要ないから気にしなくて良いとネギに言っているのである。

 

 

「そうですか?」

 

「おう、それより早く別のヤツに分けてやんな」

 

「はい!」

 

 

 そうバーサーカーに言われたネギは、とりあえず四人へ飲み物を配っていた。それをバーサーカーは遠くから見て微笑んでいた。そしてとりあえずそれを飲む五人。そこでネギは小太郎に質問した。

 

 

「そういえばトーナメントで敵同士のはずの僕に、何で色々と教えてくれたの?」

 

 

 昨日小太郎はネギに瞬動を見せて教えたようだ。ネギは魔法剣士ではなく魔法使いタイプを目指しているが、この瞬動をどうにかしなければ自分には勝てないと小太郎が言ったのだ。だから、なぜ小太郎が自ら不利になるような情報を、自分に教えてくれたのか、ネギにはわからなかったのである。

 

 

「知りたいか?それはな……」

 

「そんなん友達やからやろー?」

 

 

 そこへ言葉を挟んだのは木乃香だった。木乃香は明らかに、この二人が友達同士だと思ったのだ。だが、小太郎はネギをライバルとも思っているようだ。

 

 小太郎はネギのことを、西洋魔術師でひょろいやつだと最初会った時は思ったのだが、ヘルマンとの戦闘でなかなか骨があるやつだと考えを改めたのだ。ゆえにそんなネギを認め、ライバルと考えているのである。だから今の発言を小太郎は訂正していた。まあ、実際は戦友、友人だとも思っているのだが、気恥ずかしいのでそれだけは言わないのである。

 

 

「俺とネギはライバルや! ラ・イ・バ・ル!!」

 

「ライバルですか……」

 

「それと友達とどう違うん?」

 

「何? ライバル(強敵と書いて友)ですって!?」

 

 

 刹那は好敵手と思っているのかと、そう素直に考え、木乃香はライバルと友達どどう違うのか考えた。だが、そのライバルと言う言葉に最も反応したのは、あのアスナであった。このアスナ、小学校の頃からずっと委員長のあやかとライバル同士として切磋琢磨した仲だ。反応しないはずなかったのである。

 

 

ライバル(強敵と書いて友)はいいものよ。私もライバルとの戦いで常に自分を鍛えてきたからわかるのよ」

 

「な、なんや? 姉ちゃんにもライバルがおるんか!?」

 

「ええ、最高のライバルが居るわ」

 

 

 そこで刹那も木乃香も、そういえばそうだったと思い出していた。常日頃からアスナとあやかは何かあるごとに勝負をしていた。とても平和的なゲームでの勝負だったが、二人は常に真剣だった。何せ必ず大切にしているものを賭けたゲームなのだ、真剣にならないはずがないのである。

 

 また、ゲームにはとどまらず、学校での試験ですら競い合っていた。常に高い点数を出すために、ひたすら二人は努力をしてきたのである。さらに言えば、ライバルとして絶対に負けたくないと言う強い意志もあった。だからこそ、アスナはライバルという言葉に強い思い入れがあるのだ。

 

 そしてその光景は、昔1-Aだった頃からの風物詩となっており、どちらが勝つかクラスメイトも賭けるほどのイベントとなっていた。ネギもそれを思い出し、ライバルってああいうのかと考えていた。

 

 

「お互いバカなことをしながらも、常に先を越されないように競い合う仲。それがライバルって言うものよ!」

 

「おう! それや! それこそがライバルや!」

 

「やっぱ友達と変わらへんなー」

 

 

 そのアスナの言葉に同意して元気を出す小太郎。その横でそれって友達と同じだろうと木乃香は考えていた。そこで小太郎は、ネギの質問への答えをネギへと言い渡す。

 

 

「俺は強いお前と戦いたいんや。姉ちゃんの言うとおり、それがライバルってもんやろ?」

 

「コタロー君……」

 

 

 二人は互いを見つめ、ニヤリと笑っていた。これこそがライバル、友情である。木乃香もアスナもその二人を見て、仲がよい二人だと考え、小さく微笑んでいた。また、同じくそのほほえましい光景を刹那とバーサーカーも眺めていた。やはりこういう出会いとはいいものだと、刹那もバーサーカーも考えていたのだ。

 

 そして小太郎はネギへ絶対に勝ちあがって来いと宣言し、ネギも頑張ると答えていた。だが、そのネギの答えが小太郎は気に入らなかったらしく、文句を叫んでいた。そして、ようやく待ちに待ったまほら武道会が開催されたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 まほら武道会の入場が始まり、さらに人数が増えて来ていた。そんな人ごみの中にやって来た少女が一人、周りを見ながらチケットを握り締めていた。それは長谷川千雨であった。千雨はカズヤにそれを持たされ、渋々とこの大会を見物しに足を運んだしだいであった。

 

 そんな千雨だったが、この大会のことをインターネットを使って色々と調べて来ており、レベルの高い大会らしいという情報を掴んでいた。まああの、喧嘩バカなカズヤが参加すると言っていたのだ、当然そうでなければおかしいのだ。

 

 しかし、その参加する本人の姿はすでに無く、さっさと参加者用の選手控え室へ入ってしまっていたのだ。

そのことに千雨は苛立ちを覚えながらも、あいつじゃ仕方がないと感じてまほら武道会の会場へと入っていくのだった。

 

 

 また、小太郎を応援しに千鶴と夏美が、ネギを応援しに図書館探検部の三人が、それぞれこの会場へとやって来ていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこは、まほら武道会の選手控え室。見渡せばすでにネギ一行以外が集まっていた。フードをかぶったアルビレオや、タカミチの姿もあった。また、それ以外にもあの錬もすでに来ており、隅からその部屋に集まる人たちを眺めていた。

 

 さらに、その部屋で座禅を組んだまま微動だにしない謎の男や、やや紫がかった黒色の髪をオールバックにしたサングラスの男までが存在した。彼はは一体何者なのだろうか。それは試合が始まらない限りはわからないことだった。

 

 

 そしてその控え室の中で、緊迫した空気が流れていた。その空気の中心に居たのがカズヤである。だが、その横にもう一人の男が居た。流法だ。流法はカズヤがこの大会に参加すると聞いて、こそこそと出場していたのだ。

 

 理由は簡単、このカズヤが昨日の世界樹パトロールを全部サボったからだ。だからこのカズヤを正式にぶちのめしたくなったのである。両者とも顔を合わせたとたん、お互いを睨み付け、牽制しあっていたのだ。

 

 

「貴様、昨日はぬけぬけとサボってくれたようだな」

 

「知らねぇな。昨日のことなんざ覚えてねぇよ」

 

 

 一触即発な状態の二人。だがこれはいつもの光景である。法がカズヤに昨日のことを問いただすと、カズヤは知らぬと抜かしていた。というのもカズヤ、本気で昨日のことを半分ぐらい忘れていた。どうでもいいことはさっさと忘れてしまうのがカズヤである。そんな答えで納得するはずもない法は、さらにカズヤを鋭く睨みつけていた。

 

 

「貴様のおかげで大変だったんだぞ! それに対する謝罪はないのか!?」

 

「知らねぇって言ってんだろ? 俺は俺のルールに従う。テメェのルールにゃ従わねぇよ」

 

「それは俺のルールではない! 学園のルールだ!」

 

「だからんなもん関係ねぇって言ってんだろ?」

 

 

 まるで悪びれた様子すらなく、知らないと言い張るカズヤ。そのカズヤに、法は本気で殴りかかりそうな勢いになっていた。と、そこへネギたちが入ってきたようである。このなんとも言いがたい空気の中、ネギは同じく参加する生徒たちに挨拶をしていた。しかし、そんなネギたちをよそに、カズヤと法の口論はヒートアップするばかりであった。

 

 

「貴様! ふざけたことを! 毎回そうやって貴様は学園の法律を無視する!」

 

「はっ、俺には関係ねぇからな、当たり前だろ?」

 

「その考えが、どれほどの人間に迷惑をかけているか、考えたことがあるのか!?」

 

 

 このバカ同士が喧嘩している最中に、ネギはタカミチに挨拶していた。そこで大会での試合について、会話しているようだ。そんなネギへ言葉を交わすタカミチを、アスナはジトっとした目で見ていた。だが、そんなさなか、カズヤと法の喧嘩がさらに悪化していたのだ。

 

 

「はぁ、オタクバカ? 何度同じこと言わせんのよ、知らねぇって言ってんだろ?」

 

「き、貴様!カズヤ!!」

 

「へえ、やるかい? 試合前だが、ここでやるのも悪くねぇ!」

 

 

 この今にも喧嘩が本気で起こりかけたその時、試合30分前となり説明が始まったようだ。そのことにカズヤは萎え、とりあえず試合まで喧嘩を預けることにしたようだ。法も同じくそうしたようで、互いに背を向け説明を聞いていた。

 

 

 しかし、なぜタカミチがこの大会に出場したのだろうか。本来”原作”ならば超鈴音が怪しいと睨んで、タカミチはこの大会へ出場したのだ。だが、ここで超は大会を開いていない。この大会を開いたのはビフォアなる謎の魔法先生だ。いや、だからこそタカミチは大会へ参加したのだ。このビフォアなる魔法先生が、なにやらきな臭いと感じたのである。

 

 

 そこで説明が終わったところに、アルビレオがアスナのところへやって来た。アルビレオもこの大会に参加していたようだ。予選では顔を見せようとしなかったアルビレオだが、本選へ進んだアスナを見てやってきたようだった。また、ネギと小太郎はタカミチと会話しており、刹那と木乃香も二人で話し合っていた。

 

 

「おはよう、アスナさん。まさかあなたも出場するとは思いませんでしたよ」

 

「おはよう、クウネルさん。ちょっと気になることがあってね。それで参加したのよ」

 

 

 アルビレオはやはりクウネルの名を使って参加していたようだ。アスナもこの前から言われていたクウネルの名で、アルビレオを呼んでいた。そしてアルビレオは、アスナがこの大会に参加したことに少し驚いていた様子であった。なぜならアスナがこのような大会に参加する意味やメリットが考えられなかったからだ。だが、アスナはあることが気になり、この大会に参加したとそれに答えた。

 

 

「さて、何が気になることやら。しかし、あなたが参加するとなると、私も気が抜けませんね」

 

「ウソばっかり。クウネルさんが負けるなんてありえるのかしら?」

 

「フフフ、随分と私を信用してくれているようですね」

 

 

 アスナはこのアルビレオのことをよく知っている。魔道書が本体であり、この体は偽りであることを。そして、その得意魔法のことも知っているのである。つまり、このアルビレオが半分の力だけでも、優勝は間違えなしということだった。だが、アスナは魔法を無効化できる力を持つ。つまりアルビレオが最も警戒しなければならないのが、このアスナということになるのだ。

 

 

「信用してる訳じゃないんだけど。クウネルさんはそのズルいボディーで参加してるから負けないって言いたいのよ」

 

「これは手厳しいですね。しかしこの大会で私が最も恐れる相手はアスナさん、あなたなのですよ?」

 

「へえ、随分と私を信用してくれてるのね」

 

 

 アスナは先ほどのアルビレオの台詞をかぶらせた言葉を皮肉をこめて使った。なぜならアスナは確かに強いが、刹那やタカミチを相手にした場合、どうなるか予想がつかないからだ。さらに木乃香も参加しており、どういう結果になるか、まったくわからないのである。つまるところ、アスナとアルビレオが戦うことになる場所は、決勝戦となるのだ。だからこそ、アルビレオへとアスナは皮肉を言ったのだ。

 

 

「信用していますよ、アスナさん。あなたは随分とたくましくなったようですからね。それだけ私があなたに期待しているのです」

 

「変態に期待されててもねぇ……。でもまあ、決勝戦で会えたら、本気でぶっ飛ばしてあげるわ」

 

「その時こそお手柔らかに。ですが私はネギ君に用があるのです。本当ならカギ君もいてくれればよかったのですが……」

 

 

 アスナはこのアルビレオを本気でぶちのめすつもりでいた。図書館島の地下で隠居して、挨拶もしにこなかった仕返しを今しようと思っているのだ。また、アルビレオはナギとの約束を果たすため、ネギと対戦することを望んでいた。また、そこにカギも居ればよかったと考えたが、どうやらカギはこの大会に参加もしなければ見物にも来ていない様だ。だがしかし、そんなことはお構いなしとアスナはそれを言うのである。

 

 

「だからあなたではなく、ネギ君が決勝戦へと駒を進めてほしいものです」

 

「そう、だけど私はネギと戦うことになっても、手加減は一切しないからね」

 

「やれやれ、弱いものイジメですか? 小さい子供をイジメるなど、大人げありませんよ?」

 

「それ、人のこと言えるわけ?」

 

 

 このアルビレオも最終的にはネギを倒すことになる。そういう意味ではアスナと大差がない。だからアルビレオからそう言われても、アスナは気になどしないのだ。むしろ、人のこと言えないだろとアスナは逆に言い返していた。いやはやそう冷静に言い返されてしまい、アルビレオも苦笑いをするしかなかったようだ。

 

 

「まあネギ君ではなくアスナさんでも問題ないでしょう。どの道あの約束は近くにネギ君さえ居ればかなうのですからね」

 

「つまり私と戦いたいって訳ね。なら決勝まで勝ち残って来るから首を洗って待ってなさいね」

 

「そうですね、アスナさんがどれほど成長したかも、少し気になるところでもありますから。ですが首を洗って待って居るのは、あなたの方かもしれませんよ?」

 

 

 アルビレオのナギとの約束は、別にネギと戦う必要はない。だが戦えたほうが一番なのは間違えないのだ。しかし、それがネギではなくアスナでも十分だろうとも考えた。そう聞いたアスナはアルビレオへと挑発していた。それを聞いたアルビレオも、それを返すような言葉を使っていた。試合前に牽制しあう二人だが、両者ともそこそこ嬉しそうに微笑んでいるように見えた。そして、30分と言う時間があっという間に経ち、いよいよまほら武道会第一試合が行われようとしていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良祭二日目、ここに一人の青年がいた。熱海数多でる。彼はまほら武道会に出場こそしなかったが、見物ぐらいしたいと思っていた。だが、このチケットがいまやプラチナチケットとなり、ほぼ手に入らない状況となっていた。だからもはやそれを諦めるしかなく、数多は途方にくれて沈んでいた。しかし、そこへ一人の少女がやってきた。それが数多の義理の妹の焔だったのである。

 

 

「おはよう、兄さん」

 

「お? 焔じゃん、おはようさん」

 

 

 焔は久々に兄である数多と会えて、少し微笑んでいた。数多も妹と会うのが久しく感じ、笑っていた。とりあえず挨拶した二人だが、この麻帆良祭二日目をどう過ごすか、考え始めていた。

 

 

「兄さんは今日暇なのか?」

 

「暇になっちまったんだよ……」

 

「は? どういうことだ?」

 

 

 そこで焔は数多が暇なのかと聞いたら、暇になったと言ってきたのだ。この数多はまほら武道会の試合を見に行きたかったが、チケットが手に入らなかったことを嘆いていた。しかし、そういう理由を言わず、ただ暇になったとだけ、数多は焔へと伝えたのだ。だが、それだけではわかるはずがないだろう。

 

 また、暇になったということは、予定が消滅したということだろう。焔はそれを、ある程度ではあったが察したようである。しかし、どういう訳で暇になったのかがわからない。だから焔は数多にそれを質問したのだ。

 

 

「ああ、まほら武道会を見に行きたかったんだが、チケットがもう手に入らねーのさ」

 

「ん? これのことか?」

 

「な、なんで持ってんだ!?」

 

 

 なんと数多が喉から手が出るほど欲していた、そのチケットを焔が持っていたのだ。なぜかと言うと、焔はアスナに『出場するから暇があれば見に来てね』と言われ、このチケットを貰っていたのである。だが焔は、そういう大会にまったく興味がなかった。だからそこで、申し訳ないがこのチケット、どうするか考えていたのである。そこへ、それをほしいという数多が現れた。ならばこれを、数多にあげてしまおうと焔は考えたのだ。

 

 

「兄さん、このチケットがほしいという訳か?」

 

「めっちゃほしい!」

 

「ならばあげよう」

 

 

 数多が目を輝かせてそのチケットを眺めていた。本気でほしいのが言葉で無くとも態度で丸解りだった。だから焔は不要なチケットを数多に手渡した。

 

 

「ま、マジでくれんのか!?」

 

「私には不要なものだ。持っていても仕方がないからな」

 

「うおおお、ありがてぇーありがてぇー!」

 

 

 チケットを受け取った数多はオーバーにも地面にひれ伏し頭を下げていた。数多はそれほどまでに、このチケットがほしかったのである。だが、流石に人の多いこんな場所でそんなことをされれば恥ずかしいものだ。

 

 

「や、やめろ! 地面に頭をつけてまで礼をするな! こっちが恥ずかしいではないか!!」

 

「おっと、すまねー。ついテンションがあがっちまった」

 

 

 焔は顔を赤くしながら数多にそこまでするなと言い聞かせていた。数多もうっかりやっちまったというような態度で、今の行いを謝罪していた。そして早速まほら武道会の会場である、龍宮神社へと移動しようとした。

 

 

「んじゃ行ってくるぜ!」

 

「存分に楽しんできてくれ」

 

 

 が、しかし、数多は何を考えたのか、そこで動きを止めたのだ。そして再び焔の方へと、数多は駆け寄ってきた。その焔は何事かと思い、首をかしげていた。

 

 

「どうしたんだ? 何か忘れ物でも?」

 

「いや、なんつーか久々に会ったっつーのに、一緒にいられねーってのもなぁ、と思ってよ」

 

「そんなことか。別に気にする必要などないだろう?その大会は昼には終わるはずだし、明日もある」

 

 

 数多は久々に会った焔との別れを惜しんだようだ。何せ本当に久々で、兄としてあまり接してやれていなかったからだ。こういう日ぐらい、焔と一緒に過ごしたいと考えたのだ。だが焔は特に気にはしなかった。その大会は昼には終わるし、明日もあるのだから後ででも十分だと思ったのだ。

 

 

「だがよー、そうやって先送りにするのは好きじゃねーんだ」

 

「だがチケットはそれしかない。つまりどの道、兄さん一人で行かなければならないのだぞ?」

 

「そうなんだよなー、どうすっかなー」

 

 

 チケットは一つしかない。つまり入場出来るのは一人だけである。だから数多はどうするか考えていた。大会を取るか妹を取るか、少し悩んでいた。そう考えながら腕を組む数多を見て、ちょっとだけ嬉しく思う焔であった。と、そこへ一人の男性がやって来た。そしてその二人へ声をかけたのである。

 

 

「焔と数多か。久しいな、元気だったか?」

 

「おっちゃん!久しぶりだなあー!」

 

「どうも、お久しぶりです、来史渡おじさん」

 

 

 それは銀河来史渡、真の名はメトゥーナトであった。このメトゥーナトはアスナの約束のため、この麻帆良祭二日目を開けておいたのだ。そして、メトゥーナトは数多が握るチケットを見て、懐から一枚の紙を取り出した。

 

 

「ふむ、もしかしてこれがほしいのかな?」

 

「なっ!? 何でおっちゃんも持ってるんだ!?」

 

「少し気になることがあってな。それで用意したんだ」

 

 

 なんとメトゥーナトもまほら武道会のチケットを持っていたのだ。そしてメトゥーナトは、それを握りながら焔の前までやってきて、それを焔へ渡したのだ。その突然のことに、焔もかなり驚いていた。

 

 

「これで二人とも武道会を見に行けると言う訳だな」

 

「え? で、でもそれでは……」

 

「おっちゃん! 嬉しーけどよ、そしたらおっちゃんが見に行けねーじゃねーかよ!」

 

「何、気にすることはない」

 

 

 このチケットを焔に渡したら、メトゥーナトが大会に入場できない。そう考えて、そのチケットを貰うことを焔は躊躇していた。それは数多も同じだったようで、そのことをメトゥーナトに言っていた。だが、メトゥーナトはお得意の言葉と共に、もう一枚のチケットを取り出していたのだ。

 

 

「フフフ、君たちは運がいい。今日は特別でね、もう一枚持っているんだ」

 

「なんで二枚も持ってんだよ! おっちゃーん!!」

 

「そんなこともあろうかと、と言うものだ」

 

 

 実はこのメトゥーナト、チケットがダブったのである。メトゥーナトはこのまほら武道会を見るために、チケットを購入した。だが、その後アスナから、そのチケットを渡されたのである。しかし購入したチケットを、すでに持っていることをアスナに言うことができず、そのまま貰ってしまったのだ。そんな感じで、チケットがあまっていたのである。そこへチケット不足で喘いでいる二人を見て、それをあげたのだ。

 

 

「ありがとうございます、来史渡おじさん」

 

「これで兄妹二人で見に行けるな」

 

「おう、おっちゃんも一緒に行こうぜ!!」

 

 

 メトゥーナトのそんな事情はいざ知らず、礼を言う二人であった。そして三人はまほら武道会を観戦するべく、龍宮神社へと足を運ぶのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 数多御一行が龍宮神社へと移動を開始した時には、すでにまほら武道会の第一試合が始まろうとしていた。

その記念すべき第一試合は、大友という謎の男と小太郎の戦いだった。

 

 だが”原作”では魔法生徒である佐倉愛衣との戦いだったはずだ。どうして彼女が小太郎の対戦相手ではないかと言うと、その主である魔法生徒の高音・D・グッドマンがネギに恨みを覚えていないからだ。

 

 ”原作”だとネギが世界樹の魔力によりキス・ターミネーターとなって、それを止めようとした高音と愛衣を脱がしてしまう。しかし、ここではネギが時間逆行などを行っておらず、のどかとのデートも問題なく完遂したので恨まれることがなかったのだ。

 

 だから高音がこの大会に参加することが無くなったため、連鎖的に愛衣も参加していないのである。そして、第一試合が始ろうとしていたのである。

 

 

「さあ待ちに待った第一試合! この少年、犬上小太郎選手と謎の男、大友選手が今、衝突する時がきました! 記念すべき第一試合を飾る戦いをしてくれるでしょうかああ――――ッ!!」

 

 

 なんというテンションの高い司会である。やはり司会はあの和美ではなく、グラサンの逆毛の男であった。そこで小太郎はそんな司会の解説をスルーし、対戦相手を見ていた。相手は筋肉質の男だ。しかし、リングで待機するやいなや、突然座禅を組みだしたのである。

 

 大会のリングは神社の能舞台を利用したものである。その周りは池となっており、場外となっても池に落ちるだけとなっているようだ。また、観客席も神社の池の上にある廊下を利用しており、そこから見物客が試合を覗く形となっていた。

 

 この謎の行動に小太郎は疑問を感じたが、気にする必要などない、さっさと終わらせてしまおうと考えたのだ。そう小太郎が考えている間に、司会は解説を続けていたようだ。そして、試合開始は目の前に迫っていたのだ。

 

 

「第一試合! 犬上小太郎選手VS大友選手! レディ――――――ッ!」

 

 

 司会が第一試合の開始の合図を叫びだした。それを聞いて小太郎は戦いの構えを取った。そして司会が試合のゴング代わりとなる魂の叫びをあげたのだ!

 

 

「ファイッ!!」

 

「ほな、遠慮なく行くで!」

 

 

 試合開始と同時に瞬動を使い、大友の懐まで小太郎は移動していた。また、大友は試合開始寸前にて、目を光らせ立ち上がり、横においてあった木刀を拾い構えていたのである。

 

 この大友、実はロボである。だが、ロボの癖に人間と同じように動く謎のロボットだった。いや、外見もほとんど人間そっくりなロボなのである。だが、そんなロボなど居るはずがないと考えるのが普通なので、誰もが人間だと思っているのだ。

 

 そこでスムーズに手足を動かし、大友は握った木刀で懐に入った小太郎へと横なぎに振るったのだ。しかし、それを小太郎はしゃがむ動作だけで、いともたやすくかわたのだ。そして、木刀を振り上げて硬直した大友へと、必殺技を叩き込んだのだ。

 

 

「我流・犬上流”狼牙双掌打”!!」

 

 

 狼牙双掌打とは両手を構えて気を放つ技である。それを至近距離から受けた大友は、吹き飛ばされてリング外の池へと落下していった。そしてカウントが10を切り、あっけなく第一試合が終了してしまったのだ。小太郎はこのあっけなさに、技など使わなければよかっとさえ思っていた。

 

 

「圧ッ!圧勝――――ッ!! 早くも第一試合が終わってしまった――――ッ!!」

 

 

 もう終わってしまった第一試合。なんともつまらないものだった。その試合を終わらせ、さっさとネギの居る観客席へと小太郎は戻って来ていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 続いて第二試合、対戦するは甲賀忍者の楓と、あのアルビレオであった。そして対戦が始まるやいなや、楓は高密度の影分身を使い、あのアルビレオを圧倒していた。しかし、アルビレオは本体ではなく幻影、いくら攻撃を受けても傷一つつかないのだ。それに楓は気がついたようで、その幻影を消すほどの気の力を使うことにしたようだ。

 

 そこで楓はさらに分身を増やし、アルビレオへと攻めた。だが、その猛攻に対抗するべく、アルビレオはアーティファクト”イノチノシヘン”を使い、影分身で攻撃する楓をなぎ払い、空中でその楓の首を掴んでいたのだ。

 

 その光景を見たネギは、あの村が悪魔に襲われた時に助けに駆けつけた父親を連想したようだ。そして、まさかあの人が、アルビレオがあの時助けに来たのかと、そこで考えていたのである。

 

 また。空中で捕まえた楓を、アルビレオはその高さから落下し、リングの床へと叩きつけたのである。そのアルビレオの攻撃に、楓も耐え切れなかったようで、そのまま敗北してしまったのだ。そんなアルビレオを、アスナは目を細めて眺めていた。いやはやチートで勝ち進む気なのだろうと考えていたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 壊れたリングが修理し終わったようで、第三試合が始まろうとしていた。今度の対戦する選手は真名だった。それに対するは中村達也という胴着を着た逆毛の男性であった。そして試合は早々に開始され、そこで達也は気を飛ばす技である”烈空掌”を使ったのだ。

 

 それを見た観客は、やはり遠当てという技術があったのかと騒いでいた。しかし真名はそれを難なくかわし、逆に遠距離から500円玉を飛ばし、一撃で達也を倒したのである。これは”羅漢銭”というものであり、コインを飛ばして相手を攻撃する技であった。

 

 それを見たアスナは、やはりあの状助を思い出していた。状助はジョジョの原作でクレイジー・ダイヤモンドが使っていた、ベアリング弾を飛ばす訓練を遊びでやっていたことがある。アスナはスタンドを見ることは出来ないが、状助がそう説明して実際それをやってのけていたのだ。それを思い出したアスナは、原理はあれと同じかと考えていた。

 

 そこでカウントは10を切り、真名の勝利で第三試合は終了したのである。なんとあっけない試合だったことか。しかし前の試合が過激すぎただけなのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして第四試合は、あの古菲が出場するようだ。だが、対戦相手は名の知らぬ男だった。その男の名は坂越上人(さかごえ かみと)。やや紫がかった黒の髪をオールバックにし、大きめなサングラスをした二十代中半ほどの男だ。服装は黒のスーツに白い手袋で、全身黒ずくめであった。また、その雰囲気は不気味で、何を考えて居るのかわからない、そんな男だったのだ。

 

 

「何者かは知らないが、できるアルネ……」

 

「……あなたでは私には勝てません。潔く降参することをお勧めしますが?」

 

 

 また、古菲もこの男からただならぬ力を感じ取ったようで、緊張した表情をしていた。そこでこの上人は、古菲へ降参するよう言い渡していた。だが、古菲はそれを許すような人間ではない。

 

 

「我只要和強者闘! 降参なんてしないアル!」

 

「おや、そうですか。私は別にあなたに用はないので、苦痛を感じずに負けてもらえたらと思ったのですがねぇ……」

 

 

 上人は何者かに用があるようだ。そして、古菲には用がないので、痛い目を見たくなければ、このまま負けてくれるとありがたかったようである。しかし、古菲はこの上人が強者だと考え、不適に笑っていたのだ。

 

 

「痛いのは怖くないアルヨ。戦わずに負けるほうが怖いアル!」

 

「では、苦痛と共に敗北を味わっていただきましょう……!」

 

 

 そこで司会から試合開始の合図が叫ばれた。その瞬間古菲は上人の懐へ入り、拳を直線に叩き込んだ。しかし、そこで古菲は妙な手ごたえを感じたのだ。それはまるで、空気を殴ったかのような、そんな感覚だったのだ。それもそのはず、古菲の拳は上人に命中せず、上人の体からそれていたのだ。この現象に古菲は、目を見開いて驚いていた。何が起こったのかわからなかったのである。

 

 

「所詮あなたは一般人、この程度ではお話になりませんよ?」

 

「ま、まだまだアル!!」

 

 

 そこで古菲は次に平手を上人へと打ち出した。だが、それも上人には命中せず、それてしまうのだ。この謎の現象の正体がわからない古菲は、一瞬考え込んでしまった。それが隙となり、上人の拳が古菲の腹部へと命中する。すると古菲はその一撃で、リングの端まで吹き飛ばされ、柵に衝突して停止したのだ。その現象に観客や古菲のファンが、完全に絶句していた。

 

 

「だから言ったではないですか。降参しなさいと……」

 

「……ま……、まだ終わりじゃないアルヨ……」

 

「ほおー、まだ動けると? ですがあなたの体は限界寸前、もう立って居るのがやっとのはず」

 

 

 その吹き飛ばされた古菲に、上人は冷ややかな視線を送りっていた。そして、最初に降参していればこうならずに済んだものをと、ポツリとこぼしたのだ。だが、なんと古菲は今の攻撃を耐え、口から血を流しながらも立ち上がったのだ。その痛々しい古菲の姿に、観客は心配の声を上げていた。だが、ここで立ち止まる訳にはいかないのだ。

 

 

「まだ体が動くアル……。やれるアルヨ……!」

 

「ふぅー。何度やっても同じこと、無意味なことはよしなさい」

 

「……無意味かどうかは、やってみなければわからないアル!!」

 

 

 古菲は叫んだ瞬間、活歩を使い上人の背後へと回った。そこで背中についていた布を使い、槍のように動かしたのだ。そのすさまじい布槍術にて、上人へと攻め込む古菲。しかし、その攻撃すらも、上人へは届いていなかったのだ。

 

 

「バカですねぇ~、無意味だと言ったはずですが?」

 

 

 上人がその一言を述べた直後、古菲は何かに弾き飛ばされた。それが何なのか、誰にもわからなかったが、古菲はその弾き飛ばされた衝撃で数メートル吹き飛んだのだ。しかし、そこで古菲は踏ん張り、そこからも布を使って攻撃していた。だが、その攻撃に使用していた布が突如硬直し、空中で停止したのだ。そこでそれを動かそうと、古菲は必死に腕を引っ張っていた。

 

 

「ど、どうなってるアル……!?」

 

「だから無意味だと言ったというのに……」

 

 

 古菲は布が停止したことで焦り、何とかしようともがいていた。そこで上人はそう言い終えると、歩きながら古菲へと近づいていった。それに気づいた古菲は、布を捨てて上人を迎え撃ったのだ。しかし、その古菲すらも、突然停止して動けなくなったのである。

 

 

「うっ!?」

 

「一般人のあなたには、この私に触れることすらかなわないのですよ? ホラッ」

 

 

 そして上人は、動けない古菲の右肩を少し触れると、とてつもない力により古菲を空中へと吹き飛ばしたのだ。その謎の力により、古菲の衣装の右肩の辺りが破れ、その肩も重傷を負っていた。だが古菲は、空中に吹き飛ばされ、右腕が動かなくなってしまったにも関わらず、落下と同時に上人に攻めようとしたのである。しかし、それすらも停止により防がれ、古菲は空中で身動きが取れなくなってしまったのだ。

 

 

「もう勝敗はついているはずですが? これでもまだやると言うのですか?」

 

「そう……ネ……。まだ私は倒れていないアル……!」

 

「なんと愚かな、愚か過ぎて吐き気がする。ならば、引導を渡してあげましょう」

 

 

 そんな状況となっても、古菲の闘志は消えてはいなかった。倒れるまでは絶対に諦めないと、強い意志で戦っているのだ。

 

 だが、そんな古菲をあざ笑うかのごとく、上人はトドメといわんばかりに古菲を攻撃したのだ。ただ、それは左肩をやさしく触れるだけであった。しかし、古菲を倒すにはそれだけで十分だったのだ。

 

 そして古菲は、左肩も右肩のように破壊され、今度は床へとめり込んだのである。その床へと沈み気を失った古菲を、上人はつまらなそうな表情で眺めていたのだ。また、観客も司会もその光景に、ずっと黙ったままだった。誰も何も発言できぬほど、ひどい光景だったのである。

 

 

「司会、さっさと勝利宣言を……」

 

「し、勝者! 坂越上人選手!!」

 

 

 司会は精一杯声を上げ、勝利宣言を上人へと言い渡した。だが、観客は誰も声をあげなかった。そこへ手当てが終わった楓と、真名がやって来て、古菲を救護室へと運んで行ったようだ。その三人の姿を上人は鋭い視線で眺めていた。そして、この第四試合は上人の勝利で幕を下ろしたのであった。

 

 



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五十三話 喧嘩

テンプレ96:転生者同士の試合


 あの後手当てを受けた古菲は、救護室のベッドで寝かされていた。また、そこで古菲の意識が覚醒したようで、目をゆっくりと開いたのだ。そして自分の状態を確認するため、周りと自分の怪我した肩へと目をやった。すると両肩にはしっかりと包帯が巻かれており、治療は終わっていたようだ。だが、その怪我のせいで両腕が動かない状態だった。

 

 そんな状態の古菲の様子を、楓は先ほどから付き添い、心配そうに見守ってたのだ。また、真名は神社に常備してある薬を取りに行ったようである。

 

 

「おお、気がついたか古よ」

 

「……楓アルか。ここは……?」

 

「救護室でござるよ。あの後真名と拙者とで古をここへ運んだでござる」

 

 

 古菲はそこで看病してくれていた楓に、自分の居る場所を尋ねた。そこで楓は試合の後のことを古菲へと説明したのだ。そして、古菲は上半身をなんとか起こし、ベッドに座る形で楓に話しかけていた。

 

 

「そうだたアルか。助かたアルヨ、楓」

 

「気にする必要はないでござるよ。困った時はお互い様でござる」

 

 

 そして、その説明を聞いた古菲は、素直に楓へと礼を述べていた。そこで楓は普段通りの糸目の表情で、気にしなくても良いという意図の言葉を発していた。それを聞いた古菲は、ベッドの方へと視線を移し、楓へと話出した。しかし、その古菲の表情は、敗北したと言うのにどこか嬉しそうであった。

 

 

「世界は広かったアルネ……。あんなに強い人とは初めて戦たアルヨ……」

 

「そうでござるな。拙者も自分の試合で、それを実感したでござるよ」

 

 

 二人とも一回戦目で敗退してしまった。しかし、強いものが多く居ることを知れたことに、逆に喜びを感じていたのである。だからこそ、世界は広かったと言っているのだ。

 

 

「楓、私はもっと強くなりたいアル……。いや、強くなるアル!」

 

「うむ、拙者も同じことを言おうと思ったところでござる」

 

 

 世界は広かった。まだ知らぬ強者が居ることが今回の大会で、よくわかった。だからこそ、二人はさらに強くなり、強者に追いつきたいと考えてた。

 

 そこで古菲がそれを言うと、楓はそれを先に言われたと言葉にしていた。どちらも強くなりたいという意思は同じようだ。それを言い終えた古菲は、再び楓へと視線を戻した。その古菲の表情は、熱意と決意に溢れた笑みを浮かべていたのだ。と、そこに薬を持ってきた真名が戻ってきた。

 

 

「む、目が覚めたのか、古」

 

「真名アルか。真名にも礼を言うヨ、ありがとう」

 

「気にするな。それよりこれを飲んでおくといい。痛みが少しは引くはずだ」

 

 

 真名は普段と変わらぬ表情であったが、内心では古菲を心配しているのである。そこで古菲は戻ってきた真名へと視線を移すと、先ほどの礼を言った。しかし、真名はそれを気にするなと言い、持ってきた薬を手伝いながら、古菲へ飲ませた。その薬はちょっとした魔法薬で、軽くではあるが回復を促進させるものである。それを古菲は顔を上へと向け、その場で一気に飲み干したのである。しかし、なんだか不思議な味に、少し渋い顔をしていた。

 

 

「いやー、こんなものまで貰ってすまないアル」

 

「何、それの代金は出世払いで支払って貰うから問題ないさ」

 

「え!? これただじゃないアルか!?」

 

 

 そして、古菲は先ほど助けてくれたというのに、さらに薬まで貰って申し訳ないと言っていた。だが、そこでなんと真名は今の薬の代金は出世払いで貰うと言っていた。流石としか言いようがない。また、古菲は今の薬が有料だったことに驚き、慌てふためいていた。そんな二人を眺めながら、相変わらずお金にはうるさい真名だと、楓は思っていたのだった。その後試合を見物していた、他のクラスメイトたちも見舞いにやって来て、そのたびに古菲は大丈夫といい続けたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 さて、まほら武道会、注目の第五試合。その対戦する出場者は、あの転生者の流法と一元カズヤであった。彼らは昨日の揉め事を引きずっており、その喧嘩の決着をつけるべく、この大会に参加したと言っても過言ではないだろう。なんて迷惑なやつらなんだ。そして、選手入場の合図と共に、二人がリングへやってきたのだ。

 

 

「貴様、今日こそは断罪してやるぞ」

 

「いいねぇ、そういうの! んじゃ派手にやろうぜ! 喧嘩をよぉ!!」

 

 

 すでに両者とも臨戦態勢であった。もはや試合開始の合図を待つばかりだ。そこで試合が叫ぶように、両者の名前を読み上げた。

 

 

「では第五試合、一元カズヤ選手VS流法選手の試合を行うぜ――――ッ!!」

 

 

 そして司会は盛り上げるために色々と彼らのことを、会場の見物客に説明していた。だがカズヤも法もさっさとそれを終わらせて戦いたいのか、とてもイライラした表情をしていた。それを司会が悟ったのか、説明を切り上げ、開始の合図を高らかに宣言したのだ。

 

 

「ま、まあとりあえず始めるぜ!! レディ――――……、ファイッ!!!」

 

 

 これでようやく、二人が待ち望んだ瞬間が訪れたようだ。カズヤはその宣言を聞いて、ノシノシと法の下へ歩き出していた。そして法はそんなカズヤを挑発していたのだった。

 

 

「んじゃ、行くぜ!」

 

「こい、カズヤ!」

 

 

 流石にこの大会でアルターを使うのはまずいと思ったのか、両者ただの殴り合いを始めたのだ。そこでカズヤは法へ右腕で殴りかかると、その拳を交わし手刀をカズヤの胸元へと突き立てた。その法の手刀が命中すると、カズヤは一瞬目を開き痛みに苦しんだ。しかし、その痛みを無視するように、左腕で法の顔面を殴り飛ばしていた。

 

 

「チッ、やるな貴様……」

 

「はっ! テメェもな! だが、まだまだ喧嘩はこれからだ!」

 

 

 両者とも距離を開けず、そのまま殴り合いを始めていた。カズヤは勢いを増して右拳を法へと突き出すと、法は膝と肘でそれを受け止め、逆にカズヤの首へ手刀を打ち込んだ。しかしカズヤもその攻撃を受けると、すかさず右足で法の腹部を蹴り上げた。なんという泥臭い試合。先ほどの試合とはうって変わって、本当にただの喧嘩となっていたのである。

 

 

「クックックッ、いいねぇ。こういうのいいねぇ!」

 

「それは貴様だけだ! 俺は貴様を裁くためにここで戦って居るのだ!」

 

「ハッ! そうかい。じゃあ俺は俺のために喧嘩するぜ!」

 

 

 カズヤはそう言うとさらに拳を加速させる。右、左、右、そして右足。その連打を両腕で受け流す法。そこで法はカズヤの隙をついて、腕を掴んで投げ飛ばす。だが、カズヤは投げ飛ばされた先でしっかりと受身を取り、即座に法へと距離をつめる。

 

 そこで構えていた法が、右腕を手刀の形にさせ、カズヤへと突き立てた。しかし、その攻撃をカズヤは姿勢をさらに下げて避けたのだ。さらに、その隙をつきカズヤは法の腹部へと拳を突き刺した。

 

 

「グッ、貴様!!」

 

「どうした? さっきから動きがトロくせぇぞ!」

 

「それは貴様も同じことだ!」

 

 

 そう法が言うと姿勢を下げたカズヤの背中へと肘を突き刺した。そして法は、その攻撃により姿勢を崩し、倒れ掛かるカズヤへ今度は右足膝をカズヤの腹部へとめり込ませたのだ。流石に今の攻撃は効いたようで、苦悶の表情をカズヤは見せていた。

 

 だが、そのままカズヤが倒れることはない。すかさずその蹴られた勢いを生かし、右足を高く掲げ法の顎を蹴り上げたのだ。そこで両者とも数メートル距離が開き、その場で睨みあっていたのである。

 

 

「クッしぶといヤツだ。今ので終わっていればよいものを……」

 

「こんな楽しい喧嘩、すぐに終わらせる訳ねぇだろ! 次へ行こうぜ? 次へよおー!!」

 

「カズヤ、貴様まさか!?」

 

 

 そうカズヤは叫ぶと、アルターを使い出したのだ。周りの物質を抉り取り、虹色の粒子がカズヤの右腕へと集中していく。そして、黄金に輝く篭手の右腕を発生させたのである。さらに、その右肩の背後へと三つの赤き羽根が生えたのだ。そうだ、これがカズヤの特典(アルター)、シェルブリットだ!また、アルターが発動したためか、カズヤの髪の毛が逆立っていた。そこで、カズヤは法を挑発し、お前もアルターを出せと言い出したのである。

 

 

「へっ、出せよ、あんたも! いつものアレをよぉ!」

 

「……”絶影”」

 

 

 そこでカズヤの挑発にあえて乗り、法もアルターを生み出したのだ。拘束衣を着た少年のような人形、これが法の特典(アルター)、絶影である。なんと彼ら、喧嘩がヒートアップしすぎて普段隠していたアルターをここで使ったのである。バカだと思っていたが、ここまで大バカだったとは。だが、もうこの二人の喧嘩を止めることは出来なくなったのだ。

 

 その現象に観客はどよめき始め、どんなトリックだと騒ぎ始めていた。だが、それを見ていた千雨は、またやってるとしか思っていなかった。というのもこの現象、千雨はよく見ていたからだ。このバカどもが喧嘩しているのを、随分と眺めてきたからだ。そのため、こういったことへの耐性がついてしまっていたようである。そこで、その絶影を見たカズヤは、口を吊り上げて笑い、最初の一撃の咆哮を叫んだ。

 

 

「なら一発目ぇ! ”衝撃のぉ、ファーストブリット”オオォォ!!」

 

「”絶影”!!」

 

 

 カズヤはそう叫ぶと背中にあった三つの羽根のうち、一番下の一つを砕き使用した。するとそこから膨大な粒子が吹き上げ、カズヤを爆発的に加速させたのだ。さらにカズヤは自らを回転させながら法へと突き進む。そこで法は、絶影から二つの鞭状の剣を伸ばし、カズヤを追撃した。だが、それが垂直にシェルブリットの拳により破壊されたのだ。

 

 だが、法は今の攻撃で、加速するカズヤの勢いを殺すことはできなかった。そのままその剣を破壊しながらも、シェルブリットと共にカズヤはぐんぐんと絶影へと距離をつめたのだ。そしてシェルブリットは絶影の頭部を捉え、カズヤはその拳を打ちつけたのだ。

 

 そのシェルブリットの衝撃により、数メートル滑るように絶影と法は後ろへ吹き飛ばされていた。また、カズヤは今ので満足できなかったのか、さらに法を挑発していた。

 

 

「おい、次のを出せよ、次のをよ! こんなんじゃ、ものたりねぇだろうが!」

 

 

 そのカズヤの挑発と、今の攻撃に怒りを感じたのか、法は今まで以上にカズヤへと鋭く睨みつけていた。そして、怒気の篭った一言を、そこで発したのだ。

 

 

「……”絶影”」

 

 

 すると絶影は銀色に輝き、拘束が解かれていった。開放された絶影は、蛇のような下半身となり、上半身と下半身が二つに分かれた姿となった。そして、両腕の下から新たに、ドリル状の剣のような拳が追加されていた。これこそが、絶影の真の姿である。また、これこそが法の本気なのだ。

 

 また、法はこの能力を解き放ったためか、髪が多少持ち上がったようになり、左側へと尖りだした。さらに、色は濃い緑色から変色し、薄く発光するかのような明るい緑色となっていたのだ。

 

 

「この俺を本気にさせたことを後悔させてやる。いや、後悔する暇さえ与えん! ”絶影”ィッ!」

 

「はっ、言うねぇ! ”撃滅のセカンドブリット”オオォッ!!」

 

 

 カズヤは絶影を追撃せんと、次の攻撃へと移っていた。だが、法が絶影と叫んだ瞬間、絶影は銀色の分身を残し、瞬時に加速したのだ。そして気がつけばカズヤの目の前まで来ており、その巨大な下半身をシェルブリットに打ちつけたのだ。

 

 

「ぐうぅおぉ、だがまだだ!!」

 

 

 今の攻撃でシェルブリットにヒビが入り、カズヤは吹き飛ばされてリングの床に転がった。それを見たカズヤも痛みで顔がゆがんだ。しかし、すぐさま絶影を視界に捕え、体制を整えて迫り来る絶影を撃退する用意に出ていた。

 

 

「”抹殺のォォ! ラストブリット”オオオオォォォオォッ!!」

 

 

 しかし、その程度では絶影を捕えることは出来ない。シェルブリットが絶影へと命中する瞬間、絶影はカズヤの右へと移動していた。カズヤはそれに反応したが、動くことが出来なかった。そこで絶影が長く伸びた下半身を振り回し、カズヤの体にたたきつけたのだ。

 

 その攻撃をなんとかシェルブリットで防御したカズヤだったが、衝撃だけは抑えきれずに吹き飛ばされていた。だがさらに、そこへ絶影の追撃が襲い掛かった。間髪いれずに6発の先ほどと同じ攻撃がカズヤを襲い、最後はリングの床へとたたきつけられたのである。

 

 

「グゥッ!」

 

 

 だが、カズヤは床に衝突する直前に、今の攻撃でボロボロとなったシェルブリットを使い、勢いを殺したのだ。しかし、完全に勢いは殺せず、そのままリングの床に倒れていた。また、カズヤが床に倒れたことで、カウントが始まっていた。

 

 その今のすさまじい謎の猛攻に、先ほどまで騒いでいた観客が静かとなっていた。もはや一般人では、何が起こったかさえわからないのである。だが、それを分析するものが居た。あのエヴァンジェリンである。エヴァンジェリンは大会にこそ出場しなかったものの、興味本位でこの試合を見に来ていたのだ。

 

 

「いつ見ても面白い能力だ。他の物質を変質させ、自らの武器とするか」

 

 

 エヴァンジェリンはこの二人と同じく夜の警備に参加していた。だから、たまにだが彼らの能力を見たことがあるのだ。そして、戦闘している二人の能力を大体把握していたのである。まさにアルターという名こそ知らないが、大体の効果を予測していた。

 

 そうエヴァンジェリンが分析している中、絶影は法の前へ降りてきて、待機状態となっていた。また、それを見ていた千雨も、頭を抱えて黙っていた。これほど二人がバカだったとは、思っていなかったようである。だが、これで戦いが終わるわけがない。法もそれを知っていた。そうだ、この程度で、戦いが終わるはずがないのだ。

 

 

「フ、クックックッ、痛ぇなあ。だが終わらねぇ、この程度じゃ終われねぇよなぁ!! なあ、おい!!」

 

 

 カズヤはカウント10手前で立ち上がり、右腕を天高く掲げたのだ。するとカズヤの右腕がさらに変化したのである。周りの物質と自らの腕をさらに分解し、アルターを構築させていく。そしてさらに、巨大化した右腕と共に、背中には巨大なプロペラのようなものが形成されていった。また、額の右側には、獅子のたてがみのような物体が装着されたのである。それこそが、シェルブリット第二形態。カズヤの次のステージだった。

 

 

「シェルブリットオオオォォォォオオォォォッ!!!」

 

 

 地面を揺らすほどのカズヤの叫び。そして右腕を見せびらかすように構えると、その右腕が開かれた。その直後、すさまじい気流の渦が右手の甲に発生し、カズヤが徐々に浮かび始めていた。それを法は一片の隙も無く、ただただ静かに睨んでいた。そこでさらに、カズヤの背中のプロペラが回転し、粒子を噴出すると爆発的な加速を生み出し、法の元へと飛んだのである。

 

 

「さあ、行くぜぇ!!」

 

「そいつとやるのは久々だな、だからこそ容赦はしない! ”絶影”!!」

 

 

 その直後、絶影とシェルブリットが激しく衝突した。すさまじい衝撃は地面を揺らし、リング周りの池に波が発生していた。そして絶影の膂力によりカズヤは吹き飛ばされ、その池へと墜落したのだ。だがカズヤは、すぐさまそこから飛び出し、絶影を攻撃すべく拳を構え突撃したのである。しかし、そこで法は絶影へと命令を下す。

 

 

「剛なる左拳”臥龍(がりゅう)”!」

 

「何!?」

 

 

 剛なる左拳、臥龍とは剣状の拳を飛ばすロケットパンチである。その臥竜をシェルブリットで受け止め、その勢いと拮抗するカズヤだった。そして臥龍にヒビが入り、破壊直前まで追い込んだのだ。だがさらに法は、次の攻撃を行ったのである。

 

 

「甘いぞ! 剛なる右拳”伏龍(ふくりゅう)”!」

 

 

 なんとその伏龍にて、破壊されかけた臥龍ごとカズヤを攻撃したのだ。その勢いでカズヤは数メートル水面へと近づいていた。しかしそれをカズヤは必死の形相で、なんとか伏竜をも破壊した。だがその直後、またしても絶影からの直接攻撃で体を吹き飛ばされたのだ。そこでさらに追撃のために絶影がカズヤへと距離をつめていた。だが、その時カズヤのシェルブリットが黄金に輝いていたのである。

 

 

「”シェルブリット・バースト”オォ!!」

 

 

 そしてカズヤのシェルブリットが絶影の右肩に命中し、破壊したのだ。その攻撃で絶影は左肩から下を砕かれ、失ったことになる。また、その絶影のダメージがフィードバックしたのか、法も左肩を押さえ苦痛に耐えていた。これでまたもや勝負がわからなくなって来ていた。

 

 

 と、ここで刃物禁止だった気がするこの大会。こんなアルターで戦ってルール違反にならないのだろうか。だが、あの絶影などを刃物と断定するには難しい。さらに、司会はこの戦いに熱中しているので、その辺りは投げ捨ててしまったらしい。

 

 そこにようやく覇王がやって来たようで、まずは近くに居たエヴァンジェリンへ話しかけていた。

 

 

「やあ、エヴァ。なにやら面白い試合になっているようだね」

 

「覇王か、久しぶりだな。見ろ、あいつらまたやっているぞ?」

 

「あの二人、本当に懲りないねえ……」

 

 

 エヴァンジェリンがまたやってると言った。つまりこんな戦いを何度か二人でやっているのである。覇王もそれを知っているので、心底あきれた表情で法とカズヤの戦いを眺めていた。

 

 まさにその戦いは、すさまじい力と力のぶつかり合いだった。もはや両者ともボロボロとなっていた。そのカズヤのシェルブリットはヒビだらけとなっていた。また、同じく法の絶影もかなり体を砕かれていたのである。しかし、まだ両者とも一歩も退かないのだ。なんという信念だろうか。

 

 

「うおおおおおお!! 砕け散れ! ハカルゥゥゥッ!!」

 

「舞い散れカズヤアアアァァァァッ!」

 

 

 両者ともそう叫ぶと、絶影の右拳とシェルブリットが衝突したのだ。さらにその衝突の影響で、周囲に膨大なエネルギーが発生し、リング周辺を揺らしたのだ。また、リング周りの池にも大きな波が発生しており、その衝撃の強さを物語っていた。

 

 そして、そのエネルギーが爆発すると、絶影とカズヤは間逆の方向へと吹き飛ばされた。そこで法も絶影のダメージのフィードバックにより、絶影と共に吹き飛ばされたのだ。吹き飛ばされた両者は観客席となっている廊下を飛び越え、その先にある塔に衝突し、完全に停止したようだった。

 

 カズヤは空中から吹き飛び塔の頂上に衝突し、法は水面をきって塔の根元に衝突していたのだ。その衝突により塔は破壊され、無残な状態となってしまったのである。

 

 

「あれ、いいのかなあ」

 

「知らん」

 

 

 そんな状況にもかかわらず、涼しい顔をする覇王とエヴァンジェリン。覇王は塔が壊れたことで、直すの大変だなあ、と考えた。その覇王の言葉を聞いたエヴァンジェリンも、あきれた顔で一言つぶやいていた。これはひどいとしか言いようの無い状況だった。そして、両者とも場外にて気を失い動かなくなってしまっていた。そこでカウントが10が超え、両者敗北となったのである。

 

 

「また決着つかなかったんだ」

 

「困ったことに、どちらも同格だからな……」

 

 

 覇王はまた決着がつかず、似たようなことが再び起こるだろうと考えていた。エヴァンジェリンも同じ考えのようで、二人ともため息をついていた。いや、彼らを知るものなら、この行動は仕方の無いことである。

 

 そして法とカズヤは砕け散った塔から回収され、救護室へと運ばれたようだ。また、千雨もそのバカどもを追って救護室へと移動したようだ。流石に千雨もバカ二人に文句の一つでも言わないと、収まらないのだろう。そんな形で第五試合は終了したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 バカが暴れた第五試合は終了した。そして、バカのせいで破壊されたリングは現在必死に修復作業が行われていたのだ。これも麻帆良大土木建築研のなせる業と言うわけだ。

 

 リング修復中、千雨はカズヤと法が運ばれた救護室へとやってきていた。吹っ飛んで塔に突っ込んだというのに、すでに二人は意識を取り戻し、いがみ合っていたのである。なんとあきれたことか。千雨もその姿に怒りをあらわにしていた。

 

 

「このバカども! 何を考えてんだ!」

 

「喧嘩であいつをぶっ飛ばす、ただそれだけだ!」

 

「貴様に学校の秩序を守らせるという、確固たる信念があるだけだ!」

 

 

 なんと、まさに反省すらしていないこの二人。このバカ二人を見て、千雨は怒り以上にあきれてきていた。むしろ千雨はそんな答えを求めていなかった。あのバカな試合のことを聞きたかったのだ。そこで額に手を当て、ダメだこいつらと千雨は嘆き始めていたのだ。また、そんな二人は手当てが終わったのか、立ち上がりつかみかかる勢いで睨み合っていた。

 

 

「あんなんじゃたりねぇな! 続きをやろうぜ、続きをよぉ!」

 

「望むところだ! この場で貴様を倒してやる!」

 

 

 なんとこのバカ、救護室で喧嘩を始めようとしていた。普段は冷静な法だが、ヒートアップするとこうなってしまうのである。いやはやこれでは、カズヤと同じレベルのバカでしかないようだ。そんなバカどもを見て、流石の千雨もキレたらしい。当然である。

 

 

「いい加減にしろバカども!!」

 

 

 この喧嘩しそうなバカ二人へ、千雨は震えながら怒りの叫びを発した。千雨のこの鶴の一声に、流石の二人も千雨のほうを向いてポカンとしていた。そして、千雨はこのバカ二人に叫びながら文句を言った。

 

 

「どうしたらあんなバカな試合ができんだ! バカも極まればああなんのかよ!?」

 

「知らねぇよ。俺はただこいつを……」

 

「こ、このバカズヤ! テメェが一番バカだってことはよくわかった!」

 

「なんだとこのアマぁ!? 今バカっつったなぁ!?」

 

 

 千雨は先ほどの試合がバカの喧嘩の延長戦でしかないことに頭を悩ませたのだ。何せあれほど派手な喧嘩をしたのだから当然だ。特に二人は大衆の目がある場所でアルターまで使ったのだ。このバカ二人が、普段はある程度アルターを隠していることを、知っている千雨が悩まない訳が無かったのである。そこで千雨にバカと呼ばれたカズヤが、バカと言われたことで叫んでいた。だが、それを眺めて法がほくそ笑んでいた。

 

 

「そうだ、貴様はバカだということだ」

 

「何だとテ」

 

「何言ってやがんだ! テメェもバカだろうが!」

 

 

 そこで千雨に便乗してカズヤをバカ呼ばわりした法。だが、カズヤがそれに文句を言う前に、千雨が先にカズヤの言いたいことを言ったのである。この法もカズヤの挑発に乗り暴れたのだから同罪なのだ。

 

 

「テメェがついていながら、こんなお粗末なことしやがって! ルールはどうしたルールは!」

 

「グッ、そ、それはだな……」

 

 

 今度は法が千雨に怒鳴られていた。普段はルールを尊重する法だが、頭に血が上るとすぐ力任せに走る傾向がある。そして、本来カズヤを抑える役目なはずの法が、カズヤと一緒になって派手な喧嘩をしてしまったのだ。千雨はこいつも同様バカだったと、いまさらながらそれを思い知らされたようだ。そこで千雨に怒鳴られ、言い訳も出来ずにうろたえる法を、カズヤは面白おかしく見ていた。

 

 

「怒られてますよー、ハカルさんよぉー?」

 

「き、貴様ぁ!」

 

 

 さらにカズヤは法を煽る。法はそのカズヤのふざけた態度に叫びを上げそうになっていた。だが、そんなバカどもに千雨は、さらに怒りの言葉を発したのだ。また、そこで千雨はカズヤと法の顔面を一発ずつ殴り飛ばしていた。

 

 

「ぐえっ!?」

 

「なっぐ!!」

 

 

 今の千雨の一撃で、流石に黙る二人。ようやく黙ったバカ二人を、千雨はさらに鋭い視線を向けながらも、もう一度感情を爆発させた叫びを発したのだ。

 

 

「テメェら少しはおとなしくしろ! 喧嘩してんじゃねーぞ!」

 

「お、おう……」

 

「クッ、すまない……」

 

 

 今の千雨の叫びに、流石に驚いたのかおとなしくなったバカ二人。とりあえずこの場は収まったようで、千雨も少しは溜飲が下がったようだった。そこで三人はなんだかんだ言いながら、観客席へと戻っていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 いまだリングを修復しているさなか。覇王はエヴァンジェリンと別れ、木乃香のところへやって来ていた。木乃香は覇王を見つけると、手を振りながら笑顔で覇王の下へと走ってきたのだ。

 

 

「はお! 来てくれたんやな!」

 

「まあね。木乃香が成長を見せてくれると言うだから、来るのは当然さ」

 

 

 木乃香がこのまほら武道会に参加した理由は覇王にシャーマンとしての成長を見てほしいからである。つまり覇王がここに来なければ、木乃香が参加した意味が無いのだ。だが、それがわかっている覇王は、当然のように大会を見に来たのだ。また、木乃香は覇王が絶対に来ると思っていた。しかし、こうして来てくれると嬉しいものであった。

 

 

「はおから貰ーた媒介で、新型を開発したんやえ!」

 

「木乃香の新型O.S(オーバーソウル)か、それは楽しみになってきた」

 

「そうやよ! あの後ずっと頑張ってきたんやから!」

 

 

 あの後とは木乃香が覇王から扇子の媒介を貰い、銀髪が襲ってきた後のことだ。木乃香はあの出来事を少し引きずっていた。なんせ覇王の足手まといになってしまったからである。覇王と並びたいと言うのに、足を引っ張ってしまっては元も子もないのだ。だから二度と、あのようなことにならないためにも、木乃香はO.S(オーバーソウル)開発などシャーマンとしての技量を磨いてきたのだ。

 

 

「そうか、なら期待していよう」

 

「そや、期待しといてなー!」

 

 

 覇王は木乃香の新型O.S(オーバーソウル)とやらに期待したようだ。そして木乃香も覇王に対して自信満々に答えていた。どうやらなかなかの出来らしい。また、そこで覇王は木乃香の対戦相手が、シャーマンだということを話したのだ。

 

 

「そういえば、木乃香の対戦相手もシャーマンだよ」

 

「ほえ、そうなん?」

 

「ああ、しかもかなりの相手さ」

 

 

 木乃香の対戦相手、それはあの錬であった。あの錬は甲縛式O.S(オーバーソウル)の使い手であり、自然現象の一つである雷を操れるのだ。それは巫力無効化では打ち消すことの出来ない力であり、それをどう対処するかが試合の焦点となるだろう。だが、覇王はあえてその情報を木乃香には話さず、強力なシャーマンとだけ伝えたのだ。また、あの覇王をして、そう言わしめる対戦相手に、木乃香は少し戦慄していた。

 

 

「はおがそう言うんなら、熟練したシャーマンなんやな」

 

「ああ、だから十分気をつけたほうがいい」

 

 

 これは一応試合であり、死人はでないだろう。だが、あの錬は相当な手馴れで強力なシャーマン。今の木乃香が勝てるか、わからないほどの相手である。しかし、あの錬を倒せなければ覇王と並ぶことなど出来るはずが無いのだ。

 

 

「わかっとるえ。そんで絶対に勝って見せる!」

 

「ふふ、頑張ってくれよ? 彼に勝てれば僕に並ぶのも夢じゃないからね」

 

 

 しかしあの錬に勝利できれば、覇王に一歩近づいたということになる。だからこそ、木乃香は錬との試合に勝利しなければと意気込むのである。また、そこで木乃香は、だからこそ覇王に応援してくれるように言っていた。

 

 

「うん、せやから応援してくれなーあかんよ?」

 

「そのぐらいならお安い御用さ」

 

「覇王に応援されるんなら、ウチの力は100人力やえ!」

 

 

 木乃香は覇王に応援されるなら、さらに力が出ると思ったのだ。覇王も弟子である木乃香を応援するのは当然だと考えており、気にせず応援すると言っていた。だが、そこで木乃香はクラスメイトの古菲が、先ほどの試合でひどい怪我をしているのを覇王に話した。

 

 

「そや、はお。ウチのクラスメイトの子が、試合で大怪我したんや。少し見てあげてほしいんやけど……」

 

「おや、その子はその試合で負けたのかい?」

 

 

 自分の力で治療したい木乃香だったが、試合前で巫力を消費するのはつらかったのだ。また、古菲もそういうことはさせたいと思う人間ではないので、木乃香は古菲の治療を我慢していたのだ。だから覇王に、古菲の治療を頼もうと考えたのだ。

 

 また、それを聞いた覇王は、その子が負けたかを聞いていた。この試合はトーナメント制であり、勝者を治療すればフェアではなくなってしまうからだ。しかし、その古菲は負けているので、木乃香はそう答えたのだ。

 

 

「うん、負けてしもーたんよ……。せやからはおに怪我を治療してもらいたいんよ」

 

「いいけど、その子はどこに居るのかな?」

 

「あそこで試合を見てる子や。あの両腕を包帯で釣った状態の子やえ」

 

 

 覇王は気にしない感じで、治療すると言った。しかし、その子が誰だか覇王にはわからない。だから木乃香に、どこの子なのか聞いたのだ。そこで木乃香は、指を指して古菲の位置を覇王に教えたのだ。しかし、古菲に金髪の少女が近寄っていくのを覇王は目にした。ゆえに治療の必要はないと考えたようだ。

 

 

「木乃香、もう大丈夫みたいだ。僕以外にも治療できる人が、その子を治療しに行ったみたいだからね」

 

「そうなん? それならええけど……」

 

 

 木乃香は覇王の言葉を信用することにした。なぜなら覇王が適当な理由をつけて、治療をしないという選択を選ばないと思ったからだ。そこで覇王と木乃香は、次の試合の開始を待つことにしたようだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 エヴァンジェリンは教授という立場であり、偉大なる治癒師である。いかなる治療魔法も習得し、治せない怪我など存在しないと言われるほどの存在だ。そんなエヴァンジェリンの目の前で、かなりの手傷を負ったものがいた。それが古菲だったのだ。

 

 そこでエヴァンジェリンは、手当てを終えて試合を見物する古菲に、話しかけようと思ったのだ。だが、試合を熱心に見る古菲を見て、すぐに声をかけるのを止めたのだ。あんだけ熱心に試合を見る古菲に、声をかけては邪魔することになると思ったからだ。だからエヴァンジェリンは、第五試合が終わった直後に、再び古菲へと話しかけたのだ。

 

 

「そこの、そこのチャイナの娘」

 

「ん? 私のことアルか?」

 

「そうだよ、貴様のことだよ」

 

 

 ここのエヴァンジェリンは3-Aに在籍する生徒ではない。だから古菲と会うのははじめてなのだ。だから、名前も知らぬ古菲をチャイナの娘と言ったのだ。そこでそれが自分のことだとわかった古菲は、エヴァンジェリンの方を向き、対応していたのだ。そして、エヴァンジェリンはさっさと本題に入っていった。

 

 

「私は医者みたいないものでな、貴様の怪我を治療しようと考えたものでな」

 

「お医者さんアルか? カッコは確かにそうっぽいアルけど、なんか小さい医者アルなあー」

 

「背の高さは気にするな……。まあ、とりあえず怪我の方を見せておくれ」

 

 

 古菲は言われたとおり、包帯を取りエヴァンジェリンへとその両肩の怪我を見せた。それはとても痛々しい怪我で、大きく腫れ上がっており、明らかに骨に異常があるのがわかるものだった。そこでエヴァンジェリンは、認識阻害をその場にかけ、幻術を用いて怪我をごまかし、即座に治療魔法を古菲へと使ったのだ。そして、元通りに包帯を巻きなおし、これでよしとつぶやいていた。

 

 すると古菲の両腕が動くようになり、肩も上がるようになったのである。さらに痛みも完全に無くなっており、見た目はまだ少し痛々しいと言うのに、完治したような状態となっていたのだ。そのことに古菲は驚き、両腕をぶんぶんと回しながら、笑顔でエヴァンジェリンにお礼を言っていた。

 

 

「いやあ、助かったアル! ありがとうアル!」

 

「腕が動かせるようになってよかったな。だが、まだ包帯は取るなよ?」

 

 

 エヴァンジェリンは完治した怪我を幻術でごまかしているので、とりあえずは包帯を取らないように言ったのだ。そこで古菲は、怪我を見てくれた恩人であるエヴァンジェリンに、自己紹介をしたのだ。

 

 

「わかったアル! そうだ、私は古菲と言うアルネ。そちらの名前は何と言うアルか?」

 

「私はエヴァンジェリン。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言う。以後お見知りおきを」

 

「エヴァンジェリンアルか。覚えたアルよ!」

 

 

 古菲から名を尋ねられたので、エヴァンジェリンもそこで名を名乗った。そして、エヴァンジェリンは元気にはしゃぐ古菲を笑みを浮かべながら眺めた後、その場を立ち去ったのである。それを古菲は、元気よく動くようになった右腕を振りながら、ありがとうを叫んでいたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして数多ご一行も、第五試合が終わった直後に会場の観客席に到着したようだった。また、観客の多さに驚きながらも、見物できそうな場所を探しながら、ゆっくりと歩いていたのだ。

 

 

「第五試合まで終わっちまってら!」

 

「ふむ、だが試合はこれからだ」

 

 

 数多は第五試合まで終わってしまっていたことにがっかりしていた。だが、メトゥーナトは、試合は始まったばかりだと考えているようだ。

 

 

「次の試合は彼らの戦いか……」

 

「どっちもおっちゃんの知り合いだっけっか?」

 

「片方は友人だ。だがもう片方はこちらが一方的に知っているだけさ」

 

 

 メトゥーナトは次の試合の参加者を見てそうごちった。次の試合はあのネギとタカミチの戦いだからだ。

そこで数多はどちらもメトゥーナトの知り合いだったかと思い出していた。だが、メトゥーナトはネギにはまだ会っていないので、ネギのことは知っているだけだと述べたのだ。また、焔は担任と元担任の試合だと思ったようである。

 

 

「現担任と元担任の試合か……」

 

「そーいや焔は二人の生徒だったっけっか」

 

「そうだ、なかなか感慨深いというものだ」

 

 

 そう言葉にする焔は、腕を組んでうんうんとうなっていた。まさか自分の教師同士が戦うなど、焔は考えもしなかったようだ。さらに言えば、あのネギが戦うような人間には見えなかったので、そういう意味でも驚いていた。そこで数多は、この試合がどうなるかをメトゥーナトに尋ねていた。

 

 

「そうだよなー。で、おっちゃんとしては次の試合、どう見てるんだ?」

 

「厳しいだろうな。あのメガネの男は無音拳の使い手だ。魔法使いタイプの少年では勝ち目はないだろう」

 

「はあー!? 相性最悪じゃねーかよ! 厳しすぎるぜ! 逆境すぎるぜ!!」

 

 

 するとメトゥーナトは厳しい、厳しすぎるという答えたのだ。また、その説明を聞いた数多は、逆境すぎると言っていた。なにせここのネギは魔法使いタイプである。接近戦を捨てて、魔法使いとして後衛特化なのだ。つまり近・中距離が得意なタカミチ相手に不利なのである。だが、数多はその逆境こそが強くなる場面でもあることを知っているので、ある意味チャンスだとも考えていた。

 

 

「だがよー、逆境を乗り越えられれば、さらに一段強くなるかもしれねぇなー」

 

「そうだな。そういう意味では彼らの試合、見逃せないだろう」

 

 

 そう二人が会話しているところで、ようやくリングの修理が終わったようだ。そしてそれは試合再開の合図でもあった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギはタカミチとの戦いの前と言うこともあり、随分と緊張していた。そんなネギを励ましに、アスナと刹那、それと小太郎がネギの下へとやってきたのだ。

 

 

「ガチガチやなあ、ネギ」

 

「こ、コタロー君?!」

 

 

 小太郎は緊張するネギに話しかけていた。というのも、ネギが緊張しない訳が無い。なにせあのタカミチとやりあうのだ、とても厳しい戦いになるのは目に見えているのである。何より自分は魔法使いタイプで、戦士タイプだと思われるタカミチとは相性が悪いこともわかっているからだ。

 

 だが、緊張ばかりしていては実力を発揮しきれないだろう。だから小太郎たちは、ネギの緊張を少しでもほぐしてやろうとやってきたのである。

 

 

「どうせ高畑先生には勝てっこないんだから、当たって砕ければいいんじゃない?」

 

「そりゃあかんやろ! 砕ける前に砕くんやで!」

 

 

 アスナはタカミチが強いことを知っている。全てを知っている訳ではないが、それでも強いと考えている。だからこそ、ネギにはまだ早い相手だと、勝てるはずがないと思っているのである。しかし、それでも勝ってこそ男だと、小太郎はネギを檄を飛ばすのだった。

 

 

「ネギ先生、とりあえず自分が出来ることを全てぶつけてくればよいと思いますよ」

 

「砕けるなら、盛大な方がいいわね」

 

 

 そこで刹那も、アドバイスとして今の力を出し切ることが大切だとネギへと語った。刹那もまた、バーサーカーや覇王といったバグとよく模擬戦をしてきた。その二人にいまだ届かないが、それでもいつだって全力だった。全てを出し切ればたとえ負けても、悔いは残らないと考えているのだ。そこでやはり負け確定だと考えるアスナは、砕けるなら爆発するべきだと言っていた。地味にひどい。

 

 

「そうですね。負けて当然だとしても、あがいて見せます。もしかしたらそれで勝てるかもしれないし」

 

「もしかしたらやないで! 絶対に勝つっつー意思を持たんか!!」

 

 

 ネギはその二人の言葉に、とりあえず食らいつくという意思を見せていた。だがやはり小太郎にはその言葉は甘いと感じるのだ。だから勝ちに行くぐらいの根性を見せろと叫んでいた。たしかにその通りである。勝利を渇望せずして勝利は無いのだから。

 

 

「そうだね、コタロー君の言うとおりだった。僕はタカミチさんに勝ちに行くよ!」

 

「おう、その意気やで!でなけりゃ勝てるもんも勝てへんわ!」

 

 

 その小太郎の言葉に、ネギは本格的に勝利を求めることにしたようだ。また小太郎も、ネギの今の言葉に満足したのか、嬉しそうな表情をしていた。そこでようやく試合が開始されるようで、そろそろネギはリングへと移動しなければならないようだ。

 

 

「まあ、がんばってきなさい」

 

「応援していますよ、ネギ先生」

 

「そうや!勝って俺と決勝で戦うんやで!」

 

「ありがとう、みんな!行ってくるよ!」

 

 

 ネギは三人の応援を聞いて、微笑みながらリングへと歩いていった。そこにはタカミチもやってきており、並んでリングに移動したのだ。そのさなか、ネギはやはり緊張で硬くなりながらも、しっかりと足を踏みしめて歩いていた。さて、この試合どうなるのだろうか。それは誰にも予想がつかなかったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 そんな白熱している中、認識阻害を使い変装してまで、この大会へ進入したものが居た。あの超とエリックである。まあ、認識阻害と言う名の光学迷彩なのではあるが。そしてやはり、マフィアっぽい黒いスーツと丸いサングラスという格好で、二人はこの会場にやって来ていたのである。

 

 そこでエリックは適当な撮影機材を多く持ち込み、撮影が出来るか試していた。また超もノートパソコンを使い、インターネットでこの大会の情報を見ていた。

 

 

「やはりどの機材でも撮影は不可能のようだ」

 

「フム、ならこの映像はどういうことヨ!?」

 

「んん?どうした超! 何かあったのか!?」

 

 

 すると超はエリックにノートパソコンを見せた。なんとそこにはこの大会の映像がインターネット上に出回っており、掲示板などで炎上していた。それを見たエリックは頭を抱えて驚いていたのだ。

 

 

「なんてことだ! 我々が撮影出来ないというのに、こんな映像が残せるはずがない!!」

 

「つまり主催者側が意図的に流してるはずネ……」

 

「これも魔法をバラす一手と言う訳か! まずいぞ超よ!!」

 

 

 この大会の映像を流出させることで、超常現象を一般人にも認識させようとしているようだ。だからこそエリックは頭を抱えて焦っているのだ。だが超はすでに手を打っているようで、インターネット上の火消しに回っていたのだ。

 

 

「すでに手を打ているヨ! アジトのメインコンピュータにアクセスして、火消しに回っているネ」

 

「流石超だ! でかしたぞ!!」

 

「しかしそれだけで精一杯ヨ。この先さらに派手な試合が起こったら大変ネ!」

 

 

 バカ二人がアルターなんて使ったため、かなりネット上では荒れていた。それを何とか止めようと、超は四苦八苦しているのだ。本当にバカどもはこれだから困る。だが、次の試合を考えて、さらに超は青ざめた。なんということだ、次の試合はネギとタカミチの試合だったのだ。

 

 

「アー!? 次の試合はネギ坊主と高畑先生の試合ネ!!? また派手にやらかすヨ!!」

 

「何てことだ!!? このままではまずいことになる!!」

 

 

 タカミチとネギじゃどの道派手になるだろう。そして試合を止めることは出来ない。つまり、今の最善の手は、インターネット上の炎上を消すことでしかないのである。もはやいたちごっこを興じるしかない超も、頭を抱えてしまっていた。どうしようもない状況だった。

 

 

「ネギ坊主ー! 頼むから派手な試合にしないでくれヨ!?」

 

「超! ネギ少年を仲間にしたのなら、最初にそう言って置けばよかったではないか!!」

 

「そ、そうだったネ!? ウッカリしてたヨ……」

 

 

 仲間にしたなら、こっそり会ってしめやかな試合にしてくれと頼めばよかったのだ。だが、超もこのインターネット上の火消しに忙しいので、うっかり忘れていたのだ。そこで超はまたしてもやっちまったと思い、元気を失ってしまったようだ。

 

 

「落ち込んでいる暇なんてないぞ! こうなっては仕方がないのでとにかく火消しをするんだ!」

 

「わ、わかってるヨ……。これからが本番ネ……」

 

 

 そう言うと超は忙しそうにノートパソコンのキーボードを叩いていた。それをエリックは見ながら、他の撮影機材も試し始めていた。いやはや、この作業で何とか抑えているが、この先どうなるかはまったく予想が出来ないのであった。

 




そのクズ、そのバカ、他にはいない


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五十四話 新旧教師対決

テンプレ97:オリジナル魔法

明らかに不利なネギ


 さて、この第六試合はあのネギとタカミチの戦いである。”原作”ならばネギは中国拳法を習得していた。だがここのネギはそれを習得していない。つまり、完全な魔法使いスタイルなのである。そんなネギが、どうタカミチと戦うのか、それは本人しかわからないことだった。

 

 

 そして、とうとうまほら武道会第六試合が始まった。子供先生ネギに対するは学園広域生徒指導員、通称デスメガネ、高畑・T・タカミチである。ネギは今回の大会に杖を持って来ており、それを握り締めてタカミチへと挑むようだ。そこで、両者とも規定の位置につき、開始の合図を待つのみであった。アスナたちも静かにそれを眺めていた。

 

 

「さあやろうか、ネギ君」

 

 

 タカミチがそう言うと、両腕を上着のポケットへと入れていた。この一見ふざけたかのような構えこそ、タカミチの戦闘態勢なのである。また、タカミチから放たれるプレッシャーに、ネギは少し圧せられていた。しかし、当たって砕けろ、砕ける前に砕け、その精神でそのプレッシャーを跳ね除けたのだ。そして誰もがこの試合を息を呑み見守る中、ついに火蓋は切られた。

 

 

 ネギはまず”戦いの歌”と”風楯”を使用した。しかし、このネギは殴り合いや”瞬動”などを行うことが出来ない。ではどうするか。防御しながら魔法の射手で攻撃しかないのだ。つまり、攻撃技は全て無詠唱の魔法の射手のみで戦う以外ないのである。だが、相手のタカミチも中距離での戦闘を得意とする。ということは、詠唱も無くただ拳を打つだけで攻撃できるのだ。したがって、タカミチのほうが圧倒的に有利となる。

 

 

 するとタカミチの無音拳、ここでは”居合い拳”と呼ばれているものが、ネギに向かって飛んできたのだ。これは音も無くポケットから飛び出す、拳からの拳圧による遠距離攻撃である。この攻撃は目に見えぬほどの拳の打ち込みであり、見切らなければ何が起こって居るかもわからないほどの攻撃なのだ。

 

 だが、ネギはそれを防御で耐えていた。なんという堅牢さか。このネギが目指すものは、近距離戦闘も出来る魔法拳士ではない。遠距離戦闘に特化した魔法使いなのである。

 

 しかし、完成された魔法使いは、距離を関係なく戦うことが出来る移動砲台となることも可能なのだ。つまり、今のネギが目指すものは、その移動砲台なのである。また、この居合い拳を無傷で耐えたネギに、タカミチは驚いていた。

 

 

「やるね、ネギ君。この攻撃を無傷で防ぐなんてね」

 

「出来るかは賭けでした。でも成功する自信もありました」

 

 

 ネギは魔力の操作の基礎の基礎から叩き込まてきた。それは魔法に使用する魔力量を増やすことによる、魔法の強化も出来るということだ。だからネギは普段よりも多くの魔力を”風楯”に使用することで、その障壁の強度を高めたのだ。だが、防御だけではタカミチは倒せない。さあ、どうするネギよ。

 

 

「だけど守っているだけじゃ僕には勝てないよ?」

 

「わかってます。だから僕も攻めに行きます!」

 

 

 するとネギはいったんしゃがみ、杖を床につき一秒だけ待った。そしてその次の瞬間、高速でタカミチへと接近したのだ。だが、これは瞬動ではない。ただの”戦いの歌”により魔力での身体強化を利用した移動でしかない。つまるところ、今のネギでは瞬動が使えるタカミチを、捕えるのは難しいのだ。

 

 しかしネギは、そのタカミチの移動を追いながら、遅延魔法による無詠唱での魔法の射手を溜め続けていた。また、その間にもタカミチの居合い拳がネギへと突き刺さる。

 

 

「それじゃ僕には追いつけないよ、どうするんだい? ネギ君」

 

「はい、それもわかってます」

 

 

 しかしネギは、タカミチの居合い拳を防御し、魔法の射手を撃ちつつ、タカミチを追うしかなかった。だが、魔法の射手もタカミチの操る居合い拳の拳圧によりはじかれ、命中することはない。これではただの鬼ごっこでしかないのである。

 

 いや、そもそもあのネギが、闇雲にこのような真似をするだろうか。そんなはずがないだろう、何か意図があるはずだ。そう何度もネギがタカミチを追跡していると、タカミチが最初にネギのいた場所へと移動したのだ。その瞬間ネギは、魔力を使いトラップを起動したのである。

 

 

「”重く沈む万有の檻”!」

 

「これは!?」

 

 

 ネギがトラップとして使用した魔法は重力魔法であった。その魔法にとらわれたタカミチは、数十倍という重力の力により、足が床に沈み身動きが取れなくなったのだ。そう、ネギは闇雲にタカミチを追いながら、単純に魔法の射手を飛ばしていたのではなかった。この自分の仕掛けたトラップを引っ掛けるために、タカミチを追い込んでいたのだ。

 

 あの時、最初しゃがんだ時に、ネギはこの魔法を設置したのである。はっきり言えばこれも大博打であった。なぜなら設置がバレれば意味もないし、タカミチがトラップに引っかかる可能性も高くはないからだ。

だが、ネギは運と実力をもって、そのチャンスを物にしたのだ。

 

 しかし、ネギはなぜ重力魔法を覚えたのだろうか。それは難しいことではない。あのアルビレオに重力魔法を教えてもらったのである。このネギが見た魔法で最も印象が強かったもの、それは師匠であるギガントが用いた引力の魔法だった。つまり、ネギが重力の魔法を覚えたいと思うのもまた、必然だったのである。

 

 

「まさか重力魔法での束縛とはね」

 

 

 その罠にはまったタカミチも、まさかネギが重力魔法を使用してくるとは思っていなかった。なにせタカミチが知る中で重力魔法が得意なものは、あのアルビレオぐらいしかいないからである。また、ネギがすでにアルビレオに出会っていることを、タカミチは知らなかったのだ。そして、この絶好の機会を逃すことは許されない。だからネギは溜め込んだ雷の魔法の射手11発を近距離でタカミチへと放ったのだ。

 

 

「魔法の射手! ”集束、雷の11矢”!!」

 

 

 その雷の魔法の射手がタカミチへと命中すると、タカミチは吹き飛ばされ池の方へと飛んでいった。だが、この程度でタカミチが倒れるはずがない。そうネギは考え、次の攻撃の準備へと移っていた。そこへ池の上を歩き、平気な顔をするタカミチが居たのだ。しかし、実際タカミチは、今の魔法でそこそこダメージを受けていた。ただ、平気そうに見えるだけなのである。

 

 

「今のには驚かされたよ、流石ネギ君だ」

 

「やっぱり、今ので勝てるほど甘くはないですか……」

 

 

 平気そうなタカミチを見たネギも、この結果をわかっていた。だからこそ攻撃態勢を解かないのだ。そこでタカミチはそろそろ本気を出そうと考えたようだ。なにせ自慢の無音拳、いやここでは居合い拳ではネギに思うようにダメージを与えられないからだ。だからこそ、男と男の勝負として本気を出すことにしたようだ。

 

 

「ネギ君、僕は今日、嬉しいことばかりだよ」

 

 

 と、その前にタカミチはネギへと微笑みながらネギへと語りかけていた。流石は自分が憧れたナギの息子だ、これほど嬉しいことはないと。そして、ネギを少年ではなく男として認め、本気を出そうと、静かにネギへと話したのだ。そこで、タカミチは左手に魔力を、右手に気を集中させたのだ。

 

 

「”合成”!」

 

 

 タカミチがそう言うと、気と魔力を混ぜたのだ。するとすさまじい衝撃がタカミチを中心に放たれたのである。また、本来、気と魔力は反発しあうものである。しかし、これを合成することにより、とてつもない力を得ることが出来るのだ。これが、咸卦法というものである。

 

 しかし、しかしネギは知っている。この力を知っている。何せアスナが平気でよく使っていた、あの技術なのだから、知らないはずがなかったのだ。ほんの少しだけしか、アスナの咸卦法を見たことがないネギだが、あの技術のすさまじさを近くで感じていたのだ。だからこそ恐ろしい、これからが本番だと、ネギは考えていた。そこでタカミチは、ネギへ一言忠告を入れた。

 

 

「一撃目はサービスだ、避けろネギ君」

 

 

 そのタカミチの言葉の直後、すさまじい轟音と共に、大砲のような一撃が床を揺らした。そして、それが命中した場所には、まるで砲弾が着弾したかのような、巨大なくぼみが出来ていた。なんという威力だろうか。これこそが”豪殺居合い拳”というものだ。

 

 その一撃に流石のネギも戦慄し、少し怯えた表情をしていた。今の一撃、自分の風楯をもってしても防げそうにないからである。

 

 と、その光景を見ていたアスナは、ずっと細い目でタカミチを見ていた。そこへやってきたのは、メトゥーナトであった。

 

 

「どうやらタカミチのやつ、少し本気を出すようだな」

 

「まったく、大人気ないわねえ」

 

 

 メトゥーナトはアスナへ話しかけるように、タカミチが本気を出したと言っていた。それを聞いたアスナも、試合を見ながら大人気ないと答えていた。また、刹那や小太郎はこのネギの試合に夢中で、回りを気にしている余裕がないようだった。そんな中、微妙にしかめ面をしたアスナだけが、メトゥーナトの存在に気がつき話しているようだ。

 

 

「さて、どうするのやら。高速回避が出来ない少年には、あの状態のタカミチはつらいだろう」

 

「砕け散るしかないんじゃない? この状況をひっくり返す力がネギにあるなら、それはそれですごいことなんだけど」

 

 

 なんせあの豪殺居合い拳、とんでもない威力なのだ。あれが避けれなければ厳しいとメトゥーナトは判断していた。またアスナも、砕け散って当たり前、これで逆転できるのなら、とんでもないやつだろうと考えていた。

 

 そうアスナとメトゥーナトが会話している間に、ネギは防御をしつつ、なんとか豪殺居合い拳をいなしていた。なんとかネギが豪殺居合い拳を回避できているのは、タカミチが観客席に気を使い、斜め下へとそれを放っていたからだ。

 

 

「守りきれない……!」

 

 

 この状況にネギは焦っていた。この威力の居合い拳を防ぎきれないからだ。ギリギリで何とか直撃だけを回避し、余波を障壁で防いではいるが厳しい状況だ。だが、タカミチはネギのほぼ真上へと飛び、直撃ルートの豪殺居合い拳が準備したのだ。そこでネギは最大の防御”風花・風障壁”にてそれを防御したのだ。しかし、防いだのはいいがネギはタカミチを見失っていたのだ。そして、その隙にタカミチはすでに、ネギの背後へと回っていたのだ。

 

 

「風障壁は優れた対物理防御魔法だが、効果は一瞬。連続での使用は不可能という弱点がある」

 

 

 律儀にタカミチはネギが今使った障壁の説明を述べていた。だが、ネギはその言葉を聞いて振り向く暇などなかった。そこへ豪殺居合い拳が襲い掛かろうとしていたからである。

 

 しかし、ネギはとっさに魔法を使った。それはなんと”火を灯れ”であった。それをタカミチの顔へと使うと、一瞬タカミチは目をくらまされたのだ。そのおかげで、タカミチが今放った豪殺居合い拳はネギに直撃せず、かすっただけにとどまったのである。

 

 

「まさか、そんな手で今のを避けられるなんてね……」

 

「防御や攻撃だけが魔法じゃない!」

 

 

 火を灯れは簡単に使える魔法である。ゆえに無詠唱も簡単に出来るのだ。だが、これを無詠唱で唱えようという魔法使いは誰もいないのである。なぜならライターを使った方が、効率が良いからだ。しかし、基礎として火を灯れを練習してきたネギは、これを無詠唱で使えるようになっていた。

 

 しかし、今の手はもう二度とタカミチには通用しない。ネギはそれがわかっていた。

だから次の手に移ることにしたのだ。

 

 

「この距離なら……”足引く枷”!」

 

「むっ!?」

 

 

 するとネギは次に周囲の重力を少しだけ重くする魔法を使ったのだ。弱い重力魔法だが、今のネギが使える無詠唱での重力魔法はこれが精一杯なのである。しかし、先ほどのトラップの数分の一程度の重力の増加でしかないが、タカミチは一瞬動きが鈍くなった。突然の重力上昇に、あのタカミチも反応が遅れたようだ。そこへネギは、今まで再び溜め込んでおいた魔法の射手をタカミチへと放つ。

 

 

「魔法の射手! ”集束、雷の22矢”!!」

 

「クッ!?」

 

 

 今度は先ほどの倍の魔法の射手だ。それを再び近距離でタカミチに命中させたのだ。この攻撃に流石のタカミチも、苦悶の表情と共に苦痛の声を漏らしていた。だが、ああ、だがしかし、そのネギが魔法を撃った隙を、タカミチはついたのである。

 

 そこへ豪殺居合い拳がネギへと直撃したのだ。なんということだ、まさかのカウンターとは。ネギも今のは予想できなかったため、一瞬混乱したようだ。また、風楯こそ張ってはいたが、この直撃には耐えることが出来なかったのだ。

 

 そしてさらに、そこへもう一撃、床とネギを挟むように、豪殺居合い拳が放たれた。その一撃により、ネギは完全に動かなくなってしまったのである。

 

 

「今のは効いたよ、はっきり言って危なかったかな……?」

 

 

 今の魔法の射手はかなり効いたようで、タカミチも少しだがふらついていた。しかし、最後に立っていたのはタカミチだった。司会はネギの状態を見てタカミチの勝利としたのである。だが、タカミチはネギの方を見ていた。それは、こんなもので終わってしまうのかと言う、期待と失望の目であった。

 

 

「だけど、これで終わりなのかい……? ネギ君……」

 

 

 ネギはタカミチの顔を見ながら、その言葉を聞いていた。諦めるのか、君の想いはその程度なのかと。しかし、このネギは父の強さを求めていた訳ではない。人々の役に立つため、立派な人になるために、魔法を求めていた。だがそれとは別に、父の諦めないという強い意志を求めていたのだ。だからこそ、ここで諦める訳にはいかないだろう。

 

 ただ、ネギはそこでさらに考えた。この戦いにおいて無理をする必要があるのかと。ネギは師であるギガントから、無理をしないように言われていた。無理とは自らを壊しかねない恐ろしいものだと教わってきた。妥協しろと言うわけではない。諦めないことと無理をすることは、似ているようでまったく違う意味だ。

 

 ああそうだ、無茶ならいいだろう。まだあがきの範囲だ。しかし無理はいけない。それは出来ないことなのだから。自分の父であるナギは、きっと絶対に出来るという確信のもと、諦めずに戦ってきたはずなのだ。いや、無理した場面があるならば、それは絶対にひくことの出来ない場面だったのだろうと、そうネギは考えた。

 

 そこで、ここで無理をしてまで、タカミチに勝利する意味があるのかを考えたのだ。確かに今のタカミチは強大な壁である。だが、どの道タカミチはここで真の本気は出さないだろう。本人もそう言っていたし、これがタカミチの全力ではないことを、ネギはうすうす気づいていた。だからこそ、ここで無理してタカミチに勝つ必要がないと、ネギは悟ったのだ。

 

 

「……()の僕ではここまでです。()()は、僕の負けです……」

 

「……ネギ君……」

 

 

 ネギはタカミチに勝利することと、今後のことを天秤にかけて負けを認めた。確かにもう少し、もう少しだけ戦えば、今の魔法のダメージが抜け切っていないタカミチを、倒せたかもしれない。そう考えながらも、ネギはあえて負けを認めた。そして、負けを認めることはとても難しいことだ。しかし、それでもネギは認めたのだ。

 

 だが、()()と付け加えた。そうだ、今はまだ勝てない。しかし、いずれは追い抜くぐらいにはなりたい、そうネギは考え始めていた。それは諦めではない。諦めで負けを認めたのではない。次こそは勝つという意思にもとで、あえて敗北を選んだのだ。

 

 ネギは戦いを好まない少年だ。しかし、それでも少年なのだ。それゆえ敗北を笑って許せるような人間ではないのである。だからこそ、戦いを好まないながらも、もう少しだけ力がほしいと思ったのだ。自分の生徒を守れるぐらい力が、タカミチに負けない力が、ほしいとそこで思ったのである。

 

 

 だが、この結果にタカミチは少しがっかりしていた。あのナギの息子なら、ここで粘ってくれると考えていたからだ。そう信じていたからだ。しかし、ネギは敗北を選んだ。それをとても悲しく思い、そして本当に少しだが落胆の色が見て取れたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして試合は終わり、ネギは救護室へと移動していた。そこにはアスナだけがやって来ていた。あの小太郎や試合を見物していた他の生徒たちは、刹那や木乃香に呼び止められ、ここへは来ていなかったようだ。アスナは敗北したネギを、励ましに来たようであった。だが、励ましに来た割に、第一声はやはりアスナらしかった。

 

 

「やっぱ砕け散ったのね。粉々にされちゃったかしら?」

 

「あ、アスナさん……?」

 

 

 だが、その普段どおりのアスナの対応が、今のネギにはありがたかった。別に慰めの言葉がほしい訳ではない。ただ、この悔しさを打ち明けたかったのだ。

 

 

「……僕は、負けてしまいました……」

 

「仕方ないじゃない。負けて当たり前でしょ?」

 

 

 ネギは敗北したことを悔しく思い、顔を下に向けていた。そしてアスナからは、その表情が見えないようにしていたのだ。だが、アスナは今のネギが、とても悔しく感じていることに気がついていた。ゆえに、少しだけ言葉を選んで、そのネギへと優しく語りかけたのだ。

 

 

「だけど悔しいなら、無理しないで泣けばいいんじゃない?」

 

「あ……」

 

 

 アスナはそう言うと、姿勢を低くしてネギを抱きしめていた。ネギは教師で魔法使いだが、10歳である。我慢することはない、お前は今泣いていい、泣いていいんだ。アスナはそうネギへと言ったのだ。するとネギも感情を抑えられなくなり、アスナの胸の中で静かに泣いていた。

 

 敗北を認めた、諦めずに次は勝つと決めた。だが、やはり悔しかったのだ。もうすぐだったと思った、あと一歩で勝てると思った。だが、ネギは最後の一手が届かなかった。だからとても悔しかったのだ。そこでアスナはネギを抱きしめながら、ネギの頭を撫でてやっていた。本当に泣く子をあやすように、撫でていたのだ。

 

 大きな声ではなく、静かであったがネギは涙をとめどなく流した。そして、一分は過ぎただろうか。ようやくネギは落ち着いたようで、アスナの体から離れてその彼女の顔を見上げていた。

 

 

「どう? 少しは落ち着いた?」

 

「……はい、ありがとうございます。いえ、むしろ申し訳ありません、こんな見苦しいところをお見せして……」

 

「気にしないのよ。私はあんたよりずーっと年上なんだから、このぐらいどうってことないわ」

 

 

 ネギは今の号泣が気恥ずかしいのか、照れた表情で礼と謝罪をしていた。また、アスナも気にしないと言っていた。なんせ100歳超えたお姉ちゃんなのだから、一応遠い遠い親戚の関係なのだから、このぐらい当然だと思っているのだ。ただ、アスナから見たネギは、孫というよりもやはり弟のようなものだった。そして元気になったネギを見て、アスナはある決意を固めていた。

 

 

「ネギ、私があんたの仇を取ってあげるわ」

 

「え……? アスナさんが!?」

 

「ちょっと高畑先生を、懲らしめよーと思うのよ」

 

 

 アスナはなんとネギの仇をとるために、タカミチをぶっ飛ばすと言い出したのだ。流石にネギも、今の言葉に驚いていた。あのタカミチを倒すというのだから当然だった。しかし、アスナは本気だった。それは表情にも見て取れていた。

 

 そのアスナの表情を見たネギは、そのことはそれ以上何も言わなかった。だが、アスナの対戦相手は、あの刹那だ。楽に勝てる相手ではないだろう。それはアスナもよくわかっていた。

 

 

「でもまずは刹那さんを倒さないとならないのよね、楽には勝たせてくれそうにないわ」

 

「そうですね。とても手ごわいかと」

 

 

 神鳴流の剣士であり、バーサーカーと覇王に鍛え上げられたあの刹那。はっきり言えば五分五分だとアスナは考えていた。だがアスナも決して弱くはない。皇帝直属の部下であり、あの紅き翼の一員だったメトゥーナトに、鍛え上げてもらってきたからだ。しかし、相手が刹那であろうとも、絶対に勝つ。そうだ、ここで負ける訳にはいかない。そうアスナは本気で意志を固めたのだ。

 

 

「だけど、刹那さんと戦うのは、ちょっと楽しみだったりもするんだけどね」

 

「どうしてですか?」

 

「だって強いじゃない。それに他の剣士と戦うのって、めったにないことだもの」

 

 

 アスナはメトゥーナトとはよく模擬戦をしていた。だが他の剣士と戦う機会はなかった。それゆえアスナは、詠春と同じ神鳴流の剣士である刹那との戦いを、少し楽しみにしているのだ。強者こそが正義と言うほどに、あの刹那との戦闘を待ちわびていた。

 

 

「アスナさんって結構戦い好きなんですね」

 

「別に好きじゃないし、普段はやらないけどね。でもこういう機会だからこそよ」

 

 

 アスナ普段なら特に戦おうという気はない。突然バトルしようぜなど言ったら、完全なバトルジャンキーみたいだからだ。ただ、こういった大会ならば、話は別である。何せ戦いの場なのだから、本気でぶつかり合えると考えていたのだ。そこで、ネギは観客席へと戻ることにしたようだ。

 

 

「そうですか、じゃあとりあえず戻りましょうか」

 

「そうね、次の試合はこのかが出るし、応援してあげないとね」

 

「はい!」

 

 

 そしてネギは次の試合を見物すべく、観客席へと戻っていった。またアスナは途中でネギと別れ、木乃香を応援しに、木乃香が準備しているであろう更衣室へと移動移動して行った。さて、次の試合もまた荒れそうである。何せあの木乃香の試合なのだ。きっとまたしても嵐のような、すさまじい戦いになるだろう。なんとまあ、波乱な武道会はまだまだ終わる気配がないのだった。

 

 




テンプレ97:ネギ、敗北


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五十五話 シャーマンファイト

テンプレ98:原作キャラと転生者の試合

テンプレ99:クロス元でのオリジナル武装


 カギはこのまほら武道会にやってきていない。だが見ていない訳ではなかった。ではどこでそれを見ているのだろうか。その答えは麻帆良の上空にあったのである。

 

 麻帆良の空に、杖を使って空を飛ぶものがいた。それこそがカギだったのだ。一応認識阻害を使っており、誰の目にもつかないようにしているようだ。そして、カモミールと共に双眼鏡を使って、まほら武道会の試合を眺めていたのだ。なんというズルいやつである。

 

 

「ひえー、まさかネギのやつ負けちまったのかよ……」

 

「いやいや、旦那が負けちまうのも無理ねーっスよー。なんせあの高畑とかいう男は、魔法世界でも相当有名みてーだからなあ」

 

 

 カギはネギがタカミチに敗北したのを驚きながら見ていたのだ。何せ原作ではタカミチはネギに敗北するからだ。しかし、ここのネギは元々中国武術を使っていない。だからまあ、仕方ない部分もあったのである。そこでカモミールは、タカミチは魔法世界で有名な人であり、AAAクラスの実力者だと調べてわかっていたようだ。

 

 

「まあなあ。だがネギのやつ、いつの間に重力魔法なんか覚えたんだよ……」

 

「ほへー、旦那は本当の意味での魔法使いになるつもりかー」

 

 

 だが、カギがさらに驚いたことは、ネギが重力魔法らしき魔法を使っていたことだった。重力魔法といえば、あのアルビレオが操るチート魔法である。つまり、ネギはいつのまにかアルビレオと接触した可能性があると、カギは考えていたのだ。そのカギの言葉を聞いたカモミールは、ネギが後衛としての魔法使いを選んだのだろうと考えたのである。

 

 

「しっかし、次の試合は誰だぁ? なんか俺の知らねぇ大会になってらぁ……」

 

「兄貴はこの大会知ってたってのかい!?」

 

 

 カギは”原作知識”でこの大会を知っていた。しかし、それとはまったく別の流れになっていることに、驚きが隠せなかったのだ。つーかあのグラサンの男だれだよ。古菲ボコして笑ってんじゃねーよ、クソ野郎!と思ったようだ。さらに一回戦目で楓とアルビレオがバトっているのを見て、どうなってんだこれぇ!?と叫んだりしていたのである。そしてカモミールは、カギの言葉に疑問を持ったので、それを質問していたのだ。

 

 

「いや、記憶の奥底に眠る謎の記憶が、俺にそう告げるのさ……」

 

「兄貴ぃ、そいつはちとアブナイ人ですぜ……」

 

 

 流石に今のカギの言い訳はヤバイ人だった。完全に厨二病であった。そんな台詞を聞いたカモミールも、少しカギに引きながら、止めた方がいいと遠まわしに言っていたのだ。とまあ、そういう感じに、カギは再び武道会へと目を移すのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 アスナがネギと話している間に、刹那は木乃香と話していた。その場所は更衣室で、木乃香は次の試合の準備をしている間に、刹那と会話していたのである。また、次の試合に木乃香が出場するということで、刹那は大層心配していた。なにせ第四試合にて、残虐ファイトが行われたのだ、心配しない方が無理である。

 

 

「このちゃん、本当に大丈夫なんですか?」

 

「それはわからへんよ。でもウチが決めたことや。心配せんでええんよ」

 

 

 しかし、この戦いは木乃香自身が参加すると決めたこと。覇王に並ぶため、この道を選んだのだ。その決意は瞳にも見てとれるほどだった。そんな木乃香を見て、はやり不安そうにする刹那であった。

 

 

「しかし、このちゃんに万が一何かあったらと思うと……」

 

「せっちゃん、心配してくれるんはうれしーんやけどな? ここは応援してくれた方が、もっと嬉しいんやよ」

 

 

 そこで心配性な刹那に、木乃香は心配するなら応援してほしいと頼んでいた。しかし、木乃香とて次の試合、不安がない訳がないのだ。とても不安でしかたがないのである。だが、その不安を押し殺し、刹那へ笑顔でそう答えているのだ。また、その木乃香の言葉を聞いた刹那は、心配しつつも応援しようと考えたようだ。

 

 

「……そうですね。ならこのちゃん、次の試合、精一杯頑張ってください」

 

「うん、それでええんよ。それにせっちゃんに応援してもろたら、少し力が湧いて来たえ!」

 

 

 そこで木乃香へとエールを送る刹那。それはありきたりな言葉だった。だが、それでも刹那からの応援なら、力が湧くと木乃香は笑顔で言っていた。その言葉に刹那はとても嬉しく感じ、照れながら微笑んでいた。と、そこへアスナがやってきたのである。

 

 

「このか、次の試合頑張ってね」

 

「アスナ、ありがとう。ウチ、試合に勝って見せるえ!」

 

「はい、このちゃんの勝利を祈っています」

 

 

 そしてアスナも微笑を浮かべながら、木乃香を応援していた。木乃香も次の試合、絶対に勝つという意気込みをそこで見せていた。そんな木乃香に、刹那は勝利を祈ると言っていた。しかし、そんな時にアスナは、木乃香が勝った後の話をしだした。

 

 

「でもこのかが勝ったら、私と刹那さん、どちらかが相手にするってことよね?」

 

「あ!そうでした……」

 

「別にアスナもせっちゃんも気にせんでええよ?ウチも全力で行くだけやからね」

 

 

 第八試合は刹那とアスナの試合となる。つまり、木乃香が次の試合に勝てば、どちらかが木乃香を相手にするということだ。そのことをアスナが指摘したのである。そして、そう考えると刹那はどうしようかと頭を悩ませていた。だが、木乃香はその時も全力で相手にすると言ったのである。

 

 

「このかの言うとおりよ、刹那さん。私もこのかと当たっても、手を抜くなんて真似はしないわよ?」

 

「そうやよせっちゃん! ウチと戦ーても、本気で挑んでほしーわ」

 

「そ、そうですか……? しかし……」

 

 

 アスナはたとえ相手が木乃香であっても、手を抜かないと言っていた。木乃香はそのアスナの言葉を聞いて、刹那にも本気で戦ってほしいと言っていた。だがやはり刹那は迷うのだ。なぜなら木乃香は護衛対象、守る相手であって戦う相手ではないからだ。

 

 

「でもまあ、次の試合でこのかが勝てばの話だけどね」

 

「で、ですね……」

 

「そうやね。でも負ける気はせへんよ!」

 

 

 しかし、この話は木乃香が次の試合で勝てばの話である。だが、木乃香は勝つ気で試合に臨むのだ。いや、それは当然のことだろう。最初から負けに行くようなことは、誰もしないのである。そこで気合を再び入れた木乃香は、仕度を終えて会場へと移動していった。また、アスナも刹那も木乃香の後ろを歩き、一緒に会場へと戻っていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギは会場に戻ってきた木乃香に応援の一言を伝えたようだ。そして、アスナたちとわかれた後、小太郎と話していた。そんな小太郎は、ネギがタカミチに負けたのを見て、とりあえず何も言わないようにしていたのだ。だが、アスナに慰められ、元気になったネギを見て、一言ぐらい何か言っておこうと思ったのである。

 

 

「ネギ、何負けとるんや!もっと根性ださなあかんやろ!」

 

「コタロー君!?」

 

 

 もう少しで勝てそうだったあの試合、小太郎は本気で惜しいと思っていた。あと少し、ネギに根性があれば、勝てたと考えたのだ。ただ、負けた直後にそれを言いに来なかったのは、小太郎の優しさだったのだろう。

 

 

「なんで根性ださんかったんや!!?」

 

「……あの時、もう少し頑張れば勝てたかもしれないのは僕もわかってるんだ」

 

「じゃあなんでや!?」

 

 

 だが、そんなことはネギもわかっていることだ。わかっていながら、あえて負けを認めたのがネギなのだから。だからネギは、小太郎にその理由をゆっくりと、先ほどの試合を思い出すように語りだした。

 

 

「僕はあの試合に全てを賭けれなかった。でも、それは今日と明日と続く学園祭のことを考えたからなんだ」

 

「何言うとるんや! 男ならその一瞬に全てを賭けなあかんやろ!」

 

 

 しかし、小太郎はその勝負に全てを賭けるべきだと言っていた。勝負根性、バトルジャンキーとしては当然の答えである。だが、ネギはバトルジャンキーではなく、教師なのである。それでも納得しない小太郎に、ネギはもう一つの理由を語った。

 

 

「それにどの道タカミチさんは、あの試合で本気を出してくれなかったと思う。だから、どう頑張ってもあの時点では負けかなって」

 

「むっ……確かにそうかもしれんな。けどな、どんな理由でも負けは負けやで!」

 

「そうだね。だから悔しかったし、次こそ負けないと本気で思ったんだ」

 

 

 あの試合で、タカミチはどの道全力を出すことはなかっただろう。だからネギは、それならここで必死にタカミチに勝利する意味がないと考え、負けを認めたのだ。しかし、小太郎はそれでも負けは負けだと言っていた。それゆえネギは、次こそは負けないように頑張ろうと決心したのだ。そのネギの決意の言葉を聞いた小太郎は、とりあえず納得したらしい。

 

 

「その意気や! んなら俺がネギの仇をとったる!!」

 

「え!? コタロー君も!?」

 

「も? もってなんや!?」

 

 

 そこで小太郎は、それなら自分がタカミチを倒してネギの仇をとると言い出した。だが、ネギはその言葉をさっき、アスナから聞いていた。だから、デジャブを感じたのである。そこでそのネギの言葉に、自分以外にも仇をとると言った人物がいたのかと、小太郎はネギに質問していた。

 

 

「さっきアスナさんにも、仇をとるって言われたんだ」

 

「あの姉ちゃんか!? そいや第八試合はあの姉ちゃんの試合やったな……」

 

「うん、どんな戦いをするんだろうね」

 

 

 ネギはアスナにも同じことを言われたと、小太郎の質問に答えていた。その言葉を聞いた小太郎は、第八試合はアスナの試合だったことを思い出したようだ。そしてネギも、アスナがどう刹那と戦うのか、少し気になったようだ。

 

 

「やけど次の試合に勝たんと、あの姉ちゃんがネギの仇なんてとれんわな」

 

「だから絶対に勝つって言ってたよ」

 

 

 ネギは仇をとると言った時のアスナの表情を思い出していた。必ず勝利を収めると言う、とても強い意志が篭った目をした表情だった。また小太郎は、それならその試合を見なければと、さっさと観客席へと移動していた。

 

 

「そんなら姉ちゃんたちの試合を見にいかんとな。はよ行くで!ネギ!」

 

「え!? ちょっと待ってよ!コタロー君!」

 

 

 そして二人は観客席へ走っていった。またネギは、そんな急ぐ小太郎を、追うので精一杯だった。そこで遅れたネギは、図書館探検部の三人見つかり、モミクチャにされるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そしていよいよ始まった第七試合。出場するのは木乃香、対するはあの錬と呼ばれた少年である。どちらもシャーマン、まさにシャーマンファイトとなったのだ。たま、今の木乃香の姿は制服や、占い研究会の催し用の魔法使いっぽい格好ではなく、なんと巫女服であった。

 

 そんな姿の木乃香に何も言わず、ただ優しく見守る覇王の姿があった。その覇王に木乃香は気づき、強気の表情でただ一度だけ、うなずくだけであった。もはやそこに言葉は不要ということだ。

 

 またアスナと刹那も、覇王の横で木乃香を見ており、二人とも緊張した顔をしていた。あの木乃香が戦おうというのだ。当然二人は心配なのである。あれだけのことを言っていたアスナも、実は少し心配だったのだ。さらに、元々戦うような性格ではない木乃香がどう戦うのか、まるで見当がつかないのである。

 

 だが、木乃香の対戦相手である錬は、覇王の弟子たる木乃香を警戒していた。姿は一見ただの少女、持霊らしき幽霊も少女。本当に戦えるのか疑わしいものであった。しかしそれでも、あの覇王が鍛えたシャーマン。見た目にだまされていると、痛い目を見るだろうと、錬は考えて居るのだ。そして木乃香と錬はリングへと入り、規定の位置で合図を待っていた。そこへさよが木乃香に話しかけていた。

 

 

「一緒に頑張りましょうね、このかさん!」

 

「うん、さよも頼りにしとるよ!」

 

「はい!」

 

 

 さよは木乃香を勇気付けていた。そして木乃香もさよを頼りにしていると言葉にしていた。それを見ていた錬は、持霊との間柄も良好だな、と考えていた。そこへ司会が、開始の合図前の解説を叫んでいた。

 

 

「さて、一回戦最終試合、第七試合を行いたいと思います!!」

 

 

 それを聞き流しながら、錬は木乃香を睨んでいた。いや、元々目つきが悪いので、睨んでないかもしれないが。そんな錬を、木乃香はニコニコと見つめていた。なんとも気が抜けた表情である。だが、錬はそんな気が抜けた相手だからこそ、さらに警戒しなければならないと感じていた。しかし、もう試合が開始されるという直前に、錬は司会へと叫んで話しかけたのだ。

 

 

「そこの司会、この試合は刃物禁止だったな」

 

「ああ、そうだぜ?それが一体どうしたんだ?」

 

「この剣は刃を収納できる。刃を出さなければ問題ないなら、使ってもよいか?」

 

 

 この試合は刃物禁止である。つまり錬の媒介である馬孫刀も宝雷剣も使えないということだ。だが、宝雷剣は刃を縮めて収納できる。つまり、刃の部分を出さない代わりに、使ってもよいかを司会に聞いているのだ。その質問を受けた司会は、腕を組んで少し考えたのち、その答えを錬へと言い渡した。

 

 

「まあ刃が出てなければ問題ねぇが……。つか刃出さない剣なんて使えんのか?」

 

「そんなことはキサマにはどうでもよいだろう? それよりも、いいのか悪いのかはっきりしろ」

 

「ああ、それなら許可しよう。だが、刃を出したなら、即退場だぜ!?」

 

 

 司会は刃の無い剣なんてどうやって使うのか悩んだようだ。そんなくだらない質問を受けた錬は、少しイラついた声で許可が出来るかを聞きなおしていた。だが、別に刃が出てなければいいかと考え、司会はそれを許可を出したようだ。

 

 

「そうか、それは助かるな」

 

「意味わからねぇが、とりあえず試合開始するぜ!」

 

 

 この宝雷剣が使えるのと使えないのでは、シャーマンとして大きな差となる。これが無ければO.S(オーバーソウル)が使えないので、憑依合体で頑張るしかなくなるのだ。まあ、実際憑依合体でも、十分強いはずなのだが。

 

 しかし、錬はやはりシャーマン相手ならば、O.S(オーバーソウル)同士のぶつかり合いをしたいのである。そして、とうとう第七試合のゴングが司会の声により鳴らされたのだ。

 

 

O.S(オーバーソウル)、武神魚翅!」

 

O.S(オーバーソウル)、前鬼! 後鬼!」

 

 

 両者とも開始の合図でO.S(オーバーソウル)を即座に構築していた。そして錬は間髪入れずに木乃香へと切り込んで行った。

――――この世界には瞬動術が存在する。それを錬は用いて、瞬間的に木乃香の手前へと突撃したのだ。

 

 

「もらったぞ!」

 

「後鬼、防御!」

 

 

 そこで木乃香は一旦後鬼のO.S(オーバーソウル)を解除し、再び自分の目の前にO.S(オーバーソウル)しなおしたのだ。前鬼・後鬼の媒介は紙で出来た人形であり、それを木乃香は複数所有している。

 

 普通ならS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)のように空気を媒介として、自由にO.S(オーバーソウル)の構築を操ることはできない。だが、複数の媒介を所有しているならば、ある程度自由に操ることが出来るのである。その突発的な再O.S(オーバーソウル)による後鬼の瞬間移動に、錬は一瞬驚いた。しかし、その後すぐに唇を吊り上げ笑っていたのだ。

 

 

「そうでなくては面白くない!」

 

「そう簡単には負けへんえ!」

 

 

 そして木乃香は後鬼を防御に回し、数歩後ろへ下がる。そこへ錬の斬撃が後鬼を襲ったのだ。だが、後鬼は防御用の盾を持っている。それでその攻撃を防御したのだ。しかし、錬のO.S(オーバーソウル)は甲縛式と呼ばれる強固なものだ。普通のO.S(オーバーソウル)では歯が立たないのである。その錬の一撃により、後鬼は盾ごと二つに引き裂かれてしまったのだ。

 

 ……こうして白熱しているシャーマン同士の戦いなのだが、他の観客には何をしているのかがまったくわからないでいた。そもそもO.S(オーバーソウル)は霊を見る力がなければ、見ることが出来ないものなのだ。つまり、一般人の観客には、刃の無い剣を振るうマヌケな少年と、それを避けるそぶりをしている変な少女にしか映らないのだ。また、刃物禁止であるこの大会で、前鬼の大鎌が使えるのも、このためなのである。

 

 

「この程度か?」

 

 

 そこで錬は挑発的に、その言葉を木乃香へと送った。だが、すでにその時点で、前鬼が錬へ大鎌を振るっていたのだ。それに気がつき、錬は即座に武神魚翅でそれを防御した。しかし、やはり普通のO.S(オーバーソウル)である前鬼では、攻防一体の甲縛式O.S(オーバーソウル)を破ることはかなわないようだ。また錬は、先ほどから気になっていたことを木乃香へと話した。

 

 

「キサマの持霊はこれだけではないだろう! もう一体の持霊も出せ!」

 

「そやな、そのO.S(オーバーソウル)相手に、前鬼・後鬼のみやと厳しそうやしね」

 

 

 そこで錬は前鬼の大鎌を武神魚翅で防御したまま、木乃香の次のO.S(オーバーソウル)が構築されるのを待っていた。そして木乃香は錬に言われたとおり、さよをO.S(オーバーソウル)させたのだ。その媒介はあの覇王から貰った、大切な二つの青銅の扇子だった。

 

 

「それがキサマのO.S(オーバーソウル)か」

 

「そーや、これがウチの新型O.S(オーバーソウル)……」

 

 

 それは白い翼であった。二枚の扇子を媒介に、背中から一対の巨大な翼が生えていた。それはしなやかさを持ちながらも、鉄のような強固な翼だった。また、その翼は木乃香の体ほど大きく、身に纏うように折りたたまれ、体全体を覆っていたのである。そして、このO.S(オーバーソウル)は扇子二つを媒介にした、二段媒介というものであり、甲縛式O.S(オーバーソウル)でもあった。これこそが木乃香が考え出した、新型のO.S(オーバーソウル)だったのだ。

 

 そこで、その木乃香の新型O.S(オーバーソウル)を見た錬は、楽しそうにニヤリと笑っていた。それでこそ覇王の弟子、それでこそ強敵だと思っているのだ。そんな錬を見ながら、そこで木乃香はこのO.S(オーバーソウル)の名を高らかに発言した。

 

 

O.S(オーバーソウル)白烏(びゃくう)”!」

 

「攻撃以上に防御に重点を置いたO.S(オーバーソウル)と言うわけか……!」

 

 

 木乃香はこのO.S(オーバーソウル)に白烏と名づけた。それはまさに、刹那の翼のことであった。そう、この白烏は親友である刹那の白い翼を参考に、師である覇王の技術を使った木乃香らしいO.S(オーバーソウル)と呼べるものだった。さらに言えば、木乃香は扇子の開閉の動作を翼に見立て、そのO.S(オーバーソウル)を考案したのである。

 

 白烏という存在は吉兆を意味し、中程度の吉兆だとされている。さらに太陽の精とされており、霊格の高い存在でもある。また、あの八咫烏には程遠いものの、吉祥を持つとされているのだ。だからこそ、木乃香は新型O.S(オーバーソウル)の名に、あえて白烏の名をつけたのだ。

 

 そして木乃香が開発したこの白烏は、攻撃以上に防御を優先したO.S(オーバーソウル)なのである。なにせ木乃香は刹那のように剣を振る訳でもないし、アスナのような特殊な力も無い。さらに言えば気を操る訳でもないので、攻撃するなら防御をした方がよいと木乃香は判断したのだ。そのため、巨大な一対の翼を使い体を覆うことで、防御を最大まで高めているのだ。

 

 

 そこで木乃香の試合を観戦していた覇王も、そのO.S(オーバーソウル)の完成度に喜んでいた。この前よりもさらに成長した木乃香を、そのO.S(オーバーソウル)を見ただけで実感していたのだ。

 

 また、その横に居た刹那も驚いていた。まさか自分の翼をモチーフにO.S(オーバーソウル)を考え出すとは思っていなかったからだ。しかし、驚きつつも、心の奥ではとても嬉しく感じていたのである。

 

 そこで木乃香の新型O.S(オーバーソウル)を見た錬は、その特性を一瞬で見抜いていた。

そして、そのO.S(オーバーソウル)を見た錬は、さらにそれを愉快に感じ、口元が三日月形に歪んでいた。久々のシャーマンとしての強敵、楽しくて仕方が無いのである。だからこそ、錬もこの場で本気を出すのだ。

 

 

「面白い。やはりそうでなくてはな!」

 

「ウチやて負けられへんのや!」

 

 

 木乃香にも意地がある。この試合に勝利して、自分の成長を覇王に認めてもらいたいのだ。それゆえ、この試合は絶対に勝利したいのである。その強い意志こそ、シャーマンとしても重要な力となるのだ。

 

 そして錬は、防御して止めていた前鬼を切り裂き消滅させると、木乃香へとターゲットを変えた。その瞬間、またもや錬は瞬動にて、木乃香の前へ現れ、武神魚翅を横に振り上げた。

 

 しかし、木乃香はその攻撃を命中する一歩手前でかわしていた。だが、錬の攻撃はそれで終わらない。さらにそこへ錬は、縦に武神魚翅を振り下ろした。その攻撃も、またまた木乃香は、スレスレでかわしたのである。

 

 

「あたらへんよ?」

 

「キサマ、まさか……!」

 

 

 錬はこの回避方法に心当たりがあった。それは巫門遁甲だ。巫門遁甲は巫力を察知することによる、行動の先読みである。その先読みにより、O.S(オーバーソウル)がどのあたりまで来るかを予測し、回避するというものだ。この技術を木乃香はしっかりと習得しており、錬の武神魚翅での攻撃を回避していたのである。そして、その回避行動は、まさに舞を踊るかのようであった。

 

 

「だが避けてばかりでは勝ち目はないぞ!」

 

「そやな、ならこうやね!」

 

 

 そこで木乃香は近接戦闘を挑む錬へと、右腕と同時にO.S(オーバーソウル)の右翼を伸ばしたのだ。すると錬が振り上げて追撃しようとした武神魚翅を、かき消してしまったのである。

 

 錬はそのO.S(オーバーソウル)の消滅に驚き、一瞬動きが止まってしまった。その一瞬の隙を木乃香はつき、くるりと回転しながら腕に装着してある白烏の一対の翼で錬を攻撃したのだ。錬はその木乃香の攻撃を何とかかわし、数メートル後退していった。そして、錬は再びO.S(オーバーソウル)を構築し、一言ぽつりとこぼした。

 

 

「無無明亦無……」

 

 

 無無明亦無とは、シャーマンキングの主人公、麻倉葉が生み出した巫力無効化の技である。その攻撃を受ければ、どんなO.S(オーバーソウル)でも無条件に消滅させれるというものだ。だが、自分の力量以上のものは打ち消すことが出来ないとされている。そして、今木乃香が使った技が、それと同じ効果を発揮していたのだ。しかし、これは覇王がもともと操れる巫力無効化の技術の応用であり、本来の無無明亦無という技ではない。

 

 

「そんな名前やったっけ?」

 

「そうか、キサマもそれに類似した技を持っていたということか……」

 

 

 その名前を聞いた木乃香は、やはりのんきなことを口走っていた。しかし、錬はその技を木乃香が使うことに戦慄していた。いや、あの覇王の弟子なのだから、このぐらい出来て当然だと考えるべきであった。そう、錬はやはり木乃香の見た目に惑わされ、そのことを失念していたのである。だが、それならさらに力を出せばよい。錬はそう考え、最大の技を使うことにしたのだ。

 

 

「ならばそれでも防げん、自然の力で倒すのみ! 受けて見よ! 我が最超奥義を!」

 

「あ、アカンなこれ」

 

 

 それなら打ち消せない自然の力を使用した攻撃をすればよい。錬はあの雷の技を木乃香に使うことにしたのだ。その叫ぶ錬を見て、流石にのんきな木乃香も、ちょっとやばいと感じ、冷や汗を流していた。

 

 そこで錬は瞬動にて木乃香へ近づき、武神魚翅にて突きを繰り出した。それを木乃香は回避すると、さらに錬は高速で武神魚翅を振り回したのだ。錬のその猛攻に、木乃香も避けきれず、白烏の一対の羽で防御するしかなかった。そして、木乃香がひるんでいるその時に、錬は最超奥義を発動したのだ。

 

 

「”九天応元雷声普化天尊”!!!」

 

「きゃああっ!!」

 

 

 その技は巫力を用いた巨大な雷を落とす奥義だ。錬は本気で木乃香を倒しに掛かったのである。そしてそれが木乃香に命中すると、すさまじい轟音と衝撃がリングを揺らした。

 

 それを見ていた観客は驚き叫ぶほどの光景だったようで、周りが騒がしくなっていた。まあ、刃の無い剣を振り回していたと思えば、突然雷を発生させたのだから、驚かない方がおかしいのだが。また、その技を見た刹那も、シャーマンにも雷を操る技があることに驚いていたのだ。なにせ神鳴流にも雷を操る奥義があるのだ。当然その技を思い出すだろう。

 

 そしてその技を受け、O.S(オーバーソウル)もろとも破壊され、その場に倒れこむ木乃香が居た。その技で、痛ましいほどのやけどを負った木乃香の体からは、うっすらと煙が立ち込めていた。そこで錬はその倒れた木乃香を見て、その場で静かにたたずんでいた。また、木乃香の様子を見た司会はこれで錬の勝利だと考え、カウントを数え始めた。だが、そこで錬は、独り言をこぼし始めていた。

 

 

「まだ終わりでないはずだ……。確かに今の技はキサマを完全に動けぬほどにする威力だったが……」

 

 

 突然独り言を話し出した錬に、司会は驚きカウント数歩下がった。そこで司会は木乃香の方へ目を向けると、なんと木乃香が痛みで涙目になりながらも、その場に立ち上がっていたのだ。つまり今の攻撃で、木乃香がやられなかったということである。それを見た司会は、カウントを数えるのをやめ、リングの端へと移動していった。また、それを見た錬は、やはりという感じに思い、不適に笑っていたのだ。

 

 

「ククク、そうだ。そうでなければな……」

 

「……い、いたた……。雷に打たれるんは初めてやわ……」

 

 

 全身を雷で焦がされたというのに、まだのんきな台詞を口から出す木乃香が、そこに立っていた。

だが木乃香自身も、なぜ自分が立ち上がれるのか、あまりわかっていなかった。確かに今の攻撃は、木乃香が立ち上がれ無くなるほどのものだったのである。

 

 そこで木乃香はO.Sの媒介である、二つの扇子に目をやった。それは青銅という金属で出来た扇子だ。まさにその扇子が雷を流し、木乃香はダメージをある程度抑えることが出来たようである。また、錬もその扇子を見て、木乃香が立ち上がることがわかったようだった。

 

 しかし、それだけではない。木乃香の白烏は防御に特化したO.S(オーバーソウル)である。その防御力の高さのおかげで、かなりのダメージを軽減していたのだ。だが、立ち上がるのも精一杯な状態の木乃香に、錬を倒すことなどできるはずがないだろう。

 

 

「だが、今のキサマでは俺は倒せん」

 

「……そーやな。今の状態やと倒せへんかな」

 

 

 そう木乃香が言うと、巫力による治療を自らに施した。それを見ていた錬は、予想通り回復もこなすのかと関心していた。それは巫力を用いたイメージでの回復である。そこで錬はそう考え、木乃香に回復の時間を与えて、まだまだ戦いを終わらせまいとしていたのである。なんというバトルジャンキーか。しかし、そう簡単には全快してなるものか、錬はそれとは別にこうも考えていたのだ。そして錬は瞬動を用いて、木乃香へと再度近づき攻撃したのである。

 

 

「全快にはさせんぞ!」

 

「前鬼!後鬼!」

 

 

 だが錬はさらに失念していた。木乃香のO.S(オーバーソウル)に式神である前鬼・後鬼がいることを忘れていたのだ。木乃香が白烏を使ってから、一度も動かさなかった前鬼と後鬼だ。もう使わないのだろうと錯覚してしまっていたのである。そこへ後鬼が木乃香を守るように立ちふさがり、それを錬は切り裂こうと武神魚翅を振り下ろした。しかし、その後鬼の盾で、それを完全に防がれたのだ。

 

 

「何!?」

 

「巫力を多めにつこーとるんよ!」

 

 

 この前鬼と後鬼は最初に作り出したものよりも、多く巫力を使用して生み出されていた。また、甲縛式と同じ要領で構築したため、先ほどのよりも強固なものとなっていた。木乃香が最初からそれを行わなかったのは、相手を油断させるためであった。なんとまあ恐ろしい娘だろうか。そして攻撃を後鬼に防がれたことで、一瞬の隙を作った錬に、前鬼の大鎌が迫ってきたのだ。

 

 

「クッ! まさかこれほどとは……!」

 

「ウチやてそー簡単にやられへん!」

 

 

 錬は即座に判断し、その前鬼の攻撃を武神魚翅で受け止めた。だが、そこに後鬼の強烈なツッコミが錬を襲ったのだ。それを錬は受けて吹き飛ばされ、数メートル先で着地していた。そこへ前鬼が錬を追撃に突進してきたのである。

 

 

「クッ、やはりあの男が鍛えただけはあるということか……!」

 

 

 そうこぼす錬だったが、やはり楽しそうに笑っていた。これほどの強敵は、本当に久々だったからだ。あの覇王の弟が弱すぎたので、退屈していたのだ。そこへ覇王の弟子である木乃香を、ある程度は期待していた。そんな木乃香は、錬が期待していたい以上の強敵だったのだ。錬にはそれが嬉しくてたまらないのである。

 

 そして一見錬が不利に見えるこの試合、実は木乃香は少し焦っていた。今ので随分と巫力を使ってしまい、疲労してきていたからだ。巫力による治療も、ある程度巫力を使用するのだ。さらに、前鬼も後鬼を何度も破壊され、白烏すらも一度砕かれたのだ。その消費巫力量は、かなりのもののはずなのである。

 

 だからこそ、木乃香は早期決着を望みたいと考えていた。しかし、シャーマンファイトにて焦りは禁物。木乃香はその焦りを押し殺すように、必死に錬へ攻撃していたのだ。

 

 

 

「ならばもう一度受けて見よ! ”九天応元雷声普化天尊”!!」

 

「キャッ!?」

 

 

 今回二度目の最超奥義発動。しかし二度目と言うことで、木乃香もある程度対処法を考えていた。それは前鬼・後鬼を盾にすることだった。その二つの式神が木乃香の頭上へと飛び上がり、その技を受け止めたのだ。しかし、前鬼も後鬼もその一撃で破壊されてしまった。

 

 そしてその余波は木乃香へと降り注ぎ、ダメージを受けたのである。また、その余波ですら、木乃香のO.Sは砕くほどのものであった。さらにそこへ、錬はすかさず木乃香へ攻撃を繰り出してきたのだ。

 

 

「まさか式神を盾にするとはな。だがこれで終わりだ!」

 

「ま、まだ終わらへんよ……!」

 

 

 木乃香はまだ諦めていなかった。再び白烏をO.S(オーバーソウル)し、錬の攻撃に備えた。さらに錬の背後に、再びO.S(オーバーソウル)された前鬼と後鬼が出現させたのだ。それに一瞬気を取られた錬は、後ろに目を向けてしまった。そして、そこへ木乃香は巫力無効化を使ったのだ。

 

 

「な、何ィ……!!?」

 

「今や! 前鬼! 後鬼!! ”ダブルツッコミ”!!」

 

 

 その木乃香の命令により、前鬼と後鬼は錬に対して同時に片腕をぶつけ、ツッコミを入れたのだ。その攻撃はただのツッコミだが、威力だけなら常人は耐えられないほどのものである。それを受けた錬は、流石に表情をゆがませていた。直撃での想像以上のダメージと、激痛を受けたからだ。

 

 また、今の攻撃を受けた錬は、何とか体制を立て直そうと考え、再びO.S(オーバーソウル)をしようとしていた。しかし、吹き飛ばされた先には木乃香がおり、その木乃香が攻撃態勢へ入っていたのだ。なんと木乃香の白烏が背中から分離し、二の腕へと装備され、両腕が白い巨大な翼となったのだ。

 

「受けてみい、ウチの白烏を!」

 

「な、グッ!?!」

 

 

 そしてその翼を使い、木乃香は空中へと飛び立った。そこで吹き飛ばされて来た錬を、上から白烏を使い床へとたたきつけたのだ。すでに錬は武神魚翅を構築しており、その白烏を防御していた。だが、床に叩きつけられた衝撃だけは防御できずに、それをモロに食らってしまったのだ。

 

 

「クッ! なめるな!! ”雷法”!!」

 

「あうっ……!」

 

 

 だが錬はそこで、落雷を発生させる雷法を使った。それが木乃香に命中すると、しびれて動きが鈍くなり、地面へと落下していった。だがそこへ、前鬼の大鎌が錬を襲っていた。それを錬は武神魚翅で受け止め、振り払ったのだ。しかし、振り払われた前鬼は再び攻撃を再開し、錬へと飛び掛る。また、錬の背後からも後鬼が襲ってきたのだ。

 

 

「挟み撃ちか! だが!!」

 

 

 しかし錬はその二つの鬼からの挟み撃ちを、即座に横に移動し避けたのだ。そして錬はそこへ雷を発生させ、後鬼を破壊してみせたのだ。またそこへ、その錬の頭上へと、木乃香が落下して来たのである。これこそ絶好の好機と見た錬は、そこでその木乃香を追撃しようと、武神魚翅にて突きを繰り出したのだ。

 

 

「トドメだ!!」

 

「ま、まだやよ……」

 

 

 だが、木乃香は襲い掛かる武神魚翅を巫力無効化で消滅させたのだ。それを見た錬は、まだそのような力が木乃香に残っていたことを驚いていた。そしてその直後に、錬は後鬼の盾を使った突進に直撃してしまっていたのだ。また、木乃香はO.S(オーバーソウル)を構築しなおし、床への衝突を穏和していた。

 

 

「ガッ!? 甘かったということか!!」

 

 

 錬はその猪にでも衝突したかのような衝撃を受け、数メートル吹き飛ばされた。そこで錬は、吹き飛ばされながらも後鬼へと落雷を発生させそれを破壊したのである。そして、錬は着地して態勢を立て直すと、再び木乃香へと再び九天応元雷声普化天尊を使用したのだ。錬はもはや、巫力無効化がある木乃香に、物理攻撃は受け付けないと判断したのである。

 

 

「だがもう迷わん! ”九天応元雷声普化天尊”!!」

 

 

 その地上を焦がす巨大な落雷に襲われた木乃香は、すでに巫力をほとんど消費してしまっており、イメージによる治療すら儘ならなかった。つまり、木乃香にはその落雷を防ぐ手がないのである。そんな弱りきった木乃香に、その激しい稲妻が雷鳴と共に襲い掛かったのだ。だが、ダメージを最小限に食い止めるべく、白烏を防御形態へと戻し、再び後鬼を最後の力を振り絞ってO.S(オーバーソウル)し、それの盾で落雷を防いだのだ。

 

 

「くっああああっ……!」

 

 

 しかし、やはり全てを防ぎきることは出来なかった。何とか落雷に耐えていた後鬼も破壊され、その余波の雷を受けて白烏すらも砕かれ、木乃香はその場に倒れこんだのだ。その倒れた木乃香を見て、錬はようやく勝負が決まったと感じたようだ。

 

 そこへ司会が木乃香へと近づき、カウントを取り始めていた。そのカウントを聞いた木乃香だが、もはや指一つ動かすことすらかなわないほどのダメージを受けており、ピクリとも動こうとしなかった。だから、そのカウントが増え続けるのを、ただ静かに倒れながら、聞いていることしかできなかったのだ。

 

 

「……久々に強敵と戦えたことに感謝するぞ……。……近衛木乃香」

 

 

 また、そう錬が一言残した。久々の強敵との戦いに、感謝と敬意を見せていたのだ。そして、その後に、カウントが10を切り、木乃香の敗北が決定したのだ。

 

 もはや動けない木乃香だったが、負けたことに悔しさを覚え、瞳から一筋の涙を溢していた。そして錬の勝利が確定したところで、司会は錬へ近づき片腕を持ち上げ天に掲げていた。

 

 だが、錬も三度O.S(オーバーソウル)を破壊され、二度ほど最超奥義を使用したため、ある程度消費していたのだ。そこで錬も、試合の放棄を司会へと言い渡していた。

 

 

「司会、俺は次の試合を棄権する」

 

「は、はぁ!? 何を言ってるんだ!!?」

 

 

 その錬の言葉に、司会は混乱していた。せっかく勝利したというのに、次からの試合を棄権するなどありえないことだからだ。だが、錬はそれでも棄権を表明していた。それは巫力の消費もあるが、木乃香との戦いでの負傷も軽いものではなかったからだ。

 

 二つの鬼からの攻撃は、錬に想像以上のダメージを与えていたのである。それに錬は、木乃香との戦いで十分満足してしまったのだ。何せ強力なシャーマンとの戦いだったため、これ以上の試合はもうないと考えたのである。

 

 

「まあ、本人がそういうなら次からは棄権扱いにするが、本当にいいのかよ!?」

 

「くどいぞ、俺はもう満足したのだ。次の試合に興味はない……」

 

 

 そう言うと錬は倒れ伏せている木乃香の方を見た。そこにはすでに、アスナと刹那がやって来ており、二人で木乃香を抱えて救護室へと運ぼうとしていたのだ。そして木乃香も、刹那の胸を借りて静かに涙を流していた。この試合に勝てなかったことを、とても悔やんでいるのである。そんな弱りきった木乃香を、刹那は優しく抱きしめていた。また、アスナも木乃香の背中をさすり、刹那と一緒になだめていた。

 




実戦経験の有無は地味に大きい
というか、普通に雷を操るという部分は強すぎると思います


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五十六話 衝突する少女たち

テンプレ100:オリジナル技

二人の少女が衝突する


 第七試合にて敗北した木乃香は、かなり落ち込んでいた。

それは負けたこともあるが、まだまだ自分が覇王に届かないことに肩を落としていたのだ。

 

 そんな木乃香は、救護室のベッドの上で治療を受けていた。

あの錬の雷による攻撃で、全体的にやけどを負っていたのだ。

 

 普段なら巫力を用いたイメージによる治療で、簡単に回復できる。だが今は、木乃香にそれを行えるほどの巫力が残っていなかった。

 

 そして木乃香は治療を受けながら、普段は絶対に見られないほどの、暗い表情を見せていた。

その木乃香を刹那もアスナもよも、どう励ましたらよいかわからないと困っている様子であった。しかし、そこへ覇王がやってきたのである。

 

 

「手ひどくやられたみたいだね、木乃香」

 

「は、はお……」

 

 

 そこで、あちこち包帯を巻かれた木乃香へと、覇王は話しかけていた。

木乃香は覇王を見上げると、すぐさま顔を下に向け伏せてしまった。

 

 今の弱った姿など、覇王に見られたくないようだ。また、木乃香は覇王の顔を見たせいで、再び涙が瞳から溢れ出してしまったのである。

 

 

「ウチ、負けてしもうた。勝てへんかった……」

 

「そうだね、なかなかの負けっぷりだったよ」

 

 

 しかし、覇王は木乃香を慰める気はないようだ。

また、木乃香も覇王が慰めてくれるような人間ではないことを知っているので、その辺は気にしないのである。

 

 それに覇王は木乃香が負けたことを、仕方ないとも感じていた。

なにせ初実戦の木乃香と、警備などで実戦経験のある錬では、戦いでの錬度が違うのである。シャーマンとして互角だとしても、やはりその差は大きいのだ。

 

 

「だけど勉強になったろ?」

 

「うん……」

 

「それならそれでいいんじゃないか?」

 

 

 そこで覇王は木乃香に、今の戦いで得るものがあったなら、それでよいと話していた。

 

 木乃香は先の戦いで、シャーマン同士の戦闘での厳しさを味わった。

そして痛みや恐怖と言った負の念と、自分の技術が通用したことや勝利への渇望など、色々学ぶことがあった。

 

 また、あれがシャーマンファイトということを、木乃香は戦いを通して体で覚えることができたのだ。

あれこそ、覇王に並ぶならば必要最低限のことだと、木乃香は考えたのだ。

 

 

「……はおは、あー言う戦いをせなあかんのやな?」

 

「シャーマンキングになるためには、必要なことさ。最も、この世界にどれほどシャーマンが居るかはわからないけどね」

 

 

 この先シャーマンキングとなるために、覇王は他のシャーマンと戦うのだろう。

そして、それについていくなら、先ほどの戦いと同等のことが起こるのだろう。木乃香はそう考えたようだ。

 

 そこで覇王も、木乃香の質問に肯定の意見を述べていた。

 

 

「そなら、ウチもつよーならんとアカンよね」

 

「そうだね。もっと強くなってもらわんと困る」

 

 

 だからこそ、木乃香はもっと強くなる必要があると考えた。

 

 そこで覇王も、もっと強くなってほしいと言っていた。

しかし、覇王は特に木乃香を戦わせたい訳ではない。ただ、戦いに巻き込まれた場合、自分で身を守れるぐらいにはなってほしいと考えているのだ。

 

 

「うん……。もっとつよなる。だから、ずっといじけてられへんな……」

 

「そうさ、いじけている暇なんてないよ」

 

「うん、うん……。でも、やっぱ悔しいんよ……」

 

 

 木乃香はいじけてられないと言葉にした。

そして覇王もそうだと答えていた。

 

 だけどやはり、木乃香は先ほどの戦いで負けたことが、すごく悔しかった。

だから、覇王の胸を借りて、少しだけ涙したのだ。

 

 その木乃香に胸を貸して、覇王はやれやれと言う表情をするだけであった。

だが、木乃香は覇王が胸を貸してくれているだけで十分だった。

 

 それだけで、とても嬉しかったのだ。

そして数分間ほど、木乃香は覇王の胸の中で、静かに、静かにその瞳から悔しさと共に綺麗な雫を流すのだった。

 

 

「……もう大丈夫かい?」

 

「うん……。ありがとう、はお」

 

「弱ってる弟子は邪険にできないからね」

 

 

 そして木乃香は普段の笑顔に戻っていた。

まだ少し目は赤く、涙を溜めてはいるが、それでも微笑んでいた。

 

 そこで木乃香はいつの間にか体の痛みが消えていることに気がつき、覇王の顔を覗き込んだ。

 

 その覇王も、いつもの微笑みを浮かべ、気にしないでよいという表情をしていた。

覇王は木乃香に胸を貸した時に、イメージによる治療を施していたのだ。

 

 

「はお、ほんまありがとう」

 

「気にしなくていいよ。木乃香は女の子だから、肌は大事にしないとね」

 

「うん! はお!」

 

 

 木乃香は覇王が治療してくれたことに気づき、再びお礼を言っていた。

 

 覇王も気にするなと言いつつ、女の子たる木乃香に肌を大事にと、普段の覇王では聞けぬような言葉を使っていた。

その言葉に木乃香は嬉しくなり、ついつい覇王に抱きついていた。

 

 

「はお、好きやー!」

 

「木乃香、二人が見てるのに、少し自重しようとは思わないのかい?」

 

「せっちゃんもアスナも知っとるし、別に気にならへんもん!」

 

 

 アスナも刹那も、今の覇王と木乃香のやり取りをずっと見ていたようだ。

そこで刹那はそれを見て、少し顔を赤くして照れていた。

 

 だが、アスナはいつものことのように、すまし顔でそれを見ていたようだ。

そして木乃香は、二人に見られていても特に気にしていなかった。

 

 というのも木乃香は、二人とも自分が覇王のことを好きだというのを知っているので、問題ないと思っているのだ。

 

 

「やれやれ、仕方がないやつだなあ」

 

「えへへー」

 

 

 先ほどまでの涙はもう木乃香からは見られなかった。

覇王に胸を貸してもらって泣いたことで、ようやく元気を取り戻したのだ。

 

 そして覇王に抱きつき甘える木乃香。

そんな木乃香を、仕方がないと思いつつも、覇王は好きにさせているのであった。

 

 とりあえず、覇王は木乃香に抱きつかれながら、観客席へと戻ることにしたようだ。

そして、アスナと刹那はそれを見て安心した後、次の試合の準備をするのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そしていよいよまほら武道会第八試合の開始である。

刹那とアスナはリングへと移動していた。

 

 その姿は戦闘するよりも、給仕をするような格好だった。

なんと刹那は和風メイド服を着ており、アスナもフリルだらけのゴスロリメイド服姿であった。一体誰の趣味なのだろうか。それは置いておくとしよう。

 

 しかし、やはり手には武器を持っていた。

刹那は刃物である刀を使うことが出来ないため、デッキブラシを握っていた。

またアスナは、ハマノツルギをハリセン状態にして使うようだ。

 

 そこで木乃香も二人を応援するために、その近くへとやって来ていた。

また、二人の晴れ姿を見て目を輝かせていたのである。さらに、戦闘準備の用意が完了し試合開始を待つ二人の下へ、アルビレオとエヴァンジェリンがやって来ていた。

 

 

「二人とも、次の試合頑張ってくださいね」

 

「別に頑張らんでもよいが、つまらん戦いはするなよ?」

 

「会場ガ血シブキデ埋マルグライ、ヤッチマエー」

 

 

 なにやらこの二人はアスナと刹那に檄を飛ばしに来たようだ。

エヴァンジェリンはそんなことを言いつつ、次の試合を楽しみに思いニヤリと笑っていた。

 

 そして、一応チャチャゼロもつれて来ており、なにやら物騒なことをつぶやいていた。流石殺人人形である。

 

 また、アルビレオも静かに微笑んでいた。

が、その意味は二人の可愛らしい衣装を見てのことである。

 

 流石変態だ。そんなアルビレオとエヴァンジェリンの方を二人は向き、試合が始まるまで話そうと思ったようだ。

 

 

「クウネルさん、こんにちわ」

 

「エヴァりん、久々ね」

 

 

 とりあえずアスナと刹那は、やって来た二人に挨拶をした。

しかし、アスナはアルビレオに挨拶をしなかった。

 

 あえて無視しているのである。

また、ネギは他の生徒にモミクチャにされているので、この場には来れなかったらしい。合掌。

 

 

「私も居ますよ? アスナさん」

 

「ノーセンキュー」

 

「アスナさん、流石にそれは……」

 

 

 いやはや今の態度はないだろうと刹那は思っていた。

だがこのアルビレオの扱いをある程度知っているアスナは、これが普通なのである。

 

 そんな漫才まがいなことをしているアスナとアルビレオを見て、愉快に笑うエヴァンジェリンが居た。

 

 

「アハハ、いい気味だなアル。身から出た錆とはこのことだな」

 

「いいのですよセツナさん。しかし二人ともすばらしい衣装ですね」

 

「いえ、これは……!」

 

 

 ああしかし、そのエヴァンジェリン、悲しいことにアルビレオに無視されたのだ。

 

 このアルビレオ、クウネル・サンダースと言う名前が気に入っている。つまりこの名で呼ばないと反応してやらないのだ。

 

 そしてアルビレオは、二人の衣装をべた褒めしていた。

そう褒められた刹那は、意図していないので頬を赤くして照れていた。だが、その横でアスナは目を細めて、そんなアルビレオを睨んでいた。当たり前である。

 

 

「そう言って恥ずかしがらせようとする訳ね、ヘンタイ」

 

「流石にアスナさんには効きませんか」

 

「むしろ、こんなフリフリで動きが鈍らないかの方が心配よ」

 

 

 そう言うアスナはスカートをつまんで、数センチだけ上にあげた見せていた。

それでもって、アスナはアルビレオの意図を察していた。

そのためまったく動じないのだ。

 

 むしろ、ここで少しでも焦ったり照れたりすれば、このアルビレオの思う壺なのである。

さらに言えば、アスナはこの可愛らしい服の見た目よりも、戦いでしっかり動けるかのほうが心配だったらしい。

 

 そんな言葉すら動じないアスナに、アルビレオもこうなることを予想していたようだ。

そこで先ほどから無視され、静かに体を震わせながら、怒りのボルテージを溜めていたエヴァンジェリンがついに爆発したのだ。

 

 

「おいアル! 無視するとはいい度胸だな! 試合に出る前に退場にしてやろうか!!?」

 

「……今の私はクウネル・サンダースと申し上げたと思いますが?」

 

「ふざけてるのか貴様!!!」

 

「真剣ですよ?」

 

 

 アルビレオは旧友のエヴァンジェリンにさえ、クウネルと呼ぶように言っていたようだ。

だからこそ、クウネルと呼ばないエヴァンジェリンを、あえて無視していたのだ。

 

 そのことにカンカンに怒ったエヴァンジェリンは、そんな態度のアルビレオに叫んでいたのである。

だが、怒るエヴァンジェリンを涼しげに見てアルビレオは、余裕の微笑を見せているのだ。

 

 

「どの口がほざくか!!」

 

「まあエヴァンジェリン、私をクウネル・サンダースと呼べばよいだけですよ」

 

「貴様というやつは!!」

 

 

 この漫才をするエヴァンジェリンとアルビレオを放置し、アスナはとりあえず動けるかどうか確認していた。

そこでアスナは両手を左右に伸ばして回転し、一回転した後停止して今度は両腕を高く上へ伸ばす。

 

 さらに今度は後ろへ数歩ステップし、空中へ飛び上下に回転しながらも、体を左右にひねり二回ほど回転させ、元の場所へと綺麗に着地していた。

まるでしっかりと動けるかどうか、一つ一つ確認しているのである。つまるところ、本気で刹那に勝つ気なのだ。

 

 そのアスナの行動を、刹那は静かに眺めていた。

 

 

「うん、問題なし。いや、問題ならあったわ……」

 

「え? 今の動きのどこに問題が……?」

 

 

 アスナは問題ないとしたことを即座に訂正していた。

それを聞いた刹那は、今の動きに問題があるようには見えなかった。

むしろすばらしい身のこなしだと感じ、アスナの言葉に疑問を感じたようだ。そこでアスナは、刹那の今の疑問に答えたのだ。

 

 

「スパッツか短パンぐらい履きたいわ。これじゃパンツが見えちゃうじゃない!」

 

「あ、そういうことですか……」

 

 

 アスナは膝上ぐらいあるスカートである。

そのぐらい長いスカートだとしても、動けば下着が見えてしまうと考えたのだ。

 

 いや、アスナは今の空中回転などで、それが実感できたので、そう文句を言ったのだ。だからせめてスパッツぐらい履かせてほしいと思っていた。

 

 それを聞いた刹那も、そりゃそうだと納得したのだ。

しかし、この程度で動きが鈍くなるほど、アスナは甘くはない。

 

 と、そこへさらに人がやって来た。あのメトゥーナトだ。

その横に焔もついてきていた。

だが、あの数多は覇王の方へ行ったらしい。まあ、男子だから女子だらけのアウェーな空間には入りたくないだろう。

 

 

「アスナ、試合は次か」

 

「来史渡さん、来てくれたんだ。それと焔ちゃんも」

 

「いや、予定していなかったんだが、兄がどうしてもと言うものだからな……」

 

 

 アスナはメトゥーナトと焔の姿を確認すると、二人に笑いかけた。

来てくれるかは半信半疑だったので、二人が来てくれたことをとても嬉しく思っているのだ。

 

 ただ、焔は少しだけばつが悪そうであった。

何せ本来ここへ来る気が、あまりなかったからである。

 

 あの数多がこの大会を見たいと言わなければ、さらに妹と一緒に居たいと言わなければここへ来なかったはずだからだ。

そこへ刹那もやって来て挨拶をしていた。

 

 

「あ、はじめまして。私は桜咲刹那と申します」

 

「丁寧にどうも。わたしは銀河来史渡と言う。よろしく頼む」

 

「ああ、あなたが長のご友人の……!」

 

 

 そこで刹那はこのメトゥーナトが、関西呪術協会の長である、近衛詠春の友人だということを思い出したようだ。

それを聞いたメトゥーナトも、刹那が木乃香の護衛だったことを思い出したようだ。

 

 

「そのとおり、わたしは詠春の友人だ」

 

「そうでしたか。ではアスナさんを鍛えたのも……」

 

「それもわたしだ」

 

 

 あのアスナの強さが普通ではないと思っていた刹那は、このメトゥーナトが鍛えたのではないかと考えた。

そしてそれを質問すると、肯定の言葉が返ってきた。

 

 刹那はその言葉に、やはりと思っていた。そこに先ほどまでエヴァンジェリンに絡まれていたアルビレオがメトゥーナトへ話しかけた。

 

 

「久しいですね、来史渡」

 

「ふ、クウネルも相変わらずのようだな」

 

 

 いやはや同じ偽名持ち同士、なかよくしようや。

そうアルビレオは考えているようだ。

 

 しかし、相変わらずなのはそのパクリっぽい偽名だろう、と今の言葉を述べたメトゥーナトはそう考えていた。

また、エヴァンジェリンもトコトコとやってきて、メトゥーナトにアルビレオの文句を言いだした。

 

 

「おい貴様、このヘンタイを何とかしろ!」

 

「な、なぜわたしにそれを……?」

 

「なぜって貴様の戦友だろう!」

 

 

 確かにメトゥーナトも紅き翼の良心、ストッパーとして頑張ってきた。

しかし、このエヴァンジェリンはメトゥーナトよりも古くからアルビレオを知っている。

そう考えると、やはりなぜ自分がこのアルビレオを抑えなければならないのかと思うのだった。

 

 

「それを言うならマクダウェル、君の方が彼の古い友人だろう? 自分で何とかするのだな」

 

「あ! 貴様それを言うのか!」

 

「まあまあ、エヴァンジェリンも来史渡も、そう喧嘩しないでください」

 

 

 しれっとした態度でエヴァンジェリンを突き放すメトゥーナト。

それに反応して叫ぶエヴァンジェリン。なんと大人気ないことか。そこへその喧嘩の仲裁としてアルビレオがやってきたのだ。いや、お前が原因なんだけど。

 

 

「アル……いやクウネル、元はと言えばお前が悪い」

 

「貴様が原因じゃないか! 何部外者ぶってるんだ!?」

 

「おやおや、そうでしたか?」

 

 

 当然アルビレオは二人から非難轟々である。

当然といえば当然だった。だが、アルビレオはそれをとぼけて流していた。なんというやつだ。

 

 そんなバカなことで騒いでいる三人をよそに、とうとう試合が始まろうとしていた。

アスナと刹那は司会に呼ばれ、リングへと移動することにしたようだ。そこでメトゥーナトはいったん会話をやめ、アスナの下へやってきた。

 

 

「とりあえず全ての力を出し切るんだ。さすれば勝利を得ることが出来よう」

 

「ふ、最初からそのつもりよ。それじゃまた後でね」

 

 

 そう言うとアスナはリングへと歩いていった。また、そこへ木乃香と焔が、刹那の方へ移動して話しかけていた。

 

 

「私はどちらも応援したいが、とりあえず刹那も頑張ってくれ」

 

「ウチも両方応援しとるえ!だからせっちゃんも頑張ってな!」

 

「ありがとう、このちゃん、焔さん。では後ほど」

 

 

 木乃香と焔はアスナも応援したいが、とりあえずアスナの方にはメトゥーナトが話しかけていたので、刹那に話しかけたのだ。

 

 そして刹那は、木乃香と焔の応援に感謝を述べ、リングに上がっていくのだった。

そこでアスナと刹那が並び、同時にリングへと向かっていった。

 

 

…… …… ……

 

 

 まほら武道会第八試合、そのリング内でアスナと刹那は微笑みながら見つめ合っていた。

 

 それは好敵手とであった感覚。

まさにライバルを見つけ、全身に雷が落ちたような衝撃を二人は受けていたのだ。

そして、二人はこの試合を待ちわびたかのように、話しかけていた。

 

 

「悪いけど刹那さん、この勝負、勝たせてもらうわ」

 

「私もそう簡単には負けませんよ? アスナさん」

 

 

 そこへアスナは刹那へ宣戦布告を叩き込んだ。

絶対に勝つと宣言したのだ。

 

 だがその挑戦を、刹那は微笑みながら受けていた。

さらに簡単に負けない、むしろこちらが勝つと返していた。

 

 そして両者ともに規定の位置につき、試合開始の合図を待つのである。

 

 

「さて、ようやく第八試合の始まりだあああッ! 対戦する二人は美少女! この二人がどう戦うか見ものというものでしょう!!」

 

 

 やたらテンションの高い司会による演説が会場を揺らす。

その司会が叫んでいる間に、アスナと刹那は互いに見つめ合っていた。

 

 しかし、それは甘い関係などではなく、やはり好敵手としてのにらみ合いに近いものであった。

 

 また、この二人にはもはや司会の演説すら聞こえないようで、どちらも微笑みながらも、高い戦意を出していたのだ。

そこで、司会から試合の火蓋を切る合図が出されたのだ。

 

 

「レディ―――――ッ!ファイッ!!!」

 

 

 その合図と共に、二人は即座に空中で武器を合わせていた。

さらに、すでにアスナは咸卦法を、刹那は気で身体能力を強化していたのである。

その最初の接触のみで、会場を揺らしていると錯覚するほどの気迫だった。

 

 

「やる……!」

 

「出来る……!」 

 

 

 両者とも落下する前に、さらに空中へと舞い上がり武器をぶつけ合っていた。

 

 アスナも刹那も虚空瞬動による空中移動を行いながら、互いの武器でせめぎあっていたのだ。

もはやこの試合、最初からクライマックスであった。すさまじい力と技のぶつかり合いである。

 

 

「素早く鋭い剣術ね、流石刹那さん」

 

「アスナさんこそ、豪快ながら隙のない剣術、見事です」

 

 

 アスナも刹那も互いを褒めあい、されど引くことなく衝突していた。

アスナは刹那が京都で魅せた美しい剣術を褒め称え、刹那も強い力で打ち合いながらも、そこに隙を作らないアスナの攻撃を褒め称えていた。

 

 アスナの場合、技術こそ刹那に劣るものの、その咸卦法でのパワーとスピードを生かし、強力な一撃を生み出すことに特化している。

 

 刹那の場合、力こそアスナに劣るものの、気でのスピードの増幅と鋭い剣術での封殺を得意としている。

 

 風を切るほどの、すさまじい速度で振り払われる刹那のデッキブラシを、命中する手前で回避するアスナ。

 

 そしてそこへアスナは、すかさず強力な一撃を刹那へと繰り出す。

だが、刹那は無手でも神鳴流を使いこなしている。

 

 その攻撃を斬空掌にて振り払い、すかさずデッキブラシをアスナへと振り下ろす。

しかし、アスナはそれを咸卦法の力で素早く掴み、刹那を床へと投げ飛ばす。

 

 

「やっぱり刹那さんは強い……!」

 

「いえ、アスナさんこそ予想以上です!」

 

 

 そう会話する中、投げ飛ばされた刹那は床に着地すると、すぐさまアスナの居る上空へと飛んだ。

それを追撃すべく、アスナはハマノツルギを振り払った。

 

 だが、それを刹那は二度の虚空瞬動にて回避し、アスナの背後を取った。

その直後アスナは背後へ蹴りを放った。

 

 その蹴りは命中すれば大木すらもへし折りかねないほどのものだ。しかし、その蹴りを刹那は腕で受け流し、デッキブラシをアスナへと叩きつける。

 

 

「貰いました」

 

「甘いわね」

 

 

 しかしアスナはその攻撃を、虚空瞬動にて落下することで回避し、素早く上昇し下から上へ目掛けてハマノツルギを振るった。

 

 それを刹那はデッキブラシで受け止め、アスナを空中へと振り払う。

しかし、アスナはまるで磁石が引き合うかのように、瞬時に刹那へ距離をつめた。

 

 それは空中から重力と虚空瞬動を用いた加速であった。

するとアスナはハマノツルギを、刹那の右腰へと目掛けて横に振るった。

 

 だが、それを今度は刹那が華麗なアーチを描くように飛び、それを回避して見せたのだ。

なんという戦い。両者とも完全に互角だったのである。

 

 

「今のは危なかったです」

 

「ウソばっかり」

 

 

 二人はそう言うと微笑みながら、どちらも目を見ていた。

そこへ刹那はそのままアスナの背中へ向けて斬鉄剣を放つ。

 

 されど、それをハマノツルギで押さえ、刹那を吹き飛ばした。

そして今の攻撃でいったん地上へと戻り、二人は距離を取っていた。

 

 しかし、二人は不適に微笑んでいたのである。

まるで好敵手に出会ったような、そんな感動を覚えるような、そんな心境だったのだ。

 

 もはやこの戦いに、観客も声が出せなかった。

すさまじい拮抗した試合だったからである。

 

 そんな最中、メトゥーナトとアルビレオがこの戦いについて話し合っていた。

 

 

「この試合、どう見ますか?」

 

「どちらが勝ってもおかしくない試合だ。正直このわたしですら、どちらが勝つか予想もできん」

 

 

 このメトゥーナトですら勝敗がわからないというほど、アスナと刹那が互角ということだった。

そこへエヴァンジェリンがやってきて、その会話に加わっていた。

 

 

「ふん、面白い試合じゃないか。それでいいんだよ、それで」

 

「エヴァンジェリン、あなたは最初から、この試合を期待していたのでしょう?」

 

「まあな。あのアスナと桜咲刹那との戦いだ。つまらん試合になるとは思ってなかったよ」

 

 

 エヴァンジェリンですら、この二人の試合を期待していたのだ。

それほどに、この試合が面白いということだ。

 

 そして、それはつまるところ、この試合がこの先どうなるか、予想がつかないということでもある。

 

 しかし、エヴァンジェリンはなぜ刹那のことを知って居るのだろうか。

それはエヴァンジェリンが夜の警備をしているからである。

 

 そういう訳で、同じく夜の警備をしている刹那の実力を、ある程度知っていた。

だからエヴァンジェリンは、刹那とアスナとの戦いに期待していたのである。

 

 そこでアルビレオは、エヴァンジェリンへ賭けを要求したのだ。

 

 

「ではエヴァンジェリン。一つ賭けをしませんか?」

 

「どちらが勝つか、ということか。で、貴様はどちらに賭ける? そして、賭けるものはなんだ?」

 

 

 アルビレオの賭けとは、アスナと刹那、どちらが勝つか賭けようということだった。

 

 エヴァンジェリンはそれを悟り、ならばどちらに賭けるか、賭ける商品はどうするかをアルビレオにたずねていた。

そして、その賭けの対象とは驚くべきことであった。

 

 

「そうですね、私が負けたら私が今まで集めた”転生者”の人生の記録を見せましょう」

 

「む? それに何のメリットがあるというのだ?」

 

 

 アルビレオは転生者の人生も収集していたようだ。

それをエヴァンジェリンへ提供すると言ったのである。

 

 しかし、エヴァンジェリンはそれが自分にメリットがあるか疑問だった。

そこでアルビレオは、そのメリットをエヴァンジェリンへ話したのだ。

 

 

「その中で使えそうな魔法を持つ転生者が居れば、あなたの技術も向上するのでは?」

 

「居なかったら丸損だろう? だが確かに興味があるな……」

 

 

 その集めた転生者の人生の中に、エヴァンジェリンが使える魔法を持つものも居るとアルビレオは言ったのだ。

 

 とは言え、居なければ丸損だとエヴァンジェリンは思った。

しかし、そうでなくても不思議な力を持つ転生者、その能力を見れるだけでも面白そうだと考えたのだ。

 

 

「いいだろう。だが私は、何を貴様に差し出せばいいのだ?」

 

「そうですね、これを着て今日一日過ごしてもらいましょう」

 

「は?」

 

 

 エヴァンジェリンはアルビレオに渡せるようなものを持っていない。

だから何を賭ければいいかわからなかったのだ。

それを聞いたアルビレオは、なにやら布キレをどこからとも無く取り出したのだ。

 

 そして、それは旧型のスクール水着だった。

さらにご丁寧に名札まで張ってあり、そこには”えゔぁ”と記載されていたのである。

 

 そのスクール水着をエヴァンジェリンが見て、間抜けな顔をして完全に停止していた。当たり前である。

 

 また、それを見ていたメトゥーナトも、額を手に当てドン引きしていた。当たり前の反応だ。

そこで数秒停止していたエヴァンジェリンが、次は顔を真っ赤にして怒り出して叫んだのだ。それも当然である。

 

 

「ふざけているのか!! そんなこと出来るか!!」

 

「真剣ですよ? それに今は麻帆良祭の最中です、仮装として着ていれば特に問題はありませんよ」

 

「私には大問題だバカ!!」

 

 

 麻帆良祭は仮装衣装が借りられる。

つまりそういうことにしてしまえば、問題ないとアルビレオは言ったのだ。

 

 だが、そんな格好で麻帆良を歩ける訳がないと、エヴァンジェリンは大声を上げていたのだ。

 

 しかし、エヴァンジェリンはこの賭けをどうするか考えていた。

負ければヘンタイのような格好をさせられるが、勝てば面白いものが見れそうなのだ。

だから、とりあえず賭けをすることにしたようだ。

 

 

「ふん、まあいいだろう。ならば私はアスナに賭けるとしよう」

 

「おや、てっきりセツナさんに賭けると思ったのですが」

 

「何、あいつは昔からの友人だ。そのぐらい義理立てしてやらんとな」

 

「そうでしたか。では、私はセツナさんに賭けるとしましょうか」

 

 

 アルビレオはエヴァンジェリンが刹那に賭けると思ったようだが、予想とは違ったようだ。

 

 そこでエヴァンジェリンは、アスナは旧友だから賭けてやろうと思ったのだ。

それを聞いたアルビレオは、残った刹那に賭けることにしたようだ。

 

 

 しかし、なぜエヴァンジェリンはこうも簡単に、このような賭けを承諾したのだろうか。

負ければ赤っ恥じ、こきっ恥を晒す羽目になるというのに、どういうことなのか。

 

 アスナが絶対に勝利するという確証や自信があるというのだろうか。いや、そうではない。

 

 

 アルビレオは確かに、エヴァンジェリンが賭けで負けた場合、スクール水着を一日着てもらうと言った。

だが、それ以外を着てはならないとは一言も言ってない。

 

 つまり、エヴァンジェリンは下着代わりにスクール水着を着て、上に普段通りの服を着れば問題ないと考えたのだ。

 

 

 さすれば約束をたがえることは無く、アルビレオが文句を言っても、反論の余地はないと踏んだのだ。

いやはや、普通に考えればすさまじい揚げ足取りだ。

 

 その姿を拝もうと楽しみにしているアルビレオは、間違えなくがっかりするだろう。

いや、むしろエヴァンジェリンは、心底がっかりするアルビレオが見たかったりもするのだ。

 

 

 また、アルビレオもそのエヴァンジェリンの考えを察したのか、普段以上の微笑を見せていた。

抜け穴など用意させませんよと言うような、そんな笑みであった。

 

 さらに、アルビレオからは、すさまじいどす黒い執念が湧き出し、はっきりとそれが見えるほどだった。

そして、再び試合へ目を向けると、先ほど以上のすさまじい攻防が、上空で繰り広げられていたのだ。

 

 

「神鳴流決戦奥義、”真・雷光剣”!!」

 

「”無極而太極斬”!!」

 

 

 真・雷光剣、神鳴流決戦奥義であり、雷の力を爆発させることにより、広範囲にわたって破壊する技である。

それを刹那はアスナに向け、放ったのである。そして、太陽を越えるほどのすさまじい輝きがアスナを包みかけたのだ。

 

 しかし、そこにすかさずアスナも無極而太極斬を使用した。

するとアスナの周囲で展開されていた光の渦を吹き払い、完全に無効化したのである。

 

 そう、ハマノツルギは気すらも無効化することができるのだ。

だからこそ、今の刹那が放った真・雷光剣をも消滅させれたのである。

 

 

「まさか、この奥義すらも無効化してしまうとは……」

 

「危ないじゃないの、それ!」

 

 

 その奥義を無効化された光景を見ていた刹那は、流石に戦慄していた。

まさか、この決戦奥義である真・雷光剣ですら消滅させられるとは思っていなかったのだ。

 

 だが、それを無効化した張本人は、のんきな台詞をはいていた。

しかし、そんな台詞とは裏腹にアスナは、驚きのあまり一瞬動きが鈍った刹那へと、一直線に突撃していた。

そして、その一瞬の隙をつかれ、まずいと刹那は思った。

 

 

「し、しまった!?」

 

「もらった!」

 

 

 その一瞬だけ硬直した刹那が、そう言った時には遅かった。

虚空瞬動と咸卦法による加速を上乗せし、その勢いを生かしたまま思い切り横へ振り上げられたハマノツルギが、刹那の腹部へと命中したのだ。

 

 その想像を絶する衝撃をもろに受けた刹那は、声も出ないほどの激痛を感じながら、勢いよく後方へと吹き飛ばされたのだ。

 

 だが、そこでアスナは止まらない。

そこでアスナはハマノツルギを握っていない、左腕を持ち上げた。

 

 そして、トドメの一撃といわんばかりに、吹き飛んだ刹那へと、その左腕を振り下げたのだ。

 

 

「”光の剣・波”!!」

 

「くっ!?」

 

 

 光の剣・波とは、全てを貫通して切り裂く光の剣を衝撃波にすることで、斬るのではなく衝撃を与えるように変化させた技である。

 

 また、この技は剣などの武器を使わず拳のみで使うことが出来るのだ。

だからこそ、衝撃波として打ち出しているのである。

 

 それをアスナは下に居る刹那へ向けて、左腕を振り下ろすと同時に放ったのである。

 

 咸卦法により強化された、アスナの左腕の手刀が、刹那の右肩に命中していた。

さらにその光の剣・波をゼロ距離で受けた刹那はその衝撃により、リングへと急速落下したのだ。

 

 また、今の攻撃でかなりのダメージを受けた刹那は、すでに受身を取れるような状態ではなかった。

だからこのまま落下すれば、リングに衝突して重傷を負うことになるだろう。

 

 

 しかし、刹那がそのリングの床に衝突する寸前で、アスナが刹那を抱えたのである。そのすさまじい衝撃により、アスナの足が床にめり込み、小さな隕石が落ちたような、数メートルのくぼみを作っていた。

 

 

「ア、アスナさん……?」

 

「大丈夫?刹那さん」

 

 

 今のアスナの攻撃でボロボロとなった刹那も、床への衝突を回避できないと考え、激痛が来るのを待った状態であった。

 

 だが、アスナも刹那が地面に衝突することを考え、刹那を助けたのである。

また、刹那は床に衝突すること無く、アスナに抱えられている状況に驚いていた。

まさかアスナがここまでしてくれるとは、刹那も思っていなかったようだ。

 

 そこで刹那は、そんな驚いたままの表情で、アスナの顔を見上げたのだ。

そして、そこへアスナは刹那の無事を確認する言葉を述べていた。

 

 

「は、はい。大丈夫です」

 

「よかった。ちょっとやりすぎたかなって思ったから」

 

 

 刹那はアスナのその言葉に、大丈夫だと答えていた。

だが実際は、今のアスナの二発の攻撃で、かなり体が痛かった。

 

 ハマノツルギが直撃した腹部もそうだが、二発目の攻撃で全体的に傷を負ったのである。

特に光の剣・波とハマノツルギが直撃した右肩はひどい怪我で、右腕が動かない状態だった。

 

 そんな刹那の姿を見て、アスナは少しやりすぎたと反省していた。

別に二発目に、技を使わなくてもよかったと思ったようだ。

 

 しかし、そう言うアスナに、刹那も同じようなことを言葉にした。

 

 

「いえ、私も同じです。私だって決戦奥義を使いましたから」

 

「そうね。あれには流石に焦ったわ」

 

 

 刹那もまた、決戦奥義の真・雷光剣をアスナへ向けた。

あの奥義は命中すれば、ただではすまないものだった。

 

 だが、どちらも大技を使うほどに、戦いが白熱してしまったのである。

そこで、ずっと抱きかかえられている刹那は、その姿に気恥ずかしくなったようだ。

 

 

「あの、アスナさん……。そろそろ、おろしてもらえますか?」

 

「あ、ゴメン!」

 

 

 刹那は少し照れた感じで、顔を桃色に染めていた。

そして、そう言われたアスナも、即座に謝り刹那を腕からおろし、立たせたのだ。

 

 しかし、まだ試合は終わっていない。

どちらかが倒れるまで、試合は終わらないからだ。

だから刹那は、今の自分の状況を見て、負けを認めることにしたようだ。

 

 

「今回はアスナさんの勝ちですね。私はもう右腕が動きませんので……」

 

「うん、悪いけど今回は私の勝ちってとこかな」

 

 

 刹那はアスナの攻撃で右腕が動かなくなってしまっていた。

それはつまり、この状態で戦っても、どの道勝ち目がないということだ。

 

 ゆえに刹那は、あっさりと自分の負けを認めたのだ。

 

 そして刹那に勝利宣言をされたアスナも、今回は自分の勝ちだと言っていた。

そこで司会がアスナの勝利と判定し、アスナの右腕を掴み天高く掲げてたのである。

 

 

「勝者! 銀河明日菜選手!!」

 

 

 そして司会は勝利者を高らかに宣言し、これにて第八試合は終了となった。

また、その後刹那は動く左腕をアスナへ差し出し、アスナもそれを握り締め握手を交わしていた。

 

 この握手にて、刹那はアスナの勝利を祝い、アスナは刹那の強さに敬意を払ったのである。

 

 

「次は負けませんよ?」

 

「ふふん、次も勝たせてもらうわ」

 

 

 しかし、それだけではなかった。

次に戦うならば、次こそは自分の勝負だと刹那はアスナへ力強く宣言していた。

 

 それを聞いたアスナも、次も勝つと刹那へと自信満々に宣言したのだ。

なんと二人はこの戦いでライバルとなったらしい。

 

 そして刹那は傷を癒すため、救護室に足を運ぶ事にした。

そこでアスナも、刹那の左肩を抱えて一緒に救護室へと移動することにしたのである。

 

 

 そして、エヴァンジェリンはアスナが勝利したことを少しばかり安堵していた。

また、アルビレオにそのことを豪語し、約束を忘れぬように誓わせていたのであった。

こうして第八試合は終了し、二回戦目へと突入するのだった。

 

 




 無極而太極斬で、気を無効化できないのでは? と質問を頂きましたので、お答えします

 作者個人の考えですが、多分出来ると思っています
それは、ハマノツルギ自体に、気を無効化する力があるからです
ハマノツルギの力を利用できるのであれば、可能だと考えました


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五十七話 危険人物

テンプレ101:原作キャラを圧倒する転生者


 まほら武道会第八試合も終わり、第九試合を控えるばかりであった。そんな中、救護室へとやって来た刹那は治療を受けていた。その横でアスナも控えており、少し心配そうに刹那を見ていた。そこへ第八試合で破壊されたリングの修復中と言うことで、木乃香が刹那に会いに来たようだ。

 

 

「せっちゃん! 大丈夫なんか!?」

 

「こ、このちゃん!?」

 

「あ、このか」

 

 

 木乃香は先ほどの試合で怪我をした刹那を心配し、救護室までやってきたようだ。そして木乃香が刹那を見ると、右肩を重点的に包帯が巻かれていた。それは随分と痛々しい姿であった。その刹那の姿を見た木乃香は、少し怒った表情で二人を窘めた。

 

 

「アスナもせっちゃんも無茶しすぎや」

 

「ほんとゴメン。ついつい熱くなっちゃって」

 

「でもそれはお互い様ですので……」

 

 

 お互い互角であり、一瞬の隙が命取りとなる勝負だった。だからこそ両者とも、ある程度の怪我は想定して戦っていた。また、なかなか決着がつかない試合だったので、ついついどちらも本気で技を使ってしまったのである。まあ、それでもこの程度で済んでいるのなら、まだいい方だろう。そんな二人を怒る木乃香も先ほどの戦いにて、そういうことがある程度わかったので、本気で怒ってはいないようだ。

 

 

「ウチはもう巫力ないんやよ……。巫力が残ーとればせっちゃんの怪我を治療するんやけど」

 

「気にしないでください。このぐらい平気ですから」

 

 

 木乃香は前の試合で巫力を使いきってしまったのである。だが、木乃香は本当なら刹那を治療したくて仕方がない。それを木乃香は必死に抑えているのである。その治療を我慢する木乃香の表情を見て、刹那は微笑みながら平気だと言っていた。

 

 

「このちゃんはこのちゃんの戦いをした後ですから、落ち込まないでください」

 

「う、うん……。ゴメンなー、せっちゃん」

 

 

 まあ実際、刹那も無茶な戦いをしたので、こうなっても仕方がないのだ。そのことを刹那はわかっているので、木乃香にそこまでしてもらうのも気が引けるのである。第七試合にて、木乃香もすさまじい戦いを繰り広げていた。だから刹那は、木乃香の治療したいという気持ちだけで満足であった。

 

 そして、そう刹那に言われた木乃香も、申し訳なさそうに謝っていた。そうやって二人が互いに気を使い、しんみりとしつつも暖かな場面の真っ只中に、アスナは鋭い指摘を入れた。

 

 

「だったら覇王さんに治療してもらえば? さっき木乃香だって覇王さんから、治療してもらったんでしょ?」

 

「あ、そやったな」

 

「そういえば……。私もすっかり忘れていました……」

 

 

 アスナは木乃香が治療出来ないなら、同じことが出来る覇王に治療してもらえばよと思ったのだ。何せ木乃香の師匠は覇王だ。その巫力治療ですらも、覇王が教えたのだから当然である。というのも、前の試合で負傷した木乃香を治療したのは覇王であった。そのことを木乃香も刹那も失念していたらしく、言われてみればそうであると思ったようだ。

 

 

「なら、試合を見に戻った方がええなー」

 

「そうですね。ですが覇王さんが治療してくれても、包帯はこのままの方がよいでしょう」

 

「そうね。このかもそうしている訳だし」

 

 

 木乃香も前の試合で覇王から治療を受けていた。しかし、何か不審に思われないように、あえて包帯などは巻いたままにしてあった。だから刹那も、木乃香と同じようにしておこうと思ったのだ。そして、木乃香とアスナは刹那を抱えながら、観客席へと移動していくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 リングの修復が終わり、すでに第九試合が行われていた。だが、その試合はあまりにもあっけない決着で幕を閉じていた。というのも、対戦していた選手はやはり小太郎とアルビレオだったのだ。やはりと言うべきか、勝者はあのクウネル・サンダースであった。まあ、あれは一種のチートを使っている状態なので、勝てる相手などまず居ないだろう。あの楓ですら、あっけなく敗北するような相手なのだ。仕方のないことである。

 

 そして、小太郎は治療を終えて目覚めた後、悔しさのあまり、やはり外へ出て行ったらしい。というのも、あれほど簡単に敗北してしまったのだ。流石にショックだったのだ。そんな小太郎を追ったのは、なんとあのバーサーカーであった。

 

 

「よう、突然飛び出してどうしたよ?」

 

「……なんや、バーサーカーの兄ちゃんか」

 

 

 小太郎は体育座りをしたままバーサーカーに背を向け、そのまま話し出した。バーサーカーはそれを気にせず、普段通り気楽な態度で小太郎に接していた。

 

 

「俺、弱いんかなぁ……」

 

 

 小太郎はそう言うと、過去の敗北を思い出していた。最初に敗北したのはいつだろうか。そうだ、あのアーチャーとか言うやつに負けたのがはじまりだ。その次に悪魔、そして天使を操るメガネの男だ。さらに今回のフードの男に負けてしまった。最近連敗で一勝もしていないじゃないか。小太郎はそう考えて、さらに気分を暗くさせていた。そこで今の小太郎の言葉に、バーサーカーは答えたようだ。

 

 

「ああ弱ぇー。たまらなく弱ぇーぜ」

 

「そうやろな……。俺は、弱い……」

 

 

 バーサーカーは弱いとはっきり答えた。それを聞いた小太郎は、さらに気分を暗くし、縮こまってしまったのだ。だが、そこでバーサーカーは、その言葉の続きを話し出した。

 

 

「そんな気持ちじゃ誰にも勝てねぇ。強くなりたきゃ心も強くしねぇと駄目だぜ?」

 

「……それはどういうことや?」

 

 

 ふと、そのバーサーカーの言葉に疑問を浮かべた小太郎は、顔を上げてバーサーカーの方を向いていた。そこで見たバーサーカーは、最初に会った時のように、威風堂々とした態度だった。そして、不敵な笑みを浮かべながら、小太郎をサングラスごしに見ていたのだ。

 

 

「な~に、強い奴ってのはな、最後まで気持ちが折れないもんさ。だからウジウジしてるようなやつに、勝利は手にはいらねぇってことよ」

 

「俺は……。確かにさっきの戦い、気持ちが折れていたのかもしれへんわな……」

 

 

 小太郎は先ほどの試合にて、アルビレオに一撃目を防がれた時から、気持ち的に勝ち目がないと感じていた。いや、それ以前にあの楓とアルビレオの試合を見た時から、うっすらとそんな気がしていたのだろう。だが、それを必死に押し殺してでも、何とか勝ちたかった。なぜなら、ネギに仇をとると約束したからだ。

 

 しかし、それはかなわなかった。あれだけ豪語しておいて、あっさり敗北したのが悔しかったのである。また、ネギでさえあのタカミチ相手に食らいつき、勝利目前まで頑張ったのだ。ネギのライバルだと公言した手前、自分は相手に傷一つ与えられなかったことにも許せなかったのだ。そこでバーサーカーは、励ましの言葉を小太郎へと送った。

 

 

「何度黒星貰おうとも、生きてりゃそれ以上の白星を稼げる。悔しいなら立ち上がって、強くなればいいのさ」

 

「……そうやな、こんなんで落ち込むなんて、俺らしくないで……!」

 

「そうそう、それでいい! それに俺と戦う約束しただろう? だったら、さらにお前さんを強くしてやるよ、この俺がな!」

 

 

 生きていれば負けた分以上に勝つことも出来る。バーサーカーはそう言っていた。それはバーサーカーが今は死んだ人間だということも意味していた。また、その言葉で小太郎は元気を取り戻したようだ。負けっぱなしは性に合わない、このままへこたれてるのは自分らしくないと、奮い立たせたのだ。そこでバーサーカーは、小太郎と勝負することを思い出し、それと同時に鍛えてやると言ったのである。

 

 

「兄ちゃんがどんだけ強いかわからんが、そんなら兄ちゃんにも勝つだけやで!」

 

「ハッハッハッ、その威勢が出せりゃもう大丈夫だろう。早く会場へ戻ろうぜ! 次の試合も面白そうだぜ?」

 

 

 そして調子を取り戻した小太郎は、いつものようにバーサーカーへ宣戦布告を叫んでいた。そう豪語する小太郎を見たバーサーカーは、もう大丈夫だろうと思ったようだ。そこで次の試合のことを考えて、帰ることにしたのである。

 

 また小太郎は、飛び回って試合会場へと戻るバーサーカーを追うことにした。その最中に、この男がどのぐらい強いかわからないが、たとえ強くても追い越してみせると考えながら、バーサーカーの後を追うのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、アスナたちが観客席へ戻ってきた時に、第十試合が行われようとしていた。それは第四試合にて古菲に残虐ファイトを繰り広げた、あの坂越上人と真名の試合だった。両者とも睨み合い、試合開始を待っていた。

 

 

「さっきは私の友人を随分と痛めつけてくれたな」

 

「ああ、あの拳法の娘ですか。いやあ、私としても、あのようなうら若き娘を痛めつけるのは心が痛みましたよ」

 

 

 真名は古菲を、あれほどまでに痛めつけた上人に、多少なりに怒りを感じていた。確かにこれは試合で、怪我などは避けられないだろう。自分も古菲と戦えば、骨の一本ぐらいは折っただろうと考えていた。しかし、両肩をあれほどの怪我を負わせ、全身を床へと打ち付けて追い討ちをかけはしないとも考えた。

 

 元々古菲は一般人で、気などを操れない。だから防御力などを上げることができないのだ。つまり、あれほどまでに痛めつける必要性は、どこにもなかったのである。だが、あろうことか上人は、戯言とも取れる冗談を口にしていたのだ。

 

 

「ふん、冗談ならもう少しマシなことを言うんだな」

 

「本当のことなんですがねぇ。まあ、いいでしょう……」

 

 

 そして、真名は上人へそう挑発していた。上人はそれでも冗談ではないと言っていたが、本心はそうは思っていないだろう。だが、そんな真名であるが、内心焦りを感じていた。何せあの謎の力を解明しなければ、上人には勝てないと考えたからだ。

 

 また、古菲と上人の試合にて、ためしに魔眼を使ったのだが、その謎の力を捉えることはできても、どんな力かまではわからなかったのだ。そんな最中、ついに司会の叫びで試合が開始されたのだ。

 

 

「それに、あなたはあの娘と同じ運命をたどるのですからねぇ」

 

「そううまく行くかな?」

 

 

 そう言うと真名は、500円玉を上人目掛け連射した。しかし、やはり上人には命中せず、その横を通り抜けるばかりであった。そんな真名を、上人は鋭い視線で眺めていた。なにせ上人がターゲットとしていたのは、この真名だったからだ。

 

 

「無駄ですよ。あなたの現在の力では、私に届くことはないでしょう」

 

「ッ、そうは言うがな……!」

 

 

 しかし真名は諦めず、羅漢銭にて500円玉を連射する。いや、それしか今は出来ないのである。この大会にて武器を持ち込めれば何とかなった可能性はある。だが、それが出来ないのだから、これしか手がないのだ。だが、この攻撃では上人を倒すことは到底かなわないだろう。現に上人は何もせずに立っているだけだというのに、無傷なのだから。

 

 

「もういいでしょう、そろそろあなたには飽きました」

 

「そう言わずに、もう少し付き合ってもらうよ」

 

 

 真名はそう言った瞬間、突然真名の背後に上人が現れた。今のは明らかに瞬動などの超高速移動ではなかった。一体何が起きたのだろうか。そして上人は真名の背後から、一言残した。

 

 

「いえ、もう終わりですよ」

 

「なっに!?」

 

 

 そこで真名はとっさに振り向こうとしたが、その瞬間に謎の力により吹き飛ばされたのである。そして、リングの上を数メートル吹き飛ばされ、何とか体勢を立て直した真名だが、周りを見渡すとおぞましい光景が写っていたのだ。

 

 

「こ、これは……!!?」

 

「あなたがばら撒いた、その安いコインで身を滅ぼしなさい」

 

 

 なんと真名が打ち込んだ500円玉が宙を舞い、横に回転していたのである。まるで円盤のように回転し、空中で停止している500円玉の群れに、真名は驚愕していたのだ。そこで上人が腕を上げ、人差し指を下に下げると、その500円玉が真名へと襲い掛かったのである。

 

 

「グッ!?」

 

「どうです? 自分の巻いた種の味は?」

 

「……鉄の味だね……」

 

 

 そう皮肉を言う真名であったが、すでに全身に500円玉を打ち付けられ、ボロボロとなっていた。この500円玉は円盤のように横に高速で回転しており、その軌道で体にぶつけられていたのだ。ただの撃つだけではなく、そういう回転でのダメージの上昇もあるため、真名が撃つ羅漢銭よりも威力がでかいのだ。しかし、そのおかげで真名は、この上人の能力の正体を大体察することができたようだ。

 

 

「……お前の能力、それは念動力か何かだな?」

 

「ほぉー、当たらずとも遠からずと言っておきますか。ですが、それがわかったところで勝ち目はないのですよ?」

 

「クッ、それもそうだ……」

 

 

 真名はこの男の能力が判明したからそれでよいと考えた。だから試合をギブアップしようと考えたのだ。だが、その考えを上人は読み、そうはさせまいと真名の喉を攻撃したのだ。

 

 

「ガッ……!?」

 

「途中退場など、私に失礼だと思いませんか? だから、そうはいかないのです」

 

 

 そしてまたもや、喉を痛め声が出ない真名の右側へと、上人は瞬間的に移動してきたのだ。それに気がついた真名は、とっさに左側へと移動し、上人との距離を取った。だが、その時点ですでに、上人が真名の背後へと移動していたのだ。そこで真名の背後で、上人は自分の目的を真名へとこっそり話したのだ。

 

 

「私の目的はあなたを再起不能へと追いやることです。これは依頼主からの任務ですので、申し訳ありませんがここで瀕死になってもらいますよ?」

 

「……くっ……」

 

 

 すると上人は腕をアーチを描くように振り回した。それにつられて真名も、その軌道で振り回されたのだ。そしてリングの床に何度も打ち付けられ、その衝突で何度も激痛を味わっていた。また、その真名が衝突した床には、いくつものくぼみが出来ており、その衝突した衝撃の威力の想像は難しくなかった。それを何度も何度も繰り替えし、それを眺めながらほくそ笑む上人が居たのである。

 

 

「グッアッ!?」

 

「もういいでしょう、ではさようなら」

 

 

 そう上人が言うと、真名は神社の本殿の方へと投げ捨てられた。そして観客席へと真名は突っ込み、完全に動かなくなっていたのだ。幸い観客に怪我はなく、吹き飛ばされた真名を驚きの眼で見ていた。だが上人は任務を達成したことで、その達成感に浸っていた。そこで、司会は上人の勝利を断定し、すぐさまタンカを呼んだのである。

 

 今回の試合でも、観客は誰もしゃべらなくなっていた。それほどまでにおぞましい光景だったのだ。しかし、ネギたちはそれに怒りを感じていた。クラスの生徒や、クラスメイトである真名をこれほどまでに痛めつけたのだ。怒らない方がおかしいのである。

 

 

「そう睨まないでほしいものですね。子供先生とその生徒がた……」

 

 

 そのネギたちの視線を感じたのか、上人はネギたちへ聞こえる声でそう言ったのだ。また、楓はすでに真名の下へと駆けつけ、声をかけていた。だが、真名は一応魔族とのハーフであり、体が丈夫であった。だから何とか意識をそこで取り戻し、問題ないと言っていたのである。しかし、それを聞いた上人は、そこへやって来て真名へとトドメをささんと行動したのだ。

 

 

「まだ動けるのですか?ならばしっかりと、トドメをさして差し上げましょう」

 

「御仁、一体何の真似でござるか!? もう試合は終了しているでござるよ!?」

 

 

 その行動に楓は驚き質問していた。いや、質問以前にすでに戦闘態勢となっていたのだ。何せ謎の能力を操る男が瀕死の真名を襲ってきたのだ。警戒しないはずがない。

 

 

「私の任務はそこの娘を”再起不能”へと追いやることです。ですから邪魔をしなければあなたは見逃してさしあげましょう」

 

「そういうことでござるか! しかし、真名を見捨てるという選択は、拙者にはござらん!」

 

「ならばあなたも、そこの娘のようにしてさしあげるだけです」

 

 

 そして上人は楓に向けて謎の能力を使おうとした。楓は影分身を作り出し、それに応戦する構えを取っていた。しかし、そこで上人は突然楓への攻撃をやめたのだ。なんとそこにはアルビレオがやってきており、重力魔法を上人へと使ったのである。

 

 

「むっ……、これはまさか……?」

 

「その辺にしておいてほしいものですね。彼女たちは美しくて若いのですから、傷物にしてしまうにはおしいでしょう」

 

 

 そう冗談めいたことを言うアルビレオであったが、表情に笑みがなく、無表情であった。それほどまでに上人を警戒し、本気で潰そうと考えていたのだ。そんなアルビレオの表情すらも、上人はどうでもよさそうにしていた。また、その上人の後ろにはタカミチも立っており、すでに両手をポケットへと入れていたのだ。さらに、覇王もやって来ており、すでにS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を操っていた。

 

 

「それ以上、僕の元生徒を傷つけるなら、こちらも本気で行かせてもらうよ……?」

 

「お前、やりすぎだぞ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()ですか……」

 

 

 そこにネギたちやメトゥーナト、さらにはエヴァンジェリンもやって来て、完全に上人は包囲された形となっていた。誰もが上人を逃がさんとしているのが、みんなの表情を見ればすぐにわかるほどであった。だが、そんな状況下でさえ、上人はほくそ笑んでいたのだ。なんという余裕の態度か。

 

 

「それ以外にも多数に無勢、まあいいでしょう。私の目的の半分はすでに達成しました」

 

 

 そして上人はそう言うと、徐々に空中へと浮かんでいった。それを追うようにアルビレオも魔法を使う。また、タカミチも無音拳を使い、上人を追撃せんと攻撃したのだ。さらに、覇王もS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の腕で串刺しにせんと襲い掛かっていた。

 

 

「では、みなさん。またの機会にお会いましょう」

 

 

 しかし、それらが命中する前に、上人はそういい残すと瞬間的に消えていった。それはやはり浮遊術や虚空瞬動のような、移動の類ではなかったのである。だが、上人が消えたことで、周りはとりあえず安堵のため息をするのだった。あの上人の能力は、まだ真名ぐらいしか解明していなかったからである。いや、もう一人あの上人の能力を割り出したものがいた。それはやはりアルビレオであった。

 

 

「ふむ、あの男の力はおそらく念動力、いや超能力と言った方がよいでしょうね……」

 

「そうだね、あの男の”能力(とくてん)”は”超能力を操る”のようだ……」

 

 

 覇王には転生者の特典を見抜く力を持つ。つまり、あの上人は転生者だったらしい。そして、覇王はその能力で上人の特典を見抜いたのだ。それが”超能力を操る”というものだったのである。

 

 超能力とは色々あり、読心、念動力、テレポート、未来予知などさまざまだ。だが、あの上人の特典は、そう言ったものを全てまとめた能力の総称であった。さすればその能力は、想像以上の強さを持つことになるだろう。この覇王とて、そう簡単に倒せる相手ではないと、覇王はそう考えていた。

 

 そして上人が消えたことで、とりあえずネギたちは真名を救護室へとつれて行ったのだ。大人数で救護室へと担ぎこまれる真名は、流石にその状況が恥ずかしいようであった。当たり前である。また、エヴァンジェリンがそれに同行し、真名の怪我をこっそり治療魔法で回復していたようだ。

 

 

 ……とりあえず第十試合は終了となり、勝者である上人も消えたことで失格とされたようだ。しかし、次の試合もなかなかハードなものだろう。なぜならタカミチとアスナの試合となるからである。

 

 

…… …… ……

 

 

 真名はエヴァンジェリンに回復してもらったが、とりあえず安静のために救護室で休んでいた。先ほどまでは心配して駆けつけてくれた、ネギや多数のクラスメイトがこの救護室に集まっていた。だが。今はすでに解散したようで、救護室には真名しかいなかった。そこへ一人の少女がやってきた。それはあの、超鈴音だったのだ。

 

 

「手ひどくやられたネ、龍宮サン」

 

「む、超か……」

 

 

 超は雇い主として、そして友人として真名を見舞いに来たのだ。表情は普段通りの不敵な笑みであったが、超は内心かなり焦っていたのだ。なにせあの真名を一方的に痛めつける敵が現れたからだ。さらに、あれほど痛めつけられた真名が大丈夫か、心配だったのである。

 

 

「体の方は大丈夫カナ?」

 

「ああ、そっちは平気さ。何せ謎の魔法使いが治療してくれたからな」

 

「フム、それはありがたいネ」

 

 

 謎の魔法使いとは、あのエヴァンジェリンのことである。一応真名とエヴァンジェリンは顔見知りであり、ある程度知った仲なのだ。それと、一応超に、エヴァンジェリンは協力している形なので、真名の仲間とも言えるだろう。そしてそのエヴァンジェリンが、さりげなく真名を治療したことを聞いた超は、安堵の表情を浮かべていた。

 

 

「しかし、あの力は厄介ネ……」

 

「そうだな。それに奴は何者かに雇われ、私を狙ってきたようだ。そして、雇ったのはあのビフォアと見て間違えないだろう……」

 

 

 超は上人の能力が、想像以上に厄介だと考えていた。何せ物理的な攻撃が一切通らなかったのだ。そう考えて、ではあの力をどうすれば抜けれるかを、超は試合後に深く深く考えていた。また、あの上人と言う男は、何者かに雇われて真名を襲ったと言っていた。それをなぜか上人は、真名へとしゃべったのである。それを聞いた真名は、その雇い主がビフォアだと考察していた。

 

 また真名は、あの上人は自分が治療されることを、すでにわかっていたのだろうと考えていた。上人はあの時、目的の半分は達成されたと言っていた。つまり、真名を再起不能にするという目的が、あの時点は達成されていないと言うことでもあった。だからこそ、トドメをささずに消えたのだろうと、真名は上人の行動を考察していたのだ。だが、その別の半分の目的が何なのかまでは、真名も予想がつかないでいたのである。

 

 

「私もそう思うヨ……」

 

「それよりどうした?私のところなど来て。アフターサービスって言うやつかい?」

 

 

 そこで真名は超を見ながら、どうしてここへやってきたかを質問していた。一応雇い主の超だが、こうしてやってくる必要を真名は感じてなかった。何せ雇われているのは自分である。そこで何が起ころうとも、全ては自己の責任だと思っているからだ。だが、そんな真名へ、超は驚くことを話し始めた。

 

 

「……龍宮サン、契約を解除するなら今のうちヨ」

 

「……何?」

 

 

 なんと超は雇っている真名に、抜けても良いと言っていたのだ。超はあの試合でビフォアが自分が思っていたものよりも、危険な存在だと考えた。そして、あの上人と言う人物も、相当危険な存在だった。だから、このまま自分と共にビフォアと戦えば、最悪真名が命を落とす可能性があると、思ったのである。

 

 

「ハキシ言えば、このままでは龍宮サンの命が危ないネ。だからこの戦いから身を引くなら、今しかないヨ……」

 

「……何の冗談かは知らないが、一度受けた仕事を抜けるのは私のプライドが許さないね」

 

 

 しかし、真名はここで契約破棄などする気はまったくなかった。傭兵としての意地があるのだ。一度請けた仕事なのだ、完遂させなければならないと思っているのである。その真名の言葉に超は、信じられないと言った驚きの顔をしていた。あれほどの相手に一方的に攻撃されて、なおも戦おうと言うのだから当然だ。

 

 

「冗談ではないヨ! 私の目算が甘すぎたネ。これは雇い主である私の責任ヨ」

 

「しかし、相手の実力を把握しておきながら、それに対応できなかったのは私のミスだ」

 

 

 超は自分の考えが甘すぎたことを悔いていた。だからこそ、真名があれほどの攻撃を受けたことに責任を感じていたのだ。だが真名も、先ほどの戦いでの負傷は自分のミスだと断言した。それは相手の能力がわかったというのに、後手に回ってしまったからだ。あの時すぐさまギブアップ出来ていれば、あれほどまでに痛めつけられることなど無かったと、そう考えてたのだ。

 

 

「そういう訳だから、これからもよろしく頼むよ」

 

「……本当にいいのカ?」

 

「ああ、当然だ」

 

 

 そして真名は、止める気は無いという旨趣を言葉にしていた。それを聞いた超は、最後の確認を真名へと送った。本当に自分たちの仲間として、あのビフォアや上人と戦うのかと。しかし、そこで真名は少ない言葉で、戦う意思を示したのだ。

 

 

「そうカ……。わかたヨ、これからもよろしく頼むネ」

 

「それでいいのさ。……おっと、そんな危険となったこの仕事の報酬は、今の3倍ぐらい増やしてくれるんだろう?」

 

 

 二人の契約は再び強固に結ばれた。だがそこで真名は、この仕事の報酬を増やしてくれるよう、超へと交渉していたのだ。それを聞いた超は、多少引きつったが、命に関わることなので、快くそれを承諾したのだ。

 

 

「ム、そうネ……。そのぐらいお安い御用ヨ」

 

「ふふふ、話がわかってくれて助かる」

 

 

 その超の了解を聞いた真名は、普段以上にニヒルな笑みを見せていた。また、超はなかなか商売上手だと、真名のことに感服していた。いやはや、この状況ですら、報酬のことを考えられるのだから、肝が据わっているのだろう。まあ、実際真名は、幾度と無く命と隣り合わせな状況となっているはずなので、このぐらいなんとも無いのである。そして、超は手を振りながら、救護室を後にした。それを真名は眺めながら、とりあえず傷が癒えているなら、この会場を見回ろうと考え、準備を始めていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:坂越上人(さかごえ かみと)

種族:人間

性別:男性

前世:30代教師

原作知識:あり

能力:超能力での攻撃や防御

特典:超能力を操る

   自分の力に振り回されない

 

 



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五十八話 心の強さ

幻ではない、本物が相手だ
地味に咸卦法同士の戦いでもある


 まほら武道会はすでに第十一試合目となっていた。あの上人は完全にこの会場から消えており、消息を絶ったようだ。またしても、あのような転生者が現れ、覇王もこの麻帆良祭では、より一層警戒しようと考えた。いや、すでに警戒していたのだ。

 

 なぜならこの大会の主催者である”ビフォア”という男も転生者だとわかっていたからだ。しかし、このビフォアの特典を見た覇王は、どうするべきかを考えていた。そう覇王が深く思考していると、ついに第十一試合が行われたようである。

 

 

 第十一試合は準決勝であり、タカミチとアスナの試合だった。なぜなら一組は両者とも敗退となり、もう一組は勝者の錬が大会を辞退したからである。

 

 

 また、試合前に超がアスナの下へとやってきて、魔法バレの危険性を話し、あまり派手な試合にしないでほしいと頼んでいた。だが、アスナは無理の一言で切り捨ててしまった。何せ相手はあのタカミチ、手を抜くことなど不可能だからだ。さらに、自分が使うのは魔法ではないので大丈夫だ問題ないと、アスナはそう超へと話したのである。

 

 超もアスナの決意を見て、しかたなくそれを諦めることにした。そして葉加瀬に連絡し、この試合の映像流出を防ぐ手伝いをしてもらうことにしたのだ。

 

 

 ……ちなみに葉加瀬と茶々丸はこの試合会場へは来ていない。そもそもこの武道会、ビフォアと言う男が企てたものであり、その二人は何の関係もないからである。当然、そんな明らかに敵地と呼べる場所に、ホイホイとやってくる訳がないのだ。だから葉加瀬と茶々丸は、超のアジトで待機しながら、超から送られてくるデータなどを分析していたのである。

 

 

 

 そして、すでにアスナとタカミチはリングの上で待機していた。司会の叫びのゴングを待つばかりだったのである。そこで二人は、試合前の短い間を使い、会話をしていたのだった。

 

 

「いやあ、まさかアスナ君と戦うことになるなんてね……。考えても見なかったよ」

 

「そうでしょうね。私も高畑先生と戦うなんて、思っていませんでしたから」

 

 

 タカミチは普段と変わらぬ笑みを浮かべながら、アスナへと話しかけていた。しかし、アスナは逆にまったく表情を見せず、淡々とタカミチに答えていたのだ。一体どうしたのだろうかと、タカミチは少し考えたが、それはアスナにしかわからないことだった。そこでアスナは、そんなタカミチへ宣戦布告を告げたのだ。

 

 

「高畑先生、私はネギの仇をとるためにあなたを倒します」

 

「おや、ネギ君の仇のためにかい?」

 

「それ以外にも色々考えていましたが、まずは仇をとりたいと思います」

 

 

 そこでタカミチはネギの仇のためと聞いて、本当にそうなのかと考えたようだ。アスナもそれ以外の理由で戦いに参加したが、まずはネギの仇を優先しようと思ったのである。そして、司会が試合開始を告げ、戦いが始まったのである。

 

 

「左腕に魔力」

 

「右腕に気」

 

「合成!」

 

「”咸卦法”!!」

 

 

 どちらも咸卦法の使い手だ。両者とも交互に、咸卦法の手順を言葉にしながら使ったのである。その直後、両者とも眩い光と共に、嵐のような暴風を周囲に撒き散らしていた。すさまじい光景に、司会も観客も驚きの声を上げていた。そして、それが収まると同時に、タカミチはアスナの右側へ瞬間的に近づいたのだ。

 

 

「”豪殺居合い拳”!」

 

 

 その豪殺居合い拳による、すさまじい衝撃の塊がアスナへと襲い掛かった。しかし、アスナはそれをものともしない態度で、ハマノツルギを構えていた。それはまるで、最初からそうくるとわかっていたかのような行動であった。

 

 

「何のこれしき!!」

 

 

 しかし、アスナはそれをハマノツルギで打ち消し、逆にタカミチへと攻め込んだのだ。だが、タカミチもそれを知っていたので、通常の無音拳でそのアスナを迎え撃っていた。そのタカミチの、音すら出ないほどの速度で放たれる拳の連打に、アスナは攻め切れずに後退を余儀なくされたのだ。

 

 

「アスナ君、君の間合いには入らないよ。”豪殺居合い拳”!!」

 

「クッ! この!!」

 

 

 そこでまたもやタカミチは、アスナへと豪殺居合い拳を打ち下ろす。アスナはそれを防ぐため、ハマノツルギを振り回す。だが、それは大きな隙となるのである。そこへタカミチは通常の無音拳をアスナへ放ち、アスナはそれを左肩に受けて軽く後ろへと飛ばされていた。

 

 

「いっ……、やっぱ高畑先生は強いわ」

 

「それはそうさ。僕はずっと師匠に追いつくために、必死に修行してきたんだからね」

 

「そうね……。でもそれは、高畑先生だけじゃない……!」

 

 

 タカミチはずっと師匠であるガトウを追っていた。そして、そのガトウを並ぶため、さらには越えるためにひたすら修行に明け暮れた。だが、それはアスナも同じことだった。

 

 アスナは自分が足手まといになることをとても嫌っていた。それは自分のせいで魔法世界が崩壊するという理由からくるものである。しかし、それ以上に自分の恩人や友人である紅き翼の面々が、自分のために傷つくことが嫌だったのだ。あのガトウが瀕死になった時、それをはっきりと認識した。だからこそ、ずっと強くなりたいと思い、メトゥーナトに頼んで鍛えてもらったのだ。

 

 そしてアスナは、至近距離から豪殺居合い拳を連打するタカミチの猛攻を避けながら、ハマノツルギを振るっていた。また、その振るうハマノツルギの力で、豪殺居合い拳を消し去っているのだ。それを見て驚いたタカミチは、アスナがどんどん強くなっていることを実感していた。

 

 

「そうだね。アスナ君がこれほどまでになっているなんて、知らなかったよ」

 

「そりゃどうも!」

 

 

 しかし、アスナはそれでも、自分の間合いにタカミチを入れることが出来ずにいた。アスナはタカミチの豪殺居合い拳は無効化できる。しかし、ただの無音拳だけは無効化できないからだ。その無音拳を豪殺居合い拳の間に入れることで、タカミチはアスナを牽制しているのだ。そこでアスナは、近づけないのなら同じ射程の攻撃をすればいいと考えたのだ。

 

 

「”光の剣・波”!!」

 

「それは!?」

 

 

 アスナが刹那との戦いで見せた、光の剣のバリエーションの一つ。手刀にて強力な光の衝撃波を飛ばす技である。タカミチはとっさにそれを回避すべく、右へと移動した。だが、そこにはすでにアスナがおり、ハマノツルギをタカミチ目掛けて横なぎに振るっていたのだ。

 

 

「くっ!? フェイントか!」

 

「あんな大技、高畑先生に当たらないのはわかってますもの!」

 

 

 そしてそのハマノツルギがタカミチの左肘へと命中したのだ。そこでアスナは、そのままハマノツルギを振りきり、その勢いで左わき腹にも衝撃を与える。今の衝撃に、タカミチは紅い液体を口から吐き、リングの端へと吹き飛ばされたのである。だが、アスナはそれでタカミチをしとめたとは思っていない。だからすでに、タカミチが吹き飛んだ方へと移動し、追撃を仕掛けたのだ。

 

 

「まだまだ!」

 

「アスナ君が、これほどとは……。なら、僕ももう少し本気を見せよう」

 

 

 今のアスナの位置は、丁度タカミチの頭上だった。だが、その位置こそが、タカミチが最もよい位置だと感じたのである。そこで、タカミチはアスナへ向けて、無音拳を放った。だが、それはただの無音拳ではなかったのだ。

 

 

「”七条大槍無音拳”!!」

 

「うっああ!?」

 

 

 タカミチの拳から、すさまじい光の柱が放たれた。それはまるで、宇宙戦艦の主砲のような、とてつもないエネルギーだった。この技は威力が尋常ではないため、このような狭い場所では使えない。だが、上空に打ち上げるのなら話は別だ。当然空には何もない。だからこそタカミチは、自分の真上にアスナへと、この技を使えたのだ。

 

 また、タカミチもこの技を本気でアスナに使う気はなかった。本気となれば、複数の巨大な相手を吹き飛ばすほどの威力だからだ。だがタカミチは、豪殺居合い拳を打ち消すハマノツルギを見て、この技を使わなければハマノツルギの無効化能力を抜けないと考えた。だからこそタカミチは、この技を選んで使ったのである。

 

 そして、その攻撃の直撃を受けたアスナは、高く高く空へ舞い上がり、そのままリング場外の池へと落下していった。手加減されていたとはいえ、大技である七条大槍無音拳を直撃してしまったのだ。ただで済むはずが無いのである。

 

 また、アスナはハマノツルギで攻撃しようとそれを振り上げていたために、防御が一瞬間に合わなかったようだ。そのため、ハマノツルギを使って防御するまでの間、その衝撃の直撃を受けてしまったのだ。もはや今のタカミチの技により、アスナは全身に傷を作り、着ていた可愛らしい衣装もボロボロで、見るも無残な姿となっていたのである。

 

 

「あまりこの場では使いたくなかったけど、使わなければ危なかった。許してくれよ、アスナ君……」

 

 

 そこでタカミチは、この技を使ったことで、一人アスナへ謝罪していた。だが、当の本人は池の中に沈んでおり、聞こえるはずがないのだ。

 

 というか、タカミチがここでガチでやりあって、アスナに勝利する意味など本来ならないはずである。しかし、なんだかんだ言って、タカミチも男。これほどまでに成長したアスナとの戦いで、その闘志に火がついてしまったようだ。また、師匠であるガトウのようになるために、修行してきたタカミチは、先に咸卦法を操れたアスナを、少しばかり意識していたのである。

 

 

 そして、誰もが今ので試合が終わったと考えた。どう見ても今の一撃で、アスナが敗北したとしか見えなかったからだ。だがそんな中、刹那や木乃香はあれでアスナが終わったとは思っていなかった。どうしてそんなことが言えるのかは、本人たちにもわからない。しかし、なぜかそう思えてしまうのがアスナであった。

 

 

 またアスナも、今の攻撃で朦朧とした意識のまま、池に沈んでいた。全身の傷が痛み、体に力が入らないのである。しかし、ああしかし、そこで諦めてなるものか。アスナは諦めたくはなかった。いや、まだそれでも諦めていなかった。

 

 ネギに仇をとると約束しただけではない。あのネギの父親、ナギの強さは”諦めない”心の強さだった。その心の強さを、アスナはずっと欲していたのだ。あの人たちと、隣に並んで歩きたい。もう一度一緒に旅がしたい。アスナはいつだって、それを夢見てきたのだ。だからここで諦めたら、このままタカミチに敗北したら、それすらもまだまだ遠いと考えたのだ。

 

 

 アスナはそこで目を見開き、池の底へと沈んだ体に力を入れ、再び水上へと飛び上がったのだ。そして、カウントが9秒を越えかけたその時、アスナはそのリングの床へと着地したのだ。

 

 

「……まだやるのかい? アスナ君……」

 

「当たり前……じゃない……。私は絶対に、負けない……!」

 

 

 その傷だらけのアスナの姿はタカミチですら、どうして戦えるのかさえわからないほどのものだった。観客も騒ぎだし、もう止めた方がよいと言う声まで上がっていた。だが、それでもアスナは止まらない。止まってはいられないのだ。

 

 

「高畑先生……。いえ、タカミチ……! 私はあんたにちょっとばかしイラついてるんだからね……!」

 

「あ、アスナ君……急に何を……!?」

 

 

 しかし、そんな全身傷だらけで、誰が見てもボロボロで、立つのがやっとに見えるアスナは、それでも威風堂々としていた。そこで、タカミチに突然怒りを感じていると宣言し、腕を伸ばして人差し指をタカミチへと向けていた。また、それを聞いたタカミチも、一体何を言っているのだろうかと、少し戸惑っていたのだ。

 

 そしてアスナは、その戸惑っているタカミチの懐へ、虚空瞬動を使い進入し、ハマノツルギで突きを放った。タカミチはそれに気づくのが遅れ、それを腹部へと受けてしまう。その一撃でタカミチは、数メートルも吹き飛ばされたのだ。そこでタカミチは吹き飛ばされた場所に立ち、ダメージを受けた腹部を左手で押さえながら、アスナの方を真っ直ぐ見ていた。

 

 

「あんた、ネギに何期待してるのよ……。ネギはナギの息子だけど、あのアリカの息子なのよ?」

 

「え? いや、違うんだ、僕は……」

 

「ネギはネギで、ナギはナギなんだから、無茶な期待なんてするもんじゃないわよ……!?」

 

 

 タカミチはネギに過大な期待をしていた。それは憧れのナギの息子だからである。そして、ネギもナギのように、強くなってほしいと思っているのだ。だが、それはタカミチのエゴである。確かにタカミチが憧れたナギは、チートじみた強さを持っていた。10歳という歳でありながら、魔法使いだというのに虚空瞬動やら浮遊術やらを操り、過去にてこの大会で優勝したほどだ。

 

 しかし、ネギは違う。ネギはそういう”身体能力的”なチートは持っていないのだ。だからこそ、ナギのように強くなることは、ネギには出来ないのだ。それを期待するのは、ネギには過酷すぎるのである。まあ、ネギも上達力や成長性はチート級なので、ナギのように魔法学校中退して旅をすれば、そうなった可能性もなくはないのだが。

 

 また、それをアスナは見抜いていた。毎回タカミチがネギに会うその表情は、どこかナギを重ねて居る部分があったからだ。だからその考えを改めさせようと、タカミチが参加した時に、アスナもこの大会に参加したのだ。また、ナギに憧れるのなら、もっと芯の部分を見てほしいとも、アスナは思っているのだ。

 

 

「僕はそういう訳じゃ……」

 

「じゃあどういう訳なのか、教えてもらうわ……!」

 

 

 そう言いつつもタカミチは、豪殺居合い拳をアスナへ放つ。しかし、アスナは右手に持つハマノツルギを、仮契約カードへ戻し、素手でそれに挑んでいた。なんという無謀な行動か。そのアスナの行動に、タカミチも正気なのかと思ったようで、かなり驚いた表情をしていた。

 

 だが、アスナは咸卦法の力を用いて、拳を大きく前へと突き出した。それは単純な正拳突きであった。しかし、その拳を突き出した直後、すさまじいエネルギーを拳から放出したのである。それによりタカミチの放った豪殺居合い拳を打ち消したのだ。

 

 

「それは一体!?」

 

「さしずめ”光の拳”ってところね……、今命名!」

 

 

 アスナはしっかりと咸卦法を使いこなせている。だからこそ出来る芸当だった。また、そのアスナの今の技を見たタカミチは、驚きの表情をしながら、それを言葉に出していた。まさかアスナが、豪殺居合い拳のようなエネルギー放出を行うなど、思っても見なかったのだ。そこでアスナは、適当にその技に名前をつけていたのである。それはあのジャック・ラカンの真似であった。また、その攻撃方法は、タカミチが放つ豪殺居合い拳に通じるものがあったのだ。

 

 

「クッ!?」

 

「ほらほらタカミチ! あんたのアドバンテージはもうないわよ……!」

 

 

 タカミチは豪殺居合い拳の間に無音拳を入れて放っている。だが、その無音拳のダメージを無視し、アスナはタカミチへ光の拳を叩きつける。咸卦法によるポテンシャルの増強で、無音拳を防いでいたのだ。まさにそれも、ジャック・ラカンの気合防御と似たようなものであった。

 

 それを見たタカミチは、とても渋い表情をしていた。これはまずいと思ったのだ。だが、アスナは生き生きとした表情で、タカミチへ攻撃を繰り出していた。あれほど手傷を負わされたというのに、それでもここまで動けるというのは、恐ろしいものである。

 

 

「本当に……強くなったね、アスナ君……!」

 

「当然……!」

 

 

 そこで両者とも、相殺し合っていては埒が明かないと考え、接近戦を試みた。そこでタカミチは、やはりやや斜め上から豪殺居合い拳を放つ。アスナは消していた仮契約カードから、ハマノツルギを呼び戻した。そして、タカミチの放つ豪殺居合い拳をハマノツルギで消し去りつつ、左腕から光の拳を使い、タカミチへと攻撃していた。

 

 だが、それもタカミチは虚空瞬動により回避し、隙を見て豪殺居合い拳を放つ。しかし、アスナはその斜め上にいるタカミチへ、新たな必殺の技を繰り出したのだ。

 

 

「新必殺技! ”閃光波動刃”!!」

 

「何だって……!?」

 

 

 アスナは左手を手刀として振り下ろし、その技を解き放った。それはなんと、閃光波動刃、それは光の剣と光の拳を融合させた技だった。光の拳での強力な光の衝撃波を、斬撃の形として放ったのである。その衝撃波はタカミチの豪殺居合い拳を切り裂き、タカミチを襲った。タカミチはそれを見てあっけに取られ、それを左胸から左肩にかけて受けてしまったのだ。

 

 

「しまっ、ぐっ!?」

 

「遅い!!」

 

 

 そしてタカミチは、今の衝撃で上空へ吹き飛んだ。そこへアスナはすかさず虚空瞬動を使い、タカミチの背後へと回ったのだ。だが、タカミチは同じく虚空瞬動を使い、アスナの方を向きなおした。そこで、タカミチは、あの技を再び使ったのだ。

 

 

「”七条大槍無音拳”!!!」

 

「二度目はないわ!”閃光波動刃”!!!」

 

 

 その七条大槍無音拳を、アスナは閃光波動刃を用いて、二つに切り裂いたのだ。今のはかなり無謀な博打だったはずである。タカミチの大技である、七条大槍無音拳を二つに切り裂くなど、普通に考えれば出来るかなどわからないからだ。しかし、アスナは、それをやってのけてしまったのだ。また、それを左右に分断し、回避したアスナを見たタカミチは、さらに技を繰り出すのだ。

 

 

「なら、”千条閃鏃無音拳”!!!」

 

「クッ! ”連続・光の剣・波”!!!」

 

 

 もはや同時と呼べるほどに放たれた無数の無音拳、それが千条閃鏃無音拳である。その威力もただの無音拳などでは比較できないほどだ。さらに、その威力だけではなく、広範囲にわたって攻撃できる優れた技なのである。だが、そこへアスナも負けじと連続・光の剣・波を放ったのだ。それは光の剣・波を瞬間的に連打するという単純な技だった。その連続的に打ち出される衝撃波により、タカミチの技を正面から相殺したのである。

 

 

「アスナ君がここまでだとは……。恨むよ、来史渡(メトゥーナト)さん……!」

 

「来史渡さんだけじゃない……。紅き翼の人たちや今の友人たちからも、私は色んなものを貰ったもの……! だからもう、私は()()()なんかじゃない!」

 

 

 そこでアスナは攻撃をやめ、その連続して放たれる千条閃鏃無音拳へと突撃していった。すさまじい衝撃の連打を受けながらも、アスナはそれを防御しつつ虚空瞬動を使い、タカミチへと近づいたのだ。また、タカミチもその攻撃を止めることなく、むしろさらに速度を増していた。しかし、その猛攻を傷を増やしながらも受け止め、アスナはタカミチの懐へ入ったのである。

 

 

「なっ!?」

 

「”閃光波動刃”!!!」

 

 

 そしてすかさずアスナは、タカミチへ閃光波動刃を打ち込んだ。タカミチは、それを体に直撃を受け、苦痛と共に苦悶の表情をしていた。だが、アスナも今の攻撃は最後の力を振り絞ったものだった。

 

 

「ぐおおおっ!?」

 

 

 ほぼゼロ距離でそれを受けたタカミチは、ダイナマイトの爆発で吹き飛んだように、上空へと跳ね飛ばされた。しかしアスナも今のタカミチの攻撃で、すでに満身創痍だった。その技を出したとたん、力が抜けてリングの床へと落下していった。

 

 なんとかアスナは着地に成功したものの、体力が入らない状態で、ハマノツルギを杖代わりにして立っているのがやっとであった。そこへタカミチが落下してきて、その床に着地してみせたのだ。だが、タカミチも満身創痍のようで、立ってはいるが、もう動けそうな感じではなかった。

 

 

「……アスナ君、最後になぜあんな無茶を……」

 

「……無茶なんかじゃ……ない。……出来るって確信してた……」

 

 

 タカミチはあの千条閃鏃無音拳を受けながらも、自分の懐へと入ったアスナに、なぜそんなことをしたのかと質問していた。普通に考えれば正気の沙汰ではないからだ。拳から放たれる咸卦法の力を上乗せした無数の拳圧を、アスナは防御していたとはいえ、何度も受けていたからだ。

 

 だが、アスナはそれが出来ると確信していた。耐え切れる、一撃入れられる、行けると、そう思ったからだ。だからその方法を選び、タカミチを攻撃したのである。その答えをアスナは、肩で息をしながらも、なんとかタカミチへ伝えたのだ。

 

 そのアスナの答えを聞いたタカミチは、目を瞑りながら考えていた。アスナもまた、ナギのことを尊敬していたのだと。そして、ナギの本当の強さに気がついていたことを。

 

 

「……そうか……。君もまた、ナギのことを……」

 

「そうよ……。私だってナギのこと、好きだもの」

 

 

 ナギは迷惑なバカで、考えなしの不良で破天荒で、本当にどうしようもないバカだった。だが、ナギは人を惹きつける何かがあった。それはなんなのかはわからないが、仲間たちはナギに惹かれていた。腐れ縁やライバルだったりと関係は違えど、やはりナギは多くの人や仲間たちに愛されていたのだ。アスナもまた、その一人だったのである。

 

 そしてタカミチは、アスナが先ほど言っていた言葉を考え、ネギには少し期待しすぎていたと思ったようだ。ナギの息子だからと言って、強くなれと言うのは少し押し付けがましかったと、そう思ったのだ。そこで、そのことをアスナへと、ゆっくりと話し始めた。

 

 

「……そうだね、アスナ君の言うとおり、少し僕はネギ君に、過剰な期待をしていたかもしれない……」

 

「絶対してたわ……。というのもナギの息子だからって強くなきゃいけないなんて、ちょっと横暴すぎるわよ……」

 

「ははは、そうだね……。確かにネギ君は力と言うよりは頭脳タイプだったみたいだ」

 

 

 そのタカミチの言葉を聞いたアスナは、少し怒気を見せながらも、微笑みながら文句を言っていた。タカミチもその文句を聞いて、ネギの才能は力ではなく頭脳にあると言っていた。だが、タカミチもナギに憧れたものの一人。ナギの本当の強さを知らない訳ではなかったのだ。

 

 

「……だけど、僕はネギ君に、諦めてほしくなかったんだ。ナギのように、諦めないでほしかったんだよ」

 

「……はぁ、タカミチは本当に脳筋すぎよ。ネギの言葉をしっかり聞いたの?」

 

 

 だからタカミチは、ネギが潔く敗北を認めたことにショックを受けたのだ。あの場で諦めずに立ち上がり、再び向かってきてほしかったのである。そこでアスナはタカミチに、そのネギの言葉をしっかり聞いたのか質問した。

 

 

「ああ、聞いたよ。今回は負けです、と……」

 

「……そうよ、()()は、負けなのよ。だから次があれば負けないってことでしょ?」

 

「……!! ……そうか、そういうことだったのか……。ははは、僕はまだまだだったみたいだね」

 

 

 そう、ネギは今回は負けだと言ったのだ。つまり次こそは負けないという意思表示だったのだ。それをアスナはわかっていたので、それをタカミチへ説明したのである。するとそれを聞いたタカミチは、その言葉に驚いた後、自虐的に笑ったのだ。なんという思い違いをしていたのかと、自分はバカだったと考えたのだ。

 

 

「まったく、修行ばかりで頭が筋肉にでもなっちゃったのかしら?」

 

「ははははは、いやまったく、アスナ君の言うとおりだ。やれやれ、これじゃ大人失格だね……」

 

 

 そしてアスナはタカミチがずっと修行しているのを知っていた。だから修行のし過ぎで脳まで筋肉となったかと、笑みを浮かべながら冗談を言ったのだ。タカミチもそのアスナの冗談に、大笑いしながらも、自分の思い違いに大人失格だと発言したのだ。

 

 

「本当にそうね。ガトーさんが見たら怒られるわよ?」

 

「それには何もいえないかな。むしろ久々に叱られたい気分さ……」

 

 

 いやまったく、そのとおりだ。アスナもそう思ったようで、そんな失敗するなら、師匠に怒られるとタカミチへ言っていた。その言葉を聞いたタカミチも、むしろ叱られたいほどに、自分のミスに罪悪感を感じていた。

 

 なぜ自分はネギの意思に気づいてやれなかったのか。そう考えれば考えるほど、タカミチは自分を追い込んでいたのである。そんな少しずつ暗い表情となるタカミチに、アスナはまずやることがあるだろうと、それを言葉にしたていた。

 

 

「バカね、タカミチ……。そう思うなら、……まずネギに謝ればいいんじゃない?」

 

「……そうだね、まったくアスナ君に言われないと気づかないなんて、やっぱり僕はまだまだみたいだ……」

 

「そのとおりよ……。っ……まったく世話が焼けるんだから……」

 

 

 アスナから、ネギに謝るよう提案されたタカミチは、それすらも言われないと気づかなかったと、自分を責めていた。だが、そうアスナに言われてタカミチは、少しだけ身が軽くなった気分だった。

そこでアスナは微笑みながら、冷や汗をかいていた。すでに全身ボロボロで、すでに膝が笑っているような状態だった。

 

 もはやハマノツルギを杖代わりにして立っているのすら、限界だったのだ。だが、ここで倒れたら負けてしまう。だから絶対に倒れないのだ。それを見たタカミチは、言葉を言い終えた後に、仰向けで大の字となって倒れたのだ。

 

 

「……()()はアスナ君、君の勝ちだ……」

 

「……ネギの真似? 恥ずかしいわよそれ……」

 

「違うけど、そうかもしれないかな」

 

 

 そしてカウントが10となり、タカミチの敗北が決定した。そこでアスナが勝者となり、片腕を腕を高らかに持ち上げられ、勝利を祝われたのだ。しかし、そんなアスナも限界に達し、その場にへたり込んだのだ。そこで木乃香と刹那がやって来て、アスナを抱えて救護室へと運んでいったのだ。また、タカミチは上半身を起こし、その三人の光景を眺めていた。彼女たちはきっと、自分よりも身も心も強くなれるだろうと考えながら。

 

 こうして第十一試合は終了し、アスナが決勝へと進むことになった。そして、出場者が消えたアルビレオは、そのまま決勝へと足を運んだのである。運命の決勝は、アルビレオとアスナの戦いになるのだった。

 

 




アスナがどんどん強くなっていく……
いや、元のポテンシャルを考えれば十分いけるはず……


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五十九話 裏の顔

デスメガネVSエンジェルメガネ


 決勝戦前、前の準決勝の試合にてリングはほぼ壊滅してしまっていた。その突貫作業が現在急ピッチで進められている状況だった。そんな最中、アスナは救護室でしっかりと手当てを受けて休息を取っていた。なにせあのタカミチとガチバトルをして、全身ボロボロだったからだ。

 

 

 そんな状態では、はっきり言ってあのアルビレオには勝てないだろう。いや、たとえ全快だとしても、あのチートボディーとアーティファクトに勝てるか微妙である。しかし、アスナはそれでもアルビレオに一撃入れたいと考えていた。また、あのアルビレオもなにやら目的があって、この試合に出ているようだった。その目的も知りたいと、アスナは大会が始まった時から、ずっと考えていたのだ。

 

 そして、救護室のベッドでアスナは寝かされており、その周りに木乃香、刹那、さよが集まっていたのだ。三人とも、今のアスナの怪我の状態を心配し、救護室に残り話をしていたのである。

 

 

「アスナ、その体で次の試合でるん?」

 

「そうよ、絶対に止まらないわ」

 

「しかし、そんな状態ではあのクウネルさんに勝つのは厳しいかと……」

 

「そんな体で戦ったら、次は私みたいになってしまいますよう……」

 

 

 また、木乃香も刹那も、さらにさよも、そんな状態のアスナが次の試合へ出るのに反対だった。なんせ全力でないにせよ、あのタカミチの大技を幾度と無くその身に受けたのだ。かなり身体的に厳しいはずである。しかし、その三人の心配をよそに、アスナは絶対に出場すると頑なになっていたのだ。

 

 

「これは勝ち負けの問題じゃないの。私の意志の問題だから」

 

「……そうですか……。では私からはもう何も言いません。次の試合、気をつけてください」

 

「せ、刹那さん……?」

 

「せっちゃん、ホンマにええんか?」

 

 

 その決意の固さに、刹那は説得することを諦めた。そして、アスナに対して次の試合のエールを送っていた。その言葉にさよは驚き、刹那の方を見たのである。また、そこで木乃香は、その刹那に止めなくても大丈夫なのかと言っていたのだ。

 

 

「このちゃんも試合で戦ったからわかっているはずですよ。ここで退くことなど出来ないと言う気持ちが」

 

「……そうやな。ここで止めたら友達やないわな……。せやからアスナ、気つけるんやえ!」

 

「私は反対したいんですが、お二人がそう言うのであれば、もう何も言えません」

 

「ふふ、ありがとう刹那さんとこのか、それにさよちゃんも。大丈夫、何とか頑張ってみるわ」

 

 

 刹那は心配する木乃香に、必死に戦ったなら今のアスナの気持ちがわかっているのではないかと話した。そう刹那に言われた木乃香も、確かにそうだと考えた。そして、そこでアスナを止めてしまったら、友人として最低だと思ったのだ。だから、もうアスナを止めるのをやめ、逆に応援することにしたのだ。

そして、二人から応援を受けたアスナは、より一層あのアルビレオに一矢報いてやろうと決意をさらに固めるのだった。

 

 しかし、やはりさよは、自分のように幽霊になってほしくない気持ちが強いので、アスナが次の試合に出るのには反対のようであった。だが、そんな三人の前に、あのアルビレオがやってきたのである。

 

 

「やあ、みなさん。お元気そうで何よりです」

 

「クウネルさん……?」

 

 

 そこですぐに反応したのは刹那だった。まったく気配のないフードの男が、突然救護室に出現したのだ。一瞬だが敵だと考え、構えてしまったのだ。だが、それがアルビレオだとわかると、すぐさまその構えを解いたのである。

 

 

「くーねるはん、突然出たり消えたりするんは驚くんやけど……」

 

「こ、このかさん……。それは私にも言えることなんじゃ……」

 

 

 そして木乃香も、突然出現したアルビレオに、気配も無く出たり消えたりすると驚くと言っていた。しかし、それはさよにも言えることなので、さよは自分にもそう言われているんじゃないかと思い、木乃香のほうを涙目ながらに見ていた。そして、アルビレオは三人を普段通りの笑みを浮かべながら眺めた後、アスナへと近寄ったのである。

 

 

「何よヘンタイ、これのどこが元気だって言うのよ……」

 

「いえ、次の試合は私とアスナさんの試合だと思ったもので、少し心配して見舞いに来たのですよ」

 

 

 アスナは傷だらけの自分へと近づくアルビレオを、顔を向けずに横目で見ていた。だが、こんな弱りきった自分に何かするほど、アルビレオは腐ってはいないのも知っている。だからとりあえず、何をしにここへ来たのか、様子を見ることにしたのだ。そこでアスナへと近づいたアルビレオが、見舞いに来たと言うと、アスナへと治療魔法を使ったのだ。

 

 

「これでアスナさんの怪我は治ったはずですよ?」

 

「なっ……?! 一体何のつもり?」

 

 

 それを見てアスナは驚き、一体何の真似だと言葉にしたのだ。次の試合の相手である自分を治療するなど、敵に塩を送るのと同じだからである。しかし、アルビレオはその行動に悪びれることも無く、笑みを浮かべながらその質問に答えたのだ。

 

 

「いえ、次の試合はとても大切なものになります。ですから、アスナさんには全快で望んでほしいのですよ」

 

「意味がわかんないけど、何かやるってことね……」

 

「ええ、ネギ君にもあなたにも、きっと心に残る出来事になりますからね」

 

 

 アルビレオのその答えに、アスナは本気で何かするのだろうと考えた。しかし、何をするかはまったく検討がつかないので、次の試合で確認するしかないと思ったのだ。また、変なことではないだろうとアスナは考え、ベッドにもたれかかっていた。

 

 

…… ……

 

 

 そして、敗北したタカミチはメトゥーナトから魔法薬を貰って回復し、次の行動に移っていた。このまほら武道会の主催者である、ビフォアなる人物の調査をするのがタカミチの真の狙いである。あのビフォアという人物は、謎だらけの人物だった。はっきり言えばビフォアという男は仕事熱心で、人柄もよく、気のきく男である。また、そのため他の魔法使いからは、絶大な信頼を受けているのだ。

 

 しかし、タカミチや学園長はそうは思っていなかった。何か裏があるかもしれないと勘ぐっていたのだ。なぜなら、この麻帆良に来る前の情報が、一切存在しないからだ。あの超鈴音も同じことが言えるのだが、そういう意味では信用におけるか判断しがたい存在だった。だから、このような大会を開いた必要性やその裏を取るために、タカミチは行動しようと考えたのである。

 

 そこで下水道の入り口へと、タカミチはやって来ていた。そこへもう一人、男性が立っていた。それはあの転生者である、アルス・ホールドであった。アルスはこの近くで、タカミチと待ち合わせをしていたのである。

 

 

「やあアルス、待たせてすまない」

 

「気にしませんよ。待っている間、のんびりさせてもらいましたからね。しかしなぜ、俺なんかを呼んだのです?」

 

「何、君は魔法世界でも有名人だし、実績もある。それに……、いや、なんでもない」

 

 

 アルスはタカミチと合流し、そこでなぜ自分が相方にされたのかを、タカミチに質問したのだ。確かに実力は高く実績もある。それに強力な力を有している。しかも、それなら自分以外にも大勢いるので、そう疑問に感じたのだ。

 

 そこでタカミチは、アルスは魔法使いでは有名で、さらに実績もあるから呼んだと説明した。しかしタカミチは、その説明の続きを言おうとして、あえて止めたのだ。それがどういうものだったのかは、タカミチにしかわからないことだろう。

 

 その説明にアルスは静かに頷き、納得したようだった。だが、最後のタカミチの言葉を疑問に感じたようで、首をひねっていた。また、そこへ小さな式神が現れた。それは京都で出番を失ったちびせつなであった。

 

 

「お二人とも、私が見つけた怪しい施設へ今から案内しますね」

 

「おっと、そっちも待たせてしまったね。すまなかった」

 

「いえいえ、私も入念に会場を調べられましたから、気にしてないですよ」

 

 

 刹那はさりげなく、ビフォアを調べるためにちびせつなを作り出し、会場を調べていたようだ。というのも刹那にとっても、魔法先生のビフォアはなんだか胡散臭い存在だった。人柄がよく、気がきく気さくな男だが、それがどうしても本心とは思えなかったのだ。だから、何かあるかを調べて、何もなければそれでいいと考えたのだ。

 

 そして、ちびせつなの案内で、その下水道の奥深くへと、タカミチとアルスは移動していった。ちびせつなは、この会場を入念に調べ、この下水道の脇をそれた地下深くに、巨大な格納庫などを発見したようだった。それが何なのかを突き止めるため、タカミチとアルスは足を急ぐのだった。しかし、その奥へ移動している時に、その男は現れた。それはやはりビフォアと言う男だった。

 

 

「いやいや、お二人さん。どうもこんにちは」

 

「ビフォアか、ここで何をしているんだい?」

 

「ただ、まほら武道会を開催しているだけでしょう? 見てわかりませんかね?」

 

 

 タカミチはビフォアを対面したところで、すでに両手をポケットに入れていた。つまり、何かあれば攻撃をするという意味であった。そこでビフォアはタカミチの質問に、丁寧だが棘のある言い方で、何をしているのかを語っていた。だが、それは真実ではない。そして、そこへ出口をふさぐように、別の男が立っていた。それはあの白いメガネの男、マルクだったのである。

 

 

「悪しき麻帆良の魔法使いどもの、質問に答える必要はありませんよ、ビフォア様」

 

「君は報告にあった男……!? これは一体……!?!」

 

 

 タカミチはマルクと言う男の報告を受けていた。何せネギが狙われたのだ、当然その情報を得ていたのである。そこでこのマルクとビフォアが、なぜつながりを持っているのか、疑問に感じてビフォアへ質問したのだ。だが、そこでビフォアから、驚くべき言葉が出されたのだ。

 

 

「フフフフフ、君たち二人には少しの間寝ていてもらおうと思ってね。永眠するかもしれないがな」

 

「何言ってやがる……!まて、タカミチ、囲まれているぞ!?」

 

「これはひじょーにまずいです!」

 

 

 そしてアルスは、その言葉に反応し叫びをあげた。が、しかし、すでに敵に取り囲まれていることを察したのだ。また、ちびせつなもそれを見て、これは危険な状況だと判断したようだ。そう、すでに大友というロボ軍団に、彼らは囲まれていたのだ。

 

 

「甘いんですよ、甘い。私はこの時をずっと待っていたのだ。入念に準備をしてね……」

 

「一体何を考えている、ビフォア!?」

 

 

 ビフォアはずっと待っていたのだ、この時が来るのを。そして、この一世一代のチャンスのために、虎視眈々と準備をしてきたのだ。だが、タカミチはビフォアの考えがまったくわからない。なぜこのような真似をするのか、さっぱりなのである。そこで、それをビフォアへと質問すると、なんとマルクが突然怒りだし、機械天使を招来させたのだ。 

 

 

「貴様! ビフォア様に汚い言葉を使うでない! そのような貴様には消えてもらうぞ! 行け! ミカエル!!」

 

「おいおい、ありゃ機動天使ミカエル様じゃないですか……!!」

 

「仕方がない、戦うしかないようだね……」

 

 

 そこでアルスはその天使が、シャーマンキングに出てくるO.S(オーバーソウル)ミカエルであることを見抜いたのである。そして、その行動にタカミチも、渋い顔をしながらも戦うことを決めたようだ。その瞬間、大友の群れが刀を握って攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 

「”千条閃鏃無音拳”!!!」

 

「”白き雷”!!」

 

 

 だが、大友の群れなどタカミチやアルスの前では鉄くず同然。簡単に砕かれ下水へと沈んでいくのだ。だが、そこへマルクのミカエルがタカミチへ襲い掛かったのだ。そしてアルスは、ビフォアを相手にするべく、攻撃をそちらへと向けたのだ。

 

 

「やれ! ミカエル! その悪しき魔法使いどもに審判を下すのだぁ!!」

 

「僕らが何か悪いことでもしたと言うのかい?」

 

「貴様ら麻帆良の魔法使いは存在自体が悪なのだ! このまま裁きを受けて消えるがいい!!」

 

 

 まったく話を聞こうともしないマルクは、そのミカエルの剣でタカミチへと攻撃していた。だが、大振りのミカエルの剣は、タカミチに通用しない。また、広い下水道といえど、所詮は下水道である。密閉された空間では、巨大なミカエルは動きが鈍るのである。そこへタカミチは、ミカエルへと攻撃を仕掛けたのだ。

 

 

「”豪殺居合い拳”!!!」

 

「な、ミカエルが悪しき魔法使いごときに!?」

 

 

 だが、タカミチの大技、豪殺居合い拳の一撃で、ミカエルは分解処分されてしまった。それを見たマルクは、驚きながらもさらに怒りを増していた。そこでさらに、巫力を上乗せしたミカエルを再びO.S(オーバーソウル)したのだ。

 

 

「だが、この程度で終わる私ではない! いけ、ミカエルよ!!」

 

「これは本体を叩かないといけないパターンかな?」

 

 

 タカミチはそれを見て、マルク本人を倒す必要があると考えた。だからタカミチは、なんとかミカエルの隙をつき、マルク本人へと近づき攻撃したいと考えたのだ。

 

 

 タカミチの方は特に問題なく戦っており、善戦しているようだった。だが、ビフォアを相手取るアルスは、なぜか苦戦を強いられていた。ビフォアは高性能パワードスーツに身を固め、すさまじい怪力と速度を有していた。しかし、所詮はその程度で、魔法も魔法の射手ぐらいしか使っていないのだ。それなのになぜか、なぜか無詠唱で魔法を操るアルスが苦戦していたのである。

 

 

「何なんだコイツは……! 雷の投擲×20! ”なんちゃってゲートオブバビロン”!!」

 

「無駄なことだよ。()()攻撃は私には届かないのだからね」

 

 

 アルスは雷の投擲を20も作り出し、ビフォアに向けて放ったのだ。だが、それは全てビフォアに命中せず、あらぬ方向へと飛んで行ったのだ。この謎の現象のせいで、アルスはビフォアに苦戦していたのである。

 

 また、そこへ大友以外のロボがやって来た。すごいメカメカしい外見、肩にロケットランチャーなどを装備した二足歩行の大型のロボだった。そして、そのロボは突然ロケットランチャーをタカミチへ向けてぶっ放したのだ。

 

 

「……何!?」

 

「今の隙をつけ! ミカエルよ!!」

 

 

 そのロケットランチャーをタカミチは無音拳の拳圧で破壊したが、そこにミカエルの剣が迫ったのだ。それを何とかかわし、再びミカエルへと攻撃するタカミチだった。だが、今のロケットランチャーの爆発で、下水道は煙に包まれてしまったのだ。

 

 

「しまった……! これでは周りが見えない」

 

「けほけほ、みなさんどこですかー!?」

 

 

 そこで焦りの声を出すタカミチと、煙たそうにしながらも、視界がさえぎられて焦るちびせつなが居た。しかし、ロボは特に問題などない。なぜなら高性能な光学センサーを搭載しているからである。サーモグラフィーに変更し、ターゲットを見失わないようにしているのだ。さらに、煙の中からミカエルが、タカミチへと突貫してきた。

 

 

「見えぬなら辺りを破壊すればよいのだ!」

 

「無茶をする……!」

 

 

 ミカエルは剣を適当に振り回し、見えないタカミチを攻撃していた。だが、その攻撃は味方である大友軍団にも命中し、多数の大友が爆散していった。その爆発で、さらに下水道内の煙の密度が増し、視界がどんどん悪くなっていく一方だった。しかしそこで、アルスが暴風を起こす魔法を使ったのだ。

 

 

「煙を飛ばす! 踏ん張れよ!!」

 

「アルスか!!?」

 

「わっ!? わっ!? 風が!!」

 

 

 その嵐のような暴風は、下水道の外に出るように向けて放たれた。そこでタカミチは足腰でしっかりと地面を踏みしめ、吹き飛ばされないように耐えていた。また、ちびせつなもタカミチの肩に捕まり、飛ばされないように必死にしがみついていたのだ。そして、それが煙を全て吹き払い、視界を取りも出したのである。だがその瞬間、ビフォアがアルスへと接近したのである。さらに、ミカエルがタカミチへと剣を振るっていた。

 

 

「貰ったぞ!」

 

「くれるかよ!!」

 

 

 そこでビフォアはアルスへと殴りかかった。だが、アルスにその程度の攻撃など当たるわけもない。その攻撃を回避したアルスは、至近距離から”雷の斧”を放ったのだ。

 

 

「むしろこっちが貰ったぜ! ”雷の斧”!!」

 

 

 しかし、なぜかその魔法もあらぬ方向に命中した。雷の斧は落雷を自分の近くへ放つ魔法だ。この距離で発動した魔法が、外れるはずがないのである。だが、現実にはずれたのだ。

 

 だが、その外れた雷の斧は、ビフォアの近くに待機していたロケットランチャーを放ったロボへと命中し、それを破壊したのである。なんという怪我の功名だろうか。しかし、ビフォアにはまったく命中しなかったことに、アルスは焦っていた。これにはアルスも混乱し、どうすればいいかわからなくなっていたのである。

 

 

「先ほどの言葉を忘れたのかね?」

 

「バカな!? 至近距離だぞ!! はずすはずが……!」

 

 

 そこでアルスを小馬鹿にした表情で、ビフォアはそう言い放つ。もはやこれでは手の打ちようがないと、アルスは考え始めていた。だが、アルスはこのビフォアの能力が何なのか、少しずつ察し始めていた。そこでアルスは、実験をするように魔法を連続で打ち出した。

 

 

「”雷の投擲”! ”白き雷”! ええい、もうやけだ! ”奈落の業火”!!」

 

 

 アルスは出来る限り、下水道を破壊しない程度の魔法を選んで使っていた。だが、それを止めて、とうとう奈落の業火を放ったのである。そして、その爆発するほどの火炎が下水道を包み込んだのだ。さらにアルスは自分の後ろに居る、タカミチやちびせつなに被害が行かないよう、最大障壁を出して炎を押さえ込んでいた。しかし、その炎がやんだ後に見た光景は、アルスがさらに驚愕するものだったのだ。

 

 

「だから私には当たらんと言ったはずだよ?」

 

「命中重視ではなく、広範囲に渡る魔法を使ったはず……。どういうことだ……?」

 

 

 ビフォアの周りに居た大友軍団は燃え尽き、完全に機能を停止していた。だが、ビフォアの周りには炎が通った後がなく、ビフォア自体にも傷一つついていなかったのだ。ここでアルスは、このビフォアは重力か空間を操る力を持つのだろうと考えた。

 

 しかし、それならば魔法があらぬ方向へ行き過ぎることに気がついたようだ。ならば、この能力は一体何なのか。アルスはそれを考えながらも、ビフォアの攻撃を回避するしかなかったのである。

 

 また、タカミチも大友を破壊しつつ、ミカエルを迎え撃っていた。もう何度目だろうか。タカミチはミカエルを幾度と無く破壊したのだ。だが、ミカエルは何度も何度も復活するばかりで、一向に倒される気配がない。そこでやはり、あのメガネの男を倒さなければならないと考え、タカミチはそれを実行したのだ。

 

 

「”千条閃鏃無音拳”!!」

 

「何!?」

 

 

 タカミチは超高速連打で無音拳を放つ技、千条閃鏃無音拳を使った。そこでなぜ、大型主砲ほどの貫通力と範囲のある七条大槍無音拳を選ばなかったのか。それは射程内にすでに、マルクが入っていたことと、ミカエルや大友軍団を牽制するためであった。また、七条大槍無音拳を下手に使って、下水道を倒壊させてしまうことや、マルクが死亡してしまうことを恐れたのだ。

 

 その技が自分へと向かってくることを知ったマルクは、すぐさまミカエルで防御をした。だが、それ自体が罠だったのである。ミカエルがその攻撃で、一瞬身動きが取れなくなった隙をつき、タカミチはマルクの背後へと移動したのだ。

 

 

「終わりにさせてもらうよ!!」

 

「し、しまった……!! まずい!?」

 

 

 そこでタカミチは豪殺居合い拳を放とうと、腕を動かそうとしたのだ。しかし、その瞬間、右肩が弾丸に打ち抜かれたのである。その傷からはおびただしい量の鮮血が噴出し、タカミチはその激痛で顔をゆがませたのだ。さらに、今の銃撃でタカミチは、攻撃を不発に終わらせてしまったのだ。

 

 

「い、一体何が……!?」

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「フハハハ!今だミカエル!!」

 

 

 突然タカミチが撃たれたことで、ちびせつなも驚き戸惑っていた。また、タカミチが肩を打ちぬかれた隙をつき、マルクがミカエルの剣をタカミチへと振り下ろさせたのだ。タカミチは右肩を打ち抜かれたことに意識を奪われており、その剣に気づくのが遅れてしまった。そして、避けきれぬと考えたタカミチは、ダメージを抑えるために左腕で無音拳を打ち込んだのだ。

 

 

「くっ、これでも駄目か……!?」

 

「高畑先生、頑張ってくださーい!!」

 

 

 だが、それでもミカエルの剣の勢いは殺しきれない。ちびせつなも、ただ応援しか出来ないことに、心苦しく感じていた。しかし、そこでタカミチはアルスの方へと視線を送ると、無音拳のターゲットをマルクへと変更したのだ。

 

 

「ちびせつな君、どうやらなんとかなりそうだよ」

 

「え!?」

 

 

 タカミチはちびせつなに、普段通りの笑みを浮かべ、何とかなると言っていた。それを聞いたちびせつなは、ポカンとしたアホっぽい表情で一瞬固まったようである。そして、マルクはその無音拳を受け、数メートル吹き飛ばされたのである。さらに、ミカエルが莫大な雷の力により、全身ヒビだらけとなり動かなくなったのだ。

 

 

「くっ、アルス! 敵はまだ居るようだ……!」

 

「のようだな。その怪我は大丈夫か?」

 

「少し厳しいかな。とりあえず一旦引こう」

 

 

 アルスはビフォアの攻撃を避けながらも、タカミチの援護をしたのである。そして、タカミチを助けるために使った魔法が”千の雷”だったのだ。だが、その魔法はとても魔力の消費が激しいので、アルスの魔力はかなり消耗してしまったようだった。

 

 さらに、新たな敵の出現により、戦闘続行は不可能と二人はすぐさま判断した。また、その弾丸を発射したと思われる人物はまったく見当たらなかった。それゆえに、不気味だと感じたので、撤退することにしたのである。しかし、ビフォアも逃がす訳が無く、しつこく攻撃を仕掛けてくるのだ。そこでアルスは、自ら囮となる作戦を、タカミチへと伝えたのだ。

 

 

「タカミチ、ちびせつな、お前たちだけ逃げろ」

 

「え!? アルスさん、いきなり何を!?」

 

「何? アルス、君はどうするつもりなんだい!?」

 

「俺は囮になる。お前が逃げて説明したほうが、信用されるだろうしな!」

 

 

 その言葉を聞いたちびせつなは、アルスが何を言っているのか、一瞬理解できなかったようだ。またタカミチも、アルスが囮になる気なのをわかりながらも、あえて何をするか質問したのだ。そこで案の定、アルスは自ら囮になると言ったのだ。

 

 なぜアルスが囮になると言い出したかというと、タカミチは右肩を撃たれ、かなり出血していた。それ以外にも、自分が他の魔法先生へ事情を話すよりも、タカミチが話した方が信用されると、アルスは考えたのだ。だからこそ、アルスはタカミチを逃がす判断をしたのである。そこでタカミチも、アルスの意図を察し、小さくうなずき後退していった。

 

 

「逃がすと思うか!! ミカエルゥゥ!!!」

 

「お前の相手も俺だ……!」

 

 

 しかし、後退するタカミチへマルクとミカエルが阻んでいた。だがそこへ、アルスが特攻を仕掛けたのである。なんとアルスは右腕に魔法の射手を纏わせ、ミカエルを殴り飛ばしたのだ。それに一瞬驚いたマルクは、そのアルスの行動に逆上し、アルスへと目標を変更したようだ。

 

 そして、その隙にタカミチとちびせつなは、下水道から脱出したのである。しかし、アルスはミカエルとビフォアに囲まれた状態となってしまったのだった。

 

 

「もう逃げられんな? 観念するべきだよ」

 

「貴様のような悪しき魔法使いは、この私が滅ぼしてくれる!!」

 

「ハッ、こりゃ逃げれそうにねーな……」

 

 

 そこで観念したのか、アルスは両手を上にあげ、降参を示したのだ。だが、マルクの怒りはそれで収まらないようで、ミカエルへと攻撃の指示をしたのだ。そこでアルスは、自分が殺されるなら、冥土の土産に質問させてくれと言いだしたのである。

 

 

「なあ、ここで処刑されるんだ。二つほど質問いいか?」

 

「何かね? 下らんことなら答えんよ?」

 

「貴様!! ビフォア様になんたる無礼な言葉を!!」

 

 

 ビフォアは最後なのだから質問ぐらい答えてやろうと思ったようだ。また、アルスの質問の口調が気に入らなかったのか、マルクはさらに怒りを増していた。そして、アルスはビフォアへと質問したのだ。

 

 

「まず一つ、お前ら、()()()だな?」

 

「そうだ、お前もそうなのだろう?お互い様ってやつだな」

 

「ああ、だが次の質問が本題だ」

 

 

 それはまず、転生者かどうかの質問だった。その質問にビフォアはYESと答えたのだ。だが、アルスもそうなのだろうと、ビフォアは付け足して言葉にしていた。しかし、アルスの本題は、次の質問だったのだ。

 

 

「お前の特典……、もしや…………」

 

 

 それはビフォアの特典に対する質問だった。アルスの今の質問は、ビフォアの確信をつくものの一つだったようだ。その質問の時、アルスは声を小さくしたのか、下水道の音でかき消され、マルクには聞こえなかったようである。また、それを聞いたビフォアの表情が険しくなるが、すぐに元に戻っていった。そして、ビフォアはそれに対してもYESと言ったのだ。

 

 

「そうだ、私の特典はそれであっているよ。しかし知られても痛くはないのが、死んでもらうか」

 

「最初から殺す予定だった癖に、何を言うのやら」

 

「では判決を言い渡す! 死刑!!」

 

 

 そしてアルスへとミカエルの剣が振り下ろされ、左肩から右わき腹までを割かれ、二つに分断されてしまったのだ。なんということだろうか。アルスはこの場で()()されてしまったのである。それを終了したマルクは、とても歪んだ表情でほくそ笑み、ビフォアも喜びの表情をしていたのだ。そして、破壊されたロボを別のロボへと回収させ、ビフォアとマルクは下水道の奥へと戻っていくのだった。

 

 




いまさらですが、大友の元ネタはロボコップ3のアイツです


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六十話 ナギのまぼろし

カギの第一印象は固定のようです


 超が必死にインターネットでの炎上を食い止めてはいたが、準決勝などの試合で再びぶり返してきていた。それをなんとか食い止めようと、超はノートパソコンのキーボードを乱れ打っていたのだ。その横でエリックも、どの機材でも録画や撮影が出来ないことを確認した後、このインターネットで流れる画像がどこで録画されているかを割り出していた。

 

 

「さっきの試合で、またしても炎上したネ……」

 

「そればかりは諦めるしかなかろう!それよりも、この映像はどこで録画していのだろうか?」

 

「かなり近くで撮影してるネ。どこだろうカ……」

 

 

 このインターネットで流されている試合の映像は、リングのかなり近くで撮影されたものだった。いや、むしろリング内ではないかと思われるほどの近さだったのだ。エリックはもしやと思い、司会の握るマイクを見た。するとエリックは納得したようだった。

 

 

「超よ、司会のマイクを見るんだ! あれで録画しているに違いない!」

 

「何!? マイクに隠しカメラを搭載してるのカ!?」

 

「どうやらそのようだ。そしてそれを電波に乗せて映像を転送し、どこかで編集してインターネットに流しているようだ」

 

 

 なんと司会が握るマイクに、カメラが搭載されていたようだ。つまり、司会がこっそりと試合を録画していたことになる。しかし、今さら司会のマイクを奪ってももう遅いだろう。だから超はインターネットでの映像流出と掲示板での炎上を押さえる以外方法がなかったのである。また、エリックはこれを抑える作業を、一人で行っているのかと超へ質問していた。

 

 

「そういえば超よ。この作業はお前だけがやっているのか?」

 

「さっきハカセにも手伝ってもらえるよう頼んだネ。そのおかげである程度余裕が出来たヨ!」

 

「そうかそうか、流石と言ったところだな。さて、ワシも手伝うとしよう」

 

 

 超はさっき葉加瀬にこの作業の手伝いを頼んでいた。そのおかげで、随分と作業に余裕が出来たのである。そこでエリックもそれを手伝うことにしたようだ。

 

 しかし、超はなにやらインターネット上で不審な行動を発見したのだ。それは自分たち以外にも、火消しに回っているものの存在を感知したのである。そのことに超は驚き、エリックへと声をかけたのだ。

 

 

「ドク、これを見てほしいネ。掲示板のみだが何者かが、我々と同じように火消しをしているヨ!?」

 

「何だと!? しかしそれは悪い話じゃないだろう。それに触れぬよう、こちらも火消しに回った方がいいだろう」

 

「そうネ。そうするヨ」

 

 

 とりあえず知らぬ誰かが火消ししてくれているのなら、それでかまわないとエリックは言ったのだ。また、超も今のエリックの意見に賛成し、自分たちが出来ることをやればよいと考えたようだ。しかし、その火消しに回っているものは、すぐ近くに居たのだ。それはなんと、あの千雨だったのである。千雨は超とエリックのすぐ横で、同じようにノートパソコンを開き、手伝い程度ではあるが、インターネット上の掲示板での火消しをしていたのである。

 

 と、いうのも千雨はカズヤと法の試合が派手と言うかアレすぎたので、まさかインターネットで噂になっていないか、調べたのだ。すると案の定、話題となってそれが広がっていたのである。だから、それをなんとかしようと、掲示板のみではあったが、それの火消しをしていたのだ。

 

 

「はあ、どこで映像が流出しているか知らんが、あのバカが暴れるから案の定炎上してるじゃねーか……」

 

 

 そう一人愚痴ってノートパソコンを眺めつつ、ちまちまとキーボードを叩く千雨。千雨はバカ二人の喧嘩の尻拭いをしているようだった。また、千雨は隣に同じクラスメイトで天才の超がいることに気付いていなかった。

 

 なぜなら超とエリックは、この大会に忍び込むために光学迷彩という名の認識阻害使っているからである。さらに、全身黒ずくめに変装していたので、まさかこんな黒いヤツが自分のクラスメイトだとは、千雨は思はずも無かったのである。そのため、千雨は超のことがわからなかったのだ。

 

 

「チッ、あのバカの尻拭いをしてやるなんて、優しすぎるだろ私……」

 

 

 本当にそのとおりである。そんな愚痴を言いながらも、火消しをしている千雨も、別の誰かが同じように火消しをしているのに気がついたようだ。まあ、それはすぐ隣にいる超たちでもあるのだが。

 

 

「ん? 私以外にも火消しをしているヤツがいるみたいだが……。まあいいか」

 

 

 しかし、同じように火消しをしてくれるなら、ありがたいと千雨は考えたようだ。そして、とりあえず同業者に感謝しつつ、千雨は火消しを行うのだった。また、火消しをしている最中に、千雨はふと疑問に感じることがあった。

 

 

「しかし、魔法使いって単語が目立つな……。まああのバカ二人が謎能力持ってるし、魔法使いとか言うのも、案外近くにいるかもしれねーな」

 

 

 そう、魔法使いという言葉がインターネット上の掲示板に溢れていた。まるで魔法使いという存在を教えたいかのように、数多くそれが書き込まれていたのだ。それを見た千雨も、そのことに不審に感じたのだ。

 

 だが、バカ二人がアルター能力とかいう意味不明な力を持っているので、魔法使いも近くに居るかもしれないと、千雨は思ったのである。

 

 いや、まさにその通りだから悲しいものだ。そして、今の自分の言葉を考えて普通ではないと思った千雨は、またしても頭を抱えだしていた。そして、そのことで愚痴をこぼしながらも、千雨は火消しに回るのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 さて、まほら武道会もいよいよ決勝戦となった。リングの方も修復が完了し、試合開始目前まで迫ってきたのだ。また、リングの方へと、すでにアルビレオが待機していた。そこへアスナが、堂々とやってきたのだ。

 

 しかし、手に握る武器が先ほどの試合とは違うのようだ。なんとハマノツルギではなく、刹那が使っていたデッキブラシだったのだ。そして司会は最後の試合の挨拶を、今まで以上の声で叫んだのである。

 

 

「ついに、ついにこの時が訪れた!! 裏も表も含めた最強が、今決まろうとしております!!」

 

 

 ついに来た。ついにまほら武道会、最後の試合なのである。ここまで数々の猛者たちが、試合にて血肉を削って争った。その頂点が、今ここで決まろうとしているのだ。また、最後の試合とあって、観客からの大歓声で会場は埋め尽くされていたのである。そこで司会は、最後の選手紹介を始めたのだ。

 

 

「フードに隠れた素顔同様、謎めいた存在のこの男! 最後の最後で一体何が飛び出すのか! クウネル・サンダース選手!!」

 

 

 そう紹介されたアルビレオは、ただそこにたたずむだけであった。しかし、フードの影からは不適な笑みを見せており、余裕が伺え知れた。

 

 

「対するはハリセン一つで幾多の猛者を圧倒し、ここまで到達した美少女剣士! 可愛らしい見た目にだまされたら痛い目を見るぞ! 銀河明日菜選手!!」

 

 

 その紹介の仕方に、少し不満の表情を見せるアスナが、その場に立っていた。最後の言葉は絶対にいらない、誰がだますか誰がと、アスナは思っていたのである。

 

 

「しかし明日菜選手。今回はあのハリセンではなく、デッキブラシを持参しています! 一体どんな意図があって、武器チェンジをしたのでしょうか!!」

 

 

 司会は武器変更に、どのような意図があるのかと叫んでいた。アスナが武器をハマノツルギではなく、あえてデッキブラシへと変更したのには大きな訳があった。それは対戦相手である、あのアルビレオが大きな理由の一つだ。

 

 アルビレオは本体が魔道書のような本であり、この会場に立っているのは幻影に過ぎない。そんな幻影をハマノツルギで殴れば、一発KOどころか消滅してしまうのである。それに、アルビレオが何かやらかそうとしているのを知っているので、あえて泳がせてみようという考えなのだ。

 

 アルビレオもアスナの意図を察したようで、アスナの方を眺めながら、感謝の笑みを浮かべていた。それに気づいたアスナも、何をするかはわからないが、とりあえず微笑んでそれを返すのだった。そしてようやく、司会が解説を終えたようで、ついにこの大会最後の試合開始のゴングが鳴らされたのだ。

 

 

「レディ――――――……ッファイッ!!!」

 

 

 試合開始の合図と同時に、アスナは咸卦法を使い、デッキブラシを握りしめて構えを取った。そこでアルビレオも、アーティファクト”イノチノシヘン”を使用したのである。するとアルビレオの周りに、螺旋を描くように無数の本が並びだしたのだ。

 

 

「……本当ならネギ君と当たりたかったのですが、残念ながら、それはかないませんでしたね」

 

「それは私のせいじゃないからね」

 

 

 本来ならアルビレオは、ネギと彼の記録と戦わせようと考えていた。だが、それはかなわなかった。なぜならネギは、タカミチとの戦いに敗れてしまったからである。また、タカミチに勝てたとしても、アスナと当たれば結局ネギは勝てなかっただろうと、アルビレオは考えたのである。そこで、それを少しイヤミっぽく、アスナへと話し出した。

 

 

「ええ、タカミチが負けてくれれば……。いえ、どの道アスナさんに当たってしまえば厳しいでしょう」

 

「まーね。ネギの魔法は私には効かないもの」

 

 

 しかし、アスナはアルビレオのそんなイヤミも受け流し、当然負ける要素がないと言ってのけていた。そりゃ魔法使いスタイルのネギが、魔法がまったく効かない自分に勝てる訳がないのだから当然だと、アスナは考えたのだ。魔法使いの最大のメタ能力である、魔法無効化を持つアスナの前には、ネギはただの少年でしかないのである。

 

 

「まあいいでしょう。彼との約束は問題なく果たせますし……。それにネギ君と戦うのは、あくまで私のおせっかいでしたからね」

 

「……? どういうことよ……?」

 

「フフ、それは見てからのお楽しみということで」

 

 

 アルビレオは彼の遺言をネギへと伝えることが目的であり、彼との約束だった。だから、別にネギと戦う必要はないのである。しかし、こういう場面での最高のシチュエーションとして、ネギと彼の記録を戦わせたかったのだ。

 

 また、”彼との約束”という部分に、アスナは何か大きな引っ掛かりを感じたようで、どういうことなのかをアルビレオに質問していた。しかし、アルビレオは意地悪っぽく微笑むと、アーティファクトの本にしおりを挟み、それを抜き取ったのだ。

 

 

「これって……」

 

 

 するとアルビレオは光に飲まれ、別の人物へと変化したのである。それはタカミチの師匠である、あのガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグだったのだ。そのガトウとなったアルビレオを見たアスナは、微妙な表情をしていた。久々のガトウの姿を見て嬉しい反面、中身がヘンタイだからである。そして、なぜガトウの姿になったのかを、アスナはアルビレオに聞いたのだ。なぜなら嫌がらせ目的だと少しだけ考察していたからである。

 

 

「……一体何の意図があってその姿に?」

 

「意味ならありますよ」

 

 

 するとガトウとなったアルビレオは、咸卦法を用い、瞬時に空高く舞い上がった。そこでタカミチが使った”豪殺居合い拳”と同じような技を、リング外の池へと数発飛ばしたのだ。なんということだろうか。その衝撃で池の水を爆発的に噴き上げ、リングを水煙で埋め尽くしたのである。

 

 これこそがアルビレオのアーティファクト、”イノチノシヘン”の能力だ。他者の身体能力と外見的特徴を再生するという、変身能力なのである。しかし、自分以上の能力を持つものへの変身は、わずか数分程度しかできない。また、自分より弱いものに変身する意味があまりないという弱点も抱えている。

 

 そこでアルビレオは、若い頃の詠春へと変身し、水煙の中からアスナの前へと姿を現した。それを見たアスナは、そのアーティファクトで何をしようと言うのか考え、アルビレオに再び質問したのだ。

 

 

「それを使って何すんのよ……」

 

「焦らなくてもすぐにわかりますよ」

 

 

 しかし、このアルビレオは人をじらすのが好きのようだ。元々性格が悪いので、そうやって他者の反応を見たいのである。だが、アスナはその程度のことなど慣れているので、しれっとした態度で、そのアルビレオを眺めていた。そんなアルビレオは、さらに別の人物へと姿を変えた。それはアスナの親代わりである、あのメトゥーナトだった。

 

 

「さて、アスナさん。私のアーティファクトが、他者の身体能力と外見的特長を再現することは知っていますね?」

 

「まあ、確かにそんな感じ程度には……」

 

 

 アスナはアルビレオのアーティファクトの能力について、多少なりに知っていたようである。また、アルビレオもそれを知っていると踏まえて、アスナへ質問したようだった。だが、その後にアルビレオは、さらなる質問をアスナへと向けていた。

 

 

「なら私のアーティファクトの、もう一つの能力はご存知でしょうか?」

 

「へ? 知らないけど? と言うか本人が居る前でその姿になる? 普通……」

 

「そうですか。ならこの場を借りて説明しましょう」

 

 

 そこへアルビレオはアスナへと、自分のアーティファクトのもう一つの力を知っているかを聞いたのである。しかし、アスナはそれを知らなかったようで、NOと言葉にしていた。そして、その姿の本人がこの会場で見ているというのに、わざわざ変身するなんて考えられないと言葉をもらしたのだ。

 

 だが、そのアスナの文句を、アルビレオはすまし顔でスルーし、横に流していたのである。すると今度はあのジャック・ラカンの姿へと変身し、アルビレオは自分のアーティファクトの説明を始めていたのだ。

 

 

「この”半生の書”を作成した時点での特定人物の性格・記憶・感情全て含めての……、”全人格の完全再現”」

 

「その姿でその口調だと気持ち悪いわね……」

 

 

 その説明を聞きながらも、アスナはアルビレオの今の姿と口調のギャップに苦しんでいた。何せ筋肉マッチョで豪胆なジャック・ラカンの姿で、なんとまあ丁寧に説明しているのだから当然だ。

 

 そのアルビレオのアーティファクト、イノチノシヘンのもう一つの能力は、先ほどの説明通り”全人格の完全再現”だ。しかし、これも再生時間はわずか10分というもので、一度使えばその”半生の書”も魔力を失い、ただの人生録へ成り下がるのである。したがって、使用する本人ですらあまり使えないと言う程度の能力なのだ。しかし、その使い方が一つあるとすれば、その使い方をするだろう。

 

 今の説明を聞きながら、アスナはとても微妙に気分を悪そうにしていた。なぜならずっと嫌がらせのように、アルビレオはジャック・ラカンの姿で丁寧に説明し続けていたからだ。丁寧語で親切に説明するジャック・ラカンなど、気持ち悪くない訳がないのだ。仕方のないことである。そんな気分を悪そうにするアスナに、アルビレオはその能力の使い方をようやく話したのである。

 

 

「まあ、使えるとすれば”動く遺言”として……、と言ったところでしょうか」

 

「……! ……遺言……」

 

 

 アスナはアルビレオの遺言と言う言葉に反応した。遺言とは死者が自分の知り合いなどへ残した言葉のことだ。つまり、その遺言を残したのが誰なのか、アスナはある程度わかったからである。そしてアルビレオは元の姿へと戻ると、水煙が晴れて視界が戻った。

 

 

「さて、アスナさんの質問に答えましょう。……私は10年前、彼からある頼みごとを承りました……」

 

 

 そこでアルビレオは、アスナの先ほどの質問の答えを静かに語りだした。それをアスナは、何も言わずにただただ黙って聞いていたのだ。

 

 

「自分にもしものことがあった時、まだ見ぬ息子に何か言葉を残したい、と……」

 

 

 そう言い終えるとアルビレオは、視線を会場のネギへと移した。ネギはそれに気がつき、目を見開いて驚いていた。今までの言葉をアルビレオは、ネギへ念話で伝えていたのだ。また、アスナもアルビレオの説明を聞き、意図を察して落ち着かない様子だった。今のアルビレオの言葉を聞いて、ネギは渾身の力で声を張り上げ、アルビレオへと質問したのだ。それは、この大会のアルビレオの初戦闘を見て、すぐにでも聞き出したかった質問だった。

 

 

「クウネルさん! 6年前、あの雪の日のアレは……、クウネルさんなんですか!?」

 

 

 そのネギの叫びの質問に、アルビレオは静かに念話で答えを返してたのだ。そしてそれは、ネギの考えを否定しつつも、期待を持たせるには十分な答えであった。

 

 

『6年前、私は何もしていません……』

 

 

 それを聞いたネギは、あの日の父の姿がアルビレオでなかったことに落胆と期待を同時に感じていた。あの日の父の正体を知れなかったことに落胆しながらも、いまだに父はどこかで生きている可能性を感じて期待したのだ。

 

 そして、アルビレオはその”()()”を起動し、その姿が光に包まれた。それを観客や司会、さらにアスナやネギも、その眩しさに目を手で覆うばかりだった。そこで、その光が消え去ると白いハトと共に、もっともネギが会いたかった人物がその場に立っていたのだ。

 

 

「よう、お前が……、あれ、アスナじゃねーか!? ネギはどこだよ!?」

 

 

 それはまさに、あのナギ・スプリングフィールドだった。しかし、登場がしまらない終わりかたになってしまったようだ。いやはや目の前に居るのがネギだと思ったら、なんとアスナだったのだから仕方のないことである。その目的のネギは、観客席から張り裂けんばかりの声を上げて、ナギを呼んでいたのだった。

 

 

「あっちかよ……。ったくアルのヤロー、いい加減なことばかりしやがって……」

 

 

 するとナギはネギの方へと飛んで行き、観客席の柵ごしでネギをまじまじと見ていた。そのネギはナギに会えたことに感動し、涙を流していたのである。

 

 

「と、父さん……」

 

「おいおいおい、情けねーなー、我が息子よ。男の癖に泣いてんじゃねーぞ」

 

「な、泣くなと言う方が無理ですよ!!」

 

 

 そんな涙を流すネギに、ナギは泣くなと窘めていた。しかしまあ、肉親との再会?なのだから少しぐらい涙を見せてもよいだろう。しかし、そうやって涙するネギに対して、ナギは突然ネギの頬をつまんで伸ばし始めたのだ。

 

 

「結構俺に似ていてガキの割にはイケメンじゃねーかよ。でも随分とまあマジメそうな面してやがるぜ」

 

「ちょ、痛! 痛いっ!」

 

「ハハハ、だから泣くなって」

 

 

 そしてネギからナギは手を離すと、辺りを見回し始めた。何かネギ以外にも誰かを探すような、そんな行動だった。それが見つからなかったようで、そこでナギはネギへとそれを質問したのだ。

 

 

「なあ、ネギ。お前の兄弟はどこに居るんだ? 確かカギだったか……」

 

「兄さんですか? ……兄さんはここには来ていません……」

 

「そうか……」

 

 

 それはカギのことであった。ナギはネギの兄弟となるカギを探していたのだ。だが、カギはこの会場には来ていない。だからネギは少し暗い表情で、それを答えるしかなかったのだ。

 

 だが、カギは空からこの会場を見ていた。そう、覗くように見物していた。しかし、そこでナギは空をふいに見上げると、カギを見つけだしたのである。流石チート筆頭の存在であるナギといわざるを得ないだろう。

 

 

「まっ、気にすんな。あいつはお空で高みの見物決め込んでるみてーだからよ」

 

「え!? どこで兄さんがこの大会を見てるんですか!?」

 

「セコいやつだな。まったく誰に似たのやら」

 

 

 そのナギの言葉に、ネギはカギがどこに居るのか慌てて見回していた。また、ナギの言うとおりカギは本当にセコいやつである。なにせチケット代をケチるために、わざわざ空から大会を眺めているのだから。そこでナギはカギの居る方向へと手を振ってやると、ネギもそれに気づきその空を見つめたのだ。

 

 

「おーおー、自分の居場所がバレて慌ててるぜ? アイツはお前と違って随分バカっぽいな」

 

「あ、それどこかで聞いた気が……」

 

 

 カギを見つけたナギは、その姿を見てバカっぽいと意見を述べていた。それを聞いたネギは、どこかで聞いたとデジャブを感じていた。

 

 また、そんなのんきに会話するナギだが、一応大会の最中である。場外ではカウントを取られるので、それが10秒に達せば失格となる。しかし、ナギはちゃっかり10秒前に瞬間的にリングへと戻り、カウントを初期化していたのだ。だが、それに気づいたのは司会を含めて数人程度であった。この司会、実はとてもすごいやつなのかもしれない。

 

 

「まあ、時間もねーし、最後にアスナの相手でもしてやらねーとな」

 

 

 そう言うとナギはアスナの方へと視線を移した。そこには頭をうつむいて立っているアスナがいたのだ。ただただ静かに、親子の会話が終わるのを待っていたのである。そしてナギはネギへと視線を戻し、父親らしい笑みを浮かべた。

 

 

「父さん……」

 

「今回お前には何もしてやれねーみてーだな。だが、俺の戦い方ってやつを、少しぐらい見せてやるぜ」

 

「……はい!」

 

 

 そう言うとナギは瞬間的にリングへと戻り、アスナと対峙したのである。ここでようやくアスナはうつむいた顔を上げ、ナギの方をしっかりと見た。そのアスナの表情は、嬉しいような悲しいような、そんな感情が入り混じったものであった。そして、瞳には涙をため、今にも決壊して泣き出しそうになっていた。

 

 

「悪ぃな、アスナ、待たせちまったみてーでよ」

 

「別にいいのよ。……たとえ本物でなくても、感動の親子の再会を邪魔なんて出来ないもの……」

 

 

 そこでそんな表情のアスナに、ナギは待たせたことを申し訳なさそうに謝罪した。また、アスナもたとえアルビレオのアーティファクトの能力であっても、親子の会話の邪魔は出来ないと話したのだ。そう、これはどの道本物のナギではなく、ナギの記録を元にして作られた幻でしかないのだ。しかし、それでもナギの姿を見れたことを、アスナは嬉しくもせつなく思うのだ。そう感傷に浸るアスナは、こぼれそうな涙を服の袖でぬぐい、しっかりとナギを見つめていた。

 

 

「そう言うなって。しかし、アスナも随分大きくなったなー。へえ、出るとこ出てきてるじゃねーか」

 

「……もう、いきなりその話? もっと他にはないの……?」

 

 

 ナギもそれを知ってるようで、アスナへそう言うなと言葉にしたのだ。そしてナギは、アスナの成長具合を眺め、意見を述べていた。いやはや、それは知り合い出なければ、セクハラ発言と取れるようなものであった。だがアスナは、それに対して怒ることはなかったが、むしろ他に言うことがあるだろうと、ナギへと不満を述べていた。

 

 

「うん? そうだなー。どうやらおしめはとれたみてーだな」

 

「……だから最初からそんなのしてないって言ったわよね?」

 

 

 そこで昔、ナギはアスナへとかけた言葉を思い出した。そして、その旨趣の言葉を、もう一度アスナへと言ったのだ。また、アスナもそれを懐かしく思いながらも、昔もそれは否定したとナギへと文句を口にしたのだ。そしてナギは、時間が迫ってきていることを察し、アルビレオが用意したまほら武道会の決勝戦を始めようと発言したのだ。

 

 

「そうだったか? まあいいさ。時間もねーし、まほら武道会の決勝戦、いっちょやるか!」

 

「そう簡単にはやられないわよ……?」

 

「そいつは楽しみだぜ!」

 

 

 その会話が終了すると、両者はすでに衝突していた。観客のほとんどが、今の二人の動きを捉えきれず、驚きの表情をするほどだった。アスナはその至近距離からデッキブラシを使い、突きを繰り出す。それをナギは体をそらすだけで回避し、拳をアスナへと叩きつける。だが、アスナも同じく体をそらしてそれを回避し、再びナギへデッキブラシを振り上げるのだ。

 

 

「ほー、あの小さかったアスナも、よくここまで成長したもんだ」

 

「そうよ……。私は成長したのよ……? だから……」

 

 

 ナギは今のアスナの動きにとても関心していた。まさかあんなに小さかったお姫様が、ここまで動けるようになるとは考えてもみなかったからだ。また、アスナもナギと攻防を繰り広げながら、頬に一滴の雫を流していた。そして、アスナはあえてそれ以上、言葉にしなかった。

 

 なぜなら、今のナギにこれ以上言葉にしても、意味がないからである。本当なら話したいことが山ほどある。体もそうだが、色々と成長したこと。もう足手まといにならないほど強くなったこと。またあの時と同じように、もう一度みんなと一緒に旅がしたいという思いも。

 

 何から話していいかわからないぐらい、ナギに伝えたいことがアスナにはあった。だが、今のナギは本物ではない。だから、今度本物のナギにあった時に、この言葉は全て残しておこう。そうアスナは考え、小さな涙を流すのだった。

 

 

 また、そんなアスナの気持ちを知ってか知らずか、ナギは攻める速度を速めていった。そこでナギはアスナから少し離れ、無詠唱の魔法の射手を数発繰り出すと、それをアスナへと目がけ打ち込む。しかし、アスナはそれを無効化し、再びナギへ近づき、デッキブラシを横に振り払う。だが、そのデッキブラシをナギは掴み、上空へとアスナもろとも投げつけたのだ。そして、瞬間的な速さでナギは上空へと舞い上がり、アスナの背後へと回ったのだ。

 

 

「やっぱり強い、ナギは強い……」

 

「お褒めに預かり光栄だぜ、お姫様!」

 

 

 ああ、なんて強さなんだろう。アスナはナギとの戦いで、それを実感していた。そのアスナの言葉に、ナギは少し皮肉が混じった台詞をこぼしていた。アスナはそのナギの声を聞いた瞬間に、ナギが居る背後の方へと向かいなおした。そこでナギは魔力で上乗せした蹴りをアスナへと放ったのだ。だが、それをデッキブラシでいなし、そのままそれを振り下ろしたのである。

 

 

「おーおー、ほんとあのアスナかよ!? ここまで出来るなんて予想以上だぜ」

 

「お褒めに預かり光栄よ、サウザンドマスターさん?」

 

「へっ、さっきの仕返しって訳かよ!」

 

 

 ナギはアスナの今の動きに、少し驚いていた。まさか今の攻撃を防ぐとは思っていなかったようである。そこでアスナは、先ほどナギが口にした皮肉を真似して、ナギへと返した。それを聞いたナギは、先ほどの仕返しだとわかり、ニヤリと笑ったのである。

 

 しかしまあ、なんともすさまじい攻防戦が、会場の上空で行われていた。それを必死に、一瞬でも見逃すまいと、ネギは瞬きを我慢してまで眺めていたのだ。さらに、その二人の試合のレベルの高さに、心から驚いていたようだった。そしてその試合は、まさに決勝戦にふさわしい戦いだった。

 

 そこで時間を考え、ナギは決着をつけるべく、今出来る限りの最大の攻撃をアスナへ向けて放ったのだ。また、それをアスナも迎え撃つため、同じく技を使ったのである。

 

 

「避けないで受けるつもりか! おもしれぇー!!」

 

「当たり前でしょ……!」

 

 

 その直後に起こった技と技のぶつかり合い。とてつもない技同士の衝突で、天空は光に包まれた。さらに、その衝撃は地上にも降り注ぎ、波となった空気が大地を揺らしていた。その光がやむと、アスナはナギの拳を受け、そのリングへと落下していた。それを追ってナギも、地上へと向かって突撃したのである。

 

 そこでアスナは地表手前で虚空瞬動を使い、向かってくるナギへと突貫した。そのアスナの行動に、ナギは嬉しそうに唇を片側へ吊り上げ、拳を振るうのだ。そんなナギの表情を見て、アスナも強気で微笑み返していた。そして二人は空中で衝突し、デッキブラシと拳がぶつかり合い、爆発的な轟音と衝撃波を起こしたのである。

 

 

 誰もがその光景に言葉を失っていた。なんという戦いだろうか。もはや言葉にすることすら出来ないほどの、激烈な死闘だったからである。しかし、その試合も終わりを告げようとしていた。

 

 そこでリングの床に寝転がっていたのは、やはりアスナであった。ナギとの競り合いに、アスナは押し負けてしまったのである。また、それを見た司会は、すでにカウントを取り始めていた。

 

 

「なんつーか、随分おてんばになっちまったじゃねーか。まったく、あのお姫様をこうしちまったのは、やっぱメトなのか?」

 

「そうよ……。それだけじゃない……、ナギも含めた紅き翼の人たち全員かな……」

 

「まるで俺らがアスナをこうさせたような言い方だなー、おい」

 

 

 ナギはアスナを見下ろしながら、会話をしていた。その表情は嬉しそうだったが、あのアスナがこんなに強くなったことに、少し困惑していたようだ。まあ、確かに強くなる要素はあったので、驚くほどではなかったようだが。

 

 また、アスナはナギの質問に、メトゥーナトだけではなく、紅き翼全員が、自分を強くさせたと答えたのだ。それを聞いたナギは、自分たちのせいでアスナがこうなったのかと考え、少し悩むそぶりを見せていた。

 

 

「それであってる……。あってるよ……」

 

「……そうか。色々とあったみてーだな……」

 

 

 だが、ナギの今の言葉をアスナは否定せず、むしろ肯定したのだ。そのアスナの表情は涙で濡れており、それを隠すかのように、顔を逸らしてうつむいていた。それを聞いたナギも、自分がいなくなった後に、何か色々あったのだろうと、ある程度察したようだった。そして司会がカウントを数え終わると、ナギはアスナの手を引いて、立たせたのである。また、アルビレオの優勝が決定したのを聞いた観客は、盛大な歓声と共に、拍手喝采を浴びせていた。

 

 

「父さん!」

 

 

 そこで、ネギが我慢できずに走ってきたようだった。急いで走ってきたようで、ネギは息を切らしながら、ナギへと近寄っていった。

 

 

「よう、ネギ。どうだった、俺の強さは?」

 

「はい、僕が思っていたとおり、強くて無鉄砲な父さんでした」

 

「そ、そうか……、まあ、そいつはよかった」

 

 

 ナギは、今の戦いでの自分の強さを、駆けつけたネギへと質問していた。そこでネギは自分が色々な人から聞いた部分と、自分の憧れていた部分の両方の答えを、ナギへと明かしていたのだ。それを聞いたナギは、多少その答えに不満があるものの、とりあえず満足そうな笑みをこぼし、うなずいていた。だがナギは、そんなことを吹き込んだヤツは誰だと、心の奥底で叫んでいたのである。

 

 そしてナギは、自分が幻影としてこうしているのなら、本体はすでに死んだのだろうと考え、それをネギへと話したのである。

 

 

「……ここでこうやって、お前と話してるってことは、俺は死んだっつーことだな……」

 

「え……」

 

「悪ぃな、お前にも何もしてやれなくて」

 

 

 それを聞いたネギは、少し固まってしまっていた。そして、父親として何もしてやれてないだろうと考えたナギは、そこでネギに謝っていたのだ。それはまさに、ネギが6年前に言われた言葉と、同じようなものだったのだ。

 

 

「こんなこと言えた義理じゃねえが……、元気に育ちな。じゃあな」

 

「ま、待って父さん!!」

 

 

 しかし、それを聞いたネギは、ナギへ待ったをかけた。

ぜなら6年前、同じような言葉を、ナギから聞かされたからである。だから、そのナギが死んだという言葉をネギが訂正したのだ。

 

 

「父さんは死んでない! 生きてるんです! 6年前の雪の日、父さんは僕を助けてくれました!」

 

「……何?」

 

 

 それを聞いたナギは、ならばアルビレオはどうしてこのようなことをしているのかを考えた。だが、幻影の自分がそれを考えても、無意味だと悟ったようで、その考えを投げ捨てたようだ。

 

 

「なら、なぜアルはこのようなことを……。まっ、()が考えても意味ねえか……」

 

 

 と、そこへアスナが立ち上がり、ナギへと声をかけに来て。その表情は先ほどよりはましだったが、いまだに涙が止まらずにいたのだ。そしてナギは、そのアスナの表情を見て、困ったような笑みを浮かべていた。

 

 

「ナギ……」

 

 

 あんなに表情の変化が乏しかったアスナが、涙を流すまでになっていた。それをナギは喜んでいたのだ。しかし、少女の涙はやはり見たくないので、困っていたのも事実である。そこでナギは、アスナをあやすように、ゆっくりと頭に手を乗せてなでたのだ。

 

 

「アスナ、お前ほんと変わったな。こんなに泣けるようになるなんてよ……」

 

「ん……」

 

 

 なんと懐かしいことか。ナギに頭を撫でられるのはいつぶりだろうか。アスナはそう考えながら、ナギに頭を撫でられ気持ちよさそうにしていた。そしてナギに撫でられたアスナは、泣くのを止めてナギの表情を見つめていた。もう一度心に刻むように。また会えるまで、忘れぬように。そこで再びナギは、ネギへと視線を送り語り掛けていた。

 

 

「ネギ、お前が今までどう生きてきて、お前に何があったのか……」

 

 

 ネギがどうやって生きてきたのか、幻の自分が知るはずもない。また、その苦労もわかってやれない。そして、どうして生きてそばに居てやれなかったのか。そういった後悔の意味も含めた言葉だった。

 

 

「俺のその後に何があったのか……。幻に過ぎない今の俺にはわからない……。けどな」

 

 

 そして、今の自分は何をしているのか。どうしてネギの側にいないのか。それも幻である自分にはわからないと、ナギは静かにネギへと語っているのだ。しかし、そういうのは自分の性に合わないと、ナギはニヒルに笑い、その雰囲気を台無しにする台詞を飛ばすのだった。

 

 

「この若くして英雄ともなった偉大かつ超クールな天才&最強無敵のお父様に憧れる気持ちはわかるが……」

 

「流石に超クールはないわー……」

 

「少しぐらいもってもいいじゃねーか! まあ、俺の跡を追うのはそこそこにしてやめておけよ」

 

 

 なんとまあ、とてつもない自画自賛。それを気にすることなく、むしろ誇らしげに話すナギだった。しかし、そこへアスナはすかさずツッコミを入れていた。確かに英雄で偉大なのは間違ってはいない。天才で最強無敵なのもあってるだろう。だが超クールはない。断じてないと、アスナはそれを指摘したのだ。そこでナギも、少しぐらいの誇張は許せと叫んでいた。そしてネギへ、自分の真似ばかりするのはほどほどにしろと窘めたのだ。

 

 

「……はい。僕は僕で自分の道を行きます」

 

「それでいーんだよ、それで。お前は、そのままの自分でいな」

 

 

 そのナギの言葉に、元気よく返事をしたネギは、自分は自分道を進むことをナギへと強く宣言したのだ。そしてナギも今のネギの言葉に満足し、父親らしい笑みをしながらそれでよいと言葉にしていた。そこで時間が切れたようで、ナギは光に包まれ消えていったのである。

 

 

「はあ……ヘンタイに戻ったみたいね……」

 

「そんなに残念そうな顔をされると、私としても大変ショックなんですけどね」

 

「ウソおっしゃい……」

 

 

 その光が消え、アーティファクトの効果が切れたことで、そこにアルビレオが姿を現したのだ。それを見たアスナは、心底がっかりした表情で、戻ってしまったことを嘆いていた。また、そのアスナの言葉を聞いたアルビレオは、いつもの笑みで心に傷がついたと言い出したのだ。だがアスナはそんなはずがないと、アルビレオの言葉を切り捨てていた。

 

 

「父さん……」

 

 

 そこで父の姿を思い出しながら、むせび泣くネギが居た。それを木乃香や刹那や、応援しに来たクラスの人たちも、優しい眼で眺めていた。また、アスナはネギへと近寄り、その手をネギの肩へと乗せていたのだ。当然アスナもナギが消えてしまったのが悲しく思っていた。だがアスナは、もう涙は流さない。今度は自分がネギの涙をぬぐってやる番なのだから。そう思いながらアスナは、ネギの肩をあやすように優しく叩いていたのである。こうしてまほら武道会決勝戦は、アルビレオの優勝で幕を閉じたのであった。

 

 




流石に魔法無効化あっても最強の英雄には届かないかな
何せあのジャック・ラカンよりも勝っていますから


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六十一話 昼の会談

ネギ君ほとんど空飛ばない


 まほら武道会はこれにて終了した。そこで栄光の優勝者であるアルビレオは、その表彰台の頂点で立っていた。加えて二位はアスナ、三位がタカミチである。しかしタカミチはすでに姿が無かったので、3位の表彰台には誰もいなかった。というか自主退場が多すぎた大会でもあったと言えよう。

 

 また、いつの間にかやって来たビフォアが、営業スマイルで閉会式の宣言を行っていた。そしてさりげなく、この大会の優勝賞金は一千万円である。なんという太っ腹な賞金だろうか。それを模した巨大な板をアルビレオに贈呈したのである。

 

 

 だがそこになんと、マスコミらしき取材班が殺到してきたのである。そのマスコミはまず優勝者のアルビレオをターゲットとしたようだ。そこでアルビレオに取材を持ちかけると、一千万円とかかれた巨大な板を抱えたアルビレオが、スッと消えていったのである。

 

 それを見たマスコミは、アスナとネギにターゲットを変更したようだ。何せアスナは最後まで、派手に戦い抜いた美少女だ。注目を浴びないはずがなかったのである。さらにネギも子供先生と言う噂が出回っており、その辺りの聞きこみのために追跡する気のようだ。

 

 だからネギたちもさっさと会場から立ち去り、その取材から逃げて行ったのである。捕まったら面倒ごとになりかねない上に、これ以上注目されたくないからだ。いやはや波乱のまほら武道会は、こんな形で決着がついたようであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 いや、まだ決着はついていない。ビフォアがその神社を歩いていると、魔法先生がそれを囲っていた。そこにはあのタカミチの姿があった。タカミチはあの場から脱出した後、他の魔法先生に全てを話したのだ。それを聞いた魔法先生たちは、このビフォアを捕まえることにしたのである。

 

 

「おやおや、みなさんおそろいで、どうしましたかな?」

 

「ビフォア、君に聴きたいことがある。アルスのこともそうだが、とりあえず我々と一緒に来てもらおうか」

 

「フフフフフフ、警察の真似事ですかな? 面白くはないですぞ?」

 

 

 ビフォアはふざけた態度で、近寄る魔法先生へと話しかけていた。そこへタカミチが、アルスの所在を含めて取り調べるべく、捕まってもらうとビフォアへと宣言したのだ。だが、囲まれている状況にも関わらず、ビフォアはさらにふざけた冗談を口にしたのである。

 

 

「……いまだに信じられないが、高畑先生の言葉を信じるならば、あなたを拘束せねばなるまい」

 

「……フフフフハハハハ、出来ると?」

 

 

 タカミチの横にいた魔法先生。黒い肌のメガネの男である、ガンドルフィーニはタカミチの話を全て信用してはいなかった。ただ、信用するならばタカミチなので、半分は信用しているのだが。そして、もし本当にそうならば、拘束してでも捕まえなければならないと、覚悟を決めていた。しかし、その言葉にビフォアは、出来るはずがないと言ったのだ。

 

 

「我々のこの数に、抗えるとお思いで? ビフォア先生……」

 

「ハハハ、数など無意味ですぞ?まあ、今回は事を荒くしないで起きましょう」

 

 

 そこで多勢に無勢、完全に包囲した状態から、ビフォアが抜け出せるはずがないと、ガンドルフィーニはそう言った。だが、ビフォアは余裕の態度を崩さず、むしろ今はまだ、魔法先生たちに被害を出さないと笑いながら話したのだ。するとビフォアの目の前に、あの男が現れた。古菲を圧倒し、真名を痛めつけた最低の男。そう、あの坂越上人だ。

 

 

「あなたがたでは相手になりません。ですが雇い主の慈悲にて、ただ今は逃亡に徹しましょう」

 

「お、お前は……。まずい、攻撃を優先するんだ!」

 

 

 その上人の姿を見たタカミチは、その能力を知っていた。だから攻撃を優先せよと、他の魔法先生へと叫んだのである。だが、すでに遅かった。ビフォアと上人はその場から消え去り、どこに消えたかわからなくなってしまったのである。

 

 

「なんということだ……。これはまずいことになるかもしれない……」

 

 

 あの上人とビフォアもつながりがあることがわかった。それは大きな収穫とも言えよう。しかし、それ以上に絶大な危険を感じざるを得ないのだ。そう考え、タカミチは普段見せない悔しさの表情を見せていた。他の魔法先生も、同じように危険を感じ、次に備えることにしたようだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 龍宮神社近くの下水道。その中を一人の男が突っ走っていた。それは茶色い髪をオールバックにして、左右が釣り上がったサングラスをかけた男だった。また服装は革ジャンで、特に服装を整えた感じではなかった。そう、その男こそ猫山直一だったのである。直一は囮として残ったアルスを探すため、そして超の依頼でビフォアを追うために、この下水道へやってきたのだ。

 

 直一の特典(アルター)の名はラディカル・グッドスピードである。それは乗り物を改造し、スーパーモンスターマシーンへと変貌させる能力だ。だが、もう一つの能力は自分の脚部にうっすらと薄紫に見える銀色の装甲を装着し、自らも高速で移動できるようにするというものだ。その装甲は足の側面の中央をギザギザとした線が入っており、ややヒールの高いブーツのようなものである。それを使い、超音速で下水道をかっ飛ばしていたのである。

 

 

「川の流れは早ければ早いほど、その力を増していく! そして巨大な岩でさえ、押し流して破壊する! さらにその水の力により大地は浸食され、その地形をも変えてしまう!」

 

 

 なんだかよくわからないことを早口で口走る直一。そんなことを語りながらも、高速で下水道を突っ走っていた。というか、しゃべりながら走っていて、舌をかまないのだろうか。とことん恐ろしい男である。

 

 

「それはすなわち速さも同じことが言えるのではないだろうか? そうだ! 同じ場所を何度も最速で攻撃すれば、いつかは分厚い装甲も、削りきる!! ヒャッハー!!」

 

 

 そう直一は早口で独り言をしゃべりながら、最後にそう叫ぶと、目の前に居たガードらしき巨大なロボを蹴り飛ばし、それを破壊して見せた。ここまで来るのに、地味にロボを踏み台にしたり、蹴り飛ばして破壊して回っていたのだ。そしてそこに、回転を加えつつスピードを殺し、その下水道の通路へと綺麗に着地した直一は、顔を上にあげて一言つぶやいていた。

 

 

「また、世界を縮めてしまった……」

 

 

 そこで直一は、その自分の速さに酔いしれ快感を感じているようだ。また、それを終えると直一は、辺りを見回すように目を配る。だが、直一のお目当てのものは、そこにはなかったようだ。

 

 

「まだ先があるって訳か……。しっかしアルスの野郎、どこへ消えたんだ?」

 

 

 その直一が居る場所は、下水道の終点だった。その先は崖となっており、下が見えない高さだったのだ。さらに囮となって残ったアルスの姿もなく、直一はどうするかを考え始めていた。

 

 

「なあ、教えてくれねーかな?そこの誰かさん?」

 

「……」

 

 

 そう直一は口にすると、影となっている場所から謎の人物が現れた。全身黒いローブを身に纏い、顔や性別すらわからぬものだった。しかし、そこからにじみ出る敵意は本物であり、直一はそれを感じてそのものへと声をかけたのだ。

 

 

「テメェ敵だな? アルスはどこへやった?」

 

「……」

 

 

 直一はその姿を現した黒いローブへと向きなおし、余裕の態度で接していた。また、そこでその黒いローブに、直一はアルスの所在を聞いたのだ。だが、答えは返ってこなかった。いや、その黒いローブは何も語らなかったのである。それを見た直一は、とりあえずぶっ倒してから考えようと思ったようである。

 

 

「何も言わねぇのなら、とっ捕まえてから吐かせればいいか!」

 

「…………」

 

「しゃべらないだけで、聞こえてはいるみたいだなあ! だったらよく味わいな、俺の速さを!!」

 

 

 しかし、その黒いローブも直一の言葉に反応し、戦闘態勢へと入ったようだ。直一はそのローブの姿を見て、言葉を発さないだけで自分の言葉は聞こえているのだけはわかったようだ。そして直一はその自らのアルターを使い、黒いローブへと攻撃を仕掛けたのだ。

 

 

「”衝撃のオォ!ファーストブリット”オォッ!!」

 

 

 その攻撃は超高速での蹴りであった。ラディカル・グッドスピードのかかと部分に存在するパイルが一瞬で飛び出すことで起こる、反動と衝撃による瞬間的超加速。それを使った爆発的な蹴りこそが、直一の攻撃方法だ。

 

 そして、その蹴りの衝撃で、下水道内で爆発が発生した。その土煙は下水道内に充満し、内部がどうなっているかわからなくなってしまった。だが、この直一の速さに追いつけるものはいないだろう。それこそが、直一の最大の能力なのだから。

 

 

…… …… ……

 

 

 まほら武道会が終わり、各自解散となった。しかし、この武道会はインターネットに映像が流出したせいなのか、随分と話題となったようで、マスコミが押し寄せてきていた。だから各自、即座に退散して、とりあえずマスコミから逃げたのだ。

 

 そこでネギはアスナとマスコミから逃げ出し、麻帆良へと戻ってきていた。そして麻帆良の建物の影へと身を潜め、とりあえず逃げ切ったことに安堵していたのだ。また、そこでアスナは丁度よいと考え、ネギに自分の保護者たるメトゥーナトを紹介しようと考えた。

 

 

「そうだ、丁度いいわ。今から私の保護者、銀河来史渡を紹介するわね」

 

「え? 今からですか?」

 

 

 メトゥーナトもあのまほら武道会の会場へと足を運んできていた。だからまだ近くにいるだろうとアスナは考え、紹介程度にネギに会わせようと思ったのだ。また、どの道今日は、メトゥーナトと麻帆良祭を回る予定であり、待ち合わせるより呼び出そうとも考えたのである。

 

 

「そっちも次の予定があるだろうし、手短にだけどね」

 

「いえ、ありがとうございます」

 

「今電話してみるから待っててね」

 

 

 ネギはネギで次の予定がある。だからこそ、アスナは紹介程度にと考えていたのだ。そしてネギも、父親の幻に会ったばかりだというのに、別の父親の友人に会えることを、少し嬉しく思っていた。そこでアスナはメトゥーナトへと、携帯電話を取り出して呼び出しの電話をしたのである。

 

 

「もうすぐ来るから待ってて」

 

「はい」

 

 

 そしてすぐにアスナは電話を切った。つまり二言返事で了解を得たようだ。アスナはネギへとそれを伝えると、嬉しそうに返事をしていた。そして数分経ったところで、建物の屋根から一人の男が降りてきた。それこそ黒のスーツだというのに黒いマントを翻したメトゥーナトだった。

 

 

「はじめまして、ネギ君。わたしが彼女の保護者を勤めている銀河来史渡。いや、本名はメトゥーナト・ギャラクティカと言う。以後よろしく頼むよ」

 

「どうもはじめまして。ネギ・スプリングフィールドです」

 

 

 メトゥーナトはネギたちがいる場所へと着地すると、ネギへと自己紹介をして右腕を差し出した。そこでネギも、同じく自己紹介をしてその右腕を握り握手したのである。そんなネギの態度や仕草を見て、メトゥーナトは父親のナギとは正反対な人間だと思ったようだ。

 

 

「ふむ、話に聞いていたが、あのナギとは本当に正反対だな……」

 

「父さんを知る人からは、大体そう言われます」

 

「だろうな……。では何か聞きたいことはあるかい?」

 

 

 それをメトゥーナトはネギへと話すと、ネギもナギの友人からもそう言われると話したのだ。メトゥーナトもそのネギの言葉を聞いて、うなずきながら納得していた。そして、メトゥーナトはそのままネギへと、何か質問があるかを聞いたのだ。

 

 

「えーと」

 

「ああ、名を二つ名乗ったから混乱してしまっているのか。すまなかった、ここでは来史渡で頼むよ」

 

 

 しかし、ネギはそこでメトゥーナトを、どちらの名前で呼べばいいか迷っていた。というのも、あのアルビレオがふざけたことに、クウネルと名乗っていたからだ。だからこそ、ネギはどちらの名前で呼べばいいか、考えてしまったのだ。メトゥーナトもそれに気付いたようで、この麻帆良で使っている名前で呼ぶようネギへと伝えた。

 

 

「じゃあ、来史渡さん。あなたから見た父さんは、どんな人だったんですか?」

 

「そうだな。大体は仲間と同じ意見になってしまうだろうが……」

 

 

 それを聞いたネギは、メトゥーナトへと再び話しかけ、質問をした。その質問はやはり父親のことだった。

ただ、大体の人からナギのことをネギが聞かされている思ったメトゥーナトは、ある程度かぶる意見もあることを事前に口にした。そしてゆっくりと、自分が見て感じたナギの行動やその理念、あとバカな行動をネギへと話したのである。

 

 と、そこへアルビレオがやってきたようだ。突然幽霊のように出現したアルビレオに、アスナは声をかけていた。

 

 

「あら、ヘンタイさんいらっしゃい」

 

「おや、アスナさんに来史渡まで居たのですか……」

 

 

 アルビレオはネギに会いに来たようであった。だが、そこにはすでに先客として、アスナとメトゥーナトが居たのだ。それを少し不満そうに、アルビレオは述べていた。それを聞いたアスナは、少しあきれた顔で残念そうだと言葉にしていた。

 

 

「残念そうねえ」

 

「いえいえ、幻とはいえ、父親との再会を果たしたネギ君を見に来ただけですよ」

 

「ふーん」

 

 

 そのアスナの言葉を聞いたアルビレオは、自分のアーティファクトで見せたナギと出会ったネギの様子を見に来たと話したのだ。また、アルビレオはその言葉の後に、メトゥーナトと会話するネギの方を眺めていた。

 

 いやはや元気そうにメトゥーナトの話を聞き入れるネギを見て、自分好みに歪んではなさそうだと、アルビレオは改めて思っていた。まあ、そうであっては少し困るとも考えてはいるのだが。

 

 と、いうのもこのアルビレオは性格がとても悪い。幻ではあるが父親と出会ったネギが、今どんな事を考え、どんような感情を持っているかを確認しに来たのである。そのことをある程度察したアスナは、そんなアルビレオへと冷たい視線を送っていた。そこでアルビレオは向きなおし、幻のナギとの戦闘で出来た傷を治そうかとアスナへと質問したのだ。

 

 

「そういえばアスナさん、その怪我を治してあげましょうか?」

 

「む……。そうだ、あの後色々ごちゃごちゃしてたから、エヴァりんに頼もうとしてたのをうっかり忘れてたわ」

 

「おや、あのエヴァンジェリンにですか」

 

 

 アスナはエヴァンジェリンに怪我の治療を頼もうと考えていた。しかし、マスコミなどの騒動で、うっかり忘れてしまったようだ。また、アルビレオもエヴァンジェリンの名を聞いて、少し反応していた。かれこれ一応アルビレオも、エヴァンジェリンとは旧知の仲だからである。

 

 

「まーね。でもまあ、今はどこに居るかわからないし、お願いしようかしら?」

 

「フフ、お安い御用ですよ。それと、あなたのような美少女の柔肌が傷ついたままなのは、あまり好ましくありませんからね」

 

 

 そこでアスナはその提案を呑んだようだ。というのも、今エヴァンジェリンがどこに居るか、わからないからだ。そのアスナの承諾を得たアルビレオは、治療魔法をかけながらも、アスナを美少女と称してからかおうとしたのである。

 

 

「そ。褒めてくれてありがとさん」

 

「本当に私の扱いを手馴れていますね……」

 

「当然でしょ……?」

 

 

 しかし、アスナはこのアルビレオの扱いに慣れている。こういうことに反応すれば、さらに面白がることを知っているのだ。だからそっけない態度で、美少女と褒めてくれたことへ礼を言うだけにしたのである。そんな態度のアスナに、アルビレオも少し慣れすぎではないかと考えていた。というか、あのエヴァンジェリンならもう少し面白い反応するのにと、アルビレオは考えたのである。

 

 

「アスナさんも、エヴァンジェリンのようにムキになっていただくと、さらに可愛げがあるのですが……」

 

「それはつまり、私は可愛げがないってこと?」

 

 

 そこでアルビレオは、アスナとエヴァンジェリンを対比していた。アスナももう少しだけ、エヴァンジェリンのようにあわあわと焦ってくれれば面白い、じゃなく可愛げがあるのにと言ったのだ。それを聞いたアスナは、つまり自分は可愛くないのかと、プリプリと怒った態度を見せていた。

 

 

「いえいえ、十分可愛いですよ。しかし、少しばかり意地になって突っかかってくれたほうが、もっと可愛いというものです」

 

「あっそ。でも普段毅然とした態度のエヴァりんがイジられて慌てふためいてる姿は、確かに可愛いからねえ」

 

 

 しかし、アルビレオは今のアスナの言葉を否定した。アスナが可愛くないなら、どんな美少女も可愛くなくなってしまうからである。だが、もう少しイジられて、テンパってくれたほうが可愛いだろうと、アルビレオは言葉にしていたのだ。

 

 そこでアスナはあろうことか、普段は大人の態度を崩さないエヴァンジェリンをイジると、必死に叫んで顔を真っ赤にしてるなあ、と思ったのだ。そしてそのギャップが、またたまらなく可愛いと言い出したのだ。ここでさりげなく、アスナが考えるエヴァンジェリンの印象が語られたことになる。

 

 

「アスナさんもそう思いますか?」

 

「あら、ヘンタイと意見が合うなんて、少しヘコむわ……」

 

 

 それを聞いたアルビレオもそう思っていたらしく、アスナへ同意を求めたのだ。そして、アスナはそれには同感だと思いながらも、アルビレオと意見が合うなんて気分が悪いと考えたのだ。しかし、アルビレオはそんなアスナの態度に、嬉しいだなんだと述べていたのだ。流石である。

 

 

「フフフ、そう言ってもらえると、私としては嬉しい限りですね」

 

「……本当に性格の悪いヘンタイね……」

 

 

 アスナはその悪い表情で微笑むアルビレオを見て、うわ、こいつダメだと本気で考えていた。また、性格最悪のヘンタイだと、ついつい口に出していたのである。当然のことだろう。そんなアスナの表情は、ガチでドン引きしている引きつった表情であった。

 

 そこでネギとメトゥーナトの会話が終わったようだ。自分の質問にしっかりと答えてくれたメトゥーナトへ、ネギは感謝の意を語っていた。

 

 

「ありがとうございます、来史渡さん」

 

「何、気にすることはない。さて、君の父、ナギは10年前死んだとされているが……」

 

「はい。でも僕は6年前、あの雪の日に見たんです。僕たちを助けようと、村に現れた父さんの姿を……」

 

 

 メトゥーナトはアルビレオが、ナギの遺言をネギへと言い渡したのを見ていた。だから10年前、ナギが死んだということを、ネギへと話したのである。だが、ネギは6年前のあの雪の降る日に、ナギが助けに来たのを見ていたのだ。それをネギは、メトゥーナトにも話したのである。

 

 

「そのようだね。わたしも同僚からその話は聞いているよ。それに、そこのアルビレオ……クウネル・サンダースなる人物のアーティファクトが生きているというのが、君の父の生存の何よりの証拠だ」

 

「え……?」

 

 

 それを聞いたメトゥーナトも、ギガントから報告を受けており知っていたようだ。そこでさらに、メトゥーナトはとんでもないネタバレをはじめたのだ。それはアルビレオのアーティファクトの契約主が、あのナギだということである。そして、それはつまり、ナギの生存を意味することだと、ネギへと説明したのだ。

 

 

「来史渡、それは私が後で話そうと思ったことですよ?先に人の台詞をとらないでほしいものです」

 

「それは悪いことをしたな。だが、後でも今も似たようなものだ」

 

 

 そのメトゥーナトの会話を聞いたアルビレオは、自分が後で話そうと取っておいたことを盗まれたと、文句をこぼしていた。表情こそ変わらないものの、アルビレオも流石に気分を悪くしていたようだ。だが、そんなアルビレオに対して、まったく罪悪感も無く、メトゥーナトは平謝りをしていたのだ。さらに、後でも今でもどうせ話すなら同じだと、アルビレオへと言ってのけたのである。本当に地味にひどいヤツである。

 

 

「やれやれ……」

 

「残念だったわね、クウネルさん」

 

 

 そこで今のメトゥーナトの態度に、アルビレオは完全にあきれ果てていたようだ。そして肩をすくめながら、ため息をしていたのである。また、そこでアスナも、残念無念と声をかけていた。だが、その表情は少しニヤついていたのである。いやこの二人、ヘンタイには厳しすぎる。そのアスナの表情を見たアルビレオは、お前もかと思っていた。しかし、まったく残念そうではない表情で、自分の計画を粉砕されたとをアスナへ話し出したのである。

 

 

「ええ、非常に残念です。私の計画を台無しにしてくれましたから」

 

「その計画がなんだかすごい不穏なんだけど……」

 

 

 その計画とか言う言葉を聞いたアスナは、不穏すぎると思っていた。というか、このヘンタイの計画とか、胡散臭すぎると考えていたのである。だが、そのメトゥーナトの話を聞いたネギは、そんな会話そっちのけで、アルビレオへと質問していたのだ。

 

 

「その話は本当なんですか? クウネルさん!?」

 

「仕方ありませんね。では話しましょうか」

 

 

 そこで、こうなってはもう遅いかと考えたアルビレオは、渋々とそのことを説明しだしたのだ。その説明を必死の形相で聞き入れんとするネギを見たアルビレオは、まあいいかと思ったようだ。そしてアルビレオは、その説明に使うため、仮契約のカードを数枚取り出し、ネギへと見せていた。

 

 

「この仮契約カードは、ナギとの契約の証です。そして、こちらが契約者がすでにいない、所謂死んだカードとなります」

 

 

 契約の主が生きている仮契約カードは鮮やかで、カードの絵にはアルビレオの背後に無数の本が螺旋を組んで描かれていた。だが契約主がすでにいない、死んでしまっているカードは、それらが無くさびしいものとなっていた。

 

 

「だから来史渡はこのカードが、彼の生存の証と言ったのです」

 

「ということは、やはり父さんはどこかで生きているんですね……」

 

「そうなりますね。しかし、今どこで何をしているかまでは私にも……」

 

 

 その説明を聞いたネギは、自分の父親がどこかで生きていることを確信したようだ。またアルビレオも、生きていることはわかっているが、どこで何をしているかまでは知る由も無いと言っていた。

 

 だが、実はこのアルビレオ、そのことも含めて全て知っているのである。しかしまだ、まだ早い、全てを教えるにはネギはまだ幼すぎる。そう考えているかはわからないが、とりあえず今はまだ、そのことを教えようとは思っていないのだ。

 

 そんな今のアルビレオの話を聞いたアスナも、メトゥーナトの横へ来てひっそりと、そのことを質問していた。アルビレオは絶対に教えないだろうが、メトゥーナトなら教えてくれるかもしれないと思ったのだ。

 

 

「……ねえ、来史渡さん。本当にナギの所在がつかめないの?」

 

「ふむ。すまないが今は話せそうにないな……」

 

 

 だが、メトゥーナトも何かを知っているようだが、あえて話せないと申し訳なさそうに述べていた。アスナはそのメトゥーナトの言葉を聞いて、つまりは何か知っているのだと察したようだ。と言うのもこのメトゥーナト、ウソをつくのが苦手のようだ。だからあえて、何もいえないと言葉にしたのである。そこでアスナは、そのメトゥーナトの答えを聞いて疑問に思い、もう一度質問していた。

 

 

「む、それって知ってるってこと?」

 

「さあ。ノーコメントと言わせていただこう」

 

「ふーん、ケチんぼね」

 

 

 しかし、それすらも教えられないと、アスナに話したのだ。アスナはそんなメトゥーナトの態度に、文句を言っていた。だが、このことを言えない事情がメトゥーナトにはあるのだ。まあ、そんな態度のアスナではあるが、ある程度察しており、仕方ないかと思っているのである。

 

 

「そう言われても仕方がないが、事情があるものでね……」

 

「そう。でも来史渡さんがそう言うなら、何か大きな事情があるのね……」

 

「すまないな……」

 

 

 また、アスナからケチだなんだと言われたメトゥーナトは、申し訳なさそうな態度を見せていた。アスナならば知る権利ぐらいあるだろうと、メトゥーナトは考えている。しかし、結構ヘヴィーな話になるので、ある程度物事が解決した後にでも、話そうと思っているのである。そして、アスナもメトゥーナトの話を聞いて、納得は出来無そうだったが、理解はしたようだった。

 

 

「いいのよ。ナギはまだ生きているってことだけでも、わかったんだから……」

 

「そう言ってくれると助かる」

 

「うん」

 

 

 そこでアスナは、申し訳なさそうにするメトゥーナトへと微笑みかけた。そして、ナギが生きていることがわかったのなら、それで十分だとメトゥーナトへと語りかけていた。また、そんなしけた空気を吹き飛ばすように、アスナは予定していた麻帆良祭の見物をしようと張り切った様子で発言したのだ。

 

 

「それじゃ、私たちは麻帆良祭を回ろっか」

 

「そうだな、予定通り、そうするとしよう」

 

 

 そのアスナの元気な声を聞いたメトゥーナトも、態度を改めてそうしようと同意した。とりあえず、二人は適当に麻帆良祭を回ることにしたようだ。そこでネギも、次の予定を考えて、行動に移らないとまずいと考えたようだ。

 

 

「あ、僕も生徒のみなさんたちと約束をしていたんだった」

 

「そうですか。では私も麻帆良祭をひっそりと楽しむとしましょう」

 

 

 ネギも自分の生徒と約束をしていたようだ。そして、それなら急がないとと思ったネギは、今すぐにでも移動しようとあわてていた。また、そのネギの言葉を聞いたアルビレオも、自分も麻帆良を見て回る予定だと言葉にしていた。

 

 

「ありがとうございます、クウネルさん。それではまた今度!」

 

「ええ、ネギ君も麻帆良祭を存分に楽しんでください」

 

「はい!」

 

 

 そこでネギは、父親の生存を教えてくれたアルビレオに、お礼を言ってお辞儀したのだ。そして、今度また、図書館島の地下のアルビレオの住む区画へ足を運ぶ旨趣を、アルビレオへと伝えたのだ。アルビレオもそれを聞くと、ネギへと祭りを堪能して来なさいと、そう最後に答えていた。ネギは今のアルビレオの言葉に、笑顔で元気よく返事をしたのだ。その後、各自予定のために、別行動をとるのであった。

 

 

 




麻帆良祭中だからマントぐらい目立たないさ


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六十二話 千雨と魔法

 超とエリックはまほら武道会が終わると、即座にアジトへと戻った。そして今回流出した映像の検証と、ビフォアが雇ったと思われる敵の分析を開始していた。そう、あのビフォアが雇った可能性のある、坂越上人のことだ。

 

 

「あの男はやかいネ……」

 

「ああ、厄介だ。私もあれの力に触れてよくわかったよ」

 

 

 上人の能力(とくてん)は超能力。つまり触れずして物体を操る力である。さらにテレポートなども駆使できるようで、戦いとなればかなり厳しい相手だった。また、その上人と戦った真名は、その厄介さをその身で味わったので、特に厳しい表情をしていた。

 

 

「しかし我々の戦力が不足していると言うのも大きな問題だ」

 

「あの男以外にも仲間が居るとすれば相当危険なことヨ……」

 

 

 そうだ、あの上人以外にも、ビフォアに仲間が居るとすれば、完全に超たちは戦力不足ということになる。確かに超にはエヴァンジェリンと言う大きな切り札がある。だがそれを上人に当てても、他の敵が同じぐらいの強さだと考えると、明らかにこちらの不利だと超は考えていたのだ。

 

 さらに、それは重要で大きな問題だった。あのビフォアを捕まえるには、まず上人を倒さなければならないからだ。そうエリックと超が話す中、真名はビフォアの目的の感想を述べていた。

 

 

「だが、世界に魔法を知らしめると言うのは、私個人の考えだが悪いこととは思わない」

 

「龍宮サンはそう思うかもしれないネ。だがビフォアのやろうとしていることは、そういうことではないヨ」

 

「それはただの副産物であって、ヤツの仕出かそうとしていることは、ただの侵略なのだよ」

 

 

 真名は立派な魔法使いの従者で、幾多の戦場を歩き回ってきた。そこで魔法が使えないもどかしさも、多く実感してきたのである。そういう意味では、魔法を世界にバラすことは、悪いことではないと考えて居るのだ。

 

 しかし、ビフォアのやろうとしている事は、そういう世界平和のためではない。私利私欲のためなのだ。そして、それはただの副産物、つまりオマケ程度のものでしかない。それをエリックが、真名へと話していた。

 

 

「わかっているよ……。それに、遠い未来では魔法が表世界でも共通の技術となっているんだろう?」

 

「ああそうだとも。遠い未来の話だがね」

 

「ふ、その話を聞けただけで満足だよ。私は……」

 

 

 だが、真名もそれをわかった上で発言していた。それに、遠い未来では魔法は世界中に知らされ、普通に使われる技術となっている。それを真名は聞いたらしく、遠い未来だとしても、そうなるのなら満足だと感じていた。そこで超は、ビフォア対策をどうするかを悩んで居る様子だった。

 

 

「まあ、とにかくどうするかを考えなければならないネ……」

 

「……そういえば猫山はどこへ行った? 先ほどから姿を見ないが……」

 

 

 また、真名は同じく超に雇われているはずの直一が、この場にいないことを疑問に思ったようだ。しかし、直一はすでにビフォア監視のため、下水道の奥へと足を運んでいた。それを超は、真名へと説明したのである。

 

 

「彼はビフォアの監視のために、敵地へと行ったヨ。ただ、危険と判断したら、すぐに戻ってくるように言ってあるネ」

 

「それが妥当だろう。何せあの坂越という男が存在するのだからな」

 

 

 その説明に納得した真名は、腕を組んでうなずいていた。あの上人は相当危険な存在だ。それ以外にも敵が居るのなら、無理をせずに退却するのは当然だと考えたようだ。また、超も直一は切り札の一つであり、ここで失う訳には行かないと考えていた。だから、無理をするなと忠告してあると言ったのだ。

 

 

「しかしだ、このままではどうしようもないぞ、超よ」

 

「完全に後手に回ってしまっているネ。それに、最終的にどうやって世界に魔法をバラすのかもわからないのが大きいヨ」

 

 

 そこでエリックは、頭を悩ませて考えていた。どう考えてもビフォアを止める手立てがなかなか見つからないのだ。それだけビフォア自身もそうだが、上人という存在は大きいのである。さらに超は、この状態が後手に回ってしまっており、起こった現象の対策しか行っていないことに悩んでいたようだ。

 

 超は天才で入念な計画を立てることを得意としている。だがこうも後手にまわされてしまうと、なかなかうまくいかないようだ。そして、世界に魔法をバラすのなら、もっと規模が大きな現象が必要だと超は考えていた。だが、その方法がまったく検討もつかないのだ。

 

 

「うーむ。待てよ、確かそういえば、猫山君がこのようなものを置いていったぞ」

 

「それはフロッピーか?」

 

「とりあえず中身を確認してみるネ」

 

 

 そんな悩む超へ、エリックは思い出したことを話し出した。それは直一が敵地へと侵入する前に、このアジトにおいていったフロッピーディスクのことだった。その中身をとりあえず確認することにした三人は、早速機械にそれを投入し、中身を拝見したのである。すると、その中には恐るべきことが、つづられていたのである。

 

 

「こ、これは……」

 

「マサカ……。いや、確かに理論的には出来なくはないガ……」

 

「そうだとすれば、さらに警戒が必要だな……」

 

 

 そう、その中には直一の”原作知識”が書き込まれていた。それは世界樹の魔力を用いた強制認識魔法や、時間跳躍弾のデータなどであった。だが、それは本来”超鈴音”が行おうとしたことであり、ビフォアが行おうとしていることではないのだが。

 

 しかし、ビフォアが転生者だというのなら、ある程度似せた方法を取ると直一は考えていたのだ。だから、自分の原作知識をデータとして記録し、超たちへと見せようと思ったのである。

 

 そして、それを見た超たちは、さらに警戒をする必要があると考えた。時間跳躍弾を遠距離から使われては、打つ手が無いからである。また、そうなればネギたちにも被害が及ぶと、超は考えた。

 

 

「とりあえずネギ坊主たちにも、警戒してもらう必要がありそうだネ」

 

 

 そこで超は、とりあえずネギやアスナへ、その攻撃に警戒するよう呼びかけようと思ったのだ。また、エリックもそのデータから、同じ弾が作れないかを考え始めていた。もはや戦局は一秒すらも無駄に出来ないほどに、切迫してきたようだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギは3-Aのクラスの人たちと野点を楽しんでいた。しかし”原作”とは違い、ここのネギと茶々丸はすごく親しいという訳ではない。ある程度生徒と教師と言う関係では良好ではあるが、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 

 だがネギは日本の文化にある程度興味を示したようで、ネギの元へ集まった生徒たちを呼びかけ、その野点を見学しに行ったのだ。また茶々丸も自分の生徒なので、どのような活動をしているかも、ネギは興味があったのである。

 

また茶々丸の方も、ビフォア対策の作業ばかりでは大変だろうとまほら武道会が終わった後、自由時間を葉加瀬と超からもらったようである。そういう訳で、茶々丸は自分の部活である茶道部にて、その催しものの作業を行っていたのだ。

 

 しかしなぜ、茶々丸が茶道部に居るのだろうか。エヴァンジェリンは中学生をしていないので、部活動すら行っていないので、当然茶道部には入っていない。だから茶々丸が茶道部に入る必要性がほとんど無いのだ。だが、茶々丸はエヴァンジェリンの従者でもある。つまりエヴァンジェリンが、自分の趣味を茶々丸に教えこみ、自分好みに染めてしまったと言うことだったのだ。

 

 

 そうしてやってきた野点でネギは、なぜか父親のことをクラスの子たちに聞かれたのである。一体どこでその話が漏れたのかわからなかったネギは、かなり驚き慌てた。そこでネギは、その質問にある程度ウソを交えて教えたのだ。するとクラスの子から、応援の声が送られたではないか。その応援を聞いたネギは嬉しく思い、礼の言葉を述べたのである。

 

 

 しかし、なぜ3-Aのクラスが、それを知ることが出来たのだろうか。ある程度、試合終盤となって見に来た子もいたのだが、ネギは試合が終わっていて戦っていない。というか、アスナが超人だったのを知ったぐらいだろう。まあ、大半はトリックとかドッキリの類だと思って居るようではあるが。

 

 だが、その答えは簡単だった。何者かがネギのプロフィールを、インターネット上に載せたのである。それを武道会の試合映像とともに見たクラスの子たちが、そのことを知ったという訳である。しかし、それを載せたのはビフォアという男ではないようだ。なぜならビフォアに、そのようなことをするメリットがないからだ。では、一体誰なのだろうか。それはまだ、誰にもわからないのであった。

 

 

 そんな時、追って来たマスコミから、ネギは逃げることになったようだ。しかしまあ、そのネギを追う理由が子供先生というものが大きいようだ。何せまほら武道会では、すぐに敗退してしまったからである。そこで、なぜか一緒に逃げるものがいた。それはあの、千雨だったのである。

 

 

 千雨はネギに聞きたいことがあったので、ネギについていった形となったのだ。本来なら最も派手にバトっていたアスナに聞きたかったが、今はいないので仕方なく、ネギで我慢しようと思ったようである。だがネギは、千雨がどんな用でついてきているかわからなかった。それでも、何か話がしたいようか感じなのはわかったようだ。

 

 そういうことで、ネギと千雨はとりあえず、寛げる場所を探していた。そしてとりあえず、屋上喫茶へと足を運んだのだ。

 

 

「あの、ネギ先生。質問があるのですが」

 

「長谷川さん? 一体なんでしょうか?」

 

 

 千雨は魔法使いが居るかもしれないと、あの大会を見て考えていた。そして、ネギもなにやら不思議な力を使っているのを見てしまったのだ。そこで千雨は、ネギへとそのことを質問したのである。

 

 

「私もあの大会を見物していたのですが、なにやら不思議な力を使ってましたよね」

 

「え!? そ、そうでしたっけ……!?」

 

 

 また、その質問を聞いたネギは、手を振り回しながら驚いていた。しかし、とぼけるように覚えがないと、千雨へと発言したのだ。だが、千雨はそんなネギへ追い討ちをかけるように、ノートパソコンの画面をネギへと見せたのだ。

 

 

「それに、この映像と掲示板に書き込まれた魔法使いと言う単語の数々……」

 

「うわ!? どうして大会の様子が!?」

 

 

 そこでネギが見たのは、まほら武道会での試合の様子だった。そう、インターネット上にアップされた、試合映像だったのである。さらに、掲示板に書き込まれた魔法使いと言う単語。それも一つや二つではなく、大量にそれが書き込まれていたのだ。それを見たネギは、さらに慌てだしていた。

 

 

「誰かが故意に流したのでしょう。で、本題に入りますよ?」

 

「は、はい」

 

 

 千雨はこの映像を誰が流したかはわからないので、そこはどうでもよいと切り捨てたようだ。そんな慌てるネギを千雨は、冷静な態度を崩さずじっと見ていた。それはまるで何かを探るような、そんな視線であった。そして、千雨は思い切り踏み込んだ質問を始めたのである。

 

 

「……御伽噺だと笑われてしまうかもしれませんが、ネギ先生は魔法使いですか?」

 

「え?」

 

 

 その質問は、ダイレクトなものであった。とてもシンプルなものだった。だが、他の人間が聞けばバカだと思われるような、そんな質問だったのだ。そう、それはネギが魔法使いかどうかというものだったのである。

 

 そこでネギが、バッカじゃねーのー!?と笑って済ませば、千雨も現実的に考えてくれただろう。しかし、ネギはそこで完全に停止してしまったのだ。まるで、自分が魔法使いでーすと、言っているような、そんな態度だったのだ。

 

 

「違いますか?」

 

「え、えええええ!?」

 

「……その態度でわかりました。ネギ先生は魔法使いなんですね?」

 

 

 そこで固まったネギへ、千雨はさらに追撃をしたのだ。するとネギはテンパってしまい、わけがわからなくなってしまったようだ。その態度で、あーやっぱり、と千雨は思い、魔法使いだと確信してしまったのである。

 

 

「ち、ち、違いますよ!? そ、その……」

 

「いやもう、態度でバレバレだ……」

 

 

 そこでようやくネギは、違うという言葉を口に出来たようだ。しかし、だがしかし、すでに遅い、遅すぎる。千雨は完全に悟ってしまい、ネギが魔法使いだと確証を得てしまったのだ。そしてバレバレだと千雨が言うと、ネギはバレたらオコジョにされることを、千雨へと話してしまったのである。

 

 

「そ、そんな!? 僕が魔法使いだってバレると、オコジョにされてしまうんです!!」

 

「頭がパーにされるとか、そんなルールが魔法使いにもあんのか……」

 

 

 そのオコジョにされる話を聞いた千雨は、魔法使いも大変なんだなと思ったようだ。そこでネギは、今の言葉が失言だったと思ったらしく、さらに慌てて涙目となっていた。そんなところへ、一人の少女がやってきた。それは金髪で白衣の少女だった。

 

 

「おやおやネギ少年。その娘に魔法使いとバレてしまった訳かな?」

 

「あ、エヴァンジェリンさん……!?」

 

 

 なんとそこに現れたのはエヴァンジェリンだった。エヴァンジェリンはネギが千雨に魔法バレしたのを見て、ネギたちへと話しかけてきたようだ。そしてエヴァンジェリンは、その二人が座り席の余った椅子に座り、千雨の方を興味津々に眺めていた。そこで千雨は、話の流れからこの金髪少女も魔法使いだと考えたようだ。

 

 また、千雨はこのエヴァンジェリンから、ただならぬ雰囲気を感じ取ったようである。何か見た目と年齢があってない、そんな不思議な感覚を受けたのだ。だからなのか、千雨は少しエヴァンジェリンに対して恐縮してしまったようである。

 

 

「あ、あなたも魔法使いなので?」

 

「フフフ、そう見えるか?あと、普段どおりに話してもらって結構。堅苦しいのは苦手なものでな」

 

 

 そこで千雨はエヴァンジェリンにも、魔法使いなのかと質問した。しかし、エヴァンジェリンはそこで少しはぐらかす言い方をしたのである。また、千雨が無理をして敬語を使っていることを悟ったエヴァンジェリンは、普段通りの態度で接してくれと頼んでいた。

 

 それを聞いた千雨は、早速元の口調へと戻し、再びエヴァンジェリンへと質問したのである。まあ、エヴァンジェリンは見た目が少女なので、千雨はそんなエヴァンジェリンに、堅苦しい敬語を使いたくないというのもあったのだが。

 

 

「ならお言葉に甘えて。つまり、魔法使いだってことでいいって訳だな?」

 

「そうだよ。そしてそこのネギ少年も、また魔法使いってわけさ」

 

「え、エヴァンジェリンさん!?」

 

 

 だが、エヴァンジェリンが敬語を使うなと言われたことで、千雨は普段の態度へと戻っていた。それは単純にエヴァンジェリンのかもし出す雰囲気に慣れただけなのだろう。さらに言えば、少女の姿のエヴァンジェリンが、どんな存在であれ、悪いやつには見えなかったからである。

 

 また、その二度目の質問に、エヴァンジェリンは正直に答えた。自分が魔法使いであると、そう千雨に話したのだ。それを聞いたネギは、かなり驚いていた。魔法使いとは隠蔽するもので、自分から名乗ることなどしないからである。そんなネギを見たエヴァンジェリンは、バレたものは仕方が無いと、ネギへ言っていた。

 

 

「ネギ少年、どうせバレてしまったんだ。この際話してしまってもいいだろう?」

 

「で、ですが魔法使いのことを知った一般人は記憶を消さないと……」

 

「何!? そんなことまでされんのか!?」

 

 

 また、ネギは魔法を知った一般人の処置をエヴァンジェリンへと持ちかけていた。それを聞いた千雨は、流石に驚き叫び声をあげていた。なにせ記憶を消されるのだ、当然の驚きだった。しかし、その千雨の叫びをスルーし、エヴァンジェリンはその程度なら自分でやると、そうネギへと答えていた。

 

 

「その程度なら私がするさ」

 

「そ、そうですか……」

 

「おい!今の話本当なのかよ!!?」

 

 

 そのエヴァンジェリンの答えを聞いたネギは、少し安心したようだ。だが、逆にさらに千雨は不安になっていた。まさか記憶を消されるなんて、思っても見なかったからだ。そして、その真偽を確かめるべく、叫びながらエヴァンジェリンへと問いただしていた。

 

 

「まーな。それよりも、どうして魔法使いが居るとわかった?」

 

「チッ、質問の答えにでは記憶を消そうか消すまいか決める気かよ」

 

「なんだ、なかなか察しがいいじゃないか。で、どうなんだ?」

 

 

 しかしエヴァンジェリンは、質問に適当にYESと答えた。エヴァンジェリンは、そんなことよりも、どうして千雨が魔法使いのことを知ったのかが気になったからだ。また、千雨も今のエヴァンジェリンの態度と質問に、その答えで自分の運命を決める気かとエヴァンジェリンへとグチをこぼした。それを聞いたエヴァンジェリンは、愉快な笑みを浮かべ、その千雨の察しのよさに、関心していたのだ。

 

 

「ネギ選手はどこだ!?」

 

「確かこっちの方に来たとの情報があったのだが……」

 

「うわ! あの人たちは……!」

 

 

 と、そこへマスコミがネギを探しにやってきたようだ。それを見たネギは、見つかったらヤバイと思い、どうしようかと慌てていた。

 

 

「おい、ネギ先生はあいつらに追われてんだ! どうすんだ!?」

 

「気にするな。ヤツらじゃ私たちに気がつけないさ」

 

 

 千雨もまた、追われているのを知っていたので、エヴァンジェリンにどうするかを聞いたのである。

しかし、エヴァンジェリンは余裕の態度でのんびり構えていた。別に気にする必要などないと、優雅な姿勢で座ったまま微動だにしなかった。

 

 

「まさかエヴァンジェリンさん、強力な認識阻害を……!?」

 

「……それも魔法ってやつか」

 

 

 エヴァンジェリンはすでに認識阻害を使っていた。そしてマスコミはネギたちに気づかず、その場を立ち去って行ったのだ。ネギはエヴァンジェリンの用意周到さに驚きながらも、これで一安心だと考えていた。また、それを見た千雨は、これも魔法かと改めて思い知らされていたのだ。

 

 

「そーいうことだ。さて、質問に答えてもらおうか?」

 

「……そうだな、この映像と掲示板の魔法使いと言う単語もそうだが。あのバカどもが原因だな……」

 

「バカども?」

 

 

 ようやく落ち着けるようになったところで、エヴァンジェリンは先ほどの質問の答えを千雨に聞いていた。そこで千雨は、その理由を語り始めた。だが、最も原因となった部分を、少しあきれた表情で話していたのだ。と言うのも、その最大の原因はあのバカ二人。つまり、法とカズヤだったのである。

 

 

「あー、私が勝手に喋っていいものか……」

 

「何、私はこう見えても口は堅い方だ」

 

「まあ、あんたも魔法使いみたいだし、いいか……」

 

 

 だが、バカ二人の能力は魔法とは異なるものだ。それを知っている千雨は、それを勝手に話してよいものかと考えた。そこでエヴァンジェリンは、他言無用とすると約束していた。千雨はヴァンジェリンの今の言葉を聞いた後、ネギの方へと視線をやる。するとネギも、そこでうなずいたのである。それを見た千雨は、二人が魔法使いなら、話してもいいかと考え、態度を崩して話し出したのだ。

 

 

「バカどもって言うのはだな。私の小学生の頃からの知り合いの二人で、不思議な力を持ってやがんだ」

 

「不思議な力? 魔法ではないんですか?」

 

 

 千雨はあの二人の能力を、不思議な力と言葉にした。それを聞いたネギは、それが魔法とは違うのかと千雨へと質問したのだ。そこで千雨は、ネギも大会にいたので見ただろうと、ネギへとそれを教えた。そう、まほら武道会第五試合のバカ同士の喧嘩の様だ。

 

 

「ネギ先生もあの大会に居たなら見てたのでは? 第五試合のバカ二人の喧嘩を……」

 

「あ、あの二人ですか?」

 

「そう。あのバカどもが不思議な力があるもんだから、魔法使いも居るかもなって思った訳ですよ……」

 

 

 その答えにネギは少し納得したようだった。あの力は確かに魔法ではなかったからだ。しかし、魔法とは違う謎の現象ということで、ネギはどんな力なのかを考えて始めたようである。また、エヴァンジェリンは二人のことを知っていたので、千雨がその二人の知り合いだったことに少しだけ驚いていた。

 

 

「ほー、あの二人の知り合いだったのか。それじゃ魔法使いが居ると思っても不思議じゃないな」

 

「何だよ。あんたもバカどもの知り合いだったのかよ」

 

「知っているだけで、あまり関わったことはないがな」

 

 

 エヴァンジェリンは法とカズヤを知っている。一応夜の警備で見かけることがあったからだ。だが、別に親しい訳ではない。はっきり言って二人は別に魔法を使う訳でもないので、そういうものを教えることもないからである。そしてエヴァンジェリンが、二人をある程度知っていることに、千雨はため息をついていた。なぜならはじめから二人の能力を、エヴァンジェリンが知っていたからである。

 

 

「はあ。なんだ、取り越し苦労だったっつー訳か……」

 

「で、その二人から不思議な力について聞いたことはあるか?」

 

 

 そこでエヴァンジェリンは、千雨に二人の能力について質問をした。ある程度あの二人と親しい千雨なら、何か聞いているかもしれないと考えたからだ。だが、千雨も能力の名前や簡単な説明しか受けていなかったので、さほど答えられなかったようだ。

 

 

「最初に見た時、それを質問したよ。んで、精神感応性物質変換能力、簡単に言えばアルター能力とか言ってたな」

 

「アレはそういう名前だったのか」

 

 

 エヴァンジェリンは千雨の話を聞いて、ようやくその能力の名称を知ったらしい。まあ、名前などどうでもよいのだが、それでも新たな知識として、取り込んでいくのだ。また、ネギも一体それはどんな力なのかと、千雨に聞いていた。魔法じゃない力というのに、少し興味を示したからだ。

 

 

「それって一体どういうものなんです?」

 

「あー、何か周りの物質を別のものにするとか言ってました……。詳しいことは私も教えてもらってないもので……」

 

 

 千雨は法から聞いたことを、さらに砕いてネギへと説明した。実際は物質を一度粒子へと変換し、自らの意思により別の物体へと変質させる力なのだが。それを聞いたネギは、その性質から魔法というよりも錬金術の類なのかと思考をくめぐらせていた。

 

 

「魔法よりも錬金術とかそう言うものに近いんでしょうか……」

 

「見てのとおりって訳だろうな」

 

 

 また、エヴァンジェリンも見たままの能力だと考えていた。というのもエヴァンジェリン自身、すでにアルター能力の特性をある程度理解していたからだ。一度粒子へと物質を砕き、再び自らの武器へと変化させる、そういう能力なのだとわかっていたのだ。

 

 そこでエヴァンジェリンは千雨の名前を呼ぼうと思った。しかし、まだ自己紹介すらせずに話していたことを思い出し、とりあえず名乗ったのである。

 

 

「おっと、そういえば自己紹介をしていなかったな。私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言うものさ」

 

「お、そうだったな。私は長谷川千雨だ」

 

 

 それに吊られて千雨もエヴァンジェリンへと名乗り上げた。そしてエヴァンジェリンは、そこで千雨に二つの選択を迫ったのである。

 

 

「ふむ、長谷川千雨。貴様には二つほど選択がある」

 

「選択?」

 

 

 千雨はこのエヴァンジェリンの選択に、疑問を感じたようだ。というのも、どういう意味での選択なのか、わからなかったのである。まあ、ある程度予想はつくのだが、それは予想の範囲に過ぎない。そう考えて難しい顔をする千雨に、エヴァンジェリンは一般人の千雨にもわかるように、どういうことなのかを説明し始めた。

 

 

「魔法使いを、ひいては魔法を知ることは、裏を知ることと同じとも言えるのでな」

 

「裏? 何か不穏な響きだな……」

 

「魔法使いの日常は、ある程度命がかかったりもする部分があるからな。そう言われていることもある」

 

 

 魔法を知ることは、現実から非現実へと移動すること。千雨はその程度の認識であった。だが、そんな単純なことではないのだ。魔法とは未知なる力であるが、同時に危険を伴うものである。表というのは一般人のことであり、裏というのは魔法使いのことだ。それは魔法使いが隠れて行動しているという意味も含まれるのだろう。しかし、それだけではない。魔法使いは魔法で戦うことだってある。つまり、そういう意味では命の危険があるということなのだ。

 

 

「命? 命がけだと!? 本当なのかネギ先生!?」

 

「は、はい……。確かに危険なことも無くは無いです……」

 

 

 その話を聞いた千雨は、驚愕していた。そして目を見開き、ネギへと本当かどうかを問いただしていた。そこでネギも、それは本当のことだと言うしかなかった。なぜならネギでさえ、何度も命の危機を乗り越えてきたからである。それを聞いた千雨は、心のそこから叫んでいた。まさかこんな馬鹿げたことになるとは、思っても見なかったからだ。

 

 

「ウソだろ!? 冗談じゃねーぞ!!」

 

「そういうことだ。だから今聞いたことや魔法使いのことを忘れて、日常に戻らせてやるよ」

 

 

 だからこそ、そういったことを考えずに済むように、記憶を消して元に戻すとエヴァンジェリンは提案したのだ。だが、やはり記憶を消すというのに、千雨は引っかかりを覚えてしかたがない。実際記憶を消されるのは、あまりよい気分ではないだろう。だから、記憶を消すことに、どうしても消極的な態度を見せてしまうのだ。

 

 

「……つまり、記憶を消すってことか」

 

「そうだ。そしてもう一つは、知っていてあえて普通に過ごすと言うのも手だ」

 

「なんだそりゃ!? さっきとどう違うんだよ!?」

 

 

 そんな千雨の態度を見て、エヴァンジェリンは二つ目の選択を千雨に提示した。それは魔法を知った上で、普通に暮らすというものだった。それを聞いた千雨は、またしても大声を出してしまっていた。それは認識阻害が無ければ、注目の的になるほどの声であった。まあ、どちらも普通に暮らすというものだったので、一つ目の選択とどう違うのかわからなかったようだ。そこでエヴァンジェリンは、簡単にその違いを千雨へと説明したのだ。

 

 

「全然違うさ。不思議な現象に出会った時、魔法だとわかっていれば、逃げようと思えるだろう?」

 

「どういうことだ?」

 

「火が危険だとわかれば飛び込まない。そういうことだ」

 

「なるほど、確かにそうかもしれねーな」

 

 

 火は熱い。それを知っていれば触ることは無い。だが、知らないで触れば、当然やけどをする。つまり、知っていればその危険に触らずに、逃げることも出来るとエヴァンジェリンは説明したのだ。それを聞いた千雨も、今の説明がわかりやすかったようで、腕を組みながらうんうんとうなずき納得していた。しかし、ネギはやはり千雨が魔法を知っているのは危険だと、そうエヴァンジェリンへと切り出した。

 

 

「でも、一般人の長谷川さんが魔法を知っているのは、やはり危険なのでは?」

 

「確かにそうだ。しかし、この長谷川千雨はあの二人の知り合いだからな。知っていても損はなかろう」

 

 

 そのネギの言葉に、エヴァンジェリンはそう答えた。あの法とカズヤの知り合いなのだから、千雨も魔法ぐらい知っていても悪くはないと、エヴァンジェリンはそう考えていた。だが、またそこで千雨は、訳がわからなくなっていた。なぜあの二人と魔法使いが結びつくのか、わからないからだ。

 

 

「ん? あのバカどもと魔法使いと、どう関係があんだよ?」

 

「あの二人は魔法使いと、この学園都市の警備をしているからな。つながりがあるんだよ」

 

 

 そこでエヴァンジェリンは、あの二人がこの麻帆良の警備をしていることを、千雨に話したのだ。さらに二人は魔法使いのことを知っており、その魔法使いと共同で警備をしていることを説明したのである。そのことを二人から聞かされていなかった千雨は、流石に驚きすぎて椅子からこけそうになっていた。

 

 

「は? 初耳だぞそれ!?」

 

「当たり前だろう?そんなこと、一般人に教える訳が無いんだからな」

 

「確かにそうだが……」

 

 

 しかし、当然そんなことを話せる訳が無いと、エヴァンジェリンは千雨に言った。そりゃ魔法使いと組んで街を守ってますなんて言われても、頭がどうかしちまってるとしか思わないだろう。そういう意味でなくとも、普通に考えれば一般人代表の千雨に、二人がそのことを言う訳がないのだ。そのエヴァンジェリンの言葉で、千雨は確かにと考えた。だが、あの二人のことをあまり知らなかったんだなとも、考えたようだ。

 

 

「つまりエヴァンジェリンさんは、長谷川さんがあの二人の知り合いだからこそ、魔法を知っておくべきだと思っているんですね?」

 

「そうだ。まあ、魔法が使いたいのであれば、私が直接教えてやってもいいぞ?」

 

 

 そこでネギは、エヴァンジェリンの意図を察したようで、それを口に出していた。あの法とカズヤの知り合いで、何かあるかもしれない。だから魔法をあえて知っておけば、後々何か役に立つかもしれないと、ネギはそう考えたようだ。

 

 だが、それは正解であり間違えでもある。エヴァンジェリンはあの二人が転生者なのだろうと推測していた。そして、転生者という存在は、他の転生者と戦う可能性があると考えている。つまり、あの二人と一緒にいれば、とばっちりを食う可能性が高いと、エヴァンジェリンは考えていたのだ。

 

 さらに言えば、千雨は転生者に狙われやすい存在だとも思っていた。”原作キャラ”ということをある程度アルカディアの皇帝から教えられていたエヴァンジェリンは、この千雨がそういった存在であることもわかっていたのだ。まあ、自分もそのせいで、色々散々な目にあったので、その危険性も十分理解しているのである。

 

 そこであの法とカズヤがついているのだ。何かあっても不思議ではないだろう。しかし、あの法とカズヤという転生者は、あまり裏表の無い人間のようだった。だからこそ、千雨もある程度心を許す存在なのだ。そういう意味では、エヴァンジェリンはこの千雨が運のいい人間だと思っていたりもするのである。

 

 また、エヴァンジェリンはそのためか、千雨に魔法を教えようと思い、それを千雨に伝えていた。だが、千雨は普通の生活こそが全てだと考えているので、それだけはNOと断ったのである。

 

 

「そういうのはゴメンだね。私は普通が好きなんだよ」

 

「なんだ、面白くない。知りたいのならきっちり教えてやるんだがな」

 

 

 その千雨の回答に面白くないと言うエヴァンジェリン。というのも、誰もがトリックだなんだ言っていたあの大会で、魔法の存在を提示した千雨を、エヴァンジェリンは高く買っていたのだ。あの法とカズヤの能力を知った上でのことなのだろうが、それでも面白いヤツだと思ったのである。

 

 と、そこで千雨は命の危険ということを思い出し、ネギへそれを聞いていた。ネギ自身も、そういう危険と隣りあわせなのか、少し気になったからだ。

 

 

「……つーか、思ったんですがネギ先生も、命の危険に晒されてるんですか?」

 

「……本当です。だから長谷川さんには、あまり魔法を知ってほしくないんです」

 

「ウソだろ!? お前みたいなガキが……!? ……それが本当だとしたら、アブネーってことじゃねーか……」

 

 

 ネギも6年前、悪魔に村を襲われた。そしてこの麻帆良でも、その6年前襲った悪魔と、再び戦ったのだ。そういうことがあったので、ネギ自身もかなり危険な目にあっていると言えよう。だからこそ、ネギは千雨に魔法にかかわってほしくないと思っているのだ。

 

 また、そのネギの言葉を聞いた千雨は、本気で驚き戸惑っていた。こんな小さいガキでさえ、命の危険があると聞かされたのだ。それは相当危ないものなのではないかと、千雨はそう思い始め顔を青くしていた。さらに、要らぬ質問などネギにしなければよかったと、いまさらながらに後悔を始めていた。

 

 

「そうさ、魔法はとてもすばらしいものだ。だが裏を返せば危険なものなんだよ」

 

「はい、癒す魔法もあれば、人を怪我させる魔法もありますから……」

 

「マジか……」

 

 

 そこでエヴァンジェリンが言ったのは、魔法の本質である。魔法はよいことに使えば人を喜ばせることが出来る。しかし、裏を返して悪いことに使えば、たちまち他者を危険に貶める。まあ、ようは使う人間しだいということなのではあるが。そこでネギも、そういった魔法があることを、千雨に話したのだ。その二人の言葉を聞いた千雨は、完全に愕然としていた。自分がとんでもないものに、ひざぐらいまで浸かってしまったと考えているのだ。

 

 

「脅しすぎたが魔法は決して悪いものではないよ」

 

「だが、私は普通がいいんだよ……。魔法なんて覚えたら普通どころじゃねーだろ!?」

 

「確かにそうだな。だがあの二人の能力を知りながらも、知人として接している時点で”普通”ではない気もしなくはないがな」

 

 

 そう考えて青くしている千雨だったが、やはり魔法は覚えたくなかったようだ。それを覚えれば普通ではなくなると考えているからだ。だがそこへエヴァンジェリンは、カズヤや法の力を知っていて、それでも知り合いとして接している時点で、普通とは少し違うと千雨に話したのだ。

 

 

「な、何でそうなるんだよ……!?」

 

「本当に普通が好きで普通でないものが嫌いなら、あの二人なんかとはとっくに縁を切っているはずだろう?」

 

 

 千雨はエヴァンジェリンの話を聞いて、あの二人と関わっていることが、なぜ普通じゃないのかと、少し驚いた様子でたずねていた。そんな千雨にエヴァンジェリンは、その理由を千雨へと語ったのである。

 

 

「そうは言ってもよ。あいつらは悪いやつじゃねーし。別に能力以外はバカだけど普通だ……普通……?」

 

「なんだ、気がついたか。何を根拠に普通とするかは、人それぞれさ。そして今貴様はあの二人を普通と言った。それは能力や力ではなく、人間性のことを指しただろう? 違うか?」

 

「うっ、そ、そうだよ……。アイツらはバカだけど私の前じゃ基本的に普通だった……」

 

 

 法もカズヤも基本的に千雨の前では普通の人間だった。まあ法はルールバカで、校内の規則を違反するものには容赦しないし、カズヤは喧嘩バカで、毎度毎度飽きずに喧嘩ばかりしている。だが、それだけを見ればただの学生。能力を使わなければただの人でしかなかったのである。

 

 

「そういうことだ。魔法を覚えようが覚えまいが、普通なんだよ」

 

「でもやはり魔法なんか普通だとは思えねーよ……」

 

 

 しかしやはり、千雨は魔法が普通ではないと思っている。そんなものを覚えてしまえば、自分が普通でいられないと、本気で考えているからだ。そう叫ぶ千雨に、エヴァンジェリンは別のことを話し出した。それはあのカズヤと法のことだった。

 

 

「ならあの二人もおかしいかもな? 何せ変な力を持ってるんだからな」

 

「そこで何でアイツらが出て来んだよ!?」

 

 

 だが千雨はどうしてあの二人が引き合いに出るのかまったくわからなかった。あの二人は確かに能力だけを見れば普通じゃないが、人間としてはまだまだ普通の領域だと思っていたからだ。まあ、カズヤの喧嘩バカっぷりを普通だと考えられる千雨は、やはり随分と毒されているようではあるが。そこでエヴァンジェリンは、小さな笑みをこぼしながらその理由を千雨へと語った。

 

 

「何でだと? あの二人は魔法使いから見ても”普通じゃない”異質な存在だからだよ」

 

「ま、魔法使いから見ても”普通じゃない”だと……!?」

 

「そーだよ。あの二人は魔法使いじゃない。だがそれと同等かそれ以上の力を持っている。これが異常では無くてなんだと言うんだ?」

 

「……そうですね、魔力すら使わずにあのようなことが出来るのは、魔法使いから見ても驚くべきことです……」

 

 

 あのアルター能力と言うものは、魔法使いから見ても異質であった。明らかに魔力を使わずに、そこにある物質を変質させ、別のものへと変えてしまう能力は、魔法使いにとっても恐ろしいものなのだ。だが、それで特に彼らは魔法使いともめることは無く、むしろ関係は良好な方ではあるのだが。さらにネギもエヴァンジェリンの話に便乗し、あの能力はとてつもないものだと千雨に言ったのだ。

 

 

「そういうことだ。魔法使いにも”普通”の基準があるんだよ。だから貴様が魔法を覚えたからと言って、突然”異常”になることはないのさ。……まあ、貴様が魔法と言う力に酔いしれなければだが……」

 

「そ、そうだったのか……」

 

 

 そのエヴァンジェリンの話を聞いて、千雨はとてもショックを受けていた。あの二人は魔法使いからも普通ではないと思われていたのだから。ただし、エヴァンジェリンも異常にはならないと言ったものの、話の最後に魔法におぼれなければと付け加えていた。しかし、自分が千雨に魔法を教えるならば、そのようなことにはさせないと言う自信を、エヴァンジェリンは持っていた。そしてその話で、千雨は魔法を覚えるか否かを考え始めていた。しかし、まだ一歩踏み出せずに居た。それを覚えたときのメリットとデメリットがわからないからだ。

 

 

「……なあ、魔法を覚えたら、どうなっちまうんだ? 命に関わるんだろ?」

 

「別にすぐさま命を狙われるとかそんな話はないさ。ただ魔法使いだとバレたら面倒に巻き込まれる可能性があるというだけだよ」

 

 

 千雨はエヴァンジェリンに、魔法を覚えたら危険に会うのかと聞いてみた。するとエヴァンジェリンは、魔法が使えることがバレると危険はあるかもしれないと答えていた。それを聞いた千雨は、可能性はゼロではないのだろうと考えていた。また、千雨のそんな様子を見たエヴァンジェリンは、もう一押しかと考え、魔法を覚えるメリットを語り始めたのだ。

 

 

「何、そういう場面に出くわした時、魔法を使えばいいんだよ。別に戦えなどとは言わん。逃げるために魔法を使えばいいし、魔法で防御すればいい。まあ、そういう目に遭わないのが一番だがな」

 

「……つまりさっきも聞いたが、中途半端に魔法を知って居るよりも、魔法を覚えた方が安全ってことか?」

 

 

 魔法を覚えた時のメリットを聞いた千雨は、先ほどの魔法を知っているという状況の話を思い出していた。それは何かあった時、魔法だとわかれば逃げれるというものだった。しかし、そこで魔法を覚えていれば、より確実に逃げれるのではないかと考えたのだ。

 

 

「そういうことだよ。まあ、私が貴様に魔法を教えるなら、治癒と逃亡の魔法だろうがな」

 

「攻撃とかは要らないっつーのか?」

 

 

 そこでエヴァンジェリンは、千雨に対して覚えさせたい魔法を話した。それはやはり、治癒と逃亡であった。また、千雨はそのチョイスを聞いて、攻撃魔法は必要ないのかと聞いていた。

 

 

「いきなり拳銃を握らされて、撃てと言われて撃てるか?」

 

「……無理だ」

 

「そうだろう? だから攻撃魔法など教えんよ。私が得意な治癒と、どんな時でも逃げれる魔法さえ覚えていれば、攻撃など不要というものだ。……最悪私に頼めば解決してやるさ」

 

 

 その千雨の質問に、エヴァンジェリンはわかりやすく説明した。すると千雨はすぐさま納得した上に、理解してしまったので青かった顔をさらに青くしていた。だからこそ、攻撃魔法は教えないとエヴァンジェリンは強く言葉にしていた。それに自分のところへ逃げてくれば、危険から守ってやるとエヴァンジェリンは千雨に話したのである。

 

 

「まあ、強制はしないし、今決められないなら連絡先を教えておくが、どうする?」

 

「う……、ちょ、ちょっと待ってくれ……」

 

 

 千雨は今のエヴァンジェリンとの会話で、少しだけ心が揺らいだようである。だが、やはり千雨は踏ん切りがつかないようで、少し考える時間がほしいと、エヴァンジェリンへと言っていた。そして千雨は腕を組み、顔を下げて悩み始めたのだ。また、微妙ながらに震え、本気でどうするかを迷っている様子だった。

 

 そんな千雨を見たネギは、エヴァンジェリンへ話だした。千雨に本当に魔法を教えるのかどうか、それを聞いていたのだ。

 

 

「あ、あの、エヴァンジェリンさん。本当に長谷川さんに魔法を教えようと思ってるんですか?」

 

「ああ、本気だよ。こういう面白い逸材は、育て甲斐がありそうだしな」

 

 

 だが、やはりエヴァンジェリンは本気で千雨に魔法を教えたいと思っていた。ここまで話を聞いて、なお普通でいようとするこの千雨を、とても面白い娘だと思っているのだ。だからこそ、こういう娘を育てて、魔法使いにしてやりたいとも考えているのである。

 

 それに、エヴァンジェリンが魔法を教えるといっても、何も攻撃魔法を教えようと言う訳でもなかった。自分が知っているありとあらゆる治癒の魔法や逃亡・防御などの魔法を、徹底的に叩き込もうと考えていたのである。まあ、治癒魔法さえ覚えていれば、あのバカな二人が喧嘩で負傷しても、治療してやれるだろうと言う、おせっかいな考えもなくはないようだが。

 

 また、そんな風に話すエヴァンジェリンを、ネギは心配そうに見ていた。やはり一般人が魔法使いになることを、あまり快く思っていないのだ。そして、魔法をバラしてしまったのが、間接的とはいえ自分なのだから、その罪の意識もあるのだ。

 

 

「ネギ少年が心配することはないさ。教えるのであれば、魔法使いとしての規則や、魔法の危険性もしっかり教えるつもりだ」

 

「で、ですが……」

 

「この件については私が責任を持つ。ネギ少年は気にする必要はないさ」

 

 

 そう心配するネギに、エヴァンジェリンは心配ないと普段と変わらぬトーンで言葉にしていた。そして、全ての責任を自分が取ると言い出したのだ。そこで、エヴァンジェリンは教えるなら学園長にも話して、しっかりと許可を得るつもりでもあった。それに加え、この千雨を中途半端な状態で放置して、何かあっても困ると考えていたのである。

 

 

「何、教えるなら教えるで、学園長のジジイに話をつけるつもりだ。それにあの二人の知り合いなら、厄介ごとに巻き込まれる可能性が大きいだろう」

 

「そうですか……」

 

 

 そのエヴァンジェリンの話を聞いたネギは、不安げな表情をしながら、ある程度納得はしたようだった。しかし、やはり自分がバラしてしまったのを、他人に助けてもらうことを、少し気分悪く感じていたのである。

 

 そこへエヴァンジェリンは千雨へと話しかけた。ある程度時間を与えたので、答えが出たかを聞いていたのだ。

 

 

「で、答えは決まったか? 長谷川千雨」

 

「あ、ああ……。とりあえず少し時間がほしい。今すぐに決めるのは無理だ」

 

 

 しかしやはり千雨は、答えが見つからなかったようだ。だからもう少し時間がほしいとエヴァンジェリンに頼んでいた。そしてエヴァンジェリンも、そうだろうと予想していた。この千雨は普通で居たいと思う気持ちと、これから何が起こるかわからない不安が入り混じっているのだ。すぐに答えなど出るはずがないと、そう考えていたのである。だからエヴァンジェリンは、連絡先を千雨に教えておこうと思ったのである。

 

 

「だろうな。なら連絡先を教えておこう」

 

「頼む……」

 

 

 そのエヴァンジェリンの言葉に、申し訳なさそうにする千雨。だが、エヴァンジェリンはそのことを気にはしていなかった。そこでエヴァンジェリンは、すでに用意しておいた連絡先が記載された紙を、千雨へと渡したのだ。

 

 

「これが私の連絡先だ。まあ、貴様のクラスには茶々丸がいるだろう? あいつに話を通してくれてもかまわん」

 

「あのロボに?」

 

「そうだ。あいつは私の従者だからな」

 

 

 また、エヴァンジェリンは別口で従者である茶々丸へと話をつければ、問題ないと千雨に伝えた。すると千雨はそれを聞いて、あのロボのことかと考えたようだ。そして、それがエヴァンジェリンの従者だということを千雨に伝えると、頭を抱えてもだえだしていた。

 

 

「何かまた妙な単語が出てきやがった……。まあわかったよ……」

 

「では、良い返事を期待しているよ。ネギ少年も元気でな」

 

「は、はい」

 

 

 まあ、従者なる意味深な単語のことはほっといて、千雨はとりあえずそういう形で今回の話を閉めたようだ。また、エヴァンジェリンも、よい返事を期待すると言って、千雨へと笑みを見せていた。実際、本当に魔法を教えてくれと頼んでくるのを、楽しみにしているのである。そこでネギにも別れの挨拶をして、その喫茶を出ようと、エヴァンジェリンは歩き出していた。だが、そこでエヴァンジェリンは立ち止まり、もう一度ネギに近づいてきたのだ。

 

 

「ふむ、そうだな。ネギ少年にこれを渡しておこう」

 

「これは?」

 

「ちょっとした認識阻害がかかる指輪さ。それをしていれば、あのような連中に追われることもないだろう」

 

 

 それは認識阻害が自動でかかる指輪だった。それをネギへと複数渡したのだ。というのもあのマスコミ集団が、またネギを追ってくるかもしれないと、エヴァンジェリンは考えたからだ。そうなれば麻帆良祭を回るのにも、弊害が生じてしまうだろうと。そして、それではせっかくの麻帆良祭も楽しめないだろう、それではネギがかわいそうだと思い、それを渡したのだ。また、それを貰ったネギは、驚きながらも笑って御礼を言っていた。

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

「この指輪は指にはめないと効果が発生しない。あと認識されると効果を失うので、気をつけて使うんだぞ?」

 

「あ、わかりました」

 

 

 エヴァンジェリンはその指輪をネギへと渡すと、指輪の扱いについて説明をした。この認識阻害の指輪は、指にはめることで効果が発揮されるというものだった。そして、一度見破られると、その見破った人物には効果を失うというものでもあった。その説明を聞いたネギは、しっかり理解したようで、はっきりとわかったことをエヴァンジェリンへと伝えていた。

 

 というのも、この指輪はエヴァンジェリンが、転生者や自分のファンから身を隠すために作ったものなのである。賞金首だ何だ言われてはいるが、魔法世界では名誉教授であり、とても人気者だったのだ。だから、熱狂的なファンや転生者をだますために、こういうものを複数所持していたりするのである。

 

 

「あと、同じようにあの連中に追われてそうなヤツにも渡してやれ」

 

「はい!」

 

「ではまたな」

 

 

 そして複数渡した意味をネギへ伝え、別れの言葉を述べると、再び席から立ち去っていった。ネギは元気よく返事をした後、立ち去るエヴァンジェリンの後姿を眺め、改めてよい人だと思っていたのだ。だが、そこで独り言を愚痴る千雨が、その席でうつぶせになっていたのである。

 

 

「なんかあのバカどものせいで、さらに厄介なことになってきやがった……」

 

 

 いやはやあのバカがここまで厄介だったとは、千雨は思っていなかった。そこで千雨は、あいつらにとりあえず意見を煽って、今後のことを決めようと考えたのだった。

 

 



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六十三話 探検大会

調子を戻したカギ

しかし、カギって友達がカモぐらいしかいなかった


 ビフォアを追って下水道へと進入した猫山直一は、謎の敵と戦っていた。黒いフードで全身を隠した人物。その謎の黒いフードと戦闘していたのだ。

 

 

「テメェ、一体何もんだ!?」

 

「…………」

 

「どうしても答えねぇつもりか!!」

 

 

 しかしこの黒いフード、先ほどから何もしゃべらないのだ。何を聞いても、攻撃してもだんまりだったのである。それを不気味に感じながらも、直一は追撃を繰り出す。

 

 

「ならばこいつはどうだ!? ”壊滅のセカンドブリット”オォ!!」

 

 

 すさまじい速度から放たれる蹴り。それが黒いフードへと突き刺さる。だが、それを受けても黒いフードにはダメージがまったくないようであった。

 

 

「こいつは一体……!?」

 

 

 直一もそれを見て驚いていた。何せ今の蹴りは直撃したはずだからだ。その衝撃は岩をも簡単に砕くものだ。そう簡単に防がれるはずがないのである。いや、確かに完全に防ぎきれてはいなかったようだ。今の直一の攻撃で、黒いフードは下水道の終点へと飛び出したのだ。そこは崖となっており、底は闇で染まった奈落であった。

 

 

「何……?」

 

 

 それを見た直一は、この黒いフードが逃げようとしているのかと考えた。また、それ以外にも、誘っている可能性も考慮し、追撃を出すか迷っていた。しかし、ここで逃がす手はないと、直一はさらなる追撃を黒いフードへと仕掛けたのだ。

 

 

「しょうがねぇ、その誘いに乗ってやる! ”ヒール・アンド・トゥ”ーッ!!」

 

 

 直一はその場で飛び、壁へと一度蹴りを放ち、その壁を使ってさらなる加速を行った。そして、その加速を利用して、落下していく黒いフードへととび蹴りを放ったのだ。それが下水道の奈落へと落下する黒いフードへと炸裂し、爆発音と間違えるほどの衝突の音が発生した。さらに、そのすさまじい衝撃で、黒いフードと直一は、さらに加速して落下して行ったのだ。

 

 

「どこまで行きたいかは知らないが、このまま落下してもらうか!」

 

「……それでいい……」

 

「なに……?」

 

 

 すると今の攻撃で、初めて黒いフードは言葉を発したのだ。それは直一の今の行動を肯定する言葉だった。それを聞いた直一も、驚いた様子を見せていた。そしてそのまま二人は急速落下し、一本の橋へと墜落していったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 カギは今どこで何をして居るのだろうか。確かにまほら武道会は、上空から眺めていた。しかし、それが終わった後、どこへ行ったというのだろうか。その答えは、図書館島にあったのである。

 

 そしてカギは図書館島へとやって来ていた。なぜかと言うと麻帆良祭の初日に、夕映に誘われたからである。また、その夕映が活動する図書館探検部で、探検大会が行われている。つまり、それの参加のために、カギはそこへと足を運んだのだ。

 

 

「ヒャッハー!! 我が世の春がきたぁぁ!!!」

 

 

 この前は燃え尽きていてテンションダウンしていたカギだったが、今は復活したようだ。いや、初従者を得てあのテンションの低さは逆におかしかったのだが。そして今は普段どおり、テンションが上がって叫びだしていた。本当に危ない人だった。

 

 

「まさかゆえが従者になってくれるなんて、夢にも思わなかったぜ!! ついに来たか、俺の時代!!」

 

「この調子でどんどん従者を集めよーぜ!」

 

 

 はやり燃え尽きたままの方がよかったようだ。完全に舞い上がっているカギは、とてもうるさいのである。その頭の上でカモミールもカギを煽り、従者を増やそうと叫んでいた。あの時は自分の契約魔方陣で仮契約できなかったので、次こそはそうしたいと思っているのだ。

 

 

「まあそれは後々ってことで。今はとりあえず、図書館の探検大会だぜー!」

 

「後々ぃぃ!? 今の兄貴ならすぐに従者なんてできちまうぜー!!?」

 

「現実を見ろよー。それならすでに多くの従者をはべらせてるぜ!!」

 

 

 そしてるんるん気分でスキップしながら、図書館島へ移動するカギ。そのカギの後々と言う言葉を聞いて、カモミールは今のカギなら従者を集め放題だと言い出したのだ。しかし、流石にカギは、そのカモミールの言葉を否定した。それが出来たなら、すでに従者ハーレムになっていると思ったからだ。

 

 

「最近の兄貴はみょーに謙虚っすなー。昔のがっつきっぷりはどこへいっちまったんだ!?」

 

「がっつく醜さを知ったからさ、キリ!」

 

「ヒューっ」

 

 

 そこでカモミールは、昔のカギと今のカギを比較し、何か謙虚になったと思ったようだ。というのも、あの銀髪イケメンオッドアイのクソったれが、ニコぽを使って自分の生徒を手篭めにしていたのだ。それを見て流石にドン引きしたカギは、そういうことの醜さを知ったのである。そして、それを気取った風に言うカギに、カモミールも握手していた。こいつら本当に乗りだけは最高だった。

 

 また、カギは図書館島へと到着したようだ。そこで夕映を探すべく、とりあえず辺りを見回しつつ、歩いていたのである。

 

 

「ついたついた。さてさて、ゆえはどこにおるじゃろのう」

 

「におうぜー! こっちだぜー!!」

 

 

 カモミールはそこで、夕映の匂いを感じて、その方向を腕を刺していた。それを見たカギは、微妙に引きつった表情で、頭に乗るカモミールを見上げていた。

 

 

「え?! それ引くわー」

 

「ちょ!? 別に匂いフェチじゃねーっすよ!?」

 

 

 カモミールは地味に鼻が利く。まあオコジョだし、きっと人間よりもずっと鼻が優れているのだろう。それを踏まえてカモミールは、カギへ別に匂いフェチではないと否定したのだ。しかし、カギは知っている。このカモミールの鼻のよさを知っているのだ。

 

 

「え? でも匂いで数十キロ離れた相手もわかっちゃうんでしょ? 私知ってるんだから!」

 

「ウソ!? 俺っちそんなすげーの!? マジ!?」

 

 

 カギは魔法世界でのカモミールの活躍を思い出していた。それは相手のパンツの匂いで、その相手の位置を特定するというものだった。また、その鼻のよさは、あのジャック・ラカンが自分よりも精度が高いと言わしめるほどのものだったのだ。だがそれを踏まえても、やはりパンツの匂いをかぐのには、カギも抵抗があったようだ。

 

 

「うん、すげーわ。けどドン引きだけどなー!」

 

「ひでーぜ兄貴!!?」

 

 

 そこで冗談っぽく引くわーと言うカギに、カモミールもひでーわーと叫んでいた。そんなバカなやり取りをして居ると、そのカモミールが示した方向に夕映を発見した。さらに、そこには夕映だけではなく、図書館探検部の仲間である、のどかや木乃香、そして早乙女ハルナも居たのである。実はさよも居るのだが、今は木乃香が持つ位牌の中で休憩しているようだ。

 

 その四人はこの探検大会用の特別衣装を身にまとっており、係員だと一目でわかる姿をしていた。基本的には、黒のタートルネックにノースリーブの服装で、その上にブレザーを好みで羽織るような形であった。また、係員としてわかるように、上腕に腕章を、頭にはベレー帽つけていた。しかしなぜか木乃香だけは、猫耳をつけていたのである。

 

 

「あ、カギ先生。来てくれたのですね」

 

「あったりめーよー!! 来ない方がおかしーぜ!!」

 

 

 また、その先を見るとネギもやって来ていたようだ。ネギは千雨とエヴァンジェリンとの話の後、この図書館島へとやってきたようである。

 

 そのネギはのどかと楽しそうに会話していたのである。カギはネギやのどかの邪魔をしないように、ある程度離れた場所に立つことにした。しかし、ハルナはそれに興味があるようで、ニヤニヤとそれを眺めていたのだ。

 

 

「いやあ、あの二人ラブいですなあー」

 

「クッ……我が弟ながらやりおる。流石主人公、流石造旗主(フラグメイカー)!!」

 

 

 ネギとのどかの仲を見て、ラブだラブだと言っているのは、やはりハルナである。また、そこで自分の弟ながら、ようモテるわいと思うカギだった。そんな中、カモミールは会話に参加したそうに、カギを見つめていた。だが、このハルナはまだ魔法を知らないみたいなので、黙って見ているしかなかったのだ。

 

 

 実はこの数分前、ハルナに魔法がばれそうになっていた。勘がよいハルナは、あのまほら武道会の試合を見て、魔法があるのではないかと感づいたのだ。それを聞いて焦ったのが残りの三人である。

 

 木乃香はシャーマンだが一応魔法のことを教えられており、隠蔽することも知っていた。さらに夕映とのどかは魔法がバレると、ギガントとの規則で記憶を消されてしまうので、顔を青くして慌てていたのだ。そこで木乃香がアレは幽霊ってやつの仕業なんだと言ってごまかし、難を逃れたのである。あんなびっくりドッキリトリック大会が、幽霊のせいだと聞いたさよは、地味にショックを受けていたが。

 

 

 そして、とりあえず探検大会へと足を運ぶその五人と一匹。この探検大会とは、図書館島を練り歩くツアーなのだろう。というのも、この図書館島、随分と有名な観光スポットらしき場所があるのだ。そこで、その一つである北端大絶壁である。巨大な本棚から、水が流れ落ちて滝となっている謎の名所なのだ。カギはその場所の解説を聞きながらも、その周りを眺めていた。

 

 

「これ本とか大丈夫なのかよ……。ぱねぇってレベル超えてね?」

 

「カギ先生が言えたことなのでしょうか……」

 

 

 カギはその巨大な本棚の滝を見て、そうツッコミを入れていた。しかし、そこで夕映は、そのカギへツッコミを入れたのだ。と言うかカギ、魔法使いの癖に何を言っているのだと、夕映はそう思ったのである。そしてカギは、少し前を並んで歩くネギとのどかを見て、いい雰囲気だと思ったようだ。

 

 

「なあおい、あいつらデキてんの?」

 

「カギ君もそう思う!? いいカンジだよね、あの二人!」

 

 

 そう感想をカギが述べると、ハルナもそれに同意していた。遠くから見れば、明らかに彼氏彼女のような関係に見えるから仕方が無いだろう。その二人を見て、木乃香はほんの少し羨ましそうにしていた。

 

 

「ネギ君ものどかも嬉しそうやなー」

 

「おやおや、このかも羨ましそうに見てどうしたのかね?」

 

「んー、少しなー」

 

 

 ネギとのどかを羨ましそうに見る木乃香へ、ハルナが話しかけていた。しかし、ハルナは木乃香が何を羨ましがっているかなど、すでにお見通しなのである。

 

 そこで木乃香は覇王のことを少しだけ考えていた。この場に覇王がいればよいのにと、そう思っていたのだ。だが、覇王は妙に多忙らしく、今日も時間が合わなかったのである。まほら武道会で話したりしたけど、やはり麻帆良祭を一緒に回ってみたいという気持ちが強いのだ。

 

 

「ふふーん、あの彼氏のこと考えてたのかなー?」

 

「ほえ、わかるん?」

 

「いや、バレバレなんだけど?」

 

 

 ハルナが言う彼氏とは、明らかに覇王のことだった。というのも、木乃香が覇王とラブい関係だということは、3-A共通の話題だからだ。そして木乃香は、ハルナがなぜか今自分が覇王のことを考えているのがわかって、少しだけ驚いていた。

 

 いや、わからないほうがおかしいだろう。そのぐらい、木乃香は恋する乙女な表情をしていたのである。しかし、ハルナは木乃香をイジろうとは思っていないようだ。むしろ木乃香がその辺りに吹っ切れすぎていて、イジり甲斐がないと考えて居るのだ。だがそこで木乃香は、ハルナに覇王が彼氏と言われたことを、否定したのである。

 

 

「せやけど、まだ彼氏やあらへんのよ」

 

「え!? アレで彼氏じゃないってどー言うことよー!?」

 

 

 明らかに付き合っているような態度で、木乃香が覇王に接している。そのはずなのに、彼氏ではないと木乃香は申すのだ。それを聞いたハルナは、少し頭が混乱し始めた。彼氏とは、付き合うとは一体何なんだと考え始めるぐらいだった。

 

 

「んー、ウチら約束しとるんよ。その約束を果たさんと、そー言ー関係にならんことにしとるんや」

 

「何それー!? ただの生殺しじゃない!!」

 

 

 確かに他人から見れば、それは完全に生殺しであった。もう付き合っても良いぐらい、二人の仲は近いはずなのだ。だが、それでも約束のためにそうしないなど、なんとまあ律儀と言うか純情と言うか。しかし、そこで木乃香は少しだけその言葉に訂正を入れていた。

 

 

「ううん。そーやないんよ。それはウチが約束したんやから」

 

「うむむ……、なかなか面白い彼氏なんだねえ……」

 

「ふふ、ちょっとズレとる人やけど、すごーええ人やえ?」

 

 

 そう、この約束は木乃香自身がしたものだ。だからしっかりと守りたいと思っているのだ。そこでハルナは、そんな約束をする彼氏は、面白いというかヘンテコなヤツだなと考えていた。また、そのハルナの面白いという意見に、木乃香は反応して笑顔を見せていた。そして木乃香は、覇王が普通の人とは少し変わっているが、とてもいい人、優しい人だとハルナへ伝えていた。

 

 

「さりげなくのろけてるよ、この娘!!」

 

「えへへ。ウチもあーやって一緒に並んで歩きたいわー」

 

「このかのラブは濃厚すぎるわ! だがそれがいい」

 

 

 そう笑顔で答える木乃香を見てハルナは、この娘さりげなくのろけてやがると思ったようだ。そんなハルナをよそに、木乃香は再び前で並んで歩くネギとのどかを眺めていた。それを見て木乃香も、あんな感じに覇王と並んで歩けたら、どんなに幸せかと考えていたのだ。また、ハルナはそんな木乃香を見て、すさまじいラブ力を感じていた。しかし、それでこそ木乃香だなと思いニヤリと笑っていた。

 

 

 そして、その木乃香たちの先を歩くネギとのどかも、いい雰囲気を作り出しながら会話をしていた。ネギは図書館島の奥地まで行ったことがあるのだが、それでもいつ見てもすごい場所だと眺めながら思っていた。

 

 

「図書館島はいつ見てもすごいですね」

 

「そうですねー。でも、どういう意図でこんな大きなものを作ったんでしょうね?」

 

「うーん、何か大きな意味があるんでしょうか」

 

 

 のどかはそのネギの話で、夕映から聞いた言葉を思い出していた。この麻帆良は魔法使いが築き上げた街だと。なら、この図書館島はどういった意図があって建造されたのか、少し気になったようだ。しかし、ネギもそれを知るよしもなく、首をかしげることしか出来なかった。また、そこでのどかはまほら武道会で、ネギがタカミチとの戦いにより負傷していることを思い出したのだ。

 

 

「あれ、ネギ先生。そういえばあの大会で怪我してませんでした?」

 

「はい。でもしっかり手当てしてもらったから、大丈夫だと思います」

 

「そうですか」

 

 

 そののどかの質問に、ネギは腕をさすりながら、大丈夫だと答えたのだ。手当ても行き届いており、少し痛いぐらいでなんともないと思っているからである。のどかはネギの答えに納得したようだった。しかしのどかは、それでも少し心配そうな眼でネギを眺めていた。また、そんな心配そうにするのどかに、ネギは自分で治療魔法が使えることを、ほのめかしたのである。

 

 

「それに、自分である程度治療できますから、気にすることないですよ」

 

「そ、それなら、私が治療してあげましょうか……?」

 

「え? のどかさんがですか!?」

 

 

 ネギのその言葉を聞いたのどかは、ならば自分が魔法で治療するとネギへ進言していた。そもそものどかは、治療魔法を先行して覚えていた。だから治療魔法は、ある程度得意なのである。自分がネギを治療できるのなら、そうしたいと思うのは、ネギが好きなのどかとしては当然のことだった。

 

 ……その会話で、二人はさりげなく”魔法”という単語を使っていなかった。それは魔法バレを防ぐためなので、そこに気を使っているのである。

 

 

「は、はい。私、頑張って治癒が出来るようにしましたので……」

 

「そうでしたね。のどかさんも、頑張ってるんでしたね」

 

「い、いえ。別にそんなことは……!」

 

 

 そこでネギは、のどかが魔法を頑張って練習しているのを思い出していた。ネギはたまに、のどかや夕映と混じって魔法の練習をすることもあった。さらに、その二人に魔法を教えたりもしていた。それを思い出し、ネギはのどかを頑張っていると、微笑みながら褒めていたのだ。また、ネギに褒められたのどかは、顔を紅色に染め、照れくさそうにうつむいていた。その様子を見たネギは、自分の考えていたことを、のどかへと語り始めたのだ。

 

 

「……僕は最初、のどかさんたちがこの力を知って、教えてもらうことに、不安を感じていました」

 

「……ネギ先生?」

 

「ですが、一生懸命になるのどかさんやゆえさんを見ていると、これでよかったのかもと、最近思うようになりました」

 

 

 ネギは最初、のどかや夕映が魔法を使うことに反対だった。それはやはり一般人の二人が、魔法と言う未知なる力に触れることに不安を感じたからだ。それ以外にも、魔法は一般的に裏と呼ばれている部分もあった。そういう面で考えると、やはり危険だとも思ったからだ。

 

 しかし、必死に魔法を頑張る二人を間近で見たネギは、少し考えを改めていた。一生懸命、めげずに魔法に打ち込む二人に、ネギは感服したのである。また、師であるギガントが打ち出した規則もしっかりと守り、学校の勉強もおろそかにすることがなかったのだ。だからネギは、二人が魔法に触れたことを、悪いことだけではなかったと思うようになったのである。

 

 

「だけど、やはり少しだけ、普通に生活してほしいと思う部分もあります」

 

「やっぱりそれは、危険なところもあるからですか?」

 

 

 だが、ネギはそれでも魔法を知らずに、普通の人として生活してほしいとも考えていた。やはり、魔法はよいものもあれば、悪いものもある。そしてそれは、使う側にも言えることだと思っているからだ。のどかや夕映は、あまり人を傷つける魔法を良しとしていない。しかし、他の魔法使いはそういう訳でもないのだ。

 

 

「はい。この力は優しいだけではないものですから……」

 

「そうですね。確かに怖いものも多くあるのも、わかってます……」

 

 

 そしてネギは、その考えをのどかへと話すと、のどかもわかっていると答えたのだ。のどかも悪魔襲撃事件の時、スライムによって、一度危機な目に遭ったのだ。水中へと飲み込まれ、どこかへ連れ去られるという恐怖感を、そこで味わったのだ。だから、魔法には危険な部分もあることを、身をもって実感していたのだ。しかし、のどかはそれ以上に、魔法は人の役に立てるとも思っていた。

 

 

「でも、人を癒せることは、とても良いことだと思います」

 

「……のどかさん」

 

 

 そう、魔法で人を癒せるということは、とてもすばらしいことだ。のどかはそう考え、治癒系の魔法を必死に覚えてきたのだ。そのことをのどかは、笑顔でネギへと話すと、ネギも困った表情だったが、微笑み返していた。また、のどかの話を聞いたからか、ネギは今の自分の目標を、のどかへとゆっくり話したのだ。

 

 

「……僕は、この力を使う使わない関係なく、人のためになることをしたいと思ってます」

 

「人のため?」

 

「はい。誰かの役に立ちたいと、そう考えています」

 

 

 それは魔法を使わずとも、人の役に立ちたいという思いだった。ネギは魔法なんてなくても、人のためになることはたくさんあると考えているのだ。小さいことから大きなことまで、魔法など使わず、人を助けられるはずだと、そうずっと胸に秘めてきたのだ。

 

 さらに、この世界の大半の人は、魔法と言う力を持たない。だが、そんなものを使わずとも、偉業を成しえた人は数多く居る。それを知っているネギは、魔法に頼らずとも、立派な人間になりたいと、理想を掲げてきたのだ。

 

 

「それは力を使わないでも、と言うことですか?」

 

「そうです。特別な力を使わなくても、人の役に立てることはたくさんあると、僕は思っていますから」

 

 

 そこでのどかは、魔法を使わずともと、ネギへと質問したのだ。ネギはその質問に、魔法なしと答えたのだ。また、そのネギの答えにのどかは、はやりネギは優しい人だと、そう感じるのだった。

 

 

「……ネギ先生はやっぱり優しいんですね」

 

「いえ、それを言うなら、のどかさんだって優しいじゃないですか」

 

「そうですか? でも私は……」

 

 

 のどかはネギへ、優しい人だと褒めたのだ。そこでネギも、それを返すようにのどかも優しいと言葉にしていた。しかし、のどかはそのネギの言葉に、つっかかりを覚えてしまうのだ。なぜならのどかは、ネギの側に居たいから魔法を覚えた。さらにネギの役に立ちたいから、魔法を使えるように練習したからだ。だから、そんな大層なものではないと、のどかは思ってしまうのだ。そう考え、少し表情を暗くするのどかに、ネギはそれならとアドバイスを送ったのである。

 

 

「……別に最初から知らないを助けなくても、まずは友達や知り合いを助けることから、始めればいいんじゃないでしょうか」

 

「……あ」

 

 

 ネギがのどかへ話したことは、難しいことではなかった。知らない人を助けるのは難しい。それは他人に触れることを恐れる部分があるからだ。だからネギはそれならまず、友人やクラスの人を助ければよいと、のどかへと笑顔で提案したのだ。

 

 そして、そのアドバイスを聞きながら、ネギの表情を見たのどかは、ネギの優しさとその表情に、一瞬動きが止まるほどに心臓が高鳴っていた。また、その表情は真っ赤であり、熱があるのかさえ疑うほどのものだった。だが、のどかはその数秒後、すぐに再起動して、笑顔でネギに向かい合ったのだ。

 

 

「そうだ、では後ででもいいので、怪我を治してもらえますか?」

 

「……は、はい!」

 

 

 またネギはそこで、それなら練習として、まず自分を治療してほしいと、のどかに頼んでいた。そのネギの頼みに、明るい笑顔ではいと答えるのどかだった。そして二人は仲むつまじく、この図書館島の探検大会を楽しむのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 のどかとネギがいい雰囲気で歩く中、カギは夕映と話していた。このカギと夕映も魔法使いの主と従者という関係なので、自然といえば自然だろう。

 

 と、そういえば夕映は、ここでネギが好きなのを完全に認識するはずだ。だが、ここではそういう訳ではないらしい。なぜならネギと夕映は、さほど大きな接点がないからだ。一応魔法を一緒に練習したり、魔法を教えてもらう仲ではあるが、それ以上でもそれ以下でもないのだ。さらに言えば、ネギの過去の記憶を見たりするイベントも発生していないので、特にネギに傾く必要がなかったのも大きいようだ。

 

 そんな夕映だが、別にカギが好きになった訳でもない。ただ、魔法を知れたのがカギのおかげであり、そういう恩を感じたからこそ、カギの従者になったのだ。またそれ以外にも、のどかに遠慮しているので、ネギと契約したくなかったというのも大きな理由である。したがって、カギと夕映の現状は、教師と生徒、主と従者程度にとどまったままなのだ。

 

 

「ゆえよ、俺の従者になった気分はどうだ?」

 

「え? そうですね。特に普段と変わりないです」

 

 

 カギは夕映が従者になって、何か変化と言うか、思うところが無いか聞いてみたようだ。しかし、夕映はこれと言って気分的な変化はないらしい。と言うのも、別に従者になったからと言って、大きく変わるものでもないからだ。また、そんな話をしだしたカギを見て、夕映はこっそりと認識阻害を使ったのである。夕映は普段から借り物の小さな杖を持っていたので、それが行えたのだ。

 

 

「はあ!? 何かもっと、何かあんだろ!?」

 

「いえ、特には。しいて言うなら、パクティオーカードを眺めてる時間が出来たぐらいです」

 

「そんなに嬉しいもんなんか? そのアーティファクト手に入れたの」

 

 

 だがカギは、それでもなお、夕映に対して何か変わっただろうとしつこく聞いていた。そこで夕映は、確かに変わったことをカギへと話した。それは仮契約カードを眺める時間が増えたということだった。それを聞いたカギは、アーティファクトが手に入って、そんなに嬉しいのかと疑問に思い、それを質問したのだ。

 

 

「はい! それはもう!」

 

「そ、そうなのか……」

 

 

 夕映はアーティファクトを手に入れたことを、本当に心の底から喜んでいるのだ。その魔法アイテムを手に入れたということは、夕映にとってはそれほどのものだったのである。しかし、カギはその夕映の喜びようを見て、あれ? 俺っていらなくね? と思い始めていた。

 

 

「つまり俺って、アーティファクト製造マシーンだった訳かー! かーっ! フラグ製造マシーンじゃなかったのかー!」

 

「ま、待つです! 別にそういう訳ではないです!!」

 

 

 カギは自分が夕映に仮契約をさせられただけの生贄だと思ったようだ。実際はわざとらしく言っているだけで、本気でそこまでは思っていないようではあるが。そう考えたカギは、ゆえにアーティファクト製造マシーンだなんだと、アホ面で叫び出したのである。いやはや、まだ人が回りに居るのだから、この行動は恥ずかしい。そして、かなり迂闊であった。そんなカギを夕映はなだめるために、そうではないと慌てながらに否定したのだ。

 

 

「どういうこっちゃね? アーティファクトを生む機械ってことか!?」

 

「意味が変わってないです!?」

 

 

 しかし、カギはそれなら何だと思ったようだ。そしてやはり、アーティファクトを生み出す何かなのだろうと、夕映へ口にしたのだ。それを聞いた夕映は、先ほどの叫びと意味が同じだと、鋭くツッコミを入れたのだ。

 

 

「じゃー俺って何なんだ……!!」

 

「それは何気に深い哲学ですね……。ではなくて!」

 

 

 カギはもはや自分が何なのかわからないようなことを言い出していた。ハッキリ言えば、お前はただの転生者だ。バカだ、クズだ、甲斐性なしのろくでなしだ。また、そのカギの言葉に夕映は、哲学的だと一瞬だけ考えていた。この夕映、哲学研究会にも所属しているのである。だから、哲学っぽいカギの台詞に、反応したのだ。

 

 

「カギ先生には感謝してるです。だから落ち込まないでください」

 

「感謝だぁ? 機関車の間違えじゃねーのー!?」

 

「つ、つながりがまったくないです……」

 

 

 夕映はカギに感謝していると言っていた。それは間違えなく本心である。何せ魔法を知れたのはカギのおかげであり、仮契約もしてくれたのだ。感謝しない訳がないのだ。しかし、カギはそこでアホな顔してボケていた。自分が感謝されるようなことなど、していないと思っているからだ。そこで夕映は、さらに鋭くツッコミを入れていた。まったくつながりが無い言葉を、カギが並べたからだ。

 

 

「ん? 今感謝してるって言ったよなぁ」

 

「はい、言いました」

 

 

 そのツッコミを受けたカギは、夕映に感謝していると言ったか、聞きなおしていた。夕映はカギの質問に、YESと答えた。間違えなく言ったのだから、それしか答えようが無いのだ。するとカギは一瞬だけ考えるそぶりを見せ、突如夕映に人差し指を指し、訳がわからないことを叫んだのだ。

 

 

「よし、ならば俺の命令を聞けー!」

 

「えー!? な、何でそうなるのですか!?」

 

 

 なんとこのバカ、じゃなかったカギ、それなら夕映に自分の命令を聞けと言い出したのだ。まったくもって、今までの会話と関連性がないカギの言葉に、夕映は驚いてでかい声を上げてしまったようだ。そんな夕映を、カギは少しスケベな視線で眺めていた。流石変態筆頭である。

 

 

「感謝してるなら、少しぐらいええやろ? な? ええやろ?」

 

「うー……。ちなみにどんな命令を……?」

 

「え? あ? うーん?」

 

 

 よいではないかいではないか。カギは気分を悪代官にして、夕映へ話しかけていた。そこで、夕映はどんな命令をするのかと、カギへ聞いたのだ。確かに感謝しているし、アーティファクトも出してもらった。だから、まあ出来ることならしてもよいかと、少しだけ考えたのだ。だがカギはその質問を受けて、首をかしげて悩み始めていた。

 

 

「あ、あのー?」

 

「別に思いつかないや、テヘペロ!」

 

「は、はぁ……」

 

 

 そんなカギの態度に、どうしたのかと夕映が覗き込んでいた。そしてカギは、悩みぬけたところで、まったく思いつかないと言い出したのだ。なんというバカな男か。自分で言い出しておいて、このザマである。そのカギのバカっぷりに、流石に夕映も疲れた顔でため息を出すしかなかったようだ。

 

 と、言うのもカギは、ちょっとエッチなことをしようかなー、と一瞬考えては見た。だが、こんなチンチクリンな夕映にそんなことをしても、楽しいのかを妄想したのだ。すると、別にどうでもよくなってしまったのである。

 

 このカギ、そういうことをするなら、もっとボインちゃんのほうが良いと思うヘンタイだったのだ。まあ、はっきり言えばカギもヘタレ、そこまでする度胸が無いのも理由にあるが。そこであきれ果てた夕映を見たカギは、引かれたことにショックを受けていたようだ。

 

 

「ちょっとしたジョークじゃないか! そんな引かなくてもいいじゃんじゃん!」

 

「ま、まあカギ先生ですから……」

 

「何その納得のしかたはー!? 俺っていつもそんな感じに思われてんの!?」

 

 

 カギはそんな夕映に、ジョーク、ジョーク、ここはジョークアベニューDEATHと答えていた。ジョーダンだから真に受けないでくれと、必死に語りかけていたのだ。なんと恥ずかしい男なんだ。そこで、夕映もカギの言葉を信じたようだが、なんとカギだから仕方が無いという納得の仕方をしたのだ。その納得の仕方に、カギはさらにショックを受けて、やはり叫びだしたのである。また、普段からそう思われていたのかと、カギは思ったのであった。

 

 

「はい、そうです」

 

「し、ショックだ……」

 

 

 しかし現実は非情だったらしい。夕映はカギを前々からそう感じていたようだ。それを聞いたカギは、流石に陰鬱な雰囲気を出して膝を突いてうなだれていた。そんなカギを見た夕映は、言い過ぎたと思い元気を出してもらおうと、必死に励ましだしたのだ。

 

 

「で、でもカギ先生にもいいところぐらいあるです!」

 

「何!? どこどこ!!?」

 

 

 そこで夕映はカギにもいいところがあるから、そう落ち込まないでほしいと発言したのだ。だが、カギはそれを聞いて、どこがいいのか質問をしたのだ。その質問を受けた夕映は、あれ? どこがいいんだろうか? と一瞬悩んでしまったのだ。

 

 

「あー。えー? 外見とかでしょうか?」

 

「内面には無いってことじゃねーかー!!」

 

 

 夕映はカギのいいところを悩んで探し出した。すると一ついいところが思い当たったようだ。それは外見だった。ネギと同じような顔で、少し目つきが釣り目で悪っぽい表情。そしてネギと同じ髪の色、髪の長さ。それを逆毛にした髪型。それだけを見れば、確かにイケメンと言えなくも無い。それを夕映は、カギへと話したのだ。しかし、それは外見だけであって、内面でいいところがないと言う、残酷な答えでもあったのである。

 

 

「す、すみませんです……」

 

「まーしょうがねーや。だって俺が駄目なだけだしー」

 

「そ、そんなことは……」

 

 

 それでますます暗くなるカギへ、夕映は頭を下げて謝っていた。いや、謝る必要などどこにもない。全部カギの因果応報なのである。そこでカギはそれを悟ったのか、突然開き直りだしたのだ。その開き直ったカギの言葉に、夕映もどう反応していいかわからない様子だった。

 

 

「そういう態度が一番傷つくわー」

 

「あう、ごめんなさいです」

 

 

 しかし、そういう曖昧な態度を取られることが、カギにとって最もショックが大きいことだったようだ。それを夕映へとこぼすと、夕映はまたまた謝っていた。いや、だから謝る必要などどこにもないのだが。

 

 

「そ、そんな謝られるとむしろ心が痛むんですけど!?」

 

「は、はぁ……」

 

 

 そしてそんなにも夕映謝るものだから、カギも少し良心が痛んだようだ。というのも、別に夕映が悪い訳ではないので、謝らなくてもよいと、カギ自身も考えていたからだ。そのカギの言葉を聞いた夕映は、やはり抜けた返事をするしかなかったようである。

 

 また、いつの間にか図書館島の探検大会も終わりに近づいてきたようだ。すでに図書館島の入り口付近まで、戻ってきていたのである。

 

 

「あ、もうすぐツアーも終わりですね」

 

「もうか。なんか話してばかりになっちまったなー」

 

 

 そこで夕映は、このツアーも終わりかと、少し名残惜しそうに、そうカギへと話していた。それを聞いたカギは、話てばかりでまったく図書館島を見ていなかったと思ったようだ。しかし、夕映は会話しながらも、ネギとのどかを見ていたらしい。だから、その二人がいい雰囲気になっているのを嬉しく思っていた。

 

 

「そうですね。そして、のどかはしっかりやれたようで、何よりです」

 

「のどかの恋を応援してんだっけ?」

 

「はい、のどかには幸せになってほしいです」

 

 

 カギはのどかの行動を喜んで話す夕映を見て、そういえばのどかの恋愛を応援していたんだっけと、思い出していた。そしてカギは、それを夕映へと言うと、友人たるのどかに幸せになってほしいとはっきりと言葉にしたのだ。そんな夕映を、カギは友人思いなヤツだと、関心していた。

 

 

「友人思いなんだなー」

 

「べ、別にそういう訳では……」

 

 

 そこでカギは、夕映にそれを言うと、夕映は照れながら、違うと言っていた。しかし、明らかに友人思いであり、カギは照れてるだけだろうなと思っていた。だがカギは、自分の新たな真実を発見してしまった。それは自分に友人がいないことだったのだ。

 

 

「待てよ……。俺友達いねー……」

 

「え!?」

 

 

 それを聞いた夕映は、目を開いて驚いていた。また、カギは友人がいないことで、ショックを受けてまたしてもうなだれていた。そしてカギは、友人といえばカモミールぐらいで、人間の友人がいないと嘆き始めていたのだ。

 

 

「やべー。俺の友達ってオコジョのカモぐらいじゃねーかー! 人間の友達いねー!!」

 

「あ、あの」

 

 

 そんな哀れなカギを見て、たまらず夕映は声をかけた。それをカギは、ゾンビのような表情で、錆びたネジを動かすように、首を夕映へと向けたのだ。そこでカギは、一体何の用かと世界の終わりみたいな顔で、夕映へと質問していたのだ。

 

 

「何かねゆえ君……」

 

「なら、私と友達になるです!」

 

「え? マジ?」

 

 

 夕映は哀れにむせび泣くカギへ、友人になろうと言ったのだ。それを聞いたカギは、一瞬にして明るさを取り戻し、輝きの眼で夕映を見ていた。なんという身の代わりの早さよ。

 

 

「はいです! カギ先生の従者ですし、むしろ友達でもいいと思うのですよ」

 

「う、嬉しいこと言ってくれるじゃないの」

 

 

 また夕映は、すでにカギの従者なのだから、友達でいいじゃないかとカギへ微笑みながら話したのだ。そんなことを言われたカギは、夕映が眩しく見えたようで、腕を頭の上に持ってきていた。なんというぐう聖なんだと、心から思っていたのである。

 

 

「か、カギ先生、泣いてるですか?」

 

「ち、ちげーやい! 心の洗浄液だわい!」

 

 

 そこで夕映はカギが涙していることに気がつき、それを指摘したのだ。だが、カギは男なのだ。男ゆえに、少女に涙を見られたのを恥ずかしがっていた。そして言い訳として、夕映に適当な言い訳をしていたのである。

 

 

「そういうことにしておくです」

 

「そーしてくれると嬉しーなー」

 

 

 その言い訳を聞いた夕映も、カギが照れているのを察して、そういうことにしたようだ。それを聞いたカギは、ありがてーありがてーと心の底から思いながら、そうしてくれて助かったと述べていた。また、カギが元気になったのを見た夕映は、そこで自分とカギは今から友達だと、笑みを浮かべて宣言していたのだ。

 

 

「では、今からカギ先生と私は友達です!」

 

「よーそろ」

 

「はい、よろしくです」

 

 

 その宣言を受けたカギは、適当な返事でよろしくと言った。しかし、心の中では超嬉しいと思っており、それを隠すために適当な言葉を発したのだ。そして夕映も、それを返すようによろしくと言っていた。そこで探検大会のツアーが終了したようで、夕映とカギは別れの挨拶をしていた。

 

 

「んじゃ、俺はまたテキトーにフラつくわ」

 

「来てくれてありがとうです」

 

「なーに、生徒の頼みを聞くのは、教師の務めだ」

 

 

 カギは二日目に予定があまりないので、適当に麻帆良を練り歩くつもりのようだった。また夕映は、カギがこのツアーに来てくれたことに再度礼をしていたのだ。その礼を受け取ったカギは、お決まりの台詞をキザったらしく言葉にしていた。

 

 

 そしてカギは立ち去りながら、右腕を左右に振り、夕映に別れを告げていた。それを夕映は眺めながら、同じく右腕を振って、またですーと叫んでいたのだ。そして、ようやくカモミールと会話できる環境になったカギは、早速それをカモミールに話したのだ。

 

 

「やったぜカモよ、あのゆえと友達になれたぞ!!」

 

「いやー兄貴、かなり青春してたぜー」

 

「だろだろ!! この今の人生で最高の気分ってやつだ!!」

 

 

 カギは夕映と友達となったのをとても喜んでいた。何せ友達がカモミールぐらいしかいなかったのだ。その喜びようは人類が初めて月面を歩くほどのものだった。そのカギの様子を黙ってみていたカモミールも、若いっていいなーと思っていたようである。

 

 

「この調子で従者を集めようぜー!」

 

「は? ゆえとの関係の強化じゃないんか!?」

 

 

 そこでやはり、カモミールはさらに従者を増やそうと叫んでいた。今度こそ自分の魔方陣で仮契約をさせたいのだ。出なければ金が入らないからである。しかし、そこでカギはカモミールの考えとは別のことを言葉にした。それは夕映と親交を深めるというものだったのだ。

 

 

「何!? 兄貴、まさか!!?」

 

「ち、ちげーし! 別になんとも思ってねーし!」

 

 

 それを聞いたカモミールは、カギが夕映に気があるのかと勘ぐった。だが、そのカモミールの驚きようを見たカギは、なぜかテンパっていた。これではまるで、本当にカギが夕映に気があるようではないか。そのカギの態度を見たカモミールは、目を光らせてイジりだした。また、カモミールはこういう恋愛的なものに敏感だった。だからカギが、夕映のことをなんとも思っていないと考えたのだ。

 

 

「ヒュー! 兄貴、俺っちにはそういう言葉は通用しねーぜ?」

 

「だからちげーって!! ちげーからな!!」

 

「いやいや、兄貴もそーいうお年頃ってやつかー!」

 

 

 しかし、カギはさらに慌てだし、何度もそれを否定していた。というか、その態度でバレバレなのだが。いやはや、普段のカギからは想像できぬほどに、今のカギは慌てふためいていた。そんなカギの姿を見たカモミールは、目を細めておっさんのような笑いを出していた。そして、さらにちょっかいを出していたのだ。

 

 

「クソー! カモのバカ! アホ! ヘンタイ! パンツマニア!」

 

「ちょ!? 最後のだけは否定できねーけど言いすぎだろ!?」

 

 

 そこでカギは反論すら出来なかったのか、やけくそになってカモミールの悪口を言い出したのだ。なんという子供っぷりだろうか。転生者が言う実年齢としては50代越えたおっさんなのだが、これではただの子供である。また、カギの今の発言に、流石にひどい、あんまりだとカモミールは叫んでいた。だが、最後の一言だけは否定しなかった。

 

 

「悪い悪い、つい言い過ぎちまったぜ……」

 

「まあ俺っちも、ちょいとからかいすぎたわ……」

 

 

 カギは叫ぶカモミールを見て、言いすぎたと謝ってた。それを聞いたカモミールも、自分もやりすぎたと謝ったのだ。この二人、種族を考えなければ最高の友人同士と言ってもよいだろう。

 

 

「お、おう。わかってくれりゃいいんだ」

 

「流石兄貴だ……。なんつー心の広さなんだ!」

 

 

 カモミールの謝罪を受け取ったカギは、普段通りのカギへと戻ったようだ。そして、カギはカモミールを許したようで、カモミールはそれに感動していた。いやはや、この程度で大げさなやつらである。そんなカギは調子に乗ったのか、さらに自信過剰な台詞を、カモミールへと放っていたのだ。

 

 

「フフフ、俺の心は大海原よりも広くて深いのさ!」

 

「あ、兄貴。それは少し誇張しすぎやしませんかね!?」

 

「そこで否定すんのかよ!?」

 

 

 しかし、流石に大海原は言いすぎだと、カモミールは言っていた。それを聞いたカギは、否定されたことにショックを受けていたようだ。またしてもそれで落ち込むカギを、再び励まそうとカモミールは、カギの右肩に移動し振り向いた。だが、そこでカモミールは、恐るべきものを目撃してしまったのだ。

 

 

「ちょっ!? 兄貴待つんだ!! あそこを見ろよ!!」

 

「ああ? な、何……だと……」

 

 

 そこでカモミールは、来た道を腕で指した。その場所は図書館島の正門だった。カギがそこへ目をやると、夕映が誰かと話していたのだ。しかし、それはまさかのあの男だった。そう、それはなんと、銀髪の神威だったのだ。あのクソ銀髪の神威が、ふざけたことに夕映と親しそうに話していたのだ。

 

 

「ば、バカな……」

 

「あ、兄貴……」

 

 

 それを見たカギは、それが現実なのかわからなくなっていた。いや、現実として受け止めたくなかったと言った方が正しいだろう。また、その横に居るカモミールも、相当ショックを受けていた。何せ今さっきカギと友人となった夕映が、あの銀髪のニコぽで惚れされてしまっていたからだ。流石にこの状況でカモミールは、カギにかける声が見つからなかった。

 

 

「許さん……」

 

 

 そこでカギは、小さいな声でポツリと一言こぼしていた。だが、その声は震えた声であった。さらに、カギは唇をかんでおり、そこから血が流れていたのだ。そしてカギは、目を見開き去っていく銀髪を睨みつけ、怒りと悲しみを含んだ叫びをあげていた。

 

 

「許さねぇぞ……クソだれが!」

 

「あ、兄貴がキレた!?」

 

 

 そのカギの雄たけびに、カモミールも戦慄していた。このカギがここまで怒りをあらわにしたことなど、一度も無かったからだ。自分の思い通りにならない時ですら、カギはここまでプッツンしたことがなかったのである。それだけカギは、夕映が銀髪に取られたことに怒りを感じていたのだ。

 

 すると銀髪を追跡する人影を、カギは目撃した。それはやはり朝倉和美だった。この和美はあの銀髪の悪行を、なんとしてでもクラス全員に公表したいと思っていた。しかし、それをしたところで信じてもらえない上に、逆に追い詰められてしまうだろう。だからこそ、今はただ、銀髪の悪行三昧を記事に書き留めるだけにしているのだ。そんな和美の横で、マタムネが護衛のよう周囲を警戒していた。

 

 

「む、朝倉のやつ、またアイツを尾行してんのか……」

 

「気持ちはわかるがあぶねーぜ……」

 

 

 またカギは、和美がまだあの銀髪を追っていることに驚いていた。あれほど恐怖の対象にした銀髪を、追跡するなんて普通は考えられないからだ。そこでカモミールも、気持ちはわかると同情していた。だが、それでも銀髪を追うのは危険だと、あまり賛同はしていなかった。

 

 

「とりあえず、前のように朝倉と行動してみるか……」

 

「おう、俺っちもついて行くぜ!」

 

 

 そしてカギは、それなら和美と合流し、あの銀髪を倒すチャンスを伺うことにしたのだ。カモミールもそれを聞いて、ついて行くと胸を張っていた。微妙にチキンなカモミールですら、あの銀髪だけは野放しにしておきたくないのだ。さらに言えばカギのことが心配なので、何かあった時に誰かに連絡できるようにと、ついて行くと考えていたのだ。これで役者が揃い始めてきた。あの銀髪を倒すのは、一体誰になるのだろうか。

 

 

 




ネギがイケメンすぎてつらい……

さらに、ここに来てようやく銀髪の登場……


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六十四話 実は

テンプレ102:原作キャラと付き合ってる転生者

久々のテンプレ
そして久々の彼


 麻帆良祭にて、一つの大イベントがある。それはまほロック2003である。これは大掛かりなライブイベントで、学園内のバンドチームが演奏するイベントだ。しかし、まだ開催時間の数時間前であり、リハーサルするチームぐらいしか人が居なかった。だが、そんな場所に、ある男がやって来ていた。それはあの状助だった。なぜ彼が、こんな場所に来て居るのだろうか。

 

 

「よー、昭夫。おめぇの演奏を見にきてやったぜ」

 

「おーよー状助かー! 久しいぜー!」

 

「隣のクラスだっつーのに、久しい訳ねーだろ!」

 

 

 状助が会いに来たのは、レッド・ホット・チリ・ペッパーのスタンド使い、音岩昭夫であった。昭夫はギターがうまくなりたいために、ジョジョPart4の音石明の能力をもらったのだ。こんな恰好のイベントに出ないはずが無いのである。

 

 

「いつも思うんだがよぉー。おめぇの演奏はすげぇーよなあ」

 

「あたりめーよぉー! 一に演奏二に演奏だからなあ!」

 

「演奏しかねーじゃあねーかー!」

 

 

 もはや完全に演奏バカとなっていた昭夫。毎日演奏三昧と言う変人だったのだ。だが、そのおかげかとてつもない演奏技術を身につけたようだ。と言うのも、特典元の時点で、地味にすごい技術を持っていたりするのだから当然だ。この状助ですら、昭夫の演奏はすごいと思っているほど、昭夫はなかなかのギタリストらしい。

 

 

「いいじゃあねーか。迷惑かけねーように、練習してるんだからよおー」

 

「あたりめーのことだろーが!まっ、おめぇがスタンド使って悪さしてねぇならそれでいいのさ」

 

 

 この昭夫、一応ギター演奏の練習に気を使っていたらしい。しかし、それは一般常識的なことなのだ。守って当たり前だと状助は叫んでいた。まあ、それとは別に状助は、この昭夫がスタンドを使って悪さをしていないことに、地味に感心していたのだ。

 

 

「前にも言ったはずだが、このレッチリはギターのオマケよ、オマケ」

 

「スタンドがオマケっつーのは、世界の転生者探してもおめぇぐれーだぜ……」

 

 

 昭夫はギターがうまくなりたかったので、この特典を選んだ。それに偽りなどない。また、転生者まみれだと言う話を聞いていたので、身を守るためにスタンド使いの特典を選んだ。だが、所詮スタンドはギターの才能のオマケだと、昭夫は言っているのだ。

 

 そこに状助はツッコんだ。何せ普通ならスタンドが使いたくて、スタンド使いの特典を選ぶからだ。それだというのにこの昭夫は、スタンドはオマケだと言うのだから、そう言いたくなるのも頷けるというものだ。

 

 

「身を守るためのレッチリであって、それ以外はどうでもいいってこった」

 

「確かに電気がありゃ最強だもんなあ……」

 

「後電線とか通れるしな。逃げるのにも苦労しねえぜ」

 

 

 昭夫のスタンド、レッド・ホット・チリ・ペッパーは電気さえあれば最強クラスのスタンドである。射程距離もかなり長く、オマケにパワーもスピードも一流だ。そんなスタンドならば、身を守るぐらいは出来るだろうということである。

 

 さらに、レッド・ホット・チリ・ペッパーは電線などを伝って移動することが出来る。そこに道具や人も掴んで電線に進入すれば、それも一緒に移動出来るのである。つまり、それを使えば本体である昭夫も、電線へ進入することが出来るということだ。まあ、ジョジョの原作で本体が電線を移動したところは、描写されていないので出来るかどうかは不明だが。

 

 

「つーかよお、テメェのスタンドだって十分すげーじゃあねぇか、状助よおー」

 

「そ、そうかぁ?」

 

 

 しかし、そんな昭夫も状助のスタンドも十分すごいと思っていた。何せどんなものでも修復してしまう上に、近接戦闘もこなせるからだ。そんな便利な能力なのだから、日常生活では役に立っているはずだと、昭夫は考えていた。また、この状助はスタンドを二つも所有している。特典二つを全てスタンドにしたのだ。だが、その二つ目のスタンドは戦闘特化ではないので、活躍の場を見ることはあまりないのだが。

 

 

「しかもスタンド二つも選びやがって……。そーいうのってズルいと思うがな?」

 

「というかよぉ、神から特典もらってる時点で、すでにズルいだろ……」

 

「まーそうだな……。だがせっかく貰ったんだから、楽しませてもらうぜ」

 

 

 それを状助に言うと、状助は特典を選んだ時点でズルいと言い出した。いや、まったくその通りなのである。状助も特典を貰った時点で、チートだズルだと一応思っていたらしい。その考えは昭夫にもあった様で、少しだが表情に影を見せていた。しかし、それも一瞬であり、貰ったのなら使わせてもらうと、すぐさま元気を取り戻していた。

 

 

「ほんとおめぇは前向きだよなあ。羨ましいぜ」

 

「ハッ、前世も悪くは無かったが、今は最高の気分だかんな!」

 

「テンションたけぇな……」

 

 

 それを見た状助は、この昭夫がとんでもなく前向き、ポジティブなヤツだと思ったようだ。また、昭夫も前世を考え、前世は前世で悪くはなかったと考えていた。だが、今はさらにすばらしい人生を歩んでいるので、気分が最高だとテンションと叫びを同時にあげていた。そんな昭夫に状助は、ドン引きして数歩後ろへ下がっていた。

 

 

「そーいや、おめぇの仲間はどこだ? バンド組んでるんだろ?」

 

「はぁ? 俺がつるむ訳ねーだろ? ソロだよソロ」

 

 

 状助は昭夫はバンドを組んでいると思ったようで、仲間はどこだと昭夫に聞いてみた。しかし昭夫に仲間はおらず、ソロバンドで活動してたのである。だから昭夫は状助に、一人でやっていると話したのだ。また昭夫は暇つぶしに、この場所でひたすらギターを弾いていただけだった。

 

 

「マジかよグレート……」

 

「あったりめーだろ? 俺は一人で十分だぜ?」

 

 

 それを聞いた状助は少しだけ驚いていた。だが昭夫はそれがさも当然だと、状助に言ったのだ。と言うのもこの昭夫、一人じゃないとテンションが上がらないようだった。

 

 

 そこに状助と会話する昭夫の下へ、数名の女子たちが近づいてきた。それは椎名桜子、柿崎美砂、釘宮円の三人だった。この三人は、遠くで椅子に座って昭夫たを眺めている和泉亜子を含めて、でこぴんロケットと言うバンドを組んでいる。そして、その四人は今回このライブイベントに初参加するようであった。だからなのか、毎年イベントに参加している昭夫に、三人が話しかけてきたのだ。それを見た状助は、やはり変な顔で驚いていたのである。

 

 

「音岩さん、こんにちわー」

 

「ちわー」

 

「こんにちわ」

 

「よう、おめぇら」

 

 

 なんとこの昭夫、その三人と顔見知りであった。さらにある程度親しそうな関係のようで、友人に会ったような感じだった。そこで状助は、目を飛び出しながら口を大きく開けて、アホのような顔で驚いていた。まさか、ここにこのような伏兵が居るとは思っていなかったのだ。

 

 

「あ、状助じゃーん。アハハー、なんか面白い顔してるしー!」

 

「なんでもねーよ!」

 

 

 そこで状助に声を書けたのは桜子であった。というのも、桜子も状助と小学校で同じクラスだったのだ。久々に見たリーゼントがアホ面していることに、桜子は腹を抱えて笑っていたのである。そんな桜子に笑われる状助は、笑われていることよりも、やはり昭夫の人気っぷりの方が気になる様子だった。

 

 

「なー椎名よぉー。昭夫って人気あんのか?」

 

「えー!? 知らないのー!?」

 

「だから何がだっつーのよー!!」

 

 

 状助はライブに参加するだろう桜子に、昭夫は人気があるのかを質問したのだ。あの昭夫が女子に囲まれている姿を、まったく想像できなかったからだ。だが、その質問に桜子は、そんなことも知らないのかと言う表情で状助にそれを言っていた。しかし状助はそれでは意味がわからんと、少し不機嫌そうに叫んでいた。

 

 

「音岩君は2年前のライブで、一気に人気を博したんだよー!」

 

「うそだろ承太郎!」

 

「昔から思ってるんだけどさー、それ誰ぇー?」

 

 

 なんとあの昭夫、2年前に参加したライブで、一瞬にして人気となったようだ。それを聞いた状助は、おなじみの言葉を発していた。また桜子も昔からずっとそれを聞いていたのだが、その承太郎とか言う存在が誰なのか、未だにわからないようだった。いや、わかる方がおかしいのだが。

 

 

「んなことよりよおー、グレートすぎるぜ。昭夫のやつがそんなことになっていたとは……」

 

「状助は昭夫と友達っぽいのに、そんなことも知らなかったのー?」

 

「こういう場所に来んのは、はじめてなもんでよぉー」

 

 

 状助はこのライブへやってくるのが初めてだった。そのためか、昭夫の人気っぷりに気がつかなかったらしい。そんな状助に対して桜子は、昭夫の友人だと言うのにそれも知らぬとは、と半分あきれていた。

 

 

「そっかー。そーにゃら仕方ないねー」

 

「そういうこと……よ……? ……よよ……よ……?」

 

「ん?状助どうしたの?」

 

 

 桜子はその状助の言い訳に、なら仕方ないと思ったようだ。そして状助はそういうことだと言った後、なにやら挙動が不審になっていた。それをおかしいと思った桜子は、状助に何があったのかを聞いていた。というか、今日の状助は常におかしいとしか言いようがないのだが。

 

 

「……グレート……。マジかよ……」

 

「んー? ああ、あの二人かー」

 

 

 状助が見ていた方向には、亜子が座っていた。しかし桜子は二人と言った。つまり、そこにもう一人、いつの間にかやって来ていたことになる。それは一体誰だろうか。あの銀髪なのだろうか。否、違った。そうではなかった。だが、それでも状助が驚くに値する人物だったのである。

 

 

「三郎ぅぅぅ!?」

 

「何、状助君?! なぜここに……!!?」

 

 

 なんと、なんとそこに居たのは、あの三郎だったのだ。一体どういうことなのか、まったくわからない状助は、三郎を呼び叫んでいた。また、三郎も状助がこの場に居ることに驚き、焦りを見せていたのだ。

 

 

「おめぇー一体どういうことだコラァ!」

 

「やや、状助君こそどうしたんだよ」

 

 

 まさかこのような場所で巡り合うとは、両者とも予想外だったようだ。どちらも驚き戸惑っていおり、どういうことなのかと聞き出していたのだ。

 

 

「俺は音岩昭夫に会いに来ただけだぜ」

 

「え!? でも今椎名さんと会話してたよね」

 

「それは成り行きっつーかよお」

 

 

 先に現状を話したのは状助だった。状助は特に隠すことが無いので、昭夫に会いに来たと言ったのだ。しかし、今会話していたの相手は昭夫ではなく、桜子だったのである。それを三郎が状助に指摘すると、状助は成り行きだとごまかしていた。また、三郎はそれを見て、あることを思ったようだ。

 

 

「というかさ、前から思ってたんだけど、状助君って地味に周りに女の子多いよね」

 

「う、うるせーぜ! 好きでそうなってる訳じゃあねーんだぜ!?」

 

「まあまあ、誰もが羨む光景だよ、それは」

 

 

 それは状助の周りに女子がやや多いということだった。男子校に通いながらも、状助には小学校の腐れ縁と呼べる女子が三人もいるのだ。そう三郎に言われても仕方の無い状況だったのである。

 

 だが、状助はそれをあまりよく思っていない。というのも状助、元々が関わりたくない系転生者だからだ。だから三郎に、好きでそういう状況になったわけではないと、少し声を張り上げて話したのだ。そこで三郎は、それは誰もが羨むことだと、状助をなだめていたのだ。

 

 

「むしろおめぇが何でここに居んだよー!!?」

 

「え?いや?ハハ」

 

 

 しかし、状助が次に三郎へと質問すると、三郎は笑ってごまかそうとしていた。それを見た状助は、何か隠していると感じ、ごまかすことは許さんと言ったのだ。

 

 

「ごまかそうったってそうはいかねーぞ!」

 

「うーん。……俺は亜子さんに会いに来たんだよ」

 

「は、はあ? どういうことだコラァ!?」

 

 

 三郎が亜子に会いに来たというのは状助も見てわかっていた。だが、それだけなのかと考えるのも普通のことだ。状助はそこでさらに、どういうことなのかを三郎へと質問したのだ。その質問に三郎は、少しだけだが複雑な表情をして、正直にそのことを話し出したのだ。

 

 

「状助君にも覇王君にもずっと黙ってたけど、亜子さんは僕の彼女なんだ」

 

「……? ……んんん? 待て待て、何かおかしいぞ、何かおかしい……」

 

「いや、おかしいとか言われても……」

 

 

 すると三郎からは、とんでもない答えが返ってきたのだ。いや、最初に三郎と亜子が会話している場面を見て、状助はある程度察していた。だが、本人からそれを聞くとなると、少し印象が変わると言うものだ。それを聞いた状助は微妙に混乱したのか、わけがわからないことを言葉に出し始めていた。

 

 

「明らかにスタンド攻撃を受けている……!」

 

「いやいや、俺はスタンド使いじゃないし」

 

 

 状助はさらに混乱し、スタンド攻撃だなんだと言い始めていた。その状助の混乱ぶりを目の当たりにした三郎も、少し引きながらスタンドは持っていないと状助にツッコんでいた。そして状助はとりあえず復活したようで、叫びならどういうことだと三郎に問い詰めたのだ。

 

 

「一体どういうことだよそれはよおおお!?」

 

「と言うか状助君さ、なんでそんなに驚いている訳?」

 

 

 三郎はその状助の慌てぶりに、意味がわからなかった。どうしてそこまで驚くのかがまったく理解できないのだ。そりゃ彼女がいるのを隠していたことを、暴露したのだから驚かれるのはわかる。だがそこまで驚くほどのことなのだろうかと、三郎は考えたのだ。さらにあの覇王だって、見た感じ木乃香と付き合っているように見えるような状況なのだ。それほど状助が驚く必要性を、三郎は感じていなかったのだ。

 

 

「あ、あぁ……。ここでは言いづらいことだからよ、後で話すぜ」

 

「また状助君の前世の記憶のことかな?」

 

「まあ、そんなもんだぜ」

 

 

 状助が驚いていたのは、理由がある。何せ状助は三郎と違い”原作知識”を持つ転生者だからだ。それゆえに、和泉亜子が”原作キャラ”ということがわかるのである。と言っても、原作キャラと言う枠組みで見てる訳ではないが。

 

 だからこそ、気がつけばそんな亜子と仲良くなってる三郎に、状助は驚いていたのである。そして状助は、どうして驚いているのかをここでは言えないので、後で話すと三郎へと言ったのだ。また、三郎もそれを察したのか、いつものアレかと納得した様子だった。

 

 

「三郎さん、何してはるん?」

 

「あ、亜子さん。紹介するね、彼は俺の友人の東状助君だよ」

 

 

 その様子を見ていた亜子が、三郎へと近寄り話しかけていた。三郎はそこで自分の友人である状助を、亜子へと紹介したのである。そこで状助は紹介すんのかよと思いながら、慌てた様子を見せていた。

 

 

「ど、どうもっス、俺、東状助といいまス」

 

「あれ? どこかでお会いしませんでした?」

 

 

 そこで三郎がそう言うのなら、当然自らも名乗らねばならないと思った状助は、とりあえず自己紹介をしたのである。しかしこの状助、やはり関わりたくない系転生者。ある程度吹っ切れているものの、自分の記憶にある存在たる亜子に、恐縮していたのだ。そして最近状助は、そんな中途半端な原作知識なんていらなかったと思い始めていた。

 

 また、亜子は状助を覚えていたようだ。あの数ヶ月前のあやかのリゾート島で、リーゼントが居るのを見かけたからだ。加えてアスナと会話している状助を見ていた亜子は、あの時のリーゼントだとわかったようである。

 

 

「え? 知り合いだった?」

 

「んんー? どこか、どこだ……!?」

 

「ほら、数ヶ月前のリゾートの島の時です」

 

 

 三郎は亜子が状助を知っていたことに、少し驚いていた。まさかどこかで会っていたなど、思いもよらなかったのだ。だが肝心の状助は、どこで会ったかを必死に思い出していた。それを見た亜子は、あの島で見かけたと、状助へと話したのだ。

 

 

「あ、ああ! ……すんまセン、覚えてないッス……」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 しかし状助、まったく記憶に無かったらしい。なんと失礼なやつなのだろうか。まあ、実際会話した訳ではないので、その程度なのだろう。そこで亜子も自分はやはり地味なんだなと思い、少し暗くなっていた。だが、あの時は水着で背中の傷が少し見えていたので、逆に覚えていなくて助かったとも考えたようだ。また、三郎は島と聞いて、はてどこだろうと考えたようである。

 

 

「島……?」

 

「あ、三郎さんは知らんのやった……」

 

 

 亜子はその島へ、三郎を呼んではいなかった。というのも、やはり男子を女子の集まりで誘うのは、抵抗があったのである。だから少し申し訳なさそうに、三郎にそのことを説明していた。

 

 

「数ヶ月前のことやけど、ウチのクラスの子が、リゾート島に誘ってくれはったんや」

 

「ふむふむ。で、なんで状助君がそこに出てくるんだい……!?」

 

「あー、そいつは俺が説明するぜ」

 

 

 しかし、そこで状助が居るのはどういうことなのか。三郎はそのことを亜子へと質問したのだ。そりゃ女子のクラスの誘いに、男子たる状助が出てくるのはおかしいからである。そこで、その三郎の質問に状助は自ら答えたのだった。

 

 元々その旅行の計画をしたのがあの雪広あやかだった。また、自分を誘ってきたのはアスナだったのだと、状助は三郎に話したのである。それを聞いた三郎は合点がいったようで、頷きながら納得していた。

 

 

「なるほど、確かに状助君なら誘われる訳だ」

 

「いや、俺も随分断ったんだぜぇー?」

 

「まあ女子が多い場所だとねえ……」

 

 

 三郎は、状助があやかやアスナと、小学生からの付き合いなのを知っていた。だから誘われてもおかしくないと考えたのだ。しかし、状助はそこで何度も断ったと言っていた。それを聞いた三郎も、女子だらけの中に入っていくのは抵抗があると感じたようだ。そこで亜子は、呼ばれていたのが三郎の友人なら、その三郎も誘えばよかったと思い少しだけ後悔していた。

 

 

「それならウチも三郎さんを誘えばよかったんかな」

 

「別に気にしないよ。というか俺もそういう場所じゃ、キンチョーしちゃって駄目だよ」

 

「俺もかなーり居辛かったしよぉー……」

 

 

 それを聞いた三郎は、特に気にする様子を見せていなかった。さらに、そんな女子だらけの場所に行ったら、緊張して動けないと三郎は語っていた。また状助も、結構肩身が狭い思いをしたと、あの時の心境を三郎に話していた。

 

 

「まあ、よくわかったよ」

 

「おう」

 

 

 とりあえず三郎は、今の状助の説明で大体把握できたようだ。そこで亜子が、状助が覚えていないのなら、改めて自己紹介をしようと考え、状助へと話しかけていた。

 

 

「そや、なら改めて自己紹介せな。ウチ、和泉亜子です」

 

「お、おう。さっきも言ったが俺、東状助でス、よろしく……」

 

 

 その亜子の自己紹介を受けて、状助もそれを返していた。しかしまあ、やはり状助は元々関わりたくない系転生者。その自己紹介で妙に緊張していたのである。これだからヘタレ、チキンなどとアスナ辺りから思われるのである。また三郎は、亜子がここで何をしていたかを思い出し、少し申し訳なさそうに亜子へと話しかけた。

 

 

「そうだ、今バンドのリハーサルなんだよね?」

 

「一応そのはずやけど……」

 

「昭夫の野郎!!?」

 

 

 三郎は今はバンドのリハーサルで、少し邪魔をしてしまったかと思ったのだ。だがそこで、亜子は少し離れた場所をチラリと見た。そして状助もそれを追って見ると、昭夫の演奏に他の三人が聞き入っていたのである。というか、いつの間にか桜子も昭夫の方に行っていたようだ。それを見た状助は、昭夫にアイツ何してんだと思ったようで驚きの叫びを上げていたのである。

 

 

「じゃあ、後でまた来るよ。状助君とも話したいしね」

 

「うん、また後でな」

 

 

 また、三郎もリハーサルの邪魔をしたくないので、そこから立ち去ることにした。さらに言えば、先ほどの状助の話を、少し聞いてみたいとも思ったのだ。だから状助と麻帆良祭を適当に練り歩こうと思ったようである。そして、三郎は亜子へ後で来ると言い、手を振ってわかれの挨拶を言っていた。そこで亜子も、同じく手を振り挨拶をしていたのだ。

 

 

「状助君、ライブが始まるまで少しフラつこうよ」

 

「お、おう。そうだなあ。つーか覇王のヤツどこ行ったんだ!?」

 

 

 昭夫をドつく状助へと三郎は話しかけ、ライブ開催まで少し歩こうと提案していた。状助もそれを快く了解したのだ。だがそこで状助は、覇王がどこに居るかを考えたようだった。

 

 

「覇王君は今当番じゃないのかな?」

 

「そ、そうだったぜ……。アイツ暇ねぇなあ」

 

「そう考えると、このかさんも可愛そうに」

 

 

 そこで三郎はその会場を出ながら、覇王は今学際の当番をしているはずだと、状助へと教えていた。それを聞いた状助は思い出したようで、覇王に暇が無いことを嘆いていたのだ。また、三郎もそれを考えると、覇王と一緒に麻帆良祭を回りたいだろう木乃香を、少し不憫に思ったのである。

 

 

「なーに、明日があるってもんだぜ」

 

「そうだね、明日があるもんね」

 

 

 だが、この麻帆良祭は三日ある。つまり、まだ明日もあるということだ。それを状助が言うと、三郎もそれなら大丈夫だろうと、考えたようである。

 

 

「ま、待て……明日って……。いやな予感がするぜ……」

 

 

 しかし、状助はここで三日目の麻帆良祭を”原作知識”で思い出し、頭を抱え始めたのだ。なにせ三日目こそが最も重要なイベントがあるからだ。当然状助はそれを考え、悩んでいるのだった。そこで突然頭を抱える状助を見た三郎は、また病気が始まったと思い、少しあきれていたのである。

 

 

「またそれかい?」

 

「生まれついての呪いってやつだぜ……、気にするこたーねぇ!」

 

「そ、そうかい?まあ、それならいいけど……」

 

 

 その三郎の言葉を聞いた状助は、”原作知識”を生まれついての呪いと称した。まったくこの知識のおかげで、妙に心配性となっている自分が、最近本気で嫌になっていたらしい。また、その状助の言葉を聞いた三郎は、微妙な表情で厨二病なんじゃないかと考えていたのである。

 

 

 そして状助はとりあえず、麻帆良を歩きながら三郎に、先ほどのことを話していた。三郎はそれを聞いて、特に気にする様子を見せていなかった。というか、全てどうでもよいと思っていたのである。そのしれっとした態度に状助は驚いていたが、三郎はそれを気にしすぎだと言って窘めていたのだった。

 

 

 




昭夫って結構モテてるかもしれない……
うそだろ承太郎!


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六十五話 何者

テンプレ103:転生者ではないオリ敵

お前だったのか……


 猫山直一と黒いフードは、下水道の地下深くへと落下していった。そして一本の橋へと着地していたのだ。そこで直一と黒いフードは、またしても対立していたのだ。また、直一はずっと沈黙を貫いていた黒いフードが、先ほどしゃべったことに驚いていたのである。

 

 

「今しゃべったな?」

 

「……ふむ、そろそろいいか」

 

 

 すると黒いフードはそのフードを持ち上げ顔を見せ、正体を明かしたのだ。その正体を見た直一は、口を開けて驚愕していた。その黒いフードの正体は、予想など出来ないものだったからだ。

 

 

「お、お前はアルス!? 何してやがる!!」

 

「何って、そりゃなあ」

 

 

 なんと黒いフードの正体は、マルクに殺されたはずのアルスであった。そしてアルスは悪びれた態度も見せず、その橋の柵に寄りかかってリラックスを始めていたのだ。それを見た直一は、流石に少しイラついたようで、叫びをあげたのである。

 

 

「俺はテメェを探すためにここに来たようなもんなんだぞ!? そりゃないだろう!?」

 

「あー、悪いなー。でも俺も危なかったんでな」

 

 

 しかし、なぜアルスは死ななかったのだろうか。確かにあの時、ミカエルの剣に切り裂かれ、惨死したはずだ。だが、このアルスの特典は無詠唱での魔法支配。何か魔法を使ったとしか思えなかった。

 

 

「ビフォアと報告に出てた白いメガネに挟まれてな、危うく殺されかけたってわけさ」

 

「そりゃ災難だったな……。で?どうやって抜け出した?」

 

「簡単さ、幻覚魔法を使った」

 

 

 幻覚魔法。それは他者の感覚を騙す魔法である。アルスはビフォアの特典の答えを聞いた後、こっそりとそれを使ったのだ。そして、自分を死んだことにして、この下水道を調べていたのだ。また、魔力もある程度回復させたので、直一の攻撃を最大障壁で防いでいたのである。だが、右腕で腹部をさすっており、先ほどの直一の攻撃で、多少ダメージを受けていたようだった。

 

 と、言うのもこのアルス、一応メガロメセンブリアのエージェントでもある。この程度の危機なら、幾度と無く乗り越えてきた猛者なのだ。つまり、この程度で生存することなど、アルスにとっては朝飯前も同然だったのだ。

 

 

「つーか、俺とお前が戦う意味あったのか?」

 

「ああ、ない」

 

 

 そこで直一は、なら今の戦いはなんだったのかと思ったのだ。実際、アルスからは攻撃していなかったが、直一は本気で3発ほど、蹴りをぶちかましたからだ。しかし、直一がそれを聞くと、アルスはないときっぱり無意味だと答えたのだ。

 

 

「はぁ!? お前バカだったのか!?」

 

「いや、下水道内が暗かった上に、黒いフードかぶってたろ?だからよく見えなかっただけだ……」

 

 

 直一にバカだと言われたアルスは、とっさに言い訳を始めていた。それは下水道内の闇と、黒いフードによる視界の狭さで、直一を確認しづらかったと言うものだった。また、アルスは死んだことにして、この下水道をくまなく調べていた。それで直一がやって来たことを、敵に見つかったと勘違いしてしまったのだ。その言い訳を聞いた直一は、そこで額に手をあて、やれやれと首を左右に振っていた。

 

 

「後、直一の最初の蹴りで粉塵が舞ったからな。それで視界が悪くなってよ……」

 

「お前なあ……、半分俺のせいにしてんじゃねえよ……」

 

 

 アルスはさらに、直一の最初の蹴りで発生した土煙で、視界をさえぎられてしまったと言い出したのだ。さりげなく直一も悪いと言うアルスに、直一はさらにあきれて文句を言っていた。そこで直一は、なら声で判断できるだろうと、それをアルスへと指摘したのだ。

 

 

「つーか声で判別しろや……」

 

「下水道の音で、微妙に聞きづらかったのさ……」

 

「むしろ、あの速度での蹴りは俺しかできんだろう……。そこで察するべきじゃねぇのか?」

 

 

 アルスはそれにも言い訳していた。下水の流れ込む音で、声が聞き取れなかったと言い出したのだ。それを聞いた直一は、ならば自分の最速で放つ蹴り技を受けて、察してもよかっただろとうんざりした表情で文句を嘆いていた。また、アルスは今の直一の言葉に、言われて見ればそうであると、少し落ち込んで反省したようだ。

 

 と、アルスは直一に説明したが、実はまだ理由があった。それは直一とあえて敵対することで、自分が麻帆良の魔法使いの敵であると思わせることだった。どこで監視されているかわからない状況だったので、あえてこの手を選んだとも言えるのである。

 

 しかし、直一もまた、黒いフードがアルスだと気がつかなかった。だが、それはアルスが黒いフードに強力な認識阻害をかけていたからである。そのおかげかそのせいか、直一はアルスに気がつかなかったのだ。

 

 

「悪かったって。でもまあ、この先のもんを見れば、そんなことどーでも良くなるかもしれねーぜ?」

 

「この先?橋の先ってことか?」

 

 

 アルスは魔法で精霊の分身を作り出し、下水道をくまなく調べた。そこでこの下水道の地下深くの深部に、なにやらヤバそうなものを見つけたのだ。そのことをアルスは、直一へと教えてたのである。また、それを見れば、今のことがどうでもよくなる可能性があると、崩した態度で直一へと言っていた。そして直一はこの先と聞いて、闇で隠れた橋の奥のことだと考えたようだ。しかし、アルスはそれを否定したのである。

 

 

「いや、そこはダミーだ。本当に重要な部分はさらにこの()にある」

 

「この下だと!?どこまで深いかわからんぞ!?」

 

「終点はあるさ。その終点のずっと奥に、それがあるってわけさ」

 

 

 そのアルスの言葉を聞いて、直一は下を覗き込んでいた。この下は闇に閉ざされ、底が見えぬのである。だがアルスは、底の底の奥に、お目当てのものがあると言ったのだ。直一はならば行くしかないと考え、飛び降りようと考えたのだ。

 

 

「なら急ぐしかねぇな。ハァ!」

 

「元気なこった……。ホッ!」

 

 

 そして二人は柵を飛び越え、さらに地底の底へと落ちて行った。直一は脚部に装着されたアルター、ラディカル・グッドスピードを使い壁に足をめり込ませ、急な落下を防いでいた。また、アルスは浮遊術で宙を浮き、ゆっくりと底へと下がって行くのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギは図書館島の探検大会を終えて、少し疲れたのでベンチに座り休憩していた。この麻帆良祭、周りのテンションがかなり高いので、気疲れしてしまったのだろう。また、これからまだ多くの場所を回る予定があるネギは、ここで休んでおかないとつらいと考えたのだ。だが、そこへ一人の男性がやって来た。それはあのタカミチであった。

 

 

「やあ、ネギ君」

 

「タカミチさん!」

 

 

 タカミチは武道会の試合で、アスナからネギに謝るように叱られていた。だからネギに一度正面から向かい合い、今まで過剰に期待してきたことを謝ろうと思ったのだ。そう言う訳で、ビフォア対策により忙しい中、合間をぬってネギに会いに来たのである。

 

 

「今の時間、少し大丈夫かい?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 

 そこでネギとタカミチは、近くにあったベンチへと腰かけた。ネギは何か話しでもあるのだろうかと思い、タカミチが話し出すのを待っていた。そしてタカミチは沈痛な表情で、ネギへと話しかけたのだ。

 

 

「僕はネギ君に謝らなくちゃいけない」

 

「え? 一体何を……?」

 

 

 タカミチはネギとナギを重ねて見ていた部分があることを、痛感していた。また、そのせいでネギに、ナギのようになってほしいと、強く望んでしまっていたのだ。だからこそを、ネギへと話し、謝ろうとしていたのだ。だが、ネギはタカミチに謝られることがないと思っているので、一体どういうことなのかわかっていなかった。

 

 

「……ネギ君、僕は君に対して、自分の気持ちを押し付けてまっていたんだ」

 

「それはどういうことですか……?」

 

 

 そしてその気持ちを、知らず知らずにネギへ押し付けていた。そうタカミチは、それを実感したのである。それをタカミチは、ネギへと正直に話し始めたのだ。しかし、ネギはそういう感覚が無かったので、やはり疑問しか浮かばなかったようだ。

 

 

「僕はネギ君に、ナギのようになってほしいと、そう考えてきた……」

 

「僕が、父さんのように?」

 

「うん。でも今日のアスナ君との試合で、彼女にそれを怒られちゃってね」

 

 

 ネギはタカミチの今の話を聞いて、不思議そうな表情でタカミチを見ていた。あの父親ナギと同じように、そうなってほしいと言われたからだ。だが、タカミチはそれのことでアスナに叱られたと、苦笑いをしながらネギへと語りかけていた。

 

 

「アスナ君に怒られて、それは確かに大人として恥ずかしいことだと気がついたんだ……」

 

「僕は別にそんな……」

 

 

 また、それは大人としては最低だったと、タカミチは反省したのだ。さらに言えば、アスナに言われないと自覚できなかった自分を、とても恥じていた。なんてカッコが悪い大人なんだろうと、そう思っていたのである。

 

 しかしネギは、そう言われても実感がないので、特に気にはしていなかった。確かに自分に向けられる視線に、多少なりと期待がこめられているのを感じてはいたと、ネギは思った。それでもそのことで、特にどうこう考えたことがなかったので、まったく気にしていなかったのである。そこでタカミチは立ち上がり、ネギの前へと出て向かい合ったのだ。

 

 

「……いいんだよ。すまなかったね……」

 

「え、いえ、僕は特に気にすることなんかありません!」

 

 

 なんとタカミチは、ネギへと謝罪し深々と頭を下げていた。それを見て驚いたネギは、気にする必要はないと、慌てながらに言葉にしたのだ。また、タカミチは今のネギの言葉で、顔をあげてネギの顔を見た。その表情はとても渋く複雑な気持ちを表していたのだった。

 

 

「……そうかい?」

 

「僕はタカミチさんによくしてもらっています。それに何かを強制するようなことはされた覚えはありませんから」

 

 

 タカミチはネギがあっさりと気にしないでほしいと言ったことに、少し戸惑いを感じていた。こうも簡単に許されるようなことではないと、真剣に悩んでいたからだ。だがネギはそこで、その理由をタカミチへと語ったのだ。その理由は、ネギがタカミチからそうするように強要されたことが無かったというものであった。

 

 

「しかしだね……」

 

「それに、僕も今日のタカミチさんとの戦いで、強くなりたいと思えるようになりました」

 

「ネギ君……」

 

 

 しかし、タカミチはそれでも納得できなかった。こんなにあっさりと許されたくなかったのだ。そんなタカミチへ、ネギは今日の出来事での心境の変化を、タカミチへと話したのである。それはタカミチに敗北したことで、強くなりたいと思ったと言うことだった。

 

 確かにネギは、悪魔の襲撃の後、自分の生徒を守りきれなかったことを悔やみ、強くなろうと思った。だが、今回はそう言った義務感や使命感などではなく、自らの意思で本気で強くなりたいと願うようになったのだ。また、そこでさらにネギは笑みを浮かべ、タカミチへと優しく語りかけた。

 

 

「それに、タカミチさんと僕は友達じゃないですか」

 

「……ははは、そうだったね。僕とネギ君は、友達だったね」

 

「だからタカミチさんが気にすることなんて、何も無いんです」

 

 

 それは自分とタカミチは友人だと、そうネギは微笑みながら言ったのだ。タカミチはそのネギの言葉に、一瞬だが目を見開いていた。ああ、そうだった。まだネギが小さい時、一度ネギが住んでいた村へ行ったんだった。そこで、ネギと自分は友人になったんだった。そうタカミチは感慨深く思っていた。そして、こんな自分を友人だと慕ってくれているネギに、タカミチは感動していたのだ。

 

 

「……そうか、ありがとうネギ君……」

 

「いえ、わかってもらえればそれでいいんです」

 

 

 タカミチはネギの優しさに触れ、ネギへと微笑み返していた。また、タカミチはそこでネギへ、許してくれたことに、そして友人だと言ってくれたことに感謝を述べたていた。それを見たネギも、気にしなくても良いことがわかってくれたことがわかり、嬉しく思っていた。

 

 そんなネギは、タカミチへと右手を差し伸べていた。それは握手の合図だった。それは友人として、これからもよろしくという意思表示だったのである。タカミチはそのネギの行動を見て驚きながらも、その右手を握り締めた。

 

 これで二人は本当の友人となったのだろう。いや、それはタカミチがそう感じていただけかもしれない。なぜならネギは、最初からタカミチと友人だと思っていたからだ。そしてネギは、先ほどの会話を思い出し、それをタカミチへと話していた。

 

 

「タカミチさんは、僕が父さんのようになってほしいって言いましたよね?」

 

「ああ、うん。前まではそう考えていたんだ」

 

 

 そのネギの話を聞いて、前まではそう考えていたと、タカミチは話していた。だが、ネギが聞きたかったことは、それではなかった。ネギは今の話を聞いて、タカミチが本当に自分の父を尊敬していたのだと、改めて知ったのだ。だから、それをタカミチへと、聞いたのである。

 

 

「つまり、タカミチさんは父さんのことを、本当に尊敬してたんですね」

 

「うん、前にも言ったけど、彼らは僕の憧れさ……」

 

 

 その質問を聞いたタカミチは、空を眺めながらそれの答えを述べていた。まるで空ではなく、もっと遠くを見つめるように、そう話していたのだ。紅き翼のメンバーたちを思い出しながら、ナギのことを思い出しながら。そしてタカミチは、どうして彼らに憧れたかを、ゆっくりとネギへと語りかけていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 まほら武道会が終わり、再び麻帆良祭へと戻ってきた数多と焔は、適当に歩いていた。そこで数多は、行く気の無かった大会へ連れ出したことを、焔に謝っていたのだ。

 

 

「すまねーなー、大会につき合わせちまってよ」

 

「別に悪くは無かったし、兄さんが気にするほどでもないぞ?」

 

 

 だが焔は、あの大会のレベルが高かったので、そこそこ満足していたようだ。また、友人を応援できたのが大きかったらしい。それを聞いた数多は、それはよかったという感じで、安堵の笑みを浮かべていた。

 

 

「しかし派手な大会だったなー。あれなら俺が参加しても大丈夫だったぜ……」

 

「そういえば兄さんは、なぜ参加しなかった?」

 

 

 しかし、そこで大会を思い出した数多は、あれほどのレベルならば参加すればよかったと、いまさらながら後悔していた。そこで焔は、なぜ数多が大会へ出場しなかったのか、その疑問を数多へと打ち明けていた。何せこの数多、修行バカで強くなるために必死なのだ。あのような大会に、出たくないはずが無いと思っていたのである。

 

 

「ん? ああ、俺の技は炎が派手だからなー。ちっと目立ちすぎると思ったワケ」

 

「ふむ、確かに……」

 

 

 そこで数多は焔へ、その理由を答えていた。それは自分の技が炎を操るものであり、いちいち派手な攻撃となると言う理由だった。というのも、数多の技は炎を纏った攻撃が多く、目を引くものばかりだなのである。それを聞いた焔は、指を顎に当てながら頷き、納得した様子を見せていた。

 

 

「でもよー、どいつもこいつもすげー派手だったから、気にしすぎて損した気分だぜ……」

 

「アスナも刹那も、派手な技を使い放題していたしな……」

 

 

 だが、今回のまほら武道会は色々はっちゃけてたのか、誰もが派手な技ばかり使っていた。タカミチを筆頭に、アスナも刹那も大技を披露しており、超人決戦状態となっていたのだ。そんな目立ちまくる技が並ぶ大会なら、炎なんて霞むだろと数多は考え、出なかったことを損したと思っていたのである。また焔も、後悔でうなだれながら歩く数多の言葉を聞いて、あいつらやりたい放題だったと、改めて考えていた。

 

 

「あークソ! あれなら参加すりゃよかった! 失敗したぜ!」

 

「ま、まあ、見物出来ただけでも、よしとした方がいいのでは……?」

 

 

 そこで数多は、出場しなかったことを悔いて、顔を上に向けて叫んでいた。焔はその姿を見て、周りの視線を気にしたのかやや恥ずかしそうにしていた。そして、それでも大会が見れただけでも十分だと、数多へと話したのだ。というか、そもそも最初は大会が見れるか否かの話だったのである。そう焔が思うのも当然のことだった。

 

 

「そうだな、そうするか!」

 

「……もう元気になったんだな……」

 

 

 なんとまあこの数多、その焔の言葉で簡単に復活したではないか。あの派手でレベルの高い大会が見れただけでよしと、数多はそうしたようである。そんな簡単に機嫌を直す数多を見た焔は、あきれながら冷ややかな視線を送っていた。

 

 

「常に熱血してねーと、いざというとき動けねぇからな!」

 

「今のに熱血の要素があったのか……!?」

 

 

 さらに数多は今の焔の一言を聞いて、常に熱血でなければと語り始めたのだ。しかし、今の部分にまったくもって熱血要素がなかったので、焔は本気で意味がわからんと思ったようだ。そんな風に数多にあきれていた焔だが、兄の現状のことでふとした疑問がわきあがったのである。

 

 

「そういえば、兄さんはこっちに来て、結構力をもてあましてるんじゃないか?」

 

「まーなー。親父もいねーし、一人修行するしかねーのが現状よ……」

 

 

 そう、数多はこの麻帆良へやって来てから、あまり強い相手と戦っていなかった。さらに言えば、父親とのガチ修行のようなことが出来ず、一人でひっそり山篭りする程度に収まっていたのだ。それゆえ数多が力をもてあまし、悩んでいるのではと焔は考えたようだった。そしてそれは正解だったようで、数多の悩みの種の一つだったようである。

 

 

「つまり相手がいないと……」

 

「まあな! そういうことだな」

 

 

 そして数多の最大の悩みは、そう言った修行の時、組み手や模擬戦をしてくれる相手がいないことだった。それを数多の話を聞いて察した焔は、そのことを数多へと指摘したのだ。すると数多は、その質問にYESと答えたのである。それならばと焔は、友人たるアスナなどに頼んでみればよいのではと、数多に提案を持ちかけたのだ。

 

 

「ならば、アスナたちと戦えばいいと思うのだが?」

 

「確かにそれはよさそうだが……なあ……」

 

「何か問題でも?」

 

 

 しかし、その提案に数多は、難しい顔をして渋っていた。だが、焔は実力を考えれば、さほど問題がないと思ったようで、どうして数多が渋っているのかがわからなかった。そこで、数多はその答えを、悩みながら焔へと話した。

 

 

「いやね、年下の、焔とおんなじ年の子と張り合うのもなんかなーって思うのよ」

 

「む? 年下が悪いのか?」

 

「いや、そーじゃねーんだがよー」

 

 

 その答えは焔ほどの年齢の少女と模擬戦したりすることに、気が乗らないというものだった。というのも、この数多はアスナたちよりも二つほど年齢が高い。つまり自分よりも年下の、しかも女の子と好き好んで戦おうと言うのは気が引けるようだった。

 

 

「女の子と戦うのってのは、あまり得意じゃねーからさ」

 

「女性が殴れないというのか?」

 

「んー、アレだ。敵対してんなら容赦しねーが、それ以外だと気が引けるのさ」

 

 

 そこで焔は、数多は女が殴れないフェミニストなのかと聞いていた。しかし数多は、そうではないと答えていた。相手が敵対者だと言うのなら、容赦はしないと言ったのだ。だが、それ以外ならば、たとえ修行の一環でさえも、そういうことは極力控えたいと答えたのである。まあ、数多も単純に男子として、女子に怪我を負わせたくはないのだ。

 

 

「しかしそれでは、ずっと一人で修行するしかないじゃないか」

 

「そーだがよー。気分は重要なんだぜ?」

 

「そ、そういうものなのか?」

 

 

 その数多の答えに、ならば現状維持して一人寂しく修行するしかないと、焔は言葉にしていた。それを聞いた数多は、それでも少女と戦うならその方が気分が良いと話したのだ。そして、その気分こそがモチベーションとして最も重要だと、焔へと説明していた。そんな数多の説明に、焔は半分疑問を浮かべ、微妙に納得できていなかったようだ。何せアスナや刹那はあれほど強いのだ。少しぐらいなら気にすることも無いと思っていたのである。

 

 

「へっ、まーな。つーか時間大丈夫なのかよ」

 

「ああ、そう言えばもうすぐ学祭の当番だったか」

 

 

 その話が終わったところで、数多はふと思い出したかのように、時間のことを焔へと話した。それは焔がクラスの催しの当番だと言うことであった。そして数多のその言葉に、焔もそれを思い出したようであった。

 

 

「まあ、頑張って来いよ!」

 

「ああ、なんとかやってくるさ」

 

 

 そこで焔も自分のクラスへと戻ろうと、そちらの方へと歩き出した。それを数多は見送りながら、手を振って応援していたのだ。また、焔も振り返りながら、同じく手を振って数多へと別れを告げていた。

 

 

「焔のやつも随分と変わったな……」

 

 

 そして焔が見えなくなったところで、数多は一人ごちっていた。あの焔が随分元気に、普通の女子中学生をやって居ることに、変わったなーと思っていたのだ。昔は本当に無愛想で、何かを恨まずにはいられない。そんな危なっかしい少女だった。そんな焔が今では友人を作り、この麻帆良に溶け込んでいることに、数多は懐かしさと嬉しさを感じていたのだ。だがそんな時に、数多は強い視線を感じたのである。

 

 

「んで、人が感傷に浸ってるところを見ているのは誰だ?」

 

 

 そこで数多はその視線の相手へと、振り向かずに話しかけたのだ。すると、数秒後にその相手から返事が返ってきたのである。

 

 

「……ばれていたか……」

 

「ハッ、おめーの鋭く冷たい視線、バレねーと思ったのか?」

 

 

 相手は自分の隠れていたことがバレたと驚いた様子を見せていた。だが、本気で驚いた訳ではなさそうで、その言葉にかなり余裕が感じられたのだ。そして、数多もそんなに見つけりゃバレるだろうと、その相手を挑発していた。

 

 

「で、やんのかおめーさんよ?」

 

「そういう目的ではなかったが、少し遊ぼうか……」

 

 

 そこで出てきたその相手に、数多は向かい合っていた。また、数多はすでに臨戦態勢へと入っており、相手の出方を待っていたのだ。その相手も、数多の挑発的な態度に、少し乗ってやろうと思ったようだ。

 

 

「やっぱやるって訳か!」

 

「ああ、その通りだ。だからさっさとかかって来い……」

 

 

 そして相手は数多と戦う気になったようだ。数多は最初からこの相手が、戦う気だったと考え、いつでも攻撃できるようにしておいたのである。そんな数多を見た相手も、その数多へと攻撃してくるように挑発したのである。

 

 

「先手譲ってくれんのかよ! だったら食らえ!!」

 

「ほう、”炎”か。なかなか面白くなってきたな……」

 

 

 その挑発に乗るように、数多は炎を腕に纏い、殴りかかったのだ。それを見た相手は、炎ということに興味を示し、薄ら笑いを浮かべていた。そこで相手も蹴りを放ち、その数多の拳を受け止めていたのだ。

 

 




やっぱり死んでなかった


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六十六話 最悪の発見 氷と炎

テンプレ104:熱血系ライバルは冷血系


 *最悪の発見*

 

 

 直一とアルスは下水道地下深くまで進み、その最も地下の底へと降り立った。全てが闇につつまれた底の底は、流れる水の音以外は何も聞こえない静寂の世界だった。しかし、下水道の底と言う割りには、かなり広く、暗くて遠くは見えないが、すぐすこに壁があると言う訳でもなさそうであった。そしてアルスは、さらにこの先におぞましいものがあると直一へ話していたのだ。

 

 

「このずっと先に、俺が見つけたヤバそーな場所がある」

 

「おいおい、この先って何も見えねぇじゃねぇか」

 

 

 だが、その先すらも闇に染まり、何も見えない。また、ここにある明かりは、アルスの”火よ灯れ”のみなのだ。当然、周囲は闇で覆い尽くされ、何も見えないのである。そんな場所で、その先と言われても、直一にはわからなかったのだ。

 

 

「お前の特典(アルター)なら一瞬さ」

 

「なんだよ、運転しろってことか? だが、ここには生憎車がない」

 

 

 直一のアルター、ラディカル・グッドスピードの能力は自分を加速させるだけではない。乗り物をも変化させ、モンスターマシーンにすることができる。特に車を愛用し、殺人的な加速力で突っ走ることが可能なのだ。しかし、それには媒介として車を一台用意する必要があった。

 

 

「無くても出来るはずだろ?」

 

「出来なくはないが、ハッキリ言えば男と二人でドライブなど気が知れん!」

 

「俺だってごめんだぜ……」

 

 

 だが直一は、一応ではあるが媒介である車を必要せずに、そのアルターを構築することが出来るようだ。それを使えばすぐさま目的につけると、アルスは直一に話したのだ。そのアルスの説得に直一は、出来なくはないが男同士でのドライブは気が乗らないと言い出していた。そこでアルスも、同じ気分だと心境を言葉にしていたのである。

 

 

「だけど早くいかねぇとヤベェかもしれねぇぜ? さらに面倒だ」

 

「しょうがねぇな、”ラディカル・グッドスピード”!!」

 

 

 アルスは気分が悪いのを承知で、急ぐ必要があると言ったのだ。しかし実際の理由は面倒だからというものだった。何せこのアルスは面倒が嫌いであり、ここから魔力による身体強化で走るのがしんどいと考えていた。

 

 また、直一もそれでは仕方がないと考え、アルターを構築した。周囲の壁や地面が抉れて虹色の粒子となり、直一の近くへと集まっていった。そしてその場所に、一台の車が出現したのだ。その車は禍々しいデザインで、紫色の車体に攻撃的な鋭いパーツで構成されていた。さらには車体のフロントは三又に分かれ、その中央部分には鮫のように口が開き、そこから鋭い牙を覗かせていたのである。

 

 

「これに乗るのもあまり好きじゃねーが、面倒はゴメンだし言ってられんか……」

 

「アルス、お前が要求したんだ。たっぷり俺のスピードを堪能させてやるからな?」

 

 

 そこでアルスと直一は、その車へと乗り込んだ。すると直一はアクセルを思い切り踏みつけたのだ。しかし、突然のアクセル全開のせいでタイヤはスリップし、タイヤだけがものすごい速度で回転していた。さらにそのタイヤのスリップで、摩擦による煙と土ぼこりが宙を舞い、辺りを白く染め上げていた。そしてようやくタイヤが地面に吸い付くと、爆発物で吹き飛ばされたかのような、急加速をしたのである。それでアルスは背面の座席に背中を押し付けられ、少しながら苦しんでいた。

 

 

「さあ行くぜ!」

 

「お、おい……。ここからずっと直線だ、気をつけてくれよ……」

 

「直線だと? なら気をつける必要なんてねぇな! 最速で突っ切るのみよ!!」

 

 

 その直線という言葉に、直一はさらにテンションを上げていた。そしてさらに車を加速させ、自足200キロに達していたのだ。もはやその速度にアルスは驚き、顔を伏せるほどであった。だが、そんな状況ですら、直一はテンションをさらに上げていたのだ。いや、この直一はスピードが増すにつれて、テンションが上がっていくのである。

 

 

「速さと言うのは誰もが憧れる存在だと俺は思っている! なぜなら誰もが速さを競い、自分のスコアを伸ばそうとしているからだ! さらに競走や競泳には多種多様の種別、種目、種類が存在し、そのほとんどが早さを競い合うものばかりだ! そして最速のタイムをたたき出したものこそが、勝利を得ることが出来るのだ!!」

 

 

 すると直一はテンションがあがりすぎて、早口を言い出したのだ。またアルスは、そのスピードで酔ったらしく、口を手で押さえていた。そのスピードとすさまじい揺れに、アルスも気持ちが悪くなったようである。それゆえ直一をかまうなど出来ず、必死で気持ち悪さを耐えていたのである。

 

 

「それはゲームでも同じことが言えるだろう! 早いタイムをたたき出せばたたき出すほど、誰からも尊敬されるようになる! そうだ! 早ければ早いほど、他人から褒め称えられ名誉とされるのだ!」

 

 

 いやはやまったく意味がわからない早口だった。しかしこの早口は、テンションが上がった直一の癖であり、止めることが出来ないのだ。いや、この直一は止まることが嫌いなのである。それを叫ぶ直一の隣で、加速の重力で身動きが取れず、気持ち悪そうにするアルスがうめき声を上げていた。

 

 

「つまり、最速で動ける俺こそが、誰よりも早く、誰よりも偉いと言うことにならないか?! そう思うだろアルス!? おい、アルス! 聞いてんのか!? おーい!!?」

 

 

 そんな早口で乱暴に運転する直一をよそに、もはや限界寸前で顔を青くするアルスが居た。こんな状態で目的地について大丈夫なのだろうか。また、その目的地には一体何があるのだろうか。そう考えた直一は、さらに加速させて車を走らせていたのである。

 

 そしてようやく目的の場所へと到着したようで、直一は車を急停止させ、車体を真横に滑らせたのである。その衝撃で大きく車体は揺れた後、ようやく完全に停止したようだった。

 

 アルスは直一の荒い運転に青くなり、気持ち悪そうに口を手で抑えていた。しかし直一は元気そうに悠々と、その自らのアルターで改造した車から降り立ったのだった。その先にはなんと、二人の前に巨大な扉が登場したのである。

 

 

「アルス、こいつの先って訳か?」

 

「うぇ……。そ、そうだ……」

 

「なら突破するだけだ!!」

 

 

 アルスの肯定の言葉を聞いた直一は、すぐさま脚部にアルターを構築した。そこで直一はあえて扉の逆の方に走り出し、加速を始めたのだ。そしてアルスから直一がギリギリ見える位置に差し掛かったところで、直一は旋回したのである。するとものの数秒もしないうちに、直一は扉の目の前まで一直線に走ってきており、その速度をもって扉を蹴り飛ばし破壊したのである。

 

 直一の蹴りの衝撃で扉は完全に破壊され、破片もすさまじい勢いで吹き飛ばされていた。また、直一はそのまま扉の中へと進入し、着地と同時に3回転ほどした後、その場に停止したのだ。だが、そこで直一が見た光景は、想像していたものよりも、ずっと恐ろしいものであった。

 

 

「お、おい……こいつぁ……」

 

「……こりゃまた……ぅぷっ……」

 

 

 直一はその光景を見て絶句していた。なんというものが存在するんだと、戦慄していたのだ。そんな直一の横で、気持ち悪そうにしているアルスも、それを見て驚いていた。まあ、アルスは驚き以上に、気持ち悪さの方が上だったようで、完全にグロッキーになっていたのだが。

 

 そして、直一とアルスが見たものは、なんと大掛かりなロボット工場だった。恐ろしいことに、あのビフォアは麻帆良の地下に、ロボット工場を建造していたのだ。さらにベルトコンベアで運ばれてくるロボの数は、ざっと百を軽く越えていたのである。そのおぞましい光景を見た直一は、さっさとぶっ壊してしまおうと思ったのだ。

 

 

「おい、これぶっ壊した方がいいな……!」

 

「ぐえ……ぶ、ぶっ壊すのはいいが……俺らじゃ時間かかるぞ……う……」

 

 

 だがそこでアルスは、この工場を破壊するには時間がかかると言っていた。その理由は直一が広範囲で破壊する技を持たないからだ。さらにアルスは現在魔力が足りないのである。確かにアルスの魔力はある程度回復したのだが、全快ではない。それにこの工場を破壊するのなら、上級の広範囲魔法を何度も使う必要があるのだ。だから出来なくは無いが、時間がかかるとアルスは言ったのである。それを聞いた直一は、指を顎に当てて何かを考えていた。

 

 

「だがこれを破壊しなければ敵は増える一方だぜ?どうするつもりだ?」

 

「……今はどうすることも出来ないな……。それに……」

 

 

 どの道この工場があれば、いくらロボを破壊しても増える一方だと、直一は考えたようだ。そしてそれをアルスへ言うと、今は何も出来ないと答えたのだ。また、アルスは何かを察知したようで、そちらに視線を向けたのだ。

 

 

「はい、あなたがたには何も出来ません、何も行えません……」

 

「……敵だな……?」

 

 

 なんとそこに現れたのは、あの坂越上人だったのだ。それを見たアルスは完全に敵と断定し、上人の方を振り向かずに戦闘態勢を取っていた。直一もその上人を見てそちらを向き、脚部にアルターを装着させた。この上人は強敵だと、超から教えてもらっていたからである。

 

 

「テメェが坂越上人か!」

 

「はい、そうです。私が坂越上人です」

 

 

 そこで直一がその名を叫ぶと、上人は余裕の態度で自ら名乗りあげたのだ。加えて上人はまったく構えることもせず、ただその場に自然体で立ち尽くしているだけであった。その余裕に苛立ちを感じた直一は、攻撃を仕掛けようとアルターを動かそうとしたのだ。

 

 

「余裕だな、だが俺の速さを見て、その態度でいられるかな!?」

 

「待て、直一」

 

 

 しかしそこでアルスは、直一を攻撃させまいと声をかけたのだ。それを聞いた直一は、意味がわからなそうにアルスの方を向いていた。だがアルスは上人の方を向き、直一を見てはいなかった。

 

 

「俺はコイツの能力を知らん。だがヤバイと感じている……」

 

「俺は一応聞いている。こいつの能力は”超能力を操る”とな……!」

 

「はい、正解です。私の特典(のうりょく)は”超能力”です」

 

 

 アルスはこの上人に、異常なまでの威圧を感じていた。また、長年の勘で戦うのは危険だと察していたのだ。さらにアルスはこの上人の能力を知らなかった。そう言った理由から、直一を止めた。しかし直一は、すでに超から上人の能力を教えられていた。そしてそれをアルスへと伝えたのである。それを聞いた上人は、なんと自ら能力を二人に語って聞かせたのである。それはとてつもない自信から来る余裕の表れであった。

 

 

「て、テメェ……!? 能力がバレても痛くも痒くもないって訳か!!」

 

「おっしゃるとおりです。私の能力を知られたところで、おふたかたになすすべはありませんので」

 

 

 突然能力を自分からバラした上人を見て、直一はさらに機嫌を悪くして叫んでいた。何せそれは能力が知られても問題ないと言うことだからだ。つまり、直一とアルスが二人でかかっても、負けることなど無いという意味だからだ。その直一の叫びに上人はほくそ笑みながら、二人にそのことを話したのである。

 

 

「……テメェ……!!」

 

「直一、待てと言ったろう。挑発に乗るな」

 

 

 そんな憤怒する直一を、抑えようと声をかけるアルスが居た。アルスは上人が、あえてこちらを逆上させようと挑発していると考えていた。だから挑発に乗らず、冷静に周囲を見渡し、次の行動を判断していたのだ。

 

 

「直一、逃げるぞ」

 

「何……?」

 

 「はっきり言って、ここでヤツと戦うメリットがほとんど無い。さらにここで暴れても、この工場を完全に破壊出来るかわからん……」

 

 

 アルスはここで逃げに徹することにした。それはここを完全に破壊出来ないことと、あの上人と戦う必要を感じたからだ。ならばこの情報を届け、次につなげることこそが重要だとアルスは考えたのだ。こういった判断が出来るからこそ、アルスは危険な任務も生き残ってこれた。伊達にエージェントとして仕事をして来ていないのである。

 

 

「おや、お逃げになると? そうは行きません。行かせません。この私が生かしません」

 

「ハッ! やってみろよ……!」

 

 

 だがこの上人も、そう簡単には逃がしてくれそうに無い。まったくもって自然体だと言うのに、そこからあふれ出る殺気と威圧は呼吸を苦しめるほどだからだ。しかし、それを受け流してアルスは上人を挑発し返していた。出来るものならやってみろと、強気の姿勢を見せていたのだ。

 

 

「では、おふたかたには、消えていただきましょう!」

 

 

 アルスが放った挑発にあえて乗る態度を見せ、上人は右腕を持ち上げ始めた。そして上人の全身から、青紫色のオーラが放出され始めたのだ。そこで、その光景を見たアルスは、直一へ叫んで命令しだした。

 

 

「直一! 最速で俺に蹴りを入れろ! 直線的なヤツを!」

 

「何だと!?」

 

 

 驚くことに、その命令はアルス自身を蹴れと言うものだった。それを聞いた直一は、驚きの表情で聞き間違えで無いかどうか、アルスへと叫んだのだ。だが、そこから返ってきた言葉は、肯定の言葉だった。

 

 

「いいからやれ! とことんやれ!お前の速さを俺に見せろ!」

 

「あぁー、わかったよ! だが痛みは我慢しろ!!」

 

 

 アルスのやれと言う言葉に、直一はもはややけとなり、アルスを蹴ることにした。そしてその直後、アルターのかかと部分からすさまじい圧力が生み出だし、直一は瞬間的に加速したのだ。その二人のやり取りを見て、余裕を保っていた上人は初めて表情を変えたのだ。

 

 

「ハアァッ!!」

 

「グッ!いってぇ!!」

 

「何?」

 

 

 音速を超えた直一蹴りが、アルスの腹部へと突き刺さる。アルスは障壁でその蹴りを防御したが、爆発的な衝撃を受けたことで耐え切れずに痛みを感じていた。また、その行動に上人は驚きの表情をしていたのだ。その上人の表情を見たアルスは、してやったりと唇を片方に吊り上げていたのだ。

 

 

「そのまま直進して壁にぶつけろ!」

 

「アホかお前は! 本当にくたばっちまうぞ!」

 

 

 そこでさらにアルスは、直一へと叫んで指令を送る。その指令はその勢いで壁にぶつけろと言うものだった。そんな自殺行為に直一は、本気で死ぬ気なのかと一瞬焦り、アルスへ罵倒を浴びせていた。

 

 

「言われたとおりにしろ! 上へ帰るぞ!」

 

「ハッ、そうか! そう言うことか!」

 

 

 だがアルスは、それをやれと再び叫ぶ。そして地上へ戻ると言葉にしたのだ。そのアルスの自信の詰まった台詞を聞いて、直一も何かを察したようだ。まったくコイツは面白い博打をすると考え、直一はさらに加速したのである。

 

 

「なら最速で突っ切るぞ!!」

 

 

 そこへさらに、さらに加速すべく、直一はもう一度地面を蹴って爆発的な加速を得たのだ。加えて直一は、もう一度アルスの腹部に自分の足を突き刺し、壁へと一直線に飛んだのである。また、再び直一の加速した蹴りを受けたアルスは、口から血を流していた。対物理障壁をもってしても、直一の加速した蹴りは耐えられなかったのだ。

 

 

「……お前の蹴り、ヤバすぎんだろ……」

 

「何言ってるんだ? 俺の速さが見たかったんだろう? なら我慢しろよ」

 

 

 だがそんな時でも二人は軽口を言い合い、余裕を保っていたのである。そんな二人の様子を見ていた上人は、ただの仲間割れだと考えたようだった。そこで上人は瞬間移動で二人を追いながら攻撃へと移ったのだ。

 

 

「私に恐怖して仲間割れですか? だがそれでも、私はおふたかたを逃がす訳にはまいりません?」

 

「ハッ、もう遅い」

 

「何……!?」

 

 

 しかし、その行動を見たアルスは、そこで上人に手遅れだと投げかけたのだ。それを聞いた上人は、何を言っているのか理解できなかったようだった。そして直一は加速したまま、アルスを壁へと打ち付けたのである。

 

 なんということだろうか。加速した蹴りを入れられたまま、アルスは壁へと激突してしまったのだ。当然普通ならつぶれたトマトのように、周囲を赤く染めることになるだろう。ところがそうはならなかった。アルスは壁にめり込みながら、上人の足を掴んで沈んでいったんだ。それは影の転移魔法(ゲート)と呼ばれるものだった。それを使い、即座に地上へと戻ろうとアルスは考えていたのである。

 

 

「影の転移魔法(ゲート)……。ハハハ、面白い……」

 

 

 その光景を目の当たりにした上人は一瞬驚いたが、すぐに普段の表情へと戻っていた。そして笑いを口からもらし、してやられたかと考えていたのだ。

 

 だが、なぜアルスは直一に蹴りをいれさせ、壁へとぶつけるように言ったのか。それは上人の能力を考えてのことだった。上人の能力は超能力である。そしてその能力は、念動力や瞬間移動などが存在する。その能力を使われれば、二人でかかったとしても上人を倒すことは出来ないと考えた。

 

 また、逃げようと行動すれば念力により阻止されると思ったのだ。さらに影の転移魔法(ゲート)で他人を連れ去るには、触れてなければならない。それらを踏まえて、自分が動いて直一に触れるより、直一が最速で動き自分に触れた方が早いと、アルスは考えたのだ。

 

 加えて蹴りを入れさせたのは、触れることはもちろんだが、相手に一瞬隙を作らせるためでもある。それ以外にも爆発的な加速で動く物体ならば、念力も届きにくいと考察したのである。

 

 さらにさらに、上人が弾丸以上の速度で移動する自分たちの進む道へ回りこみ、正面に立つことはしないとアルスは考察していた。いくら超能力を操る上人と言えど、潜在的にそこまでするとは考えられないと思ったのだ。まあ、それを行い超能力で停止させられた場合、アルスは次に暴風の魔法を使って、自分たちを地面に叩きつけようと考えていたのだが。そうやって相手を騙し、壁に出来た影を使って、転移することに成功したのである。

 

 

「やはりここへ来た甲斐がありました。この麻帆良に……」

 

 

 そしてその工場には上人のみが取り残されていた。だが、その表情はやはり余裕で、ここに来て良かったと言葉をこぼしていたのだ。こうしてアルスと直一は地上へと戻り、何とか地下から脱出できたのである。

 

 

――― ――― ――― ――― ―――

 

 

 *氷と炎*

 

 

 麻帆良の一角にて、二人の青年が向かい合っていた。いや、すでに戦いが始まり、二人の青年の拳と足が衝突し、そこで止まっていたのだ。一人は熱海数多、熱血を操る青年だ。そしてもう一人の青年は、謎に満ちた存在だった。

 

 その謎の青年は、青っぽい黒髪で前髪を左右に分けて伸ばしていた。また、背中まで伸びる髪を、首元で小さく束ねた髪型だった。そして、顔のほうは多少細めの顎をした凛々しい青年であった。

 

 また、その謎の青年の足からは、鋭い氷の刃が発生していた。まるでアイススケートのような刃が、足の裏から生えていたのである。それを見た数多は、今自分が拳に纏わせた炎と、現象が同じだと察したようだった。

 

 

「て、テメェの能力は……!?」

 

「フフ、君が”炎”ならば、俺は”氷”になるだろうな」

 

 

 さらに、その青年の能力は、数多の能力に酷似していた。数多の能力は感情を燃焼させることによる、”発火”の能力だ。常に自らを奮い立たせ、熱い魂の心をもって、その炎を操るのが、数多の持つ”真の熱血(パシャニット・フレイム)”なのである。

 

 だが、この謎の青年も同じような力を持っていたのだ。それは”氷”の能力だった。そして、その能力は自らの感情を冷たく静め、冷徹となることによる”凍結”の能力だったのだ。

 

 数多はその能力を見たとき、すぐにそれがわかった。なぜなら魔法とは完全に別の力で、周囲の水分を凍結させたからである。また、その現象が自分の能力に、かなり似ていたことから、その能力の発生源を割り出せたということだった。

 

 

「ほう、わかったのか。俺の能力が……」

 

「……まさか、俺と似た力を持つやつが、俺と親父以外にいるとはなあ……!」

 

 

 数多の”真の熱血”はその父親である熱海龍一郎が、熱血の中の熱血にたどり着いた境地である。だからこそ、その息子たる数多も、それを教えてもらい会得したということだった。だが、まさか似た力、つまり心を使った気温操作能力を持つものが、自分たち以外に居るとは数多も思っていなかったのだ。

 

 

「そうさ、この力は君らだけのものではない。そしてこの能力の名は”誠の冷血(クール・ブリーザード)”と呼んでいる」

 

「誠の冷血……!!」

 

 

 そして謎の青年は、数多の拳を強く蹴りあげ、その場で体を数回転させながら、数メートル距離を取った。そこで数多は自分のその拳を見ると、なんと凍結していたのだ。それを見た数多は、凍った拳を驚きの眼で眺め、戦慄していた。

 

 

「紹介が遅れたな。俺の名は”コールド・アイスマン”……」

 

「ハッ、丁寧にどうもってんだ! 俺は熱海数多だぜ」

 

 

 謎の青年は名を”コールド・アイスマン”と名乗っていた。また、それを聞いた数多も、同じく名乗り上げていた。しかし、コールドは数多のことを知っているようだった。だからコールドは、不敵に笑っていたのである。

 

 

「フフフ、知っているさ。そして、君が俺には勝てないこともね……!」

 

「何? 俺がテメェに負けるだと!?」

 

「ああ、そうだ。すでに、すでに勝敗は決している!」

 

 

 そこでコールドは数多では自分に勝てないと、挑発的な発言をしていた。さらに、そのコールドの態度は余裕と自信に溢れていた。そして、いつの間にか両足にアイススケートのような刃を装備していたのだ。

 

 だが、そのコールドの言葉に、数多は怒りの叫びを上げていた。すでに自分が負けているなど、許されるものではないからだ。まだ一撃しか攻撃していないというのに、勝敗が決まってなるものかと、数多は怒りを感じたのだ。

 

 

「ならば、もう一度俺の炎を食らいな!!」

 

「おいおい、すでに終わったと言ったはずだが?」

 

「な……に……!?」

 

 

 そして数多は炎を右腕に纏わせ、コールドへと殴りかかろうとしたのだ。しかし、すでに周囲の地面は凍結し、氷で覆われていたのである。また、数多はコールドの言葉で、足が凍って動かなくなっていることを、ようやく感知したのである。なんという能力だろうか。すでに数多の足は氷付けにされてしまっていたのだ。

 

 

「フッ、やっと気がついたのか?」

 

「こ、こいつは……!?」

 

「俺がこの周囲一帯を凍結したのさ……」

 

 

 その勢いよく凍る地面を見て、数多はさらに戦慄していた。まさかこれほどの力を使えるとは、想像すらしていなかったのだ。そんな氷付けになって驚く数多へと、コールドは冷めた視線を送っていた。なんとつまらない相手だろうか。弱すぎてあくびが出る。そう思っていたのである。だが数多はそこで、真の熱血を最大で放出したのだ。

 

 

「だったら、溶かすだけだぜ!! うおおおおおおお!!」

 

「ほう、俺の凍らせた脚の氷を、自らの炎で溶かしたか……」

 

 

 そして数多は凍っていた足を解凍し、動く状態へと戻したのだ。それをコールドは、面白いものを見るように、ただただ動かずに眺めていた。まるで相手の実力を測るように、攻撃を促進させるように、その場に立ったまま、静かに笑みを浮かべるだけだった。そこで数多はコールドへと、再び突撃して右拳を放ったのである。

 

 

「オラァ!!」

 

「フッ……」

 

 

 しかし、その拳がコールドに届くことはなかった。なぜならその拳が、氷の柱により阻まれたからだ。さらに、数多の右腕が、氷の柱によって閉じ込められたのである。しかも、それは一瞬の出来事だった。もはや数多が氷の柱に右腕が埋まっていることを、すぐに感知できないほどであった。

 

 

「なっ……!?」

 

「君じゃ俺には勝てない……」

 

 

 するとコールドは凍結した地面をアイスリンクをすべる様に移動し、数多の背後へと移動した。そこでコールドは、加速のために数回転した後、数多の右わき腹をその左足で蹴り飛ばしたのだ。その衝撃で数多は口から血を吐き、蹴られた方向へと吹き飛ばされたのだ。また、右腕が封じられた氷の柱も、その蹴りの力によりへし折れたのである。

 

 

「ガフッ……」

 

「まだまだ終わらんよ……」

 

 

 さらにコールドは、先ほどと同じような要領で高速で地面をすべり、吹き飛んだ数多を追い越したのだ。そして、そこに再び蹴りを放ったのだ。だが、その蹴り出した足には、氷の突起が生えており、命中すれば串刺しになるようになっていたのである。その攻撃を数多は背中へ受け、凍結と串刺しとなった痛みを同時に味わい、苦悶の表情を浮かべていた。

 

 

「ガァ……!!?」

 

「フッ……。弱いな……」

 

 

 しかしコールドは、この程度では止まらなかった。そこで数多の腹部へと、同じ蹴りをぶち込み追撃を加えたのだ。それを受けた数多は、体をくの字に曲げ、苦痛の声を漏らしていた。その衝撃に数多も流石に苦しかったようで、即座に動くことが出来なかったようだ。

 

 

「グア……!」

 

「弱い、本当に弱いぞ……」

 

 

 また、コールドはその体勢の数多に、かかと落しを食らわせたのだ。その一撃で、数多は頭部を切り裂かれ、大量の血を額から流す結果となってしまったのである。なんという猛攻、なんという一方的な戦い。あの数多が、ただただやられているだけとなってしまっていたのだ。

 

 

「俺の氷を溶かしたのは褒めてやる。だが、所詮はその程度だったのだよ……」

 

「う、うる……せぇー!!」

 

 

 だが数多もまだ諦めては居なかった。額からおびただしい血を流しながらも、その横で語りかけていたコールドへと、拳を振るったのだ。さらに、その拳を加速させるため、肘の部分で炎を爆発させたのだ。それを見たコールドは、流石に驚き回避行動を取っていた。しかし、それでも一瞬遅かったのである。

 

 

「”真の熱血”!!」

 

「グウッ!?」

 

 

 その拳はコールドの澄ました顔へと突き刺さったのだ。コールドはその数多の行動と自分のダメージに驚き、殴られた表情は驚愕したものとなっていた。そしてコールドはその殴られた勢いで、頭と足が逆転したのである。そこに数多は左の拳も打ちつけ、それがコールドの腹部へと命中したのだ。

 

 

「オラオラァ!!」

 

「ガッ!?」

 

 

 その一撃を受け、コールドは数メートル吹き飛ばされていた。だが、今の攻撃は数多にとって、渾身の一撃だった。もはや額の出血がひどく、数多は意識が朦朧とし始めていたのだ。また、コールドは体勢を立て直し、その吹き飛ばされた勢いを使って、逆に加速したのである。さらに、その加速を利用し、数多へと突撃してきたのだ。

 

 

「甘く見ていたと言う訳か……。だが、これで最後だ……」

 

「ううおおおおおおッ!!」

 

 

 しかし、数多はそれでも諦めず、炎の右腕を突撃してくるコールドへと突き出した。ああ、それでもその攻撃は、コールドにあたることはなかった。コールドはその突撃の勢いを右足に集中し、姿勢を低くして数多へと接近したのだ。

 

 そして数多の拳はコールドの頭上を空振りし、逆にコールドの右足が、数多の腹部へと突き刺さる結果となってしまったのである。そのコールドの最大の蹴りを受けた数多は、腹部からも大量に出血し、吹き飛ばされて地面に転がったのだった。

 

 

「う、うっ……」

 

「よくやったと言おう。この俺に、数撃食らわせるとは……」

 

 

 そこでコールドは、トドメをさそうか考えた。だが、この戦いはただの遊び、本気ではないのだ。さらに、ここでトドメをさせば色々面倒なことになると考えたコールドは、あえてトドメをささないことにしたようだ。また、今ので喧嘩だと思っていた野次馬が集まりだし、騒ぎ始めていたのだ。それを見たコールドは、この場は退散するしかないと考えたようだ。

 

 

「フッ……熱海数多、この程度では()()を止めることは出来ない……」

 

「クッ……、待……て……」

 

 

 そしてコールドは、その膂力で高く飛びはね、人ごみへと消えていった。それにより、凍結していた地面も解凍され、元へと戻っていったのだ。だが、数多は出血がひどく、今の言葉を発した後、気を失ってしまったのである。その様子を見ていた周りの人が係りの人を呼んだらしく、そのまま数多は保健室へと連れて行ったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 数多はコールドに敗北し、かれこれ1時間ほど、その保健室のベッドの上で寝ていた。また、上半身の服は脱がされており、近くの棚の上にたたまれて置かれていた。加えてしっかりと手当ては施され、いたるところに包帯が巻かれていた。特に頭や腹部を重点的に巻かれており、真っ赤な鉢巻は真っ白な包帯に変わっていたのである。そして数多は目を覚ますと上半身を起こし、とりあえず現状を確認していた。

 

 

「こ……ここは……」

 

 

 そこで数多は周りを見渡し、自分の現在地が保健室だと言うことを理解したようだった。さらに、あのコールドなる人物に敗北したことも、同時に理解したのだ。それを悔しく思う反面、あの男は何しにここへ来たのか、疑問に感じていたのである。

 

 

「負けたのは悔しいが、あの野郎は一体……」

 

 

 あのコールドと言う男は、一体何なのだろうか。何かしでかすためにここへ来たのだろうか。それなら負けたのはヤバイと数多は考えた。だが、あの男は言っていた、戦いが目的ではないと。だからこそ、自分との戦いを遊びだと言ったのだろうと。

 

 

「まあ、わかんねーからいいか……」

 

 

 しかし数多は思考を投げ捨てた。いくら考えてもわからなかったからだ。いや、わかったことが一つあった。それはあの男が、自分よりも強いと言うことだ。

 

 

「しかし、あの野郎は強かった。……野郎の言うとおり、遊びにしかなってなかった……」

 

 

 能力の使い方といい、その高い能力といい、全て自分を上回っていた。さらにコールドという男は、遊びと称して自分と戦っていた。つまり、あれが本気ではない可能性があるのだ。そのことを数多は思い出し、拳を強く握り締めたのだ。そこで、もう一つだけわかったことがあった。

 

 

「だがあの野郎は親父より弱ぇ……。なら親父を倒すより楽なはずだ」

 

 

 そうだ、あの男がいくら強くても、親父よりは弱い。親父こそが自らが目指す頂点であり、それを越えることこそが自分の目標だ。そんな親父よりも弱いなら、数段難易度が下がる。数多はそう考え、唇を吊り上げて目を奥に炎を宿らせていた。

 

 

「ああそうだ、ならばあの野郎は必ず倒す。俺の炎と拳にかけて……必ず……!」

 

 

 そこで数多は誓う。あのコールドを、次にあった時には必ず倒すと言うことを。自分の拳と能力にかけて必ず倒すと、そう誓っていた。その意地、その執念、全てを炎に変えて、必ずしとめる。そう数多は心に決め、ベッドから降りて力強く地面を踏みしめたのだ。

 

 

「お、目が覚めたか」

 

 

 そこへ一人の少女が現れた。それは数多の義妹の焔だった。焔は数多が保健室へ運ばれたことを聞いたらしく、その場へと駆けつけていたのである。また、ベッドで寝ている数多を心配し、看病していたようだった。そして少し席を外している間に、数多が目を覚ました形となったようであった。

 

 

「んん、焔か。何でここに?」

 

「何って、兄さんが倒れたと聞いて、ここに来たに決まってるじゃないか」

 

 

 何でと言うのは愚問だろう。明らかに数多が倒れたから焔がここに居るのだ。それを当然だと、焔は数多へ話したのだ。それを聞いた数多は、少し罪悪感を感じたようだった。

 

 

「おおう、そりゃスマン……」

 

「まったく……。……私と別れてから何をしたんだ?」

 

 

 そしてとりあえず数多は焔へと頭を下げて謝った。ここで来たのもそうだが、何か心配させたと思ったからだ。また、焔はなぜ数多が保健室で寝かされていたのかわからなかった。自分と別れてから何かあったのはわかるのだが、一体どうしたのかと考えていたのだ。だから焔は、それを数多へとたずねたのである。

 

 

「ああ、ちょっとした()()ってやつだ……」

 

「遊びでそんな怪我するか! 何があったと聞いているんだ!」

 

 

 だが数多はそれを遊びだと称していた。しかし遊びでこんなに怪我をするはずが無い。この麻帆良祭の謎のアクシデントでさえ、死者重傷者が出たことがないのだ。明らかに何かあったとしか考えられないのである。それゆえ焔は再び何があったかを、数多へと叫びながら聞き出そうとしたのだ。

 

 

「コイツばかりは話せねーな。カッコ悪くて話せねぇ……」

 

「カッコの問題じゃないで済むか!? 兄さんがそんなにボロボロになるなんて……」

 

 

 それを聞いた数多だったが、話せないと断った。喧嘩でボコボコにぶちのめされ、敗北したなどと恰好が悪すぎて話したくないのである。そんなことを言いながら、話せないとした数多に、再び焔は叫んでいた。

 

 何せ数多はいたるところに包帯を巻いて、痛々しい姿をしているのだ。当然心配だからそれを聞いているのである。さらに言えば焔は、ある程度鍛えて強いはずの数多が、これほどまでに手傷を負うなどただ事ではないと考えたのだ。だから何があったのかを、聞き出したかったのである。

 

 

「悪ーな。だが話せねー。男として兄として、ダサすぎて話したくねえ」

 

「……そこまで言うなら、もういい……」

 

「スマネーな……」

 

 

 しかし数多には意地があった。敵にボコられて負けましたなど、言えるはずが無いのだ。それも自分の義妹にだ。そんなことダサすぎて、カッコ悪すぎて言いたくなかったのである。そうやって意地になっている数多を見た焔は、ため息をついてそれを聞き出すのを諦めたようだった。そこで数多は、そんなため息をつく焔に、再び謝っていたのである。

 

 

「……つーか、その恰好は何だ!?」

 

「これか?これはクラスの催しものの衣装だぞ?」

 

 

 とりあえず今の話がそれで終わったところで、数多は焔の姿を見て驚いていた。今の焔が着ていたのは、クラスのお化け屋敷の衣装だった。それは化け狐か何かなのか、頭に狐耳をつけて丈の短い白色の着物を着ていたのだ。また、狐っぽい形の尻尾が腰の下辺りから生えていたのである。

 

 

「ほおー。よく出来てるな」

 

「当然だ」

 

 

 それを見た数多は、なかなかうまく出来ているものだと関心していた。その褒め言葉を聞いた焔も、さも当然と言う態度を見せていたのだ。まあ、クラスのみんなで必死になって作ったものだ。ある程度自信があるのだろう。と、そこで数多は、その焔が催しものの当番で帰ったことを思い出したのだ。

 

 

「あ、あれ? そういや焔、その当番は?」

 

「兄さんが倒れたのを聞いて、仕方なく抜けてきた」

 

「マジで!? わ、悪いなそりゃ……」

 

 

 すると焔は兄が倒れたとクラスメイトに話し、申し訳ないと思いつつも抜けてきたのだ。また、数多はそのことで悪いことをしたと思い、後頭部に手を当てて謝っていた。

 

 

「本当にそのとおりだぞ!?」

 

「す、スマン……」

 

 

 そう謝る数多に、焔はまったくと考え怒った表情をしていた。その怒った様子を見せる焔に、数多は頭を何度も下げていた。そんなペコペコ頭を下げる数多を見て、焔はもう許してやろうと思い、言葉を投げかけたのだ。

 

 

「まあいい。兄さんが起きたならクラスへ戻ればいいだけだ」

 

「悪いなホント」

 

 

 焔はもう数多が目覚め、なんか元気そうになったし、そろそろ仕事へ戻ろうと考えた。それを焔が言うと、数多は最後の謝罪を口にしていた。また、焔が戻ると言ったところで、数多は焔のクラスの催しものがお化け屋敷だったことを思い出したようだった。

 

 

「あれ、お前んクラス、お化け屋敷だったっけ?」

 

「そうだが、言ってなかったか?」

 

 

 そのことを数多は焔へたずねると、その通りだと返ってきた。しかし、焔はそのことを数多へ言ったと思っていたらしく、おかしいなと首をかしげていた。

 

 

「聞いてねーぞ!? なら、行くか」

 

「というか、かなり並んでるがいいのか?」

 

 

 それを聞いた数多は、聞いてなかったらしく、その文句を叫んでいた。そしてそのお化け屋敷へ足を運ぼうと考えたようである。だが焔はそこで、自分のクラスで行われているお化け屋敷は行列が出来ていて、かなり待たされると言ったのだ。それを聞いた数多は仰天し、少し今の言葉を疑ったようだった。

 

 

「え? そんなに繁盛してんの?」

 

「もうかれこれ1時間待ちは当たり前だぞ?」

 

「……そ、そうか。まあ並べばいいか」

 

 

 数多はそこで、その話ぐらい繁盛しているのか、焔に聞いてみたのだ。すると焔は1時間ぐらい、その行列で待たされるのが普通だと、数多へ話したのだ。その言葉に数多は少し嫌な顔をしたが、とりあえず並ぶ気ではいるらしい。そこで焔はとりあえず、数多が目覚めたのでクラスへ戻り、仕事に復帰しようと考えたようだ。

 

 

「まあ、私も兄さんが起きたから戻るか」

 

「おう、頑張れや。俺も後で行くからよー!」

 

「ならまた後で会おうか」

 

 

 そして焔はクラスへ戻ると数多へ話し、立ち去ろうと動き出した。そこへ数多は立ち去る焔へ、応援の言葉を託していた。焔もその数多の応援を聞いて後ろを振り返り、今度は自分の教室で会おうと手を振って保健室から出て行った。また、焔が立ち去った後、数多は服を着なおし、同じ方向へとゆっくりと歩いていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

オリ主名:コールド・アイスマン

種族:人間

性別:男性

能力:誠の冷血(クール・ブリーザード)

元ネタ:熱血のライバル的な冷血キャラ

 




テンプレ105:熱血系は最初に冷血系に敗北する

転生者だけが敵ではない
転生者の行動によりオリ主が発生するのなら、当然敵にも登場する

あと皇帝がちょっと空気過ぎる……


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六十七話 意地があんだろ男の子には

ヤツが来る


 まほロック2003は平和に終わった。三郎と状助はそれを見物し、そのレベルの高さに感服するばかりだったのだ。

 

 しかし、このライブ、明らかに転生者だとわかる連中もちらほら参加していた。あの音岩昭夫を筆頭に、デスメタルを支配するメタルモンスターっぽいやつや、ファイアーでボンバーなやつまで居たのである。それを見た状助は、やはり頭を抱えていたのだ。また、ネギもやって来ており、自分のクラスメイトの四人を褒め称えていた。

 

 

 そして、ライブが終わった亜子は、普段着に着替えて三郎の下へとやってきていた。その仲むつまじそうな二人を見た状助は、クールに去るぜと言って、どこかへ消えていったのだ。そこで三郎と亜子は、二人で夕方の麻帆良を歩くことにしたようだ。

 

 

「改めて言うけど、かなりうまく演奏出来ていたよ」

 

「そ、そう?それならええんやけど」

 

 

 さて、ここでなぜ、この二人がこのような関係になったのか。亜子はサッカー部の先輩に惚れ、サッカー部のマネージャーとなった。そして、その後その先輩にフられてしまうというものだ。

 

 しかし、この亜子という少女は惚れやすい。あの大人の姿になったネギに、一目ぼれしてしまうほどなのだ。そんな先輩にフられたところに、声をかけたのがあの三郎だったのである。だからこそ、三郎に惹かれたのということだった。

 

 だが、すぐに付き合った訳ではない。ある程度時間を置いて、ゆっくりと二人は互いのことを知って行った。そうやって、少しずつだがそういう関係になっていったのだ。

 

 

 ……転生者というのは、大体そういう場面を狙ってやってくるものだ。”原作キャラ”を手篭めにしようと、こういう時を見計らうのは当然だ。虎視眈々とタイミングを狙い、ここぞという時に姿を現す。何せ一番心の隙をつきやすい場面だからだ。

 

 亜子の失恋というイベントは、転生者にとっては嬉しいイベントでもあるという訳だ。いやはや、中々ゲスいといわざるを得ない。

 

 また、三郎も確かに転生者の一人である。その三郎は、そんなゲスな転生者の一人だったのだろうか。否、そうではない。

 

 この三郎は”原作知識”がない、何も知らない系転生者と言うものだ。基本的に状助が語る原作知識を聞いてはいるが、あの状助も次のイベントの重要な部分しか話さない。よって、亜子が失恋することや、そのタイミングまではわからないのである。

 

 つまり、この三郎が亜子の状況などを知る由も無かったのである。そう、これは偶然の出会いとも呼べるものなのだ。偶然二人は出会い、惹かれあった。ただ、それだけだ。健全な男女関係というものだ。

 

 

 とまあ、こうして恋人のような関係となった二人。麻帆良祭の夕方を、のんびりと周りを見渡しながら、歩いていたのだった。

 

 

「あの、三郎さん」

 

「ん? 何だい?」

 

 

 そんなところで、突然亜子が三郎の名を呼んでいた。

また、その表情は悩ましげで、何やら不安を感じている様子であった。そして三郎は、呼ばれたことで、どうしたのかと思いながら顔を亜子へと向けていた。

 

 

「ウチが三郎さんの彼女とか、ホンマにええんかなって……」

 

「どうしてそんなことを?」

 

 

 そして亜子は静かに三郎へ話し出した。その内容は自分が三郎と付き合っていても良いのだろか、と言うことだった。と言うのも、この三郎なかなか高スペックである。特典ではあるが運動神経抜群で料理も出来る。

 

 さらに頭も悪くは無いと言う、まさに容姿・才能・性格が全て高水準な超優等生と呼べる存在なのだ。それゆえ亜子は、そんな三郎の彼女としての自信が持てなかったらしい。

 

 そこで三郎はその話に、なぜそう思うのかと疑問に思い、それを亜子へと質問していた。

 

 

「ウチ、メッチャ地味やし、明らかに脇役って感じやし……」

 

「脇役?」

 

 

 亜子は自分が地味で脇役だと三郎に語っていた。

そもこの亜子は、絶対に自分が主役になれない、脇役な存在だと卑下しているのである。そのためなのか、才能溢れる三郎と付き合っているのが、本当に自分でよいのかと考えていたのだ。

 

 さらに、三郎には自分以上に似合った女性がいるのではないかと、亜子は恐縮してしまっているのである。

 

 そんな三郎は、亜子が脇役と言ったことに、どういうことなのかと表情を変えずに思考していた。

 

 

「うん、脇役。決して主役なんかになれへん、地味な存在やねん」

 

「うーん? そんなに脇役って悪いことなのかな?」

 

「……え?」

 

 

 しかし、この三郎もまた自分を地味だと思う男だった。と言うのもこの三郎、才能レベルの特典しか選ばなかった、所謂一般人系転生者である。そして同じ転生者で友人の二人が、とんでもない能力持ちだったと言うのも理由にあったりもする。

 

 片やチート筆頭麻倉ハオの特典を持つ赤蔵覇王、片や回復特化でスタンド使いの東状助の二人だ。そんな二人から見れば、自分は本当に脇役的で地味オブザ地味だと、普段から思っていたのだ。そんな三郎は、脇役と言うものが悪いことなのだろうかと、亜子へと話し始めたのである。

 

 

「だってさ、物語ってものは少数の主役に大多数の脇役で出来てるじゃないか」

 

 

 それは三郎の持論だった。物語の中で、主役は数人しか存在しないものである。だが、脇役はその倍以上存在する。つまり、物語を形成するのは一握りの主役と、大多数の脇役だと言うことだった。そして三郎は、その話の続きを、少しずつ語りだした。

 

 

「脇役は縁の下の力持ち、主役をより引き立てるための存在だと、俺は思ってる」

 

「三郎さん……?」

 

 

 また、物語は主役だけでは動かない。主役は主役だけでは輝くことが出来ないと。脇役と言う存在が居てこそ、はじめて主役がスポットライトを浴びるのだと、そう三郎は言っていた。

 

 主役が悩んだ時にそれを励ます脇役、師匠として主役を育てる脇役。脇役と一区切りに言っても、その役割はさまざまでもあるのだと、そう三郎は考えているのである。

 

 

「主役だけでは物語は完成しえない。絶対に脇役が必要になる。つまり、脇役も主役なみに重要だって、言いんだよ」

 

「……三郎さんは、そう考えてはったんやな……」

 

 

 そう、主役だけの物語などありえない。そこには必ず脇役がいる。そして、脇役が居てこそ主役があるなら、脇役も主役と同じぐらい重要な存在だと、三郎は亜子へと語ったのだ。

 

 それを聞いた亜子も、その三郎の持論に関心していた。そういう考えもあるのかと、しみじみと思っていたのだ。

 

 

「いやね、俺の友人二人が、それっぽいからさ。その中で、一番ジミーなの俺だしね」

 

「そ、そんなことない! 全然ないねん!」

 

 

 そこで三郎は自らも地味だと述べ、笑みを浮かべていた。しかし、その笑みは自虐的なものではなかった。あの二人は主役にふさわしい。ならそれでよいだろうと、三郎はいつも思っている。

 

 それなら自分はその二人に何が出来るだろうか。なんてこと無い、自分は状助に料理を教えている。さらにその技術はしっかりとした形となって、覇王へと振舞われている。つまり自分は縁の下の力持ちで、あの二人の力となっていると言う自信が三郎にはあるのだ。

 

 だが、三郎が自らを地味とする言葉を亜子は否定していた。決して地味ではない、そんなことはないと。まあ、学生レベルで見れば、確かに三郎でも十分主役と呼べるスペックなので、間違ってはいないのだが。

 

 

「そうかな? でも俺は主役になる気はないかな。気苦労が多そうだしね」

 

「三郎さん……」

 

 

 しかし、三郎は主役になる気はまったくなかった。別に必要が無いからである。この第二の人生を、ある程度快適に過ごせればよいと考えているのが三郎だった。だからこそ、主役となって注目を浴びる気はないのだ。

 

 まあ、それ以外にも三郎には頭のネジが外れた転生者ほど、自分を世界での”主役”だと思い込む傾向があると言う偏見もある。

 

 この世界が漫画で、その中で主人公となりたいとほざく転生者が数多く存在すると、覇王に教えられていた。だから主役だなんだ叫ぶのは、みっともないことだと考えているのである。

 

 

 そこで亜子も、そんな風に言う三郎に何もいえなくなっていた。また、三郎がそう考えるなら、それでいいかと亜子も思ったようで、少し頬を緩ませていた。

 

 

 だが、そんなところに第三者が突如として現れた。その歩く二人の前方に立ちふさがるように、しかし自然体な姿勢でその場に立っていたのだ。それはあの銀髪イケメンオッドアイ、天銀神威であった。

 

 夜の月が神威の銀髪を照らし、夜の冷たい風がそれをなびかせていた。されどそのような恰好のよいものではなく、むしろ卑劣で残虐的な立ち振る舞いだった。その態度は表情によく現れ、憎悪と嘲笑に彩られていた。そして神威は、お決まりのような台詞を吐いたのだ。

 

 

「君、私の女に何をしている?」

 

「な……!?」

 

「え……!?」

 

 

 その神威を二人が認識した時には、すでに攻撃が始まっていた。それはただの光属性の魔法の射手だった。しかし、それは一般人にならば十分脅威となるものである。そんな凶弾が三郎に右太ももを貫通し、おびただしい血が噴出したのだ。

 

 

「グッ……うう!?」

 

「さ、三郎さ……う……!?」

 

 

 その魔法の射手で負傷した三郎は、激痛で苦悶の声を上げていた。そして三郎は、右太ももを怪我したことで、膝を突いてしまっていたのだ。また、それを見た亜子は、かなり気分が悪そうにしていた。

 

 さらに今の時間帯はパレードが開かれていた。誰もがそれに釘付けとなっており、この辺り一体には人影見当たらなかったのである。

 

 いや、だからこそ神威は、このタイミングで二人を狙ってやってきたのだ。そこで神威は、苦痛に顔をゆがめながら膝を突く三郎を、生ゴミを見る目で眺めていた。

 

 また、亜子には今の現象がまったく理解出来ないでいた。何せただの一般人、魔法などわかるはずもないのだ。しかし今の謎の現象で、三郎が怪我をしたと言うことはわかったようである。

 

 

「醜い君には、そのような姿がお似合いだよ」

 

「……アンタが……そうかアンタが……!」

 

 

 神威は跪く三郎に、ほくそ笑みながらそう言った。それを聞いた三郎は、この男こそ覇王が言っていたあの銀髪だとわかったのである。そんな三郎の怪我を見た亜子は、気を失いかねないほど顔を青くしていた。

 

 

「血、血が……」

 

「おっと、君は血が苦手だったね。いやはや汚らしい体液だから仕方の無いことかな」

 

「亜子さん、落ち着いて……」

 

 

 亜子は血を見ただけで気を失うほど苦手だった。ゆえに三郎から流れ出す血を見て、目を回していたのだ。

 

 またそれを見た神威は、それを汚らしい体液だからと結論付けていたのである。もはや三郎を人としては見ていないと言う証拠だ。いや、神威は自分以外の男を、転生者を、基本的に人として扱ってはいないのである。

 

 だが三郎は、自分の血を見て気分を悪くする亜子を気遣い、落ち着くように言っていたのである。

 

 

「うっ……」

 

「おや?気を失わないんだね。てっきりすぐにでも寝てしまうかと思ったんだが……」

 

 

 その三郎の言葉で、何とか亜子は気を失わずに済んだようであった。しかし、やはり気分が良くなる訳ではないので、顔は真っ青のままだった。

 

 そんな亜子を神威眺めながら、気を失わなかったことに多少驚いていた。何せ神威は、亜子が自分の血を見ても簡単に気を失うことを”原作知識”で知っていたからだ。

 

 

「アンタはどうしてこんなことをするんだ……!?」

 

「最初に言ったはずだよ? 私の女に手を出すな……とね」

 

 

 三郎は痛みを我慢しながらも、神威を睨みつけた。そして神威へと、こんな真似をする理由を聞いていたのだ。

 

 だが、その三郎の質問に、亜子が自分の女だからだと、平然と答えていたのだ。なんという男だろうか。もはや道理や理屈などは通用しないようである。

 

 

「……そ、その女って、まさかウチのこと?」

 

「フフフ、そのとおりだよ。和泉亜子さん?」

 

 

 そこで亜子は、その神威が言う女とは、もしや自分なのではと察したようだ。それに神威は不気味に笑いながら、そうだと亜子へと言葉にしていたのだ。

 

 

「い、意味がわからへん……。どないしてこんなことをするんや!?」

 

「君は私の女になる。そして背中の傷のことも全て受け入れ、幸せになれるんだよ」

 

 

 その答えを聞いた亜子は、それがまったく理解できなかった。また、亜子はこの銀髪の少年が、クラスで話題の人物だとわかったようだ。そんな人間が、まさかこんなことをするなど、わかりたくもないことだろう。

 

 さらに、亜子の言葉に神威は、彼女の背中の傷のことを引き合いにし、幸せに出来るとほざきだしたのだ。

 

 

「……!? なしてそのことを……?」

 

「何を言ってるんだ、アンタは……!?」

 

「おや? 君は彼女の秘密を知らないのかな?」

 

 

 亜子は神威が背中の傷を知っていることに驚き、目を見開いていた。それは絶対に知りえないことであり、知られたくもないことだからだ。そして、最も知られたくない三郎に、それが知られるのが怖いのである。

 

 そこで三郎は、神威が何を言っているかわからなかったようで、そのことについて質問していたのだ。

 

 だが神威は、三郎が亜子の傷のことを知らなかったことに、少し面白おかしく思いながらそれを話そうとしていた。

 

 

「……何のことだ……?」

 

「さ、三郎さん、なんでもない! 気にせんでええねん!」

 

 

 亜子の秘密と神威から言われた三郎は、一体どういうことなのだろうかと疑問に感じていた。実際誰もが秘密を抱えているし、亜子にも秘密の一つや二つはあるだろう。

 

 しかし、疑問に感じている三郎に、亜子は必死で気にしないでほしいと涙を目に浮かべながら叫んでいた。それを知られたら、きっと三郎に嫌われてしまうと、そう思っているからだ。

 

 

「ハハハ、傑作だなあ。彼女の隣にいながら、それすら知らぬとは愚か過ぎるね」

 

「何だと……?」

 

「や、やめて……。そのことを話さんといて……!」

 

 

 そこで神威は、本当にそのことを知らなそうな三郎をあざ笑っていた。そして知らぬとは愚かだと、三郎を貶していたのである。

 

 また、三郎もその神威の言葉に苛立ちを覚え、さらに鋭く睨みつけていた。

 

 確かに亜子と付き合って、多少は経っている。それでも彼女が秘密にしていることを、無理に暴こうなど思ったこともないし、実行したこともない。それを知らないからと言って、目の前の銀髪に言われる筋合いはないのだ。

 

 だが亜子は、傷のことを三郎に話さないでほしいと、半分泣きながら神威に叫んで頼んでいたのだ。自分の傷は大きく醜いから。見られたら嫌われるから。知ってほしくない、そう思ったから。

 

 

「ああ、亜子さんの背中にはねえ……」

 

「や、やめて! 言わんといて!」

 

「あんた! 彼女がいやがってるだろう!? もういいだろ!」

 

 

 しかし、そこで神威は、ゆっくりとそのことを話し始めたのである。まるで焦らすように、叫びながら涙で顔をぬらす亜子を見て楽しむように、傷のことを三郎へと語りだしたのだ。

 

 それを聞いた亜子は、もはや気が動転してしまい、泣き叫ぶことしか出来なくなっていたのだ。言わないで、教えないで。そう必死に神威へと叫んでいた。

 

 そんな亜子を見た三郎も、神威の言葉を止めようと叫んだ。

三郎は亜子の秘密を知らない。知ろうとも思わなかった。また、それを知られたくないと、彼女は必死に叫んでいる。知られたらいやだと涙している。ならば、あの男の口を止めなければ、そう思ったのだ。

 

 

「肩から腰にかけて、大きな傷があるのさ」

 

「あ……」

 

 

 そして、まるで死刑を宣告するように、神威はそれを三郎へと教えたのだ。

その表情は、まるで嘲笑うかのような、そんなゲスな笑みだった。

 

 それを聞いた亜子は、世界の終わりのような、そんな心境となっていた。もう駄目だ、三郎に嫌われた、そう亜子は思ったのだ。また亜子は、今のショックで体から力が抜け、ひざを突いて呆然としていたのだ。

 

 

「そんなデタラメを……」

 

「フフフ……。ウソだと思うなら、本人に聞けばいいんだよ」

 

「亜子さん、アイツの話……は……」

 

 

 だが三郎は、神威を睨みつけていたので、亜子の状況を見ていなかった。だから神威の今の言葉に、何を言っているか理解出来ていなかったのだ。さらに、そんなウソをついてまで、彼女に何がしたいのかと、本気で思っていたのである。

 

 そこで神威は、やはり醜悪な笑みを浮かべながら、それを本人に聞けばわかると三郎へと告げたのだ。

 

 その神威の言葉を否定したいがために、三郎は亜子へと振り向くと、膝を地面について泣きじゃくる亜子がいたのである。

 

 

「う、ウソやないねん……。あの人の言ってることは本当のことなんや……」

 

「……な、何だって……!?」

 

 

 亜子は、もう観念してしまったのか、それが本当のことだと、沈痛な表情で三郎へと話したのだ。

 

 それを聞いた三郎は、かなり驚いた表情で、悲痛に涙する亜子を見ていた。まさか銀髪の言葉が本当だとは、夢にも思わなかったのだ。

 

 

「……ごめんなさい……。今まで、ずっと黙ってて……」

 

「……そうか……」

 

 

 また亜子は、ずっとそれを黙っていたことを、うつむきながら三郎に謝っていた。さらにその声は弱弱しく、震えていたのである。それは傷のことを黙っていたのと、傷のある女だということの両方で、三郎から嫌われたと考えていたからだった。

 

 そんな二人を見て銀髪は、愉快そうに笑っていた。面白い茶番を見ているように、盛大に笑っていたのだ。しかし、三郎はその笑いを無視しながら、悲痛な表情をする亜子を、苦しそうに見ていたのである。

 

 

「ハハハハハ、だが私は痛くもかゆくも無いのさ。さてさて、その真実を知った彼などほっといて、私の女になってもらうよ」

 

 

 そしてニコぽで洗脳するのだから関係ないと。その傷を知った三郎など捨ててこっちに来いと、そう神威は亜子へと勧誘していたのだ。なんという非道な男だろうか。三郎に傷を知られ、悲痛にむせび泣く亜子を笑いながら見ていたというに、どの口がほざくというのか。

 

 

「……人には言えない隠し事なら、俺にだってある……」

 

「……え?」

 

 

 だが三郎は、そんな神威などを無視し、亜子へと微笑みながら語りかけていた。それは自分にも話していなかった秘密があるというものだった。

 

 つまり、それは自分が転生者という存在であり、前世の知識を引き継いで生まれた人間だということに他ならなかった。そんな三郎の優しい声に、ふと涙を止めた亜子は、その声の方へと顔を向けたのだ。

 

 

「亜子さんがそれを隠してきたってことは、きっと誰にも知られたくないようなものなんだろう……」

 

「……うん……」

 

「だけど、俺にも知られたくない秘密を持っている」

 

 

 三郎は亜子をなだめるように、静かに話していた。

黙っていたことなんて気にしていない。それは誰にもいえない秘密だったのだろうと、そう話していたのだ。

 

 それを亜子は、うなずきならが静かに聞いていた。嫌われていないのかと不安になりながらも、静かに三郎の言葉に耳を傾けていた。

 

 そこで三郎も、自分に秘密があることを、亜子へと告げたのだ。いや、告げようとしたところで、神威の言葉がそれを妨げた。

 

 

「それは君が私と同じ”転生者”という存在のことかな?」

 

 

 だが、それを神威がそのことを、邪悪に笑いながら話し出したのだ。自分と同じ転生者だということが、最も秘密にしてきたことなのだろうと、そう言葉にしたのである。

 

 

「……!!」

 

 

 その神威の突然のカミングアウトを聞いた三郎は、再び神威力を睨みつけていた。そして、この神威の狙いや醜悪な本性を見抜いたのである。

 

 

「……アンタ、アンタは!!」

 

 

 さらに神威のしようとしていることもわかった三郎は、さらに怒気を高めて歯を食いしばっていた。なんという非道で下劣な存在なのだろうか。このようなことをして、笑っているなど許せないと、怒りを感じていたのだ。

 

 そんな三郎をつまらないものを見る目で、神威は上から目線で眺めていた。本当にこういう醜い生物は、存在自体が愚かだと考えていたのだ。

 

 

「亜子さん、彼は私と同じ世界の異物、危険分子、神から恩恵を預かりし存在なんだよ」

 

「……ゆ、言ーている意味がわからへん……」

 

「アンタはそうやって!!」

 

 

 そして神威は、自分と三郎の正体を、亜子へと告げていた。自分たちは神から力を与えられた転生者であり、世界の異物だと教えたのだ。

 

 だが、亜子はその言葉を聞いても理解出来ていなかった。突然神だの異物だの言われても、わかる訳がないからである。

 

 また、それを聞いた三郎は、この神威が何をしたいかを確信し、さらに怒りを増していたのだ。

 

 

「ハハハハ、茶番すぎるねえ。そこの彼は私と同じだと言いたいのさ!」

 

「ど、どういうことなん……!?」

 

 

 しかし、そんな怒りに燃える三郎を、冷ややかに眺め笑い飛ばしていた。さらに亜子へ、三郎も自分と同じ存在、同じようなものであると話し出したのだ。

 

 そこで亜子も、それがどういうことなのかと、戸惑いながらに神威へと聞いたのである。

 

 

「何、彼もきっと、私のように君を狙ってきた存在なんだろうと思ってね……」

 

「ふざけるな! そんな訳があるか!!」

 

 

 その亜子の質問に、神威はほくそ笑みながら答えていた。そこの三郎とか言うやつは、自分と同じように君を狙ってやってきたと。つまり三郎も自分と同じように、”原作キャラ”を手篭めにしようと近寄ったと、そう神威は言っていたのだ。

 

 だが、その言葉に三郎は本気で怒りをあらわにしていた。そんなことなどしてはいない。それはお前の勝手な言い草だと、そう叫んだのだ。

 

 

「さ、三郎さん……」

 

「……アンタはそうやって、そうやって人を弄んできたんだな!?」

 

「失礼な、人ではないと思ったが?」

 

 

 亜子は怒りで叫ぶ三郎に、驚きを隠せなかった。なぜなら三郎が怒った姿を一度も見たことがなかったからだ。普段から温厚な三郎は、ここまで怒るなど思っても見なかったからだ。

 

 そして三郎は、神威がこれと似たようなことを何度も行い、人の心を弄んで来たのかと問いただしていた。そこで神威はその三郎の問いに、人だと思ったことはないと発言したのだ。

 

 

「こ、こいつ……」

 

「まあいいや、君は邪魔だから少しの間、寝ていてくれ」

 

 

 その神威の言葉に、三郎はもはや怒りすらも通り越すほどの感情を味わっていた。ああそうか。この感情は覇王も味わっていたのか。そう考えながら。これほど人を許せないと思ったことは、一度もない。そう考えながら。

 

 

 だがそこで、神威はさらに三郎へと攻撃を開始したのだ。このままでは時間の無駄だと思った神威は、三郎に光属性の魔法の射手を発射したのである。

 

 

「グッあ……!?」

 

「さ、三郎さん!? な、なしてこんなことするん!?」

 

 

 それが三郎の左肩を貫き、さらに出血量が増していた。そして三郎は、今の攻撃でさらに苦悶の表情をしていたのだった。

 

 その三郎から流れ出る血は、夜の月と照明に照らされ、地面を赤く染めていた。また、三郎は先ほどの攻撃と今の攻撃で血を流しすぎたのか、顔を青くして冷や汗を欠き始めていたのである。

 

 それを見た亜子は、どうしてこのようなひどい仕打ちをするのかと、神威へと叫んでいた。

 

 

「何でって? 先ほど言ったはずだが? まあ、亜子さんが私のものになれば、彼を助けてやってもいいんだよ?」

 

「ほ、ホンマに……?」

 

「亜子さん、俺のことは気にせず逃げて……」

 

 

 その亜子の質問にしれっとした態度で、最初に言ったはずだと答える神威だった。さらに、三郎を助けたければ自分のものになれと、亜子へ取引を持ち駆け出したのである。

 

 そんな神威の話を聞いた三郎は、それを許さず亜子へと逃げるように進言していたのだ。

 

 

「で、でもそれじゃ三郎さんが……」

 

「逃げて……」

 

「そのままでは彼は死ぬかもしれないよ? どうするんだい?」

 

 

 三郎から逃げろと言われた亜子だったが、このままでは三郎が危ないと考え、どうするか迷っていた。

 

 だが、それでも三郎は、亜子に逃げてほしいと頼んでいたのだ。このままでは亜子が、あの神威に洗脳されてしまうからだ。そんなことになったら、亜子があのゲスな神威に、何をされるかわかったものではないからだ。

 

 そんな二人のやり取りを、つまらないものを見る目で眺めながら、三郎が死ぬかもしれないと亜子を脅し始めていた。

 

 しかし、その神威の言葉を否定しながら、ゆっくりと立ち上がり亜子の前に立つ三郎が、そこにいたのである。

 

 

「……何を言ってるんだ……。死ぬ訳ないだろう……」

 

「さ、三郎さん!?」

 

「亜子さん、逃げてほしい……」

 

 

 その三郎の姿を見た亜子は、驚きの声を上げていた。

なんと足を貫通されたというのに、自分の前に立ちふさがってくれたからだ。そしてさらに三郎は、亜子の方に顔を向けて逃げてほしいと言っていたのだ。

 

 

「力も無い醜い君に何が出来る?」

 

「ああ、そうさ。俺には覇王君のようなチートも無ければ、状助君のようなスタンドもない……」

 

 

 そこで神威は、新しい玩具を見る目で三郎を見ながら、力もないくせに何をするのかと笑っていたのだ。

 

 そんな神威へ怒りのまなざしを向けながら、三郎は静かに言葉をこぼしていた。そうだ、自分は確かに強い力なんて持っていない。あの覇王のような最強の能力なんてない。あの状助のような特異能力も持っていない。だが、それでも心に秘めた思いだけはある。そう三郎は自分を奮い立たせていたのだ。

 

 

「……だけどね、そんな俺にも男としての意地がある……! 惚れた女一人守れないようじゃ、男として廃るってもんだろう……!」

 

「さ、さぶろーさん……」

 

 

 そして三郎は神威の前に立ちふさがる。勝てるはずがないというのに、亜子を守るために必死に立ち上がり、強気の態度を見せていた。また、自分が惚れた女すら守れぬ男など男ではないと、三郎はそう言って不敵に笑っていたのだ。

 

 そうだ、状助は昔、アスナを助けたと言っていた。覇王もまた、この銀髪と戦い木乃香を守ったと話していた。ならば、自分も彼女一人守れなくて、あいつらの友人でいられるものか。亜子の彼氏でいられるものか。

 

 そう三郎は強く思い、男としての意地を見せていた。こんな銀髪に彼女を自由にしてなるものか、そう怒りに燃え苦痛を我慢し立ち上がったのだ。

 

 その三郎の姿を見た亜子は、不謹慎だと感じたが頬を赤く染め、三郎を惚れ直していた。やはり三郎は主役だと、そこで亜子は感じていたのだった。

 

 

「三文芝居すぎて笑えてくる。なら、ここで消えてもらうよ」

 

「……やってみろ……」

 

 

 だが神威は、そんな三郎の態度も茶番と切り捨て笑っていた。さらにそこで、今度は二発の魔法の射手を操り始めていたのだ。しかし、それを見ても三郎は一歩も退かず、むしろ神威を挑発していたのである。

 

 

「アディオス!」

 

「や、やめて!! やめてー!!!」

 

 

 そこで神威は別れの言葉を三郎に継げ、魔法の射手を三郎に向けて発射したのだ。それを見た亜子は、泣き叫ぶ声で攻撃の静止を訴えていた。

 

 しかしもう遅い、発射された魔法の射手は、勢いよく飛びながら、三郎へと近づいていったのだ。だが、三郎へと命中する前に、その魔法の射手が別の魔法の射手により打ち消されたのである。

 

 

「……!?」

 

「こ、これは……!?」

 

 

 その打ち消された魔法の射手を見た二人は、驚いた様子で一瞬固まっていた。一体何が起こったのか、わからなかったからだ。

 

 

「おや……?」

 

 

 また、それを見た神威も多少驚いたようだった。そして神威は、その魔法の射手が飛んできた方向を見ると、そこにはあのカギが立っていたのだ。魔法使いのような白いローブを身にまとい、堂々とその場に仁王立ちしていたのである。

 

 

「テメー、俺の生徒に何してやがんだ?」

 

「か、カギ君……!?」

 

 

 カギは亜子が狙われていたのを目撃し、神威へと怒りをぶつけていた。さらにカギは、すぐさま亜子と三郎の下へと移動し、三郎の傷を見ていたのだ。

 

 というのもカギはずっと神威を追跡していた。あの神威は自分の従者たる夕映を手篭めにしていたからだ。

 

 しかし、一度カギは神威を見失ってしまったのである。なぜなら神威は尾行されていることに気がついたらしく、影の転移魔法(ゲート)で消えたからだ。また、カギは転移魔法(ゲート)を追跡する魔法を知らなかったからだ。

 

 そしてようやく神威を見つけた時には、すでに魔法の射手が打ち出された後だったのだ。だからすぐさまカギも魔法の射手を出し、それを打ち消したということだった。

 

 

「あなたが子供先生の双子の兄……」

 

「ああ? すげー痛そうだなそれ」

 

 

 そこで三郎も、カギが子供先生の兄であることがわかったようであった。何せ三郎は覇王から、子供先生の兄は転生者だと言うことだけは聞いていたからである。

 

 またカギも、その三郎の怪我の具合を見て、痛そうだと感想を述べていた。そんなのんきなことを言うカギだったが、すかさず王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から黄金の瓶を取り出していた。その黄金の瓶は大体魔法瓶程度の大きさで、その中には液体が充満していたのである。

 

 

「どれ、これをくれてやろう。傷に流し込めば治んだろ」

 

「こ、これは……」

 

「い、一体どういうことなんです? カギ君……」

 

 

 その黄金の瓶の中身は、傷を癒す秘薬だった。それを傷に流せばたちまち癒されると、カギはそこで三郎へと説明していた。

 

 しかし三郎はその黄金の瓶と王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)に驚き戸惑い、亜子も何が起こっているかわからないようであった。

 

 

「ハハハハハ、醜い片割れがノコノコと。馬鹿なヤツだね君は」

 

「あぁ? ナメてんなよ?」

 

 

 そこへ神威がカギへと挑発し、またやられに来たのかと思っていた。それを見た三郎は、神威がカギに視線を移している間に、その秘薬を右太ももへと流してみたのだ。

 

 すると煙を噴出しながら、みるみる傷がふさがっていくではないか。さらに、それに伴う痛みも無く、気がつけば右太ももの怪我は完全にふさがっていたのだ。その光景を見た亜子も驚愕しており、一体何が起こったのかわからず混乱していたのである。

 

 またカギは、神威の挑発を聞いてそちらを一瞬睨んだ後、再び三郎たちの方を向いていた。そして三郎たちにここから離れるよう、話しかけていたのだ。

 

 

「とりあえずお前たち、あっちに行ってろ」

 

「た、助かります……」

 

「ありがとうございます、カギ君」

 

 

 そこで三郎はその秘薬で右肩の怪我も治療したようで、助けてくれたカギへ礼を言っていた。さらに亜子も同じく礼を言っており、カギへと頭を下げていたのだ。

 

 

「っと、その前に」

 

 

 だが三郎と亜子がそこから立ち去る前に、カギが亜子の頭に指を置いたのだ。すると亜子はふらりと体を揺らし、突如として倒れこんだのである。

 

 

「あ……」

 

「亜子さん!?」

 

 

 その倒れた亜子を三郎が優しく抱きかかていた。そして、一体どうしたのかと焦り、亜子へと呼びかけていたのだ。また、そこへカギがそのことについて、三郎へと説明を始めたのである。

 

 

「眠らせただけさ。起きたら今のは夢だと思うだろうぜ」

 

「そうですか……すいません」

 

「気にすんな。生徒を気遣うのも教師の務めさ」

 

 

 カギが今使ったのは意識を失わせる魔法だった。一種の催眠魔法に近いもので、目覚める数分前のことを、おぼろげにしか思い出せなくなるというものだ。

 

 三郎はその説明を聞くと、安堵をして再び礼を述べていた。今の光景を忘れてくれるなら。一夜の悪夢で済むならそれその方がいいと思ったのである。

 

 そこでカギは、お決まりの台詞を三郎へと発していたのである。それを聞き終えた三郎はカギへ頭を下げ、亜子を抱えてその場を立ち去っていったのだ。そして三郎が立ち去ったのを確認したカギは、その周囲に人払いの結界を張ったのである。

 

 

「醜い片割れ、君ごときが私にはむかうなど、愚かだとは思わないのかな?」

 

「愚かかどうか、やってみなくちゃわからんぜ?」

 

 

 そんなカギと三郎のやり取りを見終わった神威は、再び立ちふさがるカギを挑発してきたのである。神威はカギがいまだに自分に勝てると思っていることを、とても愉快に感じていたのだ。

 

 また神威に対峙したカギは、そんな神威の挑発を受け流しながら、次こそは負けぬと言う意思を見せていたのだ。

 

 

「ああ、そうだ。ここで言わせて貰うぜ」

 

 

 そこでカギは、ふと何かを思い出したかのように、神威へと一言断りを入れていた。そしてカギは地面を踏みしめ、神威へと右手を伸ばし、人差し指を向けたのだ。さらに高らかに宣戦布告の言葉を、神威へと向けて叫んだのである。

 

 

「テメーを倒すために、地獄の底から這い戻ったぜ……!」

 

「ハハハハハ! 馬鹿か君は。ならば、もう一度地獄へ落としてやろう。君には永遠に私を越えることはできない!」

 

 

 あの敗北の屈辱から、そして地獄の修行から戻ってきたと、カギは神威に宣言したのである。それを聞いた神威はバカにした笑いを発しながら、もう一度地獄へと落してやるとカギへと宣言したのである。また、自分には一生勝つことは出来ないと、カギを再び挑発したのだった。

 

 




銀髪とカギの戦いへ……


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六十八話 カギと銀髪、再び

修行により数段パワーアップしたカギ


 この銀髪イケメンオッドアイの姿をした転生者、天銀神威は麻帆良祭で何をしていたのだろうか。それは考えればすぐに思いつくことだった。そう、この神威は3-Aが出展するお化け屋敷へと、何度も足を運んでいたのだ。それも二日間連続で、何度も何度も通いつめたのである。

 

 その目的は当然3-Aのクラスメイトを自分のものとし、最終的には手篭めにすることだ。だから神威はまほら武道会など目もくれずずっとお化け屋敷で遊んでいたのだ。そして、そこで笑顔を振りまき、数回にわたってニコぽを使用していたのである。当然そうなれば、3-Aのクラスメイトの大半は、この神威のものとなるだろう。

 

 しかし、それを阻止しようと動くものが居たのだ。それがあのパパラッチである朝倉和美だった。和美は神威の醜い本性と能力を知っている。つまり、神威が微笑めば惚れるという謎の現象を理解していたのである。また、この和美の嫌いなものは巨悪だ。この神威が巨悪かはわからないが、ハッキリ言えば嫌悪するに値する存在なのは事実であった。そう言った理由から、この神威がお化け屋敷へとやって来たのを目撃したのを期に、それを何とかしようと奮闘していたのだ。

 

 だが、それはあまりうまくいかなかった。と言うのも微笑みかけるだけで惚れるのを、止めるすべが和美にはないからだ。確かにある程度は阻止出来たものの、クラスメイトの大半はあの神威の虜になってしまったのである。そして和美は、あの神威に惚れるクラスメイトたちを、ただただ見て居ることしか出来なかったのだ。だからもう我慢できず、神威を追跡し非道の数々をクラスメイトに教え、目を覚ましてもらおうとしていたのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 カギと神威は麻帆良の一角で対峙していた。その二人を月夜が照らし、銀と赤を強く目立たせていた。夜風は冷たく二人を包むが、それ以上に冷たい殺気が辺りに充満していたのだ。そう、あの時カギは神威に敗北した。だが、今回は修行を積み、前回の数倍以上カギは強くなっていた。だが、それを知らぬ神威は余裕の態度を崩さず、カギを見下していたのである。

 

 

「醜い片割れ、私の邪魔をしないでほしいね」

 

「ハッ、邪魔してねーよ。テメーが俺の道をふさいでるだけさ」

 

 

 神威は亜子をもうすぐ手篭めに出来そうだと思っていた。それを防いだカギを心底邪魔だと感じていたのだ。しかしカギは邪魔だと言う神威に対し、自分の道をふさいでるのはお前だと言ってのけたのだ。それは自分の従者である夕映と、もっと友好を深めるための邪魔をするなと言う意味も含むのであった。

 

 

「ハハハハハ、面白いことを言うね。この前のように、いや、それ以上に悲惨な目に遭ってもらおうかね」

 

「やってみろよ。逆にテメーがそれ以上の悲惨な状態になる番だぜ……!」

 

 

 両者ともにらみ合い、もはやすぐにでも戦いが始まろうとしていた。カギは殺気立ちながら戦闘態勢となり、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から愛用の杖を取り出し、しっかりと左手で握り締めていた。さらにカギは”戦いの旋律”による身体魔力強化を行い、隙を見て神威を殴り飛ばそうとしていたのである。

それを見た神威も、腕を握り構えを取り、いつでも攻撃出来る姿勢となっていたのだ。

 

 

 そんな二人から退避し、三郎は亜子を抱きかかえ、物陰に隠れていた。そこへ他の人物がやって来てたのである。それはやはり和美であった。

 

 和美も神威を見失い、カギと手分けして探していたのである。そしてようやく神威の居場所を探し出し、この場所へと駆けつけたのだ。また、その和美の護衛として、マタムネも参上していた。加えてカモミールも和美の肩の上に登り、その場でカギを見守っていたのである。

 

 

「あ、アンタは? それと和泉!?」

 

「俺は川丘三郎と言います。それと亜子さんなら、あの子供の先生が眠らせたようです」

 

「カギ君が? それよりもアンタ、その怪我大丈夫!?」

 

 

 和美は三郎と会うのが初めてだったらしく、誰なのだろうかと思ったようだ。その上亜子が気を失っていることに、大層驚いていた。そこで和美の疑問に三郎は自己紹介と共にカギが亜子を、眠らせてくれたと答えたのだ。

 

 それを聞いた和美は、あのカギに気の利いたことが出来たのかと少し関心していたようだ。しかし、そこで和美は、三郎の右太ももと左肩の血痕を見て、驚きの悲鳴を上げていた。

 

 

「傷はもう心配ありません。子供の先生がよい薬をくれましたから」

 

「それならいいけど……」

 

 

 三郎はすでにどちらの怪我も治療済みで、傷はふさがって居る状態だった。ただ、怪我した部分はおびただしい血で汚れ、はたから見れば怪我をして居るように見えたようである。加えて夕方であり、薄暗い状態だったのだ。だから和美は三郎が怪我をしていると錯覚したようだった。

 

 

「あ、そうだ。私は朝倉和美よ。和泉のクラスメイトね」

 

「亜子さんの知り合いでしたか」

 

 

 そこで和美は自己紹介を忘れていたと思い、三郎へとそれを行った。さらに和美は気持ちが落ち着いたようで、彼が噂の亜子の彼氏であることを思い出し、普段の笑みを見せていた。また三郎は和美の紹介を聞き、亜子の知り合いとわかり心から安心したようである。その安堵する三郎の横で、マタムネが和美へと話しかけたのだ。それは危険の知らせであった。

 

 

「和美さん、オコジョ妖精、どうやら二人が激突するようです。もう少し離れた方がよろしいかと」

 

「ここでも危ないの!?」

 

「冗談だろ!? 20メートルは離れてるんだぜ!?」

 

 

 それを聞いた和美は、そこそこ距離のあるこの場所でさえ危険なのかと思っていた。和美らが居る場所は、カギと銀髪から20メートルほど離れていたのだ。この距離はカギが張った人払いの結界の射程距離でもあった。しかしその距離でも安全圏には足りぬと、マタムネは忠告していたのだ。

 

 だから和美はマタムネから、この場所でも危険だと聞いて大層驚いていたのである。その和美の肩の上で、カモミールも飛び跳ねて驚いていた。なぜなら、それはまさしく、壮絶な争いになると言うことを表していたからだ。

 

 

「はい、かなり危険かと。とりあえずあちらへ移動しましょうか」

 

 

 だからマタムネが示した場所へと、和美は移動をすることにしたのである。そこで三郎はオコジョがしゃべっていることに驚き、目をパチクリさせていたのだった。

 

 

「オコジョがしゃべってるけど、腹話術か何か?」

 

「あ、ヤベ! この兄さん一般人だった……!」

 

 

 カモミールは自分の失態に気づき、焦りの表情を見せていた。この三郎、スタンドやシャーマンのことは知っていても、魔法使いのことをあまり知らないのである。いや、魔法があるようなことは状助から聞いているが、まさかオコジョが人語を話すとは思っていなかったのだ。だが、そんなことに驚いて居る暇など無く、和美は三郎へ、急いで離れるように話したのだ。

 

 

「後で説明するからさ! 今はここを離れたほうがいいって!」

 

「……? どうして?」

 

 

 だが、三郎にマタムネを見る力は無い。だからマタムネの説明が理解出来ないのである。それゆえ、なぜこの場からさらに離れなければならないのか、わかっていないのだ。それに気がついた和美は、とりあえず三郎にも移動するように持ちかけたのだ。

 

 

「そっか、アンタにはマタっちが見えないんだ。とりあえず私についてきて!」

 

「マタ? まあ、そう言うのであれば、そうします」

 

 

 そしてすぐさまマタムネの案内を受け、和美がそっちの方へと走っていた。カモミールも和美の肩に捕まり、同時にその場から離れていったのである。さらに三郎も気を失っている亜子を抱きかかえ、和美の後を追っていった。

 

 しかし、どうしてマタムネは、カギと共闘しなかったのだろうか。ここでマタムネがカギと共に神威と戦えば、戦局は有利になっただろう。だがそれには理由があった。あの銀髪たる神威が抜け目ない男だと、マタムネは考えていたからだ。カギとの戦いの最中に、和美の方にやって来て、人質やニコぽを使う可能性を考慮したのだ。だからマタムネは、加勢よりも和美たちの護衛についたのである。

 

 

 

 この場から離れた和美たちをよそに、いまだにカギと神威は向かい合い、互いに牽制しあっていた。じりじりと互いの隙をうかがい、どちらが先に動くかを待ってる状況だった。そんな二人を照らすように、一つの花火が打ちあがっていた。それが天に鮮やかな火の花を咲かせ、夜空を明るく染めたのだ。その花火を合図に、神威とカギの拳が衝突し、爆発的なエネルギーを噴出させていたのである。

 

 

「地にはいつくばって消えてもらう!!」

 

「私の目の前から消えうせてもらうよ、醜い片割れ!」

 

 

 その爆発の勢いを利用し、両者は距離を取り離れていた。カギは勢いのまま下がりつつ、着地寸前で王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を起動し、宝具を大量に出現させた。また、超絶な宝具を解き放ち、束となって神威へと突き進んでいったのだ。しかし、それを神威はいともたやすく回避し、カギの懐へともぐりこみ、技を使ったのである。

 

 

「”神の鉄槌”!!」

 

 

 神威が放った神の鉄槌は膨大な気を拳に固め、ハンマーのように相手を殴り飛ばす技である。それを神威はカギへと振り下ろし、そのまま潰してやろうと考えたのだ。だがカギはその程度の攻撃など当たらなくなっていた。カギは神の鉄槌をいともたやすく避け、魔力で強化した右腕で神威の腹部を殴り飛ばしたのである。

 

 

「な、にぃ!?」

 

「テメー、なめんなっつったろ?」

 

 

 さらにカギは王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から一本の剣を取り出し、それを神威に向けて振るったのだ。その鋭い斬撃はすさまじい魔力を宿しており、命中すれば神威ですら、ただではすまない攻撃であった。しかし神威はそれを避け、カギへとさらなる技を繰り出したのだ。

 

 

「チッ”神狼の咆哮”!!」

 

 

 神狼の咆哮は、拳から拡散する気の衝撃波を放つ技だ。それは広範囲に渡り衝撃を与えるため、至近距離に居たカギは、それを受けざるを得ない状況となっていた。その技を見たカギは、最大障壁でそれを防御し、なんとか防ぐことに成功したのだ。

 

 

「その程度の技、俺にはもう通用しねぇ!!」

 

 

 だが、それは大きな隙となり、神威はカギの背後へと周り込んでいた。カギはそれに気づくと、すぐさま後ろを振り向き、右拳を神威へと打ちつけたのだ。だが神威は、そこで更なる技を使っていたのだ。

 

 

「ハハハハハ! 言うようになったね、”神蛇の毒牙”!!!」

 

 

 神蛇の毒牙は、手刀に気を纏わせ螺旋を描くように鋭く突く技である。その攻撃もカギは防御で対処しようと障壁を張っていた。しかし、その技は障壁すらも砕き貫通し、カギへと迫ってきていたのだ。それを見たカギは、流石に驚きの声を漏らし、どう回避するかを考えていた。

 

 

「何!?」

 

「ハハハハハ!串刺しになってしまえよ!」

 

 

 そしてカギへ、その神蛇の毒牙が襲い掛かり、腹部へと突き刺さったのだ。神威はカギが自分の技を受け串刺しになったのを見て、ほくそ笑みながら笑っていた。なんということだろうか、カギはこの技でしとめられてしまったのだ。

 

 

「ハハハハハ!残念だったね、醜い片割れ」

 

 

 カギは神威の右腕に腹部を貫かれ、ぶら下がった状態となっていた。しかし、そのカギが突然溶け出し、消滅したのである。それを見た神威は、一瞬仰天して背後を振る向いたのだ。するとそこにはカギがおり、すでに拳に魔力を乗せて殴る体勢となっていたのである。

 

 

「パープリンだなテメーは! ”幻影”だよアホンダラ!」

 

「何……だと……!? 馬鹿な……!?」

 

 

 その振り上げた拳は神威の涼しげな顔に直撃し、その美形を歪ませたのだ。さらにカギは神威の顔面に拳を突き刺したまま、突き進んで速度を上げていた。神威は何とか顔面の拳を抜こうと、必死にもがくものの、そのカギの突進力に気おされ、なかなか抜けれずにいたのだった。そのままカギは突進しながら、魔法の詠唱を唱えていた。そして、その魔法が発動し、神威へと襲い掛かったのだ。

 

 

「近距離でよく味わいな! ”千の雷”!!」

 

「ガッ!!!?」

 

 

 千の雷をほぼゼロ距離で受け、その勢いで吹き飛ばされた神威は、建物に激突して大量の土煙を吹き荒らしていた。またカギは、その程度でくたばらないだろうと考え、次の攻撃へと移っていた。そしてカギは雷の斧を掌握し、左手の杖と合体させたのである。

 

 

「これがテキトーに開発した俺の必殺!! ”雷神斧槍”だぜ!!」

 

 

 その魔法の形は雷の力で出来たハルバードであった。さらにその魔法は、あのエヴァンジェリンが開発した”術具融合”の魔法だったのだ。そう、カギはついにこの魔法を会得できたのである。だが、これでもエヴァンジェリンからすれば、まだまだ甘いレベルだったのだ。カギは虚空瞬動により空中で加速し、その雷神斧槍を神威が居るであろう土煙立ち込める倒壊した建物へと突き立てたのだ。

 

 

「醜い片割れ……。君ごときが私に向かってこんな……」

 

 

 神威は顔を傷つけられ、かなり怒りを感じていた。このイケメンたる自分の顔に、泥を塗られたからだ。そして、その神威の怒気により、土煙は吹き飛びカギの目の前に神威が現れたのだ。

 

 

「……君は必ず殺してやる、この醜い片割れが……!!」

 

 

 その怒りにより神威は、爆発的な気を体から放出し、おぞましいほどのプレッシャーを放ち始めた。また、美形と呼ばれた表情はなりを潜め、もはや醜く歪んだ憎悪の表情となっていたのである。しかしこの怒りようは、ただ顔を傷つけられただけではなかった。完全に格下としか見ていなかったカギに、傷つけられたと言うことが許せなかったのだ。

 

 そうだ、この神威はカギから攻撃を受けたことで、そのプライドを汚された気分だったのである。そんな怒りをあらわにする神威へと、カギはそのまま一直線に、雷神斧槍を神威へと突き立てながら突き進んでいったのだ。

 

 

「それはこっちの台詞だクソヤローが!!」

 

「……”賢神の聖槍”」

 

 

 そこで神威は新たな技を繰り出した。それは巨大な気で出来た槍を、右腕に出現させたのだ。そしてそれをカギの雷神斧槍と衝突させると、一瞬にして辺りの物体は光に飲まれ、破壊されつくされたのである。だがその光の中で、両者は衝突を繰り返していたのだった。

 

 

「テメー、俺の従者に手を出しやがって! すぐ死ね! 今死ね! この俺の目の前から、この麻帆良から消えうせろオォッ!!」

 

「消え去るのは君なんだよ、醜い片割れ……」

 

 

 気の槍と魔法の槍の壮絶な衝突。一撃衝突するだけで莫大な衝撃が発生し、周りの瓦礫を吹き飛ばしていた。それが何度も行われ、すでに周りには何も無くなっていたのである。と言うかこれ、完全に破壊活動となっていた。さらに両者とも槍でつばぜり合い、力比べを始めたのだ。

 

 

「くたばりやがれ!」

 

「それは君だよ……」

 

 

 だが、そのつばぜり合いの間に、神威は左腕に膨大な気をかき集め、その力を溜め始めたのだ。それを見たカギは、直感的に危険を察知し、すぐさま後退したのである。しかし、神威はカギを逃がさんと、右手に持つ賢神の聖槍を突き立てながら、カギとの射程を保っていたのだ。そこで神威が溜めた左腕の気を、カギの方へと打ち放ったのである。

 

 

「”戦神の怒り”!!!」

 

 

 神威が放った技は、戦神の怒りと言うものだった。それは単なる気の塊を、相手にぶつけるだけの砲撃だった。されどその砲撃は、宇宙戦艦の主砲のような、巨大な極太レーザー砲のような、壮絶な砲撃だったのだ。さらにその膨大な量の気の砲撃は地響きを立てながら、カギを飲み込まんと襲い掛かったのだ。

 

 

「何!? グアッ!!?」

 

 

 なんということだろうか。その極太の気のレーザー砲にカギはのまれ、光の中に消えていったのだ。もはや悲鳴を上げる間もなく、カギは光に飲み込まれ、その場から見えなくなってしまったのである。また、それを見た神威は溜飲が下がったのか、普段の落ち着いた表情に戻っていた。

 

 

「所詮は醜い片割れ、この程度だったってことさ。さて、亜子さんはどこへ……?」

 

 

 そして、これで戦いは終わったと感じ、辺りを見回していたのだ。神威はすでに、亜子と三郎を探そうと試みて、歩き始めたのである。しかし、戦いは終わってなどいなかった。神威は完全に、カギのことを甘く見すぎていたのだ。

 

 

「……何勝手に終わらせてんだ?」

 

「なん!? ガアアアアア!?」

 

 

 なんとカギはいまだ健在で、神威の顔面へと再び拳を突き刺していたのだ。ところどころ傷を作ってはいるが、ほとんどが軽傷だったのである。だがこれは一体どういうことなのだろうか。あの時カギは確かに神威の技に飲み込まれたはずだった。だが、カギは神威の攻撃を防ぐべく、別の手をすでに使っていたのだ。それは神威との戦いの前から、すでに用意されたものであった。

 

 その答えはカギの着ていたローブの下に存在した。カギはローブの下に、あの黄金の鎧を装備していたのである。さらに術具融合はO.S(オーバーソウル)を基礎に開発された術式だ。その技術を使った雷神斧槍は、甲縛式O.S(オーバーソウル)には届かないものの、ある程度の防御力を有していた。そのため雷神斧槍を使い戦神の怒りを防御したことで、その防御力によりダメージを抑えることが出来たのである。つまり、その二つの要因により無傷とは言わないものの、神威の放った戦神の怒りからのダメージをある程度抑えることが出来たのだ。

 

 

「ハッ! 形勢逆転ってやつだなぁ!! ねえどんな気持ち!? 今どんな気持ち!?」

 

「こ、こいつ……!!!」

 

 

 そして神威に突き刺さった拳から、白き雷が打ち出された。その雷撃を受けた神威は、数メートル吹き飛び地面に転がったのである。さらにカギは雷神斧槍を神威へと投擲し、それが神威へと突き刺さったのだった。

 

 

「アグッ!! グアアアアアッ!?」

 

「突くのは好きみてぇだが、突かれるのは嫌いだったかなぁ!? ”術式解除、雷斧招来”!!」

 

 

 また、そこで術具融合として杖と合体させていた”雷の斧”を開放し、神威へと命中させたのだ。すさまじいカギの多段攻撃に、あの神威とて耐えられるものでもなかったようだ。その一撃で、天にも届くほどの悲鳴を上げ、苦痛に耐えていたのである。

 

 

「ギッイガアアアアアアアッ!!?」

 

「醜いのはどっちか、思い知ったかクソッたれ!!」

 

 

 カギは神威の悲鳴を聞いて、そう罵倒の叫びを上げていた。そして神威は完全に力尽きたのか、その場に倒れこみ動かなくなったのである。その動かなくなった神威を見たカギだったが、いまだに戦闘態勢を解こうとしなかった。

 

 この神威はあのジャック・ラカンの能力を特典として選んだ転生者だ。ジャック・ラカンはとてもしぶとく、そう簡単にはくたばらない。実際カギはその事実をいまだに知らないのだが、カギが持つナギの特典としての勘が、まだ動く可能性を感じさせていたのである。

 

 だが、修行したカギにここまでボコられて居るのを見ると、本当に修行していたのか疑わしく感じる部分もあった。と言うのもこの神威、技の開発ばかりに力を注いできたのである。

 

 かっこいい技名を考えては、その技を開発する。そのサイクルをずっと繰り返してきたのが神威だった。まあ、そこでさらっと開発できてしまうのも、あのジャック・ラカンの特典(のうりょく)ゆえと言えよう。さらに言えば神威はイケメンで体も巨体ではなく、多少筋肉はついているものの、細身で優男のような体系だった。そう言った部分がジャック・ラカンとの能力と微妙にかみ合わず、100%の力を出し切れていなかったのだった。

 

 そのため神威はジャック・ラカンほどの能力を得られず、中途半端な存在に成り下がっていたのである。しかし、カギは違う。カギは大人の体となり、ナギの能力をかっちりかみ合った状態で修行を繰り返してきた。つまりカギは神威の何十倍もの効率で、強くなってきたことになるのだ。

 

 また、神威はカギのことを完全に見下していた。かなり慢心があったとも言えるだろう。そのような精神で相手していたため、神威はカギに足元をすくわれた形となってしまったのだ。だからこそカギは神威を圧倒し、ここまで出来るようになったと言えるのであった。

 

 

「まだ終わってねぇだろ、テメー……」

 

「……フフ、フフフフフ……」

 

 

 カギがそこでそう言うと、神威は倒れたまま笑い出していた。そして、そのまま立ち上がり、カギの方を不気味な笑みを浮かべ、眺め始めたのだった。

 

 

「醜い片割れ、笑えるね……」

 

「何が笑えんだよ!」

 

 

 そこで笑えるとほざく神威に、カギは苛立ちの言葉を発していた。そのカギの言葉を聞き、神威はさらに醜悪な笑みを見せ、その答えをゆっくりと解説していったのだ。

 

 

「だって君が私を倒したとしても、私が命を落とさない限り、ニコぽは解けないのだよ?」

 

「あぁ? んだっつーんだよ!!」

 

「わからないやつだね」

 

 

 神威が言うことは簡単だった。自分を倒したところで、死なない限りはニコぽの呪いは解除されないということである。だがカギはわからないのか、それともわかりたくなかったのか、それを何だと聞き返していたのだ。そんなカギを見て、神威はあきれた表情で肩をすくめ、さらに確信をカギへと話したのである。

 

 

「それは永遠に君の従者は、私のものだということだよ」

 

「な、何!?」

 

 

 そう、つまり自分を倒したところで、カギの従者は君の元へは戻らないと、そう神威は言い放ったのだ。その答えにカギは目を見開き驚き、その直後体全体が震え始めていた。さらにすさまじい殺気がカギからあふれ出し、今にも殴り殺そうと言うほどの視線を神威へと向けたのである。

 

 

「いや、笑わせてもらった。そして君がこれほど強くなるとはね……」

 

「……なら笑えねぇように永眠させてやるよ……」

 

 

 しかし神威は、そのカギを見てもなんともなんとも思わないのか、冷めた視線をカギへと送っていた。また、神威は笑いながらにカギが強くなったことを語っていた。しかし、それは馬鹿にしているものであり、決して認めた訳ではないのだ。そしてそう話す神威に、カギは命をも奪うと断言したのである。

 

 

「ハハハ、今日はもう勘弁かな。私はこれから約束があるのでね」

 

「あんだとテメー!! 逃げんのかよ!!!」

 

 

 さらに神威は戦うことを放棄し、逃げる手に出たのだ。それは神威が約束を取り付けているからだと、カギへとしゃべったのである。だが、カギは神威を逃がす気などなく、逃げるなと怒気を含んだ叫びをあげていたのだ。

 

 

「そう、逃げるんだよ。私は無意味な争いはしない主義でね」

 

「何だと!? 無意味だとぉぉ!?」

 

 

 その怒りに燃えるカギを見て、無意味な戦いをしない主義だと神威は言ってのけたのだ。その無意味な戦いとは今の状態であり、それを無意味と言われたカギは、さらに怒りの炎を燃焼させるのだった。しかし、そんなカギなどどうでもよさそうにし、淡々と無意味なことだと神威はカギへ挑発的に話していたのだ。

 

 

「そう、無意味。だって私は君を倒しても、何の得もないのだからね」

 

「こっちにゃテメーを倒す理由は山ほどあるんだよ!!」

 

「そうかい? まあ、頑張ってくれたまえよ」

 

 

 神威にはカギを倒す必要性が無い。それは当然のことだ。どうせ戦って勝っても、何かが変わるわけではないからだ。だが、カギには神威を倒す理由がある。夕映の洗脳を解くことや、過去の敗北の屈辱を晴らすことも理由にあげられるのだ。そこでもはや、戦いなどどうでもよくなった神威は、黒く歪んだ微笑みでカギへと皮肉として応援の言葉を送ったのである。

 

 

「それでは、アディオス!」

 

「おい、テメー待て!! クッソォゥッ!」

 

 

 そして神威は影の転移魔法(ゲート)を使い、この場から脱出していった。それを見たカギは、そんなことも出来るのかと驚きながらも、神威を逃がしたことを悔しく思うのだった。また、カギは悔しさから、膝を突いて地面に拳を突き立てていた。すると地面は壮大に砕け、大地を割ったのである。その様子を何とか遠くで見ていた和美や、カギの魔法で眠りについている亜子を抱きかかえた三郎が、カギの近くへと寄って来たのだ。

 

 

「カギ君、大丈夫……?」

 

「子供先生……」

 

「兄貴……」

 

 

 神威を取り逃がしたカギに和美と三郎が声をかけていた。カモミールもその怒りを地面にぶつけるカギを見て、心苦しそうであった。加えてマタムネも、目を瞑りながら何かを考えて居るようだった。

 

 

「チクショウ……! チクショウッ!! あの野郎を潰す絶好のチャンスだったっつーのによーッ!!!」

 

 

 しかしカギには二人の声が届いていないようだった。その後悔の念で歯を強く噛み、何度も地面に拳を叩き込んでいた。その打ち付ける拳は皮膚の皮が破れ、真っ赤に染めていたのである。

 

 

「俺はあん時から! 全然成長してねーじゃねーかッ!!」

 

 

 そしてカギは叫んでいた。あの敗北した時と、まったく成長していないと。またしても銀髪に敗北したのだと、そう感じていたのである。確かに神威を圧倒出来た。だが最終的には神威を逃がし、結果的に負けてしまったのである。その敗北感にカギは、打ちひしがれていたのだ。

 

 

「クッ……。ヤツはどこに行った……。誰と約束したんだ……」

 

 

 カギは悔しさで苦しみつつ、あの神威が次にどこへ向かったのかを考え始めていた。あの神威は約束があると行って逃げていった。つまり、誰かと会う約束のことだと、カギはそれを推測したのだ。そこへ再び和美が、その深く思考するカギへと、声をかけたのである。

 

 

「……カギ君、その手大丈夫なの?」

 

「なんだ朝倉か……。手なら問題ねぇよ。後で簡単に治せる……」

 

 

 和美はカギが地面に打ちつけ怪我をした手を、心配そうに見ていたのだ。その和美の心配する声に、カギは後で治せると言って心配させまいとしていた。だが、和美の声を聞いたカギは、ふと何かがひらめいたようだ。確か朝倉はパパラッチで、クラスの事情に詳しいはずだと、それをカギは思い出したのである。それを確認するべく、カギは和美へと話かけたのである。

 

 

「そうだ朝倉! 誰かクラスメイトで、この時間に約束してるとか言っていたヤツは知らねーか!?」

 

「え!? 急にそんなこと言われても……。ちょっと待って! 今思い出すから!!」

 

「兄貴、何か思いついたんだな!?」

 

 

 そうカギに言われた和美は、今日のクラスメイトの予定を思い出していた。そしてカモミールも、カギが何か名案を浮かばせたと思い、それを叫んでいた。この時間に誰かと約束していると話していた人は誰だったか。それを必死に思い出そうと、腕を組んでうなっていた。そしてそれを思い出したようで、カギへとそれを教えたのだ。

 

 

「た、確かこの時間帯なら、噴水公園で誰かと待ち合わせするって、大河内が話してた気がしたよ」

 

「おい、その待ち合わせてんのが銀髪だっつーんなら、アイツも……」

 

「ま、間違えねーぜ……。あの銀髪は何人はべらせてぇんだ!?」

 

 

 それを聞いたカギは、神威の次の居所がわかり喜びそうになった。しかし、それはつまり大河内アキラがあの銀髪の手に堕ちたことに他ならなかった。だからカギは、それを素直に喜べず、むしろさらに悔やむ気持ちが強くなっていたのだった。カモミールもそれで間違えないと考えたが、神威が何人手篭めにすれば気が済むのかと考えていた。

 

 

「そ、そうだね……。でもカギ君が助けてくれるんでしょ!?」

 

「……ハッ! あったぼーよ! 生徒の悩みを解決するのも、教師の役目だ!」

 

「今の兄貴ならぜってーにできらぁー!」

 

 

 だが和美は悔いの気持ちで暗くなるカギを、奮い立たせようとその言葉を発していた。カギがやらずして誰がやると、そう叫んでいたのだ。その和美の言葉を聞いたカギは、こんなところでいじけていては意味がないと考え、教師としてみんなを救うと豪語したのだ。その横でカモミールも、今の戦闘力のカギならば神威を倒せると確信していたようである。

 

 

「俺からも頼みます。それに俺もあいつを絶対に許せません……」

 

「おう、任せておけ! ぜってーあの銀髪のイケメン面を歪まして、頭はげ散らかしてやるぜ!」

 

 

 そこで三郎も、カギに神威を倒すことを頼んでいた。あの銀髪は絶対に許さないと、心に怒りを燃やしていたのだ。それは自分への仕打ちでのことではない。亜子を泣かせ、弄ぼうとしたことに、怒りを感じていたのである。また、カギは三郎の分まで神威に報いてやると、三郎へと宣言していた。

 

 

「なら俺は行くぜ。いそがねーと、色々やばそうな状況っぽいしな」

 

「うん、ヤバイよ……。うちのクラスの大半が、あの銀髪に惚れちゃってる状況だよ……」

 

「マジかよ……」

 

「ウソだろー!?」

 

 

 カギがヤバそうな状況だと言ったところで、和美が本当にヤバイと話し出した。銀髪のやつはすでにクラスの大半を手篭めにし、本当に危険な状況なのだとカギへと説明したのだ。その和美の今の話を聞いたカギは、本気でヤバイ状況と言うことを確認したのだ。そして顔を青く染め、早く何とかせねばと思ったのである。カモミールも今の話で飛び跳ねながら驚き、このままではヤバイと危機感を持ったようだ。

 

 

「ならば小生も、カギさんの助太刀をさせていただきましょう」

 

「む、ネコ。お前も戦うってのか?」

 

 

 自体は一刻も争う状況となっていたことで、カギも焦りを感じていた。そんな焦るカギに、マタムネは静かに口を開いた。それはカギと共闘するという旨趣の言葉だったのだ。だがカギは、このマタムネを見て、微妙に頼れるか心配そうにしていたのである。

 

 

「この小生では不服と申すか?」

 

「いや、少しそう思うが。どうするか……」

 

 

 そのネコとしての自分の姿を見て、多少不安がるカギに、マタムネは不服なのかと聞いていた。そこでカギは、少し正直にそう思うと言っていた。しかし、確かに戦力は多いほうがいい。このネコの強さがどれほどかはわからないが、名乗り上げるからにはある程度動けるんだろうとは、カギも考えたようだった。

 

 

「いや、やっぱ来なくていい。あいつとの決着はおれ自身がつけてぇ……」

 

「その意気込みやよし。しかし、自体は一刻を争うのですよ?」

 

 

 だがカギはマタムネの助太刀を拒んだのだ。あの神威との決着は、自分の手でつけたいと考えたからだ。また、そのカギの答えにマタムネはその意思はすばらしいものだと関心していた。しかし、この状況はすばやく解決必要があるため、そんなことをしている暇はあるのかと、カギへと話したのだ。

 

 

「わかってるよ。だけどあのヤローは何をするかわからん。だから朝倉についてるなら、そうしていてくれるとありがてぇ」

 

「そうですか。そう申すなら、何も言いますまい……」

 

 

 そうマタムネから言われたカギも、そのことは重々理解していた。大切なクラスメイトがあんな銀髪に手篭めにされたままなど、夢見が悪すぎるからだ。そんな風に考えながらも、カギはそれとは別の理由もあると、マタムネにそれを説明した。それは和美や亜子が、もしものことだが狙われた時、守ってほしいというものだった。そのカギの申し出を聞いたマタムネは、納得したようで頷き、もはや言葉は不要だと述べていた。

 

 

「カモ、お前もここに残れ」

 

「な、何でだよ兄貴!!? 俺っちはどこまでも兄貴についてきやすぜ!!?」

 

 

 そこでカギはカモミールもこの場に残ることを提案していた。しかしカモミールは、カギについていく気が満々だったようだ。それを聞いたカモミールは、ついて行くと叫んでいたのだ。

 

 

「駄目だ、この先の戦いがどうなるかわからねぇ……。ここで残ってくれた方が俺もやりやすい……」

 

「た、確かに俺っちがついていっても、足手まといにしかならねぇ……」

 

 

 カギは再び神威と合間見えたとき、どんな戦闘になるかわからなかった。だから被害が出ぬように、カモミールを置いていきたかったのだ。そのカギの言葉にカモミールも、自分がついていっても邪魔になるだけだと思ったようだ。

 

 

「わかったぜ兄貴! 俺っちもここに残って、兄貴の勝利を祈ってるぜ!!」

 

「悪ーなカモ、んじゃ頼んだぜ!」

 

 

 そしてカモミールはここに残ることを決断し、カギの勝利を祈ることにしたようだ。そんなカモミールにカギは、少し申し訳なさそうな表情で謝り、強い気持ちで頼んだと言っていた。

 

 

「じゃあ行って来るぜ。明日になったらみんな元に戻ってるはずだ!」

 

 

 そしてカギは、そこの二人と二匹に戦いに出ると言っていた。また、明日になればクラスメイトは悪夢から解放され、日常に戻っているはずだと、そう断言したのである。

 

 

「うん、期待してるよカギ君!」

 

「よろしくお願いします」

 

「和美さんのことは任されよ」

 

「兄貴、絶対に勝ってくれよ!!」

 

 

 そんなカギの言葉を聞いた二人と二匹は、互い互いにカギを応援していた。和美はカギに期待を寄せ、三郎は先ほど頼んだことを再びお願いしていたのだ。さらにマタムネは、和美は守るので安心して行って来いと、そう言う意味の言葉をカギへと送っていた。それらの言葉を聞いたカギは、その場から杖で飛び立ち、目的の噴水公園へと急いだのだ。その飛び去るカギの背中を、二人と二匹はその姿が消えるまで、ずっと眺めていたのだった。

 

 




戦いに勝ったが勝負に負けた
銀髪は、無駄な争いを、好まない

麻帆良二日目の夜はまだまだ続く……


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六十九話 鮫の牙

その身に宿る牙を突き立てろ


 鮫島刃牙はジョジョの奇妙な冒険Part5に登場する、スクアーロの能力をもらった転生者である。スタンドのクラッシュを能力として操り、大河内アキラの兄貴分として生きてきた転生者だ。

 

 すでに太陽は落ち、月明かりが照らす時間となっていた。そんな時間帯に刃牙は、ある場所へとやって来ていた。そこは噴水公園だった。

 

 なぜ刃牙がここへと足を運んだかと言うと、あのアキラから天銀神威とデートをすると言う話を聞いたからである。それを聞いた刃牙は、全身を震わせて暴れそうになったほどだった。だが、暴れたところで無意味だと感じた刃牙は、神威を倒すチャンスだと考え、噴水公園で待ち伏せをしていたのだ。

 

 

「野郎は必ずアキラより先に来るはずだ……。その時がヤツを倒す絶好の機会だ……」

 

 

 噴水公園の草むらの影に隠れ、神威がやってくるのをひたすら待つ刃牙。そこへあの神威が、影の転移魔法(ゲート)を使って現れたのである。そのおぞましい内面からは想像できないほど、月明かりに照らされた神威は美しくたたずんでいた。また、カギとの戦いでボロボロとなった服ではなく、黒を標準としたカジュアルなファッションに身を包んでいたのである。そんな噴水の前で立ち尽くす神威を、刃牙は目で殺せるほど睨んでいたのだ。

 

 

「待っていたぜ……。この”瞬間(とき)”をよお……!」

 

「何……?」

 

 

 そして刃牙は神威を発見したところで、すぐに攻撃へ移ったのだ。噴水の手前に立つ銀髪へ、スタンドのクラッシュを襲わせたのである。

 

 

「クラッシュ!!」

 

 

 噴水の池から大きな水しぶきと共に、古代魚のようなスタンドが姿を現した。さらにその水源の大きさにより、クラッシュは人よりも一回り大きな姿となっていたのだ。また、刃牙はあえて神威へと姿を見せ、その視線を逸らさせていたのである。

 

 

「なんだ、あの時の醜いヤツか……」

 

 

 だが、その刃牙の攻撃は神威へは届かなかった。突如神威が刃牙に対峙したままの体勢で裏拳をすると、そこにはクラッシュが居たのである。それを受けたクラッシュは、ものすごい速度で吹き飛ばされたのだ。その光景を見た刃牙は驚き、目を見開いていた。なぜならスタンドを素手で攻撃したからだ。さらに、その攻撃で刃牙も数メートル後方へと吹き飛ばされ、口から血を流していたのだ。

 

 

「がっ!? な、なぜスタンドを攻撃できるんだ……!?」

 

「さあ、それは私もはかりしれないことだよ……」

 

 

 この神威の特典はジャック・ラカンの能力だ。そのジャック・ラカンは雷化したネギを平気で殴るバグである。そのせいなのかわからないが、神威はスタンドを攻撃できたのである。また、今の攻撃で刃牙は胸に手傷を負っており、足をふらつかせながら立っていた。

 

 

「……ああ、確か君はアキラを私から守ろうと、必死だったね」

 

「……それが……どうした……?」

 

 

 さらに、一撃でボロボロになった刃牙へと微笑みながら、神威はなにやら語り始めた。それは刃牙が、アキラを守ろうと必死に奮闘していたことだった。刃牙は神威が何を言いたいのかわからないようで、睨みつけながらそれを聞いたのだ。すると神威は刃牙の真横まで移動し、首や視線は前を向けたまま、ぽつりぽつりと言葉を述べたのだ。しかし、それは驚愕の真実だったのである。

 

 

「最初にアキラに会った時、すでに彼女は私のものになっていたのさ……」

 

「な、な……に……?」

 

 

 なんとその言葉は、アキラが最初からニコぽの罠に嵌っていたというものだった。それを聞いた刃牙は、目を見開き神威の方を向いていた。加えて全身から力が抜けるような、そんな感覚を味わっていたのだ。まさか、まさか最初からアキラは、この神威の呪いにかかっていたのだ。

 

 

「そして君へ私のことを教えないように、頼んでおいたんだよ」

 

「ど、どうしてだ……?」

 

「ここぞという時に話してもらって、君がいかに醜いかを認識してもらおうとおもったからさ」

 

 

 さらに悲惨なことが発覚した。この神威は刃牙の気持ちを弄び、掌で躍らせていたのだ。その神威の言葉に刃牙は、戦意喪失するほどにショックを受け、膝を突いていた。最初から全て計画されたことだったとわかり、もはや何をすればよいのかわからなくなってしまったのだ。そんな失意の底へと叩き落された刃牙を見て、神威は心底喜びほくそ笑んでいた。これが見たかったと、心の奥底から思っていたのだ。

 

 

「ああ、そうだ。アキラにはまだ手は出してないよ」

 

「……何が言いたい……」

 

 

 そこで神威は挑発的な口調で、アキラには何もしていないと刃牙へと話し出した。しかし、先ほどのことがあったため、刃牙はまた神威が何か企んでいると考えたのだ。そしてそれは正解だった。その刃牙の質問に、醜悪な笑みを浮かべ答えたのである。

 

 

「つまり、今日にでもいただこうと思ってね」

 

「て、テメェ……!!」

 

 

 それは今日、アキラとデートした後に、事を起こすと言うことだった。さらにそれは、キスなどといったロマンチックなものではなく、それ以上の行為のことだと、刃牙は察したのだ。また、刃牙はそれを聞いて、自分の唇を噛み千切り、かなりの血がそこから流れ出ていた。神威はそこで嘲笑いながら、刃牙から離れ自ら距離を置いた。別に怒りに燃える刃牙に恐れを抱いた訳ではない。多少離れていても、即座に近づけると言う余裕の表れなのだ。

 

 

「ハハハ、私は優しくないから、もしかしたら泣いちゃうかもね」

 

「……く……くッ……クッ! クラッシュウウゥゥゥッ!!!」

 

 

 今の言葉に刃牙は全身を震わせながら、喉がはち切れんほどの叫びを上げ、手に持っていたペットボトルを握りつぶした。そしてその中の水を、神威へ向けてぶちまけたのだ。するとその水からクラッシュが出現し、神威を噛み千切らんと襲い掛かったのである。ああしかし、スタンドが見えぬのにも関わらず、そのクラッシュを掴んだのだ。

 

 

「ハハハハハ、魚風情が……」

 

「ウッグガァッ!?」

 

 

 神威はそのままクラッシュの掴んだ手に力を入れると、刃牙も体を握り潰されそうになっていた。さらに刃牙は血反吐を吐き、全身からきしむ音が鳴り響く。それを冷徹に眺め、このまま潰そうか考えている神威が居たのだ。

 

 

「死なれてもつまらないからね。半殺しにとどめてやるよ」

 

「グッグググッ!!」

 

 

 だが刃牙は諦めていなかった。クラッシュをその場で解除し、なんと自ら捨て身の特攻を仕掛けたのだ。その行動を見た神威は薄ら笑いを浮かべ、なんと醜いことかと思っていたのだ。また、刃牙がスタンドを掴まれても解除出来たのは、相手がスタンドで押さえつけた訳ではなかったからである。神威はスタンドを掴むと言うバグぶりを見せたが、スタンド使いではないのでスタンドの出し入れまでは押さえられなかったのだ。

 

 

「ウオオォォォォォォォオオオオッ!!!」

 

「これだから醜いヤツはイヤなんだ……」

 

 

 その特攻してくる刃牙へ、神威は神蛇の毒牙で打ち抜く。刃牙はそれを受け、左肩を貫通されたのだ。そしてその傷口からは、おびただしい量の赤い液体が噴出し、神威の上半身を真っ赤に染め上げたのである。

 

 

「ウグアッ!!?」

 

「……汚らしい体液で汚れてしまったじゃないか。まったく、デート前だというのに……」

 

 

 刃牙はその攻撃でグラりと後ろへ倒れこみ、もはや意識を失いかけていた。また、神威は汚れたことをかなり気にしているようで、刃牙の血がついた部分を眺めていた。だがその刃牙が流した血の部分を、クラッシュが泳いでいたのである。そこで再び体勢を整え、肩で息をしながらも立ち上がった刃牙が、魂の叫びを上げたのだ。

 

 

「”クラッシュ”! 食いやぶれェェェェェ喉をヲヲヲヲヲォォォオオオオオオッ!!」

 

「何!?」

 

 

 なんとそのままクラッシュは、神威の肩付近に出来た血の池から飛び出し、神威の喉元へと噛み付いたのだ。そのまますさまじいパワーで、クラッシュが神威の皮膚を食いちぎらんと襲い掛かる。しかし、神威の皮膚が異常に硬く、なかなかクラッシュの牙が立たなかったのだ。

 

 

「グッ……!?」

 

「気での防御だよ。その程度の攻撃など、効く筈ないだろう?」

 

 

 なんということだ。刃牙の渾身の攻撃すらも、神威には通らない。もはや諦めるしかない状況の中、刃牙は諦めてなどいなかった。むしろさらに鋭い視線で神威を睨み、おびただしい血と共に、さらなる叫びを吐き出したのだ。

 

 

「食いやぶれエエエェェェェェェェェェェッ!!」

 

 

 刃牙が発したその喉を潰すほどの叫びの直後、なんと神威の喉から血が溢れ始めていた。それはクラッシュが神威の喉に傷をつけたことに他ならなかった。刃牙をつまらなそうに眺めていた神威も、その痛みで自分の喉の方へ視線を送り、手をそこへと当てていた。すると、その手には真っ赤な水が付着していたではないか。

 

 

「ば、馬鹿な……!?」

 

 

 自分の手についた自分の血を見た神威は、驚愕した声をもらした。そこでさらに、クラッシュの牙が神威の皮膚へと深く突き刺さり、その流れ出る血を増やしていったのだ。

 

 しかし、なぜクラッシュの牙が、最初に食い込まなかった神威の皮膚を傷つけれたのか。それはスタンドが精神力により、パワーなどが左右されるからだ。ジョジョPart3にて、シルバーチャリオッツが怒りで射程距離が伸びたように、今の刃牙のクラッシュも破壊力が増したのである。加えてスタンドパワーを全開にし、刃牙はほとんどのエネルギーをスタンド操作に使ったのだ。だからこそ、神威の皮膚を突き破ることに成功したのだ。

 

 

「……フン、醜い君が私に手傷を負わせるとは……」

 

「……そのまま……、食いちぎってやる……」

 

 

 だが、傷を負ったはずの神威は、それでも余裕の態度を取っていた。また、そこで神威はその手傷を負わせた刃牙に賞賛の言葉に近いものを送っていたのだ。そして刃牙は、さらに神威を攻撃すべく、クラッシュを神威の喉へと食い込ませていったのである。これで形勢は逆転したかに見えたが、まったくそうではなかった。神威は別の方向をチラリと見ると、表情を凶悪な笑みへと変え、刃牙を再び見たのだ。

 

 

「しかし残念、タイムアウトだね」

 

「何が……!?」

 

 

 そう神威が一言溢すと、そこへ一人の娘がやって来た。それはまさかのアキラだった。いや、アキラと神威はここで約束していたので、来るのは当然のことだった。だから神威は刃牙へと、タイムアウトと言ったのである。それに気がついた刃牙は、しまったと思い愕然といていた。

 

 

「おまたせ……、こ、これは……!?」

 

「やあ、アキラ。こんばんわ」

 

 

 アキラが目にしたのは血塗れの二人の男だった。片方は自分の兄貴分である刃牙、そしてもう一方は惚れた相手の神威だ。神威は返り血で両肩や胸付近を赤くしていたが、服装が黒だった上に日も落ちていたので目立ってはいなかった。しかし、クラッシュによる攻撃で、首元からは血が吹き出ていたのだ。だが、アキラはクラッシュを見ることが出来ないので、怪我による出血として認識したようである。

 

 

「い、一体何があったんだ!?」

 

「いえ、アキラの知り合いに絡まれてしまったみていでね……」

 

「な……!!?」

 

 

 すると神威はアキラへ、刃牙に喧嘩を吹っかけられたと言ったのだ。その神威の言葉に刃牙は、息が詰まる思いを感じていた。まさか、自分を悪者にする気か、そう刃牙は考えたのだ。それはまさしく正解であり、神威は一瞬だったが刃牙の方を邪悪に笑いを向けていたのである。

 

 

「何だって!? じゃあこの傷も刃牙が……!?」

 

「ええ、彼って結構力が強かったみたいで……」

 

「お、おい……」

 

 

 さらに神威はそこで明らかなウソを、アキラへと吹き込んでいた。確かに戦いを始めたのは刃牙だが、力関係は完全に神威の方が上回っていたはずである。それを聞いた刃牙は、クラッシュを解除して神威へ話しかけようとしていたのだ。だが、そこへアキラは神威の前へ立ち、まるで神威を守るかのように刃牙の前に立ちふさがったのだ。

 

 

「刃牙! 一体どういうことか説明してくれ!」

 

「そ、それは……」

 

「どうしてこんなひどいことが出来るんだよ!!」

 

 

 お前を神威のニコぽから開放してやるなんて、言える訳が無いじゃないか。そう刃牙は思っていた。そして黙ってしまった刃牙を、最低だと睨みつけるアキラが居た。さらにアキラは刃牙を攻め立て、その刃牙の精神を削っていくのである。それを眺め、最高の気分だと考えている神威は、笑いをこらえるのに必死になっていた。

 

 また、神威よりも重症に見える刃牙を見ても、アキラはなんとも思っていないようだった。普通に考えれば、神威よりも深い傷を負っている刃牙を心配するのが当たり前なはずだ。しかしアキラがそうしないのは、やはりニコぽの力の影響なのである。

 

 

「最低だよ! そんなヤツだとは思ってなかった!!」

 

「……」

 

「まあまあ、アキラ。私はたいした怪我をしてないから、彼を許してやってほしい」

 

 

 神威に怪我を負わしたことを怒るアキラに、刃牙はもはや何も言えなかった。ただ悲しみと無力感を感じた視線を、アキラへ送ることしか出来なかったのだ。だがそこで、神威は刃牙の助け舟を出していた。心にも思っていないことを、アキラへ話し出したのである。

 

 

「でもこんな怪我を……」

 

「この程度、なんてことないからね?」

 

 

 そこでアキラは神威へと向き、その首の怪我を見ていた。何かに噛まれたような傷だったので、アキラは刃牙が噛み付いたのだと考えていた。そんなアキラへ神威は微笑みながら、この怪我をたいしたこと無いと言ったのだ。しかし、そこそこ深い傷のようで、アキラにはそうは見えなかったのである。だからアキラは刃牙の前にやってきて対峙し、許せないと叫んだのだ。

 

 

「刃牙! 理由はわからないけどこんなことをするんなら、もう知らない! 顔も見たくない!!」

 

「……!!」

 

 

 アキラの怒りの台詞は絶交の言葉だった。アキラとしては好きになった相手に、ちょっかいを出す駄目な男と刃牙を認識したのだ。だが実際は間違えで、クズ男に騙されたアキラを助けようと、刃牙は必死に戦っていたというものなのだが。それでもアキラはそれを知らないので、そう考えてしまうのだ。なんと悲しいすれ違い。また、そんな刃牙の考えや心情すらも、神威は打ち砕こうとしているようだった。

 

 

 刃牙はそう言われ、全身に力が入らなくなり、出血もひどかったので倒れそうになっていた。もはやこれまでなのか。もうアキラを助けられないのか。そう言った無力感と後悔が、刃牙を押しつぶしていった。そう自らの悔いで苦しむ刃牙だったが、ふと過去を思い出していた。それはまだ、アキラも刃牙も幼いころのことだった。

 

 

 アキラと刃牙の出会いは、まだアキラが小学生になる前のことだった。刃牙は麻帆良へ引っ越してきて、その家の隣がアキラの家だったのである。そこで刃牙は、初めてこの世界がネギまの世界だと知ったのだ。しかしそんなことは刃牙には関係の無いことであった。そして、隣同士の付き合いと言うことで、気がつけばアキラは刃牙を兄のように慕うようになっていた。だから刃牙も、そんなアキラを可愛く思い、妹のように接するようになっていったのだ。

 

 そう、刃牙にとって今も昔も、アキラは大切な妹分で家族同然の存在なのだ。ゆえにあの銀髪から遠ざけたかった。銀髪の悪夢から、目を覚まさせよう必死でもがいた。だが、それはかなわなかった。むしろ逆に銀髪に遊ばれていたという体たらくだった。そこで刃牙は心の中で何度もアキラへと謝っていた。すまない、悪かった、許してくれ。何も出来ない駄目な兄貴分で、申し訳ないと。

 

 

 そこで刃牙は、感極まってアキラに抱きついてしまったのである。随分血塗れになった刃牙が抱きつけば、アキラも血で汚れてしまだろう。だが、刃牙はそれを考えるほど、余裕が無かった。

 

 またアキラはその突然の刃牙の行動に、訳がわからなくなって驚いていた。一体どうしたのだろうか。刃牙はなぜ抱きついたのだろうか。しかしアキラはそれを考えても、まったく答えが出てこなかった。またそこで、刃牙はアキラの耳元で、静かに何度も謝っていた。

 

 

「……許せなんて言わない……。ただ謝らせてほしい……すまない……。俺が悪かった……」

 

「何を言ってるんだ……!? それは私にではなく……」

 

 

 アキラは謝るなら、まず神威の方だと思った。そのことを刃牙へと言いつけようとしたその時、何かふと感じるものがあったのだ。この刃牙がここまで悲しそうに謝ることなど、あっただろうか。いや、今までそんなことは一度も無かった。ではなぜ、刃牙は自分に何度も謝っているのだろうか。アキラの頭の中に、そんな疑問がいくつも浮かび上がってきていた。

 

 また、その光景をずっと見ていた神威も、流石に業を煮やしたのかアキラへ声をかけたのだ。その声は本当に甘くやさしいもので、神威の表情も柔らかいさわやかな笑顔であった。

 

 

「……アキラ? そろそろ、いいかな?」

 

 

 それを聞いたアキラは、ふと神威の顔を見た。この神威が好きになったのはいつだったか。確か2年前、刃牙と街で買い物をした時だ。神威が不良を撃退してくれたことに感謝したし、そこで彼の笑顔に触れて好きになったのだった。だけど、そこで刃牙が神威と自分の間に割り込んで、さらに神威に飲み物をこぼしていた。そういう風にアキラは、神威との出会いを懐かしく思い出していた。

 

 しかし、アキラはそこでさらなる疑問を感じ始めていた。その後神威と刃牙は、なにやら不仲のような感じだった。むしろ刃牙が神威を一方的に嫌っている形のように見えた。そして刃牙は神威の胸倉をつかんで叫んでいた。それを思い抱いたアキラは、ふと違和感を感じたのだ。そういった違和感は小さなものだったが、考えれば考えるほど大きくなっていった。

 

 あまり深く考えなかったが、刃牙はそもそもそんなヤツだったろうか。確かにヤンチャな性格をしていたが、突然人を突っぱねるような男ではなかったはずだ。それに刃牙は理由も無く人を怪我させるような人間じゃなかった。何か大きな理由があるはずだ。そう考えてアキラは再び刃牙を見ると、そこには左肩に穴を開け、血に染まっているではないか。

 

 そこでさらに違和感を感じた。なぜこんな怪我をした刃牙を、自分はまったく心配しなかったのだろうかと。どうして刃牙は神威と喧嘩なんかしていたのだろうか。さらに自分はなぜ、その喧嘩の理由も知らないまま、刃牙が悪いと決め付けてしまったのだろうかと。アキラは考えれば考えるほど、わからないことが増え続けてきたのである。

 

 

 だが、まずそこでやることがある。目の前の刃牙は、明らかに重症で顔も青くなっていた。早く手当てをしないといけない。また、何度も謝っている理由が知りたい。どうしてそんなに謝らなければならないのか、その理由を知りたい。そうアキラは思考し、その抱きつく刃牙へとやさしく話しかけたのだ。

 

 

「刃牙……、その怪我は……?」

 

「……! アキラ……!?」

 

 

 アキラのその一言で、刃牙はそのアキラの変化に気がついた。先ほどまでの、理不尽な怒りの声ではなく、やさしい声だったからだ。そこで刃牙は、アキラの名を驚きながら呼んでいた。その呼びかけを聞いたアキラは、何か大きな衝撃を受けたかのような、強烈な何かが頭によぎったのだ。

 

 

「わ、私、なんて、ひどいことをしてきたんだ……」

 

「ど、どうしたアキラ!?」

 

「なんで、どうして……」

 

 

 その衝撃で、アキラは刃牙へ行った仕打ちを思い出していた。あのオープンカフェで刃牙と神威が喧嘩した時、自分は神威の言葉だけを信じて刃牙を責め立てた。刃牙の言葉を信用せず、刃牙を悪者にしてしまっていた。

 

 そして今、刃牙へしたことをも、アキラは後悔し始めていた。刃牙がこれほどの怪我をしてるのに、それを無視してしまっていた。さらに神威の怪我ばかり気にして、一方的に刃牙を悪いと怒ってしまった。そして最もひどいことを、刃牙に言ってしまった。

 

 何で気がつかなかったんだろうか。どうしてわからなかったんだろうか。そんな疑問と後悔が、一気にアキラへと押し寄せてきていた。また、それを考えれば考えるほど、涙が溢れて止まらなくなっていたのである。

 

 

「ゴメン、刃牙。ゴメン……」

 

「ま、まさかアキラ、お前!?」

 

 

 そしてアキラは刃牙へと、何度もゴメンと謝っていた。今までの仕打ちや信用しなかったことへの謝罪だった。今度は刃牙ではなく、アキラの方が何度も謝る形になっていた。そのアキラの謝罪を刃牙は、もしやニコぽの呪いが解けたか緩和されたのかと考えていた。さらに、それを見た神威も驚きの表情をしていたのだ。

 

 

「ば、馬鹿な……。ニコぽの効果が解けるはずが……」

 

 

 ニコぽは最強の呪いであり、微笑んだ相手を強制的に惚れさせる力だ。それは絶対であり、かかったら最後、二度と解けないものなはずだった。だが、アキラのニコぽは解け始めていた。それを見た神威は、どういうことなのかわからず驚愕していたのだ。

 

 

 なぜ、ニコぽが解けてしまったのだろうか。なぜ神威はニコぽが解けることを知らなかったのだろうか。それは転生神はニコぽのすべてを、神威に話していなかったからだ。また、ニコぽを解く方法が無い訳ではなかったのだ。

 

 その方法とは、ニコぽで惚れたことに、惚れた本人が疑問を感じることだった。本来ならばそれを疑問に感じることなどありえないことであり、解けることは無いと言ってもよいだろう。それなのにアキラは、刃牙への思いからそれを断ち切ったのである。まあ、アキラが刃牙のことを思っているのは、本気で兄のような存在としてと言う意味だが。

 

 

「……ゴメン……」

 

「……もういいさ。お前が正気に戻ったんなら、俺は別に気にしねえよ」

 

「刃牙……」

 

 

 そこでずっと謝っていたアキラへ、刃牙は柔らかな声で話しかけた。そして、まったく気にしていないと、アキラへと言ったのだ。その刃牙の言葉に、感極まったアキラは、今度は逆に刃牙へと抱きついていた。刃牙は左肩の怪我で随分血で汚れているにもかかわらず、それを気にせずアキラは抱きついたのだ。神威とのデートと言うことで、かわいらしく着飾っていたはずなのだ。しかし、アキラはその服が刃牙の血で赤く染まっても気にしていなかったのである。

 

 

「だが、今はそーいう場面じゃなさそうだな……」

 

「……天銀……君……」

 

「あ、アキラ……」

 

 

 刃牙は神威の方を睨むと、もはや怒りで別人のような表情をする神威がそこに立っていたのだ。もはや何をしでかすかわからないような、恐ろしい怒気を放っていたのである。それを見たアキラも驚きながらも、怒りの表情を見せていた。刃牙にこれほどの怪我をさせたのが神威なら、許せないと思っていたのである。

 

 

「天銀君、何をしたかわからないけど、ここまでするなんてヒドイよ!」

 

「ふ、ふふ、ふふふふふふ、ふふフフフフフフ……」

 

「な、何がおかしいんだ!?」

 

 

 そこでアキラは神威へとその刃牙の怪我のことを責めたのだ。すると突然刃牙は壊れたように笑い出したのである。その笑いを聞いたアキラは、笑う場面ではないと怒気を含んだ叫びを上げていたのだ。

 

 

「フハハハハハハハ! アハハハハハハハハ! ヒヒヒハハハハハハハ!!!」

 

「あ、天銀君……!?」

 

「アキラ、俺の後ろに下がれ……。何かヤバい……」

 

 

 完全にイカれたかのように狂って笑う神威に、アキラも刃牙も驚いていた。また、アキラはその変貌した神威を見て、薄ら寒さを感じていた。そして刃牙は、この神威の状態はかなり危険だと判断し、アキラを自分の背中へとまわしたのだ。

 

 

「もういいや。アキラはもういらない。二人仲良く、キエテシマエ」

 

「や、野郎!? アキラ、すまん!」

 

「え!?」

 

 

 神威は完全にキレたのか、右腕に気を集中し始めていた。それを見た刃牙は相当やばいと判断し、アキラを動く右腕で抱きかかえ、そのまま噴水まで走り出した。そこでアキラも刃牙に抱えられ、何がどうなっているのかわからず、少し呆けていた。だが、逃がすまいと、神威はそのたまった右腕の気を、その二人へと解き放ったのだ。

 

 

「私のモノニなれなイのナら、不幸にナレバいイ!」

 

「こ、こいつ……!!!」

 

 

 その気の攻撃は巨大なレーザー砲のように、神威の右腕から放出されていた。あまりにも巨大な気の塊だったため、刃牙は避けることが出来なくなっていたのだ。だから刃牙は、アキラを突き飛ばして、その射程の外へと移動させたのである。

 

 

「刃牙!?」

 

「アキラ、お前は逃げな……」

 

 

 そしてその気の砲撃が刃牙を飲み込もうと、一直線に飛んできていた。もはや助からないと悟った刃牙は、最後の最後にアキラへと微笑んでいたのだ。それを見たアキラは、いつの間にか涙を流していた。この攻撃の意味がわからないアキラだったが、刃牙が死ぬかもしれないと、直感で理解したのだ。

 

 

「じ、刃牙!?」

 

 

 アキラは刃牙の名を叫び、目から大粒の雫をこぼしていた。また、刃牙は死を覚悟し、目を瞑っていたのだ。だが、その攻撃は突然の轟音と共に降って来た、すさまじい雷によってかき消されたのである。その雷の光により、一瞬だったが辺りは昼のように明るく染まり、そこにいた三人を白く照らしたのである。

 

 

「……一体何……!?」

 

「雷……!?」

 

 

 刃牙はその気の砲撃が、雷の力により消え去ったことに驚き、アキラは謎の現象が消失したことに驚いていた。そしてアキラはすかさず刃牙の横に移動し、あたりを見回していた。だが、その現象の意味がわかったものが居た。それはあの神威だったのだ。

 

 

「ま、まさか……片割れ!?」

 

「テメー、また俺の生徒に手を出しやがって……」

 

 

 なんと空から杖に立ち、降りてくる少年が一人やってきた。赤い髪を逆立て、怒りに満ちた表情をした少年だった。体には黄金の鎧を装着し、少年とは思えぬ神々しさをかもし出していたのである。その少年はまさしくカギだったのだ。カギはまたしても自分の生徒を攻撃した神威に、苛立ちを募らせていた。また、カギは今の神威の攻撃を、千の雷で打ち消したのである。そこでそれを見た神威は、カギが追ってきたことに驚きと怒りを感じていた。

 

 

「カギ君!?」

 

「……誰!?」

 

 

 突然杖の上に立ち、宙を浮くカギを見たアキラは、驚きながらカギの名を呼んでいた。その横で刃牙は、カギのことを知らないので一体誰なのかと疑問に思ったようだ。そしてカギと神威の第二ラウンドが、この噴水公園で始まろうとしていたのである。

 

 




暴走した銀髪

麻帆良祭二日目の夜は、いよいよ大詰め


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七十話 怒れカギよ

勝利を手にするのは誰だ


 そこは日が落ちた噴水公園。その場所にてカギと神威は、またもや対峙していた。また、カギはアキラと刃牙を守るよう、その二人の前に杖の上に立ち、神威を睨みつけていた。神威もまた、再び邪魔に入ってきたカギに、殺気だった視線を送っていた。

 

 

「片割れ……、またしても邪魔を……」

 

「あぁん? テメー俺の生徒に手を出すなっつたよなぁ? 頭パープリンか?」

 

 

 カギは亜子だけではなくアキラにも攻撃を仕掛けた神威に、本気で怒りを感じていた。自分のものにならないなら、消してしまおうなどという、身勝手な発想が許せないからだ。しかし神威も完全にキレていた。自分のものにしたはずのアキラが、刃牙へと寝返ってしまったからである。さらに、そこでカギが現れ、その二人を助けたというのにも、頭にきていたのだ。

 

 

「今度は本気で消し去ってやるよ、片割れ……。そこの二人を含めてね……」

 

「ハッ、忘却の消滅を迎えるのはテメーの方だぜ! このクソ銀髪ヤローが!!」

 

 

 またしても対峙する二人。神威は完全に怒りで我を忘れており、カギや刃牙だけでなく、アキラすらも攻撃対象にしていたのだ。そんな完全にプッツンした神威へと、カギは挑発して意識を自分に向けようとしていた。でなければアキラが攻撃されてしまうかもしれないと、カギは思慮したからである。その傍らで、アキラは刃牙の左肩の傷を見て、何とかしないといけないと思っていた。

 

 

「刃牙、その怪我を手当てしないと……」

 

「いてぇが気にしてる暇はなさそうだ……、早々にここから立ち去った方がいい」

 

 

 その左肩の深々と貫かれた刃牙の傷を、アキラは手当しようとしていた。なぜなら刃牙の左肩は、神威の右手が貫通し、風穴が開いていたからである。そして、おびただしい血をそこから流したはずだからだ。それでも刃牙は、顔色を青くするだけで気を失うことはなかった。しかし、だからこそ止血ぐらいしておかないと、命にかかわるとアキラは思ったようだ。

 

 だが刃牙はそれを拒み、ここからすばやく逃げた方がよいと行っていたのだ。何せあの神威が、キレて危険な状態だったからである。そこで刃牙は、再びアキラを右腕で抱えると、噴水へと一直線に走り出したのだ。またそんな時に刃牙は、自分の血で汚れてしまった、アキラの服を見て一言謝っていた。

 

 

「なんか悪ぃな。その服高かったろ?」

 

「別にいいんだ、気にしてないよ……」

 

「今度おごってやるからよ! だが、その前にここから逃げねぇとな……!」

 

 

 刃牙はデート用に着飾ったアキラの服が、自分の血で汚れてしまったことに少し罪悪感を感じていた。そう申し訳なさそうな表情をする刃牙に、アキラは気にしていないと微笑んで言葉にしていた。しかし、その笑みの中に不安の色が見え隠れしているのを、刃牙は見逃さなかった。あの神威のこともそうだが、今の刃牙の傷を見て、早く手当てしたいとアキラは考えていたからである。だから刃牙は、この場から立ち去るべくさらに足を急がせ噴水へと飛び込もうとしていたのだ。

 

 

「とりあえず噴水の中に飛び込むぞ!」

 

「え? な、何で!?」

 

「気にするな! これが最短の脱出ルートってやつだ!!」

 

 

 そして刃牙はアキラを右腕で抱えたまま噴水へと飛び込もうとしていた。だが、神威はそれを逃そうと思っていない。すぐさまアキラと刃牙へと、攻撃を始めたっだ。そこでカギも、それを阻止すべく魔法を使っていた。

 

 

「……逃げれると思うなよ」

 

「させるかよバカ野朗!」

 

 

 神威は再び気の砲撃を繰り出した。それは戦神の怒りであった。だが、カギがそこで最大障壁を展開し、それを防いだのである。それを見た神威は瞬間的に移動し、刃牙の目の前に現れたのだ。

 

 

「な、何!?」

 

「二人とも、さようならだ!」

 

 

 そう言うと神威は、刃牙とアキラへ神々の神罰を繰り出そうとしていた。もはや刃牙に、それを避ける力など残されていない。さらに刃牙はアキラを抱えた状態だ。完全に避けることなど不可能であった。だからそれが発動すれば、二人は一撃で吹き飛ばされ、地面に転がるのは確実だった。しかし、そこへ巨大な鮫が神威を襲ったのだ。それは刃牙のスタンド、クラッシュだったのである。

 

 

「何!? 馬鹿な!?」

 

「テメェの後ろはすぐ噴水だというのを忘れてたのか? それほどまでに余裕がなくなっちまったんだな!」

 

 

 そして神威はクラッシュに顔から胸にかけて噛み付かれ、一瞬戸惑っていたのだ。アキラはなぜか苦しむ神威を見て疑問を感じたようである。だが刃牙がアキラを抱えた状態で、今の隙をついて噴水へと飛び込んだ。そのためアキラは、水の冷たさでその疑問を忘れてしまったようだ。また刃牙が、噴水の水に飛び込んだ瞬間、クラッシュは神威から消え去り、再び噴水の中に出現したのである。

 

 

「ちぃ! やってくれたな……!?」

 

「それはこっちの台詞だぜ、ボゲ!!」

 

 

 そこで神威が刃牙に向くと、背後にカギが回っていたのだ。神威は今のことに気を取られてしまい、カギのことを一瞬だけ忘れてしまっていた。カギはその無防備な神威の背中へ、強烈な拳を叩き込んだのである。しかもそれは、ただのパンチではなかったのだ。

 

 

「ギッ!?」

 

「これがまたまたテキトーに編み出した術具融合”爆熱炎拳”だぜ!!」

 

 

 カギはエヴァンジェリンから指輪の魔法媒体を貰っており、それに術を合体させたのだ。さらに合体させた魔法は灼熱の炎の嵐を操る”奈落の業火”だったのだ。その魔法の姿は、巨大な炎の篭手であり、人をつかんで握れるほどの大きさだったのである。それに殴られた神威は、噴水を飛び越して地面に転がったのだ。

 

 

「アキラ、目を瞑ってろ!」

 

「え? わ、わかった……」

 

「クラッシュ!!」

 

 

 その隙に刃牙はアキラをつかみ、クラッシュを自分に噛ませて水中へと沈んだのだ。そして二人は噴水から姿を消し、別の水源へとジャンプしたのである。それを見たカギは安堵し、これで神威との戦いに集中できると思ったのだ。だが、神威もそれを見て、暴れんばかりの怒りを感じていたのである。

 

 

「……逃が……しただと……? グッググググググッ……」

 

「情けねーな、天下の銀髪様がこのザマたーなー!」

 

「……ならば、ならば片割れだけでも……コロス!!」

 

 

 もはや怒りで完全におかしくなった神威は、カギのみに執着を見せ始めていた。そんな余裕すら失った神威を、カギはおかしく感じて笑っていたのだ。あのスカした表情の神威が、激怒で顔が歪んで居る姿は、なんとも滑稽なのだろうか。そこで神威はまたしても戦神の怒りをカギへと放ったのだ。

 

 

「やれるもんならなぁ! このド腐れがぁ!!」

 

 

 だがカギは、その砲撃をギリギリで回避し、神威へと突撃する。そしてその巨大な炎の腕で、神威を殴り飛ばしたのだ。本来の神威ならその程度の攻撃、避けれないはずがないだろう。だが、もはや神威は完全におかしくなっており、判断力が鈍っているようだった。

 

 

「グゲアッ!?」

 

「”千の雷”!!」

 

 

 さらにカギは今の攻撃で吹き飛んだ神威へと、追撃を繰り出した。それは千の雷であり、天から大地を焦がすほどの雷撃が、轟音と共に神威へと落下したのだ。神威はその攻撃を受け、動きにが鈍くなってきていた。そこへカギは、その巨大な炎の腕で神威を掴んだのだ。

 

 

「ガアアアッ!?」

 

「どうだぁ? 格下だと思ってた相手にボコられる気分はよお?」

 

 

 灼熱の炎の腕に掴まれた神威は、その掴まれている間にも熱量のダメージを受け続けていた。その状態のままカギは、神威を強くにらみつけたまま、話を始めていたのだ。しかし神威は、もはやしゃべれる状況ではなかったようで、叫び声以外の言葉を発することはなかった。

 

 

「俺は最高の気分だぜ……。こういう気分、美酒にも勝るとはこのことだなぁ? オイ!」

 

「ググッグゥウウウウアアアッ!!」

 

「抜け出そうったってそうはいかねぇぞ!!」

 

 

 カギの話を無視しながらも、神威は必死にその腕から抜け出そうともがいていた。だが、さらにさらに強く握り締め、逆に逃がさんとするカギだった。そして神威は徐々に握りつぶされていき、完全に身動きが取れない状態となっていたのだ。

 

 

「さらに潰す! パクリっぽいが”爆熱ゴッドフィンガー”!!」

 

「ギググアァァァッ!!!」

 

 

 すさまじい爆熱の腕により圧迫により、神威は地獄の業火に焼かれるような絶叫していた。しかし、なぜ神威はこれほどまでに、カギから無抵抗なほどに痛めつけられているのだろうか。それはアキラにかけたニコぽが解けてしまったからである。

 

 この神威はニコぽを絶対と信じて疑ってはいなかった。そして、その絶対の自信を砕かれたことにより、精神的に大きなダメージを受けていたのだ。だからこそ、今の神威は従来の戦闘力の10分の1も出せてはいなかったのである。

 

 

「くたばりやがれ! 銀髪ゥゥゥゥゥッ!! ”術式解除、業火招来”!!」

 

 

 そこでカギは腕で握り圧迫する神威ごと、その爆熱炎拳の術を解き、奈落の業火へと戻したのだ。すると神威は爆発と同時に真っ赤な炎に包まれ、その場に倒れ伏せたのである。もはや全身を焼かれた神威は、戦う力すら残っていないようだ。美しい銀髪はすすに汚れ、本人がかっこいいと思っていたファッションもボロボロで無残な姿となっていた。その姿はまさしく自らが醜いと称し、サンドバッグにしてきた転生者と同じ様であった。

 

 

「どうだ? どっちが醜かったか、思い知ったろう? ええ?」

 

「う、うぐぐぐぐ……」

 

 

 神威は痛みから動けなくなり、立ち上がるので精一杯の状態のようだった。それを見たカギは、今度こそトドメをさすため、雷神斧槍を作り出していた。そしてその魔法を神威へと突こうとした直後、神威の目の前に一人の少女が現れたのだ。

 

 

「待つです! カギ先生!!」

 

「な、ゆえ!?」

 

 

 その少女はなんと夕映だったのである。夕映はカギに痛めつけられている神威を発見し、その神威の盾となるようにカギへと立ちふさがったのだ。その夕映の表情は怒りで染まっており、目には涙をためていたのだ。そこでカギは雷神斧槍を夕映の目の前で停止させ、固まってしまったのである。

 

 

「カギ先生、何でこんなことをするです!? 少しやりすぎです!」

 

「……ゆえ、どけよ。そいつは生かしちゃいけねぇやつなんだ……」

 

「嫌です! 絶対にどきません!」

 

 

 夕映は神威のニコぽのせいで、カギが悪いことをしていると勘違いしてしまっていた。だから神威をかばい、カギの前に両手を広げて立ち尽くしていたのだ。また、その状況に神威はほくそ笑み、夕映の後ろからその首に手を回し、人質に取ったのである。

 

 

「フフフ、形勢逆転だね。動くとユエちゃんを傷つけることになるよ……?」

 

「え……?」

 

「て、テメー!!」

 

 

 もはや神威は形振りかまっていられなくなっていたようだ。どんなことをしてでも、この場は逃げようと目論んだのだ。なんという下衆な行動なのだろうか。かばってくれた夕映を人質に取るなど、最低最悪の行為である。そんな神威にカギは雷神斧槍を構えたまま、殺したいほどの目つきで睨みつけていたのだ。

 

 

「ハハハハハハ! やはり私は神に愛されていた!」

 

 

 そして神威は夕映を人質に出来たことを心から喜び、最低最悪の表情で大きく笑っていた。夕映は後ろに居る神威の表情を見れなかったようだが、妙な恐怖心だけは覚えたようだ。また、そこで夕映は神威へと、何故このようなことをするのか、恐る恐る聞いたのである。

 

 

「か、神威さん、どうしてこのようなことを!?」

 

「ユエちゃん、君は私のものだろう? だからこのぐらい気にしないよね?」

 

「で、ですがこれでは……」

 

 

 しかし神威が返した答えはなんともひどいものであった。夕映を自分のものと称し、人質にしていることに対して、この程度だと言ったのだ。その神威の言葉に夕映も驚き、それはおかしいと思い始めていた。そんな神威を見たカギは、ここまで心が腐っていたとはと、怒りの叫びを上げていたのだ。

 

 

「ふざけやがって……。それでもテメーは男かよ!!」

 

「ああそうさ。まあこのまま彼女も一緒に逃げてもらい、未熟な体を堪能するのも悪くは無いかな?」

 

「神威さん……。そ、それは一体どういうことです……?!」

 

 

 さらに神威はカギの質問にそう答え、あまつさえ夕映を連れ去り卑猥な行為に及ぶと言い出していた。それを聞いた夕映は、一体何をどうするのか、神威に震えた声で質問していたのだ。夕映は今の神威の言葉が、どのような意味で使われたのかわからなかった。だが、何か不穏なことなのだろうとは察したらしく、少し怖くなったのである。そしてカギは今の神威の言葉を聞いて、目を見開き逆立った髪の毛だけではなく、全身の毛を逆立てていたのだ。

 

 

「テメー……。おいゆえ! 今日の昼間に言った命令、今してやるから言うこと聞けよ!?」

 

「片割れ、何をほざいてるんだい?」

 

「か、カギ先生……?」

 

 

 そこでカギは夕映に、図書館島での命令を今ここで使ったのだ。神威はそのカギの言葉が一瞬理解出来なかったようで、何を言っているのかと聞き返していた。夕映も突然そのことを言われて、どういうことなのかわからなくなっていた。さらにカギは夕映に、動かないよう強く念を押していたのである。

 

 

「……絶対に動くなよ!?」

 

「フハハハハ! 何を言うかと思えば、それは命令にもなっていないではないか!」

 

「そ、そうです……、動きたくても動けません……!」

 

 

 だが、夕映は神威に背後から押さえつけられ、動けない状況だった。それで神威はカギが何を言っているかわからず、笑っていたのである。また、それは夕映も同じであり、一体何をする気なのか考えていたのだ。

 

 

「そうか、でもそれでいいんだよ!」

 

「まさか彼女と共に、この私を攻撃するつもりか? 正気か君は!?」

 

「か、カギ先生……!?」

 

 

 するとカギは右手に握っていた雷神斧槍を構え、夕映ともども神威を貫こうとしていたのだ。さらに、カギが放つすさまじい魔力のスパークが、噴水公園を照らしてまばゆい光に包んでいた。それは本気で夕映ごと神威を、その魔法で貫こうと言うものだった。神威はそれを察したのか、カギがやけになったと思ったようである。さらに夕映も、すさまじい形相で睨みつけ、自分もろとも神威を打ち抜かんとするカギに、驚き悲しみにあえいでいた。

 

 

「な、何で……? カギ先生……!!?」

 

「あ? そんなクソ野朗をかばうようなヤツなんて、俺の生徒でもダチでもねぇ! ましてや従者ですらねぇ!!」

 

 

 そして自分ごと神威を攻撃しようとするカギを見て、夕映はまるで悪夢を見ているような表情をしていた。バカでヘンタイでスケベだが、妙に憎めないこのカギがこんなことをすると思っていなかったからだ。そこでカギはその理由を憎憎しげに叫んでいた。それは単純に神威をかばうヤツは敵だと言うことだったのである。そうカギは叫びながら、神威に気づかれぬよう、左手に一枚のカードを握りしめていた。

 

 

「ハハハハハ! とうとう嫉妬に狂って壊れたか! 所詮醜い片割れは、醜い片割れのままだったようだね!」

 

「そ、そんな……。わ、私はただ、カギ先生がやりすぎだと思ったのでこうやって……」

 

 

 神威はその狂ったカギを見て、汚い笑い声を上げていた。所詮はクズの転生者で、醜い存在のままだったと笑っていたのだ。また夕映はそれを見て、涙ながらに自分の行動の理由をカギへと話していた。それはカギの攻撃は明らかにやりすぎで、神威がボロボロだったからと言うものだった。だからこそ、カギを止めるために、神威を助けるために間に入ったと、夕映は悲しげに語ったのである。

 

 だが、カギはそんな話など知らぬふりをし、さらに魔力を高めて周囲がまるで昼だと思えるほど閃光の輝きを発していたのだ。もはやカギ自身はその発光で眩しすぎて、目で直視出来ぬほどであった。

 

 

「知らねぇよ! じゃあな! あばよ!!」

 

 

 そこでカギは別れの言葉を述べ、その雷神斧槍を夕映と神威へと投擲したのだ。雷鳴と共にその魔法が神威と夕映へ襲い掛かったのである。

 

 

「ハハハ、ハァァア!? ガハァァァ!!!?」

 

 

 そして夕映すらも犠牲にしようとするカギに、大笑いをしていた神威は、その魔法に胸を貫かれていた。だが、神威の目の前に居た筈の夕映は、なぜかカギの左側の少し離れた場所へと移動していたのだ。それを見た神威は、魔法を受けた痛みと共に、驚き混乱しかけていたのである。

 

 

「ケッ、動かなくて正解だったろーが! こっちにゃ仮契約カードのマスターカードがあるんだよ!」

 

「ぱ、パクティオーカードでの転送……!?」

 

 

 そう、カギが使ったのは仮契約カードによる従者の転送だった。カギは仮契約カードをコピーしており、マスターカードを自分で保有していたのだ。それを上着の内ポケットに入れていたのを思い出し、利用したのである。また、夕映もそれを思い出したようで、驚きの表情でカギを見ていた。

 

 

「バレねーように挑発したんだよ、ボゲ。まっ、こんな単純な罠も見抜けねぇとは、随分余裕がねぇなぁ……!」

 

「ば、馬鹿な……、こんな……」

 

「……か、カギ先生……?」

 

 

 しかしこの方法は転送には魔方陣が出現し、神威に気づかれる恐れがあった。だからカギは神威が喜びそうなことをしゃべり、魔力を放出して自らを光らせたのだ。そうやって神威の目を欺き、夕映を転送したのである。そのカギの説明を聞いた神威は、もはやこの世の終わりのような表情で、ありえないことだとつぶやいていた。夕映もカギの方を驚きながら見ており、自分も含めて攻撃しようとしたのではなかったのかと思っていたのだ。

 

 

「ハッ、俺だって自分の生徒を、自分のダチを犠牲にしてまで、そんなカスを倒す訳ねぇだろ?」

 

「……で、ですが私は……」

 

「気にすんなよ! 悪夢は今、ここで終わるんだからなァーッ!!」

 

 

 そんな驚きつつも悲しそうな表情をする夕映に、カギはそう豪語していた。自分の生徒を、友達を攻撃するなんて、あってはならないことだと。さらに神威ごときに、そんな大切な人を犠牲にするなんて勿体無いと、そう強く言葉にしていたのだ。

 

 夕映はそれを聞いて、なぜか心が苦しくなった。神威を助けることが正しいことだと思っていたはずなのに、どういう訳かそれに対して罪の意識を感じたのだ。そう考えて沈痛な表情をする夕映に、カギは気にするなと言っていた。今すぐニコぽの呪いから開放してやると、そう言っていたのだ。

 

 

「あばよ、テメーだけ消えな! ”雷斧招来”!!」

 

「パギャァァァア!?」

 

 

 そこでカギは神威に突き刺さった雷神斧槍の術式を解除し、雷の斧へと変質させた。それを受けた神威は、謎の悲鳴を上げて完全に力尽きたようだった。また、そこへ一人の少年が暗闇の空から神威の目の前に降りて来たのである。

 

 

「ふぅん、たしかカギ先生だっけ? やるじゃないか」

 

 

 そこに来たのは覇王だった。覇王は強力な魔力の放出を感知し、ここまでやってきたのである。そしてすでに決着がついており、あの子供先生の兄がここまでやるとはと、素直に関心していたのだ。カギはそんな関心する覇王を見て、かなり驚いていた。接点こそほとんどなかったものの、強力な特典の持ち主だと考え警戒していたからだ。

 

 

「お、お前は赤蔵覇王!?」

 

「え? 確かこのかさんの彼氏の……」

 

「……な、なぜ……君までここ……へ……!?」

 

 

 夕映も覇王を見て少し驚いていた。何せ覇王は3-Aでも地味に有名だからだ。と言うのも、3-Aの全体的な意見では、基本覇王は木乃香の彼氏扱いなのである。そんな覇王が突如空からやって来て、神威の目の前に立ちはだかったのだ。驚かない方が無理があるだろう。

 

 神威もまた、覇王の予期せぬ登場に恐れを抱いていた。この覇王とは木乃香をめぐって一度戦い、苦戦を強いられた相手だからだ。また神威はも、はや戦う力など残っておらず、その目の前に立つ覇王から、しりもちをつきながら後ろへ後ずさりする以外、何も出来なかったのである。

 

 

「たまたま通りかかっただけさ。だけどちょうどよかった。お前をやっと滅ぼせる……!」

 

「や、やめろおおおおお!!」

 

 

 そして覇王はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)O.S(オーバーソウル)し、神威の前に出現させた。もはや完全に瀕死の神威に、これをしのぐすべは無く、恐怖に歪んだ表情で叫ぶことしか出来なかった。ここで神威が冷静であれば、影の転移魔法(ゲート)で逃亡出来た可能性があった。だが、今の神威はニコぽを解除され、格下だったカギからの敗北で精神的に余裕が無くなっており、冷静ではいられなくなってしまっていたのだ。

 

 

「ちっちぇえな」

 

「ピアアギャアピピアアアアアッ!!?」

 

 

 そこで覇王は一言、お決まりの台詞を神威へ吐き捨て、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を操った。すると神威はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の煉獄の炎に瞬間的に包まれ、火柱を上げて燃やされたのだ。その巨大な炎に神威は焼かれ苦しんだ後、事切れたようだった。

 

 

「さて、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)、喰っていいぞ」

 

 

 覇王は神威の特典を破壊すべく、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に神威の霊を喰わせたのだ。そしていつも通り、特典のみを喰わせて神威の霊を吐き出させ、渋々と神威を蘇らせたのだ。

 

 

「ぐ、ぐああああああ!? こ、殺してやる! 殺してやるぞおおお!!!」

 

「ちっちぇえ、なんてちっちぇえヤツなんだ……」

 

 

 蘇生された神威は別人のようにのた打ち回り、殺すと叫んでいたのである。その表情はあの冷徹な神威とは思えぬような、歪んだ表情となっていたのだ。覇王はその神威を見て、あまりにも小さい過ぎると感じたようだ。またそこで神威は、気を操ろうとしてもうまくいかず、力が出ないことに気がついたようだった。

 

 

「な、なんで力がうまくはいらねぇ!? ど、どうしてだ!?」

 

「ああ、お前の特典はもうない。僕のS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に喰わせたからね」

 

「う、ウソだぁぁぁ!! うおおあああ!!!」

 

 

 覇王はそんな神威へ、お前の特典はもう存在しないと説明した。それを聞いた神威は頭を抱えて跪き、ウソだと叫び号泣し始めていた。その泣き顔やいなや、あの銀髪だとは思えぬほどに崩壊していたのである。もはや完全に別人となった神威に、カギは本気でドン引きしていた。そして神威の特典が失われたことで、夕映にかかっていたニコぽも解けたようだった。

 

 

「あ、あれ? なんで私はあの人のことを……?」

 

「ゆえ! 正気に戻ったのか!?」

 

「カギ先生? それは何の話です?」

 

 

 すると夕映はどうして神威に惚れていたのかと疑問に思い、首をかしげていた。あんな情け無く号泣し、縮こまる男のどこがよかったのかと、少しだけ考えていたのだ。その夕映にカギが声をかけると、夕映は不思議そうな表情でカギの話を聞いていた。

 

 

「とりあえず正気に戻ったようで、何よりだぜ……」

 

「? 別に私は元々正気ですけど……?」

 

 

 カギは夕映にかかっていたニコぽが切れたことを見て、ほっと一息ついていた。しかし夕映にはニコぽが解けたという実感がさほどなかったようで、よくわかっていないようだった。それは惚れた相手に対する熱が冷めるような現象だったようで、夕映には大きなことのように感じていなかったのだ。覇王もそれを見てニコぽが解けたことを理解し、表情を緩ませていた。

 

 

「ふむ、ニコぽが解けたみたいでよかったね」

 

「何したのか訳がわからねぇが、これにて一件落着!!」

 

 

 カギはどうやって覇王が、神威の特典を抜いたかわからなかった。だが、そんなことなどどうでも良いほどに、神威を倒したことを心から喜んでいたのだ。その傍らで神威がカギと覇王に怯え、尻を地面につきながらはいずっていた。

 

 

「……ハヒィーハヒー……ハッヒィ……! た、助けてぐえー!!」

 

 

 特典を失い、恐怖に支配された神威。なんと哀れな姿だろうか。これこそまさに、自らが醜いと称した転生者よりも醜い、みすぼらしい姿ではないだろうか。そんな悲惨な神威の姿を見た夕映も、特になんとも思ってなかった。むしろなぜ怯えているのだろうかと、疑問に思う程度だったのだ。

 

 

「あのカギ先生、あそこの人は何に怯えているですか?」

 

「自分の罪の重さに怯えてんじゃねーの? すっとぼけってな」

 

「あ、あああ!! あああああ!!!」

 

 

 そこで夕映はカギへ、神威がどうして怯えているのか聞いてみたのだ。するとカギは、今まで自分が行ってきた悪行の罪悪感に潰されてるのではないかと、適当な理由をつけて答えていた。実際は自分と覇王に怯え、逃げようとしているとカギは思っていたようである。そしてとうとう恐怖に負け、神威はその場から走って逃げていったのだ。その神威の後姿は、醜い踏み台にふさわしい哀れな姿だった。

 

 

「やれやれ、アレこそが銀髪の本性だったようだね。本当に醜くてちっちぇえ……」

 

「アイツ逃がしていいのかよ?」

 

「もう彼には何も出来ないよ。特典を失った転生者は、のた打ち回るしか出来ないからね」

 

 

 覇王は逃げ出した神威の背中を見て、本来の神威の姿を垣間見たようだった。なんと小さく醜く歪んだ姿だろうか。あんなやつを本気で相手にしようとしていた自分がバカだったと思えるほど、神威が滑稽に映ったのである。また、逃げ出す神威を見たカギは、覇王に大丈夫なのかと尋ねていた。あれでも一応転生者であり、自分を苦戦させた相手だったのだ。逃がして大丈夫なのか、少し心配だったのである。

 

 だが覇王は問題ないと答えていた。どうせ特典はすでに無く、基本的に特典を失った転生者は、その現実を受け入れきれずあがき苦しむのみなのを知っているからだ。

 

 

「そ、そうか……。待てよ、俺もアレみたいなことをしてたら、お前に特典抜かれてたっつーことか!?」

 

「そのとおりだよ。よくわかったね?」

 

 

 また、カギは特典を抜くということを考え、もしも自分が神威のような真似をしていたら、覇王に狙われたのではと思ったようだ。そう考え少し青ざめたカギへ、覇王はYESと笑顔で答えていた。その覇王の笑顔に、さらにカギは恐怖を覚えたようである。

 

 

「そ、そうだったのか……。やはりニコぽに頼らずハーレム作るしかねぇな……」

 

「君が特典を使って暴れなければ、特に気にはしないさ」

 

 

 そしてカギは、ハーレムを作るなら自力でやるしかないと、決意を新たにしていた。まあ、決意を新たにしてもハーレムが出来るかはわからないが。そんなカギへ、覇王は特典で暴れなければ敵対はしないとカギへ告げていた。この転生者同士の会話に、夕映は一体どんな話をしているのか、少し疑問に思ったようだ。それをカギへと何のことなのか、その疑問をぶつけたのだ。

 

 

「カギ先生、その話ってどういうことなんです?」

 

「何でもねーよ! 気にするなって! それよりクラスの連中んとこに帰ろうぜ?」

 

「そうですね……」

 

 

 だがカギは何でもないと叫んで、転生者と言うことを話さなかった。さらに話題を変えるように、クラスメイトが居る場所に戻ろうと夕映に提案していた。加えてカギは残りのクラスメイトの、ニコぽも切れたか確認したかったので、こういうことを言ったのである。夕映もカギが話したくないなら、それでいいかと思ったようで、そのまま二人はクラスメイトの下へと戻っていくのだった。

 

 

「ふう、これで銀髪は終わったが……。今のところ、残るはあのビフォアという男か……」

 

 

 そしてこの噴水公園から去っていくカギを見て、覇王はビフォアのことを考えていた。ビフォアも転生者であり、この麻帆良をどうにかしようとしていることは、うすうす感づいていたからだ。そのため、あのビフォアと敵対し、どうにかしたいと覇王は考えていた。

 

 

「だが、あの男は僕ではどうすることも出来そうに無い……。最悪を想定して動いた方がよさそうだ」

 

 

 しかし覇王はいつに無く弱気だった。あのビフォアは自分で倒すことを出来ないと、覇王は思っていたのである。なぜならビフォアの特典は強大と言うほどではないが、自分ではどうすることも出来ないと考えていたからだ。あのビフォアを倒さなければまずいと思うものの、どうしようもないことだと認識していたのである。

 

 さらに言えばあの坂越上人と言うやつが、そのビフォアの仲間となっているのも大きかった。上人を倒すことは出来るだろうが、倒すのにかなり力を使うと考えていたからだ。そんなことを考えながら、覇王は闇に染まった噴水公園を後にし、とりあえずは明日のことを考えるのだった。

 

 

 また、刃牙は転移後にアキラと保健室へ行き、しっかりと手当てをしてもらっていた。と言うか、あの傷が手当て程度で済むはずがないのだが、流石ジョジョのキャラにそっくりと言わざるを得ないだろう。そんなアキラは、刃牙に再び謝り、お礼を言っていた。あの銀髪が悪い虫で、その虫を払ってくれようとしてくれたのが刃牙だとわかったからだ。

 

 それを見た刃牙は、嬉しさのあまり静かに涙を流していた。だが男なので、それを必死に隠していたのだ。そう涙する刃牙をアキラは見て、同じく涙を流し静かに微笑んでいた。しかし、この二人、やはり妹分と兄貴分と言う関係は変わらないようで、アキラは刃牙を頼れる兄として、刃牙は可愛い妹として接するのだった。

 

 

 




決着ゥゥゥッ!

だが、麻帆良祭はまだ終わらない……


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七十一話 娘と騎士の麻帆良祭

銀髪との戦いとはうって変わって、とても平和な麻帆良祭


 さて、神威がカギに敗れ、覇王に特典を引き抜かれた時間から遡り、麻帆良祭2日目の昼すぎのこと。ベンチに一人の男性が座って、ある人を待っていた。その男性はメトゥーナトである。彼は黒のスーツに身を包み、そのベンチに座ってじっと動かずに居た。先ほど羽織っていたマントは外しており、どこかにしまったようである。

 

 そして彼が待つのは当然アスナということになるだろう。まほら武道会が終わった後、二人はその約束のために移動したのだ。しかしアスナは準備をしたいと言ったので、メトゥーナトは1時間後に、今の場所で落ち合うことにしたのである。そして、アスナが準備を終えて、メトゥーナトが待つベンチの前に、姿を現したのだ。

 

 

「お待たせ」

 

「む、……来たか」

 

 

 そこには普段では見られないような、かわいらしく着飾ったアスナが立っていた。とても清潔感溢れる服装で、いつもなら絶対にしないような、彼女らしからぬ姿だった。ただ、らしくないだけで似合ってないと言うわけではなく、むしろとても似合っておりかなり、普段ではお目にかかれない貴重な姿だったのだ。さらに普段はツインテールをしていた髪型も、今回は髪を下ろしてストレートにしていたのである。

 

 しかし、アスナはなぜ今回、このような服装を選んだのだろうか。メトゥーナトには親代わり、保護者としては恩を感じているが、特に恋愛感情はない。だから基本的に着飾って、メトゥーナトの前に現れる必要は無いのである。

 

 その答えは多少なりに女の子らしくして、メトゥーナトを安心させるためだ。常日頃から自分の教育を多少なりと疑うメトゥーナトに、自分も女の子らしく出来ることをアスナはアピールしようと思ったのだ。だからアスナは、普段しないようなかわいらしい服装で、メトゥーナトの前へ現れたのである。

 

 

「……では行くか」

 

「……ねえ、何か言うこと無いワケ?」

 

 

 しかし、そう考えてせっかく着飾ったというのに、反応がまったく無いメトゥーナト。当然アスナは何か意見ぐらいあるだろうと、はムッとした表情で文句を飛ばした。

 

 メトゥーナトもそれを聞くと、振り向いた顔をアスナへ向きなおし、じっとそのアスナの姿を眺めだした。そしてメトゥーナトは少し感心した表情で、アスナへの感想を静かに語りだしたのだ。

 

 

「今日は随分とらしい格好だな。わたしも君が女性としての意識があったことを、嬉しく思うよ」

 

「そうじゃないでしょ……? もっと、重要なことがあるんじゃない?」

 

 

 メトゥーナトが言ったらしい、というのは女性らしいという意味だった。加えてそれに続く言葉は、女性らしくて良いということだけだったのだ。

 

 確かにそう思われるためにこのような恰好をした訳だが、その物言いではアスナは満足できなかった。だからアスナは、褒められていないと感じ、さらに不機嫌さを増した表情でさらに文句を言ったのだ。

 

 

「そうだな。随分と綺麗になった」

 

「もう……言うのが遅い……!」

 

 

 そこでようやく綺麗になったと、メトゥーナトはアスナを褒めた。その褒め言葉がすぐに出ないのかと、アスナは少し怒りながらも苦笑していた。

 

 本当はメトゥーナトも、今のアスナの綺麗さに驚いていた。いや、よくぞここまで綺麗になってくれたものだと。また、こうやって女の子らしいアスナの姿を見て、自分の育て方は間違ってなかったのかもしれない、そう考えながら少し固くなってしまったのである。そのため、うっかり素直に褒めることが出来なかったのだ。

 

 

「とりあえず昼にしようか。そこでどこへ行くかも考えるとしよう」

 

「そうね。それがいいかな」

 

 

 メトゥーナトは昼過ぎと言うことで、まずは昼食にしようと考えたようだ。アスナもお腹がすいていたようで、それでよいと答えていた。そしてとりあえず、適当な場所で昼飯にすることにした二人は、にぎやかとなっている麻帆良を歩くのだった。

 

 

「こうしてアスナと歩くのも久々だな」

 

「うん、去年やその前の年はなんだかんだ言って出来なかったものね」

 

 

 また、メトゥーナトはアスナと並んで歩くことを、少し懐かしんでいた。こうやってアスナと歩くのは何年ぶりだろうか、そう考えて感慨深く感じていたのだ。その横を歩くアスナはそれを聞いて、去年はメトゥーナトと麻帆良祭を回れなかったと思い出していたのである。

 

 

「その件については、すまかったと思っている」

 

「別にいいのよ。忙しいのわかってたし」

 

「そう言ってくれるとありがたい」

 

 

 メトゥーナトは、去年アスナから麻帆良祭に誘われていたようだ。だが去年と一昨年は転生者対策に忙しく、動けなかったらしい。アスナもメトゥーナトがそういうことで忙しいのを知っていたので、仕方がないと思っていたようだ。だからメトゥーナトの謝罪に、気にしないでいいと言っていたのだ。

 

 

「それに、今日だって私のわがままに付き合ってくれて、感謝してるもの」

 

「何、去年は行けなかったからな。今年は付き合わないと悪いだろうと、わたしも思っていたさ」

 

 

 さらにアスナは、今日のことをメトゥーナトに感謝していた。こうして付き合ってもらっていることは、自分のわがままだと思っていたのだ。その考えをアスナはメトゥーナトへ、微笑みながら言葉にしたのである。また、メトゥーナトもこの数年、こういった付き合いが出来なかったことを少し悪いと思っていた。そういう思いがあったからこそ、今年こそはアスナと麻帆良祭を回ろうと思い、予定を空けたのだ。

 

 

「そう。ありがとう」

 

「礼には及ばん」

 

 

 そんなメトゥーナトの気遣いに、アスナは嬉しく思っていた。だから素直にそのことへの礼を言ったのである。それを聞いたメトゥーナトも、表面上の変化は無かったが、内面ではその礼に対して喜びを感じていたのである。そうして歩いていた二人は、カフェを見つけたのでそこに入ることにしたようだ。

 

 

 そこで適当な席へ座り、飲み物や軽食を注文した二人は、静かに午前中の出来事を振り返っていた。まほら武道会にてアスナは準優勝を飾ったのだ。何か思うところがあるだろうと、珈琲を片手にメトゥーナトはそれを聞いたのである。

 

 

「今日の大会、どう感じた?」

 

「どうって……?」

 

「色々感じたことがあっただろう?」

 

 

 アスナは、突然そんなことを言われて、突然どうしたのかと思ったようだ。それで飲んでいた紅茶をテーブルに置き、頭にクエスチョンマークを浮かべていた。ならばメトゥーナトは、何か思ったことを話せばよいと、アスナへ静かに話したのだ。するとアスナは腕を組み、今日の試合を少しばかし思い出そうと頑張っていた。そして、とりあえず考えが浮かんだことを、メトゥーナトへ伝えたのである。

 

 

「とりあえず、まだまだってことを痛感したわ」

 

「ほう、あれでまだまだとはな」

 

「まだまだよ。何とかタカミチに勝てたけど、タカミチは余力がまだあったもの……」

 

 

 アスナはあの大会で、自分の力不足を感じたようだ。しかしメトゥーナトはあれでも十分強いと思ったようで、あれで満足出来ていないのかと聞いたのだ。その言葉にアスナは、タカミチの勝利は本当にギリギリだったと話したのだ。何せ自分は決着前、立っているのが精一杯だというのに、タカミチは多少動けた様子だったからだ。その差は地味に大きく、もしタカミチが攻撃していれば負けていたと、アスナは思っていたのである。

 

 

「タカミチは実戦経験豊富だからな。ある程度余裕を残すことの重要性を知っているのだろう」

 

「そう言われると、確かに私はそういった意識なかったかも……」

 

 

 メトゥーナトはそこで、タカミチに実戦で多くの場数を踏んでいるとアスナに聞かせていた。そして、だからこそ余力を残し、最悪の事態に備えることを考慮して余力を残す癖があるのだと話したのだ。アスナはその話を聞いて、自分は全てを出し切る形で戦っていたことを、甘い考えだったと痛感していた。そういう余力を残そうなど、考えたことも無かったと、衝撃を受けていたのだ。

 

 

「何、あのタカミチに勝てたのだから、自信を持っていいとは思うがな」

 

「でも、やっぱりもっと強くなりたいかな。幻のナギにも勝てなかったし」

 

 

 だがメトゥーナトは、それでもタカミチに勝てたのなら、自信を持つべきだとアスナを褒めていた。あのタカミチは本国でも有数の実力者であり、AAAクラスという屈指の猛者なのだ。さらに言えば、この麻帆良にて転生者を除けば、学園長の次に強いと言われるほどなのである。そんなタカミチを追い詰め倒せたのだから、十分だろうとメトゥーナトは考えたのだ。

 

 しかしアスナはそれでも満足していなかった。タカミチ以外にも、あのアルビレオのアーティファクトで現れたナギの幻にも勝てなかったからだ。ナギは魔法剣士タイプだが、魔法使いという点では自分の方が有利なはずだと、アスナは考えていたのだ。それは魔法無効化により、いかなる魔法でも無傷で済ませられるからだ。だというのに単純な力比べで、ナギに敗北してしまった。だからこそ、これではまだ足りないと、アスナは思っていたのである。

 

 

「……そこまで強くなって、どうするつもりなんだ?」

 

「何かしたい訳じゃないけど、不安をぬぐえないのよ……」

 

「……魔法世界のことか?」

 

 

 そんな強さにこだわるアスナに、メトゥーナトはそこまで強くなる必要があるのか考えていた。正直言えばこの時点で、アスナは相当な実力者。並みの魔法使いでは手も足も出ないほど、強く育っているのである。それをメトゥーナトはアスナへ質問すると、今の実力では不安があると言ったのだ。メトゥーナトはその答えに、魔法世界が関係していることを察したのである。

 

 

「うん、だって私が悪い奴らに捕まったら、また利用されるんでしょ? それは絶対にヤだから……」

 

「そうならないために、わたしがここにいるのだがな……」

 

「……それでも、自分の身ぐらい自分で守りたいのよ」

 

 

 アスナは一度、魔法世界を滅ぼしかけたことがあった。それは本人の意思によるものではなかったが、それでも責任をある程度感じていたようである。また、未だに魔法世界を滅ぼそうと考える敵が存在する以上、自分を利用しようと襲ってくることに不安を感じていたのだ。つまるところアスナは、自分のせいで魔法世界が危機に陥ることに恐怖しているのである。

 

 だからこそ、メトゥーナトがそばにいるのだと、やさしく言葉にしていた。アスナを守ることこそ、このメトゥーナトの使命であり、自分が最もしたいことだと思っているからだ。だが、アスナはそれでも強くなりたいと言っていた。自分の身ぐらい自分で守れるぐらい、強くなりたいと話したのだ。

 

 このアスナ、仲間や友人の足を引っ張ることを極端に嫌っている。自分のせいで仲間や友人が傷つくのを、とても恐れているのだ。そのためアスナは、誰にも迷惑をかけたくない一心で、自らを鍛え上げてきたのである。

 

 

「ふむ、本当なら強さなど求めてほしくはないのだが……」

 

「どうして?」

 

 

 しかしメトゥーナトは、それでも強くなってほしくないと答えていた。その言葉にアスナは敏感に反応し、少し不思議そうな顔で、どういうことなのか聞いたのだ。するとメトゥーナトはゆっくりと、そのことについて話し始めた。

 

 

「君は女の子だ。もっと女性らしく振舞ってほしいと言う親馬鹿というヤツだ」

 

「そう? これでも十分女の子やってるつもりなんだけどね」

 

「それならいいのだが……」

 

 

 その理由はアスナが女の子だからだった。女の子なのだから、ガッチムチに強くなるのではなく、もっと女性のような立ち振る舞いを勉強してほしいと思っていたようだ。そんなメトゥーナトの話に、アスナはそんなことはないと、特に気にしない様子で話していた。

 

 それを聞いたメトゥーナトは、本当にそうなのだろうかと、疑問に感じて複雑な表情をしたのだ。と言うのも、アスナはスイッチが入れば変な言葉を口ずさむ癖があった。そのためメトゥーナトは、そういうことを悩んでいたのである。

 

 

「本人がそう言ってるんだから、少しぐらい信用しなさいよ?」

 

「ふむ、ならそうするとしよう」

 

「うんうん。それで、これからどこへ行くの?」

 

 

 微妙に信用し切れていないメトゥーナトを見たアスナは、少し不機嫌そうに信用してほしいと言い聞かせていた。自分は十二分に女の子をしているのだから、心配ご無用ということだった。そしてメトゥーナトは、不機嫌そうにするアスナを見て、そう言うならと思い信用することにしたようだ。その言葉でアスナは再び笑みを取り戻し、納得してくれたことを喜んでいた。また、そこでアスナはこの昼食が終わったらどこへ行くのか、メトゥーナトに尋ねてみたのである。

 

 

「少し適当に歩いて見よう。そこで見たものに入るのも悪くは無いだろう?」

 

「行き当たりばったりねえ……。まあ、それでいいかな」

 

 

 メトゥーナトは、とりあえず歩いてみて、面白そうな場所に行ってみようということだった。それをアスナは行き当たりばったりで、何の計画性もないと感じたようである。

しかし、それでも良いかと納得したのだった。そこでアスナは紅茶をストローで飲みつつ、軽く食事を取るのだった。加えてメトゥーナトも、ゆっくりと珈琲を味わいながら、おいしそうに食事を頬張るアスナを眺めていたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 メトゥーナトとアスナは昼食を終えると、祭りでにぎわう麻帆良を練り歩こうと、席を立った。しかしすぐ側に、親からはぐれて泣き叫ぶ迷子の少年がいたのだ。年端も行かぬ少年が、この広大な麻帆良で一人迷子になっていたのである。アスナはそれを見て、とりあえず声をかけてみようと思ったのだ。だがそこに一人の男、いや、老人がやってきた。それはあのジョゼフ・ジョーテスだった。

 

 

「もし、そこのぼうや。もしかして迷子なのかの?」

 

「う、うん。ママがいなくなっちゃったの……」

 

 

 なんとアスナが少年に話しかける前に、ジョゼフがその少年に声をかけたのだ。そこでジョゼフに尋ねられた少年は、母親とはぐれたと涙ながらに訴えていた。それを聞いたジョゼフは、穏やかな表情で少年を励ましていた。

 

 

「心配することはないわい。ワシが一緒に探してあげるからのう」

 

「……おじーちゃんが?」

 

「なーに、すぐおかあさんなら見つかるじゃろうて。まっとれよ……」

 

 

 ジョゼフは一緒に母親を探してあげると、優しく少年に言っていた。少年はおじいさんのジョゼフが助けてくれることに、少し安心したようである。そんな多少元気を取り戻した少年を見たジョゼフは、鋭い目つきとなり、スタンドを使ったのだ。

 

 

「”ハーミットパープル”!」

 

 

 ハーミットパープルは念写の能力を持つスタンドだ。その紫色の茨状のスタンドを地面に這わせると、土ぼこりが麻帆良の地図となったのだ。そして、小さな石ころがその地図に沿って動き出したのである。ジョゼフはそれを見て、その石の位置こそが少年の母親の位置だと、特定したのである。

 

 

「ぼうやよ。君のおかあさんの場所はわかったぞ。さて、そこへ迎えに行くとしようかの……」

 

「うん……!」

 

 

 ジョゼフは少年の手を握り締め、その場を去っていった。そのジョゼフをただただアスナは眺めていたのだ。というか、あの背の高い老人は、状助の担任の教師だったかと、いまさら思い出したのだった。

 

 

「あ、あれ状助の担任の……」

 

「ジョゼフ・ジョーテス先生か。ご老体だと言うのにまだまだ元気そうで何よりだ……」

 

「知り合いだったの……!?」

 

 

 そこでメトゥーナトは、ジョゼフのことを知っているような発言をしていた。まあ、ジョゼフは一応古株の転生者であり、ある程度メトゥーナトらにもつながりがあるのだ。それを初めて知ったアスナは、驚きの表情をしていたのである。

 

 

「そのとおり、知り合いだ。彼は随分協力的で、我々は何度も助けてもらった」

 

「そうなんだ……」

 

 

 さらにジョゼフはハーミットパープルで、色々調べてくれたようだ。そのことをメトゥーナトは、とても助かったと感謝していたのである。そしてまさか、そんな事実が有ったとは。そう考えて世の中狭いと改めて感じるアスナだった。

 

 

「さて、行くとしようか」

 

「うん」

 

 

 メトゥーナトはそれを話し終えると、麻帆良祭を回ろうとアスナへ声をかけた。アスナもそれを笑顔で了承し、共に歩き始めたのだ。そして、麻帆良祭を見て周り、久々の安らぎの時間を堪能していたのだ。だが、そんなところにもトラブルはつき物だったようだ。

 

 二人が歩いていると、なにやら騒がしい場所を発見した。それは他の場所から来た人たちと、麻帆良の学生たちが喧嘩を始めようとしていたのだ。もはや衝突は避けられそうにないほど、ヒートアップしており、勃発寸前のようである。

 

 

「デカイ面してんなよ! 他所モンがァ!」

 

「やんのか、あぁ!?」

 

 

 黒い学生服に身を包んだ集団が麻帆良の学生たちのようである。そして対立するのは、他からやってきた集団のようだった。その両者がにらみ合い、煽り合いをはじめたのだ。メトゥーナトはさてどうしたものかと考えた所に、乱入者が現れた。

 

 

「その喧嘩、買ったァ!」

 

「か、カズヤさん!?」

 

 

 そこへ颯爽と現れたのは、やはり喧嘩バカのカズヤだった。喧嘩と聞いて即参上したのである。流石喧嘩バカ筆頭だ。また、麻帆良の学生からは”さん付け”で呼ばれており、ある程度慕われているらしい。しかしこのカズヤ、基本一匹狼で、群れることを良しとしないのだ。

 

 

「んだテメェは!?」

 

「てめぇーから死ぬか? クソガキが!!」

 

「いいねえ、そういうの! だったらやろうぜ、アレをよぉー!」

 

 

 他から来た集団から、煽りに煽られるカズヤ。だがカズヤは、その煽りすらも気力に変え、むしろ元気になっていくのだった。そしてカズヤがその集団に、殴りかかろうとした時、突如そのカズヤが後方に吹き飛ばされたのだ。

 

 

「グウオァァ!?」

 

「この毒虫が……」

 

 

 さらにそこへ現れたのは、あの法だった。法は殴りかからんとしたカズヤの顔面に平手を撃ちつけ、吹き飛ばしたのだ。そこで吹き飛ばされたカズヤは、後ろに並んでいた複数の学生と衝突し、その学生たちもボウリングのピンのように倒れされていたのだ。それを見た他所の集団は、目を見開き驚いていた。そんな集団を、完全に冷めた目で法は見ていたのである。

 

 

「お前たち、ここで何をしていた」

 

「流法さん……!?」

 

 

 この法の視線、冷めてはいたが内にはすさまじいほどの熱気が宿っていた。加えてそこからは、ルールの枠をはみ出さんとするこの連中に対する怒りも混じっていたのだ。また、法を見た学生たちは、絶対正義とつぶやいていた。この法は喧嘩や暴れる人々を武力をもって鎮圧することが多い。まあ、広域指導員の真似事というか、見習いみたいなものなのである。法は学園の秩序を完膚なきまでに正そうとする男。そんな法はいつの間にか周りから恐れられる存在となり、やはり”さん付け”で呼ばれていたのである。

 

 

「この学園での喧嘩は禁止されている。ルールを守れないのなら、早々に立ち去るがいい」

 

「あぁ? 今度はてめぇーが相手になんのか?」

 

「スカしてんじゃねぇーぞ! このイケメンが!!」

 

 

 だが法はそこで、あえて他所の集団へ忠告を入れた。ここでは喧嘩をするな、やるのなら立ち去れと、冷酷に強い意志の元発言したのだ。しかしそれが気に喰わなかったのか、他所の集団は法を罵倒し、敵としてターゲットにしたようだ。

 

 

「なるほど。今度は見ず知らずのこの俺に、そうがなりたてるという訳か」

 

「ナメんじゃねーぞ!」

 

「ビビってんのか?! オラァ!!」

 

 

 この時点で法は、すでにかなり頭に来ていた。別に煽られ貶されたからではない。こういう集団を最も嫌っているからだ。また、そうやって冷淡に語り、動かぬ法に痺れを切らしたのか、他所の集団は攻撃態勢へと移っていた。そして、そこで他所の一人が、法へと殴りかかったのだ。

 

 

「ならば処断せねばならないな。ルールを侵すものは、処断されなくてはならない」

 

「ガッ!? グアアアー!!?」

 

 

 法は殴りかかって来た相手の腕をいともたやすく掴むと、強く握り締め捻り上げた。その痛みで相手は苦痛の叫びを上げ、動けなくなってしまったのである。さらに法は、その相手を冷たく眺め、他所の集団を処断すると断言したのだ。

 

 

「こ、こいつ!?」

 

「やっちまぇえー!!」

 

「そう来るか。ならば俺も、それ相応の対応をするしかないようだな……!」

 

 

 今の法の行動に頭に来たのか、その集団が一斉に法へと襲い掛かってきたのだ。それを見た法は、抑えている相手を投げ飛ばし、襲い掛かるもう一人へとぶつけた。加えて、別の方向からやって来た相手に平手を撃ちつけ、一撃で伸びさせたのだった。さらに別の相手の頭部を踏み台にし、蹴りはねてその集団の中央へと移動したのである。

 

 その戦いはもはや戦いではなく、一方的な蹂躙だった。法は手加減せず、自らの武術のみでその集団を寝かしつけ始めていたのだ。蹴り、あるいは平手、あるいは拳。どの攻撃も強力で、ほとんどの相手が一撃で倒されていった。これこそが法、アルターなど無くとも、自分の身一つで大抵の相手を倒す実力者なのである。そして最後に高く飛び着地した瞬間、残りの相手も全部倒れ、全滅させたのだった。

 

 

「これに懲りたら、学園のルールを守ることだ……」

 

 

 倒れ苦しむ他所の集団を、法は見下ろしながらその言葉を放った。それを見ていた学生たちも、驚き感心していた。また、野次馬の見物人たちは、その法の戦いぶりを賞賛し、拍手までしていたのである。だが、それが気に入らないヤツがいた。それが許せないヤツがいた。それこそやはり、カズヤだった。

 

 

「おいおいおいおいおい! テメェ突然現れて人様の喧嘩を奪うたぁ、いい度胸してんなぁ? えぇ? おい!!」

 

「何を言っている。俺は学園の秩序を乱すものを、処断したにすぎん」

 

「人の喧嘩奪っといて、ほざいてんじゃねぇぞ! 何かあんだろ? 悪かったとか、ごめんなさいとか、すいませんでしたとか……」

 

 

 カズヤは法に喧嘩を奪われたと思い、かなり冠にきていたのだ。そんなカズヤに法は、わからんだろうがと思いつつ、冷静な表情で説明をした。しかし案の定、火に油を注いだようで、カズヤは怒り心頭で叫んでいたのである。

 

 

「貴様も学園の人間なら、学園のルールに従え!」

 

「んなこたぁ知るか! まずはテメェが俺に謝れぇ!!」

 

「ならば貴様も処断するしかないな。カズヤ……!」

 

 

 なんということだろうか。今度は法とカズヤが喧嘩を始めたではないか。すると周りもさらにヒートアップし、どちらが勝つか賭けを始めていた。もはやこうなったら止まることはないだろう。完全にいつものノリとなってしまっていたのだった。メトゥーナトはそれを見て、これはもう駄目だと思ったのか、その二人を放置することにしたようだ。また、アスナも完全にあきれており、あの二人はいつもああなのかと、むしろ関心するほどだった。

 

 

「あれ? あの二人って確か……」

 

「ん? あの二人を知っているのか?」

 

 

 アスナはあの二人がまほら武道会で戦っているのを見ていた。それを思い出し、何か謎の力を操っていたことを考えたようだった。しかしメトゥーナトは、その二人が戦っていた試合に間に合わなかったので、アスナが二人を知っていることに疑問を感じたのだ。

 

 

「ああ、あの二人、武道会の試合に出てたのよ。それで変な力使ってたから、割と印象が強いっていうか……」

 

「そういうことだったのか……」

 

 

 アスナはメトゥーナトの疑問に難しい顔をして答えていた。変な力、すなわちアルターなのだが、一体どういう原理なのか、まったく理解しがたいものだったからだ。魔法でも気でもなく、魔力も使わない謎の現象。それは自分の能力以上に特異だったので、強く印象にも残ったようだった。メトゥーナトもそれを聞いて、頷き納得した様子を見せていた。

 

 そして後ろではなにやら騒ぎが大きくなり、バカだのアホだのと叫ぶ声が聞こえてきていた。アスナはその声が知り合いらしきものだと思ったが、あの二人の知り合いで、自分の知り合いなどいないだろうと思い、その考えを否定していた。だが、実際そこで叫んでいるのは千雨だったので、その考えは間違ってなどいなかったのだ。そんな叫びであの二人も懲りたらしく、その騒動は治まったようであった。

 

 

 しかし、それ以上の騒ぎが突発的に発生していた。メトゥーナトとアスナが歩いていると、なんとサーカスから動物が脱走してきたではないか。ゾウやキリン、シロクマやカメ、はたまたダチョウまで走ってきたのだ。また、そのダチョウにの足に中年のおっさんがぶら下がっており、自分のダチョウにも馬鹿にされていると叫んでいた。哀れなり。

 

 それを見たメトゥーナトは、とうとう額に手を当て、何かおかしいと感じ始めていた。いやはやここまで騒動に巻き込まれるなど、本当に何か攻撃を受けているとしか思えないほどだからだ。アスナも流石にこれはと思い、同じく頭を抱えていた。そんな中、またしてもそこへ男が現れた。それはあのバーサーカーだったのだ。

 

 

「おい、お前ら! そうやって暴れてんじゃねぇぞ!?」

 

 

 するとバーサーカーは動物たちに話しかけ始めたのだ。これが動物と会話できるスキル、動物会話というものだ。さらにバーサーカーは動物と精神レベルが同じなので、気が合うのである。だから動物たちを説得し、サーカスへ戻そうとしていたのだ。

 

 

「パオォォン!」

 

「グアッグアッ!」

 

「グルル……!」

 

「そうか! そうだったのか!」

 

 

 金髪のヤンキーが動物と会話している様は、なんと異様なことか。他の人も多少引きつりながら、その光景を眺めていた。だが、バーサーカーが動物と会話してくれたおかげで、動物たちは動きを止めてくれているのである。

 

 

「お前らの話はわかった。だから一旦戻ってやってくれ! 頼む!」

 

 

 バーサーカーの渾身の願いに動物たちは納得したようで、サーカスのテントへと戻っていったのだ。誰もがそで安心し、一件落着だと安堵していた。しかし、このバーサーカーも野生的だった。そこで誰もが予想しない行動を取ったのだ。

 

 

「そうだ、そこの白い奴! 今日からお前はホワイトベアー号だ! 俺と一緒に行こうぜ!!」

 

「グウオオオッ!」

 

 

 なんとバーサーカーは一匹のシロクマをホワイトベアー号と名づけ、乗り去ったのである。それを見ていた人々も、止めることなど出来ず、ただ呆然とするばかりだった。そして麻帆良をシロクマにまたがり駆け巡るヤンキーと言う都市伝説が、ここに誕生したのだ。まあ、その後流石にあの刹那ですら、本気で怒ったというのは言うまでもないことだろう。

 

 

「今日はなんだか騒がしい日ねぇ……」

 

「運がないのだろう。こういう時に運を稼いでおくとよいかもしれん……」

 

 

 いつも以上に騒がしい麻帆良祭に、アスナは少し疲れた顔をしていた。これほどの騒動が起こるなど、考えてもみなかかったからだ。その横のメトゥーナトも、今日の運勢は最悪なのだろうと考えていた。だからこそ、こういう時に運を集めておくべきだとも思ったようである。

 

 

「工学部のロボティラノが暴走したー!」

 

 

 そう二人がため息をついている間に、さらなる災厄が訪れてた。なんと工学部の恐竜ロボが暴走を始めたというのだ。そのロボがなんと、すさまじい地響きと共に走ってきたではないか。アスナもメトゥーナトも、またかと思ったようで、少しうなだれてしまっていたのだ。

 

 だが、そこへ二台の車が走ってきたのだ。その車、ただの車ではなかった。赤いはしご車と、青いクレーン車だった。しかし、やはりただのクレーン車やはしご車ではなかった。明らかに普通のものとは、大きさが違うのである。その二台はうなるサイレンを鳴らしながら、すさまじい速度でロボティラノを追射掛け始めたのだ。

 

 

「システムチェーンジ!」「システムチェーンジ!」

 

 

 なんとその二台の車が声を上げて叫ぶと、車体が突然持ち上がったのだ。加えて後方が二手に分かれ、腕のようなものへと変形、そこから体らしき部分が下へ沈むと、ロボットの頭部が現れたではないか。加えて車体の中央部分から後方部分が反転し、ロボットの体らしき部分へと変形していた。さらに前方が二つに分かれ、真っ直ぐに伸びると、それはロボットの足となったのだ。

 

 すさまじいことに、その二台の車は変形し、人型となった。それはまさにビーグルロボと呼べるものだったのである。そしてその二体は、ロボティラノを押さえ込んだのだ。

 

 

「止まりやがれ!」

 

「隊長殿、我々が抑えている今がチャンスです!」

 

 

 そこで青いロボットが何者かへ叫ぶと、そこへ一人の青年が現れた。長いオレンジの髪に、金の鎧の青年だった。顔はなかなかのナイスガイだが、その移動速度、跳躍力ともに人間をはるかにしのぐものだったのである。その青年は、すぐさま押さえつけられたロボティラノの頭部へ移動すると、右手でそれに触れたのだ。

 

 

「よくやったぞ! 炎竜、氷竜! 後は俺に任せろ!!」

 

 

 オレンジ色の長髪をなびかせた青年は、赤いロボットを炎竜、青いロボットを氷竜と呼んだ。そう、それはまさに勇者王ガオガイガーに登場する、レスキュー用ビーグルロボの二体だったのだ。つまりこの青年こそ、ガオガイガーの科学技術とエヴォリュダーの能力を特典に選んだ転生者ということなのである。

 

 

「うおおおおぉぉおおおッ!!」

 

 

 すると青年は緑色の光を発し、そのロボティラノの制御をエヴォリュダーの力で奪い、暴走を食い止めたのだ。エヴォリュダーには機械の制御を奪い、自らの意思で操る力がある。つまり、それを使って暴走ロボティラノを支配したということだった。そしてようやくロボティラノは停止し、完全にオブジェと化したのだ。そこで工学部の部員たちがやってきて、その青年を称えていた。

 

 

「よくやったぞ! 助かった!」

 

「やっぱお前はすげーヤツだな!」

 

「気にするな! 仲間は助け合うものだ!!」

 

 

 ロボティラノを停止させた青年は、工学部の部員に対しさわやかな笑顔で答えていた。実はこの青年、工学部に所属しており、この二体のビーグルロボも青年が作り出したものなのだ。そこで、その二体のロボに子供たちがいつの間にか群がり、面白そうに眺めていた。また、彼らはこのような災害から人命を救出すべく、日夜活動しているのである。しかし、それも何度見た光景だろうか。そう思うアスナは、やはりため息しか出なかったのだった。

 

 

「いつ見てもとんでもないわね……」

 

「すばらしいことだが、派手ではあるな……」

 

 

 レスキューロボの活躍は目覚しいものだったが、やはり派手である。赤いロボと青いロボという時点で、かなり目立つのだ。しかも、いちいち登場が騒がしく、隊長と呼ばれた青年もよく叫ぶ男だった。だからどうだという文句は今のところ出てないが、やはり派手の一言だったのである。

 

 

「とりあえず、先に行こう。騒動は解決したようだしな……」

 

「そ、そうね……」

 

 

 もはや何度も見た光景だった。この麻帆良の名物とも呼べるものだった。いやはや麻帆良祭を回るつもりが、騒動を見るだけとなってしまったのだ。これには二人も苦笑いしか出ないと言うものだろう。それで完全にあきれてしまった二人は、騒動も治まった所を見て、再び移動を開始したのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして二人は世界樹前広場へと足を運んでいた。流石にここなら何もないだろうと考えてのことだった。いや、ここでも何かあれば、流石に泣けてくるというものだろう。

 

 

「ここなら何も起きないだろう……」

 

「はぁ……、何か疲れちゃった……」

 

「こうも災難続きでは、疲れてしまうのも無理はないだろう……」

 

 

 前途多難な騒動のせいか、アスナは少し疲れた様子を見せていた。体力的にと言うよりも、何か精神的に来ているようだった。まあ、あの光景の連続では仕方のないことだろう。誰だってそう思うはずだ。そんなアスナを見てメトゥーナトも、無理もないと感じていた。そう思っている本人ですら、微妙ながら疲れを感じていたのだから当然である。

 

 

「それに、今日の大会でも随分疲れただろう。ここで少し休んだ方がいい」

 

「うーん。確かに少し疲れ気味かな?」

 

 

 さらにアスナはまほら武道会で、激戦を繰り広げてきた。そのため体力を随分消耗しているだろうと、メトゥーナトは考えたようだ。また、アスナもそれをある程度実感しており、笑みの中に疲れが見え隠れしていたのである。

 

 

「しかし、アスナがああも強くなってしまうとは……。わたしも時間を感じざるを得ないな……」

 

「まるでおじいちゃんのような言い方ね……」

 

 

 そこでメトゥーナトは、今回のアスナの大会での活躍を思い出し、時間の流れを実感していた。あんなに小さかった少女が、何も知らなかった少女が、ここまで成長したのだ。そう思わずにはいられなかったのである。そんなことを言うメトゥーナトに、アスナは老人みたいだと述べていた。見た目こそ老けない癖に、中身は随分と老け込んでるんだなと、アスナは思っているのだった。

 

 

「フッ……」

 

「むっ? 何か変だった?」

 

「いや……。アスナは本当に成長したと思っただけだ」

 

 

 メトゥーナトは何かを思い出し、小さな笑いをこぼしていた。それを見たアスナは、何がおかしいのだろうかと疑問に思ったようである。そんなアスナを見たメトゥーナトは、随分と成長したものだと、改めてそれを感じていたのだ。

 

 

「フフ、そうよ、成長したのよ。私は」

 

「そうだな。あの小さな小さな少女が、こんなになるなど、わたしも思っていなかった」

 

 

 そう言うアスナは明るい笑顔で、その場でくるりとターンして見せた。そして両手を後ろへ移し、少しかがんで覗き込むようにメトゥーナトを見ていたのだ。それはとても可愛らしいもので、見た目相応の行動だった。

 

 また、メトゥーナトはそれを見て、やはりアスナの成長を実感していた。あんなに無口だった少女が、あれほど無表情だった少女が、あそこまで他人に無関心だった少女が、このような華やかな表情をするようになったものだと、とても感激していたのだ。

 

 だが、そこでメトゥーナトは、この麻帆良にアスナをつれて来て、正解だったのだろうか。どうなのだろうかと、深く考えていた。ハッキリ言えばアスナがここに居るのは大人の都合であり、本来必要のないことだからだ。”原作通り”にするためと言う大人のわがままで、アスナはこの場所へつれて来た。

 

 それに対してメトゥーナトは、負い目をある程度感じていた。しかし、アスナはここに来て随分変わった。ライバルと呼ぶような友人を作り、表情豊かになったのだ。それを考えれば、何も悪いことばかりではなかったと、少しだけ良かったと思っていた。

 

 

「……何か難しいこと考えてた?」

 

「……皇帝陛下の命令とは言え、アスナをここにつれて来て、果たしてよかったのかどうかを考えていた……」

 

「それ、そんなに悩むこと?」

 

 

 アスナはメトゥーナトが、何か悩んでいることを察し、声をかけていた。そこでメトゥーナトは、今考えていたことを素直にアスナへと話したのだ。それはアスナに、本当にここに来てよかったのかを、確かめるかのようであった。だが、それを聞いたアスナは、あっけらかんとした表情で、悩む必要なんてないと言っていたのだ。

 

 

「私は麻帆良に来て、随分いろんなものを貰ったわ。お菓子の瓶が詰まるぐらい、いろんなものをね……」

 

 

 アスナは麻帆良に来て、色々と体験してきた。ライバルも出来た、友人も出来た。ライバルと競うことが楽しいと思えるようになった。友人とおしゃべりすることが面白いと思えるようになった。そして自分の中のお菓子の瓶が、そのおかげでいっぱいになった。それはアスナにとって、かけがえのないもの。宝物と呼べるものとなっていたのだ。

 

 

「つまり、別に気にすることなんてないのよ。私はここに来て、本当に良かったって思ってるんだから」

 

 

 だからこそ、ここにつれて来たことを、悪いことだと思う必要はない。むしろつれて来てくれてよかったとさえ思っていると、アスナはメトゥーナトに微笑みながら語りかけていた。ここに来たから今の自分があるのだと、アスナはいつも思い、メトゥーナトに感謝していたのである。

 

 

「……だから、悔いる必要なんかない。むしろ感謝してるんだから、ね?」

 

「……そうか、そう言ってくれるととても嬉しい……」

 

 

 アスナはそこで、メトゥーナトに感謝してると、嬉しそうに言ったのだ。その笑顔を見たメトゥーナトは、内心すこぶる感動していた。心の中で、感涙を流していたのである。しかし、それを表に出さないのが、このメトゥーナトという男だ。だが、アスナはメトゥーナトが、自分の感情を大きく表に出さないことを知っていた。メトゥーナトが内心感動しているのを察したアスナは、先ほど以上の笑みを見せ、再びくるりとターンして見せたのだ。

 

 

「嬉しいくせに、顔には出さないんだから。ホント来史渡さんは仮面の騎士よね」

 

「騎士たるもの、感情を表に出さんものだ」

 

 

 そこでアスナはメトゥーナトに、本当に仮面をかぶっているようだと話してたのだ。まったく感情を表に出さず、表情を変化させないからだ。まあ、過去の自分も似たようなものだったとも、少し思っているのだが。しかし一応メトゥーナトは感情があり、それが表に出ないだけなので、実際は自分と違うとも考えているのである。

 

 また、メトゥーナトも騎士として当然だと、それを強く言葉にしていたのだ。騎士として、感情的になってはならない。騎士とは常に、冷静で王を支えるものだと考えて居るからである。

 

 こうしてゆっくりと日が落ち、辺りが暗くなってきたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:獅子帝豪(ししてい ごう)

種族:エヴォリュダー

性別:男性

原作知識:微妙にあり

前世:20代のしがない声優

能力:コンピュータへのハッキング、勇気をエネルギーへ変換

特典:勇者王ガオガイガーの獅子王凱、エヴォリュダーの能力、オマケで一応ギャレオン

   勇者王ガオガイガーに登場する科学技術の全て、オマケでGストーン数個

 

 




銀髪を倒してスッキリした後、アスナの話を出したかった

そして、機械系転生者登場
なおガオマシンやハイパーツールは資金難のため作れなかった模様……
やはり黄金律のスキルは偉大……
でも特典上ジェネシックの可能性も……


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七十二話 親

もうすぐ二日目が終わる


 辺りは暗くなり、月明かりが照らす時間となったころ。麻帆良祭ではパレードが開かれていた。闇の染まった空を、パレードの行列で照らされていたのだ。そのパレードをアスナはメトゥーナトと眺め、今日の疲れを吹き飛ばしていた。メトゥーナトもそのパレードを見て、よく出来てると考えていたのである。

 

 

「思った以上によく出来ているな。なかなか見ごたえがあるというものだ」

 

「本当、気合はいってるわね」

 

 

 このパレード、とてもよく出来ており、すばらしいと呼べるものだった。そんなパレードを眺め、二人はのんびりしていたのだ。だが、そこでメトゥーナトの携帯電話が鳴り響き、パレードの音にまぎれたのである。

 

 

「おっと、すまない。部下からのようだ。少し席をはずすがいいか?」

 

「それじゃ、しょうがないわね。私はあっちで待ってるから、いってらっしゃい」

 

「すまない。すぐに戻る」

 

 

 その着信はメトゥーナトの部下からだった。特に大きなことは今のところ起こってないはずなので、定期連絡だろうとメトゥーナトは思ったようだ。そこで席をはずすことをアスナへ伝えると、アスナはモアイのモニュメントがある場所で待機していると言ったのだ。それを聞いたメトゥーナトはアスナへ謝罪を入れ、メトゥーナトは人気のない場所へと移動していったのである。また、メトゥーナトを待つアスナを発見したものがいた。それはあやかだったのだ。

 

 

「あら、アスナさん。ここで何をしているので?」

 

「いいんちょこそ、どうしたの?」

 

 

 アスナは特にあやかから文句を言われず、純粋に何でここに居るのかをたずねられていた。それはアスナがしっかりと、この日を空けていたからだ。そしてアスナも、あやかへ同じ質問をしていたのだ。まさかここで会うなんて、思っていなかったからである。

 

 

「こちらは客人をお呼びしての晩餐会ですわ。久々に家族で集まって……」

 

 

 と、そこであやかは言葉を切った。なぜならアスナには、血のつながった家族がいないからである。それを考慮して、今の発言はうかつだったと思ったのだ。

 

 

「あ、ごめんなさい。私としたことが……」

 

「別に気にすることないわよ」

 

 

 そこであやかはアスナへと謝っていた。今の言葉、失言だった。配慮不足だったと感じたからだ。だが、アスナはその程度のことを気にするような人ではなかった。

 

 

「むしろ家族で思い出したんだけど、弟さんは元気にしてるの?」

 

「ふふ、元気にしてますわ。私も久々に会うのが楽しみですのよ?」

 

 

 さらにアスナは家族と言う言葉で思い出したのか、あやかの弟のことを尋ねてみたのだ。生まれる前に死にそうだと、あれだけ騒いだ弟なのだ。そしてあやかはそのせいか、随分弟を可愛がっている。それをアスナは知っているので、元気なのかと思ったのである。そんなアスナの質問に、あやかは元気にしていると笑顔で答えていた。さらに久々に会えるということで、本当に楽しみにしてる様子だったのだ。

 

 

「いいことじゃない。会えるってことは、いいことね」

 

「そうですわね。そう聞くと、なんだかあの時を思い出しますわ……」

 

 

 その答えにアスナも、会えるのはいいことだと、微笑み返して話したのだ。また、会えるということで、あやかは小学校の頃を思い出していた。それは弟の命が危ういことを知った時、あの無表情で無愛想がデフォルトだった時のアスナが、励ましてくれたことだった。

 

 

「あの時のことは今でも忘れませんわ。そして今でもアスナさん、あなたに感謝してますのよ?」

 

「んー。感謝されることをした覚えがないんだけど……」

 

 

 あの時、祈ろうと言ってくれたアスナに、あやかはとても感謝していた。そして自らを医者と名乗った男性へ、勝手ながら事情を説明してくれたことにも、少し恩をも感じていた。アスナが医者と名乗った男へ説明してくれなければ、きっと弟は生まれてこなかっただろうと思っているからである。

 

 だが、アスナは感謝されることをした覚えがないと、腕を組んで言葉にしていた。アスナもあの時のことは明確に覚えており、自分が何をしたかはっきりわかっていた。しかし、アスナは基本的に自分が悲しいと思うことを、他人にも起こってほしくなかったのだ。だからアスナは祈ろうと言ったし、医者の男に説明をしたのである。

 

 

「素直じゃありませんわね……。ところでアスナさんこそ、オシャレなんてしてどうしたんですの?」

 

「ああ、これ? んー、別になんでもないけど……」

 

「ウソをおっしゃい! 理由もなくオシャレするはずがありませんわ!!」

 

 

 そこでようやくあやかは、アスナへ自分の質問をぶつけたのだ。あのアスナがオシャレしているのだ。疑問に思わないはずがないのである。

 

 そこでアスナはその質問に、理由はないと答えていた。実際は親代わりであるメトゥーナトを安心させるためと言う理由があった。だが、やはり人に話すのは恥ずかしかったので、あえて黙っていることにしたのだ、

 

 そう言うアスナに、流石にそれは無いだろうと、あやかはそう思って叫んでいたのだ。理由なくオシャレなどするはずもない。何せオシャレするのには、何らかの理由があるはずだからだ。ゆえに、なんでもないなんてことは絶対にありえないと、あやかは思ったのである。

 

 

「ハッ! まさか誰とデートを!? ネギ先生……は流石にないでしょうし……」

 

「だから、そういう訳じゃないわよ……」

 

 

 アスナが本当のことをしゃべらないので、あやかは勝手に誰かとデートだと思い込んだようである。そしてあやかは誰が相手なのかを、指を顎に当てて考察し始めたのだ。

 

 まずネギだと考えたが、それはまずありえないと切り捨てた。確かにアスナとネギは仲が悪い訳ではない。しかし、これと言ってすごく良いという訳でもないからだ。

 

 また、そう邪推するあやかに、アスナはまったく違うと、少しあきれながら言葉にしていた。アスナにはデートに誘いたい相手がいないし、誘ってくれるほどの相手もいない、そう思っているからだ。

 

 

「……まさか……、あのリーゼントの東状助さん……ではありませんこと?」

 

「は? ギャグ?」

 

 

 そこであやかはハッとして、まさかあの状助ではないかと勘ぐったのである。それをあやかはハッキリ言うと、なんとアスナは一言で切り捨てたのだった。もっと大きなリアクションがあっても不思議ではない答えだったというのに、一言のみで終わらせたのだ。

 

 

「……そう反応されると、むしろ彼が可愛そうですわ……」

 

「話を振ったのはそっちでしょ……?」

 

 

 その無反応さにあやかは、流石にそれでは状助が可愛そうだと思ったようだ。だからあやかは、可愛そうにと言葉をもらしていたのである。しかしその話を始めたのはあやかだと、悪びれない様子でアスナは言っていた。いや、これはもはやどっちもどっちである。きっと今頃状助は、くしゃみをして鼻水をすすっているに違いないだろう。

 

 

「ま、まあそれは置いといて、本当はどうなんですの?」

 

「別に、いいんちょが考えるようなことじゃないって」

 

 

 そしてあやかは今の話を無かったことにし、本当のことを聞きだそうとしていた。しかし、やはりアスナは本当のことを話さない。特に隠すほどの理由でもないが、やはりちょっと恥ずかしいからだ。だから、とりあえずあやかが邪推するようなことは一切ないとだけ、キッパリ断っておいたのである。

 

 

「それにいいじゃない。たまにはこういうのも」

 

「ふーん? まあ、そういうことにしておいてあげましょう」

 

 

 さらにアスナは、別に自分が普段しないようなオシャレをしても、悪い訳じゃないでしょうと、あやかへ話した。たまには自分だってオシャレの一つや二つすることもある、そういう意味もこめてアスナはそれを言葉にしたのだ。

 

 あやかもそれを言われてしまうと、納得せざるを得なかった。こういう祭りの真っ最中だし、普段しないオシャレぐらいしてもおかしくはないかも、と思ったのだ。それにあやかも、これ以上聞いても話してくれそうにないと判断し、しかたなく本当の理由を諦めたのだった。

 

 

「あっ、私はそろそろ集まりへ戻りますわ」

 

「何か話し込んじゃって悪かったわね」

 

「別にあなたのせいじゃありませんわよ?」

 

 

 そこであやかは随分アスナと長く話していることに気が付き、流石にそろそろ自分も家族の下へ移動しようと思ったのだ。アスナも、あやかを引き止めるようなことをして、悪かったと、ひっそりと謝った。

 

 するとあやかは別にアスナのせいで話が長くなった訳ではないと、素直に話した。こうなったのも全部自分のせいであり、アスナへの疑問を聞いている間にこんな時間になったと、あやかは思っていたのだ。

 

 

「そう?」

 

「私が話し込んでしまったのが悪いんですもの」

 

 

 アスナはそうなのだろうかと、疑問の言葉を漏らしていた。あやかはそこでさらに、自分から色々聞いてきたのだからと、アスナへ苦笑して説明したのだ。

 

 

「まあ、私はもう行きますわ! ではまた明日」

 

「うん、また明日ね」

 

 

 しかし、こうしている間にも時間は流れている。あやかは流石にもう行かなければと、少しずつアスナから離れながら、明日会いましょうと別れを告げた。アスナもそれを聞いて、手を高く伸ばしてまた明日会えたならば、と受け答えを元気よくしたのであった。

 

 

「すまない、待たせた……」

 

「別に丁度よかったわ。今いいんちょと話し終わったところだったし」

 

「そうか……」

 

 

 そして、丁度よくあやかがアスナから見えなくなった当たりで、メトゥーナトが戻ってきた。だが、自分が予想していた時間よりも遅れたことで、メトゥーナトはアスナへと一言謝っていたのである。アスナはその謝罪を聞き、むしろ丁度よかったと、表情を緩ませて話したのだ。メトゥーナトはその言葉で、少し安心したようだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこは高台のような場所で、まるで砦の頂上のようだった。その場所からは夜の闇と、それを照らす麻帆良を一望することが出来、綺麗な夜景が辺り一面に映し出されていたのだ。人もそれほどいないようで、とても静かで夜風が気持ちの良いところであった。

 

 そんな場所に、メトゥーナトとアスナの姿があった。アスナはその美しい夜景を、嬉しそうに眺めていた。またメトゥーナトは、その喜ぶアスナを見て、固い表情を緩ませていたのである。

 

 

「夜の麻帆良って綺麗ね」

 

「そうだな……」

 

 

 アスナは夜景の光景に、とても感激していた。随分この麻帆良に滞在しているが、いつ見ても美しいと思えるものだったからだ。その横に佇むメトゥーナトも、その美しい夜の麻帆良に、色々思うことがあるようだ。そもそもメトゥーナトがここに居るのは、危険な転生者の対策である。だから、この麻帆良が美しいままであることに、とても喜ばしいことだと思っていたのだ。するとアスナはメトゥーナトの方を改まって向き、なにやら言いたそうな表情をしていた。

 

 

「あの……、来史渡さん……」

 

「どうした? 突然改まって……」

 

 

 アスナは少ししおらしくしており、両手をつなげ、背中に回して何かに戸惑っていてた。妙に照れくさそうにするアスナに、メトゥーナトはどうしたのかと思ったようだ。

 

 

「えっと……、前々から思ってたことがあるの……」

 

「ふむ……?」

 

 

 何か言いたくて仕方のなさそうなアスナは、前々から思っていたことがあると言っていた。それが何なのかわからないメトゥーナトは、疑問に感じてそのアスナを眺めていた。なかなか踏ん切りのつかないアスナは、もごもごと口を動かし、どうしようか迷っていたのである。

 

 

「うー……。ねえ、来史渡さん……。いえ、メトゥーナトさん……」

 

「……なんだ?」

 

 

 アスナは少し頬を染め、モジモジと体を揺らし、銀河来史渡と言う偽名ではなく、真の名であるメトゥーナトと呼んでいた。また、その名を呼ばれたことで、何かを感じたメトゥーナトも、真剣な表情でアスナの方をしっかり向いていたのである。そこで意を決したのか、アスナはスカートのすそを握り締め、その言葉をハッキリと発したのだ。

 

 

「メトゥーナトさん。私はずっと前から、あなたを父と呼びたいと思ってた……」

 

「……アスナ……?」

 

 

 それはメトゥーナトを、父親として接したいという、アスナの強い想いだった。救出してくれてから、ずっと付き添ってくれたメトゥーナト。彼は自分をいつだって見守ってくれていた。悪いことをすればしっかり叱ってくれた、良いことをすれば必ず褒めてくれた。それはまるで、本当の父親のようだと、前からアスナは思っていたのだ。

 

 もう100年ほども前のことで、自分の本当の父親など覚えていない。それに、きっと自分を兵器にしてしまうような人間なのだから、どんな理由があったにっせよまともだったとは思えない。だけど、そんな自分を本当の父親のように接し、悩み、必死になってくれたメトゥーナトに、アスナは父と呼びたいと強く願っていたのだった。

 

 それを聞いたメトゥーナトは、時間が停止したかのように、動かなくなっていた。最初は皇帝の命令で、アスナを救出した。全ては皇帝の命令から始まったことだった。さらに大人の都合で、随分アスナを振り回してしまった。だから、どんな理由があれ、そんな風に呼ばれる資格はないと、メトゥーナトは考えていたのだ。

 

 

「……だから、メトゥーナトさん。パパって……呼んでいいか……な?」

 

「……アスナ……」

 

 

 アスナはメトゥーナトに、パパと呼んでいいかと、そう聞いていた。照れた表情で、少し涙ぐんだ瞳でメトゥーナトの顔を覗き、そうしたいと言っていた。それをアスナが言い終えた後、六月の冷たい夜風が、二人を包み込んだのである。

 

 だが、メトゥーナトは、その返答にどうすればよいか迷っていた。

この騎士たる自分が、そう呼ばれて良いのだろうか。呼ばれるに値することをしてきただろうかと、思考の渦に沈んでいた。それはとても嬉しいことだ。しかし、そう呼ばれるなどおこがましいのではないかと、そう思っていたのである。

 

 

「……駄目だ……。わたしは君に、そう呼ばれる資格などない……」

 

「……どうして? 血がつながってないから……? メトゥーナトさんが皇帝陛下の騎士だから……?」

 

 

 そこでメトゥーナトが下した判断は、それは出来ないと言うことだった。やはり自分には、そう呼ばれるに値しないと、メトゥーナトは厳しい判断を下したからだ。それを聞いたアスナは、なぜ駄目なのかを、何度も問いただしていた。血のつながりが無いからなのか、メトゥーナトが皇帝の部下だからなのか、それとも……。アスナはそれを聞くたびに、瞳から大粒の涙をこぼしていた。どうしてなのか、悲しく感じていたのである。そう涙するアスナを見て、メトゥーナトは沈痛な表情をし、正直に答えようと思ったのだ。

 

 

「そうではない。だが全ては皇帝陛下の命からはじまったことだ。それに、君を大人の都合で振り回しているのもわたしだ。だから、君にそう呼ばれる資格は、このわたしにはない……」

 

「……別に、資格とか要らないじゃない……。気に……しすぎよ……」

 

 

 メトゥーナトは、本当に申し訳なさそうに、そのことをアスナへ話した。だが、それを聞いたアスナは、やはり資格とかそういうものは必要ないと、言葉にしていた。そして、メトゥーナトが細かいことを気にしすぎていると、涙を拭きながら話したのだ。

 

 誰かの命令ではじまったなら、魔法無効化を利用された時から、似たような目にあってる。大人の都合で振り回されるなんて、何度も体験したことだった。そんな過去のことに比べたら、今の大人の都合はなんと優しいことだろうか。自由を与えられ、生きる実感を得た。色々貰った。与えられた。だからメトゥーナトが、それを罪だと思う必要などないと、苦しむ必要はないとアスナは本気で思っていたのだ。

 

 

「……本当にメトゥーナトさんは、堅物なんだから……」

 

「う……む……」

 

 

 アスナが昔から思っていたことだが、メトゥーナトはいちいち気負いすぎる。何かと自分を責め、苦しみ悩むのがメトゥーナトの悪い癖だった。まあ、それで少しイジったりしたのも、アスナなのではあるが。だから、もう少しやわらかくなって、気にしないようにすればよいと、そうずっと思ってきていた。また、堅物と言われたメトゥーナトは、返す言葉が思い浮かばないようで、その後何も喋らなくなっていた。

 

 

「……そういうものを含めて、私はあなたをパパと呼びたいと思った。だから……」

 

「……アスナ……」

 

 

 メトゥーナトが何を思い、何を考えて動いていたかなど、アスナは大体わかっていた。また、それでどれだけ悩んでいたか、苦しんでいたかもわかっていた。ゆえに、アスナはそれを全て受け入れてでも、メトゥーナトを父親と呼びたいと思ってきたのだ。

 

 そのアスナの言葉に、メトゥーナトは悩んでいた。だが、それならアスナの好きにさせても良いのではないかと、そう考え始めていた。自分がアスナにしてやれることなど、ほとんどないのだから。そのぐらい許してあげても、良いのではないかと、そう思い始めていた。そして、そう自分が呼ばれてアスナが嬉しいと思うなら、むしろ喜んで引き受けるべきだと、そう答えを導き出したのだ。

 

 

「……わかった……。アスナが好きなように呼ぶといい……」

 

「……メトゥーナト……さん……?」

 

「わたしが君に出来ることは少ない。ならば、そのぐらい自由させてあげないとな……」

 

 

 ならば、アスナが呼びたい好きな呼び名で、呼ばれよう。メトゥーナトはそう、静かに、語りかけるように答えたのだ。その言葉にアスナは少し驚き、涙で赤くなった目を、メトゥーナトに向けていた。そこでメトゥーナトは、自分の今の考えを、アスナへと話した。それは本当に固い言い訳のような、不器用な言葉だった。

 

 

「……本当に固いんだから……。でも、ありがとう……()()……」

 

「……どういたしまして……」

 

 

 そしてアスナは少し涙を目にためながら、満面の笑みでメトゥーナトをパパと呼んだ。さらに、そのままアスナはメトゥーナトに抱きつき、甘え始めたのである。そんなアスナの頭を、メトゥーナトは優しく静かになで、普段はしないようなやわらかい笑みを浮かべていたのだった。

 

 

「……ところで、言いにくいことなのだが、先ほどからこちらを見ているものが居てな……」

 

「……え?」

 

「アスナの友人だろう?」

 

 

 メトゥーナトは、その甘えるアスナに誰かがこちらを見ていると言ったのだ。アスナはそれにハッとして、周りをキョロキョロと眺めていた。そう慌てるアスナに、メトゥーナトは指を指し、そちらの方に居るとアスナへ教えたのである。

 

 

「あ……刹那さんと楓ちゃん……」

 

「恥ずかしいところを見られてしまったな」

 

 

 アスナはその二人に今の光景を見られ、顔を見る見る赤く染めていった。流石にメトゥーナトに抱きつき甘え、あまつさえ頭を撫でられたところを見られたのだ。恥ずかしいなんてもんではないだろう。そう照れてどうにかなりそうなアスナを、メトゥーナトは微笑ましいものを見る目で眺めていた。

 

 刹那は世界樹パトロールが終わったところで、丁度アスナとメトゥーナトが並んで歩いているのを目撃したのだ。そこでアスナとメトゥーナトが、なんだか良い雰囲気だったので、少し気になって覗きに来たのである。また、楓も刹那から頼まれ、その手伝いをしていたようで、刹那についてきた形だったのだ。

 

 

「……もう! 二人とも何してんのよ……!!」

 

「あ、アスナさん……。も、申し訳ありません!」

 

「拙者は刹那についてきただけでござるよ」

 

 

 そしてアスナは刹那と楓の方へと、怒った表情で走って行った。また、そこですかさず刹那が覗いていたことを謝り、楓は今の光景をしみじみと思いながら、しれっと刹那のせいにしていた。そんな三人をメトゥーナトは眺めながら、ほっこりしていたのだった。

 

 そこでメトゥーナトは、そっと仮面を懐から取り出し、それを顔へと持っていき装着した。メトゥーナトは仮面の奥から覗く瞳で、眺めていた二人にプンプンと煙を出して怒るアスナを眺め、ふと昔のことを思い出していたのである。

 

 

 最初、本当に最初見たときは、とても痛々しい状態だった。何とか助けたいと思ったのは、同情だけではなく心の奥底から思ったことだ。皇帝に助けて来いと言われた時は、身震いしたほどだった。あの寂しげに幽閉される、飛べぬ雛を救いたいと、願っていたからだった。

 

 彼女を助けた後、紅き翼と共に旅をした。表情を表に出さぬ少女だったが、内心色々思っていたことだろうと考えていた。その後一人、また一人と散り散りになる紅き翼を見ていた少女が、悲しみに包まれていることもわかっていた。だから悲しむことはないと、何度も励ましたものだと思い出していた。

 

 さらにナギすらも居なくなり、そこでガトウが重傷を負った時、初めて少女は涙を流した。それを見た自分は、嬉しさ半分悔しさ半分と言う複雑な心境だった。そこでガトウを治療したら、ガトウに泣きついていた。まったく、こんな少女を泣かせたガトウは、とても罪な男だと、あの時はそう感じたのだった。

 

 その後は旧世界を旅し、色んな場所を少女に見せてきた。さまざまな自然現象や自然が織り成す美しい世界を、狭い世界に居た少女に見せてやりたかった。そして皇帝の命により、この麻帆良で生活するようになって、少女は少しずつ色々なものを集めていった。

 

 ゆえに今のアスナが居る。ああやって友人に叫び、そして笑うアスナが居る。そう、メトゥーナトは思い出しながら考えていた。また、時間が立つのは早いものだと、しみじみと思っていたのだ。だが、そんなところへ一人の男性がやって来ていた。それはあのアルビレオだったのだ。

 

 

「おや、とうとうパパと呼ばれるまでになりましたか。うらやましいものですね……」

 

「……クウネルか……、勝手に羨ましがるがいい……」

 

 

 そこでアルビレオは、メトゥーナトがパパと呼ばれたことを羨ましがっていた。あんな美少女、しかも魔法世界のお姫様からパパだなどと、とうとう堕ちる所まで堕ちたかと、アルビレオは思い笑みを浮かべていたのである。メトゥーナトは、どうせどこかで一部始終を見ていたのだろうと思ったのか、少し機嫌悪そうに、答えていたのである。

 

 

「ええ、とても羨ましく思います。あの固い騎士で剣一筋だったあなたが、よもやそこまでの偉業をなしえるとは、と……」

 

「……半分以上皮肉にしか聞こえないが……」

 

 

 さらにアルビレオは、普段の笑みを浮かべ、挑発的な発言を繰り広げていた。父親と呼ばれたことを偉業と言い、メトゥーナトをからかっていたのである。だが、メトゥーナトもある程度アルビレオの扱いに慣れている。だからこそ、皮肉ばかり言ってるなあ、と思う程度でしかなかったのだ。

 

 

「……タカミチには挨拶してやったのか?」

 

「先ほど会いましたよ。と言うよりも大会で何度も見合わせて居たはずなんですがね……」

 

「バレないように注意していたんじゃないのか……?」

 

 

 そこでメトゥーナトは、アルビレオにタカミチにも挨拶したのかと、冷めた視線で語りかけていた。アルビレオも一応タカミチに接触し、多少話はしたようだ。しかし、その前にまほら武道会でニアミスしていたので、気がつかれなかったと話したのだ。それを聞いたメトゥーナトは、アルビレオが正体をばらさない工夫をしてたのではと思ったようだ。

 

 

「いえ、何もしてませんよ。ただ、タカミチ君はあの時は、ネギ君に御執心だったようで、私など眼中になかったようです」

 

「そうか……」

 

 

 アルビレオは特に自分を隠そうとはしていなかった。だがタカミチはネギの方に気が集中してしまっていたので、アルビレオには気がつかなかったらしい。メトゥーナトも、一言つぶやいただけで、それ以上は言わなかった。しかし、流石にそりゃねーだろ、と内心思っていたりもしていたのである。

 

 

「まあ、途中で気がついていたみたいでしたが、彼も忙しかったようでしてね。会話が出来たのがつい先ほどになってしまったと言うことです」

 

「ふむ、確かに今回の騒動で、あわただしい様子だったな」

 

 

 仮面の奥から微妙な表情をするメトゥーナトに、アルビレオは気がついたようだ。そこでアルビレオはタカミチのフォローへと回っていた。と言うのも、流石に重力魔法をバンバン使ったり、坂越上人へ攻撃を仕掛けたのだから、その時気がつかない方がおかしいのである。ただ、タカミチは自分に気がついていたが、忙しくて会話できなかったとアルビレオはメトゥーナトへ話したのだ。メトゥーナトもその話を聞いて、上人やビフォアの件でなにやら騒がしくなってきていると感じていたようだ。

 

 

「……ところで()()()()は……?」

 

「今のところ変化はありません。ずっと()()()()()ですよ……」

 

「……そうか、わかった……」

 

 

 メトゥーナトは、タカミチの話を終えると、真剣な表情でアルビレオに質問していた。その彼と言うのが何ものなのかはわからないが、それの状態を聞いていたのだ。アルビレオもその彼には、今のところ変化はなく、眠ったままだと話したのである。その答えに、メトゥーナトは満足したのか、腕を組みながら頷いていた。また、その会話の後、闇に染まった天の下、明るく光る麻帆良を背に、二人の男は佇むのみであった。

 

 




麻帆良祭二日目の夜は更けていく


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七十三話 世界樹の下で

長かった二日目が終わる


 アルスは下水道の底に存在するロボット工場を発見した。それを他の魔法先生などに報告したのである。しかし、ロボット工場などと言う突拍子な話に、あまり信用されなかったのだ。確かにアルスは実力者で信頼出来るほどの実績が存在する。

 

 だが、流石に巨大ロボット工場など、この麻帆良の地下にあるはずがないと思われてしまったのだ。ただ、タカミチや明石教授あたりはその話を信用してくれたようだが、それでも三~四人程度でその場所まで足を運び、破壊するのは至難と判断したのである。それゆえロボット工場の存在は放置せざるを得なくなったのだ。

 

 また、直一もその報告を超へと話した。超はこの事実を重く受け止めたが、ハッキリ言えば戦力不足。そのロボット工場を破壊するほどの戦力が無いのだ。あのエヴァンジェリンを向かわせたとしても、坂越上人と交戦すれば、それどころでは無くなる。それに全戦力を工場に向けてしまうのは、かなりリスクが高すぎるのだ。だからとりあえず超は、それに対する危険性を考えながら、対策を練るしかないと言う判断をしたようである。

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良祭二日目の夜、ネギは超に呼び出されていた。それは暗黒の未来を元に正すための作戦を言い渡すと言うものだった。だからネギはその話を聞くために、世界樹前広場の最も高い場所へとやってきたのである。

 

 

「来たネ」

 

 

 そこにはすでに超が来ており、巨大な世界樹を眺め、ネギに背を向けていた。そしてネギが来たことに気がつき、その方向へゆっくりと体を向けていた。ネギも振り向いた超の下へと、歩きながら近づいていったのである。

 

 

「超さん、一体僕は何をすればいいんですか?」

 

「フム、これから言うことは重要なことネ。心して聞くがヨロシ」

 

 

 ネギは超に何をすればよいか尋ねていた。自分の未来が変わってしまうと聞かされ、多少焦りがあるようだ。それに超がどんな指示を出すのかも、気になっていたからだ。また超は、重要な話をしようと思い、聞き逃さぬようにとネギへ話していた。

 

 

「タブンだが、明日には大規模な戦いが起こる可能性があるネ……」

 

「だ、大規模な戦い……!?」

 

 

 超はネギへ、明日のことを話し始めた。それは直一の残したデータから割り出した未来予測であり、この麻帆良で大きな戦いが発生すると言うものだった。だが、それは可能性の話であり、ビフォアが実際それを行うとは限らない。

 

 とは言うものの、あのビフォアは用意周到にロボット工場を建造していたのだ。そう考えた方が妥当だと、超は考えたのである。そのことをネギへと言うと、ネギは驚いて冷や汗をかいていた。超の言葉が事実だとすれば、この麻帆良が戦場になるからである。

 

 

「そうヨ、ある男が未来の技術を使って、ロボット軍団を操るというものネ」

 

「ろ、ロボット軍団……!?」

 

「そのとおりヨ。そして、その男は最終的に、全世界に魔法を教えるつもりネ」

 

 

 そこで超が話したのは、なんとも信じがたいことだった。未来の技術により、ロボット軍団が襲ってくると言うものだったからだ。普通に考えれば、何を言っているんだと思われても不思議ではないものだ。

 

 しかし、ネギはそれを真に受け、戦慄していたのである。実際ネギのクラスにはロボの茶々丸が居るので、ある程度信用できる話だと思ったようである。さらにそこで、超はビフォアという男の最終目的をネギへと伝えたのだ。

 

 

「全世界に、魔法を……!? 一体どうしてですか!?」

 

「それはわからないネ。仮説としてはその責任を受け、がら空きとなったこの麻帆良を、乗っ取るつもりダロウ……」

 

 

 ネギは魔法を世界にバラすことは良くないと考えた。加えて魔法をバラす理由が、まったくもってわからなかった。確かに一日目の超からの説明で、この麻帆良が滅びると聞かされていた。だが、それが魔法をバラすのと、どうつながるかがわからなかったのである。だから超へと、理由はなんなのかを聞いたのである。

 

 超はその質問に、仮説と言う前提でネギに説明を始めた。魔法を全世界にバラせば、その責任が麻帆良の魔法先生にかぶり、オコジョにされる。その隙をついて、この麻帆良を支配するつもりなのだと考えていた。それをネギへと、ゆっくり話したのである。

 

 

「そ、そんなことが……!?」

 

「だからこそ、明日はよく注意して行動してほしいのヨ。ネギ坊主も我々の重要な戦力だからネ!」

 

 

 その説明を受けたネギは、その行為に対して多少の怒りを感じ、握っていた手に力を入れいてた。この平穏な麻帆良を、悪夢に変えるために、魔法をバラして世界をも混乱させようとする、その行動が許せなかったのだ。そして超は、そういう訳なので明日の行動は気をつけるよう、ネギへと忠告していた。何せネギは超の戦力の一つであり、重要な存在だからだ。何かあったら大変なのである。

 

 

「……そうならないために戦うのであれば、僕もやらずにはいられません……」

 

「助かるヨ……。そうだ、後これを渡しておくヨ」

 

「これは……?」

 

 

 ネギは静かな怒りに燃え、そうならば戦わなければならないと、決意を固めていた。この麻帆良を守るため、麻帆良の人々を守るため、自分が出来うる限りのことをしようと強い意志を持ったのである。そんなネギへ、超は一つの手紙を渡していた。それは内部に説明や地図がホログラムで映る手紙だった。

 

 

「それはネギ坊主が何かあた時の避難場所が記されているネ。予期せぬ出来事があた時、そこへ行くといいヨ」

 

「……わかりました。何かあればそこへ逃げ込みます」

 

「ウム、そうしてくれると助かるヨ」

 

 

 それを超が渡した意味は、ネギに何かあった時のためのものだった。もしものことだがトラブルが起きた場合、そこへ行けば安全が保障されると言うものだった。ネギはそれを聞くと、静かに頷き理解を示したようだ。

 

 そう言うネギを見た超も、同じく頷きそうするように頼んだのである。そして二人は握手を交わし、明日は頑張ろうと決意を新たにしていたのだ。だが、そんな二人の間に一人の少年が現れた。

 

 

「超! テメーの野望は俺が砕く!」

 

「兄さん!!?」

 

「むっ、カギ坊主……!?」

 

 

 その広場の石造りの小屋の天辺に、黄金の鎧を身にまとったカギが現れたのだ。あの神威をぶちのめした後、急いでこの場所へとやってきたのである。なぜここに来たかと言うと、カギは超が明日魔法をバラすものだと勘違いし、超を倒そうとやってきたのである。銀髪の神威を倒して株を上げたというのに、ここで株を下げるとは、流石カギとしか言いようが無かった。

 

 

「テメーの企みもこれまでだ! 教師として、テメーを教育してやる!」

 

「兄さん、何を言っているの!?」

 

「何を勘違いしているかはわからないが、私は敵ではないヨ!?」

 

 

 敵対する意思を見せるカギに、ネギは驚き戸惑っていた。というのも、何でカギが超と戦おうとしているのか、理由がまったくわからないからである。何せこのカギ、”原作知識”で行動しているのだから当然だ。カギは流石にこの麻帆良祭の大ボスは、超以外ありえないと考えていたのである。なんとはた迷惑なことか。そんなカギへ、超も味方アピールし、両手を上にあげていたのだ。

 

 

「なんだ? 戦う気がねぇのか? あのかみなりパンチを使って来いよ! 時間を操る程度の能力使って来いよ!!」

 

「私は戦いに来たわけではないヨ。確かに装備はしているが、使う気はないネ!」

 

 

 しかし超は戦う気がまったく無かった。ネギと会話したのも、明日に備えてのことだったからだ。そんな戦意がない超へ、カギは挑発していたのだ。電気でしびれさせるパンチや、カシオペアを利用した攻撃をして来いと、偉そうに叫んでいたのだ。だがやはり超は、戦う気がないことをアピールし、両手を後頭部へと移したのだ。

 

 

「あぁ? 騙そうとしたってそうはいかねぇ! 食らいやがれー!!」

 

「兄さん! ちょっと待ってよ!!」

 

 

 そこでカギは痺れを切らしたのか、魔法の射手を一発だけ超へと放った。ネギはそれを見てとっさにカギへと近寄り、説得を試みたのだ。また超はその魔法の射手を避け、再び両手を後頭部に置き、戦う気が無いことを見せていたのである。

 

 

「兄さん、超さんは敵なんかじゃないよ! 何か勘違いしてるのでは?!」

 

「ネギ、お前まさか超のヤツに……。許せん! こんな純粋なネギを騙すなど!!」

 

「に、兄さん!? 僕は騙されてないよ!?」

 

 

 必死にネギはカギを説得するために、両手を広げて勘違いだと話していたのだ。だがカギはなんと、ネギが超に騙されてしまったと考え、さらに敵対心を燃やしたのである。そんなカギに、騙されていないと必死に形相でネギは叫んでいたのである。

 

 

「クソー! なんて卑劣な! ハンサム・イケメン・イロオトコ!」

 

「待つネ!? ネギ坊主の言うことは本当ヨ!?」

 

「兄さん! 話を聞いて!」

 

 

 そしてカギは詠唱を始めていた。ネギを騙す超は許さない、ぶっ倒すと考えて居るのだ。そのカギに超も慌てて、ネギの言葉は本当だと叫んでいた。と言うか、敵対する意思を見せてないのだから信用してくれても良いだろうと、心の中では愚痴っているのだが。さらにネギも、まったく話を聞かず、突っ走るカギへ話を聞くよう叫んでいた。こんな戦いは無意味だと、ネギは思っているからである。

 

 

「掌握! 合体! ”雷神斧槍”!!」

 

「に、兄さん……。それは……!?」

 

「俺の必殺だぜ! これでテメーをぶった切る!!」

 

 

 カギはそこで右手に持つ杖に唱えた雷の斧を合体させ、雷神斧槍を作り出した。またネギは、カギが使った術式を見て、目を見開き驚いていた。まさかカギが、このような魔法を使えるなんて、思ってなかったからだ。そこでカギはその魔法を握り締め、超を睨みつけていたのだ。

 

 

「そ、それはマサカ!?」

 

「超! テメーの企みもこれまでだアァァァッ!」

 

 

 超はその術式が何なのか、多少理解していた。あのエヴァンジェリンが操る術具融合という魔法だとわかったのである。だから超は、カギがエヴァンジェリンの弟子となったことを察したのである。しかし、その術で狙うのは自分なのだと思い、流石にヤバイと感じていた。そしてカギは、叫びながら超へとすっ飛んで来たのである。だが、そのカギの魔法を受け止め、消滅させたものがいた。それは橙色の髪をツインテールにした少女だったのだ。

 

 

「何やってんの?! カギ先生!」

 

「なっ!? アスナ!? 何で邪魔しやがった!!?」

 

 

 アスナはハリセン型のハマノツルギで、その雷神斧槍を受け止めたのだ。すると雷神斧槍は魔法無効化を受け、消失してしまったのである。さらにアスナは、超を攻撃しようとしたカギへ、怒気を含んで叱りつけていた。またカギは、自分の邪魔をしたアスナに驚き、怒りの叫びを上げていたのだ。

 

 

「アスナさん!?」

 

「おお、明日菜サン!」

 

 

 ネギもアスナが突然現れ、カギの攻撃を防いだことに驚いていた。しかも一瞬で超の前に立ちふさがり、カギの攻撃を受け止めたのだ。驚かない方がおかしいだろう。超もアスナが助けてくれたことに、驚きつつも感謝していた。あのままでは、避けることが出来ないと思っていたからである。これが世界樹の発光後ならば、カシオペアを動かして避けれたのだ。だが、世界樹はまだ発光しておらず、シーンと静まりかえっていた。

 

 

「何で邪魔しやがった! つーか何でテメーがここにいんだよ!?」

 

「居ちゃ悪い?」

 

 

 アスナは普段の動きやすそうな姿で、カギの杖を受け止めていた。さらにカギの今のバカな行動に、少し機嫌悪そうな表情をしていたのである。アスナはメトゥーナトとわかれた後、ネギと同じように超にこの場へと呼び出されたのだ。そういう訳でここにやって来て見れば、カギが超を攻撃しているではないか。それを見たアスナは、すかさず超とカギの間に割り込み、カギの攻撃を受け止めたということだった。そしてカギも、アスナに自分の邪魔をされ、再び怒りの叫びを上げていたのだ。

 

 

「まあそれはいいとしてだ! アスナは超が何をしようとしてるのか知らねぇんだったな! だから教えてやるぜ!」

 

「超さんは改悪される未来を正すって、言ってたけど?」

 

「何!? アスナまでも超に騙されてんのか!? そんなもん、ウソに決まってんだろ!」

 

 

 そこでカギは、アスナが超の仕出かそうとしている企みを知らないと思ったのか、それを教えようと声を張り上げていた。しかしそれは歪んだ情報です。カギは”原作知識”で物事を考えて居るので、そんな企みなどないのである。アスナは何も知らないと言われたので、超から聞いたことをカギへと話したのだ。するとカギは、それが嘘で騙されていると考え、バカ言うなと怒り出していた。

 

 

「だからウソではないヨ! 信じてほしいネ! このとおりヨ!!」

 

「むっ!? うーん、何か俺の知ってる超とちげぇ……」

 

 

 それを見ていた超は、カギに信じてもらうために必死に語りかけていた。まるで祈りを捧げるかのような態度で、カギへと接したのである。そう卑屈に祈願する超を見て、カギも”原作知識”にある自信と信念に満ちた超とはどこか違うと、察し始めていたのだ。

 

 

「兄貴ぃ、一応彼女も生徒だろ? 少しぐらい話を聞いてやってもいいと思うぜ?」

 

「ぬうう……、カモがそういうなら仕方が無い……」

 

「助かるヨ」

 

 

 さらにそこでカモミールも、超もカギの生徒なら話を聞いてもよいのではと、カギへと進言していた。なんというナイスフォロー。ここでカモミールは株を上げたのだ。ここでその言葉に悩むカギとは大違いである。そしてカモミールの言葉でカギは、数秒悩んだ後、話を聞いてやろうと思ったようだ。

 

 超はカギが話を聞いてくれることに感謝の言葉を述べていた。そこでカギへと、今までの経緯とビフォアという男のことを説明したのだ。その説明を聞き終えたカギはその話がウソか本当か迷いながら、驚きの声を上げていたのである。

 

 

「おい、それ本当かぁ? 本当なのかぁ?」

 

「ウソじゃないヨ。火星人ウソつかないネ」

 

「火星人はインディアンじゃないでしょ……」

 

 

 カギは本当なのかと何度も超に聞きながら、食らいついていた。そう両肩をつかまれ揺らされる超は、火星人はウソをつかないと、多少ギャグっぽいことを言ったのだ。だが、それを聞いたアスナは、火星人をインディアンみたいに言うなと、あきれた顔でツッコんでいた。そりゃ当然、アスナは自分も火星人なので、勝手なことを言うなと思っての行動だったのだ。

 

 

「……つまり全部その男が悪いってことか……?」

 

「そのとおりヨ! わかてくれて嬉しいヨ!」

 

「ぶっちゃけ半信半疑だけどな」

 

 

 とりあえずカギは超の話を聞き、ある程度納得した様子を見せていた。超は何とか納得してくれたカギを見て、笑みを浮かべ喜んだ。ネギの兄であるカギも仲間に出来れば、あのビフォアに対抗出来るかもしれないと思ったからだ。しかし、カギはいまだ超を疑っているようで、目を細めて超を見ていたのだ。

 

 

「まっ、それなら俺も協力してやらんこともない」

 

「兄さんも?」

 

「あったりめーだろーが! 生徒の悩みを何とかするのも、教師の仕事だ!」

 

 

 だが、それでもカギは超に協力する姿勢を見せていた。超の話が事実だとすれば、転生者らしきその男に、この麻帆良を好き勝手されることなのだ。それに超を完全に信じた訳ではないが、あの超がこのようなばかばかしいウソを言うはずもないと、カギは考えた。だからこそカギは、とりあえず協力してみて、ウソだったならそこで戦えばよいと思ったのである。

 

 

「オオ、それは本当に助かるネ。ならこれを渡しておくヨ」

 

「おん?」

 

 

 そこで協力する姿勢を見せたカギに、超はネギに渡した手紙と同じようなものをカギへと渡した。カギはそれを渡されて、一体何なのかと考えたようだった。

 

 

「それには我々が掴んだ情報が入ているネ。それを見て状況を把握してほしいネ」

 

「あ、それ私も見たい」

 

「僕も見ていいですか?」

 

 

 その手紙を握って疑問を感じている顔をするカギへ、超はその手紙状のものの説明を話した。なんとそれには超が今までに知った、ビフォアサイドの情報が入って居るというものだった。そこでアスナもネギも、情報を見たいと思い、それを見る許可を願い出ていた。

 

 

「当然二人にも見てほしいヨ! 情報は戦いにおいて重要だからネ!」

 

「うむ、その通りだぜ!」

 

 

 超はネギとアスナにも情報を提供すると、微笑んで言葉にした。そして情報は戦いには重要だと、その二人に話していた。敵の情報を知ることは、敵の動きをある程度予測が出来ると言うことだ。敵の動きがわかれば、その対策を行い有利に動けるはずだからである。カギもそこで、超の言葉に賛同して頷いていた。

 

 

「後でしっかり見ておくさ。まぁ、何か気が抜けてきたぜ……」

 

「シカリするネ。戦いは明日ヨ?」

 

「マジか……。確かにそうか……」

 

 

 しかしカギはそれを今ではなく後で見ると言い出した。さらに超が敵ではなかったらしいので、気が抜けたようである。そんなだらしないカギを見た超は、明日こそ決戦ゆえしゃきっとしろとカギを窘めていたのだ。それを聞いたカギは、”原作知識”にて確かに明日が決戦かと、妙な納得の仕方をしていた。とりあえず一通り超が話し終えた後、なんと世界樹が突如大発光を始めたのである。

 

 

「うおっ、まぶし!」

 

「世界樹が光ってる……」

 

「キレーね」

 

 

 その世界樹の大発光が夜の闇を白く照らし、その四人を明るく映していた。だが、そんな感動的な場面でも、カギはその眩しさに驚き、腕で眼を隠していたのだ。なんというムードのない少年だろうか。いや、流石カギと呼ぶべきだろうか。また、ネギとアスナはその輝きを見て、少し感激していたのである。

 

 

「麻帆良の一般人は特殊なヒカリゴケが発光してると思っているネ」

 

「そんなんでバレないのか……。シュールすぎる……」

 

 

 また、超は一般人的なこの現象の見解を、しれっとした態度で説明していた。それにカギは反応し、どうしてそんな噂で騙せるのかと、頭を抱えていたのである。いや、確かにヒカリゴケは少し無理がありすぎるだろう。

 

 

「まあ、今日は明日に備えましょうか」

 

「そうですね……」

 

「今日はゆっくりしてほしいネ。明日はきと大変な騒ぎになるヨ……!」

 

 

 そこでアスナは、明日が決戦ならば体を休めた方がよいと、ネギとカギに提案していた。超も同じ意見だったようで、ゆっくりしてほしいと話したのだ。明日どうなるかわからないが、大きな戦いになる可能性が十分あるからだ。だがそこで、アスナは自分たち以外の気配を察知し、その方向に指を向けたのである。

 

 

「そういえば、あそこにもう二人ほど居るんだけど……」

 

「む、せつなサンにかえでサン……?」

 

「どうしたんですか? 二人とも」

 

 

 するとそこには刹那と楓がこそこそと隠れていたのである。それを見た超とネギは、何をして居るのだろうかと不思議そうな表情をしていた。そして見つかった二人はとりあえず立ち上がり、しっかりと姿を現したのである。

 

 

「バレてしまったでござるな」

 

「うまく隠れていたつもりだったのですが……」

 

 

 二人は一応うまく隠れていたと思っていたようだ。いや、確かにこの二人なら、大抵の相手に気が付かれずに隠れることが出来るだろう。しかし、アスナにそれがバレてしまったのだ。というのも、アスナは二人が隠れて居ることを、あえてスルーしていたようであった。自分のクラスの二人が、他人の話を隠れながら聞いている状況を、どうするかと考えていたからである。

 

 

「二人もどうしたんだよ?」

 

「魔法先生たちが、超さんのことを話していたので、何かあるのではないかと思いまして……」

 

「拙者は刹那の付き添いでござるよ」

 

 

 カギも二人がどうして隠れていたのか、気になったようである。すると刹那は、そのことについて話し始めたのだ。それは魔法先生たちが、超について話したと言うのだ。超は特に偵察以外したことはないが、魔法を知る一般人として、魔法先生からブラックリスト入りしてしまっていた。

 

 だからあのビフォアの動向と、この超の動向が気になっていたのである。また、この二人がつるんでいる可能性すらも考慮に入れ始めていたのだ。そんな刹那の横の楓は、やはりただの付き添いでやってきたらしい。

 

 

「この際だから、二人にも話を聞いてもらうネ」

 

「超さん、一体何を?」

 

 

 そこで超は、今の話をしっかりと刹那と楓に聞かせようと思ったようだ。というのも、超は特に疚しいことなどしていない。ゆえに二人にも協力してもらおうと考えたのである。そして突然話を振られた刹那は、一体何を話すのか、少し難しい顔をしていた。その横の楓は、いつも通りの糸目であったが。

 

 

「確かに二人が仲間になれば、心強いのは間違えないわね」

 

「そうですね」

 

「俺が居ることをわすれんじゃねーぞ!」

 

 

 そして超から説明を受ける二人を見て、アスナも刹那と楓が居れば頼りになると思っていた。神鳴流の剣士に甲賀中忍という中学生とは思えぬ実力者なのだ、当然そう思うだろう。また、ネギもアスナの言葉に同意し、これで何とかなるかもしれないと思い始めていた。

 

 しかしカギは、自分が最も強いことを忘れるなと言うことと、自分も仲間になったことを忘れるなと言う二重の意味の言葉を叫んでいたのだ。こうして世界樹が輝く中、この場に居る6人による対ビフォア同盟が結成されたのである。

 

 




カギはやはりバカだった

超は退学届けは出してません
まだ終わってないからです


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麻帆良祭 三日目
七十四話 罠と危機


戦わずして勝てるなら、それを使わない手はない


 麻帆良祭三日目の朝、いつも以上に賑わう麻帆良をネギは歩いていた。ネギは一番告白率の高いこの日に、世界樹パトロールを遂行しようと考えていた。だからそのために、魔力溜まりへと足を運んだのである。

 

 

 そこへ一人の少女がやって来た。それはあのアスナだった。アスナはゆっくりとだが、確実にネギの下へと移動してきたのだ。また、その表情は何か不思議そうな感じで、何か疑問を感じているような顔だったのだ。

 

 

「おはよう、ネギ先生」

 

「おはようございます。アスナさん」

 

 

 とりあえず二人は朝の挨拶を済ませ、お辞儀をしていた。そしてアスナはその後に、ネギへと質問をしたのである。しかしそれは、ネギにも不可解なものだった。

 

 

「ネギ先生、私に何の用?」

 

「え?用って?」

 

 

 アスナはネギに呼び出された感じに、その質問をしていた。だがネギは、その質問がまったくわからないようであった。一体どういうことなのかと、ネギは逆にアスナへと質問し返したのである。

 

 

「あの、一体何のことでしょう?」

 

「んん? ネギ先生が私に用事があるって、手紙を送ったじゃない」

 

「ええ? そ、そんなことしてませんよ!?」

 

 

 なんとアスナは、ネギから手紙を貰ったと言う。その手紙をポケットから取り出したアスナは、ネギへとそれを見せたのだ。手紙を見たネギは、何がなんだかわからなくなってしまい、目を回していたのである。

 

 

「本当に? こんなの部屋の前に置いてったじゃない……!」

 

「こ、こんなの知りませんよー!!?」

 

 

 そしてアスナはその手紙をネギへとつき返すと、ネギはそれを読んで見た。 なんとそこに、この場所に来てほしいような内容が書かれていたのだ。ネギはこんなものを書いた覚えも、アスナの部屋の前に置いた覚えも無かった。だからまったく理解できず、頭がこんがらがってきてしまったのである。

 

 

「じゃあ誰がこんなものを送ったって言うのよ……」

 

「わかりません……。でも僕はこのような手紙、書いた覚えすらありません……」

 

 

 そこでアスナは、ならこの手紙は何だというのかと、少し不機嫌そうにネギへと追求していた。しかしネギも手紙など書いた覚えも、出した覚えもないのだ。わかる訳がないのである。もはや頭を抱え、一体どういうことなのかと、ネギは悩み始めていた。するとさらに、別の少女たちがネギの下へとやってきたのだ。

 

 

「ネギ先生、おはようございます」

 

「おはようございます」

 

「おはよー!」

 

 

 それは図書館探検部の三人だった。そう、のどか、夕映、ハルナだったのである。彼女たちもとりあえずネギへと、朝の挨拶を丁寧にしていた。

 

 

「のどかさんにゆえさんに、ハルナさん、おはようございます」

 

 

 ネギは三人の登場に少し驚いたが、とりあえず挨拶し返したようだ。そんな驚くネギを不思議に見る三人は、とりあえず自分たちが思っている疑問をネギへと打ち明けたのである。

 

 

「あのー、私たちに用事とは一体なんでしょう?」

 

「のどかならともかく、私たちが呼ばれるのは一体……?」

 

「そ、その手紙は……!?」

 

 

 それはやはり手紙だった。ネギが知らぬ、ネギ出しの手紙だったのだ。のどかはどういった理由で呼ばれたのかわからない様子で、ネギをずっと眺めていた。また、夕映も同じ気持ちだったようだ。何せのどか一人が呼ばれるならわかるが、三人揃ってとなるとどういう用件なのかつかめないからだ。

 

 

「これ? ネギ君が私たちに残してったものじゃないの? 部屋の前に置いてあったけど……」

 

「ち、違います……!」

 

「うーん、困ったわねぇ……」

 

 

 ネギの挙動不審な態度に、ハルナはこの手紙のことをネギへと話した。ハルナものどかだけが呼ばれるんはわかるが、自分も一緒と言う部分に何か引っかかりを覚えたようだ。だが、やはりネギはその手紙を知らないので、出した覚えがないと言うしかなかった。そんな現状を見ていたアスナは、その謎を考えながら腕を組み、難しい表情をしていたのである。

 

 

「どういうことでしょうか……」

 

「じゃあ、この手紙はネギ先生が出した訳じゃないの!?」

 

 

 夕映も一体どうしたのかと、不思議そうな表情で疑問の声を出していた。また、ハルナも再びその手紙のことを、ネギへと質問していたのだ。しかし、そこでさらにネギの下へと少女が二人やってきたのである。

 

 

「はれ、のどかにゆえにハルナ、それにアスナも、どうしたん?」

 

「こ、このかさんや刹那さんまで!?」

 

「みなさんもネギ先生から、手紙を貰ったんですか?」

 

 

 なんとそれは刹那と木乃香だった。さらに二人も、その手紙を部屋の前で拾ったらしく、ネギへと会いに来たようだった。それを見たネギは、もはやよくわからない状態となり、完全に混乱していた。この人の集まりように、のどかも手紙を見せて、全員同じ用件でやってきたのかと聞いたのである。

 

 

「そういえば手紙、私宛以外にも来てた気がしたけど……」

 

「アスナにもこの手紙来とったん?」

 

 

 そしてアスナは自分の分以外にも、もう一つ手紙があったのを思い出したようだ。アスナは木乃香よりも先に手紙を拾ったらしく、それを知っていたのである。そこで木乃香はアスナの話を聞いて、同じ手紙がアスナにも来ていたのかを、ぽやっとした表情で聞いていた。

 

 

「そうなんだけど、ネギは知らないってさ……」

 

「不思議なこともあるんやなー」

 

「ですねー」

 

 

 アスナは木乃香の質問に、間違いないと頷いていた。ただ、その手紙を出したはずのネギは、そのことを知らぬと言うのだ。だから一体何がどうなっているのかと、深く考えていたのである。しかし木乃香はマイペースなのか、のんびりと構えてこの謎の現象を捉えていたようだった。

 

 その横で、さよも同じくのんびりとした態度を見せていたのである。なんとまあ、この二人は緊張感がないようだ。そうしている間に、さらに人が増えたのだ。いや、突然出てきたと言った方が正しい登場だった。

 

 

「なにやら不可解なことになっているようでござるな」

 

「うわ!? 楓さん!? まさか……」

 

「うむ、ネギ坊主の考えるとおりでござるよ」

 

 

 どういう訳か楓までやってきたのである。ネギはそれに驚き、もしや例の手紙が関係あるのではと考えた。そこで楓はそれを察したのか、手元からその手紙を出し、ネギに見せたのだ。そうしている間にも、またまた少女が増えてきた。

 

 

「アイヤ、みんな集まってどうしたアルか? みんなもネギ坊主から手紙をもらたアルか?」

 

「あらら、くーふぇまで」

 

 

 今度はなんと古菲がやってきたのだ。ほとんどここではつながりの無い古菲が、なぜかネギから手紙を貰ったようだった。古菲もそのことに疑問を感じながら、とりあえずやってきたのである。謎の手紙の被害者が増えたのを見たアスナは、まさか古菲まで被害にあうとは思っていなかったようだ。だが、それ以上に驚くべき人物が、ここへやってきたのだった。

 

 

「な、なんだこの集まりは……」

 

「千雨ちゃんじゃない。もしかして……」

 

「もしかしてって、お前らもこの手紙を……?」

 

 

 さらにやってきたのは千雨だったのだ。千雨までもが謎の手紙で呼ばれ、ここへやってきたのである。ネギからの手紙を見た千雨は、魔法のことで呼ばれたのかと思ったようだった。しかし、実際来て見れば随分人だかりが出来ており、それに驚き少し引いていたのだ。アスナはそんな千雨に、もしかしなくてもと手紙を見せたのだ。すると千雨も、同じ手紙を取り出し、そのみんなに見せたのである。

 

 

「ネギ先生、一体どういうことなんです!?」

 

「ね、ネギ先生~!!?」

 

「そ、そう言われても……」

 

 

 もはや誰もが混乱し、一体どういうことなのかをネギへと追求していた。特に夕映とのどかはネギの横で、この手紙は何なのかを困った様子で聞いていたのだ。そんな二人に絡まれるネギも、自分でやったことではないので困り果てていた。一体誰がこんないたずらをと考えつつ、どう言い訳しようか必死に考えていたのだ。

 

 完全に混乱したネギだったが、そこで突如、発砲音らしきものを聞いたのである。それは、やや高めの建物の上から聞こえたものだった。ネギはその音の方向へと目を向けると、何か落ちてくるのを目撃したのだ。

 

 

「あれ、何か落ちてくる……」

 

 

 ネギの方へと落下してくる物体。それは懐中時計だった。しかし、ただの懐中時計ではなく、やや凝ったデザインのものだった。すかさずネギはその落下してきた懐中時計を、落ちて壊れないように拾い上げたのだ。そして、その時計をじっくり眺め、誰が落としたのかを探して、周りを見回したのである。

 

 

「何それ、懐中時計……?」

 

「それにしては派手やなー」

 

 

 その懐中時計をアスナも木乃香も珍しそうに眺めていた。それ以外の子たちも、懐中時計が気になる様子で、そっちに目をやっていたのだ。だが、そこで突然回りの景色が一変したのだ。まるで空間がねじれるような、ゆがむような謎の現象だった。

 

 

「わ!? な、何が!?」

 

「何これ……?」

 

 

 その現象が収まると、景色が完全に変わっていたのだ。そしてネギたちが次に見た光景は、なんと荒廃した麻帆良だったのである。周りの建物は完全に瓦礫と化し、見るも無残な状況だった。誰もがその光景に、驚き戸惑うことしかできなかった。

 

 

「せっちゃん、これは……?」

 

「わかりません……」

 

「辺りがお墓のように真っ暗に……!?」

 

 

 さらに辺りは朝方だと言うのに薄暗く、不気味な雰囲気をかもし出していた。木乃香はこの現状が尋常ではないと察し、刹那の横に移動していた。また、刹那も何が起こったのか、まるでわからずに居た。いや、わかった方がおかしいと呼べるような現象だった。その木乃香の後ろで、この景色が墓地のようだと、さよはふと思ったようだ。

 

 

「どうやら治まったようでござるが……」

 

「辺りが突然暗くなたアル……」

 

「どうなってやがんだ……これ……」

 

 

 また楓はすでに周囲を警戒し、この現状を理解しようと必死だった。そんな楓の横で古菲はこの現象に衝撃を受けており、周りを見渡していた。ここがどこなのか、まさかあの麻帆良なのかと、そう考えていたのである。そして千雨は、この不可解な現象に頭を抱え、身を震わせていた。何で関係の無い自分が、こんな目にあっているのだろうかと、顔を青ざめさせていたのである。

 

 

「のどか……」

 

「ゆ、ゆえ……」

 

「なんだか不穏な空気が流れてない……?」

 

 

 そんな最中、夕映とのどかはくっつきあい、お互いの恐怖心を抑えようと頑張っていた。この薄暗い廃墟が、あの麻帆良かもしれないと考えると、恐ろしくてたまらないからである。その二人の前で、謎の現象を受け止めながら、何か嫌な予感を感じるハルナがあわてた表情で周囲を見渡していたのだ。すると、瓦礫の山から男の声が聞こえてきた。この廃墟に人が居たのである。

 

 

「クックックッ、どうやら賭けは俺の勝ちみたいだな、えぇ?」

 

「本当にここへ瞬間移動してくるとはなぁ……」

 

 

 その声はまるでチンピラだった。また、なにやら賭けをしていたようで、その男が勝ったと喜びの声をあげていたのだ。なんとネギがそちらへ目をやると、男が瓦礫の山の上に、えらそうな態度で座り込んでいたのである。その男、髪は茶髪でもみ上げが太く、目つきが悪い雰囲気がチンピラな男だった。目の下にはくまが出来ており、見た目で悪人とわかるような表情だった。また、その横にも別の男がおり、賭けに負けたようなことをその男に話していたのだ。

 

 

「だ、誰ですか!?」

 

「待ってください。いつの間にか囲まれています……!」

 

「そのようでござるな……」

 

 

 ネギはとりあえず、その瓦礫の上の男へ驚きつつも話しかけた。だが、刹那は妙な気配を感じ取ったようで、すでに自分たちが囲まれているのを察したようだった。楓も同じく囲まれているのがわかったようで、すでに臨戦態勢となっていたのである。

 

 

「俺かぁ? 俺の名は辰巳リュージ。そして俺の特典(アルター)はぁ!!」

 

「な、何これ……!」

 

「こ、こりゃあのバカ二人と同じ……!!」

 

 

 そこでネギの質問に、その男が答えたのだ。その男の名は辰巳リュージと言うらしい。さらに特典と言うからには、明らかに転生者だということだった。紹介を終えたリュージが特典を説明しだすと、リュージの体を虹色の光が包み込んだ。すると周りの瓦礫が砕ける音を立てて消え去り、虹色の粒子となって周りに渦を巻き始めたのだ。そして、突如オレンジ色の物体が、そそり立つようにして構築され始めたのである。

 

 その現象にアスナは驚嘆の声を上げていた。魔法や気ではなしえない、おぞましい現象だったからだ。この光景をよく知っていた千雨は、この能力が法やカズヤと同じものだとわかったようだ。そう、この能力こそが、あの二人の操るアルター能力と言うものだった。

 

 

「これが俺のビッグ・マグナムだ! さあ諸君らに告ぐ。俗に言う動くなってやつだ!」

 

「突然のデンジャラス! これ夢だよね?」

 

 

 そのアルターが完全に構築されると、そこには宙を浮く巨大な回転式拳銃が現れたのだ。これこそが辰巳リュージが貰った特典(アルター)、その名もビッグ・マグナムである。形状は単純で、グリップや引き金の部分が存在しない、ただの巨大な回転式拳銃だった。だが、その大きさは大砲と同等であり、弾丸の大きさもそれ相応に巨大なのだ。

 

 そこでリュージは、同じくアルターで構築した照準用の銃型デバイスを、ネギたちへと向けて恫喝し始めた。この不思議な現象に、ハルナは夢なのか現実なのかわからなくなっていたようである。そんな彼女たちを見たリュージは、とりあえず脅しのために、一発弾丸を発射しようと照準を定めたのだ。

 

 

「夢かどうか自分で確かめなぁ! はぁあぁ~! テストショットオオォッ!!」

 

「クッ、弾丸は巨大だが、神鳴流に飛び道具は通じぬ!」

 

 

 そしてリュージは、その巨大な弾丸を彼女たちへ向けて発射したのだ。それを見た刹那は、大砲の弾ほどの弾丸を受け止めるべく、すぐさま刀を抜いて攻撃を始めたのだ。何せ神鳴流には飛び道具などは通用しない。すべて打ち落とすことが出来るからである。だが、そんな刹那を下品に笑い、余裕の表情を見せるリュージが居たのだ。

 

 

「ハッハッハッ! その弾丸は……」

 

「ハッ!」

 

 

 刹那はすぐさま弾丸を刀で切り裂こうと、右手に刀を握り締めた。そこで迫る弾丸へと、刀を振るったのである。しかし、リュージはその様子を笑いながら眺め、ポツリと一言こぼしたのだ。

 

 

「散弾だ!」

 

 

 すると弾丸が光り輝き、弾け飛んだのである。なんとこの弾丸、は炸裂して拡散する散弾だったのだ。近距離で突然破裂した弾丸に、刹那は一瞬気を取られ、そのはじけた破片を受けてしまった。

 

 

「クッ!」

 

 

 まさか弾丸が突然破裂するとは思わなかった刹那は、弾丸の破片を浴びて全身に傷を作っていた。だが、それでも何とか刀で防御したようで、ダメージをある程度抑えた様子だった。そして、なんとか体勢を立て直し、後退して着地できたようである。

 

 

「せっちゃん!」

 

「ゆ、油断しました……」

 

 

 そこで傷ついた刹那へと木乃香が心配して走ってきたのだ。今ので全体的に傷つき、血が流れていたのである。ただ、それでも刹那はその傷を受けてもなお、リュージを睨みつけ戦意を失ってはいなかった。そんな刹那を、見下した様子で高笑いし、えらそうに踏ん反るリュージだった。

 

 

「ひょろっちぃな! 神鳴流剣士!」

 

 

 リュージは刹那を弱いと連呼し、汚い笑い声を発していた。その笑いは荒廃した暗闇の麻帆良に響き渡り、遠くまで届いているかのようであった。そして、今の光景に驚いたネギは、その巨大な銃を警戒していた。あの巨大な弾丸は炸裂し、広範囲に攻撃できることがわかったからだ。また、楓はリュージを睨みつけながら、その動きを見逃さないようにしていたのだ。さらに、他のメンバーは今のリュージの攻撃に、慌てていたり怯えたりしていた。

 

 

「ちょっと、大丈夫なの!?」

 

「せっちゃん、大丈夫!?」

 

「……この程度、なんてことありません……」

 

 

 リュージが空を向いて高笑いしている中、それを無視してアスナも刹那の下へとやってきて、心配の言葉を述べたのだ。木乃香も同じく大丈夫かと、刹那へと心配そうな表情で話しかけていた。刹那はその二人に、問題ないといいつつも、傷の痛みを我慢していたのである。

 

 

「せっちゃん、今治すえ……」

 

「ありがとう……、このちゃん……」

 

 

 また、木乃香はそこで、巫力の治療を刹那へと施した。すると巫力の光が刹那をやさしく包み込み、傷を癒し始めた。そして見る見る傷が癒え、刹那は再び力強く二の足で立ったのである。

 

 

「アレは一体何アルか……?!」

 

「わからぬ……。だが普通でないことは確かでござる……」

 

 

 だが、その様子を見ていた古菲も、謎の現象と攻撃に戸惑いを感じていた。その隣で楓も、リュージが使ったからくりの謎を考えていたのである。二人はアルターというものを知らないため、普通じゃ考えられない摩訶不思議な現象としか捉えられないのだ。そこで突然攻撃してきたリュージに、ネギは多少怒気のこもった声をあげていた。

 

 

「なんでこんなことをするんですか!!?」

 

「はぁ? そんなこともわからねぇのか? だったら教えてやるよ」

 

 

 ネギはどうして突然攻撃してきたのかがわからなかった。攻撃するのなら理由があるはずなのだが、その理由がわからないのだ。だからリュージへと、それを質問したのである。しかし、リュージが返した答えは、想像以上にひどいものだった。

 

 

「お前らを捕まえれば、好きなように使っていいとビフォアとかいうやつから言われてんだよ」

 

「な、何だって……!」

 

「あの男か……!」

 

 

 リュージはビフォアから、この場所にネギたちが現れることを教えられていた。そして、ネギたちを捕まえれば、後は勝手にしてもよいと言われていたのである。それゆえリュージは、仲間たちを連れてここへやってきて、ネギたちが現れるのを待ち構えていたのだ。

 

 また、その理由を聞いたネギは、かなり驚いていた。そのビフォアという男にそう言われたからといって、ここまでするのかと思ったのだ。さらにビフォアの名を聞いた刹那は、大きく反応を見せていた。あのビフォアという男は胡散臭かったが、まさかこのような輩をも使うとは思っても見なかったようだ。

 

 

「そのとおりだ! だからお前らをとっつかまえて、ちっとばかし俺らの玩具になってもらおうと思ってなぁ!」

 

「な、なんでそんな……!」

 

「ひ、ひどいです……!」

 

 

 さらにリュージは、笑いながら盛大に説明を続けていた。その内容はさらに品性に書けたもので、誰もが目を疑うようなものだった。これにはのどかも表情をこわばらせ、怯えた様子を見せていた。加えて夕映も、そんな仕打ちを許せないと感じ、怒りの表情を見せていたのだ。

 

 

「つーことで、お前らは俺たちに捕まる運命なんだよ! あばよ!!」

 

「こ、こいつら……!」

 

 

 説明を終えたリュージは、ネギたちに照準を向けたまま、その引き金を引こうとしていた。そんなリュージにアスナは憤激の視線を送り、まずはリュージやその仲間を倒さなければならないと考えはじめていた。なんということだろうか。そしてリュージはその引き金を引き、ビッグ・マグナムから弾丸が発射されたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良祭三日目の朝、超はネギが移動している魔力溜りを監視していた。いや、それ以外のすべての魔力溜りも監視や、消えたビフォアの足取りも追っていたのだ。そこでネギを画面越しで見ていた超は、何か変な感覚を覚えたのだ。あのネギが、やたら生徒に詰め寄られていたのである。これは何かあると考え、超とエリックはその場所まで遅いで駆けつけたのだ。

 

 

「超よ、本当に何かあるのか? ただ生徒がネギに集まっているだけではないのかね?」

 

「そう思いたいネ。 だがあの場に居たクラスメイト全員が、同じ手紙を握っていたのヨ」

 

 

 ネギの居る魔力溜りへと急ぐ超とエリック。エリックはそこで何がおかしいのか、超へと聞いていたのだ。何せネギは一応教師で、そのに生徒が集まるのは不自然なことではないからである。だが超は、些細なことだったが、あの手紙を見逃してはいなかった。ネギの周りに集まったクラスメイトが全員、同じ手紙を持っていたのだ。そればかりは逆に不自然と感じたのだ。

 

 と言うのも、ネギがその集めたクラスメイトに用事がありそうには見えなかったのである。それに今日は慎重に動くように、超は昨日ネギへと話したのだ。このような、うかつなことをするはずがないと、考えたのである。

 

 また、魔法を知っている生徒だけならよいが、魔法を知らぬ生徒もその場に含まれていた。だからこそ、超は何か危険を感じて、そこへ向かったのだ。しかし、ネギを目視出来る距離に差し掛かったとき、銃声らしき音が空から聞こえたのである。

 

 

「居たネ! ネギ坊主……!」

 

「な、何の音だ!?」

 

 

 するとそちらに超は目を向けると、ネギの方へ何かが落下して行ったのだ。それはまさしく、超がビフォアから盗まれた懐中時計型航時機カシオペアの一号機だったのである。超はそこで、その意図に気がつきしまったと考えた。

 

 

「ネギ坊主! それを投げ捨てるネ!!」

 

 

 だが、時すでに遅し。再び超がネギたちの方を向き叫ぶと、カシオペアが起動して強制的に時間跳躍されてしまったのだ。エリックもそれを目撃し、やられたと考えた。何せネギはタイムマシンであるカシオペアの存在を知らない。完全な初見殺しの罠だったのである。

 

 

「なんということだ! 彼らがどこかの時間帯に飛ばされてしまったぞ……!?」

 

「まさか、私から盗んだカシオペアを、こうも簡単に捨て駒に使うナド……」

 

 

 エリックは消えたネギたちを見て、大きく叫んでいた。こんな方法でネギたちを無力化するなど、思ってなかったのだ。超もビフォアのこの大胆な罠に、力なくうなだれるしかなかった。自分から盗み出したカシオペアを、ネギご一行を無力化するための装置に使うなど、考えても見なかったのだ。

 

 いや、直一が見せたデータの中に”原作知識”としてネギが無効化される方法が記されていた。その方法は、やはりカシオペアを利用した策略だった。ところが超はカシオペア自体を、ネギに教えてもいなければ渡しても無かったのだ。つまり、超はネギがカシオペアを持っていないので、あの方法は使えないと考えてしまっていたのである。

 

 

「確かに一号機は特殊な機能を積んでおらん。手動で時間転移するよりも、罠に使ったほうがよいと考えたのだろうな……」

 

 

 そんな超を眺めつつ、エリックはビフォアが簡単にカシオペアを手放した理由を考えていた。あのカシオペア一号機は特殊なAIを積んでない。つまり手動で時間を移動しなければならない。しかし、それは戦闘においてとても不利であり、とても使い勝手の悪いものだ。

 

 さらにビフォアはある程度雇ったと思われる護衛が存在する。それに任せれば逃亡にさえ、カシオペアを使う必要がないのだろう。だからビフォアは、戦闘や逃亡に使うよりも、罠に使ったほうが良いと考えたのだろうと、エリックは推測していたのだ。

 

 そしてビフォアの目的は、過去を改変して未来へ帰るワケではなく、改変したあげくに麻帆良を乗っ取るというものだ。つまり、カシオペアを使って未来へ帰る必要がどこにも無いのである。それゆえビフォアは甲も簡単に、カシオペアを罠に使うことが出来たのだ。

 

 

「超よ! 何にせよここでいじけていてもしかたがないぞ! すぐさまアジトへ戻り、どこの時間に飛ばされたのかを計算しなければなんらんだろう!?」

 

「そ、そうネ……! 我々にはまだ、ドクのタイムマシンがあるんだたネ!」

 

「そういうことだ! 彼らが飛ばされた時間さえわかれば、我々の手で救いにいけるはずだ!」

 

 

 エリックはうなだれて失意に沈む超を励まし、次にすべきことを話していた。それはネギたちが飛んだ時間を計算し、どの今現在時間帯にネギたちがいるかを探すということだった。そして、エリックが作り出したタイムマシンで、ネギたちを迎えに行くというものだったである。超もそれを聞いて、さすれば急がなければと立ち上がり、やる気を出したのだ。

 

 

「超よ、昨日彼らにもしものことがあった場合、我々のアジトへ来るように伝えたのだろう?」

 

「しかり伝えておいたヨ。だから時間さえわかれば、そこへ迎えに行くだけでいいはずだヨ」

 

 

 また、超はこんな時の為に、ネギへ自分のアジトへ逃げ込むように説明してあったのだ。そう、超がネギへ渡した手紙には、超のアジトの位置が記されていたのである。加えてネギがそこへ移動したならば、今ネギが存在する時間さえわかれば、探す手間もなく迎えにいけるというものだったのだ。

 

 

「よし、ならばさっそくアジトへ戻るぞ!」

 

 

 そのことを考え、エリックと超はアジトへ戻ろうと来た道を戻ろうとした。だが、そこに謎の攻撃が超を襲ったのである。

 

 

「そうネ! そう……!」

 

 

 それはただの銃撃だった。されど、その弾丸が着弾した場所に、何かとてつもない力が働いたのである。まるで着弾した一帯を多い尽くすように、黒い渦が発生していたのだ。超はカシオペアの機能を使い、それをなんとか回避していた。またその現象を見て、まさか強制時間跳躍弾が放たれたのではないかと、超は考えたのである。

 

 

「今のはまさか、強制時間跳躍弾(B.C.T.L)……?!」

 

 

 強制時間跳躍弾《B.C.T.L》、それは世界樹の魔力を利用した、時間転移攻撃が可能な弾丸だ。これを使えばたちまち数時間後へと、飛ばされてしまう恐ろしい武器である。

 

 超はこの現象を見て、強制時間跳躍弾での攻撃だと考えた。なぜなら強制時間跳躍弾は超も研究したことがあったからだ。ただ、それを利用することはないと思っていたので、形にすることは無かった。だが、ビフォアは何らかの形で、それを形にして実現させたようだった。

 

 また、一体どうしてビフォアがそれを使っているのかは、超も不思議に思った。それでも、ビフォアが強制時間跳躍弾のデータを奪ったか、何らかの形で知ったのだろうと結論付けたようだ。

 

 

「だが待つんだ超! 我々は時間を移動することが出来る。たかが数時間先に飛ばされても、あまり大きな効果はない! だが奴らもそれを知っているはずだ!」

 

 

 そこでエリックは、超が強制時間跳躍弾だと考えたことに疑問感じ、そのことを超へと話した。エリックは、それが強制時間跳躍弾とは思えなかったからだ。

 

 なぜかと言うと、超もエリックも数時間先に飛ばされたとしても、カシオペアを利用すれば簡単に戻ってこれるからだ。カシオペアは世界樹の魔力を利用して稼動させる。今年の世界樹の大発光で、それに必要な魔力は十分あるのだ。だから世界樹の発光が収まるこの日が過ぎない限り、カシオペアを使って時間をさかのぼることが可能なのである。つまり、超もエリックも数時間先に飛ばされただけでは、無効化などされないのである。

 

 ならばここで自分たちに強制時間跳躍弾を使う意味があるのだろうか。

いや、まったく意味が無い。そんなものはただの無駄弾でしかないはずだと、エリックは思考をくぐらせたのだ。そこでエリックは一つのカプセルを取り出した。それは発信機であり、現在位置を特定する装置だった。

 

 

「今から次の攻撃時に、こいつをその着弾地点に投げ捨てる。これで時間を飛ぶのか、場所を移動するのかがわかるはずだ!」

 

「それは名案ネ! ……と言ってるそばからすぐに来たヨ!」

 

 

 そこに再び銃弾が超へと襲い掛かった。着弾した地点に闇が渦巻くフィールドが形成され、超を飲み込まんとしたのだ。しかし超はカシオペアを利用し、時間転移にてそれを回避。さらにエリックが、そのフィールド内部へと、発信機のカプセルを放り込んだのである。

 

 そしてそのフィールドが消滅し、放った筈のカプセルも同時に消え去った。エリックはそれを確認すると、すぐさまカプセルの現在位置の割り出しを始めたのだ。すると、時間跳躍ではなく座標転移だと特定できたのだ。加えて転移先となるカプセルの現在位置がわかったのである。

 

 

「超よ! 大変なことになったぞ! あの攻撃に飲み込まれれば、麻帆良の地下深くに幽閉されてしまう可能性が出てきた!」

 

「ど、どういうことネ!?」

 

 

 エリックはカプセルの転移先を見て、時間跳躍するよりもずっと恐ろしいことを理解してしまった。それは転移先が麻帆良の地下深くだったのである。途方も無いほどの地下の底の底であり、数日間は脱出させないというビフォアの意思が伺えたのだ。だからエリックは、それを超へと叫びながら話したのだ。あれにつかまれば危険だと、我々も無効化されてしまうと声を張り上げたのだ。

 

 

「これを見るんだ! 先ほど転移されたカプセルの位置が、麻帆良の底の底と表示されているだろう!?」

 

「ほ、本当ネ……。こんな場所に飛ばされたら、地上に出てくるのに数日もかかてしまうヨ……!?」

 

「早くアジトへ逃げ込むしかなかろう! 狙撃手がどこに居るかも、ワシらにはわからん!」

 

 

 超はエリックの腕に装着された機械のディスプレイを覗くと、赤い点滅した印が点滅していた。それがカプセルの現在位置を表しているものだった。また、それがなんと麻帆良の地下の底の底に表示されていたのである。超はそれを見て驚嘆し、その転移させる弾丸にはさらなる注意が必要だと、気合を入れなおしたのだ。そしてエリックは、狙撃手の位置がわからない上に、狙われている現状は危険だと判断し、まずはアジトへ戻ることにしたようだった。

 

 

「くっ! 言ってる側から攻撃が激しくなて来たヨ……!」

 

「どうしても我々を封じたいようだな!」

 

 

 しかし、その直後に強制座標転移弾による攻撃が、さらに激しさを増したのだ。なんということか、その弾丸は一定の位置からの狙撃ではなく、いかなる方向からも飛んでくる恐ろしいものだった。超やエリックはカシオペアを利用して難を逃れては居るが、かなり厳しい状況に追い詰められていた。

 

 

「これではあまり進めないネ……」

 

「このままではジリ貧だぞ!?」

 

 

 飛び交う弾丸をなんとか避け、超とエリックはアジトへと戻ろうと必死にあがいていた。だが敵も逃がさんと、確実に狙って来ているのだ。さらに弾丸はエリックと超を包囲するかのように打ち込まれ、二人は身動きが取れなくなっていたのだ。しかし、そんな危機の前に一つの光明が差し掛かったのだ。

 

 

「二人とも、乗れ!」

 

「直一君か!?」

 

「おお、猫山サン!!」

 

 

 それは直一が運転するラディカル・グッドスピードだった。エリックと超は直一を確認すると、さらに狙い打ってくる弾丸をかわし、直一の車が走ってくるのを待っていた。そこで直一は車の助手席の扉を開いたまま、すさまじい速度で二人へと接近したのだ。そしてエリックと超はカシオペアの機能を駆使して、高速で移動しているその車へと乗り込んだのである。また、二人が車に乗り込んだ直後、直一は車をさらに加速させてその場から走り去ったのだった。

 

 

「た、助かったネ……」

 

「礼を言うぞ! 直一君!」

 

「気にするな! 俺も奴らの好き勝手にされるのが気に入らないだけだ!」

 

 

 エリックと超は直一の操る車の中で、安堵のため息をついていた。この車の速度ならば、さすがに神がかった狙撃手とて狙えまいと思ったのである。難を逃れたエリックは、救出してくれた直一へと感謝を述べていた。あちらの弾数はわからないが、あのままではいずれにせよ危なかったからだ。さらに特殊な弾ではなく通常の弾丸だったとすれば、さらに恐ろしいことになっていたと考えたのである。その礼を言われた直一も、ビフォア一味に麻帆良を荒されることに怒りを感じて居る様子だった。

 

 

「このままアジトへ戻るとしますか」

 

「頼んだぞ!」

 

「お……お願いするヨ……」

 

 

 そして100キロオーバーの速度で直一は車を走らせ、超一派のアジトへと急いだ。しかし、直一の荒い運転で超は気分が悪くなっていたようである。口にハンカチを押さえ、顔を青くして、吐き気に耐えていたのだった。

 

 そう気分悪そうにする超の横で、エリックは割りと平気そうな顔をしていた。このエリックも、車の運転がある程度荒いらしく、直一の運転には慣れてたようである。そんな超を無視するかのように、いつも通りテンションを上げて早口を語り、車を加速させる直一が居たのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 その直一が運転する車を目で追いながら、銃を下ろす男が居た。そう、この男こそが超とエリックを狙っていた狙撃手だったのである。そして麻帆良の建物の中で一際高い建造物の中で、男は攻撃を中止して猛スピードで突っ走る車を眺めていたのだ。

 

 

「……逃げおおせたか……。あの速度では狙うのも面倒だ」

 

 

 その男以外誰も居ないその建物の中で、狙撃手は一人つぶやいていた。獲物を逃がしたというのに語気は冷静で、まるで取り逃がしても問題ないかのような言い草だった。表情にもそれがよく表れており、まったく感情を感じないほどに仮面のような無表情であった。

 

 

「さて、次のミッションへ移らねばな……」

 

 

 するとその男は手に持っていた銃を分解し、アタッシュケースへとしまいはじめた。そしてそれが終わると、すぐさまその場を後にして、次の目的地へと歩き出したのだ。

 

 

「次のターゲットは麻帆良の魔法使いども、そしてその後は強敵だと聞いていたが……。面白い得物だといいのだがな……」

 

 

 この男の次の目標はビフォアから強敵だと話されていたようだ。それを相手にすることを、男は楽しみだと考えていた。何せこの男は狙撃手として、幾多の敵を葬ってきた。だがそれは単調な作業となっており、最近退屈していたのだ。だからこそ、自分の狙撃を回避し生き延びようとする相手を狙撃することに、愉悦を感じて始めていたのだ。

 

 

「面白い弾丸も貰ったことだし、さっさと済ませるとしよう……」

 

 

 男が語った面白い弾丸とは、あの強制時間跳躍弾のことだった。この弾丸は世界樹の発光で発生した魔力を利用して、着弾地点の相手を数時間先に飛ばすものだ。その弾丸を子供が新しい玩具をいじるように、男は指先で丁寧につまみ、マジマジと眺めていた。

 

 

「命は奪う必要はないと言われたが……。いや、死ぬよりも恐ろしいことを体感出来るならば、そちらの方が酷というものか。今回の雇い主は随分とえげつない男だ……」

 

 

 ビフォアは魔法使いたちを消すよう命じては居なかったようだ。だからこのスナイパーの男に、強制時間跳躍弾や強制座標転移弾を渡したのである。だが、それは死なないようにするという、優しさから来る配慮ではなかった。この麻帆良が今後どうなるかを魔法使いどもに見せつけ、オコジョになって苦しんでもらうというものだったのだ。それは、ある意味死ぬよりも過酷なものになるだろう。そうやって他人を落とすところまで落とし、その上へと登り土足で踏みつける行為を楽しもうという言うものこそ、あのビフォアと言う男なのだ。

 

 

 そこで男はその弾丸を眺め終わると、すぐさまバッグへとしまい、移動するために立ち上がったのである。

そして男は静かに建物から外に出て、まるで麻帆良祭の参加者のように、麻帆良の道を歩き始めた。だが、その雰囲気は明らかに麻帆良祭の参加者とは異なり、異様なまでの不気味さを漂わせていた。

 

 そんな男は人を避ける訳でもなく、逆に人にまぎれて移動していた。そうすることにより、魔法使いが自分に気がついてもなかなか手が出せないと考えて居るからだった。魔法使いたちは魔法をバラす訳には行かないので、一般人の前では飛んだり魔法を撃つことができないからである。そうやって魔法使いを警戒しながらも、ターゲットとなる相手が近くに居る可能性がある場所まで、ゆっくりと移動していたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:辰巳(たつみ)リュージ

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:暴走族

能力:アルター、ビッグ・マグナムによる広域戦闘

特典:スクライドの立浪ジョージの能力

   手下が集まるぐらいのカリスマ

 

 




なんということでしょう
この美しいヨーロピアンな建物も、匠の技で殺風景な瓦礫の山に


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七十五話 暗黒の麻帆良

大きいもの、硬いもの、雄雄しいもの
それは、辰巳リュージのビッグ・マグナムである

世紀末過ぎてるね


 ネギは突然落下してきた懐中時計をキャッチしたのだが、その直後謎の現象により暗闇に染まった麻帆良へと飛ばされてしまった。さらに謎の手紙により、多数の生徒もそれに巻き込まれてしまったのだ。そして、その薄暗く不気味な麻帆良にやって来たネギご一行は、すでに彼らを狙うものたちに包囲されてしまっていたのだった。

 

 

「さぁて、このままおとなしく降伏すると言うのであれば、手荒な真似はせずに優しく保護をしてやろう」

 

「保護……ね……」

 

 

 そのネギたちを囲う集団のリーダーである、辰巳リュージは偉そうにそう述べたのだ。ネギたちは今、このリュージの特典(アルター)である大砲並みの巨大さがある拳銃、ビッグ・マグナムに狙われていた。だから反抗の意思を見せずに捕まれば、それを使うことはないと脅していたのだ。

 

しかしアスナは保護と言う言葉に苛立ちを覚えたようだ。この状況で捕まれば、どんな目に会うかは明白だ。そのような状況で、それを受け入れることなど、出来るはずがない。ゆえにアスナはこう考えた。保護、なんと聞こえのいい言葉か。この現状で保護や救助だと言うのか。もし、そうだと言うのなら――――

 

 

「虫唾が走る……!」

 

「ナマイキな口を利くじゃねぇかよ! なら交渉は不成立だな! この場でお前らを打ち抜いて、強制連行させてもらおうか!」

 

 

 アスナは強く怒りを表し、その言葉を発していた。それを聞いたリュージは、今の脅しが通用しないと考え、右手に持つ照準機の引き金を引きビッグ・マグナムを操った。するとビッグ・マグナムから大砲の弾丸ほどの大きさの銃弾が発射され、それがアスナたちへと襲い掛かったのである。さらに、リュージの部下らしき男たちも、一斉にネギたちへと襲い掛かったのだ。

 

 

「神鳴流奥義、”斬鉄閃”!」

 

 

 しかし、その発射された弾丸を刹那がすばやく切り裂いた。その神速とも言えるほどの斬撃により、弾丸が破裂する前に分断されたのである。

 

 

「炸裂する前に切り伏せるか! だが俺の太くて硬いビッグ・マグナムは、いまだ暴れっぱなしなんだよ!!」

 

 

 だが、リュージはさらに弾丸を打ち出す。このビッグ・マグナムの弾丸はほぼ無尽蔵。アルター能力で弾丸を構築すればよいので、弾切れがおきないのである。だからこそ、何度も何度も連射出来るのだ。

 

 その連射される弾丸を、幾度と無く刹那が切り伏せ、破壊し続けていた。神鳴流に飛び道具は通じない。いくら弾丸が大きかろうと、それに関係なく刹那には通用しないのだ。最初の一撃は初見だったために不意を突かれた形となったが、ネタがわかれば怖くないと言うものである。

 

そうやって弾丸をいともたやすく切り伏せる刹那だったが、連射される弾丸を切断し、後ろのクラスメイトを守るので精一杯だった。これでは埒が明かないと、心の中で焦り始めていたのだ。

 

 そこでさらにリュージの部下らしき連中が、ネギたちへと襲い掛かったのだ。

なんと下品な叫び声をあげながら、どたどたと走ってやってきたのである。

 

 

「ヒャァー! 襲え!」

 

「女だぁー! 中学生だぁー!」

 

「ガキもいるぜぇー!」

 

 

 その部下の連中は、まず夕映たちへと襲いかかろうと飛び掛った。そんな連中から身をたじろぎ、夕映たちは守りの体制となっていたのだ。

 

 

「ら、乱暴するつもり!? 同人誌みたいに!!」

 

「言ってる場合じゃないです!」

 

「こ、怖い……!」

 

 

 ここでまだ冗談を言えるハルナはなかなか肝が据わっているようだ。そこでツッコミを入れれる夕映も、結構余裕があるようだった。しかしのどかは襲い掛かる男たちに、完全に怯えてしまっていたのである。

 

 

「みんな、私の後ろに下がって……!」

 

「ぼ、僕はどうすれば……」

 

 

 アスナは戦えそうに無いハルナや千雨たちを後ろにさげ、ハマノツルギを握り締めていた。そして襲い掛かる部下の連中を牽制していたのだ。だがネギは、ここで魔法を使えばハルナや古菲などに魔法が知られてしまうと思い、悩んでいた。加えて相手はリュージ以外ただのチンピラ風の男たちであり、彼らを魔法で対抗してよいか考えていたのだ。

 

 

「今はただ、みんなを無事に帰すことだけを考えたら……?」

 

「……そうですね、わかりました!」

 

 

 そう悩むネギに、アスナはとっさにその悩みの答えを打ち明けた。今は魔法使いなどのしがらみを考えず、先生としてここに居るクラスメイトを普段の明るい麻帆良へ返すことを考えればよいと言ったのだ。それを聞いたネギは、悩みを奥へしまいこみ、キリッとした表情で決意を固めたようである。

 

 

O.S(オーバーソウル)、前鬼! 後鬼! みんなを守ってな!」

 

「不良のスタイルが十年ぐらい古いですよこれ!!」

 

「こいつらただのチンピラアルか!? 殴っても問題ないアルか?!」

 

 

 木乃香はそこで前鬼と後鬼を操り、ハルナたちの近くに配置した。それで襲い掛かるリュージの部下たちから、クラスメイトを守ろうとしているのだ。また、その襲い掛かる集団を見たさよは、肩パッドにモヒカンスタイルのチンピラに十年前のスタイルだと思ったようだ。そんな木乃香たちの横で、古菲は襲い掛かる男たちを殴っていいものかと、少しだけ悩んでいたのだった。

 

 

「女どもは黙って俺たちの言うことを聞けぇ!」

 

「痛い目見たくねぇならなぁ!!」

 

 

 そこで部下の男たちが、とうとう彼女たちの数歩手前まで飛び込んできた。勝手なことをほざきながら、拳を握り攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 

「そう来るのであれば、こちらも少し手荒な真似をせねばござらんな」

 

「お、おい! 大丈夫なのかよこれ……!?」

 

 

 楓は彼らの行動を見て、ならば戦うしかないと普段のゆるい表情から真剣な表情へと変え、戦闘体勢を取っていた。それを見ていた千雨は、何かやばい感じを受けて顔を青くしながら、のどかたちの方へと身を寄せていた。そして男たちは一斉に攻撃を開始し、その握る拳を振るい始めた。しかし、古菲や楓にはその動きが遅く感じたのか、あっさりとかわしていたのだ。

 

 

「くたばれ! ギニャァ!?」

 

「このクソ! グアー!!?」

 

「女の癖にギャース!!」

 

 

 さらに遅い来る男たちを、楓と古菲が返り討ちにしていた。むしろ弱すぎるとさえ感じた楓と古菲は、ハッキリ言って拍子抜けしていたのだ。いやはや、見た目はゴツくて悪そうなのだが、なんとまあ虚弱なことか。

 

 

「あれ? なんか弱いアル……」

 

「数だけで質は低いようでござるな……」

 

 

 その男たちの弱さにがっかりしたのか、古菲はひっそり肩を落としていた。また楓も、あのリュージとか言うやつの部下なので、少しはやれる相手だと思ったようだが、考えすぎだったようである。むしろこの程度の相手に、本気モードになってしまった自分が恥ずかしいとさえ、楓は思っていたのだった。

 

 

「チクショー! こいつらは駄目だ! あっちのちっこいのとメガネを狙え!!」

 

「うわー! こっちにきたー!」

 

 

 楓と古菲の強さを見て、男たちは夕映やのどかといった小さな子や、おとなしそうだったり強そうではないハルナや千雨を狙い始めた。弱い相手にとことん強く出るのがチンピラの基本、弱い相手を狙おうと動き出したのだ。

 

 

「ギニィィヤァァー!」

 

「チニャーッ!」

 

 

 しかし、そっちには木乃香が操る前鬼と後鬼が存在した。この男たちはシャーマンではないのでO.S(オーバーソウル)が見えなかったのだ。何か不思議な力でボカスカと吹き飛ばされる男たちは、とてもシュールなものだった。さらにアスナもハリセン型のハマノツルギを振り回し、男たちをぶっ飛ばしていた。まさに大乱闘でスマッシュを受けたかのように、男たちは面白いほどよく飛ばされていたのだった。

 

 

「こっちには前鬼、後鬼がおるんや! みんなには手ー出させへんえ!」

 

「あんたら弱くない……?」

 

 

 木乃香は友人たちには指一本触れさせまいと、結構本気で守りを固めていた。それは表情でもわかるように、普段のほんわかした顔が、キリっと気を引き締めた顔をしていたのだ。だが、その横のアスナはやる気がなさそうに、ハマノツルギを肩に担ぎ、男たちの弱さに拍子抜けしていたのである。そんなボコボコにされる部下の男の一人が、リュージの下へと駆け寄っていた。

 

 

「ボスゥゥ! こいつら強いですぜ……!?」

 

「チッ! テメェら何してやがんだ!? マホー使えや! マホーをよう!!」

 

「魔法……!?」

 

 

 リュージは本当に弱くて役に立たない部下へ、魔法を使えと命じていた。このチンピラ連中の中には魔法が使えるものがいるらしく、そいつらに魔法を使って応戦するよう叫んでいたのだ。また、その魔法という単語を聞いたネギは、まさかと感じたようである。

 

 

「そういやそうだったなぁ……! 俺たちゃ魔法使いだぜ……!」

 

「テメェらのマホーなんぞ、鼻くそ以下じゃねぇか! 魔法使いモドキだろうが!」

 

「ボスゥゥ!? そりゃないでしょうー!?」

 

 

 なんとまあチンピラの癖に魔法が使えるようだ。ただリュージが言うには魔法使いと呼べるほどのものではないらしい。モドキ扱いされたリュージの部下が、その言葉にひどいと感じて泣き叫んでいた。

 

 

「魔法!? 今あいつら魔法って言ったよね!?」

 

「え? そ、そうですか? 私は聞こえなかったです……」

 

 

 その魔法と言う単語に、ハルナは反応して夕映にそれを確認していた。だが夕映は魔法がバレるのを恐れている。それは魔法がバレれば規則どおり記憶を消され、普通の学生に戻らなければならないからだ。だから夕映は、少し焦った表情で、すっとぼけていたのだった。そんなところにリュージの部下の数人が、魔法を使い出したのである。

 

 

「んじゃマホー使わせてもらうぜぇ!! ”風花・武装解除”!!」

 

「クッ! ”無極而太極斬”!!」

 

 

 その魔法はやはりと言うべきか、武装解除だった。と言うのもこのチンピラ魔法使いたちは、基本的に武装解除しか覚えていないのだ。武装解除のみに力を注ぎ、必死に習得したのである。なんというスケベ根性だろうか。もっと別の部分に力を入れるべきだろう。そして武装解除の突風が、夕映たちへと襲い掛かった。しかし、アスナはそこで無極而太極斬を撃ち出し、武装解除を消滅させたのである。

 

 

「なにぃ!? 俺たちのマホーが消えた……!?」

 

「あんたらもそれバッカなのね! この……! ヘンタイども!!」

 

 

 自分たちの魔法が消されたことで、目を見開き驚く部下たち。またアスナは、そんなリュージの部下たちを見て、それしかないのか、やはりヘンタイなのかと怒りの叫びを上げていた。さらにその叫びと共に、アスナはそのリュージの部下たちへハマノツルギを振り払い、なぎ払っていったのである。

 

 

「ギャースッ!!」

 

「くそー! 一斉に武装解除だ!!」

 

 

 仲間たちが次々にアスナの攻撃で吹き飛ばされていく中で、一人の部下が一斉に武装解除をしろと焦りながらも大声で叫んでいた。それを聞いたリュージの部下たちは、初心者用の杖を取り出して魔法を唱え始めたのだ。

 

 

「”風花・武装解除”!!」

 

 

 しかしそこへ、何者かが先に武装解除を唱え終わっていたようである。その呪文を聞いた部下の一人が、誰が唱えたかを探し辺りを見回していたのだった。

 

 

「一斉にっつったろーが!!」

 

「ち、違う! 俺じゃない!」

 

「俺も違う!」

 

「誰だ!?」

 

 

 だが唱えた仲間が見つからなかったのか、命令を聞かなかったことに怒鳴り声を上げていた。その声を聞いた部下たちは、誰もが自分ではないと、一斉に叫びだしたのである。また、その瞬間に武装解除の突風が、なぜかリュージの部下たちへと襲い掛かったのだ。

 

 

「なにぃ!?」

 

「うわああああ!? 俺らが脱げてどーするんだ!?」

 

 

 そしてステテコパンツ一丁となったリュージの部下たちが、焦りと怒りを感じながらもうろたえていた。まさか自分たちが先に脱がされるなど、思っても見なかったのだ。そこでその武装解除を使ったものが、強気の声を大きく上げていた。

 

 

「使ったのは僕だ!」

 

「こ、このクソガキィ!!」

 

「くたばりゃぁ!!」

 

 

 今の武装解除を使ったのは、なんとネギだった。ネギはリュージの部下へと武装解除を放ち、無力化を図ったのである。リュージの部下たちは、ネギの言葉に怒りを感じ、殴りかかろうと飛び出したのだ。

 

 

「甘いアル!」

 

「余所見は禁物でござるよ!?」

 

 

 しかしそこへ古菲と楓が現れ、逆にあっさり返り討ちにあってしまったようだ。古菲の拳法でやはり吹き飛ばされる男や、楓の巨大手裏剣を受けてのた打ち回る男が続出し始めたのだ。その恐ろしい光景を見た男が、恐怖のあまり震え始めていた。

 

 

「こっこ、こいつら強すぎんだろ!?」

 

「もう駄目だぁ……おしまいだぁ……」

 

 

 ただの中学生と侮っていた。中学生なら簡単に捕まえられると思っていた。そう思っていたと言うのに、現状は中学生にボコボコにされる自分たちという、夢だと思いたい光景だった。完全に逆転されてしまったリュージの部下たちは、恐れおののきしゃがみこんでガタガタ震えだしたのである。

 

 

「テメェら! 大人数でかかってるってのに一人も脱がせねぇのか!? クソの役にもたちゃしねぇ……!」

 

「余所見とはよほど余裕のようだな!」

 

 

 そんな不甲斐ない部下どもを見たリュージは、眉間にしわを寄せながら叱咤を叫んでいた。リュージは刹那に押さえ込まれ、身動きが取れなくなっていたのである。また、刹那は高速で飛び回りながら、発射される弾丸を全て切り捨てていたのだった。

 

 

「チィ! ナメやがって、この剣士!!」

 

「ナメているのはそっちのほうだ! 受けろ!”斬鉄閃”!!」

 

 

 刹那の猛攻に、リュージも痺れを切らせてた。早く刹那を倒して、他の連中を相手にしなくてはならないと考えていたのだ。しかし刹那はリュージが焦りで鈍ったところへ、すかさず奥義を叩き込む。

 

 

「グッァ!? だったらあのガキどもにぶち込んでやるだけだ!!」

 

「やれるものならやってみるんだな!」

 

「あぁやるとも! そうするとも! そして俺の弾丸に撃ちぬかれなぁ!!! ”ビィイイィッグ! マグナァアァムッ!!”」

 

 

 もはや刹那を相手していてはジリ貧だと感じたリュージは、戦いを眺めながらも縮こまる夕映たちへと、その照準を向けたのだ。そしてその凶弾は、夕映たちへと打ち出され、一直線にその場所へと飛び込んで行ったのだ。だが刹那はそれを見ても焦りはせず、リュージへと攻撃すべく、そちらへと移動していた。

 

 

「”二重障壁!”」「”二重障壁!”」

 

 

 そこで夕映とのどかは子供用の杖を使い、障壁を張り巡らせた。二人で二重の障壁を張り、その防御で巨大な弾丸をはじき返したのである。また、その横にはアスナが待機しており、そのはじき返された弾丸を切り刻んだのだった。刹那が安心して攻撃に移れたのも、アスナが側に居たからだったのだ。

 

 

「な、なにぃ!? チビ女のマホーごときで俺の弾丸をォォ!?」

 

「今だ! ”雷鳴剣”!!」

 

「ギイッィィィァァァァ!?」

 

 

 リュージは夕映とのどかが自分の弾丸を受け止めたところを見て、驚嘆して叫んでいた。まさかあんな小さな女の子に、自分の巨大な弾丸を受け止められるなど、考えてなかったからだ。そんな目を見開き驚き叫ぶリュージへと、刹那は奥義を解き放った。それは雷鳴剣であり、雷を剣に纏わせ相手を攻撃する技だった。それを受けたリュージは、雷によるショックで全身が麻痺したようである。

 

 

「こっちにも居るわよ!?」

 

 

 さらにアスナがそこで追撃を繰り出し、リュージが操るビッグ・マグナムを横一直線に一刀両断したのだ。その今のアスナの攻撃で、ビッグ・マグナムは具現化が不可能となったのか、銃身の先端から粒子となって消え始めていた。加えて弾丸が装填された部分が大爆発を起こし、リュージを飲み込んだのだった。

 

 

「ヒィィィハアァァァァァァァッッ!!?」

 

 

 リュージはその爆発で吹き飛ばされ、瓦礫の山に突っ込んで気を失ったようだった。その姿はまさに犬神家状態であり、下半身のみを瓦礫の山から出し、だらしなく股を開いた姿であった。また、リュージの敗北を見たその部下たちは、もう勝ち目がないと考え撤退を始めていたのだ。

 

 

「ぼ、ボスの反応が消えたぁ!?」

 

「ずらかるしかねぇ!!」

 

「に、にげろぉぉ!!」

 

 

 そして部下も情け無く、女子中学生からよろよろと逃げ出していた。なんという醜態だろうか。確かに女子中学生とは思えぬ戦闘力だったが、美少女たちに怯える男たちは、本当に情けないものだった。

 

 

「情けないわね……」

 

「ありがとな、前鬼、後鬼!」

 

「あれ? 私の出番は!?」

 

 

 アスナもそんな男たちを見て、なんと根性の無いことかと考えていた。その横で木乃香は、友人たちを守ってくれた前鬼と後鬼へお礼を言っていたのだ。前鬼と後鬼は礼を言われ、木乃香へペコリと頭を下げた。そんな様子を見ていたさよは、自分の出番が無かったことに少しショックを受けていた。

 

 

「ねぇ! ゆえ吉君、今魔法とか使ったよね? どういうことかね?」

 

「え? そ、それは……」

 

「ど、どうするゆえ?」

 

 

 しかしこちらの方が深刻な状況だった。ハルナは夕映とのどかが魔法を使ったところを見て、それを質問していたのだ。だが魔法は隠蔽するもの、夕映はどうするかを考え頭を抱えて悩んでいた。のどかも同じく、ハルナのことをどうしようかと、必死で考えていたのである。

 

 

「あの銃の化け物、ただ弾を撃つだけでしたね……」

 

「しかしそれだけでも脅威となりえるのは恐ろしいことでござる」

 

「むむ、その銃のお化けを相手したかったアル……」

 

 

 悩んでうんうんうなる夕映をよそに、刹那はあのビッグ・マグナムのことを考えていた。確かに散弾には肝を冷やしたが、それ以外はただの巨大な大砲。宙に浮いていること以外は、大砲と変わらないと感じたようだ。しかしそれでも弾切れが起きない上に連射が可能と言う点では、とても脅威だと楓は考察したのだ。また、古菲はあのビッグ・マグナムと戦ってみたかったと、いまさらながら言葉にしていた。

 

 

「今の、あのバカどもと同じ現象……。そしたらさっきのヤツもアルター使いとか言うやつなのか……?」

 

 

 さらにその横で、千雨は一人腕を組んで考えていた。それはあのビッグ・マグナムとか言う能力のことだった。アレは明らかにカズやや法が操るアルター能力と同じものだった。つまり、あのリュージとか言うチンピラも、カズヤや法と同じ能力の持ち主だったのだろうと予測していたのである。各々で色々話しているところで、ネギはみんなに話しかけた。

 

 

「みなさん、怪我などはありませんか!?」

 

「今のところは大丈夫よ」

 

「はいな! 問題ないえ!」

 

「死んでいることを除けば問題ありません!」

 

 

 ネギはここに居る自分の生徒たちの状態を把握すべく、そのことを質問していた。アスナは特に異常はないようで、力こぶを作るように腕を曲げ、ガッツポーズを見せていた。木乃香も元気そうな笑顔を見せ、特に問題ない様子だった。だがその横でさよが、問題発言をしていたのである。と言うか死んでいることは十分問題な気がしなくもないだろう。

 

 

「身体的には問題ありませんです……」

 

「ハルナに魔法がバレたこと以外は、問題ありません」

 

「ふっふっふっ……、そうかそうか。二人ともこんな面白そうなことを隠してたんだね……!」

 

 

 そして夕映たち図書館島探検部組みは、ハルナに魔法がバレたこと以外は問題ないとしていた。むしろハルナに魔法がバレてしまったことを、かなり問題視していたのだ。まあ、こんな現状では魔法を使わざるを得なかった上に、相手も魔法を使ってきたので仕方ないといえば仕方ないのだが。しかしハルナは木乃香が魔法を知っていることを知らないため、夕映とのどかだけが魔法のことを隠していたと思っているようだった。

 

 

「私も先ほどの傷はこのちゃんに治してもらったので平気です」

 

「なかなか奇怪なものを見れたでござる」

 

「全然問題ないアルヨ!」

 

 

 また刹那はビッグ・マグナムの散弾を受けたが、木乃香の巫力治療で傷は癒えていた。そのため無傷の状態で、刀を握り締めて立っていたのだ。それを見た楓は、魔法以外にも不思議な力があるものだと、少し関心していたようである。古菲もチンピラを蹴散らした程度だったので、怪我などはしておらず、元気にはっきり返事をしていた。

 

 

「だー! 何が問題ないだよ! 問題だらけじゃねーか! どうすんだよこの状況!!」

 

 

 だが誰もが問題がないと言うなか、千雨一人苛立ちながら叫んでいた。この状況のどこが問題ないと言うのかと、怒りを感じていたのだ。そうやって叫び荒れる千雨を少し置いておき、ネギは次の目的をみんなに話し出したのだ。

 

 

「……みなさん、僕はある場所へ移動します。みなさんも一緒についてきてください」

 

「それはどこなのですか?」

 

「あっ、超さんが言ってた場所ね!」

 

 

 それは超が昨日の夜にネギへ話した場所だった。ネギは何かあった時のために、超からその場所へ行くよう言われていたのだ。夕映はそれがどこなのかネギへ訪ね、アスナはそのことを思い出し、ハッとした表情を見せていた。そしてその場所とは、なんと言うかターニングポイントにでもなっているのではないかと、思うほどの場所だった。

 

 

「噴水公園です。あの場所に安全な施設があるそうです。そこへ行こうと思います」

 

「え? 噴水公園ってあの? でもあそこは開けた場所で、建物すらなかったよね?!」

 

「それはわかっています。ですがそこに何かあると超さんから聞いてます」

 

 

 ネギが超から言われた場所はなんと噴水公園だった。しかし、あの場所にはハッキリ言えば噴水以外何も無い。だからハルナはそれをおかしいと感じたようだ。それはネギも承知の上でのことだったようで、とりあえず言われた場所へ行くべきだと考えたのである。

 

 

「ここに居ても何も始まらないです。何かあると言われたのなら、そこへ向かうべきです」

 

「ネギ坊主がそう言うなら、きっと何かあるはずアル」

 

「そうですね……」

 

 

 夕映もどの道この場所に居てもあまり意味が無いと感じたのか、そこへ行けば何かあるだろうと思ったのだ。また古菲も同じ意見だったようで、ネギがそこまで言うのであれば、場所なら何かあるはずだと考えていた。夕映の横ののどかも、同じく移動に賛成のようで、ネギを信じることにしたのである。

 

 

「クソー! 一体どうしてこうなっちまったんだ!? 私が何をしたっていうんだ!?」

 

「千雨ちゃん、おちついて……!」

 

 

 だが千雨はこの現状に焦りと不安を抱いていた。そしてイライラしながら、八つ当たりをするかのように叫んでいたのだ。それを見たアスナが、とりあえず千雨を落ち着かせようと話しかけていた。

 

 

「落ち着けるか! この超人類代表が!」

 

「何とでも言っていいから、まず深呼吸!」

 

「くそー。本気で魔法を習おうか考えるぜ……」

 

 

 しかしアスナから落ち着くよう言われて、ますます怒り出して今の理不尽に思う気持ちを吐き出していた。罵倒なのかは微妙だが、それに近いことをアスナへ向けて大声でそれを浴びせていたのだ。そこでアスナはそんな千雨に対し、怒る訳でもなく、むしろ冷静にその言葉を受け流していた。そして何を言われてもかまわないので、とりあえず落ち着くようにと涼しい表情で言い聞かせた。千雨はアスナにそういわれても、落ち着くことが出来ず、魔法を覚えるかどうかを検討し始めたのである。

 

 

「とりあえず、その場所へ行くでござるよ。話はそれからでも遅くないでござろう」

 

「私もそれに賛成です。何があるかは行ってみないとわからないです」

 

「みなさん、ありがとうございます。では行きましょう……!」

 

 

 また、大抵のクラスメイトの意見は、その噴水公園へ移動するというものだった。まあ、大抵と言っても今の現状が受け入れきれない千雨以外は全員賛成なのだが。ネギはそこで、移動すると生徒たちに宣言すると、千雨以外は頷き移動を開始したのである。そんな千雨はアスナが強引に手を引き、無理やり連れて行くことにしたようだった。

 

 そして、その移動中、街の人と出会うことは無く、廃墟となった麻帆良だけが静かにたたずんでいた。しかし、遠くを見渡せば麻帆良とは思えぬネオンの光や、明らかに賭博場にしか見えない建物も、ちらほら見えるようになっていた。そこにはバイクの集団が走っており、柄の悪い男たちがたもろっていたのだ。本当に一体何があったのか、辺りを見回しながら進んでいたのだ。

 

 

「まさか、これは超さんが言っていた未来の麻帆良……!? だとすれば僕たちは未来に来てしまったことになるけど……」

 

「そのまさかなんてことないわよね……?」

 

 

 ネギはこの暗黒街とかした麻帆良を見て、超が言っていた未来の麻帆良を思い出していた。超は確かに近い未来で麻帆良が滅びると話していたのだ。だからネギはこの麻帆良が、実は未来なのではないかと考え始めていたのだ。だが、それは突拍子なことであり、にわかに信じがたい部分でもあったのである。

 

 また、その横のアスナも、ネギのその独り言を聞いて、まさかそんなことある訳がないだろうと思っていた。しかし、アスナも超から話を聞いていたので、この惨状が超が話した麻帆良と一致する点が多いことを気にしていたのである。

 

 

「ここ、本当に麻帆良なの? まるで地獄へ来たみたいじゃん!?」

 

「でもここから世界樹が見えるです……。麻帆良で間違えないでしょう」

 

「ここが麻帆良なら私たちどうなっちゃうんだろう……」

 

 

 荒廃した都市、瓦礫の山、ここが本当に麻帆良なのだろうか。そんな疑問をハルナは抱いていた。いや、こんな廃墟と化した都市が、麻帆良だと思いたくないのかもしれない。しかし、夕映はそこから見える世界樹で、ここが麻帆良であることをしっかり確認していた。非情にも、この荒廃した都市は麻帆良だったのである。だとすればどうなるのか、そう言った不安をのどかは感じ、怯えていたのだ。

 

 

「クソー……。意味がわかんねぇ……。私の普通の日常はどこへいっちまったんだ……」

 

「薄気味悪いアル……」

 

 

 そんな雰囲気だと言うのに、普段通りグチる千雨。小さく振るえながら、この現状を受け入れたがいものだと考え、早く元に戻ってほしいと考えていたのである。まあ、こんな現状でも普段通りのグチが出るなら、結構余裕があるのかもしれない。その近くで歩く古菲も、この廃墟の雰囲気に薄気味悪さを感じていた。

 

 

「墓地か何かですよ、これじゃ……」

 

「ホンマやなあ……。ゆーれいさんが出てきても違和感ないえ……」

 

 

 さよもこの瓦礫の街を見て、墓場に見せるようだと思っていた。それほどによどんだ空気が、この街に漂っていたのだ。さよのすぐ横に居る木乃香も、幽霊が出ても不思議ではないと考えていたようだ。ただ、そんな二人の表情はこわばっており、この現状に不安を感じているのは間違えなかった。

 

 

「しかし、どうして麻帆良がこんなことに……」

 

「そのビフォアなる男が、何かしたとしか思えないでござる……」

 

 

 そこで麻帆良がこのようになった原因を、刹那は顎に指を当てて考えていた。魔法使いや転生者が守護し鉄壁だった麻帆良が、こうもあっさり廃墟になるはずがないのだ。

 

 また楓はビフォアと言う男が何かを起こし、麻帆良を荒れ果てた都市にしてしまったと考えたようだ。普段のゆるい糸目ではなく、うっすら目を開いて現状をしっかり把握しようとしていたのである。そして出発地点からある程度歩いた場所で、アスナは掲示板らしきものを発見した。しかしそこには、驚くべきものが張られていたのである。

 

 

「ちょっと、これを見て! ネギが賞金首にされてる……!」

 

「ほ、本当だ……!? でもなんで……」

 

 

 それはネギが賞金首となり、捕獲したものに金を出すという張り紙だった。なんということだろうか。ネギはこの麻帆良でお尋ねものにされてしまっていたのである。ネギはその張り紙を見て、どうしてこんなことになっているのか驚きの表情をしていたのだ。そんな時、突然後ろから声が聞こえたのである。それは男の声だった。

 

 

「それはぁ、お前がぁ、ビフォアにはむかうからだぁ。っつってたぁ……!」

 

「だ、誰!?」

 

 

 ネギたちのすぐ背後に、なんとハゲたガリガリにやせたおっさんが立っていたのだ。そしてネギたちに、張り紙の意味をネギへと話したのである。また、アスナや刹那などはその男を警戒し、武器を持って構えたのだった。

 

 

「キシシシシシシシ。お前たちはぁ、常に狙われているのさぁ!」

 

「ま、また変な人が出たー!?」

 

「なんてことなの……!?」

 

「なんかゾンビみたいな人ですね……」

 

 

 不気味な笑い声を発する痩せた男は、ネギたちが狙われ追われていることを教えだした。見た目に反して随分親切、いやおしゃべりな男のようだ。そんなガリガリの男を見たハルナは、またしても変人が現れたことに驚き慌てていた。だがその男の話を聞いて、アスナはまずい状況なのではないかと、考えたようだった。

 

 しかし、さよはその男を見て、ゾンビっぽいと言う感想を述べていた。なんとのんきなことだろうか。死んでいるからこその余裕なのかもしれない。そこで痩せた男が両手を広げ、またしても変な笑いを始めたのだ。

 

 

「キシシシー! お前たちはぁ、すでにぃ、多くのやつらから狙われているのだぁ!」

 

 

 男がそう笑うと、なんと男の後ろから数十人のチンピラっぽい男たちが湧いて出たのだ。その男たちも薄気味悪い笑いをしており、値踏みするかのような目で、彼女たちを眺めていたのである。

 

 

「うわ、またいっぱい人が……!」

 

「こいつらもさっきのヤツらと同じ……!」

 

 

 ネギは増えた男たちを見て、少しピンチなのではと慌てながら考え始めていた。またアスナも、先ほど倒したリュージやその部下と同じような変態の集まりなのではと思い、ハマノツルギを強く握り締めていた。だが、チンピラはこれだけではなかった。なんとネギたちが来た道の方から、続々とやって来ていたのである。

 

 

「後方からもかなりの数がやってくるでござる……」

 

「こいつらは一体どこから来たんだ……!?」

 

「またチンピラアルか?」

 

 

 それを察知した楓は、後方からの多数の敵を警戒していた。刹那はどこからこんな数の敵がやってきたのか考えたが、答えは出なかったようだ。そんな状況にも古菲は、チンピラ相手じゃ面白くないと言う表情をしていたのである。

 

 

「ここはぁ、俺らのシマにぃ、なったのさぁ。もはやぁ、一般人なんてぇ! 誰もいねぇ!」

 

「なんてこと……」

 

 

 痩せた男はこの場所を、自分たちのものだと主張していた。そして、一般人はもう麻帆良に居ないようなことも口に出していたのだ。それを聞いたアスナは、驚きの声を上げていた。まさか一般人が誰も居ないなどと、夢にも思わなかったからである。まさに囲まれて絶体絶命のネギたちだったが、そこで夕映が何かひらめいたようだった。

 

 

「あっ、噴水公園なら水があります。ここに水さえあれば魔法で転移できるのですが……」

 

「水を出す魔法とかないワケ?」

 

「ゆえさん、そんな魔法が使えるんですか!?」

 

 

 目的地が噴水公園ならば、水があるのではないかと夕映は考えた。だから自分が覚えている水の転移魔法(ゲート)で瞬間移動できないかと考えたのだ。だが、ここには水がないのでそれが出来ないと考え、水をどう確保するかを模索していた。

 

 アスナはその提案に、水が出る魔法はないのか夕映へと聞いたのだ。何せ火を灯す魔法や、風を操る魔法があるのだ。水を出す魔法があってもよいはずだと考えたのである。また、ネギは夕映が水の転移魔法(ゲート)が使えることに驚いていた。流石のネギも転移魔法は使えないからである。

 

 

「そ、そういえばそんな魔法を教えてもらったような……」

 

「あっ! 火を灯す魔法や風を起こす魔法と一緒に、水を出す魔法を教えてもらったです!」

 

「そんな魔法もあるんやなぁ……」

 

 

 のどかは水を出す魔法を教えてもらったはずだと、思い出していた。風を操る魔法と同じく、水を出す魔法は基本として教えてもらったものだったからだ。夕映ものどかの言葉を聞いて、それと一緒に教えてもらったことを思い出したようである。その横で木乃香が、いろんな種類の魔法があるものだと関心していたのだった。しかし、そうのんきにしている暇はなさそうでだ。チンピラ集団がすぐそこまで迫ってきていたのだ。

 

 

「オラオラァ! やっちまえぇ!!」

 

「クッ、結構数が多い……!」

 

「どうするでござるか!?」

 

 

 刹那も襲い掛かるチンピラを跳ね除け、近づかれないように必死だった。同じく楓や古菲も、そのチンピラ集団を蹴散らしながら、ネギたちがどするのかをチラチラ見ていたのだ。

 

 

「おれもぉ! いるぞぉお!!」

 

「あっちからも来たアル……!」

 

「囲まれとる……」

 

 

 そこで先ほどから親切に色々教えてくれていた痩せた男も、そのチンピラの加勢に加わろうと動き出していた。さらにその後ろに居る別のチンピラ集団も、それを見て一斉に飛び掛ってきたのだ。流石の古菲もその数には少したじろぎ、まずいかもしれないと考え始めていた。木乃香はひっそりと前鬼、後鬼を呼び出し防衛していたが、囲まれていることに気づきアカンと思っていたようだ。

 

 

「まずいんじゃない? この状況って……」

 

「まずいとか言うレベルじゃねーだろ!」

 

 

 ハルナもチンピラ集団に囲まれていることに、少し焦りを感じたようだ。額に汗をかき、どうしようかと考えていたのだ。だが千雨は、この現状がそれ以上のヤバイと思ったのか、叫びながらテンパっていた。

 

 

「みなさん、水を出す魔法を唱えた後、水溜りに入ってください!」

 

「何をする気でござるか!?」

 

「水を使った転移の魔法です! だからまず水を用意するです!」

 

 

 夕映はとりあえず水の転移魔法を使うため、水呼びの魔法を使うことにしたようだ。そこで水を放出したら、それで出来た水溜りに全員入るようにと説明を入れていた。しかし、魔法を知らぬものには何がなんだかわからない行為だった。そのため楓が何をしたいのかを、夕映へ聞いたのである。だから夕映は、その場で転移の魔法に水が必要なことを叫んで説明したのだ。

 

 

「待ってゆえ、もし噴水に水が無かったら、噴水が壊れてたらどうするの!?」

 

「どうしようもありません……」

 

「それじゃ意味ないんじゃ……」

 

 

 しかし、水の転移魔法(ゲート)には欠点がある。それは水が無いところには転移できないことだった。のどかはもしものことを考えて、それを夕映へと言ったのだ。こんな荒廃した麻帆良なのだから、噴水公園の噴水に水が無くなってるかもしれない。いや、破壊されてすでに無くなっているかもしれないと、のどかは最悪の状況を考えたのだ。それを横から聞いていたハルナも、それでは転移しても意味が無いのではないかと思い、ポツリとそのことをこぼしていた。

 

 

「でもこのままではチンピラに囲まれたままです! 賭けになってしまいますが、それでも試みる価値はあると思います!」

 

 

 夕映は噴水へと転移することを、一つの賭けだとした。それは水が無かったらどうしようもないからである。だが、ここで慌てていても仕方が無いと、夕映は考えたのだ。噴水に水が無くとも、このチンピラに囲まれた状況から脱出出来るなら、それだけでも十分だと思ったのである。

 

 

「……わかりました! 僕が風で周囲に障壁を張ります! そのうちにやってください!」

 

「ならみんな、ネギの近くによって!」

 

 

 またネギも、夕映の今話した作戦に賛同し、自分たちを囲うように発生する風の障壁を使うことにしたようだ。

このチンピラに囲まれた状況は、あまりにも不利だと感じたのだ。このままではジリ貧で、危険な状況だと判断したのである。だからこそ、この状況を脱出出来るだけでもよいと、ネギも夕映と同じ考えにいたったようだった。さらにアスナもそれを聞いて、全員ネギの近くへ集まるように誘導したのだ。だが、そんな時でもチンピラ連中は襲い掛かってくるのである。

 

 

「何をする気だぁ! させねぇ!」

 

「せんてひっしょうぅ!」

 

 

 チンピラ連中はネギたちが何かしようとしているのを察知して、勢いよく襲い掛かったのだ。その数20人以上で、一斉に飛び掛ったチンピラ連中は、もうすぐネギたちへと到達するほどだった。誰もが危ないと感じたその時、ネギの魔法がタイミングよく発動したのである。

 

 

「”風花旋風、風障壁!”」

 

 

 その魔法は周囲に竜巻を発生させ、安全地帯を作り出す魔法だった。ネギたちは荒れ狂う渦巻く風に守られ、ひとまず安心したのである。

 

 

「なんじゃこりゃぁー!」

 

「ヒッ!?」

 

 

 また、外のチンピラ連中はこの竜巻を見て、驚き戸惑っていた。さらに襲い掛かったチンピラが、その風で吹き飛ばされ、遠くへ投げ出されていたのだった。

 

 

「今がチャンスです!」

 

「はい、任せてください!」

 

 

 そして今がチャンスだと、ネギは声を大きくして夕映へと話した。夕映もすでにそれがわかっていたので、詠唱はすでに完成していたのである。そこで夕映が最後の言葉を述べると、子供用の小さな杖の先端から、水が蛇口をひねったかのように飛び出したのである。

 

 

「”水よ”!」

 

「おー、杖から水が出てる!」

 

「マジか……」

 

「凄いアルなー」

 

 

 ハルナはその光景を見て、魔法は便利だと考えていた。あわよくば使ってみたい、面白そうだと思っていたのである。だが、その横の千雨は魔法を見て、クラスメイトが魔法使いとなったことに驚嘆し、現実逃避をしていたのである。古菲も杖から水が出て居るのを見て、なかなか凄い光景だと感じたようだった。

 

 何せ何も無いところから水が出るのだ。その光景は、本当に種も仕掛けも無いマジックショーのようだったのだ。そして、水溜りがここに居る全員が入れるほどの大きさになったのを見た夕映は、自分にしがみつくように全員へと話したのだ。

 

 

「みなさん、私につかまってください! このままいっきに噴水公園までジャンプします!」

 

「ゆえ、お願い!」

 

「魔法とはそんなことまで出来るでござるか。いやはやすごいでござるなぁ」

 

 

 その夕映の言葉に、みんな一斉に夕映へとしがみついたのだ。のどかは夕映に転移を頼み、楓は水の転移魔法を不思議に感じていたのである。

 

 

「本当に大丈夫なのかよ……」

 

「随分人数多いけど……」

 

「大丈夫です……、たぶん……」

 

 

 しかし、千雨はそれでもかなり不安だった。と言うか、水溜まりから噴水へ転移できるのか、本気で信じられなかったのである。のどかも人数が多いことを気にしており、この大人数を一瞬で転移できるか少し心配になったようだ。そこで夕映も、少し自信がなさそうな表情で、たぶんと口に出していたのだった。

 

 

「おい! 今タブンって言わなかったか!?」

 

「い、いいから行きますよ!」

 

 

 千雨は夕映がたぶんと言ったのを聞き逃さなかった。だからさらに不安になり、本当に行けるのかと疑心暗鬼の視線を夕映に送っていたのである。夕映は少し不安になったが、やるしかないと思ったようで魔法に集中を始めていた。

 

 

「頑張って、ゆえちゃん!」

 

「ゆえさん、自分を信じてください」

 

「ゆえ吉! ゴーゴー!」

 

 

 アスナやネギは少し心配そうな表情をしながら、そんな夕映を応援し成功を祈っていた。ただ二人が心配なのは成功するかどうかではなく、夕映がこのプレッシャーに負けないかどうかであった。また、ハルナはなぜかノリノリとなっており、右腕を空に掲げて叫んでいたのである。

 

 

「ゆえならやれるはずやえ!」

 

「そうですよ! 絶対いけます!」

 

「そうアル! 大丈夫アルよ!」

 

 

 木乃香もさよも、ネギたちと同じように夕映を応援していた。こちらは強気な表情で、夕映ならやれると力強く言葉にしていたのだ。そして古菲も、絶対に行けると握りこぶしを作りながら、そう言っていた。

 

 

「ゆえ、いっぱい練習したことを思い出して!」

 

「うむ、普段通り力を抜いてやるでござるよ」

 

 

 さらにのどかも、夕映に練習通りやれば大丈夫だと言っていた。のどかは夕映と共に魔法を修行した仲であり、夕映の頑張りを一番身近で知って居る人物だ。だから夕映がこの魔法を、必死で習得していたのを知って居るのだ。なのでのどかは夕映のことを、一番信用しているのである。

 

 また、楓ものどかの言葉を聞いて、それならいつも通りやればよいと、夕映へ助言していた。そのみんなの応援に答えるべく、夕映は力を入れるのではなく、逆に力を抜いて魔法を使ったのだった。

 

 

「ありがとうみなさん……! それでは行くです!」

 

 

 ネギやここにいるクラスメイトに応援された夕映は、とても嬉しく思っていた。この窮地を抜けれる魔法が自分の魔法と言うところにも喜びを感じていたが、こうやって応援されると俄然やる気が出るというものだ。夕映は今はじめて、魔法を覚えてよかったと実感していた。この水の転移魔法(ゲート)を習得してよかったと、心からそう思っていた。

 

 そして夕映としがみつくクラスメイトやネギは、水の中へと沈み消えていったのである。それは夕映がこの大人数をいっぺんに転移したことだった。夕映はしっかりと転移を成功させたのである。夕映が転移したその瞬間、ネギが使った竜巻の障壁が消え、そこに残った水溜りだけがチンピラ連中を迎えたのだ。

 

 

「風が治まったぞ!!」

 

「やっちま……あれ!?」

 

 

 風がやみ、次こそは追い詰められると思ったチンピラ連中も、この光景には驚きを感じざるを得なかった。なぜならチンピラ連中が見たのは、残された水溜りだけだったからである。あの数の人間が、突然姿を消すなどあるはずがないと、チンピラは思っていたのだ。

 

 

「消えやがった……!?」

 

「水がまいてあるが、奴ら水にでもなっちまったのか!?」

 

「キシー!! にがしたぁ! だとぉ!? 探せぇ! 探すんだぁ!!」

 

 

 あるものは神隠しだと、あるものは人間が水になったと各々の意見を叫んでいた。また、痩せた男は逃げられたと考え、部下のチンピラどもに叫び、探すように命令していたのだ。するとそれを聞いた部下のチンピラは、必死で周りを走り回り消えた少女たちを探し始めたのである。だが、すでにその場にはネギたちは居なかった。いや、すでに遠くへ移動しているので、居るはずが無かったのだ。

 




所詮ただのチンピラ


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七十六話 未来の過去

転生者エリックとは


 エリック・ブレインは転生者である。しかし、どこで生まれ、何をしていたかはまったく語られていなかった。そこで今回は、このエリック・ブレインと言う男の話をすることにしよう。

 

 エリック・ブレインは1920年、アメリカのとある町で誕生した。エリックは転生者であり、神から二つの特典を授かって、この世界に生まれたのだ。その特典とはバック・トゥ・ザ・フューチャー(Back.to.The.Future)の登場人物である”エメット・ブラウン博士の頭脳”だった。もう一つは資金稼ぎに黄金律Aと言う、まあ誰もが選ぶ普通の特典であったが。

 

 エリックはその特典どおり、1955年、11月にトイレで頭を打ち”次元転移装置”をひらめく。また、その後愛車にしていたデロリアンを改造し、1985年にてついにタイムマシンを完成させたのだ。ただ、時間移動には膨大な電気を消費し、1.21ジゴワットという電力が必要となる。それを解決すべく、黄金律Aで得ていた資金を使い、エリックは核燃料を手に入れることに成功したのだ。そのため、過激派組織に命を狙われること無く、未来の世界へ移動することが出来たのである。

 

 しかし、このネギま!の世界、たった30年の未来では車が空を飛ぶようなことは無かった。エリックはそれを見てとてもがっかりしたが、ならばさらに先の未来へ行こうと考え、それからさらに遠い未来へと飛んだのだ。そしてようやくデロリアンを単独で飛行させることに成功し、ゴミを原子分解して電気に変換するMr.フュージョンを搭載することが出来た。さらに若返りの手術を行い、肉体年齢を30年ほど若返ることに成功したのだ。エリックはそれでようやく満足し、この世界がどうなっているのかを調べることにしたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 エリックは火星に人が住んで居ることを初めて知ったのは、遠く未来の時代だった。火星進出と言うSFめいたことを聞いたエリックは、すぐさま火星へと向かったのだ。この世界では大規模な地球と火星間の戦争は起きておらず、至って平和であった。ただ、ある程度の小競り合いは存在するらしく、それを制圧する武装組織が存在するようだった。

 

 エリックは火星につくと大層喜んだ。あの赤茶けた星と思っていた火星が、随分人が住めるような環境になっていたからだ。だが、火星の歴史が少し気になり、調べだしたのである。そしてとりあえず火星が安定した時代へとエリックは飛んだのだ。そんな風にその時代から見た過去の火星へ降り立った時、幼いころの超に出会ったのである。

 

 

 超は天才魔法使いのネギの子孫でありならが、魔法を使うことが出来なかった。どんな要因で魔法が使えないのかはわからないが、どういう訳か魔法が使えなかったのだ。科学の進んだ世界にて、魔法など使う必要などあまり無かったが、超はネギの子孫だった。だから魔法が使えないことを許されなかった。

 

 だから強制的に魔法を使える呪紋を、体に刻み付けられるということになってしまった。だが超はそれがたまらなく嫌だった。それを使えば魔法が使えるようになる。しかし、強制的に魔法を使う代償として、痛みを伴うのだ。そんなことをしてまで、魔法を使う必要がどこにあるのか。先祖が凄い魔法使いだからと言って、自分がすごい魔法使いにならなければならないのか。超にそのような考えが頭の中で渦を作り、悩みに悩んで逃げ出したのである。当ても無くただ、逃げるしかなかったのだ。

 

 

 そこで幼い超は周りには何も無い、ただ長く続く道路だけの道を、一人さびしく歩いていた。すると後方から雷が墜落したかのような音が、突如として聞こえたのだ。だが空は青く晴れ晴れとしており、雷など落ちるはずが無かった。超はすぐさま後ろを振り向くと、突然路上が光だした。そしてその光から、一台の車が飛び出してきたのである。すさまじいことに、車がワープしてきたのだ。

 

 その車はすさまじい速度でワープを終えたのか、勢いよく道路へと飛び出していた。しかし、そこで車は急停車し、動くそぶりを見せなくなっていた。停止した車からは白い煙が立ちこめ、周囲は氷らしきものが付着していた。まるで雪山を高速で走ってきたかのように、車体の外装が冷え切っていたのだ。

 

 また、飛んできた一台の車は明らかにこの時代のものではなく、年代モノで今では骨董品レベルの代物だった。それでも周りにはいくつものパーツで改造、補強され、この時代でも通用するような雰囲気が出ていたのだ。する突然その車のドアが機械音と共に上に開き、虹色に輝く派手なバイザーをつけた、白髪の男が出てきたのだ。

 

 

「うおおお!? なんということだ! 見知らぬ少女に見られてしまった!」

 

 

 その白髪の男は、幼い超を見て突然驚きだしたのだ。なぜ男が驚いているのか、幼い超にはわからなかった。だが、変な人だと感じてはいたようだ。そしてその男は頭を抱え、今の現象を見られたことに大きな衝撃を受けていたのである。

 

 そこで幼い超はその車に興味が出ていた。超は元々天才的な頭脳を持っており、この車がなぜ改造されているのか気になったのだ。頭を抱え、どうしたらよいかと独り言を叫ぶ男をスルーし、超はその車内へと身を乗り出していた。すると中も普通の車とは別物となっており、年代をあらわすメーターなどが設置されていたのだ。

 

 超は幼いながらも、その年代が今の年と同じことに気付いた。そして後ろを振り向くと、そこにはYの字型の機械が、定期的に光を発していたのだ。なんと超は、それが何かとてつもない理論から生み出された、先ほどの現象を起こす機械だと言うことに気がついたのだ。車内でそれが何なのかを超が考えているところに、復活した男が声をかけてきたのだ。

 

 

「少女よ、何をしている! これはとても精密な機械でな、勝手にいじられるとひじょーに困るのだが!?」

 

 

 男はとても焦っていた。何せこの車には重大な秘密が存在するからだ。だが所詮は子供、そんなことはわからないと考えていた。だから焦る理由は別にあったのである。勝手に車内の機械をいじられ、壊されたら困ると考えていたのだ。だから男は幼い超を取り押さえ、車の座席から外へと下ろした。しかし、そこで超はその男に、驚くべきことを言ったのだ。

 

 

「ゴメンナサイ。でもこの車、まさかタイムマシンか何かカナ?」

 

「何だとぉ……!?」

 

 

 超は車内に設置された時間を表示したメーターと、そのYの字の機械を見てそれを考察したのだ。そしてそれは正解だったようで、男は目を見開き口をぽかんと開けていた。また超も、自分で言ったことだが、流石に突拍子過ぎたと思っていたが、その男の表情を見てまさかと感じたようだった。

 

 

「馬鹿な! ただの少女がこうも簡単にコイツの機能が理解でるはずがない! だが現に少女はこの車を”タイムマシン”と呼んだぞ!?」

 

 

 そこで男はまたもや混乱したのか、頭を抱えくるくると道路を回り始めていた。その男のあわてようを見た超は、なんだか面白おかしくなって笑っていた。こんな面白いことは本当に久々だった。天才魔法使いの子孫が魔法が使えないだけで、虐げられてきたからだ。

 

 

「もしやこの少女、所謂天才と言うヤツか!? なんということだ! このような幼い少女が天才などと!」

 

 

 男は幼い超を天才と考え、とりあえずそれなら仕方ないと考えた。そしてこの車がタイムマシンだということがバレたのをどうするかを、考え始めていた。何せタイムマシンは夢とロマンと危険が内包された存在だと男は考えていた。もしも過去で大事を起こせば、時空連続体が破壊されて宇宙が滅びてしまう可能性があると思っていたからだ。だが、そんなことよりも男は、別のことが気になった。こんな幼い少女が、なぜ何も無いこんな場所にいるかということだった。

 

 

「……ところで少女よ、こんなところで何をしている? この近くに家があるようには見えないが?」

 

「……家出したネ……」

 

「家出だと!? なんだ親と喧嘩でもしたのか? そういう不良めいたことは、もう少し大きくなったらすべきではないかね?」

 

 

 男はその疑問を超へ打ち明けると、超は家出したと影をさす表情で答えたのだ。その答えを聞いた男は、家出には年が早すぎると思ったようである。だが、超の家出は男が思ったような、単純なことではなかったのだ。

 

 

「私は魔法が使えないネ……。だから魔法を使うようにするて……」

 

「魔法だと!? 確かに未来においては魔法というものが普及していたが、まさか本当にあるというのか!?」

 

 

 超はさびしそうな表情で、自分の状況をエリックへと話し始めた。こんなことを他人に言っても、苦しみや悲しみなどわかってもらえるはずがないと考えていた。だが、なぜか言わないと気がすまなかった。それほどまでに、今の超は追い詰められていたのだ。

 

 しかしエリックは魔法がこの世界に存在することをあまりわかっていなかった。これよりも未来にて、魔法が普及して誰もが使う存在となっているのは知っていた。だが、それでも科学に生きたエリックに、魔法と言う現象はまったく持って理解出来ないものであり、非現実的だと考えていたのだ。

 

 

「……魔法を知らないのカ?」

 

「いや、知らない訳じゃないが、信じがたいと考えているだけに過ぎんよ。なんせワシは科学者だからな」

 

「そうカ……」

 

 

 超は魔法を知らないと言う男に、少し疑問に感じたようだ。何せこの時代でも、ある程度魔法は知れ渡っていた。だから魔法を知らない人間なんて、どこの田舎の人なのかと思ったのだ。その超の質問に、男は丁寧に答えていた。男は別に魔法を知らない訳ではないのだ、ただ信じられない力だと思っているだけなのである。超もその男の答えに、微妙な表情で納得した様子を見せていた。

 

 

「しかし少女よ、魔法が使えないからと言って、なぜ魔法を使えるようにする必要がある? この時代なら科学的にも大抵のことが出来るはずだろう?」

 

「……それは私のご先祖様がかかわってくるネ……」

 

「なるほど、お家柄の事情と言うワケだな」

 

 

 そこで男は、超の先ほどの言葉に妙な引っ掛かりを覚えたようだ。この時代、別に魔法と言うものが便利だとしても、科学の力でどうにでもなると考えたからだ。だから魔法なんて特に無理して使う必要がないと、男は考えたのである。その男の疑問に、超は自分の家の事情だと話した。自分の先祖のせいで、それが必要だとされていると語ったのだ。男はそれを聞いて、それでは口出ししようがないと、腕を組んで考えていた。

 

 そして、超はその男に自分の今の状態を、ゆっくりと語って聞かせたのだ。先祖がすごい魔法使いで、自分がその祖先に当たることを。魔法が使えないことで、一族としては欠陥だと思われていること。だからこそ、無理をしても魔法を使わせようと、企てられていることを、その男へと話したのだ。するとその男は、腕を握り締め、体を震わせていた。

 

 

「なんということだ! それは余りにもひどすぎるではないか! 魔法とは人の役に立つためのものではなかったのか!?」

 

 

 男はその超の現状に、強い怒りを感じていた。こんな少女に無理をさせて魔法を使わせる必要性がどこにあるのかと。未来において魔法の定義は、人のために役立つものだとされていたことを思い出していた。だが、今のそれは明らかに少女を不幸にするようなものだった。それがたまらなく許せなかったのだ。

 

 

「なんで怒るネ……。オジサンには関係ない話ヨ……?」

 

「関係ないかもしれないが、すでに我々は出会ってしまった! だから関係ないと言うワケでもなかろう?」

 

「……そうかもネ。でもどうしようもないことヨ……」

 

 

 超はなぜ、この白髪の男が怒っているのか理解出来なかった。関係の無い赤の他人で、別に男が困ることなんて何一つ無いからだ。しかし男はこう言った。出会ったからには関係が無いと切り捨てられるものではないと。つまりすでに出会い話したのだから、関係ないはずがないと言うことだった。そう言ってくれるこの男に、少し嬉しく感じた超だが、現状を何とかする手はなく、どうしようもないことだと諦めていたのだ。

 

 

「ならば少女よ、ワシと未来へ行かないか? この車をタイムマシンとわかったのだ。ワシは君に興味が出てきた」

 

「……未来に行ても、何か変わる訳がないネ……」

 

 

 なんと男は、超に未来へ行こうと誘い出した。それは超がその車をタイムマシンだと判断した明晰な頭脳に興味が出たからだ。本来ならばあってはならないことだと男は考えたが、ここで少女を捨ててしまうのも心苦しいものがあったのだ。だが超は、未来に行ったところでどうしようもないと考えていた。この現状を打破することなど、未来に逃げても出来ないと考えていたのだ。

 

 

「何を言う! 未来において魔法はごくありふれた存在だった! きっと君の魔法が使えない症状も治せるかもしれないし、別の手で魔法が使えるようになるかもしれんのだぞ!?」

 

「……本当にそうカ?」

 

「ああ、そうだとも! 少女よ、ワシと未来へ行こう! そして明るい未来を手にしようじゃないか!」

 

 

 男は未来で魔法が普及しているのをこの目で確認してきた。それでも魔法と言う存在を認知しなかったのは、ある種の現実逃避だったのだろう。そして魔法が普及した未来ならば、超の魔法が使えないと言う状態を何とか出来るかもしれないと、男は考えたのだ。

 

 超もその未来のことを聞いて、少し元気が出てきたようだ。未来に行けば何とかなるかもしれないと、少しだけ期待し始めていたのだ。そこで男は、未来へ行って魔法を使えるようにして、この暗い現状を打破し、明るい未来をつかもうと、超へ笑顔で語りかけていた。

 

 

「わかたヨ。一緒に未来へ行くネ」

 

「そうか! ならば行くとしよう!」

 

 

 超はそれなら未来に行くと、心を決めたようだった。また、それを男へ言うと、男も嬉しそうに車の方へと移動して、座席へ座ろうとしていた。だが、そこで男は一度停止して、なにやら思い出していたのだ。

 

 

「おっとそうだった、すっかり忘れていたことがあった!」

 

「何カ?」

 

 

 男は突然超へと振り向き、忘れていたことを思い出したと話し出した。一体何を忘れたのだろうかと、超も疑問に感じて首をかしげていた。その男が忘れたことは、些細なことであったが、とても重要なことだった。

 

 

「ワシの名はエリック・ブレイン。ただの科学者だよ。よろしく頼むぞ、少女よ」

 

「私は少女と言う名前じゃないヨ。超、超鈴音ネ。よろしく、ドク・ブレイン」

 

 

 その男はやはりエリックだった。そしてエリックが忘れていたことは、自己紹介だったのだ。エリックが自ら名乗りあげると、超も同じく自己紹介をしたのである。そこで今度こそエリックは車へと乗り込み、なにやら機械をいじりだしたのだ。

 

 

「さあこちらへ来なさい。ワシはまずここから50年後の未来へ行こうと思う」

 

「本当に未来へ行けるのカ?」

 

 

 エリックは座席の中央に設置されたスイッチを入れ、年代が表示されたメーターを変更し始めた。そして今から50年後の未来へと、移動しようと超へと話したのだ。超は本当に未来へいけるのか、少しだけ不安になっていた。だが、エリックは自信満々に、行けると豪語したのだ。

 

 

「ああ、行けるとも! そして君を魔法使いにして、ここへ帰ってきて一泡吹かせようじゃないか!」

 

 

 そこでエリックは、未来で超が魔法使いとなり、一度この時代へ戻ると言っていた。それは超を無理やり魔法使いにしようとした親族に、一泡吹かせると言うことだった。超を魔法使いにしたかった連中が、魔法使いになって帰ってきた超を見たらどんな顔をするか、とても楽しみだと考えたのだ。

 

 また超も、それを聞いてなんだかわくわくしてきたようだ。自分が本当に魔法が使えるようになるかわからないが、そうなればどんなに面白いことになるだろうかと、期待が膨らんできたのである。

 

 

「ならば行くぞ! 少しゆれるからしっかりつかまっているんだぞ!」

 

「わかったネ」

 

 

 エリックが発進の合図を出すと、突如車体が揺れ始めた。それを感じて超が外を見ると、なんと車が宙に浮き始めていたのだ。まさか車まで空を飛ぶとは思って居なかった超は、驚いた表情で再びエリックの顔を見たのである。エリックは超が自分の顔を見ていることに気がついたのか、超の方を振り向き面白おかしく笑って見せたのだ。

 

 

「驚いたか?! これは未来で使われている技術でな、未来ではこれが当たり前なのだよ!」

 

「……これなら確かに魔法いらないネ……」

 

「超もそう思うだろう? 科学はワシら科学者が挑戦し続ければ、出来ないことなど何も無いということだ!」

 

 

 超はエリックの話を聞いて、こんなことが出来る世の中になれば魔法なんて不要なのではと思い始めていた。そう考えて難しい表情をする超へ、エリックは持論を語り始めていた。それは優れた科学者が挑戦の心を忘れなければ、いつか必ず出来なかったことも出来るようになるというものだった。超はそのエリックの言葉に、とても関心すると同時に大きな衝撃を受けていた。必要なのは諦めずに挑戦し続けることなのだろうと、超はそう思ったのである。

 

 

「しっかりつかまれ! 時速140キロに達したとき、時間の壁を越える現象が起こるぞ!」

 

「ウム……」

 

 

 エリックは飛行する車を加速させ、ぐんぐんスピードを上げていった。またエリックは、140キロに達したとき、時間の移動が行われることを、超へと話したのだ。それを聞いた超は、あまり言葉が出なかった。とても気分が高潮し、何を言っていいのかわからなかったのだ。この古ぼけた車には、夢やロマンが詰まっている。さらにそれを現実に体感できることを、すごく楽しく感じていたのだ。そしてエリックが飛行した車を最大まで加速させ、140キロへ到達すると、周りに光が帯び始め、その瞬間別の時間帯へと移動したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 結果から言おう。超は未来の技術でも、魔法を使うことが出来なかった。何せこのような症例は珍しく、未来の技術でも治療の方法があまり進んでいなかったのだ。だから超とエリックは、渋々と元の時代へ戻り、途方にくれるしかなかったのである。そんな帰路の中、超は暗く落ち込み、すすり泣いてしまったのである。

 

 

「……超よ、すまなかったな。ワシが期待させたばかりに、このようなことになってしまって……」

 

「うっ……、ドクのせいじゃないヨ……。元々私はそうなる運命だただけネ……」

 

 

 エリックは涙する超を見て、とても後悔していた。未来なら出来るだろうと思ったことが、出来なかったからだ。さらに、それで超を期待させてしまい、逆に落ち込ませてしまったからである。超も未来ですら魔法が使えなかったことにショックを受け、呪紋を施されることを運命と思うしかなくなっていたのだった。

 

 そして元の時代へと戻ったエリックは、重い足取りで超を家まで届けるしかないと考えていた。しかし、やはりこのまま届けるのもエリックにはつらいことであり、車を停車させて少し悩んでいたのである。

 

 

「超、今から君を家族の下へ届けようと思うのだが……」

 

「……それしかないネ……。このままだとドクは少女を誘拐した変人になってしまうからネ……」

 

 

 エリックは超へ、家まで送ることを悲しげに話しだした。何と言う不甲斐なさだろうか、何のためにタイムマシンを作ったのだろうか。エリックは自らの無力さにうちひしがるしか無かったのだ。そのエリックの言葉に、超も元気なく答えていたが、自ら帰る意思を見せていたのである。

 

 

「……このまま連れて行ってくれとは言わんのだな……」

 

「……どこへ逃げても同じヨ……。ならありのままを受け入れるだけネ……」

 

 

 エリックは超が、そのまま連れ出してほしいと頼むのではないかと思っていた。だが、超はそれをしなかった。このまま逃げても意味などなく、ここで逃げれば逃げるだけの人生になると思っていたからである。それでも、それでも家に帰るのは、超にとってとてもつらいことだった。

 

 しかし、そこへ一人の少女がエリックが乗る車を眺めていた。それは金髪が美しい、肌が白い少女だった。服装は白いゴスロリドレスを纏い、お姫様のような姿の少女だったのだ。

 

 

「……また少女か。この車が珍しいのかね?」

 

「これはすまない。なかなか奇妙なものを発見したんでな。いまどきこのような骨董品など、なかなかお目にかかれないものだったものでね……」

 

 

 エリックはその少女に、扉を開いて話しかけた。すると少女は面白いものを見たので、ついついじろじろと見てしまったと謝ってきたのである。確かにこの時代では、この車自体が骨董品と言われても仕方の無い年代モノだ。珍しいと感じるのも当然なのだ。

 

 

「しかし、また少女と言ったが、その少女とはそこの少女か?」

 

「まあそういうことになる。しかし、またしても少女にこの車を見られるとは、何かあるのか……?!」

 

 

 その少女は、またと言う言葉に、助手席に座る超のほうを見て、最初の少女とはこの娘のことかと思ったようだ。そこでエリックは二度も少女にこのタイムマシンを見られたことに、何か運命めいたものを感じざるを得なかった。すると少女は、この白髪の男性が人攫いなのかと、ほんの少しだけ疑ってみたのである。

 

 

「なあ貴様、もしかして少女を攫う誘拐犯ではないよな?」

 

「何を言うか! そのようなことは決してしとらんぞ!」

 

 

 少女は本気で人攫いだと思った訳ではないが、ちょっと面白そうなのでからかってみたのである。そうとは知らないエリックは、本気で冗談ではないと思い、叫んで反論していたのだ。また、それを聞いた超も、扉を開けて外へ出てきて、その少女へ文句を言いに出たのだ。

 

 

「違うネ! ドクは人攫いなんか……では……?」

 

「超よ! そこで何で疑問系になるんだ!!?」

 

 

 超はその少女の姿を見て、何かを思い出そうとしていたのだ。だから言葉を途中でやめて、続けなかったのである。だが、それをエリックは誤解したのか、そこで言葉を止めては自分がまるで人攫いのようではないかと、少し怒って叫んだのだ。しかし、超はエリックの叫びが聞こえなかったようで、その少女のことを思い出し、目を見開き驚いていたのだ。

 

 

「あ、アナタは確か……、金の教授……!?」

 

「んん? こんな少女にも私の名が知れ渡って居るのか……」

 

「どうした超? キンの教授とは一体?」

 

 

 超は金髪の少女の姿を見て、それが金の教授と呼ばれるものだということを思い出したようだった。金の教授、つまり、それはエヴァンジェリンのことだった。エヴァンジェリンはこの未来でも有名らしく、非常に名が知れ渡っていたのだ。実際、魔法世界などで子供に言い聞かせる際、大きくなるなら金の教授のようになれ、と言うほどなのである。

 

 

「ドク、この人は魔法世界でも有名な治癒師にして、偉大なる魔法使い、エヴァンジェリンサンネ……!」

 

「何!? それは本当か!?」

 

「おや、そこのジイさんは私のことを知らないのか。面白いことだな」

 

 

 エリックはエヴァンジェリンが有名なのを知らないので、慌てて超がそれを教えていた。また、エヴァンジェリンは幼い超が自分のことを知っていて、老けた男の方が知らないことに、少し面白い現象だと感じていたのである。そして、それを聞いたエリックは、とりあえず今の態度が失礼だったと感じ、謝罪を交えて自己紹介をしたのだ。

 

 

「それは大変失礼した。私の名はエリック・ブレイン。科学者だ」

 

「これは丁寧にどうも。私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。そこの少女が言うように、金の教授とも呼ばれているよ」

 

 

 エヴァンジェリンも丁寧に挨拶するエリックに、面白い男だと思っていた。さらに謝罪と紹介を受けたエヴァンジェリンは、それならと自己紹介をしたのである。そこでエリックは、超が言うに偉大なる魔法使いらしいので、それなら超のことをエヴァンジェリンに話してみようと思ったのだ。

 

 

「つかぬことをお尋ねしますが、この少女、超と言うのですが、魔法を使うことが出来ないようなのです。なにとぞお力添えをお願いできますでしょうか?」

 

「ほう、魔法が使えない体質か。フフ……、少しばかし懐かしいな」

 

 

 エヴァンジェリンは超が魔法が使えないと聞いて、少しだけ昔のことを思い出していた。それはあのタカミチのことだ。ただ、タカミチとは大きく接点が無かったので、あの無精ひげのおっさん、魔法使えないヤツだったな程度のものだったが。

 

 それでも魔法が使えないと聞けば、やはりあのタカミチを思い出すようであった。そして、それならどうしたものかとエヴァンジェリンは腕を組んで考え始めたのである。

 

 

「ドク! 失礼ネ! 金の教授は魔法の世界で有名ヨ!? 恐れ多いネ!!」

 

「だが有名なほど魔法に精通しているのだろう!? それなら君のことも何かわかるかも知れないではないか!」

 

「そ、それもそうだガ……」

 

 

 腕を組んで考えるエヴァンジェリンをよそに、超はエリックに失礼なことをするなと窘めていた。魔法世界ではすこぶる有名なエヴァンジェリンに、そのようなことを頼むなど失礼すぎると超は思ったのだ。

 

 だが、有名な魔法使いで教授と呼ばれているならば、超のことも何かわかると思ったと、エリックは超へ言って聞かせたのである。超もそれを言われると弱かったらしく、一瞬で勢いを失って黙ってしまったのだった。

 

 

「そうだな、ならこれを使って魔法を使ってみろ。魔法のコードは、”アクセルシューター”だ」

 

「こ、この機械仕掛けの杖デスカ……? わ、わかりましタ……」

 

 

 そこでエヴァンジェリンが考えから戻ったようで、一つの杖を超へと渡した。それはあのデバイスと呼ばれた杖で、エヴァンジェリンが愛用していたS2Uと呼ばれたものだった。そえを受け取った超は、エヴァンジェリンの言われたとおり、その呪文を唱えたのだ。

 

 

「”アクセルシューター”!」

 

 

 すると超のすぐ手前に、桃色の魔法弾が一つ浮かび上がったではないか。それはまさしく魔法であった。それを見た超はとても驚き、それが嘘ではないか確かめるように、何度も目をこすっていた。また、エリックも驚いた様子を見せ、慌ててどういうことかエヴァンジェリンへ聞いたのである。

 

 

「ミス・エヴァンジェリン。これはどういうことなのでしょうか?」

 

「その杖は特殊でな。なにやら魔法を機械的に解釈して動かしているようなのさ」

 

「機械的に? つまり呪文をプログラムか何かで変換しているというワケか!?」

 

 

 エヴァンジェリンはその杖のことを、超の方を見ながらエリックへと説明した。だが、実際エヴァンジェリンはその杖のことを全て知るワケではないので、知っている範囲で話したのだ。その説明を聞いたエリックは、機械的に解釈と言う言葉を考え、術をプログラムで作動させているのではないかと睨んだのである。

 

 

「こ、これは魔法……?」

 

「そうだ、魔法だ。最も、普通の魔法使いが使う魔法とは、別物だが」

 

 

 超はその桃色の弾が魔法だと、信じられずに居た。自分はずっと魔法が使えず、苦労してきたのだ。そう簡単に魔法が使えるワケが無いと思って居るのである。しかし、そこへエヴァンジェリンはそれが魔法だと超へと教えた。そして、それが普通の魔法ではないことも、同時に話していたのである。

 

 

「ああ、その魔法は攻撃魔法だが、魔力ダメージのみを与えるよう設定されているので、外傷にはならないようだ」

 

「そ、そんなことも出来るのカ……!?」

 

「だから普通の魔法ではないと言っただろう?」

 

 

 エヴァンジェリンは次に、その魔法についてのことを超に教えていた。その魔法が傷を負わせるのではなく、魔力でのダメージでショックを与えるということを、超に聞かせたのだ。超はそれを聞いて驚き、今度は少しずつ興奮してきていたのだ。何せこんな魔法は見たことが無い上に、自分が魔法を使えたことを実感し始めていたのだ。そう感じない方がおかしいのである。

 

 

「そうだな、その杖は貴様にやろう」

 

「え……!?」

 

「それはもう、私には不要だ。別にそれが無くても、別のものがあるからな」

 

 

 なんとエヴァンジェリンは、興奮して嬉しそうに魔法を動かす超に、その杖をやると言ったのだ。それには超も驚き、エヴァンジェリンの方へと向きなおしていた。エリックも、このような杖を渡してもよいのかと、少し驚きエヴァンジェリンを見ていたのである。しかし、エヴァンジェリンにはもう、あの杖は不要だった。エヴァンジェリンはあの杖とは別に、新たなデバイスを手に入れた様子だったのだ。

 

 

「ほ、本当にいいのデスカ!?」

 

「ああ、いいぞ。それを楽しそうに使う貴様を見たら、それは貴様に使わせた方がよさそうだと思ってな」

 

「ミス・エヴァンジェリン。本当によろしいので……?」

 

 

 超はエヴァンジェリンがその杖を本気でくれるのか、尋ねていた。こんな謎につつまれた杖を、簡単に見知らぬ自分に渡しても良いのか、不安になったのだ。だが、エヴァンジェリンはその杖を喜んで使う超を見て、その杖を操るなら超の方が良いと考えたのである。また、そこでエリックも、本当にその杖を超に渡してもよいのかエヴァンジェリンへ聞いたのだった。

 

 

「私はクドいのは好きじゃない。私がいいと言ったんだから、ありがたく貰ってくれ」

 

「……アリガトウ、エヴァンジェリンサン……」

 

「ワシからも礼を言わせて貰おう。ありがとう、ミス・エヴァンジェリン」

 

 

 そして超はエヴァンジェリンから杖を貰い、その内部に記録されている魔法を練習した。エヴァンジェリンもある程度、その魔法を超に教え、また静かに旅に出たようだった。

 

 超はそのエヴァンジェリンから貰った杖で、ひたすら魔法を練習した。魔法が使えなかった超にとって、この杖で魔法が使えることはとても嬉しいことだった。エリックも、喜んで魔法を練習する超を見て、頬を緩ませていたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 超はすでにデバイスと呼ばれた杖で魔法が使えるようになっていた。魔法が使えないと言われた超が、突然魔法を使い出したのだ。誰もが驚いたことだろう。そして誰もが文句を言わなくなり、超はようやく自由の身となったのだ。

 

 

 自由になった超は、エリックと共に色々な時代へ渡ったりしていた。そこでまた、色々な冒険があったのだが、ここでは割愛させていただこう。

 

 また、自分も同じように時間を移動するタイムマシンを作りたいと考えるようになった。それはエリックが編み出した理論を使うのではなく、別の理論で作りたいというものだった。だから超は、魔法と化学が混じったタイムマシンの開発に着手したのだ。

 

 そして数年の研究の末、完成させたのが懐中時計型航時機であるカシオペアだったのだ。ただ、そのタイムマシンには欠点があり、数秒や数時間程度ならば、多く魔力を持つ人間に限定されるが移動することが出来る。

 

 しかし、数日や年単位の時間転移には、当然のごとく膨大な魔力を必要としていたのだ。そのため普通の状態では、うまく機能させることが出来ないという欠点があったのだ。まあ、エリックが作った初期のタイムマシンも、膨大な電力が必要と言う欠点があったのだが。そこまで似せる必要は無いだろうと、エリックも面白半分に考えていたのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 カシオペアが完成して喜んで居たのもつかの間、そこで事件が発生した。なんと厳重に保管していたカシオペアが盗み出されたのだ。その犯人はしっかりと変装をしており、誰が誰だかわからなかった。だから犯人を特定するのではなく、その時間に飛んで阻止しようと超とエリックは考えたのだ。そして、その犯人の前に立ちはだかり、戦う姿勢を見せたのである。

 

 

「カシオペアを盗んでどうする気ネ……。使い方なんか知らないダロ?」

 

「……」

 

「一体何が目的なんだ!?」

 

 

 その犯人となる謎の人物は、全身黒尽くめだった。その犯人と対峙する超とエリック。超は使い方もわからずに、どうしてカシオペアを盗むのか気になったのである。そのことを犯人に問い詰めるが、その黒ずくめの犯人は反応すら示さず、黙ったままだった。ゆえに超はこの謎の人物がカシオペアを盗むことを知っていたので、先手で攻撃を仕掛けたのだ。

 

 

「とりあえず様子見ヨ!」

 

「……」

 

 

 超は全身黒の人物へ、平手打ちを放った。それは綺麗に黒の人物の腹部へと入った。そう、入ったはずだったのだ。しかし、その人物は平然としており、なんとも無い様子を見せていたのだ。

 

 

「……!? ど、どうなってるネ!?」

 

「どうした超!?」

 

 

 超は綺麗に決まったはずの平手が、まるで聞いてない様子の人物に驚いていた。そこでエリックも、一体何がどうなっているのかを、超へと聞いていたのだ。だが、そこでその黒の人物は、超を跳ね除けエリックへと吹き飛ばしたのである。

 

 

「アウッ!?」

 

「なっ!? ドワァ!?」

 

 

 なんとその人物は、手を跳ね除けるという行動だけで、超を数メートルも吹き飛ばしたのだ。そしてエリックと衝突し、動けなくなってしまったのである。エリックもまた、今の衝撃でなかなか立ち上がれず、必死にもがいていたのだ。

 

 

「一体何があった!?」

 

「わ、わからない……。命中したのに手ごたえがまるでなかたヨ……。それと今の力も……」

 

 

 何とか体制を建て直したエリックは、超に何が起こったかを再び聞いていた。明らかに超が普通ではない様子だったからだ。そこで超は、先ほどの現象についてエリックに話したのだ。それは超にもわからない不可思議なものだった。まるで手ごたえが無いという謎の現象だったのだ。

 

 

「しかし、こうしてはいられんぞ! 早く奴を追わなければ!」

 

「そうネ……!」

 

 

 だが、こうしているうちに犯人なる人物は、カシオペア奪取に移動していた。超もエリックも急いでその人物の後を追うことにしたのだ。そして何とか追いついた超とエリックは、再びその真っ黒の人物と対峙したのである。

 

 

「今度は逃がさないネ!」

 

「アレを使うのか! それなら大丈夫かもしれんぞ!」

 

 

 超は一本の杖を取り出し、その人物の後ろで構えていた。その杖は機械的なもので、やはりデバイスと呼ばれるものだった。そこで超は、その人物へと捕獲の魔法を使ったのである。

 

 

「”バインド”!」

 

 

 それは光の縄で相手を縛る魔法だった。その光の縄が犯人なる人物に巻きつき、全身を拘束したのだ。これで犯人を捕らえたと一息つく超とエリックだったが、なんとその人物はバインドをたやすく千切ったのだ。

 

 

「そ、そんな……!?」

 

「あのがんじがらめの拘束をたやすく抜けただと!?」

 

 

 今のその人物の行動に、超もエリックも驚きを隠せなかった。超は何重にもバインドで犯人を縛り、身動き一つ取れないようにしたはずだった。だが犯人は、それをいともたやすく破り、簡単に自由になったのだ。エリックもあれほどのバインドが簡単に破られたのを見て、普通ではまずありえないと考えたようだった。だがそこへ犯人の攻撃が、超とエリックへと襲い掛かったのである。

 

 

「ドワアアァァ!? うおおぉぉぉ!?」

 

「クウッ!?」

 

 

 その攻撃は衝撃波だった。しかしとてつもない範囲の衝撃波であり、超もエリックも避けることが出来なかった。とりあえず超はラウンドシールドの魔法で防御したが、それでも防ぎきれず吹き飛ばされてしまったのだ。なんということだろか。超とエリックは今の一撃で、あっけなく吹き飛ばされ、犯人を逃がしてしまったのである。そして、カシオペアが保管されている場所へ急ぐと、すでに犯人の姿は無く、カシオペアも盗まれた後だったのだ。

 

 

「こ、こんなことガ……」

 

「なんということだ! どうしたということか!」

 

 

 カシオペアを再び盗まれた超は、ひざを突いてショックを受けていた。あんなに簡単に返り討ちにあったのもショックだったが、あっさりとカシオペアを盗まれたことの方がショックだったようだ。また、放心する超の横で、逆に慌てふためき頭を抱えるエリックの姿があった。もはや打つ手はなく、その犯人がどこへ行ったのかさえわからなかったからだ。

 

 

「マサカ、こうもあっけなく妨害を突破されるなんテ……」

 

「犯人め、一体あれを何に使うつもりなんだ……!?」

 

 

 超はまず、今の犯人の異常性に気がつき、驚いたようだ。あのバインドの拘束はかなり厳しくしたはずであり、ああも容易く抜け出せるようにはしていなかった。

さらにあの衝撃波は、自分たちを攻撃する以上に吹き飛ばして視界をふさぐような、そんな方向に重点が置いてあったようにも思えたのだ。

そしてエリックも、カシオペアを利用して何を企んでいるのか、気になっていたようだ。

 

 

「しかし、どうするネ……。ここでカシオペアを盗まれたなら、盗難を防ぐ手はないヨ……」

 

「ならばカシオペアを追跡するしかないが、手がかりが無いのが厳しいか……」

 

 

 エリックはそれならカシオペアと犯人を追うしかないと考えた。しかし、犯人の顔もわからず、カシオペアがどこにあるかもわからなかった。超も同じくどうすればよいか、名案が浮かばずに悩んでいたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

そう悩み考えながら、超とエリックは元の時代へ戻り一晩を過ごした。そして、その次の朝、超とエリックは新聞でとんでもない記事を見たのである。

 

 

「超よ、これを見てくれ!」

 

「な、なにヨ!? これは……!?」

 

 

 その朝刊の一面には、地球の麻帆良の荒れた光景が映し出されていた。見出しには”またしても麻帆良、破壊者の巣窟”と書かれていたのである。それはなんと麻帆良の住人が、どこかの街を襲撃したと言う内容だった。

 

 

「バカな! 麻帆良は平和で穏やかな街だったはずだぞ!!」

 

「そうヨ! こんなはずがないネ! そうだ、これが麻帆良の特集の記事ネ!!」

 

 

 麻帆良は未来だと近未来都市となって居るが、いたって穏やかな街だった。こんな荒れ果て、賭博飛び交う高層ビルの群れなどではなかったのだ。そこで超は、麻帆良の特集記事を取り出し、エリックと見たのである。すると、恐ろしい現象が起こり始めたのだ。

 

 

「見ろ、超よ! 我々が見ていたページが、どんどん書き換えられていくぞ……!」

 

「麻帆良特集が、別の特集になてしまたネ……!!!」

 

 

 最初は麻帆良特集だったその記事が、突然別の街の特集に変わっていったのだ。この謎の現象に、エリックはハッとした表情をして、突然立ち上がったのである。

 

 

「まさか、超のカシオペアを使って犯人が麻帆良の歴史を改ざんしたのでは!?」

 

「そ、ソンナ!?」

 

 

 エリックは昨日の犯人が、過去の麻帆良へと赴き歴史を改変したと考えたのだ。超はそれを聞いて大層驚き、それなら何と言うことをしたのかと怒りと後悔の念を感じていたのである。

 

 

「超よ! 麻帆良の歴史が載る本をありったけ集めるんだ! それならばどこで改変されたかを調べる必要がある!」

 

「わかたネ、ドク! 今すぐ用意するヨ!」

 

 

 超はすぐさま麻帆良の歴史に関わる書類を集め、エリックとともに必死に過去の資料を漁っていた。そこで数々の新事実と、驚愕の事件を知ってしまったのだ。まず、麻帆良は2003年までは平和だったと言うことを突き止めたのだ。つまり、2003年までは改変されていないと言う事実を突き止めたのである。

 

 しかし、なぜか2003年の麻帆良で何が起こり、どうしてこのような暗黒の都市となったかは、まったく書かれていなかった。明らかに隠蔽されているとしか思えないことだったのである。

 

 だが、もう一つの事実はあろう事か恐ろしいものだった。なんということだろうか、それは超の先祖であるネギ・スプリングフィールドがオコジョになるという新聞記事だったのだ。

 

 

「こ、これは君の先祖ではないかね?!」

 

「ほ、本当ネ!? しかもオコジョになって刑務所へ!!?」

 

 

 その記事にはネギが屈強の男二人に脇を固められた姿の写真に、英雄の息子オコジョになるという見出しだった。それを見た超は、一瞬何がなんだかわからなくなり、気絶しかけたのである。エリックもこれはマズい事態だと考え、どうにかしなければならないと思い始めていた。

 

 

「超よ! これは予想以上にまずいことになった! 確か君は家系図を持っていただろう? それを見せてくれ!」

 

「わ、わかたヨ……。これが私の家系図ネ……」

 

 

 超は家系図を持ってきていた。エリックが過去に何かあった時のために、一応持たせたものだった。そしてその家系図を見たエリックと超は、さらに驚嘆していたのである。なんと家系図の半分が、少しずつ消え始めており、白くなってきていたのだ。

 

 

「こ、この現象ハ……!?」

 

「やはりこうなったか! 君の先祖であるネギ・スプリングフィールドの歴史が変われば、君の家系も変化してしまう! 最悪君が生まれなくなると言う可能性も出てくるぞ!」

 

「な、なんてことダ……」

 

 

 エリックは超の祖先であるネギに何かあれば、最悪超が生まれなくなることを察したのだ。それを証明するかのように、家系図の半分が白くなって消えてしまっていた。これは本当にマズイことになったと、エリックは焦りの表情を見せていた。また、超もこうなってしまうとは思っていなかったのか、顔面蒼白となり体をふらつかせていたのである。

 

 

「とりあえず犯人につながる何かを探し、なんとしてでも歴史を正さねばならん!」

 

「そ、そうネ……! ご先祖様に迷惑かけた上に、自分が消えてしまうのはヒジョーに困るネ!」

 

 

 エリックは本気で歴史を正さなければならないと思った。このままでは麻帆良だけではなく、超が消えてしまうかもしれないからだ。超も自分のせいで先祖であるネギに迷惑をかけ、さらに自分が消えてしまうのは許せないと感じたようだ。

 

 さらに自分の命がかかっていると考えると、本気でこの麻帆良をどうにかしなければならないと考えたのだ。そこで100年ほど前に、この麻帆良が突如暗黒街となったことを突き止めることに成功したのだ。しかし、やはり犯人の顔を見ていないのは大きかったのか、今だ誰が犯人なのか突き止められずにいたのである。

 

 

「いつ改ざんされたかは大体わかったが、犯人につながる手がかりがまるで無い……!」

 

「ここまで調べても、誰が犯人なのかわからないなんテ……」

 

 

 この犯人の手がかりとなるのは、実際すでにあった。それは麻帆良の最高責任者こそが、二人が追い求めている犯人だったからだ。だが二人は犯人の顔すらわからない。さらに改ざんされる前の、本来の歴史に存在するはずの麻帆良の最高責任者など、知る由も無かったのだ。だから二人は犯人が誰なのか、まったくわからなかったのである。

 

 

「ならばとりあえず過去の麻帆良へ行き、犯人を捜すしかあるまい」

 

「それしかないカ……。犯人が麻帆良に確実に居るなら、それに越したことはないネ……!」

 

 

 ならば、過去の麻帆良へと戻り、その犯人の手がかりを探すしかないと、超とエリックは考えた。だが、そこである疑問が浮かび上がった。どうやって犯人は、カシオペアで100年以上過去の麻帆良へと飛んだのかということだった。

 

 

「しかし、どうやって犯人はカシオペアでこれほどの時間を遡ったのだ? 確かカシオペアは魔力を使って時間跳躍を実現する装置だったはずだが……?」

 

「そうネ。カシオペアは魔力を使って時間を飛ぶタイムマシンヨ。魔力の量で飛べる時間の幅が変わるネ」

 

 

 懐中時計型航時機カシオペアは、魔力を利用して時間跳躍するタイムマシンだ。魔力の使用量に応じて、飛べる範囲が決まっているのだ。数時間単位の時間跳躍程度なら、魔力の多い人間ならば自らの魔力を利用して飛ぶことが出来る。しかし、年単位の跳躍となると、それ以上の魔力が必要であり、人間一人では到底不可能なことだったのだ。

 

 

「もしかして、今起こっている麻帆良の世界樹の発光現象カ……!」

 

「あの22年周期に訪れる、有名な発光現象か……! 確か今の時期に発生していたが……」

 

 

 魔力が必要なら外部から入手すればよい。超はそれを考えて、使うならば世界樹から発せられる膨大な魔力を使うと考えた。それは22年周期で発生する、世界樹の大発光現象だった。また、それの時期がもう間近に迫ってきており、それを利用するのだろうと考えた。エリックもそれなら間違えないだろうと思ったようだ。

 

 

「とりあえず、過去の麻帆良へ行くとしよう! 話はそれからでも遅くは無いはずだ!」

 

「そうネ! 頼んだヨ、ドク!」

 

「任せておけ!!」

 

 

 そしてエリックはネギが捕まったと記された新聞記事を、超は自分の家系図を握り締め、再びエリックの開発したタイムマシンへと乗り込んだ。何とか犯人を捕まえ、麻帆良を元に度すことを決意し、エリックはタイムマシンを加速させ、時間移動を始めたのだ。

 

 超もまた同じく、自分が作ったタイムマシンでこうなったのなら、決着は自分でつけなければと考えていた。そして、そう二人が考えているうちにタイムマシンは光の渦へと消え、2001年のまだ平和な麻帆良へと飛んだのである。

 

 その後2001年に飛んだ超とエリックは、こっそりと住居を構え、アジトの建造に取り掛かった。また、超はエリックに内緒で麻帆良学園女子中等部に入学したのだ。まあ、エリックにそれがばれて、超は相当叱られたであるが。

 

 こうやって麻帆良になじみながらも、エリックと超はこそこそと犯人であるビフォアを追跡していたのだった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:エリック・ブレイン

種族:人間

性別:男性

前世:70代の技術者

原作知識:なし

能力:発明

特典:バック・トゥ・ザ・フューチャーのエメット・ブラウンの頭脳

   Fateのスキル、黄金律A

 




超はどうして呪紋を使わないと魔法が使えなかったのだろうか
詠唱が出来ない体質だったとか、精霊を操れない体質だったのか……
どちらにせよ、魔力は超自身のものという設定です

あと、いまさらですが、リリカルなのはのデバイスはリンカーコアが無いと使えないのですが
ネギまの世界にあわせて魔力を精製できる人ならば使えるという解釈です


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七十七話 アジト

麻帆良の闇は晴れない


 超とエリックはアジトへと戻り、ネギたちが飛ばされた時間帯を調べていた。ネギたちはビフォアの罠により、カシオペアの機能でどこか別の時間帯へ飛ばされてしまったのだ。過去か未来か、数時間か数日か、それを超は必死に計算していたのである。

 

 

「タブンネギ坊主たちは、過去ではなく未来に飛ばされたと思うネ」

 

「どうしてそう思うのだね?」

 

 

 超はまず、ネギが飛ばされたのは過去ではなく未来だと考えた。その理由は一体何なのか、エリックは超へと難しい顔をしながらたずねたのである。そこで超は、ゆっくりとエリックへ自分の考えを話し出したのだ。

 

 

「まず、ネギ坊主たちはそう遠い時間帯へ移動できないネ。カシオペアは世界樹の魔力で稼動しているネ。たとえ魔力溜りで稼動したとしても、1~2週間の転移が限度ネ」

 

 

 カシオペアは魔力を使って稼動するタイムマシンである。基本的には今の時期に世界樹から放出される膨大な魔力で運用するものだ。また、数時間単位ならば、魔力を多く持つ人間ならば転移することも出来る。ただ、開発者の超は魔力を運用する力がないので、世界樹の魔力に頼らざるを得ないのだ。

 

 そして、その性質上最大運用さえしなければ、数週間が限度だと超は測定したのだ。まあ、最大で運用した場合、100年単位の移動が可能なのだが。それほど遠くへ飛ばす意味も、必要性もないと超は考えたのである。

 

 

「最大で稼動すれば100年単位の移動も出来るヨ。それはビフォアが100年後の未来から、この時代に来たことで証明されているネ。ただ、100年後に飛ばしてしまうと、この新聞の記事の出来事は発生しなくなるネ」

 

 

 そこで超が取り出したのは、未来でネギがオコジョになると言う見出しの新聞だった。この新聞は麻帆良祭の数週間後の出来事だった。つまり、100年も未来に飛べばこの出来事が発生しなくなると、超は考えたのだ。さらに、この新聞が発行された時間帯こそが、ネギが飛ばされた時間のヒントとなっていたのだ。

 

 

「ネギ坊主はタブンだが2週間後ほどに飛ばされたと思うネ。その数日後にこの新聞が発行されていることから、飛ばされた後につかまったと考えられるヨ」

 

「確かにそれなら合点がいくな。もしも過去に飛ばされたのなら、1週間前ほどにネギ少年が二人も居ることになってしまうし、そうなれば我々も気がつかないはずがないからな」

 

「そーいうことネ」

 

 

 ネギは新聞どおりにつかまったのならば、2週間後ぐらいに飛ばされたと考えるのが妥当だと、超は考察した。エリックも過去にネギが飛ばされたのなら、気がつかないはずがないと考え、それはありえないことだと断定したのだ。ならばその時間帯を考えて迎えに行けばよいと、二人はうなずいていたのである。

 

 

「ネギ坊主には何かあればこのアジトへ来るように言てあるネ。だから何か無い限りは、このアジトへ来ているはずヨ」

 

「場所さえわかっていれば、後は時間だけを考えて迎えに行くだけだな。ならばまずは1週間後に飛んで見るとしよう!」

 

 

 時間帯がある程度絞れていても、ネギの現在地がわからなければ探さなければならない。まあ、最悪ネギが新聞どおりつかまる日に行き、そこでネギを回収すると言う手もあるだろう。ただ、それは最後の手段として取っておきたいと、超もエリックも考えていたのだ。だからこそ超は、ネギに何かあったときは自分のアジトへ行くよう、指示したのである。

 

 

「人数が多いからデロリアンは使えそうにない。だからあっちの方を使うとしよう」

 

「ドクも別のマシンを用意していたのカ……」

 

「こんなこともあろうかと! と言う言葉がある! 今それを使う場面だと言うことだな!」

 

 

 だが時間跳躍された人数が多かった。ネギを含めて10人ほど、その未来へ飛ばされてしまっていた。それゆえ迎えに行くのには、二人乗りの車であるデロリアンでは狭すぎると、エリックは考えたのだ。そこでエリックは、なんとそれ以外のタイムマシンを用意していたと超へ話した。超もエリックが新たなタイムマシンを用意していたことに驚き、やってくれると思っていたのである。

 

 

「では参ろうか! ネギ少年たちを迎えに!」

 

「これがドクの新しいタイムマシンカ……。確かにこれなら何とか全員乗れそうネ」

 

 

 エリックはそのタイムマシンが保管してある場所へと移動すると、それを見た超がこれなら安心だと感じていた。それはやはりと言うか、蒸気機関車を改造したタイムマシンだったのである。とても棘棘しい追加パーツに、本体に連結した巨大なブースターが特徴的なタイムマシンであった。また、デロリアンが保有するすべての機能を兼ね備えており、性能はデロリアン以上のものだったのだ。そして二人はそれに乗り込み、エリックはタイムマシンの操作を始めたのである。

 

 

「さて、発進するとしよう! 超よ、シートベルトを忘れるな!」

 

「わかってるヨ!」

 

 

 エリックが発進の合図を出すと、突如タイムマシンを乗せた床が上昇を始めたのだ。そこで天井が開くと、そこはあの噴水公園の噴水があった場所だったである。そう、このアジトは噴水公園の地下深くに存在したのだ。加えてなんと噴水が四つに別れ、そこからタイムマシンが姿を現し太陽に照らされていた。

 

 さらにタイムマシンの前方には、カタパルトらしきレールが出現し、その上をタイムマシンが加速して走り始めたのだ。汽笛と共に二両目のブースターが噴射すると、車輪が下部へ収納され、ホバー用のスラスターから火が吹き上がった。そのまま上空へと上昇し、どんどん加速していったタイムマシンは、光の中に飲み込まれ時間転移して行ったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちは夕映の水の転移魔法により、一瞬にして噴水公園へと転移してきた。夕映の賭けは成功したらしく、噴水にはまだ水がはっていたのだ。それを確認したネギは安心出来ると思ったが、そうも行かなかったようだ。なんとそこには麻帆良の魔法使いらしき職員が、あたりを見回しながら歩いていたのである。ただ、その職員らしき人物は、ネギたちが知っている人間ではなく、誰も知らない人物だったのだ。

 

 

「君がネギ・スプリングフィールドだな。我々は本国から派遣されたものだ。君にも麻帆良の魔法使いとして、責任を取ってもらう」

 

「な、なんで……!?」

 

 

 その職員らしき屈強の男が二人、ネギの近くへやってきて説明を始めた。二人が言うには自分たちは本国、メガロメセンブリアから派遣された魔法使いで、何かの責任を取らされるというものだった。だがネギには、何の責任かがわからなかったので、ただ驚くばかりであった。

 

 

「この麻帆良は世界に魔法をバラしてしまった。だから他の魔法使いたちは本国へと連れ戻され、今頃全員オコジョになっているはずだ」

 

「そ、そんな!? まさか学園長も!?」

 

「当然だ。彼はこの麻帆良学園の責任者で、関東魔法協会の理事でもあるのだからな」

 

 

 さらに職員が言うには、麻帆良がどういうわけか、世界に魔法をバラしてしまったと言うのだ。そしてその責任を追及され、ここに居たすべての魔法使いは本国でオコジョにされてしまったらしい。また、それはあの学園長も含まれており、今の麻帆良はネギが知る魔法使いは誰もいないようだった。

 

 

「あの、つまり高畑先生も……?」

 

「そのとおりだ。この麻帆良に居た魔法使いは、全員オコジョの刑にされている。だからこそ我々が変わりにやってきているのだ」

 

「な、なんでこんなことに……」

 

 

 そこでアスナは、まさかあのタカミチもつかまってしまったのではと考え、職員に恐る恐る質問してみた。するとアスナが考えたとおり、他の魔法使いと同じようにつかまってオコジョにされてしまったと言われたのだ。それにはネギもアスナもショックだった。まさかあのタカミチまでもがオコジョにされるなど、考えても見なかったからだ。

 

 つまり、この職員二人は、オコジョになった魔法使いの変わりとして、本国から麻帆良へ送られてきたのである。だが、こんな変貌した麻帆良など、もはや守る価値すらないだろう。いや、それでも麻帆良で活動しなければならない理由があった。それは世界樹である。この世界樹の確保のため、本国から麻帆良へと魔法使いを送り、警備させていたのである。

 

 また、ビフォアもこの世界樹には手を出さず、逆に本国と提携を組んで世界樹を守っていたのだ。その理由はカシオペアが世界樹の魔力で動くからである。ここで世界樹を破壊されてしまえば、未来においてタイムパラドックスが生じ、ビフォアは世界樹を利用してこの時代へ来れなくなってしまうからだ。だからこそビフォアも、世界樹だけはなんとしてでも守りきる姿勢を見せてたのだ。

 

 

「ネギ・スプリングフィールド。君にも本国へ来てもらう。そしてオコジョになってもらう」

 

「待ってください! どうしてそうなったのかはわかりませんが、僕は今つかまる訳には行かないんです!」

 

「駄目だ! おとなしくつかまりなさい!」

 

 

 屈強の職員二人は、ネギを囲い捕まえようとし始めていた。だがネギは、ここでつかまる訳には行かないと考えた。なぜならあと少しで超が言っていたアジトへ着きそうだったからだ。そこへ行けば何かわかるかもしれないし、もしかしたら超が居るかもしれないと、ネギは考えていたのだ。しかし、その職員はネギを捕まえるべく、行動を開始したのだ。

 

 

「抵抗するなら眠らせてでも連れ帰る!」

 

「説得は無理そうですね……」

 

 

 職員は抵抗をしようとするネギを見て、攻撃態勢に移行していた。また、ネギも二人の職員を説得しようと思っていたが、今の態度で無理そうだと考えたようだ。

 

 

「ネギ先生、ここは私たちに任せてアジトの入り口を探してください!」

 

「そうよ。この二人ぐらい、私たちが抑えるわ!」

 

「せ、刹那さんにアスナさん!?」

 

 

 そこでネギの前に刹那とアスナが立ちはだかり、二人の職員を牽制していた。そしてネギへ超のアジトの入り口を探すよう指示し、二人は職員と戦い始めたのだ。ネギは突然横から出てきたアスナと刹那に驚きながらも、ならば自分のすべきことをしようと行動を開始したのである。

 

 

「チィ、君たちも一緒に連れて来いと命令されている。さあ来て貰うぞ!」

 

「そー簡単につかまるもんですか……!」

 

 

 また、アスナたちも捕獲対象に入っているらしく、ならばそちらを先にと職員が動き出した。アスナもそれを聞いて、簡単には捕まらないと、ハマノツルギを握りしめ、職員へと攻撃を仕掛けた。

 

 

「わかりました、二人とも気をつけて」

 

「この程度の相手なら、問題ありません」

 

「舐めるな小娘ども!」

 

 

 ネギはアスナと刹那にその職員たちを任せ、他の生徒の下へと移動していった。刹那もこの程度の相手なら問題ないとし、もう片方の職員と対峙していたのだ。だが、刹那の今の言葉に職員は怒りをあらわにし、叩き潰そうと刹那へと襲い掛かった。

 

 

「みなさん、超さんのアジトの入り口を一緒に探してください」

 

「OK! 任せて!」

 

「わかったアル!」

 

 

 そこでネギは他の生徒たちと共に、超のアジトの入り口を探し始めた。ハルナも古菲もネギの言葉に、元気よく返事をして一緒に探してくれたのだ。また、それ以外の生徒も噴水公園を見回り、何かを見つけようと必死になっていた。

 

 

「建物らしきものは見当たらないでござるな……」

 

「ネギ先生、入り口らしきものは見当たりません」

 

 

 楓もすばやい移動であらゆる場所を見て回っているが、特に建物らしきものは見つけられなかった。夕映も空洞のような入り口になりそうな場所を探したが、そう言ったものも存在しなかった。

 

 

「噴水にも何もあらへんなー……」

 

「水の中にも何もありませんねえ……」

 

 

 木乃香は噴水の周りを調べたようだが、特に変わったものはなく、怪しい場所が存在しなかったようだ。さよは幽霊なので水に濡れることが無いので、噴水の水の中を調べていたようだ。だが噴水の池の中を調べたようだったが、やはり何も無かったようである。

 

 

「何かヒントになるようなものがあれば……」

 

「つーか肝心な入り口を教えておかないとか、超も案外バカだったってことか!?」

 

 

 のどかはそこで、何か手がかりさえあればと考え、辺りを見渡していた。そんな中、千雨はこんな不毛なことをしているのに腹が立ったのか、肝心な部分を教えなかった超へ文句を言っていた。しかし、ネギはその千雨の言葉で何かを思い出したのか、胸ポケットから一枚の紙を取り出したのだ。

 

 

「そういえばこの手紙、全部見てませんでした……」

 

「その手紙は?」

 

 

 それは超がネギへ渡した手紙だった。なんとネギは、その手紙を最後まで見てなかったのである。この噴水公園にアジトがあるところまでは見たが、どうやってアジトへ入るかは見てなかったのだ。なんという失策か。ここでボケてくれるネギに、千雨はあきれかえっていた。そのネギの横に居たのどかは、その手紙が気になったようで、ネギへそれを聞いたようである。

 

 

「超さんが僕にくれた手紙です。これにこの場所が記されていました」

 

「それなら早く続きを見ようよ!」

 

「抜けてたのはネギ先生の方だったのかよ……」

 

 

 とりあえず、ネギは手紙の続きを見ることにした。ハルナもそこへやって来て、興味津々にその手紙を眺め始めたのだ。その傍ら千雨は、一瞬だけ馬鹿にした超に心の中で謝りつつも、ネギを少しアホなヤツだと思っていたのである。そしてネギが手紙を開くと、超の姿の立体映像が現れ、アジトへの入り方を説明し始めたのだ。

 

 

「時計の足元、と言ってますね」

 

「立体映像とは無駄に凝った手紙でござるなあ」

 

「超も面白いことをするアル」

 

 

 立体映像の超がアジトの入り口を呼び出すスイッチは、時計の柱の足元にあることを説明していた。それをマジマジと眺める楓と古菲は、ものめずらしいと感じていた。まあ、何か不思議な立体映像が手紙から出るのだから、興味が出ないはずがないだろう。

 

 

「あっ! 超さんが言っていたのはこれではないでしょうか」

 

「この時計の柱に蓋がありますね」

 

「おっ、ホンマや!」

 

 

 夕映は早速時計の柱の下のほうを見ると、そこには蓋らしきものが存在した。のどかや木乃香もそれを確認すると、夕映はその蓋を開けたのである。

 

 

「中にはスイッチらしきものがあるよ!」

 

「とりあえず押してみましょう」

 

 

 するとその中から赤いボタンが出てきたのだ。それはまさしく何かのスイッチだろうとハルナは察し、夕映がそのスイッチを押したのである。ようやく超のアジトへの手がかりを見つけたネギたちの横で、アスナと刹那はいまだ職員二人と戦っていたのだ。

 

 

「小娘が! 小ざかしいぞ!」

 

「クッ、なかなか手ごわい……」

 

 

 刹那は刀で職員を攻撃し、それを職員が魔法障壁で防いでいた。また、職員も魔法の射手で応戦し、それを刹那が切り落とすの繰り返しだった。この職員は麻帆良の警備もかねてやってきており、なかなかの実力者のようであった。だからか刹那も、この職員を相手に手を焼いている様子を見せていた。

 

 

「おとなしくつかまれ!」

 

「嫌よ! と言うかネギ先生! まだ見つからないの!?」

 

 

 同じくアスナも別の職員と戦闘していたが、アスナには刹那よりも余裕が感じられた。何せ魔法が効かないアスナには、職員が放つすべての魔法がまったく脅威になりえないからだ。まさに、魔法はなんら私に危機を与えることは出来ない、と言う状況なのである。そんなアスナも流石に痺れをきらせたのか、ネギに急ぐよう叫んでいたのだ。

 

 

「も、もうすぐです!」

 

「スイッチを押したら地面が開いた!」

 

 

 ネギもすでに超のアジトへの入り口を見つけており、もうすぐわかるとアスナへ伝えていた。そしてスイッチが入った直後、時計近くのベンチと灰皿の地面が浮き上がり、横へ移動したのである。その様子を見ていたハルナは、そのロマン溢れる光景に目を輝かせていたのだ。

 

 

「なら、寝てもらおうかしら!」

 

「何を……!?」

 

 

 また、アスナはネギの今の言葉で、今戦ってる職員をさっさと倒す必要があると感じたようだ。そこでアスナはすぐさま職員の背後を取り、そのままハマノツルギを後頭部へと振り下ろしたのだ。

 

 

「ハッ!」

 

「グッ……!」

 

 

 その一撃で職員は気を失ったようで、完全に動かなくなっていた。だが、まだ戦いは終わっていない。刹那と別の職員が、戦っているからだ。だからアスナは、すぐさま別の職員と戦う刹那の方へ顔を向け、刹那が大丈夫かどうか確認したのだ。

 

 

「刹那さん、そっちは!?」

 

「大丈夫です、こちらも終わりました」

 

 

 しかし、刹那もすでに職員を気絶させており、戦いが終わっていたのである。アスナと刹那はそこで右手と右手でハイタッチし、勝利を祝っていた。その行動に言葉は無かったが、二人ともとてもすがすがしい表情をしていたのである。

 

 

「すげー! 開いた地面からエレベーターが出てきたー!」

 

「なんだよそれ……。魔法の次はSFかよ……」

 

「これが超さんのアジトの入り口……」

 

 

 また、二人の戦闘が終了した直後、先ほど開いた場所からエレベーターがせりあがってきたのだ。さらにエレベーターが地表へ到着すると、自動的に柵状の扉が開き、ネギたちを歓迎していた。そのSFめいた光景に、ハルナはとても興奮して叫んでいたのである。

 

 そんなテンションを上げるハルナの横で、千雨は逆にドン引きし、魔法の次にSFを見たことに困惑を隠せないで居たのだ。そしてようやく見つかった超のアジトの入り口に、ネギは安堵の表情を見せていた。

だが、そのエレベーターはあまり大きくなかったので、ここにいる全員が乗ることが出来そうに無かったのだ。

 

 

「全員は入れるんでしょうか……」

 

「ちょっと無理そうアルネ」

 

「無理せず少しずつ入ればいいんじゃないかな」

 

 

 だから夕映も全員入れるか疑問に感じ、古菲も無理だと判断していた。そこでアスナは何度か分けて下りていけばよいと、みんなに話したのである。

 

 

「ならば戦闘出来ない人から、先に入るでござる」

 

「それがええな」

 

 

 そして、先に行くなら戦う力の無いものが良いと、楓は提案していたのだ。この荒廃した麻帆良は、何が襲ってくるかわからない。つまり、戦えるものが先に言ってしまえば、残った戦えないものが襲われる可能性があるからだ。木乃香もそれがよいと感じ、その意見に賛成していた。

 

 

「なら私が先だ!」

 

「それなら私も!」

 

「二人とも、入り口でせめぎ会ってないで早く入って!」

 

 

 そこで戦えない人間筆頭の千雨が、我先にとエレベーターへと入ろうとしていた。だが、そこで同じく戦えない人間のハルナも同時にエレベーターの入り口へ入ったため、二人が入り口に引っかかってしまっていたのだ。そんな間抜けな光景に、アスナも少し怒った表情で、仲良く入れと叫んだのである。

 

 

「とりあえずパルと千雨ちゃんが優先ね。後誰が行く?」

 

「なら私も行くです」

 

「それなら私も……」

 

 

 ハルナと千雨は当然先に行くとして、次に行くなら誰がよいかと、アスナは今居るメンバーを見て考えた。そこで名乗りを上げたのが夕映とのどかだった。二人とも守りを重点とした魔法を使うことが出来る。しかし、攻撃魔法は覚えておらず、戦闘それ自体は出来ないからだ。

 

 

「それがいいでしょう」

 

「じゃあとりあえず、ゆえちゃんと本屋ちゃん追加で」

 

「僕も先に行きます」

 

 

 刹那も二人を先に行かせることに賛成し、アスナは夕映とのどかをエレベーターへと乗せていた。そして、もう一人入ると名乗ったものがいた。それはまさしくネギだったのだ。

 

 

「そうでござるな。超のアジトだったとしても、中で何があるかわからないでござるからな」

 

「確かに……」

 

 

 ネギが先に行くと言った意味を、楓はすぐさま察していた。このエレベーターの下が超のアジトだとされているが、本当にそうなのかは入らないとわからない。また、超のアジトだったとしても、中がどうなっているか、何が起こるかがわからなかった。だから最後に戦闘出来るネギが、付き添うことにしたのである。アスナも楓のその説明に、顎に指を当てて納得した様子を見せていた。

 

 

「それならさよに偵察してもらえばええんやないかな?」

 

「任せてください!」

 

「さよちゃんは幽霊だから、浮いてるものね」

 

 

 そこで木乃香が、まずさよにそのエレベーターの下りた先を偵察させることを提案したのだ。さよは幽霊であり、壁も通り抜けることが出来る。それに幽霊なので物理攻撃はまず効果が無い。だから偵察にはもっていこいの人材だと、木乃香は考えたのだ。さらにさよもやる気を見せており、グッとガッツポーズを見せてていた。その木乃香の提案に、アスナもさよなら浮けるし問題なさそうだと考えたようである。

 

 

「ならさよ、頼んだえ!」

 

「では行ってきますね!」

 

 

 そして木乃香がさよへ偵察を頼むと、さよは気前よくエレベーターの床を通り過ぎ、その下へともぐっていった。さよはリュージとの戦いで、ただ見ていることしか出来なかったのが少しだけ許せなかったのだ。もっと木乃香の役に立ちたいと考えるさよは、こういう時にこそ動かないといけないと思い、行動に移ったのである。

 

 

「幽霊だから壁も関係ないんですね」

 

「便利でござるな」

 

 

 偵察に行ったさよを待つ間、刹那は幽霊は通り抜けれるのだったと改めて考えていた。実体が存在しないというのは、確かに不便かもしれないが、ここぞと言うときは役に立つものだと感じていたのである。また、楓もその特性を便利そうだと思っていた。楓は忍者なので、そういう特技がうらやましいのである。そこでさよを待つこと数分。さよがなかなか戻ってこないことにことに、居る全員が若干不安を感じ始めたころ、ようやくさよが戻ってきたのだ。

 

 

「戻りましたー」

 

「おかえり、さよー!」

 

 

 幽霊ゆえにエレベーターの床から、通り抜けるようにしてさよが現れた。木乃香はさよを笑顔でお出迎えして、さよと手をつなぐ素振りを見せ居ていた。だが、エレベーターで待機していた面子は、その光景に少し驚きあわてていたのだ。それ以外のメンバーも、その光景に若干引きつった表情を見せていた。まあ、突然幽霊が床から現れるのだから、驚かない方がおかしいだろう。

 

 

「とりあえず、危なそうなものはありませんでした」

 

「ほーかー。なら下りても大丈夫そうやな」

 

「なら、下に下りましょうか」

 

 

 そこでさよはアジト内部の状態を、早速みんなに知らせたのだ。その報告は安全そうだというもので、エレベーターを下ろしても問題ないとのことだった。また、木乃香も夕映も問題ないと感じたようで、下へ行くことを決行したのだ。

 

 

「では先に行ってます」

 

「はいなー。また後でなー!」

 

「次は残りの人全員かな?」

 

 

 ネギが先に行くと宣言し、そのエレベーターの扉を閉じて下へと降りていったのだ。木乃香もそこで手を振り、下りていくエレベーターを送り出していた。そしてアスナは残ったメンバーを見渡し、次で全員下に行けるだろうかと、少し考えていたのだ。

 

 

「一応無事、下についたようですね」

 

「みたいでござるな」

 

 

 そこでエレベーターが下りた場所から音が聞こえたようで、刹那は無事に下に着いたことに安堵していた。楓もその音に気がついたようで、下に行ったメンバーの安否を気にしていたのだ。また、その直後にエレベーターが再び上昇してきたようで、エレベーターが上昇する音が聞こえ始めたのである。

 

 

「おっ、上がってきたアルか?」

 

「特に異常はなさそうね……」

 

 

 古菲は上がってくるエレベーターを音で感じたのか、エレベーターの出す音に耳を澄ましていた。その横でアスナも、エレベーターが上ってくる音を聞き、異常が無いかを格に強いていたのだ。そしてエレベーターが再び地表へと現れ、自動的に扉が開いたのである。

 

 

「じゃあ私たちも行きましょうか」

 

「少しきゅーくつやなあ……」

 

「さっきの面子、小さい子が多かったから余裕そうに見えたのね……」

 

 

 残りのメンバーもそそくさとエレベーターへ乗り、下りるだけとなっていた。だが、先ほどよりも窮屈そうであり、木乃香がそれに苦言した。まあ、先に下りたメンバーはネギを筆頭に夕映やのどかと、背が低い人ばかりだったので、少し余裕があるように見えてしまったのだ。だから今回は、少し狭い感じとなってしまったようである。

 

 

「とりあえず重量オーバーはなさそうアル」

 

「それを聞くと図書館島を思い出すでござるよ……」

 

「じゃあ、下りましょう」

 

 

 しかし、狭くとも重量オーバーにはなってないようで、特に異常はなさそうだった。古菲もそのことを少し気にかけていたらしく、重量オーバーにならなくてよかったと考えていたようだ。そこで、古菲のその言葉に、楓は数ヶ月前の図書館島の地下での出来事を思い出していたのだ。

 

 あの時は重量オーバーで、エレベーターが動かなくなったからだ。実際は魔法の本を持ち出せないためのトラップだったが、楓もあの時のことは、少し苦い思い出となっていたようだ。そこで刹那がエレベーターの降下のボタンを押すと、エレベーターは音を立てて下がり始めたのだった。

 

 




魔法先生たちは、すでにオコジョにされてしまっているようです


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七十八話 袋のねずみ

 ネギたちは超のアジトの入り口を見つけ、ようやくそこへ入ることが出来た。そして、アジトの電源は生きており、まだしっかりと動いていたようである。エレベーターから降り、廊下を進むと一つの扉があり、ネギがその前に立つと、自動的に横へ開いたのだ。すると、その奥には広い部屋があり、麻帆良を監視するカメラから、映像が送られていたのである。

 

「これ全部超が作ったアルかー」

 

「テレビがいっぱいあります……」

 

「これ、麻帆良を映してるのよね……」

 

「これが……今の麻帆良……」

 

 

 そのモニターに映し出されている麻帆良は、もはや跡形も無くなっていた。チンピラが集い、暴力に支配された世界となっていたのだ。ネギたちはそれを見て、ここが本当に麻帆良なのかと、改めて疑うのであった。

 

 

「一体コレはどうなってしまっているのでしょうか……」

 

 

 このおぞましい光景を見せられた夕映は、震えた声でそう言った。それはここにいる誰もが疑問に思うことだった。朝、ネギへ会いに来て、ネギが懐中時計を拾った時、それは突如として起こった。その謎の現象により、平和でにぎやかな麻帆良が一変し、暗い闇に支配された崩壊した麻帆良になってしまったからだ。

 

 はっきり言ってこんな場所、さっさと逃げて元の麻帆良へ帰りたい。それも誰もが考えることだ。しかし、その方法がまったくわからないのである。ネギも一体何が起こったのかさえ、理解で来ていないのだ。当然帰る方法すら考え付かない。そしてここに居る全員が、どうしたらよいのか悩んでいると、別の誰かが声をかけて来たのだ。

 

 

「お待ちしておりました」

 

「あ、あなたは茶々丸さん!?」

 

「それは私の姉に当たります。ここでみなさまを待つよう、超から言われておりました」

 

 

 そこに立っていたのは茶々丸を幼くしたような感じの、ゴスロリのメイド服を着た少女だった。ネギはその少女を見て、茶々丸だと思ったようだ。しかし、その少女が言うには茶々丸は姉に当たるという。つまり、この少女は茶々丸の妹機に当たるガイノイドということになる。また、茶々丸の後継機と言うことで、茶々丸以上に人間らしい外見となっており、継ぎ目がまったく存在しないほぼ完全な人型となっていた。

 

 

「待っていた……ですって?」

 

「あの、超さんはどこに居るんですか?」

 

 

 ロボ少女の待っていたと言う言葉に、アスナは反応した。待っていたと言うことは、ある程度の時間ここに居たことになる。さらには自分たちが必ずここに来るということを、知っていたと言うことだからだ。ネギは超に言われてここに来たので、超も居るのだろうとロボ少女へ質問していた。

 

 

「超はここにはおりません。いえ、すでに()()()()()()といったほうが正しいでしょう」

 

「い、居なくなった……!?」

 

「はい、そのとおりです」

 

 

 ネギの質問に、ロボ少女は表情を変えずに答えていた。そしてネギはロボ少女の言葉に、驚きのあまり目を大きく見開いていた。なんと超は”居なくなった”のである。つまり、この場にはもう存在せず、どこか言ってしまったということなのだと、ネギは考えるしかなかったのだ。

 

 

「今はまだ私にも記録されておりますが、時期に消滅してしまうでしょう」

 

「ど、どういうことなんですか!?」

 

「それは説明しがたい部分もありますので伏せますが、今に至るまでを説明しましょう」

 

 

 しかし、ネギが考える以上に、超の消失は深刻な問題だった。ロボ少女が言うには、自分はまだ超を記録しているが、ほうっておけばその記録が消えてしまうと言うのだ。それはつまり、超がビフォアの計画を阻止できずに、存在が消えてしまった、または消えてしまいかけているという状況に、追いやられてしまったと言うことだからだ。

 

 だが、それをネギへ話すことは出来ない。ネギの子孫たる超の全貌を明かすことは、許されないからだ。だからロボ少女は、あえてそのことは言わなかった。その代わりに、この麻帆良がどうしてこんなことになっているのかを、ネギたちへと静かに語り始めたのだ。

 

 

「ビフォアという男は麻帆良祭三日目にて、大規模な戦いを仕掛けました。死傷者は出ませんでしたが、圧倒的な戦力に麻帆良の魔法使いは敗北してしまったのです」

 

「嘘……!?」

 

「そ、そんなことが!?」

 

 

 ビフォアは麻帆良祭三日目にて、麻帆良へ攻撃を仕掛けたのだ。死者や重傷者は居ないようだが、魔法使いは完全に敗北したとロボ少女から告げられたのだ。アスナはその敗北に驚きの声をもらし、ネギも先ほど以上に驚いた様子を見せていた。

 

 そこでネギは何か奇妙な感覚に襲われた。今の話を聞くに、まるで麻帆良祭三日目が終わったような言い草だったからだ。だからそのことをネギは、ロボ少女へと尋ねたのである。

 

 

「あの、先ほど麻帆良祭三日目に、と言いましたよね? 今はいつなんですか!?」

 

「今はその二週間後の2003年7月7日です」

 

「つまり私たちは時間を飛んで未来へ来てしまったのですね……?」

 

 

 ネギがそれを質問すると、ロボ少女が今の正確な日付を静かに答えた。なんということだろうか。今ネギが居る時間は、麻帆良祭三日目から二週間経った、七月の七日だったのである。それを聞いた夕映は、未来に飛ばされたことを察して驚いていた。

 

 

「そのとおりです」

 

「一体どうやってそんなことを……!?」

 

 

 ロボ少女は誰もが驚く中、そのことをなんとも思わない様子で、ネギたちを眺めていた。そこでネギはどうしてそんなことが起こったのか、かなり気になったのだ。何せ自分たちは何もせず、突然時間跳躍したのだから当然だろう。一体何がどうしたのか、まずは知りたかったのだ。

 

 

「ネギさん、あなたが持つその懐中時計、正式名称はカシオペアと呼びます。それがタイムマシンの役割を果たしていました」

 

「この懐中時計が……!?」

 

 

 ネギは焦った様子でそのことをロボ少女へ問いただすと、ロボ少女はしっかりとその原理を答えていた。その答えとは、あの懐中時計が原因ということだったのだ。この懐中時計こそ、あの超が作り出し、ビフォアに盗み出されたタイムマシン、カシオペアだったのである。そのことをはじめて知ったネギは、カシオペアを取り出して驚きの眼で眺めていた。まさかこんな懐中時計が、タイムマシンになるとは思っても見なかったのだ。

 

 

「魔力を使って時間跳躍する機能を持つカシオペアにより、みなさまはこの時間帯へと飛ばされてきたのです」

 

「あの謎の現象は時間跳躍だったのでござるな」

 

「はぁー!? そんなワケがわかんねぇことに私が何で巻き込まれてんだよ!?」

 

 

 さらにそれは魔力を利用した仕掛けだった。そしてあの時の謎の現象こそが、時間跳躍だったのである。そのことを思い出した楓は、時間を移動したことを理解し、腕を組んでうなずいていた。だが千雨が、その近くで騒ぎたてて暴れていた。と言うのも、千雨は麻帆良二日目でようやくネギと真っ向から話しただけだった。だからこんな訳がわからなことに、なぜ巻き込まれたのかまったく理解出来なかった。いや、理解したくなかったのである。

 

 

「なら、どうやったら僕たちは元の時間帯に、麻帆良祭三日目の朝に帰れるんですか!?」

 

「もはやみなさまではどうにもなりません。数時間程度ならばネギさんの魔力を使って飛べますが、大規模な時間移動となると世界樹の魔力が必要になります」

 

「世界樹の魔力……。あの発光現象の時か!?」

 

 

 とりあえずそんな暴れる千雨をスルーし、ネギはならば元の時間に戻るにはどうすればいいかを、ロボ少女へと尋ねて見た。しかし、こうなってはもはや無理だと、ロボ少女は言い放ったのだ。なぜならカシオペアは魔力を使って時間跳躍するタイムマシン。その使用する魔力の量で、飛べる時間が変わるのだ。

 

 数時間程度ならばネギや木乃香の魔力で飛べるかもしれない。しかし、二週間となると、それ以上の膨大な魔力が必要となる。つまり、世界樹が大発光し、魔力を放出している間でなければ、それはなしえないのである。その説明を聞いた刹那も、世界樹が発光して居なければならないことに気がつき、どうすればよいかを考えていた。

 

 

「そうです、その現象を利用してビフォアはみなさまを罠にかけ、この時代に飛ばしたのでしょう」

 

「そ、そんな……」

 

 

 もはや打つ手なし。戻ることさえかなわぬと言われ、ネギはそこにひざまずいてしまっていた。また、他の生徒たちもショックの余り言葉が出なかったようで、シンと静まり返ってしまったのだ。だが、ロボ少女はそれを関係ない様子で見ながら、説明の続きを始めていたのだ。

 

 

「説明を続けさせていただきます。その三日目の戦いにて、銀河来史渡、ギガント・ハードポイズン両名も強制時間跳躍弾の奇襲を受け無効化、戦闘から離脱させられてしまったようです」

 

「……な、なんですって……!?」

 

「お師匠さまが……!?」

 

 

 なんとさらに、魔法使いだけではなく、皇帝陛下の部下たるあの二人すらも、無効化されたというのだ。その言葉にネギとアスナはかなり驚いていた。いや、驚いていたというよりも、完全に絶句して固まっていたのだ。

 

 何せネギもアスナも二人の強さをよく知っている。たとえ奇襲だとしても、そう簡単にやられるはずがないと思っているのだ。当然その二人が奇襲を受けて無効化されたなど聞かされれば、驚かないほうが無理なのである。

 

 しかし、納得出来る答えでもあった。あの二人が戦えば、勝利は間違えないからだ。それがかなわなかったのだから、こうなってしまっても無理は無いとネギとアスナはうすうす感じていたのである。

 

 

「……あの、わかったらでええんですけど……、はお、……赤蔵覇王はどうしたんですかえ?」

 

「赤蔵覇王も当然、ビフォアに対抗するべく戦いました。また、赤蔵覇王は確かにすさまじい強さでした。敵の戦力をひっくり返すほど圧倒的でした」

 

 

 そこで木乃香は、ならば覇王はどうしたのか気になったので、ロボ少女へと恐る恐る質問したのだ。するとロボ少女は、淡々と話しはじめた。あの覇王の強さを、恐ろしいまでの殲滅力を。木乃香はそれを聞き、少し笑みを見せていた。しかし、その次のロボ少女の会話で、その笑みは驚きに変わった。

 

 

「しかし、その赤蔵覇王ですら、ビフォアには勝てませんでした」

 

「覇王さんが勝てなかった……!?」

 

 

 ロボ少女は覇王の無双の話の後、一呼吸入れて衝撃的なことを言い出した。それは恐ろしい驚愕の真実だった。なんとあの覇王ですら、ビフォアには勝てなかったというのだ。これには刹那も木乃香も驚かざるを得なかった。自分たちが最強だと思っていたシャーマンですら、ビフォアに勝てなかったのだから。

 

 

「そ、そんな……、はおが……」

 

「あの覇王さんが敗北するほど相手だったの……!?」

 

 

 木乃香はとてもショックを受けていた。あのもっとも強いと思っていた覇王が、ビフォアに敗北したと知らされたからだ。覇王ならば勝てると信じていた。ビフォアを倒し、麻帆良を平和にしてくれると思っていた。

 

 いや、だが現実的に考えれば、それならこの未来の麻帆良の惨状はありえない。木乃香はその事実を、受け入れざるを得なかった。この状態を見れば、間違いなく覇王が敗北したことを、嫌と言うほど知らしめるからだ。

 

 また、アスナも同じく強い衝撃を受けていた。アスナも覇王の本気を見たことがあるので、覇王の実力は十分知っていた。そんな覇王が、勝てなかったほどに、あのビフォアと言う男が強いのかと思い、とても驚いていたのである。

 

 そうショックを受けて膝を突く木乃香に、刹那が寄り添っていた。そんなところに、ロボ少女が慰めるように次の言葉を木乃香たちに言い聞かせていた。

 

 

「また、赤蔵覇王は麻帆良祭三日目、敵を殲滅しつつ、あなた方を探している様子でした」

 

「……はお……」

 

 

 ロボ少女は、慰めになるかはわからないが、そこへ一言話した。覇王は戦いの中で、木乃香たちを探していたということだ。覇王はあのビフォアの特典を知っていた。なので、万が一を考えて木乃香や刹那を探し出し、安全を確保しようとしたのだ。覇王は、木乃香や刹那が時間跳躍でこの時間に飛ばされてしまったことを知らないまま、麻帆良三日目にてずっと戦いながら、二人を探していたと言うのである。

 

 その言葉に木乃香はとても嬉しく感じ、頬に一粒の雫を流していた。覇王は戦いの最中、自分たちを探してくれていた。最後まで足掻いてくれていた。そして木乃香は再び立ち上がり、その涙を右手でぬぐっていた。

 

 

「それに赤蔵覇王が負けたのは、倒されたからではありません。ビフォアの野望を打ち砕けなかっただけです」

 

「つまり、覇王さんが直接の戦闘で敗北した訳ではないと……?」

 

「はい。しかし、赤蔵覇王ですら、あのビフォアに傷を負わせることはできなかったようです」

 

「……そこに何か大きな謎が隠されているのかな……」

 

 

 さらにロボ少女は続けた。覇王がビフォアに敗北したというニュアンスは、正しくないと。戦いでは負けてはいなかったが、ビフォアの野望を食い止められなかったが故に、負けたのだと。

 

 刹那はそれを聞いて、覇王が戦いで敗れた訳ではないことを理解した。むしろ、ビフォアと言う男があの覇王と直接戦い敗北させれるならば、こんな回りくどい方法など使わないはずだと、刹那は考えた。

 

 が、ロボ少女の次の言葉は、それ以上のものだった。あの覇王の力でさえ、ビフォアにダメージを与えられなかったというのだ。つまり、覇王の能力でビフォアを倒せなかったが、ビフォアも覇王を倒すことができなかったということだ。それでもビフォアの勝利は野望の達成であり、その差で勝敗が決したということだ。

 

 アスナはそれを聞いて、そのノーダメージという点に何かがあると考えた。あの覇王の攻撃で無傷と言うのは普通に考えればありえない。何か大きな仕掛けが隠されているのではないか、と思ったのである。

 

 

「……説明を続けさせてもらいます。麻帆良祭三日目の最後、ビフォアは強制的に魔法を認識する魔法を使い、世界樹の力でそれを世界に拡散しました。それにより麻帆良の魔法使いは責任を問われ、全員本国へ強制的に連行されてオコジョにされました」

 

「……あの人たちも同じことを言ってましたが、そういうことだったんですか……」

 

 

 ロボ少女は覇王の話しを終えたので、再び説明を開始した。その説明によれば、ビフォアは超が言ったように、魔法を世界にバラしたようだ。そして麻帆良の魔法使いは、全員オコジョにされてしまったのである。だからあの職員二人は自分を捕まえようとしたんかと、ネギは今深い理由を知ったのだった。

 

 

「だがあのビフォアと言う男も魔法先生。彼もまた責任を問われるのでは?」

 

「はい、()()ならそうなります」

 

 

 しかし、ビフォアもまた魔法先生。この責任は確実に攻められるのが道理のはず。刹那はそれをロボ少女へ質問すると、本来ならばと付け加えてそうなると言われたのだ。本来なら捕まるはずだったが、現に今ビフォアは捕まっていないようだ。ならどうしてなのだろうか誰もが疑問に思うことだろう。それをロボ少女は、静かに淡々と話し始めた。

 

 

「しかしビフォアは計画完了後身を隠し、麻帆良の実権を握るまで隠れとおしました」

 

「麻帆良の実権を……」

 

「握るまで……!?」

 

 

 ビフォアは計画が完了すると、すぐさまどこかに消えたという。そして、麻帆良を買収して実権が移るまでの間、ひっそりと潜伏したのだ。その実権を握るまでと言う言葉に、刹那とアスナは反応を見せていた。まさか麻帆良の実権をビフォアが握っているなど、考えたくも無いことだからだ。

 

 

「今の麻帆良の代表はビフォアという男です。ビフォアはその後本国と取引し、難を逃れました」

 

「ずるいです……」

 

「そ、そんな……」

 

 

 ビフォアは麻帆良の実権を握り、いまやその代表となった。その代表と言う建前と、多額の金を使って本国と取引したビフォアは、その罪を問われることなくのうのうと暮らしているのだ。さらに言えば、麻帆良の代表となったがゆえに、メトゥーナトやギガントも表立って手が出せない状況となってしまったのである。だからこそ、ビフォアは安全にこの麻帆良を支配できるのだ。また、そんなことが許されるのかと、夕映は思ったようで、隣に居たのどかも、こんなことおかしいと感じたようであった。

 

 

「さらにビフォアは柄の悪い連中や魔法世界で暴れるものたちを集め、麻帆良を暗黒の街へと変えてしまったのです」

 

 

 そしてビフォアは、魔法世界で暴れていた荒くれものの転生者たちや、麻帆良や魔法使いアンチと言った連中を呼び集め、麻帆良を荒廃させてしまったのだ。加えて他のそういった転生者も勝手に集まるようになってしまい、完全に収拾がつかない状態まで落ちぶれてしまったのである。さらにチンピラ連中やワケがわからない人々も集まりだし、もはや暗黒の都市麻帆良へと変貌してしまったという訳だった。そこで夕映は気になったことがあった。だからそれをロボ少女へ質問したのである。

 

 

「街の人々はどこへ行ったですか!? 外を歩いていても不良やチンピラばかりで一般人が見当たりませんでしたが……!?」

 

「麻帆良の住人は速やかに移住しました。銀河来史渡、ギガント・ハードポイズン両名がそうさせました」

 

 

 その質問は麻帆良に住んでいた一般人のことだった。この荒廃した麻帆良にはチンピラのような、お世辞にもガラが良いとはいえない人ばかり集まっていた。そんなチンピラの集まりの中に、一人も一般市民と呼べる人物が居ないことに、夕映はおかしいと感じたのだ。また、クラスメイトの大半は一般人であり、彼女たちがどうなったのか夕映はとても気になったのだ。だからロボ少女に、一般人はどうしたのかを聞いたのである。

 

 そこでロボ少女も、その質問の答えを無表情で答えた。麻帆良の住人はメトゥーナトとギガントが、ビフォアが代表となったのを見てすぐさま移住させたと言う。あのビフォアをどうにか出来ないのなら、それしか手がなかったのである。

 

 

「つまり、麻帆良の住人はなんとも無いんですね?」

 

「はい、元々麻帆良に居た人たちは、みな無事に他所で生活しています」

 

「よかった……」

 

 

 そして移住したと言うことは、今はこの麻帆良では無く別の場所で暮らしているということだろう。ロボ少女は夕映の二度目の質問に、誰もが無事に避難し終わり他所で安全に生活していると、無機質に答えていた。それを聞いた夕映はその答えに満足し、安堵の声をもらしていた。

 

 自分たちのクラスメイトや家族、それ以外の住人もみんな無事だったことに、喜びを感じていたのだ。また、それは夕映だけではなく、ロボ少女の答えを聞いたのどかやハルナなども安堵の表情を浮かべていた。だが、そう安心しているのもつかの間、突如地上から爆発音が聞こえ、アジトが大きく揺れたのである。

 

 

「な、何この揺れ……!?」

 

「ビフォアがこの場所に気づき、攻撃をしてきたのでしょう」

 

「そ、そんな!?」

 

 

 その揺れで誰もが転びそうになり、何とかバランスを立て直していた。しかし、ロボ少女はなんとも無い様子を見せ、さらにそれがビフォアの攻撃だと察し、やはり淡々とそう答えていた。ネギはビフォアにこの場所がバレたことに焦り、非常にやばいと感じ始めていたのだった。

 

 

『聞こえるかな、諸君』

 

「この声はビフォア……!?」

 

 

 なんとさらに、ビフォアの声が突如としてアジト内部へ響き渡っていた。そのビフォアの声に反応したのは刹那だった。そしてどこから声が聞こえているか調べると、アジトのモニター下にあるマイクからだった。ビフォアはアジトの場所を特定したためか、ハッキングして声をアジト内に送っているのである。

 

 

『速やかに降伏するならば、手荒な真似はしない。だが、そうでないのなら、その場所ごとつぶれてもらうことになるが、どうするかね?』

 

「見てください! この部分を!」

 

「巨大ロボ……!?」

 

 

 ビフォアは脅すような口調で、ネギたちに降伏を呼びかけていた。さらに夕映がアジト外を映しているモニター画面を見ると、そこには巨大なロボが立っていたのだ。それを夕映は周りの人に言うと、ハルナがその光景に目をパチクリさせて驚いていたのである。魔法の次は巨大ロボなのだから、驚いて当然である。

 

 

『5分間時間を与えよう。もしそれが過ぎても出てこなければ、つぶれてもらう』

 

「ど、どうしよう……」

 

「どうなってんだよ!! むちゃくちゃすぎるぞ!!」

 

 

 そしてビフォアはさらに脅しを仕掛けてきた。五分以内にアジトから出てこなければ、なんとアジトをロボで破壊して潰すと宣言したのだ。それを聞いたのどかは怯えた様子を見せ、夕映やハルナの横に引っ付いていた。また、千雨ももはや完全に訳がわからない状態となってしまったようで、怒りの叫びを上げて暴れていたのである。

 

 

「どないするん……?」

 

「どうしたものでしょう。ここで出て行っても安全などあるはずがありませんし……」

 

 

 木乃香は刹那へどうしたらよいのか、不安そうに尋ねていた。明らかに詰みの状態。どうやってこの危機から脱出出来るか、わからなかったのだ。だが、流石の刹那ですら、この状況にはお手上げだった。安全だと思っていたアジトを、むしろ武器代わりに使って脅してくるなど思ってなかったからだ。

 

 さらに外に出たとしても、ビフォアが安全を約束してくれるはずがないと考えた。だから立てこもっても、外に出ても地獄なのは変わらないと、刹那は頭を悩ませるばかりだった。しかし、そんな誰もが静まり返り、どうしたらよいか悩む中、一人アジトの出口へ歩くものがいた。

 

 

「……僕だけ行きます……」

 

 

 それはネギだった。ネギはこの状況にここに居る生徒たちを巻き込んだことに、責任を感じていた。それゆえ一人囮となり、何とかみんなを助けたいと考えたのだ。

 

 また、アスナや刹那はあの巨大ロボを倒せるか考えた。確かに倒せないことは無い。いや、むしろ倒せると考えた方が自然である。ただ、自分たち以外のメンバーを見て、無理は出来ないと考えたのだ。

 

 この今の麻帆良はビフォアの支配下、救援が駆けつける可能性もある。そうすればあの巨大ロボ以外も相手にしなければならなくなる。加えてアジトに残して戦いに行けば、アジトを狙われる可能性もあった。全員で出て行っても、同じ結果になる可能性が高いと考えたのだ。

 

 それだけに、無理をして誰かを危険に晒すのであれば、黙ってビフォアに従う方がよいのではないかと、アスナも刹那も考えたのである。その横で楓も同じようなことを考えていたようで、二人が楓を顔を見ると、厳しい表情をしながら静かに頷いていたのだった。

 

 

「ね、ネギ先生!?」

 

「一人で行くつもり!?」

 

「はい、僕だけ行って、みなさんには手を出さないように交渉してきます」

 

 

 そのネギの勇敢か蛮行かわからぬ言葉に、のどかとアスナは驚いていた。一人で行くなど、正気の沙汰ではないからである。だがネギは、一人でビフォアと対峙し、ここに居る生徒には手を出さぬように話し合うつもりだったようだ。しかし、そんなことは明らかに無謀。成功するなどありえないことだろう。そう誰もが思うことだった。

 

 

「無茶です!」

 

「そうですよ、ネギ先生……」

 

「それでも、やってみないとわかりません」

 

 

 だから夕映とのどかはネギを止めようと、必死に叫んでいた。こんなことをしても、あのビフォアと言う男の思惑通りなのだと考えたのだ。加えてネギが一人で外へ出て、何かあったら悲しいと感じていたのである。そう訴える二人をよそに、ネギはそれでも何かしなければと、歩む足を止めることをしなかった。

 

 

「なら、私も一緒に行く」

 

「アスナまで……!?」

 

 

 そんなネギを見て、アスナもついていくことを決断した。ネギ一人で行かせるならば、自分もついていき力になろうと考えたのだ。そしてネギの後ろを歩き出したアスナに、木乃香は手を口元に当てて驚いていた。アスナがネギを止めるのではなく、むしろついて行くなんてと思ったのだ。

 

 

「一人で行きます。アスナさんはみなさんと一緒に居てください」

 

「一人で何とかなるわけないでしょ? 来るなと言っても勝手について行くわ」

 

 

 だがネギはつっぱねて、一人で行くと突き放すように言葉にしていた。ネギはアスナにもここに残って、みんなと安全に待機していてほしいのだ。しかしアスナも、それならそれで勝手について行くと、普段と変わらぬ語気で話したのだ。アスナはネギだけ行くよりも、二人で出て行ったほうが有利に立てるかもしれないと考えたのである。

 

 

「……わかりました……。でも何かあればすぐ逃げてください」

 

「それはこっちの台詞よ」

 

 

 ネギはアスナのその言葉に、諦めたのか認めたかはわからないが、ついてくることを許したようだ。ただ、そこに自分を置いて逃げてほしいと付け加えての許可だった。そう言うネギへ、むしろそれが言いたいのはこっちの方だと、アスナは強気の姿勢でそれを言い放っていた。

 

 そして二人は再び出口へと歩き出したところを、誰もが見て居るしか出来なかった。この状況となってしまっては、全員出て行くか、誰かが出て行くかしかないのを理解していたからである。そんな中、夕映がやはり止めようと必死に叫んでいたのだ。頭では理解が出来ても、感情はそうではないからだ。

 

 

「本当に行くんですか……!?」

 

「行かなければ、みなさんを巻き込みます……」

 

「だけど……!」

 

 

 夕映の必死の叫びに、ネギは静かに答えていた。このままではどの道全員、このアジトと共にしてしまうだろう。それだけは有ってはならないことだと、ネギは教師として、巻き込んでしまったものとして考えていたのだ。それでも外へ行かせたくない夕映と、その横で涙目になりながらもどうしてネギが行かなければならないのかと、葛藤するのどかが居たのだ。しかし、そこでビフォアのカウントが無情にも告げられたのだ。

 

 

『後1分となったが、さあどうするのかね?』

 

「……行ってきます」

 

 

 後一分となったビフォアのカウントを聞いて、ネギは走ってエレベーターへと乗り込んでいた。また、アスナも同じくネギの横に立ち、エレベーターに乗っていた。

 

 

「ネギ先生!!」

 

「ね、ネギ先生……!?」

 

 

 夕映ものどかも、もはやネギの名を叫ぶことしか出来なかった。コレばかりはどうしようもない状況で、二人ともこの状況を打破する最善の手が思いつかなかったからだ。もっと自分が利口ならば、頭が回ればと後悔する二人に、ネギは小さく微笑んでいた。大丈夫だと二人に言い聞かせるように、笑って見せたのである。そのネギの表情を見た夕映とのどかは、涙を流しながら見送るしかなかったのだ。

 

 

「みんな、少しだけ待ってて……」

 

 

 またアスナも。同じようにここに居るクラスのみんなに、手を振っていた。その表情は不安を感じているようには見えず、普段通りのアスナだったのだ。それはまさに、心配する必要はないと全員に言い聞かせ、必ず戻ってくると言うことだったのである。

 

 

「アスナ!?」

 

「アスナさん……!」

 

 

 そんなアスナを木乃香と刹那が見た直後、エレベーターの扉は閉まり、地上へと上がっていったのだ。木乃香も刹那もアスナを止めることが出来ず、ただエレベーターが上に上がるのを見ているしかなかった。いや、どの道アスナは止めたとしても、絶対に出て行っただろう。そう二人は考えて、互いに向き合いアスナの無事を祈るしかなかったのである。そして残されたクラスメイトも、この状況に歯がゆい思いを感じ、悔しい気持ちを抑えるしかなかったのだ……。

 

 



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七十九話 過去から

テンプレ105:やはり魔改造されてた茶々丸

テンプレが久々すぎてわすれてしまっていた……
そして一切活躍が無い茶々丸を差し置いて活躍する妹機……


 何とかネギたちは超のアジトへ入ることに成功した。しかし、そこへビフォアが直接やってきて、地上から脅しをかけてきたのだ。ネギとアスナはビフォアの要求にこたえることにした。そして、超のアジトを出るために、エレベーターで地上へと移動し、地上へと出てきたのだ。

 

 

 地上に出てすぐに目に付いたのは巨大なロボだった。全長10メートルを超えるだろう巨大ロボが、そこに脅すかのように立ち尽くしていたのだ。その足元にはビフォアが立っており、ネギとアスナを静かに眺めていたのである。

 

 

「やってきたと思えば、二人だけではないか……?」

 

「……ビフォアさん、僕はあなたと話し合いに来ました」

 

 

 ビフォアは全員出てくるように言ったと思ったが、出てきたのがネギとアスナの二人だけだったことに、若干不満を感じていた。その不満により表情がとても鋭く、目つきが悪くなっていた。だが、そんなビフォアにネギは臆すことなく、強気で話し合いを持ちかけたのだ。また、アスナもネギの横で、ビフォアを睨みつけながら隙を見せずに立っていた。

 

 

「話し合い? 話す余地があるのかね?」

 

「……僕だけがあなたの要求にこたえます。だからそれ以外の人たちには手を出さないでください」

 

 

 ネギはビフォアの言葉を気にせず、自分の言いたいことを言っていた。もはや交渉や話し合いではなく、一方的な要求を突きつけているだけだった。ビフォアはそんなネギにさらに不満を感じるが、それならそれでよいと考え始めていた。

 

 

「……お前の態度が気に入らんが、まあいいだろう。お前さえ来れば他の連中はそっとしておいてやる」

 

「……本当ですか……?」

 

 

 あのネギの生徒たちはネギを見捨てることは出来ない、その上ネギがあの生徒を引っ張る役目を持っている。だからネギさえこっちにくれば、おのずと他の生徒も捕まえられると、ビフォアは考えたのである。そんなビフォアの考えを知らぬネギは、一方的な要求を呑んだビフォアを見て、微妙ならが喜んでいた。だが、その横のアスナは、何かビフォアがたくらんでいることを考え、さらに目つきを鋭くさせていたのだ。

 

 

「ならば私についてきてもらおう」

 

「……わかりました」

 

 

 ビフォアはネギの要求をこたえ、ならばついて来いとネギへ言い渡した。ネギもそれを了承し、ビフォアについていく姿勢を見せたのだ。アスナも同じくネギについていくことにし、ネギの後ろを歩いてついていった。

 

 

「アスナさん、僕だけで十分です。今からでも遅くはないので、ここに残ってください」

 

「もうここまで来たんだから、最後まで行くしかないじゃない」

 

 

 しかしネギはついて来るアスナに、待っていてほしいと言い聞かせていた。自分だけで十分、アスナにはやはりついてきてほしくないと言う気持ちが強いのだ。また、アスナも自分の意見を曲げることをしなかった。ここまで来たのなら、先に行くのも同じだと思っていたのだ。

 

 

「で、でも、これから何があるかわかりませんし……」

 

「その何かがあった時、アンタだけで何とか出来るの?」

 

 

 ネギはアスナのことが心配で、ついてきてほしくなかった。この先何が起こるかわからない上に、罠があるかもしれないからだ。そんな心配そうに見上げるネギが、アスナも心配だった。確かにネギは魔法使いで、ある程度の魔法が使える。だが、それでもこの状況をネギ一人で抜け出せるかは、微妙だったからである。

 

 

「私はこれでも、まだまだネギ先生より強いと考えてるんだけど……?」

 

「……そうですね。ただ、本当に危なくなったら、すぐ逃げてください」

 

 

 さらに言えば、アスナは自分がネギより強いと思っていた。いや、事実そうだろう。今のアスナはネギより数段強い。それにネギだけでは出来ないことも、二人居れば出来る可能性がある。そう考えてアスナは、ネギについてきたのである。そこでネギも、アスナへ何かあれば逃げるよう進言していた。自分など置いていって、一人で逃げてかまわないと言うことだったのだ。

 

 

「そん時はアンタも一緒に逃げるのよ。当たり前でしょ?」

 

「……はい!」

 

 

 

 しかし、アスナはそんなことを許すような人ではなかった。どちらも危機に直面したのなら、一緒に逃げればよいとアスナはネギへ強く言い聞かせた。なぜならアスナはネギの助けになるために、ネギについてきたのだ。ならば逃げる時も同じでなければ意味がないと、アスナは思っていたのである。だからアスナは自分がネギについていき、何かあれば首根っこを掴んででも逃げ出そうと考えたのだ。そして、アスナのその強い意志を宿す瞳を見たネギは、そこでしっかりと肯定の返事を発していたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギとアスナはビフォアにつれられ、ある一室へとやって来ていた。ある程度広い部屋で、奥には大きめの机と椅子が置かれていた。それを見たネギとアスナは、この部屋に何か思い当たるようなものを感じていたのである。

 

 

「ようこそ、我が根城へ」

 

「ここって女子中等部の学園長室じゃない!?」

 

「ほ、本当だ……!」

 

 

 そう、ビフォアが二人を招待したのは、なんと麻帆良女子中等部の学園長室だったのである。それがわかったネギとアスナは、驚いて周りを見渡していた。確かに見た目こそ悪趣味に改装されてしまっては居るが、見取りは明らかに学園長室そのものだったのだ。このビフォア、なんと学園長室を改造し、自分の部屋にしていたのだ。

 

 

「何、代表としての椅子がまだないのでね、仮で座っているだけだ」

 

 

 この場所が学園長室だとわかり驚く二人を見たビフォアは、しれっと麻帆良代表のまともな席がないと話し出した。そしてこの場所はただの仮の席で、本来の席ではないと語ったのだ。そこでビフォアはあの近右衛門が座っていた学園長の席に座り、余裕の態度を見せていたのである。そのビフォアの話を聞いた後、あの巨大ロボが放置されていることを、ネギは気になったようだ。

 

 

「ところで、あのロボは置いたままでしたが、みんなには何もしてませんよね……?」

 

「ああ、約束は守っているよ。あのロボは監視としておいているだけだ」

 

 

 だからそれをビフォアへ質問すると、ビフォアは態度を変えずに答えた。あの巨大ロボをあの場へ置いてきたのは監視のためで、何もしないと話したのだ。それが本当かどうかはわからないが、今のネギはその言葉を信用するほか無かったようだ。

 

 

「で、そちらの要求は何かしら?」

 

「お嬢さん、目上の人間にはもっと丁寧な言葉を使うべきだと思うが?」

 

「……」

 

 

 また、アスナはビフォアが今だ要求をしてこないことが気になり、それを聞いたのだ。だが、ビフォアはナマイキなアスナの態度が気に入らなかったようで、丁寧ながらかなり苛立ちを感じる声で、それを窘めていた。

 

 ビフォアに窘められたアスナは怒りを感じ、キッと睨んで黙ってしまったのだった。それを見たビフォアもとても不快そうに感じたが、この状況でアスナたちがどうも出来ないことをわかって居るので、あえてそれに関しては何も言わなかった。ただ、それ以外の、アスナが出した質問にビフォアは面倒くさそうに答えたのである。

 

 

「何、ネギ・スプリングフィールドにはオコジョになって刑務所へ行ってもらうだけだ」

 

「……やっぱり、そうなってしまうんですね……」

 

 

 そのアスナの謝罪を聞いて満足したビフォアは、その要求を話し出した。それはやはり、ネギをオコジョにして刑務所へ突っ込むというものだった。ネギはそれが当然かと感じ、反論すらしようとしなかった。だが、このままオコジョにされる気など、ネギにはない。どうにかして逃げるなりなんなりしなければと、思考をめぐらせていたのだ。

 

 

「……何でアンタはオコジョにならないワケ……!?」

 

「私はここの新代表。オコジョになってどうする?」

 

「……」

 

 

 しかし、アスナはそれに納得していなかった。こんなヤツとは口も利きたくないが、そのことに関しては感情的になってビフォアへと質問したのだ。何せビフォアも元魔法先生、本来ならオコジョになるはずの存在だからだ。

 

 そんなアスナの言葉に、ビフォアはやはりイラついた表情で、自分はこの麻帆良の代表で、オコジョになる訳がないと語っていたのである。その答えを聞いたアスナは、本気で頭にきたようだった。どの口がそれを言うかと、ムカついていたのである。

 

 

「……アスナさん、あまり怒らないで……」

 

「……わ、わかってるけど……」

 

 

 だが、そんな怒気を放つアスナへ、ネギは落ち着くようにとなだめていた。ここで怒って暴れては、あのビフォアの思う壺だからだ。また、アスナもそのことを理解していがので、怒りを感じながらも、必死にその感情を抑えていたのである。しかし、理解していても、頭にくることは頭にくるのだ。アスナはネギにそう言われても、ビフォアを睨みつけることを止めなかった。

 

 

「そして、そこの君、明日菜と言ったね?」

 

「……ええ……」

 

 

 そんな怒りを必死に抑えながらも、今だ睨んでいるアスナへ、ビフォアが突然話しかけ始めていた。そこでアスナはビフォアに話しかけられ、ぶっきらぼうに返事を返していたのだ。さらに、なぜ自分に話しかけてきたのか、よくわからなかったようである。そう疑問に感じるアスナへ、ビフォアは驚くべきことを口にし始めたのだ。

 

 

「私は君の正体を知っている。つまり、その意味がわかるかね?」

 

「……!」

 

「アスナさんの……、正体?」

 

 

 ビフォアはアスナの正体を知っていると、アスナへと話し出した。それはどういうことなのか、アスナ自身がよくわかっていることだ。だからアスナはそのビフォアの言葉に、目を見開き驚嘆の表情をしていたのである。そのアスナの横で、ネギはアスナの正体と言われて、どういうことなのか疑問に感じていたのだ。

 

 

「まだ君は知らないだろうが、そこの彼女は”魔法世界のお姫様”なのだよ。もっとも、本人も覚えているかはわからんがね」

 

「え……!?」

 

 

 さらにビフォアはアスナが魔法世界のお姫様であると、ネギへと教えていた。その表情は嘲笑が混じったもので、明らかにアスナを挑発するようなものだったのである。だが、やはりネギはアスナがお姫様だと言われても、ピンとこなかったようで首を傾げるばかりだった。

 

 

「アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア……。またの名を黄昏の姫御子だったかな?」

 

「……アンタ!」

 

 

 ビフォアはついに、まるで全てを見透かしたかのような態度で、アスナの本当の名を言ったのだ。それを聞いたアスナは、額から汗を流しながらも、ビフォアを射殺すほどに睨みつけていた。自分の正体を知っている時点で、危険だと判断したからである。

 

 

「その話、本当なんですか……!?」

 

「…………」

 

 

 そこでネギがアスナへ、ビフォアが言っていることが真実なのかを質問したのだ。あのビフォアが話すことなので、はっきり言えば信じがたいと考えていたからだ。だが、アスナはその質問に答えず、焦りと怒りの混じった表情のまま、ビフォアをただ睨むだけだった。その普段焦りを見せないアスナが何かに焦っている姿を見て、ネギはまさか本当のことなのかと感じ始めていたのである。

 

 

「君は魔法世界の重鎮、欲している連中が居るのだろう? そいつらに渡してもよいと思ってね」

 

「なんですって!!?」

 

 

 ビフォアはさらに、アスナを取引の材料に使うことを宣言したのだ。アスナを探す連中とは、たぶん二十年前の大戦で暗躍していたと言われる組織のことだろう。あの組織が今だ活動していることをアスナは知っていたので、そのビフォアの言葉は聞き捨てなら無いものだったのだ。だからアスナは大きく叫び、ハマノツルギを呼び出して構えたのだった。

 

 

「おや、記憶が封印されていない? まあ、そんなことは些細な問題だ」

 

「そんなことしたら、どうなるかわかってるんでしょ!?」

 

 

 そのアスナの態度を見たビフォアは、アスナが記憶を封印されていないことに気がついたようだった。いや、アスナがまほら武道会で戦っている姿を見た時から、その予感はしていたのだ。だが、それは些細なことだと切り捨て、ビフォアは愉快そうに笑いを溢していた。冷静にしていたアスナが怒りに燃える姿を見て、心底楽しいと感じているのだ。

 

 しかしアスナはそのビフォアに、とうとうハマノツルギを向けていた。自分があの連中に捕まれば、どうなるかなど簡単に予想がつくからだ。その予想通りになってはならない。そうなれば、またみんなに迷惑をかけると、アスナはそう考えたのだ。

 

 

「わかっているとも。だが、この麻帆良さえなんとも無ければ、どうでもよいのさ」

 

「こ……この……!」

 

 

 それでもビフォアは余裕の態度で、さらにアスナを挑発していた。アスナがその連中に捕まれば、どうなってしまうかも全て知っていると面白おかしく言葉にしていたのだ。このビフォアにとって、支配下にある麻帆良さえあれば他はどうでもよいのである。さらに麻帆良は暗黒街となって、ほとんど滅んだも当然だ。これ以上何かあっても、別になんてことないのである。そんなふざけた態度のビフォアに、アスナはついにキレて攻撃を仕掛けたのだった。

 

 

「あたらんよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()のだからなぁ!」

 

「クッ!?」

 

「アスナさん!?」

 

 

 アスナはそこで咸卦法の能力上昇を使い、瞬間的にビフォアの右側へ移動した。そしてそのままビフォアの頭を目掛け、ハマノツルギを横に振ったのだ。あの覇王が勝てなかった相手だとしても、ここで引くわけには行かないと思ったからだ。ここで捕まってしまえば、さらなる危険が起こることを理解しているからだ。

 

 だが、哀しいかな、その攻撃をビフォアは椅子に座りながら回避して見せた。単純に頭を下げて回避したのである。まるで、小さい子供のおふざけのパンチを避けるように、ゆっくりと、簡単に避けて見せたのだ。

 

 そこでビフォアは一言アスナへ残し、拳をアスナへ打ち込んだのだ。この程度の攻撃などアスナには何てこと無いはずなのだが、なぜかアスナはそれを避けれず、なんとそれを腹部に食らってしまったのだ。

 

 さらに命中した箇所が鳩尾だったようで、アスナは肺にたまった空気を吐き出し、気を失ってしまったようだった。いや、それだけではなく、拳がアスナに命中した時、スタンガンを浴びせたような電気ショックが発生したのだ。そのせいで、アスナは簡単に気を失ってしまったのである。

 

 そして、アスナがこうも簡単にやられる光景を、ネギはただ見ていることしかできなかった。まさかアスナがこうもあっけなく負けるなど、ネギも思ってなかったのだ。また、アスナはふらりと倒れ、完全に動かなくなったのを見たビフォアは、外に待機しているだろう衛兵へと声をかけたのだ。

 

 

「衛兵、こいつらを連れて行け!」

 

「ハッ!」

 

 

 ビフォアはアスナを衛兵に渡し、さらにネギも衛兵二人に両腕を掴まれてしまったのだ。しかしネギは、自分のこと以上にアスナが気を失っていることの方が気になって仕方がなかった。

 

 

「ま、待ってください! アスナさんが!」

 

「いいから来い!!」

 

「アスナさん! アスナさーん!!」

 

 

 ネギは気を失ったアスナを起こそうと、必死に呼びかけていた。だが、アスナは動く気配すら見せず、捕まったネギと共に学園長室から連れ出されてしまったのだ。それでもネギはアスナの名を叫び、どうにか起きてもらおうと叫び続けたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 アスナとネギが出て行った後、残った生徒たちは二人の安否を気遣っていた。そして、いざとなればこのアジトから出て、二人を追う考えを示していたのだ。

 

 

「二人とも、大丈夫やろか……」

 

「わかりません……。ですがきっと大丈夫でしょう」

 

 

 そう会話しながら、ネギとアスナの無事を祈る刹那と木乃香。木乃香は二人だけで大丈夫なのかと、不安の色を隠せずに居た。また、刹那も不安を振り切るように、大丈夫だと木乃香へと話していた。そんな刹那だったが、実際はその大丈夫と言う言葉は、自分に言い聞かせているものでもあったのだ。さらに、他のメンバーも不安とプレッシャーを感じ、誰もが静かにしていた。だが、そこでロボ少女が、空気を読まない発言を始めたのである。

 

 

「みなさまは出て行ったお二人に何かあれば、助けに行こうとお考えのようですが、はっきり言って今、みなさまに出来ることはございません」

 

 

 それはなんと、ここに居る面子では、もうどうにもならないと言うことだった。この現状は完全に詰みで、何をやっても意味がないと、ロボ少女は無表情で話したのだ。

 

 

「どういうことですか!?」

 

「そんなことないはずです!!」

 

 

 そのロボ少女の言葉に、夕映とのどかが勢いよく飛びついた。ネギやアスナを助けに行くこと事態、無意味なことではないと思っているからだ。だが、ロボ少女は助けに行く前から、すでにどうしようもない状況に陥っていると、淡々と語りだしてたのである。

 

 

「いえ、もう、みなさまが何をしようと、この状況を覆すことは不可能です」

 

「そんなことあらへん! きっと何とか出来るはずや!」

 

「そ、そうです! 何か手があるはずです……!」

 

 

 この事態を収束させることは、もう出来ない。たとえネギとアスナが戻ってきたとしても、助けたとしても不可能だと、ロボ少女は断言していた。しかし、そんなことは無い、何かきっと逆転する方法があるはずだと、木乃香と刹那がロボ少女へ叫んだのだ。そんな二人の叫びにも反応せず、ロボ少女は冷淡に悲しい事実のみを口にしたのだ。

 

 

「不可能です。みなさまだけでは、元の時間帯に戻れません」

 

「そ、そんな!」

 

 

 どうあがいても、ここに居る面子だけで元の時間には戻れない。あのカシオペアも機能させることが出来ないのだから、それは当然のことだった。この現状を何とかするには、どの道もう一度麻帆良祭三日目へ戻る必要がある。だが、戻ることが出来ないのだから、この状況を覆すことが出来ないのである。

 

 そして誰もがそのロボ少女の言葉に、衝撃を受けながらも何か無いかと考え始めていた。と、そこでその誰もが考えているところに、ロボ少女は希望の言葉を口にしたのだ。

 

 

「……ですが、超ならそれが出来ます」

 

「超さん……?」

 

 

 そう、超ならばそれが可能であると、ロボ少女はポツリとこぼしていた。超ならばと言われたのを耳にした夕映は、その名を呼び返していた。しかし、ここにはもう超が居ないので、誰もが何を言っているのか理解できなかったようである。

 

 

「でも超はもうここには居ないんじゃないアルか?」

 

「はい。もうここには居ません」

 

 

 居ない超に何が出来るのかと、古菲は疑問を打ち明けていた。ロボ少女も、それが現実だとはっきり言葉にし、やはり超が居ないことには変わりないとしていたのだ。

 

 

「それじゃどういうことなんですか!?」

 

「居なくなってしまったのは、この時間帯の超です。過去の超はまだ存在します」

 

 

 そこで夕映は、それならどうして超なら何とか出来るのだと、ロボ少女へ叫んでいた。ロボ少女は夕映の叫びにも動じずに、静かにその理由を話し始めたのだ。というか、最初からそれを言うべきである。その理由とは、この時間帯の超はすでに居なくなってしまったが、過去の超がまだ健在であるとしたのだ。

 

 

「ふむ、つまり過去の、自分たちが本来居るはずの麻帆良祭三日目の超殿ならば、何か出来るということでござるな?」

 

「はい、そのとおりです」

 

 

 楓はその言葉に、何かピンと来たようだ。過去の超が何をするかわからないが、とにかく過去に居る超ならば自分たちを助けにこれるのではと、考え付いたようだった。また、ロボ少女もその楓の答えに、その考えで間違えないと言っていた。つまり、過去の超がこの時間帯へやってきて、助けに来るということだったのだ。

 

 

「超が助けに来てくれるアルか!」

 

「必ず来ます。だからこそ、私をここへ残したはずですので……」

 

 

 古菲は超が助けに来てくれると聞き、喜んでいた。古菲と超は仲がよく、武術の鍛錬も一緒にやっていた仲だからだ。そして、その古菲の言葉に、必ず来るとロボ少女は強い気持ちをこめて言葉にしたのだ。それは超がロボ少女を置いていったのは、絶対にここへ戻ってくると言うことに他ならないからである。

 

 

「……なら超さんが来るのを待つしかありませんね……」

 

「そーやな……」

 

 

 それならロボ少女の言葉を信じ、待つしかないと刹那は思ったようだ。また、木乃香も同じ気持ちだったようで、不安ながらもそれを祈って待つことにしたようだ。だが、それでも不安は消えることは無く、誰もが表情を暗くしていたのである。

 

 

「本当に来るのかよ……」

 

「こないとどうにもならないんでしょ? だったら来ると思ってた方がいいと思うけどなー?」

 

「うるせー! 私はお前みたいに気楽じゃねーんだ!」

 

 

 当然千雨も超が来るかなどわからないため、半信半疑になっていた。しかし、そんなところで結構のんきに構えているハルナが居たのである。随分のんきなハルナに、千雨は怒りを覚えたのか怒鳴り声を上げていたのだ。

 

 

「えー? 私ってそんなにノーテンキに見える!?」

 

「私からも見えるです……」

 

「ハルナはこの状況、何気に楽しんでるよね……」

 

 

 そう怒鳴られたハルナは、自分がそう見えるのかを夕映やのどかに尋ねたのだ。自分だってこの状況に不安を感じないわけがないと、自分では思っていたからである。そのはずなのだが、夕映にものどかにも、ハルナは結構気楽にしていて、この状況を結構楽しんでいるように見えたのだった。

 

 

「というか燃えるじゃん! 未来に飛ばされた私たちを救いに過去からやって来るとかさあ!!」

 

「だー! どこのB級映画だ!! 私はそんな未来なもんは願い下げだ!!」

 

 

 そう二人に言われたハルナだったが、実際この状況を楽しんでいた。こんなSFめいた基地に入れ、さらに過去から助っ人がやってくると言うではないか。これに興奮できず、何に興奮するんだと言わんばかりに、ハルナは気分を高調させていたのだ。その横でやはり千雨は、そのハルナの言葉に反応し、怒りを爆発させていたのである。だが、そうしている間に何か変化があったようで、ロボ少女は画面を見ながら小さな声で一言こぼした。

 

 

「……来ました」

 

「え!?」

 

 

 ロボ少女はそう言うと、すぐさま別の部屋へと移動していった。その謎の行動に誰もが疑問を感じたが、ロボ少女が眺めていた画面を見て、どういうことなのかを理解したようだ。なんと画面に映し出されていたのは、空を飛行する謎の機関車だったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 超とエリックはネギたちが飛ばされたであろう一週間後に一度タイムスリップを行った。だが、そこにはまだネギたちはおらず、もう少し後の時間だと確信したのだ。そして、ようやく二週間後の時間帯に飛んできた二人だった。しかし、エリックは本当にこの時間帯にネギたちが居るか、少し疑問を感じていたのだ。

 

 

「一週間後には居なかったが、本当に二週間後に居るんだろうな?!」

 

「絶対に居るはずヨ! ネギ坊主が捕まるのが、この時間帯の近くのはずだからネ!」

 

 

 心配するエリックをよそに、超は自信満々でこの二週間後の麻帆良にネギたちが居ると豪語していた。あの未来の新聞記事にて、ネギがつかまるのがこの時間の近くであり、必ずこの時間帯に居ると超は睨んでいたからだ。そこで二人が上空から地上を見ると、なんと巨大ロボが立ちはだかっていたのだった。

 

 

「おわ!? 超よ! 巨大ロボが立っているぞ! どうするつもりだ!?」

 

「ビフォアと言う男、私のアジトを発見したのカ……」

 

 

 その巨大ロボを見てエリックは驚き、どうやって地上に降りるかを考えていた。このタイムマシンたる改造機関車は、まったく武装を積んでいないのである。時間旅行用に開発した最新のタイムマシンであるが、戦闘を考慮していないのだ。また、超も巨大ロボを見下ろしながら、ビフォアに自分のアジトの位置がバレたと考えていた。だからもはや、この場所に長く居るのは危険だと思っていたのである。

 

 

「さて、そろそろ気がついて出てくるころではないかナ?」

 

「あのロボの娘のことか!」

 

 

 そこで超が期待していたのは、あのロボ少女のことだった。ロボ少女はビフォアに敗北した未来の超が、アジトに残したものだ。一週間前に飛んだ超とエリックは、そのロボ少女から情報を提供してもらったのである。そういう訳で、ロボ少女は超が必ず来ることを知っていたのだ。

 

 

「そうネ! しかし、あの子だけではあのロボは完全に破壊できないヨ……!」

 

「ではどうする!?」

 

 

 しかし、あのロボ少女では巨大ロボを破壊することは不可能だと超は判断していた。ロボ少女とて多くの武装をつめる訳ではないので、火力不足なのである。ならばどうするか、エリックは超に焦りながら聞いていた。

 

 

「破壊せずとも、一時的に動けなくなってもらうだけでいいネ!」

 

「それもそうか! とっうおお!? あのロボが攻撃を仕掛けてきたぞ!!」

 

 

 そんな中、超は焦ることなくエリックの質問に答えていた。破壊できないならば、動けなくすればよいという、単純な答えだった。エリックは単純なことだったと納得し、頷いたその直後、眼下の巨大ロボが攻撃を仕掛けてきたのである。

 

 

「何か無いのカ!?」

 

「あいにく武装と言うものは装備しておらんのでな! 回避するので精一杯だ!」

 

 

 巨大ロボは手に持つ実弾のライフルで攻撃を仕掛けてきていた。狙いは正確とは言えないが、大型のライフルでの攻撃であり、命中すればひとたまりのないものだった。それを何とかエリックはかわしているが、ほとんどギリギリで危険な状況には変わりなかったのである。

 

 

「やっと出てきたネ!」

 

「おお、ロボ娘!」

 

 

 するとネギたちが入ったエレベーターの場所の、反対側にあるベンチが倒れ、その地面が突如開いた。そしてそこから射出されるかのように、高速で地上に飛び出したものがいた。それこそあのロボ少女だったのである。ロボ少女は武装するのに多少時間がかかったようだったが、それを完了してアジトから飛び出してきたのだ。ロボ少女は完全武装のようで右腕にライフル、背中にバックパックを搭載し、そこにはバズーカやミサイルランチャーといった武装がマウントされていた。

 

 

「少しの時間だけでいいから、あのロボの動きを止めるネ!」

 

「了解しました、超」

 

 

 超はロボ少女に巨大ロボの動きを止めることを命じると、ロボ少女は淡々と了解と言った。すると暴風をまとったかのような速度で、ロボ少女は巨大ロボへ飛行して接近したのである。そのロボ少女動きを確認した巨大ロボは、今度はそちらに照準を合わせたようだった。

 

 

「体の大きさが、勝敗を分かつ絶対条件ではないことを、教えましょう」

 

 

 ロボ少女は巨大ロボの銃撃をすばやくかわし、けん制しつつ同じくライフルを構えていた。そして引き金を引き、ライフルから火花が散らされたのである。そのライフルは熱線銃であり、灼熱の弾丸を放つものだった。だが、威力不足なのか、巨大ロボの装甲の一部を溶かす程度で、貫通させることが出来なかった。巨大ロボもやられてばかりではなく、巨大な腕を振り回してロボ少女をたたき落とそうと暴れだした。しかし、ロボ少女はその腕を掻い潜り、何度もライフルを巨大ロボへ向けて放っていたのだ。

 

 

「あのロボ娘、小さい割りに随分強いではないか!」

 

「当たりまえヨ! ハカセと獅子帝サンが頑張てくれたからネ!」

 

 

 ロボ少女の健等ぶりにエリックは賞賛の言葉を発していた。あの小さな体で、巨大ロボの攻撃をいなし、逆に圧倒してるからである。だが、超はそれを当然だとしたり顔で言っていた。それは葉加瀬だけではなく、あの転生者である獅子帝豪も開発に関わっていたからだった。

 

 豪はガオガイガーの科学技術を特典に選んだ転生者だ。その技術を普段にロボ少女につぎ込んだのである。いや、それだけではなく茶々丸にも同じ技術が使われているのだ。ロボ少女の飛行能力はウルテクエンジンだったり、所持しているライフルがメリティングガンを元に作られていたりするのだ。

 

 そんなロボ少女だが、茶々丸と違う点がある。それはGストーンを使っていないことだ。茶々丸にはGストーンを使っているのだが、このロボ少女にはそれを心臓部に使っていないのだ。また、超AIもさほど教育されていないため、どの道Gストーンが組み込まれていても、最大の力を発揮することは出来なかっただろう。まあ、その点に関して言えば、姉の茶々丸も現在学習中の身であり、Gストーンを100%使うことは出来ないのだが。

 

「”全弾発射”!」

 

 

 ロボ少女は背中のバックパックにありったけ搭載した武装から、ミサイルやロケットを発射したのだ。ただ発射したわけではない。全ての武装から、ほぼ全ての弾を打ち出したのである。その攻撃は巨大ロボへと豪雨のように降り注ぎ、その全てが巨大ロボへと命中したようである。

 

 そして、今の雨あられなミサイルを巨大ロボは左腕で防御したのか、その部分の装甲が全て破壊され、左腕の機能を低下させたのだった。加えてミサイルの爆発により煙が巻き起こり、視界を悪くさせたのである。

 

 しかし、巨大ロボには多種多様のセンサーが搭載されている。その程度の煙では視界をふさぐことは出来ない。また、それはロボ少女も同じことだった。そこでロボ少女は左腕に装備された篭手から、一本のエメラルド色に輝く刃を持つナイフを取り出したのだ。

 

 

「”ウィルナイフ”!」

 

 

 それはあのウィルナイフだった。所有者の意思で切れ味が変化する、宝石のように輝く刃。

それをたくみに操り、巨大ロボの右胸の装甲を切り裂いたのだ。まさに紙切れのように切り裂かれた装甲からは、内部の機械を目視できるようになっていた。ロボ少女は、さらなる追撃を食らわせるべく、そのまま右腕を真っ直ぐその傷へと向けたのだ。

 

 

「”ヒートロッド”!」

 

 

 今度は一本のワイヤーが、右手首の下から飛んだのである。そのワイヤーの先端にはフックがついており、それが巨大ロボの胸の傷へと吸い込まれていった。そして、フックが内部に引っかかる音がしたのを聞いたロボ少女は、高圧電流をワイヤーを通してそこに流したのである。すると巨大ロボはその電撃を内部に受け、機能を停止させたのだった。

 

 

「すごいではないか!」

 

「これで一時的にあのロボは動けないはずネ」

 

 

 そのロボ少女の戦いぶりを見たエリックは、度肝を抜かして喜んでいた。あんな小さなロボが、巨大ロボを圧倒し、倒したのである。すさまじい戦いぶりだったが、超はそれでも巨大ロボの動きは一時的にしか止められないと言っていた。完全に機能を破壊するまでには、ロボ少女の武装では不可能だったのである。だが、一時的とはいえ機能を停止させたことで、超とエリックは安全にアジトのある噴水公園へと降り立つことが出来たのだった。

 

 

「一週間ぶりです、過去の超」

 

「私たちは数分ぶりなんだけどネ。そしてお疲れサンネ」

 

「よくやってくれた! 感謝するぞ!」

 

 

 ロボ少女は弾切れの武装を全てパージし、超の下へと駆けつけていた。そして、超へと丁寧にお辞儀し、挨拶を交わしたのである。そこでロボ少女は一週間ぶりだと、超へと言っていた。しかし、超はロボ少女に会った後、すぐさまこの時間帯に飛んできたので、ものの数分しか立っていないと話したのだ。

 

 また、エリックはロボ少女の活躍に感動しており、ロボ少女のその手を握り、ブンブンと振り回しながら感謝していたのである。そうオーバーに振舞われるロボ少女だったが、やはり淡白な反応しか示していなかった。

 

 

「みなさまがお待ちです。とりあえずアジトへ移動しましょう」

 

「この時間で合ていたようネ。さあ、みんなを連れて元の時間へ戻るヨ!」

 

「そうするとしよう!」

 

 

 ロボ少女はその挨拶が終わった後、時間転移してきた人たちがアジトに居ることを超へと伝えたのだ。こうして超とエリックは、ようやくネギたちが飛ばされた時間に降り立ち、その面子を助けることが出来ると考えたのである。やっとこの闇に染まった麻帆良から、ネギたちを救出出来ると意気込み、アジトへと歩く超とエリックだったが、二人はネギとアスナがその場に居ないことを知らなかった。それを知ることになるのは、アジトへついてすぐのことだったのである。

 

 




ビフォアが選んだ特典は、本当の意味でチートである


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八十話 二週間ぶり

 超は自分のアジトへと戻り、クラスメイトの安否を確認していた。エリックも同様に、誰もが無事かを見ていたのだ。

 

 

「みんな、大丈夫だたカ?」

 

「超! 本当に来たアル!」

 

 

 超の登場に誰もが驚きながらも安堵の表情をしていた。また、古菲は超の姿を見れたことを喜び、超へと近寄っていた。超も古菲の無事な姿に、安心した様子を見せていた。

 

 

「ふむ、みんな無事みたいでなによりヨ……。ところでネギ坊主と銀河サンハ?」

 

「そ、それが、二人とも出て行ったです……」

 

 

 とりあえず誰もが無事だったことに安堵した超だったが、ここに来て大きな問題に直面したのである。なんとネギとアスナがこの場に居なかったのだ。これはどういうことなのか、超は焦りを感じ疑問に思った。そこで夕映が、二人の安否を気にかけたような表情で、その超の質問に答えていた。

 

 

「ネギ坊主と銀河サンが出てっタ……!?」

 

「はい……。あのビフォアと言う男に脅されて、出て行ってしまったです……」

 

 

 ネギとアスナはみんなを助けるために、ビフォアの脅しに屈してしまった。夕映はビフォアと言う男に脅され、ネギとアスナがそれに応える形で、出て行ってしまったことを説明したのである。その情報を得た超とエリックは、一足遅かったと感じて腕を組んで悩み始めてしまっていた。

 

 

「もう少し早く来れば、こんなことにはならなかったカ……」

 

「なんということだ! これではすぐさま元の時間帯に戻れないじゃないか!」

 

 

 もう少し早く到着していれば、そう悔やむ超とエリック。しかし、過ぎたことはどうしようもない。ここで悔やんでいても仕方が無い。だから二人はすぐさま次にどうすればいいかを考え、そのための作戦を練り始めたのだ。

 

 

「とりあえずネギ坊主と銀河サンを救出しに行くネ」

 

「女子中等部に入っていくところは見てましたが……」

 

「現在その場所に居るかどうかはわからないでござるな……」

 

 

 ネギとアスナの行き先はモニターに映っており、それが女子中等部の校舎というのは、わかっていたようだ。しかし、今もそこにネギとアスナがその場所に居るかはわからないのである。カモフラージュとして、女子中等部へ入った可能性もあるからだ。だから夕映も楓も、ネギの本当の居場所がわからずに悩んでいるのである。

 

 

「ネギ坊主の居場所なら、ある程度特定できるヨ」

 

「え!?」

 

「どうしてです!?」

 

 

 そんなところに、超はネギの居場所がわかると言ったのだ。その言葉に誰もが驚き、どうしてなのかと叫んでいた。すさまじいみんなの叫び声に、流石の超も耳に手を置き、かなりうるさそうな様子を見せていたようだ。そこで超は、叫びがやんだ後、その理由を静かに語り始めたのだ。

 

 

「ネギ坊主に渡した手紙、アレに発信機がついてるネ。その場所を探ればネギ坊主の場所がわかるて寸法ヨ!」

 

「あの手紙にそんなものが……」

 

 

 超はこんなこともあろうかと、あの手紙に発信機を仕掛けておいたのだ。これの近くにネギが居るのなら、そこへ行けばよいということだった。それを聞いた刹那は、超の用意周到さに驚き、言葉をこぼしていた。また、刹那以外のクラスメイトも驚き、エリックも腕を組み頷きながら関心していた。

 

 

「とりあえず、ここから出よう。ビフォアに見つかっているのなら危険な上に、地上のロボも完全に倒してはおらんしな!」

 

「そうネ。みんな、地上に出て私たちが乗て来たタイムマシンに乗り込むネ!」

 

 

 エリックはこの場にとどまっていると危険なので、みんなを地上に着陸させたタイムマシンへ乗せることにした。ビフォアにアジトがバレて居るなら、さらに攻撃を仕掛けてくる可能性があるからだ。加えて地上で倒した巨大ロボも完全に破壊した訳ではないので、安全とは言い切れないのである。そして、先に超が地上に出て安全を確認した後、みんなをエレベーターで分担に乗せ、地上へとあげていったのだ。

 

 

「タイムマシンに乗るのかよ……。じゅうたんみたいなヤツだとこの人数は乗れねーだろ……」

 

「チューリップ型でもないので安心してほしい。まあ、見た目はタイムマシンに見えんだろうがな」

 

 

 そんな時に、やはり千雨がグチって居た。千雨は青い猫型か狸かわからないロボットのタイムマシンを想像したのか、アレでは全員乗れないだろうと考えていたのである。この状況でそんなことを考えられるなら、十分余裕があると言えよう。あれほど叫んでいた割りに、結構千雨ものんきにしていたのだった。

 

 それを聞いたエリックは、黄色い兄より優秀な妹のタイムマシンでもないので安心してくれと、冗談まじりで千雨へと話した。こうしてエリックが最後にエレベーターに乗り込み、全員を安全に地上へと移動させたのである。そして地上に出て、エリックからタイムマシンだと言われたものは、なんと改造された機関車だった。

 

 

「機関車じゃねーかっ!?」

 

「カッコイイだろう!!」

 

 

 千雨はエリックのタイムマシンを見て、突如そう叫んでいた。いや、叫ばない訳がないだろう。何せタイムマシンと聞かされていたのが、改造機関車だったのである。機関車と言えば定刻通りに到着する巨大ロボや、顔が正面にある喋るやつが普通だ。だからなのか、何ゆえ機関車をタイムマシンにしたか、千雨はよくわからなかったのである。そんな叫ぶ千雨の横で、ギャキィとポージングをとり、得意顔をするエリックが居たのである。

 

 

「さあ、乗りたまえ。この人数じゃ少し狭いかもしれんが、我慢してくれ」

 

「確かに狭いアル……」

 

「術で子供になった方がいいでござるか?」

 

 

 大人数を乗せるために、この機関車型タイムマシンを選んだのだが、やはりこの人数では狭かった。押せ押せで奥に詰め込まれ、あまり動けないのである。そこで背が高い楓はそれなら術で子供の姿になった方が良いかとさえ思ったようだ。

 

 

「私は幽霊なので全然平気です!」

 

「さよはえーなあ」

 

「こう見ると幽霊も案外悪くないのかもしれませんね……」

 

 

 そんな窮屈なタイムマシンの中、さよはいたって平然としながらリラックスしていた。幽霊であるさよには、物質的に窮屈な場所など、特に気にすることはないのである。それでもさよは、窮屈な場所で間違えて他人に憑依しないよう、余裕の表情をした後に位牌の中に入っていた。

 

 それを見ていた木乃香は幽霊のさよを、少しだけ羨ましいと思ったようだ。また、刹那もエレベーターでの壁抜けなどや今のを見て、幽霊って結構便利なのかもしれないと考えていたのだった。

 

 そして全員がなんとかタイムマシンへ乗り込み、窮屈そうにして居る中、ロボ少女だけは外で待機していた。そこでロボ少女はタイムマシンへ乗り込もうともせず、再び完全武装をしてその前に立っていたのだった。

 

 

「超。私は囮として派手に暴れます」

 

「一緒に来ないのカ!?」

 

「はい。私は”未来”に存在しています。一緒には行けません」

 

 

 ロボ少女は超とエリックの安全のために、囮として敵をひきつける役をかって出た。超はそんなロボ少女に、来ないのかと寂しげに叫んでいた。自分たちの娘たるロボ少女を、置いて行きたくはないのだ。だが、ロボ少女は自分が未来に存在することを理解していた。だからこそ、過去から来た超やエリックと共に、行くことは出来ないと話したのだ。

 

 

「超よ、ワシらが未来を変えれば彼女も安全になる。だからここはあのロボ娘の言う通りにさせてやろうじゃないか」

 

「……わかたヨ。だが無理はするなヨ?」

 

「はい。超もドク・ブレインもどうかご無事で……」

 

 

 エリックは未来を元に戻せば麻帆良は平和となり、このロボ少女も戦う必要が無くなると考えた。ゆえにあえて、ロボ少女の言うとおりに行動させ、自分たちは無事に過去へ戻る必要があると思ったのだ。また超も、そのことを理解していた。ただ、やはりある程度情が移ってしまったようで、残していきたくなかったのだ。

 

 そしてロボ少女は最後に超とエリックへと挨拶し、丁寧に頭を下げた後、瞬間的に加速して麻帆良の上空へと消えて行った。そのロボ少女が飛んだ先で、大規模な爆発音が発生し、黒い影がそちらへ飛んでいくのが見えたのである。

 

 

「さあ行こう、超。我々にはやるべきことがある!」

 

「……そうネ。この麻帆良を元に戻し、あの子に再会するネ」

 

 

 エリックと超はビフォアの計画を阻止すると言う決意を胸にひめ、タイムマシンへと乗り込んだ。みんな狭そうにしていたが、それでも満員電車ほどではなさそうであった。エリックはすぐさま運転席へ座ると、タイムマシンを操縦し、宙に浮かして飛行させたのだ。

 

 

「まずはネギ坊主と銀河サンを助けるネ。ネギ坊主は麻帆良の地下に居るみたいヨ。そして今のところ動きがまたくないネ」

 

「それはビフォアに捕まってしまったかもうしれんな……」

 

 

 麻帆良の地下で動きが無い。超は手紙につけた発信機の位置を見てそう言った。エリックはその超の言葉を聞いて、もしやネギたちは捕まってしまったのではと考えたのだ。だとすれば急がなければならないと考え、エリックはネギが居ると思われる方向へと、タイムマシンを加速させたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギとアスナはビフォアにより地下牢へ幽閉されてしまっていた。それは教会の地下深くに存在する、魔法使い用の牢獄だった。

 

 幽閉されたネギは何とか脱出を試みるも、その分厚い扉を壊すことはおろか、魔法すら使うことも出来なかった。当然ネギの持ち物は没収され、杖代わりに使っていた腕輪すら持っていないのである。また、アスナも鎖でがんじがらめに縛られていた。まほら武道会でのアスナの活躍を知っていたビフォアは、普通に拘束しただけではかいくぐられると思ったのだ。だからアスナはしっかりと縛られ、手足を一ミリも動かせないほどに、まったく身動きが出来ない状態だったのである。

 

 

「ん……」

 

 

 アスナは目を覚ますと、まず手足が動かないことに気がついた。そして、この場所が牢屋らしき部屋だということも、理解したようだった。

 

 

「私はあの男に一撃で負けて……、気を失って……」

 

 

 手足を必死で動かそうとしつつ、アスナは自分がどうなったのかを考えていた。そこでビフォアと言う男に、たった一撃で敗北して気を失ったところで記憶が無くなっていたことに気がついた。つまり、ビフォアにやられた後に、ここへつれて来られて閉じ込められたということだった。

 

 

「まさか……、ネギも私と同じように……?!」

 

 

 また、アスナはネギも捕まったのではないかと考えた。自分が気を失ってしまったなら、ネギの性格ならば見捨てることは無いと思ったのだ。だから一緒にネギも捕まり、同じように幽閉されてしまったと考えたのである。だからこそ、何とかここを脱出したいとアスナは考え、手足の鎖を引きちぎろうと力を入れたのだった。

 

 

「クッ……、随分と縛られてる……。全然動かない……!」

 

 

 両手両足ともに、かなりの数の鎖で縛られていた。また、両手は左右に大きく開いた状態で、気と魔力を合成できそうになかった。それが出来なければ咸卦法は練れない。つまり、この鎖を断ち切る力は、今のアスナにはなかったのだ。何度も何度も力を入れて鎖を引っ張っても、まったくびくともせずにただ時間だけが過ぎていった。アスナも何度も全身に力を入れたのか、疲れてきてしまって額に汗をかき、息を上げていたのだった。

 

 

「……あの男、強かった……。やっぱり、私が勝てる相手じゃなかった……」

 

 

 そしてアスナは動けない自分を、とても不甲斐ないと感じていた。ビフォアに一撃で敗北し、捕まってしまったことが悔しかったのだ。だからなのか、小さくつぶやくように、アスナは独り言をもらしていた。

 

 確かにロボ少女の説明では、あの覇王がビフォアとに負けた言っていた。いや、覇王の攻撃を無傷で済ませたと言った方が正しいだろう。覇王の攻撃が通じないほどに、あのビフォアが強いのだろうとアスナは考えた。

 

 

「……待って……、何か……、何か変だった気がする……」

 

 

 違う、そうではない。覇王の攻撃が無傷で済ませるのなら、覇王を倒せるはずだ。それでも覇王はビフォアとの直接戦闘では負けていないと、あのロボ少女は言っていた。

 

 何か謎がある、何か大きな仕掛けがある。あのビフォアはそれをやってのける何か、特殊な力があるのかもしれない。アスナはそう考えた。

 

 

「あの時の攻撃、なんで避けられなかった? 変よ、おかしいわ……」

 

 

 それだけではない。アスナは、ビフォアの攻撃が避けられなかったことに疑問を感じた。あの何の変哲もない、ただのパンチ。確かに電撃を纏ったパンチだったが、それ以外は普通のパンチだった。

 

 自分ならば、普段の自分ならばあの程度回避できたはずだと、アスナは思った。それなのに、それがまるで吸い込まれるかのように、あたることが確定したかのように命中した。しかも、それは鳩尾という急所だった。

 

 おかしい、何かおかしい、アスナはそれについてもおかしいと考えた。何と言うか、例えるならば銃を向けた相手が突然動かなくなり、その銃弾が額に命中するような、そんな感じだった。

 

 が、アスナはそんな疑問より、まずやらなければならないことがあると思った。それはこの場所からの脱出だ。脱出しなければ、捕まったままでいれば、かなりマズイ状況なのをアスナは思い出し、逃げなければと考えたのだ。

 

 

「……とりあえず、脱出しないと……」

 

 

 さらに、この場を脱出し、ネギを助けなければと考えた。また、このまま捕まったままでは、まずいことになると思ったのである。あのビフォアと言う男は、自分をほしがる連中に自分を手渡すと言っていたのをアスナは思い出していた。

 

 それは多分であるが、20年前大戦で魔法世界を消し去ろうとした組織のことだと考察したのだ。そんな連中に自分が渡れば、またあの時と同じことになるだろう。そうなれば、さらに迷惑をかけてしまうとアスナは思考し、なんとしてでも抜け出さなければともがいたのだった。

 

 

「……駄目……。まったく動かない……」

 

 

 それでもどうしようもないこともある。アスナは必死に力を入れ、鎖を砕こうとするも一ミリとも体が動かせなかったのだ。もはやこれまでなのだろうか。あのビフォアと言う男にすき放題されっぱなしで、ここで終わってしまうのだろうか。アスナはそう思うと悔しくてしかたが無かった。

 

 

「……だけど、諦めちゃだめ……。絶対に負けない……」

 

 

 だが、ここで負けてはならない。アスナはそう考え、再び奮起した。確かにあのビフォアと言う男は強い。あの覇王の攻撃を無傷で済ませたというのは、事実のようだ。それでもここで終わるわけにはいかない。このまま負けを認めたくはない。アスナはそう強く想い、再び四肢に力を入れたのだ。

 

 

「……こんなところで負けるもんですか……! 絶対に脱出してやるんだから!」

 

 

 アスナはこんな場所で屈したくないと思った。そこでなんとしてでもこの鎖を解き、脱出すると誓い、強い意思を見せたのだ。この程度、なんてことないと、心からそう思ったのである。

 

 そして再び鎖を引き剥がそうと、全身に力を入れて右腕を動かそうと試みた。どちらかの腕さえ自由になれば、何とか咸卦法が使えそうだと考えたからだ。

 

 そうやってアスナは何度も、何度も、何度も右腕の鎖を千切ろうと、ひたすらに力を入れて引っ張ろうとしていた。それでも鎖はびくともせず、逆にアスナの右腕からは、鎖を引き抜こうと力を入れたせいで、血が滴っていたのだった。それほどまでに、アスナは右腕に力を入れていたのである。そんな右腕の痛みをも我慢し、アスナは力を緩めることはしなかった。

 

 そう何度も右腕の束縛を解こうとしているところに、遠くから音が聞こえた。それは牢屋の扉の奥からだった。牢屋の扉は分厚く作られているせいか、音はとても小さかったが、確かに何か音がしたのだ。アスナはそれを聞いて右腕に力を入れるのをやめて、その扉の方を何だろうと見たのである。そして、突如扉はまるで豆腐のように切り裂かれ、ばらばらと床に散らばったのだった。

 

 

「……あ……!」

 

 

 散らばった扉の奥で、人影が光に照らされていた。また、その人影の後ろには機械らしきものが、鋭利な刃物で切り裂かれたように切り刻まれ、転がっていたのだ。

 

 そして、その人影は一歩、また一歩とアスナへ近づいて行った。そこで牢屋へと入った人影は、扉の逆光から遠ざかったことで、その姿をゆっくりと現していったのだ。牢屋の天井から入るかすかな光に照らされたその姿は、黒い礼服に黒いマント、それに銀色に輝く鉄の仮面。それはアスナが良く知る人物だった。

 

 

「もう少し早く来る予定だったが、遅れてしまった、すまない」

 

 

 それはメトゥーナトだった。ビフォアの罠に嵌り、麻帆良を救うことが出来なかった男。アスナが消えた2週間、どこで何をしていたかはわからない。だが、メトゥーナトはアスナを救うため、ここへやってきたのだ。そこでメトゥーナトはアスナを見て仮面をはずし、その顔をアスナへ見せて安心させたのである。

 

 

「……パパ……」

 

「今その拘束を解こう。少し待っていてくれ」

 

 

 そうメトゥーナトは言うと、すぐさまアスナを縛る鎖を剣で切り裂いた。すると鎖は紙切れのようにちぎれ、アスナは自由となったのだ。また、アスナは自由になったことを体感し、メトゥーナトの顔を見上げ感激していた。そして、感極まって、少しだけ涙を見せて下のである。

 

 

「パパぁ……!」

 

「こうなる前に来る予定だったんだが、すまなかった……」

 

 

 アスナは感極ってメトゥーナトに泣きついていた。そんなアスナにメトゥーナトは、優しく抱きしめ頭を撫でていた。そして、遅くなったことを悔やんだ声で謝りながら、アスナとの再会を喜んでいた。

 

 

「……でも、何で私の場所がわかったの……?」

 

「ずっと言ってなかったが、その髪飾りには特殊な術が施されている。その術はアスナの位置がわかるというものなんだ」

 

 

 アスナはメトゥーナトに会えて喜んだが、自分の場所がなぜわかったのか、ふと疑問に感じたのだ。そこでメトゥーナトは、その疑問に静かに答えていた。その理由はアスナが髪を縛るために使っていた髪飾りだった。

 

 この髪飾りはメトゥーナトがアスナにあげたものであり、そこには術が施されていたのである。それはメトゥーナトがアスナの居る位置を知ることが出来る、特殊な術だったのだ。それによりアスナの位置をメトゥーナトは知ることが出来たと言う訳だった。

 

 

 また、メトゥーナトはアスナを含む複数の子たちが、あのビフォアの罠にはまって、どこかへ飛ばされたと考えた。しかし、アスナの反応が消えたのはおかしいと考え、飛ばされたのは場所ではなく時間なのではないかと考察したのである。

 

 何せメトゥーナトもビフォアの罠で、同じような現象を受けて無効化されたのだ。そう考えても不思議ではないのである。そして、ずっとアスナの位置が特定出来る時を待ち、ようやく反応がわかったところでメトゥーナトが動き、アスナを救出しに来たということだったのだ。

 

 

「知らなかった……」

 

「教えなくても問題ないと思っていたからな……。そして会えてよかった。二週間ぶりだな」

 

「……? ああ、そっちは二週間ぶりになるんだっけ……」

 

 

 メトゥーナトはアスナに久々にあったかのような態度で接してきたことに、アスナは妙な感覚を覚えたようだ。なぜならメトゥーナトは二週間後の未来のメトゥーナトであり、アスナに会うのは二週間ぶりと言うことになるからだ。アスナはそのことに気づき、そういえばそうだったと涙を手でぬぐいながら思ったのである。と言うのも、アスナはメトゥーナトと別れて一日しかたっていないので、そう思ってしまうのも仕方の無いことだったのだ。

 

 

「その右腕の血は……」

 

「鎖を千切ろうとして、怪我したみたい」

 

 

 メトゥーナトはアスナの右腕が、血で真っ赤に染まっていることに気がついた。それをアスナに質問すると、アスナは何てこと無い様子でそれを答えていたのだ。そこでメトゥーナトは、懐から一つの小瓶を取り出した。あの皇帝印の薬である。

 

 

「これを飲むといい。怪我を治してくれる」

 

「ありがとう……」

 

 

 アスナはそれを受け取ると、すぐさま蓋を開けて飲み干した。なんというラッパ飲み、一気飲みだろうか。そしてアスナがその薬を飲み終わると、右腕の怪我はスッと消えて治ったのである。また、そこでアスナは瓶をメトゥーナトへ渡すと、メトゥーナトは再びその空の瓶を懐へとしまったのである。

 

 

「さて、隣にネギ君が居るようだし、助け出して脱出するとしよう」

 

「うん……!」

 

 

 メトゥーナトはアスナの右腕が癒えたのを確認すると、脱出しようとアスナへと話した。さらにアスナが予想したとおり、ネギは隣の部屋で捕まっていることも伝えたのだ。だからネギを助け出し、この場を脱出しようとメトゥーナトはアスナへ話していた。

 

 アスナはその話を聞いて、元気よく返事をしたのだ。メトゥーナトと会ったことで、鬱屈した感情は吹き飛んだようだ。そして、二人は切り裂かれた扉から牢屋を出て、隣の牢屋で同じく捕まったネギを助け出すべく、その牢屋の扉を開いたのだ。

 

 

「ネギ!」

 

「大丈夫だったか?」

 

「あ、アスナさん! それと来史渡さん……!?」

 

 

 ネギは突然開いた扉に驚き、さらにその奥に立つ二人の人物を見て驚嘆の表情をしていた。なんとアスナとメトゥーナトが扉を開き、入ってきたのである。ネギは二人がやってきたことに驚きながらも、アスナの無事を確認できて安心していたのだった。

 

 

「ここから脱出しよう。多分君の仲間もここへ向かってきているはずだ」

 

「わかりました。……でも来史渡さんがどうしてここに……?」

 

 

 メトゥーナトは時間が無いようなそぶりで、ネギにすぐさま脱出することを話していた。アスナと同じように二週間前に居なくなった子たちは、この時間帯に飛ばされたのだとメトゥーナトは予測していた。だからこの時間帯へやって来たクラスメイトたちも、ここへ急いでいるだろうとメトゥーナトは考え、急いだ方が良いと思ったのだ。また、ネギはメトゥーナトが助けに来たことを嬉しく思いながらも、なぜこの場に居るのか少し疑問に思っていた。

 

 

「難しいことではない。アスナを助けに来た」

 

「そうでしたか……」

 

「いいから早く出ましょ!」

 

 

 ネギのその質問に、メトゥーナトは簡潔に答えた。その短い言葉の中には、娘として育ててきたアスナを助けるのは当然だという意味もこめられていた。それをネギが察せたかはわからないが、その答えに満足した様子だった。また、アスナはここからさっさと脱出したいのか、そんな二人をせかしていたのだ。

 

 

「そうだな……。しかしわんさか来たぞ……!」

 

「これも、全部ロボですか!?」

 

「みたいね……」

 

 

 そして牢屋から三人が出ると、その入り口付近に大量のロボが迫ってきていたのだ。今回は人型ではなく四足のロボであり、腕は無く片目に装備されたレーザーで攻撃するような設計だった。

 

 

「二人とも、これを渡しておこう」

 

「これは……!」

 

「これが無いとね……!」

 

 

 そこでメトゥーナトはアスナとネギへ、あるものを渡した。ネギには杖代わりの腕輪と超からの手紙、そしてカシオペアを、アスナには仮契約カードを返したのだ。それを受け取ったネギはすぐさま腕にはめ、いつでも攻撃できるようにしたのである。加えてアスナも仮契約カードを使い、巨大な剣の形のハマノツルギを呼び出した。

 

 

「私が先導するとしよう。後ろに続いてくれ」

 

「はい!」

 

「わかった!」

 

 

 するとメトゥーナトも腰から剣を出し、そのロボへと横一線に振り払った。なんとそれでその場に迫ってきたロボが、一瞬にして二つに分断されたのだ。その剣圧から放たれた風の刃のみで、メトゥーナトはロボ集団を切り伏せて見せたのである。

 

 

「さあ進もう」

 

「すごい……」

 

「いつ見ても強いわね……」

 

 

 そのメトゥーナトの一閃を見た二人は、ものすごいものを見たような表情で驚いていた。たった一撃でロボの集団を全て切り裂いてしまったのだ。驚かない方が無理だろう。また、ネギはこれこそが、父であるナギと共に戦った紅き翼の一員の実力なのかと感服していた。アスナも久々に見たメトゥーナトの実力に、本当に強いと思った様子だった。そして三人はここを脱出すべく移動を開始したが、やはり先ほどのロボが上の階からぞろぞろとやってきたのである。

 

 

「やはり我々を逃がさないつもりか……」

 

「ゴキブリみたい……」

 

「数が多いですね……」

 

 

 上からやって来たロボは、壁や天井などにも張り付き、大量にやってきていた。その数は階段や床を埋めるほどで、天井も壁もそのロボが密集して銀色に光っていたのだ。なんとまあおぞましい光景だろうか。アスナはその光景をゴキブリのようだと称していた。だが、それは間違えでは無いだろう。銀色に光るボディーをうごめかせ、大量の数ではいよる姿は、まさにゴキブリそのものだったのだ。

 

 

「だが、数で何とかなると思ったら間違えだな……!」

 

 

 しかし、メトゥーナトを数で圧倒することは出来ない。やはり先ほどのように、高速で剣を振り回し、そこで発生する剣圧にてロボを分断していくのだ。まるで流れ作業のように、ロボは切り裂かれ、その破壊されたロボで出来た道を三人は通っていくのだった。しかし、ネギやアスナもただ見ているだけではない。メトゥーナトのうちもらしを二人は攻撃し、しっかりと確実に敵の数を減らして言ったのだ。

 

 

「もうすぐ魔法使いの支部の区域だ」

 

「魔法使いの支部ですか……?」

 

「ここ、どの辺りなのかしら……」

 

 

 

 そして三人は牢獄エリアから魔法使い支部のエリアへと突入していった。ネギはその魔法使いの支部と言う言葉に反応を見せていた。麻帆良は魔法使いの街らしいが、実態をあまりよく知らないからだ。また、アスナはこの場所が地下だということはわかったようだが、どこの地下なのかがわからず、どこなのだろうかと考えていたのだ。だが、三人の前を立ちふさがる四つの影があった。それはネギとアスナを牢屋へ閉じ込めた衛兵だったのである。

 

 

「あれは僕たちを閉じ込めた……!」

 

「もしかして、あれもロボだったりする?!」

 

「……わからないが生命反応はなさそうだ」

 

 

 ネギはその衛兵の姿を見て、自分たちを閉じ込めたことを思い出し身構えていた。そんなネギの横で、アスナはあの衛兵もロボなのかと考えていたのだ。なんせ衛兵の姿も一応成人男性であるが、ここまで全部敵がロボだったのだ。当然こいつもロボなのではないかと、勘ぐるのも仕方の無いことだろう。さらにメトゥーナトはアスナのその言葉に、あの衛兵からは生命の息吹を感じないと言葉にしていた。それはつまり、あの衛兵もロボだということだったのだ。

 

 

「来るぞ!」

 

「ロボだとわかれば手加減無用ね!」

 

「負けません!」

 

 

 しかし、この三人をたかがロボ衛兵四体で止めれるはずがなかった。あっけなく切り裂かれ、破壊されていく衛兵。または魔法の射手で貫かれ、機能を停止させていった。どんなに高性能であろうとも、所詮は単純な思考しか出来ないロボ。この程度の相手など、どうということはないのである。だが、その四体のロボ衛兵を倒した直後、そこに一人の男性が現れた。

 

 

「フンッ! 逃がすものか!」

 

「ビフォアッ!!」

 

 

 それはやはりビフォアだった。ビフォアはさらに多くのロボ衛兵を連れて、この場所にやってきたのである。その姿を見たアスナは、本気で許せないと言う気持ちの叫びを喉から出していたのだった。そう叫ぶアスナの前に、メトゥーナトが立ちはだかった。

 

 

「随分と我が愛しの娘を可愛がってくれたようだな……」

 

「アルカディア帝国の狗か……。貴様が私を攻撃すれば、どうなるかぐらいわかっているだろう?」

 

 

 メトゥーナトは静かに、しかし重く険しい声を出していた。その仮面に隠れて見えない目は鋭く、普段見せることの無い怒りを含んだ表情だった。それはアスナを閉じ込め、随分と鎖で縛り上げてくれたからだ。だからメトゥーナトはこのビフォアに、とてつもない怒りを感じていたのである。だが、ビフォアはそれでも余裕の態度を崩さなかった。メトゥーナトに自分を攻撃すれば、どうなるかビフォアはわかっていたのだ。

 

 なぜメトゥーナトやギガントがビフォアをいままで倒さなかったのか。それにはある理由があった。ビフォアは麻帆良の代表になるまで、必死に隠れて逃げおおせた。その時にメトゥーナトやギガントがビフォアを倒せればよかったが、そうはいかなかった。そしてビフォアは麻帆良の代表となり、麻帆良を仕切る存在となってしまった。

 

 また、麻帆良は本国であるメガロメセンブリアとはある程度分離した魔法使いの街だ。しかし、それでも一応メガロメセンブリアとはつながりがある。メトゥーナトやギガントはアルカディア帝国の兵士である。さらにアルカディア帝国は基本的に中立を保つ国家なのだ。そのアルカディア帝国の兵士が麻帆良の代表を倒してしまえば、そこで更なる争いが起こる可能性があったのだ。つまり、ビフォアは今の地位に立つことにより、その身柄を守っていると言うことになると言うわけだった。

 

 

「ふん、わかっている。だから時間稼ぎと行かせて貰おう……!」

 

「な、に!?」

 

 

 だが、それもこれまでだと、メトゥーナトはビフォアを剣で攻撃したのだ。ビフォアはとても驚いていたが、すぐさまロボ衛兵を盾にし、それを防御したのである。

 

 

「貴様……!」

 

「どうした? 何を慌てている?」

 

 

 ビフォアはメトゥーナトに攻撃されて、焦りと怒りの叫びを上げていた。しかし、ビフォアはすぐさま態度を戻し、再び余裕の表情へと戻したのだ。このメトゥーナトは自分を攻撃する気はなく、ネギたちを逃がしたところで、デメリットはないと思っているからだ。どうせこの状況を覆すことは出来ないと、高をくくっているからだ。

 

 

「まあいいだろう。どうせ貴様らには何も出来ない。何も変えられないのだからな!」

 

「それを決めるのは貴様ではない。我々だ!」

 

 

 余裕そうにするビフォアの目の前で、メトゥーナトは剣をすばやく振り払い竜巻を発生させたのだった。その竜巻は膨大な風を天井へと舞い上げ、ビフォアの目をくらませたのである。ビフォアはたまらずそこから距離を取り、目を瞑って腕を顔に当て、風を防御していたのだ。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 さらにその竜巻は周りのロボを飲み込み、それも天井へと持ち上げたのだ。そして遠くへと吹き飛ばされたロボは、床や他のロボと衝突することで爆発していったのである。だが、ビフォアはどうにか建物の柱に捕まったのか、難を逃れた様子だった。

 

 

「行くぞ!」

 

「え!?」

 

「わ!」

 

 

 また、メトゥーナトはアスナとネギを両手で抱え、その場を立ち去ったのだった。突然体を腕で抱えられたアスナは、驚きながらも気恥ずかしさを感じたようで、ほんのり顔を紅色に染めていた。ネギも突然のことで慌てたが、特に気にしている様子ではなかった。

 

 

「チィ……! 逃がすな!!」

 

 

 さらに今の竜巻でビフォアが目を離した隙に、メトゥーナトとそれに抱えられた二人は、すでに上へと目指していた。ビフォアはそちらを追うように体を向け、周囲のロボに三人を逃がさないよう命令したのだ。ロボたちはその命令を聞き、一斉に三人が逃げたと思われる方向へと移動を始めたのだった。だが、ビフォアはそこで三人を追わず、別の場所へと急いで移動して言ったのである。

 

 

 また、ある程度先へ移動したメトゥーナトは、そこで二人を放して再び移動を開始していた。そして三人は、後ろから追ってくるロボの集団を気にかけながら、脱出のために上へ上へと走っていたのだ。しかし、その上の方からも、さらに別のロボ集団が迫ってきており、挟み撃ちとなってしまったのである。

 

 

「しつこい……!」

 

「僕たちを絶対に逃がしたくない見たいですね……」

 

「だが、すべて切り伏せれば問題はない……!」

 

 

 ネギとアスナはこの敵の数を見て、流石に戸惑いを隠せないようだった。そんな時でもメトゥーナトは、この程度の相手なら気にすることすらないと、さらに敵陣へと切り込んでいったのだ。進むは前、後ろは放置して目の前の敵だけを倒し、道を切り開いていったのである。だが、そんな時に再びビフォアが現れたのだ。ビフォアは下の階からショートカットを使ったらしく、三人とほぼ同等の速度でこの階にやってこれたのである。

 

 

「逃がさんぞ!!」

 

「アンタもしつこい!!」

 

 

 ビフォアはなんとしてでも、ネギとアスナを逃がしたくないようだ。はっきり言えばここで二人を逃がしても、ビフォア自身痛くも痒くもないと思っている。なおそれでも逃がしたくないのは、一度捕まえた獲物を逃したことで、プライドが傷ついたからである。だからビフォアは執念でネギたちを追ってきたのだ。また、アスナはそんなビフォアに対し、かなりいらだった表情を見せていた。

 

 

「衛兵ども! あの仮面を囲っていっせいに攻撃しろ!!」

 

「何!?」

 

 

 そこでビフォアはメトゥーナトへ、数十体の衛兵ロボをけしかけた。その圧倒的な数の衛兵ロボが、メトゥーナトを囲ったのである。メトゥーナトはその行動に一瞬驚いたが、すぐにそのロボを剣で切り裂き破壊し始めたのだった。

 

 

「これしきのことで、わたしを止められるとでも?」

 

「甘いなぁ!!」

 

「これは……!!」

 

 

 だが、倒した直後にすぐ別の衛兵ロボが襲いかかってきた。なんと破壊しても破壊しても、次々に別のロボがやってくるのである。この波状攻撃には流石のメトゥーナトもたじたじであり、きりが無い戦いを迫られてしまったのだ。

 

 

「パパ……!」

 

「来史渡さん!?」

 

「わたしにかまうな! 先に行くんだ!!」

 

 

 ネギとアスナはその状態のメトゥーナトを心配して叫んでいた。メトゥーナトはそんな二人に、自分を気にせず先に逃げろと大きな声で指示していた。

 

 

「二人とも、今道を開く! そしたらすぐに出口へ逃げろ!」

 

 

 そこでメトゥーナトは、二人を逃がすべく出口へと大技を放ったのである。それは、先ほどの剣圧での衝撃波などとは比べ物にもならないほどの、すさまじい剣技だった。そしてアスナが良く知る、最大の奥義だった。

 

 

「”光の剣”!!」

 

 

 その技は光の剣。剣の刃から放たれる光の刃だ。その巨大な光の刃は三日月型であり、それに触れる全てのものを切り裂いていったのだ。そして光の剣が通った後には巨大な亀裂とともに、道が出来ていたのである。

 

 

「来史渡さんはどうするつもりですか!?」

 

「わたしはここで足止めする! 二人で逃げるんだ!」

 

 

 ネギはその光の剣を見て驚きながらも、ならばメトゥーナトはどうするのかを大声で質問した。その質問にメトゥーナトは、ここで足止めすると答えていた。完全に大多数のロボに囲まれたメトゥーナトは、ネギたちと共に行くよりも、ここでロボを倒して回った方がよいと考えたのだ。

 

 

「……わかった! 行こう、ネギ先生!」

 

「え? でも……」

 

 

 メトゥーナトの今の言葉に、アスナは強く返答し頷いていた。しかし、ネギは今のメトゥーナトの答えに微妙に納得できなかったのか、多少戸惑いを感じていたのだ。

 

 

「いえ、わかりました……!」

 

 

 だが、明日菜のその表情と、メトゥーナトの視線を見たネギは、そこでそれを納得したようだ。アスナはメトゥーナトを信頼し、メトゥーナトに強気の表情をしながら笑みを見せていたのだ。また、メトゥーナトもアスナを見て、グッドサインを見せながら頷いていたのである。それを見たネギは、出口へ急ぐアスナを追うようにして、すぐさま移動したのだった。

 

 

「逃がさんぞオ!!」

 

 

 逃げる二人を追うように、ビフォアも走って出口へと動いていた。さらにその後ろに衛兵ロボが三体ほど着いてきており、確実に二人を捕らえようとしていたのだ。

 

 

「チィ! 奴め……!」

 

 

 そしてネギやアスナが去った後、突然その部屋が暴風で包み込まれ、そこにいたロボは突如として切り裂かれていったのである。それはやはりメトゥーナトの起こした攻撃だった。もはや足止めなどという生易しいものでなく、敵を全滅させるための攻撃だったのだ。だが、それでもロボの数は増え続けており、メトゥーナトをここから動かさんとしていた。

 

 

「わたしをここに縛り付けるつもりか……。そうしたいのならば、全滅覚悟で来るんだな……!」

 

 

 すでにネギもアスナも先に行き、ここには居ない。ならば、この部屋ごと破壊してもかまわんだろう。メトゥーナトはそう考え、剣握りなおし、再び構えを取ったのだ。その直後、すさまじい風の刃がロボの集団を襲い、大量の数のロボたちは、ただ切り裂かれるのみだったのである。

 

 

「二人とも、無事を祈るぞ……」

 

 

 メトゥーナトはロボの集団を圧倒的な戦闘力で切り伏せながら、ネギとアスナを心配していた。ビフォアがあの二人を、追って行ってしまったのを止められなかったことを悔やみながらも、ならばここに居るロボだけでも全滅させようとしていたのだ。もはや何も気にするものは存在しない。だからこそ、全身全霊をもって、このロボの集団を破壊しつくしてやろうと、メトゥーナトは仮面の下の目を鋭く光らせ、さらなる攻撃を仕掛けるのだった。

 

 



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八十一話 過去へ

 ネギとアスナはメトゥーナトを残し、ビフォアの追跡から逃げていた。だが、ビフォアもその二人を、三体の衛兵ロボと共に追いかけていたのだ。さらに行く手にもロボが道をふさぎ、なかなか前に進めないネギとアスナだった。

 

 

「また前から……!!」

 

「突破するしかありません……!」

 

 

 後ろからはビフォアが追ってきている。そして前には別のロボの集団。完全に囲まれた中で、ネギとアスナは突破以外道は無いと考えた。だから目の前のロボ集団へと攻撃を仕掛け、そこを通り抜けていったのである。

 

 

「出口はまだ……!?」

 

「もうすぐだと思うんですけど……」

 

 

 しかし、倒せど倒せど湧く敵に、二人は疲弊し始めていた。何せ相手はロボであり、そのロボには披露は存在しない。そんなロボを大量に相手をしてきた二人は、疲れを感じ始めてきたのだ。また、アスナのハマノツルギは対魔法用のアーティファクトであり、ただの機械の塊であるロボにはただの剣でしかない。

 

 咸卦法のパワーにより、その鋼鉄の装甲をいとも容易く切り裂いてはいるが、所詮その程度でしかないのである。そうこうしているうちに、後ろからビフォアが追いかけてきていたのを、二人が目視できるほどまでに迫られていたのだった。

 

 

「追いついたぞ!!」

 

「!? もう来た……!」

 

「外に出れればいいんですが……」

 

 

 ビフォアに追いつかれそうな二人は、何とか脱出しようと出口へと急ぐ。だが、やはり行く手を阻むかのようにロボが大量に出現するのだ。ネギも雷の暴風を使い、前方に出現した多数ロボを吹き飛ばす。アスナも同じようにハマノツルギでロボを切り裂き、爆破していくしかなかったのだ。そうやって追いつかれそうになった二人だが、ようやく出口を発見し、地下から出ることが出来たのである。

 

 

「やっと出口……!」

 

「こ、ここって?!」

 

 

 出口から外へ出た二人は、自分たちの現在地に驚いていた。そこは教会の敷地内だったからだ。そう驚いていた二人だったが、下からはビフォアが迫ってきていた。こうしては居られないと二人は考え、教会から脱出したのである。

 

 

「とりあえず隠れるしかないわね……」

 

「そうですね。外に出ても何があるかわかりませんし……」

 

 

 二人は教会の中へと入り、そこに身を潜めることにした。この荒廃した麻帆良をむやみに走り回るのは危険だと判断したのだ。何せビフォアが集った危険な転生者や、謎のチンピラ集団がたむろしている。そのような場所を逃げ回るのは、明らかに自殺行為に他ならないだろう。

 

 また、それを追うように、ビフォアも教会へと足を踏み入れてきたのだった。その後ろには衛兵ロボが三体おり、当然ネギとアスナを見つけようとセンサーを光らせたのである。

 

 

 「どこへ逃げても無駄だ……」

 

 

 ビフォアもまた、教会の全ての部屋をくまなく探し、二人を見つけ出そうとしていた。だが、どの部屋にも二人は居ない。しかし、ビフォアが見つけずとも衛兵ロボが見つければよい。衛兵ロボのセンサーに死角などはないのだ。ありとあらゆるセンサーを駆使し、衛兵ロボらも三つに分かれ、教会内部を検索していた。

 

 そしてアスナとネギはどこへ隠れたのだろうか。二人が隠れた場所、それは天井だった。天井に張り付き、とりあえず様子見をしていたのである。

 

 

『ネギ先生、聞こえますか? のどかです』

 

「こ、この声は……?」

 

「声?」

 

 

 そこへネギに念話が届いたのだ。誰が念話をしてきたかと言うと、従者となっているのどかからだった。のどかは仮契約で得たパクティオーカードのコピーを持っている。つまり、それを使ってネギに連絡をしたのだ。

 

 

「のどかさんとは仮契約してました。だからパクティオーカードで念話してきたんです!」

 

「そういえばそうだったわね」

 

 

 そのことを失念していたのか、ネギはのどかからの連絡に驚きながらも喜んでいた。これで他の人たちがどうなっているか、今どうしているかがわかるからだ。また、アスナもネギの説明を聞いて、仮契約のことを思い出していたのである。

 

 

『のどかさん、そっちは大丈夫でしたか?』

 

『はい、ネギ先生のおかげでみんな無事です。それよりネギ先生の方こそ大丈夫だったんですか?』

 

 

 ネギはまず、残してきた生徒たちの現状をのどかへと聞いてみた。するとのどかは元気そうに、全員の無事を教えたのだ。それを聞いたネギは、安堵したのか小さくため息をついていた。だが、のどかはむしろネギの方が心配だったのか、そのことをネギへと聞いたのである。

 

 

『今は大丈夫です。心配しないでください』

 

『そうですか? よかったー……』

 

 

 ネギは現在ビフォアに追われており、身を潜ませている状態だ。ハッキリ言えば大丈夫とは言いがたいだろう。しかし、のどかを心配させまいと、問題ないとネギは答えたのだ。その言葉にのどかは心から安心し、嬉しそうな声をもらしていた。

 

 

『ネギ先生は今、教会に居るんですか?』

 

『そうです。でも何で僕の居場所がわかったんですか?』

 

 

 次にのどかがネギへ、今の居場所は教会であっているかを質問した。ネギはその質問に、間違えないと答えたが、どうして自分の居場所がわかったのか疑問に感じたいようだ。

 

 

『ネギ先生が持ってる手紙に、発信機がついているんです。それで居場所がわかりました』

 

『そんなものがついていたんですか!?』

 

 

 のどかはネギの疑問を解消すべく、その問いに答えた。その答えにネギは、大変驚いた様子を見せたのだ。何せ手紙に発信機がついているなど、誰も予想していなかったからだ。当然ネギもそのことを知らぬまま、ただ握り締めていただけだったのである。

 

 

『今そちらに向かってますから、待っててください』

 

『こっちに向かってる!? でも僕たちは今追われていて、こっちに来ると危ないかもしれません』

 

 

 そしてのどかは、今ネギがいる教会へと向かっていることをネギに話したのだ。だがネギは、それは危険だとのどかに教えていた。なぜなら今ネギは、あのビフォアに追われているからだった。そんな状態で他の生徒たちがくれば、全員捕まってしまう可能性を考えていたのだ。しかし、ネギは生徒たちが空を飛ぶ機関車型のタイムマシンに乗り込んで、その教会へ向かっていることを知らなかった。だからネギは、そう考えてしまったのである。

 

 

『大丈夫です。もうすぐ到着するんで、教会から出て来てください』

 

『どういうことでしょうか?』

 

 

 のどかは今、タイムマシンの中でネギと連絡を取っている。また、そののどかへネギを誘導させているのは超だった。教会に居るのなら、外へ出て来てこのタイムマシンに、ネギとアスナを乗せて連れ去ろうと考えたのである。

 

 

『過去から超さんがタイムマシンで迎えに来てくれました。だからそれに乗ってもらいます』

 

『超さんが……!? ならわかりました。今すぐで大丈夫ですか?』

 

『はい! では後で!』

 

 

 そののどかの説明にネギは、のどかの今までの会話のことに納得した様子を見せていた。確かに超なら過去から迎えに来てくれても不思議ではないだろう。何せカシオペアを作ったのはあの超だからだ。そうネギは考えたのである。だからネギは、のどかの指示に従って、教会の外に出ることにしたのだった。

 

 

「アスナさん。みんなが迎えに来てくれるようです。ここから出ましょう」

 

「みんなが? 一体どういうこと?」

 

 

 そこでネギは、アスナへと今の念話で決定したことを話したのだ。しかし、アスナはその結果だけを聞かされたので、何がなんだかよくわからなかった。なのでネギへ、何を話したのかを聞こうとしたのだが、そこへ衛兵ロボがネギとアスナを発見したのだった。そして間髪居れず、手に握るワイヤーを飛ばしてきたのである。

 

 

「見つかった!?」

 

「こうなったらネギ先生の言うとおり、外に出た方がいいわね!」

 

 

 衛兵ロボに見つかり、飛んできたワイヤーをかわして地面へと着地する二人。見つからないとは思っていなかったが、思ったより早く見つかったとネギは考えていた。また、アスナは見つかったのなら、ネギの言うとおりに動いた方がよいと思ったようである。

 

 

「逃がさんぞ! 二人を捕まえろ!!」

 

「アイツまで来た……!」

 

「早く外へ出ましょう!」

 

 

 さらにビフォアまでもがやってきて、ネギとアスナを捕らえようと走ってきたのだ。アスナはビフォアの登場に心底うんざりした表情を見せ、ネギは急いで外へ出ようと走り出していた。しかし、出口をふさぐように衛兵ロボが待ち構えていたのだ。

 

 

「この、邪魔!」

 

 

 アスナは待ち構える衛兵ロボへ、ハマノツルギを振り落とした。だが、衛兵ロボはそれを白羽取りし、アスナの攻撃を防いだのだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

 それを見たアスナは、こうも簡単に防がれたことに驚いていた。そこへさらに、別の衛兵ロボがアスナへと攻撃を仕掛けてきたのだった。

 

 

「クッ!? 抜けない!?」

 

「アスナさん! 危ない!!」

 

 

 さらに衛兵ロボにガッチリとハマノツルギをつかまれ、アスナは抜け出せないで居た。その状態のアスナへと、別の衛兵ロボが攻撃のために近寄っているのを見たネギは、とっさにアスナへ叫んでいたのだ。アスナもこのままではまずいと考え、別の手を使って抜け出そうと考えたのだ。

 

 

アベアット(され)!」

 

「何!?」

 

 

 ハマノツルギはアーティファクトである。すなわち仮契約カードへと戻してしまえば、つかまれた状態から抜け出せるというものだ。アスナはそれに気付き、すぐさまハマノツルギを仮契約カードへと変化させた。さらに近寄る衛兵ロボと、先ほハマノツルギをつかんでいた衛兵ロボを、同時に蹴り飛ばしたのだ。それを見たビフォアは、そのように抜け出すなど思ってなかったのか驚嘆の表情を見せていた。

 

 

「甘いわね! アデアット(こい)!」

 

 

 そこで再びハマノツルギを呼び出し、先ほど立ちふさがった衛兵ロボの左腕を即座に切り落としたのだ。これではもはや白刃取りなど不可能。衛兵ロボはハマノツルギにより綺麗に切断されたその面を、無表情で確認していた。アスナはそこで止まることなく、今度はそのロボの両足をぶった切ったのである。これで衛兵ロボ一体は、完全に無効化されたも同然となったのだ。

 

 

「行くわよ! ネギ先生!!」

 

「はい!!」

 

 

 二人はそのまま教会の外へと飛び出し、遠くが見えるようにその屋根へと移動した。すると遠くから改造された機関車が、暗くよどんだ空を飛んでくるではないか。もしかしたら、と思った矢先に、知った声がそこから聞こえてきたのだ。

 

 

「ネギ先生ー! アスナさーん!」

 

「のどかさん!」

 

「本屋ちゃん!」

 

 

 それはのどかの声だった。また、その機関車の開いた扉から、のどかが上半身を除かせ、大きく手を振っていたのだ。その横で夕映がのどかを必死につかみ、落ちないようにと踏ん張っていた。そして、のどかを確認したネギは、あの機関車こそがタイムマシンなのだと確信したのだった。しかし、そこへビフォアも現れてネギとアスナの前へと立ちはだかったのだ。

 

 

「なんだかわからんが、逃がさす訳にはいかねぇ!」

 

「アンタ、本当にしつこい!」

 

「僕たちは元の時間に帰ります!」

 

 

 ビフォアはなんとしてでもネギとアスナを再び捕らえようと、教会の屋根の上で二人と対峙していた。そこでネギとアスナも、ビフォアを睨みつけながらも、なんとかあの機関車へ乗り移ろうと模索していたのだった。

 

 

「ふん、お前たちの考えはわかってるぞ! あれに乗って逃げるつもりだな? だがそううまく行くと思うなよ!!」

 

「何ですって!」

 

「ま、待ってください! あれは!!?」

 

 

 だが、なんとそこには巨大ロボが二体、機関車とは反対の方向から飛んできたのだ。さらに、教会付近に着陸すると同時に、その機関車へと握ったライフルで攻撃させたのだった。すさまじい轟音と共にライフルから放たれる弾丸に、機関車を運転していたエリックはとっさに回避行動を取って見せていた。

 

 

「クソ! これでは教会に近づけんぞ!」

 

「ネギ坊主たちはもう目の前なんだガ……」

 

 

 しかし、その攻撃によりタイムマシンの機関車は、教会へ近寄ることが出来無いばかりか、攻撃を避けるのに必死となっていたのである。加えて体を乗り出していたのどかが、その急旋回による回避行動で、車内から飛び出し落下しそうになっていた。

 

 

「のどか!」

 

「ゆえ!!」

 

 

 のどかを支えていた夕映は、落ちそうになったのどかの右手を握り締め、落とさないように踏ん張っていた。また、楓や古菲なども夕映の体をつかみ、夕映が落ちるのを阻止していたのだ。そして、なんとかのどかは落ちまいと、夕映の手をつかみ這い上がろうと頑張って左手を伸ばしていたのだった。

 

 

「のどか!?」

 

「のどか! こっちに手ー伸ばすんや!」

 

 

 だが、巨大ロボの攻撃を避けるために上下にゆれる車体により、なかなかうまく這い上がれずに居たのだ。その様子を心配そうに見つめるハルナの姿があり、木乃香は床に倒れこみ、のどかの左手をつかもうと、必死に右手を伸ばしていたのである。加えて刹那も木乃香が落ちないよう抑えながらも、この状況では空を飛んでのどかを救出出来そうにないと悔やんでいた。そんな後ろで千雨はこの状況に混乱し、それでも何か出来ることはないかと考えていたのだった。

 

 

「のどかさん!?」

 

「本屋ちゃん! 危ない!!」

 

「どこを見てるんだ? 他人を心配する前に自分を心配するんだな!!」

 

 

 さらに、そんな状態ののどかに気を取られたネギとアスナは、ビフォアの接近を許してしまったのである。ビフォアはパワードスーツを装着しており、足を少し動かしただけで、数メートルの距離を一瞬で移動したのだ。そして、その電撃を帯びた右腕で、アスナへと殴りかかっていた。

 

 

「クッ!!」

 

「甘いぞ!! ソラソラァ!!」

 

「アスナさん!」

 

 

 アスナはそのビフォアの攻撃を、紙一重でかわしていた。だが、ビフォアはさらに攻撃を繰り出し、何度もアスナへとその拳を叩き込んだのだ。流石のアスナもその連続の拳の突きに、多少なりとかすり傷を追っていたのである。また、電撃が帯びた攻撃のため、かすっただけでも感電し、アスナは徐々に痺れを感じ始めていた。それを見たネギは、アスナへ焦りの叫びを上げながら、ビフォアへと魔法を詠唱したのだ。

 

 

「アスナさんから離れろ! 魔法の射手、”光の一矢”!!」

 

「無駄だぞ! クソガキ!!」

 

 

 ネギの魔法の射手はビフォアとアスナの間へと入り、一瞬だが隙を作ることが出来た。その隙にアスナは後退し、ビフォアとの距離を開けることに成功した。しかし、ビフォアはそれを無駄なことだと嘲笑い、今度はネギへと攻撃を仕掛けたのだ。

 

 

「どちらかを捕まえられれば、どのみち勝ちなんだよ!!」

 

「くっ!!」

 

「アイツ……!」

 

 

 ビフォアはアスナでもネギでも、捕まえるのはどちらでもよかった。何せどちらかを捕えれば、人質にして全員を捕らえることができると考えているからだ。そしてネギは、ビフォアの攻撃を必死に避けていた。さらにネギは風の障壁を利用し、その攻撃を防いでいたのだ。そのおかげか、アスナのようにかすり傷を負うことなく、ビフォアの攻撃をいなしていたのである。そんなネギを攻撃するビフォアを、アスナは睨みつけながらも上空の機関車の方へ少し目をやっていた。

 

 すると、その間にものどかが機関車から落ちかけており、とても危険な状況なのは先ほどと変わりなかった。のどかは左腕を伸ばしてなんとかつかまろうとするが、攻撃を回避するたびに大きく車体が揺れるので、うまくつかまれずにいたのだ。また、のどかの右腕をつかむ夕映も、必死で持ち上げてはいるものの、とても窮屈な車内では思うように持ち上げられないで居たのである。

 

 

「のどか、早く左手を伸ばすです……!」

 

「はよ、つかまるんや……」

 

「わかってるけど……きゃっ……!」

 

 

 なんとか必死に左手を、木乃香へと伸ばそうとするのどかだったが、大きく車体が傾きうまくいかない。そしてそのたびに、夕映ものどかの手を離しそうになっており、もはやギリギリの状況だった。

 

 

「ちょっとおじーさん! もう少しうまく運転出来ないの!?」

 

「無茶を言うな! こっちだってギリギリだぞ!?」

 

 

 そんな状況を見たハルナは、運転しているエリックへと文句を飛ばしていた。このままではのどかが落下してしまいそうだったからだ。しかし、エリックもまた必死で運転していた。何とかしてやりたいと思っていても、巨大ロボの攻撃を回避するので精一杯だったのだ。のどかのために動きを少しでも遅くすれば、たちまち巨大ロボの攻撃の餌食になりかねない状態だったのである。

 

 

「う、ううー……」

 

「もうちょっとやえ……!」

 

「くっ……のどか! 頑張るです!」

 

 

 この危険な状況であせ、決死の救出劇はいまだに続いていた。夕映がのどかを引っ張り持ち上げ、木乃香がのどかの左手をつかもうと手を伸ばしていたのだ。そして、後もう少しで木乃香の手とのどかの左手が触れそうだったのである。だが、そこでも敵の攻撃はやまず、またしても車体が大きく揺れてしまったのだ。

 

 

「キャッ!?」

 

「のどかぁ!!」

 

 

 その今の揺れはかなり大きく、夕映も手前へ滑ってしまうほどだった。ただ、夕映は古菲と楓に抑えられており、その程度で済んだのである。しかし、そのせいでせっかくのどかの左手がつかむチャンスを逃してしまったのだ。さらに今のでのどかはさっきよりも下がってしまい、左手でつかめる場所すらなくなってしまったのだ。

 

 

「このままじゃまずいです……」

 

「ウチの手はまだとどく……! のどか! もう一度手を伸ばすんや……!」

 

「は、はい……!」

 

 

 それでものどかを助けようと、再び木乃香が手を伸ばした。夕映もそれを見て、再び引っ張ろうと力を入れたのである。だが、やはり揺れが収まることは無く、なかなかのどかを引き上げられないで居たのだ。上がそんな危険な状況の中、下でもやはり危険な状況となっていた。

 

 

「お前らはもう終わりなんだよ! さっさとつかまって言うことを聞け!!」

 

「嫌です! 僕たちは元の時間帯に帰るんです!」

 

「何を戯言を!! 出来るわきゃねーだろお!!」

 

 

 ビフォアに何度もネギは攻撃され、ネギはそれをなんとか防御して防いでいた。そこでビフォアはネギの防御に苛立ちを覚えたのか、段々と言葉遣いが荒くなってきていたのだ。また、ネギもこのままでは埒が明かないと感じながらも、ただビフォアの攻撃を防ぐしかなかったのである。

 

 

 だが、ここでアスナがビフォアの背後から、攻撃を仕掛けたのだ。無音、無言、ビフォアに気づかれぬよう細心の注意を払い、その渾身の一撃が放たれた。そして、その高速で横なぎに振り出されたハマノツルギが、ビフォアを捕えかけたのである。

 

 

「ふん、甘いぞ!!!」

 

「な、何で……!?」

 

「言ったはずだぞ!! 貴様らでは俺を超えることは出来ぬと!!」

 

 

 しかし、そのアスナの攻撃は容易くビフォアに防がれたのだ。ビフォアはパワードスーツの一部である、鋼鉄のグローブを使ってハマノツルギを受け止め、握り締めたのである。アスナもそのビフォアの行動に、驚きを隠すことが出来ずに居た。何せ完全な死角からの奇襲だったからだ。音を立てぬよう細心の注意を払ったはずだった。一瞬で間合いをつめたはずだった。それでも今の攻撃を、ビフォアに防がれたことが不思議でたまらなかったのだ。

 

 

「どうして……!!」

 

「学習しないヤツだな! 所詮ガキだな!!」

 

「何ですって……!!!」

 

 

 そこでガキだと挑発されたアスナは、驚きよりも怒りの方が増してきたようだった。その掴まれたハマノツルギをさらに強く握り締め、力をこめてビフォアを押し切ろうとしたのだ。だが、ビフォアの手で掴まれたハマノツルギは、まったく動かなかったのである。なんという力だろうか。咸卦法のパワーをもってしても、片手で掴むビフォアを動かすことすら出来なかったのだ。

 

 

「ど、どうしてよ……!」

 

「何度も同じ事を言わせるな!! このノータリンが!!」

 

「アスナさん!!!」

 

 

 ビフォアに手玉に取られるアスナを見たネギも、ビフォアの謎の強さに疑問を感じ始めていた。しかし、こうしては居られないと、再びビフォアに魔法の射手を発射したのである。その魔法の射手はビフォアの手前ではじけ、拘束のための縄となったのだ。

 

 

「甘いんだよ! クソガキ!」

 

「えっ!?」

 

 

 なんということだろうか。その拘束魔法すらもビフォアには通じなかった。ビフォアはそれが命中する手前で、まるでサーカスのライオンが火の輪をくぐるかのようにして、その魔法の縄の間を通り過ぎたのだ。この現象にネギもアスナも驚くばかりだった。いや、もはや何がなんだかわからなくなってきていたのだ。さらに、驚きで思考が一瞬止まったネギへと、ビフォアの拳が近づいてきていたのだった。

 

 

「これで終わりだな!!」

 

「し、しまった……!」

 

「ネギ……!」

 

 

 もはや遅い。その拳はネギを完全に捕えており、避けることなど不可能な状況だった。だが、そこで突如教会の屋根が切り裂かれ、闇を纏った人影がネギの目の前へと飛び出してきたのだ。その人影は右手に握る剣を立て、ビフォアの拳をいなして方向を変えたのである。これにはビフォアも驚いた。突然の出来事であり、自分の攻撃が簡単にいなされたからだ。

 

 

「なにぃぃ!?」

 

「地下のロボは全滅させたぞ……!」

 

「来史渡さん!!」

 

「パパ!!」

 

 

 その人影は仮面の騎士、メトゥーナトだったのだ。メトゥーナトは地下のロボを全滅させ、地面を切り裂き地上へと脱出してきたのだ。また、メトゥーナトの姿を確認したネギとアスナは、とても大きな喜びにつつまれ笑顔を見せていた。そこでさらにメトゥーナトは、マントを蝙蝠のような翼へと変化させ、上空へと高らかと舞い上がったのである。

 

 

「受けるがいい、我が奥義を! ”光の剣”!!」

 

 

 そしてメトゥーナトは、飛行する機関車を狙い打つ巨大ロボの一体へと、その剣を振り下げた。するとそこから三日月形のエネルギーが発生し、巨大ロボを真っ二つに切り裂いたのだった。その切り裂かれた巨大ロボはバチバチと火花を散らし、数秒後の大爆発を起こしたのである。

 

 爆発して破壊された巨大ロボを眺めるように、もう一体の巨大ロボは攻撃の手を止めていた。そこで突如、巨大ロボの握るライフルと、握っていた右腕が切り裂かれて輪切りとなったのだった。さらにその腕を切り落とされたロボの頭部の天辺に、一人の少女が立っていたのである。

 

 

「大丈夫でしたか? 超」

 

「マサカ……!」

 

「ロボ娘じゃないか!!」

 

 

 なんと、超たちがアジトを脱出する際に、囮役となったロボ少女がそこに居たのだ。だが、出撃前に重武装していたロボ少女の武器は、もはや右腕に握るクリアグリーンの刃を持つウィルナイフのみだった。それでもそのウィルナイフのみで、その巨大ロボの攻撃を封じてしまったのである。

 

 

「今のうちにアレに乗り込んでください」

 

「はい!」

 

「ありがとう……!」

 

 

 ロボ少女は今がチャンスだというばかりに、ネギとアスナへ機関車へ乗り移るよう呼びかけたのだ。その言葉にネギとアスナも強く返事をし、礼を述べていた。だが、ビフォアがそのような真似などさせるわけもなく、ネギとアスナへ攻撃を仕掛けていたのだった。

 

 

「逃がさん!! 絶対に逃がさんぞ!!」

 

「お前の相手はわたしだ……!!」

 

「き、貴様ぁぁぁ!!」

 

 

 しかし、それを阻止すべくメトゥーナトが、ビフォアの前に立ちはだかる。その姿を見たビフォアは、頭の血管をピクピクと痙攣させ、完全に怒り一色の表情となっていたのだ。また、機関車ではのどかを引き上げるべく、夕映と木乃香が奮闘していたのだった。

 

 

「今ですのどか! はやく左手をこっちに!!」

 

「もうすぐ届くえ! あと少しや!!」

 

「……はい! うー……! えい!」

 

 

 そして木乃香の右手とのどかの左手が、少しだけ触れた後、再び持ち上がったのどかの左手を木乃香の右手が捉えたのだ。さらにのどかの左手を木乃香はしっかり握り締めたところで、夕映を支える古菲と楓や、木乃香を抑えていた刹那が一斉に後ろに引っ張りあげたのである。するとのどかが引っ張りあげられ、ようやく機関車の内部へと戻ってこれたのである。

 

 

「よかったです!」

 

「みんな、ごめんなさい。そしてありがとう……!」

 

「一時はどーなることかと思ったわー」

 

 

 のどかの無事を確認した仲間たちは、思い思いに安どの表情を浮かべていた。また、夕映はのどかへと抱きつき、助かってよかったと心から安心していたのだ。そこで、それを確認した超とエリックは、そのタイムマシンである機関車を教会の屋根へと近寄らせ、ネギとアスナの回収を開始したのだった。

 

 

「ネギ坊主! 明日菜サン! 今この汽車が教会の横を通り過ぎるネ! その瞬間を見計らって乗り移ってほしいネ!」

 

「わかりました!」

 

「オーケー……!」

 

 

 超はそこで、ネギとアスナへと大声で指示を出していた。それは教会の屋根を機関車が通り過ぎる一瞬、その一瞬のタイミングで乗り移ってほしいというものだった。なかなかシビアな作戦だが、ネギもアスナも自信を感じる表情で、それにわかったと返事を返したのだ。だが、それを聞いたビフォアは、なんとしてでもそれを阻止しようと行動に移ろうとしていたのだった。

 

 

「そうは、そうはさせねぇ!!」

 

「お前の相手は、わたしだと言ったはずだが?」

 

「テメェー!!」

 

 

 しかし、それでもメトゥーナトに取っ組まれ、完全に動きを封じられたビフォアには、それを行う余裕がなかった。そして機関車が上空で旋回して、教会の屋根の上スレスレを移動したのである。そこでアスナはネギを左手で掴み、虚空瞬動を使って機関車の入り口へと移動し、扉に右手をかけて乗り移ったのだった。

 

 

「くっ! 衛兵ロボ! やつらを逃がすな!!!」

 

「その衛兵ロボとは、コレのことでしょうか?」

 

「なっ!? なぁー!?」

 

 

 飛び去る機関車を逃がすまいと、ビフォアは衛兵ロボへと指令を出した。そのビフォアの叫びに反応したのは、なんとロボ少女だった。ロボ少女はすでに残った衛兵ロボをしとめており、切り裂かれたロボの頭部を右手に掴み、それをビフォアへと見せびらかしていたのだった。完全に原型を失った衛兵ロボを見たビフォアは、アホのような表情で驚き、先ほどまでの余裕の態度はすでになくしていたのである。

 

 

「アスナ! 掴まるんや!」

 

「その前にネギ先生をお願い!」

 

「アスナさん……!?」

 

 

 また、飛行する機関車の扉に掴まるアスナに、木乃香は自分の手を掴むよう言葉を投げかけていた。アスナは今、左手で扉のふちを掴み、小さな段差に両足を乗せている不安定な状況だった。そんな危険な状況だからこそ、木乃香は焦りの声でアスナに声をかけていたのだ。しかし、アスナはその前にネギを回収してほしいと、ネギに自分の腕を使わせて、そちらへと歩かせたのだ。

 

 

「ネギ先生!」

 

「のどかさん……!」

 

 

 ネギは何とかアスナの腕を掴みながら、機関車の扉の近くへと移動し、扉の中に片足を乗せることに成功していた。加えてのどかもネギを捉えようと、入り口で手を必死に伸ばしていた。さらに、そんなのどかを二度と落とすまいと、夕映がのどかをしっかり掴んでいたのである。

 

 

「ネギ先生……! えい……!」

 

「わっ!」

 

 

 そこで、のどかはそのネギの腕を掴み、引っ張りあげて車内へと引き込んだ。その反動でネギとのどかは後ろへ倒れこんでしまっていた。そのせいで、ネギはのどかに覆いかぶさるような体勢となってしまったが、なんとか機関車の内部へと無事に入ることが出来たようだ。

 

 

「の、のどかさん!?」

 

「ね、ネギ先生……!」

 

 

 なんというハプニングだろうか。ネギものどかも顔を真っ赤にして、慌てていたのだった。だが、それを気にしている暇は今はない。ネギはとっさに立ち上がり、アスナの方を気にかけていた。そしてのどかもすぐに立ち上がり、ネギの無事を喜び、ほんの少し涙ぐんでいたのである。そんなのどかとネギの様子を、ほっとした様子で夕映が見ていたのだった。

 

 

「今度はアスナの番や! こっちに手を!」

 

「このか!」

 

 

 そこでアスナは自由となった左手で、機関車のつかめる部分を握ると、右腕を木乃香へと伸ばしたのだ。木乃香も刹那に掴まれながら、アスナへと手を伸ばす。そのアスナと木乃香の手が触れたところで、しっかりと両者の手がつながり、アスナを車内に引きずり込むことに成功したのだった。

 

 

「ありがとう、このか」

 

「アスナも無事でよかったわー」

 

「これで全員揃いましたね」

 

 

 アスナは木乃香に今の助けの礼を微笑みながら言っていた。木乃香もアスナが無事でよかったと思い、同じく笑みを浮かべていたのだ。そして、その隣で刹那も全員が揃ったことで、過去へ戻れると考えたようだった。さらに、この場に居る全員も安心した表情で微笑みあっていたのである。

 

 

「これで元の時間帯に戻れるネ!」

 

「よし、このまま二週間前に飛ぶぞ! みんな、掴まって居るんだぞ!!」

 

 

 超も刹那と同じ事を考えていたようで、これで暗黒の麻帆良とはさようならだと思っていた。エリックも全員が揃ったことで機関車の扉をしっかり閉め、このまま元の時間帯へと移動する準備に取り掛かっていた。そこでエリックはタイムサーキットを起動させ、ネギたちが飛ばされた2003年6月22日の9時ごろへと時間設定を変更したのだ。こうして機関車はすさまじい一度旋回した後、飛行する速度を加速させ、光の中へと消えて行ったのである。

 

 

 その機関車が光に消えるのを、ビフォアは間抜けな顔で眺めていた。まさかこんな現象が起こるなど、知る由も無かったのだ。また、メトゥーナトとロボ少女はその光景を見ながら、彼らの無事を祈っていたのだった。



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八十二話 頼み

 辛くもネギたちはビフォアの改変した未来、暗黒の麻帆良から脱出することに成功した。全てにおいてギリギリだったが、なんとか麻帆良祭三日目の朝へと戻ってこれたのだ。そこで一度超のアジトへと戻り、ひと時の休息を味わっていたのだった。

 

 

「何とか戻って来れましたね」

 

「そうね……。一時はどうなることかと思ったけど、何とかなってよかったわ」

 

「あんな麻帆良はもうこりごりやなー……」

 

 

 ようやく明るい平和な麻帆良へと戻ってこれたことを、誰もが話し合っていた。あの地獄めいた麻帆良は、二度と味わいたくないと言うのが全員の一致した意見だったようである。それは当然のことだろう。闇が支配しチンピラが横暴する崩壊した麻帆良など、誰だって見たくないはずだ。だからこそ、現在平和な麻帆良に誰もが安心と安らぎを感じていたのである。

 

 

「超さん、助けてくれてありがとうございます」

 

「気にする必要はないネ」

 

 

 ネギも同じ気持ちだったようで、助けに来てくれた超にとても感謝していた。また、超もネギを何とか助けられたことを喜び、嬉しそうに笑っていたのだ。

 

 

「しかし、まさかネギ坊主が未来に飛ばされるとは思わなかたヨ……」

 

「僕も突然のことだったんで、何がなんだか……」

 

 

 超はネギが未来に飛ばされるなど、思ってなかった。いや、確かに猫山直一の情報では、ネギが未来に飛ばされる可能性が暗示されていた。しかし、ビフォアがネギへ直接干渉したこともなかった上に、カシオペアをあのような手に使うことなど予想していなかったのだ。さらにネギも、いきなり未来に飛ばされてしまったので、まだ微妙に頭の整理が終わっていなかったのだった。

 

 

「あ、これ、超さんのですよね? 返しておきます」

 

「おお、カシオペアカ! ありがたいネ……!」

 

 

 ネギはそこで、ふと思い出したかのように、カシオペアを取り出し、それを超へと渡したのである。未来にてロボ少女から、このカシオペアは元々超が発明したものだと説明されたからだ。だからネギは、本当の持ち主である超へと、カシオペアを返したのである。

 

 また、超もカシオペアを受け取ると、ネギへと礼を言っていた。そして、超はカシオペアを手に取り、懐かしむような目でそれを眺め、喜びを隠さず微笑んでいたのだ。何せこのカシオペアは、最初に自分で開発したタイムマシン第一号。超にはこのカシオペアに、とても深い思い入れがあったのである。と、そこに一人の少女がやってきた。丸いメガネをかけた黒髪の少女だった。

 

 

「超さん! それにブレイン博士もご無事で!」

 

 

 それは葉加瀬聡美だった。葉加瀬はネギを迎えに未来へ行った二人を心配し、顔を出したのである。

 

 

「おお葉加瀬君か! いやー心配をかけたようでスマンな」

 

「少々危険だたが、何とか戻ってこれたヨ。ありがとうネ」

 

「いえ、二人とも無事で安心しました」

 

 

 そんな心配してくれた葉加瀬へ、超とエリックは感謝と謝罪を同時にしていた。葉加瀬もそう言う二人が無事だったことを喜び、表情を緩ませていたのだった。

 

 

「そして早々だが、ハカセにはこのメモリーの中身を分析してほしいネ」

 

「これはまさか……。……わかりました! 任せてください!」

 

 

 そこで超は、未来から持ち帰ったデータを葉加瀬に分析するよう頼んだ。それを受け取った葉加瀬は、そのメモリーの中身が未来の情報だと言うことを察し、力を入れたのである。そして葉加瀬はそのままデータベースへと移動し、メモリーの情報分析に移るのだった。

 

 

「みんな聞いてほしいネ。ここからは危険な戦いになるダロウ」

 

 

 葉加瀬が去った後、超は全員に話しかけていた。それはこのビフォアとの戦いが、想像以上のものになる可能性を考慮したことだった。

 

 

「ビフォアのことは私の責任ヨ。関係のないみんなを巻き込んでしまたことを許してほしいネ」

 

 

 超はビフォアとの戦いに、関係のないクラスメイトを巻き込んでしまったことに責任を感じていた。この事件、超が悪い訳ではない。はっきり言えばこんな計画を企てたビフォアが悪いのだ。だが、その発端に超が発明したカシオペアが存在している。その部分に超は負い目を感じていたのである。

 

 

「だから、このまま抜けて麻帆良祭最終日を楽しんでほしいと思うヨ」

 

 

 それゆえに、このまま抜けて普通に麻帆良祭を楽しんでほしいと思っていた。何せビフォア側の戦力はかなりのものであり、あの坂越上人と言うリーサルウェポンまで存在するのだ。危険極まりない戦いになる可能性は十分ある。だから超は、みんなにこのことを忘れて麻帆良祭りへ戻ってほしかったのである。

 

 

「超、水臭いアルヨ! 私は全力で協力するアル!」

 

 

 しかし、そんな超の心配をよそに、古菲は超へ協力すると強く宣言した。こんな危険なことを友人である超だけに任せてはいけないと、友人を助けなければと古菲はそう思ったのだ。

 

 

「そうです! 私たちで何とかするです!」

 

「うん、そうだね」

 

 

 夕映ものどかも同じ気持ちだったようで、この事件は自分たちで何とかしないとならないと考えたようだった。魔法と言う不思議な力を習い、それなりに危険を覚悟してきた二人。麻帆良の危機ならば、なんとしてでも食い止めなければならないと思ったのである。

 

 

「なんだかよくわかんないけど、ここからが正念場ってやつだね!」

 

「ま、まあ、あんな未来じゃ平穏なんてありゃしねーしな……」

 

 

 微妙に理解出来てなさそうなハルナだが、このままではマズイことだけは理解していたようだ。何が出来るかはわからないが、とりあえず協力する姿勢を見せていたのだった。

 

 さらに千雨もあの地獄めいた麻帆良になったら平穏が崩れると思ったのか、協力しようと思ったようである。こんなファンタジーめいたことなど触れたくも無いのだが、そうも言っていられないと考えたようだった。

 

 

「みんな……。だが、かなり危ない戦いになるヨ!? それでもいいのカ!?」

 

 

 誰もが協力を惜しまない姿勢を見せたことに、超は感激していた。しかし、それでもビフォアとの戦いは危険が伴うだろうと予想されるため、本当にそれでよいのか、聞き返したのだった。

 

 

「超さん、わかってると思うけど、うちらのクラスはこうなったら止まらないわよ?」

 

「うむ、それに協力者は多いほうがよいでござるよ。別に戦うだけがすべてではござらんだろう?」

 

 

 そこでアスナは自分のクラスメイトが、この程度で降りる訳が無いと話し出した。ノリの良いクラスメイトたちは、巻き込まれたとは言え一度始まったことから、逃げ出すと言う選択はないと言うことだった。また楓も、協力者は多いほうが良いと言っていた。戦闘などの危険なことをさせるだけが全てではないのだと。

 

 

「超が麻帆良を救おうとしているのだけはわかったアル。だから私は超の力になりたいアル!」

 

「明日菜サン、かえでサン、それに古……」

 

 

 古菲も超の力になりたいと頼み込んできた。古菲は超の友人である。友人のピンチを助けたいと思うのは当然のことだった。そんな三人の言葉に、超は嬉しくなっていた。

 

 さらに周りを見渡せば、誰もが強い意志の表情で笑みを浮かべていた。全員超に協力し、ビフォアの野望を阻止しようと言う意思の表れだったのだ。

 

 

「ありがとう、みんな……」

 

 

 そんなクラスメイトたちを見渡し、超はとても感激していた。なんという人たちだろうか。巻き込んでしまったと言うのに、危険な目に遭ったと言うのに未だに協力してくれようとしている。超はそれがたまらなく嬉しく、ほんの少しだが涙を見せていた。

 

 また、そんな超やクラスメイトたちを、エリックは少し離れたところから眺めていた。その表情はやさしいもので、超は良い友人を持ったと心から思っていたのである。

 

 全員が協力してくれることとなり、誰もがビフォアを倒すことに賛同していた。しかし、それだけでは足りない。ビフォアを倒すにはあまりにも足りないのだ。

 

 

「だけど問題は山ほどあるわね……」

 

「あのビフォアと言う男が、まさかアスナさんを軽々気絶させるほどの実力をもっているとは……」

 

「はおも勝てへんと言ーたみたいやしなー……」

 

「難しいことはわかりませんけど、覇王さんに協力してもらえないんですか?」

 

 

 あのビフォアと言う男は強かった。何せアスナを一撃で下すほどだったからである。アスナがビフォアに負けたことに、刹那も戸惑いを隠すことが出来なかった。刹那はアスナと試合を行い、一度負けていた。だからアスナが簡単に負けたことが、信じられないと言うほどのことだったのである。

 

 さらに言えば、あの覇王ですらダメージを与えられないほどに、ビフォアは危険な存在だった。だが、それなら覇王に協力してもらえばよいと、木乃香の横にドロンと出てきたさよが言ったのだ。

 

 

「そーやな。はおに協力してもらおか」

 

「うんうん」

 

「それがよいと思います」

 

 

 木乃香はさよの言葉を聞いて、それがよいと考えたようだ。アスナも刹那も、そのことに賛同していた。

 

 

「なら兄さんも呼びましょうか」

 

「な、ならアイツらも呼んだ方がいいのか……?」

 

 

 ネギもならば自分の兄であるカギを呼ぼうと思ったようだ。あのカギは自分でもわからない不思議な力を持っていることを、ネギは知っていたからだ。加えて千雨も、カズヤと法を呼んだ方がよいのか考え込んでいた。あの二人は喧嘩ばかりして居るが、こういう話には乗ってくるだろうと思ったのだ。まあ、カズヤの場合この戦いすらも喧嘩だと思うだろうが。そんな感じで、まずは協力者を増やし、作戦会議を行うことにしたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 ビフォアの計画を阻止するための作戦、それは大体”原作通り”となったようだ。何せ原作知識を持つカギが居るのだ。その手の作戦を立案しない訳が無かった。また、ビフォアが基本的に麻帆良の住人の殺傷を、行っていないのが大きかった。

 

 ビフォアにとって麻帆良を支配することこそが目的であり、麻帆良の住人を攻撃したい訳ではないようだ。いや、ビフォアは麻帆良を乗っ取った後の、平和に浸かった住人を絶望させようとしているのかもしれないが。

 

 

 そして作戦が決まったことで、全員それぞれ出来ることを始めていた。アスナも麻帆良祭の主催者である雪広コンツェルンの娘であるあやかに、イベントの変更を頼みに自分の教室へと足を運んだのである。そのアスナに古菲もついてきており、さりげなくあの状助の姿もあったのだった。

 

 状助は覇王と行動していたので、木乃香に呼ばれた覇王についてくる形で協力者となっていた。本人はあまりこういうことはしたくないのだが、麻帆良の未来がかかっているのなら話は別だった。闇の支配する麻帆良など状助も望んでおらず、そうならないために戦うなら協力を惜しまなかったのだ。まあ、原作と微妙に違う点に、多少悩んだのではあるが。

 

 

「くーふぇさんにアスナさん、それに東さんまでどうしたんですの?」

 

 

 突然の珍客にあやかは少しだけ驚いていた。というのも状助までやってくるのは非常に珍しいからだ。

 

 

「ど、どうもっス……」

 

「アスナがいいんちょに頼みがあるみたいアルヨ」

 

「頼み? 珍しいこともありますわね。それでどんなことでしょう?」

 

「いいんちょ、お願いがあるんだけど……」

 

 

 状助はやはり緊張しており、カチコチに身を固めていた。本当にどうしようもないほどのヘタレっぷりである。まあ、そんな状助など、あやかも見慣れていたので大して気にはしていなかった。そして、一体どうしたのかと言う顔を見せるあやかに、アスナは例の作戦のために頼み込んだのである。

 

 

「今から大会を!?」

 

 

 そのアスナの頼みごとを聞いて、あやかは大声を出していた。何せいまさら麻帆良祭三日目の行事を変更しろというのだから、驚かない訳がないのである。また、理由すら説明されないのに、このような暴挙が許されるはずがないからだ。

 

 

「理由もわからないのに、そんな無茶苦茶出来るわけないでしょう!?」

 

「そ、そうだけど……!」

 

 

 理由がわからないのに、突然そんなことを言われても、はいそうですかと言われるはずも無い。アスナもそのことは十分理解していた。だが、理由を話す訳にも行かないのだ。さらに理由を説明したところで、理解されるはずもないと思っていたのである。そりゃ未来が危険だから何とかしてくれなど、普通の人間が理解出来るはずがないだろう。

 

 

「出資者の娘だからって、そんな無理を言ったらただのわがままお金持ちお嬢様でしょう!?」

 

「いいんちょがそういうのが嫌いなのは十分わかってる……! けど、こっちにも事情があるのよ……!」

 

「だから事情をまずお話なさい!」

 

 

 あやかは自分が出資者の娘として、そういう権力を笠にした行動を嫌っていた。だからこそ、そんな無理難題など許可したくはないのである。アスナも当然それをよく知っていた。しかし、それでも麻帆良の未来のために、あえてそれをあやかにさせなければならなかったのだった。

 

 それなら事情を話すべきではないかと、あやかも激しく抗議していた。説明を求めるのは当然のことだろう。その当然のことが出来ずにいるアスナは、とても大きなもどかしさを感じていたのだった。そして、説明はできないが今出来ることがあると、アスナはそれを実行したのだ。

 

 

「おねがい、いいんちょ……」

 

「……っ アスナさん……」

 

 

 説明も出来ない上に無茶を言っているのは百も承知。ならば頭を下げるしかない。アスナはあやかへ、深々と頭を下げて無茶を聞いてほしいと頼んだのである。その頭を下げるアスナに、あやかはとても驚いていた。幾度と無く勝負してきたライバルが、頭を下げて願ってきたことなどなかったからだ。また、古菲もアスナが頭を下げたことに、少し驚いた様子を見せていたのだった。

 

 

「俺からもお願いします……」

 

「あ、東さんまで……」

 

 

 さらに状助もアスナの横で頭を下げた。状助もあやかとは小学校からの付き合いだ。ある程度のことは知っているのである。だからこそ、ここはしっかりと頭を下げるべきだと思ったのだった。

 

 深々と頭を下げる二人を見たあやかは、ため息をついてどうするか考え始めていた。そして、まったく頭を上げる気配の無い二人に、その考えを言葉にしたのだ。

 

 

「……わかりましたわ。二人がそこまでするのなら、何か大きな事情があるのでしょう」

 

「……いいんちょ……?」

 

 

 あやかがその言葉を発した後、アスナと状助はようやく頭を上げてあやかの顔を見上げた。そのあやかの表情は、世話のかかる友人だと言いたげな、困ったように笑っていると言うものだった。

 

 

「それに……、いえ、その頼みを聞いてあげますわ」

 

「いいんちょ……、ありがとう……」

 

 

 あやかは昔、弟が危ないと聞かれた時、アスナが元気付けてくれたことを今でも感謝していた。その時に一緒に悲しんでくれたことや、弟が無事だったことを共に喜んでくれたことを、恩だと考えていた。それならその恩を返せるのは、今なのかもしれないとあやかは考えたのだった。だが、そのことはあえて言わなかった。なぜならアスナが、それに対して借しだと思っていないのをわかっていたからだ。

 

 そして、こんな無茶な頼みを聞いてくれたあやかに、アスナは心から感謝を述べていた。そこでアスナはあやかの手を取り、申し訳なさそうに笑って見せたのである。

 

 

「よかったなあ~、これで何とかなりそうだな!」

 

「状助もありがとう……」

 

「お、俺は別に何もしてねぇっスよぉ~」

 

 

 さらに、一緒に頭を下げてくれた状助にも、アスナは礼を言っていた。自分だけでなく、状助も頭を下げてくれたおかげでだと思ったからだ。だが、状助は特に何かしたワケではないと、テレながらに語っていたのだった。

 

 また、古菲もこの三人の光景を見て、なにやら暖かな気持ちになりほっこりした笑顔を見せていたのである。これでようやく次の段階へ、物事を進めることが出来るようになったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同時刻、木乃香と刹那やカモミール、それと覇王が学園長と対面していた。あのビフォアの企みと地獄めいた未来のことを話し、協力を取り付けるためだ。

 

 

「これは本当かね!?」

 

「はっ、事実です」

 

「おじいちゃん、信じてー!」

 

 

 二人から説明されたことは、にわかに信じられないようなものだった。ビフォアの企みによる麻帆良の支配と、地獄めいた麻帆良の未来。どちらも信じろと言われても、すぐに飲み込めるものではなかったのである。

 

 

「ふむ、ビフォアのことは色々と報告が入っておる。しかし、それが本当ならビフォアは非常に厄介な相手じゃぞ……」

 

 

 だが、ビフォアが何か企んでいるという報告は、学園長にもすでに来ていた。当然ビフォアが怪しいのはわかっていたのである。そして、ならばいっそう力を入れて、ビフォア捕獲に乗り出さなければと、学園長は考えたのだ。

 

 

「報告はわかったぞぃ、刹那君や。このかも後はワシらにすべて任せ、学園祭を楽しんできなさい」

 

 

 しかし、ならば生徒である刹那や木乃香の手を煩わせることは無い。ビフォアの問題は魔法使いの問題でもあるだろう。それは大人である自分たちで決着をつけようと、学園長は思ったのである。だから生徒である二人に、学園祭へと戻るよう学園長は話したのだ。

 

 

「それじゃ無理だ。この麻帆良の魔法使いが束になっても、あのビフォアには勝てはしない」

 

「むっ……、どういうことかね!? 覇王君……!?」

 

 

 そこで口を挟んだのは覇王だった。覇王は目を瞑りながら腕を組み、色々と考えていたようであった。そして目を開き、学園長の方へと向きなおしたのである。

 

 

「あのビフォアという男は、()()()()()()だ……。だから今回は僕らに任せてほしい」

 

「ふむ……」

 

 

 覇王が言うそういう存在とは、転生者という意味がこもっていた。それをある程度察したのか、学園長は難しい表情で長く伸びた顎鬚をなで始めたのである。

 

 学園長は転生者の存在をある程度知っていた。何せ麻帆良にも何人もの転生者が存在し、学園都市の防衛などにも関与しているのだ。その中に自分がそういう存在(転生者)だと学園長へ説明したものも少なくは無いのである。

 

 また転生者には特異能力を持つものが多く存在する。魔法以外で驚異的な破壊力を生み出す力だって存在するのだ。そのため覇王がそう言うのであれば、魔法先生では勝ち目が無いのだろうと学園長は考え、厳しい表情を見せたのである。

 

 

「まっ、そういうことだからここは俺っち達に任しておきな」

 

 

 そこですかさずカモミールが、今後のことについて話を始めていた。そして、なにやら魔法具を学園長に用意させようと、説明しだしたのだ。

 

 

「最低2000でかまわねぇ! 別ルートですでに用意してくれるところが見つかってるからよー!」

 

 

 すでにカモミールは魔法具を別ルートで入手することに成功していたようだ。そのため数は最低1000でかまわないと、悪役面で学園長へ説明したのである。そのカモミールの説明に学園長は眉毛をピクリと動かしたが、一般人がビフォアを直接相手にする訳ではないと聞かされたので、肩の力を抜いたようである。

 

 だから学園長もそれを了承し、カモミールが提示したルートで魔法具を入手することにしたのだった。こうして少しずつだが、確実にビフォアの野望を阻止するための計画は進んでいくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 カギが考案した作戦は原作通り、一般人を巻き込んだものだった。まあカギは転生者なので、そうしてしまうのも無理は無い。また、ビフォアもある程度それを意識した戦略を用いてきていた。だからこそ、この作戦が出来ると、カギは思ったのである。

 

 

「……本当にこんな作戦でいいんでしょうか、兄さん」

 

「不満か?」

 

「少しは……」

 

 

 そしてネギたちはとりあえずビフォアから隠れるため、超のアジトで待機していた。そこでネギはこの作戦に、少しだが疑問を感じていたのである。あの地獄めいた未来を何とかするには、確かにカギの作戦なら問題ない。そこにはネギも感心し、賛同していた。だが、やはり一般人を巻き込んでしまう部分に、あまり納得出来ないでいたのだ。

 

 

「お前が不満な部分は大体わかってる。だが、麻帆良を賭けた戦いになるんなら、ここの住人の問題でもある」

 

「だけど、それじゃビフォアと言う人と同じだと思うんです……。多くの人に迷惑をかけてまで、戦いに勝つというのは……」

 

 

 しかし、カギは転生者。ネギがどうして悩んでいるか、少しだけわかっていた。それにビフォアとの戦いに敗れれば麻帆良は壊滅する。それは一般人にも被害が出るということだ。ならば一般人にも協力してもらうことが、決して悪いことではないとカギは考えていたのである。

 

 それでもネギはカギの作戦に少し晴れぬ思いがあるようだった。ビフォアは未来で民衆を駆り立てて、自分たちを捕まえようとしていたことを、ネギは思い出していたのだ。それとカギの作戦が、少しだけビフォアが行った行為とかぶって見えてしまったのである。だから、それではあのビフォアと同じ事をしようとしているのではないかと、疑念を感じてしまっていたのである。

 

 

「……俺の知ってる偉人が言っていたぜ? ”力だけではただの暴力だが、力なき正義もまた無力”ってな」

 

 

 そこでカギは、自分の知る中で有名な言葉を一つつぶやいた。力のみで暴れれば、ただの暴力となってしまう。だが、力がない正義では、悪には太刀打ちできない。カギはそれをネギへと、ゆっくりと聞かせたのである。

 

 

「俺たちがビフォアを倒さねぇと麻帆良がヤベーんなら、こっちも同じ力で対抗するしかねぇのさ……」

 

「兄さん……」

 

 

 ならば力を有した正義でなければならないと、カギはネギを説得していた。ネギもカギの話を聞いて、カギが何を考えているかを察することが出来たようだ。

 

 

「それにビフォアとの戦いは勧善懲悪。気にする必要なんてどこにもねぇ。これは俺たち麻帆良の住人とよそ者であるビフォアとの、麻帆良の未来を賭けた戦いなんだからな!」

 

「……それでも、僕はやっぱり一般人まで巻き込むのは賛同しきれません……」

 

 

 さらにカギは、ビフォアが全部悪いのであって、自分たちはその悪を打ち砕くヒーローだと、その悪と正義が未来を賭けた戦いなのだと、ネギへと強く力説したのだ。それでもなお、ネギは迷っていた。一般人を巻き込むのは、ネギにとってあまり好ましくないことだからだ。

 

 

「確かにカギ先生の作戦は無茶です。一般人を巻き込むのは、私もあまり良い気分ではないです」

 

「ゆえ……?!」

 

「ゆえさん」

 

 

 そんな二人へ、夕映がやってきて話しかけていた。夕映もネギ同様、一般人を巻き込むカギの作戦に納得しきれない様子を見せていたのだ。

 

 

「しかし、カギ先生がさっき言ったように、力なき正義は無力です。私たちだけで何とか出来ないのなら、カギ先生の作戦は妥当だと思うのです。ただ、ベストではなくベターと言うだけです」

 

「……僕もわかってるんです。ただ、やりきれないだけなんです……」

 

 

 しかし、カギの言ったことは間違いではない。自分たちでビフォアに勝てないなら、一般人に協力してもらうこともやむをえないと考えていたのだ。また、それに伴い戦いを大会イベントと称することで、こちらも派手に暴れられるということも作戦の一つだ。また、幸いビフォアは一般人への殺傷は行っていないようだった。

 

 だから色々な観点から見ても、この作戦に一般人は必要だったのである。ただ、この作戦は他者を巻き込むため、ベストとは呼べないベターなものだと、夕映も考えていたのだった。ネギも、そのことは重々承知だった。それでも、自分たちだけで何とか出来ない無力さに、胸を締め付けられる思いを感じていたのだった。

 

 

「それはここにいるみんなも同じはずです。カギ先生だって、そうなんでしょう?」

 

「あったりめーだろう!? 俺のチートでさえビフォアとか言うやつには勝てねぇ! これほど悔しいことがあってたまるか!!」

 

「兄さん……」

 

 

 だが、それはネギだけではないと、夕映はそう叫んでいた。夕映だって、自分たちで何とか出来るのならば、そうしたいと思っていた。しかし、ビフォアの戦力は非常に強力であり、十数人程度では太刀打ち不可能なレベルだったのだ。その力の無さを夕映も感じ、どうにもならない思いを秘めていたのだった。

 

 同じくカギも悔しさを感じていた。銀髪を倒すほどに成長し最高のチートを持つ自分でさえ、あのビフォアには勝てないことをカギは知ってしまったからだ。この場で飛び出し、ビフォアを見つけ出してぶっ倒し、つるし上げられればどれだけよいか。カギはそれが出来ないことに、かなりのもどかしさを感じていたのだ。

 

 

「でも、ネギ先生のそういうところは美徳だと思います」

 

「そうですか……?」

 

「はい。ですが、ネギ先生は少し肩の力を抜くべきです」

 

 

 そこで、ネギのそうやって他を巻き込むまいとする姿勢は、夕映にも好感を覚えたようだ。それこそがネギの優しさであり、よい部分だと思ったのである。ただ、それが弱点になりえなければ良いとも、夕映は考えたのだった。また、そうやって悩んでばかりでは、いずれネギが重圧に潰されないか心配になった。だから夕映は、力を抜いてリラックスした方がよいと、ネギへと静かに話したのだ。

 

 

「まっ、ネギが甘ちゃんなのは今に始まったことじゃねーだろ?」

 

「カギ先生は、その辺りを見習うべきなのでは?」

 

「な、なにぃ!?」

 

 

 そんな夕映の前で、カギはネギが砂糖菓子並みに甘い性格なのは昔からだと、言葉にしていた。一応カギはネギの兄、さらに転生者としての知識が、そうネギを認識させていたのだ。しかし、カギがそれを言った矢先、夕映にネギのよい部分を見習った方がよいと、窘められてしまったのだった。

 

 

「チクショー! 俺はどうせ鬼畜な悪魔さ! ケッ!」

 

「そ、そこまでは言ってないです!」

 

「ゆえさん、いつもの兄さんのジョーダンですよ、それは」

 

 

 その夕映の言葉を聞いたカギは、大層な態度で地面に伏せ、グチをこぼしはじめていた。そんなカギを見た夕映も流石に言い過ぎたと思ったのか、そういう意味で言った訳ではないと、フォローに回っていたのだった。ただ、ネギはカギのことをよく知っていたので、それがいつもの彼流イギリスジョークなオーバーなリアクションだと見抜いたのである。

 

 

「クックックッ、悟ったネギじゃ面白くねーが、ゆえはまだまだイジり甲斐がありそーで何よりだ」

 

「なぜそうなるです……」

 

「ま、まあ、そのうち慣れますから……」

 

 

 そこへゆっくりと立ち上がり、表情をニヤつかせながら夕映を見るカギが居た。ネギはカギのこの手にひっかからなくなってしまったが、夕映は簡単にひっかかると思い、今後少しイジってやろうと思ったのだ。それを聞いた夕映は流石にピクリと反応し、どうしてそうなったのだろうかと考えていたのであった。また、カギの横にいたネギは夕映に、慣れれば問題ないと話していたのだった。

 

 

「あ、そういえばカギ先生、よくあの作戦を思いつきましたね?」

 

「あー? そ、それはな……」

 

 

 夕映は今の冗談はおいておくとして、カギがあのような大胆な作戦を思いついたことを本人に聞いたのだ。何せ普段からチャランポランなカギ。あんな作戦を思いつくような人間には思えなかったのだ。ひどいと言えばひどい思われぶりだが、普段のカギの態度が悪いのであって、夕映が悪い訳ではない。だが、それを聞いたカギは突然焦りだし、申し訳なさそうな表情で、ネギの方をチラりと見た。

 

 

「?」

 

 

 ネギはカギにチラ見され、なんだろうかと不思議に思ったようだった。ここでなぜカギがネギを見たかと言うと、カギのこの作戦は”原作”ではネギが提案したものだったからだ。人の功績を掠め取ったように感じたカギは、少しそのことを気にしていたのだ。

 

 その行為はカギが数ヶ月前まで、率先してやろうとしたことだ。しかし、今はそういう考えがすっぽり抜けてしまったカギに、ネギの手柄を奪う行動に罪悪感を感じていたのだ。加えてこんなくだらないことに、昔は必死になっていたのだなと、改めて昔の自分のバカさを実感していた。

 

 また、それを初めて行った時に、なんと情けないことなのかと、カギは思ったのだった。他人が得るはずだった手柄を掠め取るなど、ただの泥棒でとても恥ずかしいことなのだと、カギは学んだのである。だからネギを見たのも、その罪悪感から申し訳ないと感じたからなのである。

 

 

「いや、俺の過去の記憶が呼び覚まされて、ふと思いついただけだ……」

 

「何ですかその設定は……」

 

「兄さんは時々謎の記憶が蘇るそうなんですよ……」

 

 

 そこでカギは、あえて冗談を言って話を逸らした。まあ、実際は冗談ではなく本当のことなのだが。さらに、冗談に聞こえぬよう右手を開き左目の前へ持っていくという厨二病溢れるポージングを取っていた。そんなカギを見た夕映は、多少引いた表情で色々こじらせてるのかと思ったようだった。また、ネギはそんなカギをよく知っているので、夕映に補足を入れていたのである。

 

 

「ま、まあ、そんなこといいじゃねーか。それより今はまだやることねーし、トランプでもやろうぜー!」

 

「緊張感がまったくないです……」

 

「兄さんですから……」

 

 

 とりあえずごまかすことに成功したカギは、暇なら遊ぼうと言い出したのだ。まったく持って緊張感の無いカギに、夕映もネギも呆れ返った様子を見せるしかなかったのである。だが、カギはこの場を和ませようとしているのかもしれないと、夕映もネギも考えたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 外では女子中等部の3-Aのクラスメイトたちなどが、麻帆良祭三日目のイベント変更を周りに知らせ、参加を促していたのだ。また、宣伝する女子中等部3-Aのクラスメイトたちは、みんなそれぞれ目立つような衣装を纏っており、目を引くような姿となっていたのである。さらにそのクラスメイトたちはチラシを配り、イベント参加を促していたのだ。そのイベントはやはり”原作どおり”学園防衛魔法戦士団だったが、対戦相手が未来からの侵略者となっていた。

 

 去年のイベントは鬼ごっこだったようで、とんでもないものだったようだ。だから今年はかくれんぼとして、イベントの自粛をする感じだったようである。そのため新しくなったイベントを、誰もが楽しそうだと感じた様子を見せていた。また、武器の実演やルールの説明も行われ、どんどんにぎやかになってきたのだった。

 

 

「こんちわ、亜子さん」

 

「あ、三郎さん!」

 

 

 そこにフラりと現れたのは、三郎だった。三郎は昨日の銀髪とのやりとりのことで、亜子が気になっていたのだ。カギが言うにはあの出来事は夢だと思うだろうと言っていたが、実際確認しないと気が済まなかったのである。亜子も三郎に声をかけられ、笑顔で名前を呼んだのだった。

 

 

「最近どう? 変わりない?」

 

「急にどうしたんです? 別に変わりあらへんけど……」

 

 

 だから三郎は、ある程度濁してそのことを亜子へと聞いてみたのだ。亜子はそんな三郎を妙だと感じたようであったが、三郎の問いに素直に答えていた。

 

 

「そういえば昨日の夕方から、記憶があやふやなんやけども……、どうしたんやろ……」

 

「そ、それは多分ライブの疲れが出たんだよ!! あれだけ頑張ったんだから疲れるのも当然だって!!」

 

 

 ただ、亜子も不思議な現象として、昨日の夕方から記憶が曖昧となっていることを、三郎へと話したのだ。何せ銀髪の暴挙を見てしまった亜子を、カギが気遣い眠らせたのだから当然だった。それを聞いた三郎は、少し慌てつつも適当なことを言って、亜子をうまくごまかしたのである。

 

 

「うーん……。きっと、そうかもしれへんな」

 

「そうだよ! きっとそうさ!」

 

 

 三郎のその言葉に、まだ何かひっかかる様子を見せた亜子だったが、三郎がそう言うのならそうなんだろうと納得したようだった。そこで何とかごまかせたと、三郎はため息をついて安堵したのである。

 

 

「そうや! 三郎さんも是非参加してほしいんやけど、どうやろか?」

 

「学祭イベントの変更?」

 

 

 そこで亜子は、今の話を流してイベントのことを三郎へと話し出した。加えて持っていたチラシを三郎へと手渡し、イベント参加を頼んだのである。また、三郎はそれを見て、少しピンと来るものがあったようだ。

 

 

「急遽変更になったそうなんやけど、こっちの方が楽しそうやと思わへん?」

 

「ふむー」

 

 

 今年のイベントはかくれんぼだった。確かにそれは味気ないと、誰もが思うことだった。だから亜子は、急に変更となったイベントの方が、なんだか楽しそうではないかと思ったのである。

 

 だが、三郎は別のことを考えていた。それは昨日状助に言われたことだった。麻帆良祭三日目の今日、何か大きなことが起こると、状助から言われていたのである。そのことを考え、もしかしたらこの急なイベント変更が何か関わっているのではないかと、三郎は考えたのだ。そう考え難しい顔をする三郎を、亜子はどうしたのかと覗き込んでいた。

 

 

「……気が乗らへんのなら、別にええんやけど……」

 

「あっ!? いや、確かに楽しそうだなーって思ってさ」

 

「そっか、なら参加してくれはるん?」

 

 

 なんだか難しい顔をする三郎に、亜子はこのイベントにあまり興味が無いのだろうかと思ったようだった。しかし、実際は状助の言ったことを考えていただけで、イベント自体は悪くないだろうと思っていたのだ。だから三郎もイベントに参加し、状助が言っていたことが何なのか、見てみようと思ったのである。

 

 

「そうだね、俺も参加するよ! なんだかワクワクするイベントだなー! 今から楽しみだよー!」

 

「突然大声出してどないはったん? 変な三郎さんやな」

 

 

 さらに三郎はこのイベントが大きな意味を持つならば、参加者を増やす必要があるのではないかと考えた。そこで突然大声で、このイベントが楽しそうなものだと叫びだしたのだ。単純に言えばサクラと呼ばれる行為で、三郎は客寄せをしようとしたのだ。そんな三郎を見た亜子は、普段物静かな三郎が叫んでいる姿を見て、どうしたんだろうかと首をかしげていたのだった。

 

 

 と、そこへさらに一人の男がやって来た。それはあの鮫島刃牙だった。昨日の銀髪との戦いで負傷しており、あちこち包帯を巻いていたが、普通に元気そうな様子を見せていた。

 

 

「確かカギだったか……。昨日あの銀髪を倒したのか聞きてぇが……。さて、どこにいるのやら……」

 

 

 刃牙は昨日、自分がアキラと逃げた後、カギという少年が銀髪を倒したかどうか、気になって仕方がなかったのだ。だからカギを探すため、適当に麻帆良をふらついていたのである。そこでふと、青年が大声で叫んでいるではないか。それがいったい何なのか、刃牙は興味を持ったようだ。

 

 

「これ、なんかの宣伝か?」

 

「あ、はい。学園祭最終日の全体イベントが変更になったので……刃牙?」

 

「お? お前アキラか?」

 

 

 そこで刃牙はチラシを配る女性に声をかけた。するとそれは、髪を下ろしたアキラだったのである。普段ポニーテールのアキラが髪を下ろしていたので、刃牙は名前を呼ばれるまで気がつかなかったようだ。

 

 

「え? 私を見つけたから声をかけたんじゃないのか?」

 

「いやっ、オホンオホンッ。そ、そう! 何してんだろうなーって思ってよ!」

 

「……本当かな……」

 

 

 アキラはてっきり自分だと知って、刃牙が声をかけてきたものだと思ったようだ。だが、刃牙はそう言われて、しきりにごまかそうと必死になっていたのである。そんな刃牙の様子を見たアキラは、流石に変だと思ったのだった。

 

 

「そんなことより何してんだよ? チラシ配りなんてしてよー」

 

「ああ、学園祭の最終日、学園全体の恒例イベントがあるよね? あれが急に変更されたみたいで、それの宣伝なんだ」

 

「あー、そんなのもあったなー……」

 

 

 刃牙はアキラが何かのチラシを配っていることに、少し疑問を感じたようだ。だから何をしているのか、アキラへ聞いてみたのである。アキラは刃牙の質問に、イベントの変更の知らせをしていると言ったのだ。それを聞いた刃牙は、”原作知識”を思い出し、そういえばそんなこともあったようなと考えたのだった。

 

 

「あれ? 刃牙はもう知ってた?」

 

「え? ああいや、何でもねぇよ! 俺もそれ、参加するかな!」

 

 

 そんな刃牙のつぶやきに、アキラは刃牙がすでにこのイベントの内容を知っているのかと思ったようだ。だが、刃牙は今の言葉を紛らわすように、慌てて両手を振りながらイベントの参加を表明したのである。

 

 

「大歓迎だけど、体の傷は大丈夫?」

 

「別にちょいと痛いぐらいさ。そっちこそ何か変わったことはなかったか?」

 

 

 アキラは刃牙がイベントの参加をすると聞いて、昨日の怪我は大丈夫なのだろうかと質問してみた。何せ昨日の刃牙は、血まみれでボロボロだったのだ。一日しかたっていないのに、運動量が多そうなこのイベントに参加して大丈夫なのかと思ったのである。

 

 しかし、刃牙は力こぶを作り、痛みはあるが元気だと言い張り、自分が問題ないことをアキラへアピールしたのだ。まあ、実は刃牙もこの体が”ジョジョのキャラ”でなければ死んでいたのではないかと思ったほどの怪我ではあったのだが。むしろ刃牙は自分の体よりも、アキラがその後何か無かったか心配だったので、そっちを聞いてみたのだった。

 

 

「んー、特にはないかな……? ……そういえば、昨日のことは夢じゃないんだよね?」

 

「あー……。まあ、世の中にゃ不思議なことがいっぱいあるってことよ……」

 

「何か言いたくなさそうだけど……」

 

 

 アキラは特に変わったことはないと、思い出しながら答えた。ただ、気になることがあるとすれば、昨日のこと全般であった。何せ神威が謎の力を発したり、刃牙が噴水から別の水場にテレポートしたのだ。普通に考えても理解しがたいこの力に、アキラは夢ではないのかと思ったのである。だが、やはりあれは夢ではなく現実。昨日のことは本当に起こったことなのかを、刃牙に尋ねたのだ。

 

 刃牙はアキラのその質問に、目を逸らして答えづらそうに話し始めた。と言っても、はぐらかすように昨日のことは夢ではないと教えたのだが。そうやって何かを隠そうとしている刃牙を見たアキラも、教えたくないことがあるのだろうと思ったのでそれ以上は聞かなかった。

 

 

「いや、まあそれは今度ゆっくり話すわ。今日は祭の最終日なんだからよ、余計なことなんて忘れて楽しまなきゃ損だろ?」

 

「……そうだね……!」

 

 

 刃牙も本当のことを話してもよいかと思ったが、今は麻帆良祭最終日。祭りの最中に頭を悩ますようなことをいせる必要はないだろう。今すぐそれを教えなくとも、後でじっくり教えてやればよいと考えたのだ。アキラも刃牙の今の言葉に賛成し、とりあえずは麻帆良祭を楽しもうと思ったのである。

 

 




学園長が転生者を多く雇っているなら、その存在を知らぬはずが無い
自分が転生者であると暴露した人もいたはず


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八十三話 戦いの前

 女子中等部3-Aの生徒たちなどは、麻帆良祭最終日に行われる全体イベントを宣伝していた。カギの提案により、ビフォア対策としてイベントを利用するため、イベントそのものを急遽変更したのだ。さらにイベントに使う武器の内容を実演しており、小さな杖からバズーカタイプまで様々な形の武器があり、人体には無力な光の弾が出ると説明されていた。

 

 また、生徒たちが宣伝しているところへと朝倉和美もやって来ていた。この和美、ずっと銀髪たる神威を追っかけていたので、麻帆良祭を楽しむことが出来ないでいた。だが、昨日の夜に銀髪は倒され、クラスメイトはすっかり元通り。それを確認した和美は、とりあえず残り少ない麻帆良祭を楽しもうと考えていたのだ。

 

 

「いやー、みんな元に戻ってよかったよ」

 

「これにて一件落着ですね」

 

 

 銀髪の事件が解決し、和美は晴れ晴れとした笑顔を見せていた。あの忌まわしき悪夢から開放されたのだ。当然といえよう。また、その横を歩くマタムネも、同じように笑っていた。

 

 

「おやおや? なんだかにぎやかだねー。何してんだろ?」

 

「何か大掛かりな催し物のようですが……」

 

 

 ここで和美は目の前で光が発射されている異様な光景を見て、何が始まろうとしているのかと疑問に思ったようだ。マタムネも何かイベントらしきものを説明しているのだろうと、みたまま考えたのである。

 

 

「なんか面白そうなことやってるみたいだし、ちょっくら見てみようか!」

 

 

 銀髪の事件も終わり、ようやく学生らしく遊べると思った和美は、普段以上に張り切っていた。そしてそのイベントを説明しているところへ、走っていこうとしたのだ。しかし、そこで通行人とぶつかってしまい、出鼻をくじかれることになったのである。

 

 

「あいたっ!? ってアスナ……?!」

 

「あ、ゴメン朝倉」

 

 

 和美がぶつかったのはアスナだった。アスナはイベントの変更を頼んだ張本人、この場所で色々と手伝っていたのだ。とりあえず作業が一息ついたので、周りを警戒しようとしていたのである。

 

 

「浮かれるのは良いが、しかと前を見て歩くべきでしたね」

 

「し、しょうがないじゃん! やっと肩の荷が下りたんだからさ」

 

「何かあったの?」

 

 

 アスナとうっかりぶつかってしまった和美を、ひっそり窘めるマタムネ。そんなマタムネに、今のテンションでは仕方が無いと和美が少し怒った感じで文句を言っていた。そこでアスナは和美の文句を聞いて、何かあったのだろうかと思ったのだ。

 

 

「うーん。昨日のことなんだけどさ。多分カギ君に聞いた方が早いと思うけど?」

 

「カギ先生が何かやらかしたわけ?」

 

「いや、そうじゃないんだけど……」

 

 

 和美は昨日、最後は全てカギに任せてしまった。だからカギの方が詳しく知っているのではないかと思い、カギに聞いた方がよいとアスナへ話したのだ。だが、アスナはカギが何かやったのだろうかと勘違いしたらしく、首をかしげていたのだった。一応カギはクラスを救ったヒーロー。そのような誤解は流石にかわいそうだと和美は思い、その部分をしっかり否定したのである。

 

 

「まあいいや、後で聞いてみるわ」

 

「それがいいよ。ところで今度はこっちが聞くけど、ここで何やってんの?」

 

 

 アスナは和美がそう言うのなら、後でカギに聞けばよいかと考えた。そこで和美がアスナへと質問を出した。ここでどんなイベントを行っているのか、興味があったからである。

 

 

「あー、そういえば朝倉も魔法知ってるんだっけ」

 

「なに? このイベント、魔法が関係してるワケ?」

 

 

 その質問を聞いたアスナは、ふと和美が魔法を知っていることを思い出したようだ。何せアスナと和美は大きな接点が無い。だから和美が魔法を知っていることを、アスナは半分忘れていたのだ。また、和美もアスナのもらした言葉を聞いて、そこで行われているイベントが魔法と何か関与しているのだろうかと考えたのである。

 

 

「微妙だけどね。まあ、簡単に言えば、麻帆良の未来を賭けてみんなで戦うのよ」

 

「……んんー?」

 

 

 魔法が関わっているのかと和美に聞かれたアスナは、今の戦いではロボが相手なので魔法はあまり関わってない気もすると答えた。そして、自分たちの目的を和美へと教えたのである。だが、和美はそれを聞いて、何か聞き間違えたのだろうかと言う表情で、数秒間フリーズしたのだった。

 

 

悪いヤツ(ビフォア)の魔の手から麻帆良を救うのよ。そうしないと麻帆良がメチャクチャにされてしまうのよ……」

 

「ここがメチャクチャに!? 本当!?」

 

「ウソじゃないわよ……。闇に染まった空、瓦礫と化した町並み、溢れるチンピラ! 今も思い出しただけでゾッとしないわ……」

 

「ちょっとちょっとー! どんな世紀末救世主よそれー!! あんた漫画の見すぎじゃない!?」

 

 

 さらにフリーズする和美へ、アスナは待ったなしに話を始めた。麻帆良を守るためにビフォアを倒すのだと。ビフォアを倒さなければ、麻帆良は破壊されつくしてしまうと。

しかし、突然そんなことを言われても、何を言っているのかわかるはずもない。和美はアスナの言葉に、少し混した様子を見せていたのだ。それこそアスナが漫画の見すぎで頭がやられてしまったのではないかと和美が思うほど、アスナの話は突拍子なものだったからだ。

 

 

「だから本当なんだって! だから何とかして麻帆良を守ろうと、今もみんなで対策してるところなんだから!」

 

「うーん、にわかに信じられないけど……」

 

 

 普通に考えればそんな話、意味不明の妄想に聞こえるだろう。それでもアスナはウソではないと、和美に訴えかけていた。何せアスナも地獄めいた麻帆良を体感したのだ。あれがウソだったなら、どんなによいかと思うほどなのである。だが、アスナの必死の説明を聞いても、和美は信じられないと言った態度を見せていたのだった。

 

 

「……まあ、無理に信じろだなんて言わないけど……」

 

 

 アスナは和美の態度を見て、あまり信用していないなと思ったようだ。普通に考えれば、今の話はありえないことだらけであり、信じられるわけが無いからだ。アスナもその辺りはわかっていたので、無理に信じなくてもよいかと考えたのである。しかし、和美はまったく信じていなかったわけではないようだった。

 

 

「んー……。何かヤバそうな雰囲気だねぇ……」

 

「あれ? 信じてくれたの……?」

 

「いやね、別に魔法があるワケだし。何があっても不思議じゃないかなって思ってさ」

 

 

 必死に叫ぶアスナを見て、和美は冗談にしては少しオーバーすぎると思い始めていた。実際魔法なんてものがあるのだから、そんなことがあっても不思議ではないかもしれないと、和美は考え始めたのである。それになんだかアスナも必死で、冗談言ってるには少し本気すぎると思ったのだ。

 

 また、突然和美が今の話を信じたことに、アスナは驚いた様子を見せていた。まったく信用してないと思っていたアスナは、和美が今の話を信じてくれたことに、戸惑いを感じたのである。

 

 

「……そうだ。私も協力しようか?」

 

「朝倉が協力……?」

 

「そう意外そうな顔しないでさ! この麻帆良がヤバイ事になるなら、私も無関係って訳じゃなさそうだし、出来ることがあればやるよ!?」

 

「確かにそうだけど……」

 

 そこで和美は、今のアスナの話を聞いて、それなら事件解決に協力すると言い出したのである。突然の和美の発言に、アスナはきょとんとした表情を見せていた。まさか和美が協力すると言い出すなんて、思いもよらなかったからだ。しかし、和美も麻帆良がどうかなってしまうなら、自分にも被害があるのではないかと考えた。ゆえに自分も何か出来ることがあれば、手伝おうと思ったのである。

 

 

「お話中失礼。小生も多少ながら覇王様から、なにやら不穏な動きがあると聞かされております」

 

「覇王さんから……?」

 

 

 と、そこでアスナと和美の話の間に、マタムネが割り込んできた。マタムネは昨日の夜、覇王にビフォアの情報を教えられていたのだ。そのことについてアスナが話しているのだろうと察したマタムネは、話に乗ってきたのである。

 

 

「相手は強敵、さらに陰湿にて卑怯。ならば小生も協力したいと思います」

 

「おっ! マタっちも?!」

 

 

 覇王の情報によれば、ビフォアと言う男は危険な存在で、覇王も手を焼くほどだと言う。そこで和美がアスナへ協力するのであれば、自分もそうするのが当然だと、マタムネは考えたのだ。また、マタムネの協力発言に、和美は驚きながらも喜ばしく感じた様子を見せていた。

 

 

「小生は覇王様から、戦わずに木乃香さんや刹那さんを探しだして逃げてくれと言われておりました」

 

「あっ、そういえばそんな感じだったっけ……」

 

「え? マタっちが勝てないほどの相手なの……!?」

 

 

 そしてマタムネは覇王から、情報と共に指示も受けていた。それは木乃香や刹那を探し出し守れと。そして、自分に何かあれば、そのまま麻帆良から脱出しろとのことだった。そのマタムネの話を聞いたアスナは、未来で聞いた情報と照らし合わせ、確かそうだったと思ったようだ。和美はその敵が、マタムネすら勝てぬ相手なのかと考え、驚きを隠せずにいたのだった。

 

 

「いえ、小生ならば勝てる可能性があるとは言われてました」

 

「アイツの能力のことね……」

 

 

 だが、マタムネは覇王から、マタムネならば勝機はあると聞かされていた。それがどういう意味なのかはわからないが、マタムネならばビフォアを討つことが出来るということだった。そこで、そのマタムネの言葉に、アスナは大きく反応していた。アスナは作戦会議の時、覇王からビフォアの能力について聞かされていたからだ。そのためビフォアの能力を思い出したアスナは、ほんの少しだが怒りをあらわにしていたのである。

 

 

「そのとおり。さらにあやつは隠れるのが得意との事で、探して倒すならば先の二人を探した方が良いと言われたのですよ」

 

「本当にずるがしこいんだから……!」

 

「なになに? 何の話?」

 

 

 ビフォアは非常に狡猾な男だ。自分が絶対勝てる相手以外、戦うことはしない。さらに隠れるのがうまく、一度隠れられたら探し出すのは容易ではない。また、アスナはビフォアの能力を考えて、卑怯者めと思いながら苛立ちを見せていた。

 

 しかし、和美には今の話がよくわからない。和美は一応ビフォアと言う男は一度会ったことがある。何せ一度ビフォアに、武道会の司会をしてくれと言われたことがあったからだ。だが所詮は程度で、それが敵だともわからない。ゆえに和美は、二人の話についていけなかったのである。

 

 

「まあ、協力してくれるなら、色々話してあげるわ」

 

「そーでなくっちゃね!」

 

 

 とりあえずアスナは、和美が協力してくれると言うのであれば、少しばかりビフォアについて話そうと思ったのだ。アスナが話してくれると聞いた和美は、目を輝かせて喜んでいた。そんな和美の様子をマタムネは、喜ばしく思う反面心配していたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 外でイベントの準備が進む中、超のアジトで作業をするものがいた。それは千雨である。千雨はイベントのためのホームページやらを作成したりと、色々忙しそうにパソコンを睨んでいたのだ。そんな千雨に話しかける男が居た。それはあのカズヤだった。

 

 

「器用なことやってんなぁー」

 

「なんだ? 作業中だからあっち行ってろ」

 

 

 カズヤは千雨が使うテーブルの上に腕を乗せ、千雨が操るパソコンを覗いた。そこでとてつもない速さでキーボードをたたき、作業する千雨に感心していたのだ。だが、千雨は作業中なので、気が散るから離れていてほしいと思い、カズヤへ離れるよう少し強気で言ったのだ。

 

 

「そうかい。こっちは暇で暇でしょーがねーんだがなぁー」

 

「……それは悪いことをしたな……」

 

「あぁ? なんでお前が謝るんだ?」

 

 

 カズヤは千雨に呼ばれ、この作戦に加わった。だから作戦決行までの時間、暇をもてあましていたのだ。そんな訳で千雨に話しかけたのだが、邪険に扱われたのでわざとらしくグチをこぼしたのである。それを聞いた千雨は、静かに申し訳なさそうに謝っていた。突然謝られたカズヤは、まさか謝ってくるとは思ってなかったのか、少し驚きつつもどうして謝ったのかを聞いたのだ。

 

 

「だって私がお前を呼んだんだぞ? 麻帆良祭最終日だってのに一日潰させちまったんだ。そりゃ謝りもするだろ?」

 

「クックックッ……」

 

 

 千雨はカズヤがここへ来たことで、麻帆良三日目を潰してしまったと考えていた。本来ならば学園祭最終日、しかも中学生最後である。こうやって計画を待っている時間、学園祭をふらついて遊ぶことも出来たはずだ。ゆえにそれはとても申し訳ないことであると思ったのだ。だが、それを聞いたカズヤは突然静かに笑い出したのである。

 

 

「ハッハッハッハッハッ!」

 

「な、なんだよ、いきなり笑い出して!? 私がなんかおかしなことでも言ったか!?」

 

 

 そして次第にカズヤの笑いは大きくなり、腹を抱え始めたのだ。その様子を見ていた千雨は、自分がなにか変なことでもいったのかと思ったのである。

 

 

「いやね、普段強気なお前から、そんな言葉が聞けるなんてなっと思っただけさ」

 

「ななななな……!?」

 

 

 カズヤは普段から喧嘩の仲裁で殴ってくる千雨から、謝罪の言葉が聞けるなど思っていなかった。というのもカズヤは千雨の誘いを喜んで参加したのだ。いまさら謝られるようなことはないと思っているのである。そんなカズヤの言葉を聞いた千雨は顔を赤くし、少し戸惑ってしまい言葉がうまく発せ無かったのだった。カズヤのやつが、そう言ってくるなどと、千雨も考えたことが無かったのである。

 

 

「まっ、邪魔だっつーんなら、離れてるけどよ」

 

「う……」

 

 

 まあ、千雨からあっちに言っていろと言われたのだから、離れておこうとカズヤは考えた。また、千雨も邪魔だと言うほどは思ってなかったので、カズヤの言葉に黙ってしまったのだった。そしてカズヤがテーブルから手をどかし、立ち去ろうと後ろを振り向いたところで、千雨はようやく口を開いたのである。

 

 

「……つーか、今すぐ喧嘩させろとか言わねーんだな……」

 

「はぁ? こいつはお前らの喧嘩だろう? 俺はお前に呼ばれて、喧嘩の手伝いに来ただけだ」

 

 

 千雨はカズヤが喧嘩してーだなんだと文句を言ってくると思っていた。だが、そんなことは言わずに、ただ静かにしているカズヤへ、そのことを話したのだ。カズヤは千雨の疑問に、再び千雨の方を向き、半分あきれた態度で語っていた。この喧嘩は千雨たちの喧嘩であって、自分の喧嘩ではない。だから、自分がしゃしゃり出て暴れるのは筋違いだと、そう千雨へ話したのだ。

 

 

「これ喧嘩か?」

 

「あったりめーだろうが! そのビフォアとか言う奴がお前らに売った喧嘩だ! それを買ったのもお前らだろう? なら、それはお前らの喧嘩だ!」

 

「そ、そうか……。それで早く喧嘩させろって騒がねーのか」

 

 

 千雨はいつも喧嘩にたとえるカズヤに慣れていたが、この戦いも喧嘩なのかと少しだけ疑問に思ったのだ。しかしカズヤは、この戦いすらも喧嘩であり、ビフォアが売った、千雨たちが買った喧嘩だと、そう叫んだのである。そんなカズヤに少し引きながらも、それでカズヤが喧嘩だなんだと騒がなかったのかと思ったようだった。

 

 

「それもあるけどよ、コイツは一応計画的に動いてんだろ? だったら従うさ。お前らの喧嘩だしな」

 

「本当にお前は変なやつだな……」

 

 

 カズヤがそうしなかったのは、他にも理由があった。何せこの喧嘩、計画的に動いている。ならばその計画通りに動かなければならないと、カズヤなりに遠慮していたのである。そんなカズヤを見た千雨は、カズヤを改めて変わったやつだと思ったのだった。

 

 

「ハッ、お前に言われたかねーよ!」

 

「なっ!? 何!?」

 

 

 その千雨の台詞を聞いたカズヤは、それはこっちの台詞だと言わんばかりに千雨には変わっているなど言われたくないと言葉にした。千雨もその言葉には大きく反応し、それでは自分も変人ではないかと少しばかり怒りを感じたのである。そんなところへもう一人、男がやってきた。それはあの法だった。

 

 

「おい貴様! 長谷川の邪魔をしてるんじゃない!」

 

「おお、これはこれはハカル先生じゃございませんかー?」

 

 

 法もまた、カズヤと同じく千雨に呼ばれて、この作戦に参加していた。また、法はカズヤが千雨の邪魔をしているのかと思い、カズヤを注意しにやってきたのだ。カズヤは法にそう注意されると、いやみったらしい言葉を法へと投げかけたのである。

 

 

「長谷川は作業中だろう!? そうやって居ると邪魔になる!」

 

「ヘーヘー、わかーってますよ」

 

「べ、別に邪魔ってほどじゃねーけど……」

 

 

 法は千雨がパソコンで作業しているのに、話しかけているカズヤが邪魔しているのだと思ったのだ。だからカズヤを叱咤して、立ち去らせようとしているのである。そう言われたカズヤも、ここは素直に従った方がよいと思ったのか、反論せずにただ憎たらしい返事をするだけだった。ただ、千雨はカズヤを邪魔だとまでは思ってなかったので、流石に言いすぎだと思ったようである。

 

 

「アイツがうるせーから、俺は退散するとしますか。じゃーな」

 

「お、おう……」

 

 

 そしてカズヤは法がうるさいので、千雨へと挨拶して早々に立ち去っていった。千雨はそのカズヤの挨拶に、ぶっきらぼうに答えることしか出来なかった。そこへ法が歩いてきて、今度は法が千雨の横へ立ったのである。

 

 

「カズヤのヤツ、わからんやつだ」

 

「いや、お前もわかってねーよな……?」

 

 

 法はカズヤがまったく気がきかないやつだと、あきれたように言葉にしていた。だが、千雨は法も同じようなもんだと思い、一言こぼしていたのである。

 

 

「ん? 何がだ?」

 

「なんでもねー……」

 

 

 その千雨の一言に反応した法が、何がわかっていないのかを千雨へ聞いたのである。千雨はそんな法を見て、完全に駄目なやつだとあきれはて、どうしようもないやつと思ったようだ。普段は冷静なくせに、カズヤに関わると喧嘩腰になる。それで毎回喧嘩しているのだから、そろそろわかれよと思う千雨だったのである。

 

 

「しかし、ビフォアという男。一体なぜ麻帆良を乗っ取ろうと考えたのか……」

 

「んなこと私もわかんねーよ。だが、それで迷惑するは私たちだからな」

 

「ああ、だからこそ、ヤツを見つけて断罪しなければならない!」

 

 

 法はそこで、ビフォアが麻帆良を乗っ取る必要性を考えていた。この麻帆良を乗っ取った後のメリットなどを考えても、どうしてそうしたいのかがあまりわからなかった。とはいえ、多分麻帆良を自分のものにして優越感に浸り、暴れたいのだろうとは考えて居るのだが。

 

 千雨もまた、どうしてビフォアが麻帆良を暗黒街にしたいのかわからなかった。だが、それで迷惑をこうむるのは許せないと、千雨も怒りを燃やしていたのである。そして、だからこそビフォアの行いを断罪しなければならないと、右腕の握りこぶしに力を入れる法だった。

 

 

「……おっと、すまなかったな。そっちも頑張ってくれ」

 

「おう……。もう終わるけどな……」

 

 

 その後法は、自分もカズヤのように千雨の邪魔をしていると思い、謝罪の後に離れていった。千雨は作業がもう終わるし、別に気にする必要はないと思ったのだった。

 

 

「よし、終わった……」

 

「お、流石千雨ちゃん! やるじゃん!」

 

 

 法が立ち去った数分後に、千雨は作業を追えたようだ。ふう、とため息をつき、作業終了を実感していた。そんなところへハルナがやってきて、千雨の仕事をねぎらってきたのだ。

 

 

「なんだよ早乙女!?」

 

「いやー、あの二人と千雨ちゃん、けっこー仲いいなーっと思ってさ!」

 

 

 突然の来客に、千雨は戸惑き驚いていた。いきなり横に現れ話しかけられたのだ。そうリアクションを取ってしまうのも無理は無い。そしてハルナは、千雨が二人の男子と話しているのをみて、仲がいいと思ったようだ。だから二人が千雨とどういう関係なのか、かなり気になったのである。

 

 

「ぶっちゃけ聞くけど、どっちが彼氏?」

 

「なっ!? 何言ってやがる!?」

 

 

 ハルナは法とカズヤ、どちらかが千雨の彼氏なのだろうと思ったようだ。だが、千雨はそんな風に考えたことなど一度も無いので、茶化されているとしか思わなかった。しかし、そう戸惑う千雨の姿に、ハルナは怪しいと思ったのである。

 

 

「違うの?!」

 

「当たり前だろーが! 全然違う!」

 

 

 さらにハルナは法とカズヤ、どちらかが千雨の彼氏なのではないかと考えていた。まあ、女子しかいない女子中等部の生徒たる千雨が、男子二人も呼べばそう思われても仕方の無いことだろう。それに中学生と言う思春期真っ盛りな年頃なのだから、そういう話で盛り上がりたいのもあるのだ。だが、千雨は絶対にNO! そんなは事は無いとハルナの言葉を全否定して叫んでいたのだった。

 

 

「そっかー。片方じゃなくって両方だったってわけね! かーっ! 千雨ちゃんもスミにおけないねぇー!」

 

「だー! ちげーよ! ふざけんなー!」

 

 

 まあなんということか。ハルナはその千雨の言葉を良い方向にとらえたのか、二人とも彼氏だったのかと考えたのである。まったくそんな気がない千雨は、ハルナの今の言葉は聞き捨てならぬものだった。千雨は唐突に立ち上がり、ハルナの両肩を掴んで怒りが篭った声で叫び、その言葉を否定したのである。

 

 

「まーまー千雨ちゃん。こういう時こそ正直な気持ちになったほうがいいって!」

 

「むしろこういう時だからこそマジメにやれっつーんだよ!」

 

 

 それでもハルナは、千雨がただ照れくさいだけだと思ったようで、素直になってはっきりさせた方が良いと言い出したのである。麻帆良がヤバイ状況で、この作戦が失敗したらどうなるかわからない。だからこそ、こういう時にしっかりと告白の一つでもしておくべきだと、ハルナは考えたのだ。しかし、千雨はその逆で、こういう時なんだからマジメにやれと思ったのである。まあ、それも当然の意見だろう。

 

 とりあえずは作戦前まで時間がまだある。色々と忙しくなるのはこれからだ。超のアジトでこうやって、リラックスをしながら、ただただ作戦の時間を待つばかりとなったのだ。

 

 

 



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八十四話 祭り

スピードワゴン財団があることを忘れてはいけない
転生者が多く麻帆良に住んで居ることを忘れてはいけない


 学園長は木乃香と刹那、そして覇王の報告を聞いて、教会内部で魔法使いを集めて緊急会議を開いていた。また、報告と同時に聞いた作戦を、魔法使いたちに説明していたのだ。

 

 ビフォアの計画は全世界に強制認識魔法を使い、魔法を感づきやすくするというものだった。ただ、その計画で”未来”で確認されただけでも4000を越えるロボの軍団が迫ってくるのである。ビフォアが数を増やしたのは、やはり転生者の存在があるからだ。転生者は強力な特典を持つものが多く、広域破壊を得意とするものも多い。だからビフォアは倒されても減らぬほど、ロボの数を増やしたのだ。

 

 また、4000を越える数の敵を、一般人に魔法が知られぬよう戦うのは不可能に近い。そういうことを考えても、カギが”原作知識”を使って立案した計画は理にかなったものだったのだ。

 

 

 さらに地下に封印されていた6体の巨大な鬼神を改造し、魔力増幅装置として使うという情報もあった。しかし、学園都市には結界が張られており、高位の魔物・妖怪の類は動けないはずなのだ。それを何とかクリアして、動かそうというのだろうが、どういう手を使うかまでは、学園長も魔法使いたちにもわからなかったようだ。

 

 ……ところで吸血鬼たるエヴァンジェリンが、この結界で平気で動いているのは、それを反射する障壁を体を覆うようにして纏っているからである。

 

 

 説明を聞いた魔法先生たちは、確かに麻帆良の生徒たちはお祭り騒ぎが大好きで、結構やるかもしれないと考えたようだ。だから反対意見を唱えるものは、一人としていなかった。

 

 そこで説明を聞いていたアルスも、とうとう始まったのかと思っていた。アルスは一応原作知識がある転生者。こうなることはある程度予想していた。だが、あのビフォア相手に、この作戦を使えるのかと、疑問も感じていたのだった。それでもそう決まったのなら、フォローに回るしかないだろう、そう決意を新たにするアルスであった。

 

 さらにそこで話を聞く転生者がいた。それは錬であった。錬も麻帆良を警備する一人であり、こういう作戦には参加させられていたのだ。錬は機械人形を倒すだけのつまらん任務だという認識だったが、それでも他の転生者が邪魔をしてくる可能性を考慮していた。それゆえ手に力を入れ、この作戦に全力を注ぐことを決めたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 時間が経ちイベント開始前の準備が始まり、カモミールが用意させた魔法具を、参加者に配り始めていた。また、配られた魔法具を試し撃ちする人も現れ、花火のような音が世界樹広場前に広がっていたのである。

 

 

 そしてアスナは和美へと説明しているところへ、カモミールが一人で現れた。このカモミール、とてもアスナが苦手である。何せファーストコンタクトの時に、アスナに握り殺されかけたからだ。だが、ビビってられない事情がある。カギの作戦のために、カモミールはアスナへ話しかけ、それを実行させたのだ。

 

 

「エロオコジョ……。なんで私が仮装する必要があるのかしら……?」

 

「こわっ!? ちょ、殺気抑えてくだせー! カギの兄貴がそう言ったんですぁー!!」

 

 

 その作戦とはただの衣装替えだった。そして、アスナの今の格好は騎士のような装備を身にまとい、とても不満そうな顔をしていた。カギはこの場面でアスナたちが衣装を身にまとって戦うことを思い出し、そうさせようと思ったのだ。まあ、ある程度理由はあるが、半分はカギの遊びである。そこでアスナは律儀に着替えた後、その文句を指令を下したカモミールに怒りをぶつけるように言ったのである。

 

 

「カギ先生が……? じゃあカギ先生をボコればいいのね」

 

「なんでそーなるんっスか!? 理由ならしっかりあるからまずは聞いてくれよ!」

 

 

 カモミールが言い訳のように、これはカギからの命令だと話すと、アスナはならばカギを殴ろうと思ったのだ。それは流石にカモミールも困るので、理由があると身を震わせながら話していた。

 

 

「どうせ碌な理由でもないでしょう……? まあいいわけなら聞いてあげるわ」

 

「そ、それでもいいか……」

 

 

 しかしアスナは、その理由もくだらないことに違いないと思ったらしく、やれやれという仕草であきれていた。さらに悲しいかな、カモミールは理由があると言ったのに、アスナに言い訳だと言われてしまったのだ。まあ、それでも聞いてくれるのであればありがたいと、その蟻ほど小さな慈悲に感謝し、理由を語りだしたのである。

 

 

「……どーせビフォアって野郎にはバレてそうだし、目立つ格好の方が向こうも手出ししずれーはずだぜ」

 

「本当に……? どうかしらねぇ……」

 

 

 その理由とは、ビフォアにはこのイベント自体バレている可能性が高いので、目立つ格好したほうが攻撃されにくいというものだった。だが、それがどうにも信じられないアスナは、本当にそれで大丈夫なのかと思い、目を細めてカモミールをにらんだのである。

 

 

「そ、それにこんな大それたイベントだし、役割として少しぐれー目立つ恰好した方が逆に違和感無く溶け込めるってもんよ」

 

「まあ、そこは確かに……」

 

 

 アスナの冷たい視線にさらされ、身を硬直させるカモミール。それでもカモミールは、新たな理由を話し出した。この作戦として立案されたイベントの役割として、アスナは重要なポジションを担っている。つまり、その役割の目印として、ある程度目立つ格好をしたほうが、かえって怪しまれないというものだった。その説明を聞いたアスナは、確かにそこの部分には一理あると、腕を組んで考えた。

 

 

「まーええやん。こういうのも悪くは無いと思わへん?」

 

「私はこのかほど、ノリがいい方じゃないのよ……」

 

 

 それでもふてくされた顔をするアスナへ、木乃香が笑顔で話しかけていた。木乃香も巫女服の衣装を身にまとっており、クルクル回転したりとはしゃいでいたのである。そんな木乃香の様子を見ながら、ノリがいい娘だと思うアスナだった。また、その後ろでさよも、木乃香のはしゃぐ姿を見て楽しそうに笑っていた。

 

 

「ふーん。なかなか面白い作戦だけど、そのロボ軍団に一般人が相手になるの?」

 

「そこで今配ってる魔法具の出番さ。なんとあの兄貴が思いつき、ゆえっちが魔法界の在庫を探し当てた」

 

 

 そこで和美が作戦を聞いて思った疑問を、カモミールへとぶつけていた。何せ作戦でロボと戦うのは一般人。ロボ軍団相手に一般人が立ち向かえるのか、和美は疑問に感じたのだ。カモミールはその点について、和美へ自慢げに説明し始めた。カギが”原作知識”を使って魔法具を利用することを提案し、夕映がその在り処を探し出したというのだ。

 

 

「さらに覇王の兄さんの担任のジョゼフのじーさんが、スピードワゴン財団に依頼して同じ魔法具を大量に貸してもらってくれたのさ」

 

「スピードワゴン財団……!? その人って何者なの!?」

 

 

 さらに、ここにはスピードワゴン財団が存在した。麻帆良祭の主催者たる雪広コンツェルンに協力する形で、スピードワゴン財団もこの学園祭に関与していた。そのため覇王や状助の担任であるジョゼフのつてで、スピードワゴン財団から探している魔法具と同じタイプのものを貸してくれることになったのだ。

 

 そこでスピードワゴン財団と言う名を聞いて、和美は驚きの表情を見せていた。油田を掘り当てて莫大な財産を築き上げたスピードワゴン財団は、結構有名だったからである。また、その覇王の担任であるジョゼフが、スピードワゴン財団とつながりを持っていることにも驚いていたのだ。

 

 

「まあそこは置いておくとして、その魔法具は自動人形(オートマタ)やゴーレムといった、非生命型の魔法駆動体を活動停止に追い込める専門の魔法具でな」

 

「ほう、そのような物があったのですか」

 

 

 スピードワゴン財団の力を借りれるジョゼフのことは置いておくとしてと、カもモールは話を切って本筋である魔法具のことを話し始めた。その魔法具は自動人形やゴーレムなどの、魔力を利用して動くものの活動を停止させるものだった。今のカモミールの解説に、椅子に座る和美の横に立つマタムネは、関心したような声を出していた。魔力とは違うが、マタムネもまた自らの意思で動くO.S(オーバーソウル)。自動人形やゴーレムと聞いて、何か思うことがあったのだ。

 

 

「世の中何があるかわからねーもんさ。まあ見た目はふつーの杖とかだが、能力はそれ専門で人体にも影響はない」

 

「都合のいい魔法具ねえ……」

 

 

 さらに、魔法具の能力は魔力で動く駆動体の停止専門であり、人体に影響がないという。これにはアスナもあきれた表情で、なんと都合のいい魔法具なんだろうと思ったほどである。

 

 

「話を聞くに、現在の敵のロボは世界樹の魔力で動いているみたいだからな。効果絶大ってワケだ」

 

「世界樹の魔力で?」

 

 

 そして、何故そのような魔法具でロボ軍団と渡り合えるかと言うと、麻帆良祭最終日に投入されるロボが、世界樹の魔力で動いているからだった。世界樹の魔力放出は麻帆良祭最終日、ピークを迎える。それを利用して、ロボを操ろうというものだった。だが、ロボが世界樹の魔力で動くという言葉に、和美はどうしてなのかと思ったようである。

 

 

「おうよ! 敵のヤツは量産しやすいように動力源をケチってるみてーだからな。今日攻めてくるロボ軍団は最終日の世界樹の魔力を利用したヤツで来るようだ」

 

「何かみょーに俗っぽい敵だねー……」

 

 

 また、最終日に投入されるロボ軍団は、生産性を上げるために動力源を世界樹の魔力に依存するものだった。地獄めいた未来の麻帆良で使用されていたロボには、しっかりとした動力源が取り付けられていたが、この日に使われるロボにはそのようなものは搭載されていないようだったのだ。だからこそ、その魔法具でロボ軍団を倒すことが出来ると、カモミールは話していたのである。そのカモミールの話に和美は、敵の妙なケチっぷりに肩の力を落としていたのだった。

 

 

「だから点を突けば、一般人にもロボを相手に出来るってことさ」

 

「しかし、この作戦、相手が一般人へ危害を加えぬことが大前提となっているようだが……?」

 

 

 ビフォアのケチった部分を弱点として、一般人にロボを撃退させる。それこそが作戦の一つだった。だが、その作戦はビフォアの操るロボ軍団が、一般人への殺傷を行わないことが前提になるだろう。マタムネはそのことに引っかかりを覚え、それをカモミールへと聞いたのである。

 

 

「確かにそこが賭けになっちまってるのがな。まあ、信頼できる情報(未来の出来事)ではカタギに触れちゃいねーみてぇだし、何かあればすぐ引かせることにはなってるさ」

 

「こっちも戦力が足りない今、それしか手が無かったのよね……」

 

 

 カモミールもまた指をアゴに当てながらも、それだけはやってみなければわからないと、頭を悩ませていた。ただ、未来の情報にてビフォアは一般人へ危害を加えていない。それを賭けてこの作戦を決行したのだ。さらに、何かあれば一般人を保護し、すぐに逃がす算段だとカモミールは話していた。

 

 アスナも一般人に戦わせることに、少し迷いを感じていた。しかし、相手は多勢に無勢。自分たちだけで何とか出来ない以上、この手を使うしかなかったと悔しそうにしていたのだった。

 

 

「相手の数は未知数だからな……。情報以上の戦力を有してる可能性がある。いや、絶対に存在すると考えたほうがいいぐらいだ」

 

「なかなかどうして。覇王様が言うほどはあるということですな」

 

 

 また、敵の数は未知数。何せビフォアは麻帆良の地下にロボ工場を建造していた。生産が続く限り、いくらでもロボが湧いてくるのである。その工場さえ破壊できればよいが、それもなかなか難しいだろうと、超たちも頭を悩ませていたのだ。何せあっちには強力な存在である、あの坂越上人がいるのだから。だからこそ、ただのロボを相手にする分には一般人を使い、戦力は多いほうが良いと考えたというのもあったのだ。

 

 

「そういえば、この作戦を立案したのってカギ君だよね? よく思いついたなーって思うんだけど……」

 

「なあに、兄貴も色々あったし成長してんのさ! 少し複雑そうな顔してたけど、俺っちもよく言ったって思ったぐれーだぜ!」

 

 

 そこで和美は、この作戦を考えたのはあのカギだということを思い出していた。チャランポランで少し不真面目、さらにバカっぽいあのカギが、このような大胆な作戦を考えられるとは和美も思っていなかったのだ。

 

 だが、そんな和美へとカモミールは誇らしげにカギを褒めていた。銀髪との戦いなどで成長したカギだからこそ、そういう作戦が立てられたのだと。さらに、カギもこの作戦を話した時、少しだったが影が差した表情を見せていた。そのことにカモミールは、カギがかなり成長したのだと思ったのである。

 

 ただ、カギがそんな表情を見せたのは、本来ならばネギが立案するはずの計画を、自分が話したという罪悪感からくるもので、カモミールが考えて居るようなことではなかったが。

 

 こうしているうちに、ビフォアの麻帆良侵略の時間が刻一刻と迫っていた。計画を余裕を持って進行させるアスナたちだったが、この先どうなるかまでは予想がつかないで居たのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ビフォア打倒に向けたイベントの準備は順調に進んでいた。ビフォアの計画が動く一時間以上前で、すでに参加者の六割が規定の位置への配置を完了していた。このイベントで一般人たちは、防衛する場所が定められている。それは麻帆良に存在する世界樹前広場だ。そこを占領されてしまえば、ビフォアの思う壺となってしまう。だからそこを防衛し、死守しなければならないのである。そして、一般人の大半はその防衛ラインへと、すでに配置についていたのだった。

 

 その場所にアスナと同じように仮装しており、髪をおろし猫耳和風メイドの姿の刹那が立っていた。まほら武道会でアスナと戦った時と同じ姿である。そんな刹那は計画が順調に行って居ることに安堵しつつも、ビフォアの行動が気になっていた。そのことを刹那はカモミールへと追求してみたのである。

 

 

「カモさん、ビフォアがこの状況を見て、暴走したりとかは……?」

 

「うーむ、それが一番怖いが今んところは静かにしてるみてーだし、そうならないよう祈るばかりだぜ」

 

 

 この現状を知ったビフォアが、焦りを感じて暴れださないか、刹那は少し心配になったのだ。そのことにカモミールも、ありえない話ではないと考え、腕を組んで悩んでいた。だが、今はまだビフォアが何もしてこないことを、祈る以外なかったのだ。

 

 

「だが、ヤツの戦力からしてこの程度で暴れる必要もないだろう。それに暴れるなら最初からそうするだろうしな……。まあそれは無いと思いたいところさ」

 

「では、計画を遅らせてこちらを牽制する可能性は……?」

 

 

 ただ、ビフォアが保有する戦力は強大だ。たとえ一般人が戦えるようになったとしても、この程度でビフォアがあせることなどないはずだ。何せビフォアは自分の計画に自身を持っている感じであり、このぐらいのことは誤差の範囲でしかないと思っているはずだろうと、カモミールは予測していた。

 

 だから暴れるならば最初からするだろうし、麻帆良を破壊しつくしただろうと考えたのである。そこで刹那は、ならばビフォアが自らの計画を遅らせて、こちらの混乱を招こうとしないだろうかと考えたのである。

 

 

「それはねーな」

 

 

 だが、その刹那の問いにカモミールは一言で否定したのだ。その否定意見を、どうしてなのかという表情で、刹那はカモミールを眺めていた。

 

 

「大魔法を世界に行き渡らすために時間的制約がある。一時間以上は遅らせられんハズだ」

 

 

 なぜなら強制認識魔法を世界樹の力で世界に拡散させるならば、タイムリミットが存在するからだ。そのタイミングを逃すことは計画上出来ないはずなので、遅らせることはしないだろうというのがカモミールの考えだった。

 

 

「では、逆に計画を早める可能性は?」

 

「……むっ、確かにそいつは充分あり得るな……!」

 

 

 しかし、それならば計画を早めてくるのではないかと、刹那は逆に考えた。カモミールはそれを聞くと、それならありえなくはないと思い、ならばどうするかを考え始めたのだ。

 

 

「念の為、兄貴や旦那たちに行動に移るようにしてもらった方がいいかもしれねぇな! 連絡を!!」

 

「ハイッ……、む!?」

 

 

 そして、カモミールはそうなっても問題ないように、カギやネギに連絡してすぐに動いてもらおうと考えた。それを刹那へと支持すると、刹那はとっさに携帯電話を取り出して、電話をしようとしたのだ。だが、そこで刹那は異変に気がついたのである。

 

 

「どうした!!?」

 

「電話が通じません!」

 

「何!?」

 

 

 刹那の反応にカモミールがおかしいと感じ、何かあったのかを聞くと、刹那は電話が通じないと話したのだ。すでに電波ジャックが行われ、携帯電話の類がまったく使用出来ないようにされてしまっていたのである。そのことにカモミールは驚き、やられたと悪態をつくしかなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方そのころ麻帆良湖、湖岸には人溜まりが出来ていた。ネットの情報で敵が湖から攻めてくることを知った人たちである。このイベントには賞金などがあり、敵を倒すことでポイントを稼ぎ、そのポイントの数で順位を決めることになっていた。だからいち早く敵を倒そうと、多くの人たちが情報を信じ、湖岸へとやってきていたのだ。また、参加者たちは全員ローブと杖などを装備し、後はイベントの開始を待つばかりだった。

 

 

「私たちの防衛ポイント、世界樹広場なのに何で湖に居るの?」

 

「フッフッフッ、ネット情報で敵は湖から攻めてくるって噂が流れているのさ」

 

 

 そこへすでに柿崎美砂、釘宮円、椎名桜子の三人も情報を得てやってきており、ポイント獲得のために精を出していた。本来ならば世界樹前広場を防衛するはずなのだが、敵を多く倒したいがために、出現ポイントとなる湖岸に足を伸ばしていたのだ。

 

 

「バンバンブッ殺して賞金ゲットだよん!」

 

「けど、スタートまで一時間以上暇だよー」

 

 

 賞金ほしさに張り切る桜子の横で、開始時間はまだ先だとあきれている円がいた。だが、そうしているところで、突如湖に異変が起きたのだ。

 

 

「おい! 見ろよ!」

 

「なん……だと……」

 

「うお!?」

 

 

 なんということだろうか。まだイベントの開始時間にもなってないというのに、多数のロボが湖から出現したではないか。そして、ロボの軍団がゾロゾロと縦に並び、上陸するさまは恐ろしいものだった。

 

 

「なっ、なんゃ!?」

 

「おおお……」

 

「ちょっ! 何コレーッ!?」

 

 

 その三人もロボの集団を見て、流石に驚きを隠せなかったようだ。何せ大量のロボ軍団が湖から上陸してきたのだ。当然だろう。さらにその数、推定4000を超えるものだった。相手に転生者がいるのだから、数を増やしてかかるのは当然のことだろう。

 

 

「オイオイオイオイッ!?」

 

「こっこんなスゲーなんて聞いてねーぞ!?」

 

「それにまだ開始時間じゃ……?!」

 

 

 また、彼女たち以外の参加者も、この急な事態に戸惑いを隠せないでいた。開始時間でもないのに、突然敵が現れたのだから驚かないほうが無理だろう。また、そのロボの軍団に圧巻され、これほどの相手だとは思っていないものも多かった。

 

 

「ついに始まったか……」

 

「微妙に敵の姿違くね?」

 

「その程度誤差の範囲だ!」

 

 

 しかし、そこで余裕の表情をしながら、武器を構えるものたちがいた。それは転生者たちである。転生者には”原作知識”を持つものも多くいる。その知識と現在の状況を照らし合わせ、ついに麻帆良祭最大のイベントが開始されたことを思い出していたのだ。さらにはこの原作のイベントだけは麻帆良に住んでいれば避けられないと考え、とりあえず戦うことにした転生者も多く居たのである。ただ、彼らが知る敵とは少し違う姿のようで、そのあたりに戸惑いを感じるものもいた。

 

 

「君は行方不明になっていた、マッ○じゃないか!」

 

「確かに似てる! なんでェー!?」

 

「こっちにはメタルク○ラっぽいのもいるぞ!!?」

 

 

 ロボの中には明らかに前世でよく見た姿まで存在したようだ。転生者たちは、そのロボの姿にまさか超の仲間に転生者がいるのでは?と考えた。だが、ここでの敵は超ではなく、転生者本人であり、その考えはあたらずとも遠からずといったところだった。

 

 

「クソー! 敵にも転生者とはやるじゃねーか!」

 

「だが、これじゃどんな攻撃してくるかわからねぇーぞ!!」

 

 

 また、そのロボの姿に戦慄した転生者たちは、そのロボがどんな攻撃をしてくるか恐れていた。本来ならば人体に影響のない”脱げビーム”を撃ってくるはずだが、このロボは本気で殺しにくるかもしれないと思ったからだ。そう考える転生者たちの中で、そんなことなどどうでもよいと我先にと攻撃するものが現れた。

 

 

「ヒャアッ! 我慢できねー! ゼロだ!!」

 

「お前ぇー!?」

 

 

 突然叫びだし、敵へと一直線に駆け出す男が一人。誰かがやめろといおうとしたが、すでに遅かった。その男もやはり転生者のようで、イベント用の武器を構えてロボの集団へと切り込んでいったのだ。

 

 

「ギャースッ!?」

 

「ヤツは犠牲になったのだ……。我々の犠牲にな……」

 

「言っとる場合かーっ!?」

 

 

 しかし、その男は悲しいかな、マックっぽいロボのビームを直撃してしまったのだ。それを見ていた転生者たちは、とりあえずアホだったと思うしかなかったのである。それにしてもこの転生者たち、結構ノリがよい。

 

 

「うおーっ!?」

 

「キャー!」

 

 

 さらに他のロボも攻撃を開始し、他の参加者へとビームを放っていた。その攻撃に直撃を受け、煙の中へと消えてく多くの参加者たちを、誰もが見ていることしか出来なかった。

 

 

「ビームだーッ!?」

 

「し……死んだ!?」

 

 

 また、ビームを見た桜子はそれに驚き、ビームなんて本当にあったんだと思っていた。さらに美砂はビームを受けた人たちが、死んでしまったのだろうかと疑問に思ったようである。

 

 

「うげっ!?」

 

 

 なんと円の横へロボがスーッとやってきて、円は目標として捕らえられてしまったのである。それに円が気づいた時には遅く、すぐさまビーム攻撃を受けてしまったのだ。

 

 

「キャーッ」

 

「円ー!?」

 

 

 悲鳴を上げてビームを受ける円を見て、二人は彼女の名を叫ぶしかなかった。だが、煙が晴れるとそこには元気な円の姿があったのだ。ただ、服はすべて消滅し、パンツ一枚のみとなった姿だった。

 

 

「ぬ、脱げビーム……!?」

 

「なんて恐ろしい攻撃……!!?」

 

「ちょっとー!?」

 

 

 なんということだろうか。このロボ軍団の攻撃方法もやはり脱げビームだったのである。それを受けた参加者の女性たちは大声で悲鳴をあげ、恥ずかしそうに身を隠していた。男性たちはそれを見て、喜ぶものや鼻血を出すものが続出したのだった。そこで参加者たちに武器とローブを失ったものは、すぐにエリアから退出するようアナウンスがされたのだった。

 

 また、転生者たちもそれを見て、とても悲しいようなうれしいような気持ちとなり、ガッカリしながらも安心していた。これでロボの攻撃に殺傷能力がないとわかった転生者たちは、水を得た魚のように攻撃を開始したのである。いやはやなんとげんきんなやつらだろうか。それでも戦力となってくれるだけ、マシなのかもしれない。

 

 

 



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八十五話 麻帆良大戦争開始

 ビフォアからの突然の襲撃に、戦局は混乱していた。だが、所詮はただの脱げビームを撃つ程度のロボ。転生者が多く存在するこの麻帆良においては、あまり役に立たないのである。転生者たちは能力を鍛えていないものが多いが、それでも転生者。ある程度は戦えるのであった。

 

 

「さあ、大変なことになってまいりました!」

 

 

 そこで司会を務め、大きく叫ぶ和美の姿があった。前回は知らぬおっさん(ビフォア)に頼まれたゆえに、司会を断った和美だが、今回はクラスメイトに協力する形で、司会を務めることにしたのだ。敵の奇襲を知った和美は、すかさずアナウンスを入れたのである。

 

 

「開始の鐘を待たず、未来からのロボ軍団が奇襲をかけてきたのです! 麻帆良湖湖岸ではすでに戦端が開かれている模様!」

 

 

 本来ならば開始時間は一時間以上先だった。だが、ビフォアが計画をくり上げたらしく、ロボの軍団が一時間以上早く襲ってきたのだ。だから和美は司会として、参加者全体にすでに戦いが始まっていることを伝えたのである。

 

 

「さあ、魔法使いの皆さん! 準備はいいですか!?」

 

 

 そして、ならばこちらもイベント開始時間を早めればよい。和美は今すぐイベントを開始すべく、ワンクッションおいてイベントを開催したのだ。

 

 

「では……、ゲーム開始!!」

 

 

 和美のゲーム開始の合図が、麻帆良全体に響き渡った。さらに鐘の音が響き渡り、イベントの開催を参加者全員に伝えたのである。

 

 

「”敵を撃て!”」

 

 

 誰もがその合図を聞いて、即座に攻撃へと移ったようだ。手に持つ武器を敵へと向け”敵を撃て”と誰もが唱えた。すると武器の先端から、光線が発射され、ロボを襲ったのだ。それもロボと同じように、世界樹の魔力を利用した魔法であり、その光線が命中したロボは、機能を停止したのである。

 

 

「喰らえや! 俺の必殺……!」

 

「うおらぁ! フォトンランサー!!」

 

「お前ら特典全開すぎんだろー! こっち使えよ!!」

 

 

 しかし、そんなことはかまわず特典で攻撃する転生者の姿もあった。どこかで聞いたような技や魔法が飛び交い、多くのロボを撃退していたのである。ただ、転生者の中には律儀に配られた武器で戦うものもいるようで、特典ばかりに頼る転生者たちに野次を飛ばしていたのだった。

 

 

「やたっ! 効いてる!!」

 

 

 そこで参加していた美砂も、その武器でロボを攻撃していた。そして、それがロボに通用するところを見て、ガンガン倒そうと思ったのだ。また、桜子も同じことを思ったようで、ロボへと武器を掲げ、敵を撃てと叫んでいた。

 

 

「いけるぞ!」

 

 

 ロボの軍団は数が多い。それでも参加者たちがどんどんロボを攻撃し、数を減らしていった。流れに乗った参加者たちは、勢いづきながら、間髪いれずにロボへと集中的に攻撃したのだ。

 

 

「優勝賞金を頂くのはこの俺だぁ!」

 

「俺が言おうとしていたことをコイツ……!!」

 

「賞金……! そういうのもあるのか」

 

 

 転生者も負けてはいなかった。特典を持つ転生者は他の一般人と異なり、多少なりに強い。それがどんな特典でも、ある程度アドバンテージとなっているからだ。まあ、鍛えている転生者は少ないので、大きな差があるかはわからないのだが。そんな転生者たちも、賞金ほしさに必死となっていた。上陸してくるロボを片っ端から特典やら武器やらで、なぎ払っていったのである。

 

 

「うひゃっ!」

 

「やられたっ」

 

 

 だが、ロボ軍団もただやられているだけではない。手や目から光線を放ち、参加者を襲っていた。それを受けた集団は、誰もがパンツ一丁の姿となり、戦闘離脱を強いられたのである。そして美砂や桜子もそれを受けてしまい、あられもない姿にされてしまっていたのだった。

 

 

「ホラ、二人とも! 早く武器とローブ拾ってきなって! やられたらマイナス50ptsだってよ!」

 

「ええっ嘘!? マイナスでかい!!」

 

「取り戻さなきゃ!」

 

 

 そこへ戻ってきた円が、二人へ復帰するよう呼びかけていた。また、やられた場合のデメリットとして、集めたポイントが減ることも伝えたのだ。それを聞いた二人は、恥ずかしそうに体を隠しながらも、ポイントの減少が気になったようである。だから早く戻ってきて、失ったポイントを稼ぎなおさなければと、美砂も桜子もあせっていたのだった。

 

 湖岸での戦いはどんどん規模が大きくなってきていた。しかし、その戦闘領域を抜けたロボの軍団も存在した。数体のロボは空高く跳躍し、戦闘する参加者の真上を抜けたのである。そして、世界樹前広場へと一直線に駆けたのだ。

 

 

「来たみてーだなあ。危険がなさそうで何よりだ!」

 

「うん」

 

 

 だが、世界樹前広場にも、すでに布陣が出来ていた。湖岸の戦闘を抜けたロボを、待ち構える参加者も多くいたのだ。そこには刃牙や三郎といった面々もおり、それぞれ知り合いの近くで待機していたのである。

 

 刃牙はアキラの隣で武器を構え、飛び交うロボを眺めていた。ただ、そのロボの姿を見て、微妙に違うと思ったようだ。それは敵のロボが”原作”と違って殺傷可能な攻撃を仕掛けてくることを警戒してのことだった。しかし、姿に違いはあれどやっていることは”原作”と差がないのがわかった刃牙は、ひとまず安心したようである。

 

 

「状助君も覇王君も、どこへ行ったんだろうか……」

 

「どうしたん?」

 

「いやあ、友達の姿がないから、どうしたのかなーって思っただけだよ」

 

 

 三郎もまたこのイベントに参加し、ロボの迎撃体制に移っていた。ただ、そこに状助や覇王の姿がないことに、少し不安を覚えたようである。何せこのような異常事態に、あの二人が出てこないはずがないと思ったからだった。そんな心配そうな表情で周りを見る三郎へ、亜子はどうかしたのかと聞いたのだ。すると三郎は困った様子で、その二人が見当たらないのでどこにいるのか探していたと、正直に答えたのだ。

 

 そんなところにロボの軍団が三郎たちがいる場所へと到達し、誰もがそこで攻撃を始めていた。女子中等部3-Aのメンバーも、悠々とロボへ攻撃を仕掛けたのだ。

 

 

「どんどんロボが出てくるよ!?」

 

「敵の攻撃に危険はなさそうだし、点数稼ぎにもってこいじゃないかな」

 

 

 だが、さらにロボの軍団はそこへ現れ、そこにいる参加者を圧倒していた。亜子もそのロボの軍団の数に驚き、少しあわてた様子を見せていた。そんな亜子へ三郎は、ならば倒して点数にしてしまえばよいと、手に持った銃型の武器で攻撃を繰り出していたのだった。それに同感だと考える3-Aのクラスメイトたちも、同じくロボへと手を休めず攻撃していた。そんなクラスメイトたちを見ていた古菲は、自分のクラスメイトながらよくやると思っていたのである。

 

 

「そういえばネギ先生やカギ先生と仮契約してるのって、本屋ちゃんや夕映ちゃんぐらいだっけ……」

 

「そうですね……。彼女たちは別行動で、ここにはいませんし……」

 

 

 また、アスナや刹那は戦いが始まったことを、ネギやカギへ伝えようとしていた。だが、携帯電話は通じない上に、仮契約を行っていないので、仮契約カードを使った念話は不可能。そして、その二人と仮契約をしているのはのどかと夕映のみ。さらにその二人は今この場にいないという状況だ。

 

 

「こういう時を見越してこいつを持たされたってわけか」

 

「流石超さんです。これで連絡できるか試してみましょう」

 

「そうね……!」

 

 

 しかし、こんなこともあろうかと、超が通信媒体を協力者全員に配っていたのだ。それは小さな通信機で、片方の耳につけるだけで通信が出来るという優れものだった。その通信機をカモミールが取り出し、二人へ配ると早速連絡が可能かどうか、試したのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 超のアジトにて、ネギとカギは待機していた。だが、カギは”原作”を知っている。もしもビフォアという男が”原作”の真似をするのなら、そろそろ攻撃を仕掛けてくるだろうと予想していたのだ。そして、それはあたったらしく、刹那から連絡が来たのである。また、アジトのモニターでも、そのことを確認することが出来た。

 

 

「やはり先手を打ってきたか!」

 

「やはりって、兄さんはそうなることを予想してたの!?」

 

 

 カギの考えは正しかった。ビフォアも転生者という存在であり、自分で計画を一から練るなど行うはずが無いと思っていた。だから必ず、ある程度は”原作どおり”に事を進めようとするだろうと考えていたのである。カギはそこで、予想通りの展開にニヤリと口元を歪ませ、思ったとおりだと言葉にしていたのだ。それを聞いたネギは、カギがこの展開を予想していたことに、驚きの声を上げていた。

 

 

「いや、そうじゃなくてだなあ……。俺の中に眠る生前の記憶が呼び覚まされたのさ……!」

 

「もうそれは聞き飽きたよ……」

 

 

 しかし、カギは半分は予想していたことだが、半分は”原作知識”から来る考えであり、ネギにそう言われてはり少しだけ沈痛な表情を浮かべたのだ。また、それをごまかすために、いつも通りの自分の中に眠る記憶だと、厨二ポージングと共に豪語したのである。ネギはカギのその態度に、何度も見飽きたという表情をしていたのだった。

 

 

「もう喧嘩が始まってるってのか!? こうしちゃいられねぇ!!」

 

「貴様! どこへ行く!?」

 

 

 そしてテーブルの上でやる気なくぐったりしていたカズヤだったが、戦いが始まったことを知るやいなや、椅子から立ち上がり外へ出ようと駆け出したのだ。そんなカズヤへと叫び、静止する法だった。法はモニターを眺めていたので、戦いが始まったことを、カズヤよりも早く知ったようだった。

 

 

「決まってんだろ? 喧嘩だ喧嘩! まさか止めようってんじゃねーだろうな?」

 

「いや、ならば俺も行こうと思っただけだ」

 

 

 案の定、カズヤの答えは喧嘩しにいくというものだった。そのカズヤの表情は生き生きとしており、まるで水を得た魚のようなものだった。そこで、カズヤは背を向けたまま、法へ止めるなと叫びながらも、握りこぶしに力をこめていたのである。さらに、法はカズヤの行動を止めようとしたわけではなかった。行くのなら自分も行こうと、そう考えていただけだったのだ。本当にこいつら、結構似たもの同士である。

 

 

「ハッ! そうかい! んじゃ行ってくるぜ!!」

 

「ここは任せた……!」

 

「気をつけろよ!?」

 

 

 カズヤと法は外へ出る際、さりげなく千雨へと挨拶をして出て行った。千雨もそんな二人へと、健闘を祈る言葉をかけたのである。まあ、実は千雨はあの二人ならばどんなことがあっても、大丈夫だろうと考えて居るのだが。

 

 

「ならばこちらも動いたほうがよいでござるな」

 

「だが、別の作戦の時間が近い。それが終わってからの方がよいだろう」

 

 

 そこで楓も行動した方がよいだろうと、ネギやカギ、そして真名へと話しかけていた。だが、真名は次の作戦の時間が近いこともあり、それが終わった後でもよいと答えたのだ。

 

 

「そうだなあ。まずは倒れてほしい相手が倒れるまで、ここにいた方が安全かもしれねーしな」

 

 

 カギも真名と同じ意見だった。敵はロボ軍団やビフォアだけではない。ビフォアが雇った転生者らしき存在もいるのだ。そして、その転生者がまた非常に戦いづらい相手なのである。ならば、次の作戦でその転生者の一人を倒した後でも、行動するのは遅くないと、カギも考えたのだ。

 

 

「みんな、無事でいてください……」

 

 

 ネギもまた、早く外へ出て戦いに加わりたいと考えていた。だが、ネギの作戦はロボ軍団と戦うことではない。そのためここで待機して、ある程度安全が保障されるまで動く必要が無いのだ。それでもやはり、外で戦っている一般人や、自分のクラスメイトの心配をしていたのである。いや、今はただ、それしか出来なかったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 世界樹前の広場にて、戦いはさらに激しさを増していた。飛び交うロボへ打ち込まれる光の弾。ロボからの脱げビーム。それを受けて慌てて退却する一般人。もはや乱戦と呼べるほどの戦局だった。それをアスナはその戦いを眺め、そろそろ自分たちも戦おうかと思っていた。そして、刹那はネギたちとの通信を終えたようだった。

 

 

「ネギ先生たちは、次の作戦が終わるまで動かないそうです」

 

「ふーむ。やはり()()を警戒してるってわけか。ならしょうがねぇか」

 

「確かにある意味一番厄介な相手だものね……」

 

 

 通信を終えた刹那は、ネギたちはまだ動かないとカモミールへ説明した。するとカモミールも指を顎に当てつつ、そのことに納得していた。また、アスナも警戒している相手は最も厄介であり、不用意な行動は難しいと考えたのである。

 

 

「それにしても、何かヤバいことになってきたわね」

 

「そろそろ私たちも行った方がよさそうですね」

 

「よ、よっしゃ! 行って来い!!」

 

「あれ? 私も行った方がいいアルか?」

 

 

 アスナは再び戦場へと視線を戻し、戦局が敵側に傾いていることに危険を感じていた。だから刹那も役割として、ロボ軍団の間引きを行おうと思ったのだ。そして、カモミールの怒号とともに、二人は戦場へと跳んで行ったのである。その二人が出た後に、古菲はぽつんと残されてしまい、自分も戦った方がよいか考えていたのだった。

 

 

「ヤバイなこりゃ! 敵の数が圧倒的に多すぎる!」

 

「上の広場を占拠されたら負けだよ。非常にまずいね……」

 

 

 また、戦場ではロボの数に圧倒され、ややジリ貧となった参加者たちの姿があった。その中には刃牙もおり、これは流石にまずいと感じ始めていた。刃牙の隣のアキラも同じように危機感を覚え、世界樹前広場を占領されればゲームオーバーになることを思い出していたのだ。

 

 

「さらに増えた……!!?」

 

「ど、どないしよー!?」

 

 

 しかもそこへさらなるロボの増援が現れた。もはや防衛する参加者よりも、ロボのほうが多い状態となっていた。そのイベントに参加していた三郎も、こりゃキツイと増援に驚いていており、その横で亜子も敵の数に焦りを感じていたのだった。

 

 しかし、そこへ味方の増援が上空から現れた。それは黒を基本にする魔法使いのような格好をした少女だった。

その少女が右手に持つ小さな杖をロボへと向けると、炎の矢が複数飛び出しそのロボを貫いたのだ。

 

 だが、敵のロボもやられっぱなしではない。その少女へと即座に反撃し、ビームを放った。少女はそのビームを横へ飛ぶことで回避し、姿勢を低くしたまま左手で握る拳銃の魔法具で、攻撃してきた残りのロボへ光の弾を撃ち込んだのである。するとロボの軍団は機能を停止し、その場へ倒れこんだのだった。

 

 

「あ、あれはゆーな!?」

 

「フッフッフッ、お助けヒーローの登場だよ!」

 

「え!? どー言ーこと!?」

 

 

 その少女は明石裕奈だった。裕奈も魔法生徒として、この戦いに身を投じていたのだ。誰もが裕奈の登場に、驚きを隠せなかった。また、こんな面白そうなイベントに裕奈が姿を現さないことに、誰もが不思議に思っていたのだ。それゆえ、まさかこのような登場の仕方をするとは、誰も思っていなかったのである。

 

 そこで裕奈はロボの軍団を撃破し、その場で体をゆっくりと起こした。そして、クラスメイトに背中を見せながら、助けに来たことをアピールしたのである。その裕奈の言葉に、クラスメイトたちは疑問に思ったようだった。

 

 だが、敵のロボ軍団は次々にやってきていた。裕奈が撃破した後に、再びロボ軍団が舞い降りたのである。

 

 

「また増えた!?」

 

「ありゃ、これは多いねぇー」

 

 

 倒せど倒せどやってくるロボ軍団に、誰もが少し困惑を見せていた。まあ、それでも点数になるので、とてもおいしいとも思っているのだが。裕奈たちはそのロボ軍団へ攻撃すべく、武器を再びそちらへ向けたのだが、そこへ新たな増援が現れたのだ。

 

 

 集団の中央にいるロボが、突然両断されていた。そして、さらにその辺りから、一直線に多数のロボが胴体を切り裂かれたのだ。その攻撃を仕掛けたのは、アスナだった。だが、それでも倒しきれる数ではなく、ロボはアスナへ目標を定め始めていたのだ。

 

 

「神鳴流奥義”百烈桜華斬”!!!」

 

 

 だが、さらにそこへ追撃が入り、残りのロボもバラバラに切り裂かれた。その奥義が放ったのは、やはり刹那であった。刹那はアスナが倒しきれなかったロボを、その奥義で全滅させたのである。そして、敵の数が大幅に減ったことを確認したアスナは、クラスメイトたちの方を向いて、ニヒルな笑みを浮かべていたのだ。

 

 それを見た誰もが、今の攻撃に驚きの声を上げていた。また、アスナと刹那を見た数名の参加者が、武道会で死闘を繰り広げていた少女たちだと思い出して、そのことをつぶやいていた。あれほどの戦いを見せたのだから、記憶に残っていても不思議ではないだろう。

 

 

「あら、ゆーなに先を越されちゃったみたいね」

 

 

 そこで、先にロボを倒していた裕奈を見たアスナは、先を越されたと思ったようだ。いや、むしろ裕奈が自分たちより早く、ロボを攻撃することなど、わかるはずもないだろう。

 

 

「アスナ……!? それに桜咲さんまで……」

 

「三人とも、一体どういうこと……?」

 

 

 また、アスナと刹那の登場にクラスメイトたちは騒然としていた。突然やってきて、多くの敵を撃退したのだから驚かない方がおかしいのだ。さらに多くの敵を倒す三人に、点数を奪われてしまったと思うクラスメイトもいたのだった。

 

 

「パンフに載ってるけど、うちらヒーローユニット役でね! はぁー、でも普通に参加したかったなー」

 

「本当だ、載ってる!」

 

 

 そんな驚き疑問に感じるクラスメイトたちへ、裕奈は自分たちの役割を教えたのだ。それはヒーローユニットとして、参加者を支援する形で戦う役割だった。ただ、裕奈はそういう役割としてではなく、普通の参加者として参加したかったと嘆いていた。何せ優勝すれば賞金が出るのだ。普通に出たいと思うのも無理はないだろう。

 

 そして、裕奈の話を聞いたクラスメイトたちは、持っていたパンフレットを眺めて、その事実を確認していた。

そこにはしっかりと、ヒーローユニットと協力して点数を稼ごうと書いてあったのだった。

 

 

「というか、ゆーなも()()()()だったんだ……」

 

「それはこっちの台詞だって! アスナがこんなに強かったなんて知らなかったわー」

 

 

 アスナは裕奈が魔法を使ったのを見て、裕奈が魔法使い側だったことを今知ったようだ。裕奈もアスナがあれほどまでに強いとは、思ってなかったようでお互い苦笑しあっていたのである。また、そう会話するアスナの横で、刹那は静かにたたずんでいた。

 

 

「とりあえず私たちは街路の敵を倒してくるわね」

 

「なら私はここで防衛線でも張っておこーかね!」

 

「では後ほど……」

 

 

 そこでアスナはこの場のロボを全滅させたので、いまだ戦いが続いている街路へと移動することにしたようだ。ならば自分はクラスメイトたちと広場を守ると、裕奈は胸を張ってこの場に残ると話していた。確かにヒーローユニットの一人が、最終防衛ラインにいるのは心強いことだろう。それならこの場を裕奈に任せ、刹那が一言残すとアスナとともに街路へと飛んでいったのだった。

 

 

「お待たせしました! ヒーローユニットの登場です!」

 

 

 と、アスナたちの登場を待ちわびたかのように、和美が司会役として解説を始めたのだ。黒一色の服装に魔法使いのような帽子をした姿で、マイクを握って叫んでいた。和美はアスナたちに協力すると言ったので、司会役を任されることになったのである。銀髪の事件が終わり晴れ晴れとした気分で、和美はかなりノリノリで司会役を堪能していたのだった。その姿は、そんな和美をクラスメイトたちが見て、はまり役だなーと思うほどであった。

 

 

「強力な戦闘力を持つヒーローユニットと協力して高得点を目指し、世界樹を防衛してください!!」

 

 

 そう和美が叫ぶと、魔法先生たちや魔法生徒たちがいっせいにロボへと攻撃を仕掛け始めていた。そして、誰もがこの作戦に関心を抱いていたのだ。何せイベントとして戦うのであれば、魔法を気にせず使えるからである。こんな作戦を考えた学園長は、なんてすばらしい人なのだろうと、魔法使いたちはそう思いながら戦いに参加していたのだった。まあ、学園長が考えたわけではないので、学園長も説明中に自分が考えた訳ではないと思っていたのだが。

 

 魔法使いの参戦で、さらに戦いが激しくなっていた。だが、そこへ参加者たちが空を見上げたとき、何か黒い影が現れたのを目撃したのだ。

 

 

「なんだ!? 上から何か落ちてくるぞ!?」

 

「敵か!?」

 

「鳥か!? いや、アレは……!?」

 

 

 それを見た参加者たちは、新手の敵かはたまた鳥かと思ったようだ。しかし、それは加速しながら、戦場へと落下してきていることに、誰もが気がついたようだ。そして、その影は敵でも鳥でもなく、たとえるならば拳の形をした弾丸だったのだ。

 

 

「シェルブリットオォォッ!!!」

 

 

 そう、それはまさしくヤツだった。拳を前に突き立てて、落下してくる男こそ、あのカズヤだったのだ。その落下の衝撃とシェルブリットの破壊力により、中型のロボットへと衝突しそれを破壊、さらに周囲のロボまで吹き飛ばして砕いたのだ。なんというすさまじい破壊力だろうか。今の攻撃による衝撃で、土煙を巻き上げて周囲に吹き荒れさせていた。

 

 

「カズヤさん!?」

 

「あれが噂のシェルブリットの!」

 

「いい特典持ってるなあー」

 

 

 また、今の攻撃とカズヤを見た参加者たちは、驚きながらガヤガヤと騒ぎ始めていた。突然のカズヤの登場に驚くもの、カズヤを噂に聞きこれほどと思うもの、そしてなかなかいい特典を選んだと考えるものが、それぞれ思い思いにカズヤを眺めていた。そんな転生者らしき参加者を無視し、カズヤはさらに迫り来るロボ軍団へと向き、唇を吊り上げながら戦闘態勢をとっていたのだった。

 

 

「さあ、始めるぜ!! ”衝撃のファーストブリット”!!」

 

 

 そしてカズヤは背中に装備した紅き羽の一番下を砕き、そこから発生する粒子による爆発的な加速を行った。さらに何度か弧を描きながら、一体のロボへと突き進んでいったのだ。

 

 

「ウルォオオォォウウゥアァァァッッ!!!」

 

 

 もはや獣ともとてる叫びとともに、カズヤはロボ軍団へと地面をすべるように突き進んでいった。そこでカズヤはすさまじい速度と回転力を利用し、ロボに拳をぶち当てたのだ。するとそれを受けたロボが、その破壊的な衝撃とともに破壊され、後方のロボ軍団へと衝突すると、そのロボ軍団を巻き込み大爆発を起こしたのである。それによりそこに居たロボ軍団は全滅。炎上するロボ軍団を、カズヤは拳を振り下ろした体制のまま、ニヤリと笑い停止していたのだった。

 

 

「もっと来いよ! テメェらまとめて叩き潰してやるぜ!!」

 

 

 そしてカズヤは、さらに敵が増えることを望んでいた。そう喧嘩を吹っかけるような台詞を言いつつ、カズヤはゆっくりと姿勢を戻し、拳を再び握りなおしたのだ。だが、そんなカズヤへ叱咤の叫びを放つものが、その場へと現れたのだ。

 

 

「バカが……! 周りには一般人も戦っているんだぞ!? 少しは抑えたらどうだ!!?」

 

「ハッ! 知るかよ! こっちはこっちのやり方っつーもんがあんのさ!」

 

「貴様!! もしも一般人に被害が出たらどうする!?」

 

 

 それはやはり法だった。法はカズヤの今の攻撃で、周囲の参加者に被害が出ないか心配だったのだ。そのことをカズヤへと叫んでいたのだが、カズヤには知ったことではないらしい。まったく話を聞かないカズヤに、法はさらに怒りのボルテージを上げていくのだった。

 

 

「知らねぇよ! んじゃ二発目! ”撃滅のセカンドブリット”オッ!!」

 

「カズヤ!! クッ、絶影!!」

 

 

 そして、親のごとくうるさく叱る法を無視し、カズヤは再び攻撃を開始したのだ。法が叫んでいる間に、次のロボ軍団が迫ってきていたからである。それを見た法も、同じくロボ軍団へと攻撃を開始したのだった。

 

 

「あれ絶影じゃね!?」

 

「マジか!? マジだ……!!」

 

 

 また、転生者らしき参加者が、その法が作り出し操る絶影を見て驚いていた。いやはや生で絶影が見れるなど、夢にも思わなかったのだろう。ただ、まほら武道会を見学していた転生者は見慣れたようで、単純に羨ましがる様子を見せていた。

 

 

「”絶影”ィィッ!!」

 

 

 しかし、法もそんな転生者を無視し、ロボ軍団へと攻撃していた。絶影の首から生える触手状の剣を使い、ロボ軍団を切り裂いていったのだ。この触手状の剣は列迅と呼ばれ、やわらかな動きで変幻自在に動く。だが、そんなしなやかな動きとは思えぬほどに鋭く、切り裂くことも突き飛ばすことも出来る優れた武器なのである。その鋭い一閃を受けたロボ軍団は、たちまちバラバラに切り裂かれて破壊されたのだった。

 

 

「なんだよ、文句言うわりには、自分だって暴れてんじゃねーか」

 

「貴様と一緒にするな。俺はこの麻帆良を蹂躙しようとする毒虫どもを、処断しているだけだ。そうだ! 奴らは断罪されなくてはならない!」

 

「言ってろよ! 俺はんなことよりも、もっと喧嘩を楽しみたいだけだ!!」

 

 

 カズヤはその法の暴れっぷりを見て、自分も同じように暴れてるじゃねーかと思ったようだ。ただ、法は一応周囲に注意しながら戦っており、カズヤとは違うことを示していた。また、このようなロボで麻帆良を蹂躙しようとするならば、敵として断定し処断すると強い意思のもと、法が言葉にしていたのだった。そんな法の言葉など、カズヤはやはりどうでもよいのだ。カズヤはこの喧嘩を楽しめればそれでよいからだ。だからさらにロボ軍団へと殴りかかり、敵を破壊しつくすだけだったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 そのカズヤと法のムチャクチャな戦闘を、超たちはアジトのモニターで眺めていた。なんというすさまじい力だろうか。彼らの戦闘力は超が予想していたものよりも、はるかに上回っていたようだ。

 

 

「すごいネ。彼ら」

 

「ああ……。目を逸らしたくなるほどの非常識なバカどもだ……」

 

 

 開いた口がふさがらないとはこのことだろう。カズヤと法はとんでもない力を見せ付けてくれていたのだ。超もそれに驚いていたが、そんなデタラメな強さを再び見た千雨は、少し遠い目をするほどだった。異常だとは聞かされていたし何度か目にした光景だが、流石になれてはいないようだ。

 

 

「しかし、撃破数が2000を超えても、今だ敵の数が減る様子はありません」

 

「やはりロボの工場があるからカ……」

 

「これではいずれジリ貧になるかもしれん……。何とかしなくてはならんのだが……」

 

 

 しかし、それでもなお敵のロボの数が減る様子がなかった。2000と言う数を撃破したと言うのに、まるで敵の数が減らないのだ。それはやはり、地下のロボ工場に原因があると超は睨んでいた。そのロボ工場を何とかしない限り、敵の数が減りそうに無いと、エリックも考えていたのだ。

 

 

「こ、これは!?」

 

「何者かが学園のメインシステムにハッキングを仕掛けているようです……!?」

 

「これもビフォアの仕業カ!」

 

 

 そんな時に緊急事態のアラームがアジト内に鳴り響いた。それは学園のメインシステムへのハッキングの知らせだった。ビフォアのサイバー攻撃が始まったのである。

 

 

「学園側で対処しているようですが、まったく間に合ってないみたいです!」

 

「ならばこっちで対応するだけヨ!」

 

「その通りだ! ワシらでなんとしてでも侵入を食い止めるんだ!」

 

 

 そのサイバー攻撃に学園側は対応し切れていない状態だった。ならばこちらで対処すればよいと、超たちはその攻撃を防ごうと動き出した。

 

 

「早い……! これほどの攻撃を仕掛けられる相手って……」

 

「茶々丸と同速かそれ以上ダト……?! 手動で動かしてるようには思えないヨ!?」

 

「これでは学園の結界が落とされるぞ!!」

 

 

 だが、そのサイバー攻撃の速度は異常な速さを見せていた。まるで手動では操っていないような、そんな速度の攻撃だった。もはや茶々丸での直接的な回線接続による、ハッキングと同等化それ以上だったのである。その速度に誰もが驚き、このままでは学園の結界が消失するということに焦りを見せていたのだ。

 

 学園の結界は機械的に設置されているため、この手の攻撃に弱いのである。そうさせないために、何重にも防壁があるのだが、それすらも軽々突破してきたのが、今の攻撃だった。一体誰がこれほどの攻撃を仕掛けてきているかはわからないが、とにかく危険な状況なのは事実であった。

 



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八十六話 ビフォアの部下

 麻帆良学園結界が落とされた――――――

麻帆良の魔法使いや超一派に衝撃が走った。結界が落とされたとなれば、再び復旧させねればならない。だが、ビフォアがそれを簡単に許すはずも無く、サイバー攻撃は未だに続いていたのだ。さらに悪いし知らせが入った。麻帆良湖の中心から巨大な物体が姿を現したということだ。それは麻帆良の地下に封印されていた、鬼神ではないかと言う話だったのだが……。

 

 

「で、でかっ!!!」

 

「ガン○ム!? ねぇ、あれってガ○ダム!?」

 

 

 巨大ロボを見た美砂たちは、驚きのあまり立ち尽くしていた。また、桜子は巨大ロボをガン○ムではないかと、しきりに叫んでいたのであった。

 

 

「い、イデ……?!」

 

「じ、○ムだろ……!?」

 

「何かちげぇぞ!?」

 

 

 しかし転生者らしきものの反応はまた少し違っていた。その巨大ロボの外見から、ガン○ムではなく別のものだと騒いでいたのだ。さらに、こんな外見の巨大ロボなど登場しないはずだと、頭を悩ませるものも居たのである。

 

 

「やべぇぞ!?」

 

「攻撃が来るぞー!!」

 

 

 そして巨大ロボは参加者が集まる場所へと、攻撃を開始しようとしていた。その前兆として指の先に搭載された砲門にエネルギーが充填され始めていたのだ。それを見た参加者たちは、攻撃が来ることを予見して慌てながら叫んでいたのである。

 

 

「とっ、特太脱げビーム!?」

 

 

 そこで巨大ロボから放たれたビーム砲撃が、参加者たちを襲った。すさまじいエネルギー。なんとう大きさか。だがそれでも人を傷つけることがないのは、一つの救いだろう。そんな強力な脱げビームを目の当たりにした美砂は、思わず声を出して叫んでいた。光の柱が一直線に地上へ降り注ぐ光景が、あまりにも壮絶だったからである。しかし、その光の柱は突如発生したまばゆい光と衝突し、途切れたのだ。

 

 

「”黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”!!」

 

 

 雷と思われるほどの轟音と光は、その脱げビームをはじき返し相殺したのだ。あの巨大な砲撃を防ぎきり、相殺するほどの雷。なんという衝撃だろうか。その時発生した強い光に、誰もが目を覆い直視することが出来なかった。また、そのおかげで誰もが脱がされずにすんだのである。

 

 

「防いだ!? 誰が!?」

 

 

 そこでようやく光が治まると、誰もが何が起こったかを確認するため、周りを見渡していた。一体誰があの巨大な脱げビームを防いだのか、知りたかったからだ。するとそこへ、一人の男が現れた。それはあの男だった。金髪のオカッパ頭、黒く尖ったサングラス。そう、あのバーサーカーだったのだ。参加者に背を見せるように堂々と巨大ロボの目の前に、自慢の鉞を肩に担ぎ仁王立ちしていたのだ。

 

 

「面白れぇことになってんじゃねぇか」

 

 

 ドンと構え、愉しそうに表情を緩ませるバーサーカー。本当に子供のように無邪気に、しかし男らしく笑っていたのだ。サングラス越しでわからないが、きっと目も笑っていることだろう。自慢の肉体をうならせて、肩を鉞で何度も叩きつつ、この状況を楽しんでいたのだ。

 

 

「あ、あいつは!?」

 

「まさか……」

 

「知っているのか……?」

 

 

 そのバーサーカーを見た転生者たちは、かなり驚いた様子を見せていた。何せあのバーサーカー、なんだかんだで人気だからだ。誰もが没となったことを惜しむほどの男、それがバーサーカーなのである。また、それを知らぬ転生者が、知る転生者へと誰なのかを聞いていた。

 

 

「しっかし、中々ゴールデンな相手じゃんか! シビれるぜぇ、やっぱこういうのはいいぜぇ! まっ、俺のクマ公の方がゴールデンだけどな!」

 

 

 バーサーカーは目の前のロボに、かなり興奮した様子を見せていた。ロボはやっぱ男の子の憧れ、こうでなくては面白くない、そう思いながらニヤリと笑っていた。まるで新幹線に憧れる小学生のように、その敵を眺めていたのだ。

 

 だが、それでも自分が操っていたクマの方が上だと豪語した。変形するクマ、最高の相棒の方がゴールデンだと自負していたのである。いや、それは本当にクマなのか、怪しいところでもあるが。

 

 

「んじゃ、一発デケェの行くぜ!! オラァ!!」

 

 

 そこでバーサーカーは姿勢を低くしたのち、地面を蹴り上げ高く飛び上がった。その強靭な肉体が飛び上がったことによる衝撃により、地面にはくぼみができていた。さらに、飛び上がった瞬間、すでに目の前の巨大ロボの頭上へと移動していたのだった。

 

 

「”黄金喰い(ゴールデンイーター)”!!!」

 

 

 バーサーカーは自慢の宝具である黄金喰い(ゴールデン・イーター)を振り下ろし、落下とともに巨大ロボへとたたきつけた。爆発的な雷の力とバーサーカーの強靭な肉体により、巨大ロボはいとも容易く真っ二つに両断され、爆発四散したのだ。そのあっけなさに、バーサーカーも少し拍子抜けした表情をしながらも、再び大地に着地したていたのだった。そして、さらなる敵を倒すべく、バーサーカーは敵陣へと突っ込んで行ったのである。

 

 

「なんということでしょうか! 巨大な未来のロボの攻撃を防ぎ、平然と突貫する一人のヤンキー! そのヤンキーの一撃で巨大ロボは大破!! 一体彼は何者なのでしょうか!!?」

 

 

 バーサーカーの戦闘力を見たものたちは、誰もが驚きを隠せずに居た。何せ巨大なロボをたった一撃で破壊したのだ。驚くのも無理はない。また、和美もその光景を驚きつつも実況し、バーサーカーを超強いヤンキーだと思っていたのだった。

 

 

「バーサーカーさんも動き出したみたいですね……」

 

「いつ見てもとんでもない攻撃よね」

 

 

 刹那もそのアナウンスを聞いて、バーサーカーが暴れ始めたことを知ったようだ。その隣のアスナはバーサーカーの戦闘力には慣れているのか、驚きはしなかったようだ。だが、それでもでたらめな強さだと、常々思っていたのである。

 

 

「しかし巨大ロボは1体だけではありません!! 反対側の岸からも3体の巨大ロボが上陸した模様!!」

 

 

 それでも敵の数の方が上だ。巨大ロボは1体だけではないのである。さらに3体もの巨大ロボが別の場所から上陸してきたのだ。そのことを和美が実況すると、その場へとやってくるものがいたのだ。

 

 

「へっ! だったらぶっ潰すまでだぁ!!」

 

 

 それはやはりカズヤだった。人型のロボや戦車タイプの中型のロボを相手にするのは飽きたのか、巨大ロボを相手取ろうとやってきたのである。拳を下げ、姿勢を低くして攻撃態勢を取るカズヤは、巨大ロボの直線状で構えていた。

 

 

「”抹殺のぉ、ラストブリットオオオォォォオオォォァァァラァッ”!!!」

 

 

 カズヤの叫びに呼応するかのように、最後に残っていた背中の紅き羽根が砕け散る。その砕けた羽根から膨大な粒子が噴出し、カズヤが勢いよく飛び上がり弧を描きながら巨大ロボへと突貫していった。

 

 巨大ロボもそれを受け止めるように、カズヤの拳を巨大な拳で受け止めたのだ。だが、その直後巨大ロボのその腕が、内側から風船のごとく膨れ上がり、爆散したのである。さらにその衝撃により、ロボ自体が完全に破壊され、砕け散ったのだ。

 

 

「ああそうだ! 切り刻むまでだ!!」

 

 

 また、そこに法もやって来ていた。法は自らのアルターである絶影を操り、巨大ロボと対峙していたのだ。法もカズヤの攻撃を見て、こちらも攻撃しようと魂の叫びをあげていた。

 

 

「”絶影ィィッ”!!」

 

 

 法は絶影の柔らかなる拳、列迅を垂直に伸ばし、それを巨大ロボへと横へと振り下ろす。すると巨大ロボの両足が切断され、巨大ロボは地面に倒れ付したのだ。さらに法は追撃を加えるべく、その列迅を天へと掲げ、真っ直ぐに振り下ろした。それがトドメといわんばかりに、巨大ロボはその一撃で3等分に分割され、大爆発を起こして吹き飛んでいった。

 

 

「カズヤのやつ、おっぱじめやがったな! だったらこっちも必死こかねぇとなー!」

 

 

 そこでカズヤらしき人物が巨大ロボを破壊したのを眺めながら、そう言葉にする一人の男がいた。それこそカズヤのルームメイトの男だった。彼はカズヤとは長い付き合いであり、ある程度能力(とくてん)のことも知っていた。だから暴れるカズヤを見て、こっちもロボを倒しまくって点数を稼ぐしかないと張り切っていたのだ。

 

 

「僕も出るとしよう、O.S(オーバーソウル)リョウメンスクナ」

 

 

 覇王も建物の屋根の上で、その戦いを眺めていた。そして頃合だと考え、攻撃へと移ったのだ。そこで覇王はリョウメンスクナをO.S(オーバーソウル)し、巨大ロボにあてがわせたのだ。今回はリョウメンスクナを剣である神殺しとしてではなく、本来の姿のままO.S(オーバーソウル)させていた。特に大きな意味はないが、巨大なロボを相手にするならば、剣にする必要が無かったのである。

 

 また、リョウメンスクナのみを使いS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を使わないのは、保険として手元においておきたかったからだ。この先何が起こるかわからないので、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)は自分の近くに配置したかったのである。何せ強敵である坂越上人が居るのだ。覇王とて警戒しないワケにはいかなかったのだ。

 

 

「状助たちが言うに鬼神を使うらしいが……。アレはただの機械人形だ」

 

 

 覇王は相手にする巨大ロボを見て、何か引っかかりを覚えていた。状助が言うに、リョウメンスクナほどではないが鬼神を用いて攻撃してくるらしいのだ。だが、今相手にして居るのは単なる巨大なロボであり、霊格が存在する鬼神ではなかったのである。その鬼神とやらをどのタイミングで戦闘に投入してくるか、覇王はそこを気にしていた。

 

 

「しかし、何であろうと滅ぼすだけだ。存分に破壊しろ、リョウメンスクナ」

 

 

 しかし、そんなことは今は捨て置き、目の前の敵だけを倒すことに覇王は専念した。リョウメンスクナを操り、その四つある腕を使い巨大ロボを殴り飛ばし破壊したのだ。さらに眼下に広がる無数の小型ロボを、リョウメンスクナに踏み潰させて破壊して回っていた。その光景を見たものたちは、一体何が起こって居るかわからず、混乱していたのだった。

 

 

「……状助、任せたぞ……」

 

 

 そこで覇王は状助が次の作戦に関与していることを思い出し、その身を案じていた。また、状助の作戦はかなり重要であり、その成功を祈っていたのだ。そう考えながらも、覇王は淡々とロボ軍団を蹴散らして行ったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じころ、魔法先生たちも動き出していた。巨大ロボは数を増し、どんどん増えてきていたのだ。それを対処するべく、攻撃魔法を打ち込む魔法先生の姿があった。そこにアルスの姿があり、魔法先生に混じって錬も対処していたのだった。

 

 

「こいつらは鬼神ではないな……。しかしそれなら対処しやすい! ”雷の斧”!!」

 

 

 アルスは無詠唱で魔法を操り、巨大ロボへと雷の斧を放つ。ロボはそれを受け雷の力で破壊され、爆発して倒されていた。さらにそこへ錬が飛び出し、別の巨大ロボへと攻撃を仕掛けた。

 

 

「ただの木偶相手はつまらんが……。まあいい! ”雷法”!!」

 

 

 錬もまた雷の技を使い、通常のロボや巨大ロボを相手取っていた。ロボは所詮機械人形。強力な電気を浴びせればたちまち破壊されてしまう。それをわかっているのかは定かではないが、錬はロボ軍団へ雷の技をお見舞いしていたのである。

 

 また、他の魔法先生たちもロボの処理に追われていたが、そこで突如異変が起きたのだ。それに気づいたアルスは、その場所へ魔法を放ったのである。

 

 

「!? 魔法の射手”雷の1矢”!」

 

 

 その場所へ魔法の射手が命中すると、円形の黒い渦が発生したのだ。それはまさしく強制時間転移であり、その範囲内に入ってしまうと3時間先に飛ばされてしまうものだった。そう、これは強制時間跳躍弾が着弾した時に発生する現象なのである。

 

 

「ついに撃ってきたか! 狙撃が来るぞ! みんな気をつけろ!!」

 

 

 アルスは他の魔法先生へ、今の攻撃を気をつけるように叫んでいた。さらにタカミチも同じく、その弾丸を無音拳で防いでいた。だが、魔法先生は基本的に障壁に頼っており、その障壁ごと時間転移されてしまうのだ。また、高速で飛び交う小さい弾丸を目視してよけることなど、早々できるはずもない。この攻撃により、魔法使いたちが次々に強制的に時間跳躍されてしまったのだった。

 

 

「ちぃ! やってくれる……!」

 

 

 アルスもこの状況に悪態をつくしかなかった。アルスやタカミチレベルの魔法使いならば、ある程度離れた場所でその弾丸を打ち落とすことが出来る。しかし、普通の魔法使いにそんなことが出来るはずもない。それでもアルスは被害を最小限に食い止めようと、危険予測による魔法での防御を試みていた。だが、アルスの努力もむなしく魔法使いたちは次々に弾丸の餌食となり、消え去っていくのだった。

 

 

「まずい! とりあえず全員退避し、物陰へ隠れるんだ……!」

 

 

 さらに言えば、その弾丸はただまっすぐ飛んでいるだけではなかった。それを発見したのは肉まんを好物とする小太りな魔法先生、弐集院だった。弐集院は壁を背に弾丸を防ごうと考えた。斜線上に壁があるのなら、弾丸を防げると考えたからだ。

 

 

「ウワッ!?」

 

 

 にも拘らず、同じく壁に隠れた同僚が、その弾丸を受けたのだ。狙撃の斜線から建物に隠れているというのに、どうしてそんなことが出来たのだろうか。弐集院は頭を悩ませていた。その時、さらにスナイパーからの攻撃が彼らを襲った。

 

 

「っ!」

 

「へぶっ!?」

 

 

 また、そこにたまたま居合わせた美空も狙われ、魔法使いの主であるココネに庇われ助かったのだった。ココネは黒い渦に乗り込まれながらも、美空が無事だったことに安堵していた。美空はそんなココネが消えていくのを見て居ることしか出来なかった。

 

 

「ココネー!?」

 

「何……!? この現象は一体……!?」

 

 

 タカミチやアルスは上空で弾丸の処理に追われていた。なぜかは知らないが、タカミチとアルスを直接狙った弾丸が飛んでこなかった。アルスとタカミチはそのことを不審に感じながらも、ならば積極的に弾丸を叩き落そうと考え、飛び交う弾を魔法で弾き飛ばしていたのだ。

 

 そして、弐集院はこれは一体どういうことかと見てみれば、恐ろしいことに弾丸が空中で、突如として射線を変更しているのを発見したのである。

 

 

「空中で弾の軌道が変化しているというのか……!!?」

 

 

 それは跳弾と呼ばれる現象だが、何もない場所で弾丸が跳ね返るはずがない。なんということか、それでもそれは現実に起こっており、訳もわからないまま弐集院も、その弾丸を受けて消えてしまったのだった。

 

 

「この攻撃は明らかに転生者だ……。だがどんな能力でこのようなことを……!」

 

 

 また、アルスもその現象に気がついたようだった。この狙撃の攻撃は、明らかに転生者の攻撃だと、アルスは予想をつけていた。転生者の攻撃とわかったのはいいが、どういう理屈で空中で弾丸の向きを変えているのかわからなかったのだ。

 

 タカミチも同じく、その現象に気がついていた。しかし、気がついただけではこの現象を止めることは出来ない。だからこそ、もはや防御に回るしかなく、完全に後手となってしまっていたのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 だが、敵はスナイパーだけにはとどまらない。この危険な状況の中、さらなる敵が現れた。それは錬の目の前に堂々と姿をさらし、攻撃してきたのである。

 

 

「もらったぜ!」

 

「何……!?」

 

 

 その敵は握るマイクを振り下ろし、錬のO.S(オーバーソウル)にぶつけていた。だが、ぶつかっているのはマイクではなかった。それはまるでビームサーベルのようなO.S(オーバーソウル)だった。すべての巫力をその部分に、一転集中しているかのような、鋭いビームの剣だった。それは錬がよく知るO.S(オーバーソウル)。そして、その使い手も錬がよく知る人物だった。

 

 

「キサマはあの大会の時の……!!」

 

「おうよ。そのとおりだ……!」

 

 

 その人物とは、まほら武道会で司会をしていたあの男だった。黒い髪を逆立て、つりあがったサングラスをした顔の細い男だった。ああ、そうだ。確かこの姿をした男は、確かにそういう能力だった。

 

 

「……やはりキサマも転生者だったか……。そして、その能力(オーバーソウル)を見るにキサマの特典は……」

 

「お前の考えるとおりだろうぜ? おっと、自己紹介がまだだったな。オレの名はムラジだ」

 

 

 このムラジと名乗った男。彼の特典は明らかにシャーマンキングのラジムの能力だった。ならばこのO.S(オーバーソウル)は、プラチナムソードということになるだろう。甲縛式O.S(オーバーソウル)すらも打ち砕く、あの絶刀だ。錬はこのムラジが司会をしていた時から、見た目から判断してそうではないかと考えていたのだ。そして、その男が今、錬と対峙していたのである。

 

 

「オレは素直にうれしいと感じている。何せお前のようなシャーマンと、こうして戦えるのだからな!」

 

「それは俺の台詞だぞ! キサマがどれほどのものかは知らんが、シャーマンと戦えるならばこれほどの楽しみは存在しない!!」

 

 

 このムラジもまた、シャーマンとの戦いに飢えていた。シャーマンとしての能力を鍛え、シャーマンとして戦える相手がほしいとムラジもまた、考えていたのだ。麻帆良へいけば転生者が多くいるだろう。そして、シャーマンの能力を持つ転生者もいるはずだと、ムラジは考えた。そこでシャーマンを求め麻帆良へやってきたところへ、ビフォアに誘われたのである。

 

 ムラジはビフォアがよからぬことを企んでいることを知りつつも、仲間となったのはシャーマンとして戦いたかったからだ。そして、その考えは間違えではなかった。まほら武道会で司会をしている時、目の前でシャーマンファイトが繰り広げられたではないか。司会でなければその場で戦いたかったと、犬が餌を目の前にお預けを受けたような、そんな心境だった。だからこそ、今この場で、この錬と戦ってみたかったのだ。

 

 ところでビフォアの仲間にもう一人、シャーマンであるマルクがいるのだが、彼ははっきり言って膨大な巫力任せの戦闘しか出来ない男だった。そんな相手と戦っても何の面白みもないと、ムラジは思っていたのである。

 

 

「受けてみろ! 俺のO.S(オーバーソウル)! 武神魚翅を!!」

 

「その程度でこのプラチナムソードを受け止められると思うなよ!?」

 

 

 両者のO.S(オーバーソウル)が衝突し、火花を散らす。強力な強度を持つ甲縛式O.S(オーバーソウル)である武神魚翅と、巫力を一転に集結したプラチナムソード。どちらもほぼ互角かに見えたが、プラチナムソードの方が若干強力だったのか、錬のO.S(オーバーソウル)が砕かれたのである。

 

 

「……クッ! 流石といったところか……! だが、その程度で終わる俺ではないぞ!!」

 

「話になんねェな。力任せじゃ俺には勝てねェ」

 

 

 錬は再びO.S(オーバーソウル)を構築すると、即座にムラジへ反撃を行った。だが、やはりムラジのO.S(オーバーソウル)は頑強であり、甲縛式であるはずの錬のO.S(オーバーソウル)すらもいともたやすく受け止めたのだ。さらにムラジのすさまじい体術により、たった一本の剣でしかないプラチナムソードで、錬を圧倒していたのだ。それでも錬は負けじとO.S(オーバーソウル)を打ち込み、隙間隙間に雷の技を使ってムラジと拮抗していた。

 

 

…… …… ……

 

 

 その戦場から遠く離れた場所。約3キロ先にある、建物の屋根の上。そこに一人の男が寝そべっていた。だが、ただ寝そべっているわけではない。ライフルを構え、狙撃の体制を行っていたのだ。

 

 

「……”筋肉”は信用出来ない。皮膚が”風”にさらされる時、筋肉はストレスを感じ、微妙な伸縮を繰り返す」

 

 

 その男は金髪のロングヘアーをした、スナイパーだった。男は静かに言葉を述べ、ライフルの引き金を引いていく。

 

 

「それは肉体ではコントロール出来ない動きだ」

 

 

 一定の間隔でライフルから発射される弾丸は、空中で向きを変えながらも、確実に狙った獲物をしとめていった。それは神がかった技術であり、このスナイパーの能力とも言えよう。

 

 

「ライフルは”骨”で支える……。骨は地面の確かさを感じ、銃は地面と一体化する。……それは信用できる”固定”だ」

 

 

 このスナイパーがいるからこそ、カギたちが不用意に動くことが出来ないでいた。そう、この転生者たるスナイパーの男こそが、最大の難敵とも呼べる存在だったのだ。

 

 そしてこの男の目的は、ロボを数多く倒せる存在を、除去することだった。ロボは工場で常に生産され続け、減ることはないとビフォアから言われている。

 

 だが、それでも転生者や魔法使いがフルに力を発揮すれば、枯渇もありえるというものだ。ならばロボを大量に破壊できる存在を、ある程度もぎ取ってしまう必要があるだろう。その役目を与えられたのが、このスナイパーの男だったのだ。

 

 

「あの無詠唱の転生者、それに確か高畑といったか。あの二人はなかなかやる……」

 

 

 スナイパーの男は狙い打ったはずのアルスとタカミチに、その攻撃を防御されたことに驚いていた。しかし、それ以上に自分の狙撃を回避されたことに喜びを感じていたのだ。そうだ、そうでなければ面白くない。スナイパーの男は、今の高ぶる気持ちを表情に表し、唇を吊り上げながらスコープごしにそれを見ていたのだ。

 

 

「あの二人ともう少し遊んでいたかったが、生憎そうも言っていられないようだ……」

 

 

 だが、スナイパーの男は優先順位の高い獲物を相手しなければならない。はっきり言えばアルスもタカミチも強大だが、別に倒す必要はないのである。それはビフォアの能力が関係しているのだが、このスナイパーの男も詳しいことはわからないようだ。そして、ならば次の相手は誰だろうか。スナイパーの男はそちらへ向いて狙いを定め始めたのである。

 

 

「銀河来史渡。まずはこいつを消せと言っていたな……。そして現れた今こそチャンスというわけだ」

 

 

 スナイパーの男が狙ったのは、あのメトゥーナトだった。ビフォアが言った要注意人物にて最大優先目標。それこそがメトゥーナトとギガントだ。その二人さえ確実に消せれば、それでよいとスナイパーの男はビフォアに言われているのである。だからまずはその片方のメトゥーナトを未来へ消し去るべく、ライフルを構えたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 魔法先生たちが次々にスナイパーの餌食になる中、アスナと刹那はロボの処理に追われていた。ロボの数が多すぎるゆえに、なかなか別の場所へ移動することが出来ないでいたのだ。また、3-Aのクラスメイトたちも順調にロボを倒していたようだった。

 

 

「”敵を撃て”……!」

 

「ブッつぶれろ!」

 

 

 三郎や刃牙も、ロボ軍団へと攻撃していた。三郎は拳銃を握り、なかなかの立ち回りでロボを相手にしていたのだ。刃牙もバズーカを片手に、ロボが密集した場所へ攻撃を撃ち込んでいた。

 

 

「す、()()()()()……さん……!?」

 

「ムッ? そう言うのなら()()()()……?」

 

 

 三郎が滑り込むように刃牙の横へ来ると、その刃牙の姿を見て大層驚いた。何せジョジョ五部で登場したボスの親衛隊、スクアーロにそっくりだったからだ。そこで三郎がその名をもらすと、刃牙も反応してそれを知るなら三郎が転生者なのではないかと思ったようだ。

 

 

「こんな状況じゃあまり話せねーが、俺は鮫島刃牙っていうもんだ」

 

「どうも、川丘三郎です」

 

 

 今、この場は戦場。だから刃牙は簡素に自己紹介を述べていた。また、三郎も同じく名乗る程度ですませたのだ。何せロボ軍団はいまだに増え続けており、数が減る気配が無いからだ。しかし、刃牙は三郎の名に、多少引っかかりを感じたようだ。

 

 

「んん? お前の名前、どっかで……」

 

「え? 俺はアナタのことは知らないんですけど……」

 

 

 刃牙は三郎の名をどこかで聞いた気がしたようで、それを思い出そうとしていた。ただ、思い出している間にも、ロボを殲滅せんと攻撃の手を緩めることはしない。三郎も刃牙とは初めて会うはずだと考えながらも、ロボ軍団へ銃口を向けて魔力の光を確実に命中させていったのだ。

 

 

「……まあいいか、後で思い出せばいい! 今はこいつらを片付けるのが先決だ!!」

 

「ええ、そうですね。倒しても倒してもきりがありませんからね……!」

 

 

 しかし、多くの敵が目の前に居る状況で、考え事などしている暇などない。刃牙はとりあえず考えることを中断し、敵を倒すことに専念することにしたのだ。同じく三郎も刃牙の言葉を聞いて、そうするのが一番だと思い、さらに攻撃を激しくさせたのだった。

 

 

「とりゃっ! 魔法の射手”連弾・炎の15矢”!!」

 

「ゆーなすごい……」

 

「でもゆーなばかり倒してると、こっちの点数が減っちゃうね……」

 

 

 裕奈も確実に魔法の射手でロボ軍団を倒していた。この裕奈、とても優秀な魔法使いである。魔法の射手を当然のように無詠唱で放つ。加えてもともと持っていた高い運動神経やセンスも相まって、高い戦闘技術を持って居るのだ。さらに魔力強化により、その力は数倍に膨れ上がっているのである。

 

 近くで戦っていた亜子も、裕奈の攻撃や動きを驚きの眼で眺めていた。そんな裕奈の周りで戦っているアキラは、裕奈がガンガン敵を倒してしまうので、自分たちの分の敵まで倒されてるのではないかと考えたようだ。実際周りの敵を、裕奈が一人でかなり倒してしまっていたのだった。

 

 

「今のランキングの上位の人って誰だろう……。あれ? この名前って……」

 

「どうしたん?」

 

 

 アキラはふと、現在ランキングの上位の人は誰なのか、少しだけ気になった。もしかしたら刃牙が上位に入って居るかもしれないと、アキラは考えた。だからランキングを表示して見ることにしたのだ。このランキング表示も魔法のような感じで、空中に何も使わずに表示される仕組みのようだ。そこで上から順番に見ていくと、気になる名前がそこにあった。そのことを聞いた亜子が、どうしたのか覗いたのである。

 

 

「ちょっとゆーな! ゆーなのお母さんの名前がランキングに載ってるよ!?」

 

「え!? どー言ーこと!?」

 

 

 そこにはなんと裕奈の母、明石夕子の名があったのである。かなり高いランクにおり、すでに20位ほどにまで上り詰めていたのだった。それを聞いた裕奈も、そのランキングを見て驚き、自分の母は何をやっているんだと少し怒った表情を見せていた。

 

 

「あそこで戦っとるの、ゆーなのお母さんやない?」

 

「本当だ! ちょっと行ってくる!!」

 

「ゆーなのお母さん元気だね……」

 

 

 亜子がふと振り返って見ると、その先で裕奈の母が戦っていたのだった。それを亜子が指さして裕奈に教えると、裕奈はその場からそちらへと移動して行ったのだった。またアキラは、裕奈の母がこのイベントに参加するぐらい元気なんだとしみじみ思いながら、飛んで行く裕奈を眺めていた。

 

 

「ちょっとおかーさん! 何してんの!?」

 

「おっ、ゆーなじゃないか! 何って見ればわかるでしょう?」

 

 

 裕奈の母である夕子は両手に拳銃を構え、ロボ軍団を打ち抜いていた。その戦いぶりは誰もが賞賛するほどで、力強くもしなやかな動きで、ロボ軍団を翻弄していたのだ。そんな風に戦う母の下へ、裕奈が飛んできて文句を叫んだ。この戦いは一般人にはイベントの大会となっているが、魔法使いとしては麻帆良の防衛であり重要な任務なのである。そのため裕奈は夕子へ、どうしてイベントに参加して遊んでいるのかと怒っていたのだ。

 

 

「そーじゃないでしょ! こっちは必死に戦ってるし、おとーさんも頑張ってるってのに、おかーさんだけズルい!!」

 

「フフン! 私は今やイッパンジンだからねー」

 

 

 裕奈も父親も必死に麻帆良の防衛に勤め、働いている。そこで大会で遊んでいる夕子を、とてもずるいと裕奈は思ったのだ。まあ、実際は裕奈もこのイベントに普通に参加し、上位を狙って賞金がほしかった。そういう訳でこのイベントで遊んでいる母が、とてもうらやましかっただけなのだ。またこの夕子、実は10年前の任務を機に魔法使いを引退しており、今ではただの専業主婦。つまり一応一般人なのである。だからこうして遊んでいても、別に何の問題も無いということだった。

 

 

「ムムー! ……ならちゃんと賞金ゲットしてよね!」

 

「任せておきな! そっちも頑張りなよ!」

 

「りょーかい!」

 

 

 ならばせめて賞金ぐらい貰ってきてほしいと、裕奈は念を押していた。夕子はそれを裕奈に伝え、ならば賞金をしっかり貰っておくと宣言していたのだった。さらに裕奈へ、自分の任務を頑張るよう励ましの言葉を送っていた。それを聞いた裕奈は笑顔とともに、元気よく返事をして再び持ち場へと戻っていった。

 

 

「ウチもがんばらなアカンな! 前鬼! 後鬼!」

 

「完全に出遅れたアル……!」

 

「みんなすごいねー! よーし私もー!」

 

 

 また、木乃香もこの戦いにヒーローユニットとして参加していた。さらに激しくなってきた戦いを見て、もっと頑張らないといけないと一層力を入れ、白烏をO.S(オーバーソウル)しながらも前鬼と後鬼を操っていた。ただ、前鬼や後鬼は一般人には見えないので、そういった人たちには突然ロボがぶっ壊れたようにしか見えないホラーな現象となっていたが。

 

 古菲も乗り遅れてしまったようだが、同じようにロボ軍団を拳法で撃退していた。しかし乗り遅れてしまったことを、少し嘆いていたのである。そうやってヒーローユニットとして戦う二人の横で、ならば自分もと杖を振るうまき絵の姿があったのだ。

 

 

「ふむ、こやつらゴーレムとあまり差が無いようだ」

 

 

 同じくマタムネも、この戦いに身を投じていた。そして世界樹の魔力で動くロボを見て、まるでゴーレムではないかと考えていたのである。しかし、ただ考えているだけではなく、その手に持ったキセルを使い、ロボへと攻撃していたのだ。

 

 

「なかなか硬い……。ならば脆い部分を叩くとしよう」

 

 

 ロボにはマタムネの存在を感知することが出来ない。加えてロボのビームや物理攻撃もマタムネには通用しない。ゆえにマタムネはロボの行動のすべてを気にすることなく、ロボへと攻撃を仕掛けることが出来る。ただ、マタムネの攻撃力ではロボを一撃で粉砕することは出来ない。ならば足の関節などを狙い行動不能にすればよいと、マタムネはそこを狙って攻撃したのだ。

 

 また、そうやって攻撃して倒れ伏せるロボに、一般人たちは驚きを隠せなかった。何せマタムネは霊でありO.S(オーバーソウル)。前鬼や後鬼同様、ロボは無論のことシャーマンやスタンド使い、はたまた魔法使いでなければ見ることが出来ない存在なのだ。そんな見えないマタムネがロボを攻撃して破壊すれば、ロボが勝手にぶっ壊れたようにしか見えないのである。まあ、そんなぶっ壊れて倒れたロボに魔力の光を命中させて点数を稼ぐ一般人もいるのだが、それもマタムネの計算のうちである。

 

 

「どういう訳かこんな魔法が使えるが……。今はありがたい! ”ライデイン”!!」

 

「あいつやるなー」

 

 

 さらにそこでドラクエの魔法を使う転生者も存在した。ライデインを使うドラクエ3の勇者のような姿の青年だ。この青年、実は過去にてエヴァンジェリンの偽者を演じ、エヴァンジェリン本人によって前世の記憶を消されたものだ。前世の記憶をなくしてから、なぜか不思議な魔法が使えることに、多少疑問を感じていた。だが、こういう時にそんな魔法が使えるのは、むしろ好都合として自ら選んだはずの能力を振るっていたのだった。

 

 

「俺も使えるぞ! ”マヒャド”!」

 

「ならば俺もだ! ”ブリザガ”!!」

 

 

 また、ドラクエの魔法が使える転生者は先ほどの彼だけではなかった。ドラクエの魔法はやはりとても有名で、選ぶ転生者が多かったのである。シングルアクションのみで操れる魔法は、ネギまの世界では有利だからだ。その横でファイナルファンタジーの魔法を選んだ転生者も、氷系の呪文を撃ち放っていた。

 

 

 そんな転生者たちが大暴れしてロボ軍団を抑えている中、麻帆良の魔法使いたちも動き出していた。だが、そんなところにスナイパーの狙撃が始まったのである。

 

 

「むっ……!? 魔法先生たちが例の弾で狙われているみたいです!」

 

「あの弾は本当にやっかいね……」

 

 

 それを感知した刹那は、アスナへとそのことを叫んでいた。アスナもあの攻撃は非常に厄介だと、腕を組んで難しい表情をしていたのだった。

 

 

「どうします?」

 

「うーん。あっ、あれは高畑先生……!」

 

 

 ならば次の行動をどうするか、刹那はアスナへと聞いてみたのだ。刹那からそうふられたので、アスナも頭を悩ませていたのだった。そんな時、ふと遠くを見るとタカミチがスナイパーの攻撃を防いでいたのだった。

 

 

「とりあえず高畑先生と合流した方がいいかもしれないわね」

 

「そうですね……」

 

 

 ならばタカミチと合流したほうがよいかもしれないと、アスナは考えたのだ。タカミチはこの学園の中でもトップクラスの実力者だ。一時的でも良いので、行動を共にした方がよいと思ったのである。刹那も刹那の言葉に賛同し、二人でタカミチの下へと移動して言ったのだった。

 

 

「うおっ!? なんだこれは!!?」

 

「な、何かヤバイぞ!!」

 

 

 さらにロボ軍団もスナイパーが使う弾である強制時間跳躍弾を用いた武装を使い始めた。それを見た参加者は一体何が起こっているのかわからず、慌てふためいていたのだった。

 

 

「あれは強制時間跳躍弾とか言うやつじゃねーか!?」

 

「そろそろ来ると思ってたぜー!」

 

 

 だが、原作知識のある転生者たちは、あらかじめこの攻撃を知っていたので、むしろようやく使ってきたと思っていたのだ。そして、あたらなければどうということは無いと、適当な建造物などを盾にしつつ、ロボ軍団を迎え撃っていた。

 

 

「あれってまさかよおー!?」

 

「知っているんです……?」

 

 

 また、その光景を目の当たりにした刃牙も、敵が使用する弾のことを思い出していた。その思い出して居る時にもれた声に、近くに居た三郎が反応を見せたのだ。

 

 

「ああ、確か強制時間跳躍弾とか言う特殊な弾だ。あれにあたっちまうと3時間先に飛ばされちまうのさ」

 

「死ぬ訳ではないと……?」

 

「外傷もねぇし今この場から消えちまうだけさ……」

 

「そうですか……」

 

 

 三郎は原作知識が無いので、あの弾が着弾した時に起こる現象がわからなかった。だからそれを知っていそうな刃牙へ、質問をしてみたのだ。刃牙は当然知っていたので、そのことを三郎へと特に危険な攻撃ではないと、安心させるように教えていた。それを聞いた三郎は、それなら大丈夫かと思い、ほっとした様子を見せたのだった。

 

 

「あっ! 亜子さん……! まずい!!」

 

「お、おい!」

 

 

 しかし、そこで三郎はロボが攻撃しそうな状態を目撃したのだ。さらになんと、その先には亜子やその友人たちがおり、これはいけないととっさに身を投げたのだ。そんな三郎を見ていた刃牙は、思わず声を上げて止めようとしたのだが、すでに遅かったのである。

 

 

「クッ!」

 

「さ、三郎さん!?」

 

 

 そしてロボが手に持ったガトリングを使い攻撃を始め、多くの参加者たちが黒い渦に巻き込まれていった。亜子もその弾の餌食になりかけたのだが、そこへ三郎が走ってきて、弾を受けて亜子を守ったのだ。だが、そのせいで三郎も黒い渦に飲み込まれ、そのまま消えてしまったのである。

 

 

「き、消えてしもーた……!?」

 

「一体どうなってるの!?」

 

「あの野郎……、俺の話聞いといてそうするか!? いや、俺もやったかもしれねぇから言えねぇか……」

 

 

 三郎がとっさに壁となったことで、亜子は助かった。しかし、三郎は目の前で消えてしまったのだ。そのことで亜子は動揺と焦りを見せていた。また、その横にいたアキラも、一体どうして消えたのか理解出来ずにいたのである。そこへ刃牙が駆けつけ、消えた三郎を馬鹿なことをしやがって、と思っていた。

 

 それはあの弾が特に人体的に害がないものだと教えたのにもかかわらず、自らを犠牲にするような行動を三郎が見せたからだ。ただ、刃牙もそうしたい気持ちがわかったので、自分もアキラが同じ状況ならば、そうしただろうと思い、三郎と同類だと思ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方その頃、激しさを増す戦いを遠くから眺めるものがいた。それは銀の仮面を顔に装備し、黒いマントを身に着けたメトゥーナトだった。メトゥーナトは麻帆良の建物の屋根の上で、戦場を眺めていたのだ。

 

 

「ふむ……」

 

 

 また、メトゥーナトは周りの戦いぶりから、戦局を見極めていた。

 

 

「戦いは現在互角。だがロボの軍団が減ってはいないか……」

 

 

 また、メトゥーナトはこの戦いにて、ロボ軍団の数がさほど減っていないことに疑問を感じていた。あれだけのイベント参加者やヒーローユニットが動きロボを撃退しているのに、その数が一定に保たれていたからだ。だが、それ以上にメトゥーナトには気になることがひとつあった。

 

 

「それにアスナが言うに、わたしはここで敵の罠にはまるらしいが……」

 

 

 それは自分が敵の罠にはまり、無力化されるということだった。そのことをアスナから伝えられたメトゥーナトは、まさかとは思ったが真剣に話すアスナを見て、確かに可能性が無くは無いだろうと思ったのだ。そして、アスナから言われたとおりに動くよう指示されていたメトゥーナトは、とりあえず指示通りに動くことに下のである。

 

 

「むっ、来たか……!」

 

 

 そのことを考えている最中、ついに敵の攻撃が始まった。それは敵のスナイパーからの狙撃だった。いくらメトゥーナトとはいえ、強制時間跳躍弾を受ければ一環の終わりである。ただ、単純な狙撃程度ならば、メトゥーナトは回避が可能であり、余裕に対処できるはずなのだ。ならばなぜ、メトゥーナトが未来において、この攻撃で無効化されたかというと、そこには驚くべき理由があった。

 

 

「……! これは……!」

 

 

 それはやはり空中にて、突然軌道が変更する弾丸だった。メトゥーナトにも理解が出来ないほどの、不思議な現象。それにより回避行動を行っても、まるで生き物のように弾丸が追ってくるのだ。

 

 

「弾丸の軌道の変更……!? いや、何かに反射しているのか……!?」

 

 

 しかし、メトゥーナトはその弾丸の軌道変更を、反射だと考えた。見えない何かに弾丸が当たり、そこから軌道を変更しているのではないかということだった。だが、驚くべきことはこれだけではなかった。さらに恐ろしい攻撃が、メトゥーナトへと襲い掛かったのだ。

 

 

「ちぃ! 時間差を利用しての同時攻撃とは……! 確かにこのまま続けられれば、こちらが不利だな……!」

 

 

 なんということだろうか。弾丸はひとつではなかった。複数の弾丸がメトゥーナトの周囲を飛び交い、動きを抑えつつ襲ってきていたのだ。弾丸が空中で軌道を変更するならば、同時に複数の弾丸が襲ってくることも可能というものだった。そして、それに気を取られている隙に、視覚外からの攻撃をされればたちまち強制的に3時間後へ飛ばされてしまうだろう。

 

 それをなんとかメトゥーナトは、体をそらしたりしてギリギリのところで回避、あるいは剣圧を飛ばし防御していた。ただメトゥーナトも、この攻撃を長時間避けていれば、確実に追い詰められるだろうと、回避行動に専念しつつもそう考えていたのだった。

 

 

「……しかし、罠にかかったのはアチラの方だったな……!」

 

 

 しかし、そこに焦りはなかった。なぜならここでメトゥーナトが、弾丸を回避することこそ作戦通りだったからだ。何せメトゥーナトはビフォアを倒すための切り札。その切り札を失わないようにするために、メトゥーナトはあえて囮となってスナイパーを引き付ける役となったていたのだ。その作戦は、別の場所でもしっかりと動いていたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 メトゥーナトが回避行動を行っている場所から少し離れた路地にて、状助がバイクに座って待機していた。作戦の時間が迫ってきており、右腕の時計を眺めていたのだ。

 

 

「まったくよぉー。まさかあんなスタンドを特典で選ぶやつが居るとはなぁ……」

 

 

 なぜ状助がこの作戦に参加しているかというと、攻撃を行うスナイパーがスタンド使いだったからだ。そのスタンドは状助が言うように、普通に考えれば誰も選ばないようなスタンドだったのだ。

 

 

「しかも魔改造まで施されてるとはなぁ……。いや、うまい使い方を思いついたもんだぜ……」

 

 

 さらにそのスナイパーは、自らのスタンドを神の力で魔改造していた。ジョジョのスタンドを特典に選んだ状助は、その魔改造が脅威であることを察していたのだ。加えてそんなことを思いつくスナイパーを、敵ながらよく考えたと賞賛の言葉を述べていた。

 

 

「しかしよぉ~。俺、()()()()()バイクの免許ねぇのによぉ~……」

 

 

 また、この状助はまだ15歳、バイクの免許を取ることなどできはしないのだ。しかし、バイクで走らねばならないこの作戦に、ため息をついていた。まったく健全な学生たる自分が、作戦とはいえ法律違反をしなければならないとはと、考えていたのだった。

 

 そして”こっちでは”というのは、転生前はバイクの免許を持っていたということだ。20代で前世を終えて転生したが、状助はバイクをある程度乗り回していた。つまり、状助はバイクに乗った”経験”がある程度あるということなのだ。ただし、転生してから15年も乗ってなどいない。うまく出来るかは状助にもわからなかったのである。

 

 ……ちなみにバイクはスピードワゴン財団が用意したらしい。

 

 

「でもまぁ……、やらねぇ訳にはいかねぇよな……!」

 

 

 それでもこの作戦、失敗は許されない。必ずこの作戦を成功させなければ、ビフォアには勝てないのだ。だからこそ、多少の無茶でもやらなければならないと、状助は強い意志で自らの士気を高めていった。

 

 

「そろそろ時間か……。いくぜ!!」

 

 

 そして、腕時計から時間を知らせるアラームが鳴り響いた。それを聞いた状助は、すでにエンジンがかかったバイクをふかせ、加速を始めたのだ。グングンと速度を上げ、バイクはその路地を一直線に駆けていった。

 

 

「このままこの速度でまっすぐ行けば、見えてくるはずだ……」

 

 

 この作戦、時間内に一定のポイントにつかねばならないというものだった。だから速度も60キロを維持し、規定のポイントにつかなければならなかったのだ。誰も人など居ない路地で、状助は速度を保ちつつ矢のごとくバイクを走らせていた。

 

 

「な、何ィィッ!!?」

 

 

 だが、そこで予期せぬ出来事が起こった。それは突如目の前の建物の影から、子供が出てきたのだ。子供は加速するバイクの前に停止し、バイクに怯えるように立ったまま固まってしまっていたのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:ムラジ

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:30代司会者

能力:シャーマンとしてO.S(オーバーソウル)プラチナムソードによる斬撃

巫力:10000

特典:シャーマンキングのラジムの能力、おまけで持霊プラチナムソード

   剣術の才能

 

 



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八十七話 スナイパー

 状助は作戦のために猛スピードでバイクを走らせていた。それは時間が指定された作戦で、一刻を争うものだった。だが、そんな時に突如として、子供が目の前に飛び出してきたのである。

 

 

「うおおおおおおおぉぉ――――ッ!!!?」

 

 

 このままではバイクで子供を撥ねてしまう。しかし、避けようとすれば自分がこける。停止すれば時間通りポイントに到達できない。状助はこの避けられぬ現状を、どうするか頭をフルに回転させて考えた。そして、ならばこれしかないと、行動を起こしたのだ。

 

 

「しかし、クレイジー・ダイヤモンド!! ドラララララララララアァッ!!」

 

 

 それは彼の能力の元となった人物、東方仗助が使った手だった。バイクをスタンドで殴り壊し、子供の頭上を飛び去るというものだったのだ。これならば速度を殺すことなく、回避することなく、子供を轢くことなく避けれる。

 

そうやって子供の頭上を飛び越えた後、状助はバイクを修復し、再び加速を始めたのだった。また、分解されたバイクが頭上を飛び越え、その先で修復されて走り去る様を見た子供は、面白いものを見たと思い先ほどの恐怖を忘れ笑っていたのだった。

 

 

 そして状助は時間通り、そのポイントにたどり着いた。その先には状助が狙う獲物がおり、しっかりと目視できる距離となっていた。

 

 

「見えたぜぇ……。”マンハッタン・トランスファー”!」

 

 

 それはまさしくスタンドだった。まるでテンガロハットのような形状で真上から見ると十字の形をしたそれは、紛れも無くスタンドだった。十字型のブーメランのような物体の中心部分は花のように開き、その中央には栗の実を思わせるような円形の物体が内包されていた。さらにその下には鍵のようなものを複数ぶら下げた形状の、握り拳程度の大きさのスタンド。そう、それこそが敵のスナイパーの特典(スタンド)のマンハッタン・トランスファーだ。

 

 このマンハッタン・トランスファーというスタンド。スタンドでありながらスタンドバトルに不向きのどうしようもない能力だ。何せこれといった能力もない、破壊力もない、スピードもない、防御も出来ない何も出来ないスタンドだからだ。出来ることは狙撃衛星として、せいぜい空中をふわりと浮き上がることだけ。それ以外何も出来ない、本当に非力なスタンドなのだ。

 

 だが、ここはジョジョの世界ではなくネギまの世界。スタンド使いと出会い戦うことなどほとんど無いだろう。また、遠距離からの狙撃となれば、話が違ってくる。ジョジョの第六部にて、敵スタンドのホワイトスネイクが見せた夢だったが、このスタンドを用いた超遠距離狙撃を行っていた。外からの狙撃でありながらも、建物内への狙撃を可能としていたのだ。その能力を用いれば、どんな相手だろうと狙撃出来る。スタンド使い同士の接近戦さえしなければ、これほど強力な敵は居ないのである。

 

 さらに言えば、このマンハッタン・トランスファー、転生神の力により魔改造されていた。マンハッタン・トランスファーは単体のスタンドとして描写されていた。つまりマンハッタン・トランスファーは遠隔操作型と呼ばれるスタンドで、遠くへ移動できるがパワーが小さいスタンドだ。また、通常のスタンドどおり、本体一人につき一つのヴィジョンみのスタンドなのだ。しかし、このマンハッタン・トランスファーは違った。なんと”群集型”と呼ばれるスタンドに改造されていたのである。

 

 群集型とは大きな能力を持たない代わりに、本体一人につき複数のヴィジョンを持つことが出来るスタンドだ。つまり、このマンハッタン・トランスファーは複数存在することになる。狙撃衛星としてのスタンドが複数存在することは、弾丸の軌道を自由に変化させることが可能となり、想像以上の脅威となるであろ。

 

 

 空中で弾丸が反射する現象。それはマンハッタン・トランスファーが狙撃衛星として機能するからこそ起こる現象だった。超が未来から得た情報で不可思議な現象として捉えられた、空中での弾丸の軌道変更。これを分析したものこそが、状助とジョゼフだったのだ。そして、そこから得られた情報から、メトゥーナトへと最終的に命中する弾丸の軌道を計算し、その弾丸を反射する狙撃衛星の破壊を状助が行うことになったのだ。

 

 加速するバイクを運転し、狙撃衛星であるマンハッタン・トラスファーへと接近する状助。そこに空中を飛び交う弾丸がひとつ、その狙撃衛星へと接近してきていた。その弾丸こそが、未来でメトゥーナトに命中するはずの弾丸だったのだ。しかし、弾丸よりも風よりも、音よりもすばやい速度で、状助のクレイジー・ダイヤモンドの拳が振り切られたのだ。

 

 

「ドラァッ!!!」

 

 

 そのクレイジー・ダイヤモンドの拳は確実に狙撃衛星を捉え、破壊しようとした。だが、状助はここに来て、ひとつ失念していた。マンハッタン・トランスファーの特性を失念していた。

 

 

「何ィィィィッ!?」

 

 

 それはマンハッタン・トランスファーが空気の流れを感じ取り、回避を行うということだ。マンハッタン・トランスファーは気流を読むことで、どんなものも回避してみせる。それはスプリンクラーの水滴一つ一つを回避するほどの能力だ。また、周囲の空気のゆらめきを感知することで、そこに存在する人物や障害物を感知することが出来る。だからこそ、超遠距離の狙撃でありながらも、確実に相手を見極めて狙い撃つことが出来るのだ。その能力により、状助が放ったクレイジー・ダイヤモンドの拳はマンハッタン・トランスファーに読まれ回避されてしまったのだ!

 

 ここにきて状助は、そのことをようやく思い出したようだった。しかし、すでに遅い。完全に拳をかわされ、猛スピードでバイクとともに突っ切っていくしかなくなってしまった。しかし、それでは作戦は失敗。こちらが大きく不利になってしまうということだ。それだけはなんとしてでも食い止めなければならない。ならばどうすればよいか、状助は焦りながらも考えた。

 

 状助は、バイクを横転させてクレイジー・ダイヤモンドで地面を防御しながら、マンハッタン・トランスファーが浮いている真下の地面を殴って砕いた。さらにその砕いた破片をつかみ、その能力を発現させたのだ。

 

 

「”直す”!」

 

 

 すると状助の体は慣性の法則に従い、バイクとともにまっすぐ地面を滑りながら進んで行くはずだったのが、突然その場で停止した。加えてつかんでいた破片が修復の為に戻ろうとする力を利用し、逆にマンハッタン・トランスファーへと近づくことに成功したのだ。これで再びチャンスが訪れたことになる。状助はその場でクレイジー・ダイヤモンドの足を使い飛び上がり、今度は避れぬほどの猛烈なラッシュを、マンハッタン・トランスファーの真上から繰り出した。

 

 

「うおおお! ドララララララララララララララララアァァァァッ!!!」

 

 

 すさまじい怒涛のラッシュ。マンハッタン・トランスファーを捕らえようと無数の拳が炸裂していた。だが、それでもマンハッタン・トランスファーを捕らえることが出来ない。それでも状助は何度も殴る、殴る、殴る。マンハッタン・トランスファーには命中しないが何度も殴る。そう、幾度と無く殴っていたのはマンハッタン・トランスファーだけではなかった。マンハッタン・トランスファーを殴るついでに、周囲の地面をも破壊していたのだ。

 

 

「もう一度”直す”!」

 

 

 そこで再び状助は能力を発動、空に飛び散った地面の破片を修復したのである。するとその破片がマンハッタン・トランスファーを四方八方から覆いかぶさり、一瞬だが動きを鈍らせることに成功したのだ。確かにマンハッタン・トランスファーはスプリンクラーの水滴すらも回避する能力を持っている。しかし、同時に自らを中心として集まる無数の破片は、マンハッタン・トランスファーといえど回避することが出来なかったのだ。

 

 

「もらったぜ! ドラァァッ!!」

 

 

 破壊された地面の破片が修復され、すさまじい圧力にてマンハッタン・トランスファーを押さえつけている。これならば回避されることなく、マンハッタン・トランスファーを狙えるという状助の作戦だった。そしてようやくクレイジー・ダイヤモンドの拳は、マンハッタン・トランスファーを捕らえ、破壊することに成功したのだ。

 

 それにより狙撃衛星を利用して反射するはずだった弾丸は、そのまま空を舞って建造物に命中し、黒い渦を巻き起こして消えていったのだった。その様子を見た状助は、任務を完遂させれたことに安堵し、額の汗を右腕でぬぐってため息をついていた。

 

 

「すげぇプレッシャーだったぜ……。だが、プレッシャーを跳ね返す男、東状助ってことが証明された訳だな」

 

 

 この作戦にて状助は、ああ見えてもかなりのプレッシャーを受けていた。何せ土壇場の作戦であり、これが失敗すれば自分たちに勝ち目が薄くなるというものだったからだ。それでも作戦をしっかりと完遂した状助は、自信に満ちた表情で地面に転がったバイクを持ち上げ修復していたのだった。

 

 

「後は頼んだぜぇ……。先輩よぉ……!」

 

 

 だが、この作戦はまだ続いていた。状助が狙撃衛星を破壊したのは、次につなぐためのものでしかなかったのだ。そして、次の作戦を行うものに、これにてバトンが渡されたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 状助が狙撃衛星を破壊した数キロ先にて、スナイパーは驚きの表情をしていた。ライフルを構え、メトゥーナトに向けて弾丸を発射し、今の攻撃で確実に捉えたと思っていたからだ。

 

 

「何……?! 馬鹿な……!? 狙撃衛星をひとつつぶされた……?!」

 

 

 さらに、狙撃衛星であるマンハッタン・トランスファーが破壊されたことも、驚く理由としてあった。まさかゴミやチリのように空中に漂うスタンドを、攻撃してくるとは思っても見なかったのだ。さらにマンハッタン・トランスファーは気流の流れを読み回避する能力がある。それを突破してスタンドを破壊されたことに、スナイパーは大きく驚いたのだ。

 

 

「ふん、敵にスタンド使いが居たというわけか……」

 

 

 そして、敵にスタンド使いが居るということにも、多少の驚きがあった。だが、そんなことなどすべて想定の内であり、敵にスタンド使いが居ようと居まいと、ほとんど関係の無いことだった。何せこちらは遠距離での攻撃。自分に接近するものを感知し、それを狙撃さえすれば無敵だからだ。

 

 また、本来ならばスタンドを破壊されれば、本体もダメージを受けることになる。しかし、群集型として魔改造されたマンハッタン・トランスファーの数は約50体。一つのスタンドが破壊されただけでは、本体へのダメージとならないのである。

 

 

「だが、その程度など修正がきく。問題などどこにもない」

 

 

 さらに、たった一つの狙撃衛星が落とされたところで、問題などあるはずがない。別に破壊された狙撃衛星を使わずとも、別の狙撃衛星を使えば問題が解消されるからだ。だからこそ、スナイパーは驚きの表情からすぐさま冷静な表情に戻し、目標として定めたメトゥーナトへと新たな弾丸を発射するのだ。

 

 

「これで俺の勝ちだ! マンハッタン・トランスファーをひとつ潰しただけでどうなると思ったのが運のつきだったな!」

 

 

 ひとつの狙撃衛星を倒しただけで終わりだと思った敵こそ、最大のマヌケだ。スナイパーはそう考えながら、自分の勝ちを信じていた。数キロ離れた自分の場所を突き止め、接近してくることなどまずありえないと思ったからだ。また、自分の位置を特定出来たとしても、ここまで接近させない自信があった。

 

 だからこそ、自らの勝利を確信出来るのだ。しかし、ああしかし。その勝利という言葉は、ジョジョにとって大きな意味を持っていた。このスナイパー、ジョジョの特典(スタンド)を貰いながらも、そのことを失念していたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良と外界をつなぐ巨大な吊橋の柱の上。そこに一人の男性が立ちながら、手を天に掲げ、人差し指を立てていた。

 

 

「風力、湿度、温度、いっきに確認……」

 

 

 その男性こそ、あの猫山直一だった。この直一こそ、状助の次に作戦を決行する人物だったのだ。また、直一はその言葉通り、風力湿度温度を、すべて確認して見せていた。

 

 

「まぁ、やってやりますか……!」

 

 

 すると直一は麻帆良側を背に、柱から落ちるギリギリのラインへと位置を変えた。そして、額の中央から飛び出した前髪にかかったサングラス。指でその前髪を跳ね上げると、サングラスが自然の摂理どおり、鼻の部分へと落下していった。直一の表情は、自信にあふれたすがすがしいもので、特に何も心配した様子を見せず、むしろ笑みをこぼしていた。

 

 

「フッ!」

 

 

 直一はキザな感じで微笑むと、そのまま後ろへと体重をかけ、その柱から落下したのである。重力に逆らわず、地球の引力に身を任せながら、自由落下する直一。だが、その途中、突如落下する方向へと向きを変え、加速をかけたのだ。なんとその加速のまま水面に衝突すると、虹色の粒子が周囲を舞った。加えてひとつの人影が、上空へと超高速で飛び上がったのだ。また、そのすさまじい衝撃にて、水面から水しぶきが上空へと舞い上がり、虹色の粒子とともに虹の橋を生み出していたのだった。

 

 直一はジェット機など目ではない速度で上空を飛び、その目標を定めていた。その速度により、上空を飛んでいるのにもかかわらず、地表にも衝撃の波が押し寄せて突風を生み出していたのだった。音を置き去りにし、その衝撃波とともに直一は、その獲物へと突貫していったのだ。

 

 

「何!? グオアァァッ!?」

 

 

 その獲物は敵のスナイパーだった。もはやスナイパーが感知出来ぬほどの速度であり、近づかれた時にはすでにスナイパーは吹き飛ばされ、上に乗っていた屋根の下に落下していたのだった。

 

 そう、これこそがスナイパーを確実に倒すための作戦。スナイパーが自分のスタンドを倒されたことに、気を取られた一瞬を利用したものだった。さらにスナイパーの射程距離外からの、超直線攻撃によりスナイパーを一撃で倒すというものだったのだ。まさに直一自身が弾丸となり、スナイパーをスナイプするのがこの作戦の最大の狙いだったのである。

 

 しかし、なぜ直一がスナイパーの位置を知り、確実に狙うことが出来たのだろうか。それはやはりジョゼフの能力が関係していた。ジョゼフ・ジョーテスと言う転生者の能力はハーミットパープルというスタンドだ。ハーミットパープルは念写を得意とするスタンドであり、スナイパーの位置を特定することが出来たのだ。さらに超がスーパーコンピューターを使いシミュレーションを行うことで、スナイパーの位置をより確かなものにしたのである。

 

 

「いかんいかん……。世界を縮めすぎてしまったぁ~……」

 

 

 建物の屋根は完全に崩壊し、その下にスナイパーは落ちて倒れ伏せていた。一体何が起こったのか、どうして感知できなかったのか、スナイパーにはまったくわからなかった。理解できぬこの現状を、ただただ全身の痛みとともに受け止めるしかなかったのだ。そのすぐ近くでしゃがみこみ、こめかみに指を当てて、エクスタシーを感じているかのような声を、直一があげていた。

 

 

「こんにちわ、スナイパーさん……?」

 

「コイツ……!? どこから……クッ!!」

 

 

 そして直一は、スナイパーへと顔を向け、余裕があるかのように挨拶の言葉を発していた。スナイパーは一体何が起こったのかわからなかったが、この目の前の直一が何かしたということはわかったようだった。ならばこの目の前の直一を倒すべく、両腕の袖から拳銃を取り出し直一へと狙いを定めた。

 

 

「誰も俺の速さを感知など出来ない……!」

 

「グッ……!!」

 

 

 しかし、その拳銃から弾丸が発射された時には、すでに直一は姿を消していた。さらに、すでにスナイパーの目の前へとやってきて、そのアルターを装着した足でスナイパーの両腕を蹴り上げたのだ。するとスナイパーはその攻撃により拳銃を叩き落されてしまったのだ。直一はスナイパーを逃がさないよう、追撃を繰り出すべく、体を回転させて再びけりを放った。その蹴りはスナイパーの腹部へと突き刺さり、そのまま足とともにスナイパーの体を持ち上げたのだ。

 

 もはや完全敗北。スナイパーは状助と直一の作戦により、倒されたのだ。ジョジョにおいて、”勝利”の言葉を使うことは、すなわち敗北を意味していた。メタなことになるが、スナイパーが勝利を語ったことで、敗北が決定したといっても過言ではなかったのである。

 

 

「さて、いろいろとテメェには聞きたいことが山ほどある。吐いてもらうぞ?」

 

「……フッ……」

 

 

 そこで直一はスナイパーに尋問すべく、言葉を投げかけた。だが、スナイパーは余裕があるかの表情で笑ったのだ。そのスナイパーの不審な表情にハッとした直一は、後ろで反射する弾丸を目にしたのだった。

 

 

「何!? トアァッ!!」

 

 

 そしてそのまま直一の背中を狙い、弾丸が反射してきたのだ。しかし、直一は高く飛び上がり、その弾丸を回避した。だが、その弾丸はどこへ行ったのだろうか。それに直一が気づいた時、してやられたという表情をするしかなかった。

 

 

「て、テメェ……! わざと自分にその弾を……!」

 

「お前も一緒に連れて行く算段だったが……。まあいい……」

 

 

 その弾丸はなんとスナイパー自らが受けていた。弾丸が命中したことにより、スナイパーの周りに黒い渦が発生し、今にも飲み込まれて消えかけていたのだ。スナイパーは直一とともに、3時間後へと飛び去る気だったのである。

 

 

「俺はプロだ。敗北は受け止めよう。だがお前たちにつかまる訳にもいかんのでな……!」

 

「チィ……!」

 

 

 直一は弾丸を回避した。だが、スナイパーはそれも計算の内だったのだ。このままつかまってしまえば、スナイパーのこけんにかかわる。ならばせめて、自らの弾丸で消え去り、つかまらないことを優先したのだ。

 

 ただ、スナイパーがここで時間転移ではなく、座標転移で逃げることも出来たはずだ。それをなぜしなかったというと、スナイパー自身が敗北を認めたからである。負けたからには退場するのが道理。負け逃げなどプライドが許さないのだ。

 

 さらに言えば自分の位置を特定出来たからこそ、このような攻撃が可能だったとスナイパーは気づいていた。つまり自分の位置がわかる方法が直一たちにはあるということを、スナイパーは察したのだ。ならばいくら別の場所へ転移しても、位置がばれるならば同じ手で負けることになる。なぜなら直一がスナイパーが感知できぬ速度で、射程距離の外から攻撃できるからだ。それでは何度やってもいたちごっこになるだけだ。

 

 そんな惨めにあがくぐらいなら、素直に負けを認め、退場してしまおうとスナイパーは考えたのだ。しかし、実はスナイパー自身も、ビフォアからは依頼程度しか伝えられておらず、直一たちが知りたい情報など持っていない。それでも小さな情報すらも渡したくなかったスナイパーは、こうして直一の目の前からいやみったらしい笑みと共に、消え去ったのだった。

 

 そしてそのまま渦に飲み込まれ、消え去っていくスナイパーを、直一はただ悔しそうに見ていることしか出来なかったのである。

 

 

「……参ったなぁ、アイツを捕まえていろいろ吐かせる計画だったんだが……、まあしょうがねぇか……」

 

 

 本来ならば、今のスナイパーを捕らえて情報を吐いてもらう予定だった。しかし、スナイパーは自らの弾丸で3時間後へ飛んでいってしまったのだ。まあ、そうなってしまったものは仕方がない。直一は気分を即座に切り替え、次に何をすべきかを考え始めていたのだった。

 

 

「……!? あっちの方が騒がしいぞ……!」

 

 

 だが、その直後すさまじい破壊音が、遠くから聞こえてきたのだ。それは大会で世界樹を防衛しているあたりから発せられた音だった。直一は何かが起こったと考え、そこへ超速度で移動して行ったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:ジョン・G

種族:人間

性別:男

原作知識:なし

前世:カメラマン

能力:スタンド、マンハッタン・トランスファーを利用した狙撃

特典:ジョジョの奇妙な冒険第六部のジョンガリ・Aの能力(ホワイトスネイクの夢を含む)

   マンハッタン・トランスファーを群集型スタンドに魔改造(約50体ほど)

 

 



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八十八話 ビフォア

 ビフォアのロボ軍団との戦いはますます激しくなってきていた。しかし、それでも怪我人などはほとんどいないようで、テントに設けられた緊急救護室はがら空きであった。なぜかと言うと参加者に配られた魔法のローブが、そういった事故を未然に防ぐ効果があったからだ。だから参加者が怪我をすることは、ほぼ無いといっても良いというものだったのだ。

 

 

「え~ん……え~ん……」

 

「少し我慢しててね、すぐ治してあげるから」

 

 

 ただ、参加者以外で怪我をする人はいる。単純に転んだりした幼い男の子が、膝を怪我していたのだ。泣きながら痛そうにする男の子へと、治療をしようとそばによる一人の少女。その少女は治癒魔法を練習してきたのどかだった。

 

 

「プラクテ・ビギ・ナル、汝が為にユピテル王の恩寵あれ」

 

 

 のどかは初心者用の小さな杖で、その呪文を静かに唱えた。それは何度も練習してきた、治癒の魔法の呪文だ。まだ魔法発動キーこそ初心者のものを使っているが、しっかりと魔法を発動できるようになっていたのだ。

 

 

「”治癒(クーラ)”」

 

 

 そして呪文が完成すると、その男の子の足の傷はみるみる塞がっていったのである。傷が癒えたことを確認したのどかは、ほっと胸をなでおろしながらも、少年に笑いかけていたのだった。

 

 

「もう大丈夫だよ。ほかに痛いところはないかな?」

 

「あ、痛いのがどっか行っちゃってる! おねーちゃんどうやったの?」

 

 

 男の子は怪我が治り、痛みが消えたことに驚き、泣き止んでいた。そんな男の子にのどかは、他に怪我がないかを優しく聞いていたのだ。だが、男の子はそんなことよりも、突然傷が治ったことの方が気になるようで、何をしたのかをのどかへと質問していた。

 

 

「これはおまじない。痛いのがどっかにとんでっちゃう、おまじないなんだ」

 

「おまじない? すごいや!」

 

 

 のどかは今のことを魔法とは言わず、おまじないと称した。子供がよく聞く”痛いの痛いの飛んで行け”と同じものと話したのだ。怪我が治ったので元気になった男の子は、のどかの言葉を信じ笑いながら喜んでいた。

 

 

「ありがとうー! おねーちゃん!」

 

「今度は転ばないように気をつけてねー」

 

 

 男の子は怪我が治ったので、それを聞いた後にのどかへと大きな声で礼を言い手を振りながら出て行ったのだ。のどかもそれを眺めながら、小さく手を振り笑顔で見送っていた。また、その様子を隣で見ている夕映の姿があった。

 

 

「手馴れてますね。のどか」

 

「何度も練習したからね……」

 

 

 夕映はのどかの治癒魔法に、とても感心していた。のどかが治癒魔法をしっかりと、確実にものにしていたからだ。だが、のどかは何度も練習してきたので、このぐらいは出来ないと恥ずかしいと思っていたようだ。

 

 

「それに……」

 

「それに?」

 

 

 ただ、のどかは練習したこと以外にも別に、違う何かを感じていた。それは学園祭二日目にて、ネギと話していたことだ。のどかは魔法を使って治癒出来ることを、ネギへと話した。

 

 しかし、ネギはそこで魔法を使わずとも、人の役に立ちたいと言ったのだ。そのことにのどかは、大きな衝撃を受けていた。また、のどかはネギに少しでも近づくために、側に居るために魔法を覚えた。だからのどかは、そんなネギを見て、少しばかし落ち込んでしまったのである。

 

 だが、そう暗くなるのどかへネギは、ならばその魔法で身近な人を癒してみてはとアドバイスを送ったのだ。そうだ、今の自分には人を癒す力がある。それはすばらしいことだと、自分でも認めている。ならば今こそ、それを実践する機会なのではと、のどかは治癒魔法を怪我をした人たちに振るっていたのである。

 

 

「……ううん、やっぱりなんでもない」

 

「? 変なのどかですね……」

 

 

 だが、それを夕映の前で言葉にするのは、少し気恥ずかしかったので言いかけた言葉を飲み込み、なんでもないと話したのだ。夕映はそんなのどかを変だと感じたが、それ以外にも何かはわからないが、小さな変化を感じ取っていたようだった。そんなやり取りの後、数秒だったが二人とも何も言葉にせず、ただただ静かな時間が過ぎていった。その数秒の沈黙を最初に破ったのは、のどかだった。

 

 

「……そろそろネギ先生たちが動くころだね……」

 

「そうですね……」

 

 

 そろそろタイミングとしはネギたちが動く頃合だと、のどかは時計を見て言葉にしていた。夕映も同じく時計を眺め、確かにそうだと思ったのである。そこで夕映は、そんな言葉を発したのどかに、何か心苦しさがあるのではないかと考えたのだった。

 

 

「……のどかはネギ先生の役にもっと立ちたいと思ってもそれが出来ない、もどかしさか何かを感じているのでは?」

 

「え? どうして……?」

 

 

 だから夕映はそれをのどかへと、聞いてみることにしたのだ。この現状でネギの役に立てないのは、確かにつらいだろう。夕映もみんなにもっと協力したいと思いながらも、それが出来ないことをつらいと感じていたからだ。しかし、その質問にのどかは不思議そうな表情で、どうしてそのようなことを聞くのかと思っていた。

 

 

「私たちが出来ることは、せいぜい怪我人の治療ぐらいです。戦いは出来ないし、ネギ先生をサポートすることも出来ません……、だからもしかしたらと思ったのですが」

 

「そう、かもしれない……。確かにもっとネギ先生の役に立てないかな、と思うと少しつらいかな……?」

 

 

 また、夕映とのどかは攻撃魔法を一切覚えていない。出来ることは治療ぐらいだ。ここで攻撃魔法を覚えていれば、また違ってきていただろう。ネギたちと共に戦うことも出来たかもしれない。だが、無いものは無いのだ。夕映はその部分にも少し歯がゆい思いをしていた。それはのどかも少し感じていたことだった。ネギのために何も出来ないことを、少し気にしていたのだ。

 

 

「だけど、私たちに出来ることがある。なら、今はそれだけをしっかりとやればいいと思うよ」

 

「……のどか……」

 

 

 それでものどかは、ここで治癒魔法を使うことがあるのなら、それをやればよいと考えていた。人の役に立つこと、それはネギの願いだった。ならば自分もやってみよう。せめて怪我した人の傷を癒そう。のどかはそう思ったのだ。加えてそれこそ今出来ることの精一杯。出来ることがあるのなら、それをしっかりこなせば良いと、のどかは考えていたのだ。そうのどかに言われた夕映はのどかの成長に驚きながらも、そんなのどかを強いと感じていた。

 

 

「それに大丈夫だって。ネギ先生もカギ先生も、きっと無事に成し遂げてくれるはずだから……」

 

「……そうですね。ネギ先生たちなら、きっと……」

 

 

 そしてのどかはネギとカギを信じていた。絶対に麻帆良を何とかしてくれると。だから笑顔でそう答え、のどかに心配ないことを伝えたのだ。そんなのどかに夕映も同意し、ネギやカギなら麻帆良を救ってくれるはずだと思い、のどかへ笑って見せていた。夕映も二人を信用しているのだ。二人はこうしてネギたちを信じながら、怪我人を待つのであった。

 

 

 

…… …… ……

 

 スナイパーが直一に倒される少し前……。アルスやタカミチは辛くもスナイパーからの攻撃を防ぐべく、屋上喫茶の壁に隠れていた。そこでアルスはスナイパーの攻撃が止まったことを感知し、タカミチへ話しかけた。

 

 

「アルス……! 敵の狙撃が収まったようだが……」

 

「ああ……、そのようだな……。だが……」

 

 

 スナイパーの攻撃がやんだのは、単純にスナイパーが標的を変更したからだ。しかし、アルスたちはそれを知るすべはない。ゆえに攻撃が止まっただけと考え、慎重に動こうと考えていた。また、アルスもタカミチも、スナイパーの攻撃がもたらした被害を見て、このままではマズイと感じて始めたのである。

 

 

「こちらの戦力を削られたのは大きい、それにまだ例の鬼神とやらも見ていない……」

 

「一体何を考えているのかはわからんが……、いやな予感がするな……」

 

 

 麻帆良の魔法使いたちは、今の狙撃によりほとんど消し去られてしまった。さらに巨大ロボは大量に戦力として投入されど、鬼神と呼ばれる存在は未だに確認できずにいた。だからこそ二人は焦っていたのだ。鬼神がどのタイミングで投入されるかわからない上に、それを処理できる魔法使いがほとんどいなくなってしまったからだ。

 

 

「高畑先生、ココネが消えてしまったんス!」

 

「ああ、それなら大丈夫なはずだよ。さっきのは強制転移魔法のようだからね……」

 

「なんだ、そうなんスか……」

 

 

 この緊張感漂う場面で、空気を壊すものが居た。それはあの美空だった。美空は上司であるシスターシャークティに魔法使いとしての責務を果たせといわれ、仕方なく行動していた。そして、たまたまここに居合わせ、たまたま攻撃されてしまったのである。

 

 そこで美空があわただしく、タカミチへと質問していた。それは先ほどのスナイパーの攻撃で、消えてしまったココネのことだった。あの攻撃で消えてしまったら、一体どうなってしまうのか、不安だったのである。だが、あれは転移の魔法の類だと考えていたタカミチは、それを美空へと教え大丈夫だと話したのだ。それを聞いた美空は安心し、静かにため息をついていた。やはり緊張感に欠ける少女だ。

 

 しかし、そうのんきにしている暇など無かった。静かに、静かに足音近づき、何者かの気配が歩いているのに、アルスとタカミチが気づいたのだ。そして、それは自分たちが、今倒さなければならない相手。いや、倒すべき敵だった。

 

 

「しかし、ただの転移ではない。そこに時間がつくとすれば?」

 

「何……!」

 

 

 逆立つ短い金髪、190cmほどの巨体。筋肉質な体。それを覆うように機械の鎧が装備されたその姿。まさしく、そいつはヤツだった。最低最悪の転生者、ビフォアだった。ビフォアは転移の説明に、訂正を入れていた。相手を見下すように、小馬鹿にするように。そこで、そのビフォアの声を聞いたアルスやタカミチは、すぐさまビフォアの方へと振り向き、驚きの声を上げていたのだった。

 

 

「今の攻撃、座標の転移ではなく時間の転移だとすれば? 転移先が3時間先だとすれば? どうする? どうする? どうする? お前たちならどうする?」

 

「ビフォアか……!」

 

「うわっ!? ビフォアのおっさん!!」

 

 

 スナイパーが使った弾は、あの強制時間跳躍弾だ。それは命中した対象を3時間後へと飛ばす科学の弾丸。それをビフォアは、アルスやタカミチへと指をさしながら、まるで二人にはなすすべなど無い、無駄なことだと言わんばかりに話していた。タカミチは即座にポケットに手を入れ、アルスもビフォアの出方を伺っていた。また、美空はビフォアの姿に驚き、やばさと不安を感じていたのだった。

 

 

「お前が自ら出てくるとは……!」

 

「おやぁ? 確かお前はアルスだったか? ……死んだと思ったのだが生きていたのか」

 

「ちっ、俺が生きてても死んでても関係ないって感じだな……!」

 

「何を言う……、そんなことはお前もわかりきっているはずだろう?」

 

 

 アルスもタカミチも、まさかここでビフォアが自ら姿を現すなど、考えても見なかった。だからこそ、驚きが隠せないでいたのだ。また、ビフォアはアルスが生きていることを不思議に感じたが、ほとんど問題視していなかった。そのためビフォアは、どうでもよさそうな視線で、アルスを見ていたのだ。

 

 それに気がついたアルスは、ビフォアが自分が生きていても死んでいてもさしたる差が無いという感じの態度に、少しばかり苛立ちを感じていたのだった。だが、ビフォアの能力を知っているアルスは、それが当然だということもわかっていた。また、ビフォアもアルスがそのことを知っていると思っていたので、それを挑発的に言葉にしていたのだった。

 

 

「……お前の言うとおりだ……。まったくどうしたものか……」

 

「わかっているならさっさとくたばったほうが、身のためだぞ?」

 

「だが、そうも言ってられないんだよ!」

 

 

 だからこそ、アルスはビフォアの言葉を認めざるを得なかった。正直言えば悔しいことだが、自分ではどうにもならないのだ。ならば何もせず、そのまま退場してくれればよいと、ビフォアは余裕の態度でそうアルスへと告げていた。ああ、それでも、それでもアルスは引くわけには行かないのだ。麻帆良を救うためには、このビフォアを倒さなければならないからだ。

 

 

「アルス、僕にあわせてくれ!」

 

「おう、まかせとけ!」

 

 

 タカミチはビフォアと戦うことにした。そこでアルスへ自分に合わせるよう話しかけた。アルスもそれを快く受け、ビフォアを倒すために攻撃を開始したのだ。

 

 

「フッ!!」

 

「”雷の斧”!!」

 

「無駄だとわかっていても戦うか。魔法使いのサガってやつか? 下らんなぁ!」

 

 

 タカミチは無音拳を、アルスは雷の斧でビフォアを同時に攻撃した。しかし、アルスの攻撃はあらぬ方向へと飛び、タカミチの攻撃は数歩左に移動しただけで簡単にかわされてしまったのだ。そして、ビフォアは今の攻撃を涼しい風のように感じずつ、無駄なあがきだと二人を見下し笑っていた。

 

 

「チィ!! ”雷の投擲”!」

 

「クッ!!」

 

「ハッハッハッハッハッ!!」

 

「うひぃっ!!?」

 

 

 だが、それで止まってなどいられない。アルスは次に雷の投擲を10つも呼び出し、ビフォア目掛けて飛ばした。同じくタカミチも無音拳を連打で飛ばす。それでもビフォアには届かない、まったく届かないのだ。アルスとタカミチの攻撃は屋上を揺るがし、床を抉り始めていた。そのすさまじい衝撃に耐えかねた美空は、変な悲鳴を上げて退避していった。

 

 それでも、それでもビフォアには攻撃が当たらない。当たらないのだ。ビフォアは高笑いしながら、二人の攻撃を意図も容易く回避していく。いや、アルスの攻撃は回避すら必要としていなかった。何せ攻撃が勝手にそれて当たらないのだ。回避する必要がどこにも無いのである。そうこうしているうちにアルスやタカミチとビフォアの距離はどんどん近づいていく。ビフォアは魔法による身体能力向上とパワードスーツによる肉体的サポートが存在した。そのため普通の人間よりも高い能力を持って居ることになる。その迸るパワーを使い、突如としてビフォアは二人の目の前から姿を消したのだ。

 

 

「甘かったな、ジ・エンド!」

 

「や、野郎……!!」

 

 

 ビフォアが姿を見せたのは、なんとアルスの背後だった。今のビフォア行動は時間停止や空間転移などでは決してなかった。単純な虚空瞬動での加速により、消えたように見えたのだ。加えてその超スピードを用いて、アルスの背後へと瞬時に移動して見せたのである。

 

 本来ならばアルスやタカミチほどのレベルの二人が見切ないほどのスピードなど、まずないだろう。しかし、ビフォアは魔力での強化とパワードスーツによる強化の二つの強化がなされていた。この超強化により、二人が見切れぬほどの速度を出すことが可能となっていたのだった。いや、それ以上にビフォアの特典(のうりょく)が深くかかわっていたのである。

 

 もはや何が起こったのかさえも理解できないタカミチ。アルスも一体どうしたら、このような力が発揮できるのか、考えが追いつかないで居た。さらにビフォアの右腕を背中に突き立てられ、アルスは完全に詰みに嵌ってしまっていた。また、ビフォアがアルスに尽きて立て拳で握っているのは強制時間跳躍弾だった。そして、その弾丸がはじけると、アルスは黒い渦に飲み込まれてしまったのである。なんということだ、アルスはビフォアに敗退してしまったのだった。

 

 

「すまん……」

 

「アルス……!!」

 

 

 アルスはタカミチへ、申し訳なさそうな表情で謝っていた。こうも簡単に敗北してしまったことに、申し訳なさと悔しさを感じていたのだ。タカミチも消え行くアルスを見つめながら、驚きと戸惑いが混じった表情で、悔しさをかみ締めていた。まさかアルスほどの男が、ここまであっけなく敗北するなど、タカミチも思っていなかったからだ。

 

 

「次はお前の番だな?」

 

「クッ……!」

 

 

 ビフォアはアルスが消えたのを確認すると、余裕の笑みでタカミチの方へと向きなおしていた。そして、タカミチをもアルスのように、時間転移させんと構えていたのだ。タカミチはアルスが消えたことに動揺を隠せない様子を見せており、このままでは自分も危険だと感じ始めていた。

 

 

「高畑先生!!」

 

「あれはビフォア……!!」

 

「明日菜君に刹那君……!」

 

 

 だが、そこへアスナと刹那がやってきたのだ。タカミチは二人の登場に驚きつつ、ならば自分はどうすればよいかを考えた。また、アスナや刹那も目の前のビフォアに驚きながらも、鋭くにらみつけて戦闘態勢をとっていた。

 

 

「むっ……、あの罠を抜け出してきただと……?」

 

「一時はどうなるかと思ったけど、ご覧のとおり帰ってきたわ!」

 

 

 そして、ビフォアはアスナや刹那を見て、多少驚いた表情を見せた。あのカシオペアを使った罠で、確実に未来に飛ばしたと思ったからだ。さらに”原作”よりも一週間も先に飛ばしたので、こうも簡単に戻ってくるはずがないとビフォアは思っていたのである。しかし、アスナたちは超の助けでこの時間に戻ってくることに成功した。だからアスナは皮肉たっぷりに、帰ってきたことをアピールして見せたのだ。

 

 

「まぁいいか。どうせお前たちは何も出来んのだからな!」

 

「何……!」

 

 

 それでもビフォアの余裕は崩れない。戻ってきたからといって、どうにでもなることはないからだ。ビフォアがネギたちを未来に飛ばしたのは、敵対者の数を削るためだった。ビフォアは自分の特典(のうりょく)は完璧であり、無敵であることに自信を持っている。

 

 それでも多勢に無勢で攻撃されれば、少し面倒だと考えた。ならばネギたちだけでも未来に飛ばし、邪魔者を少しでも減らそうと考えたのだ。ゆえに、ビフォアが少し驚いた後、つまらないものを見る目でアスナと刹那を眺めていた。戻ってきたことには驚いたが、ビフォアにとってアスナや刹那が居ても居なくて大きな差が無いのだ。

 

 そんな態度を見せながら、何も出来ないと言うビフォアに、刹那が少し反応を見せていた。ただ、それでもアスナから聞いたビフォアの異常性や、覇王から聞いた特典(のうりょく)を考え、自分でもビフォアを倒すことは出来ないと、悔しさを感じていたのである。

 

 

「……ここは一旦引き下がりましょう……」

 

「明日菜君……?!」

 

「……悔しいですが、私も同じ意見です……」

 

 

 だからこそ、アスナはこの場は逃げるのが得策だと考え、タカミチへそれを話していた。どの道自分たちではビフォアを倒すことなど不可能に近い。ならば、ここは戦力を温存するという意味で、逃亡以外ないだろう。はっきり言えばアスナも逃げるなど、悔しくてしたくないことだ。それでもここは我慢して、逃げるしかないと考えていたのだ。

 

 タカミチはアスナから引くように言われたことに、少し驚いていた。ビフォアは今は一人、こちらは三人となった。数だけならば、圧倒的に自分たち側が有利になったと思っていたからだ。しかし、ビフォアに数など関係ない。刹那もアスナと同じ意見であり、ここは逃げるべきだとタカミチへと進言していたのだ。

 

 

「はっ、逃がすと思うか?」

 

「クッ!」

 

 

 しかし、ビフォアはそう簡単に逃がしてはくれない。当然だがここでビフォアが逃がすなど、絶対にありえないのだ。だからビフォアは三人を逃がすまいと、すぐさま攻撃を仕掛けたのである。地面が爆発したかのような衝撃とともに、ビフォアは三人の下へと瞬間的に近づいた。

 

 

「ハァっ!!」

 

「ハッハッハッハッ! 無駄無駄!!」

 

「こいつ……!!」

 

 

 刹那はとっさに刀で攻撃し、アスナも同じくハマノツルギで応戦していた。タカミチも二人をサポートすべく、無音拳を何度もビフォアに撃ちはなっていたのだった。だが、それでもビフォアはその三人の猛攻を軽々とかわし、高笑いしながら攻撃してきていたのである。こうなることはわかっていたアスナと刹那だったが、こうも簡単に自分たちの攻撃を避けられる光景を見せられて、多少ショックを受けていたのだった。

 

 

「は、早い……!? アグッ!?」

 

「アスナさん……!?」

 

 

 三人の猛攻もむなしく、アスナはビフォアの拳を腹部に受けてしまった。また、その拳から膨大な電気が発せられ、アスナは感電して動けなくなってしまったのである。加えて殴られた衝撃で、アスナは数メートル吹き飛ばされ、地面に転がるしか出来なくなってしまったのだった。

 

 なんということだろうか。たった数秒でアスナが潰されてしまったのだ。これには刹那も驚き、目を見開いていた。アスナと戦ったことがある刹那だからこそ、アスナがいかに強いかをよく知っていた。そんなアスナがこんなに早く、しかも簡単に倒されるなど、刹那は考えられないと思ったのだ。確かにビフォアと戦ったことをアスナから聞かされていた。それでも、こうもあっけなくアスナが負けるなど、刹那は思っても見なかったのである。

 

 そして吹き飛ばされて地面をバウンドするアスナを見て、刹那はとっさに心配の声を出していた。今のビフォアの攻撃は、かなりのものだった。心配をしない方がおかしいだろう。だが、それが大きな隙となってしまったのだった。

 

 

「他人を心配出来る状況か?」

 

「何!? くあっ!!?」

 

 

 その隙は本当に一瞬だった。一瞬、アスナが吹き飛ばされた方向を向いただけだった。しかし、その一瞬の内に、ビフォアは刹那の真横へと移動してきていたのだ。はっとした刹那がビフォアの方を向いたが、すでに遅かった。パワードスーツと魔力により強化されたビフォアの拳を、刹那は脇腹で受けてしまったのだ。流石の刹那もこれにはたまらず苦痛の声を漏らし、電撃のショックと痛みを受けながら後方へと吹き飛ばされたのだった。

 

 

「明日菜君!? 刹那君!? クッ!」

 

 

 アスナや刹那がこうも簡単に倒されたのを見て、タカミチは大いに焦った。アルスだけではなく、アスナや刹那すらもビフォアはたやすく倒して見せたのだ。

 

 また、元々は魔法先生だったビフォアが、こうも簡単に女子生徒である二人に手を上げたことに、タカミチは怒りを感じていた。タカミチもアスナとまほら武道会で戦いかなりの怪我を負わせた。それでもタカミチはそのことに、後ろめたさを感じていた。だからこそ、本気の一撃をアスナに向けた時、自己満足であったが謝罪の言葉をこぼしたのである。

 

 しかし、このビフォアにはそのような感情は決して存在しない。自分の邪魔をするならば、誰であろうと叩きのめすスタイルだ。そんなヤツにタカミチが怒りを感じないはずがない。当然、今のビフォアの行動を許せないと思っていたのだった。

 

 そして、元生徒である二人をこれ以上危険な目にあわせるわけには行かないと、タカミチはビフォアへと最大の無音拳を放つ。元生徒を傷つけたビフォアを、打ちのめさんと放ったのだ。ああ、それでも悲しいかな。その攻撃は空を舞い、虚空のかなたへ消えていった。

 

 

「何かしたか?」

 

「な……!?」

 

 

 ビフォアは涼しい顔でタカミチの攻撃をかわし、逆にタカミチの懐へと入ってきたのだ。今の一撃はタカミチにとって本気だった。元同僚であるビフォアに、情け無用の攻撃をしたはずだったのである。それをたやすく回避し、懐へ入ってきたビフォアにタカミチは驚き、一瞬の隙が生まれてしまったのだった。

 

 

「しまった!?」

 

「うっ……、高畑先生……!!」

 

 

 その隙をつき、ビフォアはタカミチにも強制時間跳躍弾を使ったのだ。はじけた弾丸から黒い渦が発生し、タカミチは飲み込まれて消えていってしまったのである。その光景を倒れ伏せながら、苦しそうに眺めるアスナが消えていったタカミチへと叫んでいた。

 

 

「これで大きな駒はひとつ消えたことになる。っと、そういえばもう一人居たんだったな!」

 

「うわっ!!」

 

 

 また、そこでこっそりとアスナと刹那を救出しようとしていた美空も、ビフォアの蹴りを受けて倒れてしまった。ビフォアは転生者であり、原作知識を持つ。こうなることをあらかじめ知っていたので、美空の行動を阻止することが出来た。加えてこれもビフォアの()()が大きく関わっていた。

 

 そして美空はビフォアの蹴りで吹き飛ばされ、アスナの近くで寝転がることになってしまった。ただ、ビフォアの攻撃は本気ではなかったようで、美空は地面で倒れこみながらも、さほど痛そうにはしていなかった。

 

 

「いてて……」

 

「美空ちゃん……!」

 

「これでお前たちもチェックメイトという訳だ! では今度はすばらしき世界で会おう……!」

 

 

 しかし、ビフォアは美空を本気で攻撃する必要などない。一瞬でも動けなくすればよいからだ。ビフォアは脅すようにゆっくりと歩きながら、不気味な笑みを見せながらアスナと美空へ近づいていった。右手の拳には強制時間跳躍弾を握り締め、二人を未来に消し去るために。

 

 また、刹那は動かぬ体をどうにか動かそうともがくも、ビフォアの一撃が強烈だったらしく、麻痺のみではなくダメージで体が動かない状況だった。美空も近づくビフォアに妙な恐怖を覚えたのか、ただただあわあわと慌てることしか出来なくなっていた。これまでなのか、誰もがそう思った時、一人の男が空から落ちてきた。

 

 

「”衝撃のぉ! ファーストブリットォー”!!」

 

「む!?」

 

 

 猫山直一。アルター能力”ラディカル・グッドスピード”を特典に持つ転生者。直一はスナイパーを撃破した時、ビフォアとアルスたちの戦闘で発せられた音を感知していた。そして、すぐさまここへ駆けつけてみれば、なんと三人の少女が地面に寝かしつけられているではないか。さらに目の前にはあの憎たらしきビフォアが、少女たちにトドメをささんと近づいていた。そんなことを許す直一ではない。直一は即座に上空からの落下を利用し、蹴りをビフォアへと浴びせたのだ。

 

 その直一の蹴りを、ビフォアは一歩下がるだけで回避して見せた。だが、直一も今の攻撃がビフォアに通用するなど思っていなかった。だからビフォアの回避行動に無反応で着地し、勢いを殺すように後方へと弧を描くようにすべり、アスナと美空の前に立ちふさがったのである。

 

 

「大丈夫か、お前たち!?」

 

「猫山さん!」

 

 

 直一はビフォアを睨みながらも、後ろに居るアスナと美空へ声をかけた。また、直一の登場に、助かったと喜ぶ美空だった。直一も一応麻帆良の防衛を行っているので、美空とは顔なじみであった。それ以外にも美空のアーティファクトの効果が直一の能力に少しだけ似ていたので、多少なりに会話する仲だったのである。そんな直一を前にしても、つまらない様子で笑いを浮かべて、特に構えもせずに立ち尽くすビフォアがそこに居た。

 

 

「おやおや、これまたハエが一匹混じってきたか」

 

「言ってくれるじゃねぇか! この狂犬野郎が!」

 

「……今なんと?」

 

 

 ビフォアにとって直一ですら、ハエのようにうっとうしく飛び回るだけの存在。取るに足らない相手である。しかし、直一はハエと言われて黙ってなどいるはずもなく、逆に狂犬だとビフォアへ罵倒を浴びせていた。その言葉に、ビフォアの笑みが消え、表情こそ無表情だが内心では煮えくり返る怒りを感じていたのだった。

 

 

「おい美空、まだ動けるか?」

 

「うっ……まあ、何とか動けるかなぁ……?」

 

「ならばそいつら連れてさっさと逃げな……!」

 

 

 無表情となり睨むビフォアを直一は放置し、美空へと話しかけた。動けるならば動けなくなった二人を連れて、ここから離れろと指示を出したのだ。美空はただの蹴りを一撃受けただけだったので、さほど大きなダメージではなかった。そのため問題なく体を動かすことが出来た。ただ、まだ少し痛みを感じるので、痛がりつつ曖昧な返事をしていた。

 

 

「……いいんスか!?」

 

「いいにきまっている! 俺は誰よりも早く走れる男だぜ?」

 

「……そ、そんじゃよろしくお願いします!」

 

 

 だが、直一の指示を聞いた美空はすぐさま元気を取り戻していた。美空はあまり前に出たがらない面倒ごとは嫌いな性格である。出来ることならこの場をさっさと立ち去りたいのだ。そこへ直一の逃げろという言葉に、元気と喜びが沸いてきたのである。

 

 ただ美空も、直一を一人残し、さっさと逃げてしまうのには少しだけひっかかるものがあった。だからなのか、それでよいのか本当に良いのか直一に尋ねたのだ。

 

 しかし、そんな質問は愚問とばかりに、直一は問題ないと大きく返事をしていた。そして美空からは直一の表情が見えなかったが、この状況でも直一がニヒルな笑みを浮かべているように見えたのだ。さらに直一の返事に、美空は確かにそうだと感じていた。この直一に速さで勝てるものなど存在しない。速さだけなら無敵の男こそ、この直一だと、そう思い出したのだ。

 

 ならばこの場は倒れている二人を抱え、この場から脱出するのが先決だろう。そう直一に言われたし、どの道自分にはどうすることも出来ないのだと、美空は考え行動に移った。

 

 美空のアーティファクトは単純に早く走れる靴である。ただそれだけの能力だ。それでも相手に気が付かれない程度には早く動ける。その能力を生かし、美空は倒れているアスナと刹那を拾い上げようと、すばやく移動を開始した。

 

 ビフォアはそれを眺めながら、逃がすわけには行かぬと行動しようとしていた。そこで直一は、そうはさせまいと阻むのだった。

 

 

「ハッハッハッ、逃がすとでも?」

 

「おいおい、こいつらは中学生だぜ? 大人げないと思わねぇのか? それともロリコンかぁ?」

 

「フン、減らず口ばかりたたく。勝てないことなどわかっているだろうに……」

 

 

 ビフォアはアスナを拾い上げる美空を見ながら、あの程度問題なく対処できると考えていた。そんな余裕な態度のビフォアへと、直一はさらに挑発を繰り返す。大の大人が情けない、中学生に本気を出すなど恥ずかしいやつだと、直一は皮肉ったらしく言ったのだ。だが、今度の挑発にビフォアはあまり反応を見せなかった。どの道直一では、自分に勝つことなど出来ないと、高をくくっているからだ。

 

 

「確かに勝つのは無理だなぁ。だが、こいつらを逃がすだけならなぁ、勝つ必要なんかどこにもないのさ!」

 

「はっ! 言ってくれ……、何!?」

 

 

 しかし、直一はビフォアに勝つ気などさらさらなかった。どうせ自分の()()は全て外れてあたらないのだ。だったら美空が逃げるための時間稼ぎをするだけで十分だと、直一は行動した。その行動とは、ただビフォアの体をつかみかかる。それだけだった。だが、その行動に、ビフォアは目を見開き驚いていた。

 

 

「やはりな! つかむだけなら、()()がはたらかねぇようだな!」

 

「ムグッ!!」

 

 

 ビフォアが驚いたのも当然だった。何せつかむという行為だけならば、ビフォアの特典が働かないからである。ビフォアの特典は無敵だが、穴が無いわけではなかったのだ。そして直一は捕まえたビフォアとともに、そのまま高くジャンプ。上空まで飛び上がったのだった。

 

 

「……今の内に逃げるっスよ!?」

 

「助かるわ……」

 

「申し訳ありません……」

 

 

 美空は両腕にうなだれるアスナと刹那を抱え上げ、その場を飛び去った。その行為にアスナも刹那も感謝し、申し訳なさそうな表情をしていた。いやはやまったく、どうしてみんなここまで本気なのかと、美空は多少疲れた気持ちを感じていた。だが、それ以上に上空へと飛び上がった直一を、心配していたのであった。

 

 

「ぐっ! 貴様ぁ!」

 

「はっはっはっ! これでアイツには追いつけなくなったなぁ!」

 

 

 高く高く飛び上がった直一。気を使わず立った一蹴りだけで、これほど高く飛び上がれる。直一の能力(アルター)があるからこそ出来ることだった。また、つかまれたビフォアは直一の行動に驚きながらも、怒りの表情で離すようもがいていたのだった。

 

 

「この! 食らえ!!」

 

「ウオッ!? この程度で離すかよ!」

 

 

 さらにビフォアはつかんだ腕を離さぬ直一へ、蹴りと肘打ちを食らわせた。だが、直一は今の攻撃の痛みに耐えながらも、ビフォアを離さんとさらに力を強めていった。

 

 しかし、ここで直一の飛躍が停止し、重力に逆らわずに落下を始めたのだ。そのことに気がついたビフォアは、直一が何をしようとしているのかを悟ったのである。

 

 

「貴様!? ()()()!!?」

 

「そうさ! その()()()ってやつだ!!」

 

 

 ビフォアはここにきてさらに焦った。直一がやろうとしていること、それはこのまま急降下し、地面に衝突するというものだったからだ。このまま地面にぶつかれば、ビフォアとて無事では済まされない。直一も手痛いダメージを受けるが、ビフォアへダメージを与えるにはこれしかないと考えたのだ。

 

 

「うおおおおおおおお!!?」

 

 

 重力に従い、徐々に加速がついてゆく。その勢いに恐怖を感じたのか、ビフォアは叫びを上げていた。そして、その落下速度を用いて直一とビフォアは地面へと衝突したのである。すさまじい衝撃、地面は破壊されクレータが出来ていた。周囲には土ぼこりが立ちこめ、その衝突の激しさを物語っていた。ああ、それでもビフォアは倒せない。この程度では倒せないのだ。

 

 

「チッ……。やっぱこうなっちまうか」

 

「クックックッ、甘かったな」

 

 

 ビフォアは地面に衝突する瞬間、直一のつかんだ腕からすり抜けた。さらにそこから地面に衝突し、膝を突く直一の背後へと移動してのである。また、直一もこうなることを予想していたのか、地面へ衝突する瞬間、しっかりと着地をしていたのだった。ただ、衝撃だけは殺すことが出来なかったため、派手な着地となってしまったようであった。

 

 

「お前にも消えてもらうぞ。さらばだ」

 

「ハッ! そうは行くかよ!!」

 

 

 そこで直一の背後から、ビフォアは強制時間跳躍弾を破裂させようとしていた。それを受ければ直一とて3時間後へと飛ばされてしまう。だが、直一はその攻撃を受ける気などまったくない。直一は踵の部分を地面に衝突させ、爆発的な推進力を発生させ飛び上がった。

 

 

「何!? コイツ!?」

 

「あいつらが無事逃げれたのなら、俺もテメェを相手にする必要なんざねぇのさ!」

 

 

 直一はそのまま高く飛び上がり、ビフォアの射程から脱出したのだ。ビフォアもまさか、このようなことが出来るとは思ってなかったらしく、またしても驚き表情をゆがませていた。直一は三人が無事に逃げたなら役目を果たしたとし、その場を逃げ去ったのである。ただ、直一とて逃げることに怒りと悔しさを感じていた。しかし、ここでビフォアに負けてしまっては意味が無い。だから直一は、苦心しながらもこの場は逃亡するしかなかったのだ。

 

 

「ふん……。逃げたところで無駄なことを……」

 

 

 そんな直一が飛び去るのを眺め、機嫌が悪そうな表情をするビフォア。それでもビフォアは直一程度の存在が逃げたところで、どうにでもなるわけがないと考えた。ゆえにビフォアの表情は普段どおりの余裕の表情へと戻り、静かにこの場から去っていった。そして次の作戦を決行すべく、ビフォアは身を隠すのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良学園女子中等部、その屋根の上にて一人の老人が立っていた。それこそこの学園の学園長、近衛近右衛門である。この戦いがどのようなことになっているのか、自らの目で確かめるべくその場へとやってきていたのだった。

 

 

「むぅ、一般人に大きな被害はなさそうだが……さて……」

 

 

 現在ロボ軍団によるすさまじい攻撃を受け、一般人たちが押され始めていた。それはあの強制時間跳躍弾によるものであり、怪我などを負わすことなく3時間先に転移させるものだった。一般人はそれを知らぬがゆえに恐れをなしていたが、学園長はそれを承知だったため、被害がないと思っているのだ。

 

 

「高みの見物とは随分といいご身分じゃないか? え?」

 

「ほ? おぬしか……」

 

 と、そこに一人の少女が現れた。金髪のロングヘアーをなびかせながら、従者の殺人人形とともにその屋根へと静かに下りてきた。真祖の吸血鬼にて魔法研究家。治癒師としても有名なこの少女。エヴァンジェリンだ。エヴァンジェリンはゆっくりと静かに学園長の横へと移動してきたのだ。そして、この戦いを空から眺めつつ、どうなることかと考えていたのである。

 

 

「まったく難儀なものだな。変なヤツ一人の為に、この有様とはな」

 

「……こうなったのもすべてワシの責任じゃ……」

 

「だろうな。どこの馬の骨とも知らぬヤツを雇ったのは貴様だ」

 

 

 まったくもってこの戦い、呆れるぐらい面白くない。エヴァンジェリンはそう思っていた。何せ世界樹の魔力で動くロボと、同じく世界樹で動く魔法具を持つ一般人の戦い。これほど面白みの無いものはないだろう。これが訓練された兵士となれば、また少し違ってきただろう。まあ、それでも転生者らしき存在が、不思議な力を使っているのを見れるのはありがたいと思ってはいるのだが。

 

 そして学園長は、この惨状を見ながら自らの失態を悔い改めていた。何せあのビフォアを雇ったのは学園長本人。あの時ビフォアを雇っていなければと、そう思わずには居られなかったのだ。そのことをエヴァンジェリンは、面白おかしく攻め立てていた。いやはや滑稽だと笑っていたのだ。

 

 しかし、なぜ学園長はこうやって転生者を雇って居るのか。それは転生者の相手が出来るのは転生者のみだと考えていたからだ。転生者は強力な能力を持っている。すなわち高い実力の魔法使いですら、転生者を倒すことは困難だったのだ。

 

 さらに転生者は魔法世界で大暴れし、とてつもない被害を出してきた歴史がある。それがこの麻帆良でおきれば大惨事となってしまう。だからこそ転生者のカウンターとして転生者が必要だった。ある程度危険は承知で、真っ当だと思われる転生者を雇わざるを得なかったのである。

 

 

「……だが、あのビフォアなる男を雇わなくとも、こうなった可能性は否定できんぞ?」

 

「……む? どういうことじゃ?」

 

「あの男はこの麻帆良を支配しようと目論んでいる。ならば魔法先生などをやる必要は、まったくないんじゃないか? と思っただけだ」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンは学園長を攻めるだけではなかった。ビフォアという男の目的は、この麻帆良を自らの手中に収めること。つまり、魔法先生などする必要はあまり無いとエヴァンジェリンは考えていた。実際ビフォアが魔法先生などということをしていたのは、この麻帆良の魔法使いを騙すためであり、そこに大きな理由などなかったのである。そうやってエヴァンジェリンは、自らの責任で重力にも逆らえそうに無い老人を、フォローしたのだった。

 

 

「……かもしれんが、たらればを言えばきりが無いじゃろう。それに、そうだったとしてもワシの失態は変わらんよ……」

 

「辛気臭いジジイだな。この現状は貴様の責任もあるだろうが、基本的にあのビフォアが行ってることだろうが。ハッキリ言えばヤツが諸悪の根源だろう?!」

 

 

 とは言うものの、あのビフォアを雇った責任は変わらない。学園長はそれをはっきり認識していた。ゆえにこの現状に大きな負い目を感じていたのである。しかし、ビフォアがやっていることはそんなことなど関係ない。元々麻帆良を乗っ取ろうと企み、暴れているのはビフォアだ。学園長が雇ったのは確かに失態だったが、それ以前にビフォア自身が悪であり、学園はとばっちりを受けている現状だと、エヴァンジェリンは言っているのだ。

 

 

「なんじゃ、おぬし。老人をイジメに来たと思えば励そうとしておる。一体何しに来たんじゃ!?」

 

「はっ、イジメに来たんだよ。ただ、今にも死にそうな老人が落ち込んでるのは、気持ち悪いと思っただけさ」

 

 

 そこで学園長は、エヴァンジェリンの最初の言葉と、今の言葉が微妙にズレていることに気がついた。何せ最初はお前が悪いと言いつつも、今はビフォアが悪いと言っているのだ。そこをエヴァンジェリンに尋ねれば、腕を組みつつ笑みを浮かべ、学園長が落ち込んでる姿はキモいと言い出したのである。

 

 

「そうかそうか。ならワシも元気を出して、責任を取らんとならんな~」

 

「……何を勘違いしてるか知らんが、私は貴様の折れそうな腰を折ってやろうと思っただけだからな……」

 

「ふむふむ、そういうことにしておこうかの」

 

 

 学園長はエヴァンジェリンが元気つけようとしているのだろうと思い、長く伸びが顎ヒゲをなでながら笑みを浮かべていた。そんな学園長が気に入らなかったのか、エヴァンジェリンは腕を組み、細くした目で少し睨むように学園長を横に見て、フンと鼻を鳴らしていた。そんな姿のエヴァンジェリンを見て、学園長ははほっこりしたようで、確かに元気を出していたのだった。

 

 

「チッ……まあいい。だが責任を取るためにビフォアと戦うというならやめておけ」

 

「フォ? なぜじゃ……?」

 

「胸糞悪いことだが、ヤツにはこの私ですら勝てん……。本当に忌々しいことだがな」

 

 

 しかし、そこで突如としてマジメな表情となったエヴァンジェリンは、学園長にビフォアと戦うのを止めろと言ったのだ。学園長はそれがどうしてなのかさっぱりわからなかった。また、エヴァンジェリンも自分ですらビフォアに勝てないと悔しそうに語っていたのだ。

 

 

「なんと!? 馬鹿な!? エヴァンジェリン殿ほどのものですら、ビフォアには勝てぬと……!?」

 

「ああそうだよ。ジジイも知ってるんだろう? 例の存在を……」

 

 

 学園長はそれを聞いて、目玉が飛び出す勢いで驚いていた。600年生き続けた真祖の吸血鬼であり、魔法世界でも有名人であるエヴァンジェリンが、自ら勝てないと言ったのだ。普通に考えれば驚かない方が無理だろう。だが、それには大きな訳があった。そう、ビフォアの特典である。エヴァンジェリンも転生者のことを知っていたので、ビフォアの能力がそういう存在が保有するものだとすぐにわかった。そして、それがあるからこそ、ビフォアには勝てないと悟ったのである。

 

 

「大体は把握しとる。して、ビフォアがそう言う存在の可能性も考慮しとった」

 

「なら説明などいらんな。ヤツの能力(とくてん)とやらが、私たちと有利に立ち回れるようにしているらしい……」

 

「ぬ……!? どういうことじゃ……!?」

 

 

 学園長もエヴァンジェリンから話を振られ、転生者の存在を知っていることを話していた。また、ビフォアという男がそういう存在の可能性があることもうすうす感づいていたのだ。それならば話は早いと、エヴァンジェリンは転生者の説明を省き、その核心であるビフォアが持つという”特典”について語りだした。

 

 ビフォアの特典、それはエヴァンジェリンや学園長などを相手にした場合、ビフォアが有利に立つことが出来るというものだった。それを聞いた学園長は、一体どういうことなのか一瞬理解出来ないでいた。それは当たり前のことであり、普通の人間が聞いたらまったく理解できない内容であろう。

 

 

「そのまんまの意味だ。ヤツは私たちと戦った時、絶対的な有利となるらしい……。だから私でもヤツには勝てんという訳さ」

 

「むむ……。ならばせめて、敵を減らすぐらいはせんとならんの……」

 

 

 つまり、ビフォアの特典の一つは”原作キャラよりも有利に動ける”というものだったのである。だからこそアスナや刹那を一撃で倒し、タカミチすらも簡単に翻弄したのだ。その汚く卑怯な特典があるからこそ、エヴァンジェリンですら勝てないと話したのだ。そして学園長はその話を信用し、完全に理解した様子を見せていた。加えて先ほどとはうって変わって非常に険しい表情となり、ならばロボ軍団を倒して回った方がよいだろうと考え始めていた。

 

 

「いや……、そうも言ってられないようだぞ?」

 

「むっ!?」

 

 

 しかし、それをまたしてもエヴァンジェリンが阻むように声をかけた。学園長は一体どうしたのだろうかと思ったが、その答えはすぐに現れた。

 

 

「ハハハハハッ。流石は600年も生きる吸血鬼。私が来るのを感知しましたか」

 

「ふん、来ると思ったよ。坂越とやら?」

 

「こやつが坂越上人……!?」

 

 

 エヴァンジェリンと学園長の背後へと突如として現れた男。オールバックにした紫がかった黒の髪、大きめのサングラス、黒のスーツに白の手袋。それは超能力を操る坂越上人だった。その上人の出現を知っていたかのように、エヴァンジェリンは体勢を変えずに、後方へ視線を移していた。ただ、その涼しい顔とは裏腹に内心焦りを感じながらも、上人がどう動いても問題ないよう常に感覚を研ぎ澄ませていた。学園長もその声のした方向へと向きを変え、突然の珍客に驚きの表情を見せていた。この男こそ、報告に聞いていた危険人物、その張本人なのだから。

 

 

「あぁ、挨拶がまだでしたね。はじめまして。私、坂越上人と申します」

 

「いちいち癪に障る話し方だな。さっさと用件を言ったらどうだ?」

 

「ハハハハッ、せっかちな方ですね。いいでしょう、この場で私の話し相手になってもらいたい。ただそれだけですよ」

 

 

 上人は学園長とエヴァンジェリンの二人を前にしても、余裕の表情と態度を崩さなかった。さらにゆっくりと丁寧に、しかし相手を見下すように自己紹介を始めたのだ。それを見たエヴァンジェリンは、体の向きを上人へと向け、本気で対峙する姿勢を見せ始めた。

 

 ただ、この上人が何を考えて居るのかまったくつかめない現状、ここで挑発に乗るのは愚かなことだと、エヴァンジェリンは冷静に考えていた。だからこそ、ここは相手に焦りを悟られぬよう態度を変えず、上人に何が目的なのかを問いただすことにしたのである。しかし、そんなエヴァンジェリンからの質問に、やはり見下したかのような言い草で、ただ話し相手がほしいとだけ要求してきたのだ。

 

 

「話し相手じゃと……!?」

 

「なんだ、てっきり私とジジイを両方相手にしにきたと思ったが、随分と弱腰じゃないか?」

 

「ハハハハハッ、あなた方を相手にするには問題などありませんが、それで発生しうる被害を考えれば当然のことでしょう?」

 

 

 その上人の答えに、さらに驚く学園長。はっきり言えば学園長は、上人が自分やエヴァンジェリンを倒しに来たのだと考えていた。だが、上人はそうは答えず、ただ話し相手になれと言って来たのだ。そのことを信用など出来るはずもなく、学園長は驚きの表情から再び際しい表情へと変えていた。

 

 加えてエヴァンジェリンも、上人は自分たちを倒しに来たと考えていた。ゆえに上人が話しに来ただけなどおかしいと考えたのだ。それを上人へと皮肉交じりに言葉にすると、上人は面白おかしく笑いながら、ここで戦わない理由を話し出したのだ。

 

 それは学園長とエヴァンジェリンが自分と戦えば、この麻帆良に大きな被害が出るということだった。しかし、それでも上人は二人を相手にすること自体は問題にしていない様子だったのである。

 

 

「つまり、私とジジイを相手にすることは問題ではなく、その戦いで麻帆良が破壊されることが問題だと?」

 

「勘が鈍いですねぇ~。そう言ってるじゃありませんか」

 

 

 そんな様子を見せる上人に、エヴァンジェリンは怒りを感じていた。何せ自分よりも強いと考え、下に見てきているのだ。このエヴァンジェリンでさえも、そんな態度に頭に来たのである。だからエヴァンジェリンは、上人が自分と学園長を相手にすることではなく、麻帆良が破壊されることを問題視しているのかと上人へと質問したのだ。すると上人は余裕たっぷりの態度で、さらに挑発するかのようにYESと言葉にしてたのである。

 

 

「舐められたものだ……と言いたいが……、確かに貴様の言うとおりだ」

 

「わかっていただけて光栄です。で、そちらもよろしいので?」

 

「む、むぅ……。わかった、おぬしの用件を飲もう」

 

「ハハハハハハッ、物分りがよくて助かります」

 

 

 だが、エヴァンジェリンも上人の言うことが間違えないと考えた。この上人と戦えば、麻帆良が無事である保障がどこにも無いからだ。ならば上人の言うとおり、話し相手をしているだけにしたほうがよいと、エヴァンジェリンは思ったのだ。

 

 先ほどの話に承諾の様子を見せるエヴァンジェリンを見た上人は、理解がよくて助かるという表情で、今度は学園長へと話しかけた。学園長もエヴァンジェリンと同様、戦わずして済むのなら越したことは無いと、上人の言葉を容認する形とした。

 

 しかし、学園長とて上人を信用した訳ではない。それでも、避けれる戦いは避けるべきだと考えたのだ。そんな学園長に上人は、物分りが良いと高笑いをするのであった。

 

 

「あぁ~、最初に言っておきましょう。私の目的は麻帆良などどうでもよいのですよ」

 

「何と……!?」

 

 

 そこで上人は突如、自分の目的が麻帆良それ自体ではないことを語り始めた。学園長は突然の上人の言葉に、あまり声が出ずにいた。ならば一体どんな目的があるというのか。学園長は驚きながらも、静かに上人の言葉に耳を貸すのであった。

 

 

「何か勘違いをなされているかもしれませんが、私はただビフォアに雇われただけの存在。そして今ここでお二人方を相手している行為こそ、私の()()()()()なのですよ」

 

「……何が言いたい?」

 

 

 上人は単純にビフォアに雇われた存在。つまりビフォアと契約を結んだだけの関係だと強調していた。加えてここでエヴァンジェリンと学園長との会話こそが最後の任務だと言い出したのだ。そんなことを言い出す上人に、エヴァンジェリンは一体何が言いたいのかと考えた。ならばなぜ、ここで自分たちと対峙する必要があるのか、わからなくなったからだ。

 

 

「こうしてあなた方と対話しているのは私の慈悲であり、ビフォアや麻帆良は何の関係もないということです」

 

 

 すると上人は笑いを浮かべながら、ここで会話していることそれ自体が慈悲だと言い出したのだ。ハッキリ言ってここで戦えば、麻帆良などどうとでもなるということだった。また、上人の任務はエヴァンジェリンと学園長を押さえ込むこみ、あわよくば倒せというものだ。ゆえに、麻帆良を破壊するのはしのび無いと思い、二人と戦うことをやめただけだったのだ。

 

 しかし、その言葉に学園長もエヴァンジェリンも反応し、さらに険しい表情となっていた。そんな二人を嘲笑うかのように、上人はさらに話を進めていった。

 

 

「それに、もうじき見れるかもしれませんよ? あなた方も是非、ご覧になっていただきたい。私の目的とやらをねぇ~!」

 

「なっ、何を考えておるんじゃ……!?」

 

「ハハハハハッ、別に私は何もしませんよ。ただ、この麻帆良に存在するとある二人が、特定の現象を起こす可能性があると言うだけです」

 

 

 上人の目的、それは誰かが起こす現象を確認することだった。また、それは学園長もエヴァンジェリンも見ることが出来るだろうと、好奇心を募らせながら語っていたのだ。学園長もエヴァンジェリンも、その何者かが起こす現象とは一体何なのだろうかと、疑問に感じていた。だが、それが何なのか、誰が起こすのかがわからないため、どうにもピンとこないのである。

 

 

「とある二人が特定の現象だと……!?」

 

「はぁい、そうです。ですからおとなしくしていただきたい。でなければ、この麻帆良が地図上からなくなってしまうかもしれませんよ? ハハハハハッ!」

 

「チッ、いちいち腹の立つ男だ……」

 

 

 そう、それを見るためだけに上人は、学園長とエヴァンジェリンに話しかけてきたのだ。そして上人は、ここでおとなしくしなければ麻帆良が消し飛ぶ可能性があると、脅しをかけてきたのである。実際上人の能力は未知数、何が出来るかわからないこの現状では、上人の言葉を嘘と捉えることは出来なかった。だからエヴァンジェリンも学園長も、上人の言うことを聞くしかなかったのである。ただ、エヴァンジェリンは一言、その怒りを吐き出すように悪態をつくのであった。

 

 



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八十九話 夕暮れ

 スナイパーは倒された。その情報は超のアジトへと即座に伝えられた。ならば外はある程度安全になったも同然。行動するならば今だろう。ネギもカギもそう考え、ビフォアを抑えるべく行動を開始していた。

 

 

「スナイパーは倒されたみたいだな。これで自由に動けるってもんよ」

 

「本当にビフォアって人を放っておいていいんですか!?」

 

「アイツが出てくるときゃお空の上なのは間違えねぇ! そう考えりゃマズは雑魚掃除だぜ!!」

 

 

 しかしネギたちの目的はビフォアではなかった。なぜならビフォアが確実に姿を現す場面を知っているからだ。それは数時間後に行われる強制認識魔法の儀式の時だ。

 

 この儀式がどこで行われているか、ネギたちはわからなかった。麻帆良の監視カメラなどを全て探しても、ビフォアの姿が無かったからだ。だが、それは当然のことだ。何せビフォアは飛行船の上で、儀式を執り行っていたのだから。

 

 それを知っていたのはカギだった。カギはビフォアが原作を利用して儀式を行うなら、原作で儀式が行われた飛行船の上だと予想したのだ。また、飛行船の上ならば、麻帆良をくまなく探してもビフォアが見つからないことに合点が行くのだ。だからビフォアが確実に現れるまで、麻帆良を暴れるロボ軍団の数を減らした方がよいと考えたのである。

 

 

「しかしあのスナイパーを倒すとはね……」

 

「拙者がやりあったとしても、ああは出来ぬでござるよ」

 

 

 また、あのスナイパーが撃破されたことを、真名も楓も驚いていた。ハッキリ言えばスナイパーの狙撃技術は真名と同じぐらいであり、能力による跳弾も行うことが出来た。それだけでかなりの脅威であり、能力により死角すらも把握することが出来たのだ。

 

 さらに真名はそのスナイパーに心当たりがあった。同じ傭兵として名を馳せた男、それこそがスナイパーのジョン・Gという男だったのだ。ビフォアがそんな男をどうやって知り、どうやって雇ったかはわからないが、ジョン・Gを撃破されたことで程度安心出来ると思ったのである。

 

 同じく楓も自分がジョン・Gと対峙したならば、どうやって対処したかを考えた。空中で反射される弾丸を、分身でかわせるかどうかだ。だが、シミュレートではどこで反射するかもわからない弾丸を、回避することが出来なかった。加えてジョン・Gを倒した直一のような、遠距離の移動が難しいと思ったのである。確かに気を最大まで使用して高速で跳ぶ技である縮地无彊を使うことは出来る。ただ、それでも今一歩足りないのではないかと考えていたのだ。

 

 それゆえジョン・Gの射程距離外からの感知不可能な速度での攻撃には、楓とて度肝を抜かれたようである。まあ、実際は悪く言えばただのゴリ押し、あまり深く考えず簡単な方法と言っても良いものだ。ただ、それを行うこと自体は非常に難しいことだろう。そして、それを可能にしたのが、最速の特典(アルター)を持つ直一だったのである。

 

 

「つーか私だけすんごくアウェーな気がするんだけど!?」

 

「問題ないネ。はるなサンにも例の杖でロボなら倒せるはずヨ」

 

「そういう意味じゃないんだけどねー!?」

 

 

 そんなところに緊張感の無い声が響く。それを発した主はハルナだった。ハルナはこの戦闘集団の中、一人だけ一般人として混じっていることにいたたまれない雰囲気を感じていたのだ。ただ、ハルナもロボ撃退用の杖を持っており、戦えないと言うわけではないようだ。

 

 そのことを超がハルナへと話すと、そういう意味での言葉ではないと叫んでいたのだった。しかし、超まで外に出てきて大丈夫なのだろうか。

 

 超のアジトには葉加瀬と茶々丸とエリック、それに千雨が残っている。葉加瀬とエリックと茶々丸で、何とかサイバー攻撃を抑えて居るのが現状だ。ただ、千雨もなかなかのやり手であり、機械に強かったので同じくサイバー攻撃を抑えていたのだ。だからこそ、超が外で戦って来いとエリックに言われたのである。

 

 

 そしてネギたちが防衛ラインへと急いで居るところに、ロボ軍団が現れた。やはりロボ軍団はネギたちも倒すよう命令されているのか、突如攻撃を開始してきたのだ。

 

 

「さっそく来たな! くたばりやがれ!!」

 

「僕も……!」

 

 

 ならば撃退しなければと、カギは無詠唱で魔法の射手を唱える。同じくネギも魔法の射手で反撃し、それがロボの体を貫くのだった。

 

 

「ロボに魔法で攻撃ってすごいごちゃ混ぜな感じ……」

 

「相手ながらなかなかよいロボを作るネ……」

 

 

 ハルナも流石に魔法もロボも見飽きたのか、驚かなくなっていた。ただ、考えてみればロボに魔法で攻撃とは、SFなのかファンタジーなのかよくわからない光景だと思ったようである。そう考えながらも、しっかりとロボへと攻撃を行い、足手まといにならぬよう頑張っていた。

 

 超も相手のロボの性能には驚きを隠せない様子だった。今戦っているロボは基本中身がスカスカの手抜きだが、それでも敵ながら動きが機敏で優秀だと高く評価していたのだ。しかし、それでも敵のロボには容赦などしない。超は古菲ほどではないにせよ、なかなかの中国拳法の使い手だ。さらに強化スーツにより身体能力も向上している。その力と技を使い、ロボを蹴散らしていたのである。

 

 また、真名も得意の拳銃を両手に握り、スマートな動きでロボを倒していた。楓も忍術と巨大な風魔手裏剣にて、ロボを殲滅していたのだった。

 

 

「とりあえずここの奴らは全滅させたな」

 

「いやはやいつ見ても魔法って派手だねぇー!」

 

 

 大多数のロボ軍団も彼らには通用しなかった。ロボ軍団はあっけなく全滅させられたのである。敵の全滅を確認したカギは、大きくため息をつき、息抜きをしていた。戦いはこれからであり、緊張しっぱなしでは疲れると思ったのだ。そんなカギの横で、ハルナが魔法をまじかに見れたのか、少しウキウキとしていた。

 

 

「ビフォアのヤツはナゼこちらまで攻撃するノカ……」

 

「確かに……。そいつの能力を考えればこちらを攻める必要などどこにも無いはず……」

 

「こちらの攻撃が通用しなくとも、邪魔になるということなのでござろうか……」

 

 

 そこで超は、ふとビフォアの行動に疑問を感じた。どうしてここまで執拗にこちらを攻撃してくるのかということだ。真名もそのことが腑に落ちない様子で、不思議に感じていたようだった。

 

 何せビフォアの特典の一つは”原作キャラより有利に立ち回れる”というものだからだ。この特典がある限り、ビフォアは常に原作キャラよりも一手も二手も上回ることが出来るのである。さすればいくら強力な攻撃をビフォアに浴びせても、あたる事がほぼないといってもよいということなのだ。ならばそうでなくてもこちらが邪魔なのだろうかと、楓も腕を組んで考えていた。

 

 

「ハッ! んなの簡単さ。ビフォアとか言うやつの性格がクソひん曲がってるってだけだぜ。自分の力を見せびらかしてしょうがないのさ」

 

「ほう、それは先生の勘か?」

 

「いや、何、昔同じような考えを持ってたんでな……。よーくわかるのさ。ヤツはきっと、自分がいかに偉いかを示したいんだろうぜ」

 

 

 そんな疑問をぶちまけるかのように、カギが大きな声でそれに答えていた。ビフォアのやろうとしていることは自己満足であり、自分がいかに強大であるかを見せるために攻撃してきていると、カギは考えていたのだ。

 

 そう言い放つカギへ、真名はその考えが勘から来るものなのかと尋ねたのだ。しかしカギは、それを過去に同じようなものを感じたと言ったのである。なぜならカギも、昔は似たような考えを持っていた。その強力な力に酔いしれ、あまつさえその力を使って空の威厳を見せようと考えていたからだ。だが、所詮はその行為はむなしいもの。カギはそのことに気がついたので、今のカギが居るのである。

 

 

「昔、と言うことは今は違うんだな……?」

 

「タブンな……」

 

「確かに、初めて会った時のカギ先生と、今のカギ先生は若干違いがあると感じるよ」

 

「……そう言ってくれるとありがてぇーぜ!」

 

 

 そこで真名は、カギが昔と言葉にしたことを聞いて、今は違うのかと尋ねてみた。カギはそれに対して、若干自身なさげに、タブン、とだけ話した。カギは未だに、自分が”踏み台”と呼ばれる転生者から抜け出していないのではと考え、自分に自信がなかったのだ。

 

 そんなカギを見て、真名はフッと笑いつつ、率直な意見を述べた。今のカギは初めてあの教室で会った時とは雰囲気が多少違うと、そう感じたことを述べたのだ。カギは真名のその言葉に、嬉しかったようで、少し涙をにじませつつ、高いテンションで喜びをアピールしたのである。

 

 

「しかし先生は私よりも年下なはずだが?」

 

「なぁに、この小さな身にも過去に色々あったってわけさ!」

 

「ならそういうことにしておこう」

 

 

 だが、昔と言う言葉を聞いた真名は、妙な気分だった。明らかに自分よりも年下のカギが、経験で物事を語っていたからである。まあ、真名も10代で非常に濃い人生を歩んできたので、色々あったのだろうと考えることにしたようだ。

 

 カギも恥ずかしい黒歴史は話したくないので、色々あったとだけ話したのだ。ただ、カギは普段からおばかキャラ。ノリで言ってる可能性もあると真名は考えた。なので少し茶化すような物言いで小さく笑むのであった。

 

 

 そして一行は向かってくるロボ軍団を倒しつつ、時が来るのをひたすら待った。移動しているだけでガンガン襲ってくるロボ軍団。探す手間が省けるというものだ。敵を全滅させながら進むと、そこに背を向けて立っている一人の人影を発見した。

 

 

「あなたはシャークティ先生!」

 

「この声はネギ先生?!」

 

 

 それは魔法先生であり美空の上司的な存在のシスターシャークティだった。スナイパーの迎撃を何とかしのいだのか、シャークティはこの場で敵を倒して回っていたようだ。ネギの声を聞いたシャークティは、聞いた声の主を確認するべく、即座に後ろを向いたのだ。

 

 また、超は魔法先生に危険視されているのを知ってるので、こそこそとハルナの後ろに隠れて様子を見ていた。ここで無駄に揉めても仕方がないので、やり過ごそうと考えたのである。

 

 

「大変なことに主力の大部分に特殊弾の攻撃を受け、大多数が壊滅状態に!」

 

「んなこたぁわかってる! だから俺らが援護に……」

 

 

 シャークティは焦っていた。スナイパーの攻撃やロボの攻撃で大半の戦力が消滅してしまったからだ。だが、それはすでにカギたちも承知の事実。そうなったがために、カギたちもロボ掃除を始めたのである。しかし、そこへ招かれざる客が現れた。

 

 

「なっ!? し、しまった!!」

 

「何ィィ!? スナイパーはぶっ潰したはず!!?」

 

 

 なんと突如としてシャークティが黒い渦に飲み込まれ、消えてしまったのだ。それはまさしく強制時間跳躍弾の効果だった。カギはそれを目の当たりにし、表情を歪ませるほど驚いていた。何せ辺りのロボ軍団は壊滅させた上に、スナイパーも倒しきったはずだからだ。ならば一体誰がこのようなことを、そう思ったカギは弾丸が飛んできた方向へと振り返ったのである。

 

 

「麻帆良の悪しき魔法使いどもめ、この私が裁きを与えてくれる!」

 

「て、テメェはまさか……!?」

 

 

 そこには夕焼けを背に、薄暗い表情で立つ一人の男がいた。金髪にメガネ、やや細めの輪郭。それはあのマルクであった。手には拳銃が握られており、それを使って強制時間跳躍弾を放ったのだろうと推測できた。そして、マルクは手に握り締めた拳銃をカギたちへ向け、大層な言葉を叫んだのだ。

 

 

「ビフォア様がこの弾を使うよう命じていなければ、命ごと消し去れたものを……」

 

 

 マルクは拳銃を構えつつも、その拳銃を見ながら一人ごちった。何せマルクにとっての麻帆良の魔法使いは、悪そのものでしかなく、それを殲滅せんがためにビフォアと組んで居るからだ。だが、ビフォアからの命令で、殺生を控え強制時間跳躍弾を使用するように言われていたのだ。だからこそ、今の攻撃で魔法使いを殺せなかったことに、非常に苛立ちを覚えていたのである。

 

 

「あの人は……!」

 

「え? ネギ君あのおっさんの知り合い!?」

 

 

 そしてネギはこのマルクを知っていた。ネギは悪魔が襲撃してきた時、このマルクに殺されかけたからだ。その光景を鮮明に覚えていたネギは、この土壇場でマルクが現れたことに驚きを隠せず声をもらしていたのである。そのことを聞いたハルナが、ネギがメガネのおっさんのことを知ってるのかと思い、それを尋ねていたのだった。

 

 

 

「いえ……。だけど気をつけてください。僕は前にあの人と戦ったことがあります……」

 

「やっぱりあのおっさんも敵かー!?」

 

「そう見て間違えないようだな……」

 

 

 ハルナの質問にネギは表情を険しくしながら、知り合いではないと答えた。それは当然突然戦いをふっかけられた上に殺されかけたのだ、知り合いなどではないだろう。また、その凶暴性も知っていたので、気をつけるように言っていたのである。

 

 それを聞いたハルナは、はやり敵なのかと声を荒げて落胆していた。まあ、突然攻撃してきて銃を向けている相手が、味方などと言うことはマズ無いだろう。

 

 その横で真名も、マルクがどう動くのかを警戒していた。あのマルクには銃以外にも、何か別の隠しダマを持って居る可能性があると考えたからだ。でなければ複数の相手に、銃一つで余裕を見せることはないと思ったのである。

 

 

「アイツも()()()()ってやつか……!!」

 

「ほう、子供先生が二人……。つまり片側は私と同じと言う訳か……」

 

 

 また、カギは別の部分にも戦慄していた。その原因はマルクの外見にあった。マルクはシャーマンキングのマルコの特典を貰った転生者、マルコとそっくりな姿をして居る。ゆえにカギは、マルクが転生者であることを一目でわかっていた。

 

 だが、それはマルクも同じことだった。マルクはカギを見た時、ネギの兄弟だとすぐにわかった。ネギの兄弟で転生者と言うのは、二次のSSでやりつくされたことである。それを知っていたマルクは、カギが転生者だと気づいたようだ。

 

 

「……先生たち、先に行くんだ」

 

「ここは拙者たちに任せてほしいでござる」

 

「え……!?」

 

 

 そこで真名と楓がネギたちの前へ出て、マルクへと立ちはだかった。それを見たネギは、驚きの声をもらすしていた。マルクの凶暴性と強さを、ネギは身をもって知っていたからだ。

 

 

「何言ってやがる! 俺の能力で木っ端微塵にしてくれる!!」

 

「まあ待つんだカギ先生。現在も何が起こるかわからない状況だ、極力体力を温存しておくべきじゃないかな?」

 

「だ、だがよ!」

 

 

 だが、カギはそれに異議を唱えた。それは自分のチートでぶっ飛ばした方が、早くて安全に目の前のメガネを倒せると思ったからだ。しかしそれでも真名は、カギたちには力を温存してもらいたいと考えていた。何が起こるかわからない上に、敵の数がわからない。だから、ここでヘタに消耗するのはマズイと考えていたのだ。それでもカギは引き下がろうとせず、自分が戦うと言わんばかりに、真名へと話しかけていた。

 

 

「それに、私たちを甘く見ないでほしいな」

 

「そうでござるよ。拙者たちは弱くはござらん!」

 

「お前ら……」

 

 

 さらに、自分たちはカギが思って居るほど弱くなど無い。そう自信たっぷりの表情で、真名は断言してみせた。加えて楓も同じように、普段と変わらぬゆるい表情で、同じことを言ってのけた。それを聞いたカギは、そこまで言う二人に感激し、この場を任せようと思ったようだ。

 

 

「わかった……。ヤツの相手は任せるぜ……」

 

「そうでなくてはな」

 

「任せてほしいでござる!」

 

 

 ならばこの場は二人に任せよう。カギはそう考えた。そして二人にマルクの相手を任せ、先に進むことに決めたのだ。真名も楓もそれを聞き、柔らかな表情で強く頷いた。任されたのならば、あのメガネを打倒してみせる。そう言った強い意志だった。

 

 

「おっと、超。この分の金額は上乗せでいいな?」

 

「しょうがないネ……。それで頼むヨ」

 

「ふふふ、それを聞いて安心して相手が出来る」

 

 

 しかし、そこで真名は超の方へ顔だけ向きなおし、さらなる依頼料の割り増しを頼んだのだ。傭兵として雇われているのだから、この危険となる戦いの前に、もう少し金額の上乗せをしておきたかったのである。なんとまあ、ちゃっかりしている。だが、超はそれを断らなかった。目の前のメガネの男の実力は未知数であり、強敵の可能性が高い。ならば快くそれを承諾し、頑張ってもらおうと思ったからだ。真名は超が金額の上乗せを承諾したのを見て、笑みを浮かべながらマルクへ向きなおし、心置きなく戦えると思ったのだった。

 

 

「作戦会議など無駄なことを……! ミカエル!!」

 

「あれは……!?」

 

「やっぱアレか!!」

 

「え? 何か見えるワケ!?」

 

 

 そう話し合っていた一同を見ていたマルクは、とうとう痺れを切らしたのか攻撃を開始してきた。マルクは今の会話を作戦会議だと考え、そのような無駄なことは意味が無いと怒りをこめて叫んでいたのだ。そして、その攻撃とはやはりO.S(オーバーソウル)。機械天使ミカエルを使い、ネギやカギ目掛けて攻撃させたのである。

 

 ネギはあの時戦った機械天使の姿を見て、恐ろしい相手が登場したと改めて痛感していた。カギはやはりかと思いつつも、その天使の姿に驚いた様子を見せた。だが、ハルナはただの一般人、O.S(オーバーソウル)を見ることができず、ネギたちには何かが見えるのだろうかと思いつつ、焦るしかなかったのだった。

 

 

「御仁の相手は拙者たちでござるよ!」

 

「ぬぅ!? 貴様!!」

 

 

 しかし、そのミカエルの剣を、楓が風魔手裏剣で防いでいた。O.S(オーバーソウル)は魔力で破壊できる。すなわち気でも破壊が可能だ。ならば気で強化した風魔手裏剣で防ぐことも出来るというものだ。実際楓はO.S(オーバーソウル)というものを知らないのだが、倒せないと言うわけではなさそうだ。また、楓は影分身を用いて複数でそれを受け止め、ミカエルの動きを封じていたのである。

 

 ただ、楓はO.S(オーバーソウル)をハッキリと見ることが出来ない。ぼんやりと移る巨大な何かとしか捕えられていなかった。それでも、ミカエルの剣を受け止め、動きを封じれたのは、卓越した技術と直感があればこそだ。

 

 

「さっ、はやく行くでござる!」

 

「何!? 逃がすものか!!」

 

 

 楓は今、影分身と共にミカエルを抑えていた。だからこそ、チャンスだと考え、ネギたちに先に行くよう指示したのだ。それを聞いたマルクは、そうはさせぬと銃をネギたちへむけ、強制時間跳躍弾を放たんと構えたのである。

 

 

「お前の相手は私らと言ったはずだが?」

 

「なっ!? 貴様もかァ!!!」

 

 

 だが、そこへ真名が飛び出し、マルクの懐へと入り込んだ。真名は両手に拳銃を握り、その拳銃とマルクの銃をぶつけ、照準を合わせないように妨害したのだ。相手は楓だけではない。自分も相手になるのだと、そう言い放ちつつ、冷ややかな表情でマルクを睨んでいた。また、真名へ妨害されたマルクは焦りと怒りが入り混じった表情で、コイツも邪魔をするのかと喉から大声を出していたのだった。

 

 

「行くぞ! ネギ!」

 

「……う、うん……。二人とも気をつけて……!」

 

「問題ないさ」

 

「ネギ坊主こそ気をつけるでござるぞ?」

 

 

 二人が体を張ってくれているならば、行くしかない。そう考えたカギはネギに先へ急ぐよう叫んだ。ロボ軍団を倒すだけではなく、魔力溜まりとなる広場を防衛しなければならないからだ。ネギはカギの叫びを聞き、同じく先に進むしかないと考えた。そこでネギは二人を心配し、ねぎらいの言葉をかけて走り出した。そのネギの言葉を聞いた二人は、特に問題はない、むしろそちらも気をつけろと声をかけていた。

 

 

「ホラ、はるなサンも早くくるネ!」

 

「あっ! ちょっと待ってー!!」

 

 

 また、超も同じく先を急いだ。そこでマルクの登場で同様するハルナに、超が急いでこの場から離れるよう、叫んでいた。ハルナは超の言葉が聞こえたところでハッとしたのか、あわててそちらの方へと走り出したのである。

 

 ネギたちが走り去ったのを確認した真名と楓は、マルクから離れ距離を取りなおし、仕切りなおしをした。だが、それでは隙を作ってしまい、マルクがネギたちを追う可能性があった。ならばそうさせればよい。マルクがこの場で背を向けて、ネギたちを追うならば、後ろから攻撃すればよい。真名はそう考えていた。

 

 

「この私にたてつこうとは愚かな……!」

 

「愚かかどうか、やってみるか?」

 

「減らず口を!!!」

 

 

 しかし、マルクはネギたちを追うことはしなかった。むしろかなりご立腹な様子で、戦う姿勢を見せる二人を睨みつけていた。この二人を先に始末してからでも、充分ネギどもを追えると、マルクは考えていたのだ。それでも自分の攻撃を防がれたことに、強い怒りを感じていた。

 

 そんな怒りに燃えながら、冷静な口調で二人を挑発するマルクに、真名は皮肉をこめた笑みを見せつつ、さらに煽り立てたのだ。その煽り文句を受けたマルクは、取り繕っていた仮面の冷静さをも壊し、怒りの叫びを吐き出した。相手がなんであれ、中学生相手に大人気ない男である。

 

 

「楓、あのデカブツの相手は任せていいか? アレは銃などではダメージを与えられそうに無い」

 

「わかったでござる。なら真名はメガネを頼むんだでござる!」

 

 

 真名は楓へデカブツ(ミカエル)の相手を任せると話した。重火器ではダメージを与えられそうに無いからだ。実体の無い謎の力、O.S(オーバーソウル)は物理的な攻撃ではダメージを与えられないのだ。また、真名は魔眼を持っている。それを使えばしっかりとO.S(オーバーソウル)を見ることが出来た。

 

 加えてあのデカブツは、覇王が操るO.S(オーバーソウル)と呼ばれる技術と同じだと気がついた。ならば気や魔力で破壊できるはずだ。それなら楓の方が、デカブツを相手にしやすいと真名は考えたのである。

 

 そして楓も丁度同じようなことを考えていたのか、逆に真名へマルク本人を相手にしてもらおうと思ったのだ。それを聞いた真名は楓と視線を合わせると、二人同時に静かに頷いていた。

 

 

「こしゃくな! まずは貴様ら二人を成敗してくれる!!」

 

「さて、一仕事始めるとするか」

 

「……甲賀忍者中忍、長瀬楓、参る!」

 

 

 だが、マルクは二人がどうあがいても、自分には勝てないと考えていた。こちらには膨大な巫力とO.S(オーバーソウル)ミカエル、さらには強制時間跳躍弾があるのだ。たかが女子中学生などに、遅れなど取れるものかと思っているのである。それゆえネギたちを追うことなく、二人を始末することを優先したのだ。

 

 しかし、怒れるマルクの叫びなどどこ吹く風か。真名は普段と変わらぬ飄々とした表情で、仕事を始めようと言葉にしていた。だが、その眼は真剣そのもので、確実に目の前の男を倒すと、依頼料に誓って決意を新たにしていたのだ。

 

 楓も普段のゆるい糸目の表情から、しっかりとマルクを捉えるように目を開き、本気で戦いに望む姿勢を見せていた。そして忍者として、本気でマルクの操るデカブツを相手にする気となっていたのだった。

 

 

 



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九十話 ロボ軍団

 麻帆良祭も終わりに近づいてきていた。辺りは少しずつ暗くなり、夕日が沈み始めていた。そんな中、イベント参加者やヒーローユニットの大半が、強制時間跳躍弾の攻撃で消えてしまった。この状況は非常に不利。この先どうなってしまうか、誰もが不安を感じ始めていた。

 

 

「さあ大変なことになってまいりました!」

 

 

 この絶望的な状況でさえ、元気に実況する和美。大きな声でハキハキと、この状況を解説していた。しかし、和美はこの戦いの敗北の意味を教えられているため、若干の焦りを感じていた。

 

 

「敵の圧倒的な火力差を前に、世界樹前広場が敵の手に落ちようとしています!」

 

 

 敵の数は未だに減らず、増える一方だ。だが、戦闘員であるイベント参加者は数を減らす一方だった。このままでは広場を選挙され、敗北してしまうだろう。ただ、イベント参加者の敗北とは、賞金などが手に入らないというところが心配であり。特に敗北を気にすることはない。それでも負けず嫌いの麻帆良の生徒や住人は、敗北など許すはずも無かったのだ。

 

 

「さあどうする、学園防衛魔法騎士団!?」

 

 

 今叫んだことは、自分が一番疑問に感じて居ることなのだろうと、だから、そう和美は考えた。和美はこの状況、参加者がどう動くのか気になった。このままでは敗北は免れない。非常に危険な状況だ。この状況を打破する一手は、何なのか。誰もが考えることだった。

 

 

「お前ら! 味方が随分減らされたぞ!!」

 

「……おのれ強制時間跳躍弾め!」

 

「わかっていただろうに……」

 

 

 だが、この状況をはっきり理解するものがいた。それはやはり転生者たちだ。転生者たちは、こうなることをあらかじめ知っている”原作知識”持ちが存在する。そういった彼らは、強制時間跳躍弾での蹂躙が行われることを知っていたのだ。しかし、知っていたからと言って、対処できるとは限らない。倒せど倒せど減らぬロボ軍団に手間取り、強制時間跳躍弾を防ぐことや、対処することが出来なかったのである。

 

 

「しかし、消えてしまった人はどこへ行ったんだ?」

 

「このままじゃジリ貧だぜ……」

 

「あぁ……。何とかしなきゃならねぇ」

 

 

 そんな中、消えた参加者がどこへ言ったか知らない一般人は、困惑の色を見せていた。消えてしまってどこへ行ったのかもわからない上に、随分人数を減らされてしまった。このままではゲームオーバーになってしまうと、焦りを感じていたのである。

 

 

「くそったれー! ならば俺が本気でかたをつけてやる!」

 

「待て、ここでアレを使えば麻帆良が吹っ飛ぶぞ!?」

 

「問題はない、手加減はしてやる! 食らえ!!」

 

 

 ならばこの状況、打破してやろう。そう豪語する転生者が現れた。この転生者はすさまじい特典を持っているらしく、本気を出せば麻帆良を吹き飛ばすことも出来るらしい。しかし、そんなことをすれば、こっちも無事ではすまない。と言うか、護るべき麻帆良を破壊しては元も子もないだろう。そう窘める別の転生者が、彼を抑えようと話していた。それなら火力を抑えて戦えばいい。そう考えたこの転生者は、特典を発動しようとしたのだった。

 

 

「ここで突然ですが、一部ルール改変のお知らせをいたします!」

 

「何!?」

 

 

 が、しかし、そこに和美のアナウンスが流れた。転生者は出鼻をくじかれ、特典の発動を停止していた。そこで他の転生者が取り押さえ、なんとか特典を使わせんと彼を押さえつけていたのだった。

 

 

「えー、今までの状況を考え、魔法騎士団側が有利となっておりました」

 

 

 また、和美のこのアナウンスは、新ルールの提案だった。そもそも強制時間跳躍弾で消えた人間が、どこへ行くのか、どうなっているのか説明がなかった。それは非常に不安を呼ぶ要素だ。参加者には安心して戦ってもらう必要がある。でなければ実力が発揮できないからだ。だから、ここで戦闘に投入された強制時間跳躍弾も、このゲームのルールの一つとすることにしたのだ。

 

 

「なので、先ほどの弾に命中すると、その場で失格とさせていただきます!」

 

 

 このことは最初から予定されていたことだった。あのビフォアが強制時間跳躍弾を使用することは、すでにわかったことだったからだ。そのためアスナたちは、その攻撃が始まったならば、麻帆良の住人に説明するように和美に話しておいたのだ。

 

 

「また、先ほどの弾が命中したものは、特殊な部屋にて強制送還され、待機となりますので、充分ご注意ください!」

 

「なんだー、新しいルールかー」

 

「おいおい、こりゃきついぞ!?」

 

 

 また、その攻撃を受けた相手は特殊な部屋で待機することになると、和美は説明した。だが、本当は違うのだ。実際は3時間後に飛ばされており、そう言った部屋は存在しないのだ。それでもそう説明したのは、攻撃で死ぬことはないと言うことを伝え、安心させるためだ。

 

 案の定説明を聞いた参加者たちは、安堵の声を漏らしていた。ただのルール増加なら、危険が無いとわかったからだ。ただ、この現状はあまりよろしくない。むしろ危険な状況だった。だから厳しいという声も、ちらほら見て取れた。

 

 

「んん!? なんか違うぞ!?」

 

「お前もそう思うか……」

 

 

 しかし、転生者たちはこの解説に戸惑いを感じていた。何せ本来ならば、こういう形で説明されなかいからだ。そのため転生者たちは、別の意味で不安げに感じ、どうなってしまうのかを悩むものもいたようだ。

 

 

「まあ、敵がいることには変わりねぇ!」

 

「やるだけやるしかねぇぜ!!」

 

「よし、花火の中へ突っ込むぞ!!」

 

 

 だが、すでに”原作知識”などあまり役に立たないと感じた転生者たちは、あまり気にしていない様子だった。むしろ敵を全滅させることの方が重要だと思い、戦うことに燃えていた。ロボ軍団を殲滅するのはこの俺だ! そう叫びながら、転生者たちはロボの海へと突撃して言ったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちは敵を殲滅しつつ、広場の方へと急いでいた。だが、その敵の数は圧倒的に多く、流石のカギですらタジタジだった。と、言うのもカギ自身、力をセーブして戦うことに慣れてない。そのため、力を抑えるのに苦労しているのである。ただ、やはり敵の数が多いのが、一番苦労している部分だ。

 

 

「チクショウ! 敵が多すぎるぜ!」

 

「工場で生産されているみたいですから……!」

 

 

 敵の数が多いのは、地下の工場で生産されているからだ。それは直一が持ち帰った情報により、わかっていたことである。それを何とかしたいところでもあるが、その場所へたどり着くには時間がかかりすぎるのだ。だから、広場の守りを固めようと、必死に戦っているという訳だ。

 

 

「この手際のよさ、明らかにまだ見ぬ協力者が居て間違えないネ……!」

 

「本当多すぎでしょ!! うわっ! また来た!!」

 

 

 このロボ軍団を開発した協力者が居ると、超は考えていた。あのビフォアがこれを全て、自分だけでやったとは到底思えなかったからだ。また、どんどん増えるロボ軍団に、いい加減多すぎると叫ぶハルナだった。そんな叫んでいるところに、またしても増えるロボ軍団。そこへ、さらに巨大ロボまで飛んできたのだった。

 

 

「巨大ロボまで!!」

 

「巨大ロボなど相手になるかぁ!! ”王の(ゲートオブ)……”!!」

 

 

 巨大ロボは確かにほんの少し未来の世界で見ていた。しかし、それが複数も飛んでくると、やはり違って見えるようだ。ハルナはロボ軍団の数と複数の巨大ロボを見て、驚くことしか出来なかった。そこでカギは、巨大ロボを相手にしようと、自慢の特典(ほうぐ)を使おうと考えた。だが、それは突如現れた別のものに阻まれたのだった。

 

 

「援護に参りました」

 

「先に行ってください」

 

「ファッ!?」

 

「お前たち!」

 

 

 そこに駆けつけたのは茶々丸の姉妹機であった。彼女たちもまた、この戦いに身を投じるために参上したのである。そして姉妹機たちは超に挨拶すると、そのまま敵のロボ軍団を攻撃し始めたのだ。

 

 姉妹機たちは握ったライフルなどを使い、巨大ロボを殲滅する。たとえ巨大ロボとて間接などの貧弱な部分は存在する。そこを狙って攻撃し、巨大ロボを破壊して見せたのだ。また、巨大ロボを倒したならば、次は普通のサイズのロボ軍団だ。姉妹機たちは目標をそちらへと変更すると、ライフルやミサイルを一斉発射したのである。

 

 みるみる破壊されるロボ軍団だったが、やはりなかなか数が減らない。倒される数と同じぐらい、増援が駆けつけてくるからだ。さらに、またしても巨大ロボが複数飛んで来て、ネギたちを阻むのだった。

 

 

「まだまだ巨大ロボが増えてきてるー!?」

 

「敵も必死みたいですね……」

 

 

 増えるロボに驚くばかりのハルナ。増えるロボの数に呆れるネギだった。なんという数だろうかロボ軍団だけでなく、巨大ロボまで増えてきたのだ。これほどまでに戦力を投入してくるとは、敵も本気なのだとネギは思っていた。

 

 

「システムチェーンジ!!」「システムチェーンジ!!」

 

 

 だが、そこへ更なる味方の増援が登場した。それは赤いはしご車に、青いクレーン車だった。すさまじい速度で走ってきたその二台の車は、突如として車体が持ち上がり、人型へと姿を変えたのである。そう、それはまさしくビーグルロボである炎竜と氷竜だったのだ。

 

 

「オラァ!」

 

「みなさんご無事で!!」

 

「な、なんでこいつらが居んだよ!?」

 

「麻帆良を守護する赤いロボに青いロボ!?」

 

 

 炎竜は巨大ロボへと殴りかかり、それを吹き飛ばした。氷竜はフリージングガンを使用することで、周りのロボ軍団を氷付けにしたのだ。その姿を見たカギは、なぜこの二体のロボが存在するのかと、度肝を抜かれていた。まさかネギまの世界で、ガオガイガーのビーグルロボを見るなど思ってなかったからだ。また、ハルナはその赤と青のロボを見て、麻帆良を防衛していると噂される二体のロボだと考えたようだ。

 

 

「すまないネ、炎竜に氷竜!」

 

「この麻帆良を防衛するのが私たちの使命!」

 

「こんな奴らの好き勝手されてたまるかってんだ!!」

 

 

 超は二体へ申し訳ないと話すと、二体はこれこそが自分たちの使命だと強く言い放った。炎竜も氷竜も麻帆良の防衛用として作られた経歴があり、まさにこの場面で戦えることは名誉なのである。さらに、炎竜は他のロボなんぞに負けたくないという気持ちが強いようで、巨大ロボを次々に攻撃していた。

 

 

「先に進んでください! ここは私たちにお任せを!」

 

「僕たちの力を見せてやるぜ!」

 

「助かるヨ。なら、ここは任せたネ!」

 

 

 超たちへと、ここを任せて先に進むよう冷静に話す氷竜。自分たちがいかに強いかを、見せてやると力強く唸る炎竜。この二体を頼もしく感じつつ、超はそれなら任せようと考えた。そして二体に感謝しつつ、さらに先へと進むのだった。

 

 

「なんか俺の出番が無くなってるんだが大丈夫か?」

 

「兄さん、もしものために力を温存しておきましょうよ」

 

「それが一番ヨ!」

 

「お、おう……」

 

 

 だが、カギは微妙に不満げだった。自分の最強の能力を、まったく見せる機会が無かったからだ。まあ、力が温存できるに越したことは無い。ネギはそれをカギへ言って窘めていた。同じく超も、それが一番重要だと言葉にしていたのだった。そう二人から言われてしまったカギは、何も言えずに返事を返すことしか出来なかったようである。

 

 

「だが敵が多すぎる! ここまで多いとは思ってなかったぜ……!」

 

「僕もこれほどとは思ってませんでした……」

 

「またくヨ。ここまで用意されていたとはネ……」

 

 

 そうのんきに考えるカギだったが、先に進むごとに敵がまたしても増える現状に、予想以上だと思っていた。ネギも同じ意見だったらしく、額に汗を流しながらもロボ軍団を倒しながら、敵の数に圧倒していた。これほどの数のロボを用意し、生産し続けるビフォアには、あきれるばかりだと超も思っていたようだ。しかし、そこへ別の場所から新たなロボが出現した。

 

 

「なっ!? 死角から……!」

 

「ネギ?! クソ! 敵数が多すぎる!!!」

 

「ネギ坊主!!?」

 

 

 なんとそのロボは建物の上から強制時間跳躍弾を放ってきたのだ。なんということか、それは丁度ネギの死角だったのだ。それに気づいた時には遅かった。もはや逃れられぬ状態だったのである。

 

 それを見たカギは敵の殲滅に追われ、ネギを助けることが出来ずにいた。また、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)は宝庫から武器を取り出す動作が必要だ。その時間がない状態では、武器を発射することが出来ないのだ。

 

 また、超もとっさの事で判断が遅れてしまったようだ。大勢のロボと相手している現状では、ネギを助けるために動くことすらかなわなかった。だから焦った表情で、ネギの名を叫ぶことしか出来なかったのである。

 

 

「ネギ君!」

 

「うわっ! ハルナさん!?」

 

「はるなサン……!?」

 

 

 しかし、そこで動いたのはなんとハルナだった。ハルナはネギへと体当たりし、ネギを庇ったのである。なんということだろうか、そのおかげでネギは助かったが、ハルナは強制時間跳躍弾の餌食になってしまったのだ。

 

 

「へっへ、まるで私がヒロインみたいじゃない!?」

 

「言ってる場合かー!?」

 

「ハルナさん! 今助けますから……!」

 

「……いや、こうなてはもうどうしようもないネ……!」

 

 

 黒い渦に呑み込まれながらも、ハルナは笑っていた。さらに今の行動はまるで物語のヒロインだと、言葉にしていたのだ。そこへすかさずツッコミをいれるカギ。なかなかノリが良いようだ。そんなカギとは逆に、助けようと必死になるネギ。だが、この状況ではもはや救出は不可能だ。それを超は知っていたので、手の施しようが無いと残念そうな表情でこぼしていた。

 

 

「フッ! 助太刀無用! どうせ私じゃあんまり役に立たないんだから、せめてこのぐらいはね!」

 

「は、ハルナさん……!?」

 

 

 さらに、ハルナ自身も腕を伸ばして手を開いた、待ったのポーズでネギの救助を拒んだ。何せ自分には、他のメンバーと比べて何も出来ない。ならば、せめてこのぐらいの手助けが出来なければと、ハルナは考えていたのである。ネギはそういわれたら、何も出来なくなってしまったようだ。

 

 

「んでもって、バッチリ解決よろしく!」

 

「あっ……」

 

 

 そして最後にハルナは、この事件をしっかりと解決してくれと、握り拳に親指を立てたグッドサインをしながら、元気よく消えていった。ネギは消えていったハルナが居た、その場所を見て固まってしまっていた。

 

 

「ハルナのヤツ、カッコつけやがって……!」

 

「ハルナさん……」

 

 

 カギもそれを見ていたようで、顔をうつむいて拳を握り締めていた。まあハッキリ言えば、ハルナは3時間後に飛ばされただけで、特に命に別状はないのだが。それでも仲間の脱落と言うのもは、悔しいものなのだ。ネギも同じくうつむき、暗い表情となっていた。

 

 

「行くヨ、ネギ坊主」

 

「超さん……」

 

「……そうだな、行くしかねぇな……!」

 

「兄さん……」

 

 

 だが、ここで立ち止まっている訳には行かない。敵を殲滅し、先に進まなければならないのだ。超はネギとカギに背を向けたまま、先に進むと話し出した。そして、ゆっくりと前へ歩き出したのだ。それにつられてカギも、行くしかないと言い、超と同じ方向へと歩き出した。ネギはそんな二人を見て、同じく前へと歩き出したのである。

 

 

「はるなサンは別に死んだわけではないネ。それなら、私たちがはるなサンの分まで麻帆良を護ればいいだけネ」

 

「ああ、そのとおりだ……! だからまずやるべきことをやろうぜ!」

 

「……そうですね……!」

 

 

 そう、ハルナは死んだわけではない。ならば彼女の分まで、この麻帆良を防衛すればよい。超はそう暗い表情から普段の表情へと戻し、言いきった。ここで暗くなっていても意味などない。カギも同じ意見だった。だからまずは、麻帆良を防衛し、ビフォアをぶっ倒すことだけを考えようと思ったようだ。ネギもその二人にそう言われ、再び元気を取り戻した。そしてより一層、この麻帆良を護ってみせると、強く誓うのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 外でネギたちが奮闘する中、アジト内でも別の戦いが繰り広げられていた。それはビフォア側から麻帆良へのサイバー攻撃、それを防ぐべく葉加瀬たちが防衛網を開いていたのだった。

 

 

「いまだに学園へのサイバー攻撃が続いています!」

 

「なんと言うしつこさだ! このままでは復旧すらかなわんぞ!?」

 

「結構ハードな状況だな」

 

 

 この状況、かなり厳しいものだった。立て続けに何度も続く波状攻撃。これでは麻帆良の結界の復旧など不可能だった。そのことに対して苦虫を噛んだ表情で、苦言するエリックがいた。

 

 また、千雨もここで葉加瀬とエリックの手伝いをしていた。ノートパソコンならいざ知らず、このアジトにあるスーパーコンピュータならば、ある程度のことが可能だからだ。それでもこの状況、かなりヤバイと感じるほどだった。

 

 

「なら俺らの出番だな!」

 

「おう! 行くぞ!!」

 

「ワシもサポートするかのう」

 

 

 そんな最中、モニターを睨みつけながらキーボードをたたく三人の後ろから、男性の声が聞こえた。その声の主はあの音岩昭夫と獅子帝豪、そしてジョゼフ・ジョーテスだったのだ。

 

 

「アンタらに何が出来るんだ!?」

 

「まぁ見てなって! レッド・ホット・チリ・ペッパー!!」

 

「ハーミットパープル!!」

 

「エヴォリュダーの力、見せてやる!!」

 

 

 千雨はそれに気がつき振り向くと、その三人が機械の方へと近づいてきていた。この三人、一体何をするのだろうと考え、何が出来るかを尋ねたのだ。ハッキリ言えばチャラい男とおじいさん、特に昭夫とジョゼフは機械が得意そうには見えなかったのだ。

 

 だが、そこで昭夫は余裕の笑みを浮かべながら、ならば見ていろとスタンドを繰り出した。同じくジョゼフもスタンドを腕から生やし、機械へと進入させたのだ。加えて豪もすさまじい叫びとともに、機械に手を乗せ念じ始めたのである。

 

 この三人の行動、普通の人間から見ればただの奇行でしかない。実際千雨は意味がわからないという表情で、ポカンとしていたのだった。しかし、転生者であるエリックは、その行動の意味にすぐさま気がついた。

 

 

「そうか! チリペッパーは電気となってネット内部に潜入出来るのか! そしてハーミットパープルは遠隔からの機械操作が可能という訳だな!!」

 

「そういうことだ!!」

 

「そして俺のエヴォリュダーの力で、機械の制御が可能だ!!」

 

 

 そう、昭夫の特典(スタンド)はレッド・ホット・チリ・ペッパー。その能力は電線にももぐることが出来るものだ。ならば電気が通った機械の中に進入するなど、たやすいことだ。さらに、それを通じてネット回線へ進入できると昭夫は考えたのである。

 

 加えて同じくジョゼフの特典(スタンド)はハーミットパープルだ。基本的な能力は念写だが、その茨状のスタンドを使ってゲーム機に仕掛けがないかを探るぐらいは可能だった。また、その応用でゲームのコントローラを手を使わずに操ることが出来た。それを応用すれば、多少なら機械操作が出来るだろうと、ジョゼフは考えたのだ。

 

 それがわかったエリックは、なるほどと納得し、それならいけるかもしれないと思ったようだ。さらに豪が、エリックの説明がなかったので自分から説明を始めてた。豪の能力はエヴォリュダー獅子王凱の能力だ。エヴォリュダーの能力のひとつに、機械へのハッキングを有していた。手で触れただけで、機械にアクセスし、自分の体のように操れるのだ。それを用いれば、敵に乗っ取られた麻帆良の管理システムも、奪還出来ると考えたのである。

 

 

「なんだかさらに訳がわからねーことを……」

 

「まあ、魔法があるんですから別に驚くことではないでしょうけどね」

 

「そ、そうか!? そう言う問題か!?」

 

 

 そんな説明を聞いた千雨は、またしても意味がわからないことだと考えた。確かに魔法というものが存在したし、あのカズヤと法も不思議な力を持っていた。それでもさらに増える謎の力に、頭がおかしくなりそうだと頭を抱えていたのだった。

 

 そう落ち込む千雨に葉加瀬は、魔法が存在するなら驚くこともないだろうと話した。葉加瀬もあの三人の不思議な力には、多少なりに驚かされた。ただ、魔法がこの世界にあるんだから、そう言うのもあるのだろうと納得したのである。

 

 しかし、そう言う問題なのだろうかと、千雨は考えた。千雨は普通を好む人間だ。魔法があったのなら仕方ないと考えていたが、さらに別の異常が近づいてきたのだ。

悩まないはずがないのである。

 

 

「よっしゃぁ! ネット内への進入に成功!!」

 

「ヴィジュアル的に海が広がっているな。電子の海とはよく言ったものだぜ」

 

「そうのんきにはしてられんようだぞ……!?」

 

 

 そうこうしている内に、三人はネット内への進入に成功した様子だった。豪は意識をネット内へと進入させ、残りの二人はスタンドを侵入させたのだ。そのネット内の様子はまるで海で、昭夫が電子の海だと語っていた。だが、そんなところに黒い影が、その近くに現れたのである。

 

 

「ようこそ、ようこそ。クックックッ! ようやく来てくれたなぁ! 俺の独壇場、電子の海中へ!!」

 

「テメェがサイバー攻撃している張本人か!?」

 

「ヤツもネット世界にダイブ出来るのか!!」

 

 

 そのネットの海の中で、胡坐をかいて腕を組む一人の男。全身黒の鎧を身にまとい、顔は隠れて見えなかった。男はまるで三人が、ここへやってくるのを待ちかねていたかのような、かなり余裕の態度を取っていたのである。

 

 昭夫はその男を見て、こいつがサイバー攻撃している敵だとわかったようで、意識的に警戒していた。豪はこの男もネットへ進入できる力を持っていることに、多少驚きを感じていた。

 

 

「そのとおりよ! 俺はネット世界に意識をダイブさせ、その内部を支配できるのだ!! くたばれ!!」

 

「ちぃ! 何だこの攻撃は!!?」

 

 

 この男が言うには、ネットへ進入でき、さらに内部を操ることが出来るらしい。そう説明を終えた男は、突如として背後から空間を開き、ポリゴンで形作られた生物を放出し始めたのだ。一体なんだというのか、その攻撃の意図を昭夫は考えた。

 

 

「ブレイン博士! 今度はウィルス攻撃が始まったようです!!?」

 

「何!? まさか学園の結界を落とすだけでなく、システムそのものまで破壊するつもりか!!?」

 

 

 男が放ったポリゴンの生物、それはウィルスだった。麻帆良のシステムをウィルスで完全に破壊しようと、男が攻撃してきたのだ。まさかそこまでするとはと、エリックも焦りを感じていたのだった。

 

 原作では結界を落とすことだけを目的としており、麻帆良への直接的な破壊行動は存在しなかった。だが、ビフォアは違う。ビフォアは麻帆良の乗っ取りが目的でり、その障害を破壊することに躊躇いが存在しない。一度破壊して、再び自分好みに改造した方が楽だと、ビフォアは考えているからだ。

 

 

「ウィルス攻撃だと!?」

 

「そうさ! 別に結界を落したままにしておく必要はない! システムを一度ぶっ壊し、俺が新たに作り直せばよかろうなのだ!!」

 

「そう言うことか!! だがそうはさせねぇぜ!! チリペッパー!!!」

 

 

 ウィルス攻撃だと聞かされた昭夫たちは、これはまずいと考えた。システムをウィルスに犯されれば、完全に破壊されて復旧すら出来なくなるからである。さらに、修復には時間がかかり、それでは麻帆良の結界の再構築にも時間がかかってしまうだろう。そうなれば麻帆良を危険にさらすことになる。それはあってはならないことだと、豪も焦りながらも考えていた。

 

 しかしビフォア側は違う。結界などの麻帆良のシステムなど、ビフォアには不要なのだ。それは一度破壊して作り直せばよいからだ。また、破壊してしまえば復旧など絶対に出来ない。そうすればビフォアは大きく有利になれるのである。それを全て担うのが、このネットへ進入できる男だ。男はネット内に進入し、麻帆良のシステムにハッキングを仕掛け、攻撃したのだ。

 

 だが、そうはいかない。そうはさせない。昭夫はレッド・ホット・チリ・ペッパーをたくみに操り、そのウィルスへと攻撃を開始したのだった。

 



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九十一話 光の柱

 夕日がだいぶ傾き、夜がすぐそこまでやって来ていた。誰もがロボの優勢に苦しい戦いを強いられつつも、持ち前の元気で押し返そうと頑張っていた。そのイベント参加者の群れから少し離れたところで、熱海数多の姿があった。数多は大量にやってくるロボを殲滅しつつ、あるものを探していたのだ。

 

 

「あの野郎が出てくると思ったが……、姿形はおろか影すらねぇ……」

 

 

 数多が言う”あの野郎”とは、昨日戦ったコールドと言う男のことだ。あの男は”この程度では我々を止めることは出来ない”と言った。つまり、何かしらの組織で動いているということをほのめかしていた。だから数多は、コールドと言う男がこの戦いに参上し、攻撃してくることを警戒していたのだ。

 

 だが、この戦いではコールドと言う男はまったく姿を現さなかった。このロボ軍団が何者かの攻撃だとしても、それとコールドとは関係ない可能性があると、数多は考え始めていた。それはそれで、かなり危険なことだと、数多は考えマズイと思っていた。

 

 

「まあいいか! んならこいつらをぶっ潰すだけだ!!」

 

 

 しかし、居ない敵を探しても仕方がない。確かに懸念する材料ではあるが、それなら目の前の敵を倒した方がよい。逆に考えれば強敵が減ったのだ。どこかで現れるかも知れないが、今戦う必要がないなら、それに越したことはないだろう。そう結論に達した数多は、目の前のロボを悠々と倒し始めた。

 

 そんなロボ軍団の攻撃を避けつつ、突撃をかまして戦う数多に近寄る一人の少女が現れた。イベント用の杖を握りしめた焔だった。焔はイベント用の杖を持ちながらも、イベントとは関係なく、ロボ軍団を倒していたのだ。

 

 

「兄さん、怪我してるというのになんと無茶な……」

 

「焔じゃねーか! 別にこの程度なんてことねーさ!」

 

 

 数多は昨日の戦いで怪我を負っていた。重症と言えなくもないそこそこ深い傷だ。その状態にもかかわらず、こんな場所で元気に戦う数多を、焔は多少心配して声をかけたのだ。だが、心配する焔に数多は、この程度の傷は問題ないと笑顔で語り、ガッツポーズをしてみせた。なんというタフなのか、ただのバカなのかはわからないが、とにかく問題なさそうだった。

 

 また、この二人、一応ロボ軍団が敵であると説明を受けていた。メトゥーナトがアスナから情報を得た時、それを伝えられた形だった。焔はさらにアスナから個別に話を聞いていた。その時にひっそりと、このイベント用の杖を貸してもらったのである。

 

 

「と言うか、傷ならギガント様に直してもらうか、来史渡様から薬を貰えばよかったものを……」

 

「おっちゃんたちは忙しそうだったから、話しかけられなかったのさ」

 

「この状況だからか」

 

 

 その数多の発言とポーズに、若干呆れた焔はそれを露骨に表情に表していた。また、怪我ならばギガントならすぐに治してくれるだろう。ギガントは治療に長けた魔法使いだ。頼めば治療してくれたはずだと、数多へと話しかけた。加えてメトゥーナトは普段から治療のための薬を常備している。それを貰えば傷など治っただろうと、焔は考えたのである。

 

 そこで数多は、自分も同じことを考えギガントやメトゥーナトへ会いに行ったが、なにやら多忙な様子だったので、諦めたと理由を話した。それを聞いた焔は、確かにこんなロボ軍団だらけの状況だ、忙しくても仕方がないと考えた。

 

 

「ところで、そっちの状況はどうなんだ?」

 

「特には……。ただ、敵の数が減らないのが気になるところだ」

 

 

 そこで今度は逆に数多が、焔のことを聞いてきた。焔はふと考えたが、別に特に何かがあった訳ではないと考えた。ただ、敵の新しい攻撃で、参加者がかなり減ってしまったことを懸念するぐらいだと思っていた。が、それ以上に気になることがあった。それは敵の数が一向に減らないことだ。事実、多くのロボを倒したはずなのに、ロボの数は均衡を保っていたのだ。

 

 それは地下でロボが生産されているからなのだが、数多も焔もそれを知るよしはなかった。というのも、このイベントが敵の攻撃だということは教えられたのだが、ロボが工場で生産されているということは、二人に伝えられていなかったのである。

 

 

「確かにまったく減らねぇな……。まるで増えてるかのようだぜ」

 

「あながち間違えではないかもしれない……」

 

 

 敵の数が減らない。それを聞いた数多は、敵が増えているのかもしれないと考えた。それが事実なのだが、そのことを知らない数多は、そのことを冗談っぽく言っていたのだった。しかし、焔は敵が増えるということに、当たっているかもしれないと考え、少し考え込む素振りを見せていた。

 

 

「まあ、それならそれで倒し続けるまでだぜ!」

 

「現状を考えるならば、粘るしかないか……」

 

 

 そうだ、それなら倒して倒して倒しまくる。ただそれだけだと、強く発言する数多。焔もこの現状、こちらがやられないように戦い続けるしかないと考え、数多の言葉を肯定していた。

 

 

「つーか、そっちも無茶すんなよ? 命の危険がないとは言え、何が起こるかわからねーからな」

 

「別に問題はない。この杖ひとつあれば十分だ。それに、今なら”炎”を出せる」

 

「ああ、世界樹の魔力でか」

 

 

 そこで数多は、こっちの心配もいいが自分の心配もした方がいいと、焔へと注意した。一応イベントと言う扱いで一般人も戦っている。それゆえ命のやり取りはない。だが、それでも何が起こるかわからない、万が一だって存在すると話したのだ。

 

 しかし、焔は問題ないと断言した。それは、イベント用に使われている杖を使えば、大抵のロボは機能停止に追い込めるからだ。さらに今なら世界樹が放出する魔力により、魔法適正があがっている。それにより、炎を操ることが可能なのだ。

 

 数多はそれを聞いて頷いて納得していた。そこで世界樹の魔力が満ちる時、焔はいつも快適そうにしていたのを思い出したようだった。

 

 

「そうだ。おかげで()()()に居るのとあまり差を感じないのだ」

 

「そうなのか。俺は魔法ってやつが使えねーんでよくわからんがよ」

 

「……魔法よりもある意味すごい力だと思うのだが……」

 

 

 世界樹の魔力により、今の焔は魔法世界に居る時と同じぐらいの調子を取り戻していた。旧世界へ来たために、低くなってしまっている魔法適正もほぼ戻っており、絶好調の様子を見せていたのである。ただ、数多は魔法使いではないので、そういう部分はあまりよくわからなかった。それでも、焔の調子がよさそうなのを見て、笑みを浮かべたのだ。しかし数多がそうは言うが、彼自身の能力は魔法よりも特異でとんでもないものだと、焔は呆れた表情で言葉にしていた。

 

 

「それにアーティファクトも使えば問題ないだろう」

 

「親父と契約したヤツ?」

 

「そうだ」

 

 

 また、焔にはアーティファクトがあった。それは義父たる龍一郎と契約したものだった。数多も焔が龍一郎と仮契約していることは知っていたので、それかと思い腕を組んでいた。だが、そのアーティファクト、効果が自分の能力を高めるタイプのものだった。だから魔法適正が下がっている状態では使えなかったのである。それでも今は世界樹の魔力が溢れている。この状態ならば、そのアーティファクトも使用可能というワケだったのだ。

 

 

「だが……」

 

「ウオッ!?」

 

 

 そう会話していた焔は、不意に数多へ杖を向けて呪文を唱えた。一体どうしたというのか。敵はロボ軍団のはずだが、杖は数多へ向けられていた。数多はその行動に驚き、とっさに首を横へと傾けかわす仕草をしたのだった。

 

 

「別に使わずとも、平気だ」

 

「おいおい、後ろに敵が居たなら言ってくれよ!?」

 

 

 今の焔の行動、別に数多を狙ったわけではなかった。数多の後方で攻撃態勢となったロボへと、その杖を向けていたのだ。数多はそれに気がついたからこそ、首をかしげてそれをかわしたということだったのである。

 

 焔は敵のロボへと今の攻撃が命中したのを見て、したりと言う顔で唇を片方に吊り上げていた。しかし、そんな焔へと数多は文句を飛ばしてたのだ。何せ数多も一瞬何事かと思ったので、多少焦ったからである。

 

 

「兄さんなら勘付くと思ったし、それに避けただろう?」

 

「信用してくれんのはありがてーけどよー!」

 

 

 そんな数多の文句に、しれっと答える焔。焔は数多が自分の考えに気がつき、避けてくれると思ったのだ。そして確かに数多はそれを察し、しっかり避けたのである。ただ、このイベント用の杖から発せられる魔法の光は、人体に影響がない。焔はそれを知っているからこそ、このような行動をしたのである。

 

 数多も焔からの厚い信頼を受けていたことに、非常に嬉しい気持ちになっていた。それはたとえ血がつながらずとも、いや、むしろ血がつながっていないからこそ、兄として、妹から信頼されるというのは嬉しいものだからだ。だが、数多も流石に無茶だと思ったようで、それでももう少しやり方ってものがあるだろうと、焔を窘めるように話していた。

 

 

「むっ、また敵が増え始めたようだぞ」

 

「おう、敵さんは休ませてくれねーみてーだな……!」

 

 

 そう二人が会話しているところへ、さらなるロボ軍団が現れた。二人は出現したロボ軍団の方へと向きなおし、グッと手に力を入れていた。しかし、焔はあまりの敵の数に、少し呆れた表情で、よくもまあ、こんなに用意したものだと思っていた。逆に数多は更なる敵の出現に、熱い気持ちになっていた。それは表情に表れており、眼から火が出る勢いだった。

 

 

「おっしゃっ! 俺は先に行くぜぇ!!」

 

「傷が治ってないんだから気をつけるんだぞ」

 

「ハッ! そっちもな!!」

 

 

 そこで数多は先制して、ロボ軍団の増援へと突撃して行った。そんなバカみたいに元気な数多に、焔は怪我しているのだからと注意を促していた。数多も同じく焔へと、敵の攻撃に注意するよう呼びかけていたのだった。そうして兄妹のひと時の会話は終わり、再びロボ軍団との戦いが始まったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 カズヤはロボ軍団との戦いで、敵がまったく減らないことに疑問を感じ始めていた。かなりの数のロボを蹴散らし砕いてきたはずだが、敵の数は常に一定だったからだ。そこで敵の数が減らないことに苛立ちを感じ、そのことを法へと文句を言うように叫んだのだ。

 

 

「おい! 敵の数が一向に減らねぇぞ!!」

 

「あのロボどもは工場で生産され続けているらしい」

 

「何!? それじゃ減るわけがねぇじゃねーか!」

 

 

 ロボは工場で今も生産され続けている。その生産されたロボが増援として現れる。これではいくら倒しても数が減らない。確かにいずれは材料の枯渇などで生産が止まるかもしれない。だが、それを待って居るだけの戦力は、こちらにはもう残っていないのだ。

 

 それをカズヤへと法が教えると、大声で叫びながらも納得していた。アレだけの数のロボを倒しても、なお底が見えないのだから当然だ。

 

 

「チィッ、他の連中も結構疲弊してきてやがる……。このままじゃ埒があかねぇ!!」

 

「だが、我々はロボを倒し続けるしかないだろう!?」

 

「ハッ! 何言ってやがる!!」

 

 

 また、周りを見ればイベント参加者たちは多少なりに疲れを見せていた。敵は減らないが仲間が減るこの状況では、精神的にも肉体的にも疲労するのは当然のことだった。このままではマズイとカズヤは考えるも、法はこのままロボを倒し続けるしかないと判断していた。しかし、ああしかし、カズヤは違った。強気の表情で、今の法の言葉にアホ抜かすなと叫んだのだ。

 

 

『おい! おっさん! 工場の場所を俺に教えろ!! 知ってるんだろ?!』

 

『何!? 確かに知っているが一体……』

 

『いいから教えろ!』

 

 

  カズヤはおもむろに通信機でアジトへと通信すると、突然エリックへとその工場の場所を乱暴に聞き出した。確かにエリックはその工場の場所を知っていた。しかし、それを聞いてどうするのか、まったくわからなかった。それでもカズヤは教えろと、強く叫んでいたのだ。

 

 

『教えるぐらいは出来るが、工場の入り口はロボの警備が厳しい上に、狭く入り組んでるんだぞ!?』

 

『そっちじゃねぇ! 工場がある場所の真上だ!』

 

 

 ならば答えようと考えたエリックは、その質問に”工場へ通じる通路”の場所を教えようとしていた。ただしそこは敵地ゆえに、非常に警備が厳重だとカズヤへと話した。しかも迷路のように入り組んだ下水を通り、地下深くにある工場まではかなりの距離があった。エリックが工場の場所を聞いて、何をするのか理解出来なかった理由はそこにあったのである。

 

 だが、カズヤが聞きたかったのはそこではなかった。カズヤは”工場が存在する場所”そのものが聞きたかったである。それは単純に言えば、地下に存在する工場の真上、その地表の地理だった。

 

 

『真上!? 地図上での位置のことか!? しかしそれでどうするというのかね!?』

 

『真上から叩き潰す!』

 

『そんなことが可能なのか!? 第一相当深い場所に工場は建設されているんだぞ!!?』

 

 

 真上と聞いてエリックも、そのことを理解した。しかし、それでどうするのかがまったくわからなかった。そこでカズヤは真上から叩き潰すと、叫びに似た声で断言したのだ。エリックはそんなことが出来るはずがないと考え、非常に驚いた様子を見せていた。ロボ工場は地下の地下、相当深い場所に存在する。それを真上から強引に地面を掘り進むなど、到底不可能だと思ったからだ。

 

 

『んなこたぁわかってる! いいから教えろ!』

 

『しかし!』

 

『今もこうやって居るうちに、ロボは増え続けてやがる! そうやってまごついてる間に、状況が悪くなるってのがわかんねぇのか!!?』

 

 

 それでも、それでもカズヤは教えろと叫ぶ。今こうしている間にもロボは増え続け、味方の数が減っている。このままではジリ貧だ。状況は悪化するのみで、まったく良い方向に進まない。だからこの状況を打破するには、それしかないと考えていたのだ。

 

 

『まさか……、そんなことが本当に可能なのか!?』

 

『出来るとか出来ないじゃねぇ! やるんだよ!! でなきゃこっちが負ける!!』

 

 

 エリックはそう叫ぶカズヤに、そんなことが出来るのかと驚きつつ質問していた。確かにカズヤの能力は強力だ。自信があるからそんな策を実行するのだろうと思ったのだ。しかし、カズヤにもそれが出来るかはわからなかった。ただ、やれることもしないでに慌てているだけじゃ、何も解決しないと強く思っていた。やりもせずにウダウダしているのなら、やった方がいい。カズヤはそう考えていたのだ。

 

 

『……わかった、教えよう』

 

『うれしいねぇ!』

 

「カズヤ! 何をするつもりだ!?」

 

 

 エリックはカズヤの覚悟を聞いて、その場所を教えることにした。カズヤはそのことに表情を緩ませ、エリックがその場所を話すのを待っていたのだ。また、法は今の会話を遠くで少し聞いていた。それで法は、カズヤが何をしようとしているのかを聞き出そうとしたのである。

 

 

「決まってんだろ? 敵の工場とやらを真上から叩き潰す!!」

 

「馬鹿な……!? そんなことが……!」

 

「止めるなよ! ここでやらなきゃこっちが押し潰されちまう!」

 

 

 法の質問に力強く答えるカズヤ。このまま工場を叩き潰すと宣言してみせた。法はそれに多少驚きを感じたが、カズヤがやりそうな手だとも思った様子だった。こんな無茶なことを言い出すなど、と思いながらも、カズヤだからこそ出る言葉だと、そう法は考えていた。そこでカズヤは、法がそんな無茶を許すはずがないと考え、止めるなと叫んだのだ。

 

 

「……いや、俺も行こう。どの道このままでは、全員疲弊しきってしまうだろう」

 

「なんだ、アンタも来るのか! だったら遠慮なんていらねぇな!!」

 

『ブレインさん、俺にも工場の位置を教えてほしい』

 

『わかった、今教えるぞ!』

 

 

 だが、法はその作戦に乗り出した。この悪い状況をひっくり返すには、もうそれしかないと思ったのだ。カズヤはそんな法の意外な言葉に驚きながらも、ならば遠慮なく本気を出せると考え、唇の端を吊り上げていた。法もそれならばと、エリックへ工場の場所を教えてほしいと頼んでいた。エリックはそこで、二人に工場の場所を教えたのだ。

 

 

「へっ! あっちか! んじゃ本気を出すぜ!! シェルブリットォォォォオオオォォッ!!!」

 

「ああ、こちらも本気でかかるしかあるまい! 絶影!!!」

 

 

 その場所を聞いたカズヤは、雄たけびをあげて本気の本気を見せようとしていた。地面が抉れ虹色の粒子となり、腕は一度分解され再構築されていく。そして、右腕のある場所に巨大な黄金の腕が現れたのだ。中央にジグザグに入った筋、手の甲にはシャッターのようなパーツ、背中には一枚羽のプロペラ。これがカズヤのアルター、シェルブリットの本気の姿だ。

 

 また、法も本気を見せていた。人型の絶影の半分隠れた頭部が全て露となり、突如銀色に輝きだした。両腕の拘束をとくように体が肥大化し、巨大な尾が長々と伸びる。そして銀色の光がガラスのように砕けると、そこには真なる絶影の姿があった。大蛇のような尾、拘束をとかれた両腕、さらにその脇に生える二つのドリル状の剣。これこそが法のアルター、絶影の真の姿だ。

 

 カズヤは拳を人差し指から小指へと順に握り締め、その強く握った拳を地面へとたたきつけた。するとその衝撃で、高く上昇したのである。そして背中のプロペラを回転させ、銀色の粒子を噴出させ加速したのだ。法も絶影の尾へと立ち、そのままスケートボードを操るように、上空高く舞い上がった。両者はエリックから教えられた目的地へ目掛け、一直線に飛んでいったのである。

 

 

「あそこか! 行くぜェェェェェッ!!」

 

「打ち砕くッ!!」

 

 

 その場所は特に何も無い場所だった。多少木々が生えてはいるが、完全に開けた場所だった。この地下に敵のロボ工場がある。カズヤと法は真上から一直線に、地面へと突撃したのだ。

 

 と、そこで二人が輝き始めた。すごい力が体を駆け巡り、それが発光という現象となって現れたのだ。カズヤは黄金の輝きを、法は銀色の輝きを発していた。その迸る力とともに、二人は地表へと落下していったのだ。さらにカズヤは最大の力を発揮するべく、封印されるかのように手首に装備された銀色のバンドを引きちぎり、拳の甲を展開し、圧縮された空気を放出し加速していった。

 

 すさまじい衝撃が大地を揺らす。カズヤの拳が地面へと刺されば、爆撃以上の破壊力でその地面を砕きまわりの大地を浮かしたのだ。法も同じく地面に衝突すると、同じく大地を抉り深々と大地に突き刺さった。

 

 

「輝け! もっと、もっとだ! もっと輝けぇぇぇぇ!!!」

 

「ウオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 二人は地面に衝突しただけだはなかった。そのまま大地をまばゆい光と共に打ち砕き、どんどん地下へと掘り進んでいったのだ。なんと無茶なことだろうか。二人は叫びと似た大地を砕く音とともに、叫び声をあげて地下へと進んでいった。

 

 しかし、その時異変が起きた。二人のそのおぞましい力が、ついに新たな現象を生み出してしまったのだ。それは光の柱となり、天を貫き雲をも突き破り、大気圏へと到達したのである。なんということか、その現象は麻帆良中から見ることが出来た。そして、誰もがその光へと視線を移したのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 その巨大な光の柱は、麻帆良の人々を驚かせるには十分なものだった。誰もがその光の柱を驚きの眼で、あるいは興味の眼で眺めていた。それほどまでに、高く高く伸びる光の柱が、すさまじい光景だったのである。

 

 

「な、何だ!? あの光の柱は!!?」

 

「お、おい!? 一体何が起こってるんだ!?」

 

 

 一般人たちはこの光、一体何が起こったのか理解出来なかった。だが、イベント中だったので、イルミネーションか何かだと考えたようだ。それでもそれは一般人の考え、転生者たちの中にはこの現象を知るものがいたのだ。

 

 

「あの光はまさか……!」

 

「おいおい、無茶苦茶だな……」

 

 

 錬とムラジもその現象を見て、驚きを隠さなかった。二人はその減少が目に留まったことにより、一時的に戦闘を中断していた。二人が戦闘を中断するほど、光の柱に驚いていたのだ。なんとう無茶をするのか、その光が意味することを知っていた二人は、この麻帆良に何も起こらないことを心配していた。

 

 

「あの二人、一体何を……!?」

 

「なっ!? 何やってんだアイツら!!」

 

 

 また、その光は超のアジトでも見ることが出来た。それを見たエリックと葉加瀬は、その現象に目を奪われた。千雨も同じくその現象に驚き、あの二人がムチャクチャなことをやったのだと、またしても頭を抱えたのだった。二人がでたらめなのは今に始まったことではない。千雨もそんなことなど百も承知だ。だが、ここまででたらめだったとは、創造していなかったのである。

 

 

「な、なんですか、この数値は……」

 

「どうした!?」

 

 

 そこで葉加瀬がその光の柱を調べていた。そして、その結果に驚愕し、大声を出していたのだ。エリックはそれに気がつき、一体どうしたのかとそちらへ目を移していた。

 

 

「あの光の柱から、すさまじいエネルギーが感知されました……!!」

 

「な、なんということだ……」

 

 

 なんと光の柱からは、莫大なエネルギーが検出されたのだ。そのエネルギー量は半端ではなかった。だから驚いたのだ。ただ、そのエネルギーが二人が放出したものなのか、その光の柱そのものから放出されているのかまでは、葉加瀬にはわからなかった。

 

 しかし、エリックはある程度その結果が予測は出来た。エリックもまた転生者だ。その光の柱の現象を、多少なりに知っていたのだ。だからエリックは、その光の柱を眺めながら、呆然とするしかなかったのだった。

 

 

「あーあ……。やっちまったな、カズマぁ……」

 

 

 そして、その現象を最も知るものが、建物の屋根の上でたたずんでいた。腕を腰に当て、少し猫背気味な体勢で、光の柱を眺めていた。そして、ふざけた発言とは逆に、真剣な表情でこの現象を起こした張本人の名を、少し間違えて呼んでいた。それは直一だった。直一もカズヤと法が持つ特典と、同じ原典の特典を持っていた。だからこそ、その現象の恐ろしさとすさまじさを同時に理解していたのである。もはやこうなってしまってはしかたがない。後は何も起こらないことを、ただただ願うだけだった。

 

 

「な、なんじゃあの光の柱は!?」

 

「あれは一体……!?」

 

 

 さらに、その現象は学園長とエヴァンジェリンも目撃していた。あの光は一体なんだ。長年生きてきた学園長も、あのような現象など見たことが無かったのだ。エヴァンジェリンも同じく、あの光の柱は一体なんなのか、理解できずに居た。世界樹の大発光などとは違う、禍々しい光の渦に多少なりと驚愕していたのだ。

 

 

「やはりやってくれましたか。待っていた甲斐がありました」

 

「何!? まさかあれがお前の目的か!?」

 

 

 しかし、そんな時でも冷静さを失わず、むしろ嬉しそうにその光の柱を眺める男が居た。坂越上人だ。上人はさらに、その現象こそが待ちに待っていたものだと、悠々と語っていたのだ。そこでエヴァンジェリンは、上人の目的の現象があの光の柱だったことに気がついた。そして、上人がこの現象が起こることを、さも知っていたかのような態度に、多少不思議に思ったようだった。

 

 

「フフフフフ、そうです。あれこそが私がもっとも見たかった現象。そう、あの光の柱こそが、”向こう側”への扉です」

 

「”向こう側”だと!?」

 

「はい、そうです」

 

 

 上人は今の現象を見れたことがかなり嬉しかったらしく、クツクツと笑っていた。さらに、上人は今の光の柱を『”向こう側”への扉』と称したのだ。その向こう側の扉とは一体なんなのか、エヴァンジェリンにはわからない。ただ、そう言う名であることを、上人から聞かされ復唱していたのだった。上人はそんなエヴァンジェリンに、正解と言いたげな表情で、愉快に笑っていたのだった。

 

 

「その向こう側とは一体……!?」

 

「それは教えてあげません」

 

「ふん、だと思ったよ」

 

 

 向こう側、それは一体なんなのだろうか。そのことを知らぬ学園長としては、当然の疑問だった。ゆえに学園長はそのことを上人へと訪ねたのだ。あの現象が危険だとすれば、学園に影響を及ぼす可能性があったからである。

しかし、上人は意地悪な表情で、教えないと言葉にしていた。なんという憎たらしい男だろうか。それでもエヴァンジェリンは、答えが聞けるなど思っていなかったらしく、腕を組みながらやはりそうかと思っていたのだ。

 

 ――――向こう側の領域。それはスクライドにてアルター能力の起源と呼ぶべき世界。アルター使いはその向こう側へ無意識にアクセスすることにより、自分のエゴを構築し実体化させていた。そして、その向こう側には道のエネルギーが存在し、莫大なエネルギーが眠っているとされている場所でもあった。そのエネルギー量は大地を押し上げ、神奈川県ほどの大きさの島を作り出すほどなのである。

 

 だからこそ、それを知るものたちは恐れた。光の柱という形で発生する、向こう側の扉。それが開かれた時、大地を揺るがし大隆起現象が起こる可能性があったからだ。しかし、今はただ、小さな扉しか開いてはおらず、その兆候は見られなかった。

 

 また、向こう側の領域につながる扉を開けるのは、強力なアルター使いが必要だった。スクライドにてその扉を開いた存在、カズマ、劉鳳。その二人の特典を持つカズヤと法が力を最大に使えば、扉を開くことが可能なのは、必然だったのである。

 

 つまり、アルター能力が存在しているということは、”向こう側”にアクセスしている証拠。そして、アクセス出来ているならば、必ず”向こう側”が存在するということだ。上人はアルター能力を持つ転生者を見た時、それを理解したのである。

 

 上人はそれを知っていたからこそ、その二人に目をつけていた。さらに、この現象を確認するためだけに、わざわざ麻帆良へとやってきたということだったのだ。そして、この現象を起こすにはカズヤと法を追い込む必要があった。ただ、追い込むのならば何でも良かったので、最悪自らが行動して、二人をギリギリまで追い込めばよいとも考えていた。だが、その必要はなかったことに、上人は大変喜ばしいことだと感じ、ほくそ笑んでいたのだった。

 

 しかし、この現象を確認したところで、一体何をしようと言うのか。それは、上人にしかわからないことであろう。

 

 

「これで私の目的は達しました。後はビフォアが負けるか勝つか、それをひたすら待つだけです」

 

「……私は今すぐこの場から消えてもらいたいがな」

 

「まぁそう言わずに、もう少し付き合っていただきますよ」

 

 

 上人は自分の目標が達成したことで、ビフォアの勝敗などどうでもよくなっていた。いや、最初からビフォアの計画など、関係のないことだった。そんな風に余裕の態度で今の気分を満喫する上人へ、エヴァンジェリンは今すぐこの場から消えてほしいと心から思っていた。ハッキリ言えば腹が立つ。本当に人をイライラさせるのがうまいやつだと、エヴァンジェリンは上人を評価していたのだった。

 

 上人はそうエヴァンジェリンが怒りを抑えて冷静な振る舞いをする姿を見て、さらに癇に障るような態度で、もう少しこの場に残ると話していた。ビフォアの計画などどうでもいいが、一応与えられた任務は全うしようという、上人なりの義務感だったようだ。まあ、それもエヴァンジェリンや学園長には非常に迷惑なことなのだが……。

 

 

…… …… ……

 

 

 カズヤと法はすさまじい力を発揮しながら、大地を砕き掘り進んでいた。途中遺跡のような開けた空間もあったが、そんなものはお構いなしに、ただひたすらロボの工場を目指していた。そして、ついに二人は地下深くに存在する、ロボ工場へと進入したのだった。

 

 

「こいつが!」

 

「ロボの工場か!!」

 

 

 そこにはロボを生産する光景が広がっていた。無人でありながら規則正しく動く機械。組み立てられていく多くのロボ。建造される巨大ロボの数々。明らかにおぞましい光景だった。しかし、ここへ進入できたならばもう終わりだ。そう考えたカズヤと法は、即座に攻撃へと行動に移った。

 

 

「こんな真下からガンつけやがって!!」

 

「破壊する!!」

 

 

 カズヤはこのロボ工場へ、怒りを発散するかのように叫んでいた。こんな隠れえた場所から敵を増やし続ける工場が、かなり気に入らなかったようだ。法も冷静な言葉遣いをしているが、内心は怒りに溢れていた。ロボ工場があるから敵が増え続け、その敵は守るべき麻帆良を攻撃してきている。そんな悪行三昧を許す訳には行かぬと、法は思っていたのだった。

 

 

「ウルウウオォォオオォォラァァアアアァッ!!!」

 

「絶影!!!」

 

 

 カズヤは空中で数回回転すると、その拳を前へと放つ。するとそこからすさまじい拳圧が発生し、それは目の前の機械の群集へと命中し、その周囲の機械を吹き飛ばしたのだ。法もすでに攻撃へと移り、絶影の両脇に存在する第二の拳、ドリルのような、マイナスドライバーのような形状の、剛なる拳臥龍と伏龍を飛ばしていた。その二つの拳は縦横無尽に飛び回り、機械や建造中のロボを切り裂き、または貫き破壊しつくしたのだ。

 

 

「まだだ! 全部ぶっ壊してやるッ!!」

 

「砕け散れッ!!」

 

 

 それでもまだ破壊し足りない二人は、ロボ工場を最大の力を使い、粉砕していった。どれほどまでの力を使えばこれほどの破壊活動が可能だろうか。ロボ工場はまるでミサイル攻撃を受けたかのように、見るも無残に破壊されつくされていた。それでもなお、二人は徹底的に、もう二度と使えないよう破壊の限りを尽くしたのだった。

 

 その破壊活動が終わると、銀と金の光の線となり、地上へと戻っていった。だが、今の破壊活動で二人はかなりの能力を消費してしまったようで、アルターを解除して苦しそうに息切れを起こしていた。

 

 

「ハァハァ……、ウッグ……」

 

「クッ……。これが力を使いすぎた代償か……」

 

 

 二人は地上に着くと、膝を曲げて体中から倦怠感を感じていた。しかし、そこで膝を地につかせずに、なおも立ち上がろうと力を振り絞っていたのである。ここで膝を着くわけには行かないという、途方も無い執念が、二人をそうさせていたのだ。

 

 ただ、それでもカズヤは右腕を押さえ、激痛を感じているかのような苦悶の表情でこらえていた。あのシェルブリットの第二形態は、使用者に途方も無い負担がかかる。何度も使えば腕が侵食され、ひび割れたように黒い筋が腕全体に広がり続け、痛みを伴うようになるのだ。

 

 

「そんなことは、どうでもいい……。まだ敵は残ってる。全部まとめてぶっ壊す!!」

 

「カズヤ!? 貴様まだ戦うというのか!?」

 

 

 そんな状態にも関わらず、カズヤはしっかりと力強く二つの足で大地を踏みしめ、再び立ち上がったのだ。まだ喧嘩は終わっちゃいない。ロボの生産は止まったが、残ったロボの数はいまだに多く存在する。それを全て倒しつくすまで、倒れることを許さないのだ。また、法もカズヤの能力と、それを使うことによる代償のことを知っていた。だからそれでも戦い続けようと立ち上がるカズヤに、驚きを隠せなかった。

 

 

「とーぜんのパーペキよ! この喧嘩、最後まで付き合うって決めたんでな!!」

 

 

 当然戦う、そうカズヤは断言した。もはや、カズヤには腕の痛みなど関係なかった。本当はとても痛く、動かすことすら苦痛だというのにだ。それでも、それでもカズヤは戦いをやめようとしない、やめる気などさらさらない。それは千雨から呼ばれ協力を受けた時から、この()()に最後まで付き合うと決めたからだ。一度決めたら迷わない。決めたことは最後までやる。それがカズヤが一番守るべき、自分に課したルールだった。

 

 カズヤはスクライドのカズマの能力をもらった、元一般人の転生者だ。スクライドのカズマではない。そのカズマのように”抗い続ける”ことなど出来はしない。カズマのような、強く逞しく一途で、破天荒で他人に媚びない生き方など、絶対に出来ない。それは当然のことだ。環境が違う、考え方が違う、生き方が違う、進むべき道が違う。何よりも、ただの一般人だった転生者が、その作品のキャラクターに完全になりきれるなど、到底不可能だからだ。

 

 それでも、そうなりたいからこそ、その能力をもらったのがカズヤだった。そのカズマに成り代わることは出来ないが、心を強く持つことは出来る。だからこそ、自分が決めたことならば、最後までそれを貫き通す。せめてそのぐらいは、やり通したかった。チンピラのように生きてきたが、それでもカズヤは必死だった。自分より強い相手と、何度もぶつかっていった。自分に負けぬよう、努力してきた。そして、それをやり通すぐらいに、強くなったのだ、ひたすら前に進むために。

 

 

「フフフッ、そうか……。ならば俺も戦わねばならないな」

 

 

 その強い意志を秘めたカズヤの眼、それを見た法はカズヤから視線をはずし下を向いて笑い出した。そうか、この男は強くなろうと強がっているのか、あがいているのか。そして、そうであるために、今も痛みに耐えながらも、信念を貫き通そうとしているのか。そう考えた。

 

 正直言えば、法はこの状態で戦いなど厳しいと考えた。カズヤほどではないにせよ、能力の使いすぎで体がうまく動かないのだ。それでも隣の男は、自分以上に苦しい体を押してでも、再び戦場へと立とうとしている。なら自分も戦わなければならないだろう。ここでこの男に負けることは、絶対に許されないことだ。そう、法は強く思った。

 

 法もまた、スクライドの劉鳳のようになりたかったからこそ、その特典を選んだ男だ。それでもやはり法は劉鳳にはなれなかった。いや、最初からわかりきったことだった。それでも自分なりに、そうであろうと振舞ってきた。そうであろうともがいてきた。しかし、しかしだ、そんなものは上っ面でしかない。表面だけが似ていても、意味なんてないのである。法はカズヤと出会うことで、それに気がついた。気がつけたからこそ、今の法がここに居るのだ。だからこそ、法はひたすら前に進めるのだ。

 

 ――――横の男はなおも立ち上がる。自分はもう駄目だ。苦しい、逃げたい。そんな弱気な思考が頭をよぎる。しかし、横の男は自分以上の苦痛と戦っている。今にも折れそうな気持ちと足を、信念で固めて立ち上がっている。ならば自分はどうする。今ここで折れてしまえば、二度とこの男と肩を並べることなど出来ない。ライバルにはなれない。そうだ、ここで自分に負けていては、この横の男に顔向けなど出来るはずがない。

 

 まだ終わっていない。麻帆良は安全ではない。ならばどうする。そんなことは決まっている。麻帆良を守るために、全ての敵を断罪し殲滅する。ただそれだけだ。そうだ、それなら立ち上がらなくては。法は折れそうだった心と足を、奮い立たせて立ち上がった。カズヤと同じく力強く、大地を踏みしめ立ち上がった。

 

 

「別にテメェは休んでいてもいいぜ?」

 

「そうも言ってられん! この麻帆良を蹂躙せんとする敵を、壊滅させなければ気がすまない!」

 

 

 折れそうだった法を見透かすかのように、カズヤは挑発的に休んでろと言葉を放つ。だが、法は折れなかった。立ち上がった。だからこそ、麻帆良を蹂躙するロボを殲滅し、再び平穏を取り戻すと宣言したのだ。その言葉を聞いたカズヤは、静かに、法に気づかれないように、小さく笑った。そうだ、それでいい。それでこそ自分が認めた、競い合った男だと、そう言いたげな表情をしていた。

 

 

「そうかい……。だったら行くぜ!!!」

 

「ああ、行くぞ!!」

 

 

 だったら戦おう。戦場に再び赴こう。カズヤは法へ言葉を投げかけ、再びアルターを発現させる。周りの物質をアルター粒子と呼ばれる虹色の物質へと変換し、腕ごと再構成して巨大な黄金の腕へと変化させた。法も再び絶影を作り出し、即座に真なる絶影へと変化させた。そして、両者ともすさまじい衝撃とともに、ロボ軍団が迫り来る戦場へと戻っていったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ロボ工場は破壊された。それはすぐさま超たちに伝えられた。ロボ工場がなくなれば、ロボが増えることはもう無い。今度はこちらが追い上げる番だと、誰もがそう思ったようだ。

 

 

「むっ、ロボ工場が破壊されたようだぜ」

 

「あの二人、無茶するネ……」

 

「でもこれで敵はもう増えませんね」

 

 

 ロボ工場がなければ、もはやロボは有限だ。残ったロボを全滅とは言わずとも数を減らせばこちらが有利に傾くはずだ。カギとネギはそう考えながら、さらに魔法を撃つ速度を上げていった。また、超は二人が無茶をしたことに、よくやったと思うと同時に、少しやりすぎだろうとも考えていたようだ。

 

 

「ダガあの光はいったい……」

 

「すさまじい光の柱でしたね…」

 

「いやな予感しかしねぇ……」

 

 

 しかし、超もネギもあの光の柱が気がかりだった。すさまじい光が天を貫く光景を、ここに居た三人もしっかりと目撃していたのだ。一体何が起こったのか。超もネギもそれがわからなかった。ただ、転生者であるカギだけは、あの光景を知っていた。記憶していた。

 

 

『聞こえるか、二人とも』

 

「うおお!? 今の声、聞こえたか?」

 

「兄さんも!?」

 

 

 そんな時に突然カギは謎の声が頭に入り込んできて驚いた。その謎の声の主はあのエヴァンジェリンだった。カギは今の声がネギにも聞こえたかを尋ねると、ネギも声が聞こえていたようだ。

 

 

「一体どうしたネ……?」

 

「いや、突然エヴァンジェリンが念話してきやがったんだ」

 

「エヴァンジェリンサンが!?」

 

 

 ただ、超には届いていなかったようで、カギの言葉が理解出来なかったようだ。だからそれを聞くと、エヴァンジェリンが念話で話しかけてきたことに、多少驚きがあったようだ。エヴァンジェリンと超は協力と言う関係を結んでいる。それはビフォアを倒すために超がエヴァンジェリンに頼んだことだった。

 

 しかし、エヴァンジェリンに従者として渡した茶々丸は、協力のためのプレゼントと言う意味だけではなく、未来で貰った杖の恩返しの意味も含まれていた。そして、超はエヴァンジェリンのことを信用しているので、音沙汰が無かったことに、何かあったのではないかと思っていたほどだったのである。

 

 

『聞こえているかと聞いている! 聞こえているなら返事をしろ!!』

 

『な、何だ!? 一体どうしたんだ!? というかどうして念話が出来るんだよ!?』

 

 

 そこでエヴァンジェリンは、二人の反応がなかったことに、少し怒気を含んだ叫びを念じていた。エヴァンジェリンは、先ほどから近くで不快にニヤつく上人の相手で、少し苛立ちを募らせていた。なのでカギたちに、少し強く当たってしまったようだった。それに今自分の現状やらを早く伝えたかったので、声を大きくあげたのだ。その頭に響く大声に驚いたカギは、一体何がどうしたのかとエヴァンジェリンへと聞いたのだった。

 

 さらにカギは念話してきたことにも驚いていた。この今の現状なら、明らかに念話妨害がされている可能性があったからだ。それでもエヴァンジェリンが普通に念和してきたことに、カギは何したのかと思ったのである。

 

 

『ああ、念話妨害のことか』

 

『そうだぜ! 妨害されてんだろ!?』

 

『多分な。だが、そんなことはどうでもいいんだよ』

 

『ど、どうでもいいって……』

 

 

 念話妨害がされているのに何故。その疑問にエヴァンジェリンは答える気すらなかった。まるでそこは重要ではないみたいに、どうでもよさそうに言葉を返していた。実際、エヴァンジェリンは特に何もしていない。念話妨害されているのなら、妨害を跳ね除けているだけだった。

 

 念話は文字通り言葉ではなく直接頭に響きかけて会話する魔法だ。念話妨害とは単純にその魔法のみを妨害するものである。でなければ妨害されている領域内で、魔法自体が使えないはずだからだ。

 

 ならばどうやって妨害をかいくぐるかなのだが、エヴァンジェリンは別に面倒なことなどしてはいなかった。エヴァンジェリンは強い魔力を使って無理やり念話をしているだけなのである。さらにちゃんと相手が受け答え出来る様に、念話を飛ばしていたのだ。吸血鬼の膨大な魔力と、世界樹から放出される魔力をブーストすれば、そのぐらい簡単にやってのけてしまうのだ。

 

 まあ、そんなことなどどうでもよいエヴァンジェリンは、さっさと報告するために、カギの質問と驚くネギの声を全て流し、強制的に話の流れを戻したのだった。

 

 

『それよりもだ。坂越とやらが私の前に現れた。思ったとおりだったがな』

 

『えっ!? あの人がそっちに?!』

 

『おいおい!!? 大丈夫なのかよ!?』

 

 

 上人が自分の前に現れた。エヴァンジェリンはまずそれを伝えた。超たちが恐れ警戒していた存在、それが坂越上人だったからだ。だから上人が自分の目の前にいるのならば、多少は大丈夫だろうという旨趣を伝えたかったのだ。だが、カギやネギはその言葉に度肝を抜かれていた。あの上人がエヴァンジェリンを狙って現れたのなら、危険ではないかと考えたからだ。

 

 

『案ずるな。それにヤツは”ビフォアの勝ち負け”などどうでもよさそうだしな。だから念話したのだが……』

 

『なんだそりゃ!? アイツの味方じゃなかったのか!?』

 

 

 そこで二人の心境を察したのか、エヴァンジェリンは安心するよう言葉にしていた。何せあの上人は、戦う気がまったくないらしい。さらにビフォアが勝っても負けても、どうでもよさそうな様子まで見せていた。まあ、そんな態度だからこそ、エヴァンジェリンは隙を見て報告しようと考えたのだが。

 

 エヴァンジェリンの説明を聞いて、カギは上人が一体何を考えているのかわからなかった。ビフォアの味方として存在しているはずの上人が、ビフォアなどどうでもよいと言ったからだ。

 

 

『さあな、あの男が何を考えているかはわからん。だが、ヤツの目的は達成されたらしい……』

 

『目的? 一体なんでしょうか……?』

 

 

 そんなことはエヴァンジェリンにもわからなかった。あの上人の考えなど、考えてもわかるものではない。それに、理解しようとしたくもないとエヴァンジェリンは思っていた。しかし、上人は自分の目的が達成したことを、ご丁寧に話してくれた。その目的が達成されたと聞いたネギは、それが一体何なのか少し考えてからエヴァンジェリンへと尋ねていた。

 

 

『先ほどの光の柱、アレがヤツの目的だった』

 

『先ほどのって、もしかしてあれのことか!?』

 

『……知ってるのか?』

 

 

 上人の目的、それは光の柱のことだ。あの光の柱”向こう側”への扉の確認こそが、上人の目的だった。それを聞いたカギは、さらに驚きの声をあげていた。ただ、それはその現象を知っているかのような物言いだったので、エヴァンジェリンはカギへ知ってるのかと尋ねていた。

 

 

『詳しく話すと長いから後で説明するぜ。つまり坂越とか言うヤツは、もう戦う気はないんだな?』

 

『そのように見えるが、何をしでかすかわからん』

 

 

 カギはあの光の柱を知っていた。転生者たるカギは、やはりあの現象を知っていたのだ。だが、それを説明している時間はあまりない。説明は後回しにして、とりあえず上人が戦う気が無いことを、エヴァンジェリンに確認したのだ。

 

 エヴァンジェリンも説明が長引くならば仕方ないと考え、上人は戦う気がないように見えると答えていた。ただ、あの上人は戦わないという保障などどこにも無い。ゆえに上人が突然何か行動を起こす可能性は存在することを、ある程度ほのめかした物言いとなっていた。

 

 

『やはりエヴァンジェリンさんは、そこに居てもらうしかなさそうですね……』

 

『そうだな、ヤツも私がここに居れば満足のようだし、今はまだ動けそうにない……』

 

 

 上人がエヴァンジェリンを見張っている形であり、エヴァンジェリンが上人を見張っている形でもある。この状況を無理に崩す必要はない。ネギはエヴァンジェリンに、引き続き上人の相手をしてもらうしかないと思ったようだ。エヴァンジェリンも当然そのように考えていた。上人は自分が動かなければ、何もしようとしない様子だったので、ヘタに動くことが出来ないと思っていたのだ。

 

 

『なに、なんだかよくわからんチート野郎が動かんならやりやすくなったぜ!』

 

『確かに、そう考えればそうですね……』

 

 

 しかし、あの上人が動かなければ動きやすい。カギはそう考えた。何せ上人がビフォアの雇った人物の中で、一番強いと考えてきたからだ。それはつまり、ビフォアの切り札でもあると考えられた。ならば上人が動かなければ、それを警戒する必要がなくなるということだ。ネギもそのとおりだと、腕を組んで頷いていた。

 

 

『……とりあえずヤツは私が監視しておく。うまく立ち回れよ』

 

『おう、サンキュー!』

 

『ありがとうございます』

 

 

 エヴァンジェリンは上人の監視を引き続き行うとし、二人に激励の言葉を述べていた。その言葉にカギもネギも、感謝の言葉で返してたのだ。そして念話が途切れ、カギとネギはより一層気を引き締めたのだった。

 

 

「エヴァンジェリンサンはなんと?」

 

「坂越とやらとにらみ合いしてるとよ。そんで動けないらしいぜ」

 

「フム、やはりヤツはあちらに現れたカ……」

 

 

 超は二人がエヴァンジェリンとの念話を終えたことを察し、何を話していたのかを尋ねた。カギはその質問を素直に答え、それを聞いた超はやはりかと言葉をこぼし、納得した表情をしていたのだった。

 

 

「よし、俺は一度戻る! お前ら二人で戦ってくれ!」

 

「え? 兄さん一体何を……!?」

 

 

 ならばもう抑えるのはやめだ。ここからは本気で攻撃しよう。そう考えたカギは、一度戻ると言い出した。一体どういうことなのだろうか。ネギは理解不能と言う表情で、カギに何をする気なのかを聞いていた。

 

 

「俺は龍宮軍曹と長瀬へ加勢しに行く! 後でまた合流しようぜ!」

 

「ちょ、ちょっと兄さん!?」

 

「もう行てしまたネ……」

 

 

 カギはそれなら、今メガネと苦戦している可能性がある真名と楓の下に駆けつけ加勢した方がよいと考えた。あのメガネは明らかに麻帆良アンチ転生者。何を仕出かすかわからないからだ。あの二人ならば大丈夫だと思うが、それでも不安はぬぐえ切れていなかったのだ。

 

 だから二人の無事を確認し、あのメガネを叩き潰そうと考えたのである。だが、ネギや超にはそんな説明などまったく無く、すぐさま飛び去ってしまったカギ。残されたネギと超は、半分あきれた表情で、飛び去ったカギの方向を見るしかなかったのだった。

 

 

「でも、確かにそれならその方がいいかもしれないネ。あのメガネはかなりヤカイな相手だと思うヨ」

 

「そうですね……」

 

 

 ただ、超もあのメガネのことは気になっていた。メガネの男マルクの攻撃、それが非常に厄介なものだと、超は考えていたからだ。と言うのも、超にもO.S(オーバーソウル)が見えていない。

 

 超は”魔法使い”と言うよりかは、”魔導士”よりの人間だからだ。杖も未来でエヴァンジェリンから貰った、ストレージデバイスと呼ばれる機械の杖。魔法をプログラム的に解釈し、使用者のサポートをするタイプの杖だ。生粋の魔法使いではない超に、O.S(オーバーソウル)は見えなかったのだ。

 

 ネギも超がそこまで言うなら、と考えた。それに、確かにあのメガネはかなり危険な人物だと言う事も、自分が襲われたのでよく理解していた。あのメガネの男は他人の命を奪うことに戸惑いが存在しない。まったく持って、殺すことに躊躇がない男だった。ならば相手をしている真名と楓が危険だとも思っていた。だからカギがあの場へ駆けつければ、少しは安心できると思ったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良湖。そのほとりで一つの戦いが終盤を迎えていた。一人は電気を纏った槍を握り、頭がとんがった少年、錬。もう一人は光の剣をマイクから出す、黒い逆毛とサングラスの男、ムラジ。どちらもほぼ互角の戦いを、何時間も繰り広げてきていた。そして、両者とも、そろそろ決着をつけなければならないと考えていたのだった。

 

 

「いいねェ、こういう戦いは」

 

「ふん、キサマもそう思うか……」

 

 

 どちらもこの戦いに、随分と楽しそうだった。これほどの強敵、これほどの戦闘、味わったことの無い緊張感。どれをとっても最高のものだったからだ。それほどまでに、両者とも強者に飢えていた。能力の高いシャーマンとのファイトを渇望していたのだ。

 

 

「だが、話になんねェな」

 

「何!?」

 

 

 だが、それでもまだ足りないと、錬を煽るような言葉を吐くムラジ。するとその言葉を述べた瞬間、突如ムラジが錬の目の前に現れ、錬のO.S(オーバーソウル)をまたしても砕いたのだ。それには流石の錬も驚き、数歩下がって何が起こったのか理解しようとしていた。

 

 錬のO.S(オーバーソウル)、”武神魚翅”は甲縛式と呼ばれるO.S(オーバーソウル)として構築してある。甲縛式はすさまじい防御力と燃費のよさを追求したものだ。その甲縛式を一撃で破壊すると言う行為を見れば、ムラジのO.S《オーバーソウル》のすさまじさがわかるというものだ。

 

 ムラジは媒介としているマイクに全ての巫力を一転に集中させている。また、パッチソングなる歌により、巫力強化を施している。そのおかげで、こうも簡単に甲縛式O.S《オーバーソウル》を砕くことが出来るのだ。それはシャーマンキングにおいて、ムラジが選んだ特典の人物、ラジムが行った行動でもあった。

 

 

「ほらみろ、やっぱり話になんねェ……」

 

「クッ……!」

 

「このままじゃお前の巫力はそこを突くぞ? どうするつもりだ?」

 

 

 O.S(オーバーソウル)を砕かれた錬の口から、苦悶の言葉が漏れる。やはりこの目の前のグラサン、かなりの強敵だ。そして、錬のO.S《オーバーソウル》を砕いたムラジは、この程度では俺は倒せないと、そう言いたげな表情でさらに挑発的な言葉を述べる。加えてこのまま何度もO.S(オーバーソウル)を砕かれ続ければ、巫力が尽きると断言した。この戦いで錬は、すでに何十回とO.S《オーバーソウル》を破壊されていた。

 

 巫力はO.S《オーバーソウル》を構築するのに使用し、それが破壊されれば失ってしまう。それだけに、何度もO.S《オーバーソウル》を破壊された錬は、この時点でかなりの巫力を消耗していたのだ。しかし、錬はムラジの今の姿を見て、フッと笑いを溢していた。

 

 

「キサマこそ何を言っているんだ? 随分とボロボロだぞ」

 

 

 ムラジもまた、すでに全身傷だらけだった。特に雷の攻撃によるやけどが目立っていた。錬のO.S(オーバーソウル)は雷を操ることが出来る。その攻撃は甲縛式O.S《オーバーソウル》をも砕く光の剣でも、防ぎようの無い攻撃だ。それを何度か受けていたムラジは、すでに体中ボロボロだったのだ。

 

 

「……んなら、この戦いは楽しいが、そろそろ終わらせねぇとならんようだな」

 

「そういうことだな……!」

 

 

 ムラジは全身の傷により、徐々に手から感覚が失われつつあった。対する錬も、傷こそ少ないが巫力が底をつきかけていた。もはや戦いを長引かせることは出来ない。このままでは決着がつかずに終わってしまう。どちらもそれだけはゴメンだと思っていた。ならばここは大技で攻め、押し勝つ以外ないだろう。両者はそう考え、最後の一撃に全てを賭けることにしたのだ。

 

 

「”プラチナムソード”!!」

 

「”エレキBANG”!!」

 

 

 ムラジは巫力を最大に使い、ペリカンのくちばしのような形状へとO.S《オーバーソウル》を変化させた。そのまま呑み込み倒そうという、ムラジが持つ最高の大技だった。錬も同じく最大の技でそれに挑む。それはビッグバンにも相当する究極の自然の技。すさまじい雷の力。両者とも、今残る巫力のほとんどを、その技へ全て注ぎ込み、この一撃に全てを賭けた。そして、その最大級の雷が怒号と共に落下し、ムラジの大技と激突したのだった。

 

 



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九十二話 天使と戯れる

 世界樹前広場、それにつながる通りにて、いまだに防衛線を張りながら参加者たちが戦っていた。先ほどカズヤと法によりロボ工場は破壊されたが、それでもロボの数は大量。なかなか数を減らせずにいたのだった。

 

 

「くそー! こっちは人数が減ってるっつーのに、敵が減らねぇぞ!?」

 

「一体どうなってるんだろうね……」

 

 

 しかし、敵の数は未だ減らず。幾度と無く襲い掛かる敵に、誰もが疲れを見せ始めていた。刃牙もこの敵が減らぬ現状に、困惑を隠せていなかった。このまま味方だけが減り続ければ、こちらが潰されることは必然だからだ。その横でアキラも、どうして敵が減らぬのかと困った表情で話していた。

 

 

「またあの攻撃が来るぞ! 気をつけろよ!!」

 

「は、はい!」

 

「わかってる!」

 

 

 また、目の前のロボ軍団は銃を手に取り、こちらに狙いを定めてきていた。それはつまり、あの強制時間跳躍弾を使用するということを意味していた。あれを受ければたちまち失格、3時間後へと転送されてしまう。それだけは、なんとしてでも避けなければならない事態だ。ゆえに刃牙は、亜子やアキラに注意を促し、自分も回避行動を取ろうと構えていた。

 

 刃牙の注意を聞き、二人はしっかりと返事を返していた。二人は刃牙から説明を受け、あの弾に命中すれば消えてしまうことを理解していた。それに、アレにあたれば失格となる。それは二人の望む結果ではない。

 

 しかし、敵は目の前にロボ軍団だけではなかった。なんと別の方向からも、ロボ軍団が攻めてきたのだ。そして、そのロボ軍団は無慈悲にも、マシンガンなどで強制時間跳躍弾を撃ち放ち、そのひとつが刃牙へと向かっていったのだった。

 

 

「あ、危ない!!」

 

「何ぃぃ!?」

 

 

 迫り来る弾丸に、何とか回避しようとする刃牙。その刃牙に、危険を知らせようと必死で叫ぶアキラ。それでも、すでに遅かった。もはや避けようの無い弾丸は、無常にも刃牙へと刻一刻と接近していくのだった。誰もが刃牙がやられたと思った。思っていた。だが、そこへ一人の男性が、バイクにまたがり猛スピードで駆けてきた。リーゼントの男が、バイクを操りやってきたのだった。

 

 

「”クレイジー・ダイヤモンド”!! ドララララララァッ!!」

 

「こ、こいつぁ……!?」

 

 

 なんということだろうか、リーゼントの男は状助だった。バイクを直進させながらも、弾丸と刃牙たちの間を通り抜けるように突っ走る。ただ突っ走っている訳ではない。すさまじい速度でバイクを走らせつつ、すさまじい拳のラッシュを地面へとぶち込んでいた。

 

 その地面は破壊され、破片が粉々になりながらも散らばっていく。その破片はクレイジー・ダイヤモンドの能力により、修復されて壁となっていったのだ。そう、状助は地面のブロックを壁のように修復し、その弾丸を全て防ぎきったのである。その光景に、誰もが驚いていた。刃牙もその光景に驚きを隠しては居なかったが、もっとも驚いたのは状助の姿とスタンドだった。

 

 

「大丈夫っスか? えーっと、()()()()()さん?」

 

()()……()()……だと?」

 

「あの人はたしか……」

 

 

 状助はバイクを刃牙の近くで止め、その姿に驚いていた。刃牙は状助の言葉にデジャブを感じながらも、やはり状助の姿に驚くばかりだった。刃牙は、初めて自分以外のスタンド使いに出会ったことに、そしてその能力がクレイジー・ダイヤモンドだったことに驚いていたのだ。さらにそれが敵でなくて良かったと思っていた。敵だったならば、クレイジー・ダイヤモンドほど強敵は居ないからだ。また、亜子は状助が三郎の友人だったことを思い出し、驚きの表情をする二人の下へと駆け寄ったのだった。

 

 

「状助さん、どうも」

 

「あ、どうもっス。助太刀にまいりました」

 

「あれ、亜子の知り合い?」

 

 

 亜子は状助が三郎の友人だと紹介されていたので、とりあえず挨拶していた。状助も同じだったので、ペコペコと挨拶しつつ、助けに来たと話していた。その光景に、アキラは亜子がこのリーゼントたる状助の知り合いなのかと、不思議に思っていた。

 

 確かに状助はたまに見かける男子であり、リーゼントという印象深い髪型をしている。なのでアキラも状助のことは名は知らないが、姿だけは見覚えがあった。ただ、見覚えがあるというだけの存在だったので、亜子が知り合いのように接していることが不思議だったのだ。

 

 

「あー、この人三郎さんの友達なんやって」

 

「そういうコトか」

 

 

 アキラのその質問に、亜子は状助が三郎の友人であると答えた。そう言われたアキラは、なるほどと納得した様子を見せていた。確かに亜子と付き合っている三郎を知るアキラは、その友人ならば知り合いでもおかしくは無いと思ったのである。

 

 

「んで、三郎のヤツはどこに?」

 

「三郎さんはさっきウチをかばって……」

 

「何……!? くそー、遅かったかぁ……」

 

 

 そこで状助は今も姿を見せぬ三郎を気にかけていた。一体どこへ行ってしまったのだろうか。そのことを亜子へと聞いてみたのだ。すると三郎は、亜子を庇って強制時間跳躍弾の餌食になっていると言う。なんということだ、すでに遅かった。状助はそのことに、悔しい気持ちを味わっていた。だが、この攻撃で命を落とすことは無い。とりあえず気を取り直し、この場の敵を倒そうと考えたのだった。

 

 

「アンタももしかして()()()側か?」

 

「そうなるっスねぇ~。まあ、自己紹介は後にして、ここいらのロボを倒しますか!」

 

「それもそうだな……!」

 

 

 そんな悔しがる状助に、刃牙が話しかけてきた。

それは自分と同じ転生者なのだろうかと言う質問だった。また、『こっち』には味方側かという意味もこめられていた。状助はそれを察し、そうだと答えていた。そして、自己紹介は後にして、周りに集まるロボ軍団を倒そうと、強気で刃牙へ言ったのだ。刃牙も周りを見て、確かにそれが一番だと思い、その言葉を肯定していたのだった。

 

 

「と、その前に……”ドラァ”!!」

 

「おう? おお、助かるぜ」

 

「これで万全ッスかね? んじゃ行きますかァーッ!!」

 

 

 だが、その前にと状助は、突如刃牙へとクレイジー・ダイヤモンドの拳を振り上げた。その拳は優しく刃牙へと突き刺さると、刃牙の怪我が直っていくではないか。そう、状助はあちらこちらに巻いてある包帯を見て、刃牙が怪我をしていることに気がついたのだ。それを治して万全な状態へと戻すことが、先決だと思ったのである。

 

 刃牙は今の状助の行動に感謝し、いやはや便利なもんだと思いながら礼を述べていた。そして、再び両者はロボ軍団へと視線を移し、状助の号令と共にそのロボ軍団へと突撃して行ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちを先に送り出し、メガネことマルクと対峙する楓と真名。もはや周りは暗くなり、夕日はほとんど落ちてきていた。そんな中、すでに壮絶な戦闘が繰り広げられており、楓はミカエルを、真名はマルク本人を相手にしていた。

 

 

「くっ! 悪しきものに神の裁きを!!」

 

「悪しきものというのは、ソチラではないのか?」

 

「何をほざくか!! 汚らわしい魔族と人のハーフめ!!」

 

 

 マルクはまるで神にでもなったかのように、相手にする真名を裁くと豪語していた。一体何様のつもりだろうか。そんなマルクに呆れた気持ちで、マルクこそが悪なのではと、真名はすかさずツッコミを入れていた。

 

 確かに姿は中学生に見えぬ真名だが、行いそのものは中学生を襲うメガネの成人男性の図である。悪と言われれば誰もがマルクを指すだろう。しかし、その言葉はマルクにとって、禁句同然の言葉だった。マルクは突然沸騰したヤカンのように煙を噴出し、怒りのままに真名を罵倒したのである。

 

 

 そして、マルクが罵倒の叫びを言い終えた後、真名は両手に拳銃を握り締め、マルクへと距離を縮め、近距離での戦いに挑んだ。マルクも同じく両手に拳銃を握り、真名と銃と銃、腕と腕をぶつけ、真名の攻撃を防いでいた。

 

 しなやかな動きで無駄の無い攻撃。その銃と腕のぶつかり合いはまるで芸術。すさまじい速度で繰り出される真名の腕と銃は、全てマルクの腕と銃により防がれていた。さらにマルクと真名の攻撃の速度が徐々に増していき、すさまじいゼロ距離での攻防となっていたのだ。

 

 さて、真名は何故マルクに接近戦を挑んだのだろうか。その答えは強制時間跳躍弾にある。強制時間跳躍弾は、マルクも先ほど使っていた弾丸だ。この弾丸に触れれば、その着弾地点を中心に黒い渦が発生し、呑み込んだ対象を3時間後に飛ばすというものだ。だが、それは呑み込む対象を選べないということでもある。それこそが強制時間跳躍弾の欠点だ。

 

 ゆえに真名はマルクへ、銃を握っての格闘を選んだ。至近距離で強制時間跳躍弾を使用すれば、使用者であるマルクすらも巻き込まれてしまうからだ。マルクもそれを理解していたので、何とか距離を取りたかった。しかし、真名はそれを許さない。巧みな動きでマルクを翻弄し、しっかりと密着して攻撃を繰り出していたのだ。

 

 

「ひどい言い方だな。傷ついたぞ」

 

「黙れ! そんな顔で言っても説得力などない!」

 

 

 いやはやそのようなことまで知っていたとは。真名はその部分に素直に驚きつつも、フッと笑いをこぼしていた。別にその程度の言葉など、まるで意にも介していなかった。だが、その表情もマルクは心底頭に来たようで、さらに叫び声をあげていた。本当に何が気に入らないのやら。真名は本気で呆れてきていたのだった。

 

 

「このデカブツ、なかなかダメージが入らないでござる……!!」

 

「当たり前だ! 虫けらどもめ! 我が持霊は大天使ミカエルなのだからな!!」

 

 

 また、楓は影分身を使いながら、ミカエルを迎え撃っていた。影分身による牽制と気で強化した風魔手裏剣での連携攻撃。一方的にミカエルを叩きのめす様は、楓がミカエルを圧倒しているように見えていた。

 

 が、楓はミカエルにダメージを与えることがなかなか出来ず、戸惑うばかりだった。そのため楓もミカエルもイーブンな状況であり、むしろダメージが与えられていない楓の方が不利な状況だったのである。

 

 それを理解していた楓は、内心多少なりに焦りを感じていた。ただ、ミカエルの攻撃は単調なので、ハッキリ言えば簡単に攻撃が避けれるのだ。こちらがミスをしない限り、絶対に負ける事も無い。そう楓は考えていた。それでもなんという泥沼な戦いだろうか、こうなれば真名が本体であるメガネを倒すのを待ち、ひたすら耐えるしかないと思い始めていたのだった。

 

 しかし、そんな楓の心境など知ってか知らずか、マルクは自分の持霊が大天使であるミカエルだと、非常に偉そうに暴露していた。自分の持霊たるミカエルが、そこらの女子中学生に負けるわけがないと、高をくくっているのだ。

 

 確かに間違ってはいないが、ミカエルが倒されないのは相性の問題も存在した。楓も真名もO.S(オーバーソウル)を破壊する術があまりない。そのためミカエルに苦戦を強いられているというのが現状だった。そんなこともあまりわかっていないのか、はたまたわかってて言っているのかはわからないが、とにかくマルクは自分が有利だと信じて疑っていなかった。

 

 

「アレが噂に名高い大天使様なのか。思っていたものよりも、随分と機械的だな」

 

「ほう、私のO.S(オーバーソウル)が見えるのか」

 

「まあね、”眼”はいいほうなんでね」

 

 

 真名は楓が相手している機械的なナニカが、あの有名な大天使だと聞いて、自分が思っていたものと随分違うものだな、と考えていた。実際は天使の破片を車に与えて作られた機動天使なので、実際の姿とは多少違うかもしれない。

 

 マルクはそう言う真名が、自分のO.S(オーバーソウル)をしっかりと目視していることに気がついた。それを聞くと真名は、眼がいい方だと話した。真名は左目に魔眼を宿している。つまり、その言葉はそれを意味するものだった。そして普段は使ってないが、ここぞという時には使っている。今がその時だった。それにより霊などといったものを見ることが出来るのだ。

 

 

「ならば私の相手でなく、私が操るミカエルの相手をすればよかろう!」

 

「私の得物では不利なんでね。それに、あの程度ならば楓一人で十分さ」

 

「拙者には、確かに見づらい相手でござるが、動きが単調ゆえに問題なく相手出来るでござる」

 

「何だと!? なめたことを!!」

 

 

 そう、O.S(オーバーソウル)が見えるならば、わざわざこちらと戦わずに二人でミカエルと戦えばいい。マルクはそう感じたので、怒りを込めてそう言い放った。真名もそうしたい部分もあったが、武器が銃器ではミカエルの相手は相当不利だと理解していた。

 

 単純な打撃などはO.S(オーバーソウル)には通用しない。それを察していたのである。それだけではない。ミカエルが強力な手札だろうが、楓一人で戦えている。ならば楓にミカエルを任せ、こちらは本体らしきメガネを倒せばよいと考えていたのだ。

 

 それは楓も同じ。確かにミカエルはすさまじい強さを持っている。ただ、動きが単調で大振りだ。この程度の攻撃ならば、簡単に防ぎ避けれる。楓は額に汗をたらしながらも、口元は柔らかく微笑んでいた。また、こちらがミカエルを抑えていれば、真名がメガネを倒してくれると考えていた。

 

 そう信頼しているからこそ、全力でミカエルを抑えて居るのだ。倒せないのならば、せめて動きを封じてしまおうという考えだった。両者の思考は一致しており、これこそ強い信頼があればこその連携だったのだ。

 

 楓に余裕ある返答をされたマルクは、ますますヒートアップしていくばかりだ。この程度の挑発で沸騰していては、あまりに大人気ないというもの。いや、だからこそ煽り甲斐があるというものだろうか。マルクは完全に女子中学生とは思えぬスタイルの少女二人に、完全に遊ばれてしまっていた。なんと情けないことか。

 

 

「しかし、なぜ麻帆良や私たちを悪く言う? 何か理由でもあるというのか?」

 

「理由だと? 貴様ら魔法使いの一味は麻帆良の認識を阻害する結界を使い、罪無き一般人たちを騙し、惑わしているからだろうが!」

 

 

 そこでふと真名は、なぜこのメガネは麻帆良の魔法使いを眼の敵にして居るのだろうかと疑問に思った。別に魔法使いたちは普段魔法を隠しているというだけだし、特に何かしたわけでもなかった。正直言って、なぜ責められているのかまったく理解出来なかったのだ。それをマルクに質問すると、マルクは啖呵を切るようにその理由を話し出した。

 

 麻帆良の魔法使いたちは認識阻害の結界を使い、一般人たちを騙して惑わしている。マルクはそれを事実と受け止めていた。信じて疑っていなかった。

 

 ――――認識阻害の結界。それはネギまの二次創作において登場する結界の名称。ネギまには認識阻害という魔法が存在する。それは名の通り認識を阻害する効果がある魔法。あるものに眼を向けさせないようにするために使う、隠蔽のための魔法だ。杖を使って空を飛ぶネギが使っていたりする場面などがあり、そう言った異常な光景を、他者に気づかせない魔法である。

 

 そのような魔法を結界に混ぜ込んでいるからこそ、麻帆良に存在する異常な科学力や運動能力などの”不自然”が、あまり気にされていないと考えられた。確かにそれだけを考えればつじつまが合うだろう。ただ、そうしているという証拠はどこにもなく、ただの一つの推測に過ぎない。それをあたかも絶対に存在するかのように思い込んでいたのが、このマルクだったのだ。

 

 

「……? 一体何のことだ……?」

 

「しらばくれても無駄だ!!」

 

 

 だが、そのような話はまったく聞いたことが無い。そんなものが本当にあるのか眉唾物だ。そう考えていた真名は、一瞬思考が停止していた。何のことなのだろうか、理解できずに呆けていた。自分も裏の仕事をしてきたが、学園の結界にそのような効果があるなど、一度として耳に入れたことが無かったからだ。ただ、その攻撃の手だけは休まらず、むしろさらに速度が増していた。

 

 ゆえに真名は本気で何の冗談なのかとマルクへと聞いたのだ。それがマルクにはとぼけているように聞こえたのか、さらに怒りを燃やしウソをつくなと叫んでいた。知っているくせにとぼけるとはいい度胸だと、本気でそう考えていたのである。

 

 

「いや、本当に一体どういうことだ? 確かに麻帆良には結界がある。だが、それは魔族や妖怪などの、魔のものを封じるためのものでしかないはずだが……?」

 

「何も知らせれていないようだな! ならばハッキリと教えてやろう!」

 

 

 しかし、本来麻帆良に張られている結界は魔族や妖怪といった、怪異のものに対する防御策だ。妖怪や魔族などが結界内に侵入すると、その能力の大半を奪われ、動けなくなるというのが麻帆良の結界の効力である。

 

 だからこそ”原作のエヴァンジェリン”が、ただの人間レベルにまでになるという状況になっていたのだ。いや、あのエヴァンジェリンが、ただの人間程度までになるほどに、すさまじい効果がある結界ともいえよう。

 

 ただ、それ以外の効果ははっきりと明言されていない。つまり、麻帆良の結界は、魔封じの結界ということになるのだ。真名はマルクの言葉がまったく理解出来なかったのは、そういう理由もあったからである。それを真名がマルクへと説明したが、マルクはまったく信用しなかった。むしろそれは間違えだと指摘し、本当のことを教えてやると自信満々に言い出したのだ。

 

 

「この麻帆良には、魔法使いどもが張った認識阻害の結界も存在するのだ!!」

 

「何……?」

 

 

 マルクはこれこそが真実だと言わんばかりに、認識阻害の結界が存在すると豪語した。それは絶対に存在する、存在してはならないものだと、そう言ったのだ。だが、やはりそんなものがないと思っている真名は、目をパチクリさせてどうしてそこまで自信が持てるかわからない様子を見せていた。

 

 

「麻帆良の魔法使いどもは、一般人を惑わす結界で、魔法使いや世界樹の存在を隠し通そうとしているのだ!!」

 

「それはどういうことだ……? ならば今、この状態は結界が作動していない。それが本当だとすれば、今頃パニックになっていてもおかしくないはずだが……」

 

 

 そう、その結界を使って麻帆良の魔法使いは、世界樹や魔法のことを隠そうとしている。そうマルクは叫んでいた。確かに世界樹はでかい、目立つ、しかも光る。普通に考えれば非常に怪しいとしかいいようがない。魔法使いも表立っては行動していないが、魔法おじさんやら魔法ジジイなるものが危機を助けに来るという噂も存在した。それを考えればそうかもしれないと考えることも出来るかもしれない。

 

 ただ、それには大きな穴があった。なぜなら結界で一般人を惑わしているならば、今この現状においてはどうなんだろうと言う事になる。何せ今は結界が落とされまったく機能していない。

 

 ならばマルクが言う認識阻害の結界すらも消滅してしまって居るのではないだろうか。そうすれば今まで魔法で騙してきたものがよく見えるようになり、一般人たちはパニックに陥るだろう。そう真名は答えていた。

 

 その結界が存在しているのならば、今頃はパニックとなった一般人たちが逃げ回り暴れていることだろう。そう真名は考えた。しかし、現実にはパニックどころかイベントと称されたこの戦いに、ノリノリで参加している。

 

 さらにロボ軍団をイベントの敵として倒し、喜んでいるではないか。この作戦にて一般人たちは、悪い言い方をすれば騙されている。ただ、この騒動をただのイベントだと言われて”はい、そうですか”と答えられるかと言えば、普通はNOだろう。

 

 それでも麻帆良の一般人たちは、ロボ軍団は用意されたもので、謎の光線が出る杖で攻撃すれば倒せると信じている。さらに魔法先生からも、そのぐらいの装備があれば、ロボ軍団と戦えるだろうと言わしめるほどのポテンシャルを、麻帆良の学生たちは持っていた。つまり、麻帆良の住人たちは、そのような結界で惑わされているのではなく、単純にノリのいい連中ということになるだろう。

 

 

「その通りでござる。御仁は何か勘違いをしているのではなかろうか?」

 

「そんな戯言など!!」

 

 

 真名の言うとおりだ。そんな結界が存在したのなら、今頃大惨事だろう。楓も同じ考えだった。ならばこのマルクという男が、こじらせて勘違いをしているに違いない。実際マルクは勘違いをしている。それは間違えなかった。だが、それを認めるような男ではない。その説明を受けても、デタラメだと叫んでいたのだ。

 

 

「……一体どこでそんな情報を得たのかしらないが、そのような事実は存在しない」

 

「この私に勝てぬからと言って、騙そうとしても無駄だぞ!!」

 

「勝てないからだと? 別にソチラに負けるつもりなど、まったくないがな……!」

 

 

 どこでそのようなデマを聞き、踊らされているのやら。真名はマルクの言葉を否定した。マルクの証言は明らかに不自然だからだ。しかし、マルクはそれを認めない。いや、認めないどころか、真名の説得すらも負け惜しみと思い、それで戦いを終わらせようなどと無意味なことだと、さらに声を高くして叫んでいた。その言葉、真名には聞き捨てならなかった。真名は振るう腕と踏み込む速度を上げて、さらにマルクへの攻撃を早めていったのだ。

 

 その攻撃の速さにもマルクは追いつき、真名の攻撃を全て防いでいた。ゼロ距離での銃を使った格闘。そのけたたましい腕の動きは、常人では理解できないものとなっていた。加速する攻防の中、真名は多少焦りを感じ始めていた。このマルクという男が、中々強いからだ。加えて戦いが長引けば、こちら側が不利になるからだ。楓もミカエルの相手をしており、今はまだ余裕があるが、その余裕がいつまで続くかはわからない。

 

 真名はすぐにでも決着をつけるべく、本気でマルクへ攻撃していた。それでもこのマルクは、その攻撃に耐え、ついて来ている。真名はマルクという男を侮ってもなめてもいない、手を抜いているわけでもない。むしろ、全力で相手をして居る状況だった。つまり真名の攻撃に耐え、それについてこれるマルクが、それだけ強いということだったのだ。

 

 

 ――――マルクは確かに膨大な巫力を使って、ミカエルを何度もO.S(オーバーソウル)して攻撃するゴリ押しタイプの男だ。しかし、それだけでは自分が手薄となってしまう。それを恐れたマルクは、ある程度接近戦などを行えるよう、自分を鍛えていたのだ。いやはや、シャーマンの能力をもらったのならば、そちらを伸ばせばよかったというものを、あえてそちらを伸ばしたのである。

 

 それにはある程度理由があった。何せネギまの世界では、シャーマンなど転生者以外存在しない。そんな状況でシャーマンとして伸ばすよりも、自分を守れるよう自分を鍛えた方がよいと判断したのだ。シャーマンとしては半人前程度だが、本人自身の戦闘技術は中々卓越したものだったのである。そう、それでも真名を追い詰めたマルクの、怒りと執念と技術は本物だったということだ。……まあ、下水道でタカミチと戦ったのは、相性の問題もあったので、随分苦戦させられてはいたようだが。

 

 

「そうは言っているが、随分焦っているのではないかね?」

 

「……どうかな?」

 

「まあいい! この私を騙そうとしたところで無駄だったということだな!!!」

 

「……やれやれ……」

 

 

 マルクは内心焦る真名の心境を言い当てた。真名が自分を騙そうとしているのは、余裕が無いからだと思ったのだ。騙そうとしているわけではないのだが、焦っていることに関しては間違えでは無かったので、真名もとぼけながらもマズイと思い始めていた。

 

 逆にマルクは自分を取り戻し、有利に経って居ることを理解したのか余裕が溢れてきていた。流れは完全に自分の方へ向いていると考えたマルクからは、勝利の笑みがにじみでていた。真名は焦りつつも、この男は話をまったく聞かないと、あきれ果てていたのだった。

 

 

「しかし、こちらも負けぬがアチラもなかなか倒せないでござる」

 

「……やはりあのでかいの、相当厄介なようだな……」

 

 

 その少し離れた後ろの方で、楓がミカエルと激闘を繰り広げていた。こちらはミカエルの攻撃を簡単に回避し、さらに影分身にて防ぐことが出来る。しかし逆にこちらからの攻撃は、ミカエルにまったく通用しない。楓はそう考えながらも戦っていた。まさに完全に平行線の戦いだった。

 

 真名はそれをチラリと横目で見て、ミカエルが相当厄介なものだと改めて痛感していた。あの技術は多分刹那の友人たる覇王が操っていたものと近いもの。いや、同じものだと理解していたからだ。O.S(オーバーソウル)と言う名は知らぬが、技術だけなら”眼”で見てわかったのである。

 

 

「しかし、そろそろ終わりにしてやろう!! 先に貴様を滅ぼしてくれるわ!!!」

 

「……そううまくいくかな……?」

 

 

 だが、逆に痺れを切らせたのはマルクの方だった。もはやこの二人の相手をしているのは疲れたのか、さらにミカエルを暴れさせようとしていたのだ。そう叫ぶマルクから少し視線を移した真名は、すぐにマルクへと視線を戻し、冷たい言葉を述べていた。すると、少し離れた建物の屋根の上から、黄金の輝きが近づいてきていたのだ。

 

 

「”王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”!!!」

 

 

 そして、そこに一つの槍が、突如として空から矢のように飛んできた。それは楓と戦闘していたミカエルの頭部を撃ち抜き、ミカエルは後ろへのけぞりながら破壊されたのだ。すさまじい神秘を宿した一本の槍は、誰もが目を奪われるほどの神々しい輝きを放っていた。

 

 

「何ぃぃ!?」

 

「これは……!?」

 

「気にするなと言ったんだがな……」

 

 

 この槍は一体なんだというのか。マルクと楓はその光景に驚き目を開いていた。さらにマルクは突然降ってきた槍一本のみで、自分のO.S(オーバーソウル)が破壊されたことを受けて、驚愕の声を出していた。何せO.S(オーバーソウル)はただの槍で破壊できるものではない。それが槍で破壊されたのならば、その槍自体が強力な力を宿していると考えるのが普通だからだ。

 

 ただ、真名はその槍を放った人物の正体を理解しており、小さな笑いをこぼしていた。まったく、大丈夫だと言って置いたのに戻ってきてしまうとは、そう考えながら笑っていたのだ。そして楓も聞きなれた声が聞こえたことに気づき、その声の方へと顔を向けたのだ。

 

 

「待たせたな!」

 

 

 そこに居たのはあのカギだった。カギは建物の屋根の上で、腕を組んで仁王立ちしていたのである。戻ってきてしまったカギに笑う真名と驚く楓。そんな二人をカギは、したり顔で見下ろしながらも、真名の危機に間に合ったことに安堵していたのだった。

 



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九十三話 正義の真実

随分更新を怠ってしまい申し訳ございません
少し不定期更新になるかもしれません


 マルクと戦う真名と楓を助けに、カギが現れた。麻帆良の建物の屋根の上に、薄暗くなった夜空を照らすように、黄金の鎧を着た少年。勇ましくも誇らしげに、腕を組んで仁王立ちするカギに、その場の三人は視線を奪われていた。

 

 

「貴様は!?」

 

「か、カギ先生……!?」

 

 

 マルクはさっき先へ進んだ少年が、また戻ってきたことに驚いていた。だが、それ以上に自分のO.S(オーバーソウル)を破壊されたことに、かなり頭にきていたのだった。だ。そんな怒れるマルクなどどうでもよさげに、カギは真名の隣へと降り立っていた。

 

 

「……ここは大丈夫だと言っておいたはずだが……?」

 

「確かにお前らでも十分だったかもしれねぇが、俺はお前らの教師だからな。面倒を見るのは当然ってやつだぜ」

 

「……フッ、そうかい……」

 

 

 どうしてカギは戻ってきてしまったのか。真名も楓もそう考えた。任せておけと言ったはずだった。こちらは問題ないと断言しておいたはずだった。だが。カギは戻ってきた。自分たちの助太刀に戻ってきた。

 

 そしてカギはそんな真名の質問に、単刀直入に答えた。別に深い理由などない、簡単なことだった。お前たちは俺の生徒だ、それだけの理由だとカギは言ったのだ。その言葉を特に気にした様子もなく、さわやかな表情で話すカギ。真名はそのカギを見て、小さな笑いをこぼしていた。

 

 いやはや、まだまだ自分たちは甘い。こんな自分よりも年下の少年に、面倒を見てもらってしまうとは。真名はそう考えていた。ただ、あのカギが自分たちを心配し、助けに来てくれたことを、心から嬉しくも思っていたのだった。

 

 

「カギ坊主……!? 戻ってきてしまったでござるか!?」

 

「まぁな。色々と厄介なヤツの動きが封じられたみてぇだからな。助太刀に来たってワケよ」

 

 

 楓もまた、カギが戻ってきたことに驚き声をかけていた。カギはそこで楓へと視線を移し、一番厄介な相手、つまり上人の動きが封じられたと話した。そしてだからこそ、助っ人として参上したと答えたのだ。そのカギの答えに、楓は仕方ないかとうなづいていた。

 

 

「それに、あー言ーのは俺が相手をするに限るってもんだぜ!」

 

 

 楓の無事を確認したカギは、すぐさま再びマルクへと視線を戻し、睨みつけながらも余裕の表情を見せていた。”転生者には転生者を”カギはそう考えて、マルクを倒しに戻ってきたのである。

 

 

「貴様、ノコノコと死にに来たか!」

 

「あぁ? 俺はこいつらの助太刀に来たっつってんだろ? 耳が遠いのか?」

 

 

 そう余裕の態度を見せるカギが気に食わなかったのか、さらに苛立ちをまして叫ぶマルク。自分に倒されに来たかと怒りをぶつけるマルクに、カギは二人の生徒の助っ人に来たと、アッケラカンとした態度で話したのだった。

 

 

「な、何だとオォーッ!? ならば貴様も裁いてくれる!!!」

 

「煽り耐性ゼロってやつかよ……。茹蛸みてぇだぜ、オタク」

 

 

 カギの今の態度に、マルクはまたしても怒りの声を上げていた。この程度の安い挑発に乗るなど、なまっちょろいヤツとしか言いようが無い。カギもそんなマルクに呆れたようで、煽り耐性がまったく無い人間だと、逆に感心していた。加えて顔を真っ赤にして怒るマルクを、茹蛸と称してさらに挑発をして見せた。

 

 

「黙れェ!! 今すぐ消し去ってくれる!! ミカエルゥゥゥゥッ!!!」

 

「おいおいおい、その程度の挑発に乗ってくれるのはありがてぇが、ホント馬鹿だな!」

 

 

 くだらない挑発だがマルクには効果覿面だったようだ。完全にキレたマルクは、怒りのままにO.S(オーバーソウル)を作り出し、ミカエルをカギへと放った。いやはや、この程度の挑発に乗ってくれるのはありがたい、カギはそう考えた。それにまったく持ってありがたいが、バカすぎるとも思っていた。

 

 

「つーか俺も昔はあーだったんじゃね? うわ、俺ってケッコーいてぇーヤツだったのかよ……」

 

 

 そういや自分もくだらないことでよく怒っていたなあ、カギは怒れるマルクを見ながら、ふと昔の自分を思い出し、そのことを恥じていた。それはまるで黒歴史を思い出すかのようなもので、カギの心をえぐったのだった。だが、そんなことを思い出して感傷に浸っている時ではない。カギは頭を抱えてもだえたい気持ちを抑えながら、向かってくるミカエルを迎え撃つ準備に移っていた。

 

 

「くたばるがいい!!」

 

「ハッ! それはこっちの台詞だってぇの! ”王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”!!!」

 

 

 ミカエルはマルクの叫びとともに、カギへと近づき剣を振り下ろした。しかし、その剣はカギに届くことは無い。その前に、すでに王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から、剣や槍が発射されていたからだ。王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から放たれる武器は全て宝具。強力な神秘を宿した最高の武器である。その武器が雨あられに降り注ぎ、ミカエルを打ち抜き破壊する。それはまるで、雨に打たれて穴だらけになる紙のようだった。

 

 

「グウウウウッ!?」

 

「どうしたどうした? その程度ってやつゥー?」

 

 

 こうも簡単に渾身のO.S(オーバーソウル)が破壊されるなど。マルクはその光景に歯をきしませるほどに悔しがっていた。今のでカギは、このマルクがあまり強くないことを理解した。ミカエルは非常に強力なO.S(オーバーソウル)だが、力任せのごり押ししか出来ていない。この程度ならばすぐに片がつくだろうと考え始めていた。そこでさらにカギは、マルクを煽り倒す。もっとかかって来いよと。

 

 

「ふざけるなアァーッ!! ミカエル!!!」

 

「何度やっても同じことだぜ!!」

 

 

 マルクは怒りをさらに募らせ、再びO.S(オーバーソウル)を生み出しカギへと攻める。だが、昔のカギならいざ知らず、今のカギにこの程度の攻撃が通用することはない。カギはニヤリと笑いながら、同じことの繰り返しでは無駄だと叫んでいた。

 

 

「フハハハハハッ! 甘いぞ!!! 私の巫力は1250000もあるのだ! あの”ハオ”と同じだ! 底が尽きるなど考えんことだな!!」

 

「そういう”特典(ちから)”貰ったっつーことか……! だがやりようはいくらでもあるんだぜ?」

 

「ナメているのも今のうちだ!! すぐにほえ面かかせてやる!!」

 

 

 それでもなおマルクは余裕を見せていた。それは自分の巫力の量に自信があったからだ。マルクはシャーマンキングのハオと同じ量の巫力を特典で貰った。その巫力の量は何者をも寄せ付けぬ最大最強の巫力量だ。O.S(オーバーソウル)をいくら破壊しようとも、その巫力量ならば底が尽きないと考えていたのである。そう、相手の方が先にへばると思っていたのだ。

 

 だが、カギは別にその程度のことでは驚かない。何せ”ハオの能力の特典”を貰った覇王を知っているからだ。それに、何度も復活するO.S(オーバーソウル)も対策があるような口ぶりで、問題ない様子を見せていたのだ。

 

 

「こいつの相手は面倒だなあ……。そう思うよな、お前ら?」

 

「ん? ……確かに……!」

 

「そうでござるな……!」

 

 

 そこでカギは首を動かさず、視線のみを背後に居る真名と楓の二人へと送り、そうポツリとつぶやいた。それに何か不思議な感じを覚えた真名は、何かに気がついたのかフッと笑いつつ、その言葉に同意をしていた。楓も真名のその行動に、何かを感じたようで、同じくカギの言葉を肯定したのだった。

 

 

「この世から滅びるがいい!!!」

 

 

 マルクは滅びろという号令とともに、生み出したミカエルを操り、カギへと突貫させた。それを見たカギは杖を王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から呼び寄せ、右手に握り締めた。そしてミカエルと交戦すべく、戦闘態勢をとったのだ。

 

 

「行くぜ!」

 

「了解……!」

 

「うむっ!」

 

 

 だが、その前にカギは後ろに控えていた真名と楓に、攻撃の合図を声を上げて送った。二人はカギの合図に反応し、力強く応えていた。カギも二人の返事を聞き、即座に攻撃へと転じたのだった。

 

 

「”雷神斧槍”!! アンドォ!! ”王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”!!」

 

「何ィィ!? O.S(オーバーソウル)に似ているだと!?」

 

「それを基にしたらしいからな!! そら食らっちまいな!!」

 

「チィィ!! ミカエル!!」

 

 

 カギは術具融合を杖に使い、雷のハルバードを作り出した。さらに背後に展開した王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)が神々しく光を放ち、宝具の山をその空間から覗かせていた。圧倒的なその力は、すさまじいほどの威圧感を放ち、それはこの場を支配するほどのものだった。ただ、マルクが驚いていたのは王の財宝ではなく、術具融合の方だった。何せ行なっていることがO.S(オーバーソウル)とそっくりで、見た目も同じようなものだったからだ。

 

 そしてカギは飛び込んでくるミカエルへと、その数々の武器を飛ばして応戦する。それだけではなく、自らもミカエルの懐へと入り込み、その雷神斧槍を振るったのだ。するとミカエルは大量の武器に貫かれ、カギの攻撃により胴体が分断されて消滅していった。なんとあっけないことか。カギは拍子抜けした様子を見せながらも。次の攻撃に備えてマルクへ睨みを聞かせていたのだった。

 

 

「この程度かよ?」

 

「なめてもらっては困る。何度O.S(オーバーソウル)を砕こうとも、我が巫力は無尽蔵! いくらやっても無駄だ!!」

 

 

 カギはさらにマルクを挑発する。弱い、弱すぎると。倒してくださいといわんばかりに突撃させるミカエル。そのミカエルも簡単に破壊出来てしまった。カギはもう少し耐えてくれると思っていたのだが、そうではなかったので拍子抜けしていたのだ。しかしマルクもその程度では負けぬと笑っていた。自分の巫力は膨大だ、何度でもO.S(オーバーソウル)することが出来る。その過信から来る余裕が、マルクをそうさせていたのだ。

 

 

「あぁ? やってみねーとわかんねぇぞ?」

 

「フン、今黙らせてやる!! ミカエル!!!」

 

 

 それでもカギは、特に問題なさそうな様子でマルクを眺めていた。まるですぐにでも決着がつくかのような、そんな態度だった。その余裕もこれまでだと、マルクはカギへと叫んでいた。持久戦に持ち込めば勝てると確信していたからだ。そこで再びミカエルを作り出そうと、右手の銃をカギへと向けて大天使の名を叫んだのだ。

 

 

「ガッ!? な、何!?」

 

「やはりあの機械天使の媒介は弾丸だったか。そして、それを撃つ銃がなければ呼び出せないんだろう……!?」

 

「こっ、小娘風情がぁぁぁ!!!?」

 

 

 しかしミカエルが出現することはなかった。マルクがO.S(オーバーソウル)を行おうとした瞬間、真名がマルクの拳銃を打ち抜いたからだ。真名はマルクのミカエルが、何らかの媒介を使って操られているものだと考えた。さらに、それは何なのかを推測していたのだ。

 

 そこで、ふとマルクの行動を思い返してみると、必ずミカエルが出現する前に発砲していることに気がついた。もしや媒介は銃から放たれる弾丸なのではないか。それに気がついた真名は、実証すべくマルクが銃を構えた瞬間に、その銃を撃ち抜き手から叩き落したのだ。そして、その推測は正しかった。マルクは銃がなければあのミカエルを呼び出すことが出来なかったのだ。

 

 また、拳銃を撃たれたマルクは、その反動の痛みを我慢しながら、怒りの言葉を叫び別の手で握った拳銃の引き金を引こうとしていたのである。

 

 

「もらったでござるよ!」

 

「なっ!? ギャッ!?」

 

 

 だが、そこへすかさず現れたのは楓だった。楓は瞬時にマルクの背後へと回りこみ、握っていた拳銃を叩き落し、両腕を拘束して動けなくしたのだ。さらに分身を使い完全にマルクを拘束し、すばやく鎖で縛り上げたのである。なんということか、この三人の見事なコンビネーションにより、マルクは完全に無効化されてしまったのだ。

 

 

「再生怪人相手すんなら、再生させねぇのが基本だぜ」

 

「違いないね」

 

「グッグッグゥ……!!」

 

 

 何度でも何度でも、何・度・で・も蘇るならば、それを封じる手を使うのは基本。カギはそれを当然と話し、真名もその言葉に同意していた。完全に動きを封じられたマルクは、悔しそうにカギたちを睨みつけることしかできなくなっていたのだった。もはやマルクは手も足も出ない状況だ。O.S(オーバーソウル)を封じられた以上、マルクに勝ち目などないのである。

 

 

「つーか、お前らよくわかってくれたな。この作戦」

 

「なんとなくだったがな。予想は出来た」

 

「うむ、勘で動いたが問題なかったようで、こちらも安心しているでござるよ」

 

 

 カギはマルクが完全に動けなくなったのを確認すると、真名と楓へと視線を移し話し出した。それはカギが、ただチラリと二人を見るだけで自分の作戦の意図を察してくれたことに少し驚いていたのだ。

 

 真名はその質問に、ある程度予想できたと答えていた。マルクはO.S(オーバーソウル)を何度も呼び出し戦わせる戦闘スタイルだった。確かに接近戦もやってのけてはいたが、一撃一撃があまり強くなかった。ゆえに真名とマルクは拮抗していたのである。そこを考えれば相手の攻撃を封じようとするのは必然。カギがそう考えたかは微妙だったが、それにかけたのも事実だった。

 

 そして楓も勘でそれをやってのけていた。相手の攻撃を封じるというのなら、次は動きを封じるのは当然のことだ。カギの意図はつかめなかったが、直感的に楓はその行動を取ったのである。それによって、完全にマルクは手も足も出ない状況に追い詰めたのだ。

 

 

「そいつぁー嬉しいねぇ」

 

 

 カギは二人が自分の意図を汲み取ってくれたことを、素直に喜んでいた。そんなカギを見た二人も、自然と笑顔がこぼれていたのだった。

 

 

「まあ、戻ってきてくれたおかげで簡単に片付いたよ、助かった」

 

「ヘッ! 生徒を守るのが教師の仕事だかんな! 当然じゃねーか!」

 

 

 そこで真名は、カギが戻ってきたことへ礼を述べていた。あのまま戦っていればいつ勝負が終わるかわからなかった。さらに、こちらも負ける気が無かったとはいえ、あのまま粘られていたらどうなっていたか予想できなかったからだ。カギは真名のその言葉に、したり顔で生徒を守るのが教師の仕事だと、胸を張って言い放った。

 

 

「いやはや、カギ坊主からそのような言葉が聞けるとは思ってなかったでござるよ」

 

「そ、そりゃねーだろ!?」

 

 

 しかし、楓はそのような言葉が普段ちゃらけたカギから出てきたことに驚き、随分と人が変わったと感じながらも、そのことをカギへと言葉にしていた。カギはそれが地味にショックをだったらしく、せっかくのきめ台詞が台無しだと叫んでいたのだった。

 

 

「き、貴様らァァァ!! 離せ!! 離すんだ!!!」

 

「で、コイツをどうする?」

 

 

 そのカギたちの会話の横で、解放しろとわめき散らすマルク。諦めが悪いのか往生際が悪いのか。そんな非常にうるさく叫ぶマルクを、親指を立てて指を指したカギは、マルクをどうするかを真名と楓へ質問したのだ。

 

 

「気絶させて学園に引き渡した方がよいでござろう」

 

「それがいいな」

 

「俺もそれにサンセーだな」

 

 

 楓はならば気を失わせて学園側へ引き渡せばよい。そう答えたのである。それは最もな答えであり、一番安全だった。ゆえにカギも真名もその案に賛成したのである。

 

 

「な、何をするー!?」

 

「安心してほしいでござる。少し寝ていてもらうだけでござるよ」

 

「まあ、多少痛みは伴うがな」

 

「や、やめろぉ!?」

 

 

 その三人の会話に不穏な響きを感じたマルクは、情けない声をあげていた。だが、そこで楓は薄ら笑いを浮かべつつ、何をするかを説明しながら、マルクへとじりじりと近づいていったのだった。また、その横で真名が不適に笑みを見せながら、恐怖をあおるような言葉を発していた。マルクはその言葉に恐れを抱いたのか、やめてくれと恐怖に引きつった表情で懇願していたのだった。

 

 

『その必要はない……』

 

「な、何!?」

 

「この声はビフォア……。だが一体どこから……」

 

 

 しかし、その時、突如としてあのビフォアの声が聞こえたのだ。一体どこから聞こえてきたのか。誰もが緊張に包まれた。

 

 

「び、ビフォア様ぁ……! 申し訳ございません!!! このような輩に敗北し、捕まってしまうなど……」

 

『気にすることは無い。君は良くやってくれた』

 

「は、ハハー! ありがたきお言葉!!!」

 

 

 ビフォアの声に反応したマルクは、今の戦いの失態を謝り、苦虫をかんだような表情となっていた。その謝罪に気にすることはないと語り、むしろ賞賛の言葉をビフォアの声は送っていた。それを聞いたマルクは、縛られた体を限界まで動かし、頭を地面につけて、寛大な言葉に感激していたのだった。

 

 

「アイツの腕時計、そこから声がするぜ!!」

 

「通信か? だが通信は確か……」

 

 

 カギはビフォアの声がどこから聞こえるか、耳を澄まして聞いていた。そして、その声がマルクの腕時計から発せられていることに気がついたのだ。ただ、そのことを聞いた真名は、疑問を感じたかのように、何かを考えるかのような表情をしていた。

 

 

「ビフォア様! 申し訳ありませんが、私を救っていただきたい!!」

 

『……君はもう用済みだ。どこへでも消えるがいい』

 

「なっ、今なんと!? ど、どういうことでしょうか!?」

 

 

 マルクはビフォアの声を聞いて安心したのか、今度は情けなく地面に頭をこすりつけ、助けを求め始めたのだ。いやはや、先ほどまでの態度はどこへやら、その姿は本当に情けないものだった。また、誰もがマルクの情けない姿に、少し引いていた。しかし、帰ってきた答えはノーだった。用済みだと、消えろと、冷淡な声で拒絶されたのだ。今のビフォアの声に、マルクはまったく理解が追いついていなかったらしい。だからもう一度、一体どういうことなのか聞いたのである。

 

 

『……ハッキリと言っておこう。君ははなただしい勘違いをしている』

 

「な、何を!?」

 

『私こそが悪の権化、この麻帆良を乗っ取ろうとする悪しき存在だ』

 

「そ、そんな馬鹿な!? 麻帆良の魔法使いどもは一般人を盾にしていると言ったのはあなたではありませんか!?」

 

 

 ビフォアの声は突如として、自らが悪の親玉だと名乗りだした。マルクはまったく何がなんだかわからなかった。なぜならマルクに麻帆良の魔法使いが悪しき存在だと刷り込んだのは、紛れも無くビフォアだったからだ。

 

 

『それは嘘だ』

 

「で、では認識阻害による一般人の洗脳とやらは……!?」

 

『全て嘘だ』

 

「ばっ、馬鹿なぁ!? そ、そんなあっああっあああああああ!!!?」

 

 

 さらに、話した全ては嘘だとビフォアの声は断言した。なんということだろうか、マルクはビフォアに騙されていたのだ。正義を語り、自らを正義としてきたマルクにとって、この言葉はショックだった。

 

 元々マルク自身、麻帆良の魔法使いを怪しんでいたので、ビフォアにそこを付け込まれた形だったようである。そして、ビフォアはマルクに嘘の情報を与え、自分を慕うようにしていた。また、騙されたマルクは麻帆良の魔法使いを、本格的に恨むようになったというワケだったのだ。その嘘を知ったマルクは、自分が何をしてきたかを思い出し、後悔の念に苛まれていたのだった。

 

 マルクはビフォアの言葉を否定するように大声で叫び、それが終わると崩れるように膝をつき、うつむいて動かなくなってしまった。今まで正義だと思っていたものが悪であり、価値観が崩壊してしまったのだから当然だろう。

 

 

「まさか正義を名乗る自分が悪の組織に加担していたとは、と言う感じだな」

 

「正義厨にはめっぽう効き目が強いクスリだなありゃ」

 

「……ビフォアはもう、あの男など不要と言うことでござるか……」

 

 

 もはや誰もが捨てられたマルクを哀れに思った。また、正義を名乗っていたマルクが悪に加担していたという事実は、正義を語るものにとって大きな衝撃だったろうと、真名もカギも話していた。そして楓はビフォアと言う男が、このマルクを不要としたことに少し不憫に思っていたのだった。

 

 

「馬鹿な……!? 馬鹿な……!? で、では私がしてきたことは一体なんだったというのだ……!!!?」

 

「信じてきたものに裏切られた末路か……」

 

「少し可愛そうになってきちまった……」

 

 

 完全にビフォアに切り捨てられ、絶望のふちに立たされたマルク。戦う気力すらも完全に失っていた。さらに自分の過去の行いを思い出し、今までの自分はなんだったのかと自問自答を始めだした。これほどまでに沈みきったマルクを見ていた真名とカギも、楓と同じく不憫になってきたようだった。

 

 

「わ、私が悪そのものだったというのかァァァアァァァァッ!? アアアアウウウウゥゥアアアァァァァアァアアアァァァッ!!!!?!?!」

 

 

 マルクは最後に縛られた体を精一杯伸ばし、天に顔を向けて絶望の絶叫を喉の奥から吐き出た。正義だと思っていた全てが悪だったことを認識し、信じるものを失った絶望。その全てを大声と涙とともに、体の外へと流していたのだった。そして完全に力をなくし、地面に膝をついて失意した様子だった。もはや整った顔立ちは涙と鼻水によりグシャグシャとなり、失望により色あせ、焦点が定まらなくなっていた。

 

 

「……すまないが、その腕時計を見せてもらおうか」

 

「……好きにしろ……」

 

 

 完全に廃人同然となったマルク。もはや先ほどまでの姿はなく、年齢よりも老けて見えるほどにまで枯れ果ててしまっていた。そこに真名が不思議に思っていた時計を、マルクに見せるよう指示したのだ。だが、もはやすべてがどうでもよくなってしまったマルクは、抵抗することも無く、勝手に見てくれと言ったのだった。

 

 

「もうこの男は再起不能だな……」

 

「そうでござるな……」

 

 

 全ての気力を失いうなだれるマルクに、カギも楓も再起不能だと感じたようだ。もう戦うことはおろか生きていけるのかさえわからぬほどに、マルクは燃え尽きてしまっていたのだ。それだけマルクは自分が行ってきたことが悪行だと理解したのが、世界が滅びるほどにショックだったということなのだろう。

 

 

「やはりか……」

 

「何かわかったのか?」

 

「この腕時計に通信機などついてなかった」

 

「は? じゃあ今の声は何だってんだ!?」

 

 

 そして、マルクの腕時計を見た真名は先ほどの疑念を確信へと変えた。その様子を見たカギは、真名へと質問すると、すぐさま答えが返ってきた。それは腕時計に通信機の類などが、まったく無いということだったのである。

 

 ならば、先ほど聞こえたビフォアの声はなんだったのか。通信していたからこそ、腕時計から声が聞こえたのではないのか。そうカギは疑問に思った。だが、真名はビフォアが通信など出来るはずが無いことを知っていた。何せビフォアも通信を遮断するためジャミングをかけていた。

 

 それならと超側も、同じ手を使いつつも、自分たちは通信出来るように改良していたのだ。ゆえにビフォア側が通信できるはずがないと、真名は思っていたのである。そうなると、先ほどのビフォアの声は一体なんだったのだろうか。その答えはやはり腕時計の中に存在したようだ。

 

 

「簡易的なAIでの受け答えと、音声が入っていたんだろう。コイツの質問に答えるだけのものがな」

 

「しかしどうしてこのタイミングで起動したでござろうか……」

 

「コイツが負けたら起動するってのは、難しいだろうしなあ……」

 

 

 時計の中に簡易的なAIが組み込まれており、起動した際には簡単な受け答えが可能だった可能性があったと、真名は予想した。しかし、それが何故、今起動したのかと、楓は疑問に思ったようだ。また、カギもマルクが負けた時に起動すると言うのは、難しいと考えていた。何せ何で負けを決定するかなど、機械が判断できるか微妙だったからである。

 

 

「たぶん、最初からこのつもりだったのだろう。もはやこの男など、すでに手駒ですらなかったってことになるが……」

 

「つまりコイツはもう不要になったから、こういう細工を施したって訳か……。ヒデーことをしやがるぜ」

 

「うーむ……、流石に不憫でならないでござる」

 

 

 ならば最初からそのつもりで仕込んでおいたのだろうと、真名は考えた。それならばつじつまが合うというものだ。そう、最初からビフォアは、マルクを切り捨てるつもりだったのだと、真名は自分の考えを冷静に口にしていた。それを聞いたカギは、流石にマルクが哀れになったらしく、ヒドイことをすると怒気を含んで言葉にした。楓も同じく、マルクに哀れみを感じていたようだ。

 

 

「わ、私は一体……。何を信じれば……」

 

「もはやかける声すら見つからん……」

 

「だがまあ、こーなっちまったのはこいつの責任でもあるし、容赦なく学園側に引き渡させてもらうぜ」

 

 

 完全に自分が何を信じれば良いかもわからなくなったマルクは、膝を着いて自問自答を繰り返すだけだった。こうなってしまったマルクを見て、流石に何を言ってよいかもわからないと、真名が腕を組んでいた。だが、こうなってしまっても所詮敵は敵、自業自得な部分もあるのだ。ゆえに、学園側に渡すことに変わりはない。カギはそうはっきり言って、マルクを引きずりながら、真名や楓と共に学園へと向かうのであった。

 

 

 



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九十四話 電子世界での戦い

 ビフォアの仲間は次々に各個撃破されて行った。そして、このインターネット内に存在する電子世界でも、ビフォアの部下と戦うものがいた。学園側の転生者であるジョゼフ・ジョーテス、音岩昭夫、獅子帝豪だ。

 

 

「クソッ! このウィルス、倒しても倒してもきりがねぇ!!」

 

「当たり前だっつーの! 俺がこの場で作り出してるのだからな!!」

 

 

 昭夫はスタンドのレッド・ホット・チリ・ペッパーを操り、敵の作り出すウィルスを破壊していた。だが、その数は増えるばかりでまったく減ってはいなかった。なぜなら、敵が倒された分以上にウィルスを作り出していたからだ。この現状に、流石の昭夫も悪態をつくばかりだった。

 

 

「このままでは被害が増えるだけじゃぞ……!?」

 

「わかっているぜ! しかしこのままでは……」

 

 

 敵は減らずに劣勢となる超一派。このままではビフォアの部下の思う壺である。これではきりがない。それをジョゼフは叫ぶと、豪もわかっていることを叫んでいた。わかってはいるが、どうすればよいのか考えているところだった。

 

 

「ハハハハハッ! 諦めろ! そして跪くのだ!!」

 

「なめたこと言ってるんじゃあないぜ!!」

 

 

 そんな状況に追い詰め、高笑いをするこの敵。自分はネットの世界では無敵だという自信があるようだ。ゆえにジョゼフたちに諦めろと、愉快に叫んでいたのである。だが、それでもジョゼフたちは諦めるわけには行かぬのだ。また、昭夫が調子に乗るなと怒気を含んだ叫びをあげていた。お前なんぞまったく恐れるに足らんと言う、そう言いたげな叫びだった。

 

 

「レッド・ホット・チリ・ペッパー!! 全滅させろ!!」

 

「ぬぅ!? は、早い……!!?」

 

「あたりめぇよ! 俺のチリペッパーは雷速で動けるんだからなぁ!!」

 

 

 レッド・ホット・チリ・ペッパー、電線の中へ進入できる、電気と同化しているスタンド。その速度は電気と同じであり、目にも留まらぬすばやさを持つ。そのすばやい動きで、敵が作り出すウィルスを瞬間的に破壊して回ったのだ。めまぐるしい速度で破壊されるウィルスに、流石の敵も驚きを隠しきれなかったようだ。

 

 

「ハッハッハッ! どうだどうだぁ!?」

 

「クソ! スタンドだけにこちらからはダメージを与えられんという訳か……」

 

 

 どんどんウィルスを破壊していくレッド・ホット・チリ・ペッパー。すさまじい猛攻。外でギターを弾き鳴らしながら、高笑いをする昭夫。なんという強さ。電気さえあればほぼ無敵のレッド・ホット・チリ・ペッパーに、敵も舌を巻いていた。何せレッド・ホット・チリ・ペッパーはスタンドだ。スタンドはスタンドでしか倒せないルールが存在する以上、敵がウィルスでいくら攻撃しようとも、レッド・ホット・チリ・ペッパーを傷つけることは出来ないのだ。

 

 

「だが、その程度で勝ったつもりになっては困るなァ!! 行けエェ!!」

 

「何ぃ!?」

 

 

 ならばさらに数を増やせばよい。倒された倍のウィルスを作り出せばよい。敵はそう考えて、さらにウィルスの数を増やしたのである。その数はさっきの三倍。なんという数の暴力。この数には流石のレッド・ホット・チリ・ペッパーもたじろいだ。

 

 

『大丈夫です。私がサポートします』

 

「この声は茶々丸か!? 助かるぜ!」

 

「またしても俺の邪魔を!!」

 

 

 しかし、そのウィルスは魚の大群により消滅させられた。マグロ、カツオなどの魚たちが、いっせいにウィルスへと体当たりし、それらを破壊したのである。なんと、その魚はワクチン攻撃だった。そして、それを操るはやはり茶々丸だったのだ。茶々丸がサポートしてくれたのだ。茶々丸はすでにサイバー攻撃に備え、ネットに接続されていたのである。助太刀としてサポートしてくれた茶々丸に、豪は感謝を叫んでいた。それとは逆に、敵は悔しそうな叫びをあげていたのだった。

 

 

「まあ数が増えても無駄なことだぞ! ここは俺の支配下にあるんだからなぁ!!!」

 

「そうはさせないぞ!!」

 

「言っていろ!!」

 

 

 だが、敵はいまだに地の利が自分にあることを理解していた。だからこそ、豪たちに味方が増えようとも問題ないと思ったのだ。なぜならこの電子の世界は敵の支配下にあるからである。その余裕があるからこそ、敵は笑っていられるのだ。それでもなんとかせねばと、豪も昭夫も戦っていた。こんなヤツに学園をメチャクチャにされたくなどないからだ。ただ、敵も甘くはない。破壊された倍、つまり最初の倍の倍のウィルスを作り出し攻撃させたのである。

 

 

「ハーミットパープル!!」

 

「な、何だとおお!?」

 

「ここから先は通さんわい!」

 

 

 そのウィルスは半分を豪や昭夫に、別の半分は他のネットワークへと侵入させまいと動かしたのだ。しかし、そこで思わぬ障害が発生したのだ。それはなんと紫色の茨だった。そう、ジョゼフのハーミットパープルだ。ハーミットパープルはネットワークの出入り口に網目状に張り巡らされ、防壁となってウィルスの進入を妨害していたのである。スタンドはスタンドでしか破壊出来ない。ただのコンピュータウィルスにハーミットパープルを破壊する術はないのだ。

 

 

「はぁ!! お前が作り出したウィルスの制御は完了したぜ!!」

 

「や、野郎ぅぅ!! ならばこれならどうだ!!!」

 

 

 さらに攻撃を仕掛けたウィルスは、豪がハッキング能力を使い敵から制御を奪っていた。これで敵の攻撃は全て不発に終わってしまったことになる。流石の敵も今の反撃に恐れを抱いたのか、さらなる力を見せたのである。それはなんと、この電子世界を塗り替えるものだった。

 

 

「なっ!? 景色が変わっていくだと!?」

 

「こっ、こいつぁ……」

 

「なんとこれは……!?」

 

 

 突然の周囲の変化に、三人は驚いた。まるでペンキを塗りたくるかのように、突如背景が変化したからだ。海のようだった世界が、いっきにアメリカのスラム街のように変貌してしまったのである。まさしく電子の世界を書き換える能力を持つ、敵のなせる技だったのだ。

 

 

「フハハハハハハハ!! 俺を甘く見るなよ!? このまま貴様らをウィルスに取り込んでくれるわ!!」

 

「か、数が多いぞ!?」

 

「つーかこいつらエージェントなんたらってヤツじゃねーか!! パクリじゃねーか!!」

 

 

 変化はそれだけではなかった。突如として地面から、サングラスに黒スーツの男たちが現れたのだ。その敵の数に、ジョゼフは危機を感じて叫んでいた。しかし、どこかで見たことあるその黒スーツに、昭夫はパクリだと叫んでいたのだった。いや、黒スーツだけではない。周りの建造物などの背景まで、パクリというかそっくりだったのである。また、その自分の能力を自慢しながら高笑いする敵。このままウィルスに取り込んでやると、意気揚々と叫んでいた。

 

 

『あたり一体のプログラムを書き換えて、別のものにしてしまったようです』

 

「なんつーでたらめな……」

 

「だがこっちも負けるわけにはいかないぜ!!」

 

 

 なんということだろうか、敵は恐ろしいことに、周囲のプログラムを書き換えてしまったというのだ。それを茶々丸が三人へと知らせると、昭夫はそのすごさに戦慄していた。たった思い描いただけで、こうも書き換えてしまう敵の能力に、少しだが恐れを抱いたようである。それでもここで負けるわけには行かないと、強く拳を握り締めながら、叫ぶ豪の姿があった。

 

 

「ああ、そうだったな! レッド・ホット・チリ・ペッパー!! やれい!!」

 

「何度倒しても無駄だ無駄無駄ァ!!」

 

「なんと……。倒してもすぐに復活してしまうぞ……!?」

 

 

 そんな豪に、昭夫は感化されたらしく、再び強気な姿勢を取り戻し、自らのスタンドを敵のウィルスへとアタックさせたのだ。すさまじい速度での猛攻は、幾多のウィルスを破壊することに成功した。破壊されたウィルスは、粉々となり地面へと散らばったのである。

 

 だが、破壊されたウィルスの、散らばった破片から黒い影が発生し、そこから新たなウィルスが発生したのである。しかも破壊された破片の数だけ増殖し、数を増やしてしまったのである。そのことに気がつき、倒しても倒してもきりがないと言葉にするジョゼフだった。

 

 

「クッ! 俺も攻撃する!!」

 

「やってみろよ!」

 

「ウィル・ナイフ!!」

 

 

 このままではまずいと思った豪は、昭夫の助太刀として加勢した。それでも敵は余裕を崩さず、クツクツと笑いながら挑発していたのだった。そこで豪は実体化したように自分の姿を電子の世界に作り出し、左腕に装備された一本のナイフを手に取ると、すぐさまウィルスへと攻撃を始めたのである。

 

 

「ハアアアアァァァァッ!!」

 

「いくら倒しても無駄だということがまだわからんのか!!」

 

「ならば無駄ではなくなるまで倒し尽くすだけだぜ!!」

 

 

 豪も風の様なすばやいく流れるような動きで、敵のウィルスをそのナイフで切り裂いていった。だが、いくら倒しても、切り裂いても、バラバラにしても、そこから分裂するようにウィルスは増え続けるのだ。そんな現状を見た敵が、呆れたように無駄なことだと言い放っていた。いくら攻撃使用とも、ウィルスの数が増えるだけだ、無駄なことだと言ったのだ。それでも、それでも豪は攻撃を続けた。無駄だというならば、無駄ではなくなるまで切り刻む。そうだ、敵が全滅するまで倒すと、そう叫んでいたのだ。

 

 

「ならば更なる絶望を見せてやる!! くたばるがいい!!」

 

「何!? こ、これはぁ!?」

 

「おいどうした!?」

 

 

 まったくもって無意味なことを。敵はそう感じながらも、ならば次の攻撃を受けても無事でいられるかと思ったのだ。そして新たな攻撃を、豪へと行ったのである。なんとそれはウィルスが、豪を取り押さえようと集まりだしたのである。豪はその敵に手足をつかまれ身動きが取れなくなってしまっていたのだった。昭夫はその異変に気がつき、別の場所で戦っていたスタンドを豪の元へと戻した。

 

 

「ぐああああああああああッッ!!!???」

 

「ハハハハハハッ! さっきまでの威勢はどうしたぁ?」

 

「お、おい豪!?」

 

 

 そこで昭夫が見たものは、豪がウィルスに捕まり、そのウィルスの右腕が豪の胸に突き刺さっている光景だった。また、ウィルスの右腕に胸を貫かれた豪は、その痛みからなのか喉がつぶれそうなほどの絶叫を上げていたのだ。その姿はまるで地獄絵図だった。

 

 

「ガアアアアググウウアアアアアアアッッ!!! ………」

 

「なっ!? ご、豪!?」

 

「どうなっとる!?」

 

 

 さらに豪の貫かれた胸から、どんどんと黒い泥のようなものが、豪の体を覆いかぶさり始めていた。それが全身に広がると、なんと豪はウィルスと同じサングラスの黒スーツと言う姿へと変貌してしまったのである。それを見た昭夫とジョゼフも、驚愕の声を出さずにはいられなかった。

 

 

「ヤツの意識を俺のウィルスと同化させたのだ! もはやこうなれば死んだも同然よ!! ヒャッハッハッハッ!!!」

 

「なんじゃとぉ!?」

 

「や、野郎ゥゥゥ……!?」

 

『……はたして本当にそうでしょうか……?』

 

 

 あろう事か豪は敵の攻撃により、意識をウィルスと同化させられてしまった。こうなったらもはや豪を助けることは出来ないだろう。つまり、外に居る豪の体は二度と意識が戻らないということだったのだ。

 

 そのことを愉快そうに話し、ご機嫌に笑う敵。それを聞いたジョゼフは心臓が止まりそうなほど驚き、昭夫は怒りに拳を強く握り締めていた。

 

 しかし、茶々丸は生みの親の一人であり、自分の作成に協力した豪が敗北などするとは思っていなかった。ゆえに、この程度で倒されるはずがないと、豪を信用していたのである。

 

 

「安心しろ! お前らも同じ末路になるんだからな!」

 

「冗談じゃあねぇぜ!!」

 

「もう終わりだぁぁ!!」

 

 

 そんな二人へ、敵はお前たちも同じになると笑いながら断言していた。スタンドはスタンドでしか倒せないが、取り押さえることは出来ると敵は考えたようだ。さらに大量のウィルスを拡散し、完全に麻帆良の回線などの情報系等を支配せんと動いたのだ。それでも昭夫は攻撃をやめず、ウィルスへとスタンドを飛び込ませていた。諦めるわけには行かないと、攻撃をやめることは出来ないのだ。

だが、そこで更なる異変が起こった。

 

 

「な、何!?」

 

「これは……!?」

 

 

 なんと豪を取り込んだウィルスから、ヒビがはいったのである。さらにヒビからは光が漏れ出し、そのウィルスは完全に粉々になって散ったのである。そして、そこに経っていたのは、赤茶色の長髪の男、まさしく豪だったのだ。それを見た昭夫とジョゼフは、やはり驚きの声をもらしていたのだった。さらに、その散ったウィルスの破片からは、ウィルスが増殖する様子がなかった。つまり、ウィルスの分裂を防いだということになる。

 

 

「ウィルスの書き換えは完了した!! そっちに返すぜ!!」

 

「なにぃぃ!? ばっ、バカなあ!?」

 

 

 さらにさらに、豪はウィルスの書き換えが完了したことを叫びながら、右腕を別のウィルスへ突き刺した。そして書き換えたウィルスを、そのウィルスへと流し込むと、先ほどと同じようにヒビが入りはじけ飛んだのである。また、その散った破片が他のウィルスに触れると、そのウィルスも同じく粉々に爆散したのだ。それが連鎖的に起こり、ウィルスが次々に砕け散って言ったのだ。

 

 

『うまくいったようですね』

 

「はっ! やっぱそうなると思ってたぜ!」

 

「さて、こちらの反撃と行くかのう」

 

 

 それを見た茶々丸はこうなることを予想していたのか、先ほどと変わらぬ普段通りの冷静な物言いで、豪の反撃が成功したことを述べていた。昭夫も同じく先ほどの焦った表情から一変、余裕の表情となりニヤリと笑っていたのだ。ジョゼフも同じく先ほどの慌てぶりから、瞬間的に冷静な表情となり、反撃だと言葉にしていた。そう、三人は豪の能力からこうなることを予想していた。だが、敵を惑わすために、あえてジョゼフと昭夫は焦ったり驚いたりした様子を見せたのだ。つまり、敵を騙すために、わざとオーバーなリアクションをとっていたのである。

 

 

「クソ!? ウィルスの破壊がとまらねぇ……!?」

 

「このままいっきに倒させてもらうぜ!!」

 

 

 敵も必死にウィルスの破壊を止めようとしていた。しかし、うまくウィルスを操ることが出来なくなっていた。何せ同じような力を豪が持っており、破壊され続けるウィルスを制御しているのは豪だったからだ。もはや敵の手中にウィルスは存在しない。豪はそのままどんどんウィルスを破壊し、着々とウィルスの数を減らしていったのである。

 

 

「ハーミットパープルで念写が完了したぞ!」

 

「ヤツの本体はそこか! 行くぜ! レッド・ホット・チリ・ペッパー!!!!」

 

「な、何をするつもりだぁ!?」

 

 

 ジョゼフはなにやらハーミットパープルで念写しており、それが完了したと叫んだ。その念写対象は、ウィルス攻撃を仕掛けてきた敵の”サイバー外に存在する本体”だった。その本体の位置を昭夫に知らせると、昭夫はスタンドをその場所へと移動させたのだ。敵は彼らが何を企んでいるのか見抜けなかった。そのため一体何をするつもりだと、多少恐れを含んだ叫びをあげていたのだ。そこに敵は攻撃を加えようとウィルスに命令するも、やはり豪に乗っ取られているため、まったく言うことを聞かなかった。ゆえに敵は無防備となり、その昭夫の行動を簡単に許してしまったのである。

 

 

「いたぜ! こいつが本体か! 意識をネットにアクセスしてるせいで抜け殻だぜ!」

 

 

 そしてハーミットパープルの念写どおり、その一室に敵の本体が存在した。見た目は10代の少年だが、顔はヘルメットのようなものをかぶって居るので見えなかった。敵は何本もケーブルが刺さったヘルメットをを使い、そこから意識をネット上へアクセスさせている様子だった。また、敵の意識がネット内に存在するためか、完全にもぬけの殻となっており、動く気配すら見せなかった。その本体をレッド・ホット・チリ・ペッパーが掴むと、そのまま電線の内部へと引き込んだのである。

 

 

「お前ら! 一体何を……!?」

 

「もうわかるころじゃろうな」

 

「あ……?」

 

 

 敵は昭夫たちが何をしているかわからなかった。だから逆に今度は敵が焦っていた。そこで、もうじき自分たちが何をしているのかがわかるだろうと、ジョゼフは敵に静かに語りかけていた。敵はその言葉がまったく理解できず、アホのような顔で呆けるしかなかった。

 

 

「コイツがテメェの体だろう? ご丁寧につれてきてやったぜ?」

 

「なっ!? お、俺の体……!? まさかぁ!?」

 

 

 そして、レッド・ホット・チリ・ペッパーがジョゼフと敵の前に再び姿を現した。その腕には敵の本体、つまり肉体が抱かれていたのだ。レッド・ホット・チリ・ペッパーは電気を使って能力が上昇する。また、それ以外にも物質を電気化し、電線などに引き込むことが可能なのだ。それを利用し、敵の本体である、現在精神と分離している肉体の部分を回収し、脅しに使おうとジョゼフと昭夫は考えたのだ。

 

 それを敵の意識体に見せ付けると、敵は冷や汗を流しだし大きな動揺を見せたのだ。自分の肉体を電気化させられ、ネット内であるこの場で、目の前で見せられれば焦りもしよう。さらに、これから起こりうるだろう出来事を予想し、恐れおののき始めていた。

 

 

「そのまさかじゃよ」

 

「このまま確保させてもらうぞ!!」

 

「やめろぉ! 俺の意識が戻れなくなる!! た、助けてくれ!!」

 

 

 そこでジョゼフは、敵が恐怖で自然に出てしまった独り言に、そのまさかと答えたのだ。そう、敵の肉体を確保すれば、精神体である敵は帰る体を失うことになる。つまり、この電子の海をさまよい続けなければならなくなってしまうということになるのだ。敵は肉体などどうでもよく、このサイバーワールドで好き勝手する人物ならば、この脅しに効果はなかっただろう。だが敵の肉体はある程度健康体。肉体に執着があるということだ。肉体を捨てて電子の世界に生きようとしているわけではなかったのである。

 

 と、いうのも敵の能力、ネット内へ精神を進入させ、その進入したプログラムなどを支配するというものだ。だからこそ、肉体が死ねば精神も死に、ネット内で活動している精神体も消滅してしまうという弱点があったのだ。加えて精神のみネット内に取り残されれば、肉体は衰弱するのみ。すなわち肉体に精神を戻し、生命活動、すなわち食事などを行う必要がある。それが出来なければ、どの道死亡してしまうからだ。

 

 それを知っていた敵は、肉体を奪われることに恐怖を覚えたのである。それゆえ敵は、恐怖に駆られて助けを乞い始めたのだ。先ほどの余裕は消え去り、恐怖と焦りでゲドゲドに歪んだ表情で、助けてくれと叫んだのだ。

 

 

「まあ、おとなしくつかまるっつーんなら、助けてやってもよいが?」

 

「う……、うう……、ううう……」

 

 そこで昭夫はニヤニヤしながら、おとなしく捕まるなら助けてやると敵をさらに脅す。敵はそのことに、相当迷って居る様子を見せていた。ここでこいつらに敗北するのは、敵にとって非常に腹が立つことだった。また、ビフォアから、こいつらに勝利すれば、褒美を与えるとも言われていたからだ。しかし、それでも自分の肉体は命であり、それ以上に大切なものだ。迷わないはずがないのである。

 

 

「わ、わかった! 言うとおりにする! だから助けてくれー!!」

 

「素直が一番だなぁ! まっ、とりあえずテメェの体はふんじばった上で俺らのアジトに幽閉させてもらうぜ」

 

 

 敵はやはり自分の肉体に帰れなくなることが恐ろしいようで、言うことを聞くと言う条件で助けを求めたのだ。それならばと昭夫は、敵の肉体をしっかり取り押さえた上で、元通りにしてやることを約束したのである。もはや敵は戦意喪失、完全に敗北を認めたということだった。

 

 

「計画通りに行ったようで、よかったぜ」

 

「んむ。こういう相手はワシらと同じく本体ががら空きじゃろうからな」

 

 

 しかも、この作戦はすでに考えられたものだった。相手が精神のみを電子世界へ移動させているならば、遠隔操作型スタンド使いのように、本体ががら空きになっているとジョゼフは考えた。そこで目の前に居る敵ではなく、その現実世界に存在する敵の本体を叩くことにしたのである。だが、この作戦はハーミットパープルの念写と、レッド・ホット・チリ・ペッパーの電線を移動する能力があってのものだ。そして、それを悟られないために、豪が敵の攻撃でやられた振りをしていたというものだった。

 

 

「敵をつれてきたぜ!」

 

「なんと! そこまでやれたのか!?」

 

「おうよ!」

 

 

 敵の本体を引き連れたレッド・ホット・チリ・ペッパーが、エリックらの下へと戻ってきた。また、ここに突如出現した謎の少年が、敵だということを昭夫本人が言葉にしていた。スタンドで話せばスタンド使い以外聞こえないからだ。そこで敵を捕まえたという事に、エリックは驚き確認をした。そのエリックの言葉に、自信満々に昭夫は返事をしていた。

 

 

「なんかまたとんでもないコトが起こってねぇか……?」

 

「気にしたら負けですよ」

 

 

 突如として謎の少年が現れた現象を目の当たりにした千雨は、またしても異常な事が起こっていると、頭に手を押さえて悩み始めていた。まあ電気化した人間が電線を通ってワープしてくるなど、普通は考えられないことだ。千雨が驚き呆れるのも無理もないだろう。そんな千雨に気にしないほうがよいと、多少なれた様子で宥める葉加瀬の姿があった。葉加瀬は魔法を知っていたので、ある程度このような現象に慣れているようだ。

 

 

「さぁて、コイツの意識を戻すなら、コイツのかぶりもんのコードを機械につなぐ必要があるらしいが……」

 

「それなら私がやります」

 

「おう、助かる」

 

 

 そして、人質に取った敵の肉体に敵の精神を戻す必要があると考えた昭夫は、敵のかぶっているヘルメットの端子を機械につなぐ必要があると考えた。そこで葉加瀬がそれなら自分がと、そのコードがつながったヘルメットの端子を握り締めていた。昭夫はそれは助かると、礼を述べつつ敵をロープでしっかりと縛っていた。

 

 

「これで一応敵のネットからの攻撃は終わったようじゃな」

 

「しかしウィルス攻撃による被害は大きい……。復旧にはまだ少し時間を要するぞ!」

 

「もうすぐ強制認識魔法が発動する……。それまでに間に合えばよいが……」

 

 

 これにてようやく敵からのサイバー攻撃は終わったと、安心の声を漏らしたジョゼフ。だが、敵の攻撃により学園側の損害は大きかった。これを修復して結界を復活させるには、まだ時間が必要だった。それゆえ豪は肉体に意識を戻し、結界復元のために学園側のサポートに回ることにしたようだ。

 

 さらに、強制認識魔法が発動する時間まで、残りわずか。その時間が刻一刻と迫ってきていた。そのことを心配そうな眼差しで、必死に作業を行うエリックだった。同じくこの場にはいないが、茶々丸も電子世界で必死に普及作業を行っていたのだった。

 

 

「クックックッ、もう間に合わねぇーぜ。お前らはおしまいだ! あのビフォアとか言うやつに負けるんだよぉー!!」

 

「それを決めるのはお前じゃない! 俺たちだ!!」

 

 

 コードがつながったことにより、敵の精神が肉体へと戻ってきた。敵は肉体に帰還できなくなることを恐れ、すぐさま肉体へと帰ってきたのだ。そして、がんじがらめに縛られた状態から、負け犬の遠吠えのような捨て台詞を、最後の悪あがきのように叫んだのである。情けなくあっけない敗北だったが、このまま戦っていればどうなっていたかわからない。そういう意味では強敵だったと言えよう。そんな敵へ、豪は勝敗はお前ではなく自分たちだと、敵へ強気で宣言していた。

 

 

「さて、勝利の演奏をさせてもらうぜェェッ!」

 

「待て待て! まだ終わってねぇだろ!!?」

 

「俺の仕事は終わりさ! 行くぜ!!」

 

 

 自分たちの戦いは勝利に終わった。そう考えた昭夫は、突如ギターを握り締め、演奏を始めようと絶叫していた。しかし、敵を倒すことに成功したが、混乱はいまだに続いている。そのため千雨は、まだ終わってないだろうと昭夫へツッコミを入れていた。

 

 そんな千雨のツッコミなどどこ吹く風か、自分たちの仕事は終わったと断言し、昭夫はついに演奏を始めたのだ。なんと迷惑なやつなんだろうか。

 

 

「また悪い癖が始まったようじゃな……」

 

「いつものことなんですか……」

 

 

 ジョゼフは昭夫が演奏を開始したのを見て、額に手を当て悪い癖が始まったと、悩ましく言葉を溢していた。つまり昭夫は、何かしら成功したり終わったりすると、突然演奏しだすクセがあるらしい。やはり迷惑なヤツだった。それをひょっこり覗いていた葉加瀬も、呆れた様子でいつものことなのかと、ジョゼフに聞き返すように話しかけていた。

 

 

「にぎやかでよいが我々の戦いはまだ続いているぞ! 休んでいる暇などない!」

 

「あっ! は、はい! わかっていますドク・ブレイン!」

 

 

 だが、まだ終わってはいないのも事実。今度はこちらがしっかりする番だと、演奏を見て呆れる葉加瀬に激励の言葉を発していた。それを聞いた葉加瀬は、慌てて自分のポジションへと戻り、学園の結界復活のために精を出すのだった。ただ、後ろで演奏する昭夫は千雨や豪により取り押さえられ、演奏するなら外でやれと言われ、しぶしぶ外へと出て行ったのであった。

 

 

…… …… ……

 

転生者名:不明、見た目10代半

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:コンピュータプログラマー

能力:ネットへの進入し、その場を支配する能力

特典:コンピュータへの精神の進入

   コンピュータ内のプログラムの支配



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九十五話 麻帆良祭終盤

 サイバー攻撃は終わったが、未だ結界の復旧は完了してはいなかった。さらに言えば、地上ではまだまだ戦いは続いていた。ロボの工場は無くなったものの、大量のロボが未だに攻撃を仕掛けていたからである。天は闇に染まりはじめ、日はかなり傾いていた。そんな中でも戦いの火種で、麻帆良を明るく照らしていたのだった。

 

 

「ちょっと数が多すぎ!」

 

「でもさっきより数は減ってきてる! いけるいける!」

 

 

 防衛拠点である世界樹前広場にて、桜子、美砂、円の三人と裕奈が、大量のロボ軍団と激戦を繰り広げていた。三人は一度裕奈から離れて戦っていたが、敵の物量に負けて後退して来たのである。そこで、少しずつだが数が減っては来ているが、未だ大量に攻撃してくるロボ軍団に苦戦を強いられていたのであった。また、他の3-Aのクラスメイトたちも、各場所で必死に防衛を行っていた。

 

 

「”魔法の射手! 連弾・火の17矢!”」

 

 

 裕奈はロボ軍団へ炎属性の魔法の射手を放つ。すると、それは全て吸い込まれるかのように、ロボ軍団へと命中し破壊した。だが、破壊されたロボの煙の後ろから、なんと強制時間跳躍弾が飛んできたのだ。後ろに待機していたロボが、タイミングを計って攻撃してきたのである。

 

 

「ちょっ! うそ!?」

 

 

 それを裕奈はギリギリで回避。飛び込むような姿勢で地面へと身を投げ、黒い渦に呑み込まれることはなかった。しかし、別の方向からのロボが、脱げビームを放ってきたのだ。非常に焦った裕奈は両腕で地面を蹴り、宙返りするように空へととび、着地と共に魔法の射手を放つ。

 

 

「”連弾・火の10矢!!”」

 

「おー!」

 

 

 裕奈の戦いぶりに、美砂たちはまたもや驚いていた。そして、裕奈が放った魔法の射手は、先ほど攻撃してきたロボへと鋭く突き刺さり撃破したのだ。それを見た裕奈は少しほっとした様子を見せつつも、他のロボを倒そうとした。その時、後ろからさらに複数のロボが、強制時間跳躍弾と脱げビームを放ってきたのだ。それに気がついた裕奈は、すぐさま飛び込み回避するも、勢いのあまり地面を数回転がってしまっていた。

 

 

「……くうっ……」

 

「ゆーな!?」

 

 

 その衝撃により体に痛みを感じたのか、裕奈は小さく苦悶の声をもらした。また、そんな裕奈を見た美砂が、心配するように裕奈の名を叫んでいた。

 

 

「このー! ”敵を撃てー”!!」

 

 

 しかし、裕奈もただでは転ばない。転がった先に落ちていた拳銃型の杖を拾い上げ、それをロボへと向けて攻撃したのだ。その光線がロボへ命中するや否や、ロボは膝から崩れ落ち、機能を停止させたのである。

 

 

「大丈夫!?」

 

「へーきへーき! それよりもロボを倒さないと!」

 

「そ、そーだね!」

 

 

 そこへ美砂たちが他のロボを倒しつつ、裕奈へと近づき気遣いの声をかけていた。そんな気遣いなど無用と言う感じで、裕奈は余裕を訴えるように元気な声で返事をしていた。また、自分の心配よりもロボの数を減らすことの方が重要だと、美砂たちへ話したのだ。美砂も裕奈の答えに、その通りだと言葉にし、再びロボへと攻撃を始めたのだった。

 

 

「まったく、こんな忙しい時にアルスさんや高畑先生はどこに行っちゃったんだろー」

 

 

 再びロボ軍団へと攻撃を仕掛けていく美砂たちを眺めながら、ふと裕奈はアルスと高畑先生のことを考えた。先ほどから姿を見せず戦いに参加していない二人が、今何をしているのかわからなかったからだ。まったくもって、こっちは忙しく戦っているというのに、どこで何をしてるのやらと思ったのだ。だが、実際その二人は、ビフォアに敗北して3時間後へ飛ばされてしまっているのだが、裕奈には知りえないことだった。

 

 

「とは言えアルスさんはともかく、高畑先生が怠けるワケないし……、まさかねー」

 

 

 それでもアルスはやる気がない男なのでサボっている可能性も否定できないが、あの高畑先生が怠けることはないだろうと考えた。ゆえに、あの二人に何かあったのではないかと、一瞬不安がよぎったのである。しかし、あの二人が強いことも裕奈は当然知っていた。なので、二人が何かしらで敗北したなど、到底考えれないと苦笑していた。

 

 

「減ってきてるけど次から次へと押し寄せてくるよ!?」

 

「押し寄せてきてるの倒せばポイント稼げるじゃん!」

 

「そうだけど多すぎない?!」

 

 

 敵は確実に数を減らしてきていた。それは誰が見ても明らかなことだった。美砂たちもそれを実感してきていたが、その物量はいまだに半端がない状況でもあった。大量に押し寄せてくるロボ軍団に、少したじろぐ桜子。それなら敵を大量に倒してポイントを稼げると豪語する美砂。それでも数が多いことを口にもらす円がいた。

 

 

「なーに! 全部倒せばいいだけよ!」

 

「そのとおり!」

 

 

 そんな三人のところへ、再び裕奈が飛び込んできて、ロボへと攻撃を始めたのだ。先ほど手に入れた拳銃型の杖と、無詠唱の魔法の射手にて周囲のロボを一蹴したのだ。その様子を見ながらも裕奈の意見を賛成する美砂は、桜子と円と共に残りのロボへと攻撃したのである。

 

 

「でもちょっと待って! あれってまさか!?」

 

「敵の増援!?」

 

「巨大ロボ軍団!? こんな時に!?」

 

 

 だが、そこへ新たな敵の増援が上空より現れた。なんということか、それは全て巨大ロボだったのだ。数も十数以上おり、発見した桜子も焦るほどだった。この場のロボ軍団もまだ半数以上残っている状況で、さらなる巨大ロボの増援は絶望的なものだった。円も美砂も驚き慌てふためいていたのである。

 

 

「なんということでしょう! さらなる巨大ロボの増援が現れました!! この麻帆良はどうなってしまうんでしょうか!?」

 

 

 その敵の増援を感知した和美も、多数の巨大ロボが現れたことをアナウンスしていた。本人も地味に焦ってはいるが、とりあえず自分が出来ことは実況しかないので、それを必死に行うことにしていた。

 

 

「こっちに来るよー!?」

 

「まずいんじゃないのこれ!?」

 

「だけどここで諦めたら試合終了だよ! ここは正念場ってやつさ!」

 

 

 敵が着実にこちら側へと近づくことに、桜子は慌てていた。そりゃ十数もの巨大ロボが飛んできて居るのだから慌てない方がおかしいだろう。円も同じくこの状況がとてつもなくヤバイことを感じてあわあわと混乱していた。しかし、この様な状況でも諦めず、ここは踏ん張りどころだと周りを激励する裕奈。巨大ロボが来ようとも、ここで負けるわけにはいかないと、強く思っていたのである。

 

 

「で、でもやっぱ数多すぎ!?」

 

「うわー、ヤバイってこれ!」

 

 

 それでも敵の数はかなり多い。巨大なボディと合わさり、非常に重圧感を出していた。ゆえに威圧される美砂たちは、現在明らかに不利な状況だと感じ取っていたのだ。

 

 

「確かに多いけど、ここで負けるワケには行かないよ! みんなで力を合わせて倒すんだー!」

 

「そ、そうだね!」

 

「よーし! こうなればヤケだ! やっちゃうよー!」

 

 

 だが、ここで逃げるわけにはいかない。裕奈は巨大ロボを、協力して迎え撃とうと叫んでいた。ならばやるしかないと、美砂や桜子も威勢よく叫んだ。円もまた、戦うしかないと決死の覚悟を決めたようだ。しかし、そんなところへ一人の少年が現れた。普通に見れば中に浮かんで居るように見える、長い黒髪をなびかせた少年だった。

 

 

「やれ、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)

 

 

 少年がその言葉を唱えると、突如として上空の巨大ロボ軍団は爆発炎上、ほとんどが破壊されたのだ。その少年こそ、やはりあの覇王だった。覇王はO.S(オーバーソウル)したリョウメンスクナの掌に立ち、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を操っていた。

 

 空の敵には空が飛べるS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)こそが適材。空に舞い上がったS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の鋭い爪や巨大な腕を使った攻撃や、炎上させる攻撃などで次々と巨大ロボを粉砕爆砕していったのである。

 

 

「えぇー!? 巨大ロボが突然爆発した!?」

 

「あれ、あの人って確か……!」

 

「このかの彼氏!? ていうか浮いてる!?」

 

 

 だが、普通の人には突如として巨大ロボが勝手に爆発したようにしか見えない。O.S(オーバーソウル)は普通の人には見えないからだ。だから桜子たちは突然爆砕された巨大ロボ軍団を見て、とてつもない驚きようを見せていた。今ここで巨大ロボを迎え撃とうという時に、巨大ロボの方から自滅したように見えれば驚くだろう。

 

 さらに、覇王はリョウメンスクナの掌に乗っているため、一般人には宙に浮いていたって居るようにしか見えないのである。

 

 また、覇王を見つけた円と美砂は、確か木乃香と仲良くしている男子だということを思い出したようだった。というか、覇王と木乃香が付き合っていると言う情報は、3-Aでは常識なのである。

 

 

「……これも違う……、()()はいつ出すつもりなんだ」

 

 

 そんな覇王は周りのことなどどうでもよさげに、闇に染まりかけた空を見上げていた。覇王はいまだに戦力として投入されない鬼神に、若干の焦りを感じていた。

 

 鬼神は魔力を増幅する装置としても使われるはずなので、必ず登場するはずだからだ。あれさえ見つけ次第破壊できれば、こちらがかなり有利となるし、あわよくばビフォアの計画それ自体をも阻止できるからである。

 

 しかし、いまだにその姿を確認できずにいた。覇王はなんとしてでも、その鬼神を倒さなければと、辺りを注意深く観察し、戦っていたのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方広場の最前線にて、状助や刃牙もロボ軍団と対峙していた。敵の数に圧倒されつつも、徐々に敵減らしていたのだ。

 

 

「しっかし敵が多すぎるぜ! なんつー数だ!」

 

「まったくだ……。だがまあさっきより数が減ってきているぞ」

 

 

 敵が多すぎる。それは誰もが思うことだ。状助もロボ軍団の数の多さに、疲れを見せ始めていた。しかし、敵は減ってきている。少しずつだが減ってきている。そのことを刃牙が言葉にし、状助を鼓舞させていた。

 

 

「ちょっと、上を見て……!」

 

「何!? お、おいおいアレは……!?」

 

「な、なんや!?」

 

 

 だが、そこでアキラが刃牙に、焦りの表情を見せながら空を見るように呼びかけた。突然のことに何事かと思い空を見た刃牙も、仰天するような光景を目の当たりにしたのだ。それはやはり巨大ロボ軍団の登場であった。空中を飛行しながら、大多数の巨大ロボがこちらへと近づいてきていたのだ。そのおぞましい光景に、亜子も驚き慌てた声を出していた。

 

 

「巨大ロボが大多数だとオォ――――ッ!?」

 

「マジかよグレート……」

 

「ど、どうする……?」

 

 

 刃牙も戦慄の声を上げていた。流石の刃牙も巨大ロボと言う威圧的な存在が大量に飛んでくる様には、焦りを感じざるを得なかったようだ。また、状助も空を見上げ、唖然とした表情をしていた。いやはや、ただのロボ軍団でさえ未だ多く存在するというのだ。それだけではなく巨大ロボまで相手しなければならないとなると、骨が折れるどころではないからだ。もはや絶望的な状況に、アキラは刃牙へどうしたらいいか不安の表情で聞いていた。

 

 

「ど、どうしようもねエェ――――! 戦うしかねぇぜ!」

 

「せ、せやけどあの数は……」

 

 

 そうだ、戦うしかない。どの道それ以外方法などない。刃牙は覚悟を決めたと言うよりは、破れかぶれになったような声で、そう叫んだ。だが、あの数は流石に多すぎる。はっきり言って、こちらの減りに減った戦力では勝てるかわからないほどだ。いや、守りに入っても守りきれるかさえわからないような状況だ。ゆえに亜子は不安な様子を見せながら、敵の数に困惑していた。しかし、そこへすさまじい速度で、こちらへ走行してくる二つの巨大な物体が現れた。

 

 

「オラオラオラオラァ!」

 

「貴様らの相手は私たちだ!」

 

 

 赤いロボットに青いロボット。それはまさしく炎竜に氷竜だった。二体のロボは足のみをビーグル形態へと形を変え、滑走してきたのだ。さらに、そのままクレーン型とラダー型のウルテクライフルからウルテクビームをロボ軍団へと放ちつつ、ものすごい勢いで突っ走っていた。そして、防衛拠点である広場の前へやってきた二体は、その場へ人型となり勇ましく大地に立ったのである。

 

 

「なっ!? こ、これは……!?」

 

「グレート……。まさかこんな隠し弾までいたとぁよォー……」

 

 

 それを見た刃牙と状助は、明らかにこの世界とは場違いな二体に、すさまじいほどに驚いた。何せ勇者王に登場する二体のビーグルマシーンが、目の前に現れたのだ。驚かないわけがない。また、まったくもってこんなヤツがいるのなら、早く来てくれよとも思っていた。

 

 

「ロボ……?!」

 

「噂の赤いロボに青いロボ?!」

 

 

 驚いていたのは刃牙と状助だけではない。亜子やアキラも驚いていた。突如ロボが高速で走行してやってきたのだ。驚かないはずがない。さらに、麻帆良には街を守護する二体のロボの噂があった。赤いロボ、青いロボ。その二体が麻帆良の平和と安全を守っているというものだ。その噂を知っていた二人も、本当にそれが存在したことにも驚いていた。

 

 

「デカいヤツらの数が多いぜ!」

 

「わかっている! ならば私たちでヤツらの侵攻をここで食い止めるまで!」

 

「おうッ!!」

 

 

 炎竜は上空から飛来する巨大ロボ軍団を見て、それらを危険視していた。同じく氷竜も敵の数を計算し、その脅威度を分析していた。そこで氷竜はこのままではこの場が危険だと考え、炎竜へとここへとどまり巨大ロボを迎え撃つと提案した。炎竜はそれを肯定し、強く頼もしく返事をしたのだ。そして、その肯定にはさらに別の意味があったのである。

 

 

「シンメトリカル・ドッキングッ!!」 「シンメトリカル・ドッキングッ!!」

 

 

 炎竜と氷竜はシンパレートが高まることにより、合体することが可能となる。つまり、二体の心がひとつになったということだ。二体は重なるように、力強くその合体の意思を示す言葉を叫ぶと、空中へと飛び上がった。

 

 飛び上がった二体の腕が左右に広がるように移動し、伸縮したと同時に回転しながら定位置へと固定される。次に胸部が持ち上がり、頭が胸部へと収納された。すると背中にあったクレーンが分離し、背面の装甲がと両腕が持ち上がった。また、その両腕へとかぶさるように装甲の左右が折りたたまれると、その両端からつま先らしきパーツが飛び出したのだ。

 

 そして、分離していたクレーンが、腰となる部分へとマウントされた。その後、肩となる車両前方が90度の角度で折り曲がると、その二体が対象となるように、ゆっくりと合わさった。そこで両方の肩となる部分から、二つのガンが射出され、それが腕となるように合体し、手の部分が裏返るように出現したのだ。

 

 さらに背中となる部分へブースターパーツと頭部が合体、上下逆だった体を反転させ、足で大地を踏みしめた。最後に突き進むように前へと走ると、胸部となる銀の盾(ミラーシールド)が合体し、巨大なロボットが完成したのだ。そう、これこそがシンメトリカルドッキングすることで、二体がひとつとなった姿。

 

 

「超ォ竜ゥ神ッ!!」

 

 

 その名は超竜神。銀色の頭部と胸、左右対称なフォルム、力強い鋼のボディ。左が炎竜の赤、右が氷竜の青の色をした、巨大なロボット。超竜神は強くうなるような声で、その名を叫んだ。頼もしく心強い勇者の参上だった。

 

 

「合体した!?」

 

「圧巻としか言えねェぜ……」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 赤と青の二体のロボが合体したことに、アキラは先ほど以上に驚いた。いや、まさか合体までするとは思っていなかったのだ。亜子もその後ろでアワアワと驚きながら、その様子を眺めていた。だが、合体することをあらかじめ知っていた状助と刃牙は、その合体を目の前で体感したことに、驚愕と感動の二つを感じていたようだ。

 

 

「ダブルガン!」

 

 

 周りの動揺をあえてスルーし、超竜神は両腕に搭載されているガンでウルテクビームを照射、飛来する巨大ロボを攻撃した。巨大ロボの半分は、それにより大破、撃墜されたのだが、それでも半分は残ってしまった。残ったといっても大群でやってきた巨大ロボは、いまだ威圧的な数だった。そんな巨大ロボ軍団は、ついに広場の近くへと降り立ったのだ。

 

 

「ダブルライフル!!!」

 

 

 しかし、超竜神は当然それを見逃さなかった。その着地の瞬間を狙い、クレーンとラダーの先端に装備されたライフルで即座に攻撃。巨大ロボをさらに減らしたのだ。それでも巨大ロボはいまだ多く残っていた。数は減ったが、まだまだ健在だ。

 

 

「ウオオオオッ!!!」

 

 

 ならばと超竜神は地面を蹴り、すさまじい速度で敵のロボ軍団へと、勇ましい叫びとともに突貫していった。巨大ロボは遠距離武器に、脱げビームや強制時間跳躍弾が装備されている。一週間後の世界ならば、それが全て光学兵器やミサイルへと置き換わっていたが、今はそれしか装備されていないのである。と言うのも、ロボの数だけをとにかく増やす作戦だった。それゆえ武装は、最小限にとどまってしまっていたのである。

 

 何とか超竜神の動きを止めたい巨大ロボ群は、右腕から機関銃をはやし、強制時間跳躍弾を放ったのである。しかし、超竜神のダブルガンやダブルライフルにより、それらを打ち砕かれたのだ。

 

 ダブルガンやダブルライフルはウルテクビームを発射するだけではなく、元の装備であるメルティングガンおよびフリージングガンも選択して発射することが可能だ。それを使って強制時間跳躍弾を跳ね除け、あるいは溶かしてしまったのである。もはや巨大ロボ軍団では、超竜神の特攻を止めることはできなかったのだった。

 

 

「ダブルトンファー!!!」

 

 

 超竜神は敵の攻撃をかいくぐり、ついに巨大ロボ軍団へと近づくことに成功した。そして、その叫びとともに腰に装備されていたクレーンとラダーを腕に持ちかえ、巨大ロボを殴り飛ばしたのだ。さらにクレーンとラダーを、まるでトンファーのように使い、巨大ロボへとたたきつける。それだけではない。巨大な足から強烈な蹴りを放ち、巨大ロボ軍団を格闘にて撃破していったのだ。

 

 なにせ超竜神は元々レスキュー用のロボである。武装はダブルガンおよびダブルライフル、そしてダブルトンファーしかないのだ。武装がそれしかないのにもかかわらず、これほどのポテンシャルが出せるのは、やはりウルテクエンジンなどの技術や、Gストーンの力によるものだろう。

 

 

「すごい……。敵のロボの数が一気に減ったよ!」

 

「う、うん……」

 

「それならよォー、俺らはちいせぇロボをぶっ壊すしかねぇなァッ!」

 

「ああ、それが一番ってワケだな!」

 

 

 なんと危惧していた巨大ロボ軍団は、赤と青のロボによりほとんど破壊されてしまった。それを驚きつつもほっとしながら喜ぶアキラに、もはや言葉も出ないほどに衝撃を受けていた亜子がいた。また、状助は巨大ロボを超竜神に任せて、自分たちは先ほどと同じように、普通サイズのロボ軍団をぶっ倒すことにしようと考えた。状助の意見にもっともだと考えた刃牙も、超竜神の戦いぶりに感化され、さらに敵数を減らすことにしたようであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 もうすぐ太陽が完全に沈み、空が全て闇に支配されるころ。ネギと超はロボを倒しつつ、ビフォアが現れるのをひたすら待っていた。そして、その時間が間近となったので、超がそのことをネギへと切り出していた。

 

 

「……そろそろ時間ヨ、ビフォアが現れるはずネ」

 

「そうですね……。しかし、本当に兄さんが言うように上空に現れるんでしょうか……」

 

 

 ビフォアは強制認識魔法を使うために、必ず屋外で儀式を行なう。それは未来から持ち帰ったデータでわかっていたことだ。また、カギが原作知識を当てはめ、必ずビフォアは上空の飛行船の上に現れると予見していたのだ。ただ、ネギはそのことに多少疑念を持っていたようで、若干不安の色を隠せずにいた。ビフォアを倒すのに、ビフォアが見つからなければ意味がないからである。

 

 

「そこはまかせるネ。偵察が上空を監視しているからネ」

 

「なら大丈夫ですね」

 

 

 だが、それには及ばないと、超は自身ありげに語った。なぜなら念には念を入れて、麻帆良全体を監視しているからだ。それはカギが話した上空の飛行船とて例外ではない。だから大丈夫だとネギへ話したのだ。ネギも超の言葉に納得し、安心した様子を見せたようだ。

 

 

「ム、上空の偵察からビフォアの位置を確認したネ。これから空へ向かうヨ! ネギ坊主は大丈夫カナ?」

 

「はい! 大丈夫です!」

 

 

 そして超は、自動で飛行する小型カメラの偵察から、ビフォアの位置を確認した。そこはやはりはるか上空に浮かぶ、飛行船の真上だったのである。これからその場へ向かいビフォアを倒す、その準備はいいか。超はそれをネギへと伝えると、ネギも問題ないと、強気で返事をしたのだ。

 

 

「それより、超さんはどうやって空へ……?」

 

「フフ、飛行用の装備は持てきてあるヨ。それを使えば簡単ネ!」

 

「そうだったんですか」

 

 

 しかし、ネギはそこで疑問に思ったことがあった。自分は魔法で飛行することが可能だが、超はどうやって空を飛ぶのか、と言うことだ。そのことを超へと質問すると、超はフフンと鼻を鳴らしながら、飛行用の武装をネギへと見せたのだ。それは半重力装置のようなもので、重力をコントロールすることで飛行するユニットだった。ネギは超の言葉で疑問が晴れたようで、一人納得していた。

 

 

「サア行くヨ! ネギ坊主!」

 

「はい! 行きましょう! 超さん!」

 

 

 二人はビフォア打倒のため、上空を飛行する飛行船目掛け飛び上がった。ネギは杖で飛行し加速の呪文を唱え速度を上昇させ、超は飛行ユニットにより、安定した速度でネギと並んで飛行していた。

 

 

「見えたネ! あの飛行船の上にビフォアが居るはずヨ!」

 

「あそこに……!」

 

 

 ロケットのごとく高速で上昇する二人は、ついにビフォアの飛行船を目視でとらえた。ついに、ついにあのビフォアとの戦いとなる。このために待っていた。二人の緊張は飛行船が近づくにつれて、少しずつ高まっていくのを感じていた。しかし、飛行船に近づく二人を妨害せんと、何かの影が星が見え始めた空を覆いつくし始めていた。

 

 

 

「! 頭上に敵影ネ!」

 

「まだこれほどの戦力を……!?」

 

 

 それははやりロボ軍団。なんということだろうか、ロボ軍団は別の場所からこの場へと急速に集まってきていたものだった。そのための飛行パーツを装備したロボ軍団が、その行く手を遮ったのである。しかも、数が非常に多く、二人で相手をするには厳しい状況だった。二人は敵の数に圧倒されつつも、そのままの速度で突っ切っていった。

 

 

「くっ! 簡単には通してくれそうになさそうですね……」

 

「これは多いネ……!」

 

 

 だが、敵もただ二人が通過するのを見ているだけではないだろう。二人を目標として捉えたロボ軍団は、次々に迫ってきたのだ。まるで獲物に群がる蟻のごとく、すさまじい数のロボが、二人へと押し寄せてきていた。やはり簡単には通れない。ネギはロボ軍団の数に戦慄しつつも、ロボを迎え撃つことにしたようだ。超も同じく数の多さに驚きながらも、ここで立ち止まるわけには行かないと考えていた。

 

 

「こんなところで止まってる場合じゃ……!」

 

「邪魔ヨ!」

 

 

 二人は目標の飛行船へ近づくべく加速しながらも、ロボの追撃を防いでいた。空が真っ黒に覆われるほどの数のロボを、撃破していったのである。それでもこうしている内に、ビフォアが儀式を行なっているだろう。二人は焦りを感じ始めていた。

 

 カギは二人に、敵が待ち伏せしていることを話していなかった。またしてもうっかり忘れていたのだ。原作でも同じようにロボの大群が空中で待ち構えてた。だから原作と同じように、大量のロボ軍団が待ち構えている可能性があることを、カギは知っていた。知っていたのだが、ネギたちに話すのを忘れてしまっていた。むしろ、話したつもりでいたのである。ここにきて、カギの詰めの甘さが浮き彫りになった結果だった。

 

 ただ、超もこの状況を予想していた。儀式中はビフォアが動けないだろうと考えていたからだ。そこで邪魔をされないように、兵隊を集めるのは当然だ。ゆえにロボをこの場所で護衛させるのは必然だと、超も思っていたのである。しかし、予想していたよりもロボの数がかなり多かった。工場が破壊され生産が止まったというのに、未だにこれほどの戦力を持っているというのは、超の計算外だったのである。

 

 

「うわっ!?」

 

「ネギ坊主!?」

 

 

 ロボ軍団は数の暴力で二人を攻める。二人はその数にたじたじだが、それでも飛行船に近づこうと必死にあがいていた。だが、大量のロボ軍団を空中と言う三次元で相手するのには限界があった。ネギは目の前のロボに気を取られ、死角に居たロボの攻撃に気づかなかったのだ。

 

 それが命中する前に、なんとか気がついたネギだったが、それを無理して回避した結果、杖から落ちかける状況になってしまったのである。なんとネギは右腕で杖をつかんだ状態で、杖から落ちかけてしまっていたのだ。ネギは杖がなければ飛ぶことができない。杖から落ちれば地表へまっさかさまだ。超もネギの危機に声を上げて助けようとするが、ロボの妨害によりそれも困難となっていたのだった。

 

 



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九十六話 上空での決戦

 もはやピンチ。そんな状態のネギに、無情にもロボ軍団は攻撃をやめるなどしなかった。むしろ敵を倒すチャンスとして、複数のロボがネギへと攻撃を仕掛けてきたのである。万事休すか。ネギは必死に杖へと登ろうとするが、それが終わる前に敵の攻撃が自分へと命中することを感じていた。もう駄目なのかと、一瞬諦めかけた時、何かがロボの攻撃を防ぎ、周りのロボを破壊したのだ。

 

 

「この程度の雑魚相手にだらしないで! ネギ!」

 

「コ、コタロー君!?」

 

 

 ネギがロボの爆破音を聞き周りを見渡せば、そこには見知った少年が浮いていた。影を足元で凝縮回転させる浮遊術を使い、空中で立ちつくしていた。その少年は小太郎だった。小太郎はこんな雑魚(ロボ)程度を相手に苦戦しているネギに、情けないと叱咤していた。ただ、その表情は怒りではなく穏やかであり、余裕がある様子であった。

 

 まさかここに来て小太郎が現れるとはネギも思っていなかったようで、驚きの声を出していた。そして、ネギはとりあえず姿勢を戻し安定させると、さらに別の場所からロボの爆破音が聞こえたのである。

 

 翼で羽ばたく音と同時に、研ぎ澄まされた刃での鋭い斬撃。荒波のように押し寄せるロボが、瞬間的に切り裂かれ、爆発した音だった。

 

 また、鉄を切り裂く音はひとつだけではなかった。先ほどの斬撃より鋭さに欠けるが、力強く風を切る音だった。風とともに切り裂かれたロボは、二~三等分に切り裂かれ、その場で爆発して四散した。

 

 さらに、このタイミングで麻帆良祭で行われる花火が打ちあがり、夜空を照らしていた。そのおかげで爆発は花火に紛れ、一般人からはカモフラージュされていたのである。

 

 

「……待ちくたびれたヨ、せつなサン、明日菜サン!」

 

「間に合いましたね」

 

「一時はどーなるかと思ったけどね」

 

 

 なんとその音の方向には、アスナと刹那が居たのだ。だが、その方向を見ずに、超は二人の名を当てたのだ。まるでここへ二人が来ることを知っていたかのように、待っていたかのように、超は二人の名を呼んでいた。

 

 刹那はビフォアの儀式発動前にこの場に来れたことに、安堵の笑みを浮かべながら白い翼をはためかせ、空に浮かんでいた。その近くで飛翔しながら、ロボ軍団を切り裂くアスナも、刹那と同じく余裕ある表情をしていた。ただ、ビフォアにやられた時は、流石に危うかったと言葉にしていたのだった。

 

 しかし、アスナは刹那のような翼がなければ、ネギのような飛行魔法が使えない、超のような浮遊する装備もない。そのため、虚空瞬動にて空中を飛び回らなければならず、空中で停止していることはできなかったようだ。

 

 そこで、さらに別の場所からも爆発音が聞こえてきた。一切音のない不可視なる攻撃。いや、それは特別なものしか見ることのできない力。その力を操るその少女は、美しく空を舞い、踊るようにしてロボを破壊していたのである。

 

 

「ウチもおるえ?」

 

「こ、このかさんまで!」

 

 

 その少女はなんと木乃香だった。木乃香のO.S(オーバーソウル)は白い翼をモチーフにした白烏。翼という形状ゆえに、飛行することが可能だったのである。木乃香は自分もこの場で戦っていることをアピールするように、周りのロボを破壊していた。そして、気がついたネギの横へやってきて、ニコリと笑って見せたのだった。ただ、ネギは木乃香まで来ているとは思っていなかったようで、若干の戸惑いを感じていたのであった。

 

 いや、だがそれだけではない。なんと突然美しい装飾が施された槍や剣などの武器が、大量に空に放たれていた。その武器たちは、まるで暴風雨のようにロボ軍団へと突き刺さり、粉々に砕いていったのである。

 

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)!!!」

 

「これはまさか……!?」

 

 

 それは紛れもなくヤツの技だった。その最古の英雄王が世界の財を集め、それを宝庫から放つ技、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)。その真名を高らかに発する少年が、黄金の船に乗りながら空を自由に優雅に飛んでいた。

 

 ネギはこの攻撃をどこかで見たことがあった。この技で窮地を救われていた。そうだ、これは、まさか。そう思いながら、黄金の船に腕を組んで仁王立ちする少年を、驚きながらも目にしたのだ。

 

 

「よッ!」

 

「兄さん!? それとなんですか、その黄金の船は!?」

 

 

 当然その少年こそ、ネギの兄(てんせいしゃ)のカギだった。カギはマルクを倒した後、すぐさまここへ駆けつけるため、真名や楓と別れ、この黄金の船に乗り込んだのである。上空ではロボの大群が待ち構えていることを覚えていたので、それを倒すためにやってきたのだ。

 

 ――――この黄金の船はヴィマーナと呼ばれるものである。これも王の財宝の中に眠る、ひとつの宝具なのだ。空を飛ぶことができるこのヴィマーナなら、魔力や体力を消耗せずに、簡単に上空へ飛ぶことができるというものだった。

 

 また、アスナがこの上空までやってこれたのも、この船のおかげだった。アスナは空を飛べなかったので、カギが用意したこの空を飛ぶ船に乗り込んできたのだ。いや、この場に居る全員、このヴィマーナに乗って体力を温存し、この上空で暴れまわっていたのである。

 

 そしてカギはネギと視線が会うと、軽快な挨拶を行なった。しかし、ネギが一番気になっていたのは、カギが乗る黄金の船だ。一体どこからそんなものが出てきたのか、非常に気になったのである。だからカギがこの場にいることより、黄金の船が何なのかをカギに質問していたのだった。そんなネギの後ろで、派手だがどんな機構で浮いているのかと考える超の姿もあった。

 

 

「はっ、俺の財に不可能はない!」

 

「え? はあ……」

 

 

 だが、ネギの質問にカギは、堂々とした態度で、答えになっていない答えを言葉にしていた。それは一体何なのかと聞かれているのに、自分の持ち物に存在しないものはない、出来ない事はないと答えたのである。そう言うことが聞きたかったわけではないネギは、少し呆れた表情で、生返事を返すのが精一杯だったのであった。

 

 

「あのー、私が居る必要あるのかなー?」

 

 

 そして、みんなから少し離れた場所で、杖にまたがり空を飛ぶ少女が一人、まるで取り残されたかのように、ポツリと存在した。それは美空だった。美空はアスナや刹那がこの場所へと行くということで、勢いに釣られてついてきてしまったのだ。

 

 ただ、周りが人外過ぎる戦闘を行う中、臆病な美空は、自分がここに居る意味がないのではないかと、悲しい疑念を感じていた。まあ、戦力は多いほうがいいので、美空もいないほうが良いという訳ではないだろう。しかし、そこで美空が戦う意思を見せなくとも、周りが勝手にロボ軍団を破壊しつくすだけである。

 

 また、このイベントの内容を知る転生者たちも、ここぞと現れた。空を飛べる転生者に限られたが、ソコソコの人数が集ったようだった。どいつもこいつも好き勝手にロボ軍団を破壊しながら、思い思いにこの状況をかみ締めていた。ロボの中に茶々丸の姉妹機がいないことに愚痴るもの。神から貰った特典を久々に使い、喜ぶもの。普段は抑制してきた高い力を解放し、暴れるもの。さらには超がこの場でネギの仲間になっていることに驚くものもいた。しかし、誰もがこの麻帆良を守ろうと戦っていたのである。

 

 

「ネギ先生、ビフォアは強大です……。覇王さんの話どおり、私とアスナさんと二人がかりでさえ、歯が立ちませんでした……」

 

「それほどですか……」

 

 

 刹那はネギへと近寄り、ビフォアがいかに強いかを話し、忠告していた。アルスとタカミチが二人がかりで敗北し、さらには自分とアスナ二人で挑んだのにも関わらず、ダメージすら与えられなかったのだ。それほどの強敵であるビフォアは、かなり危険な存在だということを、刹那はネギに伝えておきたかったのである。

 

 ネギも刹那の話しに、予想以上だと感じていた。麻帆良武道会でアスナと刹那が戦っていたのを見ていたネギは、その二人が同時にビフォアへ戦いを挑んで敗北するなど、予想できるものではなかった。だからこそネギは、声こそ低く静かだったが、内心戦慄していやな汗をかいていたのだった。

 

 また、それを聞いた超も、同じ気持ちを感じていた。超もカシオペア防衛のために一度ビフォアと対峙している。だが、ビフォアの謎の能力により、あっけなく負けてしまったのだ。今はビフォアの能力も種明かしがされ、大体理解出来てはいたが、それを突破することは非常に困難とも考えていた。実際ビフォアの能力は完璧であり、容易に突破など出来ないのだ。

 

 

「だが、俺よりはチャンスがあるはずだぜ?」

 

「……ですね」

 

 

 しかし、そこへカギがネギを激励するかのように、自分よりは勝ち目があると言葉にしていた。ネギにも転生者という言葉を隠しつつ、やんわりとビフォアの能力を話してあった。そして、それによりカギではビフォアに勝てないことも話してあったのだ。それゆえカギは悔しさを感じていたが、それでもネギならチャンスがあるとも考え、お前なら出来るとネギを応援したのだ。

 

 ネギもカギがビフォアに勝てないことを知っていたので、カギの今の言葉がどういう心境で出てきたのかを理解できた。そして、カギの分までビフォアに勝たなければならないと、気を引き締め勇気が湧いたのである。もはや迷いはない、ただ、ビフォアを倒すことを考えるのみだ。

 

 それは超とて同じことだ。たとえビフォアに勝ち目が99%無くとも、1%あれば戦うのみ。ビフォアを倒さなければ麻帆良に未来などないのだから。さらに、ここで未来での因縁の決着をつけようと、闘志を燃やしていた。超はそんな闘志を燃やす自分をらしくないと感じながらも、それでも志気は湧き上がる一方だった。

 

 

「ところでその本人はどこかしら……?」

 

「下で戦っとるよーやね。何か引っかかることがあるんやって」

 

「そう……」

 

 

 そこで、ビフォアの能力を説明したはずの覇王がこの場にいないことに、アスナは疑問を感じたようだ。一体どこで何をしているのだろうかと、言葉がもれてしまっていた。その言葉に木乃香が反応し、覇王なら地上で今も戦っていることを、アスナへと話したのだ。また、その理由としては、何か気になることがあると、付け加えていた。

 

 覇王は未だに登場しない鬼神の存在が気がかりだった。だから上空のロボは木乃香たちに任せ、地上に残って戦っているのである。木乃香の話を聞いたアスナも、それなら納得だと小さく返事をしていた。いれば戦いが楽になるが、地上が手薄になるのも危険だと、アスナも考えたようだった。

 

 ただ、それだけの理由で覇王が上空に来ない訳ではない。覇王の本気、それはO.S(オーバーソウル)S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)黒雛だ。その最大火力は鬼火だ。それを上空に浮かぶ飛行船を向ければ、簡単に破壊できるだろう。

 

 だが、それだけだ。術式もビフォアも倒せない。それではなんの意味もないし、むしろ仲間をまき沿いにしかねない。燕返しも使えるが、ビフォアには有効ではない。ならば、地上で鬼神を迎え撃つのが最善だと、そう覇王は考えていたのである。

 

 

「ここは俺達に任しとけ」

 

「そういうこった! んで野郎の顔を歪ませて来い!」

 

 

 ここは任せて先に行け、小太郎はそう自信を持ってはっきりと言った。この程度の相手など、気にならないと言いたげに、先に急ぐようネギへと言った。カギも同じ考えだったようで、小太郎の言葉に同意していた。さらに、自分は殴ることの出来ないビフォアの顔面を、殴り飛ばして来いとネギを激励したのである。

 

 

「応援しとるえー!」

 

「気をつけてください、二人とも!」

 

「とりあえず、ガツンと一発殴っておいて!」

 

 

 木乃香は普段と変わらずふわふわとした物言いで、ネギたちを応援していた。こんな状況にもかかわらず、普段どおりニコニコしながら手を振っていたのだ。しかし、そんな暖かな応援だからこそ、緊張がほぐれると言うものだろう。ネギは木乃香のゆるい応援で、自然と柔らかな笑みを浮かべていた。

 

 続いて刹那は気をつけるよう二人へ言葉を述べていた。。自分たちではかなわなかったビフォアを、あの二人が倒せるかはわからない。だが、なんとしてでもビフォアを倒さなければならないのには変わりない。だから、そんな安直な言葉しか出なかったが、二人を心配ながらも勝って欲しいと願っていた。

 

 アスナも同じく、二人へ叫んでいた。自分はビフォアに何度か挑んだ。それでも傷一つつけることすら出来なかった。ビフォアの能力がなんであれ、アスナにとって非常に屈辱的なことだった。ゆえに、自分の分までビフォアを殴って欲しいと、一発ぐらい当てて来いと叫んでいたのだ。

 

 

「行くヨネギ坊主! ビフォアはあそこネ!」

 

「はい!」

 

 

 そして、再びビフォアの居る飛行船へと、超は飛び始めていた。ネギへと先を急ぐよう叫びながら、今度こそ逃がすまいと、超はグングン加速して行った。ネギも超の言葉に勢いよく返事し、同じように加速していった。再度覚悟を決め、ビフォアを倒すと心に決め、飛行船を目指したのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 飛行船の真上、その中央に巨大な魔方陣が展開されていた。その真ん中に、ビフォアが両腕を広げて立っていたのである。儀式はもう完遂間近、ビフォアは野望達成に近づいていく今を、愉快な気分で感じていた。

 

 

「時は来た! ついにこの俺が、この麻帆良を支配する時が来たのだ!!」

 

 

 もうすぐ麻帆良は自分のものとなる。まだ計画は完遂されてはいないのにもかかわらず、すでに達成感を感じていたビフォア。その欲望めいた感情が、空気の振動となって表へと発せられていた。もうすぐ待ち望んだ瞬間がやってくると考えただけで、ビフォアの顔はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべてしまう様子だった。

 

 

「さて、そちらは順調かね?」

 

「クッククックックックク、ジュンチョーですよォ、ビフォアさんよォ」

 

 

 一人闇に染まった空へと目掛け、演説を終えたビフォアは、クルリと後ろを向き少し痩せた感じの白衣の男へと、計画の進行状況を聞いたのだ。すると白衣の男も不気味に笑いつつ、問題がないことを告げ始めた。

 

 ――――――その白衣の男もまた転生者で、ビフォアの協力者でもあった。そう、この白衣の男こそ、ビフォアの科学技術を支える存在だったのだ。地下の工場からロボ軍団を作り出したのも、全てこの白衣の男なのである。

 

 

「地上12箇所の聖地および、月との同期はすでに終わってィるゥ! もう最終段階さァ!」

 

「そうか、ならば始めろ!」

 

「ヒヒッ、お任せあれェ!!」

 

 

 そして、すでに計画の準備はほぼ整っていた。後は最後の仕上げを行うだけ。白衣の男はそう愉快そうに述べていた。その言葉に満足そうな表情をするビフォアは、ならば最後の仕上げを始めろと白衣の男へと命じたのだ。白衣の男は待っていたといわんばかりの恐ろしい笑みを浮かべ、最後の仕事を始めようとしたのである。

 

 

「……来たようだな」

 

「何ィ?」

 

 

 しかし、ビフォアは突然独り言を小さく言葉にした後、ビフォアは何か不審な気配を感じ取ったのか、周りを見渡すように歩き始めていた。突然のビフォアの言葉に、白衣の男は聞き返していた。一体何が来たのか、どうしたのだろうかと思ったのだ。すると飛行船の腹のすぐ横で、空中を浮遊する二つの人影をビフォアは見た。それは少女と少年の影だった。

 

 

「ビフォア、お前の野望はここで終わりネ!」

 

「麻帆良を乗っ取ろうなんて、絶対にさせません!」

 

 

 その影は、やはり超とネギだった。超とネギはビフォアへ指を指し、宣戦布告の言葉を叫んでいた。全てのケリをここでつけるため、麻帆良を守るため、二人はとうとうビフォアの目の前までやってこれたのだ。

 

 

「ハッハッハッハッハッ、お前からそのような言葉が聞けるとは思わなかったぞ! 超とやら!」

 

「何?」

 

 

 その二人の宣言を、大笑いをしながら受け止めるビフォア。ビフォアは超が放った言葉が面白かったようで、腹を抱えて笑い出したのだ。そんなふざけた態度のビフォアに苛立ちを覚え、さらに鋭く睨みつける超だった。

 

 

「本来ならば、この儀式自体貴様がやるべきことだったのだ。それを俺が変わりにやっているのだから感謝してほしいものだな!」

 

「……どういうことダ……」

 

 

 何が面白かったのか。それは本来(げんさく)ならば、この儀式を行うのは超だったからだ。なのに、ここでは超がその儀式の邪魔をしに来ている。原作知識を持つビフォアには、それがおかしくてたまらなかったのだ。そのことを超に嘲笑うように話すと、超は難しい顔をして、どういうことなのかとビフォアへ聞き返したのである。

 

 

「貴様に説明するには平行世界と言う言葉を使えばわかるだろう? そこではこの儀式、ひいてはロボの軍団を用いて貴様が麻帆良に混乱を齎したのだ」

 

「……それで、どうなたネ」

 

 

 超の質問に、ビフォアは超にわかるよう説明を始めた。別の世界、平行世界では、この儀式ひいては麻帆良の混乱は、超が行なうものだと話したのだ。実際はビフォアが前世で見た漫画の内容でしかないが、平行世界というものは存在するならば、間違っては居ないだろう。

 

 そこでその話を聞いた超は、何かを深く考える様子を見せながら、自分がやったという儀式は成功したのかどうかを、再びビフォアへ質問していた。ここで普通ならば、こちらを惑わそうとしていると考え切り捨てるだろうが、超は別だった。この作戦を自分で行ったならば、最後にどうなったのかが気になったのである。

 

 

「そこの少年に負け、残念ながら計画は完遂出来なかったのだよ。いや、本当に残念だ」

 

「……そうカ」

 

「それはどういうことなんですか!?」

 

 

 その超の質問にもビフォアは答えた。あざ笑うような表情で、そこの少年、つまりネギに敗北し、計画は失敗したことを告げたのだ。超はビフォアのその話を信じたようで、ネギに敗北し計画を阻止されたことを受け止めていたようだ。ただ、ネギにはこの話がよく理解できていなかったらしく、一体どういうことなのかと超へ叫んでいたのだ。

 

 

「ここと同じようで違う世界では、私が魔法の存在を世界に知らしめようとしたと言うことネ……」

 

「え? でも超さんは悪いことをしてませんよね?」

 

「この世界での私は、ネ」

 

 

 超は静かに語りかけるように、ネギの質問を答えだした。自分が今存在する世界とは別の世界が存在し、その別の世界では自分がビフォアに変わってこの計画を進めていたのだと、ネギへわかるよう説明したのだ。そこでネギは、超はまったく悪いことをしていないと疑問を感じたようで、超もこの世界では、と付け加えた。

 

 

「ふん、多少貴様自身にも、思い当たる節ぐらいあるだろう」

 

「……どうカナ? ここの世界の私は、お前の知る私ではないんダロ? なら、それもない可能性もあるんじゃないカナ?」

 

「……どうやらこの世界は”神”が言うように、色々なことで狂ってしまっているらしいな」

 

 

 ビフォアは超へ、世界に魔法をバラす心当たりがあるのではないかと、言葉にした。”原作”での超は、未来での悲劇を回避するべく、世界中に魔法をばらそうとしていたからだ。

 

 そこで超は一体どういう考えで、別の自分が魔法を世界にバラそうと思ったのだろうかと考えた。そして、それは未来人が過去を改変するに等しい行為だということも理解した。どうして、何故、自分はどうだっただろうか。自分が住む未来とは違うのだろうか。そして、エリックに会わなければどうなっていただろうか。エヴァンジェリンに会って杖を貰わなかったらどうなっていただろうか。そう考えた。

 

 だが結論は出なかった。だったら答えは簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()とは違う。それでいいじゃないか。そう超は結論付け、強気でビフォアに話したのだ。

 

 ビフォアもまた、未来から来た転生者だ。未来がどんな状況になっているかはわかっていた。そして、それが自分の知る”原作の未来”とは異なることも知っていた。ゆえに、”転生神(かみ)”から聞いた”原作とは別物”と言う言葉を思い出して苦虫をかんだような表情をしていたのだった。

 

 

「……神?」

 

「貴様らには関係ないことだ。貴様らはここで、この俺に敗北するのだからな!」

 

 

 神、その言葉に超もネギも反応した。神とは何なのか。ビフォアの想像の存在なのだろうかと。しかし、ビフォアはそれは教える必要などないと切捨て、超とネギでは自分に勝てぬと豪語したのだ。

 

 

「クヒヒックックッ、戦いは任せたョォ。私は戦いが嫌いでねェ、野蛮なことはしたくなィんだ」

 

「わかっている。貴様はさっさと儀式を完成させろ」

 

「喜んでェー……!」

 

 

 そのビフォアの後ろで歪んだ表情でおかしな笑いをする白衣の男。この男は科学者としての能力を得たがゆえに、戦闘能力を一切持たなかった。また、本人も戦いを好まず、ただ研究がしたいだけの男だった。だから白衣の男はビフォアに、戦いは一人で任せると断りの言葉を述べていたのだ。

 

 ビフォアもそんなことは雇ったときからわかっていた。むしろ、そんなことを言う前に儀式を始めろと、体と目は超とネギへ向けつつ白衣の男へと命令していた。白衣の男もその命令を、笑いつつ承諾し、詠唱に入ったのである。

 

 

「では消えてもらうぞ!」

 

「来るネ!」

 

「わかっています!」

 

 

 消えてもらうぞ。その言葉を威圧的に放ち、ビフォアは戦闘態勢へと移行していく。それを見た超やネギも、飛行船へと移り戦闘態勢を取っていた。数秒が数分に感じられるほどの緊張感。どちらも対峙したまま動かずにいたが、先に動いたのはビフォアだった。

 

 

「くたばれ!」

 

「”連弾! 光の9矢”!」

 

「ぬっ!?」

 

 

 すさまじい速度で移動するビフォア。ビフォアはパワードスーツにより、常人の数倍の力を発揮することが出来る。さらに”戦いの旋律”という魔法により、身体能力をも上昇させているのだ。まるで暴風のように移動するビフォアへと、ネギは的確に魔法の射手を放っていた。しかし、その魔法の射手は囮であり、本命は超の行動だったのだ。

 

 

「ふん、そっちか!!」

 

「クッ!」

 

 

 そう、超の狙いは儀式を行っている白衣の男だった。白衣の男を拘束、もしくは倒せれば、儀式を中止させることが出来るからだ。だが、そう簡単にうまく行くはずもない。すぐさまそれに気がついたビフォアが、即座に超の目の前までやって来て白衣の男の防衛に回ったのだ。やはりビフォアの特典は無敵、いかなる状況でもネギと超の先手を行くことが可能なビフォアを、欺いて白衣の男を倒すことはかなり厳しかったようだ。

 

 

「おィおィ……、しっかり守護(まも)ってくれよォ?」

 

「わかっておるわ」

 

 

 不安がる様子も無く、されどビフォアへと文句をたれる白衣の男。白衣の男は戦う力がないので、ビフォアに守ってもらうしかないのだ。それにどの道儀式中は無防備、動くことすら不可能なのである。そんなことは言われずともわかっていると、ビフォアは当然だという風に、白衣の男へ理解している趣旨を述べていた。

 

 

「儀式を行うヤツを狙ったようだが、俺が居る限り無駄なことだぞ!」

 

 

 そしてビフォアは、超とネギへと儀式を行っている白衣の男への攻撃は全て自分が防ぐと宣言していた。当たり前のことだが、ビフォアはそれを完遂するだろう。そんなビフォアを冷静に、だが少し悔しそうに、二人は目を鋭く光らせていた。

 

 

「後言っておくが、この飛行船を破壊したとしても、特に儀式に影響はないことも話しておこう」

 

「……やはり、ビフォアを倒さないと儀式を中断させられないネ……」

 

「そうですね……」

 

 

 さらにビフォアは付け加えるように、この飛行船を破壊しても儀式は続行されることをネギと超に話したのだ。魔方陣さえ消えなければ問題は無い。だから魔方陣にもある程度細工がされているのだ。また、この儀式はその形式上必ず屋外で行なわなければならない。ただ、屋外ならどこでも良いので、飛行船を土台にしておく必要はないのだ。

 

 しかも、ビフォアも白衣の男も飛行する手段をあらかじめ用意してあるので、たとえ飛行船が破壊されたとしても、問題などまったくないという訳だった。つまるところ、この儀式を止めたければビフォアを倒すしかないと言うことだ。また、ビフォアは自分が敗北しない、絶対に勝利できる自身があるということだ。だからこそ、超もネギも、さらに気を引き締めて、ビフォアを倒すしかないことを受け止めていたのだった。

 

 

「ならば倒すだけヨ!」

 

「はい!」

 

「それは貴様らには不可能だ!!」

 

 

 しかし、ビフォアを倒さなければならないのは変わりはない。そうだ、倒せばいい。倒すしかない。超とネギは、お前を倒すと宣言し、ビフォアへと攻撃を開始したのだ。そんな二人を見下し、不可能だと嘲笑うビフォア。ビフォアには神から貰った特典がある。それのおかげで、コレほどまでに余裕を保っていられるのだ。

 

 

「そこネ!」

 

「当たらぬわ!」

 

 

 まず超がすばやくビフォアへと近づき、右腕を突きたてた。超もビフォアとは違うものの、パワードスーツを装備しているので、魔力のブーストが無くとも人間離れした動きが可能なのである。だが、その程度の攻撃などビフォアには当たらない。ビフォアは最小の行動で超の攻撃を回避し、超へとカウンターを仕掛けようとしていた。

 

 

「こっちです!」

 

「何!? グッ!」

 

 

 しかし、ビフォアは超へ攻撃できず、ネギの攻撃を防御することになった。なぜかと言うと、突如ネギがビフォアの左側へと現れ魔法を放ってきたからだ。これには流石のビフォアも対応しきれず、とっさに防御をした形となっていた。

 

 

「ハァ!」

 

「チィィッ!!」

 

 

 その防御したビフォアへとすかさず肘打ちを打ち込む超。ビフォアが防御で動きが止まった隙をついた形となった。それでもビフォアの特典は強力であり、一瞬の差でその肘打ちはビフォアに命中しなかったのである。

 

 

「”連弾! 光の10矢”!!」

 

「なっ!? グウゥ!!」

 

 

 そこでまたしても、ネギが魔法の射手を放ってきていた。なんと今度はビフォアの真後ろへと瞬間的に移動し、攻撃したのである。流石のビフォアも回避運動中での背後からの攻撃は完全に回避できなかったようで、ネギの魔法の射手をかする形となってしまったのだ。

 

 まさか、まさかこの様な輩に最高傑作のパワードスーツに傷をつけられるなどと、ビフォアは思ってもいなかった。いや、確実に有利な立ち回りが可能な能力を持っているのにもかかわらず、この二人に若干押され始めていることの方がショックが大きかったようだ。だから非常に驚き、どうなっているのかを考え始めていた。

 

 

「どしたネ! 遅れてきてるヨ!」

 

「ほざく……なぁ……!?」

 

 

 押し始めていることを受けて、超はビフォアを挑発した。このまま押し切れるかもしれないと、そう考えたからだ。それだけではない。ビフォアを挑発することで、冷静さを失わせようという魂胆だったのである。ビフォアも謎の攻撃で多少焦りを感じていたのか、普段の余裕があまりなく、その挑発に少し乗ってしまったようだ。

 

 その隙をつき、超は瞬間的にビフォアの背後へと移動し、掌底突きを放ったのだ。その一撃はビフォアの背中を捉え、ビフォアはパワードスーツにヒビを入れられそのまま吹き飛ばされていた。なんということだろうか。ついに、ビフォアにしっかりとした一撃を入れたのである。誰もがなしえなかったことを、超はようやくやってのけたのである。

 

 

「馬鹿な……貴様らまさか……」

 

「どうだ! 僕らのコンビネーションは!」

 

「即席ダガ、結構うまくいくものだネ!」

 

 

 その一撃は間違えなく二人のコンビネーションによるものであった。流石のビフォアも多少なりに効いたらしく、フラフラと立ち上がり、そのコンビネーションに驚きを隠せてはいなかった。何せ超もネギも、この土壇場でこのようなコンビネーションを行っていたのだ。いやはや、流石は血族と言ったところなのだろう。その絶妙なコンビネーションを誇るように、二人はビフォアへと人差し指を指し、強気の姿勢を見せていた。

 

 

「ぐぐ……、カシオペアを用いた時間差攻撃……と言う訳か」

 

「お前が返してくれたおかげヨ! 感謝してるネ!」

 

 

 そして、そのコンビネーションの鍵となっていたのは、あのカシオペアだった。カシオペアは超が作ったものだ。二台目があってもおかしくはないだろう。最初のひとつをネギへと貸し、改良したものを超がスーツに搭載していたのだ。

 

 また、ネギもカシオペアを予知の魔法と小道具を動かす魔法でしっかりと操っていた。最初に開発されたカシオペアは、手動で動かす単純な構造である。超が使っている改良型は、AIが組み込まれており、思った時に操作を自動的に行なってくれるようになっていた。だが、初期型はそうではない。ゆえに、ネギは予知と小道具を動かす魔法を用いて、カシオペアを手足のように操っていたのである。

 

 そう、二人が考え出した対ビフォア用の戦法は、カシオペアによる時間操作でビフォアの隙をつく作戦だったのだ。あのビフォアですら、時間停止や逆行を行った攻撃に対応するのは難しかった。何せビフォアの特典、”原作キャラへの有利な立ち回り”は、”有利に立ち回れる”と言う保険であり、絶対防御ではないからだ。ああ、だがしかし、この一撃がビフォアを本気にさせたのだった。

 

 

「チィ、ならばこちらも本気を出さざるをえんか」

 

「なっ!? 今まで本気じゃなかったなんて!?」

 

「ああ、その通りだ。貴様らには不要と思い、通常モードで戦っていたのだが……」

 

 

 ビフォアも一撃を入れられるとは思っていなかった。だから手を抜いていた。いや、正直言えば超とネギの相手など、通常モードで充分だと思っていたのだ。しかし、ネギと超は一撃を入れた。これにはビフォアも、本気で戦わなければならないと思ったのだ。アスナや刹那、タカミチすらも葬った、最強の戦闘モードだ。

 

 なんということだろうか。ネギと超は戦慄した。ビフォアがまさか、二人がかりだというのになめてかかってきていたからだ。本気ではなかったなどと、それは二人にとって悪夢に等しいものだった。これがビフォアの本気ならば、まだ勝機はあっただろう。だが、ビフォアがこれ以上強くなるというのなら、勝機は限りなくゼロへと近づく。

 

 

「……ファイナルバトルモード、起動……!」

 

「くっ……」

 

 

 音声入力で最終戦闘状態へと持ち込むビフォア。するとビフォアのスーツが機械音を発しながら、その機能を発動したのだ。ここからが本番か。二人は禍々しい何かを纏うビフォアを睨みながら、冷や汗を流して歯を食いしばっていた。

 

 

「こうなってしまっては、以前の俺より優しくないぞ」

 

「ダガ、こちらにはカシオペアがあるネ! さきのように行くヨ!」

 

「はい!」

 

 

 すさまじい威圧を発しつつ、ビフォアは超とネギを睨み返していた。この最終モードとなったならば、もはや手加減は出来ないと、ビフォアはゆっくりと、恐怖を煽るように言葉にしていた。また、二人には恐ろしい、おどろおどろしい力が、ビフォアを取り囲んでいるように見えた。

 

 それでもこちらにはカシオペアがある。時間操作での連携攻撃ならば、何とかなるかもしれない。超はそう考えて、ネギにもう一度、先ほどと同じ攻撃を行うと叫んでいた。ネギも元々そのつもりだったらしく、超の言葉に元気よく返事していた。

 

 

「さぁ、始めようか……」

 

 

 そんな二人を下に見つつ、ビフォアは戦闘開始の台詞を言葉にしていた。するとビフォアの頭部が機械の仮面に覆われ、完全なフルフェイスとなったのだ。それはビフォアが誰にも見せたことのない、本当の意味での最終戦闘形態。そう、この状態はアスナや刹那、さらにはタカミチを相手にしていた時以上の戦闘力を持つ、ビフォアの最後の切り札だったのだ。

 



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九十七話 最終段階

 ビフォアはついに本気を出した。そのため超とネギはビフォアを警戒し、動きを見逃さぬよう目を光らせていたのだ。そのはずだった。しかし、なんとビフォアは突如目の前から姿を消し、超とネギが驚いた瞬間、ビフォアは既に超の懐深くへともぐりこんでいたのだ。

 

 

「グアッ!?」

 

「え!? 超さん!?」

 

 

 早い、早すぎる。超は一瞬のことで理解が追いつかず、気がつけば腹部に鋭い痛みを感じ、後ろに吹き飛ばされた後だった。ネギも突如として吹き飛んだ超に、すぐに気がつかなかった。気がついた時には、すでに超は後方に吹き飛ばされ、倒れた状態だったのである。完全にノーガードで受けた超は、その苦痛に表情をゆがませていた。ビフォアの本気がこれほどとは、そう考えながら。

 

 

「遅すぎるぞ!」

 

「うわぁ!?」

 

「先ほどの威勢はどうした? ハッハッハッ!!!」

 

 

 さらに、超に気を取られていたネギは、ビフォアの瞬間的な移動に気がつかなかった。ビフォアの声がすぐ近くで聞こえた時には、既にビフォアがネギの左側へ回り込んだ後だったのだ。とっさにネギは障壁を張るものの、ビフォアは笑いながらそれを砕き、ネギの左頬へとこぶしを突き刺したのだ。拳を受けた痛みを感じるまもなく、ネギも吹き飛ばされ飛行船の上に寝かされてしまったのである。

 

 

「これほどとハ……」

 

「どおりでアスナさんたちが負けるはずです……」

 

 

 何と言う強さか。ビフォアの本気がこれほどのものとは。超は痛い体を押してゆっくりと立ち上がり、ビフォアの強さに戦慄していた。予想以上に強い、もう少し戦えると超は思っていた。だが現実は非情だった。超はビフォアを侮っていたわけではない。ただ、こんなにも強いとは予想していなかった。

 

 ネギもビフォアの本気に度肝を抜かれた。いや、ネギは自分の目の前で、アスナがいとも容易く、赤子をひねるように敗北したのを見ていた。刹那からも、アスナと共同で戦ったのにもかかわらず、敗北したことを告げられた。強いことは承知だったはずだ。それでも蓋を開けてみれば、圧倒的な差があるではないか。ビフォアは特典の力で原作キャラよりも有利に動ける。しかし、それだけではなく、ビフォア自身も相当な強さを秘めていたということだったのだ。

 

 

「どの道貴様らに万が一の勝ち目すらも……、なかったということだなァァ――――――ッ!!」

 

「来るヨ!」

 

「くっ!!」

 

 

 もはや勝ち目などないだろう、無駄なことだと。そうビフォアは叫びながら、さらなる追撃へと移った。来る。ビフォアが攻撃してくる。超はそのことをネギへと張り裂けるほどの声で伝え、自らも立ち上がり構えを取った。ネギも痛みを我慢しながら、ビフォアの攻撃に備えていた。それでも、それでもビフォアを目で追うことが出来なかった。二人はビフォアを一瞬にして見失ったのだ。

 

 

「がぁ!?」

 

「馬鹿ナ……!?」

 

 

 早すぎる。すさまじい速度で、ビフォアはすでに二人を蹴散らしていた。ネギも超も、気がつけばビフォアに殴り飛ばされているという恐ろしい状態だった。強い。ただそれだけが二人の脳裏に過ぎる。こんな強敵に勝てるのか、二人の脳裏に弱い考えが浮かぶ。

 

 

「時間転移で回避しようとしたようだが、甘いとしか言いようがないなぁ!!」

 

「なんてヤツだ……」

 

 

 ビフォアが瞬時に二人を攻撃したのには訳があった。二人はカシオペアを利用することによる、時間操作が可能だ。時間を操って攻撃を回避することだって可能なのである。それをさせぬために、見えぬ速度での攻撃をしたのだ。ただ、それだけで成功する訳ではない。ビフォアの特典があればこそ、可能な攻撃でもあるのだ。

 

 そのビフォアの強さに、流石のネギもたじたじだった。強すぎる。カシオペアの時間操作よりも早く攻撃してくるなど、予想などしていなかった。むしろ予想など出来る筈がないだろう。カシオペアは時間操作が可能なタイムマシンだ。それを利用することで、敵の攻撃など簡単に回避できるはずだ。いや、はずだったのだ。その操作よりも、早く攻撃してくるビフォアに、ネギも恐れを抱かざるを得なかった。

 

 

「甘すぎるんだよオオォォッ!!!」

 

「グックウゥ!」

 

「ううっ!」

 

 

 怒涛のビフォアの攻撃。瞬時にネギと超を同時に殴り飛ばしていた。時間操作を使わず、超スピードのみでビフォアはそれを可能にしていたのだ。特典プラスパワードスーツプラス魔力イコール最強。ビフォアはまさに、それを体現していたのである。すさまじい一撃だったが、ネギは直撃だけは避けていた。おかげですぐに体勢を整えることができたので、とっさにビフォアへ攻撃を行なったのである。

 

 

「このっ!」

 

「魔法など撃たせるものか!!」

 

「グッ!?」

 

 

 しかし、ネギに魔法を使わせるなど、ビフォアが許すはずもない。瞬動により即座にネギへと近づき、その拳でネギを黙らせたのだ。魔法は唱えられなければ撃つことはできない。ネギはビフォアの攻撃の痛みで、詠唱を中断してしまったのである。

 

 

「今ネ! ”アクセルシューター”!!」

 

「オグッ!? 何だと!?」

 

 

 そんなビフォアへと、謎の攻撃が襲い掛かった。ビフォアはネギに拳を撃ちつけた体勢で硬直中だった。そこを超が狙って、魔法を放ったのだ。それは桃色の光弾が、生き物のように空中を飛びまわり、ビフォアへと命中したのだ。そして、その魔法とは、この世界(ネギま)の魔法とは異なるものだった。それに、超は元々潜在的に高い魔力を宿していた。当然補助があるならば、その魔法を操ることは可能だったのだ。

 

 

「むうぅ!? 何だ今のは!?」

 

「ネギ坊主だけが魔法使いではないネ……!」

 

「ぬうう、その杖はまさか……」

 

 

 その魔法にはビフォアも見覚えがあった。そのため、すぐに超へと攻撃せず、ネギから距離をとって驚いた様子で超へと話し始めたのだ。さらに、そこでビフォアが見たものは、思いがけないものだった。それはまさに超が右手で握り締め、ビフォアへ向けていた杖だったのだ。

 

 その杖はこの世界とは無縁のもの。超の不思議な魔法とともに、ビフォアが知る異世界のものだった。だからこそ、ビフォアが驚き戸惑っていたのである。そう、この杖こそ未来の世界でエヴァンジェリンから貰った、デバイスなる杖だったのだ。そして、その内部に登録された魔法を超が使ったからこそ、ビフォアが驚いていたということだった。いや、それだけではない。超がその杖をどうやって手に入れたのか、どうやってその魔法を起動出来たのか、ビフォアにはわからなかったというのもあったのだ。

 

 

「”雷の暴風”!」

 

「”ディバイン・シューター”!」

 

 

 そのビフォアが驚いている隙をつき、ネギと超が魔法を放つ。ネギは強力な雷系の魔法を、超はその杖に登録されているひとつの魔法を。それぞれの魔力を魔法に乗せ、ビフォアへと撃ちはなったのだ。そのすさまじい雷と嵐や、桃色の光の線がビフォアを呑み込まんとしていた。

 

 

「クックックッ……、フッフッフッ……ハッハッハッハッハッハッ!!」

 

 

 二人の渾身の魔法がビフォアを襲う瞬間、なんとビフォアは、高く大きな笑い声を上げながら軽々と回避して見せたのだ。いや、単純な砲撃魔法だったからこそ、ビフォアにとって回避が容易だったのだろう。そして二人にすばやく近づきながら詠唱を唱えると、両腕を二人へとかざしその魔法を放ったのだ。

 

 

「”燃える天空”!!」

 

 

 燃える天空。空をも燃え上がらせ焦がすほどの、爆発を打ち出す魔法。原作でも超がよく使い、得意にしていた魔法だ。それをビフォアが放ったのである。すさまじい爆発と炎は飛行船上で巻き起こり、闇に染まっていた天すらも明るく照らしたのだ。そして、その衝撃は、波となって周りの空気を振動させていた。恐ろしい破壊力である。

 

 

「なっ!? ぐああッ!?」

 

「うっぐっ……!?!」

 

 

 しまった、そう思った時にはすでに遅かった。超とネギは防御が遅れ、最小限の防御で何とかビフォアの魔法をしのいでいた。だが、やはり最小限での防御、ダメージは相当だった。二人は真逆の方向に吹き飛ばされ、再び飛行船の上で寝かされることになってしまったのだ。

 

 

「派手だねェ、呆れるねェ。こッちのことも考ェてほしィねェ……」

 

 

 そして、今の衝撃は飛行船を揺るがすほどでもあった。ゆえに、白衣の男は科学を駆使したシールドで、衝撃や熱、煙などを防いでいた。さらに、派手にやらかしたビフォアへと、本人に聞こえないような小さな声で、ぶつくさと文句を言っていたのだった。

 

 

「ふん、俺とて元々魔法教師、この程度なら扱えるぞ。機械に頼ってばかりだと思ったのか?」

 

「……そうだたネ……、うかりしていてヨ……」

 

 

 ビフォアが魔法を使った。元々魔法先生でもあったビフォアにとって、魔法が使えることは極当たり前のことだった。機械の鎧以外にも、魔力で身体能力を強化できるのだから、攻撃魔法も使えないはずがないのである。

 

 また、二人はビフォアが戦闘で、機械の鎧のみに頼っていると思っていた。ビフォアが元々魔法先生だったということを、失念してしまっていたのだ。そんな単純なことを忘れていた超は、ウッカリしていたと後悔していた。しかし、すでに遅い、今の攻撃で二人は窮地に立たされてしまったのである。

 

 さらに、駆けつけた仲間たちも、ロボ軍団に阻まれ、ネギたちを助けに行くことができなかった。なんというロボ軍団の数だろうか、まだまだ集まるロボ軍団は、ビフォアに近づけまいと特攻まで行ってきていたのだ。この状況では、到底ネギたちを助けにいけない。アスナたちは二人の安否を心配しながら、一刻も早く飛行船へ近寄るべく、ロボを倒して回るしかなかったのである。

 

 カギも飛行船へと近づきたい。ヴィマーナに乗っている自分が、最も飛行船へ近づきやすい存在だと、カギは思っていたからだ。されどロボ軍団が集団で飛ぶ羽虫のごとく、それを邪魔するのだ。そして、恐ろしいことに王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を使って武器を飛ばしても、ロボが盾となって飛行船に届かせぬようにしているのだ。ただ、カギがビフォアと対峙したところで、ビフォアに攻撃は通用しないだろう。牽制にすらならぬ攻撃で、ネギたちの窮地を救えるかを考えれば、微妙なところでもあったのである。

 

 

「しかし、超とやら。貴様が使った魔法、どうして使えるのかね?」

 

「……」

 

「だんまりか。まあ、どうでもいいことだったがな」

 

 

 もはや二人は体全身が痛み、立ち上がることさえ困難となっていた。もはや今の攻撃で動けず、うつぶせの状態で倒れている超の前へと、ビフォアはゆっくりと歩き先ほどの魔法について質問したのだ。どうしてあの魔法が使えたのか。ビフォアは非常に気になった。あの魔法は”他の作品(リリカルなのは)”の魔法だ。”この作品の世界(ネギま)”の魔法ではない。ビフォアはそれを知っていたからこそ、気になってしかたがなかったのだ。どうやってそれを身に着けたのか、その杖をどこで手に手に入れたのか、知りたかったのだ。

 

 しかし、超は答えない。真上から見下すビフォアへ、反逆の心で睨み返していただけだった。超はビフォアにそのことを話す必要性も、義務も、義理も、何もない。だから話す必要などないと、ビフォアを黙って睨んでいただけだったのだ。

 

 数秒間にらみ合いが続くと、それならまあ仕方がないと、ビフォアも思ったようだ。確かに興味はあったが、知らなくても問題ないことだ。どうせ転生者か誰かが根回ししたか、与えた力なのだろうとビフォアは勝手に完結し、小さく息を吐き出して諦めたのだった。

 

 

「これでわかっただろう? 貴様らと俺では、圧倒的な差があるということが」

 

「えぇ……、痛いほどに……」

 

「またくネ……」

 

 

 どうだ、お前たちと自分では、これほどの差があるのだ、諦めろ。ビフォアは勝ち誇った表情で、二人へと告げた。もはや勝機はゼロに近い、絶望的な状況だ。二人はそれを理解していた。体はビフォアの魔法ですでにボロボロ、限界寸前だ。立ち上がろうとしても、言うことを聞かない。そんな状態だった。

 

 

「ならおとなしく降参しろ。そうすれば悪いようにはしない」

 

「……それはできません」

 

「何?」

 

 

 もはや勝負する必要すらない。ビフォアはそう思ったのか、二人に降伏しろと問いただしたのだ。今ここでおとなしく降伏するならば、悪いようにはしないと。しかし、ビフォアの性格から考えれば、そんなことはありえないだろう。この男は平気で嘘をつく、仲間すらも不要となれば簡単に切り捨てる。そんなやつを信用するなど、出来るはずがない。降参など、出来るはずもないのだ。

 

 だからこそ、降参は出来ないと、ネギは苦痛を我慢しながらも、立ち上がり宣言した。お前の言葉に惑わされないと。そんなネギの否定の言葉に、ビフォアはピクリと反応し、多少苛立った声で一言つぶやいていた。

 

 

「どの道お前は信用できないネ。それに私たちは……」

 

「あなたに負けるわけには……」

 

「いかないネ……!」

 

 

 信用など出来ない、ハッキリと超はビフォアへ向かってそう発した。傷ついた体に鞭を打ちつつ、立ち上がりながらそう言った。そして、ここで負けるわけには行かないと。たとえ99%勝ち目が無くとも、1%の勝機があるならば戦うのみ。そうだ、ここで倒れるわけには行かない。二人はそう、強く大きく言葉にしたのだ。

 

 

「チッ、何度やっても無駄だというのに……。おい儀式はどうなっている!?」

 

「もうじきさァ! 最後の詠唱、その一節を唱ェれば完成するゥ!!」

 

 

 なんと愚かな、なんと無駄なあがきを。何度やっても自分には勝てないと言うのに。ビフォアはもはや呆れてきていた。こんなくだらない茶番など、さっさと終わらせてしまおう、そう思ったのだ。そこで白衣の男へと、儀式の進み具合を聞いたのである。白衣の男は景気よい声で、もうすぐ終わると述べていた。もうすぐ儀式は完遂される、もうすぐ自分の野望は達成される、そう思ったビフォアは、最後の仕上げに取り掛かったのだ。

 

 

「ならば最終段階に入るとしよう! 起動せよ! 鬼神どもよ!!!」

 

「何!?」

 

 

 計画の最終段階、そうビフォアは言った。そして、とうとう鬼神を使うようだ。ビフォアはこの時のために、ずっと鬼神を隠してきたのである。それが今、ここにきて起動されたのだ。そのビフォアの言葉で、超とネギに緊張は走った。この土壇場で、鬼神を出現させる号令を、ビフォアが放ったからだ。

 

 そしてビフォアは号令と共に、腕の篭手のハッチを開け、そのスイッチを押したのだ。すると、工場跡地の地下に存在した格納庫から、小さな赤い光が発せられた。そう、それは鬼神の起動した証拠だったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 地上では異常事態が発生していた。それはまさしく、鬼神の登場だ。しかし、普通に湖の方角から現れた訳でも、空を飛んできた訳でもない。突如として、魔力溜まりとなっている6箇所全ての広場に、鬼神が出現したのである。鬼神は地面から数十メートルのところへ現れ、大地を砕いてその地に立ったのだ。その場に居た人々は走って逃げ、難を逃れていた。ゆえに、怪我人はいなかったようだった。しかし、突然の来訪者に、周りはどよめき始めていた。

 

 

「なっ、何だありゃァ!?」

 

「例の鬼神!? 突然広場の中央に出現しやがった!?」

 

 

 状助も刃牙も、この突然の異常事態に度肝を抜かれていた。いや、まさか広場のど真ん中に、鬼神が出現するとは思わなかったのだ。敵のロボ軍団の半分は、空へと飛んでいったので、戦いが楽になったと思っていた。そんな安心した時に、この不意打ちだ。驚かないはずがないだろう。

 

 また、鬼神は魔力溜まりの広場にて、魔力増幅装置の役目を果たす。それにより儀式が完成し、世界に強制的に魔法の存在を感知させやすくするのだ。それを知っている状助と刃牙は、これはまずい、やばいと思った。このままでは、儀式が完成して強制認識魔法が発動してしまうと、焦ったのだ。

 

 

「どうなっとるんや!?」

 

「広場を占拠されたら負けだよね……?」

 

 

 突然の巨大な訪問者に、亜子とアキラも驚いていた。いやはや、突如として巨大な物体が出現すれば、一体何がどうなっているのかわからないもの当然だろう。亜子は何がなんだかわからない様子で、ただただ混乱して慌てふためくだけだった。アキラは驚きつつも冷静に、広場が占拠されてしまうと自分たちの負けなのではないかと考えていたのだった。

 

 

「まさか敵がこの様な方法で攻撃してくるとは……!!? このままではまずい!!」

 

 

 超竜神もこの事態に焦りを感じていた。瞬間的に巨大なロボらしき物体が、広場中央に転移してきたからだ。このような方法で、敵が送り込まれるとは思っても見なかったのだ。また、同じ攻撃が複数行われれば、こちらはさらに不利となると考え、すぐさま超竜神は鬼神の方へと走って行ったのだった。

 

 

「なんということでしょうか!? 突如として巨大なロボが防衛拠点の中央に出現しました!!? このまま魔法騎士団の敗北となってしまうのでしょうか!!?」

 

 

 この緊急事態を受けて、和美もすかさず実況していた。全ての防衛拠点に巨大ロボが出現したと、危機感を煽るように叫んでいたのだ。そして、状助たちとは違う場所でも、その鬼神は確認されていた。

 

 

「何あれー!?」

 

「あれもデカイよ!?」

 

「ていうか広場奪われたら私たちの負けじゃん!?」

 

 

 桜子、円、美砂も、巨大なロボが突如出現したことに、周りと同じく驚いていた。さらに美砂は、防衛している広場が敵に侵入され乗っ取られたならば、自分たちの敗北なのではないかと焦っていたのである。

 

 

「広場全部にアレが!? まずいよそれ!!?」

 

 

 そして裕奈も驚きまずいことになったと考えていた。鬼神を広場に入れてはならない。鬼神が何に使われるか、どうして広場に侵入させてはならないのか。それは他の魔法先生や魔法生徒と同じく裕奈にも伝えられていたことだった。だが、敵はその裏をかいくぐり、転移で広場に鬼神を落としたのだ。だからこそ、非常に焦っていた。これでは儀式が完成してしまうと、心から焦りを感じていたのだ。

 

 

「そう来たか! 転生者が多く存在するからこそ、安全策を取ったのか!」

 

 

 覇王も驚き、やられたと思った。覇王は鬼神の出現をずっと待っていたのだ。しかし、出現した鬼神は、なんと広場のど真ん中に現れたのである。確かに転移を使えば安全に鬼神を広場に送り出すことが出来る。

 

 それに()()()()では転生者が大勢居る。その転生者たちに邪魔されず、安全に鬼神を送り出す必要がビフォアにあったのならば、その方法こそ確実だったのだ。そうだ、全ては鬼神を破壊されず、確実にタイミングよく広場に送り出す、ビフォアの作戦だったのである。

 

 覇王は驚いた。確かに驚いた。とても有効的な作戦だったが故に驚いた。それでもやることは変わらない。素早く鬼神を沈黙させる。それこそが覇王がこの場所に残った理由だからだ。それこそがビフォアの作戦を潰す一手の一つだからだ。

 

 

 

 その離れた場所で、ロボの頭を踏み潰しながら、一人ごちる男がいた。雷を纏った黄金の斧を肩に担ぎ、屈強な筋肉の男だった。さらにその大男の横で、キセルをくわえて着物を着ているものがいた。

いや、猫だった。

 

 

「ほー、あれが覇王の言っていた鬼神ってヤツか。確かにでけぇが思ったほどのもんじゃねぇな」

 

「そう言っている場合ではないでしょう……。これは厄介なことになってきましたよ」

 

 

 それはまさしくバーサーカー。バーサーカーは鬼神を見て、ニヤリと笑いつつ、率直な意見を述べていた。デカイ、確かにまあデカイ。ただ、それだけだろう。霊格も覇王が味方につけたリョウメンスクナに大きく劣る。ゆえに、この様にのんびりと余裕のかまえをとっていたのだ。

 

 そして、もう片方はマタムネだった。彼もまた、覇王から色々と話を聞いていた。だから、これは結構まずい状況なのではないかと思い、余裕を見せるバーサーカーを叱咤していたのである。

 

 

「んじゃまっ、ぶっ潰しに行くとするか!」

 

「しかありませんね……!」

 

 

 だったら倒せばいい。バーサーカーはシンプルだ。厄介な相手ならすぐ倒せば問題ない。そう考えた。マタムネも同じく、それしか方法はないだろうと、バーサーカーの意見を肯定した。そして、一人と一匹は、即座に最も近い鬼神へと向かったのである。

 

 

 

 同じ頃、麻帆良女子中等部、その校舎の屋根の上で睨みあうものたちがいた。金髪の幼き少女と長い後頭部を持った老人。そして、サングラスをした紫髪のスーツの男。エヴァンジェリンと学園長、上人の三人だ。鬼神が現れたことで、学園長は長く白い眉毛を動かして、焦った様子を見せていた。エヴァンジェリンも顔には出さないが、分が悪いかと考えていた。しかし、動くことは出来ない。目の前に、この腹立たしい男が居るからだ。坂越上人が目の前に居るからだ。

 

 

「フフフ、もうすぐ決着のようですねェ。ですがお二人は動かずお待ちいただきたい。おわかりでしょう?」

 

「ふん、小ざかしいヤツだな……」

 

「む……」

 

 

 上人はもうすぐ戦いが終わると言葉にしていた。鬼神が現れたということは、ビフォアの計画が最終段階に入ったことであり、それを上人は知っていたからだ。そんな鬱陶しい上人に、エヴァンジェリンは機嫌が悪そうにグチをこぼしていた。いや、機嫌が悪そうではなく、実際とても機嫌が悪いのだ。全てはこの目の前の男、上人の癇に障るような礼儀正しい言葉遣いと、見下したような表情が原因だ。また、学園長も動けずに、ただただ心配するしかなかった。ネギたちがビフォアに勝つことを、信じることしか出来なかったのだった。

 

 

 

 そして、完全に死んだ目をして廃人となったマルクをつれ、学園を歩いていた真名と楓。二人も鬼神を目撃していた。鬼神が今頃になって現れた。しかも広場の中央にだ。これには二人も戦慄していた。

 

 

「あれは鬼神か……!?」

 

「まずいでござる!!」

 

 

 だが、マルクを捕えて連行している二人は、鬼神を倒しに行くことができなかった。今すぐ飛び出して鬼神を倒したい。倒さなければ危険だと、二人は思っていた。それでもマルクを放置することは出来ない。このマルクはビフォアに捨てられたことで心が壊れてしまったが、かなり危険人物だった。そんな人間を置いて、鬼神を倒しに行くことは出来ない。二人はそれに歯がゆさを感じながら、他の仲間を信じることにして先に進むしかなかったのだ。

 

 ただ、マルクは鬼神をチラリと見ただけで、何の反応も示さなかった。もはやビフォアに捨てられた身、自分には関係ない。それゆえ、どうでもよいと思ったからだ。完全に生きる気力を失ったマルクは、縛られたまま二人の後を追うしかなかったのであった。

 

 

 

 一方超のアジトでも、鬼神の出現を感知していた。画面で白く輝く鬼神が映し出され、事態が悪化したことをエリックと葉加瀬も理解したようだった。

 

 

「ブレイン博士! 突如として鬼神が六つの魔力溜まりの全ての中央に出現しました! 転移魔法の可能性があります!!」

 

「なんだとォ!? やられたか!! 復旧を急がなければ!」

 

「は、はい!」

 

 

 敵は転移魔法を利用して、鬼神を広場へと飛ばした可能性が高い。そう葉加瀬は焦った様子でエリックへと告げていた。ビフォアは元々が魔法先生である。転移魔法用の魔方陣を用意し、起動させることは難しくないだろう。さらにそこへ未来の科学や白衣の男の技術が加われば、ボタン一つでの転移が可能だったのだ。裏をかかれたとエリックは思った。これはまずい。しかし、エリックたちに出来ることは結界を早急に復帰させることだけだ。だからエリックは葉加瀬へと、結界の復旧を急ぐことを言葉にし、さらに動かす手の速度を上げていったのだ。

 

 

「な、なんだなんだ!?」

 

「なんということだ! 転移を使うとは!!」

 

「もしかしてやべぇ状況ってやつゥ?」

 

「のようじゃのう……」

 

 

 だが、事態があまり理解出来なかった千雨は、葉加瀬の横でポカンとしながら画面を見ていた。横ではすさまじい速度で手を動かす葉加瀬をよそに、千雨は一体何がどうなっているのかと深く考えこんでいた。実際魔法をあまり理解していない千雨が、この事態をすぐに呑み込むのは難しいだろう。それでも千雨ははっと我に返り、作業の続きを再び始めたのだ。

 

 そんなエリックたちの後ろで豪、昭夫、ジョゼフの三人は先ほど捕えたサイバー攻撃を行った転生者を見張っていた。そして、この状況に気がついた豪は、ヤバイぞこれはと叫び、今にも飛び出していきそうな勢いで、敵の攻撃の狡猾さに戦慄していた。その横でギターを握りながら、この状況を理解で来ていないものがもう一人。あの昭夫だ。昭夫はなんだかでかい敵が増えただけ程度にしか思っておらず、とぼけた表情をしていたのである。と言うのもこの昭夫、原作知識を持っていたはずだが、興味がなかったので忘れてしまったのである。まあ興味がないことを覚えていても仕方がないのは事実なので、仕方がないとしか言いようがないが。

 

 さらにその横で老人が、またまた緊張感のない声を出していた。ジョゼフだ。ジョゼフは声こそ緊張感がなかったが、内心まずいことになったと思っていた。そのため表情こそあまり普段と差がないものの、目つきだけは鋭くなっていた。ただ、ジョゼフにももはや何も出来ることはない。出来ることは仲間を信じ祈るだけだったのである。

 

 

 

 魔力溜まりとなる広場は六つ、その一つに数多は居た。数多も突如出現した鬼神に驚かされていた。

しかし、いきなりの登場だったがための驚きであり、敵の大きさに驚いた訳ではなさそうだった。

 

 

「なっなんだありゃ!? いきなり現れやがったぞ!?」

 

「わからないが、アレが例の鬼神なのでは……?」

 

 

 突然の巨人の襲来、当然驚く。当たり前だ。どこから来たのかわからないが、とにかく突然現れた。そこで数多の横に居た焔が、その巨人が鬼神ではないかと言葉にしていた。

 

 

「だったらまずいぜ! 敵が減ったと思ったらこれか!!」

 

「こちらを油断させるための作戦だったのかもしれない……」

 

 

 数多も鬼神について、ある程度聞かされていた。と言うことは、かなりピンチな状況だと、数多は考えた。敵も倒したり上空へと飛んでいったりと減ってきたというのに、新たな問題が増えたと頭を抱えていたのだった。

 

 また、焔は敵が地上から上空へと移動し、こちらが有利となって安心して油断したところを狙ったと思ったようだ。ただ、本来ならば工場にてロボを生産し続け、地上部隊と空中部隊と分けて運用する計画だった。しかし、工場は破壊されロボが生産不可能となった。だから、地上で戦っているロボの半分ほどを、上空へと移動させて飛行船の防衛をさせるしかなかったのだ。つまり、敵が減ったのは敵の考えではなく、工場を破壊した結果がそうさせたということだったのだ。

 

 

 

 さらに他の場所でも戦う男たちがいた。二人の男はロボを蹴散らし、または切り裂き破壊して回っていた。カズヤと法である。カズヤと法は広場で戦わず、遊撃で色んな場所へと出向いてロボを破壊していたのだ。

 

 

「グッ!? まだデケェのが出てきやがったぜ」

 

「アレも破壊せねばならん!!」

 

「んなこたぁ言われなくてもわかってんだよッ!」

 

 

 ああ、しかし。カズヤの右腕は限界寸前。能力の使いすぎにより、かなりしんどい状態だった。シェルブリットを撃ちすぎて、かなり危険な状態だった。そのため右腕を押さえながら、苦しそうにしていたのだ。そこへ鬼神の出現だ。カズヤは疲労した体に無理をさせながら、疲れた目つきで鬼神を睨んだ。また出てきた、デカイヤツ。あれは特上の獲物だ、喧嘩しがいがありそうだ。疲労してもなお、カズヤの戦意は消えてはいなかった。闘志は失われてはいなかったのだ。

 

 その横で法も鬼神を睨み、破壊すると宣言していた。法もまた、かなり疲労していた。だが、カズヤほどではなく、疲れを表に見せてはいなかった。と言うのも、カズヤの能力は本来強制的に強化したものだ。いや、転生してカズヤ自身が強化した訳ではない。元々そういう能力だ。つまるところ、”元の特典”がそういうものなのだ。ゆえにカズヤは大きなデメリットを抱えて戦い、想像以上の疲労と痛みに体を蝕まれているのだ。

 

 しかし、法は違う。法の能力は元々強力だった。これもまた”元の特典”がそういうものなのだが、その真・絶影とは本来の法の本気であり、多少無理をするがカズヤほど負担は大きくないのである。それでも法にも負担はかかる。能力を使い続ければ、体のどこかにガタがくる。されど鬼神は倒さなければならない。法もまた、闘志に燃えていた。麻帆良を守るという誓いの元、その強い意志に溢れていたのだ。そして二人は鬼神を破壊するために、その広場へと急いだのだ。

 

 

 

 そのカズヤと法の少し近くで、一人の男が戦っていた。銀の足でロボを蹴り、見えざる速さで戦う男。直一だ。直一もまた、カズヤたちのように遊撃していた。すばやくロボを見つけ、瞬間的に破壊する。それを繰り返していたのである。

 

 

「おいおい、このタイミングでそりゃないだろう?」

 

 

 そんな時に突如として現れた鬼神に、直一も多少焦りを感じていた。直一はカズヤや法とは違い、”原作知識”を持っていた。つまり、鬼神が何に使われるかを知っていたのである。こりゃヤバイ、もうすぐ儀式が完成される、その手前で鬼神投入、これほどタイミングがいいものはないだろう。ならばどうする。簡単だ、瞬間的に壊滅させればいい。直一は単純にそう考え、自慢の早さで一直線に鬼神へと向かうのだった。

 

 

 

 そして、簡易施設として設けられた緊急救護室にて、異変を感じたのどかと夕映の二人。少ない怪我人を治療魔法で癒しながら、ネギたちの勝利を祈っていた。だが、そこで外が突然騒がしくなったようだった。さらに、何か巨大な物体が地面に落下する音と、それに伴ったと思われる地響きを感じたのだ。

 

 

「何か外が騒がしいのです……!」

 

「た、確かに……」

 

「少し覗いてみましょう!」

 

 

 とっさに外へ出てみると、なんと光る巨人が広場の方に見えるではないか。これは一体どういうことなのか。確かに鬼神なる存在がこの戦いの鍵を握っているとはカギから聞かされていた。とすれば、あの光の巨人が鬼神なのでは。ということは、まさか。

 

 

「アレってまさか……」

 

「そのまさかだと思うのです……。そうであって欲しくはないのですが……」

 

 

 鬼神らしき巨人を見た二人は、焦りを感じていた。この戦い、本当にどうなるのだろうかと不安になりそうだった。しかし、二人はその不安を押しのけ、ネギたちの勝利を祈った。ネギたちが勝てば、どうってことないと、そう強く思ったのだ。

 

 

「勝ってください、ネギ先生、カギ先生、そしてみなさん……」

 

「ネギ先生……、負けないで……」

 

 

 二人に出来ることは、今はネギたちを信じて待つことしか出来ない。自分たちがもっと役に立てればと、何度も悔やんだことだ。だが、出来ないことを考えても仕方のないことだ。二人はスッパリと意識を切り替え、再びテントの中で少ない怪我人の治療に専念するのだった。

 

 

 

 上空にてロボ軍団と戦闘を繰り広げるものたち。その集団にも鬼神の姿を捉えることが出来た。鬼神は魔力を増幅する時、光の柱となって輝いて見える。だから闇に染まった上空でも、しっかりと確認できたのだ。

 

 

「なんや!? あのデカブツは!?」

 

「あれってまさか……」

 

 

 小太郎は鬼神を見て、一体何事だと思ったようだ。光って見える鬼神だが、すぐにその正体を見破ることは難しいだろう。アスナも同じく何が起こっているのかと考え、ようやく鬼神の出現だと理解したようだった。

 

 

「あんなの聞いてないっスよ!?」

 

「何!? ここでそれを使うかよ!?」

 

 

 そして、それを理解した美空は、鬼神なんて存在知らないと叫んでいた。というかただの現実逃避である。ただ、知らないというのは大きく間違ってはいない。”原作”では麻帆良の地下へ潜り鬼神の存在をいち早く知った美空だが、ここではそれをしていない。麻帆良の地下へと降り立ったのは、直一とアルスという転生者二人組みだったからだ。だからなんだかよくわからない謎の絵も描いておらず、鬼神の存在を目で見て確かめてはいないのだ。

 

 カギも鬼神に驚いていた。いやまさか、この儀式完成ギリギリのタイミングで出してくるとは思ってなかった。むしろ鬼神など不要なのかもしれないとまで考えていた。しかし、やはり鬼神は必要だった。しまった、やられたと思ったようだ。また、自分が地上にいたならば、即座に王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)で破壊できたと思い、いまさらながら後悔していたのだった。

 

 

「鬼神……!? そうか転送を……、図られたか!!」

 

「はおが気にしておったんはアレやったんか……」

 

 

 刹那は鬼神の出現に、転移魔法を使ったのではと思考していた。そこで、こちらの裏をかかれてしまったのではないかと思ったようだ。鬼神が先に出ていれば、それを当然破壊するだろう。だが、このタイミングならば、もはや間に合わない。ビフォアの策略にまんまと踊らされたと、刹那は悔やんだのである。

 

 木乃香は鬼神にピンと来るものがあった。そう、覇王が気にしていた存在のことだ。覇王は鬼神の出現を待っていた。だから地上で戦うことにしていた。覇王は鬼神とは言わなかったが、何か気になることがあると木乃香へ話していた。だから木乃香は、覇王が気にしていたものが、鬼神だったことを理解したのである。

覇王が地上に何故残ったのか、しっかりと理解できたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:不明、白衣の男

種族:人間

性別:男

原作知識:どうでもいい

前世:機械オタク

能力:ロボを作る

特典:天才レベルの頭脳と機械系の技術

 



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九十八話 決着

 最後の仕上げとして鬼神を起動させたビフォア。これで儀式が完了すれば、世界に強制認識魔法が広がるのである。これはまずい、非常にまずい。このままでは、ビフォアの野望が達成されてしまう。

 

 

「フハハハハハハハッ! 貴様らは敗北するのだ! 今ッ! この瞬間でッ!」

 

「転移魔法を使って、直接鬼神を広場に出現させるなんて……」

 

「やられたネ……」

 

 

 もうすぐ野望がかなう。ビフォアはそう思い、非常に愉快に笑っていた。そして、超たちに、もうお前たちの負けだと、勝ち誇った様子で叫んだのだ。もう終わりだ。俺の勝ちだ。お前たちはここで完全に敗北し、自分にひれ伏すのだ。そういいたそうな表情で、ネギと超を見下ろしていたのだ。

 

 転移魔法。まさかそれを使って鬼神を直接広場へと移動させるなど、そうネギはしてやられたという顔でつぶやいていた。もはやボロボロの体では、いまさら鬼神を倒しに行くことも不可能だ。さらに、目の前のビフォアにすら勝ち目がほとんどない。もうどうしようもない状況だが、それでも勝利を諦めず、体を立たせようと必死にあがいていた。

 

 超もネギと同じ気持ちで、ビフォアを睨んでいた。超も魔法の直撃で、全身を激痛に蝕まれていた。それでも諦めるわけにはいかないと、右手で左腕を押さえながら、きしむ体を立ち上がらせようと踏ん張っていたのである。

 

 

「さぁ、儀式を完成させよう! やれ!!」

 

「ヒヒャッハッハッハッ! 今もうすぐすでに!!!」

 

 

 そして、ビフォアは白衣の男へと、儀式を完成させるよう命令した。ニタニタといやらしい笑いをしながら、ビフォアはついに野望が達成されると思い、絶好調な様子だった。白衣の男は儀式はすでに完成していると、イカレた笑いを発していた。もはや間に合わない。超とネギに焦りと緊張が走った。

 

 

「や、やめてください!!」

 

「クッ……!」

 

「ハハハッ! 思い知るがいい!!!」

 

 

 ネギは力いっぱい儀式の中止を訴え叫んだ。超はもうダメかと、歯を食いしばっていた。そんな二人を見下しながら、思い知れと嘲笑うビフォア。ああ、もうダメか。ダメなのか。このまま麻帆良はビフォアに支配されてしまうのか。

 

 

「どうした!? 何をしている!? 早く儀式を発動させろ!!」

 

「……ヒッ……ヒヒッ……」

 

 

 ビフォアが白衣の男へと命じて数秒がたった。しかし、シーンと静まり返ったまま、何も起こらなかった。本来ならば、魔方陣から光の柱が天へと伸び、強制認識魔法が発動するはずだった。どうしたと言うのだ、早くしろ。ビフォアは苛立ちを募らせた声で叫んでいた。そんなビフォアの叫びに反応したのか、白衣の男が変な声を出し始めたのだ。

 

 

「ヒッヒヒッヒヒヒッ……ヒッヒッヒッヒッハッハッハッハッハッ!!!!」

 

「何を笑ってる!!?」

 

 

 いや、変な声ではなかった。変な笑いだった。突如として白衣の男が、訳もわからず笑い出したのだ。その白衣の男の姿に、流石のビフォアも驚いた様子だった。一体何がおかしくて笑って居るのか。ビフォアは再び怒りがこみ上げた様子で大きな声で怒鳴ったのだ。

 

 

「ヒヒヒハハハ! 儀式は発動しねェぜェ! 何者かが世界樹の魔力で強力な結界を麻帆良中に張りやがッた!! こんなことが出来るやつァ天才だぜェ!! ヒヒヒヒハハハハハッ!!!」

 

「なっ!? ば、馬鹿な!?」

 

 

 白衣の男は笑いながら、何がおかしかったのか話し出した。それはなんと、誰かが世界樹の魔力を使い麻帆良をつつむように結界を張ったというものだったのだ。いやはや、こんなことが出来るやつが居るとは、白衣の男はそう思った。そして、それが面白おかしく嬉しく仕方がなかったのだ。

 

 その言葉に驚いたのはビフォアだ。麻帆良のコンピュータは未だ復旧されてないはずだ。結界が復活するはずがないのである。さらに、魔力を使って結界を張る人物なぞ、ビフォアは知りえなかった。一体何が起こっているのかと、混乱し始めていたのだ。

 

 

「そうか、間に合ったんだ!」

 

「そうみたいネ!」

 

「何だとぉ!?」

 

 

 だが、その結界の説明に反応したのはビフォアだけではなかった。ネギはパーッと明るい表情となり、間に合ったと言葉にしていた。超も同じく安心した様子で、よかったよかったと喜んでいた。ビフォアは二人の反応にさらに驚きの声を上げ、どういうことだと考えたのだ。

 

 

 また、超のアジトでもその結界を感知していた。そのことをエリックに報告する葉加瀬も、ほっとした様子を見せていた。

 

 

「ブレイン博士! 学園結界とは違う結界が麻帆良全体に張り巡らされています!!」

 

「むっ、どうやら成功したようだな!」

 

「そのようですね!」

 

「一体どういうことだ!?」

 

 

 学園が普段使っている結界とは違う結界が、この麻帆良全体に張り巡らされている。エリックは葉加瀬の報告を聞いて、成功したようだと表情を緩ませていた。葉加瀬も同じく、自然と笑みがこぼれていた。

 

 ただ、その横の千雨には、またもやなんだかわからなかった。それゆえ二人の会話についていけず、頭にクエッションマークを浮かばせポカンとしていたのだった。しかし、この結界を張ったのは何者なのだろうか。彼らが言うならば、超たちの仲間と言うことになるだろう。さて、誰だろうか。

 

 

 

 麻帆良に巨大な樹が、光り輝きながら堂々と生えていた。それは世界樹だ。その燦々と輝く世界樹の天辺に、一人の男が立っていた。白髪の男だ。老人と見るには少し若いが、中年と言うほど若くもない。そんな男が、片手に分厚い本を開きながら、世界樹の頂上でたたずんでいたのだ。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 その男こそ、人間形態のギガントだった。ギガントは小さく息を吐き、安心した表情をしていた。大きな仕事を終えた後のような、そんな表情だった。と言うのも、このギガントが麻帆良全体に結界を張った張本人だった。

 

 ――――――スナイパーが倒されたがゆえに、ギガントは無事だった。そして、この事態の報告を受け、新しい結界を用意するために下準備を行っていたのだ。それは彼のアーティファクトである総勢200のオートマトンを、麻帆良と他の町の境目に設置し結界の触媒にすることだった。その次に世界樹の溢れる魔力を使い、巨大な結界を麻帆良に張り巡らせたのだ。

 

 

「彼らがいなければワシらも時間転移させられておったとはな。中々の敵だったと言えるだろうか……」

 

 

 しかし、ネギたちが未来に飛ばされ帰ってこなければ、ギガントもスナイパーの餌食となっていた。そう考えればこの騒動を起こしたビフォアは、強敵と言える存在だとギガントは一人つぶやいた。そして、そっと開いていた本を閉じると、闇夜へと視線を向け、ネギたちが戦っている方向を見渡した。

 

 

「後は任せたぞ、メトゥーナト……」

 

 

 そして、最後に同僚の名を呼んだ。彼こそがこの計画での最大の切り札。ビフォアを倒せる唯一の存在。ゆえに、ギガントは全てをメトゥーナトに託したのだった。

 

 

 

 ギガントが結界を作り出し、ビフォアが慌て始めた直後、そこに異変が起こった。いや、異変というよりも、新たな影がその場に現れたのだ。

 

 

「お前の計画はここで終わりだ、ビフォアとやら」

 

「ば、馬鹿なぁ!? 何故貴様がここに居る!!?」

 

 

 そう、それはあのメトゥーナトだ。銀の仮面で顔を覆い、マントを変化させた黒い蝙蝠のような翼を広げ、飛行船の上を浮いていたのだ。メトゥーナトはスナイパーの攻撃を防いだ後、この瞬間のためだけに身を隠していた。

 

 なぜこの瞬間まで隠れていたのか。それはビフォアが”計画を完遂させる時こそ大きく隙を見せる時”だと考えたからだ。それは元々超やネギの考えた作戦だった。そして、超の計画の何もかもが、ビフォアの作戦を阻止させるのにギリギリだったのは、この一瞬のためだったのである。また、ギガントも同じく姿をくらましながら、ゆっくりと半日をかけ、結界の準備を行なっていたという訳だった。

 

 ビフォアはメトゥーナトの登場に、非常に驚いた。一体なぜここに居るのか。まったくわからなかった。メトゥーナトはスナイパーにより敗北したと思っていたからだ。だが、現実は違った。メトゥーナトはスナイパーの攻撃から見事生還したのだ。しかし、なぜビフォアはメトゥーナトが倒されたと思っていたのだろうか。それは難しいことではなかった。

 

 スナイパーが倒されたことは、通信で超やネギたちはわかっていた。そして、ビフォアの通信手段を超が封じたのだ。ただ、全ての通信手段を塞いだ訳ではなかった。多少なりとビフォアへ情報が行くように仕向けていたのである。そこで超は、スナイパーが倒された時に、嘘の情報をビフォアへ漏らしていた。スナイパーがうまくやったと、誤報を送ったのだ。

 

 ビフォアはそれにまんまと引っかかった。あのスナイパーが非常に強力なビフォアの切り札だった。そのスナイパーが敗北するはずがない、その先入観が仇となったのである。

 

 

「来史渡さん!!」

 

「真打の登場ネ」

 

「何だとォォォォ!!?」

 

 

 ついに真打の登場だ。ネギも超も明るい表情で、メトゥーナトの方を向いていた。そして、ビフォアはメトゥーナトの姿にすさまじいほどに驚いていた。倒したと思っていた。消えたと思っていた。その男が目の前に居るのだ。まるで死人が蘇った姿を見ているほどに、ビフォアは仰天していたのだ。

 

 ビフォアにとってメトゥーナトは、天敵といえる存在だった。ビフォアがこの過去へやってきて、色々と入念に調べたことの一つに、転生者とは異なる”イレギュラー”の存在があった。というのも、ビフォアの特典は”原作キャラより有利に立ち回れる”ともう一つ、ようやくここでバラしてしまうが、”転生者の攻撃は命中しない”というものだからだ。この二つは原作キャラと転生者にメタに突き刺さる特典であり、両者がビフォアを相手にした場合勝ち目がないというものだ。

 

 ビフォアが仲間を集めていたのも、その特典によるものが大きかった。ビフォアは確かにある程度鍛え、魔法などを習得した。それはこの計画を考えた時に必要だと思ったからだ。だが、それだけでは足りなかった。はっきり言えばビフォアの特典は防御よりであり、攻撃力が皆無だったのだ。ゆえに、仲間を集い、その足りない攻撃力を補おうと考えたのである。

 

 また、この特典の力のせいで、カギも覇王ですらもビフォアに太刀打ちすることが出来なかった。確かにカギや覇王ならばビフォアに負けることはないだろう。そう、負けることはないが、勝つことも出来ないのだ。それ故覇王では傷一つ与えることはできないし、カギも悔しい思いをしていたのである。

 

 さらに、転生者の特典の効果すらも打ち消すため、特典から登場したバーサーカーにも適応されるのだ。それで覇王はバーサーカーにもビフォアを倒すよう言わなかったのである。また、ビフォアは単純に特典だけに頼っている転生者ではない。ある程度実力を鍛え、戦えるようにしてきたものだ。

 

 それだけではなく、ビフォアは狡猾だ。戦う時は戦うが、それ以外は逃げに徹し、決して無駄な戦いはしない男だ。卑怯者と言えばそれまでだが、それも戦術のうち。ビフォアの位置が特定できなければ、戦うことすらも不可能だったのである。

 

 それとは別に、ビフォアの戦闘能力が未知数という部分もあったのだろう。そう言った理由から、覇王はマタムネにもビフォアに戦うことをさせられなかった。

 

 しかし、メトゥーナトは違う。メトゥーナトは原作にも登場せず、転生者ですらない。完全にイレギュラーな存在なのだ。だからこそ、ビフォアの能力はメトゥーナトに効果がなく、天敵たる存在だったのだ。

 

 

「お前は私が倒されたと思っていたようだが、そうではなかったというワケだ」

 

「し、しくじったのか! あのジョンが!?」

 

「そういうことだ!!!」

 

 

 そう、つまりビフォアは超の計画にまんまと乗せられてしまっていたのだ。全てはこの時のために。全てはビフォアを確実に倒すために。メトゥーナトは自分がここにいるならば、そういうことだとビフォアへ告げた。ビフォアはそこで、あのスナイパーのジョンが敗北したことを理解したようだった。まさか、あのジョンが敗れるなど、思いもよらなかったのだ。

 

 ビフォアが真に信用していたのは、そのスナイパーのジョンだ。基本的にビフォアは他人を信じていない。また、他人をいつも下に見ている。それでもスナイパーのジョンには絶大な信頼を寄せていた。金だけのつながりだったが、逆にそれが信用できると思ったのだ。そのジョンが負けた。その報告はビフォアにとってショックだった。

 

 

「ぐ、ググググッ……! だぁがここで負けては今までの苦労が水泡になってしまう!! ぶっ倒してくれる!!」

 

「試してみるがいい……!」

 

 

 ああ、それでもビフォアは諦めたくない。ここで負けてしまえば、今までの苦労が無駄になるからだ。ここで負ける訳には行かなくなったのはビフォアとなってしまったのだ。超とネギは、見事にビフォアと逆転したということだった。そこで、怒りと焦りに彩られたビフォアの叫びを、涼しく受け流すメトゥーナト。もはや余裕の態度、余裕の表情だ。いや、表情は仮面の奥で、他人から見ることは出来いが。

 

 

「皇帝陛下より賜りし宝具、今ここで使うことをお許しいただきたい……」

 

 

 メトゥーナトはふと、懐から一枚のカードを取り出し、皇帝へ許しを請うような言葉を述べた。そのカードは本来ならば、皇帝のために使われるものだ。だからメトゥーナトは、皇帝の任務以外での使用だからこそ、その言葉を述べずに入られなかったのだ。

 

 

いでよ(アデアット)

 

「アーティファクトだと!? ふん、その程度で驚くと思うなァアァ!!!」

 

 

 そして、それはまさしくパクティオーカードだった。メトゥーナトが呪文を一言唱えると、そのカードからアーティファクトが出現した。目の前に現れたのは、神々しい黄金に輝く、美しい模様と装飾の剣だった。これこそが、メトゥーナトが皇帝陛下から賜りし、最大の恩恵だ。

 

 それを見たビフォアは、その程度でビビるとでも思ったのかと叫んでいた。たかがアーティファクトの剣一本握っただけで、俺に勝てると思うなと、そうビフォアは考えながらメトゥーナトへと突撃していったのだ。だが、その判断が失敗だったことを、すぐに後悔することになるのだった。

 

 

「フッ……」

 

 

 メトゥーナトはその剣を握りると、一秒も満たない速さで、すでにビフォアの後ろへと移動していた。ネギも超も、そしてビフォアも、一体何があったのかわからなかった。誰もわからないほどの速度で、既にメトゥーナトはビフォアを黄金の剣で切り裂いていたのだ。

 

 

「なっ……うっ……?」

 

 

 しかし、ビフォアに目立った外傷はなかった。一体何が、どうなったのか。ビフォアは驚きを見せつつ、自分の体が無事かどうかを、手探りで確認した。すると何もなかった。切り裂かれたはずの傷すらなく、何事もなかったのである。

 

 

「お前はもう終わりだ……」

 

「な、何を言ってやがる!? なんともねぇじゃねぇか!? あぁ?」

 

「それがお前の本性か……」

 

 

 そして、メトゥーナトは静かにアーティファクトをカードへと戻し、振り向かずにビフォアへと一言つぶやいた。終わりだ、と。その言葉にビフォアは突然怒り出した。何が終わりだというのか。こちらは無傷、なんともない。くだらない嘘は止めろ。まさに先ほどとはうってかわって、汚らしい言葉遣いでメトゥーナトを責め立てたのだ。それこそがビフォアの本性。今まである程度丁寧な言葉と姿勢を見せていたのは仮面であり、実際はチンピラのような性格だったのである。

 

 この一撃は確かなものだった。しかし、ビフォアはピンピンしている。一体何が起こったのだろうか。ただ、その一撃を見たカギが、ヴィマーナから飛び出しビフォア目掛け突撃してきたのだ。

 

 

「脅かしやがって! こけおどしが通用するとでも思って……!」

 

「なら試してみるかァ? ”雷神斧槍”! くたばれェや!!」

 

「当たる訳がな……、グギャァ!?」

 

 

 カギの接近に気がつかず、背を向けたままのメトゥーナトへ、ビフォアは襲い掛かろうとした。体はまったくなんともない。馬鹿にしているのかと怒りをあらわにし、メトゥーナトを背後から攻撃しようとしたのだ。

 

 そこへカギが現れ、得意の魔法で攻撃した。ビフォアは特典のおかげで転生者の攻撃は無効化できる、当たらないと高を括り、ちょいと首をかしげ回避しようとしたのだ。だが、そのカギの攻撃はビフォアの右肩当たりに命中し、ダメージを与えたのである。実際今の攻撃、ビフォアが本気で回避すれば避けれた可能性があった。しかし、ビフォアは特典を過信し、当たらないだろうと考えた。それでカギの攻撃が命中してしまったのだ。

 

 そして、今のカギの攻撃により、体を覆っていた装甲は大破、無数の火花を散らしていた。頭部を覆っていたフルフェイスの兜も砕け散り、情け無く苦しむビフォアの表情が見えるようになったのだ。

 

 

「な、何故だぁ……!?」

 

「私のアーティファクト”宇宙割つ刃”は……、いかなるものをも切断することが出来るのだ……」

 

「なんだとぉぉオォ!?」

 

 

 何故カギの攻撃が命中したのだろうか。ビフォアの特典があれば、カギの攻撃など命中しないはずだ。そう、ビフォアは何故だ、どうしてだ。そんな考えがビフォアの頭に渦巻き、混乱すらし始めていたのだ。理解不能、理解不能。ビフォアは全身から冷や汗が出始め、かなり焦ってきていた。

 

 メトゥーナトは焦りと恐怖へと表情を変えたビフォアへ、自分のアーティファクトの能力を静かに語りだした。それはなんと、いかなるものをも切断するというものだった。

 

 いかなるもの、森羅万象全てを切り裂くことが可能な剣。水を斬れば流れは止まり、炎を斬ればその一部を消火する。風を切れば二つに裂かれ消滅し、空間すらも断裂できる。そして、魂を斬ればその魂をも分断し、消滅させることが可能な剣。

 

 それが、メトゥーナトが皇帝陛下から与えられし宝具。皇帝陛下への忠誠と信頼の証。最高の恩恵、”宇宙割つ刃”。この世に存在するものならば、任意的に切り裂くことが出来る、最高の名剣だったのである。

 

 その説明にビフォアはさらに驚いて声をあげた。馬鹿な、そんなチートあるはずがない。ビフォアはそう思ったのだ。もはや自分のアドバンテージを奪われ、醜く歪む表情は恐怖一色。今の斬撃で、すべては終わったのだ。

 

 

「お前の”神の力(とくてん)”が存在する魂の一部、それを断ち切った。お前にはもう、神の力(とくてん)は存在しない」

 

「ば、馬鹿な!? そんな馬鹿なアァ!!?」

 

 

 そう、全てを任意で斬る剣ならば、”魂の一部である特典”のみを切ることも可能だ。ビフォアへ一度与えた斬撃で、メトゥーナトは”特典”のみを切り裂き破壊したのである。そして、この力でメトゥーナトは、幾多の転生者を無力化してきたのだ。

 

 特典が消された。その言葉はビフォアの今の人生で最大の衝撃を与えた。転生者たるビフォアも、特典に自信があった。特典があれば無敵だと思っていた。その自信の象徴たる特典が消滅したのだ。まさに心臓が止まる勢いで驚くのも当然だった。

 

 

「さっきのお返し!! ハァ!!」

 

「ガァ!?」

 

 

 さらに、畳み掛けるようにアスナが現れ、強く握り締めていたハマノツルギをビフォアへ向かってフルスィング!吸い込まれるようにビフォアへハマノツルギが命中。その衝撃にてビフォアのパワードスーツは砕けた音を発し、破片をばら撒きながら、ビフォアはゴロゴロと飛行船の上を転がった。

 

 

「神鳴流奥義! ”雷鳴剣”!!」

 

「ギニャァァ!!?」

 

 

 そこへ刹那の追い討ちが待っていた。夜の闇をかき消し、周りが明るく照らされるほどの雷のエネルギーが、斬撃と共にビフォアを襲った。感電しながら切り裂かれたビフォアは、もはやボロボロ。だが、ビフォアへの攻撃はまだまだ続くのだ。

 

 

「”雷の斧”!!」

 

「ギャァァッ!!」

 

 

 なんとネギの雷の斧を、ビフォアへと放ったのだ。ここに来てようやくネギが、雷の斧を使ったのである。範囲は狭いもののその鋭く輝く雷は、ビフォアへと突き刺さった。この一撃は想像以上のダメージだったようで、ビフォアを守り覆っていた鎧が、全て破壊されてしまったのである。これでもうビフォアを守るものは何一つ無くなった。そんな無防備となった裸の王様へと、トドメをさすべく最後の一撃を超が放った。

 

 

「コレで終わりダ! ”ディバインバスター”!!」

 

「だから何故その魔法をオオグガアアア!!!?」

 

 

 桃色の魔力がビームとなりて、くたばりぞこないのビフォアを捉えた。ピンクの光に飲まれながら、ビフォアは超がどうしてこの魔法を使えるのかと叫んだ。最後の最後まで、ビフォアは超がこの魔法を使える理由を知ることはなかったようだ。そして、光が消えた後には、もはやダメージで動けないビフォアだけが寂しく残されていたのだった。

 

 

「あぐぐゥゥ……、貴様ァ! 俺を、俺を助けろ早くウウゥゥッ!!!」

 

「ヒッヒャッハッ! 私は戦闘向けの特典なんてなァィ! ョって、戦闘など出来なィのさァ!!」

 

「て、テメェェェ―――――!!?」

 

 

 完全にボロボロ、動くことさえままならぬビフォアは、後ろで高笑いしている白衣の男へ助けを求めた。しかし、白衣の男は戦闘など不可能。それは白衣の男自身がしっかりと理解していることだ。ゆえに白衣の男は笑いながら、戦いは不可能だと言葉にしたのだ。ビフォアはそんな白衣の男に怒りの叫びをあげていた。

 

 

「終わりネ、ビフォア!」

 

「ぐ……、クッ……、ソ……。俺の野望が、計画が……、水の……泡……」

 

 

 もはや終わりだ。お前の野望もこれまでだ。超はそう叫びながら、ビフォアへと人差し指を指していた。もはや絶望、ビフォアの目の前が真っ暗になった。特典を失った転生者など、ただの人だ。確かにビフォアは自分を鍛え上げた。だが、半分は特典の力だ。この集団を一人で相手にすることなど不可能だろう。ビフォアは力尽きたのか、ゆっくりと飛行船の上に倒れふせ、動かなくなっていた。

 

 

「あなたはどうするんです……?」

 

「あァ、私は降参するよ。戦闘なんて野蛮な行為はしたくなィんでね」

 

 

 ネギはビフォアが倒れたのを確認し、すぐに白衣の男へと質問した。白衣の男が抵抗するならば、戦う必要があるからだ。しかし、白衣の男はヘラヘラしながら、降参の意思を見せたのだ。元々白衣の男は戦闘など出来ない。そういう特典を持ち合せていなかった。それに戦いは野蛮だと、白衣の男は思っていた。なので白衣の男は両手を上げて、降参降参と笑いながら言葉にしていた。

 

 

「ァッ、後、ロボらの機能も停止させよゥ。もはャ必要なィからねェ~」

 

「案外素直だネ……。ダガ拘束はさせてもらうヨ」

 

「どゥぞォ好きにィ、私は研究がしたかっただけだしねェ」

 

 

 さらに白衣の男は現在戦闘中のロボ軍団の機能も停止させると言い出した。そして、右腕につけていた時計のつまみを回し、ロボの機能を停止させたのである。地上にいたロボたちは戦闘をやめ、石像のように完全に動かなくなったのだ。上空にいたロボたちも、静かに地上へと降り立ち、その機能をひっそりと停止させたのだった。

 

 それでも信用は出来ないので、とりあえず拘束はさせてもらう。超はそう言うと杖を白衣の男へ向け、バインドと呼ばれる魔法を使った。すると桃色の輪が白衣の男を縛り上げ、完全に動けなくしたのだ。

 

 ただ、白衣の男は拘束も気にする様子を見せなかった。また、白衣の男はただ単に研究がしたかっただけであり、そのためにビフォアの仲間になったと言っても過言ではなかったらしい。この白衣の男は黄金率などの特典を持ってなかった。資金難だったのだ。研究がしたくても金も土地もなかった彼は、ビフォアの呼びかけに応じただけだったのだ。

 

 

「これで麻帆良は救われたんですね……」

 

「そうね」

 

 

 戦いは終わった。これで麻帆良は救われた。ネギはそう思い安心し、夜空を眺めていた。また、その横でアスナが一仕事したという顔で、ネギの言葉を肯定したのだ。

 

 

「そ、そ、そんなことは……、それだけはァッ! 認めねぇぞオォァァァァッ!!!」

 

「何!?」

 

「ビフォア!?」

 

 

 だが、ビフォアはまだ諦めてはいなかった。往生際が悪い男だ。醜くゆがんだ表情で、自分の野望に必死にしがみつこうとしていた。このまま終わってたまるか。こっちは何年もかけて準備をしてきた。ある程度修行もした。それが全て無駄になる、水泡に帰す。そんなことは許されない。認めない。ビフォアは心の奥底から叫び、最後の悪あがきをするように、安心しきったネギへと特攻を仕掛けたのだ。

 

 ――――――ビフォアは未来で誕生した転生者だ。原作はとっくに終了し、原作で語られたような荒れ具合もさほどない世界だった。それでもビフォアは自分が未来に生まれたことを知った時、すさまじく荒れた。これでは原作に介入できない。自分の思い通りにならない。せっかく原作キャラを圧倒できる特典と他の転生者を無視出来る特典を得たのに、これではすべてが無駄になる。ビフォアはそう考えて悔しがった。転生神すらも恨んだ。

 

 しかし、そこに唯一の原作キャラである超を目撃した。幼い姿だったが、間違えなく超だった。そこでビフォアは思いついた。超はカシオペアを開発する可能性がある。それを盗んで過去へと渡り、自分の思い通りの世界にしてしまおう。そう思った。

 

 ただ、超がカシオペアを作ることは一つの賭けでもあった。転生神は言った、この世界は”原作”とはまったく異なると。完全にずれが生じてきていると。それは転生者が他にも多く存在したのが原因だろう、と。だから超が"原作通り”カシオペアを作り、過去へ戻ろうとするかはわからなかった。

 

 ビフォアは賭けた、カシオペアに。ゆえにビフォアは自分を鍛えた。特典が防御よりで、攻撃が出来なかったから。少しでも他の転生者を倒せるよう、強くなっておく必要があったからだ。魔法を一から覚え、体を鍛え、ビフォアは野望を夢見て力を蓄えた。

 

 そして、運命だったのか、超はカシオペアを開発したのだ。ビフォアは賭けに勝ったのだ。それもまたエリックと言う転生者の影響だったが、カシオペアがあれば問題ないとビフォアは思った。だが、そのビフォアの野望を潰すために力を発揮したのも、やはりエリックだったのである。これこそまさに皮肉なのだろうか、運命のいたずらだったのか、ビフォアは最後の最後に敗北したのだった。

 

 そう、ビフォアは過去を思い出し、今までの苦労を報いらんと、最後の悪あがきをしようとしたのだ。完全にヤケだ。もうこうなっては勝ち目などない。それでもビフォアはしがみついた、自分の野望に、過去の自分に。

 

 

「ガアアアアアッ!!!」

 

「おとなしく……、するネ!!」

 

「ギガッガッ……」

 

 

 しかし、超が回り込み、ネギの前に立ちふさがる。そして、狂ったように叫び、突撃するビフォアへと、駄々っ子を黙らせるかのように、拳を一撃お見舞いしたのだ。その拳はビフォアの顔面に深く突き刺さり、数メートル吹き飛んだ。全ての過去が砕ける音を聞きながら、ビフォアは空中をひねりながらぶっ飛ばされていた。そして、飛行船の上を転がり仰向けに倒れこみ、ピクリとも動かなくなっていたのである。そこにもはや先ほどの強者の面はなく、醜い野望とともに砕け散った一人の男だけが、虚しく倒れていただけだった。

 

 

「気を失ったみたいですね」

 

「最後のあがきカ、この男らしい末路ネ」

 

「ふむ、完全に動けぬよう、さらに縛り上げておくことにしよう」

 

 

 ビフォアは今の超の拳を受け、完全に伸びてしまったようだ。ネギはビフォアが気を失ったことを確認し、再び安心した様子を見せていた。超もネギの横へやってきて、往生際の悪い男だと、呆れた表情をしていた。悪ならば退場する時は潔く退場してほしいものだ、そう言いたげだった。また、ビフォアの最後の暴走を見たメトゥーナトは、ビフォアをさらに縛って動きを封じ込めることにしたようだ。これにて一件落着といったところだろう。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:ビフォア・タナン

種族:人間

性別:男

原作知識:あり

前世:30代平サラリーマン

能力:転生者と原作キャラへの絶対的有利

特典:転生者の攻撃は自分に絶対命中しない

   原作キャラより絶対に有利に立ち回れる

 



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九十九話 戦いの終わり

 戦いは終わった。ビフォアはネギたちに敗れ、野望は打ち砕かれた。そう、麻帆良の未来は守られたのだ。また、超のアジトでは結界の復旧作業を行うものたちが、必死に指を動かしていた。

 

 

「麻帆良大結界、再起動確認!」

 

「よしっ! これならもう安全だろう」

 

 

 そして、麻帆良の結界は復旧され、これで間違えなく安全となった。ビフォアが何を行おうとも、もはや強制認識魔法は発動しないのである。

 

 

「終わりましたね、ドク・ブレイン」

 

「これでようやく歴史は元に戻り、未来におけるビフォアの悪行も消滅するはずだ」

 

 

 一件落着、疲れながらも安堵の笑みでいっぱいとなった葉加瀬。その横で、ビフォアの敗北により、崩壊した未来の麻帆良も元に戻ると語るエリック。

 

 そこでエリックは、懐から一枚の紙切れを出してマジマジと見始めた。それは未来から持ってきた新聞記事だ。暗黒街とかした麻帆良の惨状が書いてあるやつだ。エリックが少しの間眺めていると、少しずつ記事の内容に変化が現れた。まるでフェードアウトするように、記載された記事が消え、別の記事に置き換わったのだ。未来におけるビフォアの悪行が消滅した証拠だ。エリックはその確認を終えると、ニコリと笑って記事を再び懐へと戻した。

 

 

「ならば再び勝利の演奏をさせていただくぜェ――――――ッ!! イエァーッ!!」

 

「少しは自重してくれ!!」

 

「俺たちの勇気が勝利を齎したぜッ!」

 

「あ、アナタも結構うるさいんですが……」

 

 

 本当の勝利を得たので完全にはっちゃける昭夫。またしても演奏を始めたのだ。このすぐに演奏を始めるのは、どうやらクセらしい。

 

 ただ、それがうるさい、めっちゃうるさい、本気でうるさい。横で突如演奏する昭夫に、千雨は我慢の限界に達したようで、うるさくてかなわんと、自重しろと叫んだのだ。

 

 だが、昭夫は当然シカト。と言うか聞こえていない様子で、体を上下に動かしてパフォーマンスを行いだす始末。しかも、その別の場所で大声で勝利宣言する豪。いやまったく騒がしい連中だ。そんな豪にも丁寧語ではあったが、イラつきを抑え震えながら千雨は文句を言うのだった。

 

 そして、その騒ぐ昭夫や豪の横で、縛られている少年。サイバー攻撃を行なった張本人だ。彼はビフォアの敗北を受け、肩を落としてうつむいていた。何せ彼はビフォアが勝利すれば、その幹部にしてもらえるという約束をしていたからだ。しかし、ビフォアは敗北した。ゆえに、彼はがっかりして、今後どうなるかを不安に感じていたのだった。

 

 

 また、広場でも戦いが終わりを告げたことで、鬼神が消滅を始めていた。鬼神は麻帆良の結界の中で、活動することができないのだ。

 

 

「あ、あのデカイのが消えていくよ?」

 

「ホンマや」

 

「終わったみてぇだなぁ……」

 

「グレートな一日だったぜ……」

 

 

 消えていく鬼神を、不思議そうな表情でアキラは眺めていた。そして、ようやく戦いが終わったことを理解したようだ。その隣で同じように、鬼神が消えていく光景を眺める亜子がいた。そんな二人の近くで、背中を伸ばして疲れた様子を見せる刃牙と、疲れた疲れたとしゃがみこむ状助が、やっと騒動が終わったことをしみじみと言葉にしていた。

 

 

「どうやら我々が勝利したようだな……」

 

 

 超竜神もまた、戦いが終わったことを悟ったようだ。そして、夜空に浮く飛行船の方角を眺めながら、戦いの勝利を確信していたのだった。

 

 

 また、別の場所でも鬼神の消滅が確認されていた。鬼神が消滅したことで、戦いが終わったことを誰もが理解したようだ。

 

 

「おお? デカブツがいなくなった!?」

 

「じゃあ私たちの勝ちってこと!?」

 

「やったー!」

 

 

 美砂、円、桜子の三人は、戦いが終わっただけでなく、こちら側が勝利したことを理解したようだ。だからか、三人はこの勝利を喜び笑いあっていたのだった。

 

 

「終わったか……」

 

 

 覇王も同じく、戦いの終了を感じていた。ただ、勝利を喜ぶ以上に、戦いが無事に終わったことに安堵した様子だった。無事にビフォアが倒された。それこそ覇王が最も喜ばしきことであり、安心する要素だからだ。

 

 

「ふぅ……、なんとか勝てたっぽいね」

 

 

 また、裕奈も戦いが無事に終わり、ほっとした表情を浮かべていた。ただ、普段から元気で明るい裕奈だが、今回ばかりは少し疲れたのか、へとへとな様子を見せていた。実際、かなりの数のロボを相手取り、ガンガン魔法を使ったのだ。魔力消費による疲労は少なからずあるだろう。

 

 

「よく頑張ったね、ゆーな!」

 

「わっ! おかーさん!?」

 

 

 そんな疲れた裕奈の後ろから、そっと肩に手を乗せて褒める女性が現れた。突然のことに驚く裕奈だったが、その女性の顔を見て、再び安心した表情へと変えたのだ。それこそ裕奈の母、夕子だった。この戦いで頑張った裕奈に、笑みを浮かべ、ねぎらいの言葉をかけにきたのである。

 

 

「おかーさんこそ、張り切りすぎじゃない?」

 

「久々に頑張っちゃったからねー」

 

 

 夕子の顔を見た裕奈は、疲れていた表情をやめ、笑顔となっていた。また、そう言う母こそ、頑張りすぎなのではないかと言葉にしていた。魔法使いを引退したのに、よくやると思ったのだ。その裕奈の話に、夕子もガッツポーズで久々に頑張ったと豪語して見せていた。少し齢を考えずはしゃぎすぎたと思ったようだが、後悔は無い様子だった。

 

 

 

 テントに設けられた救護室。その外で二人の少女が空を見ていた。それは夕映とのどかの二人だ。そこで、戦いが終わり決着がついたことを、二人は理解したようだ。

 

 

「無事に終わったみたいですね」

 

「そうだね」

 

 

 戦いは無事終わった。ネギたちが勝利したのだと、二人は確信した。二人は視線を移し向き合い、微笑みあっていた。ネギたちが戦いに勝った喜びを分かち合っていた。

 

 

「ネギ先生たちも戻ってくるです。迎えに行きましょう!」

 

「うん!」

 

 

 そこで夕映はネギたちが空から降りてくると考え、迎えに行くことを提案した。のどかもそれに賛成し、元気よく返事したのだ。そして、二人は仲良くネギたちが降りてくる予定の場所へ、走っていったのである。

 

 

 広場の一角にて、バーサーカーが鬼神へと攻撃を仕掛けていた。だが、その時、鬼神は消滅してしまったのだ。それを見たバーサーカーは、スッと大地に降り立ち、自分たちが勝ったことを理解したようだった。

 

 

「おぉ? 鬼神が消えちまったぜ。これから楽しくなると思ったんだが、まぁ俺らの勝ちってところか」

 

「これにて一件落着ですね」

 

 

 鬼神が消えたことに、バーサーカーは多少なりにガッカリしていた。ようやく面白くなってきたというのに、面白そうな相手が目の前で消えてしまったからだ。ただ、勝ちは勝ちなので、それでいいかとも思ったようだ。その横にいつの間にか立っていたマタムネも、一件落着と言葉にしながら表情をゆるめていたのだった。

 

 

 

 こうしてビフォアの手から麻帆良は守られた。司会をしていた和美もそれがわかったようで、次に自分のすべきことを行動したのである。

 

 

「やりました! ヒーローユニットの一人である噂の子供先生、ネギ・スプリングフィールドと天才少女、超鈴音が、悪の根源を倒した模様です! 我ら魔法騎士団は、未来人の侵略から麻帆良を守りきったのです!」

 

 

 そう、勝利の宣言だ。麻帆良を守るために参加した人たちへ、戦いに勝ったことを高らかに告げたのだ。その勝利に和美自身も喜び、明るい笑顔で勝利を叫んでいた。

 

 ただ、()()()()モニターで戦いが映し出された訳でも、戦いを見ていた訳でもなかったので、和美にはどうやって戦いに勝ったかはわからなかった。それでも、超から借りていた通信機にて、勝利の報告があったので、それで戦いに勝ったことを知ることが出来たのである。

 

 また、周りの参加者たちも、その和美の勝利宣言を聞き、喜びの声を上げていた。一時はどうなることかと思われたが、無事に戦いに勝利できたことを喜び笑っていたのである。参加していた転生者たちも、同じく勝利の喜びを味わっていた。麻帆良祭が無事に終わる。それだけで転生者たちは、十分満足していたのだ。

 

 

 喜びの喝采が響き渡る中、くすぶる闘志を燃やす男たちがいた。カズヤと法である。二人も鬼神と戦うために広場へ参上し、攻撃を仕掛けていた。しかし、攻撃を仕掛けた直後に鬼神が消滅したため、カズヤは驚いた様子を見せていた。

 

 

「なっ!? デカブツが消えやがった!!?」

 

「どうやら終わったようだな……」

 

「はっ、そうかい……」

 

 

 どうやら無事に戦いが終わったと、法は厳しい表情から安堵の表情へと変えていた。カズヤも法の言葉に安心したのか、全身の力が抜けていく感覚を受けていた。いや、違う。能力の使いすぎで、限界を超えてしまっていたのだ。ゆえにカズヤは一言述べると、ゆっくりと前に倒れてしまったのだ。そして、倒れた直後に右腕のアルターが解除され、粒子となって消え、普段の腕へと戻っていた。

 

 

「カズヤ!? おいカズヤ……! ……力を使いすぎたか……」

 

 

 完全に意識を手放し、うつぶせに倒れたカズヤを見て、法は能力の使いすぎによる代償だと理解したようだ。ここまで必死になる必要があったかはわからないが、やりすぎてしまったのだろうと法も考えた。また、法も同じくアルターを解除、粒子となって消滅させていた。

 

 

「くっ、俺も人のことを言える状況ではないようだな……」

 

 

 ただ、法も力を使いすぎた。かなり厳しい状況だ。何とか二の足で立っているが、体がほとんど動かない状況だった。この状況でカズヤを抱え、戻るなど不可能。地面に倒れ、気を失ったカズヤの前へとやってきて、救援を求めようと考えていた。

 

 その二人のすぐ近くで、空を眺める男が一人。それはあの直一だ。直一はビフォア打倒のために、超の仲間だった男だ。この戦いが無事に終わったことを、内心喜び安心していた。

 

 

「何とか無事に終わったみたいだな……」

 

 

 長い戦いは終わった。ビフォアは敗れ去った。そう考えると、ようやく一安心できるものだと、直一はニヒルに笑っていた。終わったのだから戻って休憩でもしようと直一は考え、アジトへと歩き出したのだ。

 

 

「ん? おい、法!? そこに居るのはカズマか!?」

 

「直一か……。どうやら俺もカズヤも、力を使いすぎてしまったようだ……」

 

 

 しかし、少し歩くとそこにはカズヤと法が居るではないか。法はかなりだるそうにしており、明らかに疲労の色が見て取れた。カズヤは完全に倒れており、動く気配すらなかったのだ。それを見た直一は流石に驚いた。と言うか能力を派手に使いすぎだろうと、そこまで無茶するとは思っていなかったのだ。

 

 直一の驚きの叫びに、法も直一の存在に気がつき話し出した。苦しそうに立ちながら、力を使いすぎたと説明を始めたのだ。

 

 

「んなもん見りゃわかる! しょうがねぇな、とりあえずアジトまでつれてってやる」

 

「すまない、助かる……」

 

 

 とはいえ、そのぐらい一目瞭然。明らかに力の使いすぎによる疲労なのは、直一も簡単に理解できることだ。そんなことよりも早く休ませなければと直一は思い、倒れたカズヤを背負い、法の肩を貸してアジトの方へと歩き出したのだった。

 

 

 直一たちとは別の麻帆良の一角で、ロボ軍団と戦っていたものたちがいた。数多と焔だ。数多はロボ軍団が突然動かなくなったことを不思議に思ったようである。

 

 

「お? ロボが岩みてーに動かなくなったぞ?」

 

「こっちもだ」

 

 

 ロボが動かなくなったことを見た数多は、戦闘態勢を解きロボへと近づいた。さらに、コンコンと頭をたたき、安全かどうかを確かめてみた。そして、こっちのロボが動かなくなったことを焔へ告げると、同じように別のロボも動かなくなったと、焔は答えていた。

 

 

「鬼神とやらも消えたようだし、どうやら俺らが勝ったようだぜ」

 

「の、ようだな」

 

 

 デカデカと存在感を出していた鬼神も気がつけば消えていた。ならばビフォアとかいうおっさんを倒せたのだろう。そいつの野望を打ち砕いたのだろう。そう数多は言葉にしていた。焔も目の前のロボが動かないならば、そうなんだろうと思ったようだ。また、確かに遠くから勝利宣言が聞こえてきている。ならば、もう戦いは終わったのだと、二人は多少なりに安堵した様子を見せたのだ。

 

 

「しかし、()()()()()、とうとう姿を見せなかったな」

 

「あのヤローとは……?」

 

 

 だが、ひとつ数多には気がかりなことがあった。それは昨日突然現れて、喧嘩を吹っかけてきた男のことだった。コールドと称した男は、この戦いに姿を見せることはなかった。一体何者なのだろうかと、数多は不安げながらに独り言をこぼしていた。その数多の言葉に、焔は反応を見せていた。あの野郎とは一体何者なのだろうかと、そう疑問を感じて数多へと質問したのだ。

 

 

「いかすかねーヤローさ。ロボ軍団の仲間だと思ってたんだが……、どうやら違ったようだな」

 

「そいつは敵なのか……?」

 

「明らかに敵だったが……、目的は不明だった」

 

 

 その質問に数多は答えた、スカした冷血野郎だと。ロボ軍団の仲間だとも考えていたとも。しかし、ついにコールドは姿を現さなかった。ならばロボ軍団の仲間ではなかったのだろうと、数多は考えを改めていた。

 

 そこで、現れなかったならば敵なのかどうかさえわからないと、焔はそこを追求した。その男は本当に敵だったのかどうか、焔は見たことがなかったので、なんともいえなかったようだ。

 

 ただ、数多はそのコールドとは一戦を交えている。一方的にボコられて敗北したのだ。明らかに言動は敵そのものだったのは事実である。それでも目的だけは不明であり、一体何がしたかったかも数多すらわからなかった。

 

 

「……それってひょっとして、昨日”遊び”とか言ってたことか?」

 

「ん? あ、あぁ、そうかもしれねー」

 

「む? 随分歯切れが悪いな……?」

 

 

 と言うならば、どこでその男に出会ったのだろうか。ふと焔はそこに疑問を持った。そして、数多は昨日大怪我を負って、さらにそれを遊びと称した。ならば、その男と数多が戦ったのではないか、そう考えてそのことを数多へ聞いてみたのだ。

 

 すると、やはりはぐらかすような言い方で、数多は質問に答えていた。まさか喧嘩をふっかけられたあげく、ボコボコにされたなど、妹には恥ずかしくて言える訳がなかったのだ。そんな落ち着かない様子を見せる数多に、焔は首をかしげてハッキリしないと思ったようだ。

 

 

「ま、まぁ、いいじゃねーか!」

 

「言いたくなければ無理には聞かないが……」

 

「そうしてくれや」

 

 

 そこで数多は気にするなと、あわてながらに言葉にしていた。そんなよそよそしい数多を見た焔も、まあそれなら聞き出すこともないと、諦めた様子を見せていた。いやはや、それは助かると数多は思い、焔へとヘコヘコとしていた。そんな数多を、まったく持って変なヤツだと焔は考え、腕を組んで横目で見ていたのだった。

 

 

 

 麻帆良湖のほとりは闇に染まり、静けさだけが残っていた。イベントの参加者たちは麻帆良へと戻り、ほとんどの人はこの場所にはいなかった。そんな静けさだけが残った場所に、二人の影があった。月明かりと麻帆良の光に映し出された影は、少年と男のものだった。

 

 ただ、片方の男は仰向けに倒れており、いたるところから血を流し、さらには全体的にやけどしているのも見て取れ、今にも死んでしまいそうな状態だった。そんな男の横で立ち伏せ、男の方を見下ろす少年が居た。

 

 

「終わったみたいだな……」

 

「……の……ようだ……な……」

 

 

 少年は錬だった。ならば倒れ伏せているのはムラジという男だろう。つまり、二人の戦いで勝利したのは錬の方だったのだ。錬もある程度傷を負っているが、ムラジほどではないようだ。

 

 錬は麻帆良の方を見渡すと、お祭りムードが漂ってきていた。ならば戦いが終わり、こちら側が勝利したのだと確信できた。それは瀕死で倒れているムラジも同じだったようだ。

 

 

「生きていたか」

 

「なん……とか……な……」

 

 

 先の言葉は独り言だったが、その言葉に反応したムラジを見て、錬は生きていたのかと言葉にした。あれほどの膨大な雷に打たれ、もはやボロボロだ。生きているのが不思議だったのである。ムラジもその錬の言葉に、苦しそうに話していた。すでに体は動かず、意識が飛びそうになっているような状況だったのだ。

 

 

「俺は……、お前と戦えて……、満……足さ」

 

「俺もキサマほどのシャーマンと戦えて、満足している」

 

 

 それでも話したいことがムラジにはあった。ここまで打ちのめされてしまったが、シャーマンと戦えたことに満足だと、そう言いたかったのだ。また、錬も同じだった。だから錬も、お前のような強力なシャーマンと戦えて、満足していると答えたのだ。

 

 

「俺は少し……休ませても……らう……ぜ……」

 

 

 その言葉にムラジは満足し、笑みを浮かべながら目を瞑った。まあ、実際はサングラスをしているので、錬にその行動はわからなかったのだが。

 

 

「死んだか? ……気を失っただけか」

 

 

 ただ、錬は完全に動かなくなったムラジに、今度こそ死んだのかと思ったようだ。しかし、息はしているのがわかったので、気を失っただけだと考えたようだ。とりあえず錬は救護班にムラジのことを報告し、再び視線を麻帆良へと戻した。この祭りで死人を出すわけには行かないと思ったのである。

 

 

「戦いは終わったみたいだが、あっちの状況はどうなっているのか」

 

 

 そして、この戦いは終わったのはわかったが、今麻帆良がどういう状況なのかはわからなかった。確かにお祭りムードなのだろうが、街の状況までは確認せずにはいられなかったのである。だから錬はムラジを置いて、麻帆良へと足を急いだのだった。まあ、ムラジは後に駆けつけるであろう医療班に任せれば良いと、そう考えていたところもある。

 

 

 

 学園側へマルクを引き渡すために急いでいた真名と楓。ふと空を見上げると、戦いが終わったことがわかった。また、それが自分たち側の勝利だと言うことも、同時に理解したようだった。

 

 

「どうやら私らの勝ちのようだな」

 

「うむ、何とかなったでござるな」

 

「……そうか……」

 

 

 勝ったことを話す真名と楓。その後ろでそれを聞きながら、どうでもよさそうに俯きながら、そうかと一言つぶやくマルク。もはやマルクは生きる希望を失い、死んでもいいというほどの心境だったのである。しかし、運命なのか、またしても転生神のイタズラなのか、彼らの目の前にある人物が現れたのだ。

 

 

「ハッ!!」

 

「どうした?」

 

「あ、ああ、ああああああ……!!」

 

 

 その人物を目にしたマルクは、突如変な声を上げ始めた。一体どうしたというのか、真名はそう疑問に感じた。そして、さらに奇妙な声を上げ、震え始めるマルクに、真名は少し引いていた。

 

 

「急にどうしたでござるか!?」

 

「わからん……。むっ、前に人が居るようだが……」

 

 

 突然のマルクの変貌に、楓も驚かざるをえなかった。まったく理解出来ないマルクの行動に、真名も頭を抱えていた。が、薄暗い夜道に祭りの明かりが照らされ、自分たちの目の前に、誰かいることに真名は気がついたようだ。

 

 

「うおおおおお! 聖・少・女様アァァ――――――ッ!!」

 

「は、はい……?」

 

 

 その人物に、突如マルクが奇声を上げて、ゴキブリのように駆け寄っていった。その動きがすばやすぎたのか、マルクの行動がおぞましかったのか、真名も楓も反応出来なかったようだ。そして、マルクが近寄った人物こそ、あの聖歌だったのである。

 

 突然変なメガネの男に這い寄られた聖歌は、腰を引きながら目を丸くして驚いていた。こんな知らぬ変人が寄ってきたら、誰だって引くのは当然だろう。

 

 

「おおおぉぉぉぉ……、これはまさに運命! 神が私に与えた奇跡!!」

 

「え? な、なんでしょう……?」

 

 

 さらに、マルクは聖歌の顔をまじまじと見るや否や、号泣しだしたのだ。神の奇跡だ運命だと叫びながら、一人で盛り上がり始めていたのである。それを間近で見た聖歌はかなり困惑していた。いきなり目の前でいい年した男が泣き出すのだ、かなり気色悪いとしか言いようがない。少し表情を引きつらせながらも、一体どうしたのかと聖歌はマルクへと尋ねていた。だが、本人は号泣して神だのなんだの叫ぶだけで、ちっとも会話が成り立たなかったのだった。

 

 ――――――このマルク、特典にシャーマンキングのマルコの能力を得た転生者だ。また、そのマルコが居た組織の長である、アイアンメイデン・ジャンヌの熱狂的なファンだったのだ。して、目の前に現れたのは、そのアイアンメイデン・ジャンヌの特典を与えられた聖歌が現れたのだから、運命だと思うのも仕方ないことだった。ただ、特典だのをあまり理解していない聖歌には、非常にはた迷惑な話でしかないのである。

 

 

「突然どうしたんだコイツは……」

 

「うーむ、わからぬ……。あちらは知り合いでもなさそうでござるし……」

 

 

 マルクの謎の変貌に、真名も楓もドン引きだった。一体何がどうなっているのか、理解できなかったのだ。いや、理解などしたくもないだろう。そして、目の前の少女はマルクの知り合いという訳でもなさそうだと、楓は思っていた。何がなんだかわからない様子を、聖歌が見せていたからだ。と、そこへもう一人、その少女に少年が近寄ってきた。

 

 

「おい、キサマ! 何をしている!」

 

「あ、錬!」

 

「な、何イィ!?」

 

 

 錬である。錬はムラジを置いて麻帆良の状況を確認しにやってきて、たまたまここを通ったのだ。そしたら自分の友人たる聖歌が、変なメガネに絡まれているではないか。一体何事だと思い、とっさにこの場へやってきたのである。

 

 聖歌は錬の登場に、安堵の笑顔を見せていた。知らぬおっさんが突然泣き出し困っていたところに、助け舟が来たからだ。しかし、その錬の姿を見たマルクは、今度は仰天して絶叫したのである。同じシャーマンキングの原点の特典を持ち合わせているだろう錬が、目の前に現れたのだ。まあ驚くのは当然だろう。

 

 

「キサマ、彼女に何をした!」

 

「き、貴様こそ何者だ!!?」

 

「何をしたとこっちが聞いている!!」

 

 

 錬は目の前の男が転生者だと一瞬で理解した。原理はマルクと同じである。そこで、聖歌に何かしたのではないかと考え、鋭く睨みマルクを威嚇したのだ。また、マルクも錬に、何者だと叫んでいた。突然現れて目の前の少女になれなれしくするこの少年に、なぜか怒りがわいたようだ。その質問に質問を返された錬は、さらにヒートアップしたようで、先ほど以上に怒気を発し、叫んで再び質問を返したのである。

 

 

「何かさらにややこしいことになったみたいだな……」

 

「一体どうなってるんでござるか……」

 

 

 真名も楓も目の前の光景に置いてきぼりを食らっていた。なんと話が蛸足電線のようにややこしくなってきており、もう近寄るのも億劫な状態だった。だが、そうも言っていられないので、とりあえずマルクを引っ張って、無理やり学園へと連れて行くしかなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良女子中等部、その校舎の屋根の上で、いまだに三人がにらみ合いを続けていた。戦いが麻帆良側の勝利で終わったことに、安堵したいエヴァンジェリンと学園長の二人。だが、目の前の上人が未だに不気味に微笑みながら、その二人を監視し続けていた。ゆえに、エヴァンジェリンも学園長も、気を抜くことが出来ずにいたのだ。

 

 

「ハハハッ、ビフォアは敗北しましたか」

 

「まったく気にしてないようだな」

 

 

 上人は笑いながらも、ビフォアが敗北したことを語っていた。まるで自分には関係ないと言いたげな、そんな様子だったのだ。その上人をイラついた目つきで睨みつけ、やはりビフォアを気にするようなヤツではないかと、エヴァンジェリンは言葉にしていた。

 

 

「えぇ、別に彼とは契約しただけの仲。特に思いいれなどはありませんから」

 

「……で、貴様はどうするつもりだ?」

 

 

 契約しただけの仲。上人は冷酷にそう述べた。思いいれもなく、仲間意識すらなかったと、そうつまらなそうに話したのだ。もはや上人のそんな態度に慣れたのか、エヴァンジェリンは今の話を無視し、次にどういう行動に移るのかと、上人へと睨んだまま聞いたのだ。

 

 

「私は何もしませんよ。後は帰るだけです」

 

「帰るだと?」

 

「はい、そうです。元いた場所へ帰るだけです」

 

 

 そこで悪びれた様子もなく、帰るだけだと語る上人。もはやこの場所には用済み、長居など無用なのだと言う感じだった。その帰るという上人の言葉に、顔をさらにしかめるエヴァンジェリン。学園長と自分を前にして、何食わぬ顔で帰るなど、簡単に出来ると思っているのか、そうエヴァンジェリンは思ったのだ。

 

 

「私たちがそうやすやすと帰すと思っているのか?」

 

「おや? 先ほどは早くいなくなってほしいとおっしゃられていませんでしたか?」

 

 

 だからそう易々と帰す訳がないと、エヴァンジェリンは言葉にした。コイツをこのまま帰す訳には行かない。先ほどの光といい目的といい、色々聞きたいことがあるからだ。だが、上人はそのエヴァンジェリンの言葉に鋭く切り返した。さっきまでは目の前から消えて欲しいと、確かにエヴァンジェリンが話していたからだ。なんという人の揚げ足を取るのがうまい男だろうか。そういう部分も腹が立つことこの上ない。

 

 

「その後、もう少し付き合ってほしいと貴様も言っただろう?」

 

「おや、そうでしたか? 最近物忘れが激しいものでして」

 

「白々しいヤツだ……」

 

 

 しかし、そこへエヴァンジェリンもしっかりと指摘した。もう少し付き合っていただくと、上人が言葉にしていたからだ。そのエヴァンジェリンの指摘に上人は、白を切りながら笑っていた。とぼけた表情をしながら、憎憎しげにくだらない言い訳をしたのである。なんと白々しい、エヴァンジェリンは上人のその態度に、もはや怒りすら湧いてこなかった。こんなヤツに怒るだけ無駄だと、完全に諦めたようだった。

 

 

「それにだ、こっちのジジイは貴様に用があるらしいからな」

 

「うむ……。おぬしが一体何者なのか、どうしてあのものに協力したのか、聞きたいことが山ほどあるのでのう」

 

 

 また、自分だけではなく学園長もお前に用があると、エヴァンジェリンは上人へと話した。当然、学園長も気になることは山ほどあった。一体何がしたいのか、どんな力を持っているのか、色々と聞きたかったのだ。それに、かなり危険な人物だと予感していた学園長は、学園を守るために何としてでも拘束しておきたいとも考えていたのである。

 

 

「ハハハッ! そんなつまらないことを聞くために、この私を引き止めないで頂きたい」

 

「我々にとっては大変重要なことなんじゃが……」

 

 

 上人はそんな二人に対し、高笑いを始めたのだ。まったく持ってつまらない質問を答えさせ、無駄な時間を使わせないでほしい、上人はそう馬鹿にした様子で言葉にしたのだ。だが、学園長にとってはかなり重要なことだ。上人が何者で、その力は何なのか、さらに学園に対して何か行なおうとしているのではないか。それらを知る必要があったからだ。

 

 

「それに、私はあなた方のように暇ではないのですよ」

 

「ふん、私も貴様と話している時間は惜しいがな」

 

 

 しかし、上人は学園長を相手になどしていない。このような暇なことなど、している時間すら惜しいと言い放つだけだった。エヴァンジェリンもその上人の言葉を聴き、お前との話す時間がもったいないと、少し挑発していた。と言うか、いちいち癇に障る上人に、そのぐらいの皮肉を言わないとやってられないのである。

 

 

「何、時間は取らせんよ。少し話をするだけじゃ」

 

「嘘をついてはいけませんよ? すぐに帰す気がないのぐらい、私だってわかりますよ」

 

 

 それでも何とか上人をとどめたい学園長は、言いくるめようと優しく話しかけた。だが、上人には学園長の魂胆など、最初からわかっていた。話を聞くだけなんて甘いはずがない、嘘だと。自分ほどの強大な力を持った人間を、話をするだけですぐに解放するはずがないことぐらい、誰だってわかるだろう、と。

 

 

「そして、もう私とビフォアとの契約も切れました。ここに居る必要は皆無なのですよ。ですから、私は帰らせていただきます」

 

「待て!」

 

「ぬっ!?」

 

 

 もう用はない、自分が知りたかったことは全て知った。それに、この茶番に付き合ってなど居られないと上人は思い、帰ると言葉にした。すると、なんと上人は突如学園長とエヴァンジェリンの目の前から消えたではないか。

 

 逃げそうな雰囲気を察したエヴァンジェリンが、とっさに右腕を伸ばしたが、すでに遅かった。もうすでに、上人が消えた後だったのだ。学園長もこれには驚かざるを得なかった。突然人が消えるなど、魔法ですら不可能だからだ。

 

 

『では、お二方、また会えるなら会いましょう。それでは』

 

 

 そして、挑発なのだろうか。上人から最後の挨拶として、テレパシーが二人に届いた。

まったくもって最後まで腹が立つ男である。

 

 

「消えたじゃと!? 魔力すら使わずに……、なんと言う力か……」

 

「チッ……」

 

 

 しかし、学園長はそのテレパシーを気にしている余裕などなかった。上人は魔力も使わず、媒介もなく、突然消滅したのだ。はっきり言って異常としか言いようがない光景だ。魔法使いの常識すら超えたその力に、学園長は戦慄を覚えたのである。

 

 エヴァンジェリンも、悔しそうに舌打ちすることしかできずにいた。魔法ならば追跡することが可能だ。転移の魔法などを追跡する魔法だって存在するのだ、エヴァンジェリンがその程度の魔法を使えないはずもないだろう。だが、上人は何も痕跡を残さずに、瞬時に消えて見せた。明らかに透明化して消えた訳でも、幻影でもない。本当に目の前から消えたのだ。

 

 ――――――テレポーテーション、それが上人の使った技。瞬時に自分や他の物体を、別の座標に移動するというものだ。上人の特典は超能力の操作。この程度は朝飯前といったところなのである。この力のおかげで、移動できない場所など存在しないのだ。

 

 

「私が知りたかったものが全てわかりました。理解しました。では、お待ちしておりますよ、皆さん……」

 

 

 麻帆良から遠く離れたビルの屋上で、麻帆良の方向を眺める上人が居た。何度かテレポーテーションを行い、遠くへと移動したのである。上人は麻帆良を懐かしむように眺めながら、次の行動について考え始めていた。そして、気が済んだ様子で麻帆良から背を向け、また別の場所へとテレポートして行ったのだ。自分の計画を遂行するために、待っていると言葉を残しながら。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じく、麻帆良から数キロはなれたビルの屋上にて、数人の男が立ち尽くしていた。

一人は赤色のコートを身にまとった、白髪の男だった。

 

 

「ふむ、学園祭も無事におわったようだな……」

 

 

 それは転生者の一人である、あのアーチャーとか言う男だった。アーチャーは自分の目を使って、数キロはなれた麻帆良を監視していたのだ。と言うのもアーチャーには千里眼と言うスキルがある。それを使えば数キロ先まで、何も使わずに見ることが可能なのである。

 

 このアーチャーこそ、麻帆良祭りの二日目で、ネットにネギのプロフィールを載せた張本人だ。何せアーチャーは原作遵守に必死な男、超が敵として戦っていないことを察したアーチャーは、すぐさま原作通りに進めるべく、そういった工作を行っていたのだ。そして、何事もなくとはいかなかったが、無事に麻帆良祭が終わったことに、満足した様子を見せていた。

 

 

「で、お前はアレでよかったのか……?」

 

 

 そこで、アーチャーは後ろに立つ一人の男へと、姿勢を変えずに語りかけていた。多少なりに心配するような、そんな感じの質問だった。

 

 

「あぁ、問題ない」

 

「しかし、あれでは会ったと言えないだろう?」

 

 

 その男は短い茶髪の髪の男だった。服装も茶色をした地味な色で、多少動きやすそうな感じのものだ。その男はアーチャーの質問に問題ないと、淡々とした声で一言答えた。ただ、アーチャーはそれでも気になったようだ。その男には久々に会いたい相手がいたからだ。そして、会いたかった人に、話しかけるわけでもなく、目の前に姿をさらしただけだったからだ。

 

 

「今度会うときは敵になるんだろう? それならこの方がいい」

 

「確かにそうだが……」

 

 

 しかし、その男はそれで良しとした。次に会う時に、その相手が敵となる。ならば、それが一番だと言葉にしたのだ。アーチャーもその男の言動に、多少なりと困惑していた。確かに男が会おうとした相手は、確実にこちらの敵となる人物だ。だからアーチャーも言葉が続かずに、黙ってしまったのである。

 

 

「フッ、いまさらつまらん情が湧いても困る。これでいいのさ……」

 

「そうか……」

 

 

 そんなアーチャーに、男はふと笑って見せた。気にするな、そう言いたげな笑いだった。それに、敵として相手するならば、今さら情が出てきても面倒なだけだと、ならばこれで正解だと、そう男は答えたのだ。アーチャーも、男がそこまで言うのならばと、もうこの話は終わりにしようと思ったようだ。

 

 

「そっちはどうだった?」

 

「俺か? そうだな、俺は面白そうなヤツを見つけた」

 

 

 そして、アーチャーの横に座り込む別の男へと、アーチャーは語りかけた。その男こそ、数多を倒したあのコールドと言う男だった。コールドと言う男もまた、アーチャーの仲間だったようだ。

 

 アーチャーの質問にコールドは、不敵な笑いを見せながら答えた。面白そうなヤツが居たと。まるで、新しいゲームを始めたような、そんな様子を見せていた。その面白いヤツとは、当然数多のことだ。アレは面白くなる、そうコールドは確信したのである。

 

 

「ほう、それはよかったな」

 

「だが、まだまだだ。もっと強くなってもらわないと面白くない……」

 

 

 ならばよかったと、アーチャーは素直な感想を述べていた。コールドも先ほどの男と同じく目的を達成したようで、ある程度満足していた。それでも数多はまだまだ弱い。弱いままでは当然面白くないと、コールドは思ったのだ。だから数多がさらに強くなって、目の前に現れることを望んでいた。次に会うときが楽しみであるよう、そう考えながら。

 

 

「では戻るとしよう。もう用はない」

 

「そうするか……」

 

「だな」

 

 

 三人ともそれぞれの目的は遂行された。ならばもう、この場所に用などない。次の行動に備え、戻ることにしようと、アーチャーは二人へ語りかけた。二人も同じ考えだったようで、三人は転移の魔法を静かに使い、そのビルから姿を消したのであった。

 



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百話 後夜祭

 戦いが終わり、無事にビフォアは倒された。空は完全に闇となり、日はすでに完全に落ちた。そんな闇を明るく照らす世界樹の大発光。それを眺めることが出来る野原にて、数人の人たちが会話をしていた。

 

 

「強制時間跳躍弾……だと……? 本当にそんなことが可能なのか……!?」

 

「ええ……」

 

 

 その一人は黒い肌と黒い髪の眼鏡の男、ガンドルフィーニだ。そしてもう片方も眼鏡と無精髭のダンディ、タカミチだった。強制時間跳躍弾、それは弾に命中した人物などを、強制的に数時間先に飛ばす弾丸だ。それを受けた魔法先生などが、この野原にすでに転移してきていたのだ。そして、その弾の説明を、ガンドルフィーニらがタカミチから説明を受けていたのである。

 

 

「そうだ、ビフォアは!? ビフォアの計画というのは!?」

 

 

 そこでガンドルフィーニはビフォアのことを思い出した。ビフォアが危険な存在だと知らされた時、多少疑問に感じていたが、いざビフォアが計画を実行した時にはその野望を阻止するために戦っていた。

 

 彼にも守るべき家族がいるので、ビフォアを倒さなければならないと考えるのは当たり前のことだったのだ。ゆえにビフォアがどうなったのか、かなり気になったのである。そのため、少し声を上げてタカミチへと質問していたのだ。

 

 そんな時に突如として、発光現象が起こった。それは強制時間跳躍弾の餌食になったゲームの参加者たちが、転移して来た現象だった。

 

 

「う!? ここは一体……」

 

「戻ってきたようじゃの。待っとったよ」

 

「ジョーテス先生……!」

 

 

 そして、そこに姿を現したのは三郎だった。突然野原へと飛ばされた三郎は、元いた場所とは違うことを不思議に思っていた。そんな三郎へと声をかけたのは、彼の担任であるジョゼフだった。どうやらジョゼフは、強制時間跳躍弾を受けて転移させられたと思われる三郎を、ここで待っていたようだ。

 

 

「ゲームの失格者も戻ってきたようだな」

 

「みたいだね」

 

 

 戻ってきたのは三郎だけではなかったようで、次々に失格者たちが戻ってきていた。また、アルスもタカミチと同じく戻ってきており、参加者たちが次々に戻ってくるのを眺め、そのことを口に出していた。アルスのその言葉にタカミチも相槌を打っていた。

 

 

「それでビフォアはどうなったというのだ!?」

 

「な~に、何も問題はないぞ。ネギ君と超君が倒してくれたからのう」

 

「ネギ君が……!? いや、それよりも超鈴音も……?!」

 

 

 次々に戻ってくる失格者に気を取られていたが、肝心のビフォアがどうなったのかを聞いていなかった。そのことをハッと思い出したガンドルフィーニは、再びビフォアのことを質問したのだ。

 

 そこで今度はジョゼフが、その答えを髭を触りながら、ゆるい感じに言葉にした。ネギと超がビフォアを倒したと話したのだ。それを聞いたガンドルフィーニは大層驚いた。ネギは確かに優秀だし英雄の息子だが、まだ10歳だからだ。だが、それ以上に驚いたのは超のことだった。超はビフォアを倒すためとはいえ、魔法使いのことをかぎ回っていた。それゆえ魔法先生たちにマークされていた存在だったからだ。

 

 

「それは俺から説明させてもらうぜ!」

 

「猫山君……!?」

 

 

 そこへすかさず現れた直一。直一は超がビフォア打倒の為に動いていたことを知っていた。それを説明するために、滑り込むように参上したのである。ただ、突如高速で加速して割り込んできた直一に、ガンドルフィーニは驚いた様子を見せていた。

 

 

「相変わらず足が早いやつだなぁ……」

 

「まあ説明ぐらいなら普通に話すじゃろ」

 

 

 そんな直一を見ながら、相変わらずのスピード狂だとアルスは思っていた。と言うかそれが勝手に口に出ていた。それでも説明ぐらいは普通にやるだろうと、ジョゼフも呆れながらに、そう言葉にしていた。

 

 

「ところで、ゲームは終わったんですか?」

 

「んむ、()()()じゃったよ」

 

「そうですか」

 

 

 三郎はのんきに構えるジョゼフを見て、ゲームが終わったのだろうと思ったが、確証がなかったのでそのジョゼフに質問をしていた。状助が慌てながらに、三日目がヤバイと言葉にしていたからだ。そして、色々と説明を受けていたからだ。すると返ってきた答えが大成功と言うものだった。その答えに三郎は満足し、笑みを浮かべていた。状助たちがうまくやったのだと、わかったからである。

 

 

「そんじゃま、後はお任せしますぜ、タカミチにジョーテス先生」

 

「アルス、君はどこへ……? 今から後夜祭だよ……?」

 

「疲れたから帰って寝る。今日はしんどい……」

 

 

 もはや勝利ムードの中、ひたすらどうでもよさそうな態度のアルス。アルスはこの場を早々に立ち去り、帰りたいと思っていた。なのでタカミチとジョゼフに任せ、帰ることにしたのである。ただ、この後は後夜祭であり、飲んだり食ったりと別の意味でお祭り騒ぎをするイベントがあった。それには参加しないのかとタカミチはアルスに話すと、ダルそうな表情で、帰って寝ると言葉にしたのだ。

 

 

「……実に君らしいね。それじゃゆっくり休むといいよ」

 

「後のことと言っても祭りを楽しむだけじゃしな」

 

「おうおう、んじゃまた……」

 

 

 そのやる気のなさはまさしくアルス。そう思ったタカミチは、君らしいと話しながら、それならゆっくり休めばいいと、帰ってよいと言葉にした。ジョゼフもまた、後は特に打ち上げのようなことをするだけだと、笑いながら話していた。それを聞いたアルスは、やはりダルそうに猫背な背中を二人に見せ、ノソノソと右手を振りながら立ち去っていったのだった。そこへアルスとは入れ違いに、一人の少女がタカミチへと走ってきた。

 

 

「あっ、高畑先生!」

 

「おや、裕奈君」

 

「どこ行ってたんですかー!?」

 

 

 それは裕奈だった。裕奈は手を振りつつ、タカミチの元へと走ってきたのだ。また、裕奈はタカミチが今の今までいなかったので、どうしてなのか気になっていたのだ。

 

 

「いやー、恥ずかしい話だけど、僕も強制時間跳躍弾を受けてしまってね」

 

「高畑先生が!?」

 

 

 その裕奈の質問にタカミチは、手で後頭部を撫で苦笑しつつ強制時間跳躍弾を受けて退場したことを、恥ずかしげに語ったのだ。それを聞いた裕奈は非常に驚いた様子を見せていた。まさか実力者であるタカミチが、強制時間跳躍弾を受けてしまっていたなんて、本当にまさかとしか思っていなかったからだ。

 

 

「で、アルスさんは?」

 

「ああ、彼も僕と同じく強制時間跳躍弾でね……」

 

「そうだったんですか……。それで今はどこに?」

 

 

 そこで裕奈はあたりを見回し、誰かを探すそぶりを見せていた。そして、その人物がいないことに疑問に感じ、タカミチへとそれを聞いたのだ。それはアルスのことだった。アルスもまた、タカミチと同じく強制時間跳躍弾を受け、姿をくらましていたのだが、裕奈はそれを知らなかった。

 

 裕奈の質問にタカミチは、アルスも自分と同じように、転移させられたと言葉にしていた。ただ、それだけではなく、裕奈は今はどこにアルス居るのかと言う形で、タカミチに質問したので、今の答えは不十分だった。だから再びアルスの所在を聞いたのである。

 

 

「彼なら今さっき帰ったよ」

 

「帰った……!?」

 

「疲れたから寝るってね」

 

 

 するとタカミチから、アルスは帰ったと返ってきた。その言葉に裕奈は、一瞬固まりながらも、その帰ったという言葉を復唱していた。まさか、もうすでに帰ってしまうとは、普通に考えればありえないと思っていたからだ。それほどに、アルスが帰ったことが裕奈はショックだったのである。そこへタカミチは、帰った理由も話しておいた。ただ、あまりフォローにはなっていなかったが。

 

 

「はぁー……、こっちは忙しくしてたっつーのにー!」

 

「まぁ、彼も昨日から色々やっていたしね。許してあげてほしい」

 

 

 アルスが帰ったことに、裕奈はため息をついた後、少しふてくされた感じで文句を言っていた。何せ今日の戦いで自分は必死に頑張ってきたと言うのに、時間跳躍で飛んだアルスがスタコラと帰って寝るなど許しがたいと、裕奈は思ったからである。

 

 ただ、アルスは昨日からビフォアの調査などを行なっており、敵と遭遇し戦ったり、地下の工場を見つけたりしていた。だからタカミチもそのことを考え、多少なりにアルスのフォローを行なったのである。

 

 

「次あったらイヤミのひとつでも言ってやんなきゃ!」

 

「ははっ、お手柔らかに頼むよ」

 

 

 それでも裕奈の気は晴れないようで、むくれた感じでイヤミぐらい言っておこうと叫んでいた。そんな裕奈に、お手柔らかにと笑うタカミチ。こればかりはアルスの普段の行いが悪いのかもしれないと、タカミチは思っていたのだった。

 

 

「おーい! ゆーな!」

 

「おかーさん!」

 

 

 そこへ裕奈の母、夕子が自分の娘の名を叫び呼んでいた。それに気づいた裕奈は、そちらの方へ向いて手を振って自分の位置を知らせていた。そして、夕子はそこへと駆けてきて、裕奈の近くへやってきたのである。

 

 

「おっ、これは高畑先生、娘がお世話になってます」

 

「いえ、こちらこそ」

 

 

 と、そこには元担任のタカミチが居るではないか。担任ではなくとも、一応元担任で自分の娘が世話になったのだ。そこ夕子はタカミチへしっかり挨拶し、タカミチも同じく礼儀として返していた。

 

 

「社交辞令しに来たの?」

 

「そんなワケないじゃないか! これをゆーなに渡しに来たのさ!」

 

「こ、これって!?」

 

 

 そんな光景を見ていた裕奈は、タカミチへ挨拶しにきたのかと言葉にしていた。しかし、それだけの理由で娘を呼ぶ母などいないだろう。夕子はそっと手に持っていたものを、裕奈に手渡したのだ。すると、それを見た裕奈は結構驚いた様子だった。

 

 

「食券! しかもこんなに!?」

 

「ゲームで張り切ったからね! けっこーいい順位に入れたのさ!」

 

「うらやましー! 私も普通に参加したかったー!」

 

 

 それはなんと、先ほどの大会イベントの景品だったのだ。その景品とは、食券300枚である。普通に考えて食券300枚もあれば、1年は飯が食える数なのだ。裕奈が驚くのも当然だ。それを裕奈に手渡すと夕子は、イエーイとピースしながら盛大に笑っていた。

 

 また、それなら自分も一般人としてイベントに参加したかったと、非常にうらやましがっていた。自分も普通に参加すれば、それぐらい、いや、それ以上の景品を手に入れられたと裕奈は思ったからだ。

 

 

「だろうと思って、おかーさんが頑張ったってワケ!」

 

「そ、そうだったの!?」

 

 

 ただ、裕奈が魔法生徒をやっていることを知っていた夕子は、普通にゲームに参加出来ないのではないかと考えていた。そして、それは的中しており、ゆえに夕子は、今日のゲームに参加したとも話したのだ。裕奈はその話を聞いて、再び驚いていた。いやはやそんな思惑があったなんて、知りもしなかったからである。

 

 

「半分は久々の運動もかねてるけどねー! それでクラスのみんなにご馳走してやんな!」

 

「うん! ありがとー! おかーさん!」

 

 

 だが、それ以外にも久々に動き回ってみたかったと言うのがあったようだ。元々夕子は戦士タイプの魔法使いで、こうやって動いてないと体が鈍ってしまうと思ったのである。

 

 夕子はそう笑いながら話すと、その食券でクラスメートたちにおごってあげればよいと提案した。300枚あれば焼肉も食べ放題。みんなのおなかが潤うのだ。その提案に元気に裕奈は返事をした。ちょっともったいないとは思ったが、くれたのは母なのでその提案に文句はなかったのである。さらに、裕奈は忘れずに、元気よく夕子へ礼を述べた。自分のために景品を持ってきてくれた母に、心から感謝していたのだ。

 

 そんな母子が悠々と会話している近くで、今度は別の男子が現れた。それは状助だ。状助はここにゲームの失格者たちが飛ばされてくるのを知っていたので、その飛ばされたであろう三郎を迎えに来たのである。

 

 

「三郎ッ!」

 

「おっ、状助君!」

 

 

 状助は両腕を大きく振りながら、三郎へと近づいていった。三郎も状助に気がつき、元気に手を振って返事をしたのだ。

 

 

「いやーお前が弾食らって飛ばされたって聞いてよぉー。ちと心配したが、なんともなさそーだな」

 

「うん、特に怪我もないかな……?」

 

 

 状助は三郎が強制時間跳躍弾を受けてしまったと聞いて、多少なりに心配していた。だが、特になんともなさそうな三郎を見て、一安心だと思い笑みを浮かべていた。

 

 三郎も自分の体を確認し、変化がないことを確認していた。そして、なんともないことを確認すると、問題ないと状助へと話していた。

 

 

「あれ? 覇王君は?」

 

「あいつぁー忙しいみてぇだからよぉ~」

 

「あー、忙しいってそういう……」

 

 

 そこで三郎は状助の周りを確認するように眺めると、覇王がいないことに気がついた。それを状助へと聞くと、状助は頭をポリポリとかきながら、少しそわそわした様子で忙しそうだったと言葉にしていた。三郎は状助のその言葉に何か察したようで、それ以上のことは聞こうとしなかった。予想だが、覇王は木乃香とイチャコラしてるんだろうと思ったからだ。

 

 と言うのも、三郎は覇王が忙しくしていて、木乃香との時間を作れていなかったことを心配していた。覇王はそこまで気にしたそぶりは見せていなかったが、木乃香が学園祭で覇王と遊べないのは可愛そうだと思っていたからだ。

 

 

「あ、そうだ。今何時だかわかる?」

 

「そういや時間がよくわからねぇんだったな」

 

 

 三郎はふと、今の時間が気になった。辺りはもう真っ暗で、世界樹の発光で周囲が照らされている状況だ。また、もうゲームは終了したとジョゼフが言葉にしていた。ゆえに、ある程度時間が経っていると推測したのだ。

 

 状助もその質問に、そういえばそうだったと思ったようだ。状助は一応原作知識を持っている。最近そのせいで苦悩しているのが嫌になってきているようだが。まあ、そこから考えて、強制時間跳躍弾を受けた三郎は時間の感覚がおかしくなっているのを、状助は理解していた。だから三郎の質問に一人で納得し、腕時計を見たのである。

 

 

「えーと、午後の10時前ぐらいだな」

 

「もうすぐ後夜祭の時間かぁー」

 

 

 時計の針はもうすぐ午後の10時、つまり22時にさしかかろうとしていた。それを状助は告げると、三郎は思い出したかのように、もうすぐ始まるであろう後夜祭のことを言葉にしていた。

そんな二人の下へもう一人、少女が走ってきた。

 

 

「三郎さん!」

 

「亜子さん……!」

 

 

 それは亜子だった。亜子はゲームの失格者がこの場所に来ると言う情報を知り、三郎を迎えに来たのだ。亜子は三郎を見つけると、大声でその名を呼び、心配した表情で三郎の下へと走ってきた。三郎もそんな亜子の名を呼び、手を空に伸ばして自分の位置をアピールしていた。

 

 

「大丈夫やった……!?」

 

「気にしすぎだよ。このとおり元気さ!」

 

「よかったー……」

 

 

 亜子は目の前で消えてしまった三郎が、とても心配だったようだ。三郎は心配する亜子を安心させるため、ピョンピョン飛び跳ねて自分が元気なことを示していた。その元気そうな三郎の姿に、ようやく亜子は安堵した表情を浮かべたのだった。

 

 

「ゴメン、ウチのせいで……」

 

「いやいや、タイミングが悪かっただけだって」

 

「せやけど……!」

 

 

 だが、亜子は再び暗い表情で、三郎に謝っていた。それは三郎が亜子をかばい、失格になってしまったからだ。ただ、三郎は自分がそうしたかったら行動しただけだった。ゆえに、亜子が悪いわけではないと、単純にタイミングが悪かったと話したのである。それでもなおも、亜子はそのことを気にする様子を見せていた。そう三郎に言われても、やはり自分のせいだと思っているからだ。

 

 

「気にしなくていいって! むしろ、もうすぐ後夜祭りなんだろう? 気にしてたら楽しめないよ?」

 

「う、うん。せやな……!」

 

 

 そこまで気にする亜子に、三郎はそんなに落ち込んでいては後夜祭を楽しめないだろうと、励ます言葉を述べていた。自分は元気であり失格になったことも気にしていない。そんな感じの素振りで、亜子を元気付けていたのだ。亜子も自分が落ち込んでいるせいで三郎が困っていると思い、それならもう気にするのをやめようと、少しだけ元気を出したのだった。

 

 

「お、俺は昭夫と約束してっからよぉー! 先に行ってるぜッ!!」

 

「え? 急にどうしたの?」

 

「そう言うことだからよ! じゃッ!」

 

 

 そんなちょっといい雰囲気の二人を見て、状助は退散しようと思ったようだ。こりゃ二人の邪魔になる。はよどっか行くべきだと。だから、適当な理由をつけて、スタコラサッサとその場から逃げようとしていたのである。

 

 そんな突然挙動不審となる状助に、三郎は何事かと思ったようだ。一体何事なのだろうと、キョトンとした顔で状助を見ていたのだ。だが、その次の瞬間状助は、別れの言葉を手短に済ませると早々に走って立ち去って行った。東状助はクールに去るというか、逃げるんだよーッ!という感じにダッシュしてその場から消えたのだった。

 

 

「気を使わなくてもいいんだけどなぁ……」

 

 

 三郎は逃げるように走っていった状助に、苦笑しながらも、特に気を使わなくてもよかったと言葉にしていた。別に邪魔だとも思ってなかったし、状助も自分を心配して来てくれたと思っていた。だから、何も逃げる必要はなかったと苦笑していたのである。ただ、気を使われたと思った亜子は、ほんのり頬を紅く染め、いじらしい様子を見せていたのだった。

 

 

 その一連の出来事が起こった近くで、また別の男女が会話していた。刃牙とアキラである。

 

 

「そうだ、ゲームどうだった?」

 

「ん? まぁ、悪くはなかったんじゃねぇかな……」

 

 

 アキラは刃牙へ、今回のイベントの感想を聞いていた。昨日のことで傷だらけの刃牙が、突如参加を申し出たので、アキラは気になったのである。そんなアキラの素朴な質問に、妙にそわそわした態度で曖昧な答えを話す刃牙だった。

 

 

「何か煮え切らない言い方だね……。私は楽しかったけど……」

 

「いや、楽しくなかったってワケじゃあねぇよ……」

 

 

 一体どうしたのだろうか。アキラは刃牙のその変な態度に、あまり面白くなかったのではないかと考えた。ただ、自分はそれなりに楽しんでいたので、アキラは楽しかったと感想を述べていた。しかし、刃牙もイベントそれ自体がつまらなかった訳ではなかったので、そういうことではないと、申し訳なさそうに話していた。

 

 

「……本当に?」

 

「いやまぁ、いろいろ考え事があってよ。集中できなかっただけだぜ」

 

 

 だが、やはりそんな態度では、刃牙が楽しんでいたとは思えないと、アキラは思った。なので、それが本当なのかどうか、追求してみたのである。そうアキラから言われた刃牙は、手を頭の裏に回し困った様子で、言い訳するように話し出した。

 

 

「考え事? 昨日のコトとか?」

 

「うん? ……まあな」

 

「そうか……」

 

 

 考え事があって集中できなかった。刃牙はそう述べた。それにアキラは少し反応し、昨日のことではないかと察したようだ。まあ、昨日の夜、あの銀髪と刃牙は戦い、不思議な力の説明までしたのだ。多少悩んでいても不思議ではないだろうとアキラは思ったのである。

 

 しかし、実際に刃牙が悩んでいたのは昨日の事ではなかった。今日、このイベントそれ自体のことで考え事をしていたのである。刃牙は”原作知識”がある転生者だ。このイベントがうまくいかなければ、面倒なことになることを理解していたのだ。ただ、原作とは異なり犯人がビフォアという男であり、負ければそれ以上の絶望が襲うことを、この刃牙は知るよしもなかったのだが。

 

 それでも刃牙は、今日のイベントのことで悩んでいるなど言うことは出来ないと考えた。という訳で、とりあえず昨日のことで悩んでいることにして、それをアキラに話したのである。

 

 アキラもその答えに納得した様子を見せながら、少し考え事をする素振りを見せていた。昨日の出来事はアキラにも衝撃的であり、今も多少なりに悩んでいたからである。

 

 

「そういえば、傷の方は大丈夫なのか?」

 

「傷? あ、あぁ、()()大丈夫だ」

 

「そう? それならいいけど……」

 

 

 また、アキラは昨日のことを考えて、刃牙の傷のことを思い出したようだ。昨日の戦いで刃牙は、かなりの手傷を負っていた。左肩が貫通するほどの重症だったのだ。それでも今日のイベントで、刃牙は元気な姿を晒していた。それでも刃牙の傷は大きかったので、やはりアキラは心配だったのである。

 

 そのアキラの質問に、刃牙はもう大丈夫と答えた。それは状助が、刃牙の傷を癒したからである。そのおかげで傷は癒え、完治していたのだ。ただ、やはりそれを話すことは出来ないので、とりあえず安心させるように、ガッツポーズをとっていた。

 

 そんな刃牙を見て、大丈夫そうだとアキラは思った。しかし、やはりあの傷はひどかった。そう簡単に治るものではなかった。だからアキラは、刃牙が自分を安心させようと、あえて多少やせ我慢していると考えた。そのため、本人が元気だと言うならと思い、アキラはそれ以上そのことを話そうとは思わなかった。

 

 

「おっ、そうだった……」

 

「どうしたの?」

 

 

 そこで刃牙は、ふと周りを見渡すと、ある人物に気がつき、ぽつりと一言もらしていた。その声にアキラは何だろうと思い、どうしたのかを尋ねてたのだ。

 

 

「いや、今アイツの名前、何で知ってたか思い出しただけだが」

 

「アイツ……? 川丘君のこと?」

 

 

 その人物とは三郎のことだった。そういえば三郎の名前を何故最初から知っていたのか、刃牙は疑問だった。それが今氷解したようである。また、アキラも刃牙が三郎を見ていることに気がつき、アイツとは三郎のことだと察したようだ。

 

 

「そうそう。アイツにはじめてあったはずなのに、アイツの名前は知ってたのは何でだと思ったが、お前から聞いてたんだったな」

 

「確かにゲームの最終に、少しの間だったけど川丘君と話してたね」

 

 

 三郎の名をどうして知っていたのだろうか。刃牙はその答えを思い出した。それは単純に、アキラから聞かされていただけだった。親友の亜子に彼氏が出来たと、その人が三郎だと、アキラから話を聞いていたのである。

 

 アキラもそこで、刃牙が三郎とゲームの最中に会話していたことを思い出していた。それでそんなことを言い出したのかと思い、納得した様子を見せていた。

 

 

「まっ、とりあえずスッキリしたことだし、後夜祭でも楽しんでこいよ」

 

「うん、そうするよ」

 

 

 とりあえず引っかかっていたことは解消したと、晴れ晴れした様子を見せる刃牙。そして、アキラへ後夜祭を友人たちと楽しんでくるよう伝え、背中を押してやっていた。そう刃牙から言われたアキラも、そうしようと思った。だから、そうすると言葉を残し、その場をゆっくりと去っていった。また、その去っていくアキラを眺めながら、昨日のことなどを考え、ほっと一息吐く刃牙が、そこに残っていたのだった。

 

 

 後夜祭は始まる前から、すでに盛り上がっていた。その盛り上がりの中で、さらに盛り上がっている男が一人、ギターを鳴らして叫んでいた。

 

 

「祝いの宴と行かせて貰うぜぇーッ! ヒャッハァーッ!」

 

「いーぞいーぞ!」

 

「もっとやれー!」

 

「騒ぎすぎじゃないかなー?」

 

 

 お分かりいただけただろうか。そこで盛り上がりまくる男こそ、昭夫だった。完全にテンションマックスでギターを弾き鳴らし、パフォーマンスをキメる昭夫。完全にノリノリだ。

 

 そんな昭夫の周りを、桜子、美砂、円の三人が囲っていた。桜子と美砂は激しく演奏する昭夫を応援し、どんどんとテンションをあげていた。その二人を尻目に、ちょっと騒ぎすぎて回りに迷惑がかかってないか心配する、円の姿があった。まあ、それでも止めようとは思っておらず、昭夫の演奏を眺めていた。

 

 それだけではない。多数のファンらしき人たちも昭夫を囲っており、誰もが楽しそうに叫んでいた。昭夫の演奏は、それほどまでに人気となっていたのである。

 

 

「おいおい、アレじゃ近づけねぇーじゃあねぇか……」

 

 

 そこへ昭夫の下へ状助がやってきていた。が、昭夫の今の現状を見て、まったく近寄る隙がないと思ったようだ。よもや、これほどまでに昭夫が人気だとはと状助は思い、今度はどこへ行こうかと考え、さまようしかなかったのだった。

 

 

 それ以外の人たちも、各自で後夜祭を楽しんでいた。さらに女子中等部3-Aの子たちも、はっちゃけて面白おかしくやっていた。

 

 

 また、忙しくしていると状助が言っていた覇王も、木乃香とともに後夜祭を楽しんでいた。ようやく重荷が外れたので、リラックスできると言うものだと、覇王はそこで思っていた。

 

 そして、木乃香は甘えるように、覇王に寄り添いながら晴れ晴れとした笑顔を見せていた。木乃香はこの麻帆良祭にて、覇王と遊んだ時間がほとんどなかったからだ。覇王もそのあたりは申し訳なく思っていたので、今は木乃香の好きなようにさせようと、木乃香のその行為を許していたのだった。

 

 

「事件が無事に解決してよかったわー」

 

「そうだね。今回ばかりは僕も疲れたよ」

 

 

 木乃香はこの事件が無事に終わったことに、安心した様子を見せていた。一時は危なかったが、なんとか無事に乗り越えることが出来たからだ。

 

 覇王も同じ気持ちだった。自分の能力が通じない相手を、無事に倒すことが出来たからだ。また、覇王は普段見せないような、少し疲れた様子を見せていた。何せ負けることはないとしても、勝つことが出来ない相手が敵だったのだ。

 

 この覇王の攻撃ですらも、ダメージを与えられないほどに、ビフォアの特典は厄介だったのである。だが、もうそれはなくなった。ビフォアは倒されたのだ。だから覇王はかなり安堵した。この麻帆良の平和が守られたことに、強敵がいなくなったことに。

 

 

「ウチも頑張ったんやけどなー?」

 

「わかってるさ。よくやってくれたね」

 

「えへへー、はおもお疲れさん」

 

 

 そんな覇王に木乃香は、自分も必死に戦ったと言葉にしていた。覇王はそこで、木乃香を素直に褒めていた。普段はまったく素直ではない覇王だが、今回は素直に木乃香を褒めたのだ。そのぐらい覇王は、今回の事件に疲れている証拠でもあった。

 

 覇王に素直に褒められた木乃香は、特に何かを気にする様子を見せず、褒められたことを喜んでいた。そして、疲れている様子の覇王に、ねぎらいの言葉をかけてたのだ。そのやさしい木乃香の言葉で、覇王も自然と笑みをこぼしていた。木乃香は覇王のその笑顔を見て、さらに体を寄せて抱きつくのだった。

 

 

 その二人の近くで立ち尽くす二人の少女。それはアスナと刹那だった。二人も同じく疲れた様子を見せており、この戦いがしんどかったことを物語っていた。

 

 

「はぁ~、何か疲れちゃった……」

 

「そうですね……。色々焦っていたので休む暇もありませんでしたから……」

 

 

 アスナはため息をつきながら、だるそうにしていた。ずっと休みなく働きっぱなしだったので、流石に疲れていたのである。刹那もまた、同じように疲れていた。時間との勝負だったり、ビフォアとの戦いで精神的にも疲労していたのだ。

 

 

「とは言っても、あの時負けて寝かされたけど……」

 

「侮ってなどいなかったはずなんですが……」

 

 

 ただ、アスナと刹那はビフォアとの戦いにより負傷し、一時的に脱落を余儀なくされた。その時にある程度は休めたのではないかと、アスナは思ったようである。また、刹那もビフォアに対しては油断など一切なかったと言葉にしていた。だが、刹那もビフォアにあっけなく敗北した。それが非常に許せないと言う様子を見せていたのだ。

 

 

「まあ、ズルい力のせいだって言うし。でも、まだまだ実力不足を痛感したわ」

 

「私もです。あれほどまでに簡単に敗北を許すようでは……」

 

 

 しかし、それはビフォアの特典によるものだ。ビフォアは原作キャラよりも有利に動ける。そのため二人は敗北したのである。よって、その力のせいで負けたと、アスナは刹那に話していた。それでも、それでも負けは負けであり、アスナはまだまだ自分が弱いだけだと、右手を握り締めて語ったのだ。刹那も同じく、自分の実力不足を嘆いていた。たとえ相手がどんな力を持とうとも、たった一撃で負けてしまったのことは刹那にとっても屈辱だったのだ。

 

 

「お互いに、もっと強くならないとね」

 

「そうですね……!」

 

 

 ならば二人で強くなろう。アスナは刹那へとしっかり向き直り、そう宣言した。刹那も同じくアスナに向かい、そうしようと約束した。そして、二人は再び握手をし、同時にうなずいてさらに強くなることを誓い合ったのである。

 

 

「あ、あれは状助」

 

「何をしているのでしょう……?」

 

 

 そこでアスナはふらふらしながら、どうしようか迷っている状助を発見した。今回状助にも作戦を協力してもらい、しっかりと使命を果たしてくれたことに感謝していた。なのでとりあえず、状助を呼んでお礼ぐらいしようと思ったようだ。

 

 その横で刹那も状助を見つけていた。ただ、フラフラと当てもなく移動する状助を見て、何がしたいのかわからなかった。と言うのも、今の状助には目的がなかった。だからどこへ行こうか、どうしようかと、考え中だったのである。

 

 

「状助ー!」

 

「ん?」

 

 

 そこでアスナは両手を口元へあて、大声で状助を呼んだのだ。腕を組んでひたすらに、どこで何をしようか悩む状助は、突如アスナに呼ばれたことに驚いていた。一体何事だろうかと、その声の方向を向くと、必死に右手を振りながら、こっちに来いと合図するアスナがいたのだ。

 

 

「どーした?」

 

「いや、今日のことでお礼を言おうと思って」

 

「お礼ィ? 別に気にしなくてもいいんだがよォー……」

 

 

 状助は突如呼ばれたので、何事かと思いアスナの前へ歩いてきた。そして、クエッションマークを浮かべながら、一体どうしたのかと尋ねたのだ。

 

 するとアスナは今日の戦いに協力してくれたことに、礼をしたいと素直に話した。今回の戦い、状助の活躍がなければ負けていたかもしれないからだ。それに、普段戦いなんぞしない状助を、巻き込んでしまったと思ったからだ。

 

 しかし、状助はお礼と言われて、別にいらないと断っていた。状助もこの麻帆良が敵地となるのは困るし、礼を言われるほどのことはしていないと思っていたからである。

 

 

「状助はそうだろうけど、それじゃ私の気がすまないのよ」

 

「そうかぁ?」

 

「そうなのよ、だから状助」

 

 

 ただ、それでは自分の気が済まないと、アスナは状助へと言葉にした。少し押し付けがましいが、はやりしっかりと感謝の念を伝えておきたいのだ。状助はそう言われて、そんなもんなのかと、少し呆けた表情で考えていた。そこまで気にする必要ないのに、そう思っていたのだ。そう、自分がお礼をしたい、感謝していることをハッキリ伝えたい、アスナはそう思い、状助の名を再び呼んだ。

 

 

「今日は本当にありがとう」

 

「お、おう……」

 

 

 だから、頭を下げて状助へと、心から感謝の言葉を伝えたのだ。状助ははにかむような表情で、その言葉を受け止めていた。やはり状助、面と向かって礼をされると、照れくさくなるようだ。そして、頭を上げたアスナは、とても良い笑顔だった。そんなアスナの表情を見た状助は、さらに照れくさくなってしまい、頭をぽりぽりとかいて、視線を泳がしていたのだった。

 

 刹那はそんな二人の様子を見ながら、一体どういう関係なのだろうかと考えていた。小学校からの長い付き合いだとは聞いていたし、友人であるとも聞いていた。だが、それ以上なのではないかとも、少しだけそんな考えがよぎったのである。

 

 

「あっ」

 

「どうしたの?」

 

 

 しかし、そう考えていた刹那に、ふとここで何かを思い出したようだ。アスナが礼をしている姿に、何やら心当たりが合ったらしい。突然言葉をもらした刹那に、アスナはなんだろうかと思い、それを聞いたのである。

 

 

「いえ、私もバーサーカーさんに同じく礼をと思って……」

 

「あー。そうね、私もそうするわ」

 

「ですね。私は彼を探して来ます」

 

「お願いね」

 

 

 刹那が思い出したこと、それはバーサーカーのことだった。バーサーカー自身、覇王に頼まれて戦ったのだが、戦ってくれたことに変わりはので、ちゃんと礼をしておこうと刹那は考えたのである。ならば私もと、アスナもバーサーカーに礼をしようと考えた。戦ってくれた仲間に感謝するのは当然だと思っているからだ。

 

 そして刹那は、ならば今すぐにでもと思い、バーサーカーを探しに行くことにしたようだ。アスナも探してきて欲しいと、頼み込むように両手を合わせてお願いしていたのだった。

 

 

 アスナたちが会話していた別の場所で、二人の少女が誰かを待っていた。夕映とのどかだ。二人は強制時間跳躍弾に飲まれたハルナが戻ってくるのを、ひたすら待っていたのだった。

 

 

「おっ、ここは?」

 

「居ました!」

 

「ハルナー!」

 

 

 すると地面から少し浮いた場所に光が発生し、ハルナが登場したのである。ハルナはこの場所がどこだろうかと思い、キョロキョロと辺りを見回していた。そして、ハルナを見つけた夕映とのどかが、そこへ走ってきたのである。

 

 

「ゆえ吉にのどかー!」

 

「大丈夫そうですね」

 

「よかったー!」

 

 

 ハルナも二人を見つけ、そっちの方へと走っていった。そして、夕映とのどかと手をつないで、無事を確認しあったのだ。

 

 

「みんなこうしてるってことはうまく行ったってことだね!?」

 

「はい! ネギ先生たちがやってくれました!」

 

「だからもう大丈夫だよ!」

 

「そーかそーかー! 私が体張った甲斐があったワケだね!」

 

 

 また、ハルナは二人がこうしているということは、つまり作戦がうまく言ったのだと考えた。それを二人へ尋ねると、ネギたちが戦いに勝ったと、笑顔ながらに話していた。ハルナはその答えを聞くと、自分が体を張った甲斐があったと、満足げな笑みを浮かべていた。いやはや、あの時身を挺してネギを守ったのは無駄ではなかったと、そう思ったのだ。

 

 

「で、そのネギ君はどこだい?」

 

「あちらの方に……」

 

 

 ならば戦いに勝ったネギは、どこへ居るのだろうか。ハルナは今度、その問いを二人に投げかけた。すると夕映が指を指し、そっちの方に居ると伝えたのだ。それは岩の長方形の岩の柱が何本も並んだ、オブジェのような場所だった。

 

 



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百一話 麻帆良祭終了

ようやく長かった麻帆良祭も終わりです


 周囲は明るいお祭り気分で賑わっていた。そんな一角で光にあまり照らされていない場所があった。と、そこへ突如光が発生し、一人の男が現れた。

 

 

「むっ……」

 

 

 それはあのスナイパー、ジョンだった。ジョンは自ら強制時間跳躍弾を受けることで、直一から逃げ延びたのである。そして、この場所へと転移して来たのだ。

 

 

「この俺が負けたとはな……」

 

 

 そんなジョンは、自分の敗北を思い返していた。長距離で広範囲に渡る、全方向への射撃すら可能な能力をもらったはずだった。それが超高速での遠距離攻撃により、あっけなく敗北してしまったのだ。まさか、あのような攻撃を仕掛けてくるとは、ジョンも思っていなかったのである。そうジョンが敗北を受け入れているところへ、何者かがやってきた。

 

 

「待ちくたびれたぜ!」

 

「……またお前か」

 

 

 それはやはり直一だった。直一はジョンが強制時間跳躍弾で逃亡したのを知っていた。なので、今回の事件を他の魔法使いに説明した後、この場所へとやって来て待ち構えていたのだ。その直一の姿をみたジョンは、見飽きたというような様子で、静かに息を吐いていた。

 

 

「今度こそ、おとなしくつかまってもらおうか」

 

「今度は一人ではないか……」

 

 

 先ほどは取り逃がしたが、今度は逃がさない。必ず捕まってもらうと、直一は言葉を発した。直一の速度を前に、逃げられる相手はいないだろう。さらに他の魔法使いたちも呼んでおり、完全にジョンを包囲した状態だった。ジョンは周りを見渡し、直一が自分を確実に捕まえにきていることを理解したのである。

 

 

「俺は雇われただけだ。見逃してはもらえんか?」

 

「そうはいかねぇ!」

 

「そうか……」

 

 

 だが、ジョンは往生際が悪かった。この期に及んで見逃してくれと、冷淡な声で言い出したのだ。そんなことは認められるはずもない。直一は当然NOと言った。雇われていたとはいえビフォアの仲間だったのだ。情報はいくらでも聞き出したいのである。NOと言われたジョンは、当然のことかと思いながら、低く小さな声で一言そうかと述べると、すばやく拳銃を握り自分の頭に突きつけたのである。

 

 

「な、何してやがる!?」

 

「逃げられんのなら、せめてな……」

 

「おい! テメェ!」

 

 

 まさかコイツ自殺する気では、周りの魔法使いも直一もそう考え動揺が走った。直一は大声で叫ぶが、逃げられないのならと冷静に語るジョンだった。これはマズイ。直一たちは別にジョンを生け捕りにするのが目的であり、命を奪う気はまったくない。こんなところで死なれたら、夢身が悪くなるというものだ。しかし、下手に動けば、すぐにでも自殺しそうなジョンを前にして、誰もが動くことが出来なくなっていたのである。

 

 

「フフフ、ではな、俊足の男」

 

「待て!」

 

 

 だが、ジョンは笑いながら別れの言葉を述べると、引き金を引き始めたのだ。ゆっくりと、ゆっくりと、死の感覚を味わうように、引き金を引いたのだ。それを見た直一は、自慢の加速でジョンを捕えようとした。それでもジョンの引き金を止めるには、少し時間が足りなかった。

 

 

「なっ!?」

 

 

 そして、弾丸は発射され、ジョンの頭部を打ち抜いたかに見えた。しかし、それは起こらなかった。いや、確かに異変は起きていた。目の前で頭部を撃ち抜いたはずのジョン周囲が、円を描くように歪んでいったのだ。

 

 それはまさに、強制座標転移弾だった。強制座標転移弾は、時間転移が可能だった超とエリックを封じるために使った弾だ。その弾を頭部に撃ち込んで、ジョンはこの場から消え去ったのである。

 

 消えていったジョンの居た場所を眺めながら、驚く表情のまま固まる魔法使いたちと直一。完全にしてやられたという心境だった。まさかこんな隠し弾まで用意していたとは。直一は敵ながら天晴れだと思いつつも、捕まえられなかった無念さをも感じていたのだ。

 

 

「チッ、やってくれるぜ。あの野郎……!」

 

 

 転移したジョンの位置を確実に知ることは不可能だ。この麻帆良内で転移すればわかるかもしれないが、外に出られてしまえばおしまいだからだ。さらに、あのジョンがそのようなミスを犯すとは思えなかった。ゆえに直一は、ジョンの捕獲を失敗したことに舌打ちしながら、次に会う時は容赦しないことを誓ったのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 さらに別の場所で一人の少女が立ち尽くしていた。何かを悩むような仕草で、祭りの雰囲気へ溶け込まずに、少し離れた場所で立っていた。それは千雨だった。千雨は元々大勢の人間に囲まれることを好んではいない。だが、離れた場所に居るのには、なにやら他の理由があるようだ。

 

 

「…………」

 

 

 千雨は先ほどの出来事を思い出しながら、腕を組んで悩んでいた。その出来事とは、あのカズヤが倒れたことだった。

 

 

『おい、これはどういうことだ!?』

 

『長谷川か……。説明する前に、コイツを寝かそう』

 

『お、おう。そうだな……』

 

 

 アジトへ戻ってきた、直一に担がれる法とカズヤを見て、千雨はかなり驚いた。一体どうしたというのか。この戦いにおいて、基本的に傷を負う様なことはないはずだ。なのにどうしてカズヤは意識を失い、法も自分で立てぬほどに疲労しているのだろうか。それを法へ聞くと、その前にカズヤを休ませようと言って来た。完全に意識を手放し、いまだ目覚めぬカズヤを安静に寝かした方が良いからだ。千雨もそれは当然だと思い、すぐさま医務室へと移動したのだ。

 

 

『これで大丈夫だな。俺も別の場所で休んでいる。何かあったら言え』

 

『すまない、直一……』

 

『気にするな。じゃぁな』

 

 

 医務室へ行きカズヤをベッドへ寝かせると、直一は邪魔だと思い別の部屋へと行こうと考えた。法は直一が肩を貸してくれたことへ感謝を述べ、それを聞いた直一は気にするなとニヒルに笑い、その場を後にしたのだった。

 

 

『で、一体何があったんだ?! アイツがぶっ倒れるなんて、どう考えてもおかしいだろ!?』

 

『そうだな。俺たちの能力の説明は、昔したと思うが覚えているか?』

 

『あ、あぁ……』

 

 

 そこへ千雨がどうしてカズヤがこんな状態になったのか、法に迫る勢いで問い詰めた。普段は冴えない男だが、喧嘩になれば生き生きしているのがカズヤだ。こんな風になるのは普通ではないと思い、何があったのか知りたかったのだ。法はとりあえず説明の為に、昔自分たちの能力を説明したことを覚えているか、千雨へ尋ねた。千雨はしっかりとそのことは覚えていたので、とりあえずそれを肯定した。

 

 

『カズヤの能力には大きな代償がある……。普段の能力なら問題ないんだが、腕が金色に輝いて大きくなるヤツ、アレを使うとこうなる』

 

『アレって、武道会でお前と戦った時のやつか?』

 

『そうだ……』

 

 

 自分たちの能力を覚えているなら話が早い。法はそこからさらに、代償があることを語りだした。黄金に輝く大きな腕、あれをカズヤが使うと気を失うと話したのだ。千雨は金色に輝く大きいヤツと聞いて、真っ先にまほら武道会でカズヤが見せた、あの力を思い出していた。それを法へ聞くと、そうだと言葉が返ってきた。

 

 

『カズヤの能力は不完全な部分がある。アレを使うと右腕が侵食され、激痛が伴うようになるんだ』

 

『な、何だと!? 聞いてねーぞ!?』

 

 

 そのカズヤの能力は不完全なものだ。その力を使えば右腕が侵食され、激痛を常に感じるようになる。法は静かにそう語った。千雨はその説明に、無意識のうちに叫んでいた。そんな代償があるなど、まったく話に聞いてなかったからだ。

 

 

『俺も教えていないし、カズヤも話す気などないだろうからな』

 

『何でだよ!?』

 

『これは自分の問題だからだ』

 

 

 だが、法は教える気もなかったし、カズヤも話すはずがないだろう。そう法が言葉にすると、どうしてだと千雨が叫んだ。何故教えてくれなかったと、怒りをあらわにしていたのだ。法はその怒り叫ぶ千雨の前で、静かに口を開いた。そう、これはカズヤや自分の問題であり、千雨には関係のないことだと、そう言ったのだ。

 

 

『で、でもっ、こーなるんなら使わなきゃいいだろう!? 何で無理してんだよアイツ!!』

 

『それがヤツだからだ。カズヤと言う男がそういうヤツだからだ、としか言えん……』

 

 

 だったら最初からそれを使わなければいい。千雨はそう叫んだ。どうして無理してまでそれを使ったのか、千雨にはわからなかったからだ。法はカズヤのことをある程度わかっていたので、それがカズヤだからとしか言えなかった。どんな無茶をしてでも戦う、それがあのカズヤと言う男だからだ。

 

 

『バカなのか!? アイツはバカなのか!? いや、バカだった!!』

 

『そうだ、あの男は本当の大バカだ』

 

 

 それを聞いた千雨はさらに叫んだ、カズヤは馬鹿なのかと。そこで、馬鹿かもしれないではなく、馬鹿だったことを額に手を当てて思い出したようだ。また、法もそこでカズヤを大馬鹿だと称していた。これほどのことが出来るのは、馬鹿ぐらいだと思ったのである。だが、千雨はそう叫んだ後、今度は下を向いて俯き、逆に落ち込んだ様子を見せたのだ。

 

 

『……どうした?』

 

『いや、無理させたのは私のせいかもしれないと思ってよ……』

 

『どうしてだ?』

 

 

 突然の千雨の沈みように、法はどうしたのかと尋ねたのだ。流石に突然落ち込みだすのは奇妙だったからだ。千雨はその理由を、ポツリと語りだした。無理をさせたのはもしかしたら自分なのではないかと、そう言葉にしたのだ。法はそれを聞いて、何故そう思ったのかと聞き返した。無茶したのはカズヤが悪いのであって、千雨が悪い訳ではないと法は思っているからだ。

 

 

『私がアイツに頼んだから。この戦いに巻き込んだから……』

 

『……確かにそうかもしれん』

 

『だ、だろ?』

 

 

 千雨はそう聞かれ、少し心苦しそうに理由を話し始めた。それはカズヤをこの戦いに呼んだから、カズヤがあの力を使って倒れたのだと、そう思ったからだと。法はその答えに、それもあると言葉にした。戦いに呼ばれたというのは確かに原因でもあると、法も少し思ったからだ。千雨はそれに反応し、そのはずだと言っていた。そのとおりだ、自分が悪いと、そう言いたげな表情で。

 

 

『だが、アレを使うことを選んだのはヤツ自身だ。それに、ヤツは全て知った上で使っている。長谷川のせいではない』

 

『だ、だけどよ!』

 

 

 しかし、あの力を使おうと思ったのはカズヤ本人だ。さらにあの力を使えばこうなることを、カズヤは知っていた。自分能力の反動がいかに大きいかを、カズヤは最初から全て理解した上で使ったのだ。ならば、倒れたのは千雨のせいではないと、法は説明したのだ。

 

 それに、呼ばれなくてもカズヤは戦っただろう。あの力を使った可能性もあっただろう。それを見越しての法の意見でもあった。それでも千雨は自分が悪いと思っていた。発端は戦いに呼んだことだ。呼ばなければ使わなかっただろうと、千雨は考えているからだ。

 

 

『それにそうだったとしても、アイツはそんなことを気にするタマじゃない』

 

 

 また、仮にそうだったとしても、カズヤはそんなことを気にはしない。アイツは必要だと判断したからあの力を使ったと、法は考えていたからだ。ならば千雨のせいにして、攻めることもないだろう。カズヤはそういうヤツなのだと、法は千雨へ語りかけていた。

 

 

『だから長谷川、お前が気にすることは何もない』

 

『そ、そうは言うが……』

 

 

 ならば気にしすぎてもしかたがない。あいつが全て選んだのだから、千雨が気負う必要もない。法は千雨を慰めるように、そう言葉にしていた。だが、千雨は今の話を聞いても、いまだ気にしていた。知り合いが戦いに呼んで倒れたのだ、どんな理由があるにせよ、呼んだ自分が悪かった。そう思っているのだ。

 

 その後、千雨は法に言われ渋々とこの野原へと移動してきたが、ずっと心ここにあらずといった状態だった。と言うのも、千雨は後夜祭よりもカズヤの看病しようとした。しかし、そこで法が、自分が残るからそれよりも後夜祭へ行って来いと、そう言ったのである。だから、法の言葉通りに後夜祭へとやってきていた。それでも、その後夜祭の最中でさえ遊ぶこと無く、少し遠くでそのことを考え悩んでいたのだった。

 

 

「私は……、どうすればいいんだ……」

 

 

 その先ほどの出来事を振り返り、千雨は一体どうすればよいのだろうかと、ずっと考えていた。それはエヴァンジェリンからの誘いのことでもあった。魔法を教えてやると言われた千雨だが、そんな非日常的なことはあまりかかわりたくないと思っていた。しかし、カズヤが倒れ寝込んでしまった。そのことで、大きく心が揺れ動いてしまったのだ。

 

 

「いや、そんなもんわかってるだろ……」

 

 

 自分はカズヤや法に何をしてやれるのだろうか。今のままでは何もしてやれないだろう。たぶん法はそんなことなど気にしないはずだ。カズヤも同じだろう。それでも千雨は、彼らの無茶を何とかしてやらなければと思い始めていた。アイツらはきっと、止めても無駄だ。馬鹿だからまた無茶をするだろう。法もだが、特にカズヤはコーラを飲んだらゲップが出るぐらい確実だ。

 

 

「だったら、やることはひとつだ」

 

 

 ならばそうなって今のようになった時、自分が出来ることを増やそう。エヴァンジェリンから魔法を教えてもらおう。そんなことは最初からわかっていたことだ。アイツらの喧嘩もだが、止めることは出来ない。それならせめて、治療ぐらいしてやれと、エヴァンジェリンから言われたではないか。だったらそうすればいい。カズヤの右腕が痛むのであれば、それを温和してやるぐらい、魔法だったら出来るはずだ。そう千雨は考え、エヴァンジェリンに魔法を教えてもらうことを決意したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 野原の一角にある、長方形の岩の柱が並んだ奇妙な場所。その柱の上で空を眺める少女がいた。超鈴音だ。ビフォアの野望を打ち砕き、もう用は済んだ。だから元居た未来へ帰ろうと、そこでエリックを待っていたのだ。

 

 ただ、ビフォアは麻帆良の魔法使いに捕らえられ、幽閉されてしまった。なので未来に今すぐつれて帰ることは出来なかったようだ。そこへネギがやってきた。超が帰ってしまうと考え寂しげな表情をさせながら、超の立つ柱の近くにあるそれより低い高さの柱へ着地していた。

 

 

「全て終わったネ。 ネギ坊主……」

 

「超さん」

 

 

 ネギがやってきたことに気がつき、超はそのままの姿勢で静かに口を開いた。全て終わった。ビフォアは倒され麻帆良の魔法使いに捕まった。未来から持ってきた新聞記事も変わり、元の安全な未来の麻帆良となった。超の悠長な言葉を聞き、ネギは超の名を呼んでいた。

 

 

「……もう、帰ってしまうんですか……?」

 

「ああ……。ネギ坊主にも話したとおり、私はこの時代の人間ではないからネ」

 

「そうですか……」

 

 

 ネギは超へ、未来に帰ってしまうのかと悲しげに尋ねた。超はその問いを聞き、ネギへと向きなおしてしっかりと答えた。未来に帰るということを。全て終わったのだから、当然未来へ帰る。それは超にとって当然のことだ。

 

 それに未来の人間が2年間も過去で生活していたなど、普通はあってはならないことだ。ゆえに、すぐに帰ろうと超は考えていたのである。ただ、その考えはエリックから口すっぱく言われたことではあったが。また、ネギは納得しない様子で、小さく言葉をもらしていた。

 

 

「……もうすぐドクが迎えに来るネ。それでサヨナラになるヨ」

 

「超さん……」

 

 

 そして、もうすぐエリックがタイムマシンとして改造した車で迎えに来る。それに乗って未来に帰ると、超はそこでお別れだと語っていた。その表情は普段とかわらず冷静ながら小さく笑んだものだったが、内心はどう思っているかわからない感じであった。ネギは再び超の名を呼んだ。どう言葉にすればとどまってくれるだろうかと考えながら、今はそれしか出なかったようだ。

 

 

「あの、ひとつだけ聞きたいことがあります」

 

「何カナ?」

 

「あの人との戦いで使った魔法、それにあの杖は一体……?」

 

「コレのことカ」

 

 

 ただ、それ以外にも気になることがあった。そのことをネギは超へと質問しようと、言葉を発していた。超もネギの問いに、答えられるものなら答えようと、何が聞きたいかを聞き返していた。そして、ネギが知りたかったこと。それはあの超が使った魔法と、機械仕掛けの杖のことだった。それをネギが話すと、超はそっと一枚のカードを取り出し、それを杖へと変化させて見せたのだ。

 

 

「はい、あの魔法は僕たち魔法使いが使っている魔法とは、少し違う気がしました」

 

「流石我がご先祖サマ、なかなか鋭いネ」

 

 

 ビフォアも知っていたような素振りだったが、ビフォアは超がそれを持っていることに対して疑問を投げかけていた。ただ、ネギはそうではなく、魔法そのものについての質問をしたのだ。

 

 何故ネギがそれに疑問を感じたのか。それは超が使った魔法が特殊だったからだ。本来魔法使いたちが使う魔法は、基本的に精霊の力を借りるものだ。自分の魔力を用いて、精霊を操り攻撃、または防御などを行なうのだ。しかし、超が使った魔法はそのような感じではなかった。精霊を使わず、自らの魔力のみで魔法を使っていたのだ。それがネギにとって驚くべきことであり、興味があったのである。

 

 さらに、超が今握っている杖はなんともメカメカしいもので、奇妙な感じだった。確かに杖としての媒体ならば指輪だろうが問題ないのだが、そこに妙な違和感をネギは覚えていたようだ。

 

 そのネギの言葉に、超は非常に関心していた。あの魔法は確かに魔法使いたちが使うものとは別のものだ。それを見ただけで気がつくとはやはり天才、と思いながら小さく笑みを浮かべていた。

 

 

「では、やはり精霊を用いた魔法とは別の……?」

 

「そうヨ。一から説明すると難しい話になるので簡単に説明するネ」

 

 

 超の表情と言葉で、ネギは自分や魔法使いたちが使う魔法とは別のものだと確信した。そこで超は学会で研究を発表するように、ネギへとその魔法と杖について説明を始めたのだ。

 

 

「この杖は私の魔力を用いて、杖の中に記録されている魔法を使うことが出来る特殊なモノネ」

 

「そんなものが……。それも科学ということですか」

 

「科学と言われれば間違えはないカナ」

 

 

 その杖はデバイスである。デバイスは魔法を補助する装置だ。その中に記録されている魔法を、術者に使わせることも可能である。また、その内部に記録されている魔法は、基本的に術者の魔力のみを利用するものだ。つまり、魔力さえあれば誰だって魔法を使えるようになる、不思議アイテムということである。

 

 本来は”リンカーコア”なる器官が存在しなければ、そのデバイスを用いたとしても、魔法が使えないとされている。だが、魔力を生成する役目を持つ器官が”リンカーコア”なので、魔力さえ自己生成出来るのであれば、その魔法を使うことが可能だったのだ。

 

 その説明に、ネギは未来の科学なのではないかと思ったようだ。確かに科学と言われれば間違えないだろうと、超はその意見を肯定した。魔法をプログラムとして扱い呼び出すという動作は、明らかに科学的なものだったからだ。

 

 

「……私は元々魔法が使えなかったカラネ。この杖のおかげで魔法が使えるのダヨ」

 

 

 そして、超は元々魔法が使えない体だった。詠唱が出来ない体質だったのか、それとも精霊を操ることの出来ない体質だったのか、それはわからない。ただ、魔力はあるのに魔法が使えなかったからこそ、そのデバイスにて魔法を使うことが出来るようになったのだ。そのことを思い出しながら、ネギへとゆっくり自分のことを語ったのだ。

 

 

「そして、この杖は()()から頂いた大切なモノネ」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 さらに言えば、その杖は偉大なる治癒師たるエヴァンジェリンから受け賜った宝物だ。未来の出来事であるがゆえにその名を出すことは出来ないが、偉人から貰った宝物だと、超は杖を両手で抱きながら穏やかな表情で話していた。

 

 質問の答えを丁寧に説明されたネギは、ある程度満足した様子だった。また、超が杖について最後に述べた時の表情を見て、その杖が本当に大切なものであり、大切な思い出だったのだろうと思ったのである。

 

 

「質問はそれだけカナ? さて、そろそろ迎えが来るはずヨ」

 

 

 その話が終わると、超は杖をカードへと戻し、それを懐へと丁寧にしまった。そして、それで質問は終わりなのかと、ネギへと再び尋ね、なさそうな様子を見て迎えがもう来ることを言葉にしていた。

 

 

「……超さん、せめて卒業までは、とどまってはくれないでしょうか……」

 

「……前も説明したが、私はこの時代の人間ではない」

 

 

 その超の言葉に、ネギは卒業までここに居られないのかと、そう超へと問い掛けた。超はネギの問いに、首を左右に振りながら、この時代の人間ではないと、静かに語りだした。やはり未来人である自分が、ここにとどまるのはいいことではないと、頑としてネギの要求を飲もうとしなかった。

 

 

「だけど……!」

 

「それに、私がこの学園を卒業しても、未来では意味がないネ。だから事件が終わったら、すぐに帰ることにしていたのダヨ」

 

 

 それでもネギは、超に卒業ぐらいしてもらいたかった。このまま居なくなってしまうのは、かなり寂しいことだからだ。しかし、超は首を縦に振ることはない。学園を卒業したところで、未来人たる自分には意味がないことだ。だから、事件が終わったならば、元に戻った未来に帰ると、最初から決めていたと口にしたのだ。

 

 

「……迎えが来たようだネ」

 

「超さん……!」

 

 

 すると遠くから車のライトが光って見えた。しかし、そのライトは奇妙なことに、空中で光っていた。それこそエリックが乗るタイムマシンである証拠だ。それを見た超は、ようやく迎えが来たと言葉をこぼした。ネギはこのままでは超が帰ってしまうと思い、なんとかしようと考えた。だが、やはりその方法や言葉が思い浮かばなかった。

 

 

「……ひとつ忘れていたヨ。コレを渡しておこう」

 

「こっ、これは退学届け……?!」

 

「未来へ帰て無断欠席になるのはしのびないからネ」

 

 

 何とか超を踏みとどめたいと考えるネギ。そこへ超が近づき、ひとつの封書を渡したのだ。そこには丁寧な文字で退学届けと記入されていた。つまり、超は本気で学園を去る気ということだ。超はこのまま未来へ帰れば、学校へ出席出来ない。それでは流石にまずいと言葉にしながら、それをネギへと手渡したのだ。

 

 

「超!」

 

「超さん……」

 

「……古、それにハカセに五月……」

 

 

 そこへ古菲と五月、そして茶々丸と葉加瀬が現れた。超包子の調理場を支配する、ふくよかな体系の少女の四葉五月だ。古菲は五月を抱え柱に立ち、葉加瀬は空を飛ぶ茶々丸に抱えられたまま、超を見ていた。突然の増援に、超は少しだけ寂しげな表情になっていた。やはり友人たちと別れるのはしのびないのだ。

 

 

「超……、故郷へ帰ってしまうって本当アルか……?」

 

「本当のことヨ。最初から決めていたコトだからネ……」

 

 

 古菲は突然の別れに少し困惑していた。そもそも超は戦いが終わるまで、こうなることを葉加瀬たちにしか話してなかったのだ。確かに、この麻帆良祭にて決着がつくだろうとは超も予測していた。しかし、それでもどうなるかまではわからなかった。ゆえに、帰るのはビフォアを確実に倒した後と考え、あまり他の人に話さなかったのである。

 

 そして、超はビフォアを倒したならば、すぐに未来へ帰ることにしていた。未来人である自分が、この場所にとどまり続けるのは危険なのだと、エリックから耳にタコが出来るほどに聞かされていたからだ。ならば、全てが終わった後、すぐにでも帰るしかないと、超はずっと考えていたことだった。

 

 超と古菲、二人が顔を合わせながら、何を話したらいいのやらと悩んでいるその時、またしても新たな増援が現れた。それはあの獅子帝豪だ。それだけではない、氷竜に炎竜、さらには3-Aのメンバーがその二体の腕や肩に乗せられて登場したのだ。誰もが超の帰郷は寝耳に水だった。本当なのかどうかわからないが、誰もが超が居なくなることを寂しく感じていた。

 

 

「超ッ!」

 

「獅子帝、それにみんな……」

 

 

 豪もまた、超と苦楽をともにした仲だ。未来から来た超は、豪の技術力に随分驚かされたことがあった。当然それは転生神の施しであるが、豪がもつ、その現代の技術を超越した科学力に超は興味を持った。基本的に豪は超の支援を受けることはなかったが、それでも茶々丸は豪との共同で開発されたものだったのだ。

 

 豪は超がひっそりと未来に帰ろうとしていることも、うすうす気がついていた。ゆえに、氷竜と炎竜に3-Aのメンバーをつれてきてもらったのだ。

 

 氷竜と炎竜に乗ったクラスメイトたちを見て、超はこの2年間を思い出していた。未来にて同年代の友人など居なかった超は、この2年間が非常に濃厚で楽しいものであったと、回想していたのだ。

 

 また、本当ならばひっそりと居なくなる予定だったのに、余計なことをしれくれたものだと、超は一瞬だけ豪を眼を細くして睨んだ。豪もそれに気がついたのか、苦笑しながらそれを受け流していたのだった。

 

 そして、クラスメイトたちも、静かに超を眺めていた。事情があるならば帰郷も仕方ないと考えつつも、欠けてはならないとも思いながら。

 

 

「超さん、もう一度考え直してください!」

 

「何度聞いても答えは同じヨ。私は自分の時代に帰る、それだけネ」

 

「超さん!」

 

 

 ネギは、超が少しだけだが別れを悲しく感じているのを見逃さなかった。今なら超を説得できるかもしれないと、考え直すよう叫んでいた。しかし、超の考えは変わらない。このまま帰るのが最善で、もっとも正しいことだからだ。それでもネギは諦めたくはなかった。超も自分の大切な生徒だからだ。 

 

 

「いい加減にするネ、ネギ坊主。あまりしつこいと女の子に嫌われるヨ?」

 

「で、でも……!」

 

 

 そんなネギに、超は突っぱねるような言い方で、しつこいと言葉にした。確かに自分を引き止めてくれているのは嬉しくない訳ではない。だが、やはり帰らないとならないと、超は思っているのだ。もはやネギも、そう言われてしまっては言葉を失うしかなかった。

 

 

「行かせてやろう、ネギ君」

 

「獅子帝さん……」

 

「ここで無理に引き止めるのは、彼女の決意に失礼だ……」

 

 

 そんな時、ネギの横へと豪がやってきて、その右手をネギの肩へ乗せていた。また、超の決意はゆるぎないものだと、豪は思っていた。だからここで引き止めるのも、超に悪いだろうと、ネギへと話したのだ。豪のその言葉に、ネギは超を引き止めることをやめようと考えた。彼女の意思を尊重するのも、教師としての仕事だと思ったからだ。

 

 

「……迎えが来るネ。もう行くヨ」

 

「超さん……」

 

 

 そこへ、エリックが乗る飛行する乗用車が、後数秒で到着すると言う位置まで近づいてきていた。超はそれを見ると、別れを惜しむように、もう行くと言葉にしていた。超はもうすぐいなくなってしまう。ネギは非常に寂しそうな表情で、超を眺めていた。

 

 

「……心配無用ヨ! 別にいつだって戻ってこれるネ!」

 

「本当……ですか……?」

 

「火星人、ウソつかないネ!」

 

 

 超は誰もが寂しそうにするのを見て、再び柔らかな笑みを浮かべ、いつでも戻ってこれると話したのだ。確かにエリックのタイムマシンであれば、いつでもこの時代に戻ることが可能だ。ゆえに、これが最後の別れではないと、心配するなと言ったのだ。ネギはその言葉に、嘘ではないかと聞いていた。未来に帰って戻ってこないのではないかと思ったからだ。そこで超は、お決まりの言葉を述べた。場を和ますように、嘘はつかないと言っていた。

 

 

「到着したカ」

 

「待たせたな、超」

 

 

 そこへ、とうとうエリックが乗るタイムマシンが到着した。そのタイムマシンは超の真後ろにて、宙を浮きながら停車したのだ。そして、超は自動的に上へと開いたドアへと乗り込み、クラスメイトたちを眺めていた。エリックは少々遅れた感じで、待たせたと元気そうに言っていた。

 

 

「五月、超包子を頼む、全て任せたネ」

 

 

 超はそこで、引継ぎを行なうように、五月へ超包子の全てを任せると口にした。五月もいつもどおりの表情で、任せてくださいと言葉にしていた。

 

 

「ハカセ、未来技術についての対処は打ち合わせどおりに……」

 

「大丈夫です。全てわかっています」

 

 

 そして、この時代に残してしまう未来技術のことを、超は葉加瀬へ話した。この前の打ち合わせどおりに頼むということだったが、葉加瀬も何度も言う必要もないと、静かにそう述べていた。

 

 

「茶々丸、ご主人サマを大切にネ」

 

「了解しました……」

 

 

 また、超は茶々丸へ、主人を大切にするよう言っていた。未来での恩人であるエヴァンジェリンの恩返しこそ、茶々丸と言う従者だからだ。そのことを理解している様子で、茶々丸は落ち着いた感じで肯定の言葉を口にした。

 

 

「獅子帝、短い間だたが楽しかたヨ」

 

「あぁ、俺もだ。また会おう、いつか星の海で」

 

 

 超は豪にも別れを述べた。長くはない付き合いだったが、豪の技術は面白いものだったからだ。豪もまた、別れならば笑って送り出そうと、普段の笑顔でまた会おうと言っていた。

 

 

「古、本当に古はいい友人だったヨ。2年間、本当にありがとう」

 

「超、それはこっちのセリフアル。今度会ったら、また手合わせをお願いするアル」

 

「……そうだネ、今度会たらよろしく頼むヨ」

 

 

 そして最後に超は、もっとも親しかった友人である古菲へ、感謝の言葉を述べていた。2年間と言う間だったが良くしてくれた古菲を、本当によき友人だと思っていたからだ。だから別れるのもしのびなさそうに、それでも表情は微笑みながら、超はありがとうと言葉にしたのだ。

 

 古菲もまた、超との別れを寂しく感じていた。ともに武術の研鑽を高めた仲だった。超というよき友人の別れはとても名残惜しい。だが、再び会える日に、もう一度手合わせ願おう。古菲は、超と同じように微笑み、そう言い放った。

 

 それを聞いた超はその約束を笑顔で了承し、その時は頼むと言っていた。約束を交わせた古菲は、満足そうな笑みで超の門出を眺めていた。超は古菲の表情を見て約束が交わされたことを理解すると、車内へと入ろうと行動した。

 

 

「……別れはすんだネ。戻ろうか、私たちの時代へ」

 

「……この雰囲気の中、非常に言いづらいんだが……」

 

「どうした? 何かマシントラブルでもあったカ?」

 

 

 車内の座席へと体を移した超は、エリックへと別れがすんだことを話した。そして、元の時代へ戻ろうと、寂しそうに述べた。友人たちと別れが済んだというが、やはりこの時代に心残りがあるようだった。そんなしんみりした空気の中、エリックは何かを悩む様子を見せた後、言いずらそうに口を開いた。一体何かあったのだろうか。超はエリックのその態度を見て、タイムマシンの不調でも起こったのかと思ったようだ。

 

 

「ワシは別に今すぐ帰るなど、一言も言っとらんぞ……?」

 

「……えっ?」

 

 

 だが、超の考えは外れた。エリックは別にすぐに未来に戻る気がないと言い出したのだ。その言葉に超はあっけを取られ、少しポカンとした様子で、数秒間口が閉じれなかった。いやまさか、あのエリックからそのような言葉が出るとは、超もまったく予想していなかったのだ。

 

 

「ワシはこの事件が解決したので、未来が無事に元に戻ったかを確認しに行くだけだ」

 

「だ、だが、私たちはこの時代の人間ではないネ! 全てが終わったのなら帰るべきでは!?」

 

「まあ、そうなんだろうがな」

 

 

 エリックはそこで、事件が解決したので一度未来に戻り、確認をすることにしたと、超へと説明した。超はそのエリックの説明に、不満げな態度で意見をしていた。

 

 自分たちは未来の人間でこの時代の人間ではない、なのですぐにでも戻るべきだと、そう話していた。これはエリックが前から何度も言ってきた言葉だ。どうして突然そんなことを言い出すのだと、超はまくし立てていたのだ。そんな様子を見せる超に、エリックは困った様子で確かにそうだと言葉にした。だが、その言葉の後に、続く言葉があったのだ。

 

 

「それに、未来から来た自分たちが過去の人間と接触するのは良くないと、ドクも言ってたではないカ!?」

 

「だが、勝手に学校に入学したのはお前だぞ? 最後までやり通すべきじゃないのか?」

 

「うっ」

 

 

 そうだ、未来人である自分たちが過去の人間に何度も接触するのは危険だと、時空連続体が破壊されて宇宙が崩壊すると、壮大に誇張したようなことを言っていたではないか。超はそう早口でエリックへとがなりたてたのだ。

 

 エリックはその超の意見に、もっともだと言う態度を見せながらも、反論した。最初に学校へ勝手に入学したのは誰だと、それは超、お前だと。もはやその時点で後戻りなど不可能、ならば最後まで学校を通い詰めろと、そうエリックは冷静に話した。

 

 流石にそう言われてしまっては、超も反論出来なかった。やってしまったのは自分なのだから当然だ。図星をつかれた超は、首を絞められた鳥のような声を出し、どう反論しようか迷いだしたのである。

 

 

「この時代、中学中退などしてみろ! 未来なんてあったもんじゃないぞ!?」

 

「いや、この時代で生きていくワケでもないし、卒業しても未来では意味がないヨ!?」

 

「意味がないことはなかろう。友人たちと卒業できる、それだけで意味があると、ワシは思うがね」

 

 

 そこへ追い討ちをかけるかのように、エリックは話し出した。中学中退とかありえない。普通なら社会進出すら危うい恐ろしい事態だと、エリックはそう叫んでいたのだ。超はそのエリックの叫びに、この時代で生きるわけでもないのに、それに何の意味があると思った。だからそれをエリックへと伝えた。

 

 確かに未来に戻ればこの時代で卒業した履歴など見せれるはずもない。あまりに意味がないことだ。だが、エリックは無意味ではないと、やさしい口調で述べた。それは友人たちとの思い出が出来るのだから、無意味と断言するにはおしいことだと。

 

 

「もう学校に名を刻んでしまったのだ。卒業ぐらいして来るんだ」

 

「……本当にいいのカ……?」

 

「本当は良くない。が、しかたあるまい。もう少しぐらい、ここで生活するといい」

 

 

 それに、既に学校へ入学した時点で、この学校の歴史に名が載ってしまった。もうそれはどうしようもないことだ。なら、もういっそのこと卒業ぐらいしておけと、エリックはそう超へと話した。

 

 超はそのエリックの言葉に、数秒間口を閉じた。その後、悩みながらも、本当にそんなことが許されるのかと、エリックに聞いたのだ。あの堅物のエリックが、そんなことを言ってきたのだ。本当にみんなと卒業しても大丈夫なのかと、不安げな瞳でエリックを見つめていた。

 

 その超の質問に、腕を組んでエリックは答えた。はっきり言えば悪い。良いはずがない。まあ、それでもしかたないだろうと、ふと小さく笑んで、それを許すとはっきり言ったのだ。

 

 いつでもこの時代へ戻ってきて会いにこれるということは、逆を言えばいつでも帰れると言うことだ。つまり、今すぐに帰らなくても、未来には簡単に戻ることが可能なのだ。何せこの時代にやってきたのも、全てエリックのタイムマシンによるものだ。わざわざ世界樹の魔力を使って時間移動する訳ではないので、別に今ではなくてもよいということだったのだ。

 

 エリックの許可に、超は感激した。まだ友人たちと一緒に居られる、一緒に卒業できる。そう考えただけで身震いしそうだった。ただ、それを表に出さぬよう、必死に抑えていた。それでも感涙だけは止められず、少し涙をその目にためていたのだ。

 

 

「そ、それじゃあ……」

 

「ネギ少年よ、すまないがもう少しだけ、超の面倒を見てやってはもらえんかな?」

 

「は、はい! 任せてください!」

 

 

 ネギはそのエリックの話を聞き、超はまだこの時代に残ることを悟ったようだ。そこへエリックが顔を出し、ネギへと超のことを頼むと、和やかな表情でそう言っていた。ネギもエリックの頼みを聞き、うれし涙を見せながらも、元気よく返事していた。本当に良かったと、心からそう思いながら。

 

 

「と、いう訳だから、車から降りるんだ」

 

「……けど、ドクはどうするネ?」

 

「さっきも言っただろう? ワシは未来が元に戻ったかを確認しに行くのだ」

 

 

 ならば車に超が乗っている必要はない。ここに残るからだ。エリックがそう言うと超は、エリックはこの後どうするのかと尋ねた。エリックも残るのか、それとも帰ってしまうのか、疑問だったのだ。ただ、エリックは一度未来へ戻り、元通りになった世界を確認すると再度言っていた。

 

 

「破いてきた新聞だけでは駄目なのカ!?」

 

「駄目ではないが、目視の確認は重要だ」

 

 

 確認というのならば、未来から持ってきた新聞の切り出しだけでは駄目なのだろうか。超はそのことをエリックに質問した。アレだけでも十分証拠になりえるからだ。エリックはその問いに、別にそれだけでも良いが、実際見て確認することは必要だと、超へ説明したのだ。

 

 

「そういうことだから、ワシは一人未来へ戻る。何心配はいらんよ、すぐに戻ってくるからな」

 

「了解したヨ……。気をつけて行てくるネ」

 

「任せておきたまえ! では、また!」

 

 

 だから一人、一度未来へ戻るとエリックは言った。しかし、すぐに戻ってくると、超を安心させるかのように、笑いかけながら話していた。超はエリックの意図を理解し、ならば無事に戻ってくるよう、笑みを浮かべて言葉にしていた。そして、超は車から降りると、エリックは任せておけと叫びながら、車の扉を閉め、そのまま飛び去っていった。すると、その飛び去った先ですさまじい轟音が発され、まばゆい光とともに飛行する車は消え去ったのである。

 

 

「……ということになたから、卒業までよろしく頼んだネ!」

 

 

 その消え去った方向を眺めながら、エリックの無事を祈る超。それを終えると、超はネギたちの方を向きなおし、笑顔で手を上げて元気に叫んだ。卒業までは、もう少しだけよろしくと、喜びながらそう叫んだ。

 

 

「超ー!」

 

「古!」

 

 

 そこへ古菲が飛び出し、超の名を叫んだ。超も同じく古菲の名を叫び、古菲が超の近くへと着地したのだ。

 

 

「これからもよろしくアル!」

 

「卒業までの短い間だが、こちらこそネ!」

 

 

 そして、二人は握手をしながら、まだ一緒に居られることを喜び合っていた。古菲は少し涙を見せながら、元気そうによろしくと言っていた。超も同じく、微笑みながらも卒業までの短い期間、もう一度仲良くしようと言葉にしていた。

 

 

「……これはもう、必要ないですね」

 

 

 それを見たネギは、感涙を受けつつ、超から渡された退学届けを二つに破り、懐へとしまった。流石にこの場所でポイ捨てをしないあたり、真面目なのだろう。また、ネギの後ろでもクラスメイトたちが喜びながら騒いでいた。

 

 また、豪も少し離れてその様子を眺めていた。腕を組んで、その美しき光景を目に焼き付けながら、この麻帆良を守れてよかったと改めて実感していた。

 

 氷竜と炎竜も同じ気持ちだった。騒がしくも友達思いの彼女たちを見て、友情のすばらしさをひしひしと感じ取り、二体とも自然と穏やかな表情となっていたのだった。

 

 

 そして、遠くでそれを見守るものがいた。それはあのカギだ。カギは超を出迎えることはなかったが、木の上からその場所を見ていたのだ。

 

 

「超のヤツ帰らなかったのか……」

 

 

 カギは超が未来へ帰らなかったことに、多少驚きを感じていた。本来ならば、ここで超は未来に帰ってしまうからだ。だが、それは起こらなかった。本来ならばイレギュラーな出来事であり、カギが不安がるだろう要素だったが、カギは不安など感じてなどいなかった。

 

 

「でも良かったなぁ……、良かったなぁぁ……」

 

「兄貴、泣いてるんですかい?」

 

「な、泣いてねぇやい! これは心の洗浄液だい!」

 

 

 むしろ、カギも超がいなくならなかったことに、感激して涙を流していた。このカギもやはり、超が帰ってしまうことを悲しく思っていたらしい。

 

 そのカギの肩の上で、カギが涙を流しているのを見て、カモミールが泣いているのかと尋ねていた。あのカギが滝のように涙を流し、鼻水で顔を汚しているのだから、少しばかり驚くのも無理はないというものだ。

 

 だが、カギはごまかす様に涙と鼻水を袖で拭き、泣いてなどいないと言い出した。さらにはいい訳するように、涙を心の洗浄液だと言い出したのだ。お前はどこのロボットだ。そんなカギを見たら、カモミールも何も言うまいと考え、タバコをくわえるのであった。

 

 

 エリックが未来へ旅立って数秒後、すぐさまエリックは帰還した。誰もがすばやい帰りに驚いたが、時間設定してタイムワープが可能なタイムマシンなので、当然のことだった。逆に言えばエリックは、ある程度の時間車を運転していたことになるのだが。そして、超はクラスのみんなと焼肉屋のJOJO苑で打ち上げを行い、朝まで楽しく過ごしたのであった。

 

 




長かった、本当に長かった
正直なところ、少し長すぎたかなと反省しています
もう少しコンパクトにまとめられればよかったかもしれません


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日常編 その3
百二話 お茶会


補足を入れるつもりが、少し流れが変わってしまいました
申し訳ございません


 麻帆良祭、振り替え休日二日目。そこは図書館島の地下深く。されどいたるところから光が満ち溢れ、闇がほとんど存在しない、そんな空間。そこへやってきたのはいつものメンバー。アスナ、木乃香、刹那、ネギ、そして幽霊のさよだ。ただ、バーサーカーの姿はないようだ。もうここまで付き添う必要はないと判断し、邪魔にならないよう今回はついてこなかったのである。

 

 

「ここに来るのも何度目かしら」

 

「何度目やろなー」

 

 

 何度か通ったおなじみに場所。別に通い詰めたわけでもないが、数回はここを通っている。そんなことをアスナは考えながら、木乃香も同じようにそれを思い出していた。

 

 

「ドラゴンさん、こんにちわー」

 

「もはや顔パス……」

 

「一応通行書みたいなの貰ったんですけど……」

 

 

 門を守護する翼竜が、門の前で構えていた。が、もはや彼女たちを止める気も襲う気もないようだ。最初に出会った時に袋叩きに遭い、何度も顔を合わせているので、もういいだろうと思っているように見える。そんなドラゴンにのんきに挨拶する木乃香。ぽややーんとドラゴンへと手を振る様子ははやり異様だ。ドラゴンも挨拶されたのを理解したのか、頭を下げて歓迎していた。完全に手なずけられてしまっているようだ。

 

 完全に客人扱いの状況に、アスナも頭を悩ませていた。戦う必要がなくなったのはいいことだが、それはそれでいいものかとも複雑な心境のようだ。ネギも正直困惑ぎみだ。ここへやってきたのは、あのアルビレオから招待されたからだ。このドラゴンを通過するための手紙を一応貰っていたのである。しかし、そんなものなど不要な状況に、なんか悪いことをしているような気がしていたのだ。

 

 

 門をくぐるとそこには地下とは思えぬ、巨大な空間があった。その中心に建造物があり、そそくさとそこへ入っていくメンバー。その中の本棚だらけの場所を通り抜けると、テラスのような場所が広がっていた。

 

 

「ようこそ、私のお茶会へ。お待ちしておりましたよ」

 

「どうも、お招きいただいてありがとうございます。ア……く、クウネルさん」

 

 

 そこに現れたのは、紺の髪をしたローブの男、クウネル・サンダースのことアルビレオ・イマだった。穏やかな表情で、アルビレオはネギたちを出迎えたのだ。挨拶を行なったネギは、間違えて本名を呼びそうになりながらも、修正してクウネルの名を呼んでいた。ずっと前からその名で呼んでほしいと、アルビレオから頼まれていたからである。

 

 

「誰かと思えば弟の方か」

 

「お久しぶりです、エヴァンジェリンさん」

 

「エヴァちゃんも来てたんだ」

 

 

 そこにティーカップを片手にこちらをチラリと見ている少女が居た。それはエヴァンジェリンだ。今回は研究者のような服装では無く、純潔な白をしたドレスを見に纏っており、普段は見せないフリーな姿だった。

 

 ネギを見たエヴァンジェリンは、やって来たのが弟の方だと言葉をこぼした。兄の方であるカギは、一応エヴァンジェリンの弟子だからだ。

 

 どうしてエヴァンジェリンがここに居るのか。その理由は難しいものではない。エヴァンジェリンはまほら武道会にて、アルビレオと賭けをした。その賭けに勝ったので、約束を果たしてもらったのだ。

 

 その約束、それは転生者たちの記録を見せてもらうというものだ。アルビレオはこう見えても古くから存在する魔道書。転生者たちの存在や、その特殊な技能をずっと記録してきたのだ。エヴァンジェリンは技術向上のため、それを見せてもらう約束をしていたので、ここでそれらを見ていたという訳だった。

 

 そして、カップに入った紅茶をすするエヴァンジェリンへ、ネギが丁寧に挨拶していた。あまり大きな接点はなかったが、一応父親の知人なのでペコリとお辞儀したのである。

 

 その後ろからひょっこりと現れ、エヴァンジェリンがいたことを意外に思うアスナ。このアルビレオが変態でエヴァンジェリンが苦手としているのを知っていたので、何でわざわざこやつのテリトリーに居るのだろうかと疑問に思ったのだ。

 

 

「だからちゃん付けはやめろと……!」

 

「いーじゃない、別に」

 

「良くないから言ってるんだろうが! ……まあいい、ここで騒ぐとヤツの思う壺だ」

 

 

 しかし、またしても”ちゃん付け”で呼ぶアスナに、エヴァンジェリンは憤怒して叫んでいた。こんなナリだが600年間生きてきた吸血鬼なのだ。せめて”さん付け”にしてほしいと思っているのである。

 

 それでもそんなエヴァンジェリンなど気にせずに、別に良いではないかと言葉にするアスナ。”ちゃん付け”のどこが悪いのか、はっきり言ってわからないのだ。

 

 そうアスナに言われて、いや良くない、まったく良くないと、さらに顔を赤くして叫ぶエヴァンジェリン。と、そこで一瞬我に返り、すぐに冷静な態度を取り繕った。何せここにはアルビレオが居るのだ。下手な行動すれば、また何か言われかねないからだ。

 

 

「別に私はかまいませんよ?」

 

「魂胆がバレバレだ……。その憎たらしい顔からにじみ出てるぞ」

 

 

 そこへアルビレオが、別に騒いでも問題ないと言い出した。いやはや、何と言うすがすがしい笑みだろうか。そんな顔でそんなことを言うのだから、何か企んでいるとしか思えない。さわやかな笑顔を見せながらも、内では何を考えているのかわからないのが、このアルビレオと言う男だ。そう考えたエヴァンジェリンはちらっとそれを見た後、カップへ視線を移して、どの面でそれを言うかと言葉にしていた。

 

 

「そんなに怪しく見えますかね?」

 

「十分怪しいから安心して」

 

 

 エヴァンジェリンに怪しまれ、そんなに怪しい顔をしていたのかと、アルビレオはアスナへと聞いて見た。まあ、実際エヴァンジェリンが慌てふためく姿を見て、楽しみたいと思っているのは事実なのだが。そんなことを知ってか知らずか、アスナも当然怪しいとはっきり答えた。もう見るからに怪しい、企んでない方がおかしいと、アスナも思っていたことだ。

 

 

「あ、そうでした、エヴァンジェリンさん! 麻帆良祭ではお世話になりました、ありがとうございます!!」

 

「別に気にすることも無いんだがな」

 

 

 ネギはそこで、麻帆良祭にて色々とエヴァンジェリンに世話になったことを思い出し、しっかりとした礼を述べていた。二日目では魔法の指輪を、三日目ではビフォア打倒の為に協力してくれていたからだ。なんとまあ律儀な少年だろうか。

 

 だが、礼をされたエヴァンジェリンは、特に反応もなく、一言述べてカップに口をつけていた。エヴァンジェリンにとってその程度のことは、感謝される必要もないほど取るに足らないことだからである。

 

 

「お人形さんみたいにかわえー子やね。どこの子?」

 

「……見た目で判断するな、詠春の娘」

 

「ほえ!? 父様を知っとるん!?」

 

 

 アスナがそう細目でアルビレオを睨んでいる間に、木乃香がエヴァンジェリンを見てキャッキャと騒いでいた。エヴァンジェリンは600歳の吸血鬼だが、当然見た目は金髪の美少女。まるでフランス人形のように整った顔立ちだ。こんな小さくて可愛い子がどうしてこんなところに居るのか、木乃香は不思議に思ったのである。と言うのも、エヴァンジェリンは3-Aで生徒をしていない。つまり、初めて木乃香はエヴァンジェリンと顔を合わせたことになるのだ。

 

 いや、一応麻帆良祭三日目にて、ビフォアを倒すために協力した仲でもあった。が、エヴァンジェリンは基本遊撃と切り札の二つの役目を持っており、木乃香とは出会ってなかった。つまり、接点がなかったゆえに、ここで初めて顔を合わせたということだったのだ。

 

 木乃香に子供扱いされたエヴァンジェリンは、静かに口を開いた。確かに見た目は少女だが、それだけで判断するなと、木乃香の父の名を混ぜて話し出した。突然父親の名を聞かされた木乃香は、当然驚いた。こんな少女が父親を知っていることが、さらに不思議でならないからだ。

 

 

「まあな、そして私の名はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。かれこれ600年ほど生きてる吸血鬼さ」

 

「吸血鬼……!」

 

「吸血鬼ってあの!?」

 

 

 木乃香は当然父親のことを知っているか、エヴァンジェリンへ尋ねた。その問いに、一応知っている程度に答え、エヴァンジェリンは名を語った。また、そこで自分の正体も暴露することにした。このまま教えなければ、ずっと子供扱いされると思ったからである。

 

 吸血鬼、その言葉は木乃香を驚かすには十分だった。とはいえ、驚いた要因はエヴァンジェリンのような少女が吸血鬼だったということであり、吸血鬼それ自体に驚いている訳ではないのである。その木乃香の後ろでフワフワと浮くさよも、その単語に驚きの言葉をもらしていた。

 

 

「そ、そうだったんですか……。確かに小さいとは思っていましたが……」

 

「貴様がどう思っていたのか、よーくわかったよ……」

 

 

 その正体を始めて知った刹那も、そうだったのか、知らなかったそんなの……、とこぼしていた。刹那は一応麻帆良の夜の警備で、顔ぐらいは合わせていた。なので、多少なりにエヴァンジェリンのことを知っていたのだ。

 

 そして、言われて見ればこのような少女が、麻帆良の夜の警備などするはずがないとも考えていた。実際それ以外にも、人間とは異なる感覚を感じてはいた。が、真面目に警備するエヴァンジェリンを、不審に思うことはなかったのである。

 

 その刹那がもらした言葉を聴いて少し不機嫌そうに、エヴァンジェリンは口を開いた。驚くところが違うと言うのもあるが、まさか刹那にまで少女扱いで見られていたとは思ってなかったらしい。かなり怒気を含み威圧的な物言いで、刹那へと言葉を投げたのである。

 

 流石に今のは失言だったと思ったのか、刹那は口を手で押さえた後、必死に何度も頭を下げていた。それを見たエヴァンジェリンは、多少溜飲が下がったので、まあ許してやるかと思ったようだ。

 

 

「ホンマにおったんやなー、吸血鬼」

 

「覇王の弟子なら流石に驚くこともないか」

 

 

 まあ幽霊が居るなら吸血鬼ぐらい居てもおかしくはないだろう。木乃香はそうのんきに考えながら、エヴァンジェリンをまじまじと見ていた。その木乃香のマイペースな態度を見て、エヴァンジェリンも覇王の弟子なら驚くに値しない情報だったかと、少し面白そうに微笑んでいた。

 

 

「はおまで?! とゆーかウチだけがエヴァンジェリンちゃんのことを知らへんよーな感じなんやけど……」

 

「世の中って狭いんですねー」

 

 

 木乃香はエヴァンジェリンから出た覇王の名に、先ほど以上に驚きようを見せていた。エヴァンジェリンが覇王のことまで知っているとは、想像など出来なかったからだ。さらに言えば、師匠であり一番大好きな男子たる覇王の名を、少女の口から出たということにもっとも驚いていたのである。

 

 そこで木乃香は、もしやエヴァンジェリンを知らないのは、自分だけなのではないかと思い始めていた。アスナは自分から話しかけていたので、当然知人なのがわかる。刹那も先ほどの話を聞いて、知っているのだろうと予想がつく。ネギもペコリとお辞儀して挨拶していたので、知らない人ではないのも理解できる。それを考えたら、エヴァンジェリンを知らないのは自分ぐらいなのではと、少しショックを受けていたのだった。

 

 まあ、それ以外にさよも、エヴァンジェリンと初めて会ったのだが。そんなさよは木乃香の背後で、世の中は狭いと悟ったようなことを言っていた。身近なところにつながりがあるもんだと、のんきに納得していたのだ。

 

 

「……ちゃん付けはやめろ。一応貴様らよりもずっと年上なんだからな?」

 

「そ、そーやったな……、ゴメンなー」

 

「……わかればいい」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンは木乃香がちゃん付けで呼んだことを聞き逃さなかった。とりあえずちゃん付けだけは勘弁だ。ゆえに、多少威圧するように、低い声でそれはやめろと言い放ったのだ。

 

 そう言われた木乃香は、それは申し訳なかったと感じて素直に謝った。見た目は少女だから仕方のないことなのだが、本人が嫌だと言うならもうしないと考えたようだ。エヴァンジェリンも謝罪を受け止め、二度とやらないならいいかと言う態度で、木乃香のことを許したのだ。

 

 

「あー、おそーなったけど、ウチ、近衛木乃香や! よろしゅー」

 

「知ってるが、まあよろしく」

 

 

 と、まあそれはさておき、木乃香はエヴァンジェリンへ、にこやかに自己紹介を行った。初めて会う人間なのだから、とりあえず自己紹介するのは当然だ。だが、エヴァンジェリンは木乃香のことを知っていた。まあ、それでもある程度であり、実際会ったのは初めてだ。だからよろしくとだけ、短く言葉にしていた。

 

 

「私は相坂さよですー、見えてたらどうぞよろしくー!」

 

「安心しろ、しっかり見えているさ」

 

「流石吸血鬼さん!」

 

「何かおちょくられてる気がしてきたぞ……」

 

 

 木乃香の後ろに居た幽霊のさよも、木乃香の自己紹介に便乗する形で挨拶を行っていた。自分は幽霊なので、見えたらでよいといいつつ、ふわふわした表情で自己紹介をしたのだ。

 

 ただ、吸血鬼であるエヴァンジェリンは当然幽霊を見ることが出来る。それをさよへ言うと、さよは喜んで吸血鬼はすごいというような様子を見せたのだ。そんなさよのマイペースな発言と態度に、エヴァンジェリンは少し馬鹿にされてるのではないかと勘ぐっていた。実際はそんなことはないのだが、なんだかそう感じざるを得ないのんきなオーラが、さよから発せられていたのである。

 

 

「ふむ、騒がしいと思ったが君たちも来たのか」

 

「来史渡さん、こんにちは」

 

「あら、パパもいたんだ」

 

 

 にぎやかな雰囲気を感じ、そこにメトゥーナトが姿を現した。メトゥーナトも当然アルビレオの仲間。ここに居ること自体は不思議ではない。そのメトゥーナトの登場に、ネギはしっかりと挨拶をしていた。アスナもメトゥーナトの登場に、居たのか、程度の感想を述べていた。

 

 

「わたしも色々と用があったものでね」

 

「ふーん」

 

 

 メトゥーナトはネギの挨拶に手を振って応じつつ、用があってここに来たとアスナに話していた。アスナはその話に、あまり興味がなさそうな反応だった。実際は何をしていたのか気になるところだが、たぶん話してくれないだろうと察しているからだ。

 

 

「そういえばエヴァンジェリン、あなたの弟子はどうしました?」

 

「ぬっ? 兄の方か。さぁな、ここには来てないようだが?」

 

「おや、私としたことが、うっかり忘れてしまいましたか?」

 

 

 そこでアルビレオは、ふとエヴァンジェリンが弟子を取っていることを思い出した。その弟子とはあのカギのことだ。と言うのも、アルビレオは一応カギもこの場所に呼んでいたのだ。が、その姿がまったく見えないので、とりあえず師であるエヴァンジェリンにそれを尋ねたのだ。

 

 弟子と言うことで、スプリングフィールド兄のことかと思ったエヴァンジェリンは、知らぬと一言で片付けた。アルビレオはカギを招待したと思っていたが、実は忘れてしまったのではないかと思い出すような素振りを見せていた。

 

 

「いえ、兄さんにも来るように伝えましたけど……」

 

「どうせあのぼーやのことだ。寝坊でもしたんだろう」

 

「確かに僕が部屋を出る時も寝ていました……」

 

 

 だが、実際は忘れてなどいなかった。しっかりとネギにカギにもこの場所へ来るように言付けてあったのだ。さらに、ネギも招待状を渡し、来るように伝えていた。と言うことは、約束を完全に忘れていたのはカギの方と言うことになるだろう。

 

 ネギのその話に、エヴァンジェリンはあらかた今でも寝てるのだろうと、呆れた顔で言葉にしていた。その言葉にネギが追撃するように、自分が部屋を出る時もカギが寝ていたと、困った様子で話したのである。また、一応ネギはカギを起こそうとしたが、まったく起きる様子がなかったので、仕方なく部屋に置いて来たのだった。

 

 

「まあいいでしょう。彼のことはエヴァンジェリンから聞けばよいでしょうし」

 

「そんな面倒なことが出来るか。もう一度呼べば済むことだろう?」

 

 

 来ていないものはしかたがない。それに、カギの師であるエヴァンジェリンに、そのカギのことを聴けばいい。アルビレオはそう考え、エヴァンジェリンへと笑みを浮かべていた。エヴァンジェリンはそんなアルビレオを突き放すように、面倒だとハッキリ言った。と言うか、今来ないなら別の時にでも呼べばいい。エヴァンジェリンはそうしろと、冷淡に述べたのだ。

 

 

「とりあえず、それはおいおいにしましょうか。さて、ネギ君」

 

「なんでしょうか?」

 

 

 まあ、カギのことは今は置いておくとして、そろそろ本題に入ろうと、アルビレオはネギへと話しかけた。ネギは一体なんだろうかと思い、アルビレオの方を向いたのだ。

 

 

「以前、ナギが生きていることを話したのを覚えていますか?」

 

「はい、ですが居場所まではわからないと……」

 

「そうです。私も残念ながら、彼の所在はわかりません」

 

 

 それは麻帆良祭二日目にて、ナギが生きているということだった。ネギにそのことを覚えているかをアルビレオは尋ね、ネギもしっかりと覚えていると話した。自分の憧れの父親の話なので、忘れることはないだろう。ただ、生きていることはわかるが、どこで何をしているかまではわからない、この前と同じ答えをアルビレオは静かに答えた。

 

 

「ですが、彼のことを知りたいのなら、英国のウェールズへ行くといいでしょう」

 

「ウェールズ?」

 

「そこには魔法世界、ムンドゥス・マギクスへの扉があります」

 

「魔法……世界……」

 

 

 しかし、ナギのことを知りたくば、英国へと戻ればよい。そこには魔法世界の入り口があると、アルビレオは話し出した。ネギは魔法世界に何があるのか、何がわかるのか、それが気になった様子を見せていた。

 

 ――――――魔法世界。その存在はネギも噂に聞いたことがあった。行った事はなかったが、魔法使いの集う国と言う程度には認識していた。

 

 また、以前にもその言葉は出てきていた。それはビフォアにより支配された地獄めいた未来の麻帆良でのことだ。ビフォアがアスナを挑発するために、魔法世界のこととアスナの正体を暴露した。その時にネギは魔法世界のこととアスナの正体を聞いていた。だが、その後の出来事やビフォアとの戦いと勝利により、記憶からそのことが吹き飛んでしまったていたようだ。

 

 

「魔法世界って、やっぱり魔法の国なんかなー?」

 

「どうなんでしょう……」

 

「神秘的な響きですねー」

 

 

 魔法世界、なんと聞こえのいい言葉か。木乃香はその言葉に、どんな世界なのか想像をめぐらせていた。魔法世界と言うのであれば、やはり魔法が飛び交うおとぎの国なのだろうかと、刹那に話をふったのである。刹那もあまり実感が湧かない様子で、どんなものなのかと考えていた。その横でさよも、幽霊が居れば魔法世界もあるんだろうと、のんきなことを考えていた。

 

 ……実は木乃香と刹那の友人たる覇王が、大型連休などにその場所へ赴き、転生者狩りをしていたりもする。とはいえそんなことを話すことは出来ないので、あえて二人には教えていないのだ。また、覇王の異名”星を統べるもの”というのも話には聞いていた。ただ、それが魔法世界で有名な異名だと言うことは、未だ知らないのである。

 

 さらに、魔法世界出身であるアスナや焔も、そのことを二人へ話してはいない。ゆえに、木乃香や刹那は魔法世界のことをまったく知らなかったのである。

 

 

「魔法世界、ねぇ……」

 

 

 魔法世界の話題で盛り上がる木乃香たちの横で、腕を組んで深刻そうな表情をするアスナ。魔法世界出身であるアスナは、魔法世界のことをよく知っている。また、自分が狙われていることも理解しているので、あまり行きたくない場所でもあるからだ。

 

 

「クウネル、彼に何をさせたいというのだ?」

 

「おや、怖い顔をしますね、来史渡」

 

「確かにアイツのことを知るのならば、そこが一番だろうが……」

 

 

 そこへメトゥーナトがアルビレオに話しかけた。妙に怒気の篭った声で、ネギをどうしたいのかと尋ねたのだ。メトゥーナトもまた魔法世界の情勢を理解している。あのような場所へと足を踏み入れさせるのは、どうにも納得出来ないのである。

 

 少し眉間にしわを寄せたメトゥーナトを見て、普段通りの胡散臭い笑みを浮かべるアルビレオ。そこまで怒る必要はないでしょうと、内心思っているのだろう。

 

 だが、メトゥーナトも()()()()()()()()()()ならば、魔法世界に行くのも間違えはないと思ったようだ。ナギは魔法世界で名を馳せた英雄だ。知らない人など、ほとんどいないだろう。さらに、ナギの仲間だった紅き翼の面々も魔法世界にいる。彼らに話を聞く事だって可能だと思ったのだ。

 

 

「わかっていますよ、もうすぐ大切な時期だということは」

 

「……本当にわかっているのだろうな?」

 

「もちろんですよ」

 

 

 それでもアルビレオは、一応メトゥーナトにとって、重要な時期であることもわかっていたようだ。だから、それは理解していると言葉にしていた。しかしメトゥーナトは、そんなことを言われても何を考えてるかわからないアルビレオに、本当に理解しているかを聞き返していた。アルビレオは、やはり普段通り胡散臭い笑みを浮かべながら、もちろんだと口を開いた。

 

 

「それに、こう言う言葉があるでしょう? 可愛い子には旅をさせろと」

 

「……しかし、この時期では我々もサポートが難しい……」

 

 

 さらにアルビレオはとぼけたように、あることわざを言い出した。まったく何を考えているのだろうか。そんなことを聞きながら、時期が悪いゆえに自分たちもサポートは厳しいと、メトゥーナトは話していた。だが、そこへアルビレオは、他にはわからぬようメトゥーナトのみに念話を送ってきたのである。

 

 

『……と言うより、あなたから話してきたはずですよ。あなたの皇帝が”原作通り”に事を移すと……』

 

『……む……』

 

 

 アルビレオはメトゥーナトから、皇帝の行動を教えられていた。だから、原作通りに動かすならば、ネギを魔法世界へと行かせるしかないと判断したようだ。

 

 そもそもアルビレオは昔から転生者の記憶と能力を収集してきた。その中に、”原作知識”というものが存在することも知っていたのだ。また、一応メトゥーナトからも、そのことを教えられており、大抵のことは理解していた。ただ、この事実を知るものは、紅き翼でもほんの一握りである。

 

 その突然の念話に、メトゥーナトも静かに唸っていた。そういえば話したのは自分だったと思い出しながらも、それがどうネギの魔法世界入りへつながるのかと、腕を組んで考えていた。

 

 

『確かにこのまま、ネギ君を魔法世界へ足を踏み入れさせるのは、私もしのびないのです』

 

『ならば何故……?』

 

 

 ただ、アルビレオとて鬼ではない。ネギを魔法世界へと行かせるのは、アルビレオとてあまり良いとは思ってないのだ。ならば、どうして魔法世界へネギを赴かせるのか。メトゥーナトは多少怒りをあらわにした思念を、アルビレオへと送ったのだ。

 

 

『先ほども言ったとおり、”原作通り”に事を進めるならば、ネギ君がこの夏に魔法世界へ行かせなくてはなりません』

 

『……だが、それはあまりにも危険だ……!』

 

 

 何故、その問いにアルビレオは答えた。それはやはり、先ほどと同じように、原作通りに進めるならば、というものだった。しかし、それはかなり危険なことであり、ほとんど賭けのようなものだ。最悪の場合、ネギが魔法世界で殺されてしまう可能性だって存在するのだ。メトゥーナトはその最悪な状況を考え、さらにヒートアップしていった。

 

 

『わかっていますよ。ですが、”転生者たち”が原作通りに事を進めようと、乱暴な行動に出る可能性もあります』

 

『それもわかっている、だが……』

 

 

 だが、アルビレオとて危険は承知だ。それでもなお、ネギを魔法世界に行かなければならない理由が別にあった。それは”原作遵守”に必死な転生者が、原作通りにならなかった時、凶行に走る可能性があるというものだった。

 

 そうなれば、ネギも無事では済まされない。その時点ですでに、ネギが危険に晒されるだろう。それをアルビレオはメトゥーナトへ説明すると、メトゥーナトもそのことについては考えていたようだ。

 

 

『……正直述べますと、最悪この麻帆良が戦場になる可能性も否定出来ません……』

 

『だからと言ってネギ少年を魔法世界に行かせるというのか……! ここが安全なら他はどうなっても良いと言う訳でもあるまい……』

 

 

 さらに、ネギを襲ってきたものたちが、この麻帆良で戦えばどうなるだろうか。この麻帆良にも転生者は多く存在する。その彼らと襲ってきたものたちが戦闘になれば、ビフォアが起こした戦いよりも、さらに悲惨なことになるのではないかと、アルビレオは思っていた。

 

 それでも、それでもネギを魔法世界に行かせるのには、かなりリスクがある。また、それでは麻帆良が無事ならば、ネギや魔法世界を生贄にしてもよいと言うような考え方も出来てしまう。メトゥーナトはそのことを考え、多少荒い感じで念話を送っていた。

 

 

『私もそれは悩みました……。ただ、あなたたちは皇帝の命により、アルカディアへと戻ることになっていたはず……』

 

 

 しかし、アルビレオとてそのぐらい考えない男ではない。麻帆良が無事なら他はどうでもいいはずがないのだ。だが、メトゥーナトたちはこの夏に麻帆良を撤収し、アルカディア帝国へ帰らねばならない。そうなった場合、麻帆良を守ることは不可能になるだろう。

 

 

『それならばいっそう、魔法世界へ行ってもらった方が、まだ対処しやすいのではないかと思いましてね』

 

『……うーむ……』

 

 

 メトゥーナトたちがアルカディア帝国へ戻るならば、そのアルカディア帝国のある魔法世界へ行ってもらった方が、まだ対処しやすいだろうとアルビレオは考えた。確かにサポートは難しいだろうが、ネギを近い位置で見守ることが可能なはずだと。アルビレオはそのあたりを踏まえて、ネギを魔法世界へと行かせようとしたようだ。

 

 メトゥーナトも、そう説明されたのであれば、仕方ないかと思い始めていた。確かにネギが魔法世界へ行かず、この麻帆良にとどまった場合、そう言った転生者が現れる可能性もある。その時、自分たちは麻帆良には居ない。そうなったら、麻帆良を守ることなど出来なくなってしまうだろう。

 

 あの覇王も夏休みになれば、転生者を倒すために魔法世界へと行くことになるはずだ。そんながら空きに近い麻帆良に転生者たちがいっせいにやってくれば、最悪火の海となってしまう可能性があった。

 

 ただ、これは最悪の中の最悪を想定したものであり、実際起こるかはわからない。それでもなお、最悪を想定した行動をしなければならないがゆえに、メトゥーナトも悩むのだった。

 

 それに、事の始まりからすでに、皇帝の指示は”原作通り”に行うこと。そのためならば、ネギを魔法世界へ行かせなければならないのは当然なのだ。そう、メトゥーナトもそうしなければならない、そうせざるを得ないことは、重々承知なのである。

 

 

「まあ、来史渡、それを決めるのは我々ではなく彼です。暖かく見守るのも悪くはないのでは?」

 

「お前と言うヤツは……」

 

 

 そして、それを決めるのは自分たちではない、ネギであると言葉にするアルビレオ。メトゥーナトも今の説明を聞くに、そこのアルビレオがネギや麻帆良、魔法世界を守ろうと考え抜いて出した結論なのだろうと考えたようだ。そう考えながらも、やはりこの男は胡散臭いと思い、吐いた言葉を震わせていた。

 

 

「……魔法世界に行けば、父さんのことが本当にわかるんですか……?」

 

「はい、もちろんですよ」

 

「そうですか……」

 

 

 ネギは魔法世界に行けば、父であるナギの詳しいことがわかるのだろうかと考えていた。それだけではなく、ナギがどこに居るのかわかるかもしれない。それで再び、本当にそれらがわかるかをアルビレオに尋ねた。アルビレオはそんなネギに、笑みでそれを肯定した。ネギはそれを聞き、再び右手の指を顎に当てて、深く悩む様子を見せたのだ。

 

 

「決めました、僕は魔法世界に行きます」

 

「えっ!?」

 

 

 数秒間悩んだ末、ネギは魔法世界に行って見ようと考えた。何があるあはわからないが、少し興味が湧いたようだ。その決意を聞いたアスナが、急にネギの方をむいて驚きの声を上げていた。

 

 

「なしてアスナが驚くん?」

 

「いや、何でも……」

 

「変なアスナやなー」

 

 

 突如変な声を出して驚いたアスナに、木乃香はどうしたのかと聞いていた。どうしてアスナが驚いたのかわからなかったようだ。アスナは魔法世界のことを知っているがゆえに、ネギのその判断に驚いたのだ。ただ、それを話せば長くなるので、あえて黙っておくことにした。そんなアスナを木乃香は変だと思いつつ、なら気にする必要はないと思ったようだ。

 

 

「でも、今すぐって訳ではありませんが……」

 

「卒業、早くとも夏休みと言った具合でしょうか」

 

「そうですね」

 

 

 とはいえ、すぐに魔法世界なんぞに行ける筈もない。まだまだ仕事が残っているのだ。ならば卒業式の後か、最も早くて夏休みにでも行けばよいのではないかと話すアルビレオ。その話を聞き、それがいいとばかりにネギは返事をしていた。

 

 

「ねぇちょっと、止めなくていいの……?」

 

「……ヤツにはヤツなりの考えがあるようだ……」

 

「その考えが胡散臭すぎるんだけど……」

 

 

 ネギとアルビレオが会話する中、アスナはメトゥーナトの裾を引っ張り、ネギを止めなくてもいいのかと話し出した。魔法世界は確かに物騒なところもある。そう言った場所に行かなければ大丈夫かもしれないが、やはりネギが行くとなれば心配になるのだ。

 

 ただ、メトゥーナトはそこで腕を組んで考えた。あのアルビレオの説明は、確かに間違ったものではなかった。それでもやはり、ネギを魔法世界に行かせるのはかなり危険だとも考えていた。ただ、それだけではないことを、悩みながらアスナへと話した。

 

 それでもアスナはアルビレオの考えが胡散臭いと思っていた。あのヘンタイは何を考えているかなど、わかったものではない。ネギの為にそうしているのであるにせよ、100%信用出来ないと思っているのだ。そこへ第三者がアスナへと話しかけてきた。それはあのエヴァンジェリンだった。

 

 

「確かに魔法世界へ行くのに、今の少年の実力では心配になるのもわかるがな」

 

「でしょう?」

 

「何、ならば心配にならない程度に、鍛えてやればいいだけのことだ」

 

「は?」

 

 

 今のネギでは到底魔法世界に行くなど厳しいだろう。ある程度自分の身を守れる程度には、強くなっていなければならん。そうエヴァンジェリンはアスナへと話しかけた。アスナも少し話の焦点がずれている気がしたが、そのことを肯定した。二人は今のネギがどの程度なのかは、まほら武道会を見てわかっていた。確かにある程度戦える、が、ある程度でしかないのだ。

 

 だったらさらに強くすれば良い。エヴァンジェリンは単純なことだと、ニヤリと笑って言い出した。それを聞いたアスナは聞き間違えたのかと言うような、口をあけたままのマヌケな表情で数秒間動けなくなっていた。

 

 

「貴様らのことは私が預かる事になった! 心して修行に励ませてやるぞ!」

 

「どういうこと!?」

 

 

 そんなアスナに畳み掛けるように、エヴァンジェリンは口を開いた。アスナたちのことは自分が預かったと、修行させてやると言い出したのだ。流石にアスナも一体どういうことなのかと、理解が追いつかないでいた。なので、どうしてそうなったと叫んでいたのである。

 

 

「もうすぐ来史渡どもはここを離れるからな。その間は私が面倒を見ることになったんだよ」

 

「そうだったの?!」

 

 

 先ほどのメトゥーナトとアルビレオの念話にも出てきたように、メトゥーナトやギガントはもうすぐこの麻帆良から離れ、帝国へと戻ることになっている。だからメトゥーナトがエヴァンジェリンに、アスナたちのことを頼んでいたのだ。そのことを初めて耳にしたアスナは、盛大に驚いていた。まさか知らないうちにそんなことになっているとは、思ってなかったのだ。

 

 

「後で言おうと思っていたのだが、もうすぐ皇帝陛下の下で新たな任務を行なわなければならない」

 

「そうなんだ……。と言うことはギガントさんも?」

 

「そうだ、だからとりあえずマクダウェルに君たちの事を頼んである」

 

「えっ? お師匠さまもどこかへ行ってしまうんですか……?」

 

 

 そこへメトゥーナトが、少し申し訳なさそうに、アスナへと説明を始めた。もうすぐ新しい任務が始まり、皇帝の下へと戻って働かなくてはならないと。

 

 アスナはその説明を素直に聞き入れ、それならメトゥーナトの同僚たるギガントもではないかと思い、それを尋ねた。するとその通りと言う答えがすぐさま返ってきた。ゆえに、エヴァンジェリンに頼んだと、メトゥーナトは静かに話した。また、ギガントも居なくなるということに、ネギが反応を見せていた。師であるギガントが居なくなるのは、多少寂しいと思ったからだ。

 

 

「そういうことだ。それに今よりも、もっと強くなりたいそうじゃないか。少し鍛えてやろうと思ってな」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「まあ、そういうワケなら……」

 

 

 メトゥーナトが説明を終えたところで、エヴァンジェリンが二人へ話しかけた。もっと強くなりたい、そう言葉にしていただろう。ならば、自ら鍛えてやると、少し偉そうな態度で言葉にしていた。ネギはそんなエヴァンジェリンにも、丁寧に頭を下げてむしろ自分かも頼むような様子を見せていた。アスナもメトゥーナトが頼んだならばと、頬を指でかいてそのことを受け入れた様子だった。

 

 

「そうそう、ネギ君は私の弟子でもあるので、変なことは教えないように」

 

「ほう、貴様も少年の師をしていたとはな。これは思ったよりも楽しめそうだ」

 

「本当にエヴァンジェリンは教えることが好きなんですね」

 

 

 そこへアルビレオがエヴァンジェリンへ、ネギについて話し出した。ネギはアルビレオから重力魔法の師事を受けていた。ゆえに、アルビレオにとってもネギは弟子同然なのだ。そんなネギに変なことを教えるなと、にこやかにエヴァンジェリンへと伝えていたのである。

 

 ただ、その言葉でさらに熱意を燃やすエヴァンジェリン。あのギガントから魔法を教えられ、さらにはこのアルビレオからも魔法の修練を受けている。これほどの逸材はなかないないと、楽しみだと思ったのである。その考えが表情に表れたのか、いつも以上に口元がつりあがっており、本当に楽しみにしていることが伺えた。

 

 いやはや、そんなに楽しみなのかと、アルビレオは思った。アルビレオもエヴァンジェリンのことはある程度知っているので、楽しそうにする彼女を見て教えることが好きなのだなと、嬉しそうに話しかけていた。

 

 

「当たり前だ。これでも()()()()()名誉教授なんだからな」

 

「小さい教授さんですね。そう言う立場だからこそ、いじり甲斐があると言うものです」

 

「貴様は本当にまったく……!」

 

 

 エヴァンジェリンは昔から、多数の人々に魔法を教えてきた。それが癖になっているのか、人に魔法を教えることに喜びを感じるようになっていたのだ。さらには魔法世界のアリアドネーにて、名誉教授まで授かった身だ。魔法を教えることも、趣味であり仕事だったのである。

 

 そんな笑いながらにワクワクするエヴァンジェリンを見て、ほっこりするアルビレオ。こんな小さい見た目で教授と言うギャップに萌えている様子だった。また、だからこそいじって楽しみたくなると、変態的な意見を言い出した。

 

 いや、何それ怖い。エヴァンジェリンはそれを聞いて少し頭にきたが、それ以上に呆れを感じていた。まったくコイツはいつもぶれないと、もはや諦めているのである。

 

 

「……()()()に戻るの?」

 

「今すぐではない。アスナが夏休みになる頃に帰還命令を受けている」

 

 

 そんな漫才を繰り広げる二人を他所に、アスナはメトゥーナトへ先ほどの話を尋ねていた。魔法世界、そこにあるアルカディア帝国に戻るのかと言うことだ。メトゥーナトはその問いに、静かに答えた。戻りはするが今すぐではない、ちょうど夏休みが始まるぐらいに帰るということをアスナへ答えた。

 

 

「そう、私はどうすればいい?」

 

「……どうしたものかと悩んでいるところだ……」

 

「……何かあったの?」

 

 

 ならば、自分はどうすればよいのか。一緒に戻った方がよいのだろうか。アスナは今度、それが気になった。再びメトゥーナトへそれを質問すると、メトゥーナトは腕を組んで目を瞑り、深く悩んだ様子を見せた。アスナはそのメトゥーナトの姿を見て、どうしたのだろうかと不思議に思ったようだ。

 

 ――――――なぜなら、どうしてもアスナも魔法世界へ行く必要があるからだ。ネギが”原作通り”魔法世界へ行くのならば、アスナが居なければならないからだ。さらに言えば、アスナは他のメンバーよりも、重要人物として扱われているからだ。そうなれば、魔法世界へ連れて行くとしても、アルカディア帝国へと連れ帰る訳にはいかない。ネギとともに魔法世界へ行って貰わなければならないのだ。

 

 ああ、それでもメトゥーナトは必死に悩む。本当にそれでいいのだろうかと。それは親代わりとして最低な行為だとわかった上で、そうさせなければならない自分に反吐が出ると。非常に心苦しいことだが、それでもそうさせなければならない、それが皇帝の命ならばと……。

 

 

「……正直に話そう。これはわたしの義務であり、皇帝陛下のご意思でもあるからだ……」

 

「急に深刻になってどうしたの……? えっ、これって……」

 

 

 メトゥーナトは決意し、全てをアスナへ話すことにした。本当はこんなことを話したくは無い。魔法世界に行かせたくはない。それでも、そうせざるを得ないのだ。そんな突然重苦しく口を開くメトゥーナトに、アスナも少し驚いていた。一体どうしたんだろうかと。

 

 すると、メトゥーナトは他者に会話を聞かれぬよう、強力な認識阻害を自分とアスナの周囲に張ったのだ。それを見たアスナは先ほど以上に驚き、本当に何を話すつもりなのだろかと、少し不安になったのだ。

 

 

「……アスナ、君にはネギ少年と一緒に、魔法世界へと行って貰うことになるだろう……」

 

「……どうして……?」

 

 

 そこで、メトゥーナトは静かに、いい辛そうに言葉を出した。ネギと一緒に魔法世界へと行って貰うということを。そこでアスナは、何で自分も行かなければならないのかわからなかった。何せ狙われている存在である自分が魔法世界へ行くというのは、それだけでも危険が伴うからだ。さらに、そこにネギが居るならば、巻き込みかねないと思ったからだ。

 

 

「本当はネギ少年にも魔法世界へ行ってほしくはない……」

 

「私だってそうよ」

 

 

 ただ、メトゥーナトの意見はやはり、ネギに魔法世界へ行ってほしくはないというものだった。魔法世界は荒れることが予想されている。いや、きっと荒れるに違いないだろう。そんな場所へと行かせるなど、普通はさせたくないものだ。アスナもそれは同じ気持ちで、メトゥーナトの言葉を肯定していた。

 

 

「だが、やはりそうしなければならぬ事情が出来てしまった……」

 

「……事情?」

 

 

 それでもネギを魔法世界へ行かせる必要はある。皇帝の計画通りに進めるならば、どうしても”原作通り”にしなければならないからだ。小さな違いはあれど、ネギが魔法世界へ必ず行かなければならない。すでに原作とは異なる道を進み、別のものとなっている。だが、それを知らぬ転生者たちが、危険な行動を起こす可能性があるからだ。

 

 

「今さっき、アルビレオと念話しながら話したのだが、やはりネギ少年には魔法世界へ行ってもらう必要があるかもしれん……」

 

「……あのヘンタイも色々考えてたってワケね……」

 

 

 それを先ほどアルビレオと話し合い、ネギには魔法世界へ赴いてもらうしかないだろう。まだ結論としてハッキリ出した訳ではないが、そうなる方が確率的に高いとメトゥーナトは考えていた。アスナもその話に、あのアルビレオも考えがあって、あんなことを言ったのだと、しっかりと認識したようだ。

 

 

「……まだ結論は出してはいないが、多分ネギ少年は、この夏に魔法世界へ行くだろう」

 

「その時に、私も一緒に魔法世界へ……?」

 

「……そうなる……」

 

 

 さらに、ネギは魔法世界へ行くと言葉にしていた。ならば、必ず魔法世界へ行くだろう。それがいつになるかはわからないが、やはり夏休み後半になるともメトゥーナトは予想していた。それを聞いたアスナは、その時にネギとともに魔法世界へ行く必要があるのだろうと察し、それをゆっくり言葉にしていた。そのアスナの意見を、メトゥーナトは残念そうに肯定した。

 

 

「……わたしも本当は、君を魔法世界に行かせたくはない……。それでも、皇帝陛下の計画には、それが必要なのだ……」

 

「……詳しいことはわからないけど、”大人の都合”ってやつ……?」

 

 

 それでもアスナにも魔法世界など行かせたくなどない。親代わりとしてきたメトゥーナトは、やはりアスナの安全が一番だからだ。だが、メトゥーナトはそれ以上に皇帝の部下。皇帝の計画を遂行するには、どうしてもそれが必要なのだ。そのことを、辛そうに語るメトゥーナトへ、アスナはいつもの大人の都合だと口にしたのだ。

 

 

「そうだ……」

 

「……そっか……」

 

 

 そう、またしても大人の都合、大人の我侭というやつだ。メトゥーナトはそう考え、そうだと一言もらした。アスナはそれを聞き、小さく息を吐き、一言だけそう述べた。

 

 

「……なら、しょうがないわね……!」

 

「……すまない……」

 

「っ……別にそんな謝る必要なんかないわよ!」

 

「しかし、またアスナを大人の我侭に付き合わせてしまった……」

 

 

 なんだ、いつもの大人の都合か。アスナは素直にそう思った。なら、いつも通りでいいではないか、アスナはそう考え、少しずつ元気を出していった。そして、静かに頭を下げ、謝るメトゥーナトを安心させるように、元気を出してもらうように、不安のない笑みの表情で、謝らなくても良いと答えたのだ。それでもメトゥーナトは申し訳ないと言う表情で、アスナを見ていた。大人の都合でまたしても、アスナを振り回すことに強い罪悪感を感じているからだ。

 

 

「別に、それは今始まったことじゃないでしょ?」

 

「そうだが……」

 

「それに、私は昔よりずーっと強くなってるワケだし、きっと大丈夫よ!」

 

「アスナ……」

 

 

 しかし、そんなことなど昔からやってきたことだ。この麻帆良で小学校に通うのも、その”大人の都合”というものだったはずだからだ。ならば、いまさら気にすることなんて何一つない。それに、昔ならいざ知らず、今の自分は強くなった。確かにビフォアに負けてしまったが、それでもそれは実感出来るものだった。

 

 なんという強気の姿勢だろうか。メトゥーナトはそんなアスナを見て、虚勢や空元気ではなく、本当に自信があるということを理解した。あんなに幼かった娘が、大きく逞しくなったことを実感していた。

 

 

「さらにエヴァちゃんが修行させてくれるんでしょ? それなら絶対に大丈夫だから!」

 

 

 それに、これからはエヴァンジェリンが鍛えてくれるそうではないか。それならもっと強くなれる自信があった。もっと強くなれば、魔法世界でもへこたれることなんてないだろう。無事に戻ってこれるだろうと、そう考えアスナは強く言葉にしていた。

 

 

「だから、心配なんかいらないでしょ!?」

 

「……そうだな」

 

「そうよ! だから元気だして、パパ!」

 

「……そうだな! そうするとしよう」

 

 

 だったら何を心配する必要がある。アスナはそう自信満々で言い放った。表情は明るく笑顔で、むしろメトゥーナトを励まし安心させるような表情だった。メトゥーナトもそうまで言うならばと、少しだけだが元気を出した。心配するべきアスナに、自分が逆に励まされている。そう思ったメトゥーナトは、ようやく普段通りの気分を取り戻したのだった。

 

 ならばもう、この話は終わりで大丈夫だろう。メトゥーナトはそう考え、認識阻害を解いた。すると、この二人の話がまとまり終わったところへ、珍客が現れたのだ。

 

 

「な、なんだここは……」

 

「……ん? あれは確か千雨ちゃん? それと茶々丸さん?」

 

「どうしてここに……?」

 

「ホンマやなー」

 

 

 その珍客は千雨だった。千雨がこんなところに来ると言うのは、明らかにおかしいことだ。誰もがそう感じていた。また、それ以外にもエヴァンジェリンの従者である、あの茶々丸も一緒に現れた。と言うよりも、むしろ茶々丸が千雨をつれてきた感じだった。

 

 アスナはその二人に気がつき、何であそこに居るのだろうかと名前を口にしていた。その名を聞いた刹那と木乃香も、なんでだろー、と思ったようで首をかしげていた。

 

 

「な、なんでテメーらが居るんだ……!?」

 

「それはこっちのセリフなんだけど……」

 

 

 千雨はアスナたちを発見するや否や、驚きの叫びを上げていた。何でこいつらがここに居るんだと、そんな話など聞いてないと思ったからだ。だが、むしろ千雨こそが珍客と思うアスナは、それはこっちのセリフだと静かに言った。

 

 

「気にするな、ソイツは私が呼んだ客だ」

 

「えっ!?」

 

「マスター、千雨さんをお連れしました」

 

「ご苦労」

 

 

 すると後ろからエヴァンジェリンが話しかけてきた。それは千雨を呼んだのは自分だと言うことだった。アスナはそれにも驚いた。一体どんな接点があって、千雨を呼んだというのかとさらなる疑問が浮かんだからだ。

 

 そんなアスナの近くで、エヴァンジェリンへと静かに一礼をしながら、千雨を呼んできたと語る茶々丸。その茶々丸にエヴァンジェリンは、一言ねぎらいの言葉をかけるのだった。

 

 

「一体どういうこと?」

 

「そこの長谷川千雨に魔法を教えてやろうと思ってな」

 

「えぇ? 何でそうなるワケ!?」

 

 

 一体何がどうなってるのか、アスナは少し混乱していた。ゆえにそれをエヴァンジェリンへ追求した。するとさらに驚きの答えが返ってきたではないか。なんということか、エヴァンジェリンがじきじきに、この千雨に魔法を教えると言い出したのだ。なんで? どうして? 意味がわからんと、アスナは大きな声を上げていた。

 

 

「あの時の話ですか?」

 

「そうだ。で、ようやく結論が出たようだな」

 

「ああ……。私はアンタに魔法を教えてもらいたい……。いや、是非教えてほしい!」

 

 

 ただ、ネギはなんとなく理解していた。なぜなら麻帆良祭二日目で、魔法を千雨に追求された時、エヴァンジェリンが現れそう言う話をしていたからだ。そこでエヴァンジェリンは千雨に、ようやく決意が固まったかと、嬉しそうに口にしていた。そして、千雨はエヴァンジェリンの前へやってきて、頭を下げて魔法の教えを乞うたのである。

 

 

「フフフ、そう言ってくると信じていたよ。任せておけ」

 

「本当か!?」

 

「当たり前だ」

 

 

 やはりそう来ると思っていた。エヴァンジェリンはまるで最初からこうなることを知っていたかのように話し出した。また、小さく笑いつつ任せておけと、千雨の願いを聞き入れたのだ。

 

 いや、言い出したのはエヴァンジェリンなので、その頼みを聞くのは当然のことであった。千雨はぱっと顔を上げ、驚きの表情でエヴァンジェリンを見た。そこには不敵に微笑んだ、美しい少女の顔があったのだった。

 

 

「一体どうなってんのかさっぱりなんだけど……」

 

「私もです」

 

「ネギ君は何か知ってそーやったけど、どーなん?」

 

 

 いやはや、一体なんのこっちゃ。アスナはその二人のやり取りを見て、ますます意味がわからなくなっていた。隣に居た刹那も、やはり理解できない様子を見せていた。木乃香は少し悩ましくしているネギを見て、彼なら何か知っているのかもしれないと思い、ネギへと質問した。

 

 

「いえ、この前の祭りの武道会で千雨さんに魔法がバレてしまいまして、それで……」

 

「あー、確かに派手だったしねぇ……」

 

「なんだかそれには、私も責任を感じざるを得ませんね……」

 

 

 ネギは木乃香に聞かれ、麻帆良二日目での出来事を素直に話し始めた。あの武道会にて、千雨が魔法を察してしまったと言うことだ。それを聞いたアスナは、ほんの少し自分たちも悪かったのではと思いながら、確かに派手だったとぬけぬけと言って見せた。刹那もそれは自分にも責任があると思い、少し反省するかのようにしんみりした態度を見せたのである。

 

 

「ならば、とりあえず学園長のジジイに話をつけてこんとな」

 

「今からですか?」

 

「こう言うのは早いほうがいい。それに、他の連中も似たようなことをしているはずだからな」

 

「……ふむ、そういえばギガントも、確か近右衛門殿と話があるようなことを言っていたな……」

 

 

 だったら膳は急げというやつだ。そう思ったエヴァンジェリンは、ならば学園長に話をつけてこようと、その席を立ち上がった。アルビレオはそれを見て、いささか急すぎではないかと思い、そのことを言葉にしていた。エヴァンジェリンはその言葉に答え、また、他にも自分のように話し合いをしているものがいるだろうと話した。

 

 それを聞いたメトゥーナトは、なにやら思い出したように口を開いた。同僚であるギガントも、何かの用事で学園長と話しをしている。そのことをふと、今のエヴァンジェリンの話で思い出したのだ。

 

 また、メトゥーナトは一般人である千雨という少女に、魔法を教えるのはどうなんだろうかと考えていた。まあ、それでもあのエヴァンジェリンが率先して魔法を教えるからには、何か考えがあるのだろうと思い、あえてそのことには口を出さなかったのである。

 

 

「少し席をはずすが、まあ楽しんでいてくれ」

 

「新しい紅茶を入れてお待ちしていますよ、エヴァンジェリン」

 

「それはありがたいな。では」

 

 

 という訳で、早速行って来ると、エヴァンジェリンは断りを述べた。それなら新しい紅茶を用意しておこうと、アルビレオも再び歓迎することを伝えたのだ。エヴァンジェリンはそれは嬉しいことだと思いそれを言葉にした後、そそくさと影の転移魔法にてこの場を去ったのである。

 

 

「どっか行っちゃった……」

 

「とりあえず、我々だけで楽しみましょう」

 

「そーなや! あっ、このお菓子おいしー!」

 

「いいなー、私も食べて見たいですー!」

 

 

 消えたエヴァンジェリン、その座っていた椅子の方をアスナは眺め、途方にくれた様子を見せていた。あまり説明がなされず謎を残したまま消えてしまったので、アスナはやはり何がなんだかわからなかったようである。

 

 刹那はこうしていても仕方がないと考え、とりあえずお茶会を楽しむことにしようと提案した。それを喜んで賛成し、お菓子をつまむ木乃香と、横でそれを羨むさよが楽しそうにしていたのだった。

 

 

「お、おい、これは放置プレイってヤツか!?」

 

「マスターならすぐに戻ってきますので、待っていればよいかと」

 

「それ本当だろうなー!?」

 

 

 また、エヴァンジェリンが消えたことに途方にくれるものがもう一人。それはやはり千雨だった。というか、勝手に呼んでおいて勝手に消えるやつがいるかと、千雨は思ったようだ。だから多少頭に来た様子を見せながら、放置されたと叫んでいた。

 

 そんな千雨の近くへやってきて、抑えるようになだめる茶々丸。エヴァンジェリンがすぐに戻ると言ったのだから、それを信じて待てばいいと、千雨へと語りかけていた。しかし、それを本当に信じてよいのかと、悩ましく思う千雨だった。

 

 



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百三話 少女たちと魔法

 ここは麻帆良女子中等部校舎内にある、学園長室。そこには数人の少女たちと、妖怪めいた姿をした学園長、さらには白髪のご老体の姿があった。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 少女たちとは、夕映とのどかとハルナ、それに古菲と楓だ。また、白髪のご老体は、やはり人に変身したギガントだった。夕映は麻帆良祭の三日目にて、ビフォアの罠に嵌った時のことを、ギガントへと説明していた。そこには、このメンバーに魔法を見せてしまったことも含まれていた。

 

 また、本来ならばもう一人、ここに呼ばれていた。それは千雨だ。千雨も同じく魔法を見ていたので、一応呼ばれていたのである。だが、エヴァンジェリンが先客として呼んでいたので、彼女はそちらに任せた形となっていたのだ。

 

 

「ふむ、つまり、彼女たちに魔法がバレてしまった……、という訳じゃな?」

 

「はい……」

 

 

 魔法を見せたということは、つまり魔法がバレたということだ。魔法をバラしてはならないと、しっかり約束していた夕映。しかし、あの場ではどうしても魔法が必要だった。それでもバラしたことには変わりはないので、夕映はありのままのことを全て説明したのである。まあ、実際魔法をバラしたのはビフォアの部下どもで、成り行きとして仕方なく夕映も魔法を使わざるを得なかったのだが……。

 

 

「どうしたものかのう……。バレてしまったとはいえ、一概に彼女を責めることはできぬようじゃし……」

 

「全ての元凶はあのビフォアという男、どうしたものかと……」

 

 

 はっきり言えば悪いのはビフォアとその部下の連中。夕映は何とかみんなを助けたい一身だったはずだ。そう考えると、夕映を悪者になど出来るものかと、学園長も長い髭をなでつつ悩んでいた。ギガントも同じ気持ちだった。あのビフォアがそういったことをしなければ、特に問題など発生しなかったのだから当然だ。

 

 

「何かメッチャ空気が重いんだけどー!?」

 

「うむむ、難しいことを話してるアル……」

 

「どうしたものでござるか」

 

 

 この学園長室の空気が妙に重いと、ハルナは叫んでいた。実際説教されている訳ではないが、それに似た何かを感じているようだ。古菲は夕映と学園長との会話が少し難しく感じたようで、頭をこんがらがせていた。ただ、楓はこの雰囲気と会話からある程度のことを察し、この後どうなるのを考えている様子を見せていた。

 

 

「あの、みんなはどうなるんですか……?」

 

「それを決めかねておるのじゃ」

 

「うむ……」

 

 

 のどかは友人たちが、今後どうなるのか不安を感じたようだ。それを学園長に聞くと、学園長も随分と悩みに悩んだ様子で困った様子を見せていた。ギガントもまた、腕を組んで同じように悩んでいた。

 

 

「正直に言えばその部分の記憶のみを消去、または封印してもらい、普通の生活に戻るのが一番じゃと思っとるんじゃが……」

 

「それが一番ではないかとは思うが、さて……」

 

 

 やはり魔法使いのルールに則るならば、記憶を消して元の生活に戻らせるのが当然の処置である。ただ、これは明らかに事件に巻き込まれ、意図せずに魔法を知ってしまったと言う状況だ。だからこそ、学園長もギガントも、悩んでいたのである。

 

 

「……そこに私たちは含まれるのですか……?」

 

「本来なら約束を破ったということで、君たちも普通の生活に戻ってもらうのだが……」

 

 

 魔法をバラしたならば、また一般人として普通の生活へ戻ってもらう。そう約束していた。だから夕映も、どうなってしまうのだろうかと心配だった。本来ならば、そうするのが当然なのだろうが、そうさせたのはビフォアという男。ゆえに、ギガントは流石にそれはかわいそうだと思ったのである。

 

 

「事故、というよりも巻き込まれた形でやむをえない状況だったのだから、多少大目に見ることにはしようと思う」

 

「……本当ですか……?」

 

 

 ならば大目に見るてあげよう。本来ならば、約束どおり記憶を消して、普通の生活に戻ってもらうのが当然なのだ。それでも、やはりビフォアのせいでこうなったのなら、やむなしということにしたのである。夕映はそれを聞いて、本当なのか尋ねた。約束を考えるならば、このまま記憶を消されても仕方ないことだったからだ。

 

 

「本当じゃよ。むしろ友人を救ったのだから少しは誇ってもよいことじゃぞ?」

 

「魔法は人のために使うもの、それをしっかりと出来たのだから、悪いことではない」

 

 

 だが、学園長は本当だと優しく言った。むしろ、友人を救うべく魔法を使ったのだから、褒められて当然のことだと、笑みを浮かべて語ったのだ。また、ギガントも、学園長と同じ気持ちだった。バレてしまったものは仕方のないことだが、それ以上に友人を助けたことはすばらしいことだと思い、穏やかな表情を見せていた。そう、魔法とは人々の幸せのため、平和のために使われるべきものだ。それをしっかり実行できた二人を、責めるなど出来るはずがないのだ。

 

 

「……ですがハルナたちの記憶は……」

 

「うむ、残念だが仕方あるまい……」

 

 

 しかし、夕映はそこで友人たちはどうなってしまうのかを学園長へと心細そうに尋ねた。学園長は髭をなでつつ目を瞑りながら、記憶を消して日常に戻ってもらうしかないと静かに答えた。

 

 

「記憶をどうするって!?」

 

「消すって言ってたアル!」

 

「うっそー!?」

 

 

 それを耳にしたハルナは、記憶をどうこうすると言うことに反応して叫んでいた。記憶をどうする気だと叫ぶハルナの横で、消すと聞こえたと古菲が話した。ハルナは古菲の言葉を聞き、さらに騒がしく声を上げていた。記憶を消されるというのは、やはり不安なものなのである。

 

 

「心配はいらんよ。魔法にかかわった部分が思い出せなくなるだけで、それ以外は問題ない」

 

「十分問題ありじゃないのそれー!?」

 

「そうアルか?」

 

「そう言う魔法もあるのでござるかー……」

 

 

 学園長は不安がるハルナに、優しく語りかけた。別にすべての記憶が消えるわけではない、魔法にかかわった部分だけが思い出せ無くなるだけだと。実際記憶を消すにせよ、暗示などで思い出させない方法も存在する。乱暴に記憶を消去するだけが方法ではないのだ。

 

 ただ、魔法と言う面白いことを知ったハルナにとって、それはショックが大きいことだった。魔法はファンタジーな力であり、実在するなら使ってみたいと思うのも、思春期の少女として当然の考えでもあるからだ。だから学園長の提案に、問題ありだとオーバーにも泣き叫んでいたのである。

 

 そこで魔法にあまり関心の無い古菲は、学園長の提案に問題ないのではと思っていた。別に魔法を知らなくても、拳法家として強くなれればいいと思っているのが古菲だからだ。さらに楓は魔法の奥深さに関心していた。忍術には精通する楓も、そう言った技術は珍しいと思ったようだ。

 

 

「あの、ハルナたちにも魔法を知ったままにしてあげることは……」

 

「うーむ、確かに君たち二人には特例の処置として施したが……。どうしましょうか、近右衛門殿?」

 

 

 のどかはそこで、自分たちは大丈夫のようだが、他の友達のことがどうなってしまうのか、それを心配そうにギガントへと質問した。ギガントはその質問に、やはり腕を組んで考えていた。さてはて、どうしたらいいものかと。ならば責任者たる学園長に、どうするべきだろうかとギガントは尋ねてみたのだ。

 

 

「ふーむ……、おぬしたちはどうしたいかね?」

 

「え!? わ、私たちですか!?」

 

「そうじゃ」

 

 

 学園長も正直言って決めかねていた。確かに彼女たちは魔法を知ってしまった。本来ならば記憶を操作して、忘れてもらうのが当然なのだ。ただ、その原因はすべてビフォアにある。彼女たちはビフォアの被害者であり、無理やり記憶を消したりするのは気が引けていたのである。

 

 そこで学園長は、その三人にどうしたいかを尋ねた。突然の質問に、ハルナはキョロキョロ周りを見て、慌てた素振りを見せていた。そして、指を自分に向けながら、もしかして自分たちへの質問だったのかと、学園長へと聞いていた。学園長はその通りだと、一言だけ口を開いた。

 

 

「うーん、やっぱ記憶を消されちゃうってのは、あまりいい感じじゃないですねー……」

 

「もし間違って、頭がパーになったらイヤアル」

 

「拙者も頭の中をいじくられるのには抵抗があるでござる」

 

 

 ハルナはそれならと、腕を組みながら正直に答えた。面白そうな魔法を忘れるのも嫌なのだが、記憶が消えるということそのものにも嫌悪感を示していた。誰もが記憶を消すなど言われ、喜ぶものなどいないだろう。それはハルナとて同じだった。

 

 古菲はもしも魔法が失敗して、記憶喪失にならないかを心配していた。実際は然るべき処理として、万全な体制で臨むので、その様なことは起こらない。でも、やはり記憶を消すと言われれば、不安にもなると言うものだ。

 

 また、楓も二人と同じ意見だった。記憶を消されるというのは、やはり少々度が過ぎていると、そう思ったようである。楓は一応甲賀忍者の中忍だ。だが、麻帆良では一応一般人と言う扱いであり、本人も忍者と言うことを隠しているのだ。実際はあまり隠せていないが……。という訳で、魔法の隠蔽の為に、記憶を消されそうになっていた。

 

 

「…………そうじゃな、なら魔法のことを今後一切口にせぬというのであれば、記憶を消さずにしておくというのはどうかね?」

 

「学園長先生……!?」

 

 

 学園長は三人の意見を聞いて、少し悩んだ末に結論を出した。それは魔法のことを口外しなければ、記憶は消さないという有情の判断だった。その判断にのどかも夕映も少し驚いた表情をしていた。やはり記憶を消さずに済ませるという決定に、多少なりに信じられなかったからだ。

 

 

「魔法の隠蔽は絶対じゃ。じゃが、ワシらも強制的に生徒たちの記憶をいじるのはしのびないと思ってのう……」

 

「……それに今回はビフォアの起こした犯行によって、やむなく魔法を知らせてしまった。確かに甘い判断だろうが、近右衛門殿がそう言うのであれば……」

 

 

 学園長は魔法の隠蔽は絶対だと言葉にした。魔法使いのルールとして、一般人に魔法を知られることはあってはならないからだ。ただ、それを考慮したとしても、自分の生徒たちの記憶をいじくりまわすというのは、学園長もあまり気が乗らないことだった。

 

 さらにギガントが、その言葉の続きを述べた。ハッキリ言って今回の諸悪の根源はビフォアである。ビフォアが余計なことをしたせいで、三人に魔法がバレてしまったのだ。ならば、確かに甘い判断ではあるが、それもしかたないことだろうと思ったようだ。

 

 

「つまりそれって、記憶を消されずにすむってこと!?」

 

「それはよかったアル」

 

「うむうむ」

 

 

 記憶を消されずに済んだのかと、嬉しそうに叫ぶハルナ。一時はどうなることかと思ったが、なんとか記憶を消されることだけは避けられたと。古菲も同じく、よかったよかったと喜んでいた。楓も同じであり、腕を組みつつ普段どおりの表情で笑みをこぼしていた。

 

 

「本当にいいのですか……?!」

 

「近右衛門殿がそう言ったのだから、それでよいだろう」

 

 

 夕映は本当にそれでよいのか、ギガントへと尋ねた。本当なら記憶を消して普通の生活に戻すのがルールだからだ。ギガントはその問いに、責任者である学園長がそう言うのだから大丈夫なのだろうと、多少表情を硬くしつつも、夕映を心配させぬよう微笑んでそう言った。

 

 

「ただし、魔法を口外した場合は、しかるべき処置をさせてもらうことを約束してもらうがの?」

 

「は、はい! 絶対にしゃべりません!!」

 

「約束するアル!」

 

「拙者も同じく……」

 

 

 それでも、他人へ魔法のことをバラせば、当然記憶は消させてもらうと、少し脅すように威圧的に話す学園長。その約束は絶対であり、破られることは許されない。それを聞いた三人は、各々でその約束を誓っていた。

 

 

「いやー、よかったよかった!」

 

「ハルナ、本当に約束を守れますか?」

 

「だ、大丈夫大丈夫! ……タブン……」

 

「たぶんじゃ駄目だよー!?」

 

 

 記憶を消されずに済んだことに、ハルナは手を頭の後ろへ当てながら、よかったよかったと喜んでいた。記憶を消されるのもそうだが、魔法と言う面白おかしなことを忘れてしまうのは勿体無いと思ったのだ。

 

 そのことを見透かすように、夕映はハルナへと約束をしっかり守れるのかと質問していた。夕映の問いにピクリと反応し、大丈夫といいつつも最後に多分を付け加えたハルナ。と言うのもこのハルナ、結構口が軽いのだ。それは夕映ものどかも承知であり、本人も自覚していることだ。だからのどかも多分じゃ困る、と言うか記憶を消されることになると、慌てた様子を見せていた。

 

 記憶が消されずにすんだことは、古菲も楓も喜んだ。普通に考えて、記憶を消されるのは気持ちが悪いものだからだ。そんな時に、突如として部屋の隅の陰から、少女と思わしき声が聞こえてきた。

 

 

「……ほう、面白そうなことになってるじゃないか」

 

「む、その声は……」

 

 

 暗い影からゆっくりと、その声の主が姿を現した。影から抜け出し、その美しい長く整った黄金の髪が光に当たり、輝くように照らされていた。そして、色白の肌と白いドレスを身にまとった、可愛らしい少女が登場したのである。そう、それこそあのエヴァンジェリンだ。

 

 学園長はその声を聞き、すぐに誰だかわかったようだ。その近くに居たギガントもその姿を見て、せめて扉から入ってくればよいのに、と思ったようだ。

 

 

「えっ?」

 

「まさか転移の魔法……?」

 

 

 のどかも夕映も突然の客に驚きの声を出していた。さらに、転移による魔法を使って、ここへとジャンプしてきたのではないかと夕映は考えたようだ。その答えは正解だ。エヴァンジェリンは影を使った転移魔法にて、この場所へとやってきたのである。

 

 

「だ、誰?!」

 

「突然現れたアル!?」

 

「むむ……、気配もなく突如現れるとは……」

 

 

 ハルナたち三人も、突然現れた少女の姿に驚きを隠せないでいた。薄暗い影から現れた容姿が整った少女がいきなり現れたら、確かに誰でも驚くだろう。また、楓は気配もなく現れたエヴァンジェリンに、少しだけ戦慄していた。

 

 

「エヴァンジェリン殿、どうされましたかの?」

 

「何、例の件の話をしにな」

 

「例の件とはあの……?」

 

 

 学園長はやってきたエヴァンジェリンに、どんな用件かを尋ねてみた。すると、例の件と答えが返ってきた。それに学園長は反応し、いやまさかと思ったようだ。

 

 

「そうだ、長谷川千雨は私の弟子にした。だからその許可を貰いに来た」

 

「……ふむ」

 

 

 その用件こそ、長谷川千雨に魔法を教えるということだ。そして、その許可を貰いに来たと、エヴァンジェリンははっきり断言した。学園長は長い眉毛をピクリと揺らし、再び髭をなでつつどうするかを考えていた。

 

 

「今、千雨ちゃんの名前言ったよね……?」

 

「言ったアル」

 

「弟子とは一体何を教えるつもりでござろうか?」

 

 

 突然現れた少女が、自分のクラスメイトの名を呼んだ。ハルナはそれを聞き、またしても驚いていた。まさか千雨の名前が出てくるなどと思っても見なかったようだ。それを勘違いではないかと古菲へと聞くと、間違えないと返ってきた。

 

 楓も弟子というのであれば、何かを教えるのだろうが、何の弟子なのだろうと少しだけ考えた。いや、この流れで予想出来るのは、多分魔法なのだろう。楓はそう考えながら、腕を組んでいたのだった。

 

 

「まあ、エヴァンジェリン殿がそう言うのであれば……」

 

「ただし、しっかりと口外にせんと誓わせていただきたい」

 

「私がそんなヘマをすると思うのか?」

 

 

 学園長はその件の決定を口にした。エヴァンジェリンは優秀な魔法の指導者である。そんなエヴァンジェリンがじきじきに弟子を取るというのなら、大丈夫だろうと思ったのだ。

 

 しかし、ギガントはそこへ一言、エヴァンジェリンへと忠告を述べた。魔法の隠蔽は絶対ゆえに、それをしっかり誓わせ、もらさないと約束させてほしいと。

 

 少し威圧をかけるようにギガントから放たれた言葉を、涼しい顔で受け流すエヴァンジェリン。エヴァンジェリンとてその程度のことは重々承知。そのぐらいのミスなど、させるはずがないと自身を持って言葉にしていた。

 

 

「あの、どちら様で……?」

 

「あーっ! 思い出したアル! 私の怪我を治療してくれた人アルよ!」

 

「おや、あの時のチャイナ娘か」

 

 

 ハルナは突然現れた少女エヴァンジェリンに、誰なのだろうかと恐る恐る質問した。しかし、そこで突然大声で叫び、驚きながらも再会を喜ぶ古菲の姿があった。エヴァンジェリンも古菲の姿を見て、あの時のチャイナ娘かと思い出したようだ。

 

 

「あの時は助かったアル!」

 

「後遺症もなさそうで何よりだな」

 

「えっ!? 知り合い!?」

 

 

 すると古菲はエヴァンジェリンへと近づき、笑顔で礼をはっきりと言葉にした。古菲はエヴァンジェリンに、まほら武道会にて怪我を癒してもらった経緯があったからだ。そうやって元気に両手を振り回す古菲を見たエヴァンジェリンも、特に怪我による後遺症がないことを見て、少し安心した様子を見せていた。ただ、突然現れた謎の少女と元気よく会話する古菲を見て、ハルナは驚いていた。まさか古菲にこんな知り合いがいたなどと、思わなかったうえに意表をつかれたからだ。

 

 

「ここで自己紹介させてもらおう。私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。魔法使いさ」

 

「まっ!?」

 

「魔法使い!?」

 

「やはり、と言ったところでござるか」

 

 

 そこで慌てふためくハルナを見て、先ほど問われた質問の答えをエヴァンジェリンは口にした。そう、自分は魔法使いであると。それを聞いたハルナと古菲はその言葉にやはり驚き、楓は予想通りだったとうなづいていた。

 

 

「あの時の治療も魔法だったアルか?!」

 

「そのとおりさ。痛みが消えたのはすでに怪我が治った証拠だよ」

 

 

 と言うことは、あの時まほら武道会での治療は魔法だったのだろうと思った古菲。それを聞けばそうだったと、不適に笑みながらエヴァンジェリンが答えたではないか。

 

 

「でも傷は残っていたアルよ?!」

 

「それは幻覚の魔法でそう見えていただけだよ。一晩経ったら跡形もなく消えていただろう?」

 

「そういえばそうだったアル……」

 

 

 しかし、それなら解せないことがあった。確かにあの時痛みは消えたが、傷は残っていたからだ。ただ、それはエヴァンジェリンがそう見せかけた幻覚であり、一晩だけのものだった。だから次の日になれば、傷はすっかり消えていただろうとエヴァンジェリンが話すと、古菲もそうだったと少し驚いて話していた。何せ古菲は一晩で消えた傷を見て、治りがメッチャ早くて助かった、程度の感想しかなかったらしく、その後まったく気にしなかったのだ。

 

 

「エヴァンジェリン殿、用件はそれだけかね?」

 

「本来はそれだけだったが、そうだな」

 

「まだなにか……?」

 

 

 突然自己紹介をしだしたエヴァンジェリンを見て、まだ用があるのだろうかと思った学園長。エヴァンジェリンはそれを聞くと、本来はそれだけだった、と過去形で話し出したのだ。つまり、それは今新しい用件が出来たということであり、学園長はそのことについて再び質問したのだ。

 

 

「こいつらもまとめて、私の教え子にしても問題ないだろう?」

 

「なっ、それは!?」

 

 

 さすればさらにとんでもないことを、この吸血鬼は言い出したではないか。なんと、ここに居る三人を自ら魔法などを教えてやると、悠々と語りだしたのだ。いやいや、少し待て、何故そうなったと思う学園長は、いかんだろうと思いながら驚き眼を見開いていた。

 

 

「いいじゃないか。どうせ魔法が知られているんだ」

 

「しかし……」

 

 

 そんな学園長を見たエヴァンジェリンは、いたずらっぽく笑いながら、魔法を知ってるんだから教えてもかまわんだろうと言葉にした。それでも流石に魔法を”知っている”のと”使える”のでは大違いだ。学園長はまたしても腕を組んで悩みだした。

 

 

「それに、地獄のような未来から無事生還したらしいじゃないか。そういうヤツらを育てるのも一興だと思わないか?」

 

「うーむ……」

 

 

 エヴァンジェリンは学園祭にて、ビフォアの策略により彼女たちが未来へと飛ばされたことを、超から聞かされていた。そして、そのおぞましい内容を聞いて、そこから戻ってこれた彼女たちに、少し興味がわいたのだ。そんな逸材を育てないなんてもってのほかだと、エヴァンジェリンはそう述べた。ただ、やはり魔法を知っているだけではなく、教えるというのに抵抗がある学園長。そんな学園長は、長い髭を何度もなでながら、どうしたものかと考えていた。

 

 

「別に危険なことを教える訳じゃない。それに、半端に知っているだけなら、魔法そのものを教えておいた方が良いと思うが?」

 

「確かにそうかもしれんが、ふむむ……」

 

 

 さらにエヴァンジェリンは、学園長を納得させるべく、言葉を続けた。魔法を知っているのならば、教えた方が良いと。半端は逆に問題なのではないかと、少し意地悪そうな笑みで話したのだ。学園長はその話を聞き、確かにそうかもしれんと思いながらも、やはり踏ん切りがつかない様子を見せていた。はて、このままエヴァンジェリンの話に乗せられてしまってもよいものかと、そう悩んでいたのである。

 

 

「何かどんどん話がすごい方向に!?」

 

「どうなってしまうアルか」

 

「魔法というのも確かに興味があるでござるが……」

 

 

 なんか話がすごいことになっとる。ハルナは魔法を知れるかもしれないと少しウキウキしながらも、この会話について来れていない様子だった。古菲も何がなにやらと、少し頭が混乱し始めていた。こう言う難しい会話は苦手のようだ。また、楓はエヴァンジェリンが、自分たちに魔法を教えようとしていることはよくわかった。しかし、楓は忍者なので、魔法に興味はあるが使って見ようとは思ってないのだ。

 

 

 

「あのー、つまり千雨さん意外にも、この三人に魔法を教えるということですか?」

 

「私はそうしたいと思ってるだけさ。許可を出すのはそこの学園長のジジイだ」

 

「そうですか……」

 

 

 そこで夕映が、千雨以外にもハルナたちにも魔法を教えるのだろうかと、恐々とエヴァンジェリンへと聞いたのだ。エヴァンジェリンはその問いに、そうしたいと答えた。だが、許可をするのは学園長、決定権はないと述べた。夕映は理解した趣旨を一言残すと、ハルナたちが魔法を教えてもらえる可能性が出てきたことを、ほんの少しだけ喜んでいた。

 

 

「何を悩む必要がある? この私がじきじきに魔法を教えてやるのだぞ? 悩む必要などないだろう?」

 

「とは言うが、流石に数が多いのではないかと」

 

「クックックッ、数が多いからなんだ? 既に特例を出してしまったんだから、数などもはや関係あるまい」

 

 

 学園長はエヴァンジェリンの問いに、結論が出ずに悩んでいた。流石に業を煮やしたのか、エヴァンジェリンは自分が魔法を教えるのだから、悩む必要などないだろうと得意げに豪語した。

 

 それでも、やはり学園長は決めかねていた。エヴァンジェリンの言うことも、確かに間違っていない部分もある。だが、それでこの娘たちに魔法を教えてしまってもよいものかと。教えるにせよ、流石に人数が多いのではないかと。ここの夕映とのどかの二人だけでなく、そこの三人にも教えてしまうのはまずいのではないかと。それをエヴァンジェリンへと話すと、エヴァンジェリンは鼻で笑った。

 

 数が多いからなんだというのか。エヴァンジェリンはそう言葉にしつつも、まるで悪役のように笑っていた。もう既に、夕映とのどかという特例を作ってしまった。であれば、もはや数など意味がない。特例を出した時点で、すでに前例を出してしまっただけなのだと、エヴァンジェリンは言葉にしたのだ。

 

 

「さて、どうするかのう……」

 

「まあ、彼女が言うのであれば、大丈夫だとは思うのだが……」

 

 

 そこまで言われてしまうと学園長はぐうの音も出なかった。どうするべきかと言葉にすると、ギガントはエヴァンジェリンなら任せられると学園長へと話した。ただ、ギガントも全体的に賛成している様子ではなく、妥協のような感じで不安の色が見えていた。

 

 

「当たり前だ。人数が多かろうと、しっかりと教育してやるから安心するがいい」

 

「うーむ……。なら、許可するとしようかのう……。エヴァンジェリン殿の実績は知っておるし、安心して任せられると信じよう」

 

「安心しろ。私とて、ただ魔法を教えようなどとは思わん」

 

 

 このエヴァンジェリン、魔法世界で名誉教授まで上り詰めた魔法研究者であり、魔法を多くのものに教えてきた偉大なる教師だ。魔法の隠蔽などもしっかり教え、約束させることは当然行おうと思っていた。それだけではなく、危険な魔法は教えることは絶対にせず、学園生活に支障をきたさぬよう配慮する予定だった。人が多かろうか少なかろうが、やることは変わらない。当然、節度ある魔法授業を約束すると学園長へと話したのだ。

 

 まあ、エヴァンジェリンほどの魔法使いがそういうのであればと、学園長は許可を出した。エヴァンジェリンの経歴は知っているので、信頼出来る。魔法を教えることに関してならば、学園長も信用しているのだ。それでも不安なのが、一般人を魔法使いにしすぎてしまうことなのである。

 

 

「さて、学園長の許可は下りた。貴様らは今日から、この私の教え子だ」

 

「なんだかわからないけどお願いします!」

 

「私もアルか?」

 

「拙者は魔法など専門外でござるが……」

 

 

 エヴァンジェリンは学園長の許可が出たことを喜び、不敵に笑っていた。そして、ハルナたち三人へと向きなおすと、今から自分はお前たちに魔法を教える教師だと、大きな態度で宣言したのだ。

 

 ハルナは正直嬉しくなった。魔法という不思議な力を知れるのだから、当たり前である。だからうなぎのぼりになるテンションを必死に抑えつつ、頭を下げて頼んでいた。

 

 ただ、古菲や楓は微妙な反応を見せていた。と言うよりも、古菲は魔法よりも中国拳法を鍛えたいと思っていた。確かに治癒の魔法をその体で受けた身としては、とてもすごいと感じたが、求めるものとは違ったのである。

 

 楓もやはり、忍術等で戦うタイプであり、魔法はまったくの門外漢。魔法を一から覚えるよりも、今使っている技術を伸ばしたいと思ったのである。

 

 

「ふむ、そこの二人は魔法より肉弾戦などが得意みたいだな」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンとてそのぐらい察せない訳ではない。まほら武道会を見学していたエヴァンジェリンは、二人の戦闘スタイルをしっかり理解していた。

 

 

「問題はないさ。そっちの方面にも浅からず知識はある。みっちり鍛えてやるから安心しろ」

 

「おー、それならお願いするアル!」

 

「そうであれば拙者も願い申す」

 

 

 エヴァンジェリンは長く生きた吸血鬼、そっちの方面もある程度知識がある。さらに、合気柔術を教え込まれ、使いこなせる身だ。ならば、そっちの方も鍛えてやっても良いと、二人を勧誘したのだ。

 

 二人はその話を聞き、それならばと頭を下げた。今よりもさらに強くなりたい二人は、そういう話に弱いのである。

 

 

「そうだ、エヴァンジェリン。そこの二人も頼む」

 

「ああ、貴様の弟子どもか」

 

「師匠?!」

 

 

 学園長が許可を出し、和気藹々となってるところへ、ギガントが口を開いた。それは、夕映とのどかをエヴァンジェリンに任せるというものだった。突然のギガントの言葉に、夕映は何故という表情でそれを問い、のどかはどうしてなのかと思ったようだ。

 

 

「ワシは少したったら一度自分の国へ戻らねばならなくなってな。そこのエヴァンジェリンに二人のことを頼もうと思っていたのだよ」

 

「そうだったんですか」

 

 

 何せギガントもメトゥーナトと同じく、夏休みごろにはアルカディア帝国へと帰還しなければならない。故に、すでにエヴァンジェリンに二人のことを頼んであったのだ。その説明に夕映も納得した様子を見せ、のどかも一言だけ静かに述べた。まあ、そんな二人も師匠であるギガントが居なくなってしまうのは、少し心細いとも感じたようではある。

 

 

「という訳だ。今度からは私の指示に従ってもらうぞ」

 

「よろしくお願いするです」

 

「お、お願いします!」

 

 

 ギガントが頼んだのだから、自分の指示にも従ってもらうと、言葉にするエヴァンジェリン。夕映ものどかも、そんな少し偉そうなエヴァンジェリンへと、頭を下げてお願いしますと言葉にしていた。

 

 

「いや愉快なことだな。面白い逸材がこんなにも手に入るとは」

 

「……くれぐれもバレぬようにお願いするぞ?」

 

「そこらへんもしっかり約束させるさ」

 

 

 その二人の様子を見て再び喜びがこみ上げてきたのか、愉快愉快とエヴァンジェリンは笑った。こいつらは教え甲斐がありそうだ、どうやって鍛えようか、そんな考えが湯水のように湧き出して、笑いが止まらないのである。そう悦に入るエヴァンジェリンへ、本当に大丈夫なんだろうかと思った学園長は、再度忠告を出していた。それを聞いたエヴァンジェリンは、人差し指を立てて見せて、当然のことだと話したのである。

 

 

「さて貴様たち、これから面白いところへ案内してやろう。こっちへ寄れ」

 

「は、はい!」

 

「どーゆーこと?」

 

 

 これで話はついた。エヴァンジェリンはそう考え、そこの五人の少女たちに面白いところへ連れて行くと言い出した。そして、自分の近くへ寄って来いと指示を出したのである。のどかは少しおどけながらに返事をし、ハルナは何をどうするのかわからない様子を見せていた。

 

 

「影での転移を行うだけだ」

 

「影の転移魔法……!?」

 

「そんなことが出来るの!?」

 

 

 何故近くに寄れとエヴァンジェリンが言ったのか。それは影の転移魔法を使おうと思ったからだ。大人数を転移させるには、やはり近寄らせなければならない。だからそう指示したのだ。それを説明すると、夕映はその魔法名を聞いて驚いていた。夕映はまだ水の転移魔法しか使えないからだ。また、ハルナは再び驚き興奮していた。影での転移とかすげー! と驚き叫んでいたのである。

 

 

「とりあえず私の近くへ来ればいいだけだ」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

「転移ってゆえが使ったやつと似たようなやつアルか?」

 

「便利でござるなぁー」

 

 

 だから早く近くに来いと、エヴァンジェリンは催促した。それならと、のどかはそっとエヴァンジェリンの横へと移動した。それを見た他の少女たちも、そそくさとエヴァンジェリンの近くへと立ったのである。そこで古菲は転移ということで、麻帆良祭三日目の地獄めいた未来の麻帆良で、夕映が水の転移魔法を使ったことを思い出していた。転移と言うのならば、あれと同じような、近い感じなのだろうかと考えたようだ。楓はそんな瞬間移動の魔法に感心しながら、便利だと言葉にしていた。

 

 

「準備はいいな。では、夢のお茶会へ招待しよう」

 

 

 そして、全員が指示通りに近くへ寄ったことを確認すると、その全員を影へと沈め、転移して言ったのである。行き先は図書館島の地下、アルビレオが居るあの場所だ。故に、お茶会へと招待と、エヴァンジェリンは言葉にしたのだ。その発言の後、瞬間的に影へと消え去り転移していったのを、学園長は髭を撫でつつ眺めていた。

 

 

「本当にこれでよかったものか……」

 

「……エヴァンジェリンは聡明です。問題はないとは思います……」

 

「そうなんじゃが……」

 

 

 いやはや、本当にこれでよかったのだろうか。学園長は再び悩んでいた。エヴァンジェリンに言いくるめられてしまったような気分で、この選択が果たして正解だったのかと。

 

 そこへギガントは、あのエヴァンジェリンならば大丈夫だろう、問題は起こさないだろうと言葉にしていた。が、やはりギガントも内心、彼女たちに魔法を教えてしまってもよかったのかと考えていたのだ。

 

 学園長もエヴァンジェリンを高く評価しているし信用している。ただ、心配するのはそこではなく、やはり自分たちの選択が、はたして本当に正しかったのだろうかということだった。

 



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百四話 それぞれの休日

 時を同じくして、麻帆良祭振り替え休日2日目の、麻帆良から少し離れた山奥。そこで一人青年が修行に励んでいた。そこにもう一人少女が居た。二人は体を慣らすように、組み手を行っているようだった。

 

 その青年は熱海数多であった。数多はコールドと言う男に敗北したのが非常に悔しかった。だからさらに強くなるため、休日は修行三昧で過ごそうと山奥に来ていたのだ。また、少女はその義妹の焔だ。焔は数多に修行の手助けを頼まれて、ここへ来たのである。

 

 

「フッ! ハッ!」

 

「クッ……!」

 

 

 数多は赤いジャージのズボンに黒のTシャツと言うラフな格好だった。また、焔も同じように動きやすそうな服装をし、上は学校の体操服に下を黒のスパッツと言う恰好だった。数多は一人で修行するのに限界を感じていた。ゆえに、しかたなく義妹である焔に組み手の手伝いをしてもらっているのである。

 

 

「ツァーッ!」

 

「ハアァッ!」

 

 

 どちらも鋭い攻撃を繰り返し、どちらもそれをギリギリで避けていた。まさにせめぎあいの攻防。とはいえ、数多が本気で焔に攻撃出来る訳もなく、ある程度力を落としての、ただの組み手なのだが。それでも、そんな数多についてこれている焔も中々やるというものだ。そんな攻防が数分間続くと、どちらも多少なりに疲労を感じたのか、休むことにした。

 

 

「ふぅー、少し休むかー」

 

「そうだな……」

 

 

 数多はまだまだ元気だったが、焔が少し疲れてきているのに気がついた。それにもう6月後半、7月前と言うことで、かなり暑い陽気であった。山の中とは言え、組み手などをしていれば暑くてバテるのもしかたのないことだろう。

 

 

「すまねーなぁ……。こんなことを頼んじまってよー」

 

「気にすることはない。私も体を動かしたかったしな」

 

 

 とりあえず日陰へと移動し、二人は汗をタオルで拭き、水を補給した。そして適当な岩へと腰掛けると、数多は申し訳ないと口を開いたのだ。本来なら()()()で力を発揮できない焔に、このようなことをさせるのは好ましくないと思っているからだ。それでも焔が数多に付き合ったのは、自分も体を動かしたかったという理由があった。最近では学園生活も悪くないと思っているが、ソコソコ退屈で体がなまってしまうと思ったのである。

 

 

「しかし、少し焦りが見て取れたが……?」

 

「そうか……? そうかもなー……」

 

 

 そこで焔は今の組み手で、数多が微妙に焦っていることを感じ取っていた。何か、自分が強くなれていないような、そんな焦りを感じたようだ。それを数多へ言うと、数多も納得した表情で、自覚をしている様子を見せていた。

 

 

「やはり組み手などの相手が居ないのは厳しいということか?」

 

「うーむ、そうだなー。確かにもう一人、そういうのが居ればいいとは思うんだけどなあ……」

 

 

 焔は、数多が組み手の相手、戦ってくれる相手がいないことで、自分の伸びが悪くなっていると考えているのではないかと思った。数多もこの旧世界に来て、父親である龍一郎のようなガチンコで戦ってくれる相手がいないのは、確かに悩みのひとつだった。それでも数多はそれ以外にも、やはりコールドとの戦いで敗北したことが気がかりだった。このままではアイツにも追いつけない。その考えが数多を焦らせていたのだ。

 

 そう会話している時に、突如近くで轟音が鳴り響いた。何か地面が砕けたような、木々がへし折れて倒れたような、そんなすさまじい音だった。その音のせいか、森に住む鳥たちが一斉に飛び出し、羽根を散らしていた。

 

 

「ん!? 何の音だ?」

 

「すげー音だったな……。行って見るか!」

 

「うむ」

 

 

 その音に二人は驚いた。突然こんな山奥で、何かが衝突するような音がすれば驚くのも当然だ。ならばその場所へ行って、何が起こったのかを見てみるかと、数多は思ってそう口にした。焔も確かに気になったので、数多の意見を肯定し、そちらへとともに向かったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 そのすさまじい音が発せられた場所で、なにやら誰かが揉めていた。いや、揉めているというほどではないようだが、一人の少年が叫んでいた。その場所には確かに地面にくぼみが出来ており、何者かが破壊したようなそんな状態だった。

 

 

「くーッ! 兄ちゃん強すぎやないかー!?」

 

「あたりめーだろうが! 強いって最初に言っといたはずだろう?」

 

 

 そこに居た少年は犬上小太郎だった。やはり戦闘服の黒い学ランっぽい恰好だったが、いたるところに傷を作っていた。その小太郎の叫ぶ横で、デカイ男が立っていた。金髪のオカッパ、つりあがったサングラス、白いシャツに青いパンツのヤンキー。明らかにバーサーカーだ。ただ、バーサーカーはまったく無傷の様子であり、普段武器として使う黄金喰い(ゴールデンイーター)は持っていないようだ。

 

 と言うのも、このバーサーカー、小太郎との約束を守るべくその小太郎に修行をつけていたのだ。単純な戦闘だが、ハッキリ言えば小太郎はガチでバーサーカーに挑んでいた。何せバーサーカーがどのぐらい強いのか、まったく未知数だったからだ。弱いやつには修行をつけてもらいたくない小太郎だったが、バーサーカーのデタラメな強さに驚き、叫んでいたのである。

 

 

「あんだけ攻めてもまったく当てられへんなんて、化けモンかいな!?」

 

「そりゃそーよ! この俺に当てれりゃ一人前だからな」

 

 

 小太郎は手札全てを使ってバーサーカーと戦った。狗神や影分身なども活用したのだ。それでもバーサーカーはその全てを拳で叩き潰し、ねじ伏せて見せた。さらに力任せに見えるバーサーカーだが、フットワークも軽くパワーだけではないことが伺えたのだ。流石の小太郎もそれには参ってしまい、最後はバーサーカーに投げられた上に地面に叩きつけられてしまったのだ。

 

 そんなバーサーカーに化け物めぇ、と叫ぶ小太郎。まったく歯が立たないというのはショックだったが、予想以上の強さを嬉しくも思った。確かにこのバーサーカーと戦っていれば、強くなれるかもしれないと思ったからだ。

 

 バーサーカーも、自分に攻撃を当てれれば一人前だと言葉にしていた。が、当てられると狂化スキルが発動する可能性があるので、当たってやる訳にも行かなかったりするのである。なぜならバーサーカーの強化ランクはEと低いが特殊な発動条件であり、攻撃を受けた時に判定しだいで狂化が発生し、体が赤くなって能力が上昇し、暴走するというものだからだ。つまり、攻撃が当たってしまうと、暴走する可能性があったりするのである。伊達にバーサーカーを名乗ってはいないのだ。

 

 

「そんなら、当てるまで戦うまでや!」

 

「無茶すんなよな? まあ、元気なのはいいことだがよ」

 

「ハッ! ぶっ倒れたって、戦うで!!」

 

「おいおい、そりゃやりすぎってもんだろう?」

 

 

 ならば当てれるまで戦えばよい、当てれるように強くなればよい。そう小太郎は叫んだ。バーサーカーもそうやって嬉しそうに叫ぶ小太郎を見て、ニヤリと笑っていた。子供は元気が一番だ、それでいいと思ったのだ。ただ、無茶はよくないと一応言葉にはしていた。無理しすぎて体を故障してしまったら、意味が無いからだ。

 

 だが、そのバーサーカーの言葉など聞く耳を持たないのか、小太郎は倒れるまで戦うと言い出した。いやはや、とんだ戦闘狂である。そりゃやりすぎじゃね? とバーサーカーは思ったようで、それが言葉として出ていたようだ。そして、再びバーサーカーと拳の打ち合いを始めたのだった。

 

 

 そこへ先ほどの爆音を聞いてやってきた数多と焔が現れた。二人は少年とヤンキーが戦っているのを見て、何か不思議な空間に来てしまったと思ったのだった。

 

 

「む、アレは……?」

 

「ヤンキーと子供がバトってやがる!?」

 

 

 ヤンキーと少年が戦っている。なんたる光景か。二人はその光景を見て、少し驚いた。はたから見ればまるでガキをいじめるヤンキーの図。ただ、戦いのレベルは高いので、そうでないことは一目瞭然だった。そこで数多は何をしているのか、ヤンキーに聞いてみたのだ。

 

 

「おーい、アンタら何してんだ?」

 

「ん? 何って修行よ修行!」

 

「そうやで! むしろそっちこそ、こんな山ん中で何しとんのや?!」

 

 

 するとヤンキーのバーサーカーと少年の小太郎は戦闘を一時中断し、数多たちの方へと向き合った。そこでバーサーカーは、即座に修行と言葉にした。続けて逆にそれはこっちの質問だと、小太郎が質問し返していた。

 

 

「修行おぉー!? 俺も同じくってやつだぜー!」

 

「へぇー、俺ら以外にもそんなヤツがいたのか。で、そちらさんは?」

 

「私は兄さんに頼まれて、少し組み手の手伝いをだな」

 

 

 修行と聞いてさらに驚きながらも、喜んだ数多。ならばと自分も同じく修行していたと話したのである。バーサーカーは自分たち以外にも修行してる奴がいるとはと思っていた。また、バーサーカーはその男子の隣の少女はどうなんだろうと考えそれを聞くと、焔は素直に隣の兄から組み手の手伝いを頼まれたと言ったのだ。

 

 

「ん? お前、どっかで見た顔だな……。確か大将の友達だったよな?」

 

「む、修学旅行で鹿と戯れていた不良……?」

 

 

 だが、バーサーカーは焔の答えを聞いた後、その焔をどこかで見たことを思い出した。そう、確か修学旅行でマスターである刹那の班と同じだった少女だったと。焔も、そういえば修学旅行の奈良で鹿と遊んでいた、あのヤンキーだと思い出したようだ。

 

 

「なぁ、そっちの修行に俺も混ぜてくれねーか? なんか相手が居なくてしまらねぇんだ」

 

「ええけど、兄ちゃん強いんか?」

 

「強いかって聞かれりゃわかんねーけど。まぁ、一度やってみりゃいいんじゃねーか?」

 

 

 ならばその修行に混ぜてくれ、数多は気がつけばそう言葉にしていた。何せ相手がいないがゆえに、中々自分の成長を実感出来ずにいたからだ。自分があまり強くなれていないことを感じていたからだ。別にそれはいいと小太郎も思ったが、肝心なのはそこではない。この目の前の男子が強いかどうかだ。

 

 数多もそれを聞かれると、自分が強いかどうかはわからないと話した。最近あのコールドにボコボコにされたので、少し自信を失っていたりしていたのだ。ただ、それが簡単にわかる方法がある。それは戦うことだ。戦えば相手の強さがすぐにわかるというものだ。だから数多は戦ってみればいいと、小太郎へと提案した。

 

 

「ほな、いっちょ戦ってみよーや!」

 

「年下相手ってのは何か気がしれねぇが、そっちもそういう感じみてーだしいいぜ?」

 

「じゃあ俺は見学させてもらうぜ」

 

「私も休ませて貰おう」

 

 

 ならばすぐに戦おう、小太郎はそう考えてすぐさま戦闘態勢となっていた。数多はヤンキーの方と戦おうと思っていたので、少年の方から戦いを申し出てきたことに少し戸惑いを見せた。なにせ自分よりも、ずっと年下の少年と戦うのはと言うのは、やはり気が引けるものだ。しかし、その風格からやり手と判断し、なら大丈夫だろうと思ったようだ。

 

 そこでバーサーカーは、小太郎に手ごろな相手が出来たと思い、その戦いを見学することにし、手ごろな場所で座り込んでいた。どうなるにせよ、この戦いは中々面白くなりそうだと思ったのである。焔もそれなら休憩しようと、バーサーカーの横に体育座りで待機していた。

 

 

「行くで!!」

 

「おっしゃっ、来い!!」

 

 

 そして、数多と小太郎は衝突し、戦いが始まった。それを、そこだ行け、今だ、と叫んで実況するバーサーカー。その隣で、久々に生き生きと戦う数多に安心する焔が居た。また、焔は隣のヤンキーの名前がわからなかったので、とりあえず自己紹介を兼ねて聞いてみた。バーサーカーも同じだったようで、自分の()()()と真名を明かしたようだ。

 

 その後10分ほど数多と小太郎の戦いが続いた後、名を名乗るのを忘れていたことを思い出し、二人は自己紹介しあっていた。それが終わるとまたしても戦いが始まり、その日はずっと修行三昧で終わってしまったのだった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 刃牙は麻帆良祭二日目の出来事について、カギに聞きたいことがあった。本当ならば麻帆良祭三日目の夜に行われた、後夜祭の時に聞こうとしたのだが、あの時も人が多く、カギを最後まで見つけることが出来なかったのだ。なので、そのカギを探しに麻帆良学園へとやってきたのだが、この広い学園内で、カギを探すのは厳しそうだった。

 

 

「ここまで来たんだが……。やっぱ無理そうだなー」

 

 

 周りを見れば人、人、人。学生たちが休日を満喫している。こんなところで少年であるカギを一人探すのはかなり至難の技だろう。

 

 

「広すぎるぜ! こんな広いとどこから探していいかわからねぇ……」

 

 

 それだけではない、麻帆良は途方も無く広いのだ。こんなメチャクチャ広い場所から、カギを探すというのは、まさに砂漠に落ちたダイヤモンドを探すようなものだったのである。

 

 

「アイツも友人と遊んでるだろうし、さてどうしたものかな」

 

 

 そこで刃牙はアキラのことを思い出した。カギの生徒であるアキラならば、どこに住んでいるかぐらい知っている可能性があると思ったのだ。だが、アキラもこの休日は友人と遊んでいるのではないかと刃牙は考えた。そんな時に連絡するのも迷惑なのではと思い、そのことを諦めたのである。

 

 

「んっ? あれは……!」

 

 

 しかし、運命は刃牙を味方したようだ。ふと周りを見渡した時、スーツ姿の紅色の髪を逆毛にした少年が勢いよく走っていたのだ。それはあのカギだった。ただ、何か知らないが急いでいる様子だった。

 

 

 そのカギは急いでいた。と言うのも、図書館島の地下へと招待されていたというのに、案の定寝過ごしたからだ。ヤバイ、これはヤバイ。確かそこには師匠であるエヴァンジェリンも居るはずだ。恥をかかせたと思われて、後でヒドイ目にあわされるかもしれない。そうカギは考え、自然と足が早く動いていたのである。

 

 

「あー! 寝過ごした! 起こしてくれりゃいいのによー!!」

 

「兄貴ー! 旦那は随分と必死で起こしてくれてましたぜ!?」

 

「くそー! マジかよー!!」

 

 

 寝過ごしたのは仕方がない。ただ、何故起こしてくれなかったのだと、ネギへと文句をたれていた。そこへカモミールがすかさず訳を話した。むしろ、何度も何度も起こしてくれていたと、ネギを擁護したのである。そんなカモミールも、ネギが諦めて出て行った後も、必死でカギを起こそうと努力したのだ。そして、ようやく目覚めたカギは、今ここを走っているということだったのである。

 

 起こしてくれていたなんて、どんだけ爆睡していたんだと、とてつもなく後悔するカギ。また、あのネギが起こしてくれない訳がないので、疑ったことを心の中で少しだけ謝罪していた。と、そんなに急いでどこへ行く?そんな感じでカギの目の前へと現れて、止まってくれ言うと刃牙が現れた。

 

 

「おーい! そこの! そこの逆毛の!」

 

「あぁぁ? 誰だよテメーは、いきなり現れて勝手な呼び名つけてんじゃねーぞ!?」

 

 

 カギは突然絡まれたと勘違いし、すごい形相で刃牙を睨んだ。こちとら急いでいるんだ。邪魔すんじゃねぇ、そうカギは思ったのである。また、カモミールは一般人が来たと思い、黙ってカギの肩で待機しようと思ったようだ。

 

 

「おいおい、忘れたのか!? いや、覚えてないだろうけどよー」

 

「だから誰だっつーんだよ!? 俺は忙しいっつーか!」

 

 

 そんなカギを涼しい顔で見ながら、覚えてないかと頭をかく刃牙。会ったのは一瞬だったし、あの銀髪と戦っていてそれどころじゃなかったのだから、覚えていないのも無理はないと思ったのだ。そう言われても思い出そうともしないカギ。と言うか急いでいるのでそれど頃ではないようだ。

 

 

「ほら、あの祭りの二日目の夜、銀髪と戦ったろ? あの後どうなったのか知りたくてよー」

 

「ん? あああああ!? アンタ確かアキラの知り合いか」

 

「そうそう! で、どうなったんだ?」

 

 

 誰だとカギに叫ばれて、刃牙は説明を始めた。麻帆良祭二日目の夜、あの噴水公園で行った銀髪との戦い。刃牙はあの後どうなったのか知らないのだ。それを言うとカギも思い出したようで、少し叫んだ後、アキラの横に居たヤツだったともらしていた。そう、その通り、刃牙も思わずそう言った。そして、カギが自分のことを思い出したのを見て、なら自分たちが逃げた後、戦いがどうなったのかを質問した。

 

 

「銀髪はぶっ倒れて特典は消滅! この俺様大勝利! 明るい未来にレディーゴー! だったぜ!」

 

「そ、そうか……」

 

 

 カギはその問いに、あの銀髪をボコしたことを思い出したのか、妙に嬉しそうな顔をしたのだ。さらに、特典が消滅したことと、自分があの銀髪を倒したことを、大げさに叫んだのである。なんというか、大げさに叫んで少し変な顔で喜ぶカギに、刃牙は引きながらも、その答えに納得した様子を見せていた。ただ、刃牙はその話で、一つ気になったことがあった。それを悠々とするカギへ聞いたのだ。

 

 

「しかし、特典が消滅? どういうこった?」

 

「さぁ、それは俺にもわかんねーがよ。ハオの能力貰ったヤツが、特典を消し去ったっつってたぜ」

 

「そんなパねー特典選んだやつがいんのかよ……。いや、もしかして()()()のことか……?」

 

 

 それは特典の消滅だ。一体どうやったら特典が消滅するのか、刃牙は気になった。特典とは転生神から与えられた力であり、神から齎されたものだ。あれを消し去るということは、神に匹敵する力なのではないかと思ったのである。

 

 しかし、カギもどうやって消したのかはわからなかった。あの覇王がどうにかして特典を消したそうだが、その正体まではつかめていないのだ。確かに覇王はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に食わせたとか何とか言っていたが、それがどう特典の消滅につながるのか、カギは理解出来ていないのである。

 

 そのため、カギはその覇王に話を聞いた方がいいと、刃牙へと語った。刃牙はそこで、特典の消滅以上に、ハオの能力をもらった転生者がいたことの方に驚きを感じていたのだった。だが、覇王と刃牙は一度出会っていた。それはあの銀髪とファーストコンタクトを果たした日だ。あの時に刃牙は覇王に声をかけられ、色々と教えてもらっていたのである。

 

 

「おっとー! 時間が! こうしちゃいられねぇー!」

 

「なんか急いでいるところをすまんかった」

 

「まったくだぜ! じゃあなー!!」

 

 

 そんな時、カギは不意に時計を見ると、結構時間が経っていた。こりゃヤバイと思ったので、さらに急いで地下へ向かうことにしたのだ。刃牙はカギが急いでいるのを思い出したのか、悪いことをしたなーと思い、そのことを謝った。

 

 カギもまったくだといいつつも、あん時のことを聞きたいんじゃしょうがねぇと考えたのか、特に気にしない様子で別れの言葉を発していた。そして、すさまじい速度でカギは、その場から走り去ったのである。

 

 

「そうか、アイツは倒されたのか」

 

 

 刃牙はカギの話を聞いて満足していた。さらに、あの銀髪が敗北し、特典を失ったことに心から安堵をしていた。これでアキラのことはもう安心だ、あの銀髪に惚れる事もないだろうと、静かに息を吐いて、自分の家へと帰っていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 休日、誰もが外へと出かけ遊びに行くわけではない。当然、外に出ないものもいる。状助もまた、その一人だった。さらに同じ部屋の住人である、覇王もそうだったのである。

 

 

「覇王よぉー、あの銀髪はぶっ倒したっつったよなぁー」

 

「そうだよ」

 

 

 外に出ず、部屋で語らう二人の男子。なんという悲しい光景だろうか。もっと学生らしく、外で遊べばいいものを。そんな二人の会話は、あの時の銀髪のことだった。

 

 

「じゃあよお、ニコぽはもう消滅したってことだよなー?」

 

「確実に消えたさ。 木乃香からもそんな感じなことを聞いたしね」

 

「それならもう問題ねぇな」

 

 

 状助は銀髪が倒されたということは、その特典のひとつであるニコぽも、消滅したのだろうかと思ったのだ。覇王が転生者を倒してまわり、特典をS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に喰わせていることを知っていた。だから本当にそれが消えたかどうかを、覇王に質問したのである。

 

 覇王はその質問に、はっきりと消えたと答えた。特典が存在する魂はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)が喰ったので、間違えなく消えたのを確認しているからだ。また、銀髪がニコぽを撒き散らした3-Aの女子たちのことも、木乃香から聞いていた。それはまさしく、銀髪が倒された後、あの銀髪のことをなんとも思わなくなったということだ。

 

 それを聞いた状助は、ならば安心だとほっとした様子を見せていた。あの銀髪が厄介なのは能力だけではなく、そのニコぽという存在そのものだからだ。それが消えてしまえば、一安心というものだ。

 

 

「でもよぉー、銀髪逃がして大丈夫だったのかよ?」

 

「特典を失った転生者なんて、普通の人と差がなくなるから問題ないよ」

 

「だけどよー、多少鍛えてたんなら、その部分が残っててもおかしくねーんじゃあねーのか?」

 

 

 だが、そこで状助は気になった。銀髪を逃がしてよかったのかということだ。ふん縛って魔法使いや転生者を監視しているメトゥーナトに、預けても良かったのではないかと思ったのだ。

 

 ただ、覇王は多くの転生者の特典を奪ってきた。特典を奪われた転生者たちの末路を何度も見てきたのである。その末路とは、特典を失ってただの人となり、自暴自棄になってしまうものがほとんどだった。神から与えられた特典こそが、転生者たちにとって生きる希望だったからだ。それを失うことは、すなわち死と変わらぬものなのである。

 

 覇王はそれを状助へと説明すると、状助は別の部分が気になった。銀髪は特典をある程度鍛えていた。その鍛えた部分はどこへ行くのかというものだった。

 

 

「特典を使って鍛えたなら、特典が消えた時点でゼロになるから大丈夫さ」

 

「本当だろうなぁー?」

 

「嘘をついても僕に得は無いだろう?」

 

 

 覇王はその質問にもしっかり答えた。それは鍛えた部分は特典とともに消滅するというものだった。何せ特典を鍛えて能力が成長するのだから、特典がなくなればゼロになるのも当然だ。特典以外を伸ばしていれば、それは残る可能性はあるようだが、銀髪は特典だけを伸ばしていた。だから特典が消えれば、自動的に鍛えた部分も消滅するというものだったのである。

 

 その話に状助は、ほんの少し疑いを感じた。鍛えた部分が本当にゼロになるのか、疑わしいと思ったのだ。そんな状助を眺めながら、それはありえないと語る覇王。特典を鍛えたのだから、特典が消えればゼロになるのは当然だからだ。

 

 

「でもよぉー、もしも魔法の射手とか使えたらまずいだろ!?」

 

「特典で鍛えた能力がゼロになれば、当然魔法も初心者以下。そんな奴がいきなり魔法を使えるなんてありえないことだよ」

 

 

 それでも魔法の射手などを使えるのなら、それはさっそう凶器になりえる。状助はそれを危惧して、少し焦った様子を見せていた。しかし、覇王はそれにも普段どおりの冷静な態度で、問題ないと話した。

 

 

「状助は魔法を知らないからわからないだろうけど、魔法使いも一番最初に魔法を使う時は、必死に練習しないと出来ないものさ」

 

「そ、そういえばそうだったぜ……」

 

 

 というのも、魔法使いとて、最初から簡単に魔法が使える訳ではない。何ヶ月も”火よ灯れ”の練習を何度も行い、火が灯った時に初めて出来るものだ。初心者以下となった銀髪が魔法を使うには、数ヶ月間の練習が必須なのである。

 

 状助はその話を聞いて落ち着いたようで、納得した様子を見せていた。なるほど、魔法使いとていきなり魔法が使えるはずがなかった。そういえば魔法の天才と称されるネギも、最初はそんな感じだったと”原作知識”で思い出したようだ。

 

 そして、状助は確かにそうだと思い納得したので、この話はもういいか、と考えたようだ。それを察したのか、覇王は銀髪ではなく、今度はビフォアのことを話し始めた。

 

 

「まあ、僕はアイツもそうだけど、ビフォアを倒せた方が安心しているよ」

 

「あー、転生者の攻撃があたらねーとか言うチートもってたっつー?」

 

「そう、アレのせいで僕も攻撃できないから、どうしようかと本気で悩まされたよ……」

 

 

 だから覇王は銀髪よりも、あのビフォアが倒されたことの方が安心だときりだした。状助も転生者の攻撃が当たらないヤツのことだと思い出したようである。この状助、ビフォアを倒すための計画に参加したが、実際にビフォアを見ていない。そのため、ビフォアがどんなヤツだったのか、実感がわかないのである。だが、覇王は違う。覇王はビフォアの特典を見た時から、自分の攻撃がビフォアに通用しないことを考え、どうすればいいかずっと悩んでいた。

 

 

「とは言うがよ、何があっても戦ったんだろ?」

 

「当たり前の話だ。あの男は危険だったからね。たとえ相手が誰であれ、本気で滅ぼそうと思ったさ」

 

「つーか、今思ったんだがよぉ。そういう特典を貫通する特典を貰えばよかったんじゃねーかなーってな」

 

 

 だが、状助はそんな覇王へ、どのみち戦ったんだろうと軽口で聞いた。覇王はそれに対し、当然戦ったと言葉にした。たとえ99%勝ち目がなくても、1%あれば戦うのみ。どんな手を使ってでも、あのビフォアを滅ぼしたと、そう言ったのである。

 

 また、未来の世界においても、覇王はそれを行っていた。今は書き換えられた未来だが、ビフォアを倒すべく、覇王は本気を見せたのだ。それでもビフォアの特典のせいで、その野望を阻止することはできなかったのである。

 

 それを聞いた状助は、ふと一つのアイデアが思い浮かんだ。それは”特典無視”の”特典”だった。覇王はこの世界の転生神とやらに、二つも特典を貰っていた。そこで、そういうチートな特典すら無視できる特典があれば、悩まずに済んだんじゃないかと思ったのである。

 

 

「そうだね。確かにそうだった。まあ、言い訳を言わせて貰うなら、あんな特典を持っている相手は、あの男がはじめてだったってのがある……」

 

「ほーう。まあ転生者が一目でわかるのと、その特典の内容がわかるってのも、わりと強みでもあるよな」

 

「まあね。誰が転生者か、なんて悩まずに済むし、相手の手の内がわかるのは大きいさ」

 

 

 覇王は状助の今の案は、わりと悪くないと思った。確かにそれを選んでおけば、今回のような苦労はしなかったと考えたのだ。だが、覇王とて長年転生者を相手にしてきた実力者。その中に、ビフォアのような特典を持つ転生者はいなかったのである。故に、そこまで思いつかなかったと、言い訳と称して話したのだ。

 

 状助もまあ、そうだよな、と思った。転生者は基本、何かしらの作品のキャラの能力を貰いたがる傾向がある。自分だってそうしたし、目の前の覇王もそうだ。

 

 それに覇王がこの世界の転生神から貰った特典も、そう悪くないと思った。転生者が一目でわかり、特典の内容を見る。誰が転生者なのか怯えずにすみ、しかも敵の能力が割り出せる。これほど戦いに有利なものはないと思ったのだ。

 

 覇王もそれを考慮して、その特典を選んだ。誰が敵なんだと悩む必要もなく、どんな攻撃を仕掛けてくるかというのもある程度察することができる。先手を取るならば、それは大きなアドバンテージになるからだ。

 

 

「だよなあ。スタンド使ってるからよぉ。そのあたりはよーくわかるぜ」

 

「スタンドバトルは基本、能力ばれてる方が不利なんだっけね」

 

「そうそう。つっても、俺の能力は弱点とかそういうの、あんまり関係ねぇけどよ」

 

 

 状助もその重要性を理解していた。何せ状助はスタンド能力を特典で選んだ。スタンドは能力が相手にバレていると、非常に不利を強いられる。能力の対策が行えるからだ。

 

 覇王もそれを知っていたようで、それを話した。スタンド能力は初見での奇襲が基本、能力は信頼した仲間にしか明かさないのも当然。それほどまでにスタンド能力の種明かしは重大なことなのである。

 

 ただ、状助の能力は弱点とかそういうものはさほどない。治す能力と料理で健康にする能力、どちらも弱点らしいものがないからだ。対策をとるとするならば、射程距離に近づかない、その程度ぐらいだ。

 

 

「そういえば話が変わるけど、試験が終わればもう夏休みだね。僕はいつもどおり魔法世界へ行くけど」

 

「夏休みかー。早いもんだぜ……」

 

 

 だが、覇王はそんなことよりも、期末テストのことを考えていた。そして、それが終われば夏休みだということも。まあ、いつもどおりのことだが、夏休みには魔法世界で転生者狩りをしに行くと、覇王は状助へと話した。状助も夏休みのことを考えて、この数ヶ月はあっという間だったと、しみじみと考えていた。

 

 

「いや、夏休み? まてよ……、何か嫌な予感がするぜ……」

 

「また”原作知識”ってやつかい? もう諦めたら?」

 

「うーむ、そうなんだがよー。もっとも重要で最大の事件が起こっちまうからよぉー……」

 

 

 しかし、そこでまたしても状助の病気が発生した。それはやはり、原作知識のことだ。夏休み、またしても嫌なことが起こると、状助は頭を悩ませ始めたのである。ただ、覇王はいつものことだと考え、もうそんなことを考えることもないのにと思っていた。状助もそうしたいと思いながらも、なんだかんだで原作知識を思い出してしまうのだ。そして、今回はいつも以上にでかい事件が起こることを、状助は思い出して焦り始めていたのだった。

 

 

「最大の事件? ……確か魔法世界の消滅……」

 

「おめーもそこは覚えてたのかよ!?」

 

「一応はね。まあ、そのあたりも皇帝が何とかするさ」

 

 

 その大事件とは、あの魔法世界の消滅の危機だ。覇王もそのことだけは何故か覚えていた。もっとも旧世界側も被害が大きいことだったからだ。ゆえに、少しだけ深刻な表情となっていた。状助は覇王がそのことを覚えていたことに驚いた。覇王はもはや原作知識など忘れてしまったと思っていたからだ。

 

 だが、覇王はそこで、先ほどの深刻そうな表情から、普段の表情へと戻っていた。何せこの世界にはあのアルカディアの皇帝がいる。彼に任せておけば、何とか丸く治めるだろうと思い、心配するのをやめたのだ。だから心配なんてしなくてもいいと、状助へとそれを伝えた。

 

 

「……? 皇帝……? ロマサガか?」

 

「いや、君は知らなくても大丈夫さ。とにかく、僕らはいつもどおりでいいはずだよ」

 

「そ、そうかなぁ……」

 

 

 皇帝、その言葉を聞いた状助は、何のことだろうと考えた。皇帝とはエンペラーだ。エンペラーのスタンド使いはホルホースだ。皇帝とは麗しのアバロンの王だ。そう状助は考えながら、ほんの少し混乱していた。

 

 状助は知らないのだ。あのメトゥーナトが、その皇帝の部下だということを。状助は教えてもらってないのだ。アスナもそこに居たことを。

 

 覇王は、てっきり状助もそのことを知っていると思っていたので話したのだが、状助はそのことをまったく知らなかった。あれっと少し疑問に感じたが、まあ知らないならいいやと考えて、いつもおどり生活すればよいと言葉にしたのである。

 

 状助は次のイベントのことを考えると、それでいいのかと思ったようだ。ただ、自分に何が出来るかを考えたら、何も出来ないと思ったので、それしかないかと諦めた様子を見せていた。

 

 

「なんだったら来るかい? 魔法世界にさ」

 

「うーむ、どうすっかなぁ……」

 

 

 覇王はそこで、ならば魔法世界へ来ないかと、状助を誘った。しかし、状助は正直戸惑った。この状助、元々関わりたくない系転生者で、非常に臆病な存在だからだ。だから悩んだ。覇王と一緒なら確かに安全かもしれないが、覇王が行うのは転生者狩り。戦うことになるかもしれないと思うと、どうしても気が乗らないのだ。

 

 

「まあ、気が乗らないならいいさ。確かに他の転生者と戦うから危険だしね」

 

「戦うのはなあ……」

 

 

 覇王もそのことを考え、無理しなくても良いと話した。他の転生者との戦いとなると、危険が伴う。守ってやれる自信はあるが、何が起こるかは予想がつかないからだ。状助も戦うのはあまり好きではないので、頭を悩ませた。普段から戦うこともあまりしたくないと、状助は思っていたからだ。

 

 

「そうだろう? だからいいさ。むしろ誘った僕が悪かったよ」

 

「いや、別に誘ってくれてんのは嬉しいけどよ……」

 

 

 なら、仕方がない。というか、最初からそんなことを誘うべきではなかっと、覇王は状助へと謝った。だが、状助も覇王からの誘いは嬉しかったのだ。が、それでもやはり戦うのはごめんだった。そして、悩ましいが今回はパスにしようと、状助は断ったのである。

 

 

「だけど、夏が過ぎればもう終わりだろ?」

 

「確かにそうだったはず……」

 

 

 しかし、夏休みが終わればそういった大型のイベントは終了する。覇王もそのあたりのこともある程度覚えていたようで、状助を安心させるように、それを言ったのだ。状助もそれを考え、無事に夏休みが終わることを願うばかりだと思ったのである。

 

 

「もう少しの辛抱じゃないか。互いに頑張ろう」

 

「おう!」

 

 

 なら、もうすぐだ。もう少しの辛抱だと、覇王は状助を励ますように言葉にした。状助も、夏休みが終われば、もうほとんど悩む必要などないと考え、だったら乗り越えてやらぁ! と強く思ったのだった。



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百五話 マンガ家は動かない

 彼の名は水辺(みずべ)湖畔(こはん)。知っている人が多かろうが少なかろうがどうでもいいことだが、ジョジョPart4に登場するマンガ家、岸辺露伴の能力をもらった転生者だ。ギザギザのバンドを頭に巻き、万年筆のアクセサリーをいたるところにつけている男性である。

 

 彼は”ピンクダークの少年”と言う作品を、雑誌に連載しており、その作品は大多数の支持を得て、人気を博していた。と言うのも、彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で転生した。そこで岸辺露伴の能力をもらえば、その”ピンクダークの少年”が連載できるかも、と思った。

 

 なぜなら”ピンクダークの少年”という題名のマンガは、”岸辺露伴”が執筆しているという設定だからだ。また、転生者なら誰もが一度ぐらい読んで見たいと思うだろう”ピンクダークの少年”を、描いて見たい、読んで見たいとも思ったのだ。だから彼は岸辺露伴の能力をもらい、このネギま!の世界へとやってきたのである。

 

 ならば、この湖畔という男性、特典から察すれば、スタンド能力である”ヘブンズ・ドアー”を持つことになる。ヘブンズ・ドアーとは、他者を本にすることで、その記憶を見ることが可能となる能力だ。さらに、そこへ命令を書き込むことで、他者を操る事だって可能なすさまじいスタンドなのだ。

 

 そんな彼が今回訪れたのは、やはり麻帆良学園都市だった。ここには日本に居ながらもヨーロピアンな雰囲気を味わえる場所であり、マンガの取材には持ってこいだと思ったのだろう。

 

 

…… …… ……

 

 

 ……懺悔室と言うものをご存知だろうか。麻帆良の教会にさりげなくある、電話ボックスのような部屋のことだ。扉が閉まる部屋に神父が入り、もう一つ同じような部屋がつながっており、そちらには悩みや罪を打ち明けるものが入る。

 

 部屋と部屋の間には小窓があり、話し声は聞こえるようになっているのだが、相談者と神父の顔は互いに薄暗くって見ることは出来ない。そして、相談者はその小窓に向かって自分の犯した”あやまち”を()()()()()()()()()()()、神父に告白することが出来るのだ。

 

 その場所へと湖畔は興味を感じて立ち寄り、取材していたのだ。カメラやフラッシュは明らかに禁止なので、流石にそれはしなかったが、神父が不在の時に彫刻のデザインや材質も調べたりしていた。

 

 そこで、神父に告白するのも悪くないと考え、その部屋へと入ってみた。特典元の岸辺露伴が言っていた、”体験はリアリティを作品に生む”と言うことを思い出しながら。

 

 だが、もちろん彼は今まで罪を犯したことも無いので、”神から転生させてもらってずるい能力を頂きました”と告白しようと考えていた。

 

 そんな時、彼は入る部屋を間違えたのか、隣の部屋にもう一人、別の誰かがやってきた。そして、彼を神父と勘違いしたのか、突然告白を始めたのだ。

 

 

「神父様ァ……、告白に参りました……。私は深い罪を犯しました……」

 

「……!」

 

 

 湖畔は一瞬驚いた。突然誰かが告白しに、隣の部屋へと入ってきたからだ。さらに、その罪を告白しに来たと言い出したからだ。その声は男性、おそらく10代中半から後半ぐらいだろうか。若干細い感じであり、美声と呼ぶには微妙だが、変な声ではなかった。

 

 そう、湖畔は自分が居る方が神父の入る部屋だと言うことを知らなかったのだ。知らないから取材しているのだから当然だろう。入ってきた男はこの湖畔を神父と勘違いしてしまったのだ。

 

 そして湖畔はその時、この男の告白を聞いてみようと思った。少しばかり外道な考えだと思ったが、”体験は作品にリアリティを生む”と考えたからだ。

 

 それに、ここに来て”ぼくは神父じゃないもーん”なんてことも言えるはずも無かった。結局のところ、”神父に話した”って思うことが、この男にとって大切なのだろうと考え、神父の振りをすることにしたのだ。

 

 

「……神父様……? どうかされまいたか……?」

 

「オ、オホンッ! どう……ぞ、気になさらず、続けてくだ……いや、続けなさい……」

 

 

 男はやってきたのに声も出さない神父に、どうしたのだろうかと言葉にした。湖畔はマズイと思ったのか、そこで神父のような振る舞いを行い、その男の告白を話させようとしたのだ。そう湖畔が発言した後、数秒だけ無音の時間が過ぎ去った。そして、男はとうとう罪を告白し始めた。

 

 

「はい……。どう話したものか……。神父様は当然、”神”を信じておられるはずです」

 

「……無論です……」

 

 

 だが、男はすぐに罪を話さず、前置きを語りだした。それは神を信じているかという質問だった。当然神父ならば神を信じているだろうと、その男は話していた。

 

 そう聞かれた湖畔も、神父になりきった気分で、その質問を肯定した。まあ、この湖畔も一応”神から転生させられた”存在なので、否定することは出来ないのである。

 

 

「……私はそんな”神”から恩恵を与えられ、生まれ変わらせてもらった存在なのです……」

 

「……!?(何?!)」

 

 

 しかし、次の瞬間、この男はとんでもないことを告白したのだ。そう、それは神から転生させられた存在だと言うことだ。まさにこの男は転生者だとことを、暴露したのである。

 

 流石にその話に、湖畔も仰天していた。懺悔しに来たこの男が、転生者だったからだ。こんな些細な場所で、転生者に会うなど思ってなかったからだ。

 

 

「信じるのも信じないのもどちらでもよいのです。私が話したいのは()()ではないのですから……」

 

(するとコイツもぼくと同じ転生者というワケか……)

 

 

 ただ、この男が告白したい部分はそこではないらしい。湖畔はとりあえず落ち着きを取り戻し、なるほど、転生者だったのか。結構簡単に会えるもんなんだなと考え、拍子抜けだと思っていた。そんな湖畔へと、男はゆっくりと自分の過去をポツリポツリと語りだした。

 

 

「私は数日前まで、すばらしい気分で生きてきました。神のおかげです。最高でした……」

 

(特典を使って有意義に過ごしてきたのか……。だが、()()()()()? どういうことだ……?)

 

 

 数日前までは、神の特典により最高だったと男は言った。特典はすばらしかったと、過去形で話したのだ。それにも湖畔はショックを受けた。

 

 この男は特典を使って有意義に生きてきたことはわかった。転生者ならばそうするのが当たり前だと、湖畔もある程度思っていたからだ。しかし、それ以外に気になることがあった。

 

 この男は過去形で話した。つまり、今は違うということに、どうしてなのかと湖畔は疑問を感じたのである。

 

 

「私は、私と同じように神から恩恵を受けた、どうしようもないものたちを倒す日々をすごしてきました。本当にどうしようもない下劣なヤツらです……」

 

「……」

 

 

 だが、男はそのことを後回しにし、自分が行ってきたことを話し出した。そこじゃない、と湖畔は思いながら、じらされた気分を味わっていた。

 

 それでも、どうせ後で話すだろうと思った湖畔は、無言のままその男の懺悔を聞いていたのだった。また、コイツは他の転生者たちをぶちのめして来たと、サラっと口にしたことを、湖畔は野蛮で暴力的なヤツだと思っていた。

 

 

「そして、”原作キャラ”をなんとしてでも救済したいと思い、私はそんな彼女たちへ近づき、お付き合いをしようとも思いました……」

 

「……原作……キャラ……?」

 

「……失礼しました。()()()()()()()()()()()言葉でしたね……」

 

 

 男はさらに原作キャラの救済と言い出した。湖畔は何様のつもりだと思いながらも、原作キャラと言われてわからないフリをした。すると男は湖畔を神父だと思っていたので、原作キャラなんてわかるはずがなかったと言葉にしていた。

 

 

「いえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です。私が彼女たちを幸せにしなければならないと思い、ずっと頑張ってきたのです……」

 

「…………(幸せにねぇ……。でもこんな奴が他人を幸せに出来るとは到底思えん)」

 

 

 ならばわかりやすい言葉で説明しようと、男はべらべらとそのことを話し出した。なんということか、その男は原作キャラと称した3-Aの少女たちを、必ず不幸な目に会う少女と言い出したではないか。

 

 さらにはそうならないために、幸せにしてやろうと言う上から目線で、物事を語ったのだ。湖畔はこの男を身勝手なヤツだと思い軽蔑し、こんなやつが他人を幸せに出来るはずが無いと考えた。

 

 他の転生者を平気でぶちのめし、原作キャラを幸せにしたいなど、明らかに個人の欲が丸出しだったからだ。

 

 

「私はそうやって生きてきました。私を信じて仲良くなった子たちは幸せになると思っていました……」

 

 

 男はさらに、仲良くなって幸せにすると言い出した。だが、”たち”と言うことは複数形。つまるところ、この男は大層な理由をつけただけで、単なるハーレムを作りたいという欲望にまみれた存在だと、言っている様なものだったのである。

 

 湖畔もここまで来ると、自意識過剰でくだらない男だと思っていた。マンガの主人公にしても絶対に人気の出ないタイプだと考え、早く話が終わらないかと思い始めていたのだった。

 

 

「ですが、そんな私の邪魔をする卑劣で最低の存在が現れたのです……」

 

(当たり前だろう? お前のようなヤツを知ったら倒そうと思うヤツが出てくるに決まっている)

 

 

 それでも湖畔の考えなど男にわかるはずも無く、男はまだまだ身の上話を続けるようだった。そう、それは男の計画を邪魔するヤツが現れたということだったのだ。湖畔はそれも当然だと考えた。こんなゲスを野放しにするはずがないだろうと、絶対にぶちのめしたいと思う奴が現れると考えたのだ。

 

 

「そして私は()()()()()()()()()()、地に落とされてしまったのです……」

 

「……ウム、それで……?(特典を()()()()……? どういう方法だ? そっちの方が気になるが……)」

 

 

 そして、男はまたしてもとんでもないことを口にしたのだ。なんということか、神から与えられた特典を奪われたと、はっきり言ったのだ。

 

 湖畔は再び驚いた。だが、同時に納得した。先ほどの”数日前まで”という言葉の疑問が晴れたからだ。ただ、どうやって特典を抜かれたのか、逆に新たな疑問も生まれた。

 

 まあ、それは多分話してる相手も理解してない様子だったので、気になるところだが知ることは出来ないと湖畔は思った。

 

 

「さらに、地に落ちた私にトドメを刺すべく、下劣なるものたちを倒してきたことを、この学園全体に暴露されてしまったのです」

 

 

 また、特典を抜かれて苦しんでいるところへ、追い討ちをかけられたと男は言い出した。それはまさに、この男が下劣と称すものたちをぶちのめしたことを、公表されたということだ。それにより、この男はさらなる窮地へと陥ったようである。

 

 

「悔しかった、許せなかった。下劣なるものたちは、()()()()()()()()()()なのに。なぜ、私がこうして苦しまなければならないのかと……」

 

(おいおい、それはただの逆恨みじゃあないか。まったく反省すらしねーのか、コイツは……)

 

 

 だが、男はそのものたちをぶちのめしてきたことを反省も後悔も微塵もしていない様子だった。むしろ、そいつらはそうなって当然だと、平然と言葉にしたのだ。それだけではなく、どうして自分が苦しまなければならないのかと言い出す始末だったのである。

 

 湖畔もそれには完全に呆れた。まったく反省すらせず、自分が悪いとも思っていないこの男を、本当に最低なヤツだと思ったのである。

 

 

「その暴露したものを、そう、”原作キャラ”の一人に私は復讐を誓いました……」

 

(暴露したのが()()()()()? 誰だ? あの朝倉和美(パパラッチ)あたりか? いや、そんなことをするヤツだったか……?)

 

 

 また、その行いを暴露したのが、原作キャラだと話し出した。さらに、そのものに復讐を行ったようである。

 

 湖畔はそこで、誰がそんなことをしたのか考えた。そこで、当てはまるのはあのパパラッチのこと朝倉和美だったが、そこまでするようなやつだったかと、少しだけ疑問に感じていた。

 

 

「そして、そのものに恥をかかせてやるべく、私は襲い掛かったのです……」

 

「……オホン。して、それが罪であると……?」

 

 

 この男は復讐のために、そのものを襲い恥をかかせようとしたようだ。湖畔はそれを聞いて、先ほどからこの男がまったく罪を語らないので、それこそが罪なのだろうと思ったのである。それを神父風に聞いて見ると、もっとおぞましい答えが返ってきたのだ。

 

 

「いえ、神父様。()()()()()()()()()んです……。()()()()()()()()んですよ……」

 

(それが罪じゃあないだと? 何を寝ぼけたことを言ってるんだ……? じゃあ何が一体コイツの罪になると言うんだ……?)

 

 

 それも罪ではないと、この男は話したのだ。むしろ、それではなく別に罪があると言ってのけやがったのだ。湖畔はもうこの男がクソ以下だと完全に理解し、ならば何がこの男を罪と感じさせるものなのだろうかと、考えさせられるほどだった。

 

 

「……今の復讐、結果は失敗に終わりました……」

 

 

 その話の後、男は悔しそうに復讐が失敗に終わったことをこぼした。声は震え、本気で悔しそうであった。

 

 

「襲い掛かり辱めを与えてやろうとしたその時……ッ! ()()()()()()()()()()、殴り飛ばされたのです……」

 

 

 何故失敗したのか。男はそのことについても語りだした。何とこの男、そのものに辱めを与えようと、襲い掛かったというのだ。しかし、その直後、見えない何かに阻まれ、殴り飛ばされたと言ったのだ。

 

 

「その現象が何だったのかはわかりませんが、とにかく失敗してしまいました。私は非常に悔しくて、仕方のない出来事でした……」

 

(失敗してよかったじゃあないか。しかし、不思議な何かというのも気になる……)

 

 

 男はその不思議な現象を理解していない様子で、失敗を悔しがっていた。あんなことさえなければ、自分の復讐は果たせていた。そんなことを思っているような言い草だった。

 

 湖畔はむしろ、失敗してよかっただろうと思った。そんな馬鹿なことをしたら、サツに捕まってムショ行きなのは確実だからだ。

 

 それに不幸な少女が出なくてよかったとも思っていた。こんなゲスにひどい目に遭わされたとなれば、二度と立ち直れそうにないだろうと考えたのである。

 

 それ以外にも、その不思議な現象とやらにも興味があった。スタンドなのか、あるいは別の何かなのか、どちらにせよ興味がある現象だった。

 

 

「……して、そのあなたの罪とは……?」

 

()()()()()()()神父様。その罪とは……ッ! 私が暗い海よりも深く後悔し、絶望したことと言うのは……ッ!」

 

 

 だったらお前の罪は何なんだよ。いい加減話してくれないか。湖畔はもう完全に呆れてしまっており、長く話を聞くのも億劫になっていた。だからしれっとそれを質問すると、男は突然興奮し始めた。

 

 

「……あの()()()に……、ググッググッグッ……ッ!」

 

「……!?」

 

 

 男は罪を思い出したのか、怒りで両手を強く握り締め、ギリギリと音が鳴っていた。歯も食いしばっており、すさまじい歯軋りの音が狭い部屋に響き渡った。湖畔は男の変貌に、かなり驚いた。一体何をしたら男がこうなるんだろうかと、不思議に思うぐらいに。

 

 

「ググッ……、道端に……、道端にはき捨てられて踏みつけられ……、黒く汚れた汚らしいガムのような……ッ!」

 

 

 すると男は怒りのあまり、声がすさまじく震え、手は握りすぎたのか血が流れていた。湖畔にはそれを見ることは出来なかったが、なんとなく想像はついた。そして、男はすさまじい怒りをあらわにしながら、誰かを罵倒するようなことを言い始めたのである。

 

 

「あのッ、ううゥゥ……ッ あの世の中の全ての汚物より下劣なッ! ()()()()()()()()()()()()()ッ!! ()()()()()()()()()()()()()ォ――――――ッ!!!!」

 

「………!!」

 

 

 男はなんと、片割れという誰かに敗北したことこそが、自分の罪だと告白したのだ。しかし、告白というよりも、もはや呪いの叫びであった。男は叫びながらその部屋に立ち、殺してやるといわんばかりに全身を震わせていた。

 

 湖畔は男のその大声に驚き、少し後ろへ体を引いていた。うるさいというだけではなく、どんだけ憎んでいるんだろうと思いながら。というよりも、この男は先ほどの自分の行いよりも、誰かに敗北したことの方が罪だと感じているようだ。なんという自分勝手なヤツなんだろうか。

 

 

「……私はッ……。たった一度の敗北で、全てを奪われたのですッ……!」

 

 

 男はさらに叫び続けた。一回の敗北で、何もかもを失ったと。奪われたと。それがたまらなく苦しく悔しいことだと。

 

 

「力も才能もッ! 信用も地位もッ! 神からの施しもッ!! この生きるための全ての何かをッ! そのたった一度の敗北程度で奪われたッ!! この罪を許せると思いますかァッ!? 神父様ァおおおおぉぉォォ――――――ッ!!!」

 

「…………」

 

 

 自分の全てを失い奪われた、こんなことは許されない。絶対に許してはならない。男はそう叫んでいた。神父へと叫んでいた。いや、だが聞いていたのは湖畔であって神父ではない。ゆえに、湖畔はこの男にドン引きだった。もう何もかもが最低最悪なヤツだと考えていたのだ。

 

 

「……オホン……」

 

「ハァーッ! ハァーッ! ……し、失礼しました……。少し興奮しすぎたようです……」

 

「……いえ、大丈夫です……」

 

 

 流石に興奮しすぎる男へと、湖畔はわざとらしいせきを出して、なだめようと思った。すると男は叫びで呼吸が苦しくなったのか、息を荒くしながら興奮したことへ謝罪をしていた。湖畔はぶっちゃけ大丈夫じゃないと思いながら、その謝罪に大丈夫だと答えたのだ。

 

 

「とても話さずにはいられませんでした……。まさに地獄、生き地獄を味わっている気分でしたので……」

 

「…………」

 

 

 男はこのことを誰かに話したかった。多分話す相手が誰も居なかったのだろう。だからこんな場所に来て、自分の愚痴を叫んだのだろう。男はそんな感じだった。湖畔は迷惑なヤツだと思いながら、あえて黙って聞いていた。

 

 

「しかし、ああしかし、私は()()()()()()()んですよ……。ハァーハァーッ! ()()()()()()()()()……。再び、私は力を得て、奴らに然るべき報いを……ッ! 復讐をッ……!!」

 

 

 男はそれでも諦めていなかった。自分は生きている。この世界に存在している。ならば、この怒りと憎しみをぶつけてやろう。もう一度力を得て、再び返り咲いてやる。男はまだ戦うつもりだった。こんなに落ちぶれても、復讐を、野望を捨ててなかったようである。

 

 ――――――お気づきだと思うが、この男こそ、敗北してくたばった、銀髪のこと天銀神威である。まったく懲りてないどころか、いまだに敗北を受け入れきれず、復讐に燃えているようだ。

 

 また、この神威は和美がこそこそなにかをやっていることに気がついていた。だが、何も出来ないと高をくくり、捨て置いてしまっていたのだ。ゆえに、和美が匿名で神威の暴行を暴露し、この麻帆良の人々からの信用を失ってしまったのだ。

 

 それに怒りを感じた神威は、和美へと復讐しようと考えた。自分の行いが悪かったというのに、最低の発想である。神威は和美を見つけると、すぐさま襲い掛かった。そこへ、和美のボディーガードをしていたマタムネにボコられ、失敗したということだったのだ。

 

 そういった経緯があり、もはや叫ばずにいられなくなった神威は、こんなところで愚痴を言う情けない醜態を晒していたのである。あの余裕をきめて調子に乗っていた、銀髪の姿は存在せず、みすぼらしいただのクソガキになれ果ててしまったようだ。

 

 

「あのクソ! どこへ隠れやがった!?」

 

「こっちに入ってきたのはわかってるんだぞ! 出て来いよ卑怯者めッ!!」

 

「ヒィィッ!!!?」

 

 

 そう男が叫んでいるところへ、別の誰かが教会へと入ってきたようだ。その誰かはこの神威を探している様子だった。その声を聞いた神威は、なにやら怯えた声を上げて頭を抱えていた。

 

 

「そこか! 声が聞こえたぞ!! 引きずり出してやる!!」

 

「や、やめろぉ!! この醜いクソカスどもがああぁぁぁァァァァァッ!!! この私に触れるなアァッ!!」

 

「ほざくんじゃねぇ! どっちが醜いか今教えてやるっつーんだよぉ!!」

 

「あん時の痛みは忘れてねぇぜぇ!? 100倍にして返してやるからよぉ!!!」

 

 

 神威が悲鳴を上げたのを聞いたその誰かが、神威が懺悔室にいることに気がついたようだ。すると、その誰かたちは神威の腕をつかみ、無理やり懺悔室から引きずり出したのである。

 

 その様子を湖畔は、懺悔室の窓からチラリとのぞきながら、復讐されてるんだなと思ったようだ。

 

 

「うわああああぁぁぁぁぁあぁあああッ!! た、助けてくださいぃぃ! 神父様ぁぁぁ!! お助け!! たすっ! 助けろっつってんだろうがァァァァッ!!!!」

 

「さあこっちに来い! まだ殴りたりねぇんだからよぉー!!!」

 

「あっあっあっああああああ―――――――ッ!!!?」

 

 

 神威はぐいぐいと引きずられながら、教会の外へと連れ出されていた。もはや苦し紛れに神父へ助けを求める神威だったが、まるで反応がないことにキレたのか、醜く叫んだのである。

 

 いやはや、何と言う落ちぶれっぷりだろうか。誰かたちは神威に昔ボコられたものたちだったようで、そのまま神威を引きずったまま教会を出て行ったのだった。

 

 神威にひどい目に会わされた転生者たちは、何とか神威に復讐してやろうと考えていた。だが、神威はすさまじい強さがゆえに、手が出せずにいたようだ。しかし、神威の悪事が匿名で張り出された記事を見て、神威が弱体化したと考えた。

 

 何せあの神威はバレないように転生者をボコしてきたのだ。それが明るみに出たということは、神威に何かが起こった証拠だ。また、普段は調子こいて威風堂々としていた神威が、突然怯えだしたのである。明らかにおかしい神威を見れば、特典を失ったとは思わないにせよ、弱体化したと考えるのが普通だ。

 

 だから転生者たちは神威が弱体化、実際は特典を失ったのをいいことに、復讐を始めたのである。まあ、それも全て神威が原因であり、因果応報なので仕方のないことでもあるのだが……。

 

 

「…………」

 

 

 神威が引きずられて外へ出て行くのを、湖畔は黙って窓から見ていた。そして、情けない叫びが聞こえなくなり、完全に教会の扉が閉まったのを確認した後、こっそりと懺悔室から外へと出た。

 

 

「世の中にはまったくもって、進歩の無い人間というものが居るとは聞いたが、まさかあんなのが居るとはね……」

 

 

 そして、この後あの神威が、どうなったかまでは湖畔もわからないことだった。

 

 特典を抜かれ復讐され続けても、あきらめず孤独に人生を前向きに生きる男……。彼は本当に最低最悪の悪人だと思うが、そこのところは尊敬できる。まあ、そう思うのは自分だけかもしれないが……。そう湖畔は考えながら、その教会を後にしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 湖畔は教会を出た後、適当に麻帆良をふらついていた。そこで腕時計を見ると、随分と時間が経っていた。教会で過ごした時間が随分長かったようである。

 

 湖畔は今の時間を見て、あの男の懺悔が無駄に長かったと思い、少しだけ無駄な時間を過ごしたと思ったようだ。それでも得るものはあったとも思っていた。特典の消滅が存在したことは、この湖畔にとってかなりの収穫と言えるものだった。

 

 

「やれやれ、変なヤツの懺悔を聞いていたらこんな時間か」

 

 

 しかしまあ、そこそこいい時間になってしまったので、今後の方針をどうするかを考えていた。とはいえ、まだ日が落ちるには時間があった。別に急いで帰る必要もないので、休憩しながらでもそのあたりを考えようと思ったのである。

 

 

「まあ、まだ時間はあるし、この麻帆良でのんびり過ごすのもいいかもな」

 

 

 湖畔はそこで休憩しようと考え、喫茶店へと足を踏み入れた。適当にアイスコーヒーを頼み、外にあるテラスの席へ座り、持ってきていた鞄をテーブルの下へと置いて、さてどうするかと考えた。そこでふと、周りを見渡せばどこもかしこも学生だらけと言う状況だった。

 

 

「……にしても学生が多いな。流石は学園都市と言うだけある」

 

 

 ここは麻帆良学園都市、学園都市と言うだけあって、学生が多いことは当然かと湖畔は考えた。湖畔は麻帆良には住んでいないので、こういった雰囲気などもなじみが無く、珍しいものなのだ。そうやって色々と考えて居るところに、女子学生らしき少女が湖畔の横へと現れた。

 

 

「あのー、そこのお兄さん」

 

「……ん? 何だ君は突然……」

 

 

 黒いロングヘアーで二本の触覚を生やしたメガネの少女。それは夏用の制服姿の早乙女ハルナだった。今日は平日という訳で、当然学生らしい恰好をしていたのだ。

 

 そんなハルナは、湖畔をどこかで見た男性だと思ったようで、その湖畔に声をかけたのだ。湖畔は知らぬ少女に声をかけられ、一体どうしたんだと、迷惑そうな表情でそれを言葉にしていた。

 

 

「あー!! やっぱり! ピンクダークの少年の作者! 水辺湖畔先生!!」

 

「なっ!? おいおい、そんな大声でぼくの名を叫ぶなよ……。いっせいに人が来たらどうするつもりだ?」

 

 

 そこでハルナはようやく湖畔を思い出したのか、突然叫びだしたのだ。と言うのも、ハルナも湖畔が描いたマンガである”ピンクダークの少年”の愛読者だったのだ。当然その作者本人が目の前にいれば、盛り上がってしまうのも仕方のないことだろう。

 

 だが、湖畔はかなり迷惑だった。自分はソコソコ売れっ子マンガ家だと自負している湖畔は、こんな人の多いところで名前を呼ばれたら、人が詰め寄ると思ったのである。

 

 

「どうしたのですか? ハルナ」

 

「聞いてよゆえー! あの湖畔先生がここにいるんだよ!!」

 

「えっ!? 本当ですか?!」

 

 

 その叫ぶハルナの後ろへ夕映とのどかがやってきた。どうしてそんなに騒いでいるのか、気になったようだ。ハルナは即座に高いテンションで、目の前に湖畔が居ることを夕映に伝えると、夕映も同じように驚いていた。夕映も”ピンクダークの少年”を愛読していたようだ。

 

 

「そーだ! 湖畔先生! サインください!」

 

「私も貰うです! お願いします!」

 

「……散々騒いでおいてあつかましいヤツだな。まあ、そのぐらいはスペシャルサンクスだ」

 

 

 ハルナは思いついたかのように、湖畔へサインをねだった。鞄からスケッチブックを取り出し、サインしてくれと差し出したのだ。夕映も同じく本を取り出し、その表紙の裏側にサインをねだった。湖畔は何と言うあつかましい奴らだと思いながらも、サイン程度なら手間にならないと考え、その場でサインをしたのである。

 

 

「すげー! ドリッピング画法!? しかも珈琲で!!?」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 なんということか、湖畔はストローを使いアイスコーヒーを飛び散らせてサインを描いたではないか。これぞまさしくドリッピングと呼ばれる画法。

 

 ハルナはそのサインの技術の高さに驚き、いいものが見れたと思った。コーヒーを飛ばしただけでサインにしてしまうなんて、とんでもない早技だったからだ。隣の夕映も即座にサインがされたことに驚きながら、頭を下げて礼を述べていたのだ。

 

 

「のどかもどうです?」

 

「え? 私はいいかな……」

 

 

 夕映はその後ろに居るのどかにも、サインしてもらえばいいと話した。ただ、のぞかは”ピンクダークの少年”を読んでいないので、興味が無いようだ。

 

 と言うよりも、”ピンクダークの少年”の絵柄は非常に濃いので、人を選ぶのである。のどかには少し刺激が強かったのか、あまり読みたいマンガではなかったのだ。

 

 

「今度は握手してください!!」

 

「サインの次は握手だとぉー? 遠慮を知らんのかこの娘は」

 

 

 ハルナはサインを貰って満足そうな笑みを見せていたが、そうではなかったようだ。今度は握手までねだったのである。流石にそれは無礼すぎるだろう。湖畔も遠慮を知らんヤツだと、露骨に嫌そうな表情をしていた。

 

 

「まったく、まあいいか。……ほら」

 

「やったー!!」

 

 

 それでも湖畔は握手ぐらい気にすることも無いと思い、その左手を差し出した。ハルナは万歳して大喜びし、両手で湖畔の左手を掴んで感激していたのだった。

 

 

「ん?」

 

 

 と、湖畔はハルナと握手しながら、こちらを見る男子生徒らしき人物に気がついた。その男子生徒はすさまじく驚いた表情をした後、なにやらすごい険しい表情へと変えていったのだ。

 

 

「お、おい……、あれはまさか……()()()()……?! いや、()()……、だが……!!」

 

「いやー、サインだけでなく握手までお願いしてすいませんでしたー!」

 

 

 それはなんと、あの状助だ。だが、湖畔は状助のことを知らない。だから特典元である、”東方仗助”が居ると錯覚したようだ。しかし、ここはネギま!の世界。”東方仗助”が居るはずも無いのだ。

 

 つまり、あれはその”東方仗助”の能力をもらった転生者だと湖畔は一瞬のうちに理解したのだ。それでも湖畔は焦りの表情を変えなかった。険しい表情の状助が、ズンズンと近づいてきていたからだ。

 

 そんなことなど知らぬハルナは、握手してもらった手をマジマジと見て喜んでいた。こりゃ一日は手を洗えないと思いながら、湖畔へと礼をしっかり述べていたのだ。

 

 

「ハッ!?」

 

「あのー、どうかしました?」

 

 

 湖畔は、どうして状助が恐ろしい表情で、こちらにゆっくり近づいて来ているのかわからなかった。そこで湖畔は周りを見渡すと、そこには”原作キャラ”の三人に囲まれているという状況だと言うことを、ようやく理解したのである。

 

 そんな状況下に置かれた湖畔が驚きの表情となったのを見たハルナは、一体どうしたんだろうかと思ったようだ。何かまずいことでもしてしまったのだろうかと、少しだけ不安になったのである。

 

 

(おいおいおいおい……。この状況、まるでぼくが彼女たちを()()()()()()()()()使()()()はべらせてるみたいじゃあないか……ッ! あの()()()()は、そう勘違いしてるんじゃあないのかッ!?)

 

 

 湖畔はさらにこの状況を分析した。そうだ、これではまるで自分がスタンドを使って、この娘たちをはべらせているようだと、客観的に捉えたのだ。

 

 ならば、あの怒れる”東方仗助”は、そう勘違いしてこっちにやって来ているのではないか。この湖畔をぶちのめそうと考えているのではないか。湖畔はそう思考するとさらに焦りが増していった。

 

 

「あ、あれは東さん?」

 

「えっ? 東君って湖畔先生とお知り合いなの!?」

 

 

 夕映も湖畔を不思議に思い、その湖畔の視線の先へと目を移した。するとのしのしとこちらへ歩いてくる状助を発見したのだ。それを言葉に出すと、ハルナは状助がこの湖畔の知り合いなのだろうかと思ったようだ。

 

 何せ状助の視線は自分たちではなく、湖畔へと向けられていたからだ。また、湖畔の視線も状助を捉えていたからだ。湖畔は状助が近づいてくることに危機感を覚え、気がつけば椅子から立ち上がっていた。そして、状助は湖畔とテープルごしで対峙したのである。

 

 また、この少女三人は、学園祭の戦いにて状助と共闘した。一応顔と名前を紹介しあい、知人となっていたのだ。だからハルナも夕映も、状助のことがわかったのである。

 

 

「うおっ!?」

 

「湖畔先生、何やってるんですか……?」

 

 

 すると突然湖畔は座っていた椅子を倒して後ろへと下がっていた。ハルナは湖畔が突如後ろに下がったことに、一体何してるのだろうかと思っただけのようだ。

 

 しかし、湖畔は全てわかっていた。状助がクレイジー・ダイヤモンドで攻撃してきたからだ。顔面に狙いを定め、勢いよく振り上げられた拳の攻撃を湖畔が横へ避けた後に、後ろへ倒れこんだからだ。

 

 

「おい、おめぇこんなところで何してんだぁッ?」

 

「な、何ィ――――――ッ!?」

 

 

 状助は湖畔を完全に敵認定してしまっており、顔を近づけてメンチをきめていた。湖畔はそんな状助を見て、ヤバイと本気で思い始めた。このままではクレイジー・ダイヤモンドに殴り飛ばされてしまうと思ったのだ。

 

 

「冗談じゃあないぞ! ぼくは何にもしてないのにッ! いきなり攻撃してくるヤツがいるかッ!?」

 

「おめぇの()()は信用できねぇからよぉ~……ッ!」

 

「キレてんのかコイツはァ!?」

 

 

 だが、それ以上に湖畔は理不尽な怒りを感じ、すぐに立ち上がると自分の無実を叫んだのだ。と言うか湖畔は別に何もしていないし、スタンドだって悪用していない。何もしていないというのに、目の前の”東方状助”は敵だと勘違いして攻撃してきたのだ。頭にこないはずがない。

 

 ただ、状助も”岸辺露伴”の能力は信用できないと思っていた。何故ならその能力は、他者を本にして過去の赤裸々な記憶を見ることが出来るだけでなく、命令を書き込むことによって自由自在に操れるからだ。そんな能力を持っていそうな湖畔を、怪しいと思ってしまうのも仕方のないことだったのである。

 

 

「”クレイジー・ダイヤモンド”ッ!! ドラララアァッ!!」

 

「クソ!! コイツッ!?」

 

 

 状助は本気で湖畔を倒そうと、クレイジー・ダイヤモンドの拳でさらに攻撃した。湖畔はそれを横へ飛び込んで何とか回避。もはや完全にキレている状助を何とかするしかないと、体勢を立て直しながら湖畔は考え始めていた。

 

 

「湖畔先生!?」

 

「君たち、下がってた方がいいぞ……!」

 

 

 しかし、ハルナたちには二人が何をやっているのか、まったくわからなかった。スタンドはスタンド使いにしか見えない。つまり、状助がすごんだことで湖畔がそれに驚いて、後ろに下がってしりもちをついたり、突然横に飛び込むと言う奇行をしているようにしか見えないのだ。

 

 それでも湖畔は状助がキレて暴れそうなのを見て、ハルナたちへ下がることを忠告していた。ハルナたちもその忠告を聞き入れたのか、多少離れて湖畔たちの様子を伺うことにしたようだ。

 

 

「このぼくが彼女たちに能力を使ったって言うのかッ!? ふざけるんじゃあないぞッ!!」

 

「……使ったってーのか……?」

 

「使うわけないじゃあないか! そんなことをすればリアリティが失われるだろうがッ!!」

 

 

 湖畔も流石に怒りが湧き出し、自分は無実だと叫びだした。ヘブンズ・ドアーを彼女たちに使ってなどいない、お前の勘違いだと声を張り上げてたのだ。

 

 だが、状助はまったく聞く耳を持たず、まるで信用していなかった。ならばと湖畔は、その理由を叫んだ。ヘブンズ・ドアーでいじることは、リアリティを失うことだと。

 

 

「リアリティ? そりゃおめぇの()()()()()()()()()だろうがよぉ~ッ! おめぇにはまったく関係ねーだろうがッ!!」

 

「コイツぼくのマンガを読んでないのか!? なんてセンスの無いヤツだッ!!」

 

「何だとコラァッ!!!」

 

 

 それでも状助はまったく湖畔を信用しない。完全に疑った状態だった。また、リアリティが失われるというのは、湖畔の特典元である”岸辺露伴”のこだわりだ。この転生者である湖畔には、まったく関係ないことだと状助は思ったのだ。

 

 湖畔はその言葉に、この状助は自分のマンガを読んでいないと考えた。”ピンクダークの少年”を掲載しており、そのマンガが明らかに自分の描いたものだと、普通に気がつくと思ったからだ。

 

 さらに、湖畔もマンガを描くためにリアリティを追求してきた。”岸辺露伴”の言う、”面白い作品にはリアリティが必要”だということを実践してきたのだ。

 

 ただ、湖畔も一言多かった。ついつい自分の作品を読んでいないヤツだと思った状助に向かって、センスの無いヤツだと言い放ってしまった。状助はその言葉にも頭にきたのか、さらに怒りを燃やして叫んでいたのである。

 

 

(クソーッ! こうなったらヘブンズ・ドアーで()()()()()()()()()()()ッ! だが、ぼくのヘブンズ・ドアーは防御も攻撃も出来ないッ! どうする!?)

 

 

 もはや目の前の”東方仗助”を止めることは出来ない。湖畔はそう考えて、ならば自分の能力で切り抜けるしかないと思った。ヘブンズ・ドアーならば相手を本にして、さらに命令を書き込むことにより無効化することが出来るからだ。

 

 だが、問題があった。ヘブンズ・ドアーには攻撃力も防御するすべもないのだ。あのクレイジー・ダイヤモンドの拳を防ぐ手立てが無いのである。

 

 

「ドララララララアァァァッ!!」

 

「クッ!?」

 

 

 湖畔が思考する中、間髪いれずに拳のラッシュを浴びせる状助。ヘタに近づけば状助のクレイジー・ダイヤモンドに殴られる。かといって近づかなければ、状助にヘブンズ・ドアーを食らわせることが出来ない。どうする、どうする、湖畔はその方法を必死に探っていた。

 

 

「なっ、何やってんの!? 東君と湖畔先生は!?」

 

「わからないです……」

 

「なんだろう……。でもどっちも何か怖い……」

 

 

 そんなスタンドバトルを繰り広げる二人だが、ハルナたちにはまったく理解できない光景だった。スタンドが見えない三人には、やはり状助が湖畔を追い詰めているというマヌケな姿しか見えないのだ。

 

 ただ、のどかは二人の表情を見て、何か鬼気迫るものを感じているのではないかと思い、怖いと思ったようだ。

 

 

「おい()()()()! ぼくは敵じゃあない! 攻撃を止めろッ!!」

 

「信用できねぇなぁーッ!!」

 

「ええい! このプッツンがッ……!」

 

 

 湖畔はなんとかクレイジー・ダイヤモンドの拳から逃げ惑い、状助へと敵ではないと叫んだ。まあ、湖畔はそれで止まる”東方仗助”ではないことをうすうすわかっていたので、半分無駄だと思っていたが。そして、やはり信用なんて不可能だと、状助は攻撃の手を休めることは無かった。

 

 また、何で自分の姿だけで、周りに彼女たちがいただけでこの”東方仗助”がキレてんだと、湖畔はそう思いながら流石に怒りだけではなく呆れも感じ始めていた。

 

 ただ、状助は状助で、最近まで銀髪とか言うニコぽの使い手がいたことを知っていた。なので、目の前の”岸辺露伴”がそう言った分類の存在の可能性を考えて、キレていたのである。

 

 

「ドララララララララララアアァァァッ!!!」

 

「クソッ!! 調子に乗るんじゃあないぞッ! ヘブンズ・ドアアァァーッ!!」

 

 

 止まらぬクレイジー・ダイヤモンドの拳、止まる気配を見せぬ状助。もうこうなったらヤケだと思った湖畔は、ついに自分のスタンドを状助へと晒したのだ。

 

 シルクハットをかぶったような少年のヴィジョン。その姿はまさに”ピンクダークの少年”に酷似したものだった。そして、袖や帽子の装飾には中の空洞が覗いた、まさにマンガのキャラを切り抜いたようなスタンド、ヘブンズ・ドアーだ。

 

 

「……出したな……。テメェのスタンドを……」

 

「ハァーッ! ハァーッ! どうやって近づいて命令を書き込む!?」

 

 

 状助はようやく湖畔がスタンドを出したのを見て、やはり持っていたかと思ったようだ。しかし、状助はヘブンズ・ドアーの能力を熟知している。近づけば本にされることぐらいわかっているのだ。

 

 それでも、パワーで押し切ろうとしていたのも状助である。そんな状況で、どうやって状助を本にするかを考える湖畔。こうなってしまったら、もはやどちらかが倒されるまで、戦いは終わらないと思ったのだ。

 

 

「させるわけねぇだろうが!! ドラララララアァッ!!!」

 

「クソッ! これじゃあ近づけない……! なんていうパワーだッ!」

 

 

 状助も本にされれば、こちらの敗北だと言うことも理解していた。だから攻撃の手を休めず、ガンガン拳を打ちつけたのだ。もはや暴れ狂った状助に、近寄ることさえ出来ない湖畔は、少し焦りを感じていた。

 

 このヘブンズ・ドアー、最初は原稿を見せて波長が合う人間を本にする能力だった。それが成長し、今度は空中に絵を描いてみせることで、それを見せた相手を本にする能力へと変化した。そして、現在は人型のヴィジョンへと成長し、誰にでも本にすることが可能となっていた。

 

 だが、そのせいか能力射程はかなり短くなってしまっており、2メートル前後でしか発動が出来ないのだ。それゆえ湖畔も状助の射程に近づかない限り、攻撃が出来ないという状況へと陥ってしまっていたのである。

 

 

「うッ……!? てっ、テーブルがッ!?」

 

「貰ったぜェッ!!」

 

 

 湖畔はクレイジー・ダイヤモンドの射程から少し離れながら、その拳を回避する以外何も出来なかった。しかし、逃げた先にテーブルがあり、それが接触したことで動きが鈍くなってしまったのだ。

 

 

「ドラァッ!!」

 

「ウゲェッ!?」

 

 

 その瞬間を見逃さなかった状助は、すぐさまクレイジー・ダイヤモンドの拳を湖畔へとたたきつけた。湖畔はその拳を顔面に受けてしまい、苦痛の声をもらし、そのまま吹っ飛ばされて別のテーブルに衝突したのだ。ただ、その状助の攻撃も、射程ギリギリだったので、大きなダメージにはならなかった。

 

 

「こ、湖畔先生!?」

 

「何が起こってるんですかこれは……」

 

「ど、どうしよう……」

 

 

 突然殴り飛ばされた湖畔に、ハルナはさらに驚いた。状助はまったく腕を動かしていないのに、湖畔が吹っ飛ばされたからだ。この現象を見て、流石に何か起こっているのではないかと、夕映も思ったようだ。その二人の後ろで、喧嘩っぽい雰囲気をどうしたらいいかと考えるのどかが居た。

 

 

「痛いじゃあないかッ! クソォッ!!」

 

「トドメだぜェ―――――ッ!!」

 

「何ィ!? とりあえずこの場から逃げなければッ!!」

 

 

 湖畔は背中にテーブルを打ち付けたのか、手を背中へと当てて痛がっていた。また、その痛みと苛立ちから、自然と文句が口からもれたようだ。

 

 そう痛がっている湖畔の目の前に、気がつけば状助が立っていた。トドメを刺そうと、クレイジー・ダイヤモンドを目の前に発現したのだ。

 

 ヤバイ、すごいヤバイ。湖畔はすぐに移動して逃げなければマズいと思った。しかし、それがかなう状況ではなかったのだ。

 

 

「なっ!? ヤバイ!! テーブルのボルトが引っかかってッ!?」

 

「ドラララララアアァァァ――――――ッ!!!」

 

 

 なんということだ、湖畔のズボンにテーブルを固定しているボルトが引っかかってしまっていたのだ。これではすぐには動けない。しかも、焦っているせいで中々はずれない。そんな湖畔へと、クレイジー・ダイヤモンドの拳が無情にも放たれた。

 

 

「……! これは()()()()()()()()()()()()……!」

 

 

 だが、湖畔はそこであるものを見つけた。それは自分の鞄だった。そう、ここは湖畔が最初に座っていたテーブルだったのだ。そして、その鞄の中にはこの窮地を脱しえるものが入っていることに、湖畔は気がついたのである。

 

 

「ドラララアァァッ!! もらったッ! 俺の勝ちだぜェッ!」

 

「それはどうかな?」

 

 

 クレイジー・ダイヤモンドの力強いラッシュが、湖畔へと迫っていた。状助はこの状況に勝利したと思った。この攻撃をいまさら湖畔が避けれるとは思ってないからだ。

 

 そんな追い詰められた状況でも、湖畔は逆に余裕を取り戻していた。だったらこれでどうだと、ニヤリと笑って鞄からあるものを取り出したのだ。

 

 

「なっ何ィ!? ()()()ォ―――――ッ!?」

 

 

 その鞄から取り出したのは紙だった。無数の無地の原稿用紙だった。それを状助へと放り投げ、状助の視界を一瞬だけだがふさいだのだ。

 

 状助は驚いた。トドメを刺そうと攻撃していたところに、無数の紙が目の前を覆ったからだ。これでは湖畔の位置がわからない。状助は一瞬のことだったが、かなりテンパってしまったのである。

 

 

「今だッ!! 食らえッ! ”ヘブンズ・ドアアァァ”――――――ッ!!」

 

「うおおおおおおッ!?」

 

 

 そこへすかさず攻撃を叩き込む湖畔。攻撃をしようとして伸ばしてあった、クレイジー・ダイヤモンドの右腕を、ヘブンズ・ドアーで攻撃したのだ。

 

 するとその右腕は本となり、まるでトイレットペーパーのロールを引っ張ったような状態になったのだ。状助はさらに焦って叫んだ。ヘブンズ・ドアーの回避不能の攻撃が命中してしまったことに、大いに焦った。

 

 

「命令を書き込めッ! ”ヘブンズ・ドアー”ッ!! 書き込む命令は”()()()()()()()()()()()()()()()()”だッ!!」

 

「し、しまったッ!? 野郎ゥッ!?」

 

 

 そして、湖畔は畳み掛けるように、ヘブンズ・ドアーに命令した。状助が二度と自分に攻撃できぬよう、”水辺湖畔に攻撃することは出来ない”と、命令を書き込ませたのだ。

 

 その文字が状助の本になっている部分に書き込まれ、状助はもはや湖畔へ攻撃することは不可能となったのである。状助はやってしまったと思い、冷や汗を流して叫んだ。もはや敗北したも同然だったからだ。

 

 

「まったく、ここまで原稿用紙を持ってきておいて正解だった。普段の行いが功をなしたってとこかな……」

 

 

 こうなってしまえば、状助など恐れるに足らず。そこで、ここまで原稿用紙を持ってきたことを、湖畔は自画自賛していた。いやはや、これがなければ状助にボコられていた、危なかったと思っていたのだ。

 

 そして、もう大丈夫だと思い安全になったと考えた湖畔は、ヘブンズ・ドアーを解除して、状助の右腕を本から元の状態へと戻した。またその現象は、ハルナたちからは見えない死角で起こっていたので、その三人にはわからなかったようだ。

 

 

「これで、お前はもう、このぼくには攻撃出来ない……」

 

「チクショー!! 消しやがれッ!!」

 

「それは出来ない。ぼくに危険が及ぶからね」

 

 

 もう状助は自分に攻撃など不可能となった、湖畔はそう言葉にして状助へと人差し指を伸ばした。状助も攻撃を諦めたが、また戦う意思は残っていたようで、この命令を消すように湖畔へと叫んでいた。だが、その命令を消せば、再び状助が攻撃してくる。湖畔はそう考えて、そんなことは出来ないと断ったのだ。

 

 

「さっきも言ったが、ぼくは彼女たちに()()()()()()()()()()()()()()からな」

 

「……本当だろうなぁ?」

 

「嘘じゃあないぞ! 第一ぼくがそんなことをしても何の得になるって言うんだ?」

 

 

 これでようやく会話が出来る、湖畔はそう考えて状助へと自分は何もしていないことを、改めて説明した。状助はやはり信用出来ないと、きつく睨みつけていた。が、もはや状助は睨みつけるぐらいしか出来ないのだ。そんな疑いにかかる状助へ、湖畔は苛立ち叫びながら、その理由を語りだした。

 

 

「色々あるだろうがよぉー!」

 

「いーや、無いね! ぼくは一応”原作知識”があるんだ。彼女たちのプロフィールまでは流石に覚えてないが、ある程度のことは覚えている」

 

「嘘だったら許さねぇぞコラァ!」

 

 

 この湖畔が彼女たちに能力を使う必要が無い。そう湖畔は話した。しかし、湖畔の能力、ヘブンズドアーはその人物の記憶を見ることが出来る。本人しか知りえない、誰にも知られたくない恥ずかしいことまで、全て知ることが出来るのだ。状助はそれも知っているので、湖畔に得が無いとは思えなかった。

 

 そこで湖畔は少し状助を馬鹿にする態度で、やはりそんなものは無いと言葉にした。湖畔も一応”原作知識”を持っている転生者だ。”原作キャラ”の詳細は覚えていないが、これまで何をしてきたかはある程度覚えているのだ。

 

 まあ、ここがネギま!の世界であろうとも、どうでもよいと考えて生きてきた湖畔には、やはり彼女たちに能力を使う必要性がないのである。その説明を受けても、なお信用をしない状助。それほどまでに、”岸辺露伴”と”ヘブンズ・ドアー”が信用できないのだろう。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

「ああ、大丈夫だ。もう終わったからね」

 

「それにしても、一体何をしていたのですか?」

 

 

 なんとか喧嘩っぽいことが収まったと思ったハルナたちは、湖畔へ近寄って大丈夫か尋ねた。湖畔は戦いが終わったのでもう大丈夫だと、少し疲れた表情で話していた。また、一体二人が何をしていたのか気になった夕映は、そのことを湖畔へ質問したのだ。

 

 

「それは()()()()()()()()()()()()()

 

「そ、そうですか……」

 

 

 だが、湖畔は右手を伸ばして関係のないことだと言い切った。それは拒絶の言葉だ。スタンド使いでないものにこの現象を説明しても、わからないと湖畔は考えたのである。

 

 湖畔に教えられないと少し威圧的に言われた夕映は、たじろぎながらこの現象の謎を、湖畔から聞くのを諦めたようだった。それに、状助も知ってそうな様子なので、そっちに尋ねればいいと考えたのだ。

 

 まあ、状助もスタンド使いではない夕映に、スタンドのことを教えるかは微妙ではあるが。

 

 

「おめぇら、コイツに何かされてないよなぁ?」

 

「何って何をですか?」

 

「むしろサイン貰って握手までしてもらっちゃったよ! いやー最高だねー!」

 

 

 そこで状助は、その三人の娘たちに湖畔から何かされてないかと質問した。夕映は特にそんなことはなかったので、不思議そうな表情で何がだろうと口にしていた。また、ハルナはサイン貰って握手もしてもらったので、むしろいいことしかされていないと喜びの声を上げていたのだ。

 

 

「おい! 勝手なことを言うんじゃあない! また誤解されるだろうが!」

 

「へ? 誤解って何?」

 

「ほー、()()ねぇ~」

 

「ほらみろ! コイツに誤解されたままじゃあ面倒なんだよ!」

 

 

 しかし、その握手という単語が誤解を招くと思った湖畔は、ハルナへ少し怒鳴っていた。まだ目の前の”東方仗助”から完全に信用されていなのに、また誤解されたら面倒だと思ったのだ。

 

 そこで、案の定状助はその握手という言葉で、疑いのまなざしを湖畔へと向けていた。湖畔はこうなるから嫌だったんだと、少しヒステリックに叫んだのだ。

 

 

「……いや、まてよ……、サイン? コイツのサインってどういうことっスかね?」

 

「えっ!? 水辺湖畔先生を知らないの!?」

 

「確かに聞いたことあるような……、どこだったか……?」

 

 

 だが、状助はサインという言葉に、何か引っかかりを感じたようだ。何故この”岸辺露伴”のサインがほしいのだろうと思ったのだ。

 

 それをハルナへ聞くと、この水辺湖畔なる人物を知らないことを、逆に驚かれたのだ。状助はその水辺湖畔という人物名が、どこかで聞いたことが、見たことがあった気がしたので、少し腕を組んで思い出そうとしたのである。

 

 

「東君ってピンクダークの少年を知らないの!?」

 

「知ってるかと思ってたです……」

 

 

 そんな悩む素振りを見せる状助に、ハルナは”ピンクダークの少年”を状助が知らないのだと考え驚いた。あのマンガは女性よりもむしろ男性に人気があるからだ。夕映も当然状助が、そのマンガを読んでいるとばかりと思っていたようで、意外だと感じていた。

 

 

「ピンクダーク? 確かに読んでたが、いやまてよ……、()()()……!?」

 

「そう、()()()()()()()。それこそぼくが描いたマンガだ」

 

「何ィィ――――――ッ!?」

 

 

 いや、状助も確かに愛読していた。”ピンクダークの少年”は転生する前でも気になっていたからだ。ジョジョというマンガの中に登場するマンガで読むことはかなわないが、不思議なタイトルと語られぬ物語を読んで見たいと思っていたからだ。

 

 それを思い出した状助は、ハッとして湖畔を見た。その”ピンクダークの少年”を描いていたのはまさしく岸辺露伴。その特典を貰った転生者が目の前にいたからだ。まさか、この目の前の男がそのマンガを描いたのでは? 状助はそう疑問に思った。

 

 そこへようやくわかったかという表情で、湖畔はそのまさかだと答えたのだ。そのマンガは自分が描いたと、このマヌケと思いながら。状助はそれに驚いた。そして、やっちまったと思ったのだ。

 

 

「そして彼女たちはそのファンなんだよ。だからぼくは何もしてない」

 

「そ、そうだったのかよォ―――ッ!? 勘違いして悪かった! ゴメンなさーい!」

 

「フン、やっとわかったのか」

 

 

 湖畔はさらに、ハルナと夕映の方に右手をむけ、二人は自分のファンだと話した。それゆえ、握手は当然のことであり、特に何かした訳ではないと勝ち誇った様子で言葉にしたのだ。

 

 マジかよグレート、状助はそう言われて自分のしでかしたことを思い出し、何度も頭を下げて謝りだしたのである。そのヘコヘコする状助を見て湖畔は、ようやく理解したのかこのボンクラ、と思っていた。

 

 

「と、とりあえず治しまス……」

 

「しっかりとキレイに元通りにしてくれよ? 痛くてかなわんッ!」

 

 

 状助は今殴ってしまったことも思い出し、すぐさまクレイジー・ダイヤモンドで湖畔の治療を行った。自分の仕出かした勘違いなのだから当然である。

 

 そこへ痛かった、アレは痛かったといやみったらしく湖畔は言いながら、ちゃんと治せとえらそうにふん反りがえっていたのである。もはやこうなってしまっては形勢逆転したのも同然。湖畔は少し調子に乗って、状助を小馬鹿にしだしていたのだ。

 

 また、湖畔の顔が瞬時に治療されていることに、三人の少女は気がつかなかったようだ。と言うのも、湖畔の傷もあまり大きなものではなかった。それに、ハルナと夕映は湖畔の近くに居たが、殴られた箇所の反対側へと移動していたからだ。のどかもようやく状助と湖畔が落ち着いたことに胸をなでおろしていたので、湖畔の頬が綺麗に治ったことに気がつかなかったようである。

 

 

「むしろ、そのことは最初に気づいてもらいたいね。まったく、その鳥の巣(あたま)の中に何がつまってんのか見てみたいところだよ」

 

「す、すいませんッした!!」

 

 

 というか、”岸辺露伴”の能力を貰ったからこそ、”ピンクダークの少年”が描けるんじゃないか。なんでそこをまず思い出さないのだと、さらにネチネチと状助を責める湖畔。

 

 アトムだかサザエさんだかした頭の中、本当に何が入ってんだ、と。もう一度本にして、中身をのぞいてみたいと思いながら、いやらしい口撃で状助をいじりだしたのである。

 

 そんなことを言われながらも、状助は自分が悪いので仕方なく我慢しながら、再び頭を下げていた。自分の勘違いで目の前の湖畔をボコしそうになったので、流石に言い返せないのだ。

 

 

「まっ許してやるよ。この体験はめったに出来るもんじゃあないからな」

 

「そ、そうっスか……」

 

 

 湖畔はペコペコ頭を下げる状助を見て、溜飲が下ったようだ。そして、さっきの腹立たしい気持ちも消えて、晴れ晴れとした気分となったので、許してやると言葉にした。状助は自分が悪いとは言え、このままずっとイヤミを言われるのかと心配していたが、それから開放されたことにほっとした様子を見せていた。

 

 

「それに、お前のような()()()()使()()()()()()()ってわかっただけでもめっけもんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

 

 また、スタンド使いが自分のほかにも存在することを確認できた。それだけでも十分な発見だと、湖畔は状助へ言っていた。なにせスタンド使いはスタンド使いに引かれ合う性質がある。その性質がスタンド使いを引き合わせるのなら、自分の周りにもスタンド使いが集まる可能性も考えられそうだと思ったからだ。

 

 状助はその言葉に、生返事を返すのがやっとだった。目の前の湖畔をボコボコにしなかっただけよかったと、少し反省していたのだ。

 

 

「さて、僕は帰るとしよう。今日の取材でいいものが描けそうだぞ」

 

「帰ってしまうんですか!?」

 

「当たり前じゃあないか」

 

 

 いや、今日は有意義な日だった。そろそろ帰ってマンガを描こうと思った湖畔は、家に帰ろうと思ったのだ。その湖畔の帰る発言に、ハルナは再び叫んでいた。今会ったばかりでもっと話したいことがあったのに、湖畔が帰ると言い出したからだ。湖畔はハルナの叫びに、そりゃ当然だと話していた。帰らないとマンガが描けないのだから当然である。

 

 

「じゃあな、()()とお嬢さんたち」

 

「ありがとうございましたー!」

 

「ありがとうございます、さよならです!」

 

「あっ、さようなら……」

 

 

 湖畔は帰って早速マンガを描こう、何かやる気とアイデアがむんむん沸いてきたと考え、もう今すぐマンガを描きたい気分となっていた。そして、湖畔は少女三人と状助へ別れの言葉を述べると、すぐさま駅の方へと歩いていったのだ。ただ、状助の名など聞かなかった湖畔は、最後まで状助を”東方仗助”という認識で終わったようだ。

 

 また、ハルナは湖畔の別れを惜しみつつも、元気よくサインと握手のお礼を再び叫んでいた。夕映も小さく頭を下げながら、サインの礼を述べながらも、別れの挨拶を発した。そんな二人の後ろから覗くように、のどかが別れの挨拶をしていた。やはり知らぬ湖畔に恐縮していたのだろう。それでも、さようならが言えるのは、彼女の美徳だ。

 

 

「なんつーか、ただの俺の勘違いだったのか……。なんだか空回りしてるなあ俺ぇ……」

 

 

 そんな三人の横で、またしてもやってしまったと反省する状助がいた。状助は2年ほど前にも似たようなことでしでかした経緯があった。それは下着ドロが現れた時のことだ。あの時犯人を”ジョジョの原作”で盗みを働いた”音石明”の能力を貰った転生者”音岩昭夫”だと決め付けてしまった。状助は”原作”のことばかり気にしすぎて、盲目となっていたのだ。

 

 今回もやはり同じような理由で、湖畔を攻撃してしまった。勘違いして湖畔を敵だと思ってしまった。まるで成長していない。なんてことをしてるんだ自分は。状助は少し自己嫌悪に襲われながら、空回りしてダサいと、自分のことを思うのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:水辺(みずべ)湖畔(こはん)

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:20代前半マンガ家アシスタント

能力:スタンド能力ヘブンズ・ドアーで相手を本にする

特典:ジョジョの奇妙な冒険Part4の岸辺露伴の能力

   成功の開運

 




湖畔はゲストで今後登場するかは未定です


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百六話 機械の心

 ここは麻帆良大学工学部。麻帆良の一角に存在する高いビルのような建造物だ。その研究室で男子一人と女子二人が、なにやら分析を行っていた。それはやはり、超と葉加瀬と豪だった。コンピューターをいじり、モニターに映るグラフをチェックしながら、三人はなにやら悩んだ様子を見せていた。

 

 

「ふーむ、やはり茶々丸のGSライドの出力は30~40%前後しか出てないようだネ」

 

「みたいですねー……」

 

 

 三人は茶々丸のオーバーホールをかねて、隅々まで点検を行っていた。そこで茶々丸に組み込まれた、GSライドの出力があまり上がらないことを問題視していたのだ。

 

 ――――――GSライド。それは”勇者王ガオガイガー”に登場する装置の名称だ。GSライドとは、Gストーンからエネルギーを抽出するための装置である。無限情報サーキットであるGストーンからエネルギーを回収するには、このような特殊な機関が必要なのだ。

 

 

「これではせかくのGストーンの力もほとんど出し切れてないヨ」

 

「でも、一体どうしてでしょうか……?」

 

 

 超はこの現状を見て、Gストーンの力が出し切れていないことを少し嘆いた。また、超はこれではもったいないと言葉にすると、葉加瀬はなぜ出力が上昇しないのだろうかと疑問に感じたようだ。なぜならGSライド自体に欠陥はなく、間違いなく完全に機能しているからだ。

 

 

「やはり、AIがあまり成長しきっていないのだろう」

 

「それしか考えられないネ」

 

「AIの成長ですか……」

 

 

 その大きな理由はAIが成長しきれていないことだと、豪は語った。超も同じ意見だったようで、うなずきながら豪の言葉を肯定していた。AIの成長がGストーンに大きな影響を与える、葉加瀬にはそれがやはり不思議なものだと感じるのだ。

 

 

「氷竜と炎竜は教育プログラムを施したが、茶々丸には施してないからな」

 

「そのあたりは全てエヴァンジェリンサンに一任してるから仕方ないネ」

 

 

 豪の作り出した氷竜と炎竜には次世代型人工知能、超AIが搭載されている。それと同じものを茶々丸にも使用していた。だが、その二体と茶々丸には大きな違いがあった。それは教育プログラムの有無だ。豪は氷竜と炎竜には教育プログラムを施し、AIの成長を促進させていた。そのおかげでGSライドから、安定した高出力のエネルギーを得ることが出来るのである。

 

 しかし、茶々丸にはそれを行ってはいない。また、この超AIは人間の人格を移植することで、手早くAIを完成させる方法もあるが、それも茶々丸には行われていなかった。そして、そのAIの成長は主であるエヴァンジェリンに全て任せているのが現状だった。という訳で、完成から2年たった今でも、茶々丸のAIはあまり成長していないのである。

 

 とはいえ、あの氷竜と炎竜もAIのそのプログラムを用いたのにも関わらず、AI完成に1年ほどかかったのだ。教育プログラムを行っていない茶々丸のAIが育っていないのは、当然と言えば当然なのである。

 

 また、本来”原作”ならば、四月にてエヴァンジェリンが吸血活動を行っていた。それをやめさせるためにネギが動き、そこで茶々丸はネギのことが気になるようになっていくのだ。その心の揺らめきが大きくなり、恋心に近い感情へと成長していったのである。

 

 しかし、ここではそれが発生していない。エヴァンジェリンは吸血活動をせず、ネギと茶々丸の接点があまり大きくならなかったのだ。それゆえの弊害が、茶々丸のAIの成長速度に影響していたのである。

 

 そのことを超と豪が話しているところへ、葉加瀬が口を開いた。AIが成長しなければ、Gストーンの力が出ないのだろうかという質問だった。

 

 

「やはりAIが成長しないと、Gストーンの力を発揮できないものなんですか……?」

 

「Gストーンは勇気をエネルギーに変換する物質だ。AI、いや、”ココロ”が成長しなければ、その真価は発揮されない」

 

「不思議な石ネ。感情をエネルギーに変換するなんてネ」

 

「私も最初は疑いましたよ。なんたって非科学的じゃないですか」

 

 

 ――――――Gストーンは強い感情である勇気を、エネルギーへと変換する物質だ。強い感情を持ち、勇気あるものであれば、無限にエネルギーを生み出すことが可能なのである。しかし、逆に勇気がなければ、感情がなければ、その真価はまったく発揮できないのだ。

 

 上記の通りGSライドはGストーンのエネルギーを抽出する機関だ。だが、Gストーンの放つエネルギーが低ければ、GSライドもうまく機能を果たさないのだ。当然のことだが、Gストーンから発せられるエネルギーが低ければ、エネルギー回収率も悪くなる。無限のエネルギーを生み出すGストーンも、これではあまり意味がないのである。

 

 ただ、一定のエネルギーを抽出するために改良されたGストーンなら話は別だ。ソール11遊星主のエネルギー源として登場した”ラウドGストーン”であれば、感情に左右される必要もなく、一定でしかも膨大なエネルギーを得ることが出来るのである。だが、それはここにはない。あるのは通常のGストーンのみ。ならば、やはり感情を、勇気を得なければエネルギーを生成することが出来ないのだ。

 

 豪はそう言葉にすると、超もGストーンは不思議な石だと話していた。感情を、勇気という不確かなものをエネルギーに変えるなど、普通はおかしな話だからだ。

 

 葉加瀬も同じような意見だった。というのも、葉加瀬はGストーンの効果を聞いた時、正直冗談や嘘だと思った。AIが感情を持つこと自体、ありえないと思っていた葉加瀬は、AIの感情でエネルギーを生み出すなど、眉唾物で非現実的だと考えていたのだ。

 

 

「はたから見ればそう考えてしまうかもな」

 

「でも、あの氷竜と炎竜を見れば、それが現実だと理解させられます」

 

「あの二体は人間以上に人間らしく、感情に富んでるヨ」

 

「だからこそ、シンメトリカル・ドッキングも成功させられるんだ」

 

 

 豪もその時のことを思い出し、まあ普通そうだよな、と言葉にしていた。しかし、それを体現した存在である氷竜と炎竜が、現に動いている。二体は人間と同じように笑ったり怒ったり悲しんだりしている。性格も同時に稼動し、同じAIに同じソフトをドライブしているというのに、非常に個性的だ。

 

 さらに勇気をエネルギーに変換し、変形、合体している。そんなものを見せられてしまったら、考えを改めざるを得ないと、葉加瀬も思ったのだ。超も氷竜と炎竜の感情の激しさは人間よりも人間らしいと、高く評価していたようだ。

 

 豪はだからこそ、あの二体は合体が出来ると話した。シンメトリカル・ドッキングは二体の心がひとつにならなければならない。でなければシンパレート率が上がらず、合体が出来ないからだ。また、変形にもGSライドの出力が80%以上必要なのだ。そう考えればあの二体は感情を持ち、勇気あふれた勇者である証だと、豪は語っていたのである。

 

 

「と言うことは、やはり茶々丸のGSライドの出力上昇は、AIの成長が必要という訳ですか」

 

「まあ、そのあたりは気長にやていくしかないネ」

 

「心を成長させるんだ。効率のいい方法はないさ」

 

 

 ならば、はやり茶々丸のGSライドの出力上昇にはAIの成長が絶対だ。葉加瀬はその理由を聞いて納得し、ではどうすればいいか考えた。超はそのことについて、あまり結論を急がず、のんびり構える姿勢だった。何せ心を成長させるのだから、近道などありはしないのだ。豪もそれを口に出し、茶々丸のAIが成長してくれることを祈るのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 メンテナンスを終えた茶々丸は、新しいボディを手に入れていた。それはビフォアのもたらした技術を改良したものだった。あの大友と呼ばれたロボを参考に、より人間に近い、ほぼ同じと言っても良いボディとなったのである。さらに、あの大会の戦闘技術を分析し、プログラムとして組み込むことで、瞬動術などの技術を使うことが可能になったのだ。ただ、今は時間がないので、そういったテストは明日後日ということになったようである。

 

 本来茶々丸の新ボディへの変更は、”原作”ではもう少し先のはずだった。だが、超は未来へ帰らず、豪というイレギュラーが存在した。そのため、すさまじい速度で開発が進み、茶々丸は、ザ・ニュー茶々丸へと生まれ変わったのである。

 

 

「よう、茶々丸! 新しいボディはどうだ?」

 

「炎竜兄さん。いえ、特に問題はありません」

 

 

 新しくなった体をなじませるように歩き、大学の外へ出た茶々丸。その茶々丸を待っていたように挨拶する大きな赤いロボが居た。炎竜だ。

 

 氷竜と炎竜は一応豪の私物であり、大学の近くでビーグルモードで待機している。ただ、今回はGストーンを分けた兄妹である茶々丸が改良されることを知って、建物の入り口でロボ形態で待っていたのだ。

 

 炎竜は軽快に茶々丸へ挨拶し、新しくなった体のことを質問した。茶々丸もその名を呼び、体への正直な感想を述べていた。

 

 

「炎竜はそう言うことを聞きたくて、その質問をしたのではないはずだ」

 

「氷竜兄さん、それはどういうことでしょう……?」

 

 

 そこへ隣に居た氷竜が、炎竜の質問の趣旨はそうではないと話した。その趣旨があまり理解出来ない茶々丸は、それが何なのかを、氷竜へと質問していた。

 

 

「体が新しくなって嬉しいとか、気分が好調したとか、そういうことを聞きたかったのさ」

 

「そうですか……。ですが私には、そのようなものを感じることがありませんので……」

 

「別に気にする必要はないさ。自分の思ったことを話すだけでも十分なのだからな」

 

 

 そこへ炎竜がその答えを話し出した。炎竜が聞きたかったこと、それは体が新しくなってワクワクしたり、ドキドキしたりという、そんな子供じみたものだった。しかし、茶々丸はそう言う感性がないようで、特に変わった様子がないと話すしかなかったのだ。そんな茶々丸を見て氷竜は、それを気にせず、自分が思ったことを話すだけでいいと、優しく答えていた。

 

 

「……とりあえず、私は超包子の仕事がありますので、これで失礼します」

 

「おう、頑張れよ!」

 

「道中は気をつけるんだぞ」

 

 

 茶々丸は超包子の手伝いをする約束があった。なので、兄たちとの会話は名残惜しいが、急がねばならなかった。それを一言述べて一礼すると、茶々丸はすぐさま立ち去っていった。そんな立ち去る茶々丸に、炎竜は笑顔で頑張れと応援していた。氷竜もクールな笑みを浮かべながら、事故を起こさぬよう注意を促していたのだった。

 

 

「……まだあんまりAIが成長してないようだな」

 

「仕方のないことだ。我々とは違い、教育プログラムを受けていないのだからな」

 

「まっ、AIの成長には時間がかかるし、気長に構えるしかないか」

 

「そういうことだ。それに我々も、昔は似たようなものだったしな」

 

 

 茶々丸が去って見えなくなった後、炎竜は茶々丸のAIがまだ未熟なことを、少し気にしていた。同じAIを使っているのは知っているので、もう少し感情が表に出てきてもよいのではないかと思ったのだ。そこへ氷竜は、自分たちは教育プログラムを受けたので、短期間で感情が芽生えたと話した。そして、茶々丸はそれを受けていないので、やはり時間がかかっているのだとも言葉にしていた。

 

 そう、心を成長させるには長い時間が必要だ。ハッキリ言えば効率が良い方ではないだろう。それでも、炎竜はゆっくりでも茶々丸が成長すればよいと語った。急げば回れとも言うし、今すぐ感情が芽生える必要はないと思ったのだ。氷竜も同じ意見だった。また、自分たちも感性直後は似たような感じだったことを思い出し、しみじみと懐かしさに浸っていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 超包子。調理場と一体化した路面電車の屋台を中心に、野外に多くのテーブルを配置した店だ。普段から人気の店で、多くの人が利用している。それは教師とて例外ではないほどの人気っぷりなのだ。

 

 その一つの席に座り、くつろぐ少女が一人、それはエヴァンジェリンだ。頭に殺人人形のチャチャゼロを乗せ、食事としゃれ込んでいた。また、目的はそれだけではなかった。

 

 エヴァンジェリンのもう一つの目的は、茶々丸だった。そこへ店の雰囲気に合わせてチャイナドレスを身に着けた茶々丸が、エヴァンジェリンが注文した品を持ってきたのだ。茶々丸はここで手伝いをしているのをエヴァンジェリンは当然知っていた。なので、会うならばここでもいいだろうと思ったのである。

 

 

「調整は終わったのか? 茶々丸」

 

「はい、無事に終わりました」

 

「そうか」

 

 

 エヴァンジェリンは茶々丸が新ボディとなって調整が終えたのを知っていた。ゆえに、その確認と不都合な点はないのかを聞きに来たのだ。茶々丸はエヴァンジェリンの質問に、普段と変わらぬ態度で特に問題ないと話した。それを聞いたエヴァンジェリンも、その様子を見て大丈夫だと思い、一言そうかと述べたのだ。

 

 

「……何か浮かない顔をしているが、何かあったのか?」

 

「そうでしょうか? いつもと同じだと思いますが……?」

 

「いや、確かに少しだが元気がない感じだぞ?」

 

「ソウカー?」

 

 

 しかし、一つ気がかりな点がエヴァンジェリンにはあった。なにやら茶々丸の元気がなさそうなのである。表情にはまったく出ていないのだが、どこか覇気のない様子だったのだ。少し心配となったエヴァンジェリンはそれを茶々丸へ尋ねると、茶々丸は首をかしげてそんなことはないと口にしていた。

 

 だが、雰囲気は確かに元気の無い様子であり、エヴァンジェリンは間違えなく憂いに満ちていると感じていたのだ。まあ、まったく表情が変わらないので、頭の上のチャチャゼロは、エヴァンジェリンの診断を疑う様子を見せていた。

 

 

「……実を言うと、私のGSライドの出力があまり出ておりません……」

 

「ふむ、難しいことはわからんが、それでも十分問題ないのだろう?」

 

「通常稼動では問題ありません、ただ……」

 

「ただ?」

 

 

 茶々丸は憂鬱な気分など感じることは無いと思ったが、今日の調整で葉加瀬たちに言われたことを思い出し、それをエヴァンジェリンへと話した。それはGSライドの出力が上がらない問題だった。兄たちはほぼ100%近くまで出力が上がるのに対して、自分はまったく上げれないことに、少しだけ悩んでいたようだ。

 

 ただ、別にいつもと変わらぬ様子を見たエヴァンジェリンは、それでも問題はさそうだと思ったのだ。それをエヴァンジェリンは茶々丸へ尋ねると、茶々丸も通常稼動では問題ないと話した。実際茶々丸の通常稼動は別のエネルギー、魔力と電力を用いて運用されており、通常での稼動に支障はないのである。が、茶々丸はそれだけではやはり不安がある様子で、続きを言葉にし始めた。

 

 

 

「かなり大きくエネルギーを使う場合、問題が発生します」

 

「別にそこまですることなどないだろう? なら問題なんてないじゃないか」

 

「ソレニ、戦ウノハ全部御主人ダシナー」

 

 

 確かに通常稼動、普通に行動する上では問題はない。しかし、エネルギーを大量に使う場合は、それでは不十分だと茶々丸は説明した。

 

 茶々丸の動力部分には魔力を使用しており、それだけでも十分稼動できる。それだけではなく、内部には未来で家庭用に市販されている、Mr.フュージョンと呼ばれる核融合炉を搭載している。その装置は主に食物などを摂取し、それらを原子レベルまでに分解することで、核融合反応を起こさせ、膨大な電力を生み出すというものである。まあ、本来はゴミなどを燃料にする装置なのだが。つまるところ、電力と魔力のハイブリッドなのだ。そして、そのおかげでGストーンのエネルギーに頼らずとも、戦闘もある程度可能なのだ。

 

 ただ、茶々丸は魔力や電力を基礎駆動に使い、GストーンのGパワーを戦闘などに使うよう調整されている。そうでなければエネルギー消費が激しすぎて、エネルギーの再チャージが必要になってしまうからだ。それほどまでに、豪が搭載した特殊装備の燃費が悪いのである。

 

 だから、特殊な兵装などを使用するには、やはりGストーンのエネルギーが大量に必要なのである。さらに言えば、無限にエネルギーを生み出し続けるGストーンの出力は、その魔力や電力を用いた動力源よりも、高いパワーが発揮できるのだ。つまるところ、いまだ茶々丸は、100%の力を発揮することが出来ないと言うことだった。

 

 だが、エヴァンジェリンは茶々丸に無理なことをさせようと思ったことは無い。何せ戦うならば、自分とチャチャゼロで充分だからだ。それに、超や葉加瀬からは無理をさせないように言われていた。なので、基本的に高出力が必要になる場面に出す気はないのである。チャチャゼロも大きくエネルギーが必要と聞いて、それは戦うことだと思ったようだ。だから、戦いは主人たるエヴァンジェリンが行うので平気だと言っていた。

 

 

「……そういえば姉さんも、人形なのに随分感情的ですね……」

 

「ソウカ? 考エタコトモナカッタゼ」

 

「まあ、コイツには魂を吹き込んであるからな。それなりの感情ぐらいあるんだろうさ」

 

 

 そこで茶々丸は悠々と話すチャチャゼロを見て、チャチャゼロには感情があるような感じを受けたようだ。まあ、チャチャゼロはそんなことを一度も考えたことも無かったので、むしろ考えたことがあったかどうかを疑問に感じた様子だった。それに、エヴァンジェリンがチャチャゼロには魂を吹き込んであるので、感情ぐらいあるのかもしれないと、静かに説明していた。

 

 

「そうなんですか……」

 

「確カニ、ナンカ元気ネーナ……」

 

「……何を悩んでいるんだ?」

 

 

 それを聞いて、少し落ち込んだ様子を見せる茶々丸。姉のチャチャゼロにも感情があるのに、自分にはないことにショックを受けたようだ。そんな茶々丸を見たチャチャゼロも、確かに元気がなさそうだと言葉をこぼした。表情や仕草に差は無いが、なにやら陰鬱なオーラが出ている感じがしたからだ。なんとなく暗い感じの茶々丸に、エヴァンジェリンは一体どうしたのかと、少し心配そうに説明を求めた。

 

 

「……GSライドの出力が上がらないのは、私のAIが未熟だからだと聞かされたもので……」

 

「AI……。つまり、”心”が成長してないという訳か……?」

 

「はい……」

 

 

 茶々丸はエヴァンジェリンに聞かれた悩みを、ポツリポツリと語り始めた。それはAIの成熟度のことだった。AIが未発達がゆえに、GSライドの出力が上がらないのだと、葉加瀬たちから話を聞いたようだ。エヴァンジェリンは機械的な用語はあまりわからなかったが、AIと言う言葉は理解していた。AI、つまりは思考する回路、心というものが成長していないと言われたのだろうと、エヴァンジェリンは察したようだ。その答えはあっていたようで、茶々丸もエヴァンジェリンの言葉を静かに肯定した。

 

 

「そればかりは難しい問題だな。まあ私も茶々丸に家を任せっぱなしにしているのも悪いんだろうが……」

 

「いえ、そのようなことは決して……!」

 

「うーむ、まあゆっくり成長していくことだな。どうせ時間はいくらでもある」

 

「ですが……」

 

 

 心を成長させる、それは非常に難しいことだ。普通に考えて数年程度で成長する訳でもない。また、茶々丸は基本エヴァンジェリンの家の家事全般をまかされており、そういう機会があまりなかったようだ。そのことを申し訳なさそうに話すエヴァンジェリンに、主人は悪くないととっさに口を開く茶々丸だった。

 

 とはいえ、時間はいくらでもある。ゆっくりと成長するしかない、近道など無いのだと、エヴァンジェリンは悟ったようなことを話した。しかし、茶々丸は少しだけ焦っていた。このままGSライドの出力が上がらなかったらどうしようかと、考えていたのだ。

 

 

「心なんてすぐに成長するはずもないんだ。とりあえず何か感じたとか、何か思ったとか、そう言うことを考えていけばいいんじゃないか?」

 

「俺ハ最近何モ切リ刻ンデナクテ悲シーゼー!」

 

 

 そうだ、心はすぐにははぐくまない。それでも何かしたければ、何か感じたとか、何か思ったとか、そういうのを増やしたり考えたりするしかない。エヴァンジェリンは茶々丸へ、そうアドバイスした。そんな時にエヴァンジェリンの頭の上から声が発せられた。チャチャゼロも最近出番がなく、戦っていないことに不満があったようだ。

 

 

「そうだったか? そうだな、そろそろ()()()を相手させてもいいかもな」

 

「殺ラセテクレルノカ!? 御主人!!」

 

 

 チャチャゼロが本気で戦ったのは、一学期の吸血鬼事件の時ぐらいだった。あの時、自分に変身した転生者を切り刻んで以降、まったく戦ってなかったのだ。それを思い出したエヴァンジェリンは、ならば相手を作ってやるとニヤリと笑い言葉にした。

 

 

()()()の成長速度は半端じゃないからな。()()のままでもいいが、そろそろマンネリだろう」

 

「楽シミニシテルカラナー?」

 

「ああ、存分に切り刻んでもらうさ」

 

 

 その相手はやはりカギだ。カギすさまじい速度で成長している。アレという相手はエヴァンジェリンを模した人造霊であり、常にエヴァンジェリンの変わりにカギの修行をつけているのが現状だ。実際にはそれでも充分なので問題ないのだが、流石に同じ相手をさせているというのは飽きてきたとエヴァンジェリンは思っていた。

 

 それで自立稼動させたチャチャゼロでも相手をさせてみようと思ったのである。それを聞いたチャチャゼロは、カギを切り刻めることに喜び、楽しみにしてると言っていた。エヴァンジェリンも、そのカギを存分に切り刻ませてやると、喜ぶチャチャゼロへと笑いながら話したのだ。いやはや、カギの運命やいかに。

 

 

「やはり、姉さんにも感情がある……」

 

 

 そんな会話する二人を見て、茶々丸はやはり憂鬱な様子だった。チャチャゼロにも心があるように見えたからだ。兄である氷竜や炎竜にも心がある。しかし、自分には未だそれが実感できないことに、戸惑いを感じ始めていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 茶々丸は今日もいつもどおりに一日を終えてた。学校帰りにはいつもどおり人助けを行い、ゆったりと下校していた。そして、最後は日課の野良猫へ餌をあげるため、野良猫が集ういつもの場所へと足を踏み入れたのだ。

 

 

「今日も持ってきました……」

 

 

 茶々丸がそこへ現れると、周りからネコたちが集まり始めた。その餌に便乗しようと、小鳥たちも空から降りてきたのだ。まるでネコたちは茶々丸の登場を待っていたかのような、歓迎するかのように、ゆっくりと茶々丸の方へと歩いてきたのである。

 

 

「そんなに慌てなくてもすぐにあげますよ」

 

 

 茶々丸はにゃーにゃーと餌をねだるネコたちへ、皿を出して缶詰を開けていた。まだかまだかと体を寄せながら、茶々丸に甘えるネコたち。茶々丸はそのネコたちへ、もう少し待つよう優しく言葉にし、その皿へと缶詰を開けたのだ。

 

 

「……!」

 

 

 いつもどおりネコたちに餌を与え、それを嬉しそうに眺める茶々丸だったが、そこで一匹のネコが変なのに気がついた。歩くたびにヨタヨタとふらつき、少し調子が悪そうだったのだ。すぐさま茶々丸は、どうしたのだろうかとそのネコを拾い上げ、そのネコを診察して見た。

 

 

「怪我をしている……」

 

 

 するとそのネコの前足からは、少し血がぬれていた。前足を怪我していたのだ。その傷をかばうように歩いていたので、ヨタヨタとふらついていたのである。どこかでぶつけたのだろうか、その傷は深くはなさそうだったが、茶々丸はすぐさまそのネコを手当てをした。そして、この傷をマスターであるエヴァンジェリンに治してもらおうと考え、ログハウスへと連れて行ったのだった。

 

 

 茶々丸は家へ帰ると、エヴァンジェリンの下へとすぐに顔を出した。エヴァンジェリンはソファーに座っており、のんびりと休んでいる様子だった。そこで非常に申し訳なさそうな表情で、その頼みを聞いてもらおうと口を開いたのだ。

 

 

「マスター……、相談があるのですが……」

 

「ん? 茶々丸から相談とは面白いな。で、何の用だ?」

 

 

 茶々丸は先ほどの怪我したネコを、エヴァンジェリンの魔法で治してもらおうと思った。それを頼もうと、エヴァンジェリンへ頼みを持ちかけた。そこでエヴァンジェリンも、茶々丸からの頼みはめったにないことなので、珍しいと思ったようだ。

 

 

「この子の治療をお願いします……」

 

「ふむ、前足を怪我しているのか……」

 

 

 エヴァンジェリンはどういう相談なのだろうと考えていると、茶々丸は両手に抱えたネコを目の前に出したのだ。そして、茶々丸はこのネコの治療を頼むと話し、頭を丁寧に下げたのである。エヴァンジェリンもそのネコの前足の包帯を見て、確かに怪我をしているのを確認した。

 

 

「いや、すまないが断らせてもらうよ」

 

「……何故でしょうか……?」

 

「そのネコは茶々丸が見つけてきたんだろう? ならば最後まで自分で面倒を見るんだ」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンはその相談を、少し申し訳なさそうな感じでやんわりと断った。茶々丸はまさか断られるなどとは思ってなかったようで、目を丸くして理由を聞いていた。そこでエヴァンジェリンは、その理由を腕を組んで語りだした。その怪我をしたネコは茶々丸が見つけたものだ。それなら自分に頼らず、最後まで治療すべきだと、そう話したのだ。

 

 

「私が……この子の治療を……?」

 

「そうだ。見たところ大きな怪我ではなさそうだし、手当てもちゃんと出来てるじゃないか」

 

「ですが……」

 

 

 エヴァンジェリンの説明に、茶々丸自分がネコを治療する必要性を考えた。何せエヴァンジェリンの治癒魔法は非常に高い質であり、この程度ならばすぐに癒せるからだ。それでもエヴァンジェリンは茶々丸にネコを任せることにした。何せ大きな怪我ではないし、手当てだって完璧だったからだ。しかし、茶々丸は少し不満そうだった。エヴァンジェリンの魔法なら、一瞬で怪我が治せるからだ。

 

 

「確かに私が魔法で治せば一瞬だ。だが、それじゃ意味が無いと思わないか?」

 

「……意味がわかりませんが……」

 

 

 だが、エヴァンジェリンの考えはそれだけではなかった。エヴァンジェリンはそのネコを通して、茶々丸の心が成長するかもしれないと考えた。

 

 また、魔法ですぐに治すのは簡単だが、それでは結果しか残らない。過程がないのだ。治ったというだけで、感動も喜びもなくなってしまう。最後は楽をしようと魔法に頼るばかりになってしまう。それではあまりにも意味がない。そうなってしまえば、いつまでたっても茶々丸のAIは成長しないのではないかと、エヴァンジェリンは考えた。

 

 だから、過程、つまり茶々丸に、ネコを世話することで何かを感じてほしい、ネコの傷が治っていく様子を見て喜んでほしいと思ったのだ。それゆえに、エヴァンジェリンは茶々丸の頼みを断ったということだった。

 

 ただ、そのことを茶々丸は理解出来ないので、首をかしげることしか出来なかった。魔法で治せばいいと考えていたからだ。すぐに治って元気になってほしいと思っていたからだ。

 

 

「フフフ、おのずとわかるようになるさ。ソイツは家に入れておいてもいいが、しっかり面倒を見るんだぞ?」

 

「……了解しました、マスター……」

 

 

 そんなキョトンとするお茶久々丸を見て、エヴァンジェリンはクスリと笑った。今はわからないだろうが、いずれは、心が成長すればわかると、そう言葉にしながら。そして、ならばそのネコを家に入れて飼ってよいと許可を出した。ただし、しっかりと面倒を見るという約束だと、言葉を続けた。

 

 茶々丸は主人であるエヴァンジェリンにそう言われてしまっては、それしかないと考えた。まあ、ネコを見捨てようという訳ではないことだけは理解したようで、多少安心した様子を見せていた。ならば、先ほどの応急手当ではなく、もっとしっかりとした治療をネコに施すため、茶々丸は別の部屋へと移動していった。

 

 

「……感情がないと言ったが、本当はただ気がついていないだけなんじゃないか……?」

 

「我ガ妹ナガラ不憫ヨナー」

 

 

 別の部屋へとネコを抱えて移動する茶々丸を見ながら、エヴァンジェリンは今の茶々丸の表情や仕草を見て、本当は感情があるのではないかと思った。怪我をしたネコがかわいそうだ、治してほしいと思うのは、感情があるからだと考えたのだ。その感情に気がついていないのだろうと言葉をもらすと、その横に座り込んだチャチャゼロも、同じようなことを思ったようで、不憫だと口に出していた。

 

 

…… …… ……

 

 

 茶々丸はネコの世話のしかたを入念に調べ、怪我をしたネコの世話を行っていた。だが、それは中々難しく、調べた通りにはいかなかった。

 

 

「そんなにはしゃぐと危ないですよ」

 

 

 ネコは常に気まぐれで、行動が予想できない。また、このネコは若い固体のようで、よく動くのである。前足を怪我しているというのに、ログハウス内を走り回ったり飛び回ったりしていたのだ。そんなネコを何とか宥めようと、茶々丸は必死に捕まえようとしていた。怪我しているので、その傷に響かないようにおとなしくしてもらいたいのである。

 

 

「少しはおとなしくしてください……!」

 

 

 それでも中々ネコを捕まえられない茶々丸。どんなに高性能なボディでも、暴れるネコを優しく捕まえるのは至難の業のようだ。傷の心配をする茶々丸をよそに、ネコは気ままに飛び跳ねる。そして、小さい体を活かし、すばやく別の部屋へと入っていってしまったのだ。

 

 

「あっ、待って……!」

 

 

 茶々丸は必死で後を追うも、またしても別の部屋へと逃げてしまうネコ。茶々丸はネコが捕まえられない焦りから、思わず待ってと言葉をもらしていた。未来の科学技術とガオガイガーの科学技術の集大成である茶々丸も、一匹のネコには適わない様子だった。

 

 

「ネコを飼うのも難しいものですね……」

 

 

 調べた通りにまったく行かない茶々丸は、そこで立ち止まってネコの世話の難しさをかみ締めていた。もう少しうまくやれると思っていたし、飼い方さえわかれば問題ないと思っていた。だが、現実は完全に別物だった。それでもエヴァンジェリンとの約束どおり、最後まで面倒を見ると誓った茶々丸は、もっと頑張ろうと考えたようだ。しかし、ネコが入っていった部屋へと移動した瞬間、茶々丸は衝撃的な光景を目にしたのである。

 

 

「……それはマスターの……!」

 

 

 なんと、ネコがエヴァンジェリンの私物であるぬいぐるみを爪で引っかいているではないか。これには茶々丸もかなり焦った。ヤバイと思った。さらにぬいぐるみは破れ、爪のあとがくっきりと残ってしまっているではないか。そう茶々丸が考えている間にも、ネコはどんどんぬいぐるみをボロボロにしていく。早く止めるべきだと思った茶々丸は、即座にネコを抱きかかえ、それをやめさせたのである。

 

 

「駄目です、こんなことをしては……」

 

 

 そして、ネコにめっ! と言って叱る茶々丸。これほどの被害を出してしまったネコを見ても、愛くるしい姿には茶々丸も勝てなかったようだ。だから、強くしかることができず、ネコと顔をにらめっこして、ちょっと怒るぐらいで済ませたのだ。

 

 ただ、やってしまったものは変わらない。ボロボロのぬいぐるみは現実に目の前にあるのだ。ああ、どうしましょう、茶々丸はそう思ったが、隠すことは出来ない。それに、ネコを預かったのは自分なのだから、責任は自分にあると思い、茶々丸は正直にエヴァンジェリンに話すことにしたのである。

 

 茶々丸は現在二階で休んでいるエヴァンジェリンに謝る為、ゆっくりと階段を上っていった。すごい怒られるのだろうか、ネコを捨てられないか心配になるあまり、その足取りは重く感じ、階段が長く感じていたのだった。ただ、茶々丸はそれが一つの感情であることに、まったく気がつかないでいた。

 

 

「あの、マスター……」

 

「どうした?」

 

 

 二階の一角に、和を感じさせるよう四畳の畳がしかれている場所。障子で遮られ、その中心には囲炉裏があり、他の部分とは明らかに異なったつくりとなっていた。そこに座ってのんびりするエヴァンジェリンへと、茶々丸は非常に申し訳なさそうに口を開いた。

 

 エヴァンジェリンは突然やってきて、なにか非常に困った様子の茶々丸に、どうしたのかと質問していた。とはいえ、実際そこまで茶々丸の表情に変化は無いのだが、そう感じさせる何かが茶々丸から発せられていたのである。

 

 

「申し訳ございません、マスター……。私がしっかり見ていなかったばかりに……、この子が……」

 

「……仕方ないな。まあ、私がソイツを家に入れることを許可したんだ、気にするな」

 

「ですが……」

 

 

 茶々丸はそこで、左手に持っていた破れたぬいぐるみをエヴァンジェリンへ見せた。次に右手に抱きかかえたネコを見せた後、ネコを庇うように自分が悪かったと言葉にしながら、深々と頭を下げて謝った。

 

 エヴァンジェリンはそのネコの爪でボロボロになったぬいぐるみを見て、少しショックだった。ただ、ネコを家に入れてよいと許可したのはこの自分。エヴァンジェリンはそう考え、小さくため息をつくと、そのことを許すことにしたのだ。

 

 しかし、茶々丸は怒られる訳でも無く、むしろ許されたというのに、微妙に不満な様子だった。こうなったのは自分の責任なのだから、その責任を取らせて欲しいと思っているのである。

 

 

「……別に直せば問題ない。それよりソイツに名前をつけたりはしないのか?」

 

「名前……ですか?」

 

「そうだ。いつまでも”この子”じゃあ不便だろう?」

 

 

 エヴァンジェリンはぬいぐるみがボロボロなのはショックだったが、別に直せばいいかと思った。むしろ、それより気になったのは、いまだ茶々丸がそのネコに名前をつけていないことだった。あんだけ世話を焼いているのに名前が無いのはおかしい。だから、名前をつけないのか聞いてみたのだ。

 

 茶々丸はそれを聞いて、名前をつけないことに疑問を感じてなど無い様子を見せた。そんな茶々丸に、エヴァンジェリンは名前が無いのは不便だろうと、小さく言葉にしていた。

 

 

「名前、考えもしませんでした」

 

「可愛がるんだから名前が必要だろう?」

 

「そうですか?」

 

 

 茶々丸は今エヴァンジェリンに言われるまで、名前をつけようと思わなかったらしい。これにはエヴァンジェリンも少し呆れた様子で、世話するには名前が必要だと話した。それでも茶々丸は、名前の必要性を感じていない様子で、首をかしげていたのだった。実際”この子”で通じてしまっていたので、さほど必要ないと思ってしまっていたようだ。

 

 

「そうだ、名前を考えてつけてやれ。その破れたぬいぐるみは私が預かる」

 

「了解しました……」

 

 

 とりあえずネコに名前をつけろ。エヴァンジェリンは茶々丸へとそう命令した。また、ボロボロになったぬいぐるみは自分が預かると話し、そのぬいぐるみを回収した。茶々丸は了解したと言葉にすると、ネコを抱いて名前を悩みながら、また下の階へと戻って行ったのだった。

 

 

「名前ですか……」

 

 

 1階に着くと茶々丸は、ソファーに座って膝にネコを乗せた。そして、ようやく落ち着いたネコの背中を優しくなでながら、このネコの名前を考えていたのだった。

 

 

「何がいいんでしょう……」

 

 

 しかし、茶々丸はネコの名前がなかなか思いつかないでいた。何がいいのか。何と呼べばよいのか。どういう名前が好まれるのか。考えても考えても、うまく決められずにいたのである。

 

 

「姉さんは何が良いと思いますか……?」

 

「テキトーデイインジャネーカ?」

 

 

 そこで茶々丸は、気がつけば隣に座っているチャチャゼロへ、どんな名前がよいのかを尋ねてみた。自分じゃ思いつかないが、チャチャゼロなら何か思いついてくれると思ったのだ。しかし、チャチャゼロはまったく考えずに、適当でも大丈夫だと言葉にしていた。

 

 

「やはり見た目からすればシロ、それかタマなのでしょうか」

 

「ドッチダッテ変ワラネーッテ」

 

「……」

 

 

 そう言われてしまうとどうしようもない。茶々丸は、それなら見た目が白いからシロか、ポピュラーでベタなタマ当たりが良いかと思ったようだ。そのどちらが良いかをチャチャゼロへと聞くと、チャチャゼロはどっちも同じだとケタケタ笑って答えた。

 

 

「では、タマでどうでしょうか?」

 

「妹ガソレデイーナラ、イーンジャネーノ?」

 

「なら、今からこの子はタマです」

 

 

 茶々丸は、ならばタマにしようと思ったようだ。シロだと、他の白いネコとかぶってしまうと思ったのである。チャチャゼロは、茶々丸がそう言うのならば、それでいいのだろうと話していた。そして、このネコの名は、”タマ”と名づけられたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 それから数日が立ち、タマの傷も随分と癒えた。しっかりとした手当てと栄養豊富な餌のおかげである。

 

 

「……だいぶ傷もよくなってきましたね。これならもうすぐ外で生活しても大丈夫でしょう……」

 

 

 茶々丸はタマの傷を手当しながら、もうほとんど治っていると考えた。これならもう大丈夫だろう、もうすぐ外で元気に走り回れるだろう、そう思った。

 

 

「……寂しくなりますね……」

 

 

 しかし、傷が治ればそれは別れでもある。そのことを茶々丸は、タマを抱きかかえ撫でながら考えていた。そして、気がつけば寂しいと言葉にしていた。寂しいとはなんだろうか。茶々丸は深く考えたがわからなかったが、とにかく寂しいと口からもらしたのである。

 

 

「あっ、タマ、どこへ……?」

 

 

 そう茶々丸が、別れの時を考えているところで、タマは茶々丸の腕の中から飛び出し、またもや別の部屋へと走っていってしまったのだ。すばやく移動するタマを再び追う茶々丸。しかし、傷が治って元気になってきたタマは、前よりもさらに動きが機敏になっていた。そのため、茶々丸が必死に追いかけているというのに、中々捕まえられないようである。

 

 

「待ってください! そっちは……!」

 

 

 タマはさらに奥へ奥へと逃げていった。しかし、その逃げた方向は入ってはならぬ場所だった。それは地下室である。地下室には人形置き場がある。それを荒されては困るというものだ。

 

 だが、それ以外にも奥の部屋には魔法球が設置されており、カギたちが修行するために使っているのだ。俗に言う”別荘”である。ダイオラマ魔法球と呼ばれており、そこそこ大きめの丸い瓶の中に、建造物らしきものが入ったボトルシップとジオラマをあわせたようなものである。それに近寄るとその瓶の中へ入れ、中にはある程度の広い世界が広がり、生活も出来るという優れものだ。

 

 しかし、そんな中にタマが迷い込まれたら、捜すのにかなり苦労することになるだろう。それを恐れた茶々丸は、すぐさま階段を下りてタマを追ったのである。

 

 

「タマ、どこへ行ったのですか、タマ……」

 

 

 地下室へと入っていった茶々丸は、まず人形置き場を徹底的に探した。ここは人形が大量に保管されており、タマが隠れそうな場所がたくさんあったからだ。それでも、いくら探してもタマは見つからなかった。

 

 

「まさか……」

 

 

 となれば、タマはさらに奥の部屋へと行ってしまったのだと茶々丸は考えた。それは、魔法球へ入っていってしまった可能性を示していた。それは非常にまずいことだ。茶々丸はタマの安否が気になった。だから、茶々丸はすぐさま魔法球へ入り、タマを探すことにしたのである。

 

 

「タマ……」

 

 

 魔法球内は非常に高い円状のビルのような構造物となっている。その一番下は海岸となっており、海水浴も楽しめる。そんな場所へと転移してきた茶々丸は、タマの名を呼びかけながら、まずはその建造物の天辺を隅々まで探して回った。しかし、探した場所にはおらず、下に降りてしまったのではないかと思った。いや、むしろ真下へ落っこちてしまったのではないかと考え、不安に駆られた茶々丸は下へと続く階段を走っていった。

 

 

「むっ、茶々丸か。どうした?」

 

「マスター、こちらにタマは来ておりませんか?」

 

「あのネコか……。そういえばそんなのがふと通ったような……」

 

 

 その建造物の一番下、そこは砂浜だ。茶々丸は急いでそこへ来ると、タマを必死に呼びかけ探した。と、そこにエヴァンジェリンが腕を組んで空を眺めており、茶々丸はタマを見なかったか、エヴァンジェリンへ尋ねたのだ。ただ、エヴァンジェリンは空の方をずっと眺めていたようで、タマかはわからないが小さい生き物が通ったかもしれないと、少し自信がない様子で言葉にしていた。

 

 

 

「それは本当ですか……!?」

 

「た、多分だがな……」

 

「探してきます……!」

 

 

 エヴァンジェリンの話を聞いた茶々丸は、飛び上がる勢いでそれが本当か再び尋ねた。この近くにタマがいることは間違えないと思い、急いで探さねばと思ったのだ。しかし、やはりエヴァンジェリンは見たという確証がなかったので、目を逸らしながら多分と口に出していた。それでもマスターたるエヴァンジェリンがそう言ったのであれば、近くに居る可能性を考え、茶々丸はすぐさま探しに走ったのだ。

 

 

「……随分あのネコに御執心じゃないか。いい傾向だ」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンはタマを必死に探す茶々丸を見て、柔らかな笑みを浮かべていた。やはりあのネコを茶々丸に世話をさせて正解だった。これで茶々丸の心が育てば、気がついてくれればよいと思ったのだ。

 

 

「タマ……、どこに……」

 

 

 エヴァンジェリンが居た場所の近くを、草木を分けてタマを探す茶々丸。エヴァンジェリンの目撃証言が本当ならば、絶対に近くに居ると確信していた。ゆえに、センサーを最大に駆使し、タマを探していたのである。

 

 

「あっ!」

 

 

 そして、とうとう茶々丸は、砂浜で寝転がるタマを発見したのだ。意外にも色が白く、浜辺に溶け込んでしまっていたようだ。だが、茶々丸の高性能センサーにはすぐにわかったのである。

 

 

「こんなところにいたんですか……。探しましたよ……」

 

 

 すぐさまタマを拾い上げ、優しく抱き上げた茶々丸。砂だらけになったタマを撫でながら、砂を落としてあげていた。また茶々丸は、ようやくタマを見つけられ、さらに無事だったことに安堵し、自然と笑みをこぼしていた。

 

 

「すぐに出たいところですが、一日たたなければ出れませんね……」

 

 

 そして、茶々丸はタマをつれて、すぐさまこの魔法球から出ようと考えた。しかし、この魔法球から出るには1日をここで過ごさなければならない。現実時間では1時間しか経たないが、出るには1日必要なのだ。そのことを考えながら、タマをかかえて歩いていると、突如爆音とともに、エヴァンジェリンの掛け声が聞こえてきたのだ。

 

 

「おいっ! 危ないぞ茶々丸!!」

 

「えっ?」

 

 

 突如エヴァンジェリンが、焦ったような声で茶々丸に注意を促したのだ。茶々丸も突然のエヴァンジェリンの言葉に、周りを見れば空から光の矢が、こちらに向かって飛んできているではないか。エヴァンジェリンはそのことを、必死に教えようと叫んでいたのだと、茶々丸はいまさらながらに理解したようだ。

 

 

「な、なんであんなところに茶々丸がッ!?」

 

「知ラネーヨ!」

 

 

 そして、その光の矢を放った張本人であるカギも、茶々丸の出現に驚いていた。カギは修行の相手として術具融合を施されたチャチャゼロと戦わされていた。そこで、魔法の射手の光の矢を11本打ち込んだのだ。しかし、それはチャチャゼロに全て回避され、その射線上に茶々丸が現れてしまったということだった。チャチャゼロも茶々丸が現れるなど思っていなかったので、回避してしまったことに焦っていた。今の状態ならば、光の矢程度、無傷で防御出来るからだ。

 

 

「避けろ茶々丸!」

 

「分析結果、回避不能……」

 

 

 エヴァンジェリンは茶々丸に、その魔法の矢を回避しろと叫んだ。だが、茶々丸はその軌道と速度を計算した結果、回避は出来ないと判断した。なにせ今はタマを抱えた状態だ。すさまじい速度で飛んでくる光の矢を、回避する手立てが無かったのだ。

 

 

「私は壊れてもかまいません。ですが、この子だけは……」

 

「クソ! 間に合わんか!?」

 

 

 もはや茶々丸は回避を諦めていた。それでもタマのことだけは諦めていなかった。自分が壊れてでもいいからタマを守ろうと、茶々丸はタマを抱きかかえ光の矢に背を向けたのだ。また、エヴァンジェリンも光の矢を防ごうと、茶々丸の下へと急いだ。しかし、それでも間に合うかどうかわからない、ギリギリの状況だったのである。

 

 

「よ、避けてくれー!!」

 

「アホカ!? 魔法ノ射手グライ操レルダロ!?」

 

 

 カギも何でこんなことになってしまったと思いながら、必死に避けろと叫んでいた。普通に修行していたのに、それが茶々丸の危機につながってしまうなんて思ってなかったのだ。出来ることならさっきの魔法を取り消したいと思いながら、カギは茶々丸の無事を祈るしかなかった。

 

 しかし、魔法の射手は術者が思うように操ることが可能なのだ。よって斜線を変更し、光の矢を茶々丸から逸らす事だって出来るはずなのだ。だが、カギは完全にテンパってしまっており、そのことすら頭から抜けてしまっているようだった。なんというマヌケなのか。

 

 完全にテンパってしまい避けろと叫ぶカギに、チャチャゼロは魔法の射手ぐらい逸らせるだろうと叫んでいた。このバカカギめ、そんなことも忘れたのかと、少々怒り気味にカギへとアドバイスをしたのである。

 

 

「そうだったー!? ヤベー! でも間に合わねぇぇ!?」

 

「馬鹿カオメーハ!?」

 

 

 カギはチャチャゼロにそう言われ、そのことにようやく気がついた。が、時すでに遅し。光の矢はすでに茶々丸の前まで来てしまっており、逸らすことが難しい状況となってしまっていたのだ。カギは間に合わんと思いながら、必死で光の矢を逆転させようとしていた。そんな馬鹿を仕出かしたカギに、チャチャゼロもかなりご立腹な様子で、馬鹿だなんだと叫んでいたのだった。

 

 

 茶々丸は迫り来る光の矢を見て、なんとしてでもタマを守りたいと思った。このままでは自分はおろか、タマも危ないかもしれないと思った。あの光の矢はかなり強力だ。たとえ自分が身を挺しても、タマを守りきれるかわからなかったのだ。マスターたるエヴァンジェリンも助けに急いでくれているが、間に合う確立は5%と計算された。もはや手は無いのか、茶々丸はあらゆる手段を検索し、タマが助かる道のりを探し出し始めたのだ。

 

 

「この子だけは、絶対に……!」

 

 

 そこで導き出された答えは、防御しかないというものだった。茶々丸には防御機能が備わっており、あの光の矢を防ぐことが可能なはずなのだ。だが、やはりそれにはGパワーが必要になる。この状況でGSライドの出力を急激に上げれるはずが無いと、茶々丸は思った。それでも茶々丸はタマを守りたかった。守りたいという気持ちと、光の矢を防がなければならないと言う強い意志が、ここで茶々丸に宿ったのだ。そしてその感覚が、茶々丸に変化を齎したのである。

 

 

「この感覚は……!」 

 

「茶々丸ッ!」

 

 

 この危機的状況の中、茶々丸は胸にこみ上げる何かを感じていた。それはタマをなんとしてでも守りたいという気持ちが、GSライドの出力を高めたのだ。Gストーンからすさまじいエネルギーが放出され、茶々丸はほんのり緑色に輝いたのである。ただ、エヴァンジェリンはそんなことよりも、茶々丸を光の矢から守らねばと急いでいた。それゆえ、その茶々丸の小さな変化に気がつかなかったようだ。

 

 

「……”プロテクト・シェード”っ!」

 

「何!」

 

 

 茶々丸は今なら防御が出来る気がした。だからタマを右手で抱え、光の矢に向かって左手を真っ直ぐ伸ばし、強力なバリアを張ったのだ。そして、光の矢はそのバリアに命中すると、エネルギーが収縮され、バリアの表面で五芒星を描いたではないか。さらに、その五芒星となった光の矢のエネルギーを反射し、飛んできた方向へと跳ね返したのである。

 

 ――――――これこそが、プロテクト・シェード。”勇者王ガオガイガー”にて、ガオガイガーの左腕に装備されたバリアシステムだ。通常の物理攻撃にも対応する他、相手が放った光線などのエネルギーを防御、反射することで、防御と反撃を同時に行うことが出来る、優れた防御システムなのである。茶々丸に搭載されているプロテクト・シェードは改良が加えられており、光学攻撃以外にも魔法に対応していた。それで光の矢を受け止め、反射することが出来たのである。

 

 またエヴァンジェリンは、茶々丸がそれで光の矢を防御したのを見て驚いた。あのような機能があったのを、実際見たのは初めてだったからだ。あのカギの11本の光の矢を受け止め、反射して見せたからだ。

 

 

「おお!? 防いだのか!? あべしっ!!」

 

「自業自得ダナ」

 

 

 カギは茶々丸が自分の魔法を防いだことを、驚きながら安堵していた。しかし、そのせいで反射された光の五芒星をモロに受けることになってしまったようだ。その反射攻撃が直撃し、まっさかさまに落ちるカギを見て、自業自得と頷くチャチャゼロだった。

 

 

「大丈夫だったか!」

 

「はい、何とか……」

 

 

 そこへようやくエヴァンジェリンが茶々丸の側へとやってきて、無事だったかを焦りの表情で尋ねていた。茶々丸は今のバリアにて、完全に光の矢を防ぐことが出来たので、特になんとも無かった。ゆえに、何とかなったと静かに言葉にしていた。

 

 

「今のは一体……?」

 

「私に内蔵されている防御機能の一つです……。出力不足で普段は使えませんでしたが……」

 

「それが使えたということは……つまり……」

 

 

 エヴァンジェリンは、茶々丸が今使った能力は一体何なのかを考えた。それを茶々丸に尋ねると、タマを撫でながらゆっくりと口を開いた。先ほどのバリアは元々装備されていたシステムで、出力不足ゆえに使えなかったと。なら、それが使えたということは、つまり出力が上昇したということだ。エヴァンジェリンはそう考え、ハッした様子を見せていた。

 

 

「一瞬だけでしたが、タマを守りたい一身で、出力が上がったようです」

 

「フフフ……。そうか」

 

 

 茶々丸は今の現象を冷静に分析し、タマを守ろうと必死になった結果、GSライドの出力が上昇したと判断した。ただ、何故そうなったのかまでは、理解していない様子だった。そう説明する茶々丸を見て、ふいに笑いをこぼすエヴァンジェリン。エヴァンジェリンは茶々丸が、少しの間だったが強い感情を発せられたことに、心から喜んでいたのだ。

 

 

「茶々丸よ、今の感覚を忘れるな」

 

「今の感覚……ですか……?」

 

「そうだ。今のが強い感情だ」

 

 

 そして、エヴァンジェリンはニヤリと笑いながら、それこそが感情だと茶々丸へ助言していた。今の感覚こそが強い感情。何かを守りたいために湧き上がったものだと。茶々丸はエヴァンジェリンの言葉に、首をかしげながらも、先ほどの感覚が感情だったということに、未だ疑問を感じていた。

 

 

「そうだったのでしょうか……」

 

「そういうもんだよ」

 

 

 だから茶々丸は、エヴァンジェリンへ、本当にそうだったのかを聞き返していた。確かにすごい力を感じたし、何かこみ上げてくるものはあった。しかし、それが強い感情とだと言う実感が、あまりなかったのである。そう聞き返されたエヴァンジェリンは、やはり笑みを浮かべながら、その通りだと一言述べた。それが強い感情でなくて、何が感情になるというのか。そう言いたげな表情だった。

 

 

「あっ、修行の邪魔をして申し訳ありませんでした……」

 

「別にいいさ。茶々丸も少し成長したみたいだしな」

 

 

 そこで茶々丸は、エヴァンジェリンがカギの修行を行っていたのに気がつき、ハッとした表情をした後、頭を下げていた。エヴァンジェリンはそんな茶々丸を眺めながら、茶々丸が少し成長したと思い、特に気にする様子を見せなかった。

 

 

「ケケケ、大丈夫カ?」

 

「自分の魔法を食らうのはイテェ……」

 

 

 だが、その修行を受けていたカギは、プロテクト・シェードの反射ダメージにより、砂浜に墜落して寝そべっていた。その様子を見ていたチャチャゼロは、ケタケタ笑いながら大丈夫かどうかを聞いていた。

 

 カギはその質問に、地面に落ちたことよりも、自分の魔法が反射してきたダメージの方が痛いと、涙目で言葉にしていたのだった。11本の光の矢が、全て集束された攻撃を受けたのだ。なんとか魔法障壁で防いだようだが、ダメージが大きいのはしかたないことだった。

 

 

「ここから離れますよ、タマ。っこら……」

 

「……ソイツの怪我はもう大丈夫のようだが、どうするつもりだ?」

 

 

 タマへとここを離れるのでおとなしくするよう茶々丸は話すと、タマは茶々丸の頬をペロペロ舐め始めた。タマは茶々丸が自分を守ってくれたことを理解したのかもしれない。そうやってタマに頬を舐められた茶々丸は、くすぐったそうにしながらも、ほんの少し喜ばしい様子で、小さな笑みを見せていた。そんな茶々丸を見てほっこりしたエヴァンジェリンだったが、タマの怪我が随分良くなっていることを察し、怪我が治ったらどうするかを尋ねたのだ。

 

 

「……元の場所に戻します」

 

「いいのか? それで」

 

「はい……。マスターとはそういう約束でしたし、迷惑をかけてしまいますので……」

 

 

 それを聞かれた茶々丸は、少し暗い様子となって、元いた場所へと戻すと話した。エヴァンジェリンは、茶々丸はそれでいいのかと、再び質問をした。すると茶々丸は、元々タマの傷が治るまで、このログハウスで面倒を見る約束だった。それに、随分とマスターであるエヴァンジェリンに迷惑をかけたと、申し訳ない気持ちを言葉にしていた。

 

 

「茶々丸、私はいつ迷惑だと言った?」

 

「それは……。ですがマスターの私物に被害を出してしまいました……」

 

「別に壊れたなら直せばいいと言ったはずだが?」

 

 

 しかし、そこでエヴァンジェリンは、自分が迷惑だと言葉にしたことがあったかを、茶々丸に聞いたのだ。茶々丸はそれを聞かれ、確かにエヴァンジェリンが迷惑と言う言葉を、一言も使ってなかったことを思い出した。それでもエヴァンジェリンの私物などを傷つけてしまったので、そう迷惑に思っているかもしれないと考えていたようだ。それを茶々丸が気分を沈めて話すと、エヴァンジェリンは再びこう答えた。前に壊れたなら直せばいいと話したと。別に気にしていないと。

 

 

「しかし……」

 

「……茶々丸がソイツを飼いたいというなら、これからも飼っててもいいぞ」

 

「……!」

 

 

 だが、茶々丸はずっとそのことを気にしていたらしく、タマを撫でながら憂いを感じた様子を見せていた。エヴァンジェリンはそんな茶々丸を見て、息を小さく吐き出した後、ならそのネコをこれからも面倒を見てよいと言葉にしたのだ。それはすなわち、タマをこのログハウスで飼っていいということだ。茶々丸は一瞬、何を言われたのか理解できず、とっさに顔を上げて、エヴァンジェリンの顔を見た。

 

 

「いいのですか……?」

 

「まあな。後、茶々丸がいつも餌をやってるネコも連れて来い」

 

「それは……」

 

 

 エヴァンジェリンの突然の許可に、戸惑いながらも本当に良いのかと、恐る恐る尋ねる茶々丸。エヴァンジェリンは問題ないと言う感じで一言述べると、さらに驚くことを口にしたのだ。それは茶々丸が毎日餌を与えているネコたちも、一緒に飼っていいということだった。

 

 エヴァンジェリンは茶々丸が野良猫に毎日餌を与えて居ることを知っていた。だから、そのネコたちも引き取って来いと、茶々丸へと静かに話したのだ。茶々丸はそれにも驚いたが、何せ数が多い。1匹でさえ大変だったのだから、さらに増えたら大変になると思ったのだ。

 

 

「別に1匹が5匹になろうが10匹になろうが変わらん。それに、現実時間に合わせた魔法球を用意するぐらい難しくは無いさ」

 

「マスター……」

 

「……というワケだ。とりあえずソイツを飼うことを許可する」

 

「……ありがとうございます……」

 

 

 流石に数が多いと考え悩む茶々丸に、エヴァンジェリンは言葉を続けた。1匹飼うのなら、数など無意味だと。また、ネコ専用の魔法球を用意する、居場所を確保してやると、微笑みながら説明したのだ。

 

 また、現実時間にあわせた魔法球を用意すると言うのは、ネコの寿命を考えてのことだ。外の一時間がここの一日になるこの魔法球だと、ネコがあっという間に年を取ってしまうと考えたのだ。ネコの寿命は人間よりもはるかに短い。それを考えたら、一時間が一日と言うのはかなり大きいものなのだ。だから、現実時間に合わせた、一日が一日の魔法球を用意しようと思ったのである。

 

 茶々丸はエヴァンジェリンの今の言葉に、非常に嬉しいという何かを感じ取っていた。感激と言うものを味わっていた。まあ、他のネコは置いておいて、まずはそのタマを飼っていいと、エヴァンジェリンはハッキリ許可を出したのだ。

 

 感激に身を震わせる茶々丸は、それを聞いてタマをしっかり抱きかかえ、エヴァンジェリンへと嬉しそうな表情で、頭を下げて礼を述べていた。ずっとタマと一緒にいられる。そう茶々丸は思っただけで、何か胸が熱くなるのを感じていたのだった。そして、タマを抱えて離れようと考えた茶々丸は、頭を再び下げた後、タマを抱えたまま建物の方へと歩いていった。

 

 

「……やれやれ。茶々丸の心を育てるようにと言われてなければ、ここまでしないんだがな……」

 

「そりゃ本当か師匠(マスター)?」

 

「少シ照レテネーカ? 御主人」

 

 

 歩き去った茶々丸を見て、エヴァンジェリンは肩をすくめた。エヴァンジェリンは茶々丸のAI育成に協力してくれるよう、葉加瀬たちから頼まれていたのだ。しかし、微笑んだ茶々丸から礼を言われたエヴァンジェリンは、ほんの少し照れてる感じだった。

 

 そこへやってきたカギが、本当にそれだけが理由なのだろうかと、ニヤニヤしながら少し面白おかしく言葉にしていた。チャチャゼロもやってきて、頬がほんのり赤いエヴァンジェリンに、照れてるだろと言ったのだ。

 

 

「うるさいな……。まあ、私の心は寛大だということがこれでよくわかっただろう!」

 

「俺の大海原より広い心よりも寛大なのがよーくわかりましたぜ!」

 

 

 エヴァンジェリンは照れ隠しなのか、うるさいと言葉をもらした。また、そこから急激にテンションを上げ、仁王立ちしていかに自分の心が広いか理解したかと、笑いながら豪語したのだ。カギはそんなエヴァンジェリンへ、自分の心は広いがエヴァンジェリンの心はもっと広いと、自画自賛を含めながら褒め称えていた。

 

 

「オメーノハアリエネーヨ」

 

「即座に否定!? ヒデェー!」

 

 

 そのカギへとすかさずツッコミをいれ、ありえねーと話すチャチャゼロがいた。カギの心が大海原より広かったら、それ以外の人間は宇宙ぐらい広いことになるとチャチャゼロは思ったのだ。それを聞いたカギは、瞬間的に自分の心の広さが否定されたのを聞いて、ひどすぎると叫びわめいた。

 

 

「チャチャゼロの言うとおりだな」

 

「そ、そんなっ! 師匠(マスター)までー!?」

 

 

 エヴァンジェリンもカギが大海原ぐらい心が広いとか、絶対にないと思い、チャチャゼロの言うとおりだと口を開いた。そこまで否定されたカギは、オーバーなリアクションで泣き叫び、ひどすぎると思いながら、二人の厳しいツッコミに打ちひしがれていた。流石にそこまで否定しなくても、とカギは微妙に落ち込んだフリをしたのである。ただ、あくまでフリであって、決して落ち込んではいないのだ。

 

 

「ふっ。さて、私は新しい魔法球を用意するので少し席をはずす。今のうちにじっくり休んでおけよ?」

 

「りょーかい!」

 

 

 明らかに落ち込むフリをして、チラチラとエヴァンジェリンを見るカギ。そんなカギを横目で見て、エヴァンジェリンは微笑していた。そして、茶々丸がつれてくるであろうネコ用の魔法球を用意するため、エヴァンジェリンはこの別荘の研究室に少し篭ることにしたようだ。だから、その間に休んでおけと、エヴァンジェリンはカギヘと伝えた。それを言われたカギは、嬉しそうにしながら元気よく返事をしていた。ようやく少し休めると思ったのである。

 

 

「心、か……」

 

 

 エヴァンジェリンは建物へと足を運びながら、ふと空を眺めた。心とはなんだろうかと、心とはどういうものなのかと、ほんの少し考えながら。

 

 



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百七話 別荘の中にて

 ここはウェールズにある山奥の小さな村。その近くの野原にて、一人の女性が立っていた。一本だけ大きく生えた木の側で、その女性は手紙を読んでいたのである。

 

 

『元気ですか? ネカネお姉ちゃん。僕が日本に来て、もう半年近くが経ちました』

 

 

 その女性はネギの姉であるネカネだ。ネカネはネギが送ってくれた手紙を、その場所で読んでいたのである。また、手紙からはネギの立体映像が浮き出し、その内容を話していた。

 

 

『今回は写真も同封しといたよ』

 

 

 ネギの立体映像が写真が入っていると言うと、ネカネもそれに気がついた。それを手に取り少し眺めると、再びネギの手紙を読み始めた。

 

 

『まだ期末テストって難関が残ってるけど、それが終われば夏休みです』

 

 

 ネギの立体映像は現状報告として、期末テストがあることを述べていた。そして、それが終われば夏休みになると、少し嬉しそうに報告する立体映像のネギだった。それを見ながら微笑むネカネは、これを近くに居る少女へ見せようと、その名を叫んだのである。

 

 

「アーニャ!」

 

「ん?」

 

 

 それはアーニャだった。ネカネはアーニャを呼ぶと、そそくさとその手紙を見せようと駆け寄った。突然呼ばれたアーニャは駆け寄るネカネの方を向いて、何だろうと不思議に思い、首をかしげてそこで待っていた。

 

 

「ほら、ネギが手紙と写真を送ってきたわよ!」

 

「ネギが?」

 

 

 首をかしげるアーニャに、ネカネはネギの手紙を見せた。アーニャは興味を持ったようで、その手紙を横から眺め始めたのだ。

 

 

『たった半年とは思えないくらい、いろんなことがありました』

 

 

 ネギの立体映像は、この半年間がとても濃い日常だったと話し始めた。3-Aの生徒たち、気がつけば友人となっていた小太郎、それと兄のカギのことを。さらに、修学旅行や学園祭での戦い。とても一言では語りつくせないようなことばかりだったと、ネギの立体映像は語っていた。その話を聞きながら、ネカネとアーニャは写真の方を眺めていた。

 

 

「何よこれ、女の人ばかりじゃない」

 

「楽しそうね」

 

 

 そこでアーニャは、写真に写っている人の大半が、女性だと言うことに気がついた。周りを見渡せば女子だらけ。アーニャはどういう状況なんだと、少し不機嫌な様子で言葉にしていた。まあ、女子中等部なので女性しかいないのだから当然なのであり、ネギにはまったく罪がないのだが。また、ネカネは写真に写るネギたちをみて、賑やかで楽しそうだと思ったようだ。

 

 

『おーネギ、何やってんだ?』

 

『あ、兄さん。今ネカネお姉ちゃんの手紙を書いてるところだよ』

 

『なんだとー! 俺も混ぜろー!』

 

『ほら、今録画中だから、何かメッセージを残して』

 

 

 そのネギの立体映像から、何やら別の人の声が発せられた。そして、カギが横から現れたのだ。カギはネギが何をやっているのか気になったようだ。ネギはネカネに手紙を書いているとカギに話すと、カギは叫んで混ぜろと言い出した。ネギはカギにも何か話させようと思い、録画してるから話して欲しいと説明していた。

 

 

「あら、カギ。ネギしか手紙を送ってこなかったから、てっきり忘れたんだと思ってたけど……」

 

「げー、あのカギィー?」

 

 

 カギの登場に、ネカネはカギが手紙を寄越していないことを思い出していた。またいつものように、手紙なんてかったるいと思って出し忘れたんだと思っていたようだ。アーニャはカギの顔を見て、露骨に嫌そうな顔をした。何せアーニャはカギが苦手と言うか、ぶっちゃけ嫌いだからである。

 

 

『ハローハロー! ハワイユー、マイシスター!』

 

『兄さん、もう少し真面目にやった方が……』

 

『こーいうのは普段通り見せんのがいいんだろ!?』

 

 

 カギの立体映像ははしゃいだ姿で訳のわからない挨拶を始めた。無駄にテンションが高いカギを見たネギは、真面目に挨拶してほしいと話した。だが、カギは逆ギレみたいなことを言って、ネギを黙らせたのである。

 

 

『オホンオホン、気を取り直して。えー……。……何しゃべりゃいいんだ?』

 

『そのぐらい自分で考えてよ……』

 

『うーむ、そうだなー。とりあえず俺はビンビンに元気! まったくもってノープログレム! んでもって……』

 

 

 さらにカギは、何か話そうと思ったようだがド忘れしたようで、一体何を話せばよいやらと首をかしげていた。そこでネギへ、何喋ればいいの? とマヌケな質問を始めたのである。流石のネギもそんなカギに呆れ、自分で考えて欲しいと話した。当たり前である。カギはネギにそう言われ、必死に話す内容を考える様子を見せていた。それが終わったのか、カギはさらにテンションをあげて、長い話を始めたのだった。

 

 

「カギのヤツ話し長すぎ! 早くネギに変わりなさいよ!」

 

「まあまあ」

 

 

 カギの長話に、アーニャは頭にきていた。早くネギを映せ、話させろと思ったのだ。何せかれこれあれから5分もカギが話しているのだ。アーニャが怒るのも無理は無い。さらに言えば、それほどまでにアーニャはカギが気に入らないのである。その原因は全部カギなので、仕方のないことではあるが。そこでネカネは興奮するアーニャの肩に、そっと手を置いて宥めようと、優しく声をかけていた。

 

 

『あのー、そろそろ僕に変わってくれない?』

 

『何ぃ!? まだしゃべりたりねぇが、お前の手紙だから仕方ないかー!』

 

『……なんか兄さんの話が長くてごめんなさい』

 

 

 と、そんな時にネギが現れ、流石に話が長いカギに変わってくれと申し出ていた。カギはこれでも話したりないと言い出したが、この手紙がネギのものだったことを思い出し、素直に明け渡したのである。そこで交代したネギは、カギの話が長かったことをこっそり謝っていた。

 

 

「ねえ、アーニャ。何かたった半年でネギは凛々しくなったと思わない?」

 

「ハァ? どこが?」

 

 

 ネカネはそんなネギを見て、何か少し変化があったような、たとえば凛々しくなったような、そんな印象を受けたようだ。だが、アーニャにはあまり変化が感じられなかったようで、渋い顔をしながら、どこが? と聞き返していた。

 

 

「それと、なんだかカギも少し変わった気がするわ」

 

「えっ!? 嘘でしょ?!」

 

 

 さらに言えば、あのカギも少し変化したような、そんな感じをネカネは受けたようだ。普段どおりの馬鹿丸出しな状況だったが、ここを発つ前よりも棘がなくなったように感じたようだ。しかし、アーニャはネギの時以上に驚き、絶対にありえないと言葉にしていた。

 

 

「ネギはネギで相変わらずチビでボケでマヌケ顔だし、カギもアホでバカでスケベ顔じゃない」

 

「そうかしら?」

 

「そうよ!」

 

 

 アーニャからすれば、ネギはいまだチビでボケでマヌケな顔をしていたように見えたらしい。また、カギも馬鹿でアホでスケベなのは変わりないと、毛嫌いしながら叫んでいた。これほどまでに嫌われているとは、カギも思うまい。そう言うアーニャに、ネカネはそうなんだろうかと思ったようだ。確かに変化は小さかったが、確かに変わったと思ったからだ。それでもアーニャは絶対にないと、断言していたのだった。

 

 

『まだ詳しく予定は決めてないけど、夏休み中には必ず帰るからね、ネカネお姉ちゃん』

 

『俺も一緒に帰るだろうから、そんときゃヨーソロー!』

 

 

 ネギの立体映像は、夏休みになったらここへ帰ることを最後の締めとして話した。その横からカギも現れ、同じく帰ると調子よく言葉にしていた。

 

 

「二人とも帰ってくるそうよ」

 

「ネギが? そう……」

 

 

 それを見たネカネはネギとカギが帰ってくると、その横のアーニャへと伝えた。アーニャはネギにしか眼中にないようで、ネギの名のみを言葉にしていた。むしろ、カギは帰って来なくてよいとまで思っているのだ。そして、そのツーサイドアップにした髪を両手で丁寧に梳いて、身だしなみを整え始めた。

 

 

「髪を梳いても、今すぐネギが帰って来る訳じゃないわよ?」

 

「えっ? べ、別にコレ関係ないわよ!?」

 

 

 そんなアーニャの様子を見て、ネカネは微笑みながら、今すぐ帰ってくる訳ではないと話した。また、それほどまでにネギに会いたいのだろうとも思ったようだ。そんな勘違いしたアーニャは、照れ隠しなのかこの動作は関係ないと、ネカネへと述べていた。ぜんぜん今のは無関係、別に気にしていないと、慌てた様子で言葉にしていたのだった。

 

 

「でも、もうすぐ会えるのね。ネギ、カギ……」

 

 

 そんなアーニャを見て笑うネカネも、ネギとカギに会えるのを楽しみにしていた。半年間でどれほど成長したのだろうか。元気でやっているようだけど、本当はどうなんだろうか。そんなことを考えながら、今はただ、二人が帰ってくるのを待っていようと思うのだった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、先ほどの場所から遠く離れた日本の麻帆良。そこにあるエヴァンジェリンのログハウスの中にある”別荘”にて、早速魔法の修行が行われていた。エヴァンジェリンを中心に、ハルナ、夕映、のどか、それにネギが集まっていた。

 

 

「さて、今日も初歩の初歩、”火よ灯れ”を練習してもらうぞ」

 

「全然出来ないんですけどー!?」

 

「当たり前だ。魔法使いとて数ヶ月は練習するんだぞ?」

 

「うそーん!?」

 

 

 灯よ灯れ、それは魔法使いでも誰もが必ず最初に覚える魔法だ。杖の先に光を照らすだけの魔法であり、ライターの方が便利といわれる程度の魔法。だが、これを覚えなければ他の魔法など覚えることは出来ない。それを今日も練習しろと、エヴァンジェリンはハルナへと指示していた。

 

 ただ、ハルナは魔法を練習するやいなや、ずっとこればかりやっていた。そのため、まったく魔法が出来ないことに、本当に出来るのか疑わしいと思い始めていたのだった。だからまったく出来ないと、文句を叫んでいたのだった。

 

 そんなハルナにエヴァンジェリンは、当然だと言葉にしていた。魔法使いだって何ヶ月も練習して覚えるものなのだから、一般人がすぐに出来る訳がないと冷静に話したのである。いや、魔法が使えるようになるだけでもそんなにかかるのかと、ハルナはショックを受けて再び叫んでいたのだった。

 

 

「本当ですよ。僕も何度も練習しましたから……」

 

「うへー、ネギ君が言うならマジなんだなー……」

 

 

 そこでネギは、自分も必死に練習したと話した。幼少の頃、何度も何度も繰り返した灯よ灯れだ。何度やってもうまくいかなかったことを思い出しながら、ハルナへとそれを伝えたのだ。それを聞いたハルナも、ネギの言葉だからこそ本気で信じたようで、これからずっと火がつくまで練習するのかと、肩を落としていたのだった。

 

 

「まっ、そこの二人は優秀だったみたいだがな」

 

「えっ!? そーなの!?」

 

 

 だが、エヴァンジェリンは夕映とのどかへ視線を移し、二人は優秀だったようだと語った。その言葉にハルナも驚き、その二人を驚愕の表情で見たのである。

 

 

「はい。気がつけば出来てました」

 

「だからハルナも頑張ろう!」

 

「言ってくれるねー……」

 

 

 夕映はエヴァンジェリンにそう言われ、気がつけば”火よ灯れ”が出来ていたと少し自慢げに話した。のどかも頑張って”火を灯れ”を練習し、出来るようになった。だからハルナにも、頑張ってと応援したのだ。そう言われたハルナはマジかーっという顔で、気軽に言ってくれるなぁ、と言葉にしていたのだった。

 

 

「ところでクーフェさんと楓さんは?」

 

「あの二人は魔法なんかよりも、今自分が持つ技術を磨いているさ」

 

「あっ、あそこで戦ってる……」

 

 

 と、そこで夕映は先ほどまで一緒にいたはずの、古菲と楓がいないことに気がついた。あの二人は魔法を覚える気がまったくないので、どうしたのだろうかと思ったのだ。エヴァンジェリンもそれを知っていて、戦いの場を提供していたので、各々の能力を鍛えていると言葉にしていた。それを聞いたのどかは、その二人が別の場所で模擬戦をしながら切磋琢磨しているのを発見したようだ。だが、自らを鍛え上を目指しているのは、あの二人だけではなかった。

 

 

「ギニャッ!?」

 

「カギ先生!?」

 

「うわっ! ボロボロじゃん!?」

 

 

 そこに突然ハルナたちの真ん中へ、カギが落下してきたのだ。まるでカエルがつぶれたような声を出し、地面と衝突したカギ。流石にそれを見た三人は驚き、カギがあちこち傷を作っていることに気がついたようだ。

 

 

「いてーっ! チクショー! 二対一なんてヒキョーだぜ!」

 

「ふん、その程度しのいで見せろ」

 

「戦イニヒキョーモ何モネーゼ!」

 

 

 しかし、カギはそんな三人を言葉が聞こえなかったのか、落ちてきた方向を再び睨みつけていた。その先には殺人人形チャチャゼロと、エヴァンジェリンが作り出した人造霊が空中で仁王立ちしていたのである。そう、カギもまた、この二人と戦いながら、強くなろうと足掻いていたのである。ただ、今回はカギVSチャチャゼロ&エヴァンジェリン二号。完全に不利な状況のようだ。

 

 

「カギ先生はいつもこんなことを?」

 

「あったりめーよ! 銀髪以上の野郎を相手にするかもしれねーからな!」

 

「そうですか……」

 

 

 夕映はこんなことを毎回カギがやっているのだろうかと思い、それをカギ本人に尋ねてみた。ボロボロの姿をしながらも、未だ戦う姿勢をやめぬカギは、それを当然と言ってのけた。そして、ゆっくりと立ち上がりながら、あの銀髪のこと神威を超えた強敵が現れるかもしれないと考え、強くならなければと語ったのだ。

 

 夕映はそのことを聞いて、あの学園祭二日目の夜のことを、ほんの少し思い出しながら、その一言を述べていた。あの時、夕映は銀髪のニコぽによって洗脳され、カギに立ちはだかってしまった。アレがいいことだったのか、悪いことだったのかはもはや夕映にもわからないことだ。何せ洗脳されていたのだが、洗脳されていたということを夕映は、認識していなかったのだから仕方がないことである。

 

 それでも記憶には鮮明に残っていた。自分ごと神威を打ち抜かんと、恐ろしい形相をするカギを。それがフェイクで、そんな気がなかったと笑っていたカギを。さらに、情け無く逃げ惑う神威を見て、どうしてあの人に惚れたのかと疑問に感じたことも、全部夕映は覚えていたのである。また、あの時のカギは普段よりも凛々しく見えたと、夕映は思っていた。が、普段の態度がアレすぎるせいか、やっぱり勘違いだったのだろうと思ってしまったようである。カギがフラグを立てる道のりは長いようだ。

 

 

「おっしゃー! まだまだ行くぜオラァ!」

 

「早くかかって来い」

 

「暇シテンジャネー!」

 

 

 カギは夕映の質問を答え終えると、すぐさま上空へと飛び去り、再び戦いを始めた。まだかまだかと上空では、エヴァンジェリン二号とチャチャゼロが待機していたからだ。さらに文句を言いながら、早く来いと挑発していたからだ。飛び去るカギを眺める夕映は、普段からこのぐらい真面目ならいいのに、と思ったようである。まったくだ。

 

 

「知らない間に兄さんがあんなに強くなってる……」

 

「あのエヴァンジェリンさんは影分身とかではないのですよね?」

 

「前にも説明したが、闇の精霊で作り出した人造霊だよ」

 

 

 その兄であるカギの戦いぶりを目の当たりにしたネギは、戦慄を覚えた。悪魔との戦いの時も、自分が知らない力を見せ付けていたが、その時以上にカギが強くなっていたからだ。気がつけば相当な差を付けられている。ネギはそのことが少しショックだったのだ。

 

 そんなネギの横で、夕映はあの二人目のエヴァンジェリンが、影分身などではないことをエヴァンジェリンに質問していた。エヴァンジェリンはそれは前にも説明したと言いながら、再び説明を始めた。

 

 

「何度見てもすごすぎっしょ!? 私もいつか出来るようになりますかー!?」

 

「簡単には出来んよ。私ぐらいでなければな」

 

「道のりが険しすぎるー!!」

 

「僕も頑張らないと……!」

 

 

 魔法を使って分身を作り出す。なんとすさまじいことか。そのことに驚きうらやましく思うハルナは、自分もそれが出来るようになりたいと叫んでいた。分身できればマンガを、同人誌を描くスピードが倍になると思ったからだ。

 

 しかし、現実は非情である。人造霊を作り出すなど、そう簡単に出来るはずがないのだ。そう、それこそ自分ぐらいのレベルにならなければ無理だと、エヴァンジェリンは語ったのだ。エヴァンジェリンほどの魔法使いなど、そうそうなれるはずもない。その長い修行を考えたハルナは、こりゃ無理だと涙を呑んで諦めたようだ。

 

 その話を聞きながらも、カギの戦いぶりを見ていたネギは、自分も頑張らなければと決意を新たにしていた。別にカギを超えたいと思った訳ではないが、それでももっと強くなりたいとネギは思ったのだ。また、さらに多くの魔法を覚え、色んなことが出来るようになりたいとも思ったのである。

 

 

「……そーいえばアーティファクトってヤツはどうやって手に入るの?」

 

「仮契約すりゃ出来ますぜ!」

 

「仮契約!?」

 

 

 そこでハルナは魔法がうまくいかないので、アーティファクトがほしいと思った。何が出るかはわからないが、魔法の道具というものに興味が沸いたのである。その方法とは何ぞやとハルナが言葉にすると、横からカモミールが仮契約を行えば手に入ると豪語していた。仮契約、なんだねそれは一体。ハルナは新しい魔法の単語に、再び驚きを感じていた。

 

 

「方法は色々あるが、簡単なのはキス、接吻することだな」

 

「なんですとー!?」

 

 

 その補完としてエヴァンジェリンが、仮契約の方法を説明した。仮契約のもっとも簡単な方法はキスである。それ以外にも色々方法はあるようだが、一番簡単なのだ。そのことにさらに驚き叫ぶハルナ。そんな簡単な方法でいいのだろうかと思ったようだ。

 

 

「いや、確かのどかもそれで手に入れたんだっけ?」

 

「う、うん……」

 

 

 しかし、ハルナはそこでのどかがアーティファクトを手に入れていたことを思い出した。それは修学旅行でのイベントにて手に入れたものだ。そうハルナがのどかへ話すと、のどかは少し動揺した様子でその質問を肯定していた。というのも、あの時のどかは魔法を知らなかった上に、一時的な感情に身を任せてしまったことを、後悔していたからだ。

 

 

「あの時はスイマセンっした!」

 

「別にもう気にしてないですので……」

 

「僕ももう大丈夫だから……!」

 

 

 のどかがあの時のことはやはり気にしていたとカモミールは感じ、再び土下座して謝っていた。カモミールは魔法を知らぬのどかに謝罪を行っていなかったので、今ならしっかり謝れると思ったのである。

 

 そんな綺麗に土下座するオコジョを見て、のどかも特に気にしていないと、困った様子で言葉にしていた。もう済んだことだし、すでに水に流したことだ。いまさら何かを言う気もないのだ。その横のネギにもカモミールは頭を下げ、ネギも今さら再び謝る必要はないと話していた。

 

 

「あー、あん時二人とも凄く落ち込んでたもんねー」

 

「こういうことが原因だったのですか……」

 

「少年が真面目すぎるだけだと思うがな……」

 

 

 ハルナもあの時の二人の落ち込みようは、すさまじいものだったと思い出していた。仮契約を行ってしまったがゆえにネギが落ち込み、そのネギの様子を見たのどかも落ち込んでしまった。そう言った経緯であの状況になっていたことを、夕映も初めて知ったようだ。

 

 また、夕映ものどかに協力し、そうさせてしまったことを思い出し、少し暗い気持ちを感じていた。よかれと思って協力したのに、のどかがとても落ち込んでしまったのだ。実際夕映も、あの時結構落ち込んでいたのである。

 

 まあ、はっきり言えばネギが真面目すぎたので、どちらも落ち込んでしまったことでもあると、エヴァンジェリンは静かに語った。というよりも、仮契約は所詮仮の契約。そこまで真面目にショックを受けるほどでもなかろうと思ったのである。

 

 

「およ? じゃあゆえ吉もカギ君とチューしちゃったわけ!?」

 

「えっ!? いえ、私は別の方法を使ったです」

 

「嘘はよくないよー? ほれほれー!」

 

 

 ハルナはあの時、確かにのどかはネギとキスをしたことも思い出したようだ。ならば、同じくカギと仮契約した夕映も、そのカギとキスをしたのではないかと思ったのである。それを夕映へと問いただすと、夕映はNOと言葉にした。別の方法で仮契約を行ったからだ。ただ、明らかに照れ隠しに聞こえたハルナは、嘘をつくなと夕映をこついていじろうとしていた。

 

 

「これを使いました。これで簡単に仮契約が出来るです」

 

「それじゃつまらないじゃなーい!」

 

「そーだぜ! その紙切れが全部いけねぇんだ!!」

 

「そ、そう言われても……」

 

 

 夕映はしつこいハルナに、証拠を提出した。それはギガントから預かっている仮契約ペーパーだ。夕映はほれほれーとハルナへ見せると、ハルナはそれをつまらないと叫んでいた。キスしてくれれば面白い展開になっただろうし、ラブなことにもつながったんじゃないかと思ったからだ。

 

 また、カモミールもその紙を憎憎しげに睨みつけ、その紙が全部悪いと叫んだ。この紙のせいで自分の出番が奪われ、金も手に入らなかったのだ。その紙こそ自分の天敵だと認識し、恨みの対象にしていたのだ。

 

 とは言え、別にキスしなくてもいいなら、それでもいいと思う夕映。乙女の唇を簡単に明け渡すのもどうかと思うのも当然である。だから、そう叫ばれても困るというものだった。まあ、仮契約を行うパートナーとは恋人が対象の場合が多いので、キスという方法がもっとも簡単なのはしかたなかったりもするのである。

 

 

「いやー、でもカギ君、その方法で文句言わなかった?」

 

「いえ、特には……」

 

「かーっ! カギ君もダメダメじゃん!」

 

 

 ならば、その方法でカギが納得したのだろうか。ハルナはそこを考えた。何せあのカギはスケベの化身だ。カギならキスがしたくて仕方がないはずだと、ハルナは思ったのである。そうであれば、カギが文句を言うはずだと、夕映へとハルナは聞いた。どうなんだと。

 

 その質問に夕映は、仮契約時のカギの様子を思い出し、特にもめなかったと考えた。カギはあの仮契約の方法でも気にしなかった。むしろどうでもよさそうな感じだった。だからそれを夕映は話すと、ハルナはカギも駄目なヤツだと叫んでいた。

 

 ハルナは思った。男ならやってやれだろと。なんでそこで攻めないのだと。むしろキスするチャンスだっただろうが、このヘナチンと思ったのだ。ただ、あの時のカギは祭りの警備で燃え尽きており、しょうがない状態だったのである。許してやってほしい。

 

 

「じゃあ私も仮契約しちゃおーかなー?」

 

「姉さんがするっつーなら陣描きやすぜー!」

 

「おー! ふとっぱらー!」

 

 

 それなら自分も仮契約しちゃうぞ、とハルナは言葉にしていた。二人とも仮契約を行いアーティファクトを手に入れているんだから、自分もほしいと思ったのだ。そこへカモミールも調子付き、仮契約するなら必要な魔方陣を用意すると叫んだ。それはいい、ナイスだと、ハルナはそのカモミールの言葉に喜んでいた。

 

 

「方法は後にして、誰と契約するのですか?」

 

「ネギ君かカギ君かってこと?」

 

「はい」

 

 

 とはいえ、このペーパーもある訳だから方法はいくらでもある。それよりも問題なのは、誰と契約するかだ。つまるところ、カギかネギかという二択の話である。夕映はそれをハルナへ話すと、ハルナもそのことを理解したようだ。

 

 

「うーん。やっぱネギ君かなー?」

 

「そ、それは駄目です!」

 

「へ? 何で?」

 

 

 ならばやはりネギがよいと、ハルナは少し悩んで答えを出した。カギを選ぶならネギにするというのは、印象の問題であった。カギは最初見た時からスケベ根性丸出しのガキンチョだった。逆にネギは紳士的でいい子というのが印象だった。ならやはり選ぶならネギだと、ハルナも思ったのである。

 

 しかし、そこで夕映は突然叫びだした。ネギと契約することは駄目だ、絶対に許さんと。その夕映の変貌に、ハルナはキョトンとして、どうしてなんだろうと、その理由を聞いたのだ。

 

 

「何故って、ネギ先生はのどかの想い人です! のどかだけに契約させておきたいのです」

 

「ははーん。そーいうことー」

 

「わ、私は別に気にしないけど……」

 

 

 夕映は少し興奮気味に、その理由を述べた。夕映はのどかの恋愛を応援している。だから、ネギの従者をのどかだけにしておきたいのだ。ハルナもそれを聞いて、しっかり察したようで、メガネを光らせながら、目を細めてのどかと夕映を眺めていた。ただ、のどかは気にしないと、動揺した様子で話していた。まあ、ネギの従者が自分だけであれば、嬉しいことには間違えないと思ってもいるのだが。

 

 

「のどかが気にしなくても駄目です!」

 

「そ、そっか。じゃあカギ君で我慢するかー」

 

「そうです。それでいいです」

 

 

 夕映はそう話すのどかに、それでも駄目だと叫んでいた。従者というのはパートナーであり、魔法使いの観点としては恋人と言う扱いになりえる存在だからだ。それなら仕方がないとハルナはネギを諦め、カギにしようと言い出した。夕映はそれを聞いて、そうしてほしいと満足そうな表情で言葉にしていた。

 

 

「んー、本当にいいのかなー?」

 

「……どういう意味です?」

 

 

 しかし、そこでハルナは横目で夕映を見て、本当にそれでいいのかと尋ねていた。夕映はその意図がわからないようで、一体なんだろうかと聞き返していた。

 

 

「いやー、ゆえもカギ君専用従者になりたいんじゃないかなーって思っただけよ」

 

「何をバカなことを言ってるんですか?」

 

 

 ハルナは不思議そうにする夕映へと、その理由を述べた。夕映も実はカギ専用の従者になっておきたいのではないかと思ったと、そう勘ぐったと話したのだ。その言葉にすばやくつっこむ夕映。動揺すら見せぬ冷静なツッコミだった。

 

 

「じゃあカギ君と契約するかー。もちろんキスでね!」

 

「カギ先生なら喜ぶと思いますよ」

 

 

 ぐぬー、ならばさらに夕映が動揺しそうなことを言ってやる。ハルナはそう考えてカギの仮契約することを宣言した。しかも方法はキスだ。どうだ、カギの初めてであろう相手は夕映ではない、このハルナだ。そう宣言したのだ。が、それでも夕映の反応は冷ややかだった。どうぞどうぞ、カギなら喜ぶだろうしよかったよかった。そんな冷めた態度だったのだ。

 

 

「あれー? 反応が淡白すぎやしないー?」

 

「何か問題でも?」

 

 

 それでも反応が鈍い夕映に、ハルナは何故なんだと叫んでいた。もっと面白い反応してもいいじゃないか。どうしてそう淡白なのだと。そんな叫ぶハルナに、夕映はやはり冷静に、それで不都合なことがあったのかと、首をかしげて聞く始末だった。

 

 

「うむむー。面白い反応しそうだと思ったんだけどなー……」

 

「ネギ先生でなければむしろウェルカムです」

 

 

 ハルナは当てが外れたと思い、腕を組んで悩んだ様子を見せていた。ひょっとしたら夕映はカギに気があるのかと思ったのだが、どうやら違ったようである。夕映は悩むハルナに、むしろカギなら誰でもOKだと言葉にしていた。何せ夕映はカギに友人以外の感情を持っていないからだ。また、カギが変人すぎるので、そう言う感情がわかなかったのである。

 

 

「うーむ。まあそれならそうしますかな」

 

「と言うか、そろそろ火よ灯れの練習をだな……」

 

「あっ! いやー、ついつい……」

 

 

 夕映がそこまで言うのであればと、ハルナは渋々カギと仮契約をすることにしたようだ。方法は色々あるようだし、誰でも良いと思ったようだ。そう仮契約のことで盛り上がる三人のところを、エヴァンジェリンが睨んでいた。魔法はどうした。火よ灯れの練習はどうしたのだと、呆れた口調で話したのだ。そのことをうっかり忘れていたハルナは、話に盛り上がりすぎたと反省した様子を見せていた。

 

 

「まったく、早く魔法が使いたいなら、火よ灯れを何度も練習するしかないんだぞ?」

 

「そうですよ。もっと必死にならないと駄目です」

 

「そうだよハルナ。ちゃんとやらないと」

 

「ちょっと!? 二人は一緒に話してたのにひどいんじゃない!?」

 

 

 エヴァンジェリンは呆れた様子のまま、魔法を早く使いたいなら。火よ灯れを必死に練習しろとハルナへ告げた。その次に夕映も、ハルナへ必死になれと叱咤した。さらにのどかが続けて、もっとしっかりやった方がいいと、言葉にしたのである。いや、待て。夕映とのどかも一緒に話してたではないか。一人だけ悪者にするのは酷いと、ハルナはそう叫んでいた。

 

 

「そのとおりだ。貴様ら二人にもみっちり魔法を教えてやるから感謝するんだな」

 

「は、はい!」

 

「お、お願いします!」

 

 

 いやまったくだ。そこの二人も同罪だとエヴァンジェリンはのどかと夕映を睨み、新しい魔法を教えてやると宣言した。流石に睨まれてしまったのどかと夕映は、そう言われたことで大きな声で返事をするしかなかったようだ。

 

 

「それに、ヤツを見てみろ!」

 

「あれは千雨ちゃん!?」

 

 

 また、そこでエヴァンジェリンは、その場所の一角にいる千雨の方を指差し、その三人を注目させたのだ。ハルナはそこで目にしたのは、必死で魔法を練習する千雨の姿だった。

 

 

「すごい熱意です……」

 

「本当に真剣な表情……」

 

「なんであんなに熱中できるわけ!?」

 

 

 何度も何度も、何度も何度も、同じことを繰り返していた。そう、火よ灯れである。初心者用の小さな杖を繰り返し振り回し、火が灯るまで、延々とそれを続けていたのだ。なんという熱意だろうか、何と言う集中力だろうか。夕映とのどかは驚いた。あの千雨がすごく必死に魔法を練習していることに。ハルナもその千雨の変貌した姿に驚いた。というか、どうしたらあそこまで集中して行えるのだろうかと、一体彼女に何があったのだと叫んでいた。

 

 どうしてここまで千雨が必死に魔法を練習しているのか。それは簡単な話だ。この千雨には目標がある。それはあの馬鹿な二人、カズヤと法を治癒魔法で癒すことだ。

 

 話を聞けば、カズヤは学園祭で倒れた後、振り替え休日の間ずっと寝たままだったと言うではないか。本人は目覚めた後、休みを棒にふったとか寝すぎたとか、その程度の文句しか言わなかった。それに、無理をしたのは自分だと理解してるカズヤは、そのあたりを気にする様子は見せず、千雨にも何か言ったわけではないのだ。

 

 だが、千雨はそのことも非常に申し訳なく思った。自分が戦いに巻き込んだせいで、そうなったと千雨は本気で思っているからだ。そのせいでせっかくの休みを潰させてしまったからだ。無理をさせて右腕を痛ませてしまったからだ。休みは変わってやれないしどうすることも出来ないが、右腕の痛みは魔法で取り除けるだろうと考えているからだ。それで少しは楽にしてやれると思っているからだ。だから千雨は魔法を早く使いたいと思い、必死で練習していた。その目標のために、千雨は頑張って魔法を使えるようになろうとしていたのである。

 

 

「あのぐらい必死にならんと、いつまでたっても次に進めんぞ?」

 

「はいはーい! もっと頑張らせていただきます!!」

 

「はぁ……。まあ、それでいい」

 

 

 エヴァンジェリンは千雨が強い意思のもと、魔法を練習しているのを知っていた。ただ、あれほど熱中するとまでは思っていなかったが、いいことだとも思ったのである。それゆえ、あのぐらい頑張らないと魔法が使えるなど、夢のまた夢だとハルナへ告げた。

 

 あの千雨の姿とエヴァンジェリンの言葉を聞き、流石のハルナも少し頑張らないとマズイと思ったようだ。それでもハルナには必死に魔法を覚える理由がないので、学生のクラブ活動程度の認識で魔法を覚えようと考えるのだ。そんなハルナにため息をつきながらも、やる気を出したならいいかと思うエヴァンジェリンであった。

 

 

 エヴァンジェリンがその三人を相手にしているところで、また別の少女がその場へ現れた。それはアスナと刹那、木乃香とさよだ。アスナと刹那はライバルと認め合い、二人で模擬戦を繰り広げ、一区切りついたので休憩にやってきたのである。

 

 

「少し張り切りすぎちゃったかな」

 

「私も同じく……」

 

 

 二人は模擬戦の割には激しく衝突したようで、服のいたるところに切り傷があり、少しボロボロな状態だった。それを反省するかのように、やりすぎたと思いながら戦いを振り返るアスナ。同じく刹那もそう考えたようで、次はもう少し自重しようと思ったようだ。

 

 

「二人とも無理したらあかんよ?」

 

「でも、このかが居るからちょっと無理しちゃうかな」

 

「そうですね」

 

 

 木乃香も二人が結構本気で戦って居たので心配だったようだ。だから二人へ、無理は禁物だと困った感じで注意したのである。ただ、木乃香の巫力の治療は完璧だ。そのおかげで傷を気にせず戦えると、アスナは考えてしまったのだ。それゆえ、少しばかり本気で戦っても大丈夫だと思ったのである。また、それは刹那も同じだったようで、木乃香が居るから安心して戦えると思っていたのだ。

 

 

「頼られるとるのは嬉しいけど、ウチも巫力消費するんやえ?」

 

「そうですよー! ただじゃないんですから」

 

「そ、そうだったわね……」

 

「申し訳ありません……」

 

 

 しかし、木乃香はその二人の言葉を聞いて、少し怒った表情で口を開いた。二人に頼られることは木乃香も素直に嬉しいと感じた。だが、それ以上に巫力による治療は結構巫力を消費するのだ。ずっと二人が無茶し続ければ、自分の巫力が尽きてしまうと考え、木乃香はそう話したのである。その木乃香の横からさよも、治療はただではないから気をつけて欲しいと、プリプリと言葉にしていた。

 

 そう木乃香とさよに注意されたアスナは、そのことを失念していたようで、悪かったと謝っていた。刹那もそうだったと思い出し、頭を下げていた。まあ、この二人はシャーマンではないので、巫力のことがいまいちわかっていないのだ。仕方のないことだろう。

 

 

「せやけど、ウチも頑張って修行せな」

 

「このかも大変よね」

 

 

 そんな二人を見て怒っていた木乃香だが、自分も頑張って修行しかねければと言葉にしていた。なんたって覇王と付き合うには、覇王と並ぶシャーマンにならなければならない。そう覇王と約束したからだ。そのことを木乃香から聞いていたアスナは、木乃香のその言葉に大変だと思ったようだ。さらにアスナは、どうせ両思いのような状態なんだから、まどろっこしいことしてないではよ付き合えと思っていたのである。

 

 

「そうなんやよ。せやからウチも戦わせてー!」

 

「うーん。シャーマン相手じゃくてもいいならいいけど」

 

「わっ、私はこのちゃんを相手に戦うなんて無理ですので……」

 

 

 だから木乃香は二人と戦いたいと思った。強くなることも、シャーマンの技術を磨くことになると考えたからだ。アスナはシャーマンでないけどそれでもよいならと、特に気にする様子は見せなかった。シャーマン相手と戦ったことが無いアスナは、どんな感じなのだろうかと思ったのである。ただ、刹那は木乃香と戦うことは出来ないと恐縮した様子を見せていた。刹那は大事な友人であり、護衛対象の木乃香と戦うなんて恐れ多いと思ったのだ。

 

 

「と言うか、覇王さんはまだこのかの師匠なんでしょ?」

 

「多分そうやと思うんやけど……」

 

「だったら覇王さんに教えてもらえばいいんじゃない?」

 

 

 アスナはそこで、木乃香が戦うなら自分よりも覇王の方がよいのではないかと考えたようだ。むしろ覇王は木乃香の師匠ではないのだろうか。今も師匠ならば覇王に鍛えてもらえばいいのではないかと、アスナは木乃香へ話したのだ。

 

 そのアスナの話に、木乃香も覇王は今でも師匠だと思うと、曖昧か返事をしていた。最近では覇王を名前で呼ぶようになったので、最近覇王が師匠だと言うことを忘れていたのだ。実際覇王は合格の言葉一つ言ってないので、いまだに木乃香は覇王の弟子ということになる。木乃香が覇王の弟子を卒業できるのは、きっとちゃんとした恋人として付き合えるようになった時だろう。

 

 木乃香が悩んだ様子で出した言葉を聞いた後、アスナは覇王に教えてもらうことを薦めた。自分や刹那と戦うよりも、シャーマンの師匠である覇王に教えてもらった方が、成長速度が速いと思ったのである。

 

 

「そーやな! 今度頼んでみよーっと」

 

「それがいいと思いますよ」

 

「そうですよー!」

 

「はおと二人きりで修行かー。それええわー」

 

 

 木乃香は覇王が師だったのを忘れていたので、それを今ので思い出したようだ。ナイスアイデアと思い、嬉しそうに頼んでみると話していた。刹那もさよも、それが一番だと木乃香へ言っていた。やはりシャーマンはシャーマンに教えてもらった方がよいと、アスナと同じ考えだったのだ。

 

 ならば今度覇王に修行をつけてほしいと頼んでみようと、木乃香はそのことを考えた。そこで、あの覇王と二人きりでの修行、その言葉はとてもそそられると思ったようだ。そう考えながら頬を紅く染め、その頬に両手を当てて喜ぶ木乃香だった。しかし、覇王の修行は生易しいものではないだろう。かなりハードなものであることは、想像は容易である。木乃香も何度も覇王から師事を受けてきた身、そのぐらい容易く理解していた。が、やはり覇王と二人きりというのは、木乃香にとって蜜の味のように甘いものなのだ。

 

 

「本当、このかは覇王さんが好きなのね……」

 

「見てるこっちが恥ずかしくなりますね……」

 

「本当にラブラブですよねー」

 

 

 覇王との修行を想像して嬉しがる木乃香を目の当たりにした他の三人。それほどまでに覇王が好きなのかと、それぞれ思うのだった。アスナはやはりもう付き合えばいいのに、と思いながらもどかしさを感じていた。

 

 刹那も木乃香のその姿に、自分たちの方が恥ずかしくなると思ったようだ。それは今の木乃香ではなく、覇王とイチャイチャしている時のことだ。さよも覇王と木乃香の仲はラブラブだと思っていたようだ。あれで付き合っていないのはどう考えてもおかしい。それは誰もが思うことだったのである。

 

 

 そんな時、ふとアスナは何かを思い出した。忘れちゃいけない大事なことだ。今のうちにそれをやっておこうと思ったのである。

 

 

「あ、そうだ」

 

「どないしたん?」

 

「ちょっとネギ先生に用事がね」

 

 

 突然何かを思い出したアスナに、我に返った木乃香がどうしたのかを聞いていた。アスナの用事、それはネギにあった。アスナはそれを木乃香に伝え、そうかそうかと木乃香は頷いていた。肝心のネギも、夕映たち三人の近くで特に何かしている様子ではなかった。だからアスナは、今がチャンスだと思ったのである。

 

 

「そうですか。私は少し休んでますね」

 

「いってらっしゃいな」

 

「いってらっしゃいー」

 

「うん、ちょっと行って来る」

 

 

 刹那はアスナが席をはずすと聞いて、修行で疲れた体を休めておくことにしたようだ。また、木乃香とさよはアスナの離籍に、いってらっしゃいと笑いかけて手を振っていた。そんな三人にアスナは、少し行って来ると話してネギの方へと歩いていった。

 

 

「ネギ先生、ちょっとこっちに……」

 

「どうしたんですか? アスナさん」

 

 

 アスナはネギの側へ来ると、みんなと距離をとるため、少し歩いた場所へ誘導した。一体なんだろうかとネギは思いながら、アスナへとついていったのである。

 

 

「思ったんだけど、本当に魔法世界へ行くの?」

 

「……はい、行こうと思います」

 

 

 アスナの用事。それはネギが魔法世界へ本当に行きたいのかを聞くことだった。それをネギへ質問すると、ネギは行くとはっきり答えた。

 

 

「やっぱ夏休み中に?」

 

「そうですね。一度故郷に帰ったついでにでもと、考えてます」

 

「そっか……」

 

 

 ネギは魔法世界へ行く。それはわかった。ならば、それがいつなのか、やはり夏休みなのだろうか。そうアスナが尋ねると、ネギはそう考えていると話した。イギリスの故郷に帰郷した後、その足で魔法世界へと行こうとネギは考えていたのだ。その答えにアスナは、少し深刻そうな表情で、一言言葉を述べていた。

 

 

「アスナさんは、僕が魔法世界へ行くのに反対なんですか?」

 

「んー。反対はしないけどちょっと不安かなーって……」

 

 

 アスナのその渋った様子を見て、ネギは魔法世界行きにアスナは反対なんだろうかと考えた。それをアスナへ聞くと、アスナは渋い顔をしたまま、反対ではないと答えた。ただ、やはり不安はぬぐえない。どうしても心配になると、言葉を続けたのだ。

 

 

「なんか心配かけてごめんなさい」

 

「別に謝るほどのことじゃないでしょ?」

 

 

 ネギはアスナに心配をかけてしまったと思い、そこで素直に頭を下げて謝った。そんな様子のネギに、アスナはふと笑みをこぼしながら、特に謝る必要はないとネギをなだめていた。

 

 

「でも、別に父さんを探そうとか、そう言う訳じゃなくって、父さんが旅した土地を見てみたいという感じです」

 

「そうなんだ。てっきり探すのかとばっかり思ってたわ」

 

 

 そこで、ネギはどうして魔法世界に行ってみたいか、その理由をポツリと語り始めた。その理由は父親のナギだったが、どうやらナギを探したいという訳ではないようだ。ネギはナギが旅をしたという魔法世界を、一目でも見たいと思った。だから、魔法世界に興味が出たと話したのである。アスナはてっきり、ネギがナギを探しに行こうと魔法世界に行くのかと思ったようで、少し安心した様子を見せていた。

 

 

「確かに探したいとは思います……」

 

 

 ただ、ネギもナギを探さないだけで、探したいとは思っていた。それをネギは、少し寂しそうな表情で話し、そこで少し時間を置いた。

 

 

「だけど、探すとなると、夏休みの期間では短いと思うんです」

 

「まあ、確かに……」

 

 

 そして、ネギはナギを探さない理由を述べ始めた。はっきり言えばナギを探すには夏休みでは時間がなさ過ぎると、ネギは考えたのだ。

 

 というのも、この学園で先生をしているのは、立派な魔法使いになるための修行である。それをほっぽって父親探しをするということは、立派な魔法使いの修行を投げ捨てることになるのだ。それ以外にも自分の仕事を投げ捨て、他に迷惑をかけてまで父親探しをするのは、流石に悪いと思ったのである。

 

 アスナはネギのやりきれない気持ちを汲み取りつつ、そのネギの言葉を理解した。ナギを探すのであれば、あの広大な魔法世界をしらみつぶしに探すことになる。そうなれば、夏休みの期間では時間が明らかに足りないと、アスナも思ったようだ。

 

 

「それに、父さんのことがわかるとは聞きましたが、そこに居るという確証はまったくないですし……」

 

「そうよねー……、こっちの世界も広い訳だし。それに、案外近くに居るかもしれないわね」

 

「そうだといいんですけどね」

 

 

 さらに、あのアルビレオは魔法世界に行けば”ナギのことがわかる”と話したが”ナギが居る”とは一言も言ってない。というのであれば、魔法世界にナギが居ない可能性もあるのだ。そのことに気がついたネギは、ナギを探すのは無謀かもしれないとも思ったのである。

 

 アスナもあの広い魔法世界を探すのは大変だ。ナギが居なかったら骨折り損というレベルではないと思った。また、魔法世界ではなく、こちらの旧世界に居るかもしれない。さらに灯台下暗しという言葉があるとおり、実は近くにいるのではないかと言葉にしていた。まあ、実際アスナの言葉、当たらずとも遠からずと言ったところなのだが……。そこでネギは、アスナのその冗談めいた言葉に、それならいいなと笑いながら言葉にしていた。

 

 

「それでも魔法世界に行きたいの?」

 

「はい、僕はこの麻帆良と、故郷の村しか知りませんから。もっと見識を広くしたいとも思います」

 

 

 ネギが魔法世界に行く理由はわかった。だが、それでもなお行きたいのか、アスナはネギへ問いただした。その問いにネギは、真剣な表情で答えた。自分は魔法使いの修行としてやってきたこの麻帆良と、自分の故郷しか知らないと。もっと色んなものに目をむけ、広い世界を知りたいと言葉にしていたのだ。

 

 なにせ父親であるナギは自分と同じぐらいの歳の時、すでに旅を出て自由にしていたと、ネギは話を聞いていた。ならば自分もほんの少し、小さな冒険をして見たいとネギは思ったのだ。

 

 

「そんなことも考えてるんだ……」

 

「いやでも、やっぱり父さんのことを知りたいってのが大きいんですけどね」

 

 

 いやはや、10歳にして既にそこまで考えているとは。アスナはそんなネギに驚いていた。ただ、ネギはやはり、自分の父親であるナギのことが知りたいというのが一番の理由だと語っていた。大そうな言葉を並べたが、やはりそこが一番なのだと。

 

 

「そっか。それなら私も一緒に行こうかしら?」

 

「え? アスナさんも来るんですか?」

 

 

 それなら一緒についていこうか、アスナはそう軽快に話した。ネギはそのアスナの言葉に驚きながら、来てくれるのは頼もしいとも思ったようだ。

 

 いや、アスナは最初からネギと魔法世界へ行くことに決めていた。あのメトゥーナトからそう頼まれたからだ。ただ、頼まれたからと言って行くだけではない。しっかりと自分の意思で決め、行くことを選んだのだ。

 

 

「まあね、ネギ先生一人じゃ、やっぱ不安だしね」

 

「そうですか……。兄さんも来てくれればうれしいんですけど……」

 

「誘えばついてきてくれるんじゃないかしら?」

 

 

 それに、やはりネギだけで魔法世界に行かせるのはアスナは不安なのだ。だからこそ、ネギについていこうと思ったのである。

 

 ネギはアスナがそう言った理由を聞いて、やはりそうなんだと思ったようだ。そこで、ならば兄であるカギも来てくれないかなと言葉をもらした。あのカギは気がつけばずっと自分の先を行っていた。本当に強く頼もしい存在だ。ネギのカギ像は昔ならいざ知らず、今は普段頼りない駄目兄貴だが、いざとなると強い頼もしい兄と言う感じなのである。

 

 アスナもあのカギのことはあまり好きではないが、最近態度が柔らかくなったと思っていた。なのでカギも誘えば来てくれるだろうと、ネギへ話していたのである。

 

 

「そうですね、まず兄さんに聞いてみます」

 

「それがいいわ」

 

 

 アスナにそう言われ、そうだったと思ったネギ。今カギは、修行に熱中している様子なので、休憩している時にでも聞いて見ることにすると話した。アスナもそれがいいと、頷きながら言葉にしていた。

 

 

「でも、本当にアスナさんがついてきて大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫よ。それに、危険な場所へ行く訳じゃないんでしょ?」

 

「はい、そういった場所へは行かないようにしますから」

 

 

 ただ、ネギもアスナを心配していた。本当についてきて大丈夫なのだろうかと。その質問にアスナは笑みで、ノープログレムと言葉にした。また、ネギへ危険な場所に行く気はないのだろうと逆に尋ねたのだ。ネギもそう言った危ないとされる場所に行く気はなかった。そのような場所へ行く必要もないと考えていたのだ。

 

 

「じゃあ、ただの観光みたいなものじゃない」

 

「そうなりますね」

 

「それなら、あまり考える必要はなさそうかな……」

 

 

 ならばただの観光なのではないか。アスナはそう思った。ネギもアスナのその言葉に、そうなると笑みを浮かべて述べていた。そうか、だったらあまり深く心配する必要もないか。アスナはそう言葉をもらした。

 

 

「……考えるって何をですか?」

 

「こっちの話。とりあえず、私も行くからよろしく!」

 

「はい! こちらこそお願いします!」

 

 

 そのアスナの言葉に、ネギは何か感じたようだ。それをアスナへ聞くと、アスナはなんでもないと言葉にし、自分も魔法世界へついていくからよろしくと、笑顔で話したのだ。ネギもそう言われたので、よろしくと言って頭を下げていた。

 

 そのやり取りをふと聞いたエヴァンジェリンが、そこで一言もらしていた。アスナのヤツが魔法世界へ行く。それは大きな意味があるのではないかと思ったのだ。

 

 

「……ふむ、やはりアスナも魔法世界へ行くのか……」

 

「えっ!? 魔法世界!?」

 

 

 魔法世界とはなんぞや。そのエヴァンジェリンの失言を聞いたハルナは、その言葉に驚いた。魔法世界なんてあったのかと思いながら、そんな面白そうなものがあったのかと考えたようだ。

 

 

「魔法世界……?」

 

「むっ、聞こえてしまったのか……」

 

「魔法世界って何でしょうか?」

 

 

 夕映も魔法世界と言う単語は初めてだった。確かにあるらしいことは、自分のアーティファクトでわかっていたことだ。ただ、それが現実に言葉として聞くと、やはり驚くと言うものである。

 

 エヴァンジェリンはその失言を聞かれたことに、やってしまったと思ったようだ。自然に出た言葉だったが、独り言を他人に聞かれるのは恥ずかしいことだからだ。また、その言葉が彼女たちを刺激するようなものだったで、今の失言に後悔していた。のどかも魔法世界と言う言葉を聞いていたようで、エヴァンジェリンへ尋ねたのである。

 

 

「そりゃのどか! 魔法世界って言うんだからファンタジー溢れる場所に決まってるじゃん!」

 

「まあ、一般的に考えればそうなるです……」

 

 

 ハルナはのどかの言葉を聞き、魔法世界の主観的な感想を嬉しそうに語っていた。魔法世界なんだから魔法が飛び交うおとぎの国だ。メルヘンチックな場所なんだろうと。夕映も、確かに一般的な魔法の国とはそういうものだと言葉にしていた。

 

 

「確かに魔法使いどもが集まって作った国家もなくはない……」

 

「おー!」

 

 

 そののどかの問いに、エヴァンジェリンは静かに口を開いた。魔法世界には確かに魔法使いが作った国がある。この旧世界の住人が作ったとされる魔法使いの国だ。しかし、そこで険しい表情で小さく、一言言葉を続けた。

 

 

「だが……」

 

「だが?」

 

 

 エヴァンジェリンは、そこでそれ以外の魔法世界の情勢を思い浮かべていた。魔法世界は彼女たちが思うファンタジーな世界ではない。旧世界と同じような問題を抱えた世界だ。いまだに過去の戦争のせいで、小さな小競り合いが続く場所もある。あの忌まわしき転生者が暴れていることもある。そんな恐ろしい一面も存在する場所だ。エヴァンジェリンはそう言葉にしようとしたが、思いとどまった。

 

 

「いや、なんでもない。どうせ貴様らには関係のないことだろうしな」

 

「何か言いかけましたよね!? すごい気になるんですけど!?」

 

 

 彼女たちが盛り上がるところに、水をさす必要もなかろう。また、どうせそんな場所へ行く訳でもないのだから、話す必要もない。エヴァンジェリンはそう考え、あえてそのことを話さなかった。

 

 ただ、ハルナはエヴァンジェリンが話すのをやめたことに、お預けを受けた犬のような気持ちを感じていた。言いかけた言葉がすごい気になる。最後まで言ってほしいと思ったようだ。

 

 

「……それより、”火よ灯れ”はどうした?」

 

「やだなー! 練習中ですって! ”火よ灯れ”ー!!」

 

「やれやれ……」

 

 

 そう騒がしくするハルナを黙らせようと、エヴァンジェリンは魔法の練習はどうしたと、静かに言葉にした。それを聞いたハルナは、ヤバイと思ったのか練習する振りをはじめ、杖を必死に振り回していた。そんな様子のハルナを見て、エヴァンジェリンは困った娘だとため息をつくのだった。

 

 

「もしかして、ネギ先生も魔法世界に行くのかな」

 

「なら、のどかもついて行くです」

 

 

 エヴァンジェリンはアスナも魔法世界へ行くのか、と言っていた。そのことをのどかは気になったようで、ならばネギも魔法世界へ行くのだろうかと考えた。また、行くのなら自分もついていきたいなと、ついていって大丈夫かな、と思ったのだ。

 

 そこへ夕映が、そうであればついていった方がいいと、のどかへ話した。何せのどかはネギが好きだ。こういったチャンスはめったにない。ついていくべきだと思ったのである。

 

 

「のどかはネギ先生の従者です。頼めばきっと連れて行ってくれるですよ!」

 

「……そうだね。私、頼んでみる!」

 

 

 さらに、のどかはネギの従者でもある。魔法使いのパートナーだ。頼めばきっと連れて行ってくれると夕映はのどかへ言葉を続けた。のどかは夕映の言葉を聞き、なら頼んで見ようと思ったようだ。そこでのどかはぐっとポーズを決めて、魔法世界へつれてってもらうよう、ネギへ頼もうと決意したのだった。



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百八話 夢から覚めれば

 ナギ・スプリングフィールドをリーダーとし、旧姓青山詠春、アルビレオ・イマ、メトゥーナトの4人は紅き翼と言うチームを組んでいた。その紅き翼は急いでいた。ウェスペリタティア王国にて、戦争が起ころうとしていたからだ。そのリーダー、ナギ・スプリングフィールドは焦っていた。急がなければ戦いが始まってしまうと、そう考えながら。

 

 

「くっ! 遅かったか!」

 

 

 しかし、すでに戦いは始まっていた。周囲には空を飛ぶ船と巨人が多数、そして、武器のような杖にまたがる兵士の姿が大多数。それらが闇に染まった空を覆い尽くしていた。さらに最悪なことに、完全に戦闘となっており、攻撃がはじまってしまっていたのだ。

 

 

「ちッ! 気に入らねぇぜ!」

 

 

 ナギは怒りをあらわにしながら、そう言葉にしていた。それは戦争が起こってしまい、間に合わなかったからというだけではなかった。また、その時、戦艦から精霊砲と呼ばれる砲撃が放たれた。だが、それは一つの塔の手前にて、完全に消滅したのである。

 

 

「黄昏の姫御子……。何だってそんなもん!?」

 

「歴史と伝統だけが売りの小国に、他に手はないでしょう」

 

 

 黄昏の姫御子。ナギはその名を呼んだ。その黄昏の姫御子とは、魔法を無効化するという。その力を利用して、先ほどの精霊砲を打ち消したのだ。そんな怒れるナギを宥めるかのように、静かにアルビレオが口を開いた。

 

 

「だが王族なんだろ!? まだ小さな女の子だって話も聞くぜ!?」

 

「冷静になれ! ナギ!」

 

「俺は冷静だっつーの!」

 

 

 

 黄昏の姫御子はまだ少女だと、ナギは聞いていた。そんな小さな女の子を利用して、このようなことをするのが許せなかったのだ。詠春は怒りの叫びを上げるナギに、落ち着くように声をかけた。それでもナギの怒りながらも自分は冷静だと叫んでいた。

 

 

「そう叫びたい気もわかるが、今は急ぐしか手はない……」

 

「んなこたぁーわかってんだよ!」

 

 

 怒りに燃えるナギを見て、ここで初めてメトゥーナトが口を開いた。確かに気持ちはわからなくもないだろう。幼き少女を戦争の道具にするなど、非人道的だと思うのも当然だ。しかし、今はまず、争いを止めることが先決だ。そのためには、急いであの塔まで行くしかないのだ。ナギもそのぐらいわかっていた。だから急いでいるのだ。

 

 

「戦争ですからね……。向こうの真の目的もおそらく……」

 

 

 これは戦争だ。戦争にルールはない、無慈悲なものだ。生きた力と生きた力の衝突だ。そして、相手の目的もおそらく、そう意味深な言葉を残すアルビレオだった。

 

 

「それに、少女の年齢も私やメトゥーナト同様、見た目どおりとは……」

 

「……」

 

 

 さらに、少女という姿と年齢は一致しないだろう。その幼い姿からは想像できぬような時間を過ごしてきたのだろうと、アルビレオはメトゥーナトを横目で見て語った。メトゥーナトもその言葉を無言で聞き、何か思うことがあったような様子を見せていた。

 

 

「くそっ!!」

 

 

 ナギはそのアルビレオの話を聞いて、さらに苛立ちを募らせた。少女の姿のまま、ああやって何十年、何百年と道具として扱われているということに、無性に腹が立ったのだ。その怒りは自然に口からもれており、少し乱暴な言葉を飛ばしていた。

 

 そこに塔を攻撃しようと手を伸ばす巨人、鬼神兵の姿があった。その塔の中の魔法使いたちは障壁を張ろうとするが間に合わない様子で、最後は逃げ惑っていた。ただ、少女、黄昏の姫御子だけは逃げることは出来ない。鎖でつながれているからだ。むしろ、逃げることなども考えてはいない、もはやどうでもよさそうな状態だった。

 

 しかし、その魔手は突然の攻撃により防がれた。すさまじい一撃が、その鬼神兵の胴体を粉砕し、両断したからだ。それをしたのはあのナギだった。一撃で倒した鬼神兵など目もくれず、宙に浮きながらローブを風に揺らしていた。

 

 

「そんなガキまで担ぎ出すこたねぇ……。後は俺に任せときな!」

 

「お、お前は……!」

 

「紅き翼……、千の呪文の……!」

 

 

 そうだ、黄昏の姫御子など使わなくても、俺が、俺たちが敵を粉砕する。そうナギは言葉にした。そのナギの姿を見た塔の魔法使いたちは、あれが噂の紅き翼の、あの千の呪文の男なのかと思い、動揺していた。

 

 

「そう! ナギ・スプリングフィールド! またの名をサウザンドマスター!!!」

 

 

 さらに、魔法使いたちの言葉に反応し、ナギは自信満々にその名を叫んだ。そんなナギに呆れながら、自分で言うか普通と小さくこぼす詠春。いやはや、いつにもましてノリノリだと思うアルビレオ。そして、ナギの威風堂々とした姿を見て、仮面の下でふっと笑うメトゥーナトの姿があった。だが、すぐに誰もが真剣な表情となり、戦闘の構えを取り始めた。

 

 

「行くぜオラァ! ”千の雷”!!!」

 

 

 そして、そのナギが放った無数に天から降り注ぎ大地を焦がす雷をスタートに、各自攻撃を開始した。その戦い、まさに旋風、烈風、疾風のごとし。アルビレオの強力な重力魔法、詠春の斬撃、メトゥーナトの剣さばきが、その巨大な敵を打ち倒して言ったのだ。なんということだろうか、またたくまに鬼神兵と戦艦は撃破され、もはや残るは雑兵のみとなったのである。

 

 

「安心しな、俺たちが……、全部終わらせてやる」

 

「なっ、しかし!?」

 

 

 戦いに一区切りついたと感じたナギはその塔の中へと降り、魔法使いたちに自分たちで戦いを終わらすと豪語して見せた。それほどまでに、紅き翼は強いと言う自信があるのだ。だが、塔の魔法使いはその言葉を信用できなかった。

 

 

「敵の数を見たのか!? お前たちに何が……!?」

 

「俺を誰だと思っている、ジジィ……」

 

 

 確かに目の前で、すさまじい戦闘を繰り広げた紅き翼だが、敵の数はその数百倍。あの数を数人でどうこうできるなど、魔法使いには考えられなかったのだ。その言葉を耳にしたナギは、なめられたものだと思った。俺が何なのか忘れたのか、紅き翼のリーダー、千の呪文の男だ。

 

 

「俺は、最強の魔法使いだ」

 

 

 そう、俺こそが最強の魔法使い。この俺に倒せない敵など居ない。魔法使いの言葉にすさまじく怒りを覚えたナギは、ヤクザのような形相でそう答えたのだ。

 

 

「あんちょこ見ながら呪文を唱えてる、あなたが言っても今ひとつ説得力がありませんね」

 

「あーあ-、るせーよ」

 

 

 まあ、そんなナギも魔法学校中退と言う経歴の持ち主。魔法も使えはするが、あんちょこを読んで詠唱しているのだ。そんなヤツが何を言っているのかと、アルビレオは笑みを浮かべ話していた。いや耳が痛いことだ。ナギはそんな話など聞こえない聞こえないと、目をそらしながら言葉にしていた。

 

 

「それに、あなた個人の力がいかに強大であろうと、世界を変えることなど到底……」

 

 

 しかし、そこでアルビレオは急に表情を冷静なものへと変え、ナギにそう告げた。確かにナギは強い。世界広しと言えど、これほどの逸材は居ないだろう。それでも、世界を変えるのは難しい。一人だけが強かろうとも、世界は変わらないのだと。

 

 

「あのメトゥーナトのところの皇帝ですら、それが叶わずに今もあがいているというもの……」

 

「るせーっつってんだろ、アル。俺は俺がやりたいよーにやってるだけだ、バーカ」

 

 

 それこそ、あのメトゥーナトが仕えるアルカディアの皇帝ですら、いまだそれを実現出来ていないのだ。あの皇帝も最強と言われれば間違いないだろう。個人の力としては最高峰だ。そんな男が国を築き上げてまで、世界を変化させようともがいている。だが、そこまでやっても世界は変わらないのだ。世界を変えるには力だけでは無理なのだと、アルビレオは話していた。

 

 ナギもそんなことぐらい重々承知だ。自分ひとりで世界が変えられると思うほどのぼせ上がっていないのだ。だからこそ、自分が出来ることを、自分が思うことを勝手にやっているだけだと、ナギは本気で語っていた。

 

 

「そのメトゥーナトはどこに……?」

 

「さぁ……」

 

「メトのことなら心配いらねーだろ」

 

 

 メトゥーナトの名が出たことで、詠春はその本人はどこに行ったのかを疑問に感じたようだ。先ほどまでは自分たちと同じように戦っていたのに、ここには来ておらず姿が見当たらなかったのだ。アルビレオも確かにと思い、どこへ行ったのやらと考えていた。

 

 ただ、ナギはメトゥーナトに心配などしない。あの男は非常に強いのを知っている。だから心配など無用だと思っているのだ。そういい終えたナギは、一人の少女がこちらを見ていることに気がついた。橙色に近い色をした長い髪を、ツインテールにした少女。表情はなく、もはや全てのものに無関心な感じを受ける、とても寂しい姿をした少女だった。それは黄昏の姫御子と呼ばれた少女だ。

 

 

「よう、お譲ちゃん。名前は?」

 

「ナ……マエ……?」

 

 

 ナギは鎖につながれ座り込む少女へとゆっくりと近寄り、視線を同じぐらいにするためにしゃがんだ。そして、つながれた鎖を砕き、その血でぬれた口元をそっとぬぐってあげていた。また、そこでナギは、その少女の名を聞いた。少女は名前と聞いて、それはなんだったのだろうかと思い出すように、自分の名を語りだした。

 

 

「アスナ……。アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア」

 

「なげー名前だな、オイ」

 

 

 少女は名前を思い出し、その名を口にした。確か自分はアスナだった、そう呼ばれていた時もあったと、まるで他人事のような感覚で言葉にしていた。その名を聞いたナギは、とても長い名前だと感想を述べていた。

 

 

「けど……、アスナか。いい名前だ」

 

 

 それでも、いい名前だ。ナギは不敵な笑みを見せながら、そう率直に感じたことを話していた。

 

 

「よし! アスナ、待ってな!」

 

 

 ならば、アスナのためにも、この戦いをいち早く終わらせよう。ナギはそう考え、再び立ち上がり、宣言していた。

 

 

「行くぞアル! 詠春! 敵は雑魚ばかりだ! 行動不能で充分だぜ!」

 

「はいはい」

 

「やれやれ」

 

 

 そして、今この場に居る二人へ、敵を全滅させると叫んでいた。自分たちの前では目の前の敵も雑魚同然だ。動けなくするだけで十分だと。そんな様子のナギに、アルビレオははいはいと、わかっていますよと言う感じの様子を見せていた。詠春も、まったく困ったやつだと思いながらも、仕方ないと考えながら、ナギについていったのだった。

 

 

「……悪いが、外の連中は全て片付けた……」

 

 

 だが、そんなナギたちの目の前に、仮面の騎士が一枚のカードを右手の人差し指と中指の間に挟み、立ちふさがったのだ。それはこの場に居なかったメトゥーナトだった。なんとメトゥーナトは、突然ナギの目の前に姿を現し、戦いは終わったと告げたのだ。そう、メトゥーナトは三人がここに居る間、外で静かに、されど荒々しく戦っていたのだ。その皇帝から賜ったアーティファクトを使ってだ。

 

 

「なっ!?」

 

「おや」

 

「なんだと……?」

 

 

 そのメトゥーナトの言葉にナギも詠春も驚いた。なんということを簡単に言ってのけるんだこの仮面は。二人はそう思ったようだ。また、アルビレオは驚かず、むしろ意外だと感じた様子だった。メトゥーナトが率先して、単独でこのようなことをする男ではなかったと思っていたからだ。

 

 

「おいメト! 何やってんだ!? これからが俺の活躍するところだっつーのに!」

 

「だから悪いと言っただろう……」

 

「本当にこの短時間の内に一人でやったのか!?」

 

「……」

 

 

 だが、ナギはメトゥーナトの言葉を信じたようだ。むしろここまでかっこつけたのに、敵がもう居ないなんてダサすぎると考え、そのことへの文句を飛ばしていた。まあ、戦いが終わったのなら安心でもあるとも、ナギは思っているのだが。

 

 そう文句を言うナギに、だから最初に悪いと断ったと静かに話すメトゥーナト。実際は悪いなんて思ってないが、一応行っておくことが重要だと思っているのだ。そう言いながら、仮契約カードをそっと懐へとしまっていた。

 

 また、詠春は流石にメトゥーナトの言葉を疑っていた。一人で、しかも短い間に外の大量の兵隊を殲滅出来るなど、普通出来るはずがないからだ。

 

 しかし、アルビレオはむしろ静かにメトゥーナトを見ていた。あの男は仮契約のカードを指で掴んでいた。それはすなわち、アーティファクトを使って見せたと言うことだ。また、あのアーティファクトは皇帝から頂いたものだ。皇帝のためでなければ使わないものだ。それを使ったと言うことは、メトゥーナトが切り札を出したということなのだ。何故、全ての力を出し切ってまで外の敵を殲滅したのだろうか、アルビレオはそう考え、メトゥーナトを見ていたのである。

 

 

「あの程度造作も無い……。して、彼女が……?」

 

「あぁ、あの女の子が黄昏の姫御子……。いや、アスナだ」

 

「アスナか……」

 

 

 メトゥーナトは外の敵の殲滅を造作も無いと言葉にした。そんなことよりも、黄昏の姫御子の方が重要な様子だった。そこでメトゥーナトはあの少女が黄昏の姫御子なのかと尋ねると、ナギはそうだと、アスナと言う名だと答えていた。アスナ、メトゥーナトはその名を聞き、静かに復唱した。

 

 

「ならナギ、これを彼女に飲ませてやれ」

 

「ん? これは……?」

 

 

 そして、メトゥーナトは懐から、一本の瓶を取り出した。皇帝印の回復薬だ。それをアスナへ渡して欲しいと、メトゥーナトはナギに頼んだのである。ナギはそれに気がつき、一体なんだろうかと思ったようだ。

 

 

「彼女、口から血が出ていただろう。どこか悪いかもしれん……」

 

「確かな。だけどオメーが渡せばいいだろ?」

 

 

 何故メトゥーナトはそれを取り出したのか。その理由はアスナの口元に血をぬぐった後があったからだ。ならば体のどこから故障しているかもしれない。そう思ったメトゥーナトは、それをナギへ渡したのだ。ただナギは、それなら自分で渡して飲ませればいいと思ったようで、そのことを言葉にしていた。その二人のやりとりを、アスナはそのつぶらな瞳で眺め、不思議に感じていたようだ。

 

 

「お前の見せ場を奪ってしまったからな、譲ってやろうと思っただけだ……」

 

「おいおい、マジで言ってんのか?!」

 

 

 メトゥーナトはそのことについて、敵を全滅させてしまった侘びだと話した。ナギはそれを聞いて、そんなんで代わりになると思ったるのかと、少し怒りを見せていた。まあ、それでも戦いが早く終わったことは悪いことではない。なので、その瓶を受け取ると、すぐさまアスナへと手渡し、それを飲ませたのである。

 

 

「……」

 

「……なんだ?」

 

「いえ、別に……」

 

 

 そして、メトゥーナトはナギがアスナへ薬を飲ませているところを、少し遠くから見守っていた。また、アルビレオが先ほどから自分をずっと見ていることに気がつき、何か用なのだろうかと思い、声をかけたのだ。アルビレオはそこで、なんでもないと話した。しかし、その言葉に続きがあったようだ。

 

 

「ただ、あなたにしてはいつにもまして、張り切ったと思いましてね」

 

「そうか……」

 

 

 一体どういう風の吹き回しか。メトゥーナトがアーティファクトを出してまで、外の敵を殲滅させて見せた。普段では考えられないことだと、アルビレオはメトゥーナトへと話したのだ。メトゥーナトは少し考えた様子を見せ、そうかと一言だけ述べた。

 

 

「気になるのですか? あの少女が……」

 

「……さぁな……」

 

 

 また、メトゥーナトの視線の先には、先ほどの薬を飲み干したアスナが居た。アルビレオはそにれ気がつき、もしやあの少女が気になるのだろうかと思ったのだ。メトゥーナトにそれを聞くと、とぼけた素振りで流されてしまったようだ。

 

 アスナもメトゥーナトが自分に視線を向けていることに気がつき、メトゥーナトに顔を向けた。先ほどの話を聞けば、この薬はあの仮面の男がくれたものらしい。何故そんなことをしたのだろうか。アスナにはわからなかった。それだけではなく、あの仮面の下からのぞく瞳を見て、何を感じているのだろうかと、そうアスナは考えた。哀れみなのだろうか。同情なんだろうか。わからないが、どこか寂しげな瞳だったと感じていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 日は昇り、朝日がガラス越しにある部屋を照らしていた。そこは麻帆良の学生寮の一部屋だ。とは言え、日はそこそこ高い位置にあり、朝と言うよりは昼に近い時間帯となっていた。そして、その中にある二段ベッドの上で寝ている少女が一人、ようやく目覚めを迎えていた。

 

 

「ん……」

 

 

 その少女はアスナだ。夏休みの始まりと言うことで、少しのんびり寝ていたようだ。アスナはゆっくりと体を起こし、徐々に意識を覚醒させていく。

 

 

「あの時の夢……」

 

 

 そして、今見ていた夢のことを思い出していた。あれは初めて紅き翼に、ナギたちに、あのメトゥーナトに出会った時のことだ。悠々と話しかけてくれたナギも印象的だったが、少し離れた場所で見つめていたメトゥーナトも対照的で印象に残っていた。しかし、なぜ今頃になって、あの時の夢を見たのだろうか。原因は多分だが、メトゥーナトに魔法世界へ行くように言われたからだと考えた。でなければ、あのような夢を見るはずがないだろう、そうアスナは結論付けた。

 

 

「……っ、ダルい……」

 

 

 だが、体を起こして気がついた。非常に体の調子が悪いのだ。体が熱っぽく、全身に力が入らない。これは明らかに風邪の類だろう。アスナは体に倦怠感を感じ、これはまずいと思っていた。この時間までゆっくり寝ていたのは、調子の悪さからくるものだったようだ。

 

 

「昨日調子悪いのに無理したからかな……」

 

 

 というのも、やはり夏休み前日ということで、昨日はクラスで盛り上がったりしたようだ。それ以外にも自分の友人たちだけで集まり、随分遊びに熱中していた。その時確かに妙な気分の悪さを感じたが、大丈夫だろうと思い放置してしまったのだ。

 

 

「夏休み初日から風邪なんて最低……」

 

 

 いやはや、夏休みに入って早々だというのに風邪などと、旅立ち早々足を踏み外したようなものだと思ったようだ。こんな調子じゃこの夏休み、なんだか不安になるともアスナは考え、ため息をついていた。

 

 

「……このかは……、いないみたいね……」

 

 

 また、ルームメイトの木乃香の姿が見当たらないようだった。どこか出かけているのだろうか。予想では刹那の部屋か、エヴァンジェリンの別荘へ行っているか、はたまた覇王がいなくなる前に、会いに行った可能性もあると考えた。毎年夏休みになると覇王がどこかへ行ってしまい、夏休みが終わるころまで戻って来ないのを、木乃香もアスナも知っているからだ。しかし、居なくて正解だともアスナは思った。

 

 

「早く治さないと、このかにもうつしちゃう……」

 

 

 何せ自分は風邪を引いたのだ。木乃香にもうつしては申し訳ないと思ったのだ。だからあまりこの部屋に居ない方がよいと考え、今ここに木乃香が居ないことを安堵していたのである。

 

 

「……明日はパパとギガントさんを見送りに行く約束もあるのに……」

 

 

 さらに悪いことに、アスナには予定があった。あのメトゥーナトとギガントが明日にでも魔法世界へ帰るということだ。ここからでは魔法世界へ行けないので、アルカディア帝国に直結した扉のあるチリ領のイースター島へと行かなければならない。そのため飛行場である成田空港へ見送ることを、アスナは約束していたのだ。

 

 しかし、風邪を引いてしまってはそれも叶わないだろう。メトゥーナトのことだ、無理せず安静にしておけと言って、部屋へ連れ戻されるに決まっている。そうなれば見送りどころではない。それはあまりにも寂しいことだと、アスナは思っていた。

 

 

「今日は薬飲んで寝てよ……。明日までに治るかなー……」

 

 

 こうなっては仕方がない。薬を飲んで一日寝ているしかない。また、アスナの部屋に常備してある薬は、ギガントが作った特注品の魔法薬だ。ただ、魔法薬だからといって、飲んだらすぐに風邪が治る訳ではない。それか病院へ行って、しっかり治療してもらう以外治療方法はないと考えた。それでも風邪は一日二日で治るとは考えられない。ゆえに、明日の見送りの約束は果たせそうにないと考え、アスナはしゅんとした様子を見せていた。

 

 

「……ん?」

 

 

 まあ、落ち込む前にとりあえず、熱を測って薬を飲もうとベッドから降り、道具箱を探し始めた。しかし、その時窓の方から、コンコンと音がしたのだ。それは何者かが窓をたたき、ノックしているような感じだったのだ。何かおかしいと感じたアスナは、窓の方に顔を向けると、そこには顔なじみの男性が張り付いていたのである。

 

 

「えっ……? 状助……?」

 

 

 その男性は状助だった。窓をたたき、入れてくれと口パクする状助。こんなところへやってきて、一体どうしたというのだろうか。流石に状助が窓の外に居ることは、アスナにとっても驚くべきことだった。

 

 

「何やってんの……?」

 

「オメーが昨日から調子悪そうだったからよぉ。ちと見舞いに来たんだぜ」

 

「ここ何階だと思ってるの!? どうやって昇ってきたのよ!?」

 

 

 アスナはとりあえず窓を開けると、状助が靴を脱いでそこから部屋へと入ってきた。一体何をしているのか、アスナはそう尋ねてみると、見舞いに来たと状助は言った。

 

 と言うのも、昨日は夏休み前ということで、アスナは木乃香たちと遊んでいた。その中に状助が居たのである。状助は古くからの友人であり、カラオケぐらい誘ってもいいだろうと思ったのだ。ゆえに、状助はアスナの調子が悪そうなのを知っていたので、ここまで見舞いにやってきたのだ。

 

 だが、アスナは別のことにも驚いていた。ここはこの寮の最上階、6階なのだ。どうやったらここまでこれるのか、アスナはそこに疑問を感じたのだ。確かに気をつかえるものならば、昇れるかもしれない。自分も多分出来るだろうと、アスナは思った。しかし、状助は気も使えない一般人。しいて言えば、スタンドと言う不思議な力を持った、ただの学生でしかないのだ。

 

 

「別に難しいこたぁねぇ。あらかじめ糸を切った風船を飛ばして、その糸を直した時に発生する引っ張られる力を利用することで、ここまで上ってきただけよ」

 

「……アンタの能力、便利ね……」

 

 

 アスナのその疑問を解消するべく、状助はしたり顔で説明を始めた。なんてことはない。クレイジー・ダイヤモンドの能力は直すことだ。二つに分かれた物体を修復した時、すさまじい引力が発生する。その力を利用することで、この場所までたどり着いたと、状助は説明したのだ。アスナは説明を聞いて、とんでもない&便利な能力だと思ったようだ。そりゃ何でも直せるというのは、とても便利なのは間違えない。

 

 

「……と言うか、こんなところに来て大丈夫なワケ?」

 

「バレねーように来たから大丈夫……かも……」

 

「そ、そう……」

 

 

 むしろ、ここって女子寮ではないか。男子たる状助がやってきて大丈夫だったのだろうか。アスナはそれを考えた。状助はその問いに、コソコソ隠れながらやってきたので、大丈夫だろう、多分と言葉にしたのだ。多分でいいのだろうか。バレたらまずいだろう。何でそんな無茶してこんなところへやってきたのだろうか。アスナはそう思いつつも、まあいいかと思ったようだ。

 

 

「むしろそっちこそ大丈夫かよぉ。ちと熱っぽいんじゃあねぇのか?」

 

「そうかも……。熱を測ってないからわかんないけど……」

 

「まっ、とりあえずそこで座って休んどけよ」

 

 

 状助は説明を終えた後、アスナの顔を見て熱っぽいと思ったようだ。顔は赤く、かなりダルそうな様子だったからだ。アスナも熱がありそうだと思っていたが、測っていなかったのでわからないと話していた。ならばと状助は、小さなガラスのテーブルの前で座ってろと言葉にしていた。

 

 

「……で、そんな無茶してまで状助は何しにきたのよ……」

 

「見舞いっつったろーがよぉ。でもそれ以外にも理由はちゃんとあるぜ」

 

「どんな……?」

 

 

 男子の状助が隠れながら無茶してまで、どうしてわざわざやってきたんだろうか。風邪をひいて弱りに弱った自分のところへやってきて、何がしたいのだろうか。アスナは再び疑問に感じた。確かに見舞いだと言っていたが、こんな無茶してまですることでもないだろうと思ったからだ。それに、この状助のことだから、やましいことではないのはわかっていた。でなければ部屋などに入れはしないだろう。それでも、風邪がうつると大変だと思っていたアスナは、何しに状助がここへ来たのかわからなかったのである。

 

 そう考えたアスナはそれを状助に聞くと、やはり見舞いに来たと答えが返ってきた。だが、状助の目的はそれだけではなかったようで、それ以外にもしっかりとした理由があると、自信をもって豪語していた。そんな様子の状助に、一体どんな理由があるものやらと、アスナは再び質問していた。

 

 

「そうだなぁ……、食欲はあるか?」

 

「んー。おなかの調子は特に悪くないと思う……」

 

 

 状助はそう聞かれると、腕を組んで考える素振りを見せた。そして、逆にアスナへ食欲があるかを尋ねたのだ。アスナはキョトンとした様子でそれを聞くと、お腹周りをさすりながら、腹の調子に問題はないと、少し自信なさげに話していた。

 

 

「そりゃよかったぜ。だったら悪ぃが、ちとキッチンを借りるぜ」

 

「いいけど……、何をする気?」

 

「キッチンといや料理だろう!?」

 

「状助が……? あー……」

 

 

 それなら大丈夫そうだと思った状助は、キッチンを貸してくれと言い出した。アスナは特に問題はないと思ったが、一体何を始めるつもりなのだと不思議に思ったようだ。と言うか、キッチンを使うなら料理以外ありえないだろう。状助は不思議そうに問うアスナへと、そう言い放ったのだ。そう聞いたアスナは状助が料理なんて出来るのだろうかと考えた。そこでアスナは、ようやく状助が料理の練習をしたり寮の部屋では料理当番だったことを思い出したようだ。

 

 

「おいおい、思い出したような顔するんじゃあねえよ……」

 

「……だって状助が料理する姿とか、イメージ湧かないし……」

 

「そう言われりゃ確かにそうかもしれねぇ……」

 

 

 思い出したように話すアスナに、状助は少しショックを受けていた。このたびずっと料理を鍛えてきたというのに、こんな言われようでは悲しくなるのも仕方のないことだ。ただ、アスナは状助が料理をする姿を思い描けなかったのだ。このリーゼントが料理とか、普通に考えたら無理だろうと思ってしまっていたのである。

 

 そう言われた状助も、確かにこんなナリの男が料理とか、想像できるはずがないと思ったようである。それでも料理が出来ないと思われていたのはやはりショックだったようで、ほんの少し落ち込む様子を見せていた。

 

 

「でも、材料とかはどうするの……?」

 

「そりゃ持ってきたぜ」

 

「準備がいいこと」

 

 

 アスナは状助が料理することはわかったが、その材料はどうするのだろうかと疑問に思った。まさか自分のところにあるものを使うのかと思ったが、流石に買いだめなんてことはしていない。だからそれを状助へと質問すると、状助は持ってきたと言葉にし、握っていたポリ袋を見せたのだ。アスナは袋を見て、準備万端ということかと思ったようだ。

 

 

「数分そこで座って待っててくれや。なんだったら寝ててもいいぜ?」

 

「うん……、大丈夫。よろしく」

 

 

 状助はアスナへと座って休んでいてくれと、むしろ辛いようであれば寝ていても構わないと告げていた。アスナは確かに気分が悪いと感じたが、数分ぐらい大丈夫だと思い、そこにとどまることにした。また、料理を作ってくれる状助へと、よろしくと微笑みながら頼んでいた。

 

 そして、数分間状助は料理に没頭し、その音だけが部屋に響いた。アスナも体の調子が悪かったので、体育座りの体勢で膝に顔を乗せて休んでいた。

 

 

「ほら、出来たぜ」

 

「おかゆ?」

 

「そりゃ風邪っつたらおかゆだろ?」

 

「そうだけど……」

 

 

 それからようやく料理が完成し、状助が運んできた料理を、アスナの前のテーブルへと静かに置いた。アスナはどんな料理だろうかと少し期待していたが、出てきたのは溶き卵がまぶされた普通のおかゆだった。とは言え半熟の溶き卵の上には刻んだ長ネギが乗っており見栄えは悪くなく、むしろ黄色と緑であざやかなものであった。

 

 しかし、アスナはほんの少しだけガッカリした様子を見せた。もう少し凝った料理が出てくると期待していたからだ。ただ、風邪と言えばおかゆである。状助はそれこそが定番だろうと、ガッカリするなという感じで言葉にしていたのだった。

 

 

「……いただきます」

 

「熱いから気をつけろよ?」

 

「わかってるわよ……」

 

 

 状助は、早速頂こうとするアスナへ、さましながら食べた方が良いと注意した。出来立てのおかゆは結構熱く、やけどするかもしれないからだ。しかし、アスナだってそんなことは先刻承知。当然わかっているので、おせっかいだと言う目でそう話していた。

 

 

「うまいか?」

 

「……おいしい……」

 

「そりゃよかったぜ……」

 

 

 アスナはレンゲですくったおかゆを吐息でさまし、そっと口へと運んだ。状助はそれを見て、味の意見を聞いていた。一応自分で作った料理、味見もしてうまいと状助は核心していた。が、それでも自分の味覚と他人の味覚は違うので、少々不安だったのである。

 

 だが、アスナはおいしいと言葉にし、ほんの少し驚いた様子を見せていた。まさかこの状助が、おかゆと言えどうまい料理が作れるとは思ってなかったのだ。状助はアスナのその言葉に安堵し、笑みを見せてよかったと言っていた。まずいとか言われたらどうしようかと、ずっとヒヤヒヤしていたからだ。

 

 

「でも、何でわざわざおかゆを作りに……?」

 

「なーに、もうすぐわかるぜ」

 

「はあ……?」

 

 

 しかし、アスナはそこで疑問に思った。どうして状助はおかゆを作るだけの為に、わざわざ危険を冒してまでここへやってきたのだろうかと。それをアスナは状助に聞くと、状助は笑いながらもうすぐその理由がわかると豪語したのだ。そんな状助にアスナは少し呆れ、一体何がわかるのだろうかと思ったのである。

 

 

「……なんか熱い……」

 

「効果が出てきたみてーだな」

 

「……何それ……。と言うか本当に熱い……」

 

 

 アスナは少しずつおかゆを口に運んでいたが、そこで突如異変が起きた。一体どうしたというのだろうか、アスナは自分の体がすごく熱くなっていることに気がついたのだ。この熱さは風邪の熱やおかゆを食べたという理由だけでは、説明がつかないものだった。まるでサウナに居るかのような熱さを感じ、顔を赤くして熱いと嘆くアスナを見て、状助はようやく効果が出てきたとこぼしていた。一体何の効果なのだろうか、アスナはそれに疑問感じた。

 

 

「熱っ……! 何なのこれ……。汗がいっぱい出てくる……!」

 

「治ってる証拠だぜ」

 

「意味わかんない……。でも、熱い……」

 

 

 だがアスナは、そんな疑問も体の異常なほてりで、どうでもよくなってしまった。また、全身から汗が噴出し、もはや水をかぶったような状態となってしまっていたのだ。それを見た状助は、それこそ風邪が治っている証拠だと、笑いながら言葉にしていた。ただ、アスナには状助の言葉の意味が理解できず、何を言っているのやらと思ったのだ。そこで、さらにアスナの体が発熱し、汗がとめどなく流れ出ていた。これは何なのだろうかとアスナは考えたが、熱さの前に思考がうまく出来なくなっていた。

 

 

「汗が、すごい……。パジャマがびしょびしょ……」

 

「うお!? おいおい!」

 

「なっ、何よ急に……」

 

 

 また、大量の発汗により、アスナの着ていたパジャマもびしょびしょになっていた。そして、パジャマは汗で濡れたせいか体に張り付き、ボディーラインを強調させていたのだ。さらにアスナは暑苦しさから、パジャマのボタンを第二ボタンまではずして首もとの襟を指で伸ばし、そこへ手をパタパタと振って風を送っていたのである。

 

 状助はアスナのその行動に驚き、突然変な声で叫んだ。張り付いたパジャマ越しにくっきり見えるボディーラインと、胸元が見えそうな状況のアスナに、状助は照れと驚きを同時に味わったのだ。

 

 と言うか、アスナは起きたばかりの恰好であり、当然ブラジャーなどしていない。そんな時にボタンをはずして襟を伸ばしたら、胸元が露出するのも当然というものだ。しかも張り付いたシャツがくっきりとボディーラインを浮かび上がらせ、とても色っぽい姿だったのだ。そしてアスナはそこそこ胸もあったので、状助にとってその光景が目に毒だったのである。

 

 そこで急に変な声を上げて驚き、体を後ろ向きにする状助を見て、アスナは一体どうしたのだろうかと思ったようだ。熱さのせいで思考が鈍っていたアスナは、今自分の姿を客観的に捉えられなかったのだ。

 

 

「なっ、なんでもねえぇ!」

 

「……? あっ……」

 

 

 アスナにどうしたのかと聞かれた状助は、顔を赤くしながら焦った声でなんでもないと叫んでいた。そこでアスナは状助の行動に疑問を感じ、首を下に向けて自分がどういう姿なのかを確認した。するとここでようやくアスナは、胸元がはだけてパジャマが体に張り付いているという、恥ずかしい姿だったことを認識したのだ。

 

 

「やだ、私ったら……」

 

「うおおお!!! 見てない! 俺はなーんにも見てないぞ!」

 

「……そこまでビビられるとヘコむんだけど……」

 

 

 アスナは自分の今の姿に驚き、胸元を両腕で隠しながら、顔を風邪とは別に真っ赤にして恥ずかしがっていた。状助であろうと男の前で、このような痴態を見せてしまったからだ。熱でどうかしてたにせよ、流石に何をやっているんだとアスナは思い、先ほどの行動を後悔していた。また、すぐさまパジャマのボタンをかけなおし、胸元がはだけぬようにしたのである。

 

 そして、状助の方を照れながら見れば、後ろを向いたまま両手を顔にあてて、何も見ていないと慌てながら騒いでいるではないか。状助が何か怯えてる感じに気づいたアスナは、確かにあられもない姿を見られたが、そんなに怯えなくてもいいじゃないかと少しショックを受けていた。ハッキリ言えば今のは気がつかなかった自分が悪いのであって、状助はそれを目の当たりにしただけだとアスナは思っていたのである。だから別に怒っていないし、状助に対して粛清しようなどとは考えていなかったからだ。

 

 しかし、状助はあんな恥ずかしいところを見たのだから、アスナが怒るのではないかと思ったのだ。普通に考えれば自分が殴られてもおかしくない状況だと考え、ヤバイと思っていたのである。だから少し怯えた様子を見せ、何も見ていないと必死で否定していたのだ。

 

 

「……別に怒ってないから大丈夫よ」

 

「ほっ、本当かぁ……!?」

 

「嘘ついてどーすんのよ……」

 

 

 アスナは状助の怯えように、完全に呆れてしまいジトっとした目でその背中を見ていた。だが、別にアスナは怒ってないので、状助へそれを伝えたのだ。それでも状助はそれを信じられない様子で、背を向けたまま嘘かどうかを尋ねてきたのである。そんな状助にさらに呆れたアスナは、嘘などついてないし、そんなことをする理由は無いと、ため息をまぜながら話したのである。

 

 

「そっ、そういや体はどうだ?」

 

「んー? そういえば汗もひいてきて熱も下がったみたい……」

 

 

 状助はアスナからそう言われたので、チラリと後ろを向いて見た。するとボタンをちゃんとかけなおし、身だしなみを戻したアスナが居た。表情の方も少し頬を紅色に染めているぐらいで、特に怒った様子もなかった。だから、大丈夫そうだと思い再びアスナの方へと体を向け、体の調子のことを聞いてみたのだ。するとアスナも急に汗がひいて熱も下がったことを感じ、そのことを不思議そうに述べていた。先ほどの症状は一体なんだったのかと疑問に思うぐらい、体が快適になっていたのだ。

 

 

「あれ? なんかすごい調子がいい……!」

 

 

 アスナは自分の体の調子が普段と同じぐらい良くなったようだと感じて、両手をぐるぐる回したりして見た。すると先ほどまでの倦怠感などの症状がなくなり、完全に元の調子を取り戻したことに気がついたのだ。

 

 

「嘘!? 体のダルいのがなくなった……!」

 

ベネ(よし)!」

 

 

 これは何事かとアスナは思い、驚きの表情をしていた。先ほどまでの調子の悪さはなんだったのかと思うぐらい、絶好調な体調となっていからだ。そんな驚くアスナを見て、状助はガッツポーズをして見せた。するとふいに状助は立ち上がり、再びキッチンの方へと歩いていったのだった。

 

 

「ほれ、水」

 

「ありがと……」

 

 

 状助はキッチンから戻ってくると、コップに水を入れて持ってきていた。アスナが随分汗をかいたので、水分がほしくなったのではないかと考えたからだ。アスナは状助から水を受け取り礼を述べると、グイッといっきに飲み干した。そして、そのコップをテーブルへ置くと、状助のもうひとつの能力を思い出したのだ。

 

 

「……あっ、そういえば状助のもうひとつの力は……」

 

「そうだぜ! 俺の能力のひとつは”パールジャム”っつー料理を食わせると体調を戻す力よ!」

 

「忘れてたわ……」

 

 

 状助のもうひとつの能力、それは”パールジャム”と呼ばれるスタンドだ。そのスタンドは料理とともに摂取することで、体調を整えてくれるという能力を持っていた。ただ、体調が戻る時に何かとオーバーなリアクションとなってしまうという欠点を持つ。肩こりが治る場合は肩から垢がボロボロ出たり、虫歯が治る場合は虫歯の歯が飛び出して抜け、その跡から新しい歯が生えるといった具合なのだ。つまりアスナが汗を大量に流していたのも、その副作用の影響だったのだ。

 

 アスナはそのことを思い出し、ふと口に出していた。状助はそれを聞き、自分のその能力を説明したのである。その説明を聞き終えたアスナは、その能力のことをうっかり忘れていたと話した。というのも、状助はクレイジー・ダイヤモンドばかり使っており、そのパールジャムを使っているところをアスナは見たことがなかったからだ。

 

 

「まあ覇王ぐらいにしか使ってねぇからしょーがねーだろうなあ……」

 

「そっか。状助はこのために来てくれたんだ」

 

「まーな。おめぇ昨日調子悪そうだったからよー。明日も用事があるし大変だと思ってさ」

 

 

 しかし、状助もそのことについてはわかっていたようだ。何せ能力が能力なので、ほとんど出番という出番がなかった。さらに、パールジャムを使っているのは寮で同室に住む覇王ぐらいだったのだ。だからまあ、昔説明したことだし覚えてなくてもしかたがないと感じたのである。そのことを語りながら、状助はアスナの食べ終わった食器などを片付けていた。

 

 そこでアスナは状助がこの場所へ来たことをようやく理解した。この状助は自分が風邪だということを知って、その能力で治しに来てくれたのだと。また、状助もアスナが調子悪そうにしているのをあらかじめ知っていた。それに明日はメトゥーナトたちが旅立ち、アスナが見送りに行く約束をしているのも知っていたのだ。そう言う訳で、状助はアスナの風邪を治そうと考え、この部屋までやってきたのである。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 アスナはふいに、しおらしい表情で状助へ礼を述べた。自分の風邪を治すために、明日の約束も守れるようするために、この場所まで来た状助にとても感謝していたからだ。普段の状助では考えられない大胆な行動に、アスナは感激していたのである。

 

 

「……!?」

 

 

 状助は今のアスナの表情に、ドキリとして驚いた。あのアスナがとてもしおらしくしながら、頬を紅く染めているのだ。普段見ることのないアスナの表情に、状助はかなりドギマギしていたのである。

 

 

「まっ、まあ、調子よくなったみてぇだし、俺は帰るぜ」

 

「もう?」

 

「そっ、そりゃこんなところに居るのバレたら、何されるかわかんねぇからよー」

 

 

 また、照れながらも状助は、調子が戻ったアスナを見て、さっさと帰ろうと窓へ近づいていった。そんな状助にアスナは、もう帰ってしまうのかと思ったようだ。アスナは風邪を治してくれた状助に、もう少しここでのんびりしていけばよいのにと思った。お茶ぐらい出すから、それを飲んでからでも遅くはないとも思ったのだ。

 

 ただ、状助はこの場所に長居すると危険だと考えた。何せここは女子だらけの女子寮。自分のような男がここに居るとバレたら何をされるかわからないと考えたのだ。祭り上げられてさらし者にされるかもしれないし、変に勘ぐられて話題にされたりしたら困るからだ。

 

 

「そんじゃ、またな!」

 

「うん、本当にありがとう!」

 

「おう!」

 

 

 状助は窓際で靴を履きなおし、右手を上げて別れを述べた。アスナも状助へと笑顔で、今日のことの感謝を再び叫んでいた。状助は一言大きな声で返すと、そのまま飛び去って行ったのである。

 

 

「あっ、昇ってくる時はわかったけど、どうやって降りたんだろう……」

 

 

 アスナは状助が去っていったのを見て、戻るときはどうするのだろうかと考えた。昇ってくる時のことは聞いたが、降りるときはどうするのかを聞いていなかったのだ。

 

 

「まっいいか。状助のことだから何とかしたでしょ」

 

 

 ただ、あの状助が考えなしでここまで昇ってはこないだろうとアスナは思い、大丈夫だろうと考えたようだ。だから心配する様子など見せず、特に気にしていなかった。

 

 

「……さて、流石に汗でベトベトなのは嫌ね……」

 

 

 それよりも気になったのは体に張り付いたパジャマだった。随分汗でベトベトになっており、気持ち悪いとアスナは感じていたのだ。

 

 

「とりあえずシャワーでも浴びようっと……」

 

 

 アスナはそれならとりあえず着替えだけでなく、シャワーも浴びてしまおうと考えた。随分汗で体も汚れたので、着替えだけではさっぱりしないと思ったのである。そして、自分の服をタンスから取り出し、風呂場へと入っていったのだった。



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百九話 心配無用

 ここはエヴァンジェリンのログハウスの地下にある”別荘”の中。エヴァンジェリンはカギの修行の為に、新たに三つほど”別荘”を増やしていた。まあ、ハッキリ言えばネコ用別荘のオマケという扱いなのだが。しかし、そのおかげで砂漠や熱帯雨林、さらには極寒地帯など色々な地形が加わり、修行の幅が広がっていたのだ。

 

 そんなところで本来あった普通の別荘にて、夕映とのどか、ハルナの三人が遊んでいた。そこへカモミールを肩に乗せたカギがふらりと現れ、三人へ話しかけたのだ。

 

 

「おーい、お前ら。俺が顧問の新しいクラブに入る気はねーか?」

 

「何それー!? どんなことをするクラブ?!」

 

 

 カギは突然自分が顧問しようと考える新生クラブの勧誘を三人にしだした。と言うのも新しいクラブを設立するには5人以上の部員を集める必要があるのだ。ただ、どんなクラブなのかを説明していなかったので、ハルナは何をするクラブなのかをカギへと質問していた。

 

 

「表向きにゃー英国文化研究だが……」

 

「表向きには……?」

 

 

 カギはその質問に、表向きには英国文化の研究を目的にしている、と思わせぶりなことを言い出した。 夕映はそれを聞いて、表向きということに反応を見せていた。

 

 

「実際は俺やネギの親父を探すことを目的としたクラブよ」

 

「どーいうことなんでしょう?」

 

 

 カギは言葉を続け、本来の目的は自分やネギの父親、つまり行方不明となっているとされるナギを探すためのクラブだと、三人へと説明した。まあ、実際カギはナギの居場所を”原作知識”で知っているので、どうでもよいことなのだ。また、夕映はどうしてその目的のために、わざわざクラブにしようとしているのかを、疑問に思ったようだった。

 

 

「いやね、ネギから魔法世界へ行くからついてきてくれって頼まれてよ」

 

「そういえば言ってましたね……」

 

 

 そこでカギは、ネギから魔法世界に来てほしいと頼まれたからだと理由を述べた。だが、カギはナギを探す気などまったくない。魔法世界へ行ってもナギは居ないし、見当はずれなのを知っているからだ。

 

 それでもそうするのは、ネギに魔法世界に来てほしいと頼まれたのもあるし、自分も魔法世界に行って見たいと思ったからだ。さらに、”原作ならば”この役割はアスナだった。が、ここでのアスナは夕映たちに魔法世界へ来てほしくなさそうであり、こう言うことに消極的だったのだ。だからカギが仕方なく、重い腰を上げているということだったのである。夕映もカギの理由を聞いて、そういえばネギが魔法世界へ行くと言っていたことを思い出していた。

 

 

「どーせお前らのことだからついてくる気マンマンなんだろ?」

 

「当然!」

 

「当たり前です」

 

「は、はい!」

 

 

 それでカギはその三人に、何も言わなくてもついてくる気だろうと思い、そう言葉にした。ハルナも夕映ものどかも、当然のごとくついて行くと、元気よく返事していたのだ。

 

 

「そこで資金調達もかねて、クラブにしちまおーと思ったって訳だ!」

 

「そこまで考えられたんだねー、カギ君」

 

「おい、そりゃちょっとヒドくね……? いや、まあ……」

 

 

 カギはやっぱりそうだろうなと思い、クラブにしたほうが資金調達もしやすいからだと、もうひとつの理由を語ったのだ。そんなカギへハルナは、普段から馬鹿そうなカギに、これほど頭が回るとはと思い感心していたのだった。だが、カギはそれを聞いて、酷すぎると思い言葉をもらした。ただ、そこでカギは”原作”の真似事であるがゆえに、言葉をどもらせていたのだった。

 

 

「で、そのクラブの名前は?」

 

「まだ未定! 募集中だぜ」

 

「そうなんですか……」

 

 

 ならば、そこクラブには名前ぐらいあるのだろうか。夕映はそれをカギに質問した。カギは即座に名はないと話し、募集中だと笑っていた。いや、クラブ設立するなら名前ぐらい決めておこうよ、夕映はそう考え、少し呆れた表情をしたのだ。

 

 

「そんなことよりもだ、入るのか入らないのか!」

 

「入る入るー!」

 

「入るです!」

 

「入れてください!」

 

 

 しかし、カギは名前よりも、目の前の三人がクラブに入るのかどうかが重要だった。それを叫ぶと三人はいっせいに、入ると叫んで答えたのだ。

 

 

「よしよし、どんどん部員を集めるぜ」

 

「でも兄貴よー。魔法世界は鎖国みてーな状況だぜ? 行くには鎖国時の日本や冷戦時代の東諸国へ潜り込むぐらいの覚悟が必要だと思うぜ?」

 

「なぁに、俺がついていれば安心もいいところだ!」

 

「ま、まあ兄貴ほどの実力者がそう言うのなら……」

 

 

 カギは三人の元気な回答に、ニヤつきながら頷いていた。そんなところに肩に居たカモミールが、魔法世界は鎖国してるような場所だと話したのだ。というのも魔法世界は、この旧世界と積極的なつながりを持とうとしていない。色々理由はあるのだが、とりあえず鎖国に近い状況なのだ。そこに入るにはそれなりの覚悟が必要だと、カモミールはカギへとアドバイスを送っていた。

 

 だが、そんなことなど臆せず、自分が居れば安心だと豪語するカギ。あの銀髪を倒したカギは、少し調子に乗っているのだ。そう、魔法世界で他の転生者が現れようとも、大丈夫だと高をくくっていたのだ。そんなカギを見るカモミールも、カギの実力は知っていたので、そのカギがそう言うなら問題ないのだろうと思ったようである。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここにもう一人、”別荘”へとやってきた少女が居た。それはアスナだった。アスナは状助のおかげで風邪が治ったので、シャワーを浴びて着替え、ここへとやってきたのである。そして、とりあえずこっちに木乃香たちが来てるかもしれないと思い、彼女たちを探していたのだった。

 

 

「みんなこっちに居るのかな?」

 

「あれ? アスナ」

 

「あっ、いたいた!」

 

 

 アスナは別荘の中へと入り、いつものメンバーが来ているかを探していた。するとそのすぐ側に木乃香と刹那が座っており、木乃香がここへ来たアスナに気がついたのだ。アスナもすぐに木乃香を見つけ、そこへと駆け寄ったのである。

 

 

「おはよう、このか」

 

「おはよー」

 

 

 朝、姿のなかった木乃香へと挨拶するアスナ。そして、同じく丁寧にそれを返す木乃香。しかし、木乃香はアスナを不思議そうな目で眺めていた。どうしてここへ来たのだろうか、そう考えていたのである。

 

 

「昨日調子悪そうやったけど、大丈夫なん?」

 

「んー……。もう大丈夫よ。ほら!」

 

「ウチの心配しすぎやったみたいでよかったわー」

 

 

 と、言うのも木乃香は、アスナが昨日調子悪そうにしていたのを知っていた。ゆえに、ここへアスナが来たことに少し驚き疑問に感じていたのだ。だから、風邪をひいてしまったのではないかと、アスナへと体調のことを聞いたのだ。

 

 アスナはその質問に、少し考えた様子を見せた後、ガッツポーズをして元気な様子を見せていた。何せ、状助がやってきて、風邪を治してくれたのだ。それを言おうか迷ったアスナは、あえて内緒にしておこうと思ったのだ。状助とて誰かに話してほしいと思わないだろうし、むしろ隠しておいてほしいと思っているだろうと考えたからだ。

 

 そんなアスナの姿を見た木乃香は、自分の心配のしすぎだったと、安心した様子を見せていた。アスナの調子が悪そうだったのは考えすぎだった、よかったよかったと思い笑顔を見せたのだ。

 

 

「刹那さんもおはよう」

 

「おはようございます」

 

 

 アスナは木乃香の横に座る刹那にも、そっとあいさつをした。刹那もアスナへ頭をさげながら、あいさつを返していた。

 

 

「二人はここで何をしていたの?」

 

「仮契約やえ」

 

「えっ?」

 

 

 アスナは木乃香と刹那が何をしていたのか気になったので、それを質問してみた。すると木乃香は仮契約と即座に答えたのだ。その答えにアスナは少し呆けた様子を見せたのだ。何せ仮契約の方法の基本はキスである。ゆえに、まさか木乃香と刹那がそんなことをしてしまったのだろうかと、一瞬考え戸惑ったのだ。

 

 

「ゆえからこの紙をもろーたし、せっかくやから試そうと思ったんよ」

 

「ああ、その方法かー」

 

「さっ、流石に女同士とはいえキスは……」

 

 

 そんな驚くアスナへ、木乃香はとある紙を一枚見せた。それは例の仮契約ペーパーだった。木乃香は夕映からそれを貰ったので、刹那に頼んで試していたのである。アスナはその仮契約の方法を知っていたので、その方法だったのかと納得した様子を見せていた。また、アスナもその方法でメトゥーナトと仮契約を交わしたので、少し懐かしいと感じたのだ。そこに刹那が割って入り、女同士でもキスは無理だと、顔を赤くして言葉にしていた。

 

 また、さよは二人の邪魔にならぬよう、位牌の中で寝ているようで、姿が見えなかった。いや、幽霊なので姿が見えないのは当然と言えば当然なのだが……。

 

 

「でも、覇王さんでなく私なんかでよかったのですか?」

 

「はおもええけど、もうどっか行ってしもーたしなー……」

 

「そういえば、毎年夏休みになると、すぐにどこかに旅立ってしまいますね……」

 

「本当、どこに行ってるのかしらね」

 

 

 そこで刹那は仮契約の相手が覇王ではなく自分でよかったのだろうかと、木乃香へ申し訳なさそうに話し出した。木乃香も覇王と仮契約をしてみたいと思ったが、覇王はもうすでにここにはいない。覇王は夏休みとなると、すぐさま姿を消してしまうことは木乃香も刹那も、そしてアスナも知っていたことだ。ゆえに刹那とアスナは、一体覇王がどこで何をしているのだろうかと、疑問に感じていたのである。

 

 

「それに、せっちゃんやったら大歓迎やえ!」

 

「それならいいんですが……」

 

「ウチの初ししょーははおやけど、はじめての友達はせっちゃんやもん!」

 

「そうですか……。ありがとう……」

 

 

 さらに木乃香はとても眩しい笑顔で、刹那なら仮契約の相手に申し分ないと言葉にしたのだ。刹那はそれでも少し自信がなさそうに、木乃香を見ていた。やはり自分よりも、覇王と仮契約させたかったと言う思いが強いのである。しかし、木乃香はそうは思ってなかった。確かに覇王は好きな男の子であり、師匠だ。それでも木乃香にとっての刹那は、大切なはじめての友達なのだ。それを木乃香は語ると、刹那はとても嬉しい気持ちになっていた。だから刹那は少し涙目となり、木乃香へ礼を言っていた。

 

 

「もしかして邪魔?」

 

「そんなことあらへんよー!」

 

「そ、そうですよ!」

 

 

 そんないい雰囲気な二人を見て、アスナは邪魔なのではないかと思っていた。木乃香も刹那もアスナのその発言に、そんなことはないと話した。ただ、木乃香は普通に気にしていないだけだが、刹那は勘違いされてしまったのではないかと思い、焦りながら否定していたのだった。

 

 

「それならいいけど……。ところでここに居るのは二人だけ?」

 

「んー、一応ウチら以外も来とるよ?」

 

 

 アスナは二人からそう言われたので邪魔にはなっていなかったのかと思った。また、そこで木乃香と刹那の二人しか顔が見えなかったので、それ以外はここへ来ているのかを木乃香へ尋ねたのだ。木乃香はその問いに、一応自分たち以外もこの別荘へ来ていると話した。この場にいないだけで、近くに居るだろうと考えながら。そんなところへ一人の少年がテコテコと歩いてきた。なにやらキョロキョロ周りを伺い、何かを探して居る様子だった。

 

 

「おっ、お前らー!」

 

「カギ先生?」

 

 

 その少年はカギだった。カギは木乃香たちを探していたのである。そして、カギは木乃香たちを見つけると、すぐさま叫んで駆け寄ってきた。そんなカギを見て、どうしたのだろうかとアスナは思ったのだった。

 

 

「よっ!」

 

「おはよう」

 

「おはよーカギ君」

 

「おはようございます」

 

 

 とりあえずカギは右手を上げて三人へと軽い挨拶をした。それを見た三人も、当然のようにカギへと挨拶を返していた。

 

 

「いやー、今お前らのことも探してたのさ」

 

「何か用?」

 

「新しいクラブの勧誘よー!」

 

 

 カギは夕映たちに話したことを、木乃香たちにも話そうと考えた。だから探していたと言うことだった。アスナはならば何か用があるのだろうとカギに聞くと、カギはドヤ顔で新しいクラブの勧誘だと語ったのである。

 

 

「ああ、魔法世界行くための?」

 

「そーそー! 学園長から資金調達してウハウハってスンポーよ!」

 

「確かにイギリスは遠いですからね」

 

 

 それを聞いたアスナはすぐさまピンと来た。そういえばネギがカギへ、魔法世界に一緒に行くことを頼んだのを思い出したのだ。また、ならばそのクラブはカギが魔法世界へ行くために用意しているのだろうと思ったのである。カギもアスナの言葉を肯定し、笑いながら旅費を頂くためだと話していた。なんという意地汚いやつだろうか。それでもやはりイギリスは遠い。刹那もそれを考え、仕方のないことだろうと思ったようだ。

 

 

「それに、ついてくるヤツが増えそうだし、こーしておく方が便利だと思ってな」

 

「あー、あの子達のことね……」

 

「せやけど魔法の国なんて聞いたら、行きとーなるんのもしょーがないと思うんよ」

 

「そうでしょうか……」

 

 

 さらにカギは別の理由を述べていた。それはやはり、ハルナたちのことだ。どうせついてくるのなら、仲間として迎えてしまった方がいいとカギは考えたのだ。まあ、夕映はカギの、のどかはネギの従者なので、それなりに理由があるのだが。

 

 アスナはそのことを考え、本当に大丈夫なのだろうかと思っていた。元々あっちに居たアスナは、やはり魔法世界に彼女たちを連れて行くのは不安なのである。

 

 そうアスナが不安げに語ると、木乃香はフォローらしきことを話した。そりゃ魔法の国があって行けると言われたら、行きたくなるのは当然だと。自分もいってみたいと思ったし仕方ないと言葉にしたのだ。その横で木乃香の言葉を耳にした刹那は、いや、その理屈はおかしいと、首をひねって考えていた。

 

 そうワイワイと話すカギたちの下へ、一人の少女がふらりと現れた。この別荘の持ち主であるエヴァンジェリンだ。エヴァンジェリンはなかなか”火よ灯れ”が出来ない千雨へ、そのコツを教えながら様子を見ていた。だが、何時間も練習しっぱなしの千雨を見かねたエヴァンジェリンは、その千雨を休憩させたのだ。その千雨の休憩の間にこの場に現れ、カギの話を耳にしていたのである。

 

 

「ほう、ぼーやが率先して顧問とはな」

 

「おーう師匠(マスター)!」

 

 

 エヴァンジェリンはカギが率先していることに珍しいと思った。ただ、それ以外にも大丈夫だろうかとも不安になった。そんなエヴァンジェリンの内心を知らず、カギはエヴァンジェリンへと手を上げて挨拶していた。

 

 

「おはようエヴァちゃん」

 

「おはよーございます」

 

「おはようございます」

 

 

 また、カギに続くようにそこに居た三人も、同じく挨拶をしていた。ただ、アスナはいつもどおりにエヴァンジェリンをちゃんつけで呼んだのだ。

 

 

「うむ、おはよう……。はぁ……」

 

「どーしたの? そんな深いため息なんかついて」

 

「貴様のせいだろうが……」

 

 

 それを聞いたエヴァンジェリンは、静かにため息をついていた。こいつまったくわかってくれない。何度も言っているはずだろうと思ったのだ。そんなエヴァンジェリンに、アスナはため息なんてどうしたのだと、しれっとした態度で聞いたのである。エヴァンジェリンはその問いにイラッとしながら、お前のせいだ馬鹿と叫んだのだった。

 

 

「……まあいい……。で、ぼーやが顧問? 冗談かなにかか?」

 

「……俺が顧問じゃ不満だってーのかよ!?」

 

「そう言ってるのさ」

 

「なっ、何ぃ!?」

 

 

 もういっそうのこと、こちらが大人になって聞き流した方がいいのだろうか。エヴァンジェリンはアスナが毎回”ちゃん”付けで呼ぶことに、諦めと呆れを感じながらそう考えていた。まあ、それよりもエヴァンジェリンは気になったことを言葉にしていた。それはカギが魔法世界へ行くためのクラブの顧問をするということだった。カギはチャランポランでミーハーで、その上アホだ。こんなヤツが顧問で大丈夫か、と思ったのだ。

 

 カギは不満そうにするエヴァンジェリンに、不服なのかと叫んでいた。一応真面目に取り組んでいることなので、流石にそう思われるのは心外だったようだ。その叫ぶカギに、不満があるからそう言っていると、エヴァンジェリンは馬鹿にした笑いを見せながらそう話したではないか。流石のカギも久々にカチンと来たようで、少し眉間にしわを作って見せていた。

 

 

「……そうだな。ぼーや程度でアイツらを守りきれると思ってるのか?」

 

「あったりめーよ!」

 

「無理だな」

 

 

 そう叫ぶカギに、エヴァンジェリンは静かに尋ねた。ならばお前に従者である夕映やハルナたちを、何かあった時に守れるのかと。カギはそのことに、当然だと叫び自信があると言葉にしていた。だが、エヴァンジェリンはそれを鼻で笑い、無理だとはっきり答えたのだ。

 

 

「即答かよ! やってみなくちゃわかんねーだろーが!」

 

「いや、絶対に無理だ」

 

師匠(マスター)も知ってんだろ!? 今の俺の強さを!!」

 

 

 カギはエヴァンジェリンにそう返され、やってみないとわからないと叫んだ。今のカギはあのクソ野郎の銀髪を倒したことが自信に繋がっていた。だから、今の俺は強いと思っているのだ。それを見透かしたエヴァンジェリンは、それでも無理だと言葉にした。何せ魔法世界にも転生者は存在する。この麻帆良よりも危険で好戦的なやつらが大勢居るのだ。そんなやからに絡まれた時、カギ程度で夕映たちを守りきれるとは思えないとエヴァンジェリンは考えていたのだ。

 

 

「知ってるからこそ、無理と言ってるんだ」

 

「ぐぎー! だったらどうやりゃ信用してくれんだ!?」

 

 

 だからこそ、カギ程度では無理だと語った。銀髪レベルが大量に居るはずはないが、最悪のことを考えればこそだ。カギはエヴァンジェリンにそうはっきり言われ、悔しそうな表情で歯軋りをしていた。そして、ならばどうやって信用してくれるのかと、エヴァンジェリンへ叫んだのだ。

 

 

「そうだな……」

 

 

 エヴァンジェリンは考えた。カギに自分の実力を知らしめるならば、どの方法がいいだろうかと。そこでエヴァンジェリンは横目でアスナを見て、この方法で行こうと考え、あることを思いついた。

 

 

「アスナ」

 

「ん?」

 

「ぼーやとちょいと戦ってみせろ」

 

 

 それはなんと、カギとアスナを戦わせると言うことだった。エヴァンジェリンはアスナの実力を理解している。カギがアスナと戦えば、自分の実力ぐらいわかるだろうと思ったのだ。だからエヴァンジェリンはアスナへと声をかけ、戦ってほしいと話したのである。

 

 

「え? 何で?」

 

「なに、少しぼーやに現実というものを知ってもらおうと思ってな」

 

「アスナとバトんのと、現実を知るのと、どう関係あんだよ!?」

 

 

 アスナは突然エヴァンジェリンからそう言われ、キョトンとした表情で何事だと言葉にしていた。というか、アスナは別にカギと戦う理由もなければ恨みもない。どうして戦う必要があるのかまったく心当たりがなかったのだ。エヴァンジェリンはアスナにどうしてだと聞かれ、理由を語った。それはカギに現実を知らしめてやるということだったのだ。しかし、カギにはそれがまったく理解出来なかった。アスナと戦うのと現実を知るのと、どうつながりがあるのかさっぱりわからなかったである。

 

 

「大いにあるさ。戦えばすぐにわかる」

 

「んならさっさとおっぱじめよーぜ! すぐに終わらせてやるからよぉー!!」

 

「まあ、カギ先生がやる気あるみたいだし、別にいいけど」

 

 

 だが、エヴァンジェリンは戦えば理由がわかると語り、二人を戦わせようとしていた。カギもならば戦ってやると意気込み、さっさとかかって来いと言い出したではないか。アスナもカギが戦う気を起こしたのを見て、それなら戦ってもいいかと考えたようだった。

 

 

「ひとつ、ルールを言っておこう」

 

「お? アスナに対するハンデか?」

 

「別にそう言うわけではない」

 

 

 また、エヴァンジェリンは戦いにルールを設けると説明した。両者とも全力の本気となれば、危険が伴うからだ。しかし、カギはそれを自分が強いのでアスナにハンデを与えるものだと考えたようだ。エヴァンジェリンはそんなカギを見て、少し呆れてそれはないと言葉にしていた。

 

 

「まず、どちらとも飛び道具、遠距離攻撃は禁止だ」

 

「つまり王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)は使うなって事か」

 

「そうだ」

 

「まっ、そんなブッソーなもん、自分の生徒にゃ使わねーけどな!」

 

 

 とりあえずエヴァンジェリンはルールを話しだした。それは両者とも遠距離攻撃を禁止するというものだった。なぜならカギには王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)があり、かなり危険な攻撃だからだ。さらに、アスナには魔法は効かないことを知っているエヴァンジェリンは、どうせ魔法の射手なども無効なのだから、遠距離攻撃自体を禁止してしまってもいいと考えたのだ。

 

 それを聞いたカギは、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)など不要。そんな危険なものなど、自分の生徒たるアスナに使えないと豪語していた。と言うか、そんなものがなくとも余裕でアスナに勝てると高をくくっているのである。

 

 

「私の光の剣もなしか……」

 

「そういうことだ」

 

 

 アスナはそこで、自分が使える遠距離攻撃を考えた。そして、光の剣などの技も禁止だと気がついた。それを声に出すと、エヴァンジェリンもそのことを肯定していた。

 

 

「おい! アスナへ俺に対するハンデじゃねーのかよ!!」

 

「だからハンデではないと言ったはずだが……?」

 

「そ、そりゃそうだが……」

 

 

 だが、そんなところへカギが文句を叫ぶように声を上げていた。先ほどのルールはアスナにハンデを与えるものだと思っていたカギは、アスナにも制限が課せられたことに不満を感じたようだ。それをカギが叫ぶとエヴァンジェリンは、最初からそんなことはないと述べたと、ため息交じりで話したのである。カギもそれを聞いていたので、確かにそうだと言っていたとは思ったようだ。が、このカギは今自分が強いと思っているので、やはり納得していなかった。

 

 

「……しかしだ、逆を言えばそれ以外なんでも使っていいということだ」

 

「つまり、それ以外は全力でいいって訳だな!」

 

「そうだ」

 

 

 そう不満な表情をするカギへ、やれやれと言った感じにエヴァンジェリンは言葉を述べた。確かに制限を設けたが、それ以外ならば何を使っても構わないと、そう話したのだ。カギはそれを聞き、遠距離以外は全て使えるのかと思った。エヴァンジェリンもそれも肯定し、何でもやってくれと言ったのだ。

 

 

「そして制限時間15分の間に、どちらかが参ったと言うか動けなくなるまで戦い続ける。それがルールだ」

 

「別に王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)がなくったって、よゆーだぜ!」

 

「わかったわ……」

 

 

 そして、エヴァンジェリンは最後のルール説明を言葉にした。15分の間に戦い、どちらかが負けを認めるか動けなく間で戦うというものだった。カギは余裕を見せており、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)がなくとも問題なく勝てると笑っていた。逆にアスナは気を引き締めたような表情で、わかったと一言延べ、余裕を見せるカギに眺めていたのだった。

 

 

「では早速はじめてもらおうか」

 

「おっしゃ!! ハンサム・イケメン・イロオトコ……」

 

「左に魔力、右に気……。合成」

 

 

 ならば早々に戦いの合図を出すエヴァンジェリン。それを聞いた両者は即座に戦闘の準備を整え始めた。カギは詠唱を、アスナは咸卦法を使ったのだ。

 

 

「”雷神斧槍”!!」

 

来い(アデアット)!」

 

 

 カギはそのまま普段使っている術具融合、雷神斧槍を杖に合体させていた。アスナは咸卦法以外にもアーティファクトであるハマノツルギをハリセン状態で呼び出していた。そして、二人は瞬間的に突撃し、衝突寸前となっていたのだった。

 

 

「もらった!」

 

「ふっ」

 

 

 カギはそのまま加速し、ご自慢の雷神斧槍をアスナ目掛けて叩き落した。しかし、そんな攻撃などアスナに通用しない。アスナはすぐさまハマノツルギで防ぎ、雷神斧槍を破壊して見せたのである。

 

 

「ギャニ!? 俺の自慢の雷神斧槍が!?」

 

「ほら!」

 

「ぶぺらっ!?」

 

 

 カギは雷神斧槍が破壊されたのを見てかなり驚いていた。自分が作り出した最強の技の一つであり、自慢としてきた雷神斧槍がたった一撃で粉砕されたからだ。ただ、術具融合で作り出された雷神斧槍とて魔法。その魔法を消滅させるハマノツルギの前では、当然無力だったのである。そう驚き慌てふためくカギに、隙ありとばかりにアスナは攻撃。ハマノツルギをそのままカギの顔面に命中させたのだ。それを受けたカギはうめき声をあげながら、そのまま数メートル吹っ飛び地面に転がっていた。

 

 

「ばっ、馬鹿な……!」

 

「遊んでる暇なんかないわよ?」

 

「うおおっ!?」

 

 

 地面に倒れふせたカギは、体を持ち上げながらありえないと言う表情で動揺していた。自慢だった最強の技を、あっけなく打ち砕かれたのだ。カギの自信ってやつも砕けそうになっていたのだ。そんなカギへアスナは容赦なく追撃を行った。いまだ立ち上がらずに膝をつくカギへ、ハマノツルギを振り下ろしたのだ。カギはそれに気がつき、とっさに横へ転がるようにその攻撃を回避し、即座に立ち上がって見せた。

 

 

「ならばこれはどうだ!? ”断罪の剣”!!」

 

「そんなの効かないわよ!」

 

 

 カギはすぐさま手の先から光で構成された刃を作り出した。それはどんな物質をも切り裂くと言われる断罪の剣だ。しかし、断罪の剣もやはり魔法。それを見たアスナはカギの断罪の剣を見て、無意味だと叫んだのだ。

 

 

「びぇー!? かき消された!? ブアァ!?」

 

 

 アスナの言ったとおり、断罪の剣はアスナに触れる直前に消滅し、空振りに終わった。カギはまたしてもマヌケな顔で叫び、その直後アスナの拳を顔面に受けて吹き飛ばされてしまったのである。なんと言う馬鹿なのだろうか。最初からわかっていたことなはずだろうに。

 

 

「こっ、こうなりゃ体術で!!」

 

「遅い!」

 

「ぶびばーっ!?」

 

 

 カギはもはや魔法は無駄だと思い、ならば近距離での戦いしかないと考えた。だから吹っ飛んだ先の地面を蹴り、アスナへ瞬動を用いて近づいた。だが、アスナはそれを見越しており、既にカギが居る場所へハマノツルギを横なぎに振り切っていたのだ。その攻撃はカギの腹部に直撃し、再びカギは吹き飛ばされてしまったのだった。

 

 

「おっ、俺は負けん!! そいやー!」

 

「はっ!」

 

 

 このままではマズイ、カギはそう思った。確かにあのまほら武道会で、カギはアスナの強さを見ていた。”原作”よりも強いアスナを知っていた。それでもカギは自分の強さに自信があった。アスナには負けないと思っていたのだ。しかし、悲しいかな。カギは今窮地に立たされていた。魔法が効かないというだけで、滅茶苦茶不利を強いられていた。

 

 もはや完全に押されているカギだが、それでも諦めてはいなかった。”戦いの戦慄”にて肉体を強化し、アスナへ再び特攻を仕掛けたのだ。アスナもカギが拳を伸ばして特攻しているのを見て、ハマノツルギを左手へと即座に持ち替え、そのまま右拳を伸ばしてカギの拳を受け止めていた。すさまじい力と力の衝突にて、周囲に衝撃波が吹き荒れた。また、両者とも力比べとなり、拳と拳をぶつけたまま、歯を食いしばっていたのだった。

 

 

「うげぇ! 押し負けた!?」

 

「当たり前だ! 普通、魔力のみの強化と咸卦の気の強化なら、当然魔力のみの強化が押し負けるに決まってるだろう!?」

 

「うげげー!」

 

 

 だが、押し負けたのはカギだった。徐々にカギがアスナの拳に押されていたのである。それをカギが叫ぶと、エヴァンジェリンはそれが当然だと言葉にしていた。魔力のみで強化したカギと、気と魔力を合成し、究極技法とまで言われた咸卦法にて強化されたアスナならば、明らかに後者の方が強いと。

 

 カギはエヴァンジェリンのアドバイスを聞いて、さらに焦った。まさかそれほどのだったとは、思ってなかったようだ。その直後、カギの拳を振り払い、アスナの拳がカギの顔面にまたもや命中。カギはもう一度吹き飛ばされて地面に転がってしまったのである。

 

 

「ちくしょー! 障壁も無意味だしなんちゅーでたらめな……!」

 

「そこっ!」

 

「あばびょっ!!」

 

 

 カギは押し負けたのを見て、アスナをデタラメだと評価していた。”原作”でも刹那が、アスナこそ一番強くなる可能性があると言わしめるほどだった。そのアスナが修行を行い強化され、今ここにいるのだ。カギが戦慄しないはずがなかった。また、アスナの魔法無効化能力により、カギの障壁すらも無意味となっていた。単純に機敏でパワフルなだけで、アスナはカギを上回っていたのである。

 

 そうカギが考えている間にも、すでにアスナはカギへと近づき飛び蹴りを食らわせていた。カギはそれを受けてさらに数メートル吹き飛んだ。カギはもはやボロボロとなり、謎の断末魔を叫んでくたばりかけていたのだった。

 

 

「俺がっ、この俺が押されているだとーッ!?」

 

「カギ先生、私のことナメすぎ」

 

「わかってたはずなのにっ! なんでこんな馬鹿な!!」

 

 

 カギは地面の倒れ伏せたまま、このまま負けてしまうのかと、悔しさを感じていた。そんなカギにさらなる追い討ちをかけんと、アスナはカギの横へと近づき両手で握り締めたハマノツルギを振り上げ、それを叩き落さんとしていた。そこでアスナは、カギが自分をなめていると思っていたので、そのことを冷徹に口にだし、ハマノツルギをそのまま振り下ろしたのだ。

 

 カギはアスナが強くなっているのを知っていた、魔法無効化を知っていた。だというのに、これほどの戦力差があるとは思っていなかった。なんと情けないことだ。自分の生徒にボッコボコに打ちのめされ、自信を打ち砕かれている。カギはそう考えながらも、なんとかアスナの今の攻撃を回避して立ち上がった。

 

 

「ふん!」

 

「ヒッデーブアァー!!」

 

 

 だが、カギが立ち上がった直後、アスナは回し蹴りをカギの顔面に命中させたのだ。その蹴りをもろに受けたカギは、苦痛の叫びを上げてアーチを描くように吹っ飛ばされてしまったのである。もはやこの光景、何度目であろうか。カギはこの戦いにて、アスナに吹っ飛ばされているだけだった。

 

 

「ふむ、15分だ。両者ともやめろ」

 

「ぐっぐぐっ……」

 

 

 エヴァンジェリンは時計を眺め、15分経ったので戦いをやめることを二人に叫んだ。カギは地面に倒れ伏せたまま、すさまじく悔しそうな表情で、ゆっくり立ち上がろうと必死にもがいていたのだった。

 

 

「どうだ? 不利な相手で、しかも同格か格上と戦った気分は」

 

「……ありえねぇ……」

 

「アスナを見てみろ。傷はおろか服すら汚れてないぞ」

 

 

 だが、カギは両手と膝を地面につけたまま動かず、今の戦いを思い返していた。そこにエヴァンジェリンが歩み寄り、今の気分を静かに聞いたのである。カギはそれに反応し、ありえねぇと一言だけ述べた。アレほどまでに修行し、強くなったと思っていたカギは、この結果はショックだったのだ。

 

 さらに、なんということか、今の戦いでアスナはカギから一切攻撃を受けてはいなかった。それだけではなく、服に汚れすら見えないと言う、完全に戦う前と同じ状態だったのである。それをエヴァンジェリンは、カギへと冷たく話したのだ。

 

 

「嘘だ……! おっ俺は強くなったんだ! あのクソ銀髪もぶっ倒したのに! 何故だ!?」

 

「これが現実ってやつだよ。確かにぼーやは強くなったが、魔法と王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)がなければ所詮はこの程度だ」

 

「うおおおああああああっ!!!」

 

 

 カギは今のエヴァンジェリンの言葉を聞き、とっさにアスナを見た。そこにはエヴァンジェリンの言ったとおり、無傷で汚れもなく、特になんともない様子を見せるアスナが立っているではないか。カギはさらにショックを受けた。まさか自分だけがこんなにボコボコにされるなど、ありえないと。完全に一方的に打ちのめされたのは自分の方だったと。銀髪すらも倒せた自分が、アスナに後れを取るなどと、カギはそう思い、悔しさを言葉にし叫んだ。何故だ、どうしてだと。

 

 そんな自信喪失したカギに、エヴァンジェリンはこれこそが現実だと、冷淡に話した。カギは確かに強くなった。修行を行い銀髪を倒した。だが、それでも王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)と魔法の力があってこそだ。それがなければカギとてただの人。魔力で身体能力が強化出来ても、それ以上に近距離戦が得意な相手には歯が立たないと言うことだった。

 

 今のエヴァンジェリンの言葉がカギの心に冷たく突き刺さる。そうだ、銀髪でもっとも活躍したのは雷神斧槍や爆熱炎拳などの魔法だった。悪魔を一撃で倒したのは王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)だ。それを封じられた状況で、この程度しか戦えないなど、なんと情けないことだ。カギはそう考えながら、大きく叫んだ。完全に自信が砕かれ、負けを認めるしかなかったのだ。

 

 

「なんか悪いことしちゃった?」

 

「いや、いいんだ。ぼーやは最近天狗だったからな。その伸びた鼻をへし折っておく必要があったんだよ」

 

「そっかそっか」

 

 

 絶望にひれ伏したかのように叫ぶカギを見て、アスナは少しカギがかわいそうになった。それをエヴァンジェリンに言うと、気にするなと返ってきた。何せカギは銀髪を打ち倒し、自信過剰だった。この状態はあまりよくないと思っていたエヴァンジェリンは、その自信を一度砕いてやる必要があると思っていたのだ。そのことを説明されたアスナは、それなら気にする必要はないと思ったようだ。

 

 

「それに、ぼーやのあの技(ゲート・オブ・バビロン)があったら、どうなっていたかはわからんしな」

 

「確かにあの攻撃(ゲート・オブ・バビロン)はデタラメだもんね……」

 

 

 ただ、カギには王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)という攻撃方法が存在する。強力無比な武器を空中からばら撒く。ただそれだけでも脅威となる恐ろしい攻撃だ。それを使っていたのなら、このような結果にはなってなかっただろうと、エヴァンジェリンは思っていた。アスナもカギの王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を近くで見たことがあった。確かにアレを使われたら、結構苦戦するだろうと考えた。

 

 

「とはいえ、ソッチにも光の剣を使わせればいい勝負になりそうだがな」

 

「そうかな? そう言ってくれると嬉しいわ」

 

 

 それでも制限されていたのはカギだけではない。アスナも光の剣を使ってない。エヴァンジェリンはそこを考えると、カギが王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を使ったとしても、アスナも互角に渡り合えたのではないかと言葉にしていた。そう言われたアスナは、ほんの少し褒められたと思い、エヴァンジェリンに笑顔を見せてた。アスナも王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を回避するのは厳しいと思っていた。それでも負ける気はなかったのだが、やはりエヴァンジェリンにそう言われるのは、とても嬉しいことだったのである。

 

 

「うううーっ! 俺はまだ……弱い……!」

 

「そう言うことだ。あまり調子に乗っていると痛い目を見るぞ?」

 

「もう充分見たぜ……」

 

 

 カギは先ほどから同じ体勢で、敗北に打ちひしがれていた。そして、自分はまだ弱い、情けないほどに弱いと、つぶやいていたのだった。エヴァンジェリンはそんなカギへ、ようやくそれを理解したかと、調子に乗らない方がよいと述べたのだ。だが、今の戦いこそ痛い目であったカギは、もう充分見たと小さく言葉にしていた。

 

 

「まあ、それがわかれば充分だ」

 

「……もっと修行しなきゃいけねーわこれ」

 

 

 エヴァンジェリンは敗北のショックで落胆するカギに、まだまだ弱いことがわかればよいと話した。そう言われたカギもゆっくり立ち上がりつつ、もっと修行しないと駄目だと思い、そう言葉にしたのだ。銀髪は倒せたが、それ以上の相手が出てきた場合、これで勝てるなどと思ってはいけないと、より一層気を引き締めたようである。

 

 

「アスナはホンマに強いんやなー」

 

「負けていられませんね……」

 

 

 また、この戦いを眺めていた木乃香と刹那は、アスナの強さを賞賛していた。あのカギを無傷でいなしたアスナは確かに強いと、木乃香はと思ったのだ。刹那もアスナの実力を見て、置いていかれぬよう更なる修行を行おうと誓っていたのだった。

 

 

「……とりあえず部員集め再開すっかー……」

 

 

 また、カギはエヴァンジェリンがアスナと会話をし始めたのを見て、再びクラブの部員を集めようと思った。古菲と楓は未だ勧誘していないので、その二人を探すために移動を始めた。そして、自分の弱点が接近戦だとわかったのならば、古菲や楓に戦い方を教えてもらっても良いと考えたのである。

 

 

「そういえばネギ先生は?」

 

「少年なら犬少年を相手に修行してるはずだ」

 

「犬……。誰?」

 

 

 アスナはふと、ネギが居ないことに気がついた。そこで周りを見渡し近くに居ないことを確認すると、エヴァンジェリンへ尋ねてみた。するとネギもこの別荘にやってきており、別の場所で犬の少年と修行していると話したのだ。アスナはその人物を聞いて、一体誰だろうかと腕を組んで思い出そうとしていた。

 

 

「……犬上小太郎とか言うヤツだよ。知ってるはずだろう?」

 

「あー、あの子か」

 

 

 エヴァンジェリンが名を言葉にして、アスナはようやくその人物を思い出した。あまり接点がなかったので中々思い出せなかったが、武道会に参加したりと知り合い程度の仲ではあった。とはいえ、犬少年と言われただけでは、流石にアスナもピンとはこなかったのである。

 

 

「でも何であの子がここへ?」

 

「弟の方を相手させるのに丁度言いと思ってな。誘ったらすぐに食いついたよ」

 

「そうだったの」

 

 

 しかし、どうしてその小太郎が、エヴァンジェリンの別荘にてネギと修行しているのだろうか。アスナはそこが気になった。それをエヴァンジェリンへ尋ねると、ネギの相手に丁度良いと答えが返ってきたではないか。

 

 確かに小太郎は気がつけばネギの友人となっていた。また、さりげなくライバルと呼べる存在になっていた。そう考えればネギの修行相手に小太郎はもっていこいだろうと、アスナも納得していた。

 

 

「一緒にいたバーサーカーも乗り込んできたがな……」

 

「大変ねぇ……」

 

 

 また、最近ではバーサーカーと小太郎は師と弟子の関係のようになっていたようで、よく一緒に居ることが多い。エヴァンジェリンが小太郎を誘い、小太郎がバーサーカーを誘ったようで、この別荘へやってきたというのだ。それはまた大変そうだとアスナは思い、ふと木乃香と刹那の方を見ると、突然現れたバーサーカーに驚く刹那が居たのだった。

 

 

「あれ? エヴァちゃんってバーサーカーさんのこと知ってたんだ」

 

「はぁ……。……一応はな」

 

 

 だが、アスナはそこで、エヴァンジェリンがバーサーカーを知っていることに少し驚いていた。あのヤンキーにどういった接点があったのか気になったのである。そこでエヴァンジェリンはまたしても”ちゃん”を付けられて呼ばれたのに深く深くため息をつき、一応と言葉にしていた。

 

 と言うのも、エヴァンジェリンと同様に、バーサーカーもここへ来た時から麻帆良の警備を行っていた。そこで顔見知り程度には知り合いだったのだ。さらに小太郎も魔法使いの集まりに顔を出すぐらいはしていたので、エヴァンジェリンも知らない顔ではなかったということだった。

 

 

「別にヤツ(バーサーカー)がここにきたことなど、特に気にしてはいないがな」

 

「ふーん、けっこー優しいとこあったんだ」

 

「……私はいつだって寛大だぞ?」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンは堂々とした態度で、バーサーカーが来たことを気にも留めていないと語った。アスナはそれを聞き、エヴァンジェリンにも優しい部分があったのかと思い、それを口に出していた。まあ、何かと甘い部分があるとは昔から思っていたのだが。アスナのその言葉に、さらに背筋を伸ばして寛大だと豪語するエヴァンジェリン。自分は見た目ほど小さくないと言いたげな、そんな表情だった。

 

 

「え? じゃあ”エヴァちゃん”って呼んでもいいのね!?」

 

「それとこれとは話が別だ!」

 

 

 そこまで言うのならば、”ちゃん”で呼んでもいいんじゃないか。そうアスナは思ったので、それをニコリと笑って言い出した。それは流石に関係ないとばかりに、エヴァンジェリンは叫んだ。それだけは絶対に譲れない、それがエヴァンジェリンのプライドでもあったのだ。

 

 

「えー……」

 

「えー、じゃない! 大体そのクセは治すと言っただろう!?」

 

「そうだけど、エヴァちゃんって呼びやすいし……」

 

 

 アスナはそのことに、非常に不満そうな表情で小さく言葉を出していた。寛大なんだからそのぐらい許してくれてもいいじゃない。アスナはそう思ったからである。だが、やはりエヴァンジェリンはそれを許したくない。むしろその呼び方を治すと言ったのはアスナの方だと、少し怒気を含み叫んでいた。確かにそう言ったのは自分だが、エヴァちゃんと言う呼称は非常に呼びやすいので、ついそうしてしまうとアスナは話した。

 

 

「貴様なあー!」

 

「わかったから! わかったから!」

 

「本当にわかっているんだろうなあー……」

 

 

 何度も”ちゃん”をつけて呼ぶアスナに、エヴァンジェリンは我慢の限界を超えたらしく、顔を赤くして激しく怒るエヴァンジェリン。そうプリプリと怒るエヴァンジェリンを宥めるように、少し困った表情で笑いながら、わかったと連呼するアスナだった。わかったと言いながら、本当にわかったのかさえ怪しいアスナに、エヴァンジェリンは本当にわかったのかと、深いため息と共に口に出していた。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 そんな他愛の無いやり取りの後、二人は急に静かになった。二人はどこか遠くを見つめるように、空の方を眺め始めたのだ。会話も無く、顔を向けるわけでも無く、されど並んで同じ景気を見る二人。そんな無音の時間が数秒間過ぎ去っていった。そして、この静かになった空気を破ったのは、エヴァンジェリンだった。

 

 

「……本当に魔法世界へ行く気なのか?」

 

「……うん」

 

 

 エヴァンジェリンはアスナへ、静かに魔法世界へ行く気なのかと聞いていた。何せエヴァンジェリンもアスナの事情を知っていたからだ。いく必要はないと思っているからだ。また、その質問に、アスナは静かに、そして小さく頷き肯定していた。

 

 

「何故行く?」

 

「何故って、パパに頼まれたから……」

 

 

 それゆえさらに、エヴァンジェリンは魔法世界へどうして行きたいのか、少し険しい表情でアスナへ尋ねた。アスナはその理由を、メトゥーナトが行ってほしいと頼んできたからだと話したのだ。

 

 

「……あの甘いメトゥーナトのことだ。強要はしてないはずだ。拒否権だってあったはずだ」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンはメトゥーナトのことをある程度理解していた。あのメトゥーナトは騎士として頑固者であるが、それ以上に甘い人間だ。アスナへ魔法世界に行くことを頼んだだろうが、強制などはしていないだろう。断れば仕方ないと思い諦めるだろう。あの男はそういうヤツだと、エヴァンジェリンは言葉にしていた。

 

 

「貴様が断れば行く必要などなくなったはずだ。それでも何故行く?!」

 

「それは……」

 

 

 そうだ、断れば別に魔法世界など、行く必要は無い。なのにどうして行くと決めたのか。エヴァンジェリンは少し機嫌悪そうに、アスナへ向きなおしそれを問いただした。アスナもエヴァンジェリンへ顔を向け、その真剣な表情を見て、その答えをどう話そうか考える素振りを見せていた。

 

 

「アルカディア帝国へ戻るだけなら安全だろう。だが、そうでないなら危険が及ぶ可能性は否定できん」

 

 

 また、メトゥーナトらの所属するアルカディア帝国ならば、皇帝が納めているあの場所ならば、安全は約束されている。そこへ行くというのならば話しは別だ。しかし、そうでないのならば、いかに安全な場所とて危険が迫る可能性があると、エヴァンジェリンはアスナへ話した。

 

 

「それに貴様が魔法世界へ赴くことに大きな意味があることぐらい、わかっているはずだろう?」

 

「……当然わかってる……」

 

 

 それに、黄昏の姫御子として、戦争の道具として扱われてきたアスナならば、魔法世界へ行くというのがどれほど危険なのかわかっているはずだと、エヴァンジェリンはまくしたてていた。魔法を無効化する力は希少価値であり、狙われている可能性がある。エヴァンジェリンはそのことを踏まえて、アスナに魔法世界へ行くなと話していたのだ。

 

 しかし、アスナはそのことについて、理解していると小さな声で話した。そんなことはエヴァンジェリンに言われなくても、しっかり自覚している。何があるかわからないことぐらい、わかっていた。自分のせいでネギたちが被害にあったらどうしようとか、そういった不安すら感じているのだ。ゆえに、ほんの少しだけ、不安の色を顔に出していた。

 

 

「ならば何故だ!」

 

「……そうね」

 

 

 エヴァンジェリンはアスナが不安に感じていることを察し、そうまでして魔法世界へ行く理由はなんだというのかと、アスナの方を向いて大声で尋ねた。それは叫びに等しい声だった。アスナはそんなエヴァンジェリンに、俯きながらポツリポツリと、自分の考えを語り始めたのだった。

 

 

「確かに、パパに言われたからってのもあるけど……」

 

 

 アスナはメトゥーナトに頼まれたから、ネギと共に魔法世界へ行くことに決めたと、静かに話した。ただ、理由はそれだけではない。それ以外の理由もあることを、一呼吸置いた後に話し出した。

 

 

「みんながあっちに行って、もしも危険な目にあったとして、それを知らないでのうのうと過ごすのが嫌だから、かな……」

 

「そんなこと……。……先ほどはああ言ったが、ぼーやがいれば問題ないだろう?」

 

 

 アスナはみんなが魔法世界へ行ったとして、そこで危険なことがあった時、自分がそれを知らないのが嫌だと語った。もしそうなっていたとしても、自分だけはこの麻帆良で平和に暮らしているというのが許せないと、アスナは思っていたのである。

 

 だが、エヴァンジェリンはその理由を、そんなことで片付けた。また、カギではあいつらを守りきれないと話したエヴァンジェリンだったが、あのカギは縛りさえしなければかなり強い分類だと思っていた。カギが本気を出せばあいつらぐらい守れるはずだと、アスナへと冷淡に話したのである。

 

 

「それに、近衛木乃香や桜咲刹那もいる。あまりその辺りは問題ないはずだ」

 

「……それでも、みんなが苦しい目にあってるなら……、それを無視することなんて出来ない……!」

 

 

 さらに言えば木乃香や刹那も同行することになるだろう。あの二人がついていけば、大抵の危険は防げるだろうと、エヴァンジェリンはそう話した。何せシャーマンとして鍛えられた木乃香と、アスナと共に修行してさらに磨きがかかった刹那が同行するのだ。そこにカギを含めれば、はっきり言って過剰戦力だろう。それゆえアスナが魔法世界へ行く必要はないと、エヴァンジェリンはアスナを諦めさせるように言葉にしていた。

 

 しかし、アスナはそれでもみんなと共に魔法世界へ行くと行った。みんなが何かに巻き込まれて苦しむというのなら、自分も同じように立ち向かいたいと口調を強めて話したのだ。

 

 

「ふん、そう言うならば、貴様が向こうへ行く方がよっぽど危険だぞ?」

 

「そうかもね……」

 

「そうだ、だからやめておけ」

 

 

 それでもエヴァンジェリンはこう言った。アスナが魔法世界へ行く行為こそがすでに危険だと。何せ昔は他方から散々狙われたアスナだ。何かあったら真っ先に狙われる可能性も大きいのだ。ただ、アスナはそのことを自覚していた。当然そのことも予想していたのである。だからアスナはそうかもしれないと言葉にすると、エヴァンジェリンもゆえにやめておけと、静かに説得するように言葉にしていた。

 

 

「でも、やっぱりそれは出来ない……」

 

「何……?」

 

 

 だが、アスナはそれでも魔法世界へ行くと行った。そう決意していた。そんなアスナを見て、どうしてそれがわかっていながら、魔法世界へ行こうとするのかエヴァンジェリンは理解出来なかった。

 

 

「確かに、そうかもしれないけど……、私はみんなと魔法世界へ行きたい……!」

 

「どうしてそうこだわる……?」

 

 

 アスナも危険は承知だ。それでもみんなと魔法世界へ行きたいと、強い意志の元語ったのだ。エヴァンジェリンは少し険しい表情となり、それほどまでに魔法世界へ行くことにこだわるのは何故だとアスナに尋ねた。全てわかっているならいく必要はない。ここにいたほうが安全だと思っているからだ。

 

 

「私は……、みんなに迷惑かけたくないと思ったから、強くなろうと思った。だけど、それだけじゃない」

 

 

 そこでアスナは、自分が何故強くなろうと思ったのかを、静かに話し出した。そう、自分が狙われたことで、昔は散々迷惑をかけた。だから、自分の身は自分で守れるぐらいは強くなろうと思った。だが、それだけではない。他にも理由があると、言葉を続けた。

 

 

「自分の身は自分で守れるぐらい。いいえ、紅き翼の人たちと並んで歩けるようになるために、強くなろうと思った!」

 

 

 それは、紅き翼と並んで歩けるように、自分もあの中に入って戦えるようになるために、強くなろうと決めたのだと。そして、自分は強くなった。あの時よりもずっとずっと、強くなったとアスナは核心していた。

 

 

「だから頑張って鍛えたし、強くなったと思ってる」

 

 

 そうだ、そうなるためにアスナは必死で努力してきた。メトゥーナトに頼んで鍛えてもらったりもした。最近は刹那と共に修行し、さらに上を目指した。また、そのおかげで自分が強くなったことを、アスナはある程度実感出来るようになったと思っていた。

 

 

「それに、もう一人前なんだってところを、パパに見せて安心してもらいたい……」

 

 

 だからこそ、魔法世界で何かあっても、切り抜けられると言う自信があった。そこでどんなことがあろうとも、無事に済ませられればメトゥーナトを少しは安心させれると思っていたのだ。自分はもう一人前だと、もう守ってもらうだけの対象ではないと言うことを、アスナはメトゥーナトに見てもらいたいのである。

 

 

「だから、みんなと一緒に魔法世界へ行くわ。そして、みんなと無事にここへ戻ってくる……!」

 

「……」

 

 

 ゆえに、魔法世界へネギたちと共に歩みたい。だから、魔法世界へ行く。そして、誰もが無事にこの麻帆良へ戻ってくることを約束すると、エヴァンジェリンへはっきりとした口調でアスナは述べたのだ。エヴァンジェリンは今のアスナの話を、静かに聞いていた。

 

 

「……なーんて言ったけど、別に向こうで何もなければいいだけだしね」

 

「……ふっ……。フフフ……」

 

 

 アスナはそう偉そうに語ったものの、魔法世界で何事もなく無事に過ごせればいいと願っていた。むしろ何も起こらない方が嬉しいとさえ思っていたのだ。それを笑顔でアスナは話すと、エヴァンジェリンは何がおかしかったのか、少しずつ笑い出したのだ。

 

 

「ハッハッハッ、ハッハッハッハッ!」

 

「ちょっ! ちょっと笑うところじゃないでしょう!?」

 

 

 突然大笑いするエヴァンジェリンを見て、アスナは何が面白かったのか理解できなかった。それゆえ、今のは笑いどころではないと、少し怒った様子で叫んでいたのだった。だが、エヴァンジェリンはただひたすら何かがおかしい様子で爆笑していた。腹を抱えて笑っていたのだ。

 

 

「ハハ……、いや、貴様からそんな言葉が出るとは……、フフフッ……思ってなかったんでな。ふぅ……少し笑わせてもらったよ」

 

「失礼すぎないそれ!? しかも少しどころじゃなかったし!」

 

 

 エヴァンジェリンは笑った理由を、まだ少し笑いながらアスナへ話した。と言うのも、アスナからあのような決意あふれる言葉が出てくるとは、エヴァンジェリンも思っていなかったのだ。そのため、ついついそれがツボにはいってしまい大爆笑してしまったと言うことだった。

 

 アスナはそれを聞いて、失礼すぎると思い怒りの叫びを上げていた。自分だって色々考えているし、言われてからだけで魔法世界へ行こうと思うほど馬鹿ではないと思ったのだ。また、エヴァンジェリンの最後の言葉にアスナは、少しではなく大声で大爆笑してたじゃないかと、雄たけびのような声でツッコんでいたのだった。

 

 

「……やれやれ……。ならば私もついていくとしよう」

 

「え?」

 

 

 その会話の後、エヴァンジェリンは再び空を眺め、目を瞑って肩をすくめた。そして、自分もアスナたちと共に魔法世界へ行くと、微笑を見せながら言葉にしたのだ。アスナはエヴァンジェリンの今の言葉に驚き、一瞬表情を固めていた。エヴァンジェリンは魔法世界に来る気がないと思っていたアスナは、その言葉に衝撃を受けたのである。

 

 

「……私が貴様らの保護者として、一緒についていってやるよ」

 

「いいの?」

 

「いいと言っただろう?」

 

 

 エヴァンジェリンは目だけをアスナへ向け、ネギたちの保護者として魔法世界に出向いてやると話した。アスナは本当に来てくれるのだろうかと、エヴァンジェリンへ不思議そうな表情で聞いていた。本当に一緒に来てくれるなら、これほど心強いものはいないからだ。これほど頼りになるものはいないからだ。そして、とても嬉しいことだからだ。そう疑問の目を向けるアスナに、再びふっと笑いながら、言葉通りだと述べるエヴァンジェリン。嘘などではなく、本当について行くと、アスナへ伝えたのだ。

 

 

「……ありがとう」

 

「……別に礼を言われる筋合いはないさ。それに存分に笑わせてもらったしな」

 

「むっ……、失礼ねー……!」

 

 

 アスナはそんなエヴァンジェリンに、優しい笑顔で礼を言葉にしていた。なんだかんだ言って、自分のことを心配してくれたエヴァンジェリンへの、感謝の気持ちだった。こんな自分を心配してくれることに、非常に嬉しい気持ちをアスナは感じていたのだ。

 

 そう礼を言われたエヴァンジェリンは、目を空へ向け、照れくさそうにしていた。そして、照れ隠しのように、礼など不要だと言いながら、先ほどは大いに笑わせてくれたからよしとしたと言い出したのだ。

 

 それを聞いたアスナは、むくれた顔をして文句を言っていた。流石にヒドイことだと言いたげな様子だった。まあ、それでもエヴァンジェリンが来てくれるのはありがたいので、それ以上怒ることはなかったのである。

 



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百十話 進展

 ここは千葉県にある成田空港。そのロビーへアスナたちはやってきていた。なぜならメトゥーナトとギガントが魔法世界へ、アルカディア帝国へ帰るので、彼らの見送りをするためだ。そして、メトゥーナトとギガントたちも、アルカディア帝国直結のゲートがあるイースター島へ行くため、飛行機を待っていたのだった。

 

 

「我々は先に戻るが、……大丈夫か?」

 

「大丈夫よ! 任せて!」

 

「わかった」

 

 

 メトゥーナトはアスナに、自分たちは戻ってしまうので、大丈夫なのだろうかとアスナへ尋ねた。麻帆良にアスナを残して去るのは、心配だったからだ。また、後に魔法世界へ来る時のことが心配だったのだ。そう心配そうにするメトゥーナトへ、元気よく大丈夫だと叫ぶアスナ。別に心配する必要はないと、自信満々な様子を見せたのだ。そのアスナの姿を見たメトゥーナトは、ふと笑みをこぼしてわかったと、一言述べた。

 

 

「おっちゃんも大変だなー。向こうに戻っても仕事なんだろ?」

 

「まあな。だが、お前の父は一人で頑張っているのだからそうも言ってられん」

 

 

 そこへ今度は数多がメトゥーナトへ声をかけた。メトゥーナトが帰郷するのは休みだからではない。むしろこっちに居る時よりも大変な仕事が待っているのだ。それを考えた数多は、大変だなあと思いメトゥーナトにねぎらいの言葉をかけたのである。

 

 だが、メトゥーナトは自分たちよりも、今も一人で皇帝を支えているであろう数多の父、龍一郎を考えれば、いい方だと言葉にした。皇帝のもっとも信頼する部下であるメトゥーナト、ギガント、龍一郎の三人の内、二人が麻帆良で活動していたのだ。一人となった龍一郎が、一番大変だったのではないかと、メトゥーナトは考えそれを話していた。

 

 

「そうだったな! 親父には元気にしてるって言っといてくれよな!」

 

「私も穏やかに過ごしていると伝えていただきたい」

 

「伝えておこう」

 

 

 数多はそこで、親父は一人であっちに居ることを、メトゥーナトに言われて思い出した。そうだった、親父は一人で頑張っていたんだった。そんな親父に自分は元気だと伝えて欲しいと、数多はニカっと笑ってメトゥーナトへ話した。その横にいた焔も、数多と同じく何事もなく過ごしていることを話しておいて欲しいと、メトゥーナトへと頼んだのだ。メトゥーナトはそのことを快く引き受け、伝えておくと言葉にしていた。

 

 

「まあ、俺らも後に戻るけどな」

 

「それがいいだろう。ヤツもお前たちに会いたがっているはずだ」

 

 

 ただ、夏休み中に向こうへ戻るのは数多たちも同じだった。そのため、少しこちらで夏休みを楽しんだ後、戻ることにしていたのだ。それを数多が話すと、メトゥーナトもそうしてやれと言葉にした。何せ龍一郎は一人寂しくあっちで頑張っているのだ。子供に会いたがっているだろうと考え、それを話したのである。

 

 

 その四人とは別に、もうひとつ四人組のグループがあった。それはネギやギガントたちである。ネギや夕映、のどかもまた、ギガントへ別れの挨拶をしに来ていたのだ。

 

 

「お師匠さま、色々ありがとうございました」

 

「君はワシの弟子なんだ。改まって礼を言うこともない」

 

「……お師匠さま……」

 

 

 ネギは短い間だったがとてもお世話になったと、ギガントに頭を下げていた。魔法がバレてしまった時のフォローや、麻帆良でも魔法を教えてもらったことに感謝していたからだ。だが、ギガントは弟子の面倒を見るのは当然ゆえに礼はいらないとネギへ話したのだ。ネギはその言葉に感極まり、少し涙目になっていた。これからまたお別れするのだから、寂しさを再び感じていたのだ。

 

 

「……なあに、これが別れではない。また会いに戻ってくるよ」

 

「……はい!」

 

 

 そんな寂しさを感じている様子のネギへ、ギガントは温かみのある笑みを見せ、別にこのまま会えなくなる訳ではないと、やさしく声をかけた。そして、向こうの仕事が一段落したら、また会いに来ると言葉にしていた。ネギはそのギガントの言葉に喜びを感じながら、涙をぬぐって笑顔を見せ、元気よく返事をしたのだ。

 

 

「師匠、短い間でしたがありがとうございました」

 

「本当にありがとうございました」

 

 

 ネギの後に夕映とのどかも、ギガントへと礼を述べて頭を下げていた。今まで魔法を教えてもらったことへの感謝の気持ちである。二人はやはり世話になった師との別れというのもあり、やはり寂しそうな表情だった。

 

 

「これ、君たち。これが最後の別れではないと、言ったばかりだろう?」

 

「……そうでしたね」

 

 

 ただ、ギガントは二人が二度と会えないという様子を見せていたのを感じたようだ。だからネギにも言ったことだが、この別れで二度と会わないという訳ではないと、静かに二人へ話した。夕映はその話を聞いていたので、そういえばそうだったと、頭を上げて言葉にしていた。

 

 

「暇になったら、また魔法を教えてあげよう。今までのようにな」

 

「……はい! 嬉しい限りです!」

 

「楽しみにしてます……!」

 

 

 またギガントは、先ほどと同じように仕事が一段落したら、再び魔法を教えてあげると、二人へやさしく話していた。夕映はその言葉に、感涙しながら笑みを見せて返事をしていた。のどかもまた、微笑んでそのことを楽しみにしていると言っていた。

 

 

「いい弟子を持ったな」

 

「ワシの自慢の弟子たちだよ」

 

 

 そんな様子を見ていたメトゥーナトは、ギガントへ話しかけた。なかなかすばらしい弟子たちではないか、流石はギガントだと。ギガントも当然のように、あの三人は自慢の弟子だと言い切っていた。

 

 

「あ、パパ」

 

「なんだ?」

 

 

 そこへアスナがメトゥーナトを呼び、話を切り出した。メトゥーナトはなんだろうと思い、それを尋ねたのだ。

 

 

「エヴァちゃんから伝言」

 

「ふむ? マクダウェルから?」

 

「皇帝陛下に、”今度顔を出すから首を洗って待っていろ”ですって」

 

「……わかった。伝えておこう……」

 

 

 アスナはエヴァンジェリンから伝言を預かっていた。エヴァンジェリンはアスナがメトゥーナトたちを見送りすることを知っていた。なので、伝えておいて欲しいことをアスナへ話しておいたのだ。その伝言とはアルカディアの皇帝への言伝だった。

 

 しかし、その内容はなんということか、少し物騒なものだった。というのも、エヴァンジェリンはいまだに皇帝が送ってきた手紙のことを根に持っていた。そのことの仕返しとして、そういった伝言を言い渡したのである。メトゥーナトはその伝言に、少し引きながら伝えておこうと約束した。まあ、これも全部皇帝が悪い、因果応報なのだ。メトゥーナトもこればかりは仕方がないと思い、快くその伝言を承ったのだ。

 

 

「……アスナ」

 

「何?」

 

 

 また、メトゥーナトが今度は思い出したかのように、アスナを呼びかけた。アスナは用件が済んだので、一体なんだろうかと思ったようだ。

 

 

「本当にこちらへ来てくれるのか……?」

 

「うん、行くわ」

 

 

 メトゥーナトはアスナへ、本当に魔法世界へ来てくれるのかを再び尋ねた。実際メトゥーナトはアスナへ魔法世界に行ってほしい訳ではない。ここで断ってくれるのであれば、それでいいと思っていたのだ。だが、アスナは行くと言った。強気の表情で、ハッキリとそう言葉にしたのである。それは決意の証。それは曲げることがない強い意思だった。

 

 

「……そうか……。すまない……」

 

「もう何度謝ってるのよ。別に気にしなくていいのよ!」

 

「うむ……」

 

 

 メトゥーナトはアスナのその表情と目を見て、アスナが絶対に魔法世界へ行くことに決めてしまったのだと確信した。だからもう何も言うことはできなかった。ただ、一つ言葉に出来たことは、やはり謝罪の言葉だった。

 

 ただ、このことを頼まれたときからメトゥーナトが謝ってるのを見たアスナは、何度目だろうと思った。ゆえに、謝る必要はない、気にしていないと励ますように話したのである。アスナからそう言われてしまったメトゥーナトは、出す言葉が見つからなかったのか、静かに唸るだけだった。

 

 

「……ならば、これを渡しておこう」

 

「……! これって……」

 

 

 それならば、これを渡しておこう。メトゥーナトはそうアスナへ話すと、そっと腰から白い布で包まれた板のようなものを取り出した。だが、それは板などではない。アスナはその正体を知っていたので、それを渡されたことにかなり驚いていたのだ。

 

 

「いいの!? これ、パパの愛用の剣じゃない!?」

 

「大丈夫だ。剣なら他にある」

 

「だっ、だけど……!」

 

 

 その白い布に包まれた中身、それはメトゥーナトが普段から使っている、鞘におさまった西洋風の剣だった。常に手入れが施され、美しい外見とすばらしい切れ味を誇る、メトゥーナトの愛剣だったのだ。また、白い布は強力な認識阻害を発生させるためのものであり、一見したら剣だとはわからないものなのである。

 

 それを手渡されたアスナは、これを預かってしまってよいものかと叫んでいた。この剣はメトゥーナトが昔から使ってきたものだ。もはや体の一部といっても差し支えないほど、この剣をメトゥーナトが利用してきたのをアスナは知っていたのだ。ただ、剣はこれだけではないので、特になくても問題ないとメトゥーナトは静かに語った。しかし、やはりこの剣は受け取れないと、アスナは慌てながらに言葉にしていた。

 

 

「後に向こうへ行く時のお守りにしてほしい」

 

「……わかった。ありがとう……」

 

 

 それでもメトゥーナトは、この剣をアスナに渡しておきたかった。何せ自分たちの計画のために、アスナに魔法世界へ来てもらうことになっているのだ。その罪滅ぼしとは言わないが、せめてお守りとして持っていて欲しいと。また、何かあった時には役立ててほしいとメトゥーナトは思ったのだ。ただ、使う場面などない方がよいと、メトゥーナトも思っているのだが。

 

 アスナもそう言われてしまったら、受け取らなければ失礼だと思った。だからそっとその剣を受け取ると両手で抱きかかえ、そのことの礼を穏やかな微笑みを浮かべて述べたのである。

 

 

「そろそろ時間だな」

 

「では、行くとするか……」

 

 

 そうこうしているうちに、飛行機の発射時刻が迫ってきていた。メトゥーナトとギガントはそれを見て、飛行機へ向かうことにしたのだ。

 

 

「ではな諸君、元気でな」

 

「また会おう」

 

「はい! お師匠さまもお元気で!」

 

「師匠、また会いましょう!」

 

「さようなら!」

 

 

 ギガントとメトゥーナトは最後の挨拶を行い、静かに歩き出した。ネギたちもそれにつらられ別れの言葉を叫び、ひと時の別れを惜しんでいたのだった。

 

 

「またなー」

 

「旅の無事を祈ってます」

 

 

 また、数多と焔も同じく挨拶を叫んでいた。ただ、数多たちはどうせアルカディアへ帰るので、後に会うことが出来る。そのため、ネギたちのように別れを惜しむような様子は見せてなかった。

 

 

「またね、パパ!」

 

「ああ……!」

 

 

 そして、最後にアスナが右手を広げ、大声で再会の約束を叫んでいた。そのアスナの声にメトゥーナトも反応し、その約束を受け取っていた。その後二人は人ごみに姿を消し、完全に見えなくなった。それを見たネギたちは、飛行機が見える場所へと移動して行ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちが成田空港へ赴いている時間と同じ時刻のエヴァンジェリンの別荘内。そこで必死に初心者用の杖をふるい、呪文を唱える千雨の姿があった。

 

 

「プラクテ・ビギ・ナル、”火よ灯れ”!」

 

 

 千雨は魔法習得のために、何度も何度も何度も何度も、この火よ灯れを練習していた。かれこれ何百回やっただろうか。それでもなかなか火が灯らず、ずっとこうやって杖をふっていたのである。

 

 

「クソ! もう一度!」

 

 

 今度も同じく火が灯らなかった。灯るまで練習しなければ魔法を使うことは出来ない。だから千雨は、もう一度、もう一度と何度も言葉にしながら、再び杖を振り下ろすのだった。

 

 

「はかどっているか?」

 

 

 そこへ千雨の様子を見に来たエヴァンジェリンが、うまく出来ているかと聞いてきた。エヴァンジェリンは千雨に魔法を教えることを約束したが、やる気がなければいつまでたっても魔法は使えない。だが、千雨は必死に何度も練習していた。その姿を見て、エヴァンジェリンは非常に嬉しい気分を感じていたのである。まあ、それを顔には出さずに冷静な態度を取り繕いながら、エヴァンジェリンは千雨へと話しかけたのだ。

 

 

「見ればわかんだろ……。ちっともうまくいかねぇ……」

 

「そういうもんだよ。火が灯るまで頑張るしかないのさ」

 

「はぁ~、そうかぁ……」

 

 

 そのエヴァンジェリンの言葉に、千雨は見ればわかると不機嫌そうに話した。何度やっても火は灯らず。本当に灯るのか不安になってきたのである。ただ、魔法使いも同じように、何度も練習するのだから、これ以外魔法を使うようになる方法はない。だから火が灯るまで練習を頑張るしかないのだと、エヴァンジェリンは語ったのだ。それを聞いた千雨は、ため息を大きく吐いて、やるしかないのかと思ったのだった。

 

 

「よしっ」

 

 

 まあ、近道はなく、火が灯るまで練習しなければならないなら、それをやるしかない。そう考えた千雨は、気を取り直して気合を入れた。次こそは成功してくれと願いながら。次こそは火が灯ってくれと祈りながら。手の力を緩めてやさしく杖を握り締め、その手をゆっくりと静かにあげた。そして、深呼吸をした後に、その杖をすばやく下げ、その呪文を唱えたのだ。

 

 

「プラクテ・ビギ・ナル、”火よ灯れ”!!」

 

「むっ」

 

 

 なんと、ようやくそこで千雨がふるった杖が光り輝いたのだ。まるで今までの練習を祝福するかのように、杖の先端に火が灯ったのである。エヴァンジェリンはそれを見て、少しだけ驚いた。まさかこの短期間の間に、火が灯るなど思っていなかったのだ。また、ようやく灯ったその火を見て、よくやったという感情が湧き上がってきたのも同時に感じていた。

 

 

「でっ、出来た……! 出来たぞ!!」

 

「ほう……、やるじゃないか。数十日の間によくここまでやった」

 

「流石に疲れた……」

 

 

 千雨はその光った杖を見て、涙が出そうなほど喜んだ。何度も練習し、ようやく火が灯ったのだ。本当ならば走りまわって喜びたいぐらいの出来事だった。今までの努力がようやく実ったのだ、千雨は喜びの叫びを大声で叫び、今の最高の気持ちを外へと吐き出したのである。

 

 エヴァンジェリンはそんな千雨へ、よくやったとねぎらいの言葉をかけていた。本来ならば数ヶ月はかかるはずのことを、数日でやってのけた千雨に、最高の言葉を告げたのだ。ただ、千雨は叫び終わるとその場にへたれこみんだ。何せ何度も同じように火よ灯れを行っていたのだ。火が灯ったことで、その疲れがどっと押し寄せてきたのである。

 

 

「さて、貴様には第二段階へ移るとしよう」

 

「本格的に魔法を教えてくれるのか!?」

 

「そういうことだ」

 

 

 エヴァンジェリンはこれでようやく二段階目、つまり基礎魔法の練習に入れると思った。それを千雨へ言うと、千雨は少し興奮した様子で、新しい魔法を教えてくれるかどうかを尋ねてきたのだ。千雨のその質問に、エヴァンジェリンは笑みを見せながらそのことを肯定した。

 

 

「うっそー! 千雨ちゃん火が灯ったの!?」

 

「ま、まあな」

 

「努力の賜物だよ」

 

 

 そこへやってきたハルナは、千雨が火よ灯れを成功させたのを知り、たいそうな驚きようを見せていた。自分は何度やってもうまくいかなかったというのに、まあよく出来たものだと思ったのである。千雨はそう叫ぶハルナへと、少し照れながら一言、まあなと言葉にした。その横でエヴァンジェリンは、これこそ努力が実ったことだと言っていたのだった。

 

 

「くー! 羨ましいなあー!」

 

「姉さんも必死になれば出来るようになりやすぜ」

 

「本当かなー……」

 

 

 ハルナは滅茶苦茶うらやましく思った。火が灯れば新しい魔法が覚えられるからだ。だが、ハルナははっきり言えば練習不足。それに魔法使いが数ヶ月も練習するのだから、そうそううまくはいかないのである。

 

 そのことを知っているカモミールも、ハルナの肩からひょっこり顔を出し、必死に練習すればいずれできると励ましていた。ただ、何度やっても光らない杖を振るだけなのは、やはり飽きる。というか、本当に自分が魔法を使えるようになるのかさえ疑わしいと、ハルナは少し気落ちした様子を見せていた。

 

 

「貴様と長谷川千雨では反復した回数が何十倍も違うからな。当然の結果といえよう」

 

「そーいうことだ、早乙女」

 

「ぐぐー……! 魔法も日々の努力あるのみかー……」

 

 

 エヴァンジェリンはそのハルナを見て、千雨とハルナとでは行った火よ灯れの回数が桁違いだと言葉にした。そもそも魔法使いが数ヶ月練習するものを数十日でものにした千雨は、何百何千何万とも数えられるほどに、杖を振っていたことになる。そこまでしてようやく火が灯ったのだから、当然ハルナもそのぐらいやらないと駄目だということだった。

 

 千雨も当たり前だといった様子で、もっと練習しろとハルナへ告げた。でなければ魔法は使えないのだから当然だ。それに、自分だって必死に苦労したのだ。このぐらいやってようやく火が灯るのだから、練習あるのみなのだと千雨は語ったのだ。

 

 そう千雨に言われたハルナは、少し悔しそうな様子を見せていた。また、魔法も必死に練習しないと駄目なのかと思い、大変だなあと思ってもいた。ただ、ハルナはそんなことよりも別のことが気になった。だからそのことをエヴァンジェリンに尋ねたのだ。

 

 

「そういやネギ君やゆえたちは?」

 

「知り合いが帰郷するからその見送りに行ったよ」

 

「へぇー」

 

 

 ハルナが気になったこと、それはネギたち数名がこの場にいないことだった。エヴァンジェリンはその質問に、知り合いの見送りと答えた。それはメトゥーナトやギガントの見送りのことだ。ただ、ハルナは大きな接点がある訳ではないので、それ以上気にならなかったようで、生返事で返していた。

 

 と、そんなところへもう一人少女が現れた。カメラを持った和美である。和美は銀髪の出来事から開放されかなり余裕が出来た。そのため最近コソコソしているハルナたちを不審に思い、こっそり後をつけてきたののだ。

 

 

「みんな最近コソコソしてると思ったら、こんなところにいたんだねぇー」

 

「なっ!? 朝倉!?」

 

「どうしてここが!?」

 

 

 和美はこの魔法球内にある別荘を不思議に思いながら、ハルナたちがこんな面白い場所にいたのかと、笑みを浮かべて言葉にしていた。その和美の姿を見たハルナと千雨は大層な驚きようを見せ、どうしてここがバレたのだろうかと頭を抱えた。まさかこの場所がバレてしまうとは、さらにあろうことか和美にバレてしまうとはと、そう焦っていたのだ。

 

 

「私の調査にかかればバレバレよ!」

 

「大丈夫なのか……?」

 

 

 ハルナと千雨があまりにも驚くので、和美は自慢げに自分の調査ならばこの程度はたやすいと、簡単にわかると豪語したのだ。千雨はそんな和美を見て、この場所がバレてしまって大丈夫なのだろうかと、かなりの不安を感じていた。

 

 

「コイツも貴様らの友人か?」

 

「はっはいっ! 彼女も私たちのクラスメイトなんですけど……」

 

「バレてしまったみたいで……」

 

 

 その様子を眺めていたエヴァンジェリンが、ここでようやく口を開いた。突然現れた新たな少女とハルナたちのやり取りを見て、彼女たちの友人なんだろうと思ったようだ。そのことをその二人へ尋ねると、ハルナがクラスメイトだと焦りながら話し、千雨がこの場所がバレたことを少し青ざめながら説明したのだ。

 

 

「あれ? なんかマズいことしたかな……?」

 

「ふむ……、まあ一人と一匹が増えたところで、もうどうでもよいがな」

 

「……一匹?」

 

 

 なにやら深刻な雰囲気を見せたハルナと千雨を見た和美は、ここに来たのがそんなにまずいことだったのかと思い始めていた。ただ、ここの主であるエヴァンジェリンは、別に気にしている様子はなかった。しかし、そこでここに来たのは和美一人のはずなのだが、もう一匹と言う言葉をエヴァンジェリンが放ったのだ。一匹、その言葉にハルナは疑問に思った。何せどこにも”一匹”に該当するものが見当たらなかったからだ。

 

 

「お初にお目にかかります。小生、マタムネと申す」

 

「ネコの霊……。いや、O.S(オーバーソウル)というやつか」

 

「わかりますか」

 

 

 だが、その一匹は確実に存在した。そして、それはエヴァンジェリンへと、自ら名を名乗りだし、頭を下げていたのだ。そう、一匹こそネコの霊であるマタムネだった。エヴァンジェリンはマタムネを見て、動物霊と言うだけではなく、O.S(オーバーソウル)であることも見抜いたのだ。マタムネはそう言われ、静かに頭を上げて、エヴァンジェリンのことをなかなかの慧眼の持ち主だと考えていた。

 

 

「えっ!? 何かいるの!?」

 

「確かによーく見ればうっすら……、いや幻覚だ……」

 

「あれ、二人には見えないのか」

 

 

 しかし、ハルナや千雨にはマタムネは見えない。マタムネは霊でありO.S(オーバーソウル)だ。普通の人間には見ることなど不可能な存在なのである。ただ、千雨は火よ灯れが成功し、魔法使いの一歩を踏み出していた。ゆえに、本当にうっすらとだが、それらしき影ぐらいは見ることが出来たようだ。

 

 が、そんなものなど見たくなかったと思った千雨は、あれは幻覚だと思いなおし、首を振っていたのだった。また、何故かマタムネを見ることが出来る一般人の和美は、二人がマタムネを見えないことに気がつき、そういえばマタムネは幽霊だったことを改めて思い出したようだ。

 

 

「よよ? どーしたん?」

 

「このかー! とうとうここが朝倉にばれちゃったよ!!」

 

「それは大変やなー……」

 

「口外しなければ大丈夫だと思いますが……」

 

 

 そこへ木乃香と刹那、そしてさよがやってきた。木乃香はハルナと千雨が悩んでいる様子を見て、一体どうしたのかと声をかけたのだ。ハルナは和美にこの場所などがバレたことを大声で叫び、オーバーなリアクションを取った。何せパパラッチのこと和美にバレてしまったのだ。かなりマズイと思っているのだ。

 

 それを聞いた木乃香が横を向けば、そこには苦笑した和美がいるではないか。こりゃ確かにマズイかもしれんと、木乃香も思ったのだった。ただ、刹那はこの場所や魔法をしゃべらなければ大丈夫なのではないかと、大げさすぎると思ったようだ。と言うのも、一応マタムネがお目付け役として側に居るのを木乃香も刹那も知っていた。なので、それほど焦ることもないと考えたのである。

 

 

「おや、木乃香さん、刹那さん、それにさよさん。お久しぶりです」

 

「マタムネはん、おひさしゅー」

 

「お久しぶりですー」

 

「お久しぶりです……」

 

 

 マタムネは木乃香と刹那とさよを見つけ、そっと頭を下げて挨拶した。その礼儀正しいお辞儀に、木乃香たちも応えて挨拶を返していた。

 

 

「な、何かそこに居る?」

 

「ネコの幽霊さんやえ」

 

「そ、そんなのもいるのかよ……」

 

 

 その挨拶のやり取りを見たハルナと千雨はさらに戦慄していた。本当にその場に何か居るということを、核心させられてしまったからだ。それを木乃香へハルナが尋ねると、ネコの幽霊が居ると言葉にしたのだ。千雨はそこで、自分のクラスにも幽霊がいるというのに、ネコの幽霊も存在することに驚き半分呆れ半分の気分を味わっていたのだった。

 

 

「そこの二人はマタっちが見えないみたいだね」

 

「みたいやねー」

 

「仕方のないことですよ」

 

 

 和美は二人にマタムネが見えないことを言葉にしていた。何せ自分には見えるのに、普通の人には見えないマタムネに、和美はやっぱりと言う気持ちだったようだ。木乃香もそのことに相槌を打ち、本人のマタムネは仕方のないことだと言葉にしていた。当然幽霊は普通の人に見えないのだから。

 

 

「なー、マタムネはん。はおがどこ行ったか知らへん?」

 

「うーむ……。小生が話すべきことかどうか……」

 

 

 そこで木乃香はふと思い出したかのように、マタムネに覇王の居場所を聞いてみたのだ。何せこのマタムネは覇王のO.S(オーバーソウル)。きっと知っているに違いないと思ったのである。

 

 マタムネも覇王の行き先を知っていた。夏休みになるとフラりと股旅へと出て行く覇王の居場所を、マタムネは教えられていたからだ。ただ、そこでマタムネは悩んだ。確かに知っているが、それを木乃香に話してよいものかと。と言うのも、覇王の弟子である木乃香すら知らぬことを、勝手に話してはマズイのではないかと考えたのである。

 

 

「知っとるんやな?」

 

「知ってはおりますが、覇王様が語られてないことを話すのは……」

 

「んー、そないなら話さんでもええよー。ありがとなー」

 

「かたじけない……」

 

 

 木乃香はマタムネの悩む態度を見て、覇王の居場所をマタムネが知っているのを察した。マタムネも正直に知っていると話したが、覇王がじきじきに話していないことを話すのは気が引けると、少し戸惑っていた。

 

 木乃香も無理に聞こうと思っていなかったので、マタムネのその様子を見て、なら仕方ないかと思い聞くのをやめたのだ。その木乃香の優しい対応に、マタムネは感服しながら頭を下げ、かたじげないと一言つぶやいたのだった。

 

 

「てゆーか朝倉に魔法のことバレたんじゃない!?」

 

「最悪だなそれは……」

 

 

 また、ハルナは和美がここに居るということは、魔法の存在がバレたのではないかと気づき、さらに焦っていた。千雨も最悪だと言葉にし、今後どうなってしまうのかと悩む様子を見せたのだった。

 

 

「あー、魔法なら結構前から知ってたよ」

 

「えっ!?」

 

「それは小生が話したようなもの故……。いや、娘さんがたには小生の姿が見れぬのでしたな……」

 

 

 しかし、和美はすでに魔法のことを知っていた。何せカモミールが吹き込んだからだ。だから和美は、ハルナの肩の上で何か言いたそうにして焦っているカモミールへ、笑顔を送っていた。

 

 また、あえてマタムネは自分が教えたことにした。なぜならマタムネも、魔法やオコジョ妖精のことを教えはしなかったが、カモミールに聞くようにと言って和美を止めなかったからだ。ゆえに、マタムネは自分が和美に魔法を教えたも同然だと思っているのである。

 

 それを言うとハルナはマヌケな声で驚きを見せた。知らぬ間に和美が魔法を知っていたからだ。また、ここにはいないネギ、または夕映やのどかは、和美が魔法を知っているということを知っていた。が、この場にはいなかったので、そのことを知る人がいなかったのである。

 

 

「ふむ、ソイツに教えてもらったというのなら、まあいいか」

 

「ええー!? いいんですかーそれでー!?」

 

「外に漏らさなければな」

 

 

 マタムネがじきじきに和美に魔法を教えたと言うのを聞いたエヴァンジェリンは、マタムネと言う存在が教えたのなら気にすることもないと思ったようだ。先ほどから見ていたが、このマタムネとやらはとても律儀な性格のようだ。和美が魔法をバラそうなら、それを阻止して叱ってくれるだろうと考えたのである。

 

 ただ、ハルナはそのことに納得出来なかったのか、それを叫んでいた。と言うか、見えない何かが魔法を和美に教えたのだから、不安になるのも仕方のないことだろう。そう叫ぶハルナに、エヴァンジェリンは暴露しなければ問題ないと言葉にしていた。

 

 

「そのぐらいわかってるから安心してよ!」

 

「安心できねぇ……」

 

 

 和美もハルナの言葉に心外だと思い、魔法のことをばらすはずがないと大声で話した。そんな和美に冷たい目線を向け、信用は出来ないと話すのは千雨だった。このパパラッチ、早々信用など出来るはずがないと、少しばかり思っていたからである。

 

 

「小生もそのことは話さぬよう、しかと約束させておりますので大丈夫かと」

 

「それなら大丈夫そーやなー」

 

「お目付け役がいるのなら……」

 

「なんかみんなひどくない……?」

 

 

 不安がる周りを垣間見たマタムネは、自分が話さないように約束しているので大丈夫だと、安心させるような言葉を話した。ただ、姿が見えないので誰が話しているのかわからぬのが玉に瑕だった。それでも見えている木乃香や刹那は、なら大丈夫だろうと安心した様子を見せたのだ。その周りの態度に、和美も少しショックを受け、ヒドイと言葉にしていたのだった。

 

 

「ところでこの金髪の女の子は誰?」

 

「誰って、ここの主だって!」

 

「私の師になるのか……?」

 

 

 まあ、そんなことをずっと気にしている和美ではない。そんなことよりも、和美は目の前の金髪の少女のことが気になったのだ。ハルナはその問いに、この別荘の持ち主だと話し、千雨も今は自分の師匠なのではないかと考えながら語っていた。

 

 

「私はエヴァンジェリン、魔法使いさ」

 

「へえー、魔法使いはやっぱりネギ君たちだけじゃなかったんだねえー」

 

 

 エヴァンジェリンはそのやり取りを聞き、自分から名乗り出た。そこで魔法使いという言葉を聞いた和美は、ネギやカギ以外にもやっぱり魔法使いがいたのかと感心していたのだった。

 

 

「おっと、私は朝倉和美! よろしくね!」

 

「……こちらこそ」

 

 

 ただ、そんなことを考えるより、まず相手が名乗ったのなら自分も名乗るのが礼儀だと、和美も自己紹介を行った。そんな元気によろしくと言う和美に、エヴァンジェリンも小さくこちらこそと言葉にしていた。

 

 

「そうだな……。朝倉和美といったな。魔法に興味はないか?」

 

「魔法? 魔法かー……」

 

 

 さらにエヴァンジェリンは腕を組んで悩む仕草を見せた後、和美に魔法を知りたくないかと質問したのだ。それは悪魔のささやきか。エヴァンジェリンはあの和美をも魔法使いにしようとしたのである。しかし、和美は魔法と聞いて、非常に難しいことを考えるような態度を見せた。何かすごく不穏な言葉を聞いた、そんな感じだった。

 

 

「んー、外から見てるだけで充分かなー……」

 

「おや、どうしてだ?」

 

 

 そして和美は魔法はノーサンキューと言葉にした。誰かが使っているのを見ている分にはいいが、率先して使いたいという様子ではなかった。エヴァンジェリンはそのことを質問した。一体なぜ魔法を使いたくないのか。誰もが使いたいと思うのが魔法なのではないかと思っていたからだ。

 

 

「いやねー、色々嫌なもん見てきちゃったしね……」

 

「嫌なもの? この麻帆良の魔法使いは一般人に手を出すはずがないが……」

 

 

 その問いに和美は腕を頭の後ろに回し、少しだけ説明した。魔法と言う不思議な力を見たことがあったが、それはあまり良い光景ではなかったというものだった。エヴァンジェリンは和美の言葉に疑問を感じた。この麻帆良の魔法使いは、基本的に魔法使いと言うことを隠している。さらに魔法は世の為人の為にと考え、そのために修行したり魔法を使っているのだ。だから、普通ならいいものを見たと思うのだとエヴァンジェリンは考えていたのだ。

 

 

「んー、魔法使いの銀髪の男子がさー。問題起こしたところをたまたま見ちゃってさー……」

 

「例の銀髪の男か……。確か天銀神威とか言ったな……」

 

 

 和美が見た問題とは、あの銀髪のことだった。神威は時たま魔法を使い、ストレスを発散するかのように人を傷つけていた。その光景が焼きついてしまった和美は、魔法が怖いものだと認識してしまったのである。そしてエヴァンジェリンも銀髪と聞いて、もしやあの銀髪なのではないかと言葉にしていた。

 

 

「天銀君だっけ……? 前までけっこークラスで噂の男子だったんだけどなー」

 

「私も話にしか聞いてませんが……」

 

 

 ハルナはそこで、神威の名を聞いてピンと来たようだ。3-Aの中でかなり人気だった銀髪の神威。しかし、カギがその神威を打ち倒し、覇王がニコぽを含む特典を消滅させた。さらに、その素性が和美により暴露されたので、誰もがその神威に幻滅したのである。だからハルナも神威がクラスで何故人気だったのかまったくわからなくなってしまったようだった。

 

 そんなハルナに続き、刹那も口を開いた。刹那は確かにその悪名は聞いたが、噂と話でしか知らないのだ。故に、どんな人物だったのかは想像しかできないと言葉にしていた。

 

 

「あの野郎のツラぁ、今も思い出すだけでムカムカしてくるぜー!」

 

「カモ君がそんなに怒るような人だったの!?」

 

「野郎は男の腐ったようなヤツですぁー!」

 

 

 そんな時に、ハルナの側に居たカモミールが、銀髪の顔を思い出しただけで腹が立つと怒りを露にしていた。兄貴たるカギをボコボコにぶちのめし、洗脳でモテモテになろうとするあの銀髪には何度も煮え湯を飲まされたからだ。

 

 ハルナはそんなカモミールの態度に驚いていた。あのスケベでちょいとおっさんなカモミールでさえも、ここまで頭にくると言わしめたのだ。相当アレな人だったに違いないと思ったのである。カモミールは驚きながら言葉にしたハルナの質問に、最低最悪で男の腐ったようなヤツだと、さらに怒りをまして叫んだのだ。

 

 

「そういや私もそんな感じのヤツに突然声をかけられたことがあったような……」

 

「大丈夫だったの!?」

 

 

 だが、そこで千雨は銀髪と聞いて、少し前のことを思い出した。それは彼女たちが話す銀髪かはわからないが、確かに銀髪のイケメンが声をかけてきたというものだった。それを聞いた和美は少し驚いた様子で、千雨が何かされていなかったかを問いただしていた。

 

 

「なんかヤバそうだったからすぐに逃げたよ……」

 

「そっかそっかー」

 

 

 ただ、千雨はその時さっさと逃げ出した。銀髪でオッドアイでイケメンな男子が、突然ナンパの真似事をしてきたからだ。正直言ってあれはない。明らかに普通には見えなかったと千雨は思い、逃走を図ったのである。和美は千雨の説明に、それならよかったと話し、ほっとした様子を見せていた。

 

 

「ウチもその人に襲われたことがあるんよ」

 

「そういえばそんなことがあったって言ってましたね……」

 

「……あの時話してくれたことですか……」

 

「うーん、随分被害者が多かったんだねー……」

 

 

 その話を聞いていた木乃香も、その銀髪のこと神威に襲われたと話し出した。それはあの覇王とデートしていた時の事だ。刹那もその話は木乃香から聞いていたので、確かにそんなことがあったようなと思い出した様子を見せていた。刹那もその話を聞いた時は本気で怒り、次にその銀髪を見たら切りかかるぐらいの勢いだったのだが。

 

 また、さよも同じく木乃香から話を聞いていた。あの時さよは覇王とのデートと言うことで側にいなかったのだが、側に居ればよかったと少しだけ後悔したのである。何せさよが側に居れば、木乃香は自分の身を守れるぐらいのO.S(オーバーソウル)を作り出し、防御することが出来たからだ。まあ、過ぎてしまったことは仕方がないし、覇王に守ってもらった木乃香は、後悔で陰鬱なさよを随分励ましたのだった。

 

 木乃香の深刻そうな話を聞いた和美は、あの銀髪は随分被害者を出していたのだと実感したようだ。そして、これを考えれば自分が知らないだけでクラスの大半が被害にあっていたのではないかと考え、身震いして青ざめていた。

 

 

「しかし、もうあのもののまやかしはありませんので、大丈夫でしょう」

 

「そーだね……!」

 

「そりゃ兄貴がぶっ倒してくれたから安心ってもんよーっ!」

 

「カギ君やるじゃん!」

 

 

 しかし、もう銀髪の魔の手は消滅した。カギが銀髪を倒し、覇王が特典を奪ったからだ。マタムネはそう和美を安心させるように話すと、和美もそうだったと思い再び表情を明るくしたのだ。カモミールも同じく、カギが銀髪をぶちのめしたことを、喜びながら豪語していた。そんなことがあったことを知ったハルナも、あのカギがよくやったと褒めるようなことを述べたのだった。

 

 

「まあ、魔法が使いたくなったら教えてやるよ」

 

「うーん、でも今はまだいいかなー……」

 

 

 そんなことがあったために、和美は魔法を使いたいと思ってなかった。それ以外にも魔法を使っているのを外から眺めているだけで十分であり、別に自分が使える必要がないとも思っていたのだ。

 

 そのことはエヴァンジェリンにも伝わったようで、エヴァンジェリンも無理には教えようとしなかった。ただ、魔法が使いたくなったら気軽に言ってくれと、やはり名残惜しそうな様子を見せていた。それでも和美は今のところ魔法を習いたいとは思っておらず、悩む仕草を見せながら保留ということにしたのだった。

 

 

「あ、そーや。エヴァンジェリンはん」

 

「ん?」

 

「ウチにも治癒魔法、教えてほしいんやけど」

 

 

 そこで木乃香はエヴァンジェリンを呼び、エヴァンジェリンは何事だろうかとそちらを向いた。そしたらなんと、木乃香は治癒魔法を習いたいと、エヴァンジェリンに申し出たのだ。

 

 

「貴様は確か、巫力による治療は出来るんだったな」

 

「そーやけど、巫力が切れたら使えへんし、何よりウチにもぎょーさんの魔力を活用せんと思ってなー」

 

「ふむ、貴様の魔力は確かに膨大だったな」

 

 

 木乃香は元々覇王から、巫力を用いた治癒を習っていた。それが出来ることはエヴァンジェリンも知っていたので、どうしていまさら治癒魔法などを知りたいと思ったのかと考えた。

 

 木乃香はその理由を、静かに話した。それは巫力がある場合はその治療が可能だが、結構巫力を使うのだ。また、自分にはかなりの魔力があることを知っていた。なので、この魔力を腐らせているのは勿体無いと思い、巫力の治療以外にも魔法での治療を覚えようと思ったのだ。

 

 エヴァンジェリンも木乃香の魔力のことは察知していた。かなり高い魔力であり、修学旅行の京都にて狙われたほどなのも知っていた。

 

 

「いいだろう。ただし、教える前に”火よ灯れ”を使えるようになってもらうがな」

 

「そんぐらいなら、もう出来るよーなっとるよー」

 

「むっ、準備がいいな」

 

 

 ならば火よ灯れを練習するべきだと、エヴァンジェリンは木乃香へ指示した。火よ灯れが出来なければ、魔法を使うことは出来ないからだ。だが、木乃香はすでにそのぐらい出来ると、少し自信ありげに言葉にした。エヴァンジェリンは木乃香の準備のよさに、関心していたのだった。

 

 

「一応はおから教えてもらっとったんや!」

 

「覇王はシャーマンのみに特化していると思ったが、魔法も使えたのか」

 

 

 木乃香は覇王から、一応初歩の火よ灯れを教えてもらっていた。シャーマンとして鍛えるには不要だが、その膨大な魔力が役に立つかもしれないと覇王が思ったからだ。また、覇王もある程度魔法を使うことが出来る。が、シャーマンとして最高の力を持つ覇王は、それを使うことはまったくと言ってないのである。木乃香からそう聞いたエヴァンジェリンは、あの覇王が魔法もかじっていたことに少し驚いた。京都出身でありシャーマンである覇王が魔法すら使えるというのは、やはり想像しがたいものがあったからだ。

 

 

「手際のいいことだ。なら長谷川千雨と一緒に教えるとするか」

 

「ありがとなー!」

 

「気にするな」

 

 

 ただ、もう準備が出来ているなら話は早いとエヴァンジェリンは思い、ふっと笑って見せた。そして、ならば先ほど火が灯った千雨と共に、自分の知識を教えようと思ったのだ。木乃香は教えてくれると聞いて大層喜び、明るい笑顔でお礼を述べた。そんな木乃香に、礼はいらぬと返すエヴァンジェリンだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこは麻帆良にある建造物の一室。そこにあるひとつのテーブルにて、一人の男が座っていた。それはあの無詠唱の特典を持つ転生者のアルスだった。アルスはそこで缶コーヒーをちびちび飲みながら、ある人物を待っていた。

 

 

「おっ、来たか」

 

「久々だな、アルス」

 

 

 そして、そこへ扉が開きそこから現れたのはアルスの友人でもある明石教授だった。アルスと明石教授はこの場所で会談をする予定だったのだ。アルスはやってきた明石教授へと、ようやく来たかという顔で、右手を上げて待ちくたびれたという様子を見せていた。また、明石教授も久々に会うアルスに、そう一言述べてその席へと座ったのだった。

 

 

「あれ? 君の奥さんは?」

 

「ん? ああ、情報だけ貰って来させてないぜ」

 

「どうしてだい?」

 

 

 そこで明石教授は周りを見渡し、ある人が居ないことに気がついた。それはメルディアナ魔法学校の校長のミニステル・マギであり、()()()()このアルスの妻であるドネットだ。本来ならばドネットもここへ来る予定だったので、明石教授は彼女が居ないことを不思議に思ったのだ。

 

 それを明石教授がアルスへ尋ねると、来てないと当たり前だろうと言う態度で言葉にした。一体どうしてなのだろうか。明石教授はそのことをさらにアルスへ追及したのだ。

 

 

「情報交換程度にイギリスから、わざわざここまで来てもらう必要もないだろ?」

 

「そうだけど、久々に会える機会だったじゃないか?」

 

「どーせこの夏に帰ることにしてんだ。今会わんでも問題ねーさ」

 

「まあ、君がいいならいいんだけどね」

 

 

 明石教授のその問いに、たかが情報交換に遠くからこの場所へ来ることなど必要ない、そうアルスは応えた。イギリスからここへ来るのに金もかかるし時間もかかる。そんなことするならば、自分が情報を受け取って話したほうが早いと、アルスは思ったのだ。ただ、久々に自分の妻に会えるチャンスだったのではと、明石教授はアルスへ聞いた。あれだけ会いたがっていたんだから、この機会に会っておけばよかったのにと思ったのだ。

 

 その問いにもアルスは悠々とした態度で答えた。と言うのも、この夏に帰郷する予定のアルスは、今会わずとも後に会えると思っていた。だからこの瞬間ではなく、自分が帰った時にでもたっぷり会えばよいと、そう明石教授へ話したのである。明石教授はその答えを聞いて苦笑しつつも、アルスがそれでよいというならと、特にそれ以降気にする様子を見せなかった。

 

 

「……ゆーなには尾行されてないよな?」

 

「大丈夫だよ。夕子が抑えてくれたからね」

 

「そうか、なら大丈夫だな」

 

 

 また、アルスはそこでぼそりと静かに言葉を出した。その内容とは、明石教授の娘である裕奈に追跡されていないかということだった。明石教授はアルスの問いに多少なりに疑問を感じながらも、自分の妻である夕子が裕奈にかまって抑えてくれたと笑みを浮かべ話したのだ。それを聞いたアルスは椅子の背もたれへ体を預け、ふぅっとため息をついて安心していた。

 

 

「……そんなヤバイ話なのかい? こんな場所でしかも人払いまでされているけど……」

 

「まぁな……」

 

 

 ただ、明石教授は、アルスがこの場で話すことにさらに疑問を感じていた。一体何を話すのだろうか。この談話では麻帆良の侵入者のことやビフォアのことを話すことになっていたはずだ。

 

 それに裕奈もここでは魔法生徒だ。ある程度話を聞かせるに値するはずである。そんな裕奈にすら聞かせられない話とは一体なんだろうかと。さらに、このようなほとんど誰も来ないような建物の一室で、しかも人払いまでもがされており、非常に厳重な状況だった。こんなに厳重にしてまで話す内容とは一体、そう明石教授は考えていた。アルスは明石教授の疑問を解消しようとはせず、とりあえずまぁなと一言だけ述べ、この談話を開始したのだった。

 

 

「とりあえず、話に入らせてもらおうか」

 

「そうだね」

 

 

 アルスはそこで一旦会話を戻し、予定していた情報の交換を行うことにした。明石教授もアルスの言葉を肯定し、すぐにでも始めようと思ったようだ。

 

 

「このアーチャーとか言うヤツ、最近よくここに進入してはのぞきを働いていたクソッたれだったな」

 

「女子中等部3年生が行った修学旅行にも現れたって報告されているよ。なんでもバーサーカーが戦闘したようだ」

 

「アイツとやりあってよく生きてたな。そこだけは関心だ」

 

 

 そこで明石教授が取り出した資料を眺めながら、写真に映る男へとアルスは指でトンと叩いた。その写真の男は赤い外郭、白髪、黒い肌の男だった。それは自らをアーチャーと名乗った転生者の男だ。アルスはこのアーチャーを一目見て転生者だと気がついた。ただ、接点などはないので情報でしか知らないのだが。

 

 そして、アルスはアーチャーが最近、”原作”が始まってから何度も麻帆良に進入していると言う情報を得ていた。さらに覇王からの報告では覗きをしていたと言うことを、バーサーカーの情報からは修学旅行で邪魔をしに現れたということを学園側は受け取っていたのだ。また、アルスはバーサーカーと戦って生き延びたアーチャーにある程度驚いていた。あのバーサーカーと戦って逃げ延びるなど、普通に考えればすごいことだからだ。

 

 

「それはそれとして、このアーチャーはビフォアと関係ないようだ」

 

「やはりか」

 

 

 とりあえずそのことは置いておくとして、このアーチャーとか言う男は学園祭で暴れたビフォアとは何の関係もないと、アルスが話した。このアーチャー、ちょくちょく麻帆良に進入しているが、特に何かしている様子があまりなかったからだ。さらに、ビフォアと繋がっている証拠もなく、知り合いと言う感じでもなかった。それを聞いた明石教授もそう思っていたようで、やはりと言葉にしながら頷いていた。

 

 

「むしろ、あの伯爵の悪魔の方が関係してるんだっけっか」

 

「そうだね。あの犬上小太郎という少年の証言が事実なら、間違えないだろう」

 

「まっ、それはそっちから貰った報告をあっちに送ってあるから安心しろ」

 

「それは助かるよ」

 

 

 しかし、あのヘルマンと言った悪魔とは関係しているだろう、アルスはそう腕を組んで言葉にした。明石教授もそのアルスの言葉を肯定し、頷いていた。何せ小太郎から聞き出した情報によれば、あのアーチャーが自ら呼び出したようだからだ。

 

 また、アルスは何故アーチャーとか言うやつがそんなことをしているのか考えた。そして、あのアーチャーはきっと原作の流れを修復し、原作どおりに事を運びたいのだろうと予想した。そうでなければそんなことをする必要もないし、悪魔を呼び出すこともないからだ。

 

 アルスは明石教授からすでに情報を貰っており、その情報は自分の妻であるドネットへ送っていあると話した。何せネギの村を襲った悪魔と酷似した悪魔が麻帆良に現れたのだ。その情報はあっちもほしいのは当然のことだ。アルスはゆえに、その情報をすばやく向こうへ送りつけていたのだった。明石教授も助かると言葉にし、アルスに礼を述べていた。

 

 

「というか、アレも大事にゃーなってねぇが、結界を突破してやってくれたかんな」

 

「だけどあの事件は、マルク・ビアンコという男の方もかなり危険だったようだね……」

 

 

 とは言え結界が施された麻帆良に進入し、多少なりに暴れたヘルマン。よもやよくもここまでやってくれたと、アルスは少し怒気を含んだ言葉を発していた。まあ、それでも被害と言うような被害はなく、襲われた生徒も数人であり被害にあったのは一人の生徒とネギぐらいと言う奇跡的な状況だった。

 

 だが、それ以上にメガネの男、マルクの方が危険だったと、真剣な表情で明石教授は話した。あのマルクは本気で命を奪おうとネギを襲ったと報告がされている。それ以外にも一般人の生徒にまで攻撃を行ったと言うのだから、危険だと感じるのは当然だった。

 

 

「でもま、あのメガネも今じゃすっかり反省したようだ。何があったかは知らねーがな」

 

「まあ、悪いことじゃないさ」

 

 

 しかし、あのマルクも今では完全に反省し、自分の行いを悔い改めていた。アルスはその変貌ぶりに、一体何があったのだろうかと思ったのだ。

 

 と言うのも、マルクは主であったビフォアが正義だと信じていた。その正義は偽りだとビフォア本人からバラされ、裏切られた。マルクは自分の正義に裏切られ、信じれ来たものを失ってしまったのだ。さらに、その後聖歌と言う少女を見たマルクは、その少女を信仰しあがめ始めたのである。ゆえに、過去の行いをきっちり反省し、今は静かに牢屋で暮らしているのだった。

 

 まったく持ってマルクの態度が理解できんとするアルスに、自分の過ちを悪いと認め反省していることは悪いことではないと、明石教授も苦笑しながら話していた。

 

 

「しかし、ビフォアのヤツがよりにもよって、精神をぶっ壊されちまうとはな……」

 

「明らかに人為的な感じだったね……。発見した魔法先生も驚いていたぐらいだし……」

 

「あの状態じゃろくに情報を聞き出せやしねぇ……」

 

 

 だが、そんなことよりも重大なことがあった。それはビフォアのことだ。ビフォアはあの後牢獄へとぶち込まれ、色々と聴取を取らされた。しかし、ある朝突然精神が破壊され、完全に廃人となっていたのだ。しかも、その壊れようはただ事ではなく、明らかに何者かが手を加えたような状況だったのである。それによってビフォアからは情報を引き出すことが出来なくなってしまい、色々とわからないことが出てきてしまったのだ。

 

 それを悔しそうに話すアルスと、同じように苦虫をかんだ様子を見せる明石教授だった。あのビフォアがどこで何をやってきたのか。仲間はアレだけだったのか。全てがわからなくなったからだ。

 

 

「魔法などで行ったことだとすれば、何らかの痕跡が残るはずなんだけど、……その形跡すらなかった……」

 

「まぁ、大体誰がやったか検討はついてるがな……」

 

 

 さらに言えばまったく痕跡が残っていないと言うのも特徴だと、明石教授は鎮痛な様子で話した。まるで幽霊が現れてビフォアの精神を破壊したのではないか、そう思わせるほどに痕跡がなかったのである。しかし、アルスは犯人をある程度推測していた。いや、こいつしかいないと思う人物に、心当たりがあったのだ。

 

 

「……坂越上人……」

 

「ビフォアの仲間で逃げおおせたのは、雇われのスナイパーとヤツだけだ。だが、口封じにビフォアの精神をぶっ壊せんのは上人(ヤツ)だけだ」

 

「……確かに……」

 

 

 アルスの静かに発せられた言葉に、明石教授は反応してその名を言った。坂越上人の名を。そう、ビフォアの仲間の中で、捕まえることが出来なかったもの、それがスナイパーのジョンと上人だ。また、その上人がビフォアの口封じを行っても不思議ではない。それに、あの魔法を無力化させる牢獄へ、誰にも気づかれずに進入し、痕跡も残さずにビフォアの精神を破壊できるのは、あの上人ぐらいだとアルスは思っていたのだ。それをアルスは言葉にすると、明石教授も納得がいくと思った様子を見せていた。

 

 

「んでもって、最悪な情報が入った。さっきヤバイって言った情報だ。知りたくなかったぜ、こんな情報はよ」

 

「それは一体……?」

 

 

 だが、アルスはそこで話を切り返し、最悪の情報を手に入れたと言い出した。少しおちゃらけた態度で頭をポリポリとかきながら、その情報が記された報告書を取り出して、テーブルへと投げ捨てた。しかし、アルスの心は非常に穏やかではなかった。ゆえに、そんな態度となっていたのだ。そのアルスが言う最悪の情報とは一体何なのか。明石教授はその報告書を手に取りながら、アルスへとそれを尋ねていた。

 

 

「坂越上人なんてヤツぁ、この世に存在しねぇってことだ」

 

「やはり偽名だったか……」

 

 

 その情報とはあの坂越上人という人物は存在しないと言うことだった。この世界に坂越上人という超人的な能力者は居ない。つまるところ、偽名だったということが判明したと、やれやれと言う表情でアルスは話した。明石教授もそう考えていたのか、特に驚く様子はなく、やはりと言葉にしていた。

 

 

「さらに、ソイツに似た人物をあらってもらったんだが、より最悪の真実が浮かび上がった」

 

「なんだって?」

 

 

 アルスは坂越上人という人物が存在しないなら、顔や身長などが同じ人物が居ないかを探したのだ。しかし、アルスはそこで最悪だと言葉にした後、その表情が見る見ると険しくなり、なにやら難しい顔でマズイことだと話し出したではないか。その様子を見ていた明石教授も、なにやらただ事ではなさそうだと思いながらも、何がわかったのかをアルスへと聞いたのである。

 

 

「……坂越上人は存在しないが、ソックリなヤツは居た……」

 

「……それは誰だったんだ……?」

 

 

 だが、それ以外にもアルスは情報を得ていた。それは坂越上人という人物は居なかったが、それに類似した人物を探して回ったということだった。そして、その人物を見つけ出していたのである。このこと自体は喜ばしいはずなのだが、アルスは険しい表情のままだった。一体何故アルスがそんな顔をするのだろうか、その人物が危険人物だったのだろうか。明石教授は不思議に思い、それを聞いたのである。

 

 

「はぁ、なんてこった……。本当に最悪だ……」

 

 

 明石教授からそのことを尋ねられたアルスは、再び背もたれに体を預け、前髪を掻き分けるように右手で額を覆って嘆いた。なんということだ、どうしてこうなった。最悪野中の最悪だとつぶやきため息を吐いたあと、その真実を明石教授へと告げたのだった。

 

 

「”ナッシュ・ハーネス”……。その男が坂越上人と酷似した人物だ」

 

「それで、何がヤバイんだ?」

 

 

 坂越上人と同一人物だと思われる人間、その名はナッシュ・ハーネスとアルスは答えた。だが、それだけでは何がヤバイのか明石教授にはわからなかった。だからさらに、そのことをアルスへと問い詰めた。

 

 

「……ナッシュ・ハーネスは……本国の……、メガロメセンブリアの元老院だ……」

 

「……!」

 

 

 そこでアルスは重い口を静かに開き、そのナッシュ・ハーネスの正体を語った。なんとこのナッシュ・ハーネスという人物は、麻帆良の本国であるメガロメセンブリアの元老院の一人だったのだ。

 

 その事実を聞いた明石教授もおぞましい何かを感じ、驚いた表情をしたまま固まってしまったのだ。また、その事実の衝撃により、言葉すら出なかったのである。二人はそのことに、視線を合わせ、ただただ冷や汗を額に流しながら、険しい表情のまま固まるだけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこは魔法世界の東側に存在する連合国、その首都メガロメセンブリア。そのとある建物の中。その部屋はとても豪華な飾りなどが綺麗に置かれ、足元には赤い絨毯が敷き詰められたきらびやかな一室。そんな美しい部屋で、一人の男が外を眺め優雅な気分に浸っていた。黒いスーツ、紫の髪をオールバックにしたサングラスの男が、ガラス一枚ごしに映し出される、メガロメセンブリアの静かな夜景を堪能していた。

 

 

「ナッシュ様、随分と機嫌が良いようですが……?」

 

「わかりますか?」

 

「はい」

 

 

 のその一人の男の付き人らしき人物が、その男の名を呼んだ。そう、その男こそ、坂越上人と言う名を偽った、あのナッシュ・ハーネスだった。付き人はナッシュ・ハーネスが非常に機嫌がよさそうなのを見て、何故なのかと尋ねたのだ。

 

 するとナッシュ・ハーネスは外のメガロメセンブリアの町並みを眺めたまま、ほくそ笑むような表情で、自分の今の気持ちがわかるかとその付き人へと聞き返した。付き人はさも当然のように、礼儀正しくそのことを肯定した。ナッシュの表情は何を思っているかはわからないが、とても愉快そうだったからだ。

 

 

「もうすぐ私の野望が達成するのですから、感情が高ぶるのも仕方のないことです」

 

 

 その付き人の質問に、ナッシュは小さな笑みを浮かべつつ答えた。自分の野望がもうすぐ達成される。そう考えただけで笑いが止まらないと。

 

 

「フフフ……。もうすぐ彼らはここへ来る。そうなれば、私の野望が達成されることでしょう」

 

「それはすばらしい……」

 

 

 その野望の達成に必要なものたちが、きっとこちらへやって来るだろう。そうすれば、自分の野望は完成したも同然。そう考えただけで愉快な気分が止まらないと、ナッシュは付き人に話したのだ。付き人はそんなナッシュの表情と言葉に、思わずすばらしいと喜びの言葉を上げていた。付き人もナッシュの野望に賛同し、ここに立っているからである。

 

 

「もう準備は出来てますからね。後はもう少し待つだけです」

 

「楽しみですね……」

 

 

 そして、その野望に必要な人物たちを歓迎する準備は終わっている。後はその人物たちがこの場所へ来るのを待つだけ。ナッシュはそう静かに語り、期待感をつのらせていたのだった。付き人も嬉しそうな表情で、それは楽しみだとナッシュへ話した。

 

 

「はい、楽しみでなりません。私の野望が達成される、その日が……」

 

 

 ナッシュは付き人のその言葉を肯定し、楽しみで心が躍ると。自分の野望が達成されるであろう、その時を考えるとそれだけで気分が高揚すると、笑いをかみ締める表情でナッシュは付き人に語りかけていたのだった。



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百十一話 それぞれの夏休み

 ここは繁華街の映画館前。なにやら複数の女子がチケットの売店前で立ち尽くしていた。それはスナイパーの真名と忍者の楓だ。二人はなんと中学生だと主張したのにもかかわらず、店員に大人と勘違いされてしまったようだ。

 

 そんな場所へそんなことなど知らずに現れた男性。それはクラッシュのスタンドを使う刃牙だった。彼もまた、夏休みと言うことで暇をもてあましていた。そのため、暇つぶしに町へ出て、ふらふらと歩き回っていたのだ。

 

 

「おお、鮫の映画か……」

 

 

 と、その刃牙はあるものに気がつき興味を持った。それは鮫の映画だ。ジョー○のような感じで、鮫が暴れるパニックもののようであった。刃牙はクラッシュのスタンドを貰うぐらい、実は鮫が好きだった。とはいえ、間近で鮫を見たいといえば、NOと言うが。

 

 

「最近映画見てねぇな。暇だしちっと見ていくか」

 

 

 刃牙は最近こういった娯楽に触れていなかったことを思い出し、暇つぶしに見ていこうと考えた。それに鮫の映画は興味がある。どんな内容なのか非常に気になったのだ。だからゆっくりと売店へ近づき、チケットを購入しようと店員へ声をかけた。

 

 

「おばちゃん、高校生一枚くれ」

 

「何言ってるんだい、1800円だよ」

 

「お、おいおい……」

 

 

 刃牙はなんと高校生だったらしい。しかし、店員はそんな刃牙も大人だと思ったので、大人料金を要求したのだ。と言うのも、この刃牙は特典のせいかスクアーロにそっくりだ。そんな見た目で高校生など、信じられるはずがないのである。刃牙はそこで呆れた声を出しながら、ポケットからひとつの手帳を取り出した。

 

 

「コイツを見てくれ。こりゃ本物の学生証だ。これでも俺は高2なんだぜ?」

 

「嘘言っちゃいけないよ、誰から借りたんだい? 写真も上からかぶせてるんだろう? そういうのわかるんだよ」

 

「んなワケあるかー! チクショー!」

 

 

 それは刃牙の学生証だ。それをばっちり店員に見せ、自分は高校生二年だと刃牙は主張した。だが、やはり店員は信じてくれず、むしろズルをしようとしていると言い出したではないか。刃牙も流石にそう言われてムカっときたのか、頭を抱えながら大きな声で、そんなはずはないと叫んだのだった。

 

 

「やっぱ特典が悪いのか? この特典だから少し老けて見えるっつーのか?」

 

 

 しかし、刃牙も自分の特典のせいかスクアーロにそっくりなことを自覚していた。なので、まあ老けて見えるのもやむなしか、と思ったのだ。それでもやはり納得は出来ない様子で、ため息をつくしかなかったのだった。

 

 

「まあ、しょうがねぇか……」

 

 

 ただ、このまま帰ってもやることはないので、仕方なく大人料金を払う刃牙。大人料金は1800円、大学、高校生は1500円だ。300円ほど損というものである。ちなみに中学生料金は1000円となり、小学生は700円まで下がる。それでも300円ぐらい損してもいいやと、投げやりになった刃牙は、そのままチケットを貰って映画館へと入場していくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 うってかわってここはエヴァンジェリンの別荘の中。そこでオコジョと雑談する少女の姿があった。少女は魔法使い見習いの夕映。オコジョはやはりカモミールだった。

 

 

「ところで、ゆえっちはそろそろ自分の始動キーを考える時期じゃねーか?」

 

「自分の始動キー……ですか」

 

 

 カモミールは夕映の魔法使いとしての錬度から、もう専用の魔法発動のための始動キーを考えてもよいのではと、夕映へと話した。専用の始動キーと言われ、ふと考え込んだ様子を見せる夕映。夕映はいまだ初心者用の始動キーを使っていたのだ。

 

 

「のどか嬢ちゃんもだが、ゆえっちも随分と鍛えられてるみてーだし、始動キーの設定ぐらいしてもいい頃だと思うがな」

 

「確かに、専用の始動キーは重要だと教えられていますが……」

 

 

 カモミールはのどかも夕映同様、そろそろ専用の始動キーを持ってもよいと考えていた。夕映とのどかは、あのギガントからさまざまな魔法を教えられ、魔法使い見習いとして卒業してもよいほどにまで上達していたのだ。そのことを考えてのカモミールの発言だったが、夕映はどうしたものかと考え込んだままだった。

 

 そもそも夕映とて専用始動キーのことを知らないわけではなかった。何せギガントもそのあたりのこともしっかり解説し、専用始動キーの必要性を教えていたからだ。ただ、夕映はどんな始動キーにするべきか、とても悩んでいた。しっくり来る言葉を捜していたのだ。

 

 

「まあ、言霊(パワー)ある単語なら何でもいい訳だし、考えてもいいと思うぜ?」

 

「そうですね……」

 

 

 カモミールも夕映が始動キーの言葉選びに悩んでいると思ったので、そのことについてアドバイスをした。始動キーははっきり言えばなんでも良い。自分が言葉に出しやすくてしっくりくるような、それでもって言霊(パワー)のある単語なら何でも良いのだ。まあ、何でも良いからこそ、夕映は逆に悩んでいると言うものなのだが。

 

 

「……そういえば、ネギ先生のは”ラ・ステル・マ・スキル・マギステル”でしたね」

 

「そうそう、ぶっちゃけ兄貴みてーな”ハンサム・イケメン・イロオトコ”っつー適当なもんでも十分さ」

 

「そ、それは流石に……」

 

 

 夕映はそこで、ネギが使っている始動キーのことを思い出し、それを言葉にした。知人の始動キーを参考にするのも悪くないと思ったからだ。カモミールもそこでカギの始動キーを例に出し、適当でも問題ないと説明していた。

 

 カギの始動キーは本当に適当なもので、むしろ、使っていて恥ずかしくないのかと思うようなものだったからである。夕映もカギの始動キーはまったく参考にならないと思いながら、流石にそれはないと言う様子で少し引いていた。

 

 

「うーむ、兄貴も最近この始動キーを気にし始めたみてーで、別のにするとか言ってたなあ……」

 

「変えたほうがいいですよ絶対……」

 

 

 とは言え、カギも最近じゃこの始動キーに不満を持ち始めていたらしい。カギも昔はこれでも十分だと思っていたが、今となって考えれば何故こんなダサい始動キーにしたのかと思い後悔していたようだ。

 

 カモミールもそのことを知っていたので、カギをフォローするかのように夕映へとそのことを話したのである。それを聞いた夕映は当然のごとく、変えたほうが良いと言った。正直もう少しましなものはなかったのかと、夕映でさえ思ったからだ。

 

 

「ん?」

 

「どうかしたか?」

 

 

 と、なにやら少し離れた場所で、少女の騒ぐ声がした。夕映はそれに気がついたのか、その音の方を向いたのである。カモミールは夕映の態度を見て、一体どうしたのかと言葉にしていた。

 

 

「いえ……、ただ、あっちが何か騒がしいと思っただけです……」

 

「ああ、兄貴とハルナ姉さんが仮契約したからな。アーティファクトでも使ってるんじゃねーかな」

 

「いつのまに……」

 

 

 夕映はそう言うカモミールへ、騒がしいことが気になったと説明した。するとカモミールもそれに気がつき、たぶんハルナがアーティファクトを使っているのではないかと話した。

 

 なんということか、いつの間にかハルナとカギが仮契約をしていたのである。とは言え、カギとハルナの契約はあの仮契約ペーパーを用いたようで、カギとカモミールはそれは非常にがっかりしたらしい。ハルナにもキスをする相手を選ぶ乙女心ぐらいはあったようだ。

 

 夕映はその話が初耳で、寝耳に水だったらしくかなり驚いていた。確かにハルナはカギと仮契約するようなことは言っていたが、知らぬ間にそうなっていたとはと思っていたのだ。

 

 

「とりあえず何をやってるか見に行くです」

 

 

 とまあ、何をしているのかここからではわからない。そう考えた夕映は、ハルナが騒がしくしているであろう方向へ移動することにした。一体どんなアーティファクトが出たのだろうか。そんなことも考えながら、のんびりとハルナの下へと歩いていったのだ。

 

 

 しかし、ハルナが居た場所は夕映が想像したよりもすさまじいことになっていた。夕映がその場所に到着した時には、すでにとんでもないことになっていたのである。

 

 なんと形容すればよいのか。謎の生物が徘徊し、白い鳩が飛び交っているではないか。これは一体なんだろうかと夕映は思いハルナを見れば、高いテンションを抑えることなく、スケッチブックにすさまじい速さで絵を描いていた。

 

 

「スゲェー! これスゲェー!!」

 

「一体何が……?」

 

 

 ハルナは一心不乱に絵を描きまくり、謎の物体を生み出し続けていた。そのテンションの高さはもはや天井知らずと言っても良い常態だった。その様子を見ながら周囲の謎の物体が何なのかを、夕映は考え込んでいた。これはなんだろうか、多分ハルナのアーティファクトが関係しているのだろうと思っていた。

 

 

「ハルナのアーティファクトの効果みたい。絵を描くとそれが実体化して動くんだよ」

 

「すごいですね……」

 

「ありゃ簡易的なゴーレムを作り出すアーティファクトみてーだなあ」

 

 

 これは一体なんだろうか、そう夕映がこぼすと、それに気がついたのどかが説明を言葉にした。あのハルナのアーティファクトは絵を実体化させて動かせると。夕映はそれを聞いて結構驚いた。そう言ったアーティファクトも存在したのかと、すごい能力だと思ったのだ。

 

 また、カモミールはハルナのアーティファクトを見て、すぐさまその効果を分析して解明していた。そう、ハルナのアーティファクトは描いた絵を実体化し、ゴーレムとして使役するというものだったのだ。

 

 

「こりゃスゲー! 魔法サイコー!」

 

「あまり変なもんは描かねーでくだせーよ!」

 

「わかってるわかってるー」

 

 

 アーティファクトを手に入れたハルナは、魔法の力を目の当たりにし、喜びと驚きの表情でそのアーティファクトの力を無駄に振るっていた。ただ、あまり危険なものなどが呼び出されるのを恐れたカモミールは、流石に変なものは描かないよう叫んだ。

 

 ハルナもそのあたりのことはわかっているのか、わかっていると元気に叫んでいたが、本当にわかっているかはわからないが。

 

 

「そういえば二人のアーティファクト見てなかったっけ。見せてよー!」

 

「確かにそうでしたね……。来たれ(アデアット)

 

「じゃあ私も……。来たれ(アデアット)

 

 

 また、ハルナはふと夕映とのどかのアーティファクトを見たことがなかったのを思い出し、その手を止めた。それをその二人に聞くと、そういえばそういえばと二人も思い出したようで、そっと仮契約カードを取り出して、アーティファクトを呼び出した。

 

 

「二人とも本なんだ」

 

「私のは魔法の教科書みたいなものです。しかし、魔法のことを調べたり検索することも出来ます」

 

「へー、ゆえらしいねー」

 

 

 呼び出された二人のアーティファクトを見て、ハルナはどちらも本なのかと思ったようだ。とは言えハルナもスケッチブックの形状のアーティファクトであり、二人と大きな差はないのだが。

 

 そこで夕映は自分のアーティファクトをハルナへと説明し始めた。魔法の教科書のようなものだが、魔法のことを調べることが可能な本だと言うことを。それを聞いたハルナは、夕映らしいアーティファクトだと思い、それを言葉にしていた。

 

 

「私のは本と言うより絵日記みたいかな……。相手の考えがここに絵本として浮かび上がる感じ」

 

「えっ!? 考えが読めるの!?」

 

「うん。だけど名前がわからないと無理なんだけど……」

 

 

 続いてのどかも自分のアーティファクトのことを説明した。のどかのアーティファクトは絵日記であり、他者の心境が絵日記のように映し出されるというものだ。ハルナはその説明で、心が読まれるということにかなり驚いた様子を見せていた。ただ、名前がわからない相手の考えは読めないことを、のどかはそっと話したのだ。

 

 

「ほー、一応弱点はあるんだ……。でもそれって私の思考は読めるってことじゃん!」

 

「別に勝手に見たりしないから大丈夫だよー」

 

「まあ、のどかだし心配ないかな」

 

 

 まあ、心を読むというのは強力だ。ゆえに弱点もあるのだろう。のどかの話を聞いて、そうハルナは思ったようだ。しかし、それでも自分の考えは読まれてしまうのではないかとハルナは思い出したかのように叫んでいた。そんなハルナへのどかは、勝手に人の考えを覗いたりしないと、少し慌てながら話したのだ。ハルナも優しいのどかがそんなことをするはずもないと思ったのか、その言葉を信じて安心した様子を見せたのであった。

 

 その後三人はアーティファクトのことや魔法のことを話ながら、有意義な時間を過ごした野のだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこは麻帆良の地下深く。その巨大な空洞にて、少女と初老の男が歩きながら周りを見渡していた。その少女は超鈴音、そして男はエリックだった。

 

 

「随分と見違えたネ」

 

「急ピッチで作業を進めたからな。それにスピードワゴン財団が人材を貸してくれたのも大きい」

 

 

 その巨大な空洞を見て、超は自分の感想を悠々と述べていた。また、エリックはそのことに、スピードワゴン財団が人員を貸してくれたので助かったと言葉にしていた。

 

 

「しかし、ビフォアが使ていた場所を我々が使うというのは考えたネ」

 

「元々ビフォアの工場だった場所だ。使わない手はなかろう」

 

 

 この空洞は元々ビフォアが工場として使っていた場所だった。カズヤと法の攻撃で完全に破壊された工場跡を、エリックは自分たちの基地にしてしまおうと思ったのだ。超も確かにこの場所はもったいないと思っていたので、エリックの考えを賞賛していた。

 

 ……この二人はビフォアが精神を破壊されたことをまったく知らされてはいない。何せ麻帆良の魔法使いに捕まったビフォアがどうなっているかまでは、調べようが無いからだ。無理をすれば出来なくもないことだが、麻帆良の魔法使いに捕まっているのなら特に不満もないのも二人だった。

 

 それに、超は何度も違反をしてまで、ビフォアの所在を調べ上げていた。そのため、魔法使いに目をつけられてしまっているのが現状である。ただ、超は一応ビフォアの打倒のために戦っていたとされたので、記憶の消去などの懲罰は免除されてはいるが、監視されている状況だ。とは言え、麻帆良から脱出したり変な行動を取らなければ、基本的に自由が許されているとても甘い罰なのだ。

 

 そんなところへもう一人、別の男性が現れた。赤茶色の長い髪を持つ、整った顔を持つ男だ。彼こそが一応超の監視役として名乗り出た男であり、超の友人と呼べる人物だった。

 

 

「よう、超。そしてお久しぶりです、ミスター・エリック」

 

「豪か」

 

「久しぶりだな、豪よ」

 

 

 その男は豪だった。豪は超の監視役として、多少なりに超に近い場所にいる。つまるところ、超が今何をしているのかはある程度把握していた。ゆえに、豪はエリックたちがこの場所で自分たちの基地を建造しているのを知っていたので、二人に会うためにここまで来たのだ。豪は二人へ笑みを見せながら挨拶すると、超もエリックも同じように挨拶を返した。

 

 

「俺も見せたいものがある。こっちへ来てくれると嬉しいんだが」

 

「豪も氷竜と炎竜の待機スペースを欲していたんだたネ」

 

「君がそう言うのなら、ついていくとしよう」

 

 

 そして豪は、こちらも見せたいものがあるからついてきてほしいと、二人へ頼みを話した。超は豪の見せたいものを察したのか、そのことを言葉にした。

 

 豪は前から氷竜と炎竜の待機スペースを欲しがっていた。何せ氷竜と炎竜はビーグル形態でさえ大型トラックよりも巨大なのだ。ゆえに、駐車場には入れないので、しかたなく工業大学の近くの適当な場所に許可を得ておいて置くしかなかったがゆえに、専用の待機場所を設けたいと思っていた。また、エリックも豪の言うことに不満はないようで、その豪の後ろをついていくことにしたようだ。

 

 

「よう!」

 

「お二人とも、お久しぶりです」

 

「おお、氷竜と炎竜カ。元気そうだナ」

 

「うむ、久しいな」

 

 

 二人は豪の後ろへついていきながら案内された場所、そこはビフォアの工場跡の隣にあった。その場所も同じように広い空間となっており、すでにモニターなどの機材が置かれ、使えるようになっていた。

 

 そんな場所に巨大な椅子に座り超たちを待っていたのは、なんと氷竜と炎竜だった。炎竜は右手を上げて元気よく、氷竜は静かに超とエリックへと挨拶をした。超も久々に見た二体へ、元気そうだと言葉にし、エリックも久々の再会を喜んでいたのだった。

 

 

「あ、超さんにドク・ブレイン。どうもこんにちわ」

 

「こんにちわ」

 

「茶々丸にハカセも御機嫌よう」

 

「やあ、葉加瀬君」

 

 

 さらに、そこには二人、豪に呼ばれた葉加瀬が椅子に座り、その横で茶々丸が立ちながら待っていたのだった。豪は葉加瀬と茶々丸を見つけると、すぐさま手を振り挨拶をした。葉加瀬と茶々丸もそれを見て椅子から降り、ペコリと頭を下げて挨拶を返したのだ。そして、豪の後ろに居た超とエリックを見つけた葉加瀬と茶々丸はそちらにも頭を下げ、超とエリックもそこで同じように挨拶していた。

 

 

「ハカセと茶々丸も来ていたのカ」

 

「はい、私も豪さんに呼ばれたので……」

 

「みんなそろったようだな」

 

 

 超は葉加瀬と茶々丸もこの場所へ来てことを今知ったようで、ここに二人が来ていたことにどうしてだろうかと考えた。葉加瀬はそんな超へ、自分も豪に呼ばれてここへ来たと、疑問を解消するように話したのだ。そんな時、豪が全員へ話しかけ、注目を集めたのだ。

 

 

「ところで見せたいものとは何ネ?」

 

「それはこの場所さ」

 

 

 そこで超は、豪が見せたいと言ったものとはなんだろうかと、ここで豪へと質問した。豪はその問いに、この場所自体が見せたいものだったと笑顔で語って見せていた。

 

 

「巨大ロボ専用の作戦司令室だ」

 

「ここが豪の新しい拠点カ」

 

「なかなか面白いことを考えるもんだなあ」

 

「そういうことだ」

 

 

 この場所こそが氷竜や炎竜専用の作戦司令室だと、これこそが見せたかったものだと豪は三人へ言って見せた。超はこの作戦司令室が豪の新しい拠点だと関心し、エリックも巨大ロボ用の司令室など面白いことを考えると思ったようだ。二人の言葉を豪は肯定し、ニヤリと笑って頷いていた。

 

 豪は麻帆良の防衛を多少なりに任されている存在だ。そのため、ある程度麻帆良の状況を把握するための場所がほしかった。だからこそ、この場所で麻帆良での危機を察知し、監視しようと思ったのだ。また、そう言った情報を魔法使いたちへ連絡することも、この豪の任務の一つでもある。

 

 

「だが、もうひとつ見せたいものがある」

 

「それは一体?」

 

「あっちを見ればわかるさ」

 

 

 しかし、豪が見せたいものはこれだけではなかった。だからここで豪は、まだ見せたいものがあると言ったのだ。それはなんだろうか、葉加瀬がそこに疑問を感じ、それを豪へ聞いてみた。すると豪は親指で見せたい方向を示し、そちらを見ればわかると豪語したのだった。

 

 

「はじめましてみなさん。私は風龍と申します」

 

「おっす! 俺は雷龍、どうぞよろしく!」

 

 

 そして、誰もが豪の指した方向を見ると、そこには氷竜と炎竜とは異なる、緑のロボと黄色のロボが座っていたのだ。そう、それこそ氷竜と炎竜の同型機であり兄弟機でもある、緑色の風龍と黄色の雷龍だった。二体はそれぞれ思い思いに、初めて出会った超たちへ挨拶していた。

 

 

「氷竜と炎竜の同型?」

 

「ほう、こりゃすごい」

 

「ああ、あの二体の兄弟にあたる」

 

 

 葉加瀬は風龍と雷龍を見て、氷竜と炎竜と同じ形状であることを把握し、同型なのだろうかと言葉にしていた。

また、エリックも新たな巨大ロボの出現に、多少感激した様子を見せたのだ。

豪は葉加瀬の言葉を肯定し、氷竜と炎竜の兄弟機だと話した。

 

 

「……つまり私の弟のようなものでしょうか?」

 

「そう言えなくもないだろうな」

 

「そうですか……」

 

 

 そこで茶々丸が兄弟という言葉に反応し、ならば自分の弟にもなるのではないかと、豪へと聞いた。豪はGストーンを共有すると言う意味では兄弟であるだろうと、茶々丸の言葉にYESと述べた。茶々丸は元々氷竜と炎竜、さらにはチャチャゼロの妹のような存在であり、末っ子だった。つまり、茶々丸は初めて自分より下の弟が出来たことに、何かを感じている様子を見せていたのだった。

 

 

「ようやく完成したのカ」

 

「少し時間がかかっちまったけどな」

 

 

 ただ、超だけはさほど驚く様子を見せず、むしろ静かにやっと完成したのかと言葉にしていた。豪も超にそう言われ、いろいろと時間がかかったと苦笑しながら話したのだ。

 

 と言うのも、氷竜や炎竜と同型だが、開発にはやはり時間が必要だった。AIも育成プログラムを使って育てるが、それだけでは不十分であるし、同型だからと言って全て以前のようにうまくいくとは限らないのだ。また、この二体の開発には超も深く関わっており、豪と共同で開発したと言っても良いものだったのである。

 

 

「本来ならばビフォアとの決戦に間に合わせたかたが……」

 

「まあ、過ぎたことはしょうがない。今は二体の完成を祝おう」

 

「そうだネ!」

 

 

 そして、本来ならばこの二体は、ビフォアとの戦いに投入される予定だった。が、予定通りに開発が進まず、ようやくここで完成したという状況だったのだ。だから超も豪を手伝い、この二体の開発に協力したのである。

 

 超はそのことを多少惜しく思いながら、ビフォアの戦いに二体の完成が間に合わなかったと言葉にしていた。この二体が完成していれば、もう少し作戦の幅が広がり、戦いも楽になっていただろうと思っていたからだ。

 

 しかし、終わってしまったことは仕方が無い。それに、ビフォアの戦いには勝利できたのだから、もう考える必要はないだろうと豪は語った。ならばそんなことよりも、今はこの風龍と雷龍の完成を祝おうと、笑いながら超へと話したのだ。超も豪の言葉を喜んで肯定し、過ぎたことなど置いておき、今は二体の完成を祝うことにしたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 犬上小太郎は現在、那波千鶴の部屋に居候中である。あのアーチャーにボコられて麻帆良に捨てられた悪魔襲来事件の後、京都、関西呪術協会の長である詠春が、この麻帆良の関東魔法協会の理事であり義父でもある近右衛門に、預ける形となっていた。

 

 まあ、そんな感じに麻帆良へと転入してきた小太郎は、修行三昧の日々を送っていた。最初はもっともっと強くなりたいと思ってバーサーカーと修行に励んでいたが、バーサーカーの強さを見て、このゴールデンなバーサーカーを倒したいと思うようになっていた。

 

 ゆえに、バーサーカー以外にも、ネギと修行したり、楓に修行をつけてもらったり、最近では山で会った数多とも修行する仲となったりと、色々行動を始めていたのだ。ただ、小太郎本人は修行ばかりでもいいのだが、他はそうではない。当然遊ぶ時間なども必要だ。つまるところ、誰もがそう言った時間を取っている間、暇な小太郎は麻帆良をふらふらしていたのだった。

 

 

「おっ、バーサーカーの兄ちゃん!」

 

「よお、坊主!」

 

 

 そんなところに筋肉質のヤンキーが暇そうに立っていた。それはあのバーサーカーである。バーサーカーも修行ばかりというワケではない。たまには街に出たりと現代の俗世を楽しんでいるのだ。ただ、今回はそうではなさそうで、これからどうするかを考えているような様子だった。

 

 そのバーサーカーを見つけた小太郎は、その場へ駆け寄り声をかけた。バーサーカーも小太郎の呼び声に気づき、そちらを振り向き大声で返事をしたのだ。

 

 

「前から言ーとるが坊主やあらへんで! 小太郎や!」

 

「おう、そだったな。わりーな、コタロー」

 

「そや、それでええ」

 

 

 小太郎はバーサーカーに、前々から坊主呼ばわりされたことが気に食わなかった。だからそこでしっかりと名前で呼んでくれと少し怒気を含んで叫んだのだ。バーサーカーも確かに悪かったと感じたようで、頭に手を置いて素直に謝りその名で呼んだ。名を呼ばれた小太郎はそれに満足したのか、それでいいと頷きながら表情をゆるませていた。

 

 

「……つーか、今思ったんやけど、兄ちゃんの名前、バーサーカーっておかしいとちゃうか?」

 

「いまさらだな! まあ、本当の名前じゃねーからな」

 

「なんやて!? やっぱ偽名やったんか!」

 

 

 しかし、小太郎は名前でふと思い出した。それはバーサーカーという名前のことだ。バーサーカーなんて普通に考えたらおかしい名前であり、明らかに偽名としか考えられない。そのことをバーサーカーへ尋ねると、やはり本当の名ではないと答えが返ってきた。小太郎は偽名なのではないかと思っていたが、本人からそれを言われて少し大きな声でそれを言葉にしていたのだった。

 

 

「偽名っつーか、クラス名ってヤツだな」

 

「クラス名? ガッコーのかいな?」

 

 

 バーサーカーはその小太郎の疑問に、偽名というよりクラス名のことだと説明した。ただ、小太郎はクラス名と聞いてもピンと来なかったのか、首をかしげて学校のクラスか何かだろうかと思ったようだ。

 

 

「そっちじゃねー。わかりやすくいや職業だな」

 

「バーサーカーなんつー職業あるんか?」

 

 

 そんな小太郎にバーサーカーは、違うそうじゃない、どちらかといえば職業の方だと言葉にした。小太郎は職業と聞いて、バーサーカーなどという変な職業があるのか再び疑問に感じたのだ。そりゃ狂戦士なる職業など、どう考えてもおかしいからだ。

 

 

「面倒だから説明しねーが、まあそんなところよ」

 

「ほーん。で、本当の名前は何なんや?」

 

「そう来ると思ってたぜ!」

 

 

 小太郎の疑問ももっともだ。バーサーカーはそう思ったが、色々説明するのが面倒だったので、それでかねがね合っていると言葉にした。本来ならば聖杯戦争で召喚され、七騎のクラスに当てはめられる。そのひとつがバーサーカーなのである。

 

 が、ここではそんなことなど関係ないので、説明するのもけっこう大変で面倒というものだろう。小太郎もそのあたりは軽く流したようで、あまり気にした様子を見せていなかった。むしろどうでもよさそうだった。

 

 小太郎はそんなことよりも、バーサーカーの本当の名前、真名が知りたくて仕方なかったのだ。バーサーカーもそれを質問されるというのは最初からわかっていたので、堂々とした態度でそう話した。

 

 

「まっ、いいだろう。教えてやるぜ」

 

「おお!」

 

 

 よーし、だったら教えてやる。日本で知らぬものなどいないと思われるほどの、有名な自分の名を。バーサーカーはそう考えて不敵にニヤリと笑いながら、小太郎へとそう告げた。

 

 小太郎もバーサーカーが理由があって偽名を使っていると思っていた。なので、頼んだだけで名前を教えてくれるとは思ってなかった。が、バーサーカーは気前よさそうに教えてくれると豪語したので、小太郎も非常に嬉しそうな表情で、その名を聞こうと犬のような獣耳を立てていた。

 

 

「俺の真名は坂田金時! 金太郎で有名なゴールデンのアイツだ!」

 

「さかた? きんたろう……?」

 

「おうよ!」

 

 

 バーサーカーは誇るかのように、自分の真名を豪語した。金太郎ならば日本の男児なら誰でも知っているはずだ、そう思いながら名を語った。しかし、小太郎はバーサーカーの名を、何だそれは……まったく知らない、そんな微妙そうな表情で復唱していた。その小太郎の声に反応したバーサーカーは、大声で逞しい返事を言い放っていた。

 

 

「……それって有名なんか?」

 

「なっ! オメーゴールデンな金太郎を知らねーのか!?」

 

「まったく知らへんで」

 

 

 バーサーカーは自分が有名だと豪語していたのを聞いた小太郎だったが、まったくもってその名にピンとくるものがなかった。むしろ誰それ状態だった。ゆえに、バーサーカーが有名なのかを懐疑的な表情で尋ねたのである。

 

 それにはバーサーカーも驚いた。まさか、この日本で自分の名前を知らない田舎モンがいるなんて、そう思った。昔話にも出てくる金太郎、その名を知らないというのは、日本男児としてどうなんだ、そう考えた。だから再び本当に知らないのかを小太郎へ尋ねた。

 

 しかし、小太郎はやはり知らない様子だった。何言ってんだこいつ、というような様子だった。完全にとぼけている感じではなく、本気で知らないという感じだったのだ。

 

 

「……そういやそうだったな」

 

「……? 何がや?」

 

「いや、何でもねぇよ!」

 

 

 だが、バーサーカーはそこでふと思い出した。それは小太郎の生い立ちのことだ。小太郎は生まれながらに孤児であり、生きるために必死で命を賭けてきた。それを考えれば、自分の名を知らないのも仕方が無いことなのではないか、そうバーサーカーは思った。

 

 そのことが少しバーサーカーの口から漏れたのを聞いた小太郎は、何がどうしたと再び聞いてきた。先ほどまで余裕の態度で不敵に笑っていたバーサーカーが、少し深刻そうな表情へと変えたからだ。

 

 バーサーカーはそんな疑問をぶつけてくる小太郎を見て、再び笑みをこぼした。そして、別に気にすることは何も無いと話し、小太郎の頭をポンポンと軽くたたいたのである。

 

 

「別に知ってなくてもいいさ。だが、人前ではバーサーカーで頼むぜ? むしろゴールデンと呼んでくれりゃもっと最高だ!」

 

「おう! まかしとき!」

 

 

 また、バーサーカーは自分の名など知って無くてもどうということはないと言葉にし、それでも普段はバーサーカーと呼んでくれと頼んだのだ。いや、それ以上にゴールデンと呼んでくれと、ニカッと笑って言い出したではないか。小太郎もゴールデンってなんだろうかと思いながらも、その言葉にしっかりと返事をし、男の約束として捉えたのか任せておけと豪語していた。

 

 

「……でよ、オメー後つけられてねーか?」

 

「何?! 誰や?」

 

 

 ただ、そこでバーサーカーは先ほどから気になっていたことを小太郎へと話した。それは小太郎が誰かにつけられているということだった。誰なのかはわからんが、とにかく物陰に隠れてこちらの様子をじっと伺っている誰かに、バーサーカーは最初から気づいていたのだ。

 

 バーサーカーの話を聞いた小太郎は、後ろを向いて誰がつけているのかと、鋭い視線をそちらに向けた。が、不審な人物はまったく見当たらなかったので、どこだろうと探しはじめた。

 

 

「ほれ、あそこ」

 

「ん? ありゃ夏美姉ちゃんやな」

 

「知り合いか?」

 

 

 どこだどこだと探す小太郎を見て、バーサーカーは指をさしてそこだと教えた。すると小太郎はバーサーカーの指の先を見て、それが自分の知り合いだということに気がついた。

 

 小太郎をつけていたのは、短めの髪の毛にくせっ毛と頬のそばかすが特徴的な、あの夏美だった。夏美は同じ部屋に住むようになった小太郎が、少し気になりだしたようで、こっそり小太郎の後をつけていたのである。そして、バレたことに驚きながら慌てふためく様子を見せていたのだった。

 

 小太郎もつけていたのが夏美だとわかったので、警戒を解いてほっとしていた。さらにマヌケに慌てる夏美を見て、何がしたいのだろうかと思っていた。そこへバーサーカーが小太郎の様子を見て、知り合いなのかと聞いたのだ。

 

 

「まーな。俺は夏美姉ちゃんとこで居候させてもらっとるんやで」

 

「へえ……」

 

 

 小太郎はバーサーカーの問いに、素直に答えた。あそこにいる夏美という娘と同じ屋根の下で暮らしていると。バーサーカーはそれを聞いて、意味深な顔で返事をしていた。10歳ぐらいの男子とて、女性の部屋で暮らすことに少し驚いたからだ。とは言え、小太郎も特に好んで彼女たちの寮で暮らしているわけではないのだが。

 

 

「とりあえず話しかけに行けよ」

 

「そやな。んじゃ、また修行よろしゅーたのむで!」

 

「おう!」

 

 

 まあ、そんなことよりも、見つかったことに慌てている夏美を何とかしてやったらどうなんだ、バーサーカーはそう思った。なので、小太郎にさっさと行って話しかけて来いと、バーサーカーは言ったのだ。小太郎も確かにそうだと思ったようで、わかれの言葉を述べて夏美の方へと走って行った。その小太郎の言葉にバーサーカーも力強い声で返事をし、その二人の様子を少し眺めていたのだった。

 

 

「……ヘッ、仲良くしろよ」

 

 

 そして、仲よさそうにする二人に満足したバーサーカーは、一言その場に残して立ち去っていった。さて、これからどうするか。どうせ覇王はもうここにはいないし、また山にでも行くとするか。そう考えながら、麻帆良を歩くのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 うってかわってここは麻帆良の女子寮の一室。そこに四人の少女が集まり、面白おかしく雑談をしていた。それは美砂、円、桜子、亜子のでこぴんロケットのバンドメンバーだ。

 

 

「ねえねえ、亜子さぁ。最近彼氏とうまくいってんの?」

 

「んー……。多分うまくいっとると思うんやけど……」

 

「多分じゃ駄目じゃん!」

 

 

 本来ならバンドの練習などで集まったようだが、そんなことはお構いなしの様子だった。そんな時、ふと美砂が亜子が彼氏とうまくいっているのか気になった。亜子の彼氏とは、つまり覇王や状助の友人である、あの川丘三郎のことだ。それを亜子へと尋ねると、亜子は考える素振りを見せた後、多分うまくいっていると話した。だが、美砂は多分では良くないと思ったので、そのことを叫んだのだ。

 

 

「メールとかしてるの?」

 

「少しぐらいやったら……」

 

「少しってどのぐらいよ!?」

 

 

 そこで円は亜子にメールぐらいしているのかと聞いてみた。亜子はその問いのも自信なさげな感じで、少しぐらいと言葉にしていた。しかし、そこでも美砂は少しと言う曖昧な言葉にツッコミをいれ、どのぐらいなのかと正確な数字を聞き出そうと叫んでいたのだった。

 

 

「うーん……。一日に2、3回ぐらいやったかな?」

 

「すっくなー! もっといっぱいしなきゃ! 一日300回とか!」

 

「多すぎやろそれ!」

 

 

 亜子はそこで再び考える素振りを見せた後、一日二~三回はメールをしていると言葉にした。それでも美砂はその数が気に入らなかったのか、少ないと断言して見せた。さらにもっと多くメールをしろと、一日300回はやるべきだと豪語したではないか。流石に300回は多すぎる、ストーカー並だと思った亜子は、多すぎると大声で言葉にしたのだ。

 

 

「デートとかしてる?」

 

「でっ、デート!?」

 

「そうだよ! まさかないってことはないよねー!?」

 

 

 ならばデートはしているのだろうか、それを疑問に思った桜子が次にそのことを亜子へと尋ねた。亜子はデートと聞いてドキッとした様子を見せた。が、そんなことはお構いなしに、桜子はデートしてないことはないだろうと亜子を覗き込むように話した。

 

 

「……一応、何度かしとるんやけど……」

 

「ほうほう。で、最後にしたのはいつ?」

 

 

 亜子は少し照れながら、デートぐらい何度かしていると小さな声で言葉にした。美砂はそれには満足した様子で、ならば最後にデートしたのはいつごろなのかと亜子へと聞いた。

 

 

「確か、学園祭の時が最後やった……?」

 

「何で疑問系なのよー!?」

 

「うーん……。あの時ウチ、調子が悪ーなったみたいで……、記憶が曖昧なんねん……」

 

「むう、それじゃしかたないか……」

 

 

 亜子は確かと前置きをしながら、学園祭の二日目が最後のデートだったことを、思い出すかのように話した。美砂はそこでどうして疑問系なのかと、亜子へと叫んだ。デートと言う大事なことなのだから、しっかり覚えているのが普通なのではないかと思ったからだ。

 

 ただ、亜子はその時のことをあまり思い出せないでいた。デートの終盤、亜子は調子が悪くなったのか、記憶が曖昧になってしまっていることを、残念そうに語ったのだ。

 

 と言うのも、実際は亜子と三郎のデートの時に、銀髪の神威が邪魔をしてきてた。そして、カギが銀髪と戦い、窮地を脱したのである。そこでカギが三郎が銀髪に襲われたのを忘れさせるために、記憶が曖昧になるような魔法を亜子へと使ったのだ。ゆえに、亜子はその時のことを未だに夢だと思っており、学園祭のデートのことが思い出せないでいたのだった。

 

 美砂は亜子のその言葉に、体調不良ならまあ仕方ないかと思ったらしく、ため息を吐きながらも、特に不満を思った様子は見せなかった。

 

 

「でも夏休み入ってから一度もないのもどうかと思うなー」

 

「そ、そうやろか?」

 

「当たり前じゃない!」

 

 

 しかし、円は夏休みに入ったというのに、再びデートをしていない亜子にそれじゃいけないのではないかと話した。亜子はそれではいけないのかと疑問に思った様子で尋ねれば、美砂も当然それでは駄目だと再び声を荒げて言い放った。

 

 

「こうなったらデートの約束ぐらいしないと!」

 

「せやけど、向こうもいきなりやと迷惑に思うかもしれへんし……」

 

「そんなこと言ってたら進展するものも進展しないって!!」

 

 

 ならばデートの約束ぐらいしないとならんだろう。美砂はそう考えはっきりとそれを口にした。だが、亜子は乗り気ではなく、やたらデートなどしても相手に、三郎に迷惑なのではないかともどかしげなことを話すではないか。

 

 なんという内気な態度。これではまったくもって進展しない。このままでは彼氏彼女程度の仲で終わってしまう。そう考えた美砂は、それじゃ駄目だ、駄目すぎると熱気を放つかのように叫んでいた。

 

 

「そ、そうやけど……」

 

「かー! じれったいわー! かー!」

 

 

 確かにそうだ、そうなのだが、亜子もそのことはわかってい。が、亜子は何より嫌われたくないという気持ちの方が強いので、あまりぐいぐいと押していこうと考えないのだ。美砂はそんな亜子のじれったい態度に、頭を両手で押さえながら再び声を大きくして叫んでいた。いやはや、これで何度叫んだのだろうか。少し興奮しすぎである。

 

 

「こうなったら何らかの方法でアピールするとかしかないね!」

 

「うんうん!」

 

 

 もはやこれでは一向に進展しないだろう。そう判断した円は、ならば別の方法でアピールすればよいと、突然言い出したではないか。それに同意し頷く桜子。こっちもノリノリのようだ。

 

 

「そうだ! セクシーな写真をメールで送ってアピールするってのはどう?」

 

「いいんじゃない?」

 

「それでいこー!」

 

「えー!?」

 

 

 それならいい考えがあると、美砂は突然その意見を自信ありげに言い放った。その考えとはなんと、亜子のセクシーな写真を撮って、彼氏たる三郎に送りつけるというものだったのだ。

 

 普通ならそれはどうかと思う意見だが、円も桜子も賛同し、早速行動しようと立ち上がっていた。このままどうなってしまうのだろうか。亜子は何をされるのか不安になりながらも、大声で叫ばずにはいられなかった。

 

 そして、四人は早速場所を移し、演奏ステージがある世界樹の近くの広場までやってきた。気がつけばセーラー服姿となった亜子に、何故か同じようにセーラー服となっていた他の三人。そのうち円と桜子が亜子にポーズをとらせ、美砂が携帯電話に搭載されたカメラのシャッターをきっていたのだった。

 

 

「うーん、やっぱこれじゃ駄目かな……」

 

「もっと刺激が強いものじゃないと……」

 

「それじゃー次いってみよー!」

 

「なんでそーなんねん!」

 

 

 しかし、何か納得がいかない亜子を除く三人。なんというか刺激が足りない。そう感じているようだった。まあ、姿はただのセーラー服。セーラーフェチでもない限り心を動かされることはないだろう。そう考えた美砂は、これではダメだと嘆いた。円ももう少し刺激的な衣装の方がよいのではないかと、静かに言葉にしていた。

 

 ならば別の衣装を着せればよい。桜子はテンションをあげて次の行動へと映ろうとしていた。ただ、亜子は別にこれでもいい、充分だと思っていたのか、次は不要だとばかりに叫ぶのであった。

 

 

「これもベタというか……」

 

「もっとすごいインパクトがほしいところだね……」

 

「じゃあもっとスゴイのいっちゃう?」

 

「もーえーやん! これで十分やん!」

 

 

 そして、今度はなんと水着姿となってポーズをとらされた亜子。またしても携帯電話に搭載されたカメラのシャッターをきる。だが、それでも満足のいかない三人。なんというか、普通。それが亜子以外の意見だった。ありきたりすぎて大きな衝撃が受けないと、やはり嘆く美砂。ならばこれ以上の衝撃を与えるような、そんな何かがほしいと語る円の二人。

 

 だったらさらにすさまじい、本当にセクシーな衣装にするしかないと、桜子は笑いながら言い放った。それでも亜子はコレで充分だと、むしろこの時点でかなり恥ずかしいと、自分の意見を大声で訴えかけていた。

 

 

「とゆーわけで……」

 

「へっ?」

 

 

 ならば早速そうしよう。美砂はそう考え、金槌をそっと取り出した。すると、何をするのかと考え呆ける亜子へと、その金槌を振り下ろしたではないか。そのショックで亜子は気を失ったようで、ふらりとその場に倒れこんだ。その隙に三人はステージにある部屋へと移動し、亜子を着替えさせたのである。

 

 

「……あれ?」

 

 

 亜子はふと気がついた。そこはステージの部屋のソファーの上だった。ただ、何か違和感を感じた。それは衣装だ。亜子はゆっくりと体を持ち上げると、バニーガールの恰好をしていることに気がついたのだ。そして、見渡せば他の三人が固まりながら、なにやらテンションをあげているではないか。

 

 

「インパクト十分!」

 

「これならいける!」

 

「惚れ直すこと間違えなし!」

 

「やめてえぇぇぇっ!!」

 

 

 なんということだろうか。亜子の恥ずかしいこの恰好は、すでに携帯電話のデータに収容されており、すでに送るだけの状況となっていたのだ。これなら文句なしだと笑う円と、同じように笑う桜子。さらにこれを見せれば彼氏もイチコロだと豪語する美砂がはしゃいでいるではないか。それを見た亜子は、なんとしてでもその写真データを送ってほしくないと、中止を訴え叫ぶしことしか出来なかったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 そしてここは麻帆良にある男子寮の一部屋。その部屋はあの三郎の部屋だった。そんなところへやってきた一人の男子。リーゼントの頭をした体格のいい男子だ。

 

 

「よお、三郎」

 

「おや、状助君」

 

 

 それはやはり状助だった。状助は三郎の部屋へといそいそと入って挨拶をした。三郎は突然の来客に少し驚きながらも、なんだ状助か、という様子でその状助の名を呼んでいた。

 

 

「覇王がいなくなって寂しいんでよお、おめーのところへ来ちまったぜ」

 

「そうか。覇王君は夏になるとどこか消えるんだっけ」

 

「まあなあ……」

 

 

 状助は覇王がいなくなったので、独り寂しく部屋の取り残されていた。あのバーサーカーも状助の部屋の同居人なのだが、最近は外に出っ放しでめっきり帰ってこない状況でもある。そのため、話し相手がおらず暇をもてあましていたのである。ゆえに、三郎の部屋へと遊びに来たのだ。

 

 三郎は覇王が夏になると忽然と消えることを思い出したようで、そういえばそうだったと言葉にしていた。三郎も覇王が転生者狩りをしていることは本人から聞かされていたので知っていた。なので、多分それを行っているのだろうということはわかっていた。

 

 ただ、それでもどこに行っているかまでは把握していないので、どこに行ってるんだろうかと常々思ってはいたのである。しかし、状助は一応覇王の行き先を知っている。それでもここでは関係の無い話なので、あまりそれを話さないのだ。

 

 

「おかげで全部自分でやらなきゃならねえから面倒でしょうがねえ……」

 

「大変だねえ」

 

 

 また、状助は陰鬱な表情で、最近の生活状況を言葉にしていた。というのも、基本的に掃除洗濯料理などは覇王と分担していた状助。そこで覇王がいなくなれば、自動的に全部自分がやらなければならなくなる。しかも、洗濯は覇王がS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を使って手軽に行っていたので、覇王がいない今は渋々と状助自身が洗濯して干さなければならないのだ。

 

 実際は毎年のことであり、すでに慣れてはいる状助だが、やはり面倒なことには変わらないというもの。三郎も同じセリフを去年も聞いたようなと思いながらも、状助へとねぎらいの言葉をかけていたのだった。

 

 

「……そういえば、俺らって転生者なんだよね……」

 

「……? まあそうなんじゃあねえか?」

 

「そうか……。そうだよね……」

 

 

 そんな状助へ、三郎も突然憂いに満ちた表情で、自分たちは転生者で間違えないのかと、静かに状助へと尋ねた。状助はその質問の意図がまったくわからなかったが、とりあえず謎の神から特典貰って生まれ変わらせられたのならそうなのではないかと、三郎へと返した。三郎は状助の答えを聞いて、ますます落ち込んだ様子を見せ、小さくため息をつくのだった。

 

 三郎が何故少し気を落としているのか。それはあの銀髪のこと神威が言い放った台詞にあった。神威は三郎に、お前も俺と同じ転生者だと、そう言った。この世界の異物であり、本来存在しない存在、それが転生者。三郎は別に悪いことをしたことなどなかったが、それでも自分もあの神威と同じ存在なのだろうと考えてしまったのだ。

 

 確かに自分はあの男とは違うが、転生者であることには差がないのではないか。転生者とは一体何なのだろうか。あの男と同じ存在ならば、本当に彼女である亜子と付き合っていてもよいのだろうか。幸せにしてあげられるだろうか。そもそも存在していていいのだろうか。そんな疑問がふつふつと、三郎の頭を過ぎるようになった。ゆえに、三郎は最近元気が無いのである。

 

 

「何かあったのかよ? 最近元気もねーみてぇだしよ」

 

「別にどうってことはないけどね……。あ、そう……ん?」

 

 

 状助は三郎の心境がわからなかったがどこか元気が無い様子なのを察し、一体どうしたのかと聞いてみた。しかし、三郎は状助へとぎこちない笑顔を向け、大丈夫だと話すだけだった。

 

 ただ、三郎は状助がそのあたりのことをどう考えているか、少しだけ気になった。それを状助に聞いてみようと思い声を出した時、ちょうど携帯電話が鳴ったではないか。三郎はその音でしかたなく言葉を中断し、そっちへと手を伸ばした。

 

 

「メールだ。亜子さんからだ」

 

「そうだったなぁ……。おめーその子と付き合ってるんだったなあ……」

 

「ハハハ……、まあね。っと、とりあえず何だろう」

 

 

 三郎はそのまま携帯電話を開きメールの着信を見ると、メールを送ってきたのは亜子だった。それを三郎が言葉に出すと、状助は腕を組みながら難しい顔をして、そういえば三郎と亜子が付き合っていることを思い出したのである。そんな風に話す状助に、三郎は乾いた笑いを出した後、そのメールの用件はなんなのかを確認したのだ。

 

 

「ぶっ!」

 

「どうしたぁ? なっ、なんだこりゃぁ!」

 

 

 しかし、三郎はそのメールに添付してあった写真を見て、壮大に噴出した。その様子を見ていた状助も、突然の三郎の行動に疑問を感じ、その画面を覗き込み同じように驚いていたのだった。

 

 

「一体どういう意図があってこんな……?」

 

「あっ! いや、確かそんなこともあったような……」

 

「何か知ってるのかい? 状助君」

 

 

 そう、その写真は美砂たち三人が撮った亜子のコスプレ姿のものだった。あの後美砂たちが亜子の制止を振り切り全部の写真を送ってしまい、今三郎へと届いたということだったのだ。

 

 ゆえに、三郎は一体どんな考えでこのようなものを送ってきたのかを、少し疑問に思ったようだ。ただ、状助はやはり”原作知識”があり、そんなこともあったかもしれないと、ハッとした様子でそのことを思い出すかのように言葉にしていた。そこで、それを聞いた三郎が、状助が何か知っているのかと勘違いし、それを尋ねたのである。

 

 

「えっ? いやっ、なんでもねえよ! とりあえず自分で聞いてみればいいんじゃあねぇのか?」

 

「そうするよ。どうしたんだろうねえ……」

 

 

 状助は三郎の問いに非常に焦りつつ、なんでもないと話した。いまさら原作でこんなことがあったとか、あーだこーだ言っても仕方が無いからだ。そして、わからないのなら電話で聞いてみればよいのではと、三郎へと言ったのである。

 

 三郎も確かにそのとおりだと思ったので、そうすると言葉にして携帯電話を操作し始めた。いやはや、一体なんだろうか。もしかして、そう言うのが好みだと思われているのだろうかと思い、三郎は亜子へと電話をかけたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良のコンビニ。すでに日は傾き始め、空がオレンジ色へと変わり始めた頃。そこに暇をもてあましたネコ、いやネコマタが一匹。やることが無いのか、そのコンビニの前で静かにキセルをふかしていた。

 

 

「おや、不思議なものがおりますな」

 

 

 マタムネが気がつけば、その隣に謎の黒い影が溶けたような姿の生き物複数と、褐色の少女が一人、その隣に座っていた。その少女はザジであった。ザジは座りながらも器用に手を動かし、ペットボトルをジャグリングしていた。また、その謎の生き物らしき存在は、普通の人間には見えないようで、コンビニへ入っていく客はジャグリングするザジを見て関心するだけであった。

 

 

「彼らはお前さんの友人がたで?」

 

「……」

 

「ふむ、そうでしたか」

 

 しかし、マタムネにはその謎の存在がはっきりと見えた。それをザジへ語りかけると、ザジもマタムネを見て、こくりと頷いて見せたのだ。マタムネはザジの行動を見て、そのことを理解したようだ。そして、マタムネも頷きながら、やはりと言葉にしていたのだった。

 

 

「しかし、お前さん……。人間ではないようですが」

 

「……」

 

 

 だが、マタムネはザジへ横目で鋭く目を尖らせ、ザジが人間ではないことを述べた。ザジもジャグリングしていた手を止め、マタムネを視線からはずさず、多少警戒するかのようにじっと見ていた。

 

 というのも、ザジは魔族の姉がいる。だとするならば、ザジも魔族ということになる。そのことをマタムネはザジを一目で見抜いたのだ。が、謎の生き物と一緒にいる時点で、なんか人間ではない気がしなくもないと思うのも当然かもしれない。

 

 

「……まあ、小生もただのネコマタ故、さほど気にすることもありませんか」

 

 

 ただ、ここでマタムネは視線を戻して目を瞑り、腕を組んで一言述べた。どうせ自分もネコマタだ。それに特に何かする様子もないし、気にすることは無いだろう。そうマタムネは考えて、普段どおりの表情を見せていた。ザジもマタムネのその言葉に安心したのか、警戒を解いて再びジャグリングをはじめたのであった。

 

 

「あっ、いたいた! 探してたんだよー!」

 

 

 そこへ、麻帆良女子中等部3-Aの人たちが、なにやら袋いっぱいに花火を持って、寮の方へと歩くのが見えた。そして、その集団からまき絵がザジの方へとやってきて、探していたと大声で話しかけていた。

 

 

「今から寮に残ったみんなで花火しよーってことになってるんだけど、ザジさんも来ない?」

 

「……」

 

 

 さらにまき絵は寮にいる人たちで花火大会をするので、ザジも参加してほしいと頼んだのだ。ザジは無言ながらに頷いて、参加を表明する様子を見せた。なので、まき絵はザジをつれて、寮の方へと歩いていったのだった。また、まき絵の後ろにいた和美もマタムネを見つけたようで、和美もそちらの方へと駆け寄った。

 

 

「おろ、マタっちもそんなところで何してんの?」

 

「おや、和美さんではないですか。何、暇な故、街を眺めながらふらついていただけのことです」

 

「本当にマタっちってネコだね」

 

 

 和美はマタムネの前へ来ると、しゃがみこんで話しかけた。今日はマタムネの姿を見かけないと思ったら、こんなところにいたので何をしていたのか気になったようだ。

 

 マタムネも和美の登場に奇遇だと感じながらも、その問いに街を散策していたと言葉にしていた。普段はマタムネも和美と共にいるのだが、毎日一緒にいると鬱陶しいだろうと考え、たまには一人で出歩くこともあるのだ。

 

 和美はマタムネの話を聞いて、自由奔放というかネコそのものだな、と感じていた。まあ、元々ネコの霊であるマタムネだ。それは当然のことだろう。

 

 

「して、和美さんも花火を?」

 

「もちろん! マタっちもおいでよ!」

 

「ふむ、花火とは風流ですな。なら、小生もお言葉に甘えて参りましょうか」

 

 

 そこでマタムネは、和美も周りと同じように花火の入った袋を握っていることに気がついた。そして、もしや和美も周りのみんなと花火をするのだろうかと、それを尋ねた。和美はさも当然と言いたげな様子で、笑いながらそれを言葉にした。さらに、それならマタムネも一緒に花火をしようと誘ったのである。マタムネは花火は風流だと感想を述べ、せっかく誘ってもらったのだからと和美についていくことにしたのだった。



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百十二話 名前とお祭り

やはりゴールデンは最高(ゴールデン)だった


 麻帆良女子中等部、その中にある学園長室にて、学園長は目の前に提出された一枚の用紙を眺めていた。それはクラブ新設の要請書であった。また、それを提出したカギも、学園長の座る席の前で、クラブ新設の許可を待っていたのである。

 

 

「ほう、英国文化研究倶楽部か」

 

「おう」

 

「ふむ……」

 

 

 学園長は用紙に書いてある、クラブ活動の内容に目を通してそれを言葉にした。英国文化研究倶楽部。カギが魔法世界へ行くための建前で作ったクラブの活動内容だ。カギは学園長の言葉に、普段どおり態度の悪い返事で、それを返した。ただ、昔のような刺々しさはなく、単純に口が悪いだけになっていた。

 

 そんなことよりも学園長は、カギがどういう意図でこのクラブを設立しようとしているかを考えた。英国、イギリスはカギのふるさとであり、カギ自らが調べる必要のないものだ。また、それを生徒に教えたり一緒になって調べるほど、カギは教育熱心でもなければそのような殊勝さもない。であれば、目的は他のところにあるのだと、学園長はすぐにわかった。カギはきっと、複数の人数でイギリスへ行きたいのだと。また、イギリスへ行って何かをしたいのだと。

 

 ただ、すでにエヴァンジェリンから、こっそりと報告を貰っていた学園長は、そのこともすでに理解していた。カギとその弟のネギは、従者たちをつれて魔法世界へ行こうとしているということだ。そして、それを率先しているのは、やはり目の前のカギ。

 

 ならば、どうしするべきだろうかと、学園長は白く長い髭をなでながら考えた。このまま魔法世界へ行かせてしまってもようものだろうか。本当に大丈夫なのだろうかと、少し心配になったのだ。まあ、あのカギが率先しているのだから、学園長も心配してしまうのもやむなしと言うことだろう。

 

 とは言え、魔法世界とて本国メガロメセンブリアならば、危険などないに等しいだろう。それに、あのエヴァンジェリンが同行すると言うことも聞かされていたし、魔法世界にはギガントやメトゥーナトがいるはずだ。彼らならば必ずやカギたちをサポートしてくれると考えた学園長は、その結論を出したのであった。

 

 

「許可よーそろー」

 

「可愛い子には旅させろと言うしのう……。よかろう、認可じゃ!」

 

「シャァッ! アザーッスッ!!!」

 

 

 カギはいまだ結論を出さぬ学園長に痺れを切らせたのか、軽口ながら許可を催促することを言葉にした。それを聞いた学園長は、再び髭をなでながら、問題ないだろうと思い許可を口にし、認可の判子をその用紙へと押したのである。カギは学園長の許可を聞き、ガッツポーズをして見せた後、非常に愉快そうな様子で彼なりの礼を述べたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 と、言ういきさつがあったと、小さい体の胸を張って豪語するのは、やはりカギ。これにて英国研究クラブは学園長に認可され正式なものとなったと、集めた魔法を知っているいつものメンバーに、いつものエヴァンジェリンの別荘内にて説明していた。

 

 

「というワケで俺のクラブは認可された!」

 

「いつの間に……」

 

 

 気がつけば認可されていたこのクラブ。まったくもってそういうところだけは手が早い。そう考えて少し呆れた顔をする夕映は、ふんぞり返るカギに普段もそのぐらいの行動力があればよいのにと思っていた。

 

 

「これで私たちもイギリスに行けますね」

 

「やったじゃん!」

 

「そうだろ? そうとも! もっと褒めろ!」

 

 

 のどかは正式なクラブとなったことで、イギリスへ行くための準備は出来たと思い、喜んだ様子を見せていた。また、カギに対してグッドグッドと叫ぶハルナ。カギもやれば出来るもんだと思いながら、目の前でえらそうにするカギを褒め称えていたのだ。そして、褒められて喜ぶカギは、さらに褒めろと大きく笑っていた。サルもおだてりゃなんとやらである。

 

 

「ゴホン。さて、名無しのクラブだがこれで今後の情報収集、国内外での活動にて大きなアドバンテージを得た!」

 

 

 そこでカギは仕切りなおして、突如真面目に演説を始めた。とりあえず誰もがその場は静かとなり、カギの演説に耳を傾け始めてたのだ。

 

 

「よって、ここに宣言しよう! 我がクラブ活動を開始することを!!」

 

「おー!」

 

「それはよかったです」

 

「うん」

 

 

 そして、カギはクラブ活動を行うことをここに大きな声で宣言した。また、ハルナ、夕映、のどかの三人は、それに賛同するかのような黄色い声を出して喜んでいた。

 

 

「こう見ると結構魔法知ってる人多いんだねぇ~」

 

「確かに、多いと言わざるを得ませんね……」

 

「す、すいません……」

 

「いや、貴様が謝る必要はないだろう……」

 

 

 そんなテンションをあげる四人の近くで、手にカメラを握り締めつつ、魔法のことを知ってる人が多いことをのんきに話す和美がいた。さらにその横には、当然のように立つマタムネが、いやまったくと言った感じに和美の言葉に反応していたのだった。

 

 それを聞いたネギが、なんだか申し訳ない気持ちになったようで、頭を下げて謝っていた。何せ魔法は隠蔽するものだというのに、ここまで魔法を知る人が増えてしまったからである。ただ、それはネギの責任ではなく、実際はカギやあのビフォアが悪い。よって、ネギにはまったく罪はないのだ。そのことを呆れた感じでエヴァンジェリンが、ネギへと言葉にしていた。

 

 

「とは言え、本当に大丈夫なの? 兄さん……」

 

「俺に問題はない!」

 

「それならいいけど……」

 

 

 そこで気を取り直したネギは、カギへと大丈夫なのかと質問していた。このメンバーでイギリス、ひいては魔法世界へと行くのだ。色々と不安要素は山盛りだろう。だが、やはりカギは自信満々に問題ないと豪語するのみ。何があろうとも何とかなるだろうと考えている様子だった。ネギは最近のカギの実力を考えて、そうまで言うなら大丈夫なんだろうと、カギの言葉を信じることにしたようだ。

しかし、そこに不安と不満を感じる人が別にいた。

 

 

「本当にいいのかなあ……」

 

「まあまあ、アスナ」

 

 

 それはアスナだ。アスナは魔法世界のことをよく知っている。さらに、不安要素はそれだけではないことを理解しているアスナは、やはり乗り気ではないのである。そんな不満に満ちたアスナを、なだめるような声を出すのは木乃香だった。

 

 

「別に危険な場所へ行くワケやないんやろ? だったらええんやない?」

 

「あっちも一応文明国だ、治安も悪くはない。首都さえ離れなければ危険はないはずさ」

 

「そうだけど……」

 

 

 木乃香はアスナへ、危険な場所へ行く訳でもないので少し心配しすぎなのではと、静かに話した。エヴァンジェリンもそこへやってきて、首都は文明国であり、そこならば安全は保障されているはずだと言葉にしていた。ただ、アスナもそんなことぐらい知っている。知っているが、何が起こるかわからないから不安なのだ。

 

 

「多少不安があるのはわかりますが、エヴァンジェリンさんもついて来てくれるワケですし……」

 

「……不本意だがな」

 

 

 確かに不安がない訳ではない。が、あのエヴァンジェリンも一緒に来てくれるのだから、そこまで不安にならなくてもよいのではないか。そう話すのは刹那だった。また、刹那の今の言葉に、不本意だともらすエヴァンジェリン。まあ、実際はちょっとした照れ隠しみたいなものであり、行くと決めたのだからそれに不満はないのである。

 

 

「それにウチもせっちゃんもおるんやし、心配することないえ!」

 

「そうですよー」

 

「……そうね、この空気の中、水を差すのも悪いしね」

 

「いや、あのお調子者どもには水を差すぐらいが丁度いいと思うが……」

 

 

 さらに、木乃香は自分や刹那もいるのだから、心配なんていらないと、笑顔で言った。それに便乗したさよも、そのとおりだとのんびりした口調で言葉にしていた。

 

 まあ、そこまで言われれば仕方ないと、アスナも小さく笑みをこぼした。それに、浮かれるみんなの横でふてくされた顔をしているのも良くないと思い、そう言う悪い考えはやめようと気分を一新したのである。

 

 ただ、連中はやたらテンションが高いので、少しぐらい水を差すのは悪くないだろうと、それを聞いていた千雨が小さく愚痴をこぼしていたのだった。

 

 

「そう言えば、名無しのクラブと言っていましたが、名前はまだ決まってないのですか?」

 

「え? ああ……、うん……」

 

「正式に決まったんですから、名前ぐらいしっかりと付けるべきでは……?」

 

 

 しかし、そこでふと思い出したかのように、夕映がクラブの名前が未だ決まってないことを、カギに質問していた。何せこのクラブ、正式名称がまったくないのだ。前からそう言った話はしていたのに、まだ名前が決まってなかったのかと、夕映は思っていたのである。

 

 また、カギは非常に困った表情で、未だにまったく決まっていないと、口ごもりながら言葉にした。カギは誰かが決めてくれるだろうと思い、タカを括っていたのである。

 

 正式な許可が出たのに、名前がないとかおかしいでしょう。カギの返事を聞いた夕映はそう思い呆れた表情をしたが、とりあえず名前は必要ではないかとカギへと進言したのだった。

 

 

「ふん、なら”白き翼”とでもつけておけ」

 

「白樹屋?」

 

「バカか貴様は! 一応ガキな癖に居酒屋の名を出すヤツがあるか!!」

 

 

 エヴァンジェリンはこのクラブの名がないことを聞き、ならばと白き翼という名前にしてはと提案した。それをカギはボケをかまし、居酒屋の名を口にしたではないか。エヴァンジェリンもそのボケに即座に反応し、ツッコミを見せた。というか、このカギは転生者ゆえに精神的には40代だろうが、見た目は子供だ。ゆえに、そんな見た目で居酒屋の名を出すかアホと、エヴァンジェリンが叫んだと言うワケだ。

 

 

「どうしてその名前に?」

 

「貴様らの父親ナギは紅き翼というチームを組んでいた。それにあやかっただけだ」

 

「そういえばそうでしたね……」

 

「すっかり忘れてたぜ」

 

 

 ネギはどうしてその名なのかと、エヴァンジェリンへ問うと、その答えは即座に返ってきた。何故などと愚問だという顔でエヴァンジェリンは、ネギとカギの父親であるナギがリーダーをしていた紅き翼、その名をあやかっただけだと、そう説明した。

 

 ネギはその説明を受け、確かにそうだったと言葉にした。あの父親たるナギのいたチームの名、それを聞いた時から忘れたことなどなかったからだ。だが、カギはすっかり忘れていたらしく、いやはやという表情で頭をポリポリとかいていた。

 

 

「それええなー!」

 

「いいわねそれ」

 

「え? しかし、本当にそれでいいんですか……?」

 

 

 そして、別の方でも盛り上がる少女がいた。それは木乃香だ。木乃香も紅き翼のメンバーである詠春の娘だが、それ以上に白き翼という名に反応していた。何せ友人である刹那が、その白い翼を生やしていたからだ。だから非常に嬉しそうな顔で、刹那に抱きついていたのだった。

 

 また、アスナも素直に、その白き翼という名前が素敵ではないかと思っていた。アスナも紅き翼には随分と世話になった。それに、あのメトゥーナトもそのメンバーだったことから、それにあやかった名前に、非常にいい印象を受けたのである。

 

 ただ、木乃香に抱きつかれて顔を赤くする刹那は、それで本当にいいのだろうかと言葉にしていた。吹っ切れたとは言え、自分の翼は元々禁忌の象徴だ、そう少し考えた。が、実際のところそれは単なる建前で、自分が主役みたいな名前じゃちょっと恥ずかしい、そんな風に思っていたのである。

 

 

「いいねえー、それ!」

 

「全然いいじゃん!」

 

「私もいいと思うな」

 

「悪くないですね」

 

 

 しかし、他のみんなは全員賛成の意見だった。和美もハルナもノリノリで、その名前は最高だと言葉にし、のどかと夕映も全然悪くない、むしろいいと褒め称えていた。

 

 

「何でもいいアル!」

 

「拙者もそれでよいと思うでござるよ」

 

「……まあいいんじゃねーか?」

 

 

 また、古菲は別に名前は何でも良いと言葉にし、楓は他と同じように、それで問題ないだろうと話していた。そして、ひっそりとその場にいた千雨も、特に悪いと言わず、賛同の言葉を述べていた。

 

 

「ほら、みんなもそうゆーとるし、ええやん!」

 

「……は、はい……」

 

 

 誰もがよしと言ったのだから、それでいいじゃないか。木乃香は刹那に抱きつきつつ、そうやさしく話していた。刹那も観念したのか、弱弱しい声でわかったという意思表示をこぼしたのだった。

 

 

「まあ、俺はゴールデンな方がいいと思うがな」

 

「バーサーカーさん……」

 

「バーサーカーさん、いつもそれね……」

 

 

 しかし、その場に霊体化を解いたバーサーカーが現れ、それに異を表明するようなことを言い出した。このバーサーカー、ゴールデンという言葉が大好きである。だから、やはり名前にゴールデンをつけるべきだと、言わなくては気がすまなかったのだ。

 

 それを見た刹那は、少し呆れた顔でバーサーカーを呼んでいた。さらにアスナも、いつもそればかりだと、ため息まじりに言葉にしていたのだった。

 

 

「そこの金髪の娘もプロフェッサーゴールデンなんだろ? だったら金の翼(ゴールデンウィング)も悪くねぇ、そう思っただけよ」

 

「そ、それは少しどうかと……」

 

「と言うか、間違ってはいないが何か腹立たしいな、そのプロフェッサーゴールデンとやら……」

 

 

 さらにバーサーカーは、エヴァンジェリンの異名である金の教授にあやかり、プロフェッサーゴールデンなどと勝手な名前をつけ始めた。そして、ゴールデンなプロフェッサーが言うのだから、ゴールデンな翼にした方が、面白くて自分の好みだと言い出したのである。

 

 それは流石にない、ない、ありません。刹那はそう口に出し、バーサーカーを駄目だししていた。また、エヴァンジェリンの二つ名が金の教授ゆえに、プロフェッサーゴールデンは間違えではないと思っていた。が、プロフェッサーゴールデンと呼ばれるのには抵抗があったというか、何か腹立たしいとも思ったようだ。

 

 ちなみに、バーサーカーがエヴァンジェリンが金の教授と呼ばれていることを知っていたのは、夜の警備でそう呼ばれているのを聞いていただけでなく、覇王がそれを教えたからだ。

 

 

「よしっ、ならば今日からこのクラブは白き翼だ! 文句はないな!?」

 

「はい!」

 

 

 カギはまあそれでいいし、それしかないしと思い、このクラブ名は白き翼で決定だ、文句があるヤツは出て来いと叫んだ。だが、文句がある人などいるはずもなく、みんなが全員、はい、と良い返事をするだけだった。

 

 

「んでもって、とりあえず、部員はもう少し増やす予定だ」

 

「……? 誰を…?」

 

 

 ただ、カギは話を変えて別のことを言い出した。それはなんと部員をさらに増やすということだった。

 

 夕映は部員を増やすと聞いて、誰を入れるのだろうかと考えた。このクラブはイギリスだけではなく、魔法世界へ行くためのものだ。ならば魔法を知っている人しか入れないはずだと考え、疑問に思ったのである。だから、一体誰を入れるつもりなのかと、それをカギへと尋ねたのだ。

 

 

「別に俺らのクラスから選ぶワケじゃねーから、そこんところは問題ない」

 

「まあ、確かに魔法を知ってるのって私たちぐらいだしねえ」

 

 

 しかし、カギは誰とは言わなかった。が、自分のクラスの子から選びはしないので問題ないと夕映へに説明した。それを聞いていた和美も、自分たちのクラスで魔法を知っているのは、ここに集まっている人たちだけだと言葉にしていた。

 

 

「なあに、その内わかるさ」

 

「はぁ……」

 

 

 まあ、部員を増やしたなら会えるだろうから、そのうちわかる。カギはそう夕映へと気さくに言葉にして、お楽しみお楽しみだと笑っていた。夕映はやはり少し心配するような表情で、生返事をするのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 数キロはなれた場所から、体をかがませながら麻帆良一帯を眺める男が一人いた。それは転生者であるあのアーチャーという男だ。このアーチャーは”原作遵守”の男である。原作どおりにことが進んでいるかを、再び確認しにやってきていたのだ。

 

 

「……」

 

 

 アーチャーは静かに様子を眺める。本当に原作どおりに進んでいるかを、何かおかしな部分がないかを確認しながら。そして、アーチャーは微妙に原作と誤差があることを理解した。

 

 

「いや、まさかこうなってしまっているとは……」

 

 

 それは本来女子中等部の校舎の屋上で談義する一同の姿がなかったというものだった。何せ彼女たちもしっかりと魔法の隠蔽に力を入れているので、そんな場所でそう言ったことは話すはずもない。また、カギも最近は自重しており、その談義はエヴァンジェリンの別荘で、こっそりと行われていたのである。

 

 

「だが、予想の範疇だな。この程度なら矯正は可能だ」

 

 

 しかし、アーチャーはそのぐらい予想していたようで、そのことを冷静な口調で独り言を述べていた。こんな場所でずっと独り言をしゃべるこのアーチャー、かっこつけているように見えて、その実かなりダサい男だ。

 

 

「さて……、やるとするか……」

 

 

 アーチャーはそうつぶやくと、スッとかがめていた体を起こして立ち上がり、仕事を行う準備を始めた。このままでは原作通りにことが進まない。原作で魔法世界に来るはずのメンバーが、減ってしまう。それはアーチャーにとって恐るべき事態なのである。とは言っても、何を恐れているのかはアーチャー本人にもわからないことだった。

 

 

「とは言っても、ただ噂を流すだけだがな……」

 

 

 ならばどうすればよいか。簡単だ、ちょっとした噂を流せばいい。噂が広がれば噂好きな3-Aの少女たちならすぐに食らいつくだろう。そして、その噂で彼女たちを誘導し、原作通りに進ませればよい。アーチャーはそう考えて、移動を始めたのだった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 麻帆良の女子学生寮。その談話室にて、そのひとつのテーブルについて、誰かを待つアスナ。待っているのは顔なじみのあやかだ。椅子に座って少し待っていると、すぐにあやかが現れた。

 

 

「お待たせ致しましたわ、アスナさん。調査結果が出ましたわよ」

 

「むしろ早くて驚いてるんだけど……」

 

「雪広コンツェルンの手にかかれば、この程度の調査など朝飯前ですわ」

 

 

 ゆっくりと、ゆったりと歩きながら、アスナの座る席へと近づき、その席に座った。そして、手に持っていた鞄から、書類の束を取り出しつつ、調査が終わったことをアスナに告げていた。

 

 それを受け取ったアスナは、その調査の速度に驚きの言葉を漏らした。すると、あやかはアスナにそう言われ、誇らしげに自分の家の力ならばこの程度の調査などたやすいと豪語して見せたのだ。

 

 アスナがあやかに頼んだ調査、それはネギの父親であるナギの居所だ。はっきり言えばネギのためにおせっかいとしてではなく、アスナ自身がナギがどこにいるのかを探したいと思ったのである。アスナとてナギに随分世話になったこともあったので、ナギが今どこに居るのか、とても気になっているのだ。

 

 

「助かるわ。ありがと、いいんちょ」

 

「別にあなたのためではなくてよ? ネギ先生のためですわ」

 

「そう言うことにしとくわ」

 

 

 いやはや、それほどだったとは。アスナはそう思いながらも、小さく笑みを見せてあやかへと礼の言葉を述べた。あやかはネギのためにやったことであり、アスナのためではないと話した。が、そうは言うものの、やはり表情は柔らかな笑みであった。そんなあやかを見たアスナは、まったく素直じゃないんだから、と思いながら、そう言うことにしておくと言葉にするのだった。

 

 

「それで?」

 

「非常に残念な話ですが……」

 

 

 そして、調査が終わったのなら何かわかったのだろう。それをアスナがあやかへ尋ねると、あやかは申し訳なさそうな表情で、残念な話だと切り出した。

 

 

「ネギ先生のお父様、ナギ・スプリングフィールドは、10年前に行方不明になっているということで間違いないようですわね……」

 

「行方不明……。本当にどこに行ったかわからないの……?」

 

「えぇ……。行方不明、と言うことぐらいしかわからなかったようなので……」

 

 

 何が残念だったのか。それはネギの父親が10年前に行方不明となったことに間違えがなかったからだ。行方不明、その言葉を聴いたアスナは、本当にどこに行ったかわからなかったのかと、確かめるように再度質問していた。ただ、あやかも行方不明としかわからなかったらしく、それ以上のことはわからないとしか言えなかった。

 

 とは言え、アルビレオのパクティオーカードを見たアスナは、ナギが死んでいないことを理解していた。だからこそ、どこへ行ったのか、どこへ向かったのかさえわかれば、探しようがあると思ったのである。しかし、それもわからないとなると、詮索するには難しい。それでも、何でもいいから手がかりを見つけたいとアスナは考えた。

 

 

「……なら、どこで行方不明になったかはわかってる?」

 

「調査ではイスタンブールにて、行方不明になっとありますわね」

 

「イスタンブール……」

 

 

 ならば最後にナギの姿が確認された場所はどこだろうか。アスナはそれをあやかへと尋ねた。するとそれは調査で判明していたようで、あやかはイスタンブールにて行方がわからなくなったと話した。

 

 イスタンブール。アスナはその国の名を聞いて、懐かしさを感じた。まだ体が小さかった頃、あの場所でナギたちと一緒にいたことがあったからだ。そう、咸卦法を使えるようになったのも、あのあたりだった。それを思い出したアスナは憂いを感じながらも、小さく笑みをこぼしていた。

 

 

「どうかしたんですの?」

 

「あっ、別になんでもないから……!」

 

 

 質問の答えを聞いてから急に静かになったアスナに、あやかはどうしたのだろうかと思った。そこで、それを聞くと、アスナはハッとした顔で、なんでもないと慌てた様子で口に出した。あやかは、アスナが変だと思いながらも、本人がなんでもないと言うのなら詮索すべきではないと思い、それ以上は何も言わなかった。

 

 

「それで、どうします?」

 

「何が?」

 

 

 とりあえずあやかは話を戻そうと、今後のことを静かにアスナへ問いかけた。アスナはこの調査で終わりだと感じていたので、質問の意図がわからず、その問いに疑問を投げかけたのである。

 

 

「書類による調査はこれが限界……。この先さらに積極的に捜索するとなると、大量の人員と時間が必要になってきますわよ?」

 

「うーん、一応別の人にも調査を頼んであるのよ」

 

 

 今回の調査は書類上のものであり、人員を多く動員して行った訳ではない。ゆえに、本格的な調査を行うことも出来るが、それには人員と時間が必要になる。そのことをあやかはアスナへ説明すると、アスナは別の人にも調査を依頼していると言葉にした。

 

 

「別の?」

 

「あー、断っておくけど、別にいいんちょが頼りないとかそう言うワケじゃなくて、念には念をって感じなだけで……」

 

「はいはい、わかっておりますわよ。そのぐらい」

 

 

 別の人にも調査を頼んだ。それを聞いたあやかは、一体誰に頼んだのだろうかと疑問に思った。また、アスナはそこで、他の人にも頼んだのは調べてくれる人が多い方がいいと思っただけで、他意はないとあやかへ申し訳なさそうな感じに話した。

 

 何せアスナはあやかを頼りにしていたからこそ頼んだのであり、頼りないから別の人にも頼んだなどと思われたくなかったからだ。その様子を見ていたあやかも、そんなことはしっかり理解しているので、ヒラヒラと手を払いながら当然という顔で、わかっていると述べたのである。

 

 

「ところで、どちらに調査を頼んだんですの?」

 

「えーっと……、確かスピードワゴン財団ってところに……」

 

「え!? スピードワゴン財団ですって!?」

 

 

 まあ、そんなことよりも一体誰に調査を頼んだのか、それをあやかはアスナへと尋ねた。すると思い出す様子を見せた後、スピードワゴン財団に頼んだと言い出したのである。その言葉にあやかは飛び上がるほどの驚きようを見せていた。

 

 何せあの有名なスピードワゴン財団という名前が出てきたからだ。このスピードワゴン財団はアメリカに拠点とする巨大な財団であり、医療などの発展などに寄与するすさまじいものなのだ。

 

 

「いつの間にそんなコネをアスナさんが……」

 

「いや、状助の担任の先生がその財団の知り合いらしくて、状助にその人へお願いして欲しいって頼んだだけよ」

 

「あら、そうでしたの……。とは言え、その東さんの先生って何者なのかしら……」

 

 

 なんでそんなすごいところに捜査の依頼できるんだろうか。そうあやかは考えながら、マジマジとアスナを眺めていた。何か壮大な勘違いをされたと思ったアスナは、すぐさま訂正を行った。どうしてスピードワゴン財団に頼めたのか。それはあの状助の担任、ジョゼフ・ジョーテスが関わっていたからだ。

 

 以前、学園祭の時に状助が、ジョゼフがスピードワゴン財団とつながりがあることをアスナへと話していた。それを思い出したアスナは、状助に話してジョゼフに頼んでもらったということだったのだ。

 

 その説明を聞いたあやかは、勘違いだったことに安堵していた。そんなすごい組織に突然友人がコネを持つなど、普通に考えればおかしいからだ。また、その状助の担任はなんでそんなコネを持っているのかと思ったようだ。

 

 

「それに、大々的に調査は大変だし、そこらへんは流石に大げさになりすぎると思うのよね」

 

「いえ! そのようなことはありませんわ!」

 

 

 まあ、これ以上でかでかと調査しても、魔法関係はなかなか出てこないだろう。そう考えたアスナは、これ以上は大丈夫だと、やりすぎるのはよくないと話した。しかし、あやかはそれでは満足ではなかったようで、突如興奮して立ち上がり、大声を上げたのである。

 

 

「ネギ先生のためなら、全世界一万人規模の調査も辞しませんわよ!」

 

「いや、だからそれはやりすぎだって……」

 

 

 あやかはネギのためならばと切り出し、とんでもないことを言い出した。なんという無茶なことか。アスナは流石にやりすぎだ、加減しろとばかりにそれを言葉にし、結構呆れいていた。

 

 このあやか、一応ここでは弟がいるとはいえ、別にその部分をこじらせてショタコンになった訳ではない。どうもそう言う性癖が元々あったのだろう。ゆえに、小さい少年ネギに対して、猛烈な情熱を燃やしているのである。とは言うものの、基本母性的な感情であり、やましいことではない……と思いたい。

 

 

「それに、多少なりにだけど心当たりはあるから……」

 

「そうですの?」

 

 

 それは置いておくとして、心当たりはあると話すアスナ。先ほど話に出てきたイスタンブール、それを聞いたアスナには少しピンとくるものがあった。

 

 イスタンブールには魔法世界へのゲートが存在する。でなければ、紅き翼の面々があの場に集まりとどまることなどあるはずがないからだ。そして、それならナギはそこから魔法世界へと旅立ったということになるだろう。そうなれば、この旧世界と呼ばれる地球で行方不明と言うのも頷けるというものだ。それをアスナは考えて、心当たりがあると言葉にしたのである。

 

 また、アスナの言葉を聞いたあやかは、本当なのかと言う疑問と、それはよかったという納得する気持ちを感じていた。

 

 

「とは言っても、心当たりってだけなんだけどね……」

 

「まあ、アスナさんがそう言うのなら……」

 

 

 しかし、所詮は心当たり程度。そうアスナは話した。想像ではナギは魔法世界へ行ったとのだろうと考えられるが、その後の足取りはまったくわからない。別のゲートを使って旧世界に戻ってきているかもしれないし、魔法世界のどこかにいるかもしれない。つまるところ、魔法世界へ行ったのだろうというぐらいしかわからないのだ。

 

 そうアスナは考えながら、あやかへと苦笑を見せていた。でも、少しだが情報は得れた。それはかなり大きいとアスナは思った。魔法世界へナギが行ったかもしれない、それだけわかれば大きな進歩だと考えたのである。

 

 そして、あやかはアスナが調査の継続はやめておこうと言うのなら、それでもいいと思ったようだ。確かに多くの人員を割いての調査には時間がかかるし、やはり人員の数を考えてもかなり大変だからだ。

 

 

「でも、本当にありがとね。何かわかったらちゃんと報告するから」

 

「まあ、それはありがたいですわね」

 

 

 ふと、そこでアスナはあやかへと、再び感謝を述べていた。また、何かわかったら知らせることを約束すると言ったのである。あやかもそれはありがたいと言葉にし、表情は穏やかな笑みを見せていたのだった。

 

 

「ちょーっと! アスナー!!」

 

「へ?」

 

 

 と、そんな時に突然野外からアスナを呼ぶ大声が聞こえてきた。その声を出していたのはまき絵だった。その左右にはちっちゃな双子の姉妹の鳴滝風香と史伽もやってきたようだ。突然呼ばれたアスナは、少し呆けた表情でマヌケな声を出していた。突然そう叫ばれるようなことはしていないし、何がなんだかわからなかったからである。

 

 

「とぼけないでよ! 新しいクラブの話!! 私たちに内緒でイギリス旅行行くんでしょー!?」

 

「え? まあ……」

 

 

 まき絵はアスナの態度がとぼけているように見えたのか、さらにプンプンと怒って叫んでた。何故まき絵が怒っているのか。それはどこから聞いたかわからないが、新クラブを立ち上げてイギリスへ行くことを知ったからだ。それをまくし立てるまき絵をアスナは多少受け流しながら、一体どうしたという表情で間違えないということを述べていた。

 

 

「それどういうことですの!?」

 

「聞いてよいんちょー!!」

 

 

 さらに、あやかはその話は寝耳に水だったという表情で、声を高くしてまき絵にそのことを聞き出そうとしていた。まき絵も泣きつくかのように、愚痴るかのように、そのことをあやかへと説明したのである。

 

 

「なんですって! ネギ先生のお父様を捜すための新クラブを作って、私たちに内緒でラブラブ英国旅行ですってー!!?」

 

「ラブラブって何……? それに内緒にしていたワケじゃないし……」

 

「いい訳無用ですわ!」

 

 

 そして、説明を聞き終えたあやかは、突如叫びだして説明内容を復唱したのだ。ただ、ラブラブ、その言葉はアスナにとって聞き捨てならないものであった。だから、ラブラブってなんだ、とツッコミをすばやくいれていた。さらに、内緒にしていたという部分も否定した。とりわけ話そうと思わなかったが、別に秘密というほどの話でもなかったからである。

 

 しかし、そんなことをいまさら言っても遅い。全てが言い訳にしか聞こえないと、あやかはアスナへ指をさし、怒鳴って見せた。

 

 

「ヒドイですわ! 情報提供だけさせておいて、そのような大事なイベントを黙っているなんて!!」

 

「本屋ちゃんやパルも行くんでしょ!? 私たちだけ仲間はずれなんて!」

 

「うーん……」

 

 

 また、あやかは調べ物をさせるだけさせて、そう言った話をしてくれなかったアスナに、ヒドイと声を発した。利用するだけ利用しておいて、そう言ったことは話してくれなかったことに、多少怒りを感じていたのである。また、まき絵がそこで自分のクラスにいる数人も一緒に行くことを言葉にし、仲間はずれは最低だと叫んでいた。

その後ろでずるいずるいと騒ぐ、鳴滝姉妹の姿もあった。

 

 これにはアスナも困った顔で、手を額にあててどうしたものかと考えた。何せこのことを考えたのは自分ではなくあのカギである。カギがそのあたりを管理しているので、自分がどうこう言う話ではないと、アスナは思ったのだ。

 

 

「とりあえず、新クラブでイギリスへ旅行するのは本当よ」

 

 

 まあ、ここで嘘をついても意味などないし、逆に不審がられるだけになる。それに、いい訳しても意味がないと思った。そう考えたアスナは、正直に新クラブでイギリスへ行くことを話したのである。

 

 

「でも、企画したのはカギ先生だから、文句はそっちへお願いね」

 

「そ、そうでしたの……」

 

「え? カギ君が? それじゃーアスナに文句言ってもしょうがなかったね……」

 

「わかってくれればいいのよ」

 

 

 ただ、このことはカギが全て握っており、自分が何か出来るという訳ではない。そのことも含めて、目の前に四人にアスナは静かに話したのである。誘ってもらえなかったことも含めて、全部カギの考えであり、文句も全部カギへどうぞ。そう話したのである。

 

 

 アスナの話を聞いたあやかは、そうだったんだ、という顔でしっかりと受け止めていた。また、文句を言いにやってきたまき絵も、これではアスナに文句を言っても仕方がなかったと、反省の色を見せていた。

 

 そして、あやかと同じく反省の様子を見せながら、アスナに当たっても意味がなかったと小さく言葉するまき絵の姿があった。さらに、鳴滝姉妹も同じように、反省しつつごめんなさいと謝っていた。三人は早とちりだったことを認め、反省したのである。

 

 そんな四人の様子を見ながら、とりあえず疑いが晴れたアスナは、気にしてない様子で話がわかってくれればそれでよいと、苦笑しながら言葉にしていたのだった。

 

 

「それにいいんちょなら、イギリスぐらいなら遊びに行けるんじゃないの?」

 

「言われてみればそうですけども……」

 

 

 さらにアスナは、あやかならばイギリス旅行ぐらい普通にいけるのではと話した。なんたってあやかは雪広コンツェルンの令嬢である。海外旅行ぐらい当たり前のように出来るんじゃないかと、アスナは思っていたのだ。

 

 また、アスナたちの目的地はイギリスではなく魔法世界だ。ゆえに、本来なら黙っておいた方がいいと思われるかもしれないだろう。しかし、魔法世界へ行くには多くの魔法的なセキュリティーをくぐる必要がある。それを普通の人が越えるには、宝くじの一等が当たるぐらいの運がなければ不可能なほどのものだ。それを知っているアスナは、イギリスまでならついて来られても、特に問題ないだろうと判断したのだ。

 

 あやかもアスナの言葉を聞いて、言われてみればそうだったと考た。そこで別に新クラブにこだわる必要がないことを理解したのだった。そう、新クラブはイギリスへ行くための資金調達の意味でしかなく、それが出せるあやかには何の関係もないことなのだ。まあ、それでもネギがいる新クラブはうらやましく思っているのだが。

 

 

「一応カギ先生がクラブの管理してるから、そういうのも含めてそっちに言ってほしいわ」

 

「無論、そうさせていただきますわ!」

 

 

 そして、最後にアスナは、クラブのことならカギへ聞いてくれと述べた。あやかはその言葉に、当然そうさせてもらうと言葉にし、カギを探して聞き出してみようと思ったようだ。

 

 

「ごめんねー、アスナー。なんか噂ではアスナが新クラブ作ったって聞いて……」

 

「私も早とちりして申し訳ありませんでしたわ……」

 

「別に気にしないけど……。でも噂ねぇ……」

 

 

 そこでまき絵は、早とちりでアスナを悪者扱いしてしまったことを、少しいい訳を含めて謝罪していた。その謝罪するまき絵の姿につられ、あやかも同じように申し訳ないと言葉にしたのだ。まあ、アスナはそれほど気にもしていないことだったので、謝らなくても良いという感じの様子を見せていた。ただ、アスナは噂という言葉を聞いて、少し考える素振りを見せたのだ。

 

 というのも、この新クラブの話は、誰かが話さない限りは漏れないようなことである。それに、このことを話したのは、誰も来るはずがないエヴァンジェリンの別荘内だ。と言うことは、自分たちの中でそのことを勝手に話した人がいる可能性があるということだ。

 

 いや、それでも勝手に話すような人がいただろうか。確かにハルナあたりは口が軽く、うっかりしゃべってしまうかもしれない。それでも、魔法世界へ行くという考えで動いている彼女が、そんなうかつなことをするとも思えなかった。

 

 魔法がバレたら記憶を消すという条件で、今の立場にいるのが彼女たちである。それを知っているアスナは、ハルナがうっかり話したなど、考えられないと思ったのだ。ゆえに、一体何故そのことが噂になったのか、まったくわからなかったのである。

 

 

 ――――――実際噂を流したのは、やはりあのアーチャーとかう男だ。アーチャーは原作に近づけるため、あえてそう言った噂を流したのだ。まあ、この行動が原作に近づくかはわからないが、多少ながら効果はあったということは間違えないだろう。本当にこのアーチャーとかいう男、原作遵守のことで頭がいっぱいらしい。困ったやつだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 時間もだいぶ経ち、日は落ちて月明かりだけが輝く闇の時間となった。しかし、それは空での話。地上ではなにやら点々と明かりが光っていた。それは竜宮神社近くで行われているお祭りである。夏の風物詩であり、イベントの一つであるお祭りが、そこで行われていたのだ。

 

 そして、そんなお祭りにやってきたのはネギと小太郎だった。二人とも祭りということで、着物を羽織った恰好だった。やはり雰囲気は大事である。しかも、ふたりの手にはすでにわたあめが握られており、完全に祭りを楽しんでいたようだった。

 

 

「これが日本のお祭りかー」

 

 

 はじめてみる日本のお祭りに、ネギはたいへん興奮した様子を見せていた。並んだ屋台、多くの人、そして食べ物が焼かれる香ばしい匂い。どれもネギには新鮮だったのである。うきうきとした感情を多少抑えながらも、周りを見て何をしようか考えるネギだった。

 

 

「学園祭とはまた違った感じでいいね」

 

「お! そうやネギ、金魚すくい勝負せんか?」

 

「いいよ、やろう!」

 

 

 学園祭とは違った祭りの雰囲気に、ネギは大変満足していた。そこへ小太郎が金魚すくいの屋台を見つけ、勝負しようと申し出たのだ。勝負を挑まれたからには戦わずにはいられまい。ネギはそれを快く承諾し、そちらへと走っていったのである。

 

 

「二人とも楽しそうやね」

 

「あれが自然体なのでしょう」

 

「子供なんだからあれでいいのよ」

 

「うむ……」

 

 

 そんな二人の様子を遠くから眺めながら、笑いあう四人の着物の少女。木乃香は二人が本当に楽しそうにしていると、微笑んで言葉にした。

 

 そして、刹那はあれこそがネギと小太郎の齢相応の行動に、多少安堵した様子を見せていた。ネギは少し背伸びをしすぎる部分があるし、小太郎も戦闘狂。どちらも少し子供らしくない部分があったからだ。

 

 そんでもって、アスナも子供はあれでよいと小さく笑って話した。あのぐらいはしゃいだ方が、子供として当然なのだと、そう思っていたのである。さらに、その横でわたあめをモグモグとほおばり、アスナの言葉を肯定する焔が居た。

 

 

 また、ネギと小太郎の金魚すくい勝負に、突如としてサングラスをしたおかっぱ金髪の大男が現れた。それはゴールデンのことバーサーカーだった。このバーサーカーは(ゴールド)と言う言葉がつくものが大好きだ。金魚もまたしかり、ゆえにバーサーカーもそれにつられて現れたようだった。……と言うよりも、このバーサーカーの逸話を考えるなら金魚よりも鯉の方が似合うのだが。

 

 

 しかし、それ以外にも遠くでネギと小太郎を眺めるものがいた。それはネギの双子の兄であり転生者でもあるカギだ。カギもまた、ここへやって来ていたのである。ただ、ネギとは違い着物ではなく、シャツにズボンと言うラフな恰好だった。

 

 

「子供だねぇ……」

 

 

 いやあ、ネギはまだまだガキだな。カギはネギのはしゃぐ姿を見て、そう思っていた。このカギ、転生前はそこそこ人生を長く生きた男だ。そして、こちらで生まれてはや10年、ガキみたいにはしゃぐ齢ではないと思っているのだ。まあ、実際ははしゃぎたい気持ちもあるのだが、あえてこらえて大人ぶっているだけなのだが。

 

 

「カギ先生も子供ですよね……?」

 

「うおっ!? なんだゆえか……。それとのどかもか」

 

「こんばんわ、カギ先生」

 

 

 そんな一人でつぶやくカギの横へ、そっと現れツッコミをいれる夕映。突然耳元から声が聞こえたので、カギは驚きながら後ろをとっさに見た。するとそこにはやはり着物姿の夕映とのどかがいたのである。とりあえず落ち着いたカギを見て、のどかは笑いかけながら挨拶を述べていた。

 

 

「オホン。ゆえは俺が子供と言うが、俺は見た目は子供で頭脳は大人なのさ」

 

「そうには見えませんが……」

 

 

 夕映に子供だと言われたカギは、少し偉そうな態度で見た目は子供だが頭は大人だと言い出したではないか。いやはや、どの口がそれを言うのだろうか。夕映は当然呆れた顔で、それはないと断言したのであった。

 

 

「んなことより、のどかはネギんとこ行かんでいいんかい?」

 

「そうです! 祭りの中を二人並んで歩くチャンスなんてなかなかないですよ!」

 

「う、うん」

 

 

 とまあ、そんなことはさておいて、カギはのどかへネギのところへ行かないのかと尋ねたのだ。カギもまた、のどかがネギに惚れているのと知っている。なので、せっかくの祭りなんだから一緒に回ればいいのに、と思ったのだ。

 

 さらに、夕映もカギの意見には同意だった。こんなチャンスはめったにない、年に一度か二度かのチャンスだ。この好機を逃す手はないと、のどかへ声を荒げて話したのだ。ただ、のどかもそのぐらいわかっているので、少し小さな声で夕映の言葉に返事をしていた。

 

 

「でも、楽しそうだし邪魔しちゃ悪いかな……」

 

「おいおい、そうは言うがなー…」

 

「それじゃいつまでも進展しませんよ……」

 

 

 それでものどかがネギの下へ行かないのは、ネギが小太郎と楽しそうに遊んでいたからだ。普段見せぬ子供らしくはしゃぐネギを見たら、邪魔をしては悪いとのどかは思い、遠慮していたのである。

 

 いや、確かにそうかもしれないが、チャンスはチャンスだ。そうカギは思いながら、のどかの意見に呆れていた。夕映も同じ気持ちだったらしく、このままではずっと平行線であり、恋人になるなんて夢のまた夢だと思ったのである。

 

 

「それでも、私は楽しそうなネギ先生が見れればそれでいいよ」

 

「なんという愛の重さ……」

 

「そこは深い愛情と言うべきでしょう……」

 

 

 また、のどかは楽しそうにしているネギが見れればそれでよいと、微笑みながら言って見せた。カギもそれには愛が重いと感じ、それでいいのかと思ったようだ。夕映はカギの発言に、言い方ってものがあると思い愛情が深いのだと訂正したのである。

 

 

「まぁ、本人がそう言うならいいけどよー。後で後悔せんようになー」

 

「カギ先生はどちらへ?」

 

「俺はツルむの苦手なんでぇ、一人でふらつくわ」

 

「そうですか……」

 

 

 カギはそれでものどか本人がそう言うなら、別にいいと話した。が、それでも後悔はするなとだけ、忠告したのである。そして、その後クルリと二人に背を向け、スタスタと歩き出したではないか。夕映はカギがどこへ行くのだろうと思い、それを尋ねれば、カギは一人で祭りを楽しむと言い出した。夕映はそこで、少し考える素振りを見せた後、すっと意外な言葉を出した。

 

 

「でしたら、私たちと祭りを回るのはどうです?」

 

「はぁ? なんで?」

 

 

 ならばと夕映は、カギに一緒に祭りを回りましょうと、誘ったのである。カギは多少驚いた顔を見せ、少し乱暴な感じで、どうしてだと言葉にした。何せカギも誘われるなど思ってなかったので、不意打ちを食らった衝撃を受けていたのだ。

 

 

「なんでって……。友達を誘うのに理由が要るんですか……?」

 

「いっ、いや、おめーらの邪魔とか悪いし……」

 

 

 なんでと聞かれた夕映は、ちょっと困った顔をしながらも、友人を誘うことに理由など不要だと話した。カギはそんな夕映の言葉に困惑してどもりながらも、自分が居たら二人の邪魔になると理由を述べたのだ。

 

 

「別に私も大丈夫ですよ」

 

「ほら、のどかもそう言ってますし」

 

「ぐっ、ま、まあおめーらがそこまで言うんなら、一緒に回ってやらなくもない」

 

 

 しかし、のどかも特に気にする様子もなく、カギと祭りを回ってもよいと言った。夕映はのどかもOKだと言うのだから、別に気にすることなんて何もないと、カギを説得するように話したのである。こうなってしまったのでは仕方がない。カギは諦めて、少し偉そうな態度で、一緒に回ってやると宣言したのだ。まあ、カギは心中、結構嬉恥ずかしいという感じなのだが、それはあえて表に出ないように必死で耐えていた。

 

 

「では決まりですね」

 

「しょうがねぇな……。付き合ってやるよ」

 

 

 夕映はカギが一緒に回るという言葉に満足し、笑顔で決まりだと述べた。カギも渋々という顔で、やれやれと首を横に振っていた。が、やはり心の中では嬉しいと思っており、本当に小さく笑っていたのだった。

 

 

 だが、祭りに来ていたのは彼らだけではなかった。この男もまた、祭りへやってきていたのだ。

 

 

「やはり祭りで喰う焼きソバは一味違うな」

 

 

 それはあの刃牙だ。刃牙も久々の祭りということで、この場にやってきていたのである。この男もまた、普段どおりのラフな格好であり、祭りの雰囲気など気にしている様子はなかった。そんな刃牙は屋台で売っていた焼きそばをすすりながら、いやーうまいうまいと一人ごちっていたのだった。

 

 

「んっ?」

 

 

 そんな時、刃牙はあるものを見つけた。それは明らかに自分の知り合いの横顔だった。その人物とは、髪を下ろした着物姿のアキラだったのである。また、周りには友人らしき姿があり、何かを覗くような様子を見せていたのだ。

 

 

「何やってんだアキラ……」

 

「あれ、刃牙。刃牙も祭りに来てたんだ」

 

「まあなぁ。で、何してんだこんなところで……」

 

 

 とまあ、とりあえず刃牙は、アキラの下に来て何をしているのか話しかけた。はっきり言って非常に怪しい行動をアキラたちがしていたからだ。と言う訳で刃牙は、そっとアキラの横から呆れた感じで声をかけたのである。

 

 アキラも話しかけてきたのが刃牙だとすぐにわかったので、刃牙も祭りに来ていたことに関心した様子を見せていた。何せ刃牙は祭りなんてあまり来るような男ではなかったからだ。昔は付き添わせて祭りを回ってもらったことぐらいあったが、それ以外は刃牙本人から行こうはしなかったのだ。

 

 それをアキラに言われた刃牙は、まあな、とぶっきらぼうに返し、むしろこっちの質問に答えて欲しいと言わんばかりに、再び何をしているのかとアキラへ聞いたのである。

 

 

「ん? この人は?」

 

「アキラの彼氏ー?」

 

「違うって。ただの隣の家のお兄さんだよ」

 

 

 そこでようやく刃牙に気がついたのか、アキラと同じように怪しい行動をしていた友人二人、祐奈とまき絵が刃牙の方を向いたのだ。そして、この兄さんは一体何者なのだろうと、疑問の声を祐奈があげた。また、まき絵はこの年上の男性がアキラと親しそうな感じに見えたので、もしやアキラの彼氏なのではと言葉にしたのである。

 

 しかし、アキラはまき絵の言葉を即座に否定し、慌てる様子すら見せずに、淡々と知り合いであると説明したのだ。やはり刃牙はアキラにとって、ただの隣に住む手のかかる兄のような扱いなのである。

 

 

「つまり憧れのお兄さん的な?」

 

「彼氏候補かな?」

 

「だからそうじゃないって!」

 

「ぬうう……。女子ってのはその手の話が好きなのか……?」

 

 

 しかし、祐奈はその説明を聞いて、ニヤリと笑って憧れの先輩みたいな感じなのだろうと言い出した。まき絵も同じように、彼氏じゃないなら彼氏候補、友達以上恋人未満な関係なんじゃないかと疑ったのである。

 

 いや、違う。そういう関係では断じてない。アキラは一度の説明でわかってくれなかった二人に、少し怒り気味に否定の言葉を叫んだ。まあ、隣の家の年上の男性と親しかったら、そう思われても仕方のないことでもあるのだが。

 

 ただ、刃牙は盛り上がる女子トークを見て、このぐらいの年頃の女の子はこういった話題に敏感なのかと、少し困惑した様子を見せていた。この刃牙、鮫の話になると早口になる男だが、そう言った恋バナ的なものはあまり理解がないのである。

 

 

「つーかよ、そろそろ俺の問いに答えてくれっと嬉しいんだが?」

 

「ああ、友達を見守ってるだけだよ」

 

「……見守る?」

 

 

 そんなことよりも先ほどの質問の答えが返ってきていないと、またも呆れた感じで刃牙はアキラへと話した。するとアキラから、何かよくわからない答えが返ってきた。その答えは友人を見守るというものだった。何それ、刃牙が答えを聞いて最初に思ったことはそれだった。だから再び一体何だねそれはと、質問したのである。

 

 

「そうそう!」

 

「ほら、あそこ!」

 

「ん? アイツは確かあの時の……!」

 

 

 そこで、それを聞いていたまき絵が。見守っているということで間違いないという感じの言葉を悠々と話だした。さらに祐奈が指をさし、そこを見て欲しいと言い出した。

 

 刃牙は一体なんだと思い、祐奈の指が示す場所を見ると、そこには三郎と亜子が並んで歩いていたのである。刃牙は三郎のことを知っていたし、学園祭の時に亜子を身を挺して守っていたのも間近に見ていた。なので、やはり、という気持ちが強かったが、それでも刃牙は少しだけ驚いた様子を見せていたのだった。

 

 

「そういえば刃牙、学園祭の時に三郎さんと話してたね」

 

「まあな、色々話が合うのさ」

 

「そうなんだ」

 

 

 刃牙の言葉を聞いたアキラは、刃牙と三郎が仲よさそうに会話しているのを思い出した。それを話すと、刃牙は”話が合う”とだけ言葉にしたのだ。実際は転生者同士ということで、ある程度話が通じる、という意味でもあるのだが。しかし、アキラにはそんなことなどわかるはずもなく、ただ気が合うので友人になったのだろう、と思っただけであった。

 

 

「しかしよぉ、こりゃ”見守る”と言うより”ストーキング”なんじゃねぇの?」

 

「そうかもしれないけど、なんかほっとけないし……」

 

「面白そうだし!」

 

「しょうがないよね!」

 

「オイオイオイ……」

 

 

 だが、刃牙はそのアキラたちの話を聞いて、見守るというかストーキング、でなけりゃデバガメではないかと思ってそれを言葉にした。アキラもそうだと思っていたので否定はしなかったが、やはり友人がうまくやっているか心配だからと理由を述べたのだ。

 

 ただ、祐奈とまき絵は面白そうだから、と言い出した。自分たちの友人がその彼氏とイチャイチャしているのを眺めると言うのは、彼女たちにとって甘い蜜のようなもののようだ。

 

 刃牙はその二人の答えを聞き、冗談かよと思いながら完全に呆れていた。まあ、それでも別に自分が被害を受けている訳でもないので、さほど注意しようとも思わなかった。

 

 

「つうかよ、見えなくなっちまうけどいいのか?」

 

「本当だ! 早く追うよ!」

 

「うん!」

 

 

 そこで刃牙は話に夢中になってきている彼女たちに、目的の二人が見えない位置に行ってしまうと注意した。すると、祐奈がそちらを振り返り、これはマズイと思ったのか早く追おうと叫んだのだ。まき絵も祐奈の言葉に同意し、すぐさまその後を追って行ったのだった。

 

 

「そう言うことだから、またね!」

 

「お……、おう……」

 

 

 同じくアキラも二人の後ろを追って走り出した。そこでアキラは刃牙の方を振り返り、またね、と声をかけた後に去っていった。走り去るアキラに刃牙は、困惑しながらも返事をし、その三人の少女の後姿を眺めながら立ち尽くしていた。

 

 

「大変だなアイツも……」

 

 

 刃牙はそんなアキラたちが見えなくなったところで、駄目だあいつら、と思いながら大変だな、と言葉をもらした。大変だな、と言うのは必死に友人を追跡するアキラのことではなく、追跡されている哀れな三郎へ送った同情の言葉だった。その後刃牙は歩き出し、屋台で出される数々の料理に舌鼓を打つのであった。

 

 

 そして、刃牙に知らずに同情された三郎。その彼は祭りということで着物姿を見せており、当然隣を並んで歩く亜子も着物姿だった。後ろから少女三名が追って来ていることなどわからぬまま、亜子と久々のデートを楽しんでいるようであった。

 

 何故こうなったかと言うと、三郎が送られてきた亜子の写真を見た後、すぐに亜子へと電話をかけた。その時に亜子が、ならばこの祭りを一緒に回ろうと誘ったのである。三郎も久々の誘いだったし、こちらも誘ってなかったことを思い出し、快く承諾したのだった。

 

 

「デートとかホンマに久しぶりや」

 

「そうだね、学園祭以来……かな……?」

 

「確かそうやったと思う……」

 

 

 久々のデートということで、亜子も心躍るという様子を見せていた。何せ学園祭以来のデートだ。待ちに待ったというだけあって、亜子は嬉しくて仕方のなかった。

 

 ただ、三郎は学園祭、という言葉を述べた時、あの時のことを思い出していた。あの時とは、やはり銀髪のこと神威に襲われたときのことだ。銀髪が言った”お前は私と同じ存在だ”という言葉が、三郎に引っかかり続けていたのである。

 

 

「……何か元気があらんに見えるんやけど、大丈夫なん?」

 

「え? そうかな……? 別にいつもどおりだし元気だけど……?」

 

「それならええんやけど……」

 

 

 どこか気持ちここにあらずで気落ちした様子を見せる三郎を見て、亜子も元気がないのではないかと思った。だから亜子は三郎に、病気とかしていないか心配になり、大丈夫なのかと声をかけたのだ。三郎は突然心配する亜子に、心配させてしまったことを悔やみながらも、体をハキハキ動かしながら元気であるとアピールして見せた。亜子はそんな三郎を見て大丈夫かなと思ったが、やはりどこか元気がない三郎がとても心配になっていた。

 

 

「あっ、カキ氷か。食べる?」

 

「ええなー。じゃあウチはイチゴ味がええねん」

 

「わかった、ちょっと待っててね!」

 

 

 三郎は亜子に気を使わせてしまったと思い、とっさにカキ氷屋の屋台を見つけ、亜子にそれを食べたいか聞いたのだ。亜子は三郎がどこか気を使っていることを察し、あえて満点の笑みを浮かべながら、ならばイチゴ味のカキ氷をお願いと話したのである。三郎はそれを聞いた後、待つように言葉にするとすぐさま屋台へ走っていった。その後姿を眺めながら、亜子は静かにため息をついていた。

 

 

「……やっぱり三郎さん、元気あらへん……」

 

 

 亜子は、やはり三郎の元気がないことをしっかり認識していた。自分とのデートが面白くないのではないかと思ったが、そう言う感じでもなさそうだとも思った。ならば何か大きな悩みでもあるのだろうか。それなら自分に相談してほしい。亜子はそう考えながらも、それを三郎に言う勇気がなかなか出ないでいた。

 

 ただ、それを亜子が聞いたとしても、三郎ははぐらかすだろう。この問題は三郎の問題であり、彼が答えを見つけない限り解決しないものだからだ。

 

 その後、三郎が二つのカキ氷を握り締め戻ってきて、そのひとつを亜子へと渡した。そして、二人は祭りを回りながら、他愛のない会話をするのだった。ただ、それでもやはり三郎の小さなわだかまりが解消することはなかった。

 

 

 盛り上がる祭りの中、アスナたちもしっかり祭りを楽しんでいた。木乃香と刹那はアスナの少し後ろを歩きながら、二人で屋台を眺めたりとせわしない様子を見せていた。また、焔は屋台で売っている料理を食べながら、祭りはよいと思っていたようである。

 

 そして、そんなところに現れたのは、リーゼントの青年、状助だった。この状助も祭りの雰囲気とは関係なく、学ランっぽい黒の服装でやってきていた。むしろそんな格好で暑くないのかと言われそうな、そんな格好だった。

 

 

「よぉ!」

 

「状助もお祭り?」

 

「まぁな、たまにはこう言うのも悪くねぇ」

 

 

 状助はアスナを見つけると、片手を挙げて一言声をかけた。アスナは状助がこの祭りに来ていることに意外だと思ったのか、そのようなことを口にしていた。状助もまた、祭りにはあまり顔を出さない人間だった。が、気分転換にはもってこいと思った状助は、この祭りに来たのである。

 

 

「おっと、そういや頼まれたヤツ、終わったんで後で渡すぜ」

 

「もう? いいんちょといいそっちも早いわね……」

 

「おいおい、あっちも終わってんのかよ……。グレート……」

 

 

 また、気分転換だけが目的ではなかった。アスナに頼まれていたナギの調査報告もかねて、ここにやってきたのである。まあ、今は祭りの真っ最中。ここで報告書を渡すと邪魔になる。状助はそう思ったので、後で渡すとアスナに話したのだ。そこでアスナはあやかに頼んだ調査と同じぐらい早いと、その調査速度に驚きを見せていた。状助もあやかの方の調査がすでに終わったことに驚き、グレートとつぶやいた。

 

 

「ところでよぉ、話が変わるんだがよぉ……」

 

「何?」

 

「俺よぉ、あのカギっちゅう先公に誘われてんだけどよぉ……」

 

 

 と、そこで状助はその話を折ると言うことを言い出した。一体何だろうか、アスナはそれを尋ねてみれば、状助はカギに誘われたと言い出したではないか。

 

 

「誘われてるって、何に……?」

 

「例のイギリス、いや、まほー世界っちゅー場所にだぜ」

 

「え?」

 

 

 ただ、誘われたと言っても色々ある。ゆえに、どんなことに誘われたのかわからなかったアスナは、それを再び状助へと聞いてみた。すると、衝撃的な答えが返ってきた。なんと、状助はあのカギに、魔法世界へ来ないかと誘われたと言うのだ。それにはアスナも驚き、一瞬ポカンとした顔で、少々マヌケな声を口からもらしていた。

 

 

「な、何で……?」

 

「俺が知るかっつーのよぉ! いや、多少はわかってるんだが……」

 

「そうなの……」

 

 

 アスナは動揺した様子で、何でそんなことに誘われたのかと状助へ問い詰めた。だが、状助も知らないとばかりに声を上げたが、その後すぐに少しわかると言葉をこぼした。

 

 と言うのも、カギは知り合った転生者にも、魔法世界へ行かないかと声をかけていたのだ。そして状助も、自分が転生者ゆえにカギに誘われたのだと言うことぐらい察しがついていたのである。アスナは状助が誘われたのはよくわからないが、それはカギに聞けばいいと思ったので、その部分は追求せずに引き下がった。

 

 

「で、どうするの?」

 

「どうするったって……、まぁ悩んでるんだけどな……」

 

 

 まあ、誘われたのなら仕方がない。アスナはそれなら返答をどうするのかを、状助へと聞いてみた。すると状助は、さてどうするかと腕を組んで悩んでいる様子を見せたのだ。

 

 この状助、魔法世界とやらには多少興味がある。が、そこで起こりうる事態を”原作知識”で知っていた。さらに、覇王からも魔法世界へ来ないかと誘われた時も断ってもいた。なので、いまさら魔法世界に行きたいというのも気が引けると考えていたのだ。

 

 

「私ははっきり行って、断った方がいいと思うけど」

 

「やっぱそう思う?」

 

「当たり前じゃないの。何かあるかもしれないじゃない」

 

「そうだけどなぁ……」

 

 

 そんな悩む状助へ、アスナはハッキリと断ってしまえと言葉にした。状助もやっぱそう思うかと、アスナへと言ったのだ。

 

 そりゃ当然だ。何せアスナもあっちで何があるかわからないと思っているのだから。それに、状助はスタンドと言う特殊能力を持ってはいるが、身体能力は一般人程度。それを考えれば、危険を冒してまで魔法世界に来ることはないとアスナは考えてるのだ。

 

 ただ、状助とてそのぐらいわかっていた。自分がクレイジー・ダイヤモンドを使えるだけのただの人間と言うことぐらい、しっかり理解していた。それでも悩んでいるのには、ある程度理由があるのだ。

 

 

「そうよ。だから断った方がいいわよ」

 

「でもよぉ……、それなら俺の能力が役にたつかも、と思うとなぁ……」

 

「……何でも治す能力……」

 

 

 だからさっさと断りなさい、アスナは状助へそう再度忠告した。正直言ってしまえば、あまり状助に魔法世界へ来てほしくないからだ。

 

 しかし、状助は自分の能力に多少自信があった。また、”原作知識”を考えて、自分の能力は役に立つと思っていたのだ。なんでも修復する能力があれば、どんな傷でも治すことが出来るからだ。

 

 状助がそう話すと、アスナも状助の能力のことを考えてみた。確かに状助の能力はとても便利だ。どんなものでも即座に修復する力。それは何度も見てきたし、自分も体感した事のある力だ。妙な安心感も存在することも理解していた。

 

 

「でも、それってアンタ自身に効果はないって言ってたじゃない!」

 

「まあそうなんだがよぉ……」

 

「やっぱり危険よ!」

 

「う、うーむ……」

 

 

 だが、アスナは肝心なこともしっかりと覚えていた。昔、状助がアスナへと話したことだ。それは状助の能力、クレイジー・ダイヤモンドの効果は状助本人には適用されていないということだ。つまり、状助自身に何かあった時、自分で自分を治せないということなのだ。だからやっぱり危険だと、アスナは状助に怒鳴ったのである。

 

 状助もそのことを考えないはずなく、確かにそうなのだと縮こまるように声を出していた。まあ、それもどうしようかと悩む要因の一つでもあるのだ。

 

 アスナは状助に危険な目にあってほしくないので、状助に強くあたっていた。状助もそこをわかっていたので、特に文句も言わずにそれを聞いて頷いていたのだ。そんな二人のところへ、あやかがそっと現れた。あやかもアスナと同じように、祭りを楽しむために着物を着てきたようだった。

 

 

「あら、お二人ともごきげんよう」

 

「ん? なんだいいんちょか」

 

「なんだとは失礼ではなくて!?」

 

 

 あやかは二人が話しているのを見て、とりあえず会話に入ろうと声をかけた。ただ、アスナはそんなあやかに、なんだ、と言って切り捨てたではないか。なんだ、なんて言われたあやかは、流石に少し頭にきたのか、怒鳴るようにアスナに文句を言ったのである。

 

 

「それと、お久しぶりですわね、東さん」

 

「う、うーっす」

 

「いつも思うんですが、あなた、私には態度が硬いというか……」

 

「そ、そうっスか? んなこたーねぇーと思うんっスけどねぇ……」

 

 

 ただ、アスナのこんな態度は今に始まったことではない。あやかはその苛立ちを押さえ、久々に会う状助へと挨拶したのだ。状助はなんだかぎこちない態度で、あやかへ挨拶を返していた。

 

 そんな状助を見たあやかは、いつもいつもそんな態度で接する状助に疑問を感じたのであった。だから状助に、何故自分の時はそこまで態度が硬いのかと聞いたのである。

 

 しかし、状助はまたしてもぎこちない態度で、そんなことは無いと否定した。が、実際そんなことはあると思っている状助。どうしても状助は、あやかへ接する態度が硬くなってしまうらしい。だが、その理由はあやかが”原作キャラ”だからと言うわけではなく、単純にお嬢様だからなのだ。

 

 

「まあいいでしょう。それよりアスナさん」

 

「何?」

 

 

 まあ、それよりもあやかはアスナに伝えたいことがあった。と言うよりも、それを伝えるためにアスナのところへやってきたと言っても過言ではなかった。ゆえに、あやかはアスナへと再び声をかけた。アスナもあやかの意味深な言葉に、何だろうと思っていた。

 

 

「私、イギリスへ旅行することに決めましたわ!」

 

「そうなんだ」

 

「何イィッ?!」

 

 

 そして、あやかは深呼吸をした後、イギリス旅行へ行くことをアスナへとビシッと指をさして堂々と宣言したのだ。そんなあやかの前でさえ、淡白な態度で接するアスナ。アスナはあやかの行動に基本的に慣れており、別に今さら驚くようなことではないのだ。しかし、そのアスナの隣に居た状助が、逆にめちゃくちゃ驚いていた。飛び上がって雲を突き抜けるぐらいの驚きようだった。

 

 

「? なんで東さんが驚くのです?」

 

「いや、何でもねぇっスよお!」

 

「はぁ……」

 

 

 状助の異様な驚きように、あやかは少し引いていた。が、何で驚いてるのかまったくわからなかったので、それを状助に尋ねてみたのだ。すると状助はあれだけ驚いていたにも関わらず、なんでもないと言い出した。あやかはもはや意味がわからなくなり、ただため息をつくだけであった。そこで状助はアスナの方を向き、突如その肩に腕を回して顔を近づけだしたのである。

 

 

「おい、どういうことだよアスナぁ!」

 

「どうもこうも、イギリスぐらい問題ないでしょ?」

 

「そりゃそうだが……」

 

 

 さらに、状助は小声ながら叫ぶような感じで、一体どういうことだと言い出した。アスナはそんな状助に呆れながら、イギリスに来るぐらいなら問題ないと話したのだ。それを聞いた状助は、まあ確かにと思ったのか、急に勢いを失いたじろいでいた。

 

 

「あっちに行くには数多くのセキュリティーを抜けなきゃならないし、普通の人にはまず来れないわよ」

 

「うーむ……」

 

 

 アスナとて何も考えなしに、あやかのイギリス行きを許すはずがない。何せ魔法的セキュリティーを突破しなければ魔法世界などには行けないのだ。それを状助へと説明すると、状助は完全に黙ってしまったのである。

 

 

「何を二人でコソコソ話してるんですの?」

 

「な、なんでもねぇっス!」

 

「別になんでもないけど?」

 

 

 突然コソコソしだした状助とアスナに、何を話しているのかと語りかけるあやか。状助は今の会話のこととアスナの肩に腕を回している状況にハッとして、慌ててアスナから離れてなんでもないと言葉にしていた。しかし、アスナはやはりしれっとした態度で、別に何もないと言うだけであった。

 

 

「ふーん? とりあえずそう言うことですので、いつ行くか決まったら教えてくれますわね?」

 

「ああ、それならカギ先生が言うには、8月の12日あたりって言ってたわよ」

 

「そうですか……。わかりました、助かりましたわ」

 

「一応の日程だけどね」

 

 

 あやかはアスナが何でもないと言うのなら、まあそうなんだろうと思い、淡白な返事を返していた。そして、ネギたちがイギリスに出発する予定が決まったら教えてほしいと、アスナへと頼んだのである。

 

 アスナはそれを思い出したかのように、すぐさまあやかへと話した。カギが予定するには、大体8月12日をめどに、イギリスへ行くと言っていたのだ。その説明を聞いたあやかは笑顔でアスナに礼を述べると、アスナはまだ決定と言う訳ではなく、予定であると言葉にした。

 

 

「では、お二人とも、引き続きお楽しみくださいませ」

 

「はぁ?」

 

「そりゃどういう意味っスかねぇ……?」

 

 

 とまあ、言いたいことも言ったし聞きたいことも聞いたあやかは、仲良さそうにする状助とアスナの邪魔をしてはよくないと思い、一言別れを述べるとすぐさま立ち去っていったのだった。アスナはあやかの意図がまったく理解できず、とぼけた顔で疑問の言葉をもらしていた。

 

 しかし、状助は微妙にあやかの言葉が理解出来たのか、何か勘違いをされてしまったのではと思ったようだ。なので、どんな意味でそれを言ったのか聞きたかったようで、それを声に出しては見たが、すでにあやかの姿はなかったのだった。

 

 

「別に走って立ち去る必要なんてないのに……」

 

「おっ、おぉぉ……、グレート……」

 

 

 あやかが勢いよく走り去ったのを見て、アスナはなんでそこまでするのかと言うことを口からこぼしていた。だが、やはり状助は意図を多少理解していたので、しゃがみこんで頭を抱えながら、唸り声をあげていたのである。

 

 

「そっ、そうだ! 俺も祭り勝手に回るからよォ! まっ、また後でな!」

 

「え? 別に一緒に回ってもいいんだけど?」

 

「オメーら女子だけで遊んでるのを邪魔なんてできねぇぜ!」

 

 

 そこで状助は突如立ち上がり、一人で祭りを回ると言い出した。そして、また後でと言って即座に立ち去ろうとしているではないか。アスナは気にせず一緒に回ろうと言うが、状助は女子だけで遊んでるのに男子が居ては邪魔になると言い訳し、NOと断った。

 

 

「と言うワケで、さらばッ!」

 

「ちょっと、状助!?」

 

 

 さらば。状助はそう叫ぶと、両腕を振り上げてランナーのように走り去った。アスナは状助を静止しようと声をかけたが、気がつけば姿が見えないところまで逃げられてしまったのである。

 

 

「おろ? 状助がおったと思ったんやけど、どこへ?」

 

「何か慌てて走り去ってったわ……」

 

 

 状助が走り去った後、アスナの下へ木乃香がやってきた。そして、状助がいたような気がしたとアスナへ話すと、なんだかわからないが状助は走って行ったと、アスナは木乃香へ説明したのである。

 

 

「私たちに気を使ってくれたのと、女子に囲まれるのに抵抗があったのでしょう」

 

「別にいまさら気を使うような仲でもないでしょうに……」

 

「状助も男子やし、女子にはさまれるっちゅーのは恥ずかしいんやろな」

 

「そんなもんかしらねぇ」

 

 

 そこに刹那も現れ、状助は女子に囲まれるのは抵抗があったのだろうと想像を語っていた。ただ、アスナは随分長く状助と付き合いがある。それゆえ、いまさらそんなことを気にする必要なんてないだろうと思っているのだ。そう言うアスナに木乃香が刹那の言葉を便乗し、女子複数と一緒に居るのは状助も恥ずかしいのではないかと話した。

 

 まあ、そりゃ年頃の男子が女子に囲まれるのは少し気恥ずかしいものかもしれない。それでもアスナはそこんところがよくわからないようで、そんなもんなのかと言葉にするだけだった。

 

 

「先ほどの会話を耳に挟んだのだが、あっちへ行くという話しか?」

 

「ん? まあ、そんな感じかな」

 

 

 そう腕を組んで状助のことを考えるアスナのところへ、焔が現れ声をかけた。焔は先ほどの話しを小耳に挟み、魔法世界へ行くということなのだろうかと思ったようだ。また、焔はやはり右手にはフランクフルトを握り、屋台の食事を満喫しているようだった。アスナもそんなことを話していたと、正直にそれを話したのである。

 

 

「その件で言ってなかったことがあったので、ここで話そう」

 

「ん? 何のこと?」

 

 

 焔は話してなかったことがあったので、それを思い出してここで話すことにした。それは何だろうか、アスナはクエッションマークを頭に光らせ、それを焔へと尋ねてみた。

 

 

「私は兄と一足先にあっちに戻ので、同行は出来ないと言おうと思っていたのだ」

 

「そっか。まあそっちは完全に帰郷だもんね」

 

 

 焔はアスナたちが魔法世界へ行くことを知っていた。だが、それに同行することは出来ないと話した。何せ焔は義兄である数多と、その前にアルカディア帝国へ帰ることを予定していたからだ。

 

 アスナはそれを聞いて、まあ自分の実家みたいなところへ帰るのだから、それも当たり前かと言う様子を見せていた。それに、自分たちについて来る義務はないし、特に気にすることではなかった。

 

 

「とは言え、まだすぐに戻ると言う訳ではないので、もう少しこちらで遊ぼうとは思ってる」

 

「そうね。じゃあ今度みんなで海に行く話はOKってことね?」

 

「それなら問題ない。毎年のことだが、若干楽しみにしてるのだからな」

 

「そっかそっか」

 

 

 ただ、すぐに帰るという訳ではないと、焔は話した。せっかくの夏休みなのだから、とりあえずこちらで遊んでからでも遅くはないと思っていたのだ。そこでアスナは、ならば約束していた海に行く話しは問題なしでよいのかと質問すると、別に問題ないと微笑みながら焔は答えた。

 

 また、海へ行くことは毎年の恒例であり、焔にとってそれは楽しみの一つとなっていたのである。ゆえに、行かないという選択はなかったのだ。アスナはその答えに満足したのか、ニッコリ笑って納得した様子を見せていた。

 

 そして、彼女たちは屋台を回りながら、夜の祭りを堪能するのだった。



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百十三話 青い海

 ここ、成田空港にて、一人の少女が降り立った。魔法使いのようなローブにとんがり帽子、赤いツーサイドアップの髪の少女。それはアーニャだった。

 

 

「あいつ、来る来るって全然来ないんだから」

 

 

 アーニャは成田空港から外に出るや、日本晴れの空を見てそう独り言を述べた。”あいつ”とはネギのことである。ネギは夏休み前に故郷に手紙を送り、夏休みには帰ると報告していた。その手紙を見ていたアーニャは、今か今かとネギの帰りを待っていたのだ。

 

 しかし、一向に戻ってこないネギに痺れを切らせたアーニャは、自分から日本へ乗り込んできたのである。ただ、まさかアーニャが日本へ来るなど、ネギは予想してなかったのだった……。

 

 

…… …… ……

 

 

 サマーシーズン到来!

 

 空からは燦々と降り注ぐ太陽の光が地上を照らし、それが熱気となって夏らしい暑を生み出していた。さらに、青く澄み渡った空の遠くには入道雲が見え、真夏の空とわからせるには十分な光景だった。

 

 そんな晴れ晴れとした空の下、ある集団が浜辺へと急いでいた。その集団はネギやアスナたちである。アスナたちは夏ということで、ここ、日ノ島と呼ばれるところへと海水浴にやってきていたのだ。

 

 

「みなさーん! 早く早く! もうすぐ海ですよ!!」

 

「随分はしゃいでるわね」

 

「あのネギ君が随分とまあ……。いや、あの年なんだからあのぐらいが普通なんだけどね」

 

 

 ネギは珍しい海を目の前にし、子供のようにとてもワクワクしながらはしゃいでいた。そんなネギの姿を見て、笑みの表情で元気だなーと思うアスナ。その横で、子供らしからぬネギの年相応な姿に、少し驚くハルナがいた。

 

 

「ネギはガキだからな。まったくしょうがないやつだ」

 

「カギ先生も違うベクトルで子供だと思いますが……」

 

「え? そう見える? 嘘だろ?」

 

「いえ、本当です」

 

 

 いやあ、この前もそうだったが、ネギは所詮子供よなあ。そう考えて仕方がないやつと言葉にするのは、その兄カギ。しかし、そんなカギも所詮子供だ。そう言うのはカギの友人であり魔法使いの従者である夕映だ。夕映はカギのことを、ネギとは違うが子供っぽいヤツだと思っていたのである。

 

 それを聞いたカギは、何を言っているんだという顔で、そんなはずはないと言葉にした。そんなカギに普段どおりの態度で、子供だと告げる夕映だった。

 

 

「しっかし、これ結構いいじゃん」

 

「エヴァンジェリンさんから貰った”白き翼”の証ですか」

 

「白き翼だから白い羽のアクセサリーなんて、味な感じだね!」

 

「私も可愛いと思うな」

 

 

 夕映の言葉に頭を抱えもだえるカギを他所に、ハルナは夕映の横へ来て、白く輝く小さなアクセサリーを手にとって眺めていた。それはエヴァンジェリン手製のアクセサリーで、白き翼のメンバーに配ったものだ。

 

 白き翼の名を象った感じのアクセサリーに、ハルナは匠の技だと褒め称えていた。のどかもそっと同じものを取り出し、そのアクセサリーを可愛いと評価したのだ。

 

 

「見た目こそただのアクセサリーですが、説明によると色んな機能がついているそうです」

 

「へえー、こんなちっさいのにすごいんだねー」

 

「そのあたりはエヴァンジェリンさんに尋ねた方が早いかと」

 

 

 

 だが、このアクセサリーはただ単に、白き翼のメンバーに配った訳ではない。この白く小さな羽根の形をしたアクセサリーには、見た目以上に色々な機能が搭載されている。夕映はエヴァンジェリンから少しそれを聞いたので、そのことを二人へ話した。

 

 ハルナはこの小さなアクセサリーに、そんなものがあるとはと、さらに関心を深めたようだ。ただ、夕映も深くその機能について追求した訳ではないので、それを知りたければエヴァンジェリンに聞いたほうが早いと言葉にしていた。

 

 

「みなさーん! 遅いですよー!」

 

 

 そんな風にのんびりとしていたところに、ネギから足を速めて欲しいという言葉が飛び出した。あのネギからは想像できないような言葉であり、一同は少し微笑んでその様子を眺めていた。

 

 

「まあー、ウチらもはよ行こーか」

 

「そうですね」

 

「それがいいだろう」

 

 

 まあ、ネギがそう言っているのだから急ぐとしようか。木乃香はそう言葉にし、みんなに急ごうと催促した。刹那も木乃香の言葉に同意し、焔も同じだと頷いていた。

 

 こうして一同は海岸へと向け、その足を急がせたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 見渡す限りの海、青空、白い砂浜。そして、人、人、人。海水浴シーズンとあって、なかなか人が多く集まっていた。そんなところへやってきた一同は、支度をして元気よく太陽の光で熱された砂浜へと飛び込んだのである。

 

 

「そういえば、ネギ坊主は日本の海は始めてでござったな?」

 

「はい。それに故郷も山の中だったので……、海自体もこの前いいんちょうさんに誘われた時とで二回目ですね」

 

 

 とても中学生とは思えぬスタイルを持つ楓は、なかなかセクシーな水着姿を太陽の下に晒していた。そんな楓が、隣にいたハーフパンツ姿のネギへとひとつ質問した。それはネギが日本の海に来たことがなかっただろうか、ということだ。

 

 ネギは、そんな刺激的な見た目の楓に何も思わないのか、平然とした様子でその問いに答えていた。ネギが元々住んでいた場所は山の中であり、海そのものに触れたことがなかった。だから、ネギはそれを楓に話したのである。

 

 

「ああ、山にゃ湖しかなかったかんな。いやー、なかなか本当に久々だぜ! この日本の海の感覚はよ!!」

 

「ネギ先生は初めてなのに、カギ先生は日本の海の経験があるんですか?」

 

「クックックッ。俺は前世の記憶を持つ男……。前世では海蛇のマサって呼ばれていたぜ!」

 

「はぁ……。そうですか……」

 

 

 そこでネギと同じような水着姿のカギが、ネギの言葉に反応した。そして、自分の住んでいたところは山しかなく、水がある場所といえば湖ぐらいだったと言葉にしていた。

 

 しかし、カギは転生者ゆえに、前世での記憶を持っていた。この日本での海に来ること自体この世界では生まれて初めてだが、前世も日本に住む男子だったので、海ぐらい遊びに行ったことぐらいあったのである。

 

 夕映も海ということで、いつもどおりではあるが黒地で胸元にワンポイントがあるワンピース水着の姿を見せていた。また、そんなことを話すカギに、夕映がそれを不思議に思っていた。それは、ネギは日本での海が初めてだと語ったというのに、カギは久々だと抜かしたということだ。日本にはじめて来たはずなのに、そんなことがありうるのか、夕映はそう疑問に思い、それをカギへと聞いたのである。

 

 すると、カギは厨二臭い手のひらを顔の目の前に当てるようなポージングで、前世の記憶を持つ男だと言い出したではないか。さらに、前世では海蛇だのマサだの呼ばれていたと豪語したのだ。夕映はまたしてもカギの病気が始まったと思い、そんな言葉など本気にせず、ただただ呆れた顔でカギの話を流すのだった。

 

 

 そして、誰もが海へと駆り出し、楽しんでいた。アスナも木乃香たちとビーチボールを投げたりして海を満喫していた。

 

 彼女たちもこの前の島と同じスクール水着だったが、木乃香だけは違った。木乃香は刹那とおそろいに近い、旧型のスクール水着だったのだ。何せ少ししゃれた水着を見せる相手である覇王がいないのだ。別にそのあたりに気を使うことをしなかったのである。

 

 しかし、そんなところに何者かが、アスナへ声をかけてきた。ただ、それはアスナがよく知る女性の声だった。

 

 

「あら、そちらはアスナさんではありません?」

 

「そう言うアンタはいいんちょ? どうしてここに……」

 

 

 なんとそこに居たのは、この前の島で来ていたものと、同じビキニの水着をまとったあやかだった。アスナはこんなところであやかに出会ったことに驚き、一体何故、と言葉を漏らした。

 

 

「たまたまこちらもこの海で、クラスのみなさんと遊ぶ約束をしてまして……」

 

「ふーん。いいんちょならプライベートビーチとかで遊ぶイメージがあったんだけどね」

 

「私だって、誘われたのなら庶民的な場所でも遊びますわよ?」

 

「そうなんだ……」

 

 

 あやかはアスナとは別で、クラスの友人たちとこの海にやってきたと言う。本当に単なる偶然であり、ついてきたわけではない。むしろ、アスナをつける理由がない。単純にクラスメイトに誘われて、この海へとやって来たに過ぎないのである。

 

 アスナはあやかの説明を聞き、ふーんと口を鳴らしながら周りを見渡せば、確かに顔見知りなクラスメイトが数人ほど居るではないか。なるほど、彼女たちに誘われてあやかもここへ来たという訳か。アスナはそう考え、あやかの言葉を素直に信じた。

 

 ただ、そこでアスナはその説明を聞いて、あやかは別荘の島のようなプライベートビーチで遊んでいるイメージしかなかったと話したのだ。まあ、それは間違ってはいないとあやかは思ったが、友人に誘われたのならこういった場所でも遊ぶと、アスナの言葉を否定した。アスナはそれを聞き、あ、そうなんだ、と口に出し、知らなかったと思ったのであった。

 

 

 しかし、ああしかし、奇遇にも出会ったのは彼女だけではなかった。アスナがあやかに気を取られているところに、一人の男性と軽く接触してしまった。だが、やはりと言うか何と言うか、その人物もアスナがよく知る人物だった。

 

 

「っと、ごめんなさい」

 

「おおう、すまねぇ……。んん?」

 

「あ、状助?」

 

 

 なんと、なんと、アスナがぶつかって謝った相手をよく見れば、見知ったリーゼントがいるではないか。それこそまさにハーフパンツの海パン姿の状助だった。なんという偶然だろうか。アスナは気がつけば、そっとその名を言葉にしていた。

 

 それにしてもこの状助、中々の体格だ。高身長な上、さほど鍛えている様子はないと言うのに、がっちりとした体つきにソコソコの筋肉がついているではないか。何せジョジョの血統である東方仗助の肉体を神から与えられているのだから当然といえよう。ただ、そのせいで髪型がリーゼントへと勝手になってしまう呪いのようなものも存在するのだが。

 

 そんな状助もアスナへ謝罪した後、何でという顔でポカンとしていた。突然のことだったので、状助は脳の処理が追いついてない様子だったのだ。

 

 

「なっ!? 何でオメーがここに居るんだよ!?」

 

「いや、それはこっちの台詞なんだけど……」

 

「あら、奇遇ですわね」

 

 

 状助はようやく目の前にいるのがアスナだと理解し、突然テンパりだした。何で、何でお前がこんなところに?意味がわからん、といった具合に取り乱していたのだ。

 

 そんな取り乱して騒ぐ状助を覚めた目で見ながら、それはこっちの台詞だとアスナは言葉にした。あやかも状助の姿を見て、なんとも奇遇なと冷静に口に出していた。

 

 

「どういうことだこりゃ!? なんだってんだこりゃ!?」

 

「ちょっと落ち着きなさいよ……」

 

「むしろ、何を慌てているのでしょう……」

 

 

 しかし、状助の慌てようはとどまることを知らず、ずっとさっきから驚いてばかりであった。確かに驚く事柄だろうが、これほど驚く必要なんてないじゃないか。アスナはそう思いながら、やはり呆れた顔で落ち着けと状助をなだめていた。また、あやかはここまで慌てて荒ぶる状助を見て、一体何に対して慌てているのかと疑問を感じていたのだった。

 

 ……この状助、原作知識を持っているはずなのだが、こういう特に何も無いような状況はあまり記憶していない。と言うのも、何か大きなイベントがなければ、その場面に出会わなければ思い出せないのである。ゆえに、こうした事態に陥っていたのだ。

 

 

「おーい、どうしたんだ状助ぇ!」

 

「何してるんだい?」

 

「いやー、なんか知り合いが居たんでよぉ……」

 

「ああ? それがどうしたんだ?」

 

 

 そこで、状助を呼ぶ声が状助の後ろからこだました。それはピッチリしたハーフのスイムウェアを身に着けた刃牙と、状助と同じようなハーフパンツ姿の三郎だった。二人は状助が意味がわからないぐらい慌てていたので、どうしたのだろうかとやってきたのだ。

 

 この刃牙もかなりよい体風をしていた。何せ彼もジョジョのキャラクターであるスクアーロの能力をもらった転生者。当然そのぐらいの肉付きをしている。さらに状助とは違い、実はある程度スポーツをこなす刃牙は、当然のごとく細マッチョなのである。

 

 しかし、そんな状助と刃牙に隠れている三郎だが、彼も悪くない体型をしていた。この三郎は運動神経の才能を特典としてもらっている。その能力を腐らせぬよう、三郎もある程度の運動をこなしてきた。そのため二人には劣るものの、そこそこがっちりとした肉体を持っていたのである。

 

 そして状助は、何事かという顔の二人に、知り合いに会ったと説明した。だが、知り合いに偶然であったからと言って、これほどまでに挙動不審な態度になるんだと、刃牙はさらに疑問を感じたのだった。

 

 ……この刃牙も原作知識を持つ転生者だ。が、この刃牙は基本的に原作なんてどうでもいいと思っており、ほとんど記憶から抜け落ちてしまっているのだ。実際記憶から抜け落ちているのは、状助と同じようにイベントの無い日常的な部分なのだが。

 

 

「刃牙……?」

 

「えっ、三郎さん……?」

 

「……ん? ……知り合いったぁそういうことかよ」

 

「あれ、亜子さん?」

 

 

 そんな時、あやかの後ろから刃牙を呼ぶ声が聞こえた。さらに、三郎の名を呼ぶ声まであった。刃牙はその声の主に気がつき、知り合いという意味をはっきりと理解した。三郎もまた、その主を見つけ、少し驚いた様子を見せたのだ。

 

 そう、お分かりだろうがその声の主たちは、アキラと亜子だったのである。二人も当然水着であり、亜子の姿はへそが出る程度に露出を抑えたツーピースで、アキラもスイミングに適した感じのワンピースだった。この二人もクラスメイトと一緒にこの海へとやって来ていたのだ。

 

 

「確かにアイツが居たのは驚いたがよ、仰天するこたねーだろ状助?」

 

「お、おう……」

 

「でも、偶然にせよ知り合いに会ったら驚くよ」

 

 

 まあ、確かに奇遇にも彼女たちと出会ったのは驚いた。が、それにせよ月までぶっ飛びそうなほど仰天することないと、刃牙は状助に呆れた声を出していた。状助もやっと冷静になってきたのか、その言葉を深くかみ締め小さく返事をしたのである。それでも確かに驚いたのは事実だと、三郎は状助をフォローしていた。

 

 

「お、そっ、そうだ、三郎!」

 

「なんだい?」

 

「オメェ彼女と遊んでこいよ」

 

「何で急に……!?」

 

 

 そこで状助は少し挙動不審な感じで、三郎の名を呼んだ。三郎はなんだろうかと状助へと声をかければ、突如状助は亜子と遊んで来ればいいと言い出したではないか。状助はとっさに話を変える為に、三郎にそう話したのだ。そして、その急すぎる友人のおせっかいに、三郎は少し困惑した様子を見せていた。

 

 

「何か悩んでるみてーだしよぉ。そういう時は全部忘れて遊べばいいじゃあねぇか?」

 

「……そうかな……」

 

「いやまったくだ、状助の言うとおりだぜ」

 

 

 状助は三郎がなにやら深く悩んでいることを察していた。それが転生者であると言うことはわからなかったが、なんとなくだが苦悩しているのを知っていたのだ。だからこそ、こう言うときは何もかも忘れて、楽しい時間をすごせばいいと、状助は三郎に言い聞かせたのである。まあ、それゆえに状助は三郎をこの海に連れて行こうと思ったのだが。

 

 三郎はやはり困惑した様子を見せながら、それでいいのだろうかと悩む仕草を見せていた。そんな三郎の背中を押しながら、状助の意見に賛同して笑う刃牙がいたのだった。

 

 

「ほれ、彼女も待ってるみてぇだしよぉ、行ってこいって!」

 

「わかったよ……。ありがとう状助君!」

 

「まっ、頑張れよ!」

 

 

 状助は亜子の方を見て、照れくさそうにしながらも期待のまなざしを向けていることに気がついた。そんな状況なのだから、行ってやらねば男が廃ると、状助は最後の後押しを三郎にしたのだ。

 

 

「へえ、状助いいとこあるじゃん」

 

「昔からリーゼントで不良だと思ってましたが、意外に優しいようですわね」

 

「べっ別に何でもねぇぜ! つーか俺は不良じゃあねぇー!」

 

 

 いやあ、状助の癖になかなか味なことをするじゃない。そう思ったアスナは、状助を素直に褒めていた。あやかもリーゼントゆえに不良だと思っていた状助が、こんな優しい人だったなんて、と少し見直したようなことを述べたのだ。

 

 状助はそう二人に褒められたのが照れくさかったのか、照れを隠すように声を大きくして何でもないと話していた。また、状助のリーゼントは特典のせいではずせない呪いのようなもの。この外見では不良と思われてもしかたがないが、別に不良として振舞ったことはないと、その部分を否定したのである。

 

 

「そういえば、刃牙もどうしてここに?」

 

「ん? いや、状助に誘われてな。たまにゃー体を動かすのも悪くねぇって思っただけさ」

 

「そうなんだ」

 

 

 そこでアキラも刃牙がここに居ることを、その本人に尋ねてみた。すると刃牙は、状助に誘われてここへやってきたと答え、久々に体を動かすのいいものだと話したのだ。アキラは刃牙の答えに納得したのか、一言そうなんだとだけ返していた。

 

 

「そういえば、泳ぎはなまってない?」

 

「多分な」

 

「よかった」

 

 

 ただ、アキラは別のことが気になったので、そちらの方も刃牙に質問してみた。それは刃牙の泳ぎについてだった。

 

 アキラは昔、刃牙とよく市民プールなどに駆り出し、何度も遊んだことがあった。夏になれば当然海にもやってきて、泳ぐ早さを競ったりもしたのだ。なので、アキラは刃牙が最近体を動かしてないのでは、泳いでないのではと考え、そのことを聞いたのである。

 

 刃牙もそういえば最近泳いでないなと思ったのか、なまってはいないが確証はないと言葉にした。まあ、それでも今日、体を動かしてみて、さほどなまっていないことを確認してはあるのだが。そして、その答えにもアキラは満足したのか、笑みを浮かべてよかったと話したのである。

 

 

「まっ、俺調べだからアキラが見たら、なまってる方かもしんねーけどよ」

 

「そう? 見てあげようか?」

 

「そいつぁ嬉しいが、今はアイツと来てっから次回だな」

 

 

 それでも刃牙は、アキラが見たらなまってる可能性はあると思い、それを言葉にした。何せ、最近まで本当に体を動かしてなかったのだ。当然なまっていてもしかたがないとも思ったのだ。

 

 だったら本当になまっていないか、確かめてあげようか。そうアキラは口にして、刃牙の顔を覗き込んだ。ただ、今回は状助に誘われてここに遊びに来ていた刃牙は、その誘いは嬉しいが、状助の顔を立ててやらないと悪いと話し、その誘いを断ったのである。

 

 

「まっ、まあ、俺らは俺らで遊ぶからよぉ。じゃあな!」

 

「あ、そう?」

 

「あら、せっかくお会いしたのに……」

 

 

 そして、刃牙が状助の方を見ると、状助も自分たちで遊ぶからと話し、撤退しはじめていた。アスナはそれは仕方ないと考えながらも、まあいつものことだと思っていた。また、あやかはせっかく会えたのだから、少しぐらい一緒に遊んでもよかったのにと思い、ほんのちょっぴりだが残念だと言う表情を見せていた。

 

 

「むしろ、一緒に遊んでもいいんじゃないかな……?」

 

「わりーなアキラ。あの状助はシャイなんでな」

 

「そうなんだ……」

 

「シャイって言うかヘタレてるだけだと思うけど……」

 

 

 そこでアキラは過ぎ去っていく状助を見た後、刃牙に一緒に遊んでもよかったのではと話した。しかし、刃牙も状助のことを今のやり取りで理解したらしく、嬉しい誘いだが悪いと断りつつ、状助がシャイだからしょうがないと言ったのだ。

 

 アキラは今の刃牙の話に、状助というリーゼントの男子はシャイなのかと、少し変な考えを持ってしまったようだった。さらに、追い討ちをかけるかのように今の話を聞いていたアスナが、シャイではなくヘタレなだけだと、呆れた顔で訂正するかのような言葉を出していた。

 

 

「まっ、そう言うことだから俺も行くわ」

 

「うん、またね」

 

「おう!」

 

 

 とりあえずそう言うことだから、と断った後、刃牙も状助の後を追うように去っていった。アキラはならば、今度泳ぎがなまってないか見せて欲しいという意味をこめて、またねと明るい笑顔で元気よく叫び、刃牙を見送った。刃牙もアキラの声に応えるかのように、振り向きざまに大きく返事をして、再び走って行ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 先ほどアキラやアスナと別れた刃牙と状助。状助が逃げるように立ち去りそれを追ってきた刃牙は、海岸から少し離れた海へとつかり、のんびりしていた。

 

 

「やっぱ海は最高だな!」

 

「そうっスかねぇ……」

 

「おいおい、乗り気じゃねぇなー」

 

「先輩がテンション高いだけっスよォ……」

 

 

 海は最高だ、そう言って輝くように笑う刃牙。対称に先ほどアスナたちに出会ってしまい、随分テンションが下がった状助。そんな態度の状助に、こんなまぶしい太陽の下、明るく輝く海に来て、それは暗すぎだろうと刃牙は突っ込んだ。が、状助はむしろ刃牙がテンション高いだけだと、低血圧みたいな声をもらしていた。

 

 

「しっかし、海では便利っスねぇ、そのクラッシュ」

 

「そりゃ水がある場所なら凶悪だからな、コイツは」

 

「海ほど広けりゃデカくなれるってのも、結構厄介って感じだぜ……」

 

 

 ただ、状助は刃牙の状態を見て、クラッシュのスタンドをうらやましがった。何せ水がある場所ならば問題なく動かせ、大きさも変幻自在だ。刃牙もその辺りを強調し自慢するかのように述べ、水さえあれば結構強いと豪語して見せた。そして、それを聞いた状助も、その厄介さは敵でなくてよかったと思っていたのだった。

 

 

「まぁ、浮きとしても最高だがな」

 

「うらやましいっスねぇ……」

 

「そりゃな。コイツに紐をくわえさせて引っ張ってもらうだけでも面白いぜ?」

 

「そいつぁ面白そうだなぁ……」

 

 

 しかし、今現在刃牙はクラッシュを発現させてはいるものの、誰かを攻撃する意図はまったくない。むしろ、そこらへんで市販されている浮きのような扱いにし、海に浮かべて寝転んでいたのである。そのあたりをのんびりしながら、浮きにも使えて最高だと笑って話す刃牙。

 

 状助もそんな刃牙を見て、スタンドも使いようだと思いつつも、多少なりにそのことをうらやんでいた。さらに刃牙は、クラッシュに紐で引っ張ってもらうだけでも十分楽しいと言い出し、状助も確かに面白そうだと頷いていたのだった。まあ、実際刃牙も、状助のクレイジー・ダイヤモンドをうらやましいと思っているのだが。

 

 

「そういやぁ、もう一人のスタンド使いも呼んだんだろ? 何で来なかったんだ?」

 

「あぁ、音岩昭夫のことっスか? アイツァ海が嫌いだからなぁ……」

 

「海が嫌い? 過去におぼれたとか、そんなトラウマでもあんのか?」

 

 

 ただ、状助はもう一人別の人を、この海に誘っていた。それを知っていた刃牙は、その人物が来ていないことに疑問を感じ、状助へと質問したのだ。そして、その誘った人物とは、あの音岩昭夫のことだった。また、状助はその理由を、呆れた声で海が嫌いだと説明した。

 

 海が嫌いとは一体どういうことなのだろうか。刃牙はそこを少し不思議に思い、何か過去に海などでひどい目にあったのかと、再び状助に尋ねてみた。

 

 

「違うんスよォー……。昭夫のスタンドは”レッド・ホット・チリ・ペッパー”だから海に行きたがらないんっス」

 

「あー、チリペッパーは海に入ると電気が拡散して再起不能になっちまうんだっけな……」

 

「だから海は絶対に行きたくねぇ! って意地はるんっスよぉ」

 

 

 状助はそこで、またしても呆れた感じにそのことを説明した。昭夫のスタンドは”レッド・ホット・チリ・ペッパー”だ。レッド・ホット・チリ・ペッパーはジョジョ第四部にて、電気さえあれば無敵と思われるほどの強いスタンドだった。

 

 しかし、その末路はあっけないもので、罠により海へと落ちたレッド・ホット・チリ・ペッパーは、広い海水により電気が拡散し、体がバラバラとなり再起不能になってしまったのだ。それを知っている昭夫は、そうなるのを恐れて海になど絶対に行かないと言って、状助の誘いを断ったである。

 

 刃牙もスタンドの特典を貰った転生者であり、そのことを聞いただけで大体のことを理解した。なるほど、確かにそれは怖いかもしれない、刃牙はそう思った。状助もその部分はある程度理解しているので、多少は仕方ないと考えながら、昭夫が意地を張って海には来ないことを説明していた。

 

 

「つーかスタンド出さなきゃいいだけじゃねぇか?」

 

「それでも、ふとしたことでスタンド出して再起不能になりたくねぇっつーんですわ……」

 

「……まあ、相性の問題だからしょうがねぇっちゃしょうがねぇか……」

 

 

 そこでふと思った刃牙は、それだったらスタンドを出さなければ問題ないのでは、と状助に話した。確かに刃牙の言うとおりである。スタンドを出さなければ事故など起き様が無いのだから。

 

 だが、状助もそのことを昭夫へ話し説得しようとした。それでも昭夫は、ふとしたことや無意識にスタンドを出すかもしれないと怖がり、絶対に海には行かぬと断固として考えを変えなかったのだ。状助はそのこともため息交じりに説明し、刃牙も微妙な表情で、相性の問題もあると言葉にしながらも、やれやれといった様子を見せていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 輝く浜辺に黒いブーメンランパンツの男が一人サングラスごしに、太陽光が反射した青色に輝く美しい海を眺めていた。体は筋肉モリモリ、ムキムキゴールドマッチョマン。まぶしすぎる日差しを受けることで、より一層目立つゴールデンなおかっぱの髪。当然のごとく、その男はゴールデンなバーサーカーだった。

 

 

「山育ちのオレとしちゃぁ、やっぱ海っつーのはあまり慣れねぇな」

 

 

 ゴールデン太郎のことバーサーカーは、山育ちだ。海というものをあまり知らぬゆえ、塩っ辛い海に不慣れであった。それでもバーサーカーはここへやってきたのは、任務である木乃香の護衛意外にも、羽目をはずして遊びたいという気持ちがあった。

 

 

「だが、この太陽に照らされて輝く浜辺は、なかなかどうしてゴールデンだ」

 

 

 そして、この浜辺が日の光などで金色に見えなくもないことに、バーサーカーは気に入っていた。このゴールデンが暴れるにふさわしい、ゴールデンな場所だと思っていたのである。

 

 

「お? ゴールデンの兄ちゃんも来とったんか」

 

「最初から居たぜ? まあ、霊体で来たからわからなかっただろうがな」

 

「そないなこともできるんやったな」

 

 

 そんなゴールデンに気がつき話しかけた小太郎。この小太郎もカギやネギと同じタイプの水着だった。と言うか、それが彼らの今の流行なのだろうか。まあ、そんなことよりも、この小太郎、バーサーカーがここに来る時はまったく見かけなかったというのに、どうしてこの場にいるのだろうかと思ったようだ。

 

 その小太郎の疑問を解消しようと、バーサーカーはとっさに説明した。なんせバーサーカーはサーヴァント。霊体になることで、こっそりついてきたのだ。だから実際は、出発前から既に側にいたと教えたのである。説明を聞いた小太郎は、確かにバーサーカーがそう言うことが出来たのを思い出していた。

 

 

「兄ちゃんは泳ぐんか?」

 

「海まで来たんだぜ、それも悪くねぇ」

 

「それやったらどこまで泳げるか競わへんか?!」

 

「おっ! いいねぇ! やってやろうじゃんか!」

 

 

 そこで小太郎はバーサーカーに泳ぐのかどうか尋ねた。バーサーカーも海に来たのに泳がないというのはもったいないと、当然泳ぐと言葉にした。ならば、泳ぎで勝負しようと、小太郎はバーサーカーへ挑戦的なことを話した。するとバーサーカーも、当たり前のように食いつき、乗り気で勝負を受けてたった。

 

 

「おっしゃ! ほな行くで!」

 

「そんなに慌てんなよ! オレも海も逃げやしねーからよ!」

 

 

 それなら早速勝負だと、意気込んで走り出す小太郎。そんなはしゃぐ小太郎にバーサーカーは、海は目の前、自分も逃げることなんてないのだから、焦る必要はないと注意したのである。

 

 そのほほえましい光景を、少し離れた場所で眺めるものがいた。それは楓と古菲だった。古菲も当然水着姿であり、派手目の模様が入ったホルターネックのビキニを着ていた。

 

 

「コタローはゴールデン殿に夢中でござるな」

 

「楽しそうアルなー。私もあのサングラスの兄さんとやりあってみたいアル!」

 

「古もそう思うでござるか」

 

 

 小太郎とバーサーカーのやりとりを見ながら楓は、小太郎は強くて頼もしく兄貴分のようなバーサーカーに夢中で、楽しそうだと言葉にした。いやあよきかなよきかな、あのバーサーカーはさぞ小太郎のよい師となるだろう、そう思い小さな笑みを見せながら。

 

 また、古菲はバーサーカーの実力を見て、戦ってみたい、試合してみたいと叫んでいた。また、考えは同じかと、楓は目を悠々とした態度の古菲へと首をむけ、そう言葉にしていた。

 

 

「しかし、あのゴールデン殿は女性と戦いたくないようでござるからなあ……」

 

「私も挑んだけどすぐに逃げられたアル……」

 

「拙者も同じでござった」

 

 

 ただ、バーサーカーは基本的に女性と戦おうとはしない。なので楓と古菲はそのことを残念そうに話していた。バーサーカーと戦おうと挑んだ古菲だったが、それを見たバーサーカーはさっさと逃げてしまったようだ。また、楓も同じ状況だったことを思い出し、自分も古菲と似たようなことになったと、少しガッカリした感じで言葉にしていた。

 

 それとバーサーカーと遊ぶ小太郎も、同じく女性を殴らない主義の少年だ。そのことを思い出した楓は、その似た者同士の二人が仲良くつるんでることに、面白いと内心思っていたのだった。

 

 

 ……あのバーサーカーは基本的に女性を泣かせたりすることを嫌う。それに、傷つけることも避けたがる傾向にある。それは過去の出来事からくるものもあるのだが、とにかく女子供には優しいのがバーサーカーだ。

 

 しかし、マスターである刹那だけは稽古をつけたりしていた。何故かと言うと、刹那がマスターだからと言うのもあるが、友人を守りたいとひたむきに頑張る刹那のことを、間近で見て理解しているからだ。それにバーサーカーは、刹那の修行の様子を直接見て、刹那がどんな攻撃をしてくるか、次にどう動くかなどを知っていたので、戦いやすいというのもあった。

 

 だが、それ以上に刹那もバーサーカーのことを理解し、無茶なことをしなかった。あのバーサーカーは、女の子を怪我させたり泣かせたりするのがとても嫌いだった。そのことを刹那はちゃんとわかっていたからだ。

 

 つまり、バーサーカーと刹那は非常に強い信頼関係があったからこそ、模擬戦や稽古が成り立っていたのである。ゆえに、見知らぬ女性、つまり古菲と楓が勝負を挑んできた場合だと、バーサーカーには特に理由がないので戦う気が出ないということだったのだ。

 

 

「それにしても、気も使わぬというのにあの身のこなし……。やはり一度はやりあってみたいものでござるな……」

 

「気、アルかー。私も最近楓に教わって、多少使えるようになってきたアルよ」

 

「古は気がなくともなかなかの腕前でござったからな。気の技術があればもっと伸びるでござるよ」

 

「楓にそう言われると嬉しいアル! だからもっと強くなるアル!」

 

 

 しかし、それ以外にも楓は気になったことがあった。楓は離れた場所で小太郎と泳ぎの勝負をしているバーサーカーを眺めながら、そのことをそっと言葉にしていた。それはバーサーカーが気を使わずに、気を使っているかのようなすさまじい動きをしていることだ。

 

 と言うのもバーサーカーはサーヴァントである。この時点での膂力は桁外れなものだ。それに天性の肉体のスキルにより、生物として完全(ゴールデン)な肉体を持っているのだ。そのおかげで身体能力のみでとんでもない動きが可能という訳だった。

 

 ただ、それが楓には明らかに異常に見えた。本来気を持ちいらなければ、あれほどの動きを気を使わずに行うなど、普通に考えられないからだ。まあ、そりゃサーヴァントであるバーサーカーは普通の人間と言う枠組みからはずれている。楓がそう感じるのも当然と言えば当然なのである。また、だからこそ一度は戦ってみたいものだと、楓は思っていたのだった。

 

 そして、楓の隣に居た古菲が気と言う言葉に反応して言えた。古菲は元々拳法家の実力者だったが、気を知らない一般人だった。ゆえに、気をマスターすれば古菲もさらに強くなれると、楓は自信がある様子で話していた。

 

 また、古菲も楓にさらに自分が実力者として認められ、さらに強くなると言われたことにとても嬉しく思った。だから、古菲は笑顔で目を輝かせながら、もっと強くなることを誓うかのように言葉にしていた。

 

 

「世界は広いでござる。拙者も修行あるのみでござる」

 

「そうアル! もっと修行するアル!」

 

 

 それに、世界は広いと空を眺めて言葉にする楓。あのバーサーカーもさることならが、学園祭の武道会で戦い敗北した相手、クーネルのことアルビレオもかなり強かった。あれほどの実力者がまだまだ居ると考えると、世界は本当に広いものだと楓は実感していたのだ。それだから修行のしがいがあるし、強くなりたいと楓は思っていた。

 

 だが、それは古菲も同じだった。古菲もまた武道会で敗北し悔しい思いをした身である。確かに相手が謎の力を使って攻撃してきたが、一撃も当てれずに負けるのはとても悔しかったのだ。まあ、それ以上にボコボコになった自分を労わってくれた、楓や真名への感謝の方が当時は強かったのだが。それで古菲も、さらに修行をして強くなりたいと力をより一層入れるのだ。

 

 

「だが、今は遊びに来ているワケでござるから、修行は帰ってからにするでござるよ」

 

「なら一緒に泳ぐアル!」

 

「そうでござるな。では参ろうか」

 

 

 しかし、今は遊びに来たのであって修行しに来た訳ではない。楓はそれを思い、古菲へと修行は帰ってから頑張ろうと告げたのだ。古菲もそれを理解し、だったら一緒に泳いで遊ぼうとはしゃいだ様子を見せていた。楓も古菲の誘いを快く乗り、ならば海へと駆り出そうかと言葉に出した。そして、二人は海へと赴き、その楽しい時間を有意義に過ごしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 真夏の真っ只中、強い日差しが差し込む快晴。こんな陽気なので当然多くの人が、この海岸へと遊びに来ていた。特に人が多いのはカキ氷などを売っている屋台だ。そんな行列から、念願のカキ氷を得て開放された焔がいた。当然焔も海だけに、前に島に行った時と同じ白いワンピースの水着姿を見せていた。

 

 

「うむ、うまい」

 

 

 一口氷の粒の塊をほおばれば、その冷たさが口の中にいちごシロップの味と共に広がる。そして、この夏の暑さが、またこの冷たさのスパイスとなって、さらにカキ氷のうまさを引き立てていた。そのカキ氷のなんともいえない味に、焔は思わずうまいと口から漏らした。

 

 ただ、急いで食べるとその冷たさから頭がキーンとなってしまう。なので、それを注意しつつ、焔はゆっくりと二口、三口とそのプラスチックのスプーンを使って味わっていた。人が多くて少しうっとおしいが、これだけはやめれないと思いながらも、また一口とカキ氷を口に含んでその冷たさに舌鼓を打った。

 

 

「あれ、焔ちゃん。泳がないの?」

 

「いや、先ほどまで泳いでいたが、今は休憩中だ」

 

「あ、そうなんだ」

 

 

 そこへアスナがやってきて、カキ氷を堪能する焔へと話しかけた。こんなところでカキ氷を食べているので、どうして泳がないのかと尋ねてみた。

 

 しかし、焔もさっきまでは刹那や木乃香と遊んでいた。そこで少し小腹がすいたので、休憩もかねてこうしてカキ氷を食べていたのだ。そのことを説明すると、アスナも納得した声を出していた。

 

 と、その時、またしても知っている人の声をアスナは聞いた。この声は久々に聞いたが、確かに知り合いの声だった。知り合いの男性の声だった。

 

 

「ちと調子に乗りすぎたぜ……」

 

 

 その声の主は何か反省したようなことを独り言で言いながら、とぼとぼと浜辺を歩いていた。黒いボサッとした髪は海水に濡れ、多少垂れ下がって情けない状態となっており、多少みすぼらしく感じられた。だが、かなり鍛えられているのか、ガッチリとした筋肉を太陽の下に見せ、ただの学生とは思えぬ印象も同時に与えていた。そして、アスナがその声の方を向けば、その人物がやはり自分の知り合いだったと確認したのである。

 

 

「あれ? あそこに居るのは数多さんじゃない?」

 

「どれ? ……本当だ。今日は約束があると言っていたんだが……」

 

 

 そう、その人物は焔の義兄の数多だった。数多も海ゆえ当然のごとく水着であり、黒一色に炎の刺繍がひとつ入った短パン一丁の姿だった。

 

 アスナは何でかわからないが、とにかく焔へ数多がいることを教え、その方向を指さした。焔も即座に反応し、アスナの指が示す方向をどれどれと覗いてみれば、確かに自分の義兄がのそのそと歩いているではないか。また焔は、数多がこの日に何か約束があると言っていたことを思い出し、おかしいなあと首をかしげていた。

 

 

「あのー! 数多さーん!」

 

「おぉ? 呼ばれた?」

 

 

 まあ、とりあえず声をかけてみるかと思ったアスナは、すぐさま大声で数多を呼んだ。数多もその声に気がついたのか、誰が呼んだのだろうかと周りをキョロキョロと見渡したのである。

 

 

「おおおお? オメーら、ここで何してんだ?」

 

「それはこっちの台詞なんだが……」

 

 

 数多はどうして女の子の声で呼ばれたのかわからなかったが、アスナと焔を見てすぐに理解した。それでもこの二人が何故ここにいるのか理解が追いつかなかったのか、とても驚いた表情をして、大きな声でそのことを叫んでいた。そんな大声を出して驚く義兄を呆れた顔で見ながら、それはこっちが言いたいともらしたのは焔だった。

 

 

「そうか? 俺は状助たちと遊びに来ただけだぜ?」

 

「ああ、約束していたのは彼らだったのか」

 

「そうだったんですか」

 

 

 焔にそう言われた数多は、まあそうなのかと思いながら、何故自分がここにいるのかを説明した。数多はなんと状助に誘われ、この海へとやってきたのである。何せ数多は状助と知り合いであり、数年の付き合いだ。呼ばれても不思議ではない。

 

 説明を聞いた焔もアスナも、それならと思って納得していた。焔は今日の約束の相手が状助だったことを知り、疑問が晴れたかのようなスッキリした様子を見せた。アスナも状助と偶然出会っていたので、それなら数多がここに居てもおかしくないと思ったのである。

 

 

「まあな。しっかし奇遇だな、まさか同じ海岸で出会うとはよ!」

 

「少し驚いたぞ」

 

「私もさっき状助に会って驚きましたよ」

 

 

 いやあ、それにしても同じ場所が目的地だったとは。数多はそのあたりを面白く思い、奇遇だなと言葉にした。それにつられて焔も驚いたと言葉にしながら、ここで再び残ったカキ氷を食べ始めた。また、状助に出会っていたアスナは、その時のことを話していた。

 

 

「ほう、状助にも会ったのか」

 

「あっちで遊んでいたぞ? むしろ兄さんは何故彼らと離れてるのだ?」

 

「あー……」

 

 

 数多はアスナの言葉を聞いて、状助とすでに会ったことに多少驚きを感じていた。焔も状助がアスナと話していたのを見ていたので、そのことを知っていた。ただ焔は、状助と約束したはずの数多が、彼らとは別の方向にいたことを疑問に感じ、それを質問したのである。その素朴な焔の問いに、数多は何と説明すればいいのやら、という感じの様子を見せていた。

 

 

「ちょいと調子にのっちまってな? 泳ぎまくってたらはぐれちまったんだ」

 

「そ、そうなのか……」

 

「でも、状助はあまり気にしてる様子じゃなかったわねぇ……」

 

 

 この数多、状助とここへ来たのはいいのだが、テンションがあがりすぎて猛スピードで海を泳ぎまくったのである。そして、気がつけば随分離れた場所に来てしまい、状助たちとはぐれてしまったのだ。それでこんなところをのそのそと歩いていたということだった。

 

 その恥ずかしい理由を数多は焔へ、少し気恥ずかしそうに説明した。まあ馬鹿なことをしただけだと。その理由を聞いた焔は、カキ氷を救っていたスプーンを止め、ポカンと口を開いたままという、先ほど以上の呆れた様子で一言言葉にした。

 

 ただ、それならもう少し状助たちが慌ててもいいはずだと、アスナは思ったようだ。何せ状助たちは数多がいなくなったというのに、まったく捜そうしてもいなかった。なので、どうしてそんなにのんきにしていられたのだろうかと疑問に感じたのである。

 

 

「別に俺なんか捜さんでも戻ってくるって思ってるんだろうな。それに一応集合場所も決めてあるしな」

 

「それで状助は慌ててなかったんですね」

 

 

 そのことに数多は、自分を捜さなくても勝手に戻ってくると思われていると語った。また、最終的に集合する時間と場所も決めてあるので、特にそうする必要はないと説明したのだ。アスナもそれを聞いて、どおりで状助たちが慌てない訳だと思ったようだ。

 

 

「まっ、俺は状助んとこ戻るからよ。でも、何かあったら言ってきてくれてもかまわねーさ」

 

「何もないだろうが、その時は頼りにしているぞ?」

 

 

 まあ何にせよ、状助があっちの方にいるのなら戻るに越したことはない。そう考えた数多は、とりあえず状助らの居る場所に戻ると話した。さらに、何か問題が起きたら心置きなく相談に乗ると、先輩らしい言葉を述べていた。焔はそんな数多へ、問題なんて早々起きないと言いながらも、本当に何かあったら頼ると言いながら微笑んで見せた。

 

 

「ああ、どんどん頼ってくれ! じゃな!」

 

「またな」

 

「ええ、ではまた今度!」

 

 

 頼りにすると焔に言われた数多はそのことを嬉しく思いながら、別れの言葉と共にその場を立ち去っていった。立ち去る数多に焔とアスナも、またの機会にと大きな声で述べていた。

 

 

「……数多さんについてかなくていいの?」

 

「兄さんは別の人と遊んでいる。それを邪魔したら悪いじゃないか」

 

 

 と、数多が見えなくなりそうになったころ、アスナが焔へ語りかけた。数多についていかなくてもよいのかと。血のつながらない兄妹とは言え、兄妹は兄妹。少しぐらい兄妹の時間を作ってもいいのではないかと、おせっかいだと思いつつもアスナはそれを聞いたのだ。

 

 そんなおせっかいなアスナの言葉に、焔も気にしなくても良いと思いながらしっかり答えた。数多は状助たちと約束し、そちらと遊んでいるのだから、それに割って入るのはあまりよくないと。むしろ、自分が行けば邪魔になるかもしれないと思い、流石についていこうとは思わなかったと話したのである。

 

 

「それに、私が行けば状助が緊張するだろうし……」

 

「ま、まぁそうよねぇ……」

 

 

 しかし、今数多は状助たちと遊んでいる。そこへ自分が行けば、あの状助は緊張して自由に遊べなくなるだろう。焔はそう考えると、状助にも悪いだろうと思ったのだ。そして、それを聞いたアスナも、それは確かにあると思い、仕方ないという顔をしていた。

 

 

「それにだ」

 

 

 だが、焔が数多についていかなかった理由はそれだけではない。そのことを焔はアスナへと、一呼吸置いて静かに話し出した。

 

 

「アスナたちと約束したのだから、こちらを優先するのは当然のことではないか?」

 

「そこまで固く考えなくてもいいんだけどね」

 

 

 元々約束していたのはアスナたちだ。そちらを優先するのは当たり前のことだと、人差し指を立て、ニヤリと笑いながら焔は言った。そして、確かにそれは間違ってないし当然のことなのだが、別にそんなにこだわることもないのにと、アスナは嬉しそうに話していた。

 

 

「それだけじゃない。アスナたちと遊ぶのはその……、悪くは無い……」

 

「フフ、そう言ってくれると嬉しいわね」

 

 

 ただ、アスナたちを優先したのは、約束したからという理由だけではなかった。焔はそれとは別に、単純にアスナたちと遊ぶのが楽しいと思っていたからだ。それを焔はアスナから視線をはずし、モジモジとはにかみながら小さな声で言葉にしていた。

 

 普段の焔からは想像出来ない言葉を聞いて、アスナはクスリと笑って見せた。また、そう言われるとアスナもくすぐったい気持ちになりながらも、嬉しいことを言ってくれると微笑んでいたのだった。

 

 

「……私はこっちに来て本当によかったと思ってる。こうして海というものにも触れられたしな」

 

「あっちには海がないものね」

 

 

 そこで焔は海の方向を振り向き、この旧世界に、麻帆良に来てよかったと、やわらかい晴れ晴れとした表情で話していた。こっちに来たからこそ、海という場所で遊べたし、楽しいことが増えたのだと。アスナも同じく海を見ながら、確かにあっち、つまりアルカディア帝国には海で泳げる場所がないことを思い出し、それを口にしていた。

 

 

「ああ……。そして、貴様たちみたいな友人も出来た。昔の私では考えられないことだ」

 

「そうよね。昔だったらつっぱねてたでしょうね」

 

「そうだろうな……。こうした楽しいことを、純粋に楽しいとも思えなかっただろうな……」

 

 

 焔はそのアスナの言葉を肯定しながらも、それ以外に、アスナや木乃香と言った友人が出来たこともよかったと述べた。昔だったらそんなことは絶対にありえなかっただろう。きっと自分とは違う存在だとして、相容れぬものと考えて受け入れなかったはずだと。

 

 その焔の考えを読み取るように、アスナはそのことを言っていた。焔が言うとおり、昔の彼女ならばこんな能天気な自分のクラスになじむことなどなかっただろう。そう思うと今の焔は随分と棘が取れた。いや、とても柔軟になったと言えるとアスナは思ったのである。

 

 だが、そのことを一番理解しているのは焔本人だ。昔の自分なら、こうやって海で遊んで楽しいと感じることさえなかっただろうと、過去を見つめるように言葉にした。また、自分は随分と変わったんだな、と思いながら、再び海からアスナへと視線を変えた。

 

 

「さて、カキ氷もなくなったし、もう一泳ぎするか。アスナもどうだ?」

 

「なら、このかたちも入れよっか」

 

「それがいいな」

 

 

 そして、さっきからつついていた、かき氷の容器が空になったのを見て、焔はまた海で泳ごうと思った。さらについでだと思い、今隣にいるアスナも一緒に泳ごうと誘ってみたのである。アスナは焔から誘われたことを嬉しく思い、ならば木乃香たちも呼ぼうと話した。そのことに焔はなんら不満もなく、むしろその方がいいと笑みを浮かべながら聞き入れたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 誰もが海で遊ぶ中、海の家でカキ氷を味わう少女たちと少年。それは夕映とハルナ、そしてなんとカギであった。ハルナも当たり前のように水着姿であり、胸に英文字が書かれ、腰にベルトがついたビキニを着ていた。そんなところでふとハルナが、突然思ったことを口にした。

 

 

「ねぇ、今思ったんだけどさぁ、ゆえはカギ君のことなんとも思ってないわけ?」

 

 

 何を思ったのか、ハルナは夕映へカギに何か感じないのかと聞いたのだ。遠くから見ても結構仲がよさそうなこの二人、何かあれば面白いかもしれないと思ったのである。

 

 

「突然何を言い出すかと思えば……」

 

「まーたハルナの悪い癖が始まったな」

 

「だって結構仲よさそうじゃん!」

 

 

 だが、夕映はハルナの言葉に、またかと言った顔でため息をついていた。カギも同じく恋愛脳乙みたいな感じで、悪い癖が始まったと呆れた顔で言い出した。ただ、ハルナはカギと夕映が結構いい仲なのを見て、そう言葉にしたと文句を言ったのである。

 

 

「友達だからに決まってるです」

 

「そーいうことだ」

 

「えー? でもパートナーなんでしょ?」

 

 

 夕映は仕方ないと思い、ハッキリと友達だから仲がよくて当然だと言葉にした。カギは夕映の言葉に便乗して、そう言うことだと偉そうに言っていた。しかし、ハルナもなかなか折れず、友達だけど魔法使いと従者の関係でもあるではないかと、その部分を攻めてみたのだ。ただ、このハルナも一応カギのパートナーでもあるのだが、そんなことは今はどうでもよかったのだった。

 

 

「一応従者ですが、それ以上に友達なのです」

 

「おう! 魔法使いと従者の関係なんて堅っ苦しいしな!」

 

「ほうほう」

 

 

 そう言われた夕映は、反論として従者というより友人なのだと説明した。カギも魔法使いと従者の関係なんて堅苦しいし、友達の方が気軽でよいと少し声を大きくして述べた。そんなことを言われたハルナは、夕映の言葉はもっともだと思ったのか、腕を組んで納得した様子を見せた。

 

 

「で、カギ君はゆえのことどう思ってるの?」

 

「ブッ!!!」

 

「汚いですね……」

 

 

 ならば矛先を変えてみよう。ハルナはそう考えて、カギに質問をしたのである。カギは口に含んだカキ氷を盛大に噴出しながら、ハルナの質問に驚いた。そんなカギを見た夕映は、汚いなあ、と思いそれを口に出したのだった。

 

 

「いきなりなんでこっちに振るんだ!?」

 

「えー? だってゆえは友達だと思ってるかもしれないけど、カギ君は違うかもしれないじゃん?」

 

「そ、そういうもんか!?」

 

 

 何ゆえこっちに話を振った。カギは慌てふためきながら、ハルナへとそう言った。ハルナはそこで自分が思ったことを口にした。と言うのも、夕映はカギを友人としか見ていないだろうが、カギはそうじゃないかもしれないと思ったと。カギはそう言われて、そういうもんかと大きく叫んだ。まさかそんなことを思われるなど、思っても見なかったようだ。

 

 

「しっかし、今の態度を見るに脈はあるって感じ?」

 

「ちげーし! ゆえとは友達だし! いい友人だし!」

 

「必死に否定してるところが怪しいなぁー?」

 

 

 だが、ハルナは今の質問でのカギの態度で、カギが夕映に友人以上の感情を抱いているかもしれないと思った。それでもカギはそれを否定し、ただの友人だと声を荒げて叫んだのだ。そんなに必死に否定するカギに、ハルナは怪しいと考えながら、目を細めてニヤニヤしていた。

 

 

「ハルナ、カギ先生はまだ10歳です。そういう年頃なのですよ」

 

「ふーむ。そう言われると確かに……」

 

「そんなんで納得すんなよ! 俺自身10歳だと思ったことはねぇ!」

 

 

 そんなピンチのカギに救いの手を差し伸べるものがいた。それはやはり夕映だった。夕映はカギの態度は10歳の少年であるカギならば仕方のない反応だと、フォローになってないフォローを入れたのである。

 

 ハルナも夕映の言葉に、カギの年齢を考慮していなかったと思い、まあそのぐらいの歳ならそんな反応もありえなくもないと考えた。そりゃ10歳ぐらいと言えば好きな女の子にいたずらしてしまうような年頃である。好きでもない女の子を好きなんじゃないかと言われても、ムキになっちゃうよな、と思ったのだ。

 

 しかし、それが逆にカギの逆鱗に触れた。カギはどうしてそんなことで納得できるのかと、少し怒り気味に叫んだのである。また、転生者ゆえに自分が10歳だと思ったことはないと、さらにムキになっていたのだった。

 

 

「じゃあさー? どうなの? ん?」

 

「だーらただの友人だっつってんだろー!?」

 

「そうには見えないけどねぇ……」

 

 

 本人が10歳だと思ってないなら、そこんところどうなんだ。ハルナはまたしても攻め込んだ。カギはやはりムキになったまま、夕映とは単なる友人でしかないと話すだけだった。まあ、そんな態度だからこそ、そうには見えないと思ったハルナだったが。

 

 

「そ、そんなことよりものどかの姿が見えんがどうしたんだ?」

 

「あ、逃げた」

 

 

 そこでカギはこの話題はマズイと考え、即座に別の話に切り替えようとした。とは言え、いつも図書館探検部の三人は常に一緒の印象をカギは受けていた。なので、のどか一人が欠けていることに、少しばかり疑問に思ったのである。

 

 また、ハルナはそんなカギに、この話題から逃げたと思い、それが自然に口から出でていた。しかし、これ以上イジってもちょっと可愛そうだと思ったので、別にいいかと許したようだ。

 

 

「のどかならネギ先生に猛烈アタックしているはずです」

 

「なっ!? 何だと……」

 

「今日は流石に引かないみたいで、勇気出して行ったよ。いやー青春だねぇ~」

 

 

 カギの必死なその質問に、夕映がしっかり答えてくれた。のどかは今度こそネギと仲を深めるために、アタックしに行ったのだと。

 

 カギもそれには驚いた。いや、確かにのどかは勇気を出せば、ネギを誘うぐらいなんてことないだろう。それでもあの遠慮深いのどかが、今回のチャンスを逃すまいとしたことに、カギは驚かざるを得なかった。

 

 ハルナものどかの勇気には大変嬉しく思ったのか、笑いながら青春だねぇと言葉にしていた。あれほどじらしてくれたが、今日は勝負に出たことに満足していたのである。

 

 

「じゃあなんでそんなのんびりしてんだ? お前らなら覗きに行くと思ったが」

 

「まー見に行きたいけどね」

 

「今日ののどかはすごい気迫でした。心配ですがのどかを信じているです」

 

「そ、そーか……」

 

 

 そこでカギはふと別の疑問が浮かび上がった。それはこの二人がネギとのどかのイチャイチャタイムを覗きに行かないことだ。普通なら後をつけてニヤニヤしたりヒヤヒヤしたりしそうなのだが、今は目の前でカキ氷を食べているじゃないか。一体どういう風の吹き回しだろうか、カギはそう思いそのことを尋ねたのだ。

 

 するとハルナは素直に今すぐにでも見に行きたいと言葉にした。が、あえて行かないような素振りであった。夕映ものどかを信じると言い切り、心配だけど我慢すると宣言したのだ。

 

 その二人の言葉に、カギは本当なんだろうかと疑った。夕映はまあいいとしても、ハルナがこんなおいしいことを見逃そうはずがない。カギはならば本当にそうなのか、ちょっと試してみることにした。

 

 

「でも、この後見に行っちゃうんでしょ?」

 

「わかっちゃう?」

 

「そりゃ当然!」

 

 

 カギは少しからかうかのように、どうせこの後ネギとのどかを覗きに行くんだろう? と話を振った。ハルナもノリノリでその話題に食いつき、バレちゃったかーっと言い出した。やはりそうかとカギは思いながら、バレバレだっつーのと笑ったのだ。

 

 

「でも私は今回だけは行かないかなー」

 

「え?!」

 

「あらら? ゆえは見に行く気だったんだ」

 

 

 しかし、なんということだろうか。ハルナはその後キッパリと、今回は覗きに行かないと言ったではないか。夕映はその言葉に、かなり驚いた様子でハルナを見た。そんな夕映をハルナは面白そうに見ながら、夕映は覗きに行くつもりだったのかと思ったのである。

 

 

「信じてるって言ったのになんてヤツだ……」

 

「信じてるです! 信じてるんですが、やはり心配で……」

 

「ハッハッハッ、ゆえの友情は本当に厚くて見てて気持ちいいよ!」

 

 

 カギも夕映がさっき信じてるって言ったばかりなのに、どうしてそういうことするの……と呆れていた。ただ、夕映はのどかを信じているが、それでも心配なのには変わりないのだ。今頃どうしているのだろうかと考えるだけで、とても胸が張り裂けそうなのである。

 

 いやはや夕映は本当に友人想いだと、ハルナは盛大に笑って褒めていた。確かにのどかがちゃんとやれているか、心配なのもわからなくもない。それに、信頼と心配で葛藤する夕映を見て、本当にのどかが友人として大切なのだとハルナは改めて思わされたのだ。

 

 

「まあ、邪魔にならない程度にしなよ?」

 

「でも、ハルナは何故見に行かないんです?」

 

「こういう時に引くのも友人かなって思ってねー」

 

「そうですか……」

 

 

 ハルナはネギとのどかを覗きに行くなら、言わずともだろうが、邪魔にならないようにと苦笑しながら注意した。ここで夕映を止める気がなかった。むしろ、止めとけと言ってやめるなら、自分だってやめれると思ったのである。

 

 夕映は止める気がないハルナを見て不思議に思いながらも、どうして覗きに行かないのかと気がつけば聞いていた。ハルナは先ほどと同じように苦笑しながらも、こういう時はやめておくのも友人だと、悟ったようなことを話した。ハルナものどかの決意を見た後だったので、とりあえず邪魔しないであげようという気になったのだ。

 

 そのハルナの答えに夕映は、自分はなんて浅ましいのだろうと思った。あの普段はテンション高くてこういった面白イベントに首を突っ込んでくるハルナでさえ、のどかを信じてあえて身を引いている。なのに自分は信じると言ったのに、覗きに行く気だった。そんな自分が恥ずかしくて許せない、夕映はそう考えながら、苦渋の決断をしたのである。

 

 

「なら、私も我慢します」

 

「ほおー、よく言った!」

 

「すばらしい!」

 

 

 それなら自分もハルナに習って、覗きに行くのをやめよう。夕映はそう考えて、我慢することを宣言した。ハルナはそう宣言する夕映を見て、とてもいい笑顔でよく言ったと叫んで拍手を送った。カギもまた同じように、すばらしいと言葉にして夕映を褒め称えたのである。

 

 

「ほ、褒められるようなことじゃないと思うんですが……」

 

「まーねー。でも、ゆえも成長してくれて私は嬉しいよー」

 

「まったくだぜ」

 

 

 二人に褒められた夕映は、照れながらも別に褒められるようなことではなく、むしろ当然のことなのではないかと述べていた。ハルナもそりゃそうだと言いつつも、夕映がちょっとは成長したと思ってニヤリと笑って見せたのだ。カギも当然夕映の決意にしびれるものを感じ、笑いながらまったくだと言っていた。

 

 

「まっ、俺は見に行くがね」

 

「カギ先生はまったく成長してません……」

 

「グアァァ! 言うな! いや! 俺だって成長してるぜ!?」

 

「どこがですか……」

 

 

 しかし、ここでカギはまたもや空気の読めぬことを言い出した。なんということか、このカギは一人でネギとのどかの様子を覗きに行くと言い出したのである。いや、今の流れでそれはあり得ないでしょう。夕映はそう思いながら、カギはまったく成長しないときつい言葉を言い放ったのだ。

 

 今の夕映の言葉がカギには相当ショックだったらしく、胸を押さえながら苦しむ様子を見せていた。さらに、自分はこれでも成長していると豪語したのである。どの口がそれを言うのだろうか。夕映は今の発言をしておいて、どこがどう成長したのかと、疑問の声を上げていた。

 

 

「いや、確かにカギ君は成長、と言うか変わったよ」

 

「わかるかハルナ!」

 

 

 だが、そこで夕映の言葉に異を唱えるものが居た。それはハルナだった。ハルナはカギが確かに成長した、いや、人が変わったと話したのだ。そのハルナの援護にカギは、おお、わかってくれるかといった顔で、よくぞ言ってくれたと笑っていた。

 

 

「最初に学校に来た頃なんてさぁ、顔見ただけでスケベでさぁ~、ませたガキだと思ったよ?」

 

「え!? マジで?!」

 

「はい、それはもうバレバレでした……」

 

 

 そんな援護だったと思ったハルナの言葉も、次の言葉で一変した。なんとハルナはカギが目の前に居るにも関わらず、カギが最初に麻帆良へ来た時は、本当にどうしようもないヤツだと思ったと言い出したのだ。

 

 なんか顔を見ればすごいスケベな感じだし、どこを見てるのかも丸わかり。なんというませたガキなんだろう、隣に居たネギがとても知的で紳士に見えるほどだったと、いまさらながらに語りだしたのである。

 

 カギはそのハルナの話しに、ウソだろ!? と驚いた。まさかあの時の自分がそんな変な顔だったとは、思ってなかったようだ。そんなカギに夕映が追い討ちをかける。夕映もハルナと同じことを当時思ったので、あの顔を見れば誰でもわかるとハッキリ答えたのだ。

 

 

「おおおぉぉぉぉぉ……」

 

 

 まさかそんなことになっていたとは、カギはその話を聞いて無性に自分が恥ずかしくなった。確かにあの時はエロいことを考えたりハーレムゲッツなど思ったりしていたが、それが表に出ていたなどと、考えたくないことだった。その過去の情けない自分を知り、いたたまれない気分になったカギは、顔を両手で覆いながら呪詛のような声を出していた。

 

 

「でもさ、今はちょっと違うなあ。雰囲気もやわらかくなった感じだし」

 

「近づきやすくなったです」

 

「そ、そうか……。そう言ってくれるか……」

 

 

 突然変な声を出し始めたカギを見て、クスッと苦笑しながらも、ハルナはそっとフォローをした。あの時は確かに変なヤツだと思ったが、今は少し違ってきていると。雰囲気も随分変わり棘が無くなったし、スケベな顔もさほど見られなくなった。だからこそ、カギが変わったと話したのだと、説明するように述べたのだ。

 

 また、夕映もそれだから近づきやすくなったと、カギを慰めるように話した。むしろ、最初の頃のままのカギだったら、絶対に従者として仮契約なんてしなかっただろうと。多少なりに雰囲気が変わり、ほんの少しだが人が良くなったカギだからこそ、夕映は仮契約をしたのだ。

 

 そんな二人のありがたいお言葉に、カギは気がつけば涙ぐんでいた。こんなダメで情けない自分の友達になってくれてありがとう。そう思ったら、無性に泣きたくなったのである。

 

 

「カギ君ってさぁ、もしかして泣き虫?」

 

「何かとよく泣いてるです」

 

「うっせー! 涙もろいだけだわい!」

 

 

 カギが涙ぐんで目をこすっているのを見たハルナは、カギは実は泣き虫なのではないかと口にした。夕映もカギがよく涙を流しているのを見ていたので、よく泣く人だと話したのだ。そんな風に言われたカギは、少女たちの前で涙を見せた照れ隠しに、大きく涙もろいだけだと叫んだ。そりゃ確かに自称であるが、大の男が女の子の前で泣くなど、恥ずかしくてみっともないと思うのは当然だろう。

 

 

「そうには見えないけどねぇー」

 

「でも、涙もろいのは悪いことじゃないですから」

 

「ゆえ、お前だけが俺の味方だ……」

 

「突然手を握って涙ぐまれても困るですよ……」

 

 

 ハルナは涙もろいだけと聞いたが、本当なのだろうかと思いそうには見えないと言葉にした。あの愉快でスケベなカギが涙もろいとか、ちょっと信じられなかったのである。まあ、単純に泣き虫なんじゃないかな、と思ったのだ。

 

 だが、夕映は涙もろいと聞いて、それ自体悪いことではないと言った。涙もろいというのは、つまり感激しやすいということだ。素直に他人の言葉に感動しているのなら、悪いことなはずがないと、夕映は思ったのだ。

 

 夕映にそう言われたカギは、さらに感涙していた。そうやって女の子に励まされた機会などなかったカギにとって、夕映の言葉はまさしく天使のささやきと同じだったのだ。そして、感極まったカギは夕映の手を握り、お前は最高だと言い出したのである。

 

 夕映は涙と鼻水で顔を濡らすカギに、やっぱり涙もろいんだなと思いつつも、いきなり手を握られて泣かれても困るとも思っていた。むしろ何でこんな状況になってしまったのかと、夕映も少し混乱していたのだった。

 

 

「うーん、本当にこの二人友達、つーかパートナーってだけなのかねぇ……」

 

 

 涙を流しながら夕映の手を握るカギ。そんなカぎに手を握られ、どうしたらよいかあたふたする夕映。この二人を見ていたら、本当に友達というだけなのだろうか、魔法使いの主従関係だけなのだろうかと考えるハルナだった。まあ、それでも自然に手を握る行為が出来るぐらいには仲がよいということだけは、しっかりと理解出来たのであった。

 

 

 



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百十四話 幼馴染

 あれだけ空で輝いていた日は傾き始め、周囲はほんのりと紅く染まってきていた。賑わいを見せていた海岸も時間とあって、多くの人たちは姿を消し、閑散としてきていた。そんな夕暮れに近い浜辺から、海に浮かんでいるように見える赤い太陽を眺める、一組の男女がそこにいた。

 

 

「もう日差しが赤くなってら」

 

「時間がたつのも早いですね」

 

 

 夕焼けの日差しで赤くなった海を眺めながら、カギはもうそんな時間かと言っていた。夕映も同じように、気がつけばもう夕方で、時間の流れは早いものだと言葉にした。

 

 

「ん? おい、あれはネギとのどかじゃねーか?!」

 

「本当ですね……」

 

 

 カギはふと浜辺を見渡せば、なんとネギとのどかが仲むつまじそうに歩いているではないか。それを少し驚いた様子で夕映へと伝えれば、夕映もそれに気がつきそれを口に出していた。しかし、何を思ったのかこの二人、とっさに近くの岩場へと身を隠し、ネギとのどかの様子を眺め始めたのだった。

 

 

「で、何で俺ら隠れてんだ……?」

 

「つ、つい条件反射で……」

 

 

 カギは何で隠れる必要があったのだと疑問を口にし、何やってんだ俺ェと思っていた。同じように夕映も隠れてしまい、反射的にやってしまったと後悔の言葉を述べたのだ。そんな二人の後ろからゆっくりと、また一人少女が近寄ってきたのである。

 

 

「何してんの?」

 

「おわっ!? な、なんだアスナか」

 

「いえ、特には何も……」

 

 

 やってきたのはアスナだった。アスナは岩陰に身を潜めるようにするカギと夕映を見て、何しているのかと声をかけた。するとカギがかなり驚いた様子で振り向き、その姿を確認するとほっとした様子を見せていた。夕映はさほど驚いた様子は見せず、アスナの質問に静かに答えた。

 

 

「ん? あそこにいるのはネギ先生と本屋ちゃん? なるほど」

 

「おいおい!? 勝手に納得してんじゃねー!」

 

「別にやましいことは決して!」

 

 

 アスナはそこで二人の見ていたと思われる場所へと視線を向けると、ネギとのどかが仲よさそうにしながら歩いているのが見えた。ああ、なるほど、そう言うことか。アスナは目の前の二人はこれを見ていたのかと思い、静かに頷き納得していた。

 

 だが、カギも夕映もそんな気があった訳ではない。たまたま偶然ネギとのどかを見てしまい、気がつけば岩陰に隠れたに過ぎない。それを弁解しようとカギは口を開くが、既に勝手に納得しているアスナを見て、違うそうじゃないと叫んだのだ。夕映も覗きをしていた訳ではないと、やましいことはしていなかったと弁護を叫んで述べていた。

 

 

「いや、まぁ二人のことが気になるって言う気持ちもわかるから」

 

「だー! ちげー! 何で完全に自己完結してんだよ!」

 

「ま、まあ隠れたということは、やはりやましい気持ちがあったのでしょう……」

 

 

 しかし、そんな二人の言葉もアスナには届かず、むしろ気にしなくてもよいと言う気遣いまでされてしまったではないか。アスナもあの二人がうまくやっているのかは気になっていたので、そう言う気持ちもわかると話したのだ。

 

 いや、そうじゃない、そうじゃないんだ。カギは完全に勘違いしたアスナへと、何度もそう大声で説明した。ただ、夕映は隠れたのだから多少なりにそう言った気持ちがあったのかもしれないと、少し自己を反省していた。

 

 

「でも、あの二人結構いい感じじゃない?」

 

「いやーまったくだ。うらやましい限りだぜ」

 

「のどか、ファイトです!」

 

 

 まあ、目の前の二人が気になるのもしかたないだろう。何故ならネギとのどかは中々どうして良い感じの雰囲気だからだ。それをアスナは二人へ話すと、カギはネギを大層羨んだ。俺もあのぐらいの思いはしてみたいな、甘い空間に浸りたいな、そう思いながら、ネギの方を眺めていた。

 

 夕映は夕映で親友であるのどかを必死で応援していた。あの雰囲気ならキスぐらい出来なくも無いはずだ、頑張れ、行け、負けるなと。とは言え、何に負けるかと言えば、きっとそれはのどか自身なのだろうが。

 

 

「ホント、楽しそうじゃない……!」

 

 

 しかし、そんなのんきな雰囲気の中、突如として知らぬ少女の声が聞こえた。気がつけば赤いツーサイドアップの髪をなびかせた少女が一人、三人が隠れていた岩の上に仁王立ちし、怒りを露にしているではないか。ノースリーブでヘソが出る形の赤っぽい服装に短いスカートの恰好をした、見知らぬ少女がそこに居た。

 

 

「ん? なんか聞き覚えがあるような、ないような声が……。疲れてるのか……?」

 

 

 カギはその少女の声に聞き覚えがあった。が、その声の主などここに居るはずが無いと思い、疲れているのだろうかと思ったようだ。

 

 ……と言うかこのカギ、原作知識があるはずなのだが投げ捨ててしまったがためなのか、主要イベント以外すっかり頭から抜けてしまったみたいである。

 

 

「ネギのヤツ! あんなにデレデレしちゃって!」

 

 

 その少女はネギの名を語りながら、とてつもなくイライラしていた。ネギが他の女の子と遊んでいることが、かなり気に入らない様子だった。

 

 

「だ、誰っ!?」

 

「知らない子がいつの間に……!」

 

「げ、幻覚もか……? いや、違う! こりゃ現実だ!?」

 

 

 アスナは突然現れた謎の少女に驚きの声をだし、夕映もいつこの岩の上に現れたのだろうかとびっくりしていた。しかし、カギはこの少女を知っていた。知っていたが最初は自分の目を疑った。それでも目の前に居る少女は本物で現実だったことに、カギは目玉が飛び出んばかりに仰天したのである。

 

 

「なんでお前がここに!!」

 

「帰るって言ったのに帰ってこないと思ったら、こんなところでイチャイチャして……!」

 

「シカトかよ!」

 

 

 カギは驚きのあまり大声を出し、何故ここに居るのかとその少女に尋ねた。が、少女はカギなど眼中になく、ネギの方に視線が集中し射殺さんと言うほどに睨みつけていたのだ。また、カギは少女が話を聞かなかったことに、無視されたと思ったのかそのことを口から出してつっこんでいた。

 

 

「てっおい! 何をする―――――ッ!?」

 

「当然!」

 

 

 そんな多少のんきにしていたカギだったが、次の瞬間表情を焦りの色に染めたのだ。何故なら少女が突如臨戦態勢を取り、仲良くしているネギとのどかへ突撃しそうになっていたからだ。そこで何をするだー! とカギが叫べば、少女は当然と叫んだ後、恐ろしいことを言い出した。

 

 

「……ネギをぶっ飛ばす!」

 

「やめやめろ!!」

 

「ちょっ! 放しなさいよ!」

 

 

 ネギをぶっ飛ばす。少女はそうはっきりと、怒りと嫉妬が混じった声で言い放った。おい、やめろ! カギはそれを聞いて予想通りだと思いながらも、やらせてはまずいと思い、その少女を羽交い絞めにしたのだ。しかし、少女はまったくもって止まらず、じたばたとカギの腕の中で暴れ、離せと叫んでいた。

 

 

「二人の邪魔しちゃあかんだろ!?」

 

「放せって言ってるでしょ!? このっ!」

 

「ポピーッ!?」

 

「カギ先生!?」

 

 

 カギはあれほどまでにいい雰囲気の二人の邪魔は流石に悪いと思い、少女を必死で止めようとしていた。だが、少女はそれでも止まる気配はなく、鬱陶しいと思ったのか肘打ちを繰り出した。それがカギのわき腹に刺さり、カギは奇妙な声を出しながら吹き飛ばされて、砂浜の地面へと転がったのである。そんな光景を目撃していた夕映は、たまらずカギの名を叫んで心配した様子を見せてたのだ。

 

 

「ん? カギ?」

 

「久々に会ったつーのに、とんだ挨拶じゃねぇかチクショウ!」

 

「うへ! カギ!? カギに触られた!?」

 

 

 カギ、その名を聞いた少女はそこでふと我に返り、振る向いた。すると尻もちをつき、頭をなでながら体を起こす半裸のカギが居るではないか。少女はカギの姿をしかと見ると、今さっきカギに体を触れられたことを思い出し、嫌悪を感じる態度を見せたのだ。まあ、カギが半裸なのは水着だからであり、海では当然なのだが。

 

 

「……汚されちゃった……」

 

「ちょっと待てよ!? そこまで言うか普通!?」

 

「だってアンタ、キショイんだもん」

 

「グアアアアアアアッ!!?」

 

 

 少女はカギに触られたことがショックだったらしく、よよよと涙しその場にへたりこんだ。カギはそんな少女に、触っただけで大げさすぎる、まるで何かひどいことをしたようじゃないかと、叫んだのだ。そんなカギの声を聞いた少女は今の態度は嘘でしたと言った感じで元気となり、カギに対して気持ち悪いからだと言い出した。カギはそのことが非常にショックだったらしく、大魔法を食らったような声で苦痛の叫びを上げ、再びその場に倒れこんだのだった。

 

 

「あの、この子はカギ先生の知り合いですか?」

 

「お、おう……。コイツはアーニャ、故郷での”俺の知り合い”で”ネギの友人”だ……、グフッ……」

 

「そうなんだ……」

 

「私はそんなヤツの知り合いとも思われたくないけどね」

 

 

 夕映は今の一連の動作で、カギとそこの少女が知り合いなのではないかと考え、それをカギに聞いてみた。するとカギは少女の名を紹介し、ネギの友人だが自分の知り合いだと述べた後、地面に顔をつけてくたばった。

 

 そう、最初からわかりきったことだったが、この少女こそアーニャだったのである。アスナもカギの話を聞き、ネギの友人だと聞き少女の方を見ていた。だが、アーニャはカギの物言いすら不満があったらしく、知り合いだとも思われたくないと、期限悪そうに言い出したのである。

 

 ……()()()()アスナはネギの過去などを見たことがない。そもそもネギとアスナは仮契約自体していない上に、ネギがそう言ったことを見せる必要もなかったから当然だ。なので、ここで初めてアスナはアーニャの顔を見たことになるのである。また、それは夕映も同じことだった。

 

 

「随分な言われようですが、何かあったですか?」

 

「昔の黒歴史を掘り起こさんでくれんか……」

 

「は、はぁ……」

 

 

 何かアーニャと言う少女は、かなりカギに対してヒドイことを言っている。むしろ嫌悪しているように見えた夕映は、それをカギに尋ねて見た。コレほどまでに嫌われてるのは流石におかしい、何かあったのではないかと思ったからだ。

 

 しかし、カギは地面に倒れ伏せた上体で死んだような顔のまま、それは聞かないでくれと夕映に話した。なんとも痛ましいカギを見た夕映は生返事を返し、もうこの話はしないほうがいいと思ったようだ。

 

 ……カギはどうしてこれほどアーニャに嫌われているのかなどすでに察していた。ぶっちゃけ昔の自分を思い返せば、どれほど痛いヤツだったかぐらいわかると言うものだ。それを思えばアーニャにこんな態度をされても仕方がない。むしろ完全に無視されるよりはマシだと思うカギだった。

 

 

「あれ、みなさんどうして……、アーニャ?」

 

「このボケネギ!」

 

「あいたっ!」

 

 

 そうこうしている内に、ネギとのどかがその岩場までやってきて、アスナと夕映を見つけたようだ。また、そこに何故かいるアーニャに、少し驚いた様子を見せた。だが、そんなネギへと間髪居れず、ローキックを放つアーニャ。流石のネギも対応しきれず、それを足に受けて、痛いと声を出したのである。

 

 

「いきなりヒドイじゃないか!」

 

「だって帰ってくるって言って帰ってこないんだもの! こっちから来ちゃったじゃない!」

 

「確かに帰るって手紙に書いたけど、夏休み中としか書いてないよ!」

 

 

 久々に会ったというのにいきなりこの仕打ち。流石のネギも怒りを見せていた。だからネギがその文句を言えば、アーニャもまったく帰ってこないと叫び、逆切れしだしたのである。ネギはそんなことを言うアーニャに、帰るとは言ったがすぐではないと、声を荒げて説明した。

 

 そんなネギにちょっかいを出す少女に、のどかは驚き混乱していた。このネギと親しそうな少女は誰なのだろうかと。まあ、それにしても仲が悪そうと言うよりは、仲がよさそうだったので、大丈夫かな、と思っていた。

 

 

「でっ、そっちの人は?」

 

「ああ、こっちは僕の生徒で……」

 

「宮崎のどかです。よろしくね」

 

 

 だが、今アーニャが気にしているのはそのことだけではない。ネギの横で困惑している内気っぽい少女が、とても気になったのだ。なので、アーニャはネギへ隣の人は誰なのかと、ムッとした態度で聞いてみた。

 

 ネギは尋ねられて、取り合えず自分の生徒で、と前置きしてのどかを紹介しようとした。そこへのどかは自分から前へ出て、笑顔で名乗りだしたのである。

 

 

「あっ、私は綾瀬夕映です」

 

「私は銀河明日菜よ」

 

「ご丁寧にどうも。私はネギと幼馴染のアンナ・ココロウァです!」

 

 

 それにつられて夕映とアスナもアーニャへと、そっと自己紹介をした。アーニャも名乗られたのだから、自分も名乗るのは当然という感じで、微笑みながら元気よく自己紹介したのである。

 

 

「と言う訳で帰るわよ! ネギ!」

 

「え!? な、なんで!?」

 

「何でって、帰るって言ったじゃない!」

 

「だからすぐになんて言ってないって!」

 

 

 しかし、それが終わるとすぐさまアーニャは、ネギの手を引っ張り帰るのだと言い出した。ネギは何で今すぐ帰らねばならないんだと、困った顔でそれを聞いた。するとアーニャは、先ほどと同じく、ネギが帰ると言ったのだから、当然今すぐ帰るのだと叫んでいた。

 

 だが、ネギは今すぐ帰る気などまったくない。確かに手紙には夏休みになったら帰ると書いたが、当然その間の話であって、すぐという訳ではないのだ。ゆえに、腕を引っ張られるのに抵抗しながら、今すぐは帰らないとアーニャに説明したのである。

 

 

「俺は?」

 

「一生帰ってこなくていいから!」

 

「ガアアアアァアァァッ!!!」

 

「カギ先生……」

 

 

 そんなネギとアーニャがもみ合ってるところに、立ち上がったカギが自分はどうなのかをアーニャへ尋ねた。アーニャはとっさに一生帰ってこなくていいと、それに返したのである。まさかそこまで言われるとは思ってたのかなかったのか、カギは再び盛大な叫びとともに、地面に自ら倒れこんで伏せたのである。

そんなカギを見た夕映は少し不憫に思い、声をかけていたのだった。

 

 

「まあまあ、せっかく日本へ来たんだからゆっくりしていけば?」

 

「むっ……?」

 

 

 とは言え、はるばる日本へやってきたのだ。日本にやってきて今すぐ帰るのも、もったいないと言うものだ。とんぼ帰りなんて疲れるだけだし、少しぐらい休んでいけばよいと、アスナは苦笑しながらアーニャへ話しかけた。アーニャもそう言われ、確かにそうかもしれないと考えた。

 

 

「そうだよ、せっかく来たんだからさー」

 

「むむっ……」

 

 

 さらにネギが流れに乗るように、すぐに帰るのはもったいないと話した。久々に会った訳だし、積もる話もあるだろう。のんびりと休みながら、それを話し合ってもよいのではないかとネギは思ったのだ。そうネギに言われ、アーニャはそれも悪くないと思いはじめていた。

 

 

「おいしいご飯も出るみたいだし」

 

「むむむっ……」

 

 

 だが、極めつけにのどかが、宿ではおいしいご飯が出るからそれを食べていけばいいんじゃないかと、アーニャへ優しく話しかけた。アーニャも日本の食事には興味があったらしく、先ほどの二人以上の反応を見せた。そして、まあしょうがないと思いながら、そうすることにしたのである。

 

 

「あのー、カギ先生大丈夫ですか?」

 

「俺の心はボドボドだ……」

 

 

 そんな三人を他所に、夕映は精神的に死に体のカギへ話しかけていた。先ほどからアーニャに散々な言われようだったカギは、完全に精神が追いやられてしまったようだ。だから夕映はカギが心配になり語りかければ、完全に元気をなくし、地面に転がって這い蹲るカギが、もう駄目だと嘆くだけだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 まあ、とりあえずもう日も完全に傾いたので、旅館へと戻ったネギたち。そこへ待ち受けていた3-Aの少女たちはアーニャを見て、当然興味深々だ。そんなことだろうと思ったアスナは、アーニャのことをみんなへと説明していた。また、旅館ということもあり、3-Aの少女たちはすでに浴衣姿となり、リラックスモードであった。

 

 

「ええー!? ネギ先生とカギ先生の幼馴染の女の子!?」

 

 

 あやかを筆頭に、クラスのみんなは説明を聞いて驚いた。何せ突然現れた少女が、なんとネギの幼馴染だったのだ。普通に考えれば驚かない方がおかしいというものだろう。

 

 

「どういうことですの!?」

 

「何か里帰りが遅いから迎えに来た感じだったけど……」

 

 

 とは言え、どうして今、ここにネギの幼馴染が現れたのか、その理由がわからない。だからあやかはそのあたりを詳しく知りたく、アスナへと詰め寄ったのだ。アスナは詰め寄るあやかに苦笑しつつ、ネギを故郷につれて帰るべく迎えに来たと説明したのである。

 

 

「同い年!?」

 

「いーや、ひとつ上だ」

 

「かっ、カギ先生!?」

 

 

 ネギの幼馴染と聞いたハルナも、当然のごとくアーニャに興味を抱いていた。ゆえに、幼馴染とならば同じ年齢なのだろうかと、アスナへ興奮気味に問いかけたのである。しかし、そこで答えたのはアスナではなく第三者であった。

 

 突然別の方向から答えが返ってきたので、ハルナがその方向を見れば、普段通りのラフな恰好をしたカギが、何故かそこに立っているではないか。そう、アーニャのことをこの中で一番知っているのは、ネギを除けばこのカギなのである。

 

 

「カギ君は何でここに? 中に入らないの?」

 

「追い出されたんだよチクショウ!」

 

「あらら……」

 

 

 だが、ハルナには新たな疑問が発生した。カギもネギの兄であり、当然同郷のアーニャとは知り合いなはずだ。むしろ普通に考えれば、ネギと同じく彼女と幼馴染だと考えられるだろう。それなのに、どうしてネギとアーニャが居る部屋に入らず、自分たち3-Aと一緒に居るのだろうか、そうハルナは思ったのだ。

 

 それをカギへと尋ねれば、床に拳をたたきつけながら、悔しそうに追い出されたと叫んだのだ。ぶっちゃけアーニャはカギが嫌いだ。それにネギと二人きりになりたいアーニャは、カギを蹴飛ばし外に投げ出したのである。そんな答えを聞いたハルナも、流石にカギを不憫に思い、どう声をかけようか迷っていた。

 

 

 まあ、そんなカギや3-Aの娘たちに覗かれているなどいざ知らず、アーニャもネギも久々の再会を喜んでいた。いや、と言うよりも、アーニャは出された食事に舌を鳴らし、喜んでいた。

 

 なお、ネギもカギ同様私服姿であり、アーニャもここへ来た時と同じ恰好であった。ただ、アーニャは室内と言うこともあるのか、先ほど来ていた赤い服の下に白いシャツを着たり肩に半袖がついていたりと、少し露出を抑えた恰好となっていた。

 

 

「何これ! すっごいおいしい!」

 

「アーニャ、箸はこうやって使うんだよ」

 

 

 アーニャは目の前に出された天ぷらや寿司などの数々の和食に感激しながら、その味を確かめるように食していた。口に運べば体感したことのない、なんともいえない味が口いっぱいに広がり、ついついおいしいと言葉にするほどだった。

 

 そんなアーニャを見て笑いながら、彼女の箸の使い方がなっていないことを注意し、手本を見せるネギ。アーニャは箸と言うものを使ったことがないのか、フォークをつかむようにして握り締め、料理に刺して使っていたのだ。だが、ネギはしっかりと箸を握り締め、一対の箸でうまくつかむことが出来た。これこそが箸の普通の使い方であり、それをアーニャへ教えていた。

 

 

「わざわざ遠くから来た甲斐があるわねー」

 

「ところで兄さんは?」

 

 

 もぐもぐとうまい食事に手をつけながら、ご機嫌なアーニャ。日本へ来た甲斐があったと言葉にし、ご満喫のご様子だ。そんなアーニャにネギも嬉しそうにしていたが、誰か一人足りない気がした。いや、むしろ事実足りない、兄であるカギがこの場に居ないのだ。それをネギはアーニャへと、ひっそりと尋ねたのである。

 

 

「外? 何で?」

 

「アイツの顔を見てたら、せっかくのご飯がまずくなるじゃない!」

 

「えー!? 兄さんと僕とじゃほとんど変わらないよ!?」

 

「全然違うわよ!」

 

 

 するとアーニャは箸を動かし天ぷらを口にほおばりつつ、その質問は聞かれたくなかったと言う不満そうな表情で、指でチョイチョイとふすまをさした。それはすなわち、カギは外に居ると言うことだった。ネギはそれを理解したので、ならば何故カギが外にいるのかと、再びアーニャへ尋ねたのだ。

 

 アーニャはまたも気分が悪くなるような質問を聞いて、少しイラついた声を上げてその答えをハッキリ話した。カギの顔など見たくない、そんなものを見ながら飯など食えないと、叫んだのだ。

 

 ネギはそこで思ったのは、自分とカギとでさほど顔の形に差はないのではないかということだった。双子として生まれたネギとカギは、当然のごとくそっくりだ。カギは髪を逆立てているからこそネギと差別化されているだけで、髪型を同じにしたら見分けが付かないほどである。なので、カギの顔で飯がまずくなるなら、自分も同じなのではないかと思い、それをアーニャへ言ってみた。

 

 それを聞いたアーニャは叫ぶような声で、まったく違うと言葉にした。カギが大嫌いでネギが好きなアーニャには、まったくもって別の顔に見えるのである。まあ、実際カギは変態ゆえに、多少なりにネギより変な顔をすることが多いせいもあるのだが。

 

 

「あんなヤツの顔、見たくないしー」

 

「どうしてそんなに兄さんを嫌うの?」

 

「どうしてって、顔がスケベだし……」

 

「そ、そうなのかなぁ……」

 

 

 それ以上に嫌いなカギのツラなど見たくも無いというのがアーニャの率直な意見だった。しかし、ネギにはアーニャが何故カギを嫌うのか、その理由がわからなかった。だからそれを聞いてみれば、アーニャはカギの顔がスケベで変態的で生理的に受け付けないと説明したのだ。だが、ネギにはカギがスケベなのかどうか理解していなかったので、よくわからないという顔をするだけだった。

 

 

 その二人のやり取りを覗いてほほえましく思う3-Aの少女たちとオマケのカギ。そんなところでアーニャのカギに対しての暴言の数々を聞いたハルナや夕映は、少し哀れに思ったのかその本人の顔を見た。

 

 

「ああ言われてるけど?」

 

「今日のお前らの会話で重々承知だよチクショウ!」

 

「やはり昔からそうだったんですね……」

 

 

 そして、あんなこと言われてるけど文句はないのかと、ハルナはカギに聞いてみた。するとカギは非常に悔しそうな顔をしながらひざまづき、床を殴りながら叫んだのだ。そんなことは言われなくても、今日のハルナと夕映の話で理解できたと。

 

 そう、カギは昼間での二人の会話で、最初に会った時の自分の印象を聞いていた。それはかなり悲惨なもので、顔がスケベでむっつりでませたガキ、というものだった。つまり、昔からそんな顔でアーニャを見ていたなら、あれほど言われてしまっても仕方ないとカギは思い、過去の自分を悔やんだのである。

 

 また、夕映も昔からそんな感じだったんじゃないかと思っていたようで、呆れた顔をしていた。と言うか、そんなに小さい頃からスケベだったとか、ちょっと引くわー、と言う感じであった。

 

 

 まあ、扉の外でそうこうしている人たちをよそに、室内でのネギとアーニャの会話はいまだ弾んでいた。アーニャはふと、魔法使いの修行のことを思い出し、それをネギへと尋ねようと思った。

 

 

「そんなことより、そっちの修行はどうなのよ?」

 

「特に問題なく順調だよ?」

 

 

 アーニャが修行のことをネギへ聞けば、特に問題はないとネギは何も思わず言葉にした。ネギの修行は麻帆良で先生をすることであり、今のところ大きな問題を感じてはいなかった。まあ、確かに修行とは関係ない部分で、いろいろと問題が発生してはいたのだが。

 

 

「本当かしら?」

 

「嘘じゃないよー!」

 

「……まあ、それならいいけど……」

 

 

 しかし、アーニャはネギの言葉が少し信用できなかった。アーニャにとってのネギは、1歳年下の手のかかる男の子で、まだ独り立ちなんて出来るはずもないというのが印象だった。そのため、少し挑発的に本当なのかと聞いてしまったのである。

 

 流石にそう言われたネギは黙っておらず、嘘ではないと大きく叫んだ。それを聞いたアーニャは、少し考えて問題ないならいいか、と思い引き下がるようにそれを言葉にし、ネギの修行が順調なのは百歩譲って信じるとした。

 

 ……ネギは一応自分の兄弟子であり、あのギガントから指導を受けているのだ。こんなところで躓くのなら、師の面を汚すことになるだろう。それはネギにとってもよくないことであり、当然そんぐらいわかっていると、アーニャは思ったからだ。

 

 

「ちなみに私は順調よ?」

 

「どんな風に?」

 

「まー、最初は大変だったけど、今じゃ街の人たちと仲良くなったし」

 

 

 そんなことよりも、自分も順調で問題なく修行できていると自慢げに話すアーニャ。むしろ、自分が順調に修行出来ていることを、ネギに話したくて仕方がなかった様子である。

 

 とは言え、順調とは一体どう順調なのだろうか。ネギはそう思ったので、とりあえずそれをアーニャへ聞いてみたのだ。すると、昔を思い出すかのように、アーニャは自分の修行について語りだした。最初は大変だったが、今では街の住人とよい関係を築けたと。

 

 

「リージェント通り裏の占い師アーニャと言えば、もー結構有名なんだから!」

 

「へー」

 

 

 アーニャはさらに、リージェント通り裏では知らない人がいないほど、有名な占い師になったと豪語して見せた。まあ、その台詞の後に、一部で、とつけていたので、知る人ぞ知る、ぐらいなのだろう。ネギもそんなアーニャの話に、それはすごいなー、と思いながら、少し喜ばしそうに小さく返事をしていた。

 

 

「でも、ネギが順調だったとしても、あのカギはダメダメなんでしょ?」

 

「兄さんも最初はちょっと危なっかしかったけど……、今は全然大丈夫だよ!」

 

「えー? まったく信じらんない……」

 

 

 だが、そこでアーニャはネギの修行がうまくいっていたとしても、カギの修行がうまくいっているとは思えなかった。何せあのカギ、チャランポランでスケベで変態で、魔法学校でもさほど真面目に授業を受けてはいなかった。それでもネギと同じように主席で卒業できたのが、アーニャはいまだに信じられないのである。

 

 あのカギは一応特典を貰った転生者。魔法学校で習う魔法程度ならば、簡単に扱えたようだ。ただ、それ以外の部分はあまりよいとは言えなかったが、一応ネギと首席で卒業できるようには頑張ったのだろう。

 

 そうアーニャがカギを疑う中、ネギは問題ないと説明していた。確かに最初は無茶ばかりやらかし、先生とも紳士とも思えぬ行動ばかりが目立っていた。それも最近は落ち着いており、先生としてやれてきていたので、ネギも安心し始めていたのだ。

 

 それをネギがアーニャへ話すと、嘘にしか聞こえないと言葉にし、疑いのまなざしを向けるアーニャがいた。ネギは一応カギを兄として見ており、多少なりに敬いの心があるのをアーニャは知っていた。ゆえに、ある程度贔屓目で話しているのではないかと思ったのである。

 

 

「クッ……。弟のフォローが目にしみるぜ……」

 

「ネギ君優しいなあー」

 

「常に兄に気を使うなんて、さすがネギ先生ですわ!」

 

 

 扉一枚はさんだ廊下では、カギがまたもやうなだれながら、目に涙をにじませてそれを右腕で擦っていた。あのネギが自分を擁護してくれていることに、少し感涙したのだ。ハルナもそのネギの兄思いの優しさに関心し、あやかはネギに惚れ直したような様子で感激の言葉を叫んでいた。

 

 

「あっ、そういえば、4月ごろのことなんだけど、お師様が来てくれたわよ?」

 

「アーニャのところにもお師匠さまが?」

 

「にも? つまりネギんとこにも来たってこと?」

 

「うん、少し前までこっちに滞在してたんだ」

 

 

 まあ、廊下で騒いでいる人たちなど知らぬアーニャとネギは、話題を変えて別のことを話し出した。それは二人の師であるギガントのことだ。アーニャはギガントが4月ごろに顔を見せてくれたことを、少し自慢するかのようにネギへ語りかけたのである。

 

 だが、ネギのところへもギガントはやってきていた。なので、アーニャのところへも顔を見せたのか、と思いそれを口にした。それを聞いたアーニャは、まさかネギのところへもギガントがやってきていたのかと考え、尋ねて見た。すると、ネギは少し前までギガントが麻帆良に滞在していたことを静かに話した。

 

 

「なっ!? ずるい! なんでそれを教えてくんなかったのよ!?」

 

「な、なんで!?」

 

「むー……。まあ、こっちにも顔を出してくれたし、許してあげる」

 

「別に悪いことしてないと思うんだけど……」

 

 

 するとアーニャは突然怒り出し、ずるいと叫びだしたではないか。アーニャはネギがこの前までギガントに魔法などを教えてもらったのではないかと考え、それをずるいと思ったのだ。また、尊敬する師であるギガントに自分より長い時間一緒にいたということも、とても羨ましかったというのもあった。

 

 ただ、ネギは突然ずるいと言われても、困るばかりだった。何でするいのか、あまりよくわからないからだ。そんなネギを睨みながら顔を膨らませるアーニャだったが、自分のところにも顔を見せてくれたギガントのことを考え、ネギを許すことにした。しかし、ネギは何一つ悪いことはしていないので、何を許してくれたのかさえ理解できずにいたのであった。

 

 

「それで、お師様はどこへ?」

 

「用事があるって言って自分の故郷へ戻ったよ」

 

「そう……」

 

 

 そこでアーニャはふと、最近までギガントがネギの近くに居たと聞き、ならば今はどこへ行ったのかと疑問に思った。それをネギへと尋ねてみれば、ネギはギガントは用事のため故郷へと帰ったと話した。アーニャは故郷へ帰ってしまった師匠を思い、少し残念そうな顔をしていた。まだこの近くに居るのであれば、会いに行けるかもしれないと思っていたからだ。

 

 

「ところでお師様の故郷ってどこなのかしら……」

 

「そういえば僕も教えてもらってないなあ」

 

「お師様ってそう言うところは教えてくれなかったわね……」

 

「そうだね」

 

 

 また、アーニャはギガントの故郷と聞いて、どこがその故郷なのかと考えた。ネギも同じく今まであまり考えたことがなかったが、一体ギガントどこへ帰っていったのかと思ったようだ。

 

 何せギガントは”故郷へ帰る”とは言ったものの、”どこが故郷か”は二人に話してなかったのだ。確かにギガントは自分の住んでいる場所や国のことなどは、一切話してはくれなかったと、アーニャは思い出すかのように言葉にしていた。同じようにネギもそのことを思い出し、ギガントはどんな場所へ帰ったのかと少し考えてみたのだった。

 

 

「でも、いずれ教えてくれるでしょ?」

 

「うん、僕もそう思うよ」

 

「なら、気にすることなんてないじゃない!」

 

「それに、教えてほしいって言えば教えてくれるだろうしね」

 

 

 そのことに疑問を感じた二人だったが、いつかは教えてくれるだろうとアーニャは思い、それをネギに話した。ネギも同じ考えだったようで、微笑んでアーニャの言葉を肯定していた。

 

 それなら気にすることはないし、深く考える必要もない。アーニャはそう思って元気を出し、渋い顔を笑顔に戻してそのことを叫んだ。それにネギも教えて欲しいと頼めばきっと教えてくれるはずだと、アーニャに話していた。いつだってギガントは質問はしっかり答えてくれた。だから住んでいる場所を聞けば、必ず教えてくれるとネギは思ったのである。

 

 

 そうやって師匠談義する二人を見て、癒される3ーAの少女たち。流石は幼馴染同士で仲がいいなーと、お姉さん目線で見守っていたのだ。

 

 

「それにしてもお二人とも、結構仲がよさそうですわね……」

 

「それだけじゃないと思うよ?」

 

「何ですって!?」

 

 

 あやかも周りと同じように、仲がよくてすばらしいと思っていた。そんな時、突如としてハルナが、それだけではないはずだと、メガネを吊り上げながら言い出したのだ。あやかはハルナの突然の意見に驚き、それは一体どういうことだと声を荒げて尋ねていた。

 

 

「ネギ君の態度を見て気づかないの?」

 

「何を……?」

 

 

 あやかにそう尋ねられたハルナは、ネギの態度を見て何も思わないのかと聞き返した。しかし、あやかはそれが何なのかわからなかったようで、またしても何がなんだかと首をかしげて尋ね返していた。

 

 

「あの子と話してるネギ君はかなりくだけてる。つまり気を許してる。しかもタメ口!」

 

 

 ハルナはわからないと言う顔をする3-Aのクラスメイトに、説明するかのようにそれを語りだした。ネギはアーニャと会話している時、とてもくだけた感じで接していると。しかも、タメ口で会話しているのは非常に珍しい光景だと話した。

 

 

「あのネギ君がタメ口をきくのは私の知るところ、兄のカギ君とコタロー君のみ」

 

 

 それだけではない。ネギがタメ口を聞く相手は、自分が知る人物ではカギや同世代の小太郎ぐらいで、それ以外は敬語を使うとハルナは説明した。

 

 

「3-Aのみんなには例外なく敬語なのよ」

 

 

 さらに、ネギは3-Aのクラスメイトに対しては絶対に敬語で話し、タメ口を聞いたことはないとハルナは熱演した。

 

 

「つまり……、今気がついたけど、ネギ君には3-Aクラスメイトに対して心の壁がある!」

 

「心の壁!?」

 

 

 そのことを考えれば、ネギと3-Aのクラスメイトの間には心の壁があるのではないかと、ハルナは結論を豪語したのだ。心の壁、つまりネギは3-Aのクラスメイトを心の底からは信用していない可能性があるということだ。そのことに驚き、心の壁と復唱する3-Aの少女たち。このハルナの仮説には驚かざるを得なかったようだ。

 

 

「……それはねーよ」

 

「カギ君!?」

 

 

 だが、そのハルナの仮説に異議を唱えるものが居た。それはネギの兄であるカギだ。先ほどは床に倒れてうなだれていたカギだったが、なぜか今度は両手をズボンのポケットにつっこみ廊下の壁に寄りかかり、カッコつけるような態度でありえないと言い出したのだ。ハルナはその言葉に驚き、ハッとした顔でカギの方を向いていた。また、同じように3-Aの少女たちも、カギに注目したのである。

 

 

「いやまあ、確かに多少はあんだろうけど、アイツそういうとこかてーからさ」

 

「ふむふむ……」

 

「つか、会ってまだ半年ぐらいのお前らと、幼馴染で何年も顔合わせてるアイツと比べる方がおかしな話ってもんだぜ?」

 

「むむ……、言われてみれば……」

 

 

 カギは多少の心の壁はあるだろうと言いながらも、それ以上にネギは頭でっかちで礼儀正しすぎるところがあると話した。ハルナを含める3-Aの少女たちはそんなカギの話に、なるほど、と思いながらも静かに耳を傾けていた。

 

 ネギは基本的に礼儀ただしく、年上に対しては絶対に敬語で話す。それはあのタカミチにも言えることであり、年上への敬いの気持ちの表現でもある。さらに、ネギは先生としてこの麻帆良に来ているので、そう言った態度を普段から崩さぬよう努めているという部分もあった。だから3-Aのクラスの人たちには、いつも敬語で話すと言う癖があるのだ。

 

 また、出会って半年の3-Aのクラスのみんなと、幼馴染で何年も一緒に居たアーニャと比べるのはおかしいと、カギは語った。たった半年しか出会ってない数十人のお姉さんと、少ししか年が違わない上に同じ学校に通ったアーニャでは、違いがあるのは当然だからだ。

 

 カギはそれを説明すると、ハルナもカギの言うとおりではないかと唸りながら考えた。そりゃ長年お互いを知る中と、出会って半年の自分たちとは態度が違うのも仕方ないだろう。ネギの態度があまりに珍しかったがために、結論を急ぎすぎたと思い、ハルナは反省していた。

 

 

「流石ネギ君のお兄さんだねー。そう言うところもお見通しって訳ね!」

 

「そりゃ10年兄貴やってりゃ、見えねーところも見えてくるってもんよぉ!」

 

 

 そんなネギ博士のように振舞うカギに、ハルナは流石はネギの兄だと褒め称えた。そう褒められたカギはテンションを上げながら、ニヤけた顔で兄貴なんだから当然だと豪語したではないか。このカギ、褒められるとすぐに調子に乗ってしまう癖があるようだ。

 

 

「ですがカギ先生は結構私たちに対してタメ口ですよね……?」

 

「そういえばそうだね? 何でだろう?」

 

「グッ!? そっ、そりゃ生徒との距離を短くしようと必死で……」

 

 

 しかし、そこですかさず夕映のツッコミがカギの胸に刺さった。ネギが普段から敬語だというのに、逆にカギは自分たちへ常にタメ口だ。一体どうしてこんなに差があるのかと、夕映は疑問を口にしたのだ。ハルナもそういえばそうだったと思い、腕を組んで考えていた。

 

 カギは夕映のツッコミに思わずたじろぎつつ、冷や汗をかきながら必死に言い訳をしだした。自分がタメ口なのは教師と生徒の距離を縮め、間柄を良くするためだとか説明していた。

 

 ただ、実際はカギは転生者であり、生前は40年ほど生きていたおっさんである。さらにこの世界に転生してはや10年も経っているので、合計50年生きているとカギは考えていた。だから3-Aの少女たちが、自分より年上だとあまり思えず、そう言う態度になってしまっていたのである。

 

 

「まあ、別に気にしてないからいいですけど……」

 

「確かにネギ君みたいに固すぎても困るけど、カギ君みたいにくだけすぎても駄目かもねぇ」

 

「まあまあ、別にいいではありませんか。むしろネギ先生にタメ口をきいてほしいぐらいですわ!」

 

「いいんちょはブレないわねぇ……」

 

 

 しかし、3-Aはその程度のことを気にするような少女の集まりではなかった。夕映もつっこんでは見たが、別に大きく気にしている訳ではなかったのだ。カギが少し生意気な態度の方が、むしろ年齢にあっているとさえも思えていた。

 

 ハルナも同じ意見だったようだが、カギほどくだけすぎるのもどうなんだろうかと思ったようだ。それでもネギほど礼儀正しすぎても、少し困るかなーとも思っていた。

 

 だが、そんなことなどどうでもいいとばかりに、あやかはネギにタメ口を聞いて欲しいと、うっとりした様子で言い出した。ネギの自然な態度があれなのならば、そうしてもらいたいと思ったのである。いや、何と言うかあやかはいつもこの調子だと、横でアスナが呆れていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 先ほどの騒ぎが過ぎ、とりあえず落ち着いた3-Aの少女たち。一時はネギの幼馴染の登場でテンションがあがったようだが、今はある程度下がったようだ。そして、落ち着いたところで温泉があることを思い出した夕映とのどかの二人は、その露天風呂へと一足先にやってきていた。

 

 

「突然の出来事で驚きでしたね……」

 

「まさかネギ先生の幼馴染が現れるなんて……」

 

 

 二人は温泉に肩までつかりながら、リラックスしつつ先ほどの出来事を思い返していた。いやはや、突然のことだったので驚いた。こんなところにネギの幼馴染が登場するなど、予想できるはずもない。そう夕映が話すと、のどかも同じようにネギの幼馴染には驚いたと語っていた。

 

 

「しかも、随分仲がよさそうでした。流石は幼馴染と言った所です」

 

「うん、本当に仲よしって感じだったね」

 

 

 夕映はネギとアーニャの会話の様子を見て、とても仲がよいと思った。幼馴染であるならばあれが普通というか、当然なのかもしれないが、結構いい感じだったと思ったのだ。のどかもあの二人はなんだかんだ言って仲がよく、微笑ましいと思っていた。

 

 

「むしろのどかは危機感を覚えるべきです! このままではマズイですよ!?」

 

「えっ!?」

 

 

 が、そこへ夕映はそんなのんきにしているのどかへ、突如発破をかけるようなことを叫びだした。突然の夕映の変貌に、のどかは驚きの声を上げるのが精一杯だった。

 

 

「ネギ先生も随分親しい感じでした。幼馴染だから当然と言えば当然ですが、あれほど親しく話すネギ先生は見たことありません!」

 

「た、確かに……」

 

 

 あのアーニャという子は非常にネギと親しかった。幼馴染であるならば、そのぐらいでもいいと思える。ただ、あれほど親しい感じで会話するネギは見たことがないと、夕映はのどかへ語った。のどかも思い返せばそうかもしれないと、少し焦った様子を見せていた。

 

 

「もしかしたらネギ先生があの子に惚れてる可能性だって十分あるですよ!?」

 

「う、うん……」

 

 

 あれほど親しくするネギのことだ。アーニャと言う子に気があってもおかしくはないと、夕映は思った。だからこそ、のどかがネギと付き合いたいと思うならば、もっと危機感を感じるべきだと、夕映はのどかへ訴えかけていたのだ。

 

 だが、ここに来てまさかの強敵が現れるなど、のどかも思っていなかった。()()()()ネギに本気で恋をしているのは、今のところのどかだけだった。しかし、幼馴染と言う強敵が現れたことで、状況が変わってきたのだ。のどかとて、これは少しマズイと思ったが、あのアーニャと言う子が悪い子には見えなかったので、ちょっとのんきしてしまったのである。

 

 

 そうやってネギにどう気を引くかを作戦会議していた二人だったが、ここにもう一人客人が現れた。それはのどかのライバルになる可能性があると今話していた、アーニャ本人だったのだ。

 

 

「これが露天風呂ね!」

 

 

 アーニャは当然日本の露天風呂というのは初めてだ。ゆえに、はじめて見る日本の露天風呂というものに目を輝かせながら、珍しいものを見るように入ってきたのだ。

 

 

「あっ、アーニャちゃん」

 

「どっどうもです」

 

「あら、先客がいたのね」

 

 

 今噂していたアーニャがいきなり目の前に現れ、夕映とのどかは驚いた。何せこんな話を本人に聞かれたら、どうなることかわからないだろう。アーニャの様子を見れば、ネギに対して少なからず好意を寄せているのは明らかだからだ。それが恋愛的なものでなくとも、あの年頃ならば大きく反応するのは間違えない。だから、二人は今の話を聞かれなかったか考え、慌てていたのだ。

 

 ただ、そんなことを知らないアーニャは、特に気にする様子もなく先客がいたことだけに気を取られていた。いや、気を取られていたのはそこだけではなかったようだ。

 

 

「じー……」

 

「? 何か……?」

 

「なんでもない!」

 

「うん……?」

 

 

 アーニャは夕映とのどかの、何かを確認するかのように目を細めて凝視していた。不審に思った夕映は何をしているのかと尋ねれば、アーニャはハッとした顔でなんでもないと大声を出した。そんなアーニャの謎の行動に、のどかも首をひねるだけであった。

 

 と言うのもこのアーニャ、自分の胸の大きさにコンプレックスを抱いている。そのため、胸が大きい女性に対して敵意を燃やす癖があった。だから夕映とのどかの胸を見て、小さかったことに安堵していたのである。しかし、アーニャはまだ11歳であり、これから色々大きくなる年齢だ。今気にしても仕方がないと言うものなのだが、本人はそれに気がついていないのか、背伸びしたいのかはわからない。

 

 まあ、実際はネギが胸のでかいお姉さんが好みなのではないかと思っており、自分の不甲斐なさ(ペッタンコ)に悲しんでいるという部分もあるのだろうが。

 

 

「あっ、そうだ。お二人は確か魔法のことは……」

 

「はい、知ってます」

 

 

 とりあえずアーニャも湯船に浸かり、二人の近くへ寄っていった。そこで、ネギから夕映とのどかも魔法を知っていることを聞いていたアーニャは、それについて聞いてみたのだ。夕映は当然魔法を知っている。むしろ魔法使い見習いなので、知っているとアーニャへ答えた。

 

 

「そういえばさっき、お師様って言っていましたね。そのお師様と言うのは、もしかしてギガントさんのことですか?」

 

「お師様をご存知なの……ですか!?」

 

「はい、私たちもその方に魔法を教えてもらったですから」

 

 

 夕映もネギとアーニャの会話に出てきた”お師様”という言葉を思い出し、それについて質問した。ネギの魔法の師匠がギガントであるならば、同じようにアーニャがお師様と呼ぶ人物は同じなのではないかと、夕映は考えたからだ。

 

 アーニャは目の前の夕映が自分の師であるギガントを知っていることに、かなり驚いた様子を見せていた。ネギからはそのあたりについて教えられてなかったアーニャは、夕映は魔法を知っているだけの一般人だと思っていたのだ。それゆえアーニャは少しぎこちない丁寧語で、自分の師を知っているのかと逆に夕映へと尋ねたのである。

 

 ……”原作”でのアーニャは、年上の3-Aの少女たちにでさえ、タメ口を使っていた。だが、()()では少し違うようだ。何故ならあのギガントが、ネギと同じくアーニャにも年上の人を敬うよう教えていたからだ。故にアーニャは少しぎこちなくなってしまってはいるが、年上である夕映に丁寧な言葉を使っていたのである。

 

 夕映はやはりそうだったのかと思いながら、そのアーニャの質問に答えた。自分たちに魔法を教えてくれた人、それがネギやアーニャの師匠である、ギガントだったということを。

 

 

「あっ、そうなると私とあなたたちとは弟……妹弟子ってことに?」

 

「確かに、そうなるです」

 

「やっぱりそうなるわよねー!」

 

 

 アーニャは夕映とのどかがお師様(ギガント)の弟子ならば、二人が自分の妹弟子になるんじゃないかと考えた。夕映もそれを言われ、確かにと思いそれを言えば、アーニャはとても喜びながらやっぱりそうだと言葉にしてはしゃいでいた。

 

 アーニャは元々ネギの妹弟子であり、弟子では一番下だった。そこへ夕映とのどかと言う新しい弟子が増えたことで、自分が姉弟子となったことに、とても喜ばしく思っていたのだ。

 

 

「ところで、どんな魔法を教えてもらったんですか?」

 

「えーと、基本的な火を灯したり水を出したりする魔法から……」

 

「色々な治癒の魔法とか、後ゆえは水の転移とかも教えてもらってたね」

 

「なんか随分レベル高いじゃないの……」

 

 

 あのお師様(ギガント)の弟子となったのなら、ある程度魔法が使えるのではないかとアーニャは考えた。だから、どんな魔法を教えてもらったのかを、二人に聞いたのだ。

 

 夕映は修行のことを思い出しながら、何を教えてもらったかを少しずつ話し出した。基本的な魔法、火や水を出す魔法など、基礎は全て叩き込まれたことを夕映は懐かしむように言葉にしていた。そこにのどかも加わり、数々の治癒の魔法も教わったと話したのである。さらに、夕映が水の転移魔法などさえ使えることを、さらっと口にしていたのだ。

 

 それを聞いたアーニャは、二人のレベルが予想以上に高かったのか、驚くよりも呆れてしまったようだ。自分よりも修行時間が短いはずの二人が、これほどまでに成長しているなど、予想など出来るはずが無かったのだ。

 

 

「それなりの努力はしてきましたからね」

 

「教え方もわかりやすくて優しかったし、魔法が使えるようになったらすぐに上達できたよ」

 

「むー……。さすがはお師様……。一般人(ペーペー)をいとも簡単に平均的な、むしろそれ以上っぽい魔法使いにしちゃうなんて……」

 

 

 ただ、夕映ものどかもその分努力はしてきた。それは魔法だけではなく、学校生活におけることも含まれていた。学校の生活をないがしろにせず、しっかりと良い成績を出すこと。それがギガントは彼女たちを弟子を取るときに約束したことだ。のどかはさほどでもなかったが、夕映にとってはそこそこ辛い課題だった。

 

 何せ夕映は基本的に、自分に興味が無いものはとことん興味が湧かない性格だ。学校の勉強なんてどうでもいいと思っていた夕映は、最初クラスで下から数えるほどの成績だった。そんな夕映がしっかりと学校の勉強をし、テストで赤点を取らなくなったことは、誰もが驚いたことでもある。それは夕映が魔法を覚えるために、頑張ってきた証拠だ。魔法を覚えて魔法使いになることに、真剣に取り組んできた証だ。

 

 はっきり言えば、彼女として考えれば”それなりの努力”では納まらないほどの、苦しい思いをしてきたのだ。が、夕映はそれは別と考え、魔法の修行での意見としてその言葉を述べていた。つまるところ、逆に言えば魔法の修行は本当に楽しいもので、そんな苦すらも感じないほどに充実したものだったである。

 

 のどかもギガントの教え方はとてもすばらしく、覚えやすくてすぐに身に入ったと話した。柔らかい態度で重点をしっかり抑え、一つ一つ丁寧に魔法を教えてくれた。のどかはそれを思い出しながら、おかげで上達が早かったと説明したのだ。

 

 なんということだろうか。この二人は元々一般人であり、魔法使いでもなんでもなかったはずだ。それがどういうことでしょう。匠な業であっという間に魔法使いである。もはや魔法使い見習いなどと言うものではない。普通の魔法使いぐらい、いや、むしろ攻撃魔法以外ならばそれ以上のレベルではないかと、アーニャは考え驚いていた。

 

 だが、驚いたのは二人の魔法使いとしての成長速度だけではない。師匠が教えたからこそ、この二人は今のレベルにまで上り詰めたとも、アーニャは考えていた。いやはや、自分の師匠ながら恐ろしい人だ、ただの一般人が短期間でこれほどになるとはと、アーニャは大きな関心と、少しの呆れを感じていたのだった

 

 

「あの、アーニャちゃんはもう仮契約したパートナーとかいるんですか?」

 

「パク……!? そこまで教わってたの!?」

 

 

 師匠の凄さを再び垣間見たアーニャは、うーむと腕を組んで唸っていた。そんなアーニャにのどかは、気になっていたことをそっと尋ねてみた。それは仮契約のことだ。自分はネギと仮契約をしてパートナーとなっているが、アーニャはどうなのだろうと思ったのだ。

 

 しかし、その質問を聞いたアーニャは、何で突然そんな質問をと言う顔で、かなり驚いた様子を見せた。また、それもお師様(ギガント)から教えてもらったのかと考え、結構進んでいるのかも、と思ったのであった。

 

 

「そっ、そんなのまだしませんって……! パートナー選びは慎重にやらなきゃダメだし……」

 

「ああ……、魔法使いの仮契約はそう言ったものでしたね……」

 

 

 だが、何故仮契約と聞いただけで、これほどまでにアーニャが驚いたか。それは魔法使いにとっての仮契約は、基本的に伴侶を見つけるのと等しいからだ。魔法使いは男女が仮契約をかわし、そのまま恋人になることが多いのだ。それでアーニャがこんなにも驚いていたのである。

 

 ゆえに、アーニャは指をいじって恥ずかしそうな様子で、仮契約の相手は慎重に選ぶ必要があると、小さな声で口にしていたのだ。夕映も魔法使いの仮契約の意味をギガントから教えてもらっていたので、そういえばそうだったと思い出すかのように言葉にした。

 

 ……この話をギガントから聞いた時、のどかは随分と顔を赤くして倒れかけ、夕映はそれに大層喜んだりもしたものだ。まあ、その夕映本人はそのあたりをさほど気にせず、アーティファクトがほしいという理由だけでカギと仮契約を交わした訳なのだが。

 

 

「そ、それよりネギのヤツはどうでしょうね? もしやソチラとしたりなんかしてないですよね?」

 

「えっ!?」

 

「そんなはずないかー、ネギはボケだし」

 

「う……、うん……」

 

 

 アーニャは気を取り直し、それよりもネギはどうなんだろうかと話し出した。ネギはのどかと結構仲よさそうにしていたので、まさかとは思うが仮契約なんぞしてないだろうかと思ったのだ。

 

 のどかはアーニャのその言葉に肩を跳ね上げびっくりしていた。それは実際本当のことであり、カギとパートナーの仲だったからだ。

 

 しかし、アーニャは冗談で言ったらしく、ネギが仮契約なんてするはずないと、笑いながら言葉にしていた。ただ、それは冗談ではなく本当のことなので、のどかはあえて黙っていようと思い、湯船に沈みながら小声で肯定する返事を述べるだけだった。

 

 

「……カギ先生のことは聞かないのですね……」

 

「あんなヤツのことなんて知りたくもないので……!」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 そこで夕映はアーニャがネギのことばかり話し、カギのことは一切何も言わないことに気がついた。だからそれを聞いてみれば、カギのことなど知りたくも無いと、首をプイっと逆に向けて少し不機嫌な様子を見せたのだ。夕映はやっぱりと思いながらも、そうですか、と言葉をかけるだけだった。

 

 

 そんな時にもう一人、この露天風呂に姿を現した。それはあの千雨だった。何気に千雨もここへきていたようだ。

 

 

「ん? なんだそのガキは? ……ああ、噂のネギ先生の幼馴染か」

 

 

 千雨はアーニャの騒動をよく知らないので、夕映やのどかの側で語らうアーニャが誰なのかと思ったようだ。だが、そういえばさっき、みんながネギの幼馴染が来ていることを噂していたので、その子がネギの幼馴染なのだろうと察したのである。

 

 

「あれ、昼間はどこにいたのですか?」

 

「ずっと宿にいたよ。海で遊ぶのはしょうにあわねーからな」

 

「それはもったいないような……」

 

 

 夕映は今頃になって登場した千雨に、昼間はどこへ居たのかと不思議そうな顔で聞いてみた。すると、千雨はずっと宿にいたと言い出したではないか。こんなところに来てまで部屋に引きこもりきりとは、流石としか言いようが無い。ただ、千雨は海で遊ぶのがあまり好きではないが、温泉は嫌いじゃないのでアスナたちについてきたのである。

 

 夕映はその千雨の話を聞いて、なんともったいなことをしているんだと思った。せっかく海に来たのだから、少しでもいいから遊べばいいのに、と思ったのである。

 

 また、さらに別の少女が、この露天風呂に顔を出した。千雨と同じくアスナたちとこの場所へやってきた焔だった。

 

 

「む……、その小娘は?」

 

「なんか突然現れたネギ先生の幼馴染だとさ」

 

「先ほど騒がしかったのはそれでか……」

 

 

 焔もアーニャを見て、何か髪型が少し似てるし一体どこのガキなんだろうと、疑問に思った。何せ焔もこの宿についてから、部屋から出ずに椅子に座り寛いでいたからだ。それを周りに尋ねるかのように言葉にすると、千雨がネギの幼馴染だと説明したのだ。焔は先ほどのクラスメイトの騒ぎようは、これが理由だったのかと、ここで初めて理解したようだ。

 

 

 だが、そうしている間にも、3-Aのクラスメイトたちがどんどん露天風呂へやってきた。

 

 

「おっ! 噂のアーニャちゃんじゃん!」

 

「む!?」

 

 

 そしてアーニャを見て元気に挨拶するのは、胸がでかい裕奈だった。裕奈はクラスでも胸が大きいほうなので、それを見たアーニャは何と言う大きさなんだ、と驚き変な声を出していた。

 

 ……裕奈は無詠唱の能力を持つ転生者アルスと、裕奈の母、夕子の友人のドネットの娘であるアネットと友人である。そのアネットはアーニャはネギと同じメルディアナの魔法学校の生徒だ。今はまだ在籍中であり卒業していないが、半年ほど前まではネギやアーニャと一緒に授業を受けていた中だった。そんなアネットの友人である裕奈は、アネットから友人の話を聞いたことがあったが、まさかその友人であるアーニャが目の前にいるとは思っていなかったのである。

 

 

 しかし、やってきたのは当然裕奈だけではない。さらに和美やハルナ、さらには楓や千鶴などのビッグマウンテンだらけの少女たちがやってきて、そのたわわな胸を見せ付けてくるではないか。アーニャはそんな少女たちの胸を目をパチクリさせて見ながら、困惑するばかりだった。

 

 また、最後に入ってきたあやかも胸は先ほどの人たちより小さいが、スタイルも良くてなかなかの体つきだった。一体どうしたらコレほどまでに大きくなるのだろうか。中学生なはずなのに、どうしてこんなにでかいのかと、アーニャは驚きながらも疑問に思ったのである。

 

 

「ねぇねぇ……、お二人のクラスの人たちって、みんな乳でかすぎでは……?!」

 

「そ、そう言われると確かにそうですね……」

 

「うん……」

 

 

 なんだろうこの人たち、胸が大きすぎるではないか。そう思ったアーニャは、その話を夕映とのどかに振ってみた。当然夕映やのどかもそう思っていたので、自分のあまりでっぱりのない胸を見ながら周りがどれだけすごいかを再確認するばかりだった。

 

 

「ぐー、なんて危険な場所なのかしら……!」

 

「危険?!」

 

「そうよ! こんな巨乳だらけの場所は危険よ!」

 

 

 先ほどは驚いていたアーニャだったが、今度は突然危険だと言い出し怒り出したではないか。一体何が危険なのかと夕映はアーニャへ尋ねれば、胸がでかいお姉さんだらけの場所が危険だと叫びだしたのだ。

 

 

「男はあーゆーのに騙されてついてっちゃうんだわ! カギのヤツを見てればわかるわ!」

 

「え? まあ……、カギ先生ならありえなくはないですが……」

 

 

 男というのは胸がでかい女に簡単に騙されてしまう。それはあのカギを見れば一目瞭然だと、アーニャはプリプリ怒りながら語りだした。それはカギだけではなく、ネギも誘惑されてしまわないか心配だという意味でもあった。夕映もカギならば、騙されるかもしれないと思い、間違ってないと静かに頷いていた。

 

 

「……まあ、あなたたちなら仲良くなれそう……」

 

「はぁ……」

 

「どこを見て言ってるんだ……」

 

 

 そして、アーニャは自分の平らな胸を再び見た後、夕映とのどか、さらには焔の育ちきっていない小さな胸を見て、そちらとなら仲良くなれそうだと述べていた。夕映は何を定義して仲良くなれそうだと言ったのかわからなかったので、生返事でそれに答えていた。また、焔はアーニャが自分の胸を見てそう言ったのを理解したので、何故胸を見てそんなことを言うんだと、呆れながら言葉にしていたのだった。

 

 



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百十五話 カギの憂鬱

 そこは山奥の小さな村。その村の一角にある小さな古びた木造の建物。明らかに外見は古びており、いたるところにツタなどの植物がびっしりと生えていた。例えるならばお化け屋敷と言った方がわかりやすい、そんな建物だった。

 

 そんなボロボロの建物なのだから、普通に考えれば誰も住んでいない、又は使っていないと思われるだろう。しかし、扉は綺麗であり蜘蛛の巣ひとつないという奇妙な状態だった。それはつまり、誰かがこの屋敷に出入りしていると言うことだ。そして、そんな屋敷へ攻め込む一人の少女がいた。

 

 

「たのもー!」

 

「おや、何かな?」

 

 

 赤い色の髪をツーサイドアップにした小さな少女。幼き時のアーニャだ。勇敢にもアーニャはこんなお化け屋敷のような建物の扉を、盛大に開けて大声で叫んだのだ。そのアーニャが最初に見たもの、それは椅子に座る男性の老人だった。

 

 白い髪に白く太めの眉毛。髭は生やしておらず、少ししわのある角ばった顔。まだ初老ぐらいだが、おじさんと言うよりは年寄りの男がそこに居たのだ。

 

 また、次にアーニャが周りを見渡せば、多くの棚が並んでおり、そこには多種多様な魔法薬の瓶が並んでいるではないか。つまり、ここは家ではなく魔法薬の店だったようだ。

 

 その椅子に座っていた老人は、アーニャの突然の訪問に驚くことなく、むしろ、小さく笑いかけながら何か用かどうか尋ねたのだ。なかなか元気のいい少女ではないか、このぐらいの年齢ならばこのぐらいがちょうどいい、そんなことを考えながら。

 

 

「最近ネギって男の子が出入りしてるみたいだけど、何をしてるのかしら!?」

 

「なかなか元気のいいお嬢さんだ」

 

 

 椅子に座る老人に対し、怒りをぶつけるように睨みつけるアーニャ。なんとも怪しい目の前の老人を警戒しつつ、精一杯の威嚇をしているのだ。さらにアーニャは、ネギという少年のことをその老人に乱暴な口調で尋ねた。

 

 アーニャは最近自分の友人であるネギが、この屋敷に出入りしているのを知った。そこでは何が行われているかはわからないが、最近ネギの様子が随分違うことに気が付いた。それだけではなく、魔法の初心者であるはずのネギが、随分と魔法の扱いに慣れ始めてきていたのだ。

 

 これは何かおかしいと思い、アーニャはネギを尾行して何をしているのかを調べ、この怪しい屋敷を発見した。そして、ネギが魔法を習っている可能性が一番大きいと睨んだこの屋敷へ、乗り込んできたと言う訳だったのである。

 

 そんな小さくかわいらしい少女が、必死で威嚇している。老人はその様子を苦笑しながら眺めつつ、自分の今思っている感想を率直に述べていた。

 

 

「しらばくれないで! ネギに何を教えてるか知らないけど、そんなの絶対に許さないんだから!」

 

「おやおや、それは困ったな」

 

「何よその顔は!! バカにしないで!!」

 

 

 しかし、老人の発言がごまかそうとしているよう聞こえたアーニャは、さらに怒り出して叫んだ。ネギに何かを教えて企んでいるのは目に見えていると、それは自分が許さないと。

 

 と言うのも、アーニャはネギに見ず知らずの何者かが、魔法を教えてもらっているということに腹が立ったと言うものだった。ネギよりも年が一つ上のアーニャは、自分がネギに魔法を教えたいとも思っていたからだ。また、ネギが自分よりも魔法をうまく使えるようになるのは、気に入らなかった。やはり年上なのだから、年下に抜かれたくはないという強い気持ちがあったのだ。

 

 だが、老人はアーニャにそういわれても、先ほどと変わらず苦笑したまま、困った困ったと言うだけだった。さほど困った様子を見せないこの老人に、アーニャは自分が馬鹿にされていると思ったのか、どんどんヒートアップしていったのである。

 

 そんな時、アーニャが入ってきた扉がゆっくりと開き、小さな影が床に映った。誰かがこの店らしき建物へ入ってきたということだ。ただ、その影の小ささから、大人ではなく子供であることは明白だった。

 

 

「こんにちはお師匠さま……アーニャ?」

 

「ネギ! こんな怪しいところで何やってんのよ! 危ないから帰るわよ!」

 

「え!? 待ってよアーニャ!?」

 

 

 その小さな影はネギのものだった。まだ幼いネギは自分よりも大きな扉を一生懸命に開けながら、そっと入ってきたのである。そこで目にしたのは、自分がお師匠さまと呼ぶ老人を、怒った顔でしきりに睨むアーニャだった。はて、まだこの場所をアーニャには教えていなかったはず、何でいるのだろうか、どうして怒っているのだろうかと、ネギは疑問に思って首をかしげていた。

 

 アーニャは入ってきたネギを見て、とっさにその手を掴んで外の方へと引っ張り出した。そして、こんな場所は危険だからすぐに出ようと、乱暴な言い草で言葉にしたのだ。ただ、それもネギを心配するあまりに出た言葉であり、悪意がある訳ではなかった。

 

 ネギは手を引っ張られながらも、しきりに説明をしようと慌てながらも話そうとした。ここは別に危険な場所でもなんでもない。心配する必要がないと、アーニャへ伝えようとしたのだ。

 

 

「ふむ……。お嬢さん、ワシはまだ君の質問に答えてはおらんよ?」

 

「もう大体わかったから聞かなくて結構です!」

 

「そうかね? ならば勝手に答えさせてもらおうか」

 

 

 そこへようやく老人が口を開いた。まだ自分は彼女の質問には答えていない。その質問の答えを聞かず、そのまま帰ってしまうのかい? そう老人はアーニャへ話した。

 

 するとアーニャはもう何も聞く必要はないときっぱり断り、ネギを引っ張って外へ連れ出そうとしていた。ネギがそんなアーニャに必死で抵抗する中、老人はならば独り言として、その答えを静かに話し出したのだ。

 

 

「彼はこの場所で、ワシに魔法を習いに来ておるだけだよ」

 

「ふーん? どうせ危ない魔法なんでしょ!?」

 

 

 自分はここでネギに魔法を教えている。それだけだと、落ち着かせるかのようにアーニャへ話す老人。しかし、それでもアーニャはその老人を信用せず、どうせ危険な魔法を教えているに違いないと勝手に思い込み、それを怒り気味に言い放った。

 

 

「違うよアーニャ! お師匠さまは基礎の魔法とか怪我を治す魔法を教えてくれてるんだよ!」

 

「騙されるんじゃないの!?」

 

「そんなことないよ!!」

 

 

 ネギはそんな言い草のアーニャへと、少しむっとした顔で強く反論した。そこに座る老人は危険なことなど教えたことはない。基本的な魔法や治癒の魔法を重点的に教えてくれたのだと、アーニャの言葉を必死で否定したのだ。

 

 アーニャはやはり老人を信用していないので、きっとネギが騙されているのではないかと思った。だから、それを声を荒げてネギへ言うと、さらに怒鳴るようにそんなことはないとネギは叫んだ。

 

 

「え? じゃあ、もしかして私の勘違い!?」

 

「何を勘違いしたかはわからないけど、お師匠さまは悪い人じゃないよ!」

 

「フフフ……、確かに、こんな古びた小屋に彼のような少年が出入りしてたら、怪しまれてもしかたあるまい」

 

 

 これほど必死に自分の意見を否定するネギを見て、まさか間違っていたのは自分ではないかと、アーニャは思い始めてた。何せ温厚なネギがこんなにも怒ってあの老人をかばっているのだ。そう思わずにはいられないのも無理はないだろう。

 

 ネギも追い討ちをかけるように、アーニャは何か勘違いをしていると、別にあそこの老人は悪い人ではないと、アーニャへ説明したのだ。また、老人もその二人の光景を見て苦笑しつつ、このようなボロ屋敷にネギほどの小さな子供が出入りしていれば怪しいと思われても仕方がないと、静かに述べていた。

 

 

「しっ、失礼しました!」

 

「別に気にしておらんよ。友人が心配でここへ来たのだろう?」

 

「は、はい……」

 

 

 自分が勘違いで目の前の老人を疑っていた。それに気が付いたアーニャはとっさに老人の前に立ち、その小さな頭を下げ、とても失礼な物言いをしてしまったことを謝った。

 

 ただ、老人は先ほどのアーニャの態度など、特に怒った様子もなく、むしろ気にしていないとさえ言葉にしていた。むしろ老人は、友人が心配だったからこそ勇気を出してやってきたのだろうと考え、目の前で頭を下げるアーニャに関心していたほどだった。

 

 アーニャは老人にそう言われたが、小さく居心地悪そうに返事をするのが精一杯だった。何せすごく失礼なことを言ってしまったのだ。恥ずかしいだけでなく、なんと勝手に人を疑ったという自己嫌悪で、泣きそうだったのである。

 

 

「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。ワシは怒っている訳ではないのだから……」

 

「で、でも……」

 

「……ふぅむ……そうだな、君も彼と一緒に魔法を教えてあげよう」

 

 

 自分の今の行いを反省し下を向いてしょんぼりするアーニャへ、落ち込まなくてもよいと慰める老人。それでもアーニャは先ほどの暴言の数々の罪悪感から、むしろ怒られても仕方のないことだと、そう訴えるような眼差しを老人へと向けていた。そんな落ち込んで目をウルウルさせるアーニャを見た老人は、腕を組んで悩んだ様子を見せると、なんとネギと同様に魔法を教えてあげようと提案しだしたのだ。

 

 

「え……?」

 

「君は彼の友人なのだから、ワシは大歓迎だ」

 

「そうだよ! アーニャも一緒に教えてもらおうよ!」

 

「でも、勝手に疑ったりして悪いことを……」

 

 

 アーニャは一瞬何を言われたのか理解できず、ポカンとしていた。そして、ハッとした顔で頭を上げれば、穏やかな笑顔をした老人の顔があるではないか。老人はアーニャの驚いた顔を見ながら、ネギの友人なら大歓迎だと、表情を緩ませたまま言葉にしていた。

 

 また、近くに居たネギもアーニャへと寄ってきて、一緒に魔法を教えてもらおうと、嬉しそうに誘ったのだ。しかし、やはりアーニャは先ほどのことを引きずっており、いまさらそのようなことなど出来るはずがないと、悲しそうな顔で小さく述べていた。

 

 

「確かに、何も調べずに早とちりしてしまったのは悪いことだ」

 

「はい……」

 

 

 そこで老人は、アーニャの何がいけなかったのかを、静かに語りだした。アーニャがネギは周囲の人に話を聞くなり相談するなりして、この場所で何をしているのか調べなかったこと。そして、もし自分が本当に悪人だったら危なかったことを含めて、ここへ一人で乗り込んできたことは悪いことだったと話したのだ。アーニャもそのことをしっかり受け止めており、弱弱しい声で返事をしていた。

 

 

「しかし、友人を心配して乗り込んできた、その勇気に免じて今回は水に流そう。どうだね?」

 

「……いいんですか?」

 

「いいと言っておるだろう?」

 

 

 だが、それでも友人を心配し何かあれば助けようと思い、ここへやってきたことは悪いことではないと、老人は言葉にしていた。こんな古びた屋敷など、アーニャほどの年齢の少女なら怖くて入っては来れないだろう。それ以外にも、何があるかわからないという恐怖もあったはずだ。それでも友人のために勇気を出して乗り込んできたことは、すばらしいことだと老人は褒めたのだ。

 

 だから、今回のことはこれでおしまい。悪いことをして謝った訳だし、これ以上引きずる必要はないと、老人は微笑んでアーニャへ言い聞かせるように話した。アーニャも老人の顔を見ながら、これで本当に許してくれるのかと、ゆっくり口に出していた。老人はそれは当然だと言う顔で、許したと言ったじゃないかと言葉にした。

 

 

「あ、ありがとうございます……、ええと……」

 

「おっと、ワシとしたことが……」

 

 

 アーニャは自分の行いが許されたことに感激しつつ、再び頭を下げてお礼を言った。ただ、ここでアーニャはこの目の前の老人の名前がわからず、口ごもってしまった。それを見た老人はそういえば名乗っていなかったことを失礼だったと思い、その名をそっと口にした。

 

 

「ワシの名はギガント、ギガント・ハードポイズン」

 

「わっ、私はアンナ・ココロウァです。気軽にアーニャと呼んでください」

 

「そうかね? ではよろしく、アーニャ君?」

 

「よっ、よろしくお願いします!」

 

 

 ギガント、その老人はそう名乗った。そう、この老人こそ、ネギとアーニャの師匠となるギガントだったのだ。アーニャもギガントが名乗ったのを聞き、慌てて自己紹介をした。そして、自分のニックネームであるアーニャと呼んで欲しいと話したのだ。ギガントはならば言葉に甘えてそうさせてもらうことにすると言い、アーニャへよろしくと述べた。アーニャもこれからのことを考え、よろしくお願いしますとハッキリ発言し、またまた頭をさっと下げていた。

 

 

「じゃあ、アーニャは僕の妹弟子だね!」

 

「え!? 私の方が年上でしょ!? 何でそうなるのよ!」

 

 

 そこでネギはこれからアーニャがギガントの弟子となるなら、自分の妹弟子になるってことだねと、笑顔で話した。アーニャは妹弟子と聞いて、自分がネギより年上なのにどうしてそうなるのかと少し怒った様子で叫んだのだ。

 

 

「だって、お師匠さまの弟子に先になったのは僕だもん!」

 

「む……、確かにそうだけど……」

 

 

 とは言え、先に弟子入りしていたのはネギである。だから当然下の弟子になるのはアーニャだ。そのことを自慢げに、ネギはアーニャへ悠々と述べた。アーニャもそれは確かに当然だと思い、その部分をぐっと我慢したようだ。

 

 

「……別にそれでもいいけど、年は私の方が上だってことは忘れないでよね!」

 

「わっ、わかったよー」

 

 

 だが、それでも自分の方が年上だということに違いはない。アーニャはそう思い、それだけは忘れないでとネギに強く言い放った。ネギもアーニャに怒鳴られて、仕方ないなあと言う顔で、わかったと言うばかりだった。

 

 

「あっ、と言うことは……」

 

「何かね?」

 

 

 アーニャはそこで、ネギが言うように弟子となるならば、と考えギガントの方へと顔を向けた。なにやら悩ましい表情をするアーニャに、ギガントはどうしたのかと尋ねると、アーニャはその答えをゆっくりと話し出した。

 

 

「私も、……お師様って呼んでもいいですか?」

 

「どうぞ、好きなように呼ぶと良い」

 

「ありがとうございます! お師様!」

 

 

 アーニャはこれからギガントへと師事するならば、師と呼ぶべきではないかと思った。だから少し恥ずかしそうにしながらも、ギガントへお師様と呼んでもよいかと尋ねたのだ。ギガントは特に気にする素振りも見せず、好きに呼べばいいとにこやかに語りかけた。それを聞いたアーニャはとても嬉しそうな表情となり、お師様とギガントを呼ぶことにしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 夏の朝。太陽の日差しがすでに照っており、外はそこそこ明るくなっていた。そんな晴れ晴れとしたさわやかな時間に、ふと寝言を言いながら目を覚ます一人の少女が居た。

 

 

「おしさま……、……あれ? ここは……?」

 

 

 今の夢で言葉にしていたはずのことを、そっと口に出して目を覚ます少女。それはアーニャだった。アーニャは昨日この旅館にネギにつれられやってきて、夕映とのどかとハルナの部屋で寝泊りしたのだ。また、服装はいつものものではなく浴衣となっており、昨日寝る前に着替えたようだ。そして、ふとアーニャは寝ぼけながらに体だけを起こし周りを見れば、まだ誰も起きておらず静かな寝息だけが聞こえてくるだけだった。

 

 

「そうだった。ネギをつれて帰りに来てそれで日本に……」

 

 

 一体ここはどこだろうかとアーニャは考えたが、昨日自分がネギを連れ戻しに日本へとやってきていたことを思い出した。そして、成り行きでここで寝泊りし、今目が覚めたということを、まだしっかりと目覚めていない寝起きの頭で理解した。

 

 

「……この状況はあの時と同じような……」

 

 

 また、アーニャは今の夢の内容をふと思い出した。それは師匠であるギガントと最初に出会った時のことだ。あの時ギガントに言われた言葉、それはしっかりと周囲を調べなかったということだった。この状況こそ、その時とは少し違うものの、似ているのではないかとアーニャは思った。

 

 何せネギの手紙の内容を勝手に解釈し、早とちりしてここへやってきてネギを連れ戻そうとしたのだ。さらにはネギの周りにいる生徒たちにネギが色目を使ってないか邪推し、ネギに八つ当たりしていたのではないだろうか。まったくネギの周囲のことを理解しようとせず、勝手に思い込んで暴れてるだけだ。これではあの時と同じなのではないかと、アーニャは思い少し反省していた。

 

 

「とりあえずネギに会って来よう!」

 

 

 ならばとりあえずネギに会って話してみよう。そう思い立ったらすぐさま行動だ。アーニャはそっと部屋から出て、ネギの居る部屋へと走り出した。

 

 ……とは言え、ネギもまだ寝てる可能性があるのに、やはり少し浅慮だろう。まあ、ネギより年上とは言えアーニャもまだまだ子供。これから色々学んでいくのだから仕方がないことなのだ。

 

 

 そしてアーニャはネギの居る部屋へと付くと、扉をバッと開いてその部屋へと飛び込んだ。ネギはカギや小太郎、それとゴールデンなバーサーカーと同じ部屋で寝ており、未だに誰も目を覚ましていなかった。

 

 

「ネギー! 起きてるー!?」

 

「……んんん!? アーニャのヤツか。ウルセーな……、まだ眠いっつ……グエェェ!?」

 

「ネギ! 朝よ起きなさい!!」

 

 

 アーニャはネギが寝ている布団を発見すると、そこへ駆け寄って起きているかと尋ねた。だが、ネギはまだ夢の中。ぐっすり眠っているではないか。しかもカギがアーニャのその声で目覚め、文句を言おうとしたその時、アーニャがカギの顔を踏んづけたのだ。カギはネギの隣に寝ていた形で、アーニャはカギが寝ているのを気にせず、カギの顔を踏みつけながらネギをたたき起こそうと叫んでいたのだ。

 

 

「……ん? あ、アーニャおはよう……。どうしてここに?」

 

「どうしてって、そりゃ……」

 

 

 あまりのアーニャとカギのやかましさに、ネギも目を覚ましたようだ。むくりと上半身を起こして目を擦りながら、目の前のアーニャへと挨拶するネギ。しかし、寝起きのさえない頭でも、何故ここにアーニャがいるのかという疑問が浮かび上がった。

 

 そのことをネギに質問されると、アーニャはどうしてと言われれば迎えに来たとから、と言おうと思った。が、先ほどのことを考え、尻すぼみになって言葉を失ってしまったのだ。ここでネギを本当に連れ戻してよいのだろうか、アーニャはそう考えて今の自分の行動に迷いを感じたのである。

 

 

「グガアアアアア!! 踏むな降りろ!!」

 

「ゲェー!? カギ!?」

 

「ゲェーはこっちの台詞だバカ!」

 

 

 そこへ未だアーニャに頭を踏み続けられているカギが、とうとう我慢の限界を超えた。唸るような叫び声をあげて、踏むなと怒鳴り散らしたのだ。アーニャは今足元にいたのがカギだということをいまさら知ったのか、非常に気味悪がった声を上げて後ろに後ずさりしていた。そんなアーニャへ、むしろそう叫びたいのはこっちの方だと、カギは怒り心頭の声を出していたのだった。

 

 

「バカですって!? このエロカギの癖に!!」

 

「おまっ!? みんな寝てんだから静かにしろや!」

 

「アンタも十分うるさいでしょーが!」

 

「ちょっと二人とも静かに……」

 

 

 アーニャはカギに馬鹿と言われたことにカチンときたのか、それはそっちだと言い返した。だが、カギは周りのみんながまだ寝ていることに気がつき、静かにしろとアーニャへ注意した。しかし、カギの注意も十分声が大きかったがために、アーニャはそっちもうるさいとさらに声を上げて叫んだのだ。それを見かねたネギが仲裁に現れ、そんな二人へ静かにするよう焦った様子でたしなめた。

 

 

「んー……、一体何が……」

 

「朝からどーしたん?」

 

「騒がしいですね……」

 

 

 するとふすま一枚隣の部屋から、少女たちが顔を出した。今のカギとアーニャの声に起こされたようだ。一体何がどうしたのかと、寝ぼけた顔でふすまに手をかけるアスナ。もう起きようと思っていたのか、他よりもしっかりと目が覚めている木乃香。それと、この騒動は何事なのかと、すっと意識を覚醒させている刹那の三人だった。

 

 

「朝からウルセーぞ……」

 

「む……、朝から騒がしいと思えばまたその小娘か……」

 

 

 また、さらに後ろから、せっかく気持ちよく寝ていたのにたたき起こされたと思い、イライラしながら文句を飛ばす千雨が現れた。その千雨と同じく騒がしいとイラだった声を出して、敷かれた布団の上から上半身を起こし、ふすまの隙間から隣の部屋を見る焔がいた。さらに焔は昨日から騒動の中心にいたアーニャを見て、今回も同じくこの騒動の原因がアーニャだと思い、不機嫌そうな顔でそちらを睨んだ。

 

 

「ほら、みんな起きちゃったじゃないか……」

 

 

 続々と隣の部屋から目覚める少女たちを見て、ネギはアーニャとカギにみんなが目を覚ましてしまったと、ため息交じりで注意した。本当ならもう少しぐらい寝ていてもいい時間だというのに、このような形で起こしてしまったのに申し訳ないと、ネギは思ったのだ。

 

 

「……ごめんなさい……」

 

「まーまー、もう起きる時間やったし、別に気にせへんよー」

 

 

 アーニャも流石に騒ぎすぎたと思い、すぐさま隣の部屋の前で頭を下げて謝っていた。確かにこんな朝早くから騒いだのは浅慮だった。とても失礼で迷惑な行為だったと。むしろ、そのぐらい最初に気がつくべきだったと、深く反省したのだ。

 

 そうやって頭を下げるアーニャを見た木乃香は、普段どおりの笑顔で、特に気にしていないと話した。それに、もう起きる時間帯であり、どの道もうすぐみんな起きるのだから気にする必要はないと、木乃香は思っていた。

 

 

「やーいネギに怒られたー!」

 

「こっ……」

 

 

 カギはネギに注意されたアーニャを見て、馬鹿にするような顔で挑発的な言葉を発した。なんという大人気ない男だろうか。これでも一応自称精神年齢50代である。精神が肉体に引っ張られているとは言え、そんな男が11歳ほどの少女へこのような言葉を出すなど、恥ずかしいとしか言いようがない。

 

 そんなアホな顔で馬鹿にするカギに、流石のアーニャもキレた。もうすでに拳を強く握り締め、体をプルプル震わせていたのだ。もはやアーニャは、すぐにでも殴りだすほどの勢いでカギへと文句を言うとした。しかしその時、ネギが間に入ってきたのだ。

 

 

「コラ! 兄さんも謝って!」

 

「おっ……、おう……、スマン……」

 

「このかも言ったけど、もう起きるからいいわよ」

 

 

 流石にカギの悪態を見かねたネギは、カギにも強くしかりつけた。先ほど注意したのはアーニャだけではない、カギにも注意したのだと。だから当然カギも謝るべきだと、ネギはカギへと怒鳴ったのだ。

 

 ネギにそう言われたカギは、あのネギがここまで怒るとはと思いながらも、確かに大人気なかったと反省した。それでそのままアスナたちに頭を下げ、すまなかったと謝ったのだ。ただ、アスナも木乃香と同じ意見だったので、もう起きようと思ってたので気にしないと言いながら苦笑していた。

 

 

「それで、アーニャちゃんどうしてここに?」

 

「ネギを迎えに来たんだけど……」

 

「まだ僕は帰らないって言ったじゃないか……」

 

 

 それはそれとして、アスナもアーニャがここに居ることに疑問を感じ、それを尋ねた。本当ならば別の部屋で預かってもらっていたはずだからだ。

 

 アーニャはその質問に、やはりネギを迎えに来たと話した。だが、少し迷っているような感じで、声がだんだん小さくなっていった。ただ、ネギは迎えに来たと言うアーニャへ、まだ帰る気はないと何とか説得しようと言葉にしていたのだ。

 

 

「そうね……。わかった……」

 

「やっとわかってくれた?」

 

「ええ、よくわかったわ……」

 

 

 アーニャはそこで悩んだ末に、ネギを連れ帰ることを諦めた。ゆえに、わかったと小さな声で口にすると、ネギもやっとわかってくれたと思い、表情を緩ませて再びそれを聞いていた。そこへアーニャはよくわかったと、まだ何か悩んでいる様子で言葉にした。

 

 ……アーニャは昔のことを思い出し、このままネギの話を聞かずに連れ帰るのはよくないと思った。それに、周りのネギの生徒たちも悪い人ではなさそうだし、ネギがその生徒たちと親しいながらも、ベタベタしている訳でもなさそうだと思った。また、仮にそうだとしても、まだそのような素振りをネギは見せていないので、自分の目で確かめようと考えたのである。

 

 

「だったら……、私もここに残るわ」

 

「うん! それがいいよ! 一緒に遊ぼう!」

 

「あ、うん……。そうする……」

 

 

 だから、アーニャはネギの近くに居ようと思い、帰らずに日本に滞在することを選んだのだ。それをアーニャはネギへ言うと、ネギは明るい笑顔を見せながら嬉しそうにそれがいいと話した。そして、この日本で一緒に遊ぼうと、アーニャを誘ったのである。

 

 そんな明るい顔をするネギに、アーニャは拍子抜けした気分を感じながらも、照れた様子で顔を赤くし、そっぽを向いてネギを視線からはずしていた。久々に見るネギの笑顔に、アーニャはドキッとしてしまったのだ。

 

 

「ケッ、普段からあんぐれー素直なら、もちっと高感度あがるんだろうがな……」

 

「ほー、つまりカギ君がゆーに、アーニャちゃんはネギ君のことが好きなんやな?」

 

「本人に言えば必死で否定するだろうが、まー誰から見てもバレバレだってんだ……」

 

 

 カギはその二人から少し離れた場所で腕を組み、その様子を見ていた。また、アーニャの素直な態度に、普段からあれならもう少しネギに好かれていると苦言を発していた。それに反応した木乃香がアーニャがネギのことが好きなのかと尋ねれば、見てわからぬかたわけと言った具合に、誰から見てもそう見えるとカギは答えた。まあ、本人に直接それを尋ねれば、やはり素直になれず絶対にありえないと言うだろうともカギは話し、ため息をついていた。

 

 

「なんかカギ君元気ないなー、どうしたん?」

 

「……いやねー、昔の俺ってマジ何やってたんだろうなって、いまさらながら思えてきてなぁ……。ハァ……」

 

「おじーちゃんみたいやな……」

 

 

 そこで木乃香はなにやらカギの元気が微妙になさそうなことに気がつき、それを聞いてみた。普段ならもう少しテンションが高めなカギが、妙に肩を落とした様子を見せていたからだ。それ以外にも、起きたばかりで調子が上がってない可能性もあるだろうが、何かそれ以外で元気がないかもしれないと思ったのだ。

 

 カギは不思議そうな顔でそう尋ねる木乃香へ、腕を組んで何かを思い出すかのように、ぽつぽつと語りだした。いやあ、昔の自分は何と愚かだったのだろうか。なんという黒歴史、情けなすぎて恥ずかしいとさえ思うと、カギはため息を何度もつきながらそれを話した。

 

 何か過去を振り返りながら話すカギを見て、木乃香は不思議なことに年寄りみたいだと思った。自分よりも年の下なカギがなんとも老けた顔で過去を語る様は、なんとも奇妙な光景だと木乃香は考えていたのだ。

 

 

「おじーちゃんじゃねぇがおっさんだかんな……。ちょっと一人でノスタルジィってやつに浸ってくら……」

 

「う、うん……」

 

 

 カギは非常にしんみりとした様子で、おじいちゃんではなくおっさんだとその部分を訂正した。何せ自称50代、本来ならばいい年こいたおっさんだと、カギは自分のことをそう思っていたからだ。それを言い終えた後、カギはふらりと歩き出し、一人でノスタルジーに浸ってくると言い出した。

 

 木乃香はそんなカギを止めることは出来ずに、ただただ見ていることしか出来なかった。何かを思いつめているような、そんな様子だったからだ。

 

 

「どうしたんでしょうか……」

 

「よーわからへんけど、何か反省しとるような感じやったね……」

 

 

 刹那もカギの様子がおかしいことを察し、一体どうしたのだろうかと木乃香へ話した。木乃香もカギが何を悩んであんな様子を見せているのかわからなかった。だが、何か反省しているように見えたと、木乃香は言葉にしていた。

 

 

「しかし、こっちの二人は起きないわね……」

 

「こんなウルセーところでよく起きないな……」

 

「ホンマやな、よー寝とるわ」

 

「ま、まぁもう起きる時間ですし、二人も起こしましょう……」

 

 

 と、そんな時、アスナはネギの部屋を見れば、まだぐっすりと大の字になって寝ている二人を発見した。それは小太郎とバーサーカーだ。これほど騒ぎになっているのに、まったく起きる様子もない二人。

 

 アスナはこれでも目が覚めないのかと思い、呆れた顔をしていた。千雨も同じく、先ほどはかなり騒がしかったと言うのに何で目が覚めないんだろうかと、呆れながらも不思議に思っていた。しかし、木乃香は逆に爆睡する二人を見て、むしろよく寝ていると関心して笑っていた。そして、とりあえずもう起きる時間なので起こした方がよいと、刹那はその二人を起こすために行動するのだった。

 

 

…… ……

 

 

 太陽も随分高いところへと昇り、雲ひとつないすがすがしい夏晴れとなった時間。3-Aの少女たちは昨日と同じく海へと駆り出し、おのおのの友人たちとひたすら楽しく遊んでいた。また、あの千雨も今日は太陽の下に引っ張り出され、パラソルの下で水着姿を晒し、ため息をついていた。

 

 そして、同じように状助らも海へとやってきたようで、またもひと悶着したようだ。この状助は本当にシャイというかヘタレというか、普通の転生者ならば他の女の子とも仲良くなるチャンスだと言う状況から逃げるタイプの男だった。またしてもアスナと顔を合わせた状助は、早々に逃げ出そうとしたのだが、流石に今回はつかまってしまったようだ。

 

 状助はこの状況を打破せんと、一緒にこの海にやってきていた仲間である刃牙に助けを求めた。だが、今回は刃牙からもノーを突きつけられた状助は、青ざめた顔でアスナに引っ張られて海の方へと連れて行かれたのだった。

 

 刃牙もせっかく妹分であるアキラに海で会ったのだから、今日は久々に一緒に泳いでやろうと思ったのである。それ以外も状助と一緒にやってきていた三郎も、昨日と同じく亜子と遊んでおり、同じく数多も焔の相手をしていたのだった。ゆえに、誰も状助を助けるものはなく、誰もがうらやましいと思うような状況の中、助けを求めるような顔でアスナたちと遊ぶしかなかったのであった。

 

 また、アーニャもネギにつれられて来ており、フリルのついた可愛らしい水着を着て、子供らしく海を楽しんでいた。さらにネギだけではなく、知り合ったのどかやハルナを筆頭とした3-Aの少女たちに可愛がられながら、アーニャは日本の海に満足していたのだった。

 

 

 しかし、そんな誰もが思い思いに楽しんでいる中、一人外れた場所で座り込み落ち込む少年がいた。それはあのカギだった。カギはなにやら思いつめた顔で、ずっとここでため息をついていた。

 

 

「はぁ……」

 

「姿が見えないと思えば、こんなところでどうしたのですか?」

 

 

 なんとも少年らしからぬしけた顔でため息をつくカギ。まあ、見た目は確かに少年だが、中身は自称おっさんだ。そんなあからさまに元気のないカギを心配したのか、そこへ夕映がやってきた。朝から非常に元気がなく落ち込んだ顔をするカギを見て、何か悩み事でもあるのだろうかと夕映も思ったからだ。だから夕映は腰を落とし、カギへとそっと話しかけ、どうして元気がないのか尋ねたのである。

 

 

「ノスタルジィに浸ってんのさ……。はぁ……」

 

「アーニャちゃんが来てから元気がないようですが……」

 

「まあ、俺はアイツに嫌われてっかんなー……」

 

「そうみたいですね……」

 

 

 カギは少年の見た目でノスタルジーに浸っていると、またしても言い出した。10歳程度の年齢の癖に、どこをどう懐かしむと言うのだろうか。夕映はそう考えたが、今回ばかりはスルーした。いや、それ以上に夕映には気になることがあったのだ。

 

 それはあのアーニャがここへ来てからというもの、カギの元気がないように見えたということだ。夕映はそれをカギへ尋ねれば、カギは自分がアーニャに嫌われていることを気にしていると話した。ただ、それは夕映も側で見ていてわかっていたので、少し哀れんだ顔でそうみたいだと述べていた。

 

 

「なんつーか、昔の俺って最低のクズだったんだなって……」

 

「最低だったんですか?」

 

「ああ、ゆえが見てもそう思うだろうな……。むしろ本気で嫌われてたかも……」

 

 

 カギは何を悩んでいるのか。それはアーニャに嫌われていることだ。ハッキリ言えば過去の自分の行いを考えれば、アーニャに嫌われるもの当然のことだとカギは思った。ただ、カギとて所詮は人の子。いくら転生して強力な特典を得ても、精神的には一人の人間でしかない。自称精神年齢50代であっても、人に嫌われるというものはあまりよい気分なはずがないだろう。カギはそれを考えて悩んでいた。

 

 しかし、カギの悩みはそれだけではなかった。それを少しずつ夕映に話すカギ。夕映はカギの自分は最低だったと言う言葉に、本当にそうだったのかと尋ねた。

 

 その夕映の質問に、愚問とばかりに当然とカギは自分にイラだった様子で言葉にした。何せ今考えれば、何故あのようなキチガイじみた行動をしていたのか、とカギ自身も悩むようなヒドイ人間だったからだ。

 

 

「お前らが語った最初の俺像? まんまな状態? あれをずっと続けてたかんな……」

 

「……そうだったんですか……」

 

「まーなー……」

 

 

 カギは例えとして、ハルナと夕映が話した自分の最初に思った印象こそ、昔の自分だと説明した。夕映もうすうすそうなんじゃないかと思っていたので、やっぱりと考えながらも、あえてそうだったのかと言葉にした。流石にこれほど落ち込んだカギに、そうだと思ったなどと言える訳がなかったのだ。

 

 カギも夕映の返事を聞いて、はぁ、とため息をついて返事を返していた。実際昔のカギは普通に見てもどうしようもないクズだった。正直言えば踏み台系転生者そのもの。この世界の人間をマンガのキャラだと考え、”原作キャラ”をはべらせたいと考える最低な人間、それが昔のカギだ。

 

 

 ただ、今はそのような考えはなくなり、目の前の夕映もこの世界に生きる人間の一人として見ている。いや、それでだけではなく、この世界に生きる人間も色々悩んだり苦しんだり楽しんだり、普通に生きている。カギは自分の”原作知識”が通用しなくなったあたりから、それに気がついたのである。

 

 誰もが何かの影響で変化する。それはつまり、誰もが人間として何かを考え、自分の生きる道を決めていると言うことに他ならないとカギは思ったのだ。それをしっかり理解出来たのは弟であるネギのおかげでもあった。

 

 この世界のネギはカギが知る”原作”のネギとは大きく異なる存在だった。本来ならば”原作のネギ”をアンチして叩きのめし、自分こそがこの”ネギま”の主役になろうとカギは愚かにも思っていた。だが、この世界のネギはカギがアンチしたいと思うような行動をせず、特に問題を起こさなかった。カギはその原因は知らなかったが、ネギの行動や思考の変化には気が付いていた。

 

 それをあえて見ぬ振りをし、”原作どおり”になることを望み、それが出来なかったがゆえに荒れていたのがカギだった。しかし、まったくもって”原作どおり”にならない現状を見てそれを諦めてからは、色々なものが見えるようになったのである。”原作”と言う言葉に踊らされていたことに、カギは気がついたのだ。それでカギは色々悟り、理解し、今の考えへといたったのである。

 

 

 それに、自分と同じような最低系転生者である、銀髪のこと神威に出会ったことが何よりも大きかった。神威の腐れた行動を見れば、自分がどんだけ愚かな人間だったかをカギは理解したのである。

 

 あの銀髪は自分と同じような存在だった。まさに正面に向き合って初めて気づく鏡そのものだった。正直言えばあの銀髪がいなければ、自分も銀髪と同じ末路をたどったのではないかと、カギは思うほどだった。

 

 周囲の”原作キャラ”を自分のものと称してはべらせ、自分の都合のいいように扱う。カギにはそれこそ出来なかったが、やろうとしていたことに差はなかったからだ。ゆえに、今考えればあの銀髪と衝突したことは幸運だとも思っていた。アレがなければ今の自分はいないだろう、カギはそう考えていた。

 

 

「あんだけ自分勝手してきていまさらだろうけど……、昔の俺をぶん殴りてぇ……」

 

「……つまり、カギ先生は昔の自分を思い返して、反省してるってことですよね?」

 

「そうかもな……」

 

 

 そんな腐った過去の自分を思い返すたびに、カギは自分の胸の黒歴史の傷が痛み、苦しく感じていた。こんな人間誰が好きになるだろうか。誰が愛してくれるだろうか。いや、それは絶対にありえない。そう思えるぐらい、自分がクズだったことをカギは理解したのだ。

 

 今は己の過去の過ちを反省してはいるが、それでも過去は変えられない。それを考えれば考えるほど、昔の自分が嫌になる。カギはそれを夕映へと情けなくしょげた様子で語っていた。

 

 じめじめした湿気のような愚痴を嘆きながら陰鬱な雰囲気を出すカギを見て、夕映はなにやら考える仕草を見せた。そして、カギが自分の過去の過ちを反省しているのだと夕映は気づいて、それを聞いてみたのだ。

 

 カギは夕映の質問に、投げやりながら多分そうなのかも、と話した。自分が反省しているのかはわからないが、自分の過去のことでアーニャに嫌われていることを気にしてることを考え、そうなのかもしれないと思ったからだ。それに、カギは基本的に自分に自信がない人間だ。偉そうに振舞ってはいるが、自分をネガティブに捕らえることが多い、それがカギなのである。ゆえに、自分が過去を反省しているかどうかでさえ、疑問に感じてしまっていたのだ。

 

 

「……ならいいのではないですか? 過去を反省できるぐらいには、カギ先生は変わられたと言うことでしょう」

 

「そうか?」

 

「はい」

 

 

 夕映はカギのそんな返事を聞いて、反省しているのなら別にいいではないかと言葉にした。昔の自分がダメだと思えるということは、つまり昔とは違うことの表れだろう。それはすなわちカギ自身が成長した証でもある。そう考えた夕映はカギを励ますかのように、そう話したのだ。

 

 カギは本当にそれでいいのだろうかと、夕映へ自信なさげに尋ねれば、夕映は自信ありげな笑顔でしっかりとはいと答えた。反省が出来るカギは決して最低な人間ではないと、そういいたそうな顔をしながら。

 

 

「ハルナも言ったです。カギ先生は変わったと。それは私も同じ考えでした」

 

 

 夕映はさらにカギへ自分の考えを語りかけた。昨日ハルナと話したカギの印象の変化。夕映もそこで話したが、カギは麻帆良に来た時と今では随分変わったと、再度話した。最初に見たカギはとてもスケベな顔をして頼りなさそうな感じだった。だが、今はそれをさほど感じられなくなったと、夕映はそっと言葉にしていた。

 

 

「確かに昔のカギ先生はダメだったかもしれません。それでアーニャちゃんに嫌われたのかもしれません……」

 

 

 また、最初に見たカギ像を考えれば、どうしてアーニャに嫌われているのかは大体予想がつくと夕映は思った。そして、カギがそのことで自分をダメなやつだったと悩んでいるかもしれないと考えたのだ。だから夕映は、カギ本人が言うように昔のカギはダメなヤツだったのだろう、それでアーニャに嫌われたのだろうと述べた。

 

 

「ですが、今は違うです。信用を築くのは難しく、壊すのは簡単と言いますが、壊れた信用を取り戻せないとは言ってません」

 

「……つまり?」

 

 

 しかし、それは昔のカギだ。今のカギは変わったはずだ。ならばどうすればいいのか、それは簡単なことだ。もう一度信頼を取り戻し、友人になればよい。信頼を築くのは非常に大変だ。しかもそれが一度壊れたものだとすればなおさらだ。それでももう一度やり直すことぐらいできるはずだ。壊れた信用を取り戻せないと言うことはないはずだ。

 

 夕映は真剣な顔でカギにそれを語りかけていた。カギはそれはどういうことなのかと、夕映へと尋ねた。カギは夕映が最終的に何が言いたいのか、ということを聞いたのである。

 

 

「カギ先生が変わったところを見せれば、少しはアーニャちゃんも許してくれるのではないでしょうか?」

 

「そーかなあ……。アイツも結構思い込み激しいかんなー……」

 

「それでも、今のカギ先生なら少しぐらい気を許してもらえるかもしれません」

 

 

 カギは間違いなく成長し、変わった。ならばその変わったザ・ニューカギをアーニャの前で示し、証明してやればいい。そうすれば今は嫌われているかもしれないが、おのずとアーニャも心を許してくれるかもしれない。いや、今のカギならばきっと許してくれるはずだと、夕映はカギに強く訴えかけた。

 

 だが、カギはその夕映の言葉を信用しきれずにいた。何せあのアーニャはとても頑固者だ。一度そうと考えたらなかなか考えを改めてくれないのだ。それを知っているカギは。自分が変わったとしてもアーニャが許してくれるかわからなかったのである。

 

 ただ、夕映はそれでも今のカギならば、少しずつだが許してもらえるのではないかと言葉にした。ハッキリ言えば夕映も最初はカギを変態っぽく感じ、あまり好きではなかったからだ。まあ、それでも一応先生だし、変ではあったが何かしてくると言う訳でもなかったので、嫌うほどでもなかったのだが。

 

 

「……ほんとか? そう言ってくれると少しは元気を出すしかねぇや」

 

「そうです! その意気です!」

 

 

 それがたとえお世辞だとしても、カギは夕映の言葉を嬉しく思った。また、それだけではなく、夕映がそこまで自分のことを考えてくれていたのかと、カギは思って感動していたのだ。だからカギは、流石に夕映にここまで言ってもらったんだから元気を出さなければならんと、少しだけ表情を明るくしたのである。夕映も元気を出してきたカギを応援し、もっとポジティブに考えようと言葉にしていたのだ。

 

 

「カギ先生のいいところは何でも前向きなところです。自己を反省したなら、前に進むべきです!」

 

「……そ、そう言ってくれるか……」

 

 

 それと、カギは自分のことはネガティブに考える人間ではあるものの、その思考は常にポジティブなものだったと夕映は語った。カギは確かに自分に自信がなく、己をダメな人間だと思うネガティブな思考をもっている。しかし、それ以外のことは基本的にポジティブだ。

 

 ”原作知識”が通用しなくなった時、カギは悩むことをせず仕方ないと諦め、ならば自分の思うように生きることを決めた。銀髪のこと神威に負けた時も、悔しさをばねに必死に修行した。とりあえずハーレムを作りたいという夢も、今だって捨ててはいない。まあ、それよりも今は、目の前の夕映ともっと仲良くなりたいなーとも思っているが。

 

 夕映はそう言った部分は知らなかったが、カギの普段の行動からカギがポジティブであることを理解したのである。だから反省したのならば、ただひたすら前を進めばよいと、夕映はカギの背中を押すようにそれを言い放った。

 

 夕映にそう言われ励まされたカギは、かなり嬉しくて感激していた。まさかそこまで言ってくれるとは、そう評価してくれていたとは。そう考えると、さらに、またしてもカギは感涙しそうになっていた。このカギ、本当に涙もろい男である。

 

 

「な、何で泣いてるですか……?」

 

「なっ! 泣いてなんてないやい!」

 

「……そうですか」

 

 

 そんな涙を目にためるカギを見た夕映は、また泣いていると言葉にした。確かに自分はカギを応援するようなことを言ったが、まさかこの程度でも涙するとは思ってなかったのだ。

 

 しかし、カギはいつものように泣いていないと叫ぶ。それでも涙を流しそうになって居るのは事実であり、ただの強がりでしかない。

 

 また、カギはこうやって人に褒められたことがあまりなかった。いや、確かに故郷ウェールズでなら何度かあっただろう。だが、この日本、麻帆良へやってきて、そうやって他人からほめられた事がなかった。そのためなのか、この程度でさえもカギは感涙してしまったのである。

 

 

 夕映はそんなカギの嘘を、あえて肯定する言葉を微笑みながら述べた。ここで嘘だと言っても、カギが怒るだけだ。それならあえて、涙を見てみぬ振りをするが最善だろう、夕映はそう考えたのだ。カギとは言え男の涙だ、見なかったことにするのも優しさだと、そう思ったのだ。

 

 そして、最初に会った時、どうしようもないヤツだと思っていた目の前の男の子が、こんなことで涙している。思っても見なかったことだ。もはやこの状況、生徒と教師ではなく、まるで姉と弟のような、そんな不思議な関係となっていた。

 

 

「とりあえず、元気を出すです!」

 

「おっおう……! ありがとな……! ありがとな……!」

 

 

 そう回りくどく色々言って来た夕映だったが、一番何を言いたかったといえば、元気を出して欲しいという言葉だった。それをはっきりカギへと夕映は笑顔で伝えれば、カギは弱弱しい返事の後、何度も夕映に礼を述べた。

 

 こんなどうしようもない自分を応援してくれてありがとう。ほめてくれてありがとう。友達になってくれてありがとう。カギはそんな意を込めた感謝を、何度も夕映へと言葉にしていた。

 

 

「そんなに言わなくてもいいですよ」

 

「いや、させてくれ……。俺にとって、ゆえの言葉は今の礼だけじゃ足りないぐらいだ……」

 

 

 夕映は何度も礼を述べるカギに、そこまで言わなくてもいいと笑いかけて言った。

だが、カギはそれだけでも気が済まないと、真剣に言葉にしていた。カギは夕映の優しさに何度も心をすくわれたと思っていたからだ。友達になってくれたし、今もこうやって自分から相談してくれた。本当に感謝しか言葉が出ないと、カギは思っていたのだ。

 

 

「そこまでのコトでした?」

 

「まーな、ゆえの言葉、本当に嬉しかったぜ……」

 

 

 ただ、夕映はそこまでのことを自分がしたかと言えば、ノーだと思った。落ち込んだ相手を励まして元気を出してあげることは、3-Aなら普通のことだ。それでも、それでもカギにはそんな当たり前な夕映の言葉が、心に響いた。その優しさが嬉しかったのである。

 

 

「カギ先生がそういうなら、どういたしましてです」

 

「おう! おかげでちょっと楽になったよ、本当にありがとう」

 

 

 まあ、夕映も礼を言われて悪い気分ではなかった。なので、カギの礼を尊重し、どういたしましてと笑顔で答えた。カギも夕映が自分の礼を受け取ってくれたと思い喜ばしく思った。また、夕映が色々話してくれたおかげで気持ちが楽になったことを言葉にし、それに対して再び礼を述べるカギだった。

 

 

「お礼ばかりではなく、アーニャちゃんに許してもらえるよう頑張るんですよ?」

 

「わかってるって!」

 

 

 ただ、自分に頭を下げてばかりでは意味がないと夕映は話した。アーニャとの仲を直して友達になることが目的ならば、そのために頑張る必要がある。だから、そっちを頑張るべきであると、夕映はカギに静かに語りかけたのだ。

 

 しかし、カギもそのぐらいわかっていた。ここで頑張らなければ、きっと一生アーニャに許してもらえないと思ったからだ。だからカギは夕映のその言葉に、わかっていると強気の返事をしたのである。 

 

 

「こんなところに来てまでシケてんのも周りにわりーし、ちょいと遊ぶか!」

 

「そうしましょうか」

 

「……ゆえも来るのか?」

 

「友達ですから当たり前では?」

 

 

 カギは夕映のおかげで元気も出てきたし、せっかく海に来たのに自分だけショゲてたら周りで遊んでる人たちにも迷惑だろうと考えた。それでカギは、景気づけに海で遊ぶことを気合を入れるかのように、大きな声で言葉にしたのだ。

 

 すると夕映も、そうしようと言い出した。カギはその夕映の態度を見て、もしかして一緒に遊んでくれるのだろうかと尋ねたのだ。夕映も友達だからと言う理由で、当然だと言葉にした。友達なんだから一緒に遊ぶ、それのどこがおかしいのだろうかと、夕映はむしろカギの質問がおかしいと言う様子を見せていた。

 

 

「そうか……。じゃ、行こうぜ!」

 

「はい!」

 

 

 友達だから、なんと言う言葉だろう。カギはその言葉に嬉しく思った。ネギは弟で友達ではないし、カモミールも友達だがオコジョ妖精だ。それとはまったく違う、人間の、しかも女の子の友達、それが夕映だ。友達と言われたことに感激しつつも、カギは夕映へと海に駆り出そうと叫んだ。夕映も、ようやく元気を出したカギを見て、よかったと思いながら、元気よく返事をしたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 誰もが楽しく海ではしゃいでいたが、そのような幸福な時間も永遠には続くことはない。気がつけば夕方となっており、今日一日の楽しかった思い出を胸に、みんな宿へと戻っていったのだ。しかし、そんな宿で少しハプニングがあったようだ。

 

 

「すいませんねぇ……。急に人数がお増えになったもので2日目はお部屋がご用意できなくて……」

 

 

 なんということだろうか。急な客の増加により、部屋を用意しきれなくなってしまったと言うではないか。さらに言えば3-Aのクラスメイトの大半もやってきており、その人数分の部屋が足りなくなったと言うのだ。

 

 

「こんな大部屋になってしまって……」

 

「いえ、別に平気ですので」

 

 

 とは言え、3-Aのクラスメイトは基本的に仲良し組である。割り当てられないというのならば、大部屋で寝ればよい。ゆえに、3-Aの少女たちは一つの大部屋へ案内してもらったのである。また、部屋が用意できなかったことを詫びる女将へ、アスナが代表で気にしていないと苦笑しながら述べていた。

 

 その傍ら、大部屋から少し離れたところで少女と男が会話していた。サイドポニーテールの黒髪の少女の刹那と、大柄で筋肉ムキムキのタフガイ、バーサーカーだ。

 

 

「ネギ先生やカギ先生、それと小太郎君はいいとしても、バーサーカーさんはどうするんですか?」

 

「あぁ? 別に俺は寝る必要もねぇし、霊体化して適当にふらついてても問題ねぇさ」

 

「……いいんですか?」

 

 

 刹那はネギとカギと小太郎はまだ10代の幼い少年で、特に気にすることはないと思っていた。それは3-A共通の認識である。しかし、この目の前の大男は流石に厳しいのではないかと思った。部屋が大部屋一つになってしまったがゆえに、バーサーカーの寝床のことで刹那は困ってしまったのである。

 

 それに、バーサーカーはこの中で唯一男性と呼べるほどの男だ。こんな大男が少女たちと一緒に寝るというのは、なんと言うか絵面的に不健全である。そのため刹那は申し訳ない様子で、この状況をどうするのかとバーサーカーへ尋ねたのだ。

 

 するとバーサーカーは特に気にした様子も見せず、霊体化したりして適当にそこらへんをぶらぶらしていてもいいと話した。こうなってしまって迷惑をかけて申し訳ないと言う態度を見ながら、刹那はそれで本当にいいのかと再びバーサーカーへ尋ねたのである。

 

 ……まあ、実際カギも同じようなものなのだが、3-Aの少女たちは彼が転生して合計年齢50代のおっさんだという事実は知らないのだ。

 

 

「おうよ! それに屋根の上で寝転がって、月を見上げるのも悪かぁねぇ」

 

「そうですか……。なんかすいません……」

 

「ハッ! 気にすんなって刹那! むしろあんなところに居た方がおちつかねぇぜ」

 

 

 バーサーカーは二度も言う必要はないと言った感じであっけらかんとしており、ニカッと笑いながら屋根の上で横になり月を見上げるもいいかもしれないと答えた。何と豪胆な男だろうか。一緒に来たというのに追い出す形となってしまったと言うのに、本人は気にしていないどころか前向きな態度で接してくれている。

 

 そんなバーサーカーを見た刹那は、何と言ったらいいだろうかと考えながらも、苦い顔をしながら頭を下げて失礼を詫びていた。寝る場所すら確保できなかったと言うのに、このすがすがしさを見せられては、謝る意外の言葉が思いつかない、そう刹那は思っていた。

 

 刹那の苦心する様子を気にかけたバーサーカーは、さらに明るい笑顔で気にするなと声をかけた。それだけではなく、むしろこんな少女だらけの場所など、自分には狭苦しくて落ち着かないと。むしろ外へ出たほうが落ち着くと、バーサーカーはハッキリ言葉にしたのだ。

 

 

「なら、私も一緒にいきましょーか?」

 

「……! ……さよさんでしたか……」

 

「気持ちは嬉しいが一人で大丈夫だからよ! アンタは自分の大将んとこにいな!」

 

「でも、一人は寂しくないですか?」

 

 

 そこへそっと現れたのはなんと幽霊のさよだった。さよはたまたま刹那とバーサーカーが会話しているのを目撃し、話に入ってきたのである。さよも当たり前のように木乃香につれられて、ここへやってきていたのだ。また、幽霊ゆえに一人でいる寂しさを知っているさよは、バーサーカーへお供しようかと話しかけたのだ。

 

 刹那は突然現れたさよに、少しばかり驚いた。やはりいきなり幽霊がドロンと現れるのは心臓に悪いものだろう。それに、目の前のバーサーカーと会話しているのを他のクラスメイトに知れたら、質問攻めを受けるに違いない。刹那は流石にそれは少し厄介だと考え、こっそりとここで談義していた。なので、現れたのがさよだったことに安堵していたのだった。

 

 何せバーサーカーと刹那の関係を知っているのは、3-Aの中で魔法を知っているものでも一握りだ。それ以外の人の認識では、バーサーカーは小太郎に最近出来た友人ということになっている。また、それ以外にも白熊にまたがったヤンキーや筋肉の塊、木乃香の彼氏である覇王の友人などであり、そんな感じの認識しかないのである。

 

 突然現れてそんなことを言うさよへ、バーサーカーは微動だにせずその提案を丁寧に断った。さらに、自分のことよりも主である木乃香についていた方がよいと、バーサーカーは言葉にした。それでもさよは一人は寂しいだろうと思い、本当にそれでいいのかを聞き返していた。

 

 

「なあに、男ってのはたまにゃー一人になりてぇ時もあるってもんよ」

 

「そうなんですかー……」

 

「本当にそうなんでしょうか……」

 

 

 そんな心配そうにするさよへ、スカッとするような笑顔で問題ないとバーサーカーは話した。男っつーもんは一人になりたい時もある。そんな理由を述べて安心させようとしたのだ。そこまで言われてしまったらさよも引くしかないと思い、同行を諦めた。

 

 ただ、刹那はそれが本当なのかどうか、疑わしいと思っていたりした。バーサーカーはこう見えても女性が苦手だ。さよのような少女についてこられたら、やはりリラックスできないのではないかと思ったのだ。さらに言えば、さよは結構木乃香に似た顔をしている。今はある程度慣れてはいるが、バーサーカーは昔から木乃香が苦手だった。それ故に、バーサーカーはさよも少し苦手なんじゃないかと、刹那は思っていたのである。

 

 

「つーわけで、何かあったら連絡くれよな! 刹那!」

 

「はい! ではおやすみなさい」

 

「おやすみなさい~」

 

「おう! 早く寝ろよ!」

 

 

 バーサーカーは話が終わったと思い、手を大きく上げて一人立ち去っていった。刹那もいつまでもうじうじしてても仕方ないと思い、ぱっと明るい表情でバーサーカーへおやすみの言葉を投げかけた。さよも刹那のそれにつられ、少し気の抜けた感じで挨拶を述べていた。するとバーサーカーも刹那らの方を振り返り、早く寝ろよとニヤリと笑って叫んだ。そして、バーサーカーはすっと霊体化し、その場から姿を消したのだった。

 

 

 バーサーカーと刹那の会話が終わったところで、今度は大部屋に一人の男子が現れた。なにやら大部屋が騒がしいと思ったのか、何をしているのだろうとひょっこり顔を出してきたのだ。

 

 

「んん? 何か騒がしいと思ったらやっぱりオメェらかよ……」

 

「うん? 状助?」

 

 

 その男子とはリーゼントの髪型からまったく変えることの出来ない状助だった。状助はなにやら聞いたことのある声がよく響くと思い、この大部屋の前に来たのだ。そして、その近くに居たアスナへと話しかけたのである。アスナも状助が現れたのは予想外だったのか、何でこんなところに? と言う顔で状助を見るのだった。

 

 

「なんかすげーことになってんな……。一体どうしたっつーんだ?」

 

「人が多すぎて各自の部屋が取れなかったのよ」

 

「んで、こんな大部屋でザコ寝って訳か……」

 

 

 そして、状助がその大部屋を覗いてみれば、なんとも布団が部屋一帯に敷き詰められたすさまじい状況だった。なんという光景だろうか、こいつは一体どういうことだ。状助は驚きつつもそれをアスナに尋ねれば、アスナも正直に各自の部屋が取れなかったと説明した。いやはや、それでこんなことになってしまったのか。状助は少し大変そうだな、と思いながらも、楽しそうでもありそうだとも思っていた。

 

 

「そういえばアンタもここに泊まってたのよね」

 

「ため息が出るぐれぇ、奇遇っつーか怖いもんを感じてるがなぁ……」

 

「そんなに私たちとかぶるのが嫌な訳?」

 

「そーじゃあねぇがよぉ……」

 

 

 また、アスナはふと状助たちも同じ旅館に泊まっていることを思い出しそれを口にした。なんということだろうか、状助御一行とアスナたち3-A組は同じ旅館に泊まっていたのだ。

 

 状助はそれを聞いて、ため息をつきながら何で同じなんだと愚痴をこぼしていた。偶然なのだろうか、これほどの偶然があるだろうか。同じ海で出くわしたのはいいが、泊まる旅館も同じだとは。まったく持って恐ろしい何かを感じると、状助は思っていたのである。

 

 しかし、そんな状助の言い草をされたアスナは、そんなに自分たちと出くわすのが嫌だったのかと、ムスッとした様子で目を細め、状助を睨むようにしてそう言葉にしたのだ。

 

 確かにこれほど何度も出くわすというのは、奇遇とは考えられないぐらい奇妙なことだとアスナも思った。が、奇遇にも出くわしたというのに嫌な顔をしてため息をつかれれば、流石のアスナも頭にくるというものだ。だから、どうして自分たちと出くわしたことを不満に言うのかと、アスナは状助に文句を言ったのである。

 

 ただ、状助も別にアスナを邪険に思って、そんなことを言った訳ではない。この状助は元々臆病な人間である。この現状を見て状助は”もしや転生神のイタズラなのでは”と勘ぐってしまったりしていたところもあったのだ。

 

 実際は”転生神のイタズラ”など存在しないのだが、状助もある程度の二次創作で知った知識の中にそれがあった。故に、それが存在したとすれば、この状況はその”転生神”が運命を操って遊んでいるのではないか、と邪推してしまったのだ。

 

 だから、アスナと奇遇にも出くわしたというのに、逃げるような態度を取ったりしていたのだった。まあ、そういうことなので、プンプンと怒るアスナに、そういう訳ではないと状助は慌てながら話したのである。

 

 

「あ、そうだ。ちょっとお願いがあるんだけど……」

 

「なんだぁ?」

 

「出来ればでいいんだけど、ネギ先生とカギ先生、それにコタロをそっちで預かってくれない?」

 

「別にガキ三人ぐれぇのスペースはあるけど、何でだ?」

 

 

 アスナはそこでそんなことよりも、もっと重大なことを思い出した。状助がそんな言い草と言うか、逃げ腰の態度は今に始まったことではないし、この程度で怒っても仕方がないことだと思ったのだ。そして、それを状助へと頼もうと思い、アスナは両手を顔の前で合わせ、お願いがあると話した。

 

 お願いされた状助はアスナからの頼みなどめったにないことなので、出来ることなら聞こうと思った。それに、確かにここでのアスナへの態度はあまりよくなかったかもしれないと状助は反省し、その償いとして頼みを承ろうとも思ったのだ。

 

 するとアスナは出来ればでいいと前置きをし、ネギとカギと小太郎を状助たちで預かって欲しいと頼んできた。状助は別にそのぐらい問題ないと快く承諾したが、どうしてそんなことを頼んだのかアスナへ疑問を聞いたのだ。

 

 この広い部屋ならガキ3人ぐらい問題ないだろうし、どうせ子供なんだから気にもしないだろうと思ったからだ。……まあ、カギは自分と同じ転生者だと言う事を知っている状助は、カギは確かに問題かもしれねぇ、とも思っていたのだが。

 

 

「子供だから私たちは気にしないけど、やっぱ女子に囲まれるより男子と一緒の方がいいんじゃないかなーって思って」

 

「まあ、そうかもしれねぇ」

 

 

 案の定アスナもネギたちは子供なので気にはしないと話した。だが、やはりお姉さんに囲まれて寝るより、同じ男子のお兄さんと寝た方が落ち着くんじゃないかと思っていた。なので状助が理由を尋ねてきたので、それを話して説明したのだ。状助もそのアスナの答えに納得いくものがあったようで、頷きながらそのことを肯定していた。

 

 

「あれ、東君じゃん」

 

「よっ、よぉ……」

 

 

 アスナと状助の話がまとまったその時、二人のところに別の少女が現れた。それはハルナだ。ハルナは状助がこんなところへやって来てるのを見て、すこし気になったので、その状助に声をかけに来たのだ。また、ハルナに話しかけられた状助は、やはりぎこちない態度で、目の前のハルナへと小さく挨拶をしてた。

 

 

「ここで何してんの?」

 

「いやぁ、何か騒がしいと思ってよぉ……。ちとどうしてだろうかって見に来ただけだぜ……」

 

「ふうーん。まあ、確かに3-Aは騒がしいからねぇ」

 

 

 そして、ハルナはその疑問を聞くと、状助はこの大部屋が騒がしかったので、誰かが宴会でもしているのだろうかと思い覗きにきたと話した。ハルナも騒がしかったから、と言う理由に納得した様子を見せていた。何せ3-Aは普段から騒がしく騒動の原因の一つ担っていてもおかしくないような連中だからだ。

 

 

「で、さ」

 

「急にニヤニヤしてどうしたのよ……」

 

 

 しかし、そこでハルナはクルリと視線をアスナへと移し、突然気色悪い笑いを始めた。アスナは一体何事かと思いながら、ちょっとニヤニヤするハルナが気色悪いと感じ、一歩後ずさりをしたのである。

 

 

「前々からずっと思ってたんだけどさ、ひょっとして……東君ってアスナの彼氏?」

 

「え? 何でそうなるの?」

 

 

 そうハルナに質問されたアスナだったが、どうしたらそう見えるのかとまったく理解出来ないと言う顔でそう言葉にしていた。状助は確かにいいやつだし昔からの友人だが、特にそう言った意識を持ったことがなかったし、普通に見れば友人として見られてもいいんじゃないかと思ったからだ。

 

 

「だって結構前から見てたけど、すんごく親しそうだしさー」

 

 

 と言うのも、ハルナは昨日といい今日といい、アスナと状助が仲よさそうにしているのを見ていた。それ以外にも、学園祭の時にアスナが助っ人として呼んだのがあの状助だった。だからハルナは当然彼氏だと思ったのだ。

 

 

「んな訳ねぇっスよぉー! ただの昔からのダチですって!」

 

「そー言ーこと」

 

「アスナに質問したのに、何で東君の方が慌ててんだろーか……」

 

 

 だが、その二人の言葉を否定したのは状助だった。状助はそんなことは絶対にありえないと考え、慌てながらに昔からの友人だと説明したのだ。アスナも状助に便乗し、ただの友人だといつも通りの冷静な表情で話した。

 

 ハルナはアスナへ質問したはずが、慌てているのは状助ということに、非常に不思議だと感じていた。普通ならアスナがこうやって慌ててもおかしくないと言うのに、その横で会話を聞いていた状助が、いきなり焦りだしたではないか。まさか、もしや、そうなのだろうか、ハルナはそこでそんな考えがよぎり、状助がアスナに気があるのではないかと勘ぐり始めていた。

 

 

「あら、東さん。ここでも奇遇ですわねぇ」

 

「何ィィィ――――――ッ!? オメェこんな時に出てくんじゃあねーッ!! 話がややこしくなるじゃあねーか!」

 

「いっ、いきなり何を怒ってるんですの!?」

 

 

 しかし、そこへさらにあやかがやって来て、状助へと挨拶した。あやかも状助とは旧知の仲。そんな友人が顔を見せたのだから、声をかけておこうと思ったのである。そんなあやかに対して、状助はなんということか、こっちに来るなと言わんばかりの顔で、何で来たんだと叫ぶではないか。なんという失礼なヤツ! あやかも流石に何故怒っているのかわからず焦る一方であった。

 

 

「まさか、いいんちょとも親しいとは……。これは予想外だったわー……」

 

「うおおおおおおッ!! やっぱり予想通りこうなったじゃあねーか!」

 

 

 それでも何故状助はこれほどあやかに強くあたったのだろうか。その答えは横のハルナである。ハルナは、状助があやかとも親しかったということで、さらに想像を膨らませていた。もしかしたら三角関係なのだろうか。いや、アスナは名前で呼んでいたがいいんちょは苗字で呼んでいた。そのような邪推と言う名の妄想が、どんどんあふれ出していたのだ。

 

 そんな妄想を掻き立てられ、腕を組んで独り言をぶつぶつ言うハルナ。状助はそのハルナの様子を見て、何かありもしないようなことを想像されているのではないかと思った。だから、これだからこの場にあやかが来られると困ると、状助は頭を抱えながら叫んだのである。

 

 

「ああ、そういうことでしたの……。ですが、私もそのあたりは気になってましたのよ? どうなんです?」

 

「どうなんです? じゃあねーっつーのよぉー! オメェやアスナは小学生ん時からのダチだっつってんだろーがよぉー!!」

 

 

 あやかにはハルナの独り言が聞こえたようで、そういうことかととっさに察した。確かにハルナはこういった恋バナみたいなものが大好きで、すぐに飛び込むような性格だ。そして、あやかも当然そんなハルナの性格を知っていたので、今話していたのは状助とアスナの関係のことだろうと理解したのである。

 

 だが、あやかもアスナと状助の仲は気になっていたのだ。故にそこで状助に、そこんとこどうなのかとニッコリ笑ってあやかは尋ねた。

 

 まさかこんな伏兵が潜んでいようとは。状助は完全に追い詰められた心境の中、突然何を言うだーっ! と心の奥底から叫んだのである。あやかもアスナも小学生の時からの友人であり、それ以上でもそれ以下でもない、それが状助の答えだった。

 

 しかしまぁ、この状助も転生者だ。カギほどではないにせよ、そこそこ合計年齢は高いほうだ。そんなはずなのにこの程度で冷静さが欠けるのは、チキンすぎるとしか言いようがない。まあ、ある程度肉体に精神が引っ張られているせいで、思春期の男子みたいな思考になっているのかもしれないが。

 

 

「二人とも、状助が困ってるじゃないの。ここら辺にして置いてあげたら?」

 

「いやぁ……、元はと言えばアスナに質問したことなんだけど……」

 

「だからさっきも言ったでしょ? ただの小学校時代からの友達よ」

 

 

 何か気がつけば標的が状助に向いてしまったのを見かねたアスナは、状助の助けに乗り出した。なんというか状助はこういう話が苦手なのを知っているアスナは、その辺で勘弁してあげて欲しいと、普段通りの態度でハルナとあやかへ話したのだ。

 

 しかし、考えてみれば最初にハルナが質問したのはアスナだ。元々はアスナへ尋ねたことである。それをハルナはアスナへ言うと、当然のようにしれっとした態度で、状助とは友人だとアスナは答えるだけだった。

 

 

「まっ、まあガキどもは俺らが預かるからよぉ!」

 

「え? ちょっと待ちなさい東さん! ネギ先生を連れ去ろうと言うのですの!?」

 

「そうよ。私が頼んだのよ」

 

 

 そして、この状況が非常に芳しくないこと考えた状助は、この隙にアスナの頼みを聞いて逃げるが一番と思った。だから状助はネギたちを預かることを口に出したのだ。だが、それを聞いたあやかは、もしや状助がネギを連れ去るのではないかと言うことを察し、それを慌てて追求した。すると、横で聞いていたアスナが、しれっとした態度で自分が頼んだと話したのである。

 

 

「なんでそんな余計なことを!!」

 

「いや、いいんちょと一緒にしてたら何が起こるかわからないし……」

 

「ちょっとー!? 別にやましい事は一切しませんわよー!!」

 

「信じられないわそれ……」

 

 

 それを聞いたあやかは、まくし立てるようにそんな余計なことをどうしてしたのかとアスナを問い詰めた。アスナは、それだからネギをあやかと一緒にしておくのは危険だと判断したと苦笑しながら述べていた。何でそんな風に思われているのかと思ったあやかは、決してそのようなことは絶対にしないと叫んでいた。が、アスナはそれを信用できないと、呆れた顔で断じたのだ。まあ、実際はアスナもあやかがそこまでするような人ではないと思ってはいるのだが。

 

 

「んじゃ、預かっていいんだな? おし!」

 

 

 そして、それを聞いた状助は突如その大部屋へと目にも留まらぬ速さで侵入し、その子供三名の確保に乗り出した。スタンドを使った跳躍と腕を使い、なんとあっという間にネギとカギと小太郎を掴み取り、入り口へと戻ってきたのである。

 

 

「一体何が?!」

 

「なっ、何やこれ!?」

 

「おまっ! 何しやがんだチクショー!」

 

「じゃーな! あばよー!」

 

 

 何が起こったのかわからない様子のネギ。気がつけば身長の高い男子に抱えられているではないか。さらに小太郎はクレイジー・ダイヤモンドの腕で背中を掴まれており、何がどうなっているのか理解できず慌てていた。

 

 また、ネギの反対側で抱えられたカギも、ネギたちと同じように突然のことに驚いた。突如自分が掴まれて持ち上げられている状況に、少なからず文句があったのだ。だが、そんなことなど気にもせず、状助はアスナたちにさらばと伸べると、すぐさま自分の部屋へと駆け込んだのであった。

 

 

「ああ!! お待ちなさいー!!?」

 

「逃げ足だけは速いわね……」

 

 

 なんという速度だろうか、あやかが状助に待てと言った時には、すでに状助の姿はなかった。アスナはそんな状助を見て、いつもいつも逃げ足だけは速いやつだと、呆れた様子で逆に感心すると思っていた。

 

 

「アスナは特に反応しないけど、東君はひょっとしたらひょっとするかもしれないねぇ……」

 

 

 状助の去った後をポカンと見ているアスナとあやかの側で、メガネを吊り上げて邪悪な笑みを見せるハルナ。ハルナは状助の態度を見て、もしやと勘ぐっていたのである。確かにアスナは冷静であり、特に状助へ何らかの感情を抱いているようには見えない。アスナの言うとおり、ただの友人なのだろうと今現在ではハルナもそう思わざるを得なかった。

 

 しかし、状助はあの程度の質問で随分テンパっていた。まあ、思春期の男子なのだから、目の前の子が好きかと聞かれればああもなるかもしれないだろう。ただ、それを差し引いても、ハルナには何かを感じていたようだ。そう、これは多分ラブ臭だと。故に、今度会ったらもう一度質問してみようかと、悪巧みを考えていたのであった。

 

 まあ、そのハルナの考えが正解なのかは状助にしかわからないことだろう……。

 

 

 

 



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百十六話 仲直り

 さて、夏の日差しと輝く海から帰ってきた一同は、いつもどおりエヴァンジェリンの別荘で修行にいそしんでいた。そこは多くの木々に彩られた広い森林地帯で、大きな河と滝がその森を割るようにして覗いていた。そして、アスナと刹那はその別荘内にて、模擬戦を行っていた。

 

 

「ハァッ!」

 

「フッ!」

 

 

 刹那はこの前木乃香との仮契約により手に入れたアーティファクト、建御雷を用いてアスナへ応戦していた。と言うのも、刹那はこのアーティファクトを使いこなすためには、木乃香との連携が必要だった。ゆえに、その連携もかねてアスナに模擬戦を行ってほしいと頼んだのである。

 

 ただ、実際連携と言っても、木乃香が刹那の建御雷へ送る魔力の量などを、調整したりすると言うものでしかないのだが。それでも魔力と気は反発しあう性質があるので、どうしても訓練が必要だったのだ。

 

 また、アスナも刹那のアーティファクトの試し切りと言うことで、ハマノツルギではなくメトゥーナトが残した彼の愛用の剣を用いて戦っていた。何せハマノツルギは魔法なら何でも無効化でき、アーティファクトも例外ではなく、豆腐のように切り刻んでしまうからだ。

 

 それにアスナは、メトゥーナトの剣を一度使ってみたいと思っていた。ハマノツルギはその特性上、気を用いた攻撃を使うのに向いていないからだ。気や魔力などを用いた自己の能力強化などは例外ではあるものの、刀身にそれらを付与して飛ばすという技が使えないのだ。その悩みを解決するには他の武器を用いる以外なかったので、アスナはこの剣を体になじませようと、それを使って修行をしたかったのである。

 

 

「これでっ!」

 

「甘い!」

 

 

 刹那はその白い翼を用いて空中へと舞い上がり、アスナを牽制。アスナも優雅に空を舞う刹那を虚空瞬動を用いて飛び跳ねるように追い、刹那の背中を捉えていた。

 

 そして、アスナに追いつかれたと感じた刹那は、そこで普段使う剣と同じ程度の大きさにした建御雷を、振り向きざまに横に振るった。また、同じタイミングでメトゥーナト愛用の剣を縦に振り下ろすアスナ。その両者の剣が衝突し、鋭い音ともに火花を散らしていた。

 

 

「……やるッ!」

 

「……クッ……!」

 

 

 すさまじい剣と剣とのつばぜり合い。両者とも一歩も引かず、力比べをするように剣と剣が衝突していた。しかし、その時間もわずか数秒のことだ。お互いに埒が明かないと感じたのか、二人はすぐさま後方へと飛び下がった。

 

 

「”光の剣”!」

 

「”斬空閃”!!」

 

 

 両者とも離れた位置へと移動したその瞬間、お互いに向かって必殺の技が放たれた。アスナはその咸卦の気を用いて強化した身体能力をフルに使いつつも、威力を抑えた光の剣で刹那を撃ち落さんと刀身からそれを放った。

 

 だが、刹那も負けてはいない。アスナが技を放ったと同時に、刹那も神鳴流の奥義を解き放った。その二つの技が衝突すると、互いに対消滅を起こしその場で爆発。その爆発の煙で視界が塞がるも、二人はその煙の中ですでに剣を交えていた。

 

 

「トァッ!」

 

「ハッ!」

 

 

 そこで刹那は建御雷で抑えていたアスナの剣を受け流し、その背後へととっさに移動。さらにアスナの背中を目掛け、縦に建御雷を振り下ろし切り伏せた。

 

 

「っ!」

 

「なっ……!」

 

 

 アスナもマズイと判断し虚空瞬動を使い横へ跳ね、煙の外へと飛び出しそのまま落下。刹那は煙の視界で一瞬アスナを見失ってしまい、すぐさま自らの体を回転させ、翼を用いて煙を吹き払った。しかし、煙を払った時にはすでにアスナは近くにおらず、すでに下にある河の水面近くまで降りていた。

 

 

「ハアァァッ!」

 

 

 アスナは河の水面付近まで降り立つと、そこから上空の刹那目掛けて再び光の剣を連続で撃ち放った。だが、アスナには空中で静止し、両足で踏ん張るような”足場”を作る技術はない。そのため水面ギリギリの位置で虚空瞬動を何度も使い、その場に踊るような動きで滞空しつつ、光の剣を刹那へ向けて放っていたのだ。

 

 さらに、体をひねりながらと言うのに、光の剣は完全に標準が刹那を取られていた。なんということだろうか、アスナはいかなる体制で光の剣を放とうとも、決してあらぬ方向ではなく確実に刹那目掛けてそれを飛ばしていた。

 

 何度も何度も剣を振り回し、光の剣を飛ばすアスナ。普通に見れば下手な鉄砲数撃ちゃ当たると言うような戦法でもあるだろう。ただ、どの道刹那には飛び道具の類は効かない。何せ神鳴流には飛び道具を無効にするほどの技術が存在するからだ。アスナもそのことを理解しているので、所詮はただの牽制、当たれば運がよかった程度の攻撃でしかないのだ。

 

 

 例えるならば暴風か、その荒れ狂う嵐のごとく、飛び交う無数の光の刃が刹那へと迫るが、刹那は当然冷静そのもの。その刃の中を潜り抜けるように飛び回りながら、徐々にアスナとの距離を縮めていったのである。

 

 

「神鳴流奥義! ”斬鉄閃”!」

 

「”護光刃”!」

 

 

 全ての光の刃をすり抜けた刹那は、すでにアスナの目の前まで攻め込んでいた。その飛翔は例えるならば谷間を流れる烈風のごとく、荒々しくも繊細な動きだった。流石は翼を使って飛行しているだけはある。そして、刹那はアスナの頭上まで来ると、すぐさま奥義を解き放ち建御雷を振り下ろす。それは鉄をも切り裂く必殺剣、斬鉄閃だ。

 

 また、アスナも棒立ちではない。当然応戦の構えを見せていた。アスナはその攻撃を見た瞬間に、剣に光の剣を纏わせて刹那目掛けて振り上げた。これもアスナが開発した新必殺技、その名も護光刃。

 

 光の剣を飛ばすのではなく剣自体に帯びさせることで、剣の切れ味と防御力を格段に上昇させることが出来るのだ。それは気での武器強化を軽々上回る性能であり、そこに咸卦の気が加わることでさらに威力があがると言うとんでもない技だった。

 

 

「ウッ……クッ……!」

 

「……ッ!」

 

 

 またしても両者の技が衝突し、言葉では言い表せぬほどの衝撃と振動が二人を襲う。その衝撃は水面にも伝わり、まるで水面が爆発したかのような水しぶきが、二人を囲うように発生していた。どちらも今のは本気の一撃だった。だが、どちらの攻撃も拮抗し、完全に相打ちとなっていたのである。

 

 ……その後二人は何度か剣を打ち合いながら別荘の建物へと戻ると、満足したのか武器を収めそっと握手を交わしていた。

 

 

「また腕をあげましたね……、アスナさん」

 

「そっちもね! 刹那さん!」

 

 

 二人は笑顔お互いの健闘を称えあった。どんどん新しい技を開発し、借りた剣を使いこなし始めているアスナを、刹那は素直に強くなったと感心していた。アスナも同じように、さらに剣戟の鋭さを増す刹那に感服していたのだ。

 

 

「なにここ……」

 

 

 今のアスナと刹那のとてつもない戦いを見たアーニャは、一体ここは何なんだろうと思いながら、ポカンとした顔を見せていた。普段の別荘では日常茶飯事に行われているこの戦いですら、アーニャには超人対戦にしか見えなかったのだ。

 

 

「二人ともすごいですね……」

 

「ホンマ、アスナもせっちゃんも強ーなっとるなー」

 

 

 しかし、それでもあの二人はとてつもなく強い。ゆえに、その戦いも激しさを増す一方だ。だからなのか、普段から見慣れているはずのネギも木乃香も、二人の強さに驚くばかりであった。

 

 

「んー、まだまだよ」

 

「はい、目指す先はさらなる高みです」

 

「え? あれで……?」

 

 

 それでもアスナはこの程度ではまだまだだと、自分の強さに満足してはいなかった。刹那も同じ考えであり、当然未だ極みには達していないと、静かに口を開いたのだ。アーニャはそんな二人の謙虚な言葉に、あれで十分すぎるほどだと言うのにさらに強くなりたいのかと思い、嘘でしょ? という顔をしていた。

 

 

「そういえばネギ先生も修行してるんだっけ?」

 

「はい、一応は……」

 

「えっ!?」

 

 

 また、そこでアスナはネギも同じように戦闘の訓練をしていることを思い出し、それをネギに尋ねた。ネギも確かに魔法での戦闘訓練を行っていることを思い出し、一応と言いつつもその質問を肯定していた。それを聞いたアーニャは、まさかネギまでこのようなことをしているのかと勘違いしたのか、驚いた顔でネギの方を向いたのだ。

 

 

「ね、ネギもあれぐらい強くなったの?!」

 

「僕は流石にあそこまで強くないよ……」

 

「そっ、そうよね!? 当然よね!?」

 

 

 まさか、いやそんなまさか……。ネギもあの二人のようなとんでもバトルが出来るようになってしまったのかと考えたアーニャは、恐る恐るそれをネギに聞いてみた。とは言えネギも修行はしているが、あんな異次元な戦闘が出来るほど強くなっていない。

 

 ()()でのネギは魔法戦士を選ばずに、ひたすら魔法使いとしての強さを求めた。それは師匠であるギガントの”父親のようにはなれない”という言葉が大きな要因だった。ただ、それ以外にもギガントの魔法使いとして完成された、”魔法使い単独での強さ”と言うのにあこがれた部分もあった。

 

 魔法使いは基本的にパートナーを壁とし、詠唱時間を稼いでもらいつつ後方支援を行う戦闘スタイルが一般的だ。しかし、ギガントは無詠唱や高速詠唱にて即座に魔法を撃ち、強力な防御や魔法障壁で相手の攻撃を防ぐ、まさに”要塞”のような戦闘スタイルだった。それを間近で見たり教わったネギは、そんな戦い方にあこがれたのである。

 

 それでも、その戦い方が出来るほどまだ強くないと思っているネギは、あの二人ほどの実力はないと考えていた。だからネギは、あんなにすごい訳ではないと、アーニャへ言い聞かせるように言葉にしていた。アーニャも、そりゃ当然あのボケネギがあんなに化け物なはずがないと、焦りながらも納得の言葉を述べたのだ。

 

 

「とりあえず休憩にしましょう」

 

「そうね。流石に私も疲れたわー」

 

「そやなー。ウチも疲れだけは治せへんしね」

 

 

 まあ、そんなことよりも疲れた体を癒す方が先だと、刹那は休憩を提案した。アスナも左手を右肩に沿え、右手をぐるぐる回しながら、確かに疲れたと言葉にしていた。あのような戦闘を模擬とは言え行っていれば、疲れないはずがないだろう。また、木乃香も疲れだけは治療出来ないと話して、休むことを勧めていた。

 

 

「なんであの二人はあんなに強いのよ!? 日本の人はみんなあーなの!?」

 

「違うと思うけど……」

 

 

 と言うか、どうしてアスナと刹那はあれほどまでに強いのか。一体何なのだろうか、日本人は誰もがあのようなカラテ、チャドーなどのスゴイジツを使えるのだろうか。ニンジャ、ゲイシャ、サムライは存在したのか……。アーニャはそのことに疑問を感じ、この国は何かおかしいとさえ思い始めていたのだった。

 

 いや、そんなことはない。確かに麻帆良は日本の中でもずば抜けているとは思うが、日本人がみんなあの二人レベルなはずがない。ネギは当然そう思い、違うと否定の言葉を述べていた。まあ、アスナは実際には日本人ではないのだが。

 

 

「あっちもすごいわね……」

 

「流石あの二人ですね……」

 

「なにこの超人集団……」

 

 

 また、アスナがチラリと横を見れば、楓と古菲も模擬戦をしているではないか。どちらも本気で戦っており、アスナたちの修行同様、すさまじい攻防が繰り広げられていた。

 

 なんとまあ、いつ見てもすさまじい戦いだろうか。アスナも見慣れてはいるが、確かにすごいと言わざるを得なかった。刹那も二人を高く評価しており、なんと言う強さなのだろうかと呆けながらに思っていた。アーニャはここにいる人たちが尋常ではないと感じ、超人の集まりなのではないとさえも思い始めていたのだった。

 

 

「ウチやって、そこそこやるんやけどなー?」

 

「そうですよー! このかさんも十分すごいんですから!」

 

「キャッ! いきなり誰か出てきた!?」

 

 

 しかし、その会話で思うことがあった木乃香は自分だってみんなと同じぐらい戦えると、微笑みながら言葉にした。さらにそこでさよも現われ、木乃香が非常に強いことを強く訴えかけたのだ。ただ、突然幽霊のさよにアーニャはかなり驚いた。いきなり幽霊が現れて話しかけられるなど、体験したことのないことだったからだ。

 

 

「あー、この子はさよや。幽霊さんやえー」

 

「よろしくお願いしますー。あっ、友達になってくれると嬉しいですー」

 

「幽霊とかはじめて見た……」

 

 

 突然のさよの登場に驚くアーニャを見て、そっと安心させるように木乃香はさよのことを紹介した。さよも頭を下げて挨拶し、自分と友達になってほしいなー、とアーニャへ笑顔で声をかけた。それでもアーニャは幽霊というインパクトのせいか、初めて幽霊を見たせいか、未だ驚いた表情で珍しいものを見る目でさよを眺めていた。

 

 

「まあ、このかも覇王さんに鍛えられてるんだから当然よね」

 

「そーやでー! せやからアスナだけやのーて、せっちゃんとも修行したいんやけどなー?」

 

「いっ、いえ! 流石にそれは恐れ多いといいますか……」

 

 

 アスナは木乃香の今の発言を聞いて、確かに覇王に鍛えてもらった木乃香はかなりの実力者であることに間違いないと言葉にした。あの覇王の弟子であり覇王の全てを叩き込まれた木乃香は、ハッキリ言えばシャーマンとして上位に入るほどの実力の持ち主だ。アスナはたまに木乃香とも修行として模擬戦をするので、それが実感として理解できた。

 

 木乃香もアスナにそう言われて褒められたと思い明るい笑顔を見せながらも、刹那も一緒に修行してほしいと、その刹那に肩を寄り添いながら話すのだ。しかし、やはり刹那は踏ん切りがつかないと言うか、守護対象である木乃香と戦うのは気がひけると思っていた。ゆえに、刹那は木乃香の行動に焦りながらも、それは出来ないと申し訳なさそうに断るのだった。

 

 

「オバァーッ!」

 

「ギャーッ!」

 

「あっ、また落ちてきた」

 

 

 そこへなんとカギのヤツが、ボロボロになりながら落下してきた。さらに地面にたたきつけられたカギは、謎の断末魔を叫びながらそこに倒れ伏せてた。アーニャはまたしても突然のことに身をかわしながら、女の子らしからぬ絶叫を上げたのだ。だが、アスナや他の人たちは完全に慣れた様子であり、また落ちてきた、程度の感想しかなかったようだ。

 

 

「イテェ! なんちゅー攻撃だ!」

 

「申し訳ありませんカギ先生。マスターの命令ですので……」

 

「んなこたぁわかってんだよ!」

 

 

 カギはゆっくりと体を起こし立ち上がると、空の方を向いて今の攻撃を思い返していた。また、カギが見上げた場所には黒のメイド服姿の茶々丸が、空中で仁王立ちするかのような姿勢で待機しており、カギは今回茶々丸と戦っていたことが伺え知れた。

 

 しかも、茶々丸はエヴァンジェリンの魔法により全体的な防御力をかなり上昇(ドレスアップ)させられており、魔法の射手程度ではダメージにならないほどの硬さだ。それに加えて防御の装備としてプロテクトシェードを持つ茶々丸は、城壁レベルの堅塁さを得た状況だった。まあ、そのぐらいやらないとカギの修行の相手は務まらないと考えられての強化なのだが。

 

 そして、茶々丸はエヴァンジェリンの命令ではあるものの、カギをボロボロにしたことについて詫びていた。ただ、そう頼み込んだのはカギ自身なので、それは全て理解していた。なので、謝る必要などないと言う顔で、わかっていると叫んでいたのだ。

 

 

「しかし、最近やたら強くなってきてねぇか!?」

 

「どうでしょうか……。私にはよくわかりません」

 

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

 

 

 カギはふと、茶々丸が最近パワーアップしていると思い、それを本人に聞いてみた。しかし、茶々丸はそのあたりのことをさほど理解していない様子で、わからないとすまなそうな顔で言葉にするだけだった。そんな茶々丸にカギは、嘘をつくなと言うことを、少しおちゃらけた感じで言葉にするのだった。

 

 

「げっ、カギ」

 

「アーニャか……。はぁ~、わりぃが今はオメェの相手してる暇ねぇんだ」

 

「何よ! その言い草!」

 

 

 だが、アーニャは落下してきた物体をカギと理解すると、非常に嫌な顔をして一歩後ずさりをしていた。そんな態度のアーニャにカギは、ため息をつきながら、話している暇はないと悩んだ様子で話した。アーニャはそのカギの態度と物言いが気に入らなかったのか、突然怒り出して叫んだのだ。

 

 

「後でたっぷり相手してやっから、今はあっちが先客だ!」

 

「別に必要ないけど……」

 

「あっそう! んじゃ邪魔したなぁ! トワァッ!!」

 

 

 まあ文句を言うなり蔑むなりするのは自由だが、それは後で聞いてやると、カギはアーニャへ言い放った。アーニャはそんなカギに、別にそんな時間すらも不要だと切り捨てたのである。それならそれで問題ねぇや、もはやカギはそう思い、邪魔したことを詫びるとすぐさま空へと飛び上がっていった。そして、カギは再び茶々丸と戦闘に入り、今度はここに落下せぬよう、遠くへ移動して言ったのである。

 

 

「……あのエロカギ、あんなに強いなんて……」

 

「兄さんはハッキリ言って、僕よりも数段強いと思うよ」

 

「むぅ……」

 

 

 アーニャは茶々丸の攻撃を防ぎつつ遠くへ離れていくカギを見て、どうしてあんなに強くなっているのだと、ぽつりと嘆いた。それを聞いたネギは、カギの戦闘能力は自分なんかよりもずっと上だと、アーニャへ話したのである。アーニャそのネギの言葉に驚きはせずに、むしろ少しふて腐れた顔をしていた。

 

 何せカギの強さは今しがた自分の目で確認済みであり、否定することが出来なかったからだ。それでもやはり、あのカギが自分やネギより強いと言うことが、納得できないのもアーニャだ。正直言えばあのどうしようもなく馬鹿でスケベなカギに負けているということが、アーニャにとって悔しくて気に入らないのである。

 

 

「ネギ君ー! ちょっと聞きたいことがあるんだけどー」

 

「あ、はーい!」

 

 

 と、そんなところで、ネギはハルナに呼ばれていた。ハルナはネギにアーティファクトのもっとうまい使い方がないかと考え、それを質問するために呼んだようだ。ネギは手を振って叫ぶハルナに、大きな声で返事を返した。

 

 

「僕、ハルナさんに呼ばれたからちょっと行って来るね」

 

「しょうがないわねー、いってらっしゃい」

 

「それじゃあ後でね!」

 

 

 ネギはハルナに呼ばれたので、そちらの様子を見に行くことをアーニャへ伝えた。アーニャも呼ばれてしまったのなら仕方がないとそう思い、いってらっしゃいと少し不満そうな感じで言葉に出した。するとネギはまた後でと元気に述べて手を振ると、そのままハルナの方へと走っていった。

 

 

「何よ……、ネギのヤツ、なかなかの人気ぶりじゃない……」

 

「焼いてるん?」

 

「はぁ!? だっ、誰がそんな……」

 

 

 アーニャは走って去っていくネギを見ながら腕を組み、頼られてるんだと思いつつ少しやきもちを焼いていた。そこへ木乃香が腰を低く下げて、むくれたアーニャに話しかけ、モテモテのネギを見て焼いているのかと尋ねたのだ。しかし、やはりアーニャは素直ではないので、慌てながらにそんなことはないと、顔を真っ赤に染めつつも否定するのであった。

 

 

「まあ、私たちはちょっと休むけど、アーニャちゃんはどうする?」

 

「んー、もう少しここにいます」

 

「そ、じゃあ私たちは失礼するわね」

 

 

 アスナがそこで、自分たちは少し休憩するけどアーニャは一緒に来るかここに残るかどうするのかと、本人に聞いてみた。アーニャはその問いにスッっと、もう少しここに居ることにすると丁寧に答えた。ならば自分たちは先に休憩させてもらうとアスナは考え、ニコリと笑って失礼すると言葉にし、そのまま休憩所へ歩き出した。

 

 

「あまり変なところへ行かないようにしてくださいね……。修行場でもあるので危険な場所もあるので」

 

「わかりましたー」

 

「ほな、またなー」

 

 

 また、刹那はこの別荘が修行に適した環境に整えられた場所もあるので、危険な部分もあるとアーニャへ説明し、注意をした。何せこの別荘は雪山や砂漠、ジャングルなどの多彩な環境が用意されているのだ。そういう場所へ間違えて足を踏み入れてしまったら、危ないと刹那は思ったのだ。アーニャもその刹那の忠告をしっかり聞き入れ、笑みを浮かべて頷き理解したことを言葉にした。

 

 そして、刹那もそれを聞いて安心したのか、アスナの後を追うように歩き出した。さらにその後ろを追う形で木乃香が歩き出し、振り向き様にアーニャへまた後でと手を振って去っていったのだった。

 

 

「……なんでみんな、こんなにすごいのよ……」

 

 

 そして、一人になったアーニャは、周りの超人ぶりを思い返し、何でこんなにすごいのだろうかと独り言を言葉にしていた。明らかにただの中学生とは思えない強さに、修練によって培われた技術がそこにあった。魔法学校でさえもこんなことは教えられないと言うのに、何故ここの人たちはあれほどの強さを見につけたのかと、疑問に思ったのである。

 

 

「それは誰もが目標を持って、よき師の下で研鑽を積んでいるからです」

 

「ユエ? それとノドカ」

 

 

 そこへそっと現れ、アーニャの後ろから話しかけたのは夕映だった。また、その後ろにはのどかもおり、そっとアーニャへ手を振っていた。アーニャも話しかけられたことに気がつき、とっさに振り向き誰が話しかけてきたかを確認し、その名を口にした。

 

 

「どういうこと? お師様はもう帰っちゃったんでしょう?」

 

「はい。ですから師匠が今の師と呼ぶべき人に、私たちを託してくれたのです」

 

「そう……。ところでそのお師様の代わりって誰?」

 

 

 アーニャは夕映が言う”よき師”という言葉に大きな反応を見せた。夕映や自分の師匠であるギガントは、すでにこの地を去っていることをアーニャはネギから聞かされ知っていた。なので、一体誰がその夕映が言う”よき師”なのだろうかと疑問に感じたのである。

 

 それを夕映へとアーニャが尋ねれば、アーニャもしっかりそれを答えた。師匠であるギガントがこの地を去る際に、自分たちを今の師とも言えるであろうある人に、託してくれたのだと説明したのだ。その説明を聞いたアーニャは納得した様子を見せながらも、その今の師が誰なのだろうかと言う新たな疑問を再び夕映へと尋ねた。

 

 

「この城の主である、エヴァンジェリンさんという人です」

 

「え? え? エヴァンジェリン……?」

 

「ええ、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルです」

 

 

 夕映はそれも当然のように答えた。何を隠そう、いや隠してないが、この(べっそう)の主でもある、エヴァンジェリンと言う人物が今の師であると、夕映は説明した。

 

 その名を聞いたアーニャは、聞き間違えたような様子を見せ、目を見開いて聞き返すようにエヴァンジェリンの名を言葉にした。そこで夕映はもう一度、フルネームでその名を呼んだ。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、ギガントが自分を託したすばらしき師であると。

 

 

「魔法世界にて、治癒の魔法ならばこの治癒師以上のものはいないと謳われた、あの……?」

 

「そうです、”金の教授”、”純潔の治癒師”、”治癒魔法の母”、”童女の賢者”などの異名を持つ、あのエヴァンジェリンさんです。ご存知で?」

 

 

 アーニャはその名を聞いて、最初に思いついたのは名高き治癒師だ。ただ、治癒師としてならばこれ以上の治癒師は存在しない、そう噂されるほどの人物、そのエヴァンジェリンが、まさかこんなところに居るなどとは思わなかった。なので、本当にその人なのかと夕映へ恐る恐る尋ねれば、そうですと肯定する言葉が返ってきた。

 

 夕映はさらにエヴァンジェリンが持つ異名を並べていった。金髪から連想された金の教授。幼き姿から穢れを知らぬと思われ呼ばれた純潔の治癒師。

 

 治癒魔法の発展の貢献を称えられ付けられた治癒魔法の母。そして、治癒魔法以外にも数々の魔法を操る幼き少女としての名、童女の賢者。それ以外にも数多くの異名を持つがとりあえずはそれらを並べ、その名で呼ばれたエヴァンジェリンであることを夕映はアーニャへ話し、このエヴァンジェリンを知ってるのかと尋ねたのだ。

 

 

「とっ……」

 

「と?」

 

 

 するとアーニャはプルプルと体を震わせはじめ、と……、とだけ小さく述べはじめた。何が言いたいのかわからなかった夕映は、と、の意味することとは何かと、アーニャに聞いたのである。

 

 

「とっ! 当然知ってます! 治癒魔法を革命的に進展させた偉人でしょう!? なっ……、なっ……、何でそんな人がこんなところに!?」

 

「まあ……、そのあたりは色々と訳有りだそうです……」

 

 

 アーニャはその後、突如として大声でエヴァンジェリンのことを知っていると叫んだのだ。何せエヴァンジェリンはかなり有名な人物。魔法世界にて知らないものはいないとされるほど、その名を世に広めていた。魔法世界のことはあまりわからないアーニャも例外ではなく、あの治癒魔法を革命させた大魔法使いエヴァンジェリンを知らぬはずがないと大げさに声に出していた。

 

 しかし、アーニャはさらに疑問に思った。そんなすごい有名人が、この麻帆良にどうして居るのだろうということだ。ただ、夕映もその理由を知らなかった。エヴァンジェリンからは”ちょっとした用”程度にしか語られていないので、訳有なんだな、とは思っていたが、どんな理由でここにいるかまでは知らされてはいなかったのだ。

 

 

「……ふん、そう褒めるな。体がむずがゆくて仕方がない」

 

「あ、エヴァンジェリンさん」

 

「どうもー」

 

 

 と、そんな話をしているところへ、その本人が現れた。白い白衣を纏った幼い見た目の少女、エヴァンジェリンだ。何やら二人が恥ずかしい異名を並べられた上に、やたらに持ち上げるような言い方で自分を語っていたことに、エヴァンジェリンは気恥ずかしさから体が痒くなると言って、その恥ずかしさを紛らわすように不機嫌な態度を見せていた。

 

 夕映もエヴァンジェリンの登場には少し驚いたが、別に悪口を言っていた訳ではないので、特に気にする様子を見せはしなかった。また、のどかはエヴァンジェリンへ、やわらかな態度で挨拶していた。

 

 

「こっ、この人がエヴァンジェリン……様……?」

 

「”様”はやめてくれないか。”さん”で充分だ」

 

「あ、はい」

 

 

 しかし、突然目の前にあの有名なエヴァンジェリンが現れたのを見たアーニャは、口をパクパクさせて体をカチコチに固めドキドキしながら、様をつけてエヴァンジェリンの名を呼んだ。治癒師として名高く気高いエヴァンジェリンが目の前にいる、そう考えただけでアーニャは頭がふっとーしそうになっており、かなり緊張していたのだ。

 

 ただ、やはりエヴァンジェリンは”様”をつけられて呼ばれるのにも抵抗を感じていた。なので、アーニャにも静かに”さん”で呼んで欲しいと頼んでいた。アーニャはそうエヴァンジェリンに言われ、素直にはいと答えた。むしろ、それ以上何も言えなかったのである。

 

 

「あっ、あの……」

 

「ん?」

 

 

 だが、アーニャは少し慣れたのか緊張しつつもエヴァンジェリンへとぎこちない様子で話しかけた。一体なんだろうかとエヴァンジェリンは思い、頭にクエッションマークを浮かべ、アーニャが次に出す言葉を待っていた。

 

 

「そのっ、後でサインください!」

 

「はぁ……、わかった、後でやろう」

 

「あっ、ありがとうございますっ!」

 

 

 アーニャはそのっ、と言葉を溜めた後、声を大きくしてサインがほしいと言い出した。エヴァンジェリンはそれを聞いて、下を向いてやれやれと言う顔でため息を大きく付いた後、そのぐらいくれてやると困った様子で言葉にしていた。とりあえずサインをくれると約束してくれたことに、アーニャは感激しながら大きく頭を下げて感謝の言葉を述べたのだ。

 

 

「人気ですね……」

 

「まあな、昔から一定のファンもいるぐらいだからな……」

 

「ファンもいるのですか……」

 

 

 なんと初見のアーニャにさえサインをねだられているエヴァンジェリンを見ていた夕映は、人気者だと悟り目を細めてそれを言葉にしていた。そんな夕映にエヴァンジェリンもいつもどおりしれっとした態度で、昔からファンがいると話したのだ。まさかファンまでいるなどとは、夕映もそこまでは考えてなかったようで、ここでようやくエヴァンジェリンの人気ぶりを確認したようであった。

 

 

「……しかし、奴らの成長速度はおかしいな」

 

「彼女たちですか」

 

 

 そんなことは置いておくとして、エヴァンジェリンは話題を変えるように、この別荘で修行しているものたちの成長速度の速さを語りだした。夕映もそれを聞いて、アスナたちのことだとすぐに理解したようだ。

 

 

「確かにみんなすんごく強くなってますね」

 

「ですが、これもエヴァンジェリンさんのアドバイスのおかげでは?」

 

「ふん、あの程度であれほど成長するなら、奴らが才能の塊だった証拠だ」

 

 

 のどかも夕映と同じように思ったようで、誰もがかなり強くなっているのを遠くから見ても、実感出来ると言葉にしていた。しかし、それも全てはエヴァンジェリンの指導のおかげではないかと、夕映が率直な意見を述べたのだ。それでもエヴァンジェリンは、自分の指導だけであれほどまでに伸びるならば、それは才能があったからだと静かに語った。

 

 

「それに、貴様らも他人事ではないがな」

 

「そっ、そうですか……?」

 

「どうなんでしょう……」

 

「フッ、気がついていないのか。まあ、才能におぼれるよりはましだがな」

 

 

 だが、その才能の塊、いわゆる天才とやらは彼女らだけではなく、目の前にいる夕映とのどかも該当するとエヴァンジェリンは話した。のどかも夕映もそうエヴァンジェリンに言われ、どうなんだろうかと動揺しながら悩む様子を見せていた。エヴァンジェリンはそんな謙虚な態度の二人を見て、静かに笑いつつ気が付かないならそれでもよし、才能を自覚して天狗になるよりずっといいと口に出していた。

 

 そもこの二人も最初はただの一般人だった。それが数ヶ月で多種多様な魔法を使えるようになっているのならば、凡人とは言えぬであろう。確かにギガントの指導がよかったのかもしれないが、それでも短期間でここまで上達できているのなら、やはり才能がないなどと言うのはありえないと、エヴァンジェリンは考えていたのだ。

 

 

「サインなら後で渡そう、ゆっくりしていくがいい」

 

「はっ、はいっ!」

 

「では、また後でな」

 

 

 それはそれとして、エヴァンジェリンもずっとこうしている訳にはいかない。色々と修行している連中の様子を見てまわり、弱点や悪い部分を指摘してやらねばならないからだ。それだけではなく、あの千雨も必死で魔法を修行している。あの娘にも色々と教えたいエヴァンジェリンは、ここでずっと語らってはいられないのだ。

 

 だからエヴァンジェリンはもうここを去ろうと考え、アーニャへサインを後で渡すことを話しこの別荘でくつろいでいてくれと話した。アーニャもエヴァンジェリンがサインを約束してくれたことを嬉しく思い、明るい笑顔でとてもいい返事を返していた。そして、エヴァンジェリンもまた後でと言葉にし、ゆっくりと別の場所へと歩いていったのであった。

 

 

「あー緊張したー。まさかあれほどの有名人にこんなところで出会えるなんて……」

 

「話には聞いていましたが、そんなにすごい有名な方だったとは……」

 

「有名とは聞いてたけど、実感なかったしね……」

 

 

 いやはや、あの超が付くほどの有名人が目の前に現れるとは、アーニャはそう思いながら緊張したと言葉にしていた。それを聞いた夕映は、エヴァンジェリンがかなりの有名人だとはある程度本人から聞いてして知っていたが、自分の予想以上だったとはと話した。

 

 のどかも同じ気持ちだったようで、エヴァンジェリンが有名人だとは知っていたけど、自分たちは知らなかったし近くにいたせいかそれが実感出来なかったと述べた。

 

 

「そりゃ、魔法使いじゃ知らない人はほとんどいませんから」

 

「へぇー、そんなにすごい人だったんだ」

 

「確かに、治癒魔法を発展させたという偉業を考えれば当然ですね」

 

 

 アーニャはそんな二人に、エヴァンジェリンの有名さを語った。魔法使いでは知らない人はほとんどいないほどの有名ぶりだと。……とは言うものの、ネギはエヴァンジェリンに会うまで、そのことを知らなかっただが。

 

 のどかは力説するアーニャを見て、そこまですごい人だったとはと言葉にして感心していた。また、夕映は新たな治療の魔法を開発するなどして治癒魔法を発展させてきたのならば、そのぐらい有名でも納得がいくと、頷いていたのだった。

 

 

「しかし、流石はお師様ね。あんなすごい人とも知り合いだったなんて!」

 

「そういえば師匠は顔が広そうでしたね……」

 

「うん、学園長先生とも顔見知りみたいな感じだったよね」

 

 

 いやはや、そんな偉人を知人に持つ師匠は本当にすごい人だ、アーニャはそこを考えて笑いながらそれを口にしていた。そう言われれば確かにギガントの顔が広いのかもしれないと、夕映もそのアーニャの言葉に同意した。のどかもギガントが学園長と親しそうに話しているのを見ていたので、そのことを不思議そうに話していた。

 

 

「お師様ってもしかして有名な方だったりするのかなー……?」

 

「詳しく調べたことがないのでわかりませんが、可能性はあるかと」

 

 

 アーニャはもしやギガントは自分たちが知らないだけでかなりの有名人なのではないかと、ふと疑問に思ったようだ。夕映もそのことについては調べてなかったと話しながらも、否定は出来ないと頷いていた。

 

 

「にしても、うらやましい……。お師様だけでなく、あんなすごい人に教えてもらえて……」

 

「……アーニャちゃんもみんなのように強くなりたいの?」

 

 

 ただ、アーニャはそれ以上に、夕映やのどかなどの今の環境がとても羨ましいと思った。師匠であるギガントもすばらしい師であったし、それ以外にもあのエヴァンジェリンからも教えを受けられている。こんな誰もが羨むような状況に、アーニャは少し嫉妬したのだ。

 

 のどかはそんな暗い顔をするアーニャが、周りの人たちみたいに強くなりたいのだろうかと思ってそれを聞いてみた。先ほどからアーニャは、みんなの強さを気にしている様子だった。もしかしたら魔法使いとして強くなりたいのかも、そうのどかは考えたのだ。

 

 

「そうじゃないけど……、とにかくネギに抜かされるのが嫌なんです……」

 

「アーニャちゃんはネギ先生より年上でしたね。だからそう思ってしまうんでしょうか」

 

 

 だが、アーニャは決して強くなりたいという訳ではなかった。それでもネギに抜かされるのだけは、どうにも我慢できないとアーニャは小さく言葉にしていた。夕映はアーニャがネギよりも一つ年上だということをふと思い出した。だから夕映は、アーニャは自分よりも年下のネギに追い越されるのが嫌なのだろうと、そう察してそれを話したのである。

 

 

「まあね……。でもそれだけじゃない……、私もお師様みたいにすごい魔法使いになって、困ってる人たちを助けたいもの」

 

「その気持ちはわかるかな……。師匠さんの口癖みたいなものだったしね」

 

「そうだけど、そうじゃなくて……。むーっ! とにかくお師様ぐらいすごい魔法使いになりたいんです!」

 

 

 アーニャは、年上だからこそネギに抜かされたくないと言う夕映の言葉を否定はせず、そうかもしらないと言う感じで返した。しかし、アーニャが二人を羨む理由は他にもあった。アーニャはギガントの弟子として、色んな治癒魔法を教えてもらった。

 

 ならばもっともっと魔法の修行をして、多くの人を助けられるようになりたい、そう思うようになっていた。それゆえアーニャは、もっと魔法の修行をして、いつかはギガントのような多くの困った人を救う魔法使いになりたいと夢見ていたのだ。

 

 そんなアーニャの目標に、のどかもわかるところもあると話した。何せ人の為に役に立つような魔法使いになりなさいと、ギガントから夕映やのどかもよく言われていたことだ。むしろ口癖と呼べるほどに、ギガントは魔法使いとしての正しき姿を二人に話していたのである。

 

 ただ、アーニャはそれもあるけどそれ以外にも理由があるという様子で、どうそれを口にしていいか悩んだ様子を見せていた。アーニャはギガントに両親や村の人たちを石化から助けてもらったことに、とても感謝していた。ギガントはアーニャやネギの努力あってのことだと思っているが、ネギもアーニャもギガントのおかげだと思っているのだ。それでアーニャは、ギガントがよく言葉にしていたからと言うだけで、それを目指した訳ではないと思ったのである。

 

 

「……アーニャちゃんは随分師匠に入れ込んでいるようですが、何か理由があるのですか?」

 

「そ、それは……」

 

 

 そこで夕映はアーニャがギガントをかなり尊敬していることに気がついた。いや、夕映も当然ギガントのことを尊敬している。魔法使いになることを条件付で許してくれたし、学園長と交渉して魔法の修行の許可を取ってくれた。その後の面倒もしっかり見てくれた。それだけでも十分尊敬できると夕映は思っていたのだ。

 

 だが、アーニャの場合は自分たちよりもギガントを尊敬し入れ込んでいるように、夕映は思えた。と言うことは、自分たちよりももっと深い事情があって、それでそうなったのではないだろうかと考えたのだ。だから夕映はその部分についてアーニャに尋ねれば、アーニャは口ごもって話すか話すまいか悩んだ様子を見せたのである。

 

 

「……んー、ちょっと長い話になるけど、聞いてくれます?」

 

「大丈夫ですよ」

 

「うん」

 

 

 アーニャは悩んだ末に自分がギガントに憧れるその理由について、語ろうと思った。しかし、それを話すには、まず話しておかなければならないことがあった。それは過去の事件の話だ。その話はそこそこ長くなってしまうと思ったので、アーニャは話すかどうか悩んだのだ。

 

 そしてアーニャは少し話が長くなってしまうけどと前置きをして、それでも聞いてくれるかどうかを、二人に尋ねた。夕映やのどかは当然問題ないと言葉にし、むしろ聞いてみたいという表情でアーニャがそのことについて話すのを待っていた。

 

 

「じゃあ……。もう6年前のことになるんだけど……」

 

 

 ならば、話しても大丈夫だろう。アーニャはそんな二人の表情を見た後、そっと目を瞑りながら昔を思い返すように、6年前に起こった事件について話し始めた。6年前の冬の日に、自分の故郷が悪魔の集団に襲われたこと。自分は魔法学校に居たおかげで難を逃れたこと。その事件で自分の両親や村の人たちが悪魔の永久石化を受けてしまったこと。

 

 その後ギガントとネギの修行場に勘違いして突入したこと。そこからギガントの弟子となり、ネギとともに魔法を習ったこと。さらにギガントやネギと協力して自分の両親や村の人たちにかかった永久石化を解く研究を始めたこと。そして、永久石化の解除に成功し、再び両親に会えたこと。色々あって一言だけでは済ましきれないので、アーニャは要点のみを夕映とのどかに話したのだ。

 

 そのことを話すアーニャは表情をコロコロ変えており、悲しいことがあれば悲しい表情を、うれしいことがあったら喜んだ表情を見せた。二人もそんなアーニャを、表情豊かで可愛い子だと思い微笑ましく思う反面、そのような暗い事件があったことにショックを受けていたのだった。

 

 

「……そんなことが……」

 

「大変だったんだね……」

 

「まあね、でももう終わったことですから」

 

 

 なんという痛ましい事件だろうか。自分たちが知らない場所で、そんな悲惨なことが起こっていたなんて。夕映ものどかもその時のアーニャの心境を考え、大変沈痛な表情をして目の前の少女を見ていた。

 

 ただ、アーニャ自身はもう終わった事件だと思っており、今の話で暗い顔をする二人へ笑顔を向けて、むしろ気にしないでほしいと二人を励ますのだった。確かにアーニャも事件当時はとても辛かったが、持ち前の明るさと心の強さで乗り越えてきた。何があっても決して弱音を吐かず、その事件と向き合ってきた。

 

 それに、()()にはギガントもいた。彼はアーニャがネギの友人という理由だけで、魔法を教えた訳ではなかった。少しでも気を紛らわせられる場所を、安心できる場所をアーニャに与えたかったのだ。

 

 そして、魔法学校を卒業する前、ギガントやネギとともに村人たちの石化の解除を成功させた。流石のアーニャも両親と再会した時はそれまでずっと我慢してきたことで、その感情が爆発し大いに涙したものだ。だが、そのおかげで今はかなりスッキリしており、その事件のことは忘れないと思いながらも、心は穏やかになっていたのである。

 

 

「ネギ先生もその事件に?」

 

「むしろ私よりもネギの方が大変だったと思いますけど……」

 

 

 そこでのどかはアーニャと幼馴染であるネギも、同じ事件に巻き込まれたのではないかと思った。それをアーニャに尋ねれば、アーニャはネギの方が自分よりも大変だったのではないかと話した。

 

 アーニャは魔法学校に通っていたので村にいなかったので難を逃れたが、ネギは違う。ネギは村でその悪魔の集団に襲われたのだ。きっと自分なんかよりも恐ろしくて大変な目にあったんだと思うと、アーニャは苦悶の表情でそれを話した。

 

 

「ネギ先生にもそんな壮絶な過去があったなんて……」

 

「まったく知りませんでした……」

 

「ネギももう済んだ事だと思ってるみたいだし、特に話す気もなかったんじゃないでしょうか?」

 

 

 ネギもそんなヒドイ事件に巻き込まれていたとは。夕映ものどかも驚きながらも、自分たちの無知を恥じていた。そんなことがあったというのに、ネギはいつも明るい表情だった。少しぐらい悩んでいてもおかしくはないはずだと、二人は深刻に考えたのである。

 

 しかし、アーニャはその二人に、ネギもそこまで気にしていないと思っていると話した。ネギとてあの時は必死だったし何かを恐れている感じもなくはなかったと、今を思えばあるんじゃないかとアーニャは思った。

 

 それでもギガントやネカネやスタンが支えてくれたし、何より石化した人たちを助けることが出来たのだ。きっとネギも自分と同じように事件はもう過去のものと考え、話す必要もないことだと思ったのだろうとアーニャは言葉にしたのである。

 

 

「なら、カギ先生も?」

 

「さあ? アイツは平気そうな顔してたから知らないけど?」

 

「そっ、そうなんですか……」

 

 

 だが、それならばネギの兄であるカギも、その事件に巻き込まれたんじゃないだろうか。夕映はふとそれを考え、カギのこともアーニャに尋ねて見た。アーニャはカギのことは嫌いだ。それを差し引いても、カギがどう悩んでいるかなどまったくわからなかった。

 

 と言うのも今は少し違うのだが、あの頃のカギは基本的に、あの事件を”原作内のイベントの一つ”としか見ていなかった。生き残れれば問題ないとさえ考えていたカギは、さほどその事件のことで感傷に浸ったり感情的になったりなどしなかったのだ。

 

 そう言うこともあり、アーニャはいまいちカギが何を考えているのかわからなかった。あんなことがあったと言うのに、あのカギは平然とした顔をしている。それだけではなく、スケベな視線を撒き散らし、嘗め回すようにこっちを見てくる。アーニャがカギを嫌う理由はそこにもあったのである。

 

 

 夕映も今の話を聞いて、呆れるばかりであった。確かにカギはノー天気ではあるが、そこまで頭がお花畑だったのかと思ったのである。

 

 いや、そんなはずはないだろう。あんな事件があったのに、何も考えないはずがない。あんなノー天気そうな顔からは想像つかないほど、何か暗いものを感じているかもしれないと考えた。

 

 あのカギとてそんな事件に巻き込まれれば、何か思うところぐらいあるはずだと。しかし、そこでカギのマヌケな笑いを思い出し、はたして本当にそうなのだろうかと夕映は悩むのだった。

 

 

「そういえば師匠さんも、カギ先生とは面識がさほどない感じだったけど……」

 

「カギ先生は師匠と接点があまりなかったようでしたね」

 

「だってアイツ、私やネギがお師様の下で修行してるの知らなかったんですもの」

 

 

 そこでのどかはギガントとカギにさほど接点がないことを思い出した。あのギガントは学園長との話の時、カギとはあまり面識がないようなことを話していた。そのことを思い出したのどかは、その疑問を言葉にしたのだ。

 

 夕映ものどかの話を聞いて、どうしてなんだろうかと思った。ネギやアーニャはギガントの弟子となったのに、カギだけ省かれているような感じだったからだ。あのギガントがカギだけを仲間はずれにするような人物ではないと思った夕映は、何かあったのだろうかと思ったのだ。

 

 その疑問にアーニャはため息を付いて話し始めた。むしろカギは自分やネギが、ギガントの弟子となったことさえ知らなかったと、呆れた顔で説明を始めたのだ。

 

 

「教えてあげなかったんですか?」

 

「アイツのことあんまり好きじゃないから、私から教えようなんて思ったことなかったもので……」

 

 

 夕映は知らなかったのなら何で教えてあげなかったのかと、責めるような言い方ではなく、単純に疑問に思った感じで聞いてみた。その夕映の質問に、アーニャは正直に答えた。ぶっちゃけカギが嫌いだったから教えてあげようなんて思わなかったと。

 

 

「それに、ネギのお姉さんや知り合いのおじいさんが、ネギとアイツのことを面倒見てくれるようお師様に頼んだらしいけど、アイツ自身が断ったみたいだったし」

 

「そっ、そうだったんですか……」

 

 

 だが、別に教える必要もなかったと、アーニャは語った。何せネカネやスタンがネギをギガントに任せる際に、カギも面倒見てくれるように頼んでいたのだ。しかし、カギはその申し出を断った。理由は簡単、特典が手に入れば無敵になれるからだ。

 

 ただ、そんな理由を知らないアーニャは、どうして断ったのかわからなかった。まあ、別にその方が都合が言いとさえ思ったアーニャは、そのことを深く考えたことすらなかったが。そして、夕映もなんでそこで断ったのだろうかと、先ほどと同じように呆れた声を出していた。

 

 

「そういえばお二人は私の妹弟子でしたよね!」

 

「そうだね」

 

「そうなりますね」

 

 

 そんな湿った話はもう終わりにしよう、そう思ったアーニャはパッと明るい表情をして話を切り替えた。その話は夕映とのどかがアーニャよりも後から入った弟子と言うことだ。

 

 ネギよりも後に入ったアーニャは、ギガントの弟子の中で一番新参者だった。そこへ新しく夕映とのどかが弟子入りしたことで、アーニャは自分も姉弟子となれたことに喜びを感じていたのだ。

 

 そう尋ねられたのどかも夕映も、間違ってはいないと言葉にした。むしろ、言われてみればそうである、と考えるぐらいにはアーニャを姉弟子と認めていた。

 

 

「だったら友達になりましょう!」

 

「友達ですか?」

 

「そう! 同じ師を持つもの同士、友情を深めようと思って!」

 

 

 ただ、アーニャはそれを鼻にかけ、偉そうにしようと思った訳ではない。アーニャはネギが兄弟子となった時、自分の方が年上だと言うことを忘れないよう強く注意した。そして、目の前の妹弟子二人は自分よりも年上のお姉さん。そのことを考えれば、そんなことなど出来るはずがなかったのだ。

 

 アーニャは単純に弟子同士、仲良くなりたかった。弟子と言うつながりでしかないが、異国の友人として夕映とのどかと接したかったのである。

 

 

「それはいいけど……」

 

「どうしましょうか……」

 

「べっ、別に嫌なら無理にとは言わないけど……」

 

 

 夕映とのどかは、アーニャに友達になろうと言われ、少し困惑した様子を見えていた。どうしようか、そう悩む二人を見たアーニャは、もしかしてあつかましすぎたと思い、ちょっとシュンとした様子を見せたのだ。

 

 

「そうじゃないです。アーニャちゃんと友達になるというのはむしろ嬉しいです」

 

「でも、友達になるなら、言っておかないとならないことがあって……」

 

「……何を……?」

 

 

 別に夕映ものどかも、アーニャと友達になるのが嫌な訳ではなかった。むしろそう言ってくれて嬉しいとさえ思っていた。ただ、それならば正直に話しておかなければならないことがあると、二人は思っていた。このままこのことを隠してアーニャと友達になるには、後ろめたさがあったからだ。

 

 それを素直に話すことを決意した夕映とのどかは、そのことをアーニャへと告げようとした。アーニャは一体二人は何を話したいのだろうかと、不思議そうな表情でそれを待っていた。

 

 

「私、ネギ先生と仮契約を……」

 

「私はカギ先生とですけど……」

 

「え……?」

 

 

 すると夕映とのどかは懐から一枚のカードを取り出した。そして、それをアーニャによく見えるように持つと、二人はそれぞれネギとカギと仮契約をしたことをカミングアウトしたのである。アーニャは突然のことで一体何を言っているのかわからず、口をあけたまま一瞬固まってしまっていた。

 

 

「どっ、どういうこと!?」

 

「わっ、私の方はちょっとした手違いみたいな感じで……」

 

「そんなことはいいの!」

 

 

 しかし、アーニャのフリーズした脳が再び動き出した後、今度は焦りと興奮で大声を出し始めた。一体どういうことなのだろうか、いつの間にあのネギとカギがこの二人と仮契約をしたのだろうかと。

 

 そんな興奮するアーニャに、のどかは事故みたいなもので仮契約してしまたっと、少しいい訳っぽく言葉にした。のどかは魔法を知らない時に、ネギに不意打ちする形で仮契約をしてしまった。この仮契約はある意味不正なものであり、心から喜んでいいものではないと、のどかも常々思っているところがあったからだ。

 

 だが、そんな理由など関係ないと、乱暴に切り捨てるアーニャ。どんな理由があったにせよ、仮契約は仮契約。既にそれが完了しているなら、言い訳なんて意味などないと思ったのだ。

 

 

「むしろなんでアイツなんかと!?」

 

「そこも色々ありますが……」

 

「ううー! アイツにだけは絶対に負けたくなかったのにー!」

 

 

 それでもアーニャはネギはまだいいと思った。本当はとても悔しくて許せないが、ネギなら仕方がないとも考えた。顔も性格もよく気配りの達人で、少しデリカシーのないところもあるが基本的にお人よしのネギなら、モテるしありえなくはないと思ったからだ。

 

 それでもカギだけは理解できなかった。いや、理解を拒んだと言った方が正しかった。ハッキリ言えばありえないの一言だ。あのカギが仮契約をしているなど、たとえ神が許しても自分が許さないと言うほど、アーニャはそれがショックだったのだ。

 

 

 ……”原作”ではネギが7人もの生徒と仮契約を交わしていたことにショックを受け、立ち去ろうとするほどの怒りを露にしていた。ただ、それ以外にも故郷の村人が石化したままということで、ネギがそれを忘れてヘラヘラしていると思ったからと言うのもあったようだ。

 

 しかし、()()では石化は解かれ、アーニャの心に余裕があった。それにネギがまだのどか一人しかパートナーにしてなかったので、逃げ出すほどではなかったのである。それを差し引いても、カギが仮契約していることにはとても悔しく感じ、ご立腹な状態なのだが。

 

 

 夕映もそのあたりには複雑な心情があるのだが、そこはあえて言うまいとした。どの道今のアーニャには、どんな言葉も意味がないと思ったからだ。それに、この仮契約は自分のエゴでもあったし、いい訳なんて意味がないと考えたからだ。

 

 また、実際カギはもう一人、ハルナとも仮契約をしている。が、それもはっきり言えば夕映と同じように、アーティファクトが欲しくて行ったことであり、特にカギに何かを感じている訳でもない。

 

 ただ、夕映はそのことをあえて言わなかった。本当ならば言っておかないとならないと考えた夕映であったが、カギにもう一人パートナーが居るなどと話せば、さらにややこしくなると思ったからだ。

 

 するとアーニャはかなり悔しそうな顔で、カギだけには負けたくなかったと叫びだした。ネギなら自分より先に仮契約するかも、とは思っていたが、カギに先を越されるなどと思っても見なかったからだ。しかも、あんなヤツに先を越され負けたと言うのが、たまらなく悔しかったのである。

 

 

「落ち着いてください、アーニャちゃん!」

 

「こっ、これで落ち着ける訳ないじゃない!!」

 

「そんなにカギ先生が仮契約したことが許せないの……?」

 

 

 怒りと興奮で暴れだしかねないアーニャを見た夕映は、落ち着いてほしいと言葉をかけた。だが、やはりアーニャとしては千の雷に直撃したに等しい衝撃だったので、落ち着けるはずがなかった。完全に怒りに支配されたアーニャは、もはや夕映たちに丁寧語を使う余裕も中区なってしまったのだ。そんな様子を見ていたのどかは、それほどまでにカギの仮契約を認めたくないのだろうかと、アーニャへ刺激せぬよう静かに尋ねて見た。

 

 

「だってあのカギよ!? きっとユエはアイツに騙されてるんだわ!」

 

「カギ先生は本当にアーニャちゃんに嫌われてるんですね……」

 

 

 そして、今度は夕映がカギに騙されて仮契約したのだと思ったアーニャ。あのカギならば平気でそう言うことをすると、夕映を説得するような感じで話し出したのだ。

 

 しかし、仮契約自体は夕映から申し出たもので、カギから言い出した訳ではない。なので、騙されることなどはあり得ないと思った。それと、カギがこれほどアーニャから嫌われていることを、夕映はここで身をもって知ったのである。

 

 

「アーニャちゃん。昔のカギ先生はどんな人だったかは知りませんが、今のカギ先生はそこまで言うほど悪い人じゃないですよ」

 

「嘘よ! 騙されてるんだって! アイツはそう言うヤツなの!」

 

 

 ならば、少しカギのことを話そうと夕映は思った。夕映は昔はダメなヤツだったのかもしれないが、今は悪い人ではなくなったとアーニャへ言葉を投げかけたのだ。それでもアーニャは夕映の言葉を信用せず、嘘だときっぱり切り捨てた。やはり夕映はカギに騙されてしまっている、そうアーニャは思い込んでしまっていたのだ。

 

 

「……私は騙されてませんよ。最初は私もカギ先生にはあまりいい印象を持ってませんでしたから……」

 

「じゃあ、どうして……!」

 

 

 騙されてると騒ぐアーニャに、夕映は騙されてなどいないと話した。夕映とて最初のカギにはいい印象を持てなかったからだ。それに、カギは結構マヌケで人を騙せるほど頭がよさそうでもなかったからだ。

 

 なら、何故カギと仮契約をしたんだろうか、アーニャはその疑問を吐き出した。いい印象がなかった相手と仮契約するなんて、普通に考えればありえないことだからである。

 

 

「カギ先生は少し変わったです。ほんの些細な変化かもしれませんが、今は昔のカギ先生ではないと思うのですよ」

 

「……どうだか……」

 

 

 カギは変わった、夕映は素直にそう感じていた。昔とは雰囲気がどことなく違う。わかりづらい些細な変化かもしれないが、確実にカギは変わったと、夕映は思っていた。だが、そう夕映に言われても、アーニャは強情にもそのことを認めようとしない。腕を組んでそんなはずはないと、不機嫌そうな声を出すだけだった。

 

 

「最近見たカギ先生はどうでした?」

 

「昔と同じダメダメでスケベ顔だったわよ!」

 

 

 夕映はそこでアーニャへ、今のカギの様子はどうだったかを聞いて見た。しかし、アーニャは強情で、昔と同じくどうしようもなく馬鹿で変態だと叫ぶだけだった。

 

 

「……カギ先生は確かに今もスケベかもしれませんが、今は少し引っ込んだと思うのですよ」

 

「そうだね。昔のカギ先生はなんと言うか……、ちょっとダメな感じだったかな……」

 

「お二人がそう言うのならやっぱり相当どうしようもなかったのね……」

 

 

 夕映もアーニャのその言葉を聞き、確かに今のカギも十分スケベなのだろうけど、今はそれも随分隠れたと話した。のどかも同じ意見だったようで、最初に会った時のカギは、何かちょっと近寄りがたい雰囲気だったと言っていた。この二人にそこまでダメだしされるんだから、昔のカギはやはりダメダメだったんだろうと、改めて感じるアーニャだった。

 

 

「それでも、カギ先生は少し成長しましたから」

 

「今は全然話しかけやすくなったよね」

 

「ふーん……」

 

 

 しかし、そのカギは今はいない。カギはしっかりと成長をとげ、ある程度まともになったのだ。夕映がそう言葉にすると、のどかも話しかけやすくなったとカギを褒めた。そんな二人の話をアーニャは、そうなんだ、と言うそっけない感じで聞いていた。この二人がそういうのであれば、まあそうなのかもしれない、と思ったのである。

 

 

「アーニャちゃんは少しカギ先生と話してみるといいと思いますよ」

 

「えっ……。で、でも……」

 

 

 夕映はそこでアーニャへ、カギと話してみればよいと提案した。アーニャも今のカギと話してみれば、もしかすればある程度仲良くなれるかもしれないと思ったからだ。それでもアーニャは未だにカギのことが好きではないので、悩む様子を見せたのだ。

 

 

「昔のカギ先生の行動で嫌いになったというのは予想出来ます。ですが、カギ先生もそのことで悩んでました」

 

「ほ、本当……?」

 

「はい、ですから少しだけでも話してあげてほしいです」

 

 

 夕映も昔のカギがどんなものなのか、ある程度想像できた。なので、それで嫌いになったのなら仕方のないことだとも思った。しかし、カギは昔のことを悔やみ悩んでいた。そんな今のカギならば、アーニャとも仲良くやっていけるかもしれないと夕映は考えたのだ。アーニャはそれが本当なのか疑心暗鬼だった。だから一度夕映にそれを聞けば、夕映は間違いないと自信を持って答えたのである。

 

 

「まっ、まあ、妹弟子の頼みじゃ仕方ないかしら?」

 

「お願いするです」

 

 

 そこまで夕映にお願いされては、姉弟子として聞くしかない。アーニャはそこでちょっと生意気な態度と口調で、カギと話をしてみることにしたと言ったのだ。夕映はアーニャが頼みを聞いてくれたことを嬉しく思い、微笑んで再びお願いしますと言葉にした。

 

 

「うっ……、わっ、わかりました! 少しだけだからね!」

 

「それでいいです。少しでもカギ先生と話してくれればそれで」

 

「そう……? ……じゃあほんーの少しだけど、アイツと話してみる……」

 

 

 夕映に笑顔でお願いしますなど言われてしまうと、アーニャはもはや断ることなど出来ないと思った。なので、照れくさそうにしながらも、少しだけと釘を打ったのだ。

 

 夕映も少しで構わないからカギと会話してほしい思った。カギとアーニャが会話することに意味があると思っていた夕映は、ほんの少しでもいいから言葉を交わす時間が出来ればいいと考えてたのだ。

 

 アーニャも少しだけでいいと言われ、それなら何とかできるかもしれないと思い、カギと一度話してみようと決意した。本当はあまり気が進まないが、ここまで言われてしまったら後には引けないとも思ったからだ。

 

 

「ありがとうです。アーニャちゃん」

 

「別にユエがお礼する必要ないでしょう? 元は全部アイツのせいなんだし」

 

「まあ、そうですね」

 

 

 アーニャが素直にカギと話すと言葉にしたのを見た夕映は、ありがとうと感謝の言葉をかけた。カギが嫌いなアーニャにカギと無理やり話させるのは、自分のわがままみたいなものだったからだ。

 

 しかし、アーニャは夕映が謝る必要はないと笑みを見せて話した。すべての元凶はカギであり、カギがアレだったから自分が嫌いになっただけだと、アーニャは思っていたからだ。夕映もアーニャにそう言われ、確かにそうかもと微笑んで言葉にしていた。

 

 

「とりあえず、アイツんところに行って来る!」

 

「よろしくです」

 

 

 ならば善は急げ、有言実行だ。アーニャは夕映と約束したカギと話すということを、すぐにやろうと思った。後に伸ばせば決意が鈍るし、話す機会もなくなってしまうかもしれないと思ったからだ。だからアーニャはカギを探しに行くと言うと、すぐさま走り出した。そんなアーニャの背中を見ながら、夕映は一言よろしくと述べるのだった。

 

 

「……ゆえ、結構カギ先生のこと気にかけてる?」

 

「少しでも二人の仲が修復できれば、と思っただけです」

 

「確かにいがみ合ってるのを見るのはあんまりいい気分じゃないしね……」

 

 

 そこでのどかが夕映へ、疑問に感じたことを聞いた。何故夕映がここまでするのだろうか、夕映はカギのことを気にかけているだろうかと、疑問に思ったからだ。

 

 夕映はその質問に、カギとアーニャの関係が良くなればいいと思ってやったと話した。あの二人はこのままではずっと喧嘩しかしないだろう、それではあまりに悲しいと思ったと、率直な意見を述べたのだ。

 

 のどかも夕映のその答えに、自分もそう思うと言葉にした。喧嘩するほど仲がよいならいいが、ただいがみ合っているのを見るのは、自分も辛いと思ったのである。

 

 

「……後はカギ先生が自分で頑張る番ですよ……」

 

 

 ただ、夕映はそれだけの理由でアーニャとカギの仲を取り持とうと思った訳ではない。あの馬鹿だけど調子がいいカギが、初めて本気で悩んでいるところを見せたからだ。アレだけ落ち込むほどに、カギはアーニャに嫌われていることを悩んでいたのだ。だから夕映は、少しでもカギとアーニャの仲が良くなればいいと思い、少しだけ手を貸したのである。

 

 いや、それだけではない。夕映はカギを教師としてだけでなく、友人としても見ている。仮契約の時に友人になると言葉にし、今はカギを友人だと思っている。だから、友人であるカギに力を貸してあげるのは普通のことだと、夕映は考え行動したのである。

 

 そして夕映はアーニャを何とか説得し、そのチャンスを作った。後はカギの努力しだいだ。それだけは自分でもどうしようもないと、そのチャンスをカギが生かしてくれることを、夕映は祈るだけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 別荘の建物の内部にある廊下を歩く一人の少年。それは修行の合間に与えられた休憩中のカギだ。カギは先ほどの茶々丸との戦いを思い返しながら、ふらふらとその廊下を歩いていたのである。

 

 

「なんだかんだ言ってやっぱ茶々丸のヤツ、強くなってるぜきっとよー……」

 

 

 あの戦いで茶々丸が前よりも強くなっているとカギは思った。確かにエヴァンジェリンの魔法により強化されていたが、それはいつものことだ。それを差し引いても、明らかに出力などの向上があるとカギは考えていた。と、そう腕を組んで考えながら歩くカギの前に、一人の少女が立ちふさがった。

 

 

「カギ……」

 

 

 その少女はアーニャだった。アーニャは夕映との約束を果たすため、カギに話しかけに来た。そして、カギを見つけたアーニャはそのまま話しかけようと、その目の前にいる少年の名を呼んだのだ。

 

 

「あぁ? なんだアーニャか」

 

「何だとは何よ!」

 

「いきなりなんだよ!? 俺なんかやった!?」

 

「そ、そうじゃないけど……」

 

 

 ふと考え事の最中に名を呼ばれ、その声の主を見ればアーニャではないか。カギは少し驚いたが、名を呼んだのが目の前のアーニャだったことに気がつき、なんだろうかと思ってそれを声に出した。

 

 しかし、アーニャはカギに”なんだ”と言われたことが気に入らなかったので、何だとは何だと、ついムキになって叫んでしまったのだ。

 

 突然叫びだすアーニャに流石のカギも困惑した。もしかしてまた何かしでかしてしまったのだろうか、カギはそう思ったのでそれをアーニャへ驚きつつ聞いたのだ。だが、今のはあの程度で怒った自分が悪かった。アーニャはそう考え、カギが何かした訳ではないと、小さな声で言葉にしていた。

 

 

「んじゃなんだ? お前から話しかけてくるとか珍しいじゃねぇか」

 

「別にいいでしょ!?」

 

 

 ならばアーニャは何がしたいんだろうか。さらにアーニャの方から自分に話しかけてくるなんて珍しいこともあったもんだ。カギはそう考えて、それを淡々と述べた。それでもアーニャはその程度のカギの言葉にも過剰に反応し、ついつい興奮気味に言葉にしてしまうのだった。

 

 

「で、なんだ? 俺なんかやった?」

 

「ちっ、違うわよ……」

 

 

 何か言うごとに怒った様子で大声を出すアーニャに、カギは一体どうしたのだと本気で思った。もしや知らずにまたしても、アーニャに変なことをしてしまったのかと思った。それをアーニャに尋ねれば、またしてもクールダウンした様子で、違うと小さく言葉にするだけだ。

 

 それではいけない、アーニャはそう思い、先ほど夕映に言われたことを思い出し、カギと話そうと再び声をかけた。

 

 

「……その、ユエがアンタと話せって言うからしょーがなく話しかけてるの!」

 

「……ゆえが……」

 

 

 そこでアーニャはどうしてカギに話しかけているのか、その理由を話し出した。カギと少しでもいいから会話をすることを、夕映と約束したからだと。アーニャはここでカギと何を話せばいいかわからなかった、だからまずは、そう言った経緯があったことをカギに話したのだ。

 

 また、アーニャの物言いはやはり乱暴気味だったが、カギは夕映がそうさせたことを理解し、どうするか悩んでいた。

 

 

「……そうだな……、……ならここでお前に謝っておこう」

 

 

 夕映は自分なんかのために、アーニャと話す機会を作ってくれた。アーニャに嫌われた自分が、少しでもアーニャから許してもらえる、またとないチャンスだとカギは思ったのだ。だから、この場でハッキリアーニャに言っておきたいことを、ここで言おうとカギは考え行動に出た。

 

 

「……昔の所業の数々、悪かったな……」

 

「なっ、何よ急に!?」

 

 

 カギはなんと、アーニャに向かって頭を下げ、今までの自分の行いを謝罪したのだ。昔の自分は本当にどうしようもないヤツで、アーニャに嫌われても仕方がない。そう反省したカギは、まずやらなければならないと思ったことこそ、迷惑をかけてしまったアーニャへ謝ることだった。

 

 突然ビシッと礼儀正しく頭を下げ謝るカギに、アーニャはかなり驚いた。少しでも会話しようと話しかけただけなはずだったのに、いきなり謝られるなんて予想していなかったのだ。

 

 

「んや、お前さ、俺のこと気持ち悪いと思ってんだろ?」

 

「そ、そうだけど……」

 

「昔の俺を考えりゃ、確かにきめーわな」

 

 

 カギは謝罪の理由を静かに話した。昔の自分の行動のせいで、アーニャに不快な目にあわせてしまっていたと。アーニャもカギにそれを言われたら、間違ってはいないと答えた。

 

 いやはや、そのとおりだ。カギは昔の自分を今思い返しても、自分でさえ気持ち悪いヤツだと思っていた。そんなヤツが好かれるはずがないし、嫌われたって当たり前だったとカギは苦笑交じりで、アーニャへ言葉にしたのである。

 

 

「だから、気分悪くさせたことについて、ここで謝るよ。本当にすまなかったな……」

 

「カギ……」

 

 

 そうだ、だから謝らせて欲しい。別に許して欲しい訳ではない。それでも謝らずにはいられない。カギは再び頭を下げ、アーニャに向かって謝った。アーニャもそんな真摯に謝るカギを見て、少しズキリと胸に痛みを感じた。まさか、カギがこれほどまでに昔の行いを恥じて反省していたなんて、アーニャも思ってなかったのだ。

 

 

「ううん、私こそ、アンタ……、カギに対してきつく当たりすぎたわ……。ごめん……」

 

「別にお前が謝る必要ねぇだろ? なんたって全部俺の自業自得なんだからよ?」

 

「でも……」

 

 

 アーニャもそこでカギに対して謝った。確かにカギが言うとおり、昔からカギを気持ち悪いと思っていた。だから、邪険な態度で接することしかしなかった。だが、目の前のカギはそれをしっかり謝ってきた。ならば、自分もその部分は反省し謝らなければならないと、アーニャも自分のカギに対する行いを悔い改めて頭を下げたのだ。

 

 だが、カギはそんな謝るアーニャへと、苦笑しながら必要ないと断じた。何せ全ての原因は自分自身であり、そうなったのは当然の報いだとカギは思っていたからだ。

 

 そう話すカギを見ても、やはり自分の行動はよくなかったと思うアーニャ。この前もカギにひどいことをしたし、ずっとそうして来たことに、アーニャは罪悪感を感じていたのである。

 

 

「気にするなって言ってるだろ? 全部俺が悪いんであって、お前は悪くないんだからよ」

 

「そっ、そうね! 全部カギが悪いんですものね!」

 

「そういうこった」

 

 

 元気のないアーニャを見たカギは、全部自分が悪いのであってアーニャは何も悪くないと、励ますように述べた。アーニャもそのカギの言葉に、確かにそうだと思ってカギが悪いと言い放った。カギもそれでいいと思い、その意見を肯定していた。

 

 とは言え、アーニャも全部カギが悪いとは思ってなかった。確かに原因は全部カギであり、カギが悪い。それでもアーニャは、自分の態度もあまりよくなかったと、心の中では反省していたのである。

 

 

「……何か変な感じね」

 

「何が?」

 

「アレだけ嫌いだったアンタと、こうして怒らないで話せるんですもの」

 

 

 そこでアーニャはこの状況に、不思議な気分を味わっていた。カギはそれが何だろうかと尋ねれば、本気で嫌いな相手であるカギに、正面から話が出来ていることに、不思議な気分を感じていると話したのだ。

 

 何せアーニャは本気でカギが嫌いだった。近づくことさえしたくないと思っていた。そんなカギに面と向かって会話出来ていることは、アーニャにとっては驚くべきことだったのである。

 

 

「それはよかった」

 

「でも、あれだけで全部信用すると思ったら大間違いなんだからね?!」

 

 

 カギはアーニャのその話に、よかったと言葉にした。それはカギが話しかけやすくなったとかそういう意味もあるが、アーニャが気分を害せずカギと話せていることに対する言葉だった。だが、そこでアーニャは謝っただけで完全に信用することはないと、カギに釘を刺すような言葉を述べた。謝って全部チャラなど、おいしい話は早々ないのだ。

 

 

「わかってるって!」

 

「本当に!?」

 

「当然!」

 

 

 カギも当然そんなことはわかっていた。自分がしてきたことが、あれで全部チャラになって許してもらえるなんて甘い考えは持っていなかった。だからカギは、わかっていると言葉にするのだ。

 

 アーニャはそのカギの返事に、嘘ではないかと言葉にした。ただ、アーニャの先ほどの言葉は自分の今のカギへの態度に対する驚きからくるものであり、はっきり言えば素直になれないだけであった。

 

 アーニャに本当かと聞かれたカギは、しっかり自信を持って当然と言葉にした。そんなカギを見たアーニャは、確かに夕映やのどかが話したように、少しだけ、本当に少しだけだがカギの何かが変わったのだと実感したのである。

 

 

「おっと!! やっべー! 俺これからまた修行なんだわ!」

 

「また!?」

 

「おうよ。自分から厳しくしてくれって頼んじまったかんな。文句言えんのよ」

 

 

 しかし、カギがふと右腕の時計を見れば、随分時間が経っていた。もうすぐ修行の再開の時間だと言うことに気がついたカギは、焦った様子でまた修行だとアーニャへ話した。アーニャは先ほどまで修行していたと言うのに、またすぐに修行だと言うカギに驚きの声を上げていた。

 

 まあ、それはカギ自身が望んだことであり、そう頼んだのでやるしかないのだ。カギもそのあたりはしっかりわきまえているので、文句は言えないとアーニャへ語ったのである。

 

 

「そうなんだ……」

 

「まっ、つーことで俺は行くぜ? じゃーな!」

 

「わかった。頑張ってきなさいよ?」

 

 

 まさかカギが修行馬鹿になっていたとは。アーニャはそれが思いも寄らなかったので、大変そうだと思いつつも少し呆れていた。また、時間が押してきていたので、カギはアーニャに修行へ行くと話し、その場を立ち去ろうとした。

 

 これほど修行して一体どうしようというのか。アーニャにはそれがわからなかったが、頑張っているということは理解出来た。そんな訳だったのか、自然とカギを応援するような言葉がアーニャから出たのである。

 

 

「はっ! アーニャに応援されるたぁ、明日は雨だな!」

 

「カギ! アンタ一々一言多すぎ!」

 

「おっと口が滑っちまった! わーるかったよ! あばよー!」

 

 

 突然優しい言葉をかけてくれたアーニャに、カギはふざけた態度で明日は雨だと面白がりながら言葉にした。だが、そんな言い方をしたカギだったが、アーニャから初めて優しい言葉をかけられて、かなり嬉しく思っていた。

 

 そこで、カギの内心などわからないアーニャには、からかわれているだけだと思い、いつものように怒って叫ぶのだった。減らず口だけはまったく変わらないやつだと思いながら。

 

 カギも今のは口が滑ったと言い訳し、そのことを謝りながら逃げるように立ち去っていった。ただ、そうやって逃げるように立ち去ったのは、感激してちょいと涙をにじませていたからでもあった。

 

 ……カギも少しは意地があり、同世代のアーニャには涙を見せたくなかったのである。故に、そんな態度をとってしまったのだ。だから、逃げるように立ち去っていったのだ。

 

 このカギ、こんな些細なことでもすぐに感動し、涙を見せるほど涙もろい男なのである。……いや、あれほど嫌われていたアーニャに応援されたということは、カギにとっては些細なことではなくそれほどのことだったのだ。

 

 

「はぁ……、まったくカギのヤツ……」

 

 

 逃げるように走り去るカギを後ろから眺めながら、ため息をつくアーニャ。せっかく初めて頑張れと応援したのにあんな態度を取られてしまったので、やはりいつものカギなんだと呆れていたのだ。それでも本気でカギに対して嫌悪を抱くことはなく、まあいいか、と思う程度ではあった。

 

 

「どうでした?」

 

「ユエ……、それにノドカ……」

 

 

 そこへ夕映とのどかがアーニャの後ろへと現れ、夕映がアーニャへ話しかけた。アーニャはその夕映の声に気がつき振り向き、その夕映の質問の答えを考える素振りを見せた。

 

 

「カギのヤツ……、ユエの言うとおり、ほんのちょっとだけど……、昔と少し違ってた……」

 

 

 アーニャはその後夕映の顔をしっかり見て、自分の今の気持ちを素直に話した。夕映の言ったとおり、カギは昔と違っていた。少しだけかもしれないけど、昔と変わっていたと。

 

 

「言葉にしにくいけど……、なんだろう……。昔のような目で私を見てなかった……かも……」

 

「そうでしたか」

 

 

 カギは昔のようにしつこい感じでもなかったし、スケベな目でジロジロみても来なかった。むしろそんな行動を、頭を下げてちゃんと謝ってくれた。何かわからないけれど、色々と角が取れて丸くなっていた。言葉に言い表しにくくうまく表現できなかったが、アーニャはそのことを夕映へ話した。

 

 夕映もカギが変わったとアーニャが言ってくれることを信じていたのだが、そうアーニャが言ってくれたことにほっとした様子を見せていた。もし、カギが何かまたやらかしてしまったらどうしようか。アーニャがカギを認めなかったらどうしようか。夕映もそのあたりを気にして、少し心配していたのだ。

 

 

「……ユエやノドカももこんな感覚を味わったんですか?」

 

「アーニャちゃんほどではないですけど、多少は……」

 

「私たちはアーニャちゃんのように、昔のカギ先生を知らなかったからね」

 

 

 アーニャはこんな不思議な気持ちを夕映とのどかも感じたのだろうかと思い、それを尋ねた。あのどうしようもなくスケベで馬鹿なカギが、とてつもない変化を起こしていたからだ。

 

 そのアーニャの質問に、夕映も少しは感じたと話した。のどかは自分たちがアーニャほど昔のカギを知らないので、アーニャほどの感覚はないかもしれないと言葉にしたのだ。

 

 

「で、どうするですか? カギ先生のことは」

 

「そうね……。カギ、確かに今もスケベ顔だけど……、少しぐらい気を許してもいいかも……」

 

「そうですか。なら、今からカギ先生とアーニャちゃんは友達ってことですね」

 

「よかった、仲良くしてもらえそうで」

 

 

 ならば、その変わったカギと今後どうするのか、夕映はそれをアーニャに聞いた。アーニャも今のカギなら少しぐらい仲良くしてもいいと思ったようで、苦笑しながら多少なら仲良くしても言いと話した。夕映ものどかもそれを聞いて一安心し、これでようやく二人の険悪な仲を修復できたと思ったのだった。

 

 

「そこまで信用してないけど……。まあ、今のカギなら知り合い以上友達未満として付き合えるかな」

 

「また微妙な……」

 

 

 しかし、アーニャは未だに全面的にカギを信用しきれていない。何せあれだけ嫌っていた相手なのだから、すぐに仲良くと言うは難しい。という訳で、知り合いよりは仲良くするけど、友達としてはまだ早いと言葉にしたのだ。夕映はそんなアーニャの曖昧な言葉に、微妙な位置だと呆けた顔でポツリと口にしていた。

 

 

「アーニャちゃんはカギ先生と色々あったから、まだまだ素直になりきれないのかも」

 

「別に素直よ私は!?」

 

 

 のどかはアーニャの物言いに、多分素直になりきれてないだけだと笑顔で語った。だが、アーニャの今の言葉は本音であり、素直になってないと言う訳でもなかったのだ。だからアーニャは、今ののどかの言葉を必死に否定したのである。

 

 

「ただ、カギといきなり友達って言うのは、そういう感覚がないといいますか……」

 

「そのあたりはカギ先生と友達として付き合っていけば解消されるでしょう」

 

「うん……。そうかも……」

 

 

 まあ、それでもいきなりカギと友達というのは、あまり実感出来ないとアーニャは静かに言葉にした。嫌悪していた相手が変わったからと言って、すぐに友達になれるかと言えば、やはり難しい問題だからだ。

 

 夕映はそこで、少しずつ仲良くなっていけばいいと話した。カギといきなり仲良くする必要はなく、少しずつ友達になればいいと夕映は思ったのだ。アーニャも夕映の意見に賛成し、少しずつカギと友達になっていこうと思った。今すぐは無理でも、長く付き合っていけば友達になれるかもしれないと、アーニャも考えたのだ。

 

 

「よかったー。仲が少しでもよくなって」

 

「ですね。カギ先生はなんだかんだ言って、寂しがりやみたいですからね」

 

「アイツが? 寂しがりや?」

 

 

 それならよかったとのどかも大いに安心し、明るい表情を見せていた。このまま再び仲がこじれたらどうしようかと、少し不安だったのだ。また、そこで夕映はカギが寂しがりやだと、アーニャへ話した。アーニャはその夕映の言葉に、あのカギが寂しがりやってどういうことなんだろうかと、首をかしげて聞き返していた。

 

 

「はい、カギ先生は寂しがりやです。強がってますが、誰かと一緒にいないと不安になるタイプです」

 

「えー! 何それ! カギのヤツ、一人が寂しくて泣いちゃう訳?!」

 

「泣きはしないと思いますが……」

 

 

 夕映はカギのことを寂しがりやだと分析していた。何せすぐに感激して涙するし、自分と友達になった時も結構感動していたのがカギだ。それを考えればカギはあんな態度を見せてはいるが、内面的にはかなり人とのつながりに飢えていると夕映は思ったのだ。

 

 アーニャはその夕映の話を聞いて笑いながら、あの馬鹿でスケベなカギが実は寂しがりで、カギが孤独の寂しさから泣き出してしまうのかと、面白半分に言葉にしていた。ただ、夕映も寂しくは思うだろうが、泣くほどではないかもしれないと、少しだけカギをフォローした。

 

 

「プップ……。アハハハハハッ! 面白いわそれー!」

 

「……本人には言わないでくださいね……。きっと怒って否定するはずですので……」

 

「わかってますよー。でも面白いこと聞いちゃった!」

 

 

 そこでアーニャは寂しくて泣き出すカギを想像し、おなかを抱えて笑い出した。あのスケベなカギが一人になって泣いている姿は、アーニャにとって面白いものだったのだ。夕映はアーニャに今の話をしたことは内密にしてほしいと頼んでいた。特に本人に話せば怒ってありえないと叫ぶだろうと、想像がつくと思ったからだ。

 

 まあ、アーニャもそのぐらいわかっていたので、誰にも話さないと約束した。それでも今の話はアーニャにとって朗報であり、面白いことを知ったと満足した笑みを見せていた。

 

 

「これならカギ先生と、仲良く出来そうだね!」

 

「ふふ、まだわからないけど、そんな気がしてきました」

 

 

 のどかは今のアーニャの笑顔を見て、これならアーニャとカギが仲良くできそうだと思った。アーニャものどかのその言葉に、わからないと言いつつも出来そうだとも話したのだ。何せアーニャが今まで抱いていたカギ像は随分と変わり、何か少し憎めない馬鹿なカギになってきたからだ。

 

 

「……でも、カギに仮契約を先越されたのだけは納得いきませんけど……!」

 

「それはまた別の話なんですか……」

 

「当たり前でしょ!? 仮契約は魔法使いにとって大事なことなんですから!!」

 

 

 それはそれとして、カギに仮契約を先にされたことだけはどうにも許せそうにないと、ころりとムッとした表情へと変えて話すアーニャ。カギと仲良くするのはいいけれど、やはりカギに先に仮契約されたことに対しては悔しくて仕方がないようだ。

 

 夕映も仮契約に関してはそのあたりと関係ないのかと思い、それを言葉にしていた。アーニャはその夕映の言葉に反応し、当然だと断言した。仮契約は魔法使いにとって一大事であり、パートナーを作るというのは恋人や伴侶を見つけるのと同じことだからである。

 

 

「ふーんだ。私だってネギやカギに負けないぐらい、すごいパートナー見つけて見せるんだから!」

 

「私たちに負けないぐらいの、ですか」

 

 

 だが、アーニャはならばネギやカギよりもすごいパートナーを見つけて見せると、得意顔で豪語した。しかし、ネギとカギのパートナーは目の前に居るのどかと夕映だ。

 

 夕映はそれを考えて、自分たちに負けないぐらいのパートナーを探そうとしているのかと、アーニャに聞いたのだ。と言うか、今の自分たちは所詮魔法使い見習い。自分たちよりも優れたパートナーなら、結構居るのではないかと夕映は思ったのだ。

 

 

「そう! だってユエもノドカも私の妹弟子だもの! 当然すごくない訳ないじゃないですか!」

 

「褒められてるのかな……?」

 

「自画自賛にも聞こえますが……」

 

 

 そりゃ当然といわんばかりの表情で、アーニャは夕映ものどかもすごくないはずがないと言い出した。あのギガントの弟子であり自分の妹弟子なのだから、すごくないことはないとアーニャは思っていたのだ。

 

 ただ、のどかは自分たちが褒められているのかだろうかと言う微妙なところだと思い、夕映はアーニャの物言いから自画自賛なのではないかと考えてしまったようだ。

 

 

「とにかく! 私もちゃんとパートナー見つけなくっちゃ!」

 

「張り切るのはいいですが、こう言うことは焦りすぎない方がいいですよ」

 

「わ、わかってます……!」

 

 

 それでもパートナーが見つからなければ意味がない。アーニャはとりあえずはパートナーを見つけようと心に決めたのだ。そんなアーニャに夕映は、そういうことは焦らずゆっくりやった方がいいと助言した。魔法使いにとって大切なことならば、じっくりやっていくことが大事だと思ったのだ。それはアーニャもわかっていることだったが確かに早計過ぎたと思い、夕映の言葉に焦りながらもわかっていると答えていた。

 

 

「でも、いいパートナーとめぐり合えるといいね」

 

「まあ、アーニャちゃんもまだまだ若いですから、気長に考えてもいいと思うです」

 

「そ、そうね! 焦っちゃだめよね!?」

 

 

 のどかもアーニャならば、きっといいパートナーに出会えると思うと、彼女を励ましていた。また、夕映もアーニャは若いので時間は山ほどあるので焦らなくてもいいと、少し年寄りじみたことを話していた。

 

 アーニャもその二人の話を聞いて、やはり焦っちゃダメだと思ったようだ。なんせアーニャはすぐに焦って早とちりするタイプだ。こういうことこそ、焦らない方がよいと自分でも考えたのだ。

 

 

「なんだろう、ちょっと罪悪感が……」

 

「アーニャちゃんはのどかのライバルですからね……。そう思うのも無理はないのかもしれません……」

 

 

 しかし、のどかはアーニャに平然とそんなアドバイスを送っていることに少し罪悪感を感じたようだ。アーニャとのどかはネギのことが好きであり、恋敵のようなものだ。魔法使いのパートナーはそのまま恋人になるケースが多い。それを考えたのどかは、アーニャをネギから遠ざけようとしているに等しいと思ったのである。夕映もそのことを考えて、のどかがそう感じるのも仕方ないと言葉にしていた。

 

 

「見てなさいよ! ネギ、カギ! 絶対に見返してやるんだから!」

 

 

 だが、それを言われたアーニャ本人はそんなことは考えていなかった。アーニャにあるのはただ一つ、ネギやカギが驚くようなすごいパートナーを見つけることだけだ。そういうところはまだまだ子供なアーニャは、今後見つけるであろうパートナーを夢見て、ネギとカギを見返すことに執念を燃やすのだった。



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百十七話 それぞれの夏休み その②

1日遅れて申し訳ございませんでした
後、今年の更新はこれで終わりになると思います
みなさま、よいお年を


 ここは某大型イベント会場、そこで行われているのは、夏と冬だけのに行われている某イベント行事だ。そして、その中で多くのカメラを持つ人に囲まれている少女がいた。

 

 

「こっちに困り顔お願いしまーす!」

 

「伝説の14話のポーズお願いします」

 

「こっちに笑顔を!」

 

「え~~~? こうですか? わかりませーん!」

 

 

 それはコスプレをした千雨だった。やはり魔法少女ビブリオンの敵幹部、ビブリオ・ルーラン・ルージュのコスプレだ。また、千雨は周りの人たちからカメラを向けられ、ポーズを要求されていたのである。それに困惑したふりをしながら、とっさに頼まれたポーズを取る千雨。結構うかれており、今が絶好調と言わんばかりの様子であった。

 

 

「あっ! いたー! 千雨さーん!」

 

「ウーッス」

 

「な!?」

 

 

 だが、そんな千雨に水を差すようなことが発生した。なんと千雨の担任で子供先生であるネギが、どういう訳かこんな場所へやってきたのだ。しかも、横には明らかに場違いな少年、小太郎もいるではないか。

 

 これには千雨も驚いた、当たり前だがこんな子供二人で、こんな場所へやってきたからだ。さらに、この二人が来ても特に面白みもないだろうし、得があるようには思えなかったからである。

 

 

「すごいお祭りですねー」

 

「何故貴様らがここにいる!?」

 

「ハルナさんのお誘いで」

 

「マジか……」

 

 

 それでもネギは、このイベントを大きなお祭りと考えており、楽しんでいる様子を見せていた。そういう趣味を持たないネギが何を楽しんでいるのだろうか、千雨は不思議に思ったが、それ以前にどうしてこんな場所にいるのだろうかと思った。

 

 だからそれを尋ねれば、ネギはしっかりその理由答えたのである。また、カギも一緒に来ていたのだが、すでにネギの下におらず、一人でどこかへ言ってしまった模様。

 

 なんということをしてるんだアイツは、千雨はそう思った。こういうイベントはそういう人が来るところだ。興味があろうがなかろうが、こんだけ人が多い場所にこんな子供を誘うのは、流石にないだろうと千雨は思ったのである。

 

 

「だがここはテメーらの来る場所じゃねえ!」

 

「何でですか!?」

 

 

 故に千雨はネギや小太郎に、少し怒った感じで叫んだ。だが、ネギにはその理由がさっぱりわからず、驚きながら返すしかなかった。

 

 と言うのもネギはイギリスで育ったので、こう言うイベント関連を見るのが初めてだ。それで呼ばれたとは言え興味津々とやってきたのだ。小太郎も日本の京都で育ったが孤児であった。こんなイベント知るはずもない。だからネギと同じように、なんだろうかと思ってついてきたのだ。

 

 

「しかし、きれーな格好ですねー」

 

「だーっ! すっかり忘れてた!?」

 

 

 しかし、今の自分がコスプレしていることを、千雨はうっかり忘れていた。千雨は自分の趣味を隠していたが、ネギや小太郎がここに来たことに驚き、それどころではなかったのだ。

 

 ネギは普段千雨がしないような格好をしていることに気がつき、その感想を率直に述べた。ネギの子供としての感性ではあるが、その千雨の姿はとてもかわいらしく綺麗に見えた。なので、そのことを無垢な感じで褒めたのである。

 

 だが、千雨にとって、それは重大なことだった。ここでは未だネギに打ち明けていない趣味を、初めてネギに見られたのだ。しまったと思った時には、すでに手遅れとなっていたのである。

 

 

「よう、相変わらずだなお前」

 

「久しぶりだな長谷川」

 

「何っ!? 何でテメーらまで!?」

 

 

 そんな時、またしても珍客が登場した。あのカズヤと法の二人だ。この二人も普通に考えれば、このような場所に来る人間ではない。千雨はいつもどおり挨拶してくる二人に、かなり驚かされていたのだった。

 

 

「あ、どうも」

 

「兄ちゃんたち、確か武道会でバトってた二人やないか?」

 

「よっ!」

 

「久しぶりです」

 

 

 ネギはその二人に頭を下げ、小太郎はまほら武道会の試合で二人が戦っていたことを思い出していた。あの大会で二人はド派手に喧嘩していたので、小太郎もしっかり覚えていたのである。また、ネギに挨拶されたカズヤは、軽快に一言返していた。同じく法も、あの学園祭以来の出会いだったので、久しぶりだと言葉にしたのだ。

 

 

「いや、すげーところだなぁ。噂には聞いていたが」

 

「確かにな。噂以上だ」

 

「テメーら何しにきやがった!?」

 

 

 そして、カズヤはこのイベントの人だかりに、少し驚いたと話した。法も噂は聞いていたと言うカズヤに便乗し、それ以上の規模だと言葉にしていた。

 

 この二人も転生者であり、転生前からこれと同じイベントがこの場所で開催されていることを知っていた。が、情報でのみ知っていただけで、実際行ったことはなかったのだ。故に、ものめずらしいと感じていたのである。

 

 そんなのんきにする二人へ、かなり大きな声で叫んでいた。この二人がここに来るような趣味を持っているとは思えなかったからである。

 

 

「俺もコイツもダチに呼ばれたんだが、生憎はぐれちまってなー」

 

「人が多すぎて一度はぐれると見つけられん……」

 

「そ、そうか……」

 

 

 叫ぶ千雨の質問に、疲れた様子で言葉にした。法もカズヤの友人に呼ばれており、同じ理由をやってしまったという様子で話した。この二人を呼んだ友人とは、つまりカズヤのルームメイトである。彼はカズヤと法の友人であり、重度のオタクであったようだ。

 

 それを聞いて色々察したのか、千雨は逆に哀れみの声を出していた。この二人を呼んだのは、明らかに荷物持ちなのではないかと千雨は考えたからだ。

 

 

「しかし驚いたな。長谷川にそんな趣味があったとは……」

 

「うげぇ! しまったぁ! コイツにもまだ隠したままだった!!」

 

 

 また、法は千雨の姿を見て、コスプレの趣味があったことを初めてしった。ただの黒いセーラーと思いきや、悪魔の尻尾や羽根がついていたら、明らかにコスプレだと思うのは当然である。

 

 千雨はポツリとこぼした法の言葉にハッとした。そういえば今自分はコスプレをしていたのだと。ずっと隠してきたことだったというのに、カズヤだけでなく法にもバレてしまった。学園祭でのコスプレ大会では何とか隠し通したというのに、ここで大きな失態をしたと、千雨は焦りながら後悔したのである。

 

 

「別にいいじゃねーか。よく似合ってるしよ」

 

「テメーはいつもさりげなく、そう言う恥ずかしい台詞言うよな!?」

 

「そうか?」

 

「自覚してねーのか!」

 

 

 だが、そんな焦る千雨へと、カズヤが似合っていると褒めだした。千雨は突然そんなことを言うカズヤへ、恥ずかしいことを言うなと言った感じで、照れながら叫んだ。とは言え、カズヤはそういうことを自覚して発言した訳ではない。カズヤもネギと同じように、単純に似合ってるから言葉にしただけなのだ。

 

 そんな少し天然のようなカズヤに、千雨は自覚してないのかと声を荒げていた。この千雨、ネットではちやほやされて褒められまくりだと自負してはいるが、現実(リアル)においてはさほど自分に自信がない少女だ。現実(リアル)で、こう言うことを褒められるのにあまり免疫がないのである。つまるところ、ストレートに褒められたことによる、嬉恥ずかしい気持ちを紛らわせるために叫んでいるのだ。

 

 

「確かに似合っているのは事実だ。それは受け止めておくべきだ」

 

「そうですよ千雨さん」

 

「ウルセー! んなことテメーらに言われなくてもわかってんだよ!」

 

 

 とは言え、事実は事実。法は静かに、事実だと言葉にした。法もカズヤと同じように、千雨のコスプレ趣味を気にしてはいなかった。ネギも今の千雨の姿はとてもかわいらしいと思っていたので、そのとおりだと千雨へと言ったのだ。

 

 だが、千雨は叫ぶように、その二人にわかっていると話した。自分に少し自信のなかった千雨だったが、学園祭でのコンテストで優勝したことで自信をつけていた。そのおかげでこうして人前で、コスプレが出来るようになったのだ。それに、こうして写真を撮りに来る人がいるのだから、悪くはないのだろうと思ったのである。

 

 

「あっ、僕たちはあっちにいるハルナさんのところにいますね」

 

「そ、そうか。あんまり変なもん見るんじゃねーぞ?!」

 

「変? とりあえずわかりました」

 

 

 ネギはそんな千雨を見て、すぐ近くに居るハルナの下へと移動することにした。千雨もそこの二人の男子と友人のようだし、邪魔しては良くないと思ったのだ。すると千雨は、適当にその辺りにあるものを見るなと言う意味で、変なものを見るなと忠告した。ネギにはそれがわからなかったが、とりあえずそう考えたようだ。

 

 千雨が言う変なものとは、つまり子供が見てはいけない(R-18)ものだ。まあ、そう言う千雨も18歳未満であり、その対象に入るのだが。

 

 

「何です……これ……」

 

「あわわ……」

 

「どういうこと……」

 

「だからさぁ……」

 

 

 そのネギや千雨の近くで、なにやら薄い本を開き、顔を真っ赤にして覗き込む少女たちがいた。刹那、木乃香、アスナの三人だ。そして、その三人の横でやれやれと言う顔をして、その光景を面白そうに見ているのはハルナだ。

 

 三人が開いているその本こそ、ボーイズラブ(BL)と呼ばれるジャンルの本だ。しかも十八歳未満禁止(R-18)のもの。普通に考えたら18歳以下の彼女たちがそれを見るのは、あまりよいものではないだろう。刺激が強すぎるというものだ。現に三人は何を見ているのかさえ理解出来ない様子で、茹蛸のような顔で見知らぬ文化にデカルチャーしていた。

 

 ただ、アスナは一応100歳を超えているので、それには当てはまらないのだろう。それでもはじめて見る劇物に、他の二人と同じように顔を真っ赤にして驚いていた。

 

 さらに、これを書いたのはそこで苦笑しているハルナだ。未だ中学生の彼女がそんなものを描いていいのかといえば、ノウ! 絶対にノウ! である。きっとハルナもそんなことは承知の上で、このようなものを描いているに違いないが。

 

 

「みなさんどうしました?」

 

「ねっ、ネギ先生!? 何でもないから!」

 

「? そうですか……?」

 

「まあ、一般人には我々の趣味を理解してもらうには難しいねぇ……」

 

 

 そこへ突如ネギと小太郎が現れ、その本を覗こうとしていた。アスナはいきなり後ろから声をかけられ驚き慌てふためきながら、なんでもないと叫んでその本を閉じて背中に隠した。こんな本は子供であるネギたちには早すぎる。いや、自分たちにも早すぎたとさえ思っているものだ。絶対に見せられないと思ったのである。

 

 ネギは何故そこまでアスナや周りの二人が慌てているのかわからなかったようで、首をかしげていた。ハルナもやはり一般人(パンピー)にはこの内容は理解できなかったかと、苦笑しながら頷いていたのだった。このハルナ、完全に腐っていた。どうしようもなく腐っていた。

 

 

「……大将」

 

「っ? どうしましたバーサーカーさん……?」

 

 

 だが、そこへバーサーカーの声が刹那の頭に響いた。しかも、普段の軽快な声ではなく、警戒したような非常に重い声だった。一体何事なのだろうかと、刹那も驚きバーサーカーを呼んだ。するとバーサーカーは刹那の横にスッと霊体化を解いて現れ、普段はさほど見せることのない渋い顔を見せたのである。

 

 

「近くに俺と同じ存在、つまりサーヴァントの気配を感じた……。気をつけた方がいいぜ……」

 

「それはどういう……」

 

 

 なんとバーサーカーはこの場所で、サーヴァントの気配を察知したと話した。それはつまり、サーヴァントと戦闘になる可能性があることを意味する。ただ、刹那はサーヴァントがいたと言うだけで、戦闘になるとは思っておらず、どういうことなのかをバーサーカーへと尋ねたのだ。何せ刹那はバーサーカーから、サーヴァントなどの説明を多少はされているものの、具体的なことでしか教えられていないのだ。

 

 

「気配は……、あそこからだ!」

 

「あのテーブルの向こう側ですか! しかし、人が多くて見えませんね……」

 

 

 その気配の先を指差して示すバーサーカー。そこはサークル参加席であり、テーブルの反対側だった。だが、人が多すぎてなかなかその正体を掴むことが出来なかった。

 

 

「ん? この気配は……、ふむ、サーヴァントか」

 

「あぁ、そうだ。アンタもだろ?」

 

 

 すると、その人溜まりの奥から声が聞こえた。成人した男性の声だった。その声の主こそバーサーカーが察知したサーヴァントのようだ。その謎のサーヴァントも、バーサーカーを察知して声をかけてきたようである。バーサーカーも河のごとく流れる人越しに、そのサーヴァントへと声をかけていた。

 

 

「確かに、俺もお前と同じサーヴァントだ」

 

「ほう、やっぱりそうだったか」

 

 

 その謎のサーヴァントは、自らサーヴァントであると明かした。しかし、その声には特に気にした様子は見られなかった。バーサーカーはやはりと言葉にし、さて相手はどんなヤツだろうかと模索し始めていた。

 

 

「しかしなんだ、俺もサーヴァントと出会うのは初めてだ。本当に俺以外にも存在したことに驚いている」

 

「はっ! そうかよ!」

 

 

 また、相手のサーヴァントも自分以外のサーヴァントを見るのははじめて故に、驚いていると淡々と語った。ただ、明らかに動揺した声ではなく、冷静そのものだった。バーサーカーも当然同じだ。だからバーサーカーは初のサーヴァント戦となるだろうと考え、挑発的な声を出していたのである。

 

 

「だったら姿を見せたらどうだ?」

 

「やれやれ……、気が短いヤツだ。少し待っていろ」

 

 

 しかし、一向に人の列で姿が見えないサーヴァントに対して、姿を見せろとバーサーカーは言った。人の川を挟んでの会話には限界がある。それに、この距離ならばもはやクラスがアサシンでなければ隠れることは不可能だ。仮にアサシンだったとしても、相手が逃げる気などさらさらない様子だった。そのため、バーサーカーは観念したなら顔を見せろと言う意味をこめて、それを言い放ったのである。

 

 そんなバーサーカーの言葉でさえ冷静に聞き流す相手のサーヴァント。かなり余裕がある様子だ。目の前のバーサーカーなど問題ないというほどの自信があるのか。それとも諦めているのかはわからない。どちらにせよ、ようやく姿を見せる気になったのか、一言静かに待っていろとバーサーカーへ告げたのだ。

 

 

「……すまんが販売を一旦中断させてくれ。後そこをどいてくれ、ちょっとした客人が来てしまってな、本当にすまない」

 

 

 そこで相手サーヴァントは販売中止を言葉にし、目の前の人に謝罪した。さらに、周りの人たちにもどいてくれるよう頼み、人を遠ざけ始めたのだ。すると目の前にいた人の列は散り散りとなり、ようやくそのサーヴァントの姿がバーサーカーの眼下にあらわになったのである。

 

 

「って、なんだテメェ!?」

 

「子供……?」

 

 

 しかし、バーサーカーも刹那も、そのサーヴァントを見て驚愕した。何故これほどまでに驚いたのか。それは相手が有名な大英雄や怪物だったからではない。むしろその逆、何と言うことか、そのサーヴァントは青色の髪をした子供のだったのだ。だが、声は老成した成人男性のものであり、姿とのギャップが存在した。

 

 ただ、子供だからと言ってサーヴァントを侮ってはいけない。何せサーヴァントには変化などの能力を持つものも多いのだ。スキルで姿を変えている可能性だって存在するのである。それだけではなく、基本全盛期の姿で召喚されるサーヴァントを、見た目で判断してはならないのだ。故にバーサーカーはその姿に驚きつつも、しっかりと相手サーヴァントを警戒していた。

 

 

「仕方がない、面倒だから名乗っておくか……」

 

 

 そんなバーサーカーの様子を見た相手サーヴァントは、面倒だと言いつつもその席に座りながら、名乗ることにしたようだ。やれやれと言う表情で肩をすくめた後、相手サーヴァントは静かに、その自分のクラスと名を語り始めた。

 

 

「俺はキャスタークラスの三流サーヴァント、ハンス・クリスチャン・アンデルセンだ。聞いたことぐらいあるだろう?」

 

「キャスタークラスだと……? しかも真名を堂々と名乗るだと……?!」

 

「アンデルセン……? 確か童話作家の……」

 

 

 相手サーヴァントは堂々と、惜しみなく自分のクラスと真名をしゃべった。本来ならばありえないことだ。サーヴァントが真名を語ると言うことは、弱点を見せるのと同じだからだ。故に、そのことにバーサーカーはかなり驚いていた。普通のサーヴァントならば、真名を教えると言う弱点を相手に知らせるのに等しい行為など、絶対にしないからだ。

 

 また、刹那はその名を聞いて、ふとどこかで聞いたような名前だと考え思い出していた。それは童話作家の一人の名前だ。三大作家の一人、アンデルセン。まさか、そんな人物が目の前の子供なのだろうかと、刹那は疑問に感じながらマジマジとそのサーヴァントを見ていた。

 

 

 ……ハンス・クリスチャン・アンデルセン。月の聖杯戦争にて殺生院キアラに召喚されたキャスターのサーヴァント。その名のとおり”人魚姫”や”裸の王様”などを手がけた童話作家である。

 

 読者の呪いにより無辜の怪物を与えられ、全身がボロボロの少年の姿のサーヴァントだ。ただ、ボロボロな部分は服の下に隠れ、基本的には見えない。さらにその風評被害により”バッドエンドを好む悪魔”に侵食されており、描きたいものが基本的にバットエンドになってしまうようだ。

 

 

「当たり前だ。俺は確かにここに()()()()()が、サーヴァント同士の()()()()()訳ではない」

 

 

 キャスターも元々ここに居るのはやんごとき事情であり、サーヴァントが現れるなど考慮してなどいなかった。ハッキリ言えば目の前にバーサーカーがいるのはイレギュラーな出来事であり、キャスターには関係のないことでもあった。

 

 つまるところ、キャスターはここで座っていることに意味があるので、サーヴァントと戦うことなどしたくはないのである。真名をバラして戦意がないことをアピールし、つまらない戦いを回避しようと考えたのだ。

 

 

「それに、どうせ俺ではお前に勝てん。戦闘など出来ないからこそサーヴァントとしては三流なのだからな」

 

「……マジなんだろうな?」

 

「マジだ。それに、ここで騒ぐと我がサークルの活動に支障をきたす。それだけは簡便願いたい」

 

 

 それに童話作家と言う特性上、キャスターとして、いや、サーヴァントとしての能力は心もとない。むしろ、ほとんど戦闘能力がないに等しいサーヴァントだ。故に、自らを三流サーヴァントと名乗り、自分の真名を明かしたのだ。何せ弱点以前に、戦う力すらほとんどないのだ。目の前のサーヴァントが敵対したら確実に負ける状況だ。もはや隠していても意味がないとキャスターは考えたのである。

 

 バーサーカーは自ら戦う力がないことを語るキャスターへ、その真偽を尋ねた。嘘を語って不意打ちなどされたらたまったものではないからだ。だが、キャスターは本気で戦えないと話した。むしろ、ここで喧嘩まがいなことをして、自分の今の行為を水泡に帰す方が困るとさえ言い出していた。

 

 

「戦わねぇっつーんなら別にいいんだがな」

 

「何を言っている? 戦っているさ、この祭りでな!」

 

「……何言ってんだ……?」

 

「そうか、お前にはこの戦いが理解できんか」

 

 

 バーサーカーもこんな人の多いところで戦う気など毛頭なかった。相手が戦わないのであれば、それに越したことはない、そう言葉にしていた。しかし、キャスターはこの場所で既に戦っていると言い出したではないか。

 

 バーサーカーには何を言っているのか理解できず、おかしなヤツだと思うだけだった。そんなバーサーカーを哀れんだ目をして理解出来ないことを嘆くキャスター。キャスターはこのイベントでサークル参加者として参加しており、そのことを戦いと称していたのである。

 

 

「そういやアンタ、マスターはどうした?」

 

「マスターならば、今頃自分の趣味を、盛りのついた犬のように貪っているところだろうさ」

 

 

 そこでバーサーカーは疑問に思ったことがあった。それはキャスターのマスターらしき人物が、見当たらなかったのだ。キャスターにそれを尋ねれば、場所は知らないがこの近くで遊んでいるのだと、呆れた顔で答えてた。

 

 

「……つまり近くにはいるってことだな?」

 

「そう捉えてもらって結構だ」

 

 

 バーサーカーにはキャスターの言っていることが理解できなかったが、近くに居ることだけは理解できた。キャスターもバーサーカーの言葉通りだと、そのことを肯定していた。

 

 

「ならば逆に質問するが、お前のマスターはどこだ?」

 

「ここにいるぜ?」

 

「……そのデコが広いサイドポニーの女か?」

 

「ああ、そうだ」

 

 

 ならば、今度はキャスターがそれを聞く番だと言う感じで、バーサーカーへマスターの所在を尋ねた。するとバーサーカーは横にいる刹那に指を刺し、これが自分のマスターだと話したではないか。

 

 だが、キャスターはそのことでかなり驚いた様子を見せ、疑問視していた。故に再び尋ねれば、バーサーカーはあっけらかんとした態度で間違いないと言うだけだった。

 

 

「……なんだと? 本当にその醜いアヒルの子がマスターなのか?」

 

「嘘ついてどうすんだ? つーか俺の大将に何言いやがる!」

 

「……どうやら嘘ではないようだな……」

 

 

 キャスターは刹那がマスターだと聞いて、そんなはずがないと思った。このキャスター、当然マスターは転生者だ。転生者であるマスターから、キャスターはこの世界の情報を得ていた。この世界は”ネギまという漫画の世界”であるということを。その世界の住人たちのことを。故に、刹那が転生者ではなく、この世界の住人であることを一目で理解したのだ。

 

 また、サーヴァントを召喚出来るのは基本的に、神からそういった特典を貰った転生者のみだ。しかし、バーサーカーが言うマスターは、この世界の住人だ。それは普通はありえないことだと、キャスターは考えて疑っているのである。

 

 ならば、そこでキャスター少し試してみようと考えた。キャスターは刹那を”醜いアヒルの子”に例え、バーサーカーへそれを再び尋ねたのだ。するとバーサーカーは嘘を付くメリットはないと話つつ、今のマスターへの例えに激怒した。バーサーカーはマスターである刹那を馬鹿にされたと思い、すさまじい怒りを見せたのである。

 

 そんな怒れるバーサーカーの反応を見たキャスターは、バーサーカーの話が真実であることを理解した。嘘だとするならば、マスターを馬鹿にするななどと言って怒り出しはしないと考えたからだ。

 

 ……それもそのはず、このバーサーカーは転生者がヘマをしたが故に、刹那が呼び出したサーヴァントだ。本来ならば特典を用いた転生者が、他のサーヴァントを呼び出すことが出来るものだ。だが、転生者はそれに失敗し、結果的に刹那がその特典によって、バーサーカーを呼び出したということだからだ。

 

 

「テメェ! 大将を馬鹿にするっつーんなら、ガキでも容赦しねぇぞ!」

 

「こんなところで暴れたらマズイですよ!」

 

「……何を言っている? 見たまんま醜いアヒルの子だろう?」

 

 

 バーサーカーは今のキャスターの言葉で完全に頭に血が上ってしまったようで、キャスターを掴みかかる勢いで叫びだした。周囲の人もその怒鳴り声に反応し、バーサーカーの方を揉め事なのかと思って、そこに視線を移しだしたではないか。

 

 刹那もこの状況はマズイと思い、バーサーカーの振り上げた腕をつかみ、必死になだめようとしていた。だが、キャスターはそんなバーサーカーの態度にも臆せず、むしろアホを見る目で同じ例えの答え合わせを始めたのだ。

 

 

「最初は周りと違う姿ゆえに疎まれるが……、最後は自分の正体を知り仲間を得て、その白く美しい翼を使い空へと羽ばたく。どこに間違いがある?」

 

「ぐぬっ……、チッ」

 

 

 キャスターは刹那を”醜いアヒルの子”に例えた。それは生まれた時こそ醜い姿ゆえに、攻め立てられて追われるが、最終的には自分の成長した姿を見て自分を知り仲間を得て終わる。その醜いアヒルの子の内容と刹那のこれまでの人生が、重なって見えたからである。最初から”白”かったりと色々違いはあるが、なんとも似たような内容ではないかと、キャスターは思ったのだ。

 

 それをキャスターがバーサーカーへ聞かせれば、バーサーカーも悔しそうにしつつも仕方なさそうに黙った。バーサーカーは”醜い”と言う言葉に怒りを覚えたが、最後にキャスターが”美しい”と言葉にしたからである。

 

 

「……あなたは私のことを知っているんですか……?」

 

「間接的かつ情報としてだが……、いや、なんでもない……。少々口が滑っただけだ、気にしないでくれ」

 

「はぁ……」

 

 

 しかし、刹那はその説明を聞いた時、このキャスターがまるで自分の全部を知っているような物言いだと思った。そうでなければ、そこまでスラスラと自分の過去までを考慮した例え話など出来るはずがないと、刹那は考えたからだ。それをキャスターに尋ねれば、はぐらかすかのような言葉をこぼした。

 

 キャスターは自分の転生者であるマスターから聞かされた内容のみで語ったと言いたいのだが、刹那にはそれが理解できなかった。また、キャスターも理解できるとは思っていなかったので、口が滑ってしまっただけだと、渋った様子で語ったのである。

 

 

「……あの……、あなたも誰かに召喚されたサーヴァント、というものなんですか?」

 

「そうだ。俺もマスターに召喚されたサーヴァントだ」

 

 

 刹那もどういう訳なのだろうかと不思議に思ったが、その他にも疑問があった。バーサーカーは目の前の子供をサーヴァントと言った。すなわち、誰かが呼び出した存在と言うことになる。さらに言えば、”サーヴァント”であるバーサーカーは他の使い魔や式神なんかよりも、非常に強力な存在だった。

 

 これほどまでに力を持つ使い魔など、本来ありえないことを知った刹那は、”サーヴァント”が普通ではないと思っていたのだ。だから、それが本当なのかどうか、キャスターへと尋ねたのだ。

 

 キャスターはその問いを肯定した。自分も今のマスターに召喚されたサーヴァントであると。むしろ、通常の形として召喚されたのは自分であると、キャスターは思っていたのである。

 

 

「しかし、何が好きで俺のような三流サーヴァントを、しかもこんな姿で召喚したんだか。まったく理解に苦しむ」

 

「どうしてです?」

 

「さっきも話したように、俺は戦闘力が皆無だ。ただの役立たずだ。オマケに自分で言うのもなんだが毒舌だ」

 

 

 そんなキャスターだったが、どうにも納得できない部分があった。何せ自分は最弱で役に立たないサーヴァントだと、キャスターは考えていたからだ。

 

 さらにこのような子供の姿で呼ぶなど言語道断。本来サーヴァントとは全盛期の姿で呼ばれるものだ。だと言うのに子供の姿で呼ぶなどと、片腹痛いどころではないとキャスターは思った。いや、むしろ子供の時こそ才能溢れた全盛期なのだろうとも、考えてはいた。むしろ、こっちの理由の方がまだマシだとさえ思っていたのだ。

 

 刹那は饒舌に話すキャスターの言葉がよく理解できなかった。サーヴァントとは使い魔の意味でもある。その言葉はバーサーカーとであった後に知ったが、サーヴァントとは使い魔の一種であることだと刹那は理解していた。

 

 また、刹那もあまり出来のよくない式神を操ることが出来るので、キャスターの言っていることのどこがダメなのかわからなかったのだ。まあ、それでも刹那はバーサーカーを使い魔というよりも恩人、または相棒のような存在だと思っているのだが。

 

 その疑問にもキャスターは答えた。先ほども言葉にしたとおり、自分は戦闘力がまったくないただの役立たずだと。それに、自分はどうしようもなく口が悪い。話せば罵倒雑言のオンパレードだ。普通に考えて、それこそ結構ウザいだろうし、頭にくるはずだと自分でさえ思っていたようだ。

 

 

「そんな俺のようなどうしようもない三流サーヴァントを呼ぶなら、もっと格が高い大英雄を呼んだ方が得だろう」

 

 

 また、好きなサーヴァントを呼び出す特典をマスターは使ったのだ。こんな本棚の隅にでもしまっておいても問題ないような三流サーヴァントを呼ぶならば、もっと強力なサーヴァントを呼んだ方が明らかに得だと思っていた。

 

 そう、たとえば白銀の太陽の騎士や、黄金の鎧の施しの英雄などだ。ハッキリ言えばこんな戦闘もまともに出来ない自分より、彼らの方がよっぽど役に立つし強くて頼りがいがあるだろうと、キャスターは常々考えていたのだ。

 

 

「俺のマスターはさぞ崇高な人間か、あるいは解放奴隷以上のマゾだな」

 

「そこまで言ってしまうんですか……」

 

「当たり前だ。俺を呼ぶようなマスターだぞ? 明らかにどうかしている!」

 

 

 故に、そこでキャスターは自分のマスターを扱き下ろすようなことを、高笑いしながら語った。それを聞いた刹那は、キャスターへとそれについて咎めるようなことを言った。しかし、キャスターは自分の発言を当然だと断言し、自分のマスターは頭がおかしいとさえ言い放ったのである。

 

 

「まあいい、今のような質問攻めを受けるのも面倒だ。少しぐらい質問に答えてやる。知っていることなら情報を提供してやろう」

 

「そうですね……」

 

 

 とまあ、マスターの愚痴を長々と語ってしまったが、今のように質問があるのなら答えてやると、キャスターは刹那たちへ問いかけた。ならばと刹那は思い、手を顎にあてながらその質問を考えはじめた。

 

 

「なら、あなたやバーサーカーさん以外にも、同じようなものは存在するのでしょうか?」

 

「ほう、そいつのクラスはバーサーカーか。確かに頭のゆるさを考えればバーサーカーと言えなくもないか」

 

「おいおい、確かに俺は馬鹿だが、アンタに馬鹿にされる筋合いはねぇ……」

 

 

 刹那はバーサーカーは目の前のキャスターのような、規格外の使い魔である”サーヴァント”が存在するのかどうか尋ねて見た。するとキャスターは目の前の筋肉のクラスがバーサーカーと言うことを知り、その本人へと馬鹿にするようなことを言い出したではないか。自分は馬鹿だと認める流石のバーサーカーも、キャスターにそう言われる筋合いはないと、怒気を含んだ声を出していた。

 

 

「……しかし、バーサーカーだというのに理性を保つとはな。特殊なスキルでも持っているとしか思えん」

 

「それってそんなに珍しいことなんですか?」

 

「珍しいも何も、バーサーカーは基本暴走状態だ。話すことなどままならないのが普通だ」

 

 

 ただ、キャスターはそれ以上にバーサーカーが理性を保ち会話していることに驚いた。本来ならばありえないことだからだ。しかし、刹那にはそれもおかしいとは思ってなかった。

 

 何せバーサーカーと聞いたものの、刹那もどこが狂戦士(バーサーカー)なのか、まったくわかっていなかったからだ。それに、本来のバーサーカーを知らぬ刹那には、目の前のバーサーカーこそが普通だと思ってしまっていたのである。

 

 故に刹那がそれが珍しいことなのかと聞けば、キャスターは当然だと言葉にした。珍しいどころではく、本来のバーサーカーからはかけ離れている状態だと。むしろ、そこのバーサーカーが異常だと。

 

 

「それ以外にも、話すことは出来ても基本的に意思疎通は出来ない。そいつがバーサーカーであるならば、本来そうやって普通に会話することなど到底不可能だ」

 

「そうだったんですか……」

 

「だが、そいつは例外的に会話できている。ならば、特殊な効果のあるスキルを持っているとしか思えん」

 

 

 そう、バーサーカーとは本来暴走した状態がデフォルトだ。意思疎通はほぼ不可能、会話することさえ出来ないのが基本だ。確かに話が出来るバーサーカーも存在するが、それでも”会話”は不可能に等しい。それをキャスターが長々と説明すると、刹那も納得した様子を見せていた。だが、例外というものも存在する。キャスターはそこのバーサーカーが意思疎通出来るなら、何らかの要因があるのだろうと述べていた。

 

 

「まあ、確かに俺の狂化は普通じゃねーがな」

 

「ほう、バーサーカーのクラススキルである狂化が特殊な効果だったのか」

 

 

 バーサーカーはキャスターの会話を聞き、自分の狂化こそが例外の一つだと話した。バーサーカーの狂化は本来の狂化とは異なる仕様であり、ランクもEと相当低い。そのため、こうして普通に会話が出来るというものだ。キャスターもバーサーカーのその言葉に、そうかそうかと納得していた。

 

 

「そういうことだ。だが、どんな効果なのかまでは話せねぇ」

 

「別に聞く必要はない。どうせお前となど戦わんのだからな」

 

 

 それでもバーサーカーは、それ以上の情報を与えようとはしなかった。狂化が特殊だからこそ会話が可能であるとは教えたが、その効果は教えなかったのだ。何せ相手もサーヴァント。用心をするにこしたことはないからである。

 

 キャスターもそのバーサーカーの態度を特に気にする様子もなく、別にかまわないと話した。どうせ目の前のバーサーカーと戦うこともないのだ。それを聞いたとしても意味のないことだと、キャスターは思っているからだ。それに、その効果を聞いたところで、バーサーカーを倒せるかと言えばノーでもあるからだ。

 

 

「しかし話が脱線したな。先ほどの質問を答えるとしよう」

 

 

 まあ、狂化のせいで話がそれてしまったが、先ほど受けた質問を答えるとキャスターは仕切りなおした。

 

 

「答えは”存在する”だ。俺やそこのヤツ以外にもサーヴァントは存在する」

 

 

 キャスターの答えは、自分たち以外にもサーヴァントは存在するというものだった。何せ無数にいる転生者の中に、自分のマスターのような特典を貰ったものも、必ずいるはずだと思っているからだ。

 

 

「だが、俺も自分以外のサーヴァントと会うのはこれがはじめてだ。存在するとは言ったが実際見た訳ではない」

 

「そうなんですか……」

 

「つまり確証はねぇってことじゃねぇか」

 

 

 そうは言ったキャスターだったが、サーヴァントに会うのははじめてだった。つまり、実際見たことはないので確証はないということでもあった。刹那はその答えになるほどと思いながらも、本当にいるのかどうかはわからないと考えた。バーサーカーも実際見ていないのなら、絶対はありえないといちゃもんをつけていた。

 

 

「そう言われても証拠は出せん。ただ、こうして二騎のサーヴァントがそろったんだ。いてもおかしくはないだろう?」

 

「確かにそう言われりゃそうだな……」

 

 

 とは言え、ここに二人のサーヴァントがいるのだ。他にサーヴァントが存在しても、何もおかしなことはないと、キャスターは静かに語った。バーサーカーもそう言われれば、そうかもしれないと考えた。偶然にせよ、こうしてサーヴァント同士が出会ったのだ。他にいてもなんら不思議ではないと思ったのである。

 

 

「さて、もう質問はないか? 後で聞き忘れがありました! などとほざいてもらっては困るぞ」

 

「……つーかサーヴァントがこんなところで何やってんだ?」

 

 

 キャスターは今の質問を終え、別に質問がないかを尋ねた。聞き忘れがあったら困る、すごく面倒だと、演技っぽくイヤミな感じで二人へと言ったのである。すると今度はバーサーカーが、サーヴァントなのにこんなところで何をしているのかと、素朴な疑問を打ち明けたのだ。

 

 

「何? 見てわからんのか?」

 

「ああ、全然わからねぇ」

 

 

 キャスターはバーサーカーの質問に、何故わからんと言う顔で聞き返した。しかし、バーサーカーはとぼけた様子もなく、まったくわからないと言い出したのだ。

 

 

イベント(ここ)薄い本(これ)を売っているだろうが! お前には目が付いていないのか? 馬鹿め!」

 

「なっ!?」

 

 

 なんという馬鹿さ加減だと言う感じで、そのバーサーカーの疑問に答えるキャスター。目の前に並ぶものが見えないのかと、バーサーカーを小馬鹿にした感じでそれを述べた。またバーサーカーは、その饒舌なキャスターにまくし立てられ、一瞬あっけに取られていた。

 

 

「なんというバーサーカー脳だ。その筋肉だらけの体同様、脳まで筋肉で出来ているのか? 四天王の名が泣くぞ?」

 

「何だとぉッ!?」

 

 

 いやはや、目の前のものすら見ずに、そのような馬鹿な質問をしてくるとは愚か過ぎると論じるキャスター。まさにバーサーカー。筋肉ダルマとは頭の中まで筋肉なのかと、高笑いしながらバーサーカーを扱き下ろす。しかし、その一文にはバーサーカーの正体を匂わせるようなことも含んでいた。が、バーサーカーは今のキャスターの口撃で完全にキレてしまい、それに気が付いてはいなかったようだ。

 

 

「しかもなんだ、そのおかっぱでのキンキンの金髪は! 面白すぎて笑えてくるぞ! そしてそのダサいサングラス。明らかにただの不良そのもの!」

 

 

 そんなキレて血管を浮き出させるバーサーカーへ、さらにさらにまくし立てるキャスター。髪はキンキンの金ぴか、サングラスをした白シャツ。まさに不良。ヤンキーのそれだ。何と情けないことか、それでもこの日本を代表する大英雄なのだろうかと、キャスターはやれやれと言う様子でそれをすばやく言葉にしていた。まあ、この金ぴかな髪の色は元からなのだが。

 

 

「俺以上にサーヴァントらしからぬサーヴァントだな! 俺よりも現世に毒されてしまっているようだ」

 

「喧嘩売ってんのかテメェ!?」

 

「俺の話を聞いてなかったのか? 俺が売ってるのは喧嘩ではなく薄い本だと言ったはずだろう?」

 

 

 随分とまあ現世を楽しんでらっしゃる。キャスターはそう笑いながら言葉にしていた。バーサーカーは何度もキャスターに馬鹿にされ、とうとう怒りの叫びを上げ始めた。そんなバーサーカーにキャスターは臆せず、目の前にあるものを売っているのであって、喧嘩ではないとまたしても馬鹿にした様子で述べていた。

 

 

「テメェも十分現世に毒されてるだろうが!」

 

「当然だ。俺は流行に敏感だからな……」

 

 

 だが、そこまで言われてバーサーカーも黙ってなどいない。キャスターこそ現世を満喫しているではないかと、大声で言い放った。ヘッドフォンを首にかけ、手元にはノートパソコン。さらにはこのイベントに参加し、楽しんでいる。明らかに現世に染まってしまっているではないか。

 

 しかし、バーサーカーにそう言われてもキャスターは特に気にせず、むしろ当然だと偉そうに豪語した。何せこのキャスター、流行に敏感だ。流行こそが作品を書き上げる近道だと考えるャスターは、常に流行りに目を光らせているからである。

 

 

「しかし、……本当にお前は俺とは逆で、見た目は大人で中身は子供だな」

 

「あぁ?」

 

「……だが、人生を無価値にしか出来なかった大人(オレ)よりも、その方が好ましい」

 

 

 ただ、ここでキャスターはトーンダウンした様子で、バーサーカーを大人でありながら子供だと評した。そう、このバーサーカーは見た目こそマッチョな兄ちゃんだが、中身は子供に等しいのだ。キャスターもこの程度の挑発に乗せられているばーサーカーを見て、それを理解したのである。

 

 それをキャスターに当てられたバーサーカーは、突然何を言い出すんだと思った。するとキャスターは、そのことについて、むしろ羨ましいと言う様子で、その方がいいと静かに言葉にしていた。

 

 キャスターは自分の人生に価値を感じていない。70歳まで生きたキャスターだったが、もっと早く死ぬべきだったと思っているほどだ。そんなつまらない大人なんかよりも、子供のままの精神で元気に暴れまわっていた方が、はるかに有意義だと思ったのである。

 

 

「せいぜい子供のヒーローを演じるんだな。お前にはそれがお似合いだ……」

 

「ハッ! テメェに言われる必要もねぇ!」

 

 

 そんな子供であるお前には、子供を守るヒーローこそふさわしい。キャスターは先ほどとは逆にバーサーカーを褒めるように、その口を開いた。と言うのも、キャスターは散々バーサーカーを馬鹿にしたが、そこだけはしっかりと評価していた。暴れん坊にて怪力無双なバーサーカーだが、昔話として語り継がれていることも、弱いものの味方であることも、キャスターは見逃してはいなかったのである。

 

 貶すだけが批評ではない。キャスターは悪い部分こそ叩きに叩くが、良い部分もよく見てちゃんと評価する、それこそが彼だ。批評に命を賭けるキャスターだからこそ、真摯で真っ当な評価を下すのだ。

 

 突然真面目に語りだしたキャスターに、バーサーカーはニヤリと笑って当たり前だと豪語した。誰かにそれを言われる必要などはない。それが当然だと思っているから、子供のヒーローであると心がけている。バーサーカーはキャスターの今の態度で、怒りが分散して消えてしまったようである。そう言う意味ではこのバーサーカー、かなり単純であるとも言える。

 

 

「おっと、言うのを忘れていたが、俺の回答を有意義と感じたならば、せめて一冊は買って代金を置いていけ」

 

「はぁ……」

 

「コイツ、マジで中身はおっさんだな……」

 

 

 だがキャスターは、いい話をした後に自分の教えたことがためになったと思うならば、金を置いていけと言い出した。刹那はそんなキャスターに、ちょっと呆れた声を出していた。バーサーカーも、ここで金銭を要求するなど、このキャスターはやはり中身は子供ではないと考えながら、同じように呆れていた。

 

 

「あのー、何かあったんですか?」

 

「いえ、特に何があった訳でもありませんが……」

 

 

 そんな時、そっと現れたネギ。ネギはバーサーカーと刹那が離れたところに居るのが気になったようだ。だから、刹那のところへやってきて、何かあったのかと聞いてみたのである。

 

 ただ、刹那もここで何があったかと言われれば、特に何もなかった。しいて言えば、目の前のキャスターに質問していたぐらいだ。故に刹那は、別に何もなかったと言葉にしたのである。

 

 

「ふむ、そこの少年が”主人公”か。はて、マスターから聞いた話とは、少し違う感じだが……」

 

「主人公……?」

 

 

 そのネギを見たキャスターは、ネギを主人公と称した。キャスターはこの世界の知識を教えられていたので、すぐにそれがわかったのだ。しかし、キャスターはネギを見て違和感を覚えた。転生者であるマスターから聞かされたネギ像とは、少し違う感じを受けたからだ。また、ネギは主人公と言われ、まったく理解出来ない様子でそれを聞き返していた。

 

 

「何、ただの独り言さ」

 

「そうですか」

 

 

 だが、そのネギの質問には答えることは出来ない。何故ならこの世界の主人公などと話したところで、どの道意味などわかるはずもないからだ。そのためキャスターは独り言が漏れただけだと話した。ネギも不要なことを聞いてしまったと思い、キャスターの言葉に納得した様子を見せていた。

 

 

「とりあえずみんなのところへ戻りましょうか」

 

「はい」

 

「何もしてねぇのにくたびれたなぁ……」

 

 

 ネギが呼びに来たのだから、とりあえず戻ろうと刹那は提案した。ネギも元気な返事でそれを返し、バーサーカーも刹那たちの後ろを疲れた顔で歩くのだった。

 

 そんな彼らを見送るように、何も言わずに眺めているキャスター。その時、キャスターの後ろから一人の少女が現れたのだ。

 

 

「あら、彼らが例の……」

 

「なんだ、思ったよりも早い戻りだな……」

 

「こういう場面はすばやさが何より大事ですからね」

 

 

 それこそがキャスターのマスターである少女だ。年齢は刹那たちよりも少し年上と言ったぐらいの長い黒髪をなびかせた少女で、高校生ほどに見受けられる。が、その年齢や外見以上の色気をかもし出し、非常に悩ましい体つきをしていた。

 

 キャスターは主人の帰還を察知し、特にそちらを振り向くことなくマスターへ話しかけた。もっと時間がかかると思っていたが、案外早く戻ってきたと。それに対してマスターの少女は、すばやさが重要故に早く終わったと答えていた。

 

 

「……しかし、またもや大量に買い込んできたな……」

 

「ええ、これで後半年間は戦えましょう」

 

 

 また、マスターの少女が中身が満載の大きな紙袋を二つほど、キャスターの目の前のテーブルへとそっと置いた。キャスターはそれを見て、随分買い込んだと、呆れた顔で関心しながら、ようやくマスターの方へと体を向けたのだ。そんなキャスターへとマスターの少女は、満面の笑みで半年は持つと言葉にしていた。

 

 

「それにしても、ふふふ……。いつ見ても彼はとても可愛らしい少年ですね」

 

「……はぁ~、まったくマスターの趣味はまったく理解できん。虫唾どころか反吐が出る……」

 

「そこまでおっしゃらなくても良いではありませんか?」

 

 

 しかし、そこでマスターの少女は、ふと歩いて去って行くネギの後姿を見て、突然笑い出した。さらにゾクゾクと快感を覚えるように小刻みに震え、悦に入っていたのである。……このマスターの少女、重度のショタコンだったようだ。

 

 そんなマスターへキャスターは、ため息をしながら肩をすくめ、この女の趣味はまったく理解出来ない、いや、したくもないと毒を吐いた。だが、そんなキャスターの毒を真正面から受け止め、妖しげな微笑みながら、そこまで言わなくてもと言葉にしていた。

 

 

「と言うよりだ。彼がお気に入りならば、何故近くに行かない? 話しかけない? 意味がわからんぞ?」

 

「何故と言われましても……」

 

 

 そんなマスターを無視し、キャスターは自分の疑問を打ち明けた。あの主人公(ネギ)がお気に入りならば、何故近くに行かないのだろうかと。話しかけないのだろうかと。マスターの少女はその問いを聞かれ、困った様子を見せながら、その答えをゆっくりと紐解いていった。

 

 

「彼の近くに居れば、その無垢な少年の心をつみとってしまうやもしれませんからね……」

 

「あぁー! なんという最低な答えだ! 聞いたのが間違いだった! 一瞬おぞましいほどの悪寒を感じたぞ!」

 

「何をおっしゃいますやら。かもしれないと言う可能性の話ではありませんか」

 

 

 マスターの少女は非常に紅潮した顔で、とんでもないことを言いのけた。なんということを言うのだろうか。この少女はネギを襲ってしまうかもしれないと、そういう意味に取れる言葉を言い放ちやがったのだ。キャスターはそれを聞くや否や、頭を抱えて苦悶の表情で絶叫した。こんな答え聞きたくなかった、やめておけばよかったと。だが、そんなキャスターへと、可能性の話だと少女は訂正していた。いや、可能性があるだけでも十分恐ろしいことだが。

 

 

「お前のその可能性とやらが現実になりかねんから恐ろしいのだ……!」

 

「それはそれで私にとっては最高の状況というものでしょう?」

 

「その気持ちの悪い笑顔を俺に向けるな! 本気で気味が悪い! 全身の毛と言う毛が逆立ち、蕁麻疹が体中を駆け巡っただろうが!」

 

 

 さらに言えばこの少女、可能性が現実になる確率の方が高いだろうと、キャスターは反論し戦慄していた。そんなキャスターへと、むしろそれこそウェルカムだと、少女は淫らな笑みを浮かべ舌で唇を舐めずっていた。

 

 うわ、なんだその顔は。キャスターは心底嫌そうな顔でマスターの少女を見ていた。おぞましすぎて反吐が出る、本気でやめてくれ、と言いたげな、そんな軽蔑の眼差しだった。

 

 

「はぁ~、いいですわ、その罵倒……。それこそ至高の喜び、最高の褒め言葉と言うもの……」

 

「…………」

 

 

 あぁ、だがそれもマスターの少女には甘味なものだった。そのキャスターの罵倒すらも、マスターの少女には蜜の味がする褒美でしなかったのだ。もはやキャスターはそんなマスターを見て絶句し、完全に黙り込んでしまった。これはもう何を言っても無駄だと、むしろ言うだけマスターを悦ばせるだけだと。あの時キャスターが刹那らに言った言葉は、間違いなく本当だった。真性のマゾ、ブタすら恐れる被虐精神の塊だったのである。

 

 

「……何でこんなヤツに俺は召喚されてしまったんだ……。本気でお前に召喚されたことを後悔してきたぞ……」

 

「別に損だけではないでしょう? あなたもこうして好き勝手やっているのですから……」

 

「……そう言われてしまうと俺も弱いな……」

 

 

 キャスターはこの少女に召喚されたことを、ここに来て本気で後悔した。こんなマスターだと知っていたら、召喚なんぞされなかったと。ただ、少女の転生者としての特典がそれを許すはずもなく、確実に召喚されてしまった可能性はあるのだが。

 

 また、マスターの少女はしれっとした態度で、キャスターも十分甘い汁を吸っているのだからさほど悪いことでもないだろうと、言葉にしていた。

 

 キャスターもそれを言われてしまえば何も言えなくなったようで、やれやれと言う顔でため息をついていた。こうやってこのイベントにやって来て小遣い稼ぎをしたり、色々好きなことをやっているからだ。それでは仕方がないと、キャスターも半分諦めていたのである。

 

 

「……まあ、しかしだ。マスターが言うような”闇”と言うものを、少年からは感じなかったが……」

 

「……そうですか。なら、きっと()()が彼の闇を取り払ってくれたのでしょう……」

 

「つまり、マスターが言う”イレギュラーな出来事”、と言うことか」

 

 

 だが、そこでキャスターは突然真面目な表情となり、ふと思い出したかのようにネギのことを言葉にした。それはネギからは、”原作どおり(マスターのいうよう)”な闇を感じなかったということだった。このキャスター、スキルに人間観察をAランクで獲得している。すなわち、他者への観察眼は非常に鋭いのだ。

 

 故に、キャスターからそう言われれば、マスターの少女もそれを疑わずに素直に信じたのである。そして、”闇”がないのであれば、何物かが”原作崩壊”させたのだろうと述べた。キャスターもそれのことをイレギュラーな出来事が起こったということだと理解し、腕を組んで悩む様子を見せていた。

 

 

「そうでしょうね。ですが、いい方向に進む分には、悪いことではないでしょう」

 

「まったくだ。それに無理難題を乗り越えるのは、ギリシャの大英雄だけで十分だ」

 

 

 ただ、イレギュラーなことだろうが、それがいい方向だというのならば、問題はないと語るマスターの少女。何か悪い方向に進んでしまったのなら困るが、そうでないならむしろ喜ばしいことだと、微笑んでいたのである。

 

 キャスターも意見は同じだったようで、主人公(ネギ)があの齢で苦労するぐらいなら、その方がよいと口にしていた。あの齢で人並み以上の苦労するなんぞしなくてもよいと、キャスターは思っていたのだ。

 

 

「……しまった、俺としたことが。奴らに我が努力の結晶を買ってもらうのを忘れていた」

 

 

 しかし、キャスターは最後の最後、一つ忘れていたことを思い出した。それは先ほどの刹那たちへの問いかけへの報酬だ。まあ、それはそれでしょうがないとキッパリ諦め、キャスターは再び自分の作品の販売を始めるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 市民プール。そこは暑い夏を乗り切るオアシスのような場所だ。そんなところへ来たのは夕映、のどか、ハルナの三人、それとアーニャとネギであった。ただ、プールサイドで遊んでいるのは夕映とのどかとアーニャの三人だけで、ネギやハルナは近くで泳いだりしていた。

 

 

「この前の海とは違う感じねー」

 

「波がありませんからね」

 

「海は海で広かったけど、こういうのも悪くないわ」

 

「楽しんでくれてるようでよかった」

 

 

 波もなく塩っけのない海とは違った新鮮さを感じるアーニャ。夕映もアーニャが新しい発見で期待を膨らませているのを見て、海との違いを淡々と説明した。また、アーニャは海も確かに面白かったが、こういうところで遊ぶのも目新しくてよいと大いに喜んでいた。そんなうかれるアーニャを見て、のどかも誘って正解だったと頬を緩ませていたのだった。

 

 

「んー」

 

「どこを見てるんですか?」

 

「えっ!?」

 

 

 しかし、そこでアーニャは何かを探すような素振りを見せ始めた。一体どうしたのだろうかと夕映はアーニャへ声をかければ、アーニャはビクリと体を震わせ驚いた様子を見せたのだ。

 

 

「いえ、日本の女の人は大きくないと思って……」

 

「大きくないって、やっぱり胸?」

 

「当たり前じゃないですか!」

 

 

 するとアーニャはちょっと挙動不審になりつつ、何かの大きさについて話した。のどかは何のことだろうかと考え、もしや胸の話ではないかと尋ねれば、案の定アーニャは当たり前だと豪語したのだった。

 

 

「前々から思ってたんですが、何故そこまで胸の大きさにこだわっているですか?」

 

「そっ、それは……、大きい方が有利だし……」

 

「確かにそうかも……」

 

 

 夕映は前からアーニャが胸に随分執着していることを疑問に感じていた。なのでそれを聞いてみれば、大きい方がいいからだと、恥ずかしそうに小さな声でアーニャは答えた。その答えは間違ってないと思ったのどかも、自分の胸を見て残念そうな顔をしながら、確かにそうだと言葉にした。

 

 

「でも、アーニャちゃんは私たちよりも小さいですから」

 

「まだまだ成長途中だし、大きくなるかもしれないよ?」

 

「だといいけど……」

 

 

 ただ、アーニャは自分たちよりも年下なので、そこまで焦る必要もないのではないかと夕映は話した。アーニャとてまだ11歳、育ち盛りというものだろう。のどかもアーニャはこれから大きくなるはずだと、優しく言い聞かせていた。それならそれでいいのだが、本当に大きくなるのだろうかと、アーニャも自分の胸を見ながら、不安そうな声を出したのだった。

 

 

「私たちはこの年でこれですから……」

 

「ちょっと望みが薄いかも……」

 

「二人とも……」

 

 

 そして、夕映も自分の胸を見て、自分たちの年齢でこれでは絶望的だと話した。のどかも同じ気持ちだったらしく、同じようなことを言いつつ、悲しみを滲み出していた。そんな二人を見たアーニャも哀れみを感じたらしく、二人に対して言葉を失ってしまったようだ。だが、その場で三人はヒシッと体を寄せて抱きしめあい、その絆をさらに深めたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 また、これはある日のエヴァンジェリンの別荘の中。アスナたちはそこで修行をしていた。そんな時、そこへ珍客が現れたのだ。

 

 

「よー、みんな! 久々だねぇ」

 

「みなさん、お久しぶりです」

 

「朝倉じゃん。それとマタムネさんも」

 

 

 それはあの和美だ。同じくその足元にマタムネも同行し、この別荘へとやってきたのだ。和美は元気よく、マタムネは静かにアスナたちへ挨拶した。アスナもそれを見て、珍しい人が来たという顔で声をかけたのである。

 

 

O.S(オーバーソウル)っていうのには触媒が必要だってマタっちから聞いてさ、さよ用に何かないか捜してきたんだよ」

 

「ほえー、ありがとなー」

 

「嬉しいです! ありがとうございます!」

 

 

 和美は木乃香の側に居るさよに用があった。何故なら和美はさよ用の触媒を探してきたからである。それに対して木乃香とさよは素直に喜び礼を述べた。確かに触媒なら覇王がくれた銅の扇子がある。が、触媒は多くても問題はないし、色んな触媒を応用すればいいからだ。まあ、さよとの相性もあるのだが、精霊となったさよならばその当たりの問題もクリアできているのだ。

 

 

「マタっちを見て思ったんだ。さよもマタっち見たいに動けるようになればいいかなーって思ってさ」

 

「そーいやマタムネはんは一人で出歩けるんやったねー」

 

「ちょっとうらやましいです」

 

「これも覇王様が与えてくれた触媒と巫力のおかげです」

 

 

 和美はマタムネの様子を見て、さよも同じようなことができるようになればいいな、と思った。木乃香も和美の話を聞いて、マタムネが少し特殊なO.S(オーバーソウル)であることを思い出した。そしてさよも、マタムネが地面を足で踏んで歩けることを、少し羨ましいと言葉にしたのである。また、そう言われたマタムネは、主である覇王のおかげだと述べるだけであった。

 

 

「つまりさよもマタっちと同じようにすれば、一人で出歩けるんじゃないかって思ってさ!」

 

「確かに、やれないこともあらへんね」

 

「でも、一応私は精霊になったんで、この状態でもある程度フラフラ出来ますけど?」

 

 

 マタムネを参考に同じような状態にすれば、さよも一人で出歩けるのではないかと、和美は考えていた。それを説明された木乃香も、出来なくはないかもしれないとチャレンジ精神を見せて意気込んだ。ただ、さよはすでに自縛霊ではなく精霊となっており、ある程度色んなところへ移動できる。だからさよは、そのことを考えてどういう訳なのかと聞いたのだ。

 

 

「そうじゃなくってさぁ、マタっちって特殊な感じじゃない? お風呂にも入るし寝るし」

 

「そーいやそーやなー」

 

 

 和美はさよの疑問に、そうではないと言葉にした。マタムネは幽霊でありながら、風呂にも入るし布団で寝ることもできる、なんというかちょっと変な幽霊だ。ならば、さよもそれができる様になるのではないかと、和美は考えていたのである。木乃香もそれを言われれば、マタムネの異様っぷりは納得せざるを得ないと、コクコクと頷いていた。

 

 

「ちゅーことは、さよもマタムネはんみたいに、お風呂に入ったり寝たりさせてあげたいんやな?」

 

「そういうこと!」

 

「そんなことが出来るようになるんですか!?」

 

 

 つまるところ、和美はさよにお風呂に入ったり寝たりできるようになってほしいという訳だった。木乃香がそれを言い当てれば、和美も嬉しそうに肯定した。また、さよはそんなことが可能になるのかと驚きながら、目を輝かせていた。

 

 

「小生と同じ身となれば、出来なくはないでしょう」

 

「んじゃ、早速やってもらおうかねー」

 

「ええけど、その触媒っちゅーんは?」

 

 

 マタムネも確かに自分と同じような状況にできるなら、可能だと述べた。それでもこのマタムネは1000年ほど長く生きたO.S(オーバーソウル)。簡単にはいかないだろう。しかし、そんなことなどやってみなければわからない。和美は今すぐ木乃香に挑戦してもらいたいと話た。だが、木乃香はそこで、肝心の触媒はどうしたのかと、和美にそれを要求したのである。

 

 

「はいこれ!」

 

「藁人形……?」

 

「そうだよ! マタっちと一緒に恐山まで足を運んで手に入れたレアアイテムよ!」

 

「恐山……とてもせつないところでした……」

 

 

 すると和美は何かをそっと取り出し、木乃香の手に乗せた。木乃香の手に乗せられたもの、それは古びた藁人形だったのだ。和美はこの藁人形を手に入れるためだけに、わざわざ恐山まで行って来たのである。中々大変だったと、和美はまるで武勇伝のようにそのことを笑って話し、マタムネもそれに同行した時の感想を目を瞑って静かに、そのことを思い出すかのように述べていた。

 

 

「よっしゃ! ならちょっとやってみよーか!」

 

「お願いします!」

 

 

 触媒も貰ったし、それならやってみようと意気込む木乃香。さよも成功を祈って嬉しそうに頼み込んだ。

 

 

「”O.S(オーバーソウル)”!」

 

 

 そして木乃香はさよとその藁人形を合体させ、さよの姿をしっかりイメージしたO.S(オーバーソウル)を作り上げた。するとそこには黒い学生服を着た、白髪の少女が二つの足で立っていたのである。

 

 

「おー! これがマタムネさんと同じ状態……!」

 

「気分はどーや?」

 

「すごくいいです! 久々に足を使って歩いた気がします!」

 

 

 さよは自分の体をマジマジと見て、これがマタムネと同じ状態なのかと言葉にした。木乃香はそんなさよへ今の気分を尋ねれば、絶好調だとさよははしゃいだ。普段から幽霊として宙に浮いていたさよは、自分の足を使って歩けることを大いに喜んだ。足を使って歩くのは生きていた時以来であり、久々に実感する地面の感触がたまらなく嬉しいのだ。

 

 

「いやー、喜んでもらえて嬉しいよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「よかったなー、さよー」

 

「我々が苦労した甲斐があったというものですな……」

 

 

 とても喜ぶさよを見て、和美も藁人形を取ってきた甲斐があったとしみじみ思い、笑顔を見せていた。さよはそこで深々と頭をさげ、その功労者たる和美へお礼をしたのだ。木乃香もさよの喜びようを見て嬉しく思い、明るく笑んでいた。マタムネも同じように、いやよかったと小さな笑いをこぼしたのである。

 

 

「でもO.S(オーバーソウル)やから、ふつーの人には見えへんよ?」

 

「あっ、そうでした」

 

「それが次の課題だねぇー」

 

「等身大の人形でもあれば、それを媒介にするだけでよくなるんですが……」

 

 

 とは言え、今の状態のさよはO.S(オーバーソウル)という形態に変わりはない。つまり、普通の人には見えないということだ。木乃香はそれを言葉にすると、さよもハッとしていた。和美はそれこそが次の課題だと腕を組んで考え、マタムネはそれなら等身大の人形でも用意するしかないと話したのだった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 さらにある日の出来事。会場では新体操の県大会が行われており、それにまき絵が出場していた。また、それを応援しに来たネギとカギ、アキラと亜子と裕奈の5人がその場にやってきていた。そして、大会は静かに終わり、残念ながらまき絵は県内4位に納まってしまったようだ。

 

 ……そういえばまき絵はあの銀髪のこと神威の術中に嵌り、惚れていた一人だ。結構昔から惚れていたようで、子供っぽいと言われていた演技も、神威のニコぽによりなんとか克服していたのである。まあ、結果的に言えばよかった話だが、ほうっておけば大変なことになっていたのも事実だろう。神威が退治されてよかったのは間違いないのだ。

 

 しかし、神威が倒されてニコぽの効果が切れた後のまき絵はどうなったかと言えば、さほど大きくそれを気にすることは無かった。ニコぽの効果は基本的に理由の無い惚れである。一目ぼれなども存在するが、どうして惚れたのかがまったくわからないのだ。故にまき絵は神威にどうして惚れたかわからなくなり、結果的に気の迷い程度だったと認識してしまったのである。

 

 なので、この大会での4位と言う順位に神威の出来事により影響は無く、単純に彼女の実力がそのぐらいだったということなのだ。所詮神威の影響力などたかが知れているということである。

 

 

「あれで県大会4位かー……。まき絵すごかったけどなー」

 

「新体操は奥が深いんだね……」

 

「あのレベルで県内4位とか、この世界の新体操って何なの? テニヌなの?」

 

 

 亜子はまき絵の演技を見て、非常にすごかったと感服していた。また、あれで4位とはどういうことなんだろうと思い、亜子の横を歩きながらそれを言葉にするアキラだった。

 

 そんな中、カギはこの世界の新体操はどうかしていると言い出した。さらに、たとえとして某テニス漫画を出していた。何故ならあのまき絵が4位と言うのなら、それ以上の人たちはどんな技が使えるのだろうかと、カギは頭を悩ませていたのである。

 

 

「いーや、あれは絶対優勝だったと思うね!」

 

「僕もそう思います!」

 

 

 そして、裕奈はまき絵の優勝を確信していたと、ありえないと言った様子で断言していた。ネギもその意見に賛同し、興奮気味に言葉にしていたのだった。

 

 

「あっ、まき絵さんだ」

 

 

 するとネギは、顧問の教師や部員と話し合うまき絵を発見した。遠くからでは様子があまりわからないが、まき絵ということはしっかりと理解できた。

 

 

「まき絵さ……」

 

「待て待て、我が弟よ」

 

 

 ならば労いの言葉をかけようと、ネギはまき絵を呼ぼうとした。だが、そこでカギがネギの肩に手を置き、待てと言ってネギを静止したのだ。

 

 

「兄さん……?」

 

「全力を尽くしての4位、さぞ悔しかろう。少しの間そっとしておいてやるのも優しさだ」

 

「……そうだね」

 

 

 ネギはどうしてカギが静止したのかわからなかったようで、そのカギの方を向き首をかしげた様子を見せた。カギはそんな不思議そうな顔をするネギへと、その理由を少し偉そうに話した。

 

 まき絵は己のすべてを出して4位になってしまったのだから、今はそっとしておいてあげたほうがいいと。声をかけて労うのも優しさだが、あえてそっとしておいてあげるのも優しさだと、カギらしからぬことを語って見せたのである。とは言えカギは一応”原作知識”を持つ転生者。この先のことを知っていたからこその行動でもあった。

 

 ネギもカギがそんなことを言うとは思わなかったと驚いた。が、確かに間違ってないし自分も浅慮だったと思い、ネギはその場で遠くからまき絵を見ているだけにした。

 

 

「あっ、みんな!」

 

 

 そこで少し経ったところで、まき絵はようやく元気を取り戻した。そして、ネギたちを見つけると、そちらへと駆け寄って行った。

 

 

「いやー、なんかみんなの前でカッコ悪とこ見せちゃったなー」

 

 

 まき絵は苦笑しながらカッコの悪い姿を見せてしまったと、恥じた様子で言葉にした。ネギたちに応援してもらっていたのに、4位で終わってしまったことを悔やんでいる感じだった。

 

 

「そんなことありません! まき絵さんは十分カッコ良かったです!」

 

「うん、とってもカッコ良かった。お疲れまき絵!」

 

 

 しかし、ネギは恰好悪いことなどない、むしろ格好良かったと、まき絵へと元気付けるように叫んだ。裕奈もそれに釣られ、ネギと同じように格好良かったと話し、労いの言葉を送ったのだ。

 

 

「お疲れ様、まき絵」

 

「お疲れ」

 

「お疲れさん!」

 

「……うん!」

 

 

 さらに亜子とアキラとカギも、まき絵へ微笑みかけてお疲れと声をかけた。まき絵はみんなからそう言われ、うれしそうな笑顔を見せていた。

 

 

「ああっ! 私の風船ー!」

 

 

 しかし、その時近くに居た子供が、握っていた風船を誤って手放してしまったようだ。その風船は高いところまで飛んでいってしまい、完全に手が届かなくなってしまっていた。

 

 

「とぅ! えりゃーっ!」

 

「おー、ありがとうおねえちゃん!」

 

 

 それを見たまき絵はすかさず持っていたリボンで、その風船を絡め取った。なんという早業だろうか。しかも風船本体ではなく、握る部分である糸を絡め取ったのである。とてつもない技術力だ。まき絵のその行動を見た子供は感激の声を出し、嬉しそうに礼を述べていた。

 

 

「あんな離れ業が出来るのに4位かー……」

 

「新体操は奥が深いんですね……」

 

「やっぱテニヌか何かなんじゃねーかな……」

 

 

 そんなまき絵の技を見た裕奈は、あれで県内4位であることに驚かざるを得なかった。魔法使いでもない普通の少女が、あれだけの技を体得しているのだから驚くのも無理は無い。ネギも新体操のそのすごさに度肝を抜かれ、奥が深いと言葉にしていた。また、カギはやはり某テニス漫画を引き合いに出し、普通じゃないと改めて思ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 映画館の正面にて、黒い服を着込んだ幼い少女が一人、腕を組んで立っていた。何やら面白いことがあったのか、その少女は少女らしからぬ、不敵な笑いを見せていたのだ。

 

 

「フッ……」

 

 

 と言うか、この少女は年齢詐欺薬で小さくなった真名だ。この前の映画館で大人料金を要求されたことを根に持っていたようで、リベンジしに来たのである。

 

 

「これなら子供料金で入れる……」

 

 

 この姿、完全に10歳ぐらいの少女だ。間違いなく子供料金で映画を見ることが可能なはずだ。真名はそう考えながら、ゆっくりとチケットの売店へと足を伸ばしていた。

 

 

「これで勝てる……。フッフッフッ……」

 

 

 前は大人料金を要求されたが、今なら子供料金で入れる。そう考えただけで、笑いが止まらない様子の真名。勝てる、売店のおばちゃんに勝てるぞ。そう言葉にしながら、一歩一歩と売店へと近づいていった。と言うか、何に勝つつもりなのだろうか。それでいいのかスナイパー。

 

 

「ハッ!」

 

 

 しかし、真名は売店手前で気がついた。年齢詐欺薬は2000円であり大人料金のチケットは1800円と言うことを。この時点ですでに200円損しているというのに、さらに子供料金チケットは700円にもなるのだ。つまり、得するどころか損していたのである。

 

 

「大きな穴を見逃していたようでござるな、真名」

 

「何!」

 

 

 やってしまったとガッカリする間もなく、そこへ別の少女が参上した。真名と同じように小さくなった姿の楓だ。そして、いやはや、なんというマヌケなミスをしたものだと、楓は真名へと話しかけたのだ。

 

 

「戦場なら致命の失態でござるよ」

 

「楓!?」

 

 

 大きな失態だったな、戦場なら死んでいたぞと笑って語る楓。その小さくなった姿の楓を見て驚く真名。

 

 

「ちなみに拙者のこれは身体操術に忍術を併用した自前の変化で経費もゼロでござる」

 

「喧嘩を売りたいようだな、貴様……」

 

 

 しかし、楓は年齢詐欺薬など使っておらず、自らの忍術で変化しているだけだった。故に経費はなく、普通に安くチケットを購入できるという寸法だったのだ。そう挑発するかのように説明され、流石の真名も少し頭にきたようだ。ならばここでどちらが強いか競ってもいいのだぞ、それを言おうと真名は口を開こうとした。

 

 

「ん? 何だお前ら、映画見たいのか?」

 

「むっ、この御仁は確か」

 

「知っているのか、楓」

 

 

 だが、そんな時、一人の青年に突然声をかけられた。なんと、そこに現れたのはあの刃牙だったのだ。ただ、刃牙は二人の幼き少女を見て、映画を見たいのかと自然に訪ねただけだった。まあ、刃牙も一応転生者、この二人の正体ぐらいは察していたりするのである。

 

 そして楓は刃牙の顔を見て、それが誰かを思い出した。あまり接点の無かった真名は刃牙のことを知らなかったようで、楓へとそれを尋ねていた。

 

 

「アキラ殿の知り合いでござるよ」

 

「そうだったのか」

 

 

 楓は真名の問いに簡単に答えた。あのアキラの知り合いだと。真名はそれを聞いて納得し、それなら楓が知っていても不思議ではないと思った。

 

 

「で、どうなんだ?」

 

「見たい、と言えば見たいが……」

 

「拙者は見たいでござる」

 

 

 刃牙は先ほどの質問への答えがなかなか返ってこないので、ここで再び二人に尋ねた。すると真名は渋るような顔で、小さく見たいと思っていると遠慮気味に言葉にした。また、楓は特に気にする様子もなく、率直な意見を述べていた。

 

 

「そうか、んじゃおごってやるから待ってろ」

 

「なっ!? いいのか!?」

 

「どうせ大人料金分取られるんだから、この際パーッと使いたくてよ」

 

 

 それを聞いた刃牙は、その二人におごってやると快く話した。真名はおごってくれると言われ、かなり驚いた様子を見せていた。何せ見ず知らずの人間に金を立て替えてくれるのだ、普通に考えれば気前がいいどころではない。

 

 ただ、刃牙はかなりやけくそだった。またしても大人料金を取られると考えてしまうと、どうにも気分が悪くなるだけだ。ならば、一層のこともっと金を使ってしまえと、自暴自棄な感じで二人におごろうとしていたのである。

 

 

「ではありがたく、その恩恵にあずからせていただくでござるよ」

 

「むう……、すまないが頼む……」

 

「おうよ。ってことでおばさん、子供2枚大人1枚頼む」

 

 

 楓もそれならと思い、刃牙へ礼を述べていた。真名もばつが悪そうにしながらも、刃牙におごってもらうことにしたようだ。何せすでに損をしてしまっている真名は、これ以上お金を使いたくなかったのである。その二人の返事に元気よく反応した刃牙は、売店でチケットを3枚購入するのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 大宮駅、多くの路線が集まる大型駅だ。そんな駅にて、少女たちが集っていた。それは帰郷する数多と焔と、その見送りに来たアスナたちである。数多と焔の故郷は魔法世界にあるアルカディア帝国だ。が、アスナ以外に見送りに来た刹那と木乃香はその事実を未だ知らないでいた。

 

 

「本当に空港まで行かなくてもいいの?」

 

「ああ、流石に二度も空港なんぞ行く必要もなかろう」

 

 

 アスナは見送りがこの場所で本当にいいのだろうかと思い、それを焔へ尋ねた。焔は前にアスナたちと、メトゥーナトらを見送ったことを考え、この場所でよいとしたのだ。

 

 

「それに、貴様たちの小遣いももったいないしな」

 

「そのぐらいなら気にしないんだけどなあ……」

 

「水臭いですよ」

 

「そうやそうや」

 

 

 この麻帆良から成田までは、やはりそこそこ遠い。中学生の小遣いでこの距離の電車賃は、けっこう厳しいだろうと焔は思っていた。そう言った理由もあり、ここで問題ないと焔は話したのである。だが、アスナも刹那も木乃香も、気を使わなくてもよいと苦笑しながら言葉にしていた。

 

 

「まあ、おっちゃんたちを見送りに行った後だしよ、別にここでいいってことよ!」

 

「そういうことだ」

 

「それならいいけど……」

 

 

 数多も二度も遠くへ見送りに来ることはないと考えており、アスナたちを説得するように話しかけた。焔もそれに便乗し、十分だと述べていた。アスナはそんな二人の言葉に納得いかない様子を見せながらも、二人がそういうのならそうしようと考えた。

 

 

「ほんじゃな」

 

「またな」

 

 

 そして、間もなく電車が出発する時間に近くなったので、数多と焔は移動しようと思った。なので、目の前の三人に手を振りながら、ゆっくりと歩き出したのである。

 

 

「お気をつけて」

 

「お土産よろしゅーなー!」

 

「気をつけてね」

 

「おう、任せておきな!」

 

「そっちも気をつけるんだぞ!」

 

 

 見送りに来た三人も、歩き出した二人に各々の思いを大声で口に出し、手を振っていた。数多はそれに応えて力強い返事をし、焔は”魔法世界(こっち)”に来る時こそ気をつけろと、三人へと言葉を送った。こうして数多と焔は故郷である魔法世界へと旅立っていったのだった。

 




テンプレ106:サーヴァントを召喚した転生者
久々すぎるテンプレ


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百十八話 現在の魔法世界

あけましておめでとうございます
また、随分と更新をあけてしまって申し訳ございませんでした


 ここは魔法世界、火星に存在する魔法で作り出された世界。その地の荒れ果てた土地にて、覇王は久方ぶりの転生者狩りを行っていた。そして、敵を倒し、今まさにとどめを刺しているところであった。

 

 

「ちっちぇえな」

 

「オバァァァァアアアアッ!!!」

 

 

 覇王が冷徹なその一言を終えると、目の前に居た少年が火山が噴火したかのように炎上し、苦痛により絶叫していた。そんな苦しみ悶える少年を、覇王はつまらなそうに眺めていた。こうやって一人ずつ転生者を相手取り、特典を引き抜く毎日を覇王はつまらなそうに過ごしていたのだ。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 覇王は敵の少年の魂を、いつものようにS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に食わせ、特典のみを引き抜き少年を蘇らせた。ただ、今回敵対していた少年は完全に気を失っており、倒れたままだった。その様子を眺めながら、一仕事終えたという様子でため息を吐く覇王。覇王はこの夏休みにて、多くの転生者と戦ってきたことで、精神的な疲れを感じてきていた。

 

 

「やはり”原作最大のイベント”前なのか、かなり転生者が多い……」

 

 

 覇王はこの状況をふと考え、原作前故に転生者が多いのではないかと考えた。前々からわかってきていたことだったが、原作の大きなイベント前は転生者が多く出現するのだ。それは転生者のルールとして存在するので仕方のないことだったが、覇王はその事実を知らぬが故か、面倒なことであると思っていた。

 

 

「はぁ……」

 

 

 そのためなのか、覇王はかなり憂鬱な気分であった。いや、それだけではない。覇王もこんなところで戦ってはいるが、本心は別にあった。覇王も中学生最後の夏休みを、こんな場所で消費などしたくはないと考えていたのだ。

 

 それもそのはず、木乃香のことを考えれば当然のことだった。木乃香はきっと、この夏で自分と遊びたかったのではないかと、覇王は常々思っていた。覇王もそれは同じであり、正直言えば転生者狩りなどしたくはないのである。

 

 それでも覇王が転生者狩りを行うのは、やはり危険な転生者が再び増えていることを考えてだ。さらに言えば、原作最大のイベントである、魔法世界消滅の危機ということもあった。このまま危険な転生者を野ざらしにしておけば、悪さをしかねないと覇王は思ったのである。

 

 

「やれやれ……、ここで不穏分子を排除しておかないと……」

 

 

 故に、覇王は自分の気持ちを押さえ、あえてこの地で戦いに挑んでいた。また、状助から聞かされたことだが、どうやら木乃香たちも、この魔法世界に足を踏み入れる可能性があると言うではないか。それを踏まえれば、危険な転生者など減らしておくに越したことはない。覇王はそう考えながら憂鬱な気分を我慢して、転生者狩りを行っていたのだ。

 

 だが、そうやって覇王がのんびりしている暇はなさそうだ。ため息をつきながら危険な転生者のことで呆れているところに、なんとまたしても別の転生者が現れたのだ。

 

 

「おい、テメェも転生者だな? オレの邪魔をするんだったら容赦しねぇぞ!!」

 

「……またか……。何かもう疲れてきたよ……」

 

「なんだとテメェ!? 調子乗ってんなよ!」

 

 

 今度は金髪のイケメンのように見える青年が、覇王に喧嘩を売ってきた。この青年も覇王を見て転生者だと理解したようで、とても攻撃的な様子を見せていた。そんな青年をくだらないものを見る感じで、再びため息をつく覇王。その覇王の様子に青年はキレたのか、すかさず握っていた剣で攻撃を仕掛けたのだ。

 

 

「僕は今機嫌が悪いんだ、早々に滅びてくれないかな」

 

「ほざけぇー!」

 

「……S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)……」

 

「ホアアアアホアアアアアアァァァァッッ!!!!???」

 

 

 しかし、覇王はそんなヤツなど眼中になかった。むしろ、休むことなく次々に現れる転生者に嫌気が差し、非常にイライラしていた。故に、目の前の青年を見下ろしながら、即座にその青年をS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の餌食にしたのである。すると青年は先ほどの転生者と同じように、燃焼による激痛の叫びをあげながら、くたばったのである。

 

 

「……まったく、困った連中だな……」

 

 

 覇王は完全に疲れた顔で、おなじみの特典抜きを行った。こんな連中を相手にしているのは確かに自分で決めたことだ。転生神とやらの命令に素直にしがたい実行している面もあるが、やはり自分の意思で転生者狩りを行っている部分もあった。ただ、それでもこのような連中の相手はいささか疲れを感じるというものだ。

 

 まあ、そんなことを言ったところで、自分も奴らと同じ転生者であり、愚かな人間の一人であることも重々理解していた。転生神とやらから特典を貰った時点で、相手にしている連中と差がないことぐらい承知なのだ。それでも覇王は自らの力を自慢したりすることなく、秩序を重んじて行動しているので、危険な転生者とは大きく異なるのである。

 

 そして覇王はくだらないと思いつつも、再び別の敵を探しに空へと飛び去っていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 また、覇王とは別の場所でも、アレな転生者が何者かに戦いを挑んでいた。山に囲まれた美しいところであったが、とても不穏な空気が流れていた。何故なら、自信満々の様子で目の前の少年を嘲笑いながら、ジリジリと近づく転生者がいたからだ。

 

 

「クックックッ、見つけたぜぇ?」

 

「……」

 

 

 そして、その転生者の目の前に居る白髪の少年は、明らかにフェイトであった。ただ、転生者を見てもさほど気にした様子もなく、無言で立ち尽くしているのみであった。

 

 

「テメェをここでぶっ殺せば、後々楽になるからなー」

 

「…………」

 

 

 転生者はやはりフェイトを狙って現れたようだ。ここでフェイトを倒せば、後のイベントが楽になるからだ。それに、自分が魔法世界へ来るであろうネギパーティに乱入し、かっこつけれるからだ。だが、やはりフェイトは横でべらべらとしゃべる転生者に無関心であった。

 

 

「しっかし、テメェ従者はどうした? 一緒じゃねぇのか?」

 

「……」

 

「答えろよ!」

 

 

 そこで転生者はふと気がついたことを言葉にした。”原作では五人いた”フェイトの従者の少女たちのことだ。ただ、()()では三人と減っており、目の前の転生者の思惑とは異なるのだが。また、従者とていつもフェイトの側にいる訳もないだろうし、呼び出すこともできるので、近くにいなくてもおかしな話ではない。

 

 しかし、フェイトはその転生者の問いすらも無視し黙っていた。それを見た転生者は流石に頭にきたのか、どこに居るかを問い詰めようと大声を発したのである。

 

 

「……」

 

「チッ! 何か言えっつーんだよ! 見下してんじゃねーぞ?!」

 

「…………」

 

 

 だが、やはりフェイトは無言。何も言わず、転生者を冷たい視線で眺めるだけ。その態度に転生者は完全にキレ、怒りの声を叫んでいた。それでもやはりフェイトは何も言わず、ただただ静かに立ち尽くし、転生者を見ているだけであった。

 

 

「あぁー、わかった。俺の強さを目の前にして言葉もでねぇんだな? そうだろ?」

 

「……」

 

「だったら今すぐ死んでくれや!!」

 

 

 すると転生者は突然意味のわからないことを言い出した。目の前のフェイトが黙っているのは、自分が強すぎるが故に恐怖しているからだと。実際そんなはずはないのだが、やはり転生者は自分の特典にそれほどの自信を持っているのである。

 

 そんな挑発的なことを聞いてもなお、フェイトは黙っていた。それに痺れを切らせた転生者は、ここに来て攻撃を開始したのだ。ご自慢の特典と手に持った剣で、フェイトの首を奪いに出たのだ。

 

 

「なっ! がっ……!?」

 

「……ふん」

 

 

 そのはずだった。だが、気がつけば転生者の懐に、すでに忍び込んだフェイトがいた。いや、違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()。突然フェイトの周囲が黒い霧に包まれる。それも違う。フェイト自身から黒い霧が発生していたのだ。

 

 すると黒い霧が晴れた部分から、フルフェイスの黒い鎧の男が現れた。そう、このフェイトは黒い鎧の騎士が化けた偽者だったのだ。そして、その黒騎士の握っていた剣の柄が、すでに転生者の腹部に深々と突き刺さり、転生者の口からは真っ赤な鮮血が噴出していた。

 

 

「テメェ……、その鎧……は……、まさ……か…………、ガフッ……」

 

「目当ての相手ではなくて、残念だったな」

 

 

 なんという見事な瞬動術。完全に不意をつかれた形となった転生者は、鳩尾に衝撃を受け金魚のように口をパクパクさせていた。また、フェイトだと思っていた黒騎士を見て、その能力を理解し、苦しそうにそれを言葉にした後、完全に意識を手放した。

 

 黒騎士はそれを聞いて、静かに口を開いた。狙ったハズの獲物(シカ)が、その皮をかぶった捕食者(ライオン)であったことはさぞ残念だろうと、冷徹に述べたのだ。とは言え、すでに転生者の意識はなく、聞こえてはいなかった。

 

 

 ……この黒騎士、フェイトの従者となったランスローと言う男だ。ランスローの神から貰った特典(ちから)、それは”Fate/zeroのバーサーカーの能力”である。このバーサーカーの能力の一つ、すなわち宝具の一つに”他者に変身する”効果を持つものがあった。

 

 その出典作品ではバーサーカー故に一定の条件下でなければ行えなかったことも、第二の特典(ちから)である”クラスをセイバーへ変更する”ことによりいとも容易く行えるようになっていた。そして、肝心のその宝具の名は”己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グローリー)”。黒い霧というエフェクトで表現されていた、自身の能力と姿を隠蔽する宝具だ。その本来の使用方法は、他者に変装して戦うというものだ。そのおかげでこのランスローは、フェイトに変身できていたのである。

 

 

「……しかし、敵を釣るためとは言え、我が主の姿を借りているのはあまり良い気分ではないな……」

 

 

 ただ、ランスローとて好きでフェイトの姿を借りていた訳ではない。何せランスローも光に集まる羽虫のごとくフェイトに集まる転生者の一人だった。はっきり言えば強い罪悪感を感じているのである。それでもフェイトがそうすればよいと言ったので、ランスローはそれを実行しているのだ。

 

 

「だが、これから大変なことになる……。こやつらのような存在が居ては、皇帝陛下の計画に支障が出かねん……」

 

 

 さらに、こういった転生者は近い未来脅威となりえる。何せもうすぐ皇帝がある計画を発動させようとしているからだ。ならば、障害は取り除くが自然のこと。ランスローは色々考え、こうやって転生者をおびき出し、倒しているのである。

 

 

「さて、こやつをこの”牢屋”に放り込むとしよう」

 

 

 するとランスローはどこからか、小さな金魚蜂のようなものを取り出した。それに気絶した転生者の手を置くと、なんと金魚蜂の中に吸い込まれていったのである。これこそがランスローが言葉にした”牢屋”。エヴァンジェリンの別荘であるダイオラマ魔法球をコンパクトにしたようなものだったのである。

 

 

「いやはや、まったくもって便利なものだな……」

 

 

 ”牢屋”の機能を見て中々便利だと思うランスロー。この”牢屋”は皇帝が作り出したもので、協力者に配られているものの一つでもあった。転生者は基本的に強力な特典を持っており、それを何とかするのではなく一時的に隔離するのが目的のものだ。と言うのも、覇王のように転生者の特典を引き抜けるものは、ほとんどいないからである。

 

 

「剣さん、大丈夫でした?」

 

「ああ、問題なく終わりました、ありがとう栞殿」

 

 

 戦いが終わったところで、一人のフェイトの従者である栞がひょっこり現れた。どうやら戦いの最中は遠くで隠れながら、その様子を伺っていたようだ。そして、戦いが終わったのを察し、ランスローのところへ顔を見せたのである。また、ランスローも栞に心配されたことに、フルフェイスの兜をはずし、安心させるような笑みで礼を述べていた。

 

 さらに、ランスローはフェイトの従者となった時、”剣”と言う名を与えられていた。フェイトの従者はみな漢字一文字の二つ名で呼ばれており、このランスローも例外ではなかったのだ。

 

 

「あなたは強いですね……」

 

「強くなるための要素を”頂いた”からですよ……」

 

「でも、それだけではないはずですよね?」

 

「ええ、我々の主、フェイト殿を打倒すべく、修行してきましたからな」

 

 

 栞はランスローの戦いぶりを見て、とても強いと思った。ペラペラしゃべっていただけの転生者を相手にしただけだが、一撃でかたをつけたからだ。

 

 だが、ランスローは、自分が強いのは神から与えられた特典のおかげであると思っている。転生者で強力な特典を貰ったのだから、強くて当たり前であると。

 

 ただ、栞は”転生者”と言うものをよく知っていた。皇帝から説明を受けていたためだ。ならば、その”特典”を貰っただけで強いはずがないことも理解していたので、それ以外もあるはずだと考え、それを尋ねたのだ。

 

 ランスローはその問いに、修行したからだと話した。何せ最初は強大な相手であるフェイトを倒すことを目標としていたのだ。中途半端な強さでは勝てないと考え、必死に実力を磨いてきたのである。

 

 

「あなたはどうして、フェイト様を狙ったんですか?」

 

「くだらない、小さな正義感でしょうかな。あの時フェイト殿へ申したとおり、世界を救うためですよ」

 

「……世界を、救うため……」

 

 

 ならば、どうしてフェイトを狙ったのだろうか、栞はそう考え尋ねた。栞はランスローがフェイトを狙った理由を未だ知らなかったのだ。

 

 するとランスローは空を見上げながら、昔を思い返すように静かに口を開いた。そう、ランスローは”原作知識”にてフェイトが強大な壁となることを知っていた。だからこそ、魔法世界消滅を阻止するため、戦おうと決意したと、恥じるように話したのである。また、それ自体をくだらない正義感だったと、自らを嘲笑していたのだった。

 

 世界を救うため、そのためにフェイトを狙った。それを聞いた栞は、少し複雑な表情をしていた。何せフェイトを倒すことが世界を救うことに、どう繋がるかが理解できなかったからだ。

 

 

「そうです。現在は主であるが、昔はフェイト殿が絶対的な脅威となることを知っていたが故、消し去ろうと考えていたのですよ」

 

「そんなことが……」

 

「ですが、今は違いますがね」

 

「それはわかってますよ」

 

 

 栞のその復唱した言葉に、ランスローは再び栞の方に顔を向け、そのとおりと話した。今はフェイトの仲間となったランスローだが、昔は倒さなければならない敵だとフェイトを認識していた。故に、あの時フェイトを襲い戦ったのだと、栞へと説明したのである。

 

 ランスローは、あの時の行為を非常に恥じていた。考えが足りなかった、早計だったと。何せフェイトの姿を借りていれば、転生者たちが勝手に集まり戦いを挑んでくるのだ。この現状を見れば、いかに自分が愚かで浅はかで、身勝手だったのかが理解できてしまうと言うものだ。そのため、ランスローは過去の贖罪も含めて、フェイトの従者として剣を振るっているのである。

 

 また、栞はその話を聞いて、ランスローが昔何を考えていたかをようやく理解したようだった。そして、その話で驚く栞へと、ランスローは今は違うと言葉にし、小さく笑って見せた。

 

 確かに今話したとおり、昔はフェイトを倒すべき敵として認識していたランスロー。だが、今はその従者となっており、すでにそのような考えはなくなっていたのだ。栞もそのことについては重々承知であった。フェイトの従者となってからの、ランスローの行動を見ていれば明白だったからだ。なので栞は、そのことをランスローへと、微笑んで口にしたのだ。

 

 

「しかし、他のお二人のように、フェイト殿についておれらなくてもよいのですか?」

 

「フェイト様は強いお方ですし、それに剣さんのサポートも一人ぐらい居ないと悪いと思って……」

 

 

 そこでランスローは栞へと、他にいるフェイトの従者二人のように、フェイトのところへ行かなくてもよいのかと尋ねた。ランスローは自分もフェイトの従者であり、自分のところについてくる必要はないと考えていたのだ。

 

 しかし、栞はその逆だった。ランスローがフェイトの従者であるからこそ、仲間だからこそ放っておけないと思っていたのである。それに、フェイトも相当強い。あの二人が側に居れば問題ないとも思っていたのだ。

 

 

「心配はご無用、私はこの通り強力ですので、どんな敵だろうと、打ち砕いて見せましょう」

 

「でも、やっぱり従者同士ですし、一人にしておくことはできません」

 

「ありがたきお優しいお言葉」

 

 

 ならば、心配する必要はない、何せ自分は転生者。どんな相手でも倒してみせると、かなり自信溢れる表情で強気の発言をするランスロー。ただ、それでもやはり心配だと話す栞は、やはり一人にはさせられないと自分の意見を述べたのだ。その栞の言葉にランスローは心を震わせ、深々と頭を下げて、再び礼を口にしたのだ。

 

 

「だが、私は一人で生きてきました故、一人でも問題ありませんよ」

 

「そんな……! 一人で寂しくないのですか?!」

 

「ふふ、寂しくないものなどおりませんでしょうな」

 

「だったら……!」

 

 

 しかし、ランスローは昔からつねに一人だった。故に、一人は慣れていると話したのだ。栞はそんなさわやかに笑うランスローへ、寂しくないのかと問い詰めた。栞も昔は姉と二人で生活していた。そんな姉が死に瀕した時、かなりの不安を感じたことがあった。一人になるのは寂しい、嫌だ。栞はそう思ったので、ランスローへ声を大きくしてしまっていたのだ。

 

 そこでランスローは、ふと笑って言葉にした。一人と言うのは確かに寂しい、それを感じないものはいないだろうと。つまり、ランスローとて一人が寂しくないと言う訳ではないということだった。ならば、どうして、栞はそう叫んだ。なんで一人になりたがっているのか、非常に疑問に思ったからだ。

 

 

「ですが、私はただの黒騎士。いや、今は主の一振りの剣であります」

 

 

 ランスローはふと目を瞑り、それに答えた。黒い鎧を纏った騎士、そして、今は(フェイト)の剣だと。

 

 

「剣を振り、敵を倒す、……それだけが私です。そのような感情に振り回されはいたしません」

 

「……強いんですね……」

 

「ええ、先ほども言ったとおり、私は強い。いや、強く”生み出され”ていますので……」

 

 

 (フェイト)の剣として、剣を持って振りかざし、敵を切り裂くのみ。ランスローはそれしかできないのが今の自分だと考えていた。故に、そのような感情に惑わされず、ただただ戦うだけでいいと、静かに語ったのだ。

 

 それを聞いた栞はうつむき、一言ポツリとこぼした。横にいるこのランスローという男は、なんという強い人なんだろうかと、栞は思った。それは力だけではない。身も心も非常に強く、たくましい。そして、それが少し羨ましいと思った。

 

 だが、ランスローは栞の言葉に、当然だと話した。それは自信や自惚れからくる言葉ではなかった。

 

 ランスローは当然神から特典を貰った転生者である。その貰った特典があるからこそ、最初から強く生み出されたと思っているのだ。また、その特典の中に”無窮の武錬”と言うスキルがある。それによって、どのような精神的状況でも十全の戦闘能力が発揮できるのだ。しかし、彼の精神的な強さはそれとは関係なく、本人自身が元々強い心を持っているということでもあった。

 

 

「ですから、栞殿が心配なさる必要などございませんよ」

 

「そうは言いますけど、やはり心配です」

 

 

 つまるところ、自分は強い、心配など不要だとランスローは言いたかったのだ。それでもやはり、心配だと考える栞。確かにランスローは強いが、それだけで心配しなくてもいいと言うことではないからだ。

 

 

「……あのフェイト様でさえ、命の危機を脅かされたこともありますから……」

 

「……やはりあなたは優しいお方だ」

 

 

 それに、栞には懸念があった。あの竜の騎士のことだ。あれほどの強さを持った相手が再び現れれば、このランスローとて危険だと思ったのだ。何せ、強力な存在であるフェイトですら、かすり傷しか負わすことができなかった相手だ。はっきり言って、ランスローでも勝てるかどうかわからなかったのである。

 

 そんな栞を見たランスローは、優しい娘だと心の奥底から思った。元々は敵だった自分を信用し、ここまで心配してくれるなど、普通に考えたらありえないと思っていたからだ。

 

 

「と言うのなら、そのような相手と戦闘するというのであれば、むしろ一人の方がいい……」

 

「それは……、私や他の二人が足手まといになるから、ですか……?」

 

「違いますよ」

 

 

 ならばこそ、一人で戦った方が気が楽だと、ランスローはそう語った。栞はそれを自分が弱くて足手まといになるからだと考え、少し落ち込んだ様子を見せていた。しかし、ランスローはその栞の言葉を否定した。そう言う意味はないと。

 

 

「あなたや他のお二方も、良くやってくれています。とても感謝しております」

 

 

 ランスローはフェイトの従者となった自分に色々教えてくれたり、仲間として迎えてくれた栞たちに心から感謝していた。彼女らの主であるフェイトと戦い傷つけたというのに、それを許してもらっただけでなく、同じ従者として受け入れてくれたからだ。

 

 

「故に、あなた方に何かあったら、私もフェイト殿も心苦しい」

 

 

 そんな彼女たちに何かあったならば、自分もフェイトも後悔するだろう、ランスローはそう思っていた。それ故、そのような最悪な事態を考えて、沈痛な顔で静かにそれ話したのだ。

 

 

「で、あるからこそ、あなた方は安全な場所で見守っていてほしい、そう思っているだけです」

 

「……そうでしたか……」

 

 

 だから、そうならないためにも、危険な相手と戦うのならば、安全な場所にいて欲しいと、ランスローは自分の意見を述べたのである。栞は先ほどのランスローの言葉を誤解していたことに気が付き、申し訳なさそうな様子を見せていた。

 

 

「ごめんなさい、なんか暗いことを言ってしまって……」

 

「気にしておりませんよ。それはフェイト殿を思ってのことであればこその悩みでしょうから」

 

 

 栞は誤解からネガティブなことを言ってしまったことを、ランスローに謝った。しかし、ランスローはそんなことなど気にしてはいなかった。その悩みは従者として主の役に立ちたいと言う意思だと言うことを、理解していたからだ。

 

 

「別にフェイト様だけではなく、剣さんも含みますけど……」

 

「嬉しいことをおっしゃいますね」

 

 

 だが、栞はフェイトだけでなく、横にいるランスローの役にも立ちたいと思っていた。それはやはり、転生者の戦いにおいては自分があまり役に立てないと思っているところからくるものだ。だから、栞はそれをランスローへ話すと、ランスローは笑みを見せ、感謝の言葉を述べていた。

 

 

「ですが、私のことはお構いなく。所詮はこの世界の異物たる存在」

 

 

 それでもランスローは自分の心配や気配りは不要と言葉にした。何故なら、自分が転生者であり、そのように気を使われる資格すらないと思っているからだ。

 

 

「本来存在してはならない、在らざるもの。本来この地に立つことすら許されてはいないのですから……」

 

「そっ、そんな!」

 

 

 特典を貰って転生などというおこがましいことをしてまで、この世界に生れ落ちたランスロー。普通ならば転生などという行為自体が許されざるものであり、この世界で生きることなど本来ならばあってはならないと、ランスローは常々思っていた。それを聞いた栞は、何でそんなことを言うのかと言った様子で、驚いた顔をしていた。

 

 

「そんなことはありません! たとえあなたが”転生した人”だとしても、生きる権利は絶対にあると思います!」

 

「……そうでしたな、いまさらどの口がそんなことを言う、と言ったところでした……」

 

「そ、そういう訳では……」

 

 

 栞はランスローがどのような生まれであれ、生きる資格はあると叫んだ。この世界が魔法で作られ、自分も魔法で生み出された人形だとしても、生きる権利があると思っているからだ。

 

 しかし、その考えすらも身勝手なことであるとも、ランスローは悩むんでいるのである。何せ特典を貰って転生させられた身であるのに、いまさらそんなことを言うなど情けないにも程があるからである。

 

 転生などせず、そのまま昇天すればよかったものを、特典を貰って悠々と転生してしまった。その時点で、そんなことすら言う資格もないと、ランスローは深く後悔していたのだ。故に、いまさら何を言っても遅いと。自分はそこらへんで暴れているクズな転生者と差がないと、そうランスローは自嘲しながら話したのだ。

 

 そんなランスローに、栞はそんなことを言いたかった訳ではないと、慌てながらに言葉にした。励ますつもりだったのが逆に落ち込ませてしまったと、栞は少し落ち込んでしまったのである。

 

 

「失礼した……。もうこの話はやめにして、主の下へ戻るとしましょう……」

 

「はっ、はい……」

 

 

 落ち込んだ様子の栞を見たランスローは、しまったと思った。栞がそんなつもりで今の話をした訳ではないことぐらい、ランスローにはわかっていた。そのはずなのに、愚痴に近いようなことを述べてしまった。そのせいで、栞が落ち込んでしまったのは明白だ。

 

 もうこの話はやめにしよう、ランスローはそう考え、気分を害した謝罪とともに、フェイトの下へ戻ろうと話した。栞も気を使われてしまったことを失態と思いながらも、ランスローがそう言うのであればと、その言葉に従ったのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じく魔法世界、その緑が深い森の中にて、二人の男が歩いていた。皇帝の部下であるメトゥーナトと龍一郎だ。二人は危険な転生者を探しながら、それを倒している最中だった。これもまた、皇帝陛下の命令であった。しかし、メトゥーナトは腕を組みながら、なにやら悩んだ様子を見せていた。

 

 

「ふむ……」

 

「どうした?」

 

 

 メトゥーナトは何かを考えながら、ふと唸っていた。一体どうしたのだろうか。龍一郎はメトゥーナトへそれを尋ねた。

 

 

「いや、何でもない」

 

「そうか? もしかしなくてもお姫様の心配でもしてたんじゃねぇのか?」

 

 

 だが、メトゥーナトは何でもないと話すだけだった。が、明らかにそうではない様子に、龍一郎はもしやアスナの心配をしているのではと、ニヤリと笑って言葉にした。

 

 

「……まあな……」

 

「かーっ! 心配性だなテメーはよぉー!」

 

「当然だろう? 彼女はもっとも狙われやすい存在なのだからな」

 

 

 龍一郎の言葉は図星だったようで、メトゥーナトは静かにそれを肯定した。そんな深刻そうな顔のメトゥーナトに、呆れた顔で叫ぶ龍一郎。ただ、メトゥーナトがアスナを心配するのは当然のことだった。アスナは黄昏の姫御子として、常に狙われている存在で、何かあるかもしれないと考え込んでしまうのである。

 

 

「そうは言うが、あの娘テメーのおかげか、ずば抜けて強いじゃねぇか」

 

「だが、それでも心配なのだ……。それが親心というものだろう?」

 

「まあ、わかるっちゃわかるがよ……」

 

 

 とは言え、龍一郎はアスナの実力を認めており、心配する必要があるのか疑問に感じていた。何せメトゥーナトが鍛えに鍛えたアスナである。今も刹那と研鑽を積み、さらに実力を伸ばしているのだ。そんな彼女を考えれば、さほど心配する必要はないのではないかと、龍一郎は思っていた。

 

 しかし、メトゥーナトもそのぐらいわかっていた。わかってはいるが、やはり心配なのが親心だと、そう言葉を漏らしたのだ。それを聞いた龍一郎は、確かにそれはわかると言った。龍一郎とて人の親だ。子が心配ではない親はいないだろうと思っているからである。

 

 

「でもよ、あの娘なら大丈夫だろ。きっと何かあっても乗り越えられるさ」

 

「フッ……、そうだな……」

 

 

 それでも、龍一郎はアスナを高く買っていた。肉体的な強さや技術的な強さだけではない。決して曲がらない強い心も持ち合わせているという意味も含めてだ。あれだけ強い精神力があれば、どんなことがあろうとも諦めないだろう、折れないだろう。そう龍一郎は思っていたのだ。

 

 メトゥーナトはそんな龍一郎の言葉に、ふっと小さく笑い、それをしっかり認めた。いや、メトゥーナトも最初から、龍一郎が言ったことなど全てわかっていたのである。

 

 

「……とは言え、こうも転生者(あいつら)が多いと、心配にもなるわな」

 

「ハッキリ言えば多すぎる……。一体どこから湧いてくるのだろうか……」

 

 

 ただ、龍一郎もこれだけ転生者がいれば、そうでなくても心配になると渋い顔で語った。転生者は”原作のイベント前”に発生しやすい存在だ。そういうルールの下で、転生者は発生するのだ。それ故、原作最大のイベント前とあって、かなりの数の転生者がその姿を現し始めたのだ。しかも、これは危険な転生者のみでの話だ。メトゥーナトも転生者の多さに、非常に参っていた。

 

 

「まっ、危険なヤツだけを倒せばいい訳だし、問題はねぇさ」

 

「まあ、そうだが……」

 

 

 それでもまだ、すべての転生者を相手にする訳ではない。そこらで暴れている危険な転生者だけを倒せばいい。そうポジティブな考えを話す龍一郎と、それに釈然としない様子を見せるメトゥーナトだった。転生者とてすべてが危険な訳ではない。確かに自分の能力を過信し、それを使って暴れる転生者はとても目立つ。しかし、それ以外にも人の為になろうとする転生者や、自分達に協力する転生者が居ることも、龍一郎やメトゥーナトは知っていた。

 

 

「ところで龍一郎、もうすぐ子供たちが戻ってくるんだろう? ここにいていいのか?」

 

「なあに、あの二人は俺の仕事を理解してくれてる。仕事(これ)が終わってからでも大丈夫さ」

 

「そうか……」

 

 

 メトゥーナトはそれはおいておくとして、龍一郎へ、その子供たちがこちらに戻ってくることに触れた。数多と焔の二人のことだ。あの二人が戻ってくるなら出迎えに行ってもよいのではないか、そう言いたかったのだ。だが、龍一郎はその必要はないと断じた。と言うのも、この仕事は昔からずっと行ってきたことだ。数多も焔もそれを理解してくれていると、龍一郎は信じているのだ。それを聞いたメトゥーナトは、愚問だったという顔をしていた。やはり聞く必要のない質問だったと思ったのである。

 

 

「んなことよりも、テメェの心配もしろよな? 転生者(あいつら)がいくら弱くとも、侮れん時があるんだからよ」

 

「……貴様に言われずともわかっている……。むしろ、貴様こそ警戒が甘いのではないか?」

 

 

 それよりも龍一郎は他人の心配の前に、自分の心配をしろとメトゥーナトへと言い放った。確かにそこらで暴れている転生者の大半は、さほど強くない連中だ。修練を怠り貰った力を振りかざし、偉そうにしているだけだ。それでも貰った能力によっては、かなり危険なものも存在する。故に、注意は必須だと龍一郎は言葉にしたのだ。

 

 しかし、メトゥーナトもそんなことなど言われずともだった。逆に龍一郎の方が油断しているのではないかと、少し挑発するかのように忠告したのだ。

 

 

「あ? 俺が侮ってるって言うのか? あぁ?」

 

「そうだ。貴様はいつだってだらしがないからな。寝首を掻っ切られんように気をつけるべきだ」

 

「オイオイオイ、俺はいつだって本気だぜ? ナメたこと言うんじゃねぇよ」

 

 

 だが、それが龍一郎の怒りに触れた。メトゥーナトにナメられたと思った龍一郎は、突如メトゥーナトの顔を下から見上げるように睨みつけ、威嚇し始めたのだ。完全に不良が行うメンチぎりである。そんな龍一郎に冷静にさらに忠告するメトゥーナト。これはいつものことなので、彼も慣れてしまっているのである。すると龍一郎はむかっ腹が立ったようで、頭に血管をピクピクと浮かせながら、ドスの聞いた声を静かに放ち出した。

 

 

「本当のことを言ったまでだ。その程度で頭にくるなら、自覚があるようだな?」

 

「ほう、そうか、喧嘩売ってんのか。そうか、すげーキレるぜその挑発はよぉー」

 

「そう捉えられてしまったか。ならばどうする?」

 

 

 メトゥーナトはすごむ龍一郎へ、当然のことを言っているといった様子だった。もはや冷静そのもの、気にする様子などどこにもなかった。むしろ、さらに挑発するような言葉を発し、龍一郎を睨んでいるほどだった。龍一郎も完全にキレてしまったのか、拳を強く握り締め、今すぐにでも殴りかかりそうな状態となっていた。もはや一触即発な感じだというのに、メトゥーナトはさらに龍一郎を逆なでした。

 

 

「どうする? んな野暮なことを聞くか? 戦るに決まってんだろ?」

 

「やれやれ、血の気の多いヤツだ……」

 

「とか言う割りに、構えてんじゃねぇか!」

 

 

 どうする?メトゥーナトはそう言った。かなり皮肉っぽくそう言った。ならば、簡単だ、戦うだけだ。こうなったら後は引けない。喧嘩あるのみだ。龍一郎はそれを当然だと言う風に、威圧的に口に出した。そんな龍一郎に肩をすくめ、やはりかと言う顔をするメトゥーナト。だが、そんなメトゥーナトも、すでに戦闘態勢であり、そこを龍一郎は鋭くつっこんだ。

 

 

「いいぜぇ! 久々のテメェとの喧嘩だ! やっぱ喧嘩(これ)がねぇと仕事もおぼつかねぇってもんだぜ!」

 

「ふん、バトルジャンキーめ……」

 

 

 すでにその気なら話は早い。やはりこうでなくてはならないと、龍一郎はククッと笑った。メトゥーナトが麻帆良へと行ってからは、ずっとこの気分をもてあましていた。久々の喧嘩というのも有り、龍一郎は怒りとは別に、とても気分を高ぶらせていたのだ。

 

 メトゥーナトは今にも暴れだしそうな龍一郎に、呆れた顔を見せていた。が、メトゥーナトも久しく龍一郎と戦っていなかったことを寂しく思っていたので、この喧嘩は願ったりであった。その証拠に呆れた顔をしてはいるが、口元がつりあがっており、メトゥーナトもこの戦いを待ち望んでいたことが伺えた。

 

 

「今日こそどちらが上か、ハッキリさせてやるからよぉ!」

 

「なら簡単だ、わたしが上、貴様が下だ……!」

 

「ハッ! それはテメェが決めることじゃねぇぜ!」

 

 

 そうだ、それなら今回の戦いで、どちらが強いかを決めようではないか。龍一郎はそう意気込み、大いに笑っていた。メトゥーナトと龍一郎は過去の戦いにおいて、全て引き分け。どちらも実力が同じで、互角だったのだ。

 

 メトゥーナトもニヤリと笑いつつ、ならば龍一郎が下だと宣言した。つまり、それは自分の方が勝っていると言う自信に他ならなかったのだ。その宣言を嬉しそうに聞きながらも、それはありえないと談じる龍一郎。それでこそライバルだ、そうでなくては面白くないと、そう思っているのである。

 

 

「行くぞオラァ!」

 

「来るがいい……!」

 

 

 という訳で、早速おっぱじめよう。龍一郎はそう考え、先手を打った。瞬動を用いた加速を使い、その拳をメトゥーナトの仮面に覆われた顔面へ向けて、解き放ったのだ。メトゥーナトもかかって来いと言わんばかりの様子で、その攻撃ををいなし、剣の柄を握り締め、鞘からすばやく引き抜いた。こうして二人の喧嘩が始まり、静かだった森は戦いの轟音が響き渡り騒々しくなってしまった。そして、この喧嘩が終わるまで、2時間は要したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは魔法世界の荒野にある、簡易医療施設。そう、ギガントの部下である医療団体の施設だ。ここへギガントが半年ぶりに帰ってきたのである。

 

 

「久しぶりだな……」

 

「……ギガント様……!」

 

 

 久々の帰還したギガントがまず顔を出したのは、従者であるブリジットの下だった。そう、原作ではフェイトの従者であり、調と呼ばれていた少女だ。そのギガントの従者であるブリジットは、非常に嬉しそうな表情をしながら飛びつきそうな勢いで、ギガントの近くへ走ってきたのである。

 

 

「うむ、今戻った。随分と空けてしまってすまなかったな」

 

「いえ、それも任務故のことですので……」

 

 

 堂々たる凱旋なのだが、ギガントはむしろこの場を離れていたことを、ブリジットへと謝った。しかし、ブリジットはギガントが皇帝の任務として出向いたことを理解しており、まったく気にはしていなかった。

 

 

「すまんが早速状況を教えておくれ」

 

「はい、現在例のものたちが、再び活発に事を起こしており、多少なりに混乱が生じております」

 

 

 そして、一通り挨拶が済んだところで、ギガントは現在のこの場の状況をブリジットへ尋ねた。ブリジットもギガントの言葉を聞き、すぐさま真剣な表情となり、現在抱えている問題を話した。それはやはり暴れる転生者による行動により、色々と被害が出始めているということだった。

 

 

「そのせいで、怪我人が続出しており、我々も手一杯な状況となっております……」

 

「ふむ……」

 

 

 また、そのせいでかなりの怪我人が出ており、その治療だけで手いっぱいの状況だった。このままではまずい。ギガントはそれを聞いて、顎を撫でながらどうするかを模索していた。

 

 

「いかがいたしましょうか……?」

 

「よし、広範囲による治癒魔法の儀式を行おう」

 

「……はい」

 

 

 深刻そうな表情で思考するギガントへ、ブリジットは不安を感じながらどうするのかを尋ねた。ギガントはその問いに、すぐさま答えるかのように言葉を発した。この状況を打破するための秘策、それは広範囲に及ぶ治癒の儀式魔法を行うというものだった。その案を聞いたブリジットは、静かにこうべをたれ、その指示に従った。

 

 

「さて、早速取り掛かろうか」

 

「承知しました……」

 

 

 そして、この魔法は儀式魔法であり、一人二人では行えない。人数を確保しなければならないのだ。故に、すぐさま人を集めて取り掛かろうと、ギガントはゆっくりと歩き出した。それについて行くように、ブリジットも歩み寄るのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 魔法世界の海の上、そのさらに雲の上に浮かぶ巨大な大陸。それこそがアルカディア帝国だ。今はすでに日も落ち、あたりは暗くなっていた。ただ、都市部などは光が点々としており、人々が生活していることが伺えた。その中央にある都市のさらに中央、そこにあるアルカディア城の一室にて、一組の男女が会話をしていた。

 

 

「あの、フェイトさん……、少しお時間よろしいですか?」

 

「? 構わないよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 それは栞の姉とフェイトだった。夜と言うこともあり、そろそろ休もうと思っていたフェイト。そこへ栞の姉が話しかけ、誘いの言葉をかけたのだ。フェイトはその誘いになんだろうかと思いながらも、特に気にする様子も無くすんなりと承諾した。そんなフェイトへとニコリと笑い、栞の姉は礼を述べると、とある場所へフェイトを案内したのである。

 

 

「夜風が気持ちいい……」

 

 

 そこは城の一角にある石造りのテラスであった。そっとそこへ足を踏み入れ、夜風に当たる栞の姉。その風でなびく風を手で押さえながら、心地よい気分を味わっていた。

 

 

「綺麗でしょう? ここからは都市全体が見渡せるんですよ」

 

「確かに美しい光景だ」

 

 

 そして栞の姉は、後ろで待機していたフェイトへと振り向き、そこから見える美しい夜景を自慢するように見せた。この場所からは都市アルカドゥスを見渡すことができ、その眼下には綺麗に光る町並みがうかがえたのだ。フェイトもそれを見ると、率直に感想を述べた。確かに、ここから見る夜の都市はとても美しかった。

 

 

「ここは私の一番お気に入りの場所なんです。どうでしょうか?」

 

「うん、本当にいい場所だ」

 

「フェイトさんにも気に入ってもらえて嬉しいです」

 

 

 栞の姉はあたたかな笑みを見せながら、ここが一番好きな場所だと話した。この美しい夜景を見たくなるたびに、栞の姉はここへと訪れていたのだ。フェイトもその夜景や肌を優しくなでる夜風に、とても良い場所だと言葉にした。それを聞いた栞の姉は、さらに満面の笑顔を見せ、そのことを喜んだのだった。

 

 

「最近忙しそうにしてますが、何かあったんですか?」

 

「特に何もないよ。ただ、少し騒がしくなっただけだよ」

 

「……そうですか」

 

 

 そこで栞の姉は、フェイトへ一つの疑問を打ち明けた。それは最近フェイトがせわしない様子を見せていたことだ。と言うのも、フェイトも転生者の捕獲などや、その被害にあった町の復興などを手伝ったりしており、それにより忙しそうにしていたのだ。

 

 ただ、フェイトはそれを言おうとは思わず、少し忙しくなったとだけ話した。栞の姉はその答えに妙な感じを受けたが、あえてそれ以上は聞かなかった。

 

 

「皇帝陛下もここのところ、ずっと忙しそうでしたし、何かあったのではと思ったんですが……」

 

「そういえば最近、皇帝の姿を見てないね」

 

「はい、皇帝陛下も色々と大変そうでした」

 

「……そうか……」

 

 

 栞の姉がそんな質問を唐突にしたのには理由があった。あの皇帝陛下すら、最近一人で忙しそうに動いていた。なので、何かあったのかもしれないと思っていたのである。また、フェイトも最近めっきり姿を見せない皇帝のことは気にかかっていた。

 

 あれだけちょっかいだしてきた皇帝が、顔すら見せなくなったのだ。大体のことは予想をつけているフェイトだったが、やはり気になることでもあったのだ。そして、栞の姉も皇帝があれこれ動いていたのを知っていたので、フェイトへとそれを告げれば、フェイトは少し考える様子を見せながら、一言だけ言葉を述べた。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 すると、栞の姉も静かになり、なにやら考える様子を見せていた。二人は夜空の星に照らされながらも、何も語らずに無言となってしまったのである。

 

 

「……私はフェイトさんに言いたいことがあります」

 

「何かな……?」

 

 

 だが、その静かな時間を打ち破るように、決意した声を出す栞の姉。フェイトもその声に多少何かを感じたが、普段通りの冷静な態度で、何が言いたいのかと尋ねていた。

 

 

「……その……、フェイトさん」

 

 

 栞の姉は自分の手の指をいじりながら、気がつけば顔を真っ赤に染めていた。そして、何かを言いたそうに俯きながら、モジモジと迷っているような態度を見せていた。しかし、その数秒後、意を決したのか、深呼吸をして冷静さを取り戻すと、はっきりとした声で伝えたかった言葉を発したのだ。

 

 

「……私は、フェイトさんが……、あなたのことが好きです……!」

 

「……」

 

 

 それはなんと、告白だった。もはや外に漏れそうな鼓動と破裂しそうな心臓を押さえながら、栞の姉は勇気を振り絞ってフェイトへと告白したのだ。フェイトも突然のことで何を言われたか理解が追いつかず、普段の凍りついた表情は砕け、驚いた顔をしていた。

 

 

「……ずっと、ずっと前から言おうと思ってました……」

 

 

 再び夜風が二人を包む。それによって栞の姉の髪があおられ、肌を撫でるように流れた。そう、栞の姉は昔から、このことをフェイトへ伝えたかった。それをずっと胸に秘めて、今日まで過ごしてきたのだ。

 

 

「でも、中々言い出せなくて……」

 

 

 しかし、それを言い出す勇気も機会も中々無かった。そのため、その想いをしまったまま、ずっと過ごしてきたのである。それを俯きつつ、恥ずかしげに語る栞の姉。フェイトはそれを静かに聞いているだけだった。

 

 

「それでも、今ここで言っておかないと、もう言えないかもしれないって思って……」

 

「……そうか……」

 

 

 また、なにやら色々なことが動いていることを察した栞の姉は、ここでしっかりと言っておかなければ、もう二度とその機会が訪れないかもしれないと思ったのだ。故に、ここで自分の気持ちに区切りをつけるために、こうしてフェイトへと告白したのだ。少しばかり自分の気持ちを押し付ける形となってしまったことを思い、栞の姉は苦笑しながらそれを話した。フェイトもそれを聞いて、静かにそれを理解した。そうだったのかと、栞の姉の気持ちを受け止めていたのだ。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 そして、再び二人は無言となった。栞の姉は、今の告白の返事を今か今かと待っていた。しかし、フェイトは難しい顔のまま、ずっと黙ったままだった。無言の時間だけが静かに過ぎ去り、聞こえてくる音と言えば、ゆるやかに吹く風の音だけであった。

 

 

「……悪いけど、今はまだ、それに応えることはできない……」

 

「……」

 

 

 数秒か数分か、栞の姉にはどのぐらい時間が経ったかわからなかったが、そこでようやくフェイトが重い口を開いた。だが、その答えはまだ答えられないと言う、保留の言葉だったのだ。それでも栞の姉は表情を変えず、ずっと静かにフェイトの話に耳を傾けていた。

 

 

「……まだ、やらないとならないことがある」

 

「……そうですか……」

 

「すまない……」

 

 

 フェイトはまだ終わらぬ魔法世界の危機を危惧していた。故に、それが終わるまでは返事を返すことはできないと思ったのだ。だから、まだやることがあるとだけ、申し訳なさそうに話したのである。

 

 栞の姉はフェイトの言葉を聞いて、少しだけだが落ち込んだ様子を見せた。それを見たフェイトは、小さく頭を下げて答えられないことを謝っていた。

 

 

「ふふ……、フェイトさんならそう言うと思ってました」

 

「それはどういう……?」

 

 

 そんなフェイトの謝罪に、栞の姉はクスリと笑って見せた。苦笑ではなく、フェイトのその真摯な態度を嬉しく思ったからだ。また、栞の姉はこうなるのではないかと、うすうす気が付いていた。なので、大きく落ち込むようなことはなかったのだ。

 

 ただ、フェイトは栞の姉の態度に釈然としない様子を見せていた。自分が返事を返せなかったのに、栞の姉は平気そうな顔を見せていたからだ。

 

 

「だって、最近のフェイトさん、すごい深刻な顔ばかりなんですもの」

 

「……そうだったかな……?」

 

 

 と言うのも、栞の姉は最近のフェイトが深刻な顔ばかりしているのを知っていた。あまり表情のないフェイトであったが、流石に悩む様子ばかり見せていれば、わかるというものだ。

 

 そして、フェイトはやはり悩んでいた。当然それは魔法世界崩壊のことだ。本当に魔法世界を温存して維持できるのだろうか、造物主との戦いは終わるのだろうか。ずっとそればかりを考えていたが、未だ答えは出ないまま、今も悩んでいるのである。

 

 だが、一番悩んでいること、それは目の前の彼女がずっと側にいてくれるだろうか、ということだった。魔法世界が消滅すれば、当然彼女もいなくなってしまう。そうならないために皇帝が何かをしているのだが、それでも不安はぬぐえなかったのだ。

 

 

「何を思いつめているかはわかりませんが、たまにはリラックスも必要ですよ?」

 

「……そうだね……、確かに最近は色々考えてばかりだった……」

 

「やっぱりそうだったんですね」

 

 

 そんな苦悩するフェイトへと、栞の姉は笑いかけてたしなめた。ずっと悩んでばかりいないで、たまには羽を伸ばすことも忘れないようにと。

 

 フェイトもその言葉に同意し、確かにずっと悩みっぱなしだったと反省した。いままでの苦慮していた自分の姿で、栞の姉に心配かけてしまったと思い、悪いことをしたとフェイトは思ったのである。

 

 また、栞の姉もそうだと思ったと言わんばかりの様子を見せていた。たびたび見せる腕を組んで深慮する姿に、何か大きな悩みがあるのではないかと考えていたのだ。

 

 

「……今の返事、フェイトさんの悩みが解決してからでいいんで、ちゃんと返してくださいね?」

 

「……わかった、約束しよう」

 

「絶対ですよ?」

 

「絶対に守るよ」

 

 

 栞の姉はフェイトへ、今すぐ返事が欲しい訳ではないと話した。フェイトの悩みが解消したその後で、しっかりと答えを聞かせてくれればそれでよいと、やらかな笑顔でそう言ったのだ。フェイトもならば約束すると、はっきりと、力強く断言した。絶対に約束を守ると、いや、守ってみせると言う意思を見せたのだ。

 

 

「ならいいです。絶対ですからね?」

 

「わかってる、必ず返事を返すよ。二言はない」

 

 

 それならもう何も言うことはない。どちらの答えにせよ、ちゃんと返事がもらえるならば、それでいいと栞の姉は思った。そして、フェイトも栞の姉に再びそれを聞かれれば、二言はないと言葉にしながら、微細な笑みを見せていたのだ。

 

 

「……ごめんなさいね、時間を取らせてしまって……」

 

「いや……」

 

 

 栞の姉はそこで、こんな夜に、このような場所まで来てもらって申し訳ないと話した。フェイトは謝る栞の姉へ、気にしていないという声を出した。久々に心安らぐ時間であったし、彼女の気持ちもわかったのだ。何も気にすることなど彼にはないのである。

 

 

「では、また明日会いましょう! おやすみなさい!」

 

「うん、おやすみ……」

 

 

 また、もう休む時間だったのを、無理を言って付き合ってもらったのを思い出した栞の姉は、これで解散しようと考えた。なので、また明日と笑顔で話し、おやすみの挨拶を述べてそのまま立ち去っていった。フェイトも返事を返し、手を振って彼女が去るのを見送ったのだった。

 

 

「……」

 

 

 フェイトは栞の姉の姿が見えなくなった後、そこから再び夜に輝く都市の明かりを眺めていた。表情は無く、言葉も無く、ただただ、景色を眺めていた。ただ、その心中は非常に複雑であり、彼女への答えや魔法世界の未来などを考えていたのだった。しかし、そんなフェイトの横に、気がつけば一人の男が立っていた。

 

 

「よう、久々だな。元気でやってたか?」

 

「皇帝か……。今のを見てたのかい?」

 

「いんや? 今来たばかりさ」

 

 

 それは皇帝だった。皇帝も都市の夜景を眺めながらも、フェイトへと声をかけていた。また、フェイトもいつの間にか現れた皇帝を気にすることなく、むしろ今の彼女とのやり取りをどこかで見ていたのかと質問したのだ。だが、皇帝はそんなことはしていないと言葉にし、さらには今ここに現れたばかりだと、ニヤリと笑って答えていた。

 

 

「それに、そこまで野暮じゃねぇよ」

 

「そう……」

 

 

 さらに皇帝は、流石にそこまでするほど悪趣味ではないと言葉を投げた。ただ、昔から皇帝は色々と覗き見ていたりしていたので、フェイトもその部分だけは信用しづらい様子だった。まあ、それでも皇帝がそういうのであれば、そうなんだろうとも思ったようだ。

 

 

「……そういえば、最近あなたの顔を見てなかったね」

 

「まぁなー、ちっとばかし忙しかったもんでよ」

 

「やはり、例の”計画”のことでか……?」

 

「おうよ」

 

 

 そこでフェイトは、最近姿を見てなかったことを首の向きを変えずに、皇帝へと尋ねた。皇帝はその答えに顎を指でかきながら、目線だけをフェイトへ向けて、忙しかったと語り笑っていた。

 

 フェイトはそれを聞いて、皇帝が言っていた計画と言うものを思い出した。だが、フェイトはその計画それ自体は説明されていなかったので、その計画と言う言葉だけを出したのである。皇帝も計画と聞いて、それであっていると断言した。そう、皇帝は魔法世界存続の為に、ひたすら走り回っていたのである。

 

 

「……なら、その、”計画”は順調なのかい?」

 

「当然よ! 心配するこたぁーねぇさ」

 

 

 ならば、その計画は問題なく進んでいるのだろうか、フェイトはそれを皇帝へと尋ねた。すると皇帝はニヤリと笑いながら、問題なんて何一つ存在しないと、胸を張って豪語したではないか。

 

 

「だからよ、おめーは安心して彼女と乳繰り合ってりゃいいんだよ」

 

「……そうしたいのも山々だけど、そうも言ってられないものだよ」

 

「おいおい、そんなんじゃ彼女がカワイソーだろ!?」

 

 

 故に、何も気にせずいればいい、栞の姉といちゃついてればいいと、皇帝は面白おかしく言ったのだ。フェイトもそうしたいと言葉にし、その事実を認めた。しかし、やはり今の状況では、それはまだできないと考えていた。そんなフェイトを見て肩をすくめる皇帝。まったくもって気にするなと言うのに、何をいまさら気にすることがあるのかと、皇帝は思ったのである。

 

 

「おめーと彼女はもう付き合って結構なげーだろ? そろそろ身を固めちまってもいいんじゃねぇと俺は思うんだがなぁ」

 

「……そうかもしれない……」

 

「だろ? そーだろ? そー思うだろ?」

 

 

 皇帝はフェイトと栞の姉がもうかれこれ付き合って長いことを思い出し、もうゴールインしてもいいだろうと冗談交じりで話した。このフェイトと栞の二人、かれこれ10年ぐらい付き合ってるのだが、未だに仮契約以外のキスはなく、なんとも寂しい状況だ。それじゃダメだろうと思う皇帝は、もう少し頑張れよと常々考えているのだ。

 

 ただ、フェイト自身もその考えに否定的ではない様子で、静かにそれを言葉にした。ならば、それでいいだろう、そうしちまえ、皇帝はしきりに何度もそう言った。その暁には盛大に祝ってやるから、さっさとくっついちまえ、そう皇帝は思っているのである。

 

 

「だけど、今はまだできない」

 

「……ほう?」

 

 

 しかし、フェイトはやはりまだそれはできないと、静かに口に出した。その雰囲気を察した皇帝は、何で? と言う顔ではなく、むしろ関心した表情を見せていた。

 

 

「あなたの”計画”が終わるまでは……、それまでは……」

 

「ハァ……、お堅いねぇ……。」

 

 

 何度もフェイトはそれを考えた、皇帝の計画が終わるまでは、魔法世界の存亡に決着が付くまでは、彼女と正式に付き合うことはしないと。それが彼なりのけじめだった。それを見届けるまでは彼女とは一緒にならない、なれないと考えていたのだ。

 

 そんなフェイトへと小さくため息をつく皇帝。なんという石頭なんだろうか、地のアーウェルンクスで石を得意としているだけでなく、頭まで石だったとはと、少し呆れたのである。

 

 

「まっ、おめーにも色々思うところがあんだろ」

 

「……まあね……」

 

 

 ただ、皇帝はフェイトの心中を察し、色々考えているのだろうと語った。何せ竜の騎士も原因の一つなんだろうが、生みの親である造物主を裏切った形でここにいるのだ。それに、魔法世界が消えてしまえば、最愛の彼女がいなくなってしまう。そんな不安がなくはないのだろうと、皇帝も考えていたのだ。また、フェイトも皇帝の考えを知ってか知らずか、静かにそれを肯定した。

 

 

「はぁ、やっぱ頭かてーなーおめー」

 

「先ほど彼女から、似たようなことを言われたよ」

 

「ハッハッハッ! そうかいそうかい!」

 

 

 いやはや、やはりこのフェイト少年は頭が固い。今の態度でよくわかった。皇帝はそう苦笑するかのように話せば、フェイトもさっきの栞の姉とのやり取りを思い出し、それを言葉にした。悩みすぎるのはよくない、リラックスするべきと、栞の姉から言われたことだ。それを聞いた皇帝は、非常に愉快そうに笑いながら、そうかそうかと頷いていた。既に彼女に言われているなら、いまさらだったと思ったのである。

 

 

「だがまぁ、心配なんて必要ねぇさ。もうすぐ全てが丸く収まる」

 

「……その言葉、信じているよ」

 

 

 そこで皇帝ははっきりと、そんな心配はいらないと豪語した。自分の計画は順調であり、きっとうまくいくと確信しているからだ。フェイトもまた、皇帝のことを信じ、その成功を願っていた。

 

 

「クックッ……、任せておけ! おめーも、おめーの彼女も、この世界も、全部救ってやる」

 

「頼んだよ……」

 

「言われずともな!」

 

 

 だから、全てきっちり解決するから安心しておけと。お前もお前の大事なものも、全部まとめて救ってやると、皇帝は不敵に笑ってそう言った。フェイトはそんな皇帝へ顔を向け、ならば全て任せたと言葉にしていた。そして皇帝はそのフェイトの頼みを、そんなことは言われなくてもわかっていると笑っていた。頼まれなくても勝手にやる、言われなくても好きにさせてもらう、皇帝はそう思っていたからである。

 

 そんな会話の後、気が付けば皇帝はまたしても姿を消していた。それを見たフェイトは、とりあえず城に設けられた自室へ戻ろうと考えた。また、今の会話で肩の荷が少し下り、気が楽になったことに気が付いたようであった。

 



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百十九話 出発

 8月12日……。

ネギたちがイギリスへ出発する予定の日だ。誰もがエヴァンジェリンの別荘内で旅行のために準備を行っており、いままさにそれが終わろうとしていた。

 

 

「よし、準備完了!」

 

 

 準備を終えて元気よく声を出していたのはネギ。キャスターつきのトランクに荷物を詰め込み、準備が終わったことを叫んでいた。

 

 

「よう、そっちは準備終わったかね?」

 

「ばっちりだよ!」

 

 

 するとカギが覗き込むように現れ、準備が終わったかを尋ねた。ネギは悠々と完璧に終わったと話し、カギもそうかそうかと頷いた。

 

 

「随分と旦那が浮かれておりますねぇ」

 

「まあ、久々の帰郷だからな」

 

 

 いつも以上にウキウキした姿のネギを見て、カモミールはカギの肩の上でそのことを言葉にした。カギはそれについて、久々に家に帰るからだとすぐに答えていた。家族である姉のネカネに久々に会えるというだけで、ネギには十分喜ばしいことなのをカギは知っていたからだ。

 

 

「ところで兄さんの方は?」

 

「ああ? 俺も完璧さ! 一つの隙もないぜ!」

 

「だといいんだけど……」

 

 

 そこでネギが逆にカギへ、そちらの準備は万端なのかと尋ねた。するとカギは自信満々の様子で、問題はないと話すではないか。しかし、ネギはそんなカギを心配そうな顔で見ていた。いつもどこか抜けているカギだ。何か忘れてないだろうかと思ったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じくエヴァンジェリンの別荘の一室で、アスナたちが準備をしていた。また、初の海外旅行というだけあって、おしゃれを欠かさずに行っていたのだ。

 

 

「わあー! せっちゃんの私服かわええなー!」

 

「そっ、そうですか……?」

 

 

 そして、普段はしないようなおしゃれな格好をした刹那を、木乃香はニコニコしながら甘えるような声で褒めた。刹那は今の自分の格好が恥ずかしいようで、顔を紅色に染めながら、木乃香の言葉にくすぐったい気持ちを感じていた。

 

 

「うん、すごく似合ってるわ」

 

「はい! とてもいいと思います!」

 

「そんな、アスナさんやさよさんまで……」

 

 

 さらにはアスナとさよにまで褒められ、もはや照れ照れで動揺を隠せない刹那。かわいらしい格好をしている時点でとても恥ずかしいのに、みんなにこうも褒められては、もはや恥ずかしすぎてどうにかなりそうな様子だった。

 

 

「おう、お前ら終わったか?」

 

「あ! バーサーカーはん!」

 

 

 そこへと現れたのはバーサーカーだ。流石に女子だらけの中に入っていられなかったバーサーカーは、とりあえず適当な場所に避難していたのである。それでころあいを見計らって、戻ってきたのだ。

 

 木乃香は戻ってきたバーサーカーを歓迎するかのように、笑顔で出迎えた。また、刹那もバーサーカーに席をはずさせたことを申し訳なさそうにしており、アスナやさよもバーサーカーの方を注目していた。

 

 

「なーなー! せっちゃんの私服かわええやろ!」

 

「おおう……、んまあ、確かにイケてるじゃん? 流石、オレの大将だぜ」

 

「ばっ、バーサーカーさんもそんなことを……!」

 

 

 そして、木乃香はバーサーカーへと、今の刹那の格好について笑顔で聞いてみた。こんなかわいらしい刹那はめったに見られないし、当然かわいいと思っていたからだ。

 

 バーサーカーは木乃香の質問に、少し動揺した後にしっかり答えた。普段じゃ絶対に見られない格好の刹那に、バーサーカーも少しドキっとしたのである。

 

 しかし、刹那もまたバーサーカーに褒められて、さらに照れていた。模擬戦などの戦闘技術で褒められることは多々あっても、こうしたことでバーサーカーが褒めたことはさほどなかったからだ。それ以外にも、バーサーカーとは言え異性に褒められたというのもあった。

 

 

「まあ、惜しいところがあるとすりゃあ、ゴールデンなアクセサリーがねぇってことぐらいだな」

 

「そ、そうですか……」

 

「バーサーカーさんはホント、ゴールドが好きねぇ……」

 

「ホンマになー」

 

 

 ただ、バーサーカーは金の装飾がないことに不満を覚えたのか、それをこぼした。何せこのバーサーカー、(ゴールド)が大好きだ。何かとゴールデンな物をつけたがる。刹那にも同じように、ゴールデンなアクセサリーをつけてほしかったようだ。

 

 刹那もバーサーカーの言葉に、いつものことかと呆れていた。バーサーカーと長く付き合っていた刹那は、そのゴールデン好きもよく知っている。そのため、まあいつもの悪癖が出たな、程度に思っているのだ。

 

 そんなやり取りを見ていたアスナも、バーサーカーのゴールデンっぷりには呆れたようだ。と言うのも、自称ゴールデンなバーサーカーは、何かとゴールデンに染まりたがっている。ゴールデン好きにも限度があると、少しだけ思っていたりするのである。また、同じく木乃香もアスナと同じような表情をしながら、その意見に賛同していた。

 

 

「ところで、バーサーカーさんこそ支度の方は……?」

 

「ああ? 別にオレは霊体化してついていけばいい訳じゃん? だったら、別にたいした荷物(もん)はいらねぇと思ってよ」

 

 

 まあ、そんなことは置いておくとしてと、刹那は話を切り替えた。そこでバーサーカーが旅行の準備が出来たかどうかを聞いたのだ。バーサーカーはその問いに、なんとさほど準備はしていないと答えたではないか。

 

 だが、それには理由がある。バーサーカーはサーヴァントであり、霊体化することができる。霊体化していれば言葉通り幽霊のような状態となり、基本的に一般人には発見されずにすむようになるのだ。故に、バーサーカーはそうやってやり過ごそうと思ったのである。

 

 

「……まさか飛行機ただ乗りする気ですか……」

 

「……流石にんなこたあしねぇよ」

 

「え……? でも今霊体化して飛行機に乗るって……」

 

 

 刹那はバーサーカーの物言いで察したことを話した。霊体化して飛行機に乗り込み、ただでやりすごそうとしているのではないかと。だが、刹那の予想とは違い、バーサーカーはそれにNOと答えた。

 

 刹那はバーサーカーへ、今の言葉はそういうことではないのか、と少し困惑した様子で質問した。

 

 

「今回は刹那の友人のプライベートなフライトって訳じゃないだろ? だったらちゃんと席を予約するのがスジってモンじゃん?」

 

「確かにそうですが……」

 

 

 バーサーカーは刹那の質問に、そっと答えた。前に飛行機に乗った時は、刹那の友人が所有する飛行機での旅だった。が、故に恥ずかしくもこっそりと搭乗するしかなかった。

 

 しかし、今回はグループでの旅行であり、乗る飛行機も公共のものである。つまり、金はしっかり払っておきたいと思うのが、バーサーカーの心情であった。

 

 刹那もそれは当然だと小さく言葉にした。何かを買う時は金を支払うのは当たり前のルールであるからだ。

 

 

 また、当然ながら外国への旅行となるため、パスポートも発行していた。ただ、当然そのために戸籍が必要になるのだが、実はこのバーサーカー、それをすでに持っていたのだ。

 

 何故ならバーサーカーは、普通自動車免許証や大型自動二輪免許を取る為、関西呪術協会の長であり近衛木乃香の父でもある近衛詠春に、こっそりと戸籍を用意してもらっていたからだ。なので、スムーズにパスポートの申請が行えたのである。

 

 

「席を買って、霊体化しながらそこに座ってりゃ、こっそりついていけるってスンポーだぜ」

 

「なるほど……」

 

 

 つまるところ、バーサーカーはこの旅の話を聞いた時から、すでに準備を行っていた。そして、護衛の仕事で貰える給料で、彼女たちが乗ると話していた飛行機の席を、一つ予約しておいたのである。それなら霊体化してようがただ乗りではないので、安心だとバーサーカーは誇った様に豪語したのだ。

 

 うーむ、確かに言われたとおりだ。刹那もバーサーカーの言うとおりだと、納得した様子を見せていた。見た目ヤンキーな上に多少無茶をするが、基本ルールを厳守するバーサーカーが法律を破るはずがなかったと、刹那は静かにそう思った。

 

 しかし、旅費は学園側が負担してくれる形となっているので、保護者枠として堂々とついていけばよかったのではないかとも思う刹那だった。

 

 

…… …… ……

 

 

 他の少女たちも別々の部屋で準備をしていた。古菲や楓、それに和美も、アスナたちと同じように準備を終えようとしていた。

 

 

「準備できたアル!」

 

「いやはや、初の海外旅行がイギリスとは、期待半分緊張半分と言ったところでござるな」

 

 

 古菲も旅の用意が整ったようで、そのことを大声で元気よく発していた。また、楓ははじめての海外旅行と言うことで、ワクワクドキドキしている様子だった。

 

 

「そういえばマタっちは旅ばかりしてたんだよね? イギリスは行ったことあるの?」

 

「……イギリス!」

 

「その表情はまさか……!」

 

 

 和美がそこで、ふと思い出したかのように、マタムネのことを言葉にした。それはマタムネが、よく旅のことを話してくれたことだ。何度も何度も旅に出たマタムネならば、もしかしたらイギリスにも行ったことがあるのではと思ったのである。

 

 その和美の問いを聞いたマタムネは、イギリスとぽつり言葉に出すと、クワッと目を見開き黒目を細くし、なにやら意味深な表情をしたではないか。和美はマタムネがイギリスに行ったことがあるのではと、そこで期待を膨らませたのだ。

 

 

「いえ、今回が初めてですが?」

 

「あらら、そうなんだ……」

 

 

 だが、マタムネはそんな顔をしたにもかかわらず、しれっとイギリスは行ったことがないと述べた。和美はマタムネのその言葉に、ずっこけた。意味ありげな顔を見せたというのに、行ったことがないなどと冷静な声で語られたからだ。

 

 

「ふむ、この旅で何か得るものがあればよいですな」

 

「そうだね! すごいワクワクしてるよ!」

 

「うむ、小生も楽しみでなりません」

 

 

 そんな和美を見てマタムネは微笑ましく思いつつ、今回の旅でよい体験があればよいと話した。和美もイギリスへ、ひいては魔法世界へ行くことにとても心を踊る様子だった。マタムネも新たな土地への期待があるようで、わりと楽しみにしているようだ。

 

 

「しかし、何事もなければよいのだが……」

 

 

 ただ、マタムネはこの旅路に不安もあった。このまま平和に過ごせるのならいいのだが、果たしてそううまくいくのだろうかと。だが、それは誰にもわからないことであり、今はただ、平和の時を過ごすだけだと思うのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 さらに、別の場所でも準備をする少女たちがいた。夕映とのどかとハルナ、それにアーニャの四人だ。

 

 

「そういえばさぁ、これから行くところってアーニャちゃんの故郷でもあるんでしょ?」

 

「そういえばそうでしたね」

 

 

 ハルナが思い出したかのように、今回の旅行先のことについて話し出した。最終的な目的地は魔法世界なのだが、その途中に立ち寄る場所はネギの故郷の村だ。また、ネギの故郷はアーニャの故郷でもあるため、それをハルナが思い出したのだ。

 

 夕映もハルナの突然の言葉を聞き、確かにそうだったと思った。ネギの幼馴染なんだから当然のことだったのに、うっかりしていたと思ったのである。

 

 

「どんなところなの?」

 

「ただの田舎の村ですよ、魔法使いの隠れ里みたいな場所です」

 

「へぇー、何か逆に面白そうだね!」

 

「別に面白いところはないと思いますけど……」

 

 

 同じくハルナの言葉を聞き、どんなところなんだろうと思ったのどかは、アーニャへとそれを尋ねて見た。アーニャはそれを笑顔で答えた。山の中にある小さな偏狭の村で、魔法使いが隠れ住んでいるような場所であると。

 

 ハルナはアーニャの答えに興奮を覚えた様子だった。魔法使いの隠れ里、その言葉の響きが彼女を刺激したようだ。魔法使いの隠れ里はファンタジーな印象が強いからだろう。ただ、アーニャはただの田舎だと思っており、面白いことは無いと苦笑しながら言葉にしていた。

 

 

「確かネギ先生たちが通っていた学校もあるんだよね?」

 

「はい、向こうに行ったら案内しますよ」

 

「それは楽しみですね」

 

 

 ならば、ネギやアーニャが通っていた魔法学校というものもあったはずだと、のどかはそれもアーニャに聞いた。その問いにもアーニャは丁寧に答え、あっちについたら案内すると約束してくれたのだ。夕映はそれを聞いて、嬉しそうな表情でその場へ行くことを楽しみに思ったのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 周りが旅行への期待に胸を膨らませる中、一人その旅路を憂うものがいた。それこそ現実(リアル)を愛する少女、千雨だった。

 

 

「……なあ、師匠。本当に大丈夫なのか?」

 

「大丈夫とは何がだ?」

 

 

 千雨は不安から、現在師であるエヴァンジェリンへ、今回の旅が本当に安全なのか尋ねた。また、千雨はエヴァンジェリンのことを師匠と呼んでいたようだ。いや、それは教えを請うものとしては当然なのかもしれないが。ただ、それを聞かれたエヴァンジェリンは、大丈夫か、と聞かれただけでは何がなんだかわからないと、もう一度聞き返していた。

 

 

「魔法の世界のことだよ。本当にあいつらが行きたいのはイギリスじゃなくてあっちなんだろ?」

 

「ああ、そういうことか」

 

 

 千雨はならばと再び説明を交えて質問した。そう、千雨が不安になっているのはイギリス旅行ではなく、その先にある魔法世界行きのことだった。ネギたちは最終的に魔法世界へ行くことが目的であり、イギリス行きはその通過点だ。魔法世界とはすなわち魔法が飛び交う世界だ、何があっても不思議ではない。故に千雨は、魔法世界というものに少し不安を感じていたのである。

 

 エヴァンジェリンはそれを聞いて、千雨の不安を理解した。と言うのも、エヴァンジェリンは魔法世界のことも当然詳しい。そのためなのか、千雨が何で不安になっているのか、とっさに察することができなかったのである。

 

 

「多分問題はないだろう。前にも言った気がするが、貴様たちが行くところは先進国のような場所だからな。安全は確保されているさ」

 

「……本当なんだろうな……」

 

「嘘をついてどうする?」

 

 

 そしてエヴァンジェリンは、別に問題なんてないはずだと静かに答えた。前に説明したとおり、魔法世界と言っても先進国のような場所以外は行くことはない。つまり、別に危険な場所へ立ち寄る訳ではないので安全なのは間違いないと話した。

 

 だが、千雨はどうしても信じられない様子で、ジロリとエヴァンジェリンを見つめながら、再び真偽を尋ねた。エヴァンジェリンはそんな千雨へ、そこまで信じられないのかという顔で、嘘ではないと話した。

 

 

「それに、この私も同行してやる訳だし、問題があるはずがないだろう?」

 

「確かにそうだが……」

 

 

 さらに、エヴァンジェリン自らお目付け役を行うことにしたのだ。それなのに何が不安なのだと、千雨へ言い聞かせたのである。千雨もそれはわかっていると言葉にしたが、やはり不安は晴れないようだった。

 

 

「それとも、私が信用できないと?」

 

「いや、そういう訳じゃないんだ……」

 

 

 そんな顔をする千雨へ、エヴァンジェリンがため息をしながら、そう言葉にした。それでは自分も信用していないのではないのか、と。だが、千雨はエヴァンジェリンが信用できないとかそういう訳でもなかった。単純に、言葉では言い表せないような、漠然とした不安がのしかかっているだけなのだ。

 

 

「……まあ、見知らぬ土地に行くという不安もあるんだろう」

 

「まあな……」

 

「と言うより、そんな心配するのなら、忘れ物の心配をした方が有意義だぞ?」

 

 

 そこでエヴァンジェリンは、千雨が何に不安を感じているのかを考えた。そして、それは多分自分が足を踏み入れたことのない、まったく知らない場所へ行くことへの不安なのかもしれないと考えたのだ。それを千雨へ話せば、本人もそれを自覚している様子を見せ、小さく頷いていた。エヴァンジェリンはそれならば、もっと別のことを考えた方がいいと、再度ため息をして言葉にした。

 

 

「……そうだな。わるかったよ、変な質問しちまって」

 

「別にいいさ。不安は誰にでもあるものだ」

 

 

 千雨はエヴァンジェリンの話を聞いて、すまなかったと頭を下げた。旅の前だというのに、不安を愚痴ってしまったことへの謝罪であった。エヴァンジェリンもそのことについては気にしていない様子であり、そう言うものは誰にでもあるとさえ言っていた。 

 

 

「むしろ、不安を抱かないノーテンキな他の連中がおかしいと思うが……」

 

「やっぱそう思うか……?」

 

「……まあ、それも長所と言えば長所になるだろう……」

 

「はぁ……」

 

 

 しかし、それでも不安を感じずにはしゃぐ周囲を考えると、多少なりと不安があった方がいいのではないかと、呆れた顔で話すエヴァンジェリン。千雨も同じようなことを思っていたようで、意見があったことを少し嬉しく思いつつも、しれっとした顔でそれを聞いた。

 

 とは言ったが、それはそれで悪いことではないかもしれないと、エヴァンジェリンは言葉にしていた。不安にばかり支配されないというのも、それはそれで長所なのだろうと思ったのだ。だが、そう言うエヴァンジェリンの顔はやはり呆れそのもので、千雨はそれを見て察したのか、深いため息を吐くのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同日、成田空港。すでにメンバーの大半はロビーに集まり、すでに出発を待つばかりだった。誰もがイギリス行きを喜び、和気藹々とはしゃいでいた。

 

 

「はじめての海外楽しみやなー」

 

「そうですね」

 

 

 木乃香も海外ということで胸いっぱいに期待を膨らませ、刹那も笑いかけてくる木乃香を見て微笑ましく思っていた。

 

 

「しかし、あのような鉄の塊が空を飛ぶというのは信じられぬでござる」

 

「ムズカシーコトはわからないアルが、飛んでるなら飛ぶアルヨ」

 

 

 また、楓は空を飛ぶ飛行機のことを考え、何であれが飛ぶのだろうかと言い出した。世間知らずな忍者故に、そういうもとには疎いようだ。だが、むしろ影分身したりする方が、普通信じられないと言うものだが。そこで古菲もよくわからないと頭をひねりながらも、とりあえず飛んでるんだから飛ぶという結論を述べていた。

 

 

「まっ、オレがライダークラスで現界すりゃ、相棒の熊公でどこだろうが突っ走って見せるんだがなぁ」

 

「なっ、何ですかそれは!?」

 

「オレっちのライダークラスモードよ。熊公でかっ飛ばしてどこまでも走れるっつー訳さ」

 

「いや、熊ですよね? まるで別のものに聞こえますが……」

 

 

 そこでMrゴールデンのことバーサーカーが、自分がライダークラスだったらと言い出した。

 

 ライダーになったゴールデンはバイクとなったベアー号にまたがり、超速度で駆け抜けることができるのだ。スキル”千里疾走”の効果にてそれが後押しされ、長時間、長距離の移動をも無尽蔵の体力で問題なくこなすことも可能だ。

 

 しかも、このベアー号は変形もする。ロボにもなると言う噂だ。まあ、それでも空を飛ぶかどうかは定かではないのだが。だと言うのに、自信満々でそう豪語しているのが目の前のゴールデンなバーサーカーだった。

 

 しかし、刹那は熊で突っ走ると聞いて、何それって感じに驚いた顔でそれを尋ねた。

熊はわかる、山にいる熊は。金太郎と言えば熊にまたがるからだ。

 

 それでもかっ飛ばすとはどういうことなんだ、そう刹那は疑問に思ったのだ。熊にまたがったらかっ飛ばすって単語が出るのだろうかと。

 

 だが、バーサーカーは意図がわかっているのかいないのか、自分がライダーで現界したらそれが可能だと言い出した。バーサーカーはベアー号が変形すること前提で話しているので、それが刹那にうまく伝わっていないのだ。

 

 すると、刹那はさらに混乱しだした。熊にまたがって走るのはわかるが、何やらバーサーカーが言っているニュアンスがそれとは違うものだと言うことも察したからだ。

 

 

「……ああ! 悪かった刹那。説明が足りてなかったみてぇだ」

 

「説明って……?」

 

 

 バーサーカーは刹那がいぶかしむ姿を見て、自分の説明不足があったことを認め素直に謝った。そうだそうだ、マスターは自分のベアー号を知らないんだった。であれば、まずベアー号のことから説明しなければ、そう反省した。

 

 が、刹那は説明と言われても、うん? と首をかしげるばかりだ。何故なら、熊が変形するなんて予想すらしていないからだ。

 

 

「あの熊公すげーヤツでな、トランスなフォームできるんだぜ?」

 

「どういうことなんですか……」

 

「それ、ホンマにクマさんなんかなー?」

 

 

 そこでゴールデンは刹那の疑問を解消すべく、その熊について深く熱く語った。なんということか、その熊は変形するというのだ。まずはバイクに変形できる、それ以外にも変形できるがそれはさだかではないが、とにかく変形できるのだ。

 

 刹那はそれを聞いて、一体何がなんだかという顔をした。熊が変形するなど、それは本当に生き物なのかさえ疑わしいからだ。もはや熊ではなくKUMA、完全に別の生き物なんじゃないかと、刹那は本気で思ったようだ。ただ、そこでバーサーカーの話を一切疑わないあたり、結構純粋なのかもしれない。

 

 また、同じく木乃香もそれを聞いて、その熊が本当に熊なのだろうかと思っていた。そりゃ普通に変形する熊なんて聞いたら、熊と思えなくて当然だろう。

 

 

「……つまり、オレっちのベアー号をバイクにして突っ走るっつーこった!」

 

「……? ……え? 今なんて……?」

 

「いや! だからよぉー!」

 

 

 そして、バーサーカーは最後に、最初に述べていたことはそういうことだとはっきり刹那へ説明した。バイクになったベアー号でかっ飛ばして突っ走る、そういう意味だったと。

 

 だが、それがさらに刹那を混乱させることになった。突然熊がバイクになると言われても、何を言ってるかわからないのは当然だ。そもそも変形するという時点で、すでに混乱していた。そこへバイクになった熊に乗って走るなど、わかる訳がないのだ。

 

 刹那はさらに混乱した様子で、聞き間違えでないだろうか、いや、聞き間違えに違いない。そんな感じで再びバーサーカーへと聞き返していた。

 

 バーサーカーは混乱した刹那へと、興奮ぎみで説明をし直しだした。それはオレの宝具であり相棒で、昔からそういう感じに使っていたと。わからないなら感覚で察してくれ、そんな感じであった。

 

 

「騒がしい連中だ……」

 

「公共の場なんだから少しは大人しくしてくれてるといいんだがなー」

 

 

 そのキャピキャピと騒ぐ少女たちや興奮して声がでかくなったバーサーカーの横で、ふて腐れた顔をしながら腕を組む金髪の幼き少女。エヴァンジェリンである。

 

 その横には茶々丸と、同じように他の連中を騒がしいと感じる千雨がいた。エヴァンジェリンは他の少女たちのはしゃぎように静かにならんのかと思い、千雨もここは空港なのだから、もう少し静かにしろと思っていた。

 

 

「マスター、ネコたちは本当に大丈夫なのでしょうか……」

 

「……それは貴様の妹どもが世話してくれているはずだろう? 心配することなどないはずだが?」

 

 

 そんな機嫌が少し悪そうなエヴァンジェリンへ、茶々丸がなんだかそわそわした様子で声をかけた。茶々丸は自分が拾ってきた野良猫たちのことが、気になっていたのである。エヴァンジェリンはその問いに、何を言っているんだという顔で答えた。

 

 と言うのも、茶々丸の拾ってきた野良猫はエヴァンジェリンが用意した魔法球の中で世話をしている。当然茶々丸が世話をしているので、茶々丸が外に出れば世話をするものがいなくなる。

 

 しかし、そこは超や葉加瀬たちが新たに作った茶々丸の妹機に任せてあった。と言うか、ネコの世話の仕方を全てレクチャーしたのは、茶々丸本人なのだ。故に、エヴァンジェリンは茶々丸の心配する姿に、少し呆れていたのである。

 

 

「ですが……、やはり自分が世話をしていないと、どうも心配で……」

 

「はぁ……、貴様は心配性だな……」

 

「そうなんでしょうか……?」

 

 

 ただ、茶々丸が心配になるのも仕方のないことだった。普段なら自分が世話をしてきたネコを、自分で面倒が見れないことに不安を感じていたのだ。とは言え、茶々丸の妹機がミスをするはずもない。

 

 それを考えたエヴァンジェリンは、非常に些細な変化だが不安な表情をする茶々丸を見て、心配しすぎだと思いため息をついた。だが、茶々丸本人は心配性というものがよくわかっておらず、首をひねるだけであった。

 

 

「ああそうだ、それが心配性でなくて何だと言うんだ?」

 

「……私にはそのあたりがよくわかりませんので……」

 

 

 エヴァンジェリンは茶々丸へ、それが心配性というものだと言葉にした。しかし、やはり茶々丸には理解できなかったようで、これが心配性なのかもしれない、と思うぐらいしかできなかったようだ。

 

 

「まあ、そういうことも、おのずとわかるようになるだろうさ」

 

「……はい」

 

 

 エヴァンジェリンはそんな茶々丸に、呆れてはいたが嬉しくも思っていた。こうして茶々丸が自分が世話をしているネコのことで、親身になって心配している。昔の感情が希薄だった茶々丸からは、考えられないほど感情豊かになってきている。ならば、心配性ということももう少し成長すれば、理解できるようになるだろうと思い、エヴァンジェリンは茶々丸へと、それを苦笑しながら話したのだ。

 

 茶々丸のエヴァンジェリンの表情を見て、小さく笑みをことし、静かに返事をした。マスターであるエヴァンジェリンがそう言うのであれば、きっと自分にもわかる日が来ると思ったのである。

 

 

「この私を差し置いて、面白そうなことをやってるみたいだねぇー」

 

 

 そんな和気藹々とした集団の前に突然現れた少女が一人、その少女たちへと声をかけた。

 

 

「ゆーな!?」

 

「何でここに?!」

 

 

 なんということだろうか、それは裕奈であった。夕映もハルナも裕奈の登場に驚き、一体どうしてここに居るのかと声を出していた。また、それ以外の集まった少女たちも、驚いた表情をしていたのだ。

 

 

「フッフッフッ、何故ってそれは簡単なこと……」

 

「あっ、俺が誘った」

 

 

 そして、裕奈は何故ここにいるかと言えば、と理由をもったいぶりながら語ろうとした。が、その時、カギが平然とその場で、自分が誘ったと言い放ったのである。

 

 カギは裕奈が魔法生徒であることを、学園祭前日に世界樹前広場で行われた会議の時に知った。魔法使いの会議なので、当然裕奈も出てきていたのだ。さらにカギだけでなくネギもその事実をその時に知ったようだ。

 

 

「何で先に言っちゃうの!? カギ君!!」

 

「え? ダメだった?」

 

「あったりまえじゃん!」

 

 

 しかし、自分で自慢するかのように話そうとしたことを、先にカギに言われてしまった裕奈は、それに対してカギへと文句を言った。カギは何で? というようなとぼけた顔で、何でダメだったのか聞いていた。裕奈は当然、自分でそれを言いたかったので、それがダメだったと叫んで答えた。

 

 

「そっか、ゆーなも魔法使いだったっけ」

 

「嘘!?」

 

「そうだったんだ……」

 

「今まで知りませんでした……」

 

 

 そこでアスナは思い出したかのように、裕奈が魔法使いだったことを言葉にした。するとハルナものどかも夕映も驚きの声を出し、まったくわからなかったとこぼした。

 

 

「黙っててゴメンゴメン! でもさ、魔法使いとバレたらいけないからね」

 

「それについてはよくわかってますので……」

 

「そーそー! だから謝る必要なんてないって!」

 

 

 とは言え、魔法使いはそれを隠蔽するルールがある。当然裕奈もそれを悟られぬようにしなければならなかった。まあ、それでも隠していたことについて、祐奈はみんなに謝った。ただ、夕映たちはそのことを重々承知しており、別に謝る必要はないと、苦笑しながら述べたのだ。

 

 

「おや、みんなそろったのかい?」

 

「そーみたいだよ!」

 

「誰?!」

 

 

 と、そこへもう一人、裕奈の後ろから男性が現れた。それはあのアルスであった。彼もまた、カギに誘われていたようである。カギはアルスのことも裕奈と同じように、学園祭前日の会議で知ったようである。

 

 

「はじめまして、俺はアルス・ホールド。男子の中等部で教師をしてるものさ」

 

 

 アルスははじめて会った少女たちへ、さわやかな笑みともに自己紹介を行った。なんとこのアルス、実は男子中等部の教師だったらしい。つまるところ、あの状助の担任であるジョーテスと同僚ということになるようだ。

 

 

「あと、そこのネギ先生と同じく魔法使いでもある。よろしく頼むよ」

 

「よろしくお願いします!」

 

 

 また、アルスは自分が魔法使いであることもここで明かした。とは言え、当然のごとく周囲の一般人にわからないようにしながらであるが。そして、よろしくと言われた少女たちも、返すようにはっきりと元気よく挨拶をしていた。

 

 

「この金髪のイケメンはゆーなの知り合い?」

 

「そうだよ、おかーさんの友達の旦那さん」

 

「へえー」

 

 

 ハルナは目の前のアルスと裕奈が知人のように会話していたのを見て、それを裕奈へと尋ねた。裕奈はそれを普通に答えた。そう、アルスは裕奈の母親である夕子の友人のドネットの旦那である。その説明を聞いたハルナは、なるほどと言う顔をしていた。

 

 

「アルスさん、久しぶりです」

 

「あっ、アルスさん、どうもー」

 

「ご無沙汰だね」

 

 

 また、ネギとアーニャもアルスの側へより、頭を下げて挨拶した。アルスも軽快に挨拶を返し、久しぶりの再開を喜んだ。

 

 

「ネギ君のことは知ってたけど、アーニャちゃんとまで知り合いだったの?!」

 

「少しだけですけどお世話になりましたから」

 

「そういうこと。いやぁ、世界は広いねぇ、イングランドは狭いねぇ」

 

 

 その様子を見ていた裕奈はかなり驚いた顔をして見せた。アルスはネギと顔見知りな様子だったのを、裕奈は学園祭の時に知った。が、それ以外にもなんとあのアーニャとも知り合いだったというのは、衝撃的な事実だったのだ。

 

 そんな裕奈へアーニャは、そこまで深い知り合いという訳ではないと話した。そして、アルスはどこかでつながってる人間関係をたとえ、世界は広いが自分の世界は狭いと笑っていたのだった。

 

 

「あれ、カギ君とは知り合いじゃないの?」

 

「彼のことは一応知ってるが、知り合いと言うほどじゃないんだよね」

 

「俺だってコイツを見るのは学園祭が初めてだ」

 

「……そんなハズはないんだがなあ……」

 

 

 そこで裕奈はふと疑問に思った。アルスはネギやアーニャと知り合いなのだから、カギとも知り合いではないのだろうかと。裕奈はそれをアルスへ尋ねれば、アルスはカギのことは一方的に知っているだけで、知り合いではないと話した。さらにカギは、アルスを見たのは学園祭の時がはじめてだと、同意するようなことを述べたのだ。

 

 しかし、アルスはカギのその言葉に、それはおかしいと額を手で押さえてこぼした。と言うのも、このアルスの娘はネギやアーニャと同じ魔法学校へ通っている。そのつてでアルスはネギやアーニャと顔見知りなのだ。それなのに、カギはアルスを知らぬと言った。故に、アルスはおかしいと思ったのだ。

 

 それもそのはず、このカギ、昔は本気でどうでもいいことは記憶しない性質の人間だった。ぶっちゃけ昔のカギは”原作ヒロイン”を手篭めにしたいと言う欲求以外、基本的にどうでもよかった。そのせいで知っているはずのアルスすらも、見たことがないと言うほどに記憶してなかったのである。

 

 

「まあ、あっち(イギリス)は俺の故郷でもあるんだ。向こうへの水先案内人は任せてくれ」

 

「頼もしい人がきたねぇ!」

 

「よろしくお願いします!」

 

 

 だが、カギのことは置いておくとして、アルスは向かう先は自分の古巣なので、案内しようと申し出た。ハルナはそのアルスの言葉に、頼りになりそうだと思い、のどかはぺこりと頭を下げていた。

 

 

「で、全員そろったの?」

 

「そうだと思うけど……?」

 

 

 また、裕奈はハルナへ、ここにいる人で全員なのかと尋ねた。ハルナもそのあたりはカギに一任していたので、よくわからない様子を見せながらも、多分そうなのだろうと答えた。

 

 

「よう!」

 

「久しぶりだな」

 

「……来たのか」

 

 

 だが、そこへさらに二人の男子が現れた。そう、それはカズヤと法だった。二人は腕を組んで、彼らを待っていたような様子を見せる千雨へと挨拶した。千雨は腕を組みながら、彼らが来たことをツンとした顔で見ていた。確かに誘っては見たが、まさか本当にやってくるとはと、千雨は思ったようだ。

 

 

「おお? いつぞやの千雨ちゃんの彼氏!」

 

「ちげーっつってんだろ!?」

 

 

 ハルナはカズヤと法を見て、学園祭の時に協力してくれた千雨の友人だとすぐわかった。そこで千雨を茶化すように、ハルナはその二人のことを彼氏なのではと、笑いながら言葉にしたのだ。

 

 千雨はそのハルナの言葉を大声で叫んで否定した千雨は彼らを友人だとは思っていても、それ以上の感情は持ち合わせてないからだ。とは言え、そのような大げさな反応をするからこそ、ハルナが面白おかしく騒ぎ立てるのだが。

 

 

「あの二人を呼んだの?」

 

「まあな……」

 

 

 そこへアスナも千雨へと近づき、彼らを呼んだのかと聞いた。千雨は少々渋い顔をしながら、静かにそれを肯定した。

 

 

「まっ、あっちのちっこいのにも呼ばれてたしよ」

 

「色々と興味深いと思ったので、申し訳ないが乗せてもらった」

 

 

 その話を聞いたカズヤと法は、ここへ来たそれ以外の理由を述べ始めた。彼らも一応カギに、すでに誘われていたようだった。それを話しながら、カズヤは親指をカギへと向けていた。また、海外などにも興味があったので、その話に乗っかったと法はすまなそうな顔で話した。

 

 

「ふむ、随分戦力をそろえたな」

 

「まーな、あっちは何があるかわからねぇからよ」

 

「……確かにな」

 

 

 エヴァンジェリンもその二人を見て、何か思ったことがあるようだ。それを言葉に出すと、千雨も魔法世界(あっち)では何が起こるかわからないので呼んだのもあると話した。エヴァンジェリンは千雨のその話に、それはありえなくはないとこぼした。確かにあっちは治安はいいと話したが、懸念するべきところはその部分ではないと思っているからだ。

 

 

「いや待て、普通なら何もないって言うところじゃねーのか!?」

 

「そうか? それは悪かったな」

 

 

 しかし、千雨は本気で危険を考えて二人を呼んだわけではない。何かあったら助けてもらおうという考え程度だったのだ。だというのに、エヴァンジェリンは難しい顔をしながら腕を組んで、そのようなことを言い出したではないか。

 

 本来ならば、そこで安心させるようなことを言うところなのではないかと、千雨はエヴァンジェリンへ叫んだのである。そんな千雨をエヴァンジェリンは横目で見ながら、そんなもんなのか? と思いながらも不安にしたことについて謝った。

 

 

「そろそろ搭乗の時間ですね」

 

「行きましょうか」

 

 

 そうこうしている間に飛行機の搭乗時間となっていた。夕映は時計を見てそれを述べ、ネギもなら移動を始めようと話した。そして、集団は飛行機へ乗り込むために、移動を開始した。

 

 

「おーい! 待ってくれッ!」

 

「え……?」

 

 

 だが、そこへ後ろを追いかけて走ってくる、一人の男子の姿があった。その声を聞いたアスナが、ふと後ろを向けば、もっとも見知った男子の顔がそこにあった。それはあの状助だった。

 

 

「ハァ……ハァ……。いやあ、ちと遅れちまってすまねぇ」

 

「状助……?」

 

 

 遅れたことで走ってきたのか、息を切らす状助。誰もが状助の登場により、足を止めて後ろを振り返った。また、アスナは何故ここに状助がいるのか、わからないといった顔をしながら、その状助を眺めていた。

 

 

「なんで来たの!?」

 

「何でってこたぁねーだろうが!? あのカギっちゅーヤツに誘われてたんだからよぉ」

 

「で、でも!」

 

 

 するとアスナは状助へ、怒った様子で叫んだ。この前話した時に、ついてこないように言ったはずだからだ。ただ、アスナはイギリスに来るだけなら問題ないと思っている。が、状助は確実に魔法世界へも来るだろうと、アスナは考えていた。そして、そこでは何があるかわからない、何かあったら巻き込みたくないが故に、状助が来ることを拒んでいるのだ。

 

 状助はそんなアスナへ、怒らんでもいいだろうといった顔で、前にも言ったことをもう一度話した。状助もカギに誘われており、だからここへやってきたのだ。だが、その状助の言葉に納得しない様子のアスナ。やはり状助がついてくることに不安だった。

 

 

「別によぉ、絶対安全でもねぇんだろうが、絶対危険って訳でもねぇんだろ? だったらいいじゃあねぇか」

 

「そうだけど……」

 

 

 状助はそこで、この旅行が危険の可能性があるだろうが、可能性の話でしかないのではないかと話した。アスナが危険だといっているのは仮定でしかなく、実際起こるという訳ではない。ならば、そこまで恐れるほどでもないのではないかと、状助は話したのだ。

 

 アスナは状助のその言葉に、確かにそうだと思った。それでも、やはりこの先何があるかわからないという気持ちは消えなかった。何せ状助はスタンドという能力を持つだけの一般人に等しい人間。何かあったらどうなるかわからないからだ。

 

 いや、それは本来状助に言えることだけではない。はっきり言えばハルナたちも、自衛できるか微妙なレベルだ。それでも状助だけにこだわるアスナは、無意識ながら多少なりに状助を特別視しているのかもしれない。

 

 

「それによぉ、何かあったっつーんなら、俺の能力(スタンド)が役に立つかもしれねぇからよ」

 

「……本当に来るのね?」

 

「そう決めちまったからな」

 

 

 また、状助がアスナたちについていくことにしたのは、やはり自分の特典(スタンド)が役に立つかもしれないと思ったからだ。”原作”ではネギが敵の攻撃で重症を負わされたりしていた。ここでそうなるとは限らないが、そうなれば自分のスタンドで治せると思ったのだ。

 

 アスナはため息を一度吐いたあと、状助へと一緒に来ることへの後悔はないのか尋ねた。それを状助は決意をこめた表情で、当然だという風に話したのだ。

 

 

「……はぁ、わかった。でも、無理しないでよね?」

 

「俺はビビリだからよぉ、そんなことはしねぇぜ」

 

「本当かしら……」

 

 

 ここまで言ってもダメならば、仕方がないと諦めたアスナ。ただ、無理だけは絶対にしないでほしいと、状助へと注意した。状助も自分はヘタレだと思っているので、そんなことは絶対にしないとアスナへ言葉にした。が、アスナは状助がヘタレだということも知っているが、同時に爆発的な行動を起こすことも知っていた。なので、状助の言葉がいまいち信用できない顔をしたのであった。

 

 こうしてメンバーがそろった一同は、飛行機へと乗り込み、イギリスへ向かったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 アスナたちがイギリスへ向かう日と同日。雪広財閥が所有する私有飛行場に、3-Aの少女たちが集まっていた。

 

 

「ホホホ、どうぞ庶民の皆様」

 

 

 先導するのはやはり雪広財閥の娘、あやかだ。あやかはイギリスへ行くために、この場所へ来たのだ。さらに、ついてきたい人を集め、一緒にイギリスへ行こうとしているのだ。

 

 

「俺なんか来てよかったのかな……。すごい場違いな感じなんだけど……」

 

「別に問題ありませんわ」

 

 

 だが、そんな誰もがワイワイとはしゃぐ中で、一人違う空気をかもし出す人がいた。それは状助や覇王の友人である、あの三郎だった。三郎はここでの空気に場違いな気持ちとなっており、恐縮していたのだ。そんな三郎へと、特に気にすることは無いと、あやかは声をかけていた。

 

 

「東さんのご友人とも聞いておりますし、うちのクラスでそんなことを気にする人などいないでしょう」

 

「そうだよ、気にしてないよ」

 

「そ、そうかい?」

 

 

 と言うのも、三郎が何故ここにいるかと言うと、その彼女である亜子に誘われたからだ。故に、友人の彼氏がここに紛れようとも、誰も気にはしないとあやかは話した。それに便乗し、緊張しなくてもよいと話すのは亜子の友人のアキラだ。そう二人に言われた三郎は、気まずい気持ちを押さえ、少しだけリラックスしようと思ったのである。

 

 さらに三郎は、状助もイギリスへ行くようなことを話していたのを聞いていた。あの状助が行くのであれば、と考えた三郎は、別ルートになってしまうと思ったが、この誘いの言葉に甘え、イギリスへ行こうと思ったのである。

 

 

「ゴメンなー、ウチが誘ったばっかりに気使わせてしもーて……」

 

「いやあ、気にしなくていいよ。誘ってもらえて嬉しいしね」

 

 

 そして、誘った本人である亜子も、三郎に気を使わせてしまったことを謝っていた。三郎はそれを受け止めつつ、むしろそんなことで謝らなくてもよいと、少し苦笑しながら言葉にした。何せ居心地が悪そうにしているのは三郎自身であり、周りが悪い訳ではないからだ。

 

 また、何故亜子が三郎をここへ誘ったかと言うと、それは5月に行ったあやかの島でのことが原因だった。あの時、亜子はアスナや木乃香が男子の友人を誘っているのを見て、自分も三郎を誘えばよかったと思い後悔した。それ故に、今回はあやかへ許可を貰い、三郎を誘ったのである。

 

 

「あの二人うまくやってるみたいでよかったよかった」

 

「そうだねー」

 

「いい感じだね」

 

 

 その亜子と三郎の二人の光景を遠くから眺め喜ぶ少女三人。美砂と桜子と円だ。三人はあの二人を応援しているので、うまく言っている感じの二人に嬉しく思うのだ。

 

 

「……」

 

 

 アキラも同じように、少し離れた場所でその二人を眺めていた。ただ、何かを深く考えるような表情で、どこか遠くを見ているような、そんな状態だった。それはアキラの兄貴分として仲良くしている男性、刃牙のことでだった。

 

 刃牙は流石にここへは来ていない。アキラも流石に刃牙を誘おうとは思わなかったし、刃牙も当然来る気などない。それでも刃牙はアキラへ、一言だけ忠告を話していた。それは”イギリス(あっち)へ行っても変なところへは行くな”というものだった。

 

 この刃牙は当然転生者だ。魔法世界へ”原作”でアキラが行ってしまうことも、その後危険な目に会うことも知っている。しかし、自分が魔法世界へついて行くのは難しい。それに、行ったとして何ができるのかを考えたら、はっきり言えば何もできないと刃牙は考えた。

 

 刃牙はスタンドのクラッシュを特典に貰ったが、魔法世界での戦闘力のインフレにはついていけないと考えたのだ。あの銀髪のこと神威にすらボコボコにやられた自分が、魔法世界で役に立つことは不可能と判断した刃牙は、せめて、アキラが魔法世界へ行って迷わぬよう、忠告を一言入れたのである。

 

 だが、アキラにはそれが危ないところへ行くなという、単なる忠告なのだろうかと思った。が、刃牙のその時の表情はとても真面目で、普段のチャラけた顔とは別物だった。それを思い出していたアキラは、あの時の言葉は何か意味があるのだろうかと、ここにきて考えていたのである。

 

 

「ああっ! そういえばゆーながいない!」

 

「本当だ!」

 

「どこに行ったんだろう……」

 

 

 そんなアキラが思慮しているところで、桜子が思い出したかのように、誰か一人いないことを叫んでいた。それはあの裕奈が、ここにいないことだった。あの遊び好きの裕奈がここにいないというのは一体どうしたのだろうかと、その横にいた美砂と円も驚いた様子を見せていた。

 

 

「さてはうっかり忘れた?」

 

「さぁ、でももう出発だしねえ……」

 

「残念だけど置いていくしかないか……」

 

 

 まあ、ここにいないのなら仕方がない。寝坊か、日付を勘違いしたのかはわからないが、もうすぐ出発なのだ。残念だが裕奈はおいていくしかない、そう考える三人だった。しかし、裕奈はすでにネギたちと先にイギリスへ旅立っていることを、誰もが知る由もなかった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、同じ日の麻帆良の地下で、一人輝く天井を見上げながら、ネギたちの旅路を憂うアルビレオの姿があった。アルビレオはこの日にネギたちがイギリスへ、さらには魔法世界へ旅立つことを知っていたのだ。また、心配からなのか、普段は得体の知れない笑みの表情でかためられたアルビレオだったが、今回ばかりは真剣な表情をしていた。

 

 

「行ったようですね……」

 

 

 行ってしまった。というのが彼の本音であった。実際は彼が煽動し、ネギたちを魔法世界へ行かせたに等しい。だが、それもすべてやむをえないことであった。確かにこのアルビレオはひねくれた男だ。普通ならば悠々と、ネギを魔法世界へ行かせるであろう。

 

 しかし、ここでは事情が少し違う。魔法世界は荒れ、危険が伴う可能性が十分あった。そんな場所へと友人の息子を行かせようなど、流石の彼も思うはずがない。だが、それでも行かせなければならぬと言う、苦渋の判断を彼は下した。

 

 本来ならばついて行きたくもあったが、それはできない。この場所を離れるわけにはいかないのだ。だからこそ、魔法世界(むこう)にいるメトゥーナトを頼るほかなかったのだ。そして、それしかできない自分の無力さも、かみ締めるしかなかったのである。

 

 

「何もなければよいのですが……」

 

 

 何があるかわからない。何もなければそれでいい。アルビレオは旅立った彼らの身を案じながらも、この場所で今はただひたすらに、彼らの帰りを待つしかないのであった。

 

 



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百二十話 帰郷

長らく更新できず申し訳ございませんでした
次も不定期更新になると思います


 ここはネギたちがイギリスへと旅立った次の日の麻帆良。その地下深くに新たに建造された、超の秘密の基地の中、超とエリックが会話していた。

 

 

「なあ、超よ。行かなくてもよかったのか?」

 

「? 何の話ネ?」

 

 

 エリックは超へ、不思議に思ったという顔で質問をした。しかし、その質問の意図がよくわからなかった超は、何が言いたいのかを聞き返していた。

 

 

「火星の話だよ。君はあっちの出身だろう? ならば、今の火星の現状を見に行きたいと思わないのかと思ってなあ」

 

「そういうことカ」

 

 

 するとエリックは、その質問の意図を話した。そう、エリックが言いたかったこと、それはネギたちと魔法世界へどうして行かなかったのか、というものだった。

 

 魔法世界は火星の表面に魔法で作り出された幻想世界。火星出身の超ならば、見に行きたいと思える場所だろうと、エリックは思ったのだ。超もエリックの話を聞いて、なるほど、と納得した顔を見せた。

 

 

「私は今、豪の監視下にあるから身動きが取れないネ」

 

「ふむ、そうだったな。すまんな超よ」

 

「別にいいネ」

 

 

 だが、超はそうしたいのも山々だという様子で、それは不可能だと話した。何故なら、今超は麻帆良の魔法使いに監視されている現状にある。その監視役として知り合いの豪が側にいるのだ。

 

 何せ未来を修復するために未来からやってきた超だったが、少し無茶をしすぎたために、麻帆良の魔法使いから危険視されてしまったのだ。とは言っても、魔法使いでない超が、魔法使いや魔法を調べていると思われただけなので、大きく敵意をもたれている訳ではない。

 

 それでも魔法は隠蔽するものであり、魔法を知った超を野放しには出来ない。本来ならば記憶の封印や消去が望ましい処理なのだが、超は、超と同じく未来からやってきて反乱を起こしたビフォアと戦った立役者の一人だ。故に大きな処罰を受けることなく、とりあえずは監視という形のみに収まっているのである。

 

 そう言った理由から、この麻帆良から身動きがとれないので、それは不可能だと超は語った。エリックもそのことを失念していたと思い、悪いことを聞いたと超へ謝罪した。超はそんなことは気にしてなかったので、気にしていないと笑みを見せていた。 

 

 

「それに、いつでもドクと行けるだろうし、問題ないネ」

 

「確かにそうだが、ワシと行くのと友人たちと行くのでは印象が違うとは思うがね」

 

「そうだろうネ」

 

 

 また、超はエリックと行くこともできるだろうし、気にすることはないと思っていた。ただエリックは、自分と行くのと友人と行くのとでは、感じ方が違うだろうと思ったようだ。それをエリックが話せば、超も同じような意見だったようで、それを肯定した。

 

 

「でも、この状態は自業自得ネ。今はほとぼりが冷めるのを待つしかないヨ」

 

「それもそうだ」

 

 

 しかし、どの道自分は動くことはできないと超は思っていた。この状態になってしまったのも、自分が派手にやりすぎたからだ。反省しながら、今は静かに待つしかないと、苦笑しながら超は言葉にした。エリックも、それでは仕方がないと思い、小さく頷いていたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、ここは場所を変えてイギリスのロンドン。あやかご一行はロンドンに着くと、すぐさまネギたちを探し始めた。が、広いロンドンで数人の集団を探すのは困難。色んなところをくまなく捜すが、なかなか見つからないでいた。

 

 

「いない!」

 

 

 あやかご一行はとりあえず数人にわかれ、ロンドン中を探し回った。しかし、やはりすぐには見つからず、とりあえず足を動かすのであった。

 

 

「いませんわ!!」

 

 

 どこにも見当たらないネギたちに、あやかも焦りを感じていた。まあ、この広いロンドンで小さな集団を見つけるのは、やはり難しいことだ。

 

 

「いないねー」

 

「やっぱり無理だよねー」

 

「しかたないよ、こうなったらロンドン観光を楽しむしか……」

 

 

 いやはや、やはり見つからない、と言ったところだろうか。桜子もネギたちが見つからないことを、疲れた顔で言葉にしていた。円もこの状況が当然と言わんばかりに、ロンドンからネギたちを見つけるのは困難であると話した。これはもう諦めて、ロンドンで遊ぶのが妥当なのではと、美砂もため息交じりで述べていたのだった。

 

 

「てっ、いたー!!」

 

「え?」

 

 

 だが、ここで奇跡的にネギたちを見つけたものがいた。それは他の誰でもない、まき絵だったのだ。ようやくネギたちを見つけたまき絵は、発見されて少し驚くアスナたちへと、すぐさま駆け寄っていったのだ。

 

 

「やった! 会えた!」

 

「お会いできて嬉しいですわー!」

 

 

 まき絵は逃げられないようにアスナの手を握り、近くにいたあやかはネギに抱きつき、再会を喜んでいた。

しかし、アスナやネギは不意打ちを食らったのも同然であり、ネギは抱きつかれながら驚きの表情で固まっていたのであった。

 

 

「来るとは思ったけど、見つけられるとはね」

 

「いっしょにロンドンめぐりしようよー!」

 

 

 アスナも少し驚いた様子だったが、周りよりもさほど気にした感じではなかった。何せあやかからイギリスへ来ることを聞いていたアスナは、やっぱり来たんだ、程度にしか思ってなかったからだ。だが、自分たちを必死で探し、見つけ出す執念には多少驚いていたのである。

 

 そんなアスナへと元気に話しかけるまき絵。まき絵はアスナたちのイギリス行きを、単純な海外旅行と考えていた。なので、一緒に遊びたいという気持ちで、アスナへと声をかけているのだ。

 

 

「あっ! ゆーな! いないと思ったら抜け駆けしてたんだね!!」

 

「んー、何のことかなー?」

 

「一人だけそっちに入ってずるいよー!」

 

 

 そんな時、まき絵の目に入ったのは裕奈であった。なんと、あやかの私有飛行場に居なかったと思えば、すでにここへアスナたちと来ているではないか。一人だけ抜け駆けしたと思ったまき絵は、裕奈へプンプンと怒って文句を言ったのだ。そう膨れた顔で叫ぶまき絵から目をそらしながら、とぼける裕奈。その裕奈へまき絵はずるいと、何度も言葉にするのであった。

 

 

「ところで、アスナたちはこの後どうするの?」

 

「んー、そうねぇ……」

 

 

 まき絵は裕奈のことはそれとして、アスナへそっちの予定を聞いてみた。アスナはその問いに、どう答えようか少し迷った。予定ではこの後、アスナたちはネギの故郷へ行く予定だ。ただ、ネギの故郷は魔法使いの隠れ里、どうしたものかと思ったのだ。まあ、麻帆良も魔法使いの街でもあるので、あまり差はないんだろうとも思っているのだが。

 

 

「彼らはこの後、ネギ先生の故郷へ行く予定だよ」

 

「わっ、誰?!」

 

「ネギ先生の故郷ですって!?」

 

 

 そこで、アスナが悩んでいるところに、アルスが正直に今後の予定を話し出した。まき絵はこの男性が一体誰なのだろうかと驚き、あやかはネギの故郷という言葉に驚きの声を出していた。

 

 

「ああ、俺はアルス。男子中等部の教師だよ。俺もこっちの出身なんでね、同行させてもらったんだ」

 

「それはどうも」

 

 

 アルスは何者かと尋ねられれば、という感じで自己紹介をかねて、ネギらと同行している理由を話した。まき絵はとりあえず、アルスが教師だということを聞いて、少し恐縮した様子で頭を下げていた。

 

 

「是非ご一緒させていただきたいですわ!」

 

「どうぞどうぞ」

 

「え!?」

 

 

 しかし、あやかはネギの故郷という言葉に反応し、かなり高いテンションでご同行願いたいと言い出した。するとアルスは普段どおりの態度で、気にする様子もなく許可を出したではないか。そして、それを聞いていた夕映たちが驚きの声を上げだした。

 

 

「あのー、魔法使いの村と聞いたんですけど、大丈夫なんでしょうか?」

 

「ああ、問題ないさ。別にしょっちゅう魔法が飛び交ってるような場所じゃないしな」

 

 

 何故ならネギの故郷の村は魔法使いの村でもあるからだ。それを知っていた夕映は、魔法を知らないあやかたちをそこへ招いても大丈夫なのか心配だったのだ。故にそれをアルスへ尋ねれば、アルスは気にすることはないと話した。魔法使いの村だとしても、魔法が年がら年中飛び交っているような場所ではないからである。

 

 

「それに、メルディアナ学校長の許可も得ていますので大丈夫ですよ」

 

 

 そんな時、ふと遠くから女性の声が聞こえてきた。その声の方を向けば、スーツを身にまとった金色の短い髪型をした女性が近づいてきていた。

 

 

「おおおおおっ! 我が妻よ!」

 

「久しぶりね、あなた。元気そうでなによりよ」

 

 

 その女性こそ、メルディアナ学校長の従者である、ドネットだ。そして、この大きな声で叫びドネットへと駆け寄る男、アルスの妻でもある。アルスは妻との久々の再会を大いに喜び、ドネットもそんな夫の元気な様子を見て、嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

「娘は元気か?」

 

「ええ、元気よ。今日はあなたが帰ってくると言うことで、朝からはしゃいでいたわ」

 

「そーかーそーかー!」

 

 

 また、アルスは自分がもっとも気がかりにしていることを、ドネットへと質問した。それは自分の娘のことだ。娘の安否が気がかりなのは、父親として当然のことだろう。

 

 それにドネットは柔らかな笑みを浮かべながら答えた。娘は問題なく元気で、父親であるアルスが今日帰ってくることに楽しみにしていたと。

 

 アルスはそれを聞いてさらに喜びの声を上げていた。単身赴任してなかなか会えない娘が、自分に会うことを楽しみにしてくれている。それはアルスにとってかなり嬉しいことだからだ。

 

 

「おっと、紹介しよう。俺の妻のドネットだ」

 

「よろしくね、お嬢さんたち」

 

 

 しかし、そこでアルスはハッとした。自分の世界に入りすぎて、周囲の少女たちを置いてきぼりにしていたことに気が付いたのだ。だからここで、隣にたたずむドネットを紹介することにしたのである。ドネットもアルスの会話の後、ニコリと笑って一言述べた。

 

 

「どうもーお久しぶりです」

 

「あら、ユーナも久しぶりね。随分とお母さんに似てきたんじゃない?」

 

「えー? そうですかねー?」

 

 

 すると裕奈がそこへやってきて、手を振りながらドネットへと挨拶した。()()では裕奈とドネットは知り合いなので、とても気軽に声をかけていたのだ。ドネットも久々に見た裕奈の姿に、また少し母親に似てきたのではと言葉にした。それを言われた裕奈は少し照れくさそうにしながら、嬉しそうに笑っていた。

 

 

「そういえば、あなたのご両親は元気してる?」

 

「そりゃ当然! 元気が一番だからね!」

 

「それはよかった」

 

 

 また、ドネットは裕奈の両親が元気にしているか気になり尋ねた。裕奈はその問いに、当たり前のように元気にしていると、活力溢れる様子で答えた。ドネットもそれを聞いて満足し、微笑みながら安心していた。

 

 

「あっ、おかーさんがよろしく伝えておいてって! あと今度会おうねって言ってました!」

 

「フフ、じゃあ帰ったら今度連絡するって伝えておいて貰おうかしら?」

 

「りょーかい!」

 

 

 裕奈はそこで、ハッと思い出したように、自分の母親からの伝言をドネットへと伝えた。ドネットと、裕奈の母である夕子は友人だ。なので、裕奈にドネットへ、再会したいという趣旨を伝えて欲しいと頼んでいたのだ。

 

 その伝言を受け取ったドネットは、ならば今度連絡するということを、裕奈へと伝えておいて欲しいと頼んだ。それを当然と言わんばかりに、元気に承諾する裕奈だった。

 

 

「ゆーなさんもお知り合いだったんですか?」

 

「んまーねー」

 

「ネギ君もお久しぶり」

 

 

 するとネギもそこへ現れ、ドネットと裕奈が知り合いだったことに驚いた。ドネットはネギが通っていた魔法学校の学校長のパートナーである。ネギは当然それを知っていた。が、まさか裕奈もドネットの知り合いだったなど、知りようがなかったのである。

 

 裕奈はそんなネギに、色々とあるというような苦笑を浮かべていた。ドネットも久々に会うネギへと挨拶を述べていた。

 

 

「何……だと……? お前……、勝ち組だったのか……」

 

「まあ、はたから見りゃそうかもしれんが、俺自身そう思ったことはねぇ」

 

「それが勝者の余裕ってやつか……」

 

 

 だが、そこでさらに驚愕の表情を浮かべるものがいた。それはカギだ。カギは同じ転生者であるアルスが、原作キャラであるドネットと結婚していたことに、かなり驚いていたのだ。故に、こいつ勝ち組か、と嘆いていたのだ。

 

 しかし、アルス本人はそうは思っていない。勝ち組だの何だのとアルスは考えたこともないからだ。それに今は単身赴任の身、家族と離れて生活することを苦に、頑張っているというのもあった。まあ、それでもカギはアルスが羨ましいので、そのアルスの発言すらも、勝ち組の余裕と受け取ったようだ。

 

 

「さて、では案内するとしよう」

 

 

 それはそれとして、アルスはネギたちへ、そのネギの故郷へ案内すると言葉にした。そしてネギ一行らはあやかご一行と合流し、ネギの故郷のある州へと移動するのだった。……ちなみに、エヴァンジェリンと茶々丸は、その一行から少し離れた場所をこっそりついていったのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここはウェールズのペンブルック州。ネギの故郷がある場所だ。さて、ネギらご一行はようやくその場所までたどり着いた。

 

 

「わー!」

 

「ここがネギ君の故郷!」

 

 

 緑の絨毯のように草木が生い茂る美しい草原。遠くには小さな町と、それを囲う山々がより一層景色の彩りを深くする。また、さわやか風が吹き、その草原の葉を揺らして心地よい音色が奏でられていた。誰もがその美しさに魅了され、喜びの声をあげるのであった。

 

 

「……!」

 

「どうしてアンタが感動してるの……」

 

 

 だが、なんと言うか、とても感動しているあやかがいた。じーん体を震わせながら無言で感動し、感涙までしていたのだ。そんなにネギの故郷にこれたことが嬉しいというのだろうか。アスナはそんなあやかを見て、心底呆れていたのだった。

 

 

「正確には5歳から10歳までの故郷になるけどね」

 

「あら、そうですの?」

 

 

 誰もがこの場所をネギの故郷と言葉にしていたところに、アーニャが訂正を加えた。実際にはこの村で育ったのは5歳からだと。それを聞いたあやかは引越しでもしたのかな、程度の感想を抱いたような声を出していた。が、アーニャから色々と話を聞いていた夕映とのどかは、ふとアーニャの方へ目を向けていた。

 

 

「久々の故郷はどう?」

 

「なんだかそんなに離れていた訳でもないのに、随分時間が経ってるような、そんな気がします」

 

「半年は短いようで長いよなあ」

 

 

 そんな中、懐かしさを感じて遠くの村を眺めるネギへ、アスナが久々に帰ってきた感想を尋ねた。ネギは村の方を眺めながら、静かに答えた。さほど長く戻ってこなかった訳ではないが、何故か数年も経っているような、そんな感じを受けると。その横にいたカギも同じ意見だったようで、半年ぐらいしか離れてなかったのに、やけに長く感じたと言葉にしていた。

 

 

「ネギ!」

 

 

 そこへ一人の女性が現れ、ネギの名前を叫んでいた。それこそ、ネギとカギの姉であるネカネだった。彼女はネギらを迎えに来たのだ。

 

 

「ネギー!!」

 

「お姉ちゃん!!」

 

 

 ネカネはネギを見ると、一目散にそちらへ駆け寄った。ネギもネカネを発見し、同じように走って近づいていった。そして、二人は抱き合い、再会を共に喜んでいた。

 

 

「あらあら」

 

 

 3-Aの少女たちは、それを温かい目で眺めていた。姉と弟の再会、または年相応に甘えるネギの姿に、誰もが心を和ませていた。

 

 

「あっ、ごめんなさいカギ、あなたも帰ってきたのにネギばかりかまってしまって……」

 

「別に気にしねーって。俺はいいんだよ」

 

 

 そこでネカネはネギばかりをかまっていたことに気がつき、遠くで眺めているカギへと視線を移した。また、ネギだけにかまっていたことをカギへと謝り、こっちにおいでという様子を見せていた。しかし、カギはさほど気にした様子はなく、むしろそう言うの恥ずかしいし、という態度を見せたのだ。

 

 

「そう言わないでこっちに来なさい?」

 

「ねーちゃんよ、俺はもうそう言うのは卒業したのさ。俺の分までネギにハグしてやってくれや」

 

 

 カギのそんな態度に、ネカネはカギがふてくされていると思ったようだ。なので、微笑みながらやわらかい声で、ネギのように抱き合いましょうと話した。が、それでもカギは別に気にしていないので、それを不要と断った。

 

 昔の自分ならいざ知らず、今の自分だとそう言うのは恥ずかしいと、カギは本気で思っているのだ。だが、それをあえて隠し、しれっとした態度で自分の分までネギにかまってやれと、カギは笑いながら言うのであった。

 

 

「そう……。まあ、ともあれお帰り、カギ」

 

「おう、今帰ったぞ」

 

 

 本人がそれならそれでいいかとネカネは思い、とりあえずカギの帰郷を笑顔で祝った。カギもネカネの温かみのある笑みに、照れくさそうにそっぽを向きながら、帰ってきたとぽつりとこぼした。

 

 

「そうだお姉ちゃん、紹介するよ! 僕の友達、生徒のみなさん」

 

「まあ……、たくさんいるわねぇ……」

 

「コレでも全員じゃないんだぜ……?」

 

 

 ネギはネカネへ、自分たちの生徒がここへ来ているのを話し、紹介した。しかし、ネカネはその生徒の数に圧倒され、こんなにいるのかと言葉を漏らした。カギはそれを聞いて、実際はもっと数がいると、苦笑しながら述べるのだった。

 

 

「ぱぱー!」

 

「おおおおっ! 我が娘よぉー!!」

 

 

 そんな時、さらに一人の少女がこの草原に姿を現した。金色の髪を首下あたりまで伸ばした小さな女の子が、父親を求め走ってきたのだ。それはあのアルスの娘、アネットだった。彼女はアルスが帰ってくることを聞いており、ここへ迎えに来たのである。アルスも娘の元気な姿を見て、そちらへ一目散に駆け寄っていった。

 

 

「おろぉっ!?」

 

 

 が、なんということだろうか、アネットはアルスの横を通り抜け、別の方に走り抜けたではないか。アルスはこのままハグするのかと思っていたので、勢いあまって盛大にずっこけていた。なんと哀れな男だろうか。それを遠くから見ていたドネットも、口を手で押さえながら、小さく笑っていた。

 

 

「ゆーなー! おひさー!」

 

「アネットー! いやあ久しいねぇー!」

 

 

 アネットは父親であるアルスよりも、友達である裕奈を選んだようだ。彼女は手を大きく振りつつ、裕奈の下へと駆け寄ったのだ。裕奈は駆け寄ってきたアネットをヒシッと抱きかかえ、久々の再会を喜んだ。

 

 

「アーニャちゃんもネギくんもひさしぶりー!」

 

「そっちこそ久々ねー」

 

「久しぶりー」

 

 

 また、アネットは近くにやってきたネギとアーニャにも久々に顔を合わせたことを喜んだ。当然ネギもアーニャも同じであり、三人とも仲よさそうに手をつなぎあっていた。

 

 

「え!? 三人とも知り合いだったの!?」

 

「ゆーなさんこそ、アネットとも知り合いだったんですか!?」

 

 

 しかし、そんな光景を見た裕奈は大そう驚いた。まさかネギとアーニャが、自分の友人であるアネットとも友人だったことを知ったからだ。また、それを聞いたネギも、裕奈がアネットと知り合いだったという事実に驚いていた。

 

 

「アネットは私たちが卒業した学校での友人よ」

 

「ほへー、世の中案外狭いんだねー……」

 

「でも、そっちは何で……?」

 

 

 そこでアーニャが驚く裕奈へと、どういう訳なのかを説明した。アネットは自分たちが卒業した学校の友人だと。それなら納得だと裕奈は思い、なるほどという顔をしながらも、世の中ここまで狭いものなのかと思っていた。

 

 ならば、そちらはどうしてなのかと、アーニャは裕奈へ尋ねた。むしろ、アネットと裕奈が友人である方が普通に考えてありえないと思ったからだ。

 

 

「ああ、それは私の友人が彼女の母親だからよ」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 そこへドネットがやってきて、それを説明した。裕奈は自分の友人の娘で、そのつてで顔見知りなのであると。それを聞いたネギとアーニャは、納得した様子だった。なるほど、そういうことがあったのかと、そう言いたそうな顔だった。

 

 

「ひどいぞー! パパを素通りするなんて!!」

 

「だってゆーなにも会えて嬉しかったんだもん」

 

「そうか、そうか……」

 

 

 三人の疑問が解消したところへ、ようやく復活したアルスが戻ってきた。そして、アネットへ大げさな様子で素通りしたことを言葉にしたのだ。が、アネットもちょっと悪かったという様子で、久々に裕奈と会えたことが嬉しくて仕方がなかったと話した。なら、まあしょうがないよね、と思いつつも、父親より友人を選ぶか、と思い悲しみに浸るアルスがいた。

 

 

「それにぱぱとはこのあといっぱい遊べるし」

 

「そうかあー。じゃあ今日はパパと一緒にいっぱい遊ぼうな!」

 

「うん!」

 

 

 ただ、アネットも自分の父親を無碍にした訳ではない。裕奈との再会は嬉しいものだったが、一緒に遊べるような感じではなさそうだった。しかし、父親であるアルスとはこの後いくらでも遊べる。そう考えたアネットは、最初に裕奈へ飛び込んだのだ。

 

 アルスはそれを聞き、先ほどのやさぐれそうな姿がなかったかのような、晴れ晴れとした表情となっていた。ならば今日はいっぱい遊ぼうと、アルスはアネットを抱き上げくるくる回りながら笑っていた。アネットもアルスに抱き抱えながら、明るい笑顔でアルスの言葉に強く頷いたのであった。

 

 

「なあ……、そのモブ子はお前の娘だったのか……」

 

「なんだその呼び名は……、流石に殴るぜ?」

 

 

 そんなところへやってきたカギが、その子はアルスの娘だったのかと驚いた様子で語っていた。カギもネギと同じ魔法学校出身だ、当然アネットのことを知っていた。なので、そのアネットが転生者であるアルスの娘ということに驚いていたのだ。

 

 だが、そのモブという言葉が彼女の父親の逆鱗に触れた。そもそも自分の娘が脇役(モブ)など言われて怒らない親はいない。それが芸であれば別だが、存在自体が脇役となれば、当然怒る。故に、アルスはかなりカチンときた様子で、カギを睨んでいたのである。

 

 カギはそこでやべぇと思いながら、謝ろうと思ったようだ。と、その時アルスの手から降りたアネットが、不思議そうな顔で、カギへ一つ質問した。

 

 

「ねー、ずっと気になってたんだけどさー、そのモブって何の意味?」

 

「え!? いや! その……、昔のことすぎて忘れたぜ!!!」

 

 

 昔、カギは自分の周囲をモブだのモブ子だの認識し、それを言葉にしていたことがあった。それを今のカギの発言で思い出したアネットは、前から疑問に思っていたモブという意味についてカギへと質問してみたのだ。

 

 するとカギは慌てた様子を見せながら、忘れてしまったととぼけた。というか、そのモブモブ言っていたこと自体が今のカギにとってとても黒歴史な記憶だ。何であんなことを言っていたんだ、と後悔しているほどのことなのだ。それを質問されたのだから、カギはショックで動揺したのである。

 

 

「あはは! カギくんは相変わらずぼけぼけだねー」

 

「ぐっ……、そ、そうだよ! 俺はボケだよチクショウ!!」

 

「クックックッ……」

 

「笑うな!! 死にたくなければ笑うな!!!」

 

 

 アネットは、忘れたと慌てた様子で言うカギが面白かったようで、とたんに笑い出した。また、アネットもカギを昔からボケてると思っていたらしく、相変わらずだと言葉にしたのだ。

 

 こうなってしまったのは全部自業自得と思うカギも、笑われるのは流石に恥ずかしい。なので言い返すことは出来ないが、逆切れのようにボケで悪かったな!とカギは叫んでいた。

 

 さらに、その光景を見ていたアルスも、腹を抱えて笑いをこらえていた。カギは笑われたことを恥ずかしく思い、照れ隠しのように大声で叫んでいたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 その後、3-Aの少女たちは、ネカネに案内されて昼食をとっていた。そこでネカネの挨拶とともに、ネギのことを頼まれた3-Aの少女たちは、和気藹々と胸を張って受け入れていた。

 

 アルスも久々の帰郷ということもあり、自分の家へと戻っていた。何度か帰ってはきているものの、やはり単身赴任という身故に、家の中で懐かしさに入り浸っていたのである。

 

 また、娘が可愛くて仕方ないのか、アルスは椅子に座りながら、娘を膝の上に座らせていた。そして、娘の金色の髪をなでるように梳きながら、幸せをかみ締めていたのだった。娘のアネットもまんざらではないようで、嬉しそうにしながらアルスの行為を受けていた。

 

 

 そんな中、エヴァンジェリンは茶々丸とともに別行動をしていた。共にやってきた面子は他の3-Aの少女たちと合流してしまったので、どうしたものかと思ったようだ。それに、うるさいのは面倒で困ると思ったエヴァンジェリンは、二人で町を探索することにしたようである。

 

 

「ここが、僕たちが学んだ学校です」

 

 

 昼食が終わった一同は、ネギの案内のもと、ネギの思い出の場所を見て回ることになった。そこで最初に訪れたのは、ネギの通っていた魔法学校だ。ただ、魔法はバレたら困るので、魔法使いの学校、という部分は伏せてはいた。

 

 

「ここで卒業式やったんだよね」

 

「懐かしいわね」

 

「いや待てよ! 半年ぐらい前のことだろ!?」

 

 

 さらにネギとアーニャは卒業式を行った広間へとやってきて、その懐かしさをかみ締めていた。が、カギはそんな二人にツッコミを入れていた。

 

 と言うか、懐かしむにはまだ少し早いのではないかと。確かに卒業式をしたのはこの場所だが、卒業したのは半年ほど前のことで、まだ一年経ってないのだ。カギはそこを考えたのか、盛大にそれを叫んでいたのである。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

 また、ネギは何かを思い出したようで、とある方向へと歩き出した。そこは何の変哲もない、ただの学校の廊下だった。

 

 

「この廊下で麻帆良学園に行くことが決まったんですよ」

 

「そういえばそうだったわね」

 

「へぇー」

 

 

 だが、その廊下はネギが魔法使いの修行として、先生になると決まった場所だった。なので、それを思い出したネギは、なんだか昔のことみたいにそれを話したのである。アーニャもそんなこともあったと言葉にし、それを聞いていたアスナも、なるほどなーと思っていた。

 

 

「重要な廊下やなー」

 

「10歳の少年にも歴史ありですね」

 

「ゴールデンな場所って訳だなぁ」

 

「だから待てよ! それも全部半年ぐらい前のことだっつってんだろ!?」

 

 

 木乃香や刹那、さらにはバーサーカーまでもが、そんな重要な廊下だったのかと思い、それぞれ意見を口にしていた。が、カギはやはりそこまで言うほどの場所ではないと叫んでいた。というか、歴史も何も半年ほど前のことで、そんなに古い出来事ですらないと、カギは思ったのである。

 

 

「そうだ、これを見てください!」

 

「何何ー?」

 

「アーニャとの背比べの跡です!」

 

 

 さらにネギはその廊下の柱へ近づき、みんなへ注目の声をかけた。木乃香たちはなんだろうと思いながら、そちらへと近寄った。

 

 そしてネギは手をかざして、見せたかったものをみんなへ見せた。それはアーニャとネギの背比べをした時の傷であった。

 

 

「ウチもせっちゃんとやったなー」

 

「微笑ましいですわねぇ~」

 

「そういえば、今はどっちが上なんだろ……」

 

 

 木乃香は刹那と同じことをしたのを思い出し、笑みを見せていた。ネギについてきていたあやかも、微笑ましいと言葉にして小さく笑っていた。

 

 ただ、アーニャはそれを見て、今は自分とネギ、どちらが背が高いかを考えた。とは言うが、アーニャは未だ自分の方が上だと思っているのだ。しかし、実際はネギの方が上になってしまっていることを、まだアーニャは知らない。

 

 

「カギ先生は……?」

 

「やめてくれないか、人の心の傷をえぐる行為は」

 

「あっ、ゴメン」

 

「別に気にしてねぇけどな!」

 

 

 そこへアスナはふと思ったことがあった。その柱にカギの印がないことを。それをカギに尋ねれば、やめてくれと言うではないか。何せカギはこの印をつけていたころ、アーニャにまったく相手にされてなどいなかった。当然このようなことができるはずもない。カギは故に、それを聞かれてショックだという様子を見せたのだ。

 

 アスナはそこでハッとして、そのことを失念していたと思いカギへと謝った。が、カギもその程度のことはもう気にしていないようで、突然ケロリとした顔で平気だと述べたのだ。

 

 そして、ネギ一行は魔法学校の外へと出て、自分たちの思い出の場所を案内しようとしていた。その道中、町の中で出会ったのは、一人の老人だった。

 

 

「よお、ぼーず。帰ってきたのか」

 

「スタンさん! ただいま」

 

「うむ、おかえり」

 

 

 その長い白い髭の老人は、やはりスタンであった。スタンはネギを見て、ここに久々に帰ってきたのかと思い、それを口にした。ネギもスタンへと元気よく帰還の挨拶を行い、スタンは優しい笑みを見せて、ネギの帰郷を歓迎した。

 

 

「この人はお世話になったスタンさんです。そして、彼女たちが僕の生徒、友人たちです」

 

「スタンじゃ、よろしくお嬢さんたち」

 

「こちらこそ……」

 

 

 そして、ネギはアスナたちへと向き、スタンを紹介した。また、同じくアスナたちのことを、スタンへと話した。スタンはそこで自ら名乗り出て、よろしくと言葉にしていた。アスナたちも、スタンが高齢の方ということもあり、多少恐縮しながらも、しっかりとそれに答えたのである。

 

 

「向こうでも元気でやっとったようじゃあ。顔を見ればわかるぞ?」

 

「そうですか?」

 

「もちろんじゃ」

 

 

 また、スタンはネギを見て、修行へ行った日本でも元気していたことを悟った。ネギは元気していたことに間違いはないので否定はしなかったが、顔を見ただけでわかるものなのだろうかと疑問を口にした。スタンはそのネギの問いに、当然と言う表情で、それを答えていた。

 

 

「して、クソぼーず」

 

「なんだよクソジジイ」

 

 

 さらにそこでスタンは、気まずそうにソッポを向いているカギへと、少し乱暴な物言いで話しかけた。カギもふて腐れたような粗暴な感じで、スタンの言葉に反応していた。

 

 というのも、スタンはカギをあまりよい目で見ていない。元々カギはあんな性格だったために、かなりの問題児でもあった。常日頃から迷惑ばかりをかけるカギを、その父親であるナギの小さな頃と重ねている部分もあったからだ。

 

 

「……随分といい顔になったのう、雰囲気もここから出る前よりもやわらかくなっておる」

 

「なっ、なんだよ急に!?」

 

 

 だが、スタンの表情は一変、険しい顔から温かみのあるやわらかいものになったではないか。そして、スタンはカギへと近寄り、微笑を見せて頷きながら、雰囲気が以前よりも良くなったとカギへ述べたのだ。カギはいつもならいがみ合っているスタンが、突然優しくなったことに君が悪いとばかりに、大声を上げていた。

 

 

「何、おぬしも色々あったようだと思ってな」

 

「そうかよ。しっかし、アンタに褒められるとか気持ち悪ぃな……」

 

「ハッハッハッ! そうかそうか!」

 

 

 するとスタンは優しい目をして、カギにも色々あったのだと察したと話したのだ。カギは生意気な態度をとりつつも、小さく笑みを見せていた。また、普段から喧嘩ばかりしていたスタンが自分を褒めるというのは、なんだか体がかゆくなると言う感じのことを、カギは言葉にしていたのだった。

 

 スタンはそんなカギの言葉を聞くと、愉快そうに笑い出した。確かに言われてみればそうかもしれぬと、スタン本人も思ったのである。

 

 

「して、お嬢さん方、これからもぼーず、ネギのことを、それからこのカギのことも頼みますぞ……」

 

「はい! お任せくださいませ!」

 

 

 そして、スタンはアスナたちの方を向きなおし、頭を下げてネギとカギのことを頼むと言った。アスナたちもそっと頭を下げていたが、そこでもっともテンション高く答えていたのはあやかであった。こうして挨拶が終わった一同は、ネギの案内のもと、さらに別の場所へ移動していくのだった。スタンも立ち去るネギたちを見送るように、ずっとその方向を小さく笑いながら見ていたのだった。

 

 

「ここが僕たちがよく遊んでた場所です」

 

「綺麗やなー」

 

 

 ネギ一同が次に来た場所、それは大きな滝が近くにある、美しい湖だった。ネギはこの場所にも思い入れがあり、アスナたちを連れてきたのだ。そんな湖畔のさわやかな景色に、木乃香たちは感動していた。

 

 

「ここでタカミチさんと最初に出会ったんですよ」

 

「へぇー、高畑先生こんなところまで来てたのね……」

 

 

 また、ネギはここでタカミチとはじめて会った場所でもあると言葉にした。するとアスナは、こんなところまで態々来ていたのか、と思ったようだ。

 

 いや、出張が多いと聞いていたタカミチ。実際多かったのだが、もしやその一つの内でここに来たりはしてはいないだろうか、そうアスナは邪推したのである。何せネギに随分入れ込んでいたのだ、そうしてもおかしくないと思ったのだ。しかしまあ、これは明らかに個人的な問題なので、まずそれはないだろうと、その考えを投げ捨てたのだった。

 

 

「あの、アヤカさんとおっしゃいましたか」

 

「はい? お姉様」

 

 

 そこでネギについてきていたネカネは、ふと同じくネギについてきていたあやかへと話しかけた。あやかはなんだろうか、と思いながらも、少し嬉しそうな感じでそれを聞き返した。

 

 

「その……ネギやカギはご迷惑をかけていないでしょうか? 10歳の子供たちが先生だなんて、未だに信じられなくて……」

 

「ご安心ください、ネギ先生もカギ先生もよくやっておりますわ」

 

 

 ネカネはネギやカギのような子供が先生になって、目の前の彼女たちにものを教えているというのが信じられないと思ったのだ。そりゃ10歳の子供がそれよりも年上の人に、何かを教えるなんて考えられないのも無理はないだろう。そんな不安そうなネカネへ、あやかはやさしく微笑みながら、心配はいらないと言葉にした。

 

 

「確かに、最初の頃は少々ですが、不安な面もありました」

 

 

 とは言うものの、あやかも最初は二人を不安げに見ていたようだ。特にカギのことだ。なんだかよくわからないカギに、あやかは少し不安を覚えたのである。

 

 あやかの好みはいい子な少年、つまりネギのような子である。ナマイキなガキ、つまり小太郎のような子はあまりタイプではないのだ。まあ、それでも一緒の部屋に住むことになった小太郎の粗暴な態度を叱ったり、面倒を見ることは忘れないのだが。

 

 

「ですが、子供だからと甘えず、必死で頑張っておりましたし、随分と成長なされたかと思います」

 

「そうですか……」

 

 

 故に、最初にネギたちと会った時は、あやかも不安だったのだ。しかし、それもすぐに解消されたようで、主にネギの頑張りでコロッと安心してしまったのである。それを少し誇張して、自信を持ってあやかはネカネへと話した。ネカネもそれならよかった、と言う様子を見せ、少しほっとしたようだった。

 

 その湖でネギたちは少しの間談笑し、村の方へと戻っていった。そして、とある屋敷の前へとやってきたのである。

 

 

「ここが、僕たちの面倒をよく見てくれた人が住んでいた場所です」

 

「懐かしいわね……」

 

 

 その屋敷はあのギガントが使っていたものであった。ネギは古びた感じの木の扉に手をかけ、中へと入っていった。アーニャも半年ほど前まで世話になったその場所を、懐かしいと言葉にしていた。また、ネギがその屋敷へ入ったのを見たアスナたちも、つられて入っていったのである。

 

 

「もしかして、師匠の?」

 

「はい、そうです」

 

「この場所が……」

 

 

 屋敷へと夕映とのどかも入り、屋敷の中を見渡した。そこでふと夕映は、ネギの言葉のことを考えた。ここに来たときのネギの言葉、面倒を良く見てくれた人、ということだ。そして、それは多分自分の師匠である、あのギガントのことなのだと考え、それをネギへと尋ねたのだ。

 

 ネギはそれを肯定し、この場所こそがギガントが使っていた屋敷なのだと教えた。夕映はやっぱりと思いながらも、それを聞いてますますこの屋敷に興味が沸いた様子を見せた。のどかも同じように、この場所が自分たちの師匠が使っていた場所なんだと、静かに屋敷内を眺めていた。

 

 

「あなたたち、何か知っていますの?」

 

「いえ、私たちもネギ先生のその恩人に、少し世話になった時があったもので……」

 

「なっ! なんですって!?」

 

 

 そこで、その夕映たちの話をうっすらと聞いていたあやかがピクリと反応を見せた。何故なら夕映たちが、どういう訳かネギの世話になった人と知り合いのような様子だったからだ。それを夕映たちに聞いてみれば、なんとネギの恩師に少しだが世話になったと言うではないか。あやかはその話を聞き、大きな声を出して驚いたのだ。

 

 

「何で教えてくれなかったんですの!?」

 

「別にたいしたことではなかったですから……」

 

「……本当でしょうね……?」

 

 

 あやかはその人物のことを何故教えてくれなかったのかと、夕映たちへと叫んだ。しかし、夕映はそれを正直に話すことはできない。”ネギの恩師に魔法習ってました”なんて言えるわけがないからだ。だから夕映は、多少なりと世話になったが、特にそれ以上はないと言って白を切ることにした。

 

 あやかは不審な態度を見せる夕映とのどかに、疑いのまなざしを向けていた。まあそれでも、本人たちがそう言うならそうなんだろうと考えたのか、それ以上は聞かなかった。

 

 

「今は誰も使ってませんが、いつでも使えるようにはしてあるそうです」

 

「確かに、小奇麗に掃除されてますね……」

 

 

 また、ネギはこの場所について少し説明をしていた。誰も使っていない屋敷だが、いつでも使えるようにされていると。それを聞いた夕映は、空になった棚を見て、ホコリが見当たらないことに気が付いた。誰かが掃除をしているのだろうか、誰も使っていないというのに、綺麗に掃除されているのだ。いったいどんな魔法でそういうことをしているのだろうかと、夕映は不思議だと思ったのである。

 

 

「ほう、なかなかアイツの工房らしいトコじゃないか」

 

「エヴァンジェリンさん? どうしてここへ?」

 

「貴様たちの師匠の工房を覗きに来たんだよ」

 

 

 そこへいつのまにやら現れたエヴァンジェリンが、この屋敷の中を見てその感想を述べていた。さらに、エヴァンジェリンの横には当然のように、茶々丸も立っていた。夕映は気が付けば横にいたエヴァンジェリンへ、少し驚いた様子で話しかけた。するとエヴァンジェリンは当然という様子で、あのギガントの工房を覗きに来たと言うではないか。

 

 

「工房とは?」

 

「魔法使いの研究室みたいなもんさ。まあ、実際はもっと奥に専用の部屋があるんだろうがな」

 

「そうなんですか……」

 

 

 工房とはなんぞや。夕映はそう考え、それをエヴァンジェリンへ質問してみた。エヴァンジェリンはその問いに、素直に答えてくれた。工房は魔法使いの研究室のようなものだと。というのも、当然エヴァンジェリンもあの”別荘”内に工房を持っている。まあ、それを誰かに見せたことなど一度もないが。

 

 また、本来のこの屋敷の工房はもっと奥にあり、多分入れないように封印されているのだろうと、エヴァンジェリンは考えていた。夕映はその説明に納得したようで、そういうものもあるのかという顔をしたのである。

 

 

「そういえば、エヴァンジェリンさんはさっきからずっと影が薄いと言いますか……」

 

「誰もエヴァンジェリンさんのことを気にしてないですね……」

 

「ああ、そういう魔法を使ってるだけだ。いちいち騒がしくなるのも面倒だからな」

 

「そうでしたか……」

 

 

 と、そこで夕映は、もう一つの疑問をエヴァンジェリンへ打ち明けた。それは、ここへ来てからというもの、なんだかエヴァンジェリンの気配が薄いのではないかということだった。のどかも他の3-Aのクラスメイトたちが、エヴァンジェリンのことをまったく気にしていないことを不思議に思っていたようだ。

 

 エヴァンジェリンはその二人の疑問にも、きっちりと答えた。そもそもエヴァンジェリンはこの村が魔法使いの村だということを理解してやってきている。エヴァンジェリンは魔法使いの間ではかなり有名であり、いちいち絡まれるのが面倒だと思っていた。まあ、ここでの絡まれるというのは、戦闘などではなく握手を求める声なのだが。

 

 その対策として、エヴァンジェリンは自分に気が付かないようにする魔法を、自分自身に使っていたのだ。故に、当然のように村の人はエヴァンジェリンのことをさほど気にしないし、3-Aの少女たちはエヴァンジェリンのことにまったく気が付いていないのである。現に夕映やのどかも、ここまで接近されないとエヴァンジェリンに気が付かなかったぐらいだ。

 

 その説明を聞いて夕映とのどかは頷きならが納得していた。なるほど、そんな魔法もあるのかと。さらに、今度それも教えて欲しいと思っていた。

 

 

「……ここでお師様に色々教わったっけ」

 

「思い出の場所なんだね」

 

「……はい、そうです」

 

 

 そんなエヴァンジェリンたちの横で、師との日常を思い返して小さく笑うアーニャ。のどかは、ここはアーニャにとって、それにネギにとっても大切な場所だということをしっかりと理解した。そして、それを口にすると、近くにいたネギも力強くそれを肯定したのである。

 

 

「そうか、お前らこんな場所にいつも来てたのか」

 

「そういえば兄さんは、ずっとこの場所を知らなかったんだっけ……」

 

「いやー辛いわー! 兄弟にハブられるとか辛いわー!」

 

 

 すると、それを耳にしていたカギが、自分が知らない場所でコソコソやっていたのかと、暗い顔で言い出した。ネギは思い出したかのように、カギがこの場所を知らなかったことを述べると、カギはやけくそな声ではぶられただの辛いだの叫びだしたではないか。

 

 

「えー!? ハブってないよ!? ちゃんと誘ったじゃん!」

 

「え? そうだったか!?」

 

 

 しかし、ネギにとってカギの言葉は聞き捨てならないものだった。そもそもネギはカギをハブろうと思ったことは一度もない。しっかりとカギをこの場所へ誘ったのだ。カギはそのことを完全に忘れていたらしく、嘘だろ? と言う顔をしていた。

 

 

「あの時兄さんは”俺は最強だからどうでもいい”とか言って断ったんだよ!? 覚えてないの!?!」

 

「マジかよ……、記憶にねぇ……」

 

 

 そう、ネギはギガントの弟子になった後、当たり前のようにカギを誘っていた。だが、カギは転生して特典を得ていた。故に特典さえあれば問題ないと考え、ネギの誘いを断ったのだ。ネギはその時のことをしっかり覚えていたようで、それをカギに話すと、カギは必死にそのことを思い出そうとしながらも、記憶にないと言葉にしていた。

 

 

「これだからカギはお馬鹿だって言われるのよ」

 

「おっと、俺の心は硝子なんだ、それ以上はやめてくれないか……」

 

 

 いやはや、そんな記憶力だから馬鹿なのだと、アーニャはカギを横目で眺めながらそう口に出した。ただ、呆れた感じではあるものの、小馬鹿にした感じではない様子だった。カギも言われて仕方ないという顔だったが、そこまで言わなくてもいいじゃないか、と情けない声で話すのだった。

 

 

「まあまあ、兄さんもあの時小さかったんだし、しょうがないよ!」

 

「そういうのが一番キくんだぜ……」

 

「そっ、そんなー!」

 

 

 しかし、そこへネギがそんなカギをかばうようなことを言い出した。カギとてあの時は幼かったので、忘れてしまっていても仕方がないと。または、幼さ故に、あのようなことを口走ったのだろうと。

 

 が、カギは弟にかばわれたということの方がショックだったようで、むしろやめてくれと言う顔をしだしたのだ。とは言え、実際はネギが自分の味方になったことを嬉しく思っているのだが。そう言われたネギは、そんなカギの内心など知らず、そりゃないよという顔で叫ぶのであった。

 

 



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魔法世界編 冒頭と暴挙
百二十一話 ゲートへ


 ここはウェールズの田舎の村、ネギの故郷。そこにアスナとともにやってきた状助も、当然いるわけだが。状助は合流した3-Aの女子たちに混ざりたくないためか、一定の距離を保っていた。そして、その少女たちが会する建物の外で、しゃがみこんでため息をついていた。

 

 

「肩身せめぇなあ……」

 

 

 この状助、流石に女子への耐性はある程度ある。が、やはりあれだけの大人数の女子に、囲まれる状況というのには慣れていないのだ。そのため、愚痴りながら時間が過ぎるのを待っていたのである。

 

 

「ふむ、確かに……」

 

「だろう?」

 

 

 そこへ近くにいた法も、状助の意見に賛同した。あれほどの活気溢れる少女たちの中にいるのは、確かに息苦しいだろうと。状助も自分の意見に賛成され、少し嬉しそうに聞き返していた。

 

 

「はっ! 何女々しいこと言ってんだよ。んなこと考えても意味ねぇだろ?」

 

「そうは言うがよぉ……」

 

 

 しかし、同じく近くにいたカズヤは、そんなことを気にしても意味がないと鼻で笑った。まあ、コイツの言うことも最もだろう、状助はそうも思った。それでも状助は、踏ん切りがつかない様子で、そう言われても苦手なものは苦手だと言いたそうな顔をしていた。

 

 

「アイツは無視して構わん。どうせ何も考えてないんだろうからな」

 

「ああぁ? 今俺のこと頭がカラッポなバカだっつったか?」

 

「言ったとも。何も考えてないアホンダラとな」

 

 

 すると法はカズヤの話は聞かなくてよいと言い出した。どうせこのカズヤは馬鹿で何も考えていないのだ。人の気持ちなど察せるはずがないと。だが、その言葉がカズヤの怒りに触れた。

 

 カズヤは法を睨みつけ、人の頭に中身が入ってないだと言ったのかと、確認するように述べた。法も当然そう言ったと、挑発的に睨みつけた。

 

 

「久々にキレたぜ! いいぜ? なんならここでやってもいいんだぜ? アレをよぉ?!」

 

「おいおいおい……、そーゆーのはよぉ、ここじゃやめた方がいいんじゃあねぇか……?」

 

 

 カズヤは法の挑発に乗るように、()()()()()()()をしながら喧嘩をしようと怒気を膨らませた。状助はそれを見て、すかさず止めに入ろうと声をかけた。こんな場所で喧嘩するのはマズイし、迷惑だからだ。当たり前のことだ。

 

 

「アンタに俺を止める権利なんてねぇ!!」

 

「仕方がない。こうなった貴様は実力行使で黙らせるしかあるまい!」

 

「何言ってんだよ!! おめぇさんもよぉー!!」

 

 

 が、カズヤはそんな言葉に聞く耳を持つような男ではない。止めるなと叫び、法を睨んでいるではないか。

 

 法もならばと言葉にしながら、すでに臨戦態勢となっていた。しかし、仕方ないといいつつも、法は内心ではカズヤとの喧嘩を少しだけだが嬉しく思っていたのである。

 

 いや、待て待て。こんなところで派手に喧嘩するなんてやめとけ! やめとけ! 状助は冷静で理性的な法なら止めるとばかり思っていたのだ。だが、完全に当てがはずれてしまったようだ。

 

 

「だー! テメェら目を離した瞬間それかよ!!」

 

「あだっ!」

 

「グッ!」

 

 

 もはや一触即発手前といった状況のその時、そこへ救いの手が現れた。その救いの手は握り拳となりて、カズヤと法の頭へと叩き落されたのだ。カズヤも法も突然のことで対応が遅れ、頭を抑えながら苦悶の表情でその痛みに耐えていた。そして、その拳から煙を出しながら、またかと言う不機嫌な顔をする千雨の姿があった。

 

 

「ったく、こんなところまで来て喧嘩とかバカだろ!?」

 

「うるせぇよ! どこで何をしようが俺の勝手だろうが!」

 

「んなワケあるかボケ!」

 

「いでぇっ!!」

 

 

 千雨はこのイギリスにまで来ても、隙あらば喧嘩しだすカズヤと法に呆れていた。本当にこの二人は馬鹿だ、大馬鹿だ。だが、カズヤはそれで引き下がらない。うるせぇと叫び、関係ないと言葉にしだした。そんなカズヤへと、千雨はもう一発拳を脳天に命中させる。こんなところで喧嘩して、人様見迷惑をかける馬鹿がいるかこのアホと。

 

 

「すまなかった、長谷川……」

 

「そうそう、わかればいい」

 

「俺は納得いかねぇ!!」

 

「納得の問題じゃねーだろ! 常識をわきまえろ!」

 

 

 また、カズヤとは対照的に自分の行いを反省し、落ち込んだ様子で謝罪を述べる法。カズヤのことになるとすぐに熱くなってしまうのを知っていたが、それを止められなかった甘さを反省していた。千雨は、法は物分りもよく冷静だと安堵しながら、わかればよいと許すことを言葉にした。

 

 が、それでもカズヤは止まらない、止められない。もうすぐ喧嘩ができそうだったのに、それを止められたのが気に食わない。故に、カズヤは喧嘩させろと叫ぶのだ。

 

 しかし、千雨も当然それに反論する。当たり前だが納得とかそういう問題ではない。常識的な問題だ。見知らぬ地で喧嘩して見知らぬ人に迷惑などかけられない。だから千雨はカズヤに激しくしかりつけた。

 

 

「グゥ……! チッ、わーたよ……」

 

「それでいい」

 

 

 その千雨の気迫に押されたカズヤは、流石にこれ以上は分が悪いと踏んだのか、お手上げだと言う様子を見せた。千雨はそれを見て、ようやくわかったかと思い満足したようである。

 

 

「ゴクローさんっス……」

 

「お、おう……」

 

 

 また、状助もその光景を眺めていたので、二人を注意した千雨を労った。いやあ、よくこの二人を御せるものだ、自分にはできねぇことだ。状助はそう考えながら、千雨の苦労も察していた。

 

 そして、千雨はカズヤと法を連れて、どこかへと移動していった。

 

 

「あれ、状助君、こんなところにいたんだ」

 

「よぉ~、三郎」

 

 

 そこへ三郎が現れ、状助へと話しかけた。状助も三郎の登場に、しゃがんだ姿勢のままそちらの方を首だけ向けて、片手を顔の高さまであげながら挨拶した。

 

 

「やっぱ女子に囲まれるのは苦手?」

 

「まぁなぁ~、アウェーな空気っつーかよー、なんか居心地が悪くてよぉ~」

 

「はは、確かにそうだね。俺も状助君たちと合流するまではちょっと肩身が狭い思いだったよ」

 

 

 三郎も状助が何故外で待機しているのか理解していた。なので、そのことを確かめるように状助へと質問した。

 

 状助はため息を吐き出しながら、居心地の悪さが苦手だと疲れた顔で述べた。三郎もそれはわかると苦笑しながら言葉にした。何せ三郎もイギリスへ向かう時、3-Aの女子に囲まれた状況を味わっていたからである。

 

 

「しっかしよぉ、たまげたぜ。まさか三郎までこんなところへ来るとはよぉ~」

 

「彼女に誘われたからね。申し訳ない気持ちもあったけど、同行させてもらったよ」

 

「ほーん」

 

 

 だが、状助はそれ以上に、三郎がここに来ていることに多少驚きを感じていた。確かにここへ行くということは、前々から三郎に話していた。それでも、ここへついて来るなど予想していなかったのだ。

 

 ただ、三郎も最初はここへ来る気はさほどなかった。それでも三郎の彼女である亜子に誘われれば、断ることはできないと思いやってきたしだいだった。それを状助はそうなのか、と言う多少呆けた顔で相槌を打ちながら聞いていた。

 

 

「まぁ、いいんじゃあねぇか? こういうのもよぉ」

 

「そうだね。来てよかったと思ってるよ」

 

「だがよぉ、一つ忠告させてもらうぜ」

 

「何を?」

 

 

 状助も三郎がここへ来たことをさほど気にはしていなかった。むしろそういうのもいいんじゃないかとさえ思っていた。三郎もここへ来たことに満足し、よかったと笑いながら言葉にした。

 

 しかし、状助は突如真剣な顔で、忠告と言い出した。三郎は一体なんだろうかと思い、頭にクエッションマークを浮かべながら質問した。

 

 

「明日の朝、俺たちのグループはあるところへ移動する」

 

「ふむふむ」

 

 

 状助は静かに、真面目な表情で説明を始めた。それを三郎も真剣に聞いていた。

 

 状助が移動する場所、それは魔法世界へ行くためのゲートだ。普通に考えてゲートまで行くことは一般人には不可能だ。だが、それをやってのける人物が、3-Aには存在する。なので、ここで念を押しておこうということだった。

 

 

「そこへは絶対に来るんじゃあねぇぞ? 後知り合いが行こうとしたら止めろ」

 

「……それは危険な場所なのかい?」

 

 

 そして、三郎へと、その場所へ来るなと話した状助。さらに、知り合いが、つまり”原作”で巻き込まれる亜子やアキラあたりも止めるようにと、注意を促した。三郎は状助がそこまで言うのであれば、多分危険な場所なんだろうと考え、それを尋ねた。

 

 

「ああ、多分危険かもしれねぇ……。ちゅーことでよぉ、頼んだぜ三郎」

 

「うん、わかったよ」

 

 

 状助は危険な場所だと聞いて、少し考える素振りを見せた。確かに、何事もなければ危険というほどでもない。が、状助は”原作”のような事件が起こり、それに三郎たちを巻き込まれることはしたくない。なので、多分と言いつつも、危険であるとも言葉にした。

 

 三郎も、状助にそう言われたのなら、従わざるを得ないと思った。目の前の状助は”この世界の原作”とやらを知っているらしい。

 

 三郎は”原作知識”がないのでわからないが、そこで危険なことが起こるかもしれないので、状助がそう言ってくれているのだろうと理解できた。故に、三郎はそれ以上何も聞かず、状助の言葉に従ったのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちが故郷へ帰ってきたその夜。ネギは卒業した魔法学校のとある廊下で、ネカネへと魔法世界へ行くことを打ち明けた。

 

 

「ええ!? 魔法の国へ行くですって!!」

 

 

 すると大声を叫び大層驚いたではないか。

 

 

「ああ……」

 

「お姉ちゃん!!?」

 

「いやまあ驚くのはわかるんだが……、ちょっと大げさすぎね……?」

 

 

 さらに、ネカネはふらりと倒れこむほど、心配を始めたのである。それを見かねたネギはネカネを呼びながら、慌ててその体を支えた。また、カギは驚きすぎではないかと、少しばかり呆れていた。

 

 いや、ネカネが心配になるのもわからなくもない。ほとんど交流のない、鎖国状態の魔法世界。そこへ10歳の少年らが旅立とうと言い出した。そんなことを聞けば、姉として面倒を見て来たネカネが驚くのも無理はない。が、やはり少しオーバーすぎるとも言えなくはないだろう。

 

 

「でも、なんで突然魔法の国だなんて……」

 

「それは、父さんのことをもっと知りたいから……」

 

「そう……」

 

 

 そこでネカネは、どうして魔法世界に行きたいのかとネギへ尋ねた。何せ鎖国のような状況の魔法世界。無理に行く必要があるのか疑問だったからだ。

 

 ネギはそれにしっかりと、ネカネの顔を見て答えた。父親であるナギのことを知りたい、その歩んできた道を知りたいと。

 

 そう、このネギは原作とは違い、()()()()()()()のではなく、()()()()()()()()()()のだ。自分の父親は何をして、何を考え、どうやって生きてきたのか。まずはそれを知りたいのだ。

 

 その決意溢れた表情のネギを見たネカネは、ため息交じりにそれを許した。ネギも男の子だ。そういうものに憧れる年頃なのかもしれない、そう考えたようである。

 

 

「まっ、ねーちゃんよ! 俺がいるんだから大船に乗ったつもりで安心してくれや!」

 

「えっ……? ええ……、そうね……」

 

「え? 何その曖昧な態度……」

 

 

 そこにカギが踏ん反りながら自信満々のドヤ顔で、偉そうなことを言い出した。ネカネはそれをどう反応したらいいかわからないと言う様子で、適当な相槌を打った。と言うか、ネカネはカギを手のかかる問題児だと思っている。そんなカギが俺に任せろと言っても、心配が増えるだけなのだ。

 

 そんな態度のネカネに、ショックを隠しきれないカギ。まさかコレほどまでに信用されていないとはと、強烈な現実を突きつけられたのだった。

 

 

「でも、あなたたちは子供よ? どうやって魔法の国なんかに……」

 

「それは私が手伝わせてもらった」

 

 

 しかし、ネカネはどうやって子供の二人が魔法世界へ行くのだろうと考えた。すると横から老人の声が聞こえてきた。中々貫禄と威厳のある声だった。

 

 

「おじいちゃん!」

 

「ジジイ!」

 

 

 威風堂々とした姿、長く伸びた白い髭と髪、ザ・魔法使いと言った出立ちの老人。そう、その老人こそが、今ネギたちに声をかけた張本人のメルディアナの学校長だ。学校長の登場に、ネギははしゃぎ、カギは少し驚いた様子を見せていた。

 

 

「お久しぶりです、帰って来ました!」

 

「おっす! けーったぞ!」

 

 

 ネギは久々に会った学校長へ挨拶しながら頭を下げ、カギも態度はでかいがしっかり挨拶した。

 

 

「……中国では、”男子三日あわざれば刮目して見よ”と言うが……、見違えたぞ、二人とも」

 

 

 学校長も挨拶する二人をマジマジと眺めながら、その変化に気がついた。そして、その二人へ労いの言葉をかけ、成長を大いに喜んだ。

 

 

「コノエモンから色々話は聞いとるぞ。苦労したか?」

 

「え? まあ……」

 

「マジかよ……」

 

 

 また、学校長は麻帆良学園、学園長の近衛近右衛門と親しい関係だ。この二人が麻帆良でどういう行動をしていたかを、学校長は聞いていたのだ。とは言え、ネギは特に問題は起こしていないので、苦労したかと言う言葉に、ただ少しぐらいは、と言う感じで返事をしていた。

 

 しかし、カギは随分と派手に暴れたせいか、少し焦っていた。麻帆良へ行った直後は自分でも恥ずかしくなるようなことばかりしていたからだ。なので、少しだけ引け目を感じるような様子を見せていた。

 

 

「まあよい、二人ともよくやったようじゃしな」

 

「僕は別に何も……」

 

「そう褒めてくれるな、俺の真の力はあの程度ではすまない……」

 

 

 そんな二人へと、学校長は再び労いの言葉を述べた。その言葉には色々な意味が込められていた。教師として、魔法使いとして、さらには学園祭などでの戦いのことも、その言葉に含まれていた。

 

 それでもネギは特に何もしていないと言うような様子を見せ、謙虚な態度を貫いていた。逆にカギは褒められたと思い、偉そうな笑みを見せながら、自分の力はあんなものではないと言い出したのである。なんと調子のいいやつだろうか。

 

 

「フフフ……、そうじゃな」

 

「そこ笑うところじゃねーんだけど……」

 

 

 すると学校長はカギの物言いを笑い、頷きながらそう述べた。カギはそれを馬鹿にしていると感じたようで、笑うところではないとテンションを下げて言葉にしたのだ。が、学校長は別に馬鹿にした訳ではなく、微笑ましいと思っただけである。

 

 それに学校長はカギの変化に気がついていた。あれほど傲慢で我儘だったカギが、人間的に大きくなって帰ってきたのを見抜いたのだ。昔は問題児の中の問題児。まるで走る炎のような人間だったカギ。

 

 麻帆良へ渡った直後などは、確かに酷い有様だったと学校長は当然のごとく、近右衛門から聞いていた。それでも、何か大きなきっかけがあったのか、急におとなしくなったのだ。そしてカギが、これほどまでに精神的に成長して戻ってきたことに、学校長は嬉しさを感じていたのである。

 

 

「して、どうだ? ネギよ……、久々の故郷は」

 

「はい、なんだか半年ほどしか離れていなかったのに……」

 

「……そうではない」

 

「……?」

 

 

 そこで学校長はネギへと、帰ってきた感想を尋ねた。ネギはテンプレートな感想を述べようとしたが、学校長はそれが聞きたい訳ではないと話し、ネギの言葉を止めた。言葉を阻まれたネギは、一体なんだろうかと言う顔で、学校長を見上げていた。

 

 

「どーいうことだよジーさんよー! 意味がわからんぞ!」

 

「久々に帰ってきたこの村に、何か違いを感じてはおらんか?」

 

「それを最初に言えよジーさんよ!!!」

 

 

 カギは学校長が一体何を言いたいのかわからないと思い、それを大きく叫んだ。意味がわかるように話せと。

 

 学校長はそのカギの言葉を聞いたか聞いてないかはわからないが、それを話した。この故郷に久々に帰ってきて、麻帆良へ行く前と後では何か違いを感じないかと。

 

 それを聞いたカギは、それを最初に言えよとツッコミを入れた。意味深な言葉ではなく、直接それを話せよと。

 

 

「……僕が日本へ発つ前よりも、活気が溢れている気がします……」

 

「うむ、そうじゃろう? 何故だかわかるか?」

 

 

 ネギはその学校長の問いに、静かに口を開いた。自分が麻帆良へ行くよりも、この街が生き生きとしていると思ったと。活気が溢れ、人々の表情がより豊かになっていると。

 

 学校長はそのネギの言葉に、その理由がわかるかと尋ねた。

 

 

「……石化してた人たちが……、元に戻ったから……?」

 

「その通りだ。そして、それは全てお前のおかげでもあるぞ、ネギよ」

 

「え……?」

 

「何……だと!?」

 

 

 ネギは少しの間考え、それにハッと気がついた。この街が活気に溢れているのは、石化から救い出された人々が、この街で生活をはじめたからではないか、そう考えたのだ。

 

 それをネギが言葉にすると、学校長はその答えを肯定し、それこそネギの功績だと静かに褒めた。ネギはそれに驚き、カギはネギのその行為にかなり驚いた。

 

 いや、確かにそんなことがあったような、とカギは思っていた。が、このカギ、昔はさほど他人に興味がない人間だった。なので、それが誰のおかげなのかさえ知らなかったのだ。

 

 

「お前が石化を解かなければ、今も昔のように静まり返っておったじゃろう」

 

 

 学校長はネギの顔を見ながら、静かに語りだした。

 

 

「だが、お前が村の人々を石化から解放した。だから、だれもが活気に溢れ、生き生きとしておるのだ……」

 

「なっ!? お前そんなことやってたのかよ!!?」

 

 

 つまり学校長は何が言いたいかというと、ネギが石化を救ったからこそ、今の街があるということだった。

 

 それを聞いたカギは、その事実を知らなかったので再びさらに驚いた。まさかネギが石化した人たちを救い出していたとは。普通なら考えられないことだったので、それを確かめるように驚愕した顔でネギに尋ねた。

 

 

「……いえ、それは違います……」

 

「む……?」

 

「何が!?」

 

 

 しかし、ネギは小さく違うと答えた。その答えに学校長はピクりと白く長い眉毛を揺らし、カギは何がどう違うのかと叫んだ。

 

 

「村の人たちや、スタンさんを石化から救い出せたのは、僕だけの力じゃないですから……」

 

「それは知っておる。しかし、それを差し引いたとしても、お前のおかげでもあるじゃろう?」

 

「ジーさんの言うとおりだぜ!」

 

 

 そう、石化の解除は一人でやった訳ではない。師匠であるギガントと、最初にそれを言い出したアーニャと協力して成し遂げたことだ。故に、ネギは自分だけの功績ではないと、そう静かに話し出したのである。

 

 ただ、学校長もそれは知っていた。が、それでも協力したことに変わりはないので、ネギのおかげなのは間違いない。それを学校長は言葉にし、カギも同調してネギを励ました。

 

 

「……やっぱり違うと思います」

 

 

 だが、それでもネギは頑なに違うと言葉にする。

 

 

「僕は本当に何もしてません。ただ、お師匠さまの手伝いをしただけです」

 

 

 そして、村の人たちを助けた時の心境を思い出しながら、自分の気持ちを打ち明け始めた。ネギは、はっきりと何もしていないと語った。師匠であるギガントの手伝いをしただけだと述べた。

 

 何故、何もしていないとネギは言うのか。手伝ったのならば、確かに”何かをした”のではないだろうか。その理由はアーニャが最初に、父と母を、村の人たちを石化から助けたいと、ギガントに話したことがはじまりだからだ。

 

 自分はあの日の悲惨な光景を目の当たりにしたのに、それを思いつかなかった。考えなかった。しようと思わなかった。ネギはそれを思うたびに、自分の愚かさや浅はかさを後悔していた。だから、ネギは自分は何もしていない、何もしようとしなかったと話すのである。

 

 

「それでも、村の人たちを救えたのは、とても嬉しかったです」

 

 

 だけど、村人たちを石化から救い出した時の、あの光景や気持ちも忘れず、今も目を閉じればすぐに思い返すことができる。ああ、やってよかった。助かってよかった。ネギはあの時、自分たちの行いが実を結んだのを見て、それを実感した。それを誇らしく思っていた。

 

 自分は確かに、自分からそれをはじめようと思った訳ではないけれども、言われて手伝っただけだけども。それでも自分も石化した人たちを助けたいと思った。必死に手伝い、努力した。故に、成し遂げたことは、間違ってなかったとはっきり言える。そうネギは思っていた。

 

 

「だから、お師匠さまのように人を助けられる人になりたいと、僕は思っています」

 

「ふむ、そうか」

 

 

 あの時の綺麗な気持ちは今でも忘れない。誰かを救うことのすばらしさは、忘れていない。忘れられない。忘れるもんか。ネギはだから人を助けることができる人になりいと思った。師匠のように、人々を救い出せる人間に。それを語り終えたネギの表情は、とてもすがすがしい微笑みに満たされていた。

 

 学校長はそれを見て、その話を聞いて、納得した様子を見せていた。この10歳の少年が、そこまで考えていたとは、そう考えながら。

 

 

「ならばワシからはもう何も言う必要はないようじゃな。自分の考えを信じ、進んでみるといい」

 

「はい!」

 

 

 学校長は、それなら自分ができることは、この小さな少年の背中を押してやることだけだと思った。もはやアドバイスなどは必要なさそうだ。もうすでに、自分の考えをしっかり持ち、それに向かおうとしている。いや、すでに向かい始めているかもしれない。ならば、もう何もすることはないだろう。学校長はそう考えながら、暖かい笑みをみせた。

 

 しかし、ネギの生長を大きく喜ぶ反面、小さな寂しさも学校長は感じていた。彼を導くのは自分の仕事だったはずだ。気が付けば彼の師匠のギガントに、それを取られてしまった。別にそれが悪いこととは思わないし、それを妬むこともない。が、それをできなかったということに、悔やむ気持ちが学校長であったのだ。

 

 

「……いやはや、まさかネギがそこまで考えてるとは……」

 

 

 また、カギはネギの考えを聞いて、驚きと戸惑いを感じていた。10歳の少年が、そこまで考えて生きているなど、カギには考え付かないことだからだ。

 

 さらに、自分は自分勝手するために、神から特典を貰って転生したこと考えた。なんという子供じみた発想だろうか。今の自分では到底ネギには届かない。いや、最初から勝ち目などなかった。情けない、なんと情けないのだろうか。大人だった自分は転生して子供の姿をしているだけだ。自称だが50代だ。なのに、ネギが語ったことなど、一度として考えたことなどなかった。

 

 まあ、人生の転機とは人それぞれであり、ネギには多少早すぎるというのもある。それでもカギは、今の自分の体たらくさを恥じていたのである。

 

 

 そんな大きなショックを受けるカギの横で、同じように驚き喜ぶネカネの姿もあった。10歳だと思っていた、まだまだ子供だと思っていたネギが、これほどのことを考えていたなんて、ネカネも思っていなかったのだ。ただ、やはりネギは10歳の少年。ネカネはそのことを考え、もう少し甘えてくれれば、とも思っていた。

 

 

 そして話が終わると、ネギたちはすぐさま家へと帰ることにした。明日は魔法世界へと行くので朝早く起きなければならない。なので、もう帰って寝ようと思ったのだ。すでにアスナたちは宿に、アーニャも自分の家に帰って家族と過ごしている。遅刻する訳にもいかないので、ネギたちも静かな夜の街を歩き、ネカネの家へと向かったのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちが帰郷を果たしたその次の日の朝。誰もがすでに魔法世界へ行くための準備が終わっていた。が、一人だけ未だに眠り続けるものがいたのだ。

 

 

「兄さん……、起きて」

 

 

 やはりと言うか、当然と言うか、それはあのカギだった。そんなぐっすりと未だ夢の中で遊ぶカギを、必死に起こすネギの姿もあった。

 

 

「兄さん!」

 

「うーん……、後5分……、後5分だけ頼む……」

 

 

 もうすぐ待ち合わせの時間になってしまう。ネギはそれを考えカギを起こそうと頑張っていた。しかし、その努力もむなしく、先ほどからカギはずっと、あと5分、後5分と言い続けるだけで、まったく目を覚ます気配もなかったのである。

 

 

「ダメだ……、全然起きないや……」

 

「困ったわねぇ……」

 

 

 どんなに揺さぶっても、名前を呼びかけても起きないカギに、ネギはもうお手上げだった。ここで布団をひっぺがしたりベッドをひっくり返せば起きたかもしれないが、優しいネギにはそれができなかった。また、ネギの後ろでそれを見ていたネカネも、憂いの表情を見せていた。

 

 

「とりあえず旦那は先に行っててくだせぇ!」

 

「え? でもそれじゃ兄さんは……」

 

「なぁに、兄貴なら後ですぐに追いつかせやすから!」

 

 

 もはやこのままではネギすら集合時間に間に合わなくなる。そう考えたカモミールは、とりあえずネギには先に行って貰おうと考えた。本当ならばここでカギが起きるのがベストだが、それがかなわないのなら仕方のないことだろう。

 

 ただ、ネギはこのままカギを置いていくのは忍びないと思った。が、カモミールはそのネギの背中を押すように、カギが起きたらすぐに向かわせると叫んだのだ。

 

 

「それなら……。わかりました、兄さんをお願いします」

 

「おう! んじゃまた後ほど!」

 

 

 それなら大丈夫かな。ネギはそう思い、カモミールにカギのことを頼んだ。カモミールもそれを当然という顔で受け、後で合流しようと手を振った。そしてネギは、カギの方を惜しむように一度チラリと見た後、アスナたちが待っている場所へと向かうのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 場所は変わり、街から少し離れた草原。濃い霧が立ち込め、視界は悪く数メートル先すら見るのが困難な状況だった。そんな中、少年少女たちが集まっていた。それは当然ゲートへ向かうために集まったネギたちだ。それ以外にも、ネカネとメルディアナの学校長の姿もあった。

 

 

「じゃあ、行ってきます。お姉ちゃん」

 

「うん、気をつけてね、ネギ……」

 

 

 ネギはネカネへと出発の挨拶を行っていた。ネカネもネギへと、道中には注意するようにと言葉にしていた。

 

 

「あっ、後兄さんにはすぐに来るようにと……」

 

「わかってるわ」

 

「ありがとう、それじゃ!」

 

「いってらっしゃい……」

 

 

 また、ネギは未だに現れないカギのことを、ネカネへと頼んでいた。起きたらすぐに来てくれるようにということだ。ネカネも当然それを快く引き受け、手を振ってネギを送り出した。ネギもネカネへと手を振り、そのまま霧の中へと消えていったのだった。

 

 

「心配することはない。向こうにはナギの仲間もいることだしな」

 

「ええ……」

 

 

 ネギが立ち去った後も深刻そうな顔をするネカネへと、学校長は話しかけた。そんなに心配しなくても大丈夫だ、魔法世界にはナギの仲間がいるのだから。学校長はネカネを安心させるように、それを述べた。それでもなお、ネカネの不安は晴れることはなかったようで、未だに心配でいっぱいの表情をしていた。

 

 

「それに、あのエヴァンジェリン殿もついておる、問題はなかろう」

 

「だといいのですけれど……」

 

 

 さらに学校長は、エヴァンジェリンもいるのだから、過剰に心配する必要はないと話した。あの聡明で有名なエヴァンジェリンが味方としてネギの側にいるのだ。心配する必要があるはずがないと思ったのである。

 

 だと言うのに、ネカネははやりネギを心配していた。何か、何か胸騒ぎがする。そうネカネは思ったのである。だが、ネカネができることはただ一つ、ネギの旅が無事に終わり、戻ってくることを祈るだけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 深い霧の中で、一人の男性がネギたちへと大きな声をかけていた。その男性は転生者のアルス。彼はネギたちをゲートへ案内する役を引き受けたのである。

 

 

「全員、宿にあったローブを着用したな! だったら、はぐれねぇよう後ろからついてきな」

 

「ウィーッス!」

 

 

 アルスはネギたちへと、宿で借りたローブを着たかと叫んだ。そして、をれを確認したのち、自分の後について来いと説明をした。

 

 ネギたちもそれに答えるかのように、元気な返事を行い、ゲートへと出発していった。

 

 

「んんー? おかしいなあ……」

 

 

 ただ、そこで”原作”とは異なる部分があった。あのあやかが見送りにこなかったことだ。状助はそのあたりを思い出し、変だなと思っていた。

 

 

「まぁ……、問題はねぇはず……多分……」

 

 

 が、それがないと大きく何かが変わるわけでもないと思った状助は、まあいいか、と流したのだった。それでも何か引っかかる感じを覚えたが、気にしないことにしたようだ。

 

 

「あの……、例えばの話ですが、はぐれるとどうなるですか?」

 

「出口に戻される」

 

 

 少しずつゲートへと歩き出した一同。ゆっくりと歩いていた夕映は、はぐれるとどうなるか疑問に思ったので、アルスへとそれを質問した。アルスはその問いに一言で片付けた。当然のことながら、出口に戻されるだけだと。

 

 

「……もう少し詳しい説明がほしいです」

 

「すまなかった。……ゲートには手順を踏んだ儀式を行いながら近づいていかなければ辿り着けない」

 

 

 確かに結論を簡潔に教えてもらったのは素直にうれしい。が、そうではない、そうじゃないんだ。夕映はそう思い、もっとしっかりと説明してくれとアルスへ頼んだ。

 

 アルスは少しふざけたな、と思い、夕映へと謝罪すると、自分の知る限りの原理を説明し始めた。ゲートへ辿り着くには数回の儀式が必要で、それを行わなければゲートには行けないと。

 

 

「はぐれれば数時間さまよった後にやり直しで、二度とゲートには行けんってことになるのさ」

 

「なるほど……」

 

「へー、知らなかった」

 

 

 さらに、はぐれてしまえばこの霧の中をさまよったあげく、来た場所へと戻されてしまい、ゲートに辿り着くことが不可能になる。アルスはそれをしっかり説明すると、夕映は満足したようで納得の表情を見せていた。また、()()()()魔法使いをしている裕奈も、それは初耳だと感心した様子を見せていた。

 

 

「ところでさー、ドネットさんとアネットは来てないの?」

 

「ん? ああ、あの二人は留守番さ」

 

「えー! なんで!? 一緒に来ればよかったのに!」

 

 

 まあ、裕奈はそんなことよりも、もっと気になることがあった。それはアルスの妻と子供が、ここに居ないことだ。どうして一緒ではないのだろうか、そう裕奈は疑問に思った。

 

 なのでアルスへそれを聞けば、留守番だからだと返ってきた。裕奈はその答えに納得いかなかったようで、どうして? どうして? と何度も聞き返した。

 

 

「まぁ、色々あるんだよ。色々とな」

 

「そうかも知れないけどさー! アルスさんも久々に家族と会ったのに、それでいいの!?」

 

「いいんだ。それに、戻れば会えるしな」

 

「むう……、まあそうだけどさ……」

 

 

 しかし、アルスは詳しく話そうとせず、色々あるとしか答えなかった。確かにそういうこともあるんだろうと、裕奈はアルスのその言葉を肯定した。が、アルスもようやく帰郷できて家族にあったのに、その家族と一緒にいなくてもよいのかと、再びアルスへと尋ねたのである。

 

 アルスはそれに対し、それでもいいとはっきり言った。また、戻れば会えるとも答えた。当の本人にそう言われてしまえば、裕奈も言葉を詰まらせるしかなかった。本人がそれでいいなら口出ししてもしょうがないからだ。それでも裕奈自信が納得したといえば、そうではないのだが。

 

 

 ……だが、裕奈の言うとおり、何故アルスは家族をつれてこなかったのだろうか。その理由はカギにある。カギは寝坊して、今ここにいない。今も久々の自分の家のベッドで寝ているかもしれない。そんなカギをここへ連れてこれるものは限られる。そして、それができるのは妻であるドネットだ。

 

 なので、カギが起きて慌ててここへ来るなら、ドネットが同行するのが一番である。よって、それを踏まえてアルスは家族を置いてきた。

 

 

 と言うのは、理由の一つに過ぎない。アルスが真に家族を置いてきた理由、それは”転生者”のことだ。”原作”では最も危険な事件の一つ、ゲートの強襲。この世界で起こるかはわからないが、転生者がいるならば、それを故意に起こす可能性もある。それを考え悩んだ末に、アルスは家族を留守番させたのだ。

 

 ただ、アルスはこの流れを止められるものではないと考えていた。この流れとは、ネギたちの魔法世界入りのことだ。こればかりはしょうがない、どうすることもできないと。故に、彼らの魔法世界行きを止めるのではなく、同行を選んだのだ。

 

 薄情に見えるかも知れないが、やはり家族と知人ならば家族を優先するのは当然のことだ。それでも何かあれば、全力で彼らを守ると決めていた。

 

 事が起こりそれが”自分と同じ転生者”のせいだったならなおさらだと、考えていた。この世界で部外者が迷惑をかけるのだけは、どうしても許せなかった。たとえ、自分も部外者で、くだらない転生者と同じ身であろうとも。神から特典(チート)を貰おうとも。

 

 

「しっかしスゲー霧だな、本当にこの先にゲートってもんがあるんかねぇ……」

 

「あると言っているからにはあるんだろう」

 

 

 しかし、この霧の中、まったく視界が通らない状況に、カズヤは不満をもらしていた。本当にこんな霧に覆われた平原の先に、ゲートと呼ばれる場所があるのだろうかと。そもそもゲートとはいったいどんなものなのだろうかと。

 

 それに反応したのはやはり法だった。法は前を歩くアルスが”ある”と言ったのだから、それを信じるしかないと言葉にした。それに、あのアルスという男が偽ったところで、何の意味もないと思っていた。

 

 

「はぁー……、俺のこの嫌な予感がはずれてくれりゃいいがよぉー……」

 

「……例の”俺たちと同じもの”が襲ってくる可能性の話か……?」

 

「そうっスよ。んなこたーねぇ方がいいんだけどよぉ……、なんだかヤバイ予感がするっスよぉー……」

 

 

 また、状助は霧の中を歩きながら、今後の不安を愚痴っていた。状助もアルスと同じく、ゲートでの事件を警戒していた。このままスムーズに行ってくれればどれだけいいことか。そう思いながらも、不安はぬぐえない状助だった。

 

 すると近くを歩いていた法が、状助の言葉に反応した。自分たちと同じもの、つまり転生者が襲ってくる可能性があるということかと。法も一度、麻帆良の外からやってきた転生者と交戦したことがあった。確かに、あのような輩がまだいるとするならば、ありえる話だと思っていたのだ。

 

 

「はっ! 喧嘩売ってくるっつーんなら、買ってやればいいだけじゃねぇか!」

 

「貴様はそれでいいんだろうがな……」

 

 

 だが、同じようにそれを聞いていたカズヤは、襲ってくるならかかって来いと言わんばかりの態度を見せた。喧嘩上等、攻撃してくるなら返り討ちにしてやるまでだ。カズヤはそう単純に考えていたのだ。そんなカズヤを覚めた目で眺める法。コイツは本当にそればかりだな、という目であった。

 

 

「しかし、戦わないにこしたことはないだろう。その予感とやらがはずれればいいが……」

 

「マジではずれてほしいもんっスわ……」

 

 

 ただ、当然ながら法は、そんな輩が現れない方がいいと思っていた。カズヤと喧嘩ばかりしている法だが、無意味に戦いが発生するのは好ましく思ってないのだ。状助も不安にかられながらも、そんなつまらない予感は外れて欲しいと心底願っていたのである。

 

 

 しかし、それ以外の不安要素が別に動き出していた。それはここで歩いているもの以外の3-Aのクラスメイトである。その中に一人、男子の三郎の姿もあった。

 

 どこでかぎつけたのかわからないが、アスナたちがどこかへ行こうとしているのことに気が付いたようだ。盗み聞きしたとおり、彼女たちも白いローブを身にまとい、こっそりこっそりアスナたちについてきたのである。

 

 また、美砂たちは裕奈がまたしても抜け駆けしたと思い、ずるいずるいと思っていた。何せ彼女たちは裕奈が魔法使いであることを知らないので、また抜け駆けしていると思うのも仕方がないことなのだ。まあ、それよりも、アスナたちがどこへ行こうとしているのか、ということに誰もが興味津々だ。

 

 そんな彼女たちを止めることができず、落胆しているのは三郎だった。状助に言われたとおり、三郎は彼女たちを止めようとしたのだが、説得を失敗し、逆に言いくるめられてしまったのである。あの3-Aの少女たちのパワーには勝てなかったようだ。情けないなあ、と三郎は思いつつも、状助が言っていたことが本当なら大変だと考え、一緒に来たのである。

 

 

 さらに、そこには驚くべきことに、あのあやかの姿もあったのである。あの真面目なあやかがどうして彼女たちにまぎれ、こそこそ尾行などしているのだろうか。

 

 その理由はアスナにあった。昔からなんだか不思議な感じを漂わせていたライバルのアスナ。最初はただのいけ好かない無表情なヤツだと思っていたが、交友を深めるとわりかしいいヤツだと思えるようになった。今では友人として、ライバルとして接しているし、特に彼女に不満がある訳ではなかった。

 

 が、あやかは一つアスナに気になることがあった。それは、アスナが何か、大きな秘密を持っているのではないか、ということである。()()()()アスナは記憶が封印されている訳ではなく、基本的に素の状態だ。なので、”自分が魔法世界からやってきたお姫様”ということを隠していることになる。

 

 あやかはアスナが自分にも言えない何かを、昔から抱えているのではないかと思っていた。何せ、アスナは一度として自分の過去を話さなかった。

 

 普通なら、どこから来てどこに住んでいたのかぐらいは、教えてくれてもいいはずだ。なのに、それすらも教えてはくれなかった。微妙にはぐらかされた時もあった。それで、何か隠してるのかもしれない、と勘ぐったのである。

 

 それだけではない。アスナはネギの父親のことを調べて欲しいと頼んできた。確かに一見すればネギのためを思って、それを頼んできたのだと思ってしまうだろう。最初はあやかもそう考えていた。

 

 しかし、あやかはふと思った。アスナは大きくネギに接している訳ではない。仲が悪いとかそういう訳でもないが、特に仲が良い、というほどでもない。では、何故それを、ネギ本人ではなくアスナが頼んできたのだろうか、そう疑問に思った。あのネギがそのことを他人に任せるはずなどない。ネギならば、直接頼んできてもいいはずだ、とあやかは考えたのである。

 

 また、アスナはその報告を見た時に、こう言った。”多少なりに心当たりがある”と。あの時は聞き流したが、今考えれば妙だとあやかは思った。どうしてアスナがネギの父親の居場所について”多少心当たりがある”と言ったのか。ネギとアスナは最近になって知り合ったはずだ。なのにアスナは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あやかはそれがとても不思議でならなかった。

 

 もしやネギの父親とアスナは知り合いなのだろうか。いや、あの学園祭でのまほら武道会で、それらしき光景をあやかは見ていた。実はあやかもあの大会を見に行っていた。ネギ見たさに行ったのだが、ネギは敗退してしまっていたのを聞いて心底がっかりしたりもした。ただ、そのまま帰るのも寂しいと思ったあやかは、とりあえずアスナを応援しようと思ったのである。

 

 そこであやかが目にした光景は、かなり壮絶なものだった。まるで映画のようなアクションとエフェクト。それをこなすアスナ。そこで戦うアスナは、いつもとは打って変わって、まるで別人にしか見えなかった。

 

 そして、最後の試合にて、あやかはそれを目撃した。あやかは魔法を知らないが故に、何かのトリックか装置でのデモンストレーションに思えたが、確かにネギの父親とアスナが知り合いのように接していたのを目にしていたのだ。

 

 さらに、アスナがあれほどまでに強かったことも、今までずっと知らなかった。半分はトリックだと思ったあやかであったが、半分はアスナの実力なのではないかとも思っていた。その後もあえて何も言わなかったが、考えれば考えるほど疑問が湧き出るばかりだった。

 

 なので、あやかはアスナのことをもう少し知りたくなった。麻帆良へ来る前はどこに住んでいて、どんな生活を送ってきたのか。どうしてネギの父親と知り合いなのか。なんであれほどの動きができるのか。本人に聞いてもきっと答えてはくれないだろう。だから、あやかは恥をしのんで、こっそりとアスナのあとを付いていくのだった。

 

 ……まあ、実際はネギのことも心配でついてきている部分もあるのだが。

 

 

 後ろをこっそり付いてくる少女たちに気づかぬアルス率いるネギご一行は、ゆっくりと歩きゲートへと向かっていた。いや、状助やアルスはそのことを”原作”で知っている。故に、状助は三郎に忠告を入れたのだが、それもあまり意味がなかったようであった。アルスも、状助が三郎に忠告をしたのを聞いていたので、まあ大丈夫だろう、と思ってしまったようである。

 

 それにそれを確かめるためにこの霧の中を捜すのは、なかなか骨が折れることだろう。とりあえず彼らができることは、彼女たちがついてきてないことを祈るだけだ。その祈りがつうじていないのが悲しいのだが。

 

 

 そうこうしている内に、ゲートへ行くための儀式を行う場所までやってきたアルス率いるネギ一同。アルスはそこで足を止め、その儀式に取り掛かり始めた。

 

 

「あの……、アルス先生に再び質問があるんですが」

 

「何だ?」

 

 

 そんな時、夕映は再びアルスへと質問があると語りかけた。アルスは作業をしながら、今度はなんだろうかと思いつつ、その質問の内容を尋ねた。

 

 

「これから行く場所に普通の人が迷い込んでしまう、ということはあるんでしょうか?」

 

「普通はありえないな」

 

 

 夕映は、ゲートには今アルスが行っているような手順を踏まないと入れないことを、先ほどの質問で理解した。が、それでも万が一、一般人が紛れ込むことはあるのだろうか、それが気になった。なので、それを質問した。

 

 アルスはその問いに、()()()()ありえないと、率直に答えた。そして、その理由をゆっくりと説明しはじめた。

 

 

「ゲートがある場所ってのは”どこでもない場所”、半ば”異界”ってやつでよ」

 

 

 ゲートのある場所はこの世界ではなく、ある種の別世界にあるとアルスは語る。噛み砕いて言えば異界、すなわち東方projectの幻想郷のようなものなのだろう。

 

 

「まっ、普通の人間が紛れ込むことはほとんどないってことさ」

 

「ほとんどない……ということは、少しはあるってことですよね……?」

 

「10年に一度くらいには、神隠しで迷い込む一般人もいるからな」

 

 

 難しい言葉を使ったが、つまるところ一般人は本来ならば紛れることはないと、アルスは軽口を叩くように述べた。

 

 そこで夕映は先ほどの言葉の”普通なら”と、今の”ほとんど”と言う言葉にハッとした。そういうのならば、例外が存在するのではないだろうか、そう考えたのだ。

 

 故に再びそれを尋ねれば、アルスはそれに答えた。確かにそういうこともなくなないと。

 

 

「とは言え、そんな確率は宝くじの一等が当たるぐらいさ。んなもんに運使うなら、宝くじが当たった方がよっぽどマシってもんだ」

 

「そうなんですか……」

 

 

 しかし、その確立はわずかであり、宝くじの一等が当たるぐらいのものだ。ゲートなんぞにまぎれてしまうなら、その運で宝くじを当てたほうがましだと、アルスは笑って話していた。夕映もその話を聞いて、満足した様子だった。

 

 

「そーいやアスナ」

 

「ん?」

 

「何かさっきから静かやけど、どないしたん?」

 

 

 そのアルスの説明の後、木乃香はふと気になったことをアスナへ話した。ゲートへ向かう時から、アスナが妙に静かだったからだ。

 

 

「別に何にもないけど……?」

 

「ホンマに?」

 

「本当よ」

 

 

 とは言われても、アスナは特になんでもないと答えた。ただ、アスナはゲートを何度か通ったことがある。それにここではないにせよ、ゲートへの道はアスナにとっても多少なりと思い出深い場所なのだ。それを思い出しながら歩いていたために、アスナが静かだと木乃香に思われたのである。

 

 木乃香はアスナが何にもないと答えたのに、顔を覗かせて本当かどうか再び尋ねた。アスナはそんな木乃香へと苦笑しつつ、本当だと言葉にするしかなかった。

 

 

「フン……」

 

 

 そんなやり取りをチラりと見ていたエヴァンジェリンは、小さく鼻を鳴らした。色々思い出したりしていたのだろうと、エヴァンジェリンは察していたのだ。また、エヴァンジェリンはこのゲートへの道のりを退屈だと考えながら歩いていたのである。

 

 

「というか、私っていつもそんなに騒がしくないと思うけど……?」

 

「そーなんやけど、なんとなくそう感じただけや」

 

「そう……」

 

 

 むしろ、普段からさほど騒がしくしてないはずなんだけど、とアスナは思った。確かに声が大きくなる時もなくはないが、普段はいたって冷静で物静かにしているはずだ。なのに、木乃香には自分が騒がしい方だと思われていたのか、そう思ってアスナはそれを木乃香へ話した。

 

 木乃香も別にアスナがうるさかったり騒がしかったりするキャラクターではないと思っていた。ただ、それを差し引いても、普段よりいっそう静かだと思っただけだったのだ。

 

 アスナは木乃香のその意見に、そうだったのか、と思ったようだ。また、少し思い出にふけすぎたかな、と考え、もっと木乃香たちと会話しようとも思ったのだった。

 

 こうして彼らは霧をかき分けながら、ゲートへと一歩一歩と進んでいくのだった。



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百二十二話 御伽の国への一歩

 アルス率いるネギチームは、魔法世界への入り口であるゲートを目指して歩いていた。実際はカギが編成したチームで、カギチームと呼ぶのがふさわしいのだが、今この場にその本人はいない。

 

 

「霧が晴れてきた……」

 

「ようやくお待ちかねってやつだ」

 

 

 彼らはゲートへ向かって歩き、ようやく霧が晴れる場所まで辿り着いた。そここそが、ゲートのある場所であった。

 

 アルスはここが終点だと言葉にし、誰もがようやくゲートへ辿り着いたことを理解した。

 

 霧が晴れたことにより、朝の日差しが差し込むようになり、その場所はとても幻想的な場所に映った。また、彼らの目の前に登場した物体、それは何本もの岩の柱だった。それはストーンヘンジと呼ばれる構造物だったのである。そして、目の前にあるストーンヘンジなる構造物こそが、ゲートそのものなのだ。

 

 

「わあ……」

 

 

 誰もがその美しい光景に目を奪われていた。このような光景はめったにお目にかかれない。とても神秘的で、まるでおとぎ話の世界のようであった。

 

 

「んー! ちかれたー!」

 

「スゴーイ!」

 

 

 霧の中を歩いてきたので、少し疲れを感じたハルナは、体を伸ばしてリラックスし、木乃香はゲートの光景に目を光らせ、感激してた様子を見せてていた。

 

 

「こりゃ確かにすげぇ……」

 

「ストーンヘンジというやつか」

 

「ストーンヘンジ? 大砲じゃねーのか?」

 

 

 状助もその光景には驚かざるを得なかった。当然状助とてストーンヘンジなんて生で見たことがなかったので、心を震えさせるには十分な光景だった。

 

 また、法もその建造物になるほど、という声を出しており、カズヤはストーンヘンジという単語に、戦闘機のゲームに登場するような大砲ではないのかとボケたことを言葉にしていた。

 

 

「ほー、意外とたくさん人がいてはるなー」

 

「これでも少ない方だ」

 

 

 そこで、ふと見るとゲートの外周付近に人だまりができているではないか。木乃香はそれを見て、自分たち以外にも結構人が来ているんだな、と考え、それが自然と口に出ていた。その言葉にアルスは、あれでも多くはないと話した。

 

 

「魔法世界へ行くゲートは世界に数箇所しかない上に、扉が開くのは一週間に一度ぐらいだ。ヒデェ時は一月に一度ぐらいになる」

 

「へー」

 

 

 魔法世界へ渡るためのゲートは、ここ含めてさほど多くはない。アスナが過去に通った場所も、数少ないゲートの一つでしかないのだ。さらに言えば、ゲートが開くタイミングが一週間に一度ぐらいしかない。しかも、それがいい方であり、最悪は月に一回ということだってありうるのである。

 

 アルスはそれを説明すると、木乃香はふむふむ、という顔で理解した様子を見せていた。

 

 

「一週間に一度かー。そりゃ交流ないも同然ねー」

 

「確かに鎖国って訳だ」

 

 

 一週間に一度しか通過できない。それじゃ確かに交流なんてあるはずもない。そう苦笑してメモを取るのは和美だった。同じくそれなら確かに事前の説明での鎖国と言うのも頷けると、千雨がこぼしていた。

 

 

「けど、楽しみやなー! まほーの国!」

 

「とは言うがよ、京都も十分魔法の国だと思うがな」

 

「え? マジなんか!?」

 

「おう、大マジよ!」

 

 

 だが、そんなことなどお構いなしと言う態度を見せるのは小太郎だ。魔法世界はどんなもんなのか、どんなことがあるのか、どんなすごいヤツがいるのか。小太郎の頭にはそれしかなかった。

 

 が、魔法の国と聞いて反応したのは、このゴールデンなるバーサーカー。なんとバーサーカーは、小太郎の生まれの地、京都も魔法の国だと言うではないか。小太郎は大いに驚き、バーサーカーは笑って当然だと断言したのだ。

 

 

 そもそも、京都は昔から魑魅魍魎がさまよう魔境。それを退治したりする陰陽師や対魔師などが存在した。今でもそれは残っており、それを管理するのが関西呪術協会なのである。何せ未だに妖怪変化が住まう山もあるのだ。近くに妖精が住んでいる、と言うのと差がないだろう。

 

 まあ、実際一般人がそう言った術を操る訳ではないので厳密に言えば違うのだが。それでも昔の京都を知るバーサーカーは、それを考えれば十分京都はメルヘンやファンタジーな魔法の国ではないかと思ったのである。

 

 

「しかし、まだ扉は開かぬでござるか?」

 

「ふむ、まだ1時間以上あるな」

 

 

 また、ゲートに着いたのはいいが、いつそれが開かれるのかわからない楓は、それをアルスへ聞いた。アルスは自分の腕時計をチラっと見て、扉が開くにはまだまだ時間があると話した。

 

 

「兄さん来るかなあ……」

 

「一応残してきた妻に頼んでおいてあるが……」

 

「本当ですか! なんかすいません……」

 

 

 ネギはその時間を聞いて、その間にカギが来ればいいな、と言葉にしていた。アルスもカギがここへ来れるように、ドネットに頼んできたと述ベた。それにネギは少し明るい様子を見せた後、申し訳ない気持ちを感じ頭を下げたのである。

 

 

「なに、気にするこたねえ。全部起きなかったお前の兄貴が悪いんだからな」

 

「……まあ、そうですね……」

 

 

 とは言え、悪いのは起きてこなかったカギ本人。ここに来ることができなくても、迷惑をかけてここへ来ても、どっちにしろカギの責任になるのだ。それをアルスは少し呆れながらに苦笑して言い、ネギもそれに同意していた。

 

 

「時間がまだあるなら、ここら辺で朝ごはんでも……」

 

「飯アルか?」

 

「はよ食わんとなくなるで?」

 

「ちょっとコタロ!! そのサンドイッチ私のでしょ!?」

 

 

 ゲートが開くにはまだ時間がある。そして、朝早く出てきたので朝食がまだだった。ならば、ここで朝食を済ましてもよいだろうと、アスナは考え話そうとした。街で朝食をとることは出来なかったが、いつでも食べれるようにとお弁当として用意してきたのだ。

 

 が、すでに古菲と小太郎がシートを広げ、お弁当をつまんでいるではないか。その素早い動きに、流石のアスナも呆れていた。また、小太郎が食べていたのはなんとアーニャのものだった。アーニャはそれに文句を言いながら、小太郎の方へと駆けて行ったのである。

 

 

 そんな和気藹々とするネギたちを、少し離れた場所から見ているものがいた。彼らと同じように白いローブで身を隠し、表情すら見ることができない。男か女かもわからぬその人物の視線は、確かにネギたちを捉えていた。

 

 

「……」

 

 

 静かに、そして気が付かれぬよう気配を消し、ただただネギたちを見ているこの人物。アーチャーと名乗った転生者に見えるかもしれないが、それは彼ではなかった。何せアーチャーはバーサーカーなどと一戦を交えている。気配でバレてしまう可能性があった。

 

 故に、その彼らがまったく知らない人物が、ネギたちを監視していたのである。そう、この謎の人物もまた、アーチャーの仲間ということになるだろう。だが、今は監視のみに集中しており、特に何かをしようと言う感じでもなかった。まるで、何かを待っているような、その時に備えているような、そんな雰囲気でもあった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 ゲートが開く間、誰もが暇をもてあましていた。そんな時、夕映は暇を潰すためか、自分の知識を静かに語りだした。

 

 

「かつてケルトの民は、このような石柱(メンヒル)の立ち並ぶ丘の地底や湖の底や海の彼方に……」

 

 

 夕映が語りだしたのは、目の前にあるゲート、ストーンヘンジのような建造物についてだった。さらに、異界などの起源についても語りだしていた。

 

 

「で……、我々が今から向かう”魔法世界”ですが、そのような意味での”異界”に最も近く、またその起源も……」

 

 

 いやはや、非常に長いうんちくだ。夕映は未だに話したりない様子であり、このままでは何時間と語ったままになるだろう。

 

 

「ゆえゆえー、聞いてないよ?」

 

「何ですと!?」

 

「ほら早く! 時間だってよ!」

 

 

 が、そんな長いうんちくを聞くような連中ではない。それをのどかに言われると、夕映はショックだったのか大声を出して驚いた。びっくりするくらい誰ものってこなかった、とはこのことだろう。悲しいことだ。また、ゲートが開く時間が近くなったので、ハルナが二人に呼びかけていた。

 

 

「兄さん……」

 

「そういえばカギ先生、来なかったわね……」

 

 

 ネギも時間となったのでゲートのサークル内へと歩みだした。しかし、肝心のカギは一向に姿を現さない。ギリギリ間に合うのだろうか、むしろ今も寝ているのだろうか。ネギにはそんな不安がよぎっていた。

 

 アスナもネギを見て、カギが来なかったことを思い出した。確かに久々の自分のベッドで寝るというのは、なんとも言えない気持ちよさなのかもしれない。それでも約束どおり目を覚ますのが道理。間に合わなくともそれはカギの自業自得だ。仕方ないとも思っていた。

 

 

「全員、この第一サークルの中に集まれ。もうすぐゲートが開く時間だ」

 

「オー!」

 

 

 とりあえず時間となったので、アルスは周囲の子たちに号令をかけた。それに誰もが元気よく返事をし、悠々とサークル内へと集まっていった。

 

 

「うーむ……」

 

 

 だが、アルスは本当に魔法世界へ、彼女たちを連れて行って大丈夫だろうかと悩んだ。止められない流れだとしても、自分がここまで連れてきたにせよ、本当にこれでいいのだろうかと苦慮したのだ。

 

 これが”原作どおり”の流れであっても、かなり危険なことになると言うのはアルスが最も理解していることだ。こちらには一応強力な助っ人がいるとは言え、安心などできるはずがない。

 

 それに、自分たちのような転生者が、敵になる場合も考えていた。いや、確実に敵になるだろう、そこまで考えていた。

 

 すれば、どんな転生者が待ち構えているかわからない。特典は鍛えなければあまり役に立たない。鍛錬が足りない転生者のみなら、さほど苦労はしないだろう。が、そんな甘いことはないはずだ。アーチャーという男も、鍛え抜かれたというほどでもないが、ある程度鍛えている様子だった。

 

 それだけではない。敵となる転生者の数も未知数だ。大多数に攻撃されれば、こちらもただではすまない。とても厳しい戦いになるだろう。

 

 このゲートはそのあたりの空港よりも警備もチェックも厳重だ。そのような輩がいれば、すぐにわかるはずである。それでも、自分のような転生者ならば、入り込める可能性もある。ならば、すでにここに、そのような転生者がいるのではないか。

 

 そう考えたアルスは、すっと周りを見渡した。が、はっきり言って誰もが白いローブを纏った状態だ。その程度では、転生者を特定することなど不可能だ。それに、自分がまぎれるとするならば、きっと気配を消して見つからないようにするだろう。アルスはそう考え、大事にならないよう祈るしかなかった。

 

 

 しかし、やはりアルスの祈りは届かないようだ。”原作どおり”こっそりと付いてきた他の3-Aの少女たちが数人が、すでにネギたちを遠くから眺めていた。やはり、と言うか、何故か、と言うか、桜子が持つ未知数(EXランク)の幸運が、ここまで導いたのである。

 

 さらに、なんとあのまき絵、サークル内へと入っていくではないか。あやかは当然のこと、流石の美砂も止めようと叫ぶが、そんなことなどお構いなしに進むまき絵。どうやら裕奈がどうしてここにいるのか、問いただしたいようだ。

 

 また、裕奈と仲の良い亜子やアキラも、その後ろへとついていってしまった。さらに、あの夏美もこっそりとその後をついていったのだ。このままではまずいと考え同じく止めに入った三郎は、そのまま引っ張られる形でサークルの中へと侵入していた。あやかも三郎と同じことを考えたのか、まき絵たちを連れ戻すためにサークルの中へと入っていってしまった。

 

 

「むっ……、時間だ」

 

 

 だが、そこでついにゲートが開く時間となった。アルスはそれを察し、ぽつりと言葉を溢した。すると、なんという光景だろうか。突如としてサークル内の地面が一瞬で輝きだし、まるで蛍光灯の上に立っているような状況になったのだ。

 

 

「すごい! 地面が光った!」

 

「おー、ワクワクしてきた!」

 

「これが次元跳躍大型転移魔法ですか」

 

「ついに魔法世界デビューかー!」

 

 

 ハルナはその状況に驚き興奮し、和美も同じく期待を胸にして喜んでいた。それとは対照的に冷静にこの状況を分析するのは、当然この夕映だ。

 

 また、ハルナや和美と同じようにはしゃぐのは、裕奈であった。裕奈は生まれも育ちも麻帆良であり、魔法世界へ行ったことが一度もなかった。魔法使いの本国は確かに魔法世界にあるが、特に行く理由も必要もなかったからだ。故に、同じ魔法生徒の美空と違って、魔法世界へ行ったことがなかったのである。

 

 

 しかし、この発光現象で、慌てふためくものたちがいた。まき絵たちだ。彼女たちはすでにサークル内に入ってしまっており、この状況に慌てふためいていた。これはまずい、何かヤバイ。そう思ったがすでに遅い。どうしようか、どうしようか、慌てる少女3人。それをなんとか必死で何とかしようとする三郎とあやか。もはやどうしようもない状況だった。

 

 

「とうとう兄さんは来なかった……」

 

「まあ、もう一度開くように頼んでは見るさ……」

 

「すいません。兄さんの為に……」

 

「気にすんな。開くかはわからんしな」

 

 

 そして、カギがついに間に合わなかったことに落胆するネギがいた。本当ならば、魔法世界への一歩を踏み出したことを喜ぶ場面なのだが、肝心のカギがいないことを心苦しく思っていたのだ。

 

 そこでアルスは、カギのためにもう一度ゲートを開くように頼んでみるとネギへ話した。ネギはそんなことをしてもらってもいいのだろうか、と思いながらも、お願いしますと丁寧に頭を下げた。

 

 ただ、アルスもそれができるかはわからないと、苦笑しながら言葉にしていた。まあ、アルスはカギの父親であるナギの名前を出せば、ゲートを開いてくれるかもしれないとは思っていたのだが。

 

 

「来た来たー!」

 

 

 光はどんどん強くなり、サークルの上空には巨大な魔方陣が構築され始めた。

ハルナたちはもうすぐ転移だと喜びの声をあげながら、その上空を眺めていた。

 

 

「……」

 

 

 ただ、アルスや状助は非常に難しい顔をしていた。このまま何もなければよいが、そう考えながら、その光に呑み込まれてたのだった。

 

 それ以外にも、脱出を試みようとサークルの外へと走るまき絵たちの姿もあった。しかし、それは果たされず中断されることになってしまった。そう、彼女たちもこの光に飲まれ、消えていったからだ。

 

 ……こうして、ゲートの転移は無事に終わり、魔法世界へと足を進めたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 光が収まると、周りの景色は一変していた。芝生が生い茂げる草原だった地面は、硬い石作りの床へと変貌。綺麗な朝の日差しがまぶしい青空が見えていたはずが、どこかの建物の中なのか屋根や壁などで見えなくなっていた。

 

 

「あれ?」

 

 

 ハルナは移動の際に発生した発光と、衝撃に備えて目を瞑っていた。が、恐る恐る目を開けば、既に移動が完了しているではないか。

 

 

「もう着いたんですか?」

 

「ああ、着いたぞ」

 

 

 移動したことを体感できなかったハルナは、もう着いたのかとアルスへ尋ねた。アルスは平然とした態度で、着いたと答えた。何せ転移は一瞬で済むので、体で何かを感じたり移動したという実感がわかなかったのだ。

 

 

「ココどこなん?」

 

「ゲートポート、空港みたいな場所さ」

 

 

 また、木乃香は転移してきた今いる場所がどこなのかと考えた。それを同じくアルスへ聞けば、空港みたいな場所であるゲートポートだと返ってきた。そう、ここは魔法世界と全ての旧世界のゲートをつなぐ場所なのだ。

 

 

「……異常はないか?」

 

「今のところは特にはねぇっス」

 

「考えすぎであることを願うぜ……」

 

「俺もそう思うよ……」

 

 

 そこでアルスは状助の近くへ移動し、小声で話しかけた。今のところは何もないか、問題は発生してないか、敵の姿はないか確認しあったのだ。

 

 状助もそのあたりを警戒しているのか、キョロキョロ周りを見ながら問題ないと話した。アルスはこのまま何事もなく終わればいいとため息混じりで言葉にし、状助もそれに同意しながらうなだれていた。

 

 

「いや、いいね! 転送は!」

 

「ホント楽ー! 現実でも実用化しないかな」

 

「いやはや、なかなか摩訶不思議なものですな……」

 

 

 転移とはなんと便利なものだろうか。一瞬の内に他の場所から移動できてしまう。気が付いたら移動している。ハルナはこれは便利だと笑いながら語っていた。

 

 和美も同じ気持ちだったようで、これが麻帆良などでも使えればいいのに、と言葉にしていた。そして、その横でマタムネも、摩訶不思議な存在だというのに摩訶不思議なものだと、静かに述べていたのだった。

 

 

「あそこを上がれば入国手続き前に街を眺められるぞ」

 

「ホンマ!?」

 

「おぉ!」

 

 

 また、外に出るためには入国手続きが必要だ。それには多少時間がかかる。なので、その間に外が見れる場所で、魔法世界を堪能するのも悪くはないだろうと、アルスはその場所を彼女たちに教えてあげた。

 

 すると案の定、それに飛びついてきた。彼女たちはかなりの元気をもてあましているようだ。さらに、魔法世界の首都というものにも非常に興味を示していた。そんな彼女たちが、そのまま待っている訳もなく、黙っている訳もない。

 

 

「行ってきまーす!」

 

「お先ー!」

 

「待て待てー!」

 

「ちょっと待ってこのか」

 

 

 木乃香やハルナ、それに裕奈は、当たり前のように我先にとその展望台へと走り出した。まるで骨を投げ、それを追う犬のような素早い動きだ。

 

 それに続いて夕映やのどかもそちらの方へと走り出した。だが、アスナはそこで走り出した木乃香へと、待ったをかけた。

 

 

「近衛名義で席の予約してたんだから入国手続きを手伝ってほしいんだけど」

 

「そやったな!」

 

 

 このゲートの乗り入れに、近衛名義で予約していた。なので、入国手続きも当然木乃香がいなければならない。アスナはそれを木乃香へ話すと、木乃香も笑ってそうだったと言葉にした。

 

 

「んじゃ、ネギ先生もまずは杖などの受け取りを」

 

「ハイッ」

 

 

 アルスも入国手続きと同じように、杖や仮契約カードなどの受け取りをするようネギへと言った。ネギもそれに元気よく返事し、そちらの方へと歩いていった。

 

 

「で、これからどうするでござるかな?」

 

「何でもネギの父親の昔の仲間が迎えに来るっちゅー話やで」

 

「ほうほう」

 

 

 そして、楓は今後の予定についてを考えた。小太郎はそれに、ネギの父親であるナギの仲間が、ここまで迎えに来る予定だと話した。それなら問題ないだろうと、楓は思ったようである。近くで聞いていた古菲も、なるほどなるほどと頷いていた。

 

 迎えに来るナギの仲間、それはあのガトウだ。ガトウは色々訳があってメガロメセンブリアから離れることをしなかった。なので、一番近くにいる彼が、ネギたちを出迎える予定になっていたのだ。

 

 

 一方、展望台へと走ったハルナ、裕奈、夕映、のどかの4人は、その場所へと着く寸前であった。もうすぐだ、もうすぐだ。どんな世界が外に広がっているのか期待しながら、彼女たちはよりいっそう足を速めるのだった。

 

 

「ここを上がった先が展望テラスだって!」

 

「うっふっふー! 魔法の国の首都かー!」

 

「どんな風景が待ってるですかね」

 

「ワクワクするねぇ!」

 

 

 階段を上がりきった場所が展望台となっている。のどかはそれを話すと、ハルナは魔法の首都がどういうものなのかに興味を示すようなことを口走った。夕映も同じ気持ちのようで、はやく外を眺めたいと考えていた。裕奈も当然期待を膨らまし、はじめて見る魔法世界の街並みに興奮を隠せないでいた。その4人は急ぐ気持ちを抑えながら、必死に足を動かし階段を駆け上がって行ったのだった。

 

 

「到着!」

 

 

 そして、ようやくそこに辿り着いた彼女たちの目の先には、とても言葉で言い表せないような光景が待っていた。まさに桃源郷はここにあった、と言うには少し大げさだろうか。だが、それほどまでに、4人を感動させるには十分な景色だった。

 

 

「おおー!」

 

「すっすごい…!」

 

 

 そこには、まるでファンタジー、というような、普通は見ることができない街並みが眼下に広がっていた。空を飛ぶ鯨や魚介類。まるで中国の山奥のように、聳え立つ巨大な岩の柱。その上に建造されたファンタジックな建物。その下に立ち並ぶ円筒状のビル郡。全てが旧世界にはなかった、すさまじい光景であった。

 

 

「いい! いいね! 流石ファンタジー!」

 

「来てよかった!!」

 

 

 ハルナたちはその光景に、驚き、興奮し、喜びと達成感を感じていた。すごい、すごすぎる。まさにファンタジーな街並みは、彼女たちをいっそう元気にさせるには十分であった。来てよかった。来た甲斐があった。彼女たちは大いにはしゃぎ、その景色をマジマジと眺めるのだった。

 

 

「なんだ、現実とかわんねーな」

 

「何言ってんの! あれを見てよあれを!」

 

 

 しかし、それに異を唱えるものが、突如後ろから現れた。それは千雨だ。千雨もそのテラスへとやってきて、外の街並みを見たのである。が、その意見は淡白なもので、まるでつまらなそうな表情をしていたのだった。

 

 そんな千雨に、そんなことはないと叫ぶハルナ。あの光景が現実(リアル)と同じなんて、普通に考えればおかしいと、もっとよく見てくれとハルナは言った。

 

 

「鯨が空飛んでるじゃんか!」

 

「現実+空飛ぶ鯨だろ……」

 

「もー! 何でそんなに冷めてるのかなー!」

 

 

 鯨が空を飛んでいる。これのどこが現実的なのか。ハルナはそれを必死で訴えた。が、千雨はそれも否定する。ただの飛行機みたいなものが、鯨の形をして飛んでいるだけだと。そんな千雨にハルナもたじたじで、冷めすぎだと嘆いていた。

 

 

「確かに、少しひねくれすぎだと思うぞ」

 

「なっ! いつの間に!」

 

 

 すると、さらに後ろから男子の声が聞こえてきた。それはあの法の声だった。その横にはカズヤもおり、外の景色に興味を示していた。

 

 さらに法は千雨の乱暴な意見に、少しばかりひねくれているとたしなめた。そう言われた千雨は、突如後ろに現れた法に驚くのが精一杯だったようだ。

 

 

「なんだかんだと言っておきながらも、ここに来るということは、多少なりに興味があった証拠だろう」

 

「んな訳あるか!」

 

「本当にそうか?」

 

「……まあ、少しぐれーはあったかもな……」

 

 

 また、法は千雨もなんだかんだと言いつつも、魔法世界に興味があったのではないかと語った。でなければ、労力を使ってここまで外を眺めには来ないだろうと思ったからだ。

 

 千雨はそれを必死で否定した。そんなことはない。ありえないと。

 

 だが、法にさらに追求されると、千雨はそっぽを向いて、少しぐらいは興味があったのかもしれないと、法の言葉を肯定した。まあ、興味がまったくなければ階段を上ってまで、外を見ようなど思わないだろう。ほんの少しでも興味があったから、こうしてこの場所に立っているのだから。

 

 

「なーんだ! 千雨ちゃんもこーゆーのに興味あった訳だ!」

 

「確かに興味はあったさ。だけど見た瞬間失ったよ」

 

「何で!?」

 

 

 ハルナは千雨が魔法世界に興味があったことを知り、悠々とそれを叫んだ。しかし、千雨はやはりひねくれもものだ。見た瞬間に興味をなくしたと皮肉な笑いを見せながら言い出した。そんな千雨の暴言に、ハルナは嘘だろ……? という様子で驚き、いつもよりも大きな声で何故かと叫んだ。

 

 

「どうせ、ここも現実と同じでメンドーな世界が広がってるだけだぜ、どの道くだらねー」

 

「何でそういうこと言うの!」

 

 

 千雨は魔法世界にも現実と同じようなルールがあり、同じような悩みがあるんだろうと悟ったようなことを考えた。ならば、そこに違いなんかありはしないと持論を言い出した。

 

 それにハルナは、違うのだ! と言いたそうな顔をして見せた。そうかもしれないけど、もっと夢を見てもいいじゃないか、ハルナはそう思ったのだ。

 

 

「とは言うが、顔は薄ら笑みを浮かべているように見えるがな」

 

「ぬっ……うっせーな……」

 

 

 とは言う千雨も、うっすらと笑っているのだ。法はそれを鋭く指摘すると、千雨はテレながら、やさぐれたような声を出すことしかできなかった。

 

 

「まっ、どうでもいいけどよ。さっさと外出てぇぜ」

 

「慌てるな、今手続きしてもらっているところだ」

 

「んなもんあんのか。長谷川の言うとおりメンドーな世界ってのも間違っちゃいねーな」

 

 

 そんなことなどどうでもよさそうにするカズヤは、こんな場所で外を眺めるよりも、さっさと外に出たいと考えた。だが、外に出るには入国手続きが必要だ。それが終わらない限り、外に出ることはできないのである。

 

 それを法から説明を受けたカズヤは、なんと現実的なことかとつまらなそうに吐き出した。そんなもんがあるなら、確かに千雨の言うとおり、魔法の国とやらもファンタジーもクソもない、現実と変わらないのだろうと思ったのである。

 

 

 また、魔法世界(ここ)へと久々にやってきたことに、懐かしみを覚えるものがいた。エヴァンジェリンである。エヴァンジェリンとその従者である茶々丸も、しっかりとこの場所へと降り立っていた。

 

 ただ、チャチャゼロは殺人人形という扱いなので、とりあえず杖や仮契約カードと一緒にしまわれてしまっていたのだ。その時はとても汚い罵倒を吐きに吐いていたのだが、高い酒を飲ませるという約束をして、おとなしくしてもらったのであった。

 

 最近は日本に定住してしまっており、あまり戻る機会がなかった魔法世界。それに戻ると言えば基本的に、あの皇帝が治めるアルカディア帝国だ。魔法世界そのものは、エヴァンジェリンも久々なのである。

 

 

「久しぶりの魔法世界……か……」

 

「エヴァちゃん?」

 

 

 久々の魔法世界の空気に、エヴァンジェリンは昔のことをふと思い出しながら、小さく一言こぼした。アスナはそんなエヴァンジェリンへと、どうしたのだろうかと思い声をかけていた。

 

 

「いや、なんでもないさ」

 

「ふーん?」

 

 

 だが、エヴァンジェリンはしれっとした態度で、なんでもないと言葉にした。感傷に浸っているなど、ガラではないと思ったからだ。

 

 アスナはそんなエヴァンジェリンを、いつもよりも変な感じだと思った。まあ、それでも本人がそう言うのなら追求するのもヤブだと思い、とりあえず入国手続きを済ますことにしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 入国手絵続きを終え、後は武器の携帯の許可を取るのみを残すだけとなったネギ。流石父親が有名なだけあり、ネギに握手を求める職員の姿もあった。

 

 

「おーい、ネギ先生」

 

「え? なっ、何でしょうか!?」

 

 

 そんな時、アルスが急いでネギの下へとやってきた。とは言え、顔には多少余裕があり、本気で急いできたという感じではなかった。

 

 ネギは突然呼ばれたことに困惑し、何かしたのだろうかと思ったようだ。もしかしたらカギが来たのかもしれない、そういう期待もほんの少しだがあった。

 

 

「なんつーか、ゲートに密航者って言うか……、お前さんの生徒が来ちまってる」

 

「え!?」

 

 

 アルスはネギへ、どうして呼んだかを頭をポリポリとかきながら、悩んだ様子で説明した。先ほどの転移にて、ゲートへ密航者が現れたと。それはネギの生徒であると。そう言うアルスはまるで、ちょっとした子供のイタズラを見かけてしまった大人のような、そんな態度だった。

 

 しかし、彼は知っていた、このアルスはこうなることを予想していた。そして、アルスの内心は外見のように穏やかではなかった。はっきり言ってマズイ事態になってきた、そう思っていた。いや、多分こうなるんじゃないか、アルスはそう考えていた。が、こうなってほしくはなかったと、本気でそれを願っていた。

 

 また、ネギはそれに驚き、本当かどうかを確かめるべくそこへと即座に足を運んだ。本当ならば何とかしなければならないし、人違いならばそれで安堵するだけだ。

 

 

「あっ!」

 

「ネギくーん!」

 

「コレ一体どうなってるのー!?」

 

「あっ、ネギ先生……!」

 

 

 ネギや、ネギの近くにいた刹那やアスナがそこへ行けば、なんと本当にネギの生徒が数名の警備兵に囲まれているではないか。そこにいたのはまき絵、亜子、アキラ、さらにはあやかまでいたのだった。それにオマケのように、三郎がちょこんと座っていた。

 

 しかし、そこには彼女たちについてきていたはずの夏美の姿がなかった。なんと夏美はここへ転移した後すぐに、詳しく知ってそうな人にこの場所を聞くために、走ってどこかへ行ってしまったのだ。なので、それ以外の子たちがここで拘束されていたという訳だった。

 

 そして、まき絵と亜子は涙目になりながら、いったいどうしたらよいかわからないという様子だった。アキラやあやかも何がなんだかわからないという感じではあったが、とりあえず取り乱してはいなかった。

 

 ネギが近くまで来てそれに気がつき声を出せば、まき絵と亜子はそれにすがるような声を出していた。あやかはネギが姿を見せたことで、安堵した様子をみせていた。アキラは依然キョトンとした顔のままネギを見ており、三郎はむしろ状助を探すために周りを見渡していたのだった。

 

 

「まっ、まき絵さん!?」

 

「なっ! それと三郎もかよ!」

 

「え……? いいんちょ……? なっ、何で……?」

 

 

 ネギはまき絵たちがここにいることに、盛大に驚いた。普通は入って来れないゲートへ、侵入し、あまつさえゲートポートまで転移してきてしまっていたからだ。

 

 さらにそこへ状助が現れ、三郎の顔を見て驚いた。嘘だろ承太郎と言いたげな、そんな顔で驚いた。それ以外にもアスナまで驚いた。特にあやかがいることに、取り乱しそうになるほどに驚愕した。

 

 

「あっ、状助君」

 

「あっ、じゃあねーつぅのよぉーッ! 忠告しておいたじゃあねーかッ!」

 

「……ごめんよ……。止めたんだけど、止められなくて、成り行きで……」

 

 

 三郎は状助の登場を待ちかねていたかのように、その名を呼んだ。状助はそんな三郎に、忠告しておいたのに何やってんだこの野郎ッ! と叫んだ。大いに叫んだ。本気で叫んだ。

 

 そりゃそうだ。こうならないために、三郎に忠告をいれ、あまつさえ彼の近くにいる彼女たちを止めるように言っておいたのだから。

 

 三郎はそう声を荒げる状助へ、申し訳なさそうに謝った。いや、そのとおり、言われていたのになんという体たらくか。止めようと思ったし、実際止めようと頑張った。が、その結果がこれではなんと情けないことか。三郎は自分がなんとも情けない男だと、悔いた様子を見せていた。

 

 

「何でいいんちょまでも、ここにいるのよ……!」

 

「それは……、みなさんについていったら、何故かこうなってしまいましたわ……」

 

「……ハァ……、まあ、こうなるなんて予想してなかったのが悪かったわ……」

 

 

 アスナもあやかへと、どうしてここにいるのかと叫びたくなるのをこらえながらも、冷静な態度を装うように発言していた。

 

 あやかはアスナの言葉に、何か言いたそうにしながらも、それを喉の奥へと押し込ませ、適当ないい訳を話した。まさか本人の前で、アスナのことが気になったから、などと言える筈がないのである。

 

 アスナは目の前のあやかが縮こまり、ここへ来てしまったことを悪いと思っているのを見て、怒りを拡散しつつ小さくため息をついた。そして、こうなることを予想しなかった自分も悪かったと、反省しながら言葉にしていた。

 

 アスナもあやかがイギリスに来ることは知っていたし、そのぐらいは了承していた。だが、一般人のあやかたちが、厳重なゲートへの道のりをかいくぐり、ゲートを通過してしまうなど、考え付かなかったのである。故に、危険な場所へ行くからついて来るな、と強く言い聞かせることもなかった。それにより、こうなってしまったとアスナは考え、自分が浅慮だったと悔やんでいた。

 

 いや、本来ならありえないことだ。が、それをありえさせてしまったのは、あの桜子の幸運だった。自分のクラスメイトがこれほどまで、殊勝な人間の集まりだったとはと、いまさらながらアスナは思い知っていたのだった。

 

 

「オイオイオイ、グレートすぎるぜこの状況はよぉー……」

 

「うーむ、さてどうしたことやら……」

 

 

 状助は、この状況に焦りを感じていた。ほとんど原作どおりであるこの状況に、非常に危機感を覚えたのだ。

 

 アルスもさて、どうしたものかと考えた。彼女たちを旧世界へ返すのはまあ難しいことではない。ただ、その後の処置などを思慮しながら、腕を組んで悩んでいたのだ。

 

 また、木乃香や楓たちもこの場所へ戻ってきて、困惑するまき絵たちを少し離れたところから見ていた。木乃香たちも同じように、どうして彼女たちがここにいるのかわからず、混乱しそうになっていたのだった。

 

 しかし、その時、なんとも言えないすさまじい重圧(プレッシャー)が、彼らを襲った。

 

 

「……!」

 

「……おい……」

 

 

 アルスはそれにすぐさま気が付いた。なんだこの、鋭い殺気は。騒ぎで何かあったのかと顔を出したエヴァンジェリンも、当然それを察知していた。ただ事ではない、この圧倒的な威圧感(プレッシャー)を。

 

 

「何だ……? この重苦しい空気は……」

 

「……チッ……」

 

 

 アルスは冷や汗をかきはじめ、何かマズイことが起こると予感した。何者だろうか、敵か、転生者か。誰かがこちらを狙っている。そうとしか考えられない、そんな空気を感じていた。

 

 エヴァンジェリンも、面倒なことになりそうだと考え、自然と舌打ちをしていた。いや、そうなることを予想してついてきていたエヴァンジェリンだ。が、それでもスムーズにことが進むことを願っていたのは事実だ。戦うことなど、面倒がない方がよいと思うのは当たり前だからだ。

 

 

「……警備兵、外部へ連絡を」

 

「それはどういう……?」

 

「急げ! 何が起こるかわからんぞ!」

 

 

 アルスはすぐさま近くで待機していた警備兵へと指示を出した。しかし、その指示は防衛ではなく、外部との連絡だった。何故ならここの警備兵では、()()()()()()()()()()()には歯が立たないからだ。さらに言えば、戦闘になった場合、この場所と外部が遮断され、連絡が取れなくなることを、アルスはあらかじめ知っていたからだ。

 

 ここにはナギの仲間が、ネギを迎えに来る手はずになっていた。その人物は、既に外にいるかもしれない。だが、外部と遮断されてしまえば、その人物が応援に来ることはないだろう。故に、まずは外への連絡の確保こそ最優先だと、アルスは考えたのだ。

 

 そんなアルスの心境がわからない警備兵は、一体何事なのかと困惑していた。アルスは戸惑う警備兵へ、大声で叫び急いで連絡するよう呼びかけた。

 

 

「おいおい、何焦ってんっスか!? 冗談きついっスよぉ~……」

 

「冗談だったら笑い話で終わるだけだ。いや、その方がいっそいい……」

 

 

 状助は、アルスの態度を見て、同じく嫌な汗をかきながらも、ギャグだよな? と聞いて現実逃避らしき行動をとっていた。状助とて、この状況がまずいことを理解している。が、そうなって欲しくないという願望が、彼をそうさせていたのだ。

 

 アルスは焦りを堪える状助へと、それならよかったと語った。アルスも状助と同じように、平和に終わればよしと思っていたからだ。面倒なことになった、面倒なことは嫌いだというのに、そう愚痴を思いつつも、これからヤバイことになるぞ、と改めて焦りを感じていた。

 

 

「茶々丸……、貴様も自分のクラスメイトを守れ。私はそう守ってはいられそうにないぞ……」

 

「……マスター?」

 

「わかったな?」

 

「……了解しました」

 

 

 さらにエヴァンジェリンも、茶々丸へと命令を下した。自分のクラスメイトを守れと。そして、自分は守りに徹することはできないだろうと、ぽつりと語った。この緊張感、何か強大な力を持ったナニカがいるに違いない。エヴァンジェリンはそう睨んだからだ。

 

 ただ、茶々丸は未だ実質的な実戦経験がない。確かにネットワーク上での戦いや模擬戦は行ったが、こういったことは一度もなかった。なので、この緊迫した空気を読み取れず、エヴァンジェリンの指示を一瞬理解できずにいた。

 

 エヴァンジェリンは苦虫をかんだような表情で、もう一度茶々丸へ言った。今は何も聞かず命令に従え、そう言う雰囲気を出しながら。

 

 茶々丸は突然臨戦態勢となり、鋭い表情となったエヴァンジェリンを見て、理解せずともそうしなければならないことを理解した。何かが危ない。危険が迫っている。それだけは間違いなく理解していた。

 

 

「お前ら! 戦えるものは戦えない子たちを守れ!」

 

「え? 一体何が……」

 

 

 アルスも、アスナやネギへと指示を出す。戦えるものは戦え、戦えないものは固まれと。しかし、ネギもこの状況に戸惑い、何がどうしたのかわかっていなかった。

 

 そも、ここのネギは大きな実戦経験がほとんどない。本気で戦ったのは悪魔と転生者のマルク、そして、同じく転生者のビフォアの時だけだ。そのせいか、この刃のように鋭い空気も、多少なりと感じてはいても、それが危険なものなのかを判断できずにいたのだ。

 

 それに、ここでのネギは()()()()()()()()()()()()()()。原作ならば京都にてフェイトと交戦し、その力を垣間見て、この場所でその存在を察知することができた。が、ここのネギはそれができない。それが一番ネギの感覚に大きく左右していたのである。……最も、ここにフェイトがいるはずもないのだが。

 

 

「刹那さんも何か感じたみたいね……」

 

「ええ……」

 

「この感じは……、まさか野郎か!?」

 

 

 ただ、アスナや刹那はこの尋常ではない空気を認識し、すでに臨戦態勢となっていた。だが、武器はここにはなく魔法の箱に封印されてしまったままだ。この封印箱はどんな魔法も攻撃でも、開錠ができない特殊なものだ。

 

 

「ネギ先生……、その箱を渡して」

 

「え? はっ、はい!」

 

 

 しかし、アスナは自分の魔法無効化(ちから)ならば、それを開錠できるかもしれないと考えた。故にネギからそれを渡してもらい、受け取ったのである。

 

 

「緊急事態だから、許してね……!」

 

 

 アスナは封印箱に力をこめると、なんと開いたではないか。通常ならばありえないことだが、アスナはどんな魔法も無効化できる。なので、そのありえないことすらもやってのけたのである。そして、それを見て驚き慌てる警備兵などを無視し、武器や仮契約カードを回収し各々の使い手へと渡したのだ。

 

 

「ありがとうございます」

 

「お礼は後、今は……」

 

 

 アスナのすぐ近くにいた刹那は、愛刀を受け取りながら礼を述べた。だが、アスナはそんな礼よりも、攻撃の可能性に備え集中しようと言葉にした。刹那もそれを言葉でなく視線で理解し、コクリと頷くと再び集中力を高め、警戒をはじめた。

 

 木乃香にも当然、覇王から貰った青銅製の扇子を受け取っていた。しかし、シャーマンとしての修行はしていたが、こういった状況にはまったく慣れておらず、とりあえず危険が迫っていることだけ察した程度であった。

 

 ネギも杖を受け取ると、どうしたんだろうか、という顔をしつつも、何か危ないことが起こるのだろうか、と頭をめぐらせた。ならばやるべきことは一つだ、生徒を守る。そう考えたネギは、即座に意識を切り替え、警戒を開始した。

 

 同じく、巨大な風魔手裏剣を渡された楓は、刹那と同じようにこの威圧感を察していた。何か来る。そう理解した楓は、その武器を受け取ると、すぐさま臨戦態勢へ映ったのだった。

 

 エヴァンジェリンやアルスにも当然触媒が存在する。どちらも杖代わりの指輪があり、アスナはそれを二人に投げると、どちらもしっかりキャッチし、指にはめた。

 

 それとは別にエヴァンジェリンには、もう一つ奇妙な杖があった。”デバイス”と呼ばれる杖だ。普段はカード状になっているそれを受け取ると、すぐさま展開し、即座に使えるようにしたのである。

 

 それだけではない。あのチャチャゼロも、やっと開放されたという様子で飛び出したのだ。

 

 

「アー狭カッタゼー」

 

「御苦労チャチャゼロ」

 

「ヒデーコトスルゼ御主人」

 

 

 チャチャゼロはエヴァンジェリンへと文句を垂れながら、狭い箱から出て来れたことを喜んだ。ようやくついたのか、随分長い間しまわれていた気がする。そう思いながら、シャバの空気を感じていた。

 

 そんなチャチャゼロへ、エヴァンジェリンは労いの言葉をかけた。チャチャゼロはそれに対しても、鬼か悪魔かと愚痴っていた。いや、エヴァンジェリンは吸血鬼、鬼なのかもしれないが。

 

 

「とりあえず話は後だ」

 

「オイオイ、出テ来テスグ仕事カヨ……」

 

「悪いとは思うがな。後で存分に酒を飲ませてやる」

 

 

 が、この緊迫した状況で、のんびりと再開を愉しむ暇もない。エヴァンジェリンは即座にチャチャゼロへと”凍る世界”を内包し、術具融合を生み出した。

 

 魔力が溢れる感じを受けたチャチャゼロは、早速仕事か、休ませろという態度を見せた。そんなチャチャゼロへエヴァンジェリンは、褒美をくれてやるから今は黙って言うことを聞けと、静かに述べた。

 

 

「ナライイカ。箱ノ中ヘ詰メ込ンダ分モ忘レルナヨ?」

 

「わかってるさ」

 

 

 まあ、そこまで言うのであれば文句はない。それと箱にしまわれていた分もお忘れなく。チャチャゼロは多少やる気を出した様子で、それを言い放った。

 

 エヴァンジェリンもニヤリと笑いつつ了承の一言でそれを片付け、臨戦態勢を整えた。何が出るか、狼か、蛇か、熊か、あるいは竜か。まだ見ぬ敵へ、警戒心を強めていたのだった。

 

 

 しかし、夕映やのどか、ハルナや裕奈の分の杖は、本人たちがまだ展望台から戻って来ていないのでどうしようもなかった。だから、とりあえずその分の仮契約カードや杖は、その場においておくことにした。

 

 

 また、刹那の近くにいたバーサーカーも、この状況を把握していた。なので、すぐさま刹那の横で霊体化を解き、周囲を警戒しはじめたのである。

 

 さらに、ある人物の気配を察知し、ソイツが現れたのではないかと予想していたのだ。野郎、とバーサーカーが呼んだ相手、それは転生者のアーチャーだ。

 

 バーサーカーはアーチャーと、何度も交戦していた。故に、人間でありながらサーヴァントの素質を持つアーチャーの、独特の気配を知っていた。だからこそ、アーチャーの気配を察知し、そのアーチャーの姿を探しだしたのだった。

 

 

「え!? 何!? 何!?」

 

「いったい何が起こるんですの!?」

 

 

 しかし、まき絵やあやかたちは、この状況にまったくついてこれていない。そも一般人の彼女たちが、この空気や状況を理解できるはずがないのだ。そんな彼女たちを囲うように、アスナと刹那と古菲、それに茶々丸が立ちはだかっていた。

 

 

 すると、どこからともなく声が聞こえた。それは男の声だった。男は冷静に状況を分析し、”原作”と差異が少ないことを把握した。

 

 

「ふむ、”原作通り”ではないが、概ね似たような状況のようだな……」

 

 

 そう、その男こそ、アーチャーだ。このアーチャー、なんということか、ゲートポートにて待ち伏せをしていたのだ。そう、最後の事件を起こすため。原作どおりことを進めるため。この場所で虎視眈々と待っていたのだ。

 

 

「ならば、最初の一手を放つとしよう」

 

 

 すると、アーチャーは大きく飛び上がり、その姿を彼らの前に晒した。そして、弓と一本の剣を投影すると、その剣を矢にするように構えだしたのだ。

 

 

「これはあの時の!? マズイぞ!!!」

 

 

 バーサーカーはあの武器が危険なものだと理解していた。あの剣は投げて爆発させることができる。いや、あのアーチャーだからこそできる技だ。また、あの剣自体、すさまじい力を持っている。何とかしなければ、そう思った直後、別の攻撃が彼らを襲った。

 

 それはすさまじい雷撃の嵐。雷系の魔法だ。まさに一瞬の隙を突く形で、その雷電の暴威が襲い掛かってきたのだ。なんということだろうか。敵はアーチャー一人だけではなかったのである。

 

 

「ガッ!」

 

「何……!?」

 

「くっ……!!」

 

 

 かろうじてそれをアスナや刹那はそれを防いだが、無防備だった警備兵たちはそれを受けて倒れ伏せてしまった。死んではいないがもはや虫の息。立ち上がることさえできない状態にまでされてしまっていた。さらに、それに彼らが気を取られたがために、アーチャーの凶行を許してしまったのだ。

 

 

「我が錬鉄は崩れ歪む……」

 

 

 その剣は突如として細くなり、まるで矢のような形となった。そのままゆっくりと弦を引き、アーチャーはその矢を放った。

 

 

「しまった……!」

 

 

 矢の向かった先。それはやはりネギのいる場所だった。誰もが気が付いた時には遅かった。ネギはアーチャーの矢を右肩に受け、それが右肩を貫通していたのだ。

 

 おびただしい血が噴出すも、ネギは一瞬のことで何が起こったのか理解できなかった。そして、気が付いた時には、ネギはその冷たい床に前のめりに倒れこんでしまった後だった。

 



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百二十三話 踏み外された一歩

最悪強者転生者軍団


 アーチャーの凶弾はネギの肩を貫いた。その場所からはおびただしい赤き血が噴出し、ネギは前のめりに倒れこんだ。もはや一瞬の出来事で、その誰もが目を疑い、または驚くだけで叫ぶことすらできなかった。

 

 ネギはしまったと思った。隙を突かれる形だったが故に、障壁すらはれなかった。その暇すらなかった。そう思った時には、すでに、アーチャーの矢が、肩に深々と突き刺さっていたのだ。

 

 

「ネッ……、ネギ!」

 

「ネギ先生!」

 

「ぅ……」

 

 

 アスナや刹那は、その数秒もしないうちに我へと返り、ネギの名を叫んだ。だが、ネギは返事すらできないほどの痛みで、完全に動けないでいた。

 

 いや、今のネギには杖がある。治癒の魔法が使えるのだ。それを考え、行動しようとした時、すでにそれを実行しようと動いていたものがいた。

 

 

「ッ! クレイジー・ダイヤモンドッ!!!」

 

「!」

 

 

 なんと、誰もが一瞬動けなかったその場で、いち早く動くものがいた。その男子はその光景を見た直後、すぐさま走り出しネギの下へと辿り着いた。

 

 それは状助だ。状助はこうなることをすでに予想していた。だからこそ、彼はここについてきた。このために、こうするために。

 

 状助はネギに刺さった矢を抜き取り、その自分のスタンド、クレイジー・ダイヤモンドの腕を伸ばし、能力を開放した。すると、ネギの肩の傷はみるみるうちに消え去り、完全になくなったのだ。そう、服に開いた穴までもだ。

 

 

「ふむ、やはりアレの特典(のうりょく)は……」

 

「予想通りか……」

 

 

 ステンドグラスの装飾を背景に立ち尽くす謎の集団。すさまじい威圧感だ。黒、白、青、多様な色のローブなどで正体を隠したものたちが、アーチャーの左右で待機していたのだ。

 

 そこでアーチャーとその一味は、それをまじまじと眺めていた。淡々と、冷静に、状助の能力を分析していた。また、その横には、ウェールズのゲートにいた白いローブの人物が立っており、アーチャーの意見に同意する様子をみせた。

 

 それ以外にも、アーチャーは冷静な目で、目の前の敵を分析していた。そして、最も強敵となりえるであろう覇王がいないことを見て、聞いて、知って、心底ほくそ笑んだ。

 

 覇王はアーチャーが見た中で、最も強い転生者だ。アレと戦うとなれば、こちらも相当消耗するだろう。いや、かなりの痛手となるはずだ。そう考えていたアーチャーは、覇王がいないということを、内心喜んでいた。

 

 ただ、意外なことにエヴァンジェリンがこの場にいたのは計算外だった。あのエヴァンジェリンが、魔法世界へとついて来るとはアーチャーも思っていなかったのだ。

 

 それでも、それをさほど気にする様子はない。こちらは強力な仲間を用意した。覇王を想定した、最強に等しい仲間たちを。故に、それをエヴァンジェリンに当てれば問題ないと考えた。そうすれば問題なくうまくいく、アーチャーはそう考えていた。

 

 

「オイオイオイ……。ガキに不意打ちたァよぉ~……。ちぃーッとばかし大人げねぇんじゃあねーですかねぇー……。あぁ?!」

 

「状助!!」

 

 

 状助は、その集団へと睨みつけた。相手がネギとは言え所詮は子供。そんな子供相手に本気で不意打ちなど、恥ずかしくないのかと、状助は唸るような声で言い放った。アスナはそんな状助へと声をかけ、そこへ向かおうと足を動かした。

 

 

「おいアスナ! 受け取れよ!!」

 

「え!?」

 

「何!?」

 

「行くぜッ! ドラァッ!!!」

 

 

 しかし、状助はそんなアスナへと、受け取れと叫んだ。一体何がだろうか、アスナはそれに気を取られ足を止めると、状助はなんとクレイジー・ダイヤモンドの腕を使い、ネギを掴んでそちらの方へと投げつけたのだ。

 

 

「うわっ!」

 

「ちょっ! ハッ!!」

 

 

 ネギも突然のことで理解できなかったが、アスナはなんとか投げられたネギをキャッチして見せた。状助はそれを見て満足すると、再びアーチャーへと鋭い視線を送りつけた。

 

 

「かかってくるんならよぉー……、受けて立つぜコラァ!!!」

 

「ふむ……、さてどうするかな」

 

 

 もはや怒りの一色。状助は本気でキレていた。そんな怒れる状助を、静かに冷徹に眺め、次の行動を考えるアーチャー。確かにあのスタンドは驚異的だ。破壊力などではない、その修復能力がだ。

 

 

「ヤツの相手は俺がしよう……」

 

「行ってくれるか?」

 

「問題ない……」

 

 

 すると、アーチャーの横から一歩前に出るものが現れた。白いローブの謎の人物。ゲートを渡ってきたアーチャーの仲間の一人。アーチャーはこの人物との合流を待っていた。

 

 この白いローブの人物は、静かに口を開いた。あのクレイジー・ダイヤモンドのスタンド使いの相手ならば、自分が適任だろうと考えたようで、自ら名乗り出たのだ。その声は男のもので、渋く重みのあるものであった。

 

 アーチャーもこの人物ならば問題ないと考え、それを頼んだ。謎のローブも自ら名乗り出たので、問題ないと語り、頷いて見せた。

 

 

「なら手はずどおりに……!」

 

「散!」

 

 

 そして、アーチャーは仲間たちへと指示を出し、号令を放つ。すると集団は一瞬にして散り散りとなり、課せられた使命を全うすべく動き出した。

 

 

「来るぞオオォォォッ!!!」

 

「やっぱこうなったか……!」

 

 

 状助は大声で、敵が攻撃を開始したことを叫んだ。アルスもこうなって欲しくなかったと思いつつも、やはりと言った顔で臨戦態勢となっていた。

 

 

「なっ!?」

 

「何!?」

 

「チィ!!」

 

 

 が、一瞬だったが遅かった。敵の攻撃はすばやかった。非常に迅速かつ的確だった。黒いローブの敵の謎の魔法により、楓は一瞬にして黒い球体の塊へと封じられた。小太郎も、大きな帽子で顔を伏せた白い敵の剣術により、一瞬にして眠らされた。さらに、アルスも青いローブの人物に押され、この場から離されてしまった。

 

 

「えっ!? 楓!? コタロ!? くっ!」

 

 

 アスナは一瞬の出来事に驚き、あの二人が簡単にやられてしまったことを理解できずにいた。しかし、そんなアスナへと黒いローブの男が襲い掛かった。アスナはとっさに攻撃を防ぎ、そのまま一対一へと追い込まれてしまったのだ。

 

 

「思ったよりすばやいな……!」

 

 

 また、エヴァンジェリンも敵の動きが予想以上のものだったことに戦慄し、どう動こうか悩んでいた。エヴァンジェリンが戦えば、あの黒いローブの男と白い帽子の女の二人ならば倒せるだろう。

 

 だが、アルスをこの場から引き剥がした、青いローブの敵。あれはかなり厄介な相手だ。エヴァンジェリンはそれを瞬時に理解した。あの状助へと攻撃を開始した白いローブの男。あれも相当な相手だ。どちらにせよ、危険な相手に間違いはない。

 

 不安要素はそれだけではない。それ以外にも敵が潜んでいる可能性を、エヴァンジェリンは考えていた。いや、確実にそれはいる。そして、それはすさまじい力を持った相手だと、エヴァンジェリンは確信していた。

 

 故に、エヴァンジェリンは行動しようとせず、とりあえず背後の戦えない少女たちを魔法障壁で守護しつつ、戦局を見極めることにしたのだ。

 

 さらにエヴァンジェリンは、すでにあるひとつの事を試していた。”デバイス”と呼ばれる杖での結界構築だ。それを行えば周囲は結界に包まれ、無関係な一般人をはじくことができ、自分も含めて本気で暴れられると考えたのだ。

 

 だと言うのに、まるで変化がない。試した、は過去形だ。すでに行った後だ。つまり、何らかの方法により、それすらも封じられているということだ。

 

 エヴァンジェリンは敵の巧妙さと準備のよさに苛立ちを覚えつつも、はやりそうかと考えていた。これほどまでの大胆な行動は、明らかに用意がされてなければ無理なことだ。すでに、この場所は外部とも切り離されているのだろう。

 

 エヴァンジェリンもこれを打ち破るには、少し骨が折れると考えた。それをさせてくれるとも思っていなかった。なので、とりあえず、この戦いを見てどう行動するかを考えるしかなかったのだ。

 

 それ以外の木乃香や古菲も、行動せずにまき絵たちを庇うかのように立っていた。古菲は拳法の構えをしたまま待機しており、木乃香もすでにO.S(オーバーソウル)を展開し、前鬼と後鬼も防御の構えで配置し終えていた。

 

 

「テメェら!!! ガキになんてことしやがる!!!」

 

「あのサーヴァントか……!!」

 

 

 そんなことなど悩まず、すでに攻撃を仕掛けたものもいた。バーサーカーと刹那だ。バーサーカーはアーチャーがネギを攻撃したことにかなりキレていた。許せなかった。子供が好きで子供を守ると豪語するバーサーカーにとって、先ほどの光景は非常に許せないものだった。そして、ネギを狙ったアーチャーへと標的を絞り、攻撃を仕掛けたのである。

 

 アーチャーも何度か顔を合わせたバーサーカーに、やはり来たかという顔をして見せた。バーサーカーと打ち合い何度も敗走したアーチャーにとって、バーサーカーは驚異的存在である。が、今回は正面からクソ真面目に戦う必要がない。倒すことが勝利条件ではないアーチャーは、余裕の態度を崩さない。

 

 そう、このアーチャーの勝利条件は、このゲートポートの要石の破壊だ。原作どおり、完全なる世界の仲間の一人が、すでにそれに取り掛かっている。わからぬようこっそりやっているため、誰もそれに気がつかない。

 

 むしろ、ネギたちは今、アーチャーらの攻撃のせいで、それどころではないのだ。つまり、アーチャーははじめから時間稼ぎのために戦っているだけなのである。

 

 

「!」

 

「フッ!!」

 

 

 しかし、そこにいたのはバーサーカーだけではない。刹那はアーチャーの横から剣を振り下ろし、すでに攻撃を仕掛けていたのだ。アーチャーはその攻撃に気づき、とっさにかわしてみせた。流石英霊の特典(ちから)をもらっただけの事はある。

 

 

「二人がかりか……。これは手厳しい……」

 

「何故ネギ先生を……!」

 

「そちらには理解できぬ理由だ」

 

 

 アーチャーとて、この二人を同時に相手をするのは厳しい。アーチャーとしての能力を貰ったが、未だ完全につかいこなせてはいない。それでもなお、アーチャーは不敵に笑っていた。勝算があるのだろうか、とにかく余裕があった。

 

 また、刹那はアーチャーがネギを狙った理由を叫んで尋ねた。何か大きな意味があるのか、それともただの攻撃か。どちらにせよ、許されない攻撃ではあったが。

 

 それにアーチャーは答える気はなかった。もとより答えても理解できないと思っていたからだ。アーチャーの目的は”原作厳守”、”原作に近づけること”だ。そのために、ネギを一度狙っただけに過ぎない。

 

 いや、実はそれだけではない。あの状助の能力が、本当にクレイジー・ダイヤモンドかを確かめるという理由も存在したのだ。

 

 

「それに……」

 

「なっ!」

 

「刹那!」

 

 

 アーチャーはぽつりと言葉をこぼすと、不意に投影した白と黒の夫婦剣、干将・莫耶を刹那へと投げつけた。刹那はそれを剣で斬ろうと考えたが、その瞬間二つの剣は爆発したのだ。

 

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。アーチャーの切り札の一つ。剣は魔力のある限り何度も投影できる。一度見せて警戒させれば、相手はうかつに動けなくなる。一々何度も爆破せずとも、うまく立ち回れば時間を稼げるというものだ。

 

 バーサーカーはその爆発を見て、刹那が無事かどうか叫んだ。してやられた。このアーチャーは本来は最終手段でしかないそれを、簡単にやってのける。それこそがアーチャーの強みだ。

 

 

「今回は別に、貴様らの相手をする必要はないのでね……!」

 

「くっ……、補充できる武器、そして武器の爆発……」

 

「ああ……、なんとも厄介な攻撃だぜ!」

 

 

 だが、刹那は無事であった。何故なら、事前にバーサーカーからこうなることを聞いていたからだ。故に、剣が爆発する手前で、瞬動を使って後ろへと下がっていたのだ。

 

 そして、刹那はバーサーカーの横へと移動しており、そのアーチャーの攻撃法の恐ろしさを説いていた。バーサーカーもあの攻撃は中々厄介だと戦慄していた。何せ、武器が爆発することを警戒しつつ戦わなければならないからだ。さらに、それが何回できるか、バーサーカー側にはわからないからだ。後数回なのか、無限なのか、知ることができないからだ。

 

 

「そうだ。私は弓兵(アーチャー)だからな」

 

「言うじゃんか!!」

 

 

 アーチャーは嫌味たらしく笑っていた。不敵かつ、腹立たしい笑みだ。そう、接近戦などにこだわらなければ、勝ちはせずとも負けることもない。アーチャーはそれを理解していた。

 

 バーサーカーはそんなアーチャーに、心底腹立たしく思っていた。が、アーチャーの戦法それ自体を卑怯とは思ってはいなかった。持てるものすべてを使って戦うのは当然だからだ。それでも、それでもバーサーカーはアーチャーを許さない。目の前でネギを撃ち抜いたからだ。

 

 

「フン!」

 

「チィ!!!」

 

 

 再びアーチャーは白と黒の夫婦剣を投影、バーサーカーと刹那へ放り投げた。すでに突撃していたバーサーカーは、それを警戒するようにバックステップ。さらにアーチャーは夫婦剣を増やし投げる。合計4本の夫婦剣は宙を舞い、互いに惹かれあうように飛び交った。

 

 

「バーサーカーとて、そう簡単には近づけまい……!」

 

「ヤロウ……!」

 

 

 これでは思うように動けない。バーサーカーと刹那は少し焦りを感じていた。この白と黒の剣が、いつ爆発するかも知れないという圧力。剣を砕くことも可能だが、その瞬間を狙われる可能性もある。警戒すれば警戒するほど、泥沼へ沈んでいくような感覚にバーサーカーも刹那もとらわれてしまっていた。

 

 

「バーサーカーさん、宝具の使用は……!?」

 

「場所が悪すぎるってもんだ……! こんな場所で使えば地面が吹っ飛んでまっさかさまだ!」

 

「だろうな。地の利を得たぞ、とはこのことだ!」

 

「ハッ、だったら天地をひっくり返してやっからよォ!!」

 

 

 刹那は逆転の一手を模索した。そこでバーサーカーの宝具のことを思い出し、それをバーサーカーへ尋ねた。しかし、バーサーカーもそれを考えなかった訳ではない。使えばある程度有利になることだって可能だ。

 

 それでもバーサーカーには宝具の使用を躊躇する理由があった。それはこの地形だ。ゲートポートのゲート部分はまるで円形テーブルのような形になっている。

 

 そんなところで宝具を発動し、地面に叩きつければどうなるだろうか。答えは難しくはない、地面が崩壊し周りを巻き込むという最悪のものだ。バーサーカーはそれを恐れ、宝具が使用できないでいたのである。

 

 アーチャーはそれを知っていたからこそ、余裕の態度だった。皮肉な笑いを浮かべながらが、こちらが有利だと言葉にしていた。だが、バーサーカーとてこのまま終わりはしない。宝具がなくとも、このアーチャーを倒せる力があるのだから。

 

 

 そのアーチャーと刹那、バーサーカーとの戦いの近くで、別の戦いがあった。状助と白いローブの人物だ。状助はクレイジー・ダイヤモンドの拳を高速で打ち出し、白いローブを殴り飛ばそうとしていた。

 

 

「ドラララララララララアアァァァァッ!!!!」

 

「ふっ!」

 

 

 打撃、打撃の嵐、打撃の暴風雨。すさまじい拳の豪雨が白いローブへと突き刺さる。しかし、白いローブの相手もまた、それに対応し、回避、あるいは受け流していた。

 

 

「何だコイツは……! まるでダメージが通った感触がしねぇ……ッ!」

 

「……」

 

 

 だからと言って、クレイジー・ダイヤモンドの本気のラッシュを全てかわせるはずはない。ものの数発ではあるものの、確かにその砲弾のような拳は白いローブの相手に突き刺さっていた。

 

 だが、なんだというのだろうか。まるで状助は手ごたえを感じていなかった。何かおかしい、何か秘密がある。状助はそれに気がつき、その正体を見破ろうと模索していた。また、白いローブの男は沈黙したまま、ひたすらにクレイジー・ダイヤモンドの拳を受け流し、避け続けていたのだ。

 

 

「いい加減正体を見せろやコラァッ!!!」

 

「ほう」

 

 

 状助はクレイジー・ダイヤモンドでその敵の、白いローブを引きちぎった。敵は素直にその行動に感心した声を出していた。それは余裕から来るものではない。単純に、自分の動きに対応し、それを行ったことに対する賞賛だ。しかし、状助がローブの下に見たものは、想像を絶する恐ろしい特典だった。

 

 

「こっ! コイツはぁ……ッ!!? ”シルバースキン”だとォォォッ!!!」

 

「理解したか?」

 

「マジかよグレート……!」

 

 

 その武装錬金(とくてん)の名はシルバースキン。ジャンプで掲載されていた漫画『武装錬金』に登場する、作中最強の防御を持つ”武装錬金”だ。

 

 銀色に輝くテンガロンハット、またはカウボーイハットのような帽子とコートのようなジャケット。いかなるダメージをもシャットアウトする無敵の防護服(メタルジャケット)

 

 また、シルバースキンの立った襟とハットで顔が隠れて見えないが、その鋭い眼光は確実に状助を捕えていた。その鋭さは猛獣を思わせるような、そんな目つきだった。

 

 この武装錬金の特性は、衝撃に対して瞬時に金属硬化、そして再生。それ以外にも、装着すればどのような過酷な状況にも耐え、宇宙空間すら活動可能となる。

 

 さらに、ジャケットの破壊にはそれ相応のパワーが必要であり、破壊したとしても即座に修復するすさまじいものだ。故に、どんな攻撃をも跳ね除ける最強の防御なのだ。

 

 が、逆を言えば攻撃性能はまったくないに等しい。つまり、この武装錬金は防御こそ最強だが、攻撃は己の力のみに頼らざるを得ないのだ。

 

 ただ、この目の前のシルバースキンの男が選んだ特典(ちから)はそれではない。キャプテンブラボーの能力。それがこの男の選んだ特典(ちから)

 

 武装錬金の登場人物であるキャプテンブラボーは、攻撃性能のないシルバースキンを使いこなすため、すさまじい戦闘能力を有していた。恐ろしいことに、チョップで海を割り、ジャンプで上空へ飛び上がる。人間離れしたすさまじい肉体の持ち主だった。

 

 その特典(ちから)を鍛えて、鍛えて、鍛えて、鍛え続けたのが目の前の男。当然人間を超越した身体能力を獲得しているだろう。

 

 しかもだ、この世界には”気”と言う力が存在する。生命の力とも称されるこの”気”をうまく使えば、さらなる戦闘力の向上が可能だ。そして、この男の第二の特典(ちから)は、その”気”を操る才能だったのであった。

 

 

「だがよぉーッ! 攻略の手はなかぁーねぇぜッ!!」

 

「試してみろ」

 

「そうさせてもらうぜッ!!」

 

 

 それでもなお、状助はクレイジー・ダイヤモンドの拳を休ませない。状助はこのシルバースキンの突破口を知っている。攻略の方法を知っている。

 

 ならば、その手を使って倒すほかない。だから状助は、何度も何度もクレイジー・ダイヤモンドの拳を、目の前の銀の外郭の男にぶち込むのだ。

 

 そんな状助を冷静な目で見るこの男。その目の鋭さは、もはや獲物に狙いを定めた猛禽類のものだ。余裕の態度を崩さずに、状助へとそれをやってみろと挑発する。

 

 

「ドララララララララララララララララアアァァァッ!!!」

 

「ヌオオオララアアァァァァァッッ!!!」

 

 

 状助はその挑発を受け、さらにクレイジー・ダイヤモンドの拳を加速させる。なんというすさまじいラッシュ。その拳のスピードはまるで疾風だ。その拳のパワーはまるで機関車だ。その拳の衝撃はまるで機関砲だ。

 

 だが、防護服(メタルジャケット)の男も負けてはいない。同じぐらいすさまじいラッシュをたたき出して見せたのだ。これぞ、特典(ちから)の原典であるキャプテンブラボーが操りし13の(アーツ)の一つ、”粉砕! ブラボラッシュ!!”だ。

 

 

「何ィィッ!? クレイジー・ダイヤモンドのラッシュをラッシュではじきやがっただとォォッ!!?」

 

「お前の連打を上回る連打ならば、返せなくはない。それに、空気の流れで大体わかる……」

 

「なんてグレートな野郎だ……! コイツはヘヴィだぜ……」

 

 

 しかも、なんとこの防護服(メタルジャケット)の男、クレイジー・ダイヤモンドの拳を狙うかのように、ラッシュを打ち込んできた。状助もこれには戦慄した。何せスタンドはスタンド使いにしか見えない。ということは、目の前の男は、スタンドが見えないのにも関わらず、己の拳とクレイジー・ダイヤモンドの拳を打ち合わせていたのだ。

 

 男は息切れもせず、疲れも見せず、再び静かに口を開いた。クレイジー・ダイヤモンドのラッシュが見えないのなら、それ以上のラッシュを浴びせるだけだと。さらにクレイジー・ダイヤモンドの拳が巻き起こす風で、その拳の位置を把握できると言い出したではないか。

 

 状助はこの目の前の男がとんでもない相手だったことを、再度認識させられた。強い、強すぎる。スタンドがあるからとか、ないからとか、攻撃が効くとか、効かないとか、そんなチャチなものではない。

 

 この目の前の男は、最強の防御(シルバースキン)がなくとも、己の肉体だけで十分な強さを持っている。少なくとも、スタンド(クレイジー・ダイヤモンド)を使うしかない自分よりは、ずっとずっと強いと、状助は思い青ざめていた。

 

 

「どうした? 攻撃しないのならこちらから行くぞ!」

 

「なっ! やべぇッ!!」

 

 

 防護服(メタルジャケット)の男のすさまじさに、状助は一瞬身動きが取れなくなっていた。圧倒的すぎる。桁が違いすぎる。別物すぎる。どれほどの鍛錬を目の前の男は積んだのか、状助にはわからない。どうしてそれほどの力を得たのか、状助にはわからない。

 

 だが、はっきり言えることがある。今、この場において最も危機的状況なのは、ネギやアスナや、他の誰でもない、東状助本人だということだ。

 

 一時的に攻撃が中断されたことを見た防護服(メタルジャケット)の男は、音もなく構えを取り、ならばと状助へ向け攻撃を開始した。状助はハッと意識を切り替えたが、すでに遅い、遅かった。男はすさまじい勢いで、その腕を振り下ろした。

 

 

「”両断! ブラボチョップ”!!」

 

「ウオオオッ!!!」

 

 

 13のブラボー(アーツ)が一つ。海を、まるでモーゼのように割ってみせるほどの手刀(チョップ)。その切れ味はいかなる剣や刀よりも鋭く、破壊力は鋼鉄すらも容易く砕き、大地を割るほどであろう。

 

 状助は慄いた。これを喰らえばただではすまない。いや、確実に”死”が待っているだろう。この技を受けたならば、きっと体は真っ二つ。無残な肉塊へと変わるだろう。それだけは、勘弁だ。ゴメンこうむるというものだ。

 

 

「スタンドで受けたか……」

 

「ぐっ……。なんつーパワーだ……。だがよぉ!!!」

 

 

 ドグシャアッ! そんな音が聞こえただろうか。間一髪状助は、その男の攻撃をクレイジー・ダイヤモンドで受け止めた。それでもクレイジー・ダイヤモンドが踏みしめる地面は砕け散り、その足は床へと数センチもめり込んでいた。状助と男を一直線に描くように、ゲートの床にはヒビが入り、もう少し男が力を込めていれば、間違いなく砕け折れていたであろう。

 

 防護服(メタルジャケット)の男は、淡々とした声で、状助が今の技を防いだことを口にした。そこに多少の驚きがあったが、それ以上に当然か、という感じであった。スタンドはスタンドでしか破壊できない。この武装錬金を用いても、スタンドを負傷させることは不可能だ。

 

 また、男は状助がスタンドで防いだことを感覚で理解した。スタンドはスタンド使いにしか見えないため、突如として見えない何かに阻まれたのを見て、スタンドの腕か何かでガードしたと思ったのだ。

 

 状助はなんとかそれを防いだことに安堵していたが、ただでは済んでいない。その衝撃は間違いなく状助を蝕み、全身にダメージを与えていた。確実にその攻撃はスタンドで防ぐことができた。しかし、手刀(チョップ)で発せられた衝撃だけは、防ぎきれなかったのだ。

 

 だけど、だけれども、状助は止まらない。止まってなどいられない。負けられない。負けるわけにはいかない。武装錬金は闘争心を昂ぶらせることで、性能が向上するという。それはスタンドも同じだ。

 

 スタンドも本体の精神の状況に左右される。怒りなどによって、性能が引き上げられることだってあるのだ。ならば、それならば、同じことをすればいい。闘争心を昂ぶらせ、クレイジー・ダイヤモンドの攻撃をさらに、さらに激しく荒々しくすればいい。

 

 

「うおおおおおッ!! ドラララララララララララララララアアァァァァッ!!!」

 

「ぬう!?」

 

 

 状助は渾身の力と精神力で、クレイジー・ダイヤモンドを操った。先ほどよりも強烈で激烈なラッシュが、防護服(メタルジャケット)の男へと襲い掛かった。その暴威、もはや激しく大地に降り注ぐ、巨大な雹そのものだ。何千箇所からも放たれるショットガンの弾丸の嵐だ。

 

 その攻撃には、流石の男もひるんだ。思いのほか、男の考えていた攻撃よりも、その攻撃は強烈だった。何とか体勢を立て直した男は再び反撃へと移ろうとするが、クレイジー・ダイヤモンドの拳は勢いを増すばかりだ。

 

 

「ドラアアッ!!!」

 

「グッ!?」

 

「どうだ! これで!!」

 

 

 ドグオォォォンッ! 大砲が直撃したのではないかと錯覚するほどの轟音。ラッシュの最後の、最大までパワーを溜めたクレイジー・ダイヤモンドの拳が、男の顔面へと突き刺さる。これには防護服(メタルジャケット)の男もたじろぎ、小さく唸った。ダメージはないだろうが、その勢いに圧倒されたからだ。

 

 すると、シルバースキンは全て弾ぜ、男の周囲に細かな六角形のパーツとして散らばった。そして、ついにシルバースキンの内部があらわになった。状助はそれを待っていたといわんばかりに、歓喜の声をもらした。

 

 そうだ、シルバースキンの攻略法は一つ。破壊したシルバースキンが再生する前に、その内部の使用者を倒すことだ。覆っていたシルバースキンが全て弾けとんだ、今こそがチャンス。状助は再びクレイジー・ダイヤモンドの拳を、男目がけて振りぬいた。

 

 

「なっ……」

 

「”これで”……、どうするつもりだ?」

 

 

 だが、状助はそこでぴたりと拳を止めてしまった。何があったのだろうか。状助は未だ健在だ。スタンドだって問題なく動かせている。ならどうしたというのか。

 

 答えは簡単だ。さらに戦慄することが発生したからだ。目の前の光景にゾッとしたからだ。それは一体なんだ。

 

 それも簡単な答えだった。目の前の男のシルバースキンは、確実に分解された。砕け散った。弾ぜた。周囲に飛び散っていた。

 

 ああ、それでも、目の前男のシルバースキンは健在だった。故に、男はこういう。攻撃はどうした? 続けないのか? と。挑発する様子でもなく、ただ、静かに、冷徹に、男はその言葉を発していた。

 

 状助は、その光景を見て一瞬だがフリーズしたのだ。衝撃的な事実に、動揺したのだ。だから攻撃の手が止まってしまったのである。何故? どうして? どういうことだ? 状助は一瞬それを考えていたからこそ、手が止まったのだ。そして、即座にそれを理解した。

 

 

「だ……ッ”ダブルシルバースキン”ッ!!?」

 

「そうだ。これこそ最強の防御、”ダブルシルバースキン”!」

 

「マジかよ……ッ!」

 

 

 ダブルシルバースキン。防護服(メタルジャケット)の重ね着。シルバースキン・A・T(アナザータイプ)。ダブル武装錬金。使用者が一つではなく、二つ武装錬金を使用した時に発現する、アナザータイプの武装錬金。

 

 目の前の男は、なんと、なんと、武装錬金の触媒たる”核鉄”を二つも持っていた。いや、”キャプテンブラボーの能力”を特典で貰った時に、オマケとして”二つも核鉄”を貰っていたのだ。弾けたシルバースキンの中から出てきたのは、海賊船長のような形の新たなシルバースキンだったのである。

 

 

 二つのシルバースキンによって、唯一の弱点を補った状態。この状態では、もはやどのような攻撃も通用しない。状助がたじろいでいる内に、外装のシルバースキンが修復を完了した。

 

 防護服(メタルジャケット)の男は、高らかに宣言した。そうだ、これが、無敵のダブルシルバースキン。いかなる攻撃ももはやこの男には通じない。これほどの絶望があるだろうか。

 

 状助も、この状況に絶望しかけていた。マズイ、マズイぞ。やばすぎるぞ。ダブルシルバースキンを打ち破るには、一人では無理だ。一対一では不可能だ。確実にもう一人、助けが必要だ。この男とタイマンをはられた時点で、すでに、ああすでに、状助は詰み(チェックメイト)にはまっていたのだ。

 

 

 そんな激しい戦いが周囲で繰り広げられている中、目の前が現実かどうかさえ追いつかないものがいた。

 

 

「何これ……」

 

「一体何が……」

 

 

 まき絵とあやかの二人だ。一般人である彼女たちは、この状況がまったく理解できなかった。ドッキリなのか、はたまた映画の撮影か。どうなっているのかわからなかった。

 

 

「さっ、三郎さん……」

 

「大丈夫、ただのイベントか何かさ」

 

「……う、うん……」

 

 

 また、亜子は三郎に寄り添い、恐怖一色の表情をしていた。ネギが貫かれた瞬間を、血を見たからだ。そんな亜子へと、優しくささやく三郎。彼もそれしかできなかったのだ。

 

 しかし、亜子の不安は晴れない。あのネギが貫かれた光景、どこかで覚えがあったからだ。思い出してしまったからだ。夢だったのだろうか。現実だったのだろうか。それは曖昧ではあったが、確かに記憶にあった光景だ。あの時、学園祭の二日目で、横で必死に安心させようと笑う三郎が、謎の光に貫かれた、その光景が。

 

 忘れていた。今まで忘れていた。何で忘れていた? わからない。だけど、あの時の光景は鮮明で、現実味に溢れていて。実際存在した出来事だったのかもしれないと、亜子は目の前の状況を見て考えてしまったのだ。

 

 

「まさか……、刃牙が言ってたコトって……」

 

 

 同じようなものが、そのすぐ横にいた。同じく血に染まった戦いを目撃したことがあった、アキラだ。アキラも学園祭の二日目で、兄貴分の刃牙が、肩を貫かれ血まみれとなっていたのを見ていた。そういうことが存在するということを、知っていた。

 

 だが、そんなことは問題ではなかった。アキラは今、とてつもなく後悔していた。しはじめていた。その刃牙が忠告してくれたことを、ここにきて思い出したからだ。その内容を、その意味を、眼前の戦いで理解してしまったからだ。

 

 刃牙はこう言っていた。”変な場所へは行くな”。そう言っていた。確かにそう言った。その”変な場所”と言うのは()()()()()()()()()()()

 

 いや、間違いない。そうに違いない。そうアキラは考えた。ならば、刃牙の忠告を無駄にしたことになる。なんてことをしてしまったんだろう。アキラはそう思い、自分の先ほどの行動を悔やみ始めていたのだった。

 

 

「マスター! みなさんを……!」

 

「……そうしたいが、何か嫌な予感がする……」

 

 

 この現状をどうにかしようと、茶々丸は叫んだ。マスターであるエヴァンジェリンへ、助けを求める声を。しかし、エヴァンジェリンもこの状況は芳しくないと考えていた。それでも動かない理由、それは予感だ。ここを離れて敵を倒すのは構わない。だが、どうにも晴れぬ胸騒ぎが、エヴァンジェリンを引きとめていた。

 

 

「嫌な予感……ですか……?」

 

「そうだ、だから治癒できるものは温存する必要がある……、私含めてな……」

 

 

 茶々丸には、エヴァンジェリンの抱く不安が理解で来ていない。なので、それを再び尋ねていた。エヴァンジェリンはその通りだと答え、何かあった時の為に、力を温存しなければならないと話した。また、治癒できるものは、特にそうしなければならないと、そう考えていた。

 

 チャチャゼロも依然、術具融合状態でエヴァンジェリンの横で待機させられていた。周囲の戦いを観察して、自分も敵を切り刻みたいなー。そう思いながら、あえて静かに戦いを眺めつつ、防御を行っていた。

 

 

「くっ……僕も……!」

 

「少年は生徒を守れ! それが教師というものだろう!?」

 

「そうよ! 怪我が治ったからって無理しないで!」

 

 

 ネギもまた、この状況を何とかしようと考えていた。戦おうと思っていた。この状況をなんとかしなければ、どうにかしなければ。必死に考え足掻こうとしていた。

 

 だが、肩を貫かれ、クレイジー・ダイヤモンドで治癒されたばかりだ。だからエヴァンジェリンはそこで、むしろ自分の生徒を守れと指示した。先生として、非力な生徒を護らなければならないからだ。

 

 さらに、先ほどのことで混乱していたアーニャもようやく落ち着きを取り戻し、戦いに駆り出そうとするネギを止めようとしていた。あれほどの怪我と出血の後なのだから、無理はいけない。やめてほしいと。

 

 

「……わかりました……!」

 

「それでいい」

 

 

 それにどの道、あの集団をネギが相手をしても、正直言えば勝てるとは考えられない。ネギもそれを理解していた。自分がいかに非力だということを知っていた。悔しいが、とても悔しいが、それが現実だ。

 

 それでも自分ができること、それは後ろの生徒を護ることだ。だからこそ、ここを離れる訳には行かない。ネギはしっかりそれを認識し、魔法障壁を使用した。その顔は決意に溢れたものだった。エヴァンジェリンはそんなネギの表情を見て、不敵な笑みを見せていた。

 

 

「近衛木乃香、古菲、貴様らもここで待機だ。いいな?」

 

「……はいな」

 

「了解アル」

 

 

 また、エヴァンジェリンは同じように治癒が可能な木乃香にも、この場で待機、および防衛を支持した。木乃香も古菲も、言われなくともすでにそれを理解し、行動していた。なので、当然のようにエヴァンジェリンの指示に、冷静な声で返事をし、従った。

 

 

「アンナ・ココロウァ、貴様もここで待機だ」

 

「……はい」

 

「後、貴様は何があろうともここを動くな。いいな?」

 

「わかりました……」

 

 

 エヴァンジェリンは、当然近くでネギの心配をするアーニャにも指示を出した。絶対に、何があってもここを動くなと。それはアーニャの身を案じてのことだった。何かの拍子で攻撃が飛んでくるかもしれないし、新たな敵が現れ襲ってくるかもしれないからだ。

 

 アーニャも、今自分ができることなんて何もないとわかっていた。戦うなんて無理だし、下手に動いて足手まといになるのも嫌だった。昔ならきっと飛び出して行ったかもしれないが、今はそこまで愚かじゃない。

 

 それに、アーニャは外見はなんでもない様子だが、内心恐怖を感じていた。アーニャとてこういう場面と言うのは初めてだ。周りで命のやり取りを行っているのを見るのははじめてだ。

 

 それでもアーニャは持ち前の根性で、それを悟られないように取り繕っていた。何もしないのでは駄目だと思い、ネギと同じように魔法障壁で防御を行っていたのだった。

 

 

 状助やアスナたちが戦っている場所から、多少離れた場所にて、アルスも同じく戦っていた。ゲートポートの、ゲートの端。誰もいないこの場所で、アルスは青いローブの敵と戦っていた。

 

 

「ちぃ! テメェら! 何でこんなくだらんことをする!!?」

 

「さあ?」

 

「”さあ?” だと!?」

 

 

 アルスはこの襲撃の意図は何かを聞き出そうと、得意の”雷の投擲”を用いて戦いながら、敵へとそれを尋ねた。

 

 が、あろうことか、目の前の青いローブの敵はどうでもよさそうだった。

故か、簡単に、簡潔に、つまらなそうに、少女のような、されど可憐で凛々しい感じの声で、冷淡に短く答えただけだった。

 

 それにアルスは激怒した。では、こんなことをする必要はないはずだ。なのに襲ってくるなど、狂ってるとしか思えない。アルスはそこに怒りを感じた。投げやりな態度に腹が立った。

 

 

「だって、私にはどうでもいいことだもの」

 

「ふざけるな!」

 

 

 青いローブの敵はアルスの魔法を楽々と回避し、再び口を開いた。アルスの怒りの表情をまるで本当につまらない、取るに足らないものを見るような目で眺めながら。自分には興味がないから、くだらないから。そう発していた。

 

 アルスはさらに怒りに燃えた。ならば、ならば襲うなどするな、ふざけるなと。その怒りは魔法の射手や雷の投擲となりて、青いローブの敵へと叩き込まれた。すさまじい数の魔法だ。100を超える魔法の射手と、10を超える雷の投擲が、無詠唱でいっきに青いローブの敵に襲い掛かったのだ。

 

 

「なかなか鍛えているようだけど……」

 

「なっ!?」

 

 

 だが、青いローブの敵は、それをいとも容易く避けた。いや、避けたのではない。一瞬にしてアルスの懐へと入り込み、強烈な蹴りをくりだしていたのだ。

 

 アルスは驚いた。目にも留まらぬ、いや、まったく見えなかったから。青いローブの敵の今の動きが、まったく感知できなかったからだ。その青いローブの敵の、鋭く尖った切っ先のような、槍の穂先にも見えるその足のつま先が、アルスに突き刺さっていた。

 

 否、ギリギリだったが、アルスはそれを防御していた。小さく、そして強固な対物理魔法障壁で、なんとか防ぎきったのだ。

 

 

「ガアッ!?!」

 

「その程度じゃ、私には勝てないわ」

 

「アグウゥッ……、なんという膂力……だ……」

 

 

 それでもその衝撃だけは殺せない。串刺しにならなかっただけましではあったが、アルスはそのブルドーザーの馬力のような力により、吹き飛ばされたのだ。

 

 さらに、壁に衝突したアルスは、背中に強い衝撃を受け、肺の空気を全て吐き出し苦痛の声をあげていた。衝突した壁にはクレーターができており、そこを中心に無数の亀裂が入ってるのを見れば、その衝撃の強さをうかがい知ることができるであろう。

 

 そして、口から真っ赤な液体を吐き出し、その真下の地面へと前のめりに倒れこんだ。だと言うのに、痛みを耐えながら青いローブの敵を睨みつけた。

 

 

 青いローブの敵は、片足を持ち上げた構えを見せながら、可憐な声で残酷に述べる。それじゃ無理だ、勝ち目はないと。弱い、弱すぎる。こんな相手ではつまらない。そう思っていそうな雰囲気を出しながら、アルスをかったるそうに眺めていた。

 

 青いローブの敵は、見たところ長身に見えた。しかし、それは違っていた。その長く尖った足の装甲が、そう見せていただけだった。あの敵は小柄だ。声や口調を考えれば少女のようだ。そんな相手だと言うのに、なんという恐るべきパワーだろうか。尋常ではないその力は、明らかに少女のそれではなかった。

 

 アルスは青いローブの敵の、凶悪な膂力(パワー)に戦慄していた。これほどの力を出せるのは、人間だというのだろうかと。どんな特典を貰ったら、これほどの力が出せるのだろうかと。

 

 

「テメェ、一体どんな特典を……?!」

 

「教えると思う?」

 

「……だよな……」

 

 

 アルスは少し離れた場所で、見下した視線を向ける青いローブの敵へと一つ尋ねた。それは”特典”は何を選んだということか、だ。

 

 これほどの強力な力、ただ適当に選んだ訳ではないはずだ。だとすれば、すさまじい、おぞましい特典を選んだに違いないと、アルスは考えたのだ。

 

 が、当たり前のことだが、特典を他人に教えるはずはない。いや、これが”踏み台転生者(かませ)”なら悠々と豪語し、自分の特典のすばらしさを説いただろう。目の前の相手が自分よりも弱いことを理解した調子に乗った転生者なら、冥土の土産に語っただろう。

 

 しかし、この青いローブの敵は、かなり警戒心の強い人間だった。そうやすやすと、たとえ相手が死に掛けた犬だろうが、自分の特典を教えるほど愚かではなかったのだ。

 

 アルスもそこにはうすうす気がついていた。目の前の相手が”踏み台”ではないことを、すでに理解していた。あわよくば、勝ち誇って特典を教えてくれればいい、そう考えていたアルスは、やはりそう易々とは教えてはくれないか、と苦笑をもらしていた。

 

 

「まっ、そのまま寝てるのなら、私は何もしないであげてもいいけど?」

 

「……ソイツはどうも……」

 

 

 そんな時、青いローブの敵は、依然アルスを見下したまま、一つ提案を出した。それはなんと、アルスがここで倒れているのなら、自分も動かないでいてやる、ということだった。

 

 青いローブの敵は、この作戦に乗り気ではなかった。どうでもよいと最初に言った言葉は嘘ではない。なので、時間さえ過ぎればそれでよいと思っていた。時間が来るのを待っていればよいと考えていた。だから、アルスがそこで倒れたままでいれば、それを監視しているという名目でサボれるのではないかと考えたのだ。

 

 アルスはその提案に、やはり苦笑いで答えた。いやはや、なんと優しい提案だ。これ以上痛い目を見なくてすむんなら、確かにすばらしい提案だ。優しすぎて涙が出てくる。敵ながら慈悲深いもんだと、アルスは皮肉を交えて思っていた。

 

 

「まぁ……、だがな……」

 

「……まだ立つの? 寝てればいいのに……」

 

 

 そこで、アルスは再び手足に力を入れ、ゆっくりと、ゆっくりと立ち上がった。いかに相手が強大であろうとも、アルスは戦う意思を失ってはいなかった。

 

 壁に衝突した痛みに耐えながら、苦痛を我慢しながらも、アルスは立ち上がって見せた。唇に垂れた血を拭い去り、射殺すほどに、その強い闘志の宿った目で、青いローブの敵を睨みつけながら。

 

 それをやはり面白くないものを見るような目で眺める青色のローブの敵。今の一撃でかなりボロボロのはずなのに、まだ動けるのかと、むしろある意味関心していた。このまま寝ていれば、もう痛い目を見ずに済んだのに。提案を呑んでいれば、今以上に苦しまずに済んだのに。そう思いながら、ため息を吐きつつ見下していた。

 

 

「当たり前だ、俺だって負けてられねえのさ!」

 

「そう。なら簡単に壊れないでくれる?」

 

 

 アルスにだって意地ぐらいある。この程度で負けていられないという、強い気持ちが彼を立ち上がらせていた。ここへは覚悟してやってきた。ネギたちを無事に帰らせると誓った。だから立ち上がる、立ち上がるのだ。

 

 そうやって強がるアルスに、青いローブの敵はほんの少し興味が沸いたようだ。その興味とは、まるで新しいおもちゃを目にしたような子供のような、そんな残酷なものだった。

 

 何もせず暇を潰そうと思ったが、それは無理なら諦めよう。だったら、目の前の相手が壊れる寸前まで弄ぼう。青いローブの敵はそう考え、ニヤリと笑い、今度は獲物を見定める目で、アルスを見ていた。

 

 

「簡単に壊れたら面白くないから……!」

 

「それはこっちの台詞だぜ!」

 

 

 だから、何度も立ち上がって見せて。あっけなく砕けないで。面白おかしくいじめてあげるから、すぐには折れないで。青いローブの敵は、残忍な笑みをローブの下から覗かせながら、そう言葉にした。

 

 だが、アルスはむしろ、それは自分が言いたい台詞だと吐き捨てた。哀しいぐらい不利なはずなのに。明らかに危機なのに。それでも強がりを言えるぐらい、アルスの精神状態は余裕で満ち溢れていたのだ。

 

 

 また、アスナも黒いローブの敵と激戦を繰り広げていた。アスナはハマノツルギを用いて黒いローブの敵が操る、黒い泥のような魔法や、影で編み出した鞭のような魔法をはじきながら、周りに気を使い戦っていた。

 

 

「ハアッ!!」

 

「……!」

 

 

 この戦いで優位に立っているのはアスナだった。黒いローブの男は、()()()()()()魔法使いタイプである。よって、魔法を無効化することが可能なアスナは、天敵ということになる。さらに、アスナは咸卦法などで身体能力を強化し、とてつもない戦闘力を持っていた。はっきり言って、黒いローブの敵はアスナに押されているのが現状だった。

 

 しかし、この黒いローブの敵、()()()()()()この程度ではない。が、それでも本気を出さず、この状況に甘んじているのには、やはりこの戦いが時間稼ぎでしかないからだ。

 

 

「どいて!」

 

「……」

 

 

 それでもアスナは必死だった。早く敵を倒し、状助へ加勢したいと思っていた。状助はスタンドと言う謎の力を使うだけの、ただの人間だ。自分のように強くはない。

 

 それに、クレイジー・ダイヤモンドは状助自身を治せない。何かあればそこでお終いだ。なので、今はまだ戦っている状助の助太刀をしたいと、そう考えていたのだ。

 

 そんなアスナの考えなど知らずか、黒いローブの敵はしつこくアスナへまとわりついた。通じない魔法を叩き込み、またはアスナの防御不可能な斬撃をかわしながらも、アスナにぴったりくっついて戦っていたのだ。

 

 

「苦戦してはりますなぁ~」

 

「もう一人!?」

 

 

 だが、そこにはもう一人、敵が存在した。もこっとした大きな帽子をかぶった、白い敵だ。白い敵は長刀と短刀の二刀流の使い手のようだ。

 

 ゆるい感じの言葉使いで、気の抜けるような声で黒いローブの敵が押されている現状を述べた。そんな声は、なんということか、アスナの後ろから聞こえてきたのだ。すでに、アスナの背後へと回り込み、その刀で切り込む直前だったのだ。

 

 

「ウチの奇襲をこうもあっさりと……。お姫様も随分とおいしそうやわぁ〜」

 

「この人……!」

 

 

 アスナはとっさにそれを回避。ハマノツルギで受け止めはじき、黒いローブの敵と白い敵との距離をとった。仕切り直しという訳だ。また、白い敵は回避されたことに、高揚感を感じた様子で喜んでいるではないか。目の前のこの敵、アスナには見覚えがあった。まさか、まさか、そう考えながら、再び両者は激突するのであった。

 

 

 一方状助は、未だに防護服(メタルジャケット)の男と戦っていた。もはや勝利は絶望的。どんな攻撃を行っても、目の前の男は倒せない。それでも、状助は諦めない。クレイジー・ダイヤモンドの拳を休ませない。

 

 

「ドラララララアアァァッ!!!」

 

「……お前はよくやった。もう諦めろ」

 

 

 クレイジー・ダイヤモンドの拳が1000本もあるかのように見えるほどの、すさまじい速度でラッシュをくりだす。が、その攻撃すらも、シルバースキンの前では無力だった。破壊、再生が永延と繰り広げられるだけで、一向に防護服(メタルジャケット)の男にはダメージがはいらないのだから。

 

 もはや防護服(メタルジャケット)の男も、状助の必死さに哀れみを感じたのか、もうやめろと言い出した。無駄なことはもうよせ、体力の、精神力の無駄だと。

 

 

「ふざけたことをほざくじゃあねぇぜ!!」

 

「……ならば本気の一撃だ。耐えてみろ」

 

「やってみろよコラァッ!!!」

 

 

 それでも状助は諦めない。無駄だの無理だの勝手なことを言うんじゃあない。たとえ相手がダブルシルバースキンで防御を固めようが、それを突破すればいい。状助はその小さな、小さな、本当にわずかな、ミクロ単位の希望にすがっていたのだ。

 

 そうか、防護服(メタルジャケット)の男は小さく頷き、静かに口を開いた。次の攻撃は渾身の一撃だ。それを耐えて見せろと。状助はその言葉に、むしろ挑発的に叫んでいた。

 

 

「一・撃・必・殺……」

 

「なっ!? 何ッ!? 速……」

 

 

 すると、急に防護服(メタルジャケット)の男の動きが変わった。不動、まるで山のごとくどっしりと構え、さほど動かなかった目の前の男が、突如としてその場から動き出した。

 

 しかも、その動きは雷電のごとき速さ。そう、防護服(メタルジャケット)の男は瞬動を用いて、瞬間的に加速、移動を行ったのだ。

 

 状助はそのスピードに対応できず、一瞬防護服(メタルジャケット)の男を見失った。が、なんとかギリギリで男を発見し、クレイジー・ダイヤモンドで防御を試みた。直感が、これを受ければヤバイと、警告を鳴らしていたのだ。

 

 

「”ブラボー正拳”ッ!!!」

 

「ぐっ! うおおおおおおああああああッ!!!」

 

「ほう、耐えたか。だが……!」

 

 

 防護服(メタルジャケット)の男は、腰を深く下ろし、拳を溜めるように引き込む。そして、瞬間的かつ爆発的に、その拳を前へと突き出した。ブラボー(アーツ)が誇る最高の破壊力。最大の一撃。ブラボー正拳。それを受ければ状助とて、ただではすまない。きっと命を落とすだろう。

 

 その凶悪で強烈な一撃を、状助はなんとか受け止めきった。クレイジー・ダイヤモンドの拳をクロスさせ、それを盾にして受け止めたのだ。しかし、しかしだ。その拳は状助には届かなかったが、地面をも砕き破壊するほどの衝撃波だけは消えなかった。

 

 その衝撃を全身で受けた状助は、後方へと数メートル吹き飛びながら、苦痛の声を叫んでいた。そして、なんとか着地し、体勢を整えようとしていた。

 

 だが、その時、防護服(メタルジャケット)の男は耐えたことに関心した声をもらしたのと同時に、再び瞬動で超高速移動を行い、状助の視界から消えたのである。

 

 

「一・撃・必・殺……」

 

「野郎!? 速すぎるッ! 背後だとッ!? すでにッ!?」

 

 

 なんだ、このスピードは。状助は驚きながら、周囲を見回した。男はどこだ、敵はどこだ。恐怖と焦りで嫌な汗を流しながら、防護服(メタルジャケット)の男の位置を、必死に探した。すると、どことなく男の声が聞こえた。あのブラボー正拳の溜めの台詞だ。

 

 

「うおおおおおおおおおッ!!?!」

 

「”ブラボー正拳”ッッ!!!」

 

 

 ハッとした状助は、とっさの判断で振り向くと、すでに、ああすでに。防護服(メタルジャケット)の男は、状助の背後へと回り込み、拳を突き出し始めたのだ。

 

 ゆっくり、ゆっくりと動く拳を、状助は見ていることしかできなかった。そこで危険を感じ叫ぶことしかできなかった。否、実際は音よりもすばやい拳の動きだ。アドレナリンが大量に分泌されているのか、その動きがゆっくりに見えているだけだ。

 

 

「ガフッ……!」

 

 

 そして、防護服(メタルジャケット)の男はその技の名を叫ぶと、男の拳が状助の脇腹へと突き刺さった。背中ではなく脇腹に命中したのは、状助がそれを回避しようと、体をひねったからだ。

 

 すると、状助の体からは、バギボギベギッという非常におぞましく、ヤバイ音がした。骨が何本かへし折れた音だ。状助はそこで大量の血を口から吹き出し、衝撃とともに吹き飛ばされた。

 

 吹き飛んだ状助は、何度か地面にたたきつけられ、数回転がった。そののちに、床を血で染めながら前のめりに倒れこみ、ピクリとも動かなくなったのだった。その惨状やいなや、まるで大型トラックに跳ねられたバイクのごとき姿だった。

 

 

「じょ……」

 

 

 アスナはその瞬間を見ていた。状助が防護服(メタルジャケット)の男の餌食となったその瞬間を。アスナは目を開き、その現実に衝撃を受けていた。状助が一撃で、血まみれとなって床に転がったからだ。

 

 

「状助!!!」

 

 

 アスナはそこで状助の名前を、悲痛な声で叫んだ。動かない状助に、大きな声で呼びかけた。だが、状助は動かない。指一本すら動かない。

 

 

「状助君!?」

 

「状助!」

 

「東さん……?」

 

 

 また、転がって動かない状助を見た三郎も、彼の名を叫んだ。木乃香も状助の血に染まった姿を見て、彼の名を大声で呼んだ。

 

 あやかは、ボロ雑巾のようになった状助を見て、まったく理解が追いつかない様子だった。意味がわからなかった。何がなんだかわからなかった。ただ、その名を呼ぶので精一杯だった。

 

 

「終わったな……」

 

 

 真っ赤に床を染めて寝転がる状助を見て、防護服(メタルジャケット)の男はつぶやいた。任務完了、これにて戦闘終了だと。

 

 

「いや……、ジョースターの血というのは厄介と聞いた。こいつがそうかはわからんが……、確実にとどめを刺しておくとしよう……」

 

 

 だが、防護服(メタルジャケット)の男は、それでも状助へととどめを刺すつもりだ。ジョジョの特典を持つ状助は、しぶとい可能性がある。まだ生きている可能性がある。

 

 ならば、確実に息の根を止める必要があると、男は考えた。そして、ゆっくりと、ゆっくりと、一歩ずつ、状助目がけ歩き出したのだ。

 

 

「邪魔! しないで!」

 

 

 アスナは焦った。このままでは、本当に状助が殺されてしまうと。だから、状助の下へと早く駆けつけたかった。しかし、黒いローブの敵と、白い敵がそれを邪魔をする。このままじゃ状助が死ぬ。アスナは目の前の邪魔をする敵に、苛立ちの叫びをあげていた。

 

 と、その時、白い敵が突如として吹き飛んだ。誰かが攻撃をしたからだ。ふと、アスナが横を見れば、その攻撃したものの正体が立っていた。

 

 

「さっきはよーやってくれたな! 倍にして返すで!」

 

「コタロ!」

 

「姉ちゃんはリーゼントの兄ちゃんのところへ!」

 

「わかったわ! ありがとう!」

 

 

 そう、復活した小太郎だ。はっきり言えば、小太郎は先ほどの奇襲でわりとやばかった。それでも意識を取り戻し、仕返しに一撃食らわせたのは根性があるとしか言いようがない。

 

 小太郎はそこでアスナに、ここは任せろと叫んだ。こんな奴らと戦っている暇はない、状助を助けろと。

 

 アスナは小太郎にこの場を任せることにした。この助太刀はありがたかった。だから、感謝を述べると、すぐさま状助の方へと走り出したのである。

 

 

「逃さ……何!?」

 

「完全にしてやられたでござるよ……! この借りは返させてもらうでござる!」

 

 

 しかし、黒いローブの敵はアスナを逃がそうとは思わない。当然そのために攻撃を仕掛けようとしていた。が、黒い球体が足元に転がってきた。それは最初の不意打ちで、楓を封じたものだ。

 

 その黒い球体には髪の毛一本と、符が付いており、それが突如爆発したのである。すると中から巨大な風魔手裏剣が飛び出し、その黒いローブの敵を襲った。黒いローブの敵はそれを何とかバックステップで回避すると、目の前に一人の少女が現れた。

 

 それは黒いローブの敵の最初の奇襲で、黒い球体に封じられた楓だった。楓はその黒い球体から脱出する際相当な力を使ったのか、疲れた様子を見せていた。

 

 だが、黒い泥にまみれながらも、不敵に笑っていた。先ほどの不意打ちにはしてやられた、次はこちらの番だと、そう笑って言い放った。

 

 

「さて、とどめだ」

 

「させない!」

 

 

 防護服(メタルジャケット)の男は、ズンズンと歩き、状助の近くまでやってきた。そして、片腕を天へとかかげ、とうとうとどめの姿勢へと入ったのだ。

 

 だが、そこへすかさず現れたのは、アスナだ。アスナは瞬動を用いて爆発的な加速で、状助の下へとやってきたのだ。そして、その加速を利用し、勢いをつけたハマノツルギが男へと襲い掛かった。

 

 

「むっ!」

 

「硬い……!」

 

 

 防護服(メタルジャケット)の男は、とっさに片手でそれをガードした。そのガードした部分は六角形のパーツが弾け、その衝撃の強さを物語っていた。それでも男にはダメージがはいらない。このシルバースキンがあるかぎり、防護服(メタルジャケット)の男には攻撃が通らないのだ。

 

 硬い、なんという硬さ。アスナはハマノツルギが命中した時、そう思った。強化した状態ならば、鋼鉄すらもたやすく切り裂くこともできる。そのはずなのに、まるで通じていない。効いていない。これでは確かに、状助のスタンドの拳でも、傷つくはずがない訳だと。

 

 

「中々やるな……。だが、お前でも俺には勝てん」

 

「やってみなきゃわかんないでしょ!」

 

 

 防護服(メタルジャケット)の男は、アスナのその実力を素直に褒めた。とても鋭く重い一撃だ。今のは不意打ちだったが、避けることは不可能だったと。

 

 しかし、それでも自分には勝てないと、防護服(メタルジャケット)の男は冷徹に話した。それは自惚れや過信からくるものではない。相性が最高だからだ。

 

 アスナは対魔法には非常に強く、魔法使いタイプならば当然有利に立つことができる。さらにアスナは高い実力と技術を身につけており、並みの相手では歯が立たないだろう。

 

 だが、機械や無機物にはそのアドバンテージはなくなる。そもそも魔法ではない相手には、自分の力や技術のみで相手しなければならなくなる。それがただの機械であるならば、さほど苦労はしないだろう。アスナは咸卦の気を操り、常人の何倍とも言えるパワーを操るのだから。

 

 そう、ただの機械や無機物ならば、だ。防護服(メタルジャケット)の男が装備するシルバースキンも、魔法ではない。錬金術から生み出された”核鉄”と呼ばれるものが、変化した姿、すなわち武装錬金だ。

 

 武装錬金は現代科学ではなしえない、強力な”特性”を有する。シルバースキンはその防御こそが最大の特性。それも当然魔法ではない。魔法ではないので、アスナの能力やハマノツルギでも打ち消すことはできない。故に、シルバースキンを突破することは不可能。

 

 続けて言えば、シルバースキンは複数の攻撃を、瞬間的に同時に行わなければ貫くことはできない。アスナの戦闘スタイルでは、それができない。だから、アスナにとって目の前の男は、相性が最悪な相手ということだ。すなわち、防護服(メタルジャケット)の男にとってアスナは、相性が最高の相手ということになるのだ。

 

 

 それでも、それでもアスナは目の前の男へ攻撃を仕掛ける。状助のかたきだから。状助を守らないとならないから。そして、自分が防護服(メタルジャケット)の男を押さえている間に、誰かが状助を治癒してくれると信じているから。不利だろうがなんだろうが、目の前の男を倒したい。アスナはそう強く思いながら、ハマノツルギで何度も何度も攻撃するのだった。

 

 

 だがこの時、とっさに動けるものが一人いた。木乃香だ。このままでは状助が危ないと思った木乃香は、前鬼、後鬼でまき絵たちをガードしつつ、一人そっちへと駆け出したのだ。

 

 

「アスナが敵を引きつけとる内に、ウチが状助を治癒したる!」

 

「そうはいかんざき!!」

 

 

 治癒を得意としている自分が、状助を助ける。そう意気込み駆け出した木乃香を阻むかのように、一人の少年が立ちはだかった。

 

 

「誰!」

 

「オレだよ俺! 俺オレ! 俺だオレ! オレ!!」

 

「え……? 陽君!?」

 

 

 突然訳のわからないことを叫び、目の前に現れた少年。木乃香は急いでいるのに邪魔をする少年へと、誰だと叫んだ。しかし、少年は俺、を連呼しだし、へらへらと笑っていた。そして、木乃香はその少年の顔を見て、それが誰なのかを理解し驚きの表情を見せた。

 

 赤蔵陽。覇王の弟であり、アーチャーの仲間へ寝返った人間。また、木乃香の幼馴染であり、よく知る人物だった。

 

 

「そうだよ! オレだよ!」

 

「なんで陽君がこないなところに!?」

 

「オレもあいつらの仲間になっちゃったからなー! しょうがないよなー!」

 

 

 陽はテンション高らかに跳ねとび、思い出したかこの俺を、と笑っていた。久々に会ったというのに、つれないなあ。感動の再会じゃないのか。陽はそう思いながら、ニヤニヤしていた。

 

 何故、どうして、何で。木乃香は陽がここにいる状況がまったくわからなかった。陽は京都にいるはずだ。こんなところにいるはずがない。そう思っていたのだ。

 

 すると陽はその問いに、ふざけた調子で答えた。アーチャーの、()()()()の仲間になったから。それ以上もそれ以下でもない。それだけだと。

 

 

「そんな! なんでや!」

 

「なんで? そんなのクソ兄貴が悪いにきまってんだろ!!!!」

 

「はおが……?」

 

「そうだよ! 全部アイツが悪いんだよ!!」

 

 

 木乃香は陽がアーチャーたちの仲間になっていたことに、かなり動揺した様子を見せていた。何でそんなことになったんだろうか。どうして彼らの仲間なんかに。

 

 陽は木乃香のその叫びに、突如キレて声を荒げて言い放った。兄、覇王が全部悪いと。

 

 その陽の怒りの矛先は、明らかに覇王に向けられたものだった。しかし、木乃香には、陽が覇王を恨む理由がわからない。どうして覇王が悪いのか、まったく理解出来ない。

 

 陽は興奮した様子で、さらに声をあげて叫んだ。覇王のヤツが悪いからだ。あいつが全てを奪ったからだ。そうだ、覇王がフラグを立てたからだ。自分が立てるべきフラグを、全て手に入れたからだ。目の前の木乃香のフラグを立て、ものにしたからだ。

 

 

「……んまあ、そんなことよりさ。アイツ死ぬんじゃね?」

 

「そやった……。はよせんと……」

 

 

 すると陽は怒りを吐き出し終わったようで、スッキリした様子を見せた。そして、状助の方に親指をむけ、もう死ぬんじゃないかと言い出した。まあ、もう死んでるかもしれないし、その方がありがたいが。

 

 木乃香はそれはまずいと考え、ソチラに足をを向けた。今は陽にかまっている暇はない。一刻も早く、状助を治癒しなければと。

 

 

「! なしてウチの前に立つん!?」

 

「オレもアイツが復活すんのゴメンだから」

 

 

 が、そんな木乃香の前に、再び立ち伏せ邪魔をする陽。木乃香は陽がどうして邪魔をするのかと叫ぶ。確かにアーチャーらの仲間になったと言っていたが、まさか状助を見殺しにするほどのやつだとはと思ってなかったのだ。

 

 しかし、陽はそのつもりだ。状助のスタンドは驚異的だ。なんでも修復するという能力は、この先邪魔になる。厄介だと思っているからだ。

 

 

「なっ! このままやったら状助が死んでしまうんやで!?」

 

「死ねば?」

 

「なしてそんなこと言うんの!?」

 

 

 このまま放置すれば状助は死ぬだろう。木乃香はそうなったら嫌だと叫んだ。状助は友人だし、このまま死んでしまうなんて、それはとてもつらいことだからだ。

 

 そんな木乃香を笑いながら眺める陽は、淡々とした声で別にそれでいいと言い出した。陽はそんな知らない赤の他人が死のうが、どうでもいいことだからだ。むしろ死んでくれた方が嬉しいとさえ思っていた。

 

 木乃香はそれに、少し怒りを交えて大声を出した。死んでいいなんて簡単に言うものじゃない。そんなことを言っていいはずがない。それをどうでもよさそうに言う陽が、許せなかったのだ。

 

 

「まあ、そうだな。アイツ助けたかったら……、オレの(もの)になれ!」

 

「どうしてそうなるん!? おかしいやろ!?」

 

「おかしくねーじゃん? 取引ってやつじゃん?」

 

 

 陽はそこで少し考えた後、とんでもない提案を言い出した。最低な提案だ。なんてことを考えるんだ。本当に最悪な男だ。

 

 木乃香は当然、それはおかしいと叫ぶ。当たり前だ。突然どうしてそのような話がでてくるのか、木乃香にはわからないからだ。

 

 が、陽はおかしくないと笑って語る。むしろそれが取引だ。くたばり底ないのリーゼントと、自分、どっちか選べという選択だと。

 

 

「兄貴じゃなくてオレに鞍替えすりゃ、助けてもいいよ? それでいいじゃん?」

 

「そんなん……、できへん……!」

 

「あっそ、じゃあ諦めれば?」

 

 

 そうだ、覇王ではなく俺を選べばそれでいい。俺の彼女に、恋人に、女になれば、それでいい。覇王から俺に乗り換えれば、それで全て丸く収まる。それでいいじゃないか。陽はせせら笑い、そう話した。さあ選んでみろ、俺を選んでみろ、陽はそう考え笑い続けた。

 

 木乃香はそんなことは出来ないと、かなり辛そうに小さくこぼした。状助の命も重要だ。だけど、それはそれである。木乃香にとって覇王は大切な人なのだから。

 

 自分と覇王の友人と、覇王への自分の想い、どちらが重いかなど量れない。できる訳がない。できる訳がないのだ。自分の想いも、状助の命も、どちらも大切なのだから。

 

 すると陽は、投げやりな態度をとりはじめた。だったらそれでいいけどさ。状助とかいうヤツのの命は諦めてもらうかな。ただ、それだけの感想だった。

 

 

「……せやったら……、無理やりにでも通ったる……!」

 

「え? やんの? いいよ? オレ強くなったよ?」

 

 

 前鬼も後鬼も、背後でまき絵たちを守っている。エヴァンジェリンやネギが同じように障壁を張っているが、周囲の状況を考えれば動かすことはできない。

 

 ならば、無理ならば、無理に押し通ればいい。木乃香はそう考えた。陽が邪魔をするならば、それを乗り越えればいい。もうこれしか手はない、木乃香は心苦しく思いながらも、そうせざるを得ないと悟った。

 

 思い立ったら突っ走れ。木乃香はすぐさまO.S(オーバーソウル)を用いて、急加速を始めた。もはや陽に構っている暇はない。時間がない。こうなったら突っ切るしかない。木乃香はそう必死に思い込み、両腕に武装したオリジナルのO.S(オーバーソウル)、白烏の翼をはばたかせた。

 

 陽はそれを宣戦布告とみなし、ニヤリと笑った。あれほど弱かった陽なのに、どこにそんな自信と余裕があるのだろうか。だが、あれから陽は多少なりだが強くなった。ある程度、自信がつく程度には強くなっていたのだ。

 

 そして陽は、とっさにO.S(オーバーソウル)を構築し、臨戦態勢を見せた。陽は二段媒介と呼ばれる技術を用いて、スピリットオブソードを生み出した。そう、巨大な日本刀のようなO.S(オーバーソウル)だ。

 

 とは言え、陽はいまだ甲縛式O.S(オーバーソウル)を会得できてはいない。流石にスピリットオブソードとは言え、甲縛式O.S(オーバーソウル)を防ぐほどの強度は存在しない。つまり、木乃香の甲縛式O.S(オーバーソウル)である、白烏を受け止めることはできないということだ。

 

 

「っ! この技は!?」

 

「だから言ったよ今。強くなったって!」

 

 

 しかし、そこで陽が使った技はなんと無無明亦無。巫力を無効化し、O.S(オーバーソウル)を打ち消す技。巫力無効化をアレンジし、攻撃として転用した技だ。

 

 木乃香は覇王から教えてもらっていた巫力無効化を、陽が使ったのを見てかなり驚いたのだ。そして、自分のO.S(オーバーソウル)がかき消されたことに、驚愕したのだ。

 

 

「アイツ助けきゃオレのものになるか。オレを倒せよ……!」

 

「陽!!!」

 

「ふほっ! はじめて呼び捨てで呼んでくれたな!! 嬉しいぜ!!!!」

 

 

 そうだ、受け止めきれないのならば、かき消せばいい。消滅させて消費させればいい。甲縛式O.S(オーバーソウル)に対抗できるのは甲縛式O.S(オーバーソウル)だけだ。それができないというのなら、別の方法を使うまでだ。

 

 陽は木乃香が強くなり、その甲縛式O.S(オーバーソウル)を会得してるのを知っていた。否、知っていたのではない。アーチャーに教えてもらったのだ。

 

 アーチャーは麻帆良祭にも色々な準備の為に見に行っていた。当然まほら武道会も監視していたのだ。そこで、木乃香がかなり強くなっていることを知った。それで、シャーマンとして、木乃香の知り合いである陽に、それを教えておいたのである。

 

 陽はさらに、木乃香を挑発するかのように、高笑いしながら自分を倒してみろと言った。自分の女になるか、自分を倒すか。そのどちらかができなければ、状助とやらは救えないぞと。

 

 

 木乃香はそれに大きく反応し、陽の名を強く叫んだ。のんびりとしておっとりとした彼女が、怒りを表したのだ。それほどまでに、陽の態度が、陽の行いが許せなかったのである。そして、木乃香は本気で陽を倒すべく、再びO.S(オーバーソウル)を構築し、戦いに挑んだ。

 

 

 そんな状況のはずなのだが、陽は叫ばれたことに、むしろ喜びを感じていた。悦に入っていた。何故なら初めて、生まれて初めて、木乃香から呼び捨てで呼ばれたからだ。

 

 覇王ならば、すでに呼び捨てだ。昔は師匠と呼んでいたが、今は呼び捨てだ。しかし、陽はずっと君をつけて呼ばれていた。距離感があるのだと陽は思っていた。そこで、ようやく呼び捨てされたのだ。このような敵対した状況だとしても、陽はそれに激しい喜びを感じていたのであった。

 

 また、陽は木乃香のO.S(オーバーソウル)を必死に回避しながらも、ただただ木乃香を挑発した。自分に釘付けにしておけば、状助の治癒など忘れるだろうと思ったからだ。自分が木乃香を釘付けにしているという状況に、かなり気持ちが良いと感じていたからだ。

 

 

 こうして久々に出会った二人は、戦という形で再開を祝うことになってしまった。陽としては毛ほどにも気にしないことだろう。むしろ、木乃香の再開を喜んでいる方だ。出会えて、見つめられて、呼び捨てにされて、最高の気分を味わっているのだ。

 

 しかし、木乃香にとっては精神的にショックなことだろう。O.S(オーバーソウル)は精神の具現、精神力も必要となる。そんな焦りと混乱と怒りが入り混じった木乃香では、今だにヘナチョコな陽でさえ、強敵して立ちはだかっているように見えるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:不明、防護服(メタルジャケット)の男

種族:人間

性別:男性

原作知識:あり

前世:40代建築業

能力:シルバースキンでの完全防御と自らの肉体での物理攻撃

特典:武装錬金のキャプテンブラボーの能力、オマケで核鉄二つ

   気を操る才能




まさかミスターゴールデンの設定が今頃になって掘り下げられようとは……


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百二十四話 見えない足場への一歩

 なんということだ。状助の命はもはや風前のとともし火だ。生きている可能性があるかさえわからないほど、ボロボロでズタズタだ。頼みの綱であった木乃香も陽と言う敵に阻まれて、状助に近づくことができなくなってしまった。

 

 エヴァンジェリンは陽が姿を現し木乃香に張り付いたのを見て、やはりと思っていた。隠れていた敵がここぞで姿を現すであろうと、予想していたのだ。それと同時に焦りも感じていた。あのままでは状助の命が危ないからだ。まだ、生きてるかもしれないからだ。

 

 

「ちっ! やはり隠れていたか!」

 

「マスターはそれを警戒して?」

 

「当たり前だ! クソ……、あいつらはまだ戻ってこないのか!」

 

 

 敵の数は未知数、隠れているかもしれないという嫌な予感は的中した。エヴァンジェリンは外れて欲しかった予感が当たり、舌打ちをしていらだっていた。

 

 茶々丸は、エヴァンジェリンのその判断が、この時のためのことだったことに初めて気が付いた。エヴァンジェリンはそれを当然だと話し、夕映たちが未だ戻ってこないことに焦っていた。

 

 夕映やのどかも、当然治癒の魔法を習得している。あの千雨も同じことだ。彼女たちが治癒にあたれば、問題はないはずなのだ。しかし、彼女たちは展望テラスへ行ったまま、戻ってきていない。そのことに悪態をつきつつ、エヴァンジェリンは自ら行動に移ることにした。

 

 

「なら私が行くしかないようだ。茶々丸とチャチャゼロは依然こいつらを守れ」

 

「はい、マスター」

 

「俺ハ行カナクテイイノカ?」

 

「ああ、今回は守備に徹しろ」

 

「アイアイサー」

 

 

 仕方がない。誰もいないのなら、自分からやるしかない。エヴァンジェリンは茶々丸とチャチャゼロに、ネギの無力な生徒たちの防衛を任せ、マントを羽ばたかせ飛び上がった。また、エヴァンジェリンがチャチャゼロを連れて行かなかった理由。それは、なにやら巨大な力を感じていたからだ。

 

 チャチャゼロがいかに魔法の力で、術具融合で防御があがっていても、限度というものがある。この感じる力は恐ろしい何かだ。チャチャゼロでは到底抑えられない、防ぎきれない力だと考え、あえて守備を任せたのだ。

 

 

 そこでアーニャも、自分が師から教えてもらった治癒魔法で何とかできないかと考えた。だが、エヴァンジェリンから何があっても動くなと言われていた。故に、歯がゆい思いをしながらも、その場にとどまることを選んだ。

 

 それはネギも同じだった。ネギも生徒を守るよう言われていた。だから、この場を離れるわけには行かないと思い、障壁を張ること以外何もできない自分に苛立ちを募らせていたのだった。

 

 

「だが、こうもすんなりと東状助を治療させてくれるとは思えんが……」

 

「その通りだ。吸血鬼」

 

 

 そしてエヴァンジェリンは、すばやく状助の下へと飛び上がりつつ向かって行った。しかし、簡単にあの状助を治癒させるなど、奴らが許すとは思えない。

 

 状助の能力は強力だ。自分以外のものならば、生物物質関係なく、部品さえそろっていれば修復してしまう。はっきり言えばアーチャーの連中として見ても、これほど戦術的に厄介な能力はないのだ。

 

 それをぽつりと、エヴァンジェリンが誰かに話すようにぽつりとこぼすと、突如頭上から、男の声が響いてきたのだ。

 

 

「”ギガブレイク”!」

 

「グウッ!?」

 

 

 なんと、一人の男がゲートポートの天井を突き破り、突撃してきたではないか。なんという豪胆な攻撃。しかも、この男はすでに、剣に雷の力を宿させており、それをエヴァンジェリンへと向けていたのだ。

 

 その男。最強に近き存在。その男。恐るべき力を持つ存在。そして、我々は知っている。この男の剣を知っている。この男の技を知ってる。この男の額の紋章を知っている。そうだ、この男こそ竜の騎士だ。フェイト・アーウェルンクスすらも瀕死に追いやった、最強クラスの転生者だ。

 

 アーチャーは対覇王として、竜の騎士の男をこの作戦につれて来たのだ。アーチャーが切り札として、この作戦に投入したのだ。

 

 さらにその技はギガブレイク。竜の騎士最大級の奥義が一つ。真上から振り下ろすように、極大の雷撃を纏った剣が、エヴァンジェリンの幼く華奢な体を切り裂いた。その雷の衝撃と熱量は、確実にエヴァンジェリンに命中した。真祖の障壁すらもぶち破り、エヴァンジェリンへと斬撃と雷撃が直撃したのだ。流石のエヴァンジェリンでさえも、その極光の破壊力の苦痛に、悲痛な声をもらすほどだった。

 

 

「……やはり来たか。気が付いていたよ。貴様のその、恐ろしいまでの強い闘気(オーラ)に」

 

「流石真祖の吸血鬼だ。我がギガブレイクでも簡単にはくたばらんか」

 

 

 だが、エヴァンジェリンは切り刻まれた体を小さな無数の蝙蝠と化し、瞬時に男の後ろへと回った。エヴァンジェリンは知っていた。わかっていた。察していた。この男の強大な力を、その竜の力をすでに感知していた。

 

 男は静かに、振り向きもせず視線と意識だけを背後に向け、淡々と語った。ギガブレイクの一撃を受けても平然としているエヴァンジェリンに関心しながら。

 

 二人は宙に浮きながら、どちらも威嚇しあう訳でもなく、余裕と冷静な態度で、静かに語り合いだした。

 

 

「話には聞いているぞ。竜の騎士とやら……」

 

「有名になった覚えはないがな」

 

 

 また、エヴァンジェリンは最初から知っていた。この男のことを。竜の騎士のことを。それもそのはず、エヴァンジェリンも皇帝の部下から、あのメトゥーナトからこの男のことを聞いていた。神にもまさる竜の力を宿す、恐るべき騎士がいるということを。

 

 男は特に名がはせるようなことをした覚えはないと、冷静にこぼした。戦いは基本的に隠蔽してきたし、大きな噂になるようなことは一度もしてきていないと。

 

 また、この竜の騎士も、背後のエヴァンジェリンについて、仲間から話を聞いていた。最強の真祖、闇の福音、幼き吸血鬼エヴァンジェリンの名を。その強さを。

 

 

「しかし、お前はここでは本気を出せまい」

 

「フン、本気でなくとも、貴様ぐらい倒せるさ」

 

「言うものだな。だが、それはかなわんぞ!」

 

 

 だが、今はそんなことなどどうでもいい。男はエヴァンジェリンの方へと向きなおし、力が出せないだろうと言葉にした。

 

 何故なら、エヴァンジェリンの最も得意とする魔法は広域範囲の凍結魔法だからだ。ここでそれを使えば、どうなるだろうか。きっとネギたちを含めて全員氷の下に沈めてしまいかねないからだ。

 

 エヴァンジェリンも当然それを理解している。それでも男へと、不敵に笑って問題ないと豪語してみせた。

 

 ただ、内心焦りを感じていた。この竜の騎士とやらは相当厄介な存在だ。聞くところによれば、上位魔法すらも無傷で耐えるそうではないか。被害を最小限にとどめる攻撃で、目の前の男に傷一つつけれるだろうか。それがかなりの不安であった。

 

 男もエヴァンジェリンの笑いを見て、それが強がりにしか見えないと思った。竜闘気(ドラゴニックオーラ)に守られている自分を、低級魔法で傷つけられるはずがないからだ。周囲の被害を考えない本気の力でなければ、自分に対抗すらできないことを知っているからだ。

 

 

「チッ……、だがこのままでは東状助は死ぬぞ……!」

 

「余所見ができるほど余裕か?」

 

「なめるな……!」

 

 

 しかも、エヴァンジェリンには時間がない。こんなことをしている間にも、状助の命が失われる。まずい、かなりまずい。エヴァンジェリンはそのあたりにも焦っていた。急がねばならないと思っていた。

 

 エヴァンジェリンは状助の状態の確認のため、チラリとそちらに目を向けた。が、そこで竜の騎士の男は隙だと考え、愛剣、真魔剛竜剣を強く握り、切りかかったのだ。

 

 エヴァンジェリンはそれにすぐさま対応し、男が剣を握っている拳を押さえつけた。そして、どちらも一度距離をとると、男は再び剣を天に掲げだした。

 

 

「一撃では無理だったが、何発撃てばくたばるか試してみるか……! ”ギガブレイク”!」

 

「……!」

 

 

 流石は真祖の吸血鬼と呼ばれるだけある。ギガブレイクの一撃を受けても、余裕という訳だ。ならば、どれほどのギガブレイクを与えれば、くたばるだろうか。男はそう冷徹に述べると、再びギガブレイクをエヴァンジェリンへと放った。

 

 男のそのスピードは、まるで雷そのものだ。エヴァンジェリンは思った以上にすばやい男に、一瞬気を取られた。速い、なんと速いことか。あのギガブレイクとやらは避けきれない。

 

 されど真祖の魔法障壁でどこまで耐えられるだろうか。聞くところによれば、複数の魔法障壁をぶち破ったそうではないか。これは少しまずいと考え、エヴァンジェリンは一筋の冷や汗を頬に流していた。

 

 だが、そこにもう一つ、真下から雷のごとく輝く一筋の光が飛び上がってきた。

 

 

「”黄金――――衝撃(ゴールデン――――スパーク)”ッ!!!」

 

「何!?」

 

 

 それはまさに雷電だった。雷電を受けて輝くゴールデンであった。バーサーカーの宝具、黄金衝撃(ゴールデンスパーク)だ。なんとバーサーカーがエヴァンジェリンの間に割り込むように、真下から現れギガブレイクに挑んだのだ。

 

 黄金衝撃(ゴールデンスパーク)を真下に打ち込むことは、危険と判断して使えなかった。しかし、真上ならばどうだろうか。何もない真上ならば、頭上ならば、問題なく使用できる。

 

 そして、黄金衝撃(ゴールデンスパーク)とギガブレイクが衝突。その轟音と爆音がゲートポート内全てに響き渡り、その雷の光は周囲を白く染め上げた。衝撃もすさまじく、空気の振動がゲートの床を大きく揺らしていた。

 

 これには竜の騎士の男も驚いた。まさか正面からギガブレイクを受け、防ぎきる技があるとは。まさか、これほどの雷の力を操れるものが存在したとは。

 

 

「加勢を頼んだ覚えはないが?」

 

「はっ、だろうな。だがよ、うちの大将きっての頼みでな」

 

「余計なことを……」

 

 

 その振動や光が収まると、エヴァンジェリンは静かに、バーサーカーは豪快に床へと着地した。同時に竜の騎士の男も床へと降り立ち、バーサーカーを難敵を見る目で睨みつけていた。

 

 エヴァンジェリンはバーサーカーへ、どうして助けたと尋ねれば、バーサーカーは簡潔に答えた。刹那が助けろと命じたから。それだけだと。

 

 それを聞いたエヴァンジェリンは、横目で刹那を睨みつけた。その刹那本人はエヴァンジェリンに睨まれたことすら気にせず、そちらを見る余裕はなさそうにアーチャーと戦っていた。また、刹那も竜の騎士の男の、その強大な気配と威圧感を感じ、バーサーカーへとそれを命じたのだ。

 

 

「アレはハッキリ言ってヤベェな……。見ただけでそれがわかっちまったぜ……」

 

「ああ、アレは確実に化け物以上の存在だ」

 

 

 バーサーカーも、目の前で立ち尽くし、額の紋章を輝かせながらガンつけている竜の騎士を見て、かなりヤバイ相手だと理解した。アレは本当に危険な存在だ。先ほどの攻撃も相当やばかった。一撃食らえばこちらがくたばりかねない威力だった。

 

 エヴァンジェリンも当たり前のように理解していた。化け物の中の化け物。自分以上の化け物だ。竜の力だけではない。あれはそれ以上におぞましい何かだ。

 

 

「ぬう……、コイツも竜の雷を……!」

 

 

 しかし、竜の騎士の男も、バーサーカーを見て戦慄していた。あの筋肉質で金髪で、どこにでもいそうなヤンキーな風体の男だというのに、どうにも胸をざわつかせる存在だ。

 

 それはあのバーサーカーが、雷神、赤龍の子だからだろうか。男はそれを知るよしもないが、目の前のバーサーカーも、竜……、否、”龍”の雷を操る存在だということだけは理解したのだ。なるほど。確かにそれならば、ギガブレイクを防ぎきるわけだ。それも同時に納得していた。

 

 

「ヤツのことはオレに任せな! 早くアイツを治療してやってくれや」

 

「そうしたいのは山々だがな……」

 

 

 とりあえずバーサーカーは、目の前の男は自分が相手をすると言った。ニヤリと笑い、余裕に満ちた表情でそう言った。自分が男を相手にする、その間に状助を助けてやれと。

 

 状助はいいやつなんだ。覇王の友人でルームメイトで、自分もそこで同居してる。すげぇいいやつなんだ。バーサーカーはそう言いたそうな表情で、エヴァンジェリンへと状助の治癒を頼んでいた。

 

 エヴァンジェリンもそれは考えた。そうしたいと思った。そうしなければまずいと理解していた。だが、目の前の竜の騎士が、そうはさせてくれそうになかった。

 

 

「それはさせれんな。ヤツの治療をしたいのなら、この私を倒してからだ」

 

「……だ、そうだ」

 

「余裕じゃあねぇか、テメェ」

 

 

 その通りだ、逃がす訳がない。竜の騎士の男は静寂な様子で口を開いた。そちらに向かうならば、そこへギガデインを叩き落すだけだ。紋章閃という技だってある。

 

 エヴァンジェリンも最初からそんなことはわかっていた。バーサーカーも目の前の男が余裕かましているのに、ナメられたもんだと悪態をついた。

 

 

「貴様ら二人を相手に、余裕なはずがなかろう。そうせざるを得ないだけだ」

 

「ハッ、そいつァ随分とまあ、高く評価されたもんだ」

 

 

 しかし、男は余裕ではないと語った。竜の騎士の力を以ってしても、真祖の吸血鬼とバーサーカーを二人相手取るのは少々厳しい。が、優先することは状助の治療の邪魔だ。

 

 アレは復活してはならない。何せベホマとは違い、全てが完全に修復されるのだ。そこに大きな消費もない上に、スタンドパワーもさほど使わない。クロコダインのように何度も立ち上がってこられれば、こちらが簡単に不利になる。だから邪魔をしなければならないのだ。

 

 バーサーカーは竜の騎士の男の言葉を聞いて、愉快に笑った。黄金喰い(ゴールデンイーター)を肩に担ぎながら、盛大に笑った。ナメられていたと思ったが、その実大きく評価されていたことに、笑いが止まらなかったのだ。

 

 

「来るがいい、二人まとめてあの世へ送ってやる」

 

「吼えるじゃないか!」

 

「やってもらおうじゃんか!」

 

 

 そして竜の騎士の男と、バーサーカー&エヴァンジェリンは衝突した。バーサーカーが前に出て竜の騎士の男と刃を交わし、エヴァンジェリンが後ろから氷系の魔法を放つ。即席のタッグだが、中々どうしてすばらしいコンビネーションだった。

 

 だが、竜の騎士の男も負けてはいない。竜闘気(ドラゴニックオーラ)で強化した肉体と、その膂力でバーサーカーと互角に打ち合っていた。そのすさまじい刃と刃がぶつかり合う衝撃で、周囲の床や柱などの装飾が派手に吹き飛ぶ始末だ。両者、どちらも人知を超えた力を秘め、どちらもそれを開放して戦っているのだからそうもなろう。

 

 さらにエヴァンジェリンが放つ高密度の魔法でさえ、竜の騎士の男の前ではけん制にしかならなかった。竜闘気(ドラゴニックオーラ)を突き破るほどの魔法など、そうそうないからだ。エヴァンジェリンもそれをわかっていたが、少し自信ってやつが砕けそうだと、内心ショックに思っていた。

 

 両者とも、一歩も引かぬ戦い。竜の騎士の男もバーサーカーも、大技を出す隙すらない状況だ。その戦闘はさらに激しさを増していくばかりであった。

 

 

 そして、バーサーカーをエヴァンジェリンの下へと向かわせた刹那も、アーチャーと斬りあっていた。ただ、刹那はアーチャーの動きが不自然だと思い、それを斬撃とともに放った。

 

 

「貴様、本気ではないな……?」

 

「いや、本気だったさ。貴様らの攻撃を避けるという点においてはね」

 

「どいうことだ!!?」

 

 

 先ほどからアーチャーが、本気で自分たちを倒す気がない様子に、刹那は変だと思った。何せアーチャーの作戦上、刹那たちを倒す必要がないので、そのあたりは当然だ。

 

 それでもアーチャーは本気だったと語る。バーサーカーと刹那、二人の攻撃を回避しながら戦うのは、精神的にも大変だったのだ。

 

 しかし、アーチャーはそんな内心を悟られぬよう、不敵に笑って皮肉っぽく話した。刹那はどういうことなのかわからず、たまらず叫んでいた。

 

 

「なに、私は貴様らを倒すのが目的ではないからな……」

 

「何だと……!?」

 

 

 また、アーチャーはここに来て、自分の目的は別にあると言い出した。刹那はアーチャーへ剣を向かわせながらも、さらに問いただすように声を荒げていた。

 

 

「そうだ。こうやって時間を稼ぐのが、私の仕事だ……!」

 

「ッ!」

 

 

 もはや時間的にも余裕がある。ここで話してしまってもかまわんだろう。アーチャーはそう判断したのか、自分の目的が時間稼ぎであることを、ニヤリと笑んでしゃべったのだ。ただ、言葉だけでなく行動にもそれは現れており、再び投影した白と黒の夫婦剣を刹那へと投げ、爆破したのである。

 

 

「それで、一定の距離を取りつつ攻撃を……」

 

「そういうことだ。だが、もうすぐそれも終わる」

 

「それはどういう!?」

 

「フッ、それは話せんな」

 

 

 刹那はその目的を聞いて、先ほどからのアーチャーの動きに合点がいったと思った。そう思いながらも、アーチャーの爆撃をとっさにかわし、再びアーチャーへと距離を縮めるべく突撃した。

 

 アーチャーとて距離をつめられる訳にはいかない。即座にバックステップで後ろへ下がり、再び夫婦剣を投影し、刹那へと投げる。

 

 が、この永遠に続くかと思われていた逃走劇も、そろそろ終わりのようだとアーチャーは考えた。時間稼ぎと言うことは、タイムリミットがあるということだ。その時間が刻一刻と迫ってきていたのだ。

 

 刹那はアーチャーがどうして時間を稼いでいるのか、時間が来たら何が起こるのかわからない。だからそれを叫んでアーチャーへ問いただした。

 

 当然アーチャーもそれだけは話すはずがない。自分たちに目を向け、今仲間の一人がゆっくりと、着実にそれを行っている。今それがバレてしまえば、面倒なことになりかねない。そう、アーチャーは自分に目を向けさせるという役目もかっていたのだ。

 

 

「ならば、倒して聞くまで!」

 

「そうはいかんよ!」

 

 

 目的をしゃべらないのは当たり前のことだ。ならば聞き出せばいいではないか。どうやって聞き出すか。再起不能にすればいい。刹那はアーチャーをしとめるべく、さらに動きを俊敏にさせた。

 

 アーチャーも刹那の動きに対応し、距離を開けつつけん制を行った。夫婦剣を何本も投影し、邪魔になるよう配置する。こうやって時間を稼がれている間に、アーチャーたちの計画は進んでいくのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 夕映たちは展望テラスで魔法世界の首都を眺めていた。そのためネギたちの場所で起こっている異変に、気がつくのが遅れていた。そして、夕映たちが気がついた時は、すでに戦いがはじまった後であった。

 

 

「これは……!」

 

 

 すさまじい戦闘が、数分前に転移して来た場所で発生していた。さっきは静かだったゲートも、戦いの音色で奏でられ、ここが戦場だということが嫌でもわかる状況だった。そこから少し離れた場所へと、夕映たちはやってきて、その目の前の戦いに少し混乱した様子であった。

 

 

「えッ!?」

 

「キャアアアアッ!!?」

 

「一体何!?」

 

 

 さらに、突如としてまばゆい光と轟音に、夕映たちも包まれたのだ。それはバーサーカーと宝具と、竜の騎士の必殺技が衝突して発せられたものだった。音や光以外にも、当然そこで巻き起こされた衝撃波すらも、何もわからぬ彼女たちを襲ったのである。

 

 

「皆さん、大丈夫でしたか?」

 

「うん、なんとか……」

 

「すごい衝撃でした……」

 

「今の何!?」

 

 

 マタムネは夕映たちへと、今の衝撃で何か問題は起こっていないかを尋ねた。それに問題なさそうだと、何事もなかったことを安堵しながらのどかは答えた。夕映は今の衝撃に驚きを隠しきれない様子を見せており、ハルナも大声で仰天した声をあげていた。

 

 

「つーかコレは一体何なんだよ!?」

 

「わからないけど、みんな戦ってるみたいだね……」

 

 

 千雨はこの状況に理解が追いつかず、混乱した様子だった。何でこんなことになってるんだ。意味がわからないと、そんな状態だった。

 

 裕奈も状況が把握できずにいたが、何やら戦っているというのだけはわかった。これは結構まずい状態ではないかと。さらに、その場でアルスが戦闘をしてないのを見て、こことは違う場所で戦っている可能性も考えていた。

 

 

「あれを見て!」

 

「あれは東さん……!」

 

「……酷い怪我です……!」

 

 

 そこでハルナが指をさして、周りにそこを見るよう呼びかけた。それは体や周囲の床を真っ赤な血で染め、まったく動かなくなった状助だ。遠くからでも、そのダメージの大きさがわかるほどに、状助の状態は危険なものだった。

 

 

「和美さんがた、小生から離れぬよう……」

 

「うん……!」

 

 

 また、マタムネも危機的状況だと判断し、和美の前へと出てくわえていたキセルを手に握っていた。和美はかばうように立ってくれたマタムネの注意を聞き、多少驚いた様子で静かに返事をした。

 

 

「コイツはどうなってやがんだ!」

 

「あれは状助……! これは……、マズイな……」

 

 

 すると、後からやってきたカズヤがこの現状を見て、大きな声で叫んだ。カズヤと法は千雨からは不安だからついてきて欲しいと頼まれただけだった。だと言うのに、目の前で意味不明な集団が、自分の仲間たちを襲っているではないか。カズヤも一瞬だが、理解が追いついていなかったのだ。

 

 法も状助が血まみれで倒れてるのを見て、このままでは危険だと考えた。まだ状助が生きている可能性があるが、放置していれば死んでしまうと。

 

 

「だったらよぉ! 俺たちもあの連中をぶっとばせばいいってことだろうが!」

 

「そうだな……!」

 

「ああ、そうだ! そうでなくっちゃなぁ!」

 

 

 だが、そこでカズヤは、自分たちも加勢し、状助たちを助ければよいと話した。自分たちが戦いに出れば、誰かが治癒するだけの余裕ができるはずだと思ったのだ。法もそれに賛同し、ならば戦おうと拳を強く握った。

 

 そして、カズヤが右腕を前へ伸ばし、人差し指から順番に拳を強く握り締め始めた。しかし、その時カズヤは失念していた。戦いがあそこで起こっているものだけだと。他に敵が存在する可能性を。

 

 

「何!? グウオオアアアアアッ!!!」

 

「カズヤ!? これは!?」

 

「一元!!?」

 

 

 カズヤは突如として現れた、黄色い巨大なロボットの腕に真横から殴り飛ばされた。完全に不意打ちを受けたカズヤは防御すら取れず、吹き飛ばされて柱へとめり込んだ。その後頭や腕から血を流し、カズヤはその場に倒れてしまったのである。

 

 法は突然の攻撃に驚き、とっさにカズヤの名を叫んだ。そして、今の攻撃が自分の知るものだと、瞬時に理解した。これはなんということだ。まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()と、驚愕していた。

 

 同じく千雨もカズヤの名を大きく呼んだ。あのカズヤが一撃で吹き飛ばされ、倒されたからだ。今の攻撃で血で体を濡らし、動かなくなったからだ。

 

 

「フハハハハハハハハッ! ハッハッハッハッハッハッ!!!」

 

 

 先ほどカズヤを殴り飛ばした腕は一体どこから現れたのか。違う、現れたのではない、生み出されたのだ。ではどうやって? それは周囲の状況を見ればすぐにわかった。なんと虹色に光る粒子が集まり、その腕をゆっくりと構築し始めたのだ。

 

 さらに腕だけではなく、足・体・頭部と順番に構築され、その全貌があらわになった。そう、カズヤを殴り飛ばした腕は、巨大ロボットの腕だったのだ。これこそがスクライドに登場するアルターの一つ、スーパーピンチだ。そして、その巨大なロボの名は、スーパーピンチクラッシャーだ。

 

 そして、その黄色く勇者なるものに似たロボットの頭に、濃い緑の対ショックスーツを装備した謎の男が一人降り立ったのだ。何がおかしいのだろうか。謎の男はそこへ立った時からずっと笑っていた。

 

 赤いマフラーを揺らしながら、口を大きく開けて笑っていた。頭にリングをかぶりながら、狂ったように笑っていた。完全にイカれている、そんな顔で爆笑していたのだ。この男がこの特典(アルター)を選んだ人物なのは確かだが、どうにも状況がおかしかった。

 

 

「増援か!?」

 

「これはなんとも奇怪な……!?」

 

 

 法はすぐさま敵の増援だと考えた。”あちらで戦っている奴(アーチャー)”らの仲間だと考えたのだ。虹色の粒子がロボットとして、構築されていく様を見たマタムネは、その力が奇妙なものだと思ったようだ。しかし、それにしても妙な感じでもあった。が、それ以上に妙なことに、法は気がついていた。

 

 

「しかし、そんなことがありえるのか!?」

 

 

 法がこの特典(アルター)を見て驚いたのには理由があった。同じ原典(スクライド)特典(のうりょく)だったからではない。このアルターは本来、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に、不意打ちなどができる能力ではないのである。しかし、目の前の敵はさも当然にそれを操り、不意打ちを繰り出した。つまり、それとは別にその能力を自らの意思で支配できる特典を選んだ可能性があるということだ。法はそれを考え、驚いていたのである。

 

 

「キャアアアアアッ!!」

 

「何!? あん時と同じやつ!?」

 

「形は違うみたいですが……」

 

「アレ知ってるの!?」

 

 

 突如としてゲートポート内に現れた謎の巨大ロボットに、のどかは悲鳴を上げていた。ハルナも、虹色の粒子からなる機械的な物体を、”未来の麻帆良”で見ていたのを思い出し、それと同じなのかと驚いていた。それについて、その時のとは形が違うと語りつつも、冷や汗を額に流す夕映がいた。

 

 また、裕奈はこの能力者自体に出会ってないので、あの巨大物体を知っているのかと驚いていた。実際はその近くで倒れるカズヤや戦慄する法も、同じような力を持っている。が、能力などではなく、あの巨大ロボをハルナたちが知っていそうな口ぶりだったので、あれ自体を知っているのかと誤解したのだ。

 

 

「おっおい……、大丈夫なのかよ……」

 

「任せておけ! ……!」

 

 

 千雨もその能力自体はよく理解していた。あれはカズヤや法が持つ能力と同じものだと。そこで法へと、アレを相手にして平気なのかと尋ねれば、法はニヤリと笑って胸を張っていた。しかし、突然ハッとした顔となり、驚愕しはじめたのだ。

 

 それは目の前の巨大ロボのことではなかった。その足元に、別の敵が現れたからだ。だが、それ以外にも大きな理由があった。

 

 

「おっ、お前は!? 何故ここに!?」

 

「知ってるのか!?」

 

「いや、そんなはずはない……。ヤツは麻帆良で倒した後、学園側に引き渡したはずだ……」

 

 

 巨大アルター、スーパーピンチの足元に現れた人物は、漆黒の甲冑に身を包んでいた。フルフェイスの兜で顔を隠し、男であるか女であるかもわからない。だというのに、法はその人物を知っていた。どこかで見たことがあった。その漆黒の甲冑とその手に握られた巨大な剣に、法は確かに見覚えがあった。故に、一瞬かなり驚いてみせたのだ。

 

 

「しかし、誰であろうと負けはしない! ”絶影”!!」

 

「……!」

 

 

 だが、そんなことなど気にしている暇はない。余裕もない。法はアルターの名を叫び、周囲にある柱などを粉砕し、虹色の粒子へと変換。そこへ十字を切るような銀色の発光とともに、腕のない拘束された人間型のアルター、絶影が構築された。

 

 法は絶影をすぐさま攻撃へ移行させるべく、右腕を前へと突き出し指示を出した。が、その瞬間、その漆黒の騎士が爆発的な加速を行ったではないか。魔力強化を用いた超速突撃(クイックチャージ)だった。

 

 

「なっ! グッ!?」

 

「おっ、おい!!」

 

 

 速すぎた。とてつもなく速すぎた。今の漆黒の騎士の攻撃は、刹那的なものだった。巨大なその剣に殴り飛ばされた法は、カズヤと同じように柱に衝突し、血反吐を吐いていた。今の攻撃に反応できなかった法は、柱にめり込んだ時にようやく何が起こったのかを把握したのだ。

 

 突如として吹き飛ばされた法を見て、千雨は数秒間動けなかった。そして、ハッとした後に、法へと心配するような声を出していた。

 

 

「大丈夫だ……! だが、なんというスピード……!」

 

「……」

 

「再び来るか! だがスピードでは負けん! 絶影!!」

 

 

 法は口についた血を拭い去ると、千雨へ問題ないと安心させるように言葉にした。また、今の攻撃に反応できなかったことに驚いた様子を見せていた。

 

 すると、再び漆黒の騎士が、大剣を握り締め攻撃に移って来た。法はそれを見ると、今度はこちらの番だと言わんばかりに、絶影を動かし首の鞭状の触手で攻撃したのだ。

 

 

「クソッ! 私も杖があれば……」

 

「うん、杖さえあれば魔法が使えるんだけど……」

 

「杖ならあそこです!」

 

「あれか!」

 

 

 法と漆黒の騎士が激戦を繰り広げ始めたところで、千雨は杖さえあれば、と考えていた。杖があれば治癒の魔法が使える。先ほど負傷したカズヤも法も、治療できるのだ。

 

 しかし、杖はネギの近くにおいてあるので、取りに行かなければならない。むしろ彼女たちは未だ杖が、封印の箱にしまってあると思っているのだ。

 

 だが、夕映はぱっと見て、ネギの近くに自分たちの杖は仮契約カードが落ちているのを発見した。裕奈もそれを見て、あそこまで取りに行けばいいと思ったのである。

 

 

「つーか、師匠は何をやってるんだ!?」

 

「エヴァンジェリンさんならあそこだよ!」

 

「……手が離せねーって訳かよ……」

 

 

 千雨は、この状況を見て自分の魔法の師匠であるエヴァンジェリンが、今何をやっているのか気になった。こんな状況なのだ、何か行動を起こしていてもいいはずだ。状助を治癒できるはずだと思った。

 

 するとのどかがエヴァンジェリンを見つけ、そちらを指さした。その指の先には、バーサーカーとともに、剣を携えた黒い髪と黒いちょび髭の男と戦っている、エヴァンジェリンの姿があった。剣を携えた男が強いのか、エヴァンジェリンも動けない様子だったのだ。

 

 千雨もそれを見て、エヴァンジェリンの状況を理解した。さらに、エヴァンジェリンが治癒どころではないということも悟ったのだった。

 

 

「このかも敵に張り付かれてるです」

 

「私たちが治癒の魔法で手助けしないと!」

 

「それしかないね」

 

 

 また、エヴァンジェリンと同じく治癒が得意な木乃香も、少年の敵と戦っていた。もはやどちらも治癒ができないからこそ、状助があの状態だということを彼女たちは理解したのだ。

 

 こうなったら自分たちがやるしかない。夕映やのどかはそう考えた。それしか方法はないと思った。ハルナもそれに同意だった。

 

 

「ハハハハハハッ!! ハハハハハハハハハハハッ!!!!」

 

「うわっ!!」

 

「さっきのロボ!?」

 

 

 だが、それを邪魔するかのように、スーパーピンチが彼女たちへと立ちはだかった。その本体であるアルター使いが、完全にイカれた笑いをしながら狂った顔で、彼女たちを見下ろしていた。

 

 千雨、和美たちはスーパーピンチが立ちはだかったことに驚いた。そうだ、敵は法が戦っている漆黒の騎士だけではない。巨大ロボの使い手もまた、かなり危険な敵なのだ。

 

 

「逃がさねーって訳かよ!」

 

「これでは杖を取りにいけないよ!」

 

 

 千雨は目の前のロボが自分たちを逃がさないように、邪魔をしているのだと考えた。裕奈はこれでは杖を取りにいけず、何もできないと考えた。

 

 一応杖がなくとも魔力での身体能力の強化程度はできるのだが、やはり攻撃となれば杖が必要になる。杖さえあれば、誰もがそう思っていることだった。

 

 

「ならば、小生が相手を……!」

 

「マタっち!」

 

 

 するとスッと和美の横から現れたマタムネが、目の前の奇怪な機械を相手取ろうと目つきを鋭くさせていた。O.S(オーバーソウル)であるこの身が、鉄の塊である鉄のからくりにどれほど攻撃が通るかわからないが、とにかくやるしかないと思ったのだ。

 

 和美はマタムネを見て名を叫び、助けてくれることを感謝した。やはりこのマタムネはいつだって頼りになると、そう考えたのだ。

 

 

「”シェルブリット”ォォォォッ!!!」

 

「ゴオハハハアァァァァッ!!?」

 

 

 しかし、そこへアルターを発動させたカズヤが、スーパーピンチの頭を砕いた。カズヤは吹き飛ばされて一瞬だけ気を失っていた。そして、気が付いた瞬間にアルター、シェルブリットの強化型を装着し、不意打ちをかましたスーパーピンチへと狙いを定め、攻撃したのだ。もはや、最初から本気モードだ。

 

 頭が砕かれたスーパーピンチは膝を突いて機能を停止し、その頭の上に乗っていた本体も吹き飛ばされ、床へと叩きつけられた。

 

 

「一元!?」

 

「行きな!」

 

 

 千雨はカズヤが復活し、一撃でスーパーピンチの動きを止めたことに驚きの声を出していた。そんな千雨へ、顔を向けずにスーパーピンチを捉えたまま、ネギたちの方へ行くよう話した。

 

 スーパーピンチはピンチになるほど強くなる。目の前のそれがその通りになるかはわからないが、まだ本気でないことをカズヤは知っているからだ。

 

 

「大丈夫なのかよ、その怪我!」

 

「問題ねぇよ! さっさと行けっつてんだ!」

 

 

 だが、カズヤは頭から血を流し、かなりボロボロだった。スーパーピンチの不意打ちがそうとうきいているようだ。千雨は血に濡れたカズヤへ、大丈夫なのかと叫んだ。

 

 カズヤは自分の心配などどうでもいい。する暇なんてないだろう。そう言った感じで、早く向こうへ行けと叫んだ。こんなところでうろたえている暇なんかあるなら、杖でもなんでも取りに行って役に立って来いと。

 

 

「こっちも抑えている! 早く行くんだ!」

 

「法!」

 

 

 また、法も漆黒の騎士の大剣を、絶影の剣のような触手で防ぎながら叫んでいた。漆黒の騎士はこうやって抑えておく。今の内にネギたちの下へ行くんだと。

 

 しかし、法もまた、漆黒の騎士との戦いで傷だらけだ。その姿を見た千雨は、たまらずその法の名を叫んだのである。

 

 

「時間がありません! とりあえず走るです!」

 

「そうだね!」

 

「うん!」

 

 

 夕映はもたもたしている時間はない、走ってネギの近くへ行こうと叫んだ。その言葉にのどかも裕奈も頷き、今にも走り出そうという感じだった。

 

 

「小生が先導しましょう!」

 

「助かるよ!」

 

 

 ならばと、マタムネがすかさずその先頭に立ち、先導すると叫んだ。何かあれば自らがそれを防ぎ、断ち切る。そう考えて先頭を行くことにしたのだ。和美はそんなマタムネに、とても嬉しそうに礼を言葉にした。

 

 そして、マタムネが夕映たちを率いて、ネギの下に向かって走り出した。時間はない、余裕もない。早く行かなければ、誰もがそう考えていた。

 

 

「待って! 私も!」

 

「待ってろよ! 一元! 流!」

 

 

 ハルナは法やカズヤの戦いに戸惑い、出遅れてしまった。慌てた声を上げながら、夕映たちにおいていかれないよう必死に追いかけた。

 

 千雨も杖さえあればカズヤと法を魔法で治療できると考え、意気込んで走り出した。カズヤと法は傷だらけだ。杖を得たら戻ってきて、治療してやる。だから待っていろと、戦う二人へ言葉を残して走り去った。

 

 

「彼女たちは去った、ここからは本気で行かせて貰うぞ!! ”絶影”!!」

 

「今の奇襲はキいたぜ……! だがよ、本番はここからだアァァァァッ!!! ”シェルブリット”ォォォォッ!!!」

 

 

 すると法は千雨たちがこの場から去ったのを見て、ようやく本気を出した。なにせ真なる絶影となれば、戦闘は派手となり周囲に被害が出てしまうかもしれなかったからだ。

 

 法が自分のアルターの名を叫ぶと、絶影が銀色に輝きだすと同時に肥大化した。さらに硝子が割れるように銀色の光が砕け散ると、上半身は人、下半身は大蛇の尾を持ったアルターが姿を現した。絶影の本気の姿だ。

 

 これからが本番だ、そう言った感じの表情で、目つきで、法は漆黒の騎士を睨んでいた。一度は不意を突かれて傷を負ったが、次はうまくはいかないぞ。お前はこの場で断罪する、そう思い鋭く睨みつけていた。

 

 

 同じくカズヤも、その力をさらに解放した。あの不意打ちは痛かった。かなりヤバかった。突然の売られた喧嘩に戸惑った。その借りは倍の倍にして返してやる。そう叫んだ。

 

 するとカズヤも自分のアルターの名を大きく叫び、拳を顔の前へで構えると、手の甲のシャッターと腕の亀裂が開いたではないか。また、そのシャッターが開いた穴からすさまじい回転が発生し、周囲の空気を大きく揺さぶったのである。

 

 カズヤも、頭を再び再形成し、動き出したスーパーピンチを許す気はない。立ち上がり、再びスーパーピンチの肩へと乗り込む本体の男を、逃がす気はない。

 

 粉々に砕いて二度と再生できないほどに、立ち上がれなくなるほどに、動けなくほどに痛めつけてやると思った。ここからが正真正銘、戦いのクライマックスだ、そう思った。二人の男は、そう思った。そして、二人の男と二つの敵は、再び衝突を始めたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 場所を戻して、ここはネギたちの周辺。アスナは未だに防護服(メタルジャケット)の男と戦っていた。完全に動かない状助を心配しながら、何度も防護服(メタルジャケット)の男へとハマノツルギを振り下ろす。

 

 しかし、防護服(メタルジャケット)の男のシルバースキンにより、その全ての攻撃は無効と化する。いや、防護服(メタルジャケット)の男は、そんな甘いことは許さない。徹底的に攻撃を回避し、受け流し、アスナへと攻撃を行う。アスナも当然それを回避し、もはや勝負は拮抗した状態となっていた。

 

 

「このままじゃ……、状助が……!」

 

「……」

 

 

 状助が生きているかはわからない。だが、希望は捨てない。生きる、絶対に生きている。アスナはそう言い聞かせながら、目の前の男と戦っていた。そして、生きているならば、すぐにでも治療してあげないとまずい。そう思っていた。

 

 が、それを目の前の男は絶対に許さない。させてなるものか、そう言葉にしてなくてもわかるような、信念すらも感じるほどに。目の前の男はアスナへと、何度も拳を打ち付けた。

 

 

「クソッ! こんなことになってるというのに増援も来ない……。まさか……!」

 

「そう、ここは完全に遮断された世界。誰も外からはこの事態に気が付かない」

 

「やってくれたな!」

 

 

 また、ネギたちから離れた場所で戦っているアルスは、異変に気が付いた。何かおかしいことに気が付いた。明らかに派手に戦っている。先ほどのすさまじい光と雷は、外にも伝わるほどの強烈なものだったはずだ。

 

 だというのにも関わらず、誰もこの場所へやってこない。つまり、この場所は既に、他の場所と”つながりを絶たれた”ことになる。外の場所とこの場所は、完全に隔離されてしまっている。そうアルスは考えた。

 

 すると目の前の青いローブの敵も、そのことをぽつりと語った。このゲートポートは、外とは完全に離別してしまっている。もはや助けなど来るはずもない、と。そうほくそ笑みながら、静かに語っていた。

 

 アルスはそれを悔しそうに聞いていた。やはりそうだと思ったが、してやられたとも思ったからだ。わかっていた、こうなるだろうと予想していた。だが、それでも悔しいものだった。

 

 

 そして再び場所をネギへと戻すと、ネギは歯がゆい思いで状況を見ていた。自分が状助を助けに行けば、そう思った。だけれども、この場所を離れて、後ろのまき絵たちを危険に晒すわけにもいかないと言うのもあるからだ。

 

 

「僕が治療しに行けば……、だけど……」

 

「あれはゆーなたち!」

 

 

 確かに自分以外も防衛しているが、それでも先ほどの極光がこちらを向けば、防ぎきれるかはわからない。だから、エヴァンジェリンに言われたとおり、この場を動くことができなかった。

 

 そう考えている時に、後ろのまき絵が叫んだのが聞こえてきた。まき絵は裕奈を先頭に走ってくる夕映たちを発見し、指差していたのだ。

 

 

「みなさん! これを!!」

 

「助かります!」

 

 

 そこですかさずネギは、戻ってきた彼女たちへと仮契約カードと杖を投げ渡した。夕映たちもエヴァンジェリンから治癒の魔法を教えてもらっている。彼女たちならば、状助を治療できると考えたのだ。夕映たちはそれをしっかりとキャッチし、礼をネギへと叫んだ。

 

 

「おっし! 待ってろ二人とも……!」

 

「私たちも早く東さんを……!」

 

 

 千雨はそこで気合を入れなおし、戻ってきた道を再び走り出した。カズヤと法を治療するためだ。夕映もこのまま状助を治療しようと、そちらへ駆け出した。裕奈も夕映たちをガードするように、杖を握り締めて障壁をはっていた。

 

 

「和美さんは小生の隣に……!」

 

「うん」

 

 

 また、何もできない和美は、マタムネに守られつつ、ゆっくりとネギたちの方へと歩き出した。マタムネも夕映たちも護衛したいと思ったが、まずは何もできない和美を、安全な場所へ移すことを先に選んだのだ。

 

 

「ふん、”両断! ブラボチョップ”!!」

 

「なっ!!」

 

 

 しかし、その時防護服(メタルジャケット)の男が、不意に手刀(チョップ)を繰り出した。そこには円形のゲートとゲートを結ぶ橋の役割の渡り廊下があり、それが砕け折れたのだ。アスナはそれを見て、かなり驚いた顔をした。状助の治療をさせんが為に、建造物を破壊してみせるとは。

 

 

「キャアッ!!」

 

「道が!」

 

「なんという怪力無双……」

 

 

 すさまじいその衝撃に、ゲートが大きく揺れた。その近くにいた夕映たちは、その揺れに耐えかねて膝をついて縮こまった。のどかは大きく悲鳴をあげ、ハルナは状助の下へ行くための道が破壊されたことに衝撃を受けていた。

 

 同じくマタムネも、目の前の男の手刀の威力に驚きの声をもらしていた。たった一撃でこれほどまでの破壊。おぞましい力だと。さらに、今ので夕映たちと同じように、マタムネも和美を連れてネギの下へ行くことが、不可能に等しくなってしまっていた。

 

 夕映たちは当然、飛行の魔法を教えてもらっている。だが、飛行の魔法にはある程度の大きさの杖が必要だ。夕映たちは未だに魔法使い見習いという扱い。初心者用の小さな杖はあっても、ネギが持っているような、大きな杖を持ってないのだ。

 

 裕奈も、大きな杖を持ち合わせてはいなかった。というのも、基本的に裕奈のバトルスタイルは射撃。大きな杖を持たず、小さな杖や魔法銃などを用いて、すばやく移動しつつ的確に相手を狙い撃ちするスタイルなのだ。

 

 しかし、裕奈ならば魔力強化で夕映一人ぐらいは担いで、移動することぐらいは可能だ。それでも、それを躊躇わせるのは、やはり橋を破壊した男の存在があるからだ。

 

 あの攻撃はかなり危険だ。自分の魔法障壁ですら、防ぎきれないと考えた。誰かを担いでそちらに向かった時、攻撃されればおしまいだ。裕奈はそれを考え、冷や汗を額に流しながら、どうするかを考えていた。

 

 さらに、回り込むにも周囲で激しい戦闘が繰り広げられている。安易に他の場所へ行けば巻き込まれる危険性があった。それだけに、遠回りはできそうになかった。

 

「なっ、なんてことするのよ!」

 

「ヤツだけは、ヤツだけは回復させん」

 

「何で!!」

 

 

 アスナは今の防護服(メタルジャケット)の男の行動に憤慨した。ここまで状助を治療させたくないのか。死なせたいのかと。

 

 が、目の前の男はそう言った。その通りだと、あのクレイジー・ダイヤモンドのスタンド使いだけは絶対に治癒させないと。アスナはどうしてそこまでこだわるのかわからず、たまらず叫んだ。どうしてそこまでするのかと。

 

 

「ヤツの特典(スタンド)は脅威だ。あってはならない」

 

「そんなことで死ねって言うの!?」

 

「そうだ」

 

 

 防護服(メタルジャケット)の男は、静かに言った。あの特典(スタンド)、クレイジー・ダイヤモンドは我々にとって恐ろしい存在だ。いかなるものをも修復する力は、この先生かしておいたら脅威となる。

 

 アスナはそんなくだらないことで、状助に死ねと言うのかと、怒りに任せて叫んだ。そんな勝手な事情で、人の命を失えと言うのか。そんな身勝手なことがあってたまるか。

 

 が、なんということか。目の前の男はそれを一言で片付けた。言うとおりだと、死ねばいいと。むしろ、ここで死んでもらうことを願っていると。

 

 

「そんなの! 絶対に許さない!!」

 

「強がるな……」

 

 

 アスナは本気で怒っていた。許せないと思っていた。絶対に状助を助けると、ハマノツルギをさらに強く握り締めた。ああ、許せるものか。状助を死なせるなんて、あってたまるか。

 

 状助は変だけど面白く、そして何より気が利く奴だ。小学校のことからずっと友人として親しくやってきた。最初はたどたどしく、自分たちにあまり関わりたくないような、そんな態度を見せていた。

 

 それでも自分を助けてくれた。能力(スタンド)がバレるのを怖がっていたと言うのに、それを使って助けてくれた。一緒に遊んでくれた。相談にも乗ってくれた。風邪を引いたら治してくれた。

 

 そんな状助がいなくなってしまうのは、悲しい。むしろ、悲しいとかそういう次元じゃない。きっと絶望してしまうだろう。そのぐらい、自分は彼に気を許しているんだ、そう実感できた。だからこそ、状助を絶対に助けたい。死なせたくない。

 

 アスナはずっとそれを頭の中でぐるぐると思考しながら、目の前の男を倒そうと力を振り絞る。目の前の男は強大だ。それでも、それでも諦めたくなんてない。諦めるなんてことはしない。倒す。そうだ、倒す。さらに力を入れたアスナは、咸卦の気をよりいっそう強めていく。目の前の男を、銀色の外郭の男を倒すために。

 

 

 しかし、防護服(メタルジャケット)の男は静かに言う。どんなに怒っても、どんなに荒ぶっても、どんなに気持ちを強めようとも、このダブルシルバースキンを抜くことは不可能。なんという理不尽なる防御だろうか。アスナの咸卦法による膂力でさえも、ダブルシルバースキンは破れない。

 

 故に、防護服(メタルジャケット)の男はそう考える。やめておけ、諦めろ、それ以上は無意味なことだ。防護服(メタルジャケット)の男はそう思っていた。そう言葉にしていたのだ。

 

 

 道をふさがれてしまった夕映たちは、どうしようかと考えていた。急がなければ状助が死ぬ。すでに死んでいるかもしれないけれど、そうは考えたくはない。助けられるかもしれない。それでも、目の前の橋が砕かれてしまっては、身動きが取れない状態だ。

 

 

「待って! 今私のアーティファクトでなんとかするから!」

 

「ハルナ!」

 

 

 そこでハルナはすかさず仮契約カードを用いて、アーティファクトを呼び出した。アーティファクトで再び橋を描けば、あるいは翼を描けば渡れると思ったのだ。夕映はハルナのアーティファクトに期待した。するしかなかった。この状況を打破するには、それしかないかもしれないと思ったからだ。

 

 

「うわあッ!!」

 

 

 しかし、そこへ白い剣が一本、ハルナのところへ飛んできた。そして、その剣はハルナの近くで大爆発を起こしたのだ。

 

 ハルナは驚き慌てふためき、身をかがめて目を瞑った。が、爆発自体は直撃はせず、誰かにしっかり防がれたようだった。

 

 

「大丈夫?」

 

「問題ありませんか……?」

 

「ゆーな! それにマタムネさん!」

 

 

 剣の爆発を防いだのは裕奈とマタムネだった。裕奈は高い強度の障壁を張り、マタムネはO.S(オーバーソウル)、鬼殺しを展開し、それを盾にしたのだ。そのおかげでハルナは無事だった。

 

 

「もうすぐ終わる。それまで大人しくしていてくれたまえ」

 

「貴様ァ!!」

 

 

 その剣を投げ飛ばし、爆発させたのは当然アーチャーだ。とは言え、アーチャーはハルナの命を狙った訳ではない。ほんの少し時間を稼ぎたかっただけだ。ハルナへの攻撃は命中させる気など、まったくなかったのだ。

 

 だが、そんなことなど知らない刹那は、クラスメイトへの攻撃に激怒した。この目の前の男はネギだけではなく、ハルナまで攻撃した。さらに、目の前の男の仲間は状助に致命傷を負わせた。もはや許すわけにはいかない。刹那の剣撃はどんどんすばやく、そして鋭くなっていくばかりだった。

 

 

「ふむ、そろそろか」

 

「どいうことよ!」

 

 

 そんな時、アスナと戦っていた防護服(メタルジャケット)の男が、ぽつりとこぼした。時間だ。もう終わりだ。

 

 アスナはその意味を問い詰めるように、大きく叫んだ。何がそろそろなのか、何を待っているのか。

 

 

「シルバースキン”リバース”!」

 

「なっ! 防御を一つ解いた!?」

 

 

 すると、防護服(メタルジャケット)の男はおもむろに、装備していた一つのシルバースキンを自ら解除、分解した。アスナはそれを見て驚愕した。何故、今になって突如として装備を解除したのかわからないからだ。目の前の男の意図がまったくわからないからだ。

 

 防護服(メタルジャケット)の男が一つシルバースキンを解除すると、中から海賊船長のようなシルバースキンが現れた。そして、男は大きくその名を呼んだ。シルバースキン”裏返し(リバース)”と。

 

 

「え!? どうしてこれを私に!?」

 

「すぐわかる」

 

「馬鹿にして!!」

 

 

 そうすると次の瞬間、分解されたシルバースキンが六角形のパーツの集合体となり、アスナへとまとわり付いた。さらにそれはシルバースキンの形となって、アスナに装着されたのだ。また、”裏返し”の文字通り、シルバースキンのカラーもまた反転し、ズボンとコートの色が真逆となり黒が主体となっていた。

 

 どういうことだ。この行為に意味があるのか。相手に自分の防具を装備させて、ナメているのだろうか。アスナには相手の行動の意味がわからない。目の前の男の思考が理解できなかった。

 

 それをアスナが言葉にすると、防護服(メタルジャケット)の男は目を光らせ、一言だけ述べた。意図など理解する必要はない。どうせ、すぐにその効果がわかるのだから、と。アスナはやはり馬鹿にされたと考え、再び目の前の男へと、そのハマノツルギを振り抜いた。

 

 

「っ!? 攻撃が遮断された……!!?」

 

「そうだ。能力をバラしてしまうが、我がシルバースキンは全ての攻撃を遮断する防護服(メタルジャケット)……」

 

 

 しかし、ああ、なんということだろうか。アスナの攻撃は、アスナに装着させられたシルバースキンにより、封じられてしまっていた。アスナが装備させられたシルバースキンが、六角形のパーツに分離し、ハマノツルギに巻きつくようにまとわり付いたのだ。

 

 アスナはかなりの力をこめて振ったはずのハマノツルギが、まさか自分に装備させられたジャケットによって受け止められるなど思ってなかった。だが、同時に目の前の男の行動の意味を理解した。自分の攻撃を封じるために、そうしたのだと。そして、これを装備させられたからには、もはや逃げ場はないと。

 

 防護服(メタルジャケット)の男は勝利を確信しつつも、謙虚に振舞いながら、自分の装備(とくてん)について語りだした。シルバースキンは全ての攻撃をはじく最強の鎧。無敵の防護服。地上のありとあらゆる攻撃を防ぎきる盾であると。

 

 

「そして、それを反転することにより、いかなる攻撃をも束縛する、拘束服(ストレイトジャケット)となる……!」

 

 

 さらに、それを反転させて相手に装備させれば、逆に相手の攻撃を束縛することが可能となる、と。そうなってしまえば、たとえ相手が誰であろうと、もはや攻撃すら不可能になると。これこそが最強の防御を反転させた最強の拘束、シルバースキン”裏返し(リバース)”なのだ。

 

 

「このぉ!」

 

「無駄だ……。それがあるかぎり、お前はもう捕らえられたも同然だ」

 

「そっ、そんな……!」

 

 

 しかし、アスナはやってみなければわからないと言わんばかりに、再びハマノツルギを振り抜く。それでも哀しいかな、その攻撃すらもシルバースキンリバースに邪魔され、再びハマノツルギは拘束された。

 

 防護服(メタルジャケット)の男は、もうこうなってしまえば無意味だ。完全に包囲されたと同じことだ。捕まったのと同じことだ。そう静かに語りかけた。

 

 そう、男の目的の一つ、それはアスナの捕獲でもあった。あわよくばアスナを捕らえる、それもまた、男に与えられた使命であった。

 

 アスナはそれを聞いて、とてつもないショックを受けていた。それと同時に、一つの疑惑が生まれた。目の前の男は、もしや昔自分を捕らえた連中の仲間なのではないかと。ならば、捕まってしまうのは非常に危険ではないかと。

 

 

「……つかまってたまるもんですか!!」

 

「悪あがきはよせ」

 

 

 ならば、絶対に捕まる訳にはいかない。捕まったらおしまいだからだ。全てが無に帰するからだ。魔法世界が滅びるからだ。

 

 だからアスナは、何度もハマノツルギを振り回した。拘束を破壊しようと、できるかもしれないと。何度も何度も振り回した。しかし、それも無意味だった。この拘束は絶対に解除できない。破壊できないものなのだから。

 

 故に防護服(メタルジャケット)の男はこう言う。無意味なことはやめて、大人しくしろと。これ以上逆らっても、意味なんてないと。

 

 

「ハァ……、ハァ……」

 

「もう終わったのだ。大人しくしろ」

 

「まだ……、まだよ……!」

 

「諦めの悪いやつだ」

 

 

 アスナは何度もハマノツルギを、必死に振り回した。それでも拘束は破壊できない。むしろ、振り回すたびに拘束されてしまっていた。何度も何度も、何度も何度も。

 

 その拘束を振りほどけず、アスナはついに息が荒くなってきていた。疲れてきていた。咸卦の気で強化されようとも、強靭な拘束を破壊するために力を出し続ければ、体力の消耗は大きい。

 

 目の前の男は依然として、余裕の態度だ。絶望的な言葉を投げかけ、アスナを折ろうとしている。いや、哀れみを感じてるのかもしれない。そんな声でもあった。

 

 それでも、それでもアスナは諦めない。自分のためだけではない、世界の、魔法世界のためにも。メトゥーナト(パパ)のためにも、ここで諦めるわけにはいかないのだ。

 

 防護服(メタルジャケット)の男は、やれやれという感じになってきた。これほどの圧倒的な拘束を受けても、未だ諦めずに剣を振るアスナに、しぶといヤツだと思ったのだ。

 

 

 だが、アスナがもう一度ハマノツルギを振ろうとしたその時、目の前の男の後ろに影ができた。黒い影が突如として現れ、男の後ろに立っていた。

 

 

「……え?」

 

「なに?」

 

 

 アスナはその影に、小さく驚いた声を出していた。一瞬だけ呆けた顔で、その影を見た。そして、アスナのその声に反応し、防護服(メタルジャケット)の男も不審に思った。

 

 何だというのか、どうしたというのか。何か、何か自分の背後にいる。ドドドドドドドドド、そんな効果音が聞こえてきそうな、そんな気配を男は感じた。そして、それを確かめるべく、ゆっくりと、ゆっくりと後ろを向こうとした、その瞬間だった。

 

 

「ドララララララララララララララララアァァァァァァッッ!!!」

 

「何!? 馬鹿な……!? グウオッ!?」

 

「状助!!?」

 

 

 なんと、防護服(メタルジャケット)の男は、無数の見えざる拳によって連続的に殴られたのだ。また、その男は後ろに居た人物に驚いた。そんなはずはない、ヤツが立っていられるはずがない。まさか、一・撃・必・殺、ブラボー正拳、で死んだはず。くたばったはずだ。

 

 アスナは目の前の男の影の名を、大きな声で、驚きと喜びが混じったような声で叫んだ。状助。そう、男の背後に突然現れたのは、状助だった。血まみれで倒れ、動かなくなっていた状助だった。全身血塗れになりながらも、強い意志を瞳に宿し、スタンドで攻撃する状助の姿だったのだ。

 

 

「ドラララララララァァァァッ! ドラララララララララララララララララララララララァァァァッ!!!」

 

「ううおォォ!?」

 

 

 いつにもまして、先ほどのものよりも強烈な、激烈な、苛烈なラッシュが、防護服(メタルジャケット)の男を襲った。状助が操るクレイジー・ダイヤモンドの攻撃が、倒れる前よりもより激しさを増していたのだ。渾身。もはや命すらも削っていると言っても過言ではないほどのパワーを、その拳に宿らせていた。

 

 しくじった。防護服(メタルジャケット)の男はそう一瞬思った。やはり言われたとおり、聞いていたとおり、”ジョースターの血”と言うのは侮れないものだった。

 

 ここぞという時、危機になった時、その力は爆発し、牙をむく。男は後悔した。とどめを刺し損ねたことを。真っ赤に染まりながらも、瀕死の重傷を負っているというのに、さっきよりも爆発的なラッシュの拳を放つ状助を見て。その爆撃の中心地点にいるような衝撃を身に受けながら。

 

 

「ドラァァァァァッ!!!」

 

「があッ!? ぐうゥッ!?」

 

 

 すさまじい渾身のラッシュによって、防護服(メタルジャケット)の男のシルバースキンを全て弾ぜた。再びシルバースキンは六角形の細かいパーツとなり、男の周囲に分散したのだ。しかも、今男が装備しているシルバースキンはアナザータイプの一つだけだ。もう一つはアスナに装備させ、拘束に使っていた。

 

 故に、今の男は無防備だった。弾けとんだシルバースキンから、ツンツンした黒い髪の、顎に無精髭を生やした、そこそこダンディーな男の顔が現れた。作業服を着た男が、その全貌をあらわにしたのだ。

 

 状助はそこへすかさず力を最大に込めた、クレイジー・ダイヤモンドの拳を突きたてた。ダイナマイトの爆発のような、強烈なパンチ。それが防護服(メタルジャケット)の男の顔面へと吸い込まれるかのように命中した。

 

 直撃だった。クレイジー・ダイヤモンドの拳は男の顔に深々と突き刺さると、男は血を噴出しながら、数メートルもの距離を吹き飛んだ。その瞬間、男は頭部に大きな衝撃を受け、脳が揺さぶられたのか、一瞬だが気を失った。一瞬、たった一瞬の出来事だった。

 

 男が一瞬だが、ほんのわずかな時間だが気を失ったことで、シルバースキンおよびシルバースキンアナザータイプ、両方全て解除された。そして、解除されたシルバースキンは核鉄へと戻り、男の手元へと戻っていった。

 

 

「じょ……、状助アンタ……」

 

「フッ……」

 

 

 アスナはシルバースキンリバースが解除されたことで、自由を取り戻した。血まみれで立ちながら、不敵に笑う状助を見ていた。見ているだけで、すぐに動くことができなかった。

 

 

「ちょっ、状助!!」

 

 

 しかし、その直後、状助は力尽きたようにその場に倒れ、再び動かなくなってしまった。無理もないだろう。むしろ、これほどの出血とダメージで再び立ち上がり、スタンドを操った方が奇跡としか言いようがないのだから。

 

 アスナは倒れた状助へと、すぐさま駆け寄ろうとそちらへ走った。立ち上がったと思ったら、また倒れてしまった。これ以上はもう持ちそうにない。早く何とかしなければ。そう思いながら、状助の名を叫び、焦りの表情でそっちへと駆けた。

 

 

「クッグウゥ……、油断……したか……!」

 

 

 また、状助に殴り飛ばされた防護服(メタルジャケット)の男は、口に付着した血をぬぐいながら、己の過信を悔やんでいた。してやられた、まさかあの状態で立ち上がり、あれほどの攻撃を繰り出してくるなど、思っていなかった。情けないことに、残心を失っていた。

 

 が、もう約束の時間だ、そろそろこの戦いも終わるだろう。アスナを取り逃してしまったことは大きいが、今の任務はオマケでしかない。後日、改めてお迎えにあがればよい。そう考えた男は、その場から移動し、ゲートの要石を砕いている仲間の下へと移動した。さらに、要石はすでに、砕ける寸前であった。

 

 ……この男、一瞬だけ意識が途切れたが故に、武装錬金は一度解除された。それでも意識を取り戻した直後、すぐさまダブル武装錬金を行い、再びダブルシルバースキンを武装していたのだ。すさまじい判断力と精神力のなせるワザだ。

 

 

 そして、ネギたちが守護する陣地にて、自分も役に立ちたいと願うものがいた。アーニャだ。アーニャもネギたちと共に障壁などを張り、無力な一般人であるまき絵たちを守っていた。が、それだけではなく、何かないか。そう考えて周囲を見渡していると、何か異変に気が付いた。

 

 

「ネギッ! あいつらはゲートの要石を……、世界と世界の楔を壊そうとしてる!」

 

「まさか!」

 

 

 要石、旧世界と魔法世界を繋ぐ楔。それを奴らは断ち切ろうとしている。アーニャは要石に異変が発生していることに気が付き、それをネギへと叫んだ。

 

  要石とは、言われたとおり旧世界と魔法世界を繋いでいる石だ。石、と言うよりも大きな縦に長い岩で、魔力の塊のようなものである。

 

 ネギもそんなことをすればどうなるかなど、理解していた。最悪、ここが吹き飛ぶ可能性がある、ということをだ。それでも、この状況を打破するには、一手足りない。ここを動けば、後ろの生徒たちが危険に晒される。かといって、周りも戦いで動けない。もはや、敵の目的がわかったところで、どうしようもなく詰んでいたのだ。

 

 

「それが貴様たちの狙いか!」

 

「いまさらだな。しかし、もう遅い!」

 

「クッ!!」

 

 

 そのアーニャの声を聞いた刹那は、全てを理解した。そして、目の前で戦っているアーチャーへと、それを叫んだ。だが、アーチャーはそれを聞いてほくそ笑みながら、言葉と同時に白と黒の剣を再び投げ、退却の準備を始めたのだ。刹那はそれを回避しながら、アーチャーとの追撃戦を繰り広げるしかなかった。

 

 

「まさか、ゲートを破壊する気か!?」

 

「そうだ。世界の繋ぐ楔を破壊させてもらう」

 

「テッ、テメェ!!!」

 

 

 エヴァンジェリンも、目の前の男たちの目的がゲートの破壊だと察したようだ。どういう理由で破壊するかは知らないが、このままでは危険だと考えた。

 

 それをエヴァンジェリンが叫べば、竜の騎士は淡々と答えた。その通りだ、このゲートが破壊されれば作戦は終了だと。

 

 バーサーカーはその敵の態度に、かなり激怒した様子だった。ここを破壊されればどうなるかわからないが、とにかく嫌な予感がしたからだ。相手の手の平で踊らされていたからだ。

 

 

「クッ……!」

 

「あら、もう時間? もう少し愉しんでおきたかったけど……」

 

 

 さらに、遠くで戦っていたアルスは、青いローブの敵の攻撃によりボロボロだった。あちこちが切り傷だらけ、血まみれという状態だった。それでも未だ戦う意思を失ってはおらず、敵を睨みつけていた。

 

 が、敵の方はむしろ余裕の様子を見せ、時間が来たことに残念だともらしていた。先ほどまでは待ち時間だとやる気がなかったというのに、随分と態度が変わったようだ。

 

 

「それじゃ、さようなら」

 

「なっ! がアアアッ!!!」

 

 

 青いローブの敵は、それならもういいか、遊びの時間は終わりにしましょう。そう言う感じで別れを告げると、渾身の一撃をアルスへと見舞った。そして、そのまま敵は転移魔法でその場から去ったのである。

 

 アルスはその鋭い蹴りの一突きを受け、壁の向こう側へと吹き飛ばされた。壁を突き破り、隣の部屋の壁にぶつかったアルスは、そのまま倒れ、立ち上がれぬほどのダメージを負ってしまったようだ。もはや完敗、まるで赤子の手をひねるように、アルスはボコボコにやられてしまったのだった。

 

 

「ん? 時間か」

 

「陽!」

 

「じゃーなこのか! 今度会った時こそ、オレのものになってもらうからよ!!」

 

「待っ……!」

 

 

 木乃香と戦闘していた陽も、時間を悟って退却を始めた。それを追うように木乃香が走るも、最後に捨て台詞を吐いた陽は、そこから姿を消したのだ。木乃香は陽が消える寸前に、声をかけようと駆け寄ったが、すでに遅く、そこで悲壮に満ちた表情をすることしか、できなかったのであった。

 

 

「……私も退却とするとしよう」

 

「逃がすかッ! チッ!!」

 

「奴らめ……、これほどまでの速やかな撤退ができるとは……」

 

 

 すると、エヴァンジェリンとバーサーカーを相手取っていた竜の騎士も、退却を開始した。もはやこの場に用はない。速やかに撤退するべし、と言う様子で、最後に特大のギガデインを目くらましに使い、さっさと転移していった。

 

 バーサーカーも竜の騎士を追うも、ギガデインに阻まれて逃してしまった。エヴァンジェリンも、この撤退のすばやさは、最初から入念に計画されていたとしか思えないと、しかめた顔で考えていた。

 

 さらに、楓と戦っていた黒いローブの敵も、小太郎と戦っていた大きな白い帽子の敵も、既に撤退をはじめていた。もはや要石が砕けるのも時間の問題。要石の破壊を行っているものの防衛は、あの銀色の男だけで問題ないと判断し、転移していったのである。

 

 

 そして、場所はカズヤと法へと移せば、こちらも最終局面となっていた。カズヤは何度もスーパーピンチを砕くも、砕くたびに再生するスーパーピンチに苦戦していた。しかも、相手は何度もアルターを砕かれようと、まるで消耗が無い様子だったのだ。

 

 また、カズヤの特典(アルター)シェルブリットの強化型は、一発撃つだけでも腕に大きな反動を受けてしまう。おかげで、かなり消耗を強いられており、もはや右腕を左手で押さえながら、苦悶の表情を見せるほどであった。

 

 法は法で、中々の接戦を強いられていた。漆黒の甲冑の敵は、中々どうして動きがよく、法のアルター、真・絶影の攻撃を防ぎ、しっかりと反撃を行ってきた。そのすばやさとパワーは法が想像した以上のものであり、法も随分とダメージを負った様子であった。

 

 が、漆黒の甲冑の男もやはりどこか妙だった。人間的な動きと言うより、超精密機械のような、そんな印象を法は受けたのだ。

 

 

「ハハハッ……! ……」

 

「! ……了解……」

 

 

 しかし、敵の様子が突然おかしくなった。高笑いしながら、スーパーピンチを操っていた男が、突如として笑うのをやめた。漆黒の甲冑の男も、何者かと交信しているかのような声を出し、二人は撤退をはじめたのだ。

 

 漆黒の甲冑の敵はすぐさまスーパーピンチの手に乗り、スーパーピンチの操縦者とともに浮かび上がった。そして、天井を破壊すると、その場所へと目がけて赤色の鳥型のロボットが飛んできたではないか。

 

 これぞ、スーパーピンチのサポートメカである大いなる翼、ピンチバードだ。当然このピンチバードもアルターであり、スーパーピンチを操る男が作り出したものだ。そのピンチバードはスーパーピンチを鳥のような足で掴むと、その場をすさまじい速度で飛び去っていったのだ。

 

 

「テメェ逃げる気か!? ぐううゥゥッ!!! クソ……! シェルブリットを撃ちすぎたか……!」

 

「待て、貴様!! グッ……!」

 

「お前ら!!」

 

 

 カズヤは逃げる相手を追うように攻撃をしかけるも、いきなり右腕のシェルブリットが暴走を始めたのだ。右腕が大きく痙攣し、まるで言うことを聞かない。カズヤはシェルブリットを撃ちすぎたと考えながら、激痛と暴走で右腕を押さえ、苦痛に耐えていた。

 

 法も敵を追おうと試みるも、アルターが受けたダメージがフィードバックしており、力尽きるように膝を突いた。法は法で、かなりアルターを消耗し、能力が減退してしまっていたのである。さらに真・絶影は操るのに負担が大きく、もはや能力発動限界(オーバーシュート)寸前だ。故に、法の額は斜めに割れ、血を流していた。

 

 そこへ駆けつけるかのように現れた千雨であったが、もはや既に遅かったと言える。杖を握り締め、苦悶にゆがんだ表情を見せる二人を、何とか治癒しようと急いでいた。それでも、カズヤと法のいる場所までは、まだ少し遠い。この間にも、すでに要石が砕かれようとしていたのだ。

 

 

「マズイ! 魔力が暴走する……!!」

 

 

 このままでは、要石が破壊された時に巻き起こる魔力の暴走で危険だ。アーニャも、要石が砕かれたのを見て、コレはマズイと思った。魔力の暴走が始まる、そう叫んだ。

 

 が、遅かった、遅すぎた。全てが遅すぎた。一手遅れた。そう、そんな状況だった。ついに砕かれた要石が、そのたまった魔力を放出し、暴走を始めたのである。そして、要石を砕いていた敵の仲間も、その防衛の為に隣にいた防護服(メタルジャケット)の男も、スッと転移して消えていった。

 

 

「強制転移魔法だと!?」

 

「何がどうなってやがる!」

 

「貴様ら! 早く一箇所に集まれ!」

 

 

 さらに、ここでネギたちの足元に魔方陣が現れた。それは強制転移魔法だ。バーサーカーはそれが一体何なのかわからず、混乱した様子を見せていた。また、それに気が付いたエヴァンジェリンは、その危機をネギたちへと伝えるべく叫んだ。

 

 また、同時にその魔法の無効化も試みていた。しかし、中々頑丈に編み出された強制転移魔法のようで、突然のことということもあり、そう簡単には破壊(レジスト)できそうにはない。頼みの綱のアスナもそれどころじゃない様子であり、状助へと駆け寄るのが精一杯だった。

 

 

「みんな!! 集まって手を……!!」

 

 

 ネギはエヴァンジェリンの警告を聞き、すぐさま全員に集まって手を掴むよう叫んだ。しかし、それも遅かった。二手遅れた。魔力が光り輝き、周囲に極光が発せられた。

 

 

「では、私もそろそろ退かせてもらうよ」

 

「何! グッ!」

 

「だが、何も無しに帰るのは忍びないのでね……!」

 

 

 そんな状況だと言うのに、最後の最後まで残っていた敵がいた。アーチャーだ。彼は刹那との戦いに、未だ興じていたのだ。

 

 アーチャーは自分も危険なので、そろそろ退場すると言い、周囲に飛び交う夫婦剣を連続的に爆破した。刹那はその爆風を受け、アーチャーから遠ざかり身を守ることに徹するしかなかった。

 

 が、アーチャーが一人だけ、意味も無くここに残っていた訳ではない。ここまで魔力が暴走を始めている危険な状況下に、身を置いておく必要はない。アーチャーは最後の最後、でかい花火を打ち上げるためだけに、この場に残っていたのだ。

 

 

「さて、これは君たちの新たな旅路への、私からのささやかな選別だ。受け取ってもらうとしよう」

 

 

 アーチャーは独り言をこぼすと、再び弓を投影した。さらに、もう一本、強力な剣を投影したのだ。その剣は螺旋状の刀身を持つ剣。カラドボルグ、そう呼ばれた剣の改良型(アレンジ)偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)だ。

 

 アーチャーは弓とそれを握り、高く高く飛び上がった。ゲートの天井付近まで到達するほどの跳躍だ。そこで、まるでそれが置き土産と言わんばかりに、その螺旋状の刀身を持つ剣を、そっと弓に構えたのだ。

 

 

「我が骨子は捻れ狂う……」

 

 

 高所から低所へ、矢を構えるアーチャー。呪文のような言葉を口走ると、螺旋剣は矢のように細くなり、光り輝いた。また、その矢へと膨大な魔力が流れ込み、まがまがしいオーラが矢から溢れんばかりに放出されていた。

 

 

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!!」

 

 

 そして、転移寸前、魔力爆発寸前の状況下にあるネギたちへと、その真名と共に、矢を解き放った。矢は瞬間的にゲートへ到達、すさまじい魔力爆発が発生した。狙った場所は要石が存在した場所。要石の破壊による魔力暴走と、アーチャーの矢の魔力爆発により、すさまじい衝撃波が発生したのだ。

 

 

「うわああああああああッ!!」

 

 

 もはや、もはや白一色の世界。目を開けていられないほどの光が、ゲートを包んだ。その爆発と暴走の規模は膨大であり、光と同時にゲートポートの建造物の天井が全て、跡形もなく吹き飛んだ。当然、そんな状況下に置かれたネギたちは、なすすべもなく悲鳴を上げることしかできなかった。

 

 

「さらばだ諸君。いや、また会うだろうがな……!」

 

 

 そんな状況を脱し、転移する前に一言残したアーチャー。計画はうまくいった。これで魔法世界編の第一歩が始まった。そう考えながらアーチャーは、再会を待ち望む様子でニヤリと笑い、転移魔法で消えていったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:不明、スーパーピンチのアルター使い

種族:人間

性別:男性

原作知識:不明

前世:30代おもちゃメーカー社員

能力:自分の意識で操れるロボット型アルターでの物理攻撃

特典:スクライドに登場するアルター、スーパーピンチ

   スーパーピンチをいのままに操る

 



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魔法世界編 分断と判断
百二十五話 不安


 メガロメセンブリア、魔法世界の首都。その場所にある、旧世界と魔法世界をつなぐ橋、ゲートポート。普段は静かなその場所だが、今は騒然とした光景となっていた。なんということか、ゲートポートの建造物の天井がほとんど吹き飛び、悲惨な状態となっていたのだ。そこから白い煙がとめどなくたちこめていたのである。

 

 

「なんてこった……」

 

 

 そのゲートポートを首都の方から眺める男が一人、目を見開いて驚いていた。名はガトウ。ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ。無精髭と横長方形の眼鏡の男。タカミチの師であり、身請け人であり、かつてはナギ・スプリングフィールドとともに戦った、紅き翼のメンバーの一人だ。流石に過去の戦いから年月が経ち、顔には多少しわが増え、老いを感じさせていた。

 

 

「やられたか……、クソッ!」

 

 

 ガトウはゲートポートの状況を見て、しかめた顔で悔やんでいた。いや、むしろこうなることなど予想していなかった。ナギの息子であるネギを、ゲートポートにて迎えようとしていただけだ。だというのにこのような結果になるなどと、思っても見なかったのだ。

 

 

「奴ら、はじめからこれを見越しての行動だったってのか……」

 

 

 ガトウは本来ならば、もっと前にゲートポートへ到着している予定だった。だが、何者かが首都へ無差別的に攻撃を行い、それの対処をしていたのだ。

 

 犯人は転移により逃亡。被害は見た目は大きいように見えるが、それほどではなかった。死者、重傷者はゼロ、建造物の損壊はあるものの、たいしたものではなかったのだ。さらに、襲われた首都の場所は、ゲートポートから遠く離れており、ゲートポートからは見ることができない場所でもあった。

 

 この不可解な事件は、もしやゲートポートの事件とかかわりがあるのではないか。いや、その首都で暴れたものが、ゲートポートから目を背けさせるための囮だったのではないか。ガトウはそう考え、やられたと思っていた。

 

 

「チッ、とりあえずタカミチに連絡するしかねぇか」

 

 

 とりあえず、弟子であり仲間でもあるタカミチに、この状況を連絡することにした。ゲートの状態がここからでは見えないものの、今ならまだギリギリだろうが、向こうからこちらへ渡れると考えた。しかし、ギリギリのギリギリ、スピード勝負だ。早急な伝達が必要だ。

 

 さらに、これほどの事件なのだから、明らかに大規模な組織が関わっているのではないかと言う、嫌な予感も感じていたからだ。

 

 

「ネギとカギ、だったな……。そんでもって嬢ちゃんも……、無事でいてくれよ……」

 

 

 まずはガトウはゲートの現状を調べるべく、そちらへと足を向けた。ゲートの現状を調べ、タカミチに連絡するためだ。また、ナギの息子、ネギとカギと、黄昏の姫御子たるアスナの無事を祈っていたのだった。

……まあ、カギはこの事件に巻き込まれてはいないのだが……。

 

 

 ガトウがこのゲートポートの参上を知った同時刻、同じようにゲートポートへとやってきたものがいた。

 

 

「フェイト様! アレを!!」

 

「遅かったか……」

 

 

 それはフェイトご一行であった。フェイトは皇帝から命じられ、この場へと足を伸ばしたのだ。が、時既に遅し。ゲートは見るも無残な状態で、煙がたちこめていたのであった。

 

 フェイトの従者の一人である暦が、その惨状なゲートへと指を伸ばし、驚きの声を出していた。フェイトもまた、ここへ来るのが遅かったと嘆いていた。

 

 と言うのも、フェイトは皇帝から、このゲートが危機に晒されるだろうと教えられていた。当然、皇帝のその知識も協力的な転生者から提供されたものだったが、ネギたちの護衛を頼むと任されていたのだ。

 

 フェイトも最初は、敵対していたナギの息子を護衛する身になるとはと、皮肉が利いていると思っていた。しかし、この現状を目の当たりにした時、そんな考えは吹き飛んでしまった。

 

 

「まさか、ここへ来る途中襲ってきたのはこのためだったか……!」

 

「どうしましょう……」

 

「不覚……!」

 

 

 フェイトは随分早く、ここへ来るようにしていた。だが、フェイトもまた、謎の敵の襲撃を受けたのだ。相手はすさまじい魔力を持った魔族であり、炎の魔法を得意としていたようだった。こちらの命を狙う気はなかったのが幸いした、というほどに、その敵は強敵だった。あの竜の騎士と同格か、それ以上の存在だったと、フェイトが思ったほどであった。

 

 そのせいで到着時間が随分と遅れ、着いてみればこの状況。まさに、はめられたと言わんばかりだ。フェイトはそれを無表情ながらに悔やむ声を出し、従者たちはおろおろとするばかりだ。同じく従者となった転生者のランスローも、先の襲撃にて敵にいいようにされたことを、情けなく思っていた。

 

 

「皇帝にどういい訳していいやら……」

 

「奴ら、中々計画的だったようです。この場所を欺くために、数多くのデコイを用意したのかと……」

 

「まんまとひっかけられたって訳か……」

 

 

 皇帝からの使命、任務失敗。どう報告したらよいだろうか、そうフェイトは考えた。いや、もしや、皇帝はこうなるだろうと考えていたのではないだろうか。自分たちが失敗する可能性を、すでに考慮していたのではいか。そう思うほどであった。

 

 ランスローはひざまずきながら、フェイトへと意見した。この敵は非常に計画的だと。さらに大規模な集団で、ゲートから意識をそらすため、多くの敵を配置していると。

 

 と言うのも、謎の敵は首都やフェイトたちだけを襲っていたのではない。世界全体の大きな都市なども襲撃を受けていたのだ。そして、全ての襲撃においても、死者、重傷者ゼロ、被害も最小という状況だったのだ。

 

 しかし、襲われたのは都市だけではない。魔法世界にある、このメガロメセンブリアのゲート以外の、他の10箇所のゲートも同時に襲撃されていたのだ。このメガロメセンブリアのゲート襲撃と同時に、他のゲートも破壊されていたのである。

 

 かなり統率の取れた組織的犯行。つまるところ、元々フェイトが所属していた、完全なる世界の犯行に他ならないだろう。フェイトはそれを考えると、いっぱい食わされたか、と思った。

 

 そして、これほどまでの行動をするというのは、やはりアルカディアの皇帝や他の”転生したもの”の行動を視野に入れているのだろうと考えた。ならば、確かにつじつまがあうだろう。

 

 ゲートを襲撃する前に、関係のない場所で暴れる。被害を最小限にしつつ、かなり派手に、目立つようにだ。そうすれば何者かがゲートを守ろうとしても、そこへ行かざるを得なくなる。その守ろうとするものこそ、皇帝の部下であることを考慮している可能性すらあった。

 

 また、そうなれば、どうしてもゲートの守備は手薄となる。そのタイミングでゲートを襲撃、破壊と言うのが、敵の作戦だった。いやはや、敵は随分と優秀のようだ。

 

 

「……ナギ・スプリングフィールドの息子だったか……。個人的に興味があったんだけど……」

 

 

 フェイトはそこでふと、未だ見ぬナギの息子、ネギのことを考えた。あのバグの中のバグ、ひょうきんでぶっとんだナギの息子。どんな人間なのか、どんな性格なのか、どれほどの強さなのか。多少なりと興味があった。

 

 が、この現状、生きているのか、死んでいるのかすらわからない。とりあえず、ゲートの状況を確認した後、皇帝に一報送る必要があると、フェイトは考え行動を開始したのだった。

 

 

 さらに同じように、破壊されたゲートポートを眺めているものが、一人いた。一人、たった一人、ゲートポートが浮かぶ海の上で、その光景を見てほくそ笑む男がいた。

 

 

「フフフフフフ……、やはり来ましたか……」

 

 

 坂越上人、否、真の名はナッシュ・ハーネス。転生者にてメガロメセンブリア元老院議員まで上りつめた、サングラスのいけ好かない男。彼は海の上を自らの超能力(とくてん)で浮きながら、ニタリと笑って一人ごちった。

 

 

「待っていましたよ、あなた方がここへ来るのをねぇ……」

 

 

 ようやく、ようやく来た。彼らが、ここへやってきた。我が計画が達成される時が来た。ナッシュはそう考えると笑いが止まらないようで、ニタニタといやらしい笑いを見せていた。計画通り、すべてがうまく行っている。ことが思うように進んでいる。そう考えるだけで、笑いがこみ上げてくるというものだ。

 

 そも、このナッシュ、転生者として原作知識を持っている。ゲートがこうなることもすでに予想済み。今後の展開もある程度予想できる。が、彼が欲しているのはネギなどではない。同じ転生者のカズヤと法だ。二人の力こそが、このナッシュの計画に必要なものなのである。

 

 

「さて、盛大な”祭り”の時のために、色々と用意しておかなければ……」

 

 

 ナッシュは今後の計画の為に、さらなる準備を怠らないようにと、独り言を口にもらした。そして、ゲートに背を向けると、そのまま瞬間移動でこの場から去っていった。ナッシュが去った後には、波の音と風の音、それにゲートが爆発したことで、慌てて駆けつける人々の足音や騒ぎ声だけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同時刻、ウェールズの田舎の村。ネギの故郷の一つの家。そこには残された少年が一人、久々の自分の布団の中で、ぐうぐうとよだれをたらしてみっともなく寝ていた。

 

 

「ふあああー!」

 

「兄貴!! やっと目覚めたかー!」

 

「おう! グッモーニン! ……なんか……明るくね……?」

 

 

 そして、ようやく、本当にようやくカギが目を覚ますと、最初に目に入ったのは慌てて叫ぶカモミールの姿だった。二番目に目にしたものは、太陽が少し空に登り始めた、明るい日差しであった。

 

 

「そりゃ待ち合わせから2時間ぐらい経っちまってるからな……」

 

「え? マジ?」

 

「マジの大マジっスよー!!!」

 

 

 カギは不思議と明るい日差しを見て、疑問に思いそれを尋ねた。それを聞かれたカモミールは、待ち合わせよりも2時間も経っていることを、がっくしした様子で言うではないか。

 

 するとカギはまるで現実味がなさそうな顔で、本当なのかと再び尋ねた。いや、流石に2時間も寝過ごすとかありえんだろ。おかしいだろと思ったんだ。

 

 だが、カモミールはそれに叫ぶようにして答えた。本当だ、マジなんだ。むしろ嘘だと言うのなら、嘘であってほしいぐらいだ。そう言いたそうな様子で、それを絶叫していたのだった。

 

 

「オー! ノー! なんてこったい! もう駄目ズラ! 終わったズラ! どうすんのよこの状況ー!!」

 

「何度も起こしても起きない兄貴が悪いんですぜー!!!」

 

「ちくしょー! 昨日は興奮して中々寝付けなかったせいだぜ! きっとよー!」

 

 

 それを聞いたカギは、ついに混乱しだして両手で頭を抱えながら、これはもう駄目だと早口な言葉で叫び始めた。どうすんだこれ、どうすんのこれ。頭をかけえたカギは、首を大きく振りはじめ、ヤバイヤバイとかなり焦りだした。

 

 と言うか、それも全部まったく目を覚まさないカギが悪い。ネギやカモミールは何度もカギを起こそうとしたのに、まったく起きないのだから仕方がない。カモミールは若干興奮した様子で、それを大いに叫んでいた。

 

 カギだって、そんなことは言われなくてもわかっている。カギは昨日の夜、初めて行く魔法世界に興奮が収まらなかった。それでまったく眠気が起こらず、眠れたのは朝になる前だった。まるで小学生、と言われても仕方ないような、そんな状況に嵌ってしまっていたのだ。

 

 さらに、元々寝坊癖があったカギは、いつもどおり寝過ごした、というのもある。いつも朝早く起きていれば、ここまでにはならなかっただろう。全部カギの自業自得が招いた悲しい結果だ。

 

 

「あーどうするんだよこれ!! もう魔法世界に行けねーぞ!!」

 

「もう一度ゲートを開いてもらったらどうですかい?」

 

 

 カギはもはや、魔法世界入りを諦めていた。無理だと思った。不可能だと考えた。カモミールはそんなカギへ、ならば再度、だめもとでゲートを開いてもらえばと進言した。

 

 

「ゲートはぶっ壊されちまうんだよー! もうだめだー!」

 

「なんでそんなことに!?」

 

「知らねぇーよー! どうする! どうする!?」

 

 

 が、カギはここでも”原作”標準な考えをしていた。ゲートは完全なる世界によってぶっ壊され、使い物にならなくなる、ということを思い出していた。そうだ、原作だとゲートは吹っ飛んでダメになるんだ。もう駄目だ、おしまいだ。そうカギは考えた。まあ、実際ゲートは吹っ飛ばされ破壊されているので、間違いではないのだが。

 

 カモミールは普通に考えたらそんなことはありえないと思ったので、何で? と言う顔で叫んでいた。が、カギもゲートを破壊した理由なんか、どうでもよくなっていた。なので、更に慌てた様子で、ただただうろたえるばかりであった。

 

 

「あっ!!」

 

「何かいい案でも見つかったんですかい!?」

 

 

 しかし、そこでカギはふと思い出した。今ならまだギリギリ間に合うのではないか? そう思った。それを変な顔で思い出すと、カモミールはカギが名案が浮かんだのかと、それを尋ねた。

 

 

「そうだ、そうだよ! まだ間に合うぜー!」

 

「本当か!!?」

 

「おう!」

 

 

 魔法世界へ行くならまだなんとかなる。そういえば、原作でもギリギリのタイミングだったが、タカミチらが魔法世界入りを果たしていた。ゲートの魔力が消えるまでの間ならば、まだチャンスがある。そうカギはひらめいた。

 

 故に、テンションがうなぎのぼりになったカギは喜び叫び、カモミールもそれならよかったと笑っていた。

 

 

「早速あのタカミチに連絡だ! 多分そろそろ動いてる頃だろうぜ!」

 

「何がなんだかわからねぇが、兄貴が魔法世界へ行けるならそれでいいぜ!」

 

 

 ならば、早く動いた方がいい。今頃、ゲートが破壊されて慌てているころだろう。そろそろタカミチにも連絡が行くはずだ。それに便乗し、一緒に連れてってもらおう。そうカギは考え、早速タカミチへと連絡しようと行動を開始した。

 

 カモミールもカギの作戦があまり理解してない様子だったが、とりあえずカギが魔法世界へ行けるならばと、安堵した顔を見せたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ……アスナは何もない真っ白な世界を歩いていた。ここはどこなのだろうか。そう考えながら、ゆっくりと歩きながら、辺りを見回していた。

 

 

「ネギ……? みんな……?」

 

 

 すると、顔の見知った人たちが、次々に現れ、そして消えていった。ネギや木乃香や刹那、その他のクラスメイトたち、誰もが自分の顔を見た後に、後ろを向いて消えていった。

 

 

「みんな! どこ行くの!?」

 

 

 アスナはその去っていくネギたちを追うも、まったく追いつけない。誰も彼もがそこから立ち去り、アスナは焦りと不安を覚えた。

 

 

「状助?」

 

 

 さらにそこへ、状助が現れた。状助は無言で微笑みながら、光を前にアスナをじっと眺めていた。そんな状助へ、アスナは不思議そうな顔でその名を呼んだ。

 

 

「どこ行くのよ!」

 

 

 しかし、状助も何も言わず、そのまま光の中へと去っていった。まるで、この世からいなくなってしまうような、そんなはかなさがあった。アスナはもう状助に会えないのではないか、そんな漠然とした不安を感じ、手を掴もうと必死に走った。

 

 

「ちょっと待って! 状助! 待……っ!」

 

 

 それでも、いくら走れど、何度も足を速めようとも、状助には追いつけない。状助へ待つように叫ぶも、まったく反応すらない。()()間に合わないのか、そんな気持ちに胸を締め付けられながらも、それでもアスナは状助を追った。そして、必死に追いかけて手を伸ばすも、状助はそのまま光の中へと飲み込まれ、消えていった。

 

 

「状助――――ッ!!!」

 

 

 アスナはそこで大きく叫び、目を見開いて手を伸ばした。すると、目の前に青い空と緑の木々と、見知った顔が目の前に映った。

 

 

「アスナさん! 大丈夫ですの!?」

 

「いいんちょ……?」

 

 

 その顔はあやかだった。そして、先ほどまでの光景は、アスナが見ていた夢だったようだ。あやかはうなされていたアスナを見て、驚いた様子で語りかけていたのである。

 

 アスナは汗ばんだ体を持ち上げ、心配するあやかの顔を見ていた。まだ、頭がはっきりしていないのか、何故ここにあやかがいるんだろうかと、不思議に思っていたのだ。

 

 

 ……アスナはあの爆発の時、転移するよりも一瞬早く、あやかの手を掴むことに成功した。あやかはこの事態がよくわかっていなかったが、アスナの鬼気迫る表情に、異常な事態であることは呑み込むことができた。そして、二人はこのどこかもわからない大森林へと飛ばされてしまったのである。

 

 

「……大丈夫、ちょっと悪い夢を見ただけだから」

 

「本当でしょうか? 顔色が悪いようですが……」

 

「大丈夫だって! このとおり!」

 

「アスナさん……」

 

 

 アスナはこの前に何があったかを思い出し、手を額に当てながら、心配するあやかへ問題ないと述べた。だが、あやかはアスナの顔色がかなり青いことを見て、まったくそんな気はしなかった。

 

 大丈夫だと言っても心配の色を見せるあやかへ、アスナは力こぶを作るようなポーズをして見せ、自分が元気だという証拠を見せた。これであやかの不安と心配が消えるならば、そう言った感じだった。

 

 それでもあやかには、むしろアスナがそうやって無理をしているように見えた。自分を心配させまいと、不安にさせまいと、わざと元気であるかのように振舞っている。そんな風に感じていた。

 

 

「早く人がいる場所を探さないと! いいんちょはそれでなくともお嬢様育ちなんだから!」

 

「私だってこのぐらい、なんともありませんわよ!」

 

「それじゃ、今日も張り切って歩こっか!」

 

「そうですわね!」

 

 

 しかし、アスナはそんな陰鬱な雰囲気を吹き飛ばそうと、必死で声を張り上げた。昨日からずっと何もない森をさまよっているだけだ。人がいる町や村を、早く見つけようと、意気込みを叫んだ。それに、あやかは大きな屋敷で育ったお嬢様。こんな生活は耐え難いだろうと、それなりに気を使っているようだった。

 

 そんなアスナの言葉に、あやかも元気よく反論した。確かにずっと暗いのはよくない。アスナが無理をしてでも雰囲気をよくしようとしているなら、それに乗っかるべきだ。あやかはそう考えながら、この森での生活ぐらいなんら支障はない言って見せたのである。

 

 ならば、早速今日も町を捜して歩こう。アスナはそう笑って言うと、あやかもそれに同意した。とにかく人がいる場所を求め、二人は再び朝の森を歩き出したのであった。

 

 

「……」

 

 

 森の中は当然危険がいっぱいだ。野生の魔物が徘徊し、翼竜までもが空を縦横無尽に飛びまわっている。それの目を避けながら、あるいはアスナが戦いながら、ゆっくりと先に進んでいった。

 

 あやかはそんなアスナをずっと見ていた。元気に先導し、あるいは自分を守る盾となり、必死に戦う姿を見ていた。

 

 アスナは本当に強い。昔から見ていたのに、こんなに強い娘だったなんて、まったく知らなかった。あやかは素直にそう思えた。強さとは力だけではない、精神的な部分も含めてだ。

 

 このような状況になったというのに、混乱した様子も見せず、自分に気を使ってくれている。そんなアスナを見て、あやかは感謝と同時に、何か危うさも感じていたのだ。

 

 今のアスナには、どこか影が差している部分がある。あやかは、それもはっきり認識していた。確かに普段どおりの笑顔をこちらに向けているが、どことなく無理をした笑顔だからだ。やはりアスナはつらい気持ちを隠している。自分のためだけでなく、どこかアスナ自身、何か大きな不安を抱え込んでいると、あやかは思った。

 

 

「いいんちょ、疲れてない?」

 

「ええ、少し……」

 

「そうね、ここで少し休もうか」

 

 

 順調に森を切り抜けるアスナとあやか。だが、流石に朝から歩きっぱなしという訳にはいかない。アスナは咸卦法で身体能力を強化できるが、あやかはそれができない普通の一般人だ。

 

 そこで、疲れの色を見せ始めたあやかへ、アスナは疲れたなら休もうと提案した。あやかもこの先のことを考え、無理はよくないと判断し、その提案をのんだ。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 アスナとあやかは倒れた樹木を椅子がわりにし、そこへ腰を下ろし休憩をはじめた。しかし、つかの間の休息だというのに、二人の間にはまったく会話がなかった。

 

 アスナは少しうつむきながら、何やら考え事をする様子を見せていたからだ。あやかがそれを見て、声をかけるべきか迷っていたからだ。それでもあやかは、やはりこのままアスナが無理をするのは良くないと思った。なので、静かにうつむいているアスナへと、そっと声をかけたのだ。

 

 

「アスナさん?」

 

「へっ!? なっ、何!?」

 

「何を驚いてますの?」

 

 

 本当にさりげなく、あまり大きくない声で、あやかはアスナの名を呼んだ。すると、アスナは普段なんでもない、いつもどおりの変哲のない呼び声にも関わらず、大きく跳ね起き驚いた。

 

 あやかは、まるで授業中に居眠りをして、そんな時に質問をされる生徒のような態度のアスナに、なんでそこまで驚くのかと考えた。そして、やはりアスナは無理をしているとあやかは思った。

 

 

「……アスナさん、少し、いえ……、だいぶ無理をなさってません?」

 

「え?」

 

 

 あやかは静かに、それを切り出した。先ほどからアスナはずっと、何か物思いにふけ、つらそうな顔をしていた。何と言うか、見ていられないのだ。何か悩みがあるならば、話して欲しい、あやかはそう思ったのだ。

 

 アスナはそんな突然の質問に、一瞬ドキッとした顔を見せた。いきなりそう言われ、もしやまたしてもあやかに心配をかけてしまったのかと、そう思ったからだ。

 

 

「別にそんなことないわよ! 全然無理なんてしてないって!」

 

「いいえ、やはり無理してますわ」

 

「ないってば!」

 

 

 故に、あやかを安心させるかのように、アスナは必死に元気だと笑った。体をあちこち動かし、ポーズをきめ、問題ないことをアピールしたのだ。

 

 が、それでもあやかには、その行動そのものが無理をしている証拠だとわかった。普段のアスナならばもう少し静かに、特に問題ないと話すはずだ。何言ってんの、という顔をするはずだ。あやかはアスナと付き合いが長い。アスナが今、おかしなことなどお見通しなのだ。

 

 それでもアスナはそれをむきになって否定した。そんなことはない、無理なんてしていない。そう叫んだ。

 

 

「アスナさん……、ここに来てからというもの、ずっと気を張りっぱなしみたいですし。少し力を抜いた方がいいと思いますけど……?」

 

「それは……」

 

 

 そんなアスナの必死の否定すらも、あやかには痛ましく思えた。やはり、どこか無理をしている。この場所へ来てから、ずっとこの調子だ。このままではいずれ、何らかの形で爆発してしまう。その前に、少しでも休んで欲しい、あやかはそう静かに言葉にした。

 

 アスナはあやかのその言葉に、少したじろいだ。あやかの言っていることは、間違ってはいないからだ。無理をしていない、というのはやはり嘘で、どこかしら無理をしていることを、アスナ自身も感じているからだ。

 

 

「それに今も何か考え事をしているようでしたし……」

 

「う……」

 

 

 また、あやかは今のアスナの様子を見て、何やら思いつめているのではいか、とも思った。アスナは、ズバズバと図星を当てられて、少しひるんだ様子を見せていた。

 

 

「……こんなことにいいんちょを巻き込んだから、悪かったって。ゴメンね」

 

「それのことでしたら、昨日も申し上げましたでしょう?」

 

 

 そこまでわかっているのなら、その理由を話した方がいいだろう。アスナはそう考えたのか、静かに小さく、自分がそうしている理由をぽつりぽつりと話し出した。

 

 その理由は、やはり無関係なあやかを、こんなことに巻き込んでしまったという負い目からだった。実際はアーチャー軍団が勝手にやらかしたことだ。しかし、アスナは自分の身分を理解しているので、自分を狙ってきたからこうなった、と思い込んでいたのだ。

 

 それに前からずっと、こうなる可能性を考慮していた。だというのに、何もできなかった。みんなを巻き込んでしまった。そう考え、あやかにとても気を配っていたのだ。

 

 ただ、あやかはそのことについて、昨日、強制転移してきた時にも話したと、特に気にした様子もなく語った。と言うのも、アスナが今言ったことは、もうあやかへ話したことだった。こんなことに巻き込んでゴメン、すでにそう謝ったことだった。なのであやかにとってこのことは、済んだこととして片付いていたのである。

 

 

「ここに来てしまったのは自業自得、あなたたちに付いてきた私が悪いんですから」

 

「そ、それもあるけど……」

 

「あの事故はあなたが悪い訳でもないでしょう?」

 

 

 それに、このことはあやかも自分に非があることを理解していた。まき絵たちを必死で止め、あの平原の片隅に戻ってきていれば、このようなことにはなっていなかった。それができずに流されて、ここへ来てしまった。ならば、それは当然自分に責任があると、あやかは思っていた。故に、それ自体はアスナのせいではないと思っていたのだ。

 

 あやかはそれを、説明するように述べた。アスナはその言葉を聞いてもなお、納得のいかない顔を見せていた。

 

 アスナは昨日同じ台詞を聞いていた。だが、それでもアスナは納得してはいなかった。やはり、巻き込んだということに対して、かなりの罪悪感があるからだ。

 

 そんな顔をするアスナを見て、少しため息をまじえながら、気にしすぎだと思ったあやか。あの事故はアスナが悪い訳ではない。まったく何も知らない自分が見ても、それは明らかだとあやかも理解していた。

 

 

「むしろ……、それとは別のことで悩んでいるのでは?」

 

「……何をよ……?」

 

 

 また、あやかはアスナが悩んでいることは、これだけではないことを見抜いていた。自分のことだけではない。何か、もっと大きな事柄がアスナを苦しめていると。

 

 それをあやかは、じっとアスナを見ながら少しずつ話し始めた。アスナは何かを悟られたと感じながらも、それ以上悟られまいと、冷静な態度をとりつくろって見せた。ただ、そんな冷静に見せようとする表情にも、どことなく暗い雰囲気がかもし出ていた。

 

 

「……東さんのこと……、とか……?」

 

「……!」

 

 

 そこであやかは核心を突いたことを、小さく口にした。東状助。あの時、死にそうになっていた男子。自分の友人。もしかしたら、いや、絶対に、彼のことが一番心に引っかかっているのではないか。あやかはそう考え、彼の名を出した。

 

 すると、アスナは一瞬目を見開き、悲痛な表情を見せたではないか。アスナがもっとも後悔していたこと、それは状助を助けられなかったことだ。あの状助の手をつかめなかったことだったのだ。

 

 

「……やはり……、そうでしたのね……」

 

「……」

 

 

 ああ、思ったとおりだ。あやかはそう思い、悲しげにそれを言った。アスナも状助のことを考え、再びふさぎこむようにうなだれた。何であの時、助けられなかったんだろうか。そればかりが、アスナの心を縛り付けていたのである。

 

 

「……無理、……なさらくてもいいんですのよ?」

 

 

 アスナがこれほどまで落ち込み傷付いている姿を見るのは、あやかもはじめてだった。そんなアスナを、何とかしてあげたい、そう思った。数十秒の無言の時間の後、気が付けばあやかはそんなアスナへと優しく、まるで自分の弟へ言い聞かせるような口調で、それを言葉にしていた。

 

 

「……いいんちょ……」

 

「ほら……」

 

 

 アスナは名を呼ばれ、ふとあやかの方へ顔を向けた。ほんの少し目に涙がたまり、いつものような強気の様子はまるでなく、本当に弱りきった表情だった。あやかは辛そうにするアスナを見て、自然に両手を広げて見せた。

 

 我慢する必要はない。自分に気を使ってやせ我慢をする必要はない。泣きたければ、泣いてもいい。あなたは今、泣いていい。あやかはそう思い、アスナへと微笑んで見せた。

 

 

「うぅ……、いいんちょ……」

 

「アスナさん……」

 

 

 そんなあやかを見たアスナは、もはや限界だった。ずっとあやかのために我慢してきたのに、目の前のあやかはそれを許した。だから、もう我慢できなかった。する必要がなくなってしまった。

 

 すると、アスナは我慢していた涙を、少しずつ流しはじめた。小さかった粒がだんだんと大きくなり、ついに虚勢の堤防は決壊した。

 

 そして、アスナはついに大きく泣き出し、あやかの胸へと抱きついた。あやかは、泣きつくアスナをなだめるように頭をなでながら、彼女のはじめて見る姿に心を痛めていた。最初からこうしたかったんだろう。それなのに我慢して、自分に不安を抱かせまいと頑張っていたなんて、そうあやかは心苦しく思っていた。

 

 

「――――――――」

 

 

 もはや、言葉にならないほどの悲痛な泣き声。アスナはためにためた涙を全部流すほどに泣きじゃくった。我慢していたものを全部吐き出すかのように、大声で泣き叫んでいた。

 

 本当は、そう、本当はこの場所に転移してきた時から、こうしたかった。大声で泣きたかった。苦しかった。つらかった。でも、それでも、それはできなかった。

 

 見知らぬ土地に投げ出されたあやかを、これ以上不安にさせられなかったから。この世界を知っている自分が、何とかしなければならないと思ったから。あやかを守ってあげないといけないと思ったから。だから、ずっとここまで無理してきた。涙を我慢してきた。虚勢を振舞って見せた。

 

 だけど、もう無理だった。我慢し切れなかった。あやかが我慢しなくていいって言ってくれたから。胸を貸してくれたから。気持ちを汲み取ってくれたから。優しい笑みを見せてくれたから。

 

 自分がしっかりしなくちゃいけないと思うけど、流れ出た涙は止まらない。涙は溢れてしまう。こんな姿は恥ずかしいけれど、みっともないけれど、それでも、アスナは泣き叫ばずにはいられなかった。

 

 

「状助が……! 状助がぁ……!」

 

「うん……、うん……」

 

 

 ゲートポートの爆発により、アスナは状助から引き剥がされてしまった。もっとも手を握り、助けなければならない状助に、手が届かなかった。その手をつかめなかった。

 

 助けられなかった。助けることができなかった。今のアスナの心にあるのはそれだった。あの時、状助を追い返していれば。あの時、間に合っていれば。あの時、手が届いていれば。そんな後悔が、アスナに重くのしかかっていた。

 

 さらに、アスナを苦しめる要因に、状助の怪我があった。あの怪我では、もう状助は助からないかもしれない。もう会えないかもしれない。そう考えただけで、アスナは胸が締め付けられる思いでいっぱいだったのである。

 

 本来精神も心も強いアスナであったが、あの状態の状助が助かる、ということを考えられるほど楽観的ではなかった。いや、本当は助かってほしいと思っているし、助かっていてほしいと願っている。それでも、あの血の池に沈んだ状助を見た後では、それを本気で思えなくなってしまっていたのである。

 

 

 アスナは湯水のように溢れる涙と、喉が枯れそうになるほどの声を出しながら、何度も何度も彼の名を呼んだ。死んでほしくない。いなくなってほしくない。二度と会えないようなことになってほしくない。そう想いながら、何度も何度も泣いた。涙した。叫んでいた。

 

 あやかも、弱りきって子供のように泣きじゃくるアスナへと、優しい声で受け答えをしていた。小さな子供をあやすように、何度も何度もやさしくアスナの頭を撫でた。どれほど辛かったのだろうか、そう考えながら、アスナの悲痛な叫びを聞いていた。

 

 また、あやか自身も状助のことを思い、小さな雫を頬につたわせていたのである。アスナの悲しみが伝わってきたから。アスナがこんなにも涙するから。自分も状助の友人だから。

 

 

「……ゴメン……、いきなり泣き出したりして……」

 

「別に気にしませんわよ?」

 

「……ありがと……」

 

 

 どのぐらいの時間が経ったのだろうか。アスナはようやく冷静さを取り戻したのか、あやかの胸から離れ、突然慟哭してしまったことを謝った。目を右手でこすり涙をぬぐいながら、なんともみっともないところを見せてしまったと。

 

 あやかもそれに対し、指で目にたまった涙をすくい取り、このぐらいなんでもないと微笑み返して話した。むしろ、今のアスナは泣くことに、恥じることはないと思っていた。

 

 アスナはそんなあやかの優しさに、少し照れくさそうにしながら、小さく礼を述べた。無理をしなくていいって言ってくれて、胸を貸してくれて、あやしてくれて、本当にありがとう、と。

 

 

「……でも、状助は……」

 

「アスナさん……」

 

 

 しかし、アスナはいくら泣いても、もう状助は戻ってこないのではないかと思った。あの怪我だし、このような場所に転移させられたのなら、助かる見込みはないからだ。そう考えると再び暗い気分へとなり、落ち込んでしまったのだ。

 

 あやかは再び落ち込むアスナ見て、どう元気付けようか考えた。アスナを立ち直らせるために、どんな言葉をかけてあげればよいだろうかと。

 

 

「……東さんは絶対に生きておりますわ!」

 

「……いいんちょ?」

 

 

 そこであやかは、アスナへと強気の様子で、状助は死んでいないと断言した。アスナはあやかの突然な言葉に、一瞬あっけに取られていた。

 

 

「東さんはあれほどガタイのいい男子なのですから、あの程度では死んだりしませんわ!」

 

「だけど……!」

 

「アスナさんは東さんが生きてることを、信じておりませんの?」

 

 

 状助は体格がとてもいい人間だ。未だ伸び盛りな年齢だというのに、身長も高く肩幅も広い。そんな彼が、簡単に死ぬとは思えない。そうあやかは声を張り上げた。

 

 しかし、アスナはそれでも生きている方が不思議だと思っていた。全身血まみれで、もはや瀕死の重傷。あれで助かった方が奇跡だと、そう考えていたのだ。

 

 だが、あやかは現実的な話よりも、意思的な話をした。状助の状態とか状況だとかではなく、アスナ自身がどう思っているのか、彼の無事を信じているのかを。

 

 

「……私だって、信じたい……。でも……」

 

「だったら、信じましょう」

 

「……あ……」

 

 

 アスナも当然、状助が生きていると信じたかった。だけど、あの怪我を見てしまったら、それもできないと思ってしまっていた。なので、それを弱弱しくアスナは小さく言葉にした。本当は信じたい、生きてるって思いたいと。

 

 それを聞いたあやかは、そっとアスナの両手を握り、再び優しい声で、信じようと言った。信じたいのなら、信じるべき。信じられないで苦しいなら、信じてみようと。

 

 アスナは、そんなあやかを見て、ふと昔を思い出した。それは随分昔、小学生だったころのことだ。あやかの弟が生まれる前に死んでしまうかもしれない。出会えないかもしれない。そう泣いていた時のことだ。

 

 その時アスナは、涙を流すあやかへ言った言葉を思い出した。それなら祈ろう。無事を祈ろう。そう確かに言ったはずだ。あやかは今、それを自分にしてくれているのではないか。元気付けようと、自分がしたことをしてくれているのではないか、そうアスナは思った。

 

 

「彼が生きてることを、その無事を、二人で信じましょう?」

 

「……! うん……!」

 

 

 あやかも、アスナが昔、自分を勇気付けてくれたことを覚えている。今でも感謝している。だからこそ、アスナの力になってあげたいと思った。恩を返せると思った。

 

 故にあやかは慈母のような微笑で、アスナを元気付けるようにそれを話した。きっと彼は死んでない。どこかで生きてる。そう自分にも言い聞かせるように、アスナへ話した。

 

 アスナはそんなあやかの暖かさに感謝しながら、大きく強く返事をした。そうだ、状助はきっと生きている。この程度で死ぬようなヤツじゃない。きっとどこかで生き延びてる。次に会う時はいつもどおりのちょっとマヌケな顔を見せてくれる。アスナは強くそう思い、今はただ自分たちの身を守り、散り散りになった仲間を捜すことに決めたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じ頃、同じように森を走るものがいた。当ても無く、ただただ走るものがいた。フードを深くかぶりながら、森を突き抜けるものがいた。

 

 

「ここはどこなんだよ……」

 

 

 それは千雨だった。千雨も昨日、見知らぬ森林地帯へと投げ出され、さまよっていたのである。ここがどこだかわからない。遠くを見渡せる場所から眺めても、木、木、木。近くに人の住む場所すらも、人の気配すら存在しない。そんな場所で千雨は、森を抜けようとひたすら走り、あるいは歩いていたのだった。

 

 

「どこもかしこも木ばかりだ。明らかにジャングルじゃねーか!」

 

 

 歩けど歩けど森は抜けれない。というよりも、この森というよりジャングルが、かなり広大に広がっているからだ。また、ここの千雨はネギと仮契約してないせいで、アーティファクトが使えない。よって、この場所がどこなのかさえも、知ることができないのだ。故に、その不安は大きいだろう。不安を拭うように、悪態をついたり大声で叫ぶしかないのである。

 

 

「クッソッ……。頼りになるのはこの杖一本かよ……」

 

 

 だが、千雨には武器があった。ファンタジーな武器が。いや、武器というには心細いものだ。それでも心強いものがあった。

 

 それは魔法の杖だ。初心者用の子供が握るような、小さな小さな杖。おもちゃのような星が戦端についただけの、ただの杖。

 

 見た目は確かに頼りない。しかし、千雨には頼り甲斐がある、今あるなかで最高の武器だ。それがあれば治癒の魔法と障壁ぐらいは使えるからだ。何かあってもある程度のことからなら、身を守れるからだ。その杖一本を手に握り締めながら、この場を何とかしなければと、ジャングルの中を走るのだった。

 

 

「……」

 

 

 そして、千雨はこのジャングルへ来て、何度も思い返していた。あの光に飲まれた時の光景を。転移させられる前に見た、あの二人の姿を。カズヤと法の、傷だらけの有様を。

 

 

『なっ! 何が起こってんだ!?』

 

 

 あの時、突然の発光、魔力の暴走とアーチャーの矢の爆発によるものに、千雨はあっけにとられた。千雨にはその原因を理解することはできなかったが、なにやらヤバイ雰囲気なのは察していた。

 

 

『おい! 流! 一元!』

 

『クッ! 長谷川か……!』

 

『デケェ声……、だすんじゃねぇよ……』

 

 

 光が周囲を包み込み、爆風と魔力の暴走で吹き飛ばされた千雨。ようやくカズヤと法の目の前まであと一歩というところで、再び引き離されそうになってしまっていた。

 

 そんな千雨に気づいた二人も、力なく爆風に呑まれ、ただただダルそうにしているだけであった。法はわき腹を押さえながら、苦痛に耐えていた。カズヤも右腕を握り、今にも気を失いそうな顔で、千雨を眺めていた。

 

 

『とりあえず手ぇ出せ!』

 

『絶影……! グゥ……!』

 

『流!!』

 

 

 このままでは三人とも散り散りに吹き飛ばされる。そう考えた千雨は、とりあえず手を伸ばせと叫んだ。が、法も限界であり、アルターすら操れない状態だ。もはや、手を伸ばすことさえかなわない状態だった。苦しむ法に千雨は名を叫ぶので精一杯という状況だ。この魔力の暴風に、抗う力は両者にはなかった。

 

 

『すまない長谷川……、手は届きそうに無いようだ……』

 

『わりぃな……、もう右腕に感覚がねぇんだ……』

 

『何諦めてだよ!』

 

 

 法も力が残っていない。カズヤもアルターを使いすぎて、右腕に感覚が無いほどの疲労をしていた。二人は完全に消耗しきっており、体を動かすことすら厳しいという状態だったのだ。そんな二人へ、千雨は叫んだ。諦めるなと激励した。

 

 

『長谷川……、無事でいてくれ……!』

 

『おい! 流……、法!』

 

『なぁに……、問題ねぇさ。……むしろ、テメェはテメェで何とかしろよ……』

 

『カズヤ!!』

 

 

 しかし、もうどうしようもない。こうなってしまっては、どうしようもなかった。法はこれからどうなるかはわからないが、千雨の無事を祈った。カズヤも同じく、他人の心配する前に、自分の心配をしろと、苦しそうに言った。

 

 千雨はその二人の名を叫び、届かぬ手を何度も伸ばした。だが、無情にも二人は吹き飛ばされ、千雨も一人、同じように光の嵐に呑まれ、強制転移させられてしまったのであった。

 

 

「アイツら、無事だよな……?」

 

 

 あの二人は無事なのだろうか。千雨はそう考えた。確かにあいつらは結構頑丈だ。そう簡単にはくたばりそうにない。まほら武道会の時、あれほどの戦いを見せた後も、わりと元気だった。きっとどこかで自分を探してくれているはずだ、そう祈るばかりだった。

 

 

「……つーか、どこをどう歩けばいいんだよ……」

 

 

 とは言え、今は他人の心配ができるような状況でもない。このジャングルの中、どこがどこだかわからない最悪の事態。どこへ向かえばいいのかもわからなければ、どうしようもないというものだ。もはやその時点で、千雨は途方にくれた。いや、くれそうになったのだ。

 

 

「とりあえず、歩くしかねぇか……。肉体労働は苦手なんだが……」

 

 

 途方にくれかけた千雨だったが、なんとか持ち直し歩くことにした。ここがどこだかわからないが、とりあえず歩こう、走ろう。そう前向きに考えた。

 

 

「一人か……」

 

 

 ふと、そこで千雨は、今自分が一人だけの状況だということを考えた。そういえば、一人になるのはいつごろぶりだろうか。確かに麻帆良の女子寮では一人ではあるが、それ以外は誰かしらが側にいた。あるいは、話し相手がいた。カズヤや法はそのもっともな例である。

 

 魔法を受け入れてからは、エヴァンジェリンの別荘にいた。そこでも基本一人で魔法の練習をしていたが、やはりエヴァンジェリンが指導してくれたりもした。千雨が一人だけでいるというのは、そう感じるのは本当に久しぶりなのである。

 

 そして、久々の一人という状況に寂しさを感じながら、ひたすら歩くのであった。

 

 

「気がつけば夜かよ……、早いところ安全な場所を見つけねぇと……」

 

 

 そうこうしているうちに、すでに太陽は地平線のかなたへ落ちていった。周囲は暗くなっており、このままでは危険だ。千雨は安全な場所を見つけ出し、そこで一夜をすごさなければと、周囲を見渡した。

 

 そこに突然風が吹いた。木や草が揺れ動き、がさがさと音を立てた。千雨は心細さから、その程度のことにも不安を感じた。何か、危険な生物が潜んでいないか怖くなった。さらに、このままで大丈夫なのだろうか、そんな不安までよぎった。

 

 

「あー! 暗いことを考えるな! これが現実だっつーんなら、何とかしなきゃいけねーだろ!!」

 

 

 しかし千雨は、そんな不安を振り払うように首を振り、そう言うことは考えるなと叫んだ。暗いことを考えたって解決はしない。今はただ、目の前にある現実的な問題を何とかするべきだと、そう考えた。そして、それを叫び着ていたフードを脱ぎ捨てた。心が折れないように、諦めないようにと意気込みを込めて。

 

 

「自衛手段だって師匠から学んだんだ! このぐらいどうってこと……!!」

 

 

 そうだ、こっちにはファンタジーな力がある。攻撃はできないが、守りと回復は万全だ。いや、万全と言うには少し心細いが。それでもファンタジーに対抗するファンタジーな力が使えるのは大きい。エヴァンジェリンから、障壁と治癒の魔法を学んでいた千雨は、それだけが頼りだったが、それが自信でもあったのだ。

 

 だが、それを豪語し笑う千雨へ、突然の危機が襲い掛かった。タコのような奇妙な魔物が、千雨の背後にあった水辺から水音とともに登場し、その口から生える触手で捕らえようとしていたのだ。

 

 

「な……」

 

 

 その得体の知れない怪物を見た千雨は、一瞬あっけにとられてしまった。なんということか、体をひねりそれを見て一瞬硬直した。その一瞬が命取りだった。そこへすかさず魔物が触手を伸ばし、千雨の手足を拘束したのである。

 

 

「ちょっと待て! 心の準備ってもんがあんだろーが!!」

 

 

 しまった、そう思った時にはすでに、千雨は魔物に捕らえられていた。いきなりのことに、千雨は驚き、何もできなかった。心構えができてさえいれば、魔法で障壁を張るなりできたのだが、それもできなかったのだ。

 

 

「溶け……! 靴が……! 繊維だけを溶かしてんのか!?」

 

 

 さらに最悪なことに、触手の体液か何かで、服だけが溶け始めたではないか。千雨はそれにも焦った。と言うかつっこみどころしかなかった。ファンタジーだからって、なんと都合のいいことか。ちょっとファンタジーすぎやしませんか、そう思った。

 

 

「クソッ! 何か魔法は! やめっ! チクショウ!!」

 

 

 が、そんなことを考えている暇などない。このままでは魔物に捕食されるが運命。どうやってここを切り抜けるか、千雨は考えた。何かないか、何か使える魔法は。

 

 そう考えているところに、魔物は味見するかのように千雨を嘗め回す。千雨はそのたびに恐怖とくすぐったさと焦りで、どうしたらいいかわからなくなり、どんどん混乱していくのだった。

 

 

「……こんなことなら一つだけでも、攻撃の魔法を覚えとくんだった……」

 

 

 こりゃきつい。いまさら障壁を張っても無意味だし、怪我はまったくしていないので治癒も不要だ。では、何が一番ここで使えるのだろうか。そんなことは考えなくてもわかる。攻撃の魔法だ。

 

 しかし、千雨は攻撃の魔法を教えてもらってはいない。魔法の射手ですら、習得していない。あーあ、こんなことになるってわかってれば、そのぐらい教えてもらったというのに。いや、最初から教えてもらっていればよかった。千雨はもはや諦めムード漂う状況で、そう後悔していた。

 

 

『オイオイ、こんなんで諦めちまうのかよ?』

 

「……カズヤ……?」

 

 

 千雨はもはやどうしようもないと、そう諦めかけた時、ふと誰かの声が聞こえた気がした。カズヤ。彼がここにいるはずもないし、姿は見えない。だと言うのに、何故かカズヤの声がした。あの男は確かに馬鹿だったが、諦めることを嫌っていた。そのカズヤが、弱気な自分に叱咤をかけたのではないか、そう千雨は思った。

 

 

「……そうだよな……」

 

 

 だが、やはり気のせいだ。カズヤの姿なんてどこにもない。それでも千雨は再び強い心を取り戻した。このまま終わってなるものか。ここでくたばってたまるかと。

 

 

「……こんなところで……諦めて……、たまるかよ!」

 

 

 そうだ、こんなところで終われない。死ねない。あいつらの元気な顔をもう一度見るまで、くたばる訳にはいかない。まだ何もしてない。まだ何も知らない。こんな状態で、終われるはずがない。

 

 千雨は再び四肢に力を入れ、触手を振りほどこうともがいた。そういえば魔力などで身体能力を強化できるという話を聞いた。それができるならやってみる価値がある。それで抜け出せるかもしれない。千雨はそれを思い出し、実行に移そうと考えたのである。

 

 

 そんな時、少しはなれた場所で、木々の合間を抜けながら、超高速で飛行する物体があった。音すら追いつけない、影すら見えない。それほどのスピードだった。そして、その物体から放たれた、ミサイルのようなもの。それが千雨へと目がけ、飛び込んでいったのだ。

 

 

「なっ! うわッ!!」

 

 

 千雨は驚いた。突如として自分を縛っていた触手が瞬く間にちぎれ、吹き飛んだから。その瞬間、タコのような魔物の真下が大爆発を起こし、上空に吹っ飛ばされて目の前から消え去ったからだ。

 

 また、千雨もその爆発の衝撃で軽く吹き飛び、そのまま自由落下して池に落ちると思った。しかし、それは阻まれた。誰かがそっと背中を抱きかかえ、支えたからだ。

 

 

「すまない……、少し出遅れた……」

 

「流……、なのか……?」

 

 

 懐かしい声が千雨の耳に入ってきた。懐かしいというが、数日程度のものだ。それでも千雨には、何故か懐かしく聞こえた。

 

 そして、千雨は顔を上げると、そこには見知った男の顔があった。流法。小学校の頃から友人として親しんできた、その男子がそこにいた。

 

 法も申し訳なさそうな表情で、千雨の顔を見ていた。もう少し早く来れば、こんなことにはならなかったはずだ。遅れてしまって申し訳ない、そうすまなそうにしていた。

 

 先ほどすさまじい速度で飛んでいたのは、法のアルター真・絶影だった。魔物の触手を分断したのは、その右腕と体の間に存在する武器、伏龍だ。そのアルターの蛇のような下半身部分に乗り、法は千雨の下へと駆けつけたのであった。

 

 

「ふぅ……」

 

「流……! 無事だったのか!」

 

「まあ、な……」

 

 

 法は陸地へと移動し着地し、先ほど攻撃に使ったアルター、真・絶影を消滅させた。そして、千雨をそこへと立たせると、小さくため息をついた。

 

 千雨は法の姿を見て、安堵した顔の中に心配そうな様子を覗かせていた。あの爆発の時の光の中で見た法は、随分と苦しそうであった。今は大丈夫なのかと、そう思ったのだ。

 

 また、千雨は法の顔を見たら緊張の糸が切れ、今にも泣き出しそうになっていた。それでも法の前で泣くのは恥ずかしかったのか、それを必死に我慢し、目に少し涙をにじませる程度におさめていた。

 

 そして、法は千雨の問いに、少し疲れた様子で小さく答えた。とりあえずだが、今は大丈夫だ。ある程度は回復したと。

 

 

「……つーか、どっち向いてんだよ」

 

「……長谷川……」

 

「なっ、なんだよ……」

 

 

 しかし、目の前の法は何か変だ。顔はあさっての方向を向いており、こちらを向いていない。そのせいか感動の再会なはずなのに、普通なら抱きしめあうシーンになってもおかしくないのに、そんな雰囲気がまるでなかった。千雨は不思議に思い、何で自分の方を見ないのかと、法へ尋ねた。

 

 すると法は、真剣な、何やら重大なことを話すかのように、重たい口を開いた。それを聞いた千雨は、何かとてつもない問題が起こったのではないかと、少し不安な顔を見せた。

 

 

「……非常に言いにくいことなんだが、……その、服がだな……」

 

「…………服だぁ? あ……」

 

 

 だが、法が言いたいのはそういうことではなかった。法が非常に言いづらそうな顔で、額に手を当てながら、千雨の今の状態のことを話した。

 

 千雨はそれを聞いて、何がどうしたと思い自分の体へ目を向けた。

そこには、なんとまああられのない自分の体が映ったではないか。

 

 あのタコの魔物に溶かされ、あちこちが露出してしまった服が、目に飛び込んできたではないか。

 

 しかも、上半身なんかはほぼ裸同然だった。下着も全部溶けていた。恥ずかしいという言葉では言い表せないだろう。

 

 

「……長谷川?」

 

「……テメェ、見たのか?」

 

「いや……それは……」

 

 

 すると、突然千雨の雰囲気が変わった。法はそれを察し、その名を恐る恐る呼ぶと、千雨は両手で体を隠しながら、静かにそれを質問した。見たのか。その言葉には多大な重圧がかけられていた。先ほどの弱弱しい様子から一変し、恐ろしい声を出していた。

 

 法はそんな声を出す千雨の顔をぱっと見ると、そこには青筋を浮かべた千雨の顔があるではないか。これは少々厄介だ。そう思いながらも、正直に話そうと考えた。のだが、千雨の放つプレッシャーのせいで、少し言葉がどもっていた。

 

 

「この野郎! そのローブ貸しやがれ!!」

 

「ぐっ!!!」

 

 

 千雨は己の羞恥心から、法の胸元を一発殴った。乙女の肢体を見た罰だ、当然そのぐらいはさせたもらう。そう思ったからだ。また、その着ているローブを貸せとせがんだ。

 

 しかし、法は千雨が予想する以上に痛がった。さらにその場にうずくまり、かなり苦しそうにするではないか。

 

 

「おっおい! 別にそんなに強く殴ってねぇぞ!」

 

「……いや、長谷川のせいではない……」

 

 

 千雨は本気で殴ってはいなかった。軽くこついてやっただけのはずだった。それでも目の前の法は、うずくまって苦しみだした。流石の千雨もそれに焦り、法へと近寄りあわあわとしはじめてた。

 

 法はそこで、今の千雨の拳が痛かった訳ではないと話した。あの程度で苦しむほど、法の体はやわではない。千雨が悪いわけではないと、安心させるように説明を始めた。 

 

 

「俺は先ほど動けるようになったばかりでな……、まだ傷が癒えてないだけだ……」

 

「おまっ……! 待ってろ!!」

 

 

 と言うのも、法はこのジャングル付近に転移されてから、まったく動けなかった。アルターの使いすぎでそれの回復も必要だったが、敵の攻撃でのダメージが予想以上に大きかった。

 

 休んだおかげで確かに減退していたアルター能力は回復した。それでも怪我だけはどうしようもない。人間である法では、一日二日で傷が癒える訳がないのだから。故に、今でもダメージを引きずっていたのである。

 

 そして、とりあえず動けるようになり少し歩いたところで、千雨の声がどこからか響いてきた。それはたぶん、いや、間違いなく悲鳴だった。何かマズイことが起こっているのではないか。そう考え、急いでこの場所へと駆けつけたという状況だったのだ。

 

 千雨はそれを聞き驚き、ならばと考え行動に移った。何と言うことだ、目の前の男子は自分を助けるために、痛む傷を我慢して、駆けつけてきたというのか。ならば、やることが一つだ。そう千雨は思いながら、今もずっと握っていた小さな杖を、傷ついた友人へと使ったのである。

 

 

「たびたびすまない……」

 

「いいんだよ。むしろ、こっちの方こそ……」

 

 

 法はそっと、自分の着ていたローブを千雨へとかぶせながら、礼を述べていた。千雨は法へと治癒の魔法を使ったのだ。それにより法が負った傷を、ある程度治療できたのである。ただ、法のダメージはかなり大きいようで、全快という訳にはいかなかった。

 

 それでも、なりふり構わず治療してくれた千雨へと、法は礼を言った。千雨もその礼に照れくさそうにしながらも、別に気にするほどのことはしていないと話した。

 

 

「その、助けてくれて……、あ……、ありがとよ……」

 

「フッ……」

 

 

 また、千雨はそのまま照れつつそっぽを向きながら、助けてもらったことに礼を小さく口にした。少しぶっきらぼうで素直じゃなかったが、はっきりとそれを言った。

 

 そんな千雨を見て、法は小さく笑った。とりあえず彼女が無事でよかった。そういう態度ができるぐらい余裕があるなら、大丈夫だろう。そう思っていた。

 

 

「……なあ、一元の奴は?」

 

「わからん。ヤツも俺たちのように、この世界のどこかに転移させられたはずだが……」

 

 

 千雨はそこで法の方を向きなおし、カズヤの話をしはじめた。法がここにいるのなら、カズヤも一緒なのかと思ったからだ。

 

 しかし、カズヤの姿はここにない。法もカズヤとは光の中で転移され、完全にはぐれてしまったのである。故に法はカズヤも自分たちと同じように、転移させられさまよっているのではないかと話した。

 

 

「そうか……」

 

「気になるのか?」

 

「そりゃ、あんだけヒデェ状態だったんだ。心配の一つぐらいするだろ……」

 

「……そうだな……」

 

 

 千雨はその法の報告を、残念そうに聞いていた。もしかしたらカズヤも一緒かもしれないと思っていたので、少し寂しそうな表情を見せていた。

 

 法はそれを見て、カズヤのことが気がかりなのかと尋ねれば、千雨は当然だとはっきり言った。あの光の中で見たカズヤは、法以上に苦しそうな顔をしていた。あんなボロボロな状態なのだから、心配しない方がおかしいと、静かに落ち込んだ様子で話した。

 

 法も確かにと考えた。あれほどのダメージ、流石のカズヤもヤバイはずだ。カズヤのダメージは、自分よりもダメージが大きいということも理解していた。

 

 

「だが、アイツはこの程度でくたばるようなタマではない。どこかで俺たちを探してるに違いない」

 

「……そうだな」

 

 

 それでも法は、カズヤは無事だという確信があった。あの程度で倒れるような男ではない。自分が何度も戦い、そのしぶとさを知っている。カズヤはどこかで自分たちを探している、再び自分たちの目の前に、姿を現すはずだと思っていたのである。故に、法はそれを空を眺めながら、強い意志を見せるかのように語った。

 

 千雨は法のその真剣な表情と言葉に、そうかもな、と微笑した。いや、あのカズヤが簡単には倒れないだろう。死ぬはず無いというのは千雨も思っていたことだ。ならば、きっとまた、この世界のどこかで出会うだろう。千雨はそう考え、法と同じように天を眺めた。

 

 空は完全に夜となり、綺麗な星空が広がっていた。二人はそれを眺めながら、カズヤの無事を思うのであった。

 

 

「むっ、そこにいるのは誰だ!?」

 

「何?!」

 

 

 だが、そこで法は何者かの気配を感じ、サッと立ち上がり手刀を構え、臨戦態勢をとった。千雨は突然の法の行動と、何かが近くにいるのかと思い、驚いた顔を見せていた。

 

 

「あっ、ど、どうも……」

 

「こんばんわ……」

 

 

 すると、草むらからひょっこりと現れたのは、ネギと茶々丸だった。ネギは少し気まずそうな様子で顔を出し、それに釣られて茶々丸も姿を現した。二人は今さっきここへやって来ていたのだが、法と千雨の雰囲気に中々出てこれなかったようだ。

 

 ネギと茶々丸は白き翼のバッジを使い、千雨を見つけ出した。白き翼のバッジには、その他のバッジの位置を調べる検索機能が備わっていたのである。それを頼りに、散らばった仲間を探していたのだ。

 

 また、ネギの右手にはいつもの杖があり、杖の損失は免れていた。というのも、ゲートポートでネギは、アスナから杖を渡されていた。なので、当然それを握り締めたまま転移したので、杖を失うことなくこの場に持ち込めたのだ。

 

 それだけではない。ネギの負傷を治癒したのは、状助のクレイジー・ダイヤモンドだ。木乃香の膨大な魔力でネギを治療した訳ではない。よってネギは、その膨大すぎる魔力が体内にのこることにによる、発熱などの症状に悩まされることもなかったのだ。

 

 

「なんだ、お前たちか……」

 

「ネギ先生!」

 

 

 法は二人の姿を見て、両者とも無事だったことに安堵していた。しかし、千雨はネギの姿をみると、突如興奮して駆け出しそちらへ向かったのだ。

 

 

「このっ!」

 

「わっ!」

 

「……無事で何よりだ……」

 

 

 千雨はそのまま勢いよく、ネギへと拳を振り上げた。ネギは殴られると思い目を瞑ると、千雨はその手をゆっくり下げ、頭に乗せた。そして、ネギたちの無事を静かに喜び、小さく感涙していたのだった。

 



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百二十六話 東状助

 どうなっちまった。まるでわからねぇ。

体がピクリとも動きやしねぇ。致命傷ってやつか、指一本動かねぇぜ。

 

 

「っすけ……! 状助!!」

 

 

 誰かの声が聞こえる。誰だ。

ああ、わかったぞ、アスナだ。

何を叫んでんだろう。自分の名前だ、状助という今の名前だ。

 

 

「手を出して! お願い!!!」

 

 

 手を出せ、そう叫んでる。声だけは聞こえる。

だけどよ、指すら動かないこの状態で、手は伸ばせねぇ。申し訳ないがよ、体が動かないんじゃ不可能ってもんだ。

 

 

「もうっ、少し……!」

 

 

 しかしよ、目の前の彼女は諦めないみてぇだな。必死に、自分の手を掴もうとしている。助けようとしてくれているのがわかる。嬉しいねえ。

 

 

「あっ!」

 

 

 だが、ダメだったらしい。爆風の勢いが強くなったようだ。自分の体はそれにより、暴風の中の紙切れのように吹き飛ばされちまった。

 

 彼女からどんどん離れていくのがわかる。その彼女の表情は……、なんちゅう顔すんだよ。痛ましすぎるぜ。そんな顔されてもよ、こっちが困るってもんだ。こっちもつれぇっつーもんよ。

 

 

「状助ッ! 状助―――――ッ!!」

 

 

 叫ばなくとも聞こえているよ。それでも、もう声もでねぇ。

言葉を、返事を返してやれねぇ。自分の旅もここで終わりのようだぜ。わりぃな、あばよ……。なんつーか、短い人生だったなあ。

 

 

 

 

 …………ここは?

 

 ……ああ、前世の記憶ってやつか。

走馬灯ってやつだなこりゃ。もう死ぬってことは間違いないらしい。いやぁ、まったくもって自分は長生きできねぇ人間のようだ。

 

 この記憶は……俺、自分がまだ、状助じゃなかった時の記憶だ。前世ってやつだ。自分がバイトで、働いている時の記憶だ。懐かしいなあ、チクショウ。

 

 働いてたのが飲食店だったんだっけなあ。まったく、よく他人にペコペコペコォ~~~~って頭を下げたもんだ。そんなに出世がしたかったのか? いや、そうやってないと生きていかなかっただけだろうな。そういう仕事だったしな。

 

 まぁ、それはそれで平凡で退屈だったが、悪くない日々でもあった。こんな感じの日常が年食うまで繰り返されるもんだって、ずっと思ってたんだがよぉ。

 

 しかし、運命ってもんは残酷っつーか、非情すぎるもんでな。何か知らねぇが、ぽっくり死んだ。あっけなかったなあ。あっけなさ過ぎる、とはこのことだぜ。

 

 くだらねぇ死因だった気がするよ。誰かを助けてトラックに跳ねられたとか、そんなかっこいいもんじゃねぇ。というか、まったく覚えてねぇ。そんぐらい突然死んだって訳なんだろう。

 

 だが、その死因は全部神とかいうヤツが悪かったらしい。ひでぇもんだ。生き帰せって何度もせがんだっつーのによ、無理の一点張りとかよぉ、責任取る気ねぇんじゃあねぇのか?

 

 お詫びに特典あげます、転生させます、だとかよぉー、胡散臭いってもんじゃあねぇって。別に生き帰してくれりゃ、それでいいっつーのによ。本当に神っつーのはひでぇヤツだぜ。噂どおりだ。

 

 まぁ、そんな文句いいながらも、特典もらって転生してる自分も自分なんだが。というか、それしか選択なかったしよ、どうしようもねぇって。

 

 

 んで転生して、ああ、これは転生後の世界の両親の顔だ。最近会いに行ったかなぁ。前世の親は田舎で暮らしてるはずだがよ。早死にして親不孝もんだったなあ、自分はよぉ。

 

 親孝行もできずに死ぬのかよ。二度も。ちっと考えなさすぎたってもんだ。いやはや、歴史は繰り返すってこういうことだな。情けねぇ話だがよぉ。

 

 5歳になった時、スタンドが使えるようになったんだったな。あのクソったれな転生神の言うとおりだった。あと転生者が複数いるだなんだって言ってたな。マジだったけどよ。

 

 でもよ、この世界がネギまってことだけは、教えてくれなかったなあ。聞かなかった自分も悪いんだがよ。おかげでアイツらと同じクラスになった時、たまげちまったじゃあねぇか。懐かしいけどよぉ。

 

 どれもこれも懐かしい映像だなあ。

人生短かったわりに、思い出はあったらしい。こりゃマジで逝っちまうみてぇだ。

 

 覇王が言ってたが、この世界にも転生神とか言うのがいるんだったっけなぁ。まあ、もう二度と転生はゴメンだがよ。こーいうのは一度きりで十分ってもんだ。

 

 本当に短い人生だったぜ。転生前とあわせても40年生きてねぇや。まさか日本人の平均寿命の半分も行かないのに二度も死ぬことになるとはよ、これも運命ってヤツなんだろうぜ。次に生まれ変わるのはなんだろうな。虫は勘弁してもらいてぇなぁー。

 

 

 ……ん? そこにいるのは誰だ? 覇王……なのか?

懐かしいなぁ。夏休み前に会ったきりじゃあねーか。アイツも走馬灯に入ってくるのは当たり前か。長いようで短い付き合いだが、同じ部屋で過ごしたもの同士だもんな。

 

 なんだよ、何言ってるんだ? どこへ行くのかだって?

そうだな、このまま死ぬんだろうし、きっと行き先はあの世なんだろうな。違う? 本当に行きたい場所だと?

 

 いきなりそんなこと言われてもよぉ……、もんわからねぇっつーのよ。でもよぉ、最後に見たアイツの顔を思い出すと、後味が悪いっつーか、気分がよくねぇよなぁ。

 

 そうだなぁ、もう一度”状助”をやりてぇなあ。くたばった場所へ帰りてぇなぁ……。泣きそうなアイツに会って、安心させてやりてぇなあ。

 

 まだ……、死にたくはねぇなぁ……。死ぬ訳には……、いかねぇよなぁー……。

 

 

…… …… ……

 

 

 パチパチと火花が散る音がした。それは焚き火の音だ。焚き火の暖かい光が、まず目に入ってきた。

 

 

「う……?」

 

 

 そこで、小さく唸った男子が、それに気が付いた。状助と呼ばれた男子だった。状助は自分が死んだはずだと思いながら、ゆっくりと体を持ち上げた。

 

 

「こっ……ここは……?」

 

 

 状助は自分の手と足があることを確認した後、周りを見渡した。

空は真っ暗だが、星が美しく輝いているのがよく見えた。あたりは何もない荒野のようだ。

 

 周囲には生き物らしき影もなく、その焚き火の音以外は何も聞こえてこなかった。

また、そこに一人の人影が見えた。焚き火の前に座っているようだ。誰だろうか、焚き火の光でよく見えない。

 

 

「気がついたかい?」

 

「……! この声はまさか……?」

 

 

 しかし、その声を聞いた状助は、驚きの声を出した。その声は何度も聞いたことがあるからだ。その声の主を知っていたからだ。

 

 

「覇王!?」

 

「やあ、おはよう状助」

 

 

 状助はハッとしてそちらに顔を向け、その人物の名を叫んだ。

覇王。赤蔵覇王。同じクラスメイトであり、同じルームメイトでもある、あの覇王だ。

 

 覇王は普段どおりのにこやかな笑みで、状助が起きたのを眺めていた。

やっと起きたのか、そんなことを言いたそうな顔でもあった。さらに、覇王の後ろにはS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)も鎮座しており、覇王本人である証明となっていた。

 

 

「なんでオメーがここにいんだよー!」

 

「何で? それはこっちが聞きたいんだけどなあ……」

 

「むっ……。それは、だなあ……」

 

 

 状助は朦朧としていた意識をハッキリさせ、すべてを思い出した。

そうだ、自分は魔法世界のゲートでやられ、強制的に転移させられたはずだ。ならば、ここは魔法世界のどこかに違いない。それなのに、どうして覇王がここにいるのかと。

 

 しかし、覇王はむしろ状助が魔法世界にいることに疑問を感じていた。

覇王は一度、状助を魔法世界に来ないかと誘った。だが、それを断ったのも状助だ。だと言うのに、なんでここで死にかけていたのか、本気で疑問だったのだ。

 

 それを覇王が尋ねれば、状助は唸って黙ってしまった。

そういえば覇王は魔法世界へ行くことを、自分に話してくれていたな。それを思い出し、どう説明しようかと悩んだのである。

 

 

「ふーん、僕の誘いは断ったのに、カギとか言うヤツの誘いには乗ったんだ。悲しいねぇ……」

 

「いやまあ、その件については悪いと思ってるけどよぉ……」

 

「冗談さ」

 

 

 覇王は状助の説明を聞き、ふて腐れたようなことを言い出した。

何せ覇王は一度状助を魔法世界に誘っている。それを断ったのも状助であり、他の人についてきたのも状助だ。

 

 状助もそのあたりのことは悪いと思っていたようだ。

とは言え、覇王は戦いの為に魔法世界へ行くと話したので、状助が断るのもやむなしであった。覇王もそのあたりは理解しているので、先ほどの態度は冗談だと、再び笑みを見せていた。

 

 

「ところでよぉ、ここはどこなんだ?」

 

「ご存知魔法世界のエリジウム大陸、ケルベラス渓谷の近くさ」

 

「……名前ぐらいしかわからねぇー……」

 

 

 そこで状助は、ふと思った。

この場所はどこなんだろうか。魔法世界なのは確かなんだろうが、現在地はどこなのだろうかと。

 

 覇王はそれに即座に答えた。ケルベラス渓谷の近くだと。あの魔力が消滅する魔の渓谷の近くだと。

 

 しかし、状助はそのあたりの知識は曖昧だった。

名前はわかっても、場所がわからない。地図を見れば思い出すのだろうが、名前だけではパッと頭に出てこないようだ。

 

 

「……つぅかよ、俺、どうなってたんだ?」

 

「ほぼ死んでたよ」

 

「は? 嘘だろ承太郎……?」

 

 

 また、状助は、今まで自分はどうなっていたのだろうかと思った。

それを覇王に尋ねれば、死んでいたと言い出したではないか。

 

 状助はそれに驚いた。

いや、まさか死にかけを飛び越えて、死の瀬戸際だったとは。まさかあの夢が本当に臨死体験だったなど、思いもよらなかったらしい。

 

 

「嘘じゃないさ。僕が拾わなかったら、そのままのたれ死んでいただろうね」

 

「……グレート」

 

 

 覇王は状助の慌てぶりを見ながら、本当に死んでいたと話した。

いや、ギリギリ、本当にギリギリ生きていたが、あのままだったら間違いなく死んでいただろう。状助は覇王が偶然見つけ治療しなければ、死んでいたことに変わりはないのだ。

 

 状助はそれを聞いて顔を青くしていた。

マジで死ぬ寸前だったなんて、しゃれにならないと。それでも九死に一生得たことには、かなり安堵していた。

 

 

「と言うか、君、丸二日も寝たままだったんだよ? かなり酷い目にあったみたいだね」

 

「二日も!? そんなにかよ……」

 

 

 しかも、覇王は状助を治療してから、二日間も眠ったままだったと語りだした。

それほど眠ったままになるなんて、とんでもないことが状助の身におきたのだろうと察していた。

 

 また、さわやかにそう語る覇王であったが、内心怒りを感じていた。

 

 当たり前だ。

友人である状助が死にかけたのだ。死にそうになるような目にあったのだ。それに頭にこない方がおかしい。状助を殺そうとした相手を恨まない方がおかしいのだ。

 

 それを聞いた状助も、二日も自分が寝ていたことにも驚愕した。

寝すぎというか、魔法世界に入ってもう二日も経っていることにも驚いたのである。

 

 

「まあ、助かったぜ。ありがとよ、覇王」

 

「別に礼なんかいいよ。僕は偶然君を見つけ、治癒したにすぎないんだからね」

 

 

 なんにせよ、助けてくれた覇王への礼がまだなかった。

状助はそれを思い出し、とっさに覇王へ感謝の言葉を述べた。命を救ってくれてありがとう、覇王は命の恩人だと。

 

 覇王は覇王で礼は不要と思っていた。状助を発見したのも偶然だし、友人を助けるのは当然だと思っているからだ。

 

 

「さて、君はこれからどうするんだい?」

 

「俺か? そうだな……」

 

 

 二人は友情をかみ締めながら、ニヤリと笑いあった後、覇王は状助の目的を尋ねた。

状助は”原作知識”を思い出しながら、次にどうするかを決めようと、腕を組みながら考えだした。

 

 

「とりあえずよぉ、うまく思いだせねぇんだがよぉ……、グラニクスっつーとこ、の近くの小さい町へ行こうと思う」

 

「グラニクスの近く……? 多分ヘカテスかボレアになるけど、どっちだい?」

 

「た、多分だがヘカテスかもしれねぇ……」

 

「やれやれ。まあそちらに最初行ってみて、違ったら別の方に行けばいいか」

 

 

 そして、状助は考えをまとめ、まず目的地を割り出した。

しかし、やはり”原作知識”を持つ状助だが、細かい部分だけは中々思い出せない。なので、一番印象深い地名、グラニクスを思い出し、その近くの町と言葉にした。

 

 覇王はそれを聞いて、少し困惑した。

グラニクスの近くにある町は二つぐらいある。そのどちらかなのか割り出せないかと、状助へ話した。

 

 状助は言葉の響きだけを頼りに、適当にヘカテスが目的地かもしれないと、自信なさげに言い出した。根拠はどこにもないが、勘がそう告げていると、そんな感じだった。

 

 そんな自信なさげに語る状助に、ため息を吐きながらやれやれという覇王。まあ、違ったにせよ両方行けば問題ないと、覇王はそう言葉にしていた。

 

 

「ところで、そこには何かあるのかい?」

 

「ああ、重大なイベントっつーもんがな……」

 

「またそれか……」

 

 

 覇王は、そんな場所に行って何か意味があるのだろうかと考えた。

わりと魔法世界でも偏狭の地。そこへ行くと何があるのだろうかと思ったのだ。

 

 状助はそれに対し、”原作での”イベントが起こると話した。ネギたちが最初に立ち寄る町、それがその付近なのを思い出したのだ。

 

 しかし、覇王はそう語る状助を、細目で見ていた。原作知識でのことなんだろうか、状助らしいいつもどおりのことだな、と。

 

 

「ま、いいさ。僕も同行しよう。どうせ近くだし、その方が楽だろう?」

 

「マジかよ! ありがてぇ!」

 

「とりあえず、今日はもう暗い。動くなら日が出てからだ」

 

「おう!」

 

 

 だが、目的地があるならば、それでいいだろう。覇王はそう考え、状助と同行することに決めた。

魔法世界は危険だらけだ。状助だけをそこへ向かわせるわけにはいかない。また死にそうになるかもしれないと、思ったのだ。

 

 状助は覇王のその言葉に、心底喜んだ。

覇王はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を持っており、空を飛ぶことが可能だ。それに乗れればどれだけ楽だろうかと考え、嬉しさが爆発していたのである。

 

 ただ、今は夜だ。夜に動くことはさらに危険だ。

覇王は動くならば夜が明けてからだと話し、ここで一夜を過ごそうと提案したのである。状助も覇王の言葉に異論はなく、とりあえず今夜はここで再び眠ることにしたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは皇帝がおさめるアルカディア帝国。その中央に存在する首都アルカドゥス、そのまた中央に建つ城の中で、複数の人物が会話をしていた。

 

 

「何!? アイツらが行方不明に!?」

 

「どういうことだよおっちゃん!」

 

 

 それは焔と数多だった。

そして、二人が話しかけていたのは、皇帝の部下である仮面の騎士であるメトゥーナトだ。

メトゥーナトが二人へ、アスナたちが行方不明になったことを伝えたのである。

 

 故に、二人は驚いていた。一体どうしてそんなことになった、そういう顔を見せていた。

 

 

「……何者かによってメガロメセンブリアのゲートが襲撃され、巻き添えにあったようだ……」

 

「何だと……!?」

 

「なんてこった……」

 

 

 メトゥーナトも沈痛な様子で、その理由を言葉にした。

アスナたちが通ってきたメガロメセンブリアのゲートが、襲撃されたと。それにより被害にあい、行方不明になってしまったと。

 

 いや、メトゥーナトはこうなるだろうと思っていた。覚悟していたことだ。

 

 それでも今の彼の内心は、強い焦りと後悔に彩られていた。が、それを悟られぬように、表に出さぬように冷静な態度を見せていたのである。

 

 

 焔はそれを聞き、さらに驚いていた。こんなことになるなど、思っていなかったようだ。

同じく数多も額を抱えて嘆いていた。

 

 

「私はアスナの位置はわかる。が、逆に言えばわかるのはそれだけだ」

 

「アスナは無事なのですか!?」

 

「それはまだ確認中だ……」

 

 

 だが、メトゥーナトはアスナの位置がわかる。

アスナが身に付けている髪飾りに、発信機のような機能が備わっているからだ。その性能はすさまじく、魔法世界ならばどこにいてもわかるぐらいである。故に、メトゥーナトはアスナの安否だけは、ある程度だが把握できていた。

 

 それを聞いた焔は、ならばアスナは無事なのかと、焦った様子で尋ねた。

しかし、メトゥーナトも確認はまだなので、それはなんともいえないとしか言いようがなかった。それでもアスナの位置は動いており、敵本拠地ではない場所なので、そういった危険な状況ではないことだけは、わかっていたようだ。

 

 

「では、居場所は……?」

 

「……アスナは今、シルチス亜大陸のノアキス付近にいる」

 

「そうですか……」

 

 

 ならば、今現在わかっていること、アスナの現在位置を焔は次に尋ねた。

 

 それはメトゥーナトも把握していることであり、静かに口を開いてそれに答えた。

 

 焔はそれを聞いて、わかったという様子を見せた。それでもやはり心配そうな顔で、俯いていたのだった。

 

 

「そういえば親父は……?」

 

「アイツならすでに新たな任務につき、動いている」

 

「どおりで……」

 

 

 そんな時、数多はふと思った。自分の父親はどうしたのだろうか。皇帝の部下の一人である、龍一郎はどうしたのだろうか。

 

 メトゥーナトはそれにも答えた。すでに別の任務を受け、この場にはいないと。数多も焔もそれを聞き、数日前から姿がないと思ったらそうだったのかと納得していた。

 

 

「私も任務でそろそろ動かねばならん……」

 

「アスナはいいのですか!?」

 

「アスナのことは大丈夫だ。私の部下が数人、すでに出向いている」

 

「それなら心配は不要と言うことですか……」

 

 

 また、メトゥーナトも皇帝から命令を受けていた。故に、今からその任務に就かなければならないと話した。

 

 焔はそんなメトゥーナトへ、大切なアスナは放っておいていいのかと叫んだ。

 

 当然メトゥーナトとしても、よいはずがない。本当はいち早くアスナの下へ行き、安心したい。一緒について歩き、防衛したい。

 

 だが、皇帝からの命令こそが最優先。皇帝の言葉こそが優先なのだ。それにメトゥーナトは、すでにアスナの方へ、信頼できる部下を送り込んでいた。だから、自分が行かなくても問題ないと、そう自らを納得させていたのだ。

 

 焔もメトゥーナトの言葉に、納得せざるを得なかった。それに、仮面の下から覗くメトゥーナトの目が、どことなく悲しげだったからだ。この目の前の騎士もまた、アスナをとても心配している。それがわかってしまったからだ。

 

 

「……すまないな、そろそろ私は行く。ではな」

 

「おう! いってらっしゃい!」

 

「気をつけて……」

 

 

 そして、メトゥーナトは任務遂行の為に、二人に別れを述べ、マントをはためかせて振り返り歩き出した。数多と焔はそれを見送りの言葉を送り、去っていくメトゥーナトをじっと見ていた。

 

 

「よっしゃ! だったら俺も、行方不明になってるやつらを探すか!」

 

「何だと!?」

 

 

 メトゥーナトが去った後、数多も行方不明者の捜索に乗り出そうと、突然興奮気味に言い出した。それに焔は驚き、何を言っているんだという顔を見せていた。

 

 

「正気か!? 旧世界の三分の一とは言え、この広い魔法世界を探すというのか!?」

 

「当然だぜ」

 

「だが、どうやって!?」

 

 

 しかし、普通に考えれば、それはかなり難しい。旧世界の三分の一ほどの大きさの魔法世界ではあるが、それでも広大だ。そんな場所から数十人の人間を探すなど、とてもじゃないができっこない。荒野でダイヤを探すレベルだ。

 

 それでも探すのかと焔は聞けば、数多は一言で片付けた。

その一言には、そんなことは当たり前だ。探すと決めたら探す。そう言った意味が込められていた。

 

 だが、焔は探すにしても、どんな方法をとるのだと叫んだ。

この広い魔法世界を探すとなれば、かなりの労力が必要となるだろう。一人で探すには、いささか厳しすぎるというものだ。

 

 

「とりあえず、街をしらみつぶしに探すんだ」

 

「それだけじゃ無理だろう……!?」

 

「でもよ、とりあえずやってみなきゃわかんねーだろ?」

 

「しっ、しかしだな……」

 

 

 数多は大きい都市あたりを一つずつ回り、探そうと考えていた。それでも街にいない可能性だってある。数多が自分の考えを述べれば、それだけでは無理だと焔は言葉にしていた。

 

 確かにそうかもしれない。無理かもしれない。数多だって無謀な挑戦だということぐらい理解している。ただ、何もしないよりはマシだと。探しもしないで無理だと諦めるのは、早計すぎると、数多は強く言った。

 

 そんな数多の発言に、たじろぐ焔。

数多の言葉も確かに正しい。やらないとわからないことだってある。最初から駄目だと言うより、まず行動することが重要なのかもしれないと、そう思った。

 

 

「あーだこーだ言ってても、何も解決しねーだろ? とりあえず動くことが重要なんじゃねーかな? って思う訳よ」

 

「だが、無闇に動くのはむしろ愚行になりかねないぞ!?」

 

「わかってるよ。それでも動かずにはいられねぇんだ!」

 

 

 数多はさらに意見を続けた。

ここで慌てていても、何も解決はしない。それならいっそのこと、探しに出た方が有意義なのではないかと。

 

 焔もそれに反論した。

動くことそれ自体は悪いことではないだろう。

 

 しかし、焦って行動に移り、逆に迷惑をかけたり、時間を無駄にする可能性もある。行き違いになる場合もあるだろうし、関係ない場所を探してしまうこともあるだろう。そう焔は考えた。

 

 それも数多はわかっていた。

むしろ、そうなるかもしれないとさえ思っていた。されど数多は探したかった。動かずに後悔するよりも、動いて後悔したかったのだ。

 

 

「と言うより、メトゥーナト様や皇帝陛下が、すでに捜索隊を設けているのではないのか?!」

 

「だろうな」

 

「だったら、ここで一報を待っていた方がよいのでは!?」

 

「確かに、焔の言うとおりかもな……」

 

 

 また、焔はさらにつっこんだ。

あの皇帝やメトゥーナトが、この情報を得て何もしない訳がない。すでに捜索のための部隊を設け、行動に移しているかもしれないと考えた。

 

 数多もその意見には同意だった。

間違いなく、すでにそれは行われているだろう。もしかしたら、自分の父親である龍一郎も、そのメンバーなのかもしれないと。

 

 ならば、捜しに行かず、ここで待機していた方がよいのではないのか。情報が来るのを待った方がよいのではないのか。焔はそう数多へ進言した。

 

 その通りだ。焔の意見はまったくもって間違ってなどいない。正しいし理にかなっている。数多もそれを認めていた。

 

 

「なら、それでいいではないか」

 

「……でもよぉ、そうしねぇと俺が納得いかねぇんだよ」

 

「何故……!?」

 

「なぜって言われてもなぁ。そういう人間だから、としか答えられねぇ」

 

 

 それならそれで、問題はないはずだ。焔はそう言った。ここで情報を待ち、無事を祈る。それで充分ではないか。そう言った。

 

 それでも数多は捜しに行くと言った。

焔の意見は間違ってない、数多もそれは認めた。正しい、そのとおりだと。しかし、捜しに行かないと自分が納得いかないと言葉にした。ここで待っているというのは、どうにも我慢できないと。

 

 焔はそれに、どうしてそこまで、と思った。それを口にすると、数多も困った様子でそれに答えた。

 

 自分がそうしたいから、そういう性格だから、それが数多の答えだった。単純に、自分がそうしたいというわがままだ。行動を起こして、自分を納得させたいだけだ。

 

 

「……わからない。何でアイツらの為に兄さんが動くんだ? さほど接点があった訳でもないだろう!?」

 

「確かに、特に顔見知りって訳でもねぇな」

 

「だから、何故……?」

 

 

 そんな数多を見て、焔は悩むような仕草を見せた。

理解できない、そんな顔だった。何故そこまでするのだろうか、まったくわからないと思ったからだ。

 

 そもそも、行方不明になった人たちは、数多となんら関係のない人たちだ。それが数多の友人ならば確かにわかる。友人ならば、いても立ってもいられなくなるだろうし、何とかしたいと思うだろう。

 

 だが、数多と行方不明者にはほとんど接点はない。では何故、どうしてそこまでしたがるのか。焔はそこが理解できなかった。

 

 数多も、その部分は否定しなかった。

友人でもなければ知り合いというほどですらない。そう話しながら、うんうんと頷いていた。

 

 それならどうして? 焔は再びそれを尋ねた。

そこに大きな理由がないならば、どうして捜したいのかと。行動したいのかと。

 

 

「……特に理由はねぇよ。お前のクラスメイトってだけさ。つまらねぇ理由だが、動くに値する理由でもあるってもんさ」

 

「……そう……か……」

 

 

 すると、数多はふとニヤリと笑い、それを口にした。

友人でもなければ知人でもない、個人的には赤の他人。そんな人たちを捜して何になるのか。意味はあるのか。何か功績がほしいのか。別にそんなことは、数多には関係なかった。そのあたりはどうでもよかった。

 

 数多が捜したい、行動したい理由。それは”その行方不明者が妹のクラスメイトだから”。

 

 理由としては小さいかもしれない。誰かが聞いたら、馬鹿だと言うかもしれない。それでも数多としては、捜すに値する、行動するのには充分な理由だったのだ。

 

 焔はそれを聞いて、目を見開いて驚いた。そして、うつむいて、ぽつりと一言こぼした。

 

 自分のクラスメイトだから探す? 正直言えばアホの言うこととしか言いようがない。所詮はクラスメイト。後半年ほどすれば、散り散りになるかもしれない、他人でしかない人たちだ。

 

 クラスメイト全員が友人という訳でもないし、仲が良いという訳でもない。そんな人たちの為に無関係な兄が行動したいなど、焔にはあまりに理解に欠ける意見だった。

 

 

「おし、んじゃ早速行って来るぜ!」

 

 

 うつむく焔を見て、数多は苦笑していた。

まあ、確かに自分は馬鹿かもな。そんな理由で行動しようなんて、わからないかもな、そう思いながら。

 

 そして、数多は黙ってしまった焔に手をふり、くるりと振り向き歩き出した。思い立ったら行動だ。今から行って来ると別れを述べて。

 

 

「……待て!」

 

「お?」

 

 

 しかし、そこで焔は沈黙を解いた。突然数多へ静止するよう呼びかけた。

 

 数多は何事かと思い、再び焔の方へと振り向いた。

 

 

「……私も……、行く……」

 

「いいのか? 結構しんどいぜ?」

 

「そんなことなど、言われなくともわかっている」

 

 

 そこで焔は、自分も一緒に行くと言った。同じく捜すと、小さくもしっかりと言ったのだ。

 

 数多はそんな焔へ、本当に来るのかと尋ねた。

この広大な魔法世界を当てもなく捜すのだ。正直言えば大変できついだろう。

 

 それでも焔は行くと言った。

そんなことは最初からわかっていることだ。わかって行くと言ったのだ。

 

 

「だけど、アイツらは曲がりなりにも()()クラスメイトなんだ……。ノーてんきだが、それでもクラスメイトなんだ……」

 

「……ククッ」

 

「何で笑うんだ……!?」

 

 

 焔は思った。行方不明になった連中は、どうでもいいヤツらだ。ノーてんきでアホな連中だ。そのあたりが今でもあまりに気に入らない。

 

 だが、それでもクラスメイトだ。2年半程度の付き合いだが、それでもクラスメイトなのだ。あの連中が一人でも欠けるというのは、後味が悪いというものだ。できるならば全員で卒業したいというものだ。

 

 数多はそう言う焔を見て、少し呆けた。そして、その後小さく、こらえるように笑った。

昔の焔ならば、どうでもいいと切り捨てただろう。ほっといても問題ないと思っただろう。

 

 しかし、目の前の焔は自分のクラスメイトだから、一緒に捜すと言った。特に親しいという訳でもないのに、そう言った。

 

 繋がりができたから、知り合ってしまったから。故に、ほうってはおけなくなってしまったのだと、数多は思ったのである。だから、随分と成長した、そう思い嬉しくなり、ついつい笑ってしまったのである。

 

 いきなり笑いだした数多を見て、焔は顔を赤くしながら、笑うところではないと叫んだ。別におかしなことを言った訳でもないというのに、笑うのは失礼だと思ったのである。

 

 

「いや、なんでもねーさ」

 

「フン……」

 

 

 いや失礼、そんな感じな顔で、数多はなんでもないと言った。

 

 そんな数多に、焔は少し照れながらふて腐れた顔を見せていた。

失礼なヤツだと思ったが、それ以上に自分の内心を察したのだと考え、恥ずかしく思っていたのである。

 

 

「よし、行くぜ!」

 

「うむ!」

 

 

 ならば、早速出発だ。数多はそう叫ぶと、焔も力強く頷いた。そして二人は城を出て、飛行船が集う空港へと急ぐのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここはケルベラス大樹林。広大なジャングルが広がり、見渡す限り森が続いていた。そんな人気もない場所で、数人の男女が何やら雑談をしていた。ネギたちである。

 

 

「1万キロ!? 遠すぎんだろ!? 意味がわかんねぇぞ!!」

 

 

 千雨は魔法世界の地図を茶々丸から渡され、それを見た。

すると、自分たちがやってきた場所から、1万キロも離れた場所に飛ばされたことを知ったのだ。どんな距離だ1万キロ。日本が何個入る距離だ。理解が追いつかない、そんな顔を見せて憤りを見せていた。

 

 

「しかも強敵ユニットが配置されまくった見知らぬファンタジー異世界で、散らばった仲間を集めるとか、どこのロボット軍団操作するシミュレーションゲームだっつーんだよ!!」

 

「面白いたとえだな……」

 

 

 千雨の怒りは未だ冷めることがない様子で、早口でこの現状を例えてみせた。

仲間は各地に散らばり、捜さなければならない。しかし、野生の魔物がひしめき合い、中々前にも進めない。このクソゲー状態をどうやって突破するというのか。千雨はかなり頭に来ていたが、それ以上に混乱もしていた。

 

 そんな例えを聞いて、よく思いつくな、と法は思った。

中々できるものではない、混乱しているのだろうが、それでもそうそうできることではないと関心もしていた。

 

 

「夏休みはあと15日しかねぇのに、2学期に間に合うのかよ!!」

 

「わかりません……」

 

 

 千雨がここまで怒る理由。それは2学期だ。

エスカレーター方式とは言え、もうすぐ中学三年の2学期である。学生としてはとてつもなく大切な時期でもあるだろう。それに間に合わなかったらどうするのかと、かなり焦っていたのだ。

 

 故に、千雨は怒り半ばでネギへと文句の嵐を叫んでいた。

このまま2学期に間に合わなかったらどうするのかと。責任問題になりかねないと。

 

 だが、ネギもかなりそれを重大に思っており、頭を下に向けたまま、わからないと話していた。

何せネギもこんな状態にされたのははじめてだ。ネギ自身もかなり混乱していたのである。

 

 

「……まあ、ここに来るって判断したのは私自身だし、自分のこと棚に上げて文句は言えねぇけどよ……」

 

「すみません……」

 

「さっきから何謝ってんだよ! 別に全部が全部先生のせいじゃねーだろ?」

 

 

 と、千雨はネギを責めてはいたが、目の前のうなだれるネギを見て、言い過ぎたと思った。

10歳という年齢のネギを責め立てても、何もはじまらないと思ったのだ。

 

 しかも、ここへ来ることは千雨が決めたことだ。

いや、まさかこんなことになるとは思ってなかったが、それでも自分で決めたのだから、これ以上は文句を言えないだろう。

 

 だと言うのに、ネギは何度も謝っているではないか。

なにせ、ネギはこうなってしまったことに責任を感じているのである。まったく悪くないというのに、ネギは自分がみんなをここへ連れてきたからこうなったと、本気で思っているのだ。

 

 千雨も当然そう思っていた。

先ほどは焦りと怒りでネギを責めたが、実際はネギが悪いなんて思っていなかった。なので謝る必要もないし、全部ネギが悪い訳じゃないと言葉にしていたのだ。

 

 

「その通りだ。ネギ先生が悪いのではなく、悪はあくまでも、あの場を襲った連中だ……!」

 

「そうそう! アイツらがだいたい、つーか全部悪い!」

 

 

 また、法も同じ気持ちであった。

こうなったのは全部、ゲートを強襲したアーチャー一味が全部悪い。あの連中が襲ってこなければ、こうはなっていないのだから。

 

 千雨も法の意見に同調し、ネギを元気付けようとしていた。

ネギも自分らも被害者だ。全部あのアーチャー連中が悪いと。

 

 

「次にあったのならば、必ず奴らを……断罪する……!」

 

「なんでお前、私よりもすげー怒ってんだよ……」

 

「……いや、なんでもない……」

 

 

 だがそこで、法は表情を険しく変え、突如怒りを見せたのだ。

拳を強く握り締め、次にアーチャー連中に会ったのならば、自分を攻撃してきた敵の二人に会ったのならば、次こそは必ず倒すと言い出したのだ。

 

 何故、ここまで法が憤りを感じているのか。それはあの敵たちが、自分と同じ転生者という部分にあった。

自分は転生者だが、法律を犯したり他人に迷惑をかけてはいない。そういうことはあってはならないと考えていたのだ。

 

 

 あのカズヤも喧嘩が好きだが、ただの喧嘩には”特典(アルター)”を持ち出すことはない。カズヤはカズヤなりの考えで、自重しているのだ。それに、カズヤは基本的に受けである。相手の売ってきた喧嘩を買うことはあっても、自ら喧嘩を売ることはない。まあ、それが法が相手の場合は、わりと挑発的になるが。

 

 また、カズヤ自身も、喧嘩を悪いものとして見ている。迷惑なものだと思っている。故に、売ってきた喧嘩は必ず買うが、自ら喧嘩を売って歩くような真似だけはしないのだ。

 

 それに、この世界は基本的に喧嘩には寛容だ。確かに行き過ぎた喧嘩は制裁されるが、それを見ている野次馬は喜び、トトカルチョを始める。そういった世界だからこそ、ある程度カズヤの喧嘩が許されているのだと、法は考えていたのである。

 

 

 しかし、連中は違う。何か目的があるのだろうが、突然自分たちを襲ってきた。さらに仲間の状助を死に至らしめようとしていた。本気で殺してもかまわないという態度を見せたのだ。

 

 ならば連中は危険な不穏分子ということになるだろう。それも、神から与えられた特典を使い、暴れてのさばっている。法にはそれがとてつもなく許せないことだった。

 

 たとえ神から貰った特典であろうとも、法律を犯していいことにはならない。他者を理由なく傷つけていいはずがない。法がもっとも許せないこと、それは選んで得た(とくてん)で他者を蹂躙しようとする”転生者(あく)”なのである。

 

 

 が、そんな法の気持ちは、千雨にはわからない。

何せ千雨は、未だに法が転生者だとか、そのあたりのことを知らないからだ。故に、何故自分以上にキレているんだろう、と疑問に思うだけであった。

 

 すると、法は千雨の言葉にハッとし、すぐさま頭を冷やした。そして、再び冷静な態度で、なんでもないとぽつりとこぼしたのであった。

 

 

「とりあえず、近くの町まで移動しましょう。話はそれからでも」

 

「そうですね……、それがいいと思います」

 

 

 だが、こんなところで話しててもしかたがない。まずは街まで行くことが先決であると、茶々丸は提案した。ネギもそれに同意見のようで、茶々丸の言葉に賛成した。

 

 

「まさか、愉快なイージーモード異世界旅行が、ハード、ファンタズムモードのサバイバルゲーになるなんてよ……」

 

「マスターはある程度危惧していましたが、まさか本当に起こるなんて……」

 

「師匠のヤツはわかってたのかよ、こうなることが……」

 

 

 なんということだろうか。魔法世界という見知らぬ土地に行くので、確かに不安はあった。ただの旅行のようなもんだとばかり、千雨は思っていた。

 

 いや、実際は誰もがそれを考えていた。こんなことになるなんて、思ってなかった。千雨もそう思い、頭を抱えながらそれを言ったのである。

 

 ただ、エヴァンジェリンはこうなる可能性を予想していた。アスナもそうだった。それを冷静に茶々丸が話すと、千雨はさらに頭を抱え、エヴァンジェリンがあの事件を予想していたことを愚痴っていた。

 

 

「確証はないようでした。ひょっとしたら、と言うレベルの話だと申されてました」

 

「ひょっとしたら、が現実(マジ)になるとか運がねぇ(ハードラック)ってレベルじゃねーな……」

 

 

 それでもエヴァンジェリンでさえ、可能性の話にすぎないと考えていたようだ。それが本当になってしまうとか、本気で運がない、というかついてないと、千雨は思ってがっくしするのであった。そして、一同は街がある方角を目指すのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 あれから数日たった後、ようやく街が見えてきた。崖の下の先に、街らしきものがあったのだ。小さい偏狭の街ではあるが、はじめての人気がある場所だ。

 

 それだけではない。ネギたちははぐれた仲間の一人である小太郎と合流していた。小太郎にも白き翼のバッジが配られていた。なので、ネギたちは街を目指しながら小太郎を探し、そして見つけることに成功したのである。

 

 

「街だ!」

 

「300キロは流石に遠いだろ……。近くねーじゃねーか……」

 

「姉ちゃんはそこの兄ちゃんの変なもんに乗とっただけやろーが」

 

 

 ネギははじめて発見した街を見て、そこを指さした。

また、千雨は”近く”と言う言葉が嘘だったと、愚痴っぽく語っていた。

茶々丸は確かに”近くの街”と言ったが、その場所から300キロも離れていたのだ。

 

 実際は”最寄”または”一番近い場所”と言う意味であり、千雨もそのぐらいは理解していた。ただ、それでもまるで近くない。いや、遠いと言った方がいいほどの距離の移動に、千雨は疲れていたのである。

 

 しかし、そこへ小太郎は千雨へつっこみをいれた。

何せ千雨はさほど自分で歩いておらず、法が操るアルター、絶影に乗りながらここまで来たのだ。

 

 セーフモードとして使っている人型の絶影ならば、ほとんど負担もなく動かせる。

そのため、法自身がそれを提案したのである。さらに絶影はある程度飛行することも可能だ。なので、それに乗った方が楽だろうと法は思ったのである。

 

 

「まあ、そう言ってやるな。長谷川はこういうことに慣れていない」

 

「……まるでオメェは慣れてるみてぇな言い方じゃねぇか……」

 

「多少なりに、だがな」

 

「あっそ……」

 

 

 法は小太郎の言葉に、千雨をかばうようなことを言った。

千雨は基本的に運動をさほどしない、部屋で過ごすことが多い。所謂引きこもりってやつだ。そんな人が、いきなり長距離を徒歩で移動しろなど、難しいというものだ。法はそれを知っていたので、そこまで言うのは酷だと言葉にしたのである。

 

 が、千雨はそれに反応し、それを言った法が、さもこう言うことに慣れているような口ぶりだと、ぼそっと口に出した。法はそれに答え、多少は慣れていると言い出した。

 

 実際、法も体力を作ったりするために、山に行くことなどもしていた。あのカズヤと張り合うために、力をつけるべく鍛錬を怠らなかった。

 

 千雨は自信ありげだというのに、謙虚に多少と言葉にする法を見て、ため息をついていた。そういやこいつはそういうやつだった、と思い出し、そっけなく返事を返したのだった。

 

 

「よっしゃ! 久々のまともな飯と寝床や!」

 

「慌てるなっつーの!」

 

 

 そうこうしている内に、小太郎は先走り、さっさと崖を下りていった。ネギもつられて杖を使い、そのまま下りていったのだった。千雨はさっさと先に行く子供二人に、そこまで慌てる必要はないだろと叫んでいた。

 

 

「私たちも行きましょう」

 

「そうだな……。私も服を調達したいし……」

 

「崖を降りるなら俺の絶影に乗っていくといい」

 

「ありがとよ、そうさせてもらうぜ」

 

 

 茶々丸も、とりあえず自分たちも街へ降りようと話した。街には白き翼のバッジの反応もあるし、情報収集もしなければならない。やることは多いのだ。

 

 また、千雨も早く街へ降りたいと思っていた。

何せ今は白いローブ以外、ほとんど何も着ていないようなものだ。はっきり言えば恥ずかしいが、ないものはないので仕方がなかった。

 

 未だに仮契約をしていない千雨は、服を呼び出したりすることができず、タコの魔物に服を溶かされたままだったのだ。なので、早く街で新しい服を調達したいと思っていたのである。

 

 すると法は再びアルター、絶影を作り出し、これに乗って降りるといいと話した。

千雨は法の気遣いに感謝し、絶影に捕まった。

 

 そして、三人は崖を下りて行ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 街に下りた一同が見たものは、とてつもなくファンタジーなものだった。はっきりいって驚くことばかりだ。いやはや、まさかここまで幻想的なものだったとはと、魔法世界のすごさを思い知っていた。

 

 目に飛び込んできたのは、亜人だった。狼のような顔と毛深い体を持った、人型の亜人。

数センチしかない、虫の羽のようなものを背中にはやした妖精のような亜人。どれもこれもが、ファンタジーな生き物だ。地球にはいない、不思議な生き物だ。

 

 法もこれには驚いた。まさしく魔法世界と言う名にふさわしい、とんでもない光景だったからだ。千雨も当然驚いたが、もはや慣れた様子でむしろ呆れた顔をしていた。茶々丸もそう思った様子を見せ千雨の言葉に同調していたが、顔は無表情であった。

 

 さらに、道端では喧嘩が勃発しており、治安の悪さが浮き出ていた。まるで中世、西部劇の世界だ。千雨はそんな光景を見て、大丈夫かよと思っていた。茶々丸もこの場所が辺境故に、さほど治安維持されていないのだろうと語っていた。

 

 

 そして、とりあえず街を見て回る一同。久々の街ということもあり、買い食いなどもしていた。千雨もその場しのぎになればよいと、適当な服を買って着替えた。

 

 

 そんな感じで街を探索する一同であったが、何やら宙に浮くモニターらしきものが目に入ってきた。千雨は魔法でできた街頭テレビか何かかと思い、それを眺めていると、突如ニュースが始まった。

 

 

 そこにはなんと、信じられない出来事が映し出されたではないか。

なんとネギが、メガロメセンブリアのゲートポートを襲撃した犯人として祭り上げられていたのだ。これにはネギたちも驚いた。あのアーチャー軍団がやらかしたことの罪を、ネギたちが着せられたことになったからだ。

 

 完全に濡れ衣を着せられ、さらに多額の賞金をかけられたネギ。国際手配犯として、手配されてしまったのだ。まずい。誰もがそう思ったが、ここには一つ、バッジの反応があった。そのバッジの持ち主を探すまでは、この街を出れない。

 

 なので、とりあえず一同はフードを深くかぶり、そのバッジを検索した。だが、そこでも信じられないような。いや、信じがたい事実にぶち当たったのだ。

 

 バッジは確かにあった。見つけられた。しかし、バッジだけが道端に落ちており、持ち主がいなかったのだ。これはまさか。誰もがそう思った。持ち主なきバッジに、誰もが衝撃を受けた。

 

 ただ、いつまでもそこで、落ち込んでいる訳にも行かない。一同はとりあえず、人影のない路地裏へと移動し、話し合いを行うことにしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 なんということだろうか。

白き翼のバッジをたどったというのに、持ち主がいなかった。バッジがなくなってしまえば、手がかりは消失してしまったも同然だ。ネギたちは多大な喪失感を感じながらも、どうにかしなければと考えていた。

 

 

「……最悪の展開だな」

 

 

 これはどうしようもない。千雨はそんな感じでそれを言った。まさしく千雨の言うとおり、あまりよい展開ではなかった。

 

 

「しかし、近くにいる可能性はある」

 

「……そうだな」

 

 

 ただ、落ちていたからには持ち主がいるはずだ。それもさほど遠くには言ってないと考えられる。すなわち、まだ持ち主が近くにいる可能性が高い。それを法が話すと、千雨もそれに同意した。

 

 

「だが、こっちはさらにまずいぜ。ネギ先生ほどの額じゃないが、他のみんなにも賞金がかかっている……」

 

「……俺にもか……」

 

「……一元もだな……。つーか師匠までかよ……」

 

 

 しかし、それ以上に千雨が気にしたのは、やはり指名手配になったことだ。ネギには多額の賞金がかけられ、他のメンバーにもそれなりの賞金がかかっていた。完全に賞金首、指名手配犯扱いだ。

 

 また、法などの”本来存在しない人間”にまでそれがかかっており、法はそれを口に出した。千雨はカズヤも同じように賞金がかけられているのを見て、こっちもかと思った。

 

 が、千雨はそれよりも気になったのが、魔法の師であるエヴァンジェリンにも賞金がかけられていたことだった。しかも、他よりも額が大きいのだ。魔法世界で有名だとか、名だたる魔法使いだったんじゃないのか、そう千雨は思い首をかしげていたのだ。

 

 とは言え、エヴァンジェリン自体は元々賞金首だった。

真祖の吸血鬼として、かなり昔から賞金がかけられていたのである。

 

 まあ、そんな賞金よりも魔法世界への献上の方が大きかったので、今は誰も狙わなくなったというだけなのである。それに、どうせ狙っても返り討ちは必須。誰もが諦めたところもあるのだ。

 

 

「……みんな……」

 

「とりあえず落ち着けや」

 

 

 ネギはクラスメイトに賞金がかかってしまったことを、とても苦に思った。

どうしようもなかった、と言えば確かにそうなのだが、ネギにはそうは思えなかったのだ。

 

 そんな落ち込むネギへと、小太郎は叱咤を叫んだ。

 

 

「くよくよしとってもしょーがないやろ? とりあえず自分らができることからはじめんと!」

 

「だけど……」

 

 

 落ち込んでいても何も始まらない。

だったら、まず何をすればいいかを考えた方がいい。できることを探した方が有意義だと、そう小太郎は叫んだ。

 

 それでもネギは、落ち込みっぱなしだ。

アスナや刹那などは、まだ大丈夫だと言えよう。戦えるし、かなり強い。だが、まき絵たちはどうだろうか。彼女たちは一般人だ。戦えるはずがない。何かあったらどうしよう。そうネギは考え、不安になっていたのだ。

 

 

「あいつらなら大丈夫や。ネギもわかるやろ? あいつらがそう簡単にヘバる訳あるかい!」

 

「……そうだね……」

 

 

 そんなネギへと、激励するかのように小太郎は再び叫んだ。

ネギの生徒たちはわりとタフでしぶとい。そうそう倒れるようなことはないはずだと。

 

 それを聞いたネギは、確かにそのとおりだと思った。自分の生徒を信じないで、どうするというのかと。しかし、それよりもネギが思いつめることがあったのである。

 

 

「……心残りなのは、状助のことか……」

 

「……はい……」

 

「……あの兄ちゃんだけは、随分ヤバそうやったな」

 

 

 法はそこで、状助のことを言葉にした。

あの重傷だった状助だ。ネギも彼のことが気がかりだったようで、小さくそれに返事をした。

 

 何せ瀕死と言えるような状態だったのだ。ネギも彼を治癒できなかったことを、助けられなかったことを悔やんでいたのである。

 

 小太郎もその名を聞いて、状助の最後の姿を思い浮かべた。

他のみんなと違い、状助は重傷のまま転移していった。確かにあのままではかなり厳しいと、考えていた。

 

 

「彼が何だって?」

 

 

 そんな会話をしているところに、突如として誰かが話しかけてきた。

ネギたちはハッとしてそちらを向くと、逆光を受けながら、マントをなびかせた男性がそこに立っていた。

 

 

「あ、アンタは!?」

 

「ゲェー! 赤蔵の兄ちゃん!?」

 

 

 千雨はその男子を見て、どうしてここにと言う顔で驚いた。

さらに小太郎は驚きつつも、少し怯えた様子でその名を叫んだ。

赤蔵覇王。そこに立っていた男子は、覇王だったのだ。

 

 

「久々だね、君たち」

 

「何故、あなたがここに……!?」

 

「色々訳があってね。むしろそれはこっちの台詞さ」

 

 

 覇王はゆっくりとネギたちへと近づき、にこやかに挨拶をした。

ネギもどうして覇王がここにいるのかわからず、びっくりしながらそれを尋ねた。

 

 その問いに覇王は、自分が行っている”転生者狩り”ということを省き、色々とだけ話した。

ただ、覇王としては逆に、ネギたちがこんな辺境にいる方が驚きだというようなことを言葉にしていた。

 

 

「で、何を悩んでいたんだい?」

 

「それは状助がだな……」

 

「状助がどうしたんだい?」

 

 

 覇王は先ほどのしんみりした空気を感じ、何か悩みがあるのかと尋ねた。

 

 すると法がそれに、静かに、言いづらそうに口を開いた。だが、法はそこで言葉を一度を止めてしまった。覇王と状助は友人なのを法は知っていた。なので、状助の惨状をどう話してよいか、悩んだのだ。

 

 状助。その名に覇王は反応し、彼がどうしたのかと再び聞いたのだ。

 

 

「その……、重傷を負ったまま行方不明に……」

 

「へえー、それは大変だねぇ? なあ状助?」

 

「お、おう……」

 

 

 法は正直に話すしかないと考え、重い口を再び開き、はっきりとそれを述べた。状助が瀕死となって、そのまま行方不明になってしまったと。

 

 それを聞いた覇王は、むしろいたずらに成功した子供のような笑いを見せ、その彼の名を呼んだのだ。名を呼ばれた状助は、ひょっこりとそこにばつが悪そうに現われ、腰を低くしながら顔を見せた。

 

 

「なっ!」

 

「あなたは!」

 

「生きとったんか!」

 

 

 誰もが状助の登場に驚いた。

あれほどの傷を負いながらも、元気そうな様子を見せていたから。強制的に転移された状助が、何故か覇王といっしょにいたから。どういうことだ、どうなっている。誰もがそう思っていた。

 

 

「無事だったのか!」

 

「いやー、マジでやばかったっスけどね」

 

「無事でなによりです……!」

 

 

 法は状助の登場に驚きつつも、喜びの顔を見せた。生きていて良かったと。

 

 状助は状助で、実は死んでいました、などと言えるはずもなく、後頭部に手を置きながらも、危なかったとだけ話した。

 

 また、ネギは元気そうな状助を見て、涙ぐんで喜んでいた。よかった、無事でよかった、と。

 

 

「さて、彼が生きていたので一つ悩みが解消された訳だね」

 

「はい……!」

 

 

 とまあ、状助がこうして元気にしているならば、彼への悩みはなくなった。覇王はしれっとそれを言葉にし、ネギもそれに返事をしていた。

 

 

「では、次の問題について考えましょう」

 

「そうだな、とりあえず目的をはっきりさせるところから考えるか……」

 

「そうですね……」

 

 

 ならば、次の問題を解決すべく、話し合おうじゃないか。

茶々丸はそれを口に出すと、千雨も次の題について話し出した。ネギもそれに賛成し、再び問題解決への糸口を探すべく、考え始めたのだった。

 



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百二十七話 グラニクス

 さて、ここはアルカディア帝国の玉座の間。

そこで椅子に座りながら膝を組み、手の甲で頭を支えながら、何やら考える皇帝の姿があった。

 

 

「終わったか?」

 

「ハッ、無事完了しました」

 

 

 皇帝は目の前にひざまずく、部下であるギガントへとそれを尋ねた。

するとギガントは頭を下げながらも、冷静にそれに答えた。

 

 

「ゲートは完全に封鎖しました。()()()と同じく、誰も入ることはできませぬ」

 

「ご苦労さん」

 

 

 ギガントが行ってきたこと、それはアルカディア帝国に存在する、ゲートポートの封鎖だった。ゲートの機能を完全に停止させ、その建物を封印してきたのだ。

 

 皇帝はそれを行ったギガントへと、労いの言葉をかけた。

よくやった、それでいいと。

 

 

 ……魔法世界には11箇所、新世界と旧世界を繋ぐゲートが存在する。また、他に存在するゲートはもう一つ、過去の出来事にて、すでに封鎖されているオスティアのゲートである。

 

 が、ここにイレギュラーなゲートがもう一つ存在した。そう、アルカディア帝国と旧世界を結ぶゲートだ。

 

 と言うのも、ここのゲートを封じなければ、完全なる世界の思惑通りには行かない。魔力の流れが阻害されずに、魔力溜まりができないからだ。

 

 故に、何としてでもここのゲートを破壊しようとしてくるだろう。そうすれば帝国としても面倒なことになるのは避けられない。なので、とりあえずゲートを閉鎖し、敵が侵入してくるのを止めようと考えたのだ。

 

 だが、理由は他にもある。皇帝のある計画には、このゲートの封鎖が必要だった。だから、こうしてギガントに、アルカディア帝国のゲートを封鎖させたのだ。

 

 

 そして、ギガントは”あの時と同じく”と言葉にした。あの時とは、つまり20年前の大戦の時のことだ。20年前も同じようなことが発生しており、同じようにゲートを封鎖していたのである。

 

 

「……ヤツらの動向はどうなんだ?」

 

「今のところ、大きな動きはないようです。何やら時期を見計らっている様子かと……」

 

「やはり……、か……」

 

 

 また、皇帝はギガントへと、”完全なる世界(ヤツら)”について質問した。

しかし、ギガントはそれについても、大きな情報を得てはいなかった。

 

 ただ、連中は行動する時期を見計らっているようで、ゲートを破壊し終えたのが区切りだったらしく、現在は大きな動きがないとギガントは報告した。

 

 

「まあ、そのあたりは引き続き頼むわ」

 

「了解いたしました」

 

「さーて、これからどうなることやら」

 

 

 それなら様子を見て、こちらも行動を決めるとしよう。皇帝はそう考え、引き続き情報収集を頼むと言葉にした。

 

 ギガントもそのまま頭を下げ、それを静かに了承した。皇帝はそれを見て満足し、次に何が起こるかを考え始めたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここはエリジウム大陸、そのやや北側中央に位置する自由交易都市グラニクス。

 

 そして、そこにある巨大な複合闘技場の外側の廊下にて、一人の男子がたたずんでいた。執事服を着こなし掃除用具を片手に、異界の街並みや青く透き通った空を眺めながら、思考にふけていた。

 

 

「……話に聞いていたけど、何と言うかまあ……」

 

 

 その男子こそ、状助と覇王と同じクラスメイトであり、友人の川丘三郎だった。うむ、見渡す限り異世界っぽい何かだ。異世界転生したらこう言う気分なのだろうか、そう三郎は景色を眺め、思うほどであった。とは言え、三郎も神様転生した身である。転生したのには変わらないと考え、内心苦笑していたのだった。

 

 また、魔法世界のことは状助から聞かされていた。何か不思議な世界があるぞ、と。それを思い出しながら、その光景を眺めていた。ただ、聞かされていたものよりも、ずっと幻想的な世界だと三郎は思っていた。いや、聞くのと体感するのでは、まったく違うのだから当然と言えよう。

 

 

「……状助君が言ったとおりだった……」

 

 

 しかし、まさかこんなことになるなんて、思っても見なかった。確かに状助が言う訳だ。来るな、絶対に来るなと。

 

 

「来るなって言ってくれていたのに……」

 

 

 あれほど忠告してくれたというのに、それを無碍にしてしまうなど。今度会ったなら、また謝らなければならないな。三郎はそう思いながら、自己嫌悪でため息をついていた。

 

 

「……状助君は、他のみんなは無事なんだろうか……」

 

 

 そして、三郎は思った。状助やその他の人たちのことを。特に状助は怪我をしていた。遠くからではあまりわからなかったが、かなりヤバイと言うのは感覚でわかった。無事ならいいが。そう考えながら、自分に課せられた仕事をこなすのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 三郎は仕事を一段落させた後、自分が与えられた部屋へと戻った。多少疲れたがこの程度で音を上げる訳にはいかない。そう思いながら、部屋の扉を開いた。

 

 

「あっ、お疲れ様。……どうだった?」

 

「大丈夫、特に何もないよ」

 

 

 すると、労いの言葉が三郎へ向けて発せられた。それを言ったのはアキラであった。

 

 三郎はその言葉に笑みを見せながら、別に問題はないと話した。

 

 

「それよりも、亜子さんは……?」

 

「まだ熱が下がらないみたい……」

 

「そうか……」

 

 

 三郎は自分のことなんかよりも、亜子のことが気がかりだった。何せ亜子は謎の病気にかかってしまい、熱がまったく下がらない状態となってしまっていたのだ。健康な自分なんかよりも、そっちの方が心配だと思ったのである。

 

 亜子を看病していたアキラへ三郎がそれを尋ねれば、未だに熱はさがってないと話した。

それでも一応薬は飲んだはずなので、効いてきてはいるのはわかっていた。昨日よりは症状が軽くなってきているからだ。故に、もう少しの辛抱だとアキラは考えていた。

 

 三郎はその言葉を聞いて、心配するような声をだし、不安な様子を見せていた。こんな見知らぬ土地での病気は、さぞ心細かろうと思っていた。

 

 

「ねえ、ここって本当に現実なの? 夢だよね……?」

 

「……村上、多分これは夢なんかじゃないよ」

 

「ど、どうして!?」

 

 

 そこへそれ以上に不安な顔を見せながら、この状況を尋ねる夏美がいた。

夏美はこの現実的には見えない、不思議な世界を見て、ここが夢の中なのではないかと思っていたのである。

 

 アキラはそれに静かに答えた。

この状況は夢ではない、きっと現実なのだろうと。沈痛な表情で、それをしっかりと発していた。

 

 そのアキラの無情な答えに、夏美は混乱した様子を見せていた。

これが夢ならいい方だ。悪夢なら覚めれば終わるからだ。だが、現実だったら終わらない。どうにかしなくちゃいけないからだ。

 

 

「大河内さんも見たでしょ?! 街の人たちを! このメチャクチャな状況を!」

 

「確かに見たよ……」

 

「だったら……!」

 

 

 夏美はまるで今の状況を現実であるということを拒絶するように、アキラへと反論した。

ここはやはりおかしい、街の人間もおかしいし、この状況もここに至る前もずっとおかしかったと。

 

 アキラもそれはわかっていたし、実際に見ていた。街の人は見たこともない人間ばかりだし、この場所だって自分たちが知らない場所だ。おかしいというのは重々承知だった。

 

 なら、やはり夢だ。そう夏美は叫ぼうとした。この受け入れがたい現実を、夢だと思い込むように。

 

 

「……でも、私は知ってるんだ……。そういう状況があることを……。そのメチャクチャな状況が現実に存在することを……」

 

「そんなの嘘だよね!?」

 

 

 だが、アキラがこの状況を現実と言うのには、訳があった。アキラは以前、学園祭の時に現実離れした光景を一度目撃していた。そう、銀髪の神威が起こした事件だ。

 

 あの時、刃牙が神威によって、ヒドイ怪我を負わされていた。また、カギが宙に浮きながら、雷を放った。まるで夢だというような、そんな状況だった。さらに、刃牙は自分を抱え噴水に突入したと思えば、別の水場へと一瞬で移動したのだ。

 

 それにアキラはそのことについて、刃牙から教えてもらっていた。刃牙の不思議な力のことを、この世界には不思議なものがあることを。故に、この夢のような現実を、ある程度受け入れられてしまったのである。

 

 あのアキラから、そんな言葉が出てくるなんて。夏美は予想外なアキラの言葉に、かなりショックを受けていた。

 

 夏美はアキラも自分と同じように、この現状が夢だと答えてくれるとばかり思っていたのだ。当てがはずれた夏美は頭を抱え、嘘だ嘘だと嘆くしかなかった。

 

 

「川丘君はどう思ってるの!?」

 

「……ゴメン。俺も現実だと思うんだ……」

 

「そんなー!」

 

 

 そこで夏美は矛先を三郎へと変え、そちらにも同じ質問をした。

しかし、やはり三郎もアキラと同じ答えだった。そのため、申し訳なさそうにそれを言ったのである。

 

 と言うのも、三郎は転生者である。転生してる時点で、すでに夢のような存在だ。それ以外にもシャーマンな友人の覇王や、スタンド使いな友人の状助がいる。そんな彼らを見ていれば、このぐらいは現実でもおかしくないと思ってしまうのである。

 

 三郎の答えに、夏美は悲鳴に近い声を出していた。

なんてこった、これは夢じゃなくて現実だというのか。夢なら覚めて欲しい。いや、夢ではないなら覚めない現実。この状況に大きな衝撃と不安を感じていたのである。

 

 

「でも、川丘君は首輪を付けられて奴隷にされちゃったんだよ!? どれいだよ!? どう考えても現実的じゃないよ!」

 

「ハハハ、夢だったら覚めてくれると嬉しいんだけどね」

 

「……」

 

 

 だが、夏美は諦めない。これが夢であるとなんとしてでも証明したい。故に夏美は、今の三郎の現状をついた。首に黒く錠前をぶら下げた首輪のことを。三郎が今、奴隷と言うおかしな身分になってしまっていることを。

 

 三郎はそれについて、夢ならいいねと笑い飛ばした。

夢ならそのうち覚める。覚めてくれれば問題はいっきに解決する。だが、それは起こらない。何故ならこれが、現実だからだ。三郎はそれをしっかりと認識し、理解しているからだ。

 

 そんな三郎を、悔やむ思いで眺めるアキラがいた。

彼がいたから自分たちは、こうして無事だったからだ。しかし、逆を言えば、彼が自分たちを助けるため、自ら生贄となって身を差し出したともいえる。

 

 それを考えると、とても心苦しく思うのだった。ただ、それ以外にもアキラが心を痛ませることが別にあったのである。

 

 

 ……三郎は亜子やアキラとともに、何もない荒野に投げ出された。さらにその後、亜子が謎の病で熱を出し、意識を失ってしまったのだ。三郎とアキラはどうにかしようと、街を探すことにした。その道中で夏美と出会い、辺境の街であるヘカテスへとなんとかたどり着いたのである。

 

 三郎たちはヘカテスにて、必死に助けを求めた。しかし、そこは荒くれ者の街。誰も助けてはくれなかった。途方にくれていたその時、この闘技場の座長が、亜子の治療できる薬を渡してきたのだ。明らかに怪しい、怪しすぎる。誰も助けてくれなかった荒くれ者の街で、このような人がいるだろうか。

 

 アキラや夏美はそれに感謝した様子を見せていた。が、三郎は違った。これは裏がある、何か下心がある。そう思っていた。そして、それは的中した。突如として、何が書いてあるかもわからない紙を出し、そこにサインをしろと言ってきたのだ。

 

 三郎はそこで理解した。これは罠だ。詐欺だ。一瞬でそれを理解してしまった。だから、他の三人を押しのけ、一人だけそれにサインをした。そう、全部自分がおっかぶればいいと、三郎は自ら犠牲になることを選んだ。

 

 罠だとわかっていても、亜子が助かる道がそれしかなかった。ならば、他の女の子よりも、自分が一人でそれに引っかかればいい、そう三郎は考え行動したのだ。その結果が、三郎の首に巻かれた奴隷の印、首輪だった。

 

 そして、三郎が奴隷として貸し与えられた部屋に、彼女たちを住まわせ、病気の亜子にベッドを貸した。また、三郎はベッドを貸したが故に、質素な椅子の上に座り、睡眠をとることにしたのである。

 

 そのことについて三郎は、アキラに随分と気遣いの言葉を頂いた。

自ら奴隷となった三郎がもっとも疲労しているのに、椅子に座って寝ては疲れが取れないだろうと。

 

 しかし、三郎は自分は男、この程度のことは慣れているとつっぱね、そうすることにしたのだった。むしろ、この部屋を彼女たちにかして、自分は外で寝ようとすら思ったほどだ。ただ、それだけはアキラの説得により、止められたのであった。

 

 

「まあ、とりあえずは亜子さんが目覚めるまで我慢だよ」

 

「そうだね……」

 

「うん……」

 

 

 しかし、そんなことを話し合っても、今は行動できない。未だに意識がない亜子を連れたままでは、ここを動くことはできない。まずは亜子の回復が先だ。

 

 三郎はそれを話すと、アキラも夏美も同じことを思ったようだ。

亜子が元気になってくれなければ、どうにもならない。今はただ、亜子が回復することを祈るばかりであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 その次の日。

三郎は相変わらず奴隷として、清掃などの仕事をさせられていた。それでもこの程度で済んでいると考えれば、特に大きな文句も苦痛も無かった。

 

 

「あの……。今、少しいいかな?」

 

「うん。今は休憩だから大丈夫だよ」

 

 

 仕事が一段落し、休憩時間へと入った三郎は、いつものように街を眺めていた。

そこへアキラが現れ、そんな三郎へと話しかけたのである。三郎は休憩時間と言うこともあり、アキラの用件を快く引き受けた。

 

 

「で、何か用?」

 

「うん……、川丘君に謝らなくちゃって思って……」

 

 

 だが、一体どんな用事があるのだろうか。三郎はそれを考え、アキラにそれを尋ねた。

 

 アキラはそれを聞くと、うつむきながら、小さくそれに答えた。

 

 

「うん? 何が?」

 

「……私、知り合いに忠告されてたんだ……。”変な場所へ行くな”って……」

 

 

 アキラは三郎に謝りたいと話した。しかし、三郎は何がどうして謝る必要があるのかと、少し混乱した様子を見せた。アキラが自分に謝るような何かを、された覚えがないからだ。

 

 するとアキラは、静かにその理由を話し始めた。

知り合いから、忠告を受けていたことを。それを無視してしまったことを。それで、こんな場所へと来てしまったことを。

 

 

「その”変な場所”って、あの場所だったんだって……」

 

「ああ……」

 

「謝るのは川丘君だけじゃない。村上や亜子や、ここにはいないけどまき絵や委員長にも謝らないといけない……!」

 

 

 そして、忠告された変な場所とは、ネギたちが入っていった岩のサークルだったのを理解したと。アキラはそれを考え、罪悪感に苛まれた様子を見せていた。

 

 三郎は”その場所”と言う言葉を、すぐに理解した。光が発せられたと思ったら、別の場所へと転移した、あの草原のことだと。

 

 また、アキラは謝るのは三郎だけではなく、一緒に来てしまった他の四人にも謝らなければならないと。自分がその忠告を聞いていれば、それであの場所へ行くのを止めようと考えていれば、こんなことになってなかったと考え、ずっと苦しい思いをしていたのである。

 

 

「でも、まずは君に謝っておきたくて……」

 

「……」

 

 

 そこでアキラは、自分たちをかばい一人だけ奴隷となった三郎へと、謝りにきたということだった。頭を下げて辛そうな顔をするアキラを、三郎も同じような表情で眺めていた。

 

 

「……むしろ、謝るのは俺の方なんだ……」

 

「なっ、何で!?」

 

 

 そして、三郎はそっと、その台詞は自分が言いたかったことだと話し出した。

彼女が謝るなんて、そんなことは必要ない。謝罪すべきなのは、むしろ自分の方だと。

 

 アキラはそれを聞き、とっさに頭を上げて叫んだ。

どうして三郎が、謝る必要があるのかと。今一番厳しい状況になっているのは、明らかに三郎だというのに、何故。そう大きく声を張り上げていた。

 

 

「……俺もさ。友人に同じようなことを言われてたんだ。”あの場所へ来るな”、”行こうとする人を止めろ”ってね……」

 

「え?」

 

 

 何故なら、三郎も友人である状助から、同じような忠告を受けていた。あの場所へは立ち入ってはならない、侵入する人は止めてくれ、と頼まれていたのだ。

 

 アキラはそれを聞いて、小さく驚いた顔を見せていた。彼も自分と同じようなことを言われていたのかと思ったからだ。

 

 

「だけど、あの場所へ行くのを止められなかった……。俺が止めてれば、こんなことにはならなかったのに……」

 

「それは……!」

 

 

 三郎は、静かに言葉を続けた。

しかし、その一言一言には、悔しさがにじみ出ていた。言葉を発しながら、拳を強く握り締めていた。

 

 そうだ、自分がしっかりしていれば、忠告どおりにしていれば、このようなことにはならなかったと。言われていた通り、危険だった。危険だから来るなと言われた。なのに、それができなかった。三郎はそれが悔しくてたまらなかったのだ。

 

 アキラはそんな三郎に、違うと叫ぼうとした。しかし、それ以上言葉が出なかった。出すことができなかった。

 

 

「だから、謝るのは俺の方なんだよ……。ゴメンよ」

 

「そんな……! 君が謝る必要なんてないよ!」

 

 

 故に、今度は三郎が頭を下げ、アキラへと謝った。

自分の力が及ばなかったために、こんなことになってしまって、申し訳ないと。

 

 だが、アキラは頭を下げる三郎に、そうする必要はないと大声を出した。

確かに彼は自分たちを止めようとしていた。必死にやめようと声をかけてくれていた。

 

 だけど、それでもあの場に行ったのは、誰でもない自分たち3-Aのクラスメイトだ。裕奈を追ったまき絵の後ろを追い、ここへきてしまったのは自分たちなのだ。だから、違う。謝ることなんて何一つ無い。アキラはそう思い、その言葉を発していた。

 

 

「それに亜子を助けるために、私たちの身代わりになったのは君なんだよ!?」

 

「別に……、俺は何もしてないよ」

 

「何もしてないなんてことないよ!」

 

 

 さらに、三郎は自分だけが奴隷となって、自分たちを助けてくれた。罠だとわかった上で、それでも亜子のために薬を貰い、自ら犠牲になったのは三郎だった。そんな彼が謝るなんて、おかしいと、興奮した様子でアキラは叫んでいた。

 

 三郎はそんなアキラを見ながら、自分は何もしていないと答えた。

むしろ、自分にはあの程度のことしかできない。力も無ければ強くも無い。

 

 友人たちのような強力な特典もない。ならば、彼女たちを助ける方法なんて、それぐらいしか思いつかなかった。ただそれだけだと、三郎は思っていた。

 

 が、アキラはさらにヒートアップするばかりだった。三郎のおかげで、自分たちは無事だった。ならば、何もしていないなんてことはない。だって、三郎がいなければ、自分たちが奴隷になっていたのだから。

 

 

「亜子の治療のための薬を見知らぬ人に渡された時、真っ先に立ちふさがってくれたのは君だ! その首輪だって……!」

 

「これが何だって言うんだ。俺は彼女を助けたかったからそうしただけさ」

 

 

 あの時、病気の亜子を助けようと、必死に助けを求めた。しかし、誰も見向きもしてはくれなかった。

 

 そんな時に突如現れたフードの人物が、薬をくれると言ってくれた。誰もがよかったと思った時、自分たちの前に立ちはだかったのは三郎だった。

 

 そして、自分たちを押しのけ、薬と引き換えにサインをしたのは三郎ただ一人だった。そのため、三郎は一人奴隷となり、首輪をつかまされた。一人だけヘタを掴んだ。

 

 なのに、それなのに何もしていないなんて、そんなことは絶対にない。そうアキラは叫んでいた。そんなことはおかしいと叫んでいた。

 

 

 しかし、三郎はそこで笑って見せた。

首輪を掴み、これがどうしたと言って見せた。

 

 そうだ、あの時はあれしか方法が無かった。思いつかなかった。ベストではなかったが、バッドでもなくベターだった。

 

 ただ、自分は亜子を助けたかった、それだけだと、はっきり言ったのだ。これで亜子が助かるのならば、安いものだと三郎は思ったのだ。

 

 それに男なら女の子に苦労させるなんてことは、させるなんてできないとも思った。男に生まれたんだから、生まれなおしたんだから、女の子を守ってやらなければと。

 

 故に、自然とそう言う行動をとってしまった。男である自分が背負うべきだと、そうしてしまったのだ。

 

 また、三郎にも先ほど言ったように罪悪感があった。ならば、自分が、自分だけがそうなるべきだ。罠だというのなら、自分だけがかかるべきだ。そう思い、自ら一人だけ、奴隷となったのである。

 

 

「……そんなこと……」

 

「気にしすぎだよ。全部俺がやると決めてやったことだ。いいんだ……」

 

「……」

 

 

 だが、アキラは納得いかない顔を見せていた。三郎が一人だけ、色々と背負ってしまった。背負わせてしまった。自分も三郎のように、奴隷になるべきだった。そう思うとやるせない気分でいっぱいだった。それで納得いく訳がなかった。

 

 そんな複雑そうな表情をするアキラへ、三郎は苦笑しつつも優しくそう言った。

全ては自分が決めて、行動しただけのことだ。誰かがそれについて悩む必要も、罪の意識を感じる必要もない。これでいい、これでよかったのだと、そう言葉にしたのだ。

 

 そう言われてしまうと、アキラは何もいえなかった。

今、一番大変な状況の彼が気にするなと言った。気を使ってくれている。そんな彼に、どんな言葉をかけていいのか、わからなくなってしまったのだ。

 

 

「……二人とも……!」

 

「亜子!」

 

「亜子さん……!」

 

 

 しんみりしたこの空気の中、二人へ声をかけるものがいた。

それはベッドで寝ていた亜子だった。少し苦しそうに呼吸をしながら、ここへとやってきたのである。

 

 亜子を見た二人は驚いた。亜子はまだ熱が下がりきっておらず、安静にしてなければならない状態だったからだ。無理をしてはならないと思ったからだ。

 

 

「まだ寝てないと駄目だよ!」

 

「そうだよ! 熱だって下がりきった訳じゃないんだからさ!」

 

「……せやけど……」

 

 

 だから、二人は亜子を心配し、まだ起きない方がいいと言った。

熱だってまだあるし、本調子ではないのだから。目が覚めたばかりで、未だ顔は赤くフラフラしているのだから。

 

 亜子も自分の調子が悪いのはわかっていた。自分の体なのだから、そのぐらいは当たり前だ。それでも、未だ熱で辛い体をおしてまで、ここに来た理由があったのである。

 

 

「……ナツミから聞いた。今でのこと全部……」

 

「亜子……」

 

 

 亜子はここへ来る前に、夏美から事情を聞いていた。

そして、この状況が自分の招いたことなのではないかと思ったのだ。自分が病気になったから、こんなことになってしまったのだと思ったのだ。

 

 うつむき泣きそうな顔をする亜子を見て、アキラは亜子が言いたいことがわかった。彼女もまた、自分のように罪悪感を感じ、ここにやってきたのだと。

 

 

「ごめん。ウチのせいでみんなに迷惑かけてもうて……」

 

「気にしてないよ!」

 

「そうだよ!」

 

 

 そう、亜子もアキラと同じように、謝りに来たのだ。熱で倒れて迷惑をかけたことに対して、頭を下げたかったのだ。

 

 亜子はそれを言うと、目の前の二人は気にしていないとはっきり言った。病気では仕方が無い。迷惑だなんて思ってないと。

 

 

「和泉さん! まだ熱があるんだから寝てないと!」

 

「う……うん……」

 

 

 そこへさらに亜子を追ってきた夏美が現れた。目を離した隙にいなくなってしまった亜子を、ここまで追ってきたのである。亜子はまだ万全ではない。だから、まだ歩き回るには早いと、ベッドに戻しに来たのである。

 

 亜子は近くに来た夏美に、小さく苦しそうに返事をした。抜け出したことも悪かったと思ってる。けれど、それでも謝っておきたかったのだ。

 

 

「とりあえず、ベッドで休んでた方がいいよ」

 

「うん……。ゴメンな、みんな……」

 

「そういうのは元気になってからさ」

 

 

 アキラも夏美と同調し、亜子に休むよう優しくたしなめた。

亜子はそんな優しくしてくれる三人に、もう一度謝った。三郎はそれに対し、まずは病気を治してからだと、元気付けるように話しかけた。

 

 

「おう、お兄ちゃんよぉ! 奴隷の癖に女はべらせてんじゃねぇか、え?」

 

「うらやましいねぇ」

 

「何だあんたたちは?」

 

 

 しかし、そんなところへガラの悪い野郎二人が、そこへ現れた。所謂、野郎A・Bというやつだ。

 

 野郎どもは首輪の有無で三郎を奴隷と見分け、そんなヤツが女の子にモテモテという状況が気に入らなかったらしい。

 

 三郎はとっさに亜子たち三人の前へと立ちふさがり、その野郎二人を睨みつけながら、彼らが何者なのかを尋ねた。

 

 

「とぼけてんじゃねぇー。お前と同じ”転生者”ってやつだよ。わかんだろ?」

 

「……! そういうことか……!」

 

 

 すると目の前の野郎二人は、ニタニタしながら自ら転生者と名乗りだした。つまり、この連中も転生して特典を貰った存在だということだ。三郎はそれを聞いて、目の前の二人が危険な存在だということも理解した。

 

 また、野郎二人も”原作の少女たち”とたわむれる三郎を見て、すぐに転生者だとわかったようだ。何せ原作にはいない人間だ。それに原作の少女たちは首輪をしておらず、目の前の男子だけがそれをしていたからだ。

 

 

「転生者……?」

 

「転……生……者……? う……」

 

「亜子?!」

 

 

 転生者。その言葉を聞き返すかのように、夏美はそれを口に出した。

一体何なのだろうか。それはどういう意味なのだろうか。夏美にはその言葉の意味がまったく理解できなかったのだ。

 

 しかし、亜子はその言葉に聞き覚えがあった。

何か、何か嫌な記憶と共に、その言葉をおぼろげながら覚えていた。そのためか、額を手で押さえながら、苦しそうな様子を見せたのである。

 

 アキラはそれに驚き、亜子を抱きかかえた。

もしかして歩いたせいで、病気が悪化したのではないか、そう思い心配していた。

 

 

「……なんでもあらへん……。ちょっとめまいがしただけや……」

 

「……なら、早く部屋に戻ろう……」

 

 

 アキラの心配する目を見て、亜子は笑みを見せながら、心配しなくてもいいと話した。

だが、やはり熱で体が重い様で、うまく歩けない様子だった。アキラは亜子を早く休ませようと思い、亜子を抱えてその場を離れようとした。

 

 

「あー、待て待て。あー待て待て。俺らはお前らに用があるんだ」

 

「私たちはあんたたちに用なんてない」

 

「つれねぇー。なあ!」

 

 

 しかし、野郎どもはのそのそと歩きながら、彼女たちへと近づいた。そして、手のひらをヒラヒラさせながら、ニタニタといやらしい笑い、彼女たちを囲ったのである。そう、この転生者たちの狙いは間違いなく”原作キャラ”である彼女たち三人だったのだ。

 

 ここに現れた転生者二人は、この場所に彼女たちが現れることを”原作知識”で知っていた。”原作どおり”やってくるかは賭けであったが、とりあえずいるかどうかを確認しにやってきたのである。なので、彼女たちの姿を見た野郎二人は、彼女たちを手篭めにするために、こうして姿を現したのだ。

 

 そんな野郎二人に強気でつっぱねるアキラ。

アキラはこんな連中にかまっている暇は無いと思っていた。亜子の容態が心配だからだ。早く休ませてあげないといけないと焦っていたからだ。

 

 そう強気な態度を見せるアキラを見て、野郎どもはさらにニヤニヤ笑い出した。いやいや、中々の強気な態度ではないか。よいよい、そう言う娘を手篭めにするのが面白い。そう思っていたのである。

 

 

「……おい、それ以上彼女たちに近づくんじゃない」

 

「ああん?」

 

 

 すると、野郎どもから彼女たちを阻むように、三郎が立ちふさがった。こいつらもあの”銀髪”と同じようなヤツらのようだ。ならば、彼女たちを逃がさなければならないと、立ちはだかったのである。

 

 野郎二人は立ちふさがった三郎を見て、何だコイツ、と思っていた。かっこつけたがりなのか? それともただの馬鹿なのか? そう思っていた。

 

 

「……大河内さんたちは亜子さんを連れて部屋へ……」

 

「う、うん」

 

「早く行こう!」

 

「三郎さん……?」

 

 

 三郎は立ちふさがりながら、後ろにいるアキラへと逃げるように話した。

アキラはそれに素直に従い、亜子を抱えながら歩き出した。

 

 そして、近くにいた夏美もアキラに協力し、亜子を抱えるようにして急ごうと話した。

 

 亜子はそう言う三郎の背中を見て、少し不安になった。また、何か嫌な予感がする。そう感じていた。

 

 

「ふん、随分とさえずるじゃねぇか。見たところ強力な特典を持ってるようには見えないが?」

 

「さあ? それはわからないさ」

 

「クックック……。ナマイキな奴隷には、ちっと痛い目ってヤツを見てもらうしかねぇぜ」

 

 

 しかし、野郎二人には三郎の光景が滑稽に映っていた。何か強そうな感じもなければ、すごい特典を持っている様子でもない。明らかに貧弱な転生者だ。そんなヤツが立ちふさがっても、恥をかくだけだと思ったのである。

 

 三郎も自分の力が低いことは知っている。わかっているのだ。それでも男には勝てないとわかっていても、戦わなければならない時があるのだ。

 

 また、三郎は特典のことを聞いて、本当はすごい力があるのかもしれないだろうと、惑わすようなことを言った。見た目で判断されては困る。実際弱いが、本当は強いかもしれないと、相手に思わせようとしたのである。

 

 が、野郎二人は自分の特典に相当自信がある様子だった。どんな特典を持っていても、大体は負けないと自負していたのだ。故に、三郎の今の発言に、くだらねぇと笑っていた。つまらんねぇ冗談だとあざ笑っていたのだ。

 

 

「が、とりあえずは……!」

 

「……何を!」

 

 

 しかし、片方の野郎Bが、目の前の小僧など相手にしてられんと言う態度で、一本の杖を取り出した。それはやはり”デバイス”と呼ばれる杖だった。明らかに機械仕掛けのもので、異質な雰囲気を出していた。

この転生者の特典、定番のオリジナルデバイスである。

 

 それを杖を持つ野郎Bが使い、とっさに一つの魔法を操って見せた。三郎は一瞬何が起こったのかわからず、その相手を睨みつけていた。

 

 

「キャアッ!」

 

「何これ……! 動けない……!」

 

「変なのが巻きついて取れない!」

 

「なっ!」

 

 

 すると、三郎の背後から悲鳴の声が聞こえてきた。それは部屋へと戻ろうと急いでいた少女三人のものだった。

 

 なんと、その三人を縛り付けるように、紫色に光る輪が囲っているではないか。それによって、彼女たちは身動きが取れない状態になっていたのだ。

 

 彼女たちはそれを必死にひっぱり、ちぎろうとしていた。だが、どんなに力を入れようとも、まったくびくともしなかったのだ。

 

 三郎は悲鳴を聞いてすかさず後ろを振り向けば、謎の光に縛られている三人が映った。コレは一体何が起こっているのだ。三郎はその光景に驚き、一瞬混乱した様子を見せていた。

 

 

「彼女たちに何をした!」

 

束縛系(バインド)の魔法だよ。まあ、”ここ”の魔法じゃねぇがな」

 

「彼女たちを離せ!」

 

 

 そして三郎は振り返り、杖を持った野郎へと睨んで叫んだ。あの光の輪は一体なんなのか。何をしたというのかと。

 

 しかし、杖を持った野郎Bはヘラヘラと余裕の態度で、それを簡単に説明しだした。

あの魔法はバインドと呼ばれるもので、他者を縛る縄のようなものだと。ただ、この世界の魔法ではなく、”別世界(リリカルなのは)”の魔法だとせせら笑っていたのだ。

 

 三郎はそんな態度の野郎に激怒した。

ふざけるな。彼女たちを今すぐ解放しろと、怒りに満ちた表情で叫んだ。

 

 

「やーなこった。俺たちはあの娘たちが目的なんだ。逃がす訳ねぇーだろう?」

 

「この!」

 

 

 だが、野郎Aはケラケラ笑いながら、NOと断った。

あの少女たちこそが野郎どもの標的。つまり獲物というわけだ。せっかく捕まえた獲物を逃がすような狩人はいない。そんなこともわからないのか。そう言いたそうな顔で、野郎どもは嘲笑していた。

 

 流石にその言葉に、三郎の怒りは限界だった。

堪忍袋の緒が切れた、とはこのことだろう。三郎はとっさに杖を持つ野郎へと突撃し、握り締めた拳を放ったのだ。

 

 

「余裕こいてんじゃねぇぞ!」

 

「グッ!!」

 

 

 それでも三郎の拳は、その野郎Aには届かない。むしろ、野郎はさっとそれを避け、カウンターの膝蹴りをきめたのだ。

 

 三郎は腹部に大きな衝撃を受け、腹を抱えて苦しそうにもだえた。それでも三郎は膝を地面につくことなく、しっかりと二つの足で立っていたのだ。

 

 

「なんだ、今のも避けれねぇのかよ。雑魚だな」

 

「クッ……!」

 

「さっ、三郎さん!」

 

 

 が、野郎Aは今の三郎の攻撃で理解した。こいつは弱いと。今のパンチ、まるでキャッチボールをするかのようにスローなものだった。しかも、今の適当に放った蹴りすら避けれなかったのを見て、雑魚だと思ったのである。

 

 三郎は腹を抱えながら、それでも再び野郎どもを睨みつけた。まだだ、まだ負けてはいない。そんな目つきだった。

 

 すると亜子は三郎の危機を察し、その名を叫んだ。

なんということだろうか。”また”、”再び”三郎が、自分の為に怪我をするのか。そう思い、とっさに声を上げていたのだ。

 

 

「ケッ、”原作の娘”と名前を呼ばれる仲かよ。うらやましー……、ねぇ!!」

 

「ガッ!」

 

 

 その亜子の悲痛な叫びを聞いたもう一人の野郎Aは、そこで怒りを見せて三郎へと殴りかかった。この目の前の男子は、なんと”原作”の子とそう言う仲だったのかと。はっきりいって羨ましいポジションだと。

 

 自分もそうなりたいなあ、変わってもらいたいなあ。そう思いながら、妬みを拳に乗せ、三郎の顔面を殴り飛ばしたのだ。

 

 今の攻撃、三郎にはかなりのダメージだった。唇を切ったようで、口からは血を出し、表情も苦痛でゆがんでいた。痛い、かなり痛い。それでも三郎は倒れない、膝をつかない。未だにしっかりと地面を踏みしめ、立ちふさがっていた。

 

 

「こういうヤツ見るとよぉ、腹が立つんだよなぁ。弱い癖に騎士(ナイト)様気取りってのはな!」

 

「ウッグッ!」

 

 

 だが、その三郎の態度が野郎Aの逆鱗に触れた。野郎Aはさらに不機嫌となり、おもいきり三郎を殴り飛ばした。

 

 殴られ吹っ飛ばされた三郎を見て、クソ弱いと野郎Aは思った。

弱い、弱い、弱すぎる。こんな奴が自分に歯向かい、”原作キャラ”の守護キャラ気取り。本当に腹立たしい、イラつく、ムカつく。野郎Aは三郎に大いに嫉妬した。何故コイツのポジションが自分じゃないんだ。そう思っていた。

 

 三郎は何度も野郎Aに殴られた。何度も何度も殴られた。顔、腹、腕、足、もはや全身殴られ放題だった。殴られるたびに激痛が全身を蝕んだ。それでもなおも目の前の野郎を睨みつけ、膝をつかなかった。意地があった。

 

 

「だっ、大丈夫あれ!?」

 

「酷い……!」

 

「や、やめて!」

 

 

 夏美は殴られ続ける三郎を見て焦った。あれほど殴られて大丈夫なのかと。いや、大丈夫ではないだろう。見ればわかることだった。わかっていたからこそ、そう叫んだのだ。

 

 アキラもその光景を見て、どうしてこんなに酷いことができるのだろうかと思っていた。この光の輪で縛られてなければ、仲裁しに飛び出せるのに。そう思いながら、光の輪を引きちぎろうと、一生懸命力を入れていた。

 

 また、亜子は涙を見せながら悲痛な声を上げていた。

どうして三郎が殴られなければならないのか。どうしてこんなことになったのか。そして、”あの時”の光景が脳裏によぎり、嫌な予感がしたからだ。

 

 

「ほう? まだ立つのか。根性だけはあるみてぇだが……」

 

「根性だけじゃ意味ねぇなぁー!」

 

「ウグッウッ!!」

 

 

 三郎は野郎Aに殴られ続け、血で濡れていた。

顔面は青く腫れ上がり、口からは血が滴っていた。服で隠れて見えないが、全身あざだらけに違いない。そんな状態だった。

 

 しかし、それでも三郎は倒れなかった。倒れずに、亜子たちの前に立ちふさがっていた。足腰は震え、もはや限界だというのに、それでも膝をつかなかった。

 

 そんな三郎を見て、杖を持った野郎Bは関心した。あれほど殴られたというのに、一度も膝をつかず、倒れず、立ったままだ。確かに弱いが根性はある、精神的には強い。それを認めていた。

 

 が、それだけは意味がない。三郎を殴っていた野郎Aは、そう叫んでさらに殴りかかった。その拳は三郎の顔面に再び突き刺さり、苦しそうな顔を見せていた。

 

 

「ペッ……」

 

「こいつ、まだくたばらねぇのかよ……」

 

「めんどくせぇな、マジで」

 

 

 それでも三郎は倒れない。まったくもって倒れない。震える膝に力をいれ、再び強く地面を踏みしめた。

 

 さらに、口の中が今ので切れたのか、三郎は舌に鉄っぽい味を感じていた。だったら、吐き捨てればいい。三郎は野郎二人を睨みつけたまま、口にたまった血を吐き出した。まるで、今ので終わりなのか? まだやれるぞ、かかって来い。そう挑発するかのような行動だった。

 

 殴っていた野郎Aはそんな三郎を見て、精神的に疲れ始めていた。何度殴っても倒れず、膝すらも折らない。心すらも折れない。まるで本当にサンドバッグを殴っているような、そんな感覚に見舞われていた。

 

 杖を持った野郎Bはそんな三郎を見て、心底面倒くさいと吐き捨てた。これほど殴っても倒れないなんて。血まみれで痛々しい姿になっても、心が折れないなんて。本当に面倒だ。こいつ本当にマゾなんじゃないか、そう思いはじめていた。

 

 

「んだったらコイツはどうだ! ”フォトンランサー”!」

 

「……!」

 

「あっ、あれは……」

 

 

 杖を持った野郎Bは、このままでは埒が明かないと考えた。ならばここは一つ、自分の魔法をお披露目しよう。そう考え、三郎へと杖を向け、一つの魔法を使用した。すると、紫色の魔方陣が杖を持った野郎の足元に発生し、その周囲には光の槍が発生したのである。

 

 その魔法は別世界(リリカルなのは)に登場する魔法の一つ、フォトンランサーだ。見た目は雷属性の魔法の射手に似た、小型のミサイルのような弾丸を撃ち放つ魔法だ。

 

 三郎は殴られた痛みで表情を歪ませながらも、なおもそれを睨んでいた。しかし、それをどうにかする手立ては三郎にはない。三郎もその時点でかなりヤバイと感じていたのだ。

 

 また、それを見た亜子は目を見開きかなり動揺した。まるで、”あの時”見た光景にそっくりだったから。あまりにも”あの時”と同じような状況だったから。

 

 

「だっ、駄目ー! それは駄目や! やめて!!」

 

「亜子!?」

 

 

 だから亜子は大きく叫んだ。悲痛な声を張り上げた。

何故なら、あの時の光景がフラッシュバックしたから。あの時のように、三郎がヒドイ怪我をしてしまいそうだったから。あの時と同じく、体に穴を開けて、血だらけになってしまいそうだったから。

 

 アキラは突然不安がり、叫びだした亜子を見て驚いた。あの光の矢のようなものは、亜子がそう言うほど、危険なものなのかと。

 

 いや、実際そうなんだろう。アキラも銀髪と戦って血みどろになった刃牙を見ている。多分、亜子は三郎もそうなってしまうと思い、必死に叫んでいるのだと理解したのである。

 

 

「おい」

 

「ん~?」

 

 

 だが、その時、杖を持った野郎Bの後ろから、別の男性の声が聞こえてきた。

仲間の野郎Aではない、別の声だ。誰だろうか。杖を持った野郎はそう考え振り向くと、そこにはリーゼントの髪型をした、長身の男子が立っていた。

 

 

「ドラァッ!!!」

 

「ドペェ!?」

 

「何ィ!?」

 

 

 突然、それは突然だった。

そのリーゼントの男子を杖を持った野郎Bが見た瞬間、いきなり見えざる拳が、その野郎Bの顔面にめり込んだ。今の拳での攻撃で、野郎Bは激痛のためか、潰れた蛙のような醜い悲鳴をあげていた。

 

 リーゼントの男子とは当然状助。そして、その拳は当然クレイジー・ダイヤモンドだ。クレイジー・ダイヤモンドに殴られた野郎Bは、顔面をゆがませながら、痛みと衝撃により膝をついていた。

 

 それを見た、先ほど三郎を殴っていた野郎は、その光景に驚いた。

馬鹿な。アイツの顔が突然ヘシャゲルなんて。そう考えながら驚愕していた。

 

 

「テメェらよぉー、俺のダチに何してんだコラァ!」

 

「ギニャッ!?」

 

「コイツ!」

 

 

 状助は魔法を友人である三郎に向けていた連中に、激昂の声を上げていた。自分の友人を痛めつけて、どうするつもりだ。絶対に許さんぞと。

 

 そこでさらに、状助は杖の野郎Bの隣にいた、三郎を殴っていた野郎Aへと、クレイジー・ダイヤモンドの強烈な拳を叩きつける。野郎Aはその見えざる拳を叩きつけられ、そのまま建物の壁へと衝突し、苦しそうな声を上げていた。

 

 不意打ちでくらくらした頭を建て直しながら、杖を持った野郎Bは怒りで叫んだ。

コイツ、いきなり現れてなにしやがるんだ。そんな表情で状助を睨んでいた。そして、先ほど発動したフォトンランサーの魔法の標的を、三郎から状助へと変更し撃ちだしたのだ。

 

 

「”神殺し”……」

 

「ブペッ!!」

 

 

 しかし、その魔法は不可視の剣によって阻まれた。リーゼントの男子とは別の、新に現れた男子の声が聞こえたと同時に、その魔法はかき消されたのだ。

 

 その男子こそ覇王だった。長く伸ばした黒髪とマントを、風でなびかせながら、右手に長刀を握り締めた覇王だった。

 

 覇王はO.S(オーバーソウル)神殺しを発動し、大きく振るった。神殺しが振るわれたと同時に発生した衝撃波が、フォトンランサーを切り裂き破壊したのだ。さらに、その衝撃波はそれだけではとどまらず、魔法を使った杖の野郎Bに命中し、体を切り裂いていたのである。

 

 

「状助君! 覇王君!」

 

「よっ!」

 

「やあ」

 

 

 三郎は突如助太刀に入った二人の名を、歓喜の声で大きく呼んだ。

状助と覇王はその声に、まるで学校の朝の教室で会ったような、そんな軽快な声で返事をしていた。

 

 

「ヒデェ傷じゃねぇか、ホラよ」

 

「助かるよ……」

 

「いいってことよ」

 

 

 そして、状助は三郎の傷を見て、とっさにクレイジー・ダイヤモンドの拳で軽く叩いた。中々のイケメンな顔は青く晴れ上がり、全身ボロボロだ。これはヒドイと思い、すぐさま能力を開放したのである。

 

 三郎は自分の怪我が突然治ったのを見て、状助が治してくれたのだと思い、静かに礼を述べた。

そんな三郎に、状助は普段どおりの態度で、別に礼はいらないと言う様子を見せたのだった。

 

 

「ぎぇ! こいつらも転生者かよ!」

 

「うう……。しかも片方はヤベェじゃねーか!」

 

 

 先ほどまでの威勢はどこへ行ってしまったのやら。調子に乗り、笑っていた野郎二人はここに来て青ざめた。

 

 新たに転生者が現れ、しかも片方のロングの黒髪の男子が、明らかにチートっぽい存在だったからだ。野郎二人はお互い近くに寄り添い、その恐怖で縮こまってしまっていたのだ。

 

 

「とりあえずさ、彼女たちを開放してくれないかな?」

 

「あばばっ!! はっ! ハイィィィ――――ッ!!」

 

 

 そこで覇王はさわやかな笑顔で、光の輪で拘束された三人の少女たちを解放することを野郎二人へと言葉にした。

 

 杖を持った野郎Bはその笑みに怯え、即座に魔法を解除した。ここで解除しなければ、殺される。絶対に殺されると思ったからだ。

 

 

「あっ」

 

「消えた……」

 

「三郎さん!」

 

 

 するとアキラたちを縛っていた光の輪は消滅し、彼女たちは自由になった。それを見たアキラたちは、ほっとしながらも消えた光の輪を不思議に思っていた。

 

 また、亜子はそれどころではなく、先ほどから何度も殴られていた三郎へと、病で重い体を押して駆け寄った。

 

 

「だっ、大丈夫……? 酷い怪我やった……はず……? あれ……?」

 

「大丈夫だよ。友達が治してくれたからね」

 

「う……、うん……? うん……」

 

 

 そして、亜子は傷だらけになったはずの三郎の体を気遣った。が、なんと目の前の三郎の顔の傷は消え、綺麗な状態になっていたのだ。

 

 亜子はかなり動揺し、おかしいと思った。先ほどまで殴られていたはずなのに、まったく傷がない。一体どういうことなんだろうかと。

 

 そこで三郎はとっさに、友人の状助が治してくれたと説明した。

しかし、三郎もそれ以上説明しようがなかった。状助の特殊能力(スタンド)で傷は綺麗さっぱりなくなった、などと言えるはずがないからだ。

 

 亜子は目の前の無傷の三郎が、もしや傷だらけの姿の三郎を見たくないがために、自分自身が見せた幻覚なのではないかと思った。それか、今も熱で頭が朦朧としているので、そのせいなのかもしれないと思い、とりあえずその場は納得した様子を見せたのである。

 

 

「あの娘たちを解放したんだから、助けてくれますよね!?」

 

「? 助けるなんて一言も言ってないけど?」

 

 

 覇王はジリジリと、ゆっくり野郎どもへと近寄って言った。死刑宣告を告げるように、その神殺しを握りながら。

 

 野郎二人には、その神殺しが、死神の鎌に見えた。だが、そこで杖を持った野郎Bが、突如として変なことを言い出した。野郎Bは、彼女たちを解放すれば見逃してくれると思ったらしい。

 

 しかし、覇王はそんなことを一言も言ってないし、約束すらしていない。彼女たちの拘束を解け、そう言っただけだ。それ以上何も言ってない。杖を持った野郎の早とちりに過ぎないのだ。故に、何言ってんだコイツ、という顔で、覇王は野郎二人を眺めていた。

 

 

「ホワ!? 嘘だろ!?」

 

「こういう場合見逃してくれるのが普通だろ!?」

 

 

 覇王のその言葉に、当てがはずれたという様子で驚く杖を持った野郎B。その横の野郎Aはこの場面、明らかに見逃してくくれるお約束の場所ではないのかと、ふざけたことを叫びだした。

 

 なんというやつらだろうか。今まで散々三郎をボコしておいて、この言い草である。もはや罪状を読み上げる必要すらないだろう。

 

 

「そんな訳ないだろ? お前らは僕の友人を痛めつけたんだ」

 

「その借りはキッチリ返してもらわねぇとなぁ~」

 

「ヒデェ――――ッ!!」

 

「あんまりだぁ――――ッ!!!」

 

 

 覇王はニッコリ笑いながら、助けるとか見逃すとかありえないと言葉にした。

しかし、その目はまったく笑っていない。自分の友人をこれほど痛めつけておいて、よくまあぬけぬけと言えたものだ。そう思い、逆に怒りに燃えていたのである。

 

 状助も同じようで、野郎二人を睨みつけながら、手で手を握りポキポキと音を鳴らしていた。こういう奴らは痛い目を見るに限る。しっかり償ってもらわないとなあ、そう状助は告げるのだ。

 

 野郎二人はもはや恐怖で抱きしめ合い、涙を流して叫び声を上げていた。

ただ、その叫びはまったく反省の色はなく、自分たちこそ被害者だ、と言う感じであった。何と言う自己中心的な連中だろうか。自分のしたことをまるでわかっていないようだ。

 

 

「さて、しとめさせてもらおうかな」

 

「待て待て! 待て待て!」

 

「ドヒィ!」

 

 

 覇王は怯える野郎二人に、とどめをさすべくゆっくりと、先ほどよりも近づいていった。一歩一歩、確実に、強く地面を踏みしめながら、野郎二人に近づいた。

 

 野郎二人はもはや戦意を失っており、両者とも恐怖で染まったギドギドな表情を見せていた。死神とも思わせる覇王へと、降参のポーズを取りながら、必死に助けを請うのであった。

 

 

「何マヌケなことしてんだテメェら!」

 

「兄貴ィ!」

 

「助かったぜぇ!」

 

 

 が、そこへ突然さらに、別の男が現れた。野郎二人の後ろから、野郎どものふがいなさを嘆く声が聞こえたのだ。

 

 野郎二人はその声に喜んだ。

俺たちの親分が現れた。助かった、助かった。そう思いながら、兄貴と呼んだ男の背後へと逃げ隠れたのである。

 

 

「おい……、アイツ……!」

 

「あの人は!」

 

「知ってるの……!」

 

「えっ!? ネギ先生に長谷川、それに朝倉まで!?」

 

 

 すると、いつの間にか現れた千雨が、今現れた男を見て戦慄していた。アレはどこかで見たことがある顔だ。そうだ、あの荒廃した麻帆良で見た、ガラの悪い男だ。

 

 同じくネギも千雨にそれを言われると、それを思い出していた。あの人は確か、未来で見た顔だ。自分たちに襲い掛かってきた怖い顔の人だ。

 

 しかし、そんな二人の会話についていけず、あの怖い感じの男を知っているのかと、ネギたちに尋ねる和美の姿があった。

 

 和美は学園祭での、未来の荒廃した麻帆良を見ていない。もはやその事実は書き換わり無くなったが、その光景を見ていないので、ネギと千雨の会話がわからないのだ。

 

 また、和美はこの街へと来る前に、ネギたちと合流していたのである。

 

 そして、突然現れた三人を見て、かなり驚くアキラの姿があった。いつの間にこの場に来ていたのだろう。気がつけばあのガラの悪い人を見て、驚いているではないかと、そう思ったのだ。

 

 

「コタロー君!」

 

「何で夏美姉ちゃんまでおるねん……」

 

 

 また、同じように夏美も、その近くまで来ていた小太郎を見て、安堵した顔を見せていた。この夏美がこんなところまで来てしまった理由、それは小太郎が気になったからである。故に、小太郎の姿を見て、そちらへ駆け寄っていったのだ。

 

 だが、小太郎はむしろ驚いていた。

来るなと言っておいたはずの夏美が、何故かこんなところにいるからだ。確かに魔法のことを言う訳にはいかなかったので、深く説明はできなかった。それでもしっかりと忠告しておいたのにも関わらず、夏美がここに来るなど思っても見なかったのである。

 

 とは言え、夏美はこうなるなど元々思っていなかった。ただただ、小太郎がどこへ行くのか、何をするのか気になって様子を見ようと思っただけだった。さほど説明がなかったので、それが気になってしかたがなかったのである。

 

 

「ふむ……」

 

 

 さらに、アキラたちには見えないが、そこには間違いなく存在した。和美の隣で、和美を守るように立ち尽くす、一匹のネコが存在した。それはまさしくマタムネだった。和美の守護キャラとなったマタムネだった。

 

 

 ……ネギたちは偽装として、年齢詐称薬などを使ってはいない。と言うのも、学園祭でエヴァンジェリンに渡された、認識阻害の魔法がかかる指輪を持ってきていたからだ。それにより特に変装することなく、おたずね者となった今でも街を堂々と歩けるのだ。

 

 

「だらしねぇ子分だが、子分は子分だ。痛めつけられたツケは払ってもらわねぇとなぁ!」

 

「これは!」

 

「オイオイ……」

 

 

 このガラの悪い男、その名は辰巳リュージ。ビフォアのせいで変貌した、未来の麻帆良にいた男だ。未来は書き換わり、元に戻った。そのため、このリュージは、魔法世界でハバをきかせるチンピラとなっていたのだ。

 

 リュージは野郎二人のヘタレっぷりに心底呆れていた。だが、そんなどうしようもない野郎二人でも、リュージは子分だと言葉にした。

 

 その子分がボコられた。ならば、泥を塗られたのはその親玉の自分だ。ここでナメられたらたまったものではない。子分が情けないと、その親玉である自分まで情けないと思われる。それは勘弁願いたいというものだ。

 

 そうだ、だったら何をすればいいかなど、考えるまでも無い。目の前の連中に目に物見せてやればいい。子分を痛めつけた罪を、償ってもらえばいい。そうだ、それでいい。シンプルでわかりやすい。仕返しだ、報復だ、見せしめだ、お礼参りだ。

 

 

 リュージはそう考え、その特典(のうりょく)を発動した。するとリュージの体が虹色に輝き、周囲の床やテーブルなどを虹色の粒子へと変化させた。

 

 ネギはこの光景に見覚えがあった。やはり、あの時の不思議な力と同じもの。そう思っていた。

 

 千雨もそれを感じていた。この虹色の粒子は、法やカズヤと同じ能力。そして、あのゲートに出てきた狂ったように笑っていた男と同じもの。

 

 また、粒子が集まりにつれて、その形状が少しずつわかってきた。ああ、これはあの時見た力と同じものだ。あの時のヤツだ。千雨はそれを理解し、焦りを感じていた。

 

 

「これが俺の特典(アルター)! ”ビッグマグナム”ゥゥ!!!」

 

「やっぱりか!」

 

「あれは……!」

 

 

 粒子が一箇所に集まり、巨大な物体へと変貌していく。それが終えると、そこにはまるで巨大な砲台が、否、リボルバー式の拳銃が形作られていたのだ。これぞまさしく雄々しく、硬く、太く、暴れっぱなしの特典(アルター)、ビッグマグナムである。

 

 また、リュージの手にも発射装置としての拳銃が握られ、ついにその特典(アルター)が姿を現した。

 

 ネギと千雨は、そのアルターを見て驚いた。やはり、あの時と同じものだったからだ。つまり、あの人物は、あの時あの場所にいた人物と同じということになる。むしろ、だからこそわかったのだ。あの男、リュージの能力を。その姿かたちを。

 

 

「え? 二人は見たことある訳?!」

 

「ふむ、あの時のと似たようなヤツですか……」

 

 

 しかし、和美は驚くよりも、ネギたちにあのでかい拳銃を見たことがあるのかを尋ねていた。自分は見るのは初めてだが、二人はそれを知ってるような口ぶりだったからだ。確かにあのデカイのは驚きだが、ネギたちがそれを知っている方が知りたかったのだ。

 

 そして、和美の横で戦闘態勢を見せるマタムネも、ゲートで見た巨大ロボットに近い能力だと分析していた。

 

 

「何……、アレ……」

 

「さっ、三郎さん……!」

 

「大丈夫、彼らが何とかしてくれる……!」

 

 

 アキラも突如現れた巨大な銃に、驚きの声を出していた。あんなものが前触れもなくいきなり現れたのだ。驚かない方がおかしいだろう。

 

 亜子もその巨大な銃を見て怯えた様子を見せ、三郎の顔を見た。三郎はそんな亜子へと、状助や覇王がいるからもう心配要らないと、安心させるように話しかけていた。

 

 

「ちょっ、ちょっと! コタロー君!?」

 

「心配あらへんて。あの程度なら赤蔵の兄ちゃん一人でも、お釣りがたんまり戻ーてくるわ」

 

 

 夏美もそれを見て、慌てた様子で小太郎にすがっていた。しかし、小太郎は特に何かをしようとはせず、覇王一人でも十分だろうと笑っているだけだった。

 

 

「さぁて! 最初に撃ち抜かれてぇのはどこのどいつだ?」

 

「ほぉー、中々すげぇーっスねぇー」

 

「まったくだね」

 

 

 リュージは高らかに、それを宣言した。

このビッグマグナムの最初の獲物は誰だと。早くこの巨大な弾丸の餌食になりたいヤツは出てこいと。

 

 しかし、状助はその巨大なビッグマグナムを見て、関心するばかりだった。いやあ、はじめて見るが中々でかい。硬くて太くて雄々しいというのは間違いないと、余裕の態度であった。

 

 覇王もまた、状助に同調して笑っていた。確かにすごい。すごい能力だ。だが覇王には、その程度の認識でしかなかったのだ。

 

 

「何余裕こいてやがる! 喰らえ!! ビィ――――ッグ……!」

 

「”絶影”……」

 

 

 リュージは頭にきた。マジでキレた。許せなかった。自分のご自慢の特典(アルター)を見せびらかしたというのに、目の前の二人は余裕の態度だったからだ。この姿を見て怯え媚びへつらうのではなく、ただただ笑っているだけだったからだ。

 

 ああそうか、ならばこうだ。リュージは怒りに身を任せ、その引き金を引こうとした。このビッグマグナムの巨大で暴れっぱなしな弾丸で、そのナメた態度を粛清してやると。

 

 だが、その引き金を引き終える手前で、それは止められてしまった。リュージが叫び、弾丸を打ち出そうとした瞬間、突如としてビッグマグナムが三等分にされてしまったからだ。

 

 

 その声は確かに聞こえた。小さく静寂だったが、確かに聞こえた。声の主は法だった。法はリュージが弾丸を放つ前に、すでに絶影を作り出していた。さらに絶影の首から生える、その触手を長くピンと伸ばし、勢いよく振り下ろしたのだ。

 

 そして、声が聞こえた時には、すでにビッグマグナムは切り裂かれ、粒子となって散ってしまった。何と言う速さ。すさまじいスピード。あるまじき敗退速度。弾丸を放つ余裕もなく、ビッグマグナムは一瞬で破壊されてしまったのだ。

 

 

「ヒィィハァァアァアッ!!!」

 

「なっ……なんだってぇ――――ッ!!」

 

「兄貴ぃ――――ッ!?」

 

 

 ビッグマグナムが破壊されれば、当然その操作しているリュージにもダメージがはいる。三つに切り裂かれたせいか、リュージの頭から足まで、切り裂かれたかのような傷が一直線に発生したのだ。痛い、クソ痛い。リュージはその激痛とアルターの破壊によるショックにより、大声で泣き叫んだ。

 

 また、リュージの子分の野郎二人は、リュージが瞬殺されたのを見てかなり驚いた。あのリュージが一撃で……!? 馬鹿な!? そう言う心境だった。

 

 

「毒虫どもが……」

 

「グエ!!」

 

「ギャース!!!」

 

「待て! 話せばわか……グアッ!」

 

 

 だが、法は今ので攻撃を終わらせた訳ではなかった。リュージたちを怒りのこもった鋭い目つきで睨みつけながら、さらに攻撃を加えたのだ。

 

 法は怒りに燃えていた。自らの特典(ちから)を他人の迷惑に使う(あく)に。あの時ゲートを襲った連中のような、目の前の転生者(あく)に。私利私欲の為に、他者を虐げようとする連中(あく)に。

 

 追撃……、いや、追い討ちだった。完全にオーバーキルだ。法は絶影のしなる触手を使い、リュージたちを痛めつけた。

 

 それによりリュージたちは苦痛での悲鳴を上げ、今にも死にそうな顔になっていた。野郎の一人は助けを請うも、法はそんな言葉など無視し、さらに攻撃を加速させるだけだった。

 

 もはや、突きや払いのオンパレード。リュージたちは絶影の触手でもてあそばれ、膝を地面につくことすら許されなかった。そのままなぶられ、踊らされるがままとなってしまっていたのだった。

 

 

「……あっけなかったな……」

 

「そうですね……」

 

「だからさっきから質問してるんだけど……」

 

「やりますね彼は……」

 

 

 千雨とネギは、一瞬で倒されたリュージを見て、あれ? こんなもんだったっけ? と言う顔をしていた。

いや、改ざんされ、荒廃した未来の麻帆良のリュージも、実際あんなものだった。初見で驚かされたという部分だけが、印象に強く残っているだけだった。

 

 和美はさっきからずっと無視し、リュージの方ばかり見ているネギたちへ、文句を飛ばしていた。

前から質問しているというのに、無視することはないだろう。そろそろ答えてくれてもいいのではないか、そんな風に思い、疲れた顔を見せていた。

 

 その傍らで、マタムネは法の実力を考察していた。あの人形のようなものを確実に操り、敵をしっかりとしとめる技。法の戦いぶりを見て、法がかなりの実力者ではないかと、マタムネは考え腕を組んで様子を見ていた。

 

 

「うへー……、ありゃキツそうっスねぇー……」

 

「いやいや、あのぐらいは必要さ」

 

 

 状助は痛めつけられるリュージたちを見て、目を背けそうになっていた。ちょっとやりすぎじゃね? と思うぐらい、すさまじい猛攻をリュージたちが受けていたからだ。

 

 だが、覇王は笑顔であれでちょうどいいと言葉にした。

何せ友人をいたぶったのだ。自分たちもいたぶられる覚悟があったのだろう。ならば、あのぐらい痛めつけてもらわないと、むしろ困るというものだ。そう思っていたのである。

 

 

「ホレ見い、別になんともなかったやろ?」

 

「う、うん……。そうだね……」

 

 

 小太郎もリュージが簡単に倒されたことを見て、ほら見ろ、という顔で夏美に話しかけた。覇王が戦った訳ではなく、少し予想と違ったが、リュージがあっけなく倒されたからだ。

 

 夏美はその言葉に耳を傾けつつ、未だ殴られ続けるリュージらから目を背けていた。

法がまったく加減知らずで攻撃し続けているおかげで、未だにリュージたちが絶影の触手でなぶられる音が鳴り響いていたからだ。状助ですら目を背けたくなる光景なのだから、夏美には刺激が少し強いというものである。

 

 

「ふぅ……。そうだ! 亜子さん、体調は大丈夫なのかい!?」

 

「……」

 

「亜子さん?」

 

 

 また、三郎は戦いが終わり、安堵の顔を覗かせていた。が、そこで亜子が未だに熱があり、調子が悪いことを思い出した。

 

 そこで亜子へとそれを尋ねれば、まったく返事が無いではないか。三郎は大いに焦り、再び亜子を呼ぶと、亜子はなんとか三郎の顔を見て、辛そうな表情を見せたのだ。

 

 

「……三郎さん……、ウチ……」

 

「亜子さん!?」

 

「亜子!」

 

 

 亜子は必死に三郎へ、何かを言おうとしていた。しかし、体が気だるく動きが鈍い。まるで体が動かない、そんな状態だった。

 

 三郎は顔を真っ赤にし、苦しそうに意気をする亜子を見て、これはマズイと思った。アキラもそこへ駆けつけ、亜子へと必死に呼びかけた。

 

 

「気を失ったみたいだ……」

 

「とりあえず部屋へつれてった方がいいよ」

 

「うん。急ごう」

 

 

 すると亜子は意識を失い、そのまま立つ力さえなくし、倒れそうになった。三郎はそれをすかさず抱きかかえ、亜子の容態を確認していた。

 

 アキラもそれを見て、こんなところではなく部屋のベッドに寝かせた方がいいと、三郎へと進言した。三郎も当然わかっていたことなので、早く部屋へと戻ろうと返事を返した。

 

 そして、三郎は亜子を抱きかかえ、アキラはそれについていくようにして、急いで部屋へと戻っていったのだった。

 

 

 ちなみにリュージたちは散々法に痛めつけられた後、覇王によって特典を引き抜かれ、泣きを見るのであった。

チャンチャン。

 

 

…… …… ……

 

 

 その物影で、ひっそりと会話するものたちがいた。皇帝が放った捜索隊のメンバーの一部だ。彼らはここへやってきたのが今しがたという状況であり、来た時にはすでに色々と終わった後だったのだ。

 

 

「ぬう……、間に合わなかったか……」

 

「我々がもう少し早く着いていればこのようなことには……」

 

 

 自分たちが早くついていれば、誰も犠牲にならずにすんだというのに。そう話す捜索隊の二人。彼らも転生者であり、原作知識を持っていた。故に、こうなる前に亜子を治療できれば、と思って悔やんでいたのである。

 

 

「しかし、彼はやりますね」

 

「ああ……。中々できるものではない……」

 

 

 そんな彼らは三郎に注目した。本来ならば三人の少女が奴隷となってしまうところを、自ら引きうけ一人だけ奴隷となった。さらには先ほどの野郎どもとの騒動でも、何度も殴られたというのに根性を見せ、膝をつかずに野郎どもを睨みつけていたではないか。

 

 彼らはその行動に敬意を表していた。すばらしいことだ。体を鍛えようが何しようが、あれほどのことは簡単にはできないはずだ。きっと精神的に強い人間なんだろう。そう考え関心していた。

 

 また、彼らは三郎が痛めつけられていたところで、出るか出まいか迷っていた。あのまま命に危険があるならば、自分たちが野郎どもの相手をしようかと。が、状助や覇王がそこへ現れたので、出るタイミングを見失ってしまったのである。

 

 

「……とりあえずは皇帝陛下へ連絡し、指示を待ちつつ様子見としよう」

 

「了解だ」

 

 

 とは言え、いつまでもそうしている訳にはいかない。こうなってしまった以上、対策は必要かもしれない。しかし、勝手なことはできないと考え、一度皇帝へと連絡をとり、指示を仰ぐことにしたのだ。

 

 片方もそれでよいと考えたのか、素直に承諾した。そして、言いだしっぺの方はその場を立ち去り、皇帝へ連絡をとりに行った。残った片方は気配を消しながら、彼らの動きを監視するのであった。

 

 



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百二十八話 今後の目標

 ここは魔法世界の西にある自由交易都市グラニクス。そこにある巨大な闘技場の中の一室の扉の前で、何かを待つように立っている男子が一人そこにいた。

 

 

「亜子さんの様子はどうだった?」

 

「川丘君の持ってきた料理食べたら、すぐ元気になったよ」

 

「よかった……」

 

 

 その男子は三郎だった。三郎は誰かがその部屋から出てくるのを待っていた。そして、扉が開かれると、アキラがその中から姿をあらわしたのだ。そう、三郎はアキラが部屋から出てくるのを待っていたのだ。

 

 そこで三郎は、亜子のことについて心配そうに、扉から出てきたアキラへと尋ねた。

状助が作った料理を三郎がアキラに渡し、アキラが今度は亜子へと渡し、それを亜子に食べてもらったからだ。

 

 するとアキラは安堵した表情で、そのことを答えた。

あの料理を食べた後、急に熱も下がって元気になったと。

 

 その言葉に三郎もほっとした様子を見せていた。流石は状助だ。グッドジョブ。そう内心褒めていた。

 

 

「でも、その時すごい汗をかいてたからびっくりしたよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

 状助は二つのスタンド能力を持つ。一つは何でも修復するクレイジー・ダイヤモンド。もう一つは料理と共に摂取すると、病気を治すことができるパールジャムだ。そう、パールジャムの効果で、亜子の病気が瞬く間に治ったのである。

 

 だが、やはりというか。パールジャムは病気を治す時、かなりオーバーなリアクションが発生する。当然亜子にもそれが発生したようで、アキラはそれを驚いた様子で語ったのだ。

 

 三郎はそれを聞いて、やっぱり、と思った。パールジャムの効果を考えれば、そのぐらい起こってもおかしくないからだ。むしろ、内臓が飛び出したり歯が抜けて生え変わったりするよりは、全然ましだとさえ思っていたのだった。

 

 また、三郎は自分で亜子に届けず、アキラに頼んだ理由がそこにあった。と言うのも、三郎は状助から”そうなる”可能性を聞いていた。ならば、男の自分よりも、女のアキラに任せた方がいいと思ったのだ。

 

 

「あの料理、誰が作ったの? 川丘君?」

 

「違うよ。友人の状助君」

 

「最近、刃牙と意気投合してる彼か……」

 

 

 アキラはあの料理、誰が作ったんだろうかと気になった。なので目の前の三郎がそれを作ったのかと聞いてみた。

 

 三郎は料理が得意である。それはアキラも亜子から聞いていたので知っていた。だから、先ほどの料理は三郎が作ったのだろうと思ったのだ。

 

 しかし、あの料理は状助が作ったものだ。三郎はそれを正直に教えた。友人が作ってくれたもので、自分ではないと。

 

 するとアキラは、その名を聞いて、状助のことを思い出した。自分の兄貴分である刃牙と、最近仲よさそうにしていた、あのリーゼントのことかと。

 

 

「……彼も、不思議な力を持ってるの?」

 

「え!? 急に何で!?」

 

「ああ、やっぱりそうなんだ」

 

 

 そこでアキラは、さらに踏み込んだことを三郎へと尋ねた。

あの料理は何か普通じゃなかった。亜子の異常な発汗と、その後の回復速度。どちらもおかしかった。だから、それが不思議でならなかったのである。

 

 三郎はその質問に、かなり驚いた様子を見せた。どうして突然そのようなことを。そんなことを言って、びっくりしていた。

 

 その三郎の態度で、アキラはそのことを悟った。理解した。状助という人も、刃牙のような特殊な力を持っているということを。

 

 

「……私の知り合い……刃牙って言うんだけど、知ってるよね?」

 

「うん、知ってるよ」

 

 

 次にアキラは三郎が刃牙を知っているかを聞いてみた。

ただ、絶対に知っているはずだとも思っていた。何せこの前の海で、刃牙と三郎が一緒にいたのを見ていたからだ。

 

 三郎も確かに知っていた。刃牙は状助の新たなスタンド使いの友人だった。自分よりも年上だが、わりと気さくな人だった。それを思い出しながら頷きつつ、それをしっかり答えた。

 

 

「その刃牙も、何か不思議な力を持ってるんだ……。だから、そうなのかなって思って」

 

「……そうだったんだ」

 

 

 アキラは三郎が刃牙を知っていることを聞いて、言葉を続けた。

どうして状助という人が、不思議な力を持っていることを察したのか。その理由を静かに語った。

 

 三郎はそのアキラの言葉に、なるほど、と思っていた。確かに知り合いがそういう力(スタンド)を持っているなら、ある程度察しても不思議ではないと。

 

 

「でも、何でそんなことを知ってるんだい?」

 

「……刃牙に、全部教えてもらったからね」

 

「そう言うことか」

 

 

 ただ、三郎は別のことが気になった。どうして刃牙がそう言う不思議な力(スタンド)を持っていることを、アキラが知っているのかということだ。

 

 一般人っぽいアキラに、スタンド使いである刃牙がそんなことを教えるかな、と疑問に思ったのである。あの状助ですら、さほど他人にスタンド使いであることを話さないからだ。

 

 アキラはそこで、その理由をそっと話した。

あの時のことを、学園祭二日目の夜のことを思い出しながら。

 

 刃牙は銀髪のこと神威から逃れた後、アキラに全てを説明した。自分の能力(スタンド)のことや、それ以外にも不思議な力が存在することを。故に、アキラはそういったことに耐性があり、理解があるのだ。

 

 三郎はそれでしっかりと納得した。

なるほどなるほど、彼がちゃんと説明したから知っていたのかと。それなら確かに不思議ではないし、色々説明がつくと。

 

 

「そうだ。亜子も元気になったし、顔見せてあげてよ」

 

「うん、そうするよ」

 

 

 アキラはそこでふと思い出したかのように、三郎へと亜子のところへ行くよう話した。

もう元気になっているし、色々話したいことだってあるはずだ。ならば、会って話してあげてほしいと思ったのだ。

 

 三郎も当然そうするつもりだった。なので、三郎はアキラへ頭を下げ、その亜子がいる部屋へと入っていった。

 

 

「刃牙……」

 

 

 アキラは三郎が部屋へと入ったのを見て、扉の近くの壁にもたれかかった。そして、ここにはいない、兄貴分の名を小さくこぼした。

 

 三郎や亜子や夏美には謝ったが、アキラがもっとも謝りたい相手。それこそ刃牙だ。

 

 刃牙は自分の為に、ちゃんと忠告してくれていた。なのに、それを無駄にしてしまった。そのことについて、謝りたい。会って頭を下げたい。そう考えながら、刃牙の顔を思い出すのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 三郎が部屋へ入ると、亜子が一人ベッドの上に座っていた。

亜子は三郎に気づくとそちらを向いて、微笑みを見せた。

 

 

「あっ、三郎さん」

 

「元気になったみたいでよかった」

 

「うん」

 

 

 三郎が見舞いに来たことで、亜子は大そう喜んでいた。

三郎もそんな亜子を見て、元気になったことを理解し、嬉しく思っていた。

 

 

「……ごめんな。ウチのせいで、三郎さんにまで苦労させてしもーて……。それに余計なもん背負わせてもうたみたいで……」

 

「みんなにも言ったけど、いいんだよ。自分で決めたことだから」

 

「せやけど……」

 

 

 しかし、その直後、亜子はズーンとテンションを落とし、うなだれてしまった。それはやはり、自分が病気になったせいで、みんなに迷惑をかけたという罪悪感からくるものであった。そして、一番苦労させてしまったと思っていたのが、目の前にいる三郎だからだ。

 

 だが、三郎はその言葉に対して、横に首を振った。そうではない、亜子が悪い訳ではないと。それに、こうなったのも全て自分が決めてやったことだ。特にそこに後悔することはなく、むしろ亜子が無事でよかったとさえ思っていた。

 

 そう三郎が笑みを見せながら語りかけても、亜子は納得いかなかった。そもそも、自分が熱病におかされなければ、こうならなかったはずだからだ。みんなに負担を強いることは無かったはずだからだ。

 

 

「俺のことは大丈夫だから、気にしないでほしい」

 

「う、うん……」

 

 

 だから、三郎は気にするなと、笑いかけてそう言った。

亜子もこれ以上くよくよしていても、三郎に悪いと思った。なので、この話題はもうおしまいにしようと、話を終わらせたのである。

 

 

「……あの」

 

「ん?」

 

 

 ならば、別の話題を振ろうと、亜子は考えた。そこで、ふと疑問に思ったことを、三郎に尋ねようと考えた。ただ、どうやってそれを聞こうか迷ってしまい、言葉が中々でてこなかった。

 

 三郎は何か聞きたそうな亜子へと、何だろうという顔を見せていた。

 

 

「いや……その……」

 

「どうしたんだい?」

 

「……」

 

 

 しかし、ここで亜子はそれを聞いてもいいのだろうかと、少し悩んだ。そこでどもった亜子を見て、三郎は不思議に思って話しかけた。亜子は数秒黙った後、考えをまとめて徐々に言葉を述べ始めた。

 

 

「……学園祭の二日目の……、夕方の……夢なんやけど……」

 

「……!」

 

 

 亜子が疑問に思ったこと、それはやはり学園祭の二日目、その夕方に起こった出来事だった。未だにそれを夢なのか現実なのかわからない亜子は、そのあやふやな記憶を少しずつ、三郎へと話したのである。

 

 それを静かにゆっくり話すと、三郎が驚いた顔を一瞬だけ見せた。

その時の記憶は、夢だと思い込むようにしたと、カギに言われていた。なのに、ここに来てそれが現実なのではないかと、察し始めていたからだ。

 

 

「……なんか三郎さんが、ようわからへんけど光に攻撃されてな? ……ヒドイ怪我をすんねん……」

 

「うん……」

 

 

 その夢の内容は、三郎が先ほどのような目にあうというものだった。謎の光は銀髪が放った魔法の射手。それに三郎は貫かれ、大怪我を負った。

 

 三郎はその亜子の語りを、静かに聞いていた。あの時の光景を思い出しながら。

 

 

「……あれ、ホントに夢やったんかなって……」

 

「……」

 

「ここ、不思議な場所やろ? せやから、余計にそう思えてしまうんやろな……」

 

「……亜子さん……」

 

 

 ずっと夢だと思っていた、あの時の光景。だが、この場所に来て、先ほどの光景を見て、それが夢だったのか、亜子は疑問に感じ始めていた。

 

 三郎は、亜子にはその時のことなど忘れて欲しかった。あまりいい記憶ではないし、彼女自身にもつらいことだったからだ。

 

 

「……三郎さん、ホントのことを教えてほしい。あれは夢やったのか、それとも現実やったのかを……」

 

「……」

 

 

 しかし、亜子はそれを夢だったのか、現実だったのか尋ねてきた。

真剣に、どちらが本当なのかを。本当に現実にあったことなのかと。

 

 三郎はそこで悩んだ。本当のことを言っていいのか。

だが、ここで嘘をついても仕方が無いと思い、決意を胸に静かに口を開いた。

 

 

「……本当にあったことだよ……。あの時のことは……」

 

「……やっぱり……」

 

 

 三郎は正直に、されど苦心した表情で、それを言葉にした。

亜子もそれを聞いて、そうだったのか、と言う顔を見せていた。

 

 

「あまり驚かないんだね……」

 

「んー。かなり驚ろいとるよ、ウチ」

 

 

 ただ、亜子が大きく驚く様子はなかった。三郎はそれを言うと、実際は結構驚いていると話すではないか。ここでの出来事が驚きの連続であり、驚くのに慣れてしまったようだった。

 

 

「……ネギ君が肩を怪我しとるの見てな。何故か三郎さんとダブって見えたんや……」

 

「それで……」

 

 

 亜子がまず、その夢が本当なのかどうか疑問に思ったのは、ネギがアーチャーの攻撃で肩を貫かれた時だった。三郎もあの時、銀髪の魔法で足と肩を負傷した。亜子はその時の光景が頭に浮かび、思い出してしまったのである。

 

 三郎はそれを聞いて、納得した様子を見せていた。カギがほどした眠りの魔法で、夢として処理されたはずの記憶。それを呼び起こすほどの出来事が目の前で起こったならば、思い出してしまうのも仕方が無いと。

 

 

「そっか、あれは夢やなくて、現実やったんか」

 

「隠しててゴメン……」

 

「ええねん。三郎さんはウチのこと思うて、教えてくれへんかったんの、わかっとるから……」

 

 

 亜子はあれが現実だったことを、すんなりと受け止めた。そうだったのか、現実だったのかと、思いにふけながら。

 

 三郎は今まで黙っていたことについて、亜子へと謝った。亜子のためと思っていたとは言え、隠し事をしていたからだ。

 

 ただ、亜子は三郎がどうして黙っていたのか理解していた。なので、ニコリと笑って気にしないでと言うのであった。

 

 

「……ありがとう……、三郎さん……」

 

「何が?」

 

「……ウチのこと、必死に守ってくれはって、ありがとう……」

 

「……いいんだよ。さっきも言ったとおり、俺がしたいと思ってしたことだから……」

 

 

 そして、亜子はテレながら、三郎へと礼を言った。

三郎は何に対しての礼なのかわからず、それを尋ねていた。

 

 亜子の今のお礼、それは学園祭二日目の時、自分を守ってくれたことに対してのものだった。あの時、あれほどの怪我をしたのにも関わらず、立ち上がって守ってくれた。それがとてつもなく嬉しかったのである。だから、もう一度ありがとうと、はにかむように言ったのだった。

 

 それに対して三郎は、お礼はいらないと話した。

今も、あの時も、全部自分がしたいからやったからだ。自分がそうしようと決めたから行ったことだったからだ。

 

 また、あの時も今も、誰かが助けてくれた。自分ひとりでは守りきれなかった。故に、その礼は受け取れないとも思っていたのである。

 

 

「そうや。アキラと相談して決めたんやけど、ウチらも働こうって!」

 

「どうして?」

 

 

 数秒間、静かな時間が過ぎたところで、亜子はふと思い出したことを言葉にした。それは自分たちも働いて、お金を稼ごうというものだった。

 

 本当は三郎に、たくさん聞きたいことが亜子にはあった。銀髪のこと神威や先ほどの人たちが言っていた”転生者”ということ、自分の背中の傷のことなど。

 

 ただ、今はあえて聞かなかった。自分たちが住む麻帆良へ戻ってからでも遅くはないと考え、そっと胸の内にしまったのである。

 

 また、三郎は亜子が言ったことについて、何故そうしようと思ったのかを尋ねた。

もしかして自分の為だろうか。気にしなくても良いのにと思ったからだ。

 

 

「その首輪取るんに、お金がたくさんいるんやろ? せやから、ウチらも働いて、一緒に支払う!」

 

「別にそんな……!」

 

 

 亜子は三郎が奴隷となって、お金が必要なのを知った。なので、その分の足しになればと、自ら働いて稼ごうと思ったのだ。それにはアキラも夏美もそれに大いに賛成した。自分たちも頑張ろうと、一致団結したのである。

 

 しかし、そのことに対して三郎は、恐縮した態度を見せていた。自分で選んだのだから、そこまでしてもらわなくてもいいと。気にしすぎだと思っていた。

 

 

「……元はウチが病気したせいなんやから……、そのぐらい当たり前やろ?」

 

「……わかったよ」

 

 

 と言うのも、三郎がそうなったのは自分が病気をしたからだと亜子は思っていた。ならば、何か手助けをしたいと思うのは当然のことだった。

 

 三郎もそれを言われると、何も言えなくなった。だから、苦笑しながらも、それを良しとしたのである。

 

 

「でも無理はしないで? また倒れたら大変だから……」

 

「うん! わかっとる!」

 

 

 ただ、体には気をつけてほしいと、三郎は語った。

病気で数日も寝ていたのだから、無理をしてぶりかえしてもよくないからだ。

 

 亜子はそのことに、元気に返事をして見せた。無理はしない。だけど、一生懸命に頑張ると、とびきりの笑顔で三郎へと言ったのである。

 

 また、亜子が元気になったことにより、彼女たちは今後はこの部屋を出て、街にある宿にて泊まることになった。ずっと三郎が貸し与えられた部屋を使う訳にはいかないからだ。それに、ネギたちや覇王が来たことで、宿代ぐらいは貸しにしてもらえたからである。

 

 

…… …… ……

 

 

 三郎は亜子と別れた後、状助たちの下へとやってきた。今後のことについて、話し合うためだ。

 

 

「どうだった?」

 

「状助君のおかげでかなりよくなったよ。ありがとう」

 

「別に礼はいいぜ」

 

 

 状助は三郎へと、亜子のことについて尋ねた。

パールジャムの能力を使ったとは言え、うまくいくかはわからなかったからだ。

 

 だが、しっかり効果が出て、亜子は元気になった。

なので三郎は笑いながら、状助へと礼を言うのだった。

 

 三郎の表情とその言葉で、状助はほっとした様子を見せた。

そして、特に礼は不要と照れ隠ししながら述べるのであった。

 

 

「しかしよぉ、まさかオメェだけが奴隷になるたぁよぉー」

 

「……あの場合は仕方なかった。誰かがやらなければならなかった」

 

「……オメェ、ちょっぴり……。いや、かなりカッコイイじゃあねぇかよ……」

 

 

 そこで状助は、三郎が奴隷になってしまったことについて言葉にした。

”原作”では三人の娘が奴隷にされていた。だが、ここでは三郎が一人だけ、奴隷になっていたのである。状助もこれには少し驚いた。まさか三郎が自ら一人、名乗り上げて奴隷になっているなどとは、思いもよらなかったようだ。

 

 三郎もあの時のことを振り返り、そうしなければならなかったと話した。

誰かがそうしなければ、自分がそうしなければ、亜子を助けることはできなかったからだ。

 

 真剣な表情でそれを語る三郎を見て、状助は素直に褒めていた。

自ら犠牲になるなんて、早々できることではない。男だからと言って、一人だけ生贄になることなど、中々できるものではないと思ったからだ。

 

 

「しかし、どうするんだい? 100万ドラクマなんて、簡単には稼げない」

 

「覇王よぉ、オメェは魔法世界に頻繁に来るんだろ? いくらか金持ってねぇのかよぉー」

 

「ある訳ないだろ? そんな大金抱えて飛び回るなんてしないさ」

 

 

 だが、三郎が奴隷になったというのは問題だ。騙されたのかはわからないが、ともかく100万ドラクマの借金ができてしまったからである。

 

 そして、覇王はそんな金、すぐに稼げる訳がないと話した。100万ドラクマはかなりの大金だ。すぐに稼げるような額ではないからである。

 

 状助はそんな覇王へ、お金持ってないのかと尋ねた。

いや、覇王はある程度金を持っていることは知っていたが、もう少しぐらいあるかな、と思ったのである。

 

 とは言え、覇王とて大金を抱えて魔法世界をうろつくなんて、愚かな真似はしない。最小、最低限を心がけ、覇王は行動している。それに、大金持ってうろつくには、少し治安が悪いというのも理由にあった。むしろ、普通に考えても大量の金を持ち歩きながら、旅行する人間もいないだろう。

 

 

「やっぱり働いて返すしかないかな……」

 

「働いて返すってもよぉ、6年とか7年ぐれぇ働かねぇと無理な額だぜ?」

 

「え? そんなに!?」

 

 

 三郎は諦めて、このまま奴隷として働いて返さなければならないのかと考えた。それを聞いた状助は、それだと返すのに6年以上かかると言い出した。

 

 何せ”原作”だと3人が奴隷として働いて、5~6年かかると言われていたのだ。本来ならその3倍はかかってもおかしくないのである。

 

 状助の6~7年と言う言葉に、三郎は大いに驚いた。

全額返済にそこまで時間がかかるなんて、思ってなかったのだ。と言うか、100万ドラクマと言う数字がよくわからない三郎は、どの程度なのかさえ知らなかったのである。

 

 

「しかもよぉ、首輪を無理やり壊すと爆発するって言うしよ……」

 

「え!?」

 

「と言うかそれ、根本的な解決にはならないよね」

 

 

 さらに状助は、首輪を壊したりすると爆発することを思い出した。下手なことをすると、首輪がボン! となり、首が吹っ飛ぶということを。

 

 それには三郎も青ざめた。まさか先ほどから引っ張ったりしていたこの首輪、爆発するものだとはとびっくりしたのだ。また、首輪が壊せたとしても、大きな解決にはならないと覇王は淡々と語っていた。

 

 

「とりあえず、100万ドラクマをどう稼ぐか考えよう」

 

「それしかないか……」

 

 

 ならば、100万ドラクマを稼ぎきるしかないだろう。覇王はそれを言うと、状助も腕を組んで、だよなと頷いていた。

 

 

「……いや、待て……、待てよ……」

 

「どうしたんだい?」

 

 

 しかし、状助がまたしてもここで、”原作知識”を思い出した。覇王は待て待てと唸る状助を見て、一体どうしたのだろうかと声をかけていた。

 

 

「そうだった! 拳闘大会の賞金で一発だったぜ!」

 

「そんなものが!?」

 

 

 覇王が声をかけた直後、状助はまるでパリィをひらめいたように、突然叫びだした。

大きな拳闘大会で優勝すれば、その賞金として100万ドラクマが手に入ることを思い出したのだ。

 

 三郎はそれに驚き、そういうものもあるのかと思っていた。現実的に考えれば、そのようなものがあるとは考えられないからである。

 

 

「……いや、そうでもないみたいだ」

 

「何で……? なっ!」

 

 

 だが、覇王がそれに水をさすように、静かに口を開いた。

状助の言ったようにはならないと。うまくはいかないようであると。

 

 状助はそれに疑問を持ち、何故だと言葉にしようとした。

その時、状助は見た。チラシとして壁に貼ってある、その拳闘大会の詳細を。”原作”とは異なってしまった”現実”を。

 

 

「賞金が半額!? 大会が……二つ……?!」

 

「そうなのかい? わからないが、とにかく一発じゃ無理だ」

 

「どっ! どういうことよぉー!! マジかよグレート!」

 

 

 なんということだろうか。状助が目撃したのは、大会が二つあるということだった。そして、それによって賞金も半分となり、どちらも50万ドラクマになっていたのだ。

 

 覇王はそれに度肝を抜かれている状助へ、一つの大会で100万ドラクマを得るのは不可能だと言葉にした。

 

 状助はそこで、何故こんなことになってしまったんだと、慌てる様子で叫んでいた。

 

 

「いや待て! まさか転生者が多いからか!?」

 

「……元は一つだったのかい?」

 

「おう! 本来なら一番大きな大会で、100万ドラクマの賞金がでてたんだ」

 

 

 そこで状助は仮説を立てた。ここでは転生者が多く存在している。力をもてあました転生者が、そう言う大会に大量に参加したとすれば。そのせいで、大会を二つにされてしまったとすれば、確かにつじつまが合うというものであった。

 

 覇王はそこで、本来はこの大会は一つだけだったのかと、疑問を状助にぶつけた。

状助は”原作知識”に当てはめながら、本来だったら100万ドラクマの賞金が得られる唯一の大会だったと説明したのだ。

 

 

「だけど、二つになっちまって、賞金も半分に……! どうすりゃいいんだ!!」

 

「ど、どうしたんだい? 急に混乱して……」

 

「なっ、何でもねぇ!」

 

 

 そうだ、本当ならば拳闘大会で優勝し、100万ドラクマをゲットできるはずだった。それが不可能な今、どうすればいいのかと、状助は頭を抱えて混乱し苦悩していた。

 

 三郎はそんな状助の慌てように、何がどうしたのかわからなかった。故にそのことを尋ねれば、なんでもないと状助は叫び、考えをまとめようと必死になっていた。

 

 

「お前ら!」

 

「おや? その声は」

 

 

 だが、状助が悩み苦しんでいるその時、少しはなれた場所から声が聞こえた。覇王はその声に聞き覚えがあったのか、その声の方向を振り向き、誰なのかを確認した。

 

 

「熱海先輩!」

 

「おっしゃっ! 見つけたぜぇ!」

 

 

 その声の主は数多であった。数多は行方不明者捜索の旅に出て、まずは辺境に近い、このグラニクスへと立ち寄った。

 

 状助も数多の登場に驚き、喜びの表情を見せていた。いやはや、まさかこんなところで出くわすとはと、そう思っていた。

 

 また、数多も同じように、状助たちを見つけられたのを喜んでいた。捜しに出た甲斐があったと、そんな様子であった。

 

 

「久しぶりっス」

 

「久々だね、先輩」

 

「お久しぶりです」

 

「覇王も一緒か! 元気そうだな!」

 

 

 状助も覇王も三郎も、久々に会う先輩へと挨拶をした。数多はまさか覇王もいるとは思ってなかったようで、そちらにも大声で返事をしていた。

 

 

「どっ、どうも……」

 

「妹さんも元気そうで」

 

 

 すると、数多の横でちょこんと立つ焔が、緊張した様子で挨拶していた。

未だに覇王の前に出ると、少し緊張してしまうようで、恐縮していたのである。

 

 そんな彼女へ覇王はニコリと笑い、小さく挨拶を述べていた。

 

 

「いやー、行き当たりばったりだったけど、うまくいくもんだな!」

 

「運がいいだけだと思うが……」

 

 

 数多は行方不明となった状助らに出会い、非常に喜んでいた。

正直なところ見つかったらいいな、で出た旅だった。なので、こうも簡単に会えるとは思ってなかったようだ。

 

 とは言え、それはただ単に運がよかっただけだろう。調子よくする数多へと、ジトっとした目で見ながら呆れる焔が、そのことをつっこんでいた。

 

 

「先輩、俺らを捜しに来てくれたんっスか?」

 

「おうよ! まだお前らしか見つけてねぇがな……」

 

「わざわざありがとうございます」

 

 

 状助は数多がここへ来たのは、自分たちを探すためなのだろうかと思った。先ほど出会いがしらで、やっと会えたと数多が言ったのを、状助は聞き逃してなかったからだ。

 

 それを聞けば数多は、その通りだと豪語した。

が、逆を言えば、まだ状助らぐらいしか行方不明者を見つけていないとも、少し落ち込んだ様子で言葉にしていた。

 

 三郎はそれを聞いて、遠くから捜しに来てくれて申し訳ないと思い、そこで礼を述べながら頭を下げていた。

 

 

「んで、お前ら何か今、悩んでなかったか?」

 

「それが……」

 

 

 数多はそこで、状助らが何やら悩んでいる様子を見て、相談に乗ろうと思った。それを尋ねると、状助がゆっくりと説明を始めた。三郎が100万ドラクマの借金を背負い、奴隷になってしまったということを。

 

 

「100万ドラクマってお前……」

 

「何と言う無茶な額を……」

 

 

 それを聞いた数多は、途方にくれていた。

100万ドラクマは何度も言うように、かなりの大金だ。そんな金など無論数多も持ってないし、親父や皇帝に相談できる額ですらない。それほどの額の大金を借金として背負ったなどと、恐ろしいどころではないのである。

 

 焔もその額を聞いて、かなり呆けた顔を見せていた。

100万ドラクマ、一体何をしたらそんな額の借金ができるのだろうか。そう考え、返済は難しいのではないかと思うほどだった。

 

 

「でも、あの場ではどうしても必要だったんだ……」

 

「俺らがもっと早く到着してれば……、チクショウッ!!」

 

「状助、たらればは言ったらきりがないぞ」

 

 

 三郎はそんな顔をする二人に、それでもあの時は必要だったと話した。

あれがなければ、亜子の病気は悪化していただろう。非常に危険な状態だったのは事実だ。

 

 状助はそこで、悔しそうな様子でそれを叫んでいた。

三郎ともっと早く合流できていれば、三郎が奴隷にされる前に亜子の病気を治せれば、こんなことにはならなかったと。

 

 だが、覇王はそんなことを言ってもしかたが無いと、静かに言葉にした。

あの時こうすれば、ああすれば。確かにそう思うだろう。それでも、そんなことを言ったって意味などない。それなら次にどうするかを模索したほうが、建設的だと状助へと言ったのだ。

 

 

「とりあえず解決策として、賞金がもっとも高い拳闘大会で優勝しようと思ったんだけど」

 

「それでも半分の額しか集まらねぇ……」

 

「そういうことか」

 

 

 覇王はそのまま言葉を続け、今後の行動について数多へと説明した。

それはやはり、拳闘大会での優勝を目指すというものだった。

 

 しかし、その大会は二つになっており、片方優勝しただけでは全額集まらないと、状助はがっくしした様子でしゃべっていた。本来ならばこうなるはずじゃなかったと、そんな感じであった。

 

 数多は二人の説明を聞いて、なるほどと納得した。

確かに拳闘大会での優勝ならば、多額の賞金を得ることができる。そこでネックとなっているのは大会が二つあり、どちらも優勝する必要があるということなのだろうと言うことも理解できた。

 

 

「そんなら、俺も出るぜ」

 

「兄さんが?」

 

「あったりめぇよ!」

 

 

 そこで数多は、ならば自分も大会に出て優勝すると言い出した。

自信ありげにそう言う数多へ、焔は何で? という顔を見せていた。数多はそんな焔へ、ぐっとポーズをきめ、やるしかないと豪語して見せたのだった。

 

 

「だが、そうしたらみんなを捜すのはどうなる!?」

 

「う……、そっ、そうだった……。忘れちゃいけねぇことを忘れるところだった……」

 

「確かにこちらも重要だが、元の目的を忘れては困るぞ」

 

 

 しかし、焔は鋭くそこを指摘した。

最初に数多が言ったことは、行方不明者の捜索だ。まずはじめに決めたことがあるのなら、そっちを優先すべきであると。

 

 数多はそれを聞いて、うっかりしていたとうなだれた。

当初の目的を忘れ、横道にそれるなどあってはならないことだ。それについて数多は反省し、申し訳ないという顔を見せていた。

 

 焔はそんな数多に、こちらも重要なことには違いないがと前置きをしつつ、元々の目的をおろそかにしてはならないと叱咤した。ただ、目の前の本人はかなりヘコんでおり、わかったようなのでそれ以上のことは言わなかった。

 

 

「……ちょっと待ってくれ」

 

「突然どうしたんだい?」

 

「いや、俺は今考えた……。いや、考えたっつーよりも、”知ってた”ことなんだがよ……」

 

 

 だが、その時状助が、何やらピンと来たらしく、突如待ってくれと言って考え出した。覇王はそんな状助に、何事だという様子を見せていた。

 

 状助は、”原作知識”を搾り出し、色々考えたようだ。そのことをぽつりぽつりと、説明し始めたのである。

 

 その説明には、今後のことについて語られていた。

本来ならばネギたちが、拳闘大会で有名となり、テレビに出て宣伝すると言うこと。その中で目的地を決め、そこで落ち合うことを宣言すること。それによって魔法世界に散らばった人たちが、その映像を見てその場所を目指すということを。

 

 また、他のメンバーが散らばった仲間を捜しに旅立ち、発見してくれるということ。おかげで全員が、その目指す場所でつどい、無事を確認できるということを。

 

 

「……つーことになるからよ。どうにかなるんじゃあねぇかなって思ったんだが」

 

「ほう……」

 

 

 つまり状助が言いたいことは、数多がみんなを探す必要はなく、拳闘大会で優勝してくれた方が嬉しいと言うことだった。

 

 覇王はその状助の話に、なるほどと思っていた。確かにそれなら、大会で優勝してくれた方がいいかもしれないと。

 

 

「しかし、それで大丈夫か? 見てない子とか、さまよってる子とかもいるんじゃねぇのか?」

 

「どうなるかはわからねぇが、大体うまくいくはず……」

 

 

 しかし、数多はそれで本当にうまく行くのかと、不安を指摘した。

数多には状助が言う”知っていた”知識とやらはわからないので、それでうまくいくのか純粋に疑問が出たのだ。

 

 未だに街などにつけず、さまよってる人もいるかもしれない。たまたま街にいないせいで、その映像を見ない人もいるかもしれない。その人たちがいたなら、それをどうするのかと言うことを、状助へつっこんだのだ。

 

 状助はそれを聞いて少し不安の色を見せながら、うまくいくはず、と自信なさげに言い出した。”原作”ではそれでうまくいったし、ちゃんと集まった。ならば、その手は使えなくは無いと思ったのだ。

 

 が、やはり数多の言うことも一理あり、もっともなものだ。イレギュラーが起きたら、うまくいかない可能性もあることを、状助は悩んでいた。

 

 

「……状助君、それって君が言う”原作知識”ってやつだよね?」

 

「まっ、まあな……」

 

 

 三郎はそこで、その作戦とやらが状助がいつも言う”原作知識”というものなのだろうと察した。いつもいつも、まいどまいど、状助が突然言い出すことは、そればかりだったからだ。

 

 状助はそれについて、どもりながら肯定した。

今言ったことは全て”原作知識”からくるものであり、自分の考えという訳ではないと。

 

 

「わかった。ならそうしよう」

 

「いいのかよ!?」

 

「とりあえず、そうするしかない」

 

 

 そこで覇王は考えた末、状助の言うとおりにしようと言った。

うまい作戦というのが思い浮かばない今、状助の作戦は悪くないと思ったからだ。それに”原作どおり”行くのなら、うまくいくかもしれないとも思ったからだ。

 

 状助は自分の意見を取り入れた覇王に驚いた。

自分で言ったのもなんだが、穴だらけの作戦だと思ったからだ。

 

 そんな状助に覇王は、とりあえずそれで行こうと言葉を投げた。

このまま悩んでいるだけでは、何もはじまらないからだ。どの道、今すぐ行方不明者全員の安否と場所を特定することは不可能だし、できることからしていこうと思ったのである。

 

 

「それに、100万ドラクマを稼ぐには、どうしてももう一組必要だしね」

 

「まあなぁ……」

 

 

 また、覇王はそれだけではなく、100万ドラクマを得るためには、やはり二つの大会を同時に優勝する必要があると考えた。なので、数多には是非とも大会で優勝して欲しいと思ったのだ。

 

 一応、他にもその候補はいる。ネギや小太郎がその一つだ。ただ、どちらにせよ今のままでの優勝は少し厳しいと、覇王は考えた。

 

 と言うのも、状助が言ったように拳闘大会が二つになった理由が転生者だと言うのなら、当然転生者が試合に出てくる。可能性の話だが、ありなくもない話でもあった。そして、その実力が未知数な状態では、博打になりすぎると思ったのだ。

 

 何せ転生者は強力な特典を得ている。拳闘大会に出てくるような転生者なら、ある程度鍛えてあると思ったのだ。故に、残念ながらネギたちには頼めないと、覇王は考えたのである。

 

 それにまだ10歳の子供たちを戦わせるのも、あまりよくないと覇王は思ったのだ。まあ、小太郎ならば率先し、喜んで参加するだろうが。

 

 

「とは言え、先輩一人じゃ出場できないのでは?」

 

「確かにそうだな……。そっちは?」

 

 

 しかし、この拳闘大会は二人で一組。二人いなければならない。故に、覇王は数多へと、パートナーはどするか尋ねた。

 

 数多は覇王の言葉を聞いてそのことを思いだし、少し考えた。が、数多も逆に覇王が誰と組むのか気になったので、それを聞き返したのである。

 

 

「僕と……、状助が出る」

 

「おう」

 

「状助君が!?」

 

 

 覇王は状助の方をチラリと見た。すると状助は静かに頷き、ニヤリと笑った。覇王はそれを見てニコリと笑い、それをはっきりと言葉にした。自分と、横の状助のタッグで戦うと。

 

 状助も覇王の言葉に続き、強気の姿勢で返事をした。俺も戦う。戦ってみせると。

 

 三郎はそれに驚いた。何故状助が出るのだと、驚愕した顔を見せたのだ。覇王が強いのは三郎もよく知っている。何せ転生者狩りをしていることも、本人から聞いていたからだ。

 

 

「無茶じゃないかい!? 状助君はスタンドが使えるとはいえ、俺と同じ一般人みたいなもんじゃないか!」

 

「確かにそうだな。そのせいで死にかけたしよぉ」

 

「だっ! だったら!」

 

 

 だが、状助は違う。スタンドは使えるが、それだけの人間だ。自分と同じように、本体は一般人と同等でしかない。三郎はそれを心配そうにしながら状助へと叫んでいた。

 

 状助もそれに対しては言い訳はしなかった。

間違ってないし、そのせいでゲートポートでは死にそうになったのも理解しているからだ。

 

 なら、何故。三郎はそう声を荒げて言った。

試合とは言え、死なないという保障はない。だと言うのに、どうして状助が体を張らなければならないのかと。

 

 

「だがよぉ、オメェが体張ったんだぜ? 俺もそのぐれぇしないとって思ってよ」

 

「状助君……、君ってやつは……!」

 

 

 そんな三郎に状助は、静かにそう言った。

ダチの三郎が他の三人の女の子を守るために、自ら奴隷となった。ならば、そのダチを助けるために戦うのも、友人として当然なのではないかと。

 

 三郎はその言葉に、少し感動していた。

状助の今の言葉に、三郎は非常に嬉しく思っていた。友人である自分を助けるために、自ら戦いに赴こうとするその姿勢に、とても心を打たれていた。

 

 

「それに、状助には少し”気”を習得してもらおうと思うしね」

 

「ああ、確かにこのままじゃいけねぇ……」

 

「”気”……?」

 

 

 また、覇王は状助の大会参加にて、さらなるパワーアップにもなると語った。

このまま戦いが激しくなれば、状助が再び危機にさらされる可能性があるからだ。故に、状助は大会に参加しながらや、自分との稽古で”気”を習得してもらおうと覇王は考えたのだ。

 

 状助もそのことは気にしていたようで、今のままではまずいと、渋い顔で言葉にしていた。

敵は明らかに自分を狙っていた。それは状助も理解したことだ。次に敵と出くわした時、再び自分を狙ったくるのは明らかだ。状助はそう考え、せめて戦力アップとして”気”を習得しようと考えたのである。

 

 しかし、三郎は”気”と言う言葉を聞いて、不思議そうな顔を見せた。

そもそも三郎は”ネギま”を知らない。なので、”気”と言われてもピンとこないのだ。

 

 

「生命のエネルギーだよ。ほら、ドラゴンボールやダイの大冒険の闘気的な感じさ」

 

「そんなものが……」

 

 

 あまりわかってなさそうな三郎に、覇王はドラゴンボールとダイの大冒険に例えた。

実際は多少違うのだが、あのシュインシュインと言ったオーラ的な感じで戦闘力がグッと上がると言った方が、わかりやすいと思ったからだ。

 

 三郎もその説明で大体把握したらしく、頷いて納得していた。

そういう感じか。確かにそれなら強くなれる。そう思ったようだ。

 

 

「……三郎、君も教えて欲しいと思わないか?」

 

「俺……?」

 

「そうだよ」

 

 

 また、覇王はそこで三郎へと、状助とともに鍛えないかと誘い出した。

 

 三郎はまさか自分も誘われるとは思ってなかったようで、自分なのかと聞き返していた。

それに覇王は笑みを浮かべながら、そうだとはっきり告げたのである。

 

 

「……そうだね……。俺も少しぐらい強くなりたい……! 強くならないと、彼女を守れない……!」

 

「ふふ、そう言うと思った」

 

 

 すると、三郎は拳を強く握りしめ、それを悔しそうな表情で眺めていた。強くなりたい、自分も強くなりたい。そう三郎は無念の気持ちを打ち明けた。

 

 

 三郎は思っていた。自分もこのままではいけないということを。この前も今も、亜子やその友人たちは結果的に助かったに過ぎない。

 

 あの時カギが現れなければ、先ほど覇王や状助が来なければ、どうなっていたかわからない。考えただけでも恐ろしい。そうだ、自分は無力だった。誰かが助けに来なければ、誰も助からなかった。

 

 三郎はそう考え、かなり悔しんだ。自分の弱さを、自分の無力さを。一人では好きになった女一人守れない、自分の非力さを。

 

 さらに、あのような状況が今後起こらないという可能性は低いだろう。他の銀髪や先ほどのような転生者が再び現れ、自分や亜子を襲うかもしれない。その時、亜子を守れなければ何の意味もないと、そう強く思っていた。

 

 そして、だからこそ、自分も強くなりたいと思いはじめていた。いや、強くならなければならないと、危機感を覚えた。力を渇望した。でなければ自分の惚れた女を、亜子を守れないと。そう三郎は考え、覇王の誘いに乗ったのだ。強くなるために、守るために。

 

 

 覇王は三郎が必ず誘いに乗ってくれると信じていた。

三郎が自分の弱さに苦心し、強くなろうとすることを確信していた。だからこそ覇王は、三郎を強くしようと思った。鍛えなければと思ったのだ。

 

 

「ただ、僕が君にそう言ったのは、そう言うと思っただけじゃない」

 

「何が?」

 

 

 しかし、覇王が三郎を誘ったのにはもう一つ理由があった。それを語りだすと、三郎は一体どんな訳なのだろうかと、そちらに耳を傾けた。

 

 

「君の特典の一つ、”運動神経が優れる”。これが多少拡大解釈されているならば、”体を動かすこと”に関してなら修練で身につきやすそうだと思ってね」

 

「確かにそうかもしれない」

 

 

 そして、覇王はその理由を淡々と述べ始めた。

 

 三郎が転生した時に貰った特典は二つ。一つは料理の才能。もう一つは運動神経のよさだった。覇王は”運動神経のよさ”と言うものが、どれほどの効果なのかと考えた。もしかしたら”運動”と言うように”体を動かすこと”に関しての才能なのではないかと。

 

 それなら格闘技術なども身に付けやすいのではないか、覇王はそれを考慮した。ならば、気を習得させ、多少なりに戦えるようになってもいいだろう。覇王はそれを踏まえて、三郎を修行に誘ったのだ。

 

 三郎もその話を聞いて、納得の様子だった。

と言うのも、三郎は今まで、自分の特典のことなどさほど考えたことのなかった。他人よりもちょっといい才能を貰って、前世より少しだけ楽ができれば、そう思って貰った特典だったからだ。

 

 

「だが、俺は今、奴隷だ。仕事中はできない」

 

「終わって余裕があればでいいさ。気さえ操れるようになれば、疲れも抑えられるしね」

 

「……ありがとう、覇王君」

 

 

 とは言え、今の三郎は奴隷となってしまった。暇ではない。奴隷なのだから当然なのだが、仕事をしなければならないからだ。

 

 覇王もそれぐらいわかっており、暇な時間や仕事が終わった時にでも修行しようと言葉にした。

また、気を操ることによって、身体能力の向上などで仕事もより速くなり、疲れにくくもなるだろうと話した。

 

 そこで三郎は覇王が気遣ってくれていることに感謝した。

無理をして修行させる訳でもなく、自分の意思でさせてくれるということに。その修行、仕事が終わった時ならば夜だろうし、覇王もその時間で修行に付き合ってくれるということに。

 

 

「話はまとまったか?」

 

「すまないね、先輩」

 

 

 すると数多が話の区切りがついたのを見て、話しかけてきた。

数多は覇王たちが話をまとめるのを待っていたのである。

 

 覇王は数多を待たせてしまったことに対して、小さく謝罪した。

多少だが待たせてしまって申し訳ないと。

 

 

「こっちも焔と話したんだが、拳闘大会には俺と焔が出る」

 

「先輩はわかるけど、なんで彼女が?」

 

 

 そして、数多は先ほどの、大会に誰が出場するかということに対しての答えを述べた。

数多とタッグを組んで拳闘大会へ出場するのは、なんと焔だった。数多と焔は相談し合い、そうすることに決めたのだ。

 

 だが、覇王はどうして焔が出場することにしたのかと、疑問を投げかけた。

焔は自分とは多少面識はあるが、三郎とは面識がほとんどない。それに組むならもう一人、適任者がいると思っていたからだ。

 

 その適任者とは、法だ。

法ならば、間違いなく優勝候補として入るだろう。法の操るアルター、絶影は強力だからだ。ただ、欠点を言うのであれば連携がとりづらいという部分と、数多とほぼ接点がないという点だろうか。

 

 

「大きな理由はありません。兄さんに協力しようと決めてここまで来たんだから、そうしようと思っただけです」

 

「兄思いのいい子じゃないか」

 

「そっ、それほど……でも……」

 

 

 覇王のその素朴な疑問に、焔は静かに答えた。

まず、ここまで来たのは、数多とともに行方不明者を探すためだった。しかし、その必要がなくなったのなら、数多の役に立つことをすればいいのではないかと考えた。ならば、数多とともに拳闘大会に出て、覇王らと協力し合った方がいいと思い、それを選んだのである。

 

 それを聞いた覇王はにこやかに笑いながら、いい子だと焔を褒めていた。

なんだかんだ言いながらも、兄を慕うその姿勢をすばらしいと思ったのである。

 

 突然覇王に褒められた焔は、一瞬驚いた後にはにかんだ態度を見せた。

魔法世界で有名人である覇王に褒められるのは、やはり特別な意味で嬉しいのだ。例えると、普通の人がイチローに会って褒められた、という感覚なのである。

 

 

「あったりめぇだろ? 自慢の妹だからな!」

 

「にっ、兄さん!」

 

「照れるな照れるな!」

 

 

 すると数多はしおらしくなった焔の頭にそっと手を置き、それを豪語した。

その表情は晴れ晴れとしたさわやかな笑みで、イヤミなどではなく、純粋に思ったことを言ったのがわかるものだった。

 

 焔は今の数多の態度がかなり恥ずかしかったようで、数多の方を向いて煙を出しながら、ぷりぷりと怒ってみせた。だが、その表情はどことなく嬉しそうであり、ただの照れ隠しのようなものであった。

 

 数多は顔を真っ赤にして照れながら怒る焔を見て、大いに笑っていた。

本当のことを言っただけだ。照れる必要はないと、そう笑って言葉にしていた。

 

 

「よし、とりあえずその方針で行こう」

 

「そうと決まれば、拳闘士として登録してもらわねぇとな!」

 

 

 話がまとまったところで、覇王はそれで行こうと音頭をとった。状助はならば拳闘大会に出場できる資格を得なければならないと考え、それを強気の態度で言葉にしていた。

 

 

「俺は何度かやってるんで、そのままいけるぜ」

 

「流石先輩っスねぇ」

 

「修行の一つさ」

 

 

 ただ、数多はすでに何度か拳闘大会に出場しているので、それは必要ないと話した。

数多は修行の一環として、何度か拳闘大会へ出場していた。なので、出場資格は持っていたのである。

 

 状助は数多の手の早さに関心したような声を出し、数多はそのことを一言で話した。

 

 

「目標は100万ドラクマ!」

 

「オッシャァァッ!」

 

「頑張るぜ!」

 

 

 さらに覇王は気合を入れるため、啖呵をきった。

数多も同調し、気合が入った大声を出した。続いて状助も、目標の為の意気込みを叫ぶのだった。

 

 

「みんな、悪い……。そして、ありがとう……」

 

「困った時はよぉ」

 

「お互い様さ」

 

「その通りだぜ!」

 

 

 そんな仲間に三郎は、感涙していた。

自分の為に一致団結し、戦おうとしてくれている。これほど嬉しいことはないと、三郎は思ったのだ。

 

 三人はそこで、困っている仲間がいるなら助けるのは当たり前だと、普段通りの様子で語った。

仲間だったら、何かあれば助けるのは当然だ。仲間なんだから助け合うのは普通のことだと、そう言ったのだ。

 

 そして、今後の方針が決まった彼らは、目標の為に動き出した。三郎を助け出すために。三郎を奴隷から解放するために。100万ドラクマを稼ぐために。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは首都メガロメセンブリア、そのゲートポート。

破壊されたゲートポートからは、未だに煙が絶えず噴出し、魔力が漏れ出していた。そして、その破壊されたゲートポートに、複数の人間が転送されてきた。

 

 

「間に合ったか!」

 

「お久しぶりです……、師匠」

 

「そっちも元気そうだな!」

 

 

 ガトウは光とともに現れた集団を見て、ほっとした様子を見せていた。

何故ならゲートポートの機能が停止寸前だったからだ。

 

 旧世界からこのゲートへやって来たものの一人は、あのタカミチだった。

タカミチは師匠であるガトウへと早速挨拶し、頭を下げていた。

 

 ガトウもまた、久々にあったタカミチを見て笑いながら、再会を喜んでいた。

 

 

「来たか……」

 

「アルス! 君もネギ君たちと一緒だったのか」

 

「まあな……」

 

 

 さらにアルスもガトウとこのゲートポートで待機しており、やってきたタカミチを歓迎していた。

また、アルスもガトウと同じように、間に合ってよかったと言う様子を見せていた。

 

 ……アルスはあの戦いで、ある程度ダメージを負っていた。しかし、重傷という訳ではなかったので、治癒の魔法で傷を癒し、ここで待っていたのだ。

 

 また、タカミチはアルスがネギたちと一緒に、こちらに来ていたことを知らなかったようで、そのことについてかなり驚いていた。

 

 アルスもタカミチには話してなかったことを思い出し、とりあえずそれを肯定したのだ。

 

 

「だが、しくじってこのザマだ。なさけねぇ……」

 

「……まさか、アルスがやられるなんて……」

 

 

 そこでアルスは、自分がいたというのにこの始末だと、悔しんだ表情で述べていた。

責任を持って預かった学園の生徒たちを、危険に晒してしまったと。

 

 タカミチはそんなアルスを見て、驚いた顔を見せていた。

アルスとて弱い訳ではない。むしろ魔法使いではかなりの強者だ。そのアルスが敗北し、こんなことになっているということに、驚愕していたのだ。

 

 

「相手はかなりの手馴れという訳か……」

 

「ああ、かなりヤバイ」

 

 

 そして、タカミチはアルスの話を聞いて、ここを襲った連中の実力を察した。

何せここに居合わせたのはアルスだけではなく、あの刹那やアスナまでいたのだから。

 

 アルスも自分と戦った相手の強さを思い出しながら、危機感を募らせていた。

あの強さは尋常ではない。とんでもない強敵だと、そう考えていた。

 

 

「これはもう少し報酬を増やしてもらわないとならないかな?」

 

「ハハハ……、そこら辺はお手柔らかに頼むよ……」

 

 

 すると、タカミチと一緒にこちらへやってきた真名が、その話を聞いて笑みを見せながらそうこぼした。

話に聞いていた以上に、中々厳しい任務のようだ。それならばもう少し雇い賃を増やしてもらわないと、割に合わないと思ったのだ。

 

 また、タカミチは商売根性を見せる真名を見て、小さく苦笑していた。

 

 

「うおおお―――――!!! やってきたぜ魔法世界!!」

 

「何とかなってよかったぜー!」

 

 

 そこへタカミチとともに、魔法世界へとやってきたもう一人。いや、一人と一匹が、喜びの声を叫んでいた。

そう、それこそカギとカモミールだった。彼らはタカミチへ連絡を取り合い、なんとか合流してここへやってこれたのである。

 

 

「ほう、君がナギのもう一人の……」

 

「イッエース! 俺はカギってんだ! よろしく頼むぜ!」

 

「中々元気がいい少年だな」

 

 

 ガトウはカギを見て、カギがネギの兄であることを思い出した。そういえばもう一人、ナギには息子がいたと。

 

 カギはそんなガトウへと、元気よさげに挨拶していた。

忘れないように頼むぜ、そんな感じであった。

 

 なんとまあ元気な挨拶だろうか。ガトウが見たカギの第一印象は、馬鹿っぽい元気な少年であった。うん、確かにコイツはナギの息子だ。そう納得するほどだった。

 

 

「……ん!?」

 

「なんだ? 俺の顔に何かついてんのか?」

 

 

 だが、そこでカギはガトウを見て、目を疑った。

アレ、おかしいな。何か変だぞ。夢か幻か、それとも幽霊か。まるで死人に会ったような顔を、カギは見せていた。

 

 ガトウは突然カギが驚きだしたので、一体何事かと思った。

なので、自分の顔に何かあったのかと、質問したのである。

 

 

「なっ……、なんで生きてるんだ……!?」

 

「? それは一体……」

 

「なっ、なんでもねぇぜ……!」

 

 

 カギはガトウを見て驚いた。

何故なら、本来ガトウは死んでいる人間だからだ。”原作”では過去の出来事で、死んでしまっている存在だからだ。カギは”原作知識”に当てはめてそれを考えた。だから驚いたのである。

 

 ガトウはカギの言葉に、大きな疑問を持った。

と言うか、はじめて出合った人間に、死んでないのか、などと言われても困惑するだけだ。むしろ、普通なら怒ってもおかしくない言い草だ。

 

 ぽろっと失言を発したカギは、それに焦ってなんでもないと慌てていた。

それでもやはりガトウが生きているのが不思議なので、本物かどうか考え、じろじろと眺めていた。

 

 

「まあいいか。よし、タカミチ行くぞ」

 

「はい、師匠!」

 

 

 とまあ、カギの発言と行動は疑問だが、今はそうしてはいられない。ガトウはそう考え、今後の対策を練るために移動することにしたのだ。

 

 また、ガトウに呼ばれたタカミチは、嬉しそうにしながらも、気を引き締めた様子で返事をしていた。

 

 

「カギ君はどうするんだい?」

 

「おっ……俺か?」

 

 

 だが、そこでタカミチは、ふとカギが気になった。

なのでカギがこれからどうするのかを尋ねたのである。

 

 カギはガトウの生存に挙動不審になりながらも、それについて少し考えた。

 

 

「俺は一人でネギたちを探しに行くぜ」

 

「一人で大丈夫なのかい?」

 

「俺だって伊達や酔狂で修行してねぇって! 大丈夫ってもんだ!」

 

 

 そしてカギは、自分の考えをタカミチへと豪語した。

それは一人で行方不明者となったネギたちを探すというものだった。

 

 何せこのカギも”原作知識”を持った転生者だ。ある程度居場所がわかるものもいる。それとは別に、自分の従者となった夕映が一番気がかりだった。故に、まずは目指すならアリアドネーだと思い、一人そこへ向かおうと考えたのである。

 

 が、このタカミチはとても心配性だった。カギが一人で大丈夫なのか、不安な様子を見せたのだ。

 

 カギはそこで、俺は強いと豪語した。

あのエヴァンジェリンに師事し、鍛え上げてきた。そんな自分ならば問題ない。大丈夫だ行ける余裕だ。そう叫んだのである。

 

 

「本当に大丈夫なんだね?」

 

「タカミチのおっさん、ほんと心配性だな……」

 

 

 それでもやはり、タカミチはカギを心配した。

どうしてそこまでタカミチがカギを心配するのか。それはカギがお馬鹿でかなり抜けたところがあるからだ。

 

 それに、学園に来た時の印象が、調子に乗ったら止まらない奴というものだ。それだけではなく、かなり間が抜けているというか、うっかりが目立つの奴というのもあった。

 

 つまり、はっきり言ってしまえばカギは信用がないのだ。悲しいことだが、これもカギの自業自得。本人もそれはある程度承知だ。

 

 そんな風に心配するタカミチを見て、カギは呆れていた。

確かに信用が無いのは重々理解しているが、ちょっと過保護すぎやしませんかと。

 

 

「まあいいじゃねぇか、行かせてやれよ」

 

「師匠?」

 

 

 見かねたガトウは、タカミチへと声をかけた。

そこまで言うのなら、一人で行かせてやればいいのではないかと。

 

 タカミチはそう言うガトウの方を向き、不思議そうな顔をした。

本当にそれでいいのだろうか。大丈夫なのだろうか。そんな不安の色がわかる顔であった。

 

 

「俺の見立てじゃ、コイツ中々やるぜ?」

 

「……師匠がそうおっしゃるのなら……」

 

 

 ガトウはカギを見て、悪くないと思った。

本人が言うとおり中々鍛えているだろうし、実際結構強いのではないか、そう考えた。

 

 タカミチもガトウにそう言われて、ならばカギを信じて行かせてやろうと思った。

自分の師匠であるガトウのお墨付きならば、大丈夫だろうと考えたのである。

 

 

「でもカギ君。くれぐれも無理はしないでくれよ?」

 

「わかってるって!」

 

 

 だが、やはりタカミチはカギが心配で、一言注意を呼びかけた。

なんだかんだで調子に乗りやすそうなカギに、あまりはめをはずさぬようにと。

 

 カギはそのタカミチの言葉に、OKOK! と笑って言った。

とは言え、本人がわかっているかは別問題である。

 

 

「なぁに、兄貴には俺っちもついていますぜ! 安心してくだせぇ!」

 

「……う、うん。じゃあ君にカギ君を任せたよ……」

 

 

 そこでカギの頭の上に乗ったカモミールが、タカミチへと宣言した。

自分がカギの面倒を見るので問題は無い。安心してくれと豪語したのだ。

 

 しかし、カモミールの宣言もタカミチには信用しずらいものだった。なので、不安の色は取れない様子で、仕方なくカモミールにカギを頼んだと言うのであった。

 

 

「んじゃ、早速行くぜ!」

 

「おっしゃー!」

 

 

 ならば、善は急げだ。

カギはタカミチとの会話が終わったと思い、そのままゲートの出口へと走っていった。カモミールもカギの頭の上で、気合を入れるかのような叫びを上げていたのだった。

 

 

「元気な奴だな。確かにナギのガキって感じだ」

 

「え、ええ……、まあ……」

 

 

 そのカギの背中を眺めながら、見送るガトウ。何とまあ元気なヤツよ。確かにナギもあんな感じに破天荒だった。懐かしいものを思い出されせてくれると、タカミチへと言葉にしていた。

 

 タカミチも確かにそう言われればそうかもしれない、とは思った。ただ、そのナギ本人よりも、馬鹿を極めたのがカギだ。アホを極めたのもカギだ。

 

 それとは別に、やはりタカミチはカギの第一印象がそうではない。なので、やっぱりナギに似てると言われれば、首を傾げたくなってしまうのだ。

 

 

「っと。ところでアルス、君はどうするんだい?」

 

「……俺も一足速く出て、裕奈たちを探すさ」

 

「……そうか」

 

 

 カギを見送ったタカミチは、次に近くにいたアルスへと今後について聞いてみた。

そこでアルスもカギと同じように、自分一人で行動すると言葉にした。タカミチは少し考えた様子を見せた後、仕方ないかという顔を見せていた。

 

 

「わかった。そっちはそっちで気をつけてくれよ、アルス」

 

「それはこっちの台詞だぜ。タカミチ」

 

 

 タカミチはアルスの考えを理解し、苦笑しながらその身を案じた。アルスもそれをタカミチに言われると、笑い返してその言葉は自分のものだと軽口を叩いて見せた。

 

 

「んじゃ、俺らもそろそろ行くぞ」

 

「はい」

 

 

 ガトウは時間が押していることを考え、タカミチへ出発することを告げた。タカミチはそれに素直に従い、長話を少ししすぎたと思った。

 

 

「それじゃ、気をつけてくれよ」

 

「そっちもな!」

 

 

 そして、ガトウはゆっくりとゲートポートの出口へと移動しはじめた。それを追う様にタカミチも動き出し、最後にもう一度だけ振り向き、アルスへと声をかけたのだ。

 

 アルスもタカミチへ、武運を祈ることを叫び、その背中を見送ったのだった。

 

 

「さて……、俺も……」

 

 

 アルスもならば、自分も行動を開始するかと歩き出した。だが、その時、アルスを呼ぶ声がその後ろから聞こえてきたのだ。

 

 

「あなた!」

 

「パパ!」

 

「なっ! お前ら!?」

 

 

 それはアルスの家族、妻のドネットと娘のアネットだった。アルスはその声を聞き振り返ると、二人がそこへ駆けつけたのである。

 

 彼女たちもタカミチやカギとともに、魔法世界へとやってきたのだ。魔法世界のゲートで、異変があったと聞いて駆けつけたのである。

 

 アルスは二人を見て驚いた。どうして二人がここにいるのだろうかと。

 

 

「何しに来たんだ! 来るなって言っておいたはずだろう!?」

 

「ごめんなさい。でも、あなたのことが心配で……」

 

「ごめんなさい……」

 

 

 アルスは焦りと驚きで、二人へ怒鳴り声を発していた。

二人がここへ来ないように、しっかりと忠告しておいたのに、二人がここへ来てしまったからだ。

 

 それに対してドネットも、申し訳ないという様子を見せながら、小さく謝った。

確かに忠告されていた。危ないかもしれないから来るなと言われていた。それでもやはり、アルスが心配でやってきてしまったのだ。

 

 ドネットの横で不安そうにしているアネットも、同じ気持ちだった。だから、アネットも母親のドネットについてきたのである。

 

 

「……まっ、しょうがねぇか……」

 

 

 アルスは目の前の二人の、不安の表情を見て、小さくため息をついた。

何せ二人は自分が心配でここまで来たのだ。はっきり言えば嬉しいのである。故に、すでにアルスからは怒気が抜けており、苦笑した表情だけが残っていた。

 

 

「とりあえず、お前らはここで待っててくれ」

 

「あなたは……?」

 

 

 来てしまったものはしょうがない。ならば、安全そうなこの場所にとどまってもらおう。アルスはそう考え、それを言った。

 

 すると、ドネットはアルスへ、そちらはどうするのかと尋ねた。

待っていてくれ、と言うことは、アルス一人どこかへ行こうとしていると考えたからだ。

 

 

「俺は裕奈たちを捜しに行く」

 

「だったら私も……!」

 

 

 アルスはその問いに、静かに答えた。

そう、行方不明となってしまった裕奈たちを捜しに行くと。

 

 アルスはカギと同じように、一人で行方不明者を捜索する予定でいた。

それにアルスは転生者だ。”原作知識”がある。その”原作知識”どおりならば、裕奈のいる場所は特定できると考えていたのだ。

 

 アルスの答えを聞き、ドネットは自分もお供すると叫んだ。

アルス一人に任せる訳にはいかない。協力したいと申し出たのである。

 

 

「ダメだ。これだけはダメだ」

 

「そう……」

 

 

 だが、アルスはそれにNOと言った。来てはいけないと断った。

何せ敵は造物主の使途だけではない。転生者だ。そう、相手が転生者だからだ。

 

 造物主の使途ならば、”人間”の命を奪うことはない。”原作”でも”人間”の命は奪っていない。

 

 しかし、転生者は何をするかわからない。ヤツらは無法で無秩序だ。危険極まりない連中だ。そんな連中に出くわしたら、何が起こるかわからない。故に、アルスはドネットに、ついてくるなと言ったのである。

 

 ドネットはアルスの言葉に、素直に従った。

アルスがそこまで言うのであれば、何かあるのだろうと察したからだ。

 

 

「パパ、そんなにママや私が邪魔なの?」

 

「違うよアネット……」

 

 

 ただ、娘のアネットは幼いせいか、それが理解できなかったようだ。涙目になりながら、無用と言葉にしたアルスを見て、自分たちは必要ないのかとこぼしたのである。

 

 アルスはそんなアネットへ、優しく微笑んだ。

そして、アネットの視線にあわせるようにしゃがみこみ、その小さな彼女の頭をゆっくりなでながら、そうではないとゆっくり説いた。

 

 

「お前らは俺の宝だからな。何かあったら辛いんだ」

 

「パパ……」

 

 

 アルスが二人についてくるなと言う理由、それは二人が大事だからだ。何かあれば自分が苦しい。そんな苦しい思いはしたくはない。苦しむならば自分だけでいい。そう思い、二人を置いて行くことに決めたのだ。

 

 それを聞いたアネットは、気が付けばアルスに泣きつくようにしがみついていた。また、自分が勘違いをしていたことを理解したのである。

 

 父親は自分たちが邪魔なのではなく、むしろ必要としてくれていることを。だからこそ、自分たちの身を案じ、ここに残していくのだと言うことを、アネットは知ったのだ。

 

 

「だから、俺が一人で行く」

 

「……馬鹿ね……」

 

「悪いな……」

 

 

 そうだ、大切な家族を危険に晒すわけにはいかない。故に、一人で旅立つ。一人で行方不明者を捜す。そうアルスは立ち上がり、それを言葉にした。

 

 そんなアルスへ、ドネットは苦笑しながら、小さくそれをこぼした。

一人だけそんな苦労を背負い込もうなんて。普段は面倒臭がってばかりの癖に。

 

 そう言われたアルスも、確かに馬鹿だなと思った。

だが、やらなければならない。なので、そこでアルスは苦笑いを見せながら、一言謝っていた。

 

 

「今のあなたの言葉、私もそのまま返すわ」

 

「それはどういう……」

 

「私たちだって、あなたがいなくなったら辛いに決まってるじゃない……」

 

「……そうだったな」

 

 

 しかし、ドネットの今の言葉には、別の意味も込められていた。なので、気がついていないアルスへと、そのことを話し始めた。

 

 アルスはドネットに自分の言葉を返すと言われ、何の言葉だろうと思った。

悪いな、と謝ったことだろうか。俺が一人で行くと、言ったことだろうか。どれだろうと疑問に思っていた。

 

 そんな不思議そうな顔をするアルスへと、ドネットは小さく笑いながらそれを説明するかのように話した。

アルスが今言った言葉とは、お前らは俺の宝だ、というものだ。

 

 つまり、逆を言えば、ドネットやアネットとしても、アルスは宝だということだった。そんなアルスがいなくなってしまえば、自分たちも悲しいし苦しい。それを言いたかったと、ドネットは静かに告げたのだ。

 

 それを言われたアルスは、それを失念していたと一瞬思った。

ああ、自分の命なんて忘れていた。そして、こんなにも愛されていたのかと。

 

 まったく、自分は転生者だというのに、なんて幸せなヤツなんだろう。こんな特典を神から貰ったチート野郎だというのに、こんなに幸せでいいのだろうかと。アルスはそれをふと考えながら、だからこそ、目の前の二人を守ってやらなくてはと、再び強く念じるのだった。

 

 

「パパ……、いなくなっちゃうの……?」

 

「いなくならないさ。俺はお前らとずっと一緒だ」

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

 

 また、ドネットの今の言葉に動揺したのか、アネットは再び不安に感じた。

なので、アルスがここから消えてしまうのかと、ウルウルとした瞳でそれを聞いたのである。

 

 アルスはそんな娘を見て、再度幸せをかみ締めていた。

なんて優しい娘なんだ。親馬鹿かもしれないが、最高の娘だ。そう思っていた。

 

 そして、アルスはそんなアネットを安心させるように、にこやかに笑いそれを否定した。

自分はいなくならない。消えない。だって、二人が悲しむから。悲しませたくないから。絶対に死なない、今後も家族と離れずずっと一緒だと、そうアルスは宣言した。

 

 

「でも、今は行かなきゃいけない。裕奈は明石夫妻から預かった身だし、その友人たちも放っておけない」

 

「そう……」

 

 

 それでも、たとえ危険があろうとも、行かなければならないとアルスは告げた。

何故なら。裕奈は明石夫妻から預かった身、何としてでも無事に送り届ける義務がある。また、その友人たちだって、同じことが言えるのだから。彼女たちにも自分と同じように家族がいて、帰りを待っているのだろうから。

 

 ドネットはアルスの言葉に、一言述べるので精一杯だった。

アルスが思っていることもわかるし、気持ちは一緒だったからだ。

 

 

「……まったく、普段はやる気がない癖に、こういう時だけそんな顔するんだから……」

 

「いや、まあ実際は厄介なことになって、かったるいと思ってるがな……」

 

 

 そして、ドネットは今のアルスの表情を見て、クスリと笑った。

アルスは普段だらしなく、やる気のない男だ。だと言うのに、ここぞという時……、そう、今のような時には、真面目でやる気と使命感に溢れた表情をする。だからこそ、自分はそんなアルスに惚れたし、結婚したのだとドネットは惚れ直していた。

 

 とは言うが、アルスとて面倒なことは嫌いである。こんなことにならなければ面倒でなくて楽だっただろうにと、今も思っていることだ。正直言えば転生者の相手なんてしたくないし、ただひたすらしんどいだけだ。

 

 

「だが、やらなきゃならん」

 

「……そうね、そうよね」

 

 

 ああ、確かに面倒だ。面倒ごとが起こった。故に、行かなければならない。その面倒ごとを解消するために。行方不明になった人たちを探さなければならない。だから行くのだ。行くと決めたのだと、アルスは決意をその表情に見せていた。

 

 ドネットももはやアルスを止めれないと思った。

いや、すでに止める気なんてなかった。そうしなければならないと、思っているから。だが、それでもドネットの心の内には、引きとめたい、それがかなわないのなら一緒に行きたいと、思う気持ちもあったのだった。

 

 

「帰ってきたら、家族でゆっくり過ごそう」

 

「ええ……」

 

 

 アルスは今は行くしかない。だが、終わったら家族みんなでのんびりとしよう、そう話した。

 

 何せアルスは帰ってきたと思えば、すぐに旅立ってしまった。そして、こんなことに巻き込まれ、再び出て行かなければならない。のんびりと家族の時間を過ごせなかった。なので、罪滅ぼしとまではいかないが、家族水入らずの休日を過ごそうと思ったのである。

 

 ドネットもそれを微笑んで了解していた。

きっと、絶対、そう思いながら、それに返事をした。

 

 

「パパ、行っちゃうの?」

 

「すぐ帰ってくるさ。そしたら、また一緒に遊ぼうな!」

 

「うん……!」

 

 

 アネットも、そろそろ出かけるそうな父親に、不安げな顔で尋ねていた。

 

 そこでアルスはそんなアネットへ優しく笑いかけながら、すぐに戻ると語り、戻ってきたら遊ぼうと約束した。

 

 アネットはその言葉に満足したのか、今はそれでよいと、小さく頷いたのだった。

 

 

「……ドネット……」

 

「……あなた……」

 

 

 そして、アルスとドネットは数秒見つめあった後、優しく抱き合った。数秒間二人は抱き合会った後ゆっくりと体を離し、アルスはドネットの頬にキスをした。ドネットもそのお返しとばかりに、アルスの頬にキスをした。

 

 

「ほら、アネットも」

 

「パパ……」

 

 

 また、アルスはしゃがんでアネットの目線になり、手を伸ばした。アネットはアルスに抱きつき、アルスはそんなアネットの頭をふわりとなでた。その後アルスはアネットの体を抱えながら、その額に小さくキスをしたのである。

 

 

「おっし、家族からパワーを貰ったんで、充填完了だ!」

 

「いってらっしゃい、あなた」

 

「いってらっしゃい!」

 

 

 アルスはアネットの頭を再びなでた後、すっと立ち上がった。

今の行為でアルスは全身にみなぎる力を感じた。家族の愛が自分を強くしてくれていると思った。そこでガッツポーズをキメながら、アルスはそれを叫んだ。これでもう大丈夫だ。準備万端だと。

 

 ドネットはそんなアルスに微笑みながら、まるで会社へ出向く夫を見送るかのように、別れの挨拶を述べていた。アネットも同じように満点の笑みで、アルスへと大きく手を振り別れを言葉にしていた。

 

 

「任せておけ! んじゃな!」

 

 

 アルスはそれを見て笑いながら、愛する家族へと別れを告げた。

安心してくれ、無事に戻る。だから、ここで待っていてくれ。そう思いながら、右腕を振りながら、ゆっくりとその場を立ち去っていったのだった。

 

 

「無事、戻ってきて……」

 

 

 ドネットはその夫の背中を見ながら、ただただ夫の無事を祈った。

何があるかはわからないが、かならずこの場所へ、自分たちの家に戻ってきて欲しいと。自分にはそれしかできないと思いながら、遠く離れて小さくなる夫の背中をずっと見ていたのだった。

 

 



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百二十九話 ジャック・ラカン

 状助たちの話はまとまった。とりあえずと言う形ではあるが、二つの拳闘大会に優勝し、100万ドラクマを稼ぐ方針となった。

 

 だが、それをネギたちに話すと、法と小太郎は文句を言った。法の場合は、何故自分にも相談しなかったというものだった。こう言うことならば、一言でも言ってくれればよかったというものを、と怒ったのである。

 

 小太郎の場合は違う。そう言う戦いが好きな小太郎は、どうして自分を誘わなかったと怒ったのだ。そんな面白そうな話なら絶対乗った。その戦いでさらに強くなりたいと思い、かなりご立腹であった。

 

 とまあ、なんやかんやで怒る二人をなだめた後、覇王と状助は拳闘大会出場のために、入団テストを行った。が、覇王はこの魔法世界ではかなりの有名人であり強者。すんなりテストに合格し、二人は拳闘大会出場の資格を得たのだった。

 

 また、法も覇王に”気”を教えてもらうことにした。ゲートでの戦いで、己の未熟さを思い知ったからだ。アルターの特性上、自分が狙われるのが一番の弱点なのを知っているからだ。

 

 

 そして、皇帝が送り込んだ捜索部隊は皇帝からの指示により、とりあえず彼らを見守れという形となった。覇王がいるのなら問題ないだろうし、今は敵の行動もないので、下手に動く必要はないと皇帝は考えたようだ。

 

 なので、捜索部隊はグラニクスで待機し、周囲の警戒が任務となった。他の危険な転生者がやってくる可能性を考慮し、それを退治し捕獲するというものだ。

 

 

 そして、覇王と状助は拳闘大会の初試合を行おうとしていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 状助と覇王は試合の為に会場へと入り、その周囲を眺めていた。観客は満員に近く、その歓声ですでに会場内は賑わっていた。

 

 

「ほへー、人多いっスねぇ~」

 

「そんなもんだろ。ここらは娯楽が少ないからね」

 

 

 状助はそんな会場を見て、人が多いと思った。

わりと魔法世界の端っこのこの街で、これほどの人が集まるものかと考えたようだ。

 

 覇王はそれに対して、小さく答えた。

この付近は娯楽が少ない。こういったものぐらいしか、楽しみがないのだろうと。

 

 

 そして、司会および審判の声が、そこへ鳴り響いた。反対側から、覇王らの対戦相手が現れたからだ。その対戦相手の紹介で、盛り上がっていたのである。

 

 片方はまるで象を思わせるような下半身と、筋肉質な男性の上半身を併せ持ち、頭から背中にかけて何本もの角を生やした亜人だった。その両手には巨大な槍と盾が握り締められ、あちこちに鎧らしきものも装備されていた。

 

 もう片方も、筋骨溢れたたくましい肉体を持ち合わせた、長い金髪をした戦士風の男性だった。上半身は裸で右腕には巨大な篭手を、左手には鋭い槍を握り締め、腰には剣や鉄球を装備した猛々しい姿だった。

 

 また、そこで説明された試合のルールはシンプルだった。ギブアップか戦闘不能となった時点で決着というものだ。

 

 

「この俺様に立ち向かうなど身の程知らずめが……!」

 

「血と汗と涙を流してもらおうか!」

 

 

 さらにその対戦相手は、明らかに転生者であった。やはり、転生者は自分たちの力を試したいがために、こういった大会に出てきていたのである。その対戦相手の二人も、同じだった。

 

 そう、片方はロマンシング・サ・ガ2から強敵、七英雄の一人、”ダンターグ”の能力の特典を貰った転生者だった。もう片方は同じシリーズの3からの強敵、四魔貴族の一人、”アラケスの本体”の能力を貰った転生者だったのだ。二人は互いに強さを鍛えあいながら、この拳闘大会で何度も勝利を収めてきた実力者なのだ。

 

 そして、二人は自分の特典(ちから)に自信があるのか、状助らに何やら豪語していた。俺たちの方が上だと、そう言葉にしていた。

 

 

「ありゃロマサガか?」

 

「みたいだね。中々強そうだ」

 

 

 状助はその姿を見て、すぐに特典の元を理解した。

と言うか、知っている人が見ればすぐにわかる、そんな姿だった。また、案の定転生者が現れたと、状助は思ったのである。

 

 覇王も目の前の二人が転生者だと理解した。むしろ覇王は、見ただけでそれが転生者であることとその特典がわかる。そして、やはりこうなったか、そう考えていた。ただ、そんなことなど関係ないとも思っていた。どんな相手であれ、倒すだけだからだ。

 

 

「開始!」

 

 

 覇王と状助が相談し合っていると、そこで試合開始の合図がなされた。すると覇王も状助も、とっさに戦闘態勢へと移行し、敵をしかと見定めていた。

 

 

「早々に砕け散れい!! ”ぶちかまし”!!」

 

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)……」

 

 

 相手も同じように、すでに行動を起こしていた。ダンターグの転生者は試合開始と同時に、突進を行っていた。この技で二人まとめて吹き飛ばす算段のようだ。

 

 しかし、覇王はそれを見逃すはずもない。即座にその転生者の真上にS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)O.S(オーバーソウル)し、その巨大な掌でその相手を叩き潰したのだ。

 

 

「ぐおおお!? がああああああ!?!!」

 

「嘘だろ……!? アイツが一撃でやられるなんて……!」

 

 

 ダンターグの転生者は地面にめり込みながら、魂すらも焼き尽くす炎の熱で、苦痛の声を叫んでいた。一撃、たった一撃で、ダンターグの転生者はまるコゲとなり敗退してしまったのである。

 

 素早すぎる。何と言うスピードだろうか。覇王のO.S(オーバーソウル)のすさまじさを見たアラケスの転生者は慄いた。あの巨大な獣を思わせるアイツが、たった一撃で倒されるなど思っても見なかったのだ。

 

 

「余所見はよくないよ?」

 

「何!? コイツ術師系だと思ったが違うのか!?」

 

「オールラウンダーってやつさ」

 

 

 さらにアラケスの転生者がダンターグの転生者に気を取られている間に、すでに覇王がその相手の目の前までやってきていた。また、気を取られているアラケスの転生者へと、一言忠告を述べたのである。

 

 アラケスの転生者は驚いた。覇王はシャーマンであり、接近してくるとは思ってなかったからだ。目の前のS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に注意すればよいと考えていたからだ。

 

 覇王はその相手の問いに、適当に答えた。術も接近戦もこなす万能型(オールラウンダー)だと。

 

 

O.S(オーバーソウル)、神殺し!!」

 

「ぬうう!! ”やきごて”!!」

 

 

 すると覇王はその場で愛刀である物干し竿に、大鬼神リョウメンスクナをO.S(オーバーソウル)した。覇王が剣術をも使えるようにと考案したO.S(オーバーソウル)、神殺しだ。

 

 アラケスの転生者はそれを見て攻撃がくると考えた。ならば返り討ちにしてやる。そう思い、とっさに手に持った槍で攻撃を開始した。

 

 その槍を突き出さんとする時、突如強烈な熱気がその槍の穂先にこもった。まるで釜戸で焼かれ打ち出された直後の鉄のように、真っ赤に燃えたのだ。

 

 

「秘剣……、”燕返し”!!」

 

「なっ!? その技は!? ガァ!!!」

 

 

 だが、覇王もそれを見逃すはずが無い。槍が自分に届く前に、すでに攻撃は終わっていたのだ。覇王が鍛えに鍛えた奥義、それを槍が自分に届く前に、相手に命中させていたのである。

 

 アラケスの転生者は、その技を見て驚いた。燕返しは至近距離では回避不可能と言われるほどの絶技。自分の位置では回避できないと思ったのだ。何せ同時に一寸の狂いも無く三つの斬撃が放たれるのだ。射程距離の外に逃げる以外、回避するすべはないのである。

 

 そして、その転生者が考えていたように、燕返しは直撃した。胸に三つの切り傷を負い、吹き飛ばされて地面に転がったのである。

 

 

「僕らの勝ちだね」

 

「なあ……」

 

「ん?」

 

 

 完全に動かなくなった対戦相手の二人を見て、覇王は自分たちの勝利を確信した。

 

 また、カウントが取られる中、状助は覇王に呆れたような顔で話しかけた。覇王はなんだろうかと思い、首をかしげながら状助の話を聞いていた。

 

 

「俺、何もしてねぇんだけどよぉ……」

 

「初戦だからね。印象に残るように無双したのさ」

 

「そ、そうかよ……」

 

 

 状助は今の戦いで何もしていないとこぼした。

気の練習をするとか戦いになれるとか、そういうことをするものだとばかり思っていた状助は、気が付けば終わった試合にポカンとしたのである。

 

 ただ、覇王は今後のことを考え、一人で敵を一瞬で倒したと言葉にした。

何故ならここで有名にならなければならないからだ。有名になって、行方不明者全員に自分の声を届けなければならないからだ。故に、最初から本気を出しインパクトを与え、印象に残るような試合を行ったのである。

 

 それを聞いた状助は覇王の答えに、確かにそうだと思った。が、やはり一人で無双した覇王に、少し不満の様子だった。

 

 そして、カウントがゼロになり、対戦相手の敗北が決定した。初戦にて余裕の勝利を飾った覇王らに、盛大な喝采と共に司会の熱のこもった解説が会場に溢れていた。

 

 

「どうもー! 勝利者インタビューデス!」

 

「ど、どうもっス……」

 

 

 すると司会を務めていた悪魔ような姿の女性が、勝者の二人に近づいてきた。勝利した二人に、今の戦いの意見を聞こうと言う物だろう。そして、二人に持っていたマイクを向けたのだ。

 

 状助はマイクを見たとたん緊張し、突然カチコチになっていた。この状助、カメラやマイクなどを見ると、緊張するタイプのようだ。

 

 

「ランキングでも常に上位に位置するゴダンダ・ラスケアコンビ! そのベテランを下しての見事なデビュー戦おめでとデス!」

 

 

 先に司会は勝利者へと、祝いの言葉を投げかけた。また、あの転生者はゴダンダとラスケアと言う名前だったようで、戦歴も中々のものだったようだ。

 

 

「新人さんお名前は?!」

 

「え? 名前っスか……? 俺、なーんにもしてないんスけど……」

 

 

 そこで司会はまず、状助へと名前を尋ねた。しかし、状助はそれに戸惑った。

何せ自分は今回の戦い、何もしてないからだ。何もしてないというのに、先に自分が名乗るなど、おこがましいと思ったのである。

 

 

「いいじゃないか、名前ぐらい」

 

「おっおう……」

 

 

 そんなところへ、今回の勝利の立役者である覇王が、気にするなと声をかけた。

なら、まあいいかと思った状助は、とりあえず答えることにしたのである。

 

 

「えーっとっスねぇ……。ヒガシガタ・ノリスケ……、でいいんスかねぇ……?」

 

「なんで疑問系なんデスか!?」

 

 

 だが、状助はそこでふと思い出した。気が付けば自分も賞金首にされていたということを。

ならば、そのまんま名前を答える訳には行かないと考え、思いついた適当な偽名を名乗った。が、緊張しすぎていたせいか、この偽名で大丈夫なのか聞き返していたのだ。

 

 司会は突然疑問系で紹介されたことに、少し困惑していた。自分の名前なんだから、他人に聞くのはおかしいと思ったからだ。

 

 

「すまないね。彼は極度のあがり症なんだ」

 

「そうなんデスか。で、こちらのお名前は?」

 

 

 見かねた覇王はニコリと笑いながら、状助の失態にいい訳を述べた。

状助は緊張のため混乱してしまっていると、嘘半分本当半分に答えたのである。

 

 それを聞いた司会は納得した様子を見せた後、覇王へとマイクを向けた。そして、覇王へと名を尋ねたのである。

 

 

「……覇王」

 

「はい?」

 

 

 覇王はそこで、小さく自分の名前を語り始めた。

しかし、司会は聞き取れなかったのか、それとも聞き間違えと思ったのか、もう一度それを尋ねていた。

 

 

「……赤蔵覇王」

 

 

 覇王はならばと、再び答えた。

先ほどよりも力強く、はっきりと自分の名前を高らかに、そして静かに宣言した。

 

 

「え!?」

 

「や、やはりか……!」

 

「どおりでかなわぬはずだ……」

 

 

 司会はその名を聞いて、目を見開き驚いた。覇王? いやまさか、()()()()なのだろうかと。

 

 さらに対戦相手だった転生者も、今の攻撃でボロボロの体を起こしながら驚いていた。そして、今の試合が当然の結果だったことを理解した。

 

 と言うのも、覇王の名は魔法世界でも有名だ。そして、その覇王は悪しき転生者を倒して回っているという噂が、魔法世界に住む転生者たちに広まっていた。故に、この二人もその名が幻や嘘ではなく、真実だったことを知ったのである。

 

 それだけではなく、会場全体もザワザワとざわめき始めた。目の前に本物の覇王がいる。強さは聞いていたがこれほどとは。写真よりも可愛い顔をしている、などなどの声が、会場を賑やかにしていた。誰もが本物の覇王が拳闘大会に参加し、戦うとは思ってなかったのだ。本物が現れるなど、考えても見なかったのだ。

 

 

「おま……!」

 

「ふふふ、僕は君のようにお尋ね者ではないからね」

 

 

 状助は覇王のその態度に驚いた。と言うかかなり焦った顔を見せた。なんで本名をそのまま教えてしまうのかと。

 

 が、覇王は別に状助たちのように、賞金首ではない。やましいこともないので、むしろ当然のことをしただけなのである。

 

 

「それに有名になる必要があるんだろ? だったらいいじゃないか、ぴったりだろう?」

 

「そうだがよぉ……」

 

 

 また、覇王は自分の名前が魔法世界で売れていることを知っていた。なので、ここで利用できないかと考えたのだ。

 

 ただ、状助は覇王のそんな作戦に、呆れた顔を見せていた。本当に大丈夫なのだろうかと。この先さらなる強敵が現れないか、少し不安になっていたのだ。

 

 

「赤蔵覇王と今言ったデスか!? あの”星を統べる者”で有名な!?」

 

「……その呼び名はあまり好きじゃないんだ」

 

「そっ、それは失礼したデス!」

 

 

 すると、司会は戸惑った様子のまま、覇王の異名を言葉にした。

もしや目の前の覇王と言う少年は、魔法世界で有名な”星を統べる者”なのではないかと思ったのだ。

 

 しかし、覇王はその言葉に肯定を含みつつも、少し不機嫌な態度を見せた。この覇王、その異名が好きではない。そういう呼ばれ方をされたくないのである。

 

 司会は覇王が露骨に機嫌を悪くしたのを見て、すぐさま謝罪した。そして、覇王のことについて盛大に観客へと投げかけ、盛り上げていたのだった。

 

 

「しかし、有名になってちょっと迷惑していたけど、こういう使い方ができるとは思ってなかったね」

 

「オメェなぁ……」

 

 

 そんな周囲の状況などおかまいなしな様子で、覇王は微笑んでいた。

気がつけば有名になって、正直言えばあまりよい気分ではなかった。だが、こんな使い方ができるのならば、今は悪くないと思ったのである。

 

 が、やはり状助は呆れていた。

と言うか、覇王が有名だとは聞かされていたが、これほどとは思ってなかったようだ。

 

 

「まあ、一戦目としてはこんなもんかな」

 

「そうかもしれねぇ……。俺なんもしてねぇけど」

 

 

 覇王はこれでかなり有名になり、知名度も上がったはずだと笑っていた。また、この一戦で大きな手ごたえを掴んでいたのだ。

 

 ただ、状助は今回何もしていないので、ただただ困惑することばかりであった。なので、ため息をつきながら、今度はしっかり戦おうと心に決めるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 その覇王たちの初試合を観客席から眺める少年が二人が、覇王の強さに改めて戦慄していた。ネギと小太郎の二人だ。強い、何と言う強さだろうか。相手とて弱い訳ではなかったはずだ。だと言うのに、ものの数秒で試合を終わらせてしまった。その強さに戦慄し、驚き、感激すらしていた。

 

 

「すごい……」

 

「ホンマ赤蔵の兄ちゃんは化け物やで……」

 

 

 ネギは純粋に、覇王の強さに感服していた。一体どんな修行をすれば、あれほどまでに強くなれるのだろうかと。

 

 また、小太郎は恐怖すら感じていた。小太郎は覇王がリョウメンスクナを一撃で倒したのを見て、覇王に恐縮するようになってしまった。とは言え、覇王が小太郎にどうこうした訳でもなく、小太郎が感覚的に恐れを抱いているだけである。

 

 

「あー、俺もこれに出て強ーなりたかったわー」

 

「……」

 

 

 さらに小太郎は、覇王たちが勝手に試合出場の件を決めたを思い出していた。自分も誘ってくれれば、絶対に乗ったのに。こんな試合に出れれば、さらなるレベルアップが図れるのに。そう考えながら、少しふて腐れていたのだった。

 

 ただ、ネギはすでに終わった試合会場を眺めながら、何か考え事をしていた。強くなりたいとはネギも思っている。だが、今すぐあれほどまでに強くなれるかと言われれば、無理だと考えていた。ではどうすればいいのか、何を先に伸ばせばいいか、それをじっくりと考察していたのである。

 

 

「確かに強ぇな……。噂は本当だったって訳だな」

 

「おっさんもそう思うやろ?」

 

 

 そこへ小太郎の横に座っていた男性が、その話を聞いたのか覇王の強さについて言葉をこぼした。とてもガタイがよく、筋肉質で褐色肌の大男だった。

 

 その男は覇王の噂が本当だったことに、関心していた。よくあるデマの情報ではなく、本当に覇王と言う存在が強いものだと今の試合で理解したのだ。

 

 それを聞いた小太郎は、その男へ話しかけた。

あの覇王は化け物じみた強さだ。大鬼神すら一撃で倒す、正真正銘現代に生きた化け物だと。バグキャラだと。

 

 

「ああ、俺もそう思うぜ。ありゃかなり強い。いや、メチャクチャ強い」

 

「まったくやで! どないしたらあんな強ーなれるんや!」

 

 

 また、男は今の試合での感想を率直に言葉にした。

あの覇王と言う少年は強い。戦わなければわからないが、自分ぐらい強いだろうと思っていた。

 

 小太郎もその男の意見に賛同していた。

それだけではなく、自分もあのぐらい強くなるにはどうしたらいいのだろうかと、悔しそうに声を出していた。

 

 

「かー! 俺もアレぐれぇ強なりたいわ! ネギもそう思うやろ!?」

 

「……うん」

 

 

 強くなりたい。もっと、もっと、強くなりたい。小太郎は純粋にそう思っていた。それをネギに尋ねれば、ネギも強い意思を感じる返事を、小太郎へと返していた。

 

 

「そーかそーか! 強くなりてぇか!」

 

「男なら当たり前のことやろ! 誰よりも強ーなりたいっちゅーんは!」

 

「おう! そうだな! 男なら当然だな!」

 

 

 すると、横の男がガハハと笑いながら、それを小太郎へと問いかけた。

小太郎はそれに対して、当たり前だと叫んでいた。男なら誰よりも強くなりたいと思うのは、当然だと。

 

 男はそれを聞いて、再び大きな声で笑っていた。

そのとおりだ。間違ってない。男ならばそう思うのは普通のことだと。

 

 

「……だったら、俺がお前らを鍛えてやってもいいぜ?」

 

 

 だが、そこで男は突然ニヤリと笑い、自分が小太郎らに修行をつけてもいいと言い出した。その表情は自信に溢れており、かなり強気の様子であった。

 

 

「は? 何言ーとるんやこのおっさんは!?」

 

「……あっ、あなたは……!」

 

「お? ネギの知り合いか?」

 

 

 小太郎はそんなことを言う男に、意味がわからないという顔を見せた。そこでネギがその男の顔を見れば、ハッとした様子を見せたではないか。小太郎はもしやこの男、ネギの知り合いなのではないかと察していた。

 

 

「確かあなたは……、ジャック・ラカンさん!?」

 

「ほう、ぼーず。俺のことを知ってたのか」

 

「話には聞いていましたので……」

 

 

 ネギは小太郎の横に座る大男を知っていた。教えてもらっていた。京都の隠れ家で、彼が写った写真を見ていた。そう、この男こそ紅き翼のメンバーの一人、バグの中のバグであるジャック・ラカンだったのだ。

 

 男、ラカンはネギが自分のことを知っていたことに、関心した顔を見せていた。また、ネギも話しに聞いたぐらいには、と言葉にしていたのだった。

 

 

「あれか? このおっさんもネギの親父の仲間っちゅーやつか?」

 

「うん、そうだよ」

 

「あー、確かそんな時もあったなぁ」

 

 

 すると小太郎もそこで色々察したのか、横の男がネギの親父の仲間だったヤツなのかとネギに尋ねた。ネギはそれに対して頭を縦に振り、間違いないと肯定した。

 

 ラカンもそれを聞いて、過去のことを思い出していた。そういえば、そう呼ばれていたこともあったなと、しみじみと思い出に浸っていた。

 

 

「それよかおっさん! 今鍛えてくれるっちゅーたよな!」

 

「おう、そう言ったが?」

 

 

 また、小太郎はラカンの今の言葉にハッとし、それについて興奮気味に質問した。

ラカンも鍛えてやると言った事に二言はないと言う様子で、大きく構えて言葉にした。

 

 

「それやったら、まずは戦ってみんとな!」

 

「ほう、俺とやるってか? 言っとくが俺様は強いぜ?」

 

「はっ! やってみんとわからんやろが!」

 

 

 ならば一度戦いたい、手合わせ願いたいと、小太郎は大きく叫んだ。

鍛えてもらうならば、当然強い人がよい。その実力に見合うか、自分で確かめたいと思ったのだ。

 

 だが、ラカンはそれに笑って答えた。

ラカン自身、己の強さにそうとうな自信がある。むしろ魔法世界で彼ほどの実力者はそうそういないぐらいの強さだ。故に、果敢に挑もうとする小太郎に、好印象を受けていた。

 

 小太郎もまた、ラカンのその言葉に乗るようにして、さらに声を荒げた。

強いのはすでにわかっている。見ればわかる。それでも全てがわかる訳ではない。わからない部分は戦って理解すればよいと、そう思っていたのだ。

 

 

「ちょっと待ってください!」

 

「なんやネギ! 今ええとこやっちゅーのに!」

 

「何だぼーず?」

 

 

 しかし、そこでネギが二人の間に入り、会話を中断させた。

小太郎は突然冷や水をかけられた感じで、邪魔をするなと叫んでいた。

逆にラカンは特に気にした様子もなく、静かに何か用なのかと言葉にするだけであった。

 

 

「何故、僕たちを鍛えようと?」

 

「何故だって? それはだな……」

 

 

 ネギは少し疑問に思ったことがあった。それはどうしてラカンが、自分たちを鍛えると言い出したのか、ということだった。

 

 何せネギの父親の仲間だというだけで、そこまでする必要がないからだ。それにラカンは隠居の身。わざわざ自分たちのいる場所まで出向いて、それをする理由がない。そこにネギは非常に気になった。どういう理由なのだろうかと。

 

 ラカンはネギの疑問はもっともとだと思った様子で、腕を組みながらその理由を思い出していた。

 

 

「いや、何。メト、……メトゥーナトの野郎がよ、俺にそう依頼してきたって訳だ」

 

「来史渡さんが?」

 

「んん? ああ……、アイツあっちじゃそう名乗ってやがったっけっか」

 

 

 ラカンはネギたちの前に現れた理由を、淡々と語り始めた。

そして、その理由とは、あのメトゥーナトがネギたちを頼むと、依頼してきたというものだった。

 

 メトゥーナトやタカミチは、当然のことながら魔法世界にいる紅き翼の面々に、ネギたちが魔法世界へ行くということを話していた。そこでガトウには、ネギの出迎えを頼んでおいたのだ。だが、ラカンにはそれを頼まなかった。性格上、すっぽかす可能性があったからだ。

 

 なのでメトゥーナトは一人、ラカンに依頼と言う形でこのことを頼んでおいた。金にがめつくうるさいラカンならば、金が関わったのならば、面倒だと思っても動いてくれるとメトゥーナトは考えたからだ。

 

 また、メトゥーナトの名を聞いたネギは、アスナの父親がわりをしていた男性を思い浮かべた。あの人が事前にそういうことをしてくれていたのかと、察したのである。

 

 ただ、ラカンはネギの言った名前が一瞬わからなかった。来史渡とは、メトゥーナトが旧世界の麻帆良で使っていた偽名だからだ。故に、少しラカンは考え、それがメトゥーナトの偽名だったことを思い出したのである。

 

 

「一応金も貰った手前、断れなくなっちまってな?」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

 

 とりあえずその話はおいておくとして、ラカンは再び説明を始めた。

ラカンはメトゥーナトから金を貰ったがために、面倒ではあるがこの依頼を断れなくなったと、面白おかしく言葉にしていた。それはつまり、依頼でなければ面倒でやらなかった、ともとれる発言だったのである。

 

 ネギはそれを思い、少し呆れていた。今の言葉で目の前の男はわりといい加減な性格なんだと理解したのだ。この人結構変な人だ、そう思ったのだ。

 

 

「だからアイツをだまくらかして、金だけ貰っちまおうって思ったんだがよ」

 

「え!?」

 

「でもよ、んなことしたらマジで殺されるって考えたらヤベエと思ってよ! 流石にやめたぜ!」

 

 

 しかし、ラカンはさらに続けた。

この際断れないのなら、いっそうのこと金だけ貰って騙して逃げてしまおうとしたと言い出したのだ。その表情は愉快そうであり、一度はそれをやろうと考えたことだというのが伺えた。

 

 ネギはその発言に、一瞬耳を疑った。まさか依頼されたというのに、それまですっぽかそうなどと、普通はありえないと思ったからだ。

 

 

 まあ、確かに普通ならやらないし、ラカンも普段はやらないことだ。隠居してるとは言え、傭兵としての信頼も落ちるし、それは自分の首を絞める行為だからだ。

 

 だが、相手がメトゥーナトなどの仲間なら別だ。元々自分がどんなヤツかを知っている仲間ならば、別にいいか、の一言で済ませられるというものだ。

 

 ただ、ラカンはそれを考えた上で、さらに考えたようである。そんなことをすれば、冗談では済まされないと思ったのだ。

 

 あのメトゥーナトは真剣に依頼してきた。これを蹴ったとなれば、本気でキレるに違いない。そして、キレたら自分にも手に負えないだろう。そう考えた末、依頼どおりやろうとラカンは思ったのだ。

 

 

「アイツ怒らせると魔獣なんか目じゃねぇぐらい怖くてよ!! あーゆーヤツを怒らせちゃいけねぇぜ!!」

 

「は、はぁ……」

 

 

 キレたメトゥーナトはヤバイ。正直相手にしたくない。ラカンがそう言うほどのものであった。普段は冷静沈着な態度を見せるメトゥーナト。しかし、アレはわりと情熱的で感情的だ。

 

 キレれば本気で報復しに来る。騙したとして、それがバレれば容赦なく攻撃してくる。ラカンはそれを恐れたので、約束を守ったということだった。とは言え、半分は冗談なのだが。半分は。

 

 そこでラカンはあんな感じの人間は怒らせない方がいいと、HAHAHAと笑って言葉にしていた。普段静かな態度を取り繕っているヤツこそ、怒った時の怖さは計り知れないと、大笑いしていたのである。

 

 ネギはそんなラカンに呆れるしかなかった。さらにネギには、あの冷静で大人な雰囲気のメトゥーナトが、キレる姿が思いつかなかったのだ。まあ、それはネギがその一面しか見ていないだけだから、というのもあるのだが。

 

 

「……だが実はな。もう一つ、ここに来た理由がある」

 

「……それは?」

 

 

 しかし、ラカンがここに来たのにはもう一つ理由があった。

それを静かに話そうとするラカンに、ネギはそれを尋ねていた。

 

 

「それと、お前がアル……ビレオやエヴァンジェリン、それとあのギガントの弟子として修行したって聞いてな。そこに興味が出た訳よ」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 ラカンがここまで出向いた理由。それはネギが多くのものから教えを受け、師事したからだ。その教えたものたちが、自身の知り合いで優秀な人材ばかりだからだ。

 

 ラカンもまた、ギガントの名を知っていた。紅き翼の仲間であるメトゥーナトの同僚であり、何度か会ったこともあるからだ。

 

 また、その実力や能力もある程度知っていた。アルカディア帝国のNo2であり、皇帝が信頼する部下の一人。単純な戦闘能力こそメトゥーナトや龍一郎に劣る部分もあるが、それ以外の部分では二人からずば抜けているのもギガントであった。

 

 そんなすさまじい連中から教えを受けたネギに、ラカンはかなり惹かれるものがあった。大物になれる予感を感じていたのだ。

 

 ネギはその二つ目の理由を聞いて、素直に納得していた。確かに自分はその三人から魔法の指南を受け、修行をしてきたと。

 

 

「せやったら俺は!?」

 

「ついでだついで! 一応メトからお前のことも頼まれたしな!」

 

「ヒデーなこのおっさん……」

 

 

 すると小太郎が自分が話題にいないことに気がついた。それをラカンに尋ねれば、ラカンはカラカラ笑いながら、メトゥーナトに頼まれただけのついでだと言い出した。流石にそれは酷い、酷すぎると、小太郎は一言呆れてこぼしたのだった。

 

 

「とは言うが、俺は多分犬のぼーずの方が、教えやすいだろうぜ?」

 

「ホンマか!」

 

「おうよ!」

 

 

 ただ、ラカンは自分が鍛えるならば、小太郎の方が相性がいいと言葉にした。何故ならラカンは”気”を用いての肉弾戦の方が得意だからだ。

 

 小太郎はそれを聞いて、シケた顔から一転して元気な顔となった。そして、それをラカンに尋ねれば、ラカンも自信ありげな返事を返したのである。

 

 

「むしろ……だな……。そっちのぼーずの方が……、なんつーか……、俺が教えられそうなことはないかもしれん……」

 

「えー!?」

 

 

 ラカンはそれよりも、ネギの方をどう鍛えるか悩んでいた。何かすごい必殺技でも伝授すればいいのだろうか。とは言え、話に聞けば完全な魔法使いスタイルだ。それじゃ自分が何かを教えることはできないのではないか? そう考えていた。

 

 それをラカンが言うと、ネギは大きな声を出して驚いた。

いや、むしろその叫びはつっこみに近いものだった。

 

 

「じゃあ一体何しに来たんですか!?」

 

「いやー、だってよ? 俺は肉体的に最強だし? 頭使って戦う魔法使いってのは性にあわないっていうか?」

 

 

 ネギはそこに大きなつっこみを入れた。

ラカンは基本は自分の修行のために来たというのに、口を開けば何もできないと言うではないか。それでは何をしに来たのか、まったく意味がわからない。

 

 そんなネギにラカンは笑って答えた。

魔法使いとかよくわからんと。むしろ、体や技を鍛えて直接殴る方が得意なラカンは、小難しく魔法を使って戦うスタイルなど、まったく理解できないのだ。

 

 

「ナギのヤツもあれはあれで馬鹿だったしよ? 頭まったく使わない奴だったからなぁ……」

 

「は、はぁ……」

 

 

 また、ラカンのライバルでありネギの父親のナギも、頭を使わず力押しをするタイプだった。その逆を行くネギをどうやって鍛えていいのか、ラカンもよくわからないのだ。

 

 ネギはもはや何も言葉が出なくなっていた。

それほど呆れていた。だが、それでもここまで来てくて、自分たちの面倒を見てくれようとしていることには、感謝していたりもする。

 

 

「まあ、そういうのは後々考えるってことにするか!」

 

「いいんですかそれで!?」

 

「問題ない!」

 

「いやいや! 問題だらけなのでは!?」

 

 

 ラカンはもはや考えるのを投げ捨てた。

今は別に気にする必要もあるまい。また今度考えればいいと、笑って言葉にしたのである。

 

 ネギは投げやりなラカンを見て、盛大につっこんだ。

が、ラカンはそれに、大丈夫だと豪語した。

 

 それを聞いたネギは、そんなはずはない。問題を先延ばししているだけなのではないかと、焦った様子で叫んだのである。

 

 

「うるせー! 男が一々みみっちいことを気にすんな!」

 

「あいたー!」

 

「ホンマにヒデーわこのおっさん……」

 

 

 するとラカンは、ネギのつっこみにイラついたのか、ネギの頭に拳を叩き込んだ。男の癖に小さいやつだ。その程度のことなど、気にしすぎだと。

 

 ネギはラカンの拳を受けて、かなり痛がった。これでもまだ手加減されている方ではあるが、頭を抑えながら激痛に苦しんでいたのだ。

 

 それを横で眺めていた小太郎はドン引きしながら、ラカンという男がどんなヤツなのか理解した様子だった。いやはや、ネギの言葉はまさしく正論だった。それでも拳でねじ伏せてしまう、とんでもないヤツであると。

 

 

「とりあえず、今日は言いたいことは言い切ったので帰る!」

 

「そっそんな!」

 

「早いトコ修行するんやないんか!?」

 

「ガキが夜更かしするもんじゃないぜ?」

 

 

 ラカンはその後すっきりした顔で、目的が終わったので帰ると言い出した。

ネギはここまで話しておいて何もせず、さっさと帰ろうとするラカンに、文句を言いたそうな顔を見せていた。

小太郎も修行させに来たといいつつも、帰ろうとするラカンに文句を一言飛ばしたのである。

 

 が、ラカンはそんなことなど気にもせず、ニヤリと笑ってそれを言った。

別に焦ることはない。今すぐやらなければならない訳ではないと、そんな様子だった。

 

 

「それに心配すんな! 明日の朝迎えにきてやる。そんでもって、俺様がじきじきに、しっかり修行つけてやるよ」

 

「そうですか……」

 

「ま、おっさんがそういうんやったら……」

 

 

 また、ラカンは明日の朝に迎えにくると言った。

普通ならネギたちが自分のところへ来いと言うところだが、何せメトゥーナトに依頼されているのだ。中途半端なことはできないと考えたのか、自ら出迎えることにしたのである。

 

 ネギはラカンのその言葉に納得したのか、それ以上は言わなかった。

小太郎も同じだったようで、ラカンがそうするのならと、引き下がったのである。

 

 

「んじゃ、また明日な! 寝坊すんじゃねーぞ!」

 

「はっ、はい!」

 

「おう!」

 

 

 ラカンは最後に別れを済ますと、そのまま帰っていった。ネギたちはそれに対して大きく返事をし、立ち去るラカンを見送ったのだった。そしてネギたちは、このことを他のみんなに報告し、ラカンの下で修行することにしたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 次の日の朝、ラカンは約束どおり迎えに街までやってきた。ネギや小太郎だけで行かせるのは心配だと思った千雨や茶々丸だったが、ラカンの仮契約カードを見て本物だと理解し、問題ないだろうと考えたようだ。

 

 また、無茶をしそうな小太郎をネギが抑えてくれれば、と思ったのか、とりあえずは二人だけで行かせることにしたのである。

 

 と言うのも、誰もが忙しかったというのもある。100万ドラクマは大金だ。状助たちが大会で優勝することになったにせよ、コツコツ稼ぐことは重要だと誰もが思った。それに散らばった仲間たちを探すためにも、生活していくためにも、お金が必要だからだ。

 

 なので、誰もがチマチマと仕事をしながらお金を稼ぐことにしたので、ネギたちの様子見をする暇がなかったのである。それに、暇になった誰かが様子を見に行けばよい、とも考えたというのもあったのだ。

 

 

「んじゃ、まずそっちのぼーずが昨日言ったように、バトってやる」

 

「おっしゃ!」

 

 

 と言う訳で、ネギと小太郎の二人は、ラカンの隠れ家にやってきていた。グラニクスから少し離れた、荒野のど真ん中にあるオアシス、そこにある古びた遺跡のような場所だった。

 

 ラカンは小太郎が昨日言った、まずは戦いたいという要求に応え、すでに戦いの姿勢を見せていた。小太郎もラカンがその気なのを見て、ぐっと全身に力を入れていたのである。

 

 

「このコインが地面に落ちたら合図だ。いいな?」

 

「おう! はよしようや!」

 

「そう慌てんな。俺は逃げも隠れもしねぇからよ」

 

 

 ラカンはすっとポケットから、一枚のコインを取り出した。そのコインを小太郎に見せ、わかりやすくルールを説明したのだ。

 

 小太郎ははやく戦いをしたいようで、それを聞くやいなや、催促を始めてたのである。

ラカンはそれを見て笑いながら、焦るなと言葉にしていた。

 

 

「そんじゃ、行くぜ」

 

「!?」

 

 

 ならば、早速とばかりにラカンはコインを指ではじき、放り投げた。

小太郎はコインの落下音を耳を澄ましながら、ラカンをしっかりと捉え睨みつけていた。

 

 だが、なんということだろうか。コインの落下した音がチャリンと鳴ったと同時に、ラカンが消えたのだ。小太郎は確かにラカンを間違いなく捉えていた。だと言うのに、一瞬で見失ったのである。

 

 

「え!?」

 

 

 また、ネギはその光景を見て、唖然としていた。一体何が起こったのか、まったくもって理解できなかったのだ。

 

 それもそのはず、コインが落ちた時には、すでに決着がついていたからだ。消えたラカンは小太郎の真横まで瞬く間に移動し、そのまま勢いよくその小太郎のどてっぱらを殴り飛ばしたのだ。

 

 小太郎は何もわからないまま、その殴られた衝撃とともに吹き飛ばされ、背後にあった建物の壁に衝突していた。さらに小太郎自身にも何が起こったかわかっておらず、背中を壁に打ち付けたところで、混乱した様子を見せていたのだ。

 

 

「ぐっ……!?」

 

「おっとすまねぇ、ちょいと本気を出しちまった」

 

「まったく見えなかった……」

 

 

 何が、一体何が起こったのだろうか。小太郎は吹き飛ばされた場所で周囲を見た。まるでわからなかった。意味がわからなかった。何をされたかわからなかった。ラカンの攻撃が早すぎて、殴られたという感覚も、吹き飛ばされたという感覚も、まったく感じることができなかったのだ。

 

 ラカンは頭をポリポリかきながら、大人気なかったと小さく言葉にして謝っていた。だが、強さを知りたいと言ったのは小太郎だ。故に、ほんの少しだが、本気を見せてやろうとラカンは思ったのである。

 

 また、ネギも今の戦いを見て、戦慄したまま動けなかった。いや、今のは戦いですらなかった。一撃で片付いてしまった、ただの蹂躙であった。

 

 

「ほら、立てよ」

 

「くっ、なんちゅー速さや……。殴られたことすら気づけんかったで……」

 

 

 ラカンは小太郎の目の前までやってきて、手を差し伸べた。ほんの少しだったが、本気を出したことに対する侘びのようなものだ。

 

 小太郎もようやく何が起こったのかがわかってきた様子だった。そして、腹部に鈍痛がしはじめたのを感じ、殴り飛ばされたことをようやく理解したのである。

 

 

「どうだ? 俺は強ぇだろ?」

 

「ホンマ強えーわ……。よう実感したで……」

 

 

 立ち上がった小太郎を見て、ラカンはニヒルに笑った。また、自分の強さをアピールするかのごとく、それを豪語したのである。

 

 小太郎もそれを見て、全てを察した。この目の前の男はとてつもなく大きな存在であり、かなりの強者であるということを。さらにこの男と修行すれば、自分も強くなれることを実感していたのだった。

 

 

「さてと……。次はそっちだな」

 

「はい!」

 

 

 そして、小太郎との約束を果たしたラカンは、次にネギの方へとやってきた。

ネギもラカンの言葉に、元気よく返事をしていた。

 

 

「……ところでお前、何ができるんだ?」

 

「えっとですね……」

 

 

 そこでラカンは、とりあえずネギが今何ができるのかを尋ねた。

魔法や技など、使えるものは何かがわからなければ、どの道鍛えようがないと考えたからだ。

 

 ネギはそこでそれを思い出しながら、少しずつ言葉にしていった。

魔法の射手はもちろんのこと、使える属性や他の魔法。教えられてきた力の全て。それらを次々と思い出し、ラカンへと話したのである。

 

 

「色々できるって訳だ」

 

「ええ、まあ…」

 

 

 ラカンはそれを聞いて、なるほどと思っていた。思ったよりも攻撃の技が少ないと感じたが、それ以外は手札が多いことを理解したのだ。

 

 ネギもラカンにそれを言われると、小さく返事をしていた。

確かに色々できるにはできるが、これではまだ足りないと思っていたからである。

 

 

「つまり……器用貧乏ってやつか」

 

「……はっ、はい……」

 

 

 そこでラカンは、一言きつい言葉を発した。

色々できるが色々できない。つまるところ、器用貧乏と言うしかないと。手札は多いが中途半端。現時点では万能とは呼べず、器用貧乏でしかないのだと。

 

 ネギもそれは理解していた。自分は未だに技術が足りないことを。だからこそ、色んな人から教えを請うたのだと。ただ、それをはっきりと言われると、ネギもショックだったようで、少しだけ落ち込んだ様子を見せていた。

 

 

「しかし、どうしたもんか……。昨日言ったとおり、俺はお前を鍛えるには向いてねぇ」

 

「みたいですね……」

 

 

 とは言え、ラカンは戦士タイプ。完全な魔法使いタイプであるネギを、どう鍛えればいいかがわからない。なので、どうしたものかと悩んだ様子を見せたのである。

ネギも先ほどの戦いを見て、それを察した様子だった。

 

 

「ところで、お前らはどうして強くなりたいんだ?」

 

「そりゃ男やったら最強目指すもんやろ!」

 

「それは間違っちゃいねぇな! 確かにそうだ! シンプルでわかりやすくていいぜ!」

 

 

 ラカンはふと、ここで唐突に二人へと質問した。

何故強さを得たいのか。何故上を目指すのか。シンプルだが奥深い質問だった。

 

 どうしてそのような質問をラカンがしたのか。その理由は目標があった方がいいと思ったからだ。目標があれば、その道を進んでいける。その方が修行に力が入るし、力もつきやすいと考えたからだ。

 

 その問いに小太郎は、即座に力強く答えていた。

男に生まれたのならば、上を目指すのは当たり前だ。最強を目標に、強くなりたいと思うものだと。

 

 そんな小太郎の答えに、ラカンは大きく笑った。

馬鹿にしているのではない。むしろ、清清しくてよいと思ったからだ。男に生まれたのならば、男だったら最強になりたい。単純だがわかりやすい答えだ。

 

 それに、小太郎の今の答えは実にラカン好みだった。故に、やはり小太郎は自分と相性がいいと、ラカンは再度認識したのである。

 

 

「で、そっちは?」

 

「僕は……」

 

 

 ラカンは未だ質問に答えていないネギの方を向き、再び聞きなおした。

するとネギは少し悩んだ後、ゆっくりと口を開いたのである。

 

 

「みんなを……、大切な人たちを守れるぐらい、強くなりたいです」

 

「……それだけか?」

 

「はい」

 

 

 ネギは、今心に秘めていることを、ここで明かした。大切な人たち、自分の生徒や知り合い、それらを守れるぐらい強くなりたい、そう静かに話したのだ。

 

 が、ラカンは少し拍子抜けした顔で、え? それだけ? と聞いていた。

むしろ、もっと何かあるだろう。そう言った表向きの理由ではなく、本心があるだろう。ラカンはそれを考え、もう一度ネギにそれを聞いた。

 

 しかし、ネギはそれ以上答えなかった。

いや、今のネギにとって、今の答えこそが全てであり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

 

 

「……つーか何か目標とか、そういうのないのかよ?」

 

「目標……ですか?」

 

「おうよ、それがあるのとないのじゃ大違いだ」

 

 

 ならば質問を変えよう。ラカンはそう考え、目標をネギに尋ねた。

強くなりたい理由はそれでもいいだろう。だが、自ら目指すものは別にあるはずだと考えたのだ。

 

 ネギは目標と聞いて、少し悩んだ。色々と目標を達成してきたネギとして、今ある目標とは何なのかを、真剣に模索したのである。

 

 ラカンは真面目な表情でそれを聞いたネギに、目標の重要性を語った。

ただ闇雲に進むより、目標があった方が、目指す終着点があった方が鍛えやすいと思っていたのである。

 

 

「……お師匠さま……、ギガントさんのようになりたいです」

 

「アイツのようにか?」

 

「はい!」

 

 

 するとネギは数秒間考えた後、自分の面倒を見てくれた最初の師匠である、ギガントのようになりたいと答えた。

 

 ラカンはそれを聞いて小さく笑いながら、関心した様子で再度尋ねた。

ただ、ラカンはその答えに、ほんの少し疑問に思った。はて、何でアイツのようになりたいのだろうかと。

 

 そんなラカンの疑問など知らず、ネギはそれに、心から返事をした。

自分が今まで目指してきたもの、それはギガントのようになりたいと思ってのことだった。今もそうだし、そうなりたいと願っていた。

 

 

「おお! そうだったな! お前は最初ヤツに師事したんだったな!」

 

「はい。僕の憧れです」

 

「そうかそうか! だからエヴァンジェリンやアルにも教えを請い”手札”を増やしたって訳か!」

 

 

 だが、ここでラカンはその疑問を解消することを思い出し、大きな声を出した。

ネギが最初に師事したのが、あのギガントだったことを。そして、アレのすごさを見たのなら、確かに目標にするのも頷けると、そう考えたのだ。

 

 ラカンのその言葉に、ネギははっきりと、自信を持って言葉にした。

そうだ、今も昔もお師匠さまこそ憧れだ。あの人のようになりたいと、あの人のように、人の役に立つ人になりたいとずっと思ってきたのだと。

 

 

 そんなネギを見て、ラカンは全てを理解した。

なるほど、アレのようになるのなら、手札が多い方がいい。何せギガントというものは何でもできる存在だ。苦手なのはなんだと聞かれれば、思い浮かばないぐらい何でもできる。

 

 アレこそ正真正銘、千の呪文を操る存在だと、ラカンは認めていた。いや、”術のデパート”や”千の精霊を使役する存在”の方が正しいと、ラカンは考えていたのだ。

 

 そして、アレを目指すならば、手数は多い方がいい。エヴァンジェリンやアルビレオに師事すれば、それを増やすことができる。ネギが今までこだわりを持たず、色んな人に教えを受けたのは、そのためかとラカンは察したのである。

 

 

「つまり、お前の最終目標は”移動要塞”って訳だな?」

 

「はい。攻守を極限まで高めた魔法使いです」

 

 

 そこでラカンは、ネギの最終目標を言い当てた。

移動要塞。つまりはいかなる攻撃をも障壁で受け止め、あるいは回避し、砲撃のように魔法を打ち込むというものだ。そして、それを極めたのがあのギガントという存在だったのだ。

 

 ネギもそれを肯定し、自ら定めた目標だと述べた。

本来、魔法使いはパートナーと呼ばれる”盾役”が必要だ。そのパートナーが敵の攻撃をしのいでいる間に、魔法使いが詠唱するのが基本戦術である。

 

 だが、それを一人でやろうと考えているのがネギだった。また、接近戦をこなさずとも、魔法使いの能力のみでそれを行おうとしていたのだ。

 

 

「なるほどなぁー。魔法使いの究極を目指す訳か」

 

「そうです。僕の()()()()()はそれになります」

 

 

 ラカンはネギの答えに納得した。

親父のナギのようにはいかないが、それに近い形に落ち着こうと言う訳かと。ギガントのように全てを受けきり、全てを倒す魔法使いになりたいのかと。

 

 しかし、ネギはそれを肯定しつつも、一言だけそれにくわえた。

確かにそれは自分の目標だが、”強さ”としての目標でしかないと。何故ならネギは人の役に立つ人になりたいのであって、ただ強くなりたいという訳ではないからだ。

 

 強さの理想こそ、間違いなくそれなのだが、真の理想はそれではない。ネギが本当に目指すもの、それはギガントのように傷ついた人を癒し、あるいは助けられる人間なのだ。

 

 

「だけど、今の僕にはそんなことはできませんし、すぐにはなれません」

 

 

 ただ、ネギはそれを言い切った後、それは目標でしかないと言葉にした。

今の自分の実力を見れば、それはまだまだ先にある手に届かないものだと理解していたからだ。今すぐそれをやれと言われても、できるようなことではないのだ。

 

 

「だから、まずは守りを鍛えたいと思っています」

 

「ふーん。自分の強くなった時のヴィジョンと、鍛える順番ってやつを、しっかりイメージできてるみてぇだな」

 

 

 故に、ネギはまず、自分の身近な人を守れるように、防御を鍛えたいと思った。攻撃を延ばして敵を倒すこともできるだろう。しかし、ネギは攻撃よりも、防御を選んだのだ。

 

 また、ラカンはネギのその信念がこもった発言に、色々と納得した様子を見せていた。ネギは自分がどうやって強くなるかを、しっかり段階を踏んで考えている。強くなる段階をイメージできている。

 

 そこにラカンは関心を寄せていた。これなら少し背中を押すだけで、大きくなると確信した。

 

 

「おいネギ、守りだけやったら敵を倒せへんやろが」

 

「それはわかってるよ」

 

 

 だが、そこで話を横で聞いていた小太郎が、そんなネギに文句を言った。

防御と言うのは確かに重要だ。ただ、それだけでは敵を倒すことはできない。小太郎は敵が倒せなければ意味が無いのではないかと思い、それをネギに言ったのである。

 

 ネギとてそのぐらいは理解していた。守ってばかりでは敵を倒せない。いずれ自分がジリ貧となって、ピンチになるだろうとも。

 

 

「でも、そしたらコタロー君が敵を倒してくれればいいじゃないか」

 

「むっ……。まぁ、そうやろけどなぁ」

 

 

 しかし、ならば敵を倒してくれる仲間がいればいい。そしてそれは、目の前にいる。自分が敵を倒せないのなら、仲間にそれを任せるのも戦術だ。

 

 それをネギは小太郎へと話すと、小太郎は少し渋い顔を見せた。小太郎もそれは間違ってないとも思った。しかしながら、男なら敵を一人で倒すぐらいの意気込みは見せて欲しいと、そう思った。自分に頼らず、自身の手で敵を打ち砕くことを、考えて欲しいと思ったのである。

 

 

「僕だってコタロー君が言う強さも欲しい。でも、今すぐにはそれを得ることはできない……」

 

 

 だが、ネギはさらに言葉を続けた。

当然ネギとて、小太郎が言いたいことぐらいわかっていた。そう言う強さも最終的に必要だと考えていた。攻撃の重要性も理解していた。

 

 ただ、今は守りと攻撃、どちらも選ぶという欲張ったことはできない。二兎を得るものは一兎も得ず。どちらか片方に力を注ぐ必要があると、ネギは考えていたのだ。

 

 

「その足りない分は、仲間で補うべきなんじゃないかって思って……」

 

「……お!?」

 

「お?」

 

 

 ならば、自分が足りない部分を仲間でカバーしあうのも、悪くは無いのではないかとネギは語った。

すると、小太郎はそれを聞いて、目を見開き驚いた様子を見せていた。

ネギはそんな小太郎に、どうかしたんだろうかと不思議そうな顔を見せたのである。

 

 

「おおう! ネギの癖にええことゆーわ!」

 

「えっ!? 何で!?」

 

 

 小太郎はネギの話を聞いて、感激していた。いやはや、まさかネギからそんな言葉を聞けるとは思ってなかったのである。確かにそうだ、仲間というものはそういうものだ。小太郎はネギの言葉に、奮い立つような感覚を感じていたのだ。

 

 ただ、ネギは小太郎の突然の言葉に、驚いていた。自分が何か変なことを言ってしまったのかと、そう思ったのである。

 

 

「せやったな。仲間っちゅーもんは、根拠もなしに信じられるもんやったな!」

 

「……うん。それだから、()()頼むよ」

 

 

 小太郎はそこで、仲間というものを思い出した。仲間は信頼すべきものだ。信じあってこその仲間だ。ネギが今、自分を信頼してくれていると言うのなら、それに応えなくてはならない。小太郎はそう思い、笑いながらネギを見ていた。

 

 ネギも小太郎がそう言ってくれたのを見て、微笑みながらそう言った。

今だけでもいい、自分が強くなるまででいい。だから、今は協力して欲しい、そう頼んだのだ。

 

 

「ええで! ()()それでええことにしたるわ!」

 

「ありがとう、コタロー君!」

 

 

 小太郎はネギの頼みに、快く承った。

ネギとて今に甘んじる様子はない。ならば、今だけでも頼ってもらおう。ネギが守りを行うならば、自分は攻撃を担当しよう。そう思った小太郎は、右手をネギに差し伸べた。

 

 ネギもその小太郎の手を見て、すかさずその手を握り締めた。そして、ネギは小太郎へと感謝を述べ、互いに笑いあったのである。

 

 

「せやけどな、それは今だけやで? 強なったら、肩を並べてもらわんとな!」

 

「わかってる。約束する」

 

 

 だが、小太郎はそこで、今だけだとはっきり言った。

修行して強くなったなら、肩を並べて戦えるぐらいになっておけ、そうネギへと言い放った。

 

 ネギも同じ気持ちであった。強くなったのならば、互いに背中を預けられる、そんな仲になろう。そうネギも思い、小太郎へとそれを約束したのである。

 

 

「……なかなかいい友情じゃねぇか。どおりでヤツが、二人を俺に預けようと思った訳だ」

 

 

 ラカンは強く互いの手を握り締める二人を見て、小さく笑っていた。なるほど、あの二人を同時に修行させるということは、互い互いに競い合わせるということになるのかと。それならば、あのメトゥーナトが二人を自分に預ける気になった訳だと、そう考えていた。

 

 そして、ラカンは少し懐かしい気持ちを感じていた。ライバル、すばらしいものだ。やはりこうでなくてはと。ナギとの喧嘩や力比べ、どれもいいものだった。あの二人もそんな仲なのだろうかと。ならば、きっと今よりもずっと強くなる。ラカンは二人の明るい未来を予想しながら、これからどう修行つけるかを思考するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギと小太郎がラカンに呼ばれて次の日。二人はこの遺跡にとどまり、ラカンとの修行を行っていた。とは言え、ラカンはネギに何かを教えることはできないので、適度にアドバイスを投げる程度にとどめていた。

 

 そして、ネギはラカンの下で、黙々と魔法の修行を行っていた。どうすれば障壁をもっと堅くできるか、大きくできるかなどを研究していたのだ。

 

 

「そういやお前、エヴァンジェリンにも色々教えてもらってたんだろ?」

 

「はい、色々と教えてもらいました」

 

「何を教わった?」

 

「治癒の魔法全般です」

 

 

 ラカンはふと、ネギがエヴァンジェリンにも師事していたことを思い出し、それを尋ねた。

エヴァンジェリンに魔法を教えてもらったのなら、何かできるのではないかと思ったのだ。

 

 ネギもその問いに素直に答え、色々と教えてもらったと話した。

ただ、何を教えてもらったかが肝心なので、ラカンはそれを再びネギへと聞いた。

 

 ラカンのその問いに、ネギは再度答えた。

治癒魔法を色々と教えてもらったと。

 

 

「治癒? そんだけか?」

 

「ええ、まずはそれが知りたかったもので……」

 

 

 ラカンはそのネギの言葉に、少し拍子抜けしていた。え? それだけ? 他にはないのか? そんな顔を見せたのだった。

 

 だが、ネギはエヴァンジェリンに教えてもらいたかったのは、治癒の魔法である。最初にそれを教えてもらわず、何を教われというのかと思うぐらい、それを熱望していたのだ。

 

 

「……何で? それ以外もあっただろ?」

 

「エヴァンジェリンさんは治癒魔法でも有名な方です。その方から教わる治癒魔法はすばらしいものだと思いまして……」

 

「いやまあ、確かにアイツは金の教授とか呼ばれるぐれぇ、治癒魔法の先駆者であり先導者だが……」

 

 

 ラカンはどうしてそれしか教えてもらわなかったのかと考え、怪訝な表情を見せた。何せエヴァンジェリンは攻撃も防御も治癒も可能な、最高の魔法使いだ。治癒を習うだけで終わるには、おしいものなのである。

 

 しかし、ネギはやはりエヴァンジェリンの座右の銘である治癒魔法を、その本人から教わらない訳にはいかないと思っていた。治癒魔法を長年研究してきたエヴァンジェリン。そんな彼女から治癒魔法を教えてもらうというのは、それほど大きな意味があるのだ。

 

 と言うのも、ここでのエヴァンジェリンは治癒魔法の研究者である。いかなる治癒魔法をも操り、または数多くの治癒魔法を開発してきた存在だ。高名な治癒魔法使いとして、エヴァンジェリンは有名なのである。

 

 それにネギ自身、それを教わってかなり大きなものも得ることができた。なので、そのことに関して、まったくもって後悔はないし、むしろ満足していたのである。

 

 ラカンもそれを聞いて、納得はしたようだった。確かにネギの言うとおり、エヴァンジェリンは治癒魔法の開発などで人々に献上した魔法使いだ。アリアドネーでは名誉教授と言う地位まで得て、金の教授とも呼ばれるほどだ。そのことを考えれば、ネギの言っていることも理解できなくはないと、そう考えた。

 

 

「でもよ、アレ教えてもらってねぇの? アレ」

 

「アレ?」

 

「”術具融合”……だったか? そんな感じのヤツ」

 

「あの魔法ですか……」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンが開発していたのは、治癒魔法だけではない。それ以外にも強力かつ汎用性溢れる魔法を生み出していた。

 

 ラカンはそれを思い出すかのように、それを言葉にした。

ネギはラカンが何か思い出しているのを見て、何だろうかと考えた。

 

 そして、ラカンはようやくそれを思い出し、その魔法の名を口に出した。

そう、ラカンが言いたかったこと、それはエヴァンジェリンが開発した攻守を併せ持った魔法”術具融合”のことだったのだ。

 

 ネギもその名を聞いて、その魔法を思い出していた。エヴァンジェリンに師事したネギも、その名だけは知っていたのである。

 

 

「僕の兄さんは使ってました」

 

「あー、お前には双子の兄貴がいたんだったな」

 

「はい」

 

 

 また、ネギはその魔法を自分の兄、カギが積極的に使っているのを覚えていた。カギはあの魔法を習得し、自らの力として手足のように扱っていた。

 

 それを聞いたラカンはネギに兄がいることを、ここでようやく思い出したのである。そういえば、聞いたような聞いてないような、そんな様子であった。

 

 

「んじゃ、お前は教えてもらってねぇ訳?」

 

「え、えぇ……。教えて欲しいと思いましたが、まずは治癒の魔法が先だったもので……」

 

「ふーむ……」

 

 

 ならば、どうしてネギは教えて貰わなかったのだろうか。ラカンはそれを疑問に思い、ネギへとその理由を尋ねた。

 

 ネギも教えて欲しいと思ったことに違いはなかった。ただ、やはり治癒の魔法を優先的に教えてもらいたかったので、術具融合は後回しにしてしまったのである。

 

 ラカンはそれを聞いて、腕を組んで考えた。さて、どうしたものだろうかと。別に知りたくないと言う訳でもなさそうだし、使えた方がよいだろうと思ったのである。

 

 

「んじゃ、俺が一度手本を見せてやる」

 

「え!? できるんですか!?」

 

「一応だがな」

 

 

 ラカンは考えた末、その”術具融合”をネギに見せてやることにした。

ネギはラカンがそれを使えることに、驚いていた。

 

 そんなネギに、ラカンは一応、と言葉にするも、自信はある様子であった。何せこのラカン、他人の技を見ただけで真似できるほど、戦いの天才なのである。

 

 

「まぁ、俺様は元々強ぇから、こんなもん必要ないんだがな」

 

 

 ラカンはそこで、ぽつりと言葉をこぼした。

元々ラカンは強い。自他とも認める強さだ。何が強いといえば、肉体的に強いのだ。故に、小細工がいらないのである。

 

 

来れ(アデアット)!」

 

「アーティファクト……!」

 

 

 ラカンは術具融合の実演の為、アーティファクトを使用した。ラカンのアーティファクト、それは”千の顔を持つ英雄”である。

 

 千の顔を持つ英雄とは、変幻自在に武器を作り出すアーティファクトで、無敵無類の宝具とも呼ばれるすさまじいものだ。が、ラカンは武器を使うより素手の方が強いので、実際大きく役に立っているという訳ではないのだが。

 

 それをラカンは使用し、一本の片手に収まる剣を作り出した。振るいやすく取り回しのよい、そこそこの大きさのみすぼらしい剣だった。

 

 また、ラカンのアーティファクトを見て、ネギはそれにも驚いた。確かに一度、本人かを確認するために仮契約カードを見せてもらった。しかし、その能力は教えてもらっておらず、はじめて見たからである。

 

 

「おうよ、術具融合は基本的に武器と魔法の合一。武器を使った方がわかりやすい」

 

「そうなんですか」

 

 

 ラカンはどうしてアーティファクトを使用したのか、その理由をネギに話した。

術具融合は武器と魔法をあわせることで完成する術だ。武器がなければ使えないというのもある。実際は杖代わりの指輪でも十分機能するのだが、剣などのしっかりした形の武器を使った方がわかりやすいと思ったのだ。

 

 ネギは術具融合にさほど詳しくないので、ラカンの言葉を素直に聞いていた。なるほど、確かにそれなら見た目もわかりやすいし、理解しやすいと関心していた。

 

 

「さて……と……」

 

 

 そこでラカンは魔法を使用するための指輪を取り出し、指にはめた。その後ゆっくりとポーズを決めたのち、数秒間静かに動きを止めた。

 

 

「”奈落の業火”! ……”術式固定”!」

 

「固定……!」

 

 

 そして、ラカンは初心者用の魔法発動キーと共に、一つの魔法を使った。

 

 奈落の業火。炎の魔法の中でも上級に位置する魔法だ。それを解き放つことなく、掌の上で球状に変化させたのである。それぞまさしく”術式固定”。魔法を撃ち出さず、固定する術だ。

 

 ネギはその光景に度肝を抜いた。魔法を爆発させずに固定するなど、一度も見たことのない現象だったからだ。カギが使っていたのは完成した術具融合であり、その術を作り出す過程は見てなかったからだ。

 

 

「……コイツをこのまま……、武器と融合させる……! ”魔力合体”! ウオリャァッ!!」

 

「これが……」

 

 

 その球形に固定した奈落の業火を、ラカンは勢いよく武器にぶつけた。そこで魔力を武器へと流し込み、武装として変換、変形させていく。すると、魔法が破裂することなくその武器と融合し、炎のビームサーベルのような形となったのである。

 

 ネギはその魔法の工程に、驚きを感じていた。と言うのも、ネギが見ていたカギの術具融合は、常に完成されたものだった。どうやって編み出し、使用しているのかはまったく知らなかったのである。

 

 

「そうだ、コイツが”術具融合”……」

 

「……すごい」

 

 

 ラカンは完成した術具融合を振り回し、舞いを踊るように動かした。そして、これこそがエヴァンジェリンが編み出した術、術具融合だと紹介したのである。

 

 ネギはそのすさまじい技術に、心を奪われた。これが兄であるカギが、手足のように振り回していた術。すごい、とてもすごい。ネギは心からそう思っていた。

 

 

「この魔法は、かつてエヴァンジェリンが編み出した”闇の魔法”を、自らの手で誰でも使えるようにアレンジした魔法だ」

 

「”闇の魔法”ですか?」

 

「そうだ」

 

 

 そこでラカンは術具融合とアーティファクトを解除し、その誕生秘話を語りだした。

術具融合とは、元々”闇の魔法”を改造したものだ。エヴァンジェリンは闇の魔法で用いる”術式固定”を自身から武器へと対象を変え、別の術として作り出した。

 

 ネギは闇の魔法と言う言葉に、少し興味を見せた。エヴァンジェリン本人からも聞いたことのない術。自分の兄のカギでさえ使っていなかった術。どんな魔法なのか気になったのである。

 

 

「ただ、闇の魔法は禁呪でな。適性がないヤツが使うと命にかかわる」

 

「命に?」

 

「ああ。なんでも”闇の魔法”ってのは、普通の人間が使えば”魔”に侵食されちまうんだとさ」

 

 

 ラカンは闇の魔法についても、ネギへと解説した。

闇の魔法は危険なものだ。禁呪と呼ぶほどに、その魔法はおぞましいものだった。適性がないもの、つまりエヴァンジェリンのような存在以外が使えば、死ぬ可能性すらある恐ろしい魔法だ。

 

 ネギはラカンの話を真剣に聞いていた。

命にかかわるほどの禁呪。それは自分が想像するよりも、はるかにリスクが大きいものなのだろうと考えながら。

 

 また、ネギのその言葉にラカンは反応し、さらに深く説明した。

普通の人間が闇の魔法をうまく使用できたとしても、魔に魂すらも侵食されてしまい人間ではなくなってしまう可能性すらある。故に、本来エヴァンジェリンぐらいにしか使えない、危険な魔法ということだと。

 

 

「だがまあ、アレを覚えればかなりのパワーアップにはなるが……」

 

「なるが……?」

 

 

 とは言え、それが使えるようになれば格段にパワーアップすることができる。ラカンはそう考えながら、ネギをマジマジと眺めていた。

 

 そんなラカンを真っ直ぐ見ながら、ネギはラカンが何を言いかけたのか気になり、それを尋ねた。

 

 

「ふーむ、お前じゃ無理そうだな……。何か”闇”っぽくないし」

 

「そうなんですか……」

 

 

 ラカンはネギの真っ直ぐで清んだ瞳を見て、ネギが闇の魔法を使うのは無理っぽいと思った。何せ内面にドロドロとした影、心の闇が深ければ深いほど、闇の魔法の適正が上がる。だが、ここのネギにはそれがなかった。本当に光そのものであり、特に影が見当たらなかったのだ。

 

 それにここのネギは、エヴァンジェリンから”そう言った修行”を受けていない。闇の魔法に適するような(うつわ)を作っていないのだ。だからこそ、ここのネギには闇の魔法との適合性がさほどないのである。

 

 ネギはそれを聞いて、少しがっくししていた。ただ、闇の魔法が使えないからガッカリした訳ではない。ぐうの音もでないほどに否定されたのが、ショックだったのである。それに闇っぽくないと言われたことは、素直に嬉しいとも思っていたのだ。

 

 

「最初に師事したギガントの影響がデカイみてぇだな。まあ、悪いことでもないが……」

 

「お師匠さまの影響……?」

 

 

 ラカンは今のネギがもっとも影響を受けているのは、きっとギガントなんだろうと考えた。それと、闇に適正がないことも、悪いという訳でもないと言葉をこぼした。

 

 だが、なんだか少し真っ当すぎて、つまらないなー、ともラカンは思った。ちょっと真面目すぎない? もう少しはっちゃけてもいいのよ? そう考えていたのである。

 

 しかし、ネギ本人はギガントの影響と聞いて、そうなのかなと思った。何せネギ自身それを意識したこともなかったし、言われたこともなかったからだ。それでもほんの少し、そう言われたことにネギは嬉しさも感じていた。なので、それをラカンへと聞いたのである。

 

 

「ああそうだ。随分とまあ、色んなしがらみ取っ払ってもらったみてぇじゃねーか」

 

「……はい」

 

「道理で、かなりすっきりしてる訳だ」

 

 

 ラカンはネギの疑問に、すんなり答えた。

色々あったはずなのだがそれを全て拭い去り、晴れ晴れしくなっていると。いやはや、すっきりしすぎて逆に怖いとラカンが思えるほど、今のネギは光に満ち溢れていたのだ。

 

 と言うのも、ラカンはネギのことをある程度仲間から話に聞いていた。そして、その本人を見て、話をしてみて、なるほどなるほど、とラカンは思った。納得ができた。

 

 あのギガントのヤツ、ネギを真っ直ぐに育てやがった。本人を支える根をしっかり大地に根付かせ、揺らぐことのない心を持たせやがった。芯の部分からきっちり鍛え、ひずみのない人間にしやがった。ラカンは目の前のネギを見て、そう思った。理解した。そして感心していた。

 

 

「まっ、それにアレを勝手に教えたら、俺がエヴァンジェリンに殺されるしな!」

 

「え!?」

 

「エヴァのヤツ、アレはアレで自分の技術に誇りを持ってるからな。中途半端なモンは教えたくねぇんだろうぜ」

 

 

 そこでラカンは話を戻し、闇の魔法は教えられない理由をもう一つ語った。

それはやはり、エヴァンジェリンから口止めされていたということだった。

 

 何せエヴァンジェリンは闇の魔法を他人に教える気などない。そんなものを勝手に誰かが教えたなら、絶対に許さないだろう。

 

 それがラカンならば、間違いなく地獄の底まで追い詰めて殺しに行くだろう。それほどのものだった。なのでラカンはそのことを、豪胆に笑いながら話したのである。

 

 ネギはそれを聞いてかなり驚いた。

流石に殺すというのは物騒だと思ったからだ。だが、それ以上にあの聡明なエヴァンジェリンが、そこまで言うほどのことなのかと思ったのだ。

 

 驚くネギに、ラカンはエヴァンジェリンがそうする理由も言葉にした。

エヴァンジェリンはプライドが高い。自分の技術に自信がある。故に、闇の魔法と言う危険かつ不安定なものを、世に広めたくないのだろうと。

 

 

「中途半端って……」

 

「確かに闇の魔法はすげぇ魔法だが、基本アイツにしか使えねぇ。だから中途半端なんだそうだ」

 

 

 さらにネギは闇の魔法が中途半端だと聞いて、嘘だろ、と言う顔を見せた。”術具融合”が編み出されたのも、その”闇の魔法”があってのことだ。

 

 それに話を聞けば常人では行うことができない、すさまじい魔法だと言うではないか。それを中途半端だと言うには、少し横暴ではないかとネギは思ったのだ。

 

 ただ、ラカンはその理由もしっかり話した。

エヴァンジェリンは闇の魔法をそう呼ぶには、大きな訳があると。

 

 エヴァンジェリンは闇の魔法は自分ぐらいにしか扱えない、固有の魔法だと思っているし、実際にそうだ。なので、それこそが闇の魔法の一番の欠点だと考えた。

 

 誰も使えないのでは意味がない。誰もが安定して使える魔法こそ、エヴァンジェリンの目指すものだった。故に、闇の魔法は外部に漏れて欲しくないと言うのが、エヴァンジェリンの考えだった。

 

 

「あっ! だから”術具融合”を編み出したんですね?」

 

「そうだろうなー。術具融合はしっかり習えば誰でも使え、リスクも少なく、汎用性も高い。完成されつつも発展性のある魔法だ」

 

 

 そこでネギはラカンの説明を聞いて、ハッした。

闇の魔法は危険極まりない、誰も使えないような魔法だ。だが、それを基にしたはずの術具融合は、そういったものはない。あのカギですら普通に使っていた。それでピンときた。

 

 そうか、誰もが使える魔法を目指したからこそ、エヴァンジェリンは術具融合を開発したのだと。確かにそう考えれば、エヴァンジェリンの考えが理解できる。魔法を開発するならば、自分だけでなく誰もが使えた方がいい。そう考えたに違いないとネギは察したのである。

 

 ラカンもネギのその意見を肯定した。

大きなリスクもなく誰でも安全に使える魔法、それこそが術具融合。それこそエヴァンジェリンが目指したものだったのだと、ラカンは語ったのである。

 

 

「すごい魔法なんですね」

 

「そりゃアイツが自信を持って世の中に発表した魔法だ。最高の代物には違いねぇさ」

 

 

 ネギはラカンの説明で、とても関心していた。術具融合はこれほどのものだったのかと。そして、それを開発したエヴァンジェリンがいかに優れた魔法使いなのかも、再認識していた。

 

 ラカンも術具融合の完成度を認めていた。エヴァンジェリンほどのものが、誇りを持って提供した技術。すばらしいものでないはずがないと、ラカンも思うほどだった。

 

 

「まぁ、それでも術を固定と融合させる作業がちと難しいんでな。多少訓練しねぇと普通は使えないが」

 

「やはりそうでしたか……」

 

 

 ただ、やはりと言うべきか、闇の魔法から開発したので、欠点も存在した。それは魔法の”術式固定”それを融合させる”魔力合体”が、繊細で難しいということだった。とは言え、訓練すれば身につけられるし、大きな魔法でなくとも練習ができる。大きな障害という訳ではない。

 

 それをラカンが話せば。ネギもすでに察していたようであった。本来ならば放出され、手元から離れる魔力をつなぎとめるには、技術が必要なのは明らかだったからだ。

 

 

「それで、この術具融合をうまく使うならば、”イメージ”を大切にしろ」

 

「イメージ……?」

 

「そうだ。自分で使うなら、どんな形がいいか、どんな動きをするか、どうすれば使いやすいかを、しっかりイメージして作り出すんだ」

 

 

 そして、ラカンは術具融合の使い方を説明し始めた。

術具融合は使用者のイメージによって、形状を変化させることができる。それはエヴァンジェリンが”O.S(オーバーソウル)”をヒントに開発した部分があるからだ。故に、術具融合をしっかりと操るならば、確固たるイメージが必要になるのだ。

 

 ネギはそれを聞き、どういうことなのかと尋ねた。イメージが重要だと突然言われても、いまいちピンとこなかったのだ。

 

 

「術具融合ってのはな、使用者のイメージで形状を変えられる。まあ、俺様はそんなもんいらねぇから、テキトーだったがな!」

 

「形を変えられる……?」

 

 

 ラカンはそのことをネギに説明した。

つまり、自分のイメージしだいで、どんな形にもなるということを。自分の想像でいかなり姿にもなりえると。

 

 ネギも今の説明で、それを理解し始めていた。

形状を自分の意のままに操ることができる。それは自らの意思を武器に込めるということだと。

 

 

「使いこなせれば変幻自在! 縦横無尽! 絶対無敵! いやー、俺様のアーティファクトにそっくりだぜ!」

 

「それほどなんですか……」

 

 

 ラカンはさらに言葉を続けた。

この術具融合は操れれば自由自在だ。まるで自分のアーティファクト、千の顔を持つ英雄に似ていると。

 

 ネギはラカンほどのものがそこまで言うほどのものなのかと、静かに驚いていた。いや、ネギもそのぐらいわかっていた。あのカギが自分の目の前で、それを振り回していたのだから。

 

 

「……とは言ったが、全部エヴァンジェリンが俺に言ったことなんだけどな!」

 

「え!? 今の台詞は全部エヴァンジェリンさんからの受け売りなんですか!?」

 

「そりゃアイツが考えた術だからな。当然アイツが一番詳しいし……」

 

「確かにそうですけど……」

 

 

 が、今までの言葉は全部エヴァンジェリンがラカンに説明したものだった。ラカンはそれを笑いながら言葉にすると、ネギはそれにも大きく驚いた。

 

 まさか今までの話や説明が、全部エヴァンジェリンの言葉だったとはネギも思わなかったのだ。とは言うが、ラカンもそこを少し言い訳した。

 

 そもそも術具融合はエヴァンジェリンが考案した魔法だ。一番それを知っているのも当然エヴァンジェリンだ。そのエヴァンジェリンから聞かされた言葉を使うのが、一番だとラカンは語ったのである。

 

 ネギもラカンの言葉に、いやまあ確かに、と思った。それでもやはり、丸々全部エヴァンジェリンの言葉だったというのには、少しだけ呆れていたのだった。

 

 

「まあ、そういう訳だから、俺もコツを教えろと言われても、これ以上は教えられん」

 

「そうですか……」

 

 

 さらにラカンは、エヴァンジェリンから説明されたことしかわからないと言い出した。

なので、どうやったらうまく行くかなどの方法は、教えられないと言葉にしたのだ。何せラカンは基本的に勘や感覚でそれを行うタイプ。気合いれりゃ何とかなる、としか言えないのだ。

 

 ネギもそれは今の話で察していた。なので、やっぱりか、と思うだけであった。

 

 ただ、ネギはそれだけを思っていた訳ではない。ならば自力で何とかするしかないと、既にそれを考えていた。

 

 

「と言うことで、コイツをお前に貸す」

 

「これは?」

 

 

 が、そんなネギに救いの手を差し伸べるように、ラカンは古びた一冊の分厚い本をネギへと手渡した。

 

 ネギはそれを見て、なんだろうかと考えた。見た感じ魔法の本のようだが、特に大きな力を感じていなかった。なので、ネギはこの本が一体なんなのかを、ラカンへと尋ねたのだ。

 

 

「エヴァンジェリンが書き溜めた魔導書だ」

 

「え……!?」

 

 

 ラカンはそれをニヤリと笑って答えた。

その本こそ、あのエヴァンジェリン執筆した魔導書であると。

 

 ネギはその答えに、かなりあっけに取られた。それな表情にも表れており、週秒間口を開いたまま動かなくなったのである。

 

 

「いいんですか!? これほどのものを!?」

 

「いいんだよ。俺様が昔エヴァンジェリンから(もら)ったもんだからな」

 

「そっ、そうなんですか!?」

 

「おうよ!」

 

 

 ネギはその本を持つ手を震わせながら、こんなものを借りても良いのかと叫んでいた。

だが、ラカンはアッケラカンとした顔で、別にそこまでのものじゃないと言葉にした。

 

 また、ネギはラカンがこの本をエヴァンジェリンから貰ったと聞いて、驚きを見せていた。本来魔法使いは、自分の手がけた研究などを載せた魔導書などを、他人に渡さないからだ。

 

 しかし、実際はラカンがエヴァンジェリンと賭けを行い、奪い取ったものだ。なので貰ったというのは、実は嘘なのである。

 

 

「まあ、それの内容は魔法世界にゃかなり出回ってるけどな」

 

「ええー!?」

 

 

 ただ、その本の内容自体は、特に珍しいものではない。何せエヴァンジェリンが全て公表したものだけが載っている本だからだ。なのでラカンは、しれっとそれを言葉にした。

 

 ネギはそれにも驚き、変な声で叫んでいた。

まさか魔導書の内容が、魔法世界に知れ渡っているなど思ってなかったのである。

 

 

「だってそれ、ただの教科書だぜ?」

 

「ほ、本当だ……!」

 

「昔アリアドネーでアイツが発行した教科書だ。あんときゃ騙されたぜ……。もっといいもんくれてもいいと思うんだがなー……」

 

 

 するとそんなネギを見て、ラカンはその本の正体を言葉にした。

魔導書とは名ばかりで、実のところだたの魔法の教科書だったのだ。

 

 ネギはそれを聞き、本を開いてペラペラとページをめくって眺めてみれば、確かにそうだと理解した。内容が全てわかりやすく書いてあり、まるで初心者に見せるような、そんな感じだったのだ。

 

 その教科書はエヴァンジェリンが昔、アリアドネーで発行したものだった。教授となったエヴァンジェリンは自分の魔法を公表し教えるため、その本を書き出したのである。

 

 ラカンはそれをガッカリした様子で語っていた。

賭けで勝利したというのに、その商品がただの教科書だったとはと。

 

 

 ただ、あの時エヴァンジェリンは確に自分が書いた魔導書だと口にした。それは間違ってなかったし、嘘ではなかった。が、まさかそれが教科書などとは、ラカンは思っていなかったのだ。

 

 そして後でそれを見てみれば、アリアドネーでは一般的となったものばかりが記載されている教科書だった。それを見て騙されたと悔しんだのは、今思えばまあ悪くない思い出でもあると、ラカンは落ち込みながらも懐かしんでいた。ただ、やはり悔しいのは事実なので、エヴァンジェリンに騙されたと愚痴をこぼしていたのだった。

 

 

「だが、それにたいていのモンは載ってる。お前は基礎魔法の天才なんだってな? それを見て修行するのもいいかもだぜ?」

 

「……すごい……。僕の知ってる教科書なんかよりも、濃密で濃厚な内容だ……」

 

「そりゃそうだ。教科書とは言ったが、あのエヴァンジェリンが自ら執筆したモンだからな」

 

 

 ラカンはネギが基礎魔法の天才であることを、仲間から聞かされていた。それを見て自分で魔法を研究した方が、きっと自分が必殺技を教えるより為になると、ラカンは考えたのである。

 

 ネギもその教科書をじっくり見て、驚きの声をあげていた。

たかが教科書とは言ったものの、あのエヴァンジェリンが自ら書き出したものである。内容もわかりやすくされており、そこいらの魔法の本なんかよりも内容も充実していたのだ。

 

 ラカンもそれを言葉にし、その本はかなりすごいと言葉にした。

はっきり言って教科書や参考書と言うレベルではない。間違いなく魔導書のレベルに匹敵する内容であるとも思っていたのだ。

 

 

「そこには”術具融合”の詳しい使い方までしっかり載ってるぜ?」

 

「これが……、兄さんが使ってた……」

 

 

 また、その本には術具融合についても詳しく記載されていた。どうやったらうまくできるか。どうすればうまく使えるかが、詳細に記されていたのである。

 

 ラカンがそれを言うと、ネギはその内容が記載されているページを開いた。するとそこには間違いなく、兄であるカギが使っていたものと同じ術式が書かれていたのだ。

 

 

「術具融合を使えば、お前が言ってた”守り”も鍛えらるはずだ」

 

「……みたいですね……」

 

 

 ラカンは術具融合をネギに話した一つの理由を言葉にした。

術具融合は攻撃だけの魔法ではない。防御にも使える魔法だからだ。

 

 術具融合は攻撃だけではなく、防御にも使える優れた魔法だ。参考にしたO.S(オーバーソウル)と同じように、極めれば守りも鉄壁となるほどだ。つまり、ネギが鍛えたい守りというのを、攻撃と同時に習得することが可能なのである。

 

 ネギもそのページを見て、それを理解した。防御と攻撃、両方が合わさった術。自分のイメージでどちらも操ることができると言うのは、ネギにとって革命的だった。その術具融合の戦略性と汎用性に、もはやネギは言葉すら出なかった。

 

 

「俺はお前がそれを完成させた時、腕試しぐらいはしてやる。だが、それ以外はお前しだいだ」

 

「……はい」

 

 

 ラカンはそこで、それを習得することこそが最初の課題であると、ネギに言い渡した。

そして、それが習得できた時、実戦を交えて鍛えてやると言葉を続けた。

 

 だが、術具融合を習得できるかはネギ自身の頑張り次第だとも、ラカンは話した。

が、そこはラカンも心配していなかった。ネギならばこの程度、すんなりクリアするだろうと思っていたからだ。

 

 ネギはそのラカンの言葉に、静かであったが熱のこもった返事をした。

早くこの術を試してみたい、使ってみたいと言う心の奥底から沸き立つ好奇心を、ネギは感じ取っていたのだ。

 

 

「むしろ、そっちの方がお前好みだろ?」

 

「確かにそうかもしれません」

 

 

 また、ラカンはネギが外で体を動かすよりも、部屋で本を読む方が好みなのではないかと考えた。故に、自分と殴りあうよりも、まずは一人でじっくり考える時間を与えようと思ったのだ。

 

 ネギもそのことについては否定しなかった。ネギ自身も戦うことより、そういうことの方が得意だという自覚があった。それに魔法を試行錯誤で研究するのは、むしろネギの趣味の範疇でもあったのだ。

 

 

「んじゃ、俺は犬のぼーずを相手にしてくるからよ。何かあったら言ってこい!」

 

「はい!」

 

 

 故に、ラカンはネギにその本を渡し、まずは小太郎の面倒を見ることにした。小太郎はネギとはまったく正反対で、とにかくバトルな少年だ。戦いながら強くなりたいと思う男子だ。ラカンはそこが気に入った。

 

 それ以外にも、小太郎は”気”を使って接近戦を行うタイプだ。そのため、ラカンにとって小太郎の方が修行をつけやすく、鍛えやすい存在なのだ。

 

 なので、ラカンはそう言って手を振り、その場を後にした。ネギはそんなラカンに元気よく返事をし、自分の課題をクリアするために、さっそく術具融合にチャレンジしてみるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:ゴダンダ

種族:古代人

性別:男性

原作知識:あり

前世:50代元ビルダー

能力:外法、同化の法によるモンスターと融合

特典:ロマンシング・サ・ガ2のダンターグの能力

   人型に変身できる能力

 

 

転生者名:ラスケア

種族:魔貴族

性別:男性

原作知識:なし

前世:30代格闘家

能力:槍での物理攻撃

特典:ロマンシング・サ・ガ3のアラケス本体の能力

   全ての武器を使いこなす

 



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百三十話 一元カズヤ

 覇王たちが拳闘大会に出場してから、ネギと小太郎がラカンの下で修行を始めてから一週間が経った。

 

 覇王は当然のごとくその大会で無双し、勝利の星を思うがままに集めていた。状助もある程度大会で戦うようになり、多少なりに気の操り方を理解し始めていた。

 

 それとは違う大会で、数多も無敗を誇っていた。転生者が多くいる中でも、数多はそれを寄せ付けぬほどの強さだった。しかし、本人はそれで満足してはいなかった。学園祭で現れたあの氷の男のことを考え、さらなる力を欲していたのである。

 

 三郎や法も覇王の指南の下、気の習得にいそしんでいた。どちらも状助以上に上達が早く、すでにどちらも瞬動を操れるようになっていたのだ。状助はそれを見て羨ましがりつつも、自分は自分のペースでと考え、ゆっくり上達していこうと思っていた。

 

 千雨や和美は街で聞き込みなどで情報収集を行いながら、未だ行方知らずの仲間を捜していた。亜子とアキラと夏美の三人も、闘技場内で接客や配給などの仕事を行いながら、少しずつこの場に慣れていった。

 

 また、ラカンとの修行を行っているネギと小太郎も、かなり上達をしていた。小太郎はラカンとの殴り合いなどで、日に日に動くを良くして行った。それ以外にも、狗神の使い方などもうまくなっていたのである。

 

 ネギも数日で術具融合を完成させ、動かせるようになっていた。だが、動かせるようになっただけで、未だ確固たるイメージができあがってなかった。どうすれば守りを鍛えられるのかをラカンに殴られながら、必死に模索する日々を送っていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一人、森をさまよう男がいた。男は右腕を左手で抑えながら、苦しそうに歩いていた。数日間食事すらしてないようで、足元はフラフラしていた。もはや限界の様子だった。

 

 その男の名はカズヤ。カズヤは法たちとは違う場所に飛ばされ、いく当ても無くさまよっていたのだ。腕は能力の使いすぎで常に激痛が付きまとい、右腕は動かせないほどになっていた。

 

 そして、カズヤはついに倒れてしまった。肉体的に限界だった。それでも、それでもカズヤは心の中で抗っていた。死んでたまるか、ここでのたれ死ぬものかと、気持ちをくすぶらせていた。その苦しみに抵抗するように、カズヤは諦めようとはしなかった。

 

 だが、それもむなしく、カズヤはそのまま動かなくなってしまった。能力の使いすぎと体力の消耗で、カズヤの体は動かなくなってしまった。

 

 このままこの男が終わってしまうのだろうか。ここがこの男の終着点なのだろうか。いや、そんなはずはない。だってこの男は、動かない体を動かそうと必死に抗っているのだから。終わってたまるかと、心の中で叫んでいるのだから……。

 

 

…… …… ……

 

 

 カズヤは暗闇を歩いていた。ここはどこだろうか、そう思った。そこでふと、周囲を見回せば、周囲が真っ赤に光り輝いた。それはまるで溶岩のような、そんな灼熱の炎だった。カズヤはそれを見て必死で逃げた。流石のカズヤもそんなものに触れれば、焼け死ぬからだ。

 

 だが、逃げても逃げてもその炎はカズヤを追ってくる。そして、最後にその炎は、カズヤを囲い込んだのである。もはや逃げ場を失ったカズヤ。そこでアルターを使おうと考えたが、何と言うことか、ここではうまく使えなかった。

 

 カズヤはとうとう、その炎に呑まれてしまった。焼ける身体、燃える肉体。カズヤはその炎で一瞬にして火達磨となってしまったのだ。

 

 熱い、熱い、熱い。身体がどんどん熱で焼けていく。それをカズヤは実感していた。夢だと言うのに現実味に溢れていた。

 

 また、その溶岩のような炎を浴びて、カズヤはふと思い出した。ああ、これは自分が”前世で死んだ時と同じ”だと。そう、この炎は溶岩ではなく、灼熱に熱された溶けた鉄だったのだ。

 

 それを思い出したところで、カズヤは炎の中に消えていった。苦痛も徐々に消え、これが死であることを理解しながら、カズヤはさらに深い闇へと飲み込まれてしまったのだった。

 

 

「……! ここは!?」

 

 

 カズヤは今の悪夢から、飛び起きるように目を覚ました。

すると周りの景色が一変しており、木々が鬱蒼とした森から、どこかの家の木でできた壁となっていた。また、今いる場所はベッドの上であり、誰かが自分を発見し、助けてくれたのだと理解できた。

 

 

「あっ、起きました?」

 

「……あんたは?」

 

 

 そこへ一人の少女が片手にポットを持って、その部屋へと入ってきた。茶色のふわりとしたセミロングの髪をした、何の変哲も無い10代前半ぐらいの少女だった。

 

 カズヤは少女を見て、誰だろうかと思った。ただ、ここの家の主なのだろうということは察しがついていた。

 

 

「私はミドリ。新芽ミドリ。アナタは?」

 

「……カズヤ。一元カズヤだ……」

 

 

 その少女はカズヤにそれを聞かれ、すぐさま答えた。少女の名はミドリと言った。そして、カズヤにもそれと同じ質問をし、カズヤもそれにしっかり答えたのである。

 

 

「ここはどこなんだ?」

 

「ここはシルチス亜大陸の北東にある、ポケモンの里」

 

 

 さらにカズヤは質問を続けた。この場所が一体どこなのだろうかという、至極当然の質問だった。

ミドリはそれをそっけなく、静かに答えた。この場所がどこにあって、どんな場所なのかと。

 

 

「ポケモン? あのか?」

 

「そう、あのポケモン」

 

 

 ポケットモンスター、略してポケモン。成長すると進化を遂げる、すさまじい生命体。未だ多くの謎に包まれた生物は、本来この世界(ネギま)には存在しない、ありえない生物だ。

 

 しかし、この世界に転生した転生者たちが、そのモンスターを特典として選びつれてきた。故に、その謎の生物はこの世界に存在することになったのである。

 

 

 カズヤはポケモンと聞いて、再度聞き返していた。

ポケモンと言えば前世でも見た、あのゲームのことだからだ。自分もやった、あの有名なゲームだったからだ。

 

 ミドリもそれに、彼が知っているものと同じだと言葉にした。

ポケモンと言えば、あの摩訶不思議な生き物が出てくるゲームだと。そして、そのモンスターのことだと。

 

 

「そうか、あんたも俺と同じ……」

 

「そのとおり、私もアナタと同じ転生者」

 

「……で? それならどうする?」

 

 

 また、今のでカズヤは目の前の少女が、自分と同じ転生者だということに気が付いた。

ミドリもまた、それを知っているカズヤを見て、目の前の男子が転生者だと言うことがわかった。

するとカズヤは、自分が転生者ならば次はどういう対応をするのかと、挑発的に言葉を投げたのである。

 

 

 

「どうもしないけど?」

 

「はぁ? 俺は転生者、危険なヤツかもしれねぇだろ?」

 

「アナタは危険なの?」

 

「さぁな……」

 

 

 だが、ミドリは特に気にした様子もなく、何もしないと言うではないか。

カズヤはその言葉に拍子抜けし、もしも自分が”ゲートを襲った連中”のような危険な転生者だったらどうするんだと話した。

 

 そこでミドリは逆にカズヤへと、そちらが危険なのかときょとんとした顔で質問したのだ。

カズヤは顔をそっぽ向いて、はぐらかすように一言だけ述べたのだった。

 

 

「ぐっ……うっうぐ……」

 

「右腕、動かさない方がいいと思うけど……」

 

「見たのか……?」

 

「ええ、仕方なく」

 

 

 カズヤはそこで体を動かすと、右腕から想像を絶するすさまじい激痛が起こり、激しい電撃を受けたかのような感覚が体を駆け巡った。ミドリはその苦痛にゆがむカズヤを見て、一言だけ忠告したのである。

 

 そこでカズヤは右腕を押さえその痛みと戦いながら、ミドリに腕の惨状を見たか尋ねた。

ミドリは当然それを見たと言葉にした。

 

 既に右腕はアルターによってかなり侵食されており、全体的に亀裂が発生していた。その亀裂はもはや服では隠せないほどとなっており、ミドリはそれを不思議に思って見てしまったのである。

 

 

「その腕、どうしたの?」

 

「力を使いすぎただけさ。気にすることじゃねぇよ」

 

「そう……」

 

 

 ミドリはその腕がどうしてそうなったのか、とても不思議に思った。

それをカズヤに尋ねえれば、”特典(ちから)”を使いすぎただけだと、腕を眺めながら言葉にした。

ミドリはそれだけを聞くと、それ以上何かを聞こうとはしなかった。

 

 

「そういや大人はどこにいるんだ?」

 

「買出し。ここは辺境の村だから、大人の人は月に一度買出しに出かけるの。数日は戻ってこないよ」

 

「へぇ、そうかい」

 

 

 そこで今度はカズヤの方からミドリへと質問をした。

それはとても素朴な疑問だった。カズヤは先ほどから、大人の姿がまったく見当たらないことに気がつき、それを尋ねたのだ。自分のようなよくわからない謎の人物を招いたというのに、誰も大人が出てこなかったからだ。

 

 するとミドリはそれに答えた。大人は月に一度、買出しに出かけていなくなると。と言うのも、ここは随分と辺境の場所にある。わざわざ街まで出かけるには、かなり距離があるのだ。なので、月に一度大量に買出しを大人たちが行い、それを保存して生活しているのだ。

 

 カズヤはその問いに、そうなんだ、程度の感想を述べた。

つまるところ、今ここにはミドリぐらいしかいないと言うことだけはわかったのだ。

 

 

「で、あんたはそれで寂しくねぇのか?」

 

「別に? 私にはこの子たちがいるから」

 

「そいつは……」

 

 

 カズヤはさらにさらに質問を続けた。大人がいなくて寂しくないのかと。とは言え、相手も自分と同じ転生者。半分は冗談みたいな質問だった。

 

 また、ミドリも特にそのあたりは気にしてなかった。

何故なら、そこには自分が家族同然だと思う生き物が、ずっと側にいたからだ。

 

 ミドリがそちらへ目を向けると、カズヤもその方に目を向けた。

すると、そこにはつぶらな瞳をした茶色の毛並みがフカフカした、一匹の生物がいたのである。

 

 

「この子はイーブイのブイ。アナタを見つけたのはこの子なのよ? 感謝してあげてね」

 

「そりゃ助かったぜ。ありがとな」

 

 

 それはポケモンと呼ばれる生き物の一種だった。イーブイ。しんかポケモンと言う分類の、数種類ものポケモンに進化する可能性を持つ、珍しいポケモンだ。しかも、ただ珍しいだけではなく、見た目もかわいらしい小柄なポケモンである。

 

 このイーブイはミドリの手持ちの一匹だった。また、ミドリはこのイーブイこそ、カズヤの真の命の恩人だと言葉にした。そう、このイーブイがカズヤを発見し、カズヤはそれで助かったのだ。

 

 そして、大人たちが安心して買出しに出かけることができるのも、このようなポケモンが彼女の側にいるからということもあったのだ。

 

 するとそのイーブイは、カズヤへと近づいていった。カズヤはベッドから降りてしゃがみこみ、イーブンへと感謝しながらその頭をそっと左手で撫でたのである。また、イーブイは撫でられたのが気持ちいいのか、目を瞑って嬉しそうにしていた。

 

 

「なあ、ここのポケモンは全部あんたのなのか?」

 

「違うわ。ほとんどが逃がされて行き場を失った子たちばかり」

 

「逃がされて……?」

 

 

 また、カズヤはさらにさらに質問を言葉にした。

ふと窓から外を見れば、生前見慣れたポケモンが、元気に走り回ったりしている。それだけではなく、気がつけばこの部屋にはイーブイ以外にも、小型のポケモンが何匹かいたのだ。

 

 ミドリはその当然の問いに、違うと話した。

ここにいるポケモンは、確かに自分が”特典でつれて来た”子もいる。だが、それ以上に、”自分と同じような転生者が逃がした”子の方が圧倒的に多いと。

 

 カズヤはその”逃がされて”という言葉に疑問を覚えた。

なので、もう一度それについて、ミドリへと聞いたのだ。

 

 

「そう、ボックスから逃がす、と言う作業。でも、この世界にそれはないから、ただ単に捨てられてるってだけ」

 

「何故、そんなことを……?」

 

 

 ミドリはその”逃がす”そのものを、悲しげな表情で説明した。

”逃がす”とは、本来ポケモンのゲームで、預けられたパソコンのボックスから、逃がすを選ぶことだ。だが、それはゲームでの話であって、現実ではない。つまり、ここでの逃がす行為とは、捨てるという行為なのである。

 

 カズヤはどうしてそんなことをするのか、まったくわからなかった。自分が持ってきたのならば、逃がすなんておかしいと感じたからだ。だから、それをミドリへと聞いたのだ。

 

 

「戦いに不利な能力を持って生まれた子たちは、不要と言われて捨てられるのよ。転生前のゲーム内で何度も見た光景……」

 

「……じゃあ、こいつらは……」

 

「そう。捨てられたかわいそうな子たちよ……」

 

 

 彼らはポケモンを育成した。育成できる環境を整えた。たまごと呼ばれるものを出現させ、孵化させることにも成功した。

 

 だが、その弊害は小さくは無かった。そのせいで、気に入らない能力のポケモンは、捨てられるようになってしまった。ポケモンには複雑な能力が絡み合っている。それが一致しないポケモンを、人々は不要として野にはなったのだ。

 

 哀れに捨てられたポケモンたちは、行き場を失った。そのままのたれ死ぬか、あるいは他の生物に食われるか。または、その強大な能力を駆使して、生き残るかであった。

 

 この現状、本来ならば”ゲーム内”で何度も見られた光景だ。ゲームの中ならば、”逃がした”ポケモンはただ消えるだけだ。

 

 しかし、ここはゲームではない。現実に起こっていることだ。それでも逃がす人々は、単純にゲームと現実との区別がついていないのである。いや、転生者にはそのような人も少なくは無いのが現状なのだ。

 

 それをミドリは、心苦しそうに話した。

ゲームの中ならば、仕方ないと思う部分もある。誰もがやっていた。だが、それが現実になるとすれば話は別だ。まるで増えたペットを捨てる感覚。それと同じことなのだと、ミドリはそれを知ったのだ。

 

 カズヤはそれを聞いてハッとし、周囲を見渡した。

ここでのポケモンたちは、みな嬉しそうだった。それでも、捨てられたという事実を、カズヤはそこで理解したのだ。

 

 ミドリもそのカズヤの言葉を、寂しそうに肯定した。

そうだ、ここにいるポケモンは、基本的に捨てられたものばかりだ。”おや”に捨てられ、帰る場所を失った、かわいそうな子たちなのだと。

 

 

「私たちはここで、そんな子たちを保護してるの」

 

「そうかい……」

 

 

 そんな現状を見て、なんとかしなければと立ち上がったのが、この里に住まう転生者たちだった。彼らもまた、ポケモンを特典としてつれてきたものたちだった。ただ、その現状に悲哀を感じ、何とかしなければと思ったのである。

 

 そして、彼らは捨てられて路頭に迷うポケモンたちを保護し、この施設で世話をすることにした。これはポケモンが魔法世界の生態系を、破壊するのを防ぐことにもなっているのだ。ミドリはこの施設で生まれた転生者の一人だったのである。

 

 カズヤはそれを聞いて、無関係だと言う様な返事を一言だけ投げた。

ただ、カズヤはカズヤなりに思うところがあるようで、目の前のイーブイを優しく何度も撫でていたのだった。

 

 そこで部屋にいた一匹のポケモンが、その部屋にあるテレビのスイッチを入れた。この部屋に入るとそれをする癖があるようだ。

 

 

『こんにちはー覇王さん。今日は全国生中継ですよ』

 

『へぇ、全国中継か』

 

 

 すると、立体映像が宙を浮いてついたではないか。それこそ魔法世界で普及しているテレビである。

 

 その画像はある映像を映していた。それはなんと、拳闘大会の中継だった。さらに、そこの映っていたのは、なんとあの覇王だったのである。

 

 

『麻帆良学園女子中等部、3-Aのみんな、見ているかな? 知っているかもしれないけど、僕は覇王。木乃香の友人さ』

 

 

 映像の中の覇王は、何やら情報を発信するかのように、言葉を述べていた。

そう、覇王は行方不明者になった子たちに、色々と情報を渡そうとしていたのだ。

 

 

「コイツは……!」

 

「知り合い?」

 

「あぁ……。でも何故だ……」

 

 

 カズヤは映像の覇王を見て、驚いた顔を見せていた。

そんなカズヤを見たミドリは、映像に映っている男子がカズヤの知り合いなのだろうかと考えた。カズヤはミドリの質問を肯定しつつも、どうして覇王が魔法世界にいるのかを、とても疑問に思っていたのである。

 

 

『君たちの担任も一部の友人たちも、僕の近くで元気にしているよ。そこの彼も無事さ』

 

『どうもっス……。心配かけてゴメンっス……』

 

 

 覇王は自分がネギや一部の3-Aの子たちと一緒にいることを告げた。

そして、そこにもう一人、カズヤが驚く人物が現れたのだ。

 

 それこそ魔法世界のゲートで血まみれになって死にかけていた、状助だったのである。状助は腰が低い態度でヘコヘコしながら、心配させたことについて謝っていた。

 

 

「生きていたのか!」

 

「?」

 

「……いや、なんでもねぇ。こっちの話さ」

 

 

 カズヤは思わず叫んだ。状助が元気そうな姿を見せたからだ。が、それがわからないミドリは、少し驚きながら、不思議そうにカズヤを見ていた。カズヤはキョトンとしたミドリを見て、騒ぎすぎたと反省しながら、いい訳を述べたのだった。

 

 

『さて、僕ならともかく君たちでは、移動手段に乏しいから……』

 

 

 映像の覇王は何やら悩む仕草を見せ、どうしようかと考えていた。

覇王は自分にはS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)があるので移動には困らないと考えた。が、その他の人たちはそうは行かないだろうと、そこで思ったのだ。

 

 

『やはり”彼”が言ったように、一ヵ月後にオスティアと言う場所で開かれる大会で、落ち合うことにしようか』

 

 

 ならば、状助が言ったように”原作どおり”、一ヵ月後のオスティアで再会しようと宣言した。移動にはお金も時間もかかる。それが妥当だと、覇王は考えたようだ。

 

 

『ああ、あと帰りのことも気にしなくていい。”知り合いがいい便を用意してくれる”だろうからね』

 

 

 さらに覇王は言葉を続け、”帰りも問題ない”と話した。

帰りとはゲートのことだ。魔法世界の全11箇所のゲートは、全て破壊されてしまった。普通ならば、旧世界に戻ることはできない。

 

 だが、破壊されていないゲートを覇王は知っている。それこそアルカディア帝国にあるゲートだ。それを使えば、旧世界に返れると考えたのである。

 

 ただ、今はそのゲートもとある事情で封鎖されており、一区切りつかない限りは開くことが無い。とは言え、壊れている訳ではないので、再度開けば使えるのである。

 

 

「おい! オスティアってどこだ!?」

 

「えっと……、ここからずーっと南へ行ったところ辺りだけど……」

 

「そうか! ならこうしちゃいられねぇ!」

 

 

 それを聞いたカズヤは、興奮気味にミドリへとオスティアの場所を尋ねた。

ミドリは地図を頭に描きながら、その問いに焦りつつも答えた。

するとその答えを聞いたカズヤは、すぐさま出て行こうと家の玄関まで走っていったのだ。

 

 

「え!? 出て行くの!?」

 

「目的地がわかったんだ! 行かねぇ訳にはいかねぇだろ!?」

 

 

 ミドリもカズヤを追って玄関までやってきた。

そして、今すぐ出て行くのかと、驚きながら聞いていた。

 

 カズヤは行くあてがわかったのだから、ここにとどまる必要はないと考えた。

それにここに長くやっかいになる気もなかったし、ちょうどいいとばかりに移動しようと思ったのだ。

 

 

「一ヶ月も先でしょ!?」

 

「こっちは歩きだ! 時間がかかる!」

 

「はぁ!? そんなの無茶よ!」

 

「できるできないじゃねぇ! やるかやらないかだ!」

 

 

 だが、ミドリはそこで冷静になって、先ほどのテレビの内容を思い返した。先ほどの男子が言っていた言葉、それは一ヵ月後の約束だった。つまり、まだまだ期間はあるということだ。

 

 それをミドリがカズヤに言えば、カズヤは歩いてそこまで行くと言い出したではないか。ミドリはここからオスティアまでの距離を考え、無茶苦茶だと叫んでいた。

 

 が、カズヤは最初からできないと決め付けてはいない。やってみないとわからないとばかりに、玄関の扉のドアノブに手をかけ、扉を開いたのである。

 

 

「って、おい! 離せ! 離せってお前!」

 

「ブイもアナタを行かせたくないって」

 

「んなこと言ってないであんたもコイツを離せって!」

 

 

 そこに気がつけば、カズヤのズボンの裾を引っ張るイーブイの姿があった。このイーブイはカズヤを行かせないために、食い止めようとしていたのである。

 

 ミドリは関心しながら、カズヤへそれを言った。

しかし、カズヤは諦めずに、イーブイを話そうと抵抗した。ただ、乱暴に抵抗せずに、裾を引っ張り上げる程度だった。

 

 

「アナタ、結構ブイに気に入られたみたいね」

 

「あのなぁ!」

 

 

 ミドリはそのイーブイが、カズヤを気に入ったことを察した。

最初にカズヤを発見したのもそこのイーブイであったし、先ほどから随分とカズヤに可愛がられていた。きっとカズヤが動物好きなことを理解したのだと、ミドリは思っていたのだった。

 

 それをカズヤに言うと、カズヤは呆れた声で叫んでいた。

そうじゃないだろう? このイーブイをどかしてくれ、そう言いたそうな顔であった。

 

 

「あーわかった。その時期になったら、私が送ってあげるから!」

 

「はぁ? あんたが? どうやって?」

 

 

 そこでミドリは一つの提案をした。

それはなんと、一ヶ月手前まで来たら、自分がカズヤをオスティアへと運ぶというものだった。

 

 カズヤはミドリを見て、どうやってそれをしようと言うのかと疑問に思った。力も自分よりなさそうだし、そこまで運ぶ足があるとは思えなかったのだ。

 

 

()に頼むのよ」

 

「彼?」

 

 

 ミドリはカズヤの疑問視した顔を見て、微笑みながらそれを言った。

カズヤはその言葉にも疑問に感じ、一体誰に何を、といった様子を見せていた。

 

 

「こっ、こいつはぁ……!」

 

「そう、彼はリザードンのリザ。彼の足なら数日でそこまで行けるわ」

 

 

 だが、ミドリがそう言った後に、その”彼”は現れた。なんと、その”彼”は上空から空中を滑走するかのようにそこへと舞い降り、最後にゆっくりと着地したのだ。

 

 ドスリと言う音と共に、着地した”彼”を見たカズヤは、大いに驚いていた。まさか、このシルエットは、このオレンジ色の肌は、背中にあるあの翼は。

 

 そして、ミドリはその”彼”の種族と名を言葉にした。それはリザードンだ。かえんポケモンと言う分類の、高熱の炎を吐くポケモンだ。尻尾には常に炎が灯っており、彼の命を映し出すものだ。

 

 このリザードンもミドリの手持ちの一匹で、大空を自由に舞うことができるポケモンだ。そして、ミドリは彼にリザと言うニックネームをつけ、呼んでいた。つまり、このリザードンの背中に乗ってそらをとぶを使い、カズヤをオスティアまで送る気だったのである。

 

 

「はっ、そりゃすげぇな」

 

「でしょ? だから……」

 

「だが、俺はいやだね」

 

「何で!?」

 

 

 カズヤも生で見たリザードンの迫力に、多少なりに驚きを感じていた。確かにコイツなら、そのオスティアとか言う場所までひとっ飛びなんだろう。しかし、カズヤはそのミドリの提案を、あろうことか断ったのである。

 

 ミドリは断られたことに驚き、どうして断ったのだと言葉にしていた。

こんなにも協力的な提案をしていると言うのに、断るなんてありえないと思ったからだ。

 

 

「楽をしたくねぇのさ」

 

「はぁ? マゾなの?」

 

「さぁな……」

 

 

 カズヤは驚く顔をするミドリに、その理由を淡々と話した。

なんということか、カズヤはただ楽がしたくないと言うだけで、今の提案を断ったのだ。

 

 ミドリはそんなカズヤを見て、もしや苦労したがりのマゾなのではないかと思った。

それをミドリが呆れながら言葉に出すと、カズヤはすっとぼけた言い方で、知らないなと言うだけだった。

 

 

「だから、俺は一人で行く」

 

「はぁ……」

 

 

 そんなつまらない理由だが、それが自分の課せたルールだ。故に、そのルールに従って、誰かの手は借りないと、カズヤは考え出て行こうとしたのである。

 

 が、そんな男気をミドリは馬鹿だとしか思えなかった。こんなところで無意味に虚勢を張ってもしょうがないし、何よりその態度は自分に失礼ではないかと思ったからだ。なので、ミドリはそんなカズヤにため息をつきながら、呆れていたのであった。

 

 

「……って、ソイツとコイツをどかせ!」

 

「何のこと?」

 

「とぼけてんじゃねぇよ! ソイツとコイツだ!」

 

 

 しかし、カズヤは出て行こうとして気がついた。

目の前にはリザードンが立ちはだかり、足には未だイーブイがズボンの裾を掴んでいた。これでは流石のカズヤも出て行くことはできない。なので、この二匹をどかせと、ミドリへと叫んだのだ。

 

 ミドリはそこですっとぼけたようなことを言い出した。

何のことやらわからないと、そんな顔も見せていたのだった。

 

 カズヤはさらに言葉を荒げ、この二匹を早くどかせとせがんだ。

これではまったく前に進めない。出て行くことができないと。

 

 

「さぁ? 私はブイにもリザにも、特に命令してないけど?」

 

「むしろどけって命令しろってんだ!」

 

「そう? 私はアナタの意見も尊重しようと思うけど、ブイとリザの意見も尊重したいし」

 

 

 だが、ミドリは再びすっとぼけた。

とは言え、彼女が言っていることも事実であり、実際命令はしていない。

 

 そこでとうとうカズヤは怒りが限界に達したのか、先ほどよりも大きな声で叫んだのである。

どくなと命令していないのなら、逆にどけと命令しろと、怒りの言葉をミドリへと投げつけたのだ。

 

 だと言うのに、ミドリは涼しげな顔で気にしていない様子だった。

カズヤの出て行くという意見もしっかりと聞き入れ、それなら好きにすればいいと言葉にした。また、逆にイーブイやリザードンの意見も尊重し、命令はしないと言ったのだ。

 

 

「ああそうかい……! だったら……」

 

「だったら? どうするの?」

 

 

 すると、カズヤは本気でキレたのか、握り拳を強く握り締め、アルターを使おうとしはじめたのだ。ミドリはカズヤに、だったらこっちも手はあると、そんな感じの言葉を述べたのである。

 

 また、カズヤの行動に反応したリザードンは、カズヤを鋭く睨みつけた。イーブイは逆に、うるうるとした表情を見せ、カズヤに哀愁を見せたのだ。

 

 

「……っ、わーったよ……。あんたのご好意に甘えさせてもらうよ。それでいいんだろ?」

 

「うん、素直でよろしい」

 

 

 カズヤは二匹の表情を見て、気分が萎えたようだ。

むしろ助けてくれた恩人に暴力を振るうのも悪いと感じ、カズヤは自ら折れることにしたのである。

 

 ため息を吐きながら、しおしおとやる気をなくしたカズヤを見て、ミドリは笑顔を見せていた。

それが一番だ。最初からそうしてくれていればよかったのに、そんな表情であった。

 

 

「しょうがねぇなぁ……。だが、何か手伝えることがあんならやらせてくれよ?」

 

「見た目の割りに律儀ね……」

 

 

 ならば、しょうがない。カズヤはそう考え、それならとりあえず世話になろうと考えた。ただ、何もしないのも嫌なので、手伝いぐらいさせてほしいとミドリへと話したのだ。

 

 ミドリはその言葉を聞いて、意外に律儀な性格だと思った。

まあ、確かにさっき、楽をしたくないと言っていたので、それなのかもしれないとは思っていたが。

 

 

「わかった。できそうなことがあれば頼むことにするよ」

 

「頼んだぜ」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 

 ミドリはそれならと考えたが、カズヤができることがわからなかったので、今は保留にした。故に、今後何かしら頼むだろうとだけ言葉にしたのだ。

 

 カズヤもそれを聞いて、快く頼んだとだけ口にした。それにミドリも応え、笑顔を見せたのであった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 カズヤがミドリに保護され、数日が経った。

未だ大人たちが買出しから帰ってこないが、特に大きな問題は起こっていなかった。

 

 カズヤがミドリに頼んだとおり、ミドリはカズヤには小型のポケモンの世話をさせることにした。そして、カズヤもそれを快く受け、それらにいそしんだのである。

 

 

「だけど、本当アナタって、動物に好かれるタイプなのね」

 

「さぁな。意識したことすらねぇ」

 

 

 ミドリとカズヤは小さなポケモンの世話のために、その専用の小屋の中にいた。そこでミドリは数日間カズヤとポケモンの触れ合いを見て、ふと思ったことがあった。なんだろうか、このカズヤと言う男子は、中々どうしてポケモンによくなつかれるのだ。

 

 ただ、カズヤもそのあたりは気にしたことがなかった。

なので、それをミドリから言われても、特に考えもしなかった。

 

 

「不良が動物に好かれる的な何か、ってやつね」

 

「よくわかんねーよ」

 

「あっそー」

 

 

 ミドリはそれを”不良の癖に何故か動物に好かれる”と言うことに例えた。

よく漫画などである設定の一つ、不良なのに動物が好きだったり、動物に好かれるタイプだったりする、というものだ。

 

 が、カズヤはそんなことなど知らないとばかりに、どうでもよさげな顔をしていた。

まあ、確かにカズヤは不良のレッテルをはられた人間ではあるが。

 

 そんなカズヤを見てミドリは、つまらなそうな声を出していた。

今のはちょいと気が利いた洒落のつもりだったのだが、完全にシカトされた形になってしまったからである。

 

 

「私は外の子の面倒見てくるから、そっちは頼んだからね」

 

「ああ、わかったよ」

 

 

 するとミドリは小屋の中にいるポケモンをカズヤに任せ、外のポケモンの様子を見に行くことにした。外にも中型や大型のポケモンが駆け回っており、それの世話をするためだ。

 

 カズヤも中を任され、それに対して返事をしていた。

特に不満も無く、それをしっかり聞き入れた。

 

 

「はぁ~、お前の御主人は随分と強引だなあ」

 

 

 カズヤはしゃがみこみ、足元にいたイーブイをそっと撫でた。そして、ここに厄介になった時のことを思い出し、それを愚痴っていたのだった。また、撫でられているイーブイのブイは、気持ちよさそうな顔を見せていた。

 

 

「法や千雨や、あいつら以外の連中も無事なんだろうな……」

 

 

 さらにカズヤは、自分の友人たちが無事なのだろうかと、ふと心配になった。あいつらのことだ、無事でいるだろうという気持ちはあるが、それでもやはり心配だった。

 

 

「何だ!? 何が起こった!?」

 

 

 だが、その時、すさまじい揺れがその小屋を大きく揺らした。さらには外から爆発音が聞こえ、ビリビリと窓ガラスを振動させたのだ。カズヤは今の衝撃でただ事ではないと思い、すぐさま小屋の外へと飛び出した。

 

 

「こっ、これは!?」

 

 

 すると、牧場のようになっていた場所のあちこちに、大小さまざまなクレーターができていた。綺麗な緑色の絨毯は茶色が入り混じり、まるで紅茶や珈琲をこぼしたかのような状態となってしまっていたのだ。

 

 

「何だよ……! これはどういうことだよおい!!」

 

 

 カズヤはすぐさま周囲を見渡すと、あちらこちらで倒れているポケモンたちを発見した。一体どうなっているのだろうか。先ほどまでは平穏だった草原が一変し、完全に戦場の跡のような状態だった。カズヤはまったくもって理解が追いつかず、たちまち叫んだ。一体何がどうなってしまったのだと。

 

 

「おい、あんた! 大丈夫か!?」

 

「……え、ええ……。それよりも……」

 

「なんだってこんな……!」

 

 

 そこでカズヤは少し離れた場所で、倒れ伏せているミドリを発見した。近くにはあのリザードンも倒れており、何かと戦っていた可能性を感じさせていた。

 

 カズヤはすぐさまそこへ近づき、ミドリを抱え上げた。ミドリはカズヤの言葉にしっかりと返答し、自分よりもポケモンたちを助けて欲しいといいかけていた。

 

 だが、カズヤの心境はそれどころではなかった。このようなことになったのを見せられて、かなり頭にきていた。その怒りはカズヤの体を小刻みに震わせ、絶対に許せないと拳を強く強く握り締めたのだった。

 

 

「ハハッ! ハハハッ!!」

 

「てっ、テメェは!! テメェが!!」

 

 

 すると、そこから離れた場所で、大きな笑い声が聞こえてきた。カズヤはこの声に聞き覚えがあった。知っていた。記憶していた。そうだ、あの時、あのゲートで、自分たちを襲ったクソ野郎の笑い声だ。

 

 そう、その笑っている本人こそ、カズヤたちをゲートで攻撃したスーパーピンチの男だったのだ。スーパーピンチの男は、黄色いロボット型のアルター、スーパーピンチクラッシャーの肩の上で仁王立ちし、そこから見下すかのように周囲を眺めていたのである。

 

 カズヤはその男を発見すると、すさまじい形相で睨みつけ、そっちの方へと歩き出した。そして、本気の怒りを吐き出すかのように、その男へと、言葉にならないほどのけたたましい叫び声をあげたのだ。

 

 また、どうしてスーパーピンチにこの里のポケモンたちが負けたのか。それはここにいるポケモンの大半が捨てられ、育っていないものばかりだったからだ。それに大人たちが買出しから未だ帰ってきておらず、強いポケモンが少なかったからである。

 

 

「テメェ! 人様の庭でこれほどのことをやらかしたんだぞ! 笑ってねぇで何とか言えよ!!」

 

「ハハハハハハッ! ハハハハハハハハハッ!!」

 

「何かあんだろ! すいませんでしたとか、ごめんなさいとか、二度としませんとか!」

 

 

 カズヤは他人のシマを荒らした目の前の男に、怒りをぶつけるような雄たけびを上げていた。ふざけたことをやってくれたな。絶対にへこませてやる。そう思っていた。

 

 だが、目の前の男はただただ笑うだけだった。何がおかしいのかまったくわからないぐらい、笑っているだけだった。

 

 カズヤはそれが許せなかった。ここをどうして襲ったとか、そんな理由はどうでもいい。だが、落とし前は付けてもらう。ここを襲ったケジメは、報いは、絶対に受けてもらう。そんな感じの言葉を、カズヤは敵へと叫んでいた。

 

 

「ヒヒハヒハハハハッ!!! アハハハハハハハッ!!!!」

 

「ああそうかい……。だったら、テメェはぶっ潰すッ!!」

 

 

 それでも目の前の男は、自分のアルターの肩の上で、狂ったように笑うだけだった。もはやこの男に理性というものはないのだろうか。まったくもっておかしくなってしまっていた。

 

 カズヤも目の前の男が普通ではないことを理解した。

だが、そんなことも関係ない。どんな相手であれ、こんなことをやらかした相手は、ただぶん殴るのみだ。そうだ、ヤツは許せないクソ野郎だ。ぶっ飛ばす以外ありえない。それをカズヤは怒りと共に言葉として吐き出した。

 

 そこでカズヤは強く握った拳を天に掲げ、戦う意思を見せた。

周囲の地面が抉れ、虹色の粒子となりて、分解された腕と共に再構築を始めた。そう、本気のシェルブリットを作り出し、戦う姿勢を整えたのだ。

 

 

「それが……、アナタの……」

 

「あんたは傷ついた連中とともに離れてな!」

 

 

 ミドリはカズヤの変質した腕を見て、それが彼の特典(ちから)なのかと思い驚いた。さらに髪が逆立ち、いつもの頼りない表情から、鋭い目となった猛獣のような表情へと変貌したことにも驚いていた。

 

 また、カズヤはそんなミドリに、この場所から怪我したポケモンとともに離れることを、忠告として述べたのだ。

 

 

「くたばりやがれ!! ”シェルブリット”オォォォッ!!!」

 

「ハハ! ハハハハハハッ!!」

 

 

 カズヤはその後、すぐさま背中に装着されたアルターのプロペラを、猛烈な速度で回転させた。さらにシェルブリットを展開し、推進力を増して加速した。そして、目の前のスーパーピンチ目がけ飛び込み、拳を前へと突き出したのだ。

 

 敵はそれを迎え撃とうと、スーパーピンチクラッシャーが右手に持つパワードライフルでカズヤを狙い打った。だが、カズヤはそれを回避し、ついにスーパーピンチクラッシャーの前まで飛び込むことに成功したのだ。

 

 

「オラァァァッ!!!」

 

「ハハッ!?」

 

 

 カズヤはそのまま拳を振りぬき、スーパーピンチクラッシャーの胸部を殴り飛ばした。するとカズヤの拳の衝撃で、そのスーパーピンチクラッシャーはたった一撃で粉々に粉砕されたのである。

 

 スーパーピンチの肩の上にいた敵の男は、その勢いで盛大に空へと吹き飛んだ。表情も普段の狂ったような笑みではなく、多少なりに焦った様子であった。

 

 

「ハッ! どうだ!」

 

「ハッ……ハッハッハッ!!」

 

 

 カズヤは弧を描くように地面へと着地し、吹き飛んだ相手を見ていた。

参ったか、そう言う顔だった。だが、次の瞬間勝ち誇ったカズヤの表情は、すぐさま変わることになる。

 

 なんということだろうか。敵の男は再び、スーパーピンチクラッシャーを再構築したのだ。あれほどの巨大なアルターを再構築するというのは、相当精神に負担が大きいはずなのだ。それでも男は再び構築したスーパーピンチクラッシャーの肩の上で、またしても狂ったように笑い出したのであった。

 

 

「チィ! またそれかよ!!」

 

「ヘハハハハハハッ!!!」

 

 

 カズヤは焦った表情となりながら、ゲートの時のことを思い出していた。

ゲートで強襲してきた時も、同じように倒しても倒しても、即座に再構築されてしまった。これでは何度やってもきりがない。ただの根競べになってしまうのだ。

 

 敵の男はそんなカズヤを、見下すかのように笑っていた。

こちらは平気だ。何度やられても復活するだけだ、そう言いたげな顔だった。

 

 

「ハハハハアハハハハッ!!!」

 

「なっ! こいつ!!」

 

 

 さらに、敵はあろうことか、切り札を持ち出した。天空にて虹色の粒子が渦を巻き、その中心からそれは現れた。そう、それこそスーパーピンチクラッシャーのサブメカ、赤色の羽を持った大いなる翼、ピンチバードだ。

 

 カズヤはそれを見て、本気を出したかと思った。

だが、この程度で驚いている訳にもいかない。倒さなければと、そう考え拳で地面を殴り、上空へと舞ったのだ。

 

 

「ハハハハッ!! フハハハハハッ!!!」

 

「野郎ッ! ぐうっ!!」

 

 

 しかし、本来ならばそのまま合体するはずのピンチバードが、カズヤへと襲い掛かったのだ。まるでジェット機が飛行するほどの速度での、翼を使った攻撃を受けたカズヤは、あろう事か地面に叩き落されてしまったのである。

 

 

「グオオアァァァッ!!?」

 

「カズヤ!」

 

 

 さらに地面に衝突したカズヤへと、ピンチバードは追撃を行った。その巨大な鉄の爪を使い、カズヤを攻撃したのである。

 

 今の攻撃にカズヤはたまらず苦痛の声を大きく上げた。

それだけではなく、すさまじい衝撃と激痛を受け、後方へと吹き飛ばされ転がったのである。

 

 ミドリは猛攻を受けるカズヤを見て、たまらず叫んだ。

そして、そこへと駆けつけるかのように走り出したのだ。

 

 

「来るんじゃねぇ! ぐぐ……」

 

「でも!!」

 

「いいから来るな!」

 

 

 だが、カズヤは痛みに耐え、ゆっくりと立ち上がりながら、そんなミドリを見て、それを制止した。

こっちに来ても危険なだけだ。目の前の敵が何をしでかすかわからない。かなり危ない状況だ。

 

 それでもミドリは叫んだ。

このままではカズヤがやられてしまう。それはあまりに心苦しい。自分も、自分のポケモンもまだ戦える。一緒に戦おうと、そう言おうとしたのだ。

 

 しかし、ミドリがそれを言う前に、カズヤが大きく叫んだ。

来るな。絶対に何があろうとも、こっちに近づくなと。

 

 

「ハハハハハハッ!!」

 

「やろ……グウオオオォォッ!!!」

 

 

 そんな中、ピンチバードはついにスーパーピンチクラッシャーとの超ピンチ合体を果たした。カズヤがひるんでいる時に、それを行ったのである。

 

 ピンチバードが変形、展開して巨大なロボのボディーとなり、スーパーピンチクラッシャーがその胸部へと収納されたのだ。崖っぷちのスーパーピンチの最強の姿。赤く輝くマッシヴなボディ。背中に生えた巨大な翼。これこそがグレートピンチクラッシャーなのだ。

 

 また、敵の男は地面に降り立ち、ピンチガードなるバリアを張りながら、地をのたまうカズヤを見て笑っていたのである。

 

 そして、グレートピンチクラッシャーは、デンジャーハザードを使ってさらにカズヤを攻撃した。胸部の腋から発射される、ビームのような攻撃だ。その連射を受け、足元がおぼつかないカズヤは吹き飛ばされ、再び地面に転がされてしまったのである。

 

 

「ハハハハッ!! ヒャハハハハッ!!!」

 

「クソ……!! こんなところでよぉぉーッ!!」

 

 

 そこでとどめと言わんばかりに、グレートピンチクラッシャーは上空へと羽ばたいた。背中に搭載された翼がボディーと分離し、巨大なバスターソード型の剣、ラストチャンスソードへと変形したのである。それを青く輝く天空にて握りしめたグレートピンチクラッシャーの勇士は、まさに勇者立ちであった。

 

 カズヤは何とかしようと再び立ち上がろうと、必死で足に力を入れていた。だが、先ほどと今の攻撃と、右腕の消耗により、うまく立ち上がれないでいたのだ。

 

 そこへグレートピンチクラッシャー最強の技が、天から地へと放たれた。握り締められたラストチャンスソードから、紫色のまがまがしい光が発生し、それが刀身となって伸びたのである。

 

 その剣をそのまま頭上まで振り上げ、勢いよく落下しながらその光とともに振り下ろしたのだ。それこそが逆境を乗り越え、逆転の一手となるその奥義、逆転閃光カットだ!

 

 すさまじいこの奥義を見て、未だ動けぬカズヤは焦った。

あの技はこのシェルブリットでも、かなり厳しい攻撃だ。防ぐのならば、それ以上の技で対処しなければならない。目の前の敵はバリアを張り、防御に徹している。どちらを攻撃しても間に合わない。

 

 カズヤはここで一瞬だが諦めかけた。ここで終わりだというのか、この一撃で終わってしまうのだろうか。いや、まだだ、まだ終われない。そう意思と信念を再び強く持ち、迫り来る脅威を破壊するために、拳を強く握り締め、それに立ち向かおうとした。

 

 

「なっ! お前!!」

 

「ハハッ!?」

 

 

 だが、そこへカズヤとグレートピンチクラッシャーの間に入り、その攻撃を相殺せんとするものが現れた。それはあの時のリザードンだった。もはや傷だらけだったというのに、決死の覚悟でフレアドライブを使い、逆転閃光カットを受け止めたのだ。

 

 流石の敵の男も、それには驚いた様子を見せていた。

まさか、この技を相殺するほどの威力を、あの赤きトカゲが持っているとは思っていなかったのだ。

 

 

 フレアドライブとは、ポケモンが使う炎タイプの技の中でも、高い威力を持つものだ。炎を全身にまとい、渾身の力をもって敵に体当たりするという技だ。

 

 しかし、リザードンの放った、そのフレアドライブには、当然ながら反動が存在する。ゲーム上ならば、相手の与えたダメージの三分の一を、自分のダメージとして受けることになる。ここはゲームの中ではないが、それ相応の反動がリザードンを襲ったのだ。

 

 

「お前!? 何でだ! 何でだよ!!」

 

「……リザは、アナタを助けたかったのよ……」

 

「だから何でなんだよ!!」

 

 

 今の攻撃を防いだリザードンであったが、その衝撃と反動により吹き飛び、その大地へと叩きつけられた。そこへカズヤは走ってきて、どうして自分を助けたと何度も叫んでいたのだ。

 

 ミドリも悲しげな表情をしながら、その場へと駆けつけ、その理由をリザードンの代わりに言葉にした。

目の前で苦しそうに倒れこむリザードンは、カズヤを助けたい一心で行動をしたのだと。

 

 しかし、カズヤにはそれがわからなかった。

自分を助ける理由もないはずだ。自ら傷つく理由もないはずだ。なのに、どうして自分なんかを助けたのだ。身を挺して助けてくれたのだ。

 

 カズヤはたまらずそれを叫んだ。

自分が傷つくのはかまわない。だが、それ以外の関係の無いものが傷つくことを、カズヤは許せなかったのだ。

 

 

「テメェ!! テメェェェェッ!!」

 

「ハハハハッ!」

 

 

 カズヤは敵に大声で叫んだ。

怒り、もはや怒りとしか言いようのない、全身から沸き立つような激しい激昂だった。

 

 しかし、悲しいかな。目の前のグレートピンチクラッシャーは再び攻撃しようと、ラストチャンスソードを構えた。この一撃でかたがつく。故に、敵は笑っていた。大声で笑っていた。

 

 

「ハッ!?」

 

「ブイ!」

 

 

 そこへ複数の星形の光が、笑っていた男を襲った。スピードスターと言う技で、相手に絶対に命中するという効果のあるものだ。その技は確かにそのとおりに男へと命中したが、男はピンチガードで守られており、今の攻撃でのダメージを与えることができなかった。それでも男は一瞬、一瞬だが気を取られた。

 

 そして、その攻撃を行ったのは、カズヤとともに小屋にいたイーブイだった。イーブイは全身の毛を逆立てながら、目の前の男とグレートピンチクラッシャーを、威嚇していた。また、ミドリはそんなイーブイを見て、心配するようにその名を大声で呼んだのだった。

 

 

「貰ったアアアァァァッ!!」

 

「ハッハハッ!?!?」

 

 

 カズヤは男がイーブイの攻撃でひるんだのを見て、チャンスだと思った。背中のプロペラを盛大に回転させ、その中心から粒子を放出し、いっきにグレートピンチクラッシャー目がけ、加速したのだ。

 

 男は気を取られていたことに気がつき、カズヤの攻撃に遅れをとった。男がそれに気がつき驚いた時にはすでに遅く、カズヤはグレートピンチクラッシャーに届くかというところまで飛んできていたのだ。

 

 

「”シェルブリットバースト”オォォォッ!!!!」

 

「ハハッ!?」

 

 

 カズヤはそのまま光り輝く右腕で、グレートピンチクラッシャーの顔面を殴りぬいた。すると、その衝撃と破壊力で、グレートピンチクラッシャーを完全に粉砕したのである。

 

 敵の男はそれを見て驚きつつ、グレーとピンチクラッシャーの破壊で起きた爆発に巻き込まれていた。そして、男は爆風と衝撃で上空へと高く飛び上がり、苦痛の笑い声を出していたのだった。

 

 

「ハッ……ハッ……! ハハッハハハッ!」

 

「チィ!!」

 

 

 しかし、吹き飛ばされて朦朧とした顔を見せた男は、再びスイッチが入ったかのように切り替わり、笑い出したではないか。さらに、再びアルターを構築しはじめ、スーパーピンチクラッシャーが頭部から出現したのである。

 

 

「ハァァァ!!?」

 

「お前! まだ……!?」

 

 

 だが、それを防ぐかのように、倒れていたリザードンが渾身の力を振り絞って、その男へと攻撃した。男がその特典(ちから)を出す前に、リザードンが再びフレアドライブを使い、突撃したのである。

 

 男は今の攻撃を受け、笑い声のような悲鳴のような、そんな声を叫んでいた。流石にアルター構築中の状態では、今の攻撃を防ぐことはできなかったようだ。そして、男は炎の渦巻くリザードンの猛烈な突撃により、炎の熱と衝撃を受け、どこかに飛んで行ったのだった。

 

 カズヤは倒れていたはずのリザードンが、再びあの技を使ったことに驚いた。何と言う意思の強さだろうか。まさかあれほどの状態から、二度もあの技を使うとは思っていなかったのだ。

 

 

「おい! 大丈夫なのかよ! おい……!!」

 

「待って!」

 

 

 だが、今の攻撃でリザードンは、失速しながらゆっくりと地面に落下し、動かなくなってしまった。カズヤはすかさずそこへと駆け込み、不安な表情で心配しているような言葉を叫んでいた。

 

 そこへミドリがすぐさま駆けつけ、リザードンの容態を確認した。

カズヤはそれを見て、無事を祈るばかりであった。

 

 

「……大丈夫、”ひんし”なだけ……。道具を使えばすぐに治る」

 

「ハァ……。そうかい……」

 

 

 ミドリはリザードンの状態を確認したのち、安堵した様子で、”ひんし”状態であることを告げた。

”ひんし”状態とはすなわち、戦う力が残っていない状態のことだ。つまるところ、命に別状はないというものだ。

 

 それにリザードンが命の危機に瀕すれば、尻尾の炎が消えかけるはずだ。確かにリザードンはボロボロで動けない様子であるが、尻尾の炎だけは多少弱弱しくあるが、しっかりと灯っていたのである。

 

 カズヤはそれを聞いて、ほっとしながら息を小さく吐いた。自分の為に体を張って、死んでしまったら心苦しいからだ。故に、無事でよかったと、そう素直にカズヤは思っていた。

 

 

「ありがとな、お前ら」

 

 

 カズヤは倒れたリザードンと、気がつけば側にやってきていたイーブイへと、礼を述べていた。

二人のおかげで助かった。とても感謝していると、心の底からそれを言葉にし、緩んだ表情を見せたのだ。

 

 それを言われたイーブイもニコニコと笑っており、倒れて治療を受けているリザードンも、ニヤリと笑って見せていた。だが、そんなあたたかな時間はカズヤによって、すぐさま中断されてしまったのだ。

 

 

「……! いや、まだだ……!」

 

「何が……?」

 

 

 カズヤはここでふと、何者かが近くで見ていることに気がついた。誰か近くにいる。先ほどからあの戦いを眺め、楽しんでいた奴がいる。

 

 ミドリはそれに気づいていないため、カズヤの言動がよくわからなかった。一体どうしてしまったというのか。そんな表情で驚くだけだった。

 

 

「誰だ! こっちを見てほくそ笑んでるヤツは!!」

 

 

 カズヤはまだ見ぬ敵の気配を感じ取り、突如として地面に拳を突き立て、上空へと急上昇して行ったのだ。また、戦いが終わったと考え閉じていた右腕を再び展開し、背中のプロペラを使って爆発的に加速したのである。そして、カズヤは勘でその相手の位置を察し、そこへと空中から突撃していった。

 

 すると、カズヤが目指す場所に一人の男が、威風堂々と立っていた。四角いレンズのサングラスをかけ紫色の髪をオールバックにし、漆黒のスーツを着こなす男がいやらしく笑いながら立っていた。

 

 

「そこかぁぁ!!!」

 

「カズヤ!」

 

 

 カズヤはそのままその男へと、一直線に突撃した。

それを見たミドリは、カズヤを心配するように、彼の名を叫んでいた。

 

 

「フッ」

 

「ウオオオオッ!!!」

 

 

 そんなカズヤを眺めながら、その男は笑いつつ、姿勢を変えずにふわりと宙に浮いた。杖もなく魔法も使わず、自然に宙に浮いて見せたのだ。

 

 だが、カズヤはそんなことを気にする余裕もなく、その拳を男目がけて突き出した。しかし、男は片手をかざすと、そのカズヤの攻撃を謎のバリアで受け止めて見せたのだ。

 

 

「テメェ! まさかあん時のヤツかッ!!」

 

「はい、”本国側(メガロメセンブリア)”の転生者、ナッシュ・ハーネスです」

 

 

 カズヤは受け止められた拳以上に、その男の顔を見て一瞬驚いた。

この目の前の男は、確か学園祭の時に現れた男だ。ビフォアの部下だった男だ。直一から聞かされていた男だ。

 

 そして、男もそれを尋ねられ、静かにニヤニヤと笑いながら、それに答えた。

本国の元老院であり転生者でもある、このナッシュ・ハーネスだと、余裕の態度で言い切った。

 

 

「テメェがここを!? 」

 

「私が襲わせました」

 

「ふざけんなあッ!!」

 

「本気ですよ?」

 

 

 さらにカズヤは怒りを噴出すかのように敵へと問い詰めた。

まさか、ここを攻撃させたのは、目の前にいるいけ好かない男なのだろうかと。

 

 その問いにもナッシュは静かに、やはりあざ笑うように答えた。

そうだ、そのおとり。カズヤの察したとおり。あのスーパーピンチの男は自分の部下で、ここを襲わせたのも自分だと、そうはっきり言ったのだ。

 

 カズヤはその発言に、完全にキレた。

怒りが爆発した。絶対に許さないと決めた。それを表すかのような、けたたましい叫びをカズヤは喉の奥から発したのである。

 

 が、そんなカズヤを見ても、いまだ余裕の態度で嘲笑する目の前の男、ナッシュ。ふざけるな、と言われても困るとばかりに、むしろ本気で行ったと、ふざけた様子で語りだしたのだ。

 

 

「そうです、その憤怒です、その悲哀です! その強固な信念です! では開いてもらいましょう、向こう側の世界の扉を……!」

 

 

 また、ナッシュのバリアとカズヤの拳の衝撃で、すさまじい火花と雷撃が発生していた。その衝撃はすさまじく、ナッシュのサングラスにヒビが入るほどであった。

 

 しかし、それを見てもなおも、ナッシュは余裕だった。むしろ、カズヤの力を引き出させるかのように、挑発していた。

 

 そうだ、その力だ。もっと見せてみたまえ、君の本気を。”向こう側へ通じる扉”を開いて見せろ。ナッシュはそれを馬鹿にするかのような言葉遣いで、カズヤへと述べていた。

 

 

「でないとここを襲ったことは、無駄になってしまいますよぉ? あなたのせいでねぇ……!」

 

「野郎ゥゥゥッ!!!」

 

 

 だが、まだ”扉”を開くには足りないと思ったナッシュは、さらにカズヤを煽った。ここを襲ったのは単純明快。カズヤを怒らせて”扉”を開いてもらうためだ。

 

 故に、この場所はただ利用しただけにすぎない。そう、カズヤがここにいたからこそ、ここが襲われたのだと、そうナッシュは言葉にしたのだ。

 

 そして、ならば”扉”が開かれなければ、ここを襲った意味などない。そのまま無意味に襲われ、破壊されただけの場所になってしまう。自分の腐れた行動を棚に上げながら、ナッシュはそれを馬鹿にしたような口調で、カズヤへと言ったのだ。

 

 カズヤはその言葉に、もはや怒りすらも通り越していた。怒りは暴走し、完全に我を失うほどに、カズヤはプッツンした。マジに暴れだすほどの怒りだった。また、とめどなく発生する怒りの感情が、カズヤの拳にさらなる力を与えたのだ。

 

 

「”シェルブリット”ォォ!!」

 

「何!?」

 

「”バースト”ォォォッ!!!」

 

 

 カズヤは怒りを信念に昇華させた力で、必殺の技を放った。するとカズヤの右腕がさらなる光を発し、爆発的な破壊力を生み出したのだ。

 

 ナッシュはそれに驚き、一瞬たじろいだ。

何と言うすさまじい力だろうか、これほどの力が出せるとはと、驚いていたのだ。

 

 カズヤが技の名前を言い終えると同時に、ナッシュが発生させていたバリアを打ち砕いた。さらにナッシュがかけていたサングラスも、バリアもろとも破壊したのである。

 

 だが、カズヤの拳はナッシュには届かなかった。別にナッシュが新たな防衛策を使った訳ではない。ナッシュはただ、たじろぎ後ろへと下がっただけだ。

 

 では何故だろうか。それはそこに発生した光の柱が、カズヤを飲み込んだからだ。そう、この光の柱こそが”向こう側の扉”であり、ナッシュが目指す目的の一つだったのだ。

 

 

「ほう、私の能力を一瞬でも貫くとは……」

 

 

 ナッシュは一人、感心するかのようにごちった。自分の力には自信があり、信頼しきっているナッシュ。そのナッシュの能力を一瞬でもカズヤが超え、貫いたことにナッシュは面白いと感じていた。

 

 

「そして、しかと確認できました。この大地でも扉が開くことを……」

 

 

 また、ナッシュの目的はこの”向こう側の扉”が、この魔法世界でも発生するかというものだった。それをカズヤが発生させたことで、その目的は達成されたのである。

 

 だが、それだけではない。ナッシュはカズヤと法の力を利用するのが目的だ。今回はただの実験でしかない。ナッシュは自分をカズヤに標的としてもらうために、ここに現れ挑発することも目的の一つだったのだ。つまり、自分を攻撃しにやってくるカズヤを、再び利用しようと目論んでいるのだ。

 

 しかし、何故ナッシュはカズヤの位置を知ることができたのだろうか。それは簡単なことだった。ゲートをナッシュの部下が襲った時に、気づかないように発信機をカズヤに取り付けたのだ。さらに、それは法にも付けられており、法の現在位置もナッシュは把握しているのである。

 

 

「さて、目的も達成できましたし、退場するとしましょう。それでは、お待ちしておりますよ……」

 

 

 ナッシュは目的が完遂されたことを見て満足し、そのままこの場から消えていった。用がなくなったのだから、ここにいる必要もない。それに、次の準備もあるため、ナッシュは早々に立ち去ったのだ。

 

 

「何……、あの光は……」

 

 

 ミドリは突如として発生した光の柱を、ただ呆然と眺めていた。

あの光は一体なんだろうか。カズヤが発生いさせた現象なのだろうかと思いながら。また、横にいるイーブイや治療を終えたリザードンも、同じようにそれを見ていた。

 

 

「ここはまさか……!」

 

 

 そして、カズヤは”向こう側”へとやってきていた。虹色の光に満たされた、トンネルのような空間。それこそが”向こう側”の領域だ。

 

 地面もなにもないこの空間で、カズヤは漂いながら思い出していた。この空間こそは、まさしく”向こう側”であることを。

 

 

「あれは……!」

 

 

 さらにカズヤの背後の空間が、白い光に満たされ始めた。カズヤはそれに気がつき後ろを振り向けば、そこには黒い炎を全身に燃やし、右腕が黒く、左腕が白い人影を発見したのだ。だが、その謎の人影は、光の中へと消えていった。

 

 しかし、カズヤはあれを知っていた。この”特典(アルター)”を持つカズヤだから、知らないはずがなかった。覚えていた。ただ、それを追おうとまでは思わなかった。故に、その人影が消えていくのを、じっと眺めているだけだった。

 

 

 そして、場所は変わってここはグラニクス。その都市にて一人の男子が、その異変に気がついた。

 

 

「ぐっ……」

 

「どうした法?!」

 

「いや、大丈夫だ……」

 

 

 法は千雨と買出しに出かけていた。だが、突然右腕を謎の感覚が襲い、荷物を落としてしまっていたのだ。また、法は右腕を押さえながら、苦悶の表情を見せていた。

 

 千雨は法の突然の異変に、驚いた様子で心配した声を出していた。

法はそんな千雨を安心させるかのように、問題ないと一言言葉にしたのである。

 

 

「カズヤ……。まさかヤツが、”扉”を開いたとでも言うのか……」

 

「一元がどうかしたのか!?」

 

「なんでもない」

 

 

 その腕の感覚を感じ、法は一つのことを察した。カズヤが”向こう側の扉”を開いたのではないかということだ。そうでなければ、このような感覚に見舞われるはずがないと、法は考えたのだ。

 

 法もまたカズヤと同じアルター使い。それだけではなく、どちらも同時に”向こう側の扉”を開いたもの同士だ。故に、カズヤが”扉”を開いたことを、感覚で理解したのだ。

 

 しかし、千雨にはまったく訳のわからないことだったので、法にそれを尋ねた。法はその問いには答えず、あえて黙っておくことにしたのだ。

 

 何せ”扉”をどう説明すればいいのかわからない上に、カズヤがまた無理をした証拠でもあるからだ。そんなことを教えて千雨を不安にさせるのなら、あえて黙っておこうと法は考えたのである。

 

 

「だが、今確信した。カズヤは生きている」

 

「本当か!」

 

「ああ……」

 

 

 だが、法にも一つ確実にわかったことがあった。それは”カズヤが生きている”ということだ。あのカズヤが”扉”を開いたのならば、そこにカズヤがいるはずだ。ここからはそれが見えないが、間違いなくカズヤは生きている。それを法は理解した。

 

 なので法は、それだけを千雨に教えた。

すると千雨も驚きながらも、安堵と喜びが混じったような表情を見せていた。

そして、再度確認するかのように尋ねる千雨へと、法は微笑んで間違いなくと言うのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:新芽ミドリ

種族:人間

性別:女性

原作知識:あり

前世:10代学生

能力:ポケモントレーナー

特典:ゲーム内の自分のポケモンを転生世界へ連れて行く

   ポケモンを”現実的に”育てる才能

 

 

 



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百三十一話 仲間たちは今 その①

 ポケモンの里が襲われてから数日が経った。あの時に襲われたポケモンたちは、みな無事だった。多少なりに怪我をしたものが多かったが、ミドリがきずぐすりで治療できる範囲だったのだ。

 

 また、あれから大人たちが帰ってきて、ミドリがこの惨状を説明した。そして、復興を行い、里は元通りに直ったのだ。

 

 カズヤもまた里のものたちに歓迎され、同じように復興を手伝った。自分が招いたという訳ではないが、原因の一つだったことに、カズヤは少なからず罪の意識があったからだ。

 

 復興が終わった後、カズヤは地図をずっと眺めていた。静かな怒りを見せるように、憎悪する敵を睨むように。

 

 そのカズヤの姿を、ミドリは遠くから見ていた。どこかにこのまま行ってしまいそうな、そんな儚さがあったからだ。

 

 

「あれ……? カズヤ?」

 

 

 そして、その次の朝。ミドリはふと起きて、カズヤが寝ている寝室へとやって来た。すると、そこにはカズヤの姿はなく、綺麗にしっかり片付けられた部屋だけが残っていた。

 

 

「置き手紙……」

 

 

 また、テーブルには一枚、紙切れのようなものが置いてあった。それはミドリに当てて書かれた、手紙だったのだ。

 

 ミドリはそれを見つけると、その場で急ぐように読んだ。そこにはカズヤの今まで居座らせてくれた感謝と、自分が黙って出て行くことの謝罪が載っていたのだ。

 

 

「……! まさか!」

 

 

 ミドリはすぐさま自分の家の玄関へ走り、その扉を開いた。まだ朝方で太陽は低く、朝の日差しが山々に遮られながらも、ゆっくりと里を照らし始めていた。

 

 だが、そこにはすでに、誰もいなかった。否、一匹のポケモンが、外で遠くを見つめていた。それはミドリの手持ちのポケモンのイーブイのブイだった。

 

 

「……ブイ、彼は出て行ってしまったのね……」

 

 

 ミドリはそっと、そのイーブイを抱きかかえると、同じ場所を眺めた。

きっとイーブイは、彼が出て行ったのを知っているのだろう。きっと止めようとしたけど、止められなかったのだろう。だから、せめて見送るように、ずっと彼が歩いていった軌跡を見つめていたのだろう。そのことを察し、ゆっくりイーブイの頭を撫で始めた。

 

 

「馬鹿な人……。気になんてしてないのに……」

 

 

 そして、ミドリは手紙の内容を再び読んだ。

そこにはこの里が襲われたのは自分のせいであると書いてあったのだ。それを謝罪する文が書かれていたのだ。

 

 カズヤはあのナッシュが、自分を目的としてやってきたのを知った。理解していた。故に、ここにずっと居座るのはまずいと考えた。これ以上迷惑はかけられないと思った。そう考えたカズヤは、誰も目を覚まさない内に、こっそりと出て行ってしまったのだ。

 

 ミドリはその謝罪を見て、ぽつりとこぼした。

カズヤがこれに書いたとおり、里が襲われたのは彼がここに来たからなのだろう。でも、それを気にする人はいなかったし、ミドリ自身気にしたことは無かった。

 

 約束通り、その時期が来たらリザードンでオスティアへ送るつもりだった。なのに、カズヤはそのことに対して心を痛め、出て行ってしまった。本当に馬鹿だ、馬鹿な男だ。そう、悲しげに吐き捨てながら、ミドリは遠くを眺めるしかなかった。

 

 

 そして、出て行ったカズヤは、再び森を歩いていた。苦しそうに右腕を左手で押さえながらも、確実に足を前に出していた。

 

 そうだ、最初からこうしていればよかった。それなら誰にも迷惑をかけることなどなかった。そう考えながら、ひたすら森の中を歩いていたのだ。

 

 

「……」

 

 

 また、カズヤの右目はまぶたが落ち、開かなくなっていた。特典(アルター)を使いすぎたカズヤは、その部分にまで侵食の影響がでてきていたのだ。いや、”スクライド”を考えれば、むしろこの症状が出るのは遅い方だ。それでも、片目のまぶたは通常では、自力で開くことがなくなってしまったのだ。

 

 この症状は、里が襲われた時に戦った後に発生したものだった。それを見たミドリは、かなり心配した様子を見せていた。カズヤはそれをふと思い出し、小さく笑った。だが、それも一瞬のことで、すぐさま目つきを鋭くさせ、怒りを露にしたのである。

 

 

「あの野郎は……、あの野郎だけは絶対に許さねぇ……」

 

 

 そうだ、あの里を襲い、自分を挑発してきたあの野郎は、ナッシュとか名乗ったクソ野郎だけは、絶対に許せるものか。カズヤはそれを怒りとともに口に出し、ゆっくりとだがしっかりと大地を踏みしめ、前へと歩いていた。

 

 

「メガロなんたらだったな……。待ってろよ……、クソ野郎……」

 

 

 あの男だけは絶対に倒す。そう決意を新たに固めながら、ヤツがいるであろう場所へと、カズヤは歩いて行った。あの男はこう言った。”本国側(メガロメセンブリア)の転生者”だと。つまり、ヤツがいる場所はそこだということだ。ならば、そこへ殴りこみ、その男を倒す。カズヤはそれを考えながら、ひたすらにその場所を目指すのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 時間を戻し、カズヤがミドリに保護され目覚めた頃、一人の少年が魔法世界の空をものすごい速度で飛行していた。その少年はカギであった。肩にカモミールを乗せながら、杖をスケートボードのように乗りこなし、縦横無尽に飛び回っていたのだ。

 

 

「チクショー! どこがどこだかわからねぇー! 迷子になっちまったー!」

 

「だから言ったじゃねーっすか! しっかりと空飛ぶ船で行きやしょうって!!」

 

 

 とても深い山奥の上空にて、カギの声がこだましていた。

カギは今の状況にヤバイと感じ、焦りの声を大きく上げていたのである。

 

 何と言うことか、カギは今飛んでいる場所が、どこなのかわからなくなってしまったのだ。一言で言えば迷子になっていたのである。カギは今自分がどこにいるかさえも、わからなくなってしまっていたのだ。

 

 カモミールはそこで、カギの反省点をはっきりと言葉にし、叱咤した。

杖で目的地に行こうとせず、ちゃんとした交通手段を使って行くべきであったと。

 

 

「俺の魔力なら杖でひとっ飛びだと思ったんだよー!」

 

「そりゃ行けるだろうけどよー、行き先わからなきゃ意味ねーでしょー!」

 

「ぐうの音もでんわ……」

 

 

 カギは自分の魔力量ならば、そんな交通手段など用いずとも、目的地のアリアドネーまで飛んでいけると考えていた。しかし、しかしだ。行き先の場所がわからなければ、無謀としか言いようがない。カモミールはそれをぷんすか怒りながら叫ぶと、カギも反省する様子を見せていた。

 

 

「かーっ! アリアドネーどこだ! かーっ!」

 

「近くの町に寄って、調べたらどうですかい?」

 

「近くの町……か……」

 

 

 カギは目的地の位置がもはやわからず、どこにあるだなんだと叫びだした。

完全に混乱しているようだ。

 

 カモミールはそんなカギを見かねたようで、とっさにアドバイスを一つ送った。

それは人のいる場所へ行って、調べればよいのではないかという、当然のことだった。

 

 カギはそれを聞いて、町があるか周りを見渡した。

そういえばそうだった。何でそんなことに気がつかなかったのだろうか、そう考えながら周囲を眺めた。

 

 

「見渡す限り森と山しかねーじゃねーか!」

 

「……あーこりゃダメだ……」

 

 

 しかし、回りは見渡す限りの山、山、山。森、森、森。はっきり言って人が住んでいるような場所ではなかった。何もなかった。カギはそれを見て、何もないことを叫んだ。

 

 カモミールもそれを見て、今の案が実行不可能であることを理解し、呆然としていた。

 

 

「とっ、とりあえず町を探しやしょう! 町を!」

 

「しかねーかー……」

 

 

 ならば、まずやることは、人がいそうな場所を探すことだった。カモミールはそれを言葉にすると、カギも疲れた表情のまま、その道しかないことを理解し、ぽつりとそれを言葉にした。そして、一人と一匹は町を探しながら、再び魔法世界の空を飛び回るのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 カギが空中で迷子になっている時と、ほぼ同じ頃。

タルシス大陸にあるテンペテルラにて、一人の男性が誰かを訪ねるかのように、ふらりと現れた。

 

 

「ここ……だな……」

 

 

 その男はアルス。アルスは自分の内に眠る”原作知識”を使い、行方不明となった裕奈を探していた。そう、裕奈が”原作”で働くことになった、このテンペテルラの一つの店を探し、それをようやく見つけ出したのだ。大きな屋根に壁のない建造物。多少南国のような雰囲気のある酒場のような店だった。

そして、その店へと足を踏み入れたのだった。

 

 

「いらっしゃ……あっ!」

 

「よっ、探したぜ」

 

「アルスさん!」

 

 

 そこへ一人の少女が、アルスを店へと迎え入れるために現れ、元気よく挨拶しようとした。しかし、そのアルスの姿を見て、それを中断したのである。

 

 アルスはその少女へと、気軽に声をかけた。まるで知り合いのようなそんな軽いノリだった。

 

 と言うのもそのはず、その少女こそ、アルスが探していた裕奈だった。裕奈はアルスの姿を見て、とても喜びパーッと笑顔を見せたのだ。

 

 

「捜しに来てくれたんですね!?」

 

「まあな、お前はあの二人から預かった、大事な大事な娘さんだからな」

 

 

 裕奈はアルスが現れたことを考え、自分たちを捜してくれていたのだと察した。それを話せばアルスもそれを肯定し、ニヤリと笑って見せた。

 

 アルスにとって裕奈は、友人である明石夫妻から預かった大事な二人の娘。何かあったら会わす顔がないというものだ。

 

 

「あっ、あなたは確か……」

 

「ゆーなのご友人だね。俺は君たちのことも捜していた」

 

「ありがとうございます」

 

 

 するとそこへ、もう一人少女が現れた。それは裕奈の友人のまき絵だ。まき絵はロンドンで道案内をしてくれたアルスを覚えており、アルスを見てそれを思い出したのだ。

 

 アルスもまき絵を見て、裕奈の友人だと理解した。

そして、まき絵やその他の子たちも捜していることを言葉にしたのだ。まき絵はそれを聞いて、笑いながら礼を述べていた。

 

 

「お? その人はユーナちゃんの知り合いか?」

 

「はい! 引率者みたいな感じの人です!」

 

「ほーう、ソイツはよかったな!」

 

 

 すると、椅子に座っていた一人の男性が、裕奈へと話しかけた。

裕奈はその男性に、アルスのことを説明した。男性はそのことを喜び、裕奈たちへ笑いかけた。

 

 

「彼は……?」

 

「あの人はジョニーさん! 行き倒れになった私たちを助けてくれたんだ!」

 

 

 アルスは裕奈へ、その男性のことを尋ねた。

裕奈はそれを悠々と紹介し、恩人であることを説明したのだ。

 

 とは言え、アルスは”原作知識”のある転生者。ある程度のことは理解していた。ただ、”原作どおり”に進んでいるかは彼自身にもわからないことだ。故に、それを確かめるためにも、それを裕奈へ聞いたのである。

 

 

「それは……、どうもありがとうございます」

 

「たまたまだよ! たまたま!」

 

 

 だが、そんなことなどさほど関係ないことだ。アルスはそう考え、ジョニーと呼ばれた男性へと近づいた。そして、裕奈やその友人を助けてくれたことに感謝を述べたのだ。

 

 ジョニーもまた礼を言われて、多少照れくさそうにそれを言葉にした。

行き倒れの少女を助けるなんて、当然のことだ。そう言いたげな表情だった。

 

 

「さてゆーな、どうする?」

 

「んー。さっき中継で知り合いが映って、一ヶ月後にオスティアってところで落ち合おうって言ってたんだよねー」

 

「知り合い?」

 

 

 アルスは再び裕奈へと向き、今後のことについて話し出した。

そこで裕奈は、先ほどのテレビ中継のような映像で、覇王が映っていたことを思い出し、それを言葉にした。

 

 裕奈は先ほど、旅費を稼いだだけでは旧世界へ帰れないことを知った。だが、その時にテレビで覇王が問題ないことをほのめかすような言葉を述べていた。また、ネギや誰かはわからないが、数人のクラスメイトも無事だと言うことを知ったのである。

 

 なので裕奈は、覇王がそこで話したように、一ヵ月後にオスティアで落ち合ってもよいと考えていた。ただ、裕奈はそこで覇王の名を出さず、知り合いと言葉にしてしまった。アルスは知り合いと聞かされ、一体誰だろうかと思い、それを聞き返したのである。

 

 

「そうそう、このかの彼氏の覇王さん!」

 

「びっくりだよねー! あの人もここに来てるなんてね!」

 

「……覇王のヤツが!?」

 

 

 裕奈はアルスの質問に、素直に答えた。

知り合いと呼んだ人物は、木乃香の彼氏である覇王だと。いや、実際は未だ覇王は木乃香を彼女と認めてないし、木乃香も覇王を彼氏とは明言していないのだが。

 

 まき絵もそれを聞き、まさかあの覇王がこの場所にいるなんて、と驚いた様子で語っていた。

何せ覇王は単身でこの魔法世界に乗り込んでいる。そんなことをしているなど、彼女たちには想像できないことだったからだ。

 

 アルスもそれを聞いて、かなり驚いていた。

アルスも彼女たちと同じように、覇王がここに来ていることなど予想していなかったのだ。

 

 

「後東君も元気そうだったよ!」

 

「ん? アイツがどうかしたのか?」

 

「あっ、アルスさんは知らないんだっけ……」

 

 

 また、裕奈はさらにそこで、あの状助がピンピンしていたことをアルスへと話した。

裕奈が最後に見た状助は血みどろで、かなり危険な状態だったからだ。故に、状助が元気そうに画面に映った時は、喜んだのである。

 

 が、アルスは状助たちの近くにいなかったため、それがわからなかった。

状助に何かあったのだろうか、程度にしか察せなかったのである。

 

 なので、裕奈もそれを思い出し、その時のことをアルスへと説明した。

数週間前のゲートでの出来事。状助が瀕死になっていたこと。助けようとしたけどできなかったことを。

 

 

「そんなことが……」

 

「でも大丈夫そうだったし、私も安心したよ」

 

「それはよかった……」

 

 

 アルスは裕奈からの説明を受け、初耳だと言うような驚く顔を見せた。

自分が青いフードの敵と戦っている間に、そのようなことが起こっていたなんてと。

 

 しかし、そんなことがあったけれど、状助は無事な様子だった。裕奈はそれをほっとした様子で言葉にしたのである。

 

 アルスも裕奈の安心した表情を見て、小さく息を吐いてよかったと語りかけた。

状助も仲間だし、その仲間がいなくならずに良かったと、アルスも思っていたのだ。

 

 

「で、どうする? 俺はまだ見つかってない子たちを捜しに行くが……」

 

「私たちはとりあえず、ここで働いてようかなって……」

 

 

 ならば、そこにはもう問題はないのだろう。アルスはそう考え、再び今後のことについて話し出した。

アルスは裕奈たちの無事を見ることができたので、未だ行方不明の子を捜しに行こうと考えた。

だが、裕奈はそれについて行くと言わず、この場所で働くと言葉にしたのだ。

 

 

「なんか私たち人気になっちゃったみたいで、いきなりいなくなったら困ると思うし……」

 

「雇ってくた恩もあるもんね」

 

「……そうか、それならしかたねぇか」

 

 

 裕奈はここで働かせてもらっていた恩を感じていた。それに、気がつけば自分たちがこの店の花になっていることを理解していた。

 

 何せ裕奈たちのことを聞きつけ、遠くからやってくるお客さんもいると言う話だ。それを考えたら、今すぐここをやめて出て行くのは忍びないと考えたのである。

 

 また、それはまき絵も同じであった。せっかく雇っていただいたのに、このままバイバイでは後味が悪い。一ヶ月も期間があるならば、せめて恩としてギリギリまで働くべきだと、二人は考えていたのだ。

 

 アルスはそれを聞いて、ふっと笑って見せた。この子たちは確かに優しくいい子だ。彼女たちは迎えに来た自分よりも、恩を優先しようとしている。そこにアルスは素直に関心したのである。

 

 

「なら、コイツをとりあえず渡しとく」

 

「これは?」

 

「何ですか……?」

 

 

 ならば、これ以上何も言う必要もなければ、無理に連れて行く必要もないだろう。アルスはそう考えて、一つのカードをスーツの内ポケットから二枚取り出し、それを裕奈とまき絵に配った。

 

 それを手に取った裕奈とまき絵は、一体なんだろうかと考えた。なので、二人ともこのカードに何の意味があるのかを、アルスへ尋ねたのである。

 

 

「通信機さ。何かあったら呼んでくれ」

 

「おー! 気が利くー!」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 アルスはカードの正体をすぐさま説明した。

その小さな免許証ほどの大きさのカードは、通信機だったのだ。

 

 この通信機は発信機も内蔵されており、持ち主の位置がしっかりとわかる。それだけではなく、カードの表面から立体映像が出て、テレビ電話のように会話が可能なのだ。

 

 裕奈たちはそれを聞き、大いに喜んだ。確かにこれがあれば何かあった時、すぐにアルスに助けを求められる。さらに、アルスが得た情報も受け取れるということだ。

 

 それを考えた裕奈はこのカードを握り締め、中々いきなことをすると笑って述べた。

まき絵も気を使ってもらったことに感謝し、ぺこりと頭を下げていた。

 

 

「なら、一ヶ月前になったら迎えにでも来るか?」

 

「そうだねー。それがいいかもー」

 

 

 アルスはそれを渡しておけば問題ないと思った。そして、それなら約束の時期の前にでも迎えに来て、一緒にオスティアへ向かえばいいかと考えた。裕奈もそれでいいと、アルスの意見を肯定した。

 

 

「いや、その必要はないぜ」

 

「ジョニーさん?」

 

 

 だが、その話を聞いていたジョニーが、その話に割り込んできた。

裕奈は一体なんだろうかと、彼の名を呼んでいた。

 

 

「お嬢ちゃんたちは、俺がそこまで責任を持って送り届けるさ」

 

「……本当によろしいので?」

 

「乗りかかった船ってやつだ。そのぐらい任せてくれ」

 

 

 ジョニーは自らの船で、彼女たちをオスティアへ送ると言葉にした。

アルスはそれを聞いて、本当にいいのかと再度尋ねた。

 

 するとジョニーは笑いながら、その程度なら気にするなと豪語するではないか。

行き倒れになっていた彼女たちを助けたのだから、最後まで付き合ってもいいだろう。彼はそう考えたのである。何せこのジョニー、自分の飛行船を所有しているのだ。それで彼女たちをオスティアへ送ればよいと考えたのだ。

 

 

「……わかりました。彼女たちをよろしくお願いします」

 

「任されよう!」

 

 

 ならば、その言葉に甘えよう。アルスはそう考え、深々と頭を下げて、二人のことを頼み込んだ。

ジョニーもそれを見て、しっかりと二人のことは預かったと宣言した。

 

 また、アルスはそこで内ポケットに手を入れ、何やら取り出そうとした。だが、ジョニーはそれを見て、片手を出して首を横に振り、それを静止した。

 

 アルスはそれを見てスーツから手を引き、再び小さくお辞儀したのだ。まさしく無言の大人の会話だった。一瞬だったが、そこには二人の少女にはわからない、大人の取引があった。

 

 

「いいんですか!? そんなことまで!?」

 

「別に構いやしねぇって!」

 

 

 また、まき絵はジョニーが送ってくれると言ったことに驚き、そこまでしてくれるのかと大きな声で口にした。

ジョニーもまき絵の言葉に、問題ないと笑いながらはっきり言葉にしていた。

 

 

「ただし、たまには酒ぐらいおごってくれよ?」

 

「はーい!」

 

「そのぐらいならお安い御用ですよ!」

 

 

 だが、ジョニーは二人を見て、その見返りを冗談交じりで要求した。

それはたまにでもよいから酒をおごってくれ、というものだった。

 

 まき絵はそれを笑顔で肯定し、とてもいい返事をした。

裕奈も当たり前だと言う様子で、それを承ったのだ。

 

 

「じゃあ、俺は次の街に行く」

 

「うん、ありがとうアルスさん!」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 アルスは用事が済んだので、別の行方不明者を捜しに行くと言葉にした。

いつまでもこうしている訳にはいかない。裕奈たちは名残惜しいが、未だ見つかってない子を探さねばならないと考えたからだ。

 

 また、裕奈とまき絵はここまで捜しに来てくれた上に、通信機を渡してくれたことについて、再度お礼を述べていた。

 

 

「一ヵ月後、あっちで会おう!」

 

「オッケー!」

 

「はーい!」

 

 

 そして、アルスは手を振りながら、この店を後にした。裕奈やまき絵も同じように手を振り、元気に別れの挨拶をしながら、アルスが去るのを見送った。ジョニーもその光景を見て酒を飲みながら、小さく笑っていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 覇王が全国生放送にてコメントを発信してから数日後。場所は自由交易都市グラニクスから少し離れた荒野のど真ん中にある、古びた遺跡。そこへと二人の人物が、ある人を訪ねてやってきていた。

 

 

「よっ、ネギ先生」

 

「千雨さん、お久しぶりです」

 

「そうだな、久しぶりになるな」

 

 

 その一人は千雨だった。そして、訪ねた人物とはネギだった。千雨はネギへと軽快な挨拶を一言述べた。

ネギはそれを見て、久々に顔を見たと思い、それを口にした。千雨も、ネギと顔を合わせるのは久々だったのに気が付き、そういえばそうだったと言葉にしていた。

 

 

「あっ、法さんもお久しぶりです」

 

「ああ、久しぶり」

 

 

 また、千雨と一緒にやってきたもう一人は法だった。法は千雨のボディーガードとして、ここへ共にやってきたのだ。

 

 ネギはその法にも、小さくお辞儀をして挨拶した。

法もネギへと小さく笑い、挨拶を返したのだった。

 

 

「二人とも、どうしたんですか?」

 

「ネギ先生に朗報を伝えに来たんだよ」

 

「朗報?」

 

 

 ネギは久々に二人に会えたことを喜びつつも、何か用があってここに来たのだろうかと考えた。なので、それを千雨へ尋ねれば、ネギに一つの報告をしにきたと、千雨は静かに言葉にした。ネギは一体どんな報告があるのだろうかと、頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

 

 

「ほれ、この手紙だ」

 

「これは……!」

 

 

 すると千雨は、持ってきた手紙をネギへと渡した。

ネギはそれを受け取り文章を読むと、ハッとした表情を見せたのだ。

 

 一見誰が出したかわからないように、差出人の名前は全てイニシャルとなっていた。また、その内容は全文カタカナで、本当に無事を伝えるのみのものだった。

 

 だが、ネギはその差出人のイニシャルを見て、誰が出したかすぐにわかった。この手紙の送り主は刹那とアスナだったのだ。

 

 

「覇王が大会の魔法世界中に放送される生中継で、色々と話してな」

 

「それを見たこいつらが念報を送ってきたって訳だ」

 

「よかった……」

 

 

 法はこの前の大会で勝利した覇王が、その生中継のインタビューで自分たちの無事を発言したことを説明した。そして、それを見たアスナたちが、自分たちの無事を知らせるために、こうして手紙を送ってきたと、千雨が言葉にしたのだ。

 

 ネギはその手紙を見ながら、その説明を聞いて、喜びと安堵の表情を見せていた。本当に無事でよかった。そう小さく言葉にしながら、感涙していたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは同じく魔法世界のシルチス亜大陸。そのちょうどヘラス帝国とオスティアとの真ん中に位置する場所。森と山に囲まれた美しい光景の中に、一つの水場があった。

 

 ぱしゃりという水がはねる音が、滝が流れる音にまぎれて複数聞こえてきた。そこに三人の少女たちが、美しく流れる滝の下で体を清めていたのである。麗しき少女たちの肢体に水が滴り、よりいっそう光り輝いて見えた。

 

 

「刹那さんと合流できてよかったわ」

 

「私もアスナさんたちと合流できて安心してます」

 

 

 その三人とはアスナと刹那、それにあやかだ。アスナとあやかの組は刹那と無事合流し、再会を喜んだ後だった。二人は再会したことに安堵し、笑いあったのである。

 

 

「しかし、ここへ来て驚きの連続でしたわ……」

 

「確かにそうでしょうね……」

 

 

 ただ、ここへ来る前までは何も知らぬ一般人だったあやかにとって、この数週間は激動の日々だった。見たことも無い怪物や不思議な魔法が飛び交ったり、謎の賞金稼ぎに追われたりと、イベントが盛りだくさんだったからだ。

 

 それをため息を吐きながら言葉にするあやか。刹那もそんなあやかを見て、少し同情する様子を見せていた。

 

 

「さらに言えば、今も驚いてますが……」

 

「ああ、刹那さんの羽根?」

 

「ええ……」

 

 

 だが、あやかはそれ以上に、側にいる刹那にも驚いていた。

何せ刹那は今、文字通り白い羽根を伸ばし、手入れをしていたからだ。何も知らないあやかは、その羽根に大いに驚いていたのだ。

 

 アスナはあやかに何を驚いているのかを少し考え、目の前に広がる刹那の翼のことかと思った。

それをあやかへ言えば、少し硬い表情でその言葉を肯定したのだ。

 

 

「私も最初見た時はびっくりしたわ」

 

「そうでしたの?」

 

「そりゃそうよ」

 

 

 そんなあやかへとアスナが言葉を投げた。

アスナも刹那の翼をはじめて見た時、結構驚いていたということを。

 

 あやかはアスナのその言葉に、本当なのかと尋ねてみた。

わりとこういう不思議なことに慣れている様子のアスナを見て、彼女が驚くほどのことだったのかと。

 

 あやかのそんな疑問視する表情を見て、アスナはしれっと肯定した。

こんなおかしなことばかりの世界を知っていたし体験して来たが、クラスメイトが翼を生やすなんてことははじめての体験だったからだ。

 

 

「でも、何に驚いたかって言えば、とにかく綺麗だったってことね」

 

「……確かに、とても美しい羽根ですわね」

 

「ふっ、二人ともそんな!」

 

 

 だが、アスナは刹那が羽根を生やしたことに大きく驚いた訳ではなかった。刹那が伸ばした翼が、白く輝かしかったからこそ、その美しさに驚いたのだ。

 

 あやかはそれを聞いて、ふと刹那の翼に目をやった。そして、改めて刹那の翼を見て、その綺麗さに心を奪われていた。

 

 ただ、二人に何度も翼を褒められた刹那は、くすぐったさを感じて顔を赤くしていた。

この翼は木乃香もそう褒めてくれたし、今は自分の誇りだと刹那は思っている。しかし、こんなに面と向かって褒められると、流石に恥ずかしいのである。

 

 

「刹那さんの羽根ね、このかが言うにはすごいやわらかくて、もふもふしてるらしいわよ」

 

「へえ、それはよさそうですわね」

 

「そっそれは……!」

 

 

 さらにアスナは木乃香から聞いた刹那の翼の評価を笑顔で話した。

木乃香が言うには、刹那の羽根はとてもふかふかしており、さわり心地が最高だということだ。

 

 あやかも、今すぐその羽根を触りたいという様子のアスナを見て、再び刹那の翼を見てみた。

言われてみればとてもしなやかで手触りもよさそうな翼だ。アスナが触ってみたそうにするのもわかると、あやかも思い始めていた。

 

 その二人を見た刹那は、このままではまずいと考えた。

いや、別に羽根を触るのはいいのだが、触られるととてもくすぐったく気持ちがよいのだ。アスナ一人ならまだいいが、あやかが加わってもふもふと触れたら、変な声を出してしまうと思ったからである。

 

 そんな感じで赤面する刹那を見て、アスナはクスりと笑った。

そして、そんなことはしないと言う様子で、別の話題を振ったのである。

 

 

「そうそう、このかで思い出したんだけど、刹那さん、このかの居場所わかったんでしょ?」

 

「……あっ……はい、何とか……」

 

 

 アスナは先ほどの木乃香の言葉と言うつながりで、木乃香のことを次の話題にした。

刹那は木乃香を必死に捜し情報を集め、ついに木乃香がいると思わしき場所をある程度特定することに成功したのである。刹那もアスナにそれを聞かれ、小さく肯定したのだった。

 

 

「もっと心配してるのかと思ったけど、そうでもないみたいね」

 

「いえ、心配ではあります」

 

 

 また、アスナは刹那の毅然とした態度を見て、大きく心配している訳ではないのかと思った。しかし、刹那も心配していない訳ではなかった。この危険が取り巻く魔法世界に飛ばされてしまったのだ。心配しないはずがないのだ。

 

 

「ですが、このちゃんは十分強いですから……」

 

「……そうね」

 

 

 だが、それ以上に刹那は、木乃香のことを信頼していた。

あの覇王の弟子であり、強くも優しい木乃香だ。この程度の逆境でも、元気にしていると刹那は思っていたのだ。

 

 アスナも刹那と同じことを思っていた。

木乃香は強い。気持ちだけではなく、戦う力も強い。覇王が鍛えたシャーマンだけあって、確かに実力だって申し分ない。アスナもそれを知っていたので、刹那同様大きな心配はしていなかったのだ。

 

 

「まあ、それにこのかにはさよちゃんもついてるはずだしね」

 

「ええ、あの二人ならどのような危機も乗り越えられるでしょう」

 

 

 また、木乃香には持霊となった友人のさよが側についているはずだ。

木乃香はゲートの事件で転移する前、O.S(オーバーソウル)をしていた。つまり、さよが木乃香と一緒にいるのは間違いないのである。

 

 アスナはそれを言葉にし、一人ではないのだから問題ないはずだと考えた。

刹那もそれを聞いてふっと笑い、木乃香のさよの二人ならばどんな障害も切り抜けられるだろうと述べたのである。それほどまでに、二人は木乃香を信頼しているのだ。

 

 

「近衛さんのこと、信頼してらっしゃるのですね」

 

「はい。大切な友人ですから」

 

 

 すると二人の話を聞いていたあやかが、刹那へそれを話した。

話を聞いていると、二人は木乃香のことを随分と信頼しているようだ。特に刹那は木乃香と親しそうであったし、それほど友情が厚いのだろうと察したのだ。

 

 刹那もあやかの言葉に、柔らかい笑みを見せながら、その言葉をはっきり言った。

木乃香は今も昔もとてもとても大切な友達。何かあったら苦しいけれど、それ以上に木乃香なら大丈夫だという確信が刹那の中にはあったのだ。

 

 

「あっ……、そう言えばアスナさん、随分と元気になりましたね」

 

「そ……そう?」

 

「そうですよ。合流した時は、顔には出してませんでしたが、雰囲気はとても暗かったのがわかりましたよ」

 

「そうだった?」

 

 

 そこで刹那は、話をしながら笑顔を見せるアスナを見て、ふと気がついた。それをアスナへ聞けば、ほんの少し慌てた様子で、そのことを尋ね返していた。

 

 刹那はどうしてそう思ったのかを、アスナへと話した。

刹那がアスナたちと合流した時、アスナはとても辛そうな様子だった。表情こそ笑ってはいたが、そこから醸し出ている雰囲気はとても暗く、元気がないのがすぐにわかったほどだった。

 

 アスナはその時のことを思い出すような仕草を見せつつ、とぼけた様子を見せていた。

多分そうだったかも、いやそうだったかな、そう言い訳したそうな感じだった。

 

 

「ふふ、東さんが生きてるのを知れて、安心したのでしょう」

 

「やはりそれでしたか……」

 

「う……、まあ、そうだけど……」

 

 

 あやかもその二人の話に乗っかり、口に手を当てて小さく笑いながら、アスナが元気になった理由を口にした。

その理由は難しくはない。あの状助が生きていたからだ。元気な様子で姿を見せてくれたからだ。

 

 と言うのも、アスナはこの前、全魔法世界に中継された覇王のインタビューで、状助が映っているのを目撃したのだ。それを見たアスナは大いに喜び、涙するほどだった。また、あやかも同じぐらい喜び、二人は感激のあまり抱きしめあったほどのことだった。

 

 刹那もその場を目撃しており、あやかの言葉を聞いてやはり、と思っていた。

元気になる要素があるならば、それ以外考えられなかったからだ。

 

 アスナも少しばつが悪そうにしながらも、正直にそれを肯定した。

状助が生きて元気だったのを見れて、心の奥底からよかったと思えたのは事実だ。それで元気を取り戻し、オスティアで再会を果たしたいと思っているのも事実だからだ。

 

 それに、あの状助が生きてくれていた、元気でいてくれた、それが知れただけで、アスナは十分だったのだ。

オスティアに行けば会えるのだから、急ぐ必要はない。元気でいてくれるのなら、それでいいのだ。

 

 

「いいんちょだって、ネギ先生が無事だって聞いて、喜んでたでしょ?」

 

「当たり前ですわ! ネギ先生に何かあったらと思うと……」

 

「あー、はいはい」

 

 

 そこでアスナは話をそらすように、今度はあやかへ言葉を投げた。

あやかもネギの無事を聞いて、とても喜んでいた。実際は状助の無事もそれと同じぐらい喜んでいたのだが。ただ、状助は状助、ネギはネギ。別腹なのである。

 

 あやかはそれを当然だと豪語した。

敬愛するネギが無事だったのだから、それ相応に喜ぶのは当然であると。むしろネギに何かあったら、アスナほどではないにせよ相当凹むだろうと、わざとらしく泣いた振りを見せていた。

 

 アスナはそんなあやかを見て、いつものが始まったと考えた。

なので手をヒラヒラさせて、邪険な言葉を投げたのである。

 

 

「なっ、なんですの! その態度は!? 私は真剣にネギ先生を心配してますのに!」

 

「いつも通りの態度だと思うけど?」

 

 

 あやかはそんな態度を見せたアスナに、ムッと来たのかプンプンと怒り出した。

が、アスナはそれはいつものことだと冷めた態度で接していた。

 

 

「その態度、いつ見ても気に入りませんわ!」

 

「別に気に入られようともしてないけど……」

 

「言いましたわね!!」

 

「まあまあ、二人とも……!」

 

 

 あやかもいつも見るアスナの態度に苛立ちを感じ、その怒りを叫びと共に放出した。

逆にアスナはやはりと言うか、冷淡な態度であやかをあしらうように、なんともないと言った様子を見せていたのだ。

 

 あやかはアスナのその態度に本気で怒ったようで、食って掛かろうかと言うほどまでになっていた。それを見かねた刹那は、あやかを宥めようと焦りながら声をかけていた。

 

 ただ、怒りを見せるあやかだったが、内心は嬉しくも思っていた。普段通りのアスナが戻ってきたことで、安心と喜びを感じていたのである。故に、怒っているはずなのに、何故か口元は笑っていたのだ。

 

 刹那も同じような気持ちだったようで、焦りながらも小さく笑って見せていた。アスナはそんなおかしな二人を見て、同じように笑って見せていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 刹那たちが水浴びをしている場所から少し離れた森の中にて、一人の男が薪割りをしていた。この薪割りに意味は無く、ただの暇つぶしのようだ。

 

 その男こそ、刹那のサーヴァント、バーサーカー坂田金時。バーサーカーは刹那と共に転移され、ずっと一緒だった。そして、このバーサーカーもアスナたちと合流したのである。

 

 

「ゴールデンな一日は元気な薪割りからはじまる」

 

 

 刹那たちは今、水場で水浴びをしている。男たるバーサーカーがそこにいるのは気まずい。いや、むしろそう言うのが苦手なバーサーカーにとって、非常に目に毒な光景だ。故に、一人近くの森の中で、暇つぶしとして薪割りを楽しんでいたのだ。

 

 バーサーカーは自慢の宝具、黄金喰い(ゴールデンイーター)を使って、器用に力強く薪を割っていた。むしろこの宝具は鉞である。形こそ派手でゴツゴツしているが、鉞なので当然薪割りもこなすのである。

 

 カッツーン、カッツーン。薪が簡単に割れる音が森に響いた。むしろ森は静まっており、その音以外の音はなかった。本当に誰もいない、静かな森だった。

 

 

「ってなぁ……。そう思うだろ? あんたも……よぉ!!」

 

 

 だが、そこでふとバーサーカーは、薪を割るのをやめ、森の木々へと話しかけた。

バーサーカーが薪を割るのをやめたため、森は再び静まり返っていた。さらにバーサーカー、その誰もいない場所へと、割った薪を勢いよく投げつけたのだ。

 

 

「はれー? なしてバレてしもうたん?」

 

「ハッ、その程度の気配ぐらいお見通しだぜ!」

 

 

 すると、薪はすっぱり真っ二つとなり、そこへ一人の少女が現れたではないか。その少女は長髪で眼鏡をしたかわいらしい少女だった。だが、それとは裏腹に、何やら凶気がにじみ出ている、そんな少女だった。

 

 そう、この少女こそ、修学旅行にて刹那たちを襲ったものの一人の月詠だ。月詠は気配をしっかり消していたというのに、自分がいるのがばれて驚いた様子を見せていた。

 

 が、バーサーカーはなんとも無いといった態度で、月詠にそれを豪語した。

いくら隠れていても、俺の目はごまかせないぜ、そんな感じに笑っていた。

 

 

「で? どんな用だ?」

 

「センパイの様子を見に来ただけですえー」

 

 

 バーサーカーはそこで、月詠へと、一体何しに来たと質問した。

はっきり言えば愚問ではあるし、バーサーカーもそんなことなどわかっていた。だが、戦うにせよ何にせよ、敵の目的を知ることは悪くない。バーサーカーはそう考え、それを尋ねたのだ。

 

 その問いに月詠はのほほんとした態度で答えた。

緊張感の無い声で、しれっと刹那を見に来ただけだと言い出したのである。

 

 

「先輩だぁ? ああ、テメェが大将が言ってた二刀流のヤツか!」

 

「センパイがウチのことを……? ふふふ、それはうれしいわぁ~」

 

 

 バーサーカーは月詠が言った先輩が誰なのか、一瞬わからず考えた。

そして、刹那(大将)が話していた二刀流の神鳴流の使い手であることを思い出した。自分を神鳴流の使い手の先輩として、そう呼ぶ女剣士がいることを、バーサーカーは刹那から教えられていたのだ。

 

 それを聞いた月詠は、あの刹那が自分のことを話していたということを嬉しく思った様子だった。

顔を紅潮させ、身体を震わせ、全身でそれを感じていた。

 

 

「だがよ、残念ながら大将は今、取り込み中なんでな」

 

「ふふふ……、そうやなー……」

 

 

 バーサーカーはそんな月詠を妙でデンジャラスなヤツだと思った。

話には聞いていたが、いざそれが目の前に現れれば、よくわかるというものだ。

 

 それでバーサーカーは思った。

こりゃあれだ、生粋の狂戦士か何かだ。たまにいる死闘に愉悦を感じちゃうアレなヤツだと。だが、あえてその辺りは無視し、その刹那ならば今ここにはいないと言葉にした。

 

 月詠はそこで何か考えるような素振りを見せ、何やら悩んでいた。

 

 

「そこのお兄さんもおいしそうやけど……、あいにくお預けくろうとる身やしなあ」

 

 

 そして、月詠はバーサーカーをちらりと見て、こっちに相手をしてもらってもよさそうだと思った。

中々のマッスルボディだけではわからない、それに隠れた人ではない何かを、月詠は感じ取っていた。

 

 しかし、月詠はアーチャーから、むやみに戦うことを禁じられていた。と言うのも、月詠は別に戦いに来た訳ではなかった。ちょっと刹那の様子を見て、どんな感じかを確認しに来ただけだった。また、敵情視察と言う意味もあったが、戦えなければ月詠にとっては何の意味も無いことだった。

 

 それにアーチャーからは、時が来たら存分に戦わせてやる、と約束していた。故に、それに素直に従い、刹那と戦いたいのをぐっと我慢しているのである。

 

 しかも、刹那の様子を見にやってきたのはいいが、目の前にはゴッツイ筋肉質のお兄ちゃんが見張っているではないか。こりゃ近づくことも難しいと考えた月詠は、撤退しようか迷っているところで、バーサーカーに見つかったのである。

 

 

「今日のところは、残念やけども引かせてもらいましょか」

 

「なんだよ。バトりに来たんじゃねぇのかよ」

 

「そうしたいんけどな、やったらあかんて言われてしもうとるんですわー」

 

 

 どうせ戦えないし、目の前のマッチョに邪魔されるし、刹那には会えそうに無いし、こりゃもう駄目だ。

そう考えた月詠は、撤退を宣言した。

 

 バーサーカー少し拍子抜けした様子で、戦わないのかと尋ねた。

ここまでくりゃ普通戦うぐらいはするんじゃないのかと、バーサーカーは思ったのである。

 

 いや、月詠も目の前のバーサーカーとも斬りあいたい本気で思っている。

だが、アーチャーからダメだと言われているので、仕方ないと諦めているのだ。

 

 

「へっ、だいぶ律儀なもんで」

 

「うふふ、一応雇われた身やからねー。依頼者の命令は従うもんやろ?」

 

「まあ、そうだろうがな」

 

 

 バーサーカーはそれを聞いて、やけに律儀だと感じた。誰かに命令されていたとしても、ちょっとぐらい戦ってもいいんじゃないか、と思わないのかと思ったのだ。

 

 それでも律儀にアーチャーの命令を守る月詠。雇われの身故に、そう言うことはしっかりするべきだと言葉にしていた。

 

 確かに月詠の言っていることは当然だ。

バーサーカーもそう考えた。その通り、間違ってはいない。命令とあらば聞かねばならぬこともある。バーサーカーも生前(かこ)の事柄から、それをしっかり理解はしているのだ。

 

 

「では……、おおきにー」

 

「だが、逃がす訳にはいかねぇよな!」

 

 

 なので、ささっと撤退しようと懐から札を取り出し、月詠はさようならを述べた。しかし、バーサーカーもすでに地面を蹴り上げ、月詠の方へと突撃をしかけていた。

 

 

「ひゃっきやこー!」

 

「チッ! 目くらましか!!」

 

 

 だが、月詠はさらに別の札を取り出し、それを放り投げた。するとそこから大量のファンシーな式神が、月詠を覆いつくしたではないか。

 

 バーサーカーもこれには少し焦った。敵の姿が見えなくなると言うのは、何があるかわからないからだ。

 

 

「だったらよ!! 黄金衝撃(ゴールデンスパーク)!!!」

 

 

 大量の式神が邪魔ならば、一瞬で吹き飛ばせばいい。バーサーカーはそれをすぐさま考え出し、自慢の宝具である黄金喰い(ゴールデンイーター)を三度小さく振った。

 

 その振った衝撃でトリガーのスイッチが押され、黄金喰い(ゴールデンイーター)に装着されている雷カートリッジが三つ炸裂した。そして、そのまま勢いよく真下へと、その黄金喰い(ゴールデンイーター)を振り下ろせば、すさまじい雷が地面をえぐり吹き飛ばしたのだ。

 

 いや、吹き飛ばしたのは地面だけではない。大量にいた式神も全て吹き飛ばされ、一瞬で消滅し、視界が戻ったのである。

 

 

「ッ! ……転移か何かで逃げたっつー訳か……」

 

 

 だが、すでに月詠の姿はそこにはなく、逃げた後だった。これほどまでにすばやく消えるのは、転移の符を使ったのだとバーサーカーは考えた。

 

 

「流石のオレも転移されちまったら、追うにも追えねぇってもんだぜ……」

 

 

 しくじった、バーサーカーはそう思った。

しかし、時既に遅し。逃げられたんじゃ仕方が無い。それに転移されたとあれば、追尾することも不可能だ。実際は転移を追尾する魔法も存在するが、バーサーカーは無論使えない。完全にお手上げというものだ。

 

 

「まったくもって、恥ずかしいところを見られちまったみてぇだな?」

 

「……」

 

「……」

 

 

 敵を逃がしたことにしくじったと感じながら、バーサーカーはあさっての方向へと話しかけた。すると、今度は甲冑を装備した騎士らしき人物が二人、すっと現れたのである。

 

 

「何者だ? あんたらは?」

 

「我々はメトゥーナト様に仕えし騎士です」

 

「あなた方の味方です」

 

 

 現れた騎士風の人物二人へと、バーサーカーは向きなおした。そして、その二人へと、一体誰なのかを威圧しながら質問したのだ。

 

 二人の騎士風の人物は、そこで自分たちの正体を説明した。あのメトゥーナトの部下の騎士であり、味方であると。

 

 

「めっ……? 誰だ?」

 

「ああ、そうでした……。旧世界(あちら)ではその名は使われてないのでしたね」

 

「来史渡、銀河来史渡ですよ」

 

「ああ、あの男か」

 

 

 だが、バーサーカーはメトゥーナトと聞いても、ピンとこなかった。誰だっけそれ? そんな顔で再びそれを尋ねたのである。

 

 騎士の方もうっかりしていたと言う態度を見せながら、それを答えた。

メトゥーナトは旧世界では銀河来史渡と名乗っていた。そのことを思い出した騎士は、その名を口にしたのである。

 

 それを聞いたバーサーカーは、ようやく合点がいった様子だった。そういえばそんな男が自分の近くにいたな。マスターである刹那の友人の親代わりをしている男だったな、と思い出したのだ。

 

 

「で? その部下が何の用だ?」

 

「我々はメトゥーナト様から、あなた方の護衛を任せられました」

 

「影ながらあなた方を守護するのが役目」

 

 

 ある程度目の前の騎士が何者なのかはわかった。なら、その部下がここに来て何をしているのだろうか。それを疑問に思ったバーサーカーは、次にそれを尋ねた。

 

 騎士はその上司であるメトゥーナトから、アスナたちの護衛のためにここに来たとはっきり説明した。

ただ、近くにいながらも彼女たちに悟られぬように護衛しろと指示されたため、姿を現すことはしなかったとも言葉にした。

 

 

「……失礼、私の名はスパダ。先ほども述べたように、メトゥーナト様に仕える騎士です」

 

「同じく、私はグラディ」

 

「自己紹介か、忘れてたぜ。オレはバーサーカー、坂田金時。よろしく頼むぜ」

 

 

 そこで騎士は先ほどは自分たちの立場を説明したが、名乗り上げてなかったことを思い出した。

故に、一言謝罪を述べた後、自らの名前を堂々と名乗ったのだ。

 

 バーサーカーも彼らの堂々とした名乗りを聞いて、自分も忘れていたと考えた。

なので、バーサーカーも自らの真名を名乗ったのである。

 

 本来ならば、サーヴァントが自ら真名を名乗ることは自殺行為に他ならない。しかし、バーサーカーは目の前の騎士二人の堂々とした名乗りに、無礼であってはならないと思った。別に目の前の二人を信用した訳ではないが、ここで自分の真名を名乗っておかなければ格好がつかないと、バーサーカーは考えそれを実行したのだ。

 

 

「話を戻しますが、我々はその任務のために、先ほどの女性を監視し追っていたのですが……」

 

「今の雷の光で、見失ってしまった……」

 

 

 そして、二人の騎士は彼女たちに近づく不穏な女性、月詠を監視しながら追っていた。敵対行動をするというのなら、すかさずその女性と戦い捕獲しようと考えていたのだ。

 

 だが、それは目の前のバーサーカーの攻撃によって不可能となってしまった。バーサーカーの宝具のはげしい雷で、その女性を見失ってしまったのだ。

 

 

「おう、あんたらも今のを追ってたって訳か」

 

「はい」

 

「……そいつぁ悪いことしちまったかな」

 

「それは?」

 

 

 バーサーカーはそれを聞いて、少しばつが悪そうな様子を見せた。

あ、やべぇ。あれ俺がやった技だ。そう思いながら、そのことをバーサーカーは聞いたのだ。

 

 騎士はそれに静かに頷き、一言肯定の言葉を述べた。

すると、バーサーカーはさらに居心地が悪そうな様子を見せながら、謝罪するような言葉を述べ始めたのである。騎士は一体どうしたのかと思い、それをバーサーカーへと尋ねた。

 

 

「いやな……、オレが今のに逃げられたって訳でな……。すまねぇ……」

 

「そうでしたか……」

 

「お気になさらず。我々でもうまく捕まえられた保障はありませんので……」

 

 

 バーサーカーは自らの失態を恥じる様子で、その相手は今さっき自分が逃がしてしまったと話した。月詠の行動は逃げに徹していたので、たとえ誰であっても逃げられた可能性は高い。だが、自らの失敗は反省するべきだとバーサーカーは思い、悪いことをしたと頭を小さく下げていたのだ。

 

 二人の騎士も状況がわかってきたようで、バーサーカーの言葉に納得していた。また、気を落とすバーサーカーへと、励ますような言葉をかけたのだった。

 

 

「まっ、確かにそうかもしれねぇし、逃げられたんならしょうがねぇ。だったら、次来たらとっ捕まえるだけだぜ」

 

「その通りです」

 

「それがいいでしょう」

 

 

 見知らぬ二人に励まされたバーサーカーは、気を使わせてしまってるのも悪いと思った。

なので再び元気を取り戻し、失敗を悔いたならば次に成功させれば言いと、はっきり断言したのだ。

 

 騎士二人も、バーサーカーの言葉に感化され、肯定していた。

そうだ、それが一番だ。次があるならば、その次に今の失敗を生かせばいいと、二人も思ったのである。

 

 

「では、我々は再び闇に紛れますので……」

 

「このことは、彼女たちには内密に……」

 

「おう、任せとけって!」

 

 

 そして、騎士二人は再び姿を隠すと述べ、すっと闇へと消えていった。最後にバーサーカーへと、自分たちのことを内緒にしておくよう述べると、影の転移魔法(ゲート)に沈んでいったのだ。ただ、転移したと言ってもこの付近であり、遠くには行ってはいないのだが。

 

 バーサーカーも消えていく二人を見ながら、その約束にはっきりとOKの返事をした。

まあ、今の騎士二人が敵という訳でもなさそうだし、そのぐらいは任せておけ、という感じだった。

 

 

「……しっかし、大将たちはまだ水浴びしてんのか? 長ぇなあ……」

 

 

 完全にこの場から去った騎士を見たバーサーカーは、そこで小さなため息を吐いた。

と言うのも、さっきからずっと刹那たちが水浴びを終えるのを待っているのだ。女性だからと言うのもあるが、流石に長すぎると思い始めていたのだ。

 

 だがその後、ものの数分もしないうちに、刹那たちはバーサーカーの下へとやってきた。バーサーカーが放った宝具の雷の光と轟音に気が付き、何かあったと考え駆けつけたのだ。

 

 バーサーカーは騎士二人のことを省きながら、何があったか説明した。そして、とりあえず目的の場所であるオスティアへと、さらに気を引き締めて行くことにしたのであった。

 

 



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百三十二話 仲間たちは今 その②

 覇王たちが拳闘大会で勝利を重ね、さらに時間が過ぎた。そこで次の段階に作戦を進めるべく、今度は世界一周を行って未だ居場所がわからぬ仲間を探すことにした。

 

 そのメンバーに選ばれたのは和美と茶々丸、そして最近は和美の守護霊と化しているマタムネだった。原作どおりに近いメンバーと言う訳だ。これも状助の案で行ったことだ。

 

 また、和美はネギと仮契約を交わし、アーティファクトを手に入れていた。その名を”渡鴉の人見”。能力は最大6つのスパイゴーレムを超々遠距離まで飛ばせ、さらに遠隔操作が可能というものだ。ただ、戦闘能力はなく色々と制約も存在するが、ある程度問題ないと考えたようだ。

 

 しかし、和美は仮契約のためにネギにキスをした訳ではない。やはりあの仮契約ペーパーを使ったのである。ネギは何かあった時のために、数枚だけそれを持ってきていた。実際はエヴァンジェリンにとりあえず持って行けと言われたので持ってきたのだが、役に立つとは思ってなかったようだ。

 

 それ以外にも、和美は夕映がのどか以外ネギと仮契約させたくないと考えているのを知っていた。それでも背に腹は代えられないこの状況なので、頭の中で夕映に謝りつつ、ネギと仮契約をしたのだ。それに仮契約なので、契約解除すればいい。全てが終わったら仮契約を解除し、夕映に会ったら謝る覚悟でそれに望んだのである。

 

 そんな感じで5万という大金を使い、その三人は魔法世界一周の旅に出て行った。後は時期が来るまで修行や大会で勝利し、オスティアへ行くだけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 時間を数週間ほどさかのぼり、ゲートの事件から数時間後のこと。エヴァンジェリンと夕映は魔法学術都市アリアドネーへと飛ばされていた。

 

 

「懐かしいな……」

 

 

 エヴァンジェリンは久々にアリアドネーの風景を見て、懐かしさを感じていた。

もう何年もここへ来てはいないが、あまり変わりのない光景に、自然と笑みがこぼれていた。

 

 

「あの、エヴァンジェリンさんは、この場所を知ってるですか?」

 

「知っているも何も、私はここの名誉教授だぞ?」

 

「そ、そうだったのですか!?」

 

 

 すると、そこへ夕映がひょっこり現れ、エヴァンジェリンがこのアリアドネーを知っていることについて尋ねた。エヴァンジェリンは当然と言う様子を見せながら、それに答えた。

 

 と言うのも、エヴァンジェリンはこの場所で数々の功績を残した人物。その功績が称えられ、名誉教授とまで上り詰めた。なので、知っていて当たり前、と言うか忘れられるはずもない場所だと言う態度で、それをはっきり言ったのだ。

 

 夕映はエヴァンジェリンが名誉教授であるという事実に驚いた。

師であるギガントの友人だとは聞いていたし、高名な魔法使いであるとも聞いていた。だが、このアリアドネーと言う地で、名誉教授と言う大きな役職についていることは、流石に初耳だったのだ。

 

 

「貴様のアーティファクトで調べれば出ると思うが?」

 

「えっ!?」

 

 

 エヴァンジェリンは驚き戸惑う夕映を見て、小さくため息を吐いた。

そして、夕映のアーティファクトで調べればすぐにわかることだと、少し呆れた様子で教えたのである。

 

 夕映はそのあたりを失念していた様子で、再び驚いていた。

夕映のアーティファクト、世界図絵は魔法のことなら何でも調べられる辞典だ。そこには当然エヴァンジェリンのことも載っている。それを見ればすぐわかるということを、夕映はうっかり忘れていたのだ。

 

 

「とりあえず、久々の我が研究室へ案内しよう」

 

「いいのですか!?」

 

「寝泊りできるところは必要だろう?」

 

 

 エヴァンジェリンはそのことは置いておくとし、まずは休憩できる場所の確保を考えた。そこで昔自分が使っていた研究室があるのを思い出し、夕映をそこへと誘ったのだ。

 

 夕映は研究室と聞いて、本当にそんな場所へ入っても大丈夫なのかと思った。

研究と言うからには資料などがあるはずだ。本来ならば他人に見せるような場所ではないと思った夕映は、そこへ招かれてもよいのかと驚いた顔で尋ねたのだ。

 

 だが、エヴァンジェリンはそのあたりはどうでもよかった。

身を休める場所は必要だし、用意するのも面倒だ。ならば、自分が使っていた自分専用の部屋があるのなら、そこを使うのが一番楽だと思っただけだ。なので、特に気にした様子もなく、エヴァンジェリンはそれを口にするのであった。

 

 

「それに、事故とは言えここへ来たからには、挨拶回りもせんとならんしな」

 

「大変ですね……」

 

「地位を得るということは、そういうことだ」

 

 

 また、エヴァンジェリンは久々にアリアドネーへ来たからには、挨拶ぐらいしなければと考えた。

確かにここへ来たのは意図せぬものだったが、自分の地位は名誉教授。アリアドネーの総長などにも挨拶しに行くのは当然だとエヴァンジェリンは思ったのだ。

 

 夕映はそれを聞いて、結構色々あるんだな、と思った。

ここに来たのは事故であり、こっそりしてればいいとさえも思った。なので、ただ一言それを言ったのだ。

 

 しかし、エヴァンジェリンは自分の立場を考えれば、しなければならないと語った。

戻ってきたからには義務として挨拶ぐらいしなければならない。それがたとえ自分の意図しない事故であっても、変わらないと堂々と言葉にしたのだ。

 

 夕映はそんなエヴァンジェリンの言葉に、納得した様子だった。

偉くなるということは、立場を得るということは、そういうことなのだと理解したのだ。

 

 

 そして、夕映はエヴァンジェリンの後ろについて行きながら、その場所を目指した。

数十分ほど、その城とも言えるほどの巨大な建物の中を歩いていたエヴァンジェリンがぴたりと止まると、目の前に立派な扉があった。そここそがエヴァンジェリンが古くから使っていた研究室だったのだ。

 

 

「ここがエヴァンジェリンさんの研究室……」

 

「ふむ、どれもこれも特に問題なさそうだな」

 

 

 エヴァンジェリンはロックされた、その扉に魔法をかけた。エヴァンジェリンの手と扉の間には魔方陣が現れ、それが開錠の魔法のようであった。それが数秒だけ続いた後、ロックがはずれた扉は自動的に開かれたのである。

 

 扉が開かれるとエヴァンジェリンはその中へと静かに入っていった。夕映もそれに続いて、恐る恐る部屋へと入った。すると、扉がゆっくりと動き出し、パタンと言う音と共に閉じたのだ。

 

 夕映はそれに驚きながら、周囲を見渡した。本棚や研究資材などが丁寧に並べられ、キッチリ整理されていた。また、長らく使ってなかったはずなのに、部屋は綺麗でありほこりなどの汚れが一つもなかったのだ。

 

 エヴァンジェリンも部屋へ入ると、周囲を確かめるように見渡した。さらに何か変わってないかを確認すると、問題ないと一言述べた。

 

 

「さて、私は挨拶がてら情報収集を行うが……」

 

「なら、私も行くです」

 

 

 エヴァンジェリンは問題ないことを確認すると、挨拶を行いつつ情報を集めると言葉にした。

他に飛ばされた仲間たちが気になるし、魔法世界では何が起こっているのかを調べる必要があると思ったからだ。

 

 夕映もそれを聞いて、自分も行くと申し出た。

散り散りになった仲間たちが心配なのは、夕映も同じだからだ。

 

 

「いや、貴様はここで授業でも受けていてもらおう」

 

「授業……ですか……?」

 

「そうだ」

 

 

 だが、エヴァンジェリンは夕映の申し出にきっぱりとNOを突き出した。

さらにこのアリアドネーにて、魔法の勉強をしてもらうと述べたのだ。

 

 夕映はこんな時に授業と聞いて、困惑した様子だった。

仲間がどうなっているかわからないというのに、授業を受けろというのは流石の夕映も理解できなかったようだ。

 

 夕映のその当然の疑問に、エヴァンジェリンにそれを聞かれても、一言肯定するのみだった。

 

 

「ここは学術都市だ。知識を得たいものならば、死神でも受け入れる、そんなところさ」

 

「はぁ……」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンにはそれを夕映にさせる理由があった。それは夕映の強化だ。夕映は基礎や防衛のための魔法はわりと多く覚えている。

 

 しかし、逆に攻撃の魔法は一つも覚えていない。魔法の射手すら習得していないのだ。ならば、ここで授業を受けさせ、勉強させるのもよいと考え、それを話したのである。

 

 その夕映は気の抜けた生返事をするのが精一杯の様子だった。それでも魔法の授業と聞けば、興味が湧かない訳ではない。エヴァンジェリンがどんなことを考えてそれを提案したのかはわからないが、そうしろと言うならしようと思っていたのだ。

 

 

「ここで授業を受ければ、色々な魔法も習えるし、色々と経験になるはずだ」

 

「それで、この場所で授業を……」

 

「それもあるが、もう一つ理由がある」

 

 

 そんな夕映に、エヴァンジェリンはその理由を説いた。

それに魔法を覚えるだけではなく、よい経験にもなるだろうと言葉にした。

 

 エヴァンジェリンが夕映に受けさせようとしている授業は、ただの授業ではない。魔法騎士団候補の育成の為の授業である。つまり、結構ハードで厳しいやつだ。戦闘訓練もある魔法騎士団候補生の授業ならば、当然攻撃も習得できる。一石二鳥と言う訳なのだ。

 

 夕映はエヴァンジェリンの言葉に、なるほど、と考えた。

強化のために、ここで魔法の勉強をしろと言っている、それを夕映は理解した。

 

 だが、エヴァンジェリンはそれだけが理由ではなかった。もう一つ、それ以外に理由があると、人差し指を立ててその理由を言葉にし始めた。

 

 

「本来ならば私が貴様を鍛えてやってもよいと思っていたのだが……、このような状況では、それも厳しいだろうと思ってな」

 

「それでですか」

 

「故にだ、ここで私の指導の代わりと言ってはなんだが、授業でも受けていてもらおうと考えたのさ」

 

 

 エヴァンジェリンはこのようなことにならなければ、夕映たちをさらに鍛えようと思っていた。しかし、こんなことになってしまっては、その暇はない。現状を確かめ、仲間たちの居場所を突き止めなければならない。

 

 それにこの状況はすぐに解決するものではないだろう。ある程度の時間をこのアリアドネーで過ごすことになる。そう考えたエヴァンジェリンは、夕映に授業を受けさせることにしたのだ。

 

 夕映はそのもう一つの理由で、エヴァンジェリンの考えに納得した。

きっとエヴァンジェリンは自分を次の段階に移したかったのだろう。さらに色々な魔法を教えたかったのだろう。そんな矢先にあのゲートでの強襲があって、それができないと考え、あえて授業と言う形で自分を鍛えてくれるのだろう。夕映はそう思い、心の中でエヴァンジェリンに感謝していた。

 

 

「しかし、私も手伝えることがあれば、協力するです!」

 

「それは嬉しいが、ここは私の庭も同然の場所だ。貴様に頼るようなこともあるまい」

 

「そうかもしれませんが……」

 

 

 それでも夕映は何か役に立ちたいと思った。

なので、エヴァンジェリンへと、それを再び強く言葉にしたのだ。

 

 ただ、夕映がそう言う理由はそれだけではなかった。あの時、状助が重傷だった時、何もできなかったことを後悔していた。せっかく手に入れた魔法(ちから)で助けられると思ったのに、助けられなかった。それが悔しくて仕方が無かったのだ。

 

 だが、やはりエヴァンジェリンは夕映に何かさせるつもりはなかった。この場所は古くからエヴァンジェリンが慣れ親しんだ土地。わからないことはない。情報を得るのも、ここにいる知人などにあたればよい。故に、エヴァンジェリンは夕映へと、それを言ったのだ。

 

 そのエヴァンジェリンの言葉を聞いた夕映は、それでも納得できないという顔を見せた。確かに言われたとおり、自分ができることなどないのかもしれない。だけど、たとえそうであったとしても、役に立ちたいと思うのだ。

 

 

「気にするな。それに、あの戦いで貴様らを守れなかったのは私の落ち度だ」

 

「ですが……!」

 

 

 それに、エヴァンジェリンもそれなりに気負うことがあった。あの時、ゲートにて、夕映たちを守りきることができなかったことだ。

 

 自分がついていくので安心しろなどと言っておきながら、この体たらく。情けないとしか言いようがない。それにあの出来事はある程度予想していたことだった。それなのに、こんな結果になってしまったことにエヴァンジェリンは、深く負い目を感じていたのだ。

 

 そう静かながらに平然とした様子で、エヴァンジェリンはそれを述べた。

全ては自分の驕りが招いた失態だ。夕映がそれを悩み苦しむ必要はない、そう静かに言葉にした。しかし、内心は自分への怒りがこみ上げ、今にも体を震わせそうになっていたのだ。

 

 夕映はそう言われても、引き下がらずに言葉を発した。

そうかもしれないけれども、それで自分が何もしないという理由にはならないからだ。この状況で自分が何もしないというのが許せないからだ。

 

 

「貴様はここで学業をつみ、さらに自分を磨け。いいな?」

 

「……わかりました」

 

「それでいい」

 

 

 だが、その夕映をエヴァンジェリンはばっさりと切り捨てた。

夕映の申し出は正直嬉しいが、それをさせてしまってはエヴァンジェリンとしてのこけんにかかわるというものだ。豪語したのに仲間も守れず、仮ではあるが弟子の手を借りるというのは、流石のエヴァンジェリンとしてもプライドが許さないのだ。

 

 それに、やはり夕映には足りない、攻撃魔法を習得してもらう必要があるとも思っていた。治癒と防御は確かに十分習得している夕映だが、この先はそれだけでは不安だとエヴァンジェリンは感じたのだ。だから夕映にはここでさらに魔法を習得してもらい、強くなってもらおうと思ったのである。

 

 夕映もはっきりそう言われたので、取り付く島がないことを理解した。なので、これ以上のことは言わず、渋々と一言肯定の言葉を述べるのであった。

 

 ようやく素直になった夕映を見て、エヴァンジェリンはほっとした微笑みを見せた。そして、ゲートでの戦いでボロボロとなった服から、この部屋に置いてあったスーツと白衣に着替え、扉の前へ歩いていった。

 

 

「では、挨拶ついでに入学手続きもしてきてやる。貴様はここでおとなしく待っていろ」

 

「よろしくお願いしますです……」

 

 

 エヴァンジェリンは扉の前で再び夕映へ話しかけ、次の行動の予定を話した。

夕映はその話を聞いた後、すっと頭を小さく下げ、それを頼む言葉を口にしたのだ。

 

 エヴァンジェリンはそれを見て、再び小さな笑みを見せた。

その後扉に手をかけ開き、そのまま外へと出て行こうとしたところで、何故かぴたりと止まったのだ。

 

 

「おっと、言い忘れていたな。そこの本棚にある本は好きに読んでかまわん」

 

「本当ですか?」

 

「待っているのも退屈だろう? 本を読みながら適当にくつろいでいるといい」

 

「ありがとうございます」

 

 

 エヴァンジェリンは扉に手をかけたまま頭だけを後ろへ向け、夕映へとそれを話した。

ここで夕映を待たせるのはいいが、待っている時間は長くなるだろうし暇だろうと思ったのだ。なので、魔法の本が並んでいる本棚から、好きな本を取り出して読んで待っていろと言ったのだ。

 

 夕映はそれに大そう喜び驚いた。

あのエヴァンジェリンの部屋にある魔法の本らしきもの、それを読んでいいと許可されたのだ。本当ならば自分が許可を取って読みたいと思うものを、エヴァンジェリン自身から言い渡されたのである。

 

 エヴァンジェリンは、喜びながらも本当にいいのかと言う様子を見せる夕映へ、その理由を説明した。部屋にあるソファーに座りながら、じっくりと本を読んでいてかまわないと、笑いながら述べたのだ。

 

 夕映は完全に許可が出たことと、エヴァンジェリンが気を使ってくれたことに喜び、頭を深々と下げて礼を口にした。なんということだろう。ここにある本は多分エヴァンジェリンの研究資料や魔導書だ。それを読ませてもらえるなんて、夢なのではないかと思ったのである。

 

 

「では、今度こそ行ってくる」

 

「いってらっしゃいです」

 

 

 言いたかったことを言い終えたエヴァンジェリンは、再び別れの言葉を述べると、そのまま部屋の外へと出て行った。夕映も見送りの言葉でエヴァンジェリンを送り出すと、そそくさと本を取り出し、読むことにしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 エヴァンジェリンと夕映がアリアドネーへ来てから数日が経った。

夕映はエヴァンジェリンの指示通り、魔法騎士団候補生として授業を受けることになった。

 

 

「突然ここのクラスへ入ることになった、ユエ・アヤセさんです。仲良くしてあげてくださいね」

 

「よろしくです」

 

 

 夕映はそのために教室へと招かれ、教卓の近くに立っていた。その横にいた先生が夕映をクラスに紹介し、夕映もそれにあわせて頭を下げた。そして、夕映は用意された席へと座るよう指示され、そちらへと歩いていった。

 

 

「あっ、あの時はごめんなさい!」

 

「いえ、別に気にしてませんので……」

 

「で、でも、もうすぐで大変なことになりそうだったし……」

 

 

 夕映は席へと腰掛けると、隣の席の少女が突然謝ってきた。

褐色の肌で頭に垂れた犬のような耳を持ち、楕円の眼鏡をかけた亜人の少女だった。彼女の名はコレット・ファランドールと言う。

 

 彼女は何故夕映に謝っているのか。それは夕映がゲートの事件で強制転移され、このアリアドネーへ来た時までさかのぼる。

 

 と言うのも、彼女は”原作どおり”箒にまたがり飛行しながら、魔法の練習をしていた。そして、そこへ”原作どおり”夕映が突如現れたのだ。”原作”ならばそこで二人が衝突し、コレットの未熟な忘却呪文とあわせ、夕映が記憶喪失となってしまうのだ。

 

 だが、ここでは”原作”とは異なる部分があった。エヴァンジェリンの存在だ。夕映と共に転移してきたエヴァンジェリンが、とっさに夕映の首を後ろへ引っ張り、衝突を避けたのだ。それによって夕映は記憶喪失することなく、この場に座ることができたのである。

 

 ただ、コレットはその時のことを未だに悩んでいた。なので、突然クラスメイトとなった夕映に驚きながらも、とっさに謝ったのだ。

 

 そんなコレットを見て夕映は、ふとその時のことを思い出した。そこでその時のことなど、まったく気にしていないと苦笑しながら述べたのだ。

 

 しかし、コレットはそれでは気が治まらなかったようだ。あの時ぶつかっていたら、どうなっていたかわからなかった。それを考えれば恐ろしいと感じ、それを言葉にしたのである。

 

 

「ですが、私は無事でしたし、あの時も謝ってくれました。なのでもうこの話は終わりです」

 

「う、うん……」

 

 

 それに夕映は無事だった。エヴァンジェリンのとっさの行動のおかげでもあったが、衝突しなかった。さらに、ぶつかりそうになった時にも、コレットは夕映にペコペコと頭を下げた。もはや夕映はそこで終わった出来事として考えていたので、それ以上は謝らなくていいと、優しく言ったのである。

 

 コレットも夕映にそこまで言われてしまったので、もうそれ以上は何も言えなかった。故に、コレットは小さく頷くと、このことはもう話さなかった。

 

 

 そして、夕映の初授業は特に問題なく終わった。コレットは席が隣同士になった夕映と親しくなろうと、廊下で話すことにしたのだ。夕映もそれを快く受け、二人は廊下で会話していた。

 

 

「ところで、ユエさんの側にいた人……」

 

「ゆえでいいですよ」

 

 

 そこでコレットはふと疑問に感じたことを夕映へと聞こうとした。

すると夕映は、呼び捨てでかまわないと言葉にしたのである。

 

 

「席も隣同士になった訳ですし、堅苦しいのはなしです」

 

「ありがとう。私のこともコレットって呼んでいいから!」

 

「はいです」

 

 

 席も隣同士だし短い間かもしれないけれど、共に学業を積む仲となった。気軽に呼ばれる方がよいと、夕映はそれを話したのだ。

 

 コレットもそれならと、自分も呼び捨てでよいと笑いかけながら言った。

夕映はそれに対し、笑顔でしっかり返事を返したのである。

 

 

「えっと、話を戻すけど、あの時ユエと一緒にいた人って、もしかしてあのエヴァンジェリン様?」

 

「あの? というのはよくわかりませんが、そうです」

 

「えっ!? ほっ、本当に!?」

 

「はっ……はい、本当です」

 

 

 コレットは話を戻し、前々から気になっていたことを夕映へと尋ねた。

それは夕映の横にいた金髪の少女のことだった。あの時は衝突しそうになって慌てていたので気にしなかったコレットだったが、よくよく考えればあの姿はエヴァンジェリンではないかと思ったのだ。

 

 と言うのも、エヴァンジェリンはアリアドネーではとても有名だ。いや、別にアリアドネーでなくても魔法世界では結構有名ではあるのだが。それでも特にアリアドネーでは、その数々の功績から非常に尊敬され、人気があるのだ。

 

 しかし、夕映は”あの”と言われても、エヴァンジェリンが人気だということに実感がないのでよくわからなかった。ただ、エヴァンジェリン本人であることには間違いないので、そうであるとだけ言葉にした。

 

 すると、コレットは興奮しながら顔を近づけ、再度それが真実なのかを追究した。

夕映は少し後ろへ引きながら、驚いた様子で嘘ではないと言うのであった。

 

 

「すごい! あのお方のお知り合いなんて!!」

 

「それほど有名なんですか?」

 

「それはもう! アリアドネーにいる人であのお方を知らない人はいません!」

 

 

 コレットはあの少女が本物のエヴァンジェリンだということを知り、さらにテンションをあげていった。さらに、夕映がその知り合いだということに、とてもすごいと叫んでいた。

 

 それでも、やはり夕映はエヴァンジェリンが人気者であることを、さほど理解していなかった。ここへ来た時にエヴァンジェリンが言ったように、一度自分のアーティファクトで調べては見たものの、実感が伴ってないのだ。

 

 それを夕映がコレットに尋ねれば、コレットは非常に嬉しそうにそれを語った。

このアリアドネーでは誰一人として、その名を知らぬものはいないと。

 

 

「……確かに、治癒系の魔法の発展と向上に大きく貢献した方とは聞いてましたが……」

 

「それだけじゃないよ!」

 

 

 また、夕映もある程度はエヴァンジェリンのことを調べ、または本人から聞いていた。このアリアドネーの地で治癒魔法を大きく発展させた、優れた魔法研究家であることを。

 

 だが、コレットはそれ以外にも多くの功績があることを、楽しそうに語りだしたのだ。

 

 

「魔法騎士団でも数多くの武勇を残し、未だ根強いファンもいっぱいいるんだから!」

 

「流石は……ですね……」

 

「それに、みんなの憧れの的だし、私も憧れてるんだ!」

 

「確かに……、あの方の凄さは身近で見ていた身としては、よくわかっているつもりでしたが……」

 

 

 エヴァンジェリンは治癒魔法の先駆者というだけではない。それ以前は魔法騎士団に入り、多くの武功をあげた猛者だ。未だにそのことは伝説として語り継がれており、その方面からも多くのファンを持っていたのだ。

 

 そんなエヴァンジェリンを、アリアドネーで魔法を習うものはみんな憧れていた。当然コレットもエヴァンジェリンに憧れ、目標にしていた。

 

 夕映はそれを聞いて、思った以上のすごさと人気に驚いていた。

身近で指導を受けたことのあるエヴァンジェリンは、当然そのエヴァンジェリンのすごさは知っていた。なので、驚きながらも納得もしていた。確かにあの人ならばそのぐらいできそうだと。

 

 

「ですが、このことは内緒にしてほしいです。エヴァンジェリンさんにもそうしておけと言われましたし」

 

「あー……、有名人の知り合いってバレたら大変だもんね……」

 

 

 だが、それ故に、夕映は自分がエヴァンジェリンの知り合いであることを、みんなに黙っていてほしいとコレットへとお願いした。

これほどまでに有名なエヴァンジェリンの知り合いだと知られたら、面倒なことになりそうだからだ。さらにエヴァンジェリンもそのことを考慮しており、夕映にそれを伝えていたのだ。

 

 コレットもそれを聞いて、すぐさま察したようだ。

確かに色々と動きにくくなったりして、面倒かもしれないと、そう思ったのである。

 

 

「わかった! 約束するよ!」

 

「ありがとです」

 

 

 となれば、当然それを約束すると、コレットはその誓いを夕映へと元気に言葉にした。

夕映もその言葉に思わず笑みがこぼれ、そっとお礼を述べたのだった。

 

 

 そんな感じで夕映はコレットと友情を育みながら、学業を積み、色々なことを学んでいった。新しい魔法、魔法世界の歴史、旧世界との関係など、多くのことを習ったのだ。

 

 また、エヴァンジェリンも情報収集を続けていた。そこでわかったことは、自分たちがお尋ね者にされていることだった。それに対してエヴァンジェリンは、元々賞金首なので特に気にした様子を見せることは無かった。

 

 しかし、夕映はそれを聞いてかなりショックを受けていた。当然である。何もしていないだけでなく、むしろ被害者の立場だと言うのに、賞金首にされてしまったのだから。ただ、ここではそう言った情報があまり出回っていなかったので、特に問題はなかった。

 

 それでも散らばった仲間たちの情報は未だ入ってこないようで、エヴァンジェリンはその辺りを重点に調べていた。とは言っても、ここに来てまだ一週間も経っていない。中々情報が集まらずに四苦八苦していたのである。

何せここは中立国家。他の国の情報がなかなか入りづらいのだ。

 

 また、それ以外にもエヴァンジェリンは懸念することがあった。あのゲートで強襲してきた連中が、もしや20年前の戦争で裏から手を引いていた組織の残党なのではないか、というものだった。

 

 20年前に起きた大分烈戦争、それを操っていた”完全なる世界”と言う組織のことだ。あれから20年が経ち、残党はほぼ駆逐されたとエヴァンジェリンは聞いていた。あのタカミチやガトウなどが、徹底的に叩き潰したからだ。

 

 だが、それが未だに隠れながら活動し、仲間を増やして徐々に増大化しているのではないか、そうエヴァンジェリンは睨んだ。であれば、このままではネギやその仲間たちが更なる戦火に巻き込まれるのは目に見えている。エヴァンジェリンはその辺りを考えながら、仲間の情報を幾度と無く調べるのだった。

 

 

「今日は飛行訓練百キロマラソンよ!」

 

 

 そして、その日は外での実習のため、夕映は体育着に着替え外に出て箒を片手に握っていた。その実習は箒を使った飛行魔法での空中マラソンだった。

 

 それを先生がはっきりと生徒全体に行き届くように叫び、指示を出していた。

 

 

「そういえば、ユエは飛べるの?」

 

「それなりに練習しましたので、飛ぶぐらいなら大丈夫です」

 

 

 コレットは箒にまたがり飛行の準備をする夕映へと、それを尋ねた。

夕映はその質問に、小さく笑いながら答えた。問題ない、何度か練習しているので飛ぶことぐらいはできると。

 

 そもそのはず、夕映は麻帆良にいる時、師であるギガントに飛行の魔法を習っていた。そのおかげである程度の飛行は可能となっていたのだ。

 

 

「わっ! すごい! 上手だよ!」

 

「そうですか? 自分ではわからないことなので……」

 

「確かに教科書どおりって感じだけど、だからこそ安定してるって言うか!」

 

 

 夕映は魔力を操り全身に力を入れると、ゆっくりと、ふわりと、箒と共に宙に浮き始めた。

それを見たコレットは、とても関心した様子でそのことを褒めたのである。

 

 夕映は褒められるほどのことだったのかわからなかったためか、キョトンとした様子を見せていた。

何せ自分のことなので、自分でこれが上手だ、という感覚がよくわからなかったのだ。

 

 コレットも夕映の飛行は上手だと言ったが、まるでお手本どおりの飛行だと評価していた。

ただ、それ故か非常に安定しており、確実で安全だとも思ったのである。

 

 

「ありがとです。それでは行きましょうか」

 

「うん!」

 

 

 そして、二人はそのまま箒にまたがり、飛び立つ生徒たちの後ろについていくようにして飛び立った。

夕映は楽しいひと時だと感じつつも、仲間の安否を気にしていた。本当にこんなことをしていてよいのだろうか。それをふと考え、空から眺める景色の遠くを見つめるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 日を戻してネギたちが修行している頃、ある場所で一つのグループが走っていた。そこは古い遺跡の内部で、今にも崩れそうな状況だった。

 

 

「ダメだ崩れる!」

 

「走って走ってぇ!」

 

「まさか最後にこんなベタなトラップたぁね!」

 

 

 数人の男女が崩れ落ちる遺跡の中を、出口を求め走っていた。彼らはトレジャーハンターなのだろう。遺跡に眠る宝を手に取った瞬間、その遺跡が崩れる罠に引っかかってしまったようだ。

 

 

「嬢ちゃん! 大丈夫か!?」

 

「はい!」

 

 

 だが、そこにはあののどかの姿があった。のどかは彼らの仲間となって、遺跡めぐりをしていたのである。

 

 そんなのどかを一人の男性が心配そうに声をかけていた。

彼の名前はクレイグ・コールドウェル。このチームのリーダー的存在。髪を後ろにかき上げた、少し目つきの悪い男性だ。

 

 彼にそれを聞かれたのどかは必死に走りながら、平気であることをはっきり告げた。

 

 

「見ろ! 出口だ!」

 

「やったぁ!」

 

 

 もはや遺跡が崩れるのも時間の問題となったこの状況で、ようやく目の前に小さな光が見えた。それこそがこの遺跡の出口であり、誰もが喜びながら一目散に駆けて行った。

 

 

「たー! 危なかったぁ!」

 

「まさか遺跡が丸ごと崩れるとはねぇ」

 

 

 そして、先ほどの場所から多少離れた岩山の頂上で、それぞれがその遺跡が崩れるのを眺めていた。いやはや間一髪という状況だったようで、切り抜けられたことを喜ぶ声が複数飛び交っていた。

 

 

「ふぅ、死ぬかと……」

 

 

 のどかも流石に今回は疲れたのか、ため息をついてほっとしていた。

遺跡が崩れるという体験は、当然のどかとてはじめての経験だった。

 

 

「怪我はない? ノドカ?」

 

「は、はい」

 

 

 そこへのどかへ気にかけた声を発する女性が現れた。彼女の名はアイシャ・コリエルと言う。エルフのような長い耳を持つ長髪の女性だ。先ほどの遺跡崩壊で、瓦礫か何かで怪我をしていないか、のどかへ聞いたのである。

 

 のどかは特に怪我は無いので、素直に一言答えた。

 

 

「随分たくましくなったわよねぇ。遺跡で拾ったアンタが仲間に入れてくれって言った時は、どうしようかと思ったけど」

 

「ノドカちゃんの罠発見能力は一級品!」

 

「使える……!」

 

 

 のどかはゲートの事件にて、どこかの遺跡の内部に転移してしまったようだ。そこで助けてくれたのが、彼らだった。のどかは彼らに仲間に入れて欲しいと頼み、今に至る訳である。

 

 それを思い出しながらのどかの成長を喜ぶアイシャ。

彼女は最初のどかを見た時、頼りないと感じたようだ。のどかは引っ込み思案でちょっとあどけない性格なので、仕方が無いといえば仕方が無い。

 

 そこへ後ろからのどかを称える声が聞こえてきた。

前者は長い髪を頭の後ろで束ねた美丈夫の男性で、クリスティン・ダンチェッカーと言う。後者は短い黒髪のエルフみたいな長い耳を持つ女性で、リン・ガランドと言う。二人はのどかの技術を大いに賞賛し、仲間にしてよかったと思っていた。

 

 

「しかも、初歩の初歩だけど色んな治癒の魔法も使えるし」

 

「ホント最高の逸材だよ!」

 

 

 さらに、のどかはギガントから治癒の魔法や防衛のための障壁を教え込まれていた。初歩で簡単な治癒ではあるがその種類は多く、麻痺や氷結、やけどに毒などまで治癒が可能だ。

 

 麻痺や毒は特に罠などに多く、非常に助かっているとアイシャは嬉しそうに語った。

クリスティンもそんなのどかを拾ったことをとても喜び、歓迎して正解だったと笑って述べていた。

 

 

「その歳でそんな技術、どこで身に付けたんだい?」

 

「えーっと……、部活や課外授業で……ちょっと……」

 

「へぇ?」

 

 

 クレイグはのどかの技術に、少しだけ疑問に思ったようだ。

中々の罠発見能力や治癒魔法などは、早々身につくものではない。のどかがそれをどこで獲得したのか、ふと本人に尋ねたのである。

 

 のどかはその問いに、少し悩んだ様子を見せた後に答えた。

のどかは麻帆良で図書館探検部に所属している。そこで数多くの罠を見てきたのどかは、そこでその技術を得たのである。また、課外授業とはギガントの魔法の講座のことだった。

 

 が、クレイグには部活や課外授業と言われても、よくわからない。なので、生返事を返して不思議がるのがやっとであった。

 

 

「しっかし、ノドカちゃんに仕事とられちまって、あんたも形無しだなロビン!」

 

「確かに嬢ちゃんが来たせいで、仕事減っちまったみてぇだな!」

 

「……」

 

 

 だが、ここにはもう一人、彼らの仲間がいた。”原作”では存在しえない、もう一人の仲間。ロビンと呼ばれた男性。緑色のマントを装備し、茶髪でツンツンしていて右目が隠れるような髪型をした、垂れ目がトレードマークな美貌の男性だった。

 

 そのロビンと呼ばれた人物は、彼らから少し離れた場所で、腕を組んで静かにたたずんでいた。まるで、仲間という訳ではないが、さりとて他人と言う訳ではない、そんな距離感を感じされるような人物だった。

 

 その最後の一人へと、クリスティンは皮肉を飛ばした。クレイグもそれに乗っかり、からかうような声を投げたのである。それを言われたロビンと呼ばれた男は、自分に言葉が飛んできたのに気が付くと、ゆっくりと彼らへ向いた。

 

 

「……へいへいっと、むしろオレは楽ができていいと思ってるんですけどねぇー」

 

「よく言うわ!」

 

「実はちょっとだけノドカに嫉妬とかしてるんじゃない?」

 

「ありえる」

 

 

 ロビンと呼ばれた人物は、非常に罠を得意としており、トラップの類を発見する能力に長けていた。しかし、のどかが来てからそれを発揮する機会が減ったので、それを笑い話として出されたのだ。

 

 また、ロビンはそれを言われ、肩をすくめてそれを言った。仕事が減って楽になった、助かっていると、皮肉を返したのである。

 

 そんなロビンへと、クリスティンは笑って返した。

アイシャもそう言うロビンが、実はのどかの技術を羨んでいるのではと笑って述べた。

リンもそれに同調し、その可能性があると一言口に出していた。

 

 

「する訳ねーっしょ? 相手はまだガキだぜ? そんな相手にムキになってどーすんの!?」

 

「まっ、そりゃそうだ!」

 

「つーかロビン、さっきまでどこ行ってたんだ!?」

 

 

 そこまで言われたロビンは、それだけはないと断じた。

確かにとても若いと言うのに、その技術を持つのどかはすごいだろう。ただ、逆に言えばそんな子供と張り合うなんて、情けないではないかとロビンは言った。と言うか弁解した。

 

 クリスティンはそれを聞いて、言うとおりだと笑って話した。

そこへクレイグがロビンへと、一つの疑問を尋ねた。

何せ遺跡崩壊している中、必死に逃げていた時に姿がなかったからだ。

 

 

「近くにいましたけどねー? 最近のオレ、影薄いっしょ? だから気がつかなかったんじゃないんですかねー?」

 

「やっぱグレてねーかお前!?」

 

「やだねー、それ大人気なさすぎってもんでしょ? いつも通り”姿を消してた”だけですよ」

 

 

 ロビンはそれについて、ちょっと皮肉っぽく答えた。

近くにいたけど仕事が減った自分なんて、いてもいなくても同じだったのではと。

 

 クリスティンはそう言うロビンが、先ほどの話を聞いてへそを曲げてしまったのかと叫んでいた。

 

 が、ロビンはそれを更に皮肉っぽく答えた。

別にそんなことでグレるなんて、大人気なさ過ぎる。いつものように姿を消し、気配を消し、近くに潜んでいたと、やれやれと言う感じに述べたのである。

 

 

「その魔法具の力だっけっか? 効果を見りゃかなりのモンだぜそりゃ」

 

「あたりまえっしょ? オレの自慢の”宝具”ですからね」

 

 

 それを聞いたクレイグは、姿を消す力を持つ緑色のマントに注目した。姿を完全に消しさる魔法具。使い方によってはかなりの効果を発揮し、売れば相当の値段になるのではないかと思ったようだ。

 

 ロビンはそれを当然と答えた。

このマントこそロビンがロビンたらしめる装備。”宝具”と呼ぶべき最高の装備。身に着けてさえいれば誰もが姿を消せ、そのひとかけらでも効果を発揮する緑の外郭。

 

 ただ、実際は他人に自慢するような代物ではないし、自慢できるような使い方もしない。だが、先ほどからの随分な言われように対抗し、ここはあえて誇張してそれを言葉にしていた。

 

 

「おっと、それよりお待ちかねのお宝配分タイムと行こうぜ!」

 

「待ってました!」

 

 

 とまあ色々とあったが、とりあえず宝を山分けしよう。

クレイグはそれを叫ぶと、クリスティンもはしゃいで宝を手に取った。

リンも無言ではあるものの、いつの間にか宝の山に手を伸ばしていた。

 

 

「嬢ちゃん、ホントにいらないのかい?」

 

「遠慮することないよー?」

 

「いえ! そんな! 私はこれだけで十分です!」

 

 

 だが、のどかは魔法具一つ手に握っていただけで、宝の山には目もくれなかった。それを気にしたクレイグが、のどかへと声をかけた。クリスティンも仲間として遠慮は不要だと、のどかへ話した。

 

 しかし、のどかはこの握った魔法具一つで充分だと言い切った。

それに色々と迷惑をかけているだろうし、助けられている。なので、それ以上は恐れ多いという態度をのどかは見せたのである。

 

 

「ロビンもそんなところにいないでこっちで選別しようぜ!」

 

「別にオレは矢と罠の材料さえありゃいいんでね。気にしないでくれってもんさ」

 

「あんたもホント謙虚だなー……」

 

 

 また、もう一人、その宝の山を見ても、何もしない人物がいた。それはロビンだった。

ロビンは先ほどと同じく、彼らから少し離れた場所に立っていただけだった。宝なんぞ気にせず、団欒とする彼らを眺めていたのだ。

 

 クリスティンはそんなロビンにも声をかけ、宝を山分けしようと誘った。

それに対してロビンは、不必要な宝は別にいらないと言うだけだった。

そう、このロビンはそう言う場所には自ら入らず、離れた位置を好んでいるのだ。

 

 クレイグはそんなロビンへと、少し呆れた様子でそれを口に出していた。

既に仲間なのだから、もう少し欲張ってもよいものを、そう思ったのである。

 

 

「それがノドカが捜してたマジックアイテムね」

 

「はい! ついにみなさんのおかげで……」

 

 

 そこでアイシャはのどかへ近づき、のどかが手に持っていた魔法具を見た。

のどかはこの魔法具を探していたようで、ようやく手に入ったことを喜び、感謝していた。

 

 

 こののどかが持つ魔法具、鬼神の童謡と言う。鳥の爪のような形をし、爪先はどこか万年筆に似た形をしている、指にはめて使う魔法具だ。

 

 その能力は相手の名前を見破るというもので、名を尋ねればその人物の本当の名前を見抜くことができる。逆を言えばそれだけしか効果がないので、基本的に大きな価値はない。

 

 だが、のどかのアーティファクト、いどのえにっきと併用すればその効果は倍以上となる。いどのえにっきは名前を知った相手の思考を、本として読むことができるアーティファクトだ。つまり、名前を知れれば相手の思考も読めることになるのである。

 

 とは言え、ここののどかはさほどアーティファクトを多用したことがなかった。使う場面がほとんど無かった。つまり多少アーティファクトの扱いは不慣れ、経験不足であった。

 

 それでも師であるギガントからある程度の使い方をレクチャーされており、使い方はしっかり理解していた。故に、ここぞと言う時の切り札にしようと考えたのだ。

 

 そして、この状況となった今、何かあってもおかしくないと考えた。なので、できうる限りのことはしておこうと、この魔法具を探し、見つけたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じ頃、別の場所にて二人の少女が歩いていた。いや、実際は二人ではなく、三人と言った方が正しい。それは楓と木乃香、それにさよだった。また、木乃香が操る前鬼と後鬼が、巨大なドラゴンの角をえっさほいさと担いでいた。

 

 

「楓、すごいんやなー」

 

「いや、拙者はまだまだでござるよ」

 

 

 木乃香は楓のことを、とてもすごいと褒めていた。

何に対してかと言うと、その楓の強さにだ。

 

 しかし、楓は謙虚な態度で、それほどでもないと語った。

この程度では強いとは到底言えないと。何故なら麻帆良の文化祭で、眼鏡の男に苦戦したことがあったからだ。

 

 楓はあの眼鏡の男のO.S(オーバーソウル)と呼ばれる力の前では、自分の技術がさほど通じなかったことに悔しく思っていた。確かにあの時は爆符などの道具を使わずに戦ったが、ミカエルと呼ばれたO.S(オーバーソウル)は手ごわかった。いや、動き自体は単調で特に苦戦をしなかったが、やはり攻撃が通用しなかったことを痛感したのである。

 

 

「せやかて、目隠ししたままドラゴンに勝ててしまうんやから、十分すごいやん!」

 

「そうですよ! あれですごくないなら、何がすごいのかわからなくなりますよ!」

 

「さよ殿まで……」

 

 

 とは言え、先ほど楓は目隠しをしたまま、黒い竜を倒して見せた。

木乃香はそれを考えて、十分強いではないかと、笑顔で楓を褒め称えていたのだ。

 

 また、木乃香の持霊となったさよも、横から顔を出して楓を褒めた。

さよもドラゴンを一人で倒した楓の強さに驚き、とてもすごいと感激していたのだ。

 

 さよにまでそう言われた楓は、そこまで大げさなことではないと言いたそうな顔を見せた。

むしろ、あの程度で苦戦しているようでは、修行が足りないとさえ楓は思っていたのである。

 

 

「……そう言うこのか殿こそ、シャーマンとしての腕前も随分と上達したように見えるでござるが?」

 

「んー、ウチもまだまだや。こんなんやったらはおに合格させてもらえへん」

 

 

 ならば、楓は逆に木乃香へと、そちらの修行の成果を尋ねた。

木乃香はシャーマンとなり、その技術と実力を伸ばしていた。それはこの魔法世界に来てからも当然のことだった。

 

 しかし、木乃香もまた、自分の実力に満足してはいなかった。今のままでは師である覇王に届くことはない。さらに、あの覇王がこの程度で免許皆伝を授けるはずもないと、悩みながら答えたのだ。

 

 

「覇王殿はそれほど厳しいのでござるか」

 

「そうやなー、修行に対してはかなりきびしーやろなー」

 

 

 楓は木乃香の実力を見て、合格が出ないと言うことに驚きを感じていた。

シャーマンではない楓にはその辺りのことはわからないが、木乃香の実力は高い方だと思っていた。どんな攻撃をも弾く防御、気を用いずに飛行する技術、舞のように戦うセンス。どれも高いと評価していた。

 

 それでも合格の二文字を与えない覇王は、相当厳しいのではないかと楓は木乃香へ尋ねたのである。

 

 木乃香はそれに対し覇王を思い浮かべながら、どうなんだろうと考えた。

普段の覇王はそれほど厳しい態度を見せることは無い。むしろ最近は少し甘えさせてくれる方だった。だが、やはり修行と言うことになれば、非常に厳しかったと言葉にした。

 

 

「あっ、そうや。はおで思い出したんけど、なして魔法世界(こっち)におるんやろなー」

 

「そういえばそうでござるな」

 

「なんででしょうねー」

 

 

 そんな時、木乃香はふと思い出したことがあった。

それは覇王が魔法世界へやってきて、テレビのような映像に状助と映っていたことだ。木乃香は覇王がこっちに来ているのを知らなかったので、かなり不思議に思ったのである。

 

 その疑問は楓やさよも感じたものだった。

どうして、何のために覇王がここにいるのか、覇王自身状助たちぐらいにしか話してないからだ。

 

 

「毎年夏になるといなくなるんのと関係しとるんかなー」

 

「ふむ、確かに気になるところでござるな」

 

 

 覇王は夏休みになるとかならず魔法世界へやってきている。木乃香はその事実を知らないが、もしやそれと関係があるのではないかと考えた。

 

 楓も腕を組んで悩む様子を見せながら、それに対して不思議がっていた。

 

 

「まあ、それは覇王さんに直接聞けばいいんじゃないでしょうか」

 

「そーやな! オスティアっちゅー場所で会えるんやったな!」

 

 

 とは言え、覇王がここの世界にいて、なおかつ合流する予定なのだ。会った時にでも質問すればいいのではないかと、さよはそれを提案したのだ。

 

 木乃香もさよの言葉を聞いて、これ以上考えるのはやめようと思った。

本人に聞けばわかることだし、覇王がここにいるということはむしろ嬉しい誤算だったからだ。

 

 

「覇王殿が映像に映っていた話のことでござるな」

 

「あれにはウチも驚いたわー」

 

「でも覇王さん、このかさんに一言だけしかメッセージを送りませんでしたねー……」

 

 

 楓もその話に混じり、覇王の映像を思い出していた。

木乃香はその時の心境を嬉しそうに言葉にした。

 

 ただ、さよは少しだけそれに不満があった。

覇王はその映像で、木乃香に関して一言しか話さなかったからだ。

 

 グラニクスの闘技場で、覇王は魔法世界全土に中継された生放送で、オスティアへ一ヵ月後に会おうと言った。また、覇王は状助から木乃香がいることを聞いていた。なので、木乃香へメッセージを残した。

 

 その内容は簡潔だった。”君もオスティアで会おう”それだけだった。それ故さよはそれを思い出し、もう少し自分の弟子を労わるような言葉はなかったのかと、不満を言っているのである。

 

 

「さよ、ええんよ。むしろ、あの一言がはおらしゅーて、ウチは嬉しかったわ」

 

「むー……、このかさんと覇王さんには、目には見えない大きなつながりがあるんですね……」

 

「多くの言葉など不要なほどの関係でござるか」

 

 

 しかし、木乃香はそれだけで十分だった。

むしろあの覇王が、自分へ専用のメッセージを言葉にしたことに、とても嬉しく思っていた。昔だったら何も言わなかったであろう覇王が、あえてそれを言葉にしてくれた。それだけで木乃香は満足だった。

 

 そう笑顔で語る木乃香を見て、さよは自分の考えが浅はかだったと感じた。

そして、二人には大きな信頼があることを、再び確認したのである。

 

 楓もそれについて、小さく言葉にした。

言葉など使わずとも、意思が伝わっている。以心伝心というやつだろうか。それほどまでの信頼関係を築いているということに、とても関心していたのだ。

 

 

「せやから、次に会ーた時にはおがビックリするぐらい、鍛えななー!」

 

「お互いに頑張らんとでござるな」

 

「二人とも! ファイトですよ!」

 

 

 木乃香は覇王とそこで再会した時、今以上に強くなって驚かそうと思った。

だからもっと強くなりたいと思うし、さらに技術を向上させたいと思うのだ。最終目標は覇王と並ぶこと。そして、正式にお付き合いをすること。そのために強くなろうと頑張っているのだ。

 

 楓もさらに強くなろうと考えていた。

この程度ではまだまだ至らないと思っている楓は、共に強くなろうと木乃香へ声をかけるのだ。

 

 そんな二人に対して、さよはただただ元気よく応援するばかりだった。

と言うよりも、さよができることと言えば、そのぐらいなのだ。

 

 

 そして、三人はドラゴン退治を依頼された村へと戻り、そのドラゴンの巨大な角を見せた。その村はこの時期にやってくる黒いドラゴンに悩まされていたようで、その角を見てとても喜んでいた。また、三人は村から大いに歓迎を受け、田舎の村だと言うのにかなりの賑わいを見せていた。

 

 

「みんな喜んでくれてよかったわー」

 

「そうでござるなー」

 

「楓さんが頑張ったおかげですねー」

 

 

 ドラゴンを退治された人々の喜びようを見て、木乃香は心のそこからよかったと思った。

楓も修行がてらとは言え、ドラゴンを撃退したことの達成感を味わっていた。

さよもいつものようにふわふわと笑顔を見せながら、楓の功績だと言葉にしていた。

 

 

「元の世界では役に立たなかった拙者の力で、こうも喜んでもらえるとは……」

 

「むー……。そないなこと言ーたら、ウチかて今んとこ大きく役に立っとらへんよ?」

 

「そういうことでは……」

 

 

 楓は自分の忍術で人々が喜ぶ様に、不思議なものだと述べた。

元の世界、旧世界では戦うだけにしか使わない、世の中では役に立たないものだったからだ。

 

 だが、木乃香はそれに対して、ちょっと怒ったような感じでそれを言った。

何せ現代社会ではシャーマンの力も、さほど役に立っているとは言えないからだ。

 

 それを言われた楓は、別にそう言うことを言いたかった訳ではないと、ちょっと焦った様子で言葉にしていた。

 

 

「でも、もしかしたらやけど、今後役に立つかもしれへんやろ?」

 

「……そうなればいいでござるな!」

 

 

 しかし、木乃香はそこで再び表情を戻し、役に立つことがあるかもしれないと言った。

確かに忍術やシャーマンの技術など、現代の社会で役に立つかはわからない。ただ、人のために使おうと思えば、役に立つこともあるかもしれないと木乃香は思ったのである。

 

 楓はそう言葉にして笑みを見せる木乃香を見て、自然と笑いがこぼれた。

木乃香の言うとおり、今までは役に立ってはいなかった。だが、今後役に立つ場面があるかもしれないと、楓も思えてきたのだ。

 

 

「さて、残り一匹ドラゴンがいるそうでござるが……」

 

「せやったら、ウチが今度戦ってもええ?」

 

「このか殿が……?」

 

 

 その話は置いておくとして、村人の話ではまだ一匹ドラゴンが残っていると楓は話した。

ならば、今度は自分が相手をしたいと、木乃香は名乗り出たのである。

楓はそれを聞いて、少しぽかんとした様子を見せていた。

 

 

「ウチも目隠しして戦ってみたいんよ!」

 

「大丈夫でござるか?」

 

 

 さらに、木乃香は楓を真似て、目隠ししたままドラゴンと戦いたいと言い出したのだ。

それは流石に、と言う様子で、楓は木乃香を心配していた。

 

 

「はおが教えてくれたんやけど、擬似的でも五感の感覚を無くしたりすると巫力が多少上がるんやって」

 

「シャーマンの力の源でござったか」

 

「それ以外にも死んだり、死ぬような体験をしても、あがるんでしたよね」

 

 

 何故、木乃香がそのようなことを言い出したか。それはシャーマンとしての力をさらに伸ばしたいと考えたからだ。

 

 シャーマンは巫力を用いて、O.S(オーバーソール)などの力を操っている。だが、その巫力は簡単に延ばすことはできない。ただ、五感などの感覚を失った状態などにすれば、伸びる可能性もあると覇王は語った。つまり、目隠ししたまま戦うという行為は、巫力を伸ばすのに最適ではいかと、木乃香は思ったのである。

 

 楓もふと巫力と聞いて、気と同じようで少し違う、シャーマンが操る特殊な力のことだと思い出していた。

 

 そこへさよも木乃香の説明を補足するように、それを話した。

シャーマンは死んだり、死んだ時と同じような体験をすれば、巫力が伸びる。まあ、本気で巫力を伸ばしたいなら、死んで地獄で修行するのが一番ではあるのだ。

 

 

「シャーマンとして強なるには、巫力も鍛えんとならへん。せやから、ちょっと危険かもしれへんけど、そういう修行もせんとなーって思ったんや」

 

「ふむ……、確かに安全に戦っているだけでは、その先に行くのは難しいかもしれないでござるな」

 

「でも、私のようになるのはダメですよ!」

 

「わかっとる。無理はせんよー」

 

 

 また、シャーマンとして強くなる為には、技術だけでなく巫力も増やさなければならない。そのためにも、危険と隣り合わせの戦いを行わなければならないと、木乃香は語ったのだ。

 

 楓もその多少危険な戦いと言う部分に、共感を覚えていた。

自分も先ほど、目隠ししたままドラゴンと対峙した。危なかった部分もあったが、良い成果を得ることもできた。地道に努力して強くなることもできるだろうが、それ以上になる為には多少の危険も必要かもしれないと思ったのである。

 

 が、それで命を落としてしまっては何の意味も無い。修行はあくまで強くなるための行為であり、そこで命を落としたら台無しだ。

 

 さよは別にそれを考えて言った訳ではないが、とにかく死なない程度にしてほしいと木乃香へ叱咤するように言ったのである。

 

 木乃香もそうやって心配してくれているさよへ、笑顔を見せてそう言った。

自分とて覇王と並ぶまでは死ぬ訳にはいかないし、死にたくは無い。多少無茶はするかもしれないが、無理はしないとさよを安心させるように話した。

 

 

 そんな彼女たちが会話している時に、ふと村の門の方から見知った声が聞こえてきた。最初に聞こえてきたのは、豪快な男性の声であった。

 

 

「いやぁー、久々の羆退治だったぜ」

 

「あれはドラゴンで、ヒグマではないのでは……?」

 

 

 その男性の声の主、それはミスターゴールデン、バーサーカー坂田金時だった。

それに続いて聞こえた声は、そのマスターである刹那だった。

 

 バーサーカーは巨大なドラゴンの角を肩に乗せて片手で抱えながらニカッと笑っていた。

そして、なんということだろうか、その角の元の所有者を羆と言い出したのである。

 

 そんなバーサーカーへ刹那は呆れた顔で、絶対に違うと答えた。

と言うか、ヒグマとドラゴンを間違えるはずがない。あれはドラゴンだったと、はっきり言ったのだ。

 

 

「山で吠え盛って空飛ぶでかい獣って言や、羆だ」

 

「ヒグマって絶対そんなヤバイ生き物じゃないでしょ……」

 

「ヒグマが空を飛ぶなんて聞いたことありませんわよ……」

 

 

 するとバーサーカーは、あれがヒグマであると言う証拠を並べ、自慢げに豪語した。

山の中に生息し、大きな声で吠え、空を飛ぶ巨大な生物。それこそヒグマの証拠だと言ってのけたのである。

 

 いや、それはない。絶対にありえない。そんな生き物が旧世界の山にいる訳がない。そのヒグマは本当にヒグマなのだろうか。そう思ったアスナもあやかも刹那同様、呆れた表情でそんな生き物など知らないと、ため息混じりに言葉にしていた。

 

 

「しかし、その角を持ってもらってすいません」

 

「いいってことよ。こういう仕事ってのは男の仕事だ。女にやらせることじゃねぇ」

 

「別にそこまでひ弱じゃないんだけどね……」

 

 

 まあ、それはよいとして、刹那は巨大なドラゴンの角をバーサーカーが抱えていることについて、申し訳なさそうに礼を述べた。

 

 バーサーカーはそんな刹那に笑いかけながら、気にするなと言葉にした。

むしろ、こういう仕事こそが男の仕事。女性に任せられることではないと語ったのだ。

 

 それを聞いたアスナは、バーサーカーが言うほど自分は弱くないと、小さくこぼした。

アスナは女だからと言うだけで甘く見られていると思った。なので、その部分が少し癪に障ったようだ。

 

 

「強いとか弱いの問題じゃねぇって。ほら、あれだ。レディーファーストってやつ? あれみたいなもんだ」

 

「気を使ってくれているってことですね」

 

「おうよ!」

 

 

 しかし、バーサーカーはアスナの言葉を聞いて、そういうことではないと話した。

こう言うことは男がやるべきであって、単純に女性には任せたくない、ということだった。

 

 そこへ刹那がわかりやすく、バーサーカーが考えていることを言い当てた。

つまり男子たるバーサーカーが、10代半ばの自分たちと言う女の子に対して、配慮してくれているのだろうと。

 

 バーサーカーも刹那の言葉に、はっきりとそうだと答えた。

こう言う力仕事、荷物持ちこそ男がするべきことであり、女性にやらせるなんてもってのほかだと、バーサーカーは思っているのである。

 

 

「おっと、お捜しの友人がいるじゃんか!」

 

「えっ!?」

 

「あっ」

 

 

 その時、ふとバーサーカーが木乃香たちを発見した。すると喜んだ声でそれを大声で言うと、刹那やアスナもそちらを見て驚いたのだ。

 

 

「せっちゃん!」

 

「このちゃん! 無事でしたか!」

 

「せっちゃんこそ!」

 

 

 また、木乃香もバーサーカーの声に気がつき、刹那の方へと駆け寄ってきた。

刹那も同じように木乃香へと近寄り、手を合わせて両者の無事を祝っていた。

 

 

「このか! 元気そうじゃない!」

 

「アスナもいつも通りで安心したわー!」

 

 

 アスナもそこへ駆けつけ、木乃香と悠々とハイタッチして喜んだ。

二人とも変わらずの元気さを見て、安心したのである。

 

 

「そちらも無事だったんですのね!!」

 

「いんちょ! そっちこそ大丈夫やったん!?」

 

「ええ、特に大きな問題はありませんでしたわ!」

 

 

 当然あやかもそこへ駆け寄り、木乃香たちの無事に安堵していた。

木乃香はそう言うあやかへ、むしろこっちの方が心配だったと言う様子で驚いていた。

 

 木乃香にそう言われたあやかは、確かに色々驚くことはあったが、何か支障がでるとかそういったことはなかったと、嬉しそうに語っていた。

 

 

「おや、ゴールデン殿、久しぶりでござるな」

 

「お久しぶりですー」

 

「おう、久々だなニンジャガールにゴーストガール」

 

 

 楓はアスナたちの方へは行かず、バーサーカーへと声をかけた。

また、さよは幽霊なので抱き合ったりすることはできない。故に、とりあえずあっちの四人の輪には入らず、バーサーカーの下へやってきた。

 

 バーサーカーはその二人へ、軽快な挨拶を発した。

そして、目の前の二人も元気そうで何よりだと思い、ニッと笑って見せていた。

 

 

「そちらはお変わりないようでござるな」

 

「まぁな。そっちは腕を上げたみてぇだが?」

 

 

 楓はバーサーカーへ、色々と変わっていないようで安心したと言葉にした。

バーサーカーはそう言う楓を見て、楓がさらに実力をつけたと思い、そこにも喜びを見せていた。

 

 

「まだまだ、これからでござるよ」

 

「そうか。まぁ、己が納得するまで精進することだな!」

 

 

 しかし、楓は木乃香にも話したように、この程度では至れていないと言葉にした。

バーサーカーはそれを聞いて、それなら自分が納得するまで強くなるしかないと語った。

 

 

「さて、このかたちとも合流できたし、目指すはオスティアってところかしらね」

 

「そうですね。ネギ先生たちもそこで会えるはずです」

 

 

 アスナはようやく木乃香たちと合流できたことに安堵を覚えながら、次の目的地について力強く発言した。

刹那も、そこへ行けばネギや他の仲間たちと合流できると信じ、その場所を目指そうと言うのであった。

 

 



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百三十三話 アリアドネー

 和美と茶々丸とマタムネの三人は、世界一周を行いながらはぐれた仲間を探していた。そして、魔法世界の最も南に位置する、龍山山脈付近で仲間が持つ白き翼のバッジの反応があったのだ。

 

 そこで和美は茶々丸のその報告を受け、即座にアーティファクトを展開した。すると六つのスパイゴーレムが現れ、その一つに胡坐をかきながらマタムネが座ったのである。

 

 そのスパイゴーレムはその反応のあった場所まですぐさま飛び出すと、そこには古菲の姿があった。古菲はそこでさらに強くなる為に、一人修行していたのである。

 

 古菲はそのゴーレムに気が付き驚いたが、それが和美のものだとわかるとすぐさま喜んだ。こうして古菲は和美たちと合流し、それを遠く離れたグラニクスの仲間たちへ伝えたのであった。

 

 だが、それだけではなかった。グラニクスの仲間たちも、さらに別の仲間の情報を得ていたのだ。

 

 その仲間とは、まずアスナたちのことだった。アスナと刹那は合流したことを、ネギたちに既に連絡済だ。そこへもう一度、木乃香や楓と合流したことを伝えてきたのである。

 

 さらに、のどかもそこへ手紙を送り、無事を伝えてきた。また、裕奈やまき絵の無事も、ようやくそこへ現れたアルスが、覇王たちへと話したのである。それを聞いた亜子とアキラも喜び、その二人の無事を祝っていた。

 

 それだけではなく、アルスはハルナの無事も確認していた。何と言うか、彼女は一人で大丈夫そうだったので、とりあえず連絡用の発信機を渡し、そこに残してきたのだった。

 

 それをネギへと伝えれば、当然それについて喜んだ。ただ、未だ見つかっていない仲間たちを考え、それについて心配もするのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 魔法世界での9月9日。のどかは街で仲間となったトレジャーハンターチームと、店で席に座っていた。

 

 のどかは新たな魔法具”読み上げ耳”を手に入れていた。それを耳に装着すれば、文字が自動的に音声となって聞こえるというものだ。

 

 この読み上げ耳もまた、特別高価だったりすごい効果のある魔法具ではない。しかし、この前手に入れた”鬼神の童謡”と彼女のアーティファクト”いどのえにっき”が加わればそうではない。

 

 鬼神の童謡で相手の名を知り、いどのえにっきにその相手の心を写す。その写った文字を読み上げ耳で読み取れば、相手の思考を簡単に知ることが可能となるのだ。

 

 のどかはその最強コンボを完成させたので、ちょっと試そうと考えた。するとそこへトレジャーハンターの一人であるクレイグが、離れた場所にいるのどかへ話しかけてきたのである。

 

 

「嬢ちゃん、旅費ってのはやっぱ例のオスティアまでのことだよな?」

 

「え……?」

 

 

 のどかは覇王が言っていた、オスティアと言う場所へ向かう為の資金を集めていた。それを知ったクレイグは、そのことをのどかへ尋ねたのである。

のどかは突然の質問に、少し驚いていた。

 

 

「俺たちがそこまで送ってやるぜ。あんた一人じゃ心配だかんな」

 

「でも、クレイグさん、そこまでしなくても……」

 

「ガキが遠慮するんじゃねぇーっての」

 

 

 クレイグはそんなことせずとも、自分たちがオスティアまで送ってやると言って来た。

のどかはそこまでしなくてもよいと話すが、クレイグはどうにものどかがほうっておけないらしい。

 

 そんな時、のどか魔法具を通してアーティファクトから、クレイグの心の中が声となって聞こえてきた。

クレイグは本当にのどかを心配し、むしろ遠慮ばかりするのどかに遠慮は要らないとさえ思ってくれていた。

 

 

「なあ?」

 

「そっ、そうね……」

 

 

 そこでクレイグは、他の仲間へとそれを尋ねた。

アイシャはそんなクレイグに、少しどもりながら肯定した。

 

 のどかはそんな仲間たちの心情も読み取り、それが聞こえてきた。

アイシャはなんとクレイグに惚れており、クレイグがのどかへ親切にしているのを見て、少し嫉妬していたのである。

 

 そして、もう一人の男性であるクリスティンは、クレイグに惚れるアイシャを眺めながら小さく笑っていた。

クレイグに惚れ嫉妬するアイシャに、嬉しくも心苦しいと思っていた。そう、クリスティンはアイシャに惚れており、三角関係となっていたのだった。

 

 しかし、クレイグ本人は別にアイシャのことをそう言う目では見ていない。

クレイグは故郷にいる身分違いの幼馴染に惚れており、それがのどかにそっくりなのだ。それもあってか、クレイグはのどかにとても親切なのである。

 

 また、リンはそんな三人を見ながら、各々の事情を話した方がよいのだろうかと思っていた。

彼女は三人の関係を、一人遠くから眺める傍観者だったのである。

 

 

「あわわ……」

 

 

 これはまずいんじゃないかな。そう考えたのどかは思わず慌ててしまった。

何と言うことだろうか、知るべきではなかった事情を知ってしまったのである。これはもうやめようと考え、何かあった時までこの魔法具は封印しよう、そう思ったのだった。

 

 

「……?」

 

 

 だが、その魔法具をしまおうとしたのどかは、彼らとは少し離れた場所で腕を組んでいるロビンの心も読み取ってしまった。

そのロビンの心境、それは彼らとはまったく異なるものだった。

 

 まず、ダンナと言う単語がすぐに出てきた。きっとロビンが最も信頼し、信用している人物なのだろう。その次に20年前の事件と言う言葉が聞こえてきた。20年前、今と同じようにゲートが攻撃されたことがあったらしい。そして、20年前の再来ではないか、と言う言葉に、のどかはどういうことなのだろうかと言う疑問を感じた。

 

 ロビンが思う20年前の事件とは、大分烈戦争と魔法世界消滅の危機のことだった。しかし、のどかはその事実を知らないため、一体20年前に何があったのだろうか、と不思議に思うだけだったのである。

 

 また、それを聞くほどの勇気ものどかにない。こっそり頭の中を覗いていて、その単語が気になったなど、聞けるはずも無い。なので、その疑問は心の内にしまっておくことにしたのだった。

 

 それを聞いていたのどかは、ふとロビンを見上げていた。するとロビンは視線を感じたのを察し、のどかへ笑いかけながら小さく手を振って見せた。

 

 のどかはロビンが何を考え、どうしようとしているのかまではわからないし読み取ることができなかった。ただ、彼もまた信用できる人物である、ということだけは、そこでしっかり理解したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方こちらは時間を少し戻し、ゲート強襲直後のメガロメセンブリアの一角。美空は自分の魔法使いの主であるココネや、ウルスラの先輩である高音とその従者である愛衣と共に、麻帆良から任命され、この魔法世界へやってきていた。

 

 

「げー!! 帰れねぇー!!」

 

 

 楽しく魔法世界で遊んでいた美空に未曾有の危機がおとずれた。それはなんと、旧世界と魔法世界を結ぶゲートが破壊されたという事件だった。これによって麻帆良に戻ることが絶望的となり、美空は涙を流していたのだ。

 

 何せゲートが破壊されたならば、復旧には数年を要する。つまり、美空は他のクラスメイトと卒業を共にできないと考えたのである。

 

 また、高音や愛衣もそれを聞いて慌てていた。これは大変だ、どうしよう。そんな声が部屋に響き渡っていたのである。

 

 

「あれ? そういえば猫山先輩は?」

 

「そういえば先ほどから姿がありませんね……」

 

 

 しかし、そこで美空は一つ気が付いた。

同じく一緒に来ていた猫山直一の姿が忽然と消えていたのだ。それを高音に尋ねれば、高音もさっきまではそこにいたのに、と疑問の声を出していた。

 

 

 そんな噂をされている直一本人は、すさまじい速度でアルターにより改造された車で突っ走っていた。すでに首都を離れ、何も無い荒野となった平地を、砂煙を巻き上げながら、猛スピードでかっ飛ばしていたのである。

 

 

「ぬううぅ……」

 

 

 だが、そんな快走を見せる直一の表情は暗く、苦虫を噛んだような表情で小さく唸っていた。嫌な予想が当たった。そんな表情だった。

 

 

「やっぱこうなっちまったか! しょうがねぇ! はじまったことはくよくよしてても仕方がねぇ!」

 

 

 直一もゲートの強襲は予想していたことだった。何せ直一も”原作知識”を持つ転生者。そうなる可能性を視野に入れていた。しかし、予想していたのと当たって欲しいのとは別だった。できるならばこの予想が外れることを、直一は願っていたのだ。

 

 それでもやはり予想は的中。いや、あのアーチャーとか言う胡散臭いヤツの存在を確認した時から、こうなるんじゃないかとさえ思っていた。直一はそれを考えながら、アルターで改造した車のギアをどんどん上げていく。

 

 

「そうは言ったが、世の中物事は先手必勝! 先に動いたものが有利となる! つまり後手に回ったことはこちらが遅かったということだ! さらに遅れたということは悪手でありいいことではない! むしろ悪い! だが実際は”俺自身の行動が遅れた”ことの方がよっぽど気に入らない!!!」

 

 

 遅れた。遅かった。遅くなった。こればかりは何が起こるかわからないことだったが、一手遅れたというのは事実だ。だが、直一はその事実が気に入らなかった。相手の行動を見るまで動けなかった、自分の遅さが気に入らなかった。それをまくし立てるように、超高速で口に出して叫んでいた。

 

 

「しかし! しかし! どんなに後手に回ろうとも悪手であろうとも、こちらもすばやく機転を利かせて動けばむしろ逆転の一手となる! そうだ! 遅れたのなら追い抜けばいい! それだけだ!!」

 

 

 もはや始まってしまった。事件が起こってしまった。後手に回った。それはそれで仕方が無い。ならば、次に何をするかを考え行動すればいい。直一はそう考えながら、まずは各地に散ったはずの”白き翼”を探すことにした。

 

 

「だからカズヤ、法、無事でいろよ!!」

 

 

 さらに、そこに含まれているはずの、自分と同じ転生者であるその二人の身を案じていた。

あの二人は千雨から魔法世界へ来ないかと誘われたことを、直一に話していた。そんな二人がいたというのに、ゲートの事件を防げなかったことに、直一は嫌な予感と不安を感じながら、アクセルをさらに踏み抜くのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 夕映とエヴァンジェリンがアリアドネーへとやってきて、数週間の時が流れた。夕映は依然として騎士団候補生の授業を受け、エヴァンジェリンも色々と情報を探っていた。

 

 

「あの、エヴァンジェリンさん。質問があるのですが……」

 

「うん? 何だ?」

 

 

 そんな時、夕映は宿代わりにしているエヴァンジェリンの研究室にて、その部屋の主たるエヴァンジェリンへと、何かを尋ねようと声をかけた。エヴァンジェリンは何だろうかと首をかしげながら、夕映の言葉に耳を傾けた。

 

 

「20年前の戦争のことで……」

 

「……ああ、授業でやったのか」

 

 

 夕映が気になったこと、それは20年前に発生した魔法世界での戦争のことだった。

エヴァンジェリンはそれを聞いて、授業で習ったのだと理解した。

 

 

「それで何が聞きたいんだ? 大抵のことは授業で習ったと思うが?」

 

「……その時の戦争で活躍したナギ・スプリングフィールドは、やはりネギ先生やカギ先生の父親なんですよね?」

 

「そうだ、間違いない」

 

 

 ならば、一体何が知りたいのだろうかと、エヴァンジェリンは夕映へ尋ねた。

何せ授業で戦争の流れや何が起こったのかは、ある程度教えてもらえるはずだからだ。

 

 夕映はそこで、静かに口を開いた。

授業で聞いた英雄の名、ナギ・スプリングフィールド。その人物の息子こそ、もしや自分たちの担任であるネギやカギの父親なのではないかと察したのだ。

 

 その真偽を確かめるべく、夕映はエヴァンジェリンへそれを聞いた。

するとエヴァンジェリンも、特に何か気にすることもなく、一言肯定する言葉を述べていた。

 

 

「それと、近衛詠春と言う人はこのかの父親で、メトゥーナト・ギャラクティカという人は、アスナさんの親代わりの……」

 

「それも間違いない」

 

 

 さらに夕映は詠春やメトゥーナトがナギと一緒に映っている画像を見て、木乃香の父親とアスナの親代わりをしているあの人ではないかと考えた。

 

 ここの夕映は京都で総本山やナギの隠れ家へ赴いてはいない。そのため、直接詠春とは会っていないのだ。なので、苗字を聞いてそう思ったのである。

 

 それについてもエヴァンジェリンは、一言あっているとだけ言うのだった。

まあ、知り合いの父親やそれに近い存在が何人も戦争で英雄になってるなど、驚くべき事実すぎて確認したかったんだろうとも思っていた。

 

 

「一体何があったのですか? 20年前に……」

 

「ふむ……、私も聞きかじったことしか知らんが、それでもかまわないか?」

 

「はいです。エヴァンジェリンさんの知っていることだけでいいので、教えてほしいです」

 

 

 自分の近くに英雄と呼ばれる人や、その息子がいたということに夕映は驚いた。

それ以外にも、20年前のことについて、少しだけ気になったのである。

 

 エヴァンジェリンは夕映にそれを尋ねられると、腕を組んで考えた。

何せエヴァンジェリンも直接関わったことはなかったので、皇帝やそのメトゥーナトなどに話を聞いただけだったのだ。なので、聞いた話ということをあらかじめ言っておいた。

 

 夕映もそれでかまわないと思い、エヴァンジェリンが知ることを教えて欲しいと話したのだった。

 

 

「そうだな、授業で習っただろうが、戦争を裏で操っていた組織があった」

 

「”完全なる世界”……ですね……?」

 

「そうだ。そして、それはネギ少年たちの父親である、ナギとその仲間たち、”紅き翼”によって倒された」

 

 

 しかし、あの20年前の事件は色々と根が深く、どこから話して言いか迷うほどに大きいものだった。

エヴァンジェリンはそこを考えながら、とりあえずそのナギたちが敵対していた相手のことを話すことにした。

 

 20年前に起こった大分烈戦争、その引き金を引き裏で操っていた組織、完全なる世界。これも授業で習ったはずだと、エヴァンジェリンは述べた。

 

 夕映も確かに習ったと思いつつ、その名を静かに口にした。

そして、エヴァンジェリンは続けるように、その組織はナギ率いる”紅き翼”に倒されたと。

 

 

「……はずだった」

 

「はずだった……?」

 

 

 だが、エヴァンジェリンはさらにそこに言葉を付け足した。

夕映は倒されたと聞いて安堵したつかの間、そうではなかったことに少し驚き、それを復唱したのである。

 

 

「あの時ゲートを襲ってきた連中、あれが”完全なる世界”の残党の可能性がある」

 

「そんな……!?」

 

 

 エヴァンジェリンはそこで、衝撃の真実を語りだした。

いや、実際は憶測であって確定ではないが、その組織がゲートを襲ったのではないかと話したのだ。

 

 夕映はそれを聞いてさらに驚いた。

まさか20年前に倒されたはずの組織が、今になって現れ自分たちを襲ってきたというのは衝撃的だったのである。

 

 

「連中のあの時の目的はゲートの要石の破壊。つまり、旧世界とこの世界をつなぐ橋を壊すことだったようだ」

 

「それに私たちは巻き込まれた……と?」

 

「たぶんな」

 

 

 また、エヴァンジェリンはその連中の目的を言葉にした。

あのアーチャーとか言う男の仲間は、ゲートにあった旧世界と魔法世界を繋ぐための要石を墓石に来たようだった。

 

 つまり、敵の計画に自分たちは巻き込まれ、こんなことになってしまったのではないかと夕映は考えた。

それを言葉にすると、エヴァンジェリンも予想だが、と小さく述べた。

 

 

「ヤツらはまだ生きていた。貴様らの元担任のタカミチや、その師である男が壊滅して回っていたのだが……」

 

「高畑先生がそんなことを……!?」

 

「アイツも()()()じゃずいぶん名が売れた男だからな」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 エヴァンジェリンは連中が未だ生き残っていたことに、少しだけ驚いた様子だった。

何せ連中の残党はタカミチやガトウが一掃して回っていた。ほとんどどころかほぼ壊滅したと、エヴァンジェリンは聞いていた。なので、それでも生き延びた残党がいたということに、まさかと思ったのである。

 

 そのタカミチの名を聞いた夕映は、それにも驚いた。

まさか自分の元担任が、そんなことをしていたとは思ってなかったようだ。いや、確かにまほら武道会で見せた実力なら、そのぐらいできるのだろうとも思ったが。

 

 夕映の疑問にエヴァンジェリンはそっと答えた。

タカミチは魔法世界でかなり名の知れた実力者。雑誌の表紙になるぐらい、人気なのである。

 

 それを聞いた夕映は、初めて聞いたという表情で、納得した様子だった。

 

 

「つまり、今後もヤツらに狙われる可能性はあるということだ」

 

「何故ですか……!? 私たちは関係ないはずでは……!?」

 

 

 それはそれとして、エヴァンジェリンは一つの結論をはっきり述べた。

あの連中の計画に巻き込まれたとは言え接触したということは、再び狙ってくるだろうと言うことを。

 

 夕映はそれに驚き、それはおかしいと叫んだ。

何せ接触したとは言え、ただたんに巻き込まれたというだけのはず。あちらにこちらを襲う意図があったかは別として、自分たちは何の関係も無いからだ。

 

 

「確かに、貴様らは20年前の事件と関係ない。だが、ネギ少年が近くにいるだろう?」

 

「ネギ先生はナギさんの息子……!」

 

 

 声を荒げる夕映に、エヴァンジェリンはその理由を静かに話し出した。

そう、夕映の言うとおり、自分たちはまったく関係の無いことだ。

 

 だが、連中がこちらを狙う理由はある。それはネギの存在だ。ネギは英雄であるナギの息子。つまり、ネギがこちらにいるが故に、連中は襲ってくるかもしれないということだった。

 

 夕映もそれを聞いてはっとした。

戦争を終わらせた英雄、完全なる世界を倒した男。その息子がネギであり、確かに小さくはあるが因縁めいていると思ったのだ。

 

 

「でも、おかしいです! 確かにナギさんが戦争を終わらせた人だとしても、その子供であるネギ先生が狙われるというのは変です!」

 

「綾瀬夕映、貴様の言うとおり、まったくもっておかしな話だ」

 

 

 しかし、夕映はそのことに怒りを見せた。

父親が英雄だろうがネギはネギである。20年も前のことなど、まったく関係ないじゃないか。そう夕映は思ったのだ。

 

 そう、関係ない。エヴァンジェリンもそう言った。

ナギが戦争を終わらせたり完全なる世界を倒したとしても、ネギには直接的に関係はない。狙われるというのも普通に考えればおかしいとさえ思うのだ。

 

 

「しかし、それでもネギ少年を邪魔だと思うだろう。何せ自分たちを一度倒した男の血を引き継ぐものだからな」

 

「そっそんな! じゃあカギ先生も!?」

 

「だろうな」

 

 

 そうは言うが、そんな理屈など関係ないないのだ。

敵だった息子だというだけで、攻撃するには十分な理由なのだから。その息子だから、再び自分たちの敵として立ちはだかると思えるのだから。

 

 そうだ、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。どんなに関係が無くたって、敵の息子というのは敵なのだ。危険な人間として敵対するには十分なのだ。

 

 夕映はエヴァンジェリンのその言葉に、ならばネギの兄であるカギもその対象なのではないかと叫んだ。

カギもネギの兄であり、ナギの息子だ。寝坊してゲートに来なかったが、カギもまた狙われているのではないかと思ったのである。

 

 エヴァンジェリンもそれを一言で肯定した。

ネギが狙われたというのならば、当然カギも狙われる。それにカギは転生者。転生者が敵だというなら、そちらの理由で狙う可能性もあるのだ。

 

 

「そんなのヒドすぎます!!」

 

「その意見はもっともだ。私も……」

 

 

 夕映はそれに激怒した。

英雄の息子だから、敵の息子だから、そんな理由で襲われる。そんなことが許されるのか、許される訳がない。夕映はそう思い、強い怒りを感じていた。

 

 それはエヴァンジェリンも同じことだった。

何の関係もないことを、その男の息子だからといって、責めるなどあってはならないと思っていた。が、それを言おうとした時、エヴァンジェリンは言葉を詰まらせた。

 

 

「……いや、私はそれを言う資格はないのかもな……」

 

「それはどういう……?」

 

 

 エヴァンジェリンはそこで、自分にそれを批難する資格はないと言葉にした。

何せエヴァンジェリンも”原作”にて、父親ナギの責任を息子ネギに負わせようとしたからだ。

 

 他者の記憶を読み取る魔法を使えるエヴァンジェリンは、転生者の記憶からそれを知ってしまっていた。それを考えれば、自分もそれを責めることはできないと、皮肉を感じて苦笑していた。

 

 だが、夕映はそれがわからなかったので、何故という顔でそれを尋ねた。

 

 

「……なんでもないさ。さて、それ以外に何か質問は?」

 

「……いえ、大体わかりました……」

 

「そうか」

 

 

 エヴァンジェリンはその夕映の問いには答えず、気にするなとだけ述べた。

そして、再び夕映へと質問はないか聞き返した。

 

 夕映はある程度のことを理解したので、もうそれ以上聞きたいことはないと話した。

エヴァンジェリンはそんな夕映を見て、腕を組んで一言返事をした。

 

 

「さて、話は変わるが、あの覇王がオスティアで会おうと言ていたな」

 

「そうでしたね。ネギ先生たちも一緒に来るようでした」

 

 

 とりあえず今の話は終わりと判断したエヴァンジェリンは、別の話題を振った。

それは覇王が映像でオスティアで間に合わせることを言葉にしていたことだった。

 

 夕映もそこへ行けばネギたちにも会えると考えていた。

なので、ここで授業を受けながらその時を待っていたのである。

 

 

「だが、その前に綾瀬夕映、貴様にはひとつ試験を受けてもらう」

 

「……!? どういうことですか!?」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンはその次に驚くべきことを言い出した。

それは夕映に試験を受けろというものだった。

 

 このまま時期を待ってオスティアへ行くとばかり思っていた夕映は、それに雷にあたったような衝撃を受けていた。何故試験を受けなければならないのか。夕映はその理由をエヴァンジェリンへ驚きの表情で聞いたのである。

 

 

「オスティアで行われる式典へ出向く、警備隊の選抜試験がもうすぐ行われる」

 

「まさか、私はその警備隊の試験に合格し、オスティアへ向かえと……?」

 

「そのとおりだ」

 

 

 エヴァンジェリンはその理由を静かに、少しずつ、淡々と説明した。

このアリアドネーからオスティアへと警備隊が出向くことになっていた。また、その警備隊を集めるための選抜試験が近々行われるというのだ。

 

 夕映はそれを聞いてすぐさま察した。

つまり、その警備隊へ入隊し、オスティアへ行けということだと。

 

 エヴァンジェリンはまさかという顔でそれを言う夕映へと、正解だと一言だけ述べた。

 

 

「どうしてそんなことを……!?」

 

「貴様はこの短い期間で、ずいぶんと腕を上げた。遠くから見ていた私にはよくわかる」

 

 

 だが、夕映にはそれを受ける理由がわからなかった。

オスティアならエヴァンジェリンについていけばよいと考えていたからだ。

 

 それについてもエヴァンジェリンははっきり答えた。

夕映はこの短い間に、急激に成長して見せた。魔法という不思議な力を知りたいという欲求がそうさせたのだろう。その実力はエヴァンジェリンが一目置くほどであった。

 

 

「だからこそ、ここで少し腕試しをさせたいと思っただけさ」

 

「ですが、エヴァンジェリンさんはどうするんですか!?」

 

 

 だからこそ、ここで一度夕映に、自分の実力というものを知っておいてもらおうと考えた。

その絶好の機会こそが警備隊への入団試験。さらにそのままオスティア行きのチケットが手に入るため、一石二鳥だとさえ思ったのだ。

 

 夕映はそれならエヴァンジェリンはどうするのかと尋ねた。

まさかオスティアへ行くのが困難になったのではないか、そう考えたからだ。

 

 

「別に私は気にすることなく、式典行きの船に乗れる」

 

「なら私もそれに……!」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンはこのアリアドネーの名誉教授。

オスティアの式典と言う祭りへならば、VIP待遇で行くことが可能だった。

 

 それを夕映が聞くと、自分も同じようについていきたいと話した。

 

 

「ほう? いいのか? この試験は貴様自身がどれほど成長したかを確認するチャンスでもあるんだぞ?」

 

「チャンス……ですか……?」

 

 

 そんな夕映へと、エヴァンジェリンはニヤリと笑いながら、それを論するように話した。

この試験は夕映が自分を見直すきっかけになると。自分がどれほど成長したのかを理解することができる好機だと。

 

 夕映はそんなエヴァンジェリンの言葉に耳を傾けた。

そういえば自分がどのぐらい成長したのか、さほど理解できていないことに気が付きながら。

 

 

「貴様は魔法使いとして大いに成長した。そんな貴様が今どれほどなのか、しっかり自分自身で見極めておく必要があるんじゃないのか?」

 

「……」

 

 

 エヴァンジェリンは夕映の成長と実力を認めていた。

夕映は元々一般人であり魔法を知らぬ人間だった。それにネギなどのような天才ではなく、はっきり言えば凡人だ。

 

 それでもなお、よい師に恵まれさらに努力をしてここまで成長して見せた。

その成長を自分で感じず、知らず、理解せず、何をするというのだとエヴァンジェリンは夕映へ語ったのである。

 

 

 また、エヴァンジェリンが警備隊の選抜試験を、夕映のテストに使ったのには理由があった。夕映はカギなどのように戦闘能力だけを磨いてきた訳ではない。基本は治癒と防御だ。エヴァンジェリンが夕映と戦い実力を教えるというには、分野的に違うと考えた。

 

 

 さらに選抜試験は実戦などで役に立つ様々な要素が含まれている。治癒は防御を得意とする夕映には、むしろそちらの方が都合がいいとエヴァンジェリンは考えたのだ。

 

 夕映もエヴァンジェリンの言葉が間違っていないと考えた。

確かに今、自分の実力がわからない。成長したという漠然とした感覚しかない。今の自分ならばどれほどのことができるか、それを知るのもいいかもしれない、そう思い始めていた。

 

 

「ただ闇雲に勉学に励んでいるだけでは、自分に身についた力もわかるまい。腕試しは必要だろう?」

 

「確かに……、そうかもしれません」

 

 

 ただただ鍛錬するだけでは、夕映は自分の実力が把握できないのではないかとエヴァンジェリンは考えた。

他人から見て分析するのは簡単だが、本人がそれを実感するかは別の問題だ。

 

 また、自分の実力をしっかり把握し、何ができるかを考える必要がある。

自分の実力を理解しなければ、何かあった時慌ててしまう。分析を誤り失敗してしまう。それを防ぐ為にも、夕映自身が今何ができるか、どのぐらいやれるかを知る必要があると、エヴァンジェリンは思った。

 

 夕映もエヴァンジェリンが言いたいことが理解できた。

つまり、自分の力が今どのぐらいあって、どの程度通用するかを知って来いということだ。

 

 

「……わかりました」

 

 

 そこで足りないと感じ悔しい思いをしたのであれば、さらに修練を積めばよい。うまくいったのであれば、自分の成長を喜び、さらなる飛躍に励めばよい。夕映はそう考え、エヴァンジェリンの申し出を承諾したのである。

 

 

「その試験がどれほどのものかはわかりませんが、必ず入隊してみせます」

 

「その意気だ。よい結果を楽しみにしているぞ」

 

 

 だが、やるのであれば最良の結果を残さねばならない。今の自分がどれほどやれるかはわからないが、エヴァンジェリンが満足する結果は目に見えて明らかだ。夕映はそれを考え、試験の合格をエヴァンジェリンへと約束した。

 

 エヴァンジェリンは夕映の凛々しい表情を見て、ふっと小さく笑った。

そして、それを褒めるように激励を述べ、夕映のやる気をさらに奮い立たせるのだった。

 

 ……ちなみにエヴァンジェリンと共にここへやってきたチャチャゼロは、暇つぶしに酒を飲んだりしていた。しかし、今のエヴァンジェリンの会話を聞いて、再び出番があることを確信し、ケラケラと笑っていたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 夕映はエヴァンジェリンの言われたとおり、試験を受けることにした。しかし、その試験は二人一組での出場だった。誰を誘おうかと考えた夕映は、隣の席で友人となったコレットを誘ったのだ。

 

 夕映から誘われたコレットは、嬉しく思う反面困ってしまった。警備隊選抜試験は、優秀な生徒が当然参加する。コレットはクラス一の落ちこぼれ。夕映の足を引っ張ってしまうと思ったのだ。なので、最初はその誘いを断ったのである。

 

 それでも夕映はコレットを誘った。足を引っ張ろうがかまわないと。絶対に入隊しなければならないという訳ではないし、それなら特訓をすればよいと思ったからだ。

 

 コレットも最初こそ渋っていたが、夕映の情熱に負けてコンビを組むことにした。そして、試験のための特訓を二人で行い、ついにその日に望んだのである。

 

 

「行くですよ! コレット!」

 

「はっ、はい!」

 

 

 夕映とコレットはスタートと同時に加速し、上位に食い込んだ。そこで別の組の妨害をかわしながら、順位をさらにあげていったのだ。

 

 この選抜試験は基本的に脱がしあいである。生徒間の攻撃魔法の使用は禁止されており、それ以外の魔法を使っての妨害となるのだ。

 

 そこで手っ取り早く妨害できるのが、武装解除の魔法なのである。なので、この試験は少女たちが街中での脱がしあうと言う、ファンタジーなものなのだ。また、それ以外のルールは10箇所に設置されたチェックポイントを通るというもである。

 

 

 夕映は攻撃魔法を使わなければよいと聞き、武装解除以外の魔法も使った。

風の精霊を分身とする魔法を使い、それで相手を惑わせたり盾にしたりしたのである。

 

 それ以外にも”原作”のような、相手の魔法を受け流す形の障壁を用いたり、一点に集中させた武装解除を使っていた。そのおかげで夕映たちは一番の順位で都市部を抜けることができたのである。

 

 

「これは!?」

 

「グリフォンドラゴン!?」

 

 

 都市部を抜けて魔獣の森を迂回しするルートをとおりながら、草原の上を箒でまたがりながら夕映とコレットは飛行を続けていた。しかし、そこへ突如鷹と竜があわさったような魔獣、グリフォンドラゴンが現れたのである。

 

 

「委員長のヤツ、近道しようとしてとんでもないの拾って来たっちゃのね!?」

 

 

 コレットは夕映の後ろの少し離れた場所を飛んでいたため、そこ場でとまって何が起こったのかを分析した。だが、夕映はドラゴンの目の前にいたためか、逃げ場を失ってしまっていたのだ。

 

 

「お嬢様!?」

 

「グッ……」

 

 

 また、ドラゴンを呼び寄せてしまった張本人である、長いツインテールと褐色の肌を持つ亜人の少女は吹き飛ばされ、地面に横たわっていた。彼女の名はエミリィ・セブンシープ。夕映が入ったクラスの委員長をしている少女だ。

 

 その側にはエミリィに焦りながら心配する声を出す、短い黒髪の少女がいた。彼女はベアトリクス・モンロー。この魔法世界にいながら”人間”の少女。エミリィの家に小さいころから仕え、エミリィの付き人という身なのである。

 

 

 ……しかし、何故エミリィがこの試験に挑んでいるのだろうか。

”原作”での彼女の志願動機は”ナギ”だった。母親譲りのナギファンである彼女は、ナギと自称しそれに変装したネギに会う為に、この試験を受けることにしたのだ。つまり、ネギがナギと自ら名乗らず、変装せず、画面にすら出てこないこの状況では、エミリィが試験を受ける動機がないのだ。

 

 ただ、彼女は委員長であり実力者だ。クラスでも常に実力は一番だった彼女は、突然クラスに転入してきた優秀な魔法使いである夕映という存在を警戒をしたのである。

 

 とは言え、夕映ははっきり言って天才ではなかった。魔法だって凡人レベル。いたって普通というやつだ。それでも夕映は努力家だった。魔法のことに関しては、非常に勤勉であった。努力を惜しまなかった。

 

 いきなりクラスに入ってきた謎の少女が、すごい勢いで成長している。これを見たエミリィは、そんな夕映に焦りを感じたのだ。

 

 そんな時、その夕映がこの試験を受けると耳にした。ならば、どちらが上かを決めようと考え、この試験を受けたのであった。

 

 

「カマイタチブレス!! 逃げてぇ!!」

 

 

 だが、そのような自己紹介や説明をしている暇はないようだ。ドラゴンはくちばしのような形の口を大きく開き、何かを吐き出そうとしていた。それは風の刃であるカマイタチのブレスだ。

 

 それを見たコレットは、ドラゴンの目の前でたじろいでいる三人に大きな声で危険を知らせた。

このままではブレスの餌食になってしまう、早くその場から離れるよ叫んだのである。

 

 

「ユエさん!」

 

「くっ……!」

 

 

 もうダメだ、エミリィはそう思い目を閉じた。

しかし、痛みや衝撃がまったくこない。恐る恐る目を開けば、目の前には障壁を張って耐える夕映の姿があったのだ。

 

 エミリィはそれを見て、たまらず夕映の名を呼んでいた。

夕映は障壁で防御し苦悶の声を出しながらも、ゆっくりと後ろにいるエミリィの方に目をやった。

 

 

「大丈夫ですか?!」

 

「どっ、どうしてあなたが私たちを!?」

 

 

 そして、夕映は後ろの二人へと、安否を確認した。

だが、エミリィは驚きながら、夕映が自分たちをかばってくれていることについて、疑問を投げかけたのだった。

 

 

「そんなことよりも、まずは体勢の立て直しと離脱を……!」

 

「え、えぇ……」

 

 

 夕映はそんなエミリィの質問は後回しと言葉にし、この緊迫した状況をどう切り抜けるかを考えていた。

それにはまず、後ろで座り込んでいるエミリィに、この場を離れるよう命じた。

 

 エミリィも多少動揺しつつも、ベアトリクスに抱えられ、その場を後退したのである。

 

 

「”火よ灯れ”!」

 

 

 夕映は二人の離脱を確認すると、すばやく手に持っていた小さな杖を、ドラゴンへと向けた。そして、火を出して光を灯す魔法、”火よ灯れ”を唱え、ドラゴンの目をくらませたのだ。また、目がくらみもがくドラゴンを見た夕映は、チャンスとばかりにその場を離れた。

 

 

「委員長、怪我は?」

 

「いえ、大丈夫よ」

 

「それならよかったです」

 

 

 エミリィたちはすでに後退し、後ろで待機していたコレットの側へ来ていた。

夕映もそこへとすぐさま戻り、エミリィの状態を確認した。

 

 エミリィも特に怪我は無かったので、それを言うと、夕映もほっとした表情を見せた。

 

 

「今のうちに逃げようよ!」

 

「いえ……、今のは単なる目くらましにすぎないです……」

 

 

 コレットはドラゴンが目をくらませているうちに、さっさと退散しようと提案した。

だが、夕映はそれでは逃げ切れないと考えていた。何せ、あれはただの目くらましであり、それ以上の大きな効果はないからだ。

 

 

「それよりも……」

 

「それはアーティファクトカード!?」

 

 

 すると、夕映は懐から一枚のカードを取り出した。それはカギとの契約で得た、仮契約カードだ。

 

 魔法使いの従者とならなければ手に入らないカード。選ばれたものだけが得られるというカード。それを夕映が持っていたことに、三人は驚いていた。

 

 

「ユエさん、あなたは一体……」

 

「私はただの魔法使い見習いです。”来れ(アデアット)”!」

 

 

 エミリィは目の前にいる夕映と言う少女が、何者なのだろうかと考えた。

突然クラスへやってきて、ある程度の魔法を操れて、そして魔法使いの従者と言う存在。一体どこからやってきて、何をしてきたのか少し気になったのだ。

 

 だが、夕映はそんなエミリィの問いに、苦笑しながらそう答えた。

まだまだ未熟な身と考える夕映は、未だ自分を魔法使い見習いだと思っているのである。その後、夕映はカードからアーティファクトを取り出し、あのドラゴンについて調べだした。

 

 

「……やはり、あの魔獣から逃れるのは難しいようです……」

 

「でも、今から逃げれば!」

 

「……あの程度の目くらましだけでは、簡単に追いつかれます」

 

 

 夕映のアーティファクト、世界図絵は魔法などのことを調べられる辞書。当然目の前で未だ目をくらませうろたえている、グリフォンドラゴンについても調べることができる。

 

 夕映はそれを見て、あのドラゴンから逃げるのは不可能と判断した。何せ自分たちの飛行速度よりも、ずっとすばやく動けるのだ。森ではなく何も無い場所を飛んだのなら、簡単に追いつかれてしまうと考えたのである。

 

 それでもドラゴンがひるんでいる今ならば、逃げ切れるかもしれない。

そう考えたコレットは再びそれを提案したのだ。

 

 しかし、夕映の答えは変わらなかった。

自分でドラゴンの目をくらませた夕映は、その効果が大きくないことを理解していた。

 

 あのドラゴンの目が治れば、すぐさまこちらを追ってくるだろう。何も無い空を飛ぶのならば、簡単に見つかるのは明らかだ。

 

 それに目をくらませたことで、逆にこちらを執拗に狙う可能性もある。そう考えた夕映は、やはり逃げるのは無理だと断言したのだ。

 

 

「ヤツの目がくらんでいるうちに、ヤツを倒す作戦を説明するです!」

 

「えっ!? あのグリフォンドラゴンを私たちだけで倒すって言うの!?」

 

「それしか助かる道はないです」

 

 

 逃げられないのならば、倒すしかない。

夕映は即座にそう判断し、他の三人へと説明すると叫んだ。

 

 だが、エミリィはドラゴンを倒すと聞いて、驚き戸惑った。

騎士団候補ではあるものの、たかが生徒でしかない自分たちが、ドラゴンを倒せるはずがないと思っているからだ。

 

 夕映はそれでも倒さなければならないと語った。

そうしなければ助からないと、強く言葉にしたのである。

 

 

「無茶だよ!」

 

「下級種とは言え相手は竜種……! 私たちだけでは到底……!」

 

「たとえそうだとしても、やらなければこっちがやられます!!」

 

 

 コレットもベアトリクスも、あれを倒すのは無理だと口にした。

二人もエミリィと同じく、自分たちだけでドラゴンを倒すのは不可能だと考えているのだ。

 

 しかし、夕映はそれでも諦めない。

倒せないとか倒せるとかではなく、倒さなければこちらの命が危ないからだ。やってみなくてはわからないし、やらなくてはいけない。どの道この方法しか生き残るすべがないと、夕映は鋭い表情で言葉にした。

 

 

「お願いです! 私に協力してください!!」

 

「ユエさん……」

 

 

 だからこそ、三人の力が必要だ。

夕映はこの作戦に協力してほしいと、その三人に頭を下げた。

 

 未だドラゴンは動けずにいる。しかし、そろそろ目も治る頃だろう。どっちにしろ急がなければならない。委員長たるエミリィは、どうするか判断しかねていた。どうしようか迷っていた。

 

 そこへ夕映が頭を下げ、こちらに助けを求めている。

天才ではないが優秀で魔法使いの従者だった夕映が、今まさに自分たちの力を必要としてくれている。ならば、どうする。決まっている。夕映に協力する。それだけだ。

 

 

「……わかりました。作戦を教えていただきます?」

 

「お嬢様!?」

 

「委員長!?」

 

 

 エミリィはこの状況を起こしてしまったと言う負い目があった。失敗したと思った。焦りすぎたと思った。

 

 そう、目の前で頭を下げる夕映が、自分に追いつくのではないかと思い、焦っていた。追いつかれるのが怖かった。委員長である自分が、突然やってきた少女に追い抜かされるのが恐ろしかった。いや、この試験のレースで言えば、すでに追い抜かされてしまっていた。

 

 そんな焦りから、魔獣の森を抜けてショートカットしようと考えてしまった。それがこんな状況を招いてしまった。自分の失敗は自分で払わなければならない。

 

 そして、目の前の夕映が最善の手を考えてくれている。協力を求め頭を下げてくれている。ならば、それに協力しよう。夕映に手を貸してこの場を切り抜けよう。エミリィはそう思い、夕映へとそう答えた。

 

 それを聞いたコレットとベアトリクスは、エミリィが夕映と協力することに驚いた。

まさか本当にこの四人だけで、あのドラゴンを倒すというのか。そう考え驚いた。

 

 

「ありがとです。では……」

 

 

 夕映はエミリィが協力してくれることに、とても感謝した。

だからそこで、微笑みながら静かに礼を述べた。また、ドラゴンの目が治らないうちに、すばやく自分が考えた作戦を説明したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 魔獣の森。アリアドネーの都市ほどの大きさを持つ、わりと広大な森だ。そこですさまじい音を立てながら、木々を押し倒して直進する物体があった。それは鷹と竜が合わさったような生物、グリフォンドラゴンである。

 

 グリフォンドラゴンは何かを追いかけているようで、森の木々など目もくれず、ひたすらそれを狙っていた。

そして、それに追われているものこそ、コレット、エミリィ、ベアトリクスの三人だったのだ。

 

 

「こっちだよ!!」

 

「当たりません!!」

 

 

 夕映の作戦はこうだった。

三人でとりあえずドラゴンの気を引き、時間が経ったら合流するというものだ。なので、とりあえず三人はドラゴンの気を引きながら、そのドラゴンに追っかけられているのである。

 

 

「ユエさん!」

 

「もう少しだけお願いしますです!」

 

「ええ!」

 

 

 三人は夕映のいる場所へと迂回しながら、森の木々の間を縫うように飛んでいた。その三人はようやく時間どおり、夕映の待機している場所へ行くと、夕映は箒から降りて地面に立っていた。

 

 夕映は自分の居場所をしっかりと教えるため、再び光を放った。夕映を肉眼で発見したエミリィは夕映の名を叫ぶぶと、夕映はもう少しだけと叫んだ。エミリィも打ち合わせどおりであることを理解し、夕映の叫びに呼応した。

 

 

「ブレスが来る!!」

 

「障壁を!!」

 

 

 口を大きく開けたドラゴンを見たベアトリクスは、カマイタチブレスがくるのを察して叫んだ。コレットはそれを聞いて、急いで夕映の前へと行き障壁を張らなければと叫んでいた。

 

 

「くっ!!」

 

「ユエ! 早く!!」

 

「もう少し……!」

 

 

 そして、三人はドラゴンがブレスを吐く前に、夕映の前までやってこれた。その次に三人はすばやく障壁を張り、夕映を守るように盾となった。

 

 ただ、このブレスは簡単に防げるものではない。それでも三人の力を合わせれば、防げないと言うほどのものではない。何せ夕映が一人でなんとか防げるブレスだ。三人の障壁ならば、防げないはずがないのだ。

 

 しかし、そのブレスの衝撃はすさまじいものだ。エミリィは障壁に魔力を注ぎつつ、苦悶の声を小さくあげた。

 

 また、コレットも耐えるのがやっとの様子で、次の行動を夕映に催促していた。夕映もそれを聞いて、後少し我慢してほしいと言葉にした。夕映はギリギリのところでタイミングを見計らっていたのである。

 

 

「今です!! ”開放!! 雷の投擲!!”」

 

 

 そこでようやくドラゴンのブレスが止まった。その瞬間を待っていたとばかりに、夕映は遅延呪文をひとつ開放した。夕映は三人がおとりとなっている間に、すでにその魔法を用意しておいたのだ。

 

 さらに、その魔法は雷の槍を相手に投げつけ攻撃する魔法、”雷の投擲”だった。その魔法を封じておいた杖から発射し、ドラゴンへ向けて飛ばしたのである。

 

 

「風の障壁!?」

 

「防がれた!!?」

 

 

 しかし、その渾身の雷の投擲は、ドラゴンの風の障壁によって阻まれてしまった。

そう、このグリフォンドラゴンは風の障壁を操ることができ、大抵の攻撃魔法はそれで防がれてしまうのだ。

 

 エミリィやコレットはそれを見て驚いた。

まさか今の魔法が防がれるとは思っていなかったのだ。これでもう万事休すか、誰もがそう思ったところで、夕映は不適に笑っていた。

 

 

「いえ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 

 夕映は雷の投擲が防がれることも、すでに考慮に入れていた。当たり前だがドラゴンの障壁を破るには、夕映の魔法では役不足だ。

 

 だが、ドラゴンの障壁は一箇所にしか発生させることができない。つまり、正面で雷の投擲を受けている間は、それ以外の場所に障壁を張ることができないのだ。

 

 そして、夕映の自信のある言葉に、三人はキョトンとした顔を見せた。これが全て計算どおりだということを、はじめて知ったからである。

 

 

「縛れ! ”大地の鎖”!!」

 

「魔法の鎖!?」

 

「グリフォンドラゴンを囲んで……!!」

 

 

 夕映はドラゴンが雷の投擲を防いでいる間に、さっとしゃがみこんで地面に手をかざした。するとドラゴンの下から、そのドラゴンを囲うほどの魔方陣が現れ、そこから無数の鎖が飛び出したのだ。

 

 それは大地の精霊を使った、魔法の鎖だった。夕映が師であるギガントから学んだ、相手を束縛するための魔法。自衛のために学んだ、防衛のための魔法だった。そう、夕映はこの鎖の魔法を使うために、遅延呪文を使用し、三人に防御を頼んだのだ。

 

 グリフォンドラゴンの障壁は一箇所しか配置できない。その隙を突くために、雷の投擲を夕映は使ったのだ。そして、グリフォンドラゴンがそれを防いでいる間に、鎖を呼び出して拘束しようと考えていたのだ。

 

 誰もがその鎖の出現に驚いた。

まさか、自分たちがおとりとなっている間に、このような魔法を設置していたとは思ってなかったのだ。

 

 また、その鎖はドラゴンを取り囲み、ぐるぐると巻き込み縛り上げた。さらにそのまま地面にはりつけにし、完全に身動きが取れないほどの状態にしたのである。

 

 

「くちばしも開けないように縛り上げました。これでブレスも吐けないでしょう」

 

「いつの間にこのような魔法を……」

 

「ですが、私の魔法では力不足です。数分たらずで拘束が解かれてしまうです」

 

 

 夕映はドラゴンがブレスをはかない様に、くちばしのような口も鎖で縛った。

これでもはやブレスに怯える必要は無くなったということだ。

 

 エミリィはこの鎖の魔法を見て、驚いた様子を見せていた。

このような魔法を自分たちがおとりになっている時、すでに用意していたのかと。

 

 ただ、夕映はこの魔法は未完成だと言葉にした。

この程度の拘束では、ドラゴンを完全に縛っておくことは不可能だと。未完成が故に、数分も持たずに鎖は引きちぎられてしまうと。

 

 

「だから、最後にこうするです。”眠りの霧”」

 

「グリフォンドラゴンを眠らせて……」

 

 

 故に、もうひとつ最後に夕映は魔法を使った。

それは相手を眠らせる魔法である眠りの霧だ。その眠りの霧をゆっくりとドラゴンの近くを漂わせるように吹きかけた。

 

 コレットは夕映が眠りの魔法を使ったのを見て、ドラゴンを眠らせることで確実に安全を確保するつもりなのを察した。

 

 すると、鎖の束縛をとこうと必死にもがいていたドラゴンは、徐々にその力を失っていき、最後には動かなくなったのである。つまり、眠りの霧が効いてきて、ドラゴンは眠ってしまったと言うことだ。

 

 

「ふぅ……。みんなのおかげでなんとかなったです。ありがとです」

 

「やったねユエ!!」

 

 

 夕映はドラゴンが完全に眠ったのを確認したのち、緊張を吐き出すかのようにため息をついた。

そして、協力してくれた三人へと、笑みを見せながらお礼を述べたのである。

 

 コレットも安全になって安心したのか、夕映に抱きついて無事を祝った。

一時はどうなるかと思ったが、切り抜けられたと言うことを大いに喜んだ。

 

 

「しかし、ほとんどアナタ一人でやったのではなくて……?」

 

「いえ、私一人では鎖の魔法を準備することも、魔法を当てることもできませんでした。みんなが協力してくれたからできたです」

 

「そっ、そう……?」

 

 

 そこへエミリィは今思った意見を口にした。

今その場で倒れ眠るドラゴンを見て、これを全てこなしたのは夕映ではないかと言うことだった。

 

 だが、夕映は一人でそれができたとは思っていない。

雷の投擲や大地の鎖を準備する時間を稼いでもらう必要があったし、障壁で守ってもらう必要もあった。その二つを協力して行ってもらって、初めて成功したと言える作戦だったのだ。

 

 なので、夕映はエミリィの言葉を静かに否定した。

そうではない、誰もがドラゴンを倒すために一致団結したからこそ、この勝利があるのだと。

 

 真っ向から夕映にそう言われたエミリィは、意外な言葉にキョトンとした。

そして、目の前にいる夕映という少女に、不思議な気持ちを抱いていた。

 

 この夕映という少女は、魔法使いとして中々のものだ。先ほど見せた二つの魔法も、発動するタイミングもすばらしいものだった。そんな夕映とどちらが上かを確認するために、エミリィはこの試験を受けた。

 

 だが、もうそんなことなど、エミリィもどうでもよくなっていた。夕映という謎の少女は、きっと力があるとか強いとか、どうでもいいのだろう。いや、最初からわかっていたことだったはずだった。

 

 それにどちらが上とか下とかに拘っていたのはエミリィ自身だった。勝手にそれに拘り、勝手に戦いを挑み、無様をさらしただけだった。

 

 だというのに夕映は、手を貸してくれた。むしろ頭を下げて協力を要求してきた。それを思ったエミリィは、自分の幼稚な考えを恥じて、夕映に笑みを見せていたのだった。

 

 

「でも、試験はもう駄目だね……」

 

「それでも竜種を相手にして無事だったのですから、それだけで十分です」

 

 

 しかし、ドラゴンを倒すためにずいぶんと時間をかけてしまった。

コレットはそれを考え、試験には合格できないだろうと落ち込んだ様子を見せていた。

 

 ただ、夕映はドラゴンを相手にして、全員が無事だったからそれでよしとした。

あのドラゴンを倒せると言ったが、やはり成功したことに一番安堵したのは夕映だったのである。

 

 

 四人の少女たちがドラゴンを倒せたことにほっとし、喜んでいる空の上で、一人の少年が杖の上に立ってその様子を眺めていた。その少年はカギだった。カギはようやくアリアドネーにたどり着き、この場にやってきていたのである。

 

 

「なあ、兄貴。出て行かなくてよかったのか?」

 

「いいんだよ。ゆえのヤツがやれるかどうかの話だからな」

 

 

 カギはアリアドネーに着くやいなや、その日が警備隊の選抜試験であることに驚いた。

これはまずいと考えたカギは、すぐさま魔獣の森へとやってきたのである。何せカギは転生者、原作知識を持っている。当然夕映が森でドラゴンに襲われることも知っていたからだ。

 

 だが、カギはピンチになった夕映のところへ行き、ドラゴンを倒すことはしなかった。それを不思議に思ったカモミールは、カギの肩の上でそれを質問した。

 

 するとカギは、これでよいと言葉にした。

この戦いは夕映のものであって自分のものじゃない。夕映が本当に命の危機にさらさない限りは、出て行く気はなかったのだ。

 

 

「でもよー、出て行きたそうだったじゃねーか」

 

「そりゃ従者のピンチに颯爽と現れる主とかかっこよすぎるじゃん?」

 

 

 しかし、カギは夕映を助けに行きたくてうずうずしていた。

それをカモミールはニヤリと笑いつつ、不思議そうに言葉にしたのだ。

 

 カギも当然出て行きたかったと語った。

自分の従者である夕映の危機に駆けつけ、解決する主。ビジュアル的にも展開的にも、最高に爽快でかっこいいものだ。

 

 

「……そんでもよ、俺がかっこつけるより、ゆえが成長した方が実りが大きいじゃん?」

 

「兄貴ぃ……、あんたって人は……!!」

 

 

 それでもカギは助けに行かなかった。

自分が出て行けばドラゴンを倒すなど造作も無いことだろう。でも、それじゃ夕映が成長できない。ここは夕映が切り抜ける場面だ。自分がでしゃばれば、夕映の成長を阻害してしまう。そう考えたカギは、助けに行きたいのをぐっとこらえて、あえて傍観に徹したのである。

 

 カモミールはそのカギの言葉を聞いて、めちゃくちゃ感激していた。

あのかっこつけで余裕くれまくりで調子こきまくりのカギが、自分のことより夕映のことを優先したからだ。つまり、カモミールはカギの些細な成長に、喜んでいたのである。

 

 

「んじゃ、一足先にバレねぇよう、戻るとしますか」

 

「おう!!」

 

 

 カギは夕映たちが動き出しそうなのを見て、見つかる前に退散しようと考えた。

ここで夕映に会って驚かせるのも悪いと思ったし、再開はしっかりとした場所でしたいとカギは思ったからだ。

カモミールもカギのその声に元気よく返事をし、一人と一匹はこっそりとアリアドネーへと戻るのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 あれから夕映たちはチェックポイントを回りながら、ゆっくりとアリアドネーへと戻った。ドラゴンを倒すのに時間がかかりすぎた四人は、ビリとその手前の順位が決まったも同然だからだ。

 

 

「あれ? ビリでもお出迎え?」

 

 

 しかし、アリアドネーに戻ってみれば、歓迎と歓声のオンパレード。コレットは一体何事なのかと思い、少し驚いた様子を見せていた。

 

 

「そっか、竜種を倒したから!」

 

「そのとおりよ」

 

「総長!」

 

 

 そこでコレットは、自分たちがドラゴンを倒したからだということに気がついた。

コレットはそれを言葉にすると、そのことを肯定する言葉が突然返ってきた。

 

 その声の方を向けば、そこには大きめの角を生やしたロングヘアーの、少し歳の行った女性が立っていた。それこそアリアドネーの総長(グランドマスター)であるセラスだった。

 

 

「竜を倒したものは、特別枠を与え合格としましょう」

 

「ええ!」

 

 

 セラスはオスティアでの式典は治安が悪くなると語った。

なので即戦力がほしいと述べた後、ドラゴンを倒した人を特別に警備隊への入隊を許可すると言ったのだ。

 

 それを聞いたコレットは大きな声を出して喜んだ。

まさかビリっけつの自分や夕映が合格するとは思ってなかったからだ。

 

 だが、周囲の反応は少し違うようだった。

ドラゴンを倒したのは優秀で委員長のエミリィだと思った生徒が、エミリィを祝福する声を上げたのだ。

 

 しかし、転入生の夕映もわりと優秀だったためか、少数ではあるがそっちの可能性もあると主張する生徒も現れた。どっちがどっちだと誰もが悩み、言い争いになりそうなほどの雰囲気となってしまったのである。

 

 

「いいえ、竜を倒したのは私ではありません。こちらのユエさんです」

 

「委員長……?」

 

 

 そんな見苦しい光景に耐えかねたエミリィは、夕映の側へとやってきて、はっきりとそこで夕映が倒したと主張した。確かに自分たちも協力したが、ドラゴンの動きを封じ眠らせたのは夕映だからだ。

 

 それを聞いた夕映は、少し呆けた様子でふとエミリィを見た。

夕映は別に自分が倒したとか倒さないとか、さほど興味が無かったからだ。それにこれはエヴァンジェリンから与えられた試練。絶対に入隊しなければならないという訳でもなかったからだ。

 

 

「よくやったな、綾瀬夕映」

 

「エヴァンジェリンさん!?」

 

 

 だが、そこへ金髪のロングヘアーをなびかせながら、歩いてくる少女がいた。それはあのエヴァンジェリンだ。エヴァンジェリンは夕映へと近づき、労いの言葉をかけたのである。

 

 夕映はエヴァンジェリンがここへ来るとは思っていなかったようで、驚いた顔を見せていた。

 

 

「えっ!? エヴァンジェリン様!? 握手をお願いします!!」

 

「なんですって!? あのエヴァンジェリン様が!?」

 

「むう……、未だ有名というのも面倒だな……」

 

 

 すると周囲もエヴァンジェリンを見て驚いた後、黄色い悲鳴を上げだした。また、コレットは生で見るはじめてのエヴァンジェリンへと、慌てながら握手を求めだしたではないか。さらにエミリィもエヴァンジェリンを見て、目を疑った様子を見せていた。

 

 エヴァンジェリンも自分が有名であることに、ため息をついていた。

いやはや、自分が現役だったのはずいぶんと昔だったはずなのだが、そう思いながら頭を悩ませていたのだった。

 

 

「ええい! とりあえず落ち着け貴様ら! 騒がしい! 総長の前でもあるぞ!!」

 

「大変そうね」

 

「昔からちっとも変わらんなまったく……」

 

 

 周囲はどんどんエヴァンジェリンへと近寄り、誰もがエヴァンジェリンを見て感動、感激、感涙していた。流石にエヴァンジェリンも周囲がうっとうしくなってきたので、たまらず叫び周囲を叱った。

 

 何せ目の前には総長がいるのだ。見苦しい光景を総長の前で見せるなど、無礼だと怒ったのである。

 

 そんなエヴァンジェリンを見て総長は、微笑みながらその本人へとそう言った。エヴァンジェリンは他人事のように言う総長をちらりと睨んだ後、再び深々とため息をつき、小さく嘆くのだった。

 

 

「さて、先ほどの結果発表だが、誤解が生じているようなので、訂正しておこう」

 

「誤解……?」

 

「誰が倒したかなど、どうでもいいことだ。どうせ一人では倒せん。貴様らが全員で協力したということだろう?」

 

 

 エヴァンジェリンの一声で誰もがしーんと静かになった。そこで仕切りなおすようにエヴァンジェリンは、先ほどの合格者の発表のことを説明し始めた。

 

 夕映は一体なんの話だろうと考え、それを尋ねた。

するとエヴァンジェリンは、あのドラゴンを倒すには一人では無理だと話し、その場にいた四人も警備隊に入るにふさわしいと言葉にしたのだ。

 

 

「つまりだ、貴様ら4人にも合格を与えるということだ」

 

「なっ!? つまり私たちも……!?」

 

 

 簡単に言えば、4人とも合格ということだった。

エヴァンジェリンがそれを話すと、エミリィは大きく反応して驚いた。

 

 ドラゴンを倒しのは夕映だ。そのチームが合格するのは当然である。しかし、自分たちまで合格になるとは、エミリィも思ってなかったのだ。

 

 

「そういうことだ。そうだろ?」

 

「ええ、そうです」

 

 

 エヴァンジェリンはそれを言い終えた後、チラリとセラスの方を見てニヤリと笑った。

そして、最初からそのハラだったんだろうとエヴァンジェリンはセラスに尋ねると、セラスはそれを微笑んで肯定した。

 

 

「よかったですね、委員長」

 

「いえ……、私は別に……」

 

 

 夕映は合格が出たエミリィへと、それを祝う言葉を笑顔で述べた。

ただ、エミリィは本当にそれでいいのだろうかと、少し戸惑った様子を見せていた。

 

 ドラゴンを倒したのは間違いなく夕映だし、自分は少し協力しただけだった。なのに、自分たちまで合格になってよいのだろうかと、エミリィは少し悩んだ。

 

 しかし、夕映は自分の合格を祝ってくれている。喜んでくれている。そんな彼女の笑顔を見たら、それでもいいか、とエミリィは思えた。なのでエミリィも、笑顔を向ける夕映へ、小さく笑って見せたのである。

 

 

「ふふふ、やはり貴様は私が思っていたとおり、たくましくなったようだな」

 

「そんな……、私なんかまだまだです……」

 

「そうか? まあ謙虚なことはいいことだが……」

 

 

 エヴァンジェリンはその夕映の下へとやってきて、笑みを見せながら夕映の成長を喜んだ。

夕映はエヴァンジェリンに褒められたことを嬉しく思いながらも、やはり自分は未熟者だと言葉にしていた。

 

 だが、エヴァンジェリンは夕映をすでに未熟だとは思っていなかった。

きっちり基礎を習っていたし、アリアドネーの授業で魔法の技術もかなり上達した。魔法使いとしては十分な力を得たと、エヴァンジェリンは夕映を評価していたのである。

 

 

「とりあえず、貴様は警備隊としてオスティアへ赴け」

 

「それはいいのですが、あちらで合流するとなると不便なのでは……?」

 

 

 そして、警備隊入隊試験に合格したということは、警備隊としてオスティアへ行かなければならないということだ。エヴァンジェリンはそれを夕映へと話すと、夕映は一つだけ不安を述べた。

 

 それは合流のことだ。

あちらにはネギたちがいるだろうが、警備隊としての勤めている時、合流するのは難しいのではないかと夕映は考えたのだ。

 

 

「合格したのだから、義務は果たせ。何、式典が終わった後にでも合流すれば問題ないさ」

 

「それもそうですね……」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンもそれを考えていなかった訳ではない。

すぐに合流できたとしても、どうせすぐには旧世界へは帰れないのだ。オスティアの式典が終わり、警備隊としての仕事を終えた後に合流しても問題ないと考えていたのだ。

 

 夕映もエヴァンジェリンの説明を聞いて、それなら大丈夫そうだと思った。

 

 

「わかりました。精一杯がんばらせてもらうです!」

 

「その意気だ。せいぜい苦労してこい」

 

「はいです!」

 

 

 夕映はそれならば、警備隊としての勤めをしっかりと全うすることを、エヴァンジェリンへと宣言したのである。

 

 エヴァンジェリンはその夕映がまぶしく映った。そう、まるで数百年も前の、若かりし頃の自分を見ているような、そんな気分だった。

 

 だが、エヴァンジェリンはそれを表には出さず、夕映へと激励した。

すると夕映はエヴァンジェリンの言葉に、強く大きく、はっきりと返事を返したのだった。

 

 

 その会話が終わると、そこへ他の生徒たちが再びここぞと詰め寄った。さらに夕映にも色々と質問が殺到した。何せエヴァンジェリンの知り合いらしき人物なのだ。その辺りを追求されないはずがなかったのである。

 

 また、エミリィもその辺りのことを夕映へと尋ねた。夕映はこの状況を考えて、”今は”ただの知り合いと言うことにしておいた。ここで自分が仮ではあるが、エヴァンジェリンの弟子とは言えないからだ。

 

 その後、大勢の生徒にもみくちゃにされた夕映は、疲れはてた姿でエヴァンジェリンの研究室へと戻った。するとそこには見知った少年、魔法使いの主でもあるカギがいたのである。

 

 夕映はカギの姿に驚き、幻覚を見ているのかと思った。しかし、そんな夕映へとカギは笑いながら、からかうようなことを言うのだ。こうしてとりあえず夕映とカギは合流し、オスティアへ行く準備をするのだった。

 

 エヴァンジェリンはと言うと、騒いだ多くの生徒を叱咤していた。

だが、生徒たちはみな嬉しそうにするばかりで、流石のエヴァンジェリンも普段よりも多くため息をついていた。そんな光景を総長のセラスは、微笑みながら見ていたのだった。

 

 



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魔法世界編 集結と襲撃
百三十四話 再会


 オスティアとは、本来ウェスペルタティア王国の王都だ。ウェスペルタティア王国は、大小さまざまな浮遊島からなる国家。古くからの伝統が売りの美しき古都。メセンブリーナ連合とヘラス帝国の中間に位置し、戦略的にも重要な場所でもある。

 

 原作ならばこのウェスペルタティア王国は、20年前の大戦にて崩壊、雲の下の大地へと沈んだ。しかし、それは起こらなかった。いや、起ころうとしたが、阻止されたのである。なので、未だウェスペルタティア王国は健在であり、雲の上に浮かび美しい都市を見せていた。

 

 だが、彼らが向かうのはそのウェスペルタティア王国の王都たるオスティアではない。終戦後にて新たに作られた新オスティアこそが、彼らの目指す場所だったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 アスナたちご一行はついにオスティアの手前までやってきていた。そこから見渡す広大な空と、白い雲とともに浮かぶ巨大な島々が目に映った。

 

 

「オスティア……」

 

「ここが……」

 

 

 アスナは本当に十数年ぶりの故郷を見て、色々と思い出していた。20年前のことや、紅き翼のこと。女王だったアリカのこと。さまざまな思い出がアスナの脳裏に過ぎっていた。

 

 刹那ははじめて見るオスティアの光景に、驚かされていた。話には多少聞いていたが、これほどの島が宙に浮いているというのは、旧世界では見ることができない光景だからだ。

 

 

「島が空浮いとるよー!」

 

「すごいですねー!」

 

「なんだかすごすぎて、よくわからなくなってきましたわ……」

 

 

 しかし、木乃香はぽわぽわとした感想を述べながら、嬉しそうに笑っていた。

さよもその横で同じようにふわふわと笑いながら、ただただはしゃいでいた。

その横であやかは、眼下に浮かぶ広大な景色の前に、理解が追いつかないのか驚きを通り越して呆れ果てていた。

 

 

「なかなかの絶景でござるな」

 

「へぇ、こいつぁなかなかゴールデンな場所じゃんか」

 

 

 また、楓やバーサーカーも、同じようにオスティアの景色に感激していた。いやはや、中々すばらしい眺めだと。

 

 

「……」

 

「んー? どないしたんアスナ? さっきから黙ったままやけど」

 

「らしくありませんわね……」

 

 

 すると、アスナは何かを思いつめるような表情で、無言となっていた。

木乃香は突然黙ったアスナを見て、一体どうしたのだろうと言葉をかけた。

 

 あやかも静かになったアスナを見て、少し静か過ぎると思った。

確かにここのアスナは口数が多い方ではないが、それでもこんなに静かな娘ではない。あやかもその辺りが気になったようで、疑問の声を出していた。

 

 

「……私がもし、ここのお姫様だって言ったら、信じる?」

 

 

 アスナは悩んだ様子を見せた後、儚げな笑みを見せながらくるりとみんなの方へ向き、突然そのようなことを言い出した。お姫様。それはつまり、このオスティア、いや、ウェスペルタティア王国の王族と言う意味だ。

 

 

「へ?」

 

「何を……?」

 

「それは一体どういう……?」

 

 

 だが、いきなりそのようなことを言われても、当然目をぱちくりさせて驚くことしかできない。

木乃香も刹那もあやかも、何を突然言い出したんだろうか、聞き間違えだろうかと言う様子を見せていた。

さよや楓やバーサーカーも、頭にクエスチョンマークを浮かべるだけだった。

 

 

「……冗談よ」

 

 

 アスナはみんなの反応を見て、ふっと小さく笑い、今の言葉は冗談だと言った。

実際は本当のことなのだが、突然そんなことを言っても、すぐに理解ができるはずがないと思ったのだ。

 

 

「びっくりしたわー!」

 

「そうですよ」

 

「ごめんごめん!」

 

 

 木乃香も刹那も、今のが冗談だと聞いて、詰まった息を吐き出すように笑みを見せた。

いきなりアスナが真剣な声で言うから、どうしたのかと二人も思っていたのである。

 

 いやはや、自分は何を言っているのだろうか。そう考えながら、アスナはみんなへ謝った。

ただ、アスナはここへ来たのなら、自分のことを話そうと思っていたのも事実だった。それでもやはり、急すぎたと思った。なのでもう少し時間を置いてから、もう一度話そうと思った。

 

 

「そうですわ! あなたのような人がお姫様だなんて!」

 

「だから冗談だって……」

 

 

 あやかも突然のアスナの言葉に、ありえないと断じるような声を出した。

別に暴力的ではないがおしとやかと言う訳でもないここのアスナが、お姫様とはちゃんちゃらおかしいと、あやかは笑いながら大きく声に出したのだ。

 

 アスナもそれを聞いてちょっとむっとしながらも、苦笑しながら冗談だからと言葉にした。

 

 

「……ですが、何故でしょうか……。それが嘘だと断言できません……」

 

「……いいんちょ?」

 

 

 しかし、その後あやかは急に静かになって、不思議そうな様子でアスナを見つめた。そして、アスナがお姫様と言う言葉を、否定することはできないと話したのだ。

 

 アスナはそんなあやかに、一体どうしたんだろうかと思った。

普通に考えれば冗談や嘘だと思うだろう。むしろちょっとつまらない洒落にも取れるはずだ。

そんな話だったというのに、あやかは悩んだ様子を見せながら、アスナの言葉を受け入れていた。

 

 

「アスナさん。……あなたが今言ったことは本当に冗談なんでしょうか?」

 

「委員長?」

 

「……」

 

 

 だから、あやかはそれを確かめるように、アスナへと問いかけた。

木乃香は少し真面目な空気を感じ取り、一体どういうことなんだろうと思いあやかを呼んだ。

 

 アスナはその質問を聞いて、うつむきながら静かに悩んでいた。

いや、実際は悩んでいたというよりも、まさか本気で信じてくれるとは思っていなかったことに対して、動揺していたのである。

 

 

「……ええ、冗談って言うのは嘘。お姫様って言うのは、本当に本当のこと……」

 

「え!? ホンマなんか!?」

 

「そんな……! まさか……!」

 

 

 アスナは数秒黙った後、それを静かに話し出した。

そうだ、先ほどの言葉は嘘や偽りではなく、真実だと。

 

 木乃香はそれを聞いて、本気で驚いていた。

まさかそんなことが本当にあるのだろうかと。

 

 刹那も同じく驚いていた。

確かにアスナの技術は色々と驚くものがあった。それに魔法の無効化などの特殊な能力を持っていることにも不思議に思っていた。だが、それがまさか、魔法世界の国のお姫様などとは、流石に思ってなかったのだ。

 

 

「そうよ。……私は()()()出身なのよ」

 

「アスナ……」

 

「アスナさん……」

 

 

 アスナの言葉の意味、それはすなわちアスナが魔法世界出身であるということにもなる。

アスナは、広がる空と雲と空に浮かぶ島々を背に、それを小さく笑いながらそれを話した。

 

 何と言うことだろうか。まさか冗談だと思っていたことが、本当のことだったとは。誰もがそれを聞いて、驚かざるを得なかった。また、誰もがアスナの様子や雰囲気で、嘘や冗談ではないことを理解した。

 

 そして、今までアスナのことを大きく気にしていなかった木乃香は、少しショックを受けていた。木乃香はアスナの親代わりが自分の父親の友人である、程度しか知らなかったが、それ以上何かを気にすることもなかった。そこでここに来て、突然のカミングアウトに、ちょっと驚きを隠せなかった。

 

 だが、それ以上にそれを儚そうに言葉にしたアスナを見て、その気持ちを感じ取っていた。そのことを話すのには相当悩んだはずだ。別に黙っていてもよかったはずだ。それでもアスナがそれを言ったのは、きっと彼女自身に大きな節目ができたのだろうと。

 

 刹那もアスナがどんな気持ちで、それを話したのかをある程度察することができた。自分も白い翼のことで悩んだことがあったからだ。自分の出身がここであると話そうと思った時、アスナはどのぐらい悩んだのだろうかと、深く考えていた。

 

 

「……今まで黙っててごめんね。でも、向こうで言っても信じてもらえないだろうって思ってたから……」

 

「そうやったんか……」

 

 

 アスナは自分の出身や身分を隠していたことについて、静かに謝った。

仲良くなった友人にならば話してもいいとアスナは思っていたが、踏ん切りがつかなかったのである。

 

 ただ、それはやはり信じてもらえるかわからなかったので、黙っていたという部分もあった。魔法世界を知らない人から見れば、魔法の国からやってきたお姫様など言われても、理解できるはずがないからだ。

 

 

「まったくですわ。そのようなことを隠していたなんて、呆れますわよ!」

 

「だから謝ったじゃない……」

 

 

 そんなところへあやかは、悪態をつくような言葉を吐いた。

別にそんなことなど気にしなくても良いのに、そう言う意味の言葉だった。

 

 それを聞いたアスナは、それを思ったからこそ謝罪の言葉を一言述べたと、少し呆れた感じで話した。

 

 

「……ですから、私も正直に話しましょう」

 

「へ?」

 

 

 しかし、あやかはそこでしれっとした態度で、自分も心の内を明かすと言い出した。

アスナはあやかの突然の言葉に、思わず呆けた顔を見せていた。

 

 

「私があなたたちを追った理由、それはアスナさん。あなたのことが気になったからです」

 

「は? 私のことが?」

 

「ええ、そうですとも」

 

 

 あやかはアスナが自分のことを正直に話してくれたことに感激した。

だから、今度は自分の気持ちを話す番だと、少しずつそれを言葉にし始めた。

 

 あやかがこの魔法世界へついてきてしまった理由、それをアスナへカミングアウトしたのだ。その理由とは、アスナのことが気になったからだ。ただ、実際ここまでついてくる気はなかったし、ここにいるのは事故ではあるのだが。

 

 アスナはそれを聞いて、何で? と言う顔を見せた。

また、そこまで怪しまれるようなことをしたのだろうかと、そこで少し考えた。

 

 そして、アスナはあやかへそれを問うと、当然と言う答えが返ってきた。

アスナはさらによくわからないという顔を見せ、あやかはそれを見てクスリと笑って見せた。

 

 

「……昔からあなたは、何か不思議な感じがしてなりませんでした。それに、過去のことを一切話してくれませんでしたしね」

 

「そうだったかしら……?」

 

「そうでしたわよ!」

 

 

 あやかはアスナが昔から不思議な娘だと思っていた。

また、アスナは自分の過去を話さなかった。小さいながらでも、どこから来たとか、どこで生まれたとかぐらいは話してもいいはずだ。それなのにアスナは、一切そういうことを話さなかった。

 

 故にあやかは、ずっと昔からアスナがどこから来た人なのか気になっていた。出合った時は幼いというのに静かで毒舌で、今思えばどこか自分たちと違う人間に見えたとあやかは考えた。

 

 あやかのその言葉に、アスナははて、と首をかしげた。そんな変な雰囲気だっただろうか、何も話さなかったのだろうかと、思い出す仕草を見せた。

 

 アスナのとぼけた態度に、あやかは大声でつっこんだ。

ただ、本人としてみれば、さほど気にしたことの無いことなんだろうとも思った。

 

 

「ですから、正直に話してもらって、とても嬉しく思ってますわ。……ついてきてよかったと、思ってます」

 

「いいんちょ……」

 

 

 だから、ずっと気になっていたことを告白してくれたことに、あやかはとても感激していた。

ここに来たのは事故だったし、色々不便で長い旅ではあったが、それでもここに来てよかったと思えた。

 

 アスナはそんなあやかを見て、少し嬉しく思った。

いや、むしろ結構感動していた。あやかを巻き込んだことをアスナはとても気に病んでいた。それに自分の正体をもすんなり受け止め、信じてくれたあやかに、感謝と喜びを感じていたのだ。

 

 

「それに、あなたが麻帆良で今のことを話していたとしても、きっと私は信じましたわ」

 

「本当にー?」

 

 

 また、あやかはここではなく麻帆良だったとしても、アスナの言葉を信用したと自信満々に述べた。

アスナの性格上、そんな冗談を言うとは思えないからだ。それに、アスナの告白で感じた不思議な気持ちは、きっと麻帆良でも同じだと思ったからだ。

 

 アスナはそんなあやかへ、じとっとした疑いの目を向けた。

しかし、それは照れ隠しのようなものだった。やはり先ほどのあやかの言葉は、アスナにとって感涙ものだったのである。

 

 

「本当ですわよ。何せあなたは私の最大のライバルなんですから」

 

「……そうね、あんたは私のライバルだもんね」

 

 

 疑問の目を向けるアスナへ、あやかは当然だという態度でそれを言葉にした。

アスナもそれを聞いて、そうだったと静かに返した。

 

 

「そのとおりですわ。ですから、あなたがどんな人であれ、この先ずっと……、私のライバルということですわよ!」

 

「……うん。ずっと、私はいいんちょのライバルよ!」

 

 

 そして、ライバルだからこそ、どんなことがあっても、どんな人であっても、決してその立場は揺るがないと、あやかはアスナへ笑顔のまま堂々と宣言した。

アスナがどんな立場だったとしても、この不思議な世界の住人だったとしても、自分たちの絆には一切関係のないことだと、あやかは思ったのだ。

 

 アスナはそんなあやかがまぶしく見えた。そのあやかの言葉はアスナの琴線に触れていた。とても感激していた。

このようなことになってしまったというのに、まるで当然のようにそれを言ってくれた。

 

 だからこそ、アスナはあやかにはっきりと、同じことを強く言葉に出したのだ。ずっとこの関係が続けばいいと思いながら。ずっと親友であり強敵であり続けたいと思いながら。

 

 

「二人とも、仲がいいですね……」

 

「ええ……、本当に……」

 

「ウチらよりもずっと前から友達みたいやしなー」

 

 

 そんなアスナとあやかのやりとりを見て、微笑みながら見つめる少女たち。

 

 さよはともに笑いあう二人を見て、あれが親友というものなんだな、と思っていた。刹那も同じことを思っていたのでそれに同意し、木乃香はあの二人が昔から仲良しだったことを思い出していた。

 

 それ以外にも楓やバーサーカーも、その光景を三人の後ろから眺めていた。やはり友とはいいものだ、そう思いながら。

 

 

「さっ、辛気臭いお話も終わり! とりあえず行きますか!」

 

「そうしましょうか」

 

「はいな!」

 

「はい!」

 

 

 アスナはみんなの理解を得たことに満足し、あやかとの信頼を再確認した。なので、もうこの話はおしまいにして、先に進もうと元気を出して提案した。

 

 あやかや他のみんなも頷き、元気よく返事した。そして、ご一行はネギたちと合流すべく、新オスティアへと向かうのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ひとり荒野を歩く男がいた。右目は開かないのか閉じたままであり、右腕を押さえ若干苦しそうにしながらも、確実に足を出し、前へと進んでいた。その名はカズヤ。彼はミドリのいた里から出た後、南へ南へずっと歩いていたのだ。目的地のメガロメセンブリアを目指して、目的であるナッシュという男を倒す為に。

 

 

「……!」

 

 

 カズヤは荒野を歩いていると、ふと遠くから音が聞こえて来たのを耳にした。その音はバイクか車が疾走するような音と、ガンガンとアクセルを踏んだようなエンジン音だった。

 

 

「見つけたぁ!!」

 

「アイツは……!!」

 

 

 カズヤがその音がする方向を向けば、見知った薄黒い桃色の車が爆走しているのが見えた。そして、その車内からは、カズヤがよく知る人物の声が聞こえたのである。

 

 

「ヒャッハー!! トオォォッ!!」

 

 

 その刺々しく禍々しい車に乗る男こそ、カズヤの先輩である直一だった。直一はカズヤの手前まで車を走らせると車体を横にし、急ブレーキをかけて停車し、扉を開けて飛び出した。その後直一はカズヤの近くに立つと、ニヤリと笑ってサングラス越しにカズヤを見た。

 

 

「あんたは……直一……」

 

「久しぶりだなぁ……。魔法世界中を徘徊してしまったぞカズマ!」

 

「カズヤだ!」

 

 

 カズヤはそんな直一を、気だるそうな態度で眺めていた。

直一はそこで挨拶代わりに、いつも通り名前を間違えてカズヤを呼んだ。

カズヤはそこですぐさまつっこみを入れ、強く睨みつけていた。

 

 

「でぇ……、あんたがどうしてここにいる? そのあんたが一体何の用だ」

 

「なあに、ちっとした麻帆良からの任務でな、ここに出向いていたのさ」

 

 

 だが、カズヤはそこで疑問を持った。どうして目の前の直一がこの魔法世界とやらにいるのだろうかと。自分たちと一緒ではなかったこの男が、どうしてここにいるのだろうかと。

 

 その問いに直一は、当然のように答えた。

麻帆良での仕事でこちらに来ていたと。実際は何かあった時のために、ここへ来ていたという理由の方が大きいのだが。

 

 

「そこでお前らが行方不明になったって聞いてな。そこいら中を探し回ってたのさ」

 

「はっ、ご苦労なこった」

 

 

 また、直一はカズヤたちがゲートで攻撃を受けたであろうと言うことを、テレビを通じて知った。

そのためカズヤたちを探す為に、車を走らせていたのだった。

 

 そして、ようやく見つかったカズヤはと言うと、その苦労を一蹴するように鼻で笑った。

別にそこまでする必要なんてないというのに、中々のおせっかいぶりだと思っていた。

 

 

「そろそろお前のお仲間は、オスティアで集まるみてぇだが……、お前はどうする?」

 

「俺か? 俺はんなことよりも、やらなきゃならねぇことができた」

 

「やらなきゃいけないことだとぉ?」

 

 

 さらに直一は覇王の情報も得ていた。もうすぐオスティアにカズヤとやってきた仲間たちが集まる頃だということを。故に、そのことをカズヤへと告げ、どうするかと問い詰めた。

 

 だが、カズヤはそんなことよりも、優先するべきことがあった。それはナッシュという男が売った喧嘩に応え、ぶちのめすことだ。だから、今はそれどころではないと直一に話した。

 

 カズヤのその言葉に直一は何だそれはと考えた。仲間と合流する以上にやらなければならないこととは一体と、疑問を持ったのだ。なので、当然それをカズヤに尋ねた。

 

 

「ああそうだ! あのメガロなんたらから来た男……、ナッシュ・ハーネスをぶちのめす……!」

 

「なっ!? あの野郎に会ったってのか!?」

 

「ああ! ご丁寧に喧嘩まで売ってきやがった! だから買ってやるのさ、その喧嘩をな!!」

 

 

 カズヤは直一の問いに、当たり前だと言う様に答えた。

あのメガロメセンブリアから来た男、ナッシュとか言ういけ好かない男を倒す為だと。

 

 それを聞いた直一は、かなり驚いた様子を見せた。直一はナッシュの話をアルスから聞いていた。麻帆良で暴れたあの男は、メガロメセンブリアの元老院であると。何を考えているのかわからない、非常に危険な人物であると。

 

 そこで直一は驚きつつカズヤに確認するかのように二度目の質問をした。

その問いにもカズヤは、当然だと言う様にナッシュをぶちのめしてやると答えるだけだった。

 

 

「だが、その前にやることあるんじゃねぇのか?」

 

「何だと!?」

 

 

 しかし、仲間も大切なのではないかと、直一はカズヤへ語りかけた。

それに対してカズヤは、まるで威嚇するような声を出していた。

 

 

「お前ぇ、仲間はどうすんだ? お前のことを心配してるはずだろ?」

 

「知らねぇな! あんたが知らせればいいだろうが!」

 

「そう言うな。むしろお前が顔出して、安心させてやるってのがスジじゃねぇのか?」

 

「だから知らねぇっつってんだろ!」

 

 

 と言うのも、仲間たちはきっとはぐれたカズヤを心配しているはずだろう。

顔を見せて安心させてやるのが当たり前のことではないかと、直一は述べたのだ。

 

 だが、カズヤはそんな直一の正論に、知らないの一点張りであった。

仲間に会う前に、あのナッシュをぶちのめしたい。そうでなければ気が治まらないという様子だった。

 

 

「はぁ~……。そう……」

 

「う……!」

 

 

 直一はこりゃダメだと諦め、深く深くため息をついた。

そして、ならばと言葉を漏らすと、虹色の粒子とともにその姿を消したのである。

 

 カズヤはそれを見て、一瞬と惑った。

消えた、目の前の直一が、瞬く間に姿を消した。それはすなわち、直一が超高速で移動しているということだ。そして、攻撃態勢に移ったという照明でもあったからだ。

 

 

「……かい!」

 

「ぐうぅッ!?」

 

 

 カズヤはとっさに防御を取った。しかし、そこに声が聞こえてきた。直一の声だ。その直後、いや、声の方が一瞬遅いぐらいのタイミングで、ガードしていた腕に衝撃が走った。

 

 既にアルターを足に装着した直一に、カズヤは蹴り飛ばされたのだ。カズヤは今の蹴りの衝撃で数メートル吹き飛ばされ、何度か身体を地面にバウンドした後足を軸に回転して着地して見せた。

 

 

「テメェ……!」

 

「しょうがねぇな。だったら俺が無理やり連れて行くだけだ。その方が早い!!」

 

「ふざけんな!!」

 

 

 直一の突然の攻撃に、カズヤは怒りを表しその直一を射殺すように睨んだ。

だが、直一は涼しい顔をしながら、カズヤを強制的に仲間の下に届けてやると宣言したのだ。

カズヤはその直一の言葉に、勝手なことをするなと叫んだ。

 

 

「やるんだったら容赦しねぇ! シェルブリットォォォォ!!!」

 

「はっ……!」

 

 

 カズヤは直一が本気なのを見て、そこでアルターを使った。右腕を空に掲げると、虹色の粒子が舞ってその右腕が分解され、黄金の巨大な腕へと変質した。さらに背中には一枚羽のプロペラらしきものも出現し装着された。カズヤの特典(アルター)のシェルブリットの強化型だ。また、閉じていた右目も開き、その目は直一を敵として認識していた。

 

 直一はカズヤが本気を出したのを見て、鼻で笑った。

ただ、その笑いは決してカズヤを卑下するものではなく、むしろ喜びのものであった。抵抗するのも悪くない。むしろ、その方がカズヤらしくてよいとさえ思っていたからだ。

 

 

「うおおおらぁぁぁ!!」

 

「ヒールアンドトゥー!!」

 

 

 カズヤは右拳を地面にぶつけ、その衝撃で飛び上がり、勢いをつけて直一へと殴りかかった。直一もかかとにあるパイルを地面に衝突させ、爆発的な加速を得て飛び蹴りをカズヤへ食らわせた。

 

 その両者の拳と脚がぶつかり合うと、すさまじい雷と衝撃波が発生した。何と言う力と力のぶつかり合いだろうか。強烈な衝撃は大地の砂埃を吹き払い、激しい爆音が鳴り響いた。

 

 

「いつも思うが、それはなかなかいい特典(アルター)だ」

 

「あったりめぇだろうが!!」

 

「だが足りない! 足りないぞォッ!!」

 

 

 カズヤの拳を脚で受け止めながら、直一は素直にカズヤの能力を褒めた。

すさまじいパワーだ。確かにこれは強い。いや、強くて当たり前であることを、直一は知っている。

 

 カズヤもだからこそ選んだというものもあった。

なので、当然だと叫んだ。そうだ、この拳が欲しかったのだ。使ってみたかったのだと。

 

 が、直一はこの力だけではまだまだだと、大声で叫んだ。

そして、器用にカズヤの拳を踏み台にして飛び上がり、後方へと宙返りしながら、カズヤから距離をとり着地した。

 

 

「なっ!?」

 

「お前に足りないもの……それは!!」

 

 

 カズヤは直一のテクニカルな動きに驚いた。しかし、驚いている暇などなかった。

 

 直一は軽やかに着地した直後すぐさま走り出した。その後グングンと加速して行き、加速が絶頂になる頃合を見計らって、カズヤの方へと突っ込んでいったのだ。

 

 

「何もかも全てが足りない!!」

 

「グガアアアァッ!?」

 

 

 直一はそこで一言叫ぶと、カズヤをその爆発的な速度をもって蹴り飛ばした。カズヤは何とか右腕のアルターでそれを防御したが、衝撃だけは殺せずに勢いよく吹き飛んでいった。そこで吹き飛んだカズヤは地面に転がった後、なんとか体勢を立て直し、再び直一を睨んでいた。

 

 

「例の台詞、言うと思ったか? 期待したか?」

 

「グゥッ! 誰が……!」

 

「はぁ、そりゃ残念だ」

 

 

 そこで直一はニヤリと笑いながら、そんなことを言い出した。

直一の例の台詞の意味とは、やはり有名なアレのことだ。情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さそして何よりも、速さが足りない。この台詞だ。

 

 よく二次創作やパロディでも使われる、有名な名台詞。直一はそれをカズヤに聞きたかったかと、冗談交じりに述べたのである。

 

 だが、カズヤはそんなことなどどうでもよかった。今はそれどころではないし、そんなもん聞いても何の意味も得もないからだ。

 

 直一はそのカズヤが吐き捨てた言葉に、残念と答えた。

しかし、そうは言ったものの、直一の表情は特に気にした様子も無く、むしろ笑っていたのだった。

 

 

「で……、その程度の力であの男を倒すつもりか?」

 

「それを決めるのはこの俺だ!!」

 

 

 まあ、そんなことはどうでもよいと、直一は仕切りなおした。

そこでカズヤの力を体感し、これであのナッシュと言う男を倒す気なのかと質問したのだ。

何せあのナッシュはすさまじい力を持っている。あれに対抗するには、まだ少し弱いと考えたのだ。

 

 それでもカズヤの怒りはあふれるばかりだ。

あの男を倒さなければ、気が治まらない。絶対に倒すと決めたのだ。故にここは引かず、目の前の直一を打ち砕こうと、拳を再び強く握り締めた。

 

 

「あの野郎をぶちのめすのが先だぁッ!!」

 

「やれやれ……」

 

 

 そして、カズヤは再び地面を殴りつけ、高く高く空へと舞った。もはや止められない。止まらない。この頑なな信念は、そう簡単には揺るがない。

 

 そんなカズヤを呆れた様子で眺め、肩をすくめる直一。これでは埒が明かないと考えたのか、少し痛い目を見てもらうことにしたようだ。

 

 

「なっ! しま……」

 

「”衝撃のォォ! ファーストブリット”オォォォッ!!」

 

 

 直一はそこですぐさまかかとのパイルを用いて、一瞬で空へと飛び上がった。

 

 カズヤはそれを見てまずいと思った。こっちは空中で構えを取っている最中だ。速度は直一の方が圧倒的に速い。どちらが不利なのかは一目瞭然だ。

 

 また、直一は驚くカズヤを下に見ながら、即座にとび蹴りの体制をとった。その後技の名を大きく叫ぶと、一目散にカズヤへと飛び込んだのである。

 

 

「グオオオオアアアアア!!!」

 

 

 カズヤは直一の蹴りが当たるよりも一瞬早く右腕でガードできた。だが、直一のスピードとパワーを持った衝撃は殺せず、そのまま急降下していった。

 

 カズヤは何とか地面に衝突する衝撃を和らげるため、背中のプロペラを回転させその中心からエネルギーを噴射した。それでもその衝撃を殺すことはかなわず、地面に大きく衝突し、巨大なクレーターを作ったのだった。

 

 

「お前よぉ、あの男に喧嘩売られたのはわかったが、仲間に会ってからでも遅くはねぇだろぉ?」

 

「ふっざ……けん……なッ!」

 

 

 直一はそのまま地面に綺麗に着地すると、乱れた髪に手を伸ばし、再び髪形を整えた。そして、地面と衝突したカズヤへ、悠長に語りかけたのだ。

 

 カズヤはそのクレーターの中で、苦しそうな顔を見せていた。

とは言え、これほどのすさまじく地面と衝突したわりには元気だと言えるだろう。しかし、戦意は未だ衰えず、そんな直一を睨みながら悪態をついていた。

 

 

「それになぁ!」

 

「ぐっ……!!」

 

 

 直一はサッとサングラスをはずすと、さらに未だ起き上がれずにいるカズヤへと、再び蹴りを入れたのだ。

カズヤはとっさにそれを右腕で受け止めながら、苦痛の声を漏らしていた。

 

 

「やっぱ仲間を心配させとくのは悪いだろう?」

 

「うるせぇー!! いきなり出てきて好き勝手言ってんじゃねぇ!!」

 

 

 直一はカズヤに蹴りをいれたまま、カズヤに向かけて話し出した。

仲間を放置しておくのはよくない。まずは安心させてやれと、論するように述べていた。

 

 が、カズヤは説教はごめんだとばかりに、怒りの叫びとともに右腕を振って直一を払いのけた。

 

 

「ならさらに話してやる。あの男の目的は”向こう側の扉”を開くことだ。何を考えているかまではわからないが、とにかく”向こう側”の力を求めている」

 

「だろうな。だが俺にはくだらねぇし関係ねぇ」

 

「それならそれでいい」

 

 

 直一は再び少し離れた場所へ片足で着地すると、カズヤにナッシュが何を考えているかを話し始めた。

あのナッシュという男は、明らかに”向こう側”を狙っている。どうしてそれが必要かまではわからないが、それだけは間違いないと直一は睨んでいた。

 

 カズヤもナッシュと戦った時、それを理解していた。だが、そんなヤツの考えなどはっきり言ってどうでもよかった。カズヤにとって大切なことは一つ、喧嘩を売られたから買う。それだけだった。それをカズヤは上半身を起こしながら、心底どうでもよさそうに口にした。

 

 直一はカズヤの投げやりな答えを聞いて、一言で片付けた。

関係ないというのなら、それ以上はないからだ。

 

 

「だったら、オスティアへ向かってからでもいいだろ? どうせ道の上にあるんだ。少しぐらい寄り道したっていいと思うがな」

 

「そうは言うがな! 俺の怒りは冷めねぇのさ!」

 

「完全にキレてんなぁ……」

 

 

 それならそれとして、仲間に顔を見せてもいいのではないかと、再び直一はカズヤに話した。

オスティアまでならばメガロメセンブリアへ行くために通るあたりに存在する。多少寄り道になるが、大きく迂回することはない。

 

 しかし、やはりカズヤにその気はないようだ。

そんな場所など行かず、一直線にナッシュのいる場所を目指す。そんでもってぶん殴る。もはやそれしかカズヤの頭にはなかったのである。

 

 そんなカズヤを見て、ため息を吐きながらこりゃダメだと悩む直一。

あのカズヤがここまで頭にきているというのは、相当なことをやられたのだろうと思ったのだ。

 

 

「まあ、しかしだ! オスティアへ行けば法にも会える。お前の友人のお嬢さんにもな」

 

「はっ! 会ってどうする?」

 

 

 直一はならばと、別の方法でカズヤを説得することにした。

オスティアへ行けば、あの法や千雨にも会えるぞ、そう言った。

 

 それでもカズヤはなお、会っても意味がないと抜かした。

そんなことよりも買った喧嘩をするのが先だと、そう言いたげに直一を睨みつけていた。

 

 

「来るかもしれねないぜ? アイツが、あの男が」

 

「ヤツが……!?」

 

 

 直一は睨むカズヤを眺めながら、さらに言葉を続けた。

オスティアへ行けば、むしろナッシュの方からやってくるかもしれないと。

 

 カズヤはその言葉に大きく反応して見せた。

あのナッシュが来る。それだけで驚くには十分だった。

 

 

「今言ったろぉ? あの男の目的は”向こう側の扉”を開くことだ。お前と法がそろわなければ何の意味もない」

 

「……確かにそうかもしれねぇが……」

 

 

 そうだ、あのナッシュと言う男の目的は”向こう側”への扉を開くことである。小さな扉ならばカズヤ一人でも開けるが、巨大なものとなれば話が変わる。それこそ麻帆良で発生させたような”扉”を開くには、法の力も必要になるのだ。

 

 ならば、法が現れるであろうオスティアへ、あの男が来る可能性は十分ある。そこで喧嘩を買うなりなんなりすればいいだろうと、直一は説明したのだ。

 

 カズヤも直一の言葉に納得するものがあった。確かに、巨大な”向こう側”の扉を開くには、自分ひとりでは足りない。法がいればこそ可能になるものだ。カズヤはここに来て、少し心境を揺さぶられていた。 

 

 

「それに、お前はまんまとヤツの企みにはまっちまってるのさ。いいのかそれで?」

 

「グゥゥ……」

 

 

 そして、ナッシュがカズヤを挑発したのは、逃がさないためだと直一は考えた。このまま一人でナッシュの下へと行けば、あの男の思う壺だと直一はカズヤへ言い放ったのだ。

 

 カズヤはそれを聞いて、悔しそうな表情で歯を食いしばっていた。直一が言っていることは正解だ。間違っていない。それでも喧嘩を売られたことに、かなりの怒りがあふれ出していた。アイツの思惑通りなど腹立たしいが、それでもあの男をぶちのめしたかったのだ。

 

 

「俺が俺の考えを貫くように、お前にはお前の考えがあるはずだ。さぁ、お前はどうする?」

 

「……決まってんだろ!!」

 

 

 直一はそれなら次の行動を振り方と言うのを考えたらどうだと言った。

カズヤはこのままでいいのかを考え、このままあの男の思惑に乗っかったままなのは癪だと思った。

だったら、やることは一つだろう。すでに腹は決まった。答えた出た。カズヤはゆっくりと立ち上がり、それをはっきりと直一へ宣言するのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 アスナたちはようやく、新オスティアへと到着した。

そこで自分たちがお尋ね者であることを考えたアスナたちは、逃走経路の確保を行なおうと思った。何せ賞金首として狙われ、攻撃された時があったからだ。

 

 なので、アスナたちは散らばって、各自指定した場所を見て回ることにした。そうすれば合流した仲間にも迷惑がかからないと考えたからだ。まあ、ネギに会えば認識阻害の指輪で、ごまかすことが出来るようになるのだが。

 

 また、あやかは一般人ということで、誰かが守ることになった。そこでアスナが名乗りあげたが、あやかはそこでNOと言った。

 

 しかし、別にあやかはアスナに守られることが嫌という訳ではない。あやかはここへ来る前に、アスナが自分からお姫様だと話したのを思い出していた。なので、少し一人にしてあげた方がよいのかもしれないと思ったあやかは、あえて刹那についていくことにしたのだ。

 

 

「……変わらないわね……」

 

 

 そう言う訳で一人歩くアスナは、過去を振り返りながら、懐かしむ様子で街を眺めていた。

 

 

「この道も、昔と同じだ……」

 

 

 何と懐かしいのだろう。アスナは思いにふけながら、自分の知っている道を歩き出した。

 

 

「……ここも……」

 

 

 どこも昔と変わらない。自分が知っているままの姿。確かに色々あったけれども、この光景は未だに脳に焼き付いて離れてはいなかった。

 

 そこは展望テラス。島の端にある、空を見渡せる場所。アスナは昔、ここであのメトゥーナトや、ナギといたことを思い出していた。

 

 そして、アスナはゆっくりとその円形のテラスへ続く階段を上り、その中央まで足を伸ばした。そこで周囲をくるりと見渡しながら、目を瞑って静かに大切な思い出を、そっと頭から取り出していた。

 

 

「っと、いけない。自分の仕事忘れちゃだめよね」

 

 

 アスナはふと、思い出に浸りすぎていることに気が付いた。このままではいけないと考えたアスナは、意識を切り返して戻ることにした。

 

 

「っ!」

 

 

 だが、アスナが戻ろうとした時、テラス入口に一人の人影を見つけた。180cmぐらいの背丈の、肩幅が広いリーゼントの髪型の男子であった。それは、アスナが一番気がかりだった人物。一番最初に会いたかった人物。

 

 

「よっ!」

 

 

 そう、その人物こそ状助だった。状助はゆっくりと階段を上りながら、右手を小さく振って軽快に挨拶した。

 

 状助は転生者であり、アスナがここに来る可能性を知っていた。なので、とりあえずアスナに顔を見せようと思い、ここへやってきたのである。

 

 

「……じっ……、状……助……」

 

「いっ、いやー、お互い大変だったっスねぇ~……、そっちは元気みたいで何よりっスよぉ~……」

 

 

 アスナは近づく状助を、ただただ見ていることしかできなかった。

状助の無事を知ってからは、大きく気にすることはなくなっていた。だが、それでも内心は心配と不安でいっぱいだった。

 

 状助はと言うと、今にも泣き出しそうな顔をするアスナを見て、うわっ、どう声をかけようと悩んでいた。

そこでとりあえず少し困惑した様子を見せながら、ぎこちない感じで声をかけたのだ。

 

 

「状助――――ッ!」

 

「うおおお!?」

 

 

 その状助の声を聞いたアスナは、突如状助へ右拳を伸ばした。

状助は驚き、とっさにスタンドでそれを防御し事なきを得ていた。

 

 

「あっぶねぇッ! いきなり何するんだコラァッ!! スタンドで防御したからいいけどよぉー」

 

「状助……」

 

 

 状助は突然の攻撃に頭にきたのか、大きな声で叫んだ。

とは言え、スタンドで防御したので傷はなく、すぐにその熱は冷めたようだ。

 

 すると、アスナは涙を目に浮かべながら、再び状助を見ていた。

今の攻撃は状助本人かを確認するためのものでもあった。お尋ね者となっているアスナは、状助をすぐに本人であると判断できなかったのである。

 

 

「うお……!? アスナおま……!!」

 

「よかった……。本当によかった……」

 

「おっ……おおぅ……」

 

 

 アスナは次に状助に抱きついた。状助本人であることを確認し、安心したのだ。

状助は突然のことに驚き、おろおろとうろたえるばかりだった。

 

 そして、アスナは静かに涙を流しながら、状助との再開を喜んでいた。

状助もアスナのそんな声を聞いて、照れくさそうにしながら小さく返事をした。

 

 

「……ごめん……。手が届かなくて……ごめん……」

 

「おいおい……。んなこと気にしてたのかよ……」

 

 

 アスナは状助の胸の中で、ひたすら謝っていた。

こうして無事に会えたのには違いないが、あの時伸ばした手が届かなかったことを、未だ後悔していたからだ。

 

 だが、状助はそのことについてまったく気にしていなかった。

なので、別にその程度で泣くなよ、と言う感じにやさしく声をかけていた。

 

 

「あん時は自分が勝手に戦ってボコられただけだしよぉ、別に気にしてねぇぜ」

 

「だっ、だけど……!」

 

 

 何せ状助はあの時戦ったのは、紛れもなく自分の意思だったからだ。ボコられて死にかけたのも自業自得だし、死すら覚悟したほどだった。故に、アスナにはまったく非はなく、むしろ自分を助けてくれようとしただけでも感謝していた。

 

 それでもアスナはそれに納得できなかった。もとより自分が巻き込んだと思っているアスナは、それを素直に受け入れられなかったのだ。だから、アスナはそれを聞いて、バッと顔を上げて状助の表情を見たのである。

 

 

「まっ、こうしてピンピンしてんだからよー、気にするのはなしってもんだぜ」

 

「……うん……」

 

 

 そこでアスナが見た状助の表情は、晴れやかな微笑みであった。

また、状助はそこでガッツポーズを見せ、もう暗い話はやめようぜとニカッと笑って言って見せた。

 

 アスナは本当に元気そうな状助から激励を受けたので、それに従うことにした。なので、アスナはゆっくりと状助から離れ、元気アピールをする状助を見て涙を指でぬぐい、ふと小さく笑ったのだった。

 

 

「あっ! アスナさん!」

 

「ネギ……!」

 

 

 するとそこへもう一人、少年が現れた。それはやはりネギだった。ネギはアスナを見つけるとそこへすぐさま駆け寄ってきた。

 

 アスナもネギを見つけると、そちらを向いて手を振った。

 

 

「よかった……! 無事だったんですね!」

 

「えぇ。そっちも無事でよかったわ……」

 

 

 ネギはアスナの下へくると、アスナが無事だったことを大きく喜んだ。本当によかった、本気でそう思っている表情であった。

 

 アスナもネギの無事を見れて、心のそこから良かったと思っていた。そして二人は手をつかみ合い、再会を喜んだ。

 

 

「そういえば覇王さんは?」

 

「あいつならこのかを捜しに行ったぜ?」

 

「そう……」

 

 

 アスナはそこで、一つ気が付いた。状助の側にいるはずの覇王がいないのだ。

 

 それを状助に尋ねれば、覇王は木乃香を捜しに言ったと説明した。

アスナはそれを聞いて納得したのか、それ以上は聞かなかった。

 

 

「おう! そいつがアスナか!」

 

「むっ……。久々ね、ラカンさん」

 

 

 また、さらにそこへ大柄な男性が現れた。ラカンである。ラカンは久々に見る成長したアスナを見て、見違えたという様子で声をかけた。

 

 アスナは現れたラカンを見て、懐かしく思いつつ小さく挨拶をした。

 

 

「大きくなったなぁ……ってぬお?!」

 

「触らせないわよ……?」

 

「ハッハッハッ!! あの野郎、随分とまぁお転婆に鍛え上げてくれたもんだぜ!」

 

 

 そこでラカンはアスナの胸を指で触ろうと、その手をすばやく伸ばした。

だが、アスナはそんなことなどお見通しの様子で、自分の胸まで伸びてきた指をとっさに掴んだのである。

 

 ラカンはそれを見て少し驚いた後、大いに笑った。

まさか自分の指を止められるとは思っても見なかったらしい。

 

 それ以外にもラカンは、アスナのそちらの成長にも喜びを感じていた。

ただ、胸を触れなかったというのは、少しだけショックであった。

 

 その後、彼らは談笑しつつ、他の仲間と合流する為に移動するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 こちらは場所を変えて、アスナとは別行動をしていた木乃香の方。木乃香もアスナと同じように、ルートの確保と確認をしていた。

 

 

「えーと、こっちが大通りやね……」

 

 

 地図を見ながらどこがどこだかを把握し、逃走する際はどう動けばいいかを木乃香は考えていた。そして、その地図にルートを赤線で書き込み、うんうんと頷いていた。

 

 

「っ!」

 

 

 だが、そこでふと、木乃香は視線に気が付いた。バッとすばやくそちらを見れば、長い黒髪を風でなびかせた、一人の少年が立っていた。

 

 

「久しぶりだね、木乃香」

 

「はお……? はおなん……!?」

 

 

 そこに居たのは紛れも無く覇王。威風堂々としたその立ち振る舞いは、まさしく覇王だった。

 

 覇王はゆっくりと木乃香へ近づきながら、微笑んで木乃香の名を呼んだ。

木乃香はそんな覇王の姿を見て、驚きながら本人なのかと質問していた。

 

 

「そうさ。それ以外に誰がいるっていうんだい?」

 

「……はおー!」

 

 

 覇王はその問いに、愚問だねと言う様子で答えた。

そうだ、自分が覇王だ。覇王以外何者でもないと。また、証拠として背後にS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)とリョウメンスクナを出現させ、間違いなく自分であることをアピールした。

 

 木乃香はそれらを見て、目の前にいる男子が覇王であることを確信した。すると木乃香は覇王へ駆け寄り、すぐさま抱きついて甘えて見せた。

 

 

「案外元気じゃないか」

 

「そうやえー! ずっとはおに並ぶために頑張って来たんやもん!」

 

「ほう……」

 

 

 覇王は木乃香に抱きつかれながらも、冷静な様子でそれを口にした。

木乃香はそこでバッと離れ、明るい笑顔でここまでの旅路で修行してきたと嬉しそうに話した。

そんな木乃香を覇王は眺め、なるほどと一人納得した様子を見せていた。

 

 

「確かに、結構成長したみたいだね」

 

「そーやろー? ウチかて成長しとるんやえー!」

 

 

 そして、覇王は木乃香が成長していることを理解し、それを言葉にした。

その表情は分かりづらいものであったが、ほんの少し嬉しそうだった。

 

 木乃香も覇王にそう言われ、さらに嬉しそうに笑っていた。

覇王と並ぶため、覇王とお付き合いするため、必死に頑張っているとアピールしたのだ。

 

 

「でも、僕に並ぶならもっと頑張ってもらわないとね」

 

「わかっとる! もっと頑張る!」

 

「その意気だよ」

 

 

 確かに木乃香はかなり強くなった。シャーマンとしても人間としても、大きく成長した。そのことを覇王はすでに認めている。喜びを感じている。

 

 ただ、やはり覇王は素直ではない。それ故、この程度ではまだまだだと、木乃香へ告げたのである。

 

 しかし、木乃香も覇王のことを理解している。そう言って来ると思っていたし、案の定そう来た。

だからさらにさらに頑張ると、笑いながら言うだけだった。

 

 覇王はそんな木乃香へ、優しく激励する。木乃香が本当に自分と並ぶシャーマンになれるように。自分と同じぐらい強いシャーマンになってくれることを願うのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 陽が落ちて辺りが暗くなった頃。ネギたちはとある酒場に集まっていた。そして、合流した仲間たちへと、ネギはラカンを紹介した。

 

 また、ネギは持ってきていた認識阻害のかかる指輪を合流した仲間にも配った。これにより賞金首となってしまった仲間たちも、気軽に人の多い新オスティアでも気軽に行動できるというものだ。

 

 

「えっ! ナギさんのお友達!?」

 

「紅き翼のラカン殿!?」

 

「おうよ」

 

 

 木乃香はラカンがネギの父親の友人であることに驚き、刹那と楓は名高き戦士として驚いていた。

 

 そんな三人にラカンは一言、強気な返事を返していた。

また、ラカンは自分が有名であることを理解しているので、名前を叫ばれたところで認識阻害がかかる変装用眼鏡を装着していた。

 

 

「ナギさんの友達ゆーことはウチのお父様ともお友達やな!」

 

「ほぉ? そいじゃあんたがこのかちゃんかい!」

 

 

 そこで木乃香はラカンが自分の父親、詠春の友人でもあることに気が付いた。それを嬉しそうに話せば、ラカンは目の前の少女があの詠春の娘であることに気が付いた。

 

 

「こりゃ驚きだ! あんな堅物からどーやってこんな可愛いのが生まれたんだ!?」

 

「えへへ」

 

 

 また、ラカンは木乃香があの詠春の娘であることに驚いた。

こんなぽやぽやでふわふわした娘が、石頭の詠春から生まれるのかと。

 

 そして、木乃香はラカンに頭を撫でられながら、嬉しそうに笑っていた。

父親の友人に会えたのが嬉しかったようだ。

 

 

「あいつに鍛えられたアスナとは大違いだな!」

 

「むっ、どういうことよそれ!」

 

 

 さらにラカンは目の前の木乃香とアスナを比べ、笑いながらそれを述べた。

同じような堅物であるメトゥーナトに鍛えられたアスナは、木乃香と比べるとはやりお堅い印象があったらしい。

 

 アスナはそれを聞いて、聞き捨てなら無いという声を出した。

確かに自分は木乃香ほどやっこくないが、そう言われるのは流石に癪に障ったようである。

 

 

「本物でござるな……」

 

「ああ……」

 

 

 そのラカンたちの様子を見ながらも、冷や汗を流す楓と刹那がいた。あのような振る舞いをしながらも、一切隙がないのだ。流石は紅き翼のラカンと言われるだけはあると、二人は戦慄していた。

 

 

「しかし、紅き翼のラカン殿が助太刀いただけるとはありがたい!」

 

「ああん? 俺は何もしねぇぞ?」

 

「え!?」

 

 

 刹那はそのラカンのすさまじさを垣間見て、改めてそれを言葉にした。

ラカンが仲間となってくれるのならば、とても心強いと。

 

 だが、ラカンはそれをNOと言った。

別に協力する気などまったくないとしれっと述べた。

 

 それには刹那も驚き、変な顔を見せた。

この流れなら普通仲間になるというもの。だと言うのにそれはないと言われたので、刹那は困惑したのである。

 

 

「わりぃがメトの依頼はあくまで”ネギとコタローの面倒を見ること”だ。それ以外はやらん」

 

「そっ、そんな!?」

 

 

 何せラカンは依頼されたこと以外やる気はなかった。

ラカンがメトゥーナトから受けた依頼は、ネギとコタローを頼むというものだった。故に、それ以上はやらないし、サービスもしないと言った。ビジネスにはドライなのである。

 

 刹那は仲間になってくれると思っていたので、完全に泡を食った様子だった。

知り合いの息子や娘がいるので、それをNOと言うはずがないと思っていた刹那。もはや、完全に当てが外れてショックだったようだ。

 

 

「残念だけどラカンさんはこういう人よ」

 

「はっ、はぁ……」

 

 

 ただ、アスナはそうなるだろうと予想していた。なので、諦めた方がよいと刹那へ話した。しかし、そんなアスナでさえも、呆れた顔を見せていた。

 

 刹那はアスナにそう言われ、生返事を出すのが精一杯だった。いやはや、こんな結果になるとは本当に思ってなかったらしい。

 

 

「気にすることはないさ。僕たちで十分やっていける」

 

「はお?」

 

「確かに覇王さんが味方となってくれるならば、百人力です……」

 

 

 そこへすっと現れた覇王は、別にそれでも問題ないと片付けた。

確かにラカンと言う男が強力ではあるが、いなくても自分たちだけで切り抜けられると言葉にしたのだ。

 

 木乃香はそんな覇王を見て、キョトントした顔で彼の名を呼んでいた。

また、刹那も覇王がこちらにいるのならば、覇王の言うとおりであると静かに述べた。

 

 だが、実際覇王の言葉は、自分がいるからというものではない。木乃香も刹那も、そのサーヴァントであるバーサーカーも強力だと言う事を踏まえての発言だった。それ以外にもアスナや楓もいる。自分たちだけで十分敵を相手にできるという意味の言葉だったのだ。

 

 

「さて、僕たちには闘技場の門限があってね、もう戻らなければならない」

 

「そういやそんなもんもあったなぁ……」

 

「故に、今後のことを少しだけ話しておこう」

 

 

 しかし、覇王はそこを訂正することなく、次の話を切り出した。

覇王はここ新オスティアで開かれる大会に出場することになった。なので、闘技場の門限には戻らなければならなかった。

 

 そのためか、数多や焔の姿はすでになかった。とは言え、二人はもう少しこちらにいたかったと思っていたのだが。

 

 状助も覇王の言葉を聞いてそれを思い出し、小さく言葉をこぼした。

うっかり忘れていたが、そんなもんもあったんだったな、と。

 

 そして、覇王は門限には戻らなければならないので、今後のことなどについて話し合おうと提案したのだ。

 

 

「とりあえず、三郎のことは僕たちや熱海先輩に任せておいてくれ」

 

「それに異論はありません」

 

 

 覇王は奴隷となってしまった三郎のことは、自分や状助、それと数多たちで何とかすると話した。

三郎は自分の友人だ。友人を自分の手で助けたいと思うのは当然であった。

 

 ネギはそれについて、特に何も思うところは無かった。

目の前の覇王や数多に任せておけば、大丈夫だと確信しているからだ。

 

 

「散らばった仲間については、ネギ先生の生徒二人やアルス先生のおかげで大体つかめている」

 

「……ですが、それでもまだ見つかってない人も……」

 

「それに関してはとりあえず情報待ちかな……」

 

 

 また、散り散りになっている仲間たちについては、ネギの生徒である和美と茶々丸が頑張って探している。それ以外にもアルスが持ってきた情報で、ある程度の人数の無事を確認することができた。

 

 しかし、それでも未だ見つかっていない仲間も数人いた。ネギはそのことを、心配と不安の様子で静かに口に出した。

 

 覇王もそれについては、和美や茶々丸の情報を待つ他無いと考えていた。なので、その辺りはとりあえず保留と言う形をとったのである。

 

 

「そして、元の世界に戻るゲート、それは僕の知り合いに頼むことにしてある」

 

「そいつぁ、かの皇帝か?」

 

「そのとおりです」

 

 

 また、最大の目的である旧世界への帰還のことについて、覇王は触れた。

覇王は一つだけ知っているゲートがあった。この世界で破壊されていないであろう、もう一つのゲートの存在を。

 

 その覇王の言葉に反応したのは、以外にもラカンだった。そこでラカンは覇王が知っているゲートこそ、アルカディア帝国に存在するゲートのことかと尋ねたのだ。

 

 覇王はその問いに、静かに答えた。

自分の知人とはアルカディアの皇帝であること。そのアルカディア帝国のゲートを当てにしているということを。

 

 

「なるほどなぁ、確かにアルカディア帝国にも稼動しているゲートはあるか」

 

「はい、彼に頼めば使わせてもらえるはずです」

 

 

 ラカンはそれについて、腕を組み頷きながら、そうかそうかと言葉にした。

このラカンも、一応アルカディア帝国にゲートが存在することを知っていたのだ。

 

 覇王はそのゲートを貸してもらい、旧世界へと戻る算段を考えていた。

つまり、最終的にはアルカディア帝国まで赴き、そこから元の世界へ戻ろうと言う計画だったのだ。

 

 

「だが、たぶんそのゲート、今は閉鎖してるはずだぜ?」

 

「ゲートを閉鎖?」

 

 

 しかし、ラカンからそこで意外な言葉が出てきた。

そこのゲートも今は閉鎖されてしまっているであろうと言うことだった。

 

 覇王は何故? と言う顔で、それを聞き返した。

何せ覇王は原作知識をほとんど失ってしまっている。魔法世界消失の危機ということは知っていても、何がどう起こるかまでは記憶に無いのだ。なので、ゲートが閉鎖されたことについて、理解できていないのである。

 

 

「あぁ、ぼーずどもがゲートで強襲されただろ? その後全てのゲートは破壊された。そこのアルカディアのゲート以外はな」

 

「承知です」

 

 

 ラカンは疑問を感じる覇王へと、そのことを説明した。

敵の狙いは明らかにゲートを破壊することだ。そして、その全てのゲートが破壊された。アルカディアのゲートを除いては。

覇王もそのことは状助やニュースで知っていたので、そのむねをラカンへ話した。

 

 ただ、もう一つだけ破壊されていないゲートがあった。それは旧オスティアに存在するゲートだ。だが、これもまた過去に封鎖されたまま、未だに稼動していない。なので、この部分は除外したのである。

 

 

「そこで、かの皇帝は自分たちの国を守るためにゲートを閉じたはずだ」

 

「なるほど……。ゲートを攻撃される前に、自分が所有しているゲートを封鎖することで攻撃を間逃れようとしたのか」

 

 

 ラカンはさらに説明を続けた。

ゲートが全て破壊するのが敵の目的だとすれば、皇帝はゲートを封鎖することで自国を守るだろうと。

 

 覇王はラカンのその説明で、すぐに理解を示した。

ゲートが攻撃される前にあらかじめゲートを封鎖すれば、無理をしてそれを破壊することはないだろうと。

 

 何せアルカディア帝国の警備は非常に厳重だ。進入してゲートを破壊するだけでも一苦労となる。そこまで高いリスクを払ってまで、停止したゲートまで破壊することはないと、敵も考えるだろうと覇王も考えたのだ。

 

 

「まっ、そういうことさ。それに、今すぐに帰れる訳でもねぇだろう?」

 

「そうですね……」

 

 

 覇王がすぐに察してくれたことを見て、ラカンはニヤリと笑った。

また、すぐに帰れないし、今にでも帰るという気もないだろうと、覇王へ話した。

 

 覇王もそれに、少し渋い顔で肯定した。

自分は別にここにいてもかまわないが、状助たちは話は別だ。それでも三郎を奴隷から開放する必要もあるし、未だ行方不明な人もいる。問題は山積みで、今すぐ帰ることは不可能だと考えたのだ。

 

 

「という訳で……、みんな、今後ともよろしく頼む」

 

「うーっす」

 

「はいな!」

 

「こちらこそ!」

 

「はい!」

 

 

 全てを話し終えた覇王は、ネギや状助たちの方に振り返り、頭を下げてそう言った。

状助やその他の人たちも、その覇王の言葉に元気よく返事をし、それでよいとした。

 

 

「……ところでアスナさん」

 

「ん?」

 

 

 話がまとまったところで、あやかはアスナを唐突に呼んだ。

アスナは何だろうと思いながら、あやかへ近寄った。

 

 

「……一つ疑問に思ったのですが、何故あのお方とお知り合いなので?」

 

「それは……、ほら、父親代わりの人が友人でそのツテでよ」

 

「確かにそうなのでしょうが……」

 

 

 そして、あやかは気になったことを、アスナへ尋ねた。

その気になったこととは、アスナがあそこに座っている筋肉ムキムキな男性、ラカンと何故知り合いなのだろうかと言うことだった。

 

 アスナはその理由をふと考え、父親代わりであるメトゥーナトの友人だから、それで顔見知りであると説明した。

 

 それでもあやかの疑問はぬぐえなかった。今のアスナの言葉が事実だというのは理解できるし、間違ってないのかもしれない。ただ、それだけでは何か不十分な気がしてならないのだ。

 

 

「……本当にそれだけでしょうか?」

 

「何よ……」

 

「あなたがここへ来る前に、色々と話してくれたことには嬉しく思っています」

 

 

 だから、あやかはもう一度、それを尋ねた。

本当にそれだけなのかと。本当は別の理由もあるのではないかと。

 

 アスナはそう尋ねられ、あやかをジトっとした目で見た。今の理由だけでは納得できないのだろうかと思ったのである。

 

 そこであやかは、ここへ来る前にアスナが話してくれたことを思い出した。

アスナはこの世界の住人で、ここのお姫様だということを。それをアスナが話してくれたことに、あやかは喜びを感じていた。

 

 

「ですが、他にも隠していることがあるのではないかと……」

 

「……」

 

 

 あやかはその嬉しかったという気持ちを伝えつつ、ならばあの時に話していない、まだ秘密にしていることもあるんじゃないかと、小さく尋ねた。

 

 アスナはそれを聞いて、少し考え込む様子を見せた。そこまで言われてしまったのなら、どうしようかと迷った。

 

 そう、アスナがまだ話していないこととは、自分がかれこれ100年ほど生きているということだ。彼女たちが生まれる前から、自分がそこにいるラカンや紅き翼の面々と知り合いだったということだ。それをこの場で話してよいものか、と悩んだのである。

 

 と言うのも、魔法世界のお姫様と言うだけで、普通なら呆れられるレベルだ。そこへ100年も閉じ込められて生きていたとか、兵器として扱われていたとか言い出せば、どんだけ属性盛りたいんだと言われるぐらいだ。

 

 まあ、それでも目の前で真剣に訴えかけてくるあやかなら、きっと信じてくれるだろうとアスナも思っていた。だが、それをここで話すには色々ありすぎて、少し空気が重くなってしまうと考えた。

 

 

「……まあ、無理にとは言いませんし、話したくなったらでかまいませんが……」

 

「う、うん……。そうね……、いつか話すわ」

 

「ふふ、期待せずにお待ちしておりますわ」

 

 

 話すか話すまいかを悩むアスナを見て、あやかは別に無理やり聞きだしたい訳ではないと、遠慮するように言葉にした。

 

 アスナもそう言われたので、とりあえず今は黙っておこうと思った。

しかし、ここでは言えないけれども、今度機会があれば絶対に教えると約束した。

 

 あやかはそんなアスナの言葉に小さく笑いながら、話してくれるのを待つと言った。

期待せずに、なんて言葉にはしたあやかだが、内心はきっと話してくれると信じているのだ。

 

 

「ほほーう? あんたも、アスナの友人か?」

 

「え、ええ、はい……」

 

 

 すると、ラカンは突如あやかへ近づき話しかけた。

ラカンはアスナと親しく話すあやかに、少し興味がわいたらしい。

 

 あやかはいきなり筋肉ムキムキのおっさんに話しかけられ、少し動揺した様子を見せた。

アスナの知り合いとは言え、マッチョのおっさんが突然話しかけられたら少し驚くのも無理はない。

 

 

「何よ急に……」

 

「いんやー? 別に?」

 

「何がしたいのよ……」

 

 

 いきなりやってきたラカンに、アスナはじろりと見ながら文句を言いたそうな様子を見せた。

そんなアスナにラカンはとぼけながら、なんでもないと笑って話した。

アスナはそういう態度のラカンを見て、呆れながら本当に何なのだろうかと考えた。

 

 

「ただ、いい友人に出合ったなって思っただけよ」

 

「……当たり前でしょ?」

 

「クックックッ……、あのアスナがこうなる訳だ」

 

 

 ラカンは不思議そうに自分を睨むアスナを見て、それを言った。

遠目でアスナとあやかのやり取りを見ていて、そう思ったからだ。

 

 ラカンの言葉にアスナは少し黙った後、当然とはっきり言葉にした。

あやかが良き友人でなくて、何だと言うのか。そう言いたげな顔だった。

 

 するとラカンは小さく笑い、勝手に納得する様子を見せた。

昔見たアスナは表情もなく無口な少女だった。だと言うのに、目の前のアスナは表情豊かで良く喋る。そこのあやかのような娘が友人になったからこそ、ここまで変化したのではないかとラカンは思ったのである。

 

 

「俺が言えた義理じゃねーが、お嬢さん。何があってもアスナと仲良くしてやってくれ」

 

「それは、当然のことだと思っておりますので……」

 

「おおー、そうかい。俺としたことが、ちーと余計なお世話だったかな?」

 

 

 ラカンは再びあやかへ向きなおし、真面目な態度を取って見せた。

そして、アスナがどんな人間であれ、どんな存在であれ、仲良くしてほしいと頼んだのだ。

 

 あやかは恐縮しながらも、言われずとも、という様子でそれを言葉にした。

今も昔も変わらず、アスナはライバルで親友だ。たとえアスナがどんな人であっても、気にすることは無いと思っていた。アスナがこの摩訶不思議な世界のお姫様だと話した時から、それはすでに決意していたことだった。

 

 あやかの決意と信念がこもったその言葉を聞いて、ラカンは余計なことを言ったと思った。

別に自分がしゃしゃり出ずとも、問題なんかどこにもなかったことを理解したのだ。むしろ、余計なことをやっちまったと言う感じの方が強くなってしまったのだ。

 

 

「そうよ、余計なお世話よ」

 

「ハッハッハッ、わりぃなー」

 

「……まあ、別にいいけど」

 

 

 そこへアスナがラカンへ、ラカンが思っていることと同じことを口にした。

別にラカンがそんなことを気にする必要などない、心配は不要だとアスナも思っていたからだ。

 

 ラカンも少し反省したのか、豪快に笑いつつもアスナへ謝った。

いや、確かにアスナの言うとおりだ。ちょいとおせっかいがすぎたと。

 

 ただ、アスナもラカンの行為を全て否定している訳ではない。

今のはおせっかいではあったが、アスナのことを気にかけているということでもあるからだ。故に、謝られたアスナは少ししおらしく、気にしてないと言う素振りを見せたのだった。

 

 



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百三十五話 顔のない王

 会談も終わり覇王と状助は闘技場へと戻ることにした。するとその二人の後ろから木乃香の声が聞こえた。

 

 

「はおー!」

 

「木乃香?」

 

 

 木乃香は前を歩く二人を止めようと、覇王の名を叫んだ。

覇王は木乃香の声に気がつき、そこで足を止め振り向き木乃香を見た。

 

 

「俺、先行ってるぜ。じゃーな!」

 

「状助! ……ふう、まったく気にしすぎだと言うのに」

 

 

 状助は一人先に戻ると言い、少し焦った様子で覇王を残して走り去った。

走り去る友人を覇王は眺めながら、気にしなくてよいと言うのに、と思いながら苦笑していた。

 

 

「ところで、どうしたんだい?」

 

「はおに聞きたいことがあってなー」

 

「何かな?」

 

 

 覇王は改めて木乃香へと対面し、一体どうしたのだろうかと尋ねた。

木乃香はそこで覇王に聞きたいことがあって、追って来たと言葉にした。

それを聞いた覇王は、その聞きたいこととはなんだろうかと再び尋ねた。

 

 

「はおはどないしてここにおるんやろかって」

 

「ふふ、どうしてかな?」

 

 

 木乃香が聞きたかったこと、それは覇王が何故この魔法世界にいるのかということだった。と言うのも、覇王が魔法世界に一人で来ていることなど、木乃香は知らなかった。なので、それが気になるというのは当然のことだったのだ。

 

 しかし、覇王はその問いをはぐらかすように、小さく笑っていた。

自分が”転生者”であることは木乃香に教えた覇王であったが、ここにいる目的を話してよいのやら、と考えたからだ。

 

 ……覇王が魔法世界にいる目的、それは危険な転生者を狩ることだ。この世界の”転生神”とやらにその使命を与えられた覇王は、律儀にそれをこなしていた。

 

 が、たとえそうだとしても、たとえ倒した転生者が悪であろうとも、他者を傷つけることに間違いはない。そんなことを目の前の優しい少女に話すのは、覇王としてもしたくないことだった。

 

 

「むむー、教えてくれてもええやろー?」

 

「……まあ、君たちとはちょっと違う事情でここに来てるってことかな」

 

 

 そんな覇王の心情を知らず、木乃香はなおも教えてほしいと頼んだ。

上目づかいで教えてほしいとせがむ木乃香に、覇王は苦笑しながら事情があったとだけ言葉にした。

 

 

「……ウチにも内緒なん?」

 

「そうだね。今はまだ言えないかな……」

 

「そっかー……」

 

 

 木乃香は覇王がちゃんと説明しないことに、教えてくれないのかと少し残念そうな顔で再び尋ねた。

覇王はそう言う木乃香へと、申し訳なさそうに断りの言葉を述べた。

 

 その覇王の言葉に、木乃香もうつむいてしょんぼりした様子を見せた。

いや、多分教えてくれないだろうとは、木乃香も予想していたことだ。それでもやはり、それを直接言われるとショックなのである。

 

 

「そんなら、はおが話したくなったらでええわ」

 

「……ありがとう、木乃香」

 

「せやけど、絶対教えとくれよー?」

 

「わかってるさ。約束する」

 

 

 しかし、木乃香は顔を上げ、再び覇王の顔を見た。

そして、笑いかけながら、教えてくれたくなったら話せばよいと言ったのだ。

 

 覇王はその木乃香の優しさに、一瞬言葉を失った。

また、覇王は数秒黙った後、自然とお礼を口から出していた。黙っていることを許してくれた礼だ。

 

 木乃香もそれを許したが、時が来たら教えてほしいと笑いながら言葉にした。

覇王もそれに笑みを見せながら約束し、必ず話すことを誓った。

 

 

「じゃ、また明日」

 

「おやすみなー」

 

 

 その後覇王は闘技場へ戻るために再び歩き出し、木乃香も別れの言葉を述べてアスナたちの下へと戻って言ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちが新オスティアへやってきた次の日の朝。ネギはアスナと再会した、見通しの良いこの場所で朝の空を眺めていた。しかし、その目は不安を感じているような、そんな目であった。

 

 

「よう、ぼーず。朝からこんなところでどうした?」

 

「いえ、特には……」

 

 

 そこへラカンが現れ、ネギへと話しかけた。

ネギはラカンを見上げながら、なんでもないと一言話した。

 

 

「心配なのか? 仲間のことが、この先のことが」

 

「ええ……」

 

 

 だが、ラカンはネギが何か不安げなのを察し、それを言葉にした。

そのラカンの言葉を、ネギは静かに肯定した。

 

 

「まっ、あまり心配ばっかしててもしょうがねぇぞ?」

 

「それはそうですが……」

 

 

 するとラカンは、そんなことばかり考えていても、生産的ではないと語った。

確かに未だ見つかってない仲間も、この先のこともわからない。だが、それで弱ってしまっては意味がない。

ネギもそれを理解してはいるが、やはり心配なことは心配なのだ。

 

 

「んなことよりも、完成したのか? お前だけの術具融合」

 

「90%ほどは……」

 

「ほう? 後一歩ってところか」

 

 

 しかし、ラカンはその不安よりも、もっと見つめるべき課題があるのではないかと、それをネギに質問した。

ネギが術具融合を完成させたかどうかだ。何せネギは未だに術具融合の完成に至ってはいなかったからだ。

 

 ネギは悩んだ様子で答えると、ラカンはネギが進歩していたことに多少満足した様子を見せた。

9割と言う数字はほとんど完成したに等しい。だが、あと一つ何かが足りなかった。もっと強いイメージを、ネギは求めていたのだ。

 

 

「だが、早く完成させねぇと色々と大変だぜ?」

 

「何が……?」

 

「聞いてなかったのか? お姫様のことをよ」

 

 

 だが、ラカンはその完成を急いだ方がよいと語った。

この先のことを心配するならば、まずそれを終えた方がよいと。

 

 ネギはそれに対して、どうしてだろうかと言う態度を見せた。

確かに完成させなければならないと思ってはいるが、焦るほどに必要なのかと思ったのだ。

 

 そこでラカンはある一言をネギへ言った。

”お姫様”その言葉は多くの意味を秘めていた。それはアスナを指す言葉であり、また、黄昏の姫御子としての意味合いでもある。そして、それは重要な人物と言うことも意味し、誰もが狙っているということでもあった。

 

 

「お姫様……? あれ、どこかで聞いたことが……」

 

「ん? 聞いたのに忘れてるってくちか?」

 

 

 ネギはラカンが言った”お姫様”と言う単語に、少し反応した。

どこかで、最近聞いたような言葉だったと、ネギは考え思い出そうとしていたのだ。

 

 と言うのも、ネギはその言葉を麻帆良祭で聞いていた。そう、ビフォアの策略に嵌った時、ビフォアがその単語を口にしていたからだ。しかし、その後のごたごたで、ネギはそのことをすっかり忘れてしまっていたのだ。

 

 ラカンはそんなネギを見て、ド忘れでもしたのかと思ったようだ。

誰から聞いたのかは知らないが、まあアスナ本人が言ったのかもしれないとも考えたからである。

 

 

「ネギさん……!」

 

「この声は確か……」

 

 

 だが、そこにネギの思考をさえぎるかのように、ネギを呼ぶ声が聞こえてきた。

ネギはその声に反応し、考えていたことを中断し、ぱっと周囲を見渡した。そして、その声の主を発見したのである。

 

 

「お久しぶりです、ネギさんにラカンさん」

 

「あなたはマタムネさん!」

 

「あん時のネコか!」

 

 

 そこへ現れたのはマタムネだった。

和美のアーティファクトのスパイゴーレムの上に鎮座しながら、ここへ駆けつけたのである。

 

 マタムネはネギとラカンへ挨拶すると、ネギとラカンは久々に見るマタムネの姿に喜んだ。

 

 

「……覇王様はいないようですね」

 

「覇王さんならまだ闘技場の方にいると思いますが……。一体どうしたんですか?」

 

 

 マタムネは多少周囲をうかがい、自分の主である覇王を探した。

だが、覇王の姿はここになく、どうしたものかと腕を組んだ。

 

 ネギは覇王が今いる場所をマタムネへと告げ、何事なのだろうかと尋ねた。

先ほどの呼びかけは、何か急いでいるような、そんな様子だったからだ。

 

 

「そうでした。ネギさん、あなたの生徒が賞金稼ぎに襲われております」

 

「何だって!? 誰が!?」

 

「前髪で目が隠れた少女……、確かのどかさんでしたかな?」

 

「のどかさんが!?」

 

 

 マタムネはそこで思い出したかのように、何を伝えに来たのかをネギへ話した。

それはネギの生徒の一人が、賞金稼ぎに攻撃されているというものだった。

 

 

「ここから50キロのあたりにいます、非常に危険な状況です」

 

「なら行かなくちゃ!」

 

 

 そう、のどかとそのトレジャーハンターの仲間たちは、ここへ向かう途中、のどかを狙う賞金稼ぎにより攻撃されていた。そして、その場所はここから50キロほど離れた場所だった。

 

 それをマタムネがネギへ伝えると、ネギは慌てて動き出した。

このままではまずい、非常に危険だと。

 

 また、ここでのネギは自分の杖をなくしてはいなかった。なので、それをさっと取り出し、すぐさまのどかの下へと赴こうとしたのである。

 

 

「小生が案内します。ついてきてください」

 

「お願いします!」

 

 

 マタムネは和美のアーティファクトに座ったまま、その場所へ案内すると述べた。

ネギもそれについていこうと考え、案内を頼んだ。

 

 

「おーい!」

 

「あれは!」

 

 

 しかし、そこへ突然大声で叫ぶ、一人の少女の声が聞こえた。

その声の主の方をネギが向けば、なんと魚の形をした飛行船が飛んできたではないか。

 

 

「ヤッホー! ネギ君!」

 

「ハルナさん!」

 

 

 その飛行船の上に乗っていたのは、なんとハルナだった。ネギを大きな声で呼んでいたのもハルナだった。また、ハルナ以外にも未だ合流できていなかった古菲や、仲間を捜しに出て行った和美と茶々丸も一緒だった。

 

 ネギは元気そうなハルナの姿を見て、喜びながら彼女の名を呼んでいた。

アルスからハルナのことを聞いていたネギだったが、その無事な姿を見て嬉しくなったのである。

 

 

「……あの、その船は一体……!?」

 

「中古で買ったちゃった! いやぁ、こっちで一儲けしちゃってね!」

 

「すっ……すごいですね……」

 

 

 さらに、その飛行船の持ち主こそ、なんとハルナだった。

ハルナは自分の飛行船の上で、笑いながらこの飛行船を購入したと言い出した。

彼女は自分の溢れんばかりの才能(もうそう)で、大金を得たらしい。

 

 そんなハルナの言葉に、ネギは言葉を失っていた。

一人で飛行船を中古とは言え買えるほどの儲けを得たとか、ネギには想像ができなかったからだ。

 

 

「よし、行きましょう!」

 

「……参りましょうか」

 

 

 とりあえず、古菲とハルナが無事でよかった。ネギはそう思いながら、急ごうと言葉にした。

そうだ、今は再会を喜んでいる暇などない。のどかの危機に駆けつけなくてはならないからだ。

 

 ネギの叫びを聞いたマタムネも、急ごうと考えた。故に、ネギたちを先導することにしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちがいる新オスティアから50キロ離れた地点。何もない岩場だけの荒野にて、数名の人が岩陰に隠れていた。それはのどかやその仲間のクレイグとクリスティンであった。さらに、岩場へ向けてかなりの距離から、大量の魔法の射手が発射されていたのだ。

 

 

「大丈夫か? 嬢ちゃん!」

 

「はい!」

 

 

 クレイグは同じ岩陰で隠れているのどかを気遣うように声をかけた。

何と言うことだろうか、今まさに危機的状況だからだ。

 

 しかし、のどかはこの状況でも、元気よく返事をして見せた。

それでもやはり、この状況に不安を感じてはいたのである。

 

 

「どうだぁ!? クリス!」

 

「マズイねぇー、雨あられの魔法の矢攻撃だよ。しかも遠距離!」

 

 

 その隣にある別の岩陰で、クリスティンも身を潜めていた。

クレイグはそのクリスティンへ状況を尋ねれば、どうしようもないと言う答えが返ってきた。

 

 

「そう言えばロビンのヤツ、こんな時にどこ行ったんだ!?」

 

「確かにさっきから姿が見えねぇな……」

 

 

 また、ここにはもう一人仲間がいた。ロビンと呼ばれた緑色のマントの男だ。

 

 だが、そのロビンの姿がここにはなく、仲間のクレイグもその居場所すらわからないという状況だった。

クリスティンもクレイグの疑問の声に、自分もわからないと言うだけだった。

 

 

『見えたわ』

 

 

 そこへ別行動を取っていたアイシャから、クレイグたちに念話で連絡が入った。

アイシャとリンは敵がどんなものなのかを把握するため、身を潜めながら移動していたのだ。

 

 

『千里眼で敵の姿を捉えたわ』

 

 

 アイシャは魔法の千里眼を用いて、超遠距離から攻撃してくる敵を身を低くしつつ目視した。隣には同じく姿勢を低くして息を潜めるリンの姿もあった。

 

 

『距離三千、人数は見える範囲で4人……。蟲っぽい魔獣も2体見えるわ』

 

 

 敵はなんと3キロ離れた地点から、こちらを攻撃しているというものだった。敵の数は4人であり、チームを組んでいる様子だった。さらに、その後ろには巨大な(ワーム)のような魔獣も従えていたのである。

 

 

『これはマズイわね……。あの黒衣姿……、シルチス亜大陸で名を挙げてる賞金稼ぎ結社”黒い猟犬”』

 

 

 アイシャはそれを見て、敵が誰なのかをすぐに理解した。かなりのやり手の賞金稼ぎであり、その名を轟かせている”黒い猟犬”だ。仕事の為ならば冷酷な手を使う、非情な賞金稼ぎである。

 

 

『冷酷非情で有名よ。勝てないわ、逃げた方が……、キャア!』

 

「アイシャ!? アイシャ!!」

 

 

 アイシャはそれを説明し、逃げた方がよいと述べた。

だが、その後すぐさま、悲鳴とともに通信が途絶えたのである。

 

 異変に気が付いたクリスティンは、アイシャの名を何度も呼んだ。

しかし、無情にも無音だけが、クリスティンの耳へ返ってきたのだった。

 

 

「クソ! アイシャからの念話が途切れた……!」

 

「リンも応答がない……」

 

「そんな!?」

 

 

 クリスティンは無念の表情を見せながら、アイシャの通信が途絶えたことを口にした。

また、同じくクレイグも、アイシャと行動をともにしていたリンからの通信も途絶したことを伝えた。

 

 それを聞いたのどかは、驚き戸惑う声を上げていた。

きっと敵の目的は自分だと。自分のせいで巻き込んでしまったと、のどかは思ったのである。

 

 

「クレイグさん! 私に考えがあります! アーティファクトを使いますから相手の顔が見える距離まで……!」

 

「何!? アーティ……」

 

『クレイグ、アイシャたちが心配だ。援護を頼む』

 

「なっ!? クリス!」

 

 

 そこでのどかは、自分のアーティファクトを開示することを考えた。

それをクレイグへと伝えようとしたその時、岩陰に隠れていたはずのクリスティンが行動を起こしたのである。

 

 何せこのクリスティン、アイシャに惚れている。そのアイシャの身に何かあったのではないかと思い、痺れを切らしてしまったのだ。

 

 その念話を聞いたクレイグは大きく焦り、のどかとの会話を中断せざるを得なくなった。

クリスティン一人を敵陣へ走らせる訳には行かないからだ。

 

 

「ええい! 嬢ちゃんはそこでじっとしてんだぞ!」

 

「あっ! クレイグさん!!」

 

 

 クレイグはこうなったらヤケだと考え、のどかをこの場所から動かぬよう命令し、その場を後にした。

のどかは自分の作戦を伝えられぬまま、クレイグが走っていくのを見ているしかなかった。

 

 

「ど、どうしよう……。私一人じゃアーティファクトがあってもどうしようも……」

 

「お嬢ちゃん、無事か?」

 

「え? あっ、ロビンさん!」

 

 

 そして、一人残されたのどかは、どうすればいいのかと悩んでいた。

アーティファクトで相手の心を読んだとしても、それ以上のことができないからだ。

 

 すると、突然スーッと緑のマントの男が、のどかの目の前に現れた。それこそ、先ほどから姿がないと言われていた、ロビンと言う男だった。

 

 ロビンはのどかの無事を確認するよう、静かにそれを言葉にした。

だが、のどかは突然現れたロビンを見て、あたふたと驚くばかりであった。

 

 

「ロビンさん! 大変なんです! クレイグさんたちが!!」

 

「わかってるって。とりあえず、こいつを握っててくれ」

 

「これは……」

 

 

 また、のどかはロビンへと必死な様子で、クレイグたちがピンチであることを伝えようとした。

しかし、ロビンも既にそのことは理解していたようで、知っているという態度を見せた。

 

 さらに、ロビンはのどかへと、あるものを手渡した。のどかはそれを手のひらに乗せられると、その渡されたものを見て驚いた。

 

 そう、その渡されたものこそ、ロビンが装備している緑色のマントの切れ端だった。そのマントは透明化する能力のある貴重な魔法具だとのどかは思っており、それを切り取って渡されたことに驚いたのだ。

 

 

「そんじゃまっ、そろそろ行くとしますかねぇ」

 

「ロビンさん! だったら私も!」

 

「お嬢ちゃんはそこで待ってな。すぐに終わらせてくるからよ」

 

「ロビンさん!!」

 

 

 それでもロビンはそれを渡したことを気にすることなく、次の行動を開始し始めた。

そこへのどかは自分も連れて行ってほしいと、ロビンへと願い出た。

 

 だが、ロビンはそれを許すことはない。何せ次は敵を倒すために、戦いに出るのだから。

故に、ロビンはのどかへ待っていろと、やさしく言うだけだった。

 

 そして、ロビンはのどかの声を背にしながら、ゆっくりと消えて言った。いや、その緑色のマントの効果で、姿を消しながら移動を始めたのである。また、のどかもロビンが渡したマントの切れ端の効果で、その場から姿が消えたのだった。

 

 

「むう……、妙だ……」

 

「敵の姿が忽然と消えた……」

 

 

 また、敵も奇妙な状況に戸惑いを感じていた。怪物のような頭を持つ亜人の男は、忽然と消えた獲物を前に驚きを隠せずにいた。また、リーダー格の大柄の男も、消えた敵に戸惑っていた。

 

 

「どうなっている?」

 

「魔法具か何かかネ……」

 

 

 同じように獣の骸骨の頭をした魔族も、何が起こったのか理解できない様子を見せていた。そして、深く帽子をかぶり顔すら見えぬ、少し横に太い亜人は、消える効果がある魔法具の力なのではないかと口にしていた。

 

 

「何!?」

 

「っ! 矢!?」

 

 

 しかし、彼らにはそんな悠長に考えている時間はなかった。すでに、そうすでに、あの緑色の男が姿を消しながら攻撃を行ったからだ。

 

 黒い猟犬の彼らは、その攻撃に反応し各自回避行動を取った。また、その攻撃が何であったかを、そこで目の当たりにしたのだ。

 

 その攻撃とは、矢での狙撃だった。ミドルレンジから突如放たれた矢が、彼らを襲ったのである。

 

 

「なっ!? こいついつの間に!?」

 

「へっ、あんたら、相手が悪かったな!」

 

「グアッ!?」

 

 

 だが、攻撃はそれだけではなかった。

いや、その攻撃自体目くらましでしかなかったようで、すでにロビンと名乗る男は、大柄な男の前に現れていた。

 

 大柄な男はそれに気がつき、たじろいだ。

そんな男へとロビンは、ニヤリと笑いながらそれを言葉にした。

 

 その次の瞬間、ロビンは右足を使って蹴りを放った。

今の蹴りは大柄な男の腹部へと深々と突き刺さり、男は苦悶の声をあげながら後方へと吹き飛ばされたのである。

 

 

「何だと!?」

 

「貴様!?」

 

 

 黒い猟犬の仲間たちは、リーダー格の仲間が吹き飛ばされたのを見て、かなり驚いた。そして、目の前の緑色の男が敵だということを、完全に認識した。

 

 

「あーらよっと!!」

 

「ガッ!?」

 

 

 だが、敵がロビンを敵だと断定し行動を起こす前に、すでにロビンが動いていた。なんと、すばやく怪物のような頭の亜人の懐へ入り込み、再び蹴りをお見舞いしたのだ。

 

 それにより怪物の頭の亜人も大きく吹き飛ばされ、苦しそうに転がった。

 

 

「こっ、この!!」

 

「はっ、遅いぜオタク!」

 

「ぐうう!?」

 

 

 次々に仲間が倒されていくことに焦った骸骨の魔族は、自在に伸びる4本の骨の腕でロビンを攻撃した。しかし、それは当然ロビンには届かず、むしろ逆にロビンのミドルキックが魔族に命中する始末だった。

 

 すさまじいスピードでのロビンの蹴りは、かなりの衝撃だった。骸骨の魔族も骨だと言うのに苦痛に耐えるような声を出し、その場に倒れたのだった。

 

 

「ぬ! 甘いネ!」

 

「はっ! そいつらの相手はすでに終わってるぜ?」

 

 

 そこへ顔が見えぬ敵が後ろに待機させていた蟲の魔獣を、ロビンへとけしかけた。蟲の魔獣はその口から無数の触手を伸ばし、ロビンを捕らえようと襲い掛かったのだ。

 

 それでもロビンは笑みを見せ、余裕の態度を崩さずにそう言った。

 

 

「地雷!? いつのまに……!!」

 

「甘かったのはそちらさんの方だったって訳!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 何故ロビンの表情が余裕だったか。それはすぐにわかった。なんと、蟲の魔獣の真下に魔方陣が発生し、巨大な爆発が起こったからだ。それにより、魔獣は戦う力を失ったのか、倒れこんで動かなくなったのである。

 

 このロビン、すでに蟲退治用の罠をあらかじめいたるところに設置し、タイミングよくそれを使ったのだ。そう、ロビンが先ほど姿を消していたのは、このためでもあった。

 

 そして、ロビンはそのまま顔が見えぬ敵へとサマーソルトを放ち、4人全員を負傷させたのである。また、ロビンに蹴られた今の敵も、周りの3人と同じように、吹き飛ばされ地面に横たわった。

 

 

「この!」

 

「おうおう、気張るねぇー」

 

 

 しかし、敵もまだまだ諦めてはいなかった。怪物の顔の亜人は即座に立ち上がり、再びロビンへと殴りかかった。

 

 ロビンはそんな相手を涼しげに眺めながら、よくやると思っていた。

これほどの戦力さを見せ付ければ、少しは怯むだろうにと考えていたのだ。

 

 

「待て! ここでアレを使うぞ……」

 

「何!? アレはヤツらを一網打尽にするためのものでは!?」

 

「だが、こいつをしとめるにはそれしかない……」

 

 

 だが、大柄な男は拳を突き出そうとする亜人へと、待ったをかけた。さらに、仕方ないが奥の手を使うと言い出したのである。

 

 それを聞いた骸骨の魔族は、その奥の手は違う相手に使う為に用意したのではないのかと、驚きの声を出していた。それでも大柄な男は、苦渋の判断でそれを使用することを選んだ。

 

 目の前の緑色の男は想像以上に強く、自分たち4人を相手に余裕の態度を崩さない。はっきり言えばこちらに勝ち目は無く、このままでは獲物を取り逃がしかねないと判断したのだ。

 

 

「転移? 逃げた……、って訳じゃないみたいだな」

 

 

 すると、黒い猟犬の4人は札を一枚出してその場から転移した。ロビンはそれを見て、逃げたとは判断しなかった。何かある、そう考えながらちらりと地面へと目を向けると、何やら悟ったかのように、ニヤリと小さく笑って見せた。

 

 

「そろそろ発動するころだ」

 

「ヤツを倒した後、とりあえずターゲットを捕獲し、再度連中を呼び出すことにしよう……」

 

 

 そして、黒い猟犬の4人は先ほどからかなり離れた場所へと転移してきていた。そこでロビンがいるであろう場所を眺めながら、奥の手が発動するのを待っていた。

 

 その奥の手とは、対軍用魔法地雷と言う巨大な罠だった。周囲100メートルに巨大な雷撃を100秒間も降らせ続けるという、大掛かりなものだ。

 

 本来ならばこの罠はのどかを餌として、おびき寄せたその仲間たちに使い、一網打尽にする予定だった。だが、それはロビンが出現したことにより、失敗に終わってしまった。

 

 ならば、まずは目の前のロビンを倒すことだけに集中し、それを倒した後に再びのどかを捕らえ、その仲間たちをも捕まえようと考えたのだ。

 

 

「……なあ、まだ発動しないのか?」

 

「いや、そんなはずは……?」

 

「まさか……、あの地雷が発動しなかっただと!?」

 

 

 そんな時、怪物の顔の亜人が未だに発動しない罠に痺れを切らせ、まだなのかと尋ねた。

それを聞いた大柄な男は、ありえないという顔を見せ始め、見る見る顔色が悪くなっていった。

その横にいた骸骨の魔族は、まさかあの罠が不発に終わったのかと、冗談ではないという様子を見せていた。

 

 

「さっき言ったはずだぜ? 相手が悪かったなってな……!」

 

「いつの間に!?」

 

 

 そこに、再びあの男の声が聞こえてきた。緑色の男、ロビンの美男子のような声だ。

大柄な男は突如として現れた緑色の男に、度肝を抜いた様子を見せたのだ。

 

 

「その台詞、今ので二度目だぜ? ほらよ!」

 

「ぐおお!?」

 

 

 ロビンはやはり余裕の表情で、大柄な男の台詞が二度目であると言葉にした。

そして、今度は蹴りではなく、右腕に装備された小型のボウガンを用いて、その男に矢を撃ち込んだのである。

 

 大柄な男はその矢を何とか回避し、即座に後退した。何と言うことだろうか。緑色の男はまたしても気が付かない内に近寄り、攻撃したのだ。

 

 

「オレの前で罠を使おうなんざ、10年早いぜ!」

 

「ぐう!?」

 

 

 だが、ロビンは大柄な男を逃がすまいと、さらに追撃を行った。それにより大柄な男の左肩へ、矢を命中させることに成功したのだ。矢を受けた大柄な男は、痛みで声を漏らしていた。

 

 また、ロビンは自分には罠など通用しないと、ニヒルな微笑を見せながら豪語した。

ロビンは罠に深く精通した男。どんな罠であっても、簡単に解除して見せたのである。

 

 

「この野郎!」

 

「おっと! こっちだぜ!」

 

「ぬうおお!?」

 

 

 仲間を再び攻撃されたのを見て激昂し、反撃に出たのは怪物の頭の亜人だった。彼はロビンへと怒りを乗せた拳を放った。

 

 ロビンはそれをヒラリとかわし、その亜人の背後へと移動した。その後すぐさまボウガンから矢を放ち、その亜人の左足に命中させたのだ。

 

 亜人はその攻撃を受け、怯んで動かなくなった。そこへロビンはさらに別の相手を攻撃すべく、行動に移っていた。

 

 

「そらよ! すり抜けるぜ!」

 

「がああああ!?」

 

 

 次にロビンが標的にしたのは、骸骨の魔族だった。相手が魔族故に、ロビンは手加減せずに雨あられのように矢を放った。

 

 魔族はその矢を全身に受け、そのまま後ろに倒れこんだ。そこへさらに矢が降ってきてた。魔族は全身が骸骨であり、その骨と骨の間に矢が突き刺さってしまい、身動きが取れなくなったのである。

 

 

「あーらよっと!」

 

「ぐ!?」

 

 

 また、ロビンは魔族が動けなくなったのを見て、さらに別の敵へと攻撃した。それは顔が見えない太った感じの亜人だった。その亜人へとロビンは先ほどと同じように、矢を高速で何度も撃ち込んだ。

 

 すさまじい矢の雨をその亜人は受け、たじろぎ後ろへと下がった。間一髪直撃は避けれたようだが、何本か矢が体のあちこちに突き刺さり、明らかに動きが鈍くなっていた。

 

 

「さてと、今の矢には遅効性の毒が塗ってあってな。さっさと退かねぇと毒が回るぜ?」

 

「何だと!?」

 

「そんな脅しなど!」

 

「まぁ、嘘だと言うなら試してもいいぜ? ただし……」

 

 

 一通り攻撃を終えたロビンは、敵へとゆっくり話しかけた。

今放った矢には毒が盛ってあり、ほおって置くと危険であると言い出したのだ。

 

 黒い猟犬はそれを聞いて、嘘だと判断した。

脅したところで無意味だと、そう怒りをあらわにして叫んだのだ。

 

 だが、ロビンはそんな連中を見て、肩をすくめていた。

いやはや、確かに敵の言うことは信用なんてできないでしょうねと。

 

 

「……次の一撃は、かなりヤバイぜ?」

 

「っ!」

 

 

 しかし、その直後、ロビンは右腕のボウガンを敵へと向け、目つきを鋭くしながらドスがきいた声でそれを述べた。先ほどの攻撃は全てけん制であり、本気ではないと。次こそが最大の一撃になりえると。

 

 敵はそれを聞いて、一瞬ロビンに対して恐れを抱いた。毒が嘘であれなんであれ、次の一撃は本気であることに間違いは無いだろうと。ならば、ここで戦闘を続行してよいものか、敵はそれを考え悩み始めていた。

 

 

「……退却だ……」

 

「何!? 本気か!?」

 

「……毒が嘘だったにせよ、俺らじゃヤツには勝てん……」

 

 

 そこで大柄なリーダー格の男は、仲間に撤退を宣言した。

それを聞いた怪物の顔の亜人は、正気なのかと叫んでいた。

 

 だが、大柄な男は冷静にこの状況を判断し、撤退しかないと考えた。

自分たち4人だけでは、目の前の男を倒すことはできない。このままでは敗北は必至。毒が本当であったなら、さらに状況が悪化するだけだからだ。

 

 

「……退くぞ!」

 

「クソ……! 覚えていろ!」

 

「あの魔法地雷高かったんだけどなぁ……」

 

「オッパイ……」

 

 

 大柄な男は撤退を進言すると、その場から転移符で去っていった。同じように仲間たちも、次々に一言愚痴をこぼしながら消えていったのだった。

 

 

「ふぅー、ちったー頭が回る連中でよかったよかった」

 

 

 ロビンは敵が去ったのをしっかりと確認した後、ため息を吐きながら構えを解いた。これで敵が諦めず攻撃して来るならば、”奥の手”を使わざるを得ないと考えていたからだ。

 

 とは言え、あの4人の中に転生者がまぎれていたり、転生者が5人目の仲間として現れなかったことも幸いであった。

 

 

「あの!」

 

「ん? 坊主はもしかしてお嬢ちゃんの……?」

 

 

 すると、そこへ一人の少年が、杖にまたがり空から現れた。それは当然ネギだった。ネギはのどかの危機と聞いて、すぐさまやってきたのだ。

 

 しかし、ネギがこの場に来ていれば、緑色の男が一人いるだけだった。

なので、その緑色の男へと、ネギは声をかけたのだ。

 

 ロビンはそのネギを見て、もしやのどかのお仲間ではないかと察した。

それ故、そのことを小さく口からもらしたのである。

 

 

「はい、のどかさんの仲間です。ところでのどかさんは……?」

 

「ああ、お嬢ちゃんなら安全さ」

 

 

 ネギはロビンのその言葉を聞いて、自分が何者なのかを説明した。

そして、肝心ののどかの安否を気にかけたのである。

 

 ロビンはネギがのどかの仲間だと完全に理解し、のどかの無事をネギへ伝えた。

 

 

「近くにいるんですね?」

 

「ここから見えるか? あの岩場の影に隠れているはずだ」

 

「では、僕のカードで呼びます」

 

「ほぉー、仮契約か。そういやお嬢ちゃん、さっきそんなこと言ってたっけな」

 

 

 ネギは再びロビンへ質問した。それはのどかが近くにいるのかどうかだった。

ロビンはそれに対し、多少離れた一つの岩へと指をさし、そこにいると伝えた。

 

 そこでネギは仮契約カードを取り出し、のどかをここへ直接呼び出そうと考えた。そう、仮契約カードの機能の一つ、従者の召喚だ。

 

 ネギのその行動を見てロビンは、のどかが先ほどアーティファクトがどうとか言っていたのを思い出した。

そうか、この少年がのどかの魔法使いの主なのかと、ロビンは納得した様子を見せていた。また、ロビンはのどかに渡していた緑色の切れ端の効力を止め、のどかの姿が見えるようにしたのだ。

 

 

「ネギ先生!」

 

「のどかさん! よかった……、無事で何よりです」

 

「ネギ先生こそ……!」

 

 

 のどかはネギの召喚に応じ、魔方陣とともにその場に現れた。

さらにのどかはネギへと駆け寄り、無事を喜んだのである。

 

 ネギも同じくのどかの無事と再会を喜び、ほっと胸をなでおろしていた。

無事でよかった、なんともなくてよかったと、そう思っていた。

 

 

「おや、終わってしまったようでござるな」

 

「しかし、あの人……、かなりできる……」

 

 

 そこへ楓と刹那も登場し、すでに戦いが終わっていることを確認していた。

また、刹那はあの緑色の男が実力者であることを理解し、戦慄していたのだった。

 

 

「オイオイ……、アイツはまさか……」

 

「ふむ……」

 

 

 それ以外にも刹那とともにやってきたバーサーカーと、和美のアーティファクトの上で腕を組むマタムネの姿もあった。

バーサーカーはその緑色の男を見て、何やら驚いた様子を見せた。マタムネもまた、何かを考える様子を見せていた。

 

 

「ロビン! テメェ一人で何やってんだ!?」

 

「いやー、あんたらも無事で何よりだ」

 

「何よりじゃないだろ!?」

 

 

 さらに、戦いが終わったのを察したクレイグたちも、その場へと集まってきた。

そして、ロビンが一人で黒い猟犬と戦ったことに文句を言ってきたのだ。

 

 ロビンは文句を飛ばすクレイグを見て、すました顔で無事を祝った。

だが、クレイグはそれが聞きたかった訳ではないという様子で、大声で叫んでいた。

 

 と言うのも、クレイグとクリスは行動を開始した後、姿なきロビンに眠らされたのだ。ロビンは眠った二人に緑の切れ端を被せ、その姿を消しておいたのである。

 

 また、アイシャやリンにも同じことを行い、姿を消し去っておいたのである。それにより四人とも傷を負うことなく、無事にこの場へやってこれたのだ。

 

 

「しかし、まさか黒い猟犬を一人で撃退しちゃうなんてね……」

 

「強い……」

 

「本当お前一体何者なんだ……?」

 

 

 そんな光景を眺めながら、アイシャはふと思った。

あの黒い猟犬の四人を、たった一人で倒してしまった。このロビンは何と言う強さなのだろうかと、そう考えたのだ。

 

 その横にいたリンも、ロビンの強さを小さく口にしていた。

自分が戦ったらどうだろうか、勝てただろうか。そう考えながら、ロビンの強さに戦慄していた。

 

 クリスはそこでロビンへと、その正体について尋ねた。

はっきり言ってあの強さは尋常ではない。あの4人を一人で圧倒するその強さは、上位の賞金稼ぎや兵士でもありえないからだ。

 

 

「何者かって? オレはただのしがない射手(アーチャー)ですよ」

 

「本当かよ……」

 

 

 だが、ロビンはその問いに、肩をすくめて何者でもないと言った。

ただのアーチャー、弓兵。矢の射手でしかないと。

 

 何せロビン自身、自分が優れた存在だとは思っていない。基本的に卑怯な手や絡め手で相手を倒す、卑劣漢でしかないと思っているのだ。

 

 しかし、あの敵4人を一人で倒したとあれば、そんなはずはないと思われるのも当然だ。クリスティンやクレイグはその答えに納得せず、ただただ冗談にしか聞こえないと思っていた。

 

 

「大将、ありゃサーヴァントだ……」

 

「サーヴァント……? あのロビンと言う人が……?」

 

 

 すると、バーサーカーが刹那へと、小さな声で呼びかけた。

ロビンと言う男は自分と同じ”サーヴァント”。英霊召喚で呼び出された、英霊であると教えたのだ。

 

 刹那はバーサーカーにそれを言われ、目をぱちくりさせた。

そして、よく目を凝らせば、確かにそのような雰囲気があると感じたようだ。

 

 

「へえ? つまり、オタクもサーヴァントってやつ?」

 

「まあな……。オレはバーサーカー、真名は坂田金時ってもんだ。で、あんたは?」

 

「ご丁寧にどうも、オレのクラスはアーチャー。真名は……ロビンフッドってところですかねぇ」

 

 

 それを耳にしたロビンは、バーサーカーへとそれを尋ねた。

サーヴァントと言うのはこの世界でも特殊な存在。そうそう存在しないからだ。

 

 そこでバーサーカーは、自分に戦意がないことを伝えるため、クラスと真名をロビンへ告げた。敵対するとすれば真名など教えはしないし、そもそも武器である宝具を呼び出し構えるからだ。

 

 ロビンもそれを聞いて、自分のことを話し始めた。

ロビンの正体、それはアーチャークラスとして呼び出されたロビンフッドと言う英霊だった。

 

 しかし、ロビンは自分の真名に多少自信なさげに口にした。

と言うのも、ロビンフッドは数あるロビンフッドの、元になった人物の中から選ばれ召喚される。故に、自分がロビンフッドである、と自信を持って言えるような存在ではないのだ。

 

 そして、あの緑色のマントこそ、彼が保有する宝具の一つである”顔のない王(ノーフェイス・メイキング)”であった。その効果は先ほど見たとおり、自分やそれを持つものを透明にする効果があるのだ。

 

 

「アーチャーか」

 

「ロビンフッドと言えば、確か……」

 

 

 バーサーカーはロビンがアーチャーと聞いて、妙に納得した顔を見せていた。

刹那もロビンフッドと聞いて、ふと思い出した様子を見せていた。

 

 ロビンフッドとはシャーウッドの森に住むと言われる義賊である。弓を使い森に潜み、緑色をした男だと伝えられている。それを考えてみれば、確かに目の前の男はロビンフッドそのものだった。

 

 

「しかし、オタク本当にバーサーカー? 理性もあれば会話もできてる気がするんですけど?」

 

「あぁ、オレの狂化がちょいと特殊なだけだ」

 

「そういうもんかねぇ……。いやまあ、そういうこともあるんでしょうがね」

 

 

 だが、ロビンは目の前の筋肉ムキムキの金髪が、バーサーカーだと言ったことに疑問を持った。

何せ本来のバーサーカーは狂化の代償として理性や言語能力を失う。なのに目の前の自称バーサーカーは、そのどちらも失われていないからだ。

 

 バーサーカーはそのロビンの問いに、この前キャスターへ同じことを説明したのを思い出した。

そして、その時と同じように、ロビンへとそのことを説明したのだ。

 

 ロビンはそれを聞いて、少し疑いの目を向けた。

ただ、ここで目の前の自称バーサーカーが、嘘をついてるようにも見えないと考えた。それにそういう特殊な事例や例外も存在するのだろうと思い、そういうこともあるとしたのである。

 

 

「……あなたはロビンフッドなんですか!?」

 

「本当かって言われると自信なんてこれっぽっちもないが、そう呼ばれる人物として召喚されてるのも事実さ」

 

 

 すると、ネギはロビンフッドと聞いて、少し興奮した様子でロビンにそれを尋ねた。

何せロビンフッドはネギの祖国である英国の英雄だ。ネギも当然ロビンフッドの物語を知っていた。

 

 また、ネギもバーサーカーから英霊、サーヴァントの意味を教えてもらっていた。それを考え、目の前の緑色の男性が本物のロビンフッドなのだろうかと期待したのである。

 

 ただ、ロビン本人はロビンフッドである確証などない。複数ある元となった人物の一人と言う程度でしかないロビンには、”本物のロビンフッド”と尋ねられても困るだけだ。

 

 それでも”ロビンフッド”と言う枠で召喚された以上は、今のロビンがロビンフッドであることに違いは無いのだ。故にロビンは、多分そうなんじゃないか、程度に返事をした。

 

 

「あなたがあの、シャーウッドの森のロビンフッドなんですか……!?」

 

「……いやぁ、なんだ。そんな目で見つめられると困っちまうってもんよ」

 

 

 それを聞いたネギはさらに目を輝かせ、シャーウッドの森に住むと伝えられるロビンフッドなのかと、ロビンに真偽を尋ねた。

憧れ、と言うほどではないが、やはり自分の国で伝承として残った英雄が、自分の目の前に現れたということに興奮を隠せないでいたのだ。

 

 ロビンはその輝く目をしたネギを見て、非常にいたたまれない気持ちになっていた。何故ならロビンは自分のことを卑怯者だと思っているからだ。

 

 このロビンフッドとなった英霊は、少年が憧れるような生き方なんてしてないし、目標となるようなこともしてない。あったのはただただ、卑怯な手で相手の尊厳や誇りを命とともに奪うだけの、卑劣で汚い人間だったからだ。

 

 だから、ロビンは少し困った様子でネギにそれを言った。

自分は憧れや目標になるような英雄ではない。憧れるのであれば、アーサー王あたりにしておけ、そう思ったからだ。

 

 

「あっ、すいません……」

 

「……いや、まあ別に坊主が悪い訳でもなけりゃ、怒ってる訳でもねぇ。……ただ、オレには坊主のその目が、ちっとばかし眩しすぎただけさ」

 

 

 ネギはそのロビンの言葉を聞いて、つい謝ってしまった。

確かに人をジロジロ見るのは、失礼だったと思ったのだ。

 

 そこでロビンは少し落ち込んだ様子を見せたネギに、いけねっ、と思い庇護に回った。

何せ今のはネギが悪い訳ではない。悪いのはそう言う生き方しかできなかった、自分の方だとロビンは思っていた。それに怒った訳でもないし、邪険にした訳でもないと、ネギへと伝えたのだ。

 

 むしろ、そう言う輝かしい目で見られることは、ロビンにとって嬉しくない訳でもない。それ故ロビンは、ネギの視線にむずがゆさを感じていたのだ。とは言え、基本的に自分のことに後ろめたさを持つロビンは、あえてつっけんどんな言い方をしてしまうのである。

 

 

「とまあ……、あんたらとは敵対する気なんか微塵もない。お嬢ちゃんの知り合いみてぇだしな」

 

「オレもだ。むしろ、大将の友人を守ってくれて感謝してるぐらいだぜ!」

 

「そりゃよかった。バーサーカーなんぞと戦ったら、ちっとキツいかもしれねぇからな」

 

 

 聖杯戦争ではないのでサーヴァント同士が戦う必要はないのだが、どうしても身構えてしまうというものだ。なのでロビンは、バーサーカーへと敵対する気がないことを告げた。

それに、のどかの知り合いで仲間のようだし、敵対する意味も必要もないと思ったからだ。

 

 バーサーカーも当然戦う意思はない。

ロビンと同じく主たる刹那の友人、クラスメイトたるのどかを助け、守ってくれたのだから、戦うと言うのは考えられないと思っていた。

故に、バーサーカーも自分に戦う気がないことを、ニカッと笑ってロビンへ話した。

 

 ロビンはそれを聞いて、少しだが安堵した様子を見せた。

目の前のバーサーカーに戦う気がないのは、大体わかっていたことだった。それでも万が一戦うことになれば、こちらが多少不利だと考慮していたからだ。

 

 

「ありがとうございます、ロビンさん」

 

「お礼なんざ不要ってもんさ。仲間を守っただけですからね」

 

 

 そこへネギがロビンへと、のどかを守ってくれたことに対しての礼を、丁寧に頭を下げながら述べた。

 

 ロビンはそんなネギへ、そんなものはいらないと話した。

自分の仲間であるのどかを助けただけだ。仲間を助けるのは当然だ。そう思っていたからだ。

 

 その後ハルナの飛行船が登場し、仲間たちは再会を祝った。そして、彼らは再び新オスティアへと戻っていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちがのどかを助けに行ってから数時間後。新オスティアで一人の男性が何かを待つようにして立っていた。

 

 

「さてと、……そろそろか」

 

 

 その男性はアルスであった。アルスはもうすぐ来るであろう裕奈たちを、時計を眺めながら待っていたのだ。

 

 

「アルスさーん!」

 

「おっ、来たな」

 

 

 すると、遠くからアルスを呼ぶ裕奈の声が聞こえてきた。

アルスがそちらを振り向けば、手を振って元気そうに駆けてくる裕奈とまき絵の姿があった。

 

 

「久しぶりー!」

 

「お久しぶりです!」

 

 

 アルスの下へとやってきた裕奈は、いつものように元気よくアルスへと挨拶した。

また、まき絵も同じように元気な様子でお辞儀しながら挨拶していた。

 

 

「よっ! 元気そうで何よりだ」

 

「そりゃ元気こそ一番だからね!」

 

「おーおー、そうだったな!」

 

 

 アルスも軽快な挨拶で、そんな二人を出迎えた。

そこで元気と言う言葉に裕奈は反応し、当然と笑って言った。

それにつられてアルスも笑い、それに同意した。

 

 

「よお」

 

「どうも……」

 

 

 そして、その二人の後ろから、一人の男性が顔を出した。

それこそ目の前の二人をここへと連れて来たジョニーだった。

ジョニーはアルスへと小さく挨拶すると、アルスもそっと頭を下げた。

 

 

「ありがとうございます、彼女たちを送り届けていただいて……」

 

「なあに、約束を果たしただけさ」

 

 

 さらにアルスは二人をここへ送り届けてもらったことに、感謝の言葉をジョニーへと送った。

だが、ジョニーは約束を守っただけだと笑いながら話すだけで、気にした様子は見られなかった。

いや、むしろ気にするなと、遠まわしに言っているようなものだった。

 

 

「さて、俺の仕事はここまでかな」

 

「ありがとー! ジョニーさん!」

 

「ありがとうー!」

 

 

 ジョニーは自分の出番は終わったと、裕奈とまき絵に話した。

そこで裕奈とまき絵はそんなジョニーへと、大きな声で礼を述べた。

 

 

「まっ、祭り中は街にいるから、何かあれば声をかけてくれや」

 

「はーい!」

 

「りょうかーい!」

 

 

 さらにジョニーは自分の仕事が終わったと言ったというのに、何かあったら面倒を見てやると言葉にした。

が、最後に小さくアルスがいるから必要ないか、とこぼしていた。

 

 しかし、二人には小声で言った言葉は聞こえなかったようで、元気に返事をしていたのだった。

 

 また、ジョニーの言う祭りとは、翌日に新オスティアで開かれる終戦記念祭のことだ。20年前の大分烈戦争の終戦と平和を祈って、この新オスティアで毎年開かれている祭りなのである。しかも、今年で終戦20周年目であり、普段以上に人が多く集まってきているようだった。

 

 

「……ご苦労をかけました。本当にありがとうございます」

 

「へっ、何度も言ってるじゃねぇか、いいってことよ」

 

 

 アルスは再びジョニーへと声をかけ、手を差し伸べながら礼を言った。

ジョニーもその差し伸べられた手を握り握手を交わし、ニヤリと笑って気にするなと言うのだった。

 

 

「じゃっ! またな!」

 

「本当にありがとー!」

 

「助かりましたー!」

 

 

 握手を終えたジョニーは、最後に別れを述べると手を挙げて去っていった。

それに裕奈とまき絵も手を大きく振り、ジョニーを見送ったのだ。

 

 

「いい人に出会えたな」

 

「うん!」

 

「はい!」

 

 

 去って行ったジョニーの方向を眺めながら、アルスはそれを言葉にした。

あのジョニーという人は、間違いなくいい人だ。それに出会えた彼女たちは、運がいいんだろうと。

 

 そして、それを聞いた裕奈とまき絵は、活気溢れる声で盛大に返事をした。

二人は本当にジョニーに出会えてよかった、そう言いたそうな笑顔だった。

 

 

「んじゃ、俺らも行くか」

 

「どこへ行くの?」

 

「どこって? そりゃお前らの友人のところさ」

 

 

 アルスはそこで、自分たちも移動することを裕奈とまき絵に告げた。

しかし、行き先までは告げなかったので、裕奈はそれが気になった。

なので、それをアルスへ聞けば、友人の場所だとはっきり言葉にしたのだ。

 

 そして、一同は祭りと言うことで人が多い街の中を歩きながら、その場所へと向かって行った。その向かった先、そこは何の変哲もない小さなカフェであった。

 

 

「ここだ」

 

「ここにアキラたちが?」

 

「あっ! いたよ!」

 

 

 アルスはようやく目的地に到着すると、そのことを二人へ告げた。と言うのも、アルスは裕奈とまき絵の友人であるアキラと亜子を、その二人に会わせるべくこのカフェで待たせていたのだ。

 

 裕奈はこのカフェにアキラと亜子がいるのかとアルスへ聞くと、それと同時にまき絵が二人を発見したのだ。

 

 

「この声は……?」

 

「まき絵!?」

 

 

 また、まき絵の声が聞こえたのか、アキラと亜子は周囲をキョロキョロと伺い始めた。

そこで亜子はその声の主であるまき絵と、隣にいた裕奈を見つけたのである。

 

 

「おーい! アキラー! 亜子ー!」

 

「ゆーな! まき絵!」

 

 

 裕奈はまき絵が指さした方向を見てアキラと亜子を見つけると、大きな声で二人を呼んだ。

アキラと亜子も二人を見つけ、すぐさま席から立ち上がり、二人がいる場所へと駆けたのだ。

 

 

「よかったー…… 無事やったんやな……」

 

「本当に無事でよかったよ……」

 

「それはこっちの台詞だよ!」

 

「そっちこそ無事でよかったー!」

 

 

 そして、四人はようやく再会できたことを祝い、喜び抱き合った。

会えてよかった、無事でよかった。四人はともに同じことを思い、嬉しそうに微笑んだ。

 

 それを遠くからアルスは眺め、小さく笑っていた。四人の友情を見て、心温まる気持ちとなっていたのだ。また、これで一つ目標が達成されたと、一つ小さな荷が肩から降りるのを実感していた。だが、これからさらに大変であることも、アルスは忘れてはいなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 のどかの救出と合流が終わったネギたちは、新オスティアへと戻ってきた。そこでアスナがネギへと二人きりで話がしたいと呼んだのである。

 

 

「話ってなんでしょうか? アスナさん」

 

「……」

 

 

 ネギはアスナが一人たたずむ、島の端へとやってきた。そこは何もない草原の先には、まるで世界がそこで終わっているかのように、その大地が忽然となくなっていた。いや、この場所は浮遊する島であり、最初からそこには足の踏み場などない。

 

 そして、その草原の終点の崖の下には白い雲が悠々と流れており、その先には白い雲に浮かぶオスティアの古都を眺めることができた。アスナはそのオスティアの古都を、懐かしむような、何やら思い込むような、そんな複雑な思いで眺めていた。

 

 そこへネギがアスナへ声をかけても、アスナは視線をオスティアへ向けたまま、動こうとはしなかった。

 

 

「アスナさん……?」

 

「ん、あっ、ごめん。なんでもないわ」

 

「二人きりで話したいとは一体どんなことなんでしょう?」

 

 

 ネギは儚い表情を見せるアスナに、もう一度声をかけた。

するとアスナはネギが来たことに気がつき、そちらを向いて小さく謝った。

 

 ネギはその謝罪を受け止め、今思う疑問をアスナへ話した。

二人きりでの話とは一体なんだろうか。珍しいこともあったものだと。

 

 

「そうね、まずは私の正体を先に話そうかしら」

 

「……? 正体……?」

 

 

 アスナはそのネギの問いに答え、ならば最初に話すべきことを話すと言った。

それは自分の正体、つまりこのオスティアのお姫様で、魔法世界の住人であることだ。

 

 だが、ネギは突然正体と言われてもよく分からない。

故に、ちんぷんかんぷんだと言う顔で、ぽかんとするだけであった。

 

 

「私はね、このオスティアのお姫様なのよ」

 

「……え? え?」

 

 

 アスナはその自分の正体を、疑問で頭がいっぱいのネギへと話した。

まるで世間話をするように、いつもの他愛のない会話をするように、それをネギへと教えた。

 

 しかし、ネギはそれを聞いて、さらに頭が混乱した様子だった。

いきなりここのお姫様だと言われれば、当然混乱もするだろう。

 

 

「やっぱり、そういう顔すると思った」

 

「え? あの、その……、それは本当なんですか!?」

 

「本当よ」

 

 

 困惑するネギを見て、アスナはクスりと笑った。

思ったとおり困った顔を見せたと。まあ、しかたないことかな、と。

 

 そこで混乱した頭を必死に整理しながら、ネギはそれが本当なのかをアスナへ尋ねた。

アスナはそれに即座に答えた。嘘偽りない事実であると。

 

 

「あ! そういうことだったのか……!」

 

「ん?」

 

「いえ、こっちの話です」

 

 

 ネギはそれを聞いて、ふと思い出した。

ラカンが言っていた”お姫様”と言う言葉を。さらにはそれを麻帆良祭の時、改変された未来でビフォアが言葉にしていたことを思い出したのだ。ああ、そういうことだったのか、ネギは一人納得し、小さく言葉を漏らしていた。

 

 が、アスナはそんなネギに、どうしたのだろうかと思った。

そんなアスナを見て、ネギははっとして、気にしないでほしいと話した。

 

 

「このことは、このかや刹那さんに楓ちゃん、それにいいんちょにも話してあるわ」

 

「今のことを教えたんですか……?」

 

「ええ、ここに来る少し前にね」

 

 

 今話したことは、木乃香たち4人、バーサーカーを含めたら5人にもすでに話したことであると、アスナはネギへ伝えた。

 

 ただ、ネギは今のことを4人に話したということに、多少驚いた様子を見せていた。

何せ結構重大なことなはずだし、あやかは本来一般人だったからだ。

 

 それでもアスナは、むしろすっきりした顔を見せていた。

アスナ自身それを話すと決めていたし、みんなそれを受けれいてくれたからだ。

 

 

「でも、ここからはこのかたちにはまだ話してないことを、ネギだけに話すわ」

 

「あの4人に話していないこと……?」

 

「そう……」

 

 

 だが、次に話すことは、先ほど名前を挙げた4人にも内緒のことだと、アスナは前置きをした。その言葉は普段のアスナの言葉よりも、少しだけ重い感じであった。

 

 今から話すことは、まずはネギに話すべきだとアスナは思った。自分の血族であるアリカの血を引く、その息子であるネギだからこそ話そうと思ったことだ。

 

 ただ、ネギはその4人にも話していない、重大なこととは何だろうかと考えていた。

すでにこの魔法世界の、このオスティアのお姫様と言うこと自体、かなり重要なのではないかと思っていた。しかし、それ以上があるとすれば、一体どんな秘密がアスナにあるのかと、ネギは思考していたのだ。

 

 そして、アスナは小さく息を吐き、少しずつ、多少重みのある言葉を述べ始めた。

 

 

「……私が黄昏の姫御子として……、この魔法無効化(ちから)を利用され続けていたということを……」

 

 

 アスナがネギのみに話す重大なこと、それこそ自分が黄昏の姫御子と呼ばれ、忌み嫌われていたことだった。自分が搭に幽閉され、魔法無効化の力を利用され兵器として扱われていたと言う、暗く哀しい過去のことだった……。

 

 

…… …… ……

 

 

名前 ロビンフッド

出典 史実

マスター ???(通称ダンナ?)

身長/体重 175/65

属性 中立・善

クラス アーチャー

ステータス

筋力 C 耐久 C 敏捷 B 魔力 B 幸運 B 宝具 D

 

クラススキル 対魔力 D 単独行動 A

 

保有スキル 破壊工作 A 黄金律 E

 

宝具

祈りの弓(イー・バウ)

ランク D 種別 対人宝具 射程 4~10 最大補足 1人

イチイの木から作り出された弓。

相手の腹にある不浄(毒)を増幅し流出、爆発させる。

相手が毒になってなければさほど効果が無い宝具。

ちなみにイチイの木から弓を作るという儀式は、森との一体化を意味する。

 

顔のない王(ノーフェイス・メイキング)

アーチャーが緑色のマントとして装着しているもの。

姿を消し、背景に溶け込む。また、切り取って使うこともできる。

 

 



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百三十六話 新オスティア嵐警報

 オスティア終戦記念祭開催!

ネギたちがのどかと合流した翌日、盛大なパレードとともにその祭りの開催宣言が行われた。

 

 夕映が勤める戦乙女騎士団も、その警護として参加し、任務にいそしんでいた。また、国と国との無言の力比べを目の当たりにし、驚きを隠せないでいたのだった。

 

 だが、それ以上に夕映は一つ気になったことがあった。それは開会式の舞台の上にて、各国のお偉いさんが集う場所にいる、一人の亜人のことだった。

 

その亜人は大柄で巨大な角を頭部に持ち、大きな耳を生やしたものだった。しかし、その巨大な体とは逆に、とても穏やかで優しそうな目をしていた。

 

 亜人はちらでは珍しくない。見た目も特に異様という訳でもない。なのに何故だろうか。夕映ははじめて見たはずのその亜人に、懐かしさを感じていた。どこかで会ったような、むしろ近くにいたような、そんな気分を味わっていたのだった。

 

 それもそのはず、その亜人こそ夕映の師匠であるギガントだった。と言うのも、夕映はギガントの本当の姿を見たことはない。基本的に旧世界でギガントは、白髪の老人の姿だったからだ。そして、ギガントが何故そこにいるかと言うと、アルカディア帝国の代表としてこの記念祭に参加しているからだ。

 

 それだけではない。アルカディア帝国はアリアドネーと同じ中立国家だ。アリアドネーは中立国家として、この祭りの警備を担当している。それ以外にも未だに睨み合いが続くヘラス帝国とメセンブリーナ連合の仲裁役としても、この祭りに参加している。さらにアリアドネーは武装国家でもある。自分たちの力をある程度両国へ見せ付け、発言力を強める必要もあるのだ。

 

 アルカディア帝国もそのアリアドネーと同じく、この祭りにおいて警備を担当している。それはアリアドネーと理由は同じであり、両国が再び争いが起こらぬよう、つねに睨みを利かせているのが現状だ。また、同じく中立国家としてその両国から下に見られぬよう、強い力と統率力を見せ、自分たちがいかに強大であるかを知らしめるのも目的だった。

 

 こうして仮初の平和であるが、その平和を祝う記念祭の幕は切って落とされたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 終戦記念祭が開催され、新オスティアは昨日よりも活気付いた様子を見せていた。また、状助と覇王や数多と焔は、それぞれ拳闘大会で勝利を掴み、順調に優勝へと手を伸ばしていった。

 

 

 そして、オスティア終戦記念祭開会式を経て昼ごろ。ネギはアスナから聞かされた、アスナの過去のことを考えていた。

 

 

「……黄昏の姫御子……」

 

 

 昨日アスナが語った過去。それは壮絶なものだった。黄昏の姫御子と呼ばれ、魔法無効化を長きに渡って利用され続けた、一人の少女の話だった。

 

 

「アスナさんにそんな過去が……」

 

 

 魔法無効化を強制的に発動させられる苦痛。誰もが彼女を人として見ない。まるで化け物を見るような、白い目。しかし、その時はそれすらも、なんとも思えないほどに心が磨耗していたのだろうと、アスナ自身が小さく口にした。

 

 

「それでも、アスナさんは……」

 

 

 だが、そんなことは重要じゃないと、アスナは続けたのをネギは聞いていた。あの呪縛から開放された後は、とても幸せだったとアスナは笑いながら語ってくれた。

 

 紅き翼との交流や、メトゥーナトとの冒険。どれも大切で、とても美しい宝石のようなものだと、アスナははっきりと笑顔で言葉にしていた。

 

 そして、そんな彼らの足を引っ張らないように、誰にも負けないように強くなると決意した。だからこそ、色んなものを得て強くり今の自分があるのだと、アスナが話してくれたのをネギは思い出していた。

 

 

「うん、そうだ。だから、僕ももっと強くなろう」

 

 

 アスナはあれほどのことがあったと言うのに、強く生きている。今も強くなろうとしている。過去を見ず、前を向いて歩いている。

 

 ならば、自分もさらに強くなりたい。心も体も、今よりももっと、強くなろう。ネギはそれを決意しながら、強く握りしめた右拳をじっと眺めていたのだった。

 

 

「!」

 

 

 だが、その時、何か気配を感じた。それは前に、どこかであったような気配だった。

その気配はこちらをじっと見ている、観察している。ネギはその方向へ振り向き、その場所を見た。

 

 そこは多くの人々が通行する通りだった。人が多くてわかりづらいが、確かにそこに一人の男性が立っていた。赤い外套、茶色の肌、白い逆立った髪。それこそ、あの時、あの場所で見た、あの男だったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギがいる高台から少し離れた下の場所で、少女たちが会話をしていた。アスナ、千雨、刹那の三人だ。

 

 

「とりあえず、大体の仲間とは合流できたな」

 

「そうですね。残るは……」

 

「一元と……」

 

「ゆえちゃんにエヴァちゃん、それとアーニャちゃんね」

 

 

 千雨はようやく散らばったメンバーと合流できたことを安堵した様子で話していた。

刹那も同じ様子であったが、未だに見つかっていないメンバーのことを考え、少し顔色を曇らせていた。

 

 残る合流できていないメンバーは4人。カズヤ、夕映、エヴァンジェリン、そしてアーニャだ。

千雨がそのカズヤを数え、残りをアスナが言葉にしていた。

 

 

「師匠と一元は心配いらねぇだろうけど」

 

「ええ、残りの二人は少し心配ですね……」

 

 

 ただ、千雨はエヴァンジェリンとカズヤは心配ないだろうと話した。

エヴァンジェリンはさることながら、カズヤも根性だけはあるからだ。

 

 しかし、それ以外の二人は心配だと、刹那は小さく口にしていた。

夕映は確かに優秀な魔法使い見習いではあるが、攻撃の魔法を覚えていなかった。アーニャも多少なりとて戦えるようであったが、まだまだ幼い少女だ。そんな二人を心配しないはずがなかった。

 

 が、夕映もエヴァンジェリンも、当然この新オスティアへ来ていた。

そして、エヴァンジェリンもそろそろ合流しようかと考えていた時間でもあった。なので、彼女たちの心配は後に解消されることになるのは間違いなかった。

 

 それ以外にも、アスナたちがエヴァンジェリンの到来を知らないのには訳があった。エヴァンジェリンはアリアドネーの名誉教授であるため、式典の舞台の上に上がることが可能であった。だが、所詮はゲストという扱い。エヴァンジェリンは目立ちたくはなかったので、それを断っていたのである。

 

 

「あれ、あそこにいるのはネギ先生?」

 

「本当ですね」

 

 

 まあ、そうやって心配していても始まらない。

アスナはそう考えてふと上を見上げれば、そこにはネギの後姿が小さく目に映った。

アスナがそこを指さすと、刹那もそれに気が付いた様子を見せていた。

 

 

「何をしてるんだろ」

 

「多分昼飯でも食ってんだろ」

 

「いえ、それにしては何か様子が変ですよ」

 

 

 アスナはネギの後姿を見て、あんな場所で何をしているのかと考えた。千雨はそのアスナがこぼした言葉に、適当に答えていた。

しかし、刹那はネギの様子が少し変なことに気が付き、そのネギの場所へ行くことにしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギは今、目の前にいる赤い男と対面していた。アーチャーと呼ばれた男だ。何と言うことか、アーチャーに敵意は無く、両手も下に下げたままだった。

 

 

「あなたは……、確か……」

 

「久しぶり、と言ったところか……? ネギ・スプリングフィールド」

 

 

 ネギは目の前の男を覚えいていた。記憶していた。

自分をあの時撃った、赤い外套の男。恐るべき敵であることを忘れてはいなかった。

 

 するとアーチャーは、何の戦意を見せぬまま、ニヒルな笑いを見せながら、ネギの名を呼んだ。

まるで久しく会った知り合いのような、そんな態度であった。

 

 

「アスナさん! 刹那さん!」

 

「貴様は……!」

 

「あんたは……!」

 

「ふっ、自己紹介がまだだったかな……?」

 

 

 そこへネギを左右から挟むように、その場所へとアスナと刹那が飛んできた。

そして、目の前のアーチャーを睨みつけ、武器を取り出そうと構えていた。

 

 そんな二人を涼しい眼で眺めるアーチャー。

何せアーチャーは即座に武器を取り出すことができる。その部分で大きく焦る必要がないのだ。故に余裕の態度で、貴様だあんただ言われたのを考え、名乗ってなかったことを思い出して笑っていた。

 

 

「私の名は”アーチャー”。いや、そう呼ばれているものにすぎんがね」

 

「アーチャー……」

 

「弓兵……?」

 

 

 ならば名乗っておくのが礼儀だろう。アーチャーは自らの名をネギたちへと語った。しかし、このアーチャーは転生者だ。英霊エミヤ(アーチャー)贋作(にせもの)だ。だからこそ、そう呼ばれていると言ったのである。

 

 アーチャーと聞いて、刹那が最初に思ったこと。それはバーサーカーが説明したサーヴァントのクラスだった。

また、昨日すでにアーチャーのクラスのサーヴァントと出会っていた。つまり、目の前の男は自分の名だと言いつつも、名を明かす気がないことを、刹那は理解したのである。

 

 アスナはアーチャーと聞いて、弓兵なのかと考えていた。

いや、確かに目の前の男はゲートで、何度か弓を使っていた。それを考えれば、自らアーチャーと名乗るのは間違ってはいないだろうと。

 

 

「ふむ、しかしなるほど……。私が君たちを認識しづらかったのは、()()のせいか……」

 

「!」

 

「いやはや、ソレのせいで君を認識するのに、多少時間がかかってしまった。まったく、ソレの効果を中和する魔法具を使っているはずだったんだがね」

 

 

 また、アーチャーはネギたちがしている指輪を見て、納得した様子を見せていた。

ネギはそれに気が付いたアーチャーに、多少驚いた顔を見せながら、その指輪に目を向けた。

 

 と言うのも、その指輪はエヴァンジェリンが学園祭でネギに渡した、認識阻害がかかる指輪だった。その効力はかなり高かったようで、認識阻害の類を無効化する魔法具をアーチャーが使っていたにもかかわらず、ネギを認識するのに数十秒ほどかかったのである。

 

 アーチャーはそれを皮肉っぽく笑いながら、肩をすくめて説明した。

自分たちが使っている魔法具もわりと高い性能だと言うのに、いやはやそのようなものがあるとはと。

 

 

「あなたは……一体何を……!」

 

「そうだな、今回は特別、戦いに来たと言う訳ではない」

 

 

 ネギはアーチャーがこの期に及んで何をしにきたのかと思った。

もしやここで再び戦う気なのだろうかと。

 

 アーチャーはそこでゆっくりとネギへ近づきながら、自分がここへ来た理由を説明し始めた。

今回は戦いに来た訳ではないので、そう力む必要はないと、そう言いたげに笑いながら。

 

 

「何!?」

 

「どういうことよ……!」

 

「言ったとおりだが?」

 

 

 それを聞いた刹那とアスナは、何を言ってるんだという様子で叫んだ。

ゲートで襲ってきたというのに、今回は戦う気がないなどと信用できないと思ったからだ。

 

 だが、アーチャーはネギの側までやってきて、その二人に余裕の態度で今の通りだと口にした。

戦いに来たのではないというのは、()のアーチャーの本心だからだ。

 

 

「別に戦うだけが全てではないだろう? ここに私が来たのは、平和的に解決するべく交渉に来たのだからな」

 

「平和的……? 交渉……?」

 

「私たちを襲っておいて、交渉ですって!?」

 

 

 アーチャーは涼しげな顔で、それを言ってのけた。

何と言う言い草だろうか。あれほどまでもの被害を出しておいて、いまさら平和的だなどと言い出したのだ。

 

 ネギはその言葉に戸惑いを感じ、何を言ってるんだという顔を見せた。

また、アスナはその言い草にカチンと来たのか、怒りの声を上げていた。

 

 むしろ、アスナの怒りは当たり前で正当なものだ。ゲートでの惨状と罪状を考えれば、いきなり殴られても仕方が無いレベルだからだ。向こうが突然攻撃してきたというのに、今度は平和的に解決だと言うのだから、頭にこない方がおかしいぐらいである。

 

 

「だが、ここで戦えば被害がでる。どうかね? 少しぐらい私の話を聞いくれてもいいと思うがね」

 

「……わかりました」

 

「ふっ、わかってもらえたようで何よりだ。では、話し合いがしやすいよう、場所を移すとしよう」

 

 

 しかし、そんな怒るアスナを他所に、アーチャーはさらに言葉を続けた。

望みどおり戦ってもよいが、そうなればこの街に被害がでると。そう、ゲートの時とは違い、ここは街の中。祭りの最中とあって人も多く歩いているこの街で、戦えばどうなるかぐらい簡単にわかるというものだ。

 

 ネギもそれを聞き考え、アーチャーの言葉に従うことにした。

そうだ、アーチャーの言うとおり、ここで戦えば周りの人に迷惑がかかる、被害が出る。それだけは避けなければならないと考え、アーチャーの話を聞くことにしたのだ。

 

 また、アスナと刹那もそれを考え、静かにネギを見ていた。

ただ、アスナは眉間にしわを寄せ青筋を立てながら、我慢した様子であった。

何せ、友人である状助が一度アーチャーの仲間に殺されかけているのだ。それを考えれば当たり前の怒りというものだ。

 

 アーチャーはネギが自分の言葉を承諾したのを受け、ふっと笑って見せた。そして、交渉しやすい場所へ移動することを提示し、彼らはこの場から移動したのである。

 

 

「アイツは確かあの時のヤツかよ……」

 

 

 そのネギ近くの建物の影で、千雨が焦った様子でそれを見ていた。

千雨もチラリとだが、ゲートで見たあの赤い男のことを覚えていた。

 

 

「まずったな……、コタローや流たちは闘技場だろうから連絡しやすいが……」

 

 

 あの赤い男が敵なのは間違いないだろう。しかし、今周囲に仲間はいない。アスナや刹那も十分強いだろうが、あの赤い男だけがここにいるとは限らない。

 

 千雨はそれを考え、とりあえず仲間を集めようと思った。ただ、今闘技場にいるであろうメンバーは小太郎や流や覇王たちだけだ。それ以外のメンバーは、この街を散策しているだろうし、連絡が付けられないと考えた。

 

 いや、そのメンバーを考えれば、十分赤い男の連中を相手にできるかもしれないと千雨は考え、まずは流たちに連絡することを優先したのだ。

 

 

「早まるなよ、ネギ先生……!」

 

 

 しかし、仲間が集まるまでに、ネギがことを起こさないという保証も無い。なので、千雨はネギが先走らないことを祈りながら、ひっそりと連絡するために急いで移動するのだった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちはアーチャーの指示で、オープンカフェへと移動してきた。アーチャーは早速椅子に座り、リラックスした様子を見せていた。

 

 

「さっ、座りたまえ」

 

「……」

 

 

 だが、ネギは警戒を怠らず、そのアーチャーの動きを伺っていた。

そこでアーチャーは、まずは座れとネギへ話した。

ネギもそれを受け入れ、静かにアーチャーに対面する形で席についたのである。

 

 

「私たちはここでいいわ」

 

「ご自由にどうぞ」

 

 

 しかし、アスナと刹那はあえて椅子に座らず、いつでも動けるように立っていることにした。

アスナがそれを辛辣な感じで述べるが、アーチャーは気にせずそれでもかまわないとした。

 

 

「あなたは、一体何者なんですか……? 一体どうして僕たちを……?」

 

「ふむ……、君は我々のことをあまり知らないと見えるが、自分の父親が何と戦っていたかは知っているだろう?」

 

「……多少なりは。僕の父さんは、戦争を裏から操る闇と戦ったと聞いています」

 

 

 ネギはまず、アーチャーがどういう人物なのか気になり、それを質問した。

アーチャーはその問いを聞いて、ネギが自分たちのことを知らないことをここではじめて知った様子だった。

 

 と言うのも、アーチャーとネギは直接会ったことがゲートの事件前には一度も無い。修学旅行の時にアーチャーと戦ったのはバーサーカー一人。そう言う人物がいた、程度には説明されても、どんな人間なのかは知らないのだ。

 

 アーチャーもその辺りはある程度予想していたが、自分たちの正体をまるで知らなかったということは少し誤算であった。なので、その辺りをネギに少し説明しようと、一つのことをネギへ尋ねた。

 

 それはネギの父親が戦っていた存在についてだ。ネギの父、ナギが戦っていた敵、それは20年前の戦争を裏で操る”完全なる世界”と言う組織だ。ただ、ネギは断片的に聞いただけだったので、悪いヤツら、裏を手引きする闇、程度にしか理解していなかった。

 

 

「そう。そして、その闇の生き残りが、我々ということだ」

 

「なっ……何……!?」

 

「何だと!?」

 

「……!」

 

 

 ネギが自分の知っていることを言葉にすると、アーチャーは突如自分の正体をばらしたのである。

つまり今ネギの目の前にいる男こそ、20年前にナギが倒した敵の意思を告いだ、新たな敵だということだった。

 

 ネギと刹那はそれを聞いてかなり驚き、とっさに構えを取った。

また、アスナも焦りと怒りと不安が入り混じったような表情で、強く拳を握りアーチャーを睨んでいた。

 

 

「そう構えないでくれたまえ。今回は戦いに来たのではないと、先に言っておいたはずだが?」

 

「……」

 

 

 それでも身構える三人へ、アーチャーは冷静に戦う気はないと再度説明した。

さらにそれを証明するため、アーチャーはあえて両手を上げて降参のポーズをとって見せたのである。

 

 それを見たネギたちは、すっとあげた拳を下げて戦闘態勢を解除した。

ただ、アスナだけはアーチャーを射殺すように睨みつけたまま、その体勢を変えなかった。

 

 

「それで、君はどうしたいのかね?」

 

「何が……?」

 

「その偉大なる英雄である父の意思を引き継ぎ、我々とことを交えるのかね?」

 

「それは……!」

 

 

 すると、今度はアーチャーが、ネギへと突然質問し始めた。

ネギはその質問の意味がわからず、どういうことなのかと尋ねた。

 

 ネギの問いにアーチャーは、今の質問の意図をゆっくり話し出した。

そう、アーチャーが聞きたかったこととは、ネギの今後の行動についてだ。

 

 自分たちの正体を知ったのならば、ネギが次にどう動こうとするのか。アーチャーはそこが気になった。自分たちと戦うのか、それともそのまま帰るのか。

 

 ネギはそれに対し、少し迷いを見せた。

確かに父であるナギは、目の前の男のような野望を持つ敵を倒してきたのだろうと。しかし、それはナギだからであって、別に自分ではない。

 

 それに、ネギがここへ来た目的は父のことを良く知る為でもある。

その点に関しては、ある程度目標を達成したと言えよう。さらに、自分の生徒を巻き込んで、そこまでする必要があると言うのだろうか、と考えていた。

 

 

「君はただたんに、英雄の息子として生を受けたに過ぎない。このまま教師として過ごすのもいいのではないか?」

 

「……そうでしょうね。……それもいいとは思います」

 

 

 そして、アーチャーはネギへと、まるで説得するかのようなことを言い出した。

ネギは英雄の息子であるが、英雄ではないし英雄になる義務はない。今教師をしているならば、それに勤しんでもよいではないか。アーチャーはしれっとした態度でそう言った。

 

 ネギはアーチャーの意見に、少し悩んだ後にいいかもしれないと答えた。

自分は父親と同じようにはなれないと理解しているネギは、別にナギのような英雄になりたい訳ではないからだ。それなら今はただ魔法使いの試練として行っている教師だが、本当の教師を目指すのも悪くないと思ったのだ。

 

 

「……ですが、最初に巻き込んだのはそっちではないんですか?」

 

「ああ、ゲートの時の話か。あれは事故のようなものだ」

 

「事故……!?」

 

 

 だが、ネギはそれよりも別のことをアーチャーへ尋ねた。

と言うよりも今のアーチャーの話は、はっきり言えば事の発端とはさほど関係のないことだ。

 

 それに先に攻撃してきたのは明らかにアーチャーの連中だ。自分たちに非がある訳でもなく、むしろ被害者だと冷静にネギは訴えたのである。

 

 それにアーチャーは事故だと言い出した。

ネギはいぶかしんだ表情で、その言葉を聞き返した。

何せ明らかに意図的な攻撃だったと言うのに、事故と言い出したからだ。

 

 また、後ろの刹那とアスナも、渋い顔でアーチャーを睨んでいた。あれで何が事故だと言うのか。言い訳にしてはお粗末すぎると言い出しかねないような様子だった。

 

 

「そうだ。我々の目的遂行の目標に、たまたま君たちと出くわしたに過ぎない」

 

「事故にせよ、こちらは大きな痛手を負いましたが……!?」

 

 

 アーチャーはそれに対して、説明を始めた。

あの時の出来事は自分たちの任務遂行のため、やむを得ず行ったことであると。

 

 しかし、ネギはそれで納得するはずもない。

やむを得ない状況? 偶然出くわした? それがどうしたと言うのだろうか。アーチャーが言うように事故だったにせよ、こちらの被害は大きかった。それを無視することは、当然できないというものだ。

 

 

「そのことはすまなかったと思っている。だが、作戦上仕方がなかった」

 

「そんなことで……!」

 

 

 するとアーチャーはなんとも思ってないような様子で、淡々とすまなかったと言い出した。

そして、言い訳するかのように、任務遂行のために必要であったと言うではないか。

 

 ネギは流石に頭にきたのか、椅子から立ち上がりテーブルを両手で叩いた。

が、アーチャーはそれをしらけた顔で眺めているだけであった。

 

 

「今更……!」

 

「アスナさん……?」

 

「大丈夫……!」

 

 

 また、アスナもネギ同様、いや、それ以上に怒りを露にしていた。強く拳を握り、体を震わせ、その憤怒の叫びをあげる一歩手前まで来ていた。

 

 そうだ、今更こんなところですまなかったなど、ただの挑発以外何物でもない。現に未だ仲間は全員そろわず、捜している最中だ。

 

 さらにあの時状助が死にかけた。人が一人死にそうになったのだ。それをそんな言葉だけで許せるはずがない。アスナはそう強く思いながらも、その怒りを必死に抑えようと堪えていた。

 

 刹那はそんなアスナへと、心配する声をかけていた。

刹那とて今のアーチャーの言葉に怒りを覚えてもいいはずだ。実際そうであった。しかし、アスナのその激昂ぶりを見て、アスナを心配する方が強くなったのである。

 

 ただ、アスナもここで怒りでアーチャーに攻撃してはならないことぐらい理解していた。

なので、刹那へと無理やり笑顔を作りながら、大丈夫だと言ったのだ。

 

 

「さて、本題に入ろう。私は君たちが無事、帰還してくれることを今は願っている」

 

「なっ!?」

 

 

 だが、なんと言うことだろうか。アーチャーはネギたちのことなどまったく気にせず、さらに言葉を続けたのだ。

しかも、それはまたしても爆弾発言であった。このアーチャーは何を思ったのか、ネギたちが旧世界に帰ってくれれば嬉しいと言い出したのである。

 

 ネギはその言葉に怒りを通り越し、驚きの顔を見せた。

それは刹那やアスナも同じであった。そして何故、突然そんなことを言い出したのか、三人は疑問を持った。

 

 

「君たちの邪魔はしない。むしろ協力しよう。だから一つ、条件を呑んでほしい」

 

「何を言って……」

 

 

 しかし、アーチャーはさらにさらに、ネギたちの驚きを無視して言葉を続けた。

なんというかこのアーチャー、交渉しに来たと言うわりには自分勝手に喋っているだけだった。

 

 そして、そのアーチャーの言葉とは、またしてもふざけたものだった。アーチャーは一つの条件を承諾すれば、旧世界へ帰るのを手伝うと言い出したのだ。

 

 ネギはその言葉に、何がしたいのだろうかと思った。

また、その条件とは一体どんなものなのだろうかと疑った。それ以上に、どうして突然そんなことを言い出したのかを疑問に思った。

 

 

「何、簡単な条件だよ。そこの”お姫様”を、我々に譲ってほしいというだけだ」

 

「何だって!?」

 

「!?」

 

「……やっぱり……!」

 

 

 アーチャーはその条件を、アスナを見ながら口にした。

そう、アーチャーの条件とはアスナの引渡しであり、それが一つの狙いでもあったのだ。

 

 ネギはそれに驚き叫び、刹那も驚愕した表情を見せていた。

何せ二人ともアスナの正体を知っている。お姫様と言われれば、アスナだと判断するのは容易かった。

 

 ただ、刹那は、どうして目の前の男が彼女を必要としているのかはわからなかった。ネギはアスナから自分の正体や魔法無効化を利用されてきた経緯を聞いていたので、それを察することができた。

 

 だが、刹那は未だそのことをアスナから聞いていなかった。なので、何か理由があるはずではあるが、その理由が思い浮かばなかったのだ。

 

 しかし、アスナは当然その理由を知っている。そのため、アスナはそのアーチャーの言葉を聞いて、やはりと思った。何故なら完全なる世界(かれら)の望みはただの一つ、世界の破滅だからだ。それに必要な最後のピースこそ、魔法無効化能力を持つアスナだからだ。故に、アスナはアーチャーをさらに眉をひそめて睨んだ。

 

 

「勝手なことを言わないでください!」

 

「ふっ、悪い条件ではないはずだが?」

 

「いいえ! 最低の条件です!」

 

 

 ネギはそこで再び怒りの叫びをアーチャーへと放った。

アスナを引き渡せなど、冗談でも許せないと思ったからだ。

 

 しかし、アーチャーはやはり涼しい顔のまま、その条件こそ最高だろうと言ってのけた。

ネギはそのアーチャーの言い草に、さらに苛立ちを感じながら、むしろ最低だと大声で答えた。

 

 

「そうかね? 我々はゲートの事件の後なら、どこでも彼女を奪うことはできたはずだ」

 

「それは……!」

 

 

 そこでアーチャーは、自分の条件のどこが良い部分なのかを説明し始めた。

アスナなどいつでもさらうことができた。それでもあえてやらなかったと。

 

 ネギもそれには確かにと思った。

とは言うが、アスナとてそう簡単に捕まるほどヤワではない。アーチャー流の強がりの可能性だって十分ありえるとも考えた。

 

 

「だと言うのに、私はこうして取引を持ちかけてきた。優しい条件だと思わんかね?」

 

「これのどこが優しいと言えるんですか!?」

 

 

 そう思考しているネギへと、アーチャーは言葉を続けた。

あえて卑怯な手を使わずここで話し合いを行い、両者納得した上でアスナを貰っていく。これほど公正な条件はないだろうと、語ったのである。どの口がほざくか、とはこのことだろう。

 

 しかし、ネギはやはりそれに反発した。

たとえアーチャーが言うことが本当だったにせよ、どの道アスナを奪うのには変わりない。そんなことはどんな条件を出されてもありえないと、ネギは叫んだのである。

 

 

「やれやれ、彼女一人を我々に貸してくれれば、それで丸く収まると言う話なんだがな」

 

()()?」

 

「別に一生我々が彼女を縛ることはしない。数ヶ月経ったら開放し、麻帆良へ送ってさしあげよう」

 

 

 アーチャーは子供のように叫ぶネギに、ため息をつきながら肩をすくめた。

いや、実際ネギはまだまだ子供であるのだが。さらに、あすな一人をこちら側に貸せば、全てが解決するとこぼした。

 

 ネギは貸すという言葉に、大きく反応した。

貸す、とは一体どういうことなんだと。

 

 するとアーチャーはその意味を静かに語りだした。

そう、自分たちとてアスナをずっと拘束している訳ではないと。目的完遂の暁には、そのまま麻帆良へと帰すと言い出したのだ。

 

 だが、アスナはその目的が完遂してはならないことを知っている。そのため、何かをい痛げな表情をしながら、キッときつい目つきでアーチャーを睨んでいたのだった。

 

 

「だからと言って、彼女をあなたたちには渡せません!」

 

「そうか、ここまで緩い条件でさえ、呑めないと言う訳か」

 

「当たり前です!」

 

「それでは仕方がないな……」

 

 

 それでもネギはアーチャーの交渉を否定した。

それが本当か嘘かもわからない、保証も無いのだから当然だ。もし本当だったとしても、アスナを置いて帰るという選択はネギの中になかったのだ。

 

 そんなネギにアーチャーは、やれやれという態度を見せた。

これほどの好条件を呑めないというのは、なんと我がままな子供なのだろうかと。

 

 しかし、ネギはアーチャーのその言葉に、大きく反発した。

それはそうだ、当然だ。アスナは大切な生徒だ。彼女を犠牲にしての帰還など、自分だけでなく仲間も許さないだろうと叫んだのである。

 

 アーチャーは完全にNOを突きつけるネギを見て、腕を組んで考え始めた。

そこまで拒絶されてはこの条件は無理だろう。ならば、別に考えておいたものを提出しようと。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちがアーチャーと交渉している間に、千雨は闘技場へ向けて走っていた。

 

 

「くそー。まさかこんなことになるとは……」

 

 

 なんということだろうか、敵がまさかこんな場所に現れるとは、千雨も予想していなかった。いや、実際は予想すべきでもあったと、後悔をしつつも流たちにこのことを知らせるべく、千雨は街の裏道を駆けるのだった。

 

 

「ちうっちー!」

 

「千雨さん!」

 

「早乙女に宮崎か!?」

 

 

 そこでハルナとのどかと出くわした。二人は未だ見つからない夕映が、ここに来てるかも知れないと考え捜していたのだ。

 

 急ぐ千雨にハルナは大声で呼び、のどかもどうしたのだろうかと声をかけた。

千雨はそこに現れた二人を見て、いいところに来たと言う様子を見せたのだ。

 

 

「どうしたの? なんでそんなに急いでんの……?」

 

「ああ、それはだな……」

 

 

 ハルナは千雨がどうしてこんなに急いで走っているのだろうかと疑問に思った。

何せ千雨は体育系ではなく、引きこもりなタイプである。そんな彼女が必死に走るなど、何かあったとしか思えなかったのだ。

 

 千雨もその理由をハルナとのどかへ話すつもりだった。

なので、今しがた起こった出来事を、二人へと説明したのである。

 

 

「何!? 敵の首謀者がネギ君に大接近!?」

 

「ネギ先生たちは大丈夫なんですか!?」

 

「ああ、今のところは戦いにはなってなかったが、どうなるかはわからない……」

 

 

 ハルナは千雨の説明を聞いて、ネギたちが危機的状況に陥っていることを理解した。

そして、千雨が急いでいたことも把握した。

 

 のどかも同じくネギがピンチなのを理解し、そのネギが無事かどうかを焦る様子で千雨へ確認した。

 

 千雨はその問いに、自分が最後に見た時は戦ってなかったと言葉にした。

だが、その後どうなったのかはわからないし、今どういう状況になっているのかもわからないと話した。

 

 

「最大のピンチって訳かー……。だけど裏を返せば最大のチャンスでもあるね……!」

 

「何をする気だ……!?」

 

「よし! ならば今こそ昨日話したアレを実行する時よ!」

 

「なっ!? アレをやるのか!?」

 

 

 ハルナはこのピンチ、どうしようかと考えた。

そこで何かできないかを悩むハルナに、千雨は不安を覚えた。

 

 ハルナはなんと、ここで昨日話し合った作戦を決行するべきだと大いに叫んだ。

千雨はそれを今ここでやるのかと、正気を疑う様子で驚いた。

 

 

「だめだ! 危険すぎる! 相手を考えろ!」

 

「はい……、確かに危険です……」

 

 

 その作戦とは、のどかが敵の思考を読み取り、情報を得ると言うものだった。はっきり言えばそれは博打に近い行為だ。リターンは大きいがリスクがあまりにも大きすぎる。

 

 千雨はそのことを踏まえて、ハルナとのどかへ危険を呼びかけ叫んだ。

だが、のどかもそのぐらいのことを理解できないはずもない。危険は承知の上で、それを行うと言い出したのだ。

 

 

「だけど、相手が親玉ならばなおさらです……!」

 

「何を言ってんだ! 相手はテロリストのようなもんだぞ!? もし万が一のことがあったらどうするんだ!?」

 

 

 何せ思考を読む相手とは、敵のボスクラスの相手だ。かなりの情報を集めることができるはずである。

のどかはそれを考え、だからこそ賭けをしてでも行う必要があると、強く言葉にしたのだ。

 

 しかし、やはり千雨は反対だった。

あの赤い男がボスと言うことは、逆を言えば危険が跳ね上がると言うものだ。赤い男の最後に見た攻撃、それはすさまじい爆発を伴った。

あれを受ければひとたまりもないと、千雨は焦りながらのどかへと訴えかけた。

 

 

「大丈夫です。私だって色々とこっちで修羅場をくぐって来ました。それに、ネギ先生の役に立ちたいんです!」

 

「役に立ちたいの前にお前に何かあったらどうする!? そうなったらそのネギ先生自身が悲しむことになるんだぞ!」

 

 

 それでものどかは問題ないと強い姿勢で話した。

のどかもこの魔法世界で幾度となく窮地を潜り抜けてきた。それは少しなりとて自信につながっていた。

 

 それだけではない。好きなネギのために、何か行動したい。役に立ちたいと常に願っていた。そのチャンスが来たのだから行動を起こしたいと、のどかは思ったのだ。

 

 千雨はそののどかの意見に、むしろ逆だと叫んだ。

のどかの役に立ちたいと言う気持ちは、とても美しく尊い、すばらしいことだと千雨も思った。

 

 されど、そのせいでのどかに何かあれば、ネギは自分を悔やむことも千雨は理解していた。ネギの思うことは全員の無事だ。だからこそ、ここで無理をする訳にはいかないと、のどかを叱咤するように叫んだのである。

 

 

「それに死んだら終わりなんだ! これは現実(リアル)なんだ! とにかくせめて流たちに助けを求めてからでも……」

 

 

 それに、この摩訶不思議な世界であれど、現実であると千雨は言った。

ファンタジーな雰囲気に騙されているが、ここでも死んだら人生は終わりだ。千雨はそれを例えに出し、のどかに踏みとどまるように大声で訴えかけた。

 

 また、その作戦を強行すると言うのなら助けを呼んでからでも早くはないと、千雨は考えた。

自分たちだけでは厳しいかもしれないが、法や小太郎が助っ人となるならば、多少ではあるが安全になると思ったのだ。

 

 

「……そうだ、現実とは儚く脆いものだ。ふとした瞬間、一瞬にして……、砕け散ってしまう」

 

 

 しかし、それを千雨が言いかけたその時、その男は現れた。

黒い髪、黒い目、黒い眉毛。竜をかたどった鎧と、その剣の柄。尋常ではない、とてつもなく恐ろしい威圧感。あの竜の騎士の男が、いつの間にか彼女たちの近くに立っていたのだ。

 

 そして、その男もまた、現実の非情さを説いていた。

この男は転生者。神の失敗により、突然命を落とした被害者。神がちょっとミスしただけで、人は死ぬのだ。いや、そうでなくとも何かしらの弾みで、人は簡単に命を落とす。男はその経験を物静かに、哀しげに彼女たちへと語りかけていた。

 

 

「何!? なっ!? おい、まさかコイツは!?」

 

「ゲ……!?」

 

「あっ……!」

 

「何、驚くことはない。お前たちがここから動かなければ、私とて手出しはせん」

 

 

 三人の少女は男の姿を見てかなり驚いた。あの男は数週間前のゲートにおいて、驚異的な戦闘力を見せていた。エヴァンジェリンですらてこずっていた、とんでもない強者だと言うことを、千雨たちは覚えていた。

 

 だが、この竜の騎士の男の表情は穏やかで、まるで殺気がなかった。なんということだろうか、戦いに来たと言う雰囲気ではなかったのである。むしろ、彼女たちが動かなければ何もしないとさえ、男は緩やかな声で話したではないか。

 

 だが、千雨たちはその言葉を信用することはできない。目の前の男が脅威なのを知っているからだ。恐ろしさを知っているからだ。故に、この状況をどう打破するかを、三人の少女は模索するのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 その頃、一人の男性が街中を魔法での強化を行いながら疾走していた。その男性とはアルスだ。アルスは転生者であり原作知識を持つ。この辺りでネギが狙われることをあらかじめ知っていた。

 

 とは言え、ここは”原作”とは異なる世界。本当にそれが起こるかは、その時になって見なければわからないというものだ。

 

 

「くっ! 何か……、嫌な予感がするぜ……!」

 

 

 ただ、アルスは何か良からぬことが起こるのではないかと、その不吉な予感を感じ取っていた。故に、アルスはネギたちと合流すべく、新オスティアの街を駆けていたのだ。

 

 

「無事でいろよ……!」

 

 

 自分が合流するまでに、何も無ければいいが。アルスはそればかりを考え、ネギの下へと急いだ。何も無ければそれでよし、何かあったなら無事でいてほしい、そう願うばかりだった。

 

 

「なっ! くっ!?」

 

「へえ、避けたんだ?」

 

 

 だが、そんなアルスへと、突如として銀色の槍が襲い掛かった。その槍は、裏道からアルスを狙うようにして飛び掛ってきた。しかし、その槍は、槍と言うには少し変わった形状だった。

 

 アルスはとっさにそれをかわし、難を逃れていた。また、眼下でしゃがみこむ、突然飛んできた槍の持ち主を見て、まさかと言う顔をしたのである。

 

 そして、その槍の持ち主こそ、ゲートでアルスと戦った青いローブの少女だった。少女は、その小さな肢体には似つかわしくない、足のつま先から生える巨大な得物でアルスを攻撃したのだ。

さらに、アルスがそれを避けたことに、嬉しそうな声で感心したことを口にだしていた。

 

 

「お前はあん時の!」

 

「お久しぶりね。案外元気そうじゃない」

 

 

 アルスはその青いローブを見て、ゲートで戦った少女であることを思い出した。

少女はそのローブの中からアルスを見て、小悪魔のような笑みを見せながら、ボコボコにした相手が元気なのを確認していた。

 

 

「今はお前にかまってる暇はねぇんでな……!」

 

「そう言わないでよ。私だってこんなつまらないことしたくないんだから」

 

 

 しかし、アルスは今は急いでいる。目の前の少女と戦っている暇はない。故に、その場から去ろうとするも、少女の恐るべき移動速度で、それは妨害されてしまう。

 

 少女はアルスを妨害しながらも、自分とてこんな茶番はしたくないと、つまらなそうに語った。

ゲートの時もそうであったが、彼女は基本的に()()の作戦に乗り気ではないようだ。

 

 

「でも、あなたとのダンスなら、付き合ってもいいのだけれど?」

 

「はっ! 丁重にお断りだ!」

 

「そう。じゃあ……」

 

 

 それでも、少女は面白おかしそうにそれを述べた。

アルスとの戦いならば、それはそれで面白そうだと。それならばまだやる気が出てくると。

 

 だが、アルスは即座にNOと言った。

ここで少女と戦っている時間はなく、急がねばならないからだ。むしろ、目の前の少女が現れたことで、ネギたちの身にも何かしら起こっていることを察したのである。

 

 そこへ少女は小さく一呼吸すると、アルス目がけて鋭い蹴りを放った。

淑女の誘いを断ることは不可能、強引にでも付き合ってもらう、そんな感じの一撃だった。

 

 

「ちぃ!!」

 

「一人で踊りなさい。醜く、愚かに」

 

 

 アルスはその攻撃も、とっさのバックステップによりかわすことができた。

また、急いでるので邪魔をするな、それを言いたげな目で、アルスは少女を睨みつけた。

 

 少女はそれを見て静かに、小さく笑った。

それならそれでかまわないと。であれば、一人寂しく倒されればよいと、少女は悪戯っぽく言った。そして、少女は再びアルスへと飛び蹴りをかまし、アルスはそれを防ぐべく魔法を使うのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは再びネギとアーチャーがいる、テーブルの席。アーチャーは腕を組み、何かを考える素振りを見せた後、それをゆっくりと口にし始めた。

 

 

「ふむ、呑めないと言うのであれば仕方がない。では、別のプランを話そう」

 

「別のプラン!?」

 

 

 アーチャーはネギが先ほどの条件を呑めないと断ったことを受け、ならば別の条件を提示することにした。

ネギは別の条件があることに驚き、大声を出していた。

 

 

「お姫様は諦めよう。ならば、君たちは我々を黙って無視してくれ。簡単なことだろう? それで君たちは無事麻帆良へ帰還できる」

 

「それって……どういう……」

 

「どういうことよそれ……!」

 

「どうもこうも、言ったとおりだ。我々の邪魔さえしなければ、それでいいと言うことだ」

 

 

 アーチャーの別のプラン、それはなんと自分たちのことを放置してくれれば、何もしない上に麻帆良へ帰る手助けをするというものだった。

 

 はっきり言ってこの条件はかなり怪しい。ネギやアスナも意味がわからないと言う様子で、アーチャーにそれを問いただそうとした。

 

 それを聞いたアーチャーは、言ったとおりだと言葉にした。

深い意味はなく、その言葉通りの条件だと。

 

 

「さて、君は我々の目的を知らないと見える。ならば、それを教えよう」

 

「え……!? 何故……!?」

 

 

 するとアーチャーは何を思ったのか、今度は自分たちの目的を語ると言い出した。

ネギはそれにも驚き、疑問に感じた。何故なら、敵である自分たちに、アーチャーが自らの目的を語る理由がないからだ。むしろ、目的を教えることでアーチャーが不利になる可能性もあるからだ。

 

 

「我々の目的、それはこの世界の破滅だ。しかし、ただ破滅させるのではなく、君たちが思う以上の考えが存在することをここで言っておこう」

 

「!?」

 

「だから、君たちは静かに自分の世界へ帰り、我々を見逃してほしい」

 

 

 アーチャーはネギの驚きを無視し、自分たちの目的を話し出した。

彼らアーチャーが属する”完全なる世界”の目的、それは簡単に言えば世界を破滅させることだ。厳密には、魔法世界の住人を”完全なる世界”と言う夢の世界へ移し、魔法世界を消滅させることである。

 

 それをアーチャーは堂々と、ネギに宣言した。

ただ、その破滅がただの破滅ではなく、大いなる意思と志があることを含めて説明した。

 

 ネギは当然それを聞いて、先ほど以上に驚いた。

まさかこの世界を破滅させようと思っているとは、ネギも思っていなかった。また、それを自分に宣言して、どうしようと言うのかと、さらに疑問を感じたのだ。

 

 そこでアーチャーはその説明を終えた後、そのようなことだから自分たちを無視しろと言い出した。

その条件を呑むならば、旧世界へ帰れるようにするというものだったのである。

 

 

「それはつまり……、この世界と仲間と、どちらかを選べと言うことですか……!」

 

「そういうことだ」

 

 

 そこでネギはアーチャーの意図に気がついた。

アーチャーはそうやって説明することで、ネギに威圧を与えようとしていたのだ。いや、もはや単なる嫌がらせか。どちらにせよ、ネギは旧世界へ帰り仲間のことを優先するか、この魔法世界のことを優先するかという選択を迫られたのである。

 

 そう、その選択を迫ることこそがアーチャー最大の目的だった。二つの選択を与え、どちらか一つに返事をさせる。否、実際は言葉巧みに誘導し、片方の無視させて帰還することを選ばせようとしているのだ。

 

 また、ネギのその問いに、アーチャーはそれに即座にYESと答えた。

お前には二つ選択がある。二つだけだが重大な選択だと。さあ、どちらを選ぶのだと、アーチャーはそう鋭い視線でネギへと訴えかけたのだ。

 

 

「……っ」

 

「アスナさん!?」

 

「……大丈夫だから……、気にしないで……」

 

「……アスナさん……」

 

 

 だが、そのアーチャーの発言を絶対に許せないものがいた。アスナだ。アスナは完全にキレたのか、とてつもなく鈍い”ミシリ”という音を、そこで立てたのである。すると、アスナの右足の下の地面に大きくヒビが入り、強く足を踏みしめたと言うのが伺えた。

 

 それだけではない。アスナはギリギリと音を立てながら、拳を強く握っていた。これ以上強く握れば爪が食い込み血が出るのではないかと思えるほど、その拳は硬く握られていたのだ。

 

 刹那はそれを見て驚いた様子で、アスナを心配する声を出した。

何せ、刹那が見たアスナの表情は、恐ろしく暗く目付きも普段見せることのないほどに鋭かったからだ。

 

 さらに、これほどまでにアスナが怒っているのは相当のことであると刹那は思った。

いや、自分の故郷を滅ぼすとか言う相手が目の前にいるのだから、それは当然だろう。それ以上に足元にヒビが入るほど、アスナがアーチャーの発言を我慢しているのだと刹那は実感したのである。

 

 アスナは刹那のその声に、静かにゆっくり安心させるようなことを、辛そうな笑みを見せながら言った。

声は非常に震えており、怒り心頭で感情は爆発寸前と言う様子だった。むしろ、自分の敵の勝手な発言の数々を、ここまでよく我慢したと言えよう。

 

 刹那はアスナの辛そうな表情に、声をかけるだけで精一杯だった。

今アスナは目の前の男を殴りかからないよう、必死に耐えている。刹那はアスナのその心境を察しながらも、ただただアスナを心配することしかできなかった。

 

 

「はっきり言おう。この世界がどうなったにせよ、君には何の関係もないのではないかね?」

 

 

 アスナのそんな様子など、やはりアーチャーは気にしていなかった。そこでアーチャーは、さらにネギへとその屁理屈をまくし立てた。

 

 そう、ネギはこちらの世界に来たのは初めてだ。

アーチャーはそれを言葉にし、ネギと魔法世界は無関係だと言うことを説明しだした。

 

 

「君の父がこの世界を救ったにせよ、少なくとも君が連れて来た生徒には何にも関係がないはずだ」

 

「……いいえ、関係あるわ」

 

 

 関係があるとすれば、ネギの父であるナギが、この世界を救ったということだけ。それ以外はまったくもって無縁の世界だ。さらに、それ以上にネギが連れて来た生徒など、関係すらないだろうとアーチャーは言葉にした。

つまり、本来ならば生徒を優先的に選び、この魔法世界など捨て置けと言っているのだ。

 

 だが、そこでアスナは静かに、その口を開いた。

関係がない、などとは言わせない。ネギとてこの世界と大きく関係していると。

 

 

「ふむ、君はそうだろうが……」

 

「私だけじゃない……、ネギだって関係ある。何故なら……」

 

「アスナさん……?」

 

 

 アーチャーは、そのアスナの言葉が彼女自身のことだと思い、それを言った。

 

 しかし、アスナが言いたいことはネギとこの世界との関係だ。

自分も大きくこの世界と関わってはいるが、ネギとて大きく関係していると、アスナは静かにその理由を話し出したのだ。

 

 ネギはアスナが次に、何を話すのだろうかと思い、彼女の名を呼んだ。

アスナは自分とこの世界との関係を知っているのだろうか。ならば、一体どんな接点があるのだろうかと、ネギも疑問を感じたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 千雨、のどか、ハルナの三人は、一人の男と裏路地にて対峙していた。その男こそ、額に輝く竜の紋章を持つ、竜の騎士の男だった。

 

 

「こうなったら……! ”来れ!(アデアット)”!!」

 

「アーティファクトか。やめておいた方がいいぞ」

 

 

 目の前の男はこう言った。動かなければ何もしないと。

しかし、三人の少女たちはそれを信用することはできない。

 

 故に、ハルナとのどかはそこでアーティファクトを展開し、応戦の構えを見せた。だが、千雨はここでは未だ仮契約を行っていないので、ただ一人アーティファクトを使えずにいた。

 

 それでも千雨は魔法を知っている。攻撃こそできないが守りは可能だと考え、その手に小さな杖を出し目の前の男に向けていた。

 

 そんな三人を静かに眺めながら、それはよくないと語る竜の騎士。

竜の騎士は三人に対し殺気や敵対心などをまったく見せておらず、先ほどの言葉は本心だったと思われる。

 

 だと言うのに三人の少女は、自分の言葉を無視した。

竜の騎士はどうするかを考えながら、今一度忠告を述べたのであった。

 

 

「どうかな!」

 

「ほう?」

 

 

 ハルナはアーティファクト、”落書帝国”へとすばやく絵を描き、それを実体化させた。その時間、なんとわずか2.7秒と言う早業である。

 

 また、ハルナのアーティファクトは描いた絵を実体化させるものだ。

今描いた絵である炎を纏ったマッチョなおっさん、”真・炎の魔人EX”を実体化し、竜の騎士へと攻撃させたのだ。

 

 だが、竜の騎士は感心の声を漏らすだけで、防御どころか棒立ちでそれを眺めているだけだった。なるほど、そう言う能力のアーティファクトか。そんな目で彼女の行動を見ているだけだった。

 

 そこへ真・炎の魔人EXの拳が竜の騎士の顔面に直撃した。されど、その攻撃程度では竜の騎士に傷を付けることはかなわない。竜の騎士の最強防御、竜闘気(ドラゴニックオーラ)を貫くことはできない。

 

 

「ノーガード!?」

 

「むしろまったく効いてないぞ!?」

 

「防御する必要すらないってことね……!?」

 

「……無意味なことはよせ」

 

 

 のどかは防御すら取らなかった男に驚いた。

千雨はそれでもダメージになってないことに驚いた。

ハルナは自分の攻撃では防御すら不要だと言うことに驚いた。

 

 そう驚く三人へ、男は静かに語りかける。

そう言うことだ、無駄な行為はやめて大人しくしておけ。お前たちの行動は全て徒労に終わるだけだと、竜の騎士は敵意を見せず言うのだった。

 

 

「だが、宮崎!」

 

「はい! ”我、汝の真名を問う”!」

 

「む!」

 

 

 しかし、今の攻撃はダメージを与えようとしたものではなかった。

一瞬、ほんのわずかな一瞬の隙を作る為だった。

 

 ハルナはのどかの名を叫ぶと、のどかは指にはめた魔法具を使った。相手の名を読み取る魔法具、”鬼神の童謡”だ。これにより、竜の騎士の男の名をのどかは得ることができたのだ。

 

 竜の騎士の男は、その行動に眉を寄せた。彼女たちが何をしようとしているかはわからないが、何やら術中に嵌ったようであると。それでも竜の騎士はそれに対して気にした様子は見せなかった。それは自身の能力への絶対的な自信の表れだった。

 

 

「よし、逃げるよ!」

 

「おし」

 

 

 ハルナはのどかの術が竜の騎士にきまったのを見て、逃げる行動へと移った。ハルナはアーティファクトから一頭身のタヌキのような姿をした、”超弾力装甲・とんずら君”を呼び出した。そのとんずら君の口の中へと二人を誘導し入り込み、そのまま跳ねてその場から立ち去ったのだ。

 

 

「……悲しいことだ。動かなければ無事で済んだものを……」

 

 

 竜の騎士は彼女たちがそれを使い立ち去る光景を見て、ただただむなしさだけを感じていた。何と言うことだろうか。いたずらに抵抗するなど、逆に自らの首を絞める行為でしかないというのに。

 

 悲しい、あの少女たちへと攻撃しなければならなくなったことが、とても悲しい。竜の騎士はそう考えながら、彼女たちが去った空を少し眺めた後、その足取りを追ったのである。

 

 

「どうだ?! いけたか!?」

 

「はい! いけたはずです!」

 

 

 三人が乗り込んだとんずら君は何度かバウンドした後、建物の屋根の上に着地した。そこで三人は外へ出てた。

 

 千雨はのどかへと、先ほどの男の名はわかったかを尋ねると、のどかはきっと大丈夫だと言葉にした。

 

 

「あの人の名前が出ました!」

 

「よし!」

 

「とりあえずこのまま逃げ切って……」

 

 

 そして、のどかは魔法具を使い、先ほどの男の名を表示した。男の名を知れれば、のどかのアーティファクトである”いどのえにっき”で思考を読み取れる。逃げて遠くから思考を読んで、敵の動きを知ることもできるのだ。

 

 のどかがその男の名前を得たことを知ったハルナは、まずは喜びの声を出した。

千雨もそれならここは一度引いて、仲間を呼ぼうと言おうとしたその時、突如そこに人影が現れた。

 

 

「逃げ切れると思ったのか?」

 

 

 それこそやはり竜の騎士の男。竜の騎士の男は”トベルーラ”を用いて高速飛行し、ここまで簡単に追ってきたのだ。

そして、三人へと無情な言葉をかけた。その程度では逃げれはしないと。

 

 

「え!?」

 

「なっ!?」

 

「早い!?」

 

 

 のどかもハルナも突然現れた男に驚き、千雨も男の行動が早いことを驚きながら口にした。

いや、この程度では逃げ切れないことなど、少し考えればわかることだった。

 

 

「動くなと言ったはずだ。動かなければ何もしないと言ったはずだ。それを破ったのはお前たちだ」

 

 

 竜の騎士の男は静かに叱咤するかのように、それを三人へと言った。

何故動いてしまったのか。行動さえしなければ、何もしなかった。約束したはずだと。

 

 そうだ、自分は何もする気はなかった。言葉通りだった。それを破ったのはそちらだ。そちらが悪いとまるで自分に言い聞かせるように、竜の男は言葉にしていた。

 

 

「動いたことを、後悔することになるぞ」

 

「だったらどうするってんだ!」

 

 

 竜の騎士の男は、その軽率な行動を今ここで後悔するだろうと、三人へと宣言した。

千雨は身体を震わせながらも、ここで叛逆するかのように生意気な言葉を吐いて見せた。

 

 

「だったらどうするだと? こうするのだ!!」

 

「うわあ!?」

 

 

 その千雨の挑発に、竜の騎士の男は大きく反応し、天に指を伸ばしてそれをすばやく振り下ろした。

すると、千雨の横へと雷が落ち、千雨はそれに対して驚き悲鳴を上げたのだ。

 

 

「いっ、今のは雷か!?」

 

「ヤバイねぇこれ……」

 

「もはや後はないぞ。観念しろ」

 

 

 千雨は今の攻撃が雷系の魔法であることを理解し、戦慄した。

ハルナも今のは流石にヤバイと感じた。今の攻撃を受ければ、ただではすまないのは明白だからだ。

 

 竜の騎士の男は驚き怯える三人へ、今の攻撃はただの牽制であることを告げた。次は本気で今の雷を命中させることになるだろうと、三人へと威圧をかけたのだ。

 

 

「にっ、逃げるんだよ――――!!」

 

「あんなのにあたったらひとたまりもねぇ!」

 

「あの人はもう私たちを倒すつもりです!!」

 

 

 ハルナはこの危機的状況に、とりあえず逃げると言う選択を選びそれを叫んだ。

もはやこの状況、崖っぷちに他ならない。逃げる以外に手はなかった。

 

 千雨もあの雷に命中すれば、死ぬかもしれんと考えた。故に、ハルナと同じように逃げる選択を選んだのだ。

 

 のどかもその二人に釣られ、逃げることにした。

また、のどかはすでに男の名を知ったので、アーティファクトのいどのえにっきを使って思考を読んだのだ。その男の思考は、すでに自分たちを逃がすことも許すこともないと言う、容赦のないものだったのだ。

 

 

「のどか! あんたが操縦して!」

 

「え!? 私!?」

 

「あんたはヤツの思考が読めるんでしょ!?」

 

 

 ハルナは逃走のためにアーティファクト、落書帝国から空飛ぶマンタを呼び出した。

そして、それをのどかに操縦させることにしたのである。

 

 何せのどかは竜の騎士の思考を、アーティファクトのいどのえにっきを使って読める。それ以外にも魔法具”読み上げ耳”でいどのえにっきに表示されたものを、直接耳にすることが可能だ。

 

 つまり、敵がどこへ攻撃するかが、ある程度わかるということだ。ハルナはそれを理解していたので、戸惑うのどかへそれを叫んでそれを操縦させたのである。

 

 

「少々痛い目を見てもらうしかないようだな!」

 

 

 だが、竜の騎士の男とて彼女たちを逃がす気はない。

再び”トベルーラ”を用いて高速飛行しつつ、雷系の呪文である”ライデイン”を彼女たちへ放ったのだ。

 

 

「うわああ!?」

 

「街中だってのに無茶苦茶するねえ……!」

 

 

 それでもそのライデインは当たらなかった。何故ならのどかが男の思考を直接耳で聞いてし、回避したからだ。雷がどこへ着弾するかがわかるならば、そこを避けるだけだ。すれば、雷だからと言っても、避けれないと言う訳ではない。

 

 何せ相手の攻撃が来る場所に印があるようなものだ。その部分を意図的に避けることで、攻撃が発生する前に先手で、その攻撃を回避しているのだ。見て避けているのではなく、攻撃が来る場所に攻撃が来る前に、攻撃が当たらない場所へと批難しているだけだ。

 

 そう、まるでスタープラチナのパンチを先に知り、それを容易く回避したテレンス・T・ダービーのように、ストレイト・クーガーの超高速で蹴りを先読みし、回避してみせた無常矜持のように。それが相手の思考を読むということなのだ。

 

 千雨はなんとか回避されたライデインに驚き恐怖の叫びを出していた。

ハルナもこんな街のど真ん中で、これほどの魔法を使うのかと焦りを感じていたのだった。

 

 また、ハルナたちはお尋ねものであるが、認識阻害の指輪によりそれを悟られることはない。なので、その辺りは心配せず、ただただ敵の無茶苦茶な攻撃に驚くだけなのだ。

 

 

「……? 我がライデインが命中しないだと?」

 

 

 竜の騎士の男は、今のライデインが命中しなかったことに驚いた。

本来なら雷速で落下する稲妻を回避することなど、そうそうできない。だと言うのに彼女たちは、それを回避してのけた。竜の騎士は何故回避できたかを、この時点で少しずつ模索し始めていた。

 

 

「このままじゃまずいぞ! とりあえず闘技場の方へ急げ!」

 

「わかってる!」

 

 

 千雨は今の現状は回避できているが、追いつかれればどうなるかわからないと考えた。

なので、早く闘技場へ行き仲間に助けを求めるしかないと、そのことを叫んでいた。

 

 のどかもそのぐらい理解していた。

うまくいくかどうかはわからないが、とにかくそちらの方へ逃げるようにはしていたのだ。とは言え、先ほどから数回のライデインを回避すつつの行動には、かなり厳しいものがあった。

 

 

「ぬう……、どうなっている……」

 

 

 また、竜の騎士の男は先ほどから何発も放ったライデインが、全て命中しないことに疑問を持っていた。いや、最初の一発目が当たらなかった時から、すでにその疑問はあった。それでも最初の一発はまぐれで避けられた可能性を考え、何度もライデインを撃ち込んだのだ。

 

 なのに、その全てが回避された。これは普通のことではない、何か裏がある。竜の騎士の男はその謎を解くべく、さらにライデインを彼女たちへと放つのであった。

 

 

「うん、わかるよハルナ! 千雨さん!」

 

「すごいな宮崎!」

 

「よーし! このまま逃げ切れれば!」

 

 

 しかし、のどかはそれをギリギリであるが回避して見せた。相手がどこに攻撃するかを先読みできるというのは、やはりそれだけで強みなのである。それ以外にも、この空を飛ぶマンタの操作方法が、触れているだけで自在に操れるというのも大きかった。

 

 千雨はそののどかを素直に賞賛した。

確かに心を読んで先読みすることは可能だろう。だが、それで完璧に回避できるかは別問題だからだ。

 

 ハルナもこれならいけそうだと思い、元気を出してきた。

とは言え、危機的状況というのには変わらないので、表情は緊張したままであった。

 

 

「……アーチャー(やつ)が言っていた少女とは、もしや……」

 

 

 何度もライデインを避けられたのを見た竜の騎士は、そこでアーチャーが言っていたことを思い出した。

彼女たちの仲間には心を読む娘がいる、その少女に気をつけろと忠告されていた。竜の騎士はそれを考え、つまり今目の前のあれを操作している少女こそ、アーチャーが言っていた娘ではないかと察したのだ。

 

 

「もう気づかれたのか!?」

 

「ハルナ!」

 

「あいよ!」

 

 

 千雨は広げてあるいどのえにっきを見て、竜の騎士の男がのどかの秘密を理解したことを知った。

そして、いずれは気が付くと思っていたが、もう少しかかってくれればよかったと、そう思った。

 

 のどかも相手の心を読んでいることを知られたのは仕方ないとし、ハルナへ新たな注文を告げた。

すると、ハルナは落書帝国から新たな道具、ギガホン君を作り出してのどかへと手渡したのだ。

 

 

「バロンさん! あなたは一体何者ですかー!!? できたらプロフィール形式で詳しく!!」

 

「……ぬう」

 

 

 そこでのどかはさらに敵のことを知るために、それをメガホン型の道具であるギガホン君を使い、竜の騎士の男へと叫んだ。

いどのえにっきは相手の返答など必要ない。今叫んだ内容こそに意味があるのだ。

 

 竜の騎士の男は、今のでのどかの術中にはまったことを一瞬で理解した。

してやられた、彼女たちに自分の情報を奪われてしまったと。また、この竜の騎士の男の名は、バロンと言うようだ。

 

 

「でかしたのどか!」

 

「よし! このままいっきに逃げ切るぞ!」

 

 

 ハルナはのどかが敵の情報をゲットしたことを喜び、盛大に褒め称えた。

千雨はこれなら後は仲間の下へと行き、助けを求めるだけだと張り切った。

 

 

「……心を読む……か。なるほど、これほど驚異的とはな……。ならばいいだろう……」

 

 

 竜の騎士の男は、自分の魔法を回避して逃げる少女たちを見ながら、目を瞑って一瞬悩んだ。心を読むということの脅威、これは放っておけぬものだろうと。実に残念だが、彼女たちがそういう態度で出るならば、もはやこちらも全力で応えなければならないかと。

 

 

 ……この竜の騎士の男は相手が少女であるが故に、ある程度力を抑えていた。ギガデインではなくあえてライデインを使ったのも、そのためだった。

 

 また、のどかがライデインを避け続けられたのも、竜の騎士の男の心のどこかに迷いがあったからでもあった。むしろ、その比率の方が高いだろう。何故ならこの男が本気でライデインを命中させようと思えば、最初の一撃目ですでに終わっていたはずだからだ。

 

 そう、竜の騎士の男自身が気づかないほどの、小さな小さな心の迷いが隙を生み、ライデインを発生させる時間にラグが生じたのだ。故に、のどかはライデインをギリギリのタイミングで避け続けられたのだ。

 

 ああ、あわよくば彼女たちに手傷を負わせることなく終わってもらいたかった。それこそ竜の騎士の男の本音だった。どうして彼女たちは動いてしまったのか、戦いをはじめてしまったのか、男はそれを嘆いていた。

 

 だが、それが竜の騎士の濁っていた決意を固めてしまった。決意させてしまった。そんな男を本気にさせてしまったのは、間違いなく彼女たちだろう。

 

 

 故に、男はもはや捨て置けぬと考えた。心を読むという能力の脅威を理解してしまったからだ。彼女たちが自分を相手に敵対し、行動してしまったからだ。

 

 

「っ!」

 

 

 のどかは竜の騎士の思考を読み取ることで、男が自分たちへ本気になったことを察した。察してしまった。先ほどまでの行動は本気ではなく、かなり手加減されていたことを理解してしまった。そして、竜の騎士の男が本気となったことで、そのすさまじい重圧と殺気を感じ取ってしまったのだ。

 

 

「貴様らを今から一戦士として認め扱い、ここで果ててもらうとしよう!!」

 

 

 彼女たちの行動は賞賛に値するものだ。自分を相手にここまで立ち回れたのだから、兵士、いや、戦士と言えるだろう。だから竜の騎士は、もはや彼女たちをただの少女とは思わない。これほどまでの戦いを見せたのだから、一人の戦士として認めたのだ。

 

 しかし、だからこそ竜の騎士は、その彼女たちへと本気をぶつけることにした。戦士であるならば、覚悟があったならば、ここで倒され散るのも覚悟の上であるはずだと。

 

 だからこそ竜の騎士は最大最高の奥義で、彼女たちへと賞賛を送ろうと考えた。そう、最大最強のあの技で、彼女たちを一掃することを選んだのだ。

 

 竜の騎士の男は、敵とみなした少女たちを目標に捉えると、すさまじい速度で空へと舞い上がった。そこで剣を天に掲げると、その剣目がけて雷が落ちた。その雷は剣と一体化し、それを落下とともに、彼女たちへ目がけて振り下ろしたのだ。

 

 

「まずい! 最大の雷が!! 避けきれない!!」

 

「うそ!?」

 

「マジか!?」

 

 

 のどかは竜の騎士の男が、次に行うことをいどのえにっきで理解した。理解したのはいいが、どう対処すればいいのかわからなかった。

 

 何せ、次の攻撃こそ、男が持つ中でも最大の奥義だからだ。その自信と威力を読み取ったのどかは、恐れおののくしかなかったのだ。

 

 さらに、先ほどの攻撃は遠距離からの攻撃だったからこそ回避できていた。しかし、近距離攻撃ならどうだろうか。剣の軌道が読めたところで、それを回避する手段は彼女たちにはない。

 

 それ以外にも、竜の騎士が無意識的に手加減していたのも大きかった。今の全力を出した竜の騎士の攻撃は、流石に避けられるものではなかった。

 

 のどか一人だけなら回避ができただろうか。いや、それでも難しいだろう。だと言うのに、こちらには千雨とハルナもいる。乗り物を操りそれを回避するには、彼女たちはあまりに未熟だ。

 

 それ以外にも万が一剣撃は回避できたとしても、近距離で発生する膨大で圧倒的な稲妻は回避不可能。故に、のどかは回避不可能と判断した。これはどうしようもなくマズイと、大声で叫んだ。

 

 そののどかの慌てた声に、ハルナも千雨も驚き焦った。避けれないならどうするか。防御するか。彼女たちは防御するならと考えたが、ゲートで見たあの雷を守りきれる自信などなかった。

 

 それでも何とか防御しようと、ハルナはとっさにアーティファクトを起動した。千雨も杖を握り、障壁を張ろうと魔法を使った。

 

 

「”ギガブレイク”!!!」

 

 

 そして、無情にも彼女たちへと、その技は解き放たれた。

ギガブレイク。竜の騎士が持つ最大の奥義の一つ。強靭な肉体を持つものでなければ、一撃で下される最強の剣技。彼女たちではオーバーキルは必至であること間違いない、すさまじい奥義だ。

 

 もはやこれまでか。三人の少女たちはその雷の光を遮るように、目を瞑って恐怖するしかなかった。あれほどの攻撃だ。自分たちだけで防げるものではないのはすでに理解していた。彼女たちには絶望しかなかった。

 

 

「”黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”!!!」

 

 

 ああ、だがそこに、一筋の光が差し込んだ。救世主が現れた。彼女たちがいる建物の下から、その光は空高く舞い上がった。その光も、空で剣を振り下ろす男と同じ雷であった。その救世主は雷と同じく黄色い髪をした筋肉が滾る男だった。それこそ雷鳴轟くゴールデンだったのだ。

 

 

「うわっ!?」

 

「ちょっ!? 何!?」

 

「キャアッ!?」

 

 

 ゴールデンのことバーサーカーは、ゲートで見せた時のように、ギガブレイクを宝具で受け止めた。そこですさまじい轟音と衝撃と、雷による膨大な光が発せられた。だが、それは空中で全て拡散し、地上には影響はでなかった。

 

 しかし、その轟音と光を浴びた少女たちは、驚きと戸惑いの悲鳴を出していた。また、この光はゲートで見た時と同じ現象だということに、気が付いたのである。

 

 

「あっ、あれは!」

 

「ゴールデンさん!」

 

 

 そして、光と音が止むと、少女たちをかばうようにして、その前に静かに降り立ったバーサーカーがいた。彼女たちはバーサーカーの存在に気が付き、自分たちが彼に助けられたことをここでようやく理解したのだ。

 

 

「おうおう、ガキども相手に大人げねぇじゃんかよ。……なあおっさん!」

 

「お前はあの時の……!!」

 

 

 バーサーカーはそんな彼女たちの前に立ちふさがりつつ、目の前の竜の騎士の男を挑発した。

何せ目の前の男は無力な少女を本気でしとめんと、奥義を使ったのだ。許せるはずもないというのが、バーサーカーの人情だった。

 

 また、竜の騎士の男、バロンはゲートの時と同じく、ギガブレイクを防がれたことに再び驚いていた。

さらに目の前に立つバーサーカーへと、額の紋章の光をさらに強くしながら、鋭い視線を送るのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギや千雨たちが大ピンチのこの状況の中、未だそれを知らずにのんきしているものがいた。

木乃香とラカンである。木乃香は状助とアスナが再会したこの広場にて、父親の友人であるラカンと面白そうに話をしていたのだ。また、木乃香の横には当然さよもおり、ニコニコしながら二人の会話を聞いていた。

 

 

「そうかー、このかちゃんそんなつえーのか!」

 

「そうやえー! ウチかて弱くあらへんよー!」

 

 

 ラカンは最初、木乃香を見た目どおりのおっとりとした少女としか思っていなかった。

だが、木乃香の話を聞くうちに、なかなかどうして実力をつけていることを知った。

 

 いやはや、やはり見た目だけではわからんものだ。気配とてほんわかしていると言うのに、あの覇王の弟子となりて修行していたとはと。

 

 木乃香も自分のことを強いと、ラカンへアピールして見せた。

ただ、木乃香は自分がまだまだであるとも思っていた。それでも強いと言葉にするのは、覇王の修行の成果に誇りと自信を持っているからだ。

 

 

「んで、アンタら何用だ?」

 

「え? あっ……!」

 

「あの人は!」

 

 

 だが、そこでラカンは空虚へと突然話しかけだした。

するとそこに二人の人影が現れたではないか。

 

 木乃香はその二人を見て、ハッとした表情を見せた。

また、さよもその二人に見覚えがあったようで、そんな感じの声をもらしていた。

 

 

「……」

 

「ふぇっへっへ……」

 

 

 そこに現れた二人の男。それは銀色に輝く防護服(メタルジャケット)の男と陽だった。

防護服(メタルジャケット)の男はラカンを帽子ごしに睨みながら、不気味な沈黙を保っていた。

陽は木乃香をじろじろと眺めながら、怪しげな笑いを出していた。

 

 

「あの人は確か状助さんを襲った……!」

 

「それに……陽!」

 

「久々だなーこのかよー!」

 

 

 さよは防護服(メタルジャケット)の男を見て、状助と戦い負傷させた人物だと言うことを思い出した。

木乃香は敵となってしまった陽をキッと睨み、その名を叫んだ。

 

 陽はそんな木乃香相手に、余裕の様子を見せていた。

むしろ、木乃香にまた会えて、また自分を見つめられているのを喜んでいる様子だった。

 

 

「俺の名はブラボー、ただのブラボーだ。貴殿がラカン殿であるとお見受けした」

 

「ほう、ご丁寧に自己紹介か。で、目的はなんだ?」

 

 

 防護服(メタルジャケット)の男も沈黙を破り、その口を静かに開いた。そこで出された言葉は、自己紹介とラカンへの確認の言葉だった。この防護服(メタルジャケット)の男は、自らをブラボーとだけ名乗った。

 

 ラカンはその男が自ら名乗り出たことに感服しつつも、その男へと目的を尋ねた。

とは言え、どうせろくなことではないのだろうと、ラカンはそこで考えていたが。

 

 

「難しいことではない。ここでラカン殿と一つ、相間見えたいというだけだ」

 

「わかりやすいのは嫌いじゃないぜ」

 

 

 だが、男の目的は簡潔だった。強敵ラカンとの戦い、それこそがこの防護服(メタルジャケット)の男の目的だった。いや、実際はアーチャーがネギに接近している時に、ラカンが邪魔しないように抑えるのが彼の役目だ。しかし、防護服(メタルジャケット)の男が今話した目的も、彼の本心から出たものであった。

 

 ラカンは目の前の銀色の男の言葉に、ニヤリと笑った。そういうことか、確かに簡単だ。ならばいっちょ戦ってやるか。そう考えて、スッと拳を握ったのだ。

 

 

「おい小僧、邪魔をするなよ」

 

「うっせーなおっさん。オレはこのかの面倒見るからそっちこそ邪魔すんなよ!」

 

「ふん、生意気な小僧だ……」

 

「それはどっちだっつーんだよ!!」

 

 

 そこで防護服(メタルジャケット)の男はおもむろに、横にいる陽へと声をかけた。その言葉はかなり辛口であり、陽のことをまるで信用していないということが伺えた。

 

 また、陽の目的は木乃香だった。陽もラカンを抑えておくという役割を持っていたが、そんなことなどどうでもよかった。陽は木乃香に勝利して、木乃香を自分のものにしたいという欲求しかなかったのだ。

 

 

「では、場を用意するとしよう。この背景を壊すのは、俺としても忍びない」

 

「用意がいいじゃねぇか。確かにここで暴れるにゃちょいと狭いか」

 

 

 すると、防護服(メタルジャケット)の男はすっと一本の杖を取り出した。それはあの”リリカルなのは”で登場する、デバイスと言う杖だった。

 

 本来このデバイスは、リンカーコアと言う魔力精製機関がなければ動かせない物だ。だが、この世界は"ネギま"であり、魔力さんあればよいらしく、防護服(メタルジャケット)の男にはそれを動かす程度の魔力があったようだ。

 

 故に、防護服(メタルジャケット)の男はその杖を仲間から借り、それを用いてこの場に結界を作り出し、周囲に被害がでないようにしようと考えたのだ。

 

 ラカンは目の前の男が何をするかわからなかったが、この場所を破壊するのは好ましくないと思っていた。なので相手の配慮に、またしても感心の声を漏らしていた。

 

 

「こりゃ結界か何かか? これで俺を閉じ込めたって訳か」

 

「閉じ込める? そうではない」

 

 

 そして、防護服(メタルジャケット)の男が自前の魔力でそれを操作すると、世界は一遍して無人の空間へと変貌した。

 

 ラカンは周囲の雰囲気が一瞬で変化したことに気がつき、結界を使ったことを察したのだ。また、先ほどの言葉が嘘で、実際はこの結界で自分を閉じ込める算段だったのかと、少し真顔となって言葉にしていた。

 

 しかし、防護服(メタルジャケット)の男の先ほどの言葉に、嘘偽りなど一切なかった。この結界は周囲に損害を出さぬようにするためだけのものであり、閉じ込めようなどとは考えていなかった。

 

 

「そんなことよりも単純な話だ。二人のどちらかが倒れるまで勝負する。それだけだ」

 

「なーんだ。だったら問題ねぇな!」

 

 

 防護服(メタルジャケット)の男は静かに構えを取り、戦いのルールを宣言した。

そうだ、この結界は自分たちがどんなに戦っても、外に影響が出ないようにするためのもの。どちらかが倒れ動かなくなるまで、ここで戦うことこそが外に出る唯一の方法だと、防護服(メタルジャケット)の男は鋭い眼光を覗かせながら、ラカンへと告げたのだ。

 

 ラカンはそれを聞いて、大いに笑いながらだったら良いと言葉にした。むしろ、回りくどくなくて良い。こういうのが面白い、そう思いながら、ラカンもゆっくり戦闘態勢へと移ったのだった。

 

 

「さてさてこのかぁ! 今日こそオレのものになってもらうぜ!!」

 

「……さよ」

 

「はい!」

 

 

 また、陽と木乃香もこの結界の中に入っていた。

陽は木乃香へとへらへら笑いながらそれを宣言すると、木乃香はその言葉を無視して、さよを静かに呼んだのだった。

 

 

「”O.S(オーバーソウル)”……!」

 

「おお? この前よりやる気があるって訳かよ。いいぜ、だったらオレが勝ったら!」

 

 

 木乃香はもはや有無を言わず、陽と戦う気でいた。それはすぐさまO.S(オーバーソウル)を行ったことから明らかだった。

 

 陽は木乃香がすでに戦う態勢となったのを見て、自分もすぐさまO.S(オーバーソウル)を行った。そして、ゲートの時よりも今の木乃香が本気であることを理解したのだった。

 

 

「オレの女になれよなぁ!!」

 

「……陽!!」

 

 

 だが、陽はそんなことなどどうでもいい。陽が一番求めていることは”木乃香”だからだ。木乃香を自分のものにしてはべらせることこそが陽の一番であり、それ以外は捨て置いてもよい事柄なのだ。

故に、陽は木乃香へとそれを叫んだ。ここで自分が勝利したのなら、自分のものになれと。

 

 しかし、木乃香も陽を倒すことで頭がいっぱいだった。何せ木乃香は陽が敵で現れたことを、昨日すでに覇王に相談していたからだ。そこで覇王が出した答えは、もし再び陽が現れたならば、全力で倒して自分の前につれてきてほしい、というものだった。

 

 だからもはや、木乃香は陽に対して慈悲も手加減もない。あるのは陽を倒すということのみ。さらに、覇王の下に陽を連れて行くということだけだったのだ。

 

 

 こうして、二組の戦いが無人の空間で始まったのであった。



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百三十七話 護りの盾

 アーチャーと呼ばれた転生者は、ネギを嵌めるためにその彼と交渉を行っていた。ネギにこの世界と仲間とどちらを取るか選ばせようと、言葉巧みに説得しようとするアーチャーだったが、ここでアスナが待ったをかけたのだ。

 

 

「何故なら……、ネギはこの国(ウェスペルタティア)の王子だからよ」

 

「……え……?」

 

 

 アスナは、アーチャーのネギと魔法世界は無関係であると言う言葉を聞いて、反論を口にした。

そうだ、ネギはこのオスティア、いや、ウェスペルタティア王国の王子なのだと、アスナは主張したのだ。

 

 ネギはその言葉に、一瞬言葉を失った。また、一体どういうことなんだと、固まってしまった。

 

 刹那も同じように、ネギがこの国の王子であると言うことに驚きを隠せない様子だった。

 

 

「ふむ、なるほど。君がそこまで知っているとは……」

 

「どっ、どういう……。いえ、まさか……」

 

 

 だが、アーチャーはそれでも冷静だった。

むしろ、アスナがそこまでのことを覚えていたことは、誤算だったとしか考えてない様子だった。

 

 ネギはアスナの言葉とアーチャーの態度に、それが事実なのかとうろたえた。

そして、ふと一つのことを思い出した。

 

 

「まさか、母さんが……!?」

 

「そうよ、あなたの母こそ、このウェスペルタティア王国の女王だったのよ」

 

 

 ネギがそこで思い出したこと、それは自分の母親のことだった。

原作のネギは父親であるナギばかりにとらわれ、母親のことを気にかけたことがない様子だった。それにネギの母親であるアリカは、災厄の魔女として名を出すことすらはばかられる存在だったのも大きかった。

 

 だが、ここでのネギはこっそりとだが、母親について師であるギガントから教えてもらっていた。とは言え、魔法世界の国の女王だったとかそう言うことではなく、あくまで人柄などではあったが。

 

 故に、ネギはもしかして自分の母親が、この世界に大きく関わっているのではないかと考えた。

すると、アスナはネギのその言葉を肯定し、そのネギの母親であるアリカの正体をはっきりと口にしたのだ。

 

 

「だから、ここがどうなろうと関係ないなんて通用しない! ネギはこの国と、この世界と大きく関係しているのだから!」

 

「まさか、ネギ先生にもそんな秘密が……」

 

 

 そう、ネギの母親であるアリカがこの国の女王だったのなら、ネギがこの世界と関係ないということはありえない。切っても切り離すことのできない繋がりが、すでに存在しているのだから。

アスナはそれを大声で、アーチャーへと主張した。

 

 また、刹那はネギの新たな秘密を知り、冷静な態度で驚いていた。

ネギの正体がそれほど大きなものだったなど、まったくもって予想できないものだったからだ。

 

 

「……そうだな、ならば訂正しよう。見知らぬ故郷など捨て、自分の住む世界に帰りたまえ」

 

「何だって……!?」

 

 

 だが、アーチャーはそれでも物静かな態度だった。関係がない訳ではないのはわかった。それでも所詮それはそれだ。ネギにもある程度この世界につながりがあったとは言え、来たこともないような故郷など、やはりどうでもいいもののはずだろうとアーチャーは言ったのだ。

 

 ネギはアーチャーのその言い草に、かなり驚いていた。

それでもここを捨てろと、忘れろとアーチャーが言い出したからだ。

 

 

「何、どうせ君はあちらの世界こそが故郷なはずだ。こちらのことなど知らないだろう? 今しがた彼女の話で、ようやく知ったのではないのかね?」

 

「うっ……」

 

「図星のようだな」

 

 

 そんなネギへと、アーチャーはさらにまくし立てた。

繋がりがあるにせよ、所詮は今はじめて知ったことだ。一番記憶に残っている故郷とは、ウェールズの田舎ではないかとアーチャーは言葉巧みに話した。

 

 ネギもそれは否定しなかった。

否定できなかった。その通りだからだ。間違ってないからだ。そうだ、ここへ来たのは初めてであるし、自分の母親がこの世界で女王だったのも初耳だった。

 

 しかし、それを聞いても、知っていても無関係に等しいと言われれば、少し違うのではないかと思うのも人間だ。知らなかったからといって、捨てていいようなものではないと思うのも当然だ。

 

 ただ、やはり知らなかったのは間違いではないので、ネギは言葉を詰まらせた。

アーチャーはそんなネギを見て、思ったとおりだとほくそ笑んだ。

 

 

「ならばいいではないか。君の故郷はウェールズだ。君の親がどうであれ、君がどんな生まれにせよ、君には君の世界があるはずだ」

 

「ッ!」

 

 

 それならそれで、ここを気にする理由などないのではないか。

ネギの本当の故郷はウェールズであり、ここではない。親がどんなものだろうと、ここはさほど関係ないだろう。ここではない、自分だけの世界があるはずだろうと、アーチャーはフッと笑って言ってのけた。

 

 ネギもそれに関しても否定はしなかった。何か言いたそうな顔で、驚くだけだった。

だが、何か棘があるような、知った風な口を利かれたような、そんな感じは受けていた。

 

 

「君は君の住む世界で、彼女たちと幸せに暮らせばいい。英雄の息子が英雄になる必要はないのだからね」

 

「……そうですね」

 

 

 アーチャーはさらに言葉を続けた。自分の幸せがある場所へ帰るべきだと。

英雄になる必要はない、自分の選んだ道を進めばよいと、調子のいいことを言ってのけた。

 

 ネギもそれを静かに聞き、悩んだ末に答えを出した。

アーチャーの言っていることはもっともであるし、自分もそう思い考えてきたことだったからだ。

 

 

「ネギ……!?」

 

「ネギ先生!?」

 

 

 そこで、そのネギの発言を聞いたアスナと刹那は、かなり驚愕した様子を見せた。

まさかネギがアーチャーの言葉に丸め込まれてしまったのかと。

 

 このままでいいのだろうかと、二人は考えながらネギに何か言おうと口を開きかけていた。

 

 

「ふっ、ならば口に出していただこうか。”僕は今後一切あなたに手出ししないし関わらない”とね」

 

 

 そして、アーチャーはしてやったりと言う笑みを見せながら、最後にそれをネギ本人に約束させようと言葉を吐いた。

そうだ、それでいい。そのままその言葉を述べてもらおう。そうすれば、こちらの勝利だ。そう思いながら、すでに勝利を確信していた。

 

 

「……いえ、それにはおよびません」

 

「……何?」

 

 

 だが、ネギはそこでアーチャーの言葉を断った。先ほどの自分の発言は、そう言う意味ではないとネギは言ったのだ。

先ほどのネギの言葉は、確かにネギが思ったことをそのまま述べたものだった。されど、元々ネギは英雄にも父親のようにもなる気などなかった。つまり、先ほどの答えは、ただ自分が最初からそう考えていた、と言うだけに過ぎなかったのだ。

 

 アーチャーはネギが断ると言ったのを聞き、先ほどの余裕の表情を崩した。

どういうことだ、先ほどの言葉はそう言う意味ではなかったのか。そう考え、少し混乱した様子を見せたのだ。

 

 

「何故なら、この取引はすでに破綻してるからです」

 

「それはどういうことだね……?」

 

 

 するとネギは、静かに断った理由を話し始めた。

この交渉は最初からおかしかった。明らかに詐欺めいていたと。

 

 そのネギの物言いに、アーチャーは冷静な態度を取り繕いつつ、その意味を尋ねた。

 

 

「あなたは最初に言いました。あれは事故だったと」

 

「確かに、そう言ったが?」

 

 

 ネギはアーチャーが説明を求めているのを聞き、ゆっくりそれを話し出した。

まず、ネギはゲートでの事件が故意ではなく事故だったということを口にした。

 

 アーチャーはそれに対し、間違いなくそれを発言したと認めた。

しかし、その認めたことこそが、ネギの狙いであった。

 

 

「そして、それについて悪いことをしたと言いました」

 

「ああそうだ。だが、それについてはもう済んだことだろう?」

 

「いいえ、それは違います」

 

 

 さらにネギは、その事故をアーチャー側が自らを悪とし、申し訳なかったと思ったことを口にした。

 

 アーチャーはそれについてもそう言ったと認めた。だが、ネチネチとそこを責めても意味がないだろうと、今はその話をしていたのではないと言い出した。

 

 ネギはそのアーチャーの、もう済んだことと言う言葉を否定した。

それは間違いだ。済んだなどと言っているが、実際はそうではないと。 

 

 

「そう思ったのならば、僕たちが無事に帰還することを望んでいるのならば、何故今更こんな取引をしたんですか?」

 

「!……、それは……、だな……」

 

 

 ネギは疑問に思った。あのゲートのことが事故であれ、自分たちが悪いと思ったのならば、こんな交渉など不要なはずだと。自分たちの帰還を望んでいて、なおかつ罪を認めのであれば、取引など持ちかけるはずがないと。

 

 その問いかけに、アーチャーは渋い顔を見せながら、言葉を詰まらせた。

しまった、そう思ったような表情をアーチャーは見せながら、言い訳を必死に頭の中でめぐらせていた。こうなるはずではなかったと、自分のミスを悔やんでいた。

 

 

「最初からおかしかったんですよ。自分たちが悪いと思っているなら、無事に戻ってほしいなら、はじめから積極的にサポートしてくれたんじゃないですか?」

 

「それは……」

 

 

 そうだ、最初からこの交渉は破綻していた。アーチャー側が自らの罪を認め謝罪するのであれば、無償で助けてくれてもよかったはずだ。何か救済処置を取ってくれてもよかったはずだ。

 

 それを何故今更ここで、アスナを引き換えに助けると言い出したのか。そうでなくとも、自分たちを無視しろなどと言い出したのか。それは明らかに不自然なことだ。

 

 アーチャーはそのネギの言葉に、どう答えていいかわからない様子だった。

自分たちが悪いことを認めてしまったのがあだになったと、そう後悔していた。

 

 

「つまり、あなたは最初から自分たちが悪いなんて思ってない。だからあの時のことはまだ済んだことになってないんだ」

 

「……くっ……、小僧貴様……!」

 

 

 つまり、アーチャー側があのゲートの出来事を、一片たりとも悪かったなんて思ってないのだ。悪いと思っていたのならば、こんなくだらない余興はしないはずだからだ。取引するならもっと別のことを持ちかけるはずだからだ。

 

 そうだ、故にあの時のことはまだ”済んだこと”ではない。継続中なのだ。戦いは続いていたのだ。言葉巧みに誘導しようと目論んでいたのなら、なおさらだ。ネギはそれをアーチャーへと、堂々と宣告した。

 

 するとアーチャーは、苦虫を噛んだような表情で、捨て台詞を吐き出した。

よくもまあペラペラと、そこまで言えたものだと。子供の癖に生意気なやつだと。

 

 

「交渉……、決裂ですね……!」

 

「……よもやそこまでとは……、精神的にも強くなっているというのか……!?」

 

 

 ネギはアーチャーの態度を見て、交渉が決裂したことを悟った。

それを言うとアーチャーは、忌々しそうな目でネギを見ながら、計算外だと言葉にしていた。

 

 

「ならば、仕方がない……」

 

「来る……!」

 

「私の取引にYESと言えないのならば、君の心変わりを誘発するまでだ」

 

 

 するとアーチャーは席からゆっくりと立ち上がり、戦う姿勢を見せた。そして、右手に隠し持っていた”鵬法璽(それ)”を懐へとしまい、上空へと跳躍したのである。

 

 そう、アーチャーの目的は”鵬法璽(それ)”を使ってネギを強制的に契約させ、アスナを得るか行動を不能にするというものだった。

 

 だが、これは単なる”原作再現”でしかない。本来ならばこの役はフェイトが行うものだった。しかし、フェイトはこの場にいない。すでに”完全なる世界”から抜けてしまっている。

 

 なので、アーチャーが代わりにそれを行っただけにすぎないのだ。それでもアーチャーが苛立つのは、原作ではそこで言葉に屈したはずのネギが、強い意思でそれを跳ね除けたからだ。自分の思い通りに事が運ばなかったからだ。

 

 

「なっ! 跳んだ!?」

 

「我が錬鉄は崩れ歪む……」

 

「あれはまずい!」

 

 

 刹那は一瞬にして天高く跳び上がったアーチャーを見て驚いた。

同じくアスナも、アーチャーのすばやい行動に驚いた。

 

 そして、アーチャーは上空にて弓を作り出し、さらに特製の矢も作り出した。それこそゲートで見せた螺旋の剣。真作であれば山をも削り取ると言われる、伝説の剣だ。

 

 ネギはそれを見て、あの攻撃は危険だと警戒した。

一度ゲートであの爆発を見ていたネギは、アレが地面に着弾すれば、この街に大きな被害が出ることを理解したからだ。

 

 

「”偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)”……!」

 

 

 アーチャーはそこで投影した宝具の真名を開放した。

すると、すさまじい魔力の渦が、その(つるぎ)とともに解き放たれ、超音速でネギらへと向かったのである。

 

 

「むっ!?」

 

「はああぁ!」

 

 

 だが、その(つるぎ)は、白き壁によって阻まれた。いや、”壁”と言うよりも”盾”だった。白く細い板状の光が、何重にも重なり円を描いていた。これこそがネギの開発した、大切な人を守るための杖を媒介にして編み出した”術具融合”。

 

 ネギがもっとも得意な属性である、光属性の魔法と風属性の魔法を融合させた白き光の”盾”。その白く輝く細い板一つ一つが、光属性の魔法そのものだ。その表面には強風が吹き荒れており、いかなる攻撃をも跳ね除け、または受け流すというすさまじい術具融合だった。

 

 (つるぎ)はその”盾”と衝突し、すさまじいほどの衝撃と爆音を鳴り響かせた。魔力の火花が散り、(つるぎ)は前へと進もうともがく。それでも”盾”は何層にも分かれる光の板により、それを防ぎきっていた。

 

 

「何だあれは……? ”盾”だと言うのか……!?」

 

「僕は……、守る……! 守ってみせます! 仲間も、父さんが守った世界も、母さんの国も!」

 

「くっ、やるな……!」

 

 

 アーチャーは、ネギが作り出した光の円を見て、まさか”盾”なのではないかと感じ、驚いた。さらに言えば偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)を、その盾が受け止められていることにもである。

 

 今のアーチャーの攻撃は牽制であり、街にも大きく被害がでぬよう配慮し、全力ではなかった。それでも偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)を受け止めきれるということは、かなりの強度と錬度の盾であることを、アーチャーは認めざるを得なかった。

 

 そして、ネギはこの”盾”で、自分の持ってるもの全てを守ると、誓い宣言したのだ。

そんなネギにアーチャーは、多少悔しそうな顔を見せた。

 

 こうしている内に、アーチャーの(つるぎ)は爆発し、”盾”も消滅していた。”盾”こそ破壊されたものの、ネギはアーチャーの(つるぎ)を受け止めきったのである。

 

 

「はあああぁッ!!」

 

「ネギ!」

 

 

 ネギはアーチャーを倒すまいと、その場から空高く跳び上がった。こうなってしまってはもはや戦わざるを得ない。それに、再び矢を放たれるのは面倒だと考え、ネギはあえてアーチャーに戦いをしかけに出たのだ。

 

 それを心配そうな声で叫ぶアスナがいた。

ネギは魔法使いとして天才ではあるが、戦いの天才ではない。なので、ネギがここでムキになってアーチャーと戦い、逆に返り討ちにされないかを心配したのだ。

 

 

「来るか……! ”トレース・オン”! はぁ!」

 

 

 アーチャーは高速で近づいてくるネギを見て、迎え撃つことにした。

そこでアーチャーは両手に夫婦剣を投影し、そのままネギを切り下のである。

 

 

「……! デコイだと!?」

 

「こっちです! ”開放! 雷の投擲”!」

 

「ぐっ! 接近してくると睨んだが違ったか……!」

 

 

 だが、それは風の精霊で作り出された偽者だった。アーチャーが切り裂いたそれは、たちまち風となって消え去ったのである。それを見たアーチャーはハッとし、くるりと周囲を伺った。

 

 すると、なんとアーチャーの真上から、ネギの声とともに魔法が飛んできた。ネギは矢と盾が爆発した時、すでにデコイと入れ替わっていたということだった。そして、アーチャーに気づかれないように、そこへと飛んできていたのだ。

 

 また、ネギは杖に遅延魔法として備えておいた、複数の”雷の投擲”をアーチャーへ向けて放ったのだ。

 

 アーチャーはそれを見て、少し焦りを感じていた。

ネギが接近戦を挑んでくるばかりだと、アーチャーは思っていたからだ。

 

 

「”開放! 雷の斧”!!」

 

「あたらん!」

 

「そこっ! ”魔法の射手・雷の29矢!”」

 

「無詠唱だと!?」

 

 

 さらに遅延魔法として溜めておいた”雷の斧”をアーチャーへ向けてネギは放った。

 

 しかし、アーチャーとてその程度の攻撃など、簡単に回避できる。その場で虚空瞬動を用いて、アーチャーはすばやくネギの魔法を回避した。

 

 だが、さらにネギはそこへ畳み掛けるように、無詠唱で雷属性の魔法の射手を29発放ったのだ。

 

 それにはアーチャーも驚いた。無詠唱の魔法に驚いたのではない、自分を囲むように配置された魔法の矢が、逃がさぬように飛び交ってきたからだ。

 

 

「ちぃ! これほどとは! ならば!」

 

「双剣!」

 

「そこだ! ”壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”!!」

 

 

 アーチャーはその魔法の矢を全て避けきり、すかさず夫婦剣をネギへと投げた。ネギはその飛び交う夫婦剣を見てさっと回避したが、アーチャーはその動きをすでに読んでいた。なんと、その夫婦剣は回転しながら方向を変え、ネギの後ろへと戻ってきたのだ。

 

 ネギはその戻ってくる夫婦剣に気が付き、再び回避を行おうとした。そこでアーチャーはその夫婦剣を爆破したのだ。これぞ壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。英霊が持つ宝具を破壊することで、すさまじい威力の爆発を起こす最終奥義だ。

 

 

「流石の少年も無事では……、なっ!」

 

「”最果ての光壁”……!」

 

 

 今の爆発はネギをしっかりと巻き込んだ。アーチャーは本気でネギを消し去るという気はないものの、ここで再起不能になってもらうとも思ったのだ。そして、今の攻撃ならばネギとてただではすまないと考え、その爆発した煙を眺めていた。

 

 しかし、ネギは無傷だった。問題なく健在だった。そう、ネギが先ほど作り出した光の盾の術具融合”最果ての光壁”で、今の爆発をしのいだのだ。

 

 

「くっ! ”盾”か!」

 

「それだけじゃない! これはただの”盾”だけじゃない!」

 

 

 ここで終わったと思ったアーチャーは、今の攻撃を防がれたことに驚いた。

また、先ほど見せた”盾”の存在を失念していたことに、舌打ちをしたのである。

 

 だが、ネギはその”盾”は盾だけではないと叫んだ。

すると、盾を形成している光の板が折りたたまれ、形状が変化したではないか。

 

 

「何!? 槍にだと!?」

 

「”開放! 雷の投擲”!!」

 

 

 そのネギが持つ”盾”の形状、それはまさに白く光る”槍”だった。盾として機能していた何層にも重なっていた光の板は、複雑に絡み合い錘状となりて槍の形を形成したのだ。さらに、取り巻いていた暴風は槍の周囲を纏う竜巻となり、その突きの威力を上昇させていた。

 

 アーチャーは盾が槍に変貌したことに、驚き戸惑った。

まさか、盾を変形させて武器にするなどと、考えても見なかったようだ。

 

 そんな戸惑うアーチャーへと、ネギはさらに追撃を行った。

”最果ての光壁”に封じていた雷の投擲をここで開放し、アーチャー目がけ飛ばしたのだ。

 

 

「まだまだ! ”魔法の射手・光の101矢”!」

 

「背後にだと……!? しまっ!」

 

「受けろ! ”最果ての光壁”!!」

 

 

 さらにネギは雷の投擲以外だけでなく、再度魔法の矢を無詠唱で発動させた。それはまるでアーチャーを取り囲むように、101本の光属性の魔法の矢が出現したのだ。

 

 アーチャーは自分が包囲されたことに驚き、焦った。

このままではまずい。何とかしなければ、そう思考し始めていた。

 

 ネギはそんなアーチャーへ考える間も与えんと、”最果ての光壁”と”雷の投擲”と”魔法の矢”での同時攻撃を行ったのだ。

 

 

「”熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”……」

 

「盾……! 防がれた……!」

 

「……盾を持っているのは君だけではないということだ」

 

 

 しかし、そのネギの渾身の攻撃は、全てアーチャーに防がれた。剣を右手に握り、ネギの操る”最果ての光壁”を防ぎ、それ以外の魔法を左手に展開した”熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”で防御したのだ。

 

 ”熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”は、赤紫に輝く七つの花弁の形をした盾だ。射撃や投擲などの遠距離攻撃に対応した強靭な”盾”だ。これによって雷の投擲と魔法の射手は完封されてしまったのである。

 

 また、右手に握っている剣はいつもの夫婦剣ではなく、西洋の剣だった。その剣の名は絶世の名剣(デュランダル)。ローランが使っていたとされ、絶対に壊れないとされる剣だ。壊れないという特性を利用し、アーチャーはこの剣を盾代わりにしたのである。

 

 そして、ネギはその”盾”を見て驚き、今の攻撃を完全にしのがれたことを理解した。

そこへアーチャーはネギへと不適な笑みで、自分も”盾”を所有していると得意げに述べたのだ。

 

 

「ふむ……。しかし、これは少し分が悪いようだな」

 

「待て!」

 

 

 アーチャーはネギから距離をとり、ふと周囲を伺った。

はっきり言ってネギが()()()()()()でこれほどやれるとは、アーチャーも思っていなかった。否、闇の魔法ではない新たな力、術具融合がこれほど厄介だということを、アーチャーはここでようやく理解したのだ。

 

 さらに、下には刹那とアスナがいる。もう一人の()()()がすでにスタンバイしているとしても、片方はこちらに来ることになるだろう。それを考えたアーチャーは、()()()()この場から退却することにしたのである。

 

 ネギは退却するアーチャーを見て、すかさず追ってしまった。

今の戦いで多少自信がつき熱くなってしまったネギは、アーチャーを捕らえることにこだわってしまったのだ。

 

 

「ネギ!」

 

「アスナさん!」

 

 

 アスナはアーチャーを追ったネギを見て、たまらず跳び出した。

確かに今のネギを見るに、かなり強くなっていた。それでもやはり、あのアーチャーに一人で勝てるはずがないと思ったからだ。

 

 刹那はそんなアスナの名を叫んだ。別に引き止めようと言う訳ではない。

行くならば自分も一緒に行こうと、言おうとしただけだった。

 

 

「センパイの相手はウチですえ」

 

「なっ!」

 

「お久しぶりですなー。センパイ」

 

「貴様は……月詠!」

 

 

 だが、そんな刹那の前に現れたのは、刹那が知るもっとも危険な人物だった。

そう、それこそ京都の修学旅行にて、刹那と一度斬り合った月詠だったのだ。

 

 刹那は月詠の姿を見てかなり驚いた。そして、一つの疑問が浮かび上がった。

何故、どうしてこいつがここに、そう思った。

 

 月詠は驚く刹那の顔を見ながら、にこやかに笑っていた。

こうやって対面したかった、待っていたと言わんばかりだ。

 

 すると刹那は驚きを抑え、すぐさま刀に手をかけ戦闘態勢を整えた。

あの月詠が何故ここにいるかはわからないが、敵であることだけははっきりしていたからだ。

 

 

「ようやく、ようやくこの待ちわびた瞬間(とき)が来おりましたわ」

 

「何故ここに……!」

 

「別にそないなこと、どうでもええやないですか。ウチはセンパイとヤれるんなら、どこまでもイきますえ」

 

 

 月詠は本当に嬉しそうに刹那をまじまじと眺めながら、待ちわびたと言葉にしていた。

まるでいとしの恋人に会ったかのような、そんな表情だった。

 

 刹那はそんな月詠を警戒しつつ、今思う疑問を尋ねた。

しかし、月詠はその疑問など知らぬと言う感じで切り捨て、むしろ刹那がいる場所ならば現れると言うではないか。

 

 

「それに、数週間もお預けくろうてて、ウチもう我慢できひん……」

 

「……そうか。なら早々に終わらせるまでだ」

 

「うふふふふ、早々終わらせるなんていけずやわぁー。センパイとのひと時をずっと待っておったっちゅーのに」

 

 

 そして、月詠は刹那を見つめながら、紅潮した顔で優しく抜いてあった刀を舐めずった。

月詠はアーチャーから今の今まで戦うことを止められていたのだ。なので、もはや我慢の限界だったのである。

 

 刹那はそんな月詠へと、だったら早く戦おうと述べた。

はっきり言ってこの状況、目の前の月詠と遊んでいる暇など刹那にも無いからだ。

 

 それを聞いた月詠も気味の悪い笑い声を出しながら、むしろ早く終わるなどもったいないと言い出した。

何せ月詠は刹那と戦いたい一心だ。その戦っている時間こそ至福の時なのだ。それがすぐに終わってしまうなど望んではいないのだ。

 

 

「ほなヤりましょかセンパイ? ウチを満足させてくれはってな?」

 

「……行くぞ!」

 

「うふふふ、ふふふふふ!!」

 

 

 そこで月詠もすっと笑顔のまま戦闘態勢をとり、刹那をじっと見つめていた。刹那はもはや月詠に言葉は不要と感じ、一言言い終えるとすかさず攻撃へと転じた。

 

 刹那は瞬動にて一瞬の内に月詠の懐へ入り込み、刀を振り下ろした。月詠はその攻撃を受け止めながら、まるで好きな相手とデートをしているように喜びながら、笑っていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちが戦っていたところから少し離れた場所にて、アルスもアーチャー一味の一人と戦っていた。その相手とはゲートでの事故から因縁のある、青いローブの少女だ。

 

 

「いいわ! いいわ! もっと苦しみなさい! もっと悲鳴をあげなさい!」

 

「はっ! 生憎とそんな趣味はねぇんでな!」

 

 

 青いローブの少女は、まるで踊るように軽やかな動きで、アルスを攻め立てていた。

多少興奮気味な様子の少女は、アルスへと攻撃しながら喜びを感じていた。もっと苦しめと嘲笑っていた。

 

 しかし、アルスとて負けてはいない。その攻撃をしっかりと見極め、回避していた。

自分はマゾヒストではないのだ、そんなもんゴメンこうむると苦笑すながら戦っていた。

 

 

「ふん! なら私がそうしてあげるわ!」

 

「そりゃどうも。だけどな、俺だって負けてらんねぇのさ!」

 

 

 そんな生意気なアルスの程度に、青いローブの少女は少し不機嫌そうな顔を見せた。

そして、すぐさま元のサディスティックな笑みを見せ、アルスへとさらに苛烈な攻撃を行い始めたのだ。

 

 それでもアルスはその攻撃に確実に対応して見せた。

また、この程度のことでは負けないと、意気込んで見せたのである。 

 

 

「あの時随分と痛めつけてあげたというのに、まだ抵抗する気力があるのね」

 

「そう思うか? 実はちょいと違うんだぜ?」

 

「はぁ?」

 

 

 すると青いローブの少女は、ゲートの時のことを話し出した。

あの時にかなりダメージを与えてやったはずだ。勝てないと教えたはずだ。なのに未だ抵抗の意思を見せていることに、むしろ感心の念を抱いていたのだ。

 

 だが、アルスは当然そうは感じていなかった。

確かに目の前の青いローブの少女は強い、強かった。強かったが勝てないというほどとは、一片たりとも感じてはいなかった。

 

 だから、アルスはそう言った。挑発するようにニヤリと笑いながらそう言った。

お前が考えているようなことはないと、お前の考えは間違っていると、そう言った。

 

 そんなアルスの強気の態度に、青いローブの少女は疑問の声を漏らした。

違うというのは何が違うのだろうか。意味がわからないという顔を見せたのだった。

 

 

「確かにお前の蹴り、キツかったぜ。だがまあ、致命傷は全部防いだ。この意味がわかるか?」

 

「さぁ?」

 

 

 とは言え、アルスは間違いなくゲートでの攻撃のすさまじさを記憶していた。

アレは確かに強かった。かなりヤバかった。されど、その攻撃を受けながらも、決して決定打だけは受けてなかった。アルスはそれを青いローブの少女へと、自信ありげに話し問いかけた。

 

 そのアルスの物言いに、少女は何を言ってるのかわからないという顔を見せた。

されど、その顔は疑問を感じたという顔ではなく、アルスを小馬鹿にしたような顔だった。

 

 

「お前の動きは見切ったってことだよ!」

 

「見切る? この私を? つまらない冗談ね!」

 

「冗談に聞こえるんならこっちとしちゃラッキーだね!」

 

 

 そんな青いローブの少女へと、アルスは悠々とそれを語った。

あの時の攻撃は激しかったが、それを見切ることができたと。故に、ダメージを最小限にとどめることが可能だったと。

 

 だが、それを聞いた青いローブの少女は、それこそおかしな話だと嘲笑した。

自分の能力は最高に高められている。それを見切るなんてありえない。彼女はそれほどまでに、自分の特典(スキル)に自信があった。

 

 アルスはそれを聞いて、むしろその方がいいとさえ言った。

見切られていないと思うのならば、それでよし。自分を舐めてくれていた方が、隙を突きやすいと思ったのだ。

 

 

「受けろ! ”雷の投擲”!!」

 

「あたらないわよ?」

 

「本命はこっちさ! ”雷の投擲”!!」

 

「だから無意味な……、っ!」

 

 

 そこでアルスはすかさず無詠唱で、”雷の投擲”を放った。しかし、当然それは青いローブの少女にはあたらない。まったくもってあたらない。

 

 そこへさらにアルスは同じく無詠唱で、再び”雷の投擲”を少女に向けて放つ。それも当然少女にはあたらない。軽くそこで回避した。

 

 が、少女が回避した瞬間、別の何かが彼女の頭上を掠めたのだ。それによりローブのフードで隠れていた少女の顔が、陽の下にさらけ出された。薄い紫色をした長い髪とあどけない少女の顔が、日差しに照らされはっきりと映った。

 

 

「術具融合、”スターランサー”!」

 

 

 また、アルスの右手には新たな武器が握られていた。それは”雷の投擲”を数本束ねた形状の穂先を持つ雷の槍。まさにガトリングランス。その名はスターランサー。それもまた”術具融合”を使った武装であった。

 

 ……アルスはゲートでの敗北を悔しく思い、この術具融合を開発した。アルスの特典の一つは無詠唱。そして、もう一つは魔力コントロールだ。その二つ目の特典を用いれば、即座に簡単に術具融合を編むことが可能だったのだ。

 

 

「っ! やるわね……!」

 

 

 青いローブの少女は、今の一撃に驚いた。

自分にダメージを与えることこそかなわなかったものの、フードを破壊し素顔をさらけ出させて見せたからだ。また、今のは油断だったと、少女は反省した。そして、ここではじめて余裕の表情が崩れ、悔しそうな顔を見せたのだ。

 

 

「切り札ってのは、最後まで取っておくもんだぜ」

 

「……あらそう? ……でもそれが切り札なら、あなたはここで最後を迎えるってことね!!」

 

 

 アルスはそんな彼女へと、ニヤリと笑って、握り締めた武器を見せびらかすように振り回した。

これこそが隠し玉。奥の手というやつだと。

 

 しかし、青いローブの少女は、再び余裕の笑みを見せ始めた。

それが切り札だというのなら、アルスにもう後がないということだからだ。ならば、未だ切り札を見せていない自分の方が、まだまだ圧倒的に有利だ悟ったのだ。

 

 そして、青いローブの少女は、アルスへの攻撃に移行した。切り札がそれでそれ以上がないのなら、やはりお前はここで終わりだと、そう面白そうに笑いながら。

 

 アルスもそれは無いという顔で、その少女の攻撃を受ける姿勢をとっていた。こうして再び二人の激戦は、第二ラウンドへと移るのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そのころ、隔離された結界の中、二人の男が衝突していた。

 

 

「ふん!!」

 

「はあぁ!!」

 

 

 片方は銀色のコートの男、ブラボーと名乗る男。もう一人は褐色の肌を持つ筋肉ムキムキの男、ジャック・ラカンだった。

 

 二人は同時に拳を突き出し、その拳を衝突させていた。その衝撃はすさまじく、周囲の建造物や地面のタイルを砕き割るほどであった。

 

 

「おおう? なんだその銀色の服は? 手ごたえが変だぞ?」

 

「だろうな。それこそ我が最強の鎧」

 

「アーティファクトか何かか? すげーなソレ!」

 

 

 そこでラカンは奇妙な感覚を覚えた。殴った感触がおかしいのだ。見た目はただの服のようだが、その強度はまるで分厚い鉄の塊を殴っているかのようだったからだ。

 

 それもそのはず、このブラボーと自ら名乗った男の武装錬金(とくてん)防護服(メタルジャケット)の武装錬金、シルバースキンだ。シルバースキンはいかなる攻撃をも跳ね除ける最強の防御。まさに鋼の鎧、否、鉄壁の城壁にも勝るものだ。

 

 それを自慢げに、されど控えめな態度でブラボーと名乗る男は言った。

対してラカンは単純に、その防御力に感心していた。すばらしいものだと。

 

 

「俺様の右パンチを受けて無傷だったヤツは久々だぜ!」

 

「それは光栄な話だ」

 

 

 ラカンは本当にその防御に感服していた。

自分のパンチで無傷だったやつは、片手の指で数えるほどしかいないからだ。

 

 それに対してブラボーも、当然と言う態度であるが光栄だと言葉にした。

だが、所詮それは転生神から貰った特典。自分の力ではない。故に、自信はあったが、さほど嬉くはなさそうであった。

 

 

「だが、俺はこの防御だけに頼っている訳ではないぞ……!」

 

「やるねぇ。なかなかの気の使い手みてぇだな」

 

 

 とは言え、その防御だけが全てではないと、ブラボーは拳に力を入れて宣言した。

そうだ、この鍛え抜かれた肉体こそが、最大の武器だ。最強の矛なのだと。

 

 ラカンもそれは理解していた。

ラカンとの殴り合いについてこれるというのなら、防御だけではないのは明白だからだ。

 

 

「いいぜ! こういうわかりやすい殴り合いは大好物だ! 俺も久々に本気を出すしかねぇな!!」

 

「そうだ、もっと俺に強さを見せ付けろ。そして、俺にそれを超えさせろ!」

 

「はっ! だがそう簡単にはいかねぇぜ!?」

 

 

 しかし、ラカンはだからこそ歓喜した。こう言う強いヤツが出てくることは願ったりかなったりだ。

しかも単純に殴り合いでケリを付けたがる相手など、好物に他ならない。

 

 故に、ニヤリと笑いながら、ラカンは本気を出す気になった。

目の前の男がかなりの実力者だからだ。防御を抜いても、かなりの猛者だからだ。

 

 それを聞いたブラボーと名乗る男も、冷静な態度を見せながら喜びの声をあげていた。

ラカンが本気を出すということは、つまり自分を強者と認めたということだ。敵対するに値すると思われたからだ。そして、その本気のラカンを越えたい願うのが、このブラボーと名乗る男だった。

 

 ラカンも男のその態度がとても気に入ったようだった。

だからこそ、ブラボーと名乗る男へと、喜びながらもその壁は厚いと大きく宣言したのだ。

 

 

「ぬうん!! ”流星! ブラボー脚”!!」

 

「オラァ! ”螺旋掌”!!」

 

 

 その後両者とも、渾身の力で必殺技を解き放った。ブラボーと名乗る男は地面を砕きながら飛び上がり、落下の力を使い蹴りを放った。ラカンはその男を迎え撃つように、手のひらを突き出したのだ。

 

 直後、両者の脚と掌が衝突し、爆発的な衝撃波が周囲を襲った。結界の中故に外は無事であるが、今の攻撃だけで周囲はす戦場の後のようにボロボロとなってしまったのだ。美しい景観は失われ、瓦礫の山となっていたのである。

 

 

「うっへー! あっちはすげぇことになってやがるぜ!」

 

「陽ー!」

 

「うお! こっちもヤベーことになってるけどな……!」

 

 

 そのすさまじい戦いを、少し離れた場所で他人事のように見るものがいた。転生者の陽だ。陽は無関心な様子で、仲間であるブラボーが戦っているのを、チラっと見て驚いていたのだ。

 

 そこへ木乃香はすかさずO.S(オーバーソウル)、白烏の光り輝く翼で切り込んだ。陽はハッとしてその攻撃を何とかO.S(オーバーソウル)、スピリット・オブ・ソードで辛くも防いだ。

 

 いや、陽のO.S(オーバーソウル)はただのO.S(オーバーソウル)である。片や木乃香のO.S(オーバーソウル)は甲縛式のものだ。防ぎきれるはずもない。故に、陽はすばやくそのままバックステップをし、O.S(オーバーソウル)の破壊を回避したのだ。

 

 

「あんちくしょう! このかぁ! もうちょい手加減してくんね!? マジきちーんだけどさ!?」

 

「なして陽はあんなやつらの仲間になってしもうたん!?」

 

「だから言ったじゃん!」

 

 

 だからこそか、陽は木乃香の攻撃が強烈さに、かなり苦戦していた。はっきり言ってしまえば、陽は”O.S(オーバーソウル)の技術面”では木乃香の足元にも及ばない。それでも何とか戦えるのは、陽がある程度完全なる世界の仲間に、戦闘訓練を受けたからだ。

 

 しかし、木乃香とてだらだらと魔法世界ですごしてきた訳ではない。木乃香には目標があった。師匠であり好きな男の子である覇王と並ぶ強さを手に入れることだ。その目標のために、当然修行してきた。技術を磨いてきたのだ。

 

 陽はそんな木乃香の実力に驚きながらも、ふざけた態度でヘラヘラとそれを言葉にしていた。

木乃香は強い、かなり強い。これはかなり分が悪い。馬鹿な陽でさえ、今の状況をある程度理解したようだ。

 

 されど木乃香は陽の言葉に耳を傾けず、己が全力を陽にぶつけた。

また、そこでゲートでも質問したことを、もう一度陽へと問い詰めたのだ。

 

 だが、それが陽の逆鱗に触れた。

陽は突如としてすごい剣幕で怒り出し、大声で叫びだしたのだ。

 

 

「お前がオレの女にならねぇで、兄貴にくっついたからに決まってんだろ!!」

 

「そないなことで!」

 

「お前にゃそんなもんだろうが、オレには重大なんだよぉ!!」

 

 

 何故、そんな質問など愚問だ。

陽はそう叫びながら、怒りと欲望をその口から吐き出した。

 

 陽は木乃香が自分の女にならず、兄である覇王の女になったことに悔しく思っていた。

それがまったく許せなかった。

 

 ただ、陽のそれは愛や恋ではなく、欲望だ。

はっきり言ってしまえば、陽は特別木乃香が好きだとかそう言う訳ではない。ある程度特別視はしているのだが、惚れているのではない。

 

 ただただ、木乃香を側にはべらせたいだけだ。彼女が自分の(もの)として、扱いたいだけだ。単純に好き勝手したいだけなのだ。

 

 

 また、木乃香はそのことだけで、敵になったのかと怒り叫んだ。

それに対して陽も、その程度とはなんだと逆切れして怒りをぶちまけたのだった。

 

 

「せやかて! 陽は何も言ーてくれへんかったやん!」

 

「アピールしてたつもりだがよぉ!!」

 

「言ーてくれへんとわからへんよ!」

 

 

 そこで木乃香は、陽が自分を好いてるということを、一度も言ってくれなかったと叫んだ。

一度でもそれを言ってくれなかった。教えてくれなかった。気がつけなかったと。

 

 しかし、陽は態度でそれを示したと言い出した。

それでわかってくれなかったと、文句を言ったのだ。

 

 そこで木乃香はそれじゃわからないと話した。

一言でも言ってくれれば、少しは意識が変わったかもしれないと大きな声で口にした。

 

 

「言ったところで兄貴を選んだだろうが!! ふざけんなよ!!」

 

「そないな態度やったら当たり前やん!!」

 

 

 だが、それはありえないと陽は思い、憤怒なる声を喉の奥底から大きく出した。

たとえ自分が告白したとしても、木乃香は覇王を取っただろう。それは間違いないと、陽は思っていたのだ。最初から諦めていたのだ。

 

 そんな陽へと、木乃香も普段見せないような怒った態度で、陽へと叫んだ。

陽の態度はあまりよいものではない。ただ我がままを言うだけの子供だ。そのような相手に誰が惚れるだろうか。好きになってくれるだろうか。そのことを木乃香は、陽へと打ち明けたのだ。

 

 

「オレの女になれ! オレの! オレの! オレのオオオオオ!!!」

 

「絶対嫌や!」

 

「なれえええぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 陽はもはや破れかぶれだった。完全に我を失っていた。

木乃香に無理やり、俺の女になれと叫んだ。俺のものになれと叫んだ。

 

 木乃香は当然それにNOだと言葉にし、突き放す。

当たり前だ。たとえ覇王と言う好きな男子がいなかったとしても、こんな態度の陽に惚れることはありえないからだ。それに今は覇王が好きだ。大好きだ。今更陽に振り向くなど、絶対にありえないことなのだ。

 

 それを聞いた陽は、もはやこの世のものとは思えないような声で叫んでいた。

喉がはちきれんばかりの、すさまじい絶叫だった。

 

 そして、二人も自分の意思のために、ひたすら衝突するのだった。陽は木乃香を自分のものにするために、木乃香は覇王との約束のために戦うのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 誰もが戦っている時、街の状況がおかしいと感じたものがいた。数多と焔だ。二人は闘技場でのんびりすごしていが、何やら街が騒がしいことに気が付いた。

 

 そこでそちらへ向かってみれば、遠くで雷が降っているではないか。天候は晴れ。雷が落ちるような状況ではない。これはただ事ではないと感じた二人は、そこへ駆けつけようと急いで街の中を移動していた。

 

 

「何やら騒がしいと思ったらドンパチやらかしてやがる!」

 

「兄さん!」

 

「ああ、わかってる!」

 

 

 周囲を伺えば、何やら戦いがはじまっていた。数多はそれに気が付き、仲間の下へと急いでいた。

 

 と言うのも、戦っているのは赤い外套の男や竜の騎士や、銀のコートの男たちだけではない。牽制のためか、完全なる世界に属する転生者たちが、アーチャーの行動で一斉に街中で動き出したようだった。故に、メトゥーナトの部下やギガントが率いる警備隊も行動をはじめ、その転生者と衝突しだしたのである。

 

 また、焔はこの状況で一番気がかりなことがあった。それはアスナだ。アスナの正体を知る焔は、真っ先に狙われるのはアスナであることを考え、それを数多へ進言しようとした。

 

 だが、数多もそれを理解しており、その一言だけでわかっていると答えたのである。

 

 

「っ! 焔!」

 

「なっ? 何だ?!」

 

 

 しかし、急いでいたところで数多が突如停止し、何かに気が付き焔の名を叫んだ。

焔は突然のことに驚きながら、何かあったのかを数多へ尋ねた。

 

 

「……先に行け」

 

「急に何を……」

 

 

 数多は街角の影をひたすらに睨みながら、焔へと自分を残して行くことを命じた。

数多のいきなりの言葉に、焔はただ困惑するばかりであった。

 

 

「ほう、気づいたのか、この俺に」

 

「はっ! あったりめーよ! テメェのその薄ら寒い空気がビンビン伝わってくるぜ」

 

「そうか、漏れていたか……」

 

 

 すると、なんと数多が睨んでいた場所から、一人の男性が現れた。それこそ学園祭で数多が戦い敗北した、コールドなる男だった。

 

 コールドは数多が自分に気が付いたことに感心しながら、ニヤリと笑っていた。

よくぞ気が付いた。気が付いてくれることを心待ちにしていた、そんな様子であった。

 

 そこで数多は涼しげな態度のコールドへと、気が付かないほうがおかしいと笑いながら語った。

コールドの氷のように冷たい気配と、その冷凍能力の冷気が漂っていたことを指摘したのだ。

 

 コールドはそれを聞いて、再び笑いながら失策だったと言い出した。

否、実際は全てわざとだ。わざと数多に自分が気が付くように仕向けていたのだ。

 

 

「兄さん、そいつは……?」

 

「俺の”遊び相手”さ……!」

 

「なっ!? まさか……!」

 

 

 焔はいきなり出てきた男性と数多が親しそうに、されど敵対する様子を見て、知っている人物なのかと疑問を尋ねた。

数多はそれに対して、遊び相手とだけ答えた。

 

 それを聞いた焔は、思い出したことがあった。

学園祭の時、数多が保健室へと担ぎ込まれたことがあった。あの時に”遊んでいた”と答えたことがあった。もしや、その”遊び相手”とはその時の”遊び”の相手であり、目の前の男と戦い負傷したのではないかと考えまさかと驚いたのだ。そして、その考えは真実だった。

 

 

「いいから行け! ぐずぐずしてられねぇだろ!」

 

「わっ、わかった。兄さんも気をつけて」

 

「保障はできねぇな!」

 

 

 数多はあたふたする焔へ、早く先へ行けと叫んだ。

この状況、何があってもおかしくない。それに仲間たちが心配だからだ。

 

 焔もそれをわかっていたので肯定の返事をしたのち、無事を祈る言葉を残しこの場を立ち去った。

だが、数多は無事だけは保障できないと、最後に言い残したのだった。

 

 

「ふふふ、いつ見ても美しい兄妹愛じゃないか」

 

「ぬかせ。さぁ来いよ。俺はテメェにリベンジしたくてしょうがなかったんだ」

 

 

 コールドは余裕の態度で小さく笑いながら、過ぎ去る焔を無視して数多を見ていた。コールドの目的は目の前の数多と戦うこと、ただそれだけ。焔の行く手を遮る必要をまったく感じていないのである。

 

 また、学園祭の時にも見たが、この二人の兄妹はとても仲が良いではないか。

そうコールドは感じたことを、小さく言葉にしていた。

 

 数多はそんなコールドへと、そんなこといいに来た訳ではなかろうと思った。

それに数多は学園祭での敗北を悔しく思っていた。目の前の男にもう一度挑み、今度は勝ちたいと願っていた。故に、コールドが現れたことで、体が疼いて仕方が無いと嬉しそうに言葉にしたのである。

 

 

「ふふふふははははは! そうだ、それでいい! ならば得と味わうがいい。我が極寒を!」

 

「そりゃこっちの台詞だ! 俺の熱血でテメェを焦がすぜ!」

 

 

 コールドも数多のその言葉に、歓喜し大きく笑い出した。

それでこそ自分が見定めた男。戦うに値すると評価した男。強くなり自分を楽しませてくれる男だと。ならば、こちらも最大の持て成しをするだけだ。コールドはそう考え、静かに戦いの構えをとった。

 

 数多もコールドのその言葉に、むしろそれを言うべきは自分であると叫んだ。

そして、数多も目の前の男を倒し越えるために、戦う姿勢を見せたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 また、数多たちとは別で、何か危機を感じて街中を駆けるものがいた。金髪の長い髪を揺らしながら疾走するもの、それはあのエヴァンジェリンだった。

 

 

「騒がしいと思ったが、いやまさかヤツらか……?」

 

 

 街がなんだか騒がしい。あちこちで戦いが始まりだしている。それを察したエヴァンジェリンは、街に出て状況を確認しようと行動したのだ。 

 

 

「こんな街中まで攻めてくるとは……。とにかくアスナが心配だ……」

 

 

 エヴァンジェリンは敵が大々的に、街の中で攻撃してきたことに多少驚きを感じていた。また、それ以上にアスナの安否を心配した。何せ連中がもっとも欲しているのは、アスナである。故に、エヴァンジェリンはアスナの下へと急ぐのであった。

 

 

「……!?」

 

 

 だが、突如として異変が起きた。エヴァンジェリンは前へと進んでいたはずなのに、突如として”一秒の差もなく数メートルも後退”していたのだ。

 

 

「なんだ……? 前へ進んだはずなのに、何故後ろに下がった……!?」

 

 

 このような現象は普通ならばありえない。エヴァンジェリンはそこですでに、おかしいと感じていた。不気味さを味わっていた。罠だろうか、攻撃されたのだろうか。何かがおかしい。そう思い始めていた。

 

 

「……! なんだ……、この感覚は……!」

 

 

 しかし、気にしている暇などない。エヴァンジェリンは再び前へと移動した。だが、そこでやはり後方へと下がった。これは一体なんだというのか。エヴァンジェリンですら、一瞬困惑を隠せなかった。

 

 

「フッフッフッ……、会いたかった……会いたかったぞ……。エヴァンジェリン……」

 

「なっ!? そんな馬鹿な……!? ありえない……、そんな……そんな……!」

 

 

 すると、戸惑いながら立ち尽くすエヴァンジェリンの前に、一人の男が現れた。しかも、魔力や気配を感じさせず、突然目の前に現れたのだ。一体何をしたというのだろうか。そして、その男はエヴァンジェリンを愛らしいものを見る目をしながら、そっと話しかけたのだ。

 

 またエヴァンジェリンは、まるで生き返った死人を見るような表情で驚いていた。

その驚きは目の前の男が突然現れたことなどではない。その男がこの場にいるということに驚いていたのだ。あのエヴァンジェリンが驚愕するほどに、目の前の男が自分の目に映っていることが信じられなかったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 のどか、ハルナ、千雨の三人は竜の騎士の男、バロンに追われていた。そして、最大の攻撃を仕掛けられたその時、ゴールデンなバーサーカーに助けられた。

 

 

「ゴールデンさん!」

 

「大丈夫かよお前ら! だがまぁ、俺が来たからにはもう安心だ」

 

 

 のどかは自分たちの前に立ち、バロンに立ちはだかるバーサーカーを呼びかけた。

バーサーカーは首と目を後ろへ向け、ニヤリと笑って三人の無事を確認した。

その後すぐに、未だ睨みつけながら無言でたたずむバロンへと目を移し、その男を警戒した。

 

 

「ああ、それともう一人、助っ人が来てるぜ!」

 

「姉ちゃんたち!」

 

「コタローか!」

 

 

 また、バーサーカーは自分以外にももう一人、助けに来たものがいると言った。

すると、千雨たちのすぐ側へと、影を使って小太郎が転移してきたのだ。

 

 小太郎も千雨たちのことが心配だったのか、安否を気にするように声を上げていた。

千雨はそんな小太郎の登場に、喜びの声を出していた。

 

 

「っ! まさか! させんぞ!」

 

「気がつくのがちょいとばかし遅かったようだな!」

 

 

 バロンは小太郎の登場で、その意図を察した。

あの影の転移を使い、彼女たちを逃がすつもりだと。故に、このままではマズイと考えたバロンは、とっさに攻撃を行った。

 

 しかし、バーサーカーがそれをさせぬとばかりに、黄金喰い(ゴールデンイーター)で受け止めた。バーサーカーの狙いはこのまま彼女たちを安全圏へと逃がすこと。それの邪魔だけはさせられないというものだ。

 

 こうしている内に、小太郎は千雨たちとともに影の中へと消えていった。つまり、既にこの場から去り、遠くへ逃げたということだ。

 

 

「……貴様……」

 

「おいおい、そう睨まれても困るぜ! むしろそっちが仕掛けてきたんじゃねぇか!」

 

 

 バロンは彼女たちを逃がしたことを悔しく思いながら、それを邪魔したバーサーカーを鋭く睨みつけた。

自分の課せられた任務を失敗したことに、バロンは怒りを覚えたのである。

 

 だが、バーサーカーはバロンの殺意を受け流し、むしろそちらが先に攻撃してきたのが悪いと言った。

どんなことがあろうとも、彼女たちを本気で攻撃したのは敵であるバロン。彼女たちを守って何が悪いのかと。

 

 

「……いいだろう……。お前との決着、ここでつけさせてもらうぞ……」

 

「いいぜぇ! ここでしっかりケリつけようぜ!!」

 

 

 バロンは一度バーサーカーから距離をとり、どうするかを考え始めた。そして、先ほどの怒りを抑え冷静さを取り戻し、ならば目の前の男を倒すことにすると決めた。どの道、目の前の男は巨大な壁となるだろう。ゲートでの借りもある。ここで勝負をつけておく必要があると考えたのだ。

 

 バーサーカーもそのバロンの言葉に好意的だった。そうだ、ゲートでは決着がつかなかったが、ここで白黒はっきり決めよう。バーサーカーはそう笑いながら述べ、再戦を喜びながら再びバロンとの戦闘を開始するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 小太郎は千雨、ハルナ、のどかをつれ、影の転移を行った。そして、安全だと思われる場所へと移動した。

 

 

「大丈夫やったか姉ちゃんたち!」

 

「ああ……、助かった……」

 

「まあ、なんとか……」

 

「ふぅー、生きた心地がしなかったー……」

 

 

 小太郎は転移後、再度彼女たちに怪我はないかと確認した。

千雨はそれに疲れ顔で問題ないと言った。

 

 ハルナも特に異常はないと言葉にし、のどかも一生で一番怖い目にあったのではないかと言葉にしていた。

 

 

「大丈夫か!」

 

「流! お前も来たのか?!」

 

「ああ、状助のヤツが何かを感じたみたいだからな……」

 

 

 すると、そこへ法も駆けつけてきた。

その表情はかなり心配した様子で、随分と焦ったものであった。

 

 千雨は法が来たことに多少驚き、助けに来てくれたことに感謝した。

そして、法は千雨のその問いに、静かに答えた。

 

 と言うのも、あの状助が今回の事件のことを思い出し、法たちに話したのだ。状助は法とは違い”原作知識”を持つ転生者。この事態を思い出し、慌てて騒ぎ出したのである。

 

 

「これからどうする?」

 

「とりあえず、赤い人の心も……」

 

「まだやんのか!」

 

 

 ハルナはこの状況、次にどう動くかを相談した。

それに対してのどかは、なんとアーチャーの記憶も読むと言い出したのだ。

 

 千雨はそれに対して猛反対の態度で大声を出した。

あれほど危険な目にあったのだから、おとなしくしていた方がいい。でなければこのメンバーでネギと合流するべきだと考えていたのだ。

 

 

「っ! 姉ちゃん!」

 

「何!?」

 

 

 だが、小太郎はそこで何かに気が付き、千雨を突き飛ばした。

千雨は一体何がなんだかわからず、そのまま吹き飛んだのである。

 

 

「グッ!!?」

 

「コタロー!?」

 

「コタロー君!?」

 

 

 すると、なんと小太郎が何者かに殴り飛ばされ吹き飛んだではないか。誰もが吹き飛ぶ小太郎を見て、驚き叫んだ。また、小太郎はそのまま建物の壁に衝突し、前のめりに倒れこんだ後、ぐったりとしたのだった。

 

 

「なっ! 何!?」

 

「こいつは……! お前は……、いや、貴様は!!」

 

「…………」

 

 

 ハルナは突然現れた新たな敵に、驚くことしかできなかった。

そして、法は目の前に現れた敵を見て、拳を強く握り締めながら、鋭く睨みつけ始めた。

 

 そう、そこに現れた敵こそ、漆黒の甲冑の騎士だった。ゲートにて法を攻撃してきた、あの敵だったのだ。その男は黙ったまま、睨みつける法を眺めていた。感情も無く、ただただ見ていた。

 

 

「……っ! 絶影!!」

 

「流!」

 

「お前たちは下がれ!」

 

 

 法はこのままではまずいと考え、とっさにアルターを作り出した。また、すぐさまそのアルターを本気の状態へと持って行き、敵の動きに注意したのだ。さらにアルターを彼女たちの盾になるよう立たせ、守るように行動させた。

 

 千雨はその法の行動を見て、彼の名を叫んだ。

法はそれを聞いて、千雨たちへとそのまま下がれと命じたのである。

 

 

「ハハハハハハハハハッ!!!」

 

「何!? グッガッ!!?!?」

 

 

 だが、敵はなんと一人だけではなかった。いや、ゲートでももう一人、漆黒の騎士と行動していた敵がいたではないか。それこそ、アルター・スーパーピンチを操る、笑い男だった。

 

 その男はなんということか、法の真上にスーパーピンチを構築し、踏みつけるように攻撃したのだ。法はその攻撃を回避して見せたが、次の瞬間、今度は蹴りあげるようにその脚が動いた。流石の法もその攻撃は回避できず、直撃を受けて吹き飛んだのだった。

 

 

「流!!」

 

「このロボは!?」

 

「あの時の!!?」

 

「くっ、こいつもあの時の……!」

 

 

 千雨は法が攻撃されたのを見て、たまらず叫んだ。

また、のどかやハルナは目の前に現れたロボを見て、ゲートで襲ってきた連中であることを思い出していた。

 

 法は今の攻撃が直撃であったが、気を習得していたおかげで、何とか防御を行いダメージを抑えることに成功した。ただ、それでもやはりダメージが大きかったのか、ゆっくりと立ち上がりながら、目の前の敵について分析していたのだった。

 

 

「ハハハハハハハハハハッ!!!!」

 

「ぐうぅ……! 剛なる左拳……!!」

 

 

 法はなんとか立ち上がり、スーパーピンチの肩の上で大笑いしながら見下す敵を睨んだ。そして、そのスーパーピンチ目がけて、攻撃を行おうと絶影に命じようとしたのだ。

 

 

「……!」

 

 

 しかし、敵は一人だけではない。当然漆黒の甲冑の男も、法を狙い攻撃を仕掛けたのだ。

 

 

「くっ!! 二人がかりか!?」

 

「……!!」

 

 

 流石の法もこの状況には焦りを感じた。

何せ目の前の巨大なスーパーピンチ以外にも、漆黒の甲冑の男を相手にしなければならないからだ。

 

 気を習得した法だが、完全にそれを使いこなせてはいない。それ以外にもアルターを同時に操りながら、それを行う訓練もまだまだ途中だ。故に、敵の同時攻撃にどう対処するか悩んだのである。

 

 

「ようやってくれよったなぁ! 今の不意打ちは効いたで!」

 

「小太郎!」

 

 

 だが、漆黒の騎士の行動は小太郎によって阻止された。漆黒の騎士によって吹き飛ばされた小太郎が、復活して仕返しとばかりにその男に攻撃したのだ。また、法は小太郎が復活してくれたことを喜び、その名を叫んだ。

 

 

「そっちを頼めるか……?」

 

「任せとき!」

 

 

 そして、これでようやく2対2で戦えると考えた法は、小太郎に漆黒の騎士の相手をしてもらおうと考えた。

ただ、先ほどの攻撃のダメージがないか確認するとともに、それで問題ないかを尋ねた。

 

 それに対して小太郎は、漆黒の騎士を睨みながら、平気そうな顔で快くOKを出した。

むしろ、ここでへばっていたら男が廃る。そんな様子であった。

 

 

「よし! 行くぞ!」

 

「おう!」

 

 

 法はスーパーピンチの男を、小太郎は漆黒の騎士の男をそれぞれ相手にすることに決定した。ならば、後は戦うだけだ。

 

 法は戦闘の合図を叫ぶと小太郎もそれに呼応し、二人はそれぞれの相手へと攻撃を開始した。三人の少女たちも今後の行動を考えながら、彼らを見守るばかりであった。こうして、彼らの戦いが幕を開けたのだった。

 



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百三十八話 とうとう会えたな

遅くなりましたが新年明けましておめでとうございます


 アスナは転生者アーチャーを追って飛び去ったネギを追いかけるため、空中を虚空瞬動で移動していた。

 

 

「ネギ……!」

 

 

 しかし、ネギはすでに遠くへと移動してしまったらしく、中々追いつけなかった。

 

 

「っ! 新手!?」

 

 

 故に、急いでネギを追うアスナの前に、突如新手の敵が現れた。敵は塔の形をした建造物の上に静かに立ちながら、アスナを見ていた。その男は頭に角を生やし、額に三つ目の目を持つ魔族だった。

 

 

「”カイザーフェニックス”……!」

 

「あっ! くっ!」

 

 

 なんとその新たな敵が右腕に魔力を込めると、炎の鳥が現れたではないか。それこそまさにダイの大冒険に出てくる最大のボス”バーン”が得意とする呪文、”カイザーフェニックス”だったのだ。敵はカイザーフェニックスを発生させると、すばやくアスナへ目がけ飛ばし攻撃したのである。

 

 アスナはその攻撃に驚き、一瞬戸惑った。それでも握っていたハマノツルギで何とか防ぎ、後退して近くの建造物の屋根へと移ったのだ。

 

 

「防ぎきった……? なるほど……」

 

「邪魔しないで!」

 

 

 魔族の男は自分の魔法を完全に防いだアスナを見て、少しだけ驚いた。

そして、魔法無効化能力の脅威を理解し、ならば次にどうするべきかを考えた。

 

 アスナは攻撃を受け、そこにいる魔族を敵だと認識した。

ならば、ネギを追う邪魔になると考え、即座に瞬動を使いその敵へと襲い掛かったのだ。

 

 

「そうか、ではこれならどうだ?」

 

 

 猛スピードで迫るアスナを眺めながら、敵は次の行動にすでに移っていた。

魔法が効かないというのは中々厄介だが、逆を言えばそれ以外の攻撃を行えばいいということだ。故に、魔族の男は冷静だった。問題ないと静観しながら、その構えを取りはじめた。

 

 

「”天地魔闘の構え”」

 

「なっ! ああ!?」

 

 

 それこそまさに”天地魔闘の構え”だった。天地魔闘の構えとは、大魔王バーンが得意とする技の一つだ。この技は相手の攻撃に対するカウンターであり、この構えを取っている時は自ら攻撃することができなくなる。

 

 だが、そんなデメリットなど笑い飛ばすかのような、恐ろしい技がこの天地魔闘の構えだ。天地魔闘の構えは、防御・物理攻撃・魔法攻撃を連続的かつ同時に、相手へと放つ技でもある。相手の攻撃を確実に防ぎ、物理攻撃や魔法攻撃にて、三連続同時攻撃を行うのだ。

 

 とは言え、弱点は存在する。それはこの技を放った後、数秒間動けないということだ。しかし、相手が一人であるならばそのような弱点など弱点にならず、無敵に等しい攻撃が繰り出せるのだ。

 

 故に、当然アスナの攻撃を軽く受け止め、赤子の手をひねるように振り払った。アスナは今の敵の動作に驚き、小さく悲鳴を漏らした。

 

 そこへさらなる追撃が襲い掛かった。天地魔闘の構えは三段攻撃だ。防御の後に牽制のカイザーフェニックス、ジャブの掌底、本命の闘気を宿した手刀が連続的に放たれたのだ。

 

 

「くっ! うああ……!」

 

「ほう、力を抑えていたとは言え、あの程度で済むとはな……」

 

 

 その攻撃でアスナは再び地上へと叩き落された。流石に三連撃を全て防御することはできず、魔法であるカイザーフェニックスと通常攻撃の掌底を防御するので精一杯だった。つまり、最後の一撃である闘気を宿した手刀だけは、防ぎきれなかったのだ。

 

 とは言え、魔族の男はそれも本気で繰り出した訳ではない。アスナは彼ら”完全なる世界”にとって、もっとも重要な人物。手違いで殺してしまう訳にはいかないからだ。

 

 それでもアスナは気を用いて、その攻撃のダメージを最低限に抑えていた。魔族の男はそれを見て、なるほどと感心していた。確かに話に聞いたとおり、かなりの実力を身につけているようだと。

 

 

「しかし……ふん、くだらん。何故、余がこんな下賤な作戦に手を貸さねばならぬのか……」

 

 

 ただ、魔族の男はこの作戦に不満しか感じていなかった。()()()()の頼みだからこそ協力しているものの、積極的ではなかった。そのためなのか、本来ならば捕獲に最も適した能力を、この魔族の男は使わなかった。いや、使う気がまるでなかった。

 

 それは第三の目を用いた”瞳”と呼ばれる能力。第三の目で見つめた、自分よりも実力の差がある弱者や負傷者などを、瞳と呼ばれる宝玉へと封じる力である。これを用いればアスナとて、簡単に捕らえることができるというものだ。

 

 しかし、ここのアスナは魔族の男が思う以上に、相当鍛え上げられていた。故に、簡単に封じることは不可能と判断した。ただ、ダメージを与え弱らせれば、問題なく捕獲できる。それでも使わなかったのは、それ以外の方法でアスナを捕らえようとしているからだ。

 

 と言うのも、この能力を使って欲しいとアーチャーから頼まれたが、男はそれを断ったのである。この作戦にまったく持ってやる気を感じなかった男は、アスナの足止め以外は一切行動しないとアーチャーへ断ったのだ。

 

 なので、この魔族の男は今の攻撃だけが仕事であり、それ以外の作戦に手を貸すこともなかった。落ちていくアスナを眺めながら、作戦通りの場所へと落下させられたことを確認すると、その場から去って行ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方その頃、未だ結界内でラカンとブラボーなる男が戦っていた。どちらも無傷であり、互いに拮抗した状態であった。

 

 

「その銀色の服は厄介だな!」

 

「当然だ……」

 

 

 ラカンはブラボーなる男が身にまとうシルバースキンに、多少なりと手を焼いていた。何せどんなに攻撃してもその部分が六角形のパーツにはじけるだけで、ダメージを与えられないからだ。さらに、瞬時に修復されてしまい、元に戻ってしまうからだ。

 

 ただ、ブラボーなる男はその特性を理解した上で使っている。なので、その部分を褒められたとしても、嬉しさなど湧かないのだ。

 

 

「だが、大体その服の特性は理解したぜ?」

 

「ほう?」

 

 

 しかし、ラカンはすでにシルバースキンの特性を完全に把握した様子だった。殴ればその部分が硬化し、はじける。その後すぐに修復され、ダメージを0にする。なるほど、確かに最強の防御と言ったものだと。

 

 それを聞いたブラボーは、やはり察したかと言う顔を帽子の下から覗かせていた。

これほど何度も攻撃していれば、理解するのも当然だというものだ。

 

 

「おらぁ!!」

 

「むうん!!」

 

 

 そこでラカンは最大の右パンチをブラボーへと見舞った。ブラボーも同じく強烈な右パンチを放ち、それがすさまじい衝撃を帯びて衝突したのである。

 

 すると、ブラボーは打ち負けたようで、その銀のジャケットを吹き払われた。だが、その中には同じく、シルバースキンが現れたのだ。

 

 

「おお? 重ね着してるってか?」

 

「流石だ……。最大の気を用いてさらに強化しているはずのシルバースキンをこうも容易く打ち破るとは……」

 

 

 ラカンはその下にも同じようなジャケットが現れたのを見て、二重に着ていたのかと思った。

また、確かにあの銀の服を二重に重ねていれば、かなりの防御力になるだろう。突破できるものも、一握りだろうと考えた。

 

 しかし、ブラボーは今の攻撃に戦慄していた。

闘争心を高ぶらせることで、武装錬金の性能をあげることができる。シルバースキンならば、その防御力を向上させることができるのだ。

 

 それ以外にも、気を用いてシルバースキンを強化していた。これにより、ミサイルでも傷つかないとされたシルバースキンを、さらに強固にしていたのだ。

 

 だと言うのに、ラカンは右パンチでそれを破って見せた。

たった一撃でシルバースキンを粉砕したのだ。故に、ブラボーは驚き、冷や汗を流していた。そして、考えてみればラカンほどの男ならば、そのぐらい当然であると考えるべきだったと、認識を改めていた。

 

 

「しかし、その程度ではこのダブルシルバースキンを破れはしない!!」

 

「だったら、次はどうだ? ”羅漢萬烈拳”!!」

 

 

 ああ、それでも、それでもこのダブルシルバースキン、簡単には砕けない。どちらも同時に粉砕するパワー、その後再生する前に攻撃する速度、どちらも必要だからだ。

 

 すると、ラカンは自信満々な表情で、次の攻撃を繰りだした。それは拳を高速で連打するというシンプルな技だった。

 

 

「ぐうう!?」

 

「ほう? それがテメェのツラって訳か」

 

「ぬう……。これほどとは……。いや……予想できたはずだったのだがな……」

 

 

 すると、なんということか。その攻撃を受けたブラボーのダブルシルバースキンは、見るも無残に破裂四散。ブラボー自身にダメージはないが、これは戦慄と驚愕の両方を味わっていたのだ。

 

 何せダブルシルバースキンは無敵と称するに値する最強の防御。それをいともたやすく打ち破ったラカンに、驚かざるを得ない。

 

 ブラボーは攻撃を受けシルバースキンを破壊されながら、数メートル先まで吹き飛ばされた。そこですかさず体勢を立て直し、しかと着地しながらラカンを驚きの眼で眺めていた。

 

 ラカンはようやく現れたブラボーの顔を見て、ニヤリと笑った。

胡散臭いジャケットで身を隠しているのだから、胡散臭い顔をしているのだと思ったが、なかなかどうして伊達男ではないかと。

 

 また、ブラボーもシルバースキンが修復される中、ラカンの壮絶さに戦慄していた。

むしろ、そのようなことなどわかっていたはずだと悔い改めていた。そうだ、目の前の男はバグ中のバグだ。シルバースキンを打ち破るのに、そう時間はかからないことなどわかっていたはずだと。

 

 

「そういやよう。テメェらがここに来たってことは、ぼーずんとこにも敵が行ってるってことだな?」

 

「察しがいいな……。そのとおりだ」

 

 

 ふと、ラカンはそこで気が付いた。

この連中が自分の前に現れたということは、つまりネギの方にも敵が行っている可能性があるということだ。

 

 それをラカンがブラボーに尋ねれば、そうだと言うではないか。

と言うか、ブラボーもブラボーで馬鹿正直すぎた。ここで嘘をつくなりすればよいというものを、あえて正直に話してしまったのだ。このブラボーと言う男は嘘が苦手なようで、正直な性格だったらしい。

 

 

「! ネギ君の方にも!?」

 

「余所見しねぇでオレだけを見ろや!」

 

「くうぅっ! 陽!!」

 

 

 それを少し離れた場所で聞いていた木乃香が反応し、ラカンたちの方を向いて焦った様子を見せた。

いや、普通に考えればここに敵が現れたということは、ネギの方にも現れているのは当然と言えよう。ならば、早くネギたちと合流する必要がある。木乃香はそれを考え、驚いていた。

 

 だが、陽は木乃香が余所見をしたのが許せなかったのか、大声で叫び大きく強烈な一撃を振り下ろした。

木乃香はハッとしてそれを防御し、再び陽へと邪魔をするな言わんばかりに反撃を行ったのだ。

 

 

「んじゃ、しょうがねぇ。もうちっと遊んでようと思ったが、そうもしてられねぇみてぇだしな」

 

「何だと……?」

 

「何せメトの依頼は”ぼーずとコタロー”の面倒見だからな。ちゃんと受けた依頼は最後までやらねぇと怒られちまう」

 

 

 ラカンはネギの方にも敵が行っていることを聞き、これはちょいとまずいと思った。

なので、首を回しながら、さてどうしたものかと考え、この戦いを今すぐ終わらせることにしたのだ。

 

 そのラカンの発言に、ピクリと反応を見せたブラボー。

”遊んでいようと”と言う部分に、聞き捨てならないものを感じたのだ。何せ、今の今まで互角に戦っていたと言うのに、それが”遊び”だったのだから、大小なりと怒りや驚きぐらいあるだろう。

 

 また、ラカンにはそれをせざるを得ない理由があった。

それはメトゥーナトからの依頼だ。ラカンはメトゥーナトの依頼で、ネギや小太郎のことを頼まれていた。その依頼を失敗する訳にはいかない。失敗したら後が怖いからだ。だからこそ、ここで時間を食う訳にはいかないのだ。

 

 

「と言う訳で、名残惜しいがここで終わらせて貰うぜ!」

 

「そうは行かんぞ……!!」

 

「へっ!」

 

 

 故に、最優先事項はネギたちの安全確保だ。そのためには目の前の銀色の男を、一瞬で倒す必要がある。

が、ラカンはそんなところを心配するような男ではない。

 

 確かに目の前の銀色の男は強いが、倒せない相手ではないとすでに理解していたからだ。なので、ラカンはさっさと終わらせるために、目の前の男へと仕掛けることにした。

 

 しかし、ブラボーもまた、ラカンを逃がす気はない。

自分たちの目的はラカンを抑えておくことだ。時間稼ぎだ。あわよくば倒せれば、とも思っていた。そのため、ここでラカンを取り逃がすわけには行かないのだ。必死だった。

 

 そんなブラボーの態度に、ふとラカンは笑った。

そして、次の瞬間、ラカンから膨大な気が溢れだし、その技を繰り出したのだ。

 

 

「”ラカン・インパクト”ッッ!!!」

 

「なっ!? ぐううおぉぉぅぅ……!?」

 

 

 それは”ラカン・インパクト”。強力で巨大な気を波動として放つラカンの大技。まるでそれは波動砲のごとき技で、その絶大な気の渦が拳から放たれたのだ。

 

 それを受けたブラボーは、すさまじい衝撃で吹き飛ばされ、その気の光に飲み込まれた。もはや避けることすらかなわず、壮絶な気の嵐に飲み込まれながら悲鳴を上げるのが精一杯だったのである。

 

 

「あのおっさん何やって……!?」

 

「そんでもって!」

 

 

 陽はいきなりの事態に驚きながら、ブラボーがやられたのを見て悪態をついていた。

だが、そこへラカンは間髪いれずに木乃香と戦っている陽へと振り返り、瞬間的に陽の目の前へと飛び出した。

 

 

「テメェもだ!」

 

「グベバー!?」

 

 

 そして、そのまま適当に右ストレートを放つと、それは陽の顔面に吸い込まれるかのようにHIT。

陽は苦悶の奇声を叫びながら、数十メートルもの距離を吹き飛ばされ、そのまま地面に衝突し転がったのだった。

 

 

「ラカンはん!?」

 

「このかちゃん、ここから出るぜ!」

 

「せやけどどうやって……!?」

 

 

 木乃香は突如として目の前に現れ、陽をぶっ飛ばしたラカンを眼をぱちくりさせながら驚いていた。

するとラカンはそんな様子の木乃香へと、この結界から脱出すると言い出した。

 

 だが、この結界は特殊なようだ。

そのことを多少なりと察していた木乃香は、どうやって脱出するのかをラカンへ尋ねたのである。

 

 

「ああ、そりゃまあ……、こうするんだ!!」

 

「えっ!? えっ!?」

 

 

 ラカンは木乃香の問いに、ニヤリと笑いながら拳を強く握り始めた。

その光景に木乃香はさらに疑問を覚え、一体何をするつもりなのかと考えた。

 

 

「何をするつもりだ!!」

 

「おおう、あれを食らって無傷か? すげぇなその銀色!」

 

 

 しかし、その木乃香の疑問を代弁するような質問が、別の場所から飛ばされた。

それはあのブラボーだった。シルバースキンに護られたブラボーは、ラカン・インパクトに耐えたのである。

 

 ラカンは自分の奥義たる技を受けてもピンピンしているブラボーを見て、たいそう嬉しそうに驚いた。

なるほど、あの銀色のジャケットは想像以上に頑丈のようだ。防御だけならこの世界のどのアーティファクトをも上回るだろうと。

 

 

「うおおおおおおおおお!!!! ”両断!! ブラボチョップ”!!!」

 

 

 また、ブラボーはすかさずラカンへと、再び攻撃を仕掛けた。この結界から抜け出す方法があるのなら、それをさせてはならないからだ。

 

 故に、一瞬で天高く飛び上がり、その落下と虚空瞬動の加速をもって、ラカンへ向かって行った。さらに掌に一点集中した膨大な気の力を用いた、最大最高の一撃をラカンへと叩き込んだのである。

 

 

「がぁ!?」

 

「だがまっ、わりぃな。今取り込み中だ」

 

「こっ……、これほどにも差がある……とは……」

 

 

 だが、そのブラボーの一撃は命中しなかった。

それよりも速く、ラカンの無数の拳の連撃がブラボーを襲ったからだ。ブラボーのダブルシルバースキンを全て跳ね除け、本体にまで攻撃が命中していたからだ。

 

 ラカンはシルバースキンの穴をすでに理解していた。

強烈な攻撃ならば、あの銀色は分散する。それでも瞬時に修復することで、攻撃を防いでいる。それを二つも重ねれば、確かに最強の防御だろう。

 

 ならば、二つを分散させた状態で、再生される前に攻撃すればいい。

単純だがそれがあの銀色を破る手だ。それは普通ならば不可能に近い攻略方法。それをラカンは、まるで片手間作業のように容易く行ってしまったのだ。

 

 そして、ブラボーはその攻撃を受け、再び吹き飛ばされた。

その中でブラボーは恐れおののいていた。ダブルシルバースキンを打ち破り、内部の本体にまで攻撃してくるその瞬間的で爆発的な連続パンチに。ラカンという男の強さに。実力に。

 

 

「ぬん……!! ぬぐうおおぉぉぉおおぉぉおおおぉおおぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

 ラカンはブラボーが倒れ動かなくなったのを見て、唸り声とともに右拳に力を込め始めた。すると、なんということだろうか。周囲の空間がきしみ、揺れ始めたのだ。

 

 

「”大次元破り”!!!」

 

 

 さらに、ラカンはそこで今考えた技の名を叫ぶと、結界の壁が砕け散り、消滅したのである。それはつまり、ラカンが結界を破壊し、外に出れたということだ。

 

 

「なっ!? 嘘……だろ……」

 

「なん……、とい……う……、出鱈目な男だ……!」

 

 

 その光景を見ていた陽とブラボーは、ただただ驚くだけであった。

目を見開き口を開け、マヌケな顔をしながらも、陽はラカンのその力技に目を疑っていた。

 

 ブラボーもまた、ラカンにあることを再認識していた。

すさまじい力だ。恐ろしい。強大すぎるということを。

 

 いや、確かにラカンは”ネギま”においてバグ中のバグ。アーティファクトで作り出した空間を破壊していた。

 

 それでもこの結界は”ネギま”のものではなく、”リリカルなのは”のものだ。それすらも重力魔法の応用とゴリ押しで破壊したラカンは、間違いなくバグだった。

 

 故に”原作知識”を持つ陽やブラボーは驚いていたのだ。この結界すらもラカンが破壊できるということに、心底驚愕していたのだ。

 

 

「なんだ、テキトーにやってみたが、案外イケたな」

 

 

 ラカンは今のすらも、ただただ適当な行動だった。

いやー、うまく行ってよかったよかった。そんな結果オーライな顔で笑っていた。

 

 そんなラカンを隣で眺めながら、木乃香もポカンとするしかなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 場所を移し、ここはエヴァンジェリンがいる場所。真祖の吸血鬼にて最大最高の魔法使いであり、この世界ではアリアドネーの名誉教授たるエヴァンジェリン。

 

 どのような相手にも余裕の構えを崩さず、大抵の転生者をあしらってきた猛者。そんなエヴァンジェリンが今まさに、窮地に追いやられていた。

 

 別に戦いで危機に瀕した訳ではない。精神的な部分で、かなり追い詰められていた。その表情に余裕がないほどに、目の前の男に追い詰められていたのだ。

 

 

「ずっとこの時を待ちわびていた……。そして、ようやく会えたな……エヴァンジェリン……。いや、ここはやはりキティと呼んであげるべきだったか……?」

 

「馬鹿な……、何故ここにいる……? いや……、何故生きてる……!」

 

 

 エヴァンジェリンの前に現れた男。

黄色のジャケットとズボンに黒いインナーを着こなした、ところどころにハートのアクセサリーを身につけた男。男だと言うのになんとも妖艶なる顔立ちをした、金髪の男。

 

 その男はエヴァンジェリンへと安堵させるように、されどまるで旧知の仲のような気軽さで声をかけ始めた。そして、エヴァンジェリンを”キティ”と呼んだ。

 

 その名を知るものはアルカディアの皇帝や紅き翼のアルビレオなどぐらいであまり多くはないと言うのに、その名を男は呼んだのだ。

 

 だが、エヴァンジェリンはその名を呼ばれたにも関わらず、そんなことなど気にもしていなかった。否、気にする余裕がなかった。

 

 体を震わせながら、この世ではありえない現象を見るような顔で、まるで亡霊を見たような表情で、その男をエヴァンジェリンは見ていた。

そこで、”何故生きている”と言葉にした。目の前の男はエヴァンジェリンが知っている男だった。いや、”知っていた”男だったのだ。

 

 そう、”何故生きている”と言うその問いは、死んだ人間へ使う言葉だ。つまり、目の前の男はエヴァンジェリンにとって死んだ人間、過去の人間ということだった。

 

 

「兄様!!」

 

「ふふふ……、懐かしいな。その声、その響き、その呼び方……。あの時と変わらぬかわいらしい声だ」

 

 

 エヴァンジェリンは男へと、普段は見せないようなかわいらしい声で、はちきれんばかりにその正体を叫んだ。

なんということだろうか。目の前の男はエヴァンジェリンの兄だと言う。

 

 いや、ありえないと言うことはないだろう。この世界の転生者のルールに”原作キャラの身内にはなれない”なんてことはない。現にカギはネギの兄として転生している。そうだ、目の前の男が”エヴァンジェリンの兄”として転生しているのならば、そうなるだろう。

 

 その男はエヴァンジェリンの顔を見て懐かしく感じながら小さく笑い、昔を思い出していた。

あの小さな小さなエヴァンジェリン。愛しの妹。かわいらしく愛らしかったあの娘。

 

 会いたかった、ようやく出会えた。そんな感情がこみ上げながらも、それを表に出さぬようにしながら、エヴァンジェリンをマジマジと眺めていた。

 

 

「くっ!? 幻覚なのか!? 知らぬうちに何かの術を受けたというのか!?」

 

「違うな……、幻覚ではないぞ、我が妹よ……」

 

 

 そこでエヴァンジェリンは我に返り、ふと周囲を見渡した。

自分の兄は過去の人間だ。自分がまだ人間だった頃、つまり600年も前の人間だ。それほど昔の人間が、ここにいるはずがない。生きているはずがないのだ。

 

 故に、エヴァンジェリンは幻覚などの攻撃を疑った。すでに自分が何者かに攻撃され、幻覚を見せられていると考えたのだ。

 

 だが、目の前の男はそれを否定した。そうではない。幻覚でも幻でもなく、確実に存在すると。

 

 

「しかし、兄妹が久々に再会したというのに、そんな顔をされては兄として悲しい」

 

「黙れ!! 兄様は600年も前の人間だ! 生きているはずがない!!」

 

 

 さらに、男は少しばかり悲しげな顔を見せながら、そう言った。

長年の夢である妹との再会が、こんな寂しいものになるとはと。本来ならば抱き合い、再会を喜び分かち合うはずであったと。

 

 それにエヴァンジェリンは怒りの声を上げていた。

目の前の男が兄であるはずがない、絶対にありえないことだ。そう思っているエヴァンジェリンは、偽者などに兄を気取られるのがたまらないという様子だった。

 

 

「本当にそう思うか? では何故、お前がこうやって生き延びている……?」

 

「それは私が吸血鬼に……! まさか……!?」

 

 

 そのエヴァンジェリンの叫びに、なるほどと言う顔を見せた男。

すると、男はどうして自分が偽者だと思うのか、ならばエヴァンジェリン自身は何故長い年月を生きてきたのか尋ねたのだ。

 

 エヴァンジェリンはそれに対し、自分は吸血鬼となったからこそ600年と言う歳月を生きてこれたと叫ぼうとした。

だが、そこでエヴァンジェリンは気が付いてしまった。いや、目の前の男が気づかせたのだ。

 

 

「そのまさか、と言うヤツだ。この私もお前のように、吸血鬼となりて永き時を生きてきたのだ」

 

「そっ……、そんな……。嘘だ……」

 

 

 そう、このエヴァンジェリンの兄を名乗る男は、エヴァンジェリン同様に吸血鬼となりて、長き歳月を生きてきたのだ。

と言うよりも、この男が選んだ特典から見れば当然の結果であった。

 

 

 ……この男、ディオと言う。

ディオ・B・T・マクダウェル。そう”この世界で名づけられた”男。その男が選んだ特典は”ジョジョの奇妙な冒険のDIOおよびディオの能力”と”ネギまの真祖の吸血鬼の力”だった。

 

 ディオの能力とはすなわち、吸血鬼としての力だ。だが、それだけでは日光や波紋の前では無力だ。はっきり言ってしまえば、ジョジョの吸血鬼は他作品の吸血鬼などほど強くはない。第二部では雑魚として登場し、蹴散らされる程度の存在でもある。

 

 故に、もう一つの特典を選んだ。そう、この世界の真祖の吸血鬼としての力、すなわちエヴァンジェリンと同じ力だ。それにより日光や波紋を克服し、ぶっちぎりで最強の存在となったのである。

 

 

 その事実を突きつけられたエヴァンジェリンは、大きなショックを受けていた。

エヴァンジェリンは600年前のことだが、兄と言う存在を忘れてはいなかった。かすかではあるが、しっかりと記憶に残っていた。優しく暖かかったあの兄の笑顔を、忘れてはいなかった。

 

 そんな優しかった兄が、自分と同じ吸血鬼となっていた。それはエヴァンジェリンにとって、最も衝撃的でつらい事実だったのだ。

 

 

「嘘ではないぞ、キティ。そして、私がここに来たのは、お前を迎えに来たからだ」

 

「迎えに……、だと……!?」

 

 

 ディオと言う男はエヴァンジェリンが落胆し、もらした言葉に反応した。

そうだ、今目の前にいる自分は正真正銘、お前の兄であると言ったのだ。さらに、ディオは自分の目的を優しく接するかのような声で言葉にした。

 

 エヴァンジェリンは迎えに来たと言われ、一体どういうことだと考えた。

迎えに、とは帰る場所があるのだろうが、そこは一体どこなのだろうかと考えた。

 

 

「我が妹よ、私とともに故郷へ帰ろう。そこで静かに兄妹二人で、永遠の安らぎを得よう」

 

「何……!?」

 

 

 このディオと言う男の目的、それはエヴァンジェリンを見つけることだった。

そして、その後は自分の故郷へと帰り、誰にもわからぬようひっそりと二人で暮らすことだったのだ。そのことをディオはエヴァンジェリンへと、そっと話しかけた。

 

 しかし、エヴァンジェリンは寝耳に水のような様子だった。

エヴァンジェリンにとって、それは今更すぎることだったからだ。

 

 

「ふっ……、ふざけるな……!!」

 

「む?」

 

 

 故に、エヴァンジェリンの心には怒りがこみ上げてきた。

何と言う言い草だろうか。今更、本当に今更そんなことを言ってくるとはと。だから、エヴァンジェリンはそう叫んだ。勝手なことを言うな思い、叫んだ。

 

 するとディオは怒りの叫びを上げるエヴァンジェリンを見て、はてなと疑問に思った。

どうしたというのだろうか、何か癇に障るようなことを言ってしまったのだろうかと。

 

 

「貴様が本当に兄様だったとしても、ヤツらの仲間なのだろう!? 貴様の誘いは罠なのだろう!?」

 

「ふーむ……。ヤツらとはあの薄汚い連中(てんせいしゃ)のことか……」

 

 

 また、エヴァンジェリンは目の前の兄が、敵の組織に組していることを察していた。

ならば、今の言葉も自分を丸め込む為の罠ではないかと勘ぐったのだ。

 

 それをエヴァンジェリンが言えば、ディオはなんと仲間である組織のものを、薄汚いと言うではないか。

と言うよりも、今のその敵組織である”完全なる世界”の大半は転生者しかいない。むしろ、転生者で構成された組織と言ってもいいほどになってしまっている。

 

 いや、原作だとこの時代の”完全なる世界”は人員不足であった。すさまじいほどまで居た人員は全て倒され、残りわずかと言う状況だった。それに比べれば、転生者とは言え人員が確保されている状況は、彼らにとっては悪くはないのだろう。

 

 ただ、ディオは転生者と言う存在を信用していない。自分もそうではあるが、転生者というものは信用できないと考えているのだ。

 

 

「……確かに、私は今、あの連中と同じ組織に属している」

 

「やはりか……!」

 

 

 だが、このディオと言う男もまた”完全なる組織”に属していることに違いはない。

故に、それを正直にエヴァンジェリンへと話した。

 

 エヴァンジェリンも予想が当たったという顔を見せていた。

この男の言動は罠であり、自分を嵌めるためのものだったのだと。

 

 

「だが、私は連中など知ったことではない」

 

「何だと!?」

 

「私の目的はな、キティ……。お前と再会し、迎えることだったからだ……」

 

 

 しかし、そこでディオはさらに言葉を続けた。その言葉は意外なものであった。

ディオは仲間である完全なる組織のものたちを、どうでもよいと言って切り捨てた。むしろ、最初からあの連中を当てになどしていなかった。

 

 エヴァンジェリンはそのディオの言葉に驚いた。

目の前の男も”完全なる世界”のために動いていると思っていたからだ。

 

 また、その理由をディオは静かに話し始めた。

この男の目的はエヴァンジェリンとの再会。それ以外などどうでもよかった。再会して故郷へと帰ることこそが、この男の全てだった。

 

 このディオが”完全なる世界”に入ったのも、エヴァンジェリンを見つけるためだ。この組織に入っていれば、エヴァンジェリンに会えるかもしれないと考えたからだ。

 

 だからあえて組織へと入り、エヴァンジェリンが現れるのをずっと待っていたのだ。そして、ようやく再会できたのだ。

 

 

「そうだ、私はずっとお前を捜していた。一人ぼっちになってしまった、お前を……」

 

「っ……! 今更!!」

 

 

 ディオは600年の間、エヴァンジェリンを捜し続けていた。

吸血鬼になってしまったであろう可愛い妹。孤独に一人歩き続ける哀しき妹。

 

 本当ならばエヴァンジェリンを吸血鬼になどせず、人として一生を過ごして欲しかったのがディオだった。エヴァンジェリンが”原作”で負う役目は、自分がすればいいと思っていた。

 

 しかし、それはかなわなかった。故に、それを救いたく、または寂しさを和らげようと思い、再会したいと願っていた。

 

 だが、エヴァンジェリンにとって、それも今更だ。”原作”のエヴァンジェリンがどうだったかはわからないが、ここのエヴァンジェリンは孤独を感じてはいない。アルカディアの皇帝に出会い、アリアドネーで友人を作り、つながりをはぐくんできた。

 

 今ディオが言っている言葉など、完全に今更でしかない。今更やってきて一人ぼっちだなんだと言われる筋合いなど、もはやどこにもないのだ。

 

 だからエヴァンジェリンは怒りを感じ、ディオへと攻撃を行った。

吸血鬼となり鋭くなった爪を使い、魔力で強化したその力で襲い掛かったのだ。

 

 

「っ!? またか!?」

 

「やめてくれないかキティ。私はお前と戦いに来たのではない。お前を傷つけたくはない……」

 

「うるさい! 黙れ黙れ……っ!!」

 

 

 しかし、突如目の前にいたはずのディオが姿を消した。

エヴァンジェリンはそれを見て振り返れば、そこにディオの姿があるではないか。

今のはまさか先ほど受けた攻撃と同じではないか、そうエヴァンジェリンは考えていた。

 

 そんなエヴァンジェリンの心中など気にせず、ディオは自分の意見を述べていた。

可愛い妹とは戦いたくはないし、戦いに来た訳ではないと。その美しく白い肌に傷を付けたくはないと、暖かみのある声で囁いた。

 

 ああ、だからこそ、エヴァンジェリンは腹立たしくて仕方がない。その声を聞くたびに、どうしようもなくイライラしてしまう。

 

 

「その顔で! その姿で! その声で! その名で私を呼ぶな!!」

 

「うーむ……。一体どうしたというのだ……。何が気に食わない?」

 

 

 そうだ、昔、あの時優しかった兄が、自分と同じ吸血鬼となって目の前に現れた。その事実がエヴァンジェリンを苦しめる。否定したいと心から叫ぶ。ありえないことだと思い込むように、怒りをぶちまけていた。

 

 だが、ディオと言う男はそのエヴァンジェリンの内心を理解できていない。

せっかく再会したと言うのに、一体何が嫌なのだろうかと思考するだけだ。いや、”特典”で吸血鬼になった男には、エヴァンジェリンの心情などわかるはずもないことだった。

 

 

「むっ! もしや反抗期と言うヤツか……? ならばどうすればいいのだろうか……」

 

「ふざけるなぁ!!」

 

 

 そこでディオは、エヴァンジェリンの今の塩対応は、反抗期だからではないかと結論付けた。

明らかに違うというのに、そんな結論に達したこのディオと言う転生者は、少し天然だったようだ。

 

 それを聞いたエヴァンジェリンは、怒り心頭となってディオへと襲い掛かった。

今の状況でかなり精神が揺さぶられているというのに、目の前の兄の姿の男はボケている。何と言うか、やっぱり腹が立つのだ。

 

 

「っ!? また消えた!? いや……まさか時を……?」

 

「ほう、我が能力に気がついたか。流石、我が妹だ。すばらしいぞ」

 

 

 だが、やはりディオは突然姿を消し、今度は横へと回りこんでいた。

それを見たエヴァンジェリンは、そのディオの謎を理解し始めていた。

 

 この男、もしや時間を止めているのではないか。エヴァンジェリンは、アスナから時間を停止する敵と戦ったことを聞いていた。その状況と今の状況がかなり似ていることに、エヴァンジェリンは気が付いたのだ。

 

 ディオはエヴァンジェリンの言葉に、良くぞ気が付いたという顔でエヴァンジェリンを褒めだした。

ほんの少し能力を見せただけで、簡単に自分の時間停止に気が付くというのはかなりの切れ者といわざるを得ないと。

 

 

 ……そう、このディオのもう一つの能力はDIOの能力、スタンドであるザ・ワールドだ。近距離パワー型のスタンドで、スタープラチナを上回るパワーを持つとされる人型のヴィジョンのスタンド。

 

 そのザ・ワールドの能力は時間を数秒間停止させるというものだ。スタープラチナと同様に時間を止め、止まった時間の中を動くことができるスタンドだ。ジョジョの奇妙な冒険の第三部でDIOが”最強のスタンド”と言葉にするのは、その能力があるからだった。

 

 

「だが、困ったな。私は反抗期になった妹にどう接していいかわからん……」

 

「馬鹿にしているのか!」

 

「いいや、そうではない」

 

 

 また、ディオは時間停止がバレたことなどまったく気にしていなかった。

それ以上にエヴァンジェリンの今の対応の方がとても気になっていた。どうしてこんな生意気になってしまったのか。反抗期ならばどうやって接すればいいのだろうかと。

 

 いやはや、600年も後になって反抗期を迎えるとは、随分遅い反抗期だとディオは悩んでいた。

昔は兄様兄様とすそを掴み甘えてきたあの妹が、こんなに怒りの目つきで鋭く睨みつけてくるなんて。それを考えながら、ディオは少し悲しい思いに浸っていた。

 

 

 エヴァンジェリンはそんなディオへ、馬鹿にされたと考え怒りを叫んだ。

と言うか、先ほどから目の前の男はそんな調子であり、まるで戦う気配がないのだ。

 

 それは当然のことだ。このディオの目的はあくまでエヴァンジェリンと再会し、迎えること。戦いなど目的にないのだ。むしろ、愛する自分の妹と積極的に戦い、傷付けようなどと思う兄はいないだろう。

 

 

「この! ”氷爆”!」

 

「そういうことはやめてくれないか……」

 

「”断罪の剣”!!!」

 

 

 それでもエヴァンジェリンには、目の前の男がふざけているようにしか見えなかった。

そこに昔、もはや遠い記憶だが懐かしいものもあった。それがまた、エヴァンジェリンを苦しめていた。目の前の男を拒絶するかのように、幻を払うかのように魔法を撃ち出すしかなかった。

 

 ディオはそれを後ろへ下がり回避しながら、攻撃をやめるようエヴァンジェリンへと声をかけた。

自分の最愛なる妹と戦いたくはない、穏便に済ませたい。そう思っているからだ。

 

 しかし、エヴァンジェリンは止まらない。

600年生きてきたエヴァンジェリンが最もショックだったことこそ、兄が目の前に現れ生きていたという事実だ。その事実を認めたくないが故に、エヴァンジェリンは目の前の男を倒そうと必死になっていたのだ。

 

 だからこそ、自分が持つ中で殺傷力の高い魔法、断罪の剣を用いて襲い掛かった。どんな物質でも切り裂き切断する光の剣の形の魔法。

 

 とは言え、目の前の兄が吸血鬼となっているならば、殺すにはそれでも足りない。足りないが、ここは街のど真ん中だ。広範囲にも及ぶ魔法を使う訳にはいかなかったのである。

 

 

「”断罪の剣”……!」

 

「何!?」

 

 

 だが、なんとディオと言う男も、エヴァンジェリンが使ったものと同じ魔法を使ったではないか。そして、断罪の剣と断罪の剣がぶつかり合い、すさまじい火花が周囲に散った。

 

 エヴァンジェリンはそれを見て、かなり驚いた。

この魔法は自分が編み出した”氷系魔法”の究極の一つでもある。それをたやすく真似されたことに、エヴァンジェリンは目を開くしかなかったのだ。

 

 

「何故、その魔法を……!? いや……、ま……さか……」

 

「ほお? 激昂しているようで、中々どうして冷静じゃあないか、キティよ」

 

 

 エヴァンジェリンは自分と同じ魔法をどうして使えるのか、疑問に思った。

そこで思ったこと、それは目の前の兄も”転生者”ではないかと言うことだった。転生者ならば、それはありえる。転生者のカギを見て、理解できるというものだ。

 

 それでも自分の敬愛した兄が”転生者”だったという事実にも、エヴァンジェリンはショックを隠しきれなかった。

 

 確かに転生者にはいい人間もいることをエヴァンジェリンは知っている。覇王や状助は”いい転生者”だ。信用できる存在だ。

 

 しかし、エヴァンジェリンが思う転生者像は基本的に”悪人”である。そう言う方向の”転生者”に出会う方が多かったからだ。あまりいい思い出がなかったからだ。

 

 だから、ショックなのだ。兄が転生者だったとすれば、自分に謎の好意を抱き擦り寄ってきた、あの連中と同じ存在ということになる。それがたまらなく辛かったのだ。

 

 

 そんな様子だと言うのに、攻撃の手を衰えさせないエヴァンジェリン。

ディオはそれを見て、自分が思ったことを率直に口に出し、褒め称えた。

 

 

「しかし、ふむ……」

 

「っ!?」

 

 

 すると、ディオは時間を停止し、その場から離れ建物の屋根の上へと移り、何やら考える素振りを見せた。エヴァンジェリンは突然消えたディオを探し、そちらへと目を向け睨んだ。

 

 

「……そうだな、確かに突然の再会というのはさぞショックであろう……」

 

 

 ディオは先ほどから様子がおかしいエヴァンジェリンを見かね、どうするかを考えていた。

600年前に消えて分かれた兄が、突然と現れるというのはやはり衝撃的すぎたのだと思ったようだ。

 

 

「お前の元気な顔も見れたことだし、一度引き上げるとしよう」

 

「貴様!?」

 

 

 ならば、とりあえず一度帰還することにしようとディオは考えた。

エヴァンジェリンに会うという目標は達成された。無理にエヴァンジェリンを誘うのも悪いだろうと思ったのだ。

 

 エヴァンジェリンは突然そう言い出すディオに、逃げるのかと叫ぼうとしていた。

勝手にやってきて勝手なことを言って、好き勝手して帰るのかと。

 

 

「……少し頭を冷やして冷静になって、もう一度考えてほしい。では、また会おう、我が妹よ」

 

「貴様アァ!!」

 

 

 ディオはエヴァンジェリンに、今後のことについてじっくり考える時間を与えようと思った。

突然現れた兄からの突然の誘いなど、すぐに答えられないというのも当然だろうからだ。

 

 それに妹に再会できたことだけでも、ディオは充分満足だった。

だから今は、エヴァンジェリンの考えがまとまるのを待とうと考えたのだ。

 

 そして、それを言い終えると、ディオは再び姿を消した。ただ、今までとは違うことは、もうディオがこの場にいないことだ。

 

 エヴァンジェリンは最後にディオへと大声で叫んだ。

しかし、もうそこにはディオはおらず、虚空へと木霊するだけだった。

 

 

「……くっ……、兄……様……」

 

 

 エヴァンジェリンはその後、倒れこむようにうなだれ、小さく嘆いた。

敬愛していた兄、優しかった兄が吸血鬼となりて目の前に現れた。

 

 かすかな記憶にしかないが、忘れたことはなかった、あの兄の顔。それが今となって突然現れたことは、エヴァンジェリンにとって辛いことだ。

 

 自分はどうすればいいのだろうか、兄は何をしようというのか。それを考えながら、ただただ悲痛な表情を浮かべるばかりだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、別の場所では二人の男子が衝突を繰り返していた。数多とコールドなる男だ。二人は拳と脚を何度もぶつけ合い、激しい戦闘を繰り広げていたのだ。

 

 

「オラァ!!」

 

「ふっ!!」

 

 

 数多が拳を突き出せば、コールドが脚を突き出す。何度も何度もそれが行われ、まったく勝負がつかない状況だった。

 

 

「ふふはははは!! いいぞ! 俺が見込んだとおりだ! あの時よりも数段以上強くなっているぞ!!」

 

「あったりめぇだろうが!!」

 

 

 だと言うのに、コールドはかなり嬉しそうに高笑いをしていた。

見定めた数多と言う男が、学園祭の時よりもそうとう強く育っていたからだ。でなければ面白くないと、笑っていたのだ。

 

 数多はそんなコールドへと、それは当然の結果だと叫んだ。

あの戦いでの敗北は屈辱的だった。一方的になぶられるだけだった。だからこそ、目の前の氷の男を倒すと誓ったのだから、強くなったのは当たり前のことだった。

 

 

「”爆炎焼却拳”!!」

 

「”アヴィスコフィン”!!」

 

 

 しかし、このままでは埒が明かないと考えた両者は、同時に大技を繰り出した。

数多は燃え盛る炎の拳を、爆音とともに撃ちはなった。コールドは凍てつく鋭い氷柱を脚に乗せ、突き穿つかのように放った。

 

 

「互角!?」

 

「拮抗……!?」

 

 

 その両者の技は衝突し、膨大な水蒸気をぶちまけた。されど、どちらの技もまったく決め手にならず、数多の炎は氷に打ち消され、コールドの氷柱は炎に溶かされてしまったのだ。

 

 両者は今の攻撃が完全に互角だったことを理解し、数メートル後ろへと下がった。何と言うことだろうか、今の技は確かに最高の技だった。両者はそう思いながら、ならば次はどう出るかを模索していた。

 

 

「ふふふ! そうだ! そうでなくては面白くない!」

 

「俺だって負けっぱなしは性に合わねぇのさ!」

 

「ああそうだ! それでこそだ!!」

 

 

 ああ、だけども、それでいいとコールドは笑う。

むしろ、今ので終わってしまってはもったいないとばかりに、この戦いを楽しんでいた。

 

 数多もまた、このまま負けるのはたまらないと叫んだ。

二度も同じ相手に敗北するなんざ、恥ずかしくて男が廃ると。

 

 コールドはそう意気込む数多を見て、さらに喜んだ。

その精神力、その心意気はすばらしいものだ。だからこそ、お前をライバルとして選んだ。自分の目に狂いはなかったと証明されたことに、喜びを感じていたのだ。

 

 

「ぐっ!!」

 

「ぬうぅ!!」

 

 

 そして、両者は再び衝突した。

拳と脚が再び激突し轟音が街に木霊した。されど、どちらも負けてはおらず、やはり拮抗したままだった。

 

 

「しっかしテメェ、あん時の技はどうしたんだよ?」

 

「ここでは人が多いからな。あの時は人が少なかったが故に使ったにすぎん」

 

 

 そこで数多はふと思い出したかのように、それを言葉にした。

コールドは先ほどから、地面を凍結させての滑走を行っていなかった。舐められているのではないかと思った数多は、それを問いただしたのだ。

 

 すると、意外な言葉がコールドから返ってきた。

この場所は祭りの最中で賑わう街のど真ん中。人が多い故に広範囲に及ぶ技は使うことができないと言うではないか。

 

 確かに、この新オスティアは人で溢れかえっている。

麻帆良祭での戦いの時は、人がいない場所だったので全体を氷で埋め尽くせた。だが、ここでは人が多すぎて、被害が出ると考えたようだ。

 

 

「君こそ、もっと炎の出力を上げるべきだと思うが?」

 

「テメェと同じく、人が多いからな!」

 

「ふふ……、そうだな。ここで()るのは少し不便か」

 

 

 また、コールドが逆に数多へと、もっと炎を出さないのかと質問した。

 

 その問いに数多は、コールドと同じことを言って返した。

ここは人が多い。派手に炎を振り回す訳にはいかないと、数多も考えていたようだ。

 

 とは言え、ここの住民はある程度そう言うことに慣れている。

ただ、過去に転生者が暴れたりしたこともあり、”原作ほど”慣用ではない。なので、やはり派手に暴れないにこしたことはないのである。

 

 コールドは数多の言葉を聞いて、小さく笑いながらも少し不満の様子を見せていた。

戦うならばもっと派手に、本気で、激しく行きたかったというのが、コールドの本音だからだ。

 

 

「だが、別に大技がなくったってよ!」

 

「ああ! 奥義なんぞ使用不可能だろうであろうが!」

 

 

 それでも、それがなくとも、勝つのは自分だ。それを本気で両者とも思っていた。最後に立っているのは自分だけだと。

 

 

「テメェには負けねぇ!!」「君では勝てない!!」

 

 

 故に、再び両者は衝突する。

何度も何度も、幾度となく衝突する。

 

 この激闘の果てに、勝利を掴むのは自分であると確信しながら。絶対に敗北はないと、勝者は決定していると言わんばかりに。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:ディオ・B・T・マクダウェル

種族:吸血鬼

性別:男性

原作知識:あり

前世:40代社会人

能力:ネギまの真祖の吸血鬼としての能力、スタンドのザ・ワールド

特典:ジョジョの奇妙な冒険第一部および第三部のディオまたはDIOの能力

   真祖の吸血鬼としての力

 

 



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百三十九話 男たちが来る

 アスナは魔族の男の攻撃により、街の細い路地裏へと落とされた。幸いにも大きなダメージはなく、すんなりと着地はできた。

 

 

「っつ……! やられた……!」

 

 

 とは言え、これで完全にネギを見失ってしまった。それでもアスナは焦らずに、敵の攻撃にしてやられたと思いながらも、建物の壁に隠れ次の攻撃を警戒するのだった。

 

 

「でも……、何で積極的に攻撃してこないの……?」

 

 

 しかし、敵は追撃に来なかった。一体どうなってしまったのだろうか、何を考えているのだろうか。アスナはそれを考えながら、敵がいた方を確かめようとゆっくりとそこを覗こうとした。

 

 

「それはなぁ!」

 

「ここにお前が落ちて来ればそれでいいからだよ!」

 

「新手!?」

 

 

 すると、路地裏の奥から二人ほどの人影が現れた。それはまさしく”完全なる世界”に属する転生者だった。

 

 彼らは偉そうな顔で偉そうに吼えながら、アスナがここへ来るのを待っていたと豪語した。

そう、ここにアスナを叩き落すことだけが、あの魔族の任務だったのだ。

 

 アスナは突如現れた敵に、ハマノツルギを握りなおして身構えた。そこでアスナは、彼らは自分を囲って捕まえようと言う気だと考え、逃げるか戦うかを選んでいた。

 

 

「フハハッ!!」

 

「影から……!?」

 

 

 だが、さらに唐突に高笑いが、アスナの真下から聞こえてきた。

なんと、アスナの影からもう一人敵が現れたのだ。影のゲートを使い、影の中から登場したのである。また、その敵はアクロバティックな動きとともに、アスナの首に小さなペンダントが一つついたネックレスをかけたのである。

 

 

「何……!? これ……!?」

 

「クックックッ、なんでしょうねー!」

 

「何でしょうねぇー!」

 

 

 急に出てきた敵から怪しげな装飾を装着され、アスナは困惑した。

この意図は一体なんだというのだろうか。これには何か大きな意味があるのだろうか、そう考えた。

 

 すると、アスナのもらした言葉を聞いて、敵が意味深にケタケタ笑い出した。

まるで小馬鹿にしたような、罠に嵌ったウサギを見るような目で、アスナを見ていた。

 

 

「このっ! ふざけないで!!」

 

「おらよぉ!」

 

 

 目の前の敵三人の鬱陶しい態度に、アスナは頭にきたようだ。

ネギを見失い、多少なりと焦っているという部分もあった。そこですかさずハマノツルギを振るい、その敵へと攻撃を仕掛けたのだ。

 

 敵もそれを察知したのか、三人の中の一人が飛び出しそれに応戦した。この転生者は三人の中でも最も接近戦に長けるようで、日本刀らしき剣で切りかかったのだ。

 

 

「くっ! はぁ!!」

 

「何!? こいつ強いぞ! 早くしろ!!」

 

「わかってるよ! オラジオ・ラジオ・ジライゲン!」

 

 

 だが、アスナの攻撃はすさまじく激しかった。

転生者はアスナの鋭く重い剣撃に驚き戸惑い、たじろいだ。一撃一撃受けるたびに、転生者は手が痺れる感覚を覚え、その剣の重さに恐れおののいたのだ。

 

 故に、次の作戦を他の転生者にせかした。

目の前のアスナはかなり強い。抑えていられるのも短期間のみだと直感したからだ。

 

 また、せかされた転生者もそれを理解したようで、早々に呪文を唱え始めた。

 

 

「契約により我に従え高殿の王、来たれ巨神を滅ぼす燃ゆる立つ雷霆!」

 

「詠唱……!?」

 

 

 とても長い詠唱。明らかに大魔法の詠唱だ。アスナはその詠唱を聞き、ふとそちらの方を見た。

 

 

「余所見してる暇はねぇ!」

 

「こっちだって、こんなところで時間かけてる場合じゃないのよ!」

 

「があっ!? 早くしろぉ!」

 

 

 アスナに接近戦闘を挑んだ転生者は、余所見をしたアスナへとチャンスとばかりに激しく攻撃を行った。

だが、アスナもそちらに再び集中し、その攻撃を簡単に防ぎ、むしろ逆に押し返したではないか。

 

 敵は簡単に逆転され、苦悶の声をもらしていた。

なんだこの目の前のアスナは。本当にあのアスナなのだろうか。そう疑問に思いながらも、何とかアスナを抑えながら、詠唱を早く終えろと叫んだのである。

 

 

「百重千重となりて走れよ稲妻! ”千の雷”!!」

 

「千の雷!? だけど私には通じないわよ!」

 

 

 そして、敵が詠唱を終えたようだ。その魔法は”千の雷”。雷系で最も強力な大魔法で、膨大な雷が雨あられに降り注ぐ、広域魔法である。

 

 しかし、アスナには魔法無効化能力がある。魔法はなんら彼女に危機を与えることはできない。故に、アスナは千の雷と聞いても、余裕の様子だった。

 

 

「いいや、狙うのはお前じゃない」

 

「俺だ!」

 

「何を!?」

 

 

 そんな余裕のアスナへと、敵はそうではないと言い出した。

この千の雷が狙うのはアスナではなく、別だと。

 

 さらに、千の雷に撃たれるのは俺だと、もう一人の影から出てきた転生者が言い出したのだ。

 

 一体これはどういうことだろうか。仲間を攻撃して何をしようと言うのか。アスナは意味がわからないという顔で、敵の行動を模索していた。

 

 

「なっ!? えっ!? ああああぁぁぁぁ!?」

 

「はっはっはっ! 成功だ! やったぞ!」

 

 

 そこへ千の雷が、その転生者へと降り注いだ。雷が千も束ねられたような、激しい雷撃がその転生者を襲ったのだ。

 

 しかし、なんということだろうか。千の雷を受けた転生者は無傷だった。いや、その転生者はどういう訳か、その千の雷を無効化していたのだ。

 

 また、アスナにかけられたペンダントが光だし、アスナが突如として苦しみだした。

アスナは意味がわからなかった。一体何が起こったのか、まったく理解できなかった。ただただ、謎の虚脱感と苦痛とを全身に受け、小さく悲鳴を漏らすだけだった。

 

 いや、この感覚はどこかで覚えがある。アスナはふと、それを思い出していた。どこだったのだろうか、いつだったのだろうか。それを必死に探っていた。

 

 そのアスナを見た敵は、高笑いをして喜んでいた。

作戦が成功し、喜びを全身で表していた。うまくいった、これで勝ったと言いたげだった。

 

 

「何を……したの……!?」

 

「何って? 簡単だぜ。お前のその邪魔な魔法無効化を奪ったのさ!」

 

「何ですって……!? まさか、このペンダントが……!?」

 

 

 アスナは今の現象を、敵へと尋ねた。

敵が千の雷を無効化し、自分が苦しんでいる。これは何かおかしいと考えたからだ。

 

 すると、敵は愉快そうな顔でそれを親切にも教えたのだ。

アスナが持つ魔法無効化能力を、こちら側が有効利用していると。

 

 それを聞いたアスナは、ハッとして胸元のペンダントをすぐに見た。

まさかこのペンダントが、悪さをしているのではないかと察したのだ。

 

 また、この力は自分が昔幽閉されていた”塔”と似ているということに気が付いた。

先ほど受けた感覚は、幽閉されていた塔で自分の能力を利用されていた時と似た現象だと。

 

 

「そのとおり!」

 

「もはやお前の鎧は剥がれ落ちたも同然!」

 

 

 敵はアスナの言葉に、まさに正解だと言い出した。

その隣の敵もこれでは自慢の魔法無効化も使えまいと高笑いしていたのだった。

 

 

 ……このペンダントは”原作”では、悪魔であるヘルマンが麻帆良に現れた時に使われたものだ。いや、実際ここでもヘルマンはそれを持ってきていた。ただ、使う機会が訪れなかっただけである。

 

 ヘルマンはメガネの男たるマルクが操るO.S(オーバーソウル)、ミカエルの剣で貫かれ消滅した。

だが、ペンダントだけは無事だったので、転生者たるアーチャーが頃合を見計らって、回収したものをここで今使ったのだ。まあ、その時にアーチャーはゴールデンなバーサーカーに見つかり、追われることになったのだが。

 

 

「だったら引きちぎって……!」

 

「無駄無駄ぁ! それは装備してる本人でははずせず壊せない呪いがかかってるのさ!」

 

「くっ! 切れない……!」

 

「だから無駄だって!」

 

 

 ならば、これをはずせばいい。アスナはそう考え、ネックレスを握り千切ろうとした。

だが、敵はその行動は無意味だと笑っていた。

 

 何故ならそのペンダントには呪いがかかっており、装備している本人ははずすことも壊すこともできないからだ。当然のことだが、はずされないように対策がされていたのだ。つまり、これをはずすには他人に取ってもらうしかないのである。

 

 アスナは力強くネックレスを引っ張るが、まるで何十本も束ねられたワイヤーのように硬く、まったく千切れそうになかったのだ。

別の敵もそれを見かね、無駄無駄と叫び嘲笑っていた。

 

 

「よーし! もう一度だ!」

 

「すでに! ”千の雷”!!!」

 

 

 そして、敵はさらに千の雷を撃たせ、アスナを弱らせようとした。

魔法を使った敵もそれをすでに考えており、詠唱を完成させていたのだ。

 

 

「ああっ!? うあああああああぁぁぁぁぁっ!?」

 

「どうだぁ! 強制的に能力を行使させられるつらさはよぉー!」

 

 

 アスナは再び魔法無効化を強制的に使用され、苦痛を訴えるように叫んだ。

また、過去の幽閉されていたあの時の苦痛も、脳裏に映った。

 

 してやられた。まさかあの時と同じように、自分の力を利用されるなんて。

そうアスナは思いながら、全身へと発せられる痛みに耐えていた。

 

 そんな苦しむアスナを、敵は笑いながら眺めていた。

あのペンダントの効果は絶大だ。すばらしいものだと。

 

 

「くっ……うぅ……」

 

「そんでもって……」

 

 

 また、この状況のアスナは無防備であった。他者に魔法無効化を奪われ苦痛を感じているこの状況では、とっさな行動は不可能だった。かろうじて武器を手放さず両足で立っているものの、それが限界だったのだ。

 

 そこへ今魔法を使っていた敵が、その隙を突いた。

その敵はそこで肉体強化の魔法を用いて、アスナへ一瞬にして接近したのだ。

 

 

「”風花・武装解除”!!」

 

「っ……! あっ……!?」

 

 

 敵とアスナの距離はゼロ。密着した状態だ。敵は杖をアスナの胸の下付近に押し当て、一つの魔法を放った。それは風属性の武装解除だった。そして、武装解除は武具を剥ぎ取る魔法、脱がす魔法だ。

 

 アスナは密着状態からの武装解除だったが故に、ハマノツルギで防ぐことができなかった。そのまま強風の力により服はおろか下着すらも、花弁に変えられ消し飛ばされてしまったのだ。つまりだ、アスナは今、何も着ていない生まれたままの姿にされてしまったということだ。

 

 ゼロ距離だったとは言え、本来ならばキャンセルできるはずの武装解除すら、アスナはその身に受けてしまった。ハマノツルギで無効化することすらかなわず、その魔法が直撃してしまったのだ。ただ、ハマノツルギには魔法無効化の力がある。そのおかげでハマノツルギだけは手放さずに済んだようだ。

 

 そして、服を散り散りにされたアスナは、自分の今の状況を見て目を見開いた。こんな街中でこのようなあられもない格好にさせられ、一瞬にして顔を耳まで焼けた鉄のように真っ赤に染め上げていた。

 

 

「……このっ!!」

 

「うおっと!? あっぶねぇ……!」

 

「あの状態で攻撃できんのかよ……」

 

 

 しかし、アスナはなんと恥ずかしさに耐えながらも、怒りをぶつけるようにハマノツルギを、目の前の魔法使いの敵へと振り抜いたのだ。

 

 魔法使いの敵は寸前のところでそれを回避し、焦った表情のまま仲間の近くへと下がった。剣を持った敵も今のアスナの攻撃には驚かざるを得なかった。脱がされても反射的に攻撃してくるとは思ってなかったのだ。

 

 

「しかしまぁ! ぐへへははは!! 丸裸になっちまったなぁー!」

 

「ふひひへへへへ!! 最高だな! 最高だなぁ!!」

 

「おーおー! いい眺めじゃねぇかよぉー! あぁん?」

 

 

 それでも、遠くから眺める分には危険を感じなかった。故に、そんな状態のアスナを、敵たちはニヤニヤとニタニタと、下品な笑いを出しながらいやらしい目で眺めていた。

 

 そうそう、こういうものこそがネギまの醍醐味。女の子が裸になるって最高だ。そう言いながら下劣な嘲笑でこの場を埋め尽くしていた。

 

 

「こっ……、この……!」

 

「おーいおい、まだ戦うってのかよ!」

 

「諦めろって。もう終わりだ!」

 

 

 だが、アスナはこの状況になっても、未だ諦めてはいなかった。

恥ずかしがりながらも、目の前の敵への威嚇は怠らなかった。まだ負けてはいないと、目で訴えていた。鋭い目つきで、ここで捕まってたまるか、終わってたまるかと無言の威圧を見せていた。

 

 しかし、敵はもはや丸裸のアスナに恐れることなど何もなかった。

こんな姿になってまで戦おうとするアスナを、ただただ笑いものにするだけだった。もう終わったのだと。戦いはお前の負けだと言葉にしていたのだ。

 

 

「ヒハハハー!! ”千の雷”!!!」

 

「ああああぐうああぁぁぁ……!!」

 

 

 そこへとさらなる千の雷が、大地に落とされた。無論、それも転生者の一人に落とされ、先ほどと同じように魔法無効化によってかき消された。また、当然同じように魔法無効化を強制使用させられ、アスナは苦しみ悲痛な悲鳴をあげたのだ。

 

 

「今だ! ハイヤー!!」

 

「しまっ!?」

 

 

 その苦しんでいる瞬間を、剣を持った転生者は見逃さなかった。アスナの四肢の力が緩んでいる隙をつき、すばやく彼女の前へと移動した。そこで武装解除でもはじくことができなかったハマノツルギを、握っていた剣で弾き飛ばしたのだ。

 

 アスナは武器すらも遠くへ飛ばされ、かなり焦った顔を見せた。ハマノツルギがあればある程度魔法を無効化できる。それすらなければ、もはや完全に無防備となってしまうのだから。

 

 しかも、武装解除で裸にされた恥ずかしさと、今のダメージで咸卦法での強化をといてしまった。ハマノツルギと咸卦法での強化を失ったアスナは、本当にただの裸の少女しかなかったのだった。

 

 

「これで武器もなくなっちまったなー?」

 

「完全に詰みにはまっちまったなー!」

 

「まっ……まだよ……!」

 

 

 剣を持った敵は再び仲間の近くへ戻り、アスナを眺めた。あえて追撃しなかったのは、素手での反撃の可能性を考慮したからだ。一人で攻めるよりも、仲間と同時に攻めたほうが安全だと考えたからだ。

 

 別の敵も武器を失ったアスナに対し、勝利を確信する言葉を発していた。

魔法無効化もハマノツルギもない弱ったアスナなど、もはやただの女子中学生同然でしかないと思ったのだ。

 

 だが、それでもアスナはへこたれない。

武器がなくとも戦える。こんな状態でも負けない。負けられない。そう自分を奮い立たせながら、敵をしっかりと睨んでいた。

 

 

「んなら景気づけにもういっちょ! ”千の雷”!!!」

 

「ううあああああああぁぁぁぁ!!?」

 

 

 そんなアスナを完全にへし折ろうと、魔法使いの敵は再び千の雷を仲間へ向けて放った。すると、やはりアスナの力が強制的に発動し、無効化されたのである。

 

 もはや何度もそれを受けて弱っていたアスナは、耐え難い苦しみにより苦悶の声を上げるだけだった。全身を駆け巡るような苦痛に、叫ぶことしかできなかった。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

「すげぇ根性だな、まだ倒れねぇのかよ……」

 

「でも随分弱ってるぜ?」

 

 

 もはや幾度となく大魔法を強制的に打ち消させられたアスナは、慢心創痍であった。脚はおぼつかない様子となり、体はフラフラと揺れていた。戦う力すら残っていないという状態だった。

 

 故か、ヨロヨロと力ない様子で後ろへ下がり、敵から距離をとった。しかし、そこには建物があり、これ以上さがることができなくなってしまったのだ。

 

 それでもなお、アスナは倒れなかった。背中を壁にもたれかけながらも、膝を地面につけることはなかった。負けるものかと言う気合だけで、二の足で立っていた。未だに心は折れていなかった。

 

 

「んじゃ、そろそろ遊ぶとしますかねぇ」

 

「ああ、そうしますか」

 

 

 そこへ追い討ちをかけようと、転生者たちはアスナへとゆっくりと近寄り始めた。このままアジトへつれて帰れば任務は完了だ。ただ、それだけでは面白くない。そう考えた敵たちは、舌をなめずりながら、見繕うような目でアスナを眺め、その距離を一歩一歩と縮めていったのだ。

 

 また、魔法使いの敵は懐から、一つの小さなのっぺらぼうな人形を取り出した。それはあの”パーマン”に出てくる”コピーロボット”だった。多分、他の転生者から借りたか、奪ったものだろう。

 

 

 ……コピーロボットとは、パーマンが自らの正体がばれないように、自分の分身を部屋において置き身代わりにするための人形だ。顔すらない小さな人形だが、顔の中心、鼻の部分にボタンがあり、そこのスイッチを押した人間に化ける道具である。

 

 何故、彼らがこれを持ち出したかと言うと、”栞”がフェイトとともに”完全なる世界”から抜けてしまったからだ。本来ならば栞がアーティファクトを用いて、アスナの替え玉になるはずだった。しかし、フェイトはおろか栞すらいなければ、それは不可能だ。

 

 そこでその役割に最も適していると考えられたのが、この”コピーロボット”だった。何せスイッチを押した本人に変身し、記憶なども引き継がれるのだ。欠点もあるが、これほど適した道具はなかったのである。それを使ってアスナとコピーロボットを入れ替え、本物を連れ去るのが彼らの目的だったのだ。

 

 

「くっ……!」

 

「まだ目が死んでねぇってのは褒めてやるが……」

 

「お前はもうおしまいだぁぁ!!」

 

 

 そんな敵に、アスナはキッと睨みつけたままだった。

自慢のハマノツルギは吹き飛ばされて、遠くに転がっている状態だ。もはや四肢に力は入らず、立っているのが精一杯の状況だった。

 

 それでもアスナは負けたくない一心で、両手に力を込めようと必死だった。

武器がなくても腕がある、足がある。力が入らないだけで、どちらも付いているし動く。ならば、それを使って戦えばいい。

 

 裸が何だというのだ。見られたら恥ずかしい? 目の前の敵に好き勝手されるより、断然ましだ。捕まってみんなの迷惑になるより、ずっとましだ。そうアスナは自身を奮い立たせていた。この状況を打破しようと、最後まで諦めていなかった。

 

 敵もアスナの様子を見て、中々しぶといと考えた。

しかし、所詮もはや赤子同然のアスナなど、敵ではないとも思っていた。彼らにとって今のアスナは、餓死寸前のねずみほどでしかなかった。これで終わりだと叫びながら、歩み脚を加速させたのだ。

 

 

「っ……!!」

 

 

 敵が勢いをつけて迫ってくる。

アスナはそれを見ていた。敵を見失わないように、しっかりと目を見開き、睨みながら見ていた。やれるものならやってみろ、そう思いながら抵抗を試みようと体を動かそうとしていた。

 

 だが、ここで大きな異変が起こった。

 

 

「なっ!? 何ぃぃっ!?」

 

「空から瓦礫が……!?」

 

 

 なんと、突如としてアスナを護るように、瓦礫が上から降ってきたのだ。その瓦礫に驚き、敵三人はたじろいだ。また、敵からは瓦礫とその衝撃で発生した土煙によって阻まれ、アスナが見えない状態となったのである。

 

 

「これは……?」

 

 

 アスナもこの事態が飲み込めずにいた。

突然の瓦礫の雨、一体何があったというのだろうか。土煙が立ち込める中、ふと周囲を注意深く見回していると、一人の男子が瓦礫の後に続き振ってきた。

 

 

「あっ……、まさか……」

 

 

 その男子こそ、アスナがよく知る人物だった。何度も顔を合わせたことのある、背が高く肩幅が広いリーゼントの髪型の男子だった。そして、その男子はアスナを背に、しっかりと安全に脚をバネにして着地すると、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「じっ……状助……!!」

 

「Yes、I、a……ブッ!? なぁ!? おま!?」

 

 

 アスナはその男子の名を、ゆっくりと大きく言葉にした。

そう、その男子こそあの状助だったのだ。状助の登場に喜んでいた。

 

 状助はアスナの後ろにある建造物の屋根を、クレイジーダイヤモンドで砕いて瓦礫にして真下へと叩き落した。それは彼にとってとっさの行動だったようで、アスナが何やらピンチだと感じてそれを行ったのである。

 

 ただ、真上からではアスナがどんな状態なのかまでは見えなかったようだ。壁に追い詰められているというのはわかったが、まさか裸になってるとは思ってなかったらしい。そして、それが彼にとって焦る原因となってしまった。ちょっとした事故になってしまった。

 

 状助は気取った様子でクルリとアスナの方を向き、お決まりの台詞を述べようとしたのだが、それは失敗に終わった。何故なら、状助は今のアスナの格好を見て、驚きのあまり噴出し慌てふためいたからだ。真上からではよく見えなかったが故に、こんなことになってしまったのだ。

 

 

「ななななっ!? なんちゅー格好してるんだオメェはよぉー!!!」

 

「え……? あっ、やっ……、やだっ!」

 

 

 アスナは今、裸だった。すっぽんぽんだった。状助はそれを目の当たりにし、滅茶苦茶焦った。ヤバイと思った。

 

 だから、とっさに目を瞑り顔をそらし、顔を真っ赤にしながら叫んでいた。いやはや、見られてる方以上に、見た方が恥ずかしそうと言う奇妙な状況だった。

 

 また、アスナは状助が現れたことに気を取られ、今の自分の状態を忘れてしまっていた。そこで状助の態度を見たアスナは、ハッとして自分の現状を確認すると、サッと体を丸め顔を真っ赤に染めて恥ずかしがった。

 

 

「ちょっ、ちょっと待ってて……。”去れ(アベアット)”、”来れ(アデアット)”」

 

「もっ……、もういいか!?」

 

「えぇ……」

 

 

 流石に男子の友人に裸を見られたら恥ずかしい。いや、別に友人でなくとも恥ずかしい。アスナは見られたっ!? と思いながらも、この格好をどうしようかとすぐさま考えた。そこで少し待つよう状助に言うと、その方法を思いつき即座に行動に移した。

 

 その方法とは簡単だった。アーティファクトを一度カードへ戻し、再び呼び戻すだけだった。それを行うことにより、仮契約カードに保存されている衣装も呼び出すことができるのだ。

 

 こうしてアスナは漆黒のドレスのような衣装を纏うことができ、手元にハマノツルギも戻ってきたのである。まさに一石二鳥であった。

 

 状助はアスナへもう目を開いて大丈夫か尋ねると、アスナも問題ないと疲れた感じで返した。

 

 何と言うことか、この状助は律儀に今まで、ずっと顔をそらして目を瞑っていたのだ。好奇心で見たいとかそう言うことよりも、何か見たらマズイことになると言う意識の方が強いらしい。

 

 それはやはり、そう言うことをすると、お決まりで殴られると言う印象が強いからだった。ラッキースケベの末に殴り飛ばされるというのは、よくあるパターンだった。状助はその部分に恐怖心を持っていたようで、そうならないよう必死だったのである。

 

 

「ふぅー、驚いたぜぇ……」

 

「それはこっちもよ。でも、なんで状助が……?」

 

 

 もう大丈夫と言われ、ようやく状助はアスナの方を向きなおした。

いやはや、とんだハプニングだった。こんなことになってるとは思わなかった。そんな様子の状助だった。

 

 しかし、それはアスナも同じであった。

何せ状助が突然空から降ってきたのだ。驚かないはずがなかった。また、状助が空から降ってきた理由を、アスナは尋ねた。

 

 

「いやー、騒がしかったんでよぉ、見に来たら案の定だったって訳だぜ」

 

「そう……。あっ! 建物の上に角の生えた男がいなかった!?」

 

 

 状助はその理由を、簡単に話した。

街が騒がしくなったので、何かあったと思ってここへ来たと。

 

 だが、実際は”原作知識”でこの時”イベント”が発生することを急に思い出し、慌ててやってきたということだった。そういえばこの時間のこの場所で、敵が攻めてくるはずだ。それをふと思い出したため、急きょ動き出したのである。

 

 アスナは状助の述べた理由に納得した様子だった。

そこで、再び別の質問を状助へと行った。

 

 それはあの魔族の敵がいなかったかというものだった。あの敵は強敵だった。攻撃を仕掛けた時、何があったかわからない内に返り討ちにされてしまった。それを思い出したアスナは、状助がここに現れたのを考え、敵はどうしたのか疑問に思ったのである。

 

 

「ん? 俺が今来た時には見なかったが……」

 

「そうなんだ……」

 

 

 しかし、状助がここへ来た時には、すでにあの魔族の男は立ち去った後だった。なので、状助はそんなヤツは見てないと、少し困惑した様子で語ったのだ。

 

 その答えにアスナはどうして敵が消えたのか疑問に感じながらも、いなければそれでいいと考えた。

ただ、姿を消しただけの可能性があるし、他の場所に移動した可能性もある。アスナはそれも考え、どうするべきかを悩んでいた。

 

 

「そうだ! このペンダントをはずして! これのせいで魔法無効化が使えなくて……」

 

「そっ、そいつはまさか!?」

 

「……? 知ってるの?」

 

 

 ただ、そこでアスナはそれよりも重要なことを、ハッと思い出し切り出した。

それは首にぶら下がったネックレスのペンダントのことだ。これによって魔法無効化を奪われ、困った状態にされてしまった。

 

 しかも、これはアスナがはずせないように呪いがかかっている。なので、状助にこれを取ってもらうように頼んだのだ。

 

 すると状助は、そのペンダントを見てたいそう驚いた。

まさか、今ここで”このペンダント”が登場するなど、思っても見なかったからだ。

 

 アスナはペンダントを見て驚く状助が不思議であった。

だから、見覚えがあるのかを不思議そうな顔で尋ねたのである。

 

 

「いや……、とりあえず取るぜ」

 

「ええ、お願い」

 

 

 状助はその問いを、あえてはぐらかした。

今はそこが重要という訳ではないからだ。そして、とりあえずは、そのペンダントをとることにした。

 

 アスナもこれが外れさえすれば、先ほどの敵の思い通りにはならないと考えた。

故に、もう一度はずしてくれるよう頼んだのだ。

 

 

「……いやまてよ? 俺にいい考えがあるぜ!」

 

「……?」

 

 

 だが、そこで状助は何やら思いついた様子だった。

そうだ、ただはずすのではなく、何かしら細工をしよう。そう考えたようだ。

 

 ただ、アスナは状助が何を考えているかわからないようで、なんだろうかと言う顔をするだけだった。

 

 

「ちっ! 瓦礫と砂埃のせいで向こう側が見えねぇ!」

 

「今誰かが建物の上から落ちてきたように見えたが……」

 

 

 一方、先ほどの敵三人は、瓦礫と舞い上がった土煙に阻まれた反対側の状況がわからずにいた。また、今しがた人影のようなものも、土煙の立ち込めた中へと入っていくのを見ていた。

 

 

「んなことはどうでもいい! さっさと瓦礫をぶっ壊して煙をなんとかしろ!」

 

「ちっ、えらそうに……。あ?」

 

 

 しかし、これではアスナが見えない。今どうなっているのかわからない。攻撃を仕掛けられない。ならば、この瓦礫と土煙を撤去すればよい。一人の敵はそれを考え、えらそうに剣を持つ転生者に命令したのだ。

 

 剣を持つ転生者はその言い草に苛立ちながら悪態をついた。

そして、とりあえず瓦礫と土煙をなんとかすることにし、瓦礫の方を向いたのだ。

 

 と、そこでその敵は気がついた。何だろう。瓦礫がどんどん、大きくなっていくぞ。変だな、おかしいなと思った。

 

 

「なっ!? 瓦礫がこっちに!?」

 

「来る――――!?」

 

 

 されど、瓦礫が大きくなるはずがない。そうではなく、単純に瓦礫が敵三人の方に飛んできたのだ。その巨大な岩の塊が土煙を吹き飛ばしながら、敵に襲い掛かってきたのだ。

 

 敵たちはそれを見て、かなり慌てふためいた。

あれに押しつぶされれば、死ぬかもしれない。死ななくてもかなりヤバイだろう。だからとっさに防御や迎え撃つ構えを、敵はそれぞれ取ったのだ。

 

 

「うおお、あっぶねー……」

 

「まだそんな元気があったのかよ!?」

 

 

 かろうじて飛んできた瓦礫を回避した敵たちは、この攻撃はアスナが行ったのではないかと考えた。

いやはや、あれほど弱らせておいたと言うのに、まだ反撃する力が残っていたとは。しかし、それももう終わりだ。そう思いながら、瓦礫が飛んできた方を敵たちは向いた。

 

 

「むっ!? アイツは!?」

 

「新手の転生者か!?」

 

 

 すると、敵が土煙が晴れた場所を見ると、アスナとは別に新たに現れた男子を発見した。

状助だ。状助を見た敵は、もしや転生者ではないかと考え、警戒したのである。また、今の瓦礫はその転生者が落としてきたものだということに気が付いた。

 

 

「オメェらよぉ、ちょいとやりすぎなんじゃあねぇのかぁ?」

 

「絶対に許さない……」

 

 

 そんな転生者を、状助はガンつけるように睨みつけた。

まさにメンチを切るというやつだ。すごいキレていた。そりゃ見知った少女、友人が素っ裸に剥ぎ取られていたのだ。頭にこない訳はない。

 

 アスナも当然プッツンしていた。

敵の罠にはまったのは多少なりに警戒不足だった自分が悪いと思っている。

 

 それでも裸にされたというのは、滅茶苦茶恥ずかしかった。裸にひん剥きニヤニヤと薄ら笑いを浮かべた目の前の敵に、許す訳にはいかないと怒り心頭だった。

 

 

「ふん! 出てきたのはいいが、ソイツを何とかしてからにするべきだったな! マヌケ!!」

 

「やってくれ!」

 

「はっ! ”千の雷”!!!」

 

 

 だが、敵は自分たちが有利なのはゆるぎないと考えた。そう、あのペンダントは未だ健在だったからだ。故に、一人がもう一度魔法を使えと叫び、魔法使いの敵も詠唱を完成させていたのだ。

 

 

「があああああ! があああああ!!」

 

「え!?」

 

「何で!?」

 

 

 しかし、その千の雷はどういう訳か、無効化されずにその敵に命中した。敵は全身を雷で焼かれる痛みから、大声で悲鳴を上げのた打ち回った。

 

 それを見た他の敵たちは、驚き戸惑い焦った。

無効化は成功していたからだ。完璧だったからだ。それが今となって失敗したのは、彼らにとって衝撃的だった。

 

 

「あががが……」

 

「おまっ! 何してんだおい!!」

 

「しっ、知らねぇよ!? おかしいぜ!? あのペンダントは健在なのに……」

 

 

 無効化を失敗し千の雷に撃たれた敵は、ぷすぷすと煙を出しながら黒こげとなり、パタリと倒れ動かなくなった。

 

 そこで他の敵は魔法を使ったヤツに、失敗したことについて文句を言ったのだ。

とは言え、魔法使った敵もこの状況を把握できてはいなかった。一体どうして失敗したのか、皆目検討も付かなかったのだ。

 

 

「マヌケは見つかったようだなぁー! 何の対策もせずに出てくると思ったのかよぉー!」

 

「野郎!?」

 

 

 それを見た状助は、ニヤリと笑いながら敵たちを煽った。

敵たちは何もせずに出てきたと笑ったが、そんなハズがある訳ないだろうと状助は言ったのだ。

 

 敵はその発言に、してやられたのかと考えた。

さらに、一体どんな方法で何をしたのだろうかと、思考したのである。

 

 

「チクショウ! ”千の雷”!!!」

 

「”無極而太極斬”!!」

 

「ゲェェ――――!?」

 

 

 とは言え、そんな悠長に構えている暇などない。復活したアスナと、新たに増えた転生者を相手にせねばならなくなったのだ。

 

 魔法使いの敵はもはやなりふり構わない様子となり、千の雷を唱えた。一人の敵が自らの魔法でくたばったのを受け、焦りが強まった結果だった。

 

 千の雷は文字通り雷を落とす魔法だ。雷の速度を対応するのは難しい。しかし、千の雷は大魔法故に詠唱が長い。いつ発動するかなど簡単にわかるのだ。

 

  であるからこそ、冷静さを取り戻し復活したアスナには、その魔法は通用しない。アスナは、発動した直後に魔法無効化現象を撃ち放つ技を使い、千の雷を消滅させた。来ることがわかれば千の雷レベルの魔法ですら、アスナにとって脅威ではないのだ。

 

 今の千の雷は最高の魔法だった。だと言うのに、あっけなく消滅させられた。それを見た魔法使いの敵は、ムンクの叫びのような顔で絶叫することしかできなかった。

 

 

「ドラァ!」

 

「ぐげ!?」

 

 

 そんな驚く敵へと、状助がすかさず攻撃を行った。状助はようやく習得した瞬動を使い、魔法使いの敵に接近し、その勢いを使いクレイジー・ダイヤモンドの拳をたたきつけたのだ。敵はその拳を顔面でもろに受け止め、血を噴出しながら吹き飛び倒れた。

 

 

「はあぁ!!」

 

「ドバァ!?」

 

 

 同時にアスナも、残りの敵へと攻撃を仕掛けていた。すでに咸卦法を再度かけ直したアスナは瞬動にてすばやく動き、そのハマノツルギを逆刃にし、それを勢いよく敵の腹に命中させたのだ。今のアスナの瞬間的な動きに敵はまるで反応できず、気が付けば悲鳴をあげ膝を地につけ、動けなくなっていたのだった。

 

 

「まったく気がつかねぇクサレ脳みそにわかるよう、しっかりと教えてやるぜ」

 

「……何だとォォ!?」

 

 

 膝をつき動けない敵へと状助は近寄り、どうしてこうなったか説明してやると言い出した。

敵はもはや逃げられない状況となり、叫ぶだけで精一杯だった。

 

 

「俺の能力でちょいと瓦礫の破片をペンダントの宝石と融合させたのさ。それだけで機能は崩壊し、その役目を失ったって訳だぜ」

 

「なっ!? 何ィィ!?」

 

 

 状助はあのペンダントに、小さな瓦礫の破片をクレイジー・ダイヤモンドを使って埋め込んだ。ペンダントは異物である瓦礫の破片と融合させられたことにより、その機能が停止し効能を失ったのだ。それによってアスナが復活できたのである。

 

 まあ、状助も意表をつけれればいいと思ったが、まさか自爆してくれるとまでは思ってなかった。ただ、勝手に自滅してくてラッキーだとも、内心思っていたりするのだった。

 

 敵はそれを聞いて、そんなこと知らないという様子で叫んでいた。

いや、普通に考えれば対策されていると考えるのが当たり前だ。それを驕りと慢心で無視した彼らこそ、確かにマヌケであったということだ。

 

 

「そういう……こと!」

 

「ドギャァ!?」

 

 

 そして、アスナは最後のとどめと言う感じで、強く強く握り締めたハマノツルギを敵に振り下ろしたのである。敵はその直撃を受け、悲鳴とともに気を失い、その場にその場に倒れたのだった。

 

 

「ふん……!」

 

「おーおー、怖ぇ……」

 

 

 アスナはようやく怒りを発散できたと言う様子で鼻息を鳴らすと、おもむろにネックレスを引きちぎり、敵の目の前に投げつけたのだ。

 

 その様子に状助は、やっぱアスナを怒らせると怖いと改めて実感していた。いやはや、昔からわかっていたことだが、敵対したら相変わらず容赦がないなと思ったのだった。

 

 

「で、こいつらどうする? 壁の中にでも埋めちまうか?」

 

「……縛っておけばいいと思うけど」

 

 

 さて、倒したとは言え気絶させただけの敵を、ここに放置する訳にもいかない。状助はそれを考え、ならばクレイジー・ダイヤモンドの能力で、壁にめり込ませてしまおうかと考え言い出した。アスナを怖いと言った状助だが、彼もまた怒らせると随分過激であった。

 

 それに対しアスナは、流石にそこまでは、と言う様子で静かに縄で縛ればよいと言った。

壁に埋めるというのは良くわからないが、それはそれでやりすぎなのではと思ったようだ。

 

 

「いえ、それは我々がやりましょう」

 

「誰だ!?」

 

 

 すると、突如として建物の影から男の声が聞こえてきた。

状助はとっさに反応し、そちらの方を向いて警戒を行った。

 

 

「我々はメトゥーナト様に仕える騎士です」

 

「……? ああ、あのおっさんのか……?」

 

 

 状助がそれを言うと、影から二人の騎士風の男が現れた。

そして、自らをメトゥーナトの部下だと名乗ったのである。メトゥーナトの部下の騎士である、グラディとスパダだった。

 

 状助はメトゥーナトと聞いて、一瞬誰だろうと考えた。

そこでふと、アスナの親代わりの来史渡と言う男の本名がそれだったことを思い出した。

 

 

「あっ、グラディさんにスパダさん。お久しぶりです」

 

「お久しぶりです、アスナ殿」

 

「いえ、我々は久々と言う訳でもありませんが……」

 

 

 また、アスナは二人のことをよく知っており、気軽に挨拶を述べていた。

この騎士二人は彼らが言うとおりメトゥーナトの付き人同然。アスナも見知った仲だった。

 

 それに対し、グラディはそのまま挨拶を返した。

ただ、スパダは珍妙な様子で、それを小さな声で述べていた。

 

 何せ彼らはずっとアスナたちの守護のため、気が疲れぬよう張り込んでいた。なので、自分たちはアスナの顔を毎日見ており、特に久しいと言う訳でもなかったのである。

 

 

「あなたたちがどうしてここに……?」

 

「全てはメトゥーナト様からのご命令で」

 

 

 アスナはそんな二人が何故ここに現れたのか気になった。

それを聞かれたグラディは、簡潔にそれを答えた。

 

 その問いにグラディが簡潔に答えた。

上司であるメトゥーナトから命令を受け、ここに参上したと。

 

 

「この街で大きな争いが起こる可能性があると。それで街で暴れるものどもを捕獲しろと言われました」

 

「そうだったんだ……」

 

 

 また、二人はメトゥーナトからこの新オスティアにて、何かよからぬことが起こることを告げられていた。その時、未だ動けぬ自分に代わり、何かあれば対処し、街の防衛を行うように任されていたのである。

 

 アスナはスパダからの説明を聞いて、なるほど、と思った。

確かに、こうなることが予想されていたのならば、あのメトゥーナト(パパ)ならそうするはずだと。

 

 

「ああ……、それでも最重要任務はアスナ殿の守護ですので」

 

「メトゥーナト様はあなたを大そう心配しておられましたよ」

 

「……別に気を使ってくれなくてもいいのに……」

 

 

 そこでグラディは気を使うように、一番優先されるべきことはアスナの守護だということを説明した。つられてスパダもメトゥーナトの心情を、アスナへと伝えたのである。

 

 アスナはそれを聞いて、嬉しく思い小さく笑った。

ただ、アスナとてそのぐらい理解していたので、そのことを小声でもらしたのだった。

 

 

「しかしまあ、我々が出るちょうど前に、彼が現れてしまったのですが」

 

「え? そうだったのかよぉ……。何かスイマセン……」

 

 

 そして、彼ら二人がアスナを助けようとした時に、状助が先を越した形だった。

状助はそれをグラディに言われ、何か悪いことをしたかもしれないと思い、頭を下げて謝った。

 

 

「気にすることはありませんよ。出遅れた我々が悪いだけです」

 

「それに、アスナ殿をしかと助けられた訳ですから」

 

「そ、それならいいんっスけど……」

 

 

 だが、むしろそれでよかったと、グラディは言葉にした。

初動が遅れたのは自分たちだし、結果的に状助がしっかりとアスナを助けることができたのだ。

それを同じく思っていたスパダも、助けられたのであれば誰でもよいと述べたのである。

 

 それでも状助は恐縮していた。

自分ではなく彼らなら、もう少し楽に助けられたのではないかと思ったからだ。

 

 

「そうよ。それと、助けてくれてありがと……」

 

「おっ、おう……」

 

 

 そこへアスナが状助へ、気にしすぎだと言った様子で語りかけた。

また、まだ言っていなかったお礼を、頬をほんのり染めながら、小さく語り微笑んだのである。

 

 そんなアスナを見た状助は、ほんの少し顔を赤くして、照れながら返事をした。

 

 

「とりあえず、この連中は我々にお任せを」

 

「そう、わかったわ。ありがとう」

 

 

 そんな二人を見てほっこりした騎士二人であったが、こうもしてはいられない。気絶させられた敵のことは自分たちに任せておけばよいと、グラディはアスナへ話した。

 

 アスナもこの気絶させた敵をどうしようか考えていたので、助かったとお礼を述べた。

それにアスナはネギを追う最中だった。早く行かなければ、そう再び考えたのである。

 

 

「じゃ、私は行きます」

 

「あまりご無理をなさらぬように……」

 

「了解!」

 

 

 とりあえず、アスナはネギに追いつきたいので、グラディたちにここを任せることにした。

グラディも行くのであれば、気をつけて欲しいとだけ述べ、気遣いを見せていた。

 

 アスナも今のようなことがないよう、さらに気を引き締めながら、グラディの忠告に元気よく返事をしたのだった。

 

 

「俺も行くぜ! なんだかんだって心配だからよぉー!」

 

「大丈夫? あの時のようなことにならない……?」

 

「これでもちったぁ修行したんだぜ? ま、ちっとだけどよ……」

 

 

 そこへ状助もアスナについていくと言い出した。

今のようなことがないとも言い切れないと考えた状助は、自分もお供することを選んだのだ。

 

 しかし、むしろアスナは状助を心配した。

状助はゲートで瀕死の負傷を受けたことがあった。それを考え、大丈夫なのかと心配そうな声で聞いたのである。

 

 状助はそれに対し、少しは力をつけたと話した。

覇王に修行をつけてもらい、瞬動ぐらいは習得した。

 

 それでも強くなったとは言え、焼け石に水、雀の涙程度の強化ではあると状助は思っていた。なので、最後の方は少し自信がない様子で、少し、ほんの少し強くなった、と述べたのである。

 

 

「そっ。ならしっかりとついて来てよ!」

 

「おうっ!」

 

 

 そこまで言うなら自分のスピードに追いついて来て。

そうアスナは状助に言うと、瞬動を使って瞬く間に空へと跳び上がった。

 

 ネギを見失ってしまったが、行った方向は覚えている。アスナはそれを考え、向かった方角を目指して移動し始めたのだ。

 

 そこで状助もはっきりとそれに返事をし、同じく瞬動を使いアスナを追ったのだった。ちなみに、破壊した建造物はちゃっかり破片に能力を使って、きっちり直して行った。

 

 

「……では、この連中は任せたぞ」

 

「そちらも、彼女を見失わないように頼む」

 

「任せておけ」

 

 

 また、そこに残ったグラディとスパダは、次の行動に移った。グラディはスパダへここに倒れている敵のことを任せ、スパダはグラディへアスナの護衛の継続を任せたのだ。

 

 そして、グラディはスパダへそれを告げると、アスナたちを追って動き出した。スパダもグラディが去った後、敵の捕獲を開始したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、法と小太郎は突如として襲い掛かってきた、笑う男と黒い甲冑の敵と未だ交戦していた。と言うよりも、敵がどちらもしぶとく、なかなか倒せないでいたと言った方が正しかった。

 

 

「絶影!!」

 

「はぁ!!」

 

 

 それでも二人は手を休めず、敵を攻撃し続けた。

法は特典で与えられたアルター能力である真なる絶影を操り、巨大なロボのアルターであるスーパーピンチを何度も破壊。小太郎も甲冑の敵へ何度も打撃攻撃を行ったのである。

 

 

「ハハハハハッハハハッ!!!」

 

「……!!」

 

 

 だが、笑う男は破壊されたアルターを、本当に笑いながら何度も修復して襲わせるだけだった。甲冑の敵も何度も小太郎の拳や脚を受けているにも関わらず、その動きが鈍ることはなかった。

 

 

「あれはピンチバードか!」

 

「なんやこいつ……。人間と相手しとる感覚がせへんぞ!?」

 

 

 そして、笑う男はさらなる力を解放した。スーパーピンチクラッシャーの強化パーツたるサブメカ、ピンチバードを呼び出したのだ。

 

 法はそれを見て、このままではまずいと考えた。スーパーピンチクラッシャーとピンチバードが合体すれば、さらに巨大なアルター、グレートピンチクラッシャーへと変貌するからだ。

 

 また、小太郎も甲冑の敵に苦戦を強いられていた。なんというか、殴った時の感触や動きが、”人間”とは思えなかったのだ。確かに、見た目や息遣いは”人間”であることに違いはない。それでも、”人間”のように痛みを感じたり、自分の体を労わる様子がなかったのである。

 

 

「させん! 絶影!!」

 

「もう一発食ろうとき!」

 

 

 法はスーパーピンチクラッシャーとピンチバードが合体する前に、決着をつけようと攻撃を急いだ。真なる絶影をスーパーピンチクラッシャーの懐へと飛び込ませた。そして、頭部に存在する触手状の武器である、柔らかなる拳、列迅を用いてスーパーピンチクラッシャーを4等分に切り裂いたのだ。

 

 

「なっ! ぐう!? 合体せずに同時攻撃とは……!」

 

「があ!? 今の攻撃を……、避けたやて……!?」

 

 

 しかし、なんと本体であるスーパーピンチクラッシャーを破壊したのにも関わらず、ピンチバードが単独で攻撃を仕掛けてきたのだ。とっさのピンチバードの、翼を使った突進攻撃を法はなんとか回避し直撃は免れたものの、カスリのダメージで吹き飛び地面に横たわった。

 

 また、法はピンチバードが合体せずに、単独で攻撃してくることを予想できなかった。故に、このような攻撃を仕掛けてくることに意外性を感じながら、もう一度ゆっくり立ち上がったのだった。

 

 小太郎も甲冑の敵に攻撃をしかけ、その拳を命中させんとした。だが、甲冑の敵は何と言うことか、無理な体勢をとりその拳をかわしたのである。

 

 小太郎はその動きに驚いた直後、甲冑の敵の巨大な剣が小太郎を襲った。しかも、やはり無理やり体をひねった体勢からの、無茶な攻撃だった。それにより小太郎も吹き飛び、数メートル先で何とか体勢を立て直していた。

 

 

「だっ、大丈夫なのかよ!?」

 

「大丈夫だ……! だが……!」

 

 

 見かねた千雨が法へと無事かどうか叫んだ。

法は今の程度では問題ないとし、自分の怪我は気になどしていなかった。

 

 と言うよりも、それ以上に気にしなければならないことがあったからだ。

それは目の前で再び構成されたスーパーピンチクラッシャーが、ピンチバードと超ピンチ合体を果たしていたからだ。

 

 

「ハハハハハハハハハッ!!」

 

「ヤツめ! まさかこんな場所でアレを使うつもりか!」

 

「どういうことだよ!?」

 

 

 さらに、笑う男はグレートピンチクラッシャーとなった自分のアルターに、笑い声で新たな攻撃命令を下した。

法はその攻撃を察し、あの攻撃をここで使わせる訳にはいかないと考えた。

 

 ただ、当然のことだが、千雨にはそれがまったくわからなかった。なので千雨は一体それはなんだと、大声で問いただした。 

 

 

「ヤツの武器は攻撃範囲が広い。ここで使えば周りの関係ない人々まで巻き込むことになる!」

 

「なっ!? ヤバイじゃねーか!?」

 

 

 法はそれをすばやく説明した。

グレートピンチクラッシャーの武器の一つ、デンジャーハザードは広範囲にも及ぶ射撃武器だ。胸部の脇から連続発射されるデンジャーハザードは、ところかまわず撃ちまくる無差別攻撃だ。

 

 千雨はその説明を聞いて、顔を真っ青にして驚いた。

このままだと自分も後ろにいるハルナやのどかも、付近にいる関係ない街の人も危ない。それを千雨は考え、マズイだろうどうするんだと法へと叫んだ。

 

 

「ああ、だからこそ、そうはさせん! 絶影……何!?」

 

「……!」

 

「アイツ!?」

 

 

 どうすると言われれば、阻止するしかあるまい。

法はそれをはっきり口に出し、その攻撃が来る前にグレートピンチクラッシャーを沈めようとすでに動いていた。

 

 だが、なんとここで小太郎を吹き飛ばした甲冑の敵が、法へと瞬間的に接近してきたのだ。

法はその敵の攻撃を避ける為に、意識をそちらに集中してしまった。それ故、絶影の操作が遅れてしまったのである。

 

 また、小太郎も今まで戦っていた自分を無視し、法を狙ったことに驚いた。

小太郎も法の話を聞いていたので、これはマズイと考えた。

 

 

「ハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

 

「しまっ! やめろ!!」

 

「ちぃ!」

 

 

 そして、とうとう笑う男が大爆笑しはじめ、その凶弾がグレートピンチクラッシャーから放たれようとしていた。

 

 法はそれを見て焦り、静止の言葉を大声で叫んだ。

小太郎もあのでかいのを一人でとめるには、少し骨が折れると考えあぐねいでいた。

 

 

「なっ!?」

 

「え!?」

 

 

 しかし、しかしなんということだろうか。その直後、グレートピンチクラッシャーが光とともにひび割れ、爆発四散して虹色の粒子へと返ったのだ。

 

 それを見た誰もが目を見開いて驚いていた。

一体何が起こったというのだろうか。突如としてあの巨大なロボが爆発するなど、何があったのだろうかと。

 

 

「ハハハハハッッ!?!?!」

 

「!?」

 

 

 その爆発の衝撃でそれを操っていた笑う男が、笑いながら苦悶の表情で吹き飛ばされた。また、それを見た甲冑の敵も、予想外と言うような驚いたような反応を見せていたのだった。

 

 爆発の光が止むと、そこに一つの人影が建物の屋根へと飛ぶのが見えた。その人物の背中が見えた。見知った男の背中だった。

 

 

「あれは!」

 

 

 そこには黒くたくましい背中があった。小太郎はその背中に驚いた。

 

 

「あの男は!?」

 

 

 そこには巨大な黄金の腕があった。法はその腕を知っていた。

 

 

「あの人……!」

 

 

 そこには逆立った赤黒い髪があった。のどかはその髪の人物に見覚えがあった。

 

 

「どうして!?」

 

 

 そこには一人の男が、背を向けて立っていた。ハルナはその男が誰なのかを理解した。

 

 あれは誰だ。あれは何だ。あれは確か、間違いなくあの男だ。どうしてここに。何故今になって。誰もがそう声に出していた。言葉を漏らしていた。

 

 

「一元……!? 一元なのか!? あのカズヤなのか!!? 一元カズヤなのか!!!」

 

 

 千雨はその姿を見て、アイツが来たのか、とうとう来たのかと、そう思いながらその名を叫んだ。

お前なのか、本当にカズヤなのか、それを確かめるかのように間違いないと確信しながらも、千雨は何度も確認するかのように名を呼んだ。

 

 

「おうよ」

 

 

 それに対しカズヤは顔だけを振り返りながら、一言だけ小さく返事をした。

そうだ、この男こそ一元カズヤだった。シェルブリットを特典に選んだ転生者、カズヤだった。

 

 その通りだ、何度も言うな、そんな感じの返事を小さくニヤリと笑って言った。

ああそうだ、俺がカズヤだ。一元カズヤだ。それ以外の何者でもない、これほど馬鹿な男は俺だけだ、そんな顔を千雨へと覗かせていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 数分前、カズヤは直一が駆る車中で、新オスティアの都市部へと向かっていた。今ようやく直一とカズヤは、浮遊する新オスティアの島へと入り、目指す場所へと向かっていた。

 

 空港と都市部では少しだが距離がある。だが、直一が操縦する車ならば、最速で到着するだろう。その間にカズヤは色々考えていた。くだらないことを自問自答していた。

 

 

「なさけねぇよな。喧嘩でボロボロにされてよ。挙句の果てに挑発されて周りが見えなくなるなんてよ」

 

 

 カズヤは思い出していた。ゲートの時、あの連中にボコられて敗北したことを。さらにポケモンの里にて、同じくいいようにボコられ、あの男の挑発に乗ってしまったことを。カズヤはそれに苦心した。

 

 

「んでもって、野郎の言葉なんかに惑わされて、術中にはまっちまうなんてよ」

 

 

 野郎、ナッシュ・ハーネスを名乗ったあの男は、あろう事か自分を踊らせやがった。ヤツの言葉に惑わされ、色々くだらないことを考えてしまった。カズヤはそれを後悔した。

 

 

「野郎が俺を狙う限り周りに迷惑がかかる。お前らには会わず、一人で野郎をぶちのめす……」

 

 

 あのナッシュは間違いなく自分を狙っていた。何が目的かは知らないが、この”(アルター)”を狙っていた。そんな自分が仲間のところに戻っても、きっと迷惑になるだろう。野郎が襲ってくる限り、邪魔になる。だから、カズヤは自分ひとりでケリをつけようと、その方向を目指して歩いた。

 

 

「そんなこと考えてたんだぜ。この俺が……!」

 

 

 いやはや、なんと女々しいことだろうか。わりと自分勝手に生きてきたと思っていた自分が、そんなくだらないことを考えるようになるとは。カズヤはそれを眼を瞑りながら、自分を嘲笑していた。

 

 確かに大きくはみ出すこともしなかったが、それでも好きに生きてきた。それが今はなんだ。誰かのことを気にしている。らしくない、ちっともらしくない。カズヤはそれを思い、情けなかった自分を投げ捨てるように、決意を固めた様子で眼を見開いた。

 

 

「だが、それは罠だ。ちっとも好転しねぇ」

 

 

 それに、この状況は野郎の思惑通りだ。ヤツの流れに乗せられちまってる。腹立たしいことだ。かなりムカつく状況だ。こんなクソ食らえな状況に乗ってても、うまくいくはずがない。

 

 そう考えながら、カズヤは車の屋根へと上がりこんだ。車から振り落とされぬようかがみながら、されどひるむことなく前を向いて遠くを見ていた。

 

 また、直一が操るアルター化した車がさらに加速をつけた。都市部に入ったからだ。もうすぐ目的地に到着するからだ。

 

 

「まずはアイツらのツラを見て、アイツらに色々と考てもらう!」

 

 

 だが、自分じゃうまいことを考えられねえ。考え事は苦手だ。この状況を打破する方法なんて、これっぽっちも思いうかばねえ。

 

 だから、そうだな。まずはお前らの顔を見て、それを考えてもらおう。それしかない。それ以外いい方法が思いつかない。カズヤはなんと自分が自分勝手なんだろうと思いつつ、それが自分なんだと嘲笑(わら)っていた。

 

 そこでカズヤは右腕を分解しアルターを構築していった。虹色の粒子が右腕にあった部分に集まり、巨大な黄金の腕が作られた。

 

 カズヤは既に直一から、この場所で争いがあることを聞いていた。直一も転生者だ。しかもカズヤと違って”原作知識”を持っている。

 

 さらに、聞いたとおり何やら騒がしい、戦いがすでに起こっているようだ。それは自分が向かう先としてはおあつらえ向きの場所だ。どうせどこにいたって戦いが付いてくる。しょうがないことだ。それに戦い自体は嫌いじゃない。

 

 カズヤにもはや迷いはなかった。腹をくくった。仲間にも腹をくくってもらう。はっきり言えば自己中心的だろう。それでもそんなのしょっちゅうだ。もはやためらう必要はないと、カズヤは開き直っていた。

 

 

「俺は馬鹿か? そうだな、馬鹿だな……。ああ、そうさ、俺は馬鹿さ!」

 

 

 ただ、カズヤそんな自分を何も思いつかない自分は馬鹿だと、自分勝手な大馬鹿だとも感じていた。しかし、それが俺。それが自分だ。それを今更変えられない。生前からそうだったことを、今更変えられるはずがないと、カズヤは笑っていた。

 

 そうこうしているうちに、車は都市部の中心へと近づいていた。中心部は人が多い。車を超高速で走らせるのは辛い。そこでなんと直一は、車をジャンプさせ建物の屋根の上へと上ったのだ。

 

 屋根から屋根へ飛び跳ね、時にホバーリングを行いながら、スピードを緩めることなく目的地へと一直線に駆けて行った。その車の上でかがみながら、まだか今かと目的地を見据えるカズヤだった。

 

 

「だからよぉ!」

 

 

 それでもそんな馬鹿な自分が、”今”できることがある。これしかないが、これだけは確実に間違いなく、絶対に可能なことだ。カズヤが今できること、それは一つだけ。一つだけだが、不可能と言わせないことがある。

 

 それを可能にするためにカズヤは、おもむろに立ち上がり行動に出た。車が地面へと下り、急カーブをターンする時に発生した慣性を利用し、車の屋根から飛び出したのだ。そして、地面を思い切り殴ると、目的に向かって一直線に飛び上がったのだ。

 

 

「ただ殴る! それだけだぁッ!」

 

 

 そうだ、今できることは殴ることだ。今がその時だ。ならば盛大に殴り飛ばしてやろう。目の前のあのいけすかねぇ巨大ロボのアルターを粉砕してやろう。

 

 カズヤはもう殴ることだけを考えた。後のことは後で考えればいい。今はただ、目の前に捉えた敵を、殴り飛ばすだけだ。

 

 そこでシェルブリットの装甲が左右に開き、手の甲のシャッターが開いた。シャッターが開いた部分の内部が回転し、強風を起こしてさらに拳を加速させた。

 

 その加速した拳にエネルギーが集中すると、カズヤはそのまま勢いよくグレートピンチクラッシャーの胴体を殴り飛ばしたのだ。その衝撃でたった一撃でグレートピンチクラッシャーは光を伴い大爆発。

 

 まるで胸のマグマを噴出すかのような、熱く強烈な一撃だった。そして、カズヤは建物の屋根に着地し、次の目標を定めたのだ。

 

 

「もう一発っ!!」

 

「ッ!!!」

 

 

 カズヤは建物の屋根を右拳で殴り飛び上がり、落下と同時に甲冑の敵へ目がけて拳を振るった。甲冑の男は突然のことで判断が遅れたのか、その拳を腹部へモロに受けたのだ。

 

 そのままカズヤは甲冑の敵を地面に衝突させ、めり込ませた。このダメージはかなり大きかったようで、ようやく甲冑の男の動きが鈍くなった様子だった。

 

 

「あの男……、今更のこのこと……! しかし、剛なる拳! ”臥龍! 伏龍”!!」

 

「!!!?」

 

 

 法は出遅れたカズヤに悪態をつきながらも、カズヤが甲冑の敵から離れたのを見て、そこに追撃を放った。その法の号令とともにミサイル状の物体が、未だ地面にめり込みもがいている甲冑の敵へと、放たれたのだ。

 

 甲冑の敵はそれを見て流石に焦った感じだった。何か大きなデジャブを感じているような、そんな様子だった。

 

 そして、直後大爆発。臥龍と伏龍が甲冑の敵に到達し、強大な衝撃とともに吹き飛んだのである。

 

 

「……!」

 

「転移……! くっ……、逃がしたか……」

 

「でかい方も逃げおったようやな……」

 

 

 だが、甲冑の敵は何かに反応した様子を見せると、その場から転移して消えていった。法はそれを見て逃がしたことを理解し、悔しそうな顔を見せていた。

 

 また、小太郎もあの巨大なロボを操る敵も、いつの間にかいなくなっていることに気が付き、そちらも逃がしたと思ったようだ。

 

 

「一元!」

 

「よっ!」

 

 

 カズヤは戦いが一段落したところを見て、アルターを解除した。そこへ千雨が走ってやってきて、その名を大きく叫んだ。

 

 そんな千雨へ、カズヤは軽い挨拶を投げていた。

いやあ久々だな、その顔を見るのは何日ぶりだろう、そんな感じだった。

 

 

「お前……!? 何だよその目は!?」

 

「ああ? 別に大したことねぇよ」

 

 

 そこで千雨は、カズヤの右目が閉じていることに気が付き驚いた。

一体何があったのだろうか。とてつもない怪我でもしてしまったんだろうか、そう思った。

 

 が、カズヤはこの原因を知っている。

右腕のアルターが侵食したせいで、こうなってしまったことを知っている。だから、別に気にすることは無いと、気軽な感じで答えたのである。

 

 

「兄ちゃん無事やったんか!」

 

「まあな、あの程度でくたばるかよ」

 

 

 そこへ小太郎もやってきて、カズヤの無事を喜んだ。

また、少し離れた場所でのどかとハルナも、カズヤの無事にほっとした表情を見せていた。ハルナはそれ以外にも、千雨とカズヤの関係を邪推するような、そんな顔を覗かせていたが。

 

 カズヤも同じく仲間たちが無事だったことを見て、安堵する様子を見せていた。

 

 

「よぉ、テメェも元気そうだな」

 

「ふん、よく生きていたな」

 

「ぬかせよ」

 

 

 すると、法もカズヤの近くへゆっくりとやってきた。

カズヤはそれに気が付き、普段と変わらぬ様子で言葉を交わした。

 

 法はそんなカズヤへ、辛辣な挨拶を飛ばした。

とは言うが、法もカズヤの無事を喜んでいない訳ではない。ただ、これがこの男への最大の挨拶だと思っているのだ。

 

 カズヤも法の態度のことは理解している。

なので、そんな法の発言にもニヤリと笑い、小さく文句を飛ばすだけだった。

 

 

「しかし、どうやってここに?」

 

「直一のヤツが送ってくれた」

 

「ヤツもこっちに……。……で、ヤツは?」

 

 

 また、法はカズヤがこの場に現れたことを見て、どうやって来たのだろうと疑問に思った。

それをカズヤに尋ねると、あの直一がこの魔法世界にいると言うではないか。

 

 法はそこに驚きそうになったが、あの男は”自分たちの知らないことを知っている”様子だった。故に、あえてそこはおいて置くとして、その本人はどこへ言ったのかを再びカズヤに尋ねた。

 

 

「アイツなら別の場所へ行くっつってたぜ」

 

「ふむ。確かに周囲が騒がしい。俺たち以外にも攻撃を受けているという訳か」

 

 

 すると、直一は別の場所へ向かったと、カズヤは言った。

何せここは未だ他の場所でも戦闘が起こっている。この状況を考えた直一は、ここをカズヤに任せて別の場所に向かった方がよいと考えたのだ。

 

 それを聞いた法も、直一の意図を察したようだった。この場で戦っているのは自分たちだけではない。他の場所でも戦いが発生していることに、法も最初から気が付いていた。

 

 

「あっ! そうだった! のどか!」

 

「え!?」

 

「あの赤い人の心を読むチャンスだよ!」

 

「ハァ!? まだ諦めてなかったのかよ!?」

 

 

 そんな時、ハルナが思い出したかのように大きな声を上げた。

のどかは突然ハルナに呼ばれ、ビクッと体を震わせて驚いた。

 

 ハルナは最初の目的だった、あのアーチャーの心を読むことを諦めていなかった。

千雨はあれだけの目にあったのだから、諦めたとばかり思っていたようで、まだ続けるのかと大きく怒鳴った。

 

 

「そんなら俺が影で送ったる! 行けるか?」

 

「はっはい!」

 

「おい! ちょっと待て!」

 

 

 そこへ小太郎がのどかへと、そのアーチャーの居場所に送ると言い出した。

影の転移ならば不意を付くことが可能。故に、適役と判断したようだ。

 

 のどかもそれに戸惑いながらも、はっきりと返事した。

準備はできている。今すぐ行けると。

 

 だが、千雨はそれに待ったをかけた。

危険すぎるからだ。相手はテロリストだ。先ほどのように命の保障はないからだ。

 

 

「ほんじゃ、しっかりつかまっとれよ!」

 

「お願いします!」

 

 

 しかし、二人は話を勝手に進め、影を使って転移していった。のどかは小太郎にしがみつくようにして、そのまま影に沈んでいったのである。

 

 

「おい! くそ! 危険だっつってるだろう!」

 

「なら俺も彼女たちを追おう」

 

「どこにいるのかわかるのか!?」

 

 

 千雨は影に消えていった二人に、激怒した様子で叫んだ。

危ないからやめろと、あれほど言ったのにも関わらず、再び戦場へと戻っていった。何かあってからでは遅いというのに、勇敢と蛮勇は違うというのに。

 

 そこで法が一つ提案を出した。

それなら自分も小太郎とのどかを追い、助けると言ったのだ。

 

 千雨はそれはいい判断だと思ったが、影で転移した二人を見つけるのは困難だ。故に、どこに行ったかわかるかを尋ねたのである。

 

 

「いや……。だが、”赤い人”と言うヤツのことならわかる。ソイツがいる場所を探し、そちらへと向かう」

 

「ああ、なら頼む」

 

 

 法はアルター使いではあるが魔法使いではない。転移を追跡したり発見することは不可能だ。

それでも赤い男、アーチャーとやらは一目でわかる。法は直一からアーチャーと自ら名乗る男の情報を貰っていたからだ。

 

 二人がそのアーチャーの下へ行ったのならば、その男を見つけるのが手っ取り早いだろう。そこへ向かえば二人も見つけられ、護ることが可能なはずだからだ。

 

 法がそこへ向かうと言うと、千雨は少し申しわけなさそうに一言頼むと述べた。

先ほどから護ってもらってばかりだというのに、すまないという気持ちがあるようだ。

 

 

「だったら俺も!」

 

「貴様は長谷川たちを護衛しろ」

 

「何だと!?」

 

 

 そこへカズヤも同じく、後を追うと言い出した。

さらにその場所に行けば新たな戦いがある。そう考えての発言だった。

 

 が、法は一人で行くと言い出した。カズヤはここに残った千雨たちを護れとも言った。

それに対してカズヤは、大きく反発する態度を見せたのだ。何せ、目の前の男に命令されるのだけは、非常に気に入らないからだ。

 

 

「彼女たちは戦う力はあまり持ってない。貴様が守れ」

 

「……っわーったよ。だから早く行けよ」

 

「貴様に言われるまでもない……、絶影!」

 

 

 法は力なき彼女たちを残すのは危険だと考えた。ならば、力があるカズヤが残るのが妥当だとも考えた。

 

 機動力なら法の方が高く、追跡に向いている。まあ、護ることに関して言えば、カズヤは殴るだけなのであまりうまい方でもないのだが。

 

 それでも誰かが護ってやらねばならない。故に、カズヤには残ってもらわなければならないと、法はカズヤへ簡潔に説明したのだ。

 

 カズヤはそれを聞いて、少し考えた後にそうすることに決めたようだ。

確かに法の言っていることは正しい。この状況下で彼女たちを残して行くのは、いいことではない。なので、それはわかったからさっさと行けと、手をヒラヒラさせて法を催促したのだ。

 

 法はカズヤが自分の言葉を理解したことに小さく笑った。

そして、皮肉を一言述べて真・絶影の尾の部分に乗り込み、飛行してこの場を去ったのだった。

 

 



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百四十話 転生者アーチャー

 ネギは転生者アーチャーを追って、川の方までやってきていた。アーチャーもネギが付いてきていることをちらちらと確認しながら、まるで誘導するように行動していた。

 

 

「待て!」

 

「ふむ、まだ追ってくるのか」

 

 

 アーチャーへとネギは、大声で静止を呼びかけた。するとアーチャーも、少し考える素振りを見せると、その場へと降り立った。

 

 

「ならば、ここで勝負をつけるとしようか」

 

「っ!」

 

 

 そして、アーチャーはネギへと振り返り、夫婦剣を投影した。その瞬間、アーチャーはネギの方へと飛び込み、ネギはとっさに防御をとった。

 

 

「ぐっ!」

 

「流石に硬いな……」

 

 

 アーチャーの動きは、かなりのすばやさだった。音速か、それ以上であった。一瞬でも判断が遅れていたら、そこでネギはやられていただろう。

 

 ネギはそれを考えながらも、ギリギリで術具融合の盾”最果ての光壁”で防ぎきることに成功した。本当にギリギリ、間に合うか間に合わないかの瀬戸際だった。

 

 また、アーチャーもその盾の強度に、舌打ちをしていた。

何と言う防御力だろうか。たとえ贋作である自分の贋作の剣であれど、完全に防がれるというのには驚きを隠せなかった。

 

 

「だが、やはり動きは鈍いか」

 

「この! ”魔法の射手! 連弾! 97矢!”」

 

「あたらんよ!」

 

 

 しかし、アーチャーはネギの弱点も理解していた。

”原作でのネギ”は接近戦を優先的に鍛えてきたが故に、高スピードでの戦闘を得意としていた。だが、こちらのネギは魔法使いとして、中・遠距離の攻撃を得意とした。

 

 だから、どうしてもスピードが落ちてしまう。アーチャーはそれに気が付き、そこを狙うことにしたのだ。

 

 ネギはすばやい動きでけん制を始めたアーチャーに、負けずと魔法の射手を発射した。が、アーチャーにそれは当たらない。剣で弾かれながら、全て回避されてしまった。

 

 

「これならどうかね? ふっ!」

 

「くっ!」

 

「”壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”!!」

 

 

 さらにアーチャーは握っていた夫婦剣を両方ともネギへと飛ばした。ネギはそれが爆発することを知っていたので、危機感を感じて再び防御の姿勢をとった。

 

 そして、ネギが思ったとおり、その夫婦剣は爆発を起こした。いや、アーチャーが爆発させたのだ。

 

 

「っ! しまった!? 視界を!?」

 

「理解したか! ”赤原猟犬(フルンディング)”!!」

 

 

 ネギはそれを無傷で防ぐことに成功した。だが、ネギはアーチャーの今の攻撃の意図に、そこで気が付いた。

 

 今の爆発と川の水が蒸発したことで、白い煙にネギは包まれた。その白い煙によって視界をふさいでしまったのだ。これではアーチャーがどこにいるかわからない状態だ。ネギはそれを見て、大いに焦った。

 

 アーチャーはネギの焦りの声にニヤリと笑い、さらなる矢を投影した。それは真紅の(つるぎ)だった。それを弓に構えると、真っ赤で禍々しい魔力を帯びだしたのだ。その魔力を纏った(つるぎ)を、アーチャーはネギへと目がけ撃ち込んだのである。

 

 

「なっ!」

 

「避けたと思わない方が身のためだ」

 

「何を!?」

 

 

 ネギは突然煙の奥から飛んできた矢に、驚きながらも回避して見せた。

が、アーチャーはその剣の特性を理解している。よって、余裕の表情でネギに忠告を述べたのだ。

 

 ネギはアーチャーの物言いが意味することをわからなかった。

故に、一体何が言いたいと、叫ぼうとしていたのだ。

 

 

「っ! ぐああ!?」

 

「その(つるぎ)はどこまでも追跡する。どこまで防ぎきれるかな?」

 

「ぐっ……! うあっ!!」

 

 

 そこへ、ネギが今避けたはずの矢が、急に方向を変えてネギの背中を狙ってきた。

急、と言うよりも、もはや進行方向が一瞬で切り替わり、まさに壁に跳ね返ったがごとく矢は転回したのである。

 

 ネギはそれを察し、体をそらして何とか回避した。が、無傷という訳にも行かなかった。左腕にその矢が命中し、その矢と同じ赤色の血が噴出したのである。

 

 そう、この赤原猟犬(フルンディング)は追尾能力のある剣だ。本来ならば単純に狙った獲物を見逃さない程度の追尾機能、もしくは最適な斬撃を繰り出せる程度の剣なのだが、矢として放たれたそれは、獲物を狙った猟犬のごとくしつこく追尾し続けるのだ。

 

 

「”最果ての光壁”!」

 

「ふむ、それで防ぐしか手はないだろうな」

 

 

 ネギも今ので赤い矢の特性を理解した。

これは回避し続けるのは困難だ。周囲の視界が白い煙でふさがれているのならなおさらだ。ならば、やはりここは防御しかない。ネギはそう考え、再び矢が切り返してきたところで、最果ての光壁で防御したのだ。

 

 すると最果ての光壁と赤原猟犬(フルンディング)が衝突。その衝撃のエネルギーで、周囲を覆っていた煙は吹き飛び、晴れたのである。

 

 アーチャーはその様子を少し離れた場所から見ながら、防御以外はないだろうと腕を組んで眺めていた。

 

 

「しかし、これで終わりではないぞ? ハッ!!」

 

「またあの双剣!?」

 

 

 とは言え、ネギが防御しているのをただ見ている訳はない。アーチャーは再び両手に夫婦剣を投影し構え、それを防御中のネギの無防備な背中へと投げ飛ばしたのだ。

 

 ネギは赤い矢を防ぐので手一杯だった。もはや、今再び投げ出された双剣を防ぐことはできない。このままでは赤い矢と双剣、どちらかを食らってしまう。さてどうする、ネギはそれを必死に考えた。

 

 

「はっ!」

 

「ほう?」

 

 

 二つの攻撃を同時に防ぐのは困難だ。ならば、一度距離をとらざるを得ない。

ネギはそれを考え、最果ての光壁を槍のモードに変化させ、それにまたがり瞬時に加速して、その場から離れた。

 

 アーチャーはネギの行動を冷静に眺めていた。

流石に赤原猟犬(フルンディング)と夫婦剣の両方を、受け止めるほどの力はないかと。

 

 

「防ぎきれぬと考え、逃げに徹したか。だが、どこまでもそれは追って行くぞ」

 

「……!」

 

 

 そこでアーチャーは冷静に、ネギへと一言忠告した。

たとえ夫婦剣を避けたとしても、赤原猟犬(フルンディング)は追い続けると。その速度も尋常ではない、逃げ切れるなど甘いことを考えるなと言いたげだった。

 

 ネギもそれをその身で実感していた。

超加速したはずなのに、あの赤い矢はもう既に後ろに迫ってきている。いや、もうすぐ追いつかれそうになってしまっていた。ドッグファイトにもならないほどだった。

 

 

「風の分身か! しかしだ、その程度で止まることはない!」

 

「言われなくとも……!」

 

 

 そこでネギは風の精霊で分身を作り、それをおとりとして矢を受けさせた。が、それでも矢の速度はまったく変わらず、ネギを貫かんと直進するのみだった。

 

 アーチャーもそれを見て、無意味だと言葉にしていた。

ただ、ネギとてそのぐらい理解していた。だめもとで行ったことだったが、やはりダメだったというだけだった。

 

 

「それに、その(つるぎ)だけに集中していていいのかね?」

 

「ううっ!!」

 

 

 しかし、攻撃はその赤い矢だけではない。アーチャーはそれをおもむろに述べると、新たに適当な矢を投影し、それを超スピードでネギへと射始めたのだ。

 

 そのすさまじい矢の嵐に、ネギは即座に障壁を張ることで防いだ。

今、盾である最果ての光壁は杖を媒介にして作り出している。故に、それを槍にして騎乗している状態だ。この状態では防御に使うことは不可能。アーチャーの矢の嵐は、障壁で防ぐ以外手はなかった。

 

 

「中々の障壁だ。だが、いつまで持つかな?」

 

「ぐう……!」

 

 

 とは言え、そのネギの障壁は相当な強度を誇る。簡単には打ち抜けない。

アーチャーもそれを見て、素直に褒めていた。それでも、この矢の嵐。長く持つはずが無いのも事実だった。

 

 それ以外にも、ネギは未だ赤い矢に追われている状態だ。障壁で防御しつつ、それから逃げるために加速しなければならない。その疲労は想像を絶するものだろう。このままではどちらかの攻撃で撃墜されてしまうだろう。

 

 だから、ネギはそれを考え、賭けに出ることにした。

再び停止し、もう一度最果ての光壁で赤い矢を受け止め、矢の嵐を防ぎ始めたのだ。

 

 

「止まった……? 観念したか?」

 

「……いえ」

 

 

 アーチャーはネギの動きが止まり、攻撃を再び防ぎ始めたことを見て、諦めたと考えた。

しかし、ネギはまったく諦めてはいない。一か八かではあるが、それに全てを賭けることに決めたのだ。

 

 

「最果ての光壁よ、その力を解き放て!」

 

「何!?」

 

 

 ネギはなんと、赤い矢を最果ての光壁で受け止めながら、その力を解放した。すると、盾となっていた光壁は槍となり、さらに巨大な光の柱となったのだ。

 

 

「はあああああ!!」

 

「光の柱……!」

 

 

 その巨大な光の柱は、ネギの叫びとともに光の渦となり、赤い矢を飲み込み始めた。そして、極光がネギを包み込むようにして巨大な槍となり、赤い矢を穿つようにして突撃を始めたのだ。これこそが火力不足を補う為に、ネギが編み出した最果ての光壁の広域攻撃モードだった。

 

 その光景をアーチャーは、驚きの眼で見ていた。

ただ、手は休むことなく矢を放ち続けていたが、光の槍に包まれたネギに、それが届くことは無かったのである。

 

 

「くっ! 贋作とは言え我が赤原猟犬(フルンディング)を砕くとは……! だがしかし!」

 

「っ!」

 

 

 こうしてネギは赤い矢、赤原猟犬(フルンディング)を破壊することに成功した。だが、それに力を費やしすぎたが故に、最果ての光壁も消滅してしまったのだ。

 

 アーチャーは赤原猟犬(フルンディング)が破壊されたことに驚きつつ、チャンスとばかりにネギへと接近した。

ネギはアーチャーの接近を感知したが、すぐに動ける状態ではなかった。とっさに障壁を張るのが精一杯であった。

 

 

「うあっ!」

 

「別に、剣だけが武器ではない」

 

 

 アーチャーはその障壁を回避するかのように、ネギの背へと瞬時に移動した。そこへアーチャーは強烈な蹴りをネギへと叩き込んだのだ。

 

 特典ではあるものの、英霊としての力を持ったアーチャーの膂力での蹴りは、かなりのダメージだ。ネギはそれを受け大きく吹き飛び、数回水面に跳ねとんだ後、川岸に衝突して倒れこんだ。

 

 アーチャーは吹き飛んだネギをすばやく追い、倒れたネギの足元に立ち、動けないネギを見下ろしていたのだった。

 

 

「さて、これでわかったはずだろう。君では私には勝てないと」

 

「……くぅ……」

 

 

 そこでアーチャーはネギへと、勝利の宣言を突きつけた。

ネギも悔しそうにアーチャーを睨むが、もはや体が動かなかった。

 

 

「では、とどめとするか。さらばだ、少年」

 

「やられる……!」

 

 

 アーチャーは別れの言葉を述べると、再び夫婦剣を取り出し、ネギへとじりじりと近づいていった。そして、ネギへととどめをささんと、アーチャーは夫婦剣を振り上げた。

 

 しかし、アーチャーにネギを殺す気はまったくない。ちょいと痛めつけて、二度と自分に歯向かえないようにしてやろう、と言う程度だった。何せアーチャーの目的は”原作遵守”。これを機会に、ネギがさらに強くなることすらも、計画として入れていたのだ。

 

 ネギはそれを知らぬ故に、もはや万事休す、助かる道はないのかと、必死でそれを模索していた。

だが、もはやどうしようもない状態だ。それでもなんとかしようと、微力ながら障壁を張ろうと右手を伸ばしたのだった。

 

 

「”我、汝の真名を問う”!」

 

「……しまっ!」

 

 

 アーチャーはその持ち上げた右腕を、剣とともに振り下ろそうとした。

だが、その時、影から小太郎とともに、のどかが現れたのだ。のどかがそれを宣言し、アーチャーの真名を奪ったのだ。

 

 アーチャーはそれを見て、してやられたという顔を見せた。

なんてことだ、自分の名を知られたということは、思考を読まれるということだ。これはマズイことをした、大きな失態だと後悔していた。

 

 

「マヌケやったなぁ! アーチャー!」

 

「くっ!! やられた!!」

 

 

 小太郎もアーチャーへの不意を付くことに成功し、煽る言葉を放った。

アーチャーは逃すまいと握っていた剣を振りぬくも、小太郎はのどかとともに再び影に沈んでいったのだ。

それを見たアーチャーは、しくじったと考えた。

 

 

「わかっていたものを……! ヤツらの行き先は確か……!」

 

「待て! くっ……!」

 

 

 アーチャーは相当今のが悔しかったのか、眉間にシワを寄せていた。

と言うのも、アーチャーは転生者であり、原作知識を持っている。こうなることぐらい予想していたのだ。

 

 しかし、ネギとの戦いに熱中するあまり、小太郎とのどかの出現をうっかりド忘れしてしまったのだ。それを考え、歯を食いしばるほどに悔しく思っていたのである。

 

 ただ、アーチャーはそれ故、彼女らの行き先を知っている。そこを思い出しながら、動けぬネギを捨て置き、飛翔してそちらの方へと移動し始めた。

 

 ネギはアーチャーが彼女らを追ったことを悟り、静止を呼びかけた。

が、すでにアーチャーの姿はなく、ネギはゆっくりと立ち上がり、アーチャーを追うことにしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 小太郎とのどかはアーチャーの名前を奪い、闘技場の屋上へと転移していた。両者とも一仕事終えたという様子であり、ある程度気が緩んだ様子だった。

 

 

「大丈夫か?」

 

「はい」

 

「17箇所も転移したし、追ってはこれんはずや」

 

 

 小太郎はのどかを気にかけるような言葉をかけると、のどかも平気だと静かに述べた。

また、小太郎はアーチャーをまくために、何度も転移を行った。故に、自分たちを見つけることは困難だろうと考えたようだ。

 

 

「そっちの首尾は?」

 

「大丈夫みたい。これであの人の本名が……」

 

「よっしゃ!」

 

 

 さらに小太郎はのどかがアーチャーの名を手に入れたかを尋ねた。

のどかは問題なくできたと言葉にし、小太郎もそれに喜びを見せていた。

 

 

「赤井弓雄……?」

 

「日本人みたい……」

 

 

 そして、のどかは魔法具を滑らせると、そこにアーチャーの真名が光の文字として現れた。

そこには”赤井弓雄”と表示されていたのだ。

 

 小太郎はその名前に、意外だという様子を見せていた。

のどかもこの名前を見て、あんな外見だが日本人なんだろうかと考えていた。

 

 

「おし! 大収穫や! とりあえず俺もネギんとこ戻って助太刀に」

 

「それなら私も! あの人の思考を遠くから」

 

「そらあかん! これ以上は流石に危険や!」

 

 

 作戦もうまくいった。アーチャーの名前がわかったのは大きい。ならば、苦戦しているネギを応援に行くと、小太郎は意気込んだ。

 

 そこへのどかが自分も行くと、アーティファクトを展開しながら言い出した。

名前がわかったということは、思考を読むことができることに繋がる。少し離れた場所からアーチャーの思考を読み、何を考えているのかを知ろうと考えたのだ。

 

 が、小太郎はそれに反対した。

確かにもともとの作戦はアーチャーの思考を読むことだった。それでもこれ以上欲張るのは危ないと考え、それは無茶だと言ったのだ。

 

 

「そうだ。好奇心は猫をも殺すぞ」

 

「え?」

 

 

 そんな時、突如として声が聞こえた。それは先ほど聞いた男の声だった。

 

 のどかがそれを聞いて、不意にそちらを向けば、先ほど見た男が立っていた。そう、それはアーチャーの声だった。

 

 

「なっ!? んな馬鹿な!?」

 

「ふぅ……、()()()そこにいたか」

 

 

 小太郎はアーチャーの姿を見て、かなり驚いた。

何度も転移して追跡を逃れるようにして、ここまで来たからだ。

 

 しかし、このアーチャーは追ってきたという訳ではない。

いや、追ったのは事実だが、追跡した訳ではないのだ。”原作知識”を用いて、彼女らが最終的に現れるポイントを予測し、そこへ先回りしただけなのだから。

 

 ただ、原作どおりになるかはわからない。故にアーチャーは、二人の姿がここにあったことを見て、安堵した様子を見せていたのだ。

 

 

「この!」

 

「遅いな! すでに!」

 

「何やて!? この剣は!?」

 

 

 小太郎はとっさにアーチャーへと攻撃を開始した。

しかし、アーチャーは既に攻撃を終えていた。

 

 小太郎がそれに気づいた時には、すでに遅かった。

回り込むように白と黒の剣が、小太郎へと迫ってきていたのだ。

 

 

「”壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”」

 

「ぐあぁ!?」

 

「コタロー君!?」

 

 

 そして、その剣が小太郎の近くに差し掛かったところで、アーチャーが一言唱えると、剣が爆発したのである。

 

 小太郎はその爆発に巻き込まれ、苦痛の絶叫とともに大きく吹き飛び倒れこんだ。しかも、今の爆発のダメージがかなり大きかったのか、そこからまったく動かなくなってしまったのだった。

 

 のどかは小太郎が吹き飛ばされたのを見て、焦りに彩られた声を上げていた。

今のはかなりマズイ攻撃だった。何とか近くによって魔法で治療してあげなければ、そう思った。

 

 

「さて、君のアーティファクトは危険だ。解除させてもらう……」

 

「……! 赤井弓雄さん! あなたの目的は……!」

 

 

 だが、アーチャーがそうさせてはくれない。じりじりとのどかへと距離をつめながら、さらに新たな短剣を投影し握り締めていた。

 

 そのいびつな形をした短剣、刺すにはまったく適していないような、くの字に曲がった短剣。

これこそ破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)であった。

 

 破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)の能力は、魔術の破戒。魔術的な契約や魔術で作り出されたものを、強制的に戻してしまうというものだ。これを使い、のどかとネギの仮契約を断ち切り、アーティファクトをなくしてしまおうと考えたのだ。

 

 ただ、再びのどかとネギが仮契約すればアーティファクトは出現する。それでも、今ここで心を読まれるということは無くなると言うのは、大きなメリットにも繋がる。

 

 と、そうアーチャー考えていたところで、のどかが()()()()を唱えていた。そう、名指しに問いただすこの行為こそ、心を読んだ証拠だったのだ。

 

 

「くっ! 貴様!!」

 

「ああ……!」

 

 

 アーチャーは今、それをやられたことを即座に理解した。故に失態と、してやられたという悔しさから、怒りの叫びを上げつつ、その短剣をのどかへと振り下ろしたのだ。

 

 のどかはその振り下ろされる短剣を見ながら、小さく悲鳴を上げていた。否、それだけではなく、しっかりと障壁を張ってそれを防ごうとしていた。

 

 ここののどかは魔法使い見習いとして、ある程度ではあるが魔法を習得していた。さほど才能の無いと言われた彼女であったが、数ヶ月間修行したおかげで、治癒や障壁などは使えるようになっていたのだ。

 

 だが、その障壁など破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)には無意味だった。短剣が障壁に触れたとたん、障壁が消滅してしまうからだ。それをただ、のどかは不思議に思い見ていることしかできなかったのだ。

 

 

「女子供にムキになるとは、大人気ない」

 

「何!?」

 

 

 しかし、そこで少年の声とともに、石の杭がアーチャーへと襲い掛かった。アーチャーはそれに気が付き、とっさにその場を移動しその杭を回避したのだ。

 

 

「ぐっ!? まさか貴様!?」

 

「また僕を知っているものか……」

 

 

 そこでアーチャーが見たものは、驚くべき人物だった。どういうことなんだろうか、幻術か何かか、そう考えながらも、驚愕を隠せない様子でその人物を見ていた。

 

 アーチャーの攻撃を阻止した人物、それは白髪の少年だった。また、その人物は何度目となるかわからない、自分を知る見知らぬ相手に慣れたという顔を見せていた。

 

 

「フェイト・アーウェルンクス……!? 貴様が何故ここに!?」

 

「さてね……」

 

 

 それこそ、あのフェイトだった。なんとフェイトがここへ現れ、アーチャーの邪魔をしたのだ。

 

 アーチャーはフェイトの登場に、かなり動揺していた。”完全なる世界”から抜け、行方をくらませたフェイト。それが今になってこの場に現れることなど、まったく考慮していなかったのだ。

 

 故に、アーチャーはそれをフェイトへ問いただす。今更どうしてここへ来たのか、その目的はなんだと。

 

 が、フェイトはとぼけるだけで何も言わなかった。

むしろ、敵であるアーチャーに、それを言う必要も意味も無いという態度だった。

 

 ただ、フェイトがここに来た理由は存在する。それは当然、あの皇帝からの使命だ。とは言え、とりあえずここへ行け、完全なる世界(ヤツら)が暴れるから何とかしろ、そう言われただけであったが。

 

 

「待て!」

 

「追いついてきたか!?」

 

 

 そこへ、ようやく追いついたネギも登場し、とっさにのどかをかばうように立ちふさがった。

アーチャーは”原作よりも”遅い登場の主人公に、追いつかれたという顔を見せていた。

 

 

「のどかさん! 大丈夫ですか!?」

 

「はっ、はい!」

 

「……この人には指一本触れさせません……!」

 

 

 そして、背後にいるのどかへと、ネギは気遣う言葉をかけた。

のどかは助かったことに安堵しつつ、少し緊張した様子で返事をした。

 

 するとネギはアーチャーへと視線を戻し、のどかには手を出させないと宣言した。

それを聞いたのどかは、ネギの後ろで照れながら顔を赤く染めていたのだった。

 

 

「へえ、彼が……」

 

 

 そこでネギを少しはなれたところから、興味ありげにフェイトが見ていた。

なるほど、あれがあの英雄ナギの息子か。確かに見た目は似ているな、そんな感想を抱いていた。

 

 

「やっと見つけた!」

 

「むっ……! ()()明日菜……」

 

 

 さらにそこへアーチャーへと、ハマノツルギを振り下ろしながらアスナが現れた。

アーチャーはそれをとっさに回避しながら、アスナの登場を”原作どおり”と考えながら眺めていた。

 

 

「クレイジー・ダイヤモンド!! ドラララララララァァァッ!!」

 

「何!?」

 

 

 が、その直後、横からすさまじい勢いと凄みをアーチャーは感じた。

すると、リーゼントの男子が現れ、大きく叫んでいるではないか。

 

 それこそあの状助だった。状助はアスナの攻撃をかわしたアーチャーへと、クレイジー・ダイヤモンドの拳を浴びせようとしたのである。

 

 アーチャーもこれには予想外だったようで、かなり驚いた顔を見せていた。

しかも、アーチャーにはスタンドを見る力はない。スタンドはスタンド使いぐらいにしか見えないからだ。なので、とっさに虚空瞬動で距離をとり、それを何とか回避したのだ。

 

 

「ふぅー、ちっときつかったぜ」

 

「そう言うわりには、ちゃんとついてこれたじゃない」

 

「必死だったがなぁー!」

 

 

 状助は攻撃をかわされたのを見て、さっと瞬動でアスナの近くへと移動した。

そこで、アスナの後ろを追っていくのが大変だったと、ため息交じりで言葉にしていた。

 

 そう言う状助へ、アスナは小さく笑いながら自分の後をついてきたことを褒めた。

虚空瞬動を用いてかなりスピードを出したはずだが、状助はそれにしっかりとくっついてこれた。アスナはそれを状助がやり遂げたのを見て、素直に認め喜んだのである。

 

 ただ、やはり状助は結構しんどかったようだ。

未だ虚空瞬動を使えない状助は、建物の屋根を瞬動で飛び回るしかなかった。スタンドの”脚”を使ってそれを行っても、やはり虚空瞬動で空を翔るアスナを追うのは、相当な苦労だった。

 

 

「ぬう……()()()()の……。つまり、ヤツらは失敗したということか……」

 

 

 アーチャーはアスナとともに現れた状助を見て、作戦の失敗を悟った。

あの状助は転生者だ。原作知識があるかはわからないが、アスナの傍にいるというのなら、原作知識を持っている可能性があるだろう。であれば、アスナを助けるのは必然だ。そして、二人が同時に現れたということは、当然作戦が失敗したことを告げる証拠だ。

 

 と言うか、アーチャーはあの連中にはまったく期待していなかった。成功すればめっけもの、その程度の認識だった。しかし、アスナが手に入らなかったというのに、割と余裕な様子だった。それ以上に、次の行動をどうするかを模索していた。

 

 ただ、それ以外に、あの東方仗助が生きているということに、多少の驚きはあった。何せゲートで受けた傷は致命傷だったはずだ。それでもここに生きて現れ、再び合間見えたことに驚きがないはずがないのである。

 

 

「剛なる拳! ”臥龍! 伏龍”!!」

 

「またしても!!」

 

 

 だが、アーチャーはそのような悠長なことをしている暇などなかった。

そこへ新たな攻撃がアーチャーを襲ったからだ。

 

 それこそ真なる絶影から放たれた、二つのミサイル状の攻撃だった。アーチャーは再びその場から飛び跳ね、何とかそれを回避して見せた。

 

 また、法は絶影を操りつつ、倒れた小太郎を抱えて身の安全を確保していた。

 

 

「っ!」

 

「おいーっす! 俺も混ぜろや!」

 

「ジャック・ラカンか……!」

 

 

 アーチャーを襲ったのはそれだけではなかった。無数に放たれた剣の雨が、アーチャーが回避行動に移ったと同時に飛び込んできたのだ。

 

 アーチャーはそれを夫婦剣を再び投影し、それ使って全て叩き落し、何とか事なきを得た。そして、それを投げてきた相手を、しっかりと目で確認したのである。

 

 そう、それで攻撃を行ったのは他でもない、ジャック・ラカンだ。

また、木乃香は法に抱えられて動かない小太郎へと、治癒の魔法を使っていた。

 

 ただ、そこにはあの陽の姿は無かった。木乃香たちは陽たちを取り逃がしてしまったようである。

 

 

「……これは流石に分が悪いか……」

 

 

 アーチャーはこの状況に、冷静な態度で分析していた。

だが、内心はかなり焦りを感じていた。ラカンが現れることは”原作”でも同じなので対して気にはしていない。問題は他に増えた転生者だ。それ以外にも、フェイトが敵対者となって現れたことも大きな要因の一つであった。

 

 なので、もはや引き際だと考え、逃げる算段を立て始めた。

こうなってしまっては、もはや勝ち目はない。むしろ、すでに負けている状況だ。ならば、さっさと退散してしまった方が賢いというものだ。

 

 

「ふっ! はっ!」

 

「双剣!」

 

「なんだありゃ? 俺のアーティファクトにそっくりな能力だな」

 

 

 ならばと、アーチャーは握っていた夫婦剣を即座に投げ、ネギたちへと襲わせた。さらに、何本も夫婦剣を投影し、それも同じくネギたちへ投擲したのだ。

 

 ネギはあの剣の特性をある程度理解してきたので、投げてきたという行為に警戒する態度を見せていた。

また、ラカンは何度も武器を作り出すアーチャーを見て、自分のアーティファクトに似ていると思ったようだ。

 

 

「気をつけてください! 爆発します!」

 

「ほー、おもしれぇことするじゃねぇか」

 

 

 ネギはあの剣が爆発することを恐れ、大声でラカンへ警告した。

ラカンはそれに対して、ただただ面白いとだけ言って、本当に面白そうだという顔をするだけだった。

 

 

「”壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”」

 

「またしても視界を!?」

 

 

 そして、その呪文がアーチャーの口から解き放たれる。当然そこで飛び交っていた夫婦剣はネギたちの前で爆発、その視界を煙がふさいだのだ。

 

 ネギはその自体に焦りを感じた。

何度も受けたことだが、視界を遮られるというのは危険だからだ。再びあの赤い剣を放たれたら、今度は避けきれる自信がないからだ。

 

 

「しょうがねぇなぁ……、オラァ!!」

 

「ちぃ! やはりジャック・ラカンこそ最大にして最強の難関か……!」

 

 

 が、そこでラカンは面倒だとばかりに、脚を踏みしめ衝撃波を発生させた。するとどうだろうか、周囲を覆っていた煙が晴れ、視界が良好となったではないか。

 

 さらに、ラカンはその踏みしめた脚を利用し、そのままアーチャーの近くへと飛び込んだのである。

 

 アーチャーはそれを見て恐れ入った。

流石はバグと言われた男、この程度では臆することなどないのだと。また、接近してくるラカンをどう対処するか、アーチャーは次の一手を手探りで探していた。

 

 

「だが……、なっ!?」

 

「僕を忘れないでほしいね」

 

「フェイト……!」

 

 

 しかしだ、アーチャーは一つ忘れていた。今目の前にいる強敵が、ラカンだけでないことを忘れていた。この少年を忘れていた。白髪の淡白な表情をする少年が、ありえないことにここに来ていることを忘れていた。

 

 そう、ご存知フェイトだ。フェイトはすでにアーチャーの背後へと回り込み、石でできた剣を振りかぶっていた。アーチャーはそこで再び複製した夫婦剣にて応戦し、それを防いだのである。

 

 

「俺のことも忘れてもらっては困るぞ! 絶影!!」

 

「クッ! このままでは!」

 

 

 それ以外にも、攻撃するものがいる。アーチャーと同じく転生者の法だ。法はその場から真なる絶影を操り、フェイトの攻撃を防いで動けないアーチャーへとけしかけたのだ。

 

 アーチャーはそれを見た後、別の方向から迫り来るラカンの姿も捉えた。

これはマズイ、この三人から攻撃を受ければ、自分とて勝ち目などない。どうすればよいか、アーチャーはそれを必死に脳内でめぐらせていた。

 

 

「はっ! 所詮そこが雑種の限界よなぁ」

 

 

 そんな時、突如として空から男の声が聞こえてきた。

いったい誰だろうか、何者だろうか、それを確認する暇も無く、その攻撃が降り注いだ。

 

 

「ぐっ!? これは……!」

 

「新手ってやつか!?」

 

「何!? ううっ!?」

 

 

 その降り注いだもの、それは光り輝く美しい武器の数々だった。剣や槍、はたまた矢か、数多くの伝説の欠片が天から豪雨のごとく降り注いだ。その全てが、数多の英雄たちが自分の命を預け相棒としてきた、伝説に名を残すほどのものだった。

 

 フェイトはそれを障壁で弾こうとするも、すさまじい力で貫通されてしまった。フェイトの障壁は城砦とおも言えるほどのすさまじい防御力を誇っている。それをたやすく破壊されたことに、フェイトは驚いた。

 

 が、驚いてばかりはいられない。すぐ目の前に剣が、槍が迫ってきているのだから。故に、フェイトは防御をやめ、跳ね飛ぶ形で攻撃範囲から脱出した。

 

 ラカンはその武器を拳を高速で動かし弾くことで、事なきを得ていた。否、事なきを得たが、降って来る武器の数が多すぎた。なので、その場から後ろへと下がり、ネギが立つ安全圏へと非難したのだ。

 

 また、法の操る絶影はそれを防ぐ手が存在しない。数本の武器の雨を受け、左腕や右肩などを破損させていた。それでも分身するほどの超スピードを出すことで、その危機から脱出し、法の後ろへと下がることに成功した。

 

 

「増援!? いえ、今のは……!?」

 

「おっおいおいおい?! 今のってまさかよぉー!?」

 

 

 ネギは今の攻撃で敵が増えたことを理解した。

だが、それ以上に今見た攻撃が、自分の知っているものだということに気が付いた。

 

 それは当然転生者たる状助も同じだった。

この攻撃こそ、かの黄金に輝く英雄王が持つとされる王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)に他ならなかったからだ。

 

 

「っ! これってまさか……!」

 

「はい……! でも何故……?」

 

 

 アスナも今の攻撃のことを一瞬で理解した。

何せ”同じ攻撃が可能な”人物を知っているからだ。

 

 ネギも当然それを知っていた。

いや、わりと最近知ったことだったが、これはまさしく自分の身近な人物が使う攻撃だった。故に、どうしてこの攻撃が他人にもできるのか、わからないという顔を見せていた。

 

 

(オレ)が抑えているうちに、さっさと最後の仕事を仕上げろ、雑種」

 

「っ……わかっている!」

 

 

 すると、闘技場の屋根の上に、黄金の男が立っていた。

その男が今の攻撃を行った張本人で間違いないようだ。

 

 その男は演技しているかのような口調で、アーチャーへと命令した。

アーチャーはそれを聞いて、苦虫を噛んだ表情を見せながらも、肯定する一言を述べたのだった。

 

 

「退くわよ!」

 

「っ! すみませんのどかさん!」

 

「キャッ!? ネギ先生……!?」

 

 

 さらに黄金の男の攻撃は加速していき、安全地帯であったネギたちがいる場所をも、その武器の豪雨が浸食しだした。

 

 アスナもこの攻撃を知っていた。なので防御は不可能と即座に判断し、その場から離れたのだ。

 

 ネギも防御は不可能だということを理解していたので、とりあえず疑問は後にして、後ろにいるのどかを抱きかかえ下がったのだ。

 

 その時のどかは顔を赤く染めながら小さく悲鳴を口から漏らしていたが、ネギはそれにかまっている余裕はなかった。

 

 何故なら王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の武器一つ一つが強力なもので、命中すればよくて瀕死、悪くて即死レベルの攻撃だったからだ。

 

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉッ……!?」

 

「すげぇ武器の嵐だな!」

 

 

 その攻撃は状助にも届いた。

状助はヤバイと感じスタンドで必死に叩き落しながら、その場から下がった。何せスタンド、クレイジー・ダイヤモンドは、銃撃の嵐すら掻き分けられるほどのスピードでのパンチが可能だ。それをフルに使い、なんとかギリギリで攻撃をしのいでいたのだ。

 

 ラカンもその攻撃を、すさまじい速度で拳を放つことで防いでいた。

単純に大量の武器を落とすだけの質量攻撃でしかないが、この武器の数は驚くに値していた。

 

 

「絶影! くっ! なんという……!!」

 

「ちぃ! 礼言ーとる場合やないな!!」

 

「これって……、もしかしてカギ君と同じ……!?」

 

 

 また、法も王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)に手を焼いていた。

すばやく真なる絶影を操り、助けた小太郎とそれを治療しに来た木乃香をつれてその場から脱出したのだ。

 

 小太郎は治療されて元気になったものの、悠長にはしていられないと考えた。

さらに、木乃香もネギたちと同じように、この攻撃が自分の知るものだということに気がついた。

 

 

「我が骨子は捻れ狂う……」

 

「しまった! またあの矢を!?」

 

 

 そして、フリーになったアーチャーは、弓と矢を投影しだした。その矢こそ、螺旋に渦巻いたあの剣だった。

 

 ネギはそれを見て、再びあの矢を使われると思い焦りだした。

何せ偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)の威力は二度ほど見ている。いやと言うほどに、その力を理解しているからだ。

 

 

「上に!?」

 

「どうして!?」

 

 

 だが、どういう訳かアーチャーは、弓を真上に向けて放ったのだ。

ネギとアスナは何故何も無い空へ、その矢を放ったのか疑問に思った。

 

 

「貴様らはただただ、我が宝物の輝きの前にひれ伏しておればいい!!」

 

「なんという……、すさまじい攻撃だ……!!」

 

「ちぃ、剣が刺さらないだの言われた俺様だが、この武器はちーっとばかしヤベぇな……!」

 

 

 しかし、そんなことを考えている暇すら与えんと、黄金の男はさらに攻撃を加速させた。もはや無数の宝物の嵐に、誰もがたじろぎ後退を余儀なくされていた。

 

 フェイトもひるみ、あのラカンですら飛び交う伝説の武器のすさまじさを理解し、恐れるほどであった。

 

 とは言え、この黄金の男も本気で攻めている訳ではない。この攻撃は所詮時間稼ぎ、アーチャーの行動が終わるまでの間のお遊びでしかないのである。

 

 

「”偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)”!」

 

 

 そして、アーチャーが放った矢は上空で大爆発を起こした。それはまばゆい閃光となり、天を白一色へと塗り替えるほどだった。その数秒後には荒れ狂う衝撃とともに、膨大な爆音となって地表へと降り注いだ。

 

 

「うわっ!!」

 

「おいおいおい!!」

 

 

 当然ネギたちはそれに面くらい、防御の姿勢をとった。

いや、それぐらいしか行動できなかったほどであり、その衝撃のすさまじさを物語っていた。ただ、幸いにもその衝撃で周囲の人や建造物に被害があったという訳でもなかったようだ。

 

 

「さて、今回は退くしかないようだ。では諸君さらばだ」

 

「フハハハハハハッ! 王の威光に触れただけでもありがたいと思うのだな!!」

 

「待て!!」

 

 

 だが、アーチャーはその時を待っていたという様子で、その場から転移の符を使い退散していった。

アーチャーの最後の仕事とは、今の矢のことだったようだ。

 

 また、黄金の男も高笑いをしながら、アーチャーと同じようにして去っていった。

法がそれを静止しようと叫ぶも、すでに二人は消えていなくなっていたのだった。

 

 

「逃げられたか!」

 

「みてぇだな……」

 

 

 法は逃げられてしまったことを見て、悔しそうな顔を見せていた。

状助も敵を逃がしたことにショックだという様子だった。

 

 

「……あの攻撃、同じだった……」

 

「ええ……。間違いなく()()……」

 

 

 しかし、ネギやアスナは敵を逃がしたこと以上に、気になることがあった。

それはやはり黄金の男が使った攻撃、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)のことだった。この宝具を使う人物はもう一人、ネギの兄であり転生者でもあるカギが使っていたからだ。

 

 と言うのも、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)はありふれた宝具だ。

いや、実際は黄金に輝く最古の英雄王のみが持つ、宝物をしまっておく為の倉庫、宝物庫だ。当然その宝物庫の中には宝がぎっしりつまっており、武器の原典などが数多く眠っている。

 

 何故ありふれているかと言うと、転生者が好き好んで特典としてもらうものだからだ。かの贋作者、赤い外套の男エミヤが持つ無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)と並んで人気の特典だからだ。

 

 何せ強力な武器がセットでやってくる上に、適当に飛ばすだけで十分強い。その武器もおぞましいほど強い上に、たいていの相手の弱点がつける強力無比の宝具だ。まあ、実際武器は特典のオマケで付いてくるので、本来ならば宝物庫だけが特典なのだが。

 

 そう、カギが王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を特典に選んだように、他の転生者が同じようにして選ぶこともある。むしろ、選ぶ転生者は多い。ならば、本来一人しか操ることがない王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を、複数の人物が使えてもおかしくはないのだ。

 

 ただ、ネギやアスナは転生者を知らない。いや、アスナは転生者と言う存在ぐらいは知っている。メトゥーナトが教えたからだ。

 

 が、その中身を良く知らない。せいぜい神と言う存在から不思議な力を貰って生まれてきた、程度の知識だ。その不思議な力がダブる、ということは知らないのだ。

 

 そのため、二人はどういうことなんだろうかと悩んでいた。まさかあのカギが裏切ったと、一瞬だけ考えた。だが、その考えはすぐに消えた。昔ならいざ知らず、今のカギならそれはありえないと思ったからだ。

 

 確かに本質的な部分に変わりは無い。スケベだし馬鹿だしアホだ。それでもカギは、自分の失敗を振り返り反省し、誠実さを持つようになった。

 

 自分が悪いことをしたら謝ることを、しっかりとできる人間になった。ならば、そんなカギが自分たちの敵になるかと言えば、ノーだろう。

 

 また、二人はカギがこの魔法世界に来ていることを未だ知らないでいた。カギはウェールズの田舎で寝坊して、ここにこれなかったと思っているからだ。なので、カギ以外の何者かが、カギと同じ力を持っていると考えた方が妥当だった。

 

 とは言え、問題は誰が何故その力を持っているか、ということではない。その力の強大さは、カギを見て理解しているのが二人だ。その力が自分たちに牙を向くということが、今の二人が抱く不安なのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 少し時間をさかのぼり場所を変えると、戦いに明け暮れる二人の男が映った。それこそ数多とコールドだ。どちらも同格、拮抗した状態のまま、勝負がまったくつかないという様子だった。

 

 

「素晴らしい。あれだけ差があったはずだと言うのに、もうここまで差を縮めてきている!」

 

「あったりめぇだろうが! 目標はテメェじゃねぇんでね!」

 

「俺よりもっと高い目標があるのか。なるほど、それなら納得だ」

 

 

 数多が右拳を出せば、そこを的確に狙ってコールドが蹴りを放つ。数多が左足を使いコールドの右足を狙えば、コールドは確実にそれをかわし、その伸びた左足を狙ってくる。されど、数多は伸びた左足を瞬時に上に振り上げることで、むしろ回避しつつもコールドの顎を狙ったのだ。

 

 だが、コールドは後ろに飛び上がる形で回避、その反動で右足を持ち上げ、数多の上半身へ鋭い攻撃を放ったのだ。それでも数多もそれを後ろへ一歩下がることで回避し、瞬動を用いて宙に浮いた状態のコールドへと右拳を伸ばした。

 

 しかし、コールドは上下逆転した状態から地面を殴ることで、空に舞い上がった。故に、数多の拳はコールドの頭ギリギリのところでかわされ、コールドは上空で回転し、足に張り付いた氷の刃で上から数多を攻めた。

 

 数多はそれに対し、しゃがみこんで一撃をかわし、体をばねにすることで瞬発力を利用し、回転するコールドへと燃える拳を叩きつけたのだ。

 

 そこでコールドの凍て付く脚と数多の焼け付く拳が衝突し、爆発的な蒸気が生み出された。その蒸気は次の瞬間、コールドと数多を中心に吹き飛び一瞬にして周囲が晴れ渡った。

 

 どうして蒸気が晴れたか、それは数多とコールドの拳と脚が、何度も超音速で衝突したからだ。その衝撃の数々により、蒸気が吹き飛ばされてしまったということだった。

 

 そして、数多とコールドは渾身の攻撃を同時に放つと、それも先ほどと同じように相殺された。もはやどちらも引かぬ状態、両者ともに勝負がまったくつかない完全に膠着した様子だった。

 

 

「実にいい。これほどの好敵手は久々だ」

 

「ああ、俺もそう思うぜ。テメェみてぇなのがいると、成長ってやつが実感できる」

 

 

 二人は一度互いに距離をとると、小さく笑って互いを称えた。

 

 そこでコールドは思った。

あの学園祭だかで出会った時なんかよりも、数多がすさまじく強くなっているということを。

それに対して喜びを感じ、ふつふつと湧き上がる高鳴りすらも感じていた。

 

 それは数多も同じだった。

やはりライバルが目の前にいるというのは、自分が強くなっていることを理解しやすい。相手が強敵であればなおさらだ。故に、自分が着実に強くなっていることに喜びを感じていた。強くなっていることを実感していた。

 

 

「だが、まだまだ俺には追いつけない!」

 

「ほざくなよ! 今すぐこの場で抜き去ってやるよ!!」

 

 

 とは言え、自分の方がまだまだ上、この程度では自分を倒せんと、笑いながらコールドは叫んだ。

そして、その瞬間数多へと攻撃をしかけようと、瞬動を使い加速したのだ。

 

 数多はそれに対して、今ここで倒してやると大きく吼えた。

それは挑発された怒りではない、純粋にこのまま強くなり、一つの壁である目の前の男を乗り越えるという意味だった。また、コールドが攻撃へと移行したのを見て、再び両手から炎を出し、臨戦態勢を整えた。

 

 

「何だ!? この光は!?」

 

「ちぃ!! いいところだと言うのに……!」

 

 

 だが、そこで突如として上空が真っ白に染まりあがった。それこそアーチャーが放ち、上空で爆破した矢の光であった。

 

 数多はその光を見て、一体何事だと思い驚いた。

もしや敵の新たな攻撃なのではないか、そう考えた。

 

 ただ、コールドはその光の意味を理解していた。

それは撤退の合図だったからだ。そう、アーチャーが矢を上空で爆破したのは、ここで戦う多くの味方全員に撤退の合図を知らせるためのものだったのだ。

 

 故に、コールドはかなり歯がゆい表情をしていた。

これからが楽しくなるところだった、戦いがさらに加速していく時だった。そんな時に撤退命令が出た故、悔しくて残念で仕方がないと言う様子を見せていた。

 

 

「……非常に腹立たしいことだが、今回はこれで終わりのようだ」

 

「何言ってやがる!!」

 

 

 コールドは歯を食いしばりながら、先ほどとは打って変わって表情を暗くしながら、この戦いの終了を告げた。

いや、実際は終わりたくないし、これでは不完全燃焼であると感じていた。それでも撤退命令が出たならば、潔くそれに従わざるを得なかった。

 

 ただ、数多はそんなことなど関係ない。ここでケリをつけんという様子で、勝手なことを言うなと叫んだ。

 

 

「悪いな。次があれば再び合間見えよう。ではな」

 

「まっ! ……クソッ! あの野郎……、水の転移を使えるのかよ……!」

 

 

 はっきり言えばコールドも、ここで逃げ出したいとは思っていない。コールドもここで決着をつけてもよいとさえ、考えていたからだ。

 

 故に、悔いを残したような表情で一言謝り、次を楽しみにしていると言葉に残すと、自分の足に張り付いていた氷を瞬時に溶かしたのだ。そして、次の瞬間、その溶けた氷で発生した水を使い、転移を使って沈んで行ったのだ。

 

 数多は待てと叫ぼうとしたが、その時にはすでに、コールドが水の中に消えていった後だった。コールドが水を使った転移が使えるということに、数多は驚きながらも逃がしたことに苛立ちを感じていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、同じように別の場所で、今度は少女が二人、剣で斬り合いをしていた。片方は二刀流の使い手の月詠、片方は一本の刀を握り締めた刹那だった。

 

 

「流石センパイですわー! これほど見事な太刀は中々お目にかかれませんなー!」

 

「……」

 

 

 両者ともすさまじい速度での斬撃を繰り広げ、無数に交差し、そのどちらもそれを剣で受け止めていた。

 

 それを楽しそうに、愉快そうに、悦に入った表情で月詠が笑って剣を振り回していた。

 

 刹那の鋭く研ぎ澄まされた剣撃は美しい。このような腕前の剣士など、そうそう存在しないだろう。だからこそ、だからこそ、目の前で鋭い目を見せる刹那と斬り合いたかった、そう月詠は考えながら、ただひたすらに剣を振るった。

 

 しかし、刹那は無言のまま、静かに、冷静に、精密に、月詠が放つ鋭利な斬撃を受け止め、またはかわしていた。今、刹那が思うことは一つだけ。目の前の月詠が予想以上に強いことだ。

 

 京都においては一瞬で刀をへし折ったが故に、その力を見ることは無かった。

だからこそ、ここで合間見えてようやく理解した。この女は強い。研ぎ澄まされた刃のごとく、されど荒れ狂う荒波のごとく、その剣の鋭さと荒々しさを実感していた。

 

 

「あの時は刀をやられてしまいましたが、今回はそうはいきませんえー」

 

「やはり、同じ手は食わないか」

 

「あたり前ですわー」

 

 

 そう、京都では刀が折られてしまったので、あれ以上斬り合いができなかった。

それだけが月詠の心残りであった。本来”原作”ならば、それ以降も何度か戦う機会があった。だが、ここではそれがなかった。すぐに事件が解決してしまったからだ。

 

 そのため、月詠はこの瞬間をずっと待ちわびていた。長い時間、待っていた。

また、あの時と同じようにはなるまいと、刀が折られぬよう細心の注意を払いつつ、繊細かつ大胆に剣を縦横無尽に振るっていたのだ。

 

 刹那とて、その程度のことはわかっている。

同じ手を食らうほど、相手も馬鹿ではないことを。

 

 それ以外にも、剣と剣が交われば交わるほど、月詠の剣が鋭さを増していることにも気が付いた。それは月詠が悦びで調子があがり、加速的に苛烈している証拠であった。

 

 月詠は刹那の一言に、笑顔で答えた。

当然、あの時の時の二の前にはならない。これほどの斬り合いが一瞬で終わってしまうのは、面白くないからだ。

 

 

「この打ち合いの時こそウチの至福の時。すぐに終わってしもうてはもったいあらへんやないですか~」

 

「くっ……!」

 

 

 刹那との斬り合いこそが今の月詠にとっての、最も幸福の時間だった。

思うことなら勝負が付くことなく、ずっと戦っていたいとさえ思うほどに、この果し合いに熱が入っていた。

 

 しかし、刹那は逆だ。

この戦いを長引かせる訳には行かないと考え、いかにして早く月詠を倒すかを考えていた。何せ、アスナやネギたちがどうなっているのかわからない。できれば早く加勢に行きたいと考えていた。

 

 それだけではない。目の前の月詠はどんどん加速的に動きをよくしている。どれほどまで強くなるかわからないが、月詠がこれ以上強くなるのは面倒だった。

 

 であれば、決着を早くつけるしかない。だが、目の前の月詠が、そうさせてはくれなかった。

 

 

「うふふー、本当にセンパイは強いですな~。でも……」

 

「呪符……?!」

 

 

 そこで月詠は刹那の剣をかわしながら、一つの符を取り出した。

刹那はそれを警戒するが、その符が解き放たれた時にはすでに遅かった。

 

 

「なっ!?」

 

「隙あり~!」

 

 

 なんということか、符からは小さな河童が召喚され、刹那の服を剥いだではないか。この式神の河童はスーパーかぱ君と言い、脱がし専門に作られた式神だったのだ。

 

 刹那は突然のことで理解が追いつかない様子だった。

そこへ月詠が、一瞬動きの止まった刹那へと、攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 

「……でも、なんだ?」

 

「……いえー、なんでもありません。今のに反応できるなんて、ホンマにセンパイは強いですな~」

 

 

 だが、刹那はその月詠の攻撃を、しっかりと刀で受け止めていた。いや、それは今しがた刹那が振るっていた刀とは、多少異なるものだった。

 

 柄と刃が分離し、その中央には宝玉状の物体がついていた。それこそアーティファクトである、”建御雷”だった。そう、すでに刹那は木乃香と仮契約を結んでいたのだ。そして、アーティファクトを展開したことにより、和風のメイド服へ着替えていた。

 

 とは言え、建御雷はマスターである木乃香の魔力を用いて巨大化などの力を操る。今ここに木乃香がいないため、その機能は使用不可能だ。それでも、単純な剣としてなら扱えるので、特に問題はなかった。

 

 刹那はそれで月詠の剣を受け止めながら、睨みつけてそれを述べた。

先ほどの言葉の続きはなんだ、何が言いたかった、続けろと。

 

 月詠はそれを聞いて、少し静かになった後、再び笑顔でそう答えた。

いやはや、一瞬固まったはずだというのに瞬時にそれに対応し、すぐさま切り返して自分の不意打ちを受け止めた。

 

 なんという強さだろうか。これだからセンパイとの戦いはたまらない。愉しすぎてとまらない。そう思っていた。

 

 

「うふふふふ、それなら、もっともっとウチのこと、気持ちよくしていただきましょか、センパイ?」

 

「……いや、すぐに終わらせてやるぞ、月詠……」

 

 

 ああ、ならば、ならばさらに愉しみたい。もっと戦っていたい。

月詠はそう考え、さらに頬を紅潮させながら、刀を握りなおして刹那へとゆっくりと近寄った。

 

 だが、刹那は今ここで、すぐに戦いを終わらせると決めた。

これ以上長引くのは厄介だ。面倒だ。仲間が心配だ。故に、建御雷を強く握り締め、最大の奥義で迎え撃つことにした。

 

 

「爆発!?」

 

「はれま……」

 

 

 しかし、ここで遠くの空で光が発生した。

それはアーチャーが放った合図だった。刹那はそれに気を取られ、月詠もそれを見て残念という顔を見せていた。

 

 

「うふふ、本当に本当に残念ですけど、終わりの時間が来たみたいですなー」

 

「何!? 逃げる気か!?」

 

 

 月詠はそれなら仕方がないと、されど次回を楽しみにすればよいと、笑いながら逃げる準備へと入った。

刹那は突然の月詠の態度に、逃げる気であることを悟り、逃がさんと月詠へと攻撃を行った。

 

 

「この続きはまた今度で、楽しみにしといてくださいなー!」

 

「待て……! 逃げ足の速いやつめ……」

 

 

 月詠はその攻撃を後ろへ下がり回避し、最後に言いたいことを言い残すと、転移の符を用いて消えて行った。

刹那は転移する前に攻撃しようとしたが、時すでに遅く逃げられた後だった。

 

 一人残された刹那は、月詠を取り逃がしたことを悔しく思いながらも、爆発にて光った場所を目指し移動し始めた。

一体何が起こったのかまったくわからない。ネギやアスナに何かあったのか、そう心配したからだ。こうして、決着がつかないまま、この戦いの幕は閉じたのだった。

 

 

 しかし、ここ以外にもまだ戦いがあったはずである。

その戦いはどうなったのだろうか。どんな結末を迎えたのだろうか……。

 

 

 



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百四十一話 二つの決着

 アーチャーが撤退の合図を出す少し前。闘技場から少し離れた場所で、もう一組の男が戦いを繰り広げていた。

 

 

「ウオラァァァッ!!!!」

 

「ヌウウオオォォッ!!!」

 

 

 それはゴールデンなるバーサーカーと、竜の騎士であった。

バーサーカーは手に持った黄金でメカメカしい鉞を、竜の騎士は自慢の真魔剛竜剣を握りしめ、攻撃を行った。その二つがぶつかりあうことで、そのつどすさまじい衝撃が周囲を襲っていた。

 

 

「なんつーパワーだ! やっぱコイツァまともじゃねぇな……」

 

「我が竜の騎士の力に拮抗すべき力を持つとは……」

 

 

 バーサーカーは自分と同等かそれ以上の力を持つ竜の騎士に、とんでもない相手だと感じていた。

サーヴァントとして現界し制限があるとは言え、自分は自分だから強いと自負するバーサーカー。それが強敵だと認めるほどに、竜の騎士の力は絶大であった。

 

 しかし、竜の騎士もまた、目の前のサングラスの男の強さに驚いていた。

竜の騎士は”ダイの大冒険”において、驚異的な存在だ。竜の神、悪魔の神、人の神が生み出した調停者だ。

 

 それほどのパワーをもってしても、目の前の男をいまだ倒せずにいる。むしろ、それに対抗しうる力すら持っている。これは明らかに尋常ではないと感じていた。

 

 

「だが……、”ギガブレイク”!!!」

 

「またそれか! 吹き飛べ必殺ッ!!! ”黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”!!!」

 

 

 ならば、もう一度最大の技を使うまでだ。

竜の騎士は剣を天に掲げ、巨大な雷を纏わせた。そして、高く飛翔した後、すさまじい速度で急降下し、その技名を高々と叫んだのだ。

 

 それを見たバーサーカーも、その技に対応すべく、奥の手を解き放った。

グリップを軽く振り回すと、数発の薬きょうが弾ける音が発生し、それが終わると竜の騎士の雷と同等の、すさまじい雷撃が鉞に発生したのだ。その雷とともに、力いっぱいに竜の騎士へと目がけて黄金の鉞を振り上げ、その宝具の真名を叫んだ。

 

 

「ヌウウウ……、またしても……!」

 

「防げてるっちゃ防げてるが……、このまま防ぎ続けることはできねぇ……!」

 

 

 ギガブレイクと黄金衝撃(ゴールデンスパーク)が衝突し、再び巨大な閃光と衝撃が上空で巻き起こった。だが、それでも両者の攻撃は相殺され、再び戦いは平行線になってしまった。

 

 竜の騎士は何度もギガブレイクを受け止められたことを見て、剣の柄をギリギリと音が出るほどに握り締めていた。何せギガブレイクは最大の奥義とも言える必殺の技。それが何度も受け止められるというのは、異常事態に他ならないからだ。

 

 また、バーサーカーはこのままでは自分が不利だと、焦りを感じた様子を見せていた。

今は防げてはいるが、何度も防げるような技ではないと考えていたのだ。

 

 何故なら、黄金衝撃(ゴールデンスパーク)黄金喰い(ゴールデンイーター)に装填されているカートリッジを必要とする。その数は一度の発動につき三つ。総数は十五発なので、最大五発しか撃つことができない。なので、二度も使った現在は、残り三発のみ。つまり、三発しかギガブレイクを受け止めきれないということになるのだ。

 

 

「……ならばどちらかが力尽きるまで、戦うのみだ!!」

 

「上等だ!!」

 

 

 しかし、それならどちらかが倒れるまで戦えば、決着はつくだろう。

竜の騎士はそう叫び、バーサーカーもかかって来いと挑発した。

 

 

「ぐっ!? 何だと!?」

 

「何だ!?」

 

 

 その時、突如として竜の騎士へと、その背後から鋭い剣での斬撃が襲った。

竜の騎士はハッとして回避するも、左腕にダメージを負ったようで、その部分が赤く血塗れていた。

 

 バーサーカーもそれを見て、何が起こったのかと凝視していた。

何せあの竜の騎士が血を見せるほどだ。何かすさまじい攻撃を受けたはずだと考えたのである。

 

 

「貴様……一体……!」

 

「やはり、貴殿には我が剣の攻撃はよく通るようだな……」

 

 

 竜の騎士はさっと距離を取りそこを見ると、黒い鎧の騎士が一人、そこに立っていた。

いや、今の今までそんなヤツはいなかった。いったいどこから出てきたのだろうか。竜の騎士は小さく驚きつつ、その男を睨んだ。

 

 それ以外にも、自分の体をたやすく傷つけたことにも驚きがあった。

何故なら竜の騎士は常に竜闘気(ドラゴニックオーラ)によって護られているからだ。これがある限りただの剣での攻撃では、傷など付けられるはずが無いのだ。それも踏まえて竜の騎士は、その黒い騎士へと問いを投げた。

 

 

 だが、黒い騎士の男はその問いには答えず、握り締めた剣の効力を実感したことを語っていた。

そう、この黒い騎士こそ、転生者のランスローだった。

 

 ランスローの貰った特典はFate/zeroのバーサーカーの能力、つまりランスロットの能力だ。そして、二つ目に選んだ特典は、そのランスロットのクラスをバーサーカーからセイバーにすることだ。

 

 つまり、ランスローは本来バーサーカーであったサーヴァント・ランスロットの力を、セイバー・ランスロットとして操ることが可能なのだ。また、そんな回りくどいことをしたのは、彼が転生する時に”セイバークラスのランスロット”を知ることができなかったからであった。

 

 

 ランスローはランスロットの持つ宝具の一つ、己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グローリー)を用いて一般人へ変身し、竜の騎士の男へと静かに近づいた。

 

 そこでその宝具を解き、今度は無毀なる湖光(アロンダイト)を使い、竜の騎士へと攻撃したのである。

無毀なる湖光(アロンダイト)己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グローリー)と、もう一つの宝具、騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)を封じなければ使用できない。故に、それを使う直前に、変装を解かねばならなかったのだ。

 

 さらに、無毀なる湖光(アロンダイト)は竜属性の相手に特攻を持つ。そのため、竜の騎士の竜闘気(ドラゴニックオーラ)に護られた体に傷をつけることができたのだ。

 

 

「……まさか竜殺しの剣か……」

 

「ご名答、貴殿の持つ力は脅威、ここで倒れてもらう」

 

 

 竜の騎士は自分の体をたやすく傷つけたことを考え、その剣が竜を殺すことに特化したものであると判断した。

竜を殺した逸話のある剣は数多く存在するからだ。

 

 ランスローはそれに対して、その通りだとはっきり言った。

そして、竜の騎士を倒すという意思を、ここではっきり示したのである。

 

 ……ランスローは現在、フェイトの従者である。

フェイトがここへ来たということは、当然このランスローもついて来た。そこで竜の騎士の存在を知ったランスローは、自らそれを討伐することを志願し、ここへ参上したのだ。

 

 実際はフェイトも竜の騎士にリベンジを挑みたいと、多少そんな考えはあった。

それでもこの新オスティアで暴れる”完全なる世界に属する転生者”が多かったため、そちらを優先したのだ。また、当然それ以外の三人の従者もやってきているが、危険を避けるように指示してあった。

 

 

「おーアンタ、よくわからねぇが、アンタもコイツの敵ってことでオーケー?」

 

「そう思ってもらって結構」

 

 

 そこへ、蚊帳の外のような扱いだったバーサーカーが、そのランスローへとそれを尋ねた。

突然現れ、目の前の竜の騎士を攻撃したのなら、この黒い騎士もあの男の敵なのだろうと思ったのだ。

 

 ランスローもそれに対して、それでいいと答えた。

目の前の竜の騎士は、今の主であるフェイトを窮地に追いやった仇敵。倒すべき相手だからだ。

 

 

「オーケーオーケー! だったらオレの仲間って訳だな!」

 

「さて、それはどうだろうか……」

 

 

 それならば自分の味方同然だと、バーサーカーは笑いながらそう言った。

敵の敵は味、何と言う単純な思考なのだろうか。

 

 それを聞いたランスローも、苦笑しながらも味方とは言いがたいと言う感じだった。

何せ目の前のバーサーカーをランスローは知らない。どんなところの人物なのか、理解していないからだ。

 

 

「まっ、アンタが敵だっつっても、目の前のアイツを倒さねぇことにははじまらねぇ」

 

「ふっ……、確かに」

 

 

 それに、たとえ目の前の黒い騎士が敵でも、今ここで倒すべきは竜の騎士以外ありえない。

アレはかなりヤバイ存在だ。黒い騎士と戦うとすれば、あの竜の騎士がそれを狙ってくるだろう。だったら、黒い騎士もあの竜の騎士の敵だと言うならば、ここは協力すべきだとバーサーカーは考えたのだ。

 

 また、ランスローも同じ考えだった。

あの竜の騎士は本気ではないのを、ランスローは知っていたからだ。本気を出せばこの街もろとも、自分たちを滅ぼす力をあの竜の騎士が持っていることを、ランスローは知っていた。

 

 だから、バーサーカーの言葉に賛同し、漆黒のフルフェイスのヘルムの下で、小さく笑って見せたのである。

 

 

「組むか……。いいだろう、両者まとめて朽ち果てるがいい!!」

 

「来るぜ! あの技が!!」

 

「ならば最大の防御で受けるのみ……!」

 

 

 竜の騎士は二人が結託したのを見て、それでかまわないとした。

そして、ならば両者とも葬るために、上空へと高く飛翔し、再びギガデインを剣に叩き落したのだ。

 

 二人はそれを見て、あの技が来ることを理解した。最大最強の必殺技、ギガブレイクだ。

 

 バーサーカーはやはりあれかと思いながら、すでに防ぐ為に身構えていた。

ランスローも同じく、剣を構えて防御の姿勢をとっていた。

 

 

「ギガ……! グオオオアオアアアアッッ!!!??」

 

 

 竜の騎士は雷と一体化した真魔剛竜剣を握り締めながら、二人に目がけて急降下した。

だが、そこで突如として巨大な爆発が、その竜の騎士を襲った。それは爆発と言うよりも、もはや太陽のような灼熱の炎だった。

 

 竜の騎士はその爆発で、煉獄に叩き落されたと思わせるほどの絶叫をあげていた。

そして、その衝撃で吹き飛ばされ、少し離れた建物と建物の間へと落ちていったのだった。

 

 

「爆発……!?」

 

「いや、こいつはまさか……!!」

 

 

 ランスローは突如として竜の騎士が爆発したことに、驚きの声を漏らした。

ただ、バーサーカーはその正体に気が付き、ハッとして周囲を伺っていた。

 

 

「覇王か!」

 

「やあ、ゴールデン。久々だね」

 

 

 そこでバーサーカーは、一人の男子の姿を見て、その名を叫んだ。

長い黒髪を風で揺らめかせた男子、それこそO.S(オーバーソウル)黒雛で武装した覇王だった。

 

 そう、今の爆発こそ”黒雛”から放たれた”鬼火”だった。

あの竜の騎士の男は強大な存在だ。覇王はここで確実にしとめんとするため、あえて息を殺して潜み、この一撃を入れるチャンスを待っていた。それで今しがた、ようやくそのチャンスを掴んで見せたのである。

 

 そんな覇王はバーサーカーの近くを浮遊しながら、バーサーカーへとにこやかに挨拶していた。

いやはや、久しい顔だ。夏休み前にあったきりだったなあ、と外見はのんきそうな様子だった。

 

 

「貴殿が噂の覇王殿か」

 

「……彼は?」

 

「突然乱入してきた、ヤツと敵対する人物らしい」

 

 

 すると、ランスローがその話に割って入ってきた。

覇王ははじめて見る黒い騎士の男に、誰だろうと考え近くにいたバーサーカーにそれを尋ねた。

それに対してバーサーカーも、実はよくわかってないという様子で、簡潔に答えた。

 

 

「失礼した、私の名はランスロー・レイク。詳しい話は後ほど……」

 

「そうだね。今のヤツ、まだ動けるみたいだ」

 

「”鬼火”が直撃したっつーのに、たいした野郎だ」

 

 

 ランスローは名乗らなかったことに対して無礼と感じ小さく謝り、自己紹介を始めた。

しかし、自分が何者なのかを話す前に、まだすることがあると言う様子を見せていた。

 

 覇王もそれを察知し警戒を解かずに、竜の騎士の落ちた場所を睨んでいた。

先ほどの竜の騎士が、未だ健在であることに気が付いていたのだ。そうだ、あの強大な気配や闘気は衰えてはいない。あの一撃でさえ、とどめとはいかなかったのだ。

 

 バーサーカーも鬼火の威力を理解している。

それを直撃したというのに、生きてましてや動けるなど、とんでもない相手だと改めて実感した様子だった。

 

 

「ぐっぐぐ……。不覚を取ったか……」

 

 

 ただ、流石の竜の騎士も鬼火の直撃を受けて無事ではなかった。

正直言えばかなりボロボロだった。へたり込みながら焼けた痛みを我慢するかのように、苦悶の表情を見せていた。しかも、いたるところが焼け焦げ、未だにプスプスと体から煙が出ているような状況だった。

 

 

「気づくのが一瞬でも遅かったら、死んでいただろうな……」

 

 

 何と言う一撃だろうか。一瞬、その攻撃が来る前に、竜闘気(ドラゴニックオーラ)最大の力で防御できたからこそ、この程度でとどまった。でなければ、消し炭にされていただろう。それほどの攻撃だったと竜の騎士は考えながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「しかし、これほどの相手をするとなると、いよいよ選択せねばならんようだな……」

 

 

 先ほどの攻撃は恐ろしいものだった。この竜の騎士が本気で防御しても、これほどのダメージだったのだ。そのような相手が増援に加わったならば、自分も”本気”を出すしかない。

 

 竜の騎士は本気を出すか否か、迷っていた。

だが、ここでそれを選ばなければ、自分が敗北することも理解していた。故に、どうするか、どうすべきかを思考しながら、静かに浮上したのである。

 

 

「むっ、何と……」

 

「今の攻撃でさえ、原形をとどめているとはね……」

 

「かなりダメージになったみてぇだが、倒すには足りてねぇってか……」

 

 

 浮いてきた竜の騎士を見た三人は、それぞれありえないという顔を見せていた。

あの”鬼火”ですらも、一撃で倒せなかった。本来ならば消滅してもおかしくない威力だと言うのに、五体満足で現れた。

 

 その壮絶な竜闘気(ドラゴニックオーラ)の防御力を目の当たりにした三人は、おぞましさを感じたのだ。神が生み出した調停者の力はこれほどだったとはと。

 

 

 いや、その生命の全てを使い防御すれば、大陸を消し飛ばすとも言われる”黒の核晶(コア)”の爆発すらも防ぐのが竜の騎士だ。確かに最大の力をもって防御すれば防げないことなどないと、転生者たるランスローと覇王は思ったのだった。

 

 そこで覇王が再び鬼火を放たなかったのは、高度が足りなかったからだ。

竜の騎士はすでに鬼火を受けそれを理解した。だからあまり高く飛ばず、建造物の近くまでしか浮いていなかったのだ。そのせいで覇王は鬼火を撃つことができなかった。あの位置で撃てば、街にも多大な被害が出るからだ。

 

 

「……」

 

 

 また、竜の騎士も額に光る紋章の輝きをよりいっそう増しながら、考えあぐねいていた。

三人をにらみつけた後、街の周囲を眺めながら、どうするか悩んでいた。

 

 ここで”本気”を出さなければ、間違いなくあの三人には勝てないだろう。

先ほどの負傷がなくとも、苦戦は強いられること間違いなしだ。この今の状態では、まず負ける。それを竜の騎士は確信していた。

 

 だからこそ、ここで”本気”を出さなければならないと考えた。

しかし、ここで”本気”を出せばどうなるだろうか。街は滅び去り廃墟と化すだろう。周囲の人々は吹き飛び、死に絶えるだろう。

 

 竜の騎士が”本気”になるということは、そういうことだからだ。戦う為のマシーンとなることだからだ。周囲のことなど気にすることなく、敵を殲滅するだけの破壊兵器となるのだから。

 

 だが、この街には人々の生活がある。息遣いがある。活気がある。

祭りだからか、小さな子供をつれた家族の姿があった。互いを支えあうように歩くカップルの姿があった。友人と並んで面白おかしく祭りを楽しむ男たちの姿もあった。

 

 色んな人たちが和気藹々と楽しそうにしながら、街を賑わせていた。楽しそうに過ごす人々が、竜の騎士の目に入り込んできた。

 

 故に、竜の騎士は迷っていた。それほどの被害を出してまで、掴まなければならない勝利とはなんだと。全てを滅ぼしてまで得た勝利など、むなしいだけではないだろうかと。

 

 それらが頭の中をぐるぐると回っていた。どうする、どうする、どうする。本気を出すか? このまま戦うか? 竜の騎士は決断を迫られていた。

 

 

「来るか……。”本気”が……」

 

「可能性はある……、そしてそうなれば……」

 

 

 ランスローは竜の騎士の静けさを見て、本気を出すのだと考えた。

覇王もそれを考慮し、もしそうなれば最悪の事態になると想定した。

 

 

「……!」

 

「光!?」

 

「何かの爆発か……!?」

 

 

 だが、そこで一つの光が、その空を覆いつくした。

そこにいた誰もが、それに気が付き驚いた。いったい何が起きたのかと、その光が放たれた方向を見た。

 

 

「……今回はお前たちの勝ちだ……」

 

 

 竜の騎士はその光が撤退の合図であることを理解した。

そうか、撤退か。そう思った竜の騎士は、安堵した様子を見せた。本気を出さずに済んだことを、心から喜んだ。撤退であれば仕方が無い、今回は自分の負けを素直に認め、惨めに逃げ帰るとしよう。

 

 竜の騎士はそう考え、三人へとそれを告げた。

そして、ルーラの魔法を使い、その場から姿を消したのであった。

 

 

「退いた……?」

 

「みたいだ。いや、退いてくれた方がこちらとしてもありがたいけど」

 

「ああ……、ここでさらに戦えば、街に被害がでちまうからな……」

 

 

 空へと消え去った竜の騎士を見て、ランスローはあの竜の騎士が素直に逃げたことに驚き、疑問するような声を出していた。

 

 覇王もそれを見て、竜の騎士が去ったことに安堵をしていた。

また、その理由を代弁するかのように、バーサーカーもため息を吐きながらそれを述べたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 竜の騎士との戦いは、竜の騎士の逃亡で幕を閉じた。しかし、他にも戦いがあったことを忘れてはいけない。そう、この金髪碧眼の男、アルス・ホールドの戦いだ。

 

 

「うおおらぁっ!」

 

「はっ!」

 

 

 アルスは自ら編み出した術具融合”スターランサー”をすばやく振り回し、対峙する青いローブの少女へと攻撃した。だが、青いローブの少女はそれをひらりとかわし、軽くあしらっていた。

 

 

「……ふふふ、なかなか面白いじゃない、あなた……」

 

「褒めるなよ。調子に乗っちまうだろう!」

 

「いいわ、そう言うの、いいわ!」

 

 

 ただ、アルスのなかなかの攻撃の冴えに、青いローブの少女は笑って褒めた。

それが皮肉なのかは別として、目の前のアルスが思ったよりもできる相手だったからだ。

 

 アルスも皮肉に感じながらも、あえて笑ってそう言った。

その態度に青いローブの少女は、ますます気に入ったという感じで、さらに嬉しそうな表情を見せたのだった。

 

 

「そらよ! 光の13矢”!!!」

 

「あたらないわ!」

 

 

 そんなやり取りをしながらも、戦いはさらに苛烈さを増していくばかりだ。

アルスは無詠唱でとっさに、けん制の為の魔法の射手を放った。

 

 当然それは青いローブの少女にはあたらない。少し体勢を変化させただけで、簡単にかわされてしまった。

 

 

「あまいぜ! オラァ!」

 

「ふん!」

 

 

 そこへアルスは再びスターランサーを構え、青いローブの少女へと突いた。

それでも青いローブの少女はそのまま右足でスターランサーを蹴り上げ、その攻撃を防いだのだ。

 

 

「その武器、中々すごいじゃない」

 

「そりゃそうだ。お前を倒す為に編み出したんだからな!」

 

「そんなに私に入れ込むとやけどするわよ?」

 

「上等!」

 

 

 アルスは防がれたのを見て、すかさず後退した。

青いローブの少女も同じように、少し距離を置くようにして離れた。

 

 そこで青いローブの少女は、アルスが作り出したスターランサーの性能を認め、それを微笑みながら述べた。

 

  アルスもそれに対し、当たり前だと鼻を鳴らした。

そうだ、この武器は青いローブの少女を倒すために、アルスが開発したものだ。驚かれなくては困る、そんな態度だった。

 

 

「なら、私を捕まえてみなさい? ほらほらほらほら!」

 

「ちぃ、やっぱお前さんの特典、ヤバすぎんじゃねぇのか!?」

 

「ええ、ヤバい特典を選んだもの。当然でしょう?」

 

 

 すると青いローブの少女は、さらに加速して攻撃の鋭さを増していった。

そして、すさまじい速度で連続的に蹴りを放ったのだ。

 

 アルスはそれにたまらず後ろへ下がり、青いローブの少女の特典のことを、愚痴るように吐き出した。

なんという特典だろうか。予想でしかないが、これは明らかに危険極まりないものだ。凶悪だと。

 

 青いローブの少女はそれに対して、当然と笑って述べた。

その特典を選んだのは自分だし、その特典のすさまじさを理解して選んだからだ。

 

 

「さて、ウォーミングアップはこれくらいにして、そろそろ加速して行くわよ!」

 

「やっぱ本気じゃなかったって訳かよ! だと思ってたぜ!」

 

「当たり前でしょう! さあ、醜く汚く踊りなさい!!」

 

 

 青いローブの少女はそれを言い終えると、ランナーがスタートダッシュするかのような体制をとり始めた。

また、なんということだろうか、今までの戦いは本気ではなかったと言い出したのだ。

 

 しかし、アルスはそれにうすうす気づいていた。

目の前の少女の特典が自分の予想通りならば、あの程度が本気なはずがないと思っていたからだ。

 

 そして、青いローブの少女はその言葉を言い終えると、瞬間的なスタートダッシュとともに、アルスへ攻撃を始めたのだ。

 

 

「ぐおっ! 速い……!」

 

「ふっ! ふっ! ふっ!!」

 

「クソッ! 防ぐので精一杯だ……!」

 

 

 その攻撃速度やいなや、豹すらも亀に見えるに等しい速度であった。

しかも、急なターンでさえ速度が落ちず、連続的にその鋭い(やり)がアルスを掠めるのだ。

 

 ただ、掠めているだけにとどまっているのは、アルスが必死に回避しているからだ。動いてなければこの時点で、串刺しの蜂の巣になっていただろう。それほどの猛攻だった。

 

 それでもアルスとて防御に徹するしかなかった。

防御で攻撃を防がなければ、たちまちやられてしまうほどの、すさまじい連撃。攻撃したくてもできないと言うが、今のアルスの状況だった。

 

 

「あはははははっ! さっきまでの威勢はどうしたのかしら? ほらほら!!」

 

「ぐおおっ!? なんつー……!」

 

 

 アルスの動きが鈍くなったのを見た青いローブの少女は、大きく笑いながら何度も何度も攻め立てた。

アルスはそう笑われても、言い返すことができないぐらい追い詰められていた。小さくより強固に変化させた障壁を使い攻撃を防ぐか、ギリギリで攻撃をかわすことに忙しいからだ。

 

 

「遅い! 遅すぎるわ! なんという遅さなのかしら!!」

 

「ちっくしょう! だが、見切れない訳じゃねぇ……」

 

 

 青いローブの少女は、スピードを落とすことなく何度もアルスへ攻撃を繰り出す。

音を切る速さでの高速機動で、アルスへと突きを放つ。アルスの動けない状況に笑いながら、何度も執拗に穿つ。

 

 それでも未だ無傷なのがアルスだった。

青いローブの少女の攻撃を何とか見切り、その攻撃が来る位置を察知して防いでいたからだ。故に、苦戦をしいられてはいるが、精神的には多少余裕があったのだ。

 

 

「そう? ならもっと加速するだけよ!!」

 

「なっ、何!? ぐううおおお!?」

 

 

 しかし、そこにさらに絶望的な言葉が、アルスへと届いた。

なんと青いローブの少女は、今以上に加速すると言い出したのだ。

 

 さらに、それが言葉だけではないことが、その瞬間確定した。

アルスはその言葉を聞いた後、目に見えない何かに瞬間的に切り刻まれた。もはや防御と回避が追いつかないほどの、暴風のような猛攻だった。

 

 

「あはは! そこ!」

 

「ガッ!? うぐっ……」

 

 

 目にも留まらぬ青いローブの少女の攻撃に、アルスはたじたじだった。

致命傷は受けてはいないが、それでも小さな傷が徐々に増えてきていた。

 

 アルスは何とかこの場を挽回しようとするも、少女の動きにまったくついていけなかった。これこそが彼女の本気、本当の実力だということを、改めて実感させられたのであった。

 

 だが、アルスにも限界がある。何度もこの速度での攻撃に耐えられるはずがない。だから、幾多の負傷により、一瞬だけだが体がぐらついてしまったのだ。

 

 それを青いローブの少女は見逃してはいなかった。そのバランスを崩したアルスへと、すかさず鋭い攻撃を放ったのだ。

 

 アルスはそれに対応し、防御をしようとしたが、一瞬遅かった。

少女の攻撃をモロに食らってしまったのだ。

 

 

「ぐっ……、しまった……脚を……」

 

「それでも動けないでしょう? じっとしてなさい。すぐには終わらせないけれども!」

 

 

 しかも、その場所は太ももだった。アルスは太ももに大きな風穴を開け、そこから真っ赤な血が噴出したのだ。

これによりアルスの機動力はかなり低下したと言えよう。アルスはそれを考え、やられたと心の奥底から後悔した。

 

 むしろ、青いローブの少女も、当然それを狙って攻撃したのだ。

そして、青いローブの少女は、サディスティックな笑みを浮かべ、さらに痛めつけると宣言した。

 

 

「はっ……」

 

「何を笑って……?」

 

「別に、動けなくとも戦いようはあるさ……!」

 

 

 アルスは絶体絶命のピンチとなってしまった。傷の痛みで嫌な汗が額を濡らし、流血で地面を真紅に染め上げていく。それでもなお、アルスは笑っていた。苦痛に歪んではいるが、それでも表情は笑っていた。

 

 青いローブの少女は、そのアルスがどうして笑っているのか理解できなかった。

何せもはやとどめをさされるだけの状態。完全に敗北寸前だ。そんなアルスが笑うなど、絶望で頭がおかしくなったとしか思えなかったのだ。

 

 だが、アルスは自暴自棄となって笑っている訳ではない。

逆転の一手があるからこそ笑っているのだ。自分がまだ勝てると確信しているからこそ、笑うのだ。

 

 

「へえ? どうするの?」

 

「こうするんだよ!」

 

 

 青いローブの少女は、アルスのその挑発めいた言葉に、逆に挑発するように尋ねた。

すると、アルスは握っていたスターランサーを5つの槍に分離させたのだ。

 

 

「槍が分離?」

 

「ただ分離しただけだと思うなよ! 食らえ!!」

 

「へえ、自在に飛び回らせることができるってワケ。で、それで?」

 

 

 青いローブの少女は、それをつまらなそうに眺めていた。

たかだか槍が五つに分解されただけで、何ができるだろうか。自分の速度に対応できないのに、意味があるはずがないと、そう思っていた。

 

 それでもアルスはそんな少女を無視して、その少女へと五つの槍を飛ばしたのだ。

この分離したスターランサーは、アルスの意思のままに操ることができる、所謂ビットみたいなものだ。

 

 ……このスターランサーは正面から見れば星の形になっている。

そして、分裂して飛ばすことで流星のごとく敵を攻撃する。故に、スターランサーと名づけられたのだった。

 

 

 青いローブの少女も、その槍を回避して見せるも、その槍が方向を変えたのを見て、そのタネを理解した。

とは言え、自分の速度に対応できるかは別。追ってこようが回避できるなら問題ないと、まるで気にする様子など見せなかった。

 

 

「はっ! 随分な言い草だな! 後で泣きを見るぜ?」

 

「そう? じゃあやってみなさい? ただし、泣きを見るのはあなたの方だけれど!」

 

 

 アルスは少女の態度に、後悔することになると渋く笑ってそう言った。

舐めているのも今の内だ。むしろ、油断してくれればチャンスも増えると、内心ほくそ笑んでいたのだ。

 

 そんなアルスに、やはりどうでもいいと言う様子で少女は言葉を発する。

その程度の攻撃にやられるほど弱くは無い。無駄なあがきをしたと嘆くのは、アルスの方になると宣言したのだ。

 

 

「あはははは、確かにすごいわね!」

 

「だろ? 俺の最高傑作だからな!」

 

「本当にあなた、楽しいわ!」

 

 

 すると、五つに分かれたスターランサーは、追跡と先回りを行い、少女を追い詰めようとすばやく動く。

少女が前に出れば、そこへ槍が飛び交い動きを殺ごうとする。少女が後ろに下がれば、死角から襲い掛かる。

 

 されど、青いローブの少女にはその攻撃が届かない。

飛び交う蜂のごとく動き回り、ひらりと揺らめく蝶のように舞い、五つの槍を回避していた。

 

 むしろ、少女はその攻撃に対して、大そう喜んで感心していた。

確かにすばらしい攻撃だ。自分の位置を先読みし、確実に命中させんと狙ってくる。これほどの攻撃ができる相手は、目の前の男以外知らないと。

 

 アルスはそんな少女の言葉に、笑いながら答えていた。

とは言え、これでも少女にまったく攻撃があたらないことに戦慄し、少女の強さをさらに実感していた。

 

 並みの相手ならば、この攻撃は避けられないはずだ。

それなのに、少女はスピードをあまり落とさないどころか、完全に見切って回避している。少女の特典は本当に恐ろしい。自分の特典で倒すことは難しいと、アルスが思うほどであった。

 

 その少女はと言うと、本当に心から嬉しそうに、攻撃を回避していた。

むしろ、回避のみに専念し、攻撃を避けることを楽しんでいるというような状況だった。

 

 

「でも、あなたは無防備じゃないかしら?」

 

「確かめてみな」

 

「ええ! ご期待に応えてね!!」

 

 

 とは言え、ずっと攻撃を回避している訳にもいかない。

そう考えたローブの少女は、楽しい回避時間を終わらせ、とどめを刺そうと動き出した。

 

 今のアルスは片足を怪我し、まともに動くことができない。

五つの槍は縦横無尽に飛び回っているが、アルス本人はまったく動いてないのだ。

そこへ槍と槍の隙間にアルスへの道ができたのを見た少女は、そこへ特攻をかけたのだ。

 

 

「!? もう一つ!?」

 

「甘かったな?」

 

「だけど、その程度で私の猛攻を防げるとでも?」

 

 

 だが、それはアルスの罠だ。少女がそうするよう仕向けたのだ。

アルスはもう一つ、新たにスターランサーを作り出し、少女の特攻を防いでいた。

それにって少女の動きが一度止まり、スピードを殺すことに成功したのである。

 

 ただ、たった一度の攻撃を防いだだけであり、少女が再び攻撃を加速させれば、また先ほどと同じ状況に陥ってしまうだろう。

少女はそれを考えながら、再び加速する準備に移ろうとした。

 

 

「別に、……防ぐ必要はもうないからな」

 

「何……? 幻覚……!?」

 

 

 しかし、アルスはすでにもう一つ、手を打っていた。

アルスがその一言を述べ終えると、少女の目の前のアルスがスッと消えて、少し離れた場所にアルスが現れたではないか。

青いローブの少女は、今のが幻覚であることに気が付いた。

 

 

「なっ!? これは……、まさか結界!?」

 

「おうよ。お前さんを縛り上げるための、強力なやつさ!」

 

 

 少女を襲ったのはそれだけではなかった。

五つに分離したスターランサーが少女を中心に、五芳星を描くように地面に突き刺さると、強力な結界が発生したのだ。

少女はこれに少し驚き、してやられたと思った。

 

 また、アルスはその結界こそ、少女を完全に封じる為のものだと説明した。

凶悪な特典を持つ少女を封じるには、並みの結界では不可能だ。故に、五つのスターランサーを触媒にし、ありったけの魔力を込めた結界を作り出したのである。

 

 

「ぐっ……! この程度で……!」

 

「まだ動けるよな? だと思ったよ。だからこうするだけだ! ほらよ!!」

 

 

 とは言え、少女の特典は想像以上に恐ろしいものだ。

結界に封じられたというのに、未だ体が動く様子だった。これでは結界を破られ、外に出られてしまうだろう。

 

 アルスはそんなことも当然予想していた。

なので、もう一つ作り出したスターランサーを使い、二重に結界を張ったのだ。

 

 

「ぐああ……!」

 

「流石に苦しいか? まっ、しょうがねぇよな」

 

「この……程度……で……!」

 

 

 青いローブの少女はたまらず悲鳴を上げ、その場に膝をついて座り込んだ。

もはや立ち上がることさえできず、必死に体を起こそうとしても、まったく言うことを聞かない様子だった。

 

 アルスはそんな少女に、ようやく大人しくなったか、という態度を見せていた。

が、油断はしていない。少女の特典は強大だ、何が起こるかわからない。故に、隙を見せることはなかった。

 

 ただ、少女はもう立つ力もない様子だ。

それでもアルスを睨みつけ、立ち上がろうと脚に力を込めていた。目の前の男を倒そうと、あがきもがくのだった。

 

 

「そんでもって、風の精霊23人! 魔法の射手! ”戒めの風矢!”」

 

「なっ! うう!?」

 

 

 そこへアルスはもう一つ魔法を使った。

それは風属性で束縛用の魔法の射手だった。これを23も放ち、少女の体をがんじがらめに封じたのだ。

 

 無慈悲なるさらなる拘束で、少女はもう動けなかった。

二重結界での強力な重圧と、両手両足を束縛されたことで、完全に沈静化してしまったのである。

 

 

「……ふぅ、これでお前さんの身動きは封じたはずだぜ」

 

「くっ……、放しなさい……!」

 

「そいつは無理な相談だ」

 

 

 これでようやく安全だと、額をぬぐってため息を吐くアルス。

それを少女は膝をつきうなだれながら、それでも顔を上げてアルスを睨みつけ、開放を命じた。

だが、ようやく捕らえた相手を逃がすはずもない。アルスはそれを無理の一言で片付けた。

 

 

「さて、どうするかね。ここは無難に武装解除を使っておくか?」

 

「……!」

 

 

 そこでアルスは次を考えた。このまま縛りっぱなしで放置する訳にもいかない。

されとて開放すれば再び戦いになる。ここはとりあえずベタだが、武装解除しておこうと考えた。流石の少女も武装解除されれば、戦う気などおきなくなるだろうと思ったのである。

 

 青いローブの少女はその言葉を聞いて、いっきに顔色を青く変え、焦った様子を見せたのだ。

 

 

「やっ、やめなさい!! そんなことをしたら、絶対に殺す!!」

 

「ふーむ、しかし、このままにしておくという訳にもいかんしな」

 

 

 先ほどの余裕はもはやなく、焦りに彩られた表情で少女はうろたえながら、武装解除をやめるよう訴えた。

それだけは絶対にいやだ、やめないと許さない。まるで癇癪を起こした子供のように、叫びだしたのだ。

 

 とは言っても、やはりこのままにはできない。

アルスはそれならどうするべきかと、やはり武装解除しかないかと、頭を悩ませていた。

 

 

「調子に乗らないで……! こんな拘束なんて、簡単に……!! ぐうう……!」

 

「その結界は対幻想種……、いや、竜種用レベルでな、お前さんの特典だろうと簡単には抜け出せない」

 

 

 そんなアルスの態度に、怒りを露にする少女。

何としてでもこの拘束と結界を打ち破り、自由になろうと力を込める。それでもやはり、二重の結界と拘束を解くことはできなかった。

 

 何せ、この結界は幻想種、竜種を完全に無力化できるほどのものだ。

確かに目の前の少女がいくらすさまじい特典であろうと、これほどの結界を破るには時間がかかるというものだ。

 

 

「それにお前さんは、その特典の原典どおりの強さを発揮してはいないはずだ……」

 

「っ……!」

 

「やっぱな」

 

 

 また、アルスは一つ、少女の弱点を見極めていた。

それは少女が特典を100%生かせていないというものだった。

 

 

 ……この青いローブの少女の特典、それは”Fate/EXTRA CCCのメルトリリス”の能力だ。

複数の女神(ハイ・サーヴァント)を融合した存在(アルターエゴ)で、他者を溶かし吸収し、自分の力に代える能力(スキル)を持つ、すさまじいキャラクターだ。

 

 ただ、Fate/EXTRA CCCは月の内部の電子世界での話である。つまり、データとして存在するものの能力を、現実世界で使用するには大きな制限がかかったのだ。

 

 おもに、他者の吸収するスキル、オールドレインがそれだ。

メルトリリスは他者を吸収することで、レベルをあげることができた。しかし、現実世界において、レベルと言う数値は存在しない。データ内であるからこそ、その数値が存在するのだから当然だ。

 

 故に、他者を吸収してもレベルと言う目に見える強さを得ることができなかった。確かに身体能力の向上やステータスの上昇はするものの、レベルであがるように強くはなれなかった。

 

 当然、その大元である、本来最大の特徴であるイデス、メルトウィルスも大きく機能していない。

相手を溶かす(ウィルス)こそ機能してはいるようだが、完全ではないようだった。特に溶かした相手をウィルスにリデザインする能力がほとんど機能してないのだ。

 

 何故なら、やはりこの”現実世界”において”バーチャル世界”でのウィルスを使用することが不可能だったからだ。そのため、溶かして吸収すること以外、使用できない大きな制限がかけられてしまっていたのだ。

 

 

 それを補う為に、もう一つの特典を選んだ。それは”吸収した能力(スキル)の付与、改造”だった。

メルトリリスは元々吸収したものを、経験値(レベルアップ)としてしか扱えなかった。それを何とかするために、この特典を選んだのだ。

 

 だが、それにも大きな制約を設けられた。スタンドなどの固有スキルは吸収しても使用できないというものだ。

これにより基本的に吸収して使用できるスキルは”Fate”に登場する汎用スキルばかりに限られてしまったのである。それ以外であれば、せいぜい気を操る力や、魔力を操る力程度のものにとどまってしまっていた。

 

 とは言え、それでも強力なのには違いない。

のだが、Fateの能力を持つ転生者、またはサーヴァントぐらいにしか役に立たなくなってしまった。だからこそ、転生者が多く集う組織に属し、こっそりと能力を奪い取ろうと考えたのだ。

 

 しかし、基本的に転生者が貰う特典は似たよりったりだった。故にあまりうまくいかず、偏ったスキルぐらいしか吸収できなかったり、使えないスキルばかり揃ったりとあまり大きな成果は得られなかった。

 

 さらに吸収したからと言って、いきなり実戦で使えるようにはならなかった。この転生のルールにおいて、鍛えなければ本来の性能が引き出せないというものがある。それが吸収したスキルにも適応されていたからだ。それは当然でもあった。吸収したスキルもまた、他者が選んだ特典だからだ。

 

 そのため、その吸収したスキルを一々鍛えなくてはならなくなった。ドレインした経験値(ポイント)をつぎ込んだり、使いながら慣れなければならないと言う面倒な状況になってしまったのだ。

 

 それと、他者を命がなくなるまで搾り取ることをしなかったのも、かなり大きかった。

彼女は生前は普通の人間。殺傷ごとなど縁のない人間だった。そんな人間がいきなり人を殺せるはずもなく、吸収するにせよ命を奪わなかった。そのせいで吸収が中途半端になってしまい、思ったほどパワーアップできなかった。

 

 

 少女はそれを理解していたので、それが表情となって表れた。

アルスは少女のハッとした顔を見て、自分が思ったとおりだったと改めて確信したのだ。

 

 

「んじゃ、武装解除をさせてもらうか」

 

「まっ! 待って!! それだけはダメ! 絶対!!」

 

 

 とまあ、そんな訳でと、アルスは武装解除を使おうとした。

少女はそれに対して、抗議するかのようにやめてくれと大きく叫んだ。

 

 

「……やっぱイヤ?」

 

「当たり前でしょう!!」

 

 

 アルスは少女の本当に嫌そうな態度を見かね、そう尋ねた。

少女も当然だと言う様子で、それをはっきり言葉にしたのだ。

 

 

「んー……、んじゃ、お前さんがおとなしくするっつーんなら、やめてやってもいいぜ?」

 

「……は?」

 

 

 アルスはそこで少し考え、突如としてありえないことを言い出した。

青いローブの少女はそれを聞いて、一瞬聞き間違えではないかと言う様子で、数秒間固まった。

 

 

「どういう意味かしら、それ……」

 

「武装解除はしない、結界を解いてやるって言ったんだ。まっ、その風の矢の拘束は流石に消さないが」

 

 

 少女は本当に聞き間違えてないか、確かめるようにそれをアルスへ聞いた。

アルスはそれに対して、しっかりと返事を返した。武装解除はやらないし結界も解くと。そう確かに言ったのだ。

 

 

「どっ、どうして……! 甘すぎるんじゃない!?」

 

「まあ、確かに甘いな。チョコレートのように甘いな。自覚してるって」

 

「じゃあなんで!!?」

 

 

 青いローブの少女は、意味がわからないという顔を見せていた。

当たり前だ。せっかく捕獲した敵を、みすみす逃がすことになりかねないようなことを、進んでするなんておかしいだけだからだ。故に、普通ではない、甘すぎると叫んだのである。

 

 アルスも当然、そんなことは承知だった。

自分の判断がいかに愚かで、甘いものだと自覚していた。

 

 だからこそ、少女には理解不能だった。

わかっているというのなら、する必要がないはずだ。どうしてそうしよう言い出したのか、再び大きく叫び問い詰めた。

 

 

「……いやね。お前さんは特典のせいか、そんなナリだろ? そんな見た目の少女を脱がすってのは心が痛むってもんよ」

 

「なっ、何を言ってるの……?」

 

 

 アルスはそこでため息を吐きながら、とりあえず自分が考えたことを説明し始めた。

と言うのも、青いローブの少女は、その通称のとおり見た目少し幼いスレンダーな少女である。メルトリリスの特典を選んだ彼女は、メルトリリスに姿かたちがそっくりの美少女だ。

 

 そんな少女を無理やり武装解除で脱がすのには、アルスとていささか抵抗があった。

遠くから見ればただの変態。犯罪者みたいだからだ。

 

 それにアルスは娘を持つ一児の父親。娘よりも少し大きいかぐらいの少女を脱がすなど、したくないことであった。まあ、それ以上にそんなことを娘に知られ、距離を置かれるのも辛いと感じているのであるが。

 

 だが、青いローブの少女は、その答えに満足いかなかった様子だった。

むしろ、さらによく分からないと言う様子で、驚いた顔を見せていた。

 

 

「普通、脱がしたがるものじゃないの? あいつらみたいに!!」

 

「あいつら? 仲間の転生者のことか?」

 

「そうよ! あいつらはいつだって、そればかり狙ってきた!! 最低のクズどもよ!」

 

 

 どうしてそんな態度を少女が見せたのか。それは他の転生者たちを見てのことだった。

 

 他の転生者たちは、下心丸出しで自分の前に現れることが多かった。隙あらば武装解除しようとするものも、少なからず存在したほどだ。

 

 アルスはそれを聞いて、そのあいつらとは転生者のことかと考えた。

まあ、普通に考えるのならば、それしかないと言うものだが。

 

 少女はそれを興奮気味に叫び、肯定した。

自分の知る転生者どもはどうしようもない連中だ。最低なやつらだったと。

 

 

「だから、そんなんだろうと思って、この特典を選んだのだけど……。むしろ、あいつらを煽るだけになってしまったわ……」

 

「はぁ……。難儀だねぇ……」

 

 

 彼女は前世も女性だった。別にその時は男性に対して、そのようなことを考えたことはなかった。

 

 そこへ、ふとしたことで死んで、神が転生させてやると言い出した。それはそれで嬉しかったのも彼女だ。

しかし、神はさらにこう告げた。”転生先には転生者が多くいる”ということを。彼女はそれを聞いて考えたことは、”二次創作でよく用いられる転生者”という存在だった。

 

 転生者はよく、自分勝手で悪役で、最低に書かれていることが多かった。そんな連中だけではないのだが、それがある程度一人歩きしているような感じも受けていた。

 

 だから、転生するのが少し怖くなった。多くいる転生者の中で、何かあったらどうしようかと悩んだ。生きていけるか苦悩した。いや、それ以外の最悪な想像を頭によぎらせ、勝手に恐怖した。

 

 それ故、少女はそうなることを予想していた。予想していたからこそ、この強力無比な特典を選んだ。されど、そのせいでむしろ、さらにそういう目で見られるようになってしまったと言う、皮肉な結果になってしまった。もっと別のものにすべきだったと、少女は後悔していた。

 

 アルスもそれを聞いて、かなり同情していた。

なんというか、確かにろくでもない転生者は多いと聞いていた。だが、まさかそれほどとは思ってなかったらしい。故に、またため息を吐いて、少女に同情するような言葉を投げたのだ。

 

 

「あなただって、本当は私を脱がしたくてしょうがないんでしょう?!」

 

「いや? 別に?」

 

「嘘を言っても無駄よ!」

 

 

 だからこそ、転生者は信用できない。

きっと、目の前の男もスケベなことを考えているに違いない。青いローブの少女は疑念を持ちながら、それをアルスへ問いただした。

 

 しかし、アルスはそんなことなどまったく考えていなかった。

最初に戦った時にボコボコにされたので、リベンジしたかったと思った程度で、その後どうこうしようなんて頭になかった。故に、何も考えてないと言う態度で、一言述べて片付けた。

 

 それでも少女は信用できなかった。

そんなことを言って騙そうとしている、そういう風にしか受け止められなかった。

 

 

「……つーか、こんなところで脱がされりゃ、俺だって恥ずかしいわ!!」

 

「っ!」

 

 

 すると、アルスはそんな少女を見かね、大きな声で自分もそうだと吐き出した。

誰だってこんな一目がある場所で脱がされれば恥ずかしい。当たり前のことだと。

 

 青いローブの少女は、それに一瞬びっくりした顔を見せた。

突然アルスが怒鳴るように叫んだからだろう。彼女ははじめて少女らしい驚いた顔を見せたのだった。

 

 

「自分が嫌だってことを人にやるとか、流石に大人のすることじゃねぇだろ?」

 

「それは、そう……だけど……」

 

 

 と言うよりも、自分がされて嫌なことなど、他人にやることではない。

大人であるならなおさらだ。故に、アルスはそれを少女へと、いつもの態度で述べたのだ。

 

 少女もまた、それを聞いて確かにそうだとは思った。

それでも、それは建前でしかないと考えていた。その当然だと言う事ができないのも、また人間なのだから。

 

 

「……だから、おとなしくしてくれんなら、さっき言ったとおりでかまわねぇ」

 

「……この程度の拘束じゃ、逃げれるわよ……? いえ、後ろから刺すかもしれないわよ……?」

 

 

 アルスはそう言う訳で、もう戦わないと誓うならば多少自由にしていいと言った。

ここに強制契約させる魔法具があればそれを使うのが手っ取り早いのだが、ここにはないのでそれは諦めた。

 

 ただ、強制契約したところで、向こうにはアーチャーがいる。

アーチャーは破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)が使えるので、その契約を解除することができる。なので、この方法はあまり大きな抑止にはならないのだが、今はアルスがそれに気がつくことはなかった。

 

 そこへ少女がそのようなことをすれば、簡単に逃げることができると忠告した。

むしろ、それ以上に再び敵対し、攻撃すると宣言したのだ。

 

 

「後ろから刺すっつーんなら、武装解除もやむなしだな」

 

「……その前にやれる自信ならあるわ……」

 

「……察しのとおり、俺の特典は無詠唱でね。行動せずとも魔法が出せるのさ」

 

 

 ならば、武装解除で応戦するとアルスは返した。

この少女の一番の弱点、それが武装解除だと理解したからこその言葉だった。

 

 だが、少女はアルスを睨みつけ、その前にアルスを倒すことができると強気の姿勢を見せた。

そうだ、瞬間的に加速し、串刺しにしてしまえば全てが終わる。簡単なことだ。そう思っていた。

 

 そんな少女へ、アルスはゆっくりと説明をはじめた。

確かに目に見えない速度での攻撃は脅威だ。しかしながら、自分の特典は無詠唱で魔法を撃つことができる。少女が加速する前に、行動することなく武装解除を放ち、命中させることだってできない訳ではないのだ。

 

 

「故に、お前さんが不審な行動したならば、即座に武装解除をぶち込めるって訳よ」

 

「そんな魔法、当たらなければどうってことないじゃない……!」

 

 

 そう言うことだから、大人しくしておけよ。そうアルスは言いたげに、その説明を終えた。

 

 それでも少女はその程度のことで大人しくなろうとは思わない。

自分の方が早く動ける。魔法なんて当たらなければ問題ない。自分の特典(ちから)を信じて疑わなかった。

 

 

「おう、そうだな。だがその魔法が”俺自身を中心にした範囲”でのものだったら?」

 

「っ……!」

 

 

 ならばともう一つ、アルスは言葉を追加した。

武装解除を自分を中心に拡散させれば、どうなるだろうかということだった。それはつまり、攻撃するするであろう自分へ近づけば武装解除の餌食になるという意味だ。

 

 少女はその意図を理解しハッとした後、くっと悔しそうな顔を見せた。

 

 

「そこでそれを使えば、いくら速くともこちらに攻めて来るんなら、はたして避けきれるかい?」

 

「くっ……」

 

 

 どんなに早かろうが、狙うのが自分であれば必ず近づかなければならない。

そこへ行動なしで武装解除が周囲に放たれれば、少女とて回避など容易ではない。

 

 少女はアルスの作戦を聞いて、ただただ悔しがるだけだった。

結界に縛られながら、アルスを睨むしかなかった。

 

 

「俺は刺されるかもしれんが、お前さんは脱がされて恥ずかしい目にあう。どうだ? ここはとりあえず俺の言うとおりにしてみないか?」

 

「……」

 

 

 ただ、アルスとて無傷でそれを済ませられるとは思っていない。

彼女が本気で自分を攻撃すると言うのなら、武装解除で動きを止めることは不可能だ。例え脚にある具足を吹き飛ばせても、その速度での攻撃は防げない。

 

 しかし、武装解除が命中したら、彼女は恥をかくことになる。

アルスはダメージを負い、少女は辱めを受ける。完全に痛み分けで終わってしまうだろう。

 

 アルスはそれを言うと、少女も少し考える様子を見せた。

ここで目の前の男を倒しても、脱がされては意味が無い。ここで脱がされたって男を倒して帰ればいいだけだが、問題は帰った後にも残っている。

 

 組織のアジトには未だたくさんの転生者が、たむろっているだろう。

そこへそんな格好で帰ったらどうなるだろうか。それを考えると正直死んだ方がマシだとさえ、少女は思った。

 

 

「ふぅ……、わかったわ……」

 

「交渉成立で?」

 

「ええ……。ただし、私から情報を得ようと思っても無駄だから」

 

 

 少女は色々と考えた結果、待遇がよさそうなアルスの意見を聞くことにした。

どうせ帰ってもいいことなんてない。自分があの組織にいたのは、能力を吸収するためでしかない。それなら無理をする必要なんて、どこにもないということに気が付いた。

 

 とは言え、目の前の男に負けを認めるというのは悔しいと思った。されど、それで自分の身が護られるなら、それでいいと諦めたのだった。

 

 まあ、それでも誘ってきたアーチャーと言う男には、多少なりに恩があり申し訳ないとも思ったが。

あのアーチャーとか言う男は、むっつりスケベではあったが、悪いやつでもなかった。ある程度自分の意見を尊重してくれたし、生活面でも頼りになった。

 

 故に、面倒でやる気はなかったが、ゲートでの作戦や今回の作戦に参加していた。

一応あのアーチャーの顔を立ててやろうと、ここへ来たことを思い出していたのだ。

 

 

 アルスがそれでいいかと尋ねれば、少女は諦めた様子でそれでいいと述べえた。

ただ、少女は自分から情報を引き出すことはできないと、念を押しておくことにした。

 

 

「別にそこまで考えてなかったが、どうしてだ?」

 

「簡単よ。私は何も教えてもらってないだけ」

 

 

 アルスはそこまで考えていなかったという様子を見せたが、その理由を少女へ聞いた。

少女はそれに一言で答えた。それは少女自身が何も知らないというだけだった。

 

 少女は彼らの行動理念や作戦に無関心だった。

面倒だし興味も無かったので、特に今後のことについても聞いていなかった。

 

 また、アーチャーも少女には何も話さなかった。

多分こうなることを予想していたのだろうとさえ、少女は思った。自分は元々フラフラしていた身。ホーロー虫だった。そんな自分を本気で信じているとも、思えなかったからだ。

 

 

「それに、転生者のあなたなら、聞かずともある程度予想できてるんでしょう?」

 

「まあ、そうだが……」

 

「なら、私への詮索は無意味ね」

 

「ふむ、なるほど」

 

 

 さらに、転生者であるならばこの先のことを”原作知識”で知っているだろう。

であれば、別にそれを自分から引き出す必要なんてないだろうと、少女は思った。確かに”原作”とは随分かけ離れているが、やろうとしていることは同じように見えたからだ。

 

 アルスもそれを聞いて、なるほど確かにと思ったようだ。

原作知識がある転生者ならば、今後のことをある程度予想できるだろう。

 

 少女は故に、どんなに情報を聞きだそうとしても、答えられないとはっきり宣言した。

自分が知る知識も所詮は”原作知識”どまり。アーチャーからの情報はないので、聞いても無駄であると。

 

 

 予想外の方向に進むのであれば情報が欲しいところだが、今の所はその兆しは無い。

なので、無理に情報を引き出す必要もないと感じたのだ。

 

 

「っと、こうしてちゃまずいな! ってうおお!?」

 

「アーチャーの合図ね……」

 

「合図……?」

 

 

 とまあ、アルスは少女の言葉に納得したところで、重大なことを思い出した。

それは他の仲間たちの安否であった。この戦いは”原作”でも大きな分岐点の一つだ。そのため、なんとしてでも仲間の下へ行こうと、急いでいる最中だった。

 

 と、アルスがそれを思い出した時、空を真っ白に染め上げるほどの爆発が起こった。

少女はそれをどうでもよさげに眺めながら、それがアーチャーが発した信号であると小さく言葉にした。

 

 アルスはその意図が読めず、少女にそれを尋ねた。

一体何の合図だろうか、新たな作戦の知らせか何かだろうかと。

 

 

「引き際の合図よ。まっ、私はこんな状態だから、意味のないものになってしまったけれども」

 

「そう言いなさんなって。悪いようにはしないさ」

 

「……どうかしらね……」

 

 

 青いローブの少女は今のでアーチャーたちが撤退して行った事を理解した。

そして、それをもはや興味なさそうに、アルスへと教えたのだった。

 

 アルスはふてくされた態度の少女に、苦笑しながらそれを言った。

いや、確かに縛りっぱなしにしてしまうが、それ以上に扱いを悪くはしないと。

 

 しかし、やはり少女はアルスを信用できないようで、プイっと首をアルスからそらし、すねた態度を見せていた。

 

 

「っっと、いけね! こうしてはいられねぇ! あいつら大丈夫かよ!?」

 

「さぁね……。まあ、アーチャーが退いたのなら、大事にはなってないんじゃないかしらね」

 

「だと良いがな!」

 

 

 アルスは先ほどの光で気がそれたことを思い出し、仲間のところへ行かねばと急ぎだした。

少女はそんなアルスに顔を向きなおし、ちらりと横目でそれを話した。

 

 あのアーチャーが撤退するというのなら、大事にはなってないだろう。

計画が成功したか失敗したはわからないが、問題になるようなことはないはずだと少女は思った。

 

 それに付近からも何か大きな爆発があったり、何かが崩れる音もなかった。それを考えたら、最悪の事態というのはなかったのだろうと少女は考えたのだ。

 

 だが、そんなことさえ興味が湧かない少女とは違い、かなり心配な様子だ。

故に、これからすぐにでもアーチャーが合図を発した場所へと、移動しようと考えた。

 

 

「とりあえず、合流すっかね。ほれ、お前さんも一緒だ」

 

「……はいはい……。ところで、その脚で大丈夫なのかしら?」

 

「あ? あー、痛ぇと思ったあら穴開いてたんだったな」

 

 

 ただ、少女も連れて行く必要がある。

風の魔法で縛った少女を魔法のロープでさらに縛り、それをアルスは右手に持って引っ張った。

 

 少女はもはや諦めた様子でため息を吐きながら、ふと気になることを言葉にした。

それはアルスの怪我だ。少女自身がアルスを攻撃してできた、太ももの大穴だ。未だに血が垂れ少なからず出血しており、痛々しい状態だった。

 

 アルスは今までの戦いで、痛みを忘れていたようだ。

言われてようやくそれを再認識し、痛みを気にし始めたのだった。

 

 

「ちょいと治癒魔法ぶっかけときゃ大丈夫だろ」

 

「……タフなのね」

 

 

 まあ、この程度ならばちょいと治癒の魔法を使えば問題ない。

アルスはそう考え言葉にした後、無詠唱で傷に治癒の魔法をかけて傷をふさいだ。

 

 それを見た少女は、呆れた様子で皮肉なのかわからない言葉を発していた。

なんとまあ、先ほどまでその傷で動くことさえかなわなかったと言うのに、よく言えたものだと。

 

 

「おっし、行くぞ」

 

「はいはい……」

 

 

 そして、傷がふさがったのを見たアルスは、掛け声とともに移動し始めた。

少女もそれに従い、渋々とアルスに引っ張られながら追っていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

名前:トリス(青いローブの少女)

種族:人間

性別:女性

原作知識:あり

前世:30代システムエンジニア

能力:他者の吸収による自己強化

特典:Fate/EXTRA CCCに登場するメルトリリスの能力(かなりの制限あり)

   吸収した能力(スキル)の使用および改造(かなりの制限あり)

 

 



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魔法世界編 静寂と過去
百四十二話 嵐の後


 ネギたちとアーチャー一味の戦いが終焉を迎えそうな頃。新オスティアから少し離れた上空にて、一つの艦が雲の上を浮遊していた。そして、その近くに杖の上で胡坐をかく、少年の姿もあった。

 

 

「はぁ~……」

 

「兄貴ぃ~、そんなため息ついてどうしたんだ?」

 

 

 それはカギだった。カギは暇そうな様子を見せながら、盛大にため息を吐き出していた。

そんなカギへ、その肩で座りこんでいるカモミールが、そのため息の理由を尋ねていた。

 

 

「いやさぁ、ゆえの護衛っつっても、アイツ艦の中じゃん?」

 

「そりゃ警備部隊に属したんだから当然だろ?」

 

「んじゃ、俺がここにいる意味はあるのか……」

 

「それは言わないお約束ってもんだぜ!」

 

 

 カギは今、夕映の護衛をエヴァンジェリンから任されていた。しかし、夕映はアリアドネーの戦艦の中。姿は近くにない状態だ。

 

 それをカギが愚痴るように話せば、仕方ないことだとカモミールは言った。夕映は今、アリアドネーの警備兵だ。任務についているのなら、それが当たり前なのだ。

 

 と言うならば、カギは自分がここにいる必要性があるかを考えた。

はっきり言えば戦艦の中なので、夕映の身の安全はある程度保障されている。ならば、ここでただひたすら浮いているだけの意味は、あるのだろうかと。

 

 それを聞いたカモミールも、それをうすうす感じていた。が、それを言ったらきりが無いので、あえて言わない方がいいと大きく言葉に出したのだ。

 

 

「いやまあ、艦ぐらいぶっ潰す敵がいてもおかしくねぇけどさぁ……」

 

「じゃあいったい何が不満って言うんで?」

 

 

 とはカギも言ったが、戦艦を叩き落すぐらいする転生者も存在するだろうとは考えていた。

だからこそ、エヴァンジェリンの言葉に従い、律儀にここで護衛をやっている。

 

 それなら、いったい何がしたいのだろうかと、カモミールは思った。

ここにいること自体に大きく不満がないならば、いったいどこに不満があるのかと。

 

 

「いやこう……、暇だなぁ~って……」

 

「いいことじゃないっスか」

 

「んな訳あるかい!」

 

「ひえ!?」

 

 

 カギはそんなカモミールの問いに、やる気がなさそうなだらけた顔で、それを言ってのけた。

何と言うかまあ、本当にやることがない。安全安心、不安の要素一つ無い。暇そのものだった。

 

 カモミールはそれに対して、それはむしろ悪いことではないと言った。

安心できているのなら、平和な証拠であると。

 

 しかし、カギはその言葉を聞いたとたん、突如として叫びだした。

暇のどこがいいというのかと、カモミールへと当り散らした。

 

 カモミールは突然怒り出したカギに、大いに驚き慌てだした。

 

 

「あっちはお祭りやってんだぞ!? ゆえも我慢してるんだろうが、俺だって祭り行きたいわ!!」

 

「あーっ、そっちかー」

 

 

 カギはさらに興奮ぎみに、この現状の不満を語りだした。

そうだ、新オスティアは記念祭の最中だ。祭りだ。

 

 夕映も祭りに行きいかもしれないが、彼女は任務故に戦艦から出ることを許可されていない。

我慢しているんだろうな、とカギも思っていた。

 

 だが、カギだって祭りに行きたい。うまい飯食いたいし、騒ぎたいのだ。

あーチクショウ。楽しそうだな祭りは。楽しいんだろうな祭りは。カギはそれをずっと考えていたのだ。

 

 カモミールはそれを聞いて、むしろ拍子抜けした様子を見せた。

え、そこ? 悩んでいたのはその部分? そんな顔でカギを見ていた。

 

 

「むしろ、何かあるかと焦ってるとばっかり……」

 

「そんなもん、師匠(マスター)が出向けば問題なんてねーし、何倍にもおつりが来るし」

 

 

 と言うか、カモミールはカギが、あの新オスティアで何か起こるんじゃないかと考え、焦っているのではないかと思っていた。

 

 しかしながら、カギはエヴァンジェリンが出向いたのを知っている。

エヴァンジェリンが行ったのならば、心配する方が野暮だと思ったのだ。

 

 

「ん? ありゃゆえとその仲間か」

 

「おや? 出動みたいだな」

 

「おっしゃ! んじゃ俺らも追いかけますかー!」

 

「了解兄貴!」

 

 

 すると、戦艦から数人の少女が専用の杖にまたがり、新オスティアへ飛び出していくのをカギとカモミールは見た。

それは夕映とその仲間だった。カモミールはそれを見て、任務での出動だと考えた。

 

 ならば、カギは夕映の護衛のために、こっそり追跡することにした。

カモミールもそれを聞き、大きく返事をしたのである。

 

 そして、カギも夕映たちを追いながら、新オスティアへ出向くのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、場所を移してネギたちがいる、闘技場の屋上。誰もが大きな被害もなく、戦い終わったことに安堵していた。

 

 

「ふぅ、どうにかなったみたいですね」

 

「みてぇだな」

 

 

 ネギも戦いが終わったのを見て、安心したのか小さくため息をついた。

ラカンも腕を組みながら、敵が撤退したのを確認し、ネギの言葉を肯定した。

 

 

「ありがとうございます、みなさん」

 

 

 そこでネギはみんながいる方を向いて、頭を下げて礼を述べた。

この戦いで生き残れたのは、みんなの力があったからだと思ったからだ。

 

 

「それと、のどかさん」

 

「はっ、はい」

 

 

 また、ネギはのどかを名指しで呼び、そちらに近寄っていった。

のどかは不意にネギから声をかけられ、少し驚いた顔を見せていた。

 

 

「どうしてあんな無茶を……」

 

「すみません……。どうしてもネギ先生の役に立ちたくて……」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 そこでネギが言葉にしたのは、この戦いで無茶をしたことへ対するやんわりとした叱咤だった。

のどかは確かに多少なりとて魔法が使えるものの、やはりただの少女に等しい。そんな彼女が、あのアーチャーなどに挑むなど、無理もいいところだからだ。

 

 のどかもそれは理解していた。理解していたけど、ネギの役に立ちたいという気持ちの方が大きかった。

それ故のどかは、ネギへと小さく謝りながらも、その理由を言葉にしたのだ。

 

 ネギはそれを聞いて、ある程度納得した様子を見せていた。

 

 

「その気持ちは嬉しいですが、やはり無茶はしないでほしいです」

 

「本当にごめんなさい!」

 

「いえ、無事だったからいいんです」

 

 

 自分のために行動してくれるという気持ちは、間違いなく嬉しいとネギは語った。

とは言え、それでのどかに何かあったら、どうしてよいのかわからなくなってしまうとも思った。だから、ネギはのどかへと、無茶をすることを禁止するよう述べたのだ。

 

 のどかは心配そうに見つめるネギを見て、もう一度頭を下げて大きく謝った。

のどかとてネギの役に立ちたいというのが一番だからこそ、こうして心配させてしまったことに、悪いことをしたと思ったのだ。

 

 ただ、ネギものどかが無事だったので、今回はそれ以上言わなかった。

 

 

「それにおかげで助かりましたし、そこはお礼を言わなければなりませんね」

 

「ネギ先生……」

 

 

 また、ネギはのどかの行動のおかげで、アーチャーから助けられたことを思い出していた。

あの時、河での戦いでのどかと小太郎が現れなかったら、自分はアーチャーにやられていただろう。それを考え、そのことはしっかりと礼をしなければと、ネギは思っていた。

 

 のどかはそんなネギへと、その名前を呼ぶので精一杯だった。

こんなに近くまで寄ってきて、自分を心配してくれているということに、不謹慎であるが嬉しくてたまらなかった。

 

 

「あっ、そうだった。お礼と言えば、あの人が助けてくれたおかげで無事だったんです」

 

「あの人が……?」

 

「おん? アイツは確か……」

 

 

 と、そこでのどかは照れ隠しをするように、知らない少年に助けられたことを言葉にした。

その少年、フェイトの方を向き、ネギへそれを紹介したのだ。

 

 ネギはのどかの目線の先を見て、はて、誰だろうかと探してみた。

すると、そこには自分と背丈が変わらない少年が、物静かな様子でこちらを見ていたではないか。のどかを助けてくれた人というのは、もしやあの少年ではないかと考えた。

 

 何せ、アーチャーの実力は先ほど戦ったネギも、よく理解した。

故に、のどかを助けた人がまさか少年だとは、ネギも思ってもみなかったのである。

 

 また、ラカンはフェイトを見て、何しにここへ来たのだろうかと疑問に思ったようだった。

 

 

「おっ、おい……。アイツはまさかよぉ……」

 

「……? どうしたの状助」

 

「いっ、いや……何でもねぇ……」

 

 

 ラカン以外にも、フェイトを知る人物がいた。

状助である。状助は”原作知識を持つ転生者”だ。フェイトを知らないはずがない。そして、フェイトがこの場に現れたことに、驚き戸惑っていた。

 

 いや、実際ならばここで退くのはフェイトだった。

それがあのアーチャーだったことに、多少疑問があったのも状助だった。そこへフェイトが現れて、ヤバイかもしれない、と恐縮していたのだ。

 

 そんな状助に、何かあったのかをアスナは尋ねた。

突如として驚きながら、冷や汗をかきだした状助を変だと思ったからだ。

 

 が、状助はそこで何もないとあえて言った。

”原作”と違う状態の今、下手なことを言って混乱させる必要はないと思ったからである。

 

 

「あの、助けていただいてありがとうございました」

 

「いや、気にしてないよ」

 

 

 のどかはその少年、フェイトへと近寄り、小さく頭を下げてお礼を丁寧に述べた。

あの時、この少年が攻撃しなければ、アーチャーの握っていた変な形のナイフで刺されていただろうと思い、心から感謝した。

 

 律儀に頭を下げる少女に、フェイトは特に表情に出すことなく、礼は不要と述べた。

とりあえず見た時にピンチだったから、たまたま助けたに過ぎないと、フェイトは思っているからだ。

 

 

「それより、君がネギ・スプリングフィールドでいいのかな?」

 

「え……? あっ、はい。そうですけど……」

 

 

 それ以上に、フェイトには気になる人物がいた。それは当然ネギだ。

ネギは過去に何度も戦ったナギの息子だ。それ故、ネギに近寄り、しっかりと本人かどうかを確かめたのだ。

 

 ネギも知らない人から名を呼ばれ、何で知っているのだろうかと思いながらも、それを肯定した。

 

 

「なんでテメェがここにいるんだ?」

 

「ジャック・ラカンか。その手の説明が必要かい?」

 

 

 そこへラカンが加わり、フェイトへと声をかけた。

先ほど疑問に思ったことを、単純に本人へ直接聞いたのである。

 

 フェイトはラカンの顔を見上げ、特に何か語る必要があるかを尋ねた。

どうせバグであるラカンのことだ。自分がここにいる理由も、ある程度察しているのだろうと思っていた。

 

 

「いや、大体予想はできてるがな」

 

「だと思ったよ」

 

 

 ラカンはそれに対して、すでに予想済みだと話した。

大体そんなもんだろう、という見当はついているようだ。

フェイトもラカンの言葉に、呆れた顔でやはりかと言葉にした。

 

 

「あなたはいったい……」

 

「自己紹介が遅れたね。僕はフェイト・アーウェルンクス。とある人の命令で、ここに来たものだよ」

 

 

 ネギはラカンと親しそうにやりとりをする少年に、一体誰なんだと質問した。

あのラカンと知り合いで自分のことを知っている。されとて紅き翼の面子という様子でもない。本当に謎の存在だった。

 

 すると、フェイトはネギへと自分の名を教えた。

そして、ここへ来た理由も、同時に話したのである。

 

 

「とある人……?」

 

「色々話したいことも多いんだけど、いかんせん話が長くなる」

 

「話しとはいったい……?」

 

 

 ネギはフェイトの言ったと”とある人”というのが気になった。

一体誰の命令でここへやってきたのだろうかと、その理由は何なのか、とも思った。

 

 フェイトはそれを説明しようと少し考えたが、ここで話すには長くなるとも思った。

命令をしたアルカディアの皇帝の話を除いても、自分のことだけでも長くなると思ったからだ。

 

 と、そこでネギは”話したいこと”という言葉を聞いて、何を話してくれるんだろうかと思った。

何せ目の前のフェイトと名乗った少年は、疑問に思うことばかり言って、肝心なことをまったく言ってくれないからだ。

 

 

「とりあえず、後日話すことするとしよう。今日は今の戦いで疲れただろうしね」

 

「ええ、確かに……」

 

 

 そして、フェイトは何一つ大切なことを話すことなく、別の日に説明すると言い出した。

多少なりに肝心な部分を言っておけばよいというのに、なんとも言葉が足りない男だ。

 

 ただ、ネギもフェイトの言うとおり戦いに疲れていたので、そのとおりにすることにしたのだった。

 

 

「では、また会おう。それじゃ」

 

「え、はい。また今度……」

 

 

 フェイトはとりあえず、この場を去ることにした。

完全なる世界の連中も退散したことだし、ネギの顔を見れて満足したからである。すると、フェイトは水の転移を使い、その場から消えて行ったのだった。

 

 ネギも流れに乗るように、フェイトへ別れの挨拶を述べていた。

とは言え、一体何がしたかったのかわからないままになってしまった。

 

 

「……あの人はいったい誰なんですか……?」

 

「ああー? まあ、簡単に言えばそうだなあ……」

 

 

 ネギはフェイトが何者なのか気になり、それを知っていそうなラカンへと質問をした。

ラカンはその問いに、腕を組んでうーんと考えた後、驚くべき発言をしたのである。

 

 

「……お前の親父の敵だったヤツだ」

 

「……え!?」

 

 

 それはなんとあのフェイトと言う少年が、ネギの父親であるナギと敵対していたというものだった。

ネギはそれを聞いて、聞き間違いではないかと言うように、驚いた表情で固まっていた。

 

 

「そりゃ驚くよな! 俺だって最初は驚いたからな!」

 

「どっ、どういうことなんですか!?」

 

 

 ラカンはネギの顔を見て大きく笑いながらも、自分も同じことを聞いて驚いたと、ラカンは言葉にした。

そう、このラカンもメトゥーナトからそれを聞いた時、ギャグや冗談ではないかと思ったぐらいだったのだ。ただ、その経緯や理由を聞いて、むしろ納得したのも彼であった。

 

 

 しかし、ネギは突如結果だけを教えられ、さらに混乱した様子を見せていた。

自分の父親の敵が、突然味方面で出てくれば驚かないはずがないだろう。

 

 

「単純な話だ。裏切り者になった」

 

「裏切り者……!?」

 

「おうよ。自分の組織を裏切って、別の組織についたってワケだ」

 

 

 ラカンはそんなネギへと、一言だけで説明した。

あのフェイトなる人物は裏切りを行い、こちらの方についたと。

 

 だが、やはりネギはいきなり裏切り者になったと言われても、訳がわからないだけだ。

裏切ったから仲間になったのはわかるが、その経緯がまったくわからないからだ。

 

 

「一体何がどうして……」

 

「まあなんだ。そのあたりも含めて、後で色々と教えてやるよ。特別サービスってヤツだ」

 

 

 ネギはチンプンカンプンと言う顔で、ラカンを見ていた。

敵だったのが裏切って、味方に。いったい何者なんだ。そればかりが疑問として浮かんでくる状態だった。

 

 ラカンはそこも含めて、後で全部話すと述べた。

過去のことからその部分まで、ある程度だが教えてやろうと思ったのだ。

 

 

「……うーむ、もしかして”原作”と随分ずれているってのか……?」

 

「何独り言喋ってるの……」

 

「いっ、いやー、何事もなくてよかったっスねーって思ってよぉー!」

 

「ふーん……」

 

 

 それを聞いていた状助は、腕を組みながら悩んだ様子を見せていた。

あのフェイトが敵ではなくなっていることには驚いたが、それはつまり”原作”とは違う道をたどったということなんだろうかと思ったのだ。

 

 と、そこでブツブツと独り言を口に出す状助へ、アスナは声をかけた。

独り言をもらしながらしかめ面をする状助を見て、何か悩んでいるのだろうかと思ったのだ。

 

 すると、状助はハッとした顔を見せ、パッと驚いた顔で特になんでもないとだけ述べた。

いやはや、今のが口に出てきたなんて恥ずかしい、そんな様子であった。

 

 アスナはそう言う状助を、じとっと睨んだ。

何か考えているのはバレバレで、それを隠そうとしている姿が怪しいと思ったからである。

 

 

 そこへ一人の少女が、急いだ様子で駆けつけてきた。

 

 

「おい! アスナ! 無事か!」

 

「ん? 焔ちゃん?」

 

 

 その少女は焔だった。焔はアスナへと大きな声をかけ、その近くへと駆け寄って行った。

アスナはその声の方を向いて、向かってくる少女の名を口に出していた。

 

 

「大丈夫よ。ほらこのとおり!」

 

「それはよかった……」

 

 

 そして、焔が近くへ来たのを見たアスナは、今の掛け声の返答をポーズをきめながら言葉にした。

焔はそう言うアスナを見て、ほっと安心したようだった。

 

 

「まったく。騒がしいと思って街へ向かって行ったと言うのに、ここへ戻ってくる羽目になったではないか……」

 

「もしかして心配で駆けつけてくれたの?」

 

「むっ、そうだが……」

 

 

 安心した焔は、今度は少しふて腐れた顔をしながら、小さな愚痴をはいた。

街で騒動があってそちらへ向かったというのに、気が付けばスタート地点に戻っていた。無駄に遠回りをしてしまったと、やれやれという様子を見せたのだ。

 

 そう言う焔にアスナはふと、思ったことを口にした。

もしや、自分たちのことを心配し、ここまで追ってきてくれたのだろうかと。

 

 焔はそれに対して、素直にYESと言った。

心配だったからこそ、ここまで追ってきたのは間違いないからだ。

 

 

「ありがとう」

 

「別に……」

 

 

 アスナはそれを聞いて、ニコリと微笑んでお礼を言った。

それを見た焔は、照れ隠しをするようにそっぽを向きながら、ほんのりと顔を赤くしながら小さな声で一言そう言った。

 

 

「そういえば数多さんは?」

 

「兄さんなら道中で敵と交戦に入った」

 

「大丈夫かしら……」

 

 

 また、アスナはふと、焔の義兄である数多の姿が見えないことに気が付いた。

それを焔に尋ねれば、敵が現れて戦闘をはじめたと答えが返ってきた。

アスナはそこで、戦いとなった数多を、多少心配する様子を見せた。

 

 

「それなら先ほど連絡があって、無事だと聞いた」

 

「それはよかった」

 

 

 焔はアスナの心配を消すように、義兄の無事を教えた。

敵が退いた後、数多は焔へと無事を念話で伝えたのである。

それを聞いたアスナは、一安心と言う顔を見せながら、よかったと一言述べた。

 

 

「ふむ、無事なようだな」

 

「この声、エヴァちゃん!」

 

 

 そこへさらに別の少女の声が、突然聞こえてきた。

その声を聞いてソチラをアスナが見れば、またしても少女が立っていた。

 

 アスナはその少女の名を、嬉しそうな声で呼んだ。

その少女こそ、あのエヴァンジェリンであった。

 

 

「……元気そうで何よりだ」

 

「……? どうしたの? 何か元気がないようだけど……」

 

「……なんでもないさ」

 

 

 エヴァンジェリンはアスナの顔を見て、無事だったことを理解した。

そして、安心した様子でその言葉をかけたのである。

 

 が、アスナはエヴァンジェリンに、何か影が差している感じを受けていた。

普段ならばちゃん付けで呼んだ後、何かリアクションがあってもおかしくはないからだ。なので、そのことをエヴァンジェリンに尋ねた。

 

 エヴァンジェリンはそれに対して、表情を変えずに何事もないと述べた。

しかし、エヴァンジェリンは心の中で、アスナの敏感さに多少驚きを感じていた。

 

 と言うのも、エヴァンジェリンは自分の兄が自分と同じ吸血鬼となり、生きていたことにショックを受けていた。

しかも、それが敵対する組織に入っていたのだから、その衝撃は計り知れない。そのショックが未だに抜けきれずに、心の奥底では色々と悩んでいたのである。

 

 とは言え、エヴァンジェリンはそれを悟られないよう、顔にはまったく出していなかった。

それでもアスナはそれを察した。そのことに、エヴァンジェリンは少なからず驚いたのである。

 

 

「おお? エヴァンジェリンじゃねぇか。久々だな!」

 

「……相変わらず暑苦しい筋肉の塊だな貴様は」

 

「そういうなって!」

 

 

 そんなところへラカンが現れ、エヴァンジェリンへと声をかけた。

エヴァンジェリンはラカンの登場を見て、露骨に嫌な顔を見せていた。

 

 ラカンは嫌そうにするエヴァンジェリンに、大きく笑っていた。

いやはや、普段どおり辛辣な態度で安心した、そんな様子であった。

 

 

「さて、私からも色々話すことがある。いいか?」

 

「ええ、話して」

 

 

 とまあ、久々の再会で色々話したいことはあるが、まずは話さなければならないことがある。

エヴァンジェリンはそう考え、とりあえずゲートの事件後の自分たちの経緯を話すことにした。

 

 アスナもエヴァンジェリンがシリアスモードになったのを見て、少し気持ちを引き締めた。

そして、エヴァンジェリンは自分と夕映がアリアドネーに飛ばされたところから話し出したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方その頃、警備兵の仕事として、新オスティアへ出向いた夕映ご一行は、目的の場所へと到着していた。

 

 

「確かこの当たりでしたね……」

 

 

 しかし、そこであたりを見回しても、特に争いがある様子はなかった。

はて、争いはどこだろうか。もう収まってしまったのだろうか、そう考えながら、注意深く街を観察する夕映だった。

 

 

「あっ、あれはエヴァンジェリンさん! そして……あれは……」

 

「ユエ! どこへ行くの!?」

 

 

 だが、そこで夕映が目にしたのは、エヴァンジェリンだった。

また、それ以外にも、ゲートの事件ではぐれて仲間たちもいたのである。故に、彼女はそこへ一直線に降りていったのだった。

 

 夕映の後ろにいたコレットは、夕映が突然進路変更したのを見て、そちらへ慌てて付いていった。

 

 

「あれ、誰か降りてくるよ?」

 

「噂をすれば何とやらだ」

 

「え? じゃあまさか……」

 

 

 その下りてくる夕映に気が付いたのは、アスナと同じくエヴァンジェリンの話を聞いていたのどかだった。

エヴァンジェリンは既に話を終えており、のどかの視線の先に映る人影を見て、そう一言言葉にした。

 

 それを聞いたのどかは、もしや下りてくる武装した人が、自分の友人なのかと思った。

いや、エヴァンジェリンがそう言うのであれば、それ以外考えられないと確信していた。

 

 

「のどか……!? のどかなのですか!?」

 

「もしかして、ゆえ!?」

 

 

 夕映は空からようやくはっきりと、友人の姿を捉えることができた。

なので、そこでそれが本人かどうかを確かめるように、その友人の名を何度も呼んだのだ。

 

 それを聞いたのどかは、ヘルムの下から聞こえる声が、夕映のものだとしっかりと認識できた。

だからだろうか、”もしかして”と言ったものの、”ああ、やっぱりだ”と言う気持ちの方が強かった。

 

 

「のどか!」

 

「ゆえー!」

 

 

 そして、夕映はその場に降り立つと、かぶっていたヘルムを脱ぎ捨て、のどかの名を呼びながらそちらへと駆け寄った。

のどかも駆け寄る夕映へと近寄り、抱きついたのだ。

 

 二人はヒシッと抱き合った後、懐かしさを感じながらマジマジと顔を見つめあった。

ようやく会えた、無事でよかった、それを伝えるかのように、二人は微笑みながら再会を喜んだのだった。

 

 誰もがその二人の光景に、ほんの少し感動をしていた。

再会できてよかった、何事もなさそうでよかった、そう言う様子だった。

 

 特に木乃香は周りよりも強く感激しながら、小さな涙を見せてその二人を眺めていた。

木乃香は同じ図書館探検部の彼女たちと、中学に入って以来の仲だからである。

 

 

「これはどんな状況……?」

 

「貴様たちも来たか」

 

 

 そこへ遅れてやってきたコレットたちが、ポカンとした顔でその様子を眺めていた。

エヴァンジェリンは彼女たちを見て、ようやく来たかと言う様子で話しかけた。

 

 

「えっ、エヴァンジェリン様!?」

 

「プッ! ……様って……! クッ……フフ……!」

 

「貴様! 何がおかしい!?」

 

「フフ……、なんでもない……!」

 

 

 コレットと同じく下りてきたエミリィは、エヴァンジェリンを見て驚き戸惑った。

アリアドネーを出る前に一度だけ見たエヴァンジェリンが、再び近くで見られることに少し興奮したのである。

 

 アスナはエヴァンジェリンが様をつけて呼ばれたことを聞いて、面白かったのか小さく噴出していた。

普段からアスナはエヴァンジェリンをちゃん付けで呼んでいるためか、ギャップを感じて面白いと思ったようだ。

 

 エヴァンジェリンはそんなアスナに、いったいどこに笑いのツボがあったのかわからなかった。

ただ、少し馬鹿にされたと思ったので、アスナに文句を言うように、大きな声でつっこみをいれたのだ。

 

 そうやってプリプリと怒るエヴァンジェリンに、アスナは必死に笑いをこらえながら、なんでもないと言葉にした。

ただ、アスナは今のエヴァンジェリンの態度を見て、普段どおりに戻ったと内心ほっとしていた。先ほどはこのような反応を見せなかったので、多少なりに心配していたのだ。

 

 

「ふん……まあいい……。ヤツの事情をアイツらにも話してやるとするか」

 

 

 とまあ、そんなことよりもやるべきことがあると、エヴァンジェリンは鼻を鳴らして落ち着きを取り戻した。

それはと言うと、目の前で未だ混乱している警備兵の彼女たちに、エヴァンジェリンはここに来て経緯を説明しようと思ったのである。これ以上混乱させておくのはよくないし、勘違いで面倒ごとになったら厄介だからだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 エヴァンジェリンの説明を聞いた彼女たちは、沈痛な表情でそれを聞き終えていた。ゲートでの事故、今回の街での騒動、バラバラになった仲間、そして再会。それは彼女たちにとっても、衝撃的なことであった。

 

 

「そんなことがあったんですか……」

 

「初耳です……」

 

「あえて黙っているように言っておいたからな」

 

 

 エミリィは今のエヴァンジェリンの説明を聞いて、その事件がどれほどのものなのかを察して心を痛めた様子を見せていた。。

また、なんと爆発に巻き込まれ、仲間たちとはぐれてしまうなど。自分がそんな状況だったらば、どんなことになっていたのかと、静かに考えていた。

 

 コレットも、ここで初めてそれを聞いたと言葉にした。

夕映をコンビを組んで頑張ってきた彼女だったが、それを知ったのは今が初めてだったからだ。

 

 ただ、それはエヴァンジェリンが夕映に口止めしておいたからだ。

そのことを誤解のないよう、コレットへと話したのである。

 

 

「ということはつまり……」

 

「彼らは賞金首!?」

 

 

 そこで冷静に考えた彼女たちは、夕映たちが賞金がかかった犯罪者であることを思い出した。

そう、ネギご一行は何者かの手で、賞金がかけられていた。

 

 

「だけど、エヴァンジェリン様の話を信じるなら、完全に冤罪ですよね……?」

 

「我々はどうしたらいいんでしょう……」

 

 

 だが、エヴァンジェリンの説明によれば、むしろ被害者。

犯罪者とは逆で賞金をかけられるなど、間違いと言うレベルだった。

コレットはそれを言葉にし、エミリィもこのことをどう報告すればいいか迷っていた。

 

 

「ああ、そういうことなら安心しろ。すでにセラスには話が通っている」

 

「総長と!?」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンは既にそのことを、アリアドネーの総長であるセラスに話していた。

なので、何も心配することはないと、彼女たちへ語りかけたのだ。

 

 エミリィはそれに対して、再び驚いた顔を見せていた。

とは言え、そう言った話が上のほうで既に行われているのは、当然のことでもあると思い返していた。

 

 

「だからこのまま一旦帰るんだ」

 

「は、はい……。ですが……」

 

 

 故に、今は特に気にせず帰れと、彼女たちへエヴァンジェリンは告げた。

 

 エミリィも納得した様子であったが、一つ気がかりがあった。それはこの現状で何もせず帰るということだった。

今の戦いのことも、どう報告していいかわからなかったのだ。

 

 

「騒動は鎮圧したことにしておけ。私からも連絡しておく」

 

「わかりました、ありがとうございます」

 

 

 エヴァンジェリンは子犬のように困った顔をするエミリィを見て、向こうにある程度説明しておくと言葉にした。

それを聞いたエミリィは申しわけなさそうにしながら頭を下げ、お礼の言葉を述べたのだ。

 

 

「おい、綾瀬夕映。貴様も一度戻れ」

 

「え? ……わかったです」

 

「ふふ、物分りがいいのは助かるな」

 

 

 そこでエヴァンジェリンは、夕映にも帰るよう命令した。

夕映はそれを少し考えた後、素直に従ったのである。

エヴァンジェリンは素直に従った夕映を見て、小さく笑いながらそれを述べていた。

 

 

「なんでゆえまで?」

 

「先ほど話したとおり、綾瀬夕映も今はアリアドネーの警備兵の一人だ。帰らない訳にはいかん」

 

「だけどそれじゃ……」

 

 

 のどかはそれに対して、疑問を投げかけた。

せっかく再会したというのに、何故再び別行動をしなければならないのだろうかと。

 

 エヴァンジェリンは不満そうにするのどかへ、再度説明することにした。

と言うのも、夕映は現在アリアドネーの警備兵に属している。であれば、その職務を全うすることが先決だ。

 

 ただ、やはりのどかの不満は解消されなかった。

もとより合流こそが最優先の目標だった。それなのにまたバラバラになるというのは、少し抵抗があったのだ。

 

 

「いいのですよ、のどか。とりあえずみんなの無事を確認できただけでも、十分ですから」

 

「ゆえ……」

 

 

 そこへ夕映がのどかへと、気にしていないと言葉にした。

ここにいる全員の無事を確認できたし、それだけで自分は満足だと思ったからだ。

 

 のどかはそんな夕映を見て、少しだけ自分が恥ずかしいと思った。

どんな事情があれど警備兵になったのならば、それを全うしなければならないのは当然だ。だと言うのに、それがわかっていながら我侭を言ってしまった。そのことをのどかは恥じていた。

 

 

「なら、ハルナやここにいない人たちにも、私は元気だと伝えておいて欲しいです」

 

「うん、わかったよ」

 

 

 そして、夕映はそんなのどかへ、今この場にいない人たちにも、自分の無事を教えて欲しいと、健気な笑顔で言ったのだ。

のどかもそれに対してしっかりうなずき、必ず言うと約束した。

 

 

「では、我々は帰艦いたします」

 

「ご苦労だった」

 

 

 夕映とのどかの別れの言葉が終わったのを見て、エミリィは帰艦をエヴァンジェリンへ告げた。

エヴァンジェリンはそんな彼女たちへと、労いの言葉を述べていた。

 

 その後、エヴァンジェリンへと各自敬礼したのち、武装である槍を箒代わりに、少女たちは空へと飛び上がった。

 

 

「またです!」

 

「またね!!」

 

 

 夕映も仲間と同じように槍にまたがり、最後にのどかへ別れを告げると、手を振りながら上昇していった。

のどかも夕映へ手を振りながら、笑ってお別れをしたのである。

 

 そして、彼女たちはそのまま空を飛びながら、艦へと戻っていったのだった。

 

 

「そういえば、兄さんも来たんですよね? 今はどこに?」

 

「ぼーやならあそこだ」

 

「あっ、本当だ」

 

 

 しかし、そこでネギがふと思い出した。それは兄であるカギのことだ。

エヴァンジェリンの先ほどの説明では、カギも夕映やエヴァンジェリンの近くにいると聞いていた。ならば、どうして姿を見せないのだろうかと、疑問に思ったのである。

 

 いや、そんなはずがなかった。カギはすでに、すぐそこまでやってきていた。

エヴァンジェリンがその方向を指差すと、空の上で杖にまたがりこちらを眺めているカギがいたのだ。

 

 アスナもそれを見て、本当にこっちに来ていたのかと思った。

何せカギはネギたちとゲートに入るはずだったのが、寝坊して来られなかったからだ。

 

 

「あら、こっちに気がついて手を振ったけど、どっか行っちゃった」

 

「ぼーやには綾瀬夕映の防衛を任せてある。何かあるかわからないからな」

 

「今、夕映さんが戻ったから、一緒に戻ったんですね?」

 

「そういうことだ」

 

 

 カギはネギたちと目が合ったのを見て、手を振って自分の存在をアピールした。

だが、その後すぐに、その場から飛び去ってしまったのである。

 

 

「それでも近くに来て少し顔ぐらい見せればよいのに……」

 

「寝坊したから恥ずかしいのかもしれません」

 

「そうかしらねぇ……」

 

 

 アスナはそんなカギに、近くに来ないのかと思った。

どんな方法でこちらに来たかわからないが、とにかく合流できたのだから、顔を見せるのではないのかと思ったのだ。

 

 そのアスナの言葉に、ネギは意見を述べた。

カギとて寝坊したがために共にこちらにこれなかった。それを気にして恥じているのではないか、とネギは思ったのである。

 

 が、あのカギがそんなことで顔を見せないはずがない。

アスナはそう考えて悩む仕草を見せながら、どうだろうかと口に出していた。

 

 

「でも、夕映さんがアリアドネーの警備兵だなんて、驚きです」

 

「そうですね……。ゆえ、見ないうちに逞しくなってましたね」

 

 

 カギのことも確認できたネギは、別のことを考えた。

それは夕映がアリアドネーの警備兵になっているということだ。

 

 アリアドネーの警備兵は一国の正規騎士団と同等の集団だ。

そのような部隊に配属されるほど、夕映が魔法使いとして腕を上げたということを、ネギは驚いていたのだ。

 

 のどかも夕映が兵隊になっているとは思っていなかった。

一緒に魔法を習った仲である夕映が、見ないうちにすさまじい成長を遂げていた。のどかは別に夕映と魔法の実力を競っている訳ではないが、その差を考えてほんの少し羨ましいと思っていた。

 

 

「何を言ってる。貴様らも随分逞しくなったじゃないか」

 

「そうですか?」

 

「そうだ」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンはそこで、成長したのは夕映だけではないと言葉にした。

そう、ネギは当然であるが、のどかもしっかり成長していた。そのことを、彼女たちへと指摘したのである。

 

 ただ、のどかは自分の成長と言うものを、あまり理解していない。

ちょっと冒険して度胸が付いたという程度で、それ以外はあまり変わっていないと思っていたのだ。故に、それをキョトンとした顔で、エヴァンジェリンへと尋ねていた。

 

 それに対してエヴァンジェリンは、一言肯定する言葉を述べた。

魔法の技術でならば、確かに夕映の方が一歩先に行っているだろう。だが、度胸や精神面だけならば、のどかも夕映と引けを取らないと思い、先ほどの発言をしたのである。

 

 

「まあ、とりあえず今後のことについて考えていこう」

 

「ですね」

 

 

 そして、まずは今後のことを相談しようと、エヴァンジェリンは提案した。

 

 ”完全なる世界”の残党どもは、まだ何かを起こすことは間違いないだろう。

こちらも狙われるのは間違いないだろうと、エヴァンジェリンは考えていた。だから、その対応も含めて、色々話し合う必要があるということだった。

 

 ネギもこのままでは何かよからぬことがありそうだと思った。

ゲートからの因縁は、まだまだ終わりそうに無い。むしろ、彼らとはまた戦うことになるだろうと、良からぬ予感を感じていた。なので、エヴァンジェリンの言葉に、ネギも素直に答えたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちが今後のことについて会談し、すでに解散したその後。一人の男が少女をお縄にしてやってきた。それはアルスと、その彼に捕まった青いローブの少女であった。

 

 

「あら、誰もいねぇ。出遅れたか?」

 

「アンタもしかしてアホ?」

 

「いやー、かもしれねぇや、ははは」

 

「笑い事?」

 

 

 もはやガランとして誰もいない、闘技場の屋上。

それを見たアルスは、遅れてしまったかと少し途方にくれていた。アルスも”原作知識を持つ転生者”なので、ここにネギたちが集まっているだろうと予測をつけてやってきたのだ。

 

 しかし、もうネギたちの姿はなく、すでに解散してしまったようだ。

それを青いローブの少女が馬鹿にしたように言えば、アルスもただただ笑うしかないと、笑うだけであった。

が、そんな笑っているアルスを見て、いや笑い事ではないだろうと、敵ながら思う少女だった。

 

 

「いや、まだいるぞ」

 

「おー、これはエヴァンジェリン殿! お久しぶりです」

 

「そうなるな」

 

 

 だが、未だここを離れずにいるものがいた。

それはエヴァンジェリンだ。エヴァンジェリンはネギたちが解散した後も、ここに残って考え事をしていたのだ。その考え事とは、やはり実の兄であるディオが、吸血鬼となって目の前に現れたことだった。

 

 アレは本当に兄なのだろうか、兄を討つべきなのだろうか。もしも本当に兄ならば、自分はどうすればいいのだろうか、そんなことをずっと頭の中でグルグルと渦巻くように思考しながら、悩んでいたのである。

 

 アルスはエヴァンジェリンから声をかけられ、助かったと思った。

ここに誰もいなかったら、確保した少女をどうするか相談できなかったからだ。

 

 そんなことを考えながら、アルスはエヴァンジェリンへと丁寧に挨拶した。

エヴァンジェリンも普段と変わらぬ様子で、アルスの挨拶に応えていた。

 

 

「どうしたんです? こんなところで一人で」

 

「少し考え事をな……」

 

 

 とは言え、エヴァンジェリンがここに一人残っているというのも奇妙な話だ。

自分を待っていた、と言う様子でもなさそうだったので、アルスはエヴァンジェリンに、そのことを尋ねたのだ。

 

 エヴァンジェリンはそれに対して、物静かな様子でそう述べた。

ただ、悩んでいるという感じは見せずに、あえて今後のことについて考えていたという様子を見せていた。

 

 

「で、ソイツは何だ?」

 

「やつらの仲間です。捕獲しました」

 

「はっ。捕獲されてあげてんのよ」

 

「そういうことにしておいてやるよ」

 

 

 そこでエヴァンジェリンは、アルスが魔法で縛った少女を連れていることに気が付いた。

そして、そのことをアルスに聞けば、なんと敵を捕まえたと言うではないか。

 

 ただ、捕まった少女は、それを不服な様子で強がりを言っていた。

アルスはそんな少女に苦笑しながら、彼女の意見を皮肉まじりに汲んであげたのだった。

 

 

「そうか、よくやった。それでソイツの処遇はどうするんだ?」

 

「魔法具で契約して俺らに攻撃できんようにしようと思ってたところです」

 

「名案だな。なら、これを使え」

 

「おっ、流石です」

 

 

 するとエヴァンジェリンは、アルスのその行動を素直に褒め称えた。

また、その捕まえた少女をどうするかについて、アルスへ聞いたのだ。

 

 アルスはとりあえず、魔法具での強制契約を使い、自分たちに攻撃ができないようにしようと考えていた。

エヴァンジェリンもそれが妥当かと言う様子で、それに必要な鳥の翼に天秤がついた形の魔法具をアルスへと手渡した。

 

 アルスはそれを受け取り、こんなものがスッと出てくるあたり、流石エヴァンジェリンだと思った。

と言うのも、この魔法具”鵬法璽”は封印級と言うほどの、すさまじい効果のものだからだ。ただ、その絶大な効果と比例して、一般人が扱えないほどの魔力も有しているのだが。

 

 

「んじゃ、契約すっかね」

 

「はぁ、好きにしなさい」

 

「了解っと」

 

 

 アルスはそれを受け取ると、不機嫌そうな顔の少女へと振り返り契約執行の準備に入った。

青いローブの少女も完全に観念したのか、勝手にしろと言う態度しか見せなかった。

 

 

「言っとくけど契約したところで、アーチャーの破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)で破棄できるってことをお忘れなく」

 

「あー、そんなもんあったんだっけなぁ」

 

 

 だが、少女はそこでアルスの作戦の欠点を、諦めた様子で言葉にした。

そう、少女の仲間には転生者アーチャーがいる。アーチャーは破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を投影できる。つまり、どんな魔法で拘束したとしても、その短剣一本刺されれば、たちまち自由になるということだ。

 

 アルスもそこは失念していたと思い、いっけねぇと言う態度で頭をポリポリかいた。

それではこの魔法具を使って開放したとしても、アーチャーへ接近されれば意味がないと考えたのだ。

 

 

「契約の破棄? 何かの魔法具か?」

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)ってのはですね……」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンはそれを言われても、どんなものかがわからなかった。

それでも会話の内容で、契約を破棄させる効果のある何か、というのだけはわかったようだ。

 

 そこでアルスがエヴァンジェリンへと、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)について説明を行った。

 

 

「なるほど、確かに面倒だな」

 

「そうなると、どうするかな」

 

 

 アルスの説明を聞いたエヴァンジェリンも、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)の能力を厄介だと評価した。

そして、それがある限り、目の前の少女を魔法具で何度契約しても、それを破棄されるということも理解した。

 

 故に、アルスはここに来て、再び少女の処遇をどうするか考えた。

魔法具を使っても意味が無いなら、このまま縄で縛っておくぐらいしかできないと思ったのだ。

 

 

「記憶を消してしまうか」

 

「確かにそれが一番でしょうね」

 

「は? ちょっと冗談じゃないわ!」

 

 

 すると、エヴァンジェリンが、意味ありげにニヤリと笑いながら、アルスをちらりと見て一つの提案をした。

 

 それはやはり、記憶の消去であった。記憶を消してしまえば、何をしたか、何をしたいか、何をしようと思ったかなど忘れてしまう。

そうなれば、自分たちを攻撃することもなく、アーチャーのところへ戻ることもないだろう。むしろ、こちらの有利なことを吹き込んで、遠くに逃がしてしまえばいいのだ。

 

 アルスも記憶の消去には多少の抵抗がある。

ただ、アルスは今のエヴァンジェリンの表情を見て、何か考えに裏があると考えた。なので、あえてその記憶の消去に賛同し、それしかないと言い出したのだ。

 

 それを聞いた青いローブの少女は、突如として慌てだした。

当然である。記憶が消されるなんてことは、普通に考えても拒絶したいことだからだ。冗談なら冗談と言えと、少女は大声で叫びだしたのである。

 

 

「冗談ではないぞ? 手っ取り早く無効化する手段としては最適だからな」

 

「いやよ! 記憶消去とか洒落にならないわ!」

 

「そうは言うがな。貴様と契約してもそれでは野放しにできないしな」

 

 

 少女の焦りに彩られた叫びに、エヴァンジェリンは淡々とした態度で冗談ではないと言い放った。

アーチャーとやらが契約を無効にしてしまうのなら、最適な方法が記憶を消すということだからだ。

 

 しかし、少女はそれだけは嫌だと声を張り上げる。

特に何かいいことがあった訳でもないが、やはり忘れるということは嫌なのだ。

 

 だが、それでもエヴァンジェリンは冷酷に、その事実を告げる。

契約が無意味になるならば、逃がす訳にもいかない。されど、このまま放置する訳にもいかないからだ。

 

 

「それに、今好きにしろと言ったのは貴様の方だぞ?」

 

「くっ……!」

 

 

 さらに、先ほど少女は、好きにしろとはっきり言った。

それをエヴァンジェリンがここで採り上げ、嘘だったのかと言う態度で少女を睨んだ。

 

 少女はそのことを言われ、ぐぐぐ……と悔しそうな様子でしり込みをしていた。

確かにそれを言ったのは自分だが、そういった意図で言った訳ではないとも思ったからだ。

 

 

「……まあ、それが嫌だと言うなら別の手があるが」

 

「っ! そっ、そっちでお願い!」

 

「ふふふ、そうかそうか」

 

 

 もはや、蛇に睨まれたカエルのような少女へと、エヴァンジェリンは別の提案があると言い出した。

いや、むしろこちらこそが本命であり、記憶を消すと言うのはブラフであった。

 

 それに気がつかず、少女はその提案の方がいいと慌てながら言い出した。

だが、ここで少女は致命的なことを忘れていた。その新たな提案がどんなものか、まったく聞かずにそれでいいと言ってしまったのだ。

 

 エヴァンジェリンはそれを聞いて、悪役みたいな笑みを見せた。

まさにたくらみが成功し、今にも大きく笑い出しそうな様子であった。

 

 

「なっ、何よ……、その薄気味悪い笑いは……」

 

「いや、なんでもない。では、そっちを行うとするか」

 

 

 エヴァンジェリンのその笑う顔を見て、少女は悪寒を感じたようだ。

もしかして、いや、もしかしなくても、何か大きな地雷でも踏んでしまったのだろうかと。

 

 すると、エヴァンジェリンは再び冷静な態度を見せ、ならば記憶を消すのをやめ、今考えたプランに変更すると述べた。

 

 

「と言う訳で場所を移すぞ」

 

「あいよっと」

 

「は? またどこへ連れて行く気!?」

 

 

 そこで、それを行うならば移動が必要だと考えたエヴァンジェリンは、場所を移すと指示を出した。

アルスもそれに軽い感じで返事をし、少女を引っ張り出したのだ。

 

 少女は突然の移動に戸惑い、何をどうするのだろうかと少し不安を感じ始めていた。

 

 

「誰も邪魔が入らない場所だよ。誰もな」

 

「そういうこった。んじゃ、行こうぜ」

 

「怖!? 何それ怖!?」

 

 

 エヴァンジェリンは少女の疑問に、再びニヤリと笑いながら、邪魔がいないところだと言い出した。

アルスもそこで同じように笑いながら、さっさと移動しようぜと少女へ言った。

 

 少女は二人に対し、何かおぞましい何かを感じたようで、怯える様子を見せ始めた。

 

 

「なんか素が出てきたな。本当はそんな感じなのか?」

 

「普段も素よ!」

 

 

 アルスはそんな態度の少女に、これが普段の姿なのかと言葉にした。

自分と戦っている時は演技で、今目の前の表情こそが本来の姿なのかと。

 

 が、別に少女は演技をしていた訳ではないらしい。

あの時も今も、基本的に素のままだと、大きな声で答えたのだ。

 

 

「おい、早くしろ。転移して行くぞ」

 

「おっと、すいません」

 

「ちょ!? 待って!? 待って!? ああ!!」

 

 

 そんな二人にエヴァンジェリンは、遅いとばかりに催促した。

とは言え、移動するのに足は使わない。何せ影の転移魔法(ゲート)が使えるエヴァンジェリンは、それで瞬時に移動ができるからだ。

 

 そして、アルスはエヴァンジェリンへとペコリと頭を下げ謝りながら、少し申しわけなさそうにエヴァンジェリンの手を掴んだ。

それを見たエヴァンジェリンは、アルスとともに影に沈みだしたのである。

 

 アルスに捕まっている青いローブの少女も、当然影に吸い込まれ始めた。

ただ、いきなりのことで困惑したのか、影に飲み込まれながら悲鳴を上げるだけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 エヴァンジェリンたちは目的の場所に移動し、その行為をすでに終えていた。そして、アルスとエヴァンジェリンは、その少女を囲みながらニヤニヤと笑っていたのだ。

 

 

「いい眺めだぜー、クックックッ!」

 

「なかなかいいな」

 

「くっ……!」

 

 

 アルスは少女をニタニタと笑いながら、マジマジと眺めていた。

いやはや、中々どうして可愛いものだ。先ほどの苛烈な戦いをしていたものとは思えないと、愉快な様子で笑っていた。

 

 エヴァンジェリンも少女の姿を見て、好意的な意見を述べていた。

いや、むしろ()()を用意したのはエヴァンジェリン本人。素材が悪くなければ、良いものになるのは当然だと腕を組んで思っていた。

 

 笑いものにされている少女はと言うと、顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら、悔しそうな顔を見せていた。

 

 

 それはどうしてかと言えば、少女の格好にあった。

フリフリで丈の短いスカート、フリフリのエプロン、短い袖の黒い服。明らかにフレンチメイド服と呼ばれる、露出が多い服装だったのだ。

 

 何故そんな格好に少女がされているかと言うと、単にエヴァンジェリンの趣味である。

また、少女は普段しないようなヒラヒラフリフリの服装をしないので、着慣れない服に戸惑い恥ずかしがっていたのだ。

 

 しかし、彼女の選んだ特典の原典、”メルトリリス”の格好を考えれば、優しいものであるだろう。

とは言え、少女も()()()()は普通に考えればとても恥ずかしいものなので、当然そんな格好はしていなかったのだが。

 

 

「なっ、なんで私がこんな……!」

 

「まあいいじゃないか。似合ってるぞ」

 

「うう……」

 

 

 少女は恥ずかしくて我慢ならないという様子で、短いスカートを抑えて必死に恥辱に耐えていた。

そんな少女にエヴァンジェリンは、素直な気持ちで似合っていると褒めるばかりだった。

 

 そう言われた少女は恥ずかしいという気持ちと、こんな服が似合っていると言われたことの喜びの二つの感情で、少し戸惑った様子だった。

 

 

「しかし、まさかそいつを従者にしようなんて」

 

「仮契約というのはやったことがなかったんでな。一度ぐらいやってみたかったのさ」

 

 

 アルスはそこでエヴァンジェリンに、その少女を従者にしたことについて尋ねた。

なんと、エヴァンジェリンは大胆にも、敵であった少女と仮契約を結んだのである。

 

 と言うのも、エヴァンジェリンは仮契約を一度も行ったことが無かった。

ドール契約と言う人形に使う契約は行ったものの、仮契約は未だ経験が無かったのだ。

 

 なので、これはいい機会だとばかりに、少女を仮契約の実験台にしたのである。

ただ、それ以外にも色々と思惑がある様子だった。

 

 

「それに、茶々丸はロボで何かあったら私でも直せんからな。今後極力戦闘は避けさせたい」

 

「優しいですねぇー」

 

 

 その思惑の一つは茶々丸のことだった。

エヴァンジェリンの従者である茶々丸はロボットである。ロボットに治癒の魔法は通用しないので、修復できない。また、エヴァンジェリン自身もロボットの知識などないので、人形のチャチャゼロのように修理もできないのだ。

 

 それ故、戦闘用としてある程度戦える茶々丸にも、今後の戦いにおいては戦闘を避けさせたいと考えていた。

何せ敵は強力な火力を持つ相手ばかりだ。何かあったら困ると、エヴァンジェリンは考えていた。

 

 そこでそこの少女を従者にして、戦わせようと考えた。

少女ならば治癒の魔法も通じるし、”転生者”なので”対転生者”も可能だとも考えたのだ。

 

 その説明を聞き終えたアルスは、エヴァンジェリンへ一言そう言った。

なるほど、自分の従者の為でもあるのか。確かに、相手は”転生者”ばかりだ。何があるかわからない。

事前に対策しておく必要があると、アルスも腕を組んでそう思った。

 

 

「しかし、仮契約だけじゃ逃げられるんでは?」

 

「魔法具での契約を行い、特殊な魔法具である程度動きも制限できるようにもしてある」

 

「どおりでここまでつれてくる必要があった訳だ」

 

 

 とは言え、ただ仮契約をしただけでは、何の拘束にもならないのではないかと、アルスはそこを突いた。

 

 だが、当然エヴァンジェリンも、そこにもしっかりと力を注いでいた。

そう、少女が着ている服や装飾が特殊な魔法具となっており、エヴァンジェリンの意思一つで行動に制限を与えられるようになっているのだ。

 

 それだけではなく、魔法具には発信機としての機能などもあり、少女の正確な位置をすぐに知ることができるようにもなっていた。これらの魔法具と仮契約での強制召喚を使えば、少女はエヴァンジェリンから逃げることは不可能だろう。

 

 エヴァンジェリンの二つ目の思惑は、そこにあったのだ。

また、だからこそ、この場所まで来なければ用意できなかったというものだった。

 

 そして、この場所こそ、エヴァンジェリンがアリアドネーの研究室に置いておいた、ダイオラマ魔法球の中だ。

 

 この魔法球内にも魔法を研究する施設が独自に用意されており、アリアドネーの研究室よりも自分好みに研究ができる場所として、エヴァンジェリンが使用していたものだ。その中で役に立ちそうな魔法具を改良し、少女に装着させたのである。

 

 

「まあ、何かない限り、この魔法球内でメイドの真似事をさせておくつもりだがな」

 

「なっ!? どういうことよ!!」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンは少女をすぐに戦わせる気もなかった。

魔法具で拘束したとは言え、やはり先ほど聞いたアーチャーとやらの破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)が気になるからだ。

 

 アーチャーとやらの実力や能力は未だ全て解明されてはいない。どんな方法で少女に接触するかもわからない。よって、不必要に外に出すのは危険だと、エヴァンジェリンは考えたのだ。それ以外にも、隠し玉にしておこうと言う考えもあった。

 

 なので、エヴァンジェリンは少女を、この魔法球の中でメイドをやらせておこうと考えた。

この魔法球内ならば安全でもあり、何者にも侵入される心配もないからだ。

 

 しかし、少女はそれを聞いて、突如として焦りの表情で大声を上げだした。

 

 

「貴様はこの魔法球からは私の許可なしでは出れないようにもしてある」

 

「なんですって!? それじゃ、ここから出れないってこと!?」

 

「そうだ」

 

 

 そこでエヴァンジェリンは、さらに少女へ追い討ちをかけるようなことを言い出した。

それはなんと、エヴァンジェリンが許可しなければ、少女はこの魔法球から出ることができないというものだったのだ。

 

 少女はそれを聞いて驚き戸惑いながら、再び大声を張り上げていた。

つまりそれは、牢獄に幽閉されて囚われの身となってのと同じではないかと、少女は思ったからである。

 

 また、少女のその叫びに、エヴァンジェリンは一言だけでそれを肯定した。

そう、お前はここから出れない。出すことはないという、エヴァンジェリンの意思表示であった。

 

 

「だが、衣食住に不便はない。ここの中ならある程度自由にしてもかまわん」

 

「……はぁ……、まあ、捕虜としては最高の待遇だし、いいか……」

 

 

 それでも、エヴァンジェリンは少女に不便はさせないと述べた。

ここを出すことは無いが、それだけの面倒はしっかり見るとしたのである。まあ、実験的にとは言えこの少女は従者となった。従者の面倒を見るのは、主の務めでもあるからだ。

 

 少女はそこで大きくため息を吐き、とりあえずしょうがないと思ったようだ。

何せ自分は敵に捕まった捕虜のようなもの。そう考えれば、この処遇が悪いものではないと思ったのだ。

 

 

「この戦いが終わったら、完全に自由にしてやる。それまで我慢するんだな」

 

「はいはい……」

 

 

 だが、このままずっと捕らえておくという訳でもなかった。

閉じ込めておくのは”完全なる世界”との戦いが終わるまでの間だけ。それが終われば逃がしてやると、エヴァンジェリンは少女へ語った。

 

 ヤツら”完全なる世界”との戦いは続くだろう。

何せヤツらの目的が未だ達成された様子はない。ならば、何度もこちらにちょっかいをかけてくるはずだ。それと、やはり気になることが一つあるからだ。

 

 そのエヴァンジェリンの言葉に、少女は諦めたように二つ返事を並べた。

ただ、とりあえずは安全が保たれるとも考え、少し安心した様子でもあった。

 

 

「さて、私たちは行くが、貴様はここで掃除しておけ」

 

「掃除?! ここを一人で!?」

 

「そうだ。まあ、今すぐ全てを掃除しろとは言わんがな」

 

 

 そして、エヴァンジェリンは、少女へこの場所の掃除を任せ、外へ出ることにした。

この魔法球は研究施設となっている城と、外には広い平原が存在している。その研究施設の内部の掃除を、少女へ言いつけたのだ。

 

 が、その研究施設も小さい訳ではない。城であるからにはそれなりの広さがあるのだ。

そこを一人で掃除しろと言われた少女は、嘘でしょ!? という顔で驚きながら、ありえないと言う様子を見せていた。

 

 しかし、エヴァンジェリンは無情にも、それをはっきり肯定した。

とは言ったものの、エヴァンジェリンも一人でいっきに掃除するのは無理だろうと考え、指示に付け加えたのだが。

 

 

「ああ、後監視にチャチャゼロがいるから、何かすれば即座に首が飛ぶぞ」

 

「ケケケケケ」

 

「……っ!」

 

 

 また、少女が何か良からぬことを企まないように、エヴァンジェリンはもう一つ言葉を付け加えた。

それは監視役としてチャチャゼロがいるということだった。企てや反抗を行ったのなら、このチャチャゼロが命を狙うと、少女を脅すように言ったのである。

 

 それをソファーの上で聞いていたチャチャゼロは、喜びのあまり笑い声をもらしていた。

少女はケタケタと不気味に笑うチャチャゼロに、恐怖を感じて尻込みをしていた。

 

 

「まあ、契約したから何もできんだろうがな」

 

「オイ御主人、ヌカ喜ビサセルンジャネーヨ……」

 

「まるで私を切り裂きたいみたいじゃないそれ!?」

 

「切リ刻ミタイガ?」

 

 

 そんなところへエヴァンジェリンは、少女と魔法具での契約をしたので、そういったことは不可能であるとも言い出した。

装備型の魔法具での行動の制限以外にも、強制契約で自分たちに不利益をもたらさないようにしたのである。

 

 チャチャゼロはそのことで出鼻をくじかれたという様子で、かなりがっかりしていた。

このチャチャゼロ、最近戦闘に出してもらえないので、戦いに飢えていた。何かを切り刻みたくて仕方なかった。そこへようやく目の前に餌が現れたと思ったが、完全にお預けを食らったような気分にされてしまったのである。

 

 少女はチャチャゼロの嘆きを聞いて、つまり自分を切り刻みたいのではないかと思った。

それをチャチャゼロへと叫びながら言うと、当然という答えが返ってきたのである。

 

 

「ちょ!? 本当に大丈夫なんでしょうね!?」

 

「いつものことだ。気にしなくていい」

 

 

 少女はそのチャチャゼロの返答を聞いて、不安が一気にあふれ出した。

ここにいて本当に大丈夫なのだろうか。そこの殺人人形に突如攻撃されないだろうか、そんな恐怖がよぎった。

 

 ただ、エヴァンジェリンは、チャチャゼロのいつもの悪い癖が出たとしか思っていない。

なので、口だけでいきなり襲ったりはしないだろうから、心配するなと少女へ投げかけた。

 

 

「それと、後で聞きたいことがある……。その時になったら呼ぶから待っていろ」

 

「……?」

 

 

 そこへエヴァンジェリンが少女へと近寄り、少女の顔に自分の顔を近づけた。

そして、ぼそりと小さな声で、近くにいるアルスに聞こえないように、少女へと一つ命令した。

 

 それは少女に質問があるということだった。

その質問とは、やはり実兄であり完全なる世界の一員となっているディオのことだ。吸血鬼となった兄のことを、同じ仲間であった少女に尋ねたいと思ったのである。

 

 だが、少女はそのことをまったく知らないので、何が聞きたいのだろうかと疑問に思うだけだった。

 

 

「では、また後で。掃除のことならチャチャゼロに聞け」

 

「じゃーな。おとなしくしとけよ」

 

「メンドー事オシツケテンジャネーゾ!?」

 

「ちょっと!?」

 

 

 エヴァンジェリンは今の言葉を言い終えると、サッと振り返り出口へと歩き出した。

最後にチャチャゼロに色々と押し付けて。

 

 アルスも会話が終わったのを見て、エヴァンジェリンの後ろについていった。

 

 チャチャゼロは最後に仕事を投げつけられ、エヴァンジェリンへと盛大に文句を吐いていた。

 

 また、少女も完全に投げっぱなしにさせられたと思い、待ったと叫ぼうとしていた。しかし、そのままエヴァンジェリンはアルスとともに消え去り、すでにそこにはいなかったのだった。

 

 

 

「……はぁ……」

 

「マア何ダ……。トリアエズ、コノ部屋カラ掃除シロ」

 

「そうする……」

 

 

 チャチャゼロ以外誰もいなくなったこの部屋に、少女のため息の音だけがこだました。

そんな頭を下げてうなだれる少女へと、チャチャゼロは哀れに思ったのか、慰めの言葉をかけたのだ。

 

 少女も落ち込んでばかりではいられないと考え、とりあえず言い渡された仕事をこなそうと行動を始めるのだった。

 

 



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百四十三話 作戦会議

 アーチャーの新オスティア襲撃から数時間後。一度解散したネギたちは、ハルナが所有する飛行舟へと集まり、作戦会議を行っていた。

 

 

「ちょっと! あの赤い服の人とか髭のおっさんととやりあったって、本当に大丈夫だった訳!?」

 

「なんとかねー……」

 

「ゴールデンさんに助けてもらわなかったら危なかったね……」

 

 

 和美はこの舟で茶々丸やマタムネとともに待機していたので、街の様子を知らなかった。

なので、ゲートで散々大暴れしていたアーチャーや竜の騎士と戦ったのを聞いて、無事だったのか叫んでいた。

 

 ハルナはそれを聞いて、思い出したかのように一言語った。

いやはや、あの髭のおっさんのこと竜の騎士は、すさまじい殺気を放っていた。それを思い出したら、よくぞ助かったと思い返したのであった。

 

 のどかもその時のことを思い出し、ゴールデンなバーサーカーが助けに入ってくれなければ、最悪死んでいたかもしれないと考え言葉にしていた。

 

 

「俺もアーチャーにボコボコや……。さらに強ーならんとな」

 

「……今回は何とかしのいだにすぎんだろうな」

 

 

 また、小太郎も不意打ちとは言え、アーチャーに簡単に敗北したことを悔やんでいた。

これではダメだ。これ以上に強くなって、アーチャーぐらい倒せるほどになりたいと思っていた。

 

 その近くにいた法も、今回の事件はとりあえず何とかなったと言うような状況だと分析していた。

 

 

「私や楓も突然攻撃されたアルよ」

 

「うむ……」

 

「そっちも!?」

 

 

 さらに、なんと古菲や楓も、転生者の攻撃を受けたと言うのだ。

それもそのはず、”原作”では二人は本来、落下した廃都オスティアでゲートを探す任務を受けていた。

 

 しかし、ここではオスティアは落ちておらず、ゲートも探す必要がなかった。なので、二人は街を散策していたのである。そこへ”完全なる世界”に属する転生者が襲い掛かってきたのだ。

 

 それを聞いたハルナは、まさか二人も襲われていたとはと、少し驚いた様子を見せていた。

 

 

「大抵の相手はさほどでもなかったアル」

 

「しかし、最後に出てきた男……。その男が手ごわかったでござる」

 

「え!? 二人が苦戦したの!?」

 

 

 とは言え、ほとんどの相手は鍛えていない転生者だった。二人にとって、その程度の敵など相手にならなかったようだ。

 

 が、その敵を蹴散らした後、最後に出てきた男が、やけに強かったと楓は話した。

和美は楓が苦戦したと聞いて、冗談ではないかと言うほどに驚いていた。

 

 

「強敵だったアル……」

 

「猫山殿が駆けつけてくれなければ、少々危険な状況でござった」

 

「そこまで……!?」

 

 

 古菲も楓と同じように、その戦いを思い返しながら、その男の強さを語っていた。

楓も戦慄した表情で、直一が助けに入らなければこちらが負けていたと、冷静に分析していた。

 

 この二人が負けそうになる。それを聞いた和美は、その敵がどんなに強かったのだろうかと考えた。

何せ、この二人もかなり強い分類だ。そんな二人がコンビで戦っても勝てなかったという相手に、恐れを抱いた様子だった。

 

 

「直一の野郎、そっちの方に行ってたのかよ」

 

「それは成り行きだ。実際は敵情視察を走りながら行っていたのさ」

 

「そうだったのか……。して、その成果は?」

 

 

 それを少し離れたところにいたカズヤは、直一が助けに入ったのを聞いて、小さく愚痴っていた。

まさか自分たちをほっぽって、少女二人を助けに走り去っていたとはと、軽く冗談交じりに軽蔑した目で直一を見ていた。

 

 だが、直一が二人を助けたのは偶然であり、本来は敵の規模を測っていた。

それを誤解だという様子で、直一は言葉にしていた。

 

 法もなるほどと言う顔で、それに納得した様子だった。

ならば、敵の数や規模などがある程度わかったのだろうと考え、それを直一へ尋ねたのである。

 

 

「大体あの戦いで投入された戦力は60人程度だ」

 

「60人もだと!?」

 

「ああ」

 

 

 直一は法の問いに、素直に答えた。

その答えで明かされた敵の規模は、ざっと60人だったようだ。

 

 法は60人と聞いて、敵の数が多すぎると考えた。

いや、昔は10万もの数を率いていた”完全なる世界”にとって、60人はかなり少ない方ではあるのだが。

 

 

「だが、かく乱や牽制に随分数を使っていたみたいだ。戦いに出ていたのはお前たちが戦った連中ぐらいのようだ」

 

「なるほど……。俺たちに対抗できるほどの強さの相手は、そう多くはないと言う訳か……」

 

「だろうな」

 

 

 されど、60人とは言っても、それが全部強かったり戦える訳ではない。古菲と楓に蹴散らされたりもする程度の相手から、竜の騎士クラスと随分と幅があるようだ。故にか、基本的に戦闘力の少ないものは、かく乱などに回っていたようである。

 

 そして、アーチャーや竜の騎士や防護服(メタルジャケット)の男のような強力な敵だけが、本気で戦いを行った感じであった。

 

 法はそれを直一から聞いて、合点がいったという様子を見せていた。

つまるところ、自分たちのような転生者やネギたちに対抗できる強いものは、決して多くはないということに気が付いたのである。

 

 直一もそれを考えていたようで、法と同じ考えであると一言返事をしていた。

 

 

「だが、敵が一つとは限らん」

 

「それはどういうことだ……?」

 

 

 しかし、直一はそこで、別の真実を述べ始めた。

そう、敵は”完全なる世界”だけではないと言うのだ。

法はそれに対して、冷静にそれを直一へ聞き返した。

 

 

「お前が最初に戦った相手、俺の勘ではあるが、ヤツらはアーチャーとやらとは別の敵だと踏んでいる」

 

「やはりそうか……」

 

 

 直一は法が戦っていた相手、アルター使いの男と黒い甲冑の敵は、”完全なる世界”とは関係がないと考えていた。

法もそれを聞いて、自分もうすうす気が付いていたということを、小さく述べていた。

 

 

「とは言え、今すぐどうこうできる問題でもない。正体もある程度は予想つくが、確証はない」

 

「ヤツらの正体とは一体なんだ!?」

 

 

 ただ、それが別の敵だとしても、それをすぐに倒せる訳でもない。

完全なる世界のように、受身での対応をするしかなさそうだと、直一は語った。また、その別の敵の正体についても、予想がついていると述べた。

 

 直一のその言葉に、法は再びそれを尋ねた。

確証はないと言うが、予想が出来ているならば教えて欲しいと。

 

 

「ナッシュ・ハーネス……。まほら武道会で、坂越上人と名乗ったヤツ……。ソイツが裏で糸を引いている可能性がある」

 

「何!? あの男が!?」

 

 

 直一は法の問いに、ゆっくりと口を開き一人の男の名を出した。

それはあのナッシュなる男だった。過去に坂越上人と言う偽名を使っていた、超能力を使う転生者だ。その男が、完全なる世界とは別に行動をしていると、直一は法へ説明した。

 

 法もその名を聞いて、驚きの表情を見せていた。

だと言うのに、多少納得できることでもあった。あの男の目的の一つは”向こう側の扉”だったからだ。故に、自分が狙われているのだろうと、感づいていた。

 

 

「カズヤは一度挑発され、攻撃を受けているらしい」

 

「本当か!?」

 

「ああ、あの野郎は俺にご丁寧にも喧嘩をふっかけてきやがったのさ。だから買ってやるのさ、その喧嘩をな!」

 

 

 そこへさらに直一は、カズヤもすでに襲撃されたと言い出した。

法はバッとカズヤを見てそれを聞けば、しれっとした態度で喧嘩を売ってきたと言うではないか。

カズヤはそれを言い終えると、やる気に満ちた顔を見せ、その喧嘩はしっかり買ったと豪語したのである。

 

 

「おっおい!? 今の初耳だぞ!? 大丈夫だったのかよ!?」

 

「大丈夫だったからここにいるんだろ? 気にすんな」

 

「そ、そうだろうが……」

 

 

 それを聞いていた千雨が、カズヤにそれを問い詰めるように叫んだ。

カズヤはそれを適当な感じに流すようにして、なんとも無かったと話すだけだった。

 

 とは言われたものの、千雨はやはりカズヤが心配だった。

見ない間に右目が普段開かなくなっていたり、右腕もボロボロな状態になっていたからだ。ただ、カズヤがそう言うのであればそれ以上言っても無駄だと思い、すぼまるように言葉を止めてしまったのだった。

 

 

「それにだ、今回の襲撃は始まりにすぎないだろう。今度はさらに戦力を揃えて攻撃してくる可能性すらある」

 

「ハッ! あっちが喧嘩売ってくんなら買うまでだ!」

 

 

 直一はそのまま言葉を続け、今後のことを話しだした。

今回の攻撃こそが始まりであり、続いて攻撃される可能性を考慮するべきだと。

 

 そんな直一の真剣な言葉に、カズヤは普段どおりオラついた態度を見せていた。

向こうから攻めてくるなら、そいつらを叩けばいい。別に難しいことじゃないと言わんばかりに、それを豪語していた。

 

 

「バカ言うな! あんな連中がぞろぞろ襲ってきてみろ! ヤバすぎるだろ!?」

 

「そんときゃ全部ぶっ潰すだけだぜ!」

 

「そのとおりやで!」

 

「お前らなぁ!!」

 

 

 千雨は髭のおっさんのこと竜の騎士みたいなやつらが、一斉にかかってきたらどうしようもないとカズヤへ叫んだ。

しかし、カズヤはそうなったなら、自分の拳で全部殴り飛ばすと言い張るではないか。

さらに小太郎もカズヤに便乗し、敵が襲ってくるなら倒すだけだと同調したのだ。

 

 これには千雨も多少頭を抱え、もう少し考えろと言う様子を見せた。

自分を襲ったあの髭のおっさん以外にも、あのアーチャーとか言うヤツもいるのだ。そいつらが束になってかかってきたら、流石に自分たちも危険であると考えていた。

 

 

「はぁー……、お前らもっと真面目に考えろって」

 

「んなこと、考えてたってはじまらねぇだろ!」

 

「まっ、確かにそうだがな」

 

 

 直一もカズヤと小太郎の気軽さに、大きくため息を吐いた。

そして、そんなことを言ってないで、しっかりと対策を考えろと言葉にした。

 

 だが、カズヤはそれを考えたところで、どうしようもないと暴論を吐いた。

ただ、直一はそんなカズヤの乱暴な言葉に、少なからず当てはまるものもあると思ったようだ。

 

 敵の本拠地は”原作知識”にあるが、こちらから攻撃を仕掛けるには、正直敵の戦力の分析が足りない。

乗り込んで返り討ちということもありえる。

 

 であれば、あちら側からの攻撃を防戦するしかない。

今のところ敵組織を壊滅させるほどの戦力や方法はなかったのである。

 

 

「今後は不意打ちなどに注意していくしかないか」

 

「そうだな……」

 

 

 とりあえずは相手の不意打ちやだまし討ちなどに気をつけ、行動するしかないと法は語った。

直一もそれしかないかと、普段は見せないような真面目な顔で、その言葉を肯定するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じく飛行舟の一室の隅で、状助とアスナが会話していた。

 

 

「いやぁー、何事もなく終わってよかったぜ……」

 

「本当そうね」

 

 

 状助は先ほどの戦いを思い出し、被害がなかったことに安堵した様子を見せていた。

それ以外にも、隣にいるアスナが”完全なる世界”の手に落ちなかったことにも安心していた。

 

 同じくアスナも、自分や仲間が無事であったことを喜んでいた。

もしも、自分が”完全なる世界”に捕まれば、魔法世界を崩壊させる始まりとなってしまうからだ。

 

 

「でもよぉ、これからが大変かもしれねぇ……」

 

「必死になって攻撃してくるかもしれないわね……」

 

 

 とは言え、一度目の襲撃を凌いだに過ぎないということも事実。

今後の攻撃がさらに激化することを、状助は考え不安視していた。

 

 また、状助はこれからの戦いにおいて”原作知識”がまったく通用しなくなることも、危惧していた。何せアスナが敵に捕まらず、こちらにいるのだ。この時点で”原作”から分岐したと考えてよいからだ。

 

 ただ、最初からすでに”原作”とは異なる世界。何とかしていくしかないと、状助は根性を心の中で入れなおすのだった。

 

 アスナも当然それを考えていた。

自分が一度の作戦で手に入らなかったのだから、次はさらに戦力を増して攻撃してくる可能性を考慮したのである。

 

 

「……だけど、何かひっかかるのよね……」

 

「ん? 一体何が?」

 

「アーチャーとか言うあの人の、最後の態度よ」

 

「逃げるように消えてったぐらいしかわからねぇ……」

 

 

 それ以外にも、アスナは何か奇妙な感じを受けていた。

状助がそれを尋ねれば、疑問を感じた様子でアスナがそれに答えた。

 

 アスナが不気味に思った奇妙なこととは、あのアーチャーの最後に見た態度であった。

が、状助は特に気にしたことはなかったようで、わからないと一言述べるだけだった。

 

 

「なんだろう。作戦が失敗したはずなのに、余裕があったようにも見えたわ……」

 

「……確かに思い返してみれば、妙な感じだな……」

 

 

 アスナが気がかりだったのは、アーチャーの余裕があるような態度だった。

本来ならば計画が失敗し、多少なりに焦ってもよいはずだ。なのに、自分を捕まえられなかったというのに、特に気にした様子がなかったからだ。

 

 状助もそれを聞いて、腕を組みながら同意した。

そう言われてみれば、確かに奇妙だ。何か考えがあるのか、それとも別の作戦があるのか。何か嫌な予感を感じざるを得なかった。 

 

 

「まあ、とりあえずは気をつけないとね」

 

「それしかねぇかー……」

 

 

 とは言え、それらを今ここで考えても、答えはでてこない。

敵の内情を知るには、情報があまりにも足りないからだ。

 

 故に、敵の攻撃に備え、気をつけるぐらいしかできないと、アスナは思った。

自分が捕まれば終わりなのを理解しているアスナは、よりいっそう気を引き締めることにしたのである。

 

 アスナがそう言うと、状助もそれしかないとため息をついた。

こちらから攻撃できれば楽だとは思ったが、やはり無茶無謀でもあると考えたからだ。

 

 こうして会話をしていた二人は、仲間の呼び出しを受け移動することにしたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 アスナと状助が会話している時、甲板にて覇王と木乃香も会話していた。

覇王とゴールデンバーサーカーはランスローの軽い説明を受けた後、とりあえず解散しこちらへと戻ってきたのである。

 

 

「ごめんなはお……。陽をつれてこれへんかった……」

 

「気にしなくていいよ」

 

「せやけど……」

 

 

 木乃香は覇王に、陽をこの場につれて来れなかったことを、落ち込んだ様子で謝っていた。

しっかりと約束したはずだったのに、それが失敗してしまったことに、肩を落としていた。

 

 が、覇王はそんな木乃香へ微笑みを見せながら、一切気にした様子を見せず、一言慰めの言葉を述べていた。

それでも木乃香は納得いかないという様子で、なかなか元気を出せずにいた。

 

 

「昔からアイツは逃げ足が早いからね」

 

「んー、そう言われればそないな気も……」

 

 

 覇王は陽の逃げ足の早さを熟知していた。

何かとやらかしては祖父から説教される前に逃亡する。日常でよく見る陽の姿だった。

 

 木乃香も何度か覇王の家へあがりこんだ時に、その様子を目撃していた。

なので、それを思い出しながら、確かにそうだと考えた。

 

 

「それに、アイツのことだ。また木乃香の前に現れるはずだ」

 

「確かに、いつも再会の言葉を残していなくなっとった」

 

 

 また、覇王は陽が再び木乃香に接近することも理解していた。

あの愚弟は木乃香に執着心があった。何故これほどまでに木乃香に執着するかはわからないが、とにかく執拗に木乃香を狙っていた。

 

 覇王の言葉に、木乃香も陽が毎回言う最後の捨て台詞を思い出していた。

そういえばもう一度会おう、次は自分のものになれ、そう言って退散していくのが陽だったと。

 

 

「アイツは僕の前には絶対に姿を現さない。だから、木乃香が頼りなんだ」

 

「うん、わかっとる」

 

 

 さらに、陽は決して覇王の前に姿を現すこともない。

それは覇王が一番理解していることだ。陽は覇王には決して勝てないことを、完全に把握しているからだ。だというのに、なおも木乃香を諦めないのも、陽なのである。

 

 それ故に、覇王は木乃香に陽の捕獲を頼むしかなかった。

それに木乃香の実力ならば、陽を捕まえてくれることを信じているからだ。

 

 木乃香も覇王が言っていることを、ちゃんと理解していた。

なので、やはり自分が頑張らなければと、奮い立たせられるのだ。

 

 

「……悪いね……。兄弟の問題だというのに、君に任せてしまって……」

 

「そないなことない。ウチ、はおに頼られとるんの嬉しいんやから!」

 

「ふふ……、ありがとう、木乃香」

 

「どーいたしまして!」

 

 

 覇王はそこで、木乃香に面と向かって小さく謝った。

それは兄弟喧嘩に等しいこと、家族間の問題でもあることを、家族以外の人物である木乃香に、それを任せてしてしまったことについてであった。

 

 それでもやはり、木乃香は小さく笑いながら、気にしてないと言うのだ。

 

 木乃香は覇王に頼みごとをされることに、とても嬉しく思っていた。

基本的にシャーマンの師匠でもある覇王は、自分で全て行って完結してしまう。そんな覇王から頼まれるというのは、木乃香にとって何よりも喜ばしいことなのだ。

 

 

 覇王も木乃香の笑顔を見て、今度は笑いながら礼を言った。

そういう風に言ってくれる木乃香に、覇王はとても感謝していたのである。

 

 それに木乃香もとびきりの笑顔で応えて見せた。

覇王から礼を言われることなんて、滅多にないことだからだ。それが本当に心の奥底から、嬉しいと感じていたからだ。

 

 二人は集合に呼ばれるまで、そうして笑顔で見つめ合っていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちは再び作戦会議を行う為、舟の甲板へと集まっていた。アルスやエヴァンジェリンも遅れてここへやってきたようだ。

 

 また、ここでは魔法使いである裕奈も、アルスに連れられてここへとやってきていた。それ以外にも数多と焔も、この作戦に参加するために集まっていた。

 

 

「えー、エヴァンジェリンさんやみなさんとの話し合いの結果、我々”白き翼”は彼ら”完全なる世界”と戦うことになりました」

 

 

 ネギはここで、白き翼のメンバーで相談した結果の発表を行った。

それはアーチャー率いる”完全なる世界”との敵対の表明であった。

 

 

「二ヶ月前のゲートポートの事件で、随分と煮え湯を飲まされたもんね!」

 

「どうせあっちも、素直に私たちを見逃してはくれなさそうだしね」

 

 

 ハルナは彼らと戦うことに、大いに賛成していた。

和美もハルナに便乗し、相手もこちらを逃がしてくれそうにないと言葉にしていた。

 

 

「さっき街が騒がしいと思ったら、大変なことになってたんだね……」

 

「まあな。ただ、お前さんたちには何も無くてよかったぜ」

 

「うん、そうだね」

 

 

 そこで裕名が先ほどの戦いの時のことを思い出し、それを言葉にした。

何やら街で騒動が起きていることは、裕奈もわかっていたようだ。それでもここで喧嘩が起こることは日常茶判事。特に気にすることなく、亜子たちと過ごしていたのである。

 

 そのことを少し気にした様子を見せる裕奈へと、アルスは気にするなと言う感じで声をかけた。

むしろ、裕奈とその友人たちが無事だったことに、アルスは喜びを見せていた。

 

 何せ敵はほとんど転生者だ。

転生者たちが作戦以外にも”原作キャラ”を狙うのではないかと、アルスは少しヒヤヒヤしていた。だが、そのようなことがなくて、安心したのである。

 

 裕奈もアルスにそう言われ、確かにそうだと思った。

だから、一言元気よく返事を返したのであった。

 

 

「とは言え、具体的にどう戦うかは、未だ決まらずだ」

 

「出てきたところをぶっ潰せばいいだけだ!」

 

「貴様、もっと頭を使え……、といいたいところだが、基本的にはそれしかないだろうな……」

 

 

 しかし、戦いとなるならばどう戦えばいいのかと、法は頭を悩ませていた。

そんな法にカズヤは、敵が迫ってきたらその場で倒せばいいと、強気で豪語するではないか。

 

 法はそんなカズヤに作戦ってもんがあるだろと言いたげであったが、こちらから攻められないのならば、それしかないかもしれないとも考えていた。

 

 

「せめて、ヤツらの目的がわかればいいのだが……」

 

「いえ、それならわかるかもしれません」

 

 

 法は敵の目的さえわかれば、まだ戦いようがあると、悩んだ様子で述べた。

この法は転生者ではあるが”原作知識”がないので、まったくもって次の敵の行動が予測できないでいた。

 

 いや、直一やアルスと言った”原作知識のある”転生者も、敵の次の行動を読み取れてはいなかった。

何故なら敵を率いているのが転生者であるアーチャーだからだ。その時点で、原作とはかなり異なってしまっている。

 

 それにあのフェイトも”完全なる世界”から抜け出しているようで、むしろこちら側である可能性が高くなっていた。さらに、アスナも捕まることなくこちらにおり、”原作知識”などまったく当てにならない状況になっていたからだ。

 

 そんな時、のどかがはっきりとそれを言葉にした。

 

 

「のどか! 作戦を成功させたんだね!」

 

「うん。あの人の真名と思考を知ることに成功したと思います」

 

 

 ハルナはそれを聞いて、のどかが作戦を成功させたことを嬉しそうに叫んでいた。

そして、のどかはその作戦の成功にて、アーチャーの真の名と目的を探ることができたかもしれないと述べた。

 

 

「すげーじゃねーか宮崎!」

 

「やるぅ!」

 

 

 それには千雨も和美も褒め称え、でかした! と大きな声を上げていた。

 

 

「では、まず名前の方を……」

 

「赤井弓雄……?」

 

「日本人だなこれ……」

 

「もっとすごい名前だと思ってたけど、案外普通だねぇ」

 

 

 とりあえず、順序としてアーチャーの名前をのどかは教えることにした。

指にはめた魔法具で宙をスッとなぞれば、そこに光で書かれた名前が浮かんだ。

 

 千雨もハルナも、その名前を見てなんか普通だと思った。

これはまるでただの日本人、しかも弓雄とかアーチャーとひねってるだけだとさえ思えた。

 

 

「そして、私のアーティファクト”いどのえにっき”で読み取った、あの人の思考です」

 

「どれどれ……」

 

 

 次にのどかは、アーチャーの心を読んだ時のまま保存してある、いどのえにっきを取り出し、みんなに見せた。

それを千雨やハルナが早速覗き込む形で、それを読み始めていた。

 

 

「え? アーティファクト?! 一体誰と仮契約したの!?」

 

「あー、ゆーなは知らなかったんだっけ。ネギ君とのどかが契約したんだよ」

 

「えー!? ネギ君と!? 何で教えてくれなかったの!」

 

「それはタイミングっていうか……」

 

「お前らなぁ……」

 

 

 裕奈はそのアーティファクトと言う言葉に、大きく反応を見せた。

と言うか、裕奈はのどかが仮契約していることを、今までまったく知らなかったのだ。

 

 それに対してハルナは、そういえばそうだったという感じで、それを簡単に説明した。

すると、裕奈はさらに驚き、むしろ知ってるなら教えてくれても良かったと、文句を飛ばしていた。

 

 ハルナはそれを言うタイミングが無かったと、小さな声でいい訳をしていた。

と言うのも、裕奈はエヴァンジェリンの別荘を知らないので、そう言うことを話す機会や知る機会がなかったのである。

 

 また、近くにいる和美もネギと仮契約し、ハルナもカギと仮契約をしている。ハルナはそのことも含めて、後で教えておこうと考えたようだ。

 

 そんな二人にアルスは、今はそう言う状況ではないだろうと、小さなため息を漏らしていた。

 

 

「なんつーか、かなりラブリーな感じになってるな……」

 

「それは私の仕様なので……」

 

 

 その二人を無視して、千雨はいどのえにっきを眺めていた。

そこに描かれた絵日記のようなかわいらしい見た目に、奇妙な気分を感じた様子だった。

 

 のどかはその効果は自分が使っているせいだと、小声で述べていた。

 

 

「こりゃええわ。アイツらの動向が丸わかりや!」

 

「オスティアという場所のゲートには手をつけないのか……?」

 

 

 また、日記にはアーチャーが考えていたプランが順序どおりに並んで書かれており、とてもわかりやすかった。

小太郎もそれを見て、敵の動きが全部わかると歓声を出していた。

 

 法もそれを見て、オスティアにあるゲートだけには、攻撃を行わないことに奇妙な感じを受けていた。

アーチャーはこの魔法世界にあるゲートをほとんど攻撃し破壊した。だと言うのに、ここの部分だけを確保するなら、何らかの大きな意味合いがあるのだろうと考えたのだ。

 

 

「黄昏の姫御子……? 誰のことだろう」

 

「むっ……」

 

「それって……」

 

 

 そこで和美はふと、一つの文字が目に入った。

アーチャーの目的の一つに書かれていた、黄昏の姫御子の奪還という文字だ。その黄昏の姫御子とは一体誰なのだろうかと、和美は疑問視し口から漏らしていた。

 

 それを聞いた焔とネギは、その名前に反応して見せた。

焔は元々アスナの正体を知っていたし、ネギはこの前アスナから直接聞いていたからだ。

 

 

「……それ、私のことよ」

 

「え!? うそ!?」

 

 

 アスナはそれを聞いて、数秒間考えた後、自分がその”黄昏の姫御子”であることを明かした。

そのアスナの発言を聞いた誰もが、驚きの声をあげた。

 

 

「そーいえば、そないな感じのこと半年前ぐらいに言っとったなー」

 

「期末試験の時でしたか……。”長く言われていた”と言ってましたね……」

 

「覚えてたんだ……」

 

 

 そこで木乃香は半年前にそんな感じのことを聞いたことを、ふと思い出していた。

刹那も同じくそれを聞いていたので、木乃香の言葉を聞いてそのことを思い出した。

半年前、期末試験の前にて焔が、ポロっと言い出しそうになったことだ。

 

 アスナは二人がそのような些細なことを覚えていたことに、少し驚いていた。

というのも、黄昏の姫御子という名前に、アスナはあまりいい思い出がない。あまりその名前で呼んで欲しくなかったのだ。故に、半年前に焔がそれを言いそうになった時、威圧するように口止めをしたのである。

 

 

「ところで、それはどんな意味が……?」

 

「んー、そうねー……」

 

 

 和美はアスナへと、その”黄昏の姫御子”と言うものが何なのかを尋ねた。

アスナが自分のことだと名乗っているのなら、その本人に聞けばわかると思ったのだ。

 

 質問されたアスナは、再び腕を組んで考え始めた。

それを説明するのならば、自分の過去を全て話すべきではないかと思ったからだ。だが、本当にそれで大丈夫なのか、少し迷いがあったのだ。

 

 

「この際だからみんなに話すわ。私がどんな存在なのかを……」

 

「急に改まってどうしたの……?」

 

「……!」

 

 

 アスナは色々と考え抜き、意を決した様子で仲間たちへとそれを伝えた。

もう隠しておく必要もないだろう。むしろ、狙われているのは自分であり、このまま黙っていれば周りに迷惑がかかる。ならば、全てを話しておいた方がいいと、アスナは考え話すことに決めたのだ。

 

 しかし、ハルナや他の仲間たちは、アスナの決意がわからなかった。

なので、改まったアスナを疑問の目でしか見れなかったのである。

 

 それでもアスナから話を聞いていたネギは、その意味が理解できた。

だからこそ、ネギは驚きの表情で、アスナの話を聞いて見ていた。

 

 

「……いいんですか、アスナさん?」

 

「いいのよ。自分が狙われてるんだから、みんなに教えておく必要があるしね」

 

 

 ネギは、アスナが自分に話してくれたことを、みんなに話すということに、大丈夫なのかとアスナへ尋ねた。

 

 アスナはもはやそれ以外ありえないという様子で、教えることを決意したとネギへ返した。

 

 

「みんな、聞いて! 私はね……」

 

 

 ならばと、アスナは声を張り上げ、みんなの注目を集めた。

そして、少しずつ、”黄昏の姫御子”の意味と、自分の過去を話し始めた。

 

 100年間ほど、幽閉されて生活してきたこと。魔法無効化の能力を無理やり使わされ、兵器として扱われていたこと。その間、ずっと成長が阻害されていたこと。

 

 魔法世界を消す去る為には、自分の能力が必要なこと。それを欲しているのが”完全なる世界”のボスであること。それらを全て、アスナはみんなに話した。

 

 

「アスナにそないな過去があったなんて……」

 

「おっ、重すぎんだろ……、自分で考えた設定とかじゃねーんだよな?」

 

「うん、本当のことよ」

 

 

 アスナの話を聞き終えた誰もが、沈痛な表情を浮かべていた。

木乃香はアスナの過去を聞いて、普段の姿からは想像できなかったと思っていた。

 

 また、千雨はそれを事実と受け止めながらも、受け入れきれないという感じで、アスナへもう一度質問していた。

それが嘘や冗談、ネタならば、笑い話にもなるだろう。だが、それが本当なら、冗談では済まされないと思ったのだ。

 

 だが、アスナはそれをはっきりと肯定した。

嘘偽りなく、事実であると。

 

 

「せやからあの時、アスナはすんごい怒っとったんやね……」

 

「京都駅でのことですか……」

 

 

 ああ、だからあの時、アスナはあんな態度を見せていたのか。

木乃香は修学旅行の京都での事件で、アスナが激怒していたことを思い出していた。

アスナ自身、そういうことに利用されてきたからこそ、自分が何かに利用されることを許せなかったのだと、木乃香はそう思った。

 

 刹那も木乃香の言葉を聞いて、ピンときたようだ。

京都の事件で敵が行おうとしたこと、それは木乃香の魔力を利用して大鬼神を復活させ操ることだった。

それに対して本気で怒りを見せたアスナを、刹那も忘れてはいなかった。

 

 

「あのっ、エヴァンジェリンさん、今アスナさんが言ったことは本当なんですか!?」

 

「事実だ。何なら自分のアーティファクトで見てみればいい」

 

「……いえ、今の答えだけで充分です……」

 

 

 また、のどかはアスナの今の説明の真偽を確かめるべく、エヴァンジェリンへと尋ねた。

すると、エヴァンジェリンもそれを真実だと述べ、疑うのなら”いどのえにっき”でアスナの心を読んでみればよいと話したのである。

 

 のどかはそのエヴァンジェリンの物言いと態度で、それが本当のことだと理解した。

理解してしまった。なので、もうそれ以上尋ねることもなく、アーティファクトを使う必要もないとし、俯くのであった。

 

 

「ちょっとー! みんなしんみりしすぎよ!!」

 

「だけどさー……」

 

「しない方が無理だって!」

 

 

 誰もがアスナの過去を聞いて、俯いたり悲しんだりと悲痛な様子を見せていた。

それを見かねたアスナは、大声で大げさすぎると苦笑しながら言い放った。しかし、内心それを全て信じてもらえたことに、大きく喜んでいたのも事実であった。

 

 とは言え、そう本人がそう言っても、納得できない部分はある。

アスナが受けてきた仕打ちの数々は、やはり彼女たちには辛いものだった。

 

 

「あー、もう! 私はもう気にしてないんだから、みんなも気にしないでいいのよ!」

 

「でも……」

 

 

 すでに重苦しい空気に包まれたこの場を、なんとかしようとアスナは元気を振りまいた。

そんな過去なんて、すでになんとも思っていない。そんなものよりも、ずっと大切なものを手に入れたから。だからこそ、誰もが自分の過去を知って気を落とす必要はないとアスナは叫ぶのだ。

 

 それでも、納得いかない様子を見せる仲間たち。

あんなことを教えられ、気にするなと言われても気にしない方が難しかった。

 

 また、転生者である覇王や法たちは、彼女たちを遠くで眺めていた。

とは言え、法とカズヤは”原作知識”がない。法は彼女たちのように苦に思い、渋い顔を見せていた。ただ、カズヤはアスナが気にしていないと言ったので、そこまで思いつめた様子は見せていなかった。

 

 それに対して覇王と状助、それにアルスは”原作知識”がある転生者だ。

覇王は”原作知識”がほとんど磨耗してしまっていたが、状助からある程度教えてもらっていたこともあり、アスナの過去を知っていた。故に、特に大きく驚いたりすることはなかった。

 

 そのため、アルスは腕を組んで、彼女たちの言葉に耳を傾け、覇王も静かに彼女たちを眺めていた。

状助も同じくただただ、”原作”と違う流れを感じながら、自分の過去をさらけ出したアスナを見ているだけだった。が、それぞれ思うことはあるようで、決してなんでもないという感じではなかった。

 

 

「アスナの言うとおりだよ。今はそれよりも、敵の情報を得るのが先だって」

 

「それに、アスナさんは僕たちが危険な目にあう可能性を考え、今のことを話してくれたはずです」

 

 

 そんな空気の中、和美がアスナに便乗し、落ち込むよりも話を進めた方がいいと言葉にした。

それに続いてネギも、アスナが今語ったことは、空気を重くしたいからではなかったはずだと述べたのだ。

 

 

「そうよ。みんなをしんみりさせたり同情してもらうためじゃない。今後のことを考えて、今のことを話したんだからね!」

 

「……そうだね……! ショックを受けてる場合じゃないね」

 

「……まあ、本人がそう言ってる訳でもあるしな」

 

 

 アスナもそこではっきりと、ネギが言いたかったことを自分で言った。

誰かに同情されたり慰めたりしてもらいたかった訳ではない。それはもう済んだこと、とっくに終わったことだからだ。

 

 このことをアスナが説明したのはあくまで、自分が仲間を巻き込むかもしれないということと、今後敵がどういう行動をとるか予測するためだ。

 

 ハルナはそれを聞いて、確かにそうだと納得し、少し元気を出したようだ。

千雨も同じように、当の本人がそこまで言っているのだから、むしろ失礼だと思い頭を上げた。

 

 他の仲間たちも、それぞれアスナの言葉で元気を取り戻していった。

そうだ、一番ショックなのはアスナ自身だ。自分たちがここで落ち込んでいても、先に進まないと考え陰鬱な雰囲気を振り払ったのだ。

 

 

「つまり、連中がアスナ殿をもう一度捕まえに来る可能性はかなり高いでござるな」

 

「間違いなく、狙って来るだろうね」

 

「そこは注意していくしかありませんね」

 

 

 楓は話を戻すように、敵が今後アスナを狙うことは間違いないだろうと言葉にした。

そこで裕奈も加わり、同意する言葉を一言述べた。

 

 ネギも自分たちでは守備に回るぐらいしかできそうにないと考え、敵の次なる攻撃に備えるしかないと話していた。

 

 

「なーに、エヴァちゃんが傍にいれば大丈夫よ!」

 

「勝手に人を頼るな!」

 

「護ってくれないの?」

 

 

 そこでアスナはエヴァンジェリンが近くに護衛してくれれば、問題ないと笑顔で言った。

確かにエヴァンジェリンほどの実力者が傍にいれば、安全なのは間違いないだろう。

 

 だが、エヴァンジェリンはそんなアスナを突き放すように、そう叫ぶのだった。

その言葉を聞いたアスナはエヴァンジェリンへと、少しぶりっこした感じでそれを言った。

 

 

「護ってやるほど弱くないだろうが……」

 

「それでも、ちょっとピンチだったんだけどね……」

 

「貴様ほどのものがピンチにだと?」

 

 

 エヴァンジェリンはアスナの態度に、呆れた顔で護る必要がないとため息を吐きながら述べた。

とは言え、先ほどの戦いでアスナは窮地に陥った。

 

 そのことをエヴァンジェリンに話すと、まさかと言う顔でアスナを見て、何があったのだろうかと考えそれを口から漏らした。

 

 

「魔法無効化を敵に利用されちゃってね……。状助がいなかったらヤバかったわ……」

 

「魔法無効化を利用されただと……?」

 

「ええ、他者に魔法無効化を移す魔法具を使われたのよ」

 

 

 アスナはどうして自分が危機に陥ったかを、エヴァンジェリンに苦笑しながら説明した。

アスナがピンチになったのは、敵がアスナが持つ魔法無効化能力を利用したからだ。

 

 エヴァンジェリンはそれを聞いて、多少驚いた様子でアスナへ聞き返していた。

その問いにアスナは、そういう効果のある魔法具を使われたとさらに説明をしたのだった。

 

 

「ふむ……、魔法無効化を利用されるとなれば、確かに危険だな……」

 

「でしょ?」

 

 

 アスナの説明を聞き終えたエヴァンジェリンは、なるほどと思った。

そして、そのようなことが次にある可能性を考えると、アスナを一人にしておくとはやはり危険だと考えた。

そう言うエヴァンジェリンへ、アスナも護って欲しいという感じで、一言返事を返した。

 

 

「……まあ、それなら私も傍についていた方がいいだろうな」

 

「ありがとう! 期待してるわ!」

 

「フン……。っていうか抱きつくな! 暑苦しい!!」

 

 

 エヴァンジェリンはそれならば仕方ないと、アスナの護衛を行うことにした。

敵が同じ作戦を使うかは別として、そのような不安要素は排除すべきだと思ったからだ。

 

 アスナはエヴァンジェリンが護ってくれると言ったことに、非常に嬉しく思い元気よく大きな笑顔でお礼を述べた。さらに、嬉しさのあまりエヴァンジェリンに抱きついたのである。

 

 エヴァンジェリンは素直ではない様子で鼻を鳴らしていたが、抱きつかれてうっとおしいという態度で叫んだ。

 

 

「いいじゃない! 減るもんじゃないし!」

 

「汗で水分が減るわ!」

 

 

 アスナは抱きつかれて鬱陶しがるエヴァンジェリンに、抱きついたっていいじゃないかと笑いながら語った。

だが、エヴァンジェリンは心底迷惑そうに、アスナへと皮肉を返していたのであった。

 

 

「……よし、気を取り直して、次のページに行ってみよう!」

 

「はい、では……」

 

 

 何と言うか、アスナとエヴァンジェリンのやり取りを見た仲間たちは、色々と問題ないと考えた。

なので、そこで裕奈は次のページがあるのを見て、それを見ようと提案した。

 

 のどかもその提案を呑み、いどのえにっきの次のページをゆっくりと開いたのである。

 

 

「……20年前の事件……?」

 

「戦争と紅き翼の活躍……」

 

 

 すると、そこには20年前に魔法世界で大きな戦争が起こったことが記されていた。

詳細こそ省かれているものの、紅き翼がその戦争に大きく関わっていたということが、しっかりと書かれていた。

 

 ただ、アーチャーは20年前の戦いに参加していたという訳ではない。アーチャーもその大戦後に生まれた転生者だからだ。故に、その内容はアーチャーが持つ”原作知識”が書かれていたのである。

 

 誰もがその記事を見て、この世界で少し昔にそのようなことがあった事実に驚いていた。

また、紅き翼とはすなわち、ネギの父親であるナギがリーダーをしていたチームの名だ。つまり、20年前の戦いでネギの父親が活躍していたということを、ここの誰もが知ることとなったのである。

 

 

「紅き翼……、ということは、やはり父さんが関わっていたってことですか……?」

 

「ん? ああ、そうだな」

 

「ラカンさんがさっき話したフェイトという人のこと、父さんのこと、もしかして20年前から繋がっていたと……」

 

 

 ネギもやはりと言う感じで、いどのえにっきを眺めていた。

そこでそれを少々離れた場所から話を聞いていたラカンへ尋ねると、肯定する言葉が小さく出された。

 

 その言葉はネギの思ったとおりだった。

あれを考え、20年前から因縁めいたものが存在するのだと、はっきりと理解したようだった。

 

 

「ふむ……。そうだな、ここまで知られちゃしょうがねぇ」

 

 

 ラカンはネギが色々察したのを見て、ならばと重い腰をゆっくり上げた。

 

 

「特別に俺様が教えてやる! さっきも教えるっつっちまったしな!」

 

「おおー!」

 

 

 そして、ラカンは過去に何があったかを話すと言い出した。

それはつまり、20年前に自分が体感してきたことを教えるということだ。

 

 それに誰もが喜びの声を上げていた。

20年前の戦いを経験した本人からそれを聞けるのならば、有力な情報なのは間違いないからだ。

 

 

「ふっふっふっ、こんなこともあろうかと! 特性自主規制映画を作製しておいた!」

 

「映画ー!?」

 

「さーて、こいつをセットして、映像スタートだ!」

 

 

 と、そこでラカンは懐から、なんと一つのフィルムを取り出した。

そのフィルムはラカンが自前で作成した、過去にまつわることが載った映画だというではないか。これは記憶を映画化したものであり、体験談を映像化したものと言える代物なのだ。

 

 誰もがそれを映画と聞いて、不思議な顔をしていた。

が、そんなことなどラカンはスルーし、どこからともなく出てきた映写機でフィルムを写し始めたのである。

 

 

「何これ! 本格的!?」

 

「メッチャ作りこんでるアル!」

 

 

 すると、映りこんだのは巨大な文字をライトアップするという、なんとも見慣れた感じの映像とBGMだった。

とは言え、そんなパクリかオマージュかわからない映像ではあるが、誰もが興奮する程度には作りこんであったようだ。

 

 

「ラカンさんが中央なの!?」

 

「デカすぎ!!」

 

「主人公はネギの親父じゃねーのかよ!?」

 

「るせー! 黙って見んかー!」

 

 

 そして、デカデカとタイトルが映ると、そこには紅き翼の面々が映ったではないか。

が、なんと言うか、ラカンが一番目立つ中央におり、主役は自分だだと主張していたのである。

 

 それには誰もが苦情を投げた。

ネギの父親であるナギが主役ではなかったのか。

ラカンがでかすぎてナギが映らない。そんな子供のような苦情だった。

 

 ラカンはそんな苦情を一言で片付け、静かに見ろと叫ぶだけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そのラカンが用意した映像には、ラカンとナギの初めての出会いが映し出された。また、当時の紅き翼の面子、ナギを筆頭にその師匠である少年の姿をしたゼクト。今と姿を変えぬアルビレオ、若かりしころの詠春、そして、この世界ではもう一人仲間としているメトゥーナトが映像に現れた。

 

 さらに、その映像の内容はと言うと、紅き翼を倒せと依頼されたラカンから始まり、詠春がラカンのスケベな戦法で負け、ラカンとナギが激闘。その激闘の末に友情が芽生えたシーンで、一旦終了というものだった。

 

 

「と、その後もなんだかんだ色々あったが……、何か知らんが俺もやつらの仲間になってた」

 

 

 映像が終わったところで、ラカンはとりあえず補足を入れ始めた。

その後何度か戦ったりと色々あったが、最終的には紅き翼に自分も入ったと言うことだった。

 

 

「で、それとさっきの話とどうつながりが?」

 

「ただネギ君のお父さんとラカンさんが戦っただけじゃん!」

 

「なあに、この先が長ぇんだ。多少省くが教えてやるって」

 

 

 だが、誰もが疑問に思ったことがあった。

それは先ほどの会話と今の映像がまったく関係ないことだった。

 

 今の映像は単にラカンとナギの出会いでしかなかった。

20年前の戦争のことや、フェイトのことなどまったく出てこなかったのである。

 

 誰もがそれに文句を言うと、ラカンはしっかり続きがあると述べた。

この先の話こそが本題で、今のは軽いジャブみたいなものだと。

 

 

「ラカンさん、本当に父さんのライバルだったんですね」

 

「でも、ウチの父様はダメダメやったなー」

 

「わかりづらかったけど、かなりすごいのよ?」

 

「ああ、剣技についちゃヤツが最強だぜ? まあ、似たようなもんにメトがいたがな」

 

 

 ネギは今の映像を見て、ラカンは本当にナギのライバルであったことに感動していた。

また、木乃香は自分の父親が情けなく敗退したのを見て、ちょっと格好悪いと思ったようだ。

 

 しかし、アスナはすかさず詠春へのフォローに回った。

映像ではあまり活躍できていなかったが、本来詠春の剣術は他の紅き翼と引けを取らないほどのすさまじさであると。

 

 ラカンもアスナの話に乗るように、剣の扱いでは最強だったと話した。

剣での技の冴えで詠春に右に出るものはいなかったと。ただ、似たような戦い方をするものに、あのメトゥーナトもいたと最後に小さくこぼしていた。

 

 

「あれ、そういえばあの仮面の人って……」

 

「うん、私の父親代わりをしてくれてた人よ」

 

 

 それを聞いた和美は仮面の人がアスナの保護者だったことを、ふと思い出して口から漏らした。

アスナはそれに反応し、そのとおりだと短く説明したのである。

 

 

「そうだったんだ……」

 

「わりと身近な人が、まさかラカンさんの仲間だったなんて……」

 

「次々に新事実が明らかになっていくな……」

 

 

 周囲の仲間たちは話を聞いて、嘘だろ、という様子を見せていた。

彼女たちは中学になって同じクラスメイトだ。ある程度アスナの保護者であるメトゥーナトのことを知っていた。とは言え、()()()では仮面をつけていることはなかったので、声と雰囲気が似ている程度しか感じていなかった。

 

 だが、アスナがそれをはっきり言ったので、誰もが驚きの声を出していた。

ハルナものどかも自分たちが住んでいる近くに、紅き翼のメンバーでラカンの仲間がいることに驚愕していたのである。

 

 千雨もなんというか知りたくもないような事実が次々に解明されて行くのを、ただただ呆れた顔で受け入れるしかなかった。

 

 とは言うものの、近くに住んでいるというのなら、図書館島の地下にいるアルビレオも似たようなものだ。しかし、やはり近所に住んでいる友人の保護者、という部分が一番のポイントだったがために、誰もが驚いていたのだ。

 

 まあ、アスナが”普通の人間”ではないことがわかった時点で、その部分も察することもできなくはないはずではあるが。

何せ()()()()の住人でしかもお姫様のアスナだ。その保護者をしている時点で、当然普通じゃないのは目に見えているからだ。

 

 

「あの、先ほどの映像の中で”黄昏の姫御子”と出てましたが……」

 

「ん? ああ……」

 

 

 また、刹那は映像の中でアルビレオが言った言葉、”黄昏の姫御子”に反応した。

その単語だけであって、その姿が無かったことに、刹那はそれを()()に聞いたのである。

 

 アスナはそれを聞いて、あの時はどうだったかを少しだけ思い出した。

 

 

「あの時はね、まあさっき話したとおり軟禁状態だったのよ」

 

「し、失礼しました……!」

 

「だからいいってばー!」

 

 

 アスナはその問いに対して、その時はまだオスティアの塔に幽閉され、魔法無効化を利用されていたことを、少し濁して答えた。

 

 刹那はそれを聞いてハッとして、すぐさま頭を下げて謝った。

何と言うことだろうか、浅慮な質問であった。つらい思い出だろうそのことを無理に思い出させてしまったと、刹那は思い今の問いを後悔したのだ。

 

 が、アスナはそんな刹那に、気にしていないと苦笑して言った。

そんな昔のことなんて、今更どうでもよいことだからだ。

 

 

 そんな様子をラカンは、なるほどと言う顔でフと笑いながら眺めていた。

お姫様は随分とよい友人に囲まれ、それを育んできたようだ。これなら自分が心配したりする必要はなさそうだ、そう思いながら次の映像の準備を始めた。

 

 

「さて、再び昔話の続き行ってみるか」

 

 

 そして、ラカンは早々に次の映像を流す準備を終えたので、次に進むと宣言した。

これからが本番。これからが本編。長い長い昔話の始まりだと、そう言う様子で続きを見せると言ったのだった。

 

 



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百四十四話 契り

 ラカンは先ほどの続きの映像を、ネギたちに見せるべく流し始めた。ただ、そこから随分と飛んで20年前に発生した大分烈戦争の真っ只中の映像だった。

 

 

…… …… ……

 

 

 20年前の大戦が激化しはじめたのは、ナギが13歳ぐらいの時だった。最初は辺境での些細ないざこざであったが、それがゆっくりと大きな争いに変わっていった。そう、ヘラス帝国のアルギュレー・シルチス亜大陸侵攻だ。

 

 そして、ヘラス帝国の目的は、古の都オスティアの奪還だった。オスティアは魔法世界発祥の地とされ、聖地とされてきたからだ。

 

 ヘラス帝国の圧倒的な魔法力の前に、メセンブリーナ連合は苦戦を強いられていた。ヘラス帝国の二度のオスティア侵略をなんとか防いだ連合だったが、相手の大規模転移魔法を用いた戦術にて連合の喉元である”巨大要塞グレートブリッジ”を陥落させられてしまったのだ。

 

 それによりもはやオスティア侵略一歩手前となった連合は、紅き翼を呼び戻した。紅き翼はアルギュレー大陸の辺境に飛ばされていたが、ここに来て大戦の中央へと登場したのである。

 

 紅き翼の多大な活躍により、無事グレートブリッジを取り戻すことができた連合。これにより連合は逆転し、大陸内部へとヘラス帝国の勢力を押し込むことに成功したのだ。

 

 その後、少年タカミチとその師匠であるガトウが仲間となった。

 

 

…… …… ……

 

 

 グレートブリッジ奪還後。

日が海から顔を出し美しい朝日が差し込む頃、紅き翼たちは奪還したグレートブリッジで日差しを反射する太洋を拝んでいた。

 

 ナギはそこに映し出された光り輝く海に浮かぶ、争いの爪跡が残るグレートブリッジを見て、この戦争に疑問を抱き、色々と考えていた。この戦いの先に一体何があるのだろうか。不毛な戦いが続いているだけではないのかと。

 

 

「こんなこと続けてどうなる!? 意味ねぇぜ! まるで……」

 

「まるで、誰かがこの世界を滅ぼそうとしているようだ……、ですか?」

 

 

 終わらぬ戦いにナギは、この戦いを誰かが裏から操り、戦争を長引かせているのではないかと考えた。

それをナギが言い終える前に、アルビレオがナギの考えを代弁したのである。

 

 むしろ、紅き翼のほとんどが、その考えに行き着いていた。

これは明らかに人為的な争いだ。何者かが戦争を終わらせまいと暗躍し、世界を滅ぼそうとしていると。

 

 

「……」

 

 

 そのことを、仮面の騎士メトゥーナトは静かに腕を組んで聞いていた。

 

 

「あなたのところの皇帝は、何か知っているのでしょう?」

 

「何!? 本当なのか!?」

 

「……」

 

 

 アルビレオは静かにたたずむメトゥーナトへと、それを質問した。

あのアルカディアの皇帝ならば、何か知っているのではないだろうかと。

 

 ナギもそれを聞いて、知っているなら話してくれと言わんばかりに食いついた。

そんな彼らをちらりと横目で見ながら、メトゥーナトは深く思考しながら、ゆっくりと仮面の下に隠れた口を開いた。

 

 

「……”完全なる世界(コズモエンテレケイア)”、そう名乗る秘密結社が、裏で糸を引いていると聞く……」

 

「”完全なる世界(コズモエンテレケイア)”……!?」

 

 

 メトゥーナトはその組織の名を口にした。

そう、完全なる世界(コズモエンテレケイア)と呼ばれる、大組織である。

 

 造物主(ライフメイカー)、始まりの魔法使いが君臨し、世界を破滅せんとする秘密結社。だが、今はまだその事実を彼らは知らない。

 

 その名を聞いたナギは、復唱するように組織の名を言葉にした。

秘密結社、まさに悪の組織って感じの言葉に、ナギはこれはまさしく倒すべき敵だと直感で理解したようだった。

 

 

「やはり、そっちはすでに見つけていたか」

 

「ガトウ」

 

 

 そこへガトウが姿を現し、アルカディアの皇帝がすでに敵組織を発見していたことを、予想通りと言う様子で語っていた。

 

 ガトウの登場に、誰もがそちらに顔を向け、何やら情報を掴んだのだろうかと考えた。

 

 

「ヤツらはヘラス帝国・メセンブリーナ連合双方の中枢にまで入り込んでいる」

 

「内部工作を行ない、世界を混乱させているのだろうな」

 

 

 そして、彼らの思ったとおり、ガトウは新たな情報を手に入れていた。

完全なる世界と言う組織は、世界のあちらこちらの中枢まで食い込み、色々と行っているという事実だった。

 

 メトゥーナトはそうやって内部から操作することで、戦争を長引かせ世界を終わらせようと目論んでいるのだろうと言葉にするのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ガトウは先ほどの会話の後、仲間たちを引き連れて本国首都へと舞い戻った。

仲間たちも理由知らないまま、ホイホイとガトウについていった。

 

 

「何だよガトウ。わざわざ本国首都にまで呼び出したりしてさ」

 

「会って欲しい人がいる。協力者だ」

 

「協力者?」

 

「そうだ」

 

 

 首都へ呼んだ理由を述べないガトウに痺れを切らしたナギは、そのことについて質問した。

するとガトウから協力者が現れたと言われたのだ。

 

 紅き翼に協力者? 一体何の協力だろうか、ナギはそう考えながら、口からそれを漏らした。

ガトウはナギの漏らした言葉に、一言肯定する言葉を述べた。

 

 

「マクギル元老院議員!」

 

「いや、わしちゃう」

 

 

 そこで詠春が見つけたのは、元老院議員であえるマクギルだった。

だが、マクギルはガトウが会わせようとしているのは自分ではないと、一言断った。

 

 

「主賓はあちらのお方だ」

 

 

 そして、マクギルが首をむけそれを述べると、そこには白いフードをかぶったものが、こちらにやってきたではないか。

 

 

「ウェスペルタティア王国……、アリカ王女」

 

 

 マクギルが発したその名は、驚くべきものだった。

その名もアリカ。アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。ウェスペルタティア王国の王女で、後にネギの母親となる人物だ。

 

 アリカ王女はヘラス帝国とメセンブリーナ連合に挟まれたオスティアを見かね、その両者の調停役を買って出た。それによって戦争を終わらせようとしたのだ。

 

 しかし、それもうまくいくことなく、失敗に終わってしまったのだ。そこで戦争を終わらすためにアリカは、最も有名な紅き翼へと協力を要請したのである。

 

 

 そして、ナギやラカンがアリカから暴言と言う名の洗礼を受け、少し経った後のこと。

ナギとラカンはアリカの印象を思い思いに語りながら、妙に仲よさそうに言い争っていた。

 

 

「ところで、そちらの皇帝はどうしているのです?」

 

「皇帝陛下は現在、私以外の部下を使い、色々と調べている」

 

 

 その仲良く騒がしくする二人を、少し離れた場所で眺めながら、アルビレオとメトゥーナトが会話していた。

内容はメトゥーナトの王であるアルカディアの皇帝は、今何をしているか、と言う質問であった。

 

 アルビレオからの問いにメトゥーナトは簡潔に答えた。

我が皇帝は情報を欲している。そのために多くの部下を動因し、情報を収集していると。

 

 

「あなたが()()にいるのも、皇帝の命令でしたね」

 

「そのとおりだ。私はお前たちと共に行動することを任されている」

 

 

 そこでアルビレオは、メトゥーナトがこの紅き翼の一員になっているのも、その皇帝の任務であったことを口にした。

メトゥーナトもその言葉を、静かに肯定した。

 

 

「……しかし、それだけではないのでしょう?」

 

「……答えることはできない」

 

「流石に教えられませんか」

 

 

 ただ、皇帝の任務がそれだけだと、アルビレオは思えなかった。

あの皇帝がそれだけのために、”皇帝の剣”とまで言われた部下である、このメトゥーナトをよこすか考えたのだ。

 

 しかし、メトゥーナトはそのアルビレオの問いに、その質問は答えられないとはっきり述べた。

申し訳ないがその質問は誰にも話せないことだと。こればかりは仲間であっても話せないと。

 

 アルビレオも今の問いの答えが帰ってくるとは思っていなかった。

何かしら理由が聞ければそれで充分、だめもとで出した質問だった。そのため、さほどがっかりした様子もなく、普段どおりの胡散臭い笑みを見せながら、そう口に出したのである。

 

 

「すまない」

 

「いえいえ、気にしてませんよ。そちらにも複雑な事情がおありのようですからね」

 

 

 それに対してメトゥーナトは、真摯に謝るではないか。

確かに皇帝の任務はそれだけではない。他にも任された命令が存在する。

 

 だが、それを言うことはできない。

それがたとえ背中を預けられるほどに信用した仲間でもだ。故に、彼は謝る。言葉少なく小さな謝罪だったが、そこには申し訳ないという気持ちがはっきりと込められていた。

 

 そんなメトゥーナトに、アルビレオはにこやかにそう言った。

メトゥーナトは自分たちの仲間、紅き翼以前に、アルカディアの皇帝の部下。

 

 それが第一であることは、アルビレオも理解していた。

なので、心情は察している。気を病む必要はないと、少し胡散臭げに言葉にするのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 その後、彼ら紅き翼は、アリカの協力に応え、本国首都周辺での調査を開始した。

とは言え、基本的に戦闘しかできないナギとラカンは、休日同然の扱いだった。

 

 調査はガトウが中心となって行われ、それは順調に進んだ。

色々と黒い情報や、完全なる世界に協力する有権者の名前や、敵の真意に迫るものまで集めることに成功していた。

 

 

「まさか……そんな……」

 

 

 ガトウはその報告書の驚くべき内容に、驚愕の表情を見せていた。

これは本当に事実なのだろうか、これが真実だというのだろうか。

 

 

「おう? どうしたいガトウ、深刻な顔してよ」

 

「いや、ついにヤツらの真相に迫るファイルを手に入れたんだが」

 

 

 そんな時、ラカンは部屋へと入ってきて、渋い顔を見せるガトウに声をかけた。

ガトウはそれに対して、大きな情報を得たと述べた。

 

 

「これがどうにも信じがたい内容でな。いや、情報ソースは確かなものなんだが……」

 

「……やはり信じられんようだな」

 

「!……メトゥーナトか、驚かすなよ……」

 

 

 ただ、その報告があまりにもぶっ飛んだ内容だったがためか、ガトウはそれを信じられずにいた。

 

 そこへガトウの後ろからメトゥーナトがスッと現れた。

また、メトゥーナトはまるでその情報を、知っているかのようなことを口にしていた。

 

 ガトウは突然背後から声をかけられ、一瞬驚いた。

だが、それがメトゥーナトだとわかると、小さくため息を出してほっとした様子を見せていた。

 

 

「お前はこのことを知っていたのか?」

 

「皇帝陛下からすでに聞かされていた」

 

「なっ……! そうか……、そうか……」

 

 

 ガトウは今聞いた言葉が気になり、メトゥーナトへと質問した。

この目の前にあるファイルに書かれた、信じがたい情報のことをすでに知っていたのだろうかと。

 

 メトゥーナトはその問いに、素直に答えた。

そもそも、その情報の提供者はアルカディアの皇帝。彼がメトゥーナトに、すでにその事実を教えていたのだ。

 

 ガトウはその事実に驚いたが、その後むしろ納得していた。

あの皇帝が知っていてもおかしくはない。その部下であるメトゥーナトも知っていても不自然はない。そして、その皇帝がそう言うのであれば、この情報はまさしく真実なのだろうと考え、小さなショックを受けていた。

 

 

 その事実とは”魔法世界が魔法でできている”ということだ。この情報はメガロメセンブリアの一部の元老院しか知らない、極秘事項である。

 

 その真実をガトウは事実であると信じ切れなかったのだ。

そこでメトゥーナトが今言った言葉を聞き、そのことが事実であると確信してしまい、大きく衝撃を受けていたのである。

 

 

「あ? お前ら何の話してんだ? 俺にも教えろよ」

 

「……いや、……なんでもない……」

 

「気にするな、お前にはあまり興味のないことだ」

 

 

 話がまったく見えないラカンは、話に混ぜてくれと言い出した。

一人だけ蚊帳の外にいる状態なのが気に入らなかったらしい。

 

 だが、ガトウはこの事実をあえて隠すことにした。

何故なら、このことが事実ならば、目の前のラカンも”魔法でできた存在”ということになるからだ。それを聞いたラカン本人がどう思うかはわからないが、大きなショックになるだろうと考え、黙っておくことにしたのである。

 

 メトゥーナトもラカンへはそれを言わなかった。

いや、メトゥーナトは最初からそれを知っていたが、やはり隠しておくべき事実として黙っていたのである。

 

 

「……しかし、それ以上に、今はこっちの方が深刻だ。この男にも”完全なる世界”との関連の疑いが出てきた……大物だよ」

 

「こいつは!? 今の執政官じゃねーか!!」

 

「……」

 

 

 とりあえず、今の話は置いておくことにして、それとは別に目の前にある大きな事実に目を向けることにした。

それは、なんとメガロメセンブリアの官僚までもが、完全なる世界の手のものと言うことだった。

 

 ラカンですらその情報を目にした時、壮大に驚いた。

まさかこれほどの立場の人間ですら、完全なる世界に手を貸しているなど、思いもしなかったようだ。

 

 しかし、メトゥーナトはそれを後ろから眺めているだけだった。

確かに驚くべき事実であるが、彼にとっては大きく驚く必要のないことだからだ。

 

 

「このメガロメセンブリアのナンバー2までがやつらの手先なのか!?」

 

「確証はない、外でしゃべるなよ?」

 

 

 そして、この裏切り者は何と言うことか、メガロメセンブリアのナンバー2の地位を持っているのだ。

こんなヤツまで敵であるとは、ラカンにも信じられない事実だった。

 

 ただ、これが本当かどうかはわからない。証拠がないからだ。

故に、ガトウは一言ラカンへ注意した。

 

 

「ん?」

 

「何だ!?」

 

 

 そんな時、突如として離れた街の方から爆発が発生した。三人は一体何が始まったのかとガラス張りの壁越しから、その街を見たのである。すると、そこには街中の一点から、爆発と共に炎と煙が立ち込める様子が見えたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 先ほど街中で起こった爆発事件は、なんとナギによるものだった。と言うのも、アリカがナギを街へと案内させ、その時敵に襲われたのである。

 

 だが、それが逆にナギの逆鱗に触れた。

街中で堂々と攻撃してきた敵に腹を立てたナギは、そのままアリカをつれて敵を追いかけアジトへと乗り込み、全滅させちまったのである。また、アリカは王女でありながら、その時の戦いを随分楽しそうにしていたそうだった。

 

 しかし、ナギは滅茶苦茶に暴れてきただけではない。ナギはそのアジトにて、大きな証拠を掴んで来たのである。それは完全なる世界に協力する執政官が、裏切り者であると言う証拠だった。

 

 ナギの大迷惑かつ大活躍によって証拠を手に入れたガトウは、執政官を弾劾せんとマクギルに電話した。そして、ガトウはナギとともに証拠を持って、マクギルに会いに行くことになったのだ。

 

 

「……これからマクギル元老院議員のところへ行くのか」

 

「ああ、そうだ」

 

 

 ガトウがナギとラカンをつれてマクギルの部屋へ向かう道中、メトゥーナトがその廊下で背を壁にもたれながら立っていた。

メトゥーナトは何やら三人を待っていたかのような態度で、先頭のガトウに話しかけた。

 

 ガトウはメトゥーナトの問いに、一言で答えた。

その通り、間違っていないと。

 

 

「どうだ? お前も来るか?」

 

「いや、()()()()()()()()()だろう」

 

「……そうか? ナギやラカンが来るよりは全然マシに思えるが」

 

 

 そこでガトウは、ならばメトゥーナトもつれていこうと考えた。

見た目こそ仮面の騎士で怪しいが、中身は普段は常識的で知的だからだ。

 

 だが、メトゥーナトはそれにNOと断った。

その断りの言葉の中には、妙に意味深な感じもあったが、ガトウはそれに気が付かなかった。

 

 故に、ガトウは単純に断られたと考え、必要がないと言うほどではないと言葉にした。

何せ基本的に戦いにしか興味がないナギやラカンよりも、思慮深いメトゥーナトの方が連れて行く価値があると考えたからだ。

 

 

「どういう意味だよガトウ!」

 

「そのままの意味だ。まぁ、待たせるのも悪いので我々は行くとするよ」

 

「そうか、ならば気をつけるんだな」

 

 

 今のガトウの言葉に、ナギは反論するように叫んだ。

とは言え、政など無縁のナギでは政治家を相手に戦うのは不向きであった。

 

 ガトウはそれを考え述べると、マクギルを待たせてはならないと、先に急ぐことにしたのだ。

 

 すると、何故かメトゥーナトは忠告のような言葉を言い始めた。

行き先は味方であるマクギルの部屋。ただ執政官を弾劾するための会議をするだけだ。だと言うのに、その言葉は一体何を意味するのだろうか。

 

 

「何に気をつけろってんだよ……」

 

「さてな……」

 

 

 ナギはそこで意味がわからないと言う様子で、メトゥーナトにつっこみを入れた。

しかし、メトゥーナトはそれに対してはぐらかすだけで、まるで肝心なことを言わなかった。

 

 

「……どうせ後で、()()()()()()()()、と文句を言われるのは間違いないだろうからな」

 

「それはどういう……?」

 

「意味わかんねーこと言ってんなよ!?」

 

「メトが冗談めいたことを言うなんてな! こりゃ明日は雨か雪か?」

 

 

 そこでメトゥーナトは、さらに意味深なことを言い始めた。

この後どうせ文句を言われる、それは確定したことだと、謎のいちゃもんを言い出したのである。

 

 ガトウはメトゥーナトがそんなことを言うとは思っていなかったのか、困惑した様子を見せていた。

ナギもまったくもって意味不明なメトゥーナトの言動に、突然どうしたと言わんばかりであった。

また、ラカンはメトゥーナトがこんなことを言うのは珍しいと、愉快そうに笑っていた。

 

 

 だが、彼らはこの言動には大きな意味があったことを、後に知ることになる。

さらに誰もが騙されたと思い、メトゥーナトが今言ったように、一字一句間違いなく同じ文句を飛ばすことになったのである。

 

 ラカンも映像を流しながら当時を振り返り、いやーすっかり騙された、してやられたと大笑いをするのだった。

 

 

「ま……深い意味はない。では()()()

 

「あ……ああ……」

 

「変なメトだぜ……」

 

 

 メトゥーナトは今のことはなんでもないと述べると、別れの言葉と共に立ち去っていった。

ガトウは困惑したまま、それに小さく返事をするので精一杯だった。ナギも今のメトゥーナトを見て、おかしかったと考えながら、マクギルの部屋へと向かうのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ナギとラカンを率いてガトウはマクギルの広い部屋へとやってきた。

その奥中央に位置する場所にデスクがあり、マクギルはその横で彼らに背を向けた形で、外を眺めるかのように待っていた。

 

 

「マクギル元老院議員」

 

「ご苦労、証拠の品はオリジナルだろうね?」

 

「ハ……、法務官はまだいらっしゃいませんか」

 

 

 ガトウは到着を知らせると、マクギルは背を向けたまま姿勢で、顔を少し動かし後ろを見ながら、ガトウに話しかけた。

 

 そのマクギルの問いにガトウはYESと言葉にした。

また、執政官弾劾のために約束してあった、法務官がまだ見られていないことに疑問を抱き、それを質問した。

 

 

「……法務官は……、来られぬこととなった」

 

「……ハ……?」

 

 

 マクギルは静かに、法務官は来ないと言った。

ガトウは何を言っているのかわからないという様子で、小さく何故? と言う感じの声を漏らした。

 

 

「……あれから少し考えたのだがね。せっかくの勝ち戦だ。ここに来て……慌てて水を差すのも、やはりどうかと思ってね」

 

「はぁ……」

 

 

 マクギルは彼らが見えるように少し姿勢をずらし、その理由を淡々と語り始めた。

その訳は、今戦争で流れを掴んでいるのは我ら連合。ここで戦いを終わらせるのはもったいない、と言うものだった。

 

 その言葉にガトウは、声も出ないと言う様子で、小さく返事をしていた。

先ほどまでの弾劾の姿勢はどこへ行ってしまったのだろうか。まさしく考えが逆転してしまっていると。

 

 

「……」

 

「いやその……、私の意見ではない」

 

 

 ナギはそんなマクギルを、疑いのまなざしで睨みつけていた。

それに気づいたのか、マクギルはさらなる訳を言い始めた。

 

 

「そういう考えのものも多いということだ。時期が悪い……。時を待つのだ。君たちも無念だろうが今回は手を引いてだな……」

 

「待ちな」

 

 

 今の発言は自分の考えではない。多くの他者がそのような考えを持っているのだと、マクギルは主張した。

故に、今はまだ弾劾の時ではない。時間を待って戦争に勝利した後、改めて執政官を裁くべきだとしたのである。

 

 だが、ナギは何かに気が付いた様子で、待てと述べた。

コイツは何かおかしい、どこかおかしい、ナギはそう先ほどから思っていたようだ。

 

 

「?」

 

「あんた、マクギル議員じゃねぇな? 何もんだ?」

 

 

 マクギルはナギの待ったに疑問を抱いた様子で、一体なんだと動きを止めた。

すると、ナギは突如として目の前のマクギルを疑いだしたのだ。

 

 

「ブッ!?」

 

「なっ!?」

 

 

 さらに、ナギはその場で炎の魔法を使い、マクギルの頭を爆発させたではないか。

それを見たガトウは驚きのあまり、変な声を出したまま固まってしまった。

 

 

「ナギ!? いきなり元老院の議員の頭を燃やすなど!?」

 

「はっ、よく見ろおっさん。マヌケは見つかったようだぜ?」

 

 

 我に返ったガトウは、焦りながらナギを責めた。

協力的な元老院議員の頭を焼こうなど! と叫びそうな勢いだった。

 

 しかし、ナギはそのガトウの叱咤を鼻で笑った。

そして、もう一度マクギルの方をしっかりと見ろと、ガトウへ言い放ったのだ。

 

 

「……よくわかったね、千の呪文の男……。こんな簡単に見破られるとは、もう少し研究が必要なようだ」

 

 

 ガトウはナギの言われたとおり、マクギルの方を向いた。

だが、そこに立っていたのはマクギルなどではなかった。老人だったマクギルではなく、なんと若い白髪の美男子が、そこに立っていたのである。

 

 この青年、完全なる世界の使徒たる”アーウェルンクスの一番目”がマクギルに変装し、演技をしていたようだ。

また、ナギに早々に見破られたことを、不敵に笑いながらちっとも気にしていない様子で語っていた。

 

 

「本物のマクギル元老院議員なら、すでにメガロ湾の海底で寝ぼけているよ」

 

「だったらてめぇもあの世で寝ぼけなッ!!」

 

 

 そこで”一番目”は、本物のマクギルの所在を言葉にした。

それはつまり、もうマクギルはこの世にはいない、ということだった。

 

 ナギはそれに激昂し、その後を追わせてやると叫んだ。

さらに、目の前の青年をを倒すべく、ナギはすでに行動に移っていた。

 

 

 ……しかし、残念ながら、いや、幸運ながらか、実際にはマクギルは死んでなどいなかった。

何故なら、完全なる世界の使徒に殺される直前に、メトゥーナトの仲間であるギガントがマクギルと入れ替わり、死んだように見せかけたからだ。

 

 メトゥーナトはギガントからの報告で、最初からこの状況になることを知っていたのだ。

だからこそ、マクギルに会う時は気をつけろと、ガトウたちに言い渡し、このことを教えなかったと責められると述べていたのだ。

 

 とは言え、敵を騙すにはまずは味方から。マクギルが生きているということを、連中に教える訳にもいかなかった為、メトゥーナトはナギたちにも黙っていたと言う事情もあったのだが。

 

 

「通しませんよ」

 

「くらえ」

 

「!?」

 

 

 だが、青年は一人ではなかった。なんと、二人も仲間がいたのだ。

炎を操る屈強な男と、水を操るやせた男の二人が、青年に迫るナギを阻むかのようにして攻撃してきたのである。

 

 

「こいつら強ぇぞ!」

 

「ハッハッ! だが生身の敵だ!」

 

 

 ナギは敵二人の攻撃に気が付き、とっさに防御し後退した。

また、目の前の連中が強敵であることを、ガトウとラカンへ知らせたのだ。

 

 いや、ナギが知らせるまでも無く、敵が強大であることは目に見えて確かだった。

あのナギが後退を余儀なくされた時点でそれは確定したも同然だからだ。

 

 それ以外にも、水使いの男の魔法で、周囲はすでに水浸しとなっていた。

これほどまでの水の魔法を操るとはやはり強敵、と察することができるほどだった。

 

 しかし、ラカンはむしろ笑っていた。

敵が強いというのも嫌いではない。むしろ、敵が強い方が戦り甲斐があって面白い。

 

 

「政治家だ何だとガチ勝負できない敵に比べりゃ……、万倍!! 戦いやすいぜッ!!」

 

「……メトゥーナトのヤツ、まさかすでにこうなることを察していたのか……?!」

 

 

 それに、政治とか権力者だとか、殴っても倒せない相手に比べれば、殴って倒せる相手など怖くはないと、ラカンは叫び武器を抜いた。

 

 ガトウはこの状況を見て、ふと先ほどのメトゥーナトの会話を思い出していた。

あの仮面の男はここへ来る直前に意味深なことを述べていた。この状況をすでに察し警戒していたのか、とガトウは感じていた。いやはや、ガトウの思ったとおり、メトゥーナトの思惑通りと言うことだが。

 

 

『わっわしだ! マクギル議員だ! たっ、助けてくれ!!』

 

 

 そんな時、”一番目”はとっさに魔法の見えない受話器をとり、まるでマクギルが助けを求めるかのような声を出したではないか。

そして、その敵として出した名こそ、ナギたちだったのだ。

 

 

「げっ!」

 

「やられたな」

 

 

 しまった、してやられた。ナギは今の敵の行動を見て、まずいと考えた。

何と言うことだろうか、敵は自分たちを悪役に仕立て上げたのだ。ガトウも冷静にそれを見ながら、敵の方が一枚上手だったと考えた。

 

 そして、ナギたちは逃げることを選択した。自分たちを戦争の敵である帝国のスパイとされたからには、説得は難しいからだ。

 

 しかも、それを言ったのが敵であるにせよ、あのマクギルの声でだ。もはや、逃げるのが最善と言う他無かったのだ。

 

 

「君たちは少しやりすぎたよ。悪いが退場してもらおう」

 

 

 ナギたちが逃亡のために外へ向かい駆け出したところで、”一番目”が立ちはだかった。

そこで”一番目”は部屋を埋め尽くすほどの鋭い岩を地面から呼び出し、この部屋を破壊しつくしたのである。

 

 しかし、ナギたちは間一髪部屋の外へと飛び出し、海へと身を投げることに成功した。

だが、脱出に成功しただけであり、お尋ね者にされてしまった事実を変えることはできない。さらに味方であった連合と戦うこともできないと考え、そのまま身を隠すことにしたのである。

 

 

「昨日までの英雄呼ばわりが一転、叛逆者か。ヌッフフ、いいねぇ……、人生は波乱万丈でなくっちゃな」

 

「タカミチ君たちは無事脱出できただろうか……」

 

 

 いやはや、連合で武勇を立てた自分たちが、こんなに簡単にお尋ね者にされるとは。

ラカンはそれをむしろ面白いと考えながら、冷たい海につかりながら小さく笑っていた。

 

 ガトウは今のでタカミチたちも追われることになったはずだと考え、無事だろうかと考えた。

が、メトゥーナトが色々と察している様子だったのを考え、既に脱出している可能性を考慮していた。

 

 

「姫さんが……やべぇな」

 

 

 また、ナギは自分たちのことよりも、ヘラス帝国の第三皇女と会談しに向かったアリカを心配していた。

この状況は非常にまずいことになった。あのアリカも自分たちの仲間として、捕らえられるだろうと考えたのだ。

 

 そして、彼らは思い思いに、逃亡者の身として連合の捜索をかいくぐり、この場を脱出したのであった。

 

 

…… ……

 

 

 と、そこで突然映像が止まった。

いや、ラカンがあえてここで止めたのである。

 

 

「おっし、トイレ休憩だ!」

 

「えー!? 今いいところだったのに!!」

 

 

 ラカンはここで休憩を提案し、それを叫んだ。

しかし、話がいいところまで進んでいたので、誰もがそれに文句を言った。

 

 

「お姫様大丈夫アルか!?」

 

「ははは叛逆者になってどうなっちゃうんでしょうかー」

 

「あの少年の姿だったフェイトさんが何故大きく?! しかも敵で!?」

 

「まあ待てって! ちゃんと全部見せてやっからよ!!」

 

 

 姫のアリカは大丈夫なのだろうか。ナギたちが叛逆者にされて、今後どうなってしまうのか。

先ほど現れた時は少年だったフェイトと名乗る人物が、何故映像では大人の姿で、しかも敵なのか。

誰もが思い思いの疑問を口に出していた。

 

 それに対してラカンは、慌てるなと言葉にした。

後でしっかり全部見せるので、とりあえず休めということだった。

 

 

「やっぱ”原作”とは多少違うみたいだな」

 

「だろうとは思っていたさ。何せ”転生者(おれら)”がいるんだからな」

 

 

 また、転生者たちも自分たちの意見を話し合っていた。

アルスは今の映像を見て、多少ながらではあるが自分が知っている”原作”と異なることを述べていた。

 

 それに直一が応える様に自分もそう思っていたと言葉にした。

何せこの世界には自分たちのような”転生者”が存在する。

 

 あの映像にはそう言った人物は出てきていないが、どこかで必ず出てくるのではないかと思っていた。

いや、映像に登場していなくとも、少なからず”紅き翼”と戦った、あるいは協力した転生者がいたはずだと、直一は考えていた。

 

 

「しっかし、一応”原作”通りって感じっスねぇ」

 

「今んところはな……。だが、これからどうなるかわからねぇ」

 

 

 とは言ったものの、今のところメトゥーナトがイレギュラーとして登場する以外は原作どおりであった。

状助もその当たりを考えながら、そう言葉にしていた。

 

 直一もそれは理解しているので、今はまだ大きな変化はないと言った。

ただ、この先何が起こるか、何があるかわからないとも言葉にした。

 

 

「……」

 

 

 そんな周囲の中で、アスナはただただ過去を思い出しながら、一人思い出にふけていた。

ある程度話には聞いていたアスナだが、こうして体験した本人が作った映像を見ると言うのは、何よりも新鮮だったのだ。

 

 

「……あ……あの人が……僕の……」

 

「ん? どうしたの?」

 

「いえ! 何でもありません!」

 

「そう?」

 

 

 だが、その横で、一人驚きと戸惑いを感じ、硬直するネギがいた。

今の映像に出てきたアリカ王女。彼女が自分の母親だということに気が付いたのだ。

 

 それもそのはず、ここのネギは師匠であるギガントから、母親のアリカについて聞かされていたからだ。故に、ネギはアリカを見て、すぐさまその人物が自分の母親であることを理解したのである。

 

 また、先ほどアーチャーとの交渉にて、アスナがはっきりと言った言葉があった。それはネギがウェスペルタティア王国の、このオスティアの王子と言うことだった。つまり、間違いなくあのアリカ王女は、自分の母親だと言う事実を指し示していたのだった。

 

 ネギがそのことを口から漏らすと、それに気が付いたアスナが話しかけた。

それにネギはなんでもないとだけ慌てながら言うと、アスナもあえて何も言わなかった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、ラカンは再び放映を再開しながら、説明を行った。自分たちはお尋ね者となったが、仲間だった連合を相手にはしたくなかった。

 

 そのため、メガロメセンブリアからオリンポス山を挟み、その反対側にある辺境の地へと逃げ延びたのだ。さらに、そのまま捕まってしまったアリカ王女を救出すべく、古代遺跡が立ち並ぶ”夜の迷宮”へ紅き翼は向かったのだ。

 

 アリカ王女の救出は難しくは無かった。迷宮の壁をぶち破り、そのまま救出ができたからだ。しかし、そこで待っていたのは、彼女だけではなかったのである。

 

 

「遅かったじゃねぇか、我が騎士よ」

 

 

 ナギが壁を砕き、アリカがいるであろう部屋へと入ってきた。そこでの第一声は、可憐な女性の声ではなく、男性の声だった。

 

 

「なっ!?」

 

「アルカディアの皇帝!?」

 

「何故ここに!?」

 

 

 誰もがその声の発した張本人を見て、驚きの声を漏らした。何故、どうして、どういうことだ。誰もがそう疑問に感じながら、目の前にドンと座って構える男から視線を移せなかった。

 

 その声の主こそ、なんとアルカディアの皇帝であった。

アルカディアの皇帝、ライトニングは偉そうに座りふんぞり返りながら、驚くナギたちを眺めていた。また、アリカと彼女と一緒に捕まったと思われるヘラス帝国の第三皇女テオドラも、その部屋でくつろいでいた。

 

 

「本人……なのか……?」

 

「影武者や影分身などではなく……?」

 

「ああ、そうだぜ。俺は正真正銘、サンダリアス本人よ」

 

 

 詠春はアルカディアの皇帝が本物なのかわからず疑い、アルビレオも本人ではなく影分身などの分裂体ではないかとさえ考えていた。

 

 しかし、皇帝はそうではなく、間違いなく本人だとはっきりと宣言した。

お前たちの目の前にいる顔つきが怖くてどう見ても悪役の悪の皇帝のような格好の野郎こそ、本物のアルカディアの皇帝だと。

 

 

「久方ぶりでございます、皇帝陛下」

 

「おめぇ、ここは驚く場面だろうが……、クソ真面目にも程があんぞ……」

 

 

 だが、その部下であるメトゥーナトは、皇帝の傍へとやってくると、スッと膝をついて頭を下げて丁寧に挨拶を述べた。

 

 それを見た皇帝は、普段と対応が変わらないメトゥーナトに、苦虫を噛んだ表情を見せながら皮肉を吐いた。

いやはや、何と言う部下だろうか。すばらしいことに間違いはないが、もう少しこう、驚いてくれてもよいではいかと。

 

 

「真面目でよい騎士(ぶか)ではないですか」

 

「真面目すぎんのも困るということですよ、殿下」

 

 

 皇帝の言葉にアリカが反応し、ひざまずくメトゥーナトを褒め、肩を持った。

どんな時でもしっかりと主君の前で膝をつき、冷静に対応できる、すばらしい部下だと。

 

 が、皇帝の意見は少し違ったようだ。

真面目であることはいいことだが、もう少し遊びがあってもよいと思っていた。そのため、苦笑しながらアリカへと、そう言うのであった。

 

 とは言え、メトゥーナトのその態度は皇帝とて想定済み。

当然このぐらいするだろう、と予想はしていたのである。まあ、単純にメトゥーナトが驚く顔が見たかっただけだった。

 

 

「して、何故このような牢獄などに……」

 

「密談よ、密談。ちょうどいいと思ってな」

 

「そうでしたか……」

 

 

 すると、静かに皇帝の言葉を聞いていたメトゥーナトが、皇帝へと質問を行った。

何故ここに皇帝がいるのか、誰もが思った疑問であった。

 

 皇帝はそれに対し、軽快な態度で密談だと答えた。

こう言う隔離された空間ならば、密談するのにはちょうどいいと思ったらしい。

 

 メトゥーナトはそれを聞いて、納得した様子を見せた。

なるほど、そう言う意図であるならば、ここにいるのもおかしくはないか、と。

 

 

「しかし、どうやってここへ」

 

「お二方の会談に変装して混じってな。捕まったフリしてたのよ」

 

「はぁ……」

 

 

 だが、するとそこで新たな疑問が生まれた。

この皇帝がどうやってこの”夜の迷宮”へやってきたか、という問題だ。メトゥーナトはそれを確かめるべく、皇帝に再び質問をした。

 

 そのもっともな問いに皇帝は、再び軽い感じで答えてくれた。

そもそも本来はアリカ王女とテオドラ皇女の面談だった。それを情報で知った皇帝はそこへ護衛として変装し、混じっておいたのだ。そして、彼女たちと共にあえて捕まり、ここへと一緒にやってきたのだと皇帝は説明した。

 

 メトゥーナトはその説明を聞いて、小さく返事を返すだけだった。

何と言うか、無謀極まりないことをするものだと。連中が何をするかもわからんと言うのに、無茶しすぎではないのかと。

 

 

「お前んとこの王様、随分と突拍子もないヤツみてぇだな」

 

「驚かせてすまない……」

 

「いや、別にあんたが謝ることじゃねぇだろ……」

 

 

 そんな皇帝を見ていたナギでさえ、無茶苦茶な人物なんだな、と感じたようだ。

それを言うとメトゥーナトは、この場に皇帝が突然現れたことに対して謝罪した。

 

 とは言うが、別に誰もそんなことなど責めていない。

メトゥーナトが悪い訳でもないし、皇帝の行動に驚いただけで、何が悪いという訳でもない。

故にナギは、ここで謝るメトゥーナトを見て、皇帝が言うとおりのクソ真面目っぷりだと感じながら、それを言うのだった。

 

 

「はぁー、真面目すぎんだよおめーはよ。戦闘だと脳筋のくせによ」

 

「はっ……いえ……」

 

 

 皇帝も今のメトゥーナトを見て、小さくため息を吐いた。

こう言う普段の対応こそ真面目ではあるものの、いざ戦いとなれば研ぎ澄まされた剣術にて相手を強引に押し込み、光の剣でぶった切る暴れ馬だというのに。

 

 そう皇帝が言うと、メトゥーナトは間違いないとしながらも、少しだけ否定したい気持ちを見せた。

そのためか、最初の一言は肯定しながらも、その後の言葉で否定するような言葉を述べていたのである。

 

 

「さーてとよ、とりあえず脱出すんぞ」

 

「……皇帝陛下ならば脱出などたやすかったのでは……」

 

 

 とりあえず今のメトゥーナトの態度を見て、溜飲が下った皇帝は、この迷宮から脱出することを提示した。

しかしながら、メトゥーナトは皇帝がここにいるのならば、脱出など難しくは無かったはずであると考えた。

 

 

「はぁー? おめぇら来んの待ってたんだろう? 来て早々誰もいませんでした! とかガッカリしねぇようによ」

 

「左様ですか……」

 

 

 すると、皇帝はなんで察せないのか、と言う様子でその何故かを説明した。

なんということだろうか、この皇帝はナギたちがやってくるだろうと見越し、待っていたと言うのだ。

 

 これにはメトゥーナトも苦笑い。

仮面の下で心底曖昧な表情を見せ、待ってる必要はなかったのでは、とさえ思っていた。

とは言え、あえて派手に動かずこちらの動きを待っているというのは、必ずしも悪いことでもないとも思ったが。

 

 

「あー、そうそう。俺はまた姿をくらますんで、次の指示まで現状維持よろしく」

 

「は? ……いえ、理解しました」

 

「……ほんとおめぇってヤツは……」

 

 

 また、皇帝は続いて、ここを脱出すると同時に、そのまま姿を消すと言い出した。

故に、次の指示まで紅き翼と行動をともにせよと、メトゥーナトへと言い渡したのだ。

 

 メトゥーナトはその指令を聞いて、一瞬固まった。

だが、すぐさま言葉を理解し、肯定の言葉を述べたのである。

 

 皇帝はそんなメトゥーナトに、またため息を吐いていた。

もう少しこう、何か言ってきてもよいのだぞと、そう言いたげであった。

 

 何せ、理由も語らず姿をくらますと言葉にしたのだ。せめて、何故? と尋ねてもいいだろうと、皇帝は思ったのだ。

 

 しかし、メトゥーナトは皇帝を信じている。

皇帝の命令を全うすることだけが、皇帝の剣である自分の使命だと考えている。なので、例え説明されなくとも、そう命じられたからには、それを全力で行うのみだと思っているのだ。

 

 

 そして、紅き翼はアリカとテオドラを救出し、自分たちの隠れ家へと戻っていった。

皇帝はそのまま彼らと別れ、別の行動に移ったのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 紅き翼はオリンポス山の南東にある隠れ家へと戻ってきた。おんぼろの屋敷が一つ寂しげに建った、みすぼらしい隠れ家だった。いや、おんぼろの屋敷と言うか、単純に捨てられた廃墟であった。

 

 ヘラス帝国の第三皇女テオドラは、なんとも皇女と言うには似つかわしくないおてんば娘であった。そのボロ屋敷を見て、紅き翼の隠れ家とは思えぬと言ったり、ラカンをいじったりとやりたい放題であった。

 

 

「さーて姫さん。助けてやったはいいけどここからが大変だぜ」

 

「助けた……というには釈然としないものもあるが……」

 

「そいつは言わねぇ約束だぜ」

 

 

 そんな中、ナギはアリカへと、これからが本番だと言葉にした。

 

 だが、メトゥーナトはしれっとそこへツッコミを入れた。

何せ、自分たちが助けたのは間違いないのだが、あの皇帝がいたのならさほど問題なかったのではないか、と思ったからだ。

 

 それに対してナギは、あえてそれは言うなと、苦い顔をしながら言った。

 

 

「連合にも帝国にも……、あんたの国にも味方はいねぇ」

 

「恐れながら事実です、王女殿下」

 

 

 ナギは気を取り直し、再びアリカへと言葉を投げた。

この現状にて、もはや自分たちだけが切り札だ。味方だった連合も、敵であるヘラス帝国も、そしてアリカの国であるオスティアでさえも、全てが敵に回ってしまった。

 

 そこへ付け加えるように、ガトウがアリカへと申し出た。

 

 

「殿下のオスティアも似たような状況で、最新の調査ではオスティアの上層部が最も()()……と言う可能性さえ上がっております」

 

「やはりそうか……」

 

 

 帝国はおろか連邦でさえ、完全なる世界の手のものに操られている。

それはオスティアでも同じことが言えると。すでに、完全なる世界のものは、オスティアの上層部にまで手が伸びていると、ガトウは調査の報告を述べた。

 

 ただ、アリカもそれにはうすうす気が付いていたようである。

 

 

「あの皇帝が言っておった。すでオスティアの上層部……、いや、……国王が怪しいとな……」

 

「なっ!? なんと……!?」

 

 

 また、夜の迷宮に捕らえられていた時、アリカは皇帝から色々と聞かされていた。

オスティアの上層部だけではなく、国王でさえも完全なる世界の手に堕ちているということを。

 

 アリカはそれを静かに語ると、ガトウは驚愕し、そんな馬鹿なと叫びそうになっていた。

まさか、オスティア、ウェスペルタティア王国の王が、敵になっているなどと、信じがたい事実だったからだ。

 

 

「国王っつーことは、あんたの父親か……!」

 

「……」

 

 

 ナギも当然それに驚き、つまりそれはアリカの父親ではないかと叫んだ。

アリカはそれに沈黙したまま、小さくコクりと頭を下げ、肯定の意思を見せた。

 

 そう、国王が敵と言うことはつまり、アリカは父親と決別する言うことに他ならなかったのだ。

 

 

「メトゥーナト、お前も何か聞いてないのか? お前は皇帝の部下だろう?」

 

「私はここを任されただけにすぎぬ身。そのことに関しては何も聞いてはいない……」

 

「そ……、そうか……」

 

 

 ガトウはこのことについて、メトゥーナトへと質問した。

皇帝直属の部下であるメトゥーナトなら、何か情報を貰っているかもしれないと思ったからだ。

 

 しかし、メトゥーナトとて全てを知っている訳ではない。

皇帝からは教えられていない情報も、数多くある。故に、何も知らないと、静かに答えるだけだった。

 

 ガトウもメトゥーナトの答えを聞いて、何も言えない様子であった。

ただただ、無念な表情を見せるだけであった。

 

 

「……それはよい……」

 

「それはよいって!? あんたはそれでいいのかよ!?」

 

 

 だが、アリカは国王が敵であることを、よいと言った。

ナギはそれに対して、良いはずがないと叫びそうになっていた。

 

 

「よいと言った。……どの道、……味方はすでに連合・帝国、……そして、オスティアにさえ、どこにもおらんのじゃからな……」

 

「姫さん……」

 

 

 それでもアリカはよいとはっきり言った。強い信念が込められた声だった。

何せもはや周囲は敵だらけ、自分の国にすら味方はいない。国王が敵だと言われても、もはや驚くに値しない。

 

 いや、アリカはうすうすだが、自分の父親がすでに裏切っていたのではないかとさえ、最初から気が付いていたのである。だからこそ、ショックは受けど大きく取り乱すことも無く冷静に受け止められたのだ。

 

 しかし、そのアリカの表情には、どことなく哀愁が見て取れた。

ナギはそれでも強くよしとしたアリカを見て、もはや何も言うまいと悟ったのであった。

 

 

「……のう、我が騎士よ」

 

「……騎士って俺のことか? 俺は騎士っつーより魔法使いで、騎士ならそこのメトじゃ……」

 

 

 アリカは数秒間の沈黙をした後、ナギへと言葉を述べた。

だが、ナギは騎士と呼ばれることに違和感を感じ、むしろ騎士というのはメトゥーナトのことではないかと話した。

 

 

「あの者は()()()()()()()()()()()()じゃ。()()()()()()()()じゃ」

 

「……まっ、姫さんがそこまで言うんなら、それでいいぜ」

 

 

 アリカはナギのその言葉の答えとして、メトゥーナトは違うと言った。

メトゥーナトは騎士ではあるが、元からアルカディアの皇帝の騎士。自分の騎士ではない。自分の騎士は目の前にいる赤い髪の魔法使い、ナギだとはっきり宣言したのだ。

 

 ナギはその宣言を聞き、ふっと笑ってそれでいいとした。

目の前の恐ろしくも凛としたアリカが、自分を騎士と認め呼ぶのだ。

 

 それに、やはり自分の父親が敵であるというのは大きなショックなはずだ。ならば、呼び名ぐらい好きにさせてもよいと、ナギは思ったのである。

 

 

「……もはや味方はアルカディアの皇帝を残すのみ。世界のほとんどは敵となった」

 

 

 ナギの言葉に満足したアリカは、ほんの一瞬だけ、小さな小さな笑みを見せた。

その笑みは数秒すら持たなかったものの、優しく慈愛に満ちたものだった。

 

 そして、すぐさま毅然とした表情へと戻したアリカは、ナギへと啖呵を切り始めた。

世界の半分以上はすでに自分たちの敵。味方となってくれるものは、今はアルカディアの皇帝と、その帝国のみ。

 

 

「じゃが、主と、()()()()()は無敵なのじゃろ?」

 

 

 しかし、ナギとそれを率いる翼たちは、その世界に匹敵する。いや、それ以上だと噂に聞く。

 

 

「こちらはたった8人、されど最強の8人の(へい)、世界を相手取るには充分すぎるほどの(つわもの)たちがおる」

 

 

 その世界に名を轟かせた八つの翼は、世界と戦うには十二分の戦力だ。そうだ、彼らならば戦える。この混沌とし、破滅せんとその道に進む世界を救える。

 

 

「ならば我等が世界を救おう。我が騎士ナギよ、我が盾となり……」

 

 

 であれば、戦う他道は無い。世界を護る為に、世界を救うために、戦争を終わらす為に。ここにある八つの翼を全て賭け、世界の敵を討ち滅ぼそう。世界を滅ぼさんとする悪しき根源を、悪の権化を打ち倒そう。

 

 それならば、ナギは我が騎士となりて、全ての悪意を、刃を、傷つけんとする全ての攻撃から我が身を守る鉄壁の盾となれ……。

 

 

「剣となれ」

 

 

 そして、全ての敵を粉砕する剣となれ。世界を救う救世の聖剣となれ……と。

アリカはそう言い切ると、一つの剣を持ち出し、刃を天へと向けた。

 

 

「はっ、やれやれ……。こういう役はぜってーメトのもんだろうに」

 

 

 ナギはアリカの言葉を聞き終えると、覚悟を決めたように目を瞑った。

とは言え、こういう”騎士”役は明らかにメトゥーナトの好物だろう。アイツは根っからの騎士、このような対応こそ自分よりもふさわしいと、ナギはふと考えた。

 

 だが、アリカが自分を騎士というのならば、それに従おう。

今はそれでいい、この争いを終わらせ世界を救えるのなら、騎士にでもなってやろう。ナギはそう思いながら、ゆっくりと姿勢を低くし頭を下げて膝をつき右腕を地に置いた。

 

 その姿勢を意味するものは、誓約であった。ナギはアリカへと、かしづいたのだ。

 

 

「いいぜ、俺の杖と翼……、あんたに預けよう」

 

 

 そして、アリカがナギの肩へ剣の刃をそっと置くと、ナギは誓いの言葉をしっかりと言い放った。

自分の命と、仲間の命、それを全てアリカへ貸すと、そうはっきり宣言したのだ。

 

 その姿はまるで騎士そのものだった。まさしく王が騎士に誉れを授けるような、美しい光景であった。昇る太陽を背に、二人はここで戦いを終わらせることを誓い合ったのだ。

 

 



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百四十五話 語られる20年前

 紅き翼は新たな戦いの局面へと入っていった。

まず狙いは”完全なる世界”に手を貸す組織の壊滅だ。基本的に完全なる世界に手を貸す連中は、武装マフィアや武装商人などの悪党ばかりだ。

 

 その組織の基地などを見つけ、破壊して回ることが紅き翼の戦いだった。また、ラカンやナギなどはこう言った戦いの方が得意だったので、ガンガン敵の隠れ家・アジトなどを破壊して回り、勢力を削っていった。

 

 しかし、それは完全なる世界でも下っ端、表面部分でしかない存在だ。いくら倒しても、完全なる世界にはあまり大きなダメージを与えられないのである。

 

 何せ連中の中核に位置するのは、完全なる世界の使徒と呼ばれる”一番目”などの人形たちだからだ。そいつらを倒さない限り、完全なる世界に大きな打撃を与えることは不可能だった。

 

 

 さらに、紅き翼が本格的に動き出した時から、妙な連中に会うことが多くなった。それは”転生者”と呼ばれる存在だった。彼らは”完全なる世界”の仲間であったり、関係なかったり、敵であったりした。それ以外にも紅き翼の敵だったり、協力者だったりもした謎の存在だった。

 

 その転生者たちを見た状助ら転生者は、やはり出てきた、という顔を見せていた。しかしながら、映像内の彼らでさえも紅き翼の障害にすらなりえず、あっけなく倒されていたようだ。

 

 また、映像内の仲間となった転生者たちも、次々と転生者同士の戦いで消えていった。もしくは戦いに参加せず、裏方に回るものも多かった。

 

 

 しかし、イレギュラーなる存在はそれだけではなかった。

”サーヴァント”と呼ばれる存在が、この世には存在した。いや、本来はあるはずもない存在だ。だが、転生者の”特典”として、その存在を召喚することが可能だっただけである。

 

 

 その中でも、もこもこした白き髭の老兵なる騎士風の男が、”アーチャー”と呼ばれるサーヴァントを使役していた。その騎士はオスティアのものであったが、アリカの危機と聞いてそちらを抜け出し、紅き翼に協力したのである。

 

 そして、そのアーチャーなる緑色の外套の男は、すさまじい隠蔽力と戦闘力を発揮した。

敵の組織を見つけ出し、見つからずして単独で壊滅する男。アーチャーなどと名乗っているが、その実アサシンではないかと疑うほどの能力だった。それこそ、あのロビンフッドと名乗る、緑色のアーチャーだった。

 

 ラカンは、彼らは紅き翼に入らなかったが、間違いなく()()()()()と説明をいれた。本来ならば自分たちと同じように、紅き翼として有名であってもおかしくない、そんな仲間()()()、と認めていた。

 

 のどかはその光景を見て、あの緑色のアーチャーなる人物が、自分の知るロビンであることに気が付いた。

また、彼女以外も、ロビンを見たものたちはそれに気が付いた様子だった。

 

 ただ、そこでゴールデンなるバーサーカーは一つ疑問に思った。

このアーチャー、ロビンフッドは今の映像を見るに戦い方こそ卑劣であるが、男としては信用できる存在だ。しかしながら、このロビンフッドを操るマスター、白き髭の老騎士はどこへ行ってしまったのか、ということだ。

 

 ロビンに出合った時、近くにそのような人物はいなかった。いや、”あの仲間”の誰かがマスターだと思い込んでいた。

 

 それに、アーチャーは単独行動をスキルに持つが故に、単独で行動することも可能だ。それでも、映像を見る限りではあのアーチャーが、ぎこちなくだが慕うマスターから離れ、勝手に行動するのはおかしいと感じたのである。

 

 何せ、”魔力供給”こそ”転生神”の力で行われ、現界や戦闘において十全に力を発揮できるが、マスターと言う楔がなければ、自分たちサーヴァントは存在できない。故に、マスターがいないと言うのは、ありえないことだった。なので、マスターは一体どこで何をしているのだろうかと、バーサーカーは考えたのである。

 

 そんな疑問を抱きながらも、次々と流れる映像に誰もが釘付けとなった。戦い、戦い、また戦い。ハラハラドキドキの連続が、彼らを襲ったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 こうして何度も完全なる世界と敵対しているうちに、仲間がどんどん増えていった。協力する味方が増えていった。力を貸してくれるものたちが増えていった。

 

 その後、映画なら3部作、単行本14巻分ほどの戦いの後、完全なる世界の本拠地を発見することに成功した。とは言え、その三部作分は全部飛ばされ、すでに最終局面手前の映像が流れていたが。

 

 すでに目の前には敵の本拠地が映し出され、これがラストダンジョンだ! と言わんばかりの雰囲気を出していた。それこそが王都オスティア空中王宮最奥部”墓守り人の宮殿”である。

 

 そして、ナギたち紅き翼もオスティアにて、遠くに浮かぶ宮殿を目視で見ていた。あそこが敵の本拠地、もうすぐ最終決戦だと考えながら。

 

 

「不気味なぐらい静かだな……やつら」

 

「なめてんだろ。悪の組織なんてそんなもんだ」

 

 

 決戦前だと言うのに、敵の根城は妙に静かだ。

嵐の前触れのような、津波の前の海のような、そんな静けさだった。それをラカンはこちらのことをなめてるからだろうと、笑いながら吐き捨てていた。

 

 

「ナギ殿、連合・帝国・アリアドネー混成部隊、準備完了しました!」

 

「おう」

 

 

 そこへ現アリアドネー総長セラスが若き姿で現れた。20年前なので当然若く少し幼い容姿だ。

 

 セラスはメセンブリーナ連合、ヘラス帝国、そしてアリアドネーの混成部隊が整い、いつでも戦闘可能になったことをナギへと報告した。ナギはそれに対して、景気のいい返事を返していた。

 

 また、この混成部隊には転生者なども参加しているようで、当然敵である完全なる世界にも転生者がいるようだった。

 

 

「あんたらが外の自動人形や召喚魔を抑えてくれりゃ、俺たちが本丸に突入できる。頼んだぜ!」

 

「ハッ……」

 

 

 そうだ、敵は連中だけではない。連中が召喚する魔物や自動人形も、大量に存在するのだ。

それだけでもかなりの数の敵となり、紅き翼だけで衝突すれば、本拠地に侵入する前に消耗してしまうというものだ。

 

 だが、それらを混成部隊がひきつけて戦ってくれれば、紅き翼は消耗を押さえて本拠地に乗り込むことができる。

ナギはそれをセラスへと、感謝を述べながら頼んだのである。

 

 セラスも緊張気味な様子で、ナギの返答に頭を下げていた。

 

 

「それであの……ナギ殿……」

 

「ん?」

 

 

 また、セラスはそれ以外にも、何かナギへ物申したそうな顔をしていた。

ナギはまだ何かあるのかと、セラスの言葉に返事した。

 

 

「ササ、サインをお願いできないでしょうか」

 

「おお? ああ、いいぜそんぐらい」

 

「そっ、尊敬していました」

 

 

 セラスはなんと、ナギへとサイン色紙を取り出し、サインをねだったのだ。

と言うのも、既にナギにはファンクラブが存在するほど人気者だった。このセラスもまた、ナギのファンだったのである。

 

 ナギは突然のサインの要求に、一瞬だけ戸惑いながらも、そのぐらいいいかと思い、OKを出した。

そして、セラスはナギへと色紙を手渡しながら、ファンだったことをナギへと告げたのだった。

 

 

「メトゥーナト、こちらも準備が完了したぞ」

 

「全ては我ら皇帝陛下のため、お互い死力を尽くそう」

 

「全ては我らが皇帝陛下のために」

 

 

 そこへもう一人、巨体の亜人が現れた。

それは皇帝の部下の一人である、ギガントであった。ギガントは自分らの部隊を整え、いつでも出れるようにしてあると、メトゥーナトへ報告しに来た。

 

 メトゥーナトは、この戦いを皇帝陛下のための戦いとし、全てを出し尽くすことを宣言した。

ギガントもまた、皇帝陛下のために勝利し、それを献上することを約束した。

 

 

「修行のためにこの場へと参上したが、いやはやこんなことになっちまうとはな」

 

 

 そんな中、少し端の方で、この戦いに参加したと思われる男子が、一人気合を入れていた。

それこそ、若き日の龍一郎であった。熱海数多の父にて、皇帝の部下の中で最も出番の少ない、哀れみを背負った男だ。

 

 若き龍一郎はこの時未だ20ぐらい。若さ溢れる血気盛んな年頃だった。いや、今も彼は自分を若いと思っているが。

彼は魔法世界にて武者修行に励んでいたが、この度大きな戦が起こると聞きつけ、ここへ参上したのであった。

 

 

「まっ! 世界を救う戦いっつーんなら、更なる高みに行けるかもしれないぜ!」

 

 

 彼の誤算はこの戦いが、魔法世界の運命を左右するほどのものになったということだった。

しかし、それこそ男ならば誰でも乗り越えたい場面だと、龍一郎は燃えていた。この時期は真なる熱血に辿り着こうと、必死だったのである。

 

 が、その後この世界の全てを知り、アルカディアの皇帝の部下となるなど思ってもいなかっただろう。

そんな彼も、今はただただ強さを求める男でしかなかった。

 

 

「さて、アーチャーよ。今回の戦いは、今までとは違うぞ。よりいっそう気を引き締めていかねばな」

 

「ダンナぁー。今更だが言わせて貰うがよ、オレみてぇなヤツに、世界をどうこうする戦いとか似合わないっつーかよ」

 

 

 また、紅き翼に協力的な転生者、白き髭の老兵もその場に参上していた。

そのサーヴァントであるアーチャー、ロビンフッドもまた、同じく老兵の隣で敵本拠地を眺めていた。

 

 老兵はアーチャーへと、今回の戦いについて忠告した。

今までの戦いとは訳が違う大規模なものになるだろう。緩んでいる暇などない、いつも以上に気をつけなければと。

 

 だが、ロビンはこの戦いそのもののやる気がないと言うようなことを言い出した。

世界を救う為の戦い、世界をまたにかけた戦い。生前、小さな村を、小さな民衆を守る為に戦ってきたロビンにとって、それは大きすぎる戦いであった。

 

 

「連中に任せとけば問題ないんじゃねぇんですかね?」

 

「フッフ……。そう言う割りに、顔が笑っているように見えるぞ?」

 

 

 故に、ロビンはそんなことなど、周囲のものに任せればよいと言葉にした。

連中だって手馴れだし、紅き翼とか言うチームもかなりヤバイ連中だ。そいつらがいれば、問題なく終わるだろうと。

 

 しかし、老兵はそんな風に愚痴るアーチャーの表情を見て、ふっと小さく笑った。

文句を飛ばしているというのに、アーチャーの表情はニヤリと笑っていたからだ。まるで、楽しみで仕方がない、こう言う戦いも悪くない、そんな表情だったからだ。

 

 

「はぁー? んな訳ないっしょ? 年取りすぎて目もまともに見えなくなっちまったんじゃねぇっすか?」

 

「ふっ……、そう言うことにしておいてやる」

 

 

 だが、ロビンはそれを否定し、ありえないと皮肉を言った。

自分がこんな大それた戦いに興味があるはずがないと、そう言うようなことを言葉にしたのだ。

 

 それでもやはり、このような大戦で戦えることを、光栄に思っていたりもする。

とは言うものの、やはりと言うか素直になれないと言うか、ついついそんな態度を取ってしまうのもロビンであった。

 

 老兵もそれを理解し察しているようで、あえてそれを言うことはなかった。

それならそれでよい、自分の目も確かに老いた。笑って見えたのは幻覚だったと、そうにこやかに微笑んだのである。

 

 

「お前のスキル”破壊工作”ならば、ある程度敵の戦力をそぎ落とせるだろう」

 

「まあ、それなりに罠は仕掛けさせてもらいましたがね? うまくいくかはヤツら次第ですよ」

 

 

 そんな微笑ましい会話の後、老兵は笑みを隠し再びキリッとした真面目な表情へと変化させた。

また、この戦いにおいて、ロビンの能力は大きな戦力になると、はっきり断言したのだ。

 

 ロビンもそれを聞いて、すでに準備は整っていると宣言した。

ただ、それがうまく行くかどうかは、敵の行動次第でもあるとも述べていた。

 

 

 ……ロビンフッドは破壊工作をランクAと言う驚異的な高さで保有している。

これは敵軍に使用すれば、最大6割近くも戦力を削ぎ落とすという恐ろしい能力だ。

 

 実際、”Fate/Grand Order”の北米神話大戦(イ・プルーリバス・ウナム)にて、敵であるケルト軍の戦力を大きく削っていたほどである。

一対一での戦いでは発揮しづらい能力だが、大多数の敵を相手にする場合、最大限に力が発揮されるのだ。

 

 

「やる気がないと言いながらも、既に用意しているとはな」

 

「別にやる気がない、なんて一言も言ってませんがねー」

 

「そうかそうか」

 

 

 そのロビンに老兵は、再びニヤリと笑って見せた。

なんとも先ほどの台詞を言ったとは思えぬやる気ではないか。指示せずとも、既に罠を仕掛け、敵を迎え撃つ準備を整えているとはと。

 

 ロビンは老兵の皮肉に、皮肉で返した。

確かに先ほど自分たちが出る幕ではないと言う感じに言ったが、それはそれだ。戦う気がないなど、言った覚えはないとロビンは言い出したのである。

 

 

「まあ何、お前の仕掛けた罠だ。うまくいくさ」

 

「うまくいってくれりゃ、オレも万々歳なんですけどねぇ」

 

 

 老兵はさらに、ロビンの罠がうまくいかないはずがないと断言した。

このロビンの罠は最上級だ。引っかからないものなど、そうはおるまいと。むしろ、たかが召喚魔ごときに、卓越したロビンの罠が見抜けるはずがないとさえ思っていた。

 

 ただ、召喚魔は数が桁違いであるだろうと、老兵は考えていた。

ロビンの罠がいかに優れていても、数に圧倒されるだろうとも予想していた。それでも、ここにいるのは自分たちだけではない。

 

 メセンブリーナ連合・ヘラス帝国・アリアドネー混成部隊、そしてアルカディア帝国の兵団。

彼らがともに召喚魔の討伐をするのならば、それで十二分だとも思っていた。

 

 

 そんなことを言われたロビンも、そうなってくれれば最高だったと肩をすくめていた。

世の中そうそううまくいくなんてことはない、そう思っているような物言いだった。とは言え、彼とて自分の罠に自信がない訳ではない。むしろ、当然のように罠にはまると自負しているのだ。

 

 

「それに、……向こうにも我々のような存在がいるだろう。その時に戦えるのはアーチャー……、お前だけだ」

 

「まっ、そこまで言われちゃしょうがねぇ……。……やってやりますよ」

 

「頼りにしているぞ」

 

 

 また、老人は別のことも気になっていた。

それは自分と同じような転生者の存在だ。さらに言えば、”自分のようにサーヴァントを使役する”転生者だ。

 

 老兵は転生特典として、サーヴァントの召喚チケットを貰った。

そのチケットは金色の札であり、呼符と呼ばれるものだった。それを使い、ランダムでサーヴァントを召喚したのである。それにより呼び出されたサーヴァントこそ、横にいるロビンフッドだった。

 

 彼はアーチャー・ロビンフッドを召喚したことに、なんら不満はなかった。

いや、むしろ嬉しかった。確かに周囲のトップサーヴァントから見れば、影に埋もれるであろう能力のサーヴァント。

 

 されど、サーヴァントはサーヴァント。気の効く男だし、わりと面倒見がいいこのロビンを、老兵は”前世から”気に入っていたのだ。

 

 だからこそ、どんなサーヴァントが敵に出てこようとも、アーチャーと戦える。

どんなサーヴァントが出てきても、アーチャーがいれば乗り越えられる。倒せない敵はいない。そう、確信しているのだ。

 

 

 それ故に、老兵はロビンへとそう言った。切り札はお前だと。

そこにはおごりも慢心もなく、純粋に心に思ったことを、そのまま出しただけの台詞だった。

 

 ロビンも真面目にそう言葉にする老兵を見て、フッと小さく笑って見せた。

そして、ならば勝たねばこのマスターのサーヴァントとは言えまいと、言葉にはしないが強く思った。だから、一言だけだったがはっきりと、気持ちのこもった肯定の言葉を吐き出したのだ。

 

 そのロビンの言葉に老兵は満足したのか、小さく微笑みそう言った。

ああ、そうだ。いつだってお前に頼ってきた。今回も同じように、任せたぞ。そんな感じの言葉だった。

 

 

「連合の正規軍の説得は間に合わん。ヘラス帝国のタカミチ君と皇女も同じだろう。決戦を遅らせることはできないか?」

 

「無理ですね……。私たちでやるしかないでしょう」

 

「既にタイムリミットだ」

 

 

 そこへガトウから通信が入った。

その通信はナギ側からは映像としてガトウの顔が宙に映し出されていた。

 

 内容はこの決戦にて、未だ両国の正規軍への説得が終わらず、参戦が困難であることを告げるものだった。

故に、決戦を遅らせられないかと言う相談でもあった。

 

 しかし、もう既に遅い。これ以上遅らせることは不可能だ。

ならば、ここにいる自分たちと混成部隊だけで敵を倒すしかないと、アルビレオは言葉にした。アルビレオの横で通信を見ていた詠春も、アルビレオと同じ意見だった。

 

 

「ええ、彼らはもう始めています……。”世界を無に帰す儀式”を……」

 

 

 何故、もう時間がないかと言うと、敵は既に行動を起こしているからだ。

それは魔法世界を消滅させる儀式だ。この魔法世界を消し去り、終わらせる儀式だ。

 

 

「世界の鍵、”黄昏の姫御子”は今、彼らの手にあるのです」

 

「ああ……!」

 

「……」

 

 

 そして、その儀式に必要な鍵、黄昏の姫御子も既に敵に捕らえられていた。

アルビレオがそう説明すると、ナギは覚悟を決めたような笑みで、一言返事の言葉を述べた。その心の中で、黄昏の姫御子、姫子ちゃんを絶対助けると、固く誓っていた。

 

 また、メトゥーナトもそれを静かに聞きながら、敵の本拠地を見つめていた。

また、ナギと同じように、黄昏の姫御子を救出したいと願っていた。

 

 

「メトゥーナト」

 

「……! こっ、皇帝陛下……!!」

 

「何!? いつのまに!?」

 

 

 だが、そこへ一人の男が、突如としてメトゥーナトの横へ現れた。

それはアルカディアの皇帝だった。

 

 メトゥーナトは突然皇帝に声をかけられ、ハッとしてそちらへ向きなおし、膝をつき挨拶した。

近くにいたナギも、突然現れた皇帝に驚き、戸惑いの表情を見せていた。

 

 

「かしこまるな。それに驚くな、分身の方だ」

 

「ハッ……」

 

「今回は本人じゃねぇのか……」

 

 

 そんなメトゥーナトに皇帝は、自分は分身であり本体ではないので、そこまでする必要はないと言葉にした。

それでもメトゥーナトは態度を変えず、かしづまっていた。

 

 ナギは皇帝が本人ではないと聞いて、少しため息をついていた。

なるほど、前のように本人がじきじきにここへ来たという訳ではないのかと思いながら。

 

 

「はぁ……。まあいいさ。おめぇに新たな任務を言い渡す」

 

「ハッ、なにとぞ……」

 

 

 良いと言ったのに未だかしこまるメトゥーナトを見た皇帝の分身は、小さくため息をついた。

そして、この騎士は元々そう言うヤツだと考え、本題を切り出した。

 

 メトゥーナトはそれを聞き、再び頭を深々と下げた。

本当にこの騎士、真面目が生きて歩いているような存在であった。

 

 

「まずはコイツを持て」

 

「っ!……、これは……?」

 

 

 皇帝の分身はもはやメトゥーナトの態度を気にせずに、どこからともなく取り出した黄金の杖を、メトゥーナトへ渡した。

メトゥーナトはそれをしかと受け取りながら、これは一体何なのだろうかと言葉を漏らした。

 

 

「そいつを、黄昏の姫御子と交換してこい。それだけでいい」

 

「はっ……。しかし、彼女のいると思われる最奥部への行き方は……」

 

 

 それを渡し終えた皇帝の分身は、伝令を言い渡した。

黄金に輝くその杖と引き換えに、黄昏の姫御子を奪還せよ、というものだった。しかし、それ以上の説明がまったくなかった。

 

 メトゥーナトは返事はしたものの、何も説明がないことに困った。

なので最も重要そうな部分、つまり”黄昏の姫御子がいる場所”を尋ねたのである。

 

 

「……その杖が教えてくれる。後は自力で辿り着け。だが、()()()()()()()()

 

「かしこまりました……」

 

 

 そのもっともな問いに皇帝の分身は、杖が教えてくれるとだけ説明した。

この黄金の杖には最奥部、つまり黄昏の姫御子が封じられている部屋に案内するための機能が備わっているようだ。

また、はっきりと口調を強め、この任務は必ず成功させろと念を押したのだ。

 

 メトゥーナトは皇帝の今の言葉に、深々と頭を下げて承った。

さらに、皇帝が()()と口にするからには、非常に重要な任務であることをその場で理解した。

 

 ただ、この黄金の杖の案内機能というのは、飛行石がラピュタの場所を指し示す光の線が現れるのと同じで、黄昏の姫御子を補足し、一直線に光の線が発生するというものだった。

 

 故に、メトゥーナトは”道”がわからず困り果てることになる。そして、だからこそメトゥーナトはその光を追うようにして、剣で壁や天井を切り裂き、最奥部まで進入することになったのであった。

 

 

「んじゃ、健闘を祈ってるぜ」

 

「ありがたきお言葉。必ずや任務を果たします……」

 

 

 皇帝の分身はメトゥーナトに任務を託すと、応援の言葉を残しその場から消え去った。

メトゥーナトはかしづいたまま、皇帝がいた場所へと、誓いの言葉を述べていた。

 

 

「よぉし野郎ども! 行くぜ!!」

 

 

 ナギはメトゥーナトと皇帝の会話が終わったのを見て、ならば早速敵陣へ突っ込むぞと意気込んだ号令を上げたのだ。

そして、ついに完全なる世界との決戦の火蓋が切られたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 紅き翼のメンバーはメセンブリーナ連合・ヘラス帝国・アリアドネー混成部隊とアルカディア帝国の部隊のおかげで、無傷で敵本拠地に突入することができた。彼ら以外にも協力的な転生者たちなども本拠地へ侵入し、完全なる世界に手を貸す転生者と戦いを始めていた。

 

 そんな紅き翼を待ち構えていたのは、当然幹部クラスの連中だった。

 

 

「やあ、”千の呪文の男”また会ったね。これで何度目だい?」

 

 

 その筆頭として登場したのが、やはりスカした顔の”一番目”だった。

さらにその左右に、炎と水と雷と、さらに黒いフードの男が参上した。彼らこそ完全なる世界の使徒だ。

 

 

「僕たちもこの半年で、君に随分数を減らされてしまったよ。この辺りでケリにしよう」

 

「おお!!」

 

 

 彼ら完全なる世界も、ナギたちの活躍によって組織を大きく削がれ、かなり縮小してしまった。

そのことを恨みなどなさげな涼しい顔で、”一番目”は言葉にしていた。また、ならばここでどちらが倒れるか、決着をつけようと宣言したのだ。

 

 その”一番目”の言葉に、ネギも同意し叫んだ。

そうだ、ここでお前たちを倒し、世界と黄昏の姫御子どちらも救い出す、そんな意気込みを吐き出したような叫びだった。

 

 そして、両者が衝突しあい、互い互い一対一ずつでの戦いが始まった。

しかし、そこにメトゥーナトの姿はなかった。何故なら、すでに皇帝の命令どおり、黄昏の姫御子救出を行っていたからだ。

 

 アルビレオは影の召喚を操る黒いローブの男と対峙し、重力魔法で対抗していた。

 

 

「アナタはフィリウス……!?」

 

「ふん」

 

 

 ナギの魔法の師匠であるゼクトも、すでに水を操る敵と戦っていた。

この少年のような姿でありながら、口調が年寄りのようで大人びた態度を見せるゼクトだ。

 

 敵はそのゼクトを見て驚きながら、意味深な名前を言い出したのだ。

いや、そんな馬鹿な。彼がこの場で我々と対峙しているなんて……。そんな様子であった。

 

 だが、ゼクトは逆に敵などお構いなく、鼻を鳴らして戦っていた。

ゼクトは一体何者なのか、そんなことはどうでもよい。今は紅き翼のメンバーであり、そのリーダーであるナギの師匠として、この場に参上しているのだから。

 

 

「雷ッ! 光ッ! 剣ッッ!!」

 

 

 詠春は雷を操る敵と激闘し、神鳴流奥義を用いて戦っていた。

ラカンも炎を操る敵と、にやりと笑いながら殴り合いを行っていた。

 

 

「■■■■――――――ッ!!!!!」

 

「行くぞ、アーチャー……!」

 

「……無貌の王……、参る」

 

 

 また、紅き翼以外にも、この場で戦うものたちがいた。

それは転生者だ。紅き翼に協力的な転生者たちが、完全なる世界に協力する転生者と戦いを繰り広げていたのだ。

 

 その中に老兵の姿もあった。

老兵はアーチャー・ロビンとともに、敵対する転生者が操るであろうバーサーカークラスのサーヴァントを目の前に、戦闘態勢へと移行していた。目の前で叫び猛り狂うバーサーカーを見た老兵は、やはりか、と言ったような様子であった。

 

 燃えるような赤の短い髪。そこから長く伸びた触角のような装飾。

巨大な体。それを覆う中華風の鎧。そして太くたくましい腕が掴んでいる、巨大な槍。これぞまさしく明らかに呂布だった。そうだ、彼らの目の前に立つサーヴァントこそ、Fate/EXTRAに登場するバーサーカー、呂布だったのだ。

 

 バーサーカーは雄たけびを発しながら、猛烈な勢いでロビンへと特攻をしかけてきた。

そんな中、老兵は冷静な態度で、静かにロビンへと戦いの始まりを告げた。ロビンはそこでゆっくりと弓を構えながら一言決めると、迫り来るバーサーカーへと攻撃を開始したのである。

 

 

「あああああ!!!!」

 

「くぅあああっ!!!」

 

 

 そして、ナギはと言うと、一番目と熾烈な激戦を繰り広げていた。

ナギは巨大な雷の槍を無数に操り、一番目へと目がけ飛ばして回った。一番目も負けずと反撃し、大地の魔法にて岩の槍を地面から突き出した。

 

 どちらも傷を増やしながらも、その戦いを激しく苛烈にさせていった。

しかし、それも長くは持たなかった。最後に勝利したのは、やはりナギであった。

 

 

「見事……。理不尽なまでの強さだ……」

 

「黄昏の姫御子なら、俺の仲間が今頃助け出しているだろうぜ。お前の野望もこれまでだ」

 

 

 ナギの右手に首をつかまれながら、力なくぶら下がる一番目の姿があった。

室内であったが激闘にて、両者は外へと出たようだった。

 

 一番目はもはや体を動かすこともかなわない状態でありながらも、口だけは達者だった。

この目の前の赤毛、なんたる強さだろうか。完全なる世界の使徒として強く創られた自分よりも、ずっと上を行く存在。そんなナギに一番目は、皮肉なく純粋にその強さを褒め称えた。

 

 だが、ナギはそんなことなど無視し、一番目に勝利の宣言を行った。

ナギとて頬から血を流し、息も上がって荒い状態だ。ようやく目の前の男を倒せた、と言うようなギリギリな様子であった。

 

 それでも、これで戦いが終わりだと思っていたので、多少の余裕があったようだ。

ボスである目の前のいけ好かない男も倒した。メトゥーナトが黄昏の姫御子を助けているだろう。仲間たちもこちらにやってきた。この目の前の男の仲間は全滅したのだろう。

ならば、もう戦いは終わりだと。

 

 

「フッ……フフフ……。まさか君は、未だに僕が全ての黒幕だと思っているのかい?」

 

「何……だと……?」

 

 

 だと言うのに、一番目は笑っていた。瀕死の状態だと言うのに、余裕の表情を見せていた。

これで終わったと思っているのか。自分が最後の敵だと思っていたのか。そう言い出した。

 

 ナギはその発言に、驚きの表情を見せた。

そんな馬鹿な、この男が最後のボスではないと言うのか。嘘を言って惑わそうとしているのか。それとも助かろうと考え騙そうとしているのか。

 

 それとも本当のことなのだろうか。ならば、最後の敵は誰だ。一体何者なんだ。

ナギはそう考えながら、それを目の前の一番目に問い詰めようとした。

 

 ……が、その時。

一筋の光線が、ナギと一番目を貫いた。

 

 

「!?」

 

「ナ……」

 

 

 仲間の誰もがその光景を見て驚き、まずいと思った。

何者がやったかは知らないが、ナギが敵ごと討ちぬかれたのだ。誰の目にも今の攻撃はかなりマズイものであると、即座に理解できるものだった。

 

 

「ナギィッ!?」

 

 

 詠春は思わずナギの名を叫んだ。

まさかあのナギが無防備な状態で打ち抜かれるとは。この状況はそれほどまでに非常に危険だった。

 

 

「誰だ!?」

 

「!?」

 

 

 また、ラカンは今の攻撃が第三者によるものだと理解できた。

そして、その気配の方向に顔を向け、一体誰が攻撃したのか見定めようとしたのである。

 

 そこには、一つの人影があった。

一つの黒い布を全身に纏った人の姿があった。まるで何を考えているのかわからない、顔も見えない人の影が、その場に構えることもせず、ただただたたずんでいた。

 

 ゼクトはその姿を見た瞬間、何か恐ろしい攻撃が来ることを予想した。

 

 

「いかんッ!!」

 

 

 そこでゼクトはすぐさま、最大防御の障壁を何重に張り巡らせ、防御の姿勢をとった。

マズイ、マズイぞ。このままでは全滅する。いまだ攻撃のモーションすら取らぬ人影を前に、ゼクトはそれほどまでに焦りと恐れを感じていたのだ。

 

 その直後、闇のような漆黒の魔法が、彼らを襲った。

まさに隕石が衝突したかのような、すさまじい衝撃と破壊。それが、ゼクトが防御のために張った多重障壁すらも、いともたやすく砕いたのだ。

 

 それでも、それでも紅き翼のメンバーは、倒れて動かないナギをかばうようにして、その魔法を防御した。

ゼクトとラカンが先頭に立ち、その魔法をとめんと必死で腕を伸ばしていた。

 

 だが、彼らの努力は一瞬にして徒労に終わることになった。

何と言うことだろうか。その魔法の衝撃にて、紅き翼のメンバーはまるで羽虫のごとく吹き飛ばされ、誰もが瀕死の重傷を負わされたのだ。

 

 

「ぐっ……、馬鹿な……」

 

「アレはまさか……」

 

 

 先頭で防御を行っていたラカンは、今の魔法にて両腕を失うほどのダメージを受け、立ち上がることすらかなわぬ状態となっていた。

いや、誰もが体に力が入らず、寝転がったまま動けなかった。

 

 アルビレオも体のあちこちから血を流しながら、敵の姿を目視した。

まさか、アレはまさか。予想どおりならば、まず自分たちが勝てる相手ではない。そう確信しながら、黒い影のような敵を見ていた。

 

 ラカンもその姿を見た時、()()()()()()()()と直感した。

それは力の差などではない。自分がいくら強くとも、目の前のアレにだけは絶対に勝つことはできない。それをラカンは見た瞬間理解したのである。

 

 そう。黒いフードを全身に纏ったその人物こそまさに、造物主(ライフメイカー)に他ならないからだ。

この世界を生み出した、始まりの魔法使いにして造物主たるそれに生み出された、魔法世界人ラカンでは絶対に勝つことができないからだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 親玉、ボス。敵の首領。

ネギはそれを聞いて、驚いた。驚かざるを得なかった。

 

 

「まっ、待ってください!? 敵の親玉って……。アーチャーと名乗る人たちよりも上にそんなヤツがまだ!?」

 

「安心しな。()()()()()()()()()

 

 

 何せ、あのアーチャーとか言うヤツですら、かなり強い相手だった。

それ以外にも、雷を操る竜の騎士や、まだ見ぬ敵までいるというではないか。さらに、それ以上の相手、ラスボスと呼ぶべき敵が出てきたなら、ますますこちらが不利ではないか、そう思ったからだ。

 

 いや、それ以上に、そんな相手と自分たちが戦って、大丈夫だろうか。

自分はまだいい。それよりも、自分の生徒たちが無事であるかどうかが、気がかりとなった。

 

 そんなネギを安心させるかのように、自信ありげに笑いながら、この敵はもういないと断言するラカン。

だがしかし、それは全部嘘だ。この造物主(ライフメイカー)は倒せていない。

いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あのナギでさえも、二度にわたって打ち砕いた相手であるが、とどめを刺すことは不可能だった。

そうだ、まだこの始まりの魔法使いは生きている。と言うよりも、潜伏していると言った方が正しいだろう。

 

 この敵は未だ存在している。

ラカンもそれは知っている。今は封印されていて動けない。それも知っている。ただ、それをあえて教えないのは、そう言う決まりだからだった。ネギが大きくなるまで黙っている、と言う決まりがあったからだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 この空前絶後の大ピンチに、もはや紅き翼は動けなかった。

もはやこれまでか。世界は消え去ってしまうのか。終わってしまうのか。誰もが絶望せずにはいられなかった。

 

 

「待てコラ! テメェッ!!」

 

 

 しかしだ、しかし。未だ諦めを知らぬものがいた。

動き出したものがいた。立ち上がるものがいた。まだ戦えると、気持ちを強く持つものがいた。

 

 ラカンはそのものへと、待ったをかけた。

今のこの状況、そしてそのものが受けたダメージ。両方をあわせても一人で立ち上がっても、立ち向かえないと考えたからだ。

 

 

「任せなジャック……!」

 

 

 ナギであった。

ナギはゆっくりと立ち上がりながら、不敵に笑っていた。右肩を貫かれ、そこからおびただしい量の紅き血が流れ落ちている。それでもナギは、立ち上がった。まだ終わっていない、終わらせまいと動き出した。

 

 

「いけませんナギ! その体では……!」

 

「アル、お前の残りの魔力全部で俺の傷を治せ」

 

 

 だが、そんなナギをアルビレオも止めに入った。

正直言えばその傷で、あの化け物(ライフメイカー)を倒すなど到底不可能。命を落としかねない危険な賭けだ。

 

 しかし、ナギはアルビレオに、傷を治せと言った。

応急手当程度にしかならないだろうが、それでも戦えるほどにはなると。

 

 

「しかし、そんな無茶な治癒で……!」

 

「30分持てば充分だ」

 

「ですが!」

 

 

 とは言うが、やはり無茶だろう。

重傷の傷を応急手当しただけでは、治ったとは言えない。その程度の治療で戦うなど、やはり無謀でしかないと、アルビレオは叫んだ。

 

 ナギもそのことは先刻承知だった。

30分程度でいいから動けさえすれば、戦えればそれでよかった。そう覚悟を決めたナギは、先ほどの攻撃で吹き飛んだ杖をその手に呼び戻し、戦う姿勢を見せた。

 

 そして、その覚悟を口走るナギへと、アルビレオはそれでも止めようと必死だった。

戦えるようになったとしても、あのラスボスは倒せない。一人では無理だと。

 

 

「フフ……よかろう。ワシも行くぞ、ナギ。ワシが一番傷が浅い」

 

「お師匠……」

 

 

 すると、もう一人立ち上がるものがいた。ナギの師匠であるゼクトだ。

ゼクトは大きな傷こそなさそうであったが、それでも左手から血を流していた。表情も余裕があるように見えて、冷や汗で濡れていた。

 

 ナギはゼクトが立ち上がり、ともに戦ってくれることに喜んだ。

一人なら難しいかもしれないが、二人なら、師匠となら何とかなるかもしれない、そう思えたからだ。

 

 

「ゼクト! たった二人では無理です!」

 

「ここでやつを止められなければ世界が無に帰すのじゃ。無理でもいくしかなかろう」

 

 

 とは言え、負傷した二人だけでは無謀もいいところだ。

アルビレオはそれをゼクトへ叫び、無茶はやめた方がいいと叫んだ。

 

 しかし、ここで無視すれば敵の計画が完成してしまう。世界が消滅してしまうのだ。

無理だの無駄だの無謀だの言われようとも、ここで踏ん張ってやるしかないのだ。だからこそ、ゼクトは不敵に笑いそう言うのだった。

 

 

「待て! ナギ! ヤツはマズイ! ヤツは別物だ! 死ぬぞ! せめて態勢を立て直してだな」

 

「そうです! せめてメトゥーナトが合流してからでも……!」

 

「バーカ、んなことしてたら間に合わねぇよ」

 

 

 ただ、彼ら二人を止めようとするものは、アルビレオだけではなかった。

腕を失い瀕死のラカンも、ナギを必死に叫んで止めようとしていた。戦うのであれば、戦えるだけの状態にする必要もあると。

 

 アルビレオも同じく、戦うならば黄昏の姫御子の救出に向かったメトゥーナトが戻ってくるまで待てと叫んだ。

あの男が加わるならば、勝ち目が上がると。

 

 だが、そんな悠長なことをしていたら、世界が消滅する方が先だ。

今は一刻も早く、先ほど現れた造物主(ライフメイカー)を倒す必要がある。故に、それは待てないとナギは言った。

 

 

「俺は無敵の千の呪文の男(サウザンドマスター)だぜ? 俺は勝つ! 任せとけ!!」

 

 

 そして、仲間を安心させるかのように、自分は無敵だと豪語するナギ。

そうだ、勝たなきゃいけない。勝たなければ全てが終わる。だからこそ絶対に勝つと、ナギは言い切って見せたのだ。

 

 

「ナギィッ!!!」

 

 

 それでもやはり、あの化け物(ライフメイカー)を相手にするのは不安だった。

すさまじい速度でこの場を去り行くナギへと、ラカンは叫ばずに入られなかった。

 

 

「アレは……マズイもんだった。一目見てわかったぜ……」

 

 

 その後ナギが去った後、応急手当程度の治療をラカンは受け、上腕に包帯を巻いていた。

しかし、その下にあるはずの腕は、吹き飛ばされて存在しなかった。

 

 また、先ほどかららしくない弱音を吐き続けるラカン。

あの造物主(ライフメイカー)の姿を見ただけで、ぶるって震え上がってしまっている。とは言え、たった一撃、腕が吹き飛んだだけで、ラカンがこれほどまでに怯えるだろうか。

 

 

「全身の細胞が叫んでたぜ……。アレはヤバイ……、全力で逃げろってな……」

 

「流石最強の剣闘士ラカン……。アレのマズさを肌で感じ取りましたか……」

 

 

 いや、そうではないだろう。ラカンは本能的に造物主(ライフメイカー)が、自分たちの造物主であることを理解してしまったのだ。

故に、自分では勝てないと、ラカンは直感でわかってしまったのである。

 

 アルビレオも、あの造物主(ライフメイカー)の能力を察し、恐ろしく感じていた。

そして、ラカンがそれを見ただけで理解したことに、感心もしていた。

 

 

「ぐっ……ナギ……。助けにいかねば……」

 

「動いてはいけません詠春! 死んでもおかしくない傷なのですよ!?」

 

「だが……、あいつらだけではあの化け物には……!」

 

 

 そこで、先ほどの造物主(ライフメイカー)の攻撃で、気を失った詠春が目を覚まし、起き上がろうとしていた。

動けないナギをかばい、その身に重傷を受けていたのだ。だと言うのに、右手には刀をしっかり握り締めており手放さない辺り、流石と言ったところであった。

 

 しかし、この状態で戦うなど不可能。

メンバーの中で一番ヤバイ状態なのも、詠春であった。それをアルビレオが心配し、安静にしているよう詠春へと注意した。

 

 それでも、ナギを助けに行く為、動かぬ体を無理に動かそうと、詠春は力を入れ立ち上がろうともがいた。

この身が砕け散ろうとも、このままナギを行かせる訳には行くまいと。

 

 

「そうだ、むやみに動くな」

 

「メトゥーナト……! ようやく戻ってきましたか!」

 

()()()()()()()()()

 

 

 だが、そこへ突如として、この場にいない男の声がこだました。

それは黒いマントをなびかせた仮面の騎士、メトゥーナトだった。

 

 アルビレオはメトゥーナトの帰還に、喜びと焦りが合わさったよな声で、その名を叫んでいた。

彼が戻ってきたのは心強い。今自分たちが動けないならば、彼にナギを頼むしかないと。

 

 また、メトゥーナトは皇帝から与えられた任務は完遂したと言葉にした。

その言葉通り、その背中にはしっかりと黄昏の姫御子、幼きアスナの姿があった。

 

 

「黄昏の姫御子……!」

 

「今は眠らせてある」

 

 

 メトゥーナトの背中で安堵したように眠るアスナ。

それを見たアルビレオは、彼女の救出が成功したことをしっかりと認識した。

 

 メトゥーナトはアスナを、あえて眠らせたと言葉にした。

そして、アスナをゆっくりと背中から下ろし装着していたマントを脱ぎ、そのマントを床に敷いてその上に彼女を静かに寝かせた。

 

 

「オイ、メト! ナギたちがヤバイ! オメェは見てないだろうが、連中の親玉が出てきやがった!」

 

「それの一撃で、我々はこのざまですよ……。あなただけでもナギたちの助太刀に……」

 

 

 そこにラカンが普段は見せない焦った態度で、メトゥーナトへと先ほどの状況を説明した。

アルビレオもそれだけで、自分たちが窮地に追い込まれてしまったと、苦しげに述べた。それだけではなく、先ほど造物主(ライフメイカー)を追って行ったナギの助けになってほしいと、メトゥーナトに頼もうと言葉にした。

 

 

「……いえ、ナギたちを連れ戻しに行ってください! アレは我々ですら到底……」

 

「……その前に、お前たちはこれを飲め」

 

「これは?」

 

 

 だが、アルビレオは助けに行ってくれと言うのを途中でやめ、ナギを連れ戻してくれと言い出した。

アルビレオはすでに造物主(ライフメイカー)の特性を理解し始めていた。なので、自分たちでは、ナギですら造物主(ライフメイカー)には勝てないと考えていた。

 

 ラカン同様、普段なら決して見せることのない必死なアルビレオの言葉を、メトゥーナトは静かに聞いていた。

メトゥーナトはアルビレオの話を聞き終えると、とりあえず懐から瓶を三本ほど取り出した。

 

 それをこの場に残っているアルビレオたちが受け取ると、彼らはこの瓶が何なのかをメトゥーナトに尋ねたのだ。

 

 

「傷を治す薬だ、効くぞ」

 

「助かります。ならば、ナギを……!」

 

「……わかっている」

 

 

 メトゥーナトが彼らに渡した瓶は、いつも常備している皇帝印の回復薬だ。

それを飲んで傷を癒せと、メトゥーナトは言ったのである。

 

 アルビレオはそれを受け取り礼を述べた。

そして、自分たちのことはいいから、ナギを追ってくれと再びメトゥーナトへと頼んだ。

 

 メトゥーナトはそれを静かに承り、一言だけ述べた。

ただ、あのナギが止まるかどうか、つれて戻れるかどうかはわからないとも思っていた。

 

 

「オイッ、待てよ! 今のはどういうことだアル!?」

 

「私の推測が正しければ……、アレを……、あの化け物を倒すことは、この世界の誰にも不可能です」

 

「じゃあオメェ……、ナギの野郎も……!」

 

 

 しかし、そこで話を聞いていたラカンが、アルビレオに詰め寄った。

メトゥーナトから薬を渡される前、自分たちでは勝てないと言う発言に食らい付いたのである。

 

 アルビレオはラカンの質問に対し、自分の推測を話しだした。

造物主(ライフメイカー)は倒すことはできない。()()()()の人では勝つことはできない。

 

 それを聞いたラカンは、ならばナギですら勝てないのではないかと思った。

ラカン自身もあの造物主(ライフメイカー)には勝てないと、全身で理解してしまった。故に、自分のライバルであるナギですら、勝利は不可能だと感じてしまっていたのである。

 

 

 だが、その直後、このラストダンジョンである墓守りの宮殿が大きく揺れた。

まるで巨大な地震が起こったかのようであった。さらに、あちらこちらで爆発音と衝撃が発生していた。ラカンたちは何が起こったのかと、周囲を見回したのである。

 

 

「何だ……!?」

 

 

 宮殿の周囲で召喚魔と戦っていた兵士たちが目にしたのは、すさまじい魔力を放出しながら外壁にヒギが入る宮殿の姿だった。

宮殿下部から天辺へと貫くように、光り輝く魔力が走った。

 

 そして、宮殿の天辺を越えて、ナギが造物主(ライフメイカー)に渾身のアッパーをきめた姿があった。

さらにその直後、おびただしい魔力の輝きが、宮殿から空へと放出された。ナギの全身全霊をかけた一撃が、光となって天に放たれたのだ。この一撃にて、ナギは造物主(ライフメイカー)に勝った、そうラカンは説明した。

 

 

 その光景を仲間たちも見ていた。

絶大な魔力と根性で、造物主(ライフメイカー)を打ち倒すナギの勇士を見ていた。

 

 

「……って……オイオイオイ、倒しちまったぜ」

 

「……のようですね……」

 

「…………」

 

 

 ラカン肩の力が抜ける感覚を覚えながら、ナギの勝利を確信した。

アルビレオもまさか、まさか、という様子だったが、これで一安心でと感じていた。ただ、メトゥーナトは少し厳しい表情で、ナギが見えなくなるまでの間、その様子を眺めていた。

 

 

「……フッ、かなわねぇな、てめぇにゃよ」

 

 

 いやはや、自分が絶望した相手を倒すとは……。

ラカンは素直にナギを称えていた。賞賛していた。やってくれるぜまったく。そう心の奥底から思い、その感想を口からもらしていた。

 

 

『ル……! 聞こえッ……か! アルッ!!』

 

「やあ、ナギ。全く驚かされますよあなたには……。あなたはいつも私の予想を……」

 

『姫子ちゃんはメトが助け出したみてぇだが、儀式がッ! 親玉も倒したが儀式が止まらねぇッ!!』

 

 

 そんな時、突如としてナギからアルビレオへと、仮契約カードでの通信が入った。

アルビレオはそれを感知し、額にカードを近づけて会話を始めた。

 

 アルビレオはナギが造物主(ライフメイカー)を倒したことについて、悠長に語りだした。

しかし、ナギはむしろ焦っている様子で、今の現状をはっきりと伝えてきたのだ。

 

 

『ヤロウ、すでに儀式を完成させちまってたみたいだ! マズイぞッ!!』

 

「何ですって!? 儀式を!? では、このままでは……ッ!!!」

 

 

 黄昏の姫御子、アスナはメトゥーナトが助けた。敵の首領である造物主(ライフメイカー)も倒した。

だと言うのに、世界を崩壊させる儀式が止まる気配がなかった。ナギはそれをアルビレオに必死に伝えたのだ。

 

 アルビレオはそれを聞いて、かなり仰天した様子だった。

ラスボスである造物主(ライフメイカー)を倒せばそれで全てが終わると思っていたからだ。黄昏の姫御子が救出されたなら、問題ないと考えていたからだ。

 

 

 と言うのも、本来儀式前に黄昏の巫女を引き剥がすことは危険な行為だ。

全ての()()が魔法世界から弾き出され、火星の赤き大地に投げ出されることになるからだ。

 

 だが、それを防ぐ手立てがあった。それがメトゥーナトが皇帝から渡された黄金の杖だ。

黄金の杖は黄昏の姫御子の役割を肩代わりする力があった。それによって、最悪の事態を回避しているのである。

 

 逆に言えば、その杖の力が黄昏の姫御子の役割をしているがために、儀式が止まらないということにもなっているのだった。

 

 しかしながら、皇帝が無意味に、そして無駄にそのような機能を備え付けるはずがない。皇帝は何か別の策があって、あえてそうしたのだろう。メトゥーナトはあの杖がそういうものであるのなら、そう考える方が自然だと思っていた。

 

 

「オイオイオイ、何だよ!? この光球は!? ドンドンでかくなってるぞ!?」

 

「世界の始まりと終わりの魔法……! この力場が全地上を覆った時、世界は無に帰します」

 

「…………」

 

 

 すると、宮殿が突如発光しはじめ、アルビレオたちを覆い始めたのだ。

ラカンもこの異変に気がつき、なんだかヤバイ状況だということを把握した。

 

 アルビレオはこの現象が魔法世界を消滅させるものであることだと、焦りながら説明した。

この光が魔法を消滅させ、それが世界全てを包みこめば、魔法世界は消え去ってしまうと。

 

 しかし、やはりメトゥーナトは、、まるで微動だにしていなかった。

彼はまったく焦りや心配、不安などを見せず、しゃがみながら自分のマントの上で安らぎ眠るアスナを気遣うだけだった。

 

 自分の任務は完了した。皇帝が絶対だと命じられたことは完遂した。

ならば、もう心配など不要。メトゥーナトは皇帝を信じている。自分がやれと言われたことが終わったのならば、後はきっと皇帝が何とかしてくれるだろう。そう考え確信し、信頼しているからだ。

 

 

「いくら我々が最強を誇ろうと……、ナギが自らを無敵と嘯こうと、こうなってしまっては我々ができることは何も……っ」

 

 

 そんなメトゥーナトなど知らず、アルビレオはもはやこれまでかと、絶望の淵に立っていた。

自分たちの力が強大であろうとも、ナギが無敵だろうとも、この現象を止める手立てはもはやなかった。もうこれまでなのか、アルビレオやラカン、詠春すらもそう思った時、一人の女性の声が聞こえてきた。

 

 

「諦めるなアルビレオ・イマ!! この愚か者が!!」

 

 

 それは戦艦の艦橋にいるアリカからの通信だった。

らしくない弱音を吐くアルビレオを、激励と叱咤をするように叫んでいた。また、アリカはこの現象を食い止めるべく、戦艦を駆りて参上したのだ。

 

 

「アレはメガロメセンブリア国際戦略艦隊旗艦!」

 

 

 そして、アリカが今乗っている戦艦こそ、メガロメセンブリアが持つ旗艦であった。

それだけではなく、その後方には数多くの艦が飛んでおり、艦隊での援護だった。つまり、ようやくメガロメセンブリアを説得し、この戦いに参戦させることに成功したのだ。

 

 

「こちらスヴァンフヴィート艦長、リカード! 助太刀するぜ!」

 

 

 さらに、アリカの後ろにはガトウともう一人、この艦の艦長であるジャン・ジャック・リカードと言う男が搭乗していた。

暑苦しく髪の一部が飛び出して尖った変な髪形の男だ。

 

 

「世界のピンチだ! 敵も味方も関係ねぇぜ!」

 

 

 このリカード、世界の危機とあっては、もはや敵味方など言っている場合ではないと考えた。

何せ、世界が消えてしまえば敵も味方ももないからだ。故に、彼はそう叫んでいた。世界を終わらせる訳には行くまいと。

 

 

「そのとおりじゃ!」

 

 

 だが、さらに、別の方向からも、元気な少女の声が聞こえてきた。

それはヘラス帝国第三皇女、テオドラであった。

 

 

「おお、あれは……、北帝国軍北方艦隊!」

 

「おてんば姫ちゃんかい」

 

 

 アルビレオたちはその方向を見れば、ヘラス帝国の艦隊が姿を現したではないか。

テオドラとタカミチも、ヘラス帝国の説得に成功し、この危機的状況に助太刀に来たのだ。

 

 ラカンもその声を聞いて、あの時の娘だということに気が付いた。

いやはや、こんな状況だと言うのに随分と元気だことだ、そんな感じであった。

 

 

「ハハハハハッ! 皆のもの! 力を合わせてあの光球を止めるのじゃ!」

 

「ハハッ! 姫様!」

 

 

 テオドラも敵対していたメガロメセンブリアと協力し、この場を治めるよう命じた。

その命令に従い、しかと返事をするヘラス帝国のものたちだった。

 

 

「それだけではあるまい……」

 

「アルカディア帝国防衛艦隊……!」

 

 

 しかし、この世界にはもう一つ、大国と呼べる国があった。

それはサンダリアス皇帝が治めるアルカディア帝国だ。アルカディア帝国もまた、ここぞとばかりに艦隊をこの場に参上させたのである。

 

 メトゥーナトが周囲を見て、ふっ、と笑いそれを述べた。

するとアルビレオもその存在に気が付き、声に出してその名を呼んでいた。

 

 

「我らが皇帝の命により、この場を彼らに合わせ、世界を守るのだ……!」

 

「了解……!」

 

 

 アルカディア帝国防衛艦隊、その名の通り、本来ならば国防のための大艦隊である。

この世界危機のために、国防を担う艦隊の半数をこちらによこしたのだ。

 

 また、それを指揮するは、宮殿の外で召喚魔などを倒していた皇帝の部下、ギガントだった。

ギガントは両艦隊と連携し、何としてでも世界崩壊を阻止せよと号令をかけていた。

 

 その部下たちも当然のごとく、命じるままに行動を起こした。

これが失敗すれば世界は消えてしまうのだ。何としてでも食い止めたいところだ。

 

 

 だが、そこに皇帝の姿がどこにもなかった。

とは言え、指揮するならば、皇帝直属の部下であるギガントでも十分だろう。

 

 メトゥーナトやギガントにこの場を任せた皇帝が、この場にいない。何か妙な感じだった。

それをメトゥーナトはふと疑問に思ったが、彼は皇帝を信じている身。別の場所で皇帝にしかできない仕事を行っているだろうと考え、それ以降はこのことを考えることも無かった。

 

 

「全艦艇、光球を取り囲み押さえ込め! 魔導兵団、大規模反転封印術式展開!」

 

 

 そして、アリカは宮殿から放たれる光球を抑えるべく、戦艦に乗っている魔導兵団へと号令をかけた。

 

 

「魔法世界の興廃、この一戦にあり! 各員全力を尽くせ! 後はないぞ!」

 

 

 さらに、後がないと発破をかけ、絶対死守を命じた。

その姿、まさに女王そのものだった。厳しく強い信念が、言葉が、各兵団へと伝わっていった。

 

 

「ハッ!」

 

 

 戦艦の外で儀式の準備を執り行う兵団の魔法使いも、ここで失敗は許されないと大きく返事を発していた。

 

 

「よろしいのですね……? 女王陛下」

 

 

 その号令を行ったアリカへと、ガトウはそれを質問していた。

いや、それは愚問なのかもしれない。そうしなければならないのは明白だからだ。

 

 それ以外にも、ガトウはアリカを()()()()と呼んだ。

それが意味するものは、アリカがオスティアの王となったということだ。先王から王権を譲り受けたということだ。王位継承がなされたということだ。

 

 ただ、アリカの返事と表情は、この映像には映されていなかった。

その後すぐさま場面が切り替わり、映し出されることが無かったのである。

 

 その映像とは、艦隊が宮殿を取り囲み、魔法世界を消し去る儀式を押さえつけているというものだった。

宮殿から放たれる光を、無数の巨大な魔方陣が包囲していた。これこそ、大規模反転封印術式。反魔法場現象を封鎖し、止めるための術式だった。

 

 

「へへ……流石は姫さん……。結局助けられちまったな」

 

 

 その後、ナギが何とか生き延びながらも、アリカを称える言葉を述べていた。

もはや体は動かぬ様子で、壁に背中を預け、座り込んでいる様子だった。

 

 

 最後に、こうして世界は救われた。

オスティアにて式典が執り行われ、ナギや彼が率いる紅き翼は英雄となった。めでたしめでたし、で映像が閉められるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

「……て訳だ」

 

 

 ”Happy END”の文字とともに新オスティアが映りこんだところで、ラカンは映像を止めて説明を終えた。

これで全部おしまい。かくして世界は平和となり、全部丸く収まった、と。

 

 

「すげぇ!」

 

「マジ英雄じゃんおっさんたち! 世界救ってるし!」

 

 

 ハルナや和美は興奮気味に、ラカンたちを大いに褒め称えた。

後ろで見学していた少女たちも、感激の様子を見せていた。

 

 

「ハッピーエンドでよかったー」

 

「戦争も終わってみんな仲良ぅなって、ホンマめでたしやなぁ」

 

 

 のどかも一時はどうなることかと思ったが、最後は大団円で終わったことにほっとして喜んだ。

木乃香も同じ意見だったようで、全てがまるっと丸く収まってよかったよかったと言葉にしていた。

 

 

「おお、おじ様。おてて……両手は大丈夫なんですかー!?」

 

「おうっ! そらもうピンピンよっ!」

 

 

 さよは映像にてラカンの腕がなくなったのを見て、彼の腕を心配した。

ラカンはすでに腕は治っていることをアピールするため、そこで上着を半分脱いで腕が良く見えるようにして、ガッツポーズを決めて見せた。

 

 

「父様も見直したわぁ」

 

「そうですね」

 

 

 また、木乃香は自分の父、詠春が映像で華々しい戦果を残していたことを見て、最初の映像の印象から随分とよくなったと言葉にした。

 

 刹那も流石は長、と言う様子で、木乃香の意見に同意していた。

それ以外にも全盛期の詠春の技や動きが見れて勉強になった、とも思っていたりしていた。

 

 

「そうや! アスナはあの後大丈夫だったん?!」

 

「あの後はみんなに保護してもらったから心配ないわよ?」

 

「そっかー、よかったわー!」

 

 

 だが、そこで木乃香がふと、アスナのことを気にかけた。

一瞬であったが眠ったアスナが映像に映ったからである。

 

 そんな心配そうな顔をする木乃香へと、アスナは笑いかけながら答えた。

特に問題はなかった。と言うか、その後は紅き翼に保護されたので、何事もなかったと。

 

 その答えを聞いて、木乃香は表情をぱーっと明るくして喜んで見せた。

それなら良かった。安心した、と言う様子であった。

 

 

「……アーチャーのマスターはあまり映ってなかったが、あの後どうなっちまったんだ……?」

 

「どうかしましたか?」

 

「いやっ、なんでもねぇ」

 

 

 しかし、そんな周囲などとは違い、腕を組んで悩む姿を見せるゴールデンなバーサーカーがいた。

バーサーカーが気がかりにしていたのは、緑色のアーチャーロビン、そのマスターだ。

 

 ロビンはマスターを近くにつれていなかった。

彼のマスターが今どうなっているのかを知るためにも、過去で何が起こったのかを把握しておきたかったようだ。

 

 だが、彼らの雄姿はあまり映ってはいなかった。

そのため、あの赤いバーサーカーとの戦いの後、何が起こったのかわからずじまいであった。

 

 そのことをバーサーカーが難しい顔で考えていると、それに気が付いた刹那が何か気が付いたのだろうかと尋ねた。

バーサーカーは刹那に対して、肩をすくめてなんでもないとだけ話すのだった。

 

 

「やはり出てきたか、転生者……」

 

「色々いたっすねぇ……」

 

「ふーむ、しかし、予想の範疇とも言えるか」

 

 

 また、端っこの方で固まっていた転生者組も、映像にて現れた”転生者”のことで話し合っていた。

まあ、覇王はもはやそのあたりなど気にしておらず、映像を見終えた直後から一人空を見上げていたが。

 

 最終決戦ではさほど映らなかった転生者だったが、割とあちらことらにいることがわかった。

それ以外にも、昔から完全なる世界に属する転生者も存在したことに、直一はやはりと言葉にしていた。

 

 状助も深刻そうな顔をしながら、数多くの特典を貰った転生者がより取り見取りであったと感じていた。

基本似たり寄ったりな特典を貰う転生者は多いが、これだけ数がいれば貰った特典の種類も豊富になるのだろう。

 

 とは言え、アルスはそれも予想内だと冷静に言葉にした。

転生者が大量にいるこの世界なら、あのぐらいは当然であると。

 

 

「まっ、”原作どおり”終わったっつーんなら、それで充分っすけどねぇー」

 

「原作どおり……、とは微妙に違うみてぇだがな」

 

 

 とまあ、無事に20年前の事件も終わっているのなら、そこを心配する必要はないと、安堵しながら状助は話した。

ただ、直一は状助の言葉に訂正をくわえるようにつっこみを入れた。

 

 原作どおり、と言うには差があると。

確かに”原作と同じく”ナギが造物主(ライフメイカー)を倒したのは間違いない。

 

 しかし、あのアルカディア帝国の存在、その皇帝やメトゥーナトと言う人物、アスナが早くに助けられていたこと、ウェスペルタティア王国滅亡が阻止されていたこと。

このどちらも大きなイレギュラーであると、直一もアルスも考えていた。

 

 ならば、他にも些細であるが変化した部分があるのではないか。

そして、直一やアルス一番に謎だと思うことこそが、”原作に存在しない”アルカディア帝国と言う国だった。

 

 いや、アルカディア帝国に訪れたことのある覇王さえも、その実態は知らない。

ライトニング・サンダリアス・アルカドゥスと言う皇帝がトップに立ち、治める国。その程度でしか認識していない。

 

 状助はと言うと、特に気にしたことが無かった。

と言うのも、覇王が昔言葉にした時も、あまり理解していなかった。今回映像を見て、覇王が言っていたのはこのことか、程度にしか考えていなかった。

 

 それでも彼らはアルカディア帝国、そしてその皇帝や部下が敵ではないことだけは理解できた。

映像にも出ていたが、基本的に世界が消え去ることを良しとせず、完全なる世界と敵対しているようだった。むしろ、積極的に世界が消えるのを阻止しようとしているようにも見えた。

 

 なので、その辺りの謎は今はまだ考えなくても良いか、と思うことにしたのだった。

 

 

「……にしても、一番気になったのはやっぱり、あのお姫様だよねぇ!」

 

「ああ! そうそうそれや!」

 

「お姫様気になったアルね!」

 

 

 そんな男性人とは違い、女性人は別のことで盛り上がっていた。

それはお姫様、アリカのことだ。美しい見た目と少しきつい性格。何よりお姫様と言う存在が、彼女たちの想像を駆り立てたようだ。

 

 

「あの二人はデキてたんですかッ!?」

 

「ひみつー!」

 

 

 そこで最も気になったこと、それはナギとアリカがどんな関係だったかだった。

と言うか、その二人がデキていたのなら、ネギはその二人の息子と言うことになる。

 

 それに気が付いてはいないのか、はたまた気にしていないのか。

そう言うことよりも、二人の関係が一番気になったようである。

 

 それを大勢でラカンに詰め寄れば、ラカンはとぼけた態度で秘密だと話した。

一応ネギが目の前にいるから、あまり話せないと考えたからでもある。が、半分はおふざけであった。

 

 

「ちょっとラカンさんー!」

 

「いけずー!」

 

「昔の話じゃん!」

 

「ハハハ、まっ、少なくとも戦中はなんもなかったんじゃね?」

 

 

 あえて秘密と言葉にしたラカンへと、少女たちは文句を飛ばした。

もうかれこれ20年前のことなんだから、黙っているなんてひどいのではないかと。

 

 そう言われたラカンは、濁したように話し始めた。

とりあえず戦いの時はなんにも無かったかもしれない、と。

 

 

「それに、あの二人じゃ色々身分が違い過ぎるんだぜ? デキてたりなんかしたら、そりゃもう大スキャンダルよ」

 

「おおー! いいねぇー! 禁断の恋! その方が燃えるね!」

 

「ラカンはん! それって戦後は何かあったゆーことー?」

 

 

 ナギとアリカでは身分が違う。

確かにその通りだ。ナギは田舎出の魔法使い。アリカはオスティアの王女。二人がそう言う仲になっているのが知れれば、話題になるのは間違いなしだろう。まあ、ナギは英雄として称えられたので、そう言う方向でも話題になるだろうが。

 

 すると、彼女たちはその言葉に大きく反応し、さらなる想像を膨らませた。

身分違いの恋、禁断の愛。何と蜜の味がしそうな響きだろうか。彼女たちは悠々とそのことについて考えなら、ワイワイと楽しそうに語り合っていた。

 

 

「みんなそういうの好きねー……」

 

 

 しかし、ここにもう一人、彼女たちが知りたい事実を知るものがいる。

アスナである。彼女も当然ナギとアリカがどうなったのかを知っている。知っているからこそ、ネギが二人の息子であることも理解している。

 

 なので、少し離れた場所で、楽しそうにキャッキャと談義する彼女たちを見ながら、苦笑するのであった。

 

 

「で、ネギはどうだった?」

 

「あ……、ええ。聞いていたとおり、僕の父さんは”強い”人でした……」

 

「おうよ。アイツは色々強かったぜ。なんたって俺のライバルだかんな!!」

 

 

 そして、その近くにいた、アリカとナギの息子であるネギへと、アスナは今の映像の感想を尋ねた。

 

 ネギは映像に映っていた自分の父の雄姿に、ひたすら感激をしていた。猛烈に感動していた。

しかし、ネギが感激している部分は”原作”とは少しだけ違っていた。

 

 ”原作”ではその魔法使いとしての強さ、世界を救ったという事実に感涙していた様子であった。

だが、ある程度師匠であるギガントから話を聞いていたネギは、違う部分を見ていた。

 

 それはやはり、心の強さだった。

あの絶望的な場面でさえ諦めることなく立ち上がり、傷つきながらも世界を救った。周囲の仲間ですら心が折れかけていた場面でさえ、最強を名乗り戦いに挑んだ。師匠から話を聞いたとおりの、とても強い人だった。

 

 身体や魔法だけではなく、精神的にも強い人間。

ネギの憧れとする部分であった。

 

 ただ、ネギは、ナギの功績がこれだけではないことを聞いている。

師匠から聞いて知っている。この後魔法世界を旅しながら人助けに勤しみ、”立派な魔法使い(マギステル・マギ)と呼ばれるようになったことを。戦争で活躍したから”偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)”になった訳では決してないことを。

 

 ラカンもネギのその”強い人”と言う言葉に、多くの意味があることを察した。

故に、ニヤリと笑いながら、ナギは本当に強い人間だった、最高の好敵手だったと豪語するかのように語ったのだ。

 

 

「なるほどな」

 

「千雨さん?」

 

 

 だが、そこへ話を聞いていた千雨が、何やら納得した様子で言葉をもらした。

ネギは突然の千雨の発言に、一体何がと考えて彼女の名を呼んだ。

 

 

「ったく、何がハッピーエンドだよ。いろいろガバッとはしょったろ?」

 

「どうだかなー?」

 

 

 千雨は映像が全てではないことを察していた。

ハッピーエンドと言っているが、本当は完全無欠のグッドエンドではなく、ノーマルエンド程度だったのだろうと。先ほどの映像に映っていないことが実際は山ほどあるのだと。

 

 ラカンはそんな千雨に対し、すっとぼけた。

実は全部知ってるが、あえて知らぬフリをした。とは言え、バレバレのごまかしであったが。

 

 

「どういうことですか? 千雨さん」

 

「悪の親玉を倒したからって、そう簡単に世界は救えないって話さ」

 

 

 ネギは千雨に、それが何を意味するのかを尋ねた。

千雨はそんなネギに、世の中そうそう全てがうまく行くはずがないと述べた。そうだ、世界はそんなに甘くない。全部が全部綺麗に治まるはずがない。

 

 

「実際に戦争が終わってもいろんな問題が残ったんだろ? それに、まだ隠し事してる感じだしな」

 

 

 確かに戦争は終わった。ただ、その後問題がなかったなんてことはないはずだ。

何かしら面倒事が残ったはずだ。千雨はそう考えた。

 

 それ以外にも、ラカンが全てを話したと言う感じでもなかった。

意図的に、何かを隠している。見せないようにしている、そう千雨は感じていた。

 

 

「だろ?」

 

「さあなー」

 

 

 それをラカンへと千雨が振れば、やはりラカンはシラを切るだけであった。

まあ、千雨もラカンが全て話すなど思っていなかったので、予想通りの対応とは思った。

 

 

「残った問題とは、もしかして彼らのことですか……?」

 

「まっ、そーなるかな」

 

 

 ネギは問題が残った、と言う言葉で推理し、もしや”完全なる世界”の残党がそれなのではないかと考えた。

ただ、実際は少し違う部分もあるのだが、間違ってもいない答えであった。

 

 ラカンもそれでいい、と言う感じで答えた。しかし、本当は違うと言う感じでもあった。

 

 

 こうして、ラカンの過去の語りは終わり、各々で色々と盛り上がった。

とは言え、アスナの心境は少し複雑であり、普段よりも静かな態度だった。そして、とりあえず街へ戻ることにする一行であった。

 

 

 



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百四十六話 突然

 作戦を失敗し、帰還を果たそうとするアーチャー一味。

彼らは見つからぬよう無数に岩が浮かぶ無人地帯、その一角にある大きな岩場にて集合を行っていた。別で動いていたブラボー、陽も合流し、これからの作戦を考えるようだった。

 

 ただ、そこには角の生えた魔族バーンの転生者と、転生者ディオの姿はなかった。

どうやらあの男二人は、彼らとはまったくなじんでいないようだ。そもそも二人はここに集まっている連中とつるむ気も協力する気もないのだ。

 

 それ以外にも作戦に参加し、無事だったものたちも、各々の判断で帰還していった。

 

 

「作戦は失敗した」

 

「……やはりか」

 

 

 深い霧が立ち込める岩場に、数人の男性が集まっていた。

アーチャーは口を開くと、今回の作戦が失敗したことを告げた。

 

 それを聞いたブラボーと名乗る男は、だろうなと言う様子で静かに言葉に出した。

元々この作戦が成功するなど、微塵にも思っていなかったからだ。

 

 

「はっ! んなこったろーって思ったぜ!!」

 

「お前が言うな」

 

「あ? 何だとぉ?」

 

 

 ブラボーと共に別働していた陽も、生意気な感じでそれを言った。

そう、このアーチャーが考えた”原作知識に基づいた作戦”なんぞ、成功するはずがないと、誰もが思っていたのである。

 

 しかし、それを馬鹿にしたかのように言い放ったのは陽だったが為か、ブラボーなる男はそれを嗜めた。

そんなブラボーに対して、敵意をむき出しにしながら、陽はにらみつけたのだった。

 

 

「ハッ、所詮雑種の作戦。失敗して当然よなぁ」

 

「ふん、好きに言っておけ」

 

 

 黄金の鎧を纏う転生者も、アーチャーの失敗した作戦を鼻で笑った。

いやはや、とんだ茶番だった。くだらないどころか道化でしかなかったと。

 

 アーチャーは黄金の転生者の皮肉なんぞ流しながら、勝手に言ってろと言い放つだけだった。

 

 とは言え、アーチャー本人もそう思っていた。

失敗する前提で動いていたに等しいだろう。それでもその作戦を実行したのは、今後の為でもあったのである。

 

 

「随分と派手にやられたな」

 

「……ぬかった、としか言えぬな……」

 

 

 だが、そこへ一人、遅れてやってきたものがいた。

それを見たアーチャーは、一瞬驚きながらも冷静さを保ち、それを述べた。

 

 そして、悔やむ様子で語る男こそ、全身やけどなどのダメージを負った竜の騎士であった。

 

 

「おっ、おっさんがそんなにダメージ受けるなんて馬鹿な……」

 

「一体何を食らえばそれほどの傷を……」

 

 

 陽は竜の騎士のダメージが尋常ではないことを察し、かなり戦慄した様子を見せていた。

また、陽と同じくブラボーなる男も、竜の騎士の状態を見て驚愕していた。

 

 何せ竜の騎士は竜闘気(ドラゴニックオーラ)で守られている。その気の防御はいかなる攻撃をも跳ね除けるほどだ。

それを突破し、竜の騎士にこれほどのダメージを与えた攻撃とは、一体どんなものだったのかと、驚いたのである。

 

 

「”鬼火だ”……。覇王と呼ばれたものが放った……」

 

「クソ兄貴のだと!?」

 

「生半端な攻撃ではないと思ったいたが、竜の騎士程がここまで大きなダメージを受けるとは……」

 

 

 竜の騎士はブラボーなる男の問いに、静かに答えた。

覇王が放った最大の攻撃、炎の塊、鬼火を受けたが故に、これほどの手傷を負ったと。

 

 陽は覇王の名前が出たとたん、機嫌を損ねて言葉を荒げた。

ブラボーなる男も、竜の騎士の惨状を見て、鬼火のすさまじさを察していた。

 

 

「そんなことはどうでもよい。さっさと次に移らんのか雑種」

 

「言われなくとも、やるさ」

 

 

 しかし、黄金の鎧の男は、竜の騎士の傷など関係ないと言う態度を見せた。

それよりも、次の作戦とやらに移行しないのかと、アーチャーへと文句を言う始末だった。

 

 アーチャーもそれに多少の怒りを感じながらも、次の行動へすぐに移るとはっきり言った。

また、それを言いながら竜の騎士へと、傷を癒す薬を手渡していた。

 

 

「……なあ、一つ聞きてぇんだが」

 

「何だ?」

 

 

 だが、そこへ陽がアーチャーへと、何か質問をしたそうに声をかけてきた。

アーチャーは不機嫌そうな表情で、陽にそれを尋ね返した。

 

 

「”アーニャ”はいないのか?」

 

「……見ていないな……、そういえば……」

 

 

 陽が聞きたかったこと、それはアーニャの存在だった。

”原作”だとアーニャは、この時点で完全なる世界に捕まっている。だと言うのに、この場にアーニャの姿がない。それに疑問を持った陽は、アーチャーがアーニャを捕まえたか知りたかったのだ。

 

 アーチャーはそれに対して、知らないと述べた。

と言うか、彼らはアーニャが今どこにいるか知らない上に、捕まえてもいなかったのだ。

 

 

「はー!? 何やってんだコイツ! 人質すらも取ってこれねぇのかよ! クソだな!!!」

 

「そう言うな。すでに”原作”とは違う。彼女が見つからなくてもおかしくはない」

 

「だけどよぉー!!!」

 

 

 すると陽は腹が立った様子で罵倒を浴びせ始めたのだ。

何と言う言い草だろうか。自分で探す気すらないくせに、この始末だ。

 

 そこへブラボーなる男が、アーチャーへの庇護に回った。

ここはもう原作とは違う。だから見つからないのも仕方がないと。

 

 とは言え、陽も引き下がろうとはしない。

アーニャを捕まえていないことに、さらに文句を吐き出そうとしていた。

 

 

「そこの道化は少女を捕まえ、やましいことしようとを考えているんだろう? わかるぞ、(オレ)にもわかるぞ」

 

「うっ、うるせぇよ! わりぃってのかよ!?」

 

 

 黄金の鎧の男が、そんな時に突然口を開いた。

陽が言いたいことはわかると。その思考はよく理解できると。

 

 陽はその男へと、それが何がいけないと叫んだ。

いや、当然悪い、普通に悪い。明らかに悪いことなのだが。

 

 

「いや、悪くはない。むしろ、(オレ)の望むところよ」

 

「なんだ、アンタもオレ側の人間か」

 

 

 しかし、なんということか。黄金の鎧の男は、それを良しとした。よいと言った。

むしろ、自分もそういうことをしてみたいとまで言ってのけたのだ。

クズ、ここにきわまりであった。

 

 それを聞いた陽は男への威嚇をとき、この男もまた、自分と同じなのだろうと思ったのだ。

 

 

「ハッ! 貴様と一緒にするな、道化。(オレ)は貴様ほど愚かではない」

 

「なんだとテメェ!!!」

 

 

 だが、陽のその物言いに、黄金の鎧の男はせせら笑って違うと言った。

陽などと言うカスと高貴なる自分は別であると。あくまで考えが似ているだけで、別のものだと。と言うが、外から見れば同じようなものだ。同じ穴の狢である。

 

 陽は明らかに自分を小馬鹿にしている様子の男へと、再び怒りをぶつけるように叫んだ。

何が違うというのか。ほざくのもいい加減にしろ。そんな様子だった。

 

 

「やれやれ、こんな状態で次の作戦がうまくいくとも思えんがな……」

 

「同感だ」

 

 

 なんかすでに仲間割れが始まっているこの状況に、アーチャーは頭を悩ませていた。

これでは次の作戦とやらも、うまくいくはずがないと。

 

 ブラボーなる男も呆れた様子を見せながら、アーチャーに同情していた。

また、竜の騎士は傷を癒し終えると、すでにこの場にいなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 アルスは仲間たちとの会談の次の日、再びエヴァンジェリンと共に彼女の別荘へと足を踏み入れた。

エヴァンジェリンはラカンが見せた映像を思い出しながら、一人で何やら考え事をしている様子だった。

 

 そして、アルスはエヴァンジェリンの従者にされた転生者の少女へと、声をかけていた。

 

 その少女はやはりミニスカメイドの格好をしており、その手にはモップが握られていた。

また、アルスの顔をみるやいなや、げんなりした表情を覗かせていたのだった。

 

 

「よぉ、元気してっか?」

 

「どこをどう見れば元気に見える訳? 目が腐ってるんじゃない?」

 

 

 アルスは軽快な様子で、少女……トリスとようやく名乗った転生者へと挨拶をした。

しかしながら、トリスは皮肉を言いながら、罵倒を飛ばす有様だった。

 

 

「そう言いなさんなって」

 

「ふん……。で、何か用なの?」

 

 

 トリスの物言いにアルスは苦笑しながら、ふて腐れるなと言葉にした。

そんなアルスへとトリスは、用があるなら早く言って、と言う様子で語りかけた。

 

 

「いや、何。ちょいと聞きたいことがあってな」

 

「何? 情報を引き出そうとしても無駄だって、最初に言ったはずだけど?」

 

 

 アルスが少女に会いに来たのは、単に質問したいことあがったからだ。

が、少女はそれを情報収集と思ったのか、無駄の一言で片付けた。

 

 

「そっちじゃねぇさ。個人的な質問よ」

 

「はぁ? まぁ、聞くのはいいけど答えたくないことは言わないわよ?」

 

「別にプライベートなことでもねぇから安心しな」

 

 

 しかし、アルスは情報を引き出そうという気はまったくなかった。

ただただ、自分が気になったことを聞きたいだけだった。

 

 トリスはそう言うアルスに、どういうことなんだろうかと思った。

思ったが、さほど気にしなかった。それよりも、アルスの質問に対して、変なものであれば答えないとはっきり言った。

 

 アルスも変な質問をする気もないとはっきり述べた。

別にスリーサイズが知りたい訳でもないし、年齢や下着の色なんかどうでもよいからだ。いや、普通に考えればそんなことを尋ねるのは失礼で、変態だが。

 

 

「お前さんの特典、デメリットはどうなってんのかなって思ってなぁ。特に腕の感覚とかさ?」

 

「ああ、そう言うこと」

 

 

 アルスが気になったこと、それは少女が持つ特典についてだ。

トリスの特典は”Fate/EXTRA CCCに登場するメルトリリスの能力”である。メルトリリスは基本的に腕の感覚がない。つまり、そう言ったデメリットも能力として付加されているのか、と言うものだった。

 

 トリスはアルスが聞きたいことを理解し、合点がいったという様子を見せた。

なるほど、そう言うことか。自分の”特典”について聞きたかったのかと。

 

 

「別に感覚がないとかそう言う訳じゃないわ」

 

「は? デメリット消してもらった系?」

 

 

 トリスはアルスの質問に、両手をヒラヒラさせたり拳を握ったり開いたりしながら素直に答えた。

この程度のことならば、教えてもかまわないと思ったからだ。また、このトリスは本来あるはずのデメリットがなかったようだ。

 

 それを聞いたアルスは、デメリットがないことをいぶかしんだ。

いやはや、確かにデメリットを消す転生者もいるかもしれない。そのくちなんだろうと。

 

 

「頼んでないわよ! 自己改造とかして何とかしようって考えてたけど」

 

「なるほど」

 

 

 しかし、トリスはそんなことを”転生神”に頼んではいなかった。

確かにデメリットは理解していたが、それをどうにかしようとも考えていたのである。

 

 アルスもそれを聞いて、そういうことかと納得したようであった。

 

 

「でも、あまり特典が機能してないせいか、”人間”だからか知らないけれど、デメリットはほとんど出てないわ」

 

「人間?」

 

 

 トリスは何故デメリットがあまり出てこないのかを、自分なりに考えていたようだ。

そのことをアルスへと説明すると、アルスは”人間”という言葉に疑問を持って首をひねった。

 

 

「私は人間よ! 人間として生まれて5歳の時に特典が発現したんだから」

 

「あっ、そうか。つい、そう言う存在(アルターエゴ)だと思ってた」

 

 

 そんな態度のアルスへと、トリスは胸に手を当てながら、自分は”人間”であることを強く主張した。

自分は最初から人間で今も人間であると。”転生神”が言ったように5歳の時に特典を使えるようになったと。

 

 アルスはそのあたりを失念していたようで、トリスに言われてようやく気が付いた。

また、トリスの特典を考え”人間”ではないものだと勝手に思っていたのであった。

 

 

「人間よ! 足の武器だって取り外せるし!」

 

「そういやなくなってるな」

 

 

 そんなことを言うアルスへと、トリスは足を前に突き出してはっきりと説明した。

そう、足の具足も取り外すことが可能だと主張したのだ。

 

 が、短いスカートから伸びた細くすらっとした右足は、なんともいえないエロスに満ち溢れていた。

しかし、アルスはそんなことなどまったく気にしておらず、本当だ消せるんだそれ、程度の感想を淡々と述べるだけであった。

 

 

「と言うか、英霊の力貰ったヤツらだって、種族・英霊になってないでしょ!?」

 

「言われて見ればそうである」

 

 

 トリスはそれならと、わかりやすい例えを出した。

そうだ、英霊としての力を貰った転生者も、基本的に英霊と言うものではなく、あくまで人間として生まれ出るのだ。

 

 とは言え、魔族や竜の騎士は”そう言う存在”として生まれるようだ。

そこらへんは何らかの差があるようだが、とにかく英霊の力を貰った転生者は”人間”として生まれるということだった。

 

 

「とりあえず、腕の麻痺とかはなくって、不器用でもないわ」

 

「そうかそうか」

 

 

 まあ、そう言うことだから、と言う様子で、トリスは要点を言い終えた。

アルスも説明を聞いて、腕を組んで頭を縦に振りながらしっかり納得していた。

 

 

「聞きたいことってそれだけ?」

 

「おう、すまんかったな」

 

「別にいいけど。あなたも暇なのねぇ」

 

「今んとこはな……」

 

 

 また、トリスは小さくため息をつきながらも、アルスへとまだ質問があるかを尋ねた。

しかし、アルスが聞きたかったことはそれだけだったので、無いと言いながら時間を使わせたことに謝礼をしていた。

 

 トリスは、後頭部に手を乗せながら頭を小さく下げるアルスを見て、質問程度なら気にしていないと述べた。

ただ、そこでさらに皮肉のような言葉もアルスへと吐き捨てたのであった。

 

 アルスはそれに対して、多少なりに深刻な表情を浮かべていた。

言われたとおり、”今”はまだ何もない。敵が動いてないからだ。

 

 多分彼女は”彼ら”がいつ動くのかさえ知らされていないのだろう。

故に、知らないからこそ、今のような皮肉が言えるのだろうと、アルスは思った。

 

 さらに、敵が攻撃を仕掛けてくるタイミングはわからないが、どの道これから忙しくて面倒になる。

本当に面倒臭くてしょうがないが、それは避けられないことであるとも、アルスは考えていたのだ。だからこそ、アルスは先々のことを考え、表情を渋くしていたのだ。

 

 

「そうねぇ。なら、今度は私があなたに質問するわ」

 

「先に質問したのは俺だからな。できる限りは応えよう」

 

「そう、じゃあまずは……」

 

 

 そんなアルスの表情を見ていなかったのか、トリスは自分が今度はアルスへと質問する番だと言い出した。

アルスはハッとして彼女の方を向き、自分がしたことなので彼女にもその権利はあると答えた。トリスはアルスがOKを出したのを聞いて、少しずつ聞きたいことを話し始めたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 新オスティアへ戻ってきたのはアルスだけではない。

あの舟上での上映と回避の後、茶々丸・和美、そしてマタムネも新オスティアへと戻ってきていた。

 

 

「む……」

 

「どうしたの?」

 

 

 街を散策している中、茶々丸が突如として反応した。

和美は一体何がどうしたのかを、茶々丸へと尋ねたのだ。

 

 

「いえ、微弱ながらバッジの反応があった気がしましたが……」

 

「バッジってことは、つまり……」

 

「あの少女でしょうな」

 

 

 すると、茶々丸は静かにそれに答えた。

その内容は”エヴァンジェリンから配られたバッジ”が近くで反応したというものだった。和美はそれを聞いて、最後に残ったバッジの持ち主、つまりアーニャの反応と言うことだと気が付いた。

同じくマタムネもその事実に気づいた様子だった。

 

 

「ただ、反応が小さすぎて、位置が特定できません」

 

「どゆこと?」

 

 

 とは言ったものの、完全な位置の把握はできていないと茶々丸は申し訳なさそうに述べた。

いや、本人の表情は冷淡そのものであるが、雰囲気がそんな感じであった。

 

 和美はそれに対して、どうして特定できないのかを、不思議そうな顔で質問した。

 

 

「色んな要因が重なったりすると、反応が微弱になるものですから……」

 

「なるほどー」

 

 

 茶々丸はその問いに、率直に答えた。

何かしらの妨害や壁が厚い建造物、生物の体内であれば、その反応は弱くなるからだ。故に、この反応の弱さ自体が何で起こっているのかは、今すぐにはわからないとしたのである。

 

 和美はその答えを聞いて、とりあえず納得した様子だった。

 

 

「しかし、この新オスティアに反応があることは間違いありません」

 

「つまり、アーニャちゃんはすでに近くにいるってことね!」

 

 

 だが、この近くに反応があったと言う事は、この街のどこかにいるということだ。

和美と茶々丸はその事実に気が付き、喜んだ様子であった。

 

 

「この人の量ですから、合流に手間取っているのかもしれませんね」

 

「この人だかりでは、我々を見つけるのも困難と言えましょうな……」

 

「闘技場に行っても警備が厳重だし、色々と面倒なことも多いもんねぇ……」

 

 

 新オスティアは祭りの真っ只中。この人ごみでは中々自分たちを探せていないのだろうと、茶々丸は言葉にした。

何せアーニャはまだ子供。背丈が小さいので、人が多いこの街で自分たちを探すのに困難しているのだろうと考えたのだ。

 

 マタムネも同じ考えだったようで、同感だという様子で物語っていた。

また、和美も自分たちがいる闘技場でさえも、色々と面倒ごとが多いので近づきにくいのかもしれないと考えたようだ。

 

 

「とりあえず、探すしかないね」

 

「はい」

 

「ですね」

 

 

 しかし、この街にいるという事実がわかったのだ。向こうが見つけられないのならば自分たちで見つければよい。

三人はそう考えながら、街を歩いていた。

 

 そんな三人の横を、小柄と大柄のフードをかぶった二人の人影が通り過ぎて行ったのを、彼女たちは気がつかなかった。

 

 

…… …… ……

 

 

 アスナも他と同じように、すでに新オスティアへと戻ってきていた。

そこでアスナは戻ってすぐさま、あやかの下へと訪れていた。

 

 

「いいんちょ、ちょっといい?」

 

「大丈夫ですけど、どうしました?」

 

 

 アスナはひょっこりとあやかの前に現れ呼びかけた。

あやかは突然のアスナの訪問に、一体どうしたのだろうかと言葉にしていた。

 

 

「んー、ちょっと話をしようと思って……」

 

「……そうですか。では、少し歩きましょうか」

 

 

 そう話しかけたアスナであったが、そこで頬を指でポリポリとかき、ほんの少し照れくさそうな様子でそれを述べた。

そんなアスナの態度を見たあやかは、ふっと小さく笑い、話すなら歩こうと提案したのだ。

 

 

「しかし、急にどうしましたの?」

 

「……この前、黙ってたことを話そうかなって……」

 

「あの時の……」

 

 

 とは言え、突然話とは一体どういうことなんだろうかと、歩きながらあやかはアスナへ聞いた。

 

 アスナはそれを、少し話しづらそうにしながらも、説明した。

それは自分の正体に関わる根源的なもののことであった。

 

 アスナは自分がこの世界の出身であり、この国の姫であることはあやかに話した。

しかしながら、自分が100年ほど生きていたことなどは、あえて伏せていたのだ。

 

 あやかはそれをアスナが告白するという約束をしていたことを、ふと思い出したのであった。

 

 

「どういう風の吹き回しで?」

 

「んー、魔法(こっち)に関わる子たちには説明したから、せめていいんちょにもって考えてね」

 

「別に気にしなくてもよいと言うのに……」

 

 

 だが、何故アスナが突然そんなことを言い出したのだろうか。

あやかはそこが気になったので、それを尋ねてみた。

 

 その理由とは、先ほど自分がどういう存在なのかを、魔法を知っている仲間に話したから、というものだった。

アスナはそれを、やはり少し照れくさそうにあやかへ話したのだ。

 

 あやかはなんと律儀なものかと思いながらも、そこまで気にすることではないと口にした。

 

 

「そう言う訳にはいかないわ。約束したもの」

 

「確かにそうですわね」

 

 

 とは言え、アスナがそれでは不満だった。

あやかとは長い付き合いであるし、自分のことも最初に話した。故に、別の仲間に話したならば、せめてそのことを話すと約束したあやかにも教えておきたいと思ったのだ。

 

 あやかはアスナの言うことに、まあ一理あるとも思った。

約束したのは事実であるし、アスナがそう自分から言ったことでもあるからだ。

 

 

「それで、この前のことはどんなことですの?」

 

「それはね……」

 

 

 ならば、アスナが自分に教えたいこととは一体なんだろうか、それをあやかは尋ねた。

アスナはそれを聞くと、ゆっくりと口を開き、その隠していた事実を語りだした。

 

 自分は100年も生きているということを。

魔法無効化と言う不思議な力を利用されてきたことを。今回の事件にも少なからずかかわりがあるだろうということを。

そして、ネギの父親のナギやその友人たるラカンとも知り合いであることを。

 

 アスナがそれを静かに語らうのを、あやかは何も言わずに聞いていた。

それが嘘ではないだろうと言う事を考えながら。身近にいた彼女が、そんな遠い存在であったことに、小さく驚きながらも表情に出さなかった。

 

 

「……そういうことがあったんですのね……」

 

「……驚いたり疑ったりしないのね」

 

「あなたは最初から驚くべき人物でしたから、この程度では驚きはしませんわ」

 

 

 あやかはアスナの話を聞き終えると、やっと全部話してくれたのだと理解した。

また、あまり驚いた様子を見せず、暖かみのある目で友人を眺めていた。

 

 と言うのも、アスナの説明にあやかはついてこれてはいなかった。

いきなり100年間も幽閉されていたとか言われても、一般人の感性では理解し得ない状況だからだ。ただ、一つだけわかったことは、今のアスナはそんなことなど一つも気にしていないということだった。

 

 また、アスナが全てを話してくれたことに、あやかは嬉しく思っていた。

この街に入る前に話してくれた時のように、とても嬉しかったのだ。だからこそ、驚き以上に喜びの方が勝っていたので、あまり驚くこともなかったのである。

 

 

 そんな淡白なあやかの態度に、アスナはもう少し驚くばかりかと思ったと口にした。

先ほど話した仲間たちは、大小あるが思い思いに驚き、気遣ってくれたからだ。

 

 だと言うのに、目の前の友人はまるで反応が薄かった。

むしろ、色々なことをいっぺんに言い過ぎて、頭が混乱しているのではないかとさえ思えた。

 

 あやかはそう言うアスナへと、最初からそんなものだったとからかうように言い出した。

この世界に来たときからすでに驚き飽きている。もはやこの程度のことで、いちいち驚くことはない、と言う感じだった。

 

 

「むっ、それ……どういう意味よ……」

 

「さぁ? どういう意味でしょうねー」

 

「ちょっとー! 待ちなさいよー!」

 

 

 しかし、アスナは今のあやかの台詞を聞いて、小馬鹿にされたと考えた。

そのため、少しむすっとした様子で、その意味を尋ねたのである。

 

 そんなアスナへと、さらにからかうようにあやかは今の問いをはぐらかした。

そして、笑いながら逃げるように走り出したのだ。

 

 アスナはあやかにちゃんと説明するように叫びながら、走り出したあやかを追うのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、ここは闘技場。

あれから覇王と状助は、快調なペースで拳闘大会を勝ち進んでいた。その勢いは止まることがなく、誰の目から見ても優勝間違いなしであった。

 

 

「ぬぅぅ! まさかこんなヤツが出てくるなど!!」

 

「負けてられっかよぉ!!」

 

 

 今も覇王たちは決闘の真っ只中だった。

対戦相手はまたしても転生者だったようで、覇王の姿を見て戦慄した。まさかチートオブチートが目の前に現れるなどと、思っても見ていなかったようだった。

 

 

「食らえ!!」

 

「遅いよ」

 

「なっ!?」

 

 

 もはや相手はやけくそになったのか、勢いよく覇王へと近づき、その太い右腕を伸ばした。

 

 だが、覇王にその拳は届かず、気が付けば真横に移動されて避けられていた。

相手は驚きながら、覇王の声が聞こえた方向へと首を向けたのだ。

 

 

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)

 

「がああぁぁッッ!!!!???」

 

 

 しかし、その瞬間に、相手はS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の腕に叩き潰され、そのまま燃やされてしまったのだ。

相手はただただ押しつぶされ、焼かれる熱に苦しみもがき、叫び声をあげるだけしかできなくなっていた。

 

 

「相棒!! ぐおわ!?」

 

「余所見たぁ余裕っスねぇ……! ドラァァ!!」

 

「うぐげぇ!!」

 

 

 対戦相手の片方が、仲間の危機を察して動こうとするも、時すでに遅し。

すでに状助がその懐へと忍び込み、拳を突き立てていたのだ。

 

 さらに、状助はニヤリと笑いながら皮肉をこぼし、スタンドで力いっぱい殴りつけた。

それは敵の顔面に直撃し、そのまま遠くへと吹き飛ばしたのである。

 

 

「圧勝!! 覇王・ノリスケコンビ、圧勝!!!」

 

 

 それによって覇王と状助の勝利が決定した。ちなみに状助は偽名としてヒガシガタ・ノリスケを名乗っているので、ノリスケとして扱われている。

司会は高らかに彼らの勝利を宣言し、二人へと喝采を送るよう観客たちに語らった。

 

 

「ふぅ……」

 

「圧勝っつーけどよぉ。俺はかなりギリギリっつーかよぉ……」

 

 

 覇王は勝利宣言を聞いて、小さくため息をついていた。

状助は圧勝と聞いて、自分は限界ギリギリでの戦いだったとこぼしたのだった。

 

 

「おー、流石はおやなー」

 

「東さんも随分強くなりましたね」

 

 

 観戦していた木乃香や刹那は、二人の活躍を賞賛していた。

覇王は言わずともだが、状助もそこそこ戦えるようになってきたと。

 

 

「でも、状助はやっぱ状助よ」

 

「アスナは状助に厳しいんやねー」

 

 

 だが、アスナは不満な様子で状助は変わっていないと言葉にした。

木乃香はそんなアスナに、苦笑しながら厳しいことを言うと述べていた。

 

 

「無理をして、……あの時みたいになってほしくないだけよ……」

 

「あの時……ですか……」

 

 

 しかし、別にアスナも理由もなく辛辣な言葉を言っている訳ではない。

状助があのゲートの時のように無理をして、危険な状況になって欲しくないと思っているからこその発言であった。

 

 刹那もあの時のことを思い出し、その心配はわかるという様子を見せたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 戦いが終わった後、状助と覇王は闘技場のテラスで風にあたりつつ、今の現状を語り合っていた。

 

 

「覇王のおかげで楽勝っスねぇー」

 

「状助だって随分強くなったじゃないか」

 

「そりゃ何度か戦ってるからよぉ……」

 

 

 状助は覇王が強いおかげで、どんどん勝利を重ねていることに感謝していた。

いやはや、覇王がちょいと戦うだけで快進撃が続くのだ。状助はそれに対して楽だと思っていたのである。

 

 だが、状助とて覇王におんぶだっこされている訳ではない。

徐々に気の使い方がうまくなってきており、瞬動もそこそこ上達してきた。そのことを覇王は、にこやかな表情で述べたのだ。

 

 すると状助は、自信なさげに当然と述べた。

ある程度この闘技場で戦ってきた。練習もしてきた。これだけやって上達しないなんてことはないと、小さく言葉にしたのである。

 

 

「しっかし、このまま何もなけりゃいいんだけどなぁ」

 

「そんなに何を心配してるんだい?」

 

 

 しかし、状助にはそれでも不安があるようで、何かぼやき始めたのだ。

覇王は一体何があると言うのか、という様子でその疑問を尋ねたのである。

 

 

「いやぁ……、もしかしたらラカンと戦うことになるかもしれねぇって思ってよぉ……」

 

「何でそんなことを?」

 

 

 状助は覇王の問いに、腕を組んで難しそうな顔で答えた。

それはラカンと戦うことになるだろうという、漠然とした不安と危機感であった。

 

 覇王はそれを聞いて、何故? としか思えなかった。

なので首をかしげながら、再び状助に質問するのだった。

 

 

「だってよぉ、テンプレじゃあねぇか」

 

「?……ああ、そういうことか」

 

 

 それに対して状助は、テンプレだからだと返した。

大抵の転生者はラカンと試合を行うというのを、状助は当然だと思っていたからだ。

 

 一瞬覇王はその答えに疑問を持ったが、すぐに氷解したようだった。

なるほど、テンプレと言うならば、状助は”原作”などを考えてそのような不安を感じているのだろうと。

 

 

「だけど、僕らは彼と戦う理由もないし、彼にもさしたる利益もないと思うけど?」

 

「いや、まぁそうだけどよぉ……」

 

 

 とは言うが、自分たちもラカンと戦う理由はないし、ラカンもこちらと戦う理由もない。

戦ったところで何か大きな利益がある訳でもない。覇王はそれを状助に語りかけように話した。

 

 

「ああ? 誰と誰がバトるって?」

 

「おばっ……!! いつの間に!?」

 

 

 だが、そこへラカン本人が、状助の後ろから現れた。

状助は焦るように驚きながら、ラカンの方へと体を向けた。

 

 

「別に深い意味はないんっスよー!」

 

「彼はいつもこんな感じなんだ」

 

「ほおー? そうかい?」

 

 

 状助は慌てながら、今の発言に意味はないと叫びだした。

覇王も状助をフォローするように、普段からこんな様子であると言葉にした。ラカンは腕を組んで懐疑的にしながらも、まあいいかと納得した様子を見せたのだった。

 

 

「まあ、今のぼやきの答えを言うとだな……、別におめぇらとやりあう気はさらさらねぇぜ」

 

「そっ、そうっスよねぇー!」

 

 

 また、ラカンは状助が先ほど述べた言葉の答えを、ここではっきり言ったのだ。

お前たちとは戦う気はないと。

 

 状助はそれを聞いて、焦る態度を見せながらも内心安心していた。

いやはや、テンプレどおりラカンと戦う必要がなくてよかった。戦うことになっていたらどうなっていたことかと。

 

 

「……が、興味がない訳じゃねぇがな。特にそっちの強さにはな」

 

「……」

 

 

 しかし、ラカンとてまったく興味がないという様子でもなかった。

そう言いながら、ラカンは覇王の方をちらりと見た。

 

 覇王もラカンからの視線を感じ、無言でそちらを若干睨むように視線を移した。

 

 

「んまぁ、ぶっちゃけ晴れ舞台でバトる気なんざねぇってこった」

 

「だってさ。よかったね状助」

 

「おう……」

 

 

 ラカンは覇王の反応を見てニヤリと笑った後、もう一度戦わないことをしっかり述べた。

覇王もふっと笑った後、状助へとそう言った。状助は今のに多少不安を覚えながらも、とりあえず今は安心するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは覇王たちが戦っていたところとは違う試合場。

とは言え、この覇王たちと同じ巨大闘技場の中の一つではあるが。

 

 

「快調に進んでいるな」

 

「だな! だが、油断はできねぇぜ」

 

「そうだな……。特にこのチームには……」

 

 

 そこで覇王とは別の大会で、順調に勝ち進んでいた数多と焔が、他者の試合を観戦していた。

同じく、その横にはネギと小太郎もおり、こちらの大会を見学しに来ていた。

 

 今の所何か大きな問題もない数多と焔の二人であったが、次に始まる試合を行う片方の組を、二人は警戒する様子を見せていた。

 

 

「無名の飛び入り参加! 女性と少年と言う組み合わせにも関わらず、これまで無敗を貫いて来たダークホース!」

 

 

 そして、二人が警戒している相手の組が、司会の叫びにも似た大きな声での紹介とともに、試合場へと上がってきた。

その組は片方が女性で片方が少年と言う組み合わせだった。ただ、基本的にローブを深々とかぶっており、顔を見せることは無かった。

 

 

「今回も勝利を収め、連勝無敗を貫き通せるでしょうか!」

 

 

 また、この組も数多たちと同じく無敗を貫いており、この戦いでも連勝が重なるかが大きな焦点となっていた。

 

 

「……」

 

「……ふっ……」

 

 

 司会の言葉で湧き上がる歓声の中、女性と思わせる方は沈黙を保ち、少年と思わせる方は小さく笑っていた。

 

 

「少年だと言うのに、ほぼ一人で相手をして圧勝している。とんでもない相手だ」

 

「ああ……」

 

 

 周囲が大きな声で黄色い声を上げる中、やはり数多たちはその組の過去の戦闘について会話していた。

何せ基本的に女性と思われる方はあまり動かず、少年らしき方がほぼ全ての敵を相手にしていたからだ。それ以外にも、少年らしき方はたいていの相手を、一撃で倒してしまってきたのだ。

 

 焔はそのことを口に出しながら、ぶつかった場合どうなるかを考えていた。

しかし、数多は何か別のことが気になる様子で、生返事を返すだけだった。

 

 

「うん? どうした兄さん? 何か気になることでもあるのか?」

 

「いやなぁ……。あのちっこいヤツの戦い方、どっかで見たようなって思ってよ……」

 

「記憶違いでは……?」

 

 

 数多が何やらいぶかしんでいる様子に、焔は疑問を感じてそれを尋ねた。

数多はその疑問に、やはり悩む素振りを見せながら答えた。

 

 と言うのも、数多はあの少年らしき対戦者の戦い方が、自分が知っているものに似ていると思っていた。

どこかで、よく見ていたような戦闘方法。それが何なのかがわからず、モヤモヤしていたのである。

 

 しかし、自分たちはあの二人組みを見るのは初めてであり、会ったことなどない。

思い過ごしではないかと、焔は数多へ言うのだった。

 

 

「だと思うんだが……、何かすげー引っかかるんだ……」

 

「考えすぎだろう」

 

 

 数多も焔の言うとおりであると言いながらも、やはり気になってしまうとも言葉にした。

そんな数多に焔は、気にしすぎだと言う態度を見せるのだった。

 

 

「さてぇとぉよぉ、そろそろ正体でも晒すかーねぇ?」

 

「……」

 

 

 また、試合場では、そろそろ試合が行われようとしていた。

そんな時、少年らしき方が、何やら隣の女性に話しかけていたのである。女性はその言葉に何も言わずに、小さく頷くだけだった。

 

 

「おっと! どうしたのでしょう! 体を隠すために巻いていた布を、突如として外し始めました!」

 

「む、ついに姿を現すのか」

 

「どんなヤツだ? 割と気になってはいたんだ」

 

 

 そして、その二人は顔を隠す為に装備していたローブを、勢いよく脱ぎ捨てた。

それを司会は期待を煽るような言葉で、観客たちを賑わせていたのだ。

 

 数多と焔も二人が正体を現すことに興味津々だった。

何せ謎が多いだけでなく、強豪でもあるからだ。どんな姿をしているか、少なからず興味があったのである。

 

 

「え? どういうことだ……?」

 

「ま、マジかよ……」

 

 

 だが、そこで見た彼らの正体は、数多たちの想像を絶するものだった。

故に、それを目を見開き、かなり驚いた様子でその姿を見ていたのだ。

 

 

「なっ、なっ! 何と言うことでしょう!! 先ほどの少年は突如として大きくなり、逆に女性だった方が小さくなりました!」

 

 

 何故驚いたのか。それには理由があった。

それは女性と思っていた人物が本来は少女であり、逆に少年と思っていた人物が背の高い男性だったからだ。

年齢詐称薬を用いて、変装していたからだ。

 

 

「あれはアーニャ!?」

 

「何やて!?」

 

 

 更に、何と言うことだろうか。

片方の少女の姿を見たネギが、突然驚きその少女の名を叫びだした。赤色のツーサイドアップの姿をした少女、まさしくアーニャだったのだ。

 

 それだけではない。アーニャが突然現れたことだけでなく、拳闘大会に出場していたということにも驚きがあった。

しかも、見知らぬ成人男性と一緒と言う部分も大きかった。

 

 また、隣の小太郎もネギと同じく驚いていた。

 

 

「そして、少年だと思っていた人物はなんと! 過去何度もこの場で圧倒的強さを見せ、優勝を我が物としてきた男!」

 

 

 さらに、アーニャの横にいた男性のことを、司会は有名人のように称え始めた。

いや、有名人なのには間違いなかった。

 

 何故なら、この大会で昔、猛威を振るった男だからだ。

何度も連戦連勝し、優勝を奪ってきた男だったからだ。

 

 

「熱海龍一郎です!!」

 

 

 そして、その男の名を、司会は高らかに称えるように、観衆へと叫んだ。

なんと、彼こそが熱海数多の父親たる、熱海龍一郎だったのだ。

 

 

「親父ぃ……!」

 

 

 数多はその父親の姿を見て、苦虫を噛んだような、恐ろしいものを見たような、まさかこんなところでその姿を目にするとは、と言う表情が合わさった、なんとも一言では言い表せないような驚きの表情を見せていた。

 

 

「あの人が熱海さんのお父さん!?」

 

「ああ……。多分だが……」

 

 

 ネギは数多の声を聞いて、あの場でアーニャの横に立っているのが彼の父親なのかと察した。

数多もネギの問いに多分そうだろうとだけ答えた。

 

 

「しかし、本物だというのでしょうか!?」

 

 

 また、司会もこれが本物であるかはわからないと、多少の疑いを持ちつつ紹介していた。

 

 

「だったとしても関係ねぇ! ぶっ飛ばす!」

 

「おっしゃぁ!」

 

「まっ、正体見せたんだし、一発でけぇの行くか」

 

 

 そんなことなどどうでもよいとばかりに、彼らの対戦相手が先手を打ってきた。

だと言うのにその男は余裕の態度で、ゆっくりと構えを取るのであった。

 

 

「”超熱血衝撃崩壊拳”!!!」

 

「ぶべ!?」

 

「ひでぶっ!?」

 

 

 だが、男がゆっくりと引いた腕を、勢いよく前に突き出せば、とてつもない灼熱と衝撃が迫り来る対戦相手を襲ったではないか。

その後二人の対戦相手は、その衝撃波に飲み込まれ、吹き飛ばされて床に転がって動かなくなった。

 

 

「いっ……、一撃! またしてもたった一撃で勝負が終わってしまいました! まさしく本物! 本物の龍一郎がこの大会に戻ってきたということです!!」

 

 

 あっけない、あっけなさすぎる。たったこれだけの攻撃で、今の対戦が終わってしまったのだ。

これで確定した。男が熱海龍一郎本人であることが、証明されてしまったのだ。司会はそれを盛り上げるように、盛り立てるように悠々と叫んだ。

 

 

「まっ、とりあえずこんなもんか」

 

「そうかしら……」

 

 

 しかし、龍一郎は今の攻撃はかなり手加減したという様子であった。

確かに派手にぶっぱなしたが、それだけと言う感じだ。

 

 だが、今の技には意図があった。そう、今ここで観戦しているであろう息子に、アピールするためだったのだ。

 

 ただ、アーニャにはその意図がわからないので、突然おっさんが大技をブッパしただけに見えた。故に、それを横で聞いていたアーニャが、それはないと言う顔で驚きつつも呆れていた。

 

 

 

「やっぱ親父だありゃ……」

 

「うーむ……」

 

 

 そして、龍一郎の思惑通り、それを観客席から見ていた数多も、下で戦っているのが父親であることを完全に理解した様子だった。

何せあの技は父親である龍一郎が使い、自分が教わった技だからだ。故に、これはヤバイと言うような感じで、顔を青くしていたのである。

 

 同じように焔も、腕を組んで冷や汗を額にたらし、焦りを感じていた。

このまま勝ち進めば、当然龍一郎と衝突するからだ。

 

 その二人の横で、ネギたちもアーニャへ何度も叫んでいた。

ただ、アーニャはネギの姿をチラリと見ただけで、特に行動を見せなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 試合が終わった後、数多たちはこの状況をどうするかを話し合っていた。

いや、本当にマズイと言うのが数多の思う現状であった。

 

 

「こりゃマジでヤバイ……。親父が出てくるなんて考慮してねぇよ!」

 

「それはそうだ……」

 

 

 正直数多は焦っていた。自分の父親が大会に出てくるなど、予想外にも程があるからだ。

と言うか仕事はどうした、何で大会に出てきてるんだ、そんなことさえも考えていた。

 

 焔も同じであった。まさか、まさか、本当にあの龍一郎が大会に現れるなど、まったく考えても見なかった緊急事態だ。

どっかで仕事しているのだろう、程度にしか考えていなかったが故に、この出来事は大きな衝撃だったのである。

 

 

「しかも試合の後、忽然と姿を消すしよぉー! どうすりゃいいのさ!」

 

「困ったものだな……」

 

 

 さらに、なんと龍一郎らは試合後にどこかに行ってしまったのか、会場には見当たらなかったのだ。

数多たちは何度も探したが、その姿を捉えることはできなかった。

 

 故に、話もできず何を考えているのかすらわからないと言う状況でもあった。

なので、本当に困ったという様子で、数多は頭を抱えながら混乱し、焔も腕を組んだまま固まっていた。

 

 

「アーニャも一緒だったみたいですけど、一体どうしてでしょうか?」

 

「親父に拾われたのかもしれねぇ。わからんがな……」

 

 

 また、ネギはアーニャがその人と一緒にいたことを、数多へと尋ねた。

とは言え、数多もそれを聞かれてもわからないので、予想したことだけを述べるだけだった。

 

 

「とにかく、親父を倒さなきゃいけなくなったのはかなり厳しいぜ……」

 

「そんなに数多さんのお父さんってそれほどまでに強いんですか?」

 

「そりゃなあ……」

 

 

 そして、最大の問題は龍一郎を自分たちでどうやって倒すか、ということだった。

今の自分に父親を倒すことはできるだろうか、難しい、無理かもしれない、数多の頭にはそれが何度も過ぎるのみであった。

 

 ネギは先ほどの戦いしか見ていなかったので、龍一郎の実力を全て知らない。

なので、一体どれほどの強さなのだろうかと、数多へもう一度聞いたのだ。

 

 数多は頭をぼりぼりかきながら、どう説明すればいいか、と考えた。

 

 

「あのメトゥーナトのおっさんと互角にバトれるぐらいにゃ強いのは間違いねぇし……」

 

「私も何度かその二人の喧嘩(たたかい)を見学したことがあるが、高次元すぎて何が起こっているのかさえわからなかった……」

 

「そっ、そこまでなんですか!?」

 

 

 そこで数多は身近にいただろうメトゥーナトと互角ほどだと、ネギへ説明した。

 

 焔もそれを聞いて、小さいころに何度か二人の戦いと言う名の喧嘩を見学させてもらったことを思い出した。

それを思い返しながら、その二人の戦いがすさまじすいものであったと、小さくもらしたのであった。

 

 ネギはそれを聞いて、驚きの表情を見せた。

いや、強いということは大体理解していたが、それほどの強さとなると、と言う様子であった。

 

 

「俺もさっきの戦いを見ただけやけど、ラカンのおっさんと同等と考えてもええと思うで……」

 

「ラカンさんと同等……」

 

 

 小太郎も先ほどの試合を見て、あのラカンと同じぐらいの実力ではないかと言い出した。

ネギはそれを聞いて納得するように、されどそれほどまでにと言う驚きが混じった言葉を小さくもらしていた。

 

 

「だから悩んでるんじゃねぇか。どうやって親父を倒すかってよ」

 

「でも、数多さんのお父さんなんですよね? だったらあちらが勝っても賞金を譲ってもらえばいいのでは?」

 

 

 そう、故に数多はどうするかを考えあぐねいていた。

あの強豪な自分の父親を、どうやって倒すか、ということを。

 

 しかしだ、そもそも何故勝利を前提にしているのかと、ネギは不思議に思った。

こちらが勝てばそのまま、アチラが勝っても理由を話し、賞金を譲ってもらえばいいのではないか、と考えたのだ。

 

 

「さてねぇ、そこら辺は何考えてるかわからんねぇから、もしかしたらもありえるしよ」

 

「え? 無理ってことですか!?」

 

「無理じゃねぇだろうが、負け確定で挑んだら譲らねぇだろうぜ」

 

 

 だが、数多はネギのその言葉に、そううまくいくとは思えないと言い出した。

つまり、父親であるはずの龍一郎が勝利したならば、賞金はそのまま持っていかれる可能性があると言うことだ。

 

 ネギはそれに対してかなり驚いたのか、そんなことがあるのか、と言う様子で大声を出していた。

何せ数多と龍一郎は親子だ。理由があって賞金を欲している息子から、賞金を奪おうとするだろうかと言う疑問があったのだ。

 

 ただ、数多はそこに理由を付け加えた。

別に意地悪で賞金を持っていくということはないだろう。それでも諦めで戦い負けるということがあれば、賞金は持っていかれるだろうと。

 

 

「ちゅーか、なして突然数多の兄ちゃんの親父が出てきおったんや?」

 

「難しいことじゃねぇさ、親父の考えなんてすぐわかる」

 

 

 そんなところで小太郎が、一番の原因である龍一郎が突然大会に現れたことに疑問を感じたようだ。

一体どういう意図があって、数多の父親が大会に出てきたのだろうかと。

 

 数多はそれを聞いて、そんなことは察しが付いていると言葉にした。

龍一郎が何を考えているのか、その目論見は何かまではわからないが、一つだけ確実にわかることがあった。

 

 

「俺の今の実力を見てぇんだ。あわよくば越えて見せろって言ってんだ」

 

「父親を……越えろ……」

 

「……ああ」

 

 

 それは、自分の今の実力を実感しておきたいのだろうと、数多は静かに答えた。

そして、可能であれば勝利して見せろと言う、難題を与えてきたのだろうと。

 

 ネギはそれを聞いて、小さくそれをこぼした。

と言うのも、その言葉にネギは多少羨ましいと感じたからだ。自分も近くに父親がいたら。自分も正面から父親とぶつかれたら。そんなことがふと頭に過ぎったのである。

 

 そんなネギに気が付くことなく、数多はその通りだという返事を一言述べるだけだった。

この無理難題をどうするかを考えるのに精一杯であった。

 

 

「まあ、親父から直接話を聞けねぇんなら、こっちで頑張るしかねぇ……」

 

「一番辛い戦いになりそうだな……」

 

 

 とにかく、龍一郎が姿をくらまし、会えないと言うのが大きかった。

何でもいいから文句の一つや二つ言った後、話すぐらいはしたいと思ったからだ。それができないのであれば、こちらが勝手に考え行動するしかないと、数多はため息を吐き出しながら言うのであった。

 

 焔もあの龍一郎との戦いは、一番厳しいものだと考えた。

故に、渋い顔を見せたまま、この先の不安を隠しきれずにいたのだった。

 



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百四十七話 晴れの日の昼

 少し過去の話。メトゥーナトと任務についていた龍一郎であったが、その任務が終わった直後、突如として休暇を命じられたのである。

 

 

「やぁーれやれ、突然の休暇命令だとはなあ」

 

 

 メトゥーナトと別れた龍一郎は、一人突然の休日に困惑を示していた。困った。このまま忙しく新たな任務に就くと思っていた龍一郎は、かなり困った。

 

 

「俺一人でこっちの仕事をやってただけなんだが、まあ貰えるもんは貰っておくか」

 

 

 と言うのも、メトゥーナトもギガントも、この前まで旧世界で活動していた。この魔法世界での活動は龍一郎が、一人でこなしてきたのである。そのため、二人が戻った今、短い間だが休暇を与えられたのだ。

 

 

「つっても、何をしてよいのやら。久しく会ってないガキどもに顔でも見せてやるかなあ」

 

 

 が、龍一郎は休む気などなかったが故に、休暇に何をしたらよいか悩んでいた。少しだが暇を貰ったのだから、数多や焔に会いに行くのがよいかと、龍一郎は考えていたのだった。

 

 

「きゃっ!」

 

「っと!」

 

 

 その時、龍一郎の足に小さな体がぶつかった。そこを見れば深くローブをかぶった少女らしき姿が、今の衝撃で小さな悲鳴を上げ、よろよろとしているではないか。

 

 

「ごっ、ごめんなさい!」

 

「いや、こっちこそわりぃわりぃ」

 

 

 だと言うのに、すぐに謝ってきたのは少女だった。とっさに謝ったという感じではあったが、龍一郎が謝るよりも早かった。

 

 龍一郎はそれを見てすぐさま謝り返した。余所見をしていたのは自分だったと。

 

 

「……ん? お前どっかで見たような……」

 

「えっ!?」

 

 

 と、次に龍一郎は、深くかぶったローブの隙間からチラリと見えた少女の顔を見て、ふと考えた。

どこかで、どこかで見た顔だと。その目の前にいるかわいらしい少女が、何故か記憶にあると。

 

 少女はそれを聞いて、ビクッと体を震わせた。

そして、驚きながら、これはマズイと言う様子を見せたのである。

 

 

「す、すみませんでしたー!」

 

「……おい、ちょいと待ちな!」

 

「っっ!!!」

 

 

 そこで少女は最後に再び謝りながら、その場から姿をくらまそうと猛ダッシュで走り出した。

しかし、龍一郎はその少女を、あろうことか呼び止めたのだ。

 

 少女はその声に反応して足を止め、さらに体を震わせ冷や汗を額に流し始めていた。

 

 

「な……何か?」

 

「いやー何って、お前のこと思い出したんだわ」

 

「わわっ私はしっ、知りませんが……?」

 

 

 少女はゆっくりと、龍一郎の方を向きなおし、何で呼び止めたのかを恐る恐る尋ねた。

もしや自分の正体がばれたのではないか。自分が何故わからないが賞金首になっていることが知られたのではないか。そんな感じの不安が少女の脳裏を覆いつくしていた。

 

 少女の不安なぞ知らず、龍一郎は全てを思い出したと、すっきりした顔で言い出した。

いやーそうだった。合点がいった。そうだそうだ、思い出した。そんな様子であった。少女はそれに対して、自分はそちらを知らないと、震えた声で言い放ったのだ。

 

 

「お前、ギガントんとこの弟子だろ?」

 

「……え?」

 

 

 だが、その後の龍一郎から出た言葉は、少女にとって意外なものであった。

 

 少女はその名前を聞いて、少し時間を置いてどうしてその名前が出たのかと、一瞬考えた。そして、その少女こそ、ネギたちとはぐれていたアーニャであった。

 

 

「どっかで見たと思ったらギガントの野郎から見せて貰った写真だったぜ」

 

「え……、あっ、あの?」

 

 

 龍一郎は腕を組んで、いやはやこんなところで出会うとは、と言う感じで、アーニャを眺めていた。

そうだ、そうだった。あのギガントのヤツが新しい弟子だと自慢してきた時、彼女が写った写真を見たのだったと。

 

 アーニャは師匠たるギガントの名がここで出てきたことに、かなり戸惑った。

謎の賞金がかけられたので、そちらの方で覚えられていたのかと思っていたからだ。

 

 

「あなたは……、もしかしてお師様の知り合い……?」

 

「知り合いなんてもんじゃねぇよ、同僚、……仲間ってやつだ」

 

 

 また、アーニャは目の前のおじさんからギガントの名が発せられたことについて尋ねた。

自分を知っているのが師匠経緯なら、目の前のおじさんはその知り合いの可能性が高いと考えたのだ。

 

 すると、案の定知り合いであると、いや、それ以上の関係であると返ってきた。

職場の同僚、仲間、そう龍一郎が腕を組んで答えたのである。

 

 

「そ、そうなんです!?」

 

「嘘じゃねぇよ。証拠もあるぜ?」

 

 

 ただ、それをすんなりと信用することはできない。アーニャはそれ故、再び同じように龍一郎へと尋ねた。

 

 龍一郎は自信ありげにニヤリと笑いながら、本当のことだと述べた。

そして、証明として彼らの仲間である証拠、写真などをアーニャへと手渡し見せた。

 

 

「よかった……。てっきり賞金稼ぎにでもばれたのかと……」

 

「ああー、お前らお尋ね者になっちまったんだっけ? そりゃ災難だったな」

 

「は……はい……」

 

 

 アーニャはここでようやく安心したのか、小さくため息を吐いた。

いやはや、賞金首にされてしまったので、その追っ手や賞金稼ぎの類ではないかと疑ってしまったと。

 

 それを聞いた龍一郎も、そういえばそうだったと考え、そんな彼女に労うような言葉をかけたのだった。

 

 アーニャはただただ、それに対して返事をするだけだった。実際大変だったし、こうしてコソコソしているのだから当然である。

 

 

「さて、お前はこれからどうすんだ?」

 

「私はネギを……仲間と合流するためにオスティアへ行く途中です」

 

「行き先はわかってんのか」

 

 

 それはそれとして、龍一郎はアーニャへと、今後はどうするのかを尋ねた。

仲間とはぐれたらしいのは大体理解していたので、探すにせよどうするのかと。

 

 だが、アーニャもすでに覇王が出てきた大会の放送を見ていた。

なので、いく当てだけはちゃんとわかっていたのだ。

 

 そこでオスティアへ行けばいいと、アーニャに言われた龍一郎。

なるほど、そうかと腕を組んで、ほんの少し考えた。

 

 

「なら早い。俺がつれてってやるぜ」

 

「本当に!?」

 

「嘘じゃねぇよ」

 

 

 ならば、そのオスティアへと自分が連れてってやればよくないか? そう龍一郎は考え出し、アーニャへとそれを言ってのけた。

 

 アーニャはそれを聞いて、驚いた表情を見せた。

何せ師匠の知り合いではあるが、自分は目の前のおじさんとは初対面だったからだ。そんな人が親切にも、仲間が集まるであろう場所につれてってくれると言うのだから、驚かないはずがない。

 

 龍一郎はアーニャが驚き疑いの言葉を出したのを見て、本当だとはっきり言った。

と言うか、こんなことに嘘をついてどうすんだ、という感じだった。

 

 

「んじゃ、俺についてきな!」

 

「ありがとうございます!」

 

「いいんだよ。ガキの面倒を見んのは大人の務めってもんだろ!」

 

 

 そして、龍一郎は親指で自分を指し、付いて来いとアーニャに豪語した。

アーニャは送ってくれることをに対して、龍一郎へと元気よく礼を述べ頭を下げた。

礼儀よく元気よく礼をするアーニャに、龍一郎は関心しながらもそこまでする必要はないと笑いながら言うのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 時を戻して現在。新オスティアは当然祭りの真っ最中で、多くの人々が溢れかえっていた。

 

 

「終戦記念式典の祭りか……」

 

 

 そんな人だかりをゆっくりと歩きながら見渡す少年。白髪のこの少年、フェイトが祭りの様子を眺めていた。

 

 また、彼の従者三人も、その後ろをいそいそと歩きながら、周囲を伺っていた。

 

 

「実際は偽りの平和でしかないんだけれど……」

 

 

 フェイトはこの式典に意味があるのかどうかを考えていた。

所詮はうわべだけの和平。ヘラス帝国もメセンブリーナ連合も、本当の和解は行っていない。現にどちらの国も軍艦を浮かべ、けん制しあっている。

 

 そんな平和でも、争いがないだけマシだと、多少なりと彼は思った。

偽りであっても、血は流れていない。それならそれでよいのではないかと。

 

 

「さてと、彼との再会はいつごろにするべきかな」

 

 

 まあ、そんなつまらないことを考えている暇があったら、この前ネギ少年と約束したことについて考えた方がよいと、フェイトは思った。

さてはて、どうするべきだろうか。今すぐ、と言う訳にもいかないだろうか、と。

 

 

「フェイトさぁーん!」

 

「ん?」

 

 

 すると、フェイトの後ろの方から、彼を呼ぶ声が聞こえた。

透き通った女性の声だ。フェイトはその声に気が付き、ふと後ろを振り向いた。

 

 

「すぐに見つけられてよかったわ」

 

「ねっ姉さん!?」

 

「何故君がここに……?」

 

 

 その声の主は栞の姉であった。彼女はフェイトへと、大きく手を振って気が付くようアピールしていた。

次にフェイトが自分に気が付いたのを見て彼女は、そちらの方に駆け寄って小さく息を吐いた後、再びフェイトの方を見た。

 

 そして、この祭りで溢れた人々の中から、フェイトたちを見つけられて運がよかったと、栞の姉は小さく笑いながら述べた。

 

 ただ、その彼女の姿を見た妹の栞は、どうしてここにと驚いた。

しかし、フェイトはさほど表情の変化も無く、栞が思ったことと同じ疑問を、栞の姉へと尋ねたのである。

 

 

「何故って……、皇帝陛下から祭りを楽しんできて欲しいと言われましたので……」

 

「なるほど……」

 

 

 フェイトの当然の質問に、栞の姉はほんの少し困ったという顔を見せながら、その答えを口に出した。

その理由は簡単だった。アルカディアの皇帝が気を回したのか、彼女に休暇を与えたのだ。そればかりではなく、フェイトがここにいることを知っていたので、祭りを楽しんで来いと命じたのである。

 

 フェイトはそれを聞いて、すぐに理解した。

そういうことか、あの皇帝は何を考えているのだろうか、と。

 

 

「あっ! わっ、私たちは自分たちで見回りますんで!」

 

「にゃ!? ちょっと何をするにゃ栞!?」

 

「えっ、あ……、それじゃあ……」

 

 

 すると、栞が突如慌てた様子で、他の二人を押す形でその場から去っていこうと必死になっていた。

急に栞にズイズイと押された暦も、突然のことに驚いていた。環はと言うと、栞の考えを察したのか、同じように静かに去っていったのだった。

 

 

「急にどうしたんだろうか?」

 

「……あの子なりに気を使ってくれているんでしょう」

 

「そうかい?」

 

 

 フェイトは三人が急にこの場から去っていったことに、疑問を感じて腕を組んで首をひねっていた。

そんなフェイトへと、栞の行動を察した姉が、その答えを彼に話したのだ。が、それでもあまりわかっていないフェイトは、やはり首をひねるだけであった。

 

 

「それで、フェイトさんの今後の予定は?」

 

「少し街を見て回った後、”昨日知り合った少年”と会談をしようと思ってね」

 

「そうですか。その少年と言うのが気になるけれども……」

 

 

 従者三人の姿が見えなくなったところで、栞の姉はフェイトへとこれからのことを尋ねた。

 

 フェイトはとりあえず、ネギとの約束を果たそうと考えていたと答えた。

 

 栞の姉はなるほど、と納得しながらも、フェイトから述べられた少年のことが少し気になった様子だった。

 

 

「とりあえず、君がここへ来たことだし、一緒に祭りの中を練り歩こうかな」

 

「いいんですか? 予定があるなら改めてでも……」

 

 

 とは言え、彼女がここに来たのだから、まずは街を回ろうとフェイトは考えた。

ただ、栞の姉は予定があるなら予定の後でもよいと、謙虚に振舞った。

 

 

「問題ないよ。予定と言っても大きなものでもないしね」

 

「……そうですか……」

 

 

 しかし、フェイトは特に問題はないとした。

確かに約束はしたが、優先すべきことではないからだ。

 

 それを聞いた栞の姉は、そこで少し考えた。

ただまあ、彼がそう言っているのだから、それでよいのだろうと思った。

 

 

「では、お言葉に甘えさせていただきますね」

 

「それでいい」

 

 

 ならば、フェイトの言葉通り、それに甘えてしまってもよいだろう。栞の姉はそう結論を出し、フェイトへとそう述べた。

 

 フェイトも納得してくれたみたいだ、という顔で、小さく頷いていた。

 

 

「じゃあ、行こうか」

 

「はい!」

 

 

 そして、フェイトはごく自然に栞の姉の手を取り、彼女を優しく引くようにして移動を始めた。

栞の姉は本当にまぶしい笑顔を見せ、フェイトの言葉にしっかりと返事を返したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 快調連勝絶好調な覇王と状助。未だ大会にて負けなしの彼らは、勢いを増すばかりだ。

 

 

「いやー、このまま勝ち進めば、三郎を助けられるぜ!」

 

「どうも、そう言う訳にも行かなくなったらしい」

 

「はあ? どういうことだよそれはよぉー?」

 

 

 そんな状況なのか、多少調子づいた状助は、高らかに笑いながら問題なくいけるとはっきり言葉にしていた。

 

 が、そこへ冷や水をぶっかけるように、覇王はそれをつっこんだ。

それはありえなくなった。むしろ状況が悪化した、と。

 

 状助はその理由がわからず、何を言い出すんだという感じで叫んだ。

この最高潮の状況で、そんなことがありえるものなのかと。

 

 

「数多先輩の大会に、先輩の父親が現れたそうだ」

 

「つまりよぉ、……どういうことだ?」

 

 

 覇王は本気で深刻そうな表情を見せながら、状助へとその理由を述べた。

状助はそれでも何が悪いのかまったく理解できなかったようで、何がマズイのかを再び尋ねていた。

 

 

「数多先輩の優勝が危うい、ということ。つまりは賞金が手に入らないかもしれないってことさ」

 

「……マジで?」

 

「大真面目さ」

 

 

 状助のさらなる疑問に、覇王は根本的な部分を話した。

つまるところ、数多が優勝できない可能性が出てきた。賞金が手に入らない可能性が出てきた。そういうことだと。

 

 状助はそれを何とか飲み込めたのか、本気でそれを言っているのかともう一度尋ねた。

覇王は今度は苦笑を見せながら、困ったことにと言う感じでそれを言ってのけた。

 

 

「でもよぉ、父親なら賞金持ってっても、理由話して渡して貰えるんじゃねぇのか?」

 

「それがどうも難しいらしくてね」

 

「マジかよ……」

 

 

 ただ、状助は最もな疑問をそこで述べた。

親父が出てきて数多に勝ち目がないなら、まあそれは仕方ないのかもしれない。それでも数多の親父であれば、賞金ぐらいくれるんじゃねーの? と。

 

 覇王はその最もな疑問に、難しい顔を見せながら答えた。

何か知らないけど無理っぽい、その甘い考えは存在しないようだと。

 

 状助はそれを聞いて、ここに来てようやくことの重大さを理解したようだ。

それ、かなりヤバくない? このままじゃ三郎が助からないんじゃねえ? そう思ったのだ。

 

 

「でもまあ、僕らにできることはこちらの大会の優勝と、彼らの勝利を祈ることだけだよ」

 

「そっ、そうだがよぉ……」

 

 

 とは言え、この現状で自分たちが出来ることなどない。

有るとすれば自分たちが片方の大会を優勝することだけ。後は彼らを祈るだけ。その程度しかない。

 

 状助はそう言われながらも、今更になって焦った様子を見せていた。

いても立ってもいられない、このままでは本当にマズイと言う感じだった。

 

 

「こればかりは僕らがどう言おうと、どうしようもないことだ。とりあえず僕らは僕らで優勝を目指そう」

 

「……おう……」

 

 

 しかし、覇王は再びそう言った。

自分たちが彼らに対してできることはないと。無情であるが存在しないと。

だからこそ、自分たちができる事をしっかりやっておくべきだと、はっきりと言葉にした。

 

 状助も何か言いたそうであったが、これ以上何かを言っても意味が無いことを悟り、元気の無い返事を返すだけであった。

そう、覇王が今言ったことは正しいからだ。まずは自分たちができることを行うしかないからだ。

 

 こりゃどうしようもない。

そんな雰囲気が二人を包む中、再び彼らは次の試合に望むのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 状助らや数多らの不安や心配などをよそに、数多の父、龍一郎は変装しながら街の中を練り歩いていた。その横には当然同じように変装したアーニャがおり、少し疑問に満ちた視線を龍一郎へと送っていた。

 

 

「あのー……」

 

「どうした?」

 

 

 アーニャは小さな声で、龍一郎に声をかけた。

龍一郎はうん? と言う顔で、彼女の顔を見下ろした。

 

 

「その、どうして私たち、コソコソしているんだろうかと……」

 

「ん? ああー」

 

 

 アーニャには疑問があった。何故、どうして、ネギたちにもわからぬよう変装して隠れているのだろうかと。

普通ならそこで再会を喜び、行動を共にするのではないだろうか、と。

 

 が、龍一郎はあえてそうはさせず、未だ変装してごまかしているではないか。

これには一体どういう理由があるのだろうかと、アーニャはそれを尋ねたのである。

 

 しかし、龍一郎はそれを聞いて少し考えた後、とんでもないことを言い出した。

 

 

「そりゃ当然、ノ・リ・だ」

 

「は……はぁ……。……はあ!?」

 

 

 龍一郎はこの一連の行動を、ノリだとニヤリと笑いながら断言したのである。

アーニャは一瞬聞き流しそうになったが、今のその発言を考え、驚きながらもう一度龍一郎の顔を見上げたのである。

 

 

「ノリってどういうこと!?」

 

「まあ待て、ノリであるが理由もちゃんとある」

 

「ノリに理由がある訳!?」

 

 

 アーニャはそれは一体どういうことなんだと、多少なりに怒った様子で怒鳴りだした。

ネギたちの顔は見たものの、今あちらがどうなっているかもわからないし、そう言ったことを話せなかったからである。

 

 そんなアーニャへと、龍一郎は表情を変えずに理由があると言い出した。

アーニャはノリと言うものに理由があるのかと、さらにまくし立てるように問い詰めたのだ。

 

 

「お前さん、自分が強くなったってところを、友人に見せんだろ?」

 

「そうですけど……」

 

 

 すると龍一郎は、ゆっくりとアーニャへ語りかけるように話し出した。

 

 そもそもアーニャが龍一郎と共に大会に出たのには理由があった。

それはネギやカギを見返したかったというものだ。自分が知らぬ間に強くなったネギや、興味がなかったけどやたら強かったカギを見て、彼女は大いに焦ったのだ。

 

 自分の方が年上なのに、あの二人においてかれている。特にカギにかなり差をつけられているのが気に食わない。

そう言う気持ちから、アーニャは強くなりたいと思うようになっていたのである。

 

 そのことを龍一郎はアーニャへと言うと、アーニャは勢いを落として静かになった。

 

 

「だったらよぉ、こう言うのはインパクトが大事だろ?」

 

「そうなんでしょうか……」

 

「そう言うもんだって」

 

 

 ならば、インパクトだ。突然行方不明になった仲間が、強さを得ていた。

これほどの衝撃はないだろう。そう龍一郎は考え、それを実行していると言い出した。

 

 本当にそんなことがあるのか。アーニャは懐疑的な様子で、龍一郎の顔を見た。

だが、龍一郎は謎の自信溢れる顔を見せながら、問題ないと言う感じなことを言ってのけたのである。

 

 

「でも、別にコソコソ隠れている必要もない気がするんですけど……」

 

「そう言うなって。あえて会わずに試合だけ見せるだけで、全然違うもんだぜ?」

 

「はぁ……」

 

 

 とは言われたものの、それでも隠れている意味はないんじゃないかと、アーニャは考えそれを言った。

 

 しかし、龍一郎はそれでもやる価値はあると言い出した。

再会してしまえば話し合ってしまう。何をしてきたがわかってしまう。それでは衝撃が小さくなってしまう。

 

 何も知らず、本当に知り合いの彼女なのか、そう疑わせておいて強さを見せ付けた時にこそ、大きな衝撃となるだろう。龍一郎はそこを考えて、あえてネギたちからも隠れているのであった。

 

 

「とまあ、大会が終わってみりゃわかるだろうぜ? 今はちょいと我慢してくれ」

 

「……わかりました」

 

 

 とまあ、そんな小難しいことなど龍一郎は説明しなかったので、アーニャはやはり首をかしげるだけだった。

 

 龍一郎もこのコソコソの効果は、大会が終わってからじゃないとわからない。終わって見て彼らの驚く様を見れば、溜飲は下がるだろう。

そう言葉にして、今は我慢してくれとアーニャへ言った。

 

 アーニャはそう言われ、とりあえず言うとおりにすることにした。

本当に効果があるかは謎だが、別にネギの元気そうな顔が見れたし、とりあえずはいいかと思ったのである。

 

 

「まあなんだ、次の試合はお前に任せっからよろしく頼むぜ?」

 

「え? はっ、はい!」

 

 

 ただ、龍一郎はそれよりも重要だと思うことを、アーニャに話した。

それは次の戦いでは、アーニャをメインにするということだった。

 

 今までは基本的に、龍一郎がちょいと殴るだけで試合を終わらせてきた。

変装して少年の姿であったが、大体の相手は一撃で倒してきたため、アーニャに出番を与えてやれなかった。

 

 故に、次の試合はそろそろ大会の空気に慣れてきたアーニャに一任すると、龍一郎は言ったのだ。

 

 アーニャも龍一郎に多少指導を受け、それなりに動けるようになった。

とは言え、龍一郎は魔法使いではないので、瞬動などの動作の指導ばかりではあったが。

 

 それでもある程度強くなったアーニャは、ここに来てようなく自分の実力が確かめられることに、大いに喜んだ。

だが、突然話を振られたので、少し驚いた様子であった。

 

 

「心配すんなって。サポートしてやっからよ」

 

「いえ! ネギやカギを見返せるよう頑張ります!」

 

「クックッ、その意気だぜ!」

 

 

 アーニャその態度を見て、不安になっているのだろうかと思った龍一郎は、自分がサポートするから大丈夫だとはっきり豪語した。

 

 が、アーニャは多少不安はあっても、突然そう告げられた驚きの方が大きかった。

なので、表情を一変させ、自信溢れる表情で、友人を見返してみせると宣言して見せた。

 

 そんなアーニャに龍一郎は、これなら心配は不要だなと考え、小さく笑って見せたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 誰もが試合への不安を募らせる中、それ以外のことを考えるものがいた。

カズヤと法である。

 

 

「なあ、そういや直一のヤツどこに消えた?」

 

「直一なら”調べごとがある”と言って姿をくらました」

 

「そうかい」

 

 

 カズヤは気が付けば再び姿を消した直一について、法へと尋ねた。

法はその問いに簡潔に答えた。あの男は調べもののために出かけたと。

それを聞いたカズヤは納得したのか、一言だけそれを言った。

 

 

「大体何を調べるかは予想できている」

 

「ナッシュとか言うクソ野郎のことだろ?」

 

「だろうな」

 

 

 また、法は直一が何を考えているかを、ある程度察していた。

カズヤも同じだったようで、その調べている対象の名を口に出した。

 

 そう、直一が最速で駆け回り調べている相手こそが、あのナッシュと言う男の存在だった。

それを大体理解していた法は、カズヤの言葉に対して肯定の言葉を述べた。

 

 

「あの野郎は次に会ったらぜってぇぶちのめす……!」

 

「そうだな。どんな理由があれ、ヤツの好きにはさせる訳にはいかん……!」

 

 

 すると、カズヤはナッシュへの怒りを思い出したのか、拳を強く握り締め憤りを感じていた。

法も同じように、あの男の行動は絶対に許せないと言う態度を見せ、眉間にしわを寄せていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこは新オスティアから多少離れた、浮遊する岩が密集した場所の、一つの大きめの岩の上。

そんな場所で数多が試合のない時間帯にて、妥当龍一郎に燃えながら修行をしていた。

 

 何せ最終的に相手にしなければならないのは、あの大きな壁である父親、龍一郎だ。

何もせず悠長にしていれば、確実に負けるだろう。付け焼刃かもしれないが、とにかく何か修行をしなければと、数多は行動を起こしたのだ。

 

 

「すまねぇな……、お前ら……」

 

 

 だが、彼一人で修行している訳ではなかった。

数多が申し訳なさそうに謝り頭を下げている方向には、複数の少女たちがいた。

 

 

「別に気にしていませんよ」

 

「むしろ、こっちも体を動かせて万々歳ってところだし」

 

「怪我したらうちが治したるから、安心して特訓するんやえー!」

 

 

 それは刹那とアスナ、それに木乃香だった。

数多は一人での修行には限界があると考え、はてどうするかと悩んでいた。

 

 そこで義妹の焔が、親しい友人であり実力者でもある彼女たちに、協力を頼んだのである。

アスナたちは当然のごとく、その申し出を引き受けた。

 

 ただ、数多は最初こそためらった。いくら強くても、義妹の友人。

そんな彼女たちと戦うのは抵抗があった。

 

 しかし、今の状況においてこれ以上は存在しない。

背に腹は変えられぬと考え、数多は彼女たちを交えた修行を行う事にしたのだ。

 

 刹那は頭を下げる数多へと、何も気にすることは無いと少し苦笑して述べていた。

アスナもそんな様子で、逆にこちらも運動ができてよいとさえ言って見せた。

 

 

「いやー……、なんか本当に申し訳ねぇわ……」

 

「兄さん、気にしすぎは相手に失礼だ」

 

「……そうだな……!」

 

 

 それでも数多はすまないという気持ちが大きかった。

なので、再び謝罪を口にした。

 

 そんな数多を見かねた焔は、それ以上は失礼だとたしなめた。

彼女たちは快く引き受けてくれた訳だし、今もよしと言ってくれた。ならば、これ以上そうやっていても、むしろ無礼であろうと。

 

 数多は焔の叱咤を聞き、確かにそうだと思った。

相手が気にしていないと言うのに、何度も謝るのは失礼であったと。

 

 

「わりぃがもう少し付き合ってくれもらうぜ!」

 

「はい!」

 

「その意気じゃないと!」

 

 

 であれば、さらに彼女たちの行為に甘えるべきだろう。

のんびりとしている暇はない。試合は刻一刻と近づいてきている。数多は頭を切り替えて、彼女たちに修行の手伝いを申し出た。

 

 刹那は数多が明るくなったのを見て元気よく返事し、アスナも笑顔でそうじゃないとと言って見せた。

 

 そして、数多の修行は少しずつだが確実に行われていったのだった。

しかし、決戦の日は待ってはくれない。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方ネギと小太郎は街を練り歩きながら、覇王たちの試合について話し合っていた。

 

 

「あっちの試合はどうなるんだろうね……」

 

「わからへんわ……。兄ちゃん次第としか言えへん……」

 

 

 そこで、今悩んでいることは、ずばり数多の方の試合だった。

何せ何かアホみたいに強い数多の父親が、突然試合に登場したのだ。これはどうなるのか、まったくわからなくなってしまったというものだ。

 

 逆に、覇王の方のことはまったくと言っていいほど心配などしていなかった。

何せあの覇王だ。負けるのを考えるほうが無理と言うものだ。

 

 

「おや……?」

 

「あっ、あなたはあの時の……?」

 

 

 だが、そんな時に突如として、ネギたちの目の前に白髪の少年が姿を現した。

それはフェイトだった。また、その後ろにはネギには見知らぬ女性が付き添っているのが見えた。

 

 フェイトはネギたちが目の前に見えたことに、意表を突かれたという様子を見せていた。

ネギたちも同じくそう感じたようで、偶然の出会いに多少の動揺を見せていた。

 

 

「あの時以来だね、ネギ君」

 

「あの時はどうもありがとうございました」

 

「いや、気にしなくていいよ」

 

 

 そこでフェイトはさわやかに、ネギへと語りかけた。

ネギはその言葉で、頭を小さく下げてその時の礼をもう一度述べた。

フェイトはそんなネギへと、気遣いの言葉を言うのだった。

 

 

「お知り合い?」

 

「この前出会ったばかりだよ」

 

「その割には親しそうでしたが……?」

 

 

 この男の子は誰だろう。栞の姉は疑問に思った。

なので、そのことをフェイトへと聞いてみた。

 

 フェイトはその問いに、簡潔に答えた。

いや、別に知り合いと言うほどでもない。この前初めて会ったばかりの人だと。

 

 出会ったばかりと言うことは、初対面と言うことだろうか。それにしては、気さくな感じだ。二人が顔見知りのように見えた栞の姉は、それを小さくこぼしていたのだった。

 

 

「そうだ。偶然とは言えここで会ったのだから、この前の約束を果たすとしよう」

 

「そういえば話をするって言ってましたね」

 

 

 フェイトは偶然にもネギに会ったので、この前話すと言ったことを話そうと考えた。

ネギもフェイトがそんなことを言っていたのと、そのことをしっかり覚えていた様子だった。

 

 

「ここで立ち話も何だし、あそこのカフェで話をするとしよう」

 

 

 とは言え、街のド真ん中で話すのもアレな感じだ。

フェイトはそこで、近くにある喫茶店でそのことを話そうと述べ、誰もがそれに賛成した。

 

 そして、彼らは近くのオープンカフェへと入り、席について話し始めたのである。

 

 

「僕の予想では、ジャック・ラカンから色々と教えてもらったとは思うけど」

 

「はい、20年前のことをだいたい教えてもらいました」

 

 

 フェイトはまず、あのラカンからネギが話を聞いているという前提を話した。

と言うのも、あの場で自分が現れれば、ラカンが勝手にやってくれるとフェイトは考えていた。まあ、あてが外れていれば、自分が全部説明しようと考えてもいたのだが。

 

 ネギもラカンから20年前の戦いについて教えてもらったと、フェイトへ伝えた。

映像でわかりやすく、20年前に何があったのかを大体は見てわかったつもりだった。

 

 

「彼が君に教えたことは、ほぼ間違いないはずだよ」

 

「……やはり、あなたは……」

 

「そう、僕は君の父であり英雄である、サウザンドマスターの宿敵だった男だよ」

 

 

 しかし、フェイトはラカンが全てを話すとも考えていなかった。

重要な部分ははぐらかし、あえて教えなかったはずだと考えてもいたのだ。故に、()()と言葉につけた。

 

 それを聞いたネギは、ラカンが言ったとおり目の前の白髪の少年が、20年前に自分の父親と戦った相手だと完全に理解した。

 

 フェイトはネギの表情を見て、ネギが知っているとおり、敵だったのは間違いないとはっきり宣言したのだ。

 

 

「……微動だにしないんだね」

 

「ええ……。だって、それは過去の話だとも聞いていますし、今もあなたは過去形で話していました」

 

「なるほど……」

 

 

 だが、ネギは目の前の少年が父親の敵だったというのに、特に反応がないではないか。

フェイトはてっきり多少警戒するだろうと思っていたが、拍子抜けした様子だった。

また、何故平然とした態度でいられるかを、目の前のネギへと尋ねた。

 

 するとネギは、静かな様子でその理由を淡々と答えた。

敵だった、と言うのだから、今は敵ではないと言うことではないのか。ラカンも目の前の彼も、基本的に過去形だった。つまり、今はもう敵ではないと言うことだと、ネギは思っていたのである。

 

 ふむ、確かに。ネギの言うとおり、全て過去形で話していた。

ならば、恐れることなど無いか。フェイトはそう考えながら、納得した様子を見せていた。

 

 

「まあいい。ならば話をしようか」

 

「はい……、とは言っても何を話すのでしょうか?」

 

 

 とりあえず、それならそれで問題ない。

むしろ、話がスムーズにできるというものだ。では、話をしよう。フェイトはそう切り出した。

 

 ネギもそれに返事をしたが、はて、何を話すのだろうかと疑問に思った。

大体のことはラカンが教えてくれたし、何を話してくれるのだろうかと。

 

 

「ジャック・ラカンが教えたことはほぼ全てだが、全部じゃないはずだ。質問があれば答えよう」

 

「……」

 

 

 フェイトはそれについて、ラカンが全部話している訳ではないだろうと言葉にした。

何か不審に思った点や疑問に思った点、わからなかった点などを聞いてくれと、ネギに話した。

 

 ネギはそこで、さて何を質問しようかと、腕を組んで考えた。

確かに、ラカンの映像だけでは全貌がわかる訳ではないだろう。しかし、何から聞いたらよいか、迷ってしまった。はて、最初に何を自分は知りたいのだろうかと。

 

 

「ではまず、あなたのことを良く知りたいと思います」

 

「僕のことを?」

 

「はい」

 

 

 ネギはそれなら、今一番知りたいことを聞こうと考えた。

その知りたいこととは、ずばりフェイトのことだった。

 

 フェイトは突然自分のことを聞かれ、どうして自分のことを? と疑問に思った。

本当にそんなことでいいのかをフェイトはネギに尋ねれば、ネギはしっかりと肯定の返事を返してきた。

 

 

「どうしてあなたは父さんの敵だったのに、今はこうしているのか。僕たちを助けてくれたのか。その心変わりの理由が知りたいんです」

 

「そういうことか」

 

 

 特にネギが気になったことは、敵だった彼がどういう心境の変化で、敵をやめたのかと言うことだった。

それ以外にも、何をしてきたのか、好物は何かなど、色々聞きたいことがあった。だが、それよりもまずは、それを聞かなくてはならないと、ネギは考え質問した。

 

 フェイトはネギの質問の意図を理解し、納得した様子を見せた。

なるほど、敵だった自分が味方のように振舞っている理由が知りたいと言う訳か。

 

 さて、ならばそれに一番ぴったりはまる言葉はなんだろうか、フェイトはそれを考え始めた。

 

 

「そうだね。それを一言で言い表すなら、多分、愛と呼ばれるもののおかげかな……?」

 

「愛……? ですか……?」

 

 

 そうだな、自分が心変わりをした一番大きな理由、それは愛だろう。

横で座っている愛しく思える女性がいたから、今はこうしていられるのだろう。

 

 フェイトはそれを自信を持ってネギへと告げると、ネギはどうしてそこで愛? と言う顔を見せた。

少年であり恋愛経験がほとんどないネギには、その意味があまりよくわからなかったのである。

 

 

「僕はこちらの彼女に出合って、色々と考えるようになった。その結果が今というだけだよ」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 フェイトは横に座る栞の姉を手で示し、そのことを説明した。

彼女に出会ったから、彼女が傍にいたから、彼女が生きていてくれたから。それが無ければどうなっていただろうか、それをほんの少し考えながら、フェイトはネギへ答えた。

 

 ネギはフェイトの無表情の中にある小さな喜びと、その横で嬉しそうに笑う女性を見て、完全にそれを理解した。

彼にとって傍にいる女性は、とても大切な人なんだと。大切な人がいたから、変わったのだろうと。

 

 まあ、そのネギの横で、んなことあんのか、と疑問を持つ小太郎の姿があったが。

 

 そして、彼らは話し合いを行い、理解を深めていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギとフェイトが席につき、話し合いをし始めた頃。

その近くの建物の物陰で、彼らのことをコソコソと覗き見をする影があった。

 

 

「むむむ……、あれが英雄の息子……」

 

「確かネギさん……でしたね」

 

 

 それは当然と言うべきだろうか、フェイトの従者三人であった。

彼女たちはフェイトのことがやはり気になり、こっそり尾行していたのである。

 

 そんな彼女たちは今、フェイトと対面するネギを品定めするかのように見ていた。

あれが主人であるフェイトの敵であった、英雄ナギの息子か。なるほど、外見は主人に劣るが悪くない、と言う感じだ。

 

 

「どうします? 私たちも出て行きます?」

 

「と言うか、気が付けばまたしても尾行と覗き見を……」

 

 

 そこで、こんなことをせずに出て行こうかと、栞は提案を投げた。

環は自分たちの行動にまったく成長がないことに、嘆きを感じてこぼしていた。

 

 

「おう? お嬢ちゃんたち、ここで何してんだ?」

 

「ニャッ!?」

 

「ひゃっ!?」

 

「ッ!?」

 

 

 そんな時、突如として背後から男の声が飛んできた。

誰もが突然の声に、ビクッと体を震わせ驚きの声を漏らしたのだ。

 

 

「そんなに驚くこたぁーねーだろ!?」

 

「いきなり声をかけられれば驚くにゃ!」

 

「そうですよ!」

 

 

 彼女たちが後ろを振り向くと、そこには褐色肌で筋肉ムキムキの大男が立っているではないか。

その大男は彼女たちが予想以上に驚いたのを見て、そこまでびっくりされても困るという感じなことを叫んでいた。

 

 とは言うが、突如として不意に後ろから声をかけられれば驚くのも無理は無い。彼女たちはそういい訳をした。

ただ、覗き見していたが故に、不必要に驚いたというのも大きいからである。

 

 

「この男、確かジャック・ラカンでは?」

 

「あっ!」

 

「本当だ……!」

 

「お嬢ちゃんたちにまで覚えられてるとは、有名すぎるな俺様はよ!」

 

 

 と、そこで栞は、目の前の男があの有名なラカンであることに気が付いた。

栞のその言葉に、残りの二人もそういえば、と言う感じでハッとした顔を見せたのだ。

 

 ラカンは目の前の少女たちにすらも名を覚えられていたことに、大そう喜び笑っていた。

いやあ、こんなかわい子ちゃんたちにまで知られているなんて、罪な男だぜ、と。

 

 

「で? 何を覗き見してたんだ? 俺にも見せてみろよ!」

 

「別に何も!?」

 

 

 さらにラカンは彼女たちがコソコソしていたのを見て、何か覗き見でもしてのだろうと推測していた。

なので、一体何を見ていたのだろうかと気になったのである。

 

 ラカンは彼女たちに対して、ニヤニヤしながら見ていたものを見せてくれと言い出した。

 

 栞はそれに大きく反応し、特にそんなことはしていないと慌てながらに言葉にした。

 

 

「ほーほー、あれか! なるほどなぁー!」

 

「て言うか、すでに見てる!」

 

「何勝手に悟ってるんですか!?」

 

 

 しかし、すでに時遅し。ラカンは言ったそばから、覗き見しているではないか。

また、その光景を見たラカンは、全てを悟ったらしく、彼女たちが何を見ていたのかよくわかったと言ったのである。

 

 彼女たちはたまったものではなかった。

環はラカンのすばやい動きに驚きながら、それ以上に自分たちが覗いていたものがバレたことに焦った。

栞もラカンが全部わかったという様子なのを見て、何で全部わかったのかとつっこみを入れていた。

 

 

「つーかよ、別にコソコソする必要ねーじゃん? 行こうぜ!」

 

「ちょ!? ちょっと待つにゃ!?」

 

「私たちまで!?」

 

「逃げれない……」

 

 

 全部理解したラカンは、何で彼女たちが覗き見なんてしているのだろうかと考えた。

多分予想だと彼女たちはあのフェイトの仲間か従者であるだろう。

 

 ならば、こんなところで隠れている必要ないじゃん、と思ったラカンは、無理やり日の当たる表へと彼女たちを引きずり出したのである。

 

 しかし、尾行や覗き見などをしていた彼女たちはいたたまれない心情だった。

故にこの場にとどまりたい一心で、ラカンの拘束を解こうとあがいた。が、彼女たちは必死に抵抗するもむなしく、ラカンに捕まれそのまま連れ出されてしまったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギとフェイトが語り合うテーブル。

両者とも、ある程度お互いの事を理解できたという感じだった。

 

 

「よぉー、元気しってっかー?」

 

「ラカンさん!?」

 

「ジャック・ラカンか、何故ここに?」

 

 

 そこへラカンが爽快に現れ、さっぱりとした挨拶を二人へと飛ばした。

ネギはいきなり現れたラカンに驚き、フェイトもこの場にラカンが登場したことに疑問を持った。

 

 

「こいつらが近くで覗いて……」

 

「ニャーッ!!!!??」

 

「わー!! わー!!」

 

 

 そんな二人の疑問にラカンがそっと答えようとした時、ラカンの後ろでコソコソしていた栞たちが必死で叫びそれを妨害しようとした。

 

 何せ彼女たちは尾行と覗きをしていたのだ。バレたらまずいのは当たり前である。

故に、必死でラカンよりも大きな声で叫び、ラカンがそれ以上言わないように促したのだ。

 

 

「君たちは何をそんなに騒いでいるんだい?」

 

「なっ、なんでもありません!」

 

「そっ、そうです! 何でもないです!」

 

「なんでもないデス……」

 

「まあいいけど……」

 

 

 目の前で騒ぎ出した自分の従者を見たフェイトは、一体何がどうしたのかと思ったようだ。

なので、それを彼女たちに聞いてみると、慌てながらになんでもないと言うだけだった。

 

 フェイトはとりあえず気にしないことにした。

別に何かあった訳でもなさそうだし、問題ないだろうと。

 

 

「しっかし、おめぇが()()()()ってのも、妙な気分だな」

 

「……確かに、そう思うかもしれないね」

 

「そうか、ラカンさんは昔、彼らと戦ったことがあったから……」

 

 

 そんな様子を見ていたラカンは、何か変な感じだと言い出した。

あの敵だったアーウェルンクスが、敵対せずに目の前でのうのうとしている。

 

 自分も特に敵対することなく、目の前のフェイトに対して自然体でいる。

何と言う奇妙なんだろうかと、フェイトを目の前にしてラカンはそう思った。

 

 フェイトはそのあたり、さほど何かを感じている様子はなかった。

ただ、ラカンがそう言うのも無理は無いとは思っていた。かれこれ何度も戦った敵同士。こうして互いに拳を交えず向かい合っていることに、違和感を覚えても不思議ではないと。

 

 その話を聞いていたネギも、その理由を察していた。

 

 

「と言っても、()()()()彼と戦ったことはないよ」

 

「そういや、確かにおめぇと戦りあったことはねぇなあ」

 

 

 ただ、フェイトはネギの言葉に、今の姿でラカンと戦ったことは一度としてないと述べた。

確かに昔、20年前での姿であれば、幾度と無く衝突した。

 

 しかし、それも過去の話。フェイトと名乗るこの今の状態で、ラカンとは戦ったことがないのである。

 

 ラカンもそれを聞いて思い出しながら、そういえばそうだったと口に出した。

 

 

「まっ、よろしく頼むぜ?」

 

「頼まれるようなことは無いはずだけど、あなたがそう言うのであれば」

 

 

 まあ、そんなことなんてどうでもいいだろう。

ラカンはそう言う感じで、フェイトへその言葉を投げかけた。

 

 何と言うことだろうか。敵であった男から、頼むなどと言う言葉が出てこようとは。

フェイトは表情を変えることは無かったが、内心少し驚いていた。また、彼がそう言うのならば、そうせざるを得ないだろうと、ラカンの言葉に頷いて見せたのだった。

 

 



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魔法世界編 勝敗と賞金
百四十八話 覇王と状助の決勝戦 その①


 新オスティアの闘技場にて、新たな戦いが始まろうとしていた。そのリングの上に立つ少女と男性。アーニャと龍一郎だ。

 

 

「さてとよ……、約束どおり、今回はお前さんに任せるぜ」

 

「任せといて!」

 

 

 龍一郎は腕を組みながら余裕の態度を見せ、アーニャにこの試合を任せると言った。

アーニャもその気であったようで、普段よりも勇ましく興奮した様子を見せていた。

 

 

「はっ! ガキが相手だからって手加減はしねぇぞ!」

 

「やっちまえ!!」

 

 

 しかし、対戦相手は屈強な男が二人。少女が相手だとしても、手を抜く気などまったくないようだ。

 

 当然だ。こんなところまで勝ち進んで来たのだ。見た目で判断などするはずがないのである。

 

 

「子供だからって舐めないでよね! ハァッ!!」

 

「ぬっ! コイツ!!」

 

 

 が、アーニャの動きはすばやかった。何と、すでに龍一郎から学んだ瞬動にて、その敵の懐へと入り込み、攻撃を行っていたのだ。

 

 敵はそれに驚きながらも、とっさに防御を取った。危なかった、これは強敵だと敵も一瞬で理解した。

 

 

「ガキ相手に何をてこづっている!?」

 

「言うが……! コイツ思ったよりも強ぇえ!」

 

 

 敵の相方はそんな彼を見て、喝を入れた。

だが、目の前の少女の強さを体感した敵は、簡単ではないと叫んだ。

 

 

「中々動けるようにはなったみてぇだな」

 

 

 そんなアーニャを少し離れた場所で、腕を組んで眺める龍一郎。多少なりと戦いの心得を教えたのだが、なるほどなるほど、予想よりいい仕上がり具合だと満足げに笑っていた。

 

 

「とりゃっ! せい!!」

 

「ぐおっ!? おっ……おのれぇ!!」

 

 

 アーニャはさらに攻撃の速度を上げ、敵へと迫る。拳を振り上げ、蹴りを放つ。未だ魔法は使っていないが、相手はそれだけで苦戦を強いられていた。

 

 

「遊んでるんじゃねぇよ!」

 

「もう一人!?」

 

 

 だが、そこへ見かねた敵の相方が、アーニャへと襲い掛かった。これでは二体一。流石のアーニャも少し焦った表情を覗かせた。

 

 

「おっと! お前の相手は俺だぜ?」

 

「なっ! リューイチロー……!?」

 

 

 そこへすかさず龍一郎が、その相方の方に割り込んだ。

今アーニャは自分がどのぐらい戦えるかを見極めている最中だ。その邪魔はさせんと、敵の相方の前に立ちはだかったのだ。

 

 敵の相方はそれを見てたじろいだ。

龍一郎の実力を理解しているからだ。このまま一人で対峙しても、勝てる相手ではないからだ。

 

 

「じっ……上等だぁ! やってやらぁ!!」

 

「おうよ、その意気ってもんだ!」

 

 

 しかし、相手は恐怖を殺し、自分を奮い立たせて龍一郎へと挑んで行った。

龍一郎もそれを見て、ニヤリと嬉しそうに笑っていた。そうだ、そうじゃないと戦いは面白くないと。

 

 

「この! ちょこまかと!!」

 

「とうっ!」

 

「ぐっ!」

 

 

 その間にも、アーニャは敵をどんどん追い詰めていった。

敵は何とかしてアーニャの動きを封じようと攻撃するが、それをアーニャは軽やかに回避。むしろ、その隙を突いて、敵に反撃まで行ったのだ。

 

 

「フォルティス・ラ・ティウス……」

 

「詠唱!? やらせん!!」

 

 

 アーニャは敵がひるんだ隙に、詠唱を唱え始めた。

敵はその詠唱を聞いてまずいと思い、魔法を使わせる訳にはいかないと、苦悶の表情を見せたままアーニャへと再び攻撃を行った。

 

 

「リリス・リリオス……!」

 

「なっ! ぐっ!?」

 

 

 だが、アーニャはその攻撃をも軽々と避け、詠唱を続けたまま相手の顔面にパンチを食らわせたのだ。

敵はそれを受け、数メートル吹き飛んだ。

 

 

「はあああああッ!! ”アーニャ・フレイムバスター……、キーック”ッ!!!」

 

「ぐあっ!? ぐぅぅ……!!」

 

「まだまだ! フォルティス・ラ・ティウス……」

 

 

 そして、相手が吹き飛んだ先で着地し、態勢を立て直しているところに、アーニャは自慢の技を放ったのだ。

 

 敵は態勢を立て直している最中で、それを避けることができなかった。

故に、アーニャの技が腹部に直撃し、またしても吹き飛ばされるしかなかった。

 

 しかし、アーニャはさらに詠唱を唱え始めた。

敵はまだ動けると判断し、完全にとどめを刺す為だ。

 

 

「”燃える天空”!!!」

 

「何!? ギャアアアッ!!?」

 

 

 アーニャはすばやく詠唱を終えると、片手を相手へ向けて魔法の名を宣言した。

それは燃える天空。炎の上位魔法の一つだ。膨大な爆発を起こし、相手を焼き尽くす魔法だ。

 

 それを受けた敵は盛大な悲鳴と共に、爆発に飲み込まれていった。

その後、爆発と煙が晴れた場所に、伸びきった敵の姿がぽつりと残されていたのであった。

 

 

「相棒!?」

 

「おっと! 余所見はいけねぇぜ?」

 

「何……!? うぐおおッ!?」

 

 

 敵の相方は仲間がやられたのを見て、大そう驚いた。

だが、それを見逃すほど龍一郎は甘くない。

 

 龍一郎はその隙をついて敵の相方に掴みかかり、そのままアーニャの方へと投げ飛ばしたのだ。

敵の相方は投げ飛ばされた衝撃で、小さく悲鳴を上げていた。

 

 

「やっちまいな!」

 

「……其はただ焼き尽くす者! ”奈落の業火”!!」

 

「なっ!? ああああああああああ!!???」

 

 

 龍一郎はアーニャへと大きな声で、とどめは任せたと叫んだ。

するとアーニャもこうなることがわかっていたようで、すでに魔法の詠唱を完了させていたのだ。

 

 そして、アーニャは飛んでくる敵の相方へと、一つの魔法を撃ち放った。

それは炎の上位魔法である”奈落の業火”だった。相手を灼熱の炎に沈める大魔法である。

 

 敵の相方はその魔法に直撃し、盛大に叫んだ。

特大の炎に焼かれ、苦痛の悲鳴を叫んだ。その後、相方同様に地面に転がり、動かなくなったのであった。

 

 

「やるじゃねぇか」

 

「まだまだ……。こんなんじゃ足りないわ」

 

「そうか? まっ、そう言うならもっと精進するしかねぇな」

 

 

 これにて龍一郎・アーニャの組の勝利が決定した。

龍一郎はアーニャへと近寄り、手で肩をポンと叩いて、小さく笑いながら褒め称えた。いやはや、確かに自分が多少なりとて鍛えたが、なかなかどうしてよい動きだったと。

 

 だが、アーニャは今の戦いで満足などしていなかった。

この程度ではあのネギやカギには到底追いつけないと、そう思っていたからだ。

 

 龍一郎はそんな彼女に、であればさらに鍛錬をこなすしかないと、優しく語りかけるだけだった。

 

 

「……アーニャ、知らない間にあれほど強くなってるなんて……」

 

「確かにかなり腕をあげとる」

 

「でもどうやって……」

 

 

 しかし、アーニャの考えとは裏腹に、その試合を見ていたネギは驚きの表情を見せていた。

ちょっと前まではこんな感じではなかった。いつの間にこんなに強くなったんだろうか。ネギはアーニャの実力がかなり向上していることに、随分と驚いていたのだ。

 

 隣で同じく試合を観戦していた小太郎も、ウェールズでのゲートの時の彼女を思い出しながら、間違いなく強くなっていると断言した。

 

 とは言え、何故アーニャがあれほど強くなったのだろうか。ネギはそれが気がかりだった。

 

 

「あの兄ちゃんの親父が鍛えたんちゃうか?」

 

「あ、そうかもしれない」

 

 

 小太郎はその答えならすぐ近くにあると考えた。

彼女を保護しただろうと思われる、彼女の横にいる男。数多の父親である龍一郎が、彼女を鍛えたのだろうと。

 

 ネギもそれを言われ、ハッとした表情を見せた。

なるほど、確かにそれならつじつまがある。その可能性が大きいと。

 

 

「しっかし、こりゃあ、うかうかしてられへんで?」

 

「なんで?」

 

 

 ただ、こうなってくると自分たちも遊んでいられんと、小太郎は言い出した。

 

 ネギはそれの意味がわからず、キョトンとした顔で質問していた。

 

 

「何でって……、そりゃアーニャに追い抜かれるかもしれへんってことやろ」

 

「え?」

 

「意外って顔やな」

 

 

 小太郎はそんなネギに少し呆れつつ、その意味を説明した。

あのアーニャが強くなったということは、自分たちよりも強くなる可能性も出てきたということだと。

 

 ネギはそれを聞いて、ありえないと言う感じの声を小さく漏らしていた。

 

 小太郎もそれを表情で察したのか、ネギへそう言葉にしていた。

 

 

「あっちも少し会わへん間に、短時間にあれほど強ーなっとるんやで? 気ぃ抜いとったら抜かされるっちゅーこっちゃ」

 

「……確かに、そうかもしれない」

 

「せやろ?」

 

 

 小太郎はネギへと、そんなことではまずいと言う事を説明した。

自分たちは自分たちで強くなっているが、アーニャはアーニャで強くなっていた。それを考えればのんきに構えていたら、アーニャに抜かれてしまうだろうと。

 

 ネギはそれを聞いて、ようやくそれを受け入れ始めた。

と言うのもネギはアーニャを昔から知っている。知ってはいるが故にか、アーニャが自分たちを追い抜く姿が想像しづらかったのだ。

 

 ネギもそのことを実感として受け止めたのを見て、小太郎は言葉を返した。

 

 

「俺らも強ならあかんなー……」

 

「……うん」

 

 

 そして、自分たちも抜かされぬよう、さらに強くならなければと、二人は心に誓うのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ところ変わって数日後の闘技場の一室。そこでは状助たちが、ついに決勝進出したということで、三郎にそれを報告していた。

 

 

「さて、次は僕らの決勝だ」

 

「誰が相手だろうが負ける気はねぇぜ!」

 

 

 ようやく決勝までこれた。もう少しで優勝だ。

覇王も状助もそれを思い、さらにやる気と意気込みを見せていた。

 

 

「すまない……、二人とも……」

 

「気にするなって! 三郎は間違ったことはしてねぇんだからよぉ」

 

「そうさ。むしろ、その勇敢な行動に感服するばかりさ」

 

「そ、そうかい……?」

 

 

 そんな二人へと、三郎は頭を下げた。

こんなことになったのは自分のせいだと言うのに、何と優しいことだろうか。

 

 が、状助は頭を上げてくれと三郎へ言うではないか。

それは当然だ。知り合いの、彼女の命を助ける為に、自らを売ったことに間違いがあるはずがないと思っているからだ。

 

 覇王も状助の意見に賛同した。

と言うよりも、転生者であるが戦闘力がある特典もなく、ただの一般人と言う枠に収まる三郎が、これほどの行動を取ったのだ。そんな彼を誰が責められようか。逆にその勇気ある行動に敬意を表するばかりだと、覇王も思っていたのである。

 

 その二人の言葉に、三郎は多少戸惑いつつも、下げた頭を上げた。

ただ、やはり二人が戦っているのは自分のせいであると言う意識が強いのか、表情は晴れてはいなかった。

 

 

「まっ、俺らに任せておけって!」

 

「状助がそう言っても、大体僕がやる羽目になるんだけどね」

 

「おっ、俺だって頑張ってるじゃあねぇか!」

 

 

 状助はそんな三郎の様子を見て、明るい表情でそう言った。

自分たちが全て解決する。気にすることはどこにもないと。

 

 覇王も同じようににこやかに笑い、状助に冗談交じりなことを言い出した。

状助がそう強気に言うが、基本的に自分が大体のことをやるのだからと。

 

 すると状助はそれに反論し、確かにそうだが自分もよくやっていると叫んだのである。

 

 

「ありがとう、俺のために……」

 

「当たり前だろ?」

 

「ダチなんだからよぉー」

 

「二人とも……」

 

 

 そのようなやり取りをする二人を見て、三郎は小さく笑いながら、再び礼を述べた。

が、覇王も状助もそれこそ当然だと、はっきりとしっかりと言うだけだった。何と言うことだろうか。三郎はその二人の優しさに感激を覚えていた。

 

 

「とは言ったが、決勝の相手は流石に楽じゃなさそうだ」

 

「ああ……。対戦相手の片方は、同じ”転生者”のようだし、かなりのやり手みてぇだったぜ」

 

 

 ただ、決勝の相手は今までの相手とは桁が違うと、覇王も真剣な表情を見せていた。

この大会には幾多の転生者が参加していた。それを全て倒すと言うことは、猛者である証拠でもあった。

 

 それに、その決勝の相手片方は転生者だった。

その転生者もまた、かなりの実力者であると、状助も冷や汗を流しながら言葉にしていた。

 

 

「大丈夫かい?」

 

「任せとけって! 俺たち二人に不可能はねぇぜ!」

 

「まあ、僕ら二人はヒーラーでありアタッカーでもあるしね」

 

 

 あまり見せない真剣な表情をする覇王を見て、三郎も二人のことが多少心配になった。

だが、状助は再び陽気な様子を見せ、問題ないと宣言して見せた。

 

 覇王も自分たちどちらも回復ができるし、攻撃もできるから気にしなくてもよいと述べた。

それに試合であって死合ではない。命のやり取りはしないだろうとも。

 

 

「さて、いつもどおり、”瞬動”の修行をはじめようか」

 

「おう!」

 

「わかった」

 

 

 まあ、決勝のことは置いておくとして、覇王は日課となっている瞬動の指導を始めることにした。

その言葉に状助も三郎も返事をし、指示に従うのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 さて、ようやく始まった決勝戦。その決勝戦に相応しい舞台となるため、闘技場最上階が変形・肥大化し、さらに歓声が響き渡っていた。

 

 

「さあ! いよいよ始まりました! ナギ・スプリングフィールド杯決勝戦!!」

 

 

 観客が盛り上がっていく中、司会もテンション高く試合の開始が間近であることを高々と叫んでいた。

 

 

「最大最高の優勝候補! 覇王・ノリスケのコンビの登場です!!」

 

 

 そして、司会が歓喜溢れる声で呼んだのは、ご存知覇王と状助だった。

 

 

「人気っすねぇー」

 

「人気なんてどうでもいいさ」

 

 

 すさまじい歓声が鳴り響くところで、普段どおりの様子を見せる状助と覇王。

流石の状助もこう言う場面は慣れてきたようで、何かすごいことになってるな、程度の感想しかなかった。

覇王もまた、そう言うことが多かったのか、もう諦めたという顔を見せていた。

 

 

「余裕っすねぇ~」

 

「さてね……。アレを相手に余裕は出せなさそうだ」

 

「……”転生者”の対戦相手……ッ!」

 

 

 状助は冗談まじりに、そんな覇王に余裕綽々って感じだと述べた。

だが、覇王からは普段の笑みは消え去り、真面目そのものだった。何せ目の前の視界に捉えた対戦相手が、ゆっくりと場内に入ってきていたからだ。

 

 状助もそれを見て、あれが最後に戦う相手、最大の難関の一つだと確信した。

 

 

「そして、その対戦相手は同じく優勝候補の一角! デューク・カゲタロウコンビ!!」

 

 

 その直後、視界がその対戦相手の名を、覇王らと同じように叫んで読み上げた。

片方こそ”原作キャラ”である漆黒の体に仮面の男、カゲタロウであったが、もう片方は明らかに転生者だった。

 

 名をデュークと呼ばれた転生者。

青色の体と外套、まさしく人ならざる異形。左腕には輝かしい()()()が眩しく光っていた。されど頭には人のように、顔を半分隠すほどの騎士のような兜を装備していた。まさに亜人……魔族の転生者だった。

 

 

「あれが噂に聞く現代に蘇りし英雄……、赤蔵覇王……」

 

「ふむ……」

 

 

 カゲタロウは覇王と戦えることに喜び、武者震いをしていた。

覇王は元々魔法世界では強者としても有名であり、強いものならば戦ってみたいと思う存在でもあったのだ。

 

 また、隣の転生者も彼らを品定めするかのように眺めていた。

特に覇王の隣の相手である状助を眺めていた。あちらはどうなのだろうかと。思わぬ伏兵とならぬかを。とは言え、あの覇王を抑えられるのは自分だけだとも考えていたりもするのだが。

 

 

「かの有名な覇王殿と合間見えるなど、光栄の極み。全力で行かせて貰う」

 

「ふ………、いい試合になりそうだ……」

 

 

 カゲタロウは非常に喜んでいた。あの覇王と戦えるということに。

感激するほど高ぶっていた。戦いたいと思っていた。

 

 また、デュークと言う転生者も、この戦いがすばらしいものになることに間違いないと確信していた。

自分の全てを出して挑む価値のある戦いになると、全てを出し切らねば勝てない戦いになると。

 

 

「……ノリスケ、君はあっちの黒い方を抑えてくれ」

 

「俺一人でぇ……? 無茶すぎるんじゃあねぇか!?」

 

「ここではっきり言っておくが、僕とてあの二人を同時に相手にするのは辛い」

 

「マジかよ……」

 

 

 その敵の様子を慎重に見ながら、覇王はいつに無く真剣な声で状助に頼みを申し出た。

それはあの黒い方、カゲタロウを一人で抑えて欲しいとのことだった。

 

 状助はそれを聞いて、え? 本気で? と言う顔を見せた。

当たり前である。最近気を覚えたての、スタンド能力があるだけの青年が、プロレベルの魔法使いとタイマンなど、不可能に近いからだ。

 

 しかし、覇王はさらにこう告げた。

この自分でさえも、あの両者を同時には相手にできないと。そうはっきりと状助に伝えたのだ。

 

 状輔はその言葉に、驚愕の表情を見せた。

目の前のチートオブチート、チートの塊である覇王が、不可能を口にしたからだ。

 

 

「つまりよぉ、覇王がそこまで言う相手っつーことか……!?」

 

「ああ……、あの”魔族の転生者”は並みじゃない。あの竜の騎士ぐらいには厄介な相手だ」

 

 

 と言うことは、この覇王が強敵だと判断した証拠だと、状助もすぐさま察した。

これはヤバイ相手なんだ。覇王がヤバイと一目で理解したんだろうと。

 

 覇王もそれに静かに答えた。

特に黒いヤツの横の青い転生者。アレはかなりの手馴れであると。

 

 

「……しょうがねぇ~なぁ~……! ちょいとしんどいだろうがよ……、やってやりますよ……!」

 

「……任せた」

 

 

 状助はそれを聞くと、息を吸い込んだ後に大声で、だったらやるしかねぇかと気合を入れた。

まったくこりゃ骨が折れる戦いになる。だが、友人のために名乗り出たんだから、やるしかねぇだろう。状助はそう思いながら、覇王へとその頼みは任せろと、親指を自分に向けてそう言い放った。

 

 そんな状助を見ながら覇王も、小さく頷き一言だけそう告げた。

そう言ってくれると信じていた、頼もしいヤツだ。そう心の中でつぶやきながら。

 

 

「それでは……決勝戦……、開始!!!」

 

 

 そして、戦いの火蓋はついに切られた。

司会が決勝戦開始の合図を、大きな声で宣言したのだ。

 

 

「おっしゃあアァァァァァッ!!! いくぜオイッ!!」

 

O.S(オーバーソウル)、黒雛……」

 

 

 試合開始と同時に、状助はすさまじい雄たけびを発し、覚悟を決めてカゲタロウへと突撃していった。

覇王もまた、最初から最大の武器甲縛式O.S(オーバーソウル)”黒雛”を展開し、本気の本気でデュークへと挑んでいった。

 

 

「まずは覇王の相手は私がしよう。そちらは隣の少年の相手を任せる」

 

「ウム」

 

 

 デュークはこちらへと全力でかかってくる二人を見て、冷静に隣のカゲタロウへと指示を出した。

カゲタロウはやや不満であったが、それをしかと承諾し、状助の方へと飛んでいった。

 

 

「やはり僕の方へ来たか……!」

 

「久々の好敵手だ。楽しませてもらうとしよう……!」

 

 

 そして、デュークが自分の方にやってきたのを見た覇王は、やはりと思った。

強力な”特典”を持つ自分の方に来るのは、転生者として当然だと思っていたからだ。

 

 また、デュークは覇王が強いことを最初から理解した上で、覇王に挑戦する様子だった。

このデュークなる転生者は強敵との戦いを好む性格のようだ。それ故か、この覇王との戦いを待ちわびたかのように、小さく笑っていたのである。

 

 

「お預けを貰ったが、ならばこちらを早々に片付ければ済むというもの!」

 

「俺のスタンドの拳に砕かれて、早々に片付くのはテメーの方だぜッ!!」

 

 

 だが、覇王と戦いたいのはデュークだけではない。

転生者ではない原作キャラであるカゲタロウもまた、自分よりも強く有名な覇王と戦いたいと願っていた。なので、目の前の状助をさっさと倒し、覇王と戦おうと目論んでいたのである。

 

 しかし、状助はそれを許すほど甘い男でもない。

ならば逆にカゲタロウを打ち倒し、覇王の助力に向かうと宣言したのだ。

 

 

「ふん」

 

「ぬっ! とおぉあッ!!」

 

 

 覇王へと視点を戻せば、すでにすさまじい戦いが始まっていた。

覇王の黒雛の巨大な爪と、デュークの強靭な拳がぶつかり合い、火花を散らしているではないか。

 

 

「我が魔力を帯びた拳ですら、その程度で済むとは……!」

 

「その程度の攻撃じゃ、僕の”黒雛”は砕けないよ」

 

 

 デュークは賞賛した。覇王のO.S(オーバーソウル)の技術力を。

自分の現状での最大の力を宿した拳でさえ、砕くことがかなわないそれを。

 

 覇王もそれを当然と言い切った。

数百年も鍛えてきたこの技術。そうやすやすと砕かれてなるものかと。

 

 

「そうか。では、これはどうだ?」

 

「……!」

 

 

 ならばとデュークは、さらに力を込めた拳を、すばやく数発も繰り出した。

覇王はそれをとっさに、黒雛の巨大な腕で防御して見せた。

 

 

「ぬう……。やはり硬い……か」

 

「……当然だろう? 僕が最大の巫力を注ぎ込んでいるんだからね」

 

 

 今の攻撃ですら黒雛にダメージを与えられないのを見て、どうするかとデュークは考えた。

また、覇王はそういぶかしむデュークへと、こちらも最大の力で黒雛を精製していると、強気の姿勢で言い放った。

 

 

「なるほど……、流石は”作中最強のO.S(オーバーソウル)”……、この程度では破壊できんか」

 

「当たり前だろ」

 

 

 何と言う防御力か。流石は噂に名高い甲縛式O.S(オーバーソウル)黒雛だ。

この程度ではびくともしないのも当然か。デュークはそう考えながらも、表情はむしろ穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 覇王はそんなデュークに底知れぬ何かを感じながらも、デュークの放った言葉に自信満々に答えたのだ。

 

 

「ならば、さらなる攻撃を加え、破壊するまでだ」

 

「やってみなよ。できるものならだけどね……!」

 

 

 すると、デュークは次の行動に即座に出た。

すぐさま覇王から距離をとり、新たな攻撃に転じるつもりだ。

 

 覇王はそれを身ながらも、むしろ挑発するかのような態度で、それを見せてみろと言ってのけた。

だが、覇王はただ挑発しているのではない。相手の手札がわからないと言うのは脅威と考え、それを見るための挑発でもあった。

 

 

「では、そうさせてもらおう!」

 

「! 光球!」

 

 

 だが、それがデュークのスイッチを入れることになった。

挑発にあえて乗ったデュークがそう言葉にすると、地面から光の球が湧き出し始め、それがデュークの周囲に浮かんだのだ。

 

 そのデュークの頭上には禍々しい空気の渦も発生しており、これから強力な攻撃が来るのが覇王にも見てわかった。

 

 

「これが我が奥義が一つだ……! ”ミーティアルシャイン”!!」

 

「くっ!」

 

 

 デュークはその奥義の名を口にすると、構えていた腕を下げた。

その瞬間、光球が覇王へと目がけて雨あられに降り注ぎ始めたではないか。

 

 覇王はそれを黒雛で防御するも、あまりの衝撃に小さく苦悶の声を漏らしたのである。

 

 

 ―――――ミーティアルシャイン。

冥光球を地面から発生させ、それを敵に豪雨のように叩きつける奥義。

一つ一つの威力はすさまじいというのに、それを無数にぶつけるのだから、その破壊力は想像を絶する。

 

 漫画”冒険王ビィト”に登場する、魔人(ヴァンデル)の中でも最高峰の力を持つ()()()を持つ魔人(ヴァンデル)の一人、”天空王バロン”。

その天空王バロンが操りし冥奥義の一つこそ、この”ミーティアルシャイン”である。

 

 ……つまり、この転生者はその”天空王バロン”の身体能力を特典として選んだということだ。

魔人(ヴァンデル)の中でもひときわ強力な肉体を得たということだ。

 

 そして、本来ならば”冒険王ビィト”の術は”天撃”と”冥撃”に分かれる。

人間が操る天力を利用する術が天撃となり、逆に魔人(ヴァンデル)が操る冥力を利用する術が冥撃となる。

 

 が、この世界にそのような隔たりはないので、単なる魔力を用いた技術と言う扱いとなっているようだ。

そのため、このデュークも”冥奥義”と呼ばずに、単なる奥義として済ませているのだ。

 

 

「……凌いだのか。いや、そのO.S(オーバーソウル)にて防御したと言うことか」

 

「……そういうことだ……」

 

「しかし、その表情は辛くも、と言ったところか」

 

 

 ……光球が覇王と地面に衝突した勢いで、周囲は土煙に包まれていた。

それが晴れたところに、無傷でたたずむ覇王の姿が現れたのである。

 

 デュークはそれをさも当然だろうと言う様子で、淡々と語っていた。

流石は覇王。あの”麻倉ハオ”の特典を持つものだと。これでもまだダメージを与えられないとは、と。

 

 しかしだ。しかし、覇王の表情はすぐれない。

この覇王がして、防御したのがやっと、と言う顔を覗かせていた。

 

 デュークもそれに気が付き、唇の端がつりあがる。

そうか、ダメージにはならなかったが、覇王をいっぱい食わせてはいたか、と心の中で思いながら。

 

 

「つまり、さらに手数を増やすのは、有効ということだな」

 

「ふん、やってみろ」

 

「言われなくとも……、すでに!」

 

 

 と言うことはだ、この技は覇王にとっても脅威だったということだ。

であるならば、さらなる追撃を増やすのみ。単純だが強力だ。

 

 デュークはそう言葉にすると、再び光球が地面から湧き出てきた。

が、その数は先ほどとは比べ物にならないほどの数。何と言うことか、その数はざっと20倍! この目の前の男を倒すには、これぐらい必要だとデュークは判断し、渾身の攻撃を与えることにしたのだ。

 

 覇王はそれを見てもいたって冷静。

それでも自分は倒せないと言うように、さらなる挑発をデュークへ言い放つ。

 

 デュークはそれを聞いて、再びニヤリと笑った後、その奥義を解き放ったのである。

 

 

 ……覇王がデュークとすさまじい熱戦を繰り広げている間にも、状助も戦いを始めていた。

 

 

「うおおおおお!!! ドラララララララララララアアアアァァァァァッ!!!!」

 

「ヌウ……! これほどの攻撃を凌ぐとは……! 不可視なる異能、中々どうして!」

 

 

 状助は迫り来る無数の影の槍を、クレイジー・ダイヤモンドの拳のラッシュで砕きまくっていた。

怒涛の影の槍の攻撃を、怒号のような叫びと共に、その拳を驚くべきスピードで何度も振りぬいていた。

 

 これにカゲタロウも驚いた。自分が見えない何かが、自分の影の槍を防いでいるからだ。

数十と言う数の影の槍を完全にシャットアウトされ、ダメージを与えられないからだ。

 

 

「だが、これなら防ぎきれまい!」

 

「うおおお!!! ドラララララアァァァッ!!! ドラァッ!!!!」

 

「なっ! これも防いだだと!?」

 

「とっ、当然よォー!!」

 

 

 ならば、これならどうだと、カゲタロウは次の手に出た。

無数の影の槍が束ねられ、巨大な一本の槍となったのだ。それを状助へと、すさまじい速度で向かわせたのだ。

 

 が、状助はそれをもクレイジー・ダイヤモンドの拳で粉砕して見せた。

当然だ。どんなものであれ、スタンドはスタンドでしかダメージを与えられない。魔法だろうがなんだろうが、それに変わりはないのだ。

 

 それを知らぬカゲタロウは、またしても驚いた。

まさか今のも、謎の力で防がれてしまうとはと。

 

 ただ、状助も多少なりとて焦った。

相手が本気(マジ)の攻撃をしてきて、それを防げるかは半信半疑だったからだ。

 

 いや、ただ単に、彼が戦いなれておらず、チキンな性格だということもあるのだが。

とは言え、それでも強くの発言を叫ぶぐらいの気迫もあるようだ。

 

 

「しかし、そちらの能力は遠くには及ばないと見える。であれば……」

 

「であれば……、どうしたっつーんだ……?」

 

 

 カゲタロウはそうなればどうするか、と次の行動を考えた。

謎の不可視なる能力は、防いでばかりでこちらに攻めてはこない。つまり、それは射撃などの遠距離攻撃は出来ないと言うことなのだろうと。

 

 状助はカゲタロウの冷静な分析に、焦りながらも挑発するかのような言葉を発した。

自分の能力が多少なりとて理解されたとて、まだ()()()()は悟られてはいない。チャンスはまだまだあると、そう思っているからだ。

 

 

「であれば、距離をとってこのまま攻め続けるのが得策!」

 

「やってみろよコラァッ! まるで海を割るモーゼのように、テメーの影の槍をぶち破ってやっからよぉー!!」

 

「面白い! やってもらおう!」

 

 

 カゲタロウはそんな状助に、中々の相手であると思った。

だからこそ、全力で潰すと決めた。故に、状助の射程の外から、影の槍の数を増やして攻撃することにしたのだ。

 

 しかし、状助はそれも全部防ぎきってやると断言した。

さらに、その槍を砕きながら前進し、射程内に捉えてやると豪語したのだ。

 

 ならば、それをやってみせろと、カゲタロウは攻撃を開始した。

先ほどとは比べ物にならない数の、おびただしい量の影の槍が状助へと向けられたのだった。

 

 

 そして、場所を戻して覇王は、デュークと互角の戦いを繰り広げていた。

 

 

「ふん!」

 

「はっ!」

 

 

 すさまじい光球の嵐。それをかいくぐりながらもデュークへと攻撃する覇王。

されど覇王には、このミーティアルシャインを完全に防ぐ手立てがない。故に、予想以上の消費を強いられていた。

 

 何せこのミーティアルシャインは、かの天才が瞬間的に攻略法をひらめいたからこそしのげる技だ。

その攻略法と言うのもギリギリのギリギリを見極めたもので、大気流を操り光球をそらして誘爆させるという神業なのだ。

 

 流石の覇王もそれは不可能であり、回避してダメージを抑えつつガッチガチに防御を固めた黒雛で耐える戦い方をしていたのだ。

 

 

「なるほど……。O.S(オーバーソウル)だけでなく、体術もできる訳か」

 

「そうさ。ナメてもらっては困るよ」

 

「侮ってなどいない。お前ほどの強敵を侮るほど、私自身余裕はないのでね」

 

「そうかい……!」

 

 

 だが、覇王の中々の身のこなしにデュークは、体術の心得も持ち合わせていることを理解した。

覇王はそれを当然と答え、まだまだ余裕であることを見せ付けたのである。

 

 ただ、デュークは覇王をナメるような真似などしない。

今全力でぶつからなければならない、強大な相手であるとしっかりと認識している。でなければこちらが敗北するという意識もある。だからこそ、驕りはそこに存在しない。

 

 そんなデュークを見た覇王は、隙を突くことはできなさそうだと思った。

こう言う強力な力を持つ転生者は基本的に”慢心”する傾向にあった。

 

 されど目の前の彼は、そのような素振りはない。こう言う相手こそ、強敵となりえる存在だ。

これは中々厄介な相手だと、覇王も思わざるを得なかった。

 

 

「しかしながら、我がミーティアルシャインをもってしても、倒せぬ相手は久方ぶりだ」

 

「負ける気なんてさらさらないんでね」

 

 

 それはデュークとて同じことだった。

目の前の覇王はやはり思ったとおり、いや、それ以上にすばらしい強さを持つ男だった。それは非常に嬉しいことだ。今の奥義で倒せない相手は本当に久しぶりであり、感激するばかりだ。

 

 覇王もそれを聞いて、当たり前だと豪語した。

誰にも負ける気などない。この大会など優勝して当然、そう言ってやまないのだ。

 

 

「そう言うそっちこそ、随分消耗したんじゃないか?」

 

「そうだな、久々に随分と魔力を使ってしまったよ」

 

 

 むしろ、自分の方を心配しろよと、覇王はデュークへ投げかけた。

デュークも覇王に言われたとおり、大きな消耗を強いられたと不敵に笑いながら言葉にしていた。

 

 

「故に、次の一手を打つとしよう」

 

「ほう?」

 

 

 だからこそ、隠していた手を使うのだと、デュークそう言い放った。

覇王はその手とは何だと思いながら、多少興味がある様子でデュークを警戒していた。

 

 そして、その宣言どおりデュークが全身に力を込めると、突如としてすさまじい魔力が噴出し始めた。

 

 

「これは”星呑み”と呼ばれる修練法……。魔力を”星”に封じ込み、少ない魔力で戦える戦士になるための修行だ」

 

「……確かに、お前の魔力が大幅に増幅したのが感じられるよ」

 

 

 その直後、左腕にあった()()()の中央から、禍々しい魔力を蓄えたもう一つの星が浮かび上がったではないか。

 

 これこそかの魔人(ヴァンデル)、”惨劇の王者ベルトーゼ”が編み出した修練法。自らの冥力を最初に保有する星に封印し、少ない冥力で戦い強くなる為の修行だ。それを転生前の知識で知っていたデュークは、真似をして見せたのである。

 

 そう、”天空王バロン”が所有していた”七ツ星”が、特典の一部として転生者デュークの左腕に宿っていた星が今ここに揃ったのだ。

 

 さらに、デュークが封印していた魔力は膨大だったようで、ピリピリとした空気とともにそれを覇王は肌で感じ取った。

また、覇王はデュークの魔力が回復したのを見て、次はどうするかを考えた。

 

 やはり思ったとおり、いや、思った以上の相手だった。

であれば、こちらもそれに応じた対応をしなければならないと、覇王は次の一手を探るのだった。

 

 

「そして、これが我が最後の奥義……!」

 

「……!」

 

 

 だが、覇王はそのような迷いが吹き飛ぶ光景が、次の瞬間目に入ってきた。デュークが新たな奥義を、その場で見せたからだ。

 

 羽織っていた外套を投げ捨て、全身に力を入れ始めたからだ。そして、その背中から隠し玉が姿を現したからだ。

 

 

「”ミーティアルウィング”……!」

 

「……へえ、それで?」

 

 

 そこに映ったのは、すさまじい光を放つ六つの羽だった。

デュークの背中から神々しく生える、三日月型の羽だった。デュークはその名を高らかに宣言した。”ミーティアルウィング”と。

 

 覇王はだったらそれがどうした、と言う態度でデュークをさらに煽った。

が、覇王とてそれが脅威であることは、完全に理解していた。あの羽がデュークの最大の技であることは一目瞭然だからだ。

 

 

「焦る必要はない。今すぐにでも、この”(ウィング)”の脅威を理解してもらうからだ」

 

「望むところさ」

 

「では、得と味わうがいい!」

 

「っ!」

 

 

 覇王の強気の態度に、デュークは思わず笑いをこぼした。

すると、その背にあった羽が背中から離れ、独立した物体へと変わったではないか。

 

 また、今回デュークは覇王の挑発に乗ることなく、能力の詳細を語らなかった。

いや、語る必要などないのだ。何故なら、この次の瞬間に覇王はそれを全て理解するからだ。

その恐ろしい光景を目の当たりにするからだ。

 

 覇王はだったら早くかかって来いと、そう挑発すれば、デュークは腕を振り下ろし、その奥義を解き放った。

その瞬間、右側の一つを残す以外の羽が、目にも止まらぬスピードで覇王へと突撃していったのだ。

 

 覇王は一瞬だけ驚くも、すぐさまそれに対応して見せた。

しかし、そのすさまじいスピードで縦横無尽に飛び回る五つの羽を、回避するのは困難極まるという様子だった。

 

 

 ……これぞ”天空王バロン”の最終奥義”ミーティアルウィング”。

冥力で強化した羽に追撃する相手を命じることで、その相手が死ぬまで流星のごとく追い続ける追尾ミサイルだ。

 

 

「早い……!」

 

「そう言うそちらも、なかなかに素早い」

 

「まあね。そういうのも見慣れているからね」

 

 

 何と言うスピード。何と言う執拗さ。これがミーティアルウィングか。

覇王は何とか羽をかわし、または黒雛の爪で弾き返しながら回避をし続けた。

 

 デュークは自分の五つの羽を全て回避し続ける覇王へと、賞賛の言葉を送った。

これでも目の前の男は倒せないかと思うと、心の奥底から強敵とめぐり合ったことへの喜びがくすぶって仕方が無かった。

 

 いやはや、これには覇王も多少なりとて苦戦を強いられていた。

が、この覇王はその程度では倒されない。同じような攻撃など、戦ってきた幾多の転生者どもも使ってきた手だ。慣れている、なんてことない。そう余裕がこもった表情を見せつけていた。

 

 

「そうか……。しかし、相手にしているのは”(ウィング)”ではなく、私だということを忘れてもらっては困るな!」

 

(ウィング)が剣に……!」

 

 

 さらに、デュークは未だ自分の近くに待機させていた羽を、剣のように変形させて右腕に握り締めたではないか。

その直後、超速度で覇王へと接近していったのだ。そうだ、戦っているのは羽ではない、このデュークだと主張しながら。

 

 覇王も他の羽を回避しつつ、その状況をしっかり見ていた。

なんということか、羽だけでも厄介だというのに、本体まで攻めてくるとは。

 

 

「ぐっ!?」

 

「渾身の魔力を込めた(ウィング)だ。流石のお前のO.S(オーバーソウル)も耐えられなかったようだな」

 

「その程度、なんてことないさ……」

 

 

 迫り来るデュークの(ウィング)を覇王は防御にて防ぐことにした。

周囲の羽を回避するので精一杯で、デュークの直接攻撃への対応が遅れたのだ。

 

 だが、覇王はそれを防御で受け止め切れなかった。違う、防御は間に合ったが、その刃の鋭さは覇王の黒雛を超えたものであった。何と言うことか、ザクリと黒雛の両腕部分が切り落とされてしまったのだ。

 

 この黒雛の破損は覇王にとっても大きな巫力ダメージで、覇王の口から小さく苦悶の声が漏れた。

 

 当然だ。

このミーティアルウィングの刃は、目覚める前とは言え天空王バロンの拳ですら傷付かなかった、ビィトの真の才牙に傷を入れるほどなのだから。

 

 さらに、デュークはこの一太刀に渾身の魔力を注ぎ込んでいる。

覇王の黒雛を破壊できるほどの力を与える為だ。そして、その思惑どおり、黒雛を破壊するほどの力を宿していたのだ。

 

 デュークは覇王の黒雛を切り刻めたのを見て、ようやく一太刀浴びせられたとほくそ笑んだ。

が、それでも覇王の余裕は崩れない。この程度の破壊など、すぐさま膨大な巫力で再び黒雛を作り出せばいいからだ。

 

 

「しかし、そっちが剣を使うなら、こちらも使わせてもらうよ」

 

「いいだろう、出してみろ」

 

 

 ただ、目の前のデュークの強さは、予想以上だったと覇王は思った。

故に、覇王は今まで見せなかった切り札を、ここで晒すことに決めたのだ。

 

 覇王は瞬間的に黒雛を復元すると、懐から非常に長い一本の刀を取り出した。

相手が”剣”を使うならば、こちらも同じ手を使わせてもらうと。

 

 デュークは覇王の新たな行動に、興味津々な様子だった。

まだ違う手を残していたのか、それはなんだろうか、早く見てみたい。そうデュークは思いながら、覇王へと言葉を投げた。

 

 

「リョウメンスクナ、O.S(オーバーソウル)、”神殺し”」

 

「なるほど、巨大な刀と言う訳か」

 

 

 覇王はデュークの言うとおり、その場で新たなO.S(オーバーソウル)を組み上げた。

それこそ巨大な刀のO.S(オーバーソウル)、”神殺し”だ。

 

 デュークはそれを見て、スピリットオブソードのアレンジだということにすぐさま気が付いた。

確かに、体術などの心得があるならば、そう言う手も考えるだろうと。

 

 しかし、デュークがそう考えている余裕が、次の瞬間に吹き飛ぶことになる。

 

 

「そして、これをこう使う……」

 

「……!」

 

 

 覇王はデュークへと話しかけながらも、その構えを静かに取った。

刀を肩より上へと持ち上げ、刃の先を相手へ向たあの構えだ。されど、神殺しが握られていたのは覇王の腕ではなく、黒雛の巨大な爪だった。

 

 そして、覇王がそれを告げ終わった直後、デュークへと三つの斬撃が一寸たがわぬ間隔で同時に襲い掛かったのだ。そう、覇王が特典として選び、転生最初の生涯を使って完成させた、”燕返し”だ。

 

 

「ぬう……。瞬間的に後ろに下がり、(ウィング)で防御しなければ、今の一撃で終わっていた……」

 

「……しのいだか……」

 

 

 だが、デュークは未だ健在だった。

とは言え、額から冷や汗を流し、かなりギリギリで生き延びたという顔を覗かせていた。その言葉通り、デュークは迫りくる三つの斬撃の中で、最も急所に近い部分を羽で防御した。

 

 それ故に、二つの斬撃だけは回避しきれず、体の二箇所に大きな切り傷を受けていた。さらに、防御に使った羽は完全に砕け散り、柄の部分しか残っていなかったのである。この状況に、流石のデュークも驚愕の表情を見せるしかなかったようだ。

 

 今の攻撃で手傷を負わせることに成功した覇王はと言うと、そちらも深刻な表情を見せていた。

この攻撃で倒せなくとも、もう少しダメージを与えられると思っていたのだが、予想よりも与えたダメージが小さかったからだ。確かにダメージを与えることはできただろうが、相手は魔族。その程度の傷などすぐに再生してしまうからだ。

 

 

「しかし、その巨大さは、”黒雛”と併用するためと言うことか」

 

「ご名答。これが僕の隠し玉って訳さ」

 

 

 デュークはふぅ、と小さく息を吐き出すと、再び小さく笑って見せた。

そして、覇王へとその”神殺し”が何故その形なのかを理解したと言葉にしたのだ。

 

 覇王も再び余裕の表情へと戻し、肯定の一言を述べていた。

神殺しは単体で使っても強力なO.S(オーバーソウル)だが、本来覇王が想定する使用方法は、このように黒雛の爪で握り締め振り回すと言うものだったのだ。これぞ覇王が秘技として隠してきた、真の神殺しの使用方法だった。

 

 

「本当ならばこんな場面で見せたくはなかったけど、お前ほどの相手であれば使わざるを得ないと判断したまでだ」

 

「……そこまで言われると、私も嬉しい限りだ」

 

 

 覇王とてこのような公の場で、秘密にしてきた技を見せたくは無かった。

それでも目の前の強敵を考えれば、使わなければならないと決断したのである。

 

 デュークは覇王のその言葉に、心底嬉しく思っていた。

目の前の強敵に認められたからだ。強敵であると、死力を尽くすべき相手であると、認識されたからだ。

 

 

「では、私もお前ほどの強敵に相応しい工夫をするとしよう」

 

「……! 光球と羽の同時攻撃か……!」

 

「そうだ、お前ならば惜しくはない。全てをかなぐり捨て、ただ勝利を掴むのみだ!」

 

 

 目の前の強敵にはその強さと敬意を表し、デュークはさらなる行動に出ることにした。

それはなんと、ミーティアルシャインとミーティアルウィングの同時攻撃だった。

 

 何せ目の前の覇王には”ミーティアルシャインの突破策”がない。

ミーティアルシャインでのダメージが軽微と判断したが故に、ミーティアルウィングを用いたに過ぎない。つまり、二つの技の同時攻撃は、覇王にとってはかなり有効であるということだ。

 

 覇王も地面から湧き出す無数の光球と、デュークの背中に戻った輝く羽を見て、次の攻撃を察していた。

そうきたか、そうくるか。これは多少なりに厄介だ。そう考えていた。

 

 そして、デュークは大声で宣戦布告を叫ぶと、光の羽と光の球が目にも止まらぬ速度で覇王へといっきに襲い掛かったのだった。

 

 

 そのころ、状助も未だに敵の魔法をかいくぐるべく、スタンドの拳を振るっていた。

 

 

「ドラララララララララアァァァァッ!!!!」

 

「ぬう……、やるな」

 

 

 何度も何度もクレイジー・ダイヤモンドの拳を、カゲタロウが操る陰の槍に叩きつける。

砕ける音が幾度と無くその場に響き渡る。それを試合開始から、ずっとやっている状況だ。完全に膠着状態。両者とも維持の張り合いである。

 

 

「だが、いつまでもそうしていても私には勝てんぞ?」

 

「んなこたぁわかってるぜ!!」

 

 

 しかし、カゲタロウは余裕の様子だ。

無数の影の槍を、遠くから飛ばしているだけの状態。さほど苦は無く優勢であるからだ。

 

 それとは逆に、その槍を破壊し続ける状助の方が劣勢だ。

完全に防御に回っている状況で、まったくもって敵に近づけないのだから当然である。すさまじいパワーを誇るクレイジー・ダイヤモンドとて、射程距離に入れなければ意味が無い。

 

 

「ちくしょう! 何か打開する方法があればいいんだがよぉ……」

 

 

 このままでは押し切られるかもしれない。

ずっとこの状態では勝つことはできない。かといって覇王を頼ることもできそうにない。ならば、新しい作戦を考えなければならない。状助は足りない頭を必死に回転させ、この状況の打破ができる作戦を考え出していた。

 

 

「……こうなったら一か八かしかねぇッ!」

 

「!」

 

 

 もはやこのまま防御していても埒があかない。

状助は賭けに出た。勝てば近づける。負ければ影の槍に串刺しだ。それでもやるしかないと、覚悟を決めた。いや、覚悟などここに入る前から既に決めていたのだから当然だ。

 

 カゲタロウも状助の新たな行動を目撃することができた。

いや、実際は見えていなかった。突如として状助が消えたからこそ、驚きを感じたのだ。

 

 

「瞬動か! だが、逃げれると思うな!」

 

「逃げれるなんて思ってねぇー! ドラァッ!!」

 

 

 状助が消えた理由、それは単純だ。瞬動を使い、その場から移動したからだ。

だが、カゲタロウはすぐさま状助の位置を把握、そこへと攻撃を開始した。

 

 とは言え、状助も姿をくらますための行動ではなかった。

この程度で出し抜けるほど、相手は甘くないことも知っているからだ。そこで状助は、移動した場所の地面を殴り、砕けた破片をカゲタロウへ向け、思い切り投げ飛ばしたのだ。

 

 

「ヌ!? 悪あがきか!? そんなもので私は倒せんぞ!」

 

「それもわかってるっつーのよぉッ! ドララァッ!!!」

 

 

 が、その程度の攻撃など、カゲタロウには当然効かない。

さっと体をひねるだけで、いともたやすく避けられてしまった。無情にも投げた石は、その後方へと消えていった。

 

 しかし、状助はそれも理解していた。

こんなちゃちな攻撃があたるはずがないことなど、誰がどう見てもわかりきったことだからだ。故に、状助はさらなる行動を開始する。

 

 

「何! 地面が壁に!? しかし、それで私の攻撃を防げるものか!」

 

「ああ……。防ぐ必要はねぇからな」

 

 

 それは先ほどと同じように地面を殴るものだった。

違いがあるとすれば、殴った地面をクレイジー・ダイヤモンドの能力で修復し、自分の目の前に壁を作ったというところだ。

 

 カゲタロウはそれを見て、自分の影の槍をそれで防ぐつもりなのかと考えた。

そんなものでは自分の影の槍を防げるはずがない、そのまま貫いてくれる、そう考えた。

 

 それも状助は理解していた。

当たり前だ。こんな魔法の障壁ですらないただの石壁で、あの魔法が防げるものかと。故に、小さな声でぼそりと、防ぐ訳ではないと述べた。

 

 

「なっ!? ヤツが先ほど壁にした地面が!?」

 

 

 状助がそれを言い終えると、その盾のようにした壁が、カゲタロウの方へと勢い良く飛んでくるではないか。しかも、状助が特に投げたという訳でもなく、まるで重力に従うかのような動きだった。

それにはカゲタロウも驚いた。何もせずにその壁が急激に加速して迫ってきたからだ。

 

 

「だがしかし! ”百の影槍”!!」

 

 

 が、驚いたのも一瞬のことだ。

その程度の壁など魔法で簡単に破壊できるからだ。カゲタロウはすぐさま影の槍を無数に飛ばし、状助もろともその壁を打ち砕かんとしたのだ。

 

 

「なっ!? 砕いてもこちらに向かってくるだと!?」

 

 

 そして、当然壁は無数の影の槍に貫かれ、粉々に砕け散った。

しかし、どういうことだろうか。壁は粉々になったが、その破片は勢いを失わずに、以前カゲタロウへと迫ってくるではないか。また、その壁に気を取られていたために、状助の姿を一瞬見失ったのだ。

 

 

「そうだよ、そのタイミングを待ってたんだ……」

 

「ッ!?」

 

 

 気が付けば状助は、すでにカゲタロウのすぐ傍までやってきていた。

そう、カゲタロウの真後ろに立っていたのだ。そうだ、これを狙っていたんだ。そう状助はカゲタロウの後ろでつぶやいたのである。

 

 カゲタロウはしてやられたという感じに驚いていた。

それでもすぐさま後ろを振り向き、すかさず影の槍を状助へと放った。

 

 

「ドラアッ!!」

 

「ゴオッ!?」

 

 

 だが、状助の方がわずかに早かった。一瞬だが早かった。

クレイジー・ダイヤモンドの拳の方が、カゲタロウの影の槍より、一手早かった。

 

 状助は叫び声と共に、すでにクレイジー・ダイヤモンドの拳を振りぬいていた。

それがカゲタロウの顔面へと直撃し、陰の槍は状助の顔をそれるようにして素通りしたのだ。

 

 

「ぐっ……、不覚を取ったか……」

 

「ふぅー……、やれやれ。ヒヤヒヤしたぜぇー。テメェにバレねぇようここまで来るのはなぁー……」

 

 

 カゲタロウは目の前の少年を、一瞬でも見失ったことを悔やんだ。

あの謎の力で引き寄せられる岩壁に気を取られすぎた。失敗だったと。

 

 それも後の祭りだ。

状助はカゲタロウの顔面にスタンドの右拳を食い込ませながら、先ほどの心境を語りかけていた。いやはや、今の作戦がうまく行ってよかった。でなければどうなっていたことか、と。

 

 

 ……状助が投げた先ほどの破片、それに引っ張られるようにクレイジー・ダイヤモンドの能力を使い、壁をカゲタロウへと向けた。そこでほんの一瞬だけできるだろう隙を狙って、カゲタロウへと近づくことに成功したのだ。

 

 とは言え、これも賭けだった。

初見で未だ真の能力を見せていなかったからこその奇襲だからだ。さらに隙を突いたとは言え、自分の居場所がすぐにバレてしまえば、意味が無かったからだ。

 

 だが、それでも状助は成功した。カゲタロウに近づくことに成功した。

状助はこの賭けに勝利したのだ。

 

 

「ヌウゥ……! やってくれる!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 カゲタロウは状助へと、再び攻撃を開始すべく、全身から影の槍を生み出し状助へ向けて飛ばした。

 

 とは言え、すでに、すでにこの距離は状助の射程距離の中だ。

この位置ならば問題ない。射程距離内ならば確実に攻撃できる。だからこそ、反撃だ。ここで思いっきり、叩き込んでやろうじゃないか。このスタンドの拳を。何度も! 何度も!

 

 

「ドララララララララララアアアアアァァァァッ!!!!」

 

「グオオオオッ!!?」

 

 

 そこには先ほどの影の槍と同等の拳があった。いや、全て超スピードで放たれるパンチの残像だ。

状助が怒号の叫びを発しながら、クレイジー・ダイヤモンドの強烈なパンチを、カゲタロウへと放ったのだ。

 

 ドコドコドコドコドコドコ! 無数の拳がカゲタロウへ突き刺さる音が会場に鳴り響く。

カゲタロウもラッシュのダメージに、思わず苦悶の悲鳴を上げていた。

 

 その強烈なラッシュの嵐を受け、流石のカゲタロウも影の魔法を操るどころではなくなってしまったようだ。

 

 

「ドラアァアアァァァァッ!!!」

 

「ガアッ!!」

 

 

 そして、とどめと言わんばかりの強烈な右ストレートが、最後にカゲタロウの顔面へと突き刺さった。

カゲタロウの仮面にはヒビが入り、一部が砕けてしまっていた。

 

 その衝撃と勢いでカゲタロウは数メートルも吹き飛ばされ、悲鳴を上げながら地面に転がったのだった。

一瞬、全て一瞬の出来事であった。

 

 

 



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百四十九話 覇王と状助の決勝戦 その②

 状助と覇王が試合している時、観客席ではアスナたちが試合を思い思いに観戦していた。

 

 

「どちらも苦戦していますね……」

 

「流石決勝戦ってだけはあるわね」

 

 

 刹那は二人がどちらも苦しい戦いになっているのを見て、そうこぼした。

アスナも決勝戦なのだから、相手もそれ相応だと思っていたようだ。

 

 

「あの覇王さんもここまで苦しめられるとは……」

 

「あの相手の人……、人……? かなり強い……」

 

 

 苦戦するのが状助なら、まあ当然だと誰もが思う。

状助はスタンドと言う謎の力が使えるだけで、戦闘はズブの素人。ただの一般人より高い程度だ。

 

 しかし、あの覇王がそれなりに苦戦しているのには、誰もが驚きを感じざるを得なかった。

刹那もアスナも、覇王の強い部分、特にリョウメンスクナを一撃で倒したシーンのインパクトが強すぎて、覇王が苦戦するというヴィジョンが思い浮かばないのだ。

 

 ただ、覇王とて無敵ではないし地上最強でもない。

覇王と同等の特典を選び、同じぐらい鍛錬を積んだ転生者も少なからずいるのだから当然だ。それがまさに、覇王が今戦っている相手ならば、苦戦の一つはするだろう。

 

 

「せやけど、はおは負けへん!」

 

「……ですね……!」

 

 

 だが、それでも覇王は勝つと信じるのが、その横で立ちながら応援する木乃香だった。

刹那もその言葉を聞いて、強く小さく返事を返した。

 

 

「そうよ、問題は覇王さんよりも状助の方よ」

 

「確かに、まったく距離を縮められてませんね……」

 

 

 また、覇王よりももっと大変なヤツが一人いるではないか。ご存知状助だ。

 

 アスナは覇王のこと以上に、今さらに苦しんでいる状助の方が気が気ではない様子だった。

刹那もそちらの方を見れば、未だに影の槍を見えない拳で粉砕しながら、その影の槍を防ぐので手一杯の状助の姿があった。

 

 

「あっ、でも状助さん、何かやるようです」

 

「また無茶しなければいいけど……」

 

 

 だが、そこで状助が、何やら行動を開始し始めた。

刹那はそれを見て言葉にすると、アスナは心配そうな様子で状助を見ていた。

 

 

「おおー! 状助、距離つめれたやない!」

 

「かなり賭けでしたね……」

 

「もう……、また無茶して……」

 

 

 状助は”治す”能力を駆使して、ついに敵へ近づくことに成功したのだ。

木乃香はそれを見て大いに喜び、刹那も今の状助の行動は博打だったと静かに評価した。アスナはそんな賭けを見せた状助にため息をつきながら、ヒヤヒヤさせられると愚痴をこぼしていた。

 

 

「アスナ、さっきからずっと状助の心配ばかりやけど……?」

 

「当たり前じゃない。あの時死に掛けた訳だし……」

 

 

 そこでふと、木乃香は気になった。

先ほどからアスナは、状助の心配ばかりしているではないか。何故、何どうして? と言う様子で、木乃香はアスナへそれを聞いた。

 

 するとアスナは、それを当然と言葉にした。

あのゲート事件で死にそうになったのを見たのだから、心配しないはずがないと。

 

 

「まあ、これは試合ですから、死ぬということはないでしょうから」

 

「そうなんだけど、やっぱ心配なのよ」

 

 

 とは言え、これは殺し合いではなく試合である。

流石に命を奪うということはないだろうと、刹那はアスナへ述べた。

 

 アスナもそれは頭で理解しているようだったが、それでも心配なのは心配なのだと言うのだった。

 

 

「見て! 状助が相手を倒したみたいやえ!」

 

「間髪いれずの攻撃、これでは相手もただではすまないはず……」

 

「これで終わりならいいけど……」

 

 

 そして、状助が敵にスタンドのラッシュをぶちかまし、決着が付いた感じだった。

 

 木乃香はこれで状助が勝ったと大いに喜んだ。

刹那もスタンドは見えないが、状助が何やらすさまじい猛攻で敵を攻撃したことはわかったので、それを解説していた。

 

 ただ、アスナはほんの少し嫌な予感がしていた。

今の攻撃で本当に勝ったのならいいが、そうでなければ、と過ぎったのである。そう、相手はどう見ても戦闘のプロ。あの状助の攻撃がいかに強くとも、安心などできないのだ。

 

 

「ああっ!?」

 

「っ! 流石に相手も簡単には倒れませんか……」

 

「状助……!」

 

 

 そのアスナの予感は、なんと見事に的中した。

木乃香はその様子を見て、たまらず小さく悲鳴を上げた。

 

 刹那も大きく目を見開き、驚きの表情と共に状助の相手の攻撃を見ていた。

アスナは敵の攻撃に貫かれる状助を見て、とっさにその名を呼ぶのだった。

 

 

 ……ちなみに、バーサーカーもこの試合を彼女たちの後ろの方で観戦しており、常に覇王と相手が衝突するたびに、唸るような声を出して色々思考する素振りを見せていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこには地面から伸びる影の槍にて、貫かれる状助の姿があった。

 

 

「うぐっ……! うぐあぁっ!?」

 

 

 右肩、左肩、左太腿を貫かれ、小さくだが苦痛の声を漏らす状助。

なんてこった。今の攻撃で決着がつけれなかった。苦痛に耐えながら、それを思っていた。

 

 

「……すさまじい猛攻だった。対物理障壁を重ねなければ、耐え切れなかったほどだったぞ……!」

 

「ぐっ……!!」

 

 

 その影の槍を追って見れば、多少なりとダメージがある様子のカゲタロウが立っていた。

いやはや、流石の攻撃だった。防御しなければやられていた。カゲタロウは感心した様子でそれを述べた。

 

 そして、状助はそのまま地面に投げ出され、苦しむ声と共に転がった。

まずい展開になった。そう考えながら地面に倒れ伏せた。

 

 

「うう……、防がれたっつーのかよ……。グレート……」

 

 

 今のは渾身のラッシュだった。それを障壁でガードされたことに、状助はショックを受けていた。

さらに、もはや尻に火が付いた状態だということも理解した。後が無くなったことに、焦りを感じ始めていた。

 

 

「マズイぜ……。ヘヴィーすぎるぞこの状況……。両肩に三発……、脚に一発の怪我は結構ダメージ大きいな……」

 

 

 とは言え、これは非常にまずい状況だ。

貫かれた部分は右肩が一発、左肩が二発、そして左太腿が一発。

 

 特に左太腿のダメージは深刻だ。機動力に大きな支障が出るからだ。また、左肩を二箇所も貫かれたために、左腕もうまく動かなくなっていたのも厄介なことになっていた。

 

 

「覇王のヤツも未だ苦戦中……、こちらにはこれそうにねぇ……」

 

 

 この状況は非常にマズイ。すぐに動けるような状態じゃない。

状助はそう考えながら覇王の方を見れば、覇王も未だに苦戦しているではないか。助けは来ないということだ。そして、目の前のカゲタロウを、自分が何とかしなければならないということだ。

 

 

「中々の相手だったがこれまでのようだな。確実にとどめを刺し、あちらの加勢へ向かうとしよう」

 

「そいつはマズイ、マズすぎるぜ……。覇王とて二人がかりはかなりヘヴィーなはずだ。ここで俺が何とかしてねぇと……」

 

 

 もはや目の前の相手は動けない。そう思ったカゲタロウは、ゆっくりと倒れ伏せている状助へと近づいた。

 

 状助もこの状況が相当ヤバイことに危機感を感じ、額から冷や汗を流していた。

このままでは自分もだが、覇王も不利な状況になってしまうと。

 

 

「では、さらばだ。久々のすばらしい戦いだったぞ」

 

「”だった”……? ()()()()()()()()()……? ()()()()()()()()()()()()()()()? ”過去形”じゃあねぇ、”現在進行形”だッ!」

 

「むっ! 未だ闘志が衰えぬとは……」

 

 

 そして、カゲタロウは腕から影の槍を伸ばしながら、状助へと別れを述べた。

とは言ってもこれは試合、再起不能になってもらうという意味だが。

 

 しかし、状助はまだ諦めてはいない。この状況を何とかせんと、カゲタロウをメラメラと燃えるような瞳でにらみつけたのだ。

 

 それを見たカゲタロウは、その闘志を褒め称えた。これほどになっても戦う気力を失わない状助に、純粋に感服した。

 

 

「だが、そのダメージでは何もできまい! 大人しくするのだな!」

 

「そうはいかねぇぜッ!」

 

 

 それでもその怪我を考えれば、動けるはずがない。

カゲタロウは右腕に待機しておいた陰の槍を状助へと向け放ちながら、終わりを高らかと宣言した。

 

 その影の槍は状助へと一直線に伸びていった。

それを状助はしっかりと睨みつけながら、不屈の言葉を叫ぶのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 状助が危機的状況となっているところで、覇王も未だ苦戦を強いられていた。

 

 

「ぐうっ!」

 

「いくらお前と言えども、この連続攻撃は耐え切れんようだな」

 

 

 デュークのミーティアルシャインとミーティアルウィングの同時攻撃により、自慢の黒雛をズタズタにされていた。

流石の甲縛式O.S(オーバーソウル)黒雛とて、幾度と無く強力な攻撃を受ければひとたまりもない。

 

 覇王は小さく苦悶の声を漏らしながらも、再び黒雛を形成しなおしていた。

 

 デュークも黒雛を一度破壊できたのを見て、消耗させられたことを確認しながら、多少勝ち誇ったようにそれを言葉にした。

 

 

「確かに、お前の二つの奥義はすさまじい。だけどね」

 

「っ!」

 

 

 覇王はデュークの実力を認めた。

すさまじい猛攻だ。あの光球と光の羽。どちらもすさまじい威力だ。それが同時に襲ってくるのだから、かなり凶悪な攻撃であろう。

 

 されど、されど、いかなる攻撃であろうとも、その程度では倒せない。この覇王は倒せない。

覇王は黒雛の復元と同時にデュークの胸元まで瞬間的に近寄り、再び握り締めた神殺しを横に振り上げた。

 

 デュークはその攻撃に驚きながらも、即座に後ろへと下がりそれを回避した。

だが、完全に回避できなかったようで、頬に小さな切り傷を作り、そこから血が滴っていた。

 

 

「この世界の”技術”と特典として選んだ”スキル”が僕にはある。この程度では倒されんよ」

 

「……ふふふ……。いいぞ。むしろそれでいい!」

 

 

 覇王が持つ”特典”は麻倉ハオの能力だけではない。

サーヴァント佐々木小次郎の技術も特典として得ている。それはつまり、サーヴァント佐々木小次郎の技量だけでなく、スキルを保有しているということだ。

 

 それだけではない。この世界には”気”と言う技術がある。

それによって瞬動などの技が使えるのだ。その力があるのだからこの程度で負けはないと、覇王は強気で宣言した。

 

 デュークは先ほどの斬撃でできた傷を指で撫で、指に付いた血を眺めながら、面白そうに笑い出した。

そして、それでこそだと心底嬉しそうに声を上げて言い出した。

 

 

「お前のような戦士と戦えることが、我が至高の喜びよ!」

 

「僕は戦士じゃなく、陰陽術師(シャーマン)なんだけどね」

 

 

 強者との戦いこそが至高の喜び。デュークはそう笑って叫んだ。

目の前の覇王のような、強力無比な相手との戦いこそが最大の幸福であると。

 

 覇王はそれを聞いて若干引きつつ、自分は戦士と言うより術者であると冷静につっこんでいた。

 

 

「ふっ……、すでに、我が二つの奥義を見切りつつあるか。さらに、私はお前の攻撃が見切りづらいときたものだ」

 

「そうだろうね」

 

「”宗和の心得”……だったな」

 

 

 また、デュークは自分の奥義を覇王が、すでに見切りつつあることに気が付いていた。

確かに完全に回避されているとは言いがたいが、命中率は最初に比べて落ちてきていたからだ。さらに、こちらは覇王の攻撃をさほど見切れないことにも気が付いた。

 

 覇王はそれを聞くと、冷静な顔で肯定の言葉だけを述べた。

何故なら、覇王の特典であるサーヴァント佐々木小次郎の技術(スキル)には、そう言う効果の能力があるからだ。

 

 それをデュークは淡々と答えた。

”宗和の心得”……、幾度と無く繰り出される攻撃を見切らせない為の技術である。その効果によって、デュークは未だ覇王の剣筋を読めないでいた。

 

 

「ここまで手の内を明かせば、見抜かれるのも当然か」

 

「お前のその”(O.S)”を使った三つの斬撃が同時に放たれる奥義、それを見れば知る者は大抵察することができるだろう」

 

「まあ、そうだろうね」

 

 

 覇王はデュークが自分の特典を見抜いたことに、当然か、と言う顔を見せた。

これほどまでに手の内を明かせば、当然バレることも予想していたからである。何より奥義、燕返しを見せたのだから、知らない訳ではないのならわからないはずがないのだ。

 

 デュークもそれについて静かに説明した。

刀を使った同時に到達する三つの斬撃、燕返しを使ってきた。ならば、燕返しだけを習得しているはずがない。そう考えれば、”アサシンのサーヴァント佐々木小次郎”の能力をそのまま特典として貰っていると考えるのが妥当ではないかと。

 

 

「そして、”心眼(偽)”とやらも厄介だ。おかげで追撃させている”ミーティアルウィング”ですら、大きくダメージを与えられてはいない」

 

「そうかい? 僕とてそいつを避けるのは常にギリギリなんだけどね」

 

「言う割りに余裕そうだがな……!」

 

 

 さらに、覇王には心眼(偽)と言う技術(スキル)がある。それは第六感での危険察知、虫の知らせでの回避である。

その効果のせいか、デュークの奥義であるミーティアルウィングを用いても、危機回避にて思ったよりもダメージが与えられていないのだ。

 

 デュークはそれを忌々しいという感じで語りながらも、表情は楽しそうにしていた。

 

 が、覇王とてその技術(スキル)を用いても、回避するのがやっとであった。

はっきり言って超高速で飛び回る五つの羽を全て回避するなど、非常に困難な作業である。加えてミーティアルシャインの追撃と本体からの格闘があるのだ。ある程度回避を捨てている部分もあるのである。

 

 そう苦笑しながら話す覇王を見て、デュークはやはり余裕があると感じていた。

まだまだがけっぷちではない。むしろ危機的状況と言う様子でもない。底が知れない。デュークはそう考えながら、次の一手を模索していた。

 

 

「であれば、さらなる工夫が必要だ」

 

「こちらもだ」

 

 

 未だ余裕の態度を崩さぬ覇王を、どうやって倒すか。

デュークはそれを思考しながら、次の行動を開始しつつ覇王へとそれを告げた。

 

 覇王も当然目の前のデュークが、一筋縄ではいかないことを理解している。

故に、デュークと同様に目の前の敵を倒す作戦を考えながら、再び衝突するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方状助はと言うと、何とか体を持ち上げ傷付いた足をかばいながら立ち上がり、スタンドの拳を振るっていた。

だが、カゲタロウの無数の影の槍を受け、再び防戦を強いられていた。

 

 

「ドラララァッ!!!」

 

「どうした? 先ほどよりも動きが鈍いようだが?」

 

 

 しかも先ほどのダメージが大きいせいか、動きが鈍っている状態だ。

状助は苦痛を耐えながらも、必死にスタンドのラッシュで影の槍を粉砕していた。

 

 カゲタロウはまたしても余裕の様子で、状助へと言葉を投げかけた。

スタンドが見えないカゲタロウではあるが、先ほどよりも攻撃が大雑把になっていることに気が付いたのだ。

 

 

「チクショウ! 流石にこのダメージはでかすぎるぜ……」

 

 

 足や腕の傷を引きずっている状助は、先ほどのような動きは不可能だった。

激痛は当然発生するし、血も出ている。非常に危険な状態だ。当然状助もそれを理解しているので、苦悶の表情を見せていた。

 

 

「ふん!」

 

「うぐっ! ぐっ!!!」

 

 

 だが、それこそがカゲタロウにとってチャンスである。

カゲタロウは別の角度から新たな影の槍を飛ばし、状助へと攻撃した。

 

 状助は雨あられに降り注ぐ影の槍を、拳で殴り防御するので手一杯だった。

その攻撃を防御している余裕などない。故に、その攻撃を脇腹で受け止めることになってしまった。

 

 影の槍は脇腹を貫通、そこからブシュゥゥ! と言う音と共におびただしい血が噴出した。

これには状助も小さく苦痛の声を漏らし、表情をゆがめざるを得なかった。

 

 

「これでどうだ!」

 

「ドラァッ!! うっ!!」

 

 

 さらに追い討ちを加えるように、カゲタロウは飛ばしていた無数の陰の槍を束ね、鞭のように振るったのだ。

先ほどの”点”での攻撃だった影の槍が、巨大な”線”の攻撃へと変化した。

 

 状助はそれを砕こうとスタンドで殴るも、強靭でありながらしなやかに編まれた影は強固であり、ヒビを入れることはできても砕くに至らなかった。故に、状助はその攻撃をまともに受けてしまい、吹き飛ばされたのである。

 

 

「ガハァッ!!」

 

 

 腹部に渾身の攻撃を受け、口から血を吐き出しながら吹き飛ぶ状助。

その後地面を数度転がり、力なく倒れ伏せてしまっていた。

 

 

「もはやその状態ではまともに動けまい」

 

「んなことぁーねぇぜ……。まだ動けるぜぇ……!」

 

「すさまじい忍耐力だ。認めざるを得ない」

 

 

 カゲタロウはうずくまった状助にゆっくりと近づきながら、警戒を怠ることなくその言葉を述べた。

目に見えて状助は体を動かせるような状態ではない。立ち上がることすら困難な状態だろうと。

 

 だが、それでも状助は生まれたての子鹿がごとく足を震わせながらも、ゆっくりと立ち上がるではないか。

ここで自分が倒れたら覇王が追い込まれてしまうだろう。そうならぬためにも、ここでヤツを食い止めなければ。そう思う心が、彼を駆り立て再び立ち上がらせていた。

 

 それを見たカゲタロウは素直に賞賛の声を漏らした。

何と言う男だろうか。確かに実力としては上位の魔法使いたちなんかよりも低いだろう。それでもこの根性と忍耐力、そして意思の強さは紛れも無く、戦ってきた幾多の相手よりも強いものだと。

 

 

「ならば、これで終わらせるのみ!!」

 

「きっ、きやがるか!!」

 

 

 であればだ。敬意を表し、確実に止めを刺すのが礼儀。

そこに慢心も油断もない。ただただ、目の前の男を完全に倒すことにカゲタロウは集中し、終わらせることを宣言した。

 

 その直後、カゲタロウは先ほど以上の影の槍を伸ばし、包囲するように四方八方から状助を攻撃したではないか。

 

 迫り来る千の影槍に状助はヤバイと感じ若干驚きながらも、その攻撃を睨みつけていた。

 

 

「うおおおおおおおおッ!!!」

 

 

 千の影槍は状助を囲みながら状助へ吸い込まれるように突撃していった。

状助も四方八方からの攻撃には対応ができるはずがない。大きく叫びながらも、スタンドの拳を一心不乱に振り回し、突きの連打をするのがせいいっぱいだ。

 

 

「中々の強敵であった……。だが、私を倒すには一手足りなかったようだな」

 

 

 そして、状助は千の影槍に飲み込まれるように姿を消し、カゲタロウは勝利を確信するような言葉を、一言こぼしたのだった。

 

 

「……”一手……、足りなかったな……”……それは俺の台詞だぜ……」

 

 

 だが、状助は負けてはいなかった。やられてはいなかった。

千の影槍の壁の中から、その台詞が聞こえてきた。瀕死であるが不屈に満ちた声が、先ほどカゲタロウが述べた言葉をそっくり返すかのような台詞とともに、確かに聞こえてきたのだ。

 

 

「!?」

 

「ドラァッッ!!!」

 

 

 カゲタロウは目を見開いて驚愕した。状助を包む千の影槍の一部が消滅し、穴が開いたのだ。

さらに、突如顔に目がけて石が飛んでたのである。

 

 その石は当然障壁で防がれ、弾き返された。

しかし、その瞬間、見えざる拳がドグシャァッ! と言う轟音とともにカゲタロウの顔面に直撃したのだ。

 

 

「なっ!? ガッ……!!?」

 

 

 カゲタロウはその拳を受けた痛みよりも、今頭に浮かんだ三つの疑問の方が気になった。

どうして目の前の男は動けるのか。確かに千の影槍に飲まれ消えたはず。

 

 もう一つ、何故千の影槍の一部がが自分の意思とは関係なく、勝手に消滅したのだろうかと言うことだった。

またさらに、もう一つ重要な疑問が、カゲタロウの頭を支配した。

 

 

「何故……。障壁が……!?」

 

「やれやれ……。障壁が硬えならよぉ……」

 

 

 それは障壁を貫通したことだった。

それも破壊と言う形ではなく、完全な素通りでだ。

 

 強靭なパワーであれば障壁を破壊することもできるだろう。障壁を破壊する魔法も存在する。

だが、後者はありえない。目の前の男は魔法は使えない様子だった。それを隠していたのであれば、この状態になる前に使ってきてもいいはずだ。

 

 前者は確かにありえなくもない。それでも自分が纏っている障壁は、生半端な攻撃では砕けない自信がある。

それに砕けたのならば、砕けたとわかるものだ。それすらなく、まるで通り抜けるかのように拳が入ったことに、カゲタロウは驚き疑問を感じていたのだ。

 

 状助はその疑問に、苦しそうな様子で答えるべく口をあけた。

あーチクショウ、何で最初からこうしておかなかったんだろうか。

 

 ギリギリのギリギリ、ボロボロになってようやく”あっ、できるかも”なんてひらめくもんじゃあねぇ。そう後悔の念を感じながらも、状助は言葉を述べ始めた。

 

 

「”なおして戻せば”いいだけだぜ!! ドラララララッ!!!」

 

「何ぃぃ!? グウア!!?」

 

 

 障壁が貫通した理由、それは”なおす”能力の応用だ。

物体や傷を直す能力のクレイジー・ダイヤモンドだが、さらに物質を原材料に”戻す”応用が可能だ。魔法とは精霊と魔力を用いたもの。つまり、障壁や千の影槍を”精霊と魔力”に戻したことで、無効化してみせたのだ。

 

 それにより千の影槍の包囲網の一部を”戻し”小さな出口を作り、その隙間から石を投げ入れることができた。

そこからさらに、石を”なおす”ことで、状助が右手に握っていた石と引き合わせ、カゲタロウの顔面目がけて飛び込むことができたのである。

 

 とは言え、これもギリギリのギリギリだった。

魔法を”戻す”ことができなければ不可能であり、外に出れるかさえも賭けであった。まさに危機一髪と言ったところだったのである。

 

 状助は瀕死であるにも関わらずそれを高らかに叫ぶと、追い討ちのラッシュをカゲタロウへと浴びせたのだ。

 

 再びすさまじい見えざる拳の猛連打に、カゲタロウは苦痛の声を吐き出した。

しかも、今度は障壁の防御はなく、全てが全身に突き刺さるクリーンヒットなのだ。

 

 

「ドララララララララララッ!!! ドラララララララララアアアアアッッ!!!」

 

「ぐううおおおおおお!!!!」

 

 

 対物理障壁は雲を散らすかのように消え去り、意味を成さない。

そこへ状助が放つ拳のラッシュは、先ほどのものよりも力強いものだった。状助も必死でカゲタロウを倒そうと、渾身の力を全て振り絞っていたのだ。

 

 あれほどの傷だと言うのに、これほどの力がまだ残っているとは。

カゲタロウは連打を全身に浴びせられながらも、それを考えざるを得なかった。やはり目の前の男は強かった、そう思わざるを得なかった。

 

 

「ドララアアァァァァッ!!!」

 

「ヌウウオオォッッッ!?」

 

 

 無数のラッシュが炸裂した後、最後の最後、怒号のような声とともに最大の力を振り絞った拳が、カゲタロウの顔面へと突き刺さった。

 

 

「ぐっ……、見事……」

 

 

 カゲタロウは勢いよく吹き飛ばされ、数回はねたのちに倒れこんだ。

そして最後の最後に一言、勝者を称える言葉を残し、意識を失ったのだった。

 

 

「ハァ……ハァ……。覇王との約束……、完了だぜ……」

 

 

 しかし、状助ももはや限界だった。

影の槍が貫通した傷からは未だに血が流れ出ており、先ほどの影の槍の包囲網でもそれなりの手傷を負っていた。さらに今持てる力を全て出し尽くしてのラッシュだ。もはや息も絶え絶えで膝を腕で支え、立っているのもやっとであった。

 

 とは言え、なんとか覇王とかわした約束は守ることができた。

これで覇王は心置きなく一対一で戦うことができる。それだけは気休めとなった。

 

 

「だが……、俺も……もう……動け……な……」

 

 

 緊張の糸が切れ限界となった状助は、その場に膝をついて前のめりに倒れこんだ。

意識がゆっくり消えゆき瞼が閉じる直前に状助が見たものは、無数の刃と光球に追われる覇王であった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方覇王はと言うと、未だに羽と光球に阻まれ、デュークへ致命傷を与えられないでいた。

ただ、それはデュークの方も同じであり、覇王の黒雛を破壊しては修復すされを繰り返していた。

 

 

「我がミーティアルウィングは、ただ追尾するだけの刃ではない」

 

「何?」

 

 

 そこへデュークは自らの能力が、それだけではないことを突如として語りだした。

覇王は何の意図があってそんなことを言ったのかと、ふと疑問に感じ口からその疑問がこぼれた。

 

 

「真の使い方は、こうだ!」

 

「!!」

 

 

 するとデュークは右腕を覇王へと突き出すと、ミーティアルウィングが覇王を取り囲むようにして地面に刺さったではないか。さらに、その羽が光り輝くと、膨大な魔力が大爆発を起こしたのだ。

 

 覇王は驚きの表情と共に、その爆発の光の中へと飲み込まれた。

周囲を囲まれた上に突然の爆発。覇王とて瞬時に回避することができなかった。

 

 

「まさか爆発するとは……!」

 

「もらったぞ!!」

 

「っ!」

 

 

 だが、覇王は依然として健在だ。

本来ならば木っ端微塵になっていてもおかしくない爆発を、黒雛の防御を固めることで耐えて見せたのだ。

 

 しかし、そんなことなどデュークもわかっていたことだ。

爆発で困惑する覇王へとすぐさま突っ込み、右手に握り締めた羽で覇王へと斬りかかった。

 

 覇王はそこでしまったと思い、とっさに左へと回避高度をとるも、デュークはそれすらも察していたかのようにそちらへと羽を振るったのだ。

 

 

「ぐっ! だが……!」

 

「遅い!」

 

「やる!」

 

 

 覇王は黒雛の左アームでその斬撃を防御したが、鋭い攻撃にアームは切り裂かれてしまったのだ。

覇王はそのダメージに小さく悲鳴を漏らしながらも、今度は右アームで握っていた神殺しにてデュークへと斬りかかった。

 

 が、デュークはそれを少し体をずらすことで回避し、むしろ剣の振りが遅いと叫んだ。

それでも覇王はデュークの実力を実感しながらも、再び神殺しを横に振りかぶる。

 

 

「フッ!!」

 

「っ! また爆発か!!」

 

 

 その時、神殺しの軌道上に五つのミーティアルウィングが降り注ぎ、それを防いだのである。

なんと、このミーティアルウィングは爆発しても羽自体に破損はない。故に、爆発後に再度、即座に羽で攻撃することも可能なのだ。

 

 するとデュークはすさまじい速度で後ろに下がった。

何故なら、再び羽が光りだしたからだ。それはつまり、再び羽を爆発させるということだからだ。

 

 覇王はそれを見て爆発することを察し、回避行動へと移った。

しかし、爆発は光る以外ノーモーションで発動するため、羽へと神殺しを振るった状態の覇王に、回避する時間はなかった。

 

 

「……即座にO.S(オーバーソウル)を復元し、同時に反撃とは……。いや、当然であるか」

 

「まあね……。しかし、こちらもしてやられたって気分さ」

 

「ふっ……」

 

 

 覇王はその爆発でO.S(オーバーソウル)を全損することとなったが、本体にダメージはなかった。

しかも、破壊などものともせずにデュークへと即座に接近し、瞬間的に()()()()O.S(オーバーソウル)して攻撃した。

 

 爆発の煙の中から無傷の覇王が飛び出し、一瞬で懐に入られたデュークは驚きの表情を見せていた。

そして、数回にわたって覇王の黒雛の腕とデュークの羽が衝突すると、両者は再び睨む形で距離をとった。

 

 デュークは今の覇王の行動を絶賛していた。

O.S(オーバーソウル)の破壊をものともせず、即座に修復してこちらを攻撃してくるなど、中々できるものではないと。が、覇王ならばそのぐらい朝飯前という訳か、とも考えていた。甘かったのはそれを思いつけなかった自分だと。

 

 ただ、覇王もデュークの発言を当然と言いつつも、デュークの巧みな攻撃に苦汁を舐めさせられたと言葉にした。

あの羽の防御と爆発のタイミングは完璧であった。黒雛でなければ防ぎきれなかった、そう覇王も考えさせられていた。

 

 その覇王の言葉に、デュークは小さく笑って見せた。

この目の前にいる強敵に褒められることに、心から喜びを感じているのだ。

 

 

「しかし、こうしてつばぜり合ってるだけじゃ、勝負は付かないよ?」

 

「知れたこと」

 

 

 とは言え、こうやっているだけでは決着が付かないと、覇王は余裕の様子で語った。

デュークも今の現状では覇王を打破しきれない、戦いが終わらないことを感じていた。

 

 

「だからすでに、”工夫”している」

 

「何……? ……!?」

 

 

 故に、デュークはすでに”次の一手”を仕込んでいた。

覇王を倒すには正攻法では無理だと実感したデュークは、そのための手を打っていたのだ。

 

 覇王はデュークの意外な発言に、ふと何をしでかす気なのかと考えた。

されど目の前のデュークは威風堂々と構えており、動く気がない。一体何が始まるのか、覇王に緊張が走った。

 

 

「そう、すでに土中に(ウィング)を仕込んでいたのだ」

 

「しま……っ!?」

 

 

 覇王が注意深く周囲を警戒していると、突如地面が吹き上がり、それが覇王へとすさまじい速度で近づいてきたではないか。デュークはそこで何をしたのかを、覇王へと告げた。

 

 つまり、爆発させた羽の一つを地面へともぐらせ、隠していたのだ。

その羽を覇王に気が付かないように隠し、不意をつくことにしたのだ。その作戦は見事に覇王を出し抜き、羽は覇王の足元へと至ると、三度目の爆発を起こしたのだ。

 

 デュークはこれで覇王に手傷を負わせられたと思っていた。

流石の覇王も足元からの直撃には耐えられないと考えたからだ。目の前の覇王も完全に意表を付かれたという顔で、爆発に巻き込まれ吹っ飛んだからだ。

 

 

「……! なっ……に……っ!?」

 

「……なんてね。それは影分身さ」

 

「そうか! あの時からすでに!」

 

 

 だが、何と言うことだろうか。爆発に飲み込まれた覇王が、デュークの背後に現れたのだ。

その覇王は長刀に神殺しをO.S(オーバーソウル)し、デュークへと切りかかったのだ。

 

 流石のデュークもそれには驚愕した表情を見せ、小さな隙を見せてしまった。

覇王も当然その隙を見逃すはずも無く、瞬時にデュークの右足を神殺しで切り裂き吹き飛ばした。

 

 

 ……覇王は二度目の爆発の時、影分身と自分を入れ替えていた。

そして、影分身に黒雛を装備させてデュークへと攻撃させることで、あたかも本人が戦っているかのように思わせたのだ。さらに、デュークが次の一手を打ってくるのを考え、その瞬間まで身を潜めていたのである。

 

 また、本物の覇王がどこに隠れていたか。それも難しくはない。

何せデュークが”羽”を盛大に爆発させたのだ。隠れるのにはちょうどいい穴が目の前にできているのだから、身を隠すのに困ることなどなかったと言う訳だ。そこに覇王が身を隠し、隙を狙っていたのだ。

 

 

 デュークは覇王が入れ替わった場面を理解し、してやられたという顔を見せた。

また、右足を切り落とされたが故に、一瞬体勢のバランスを崩した。何も無く空を飛べるデュークとて、両足で大地を踏みしめている状態から足を落とされれば、バランスを崩すのは当然の結果だ。

 

 

「そして、O.S(オーバーソウル)からの、……”鬼火”」

 

「フ……。これでは……、避けられんな……」

 

 

 そこへ覇王は影分身に貸していたS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を呼び寄せ即座に黒雛をO.S(オーバーソウル)

バランスを崩すデュークから距離をとると、その瞬間黒雛の背中の蝋燭が肩へと下がり、そこから小さな太陽のような膨大な火が放たれた。覇王が持つ最大最高の大技、”鬼火”である。

 

 その覇王の一連動作はすばやかった。一つの隙すらなく、とんとん拍子で全ての動作が進んでいった。

 

 デュークはバランスを崩している最中、瞬間的に回避するのは困難だった。

もはや回避不可能と判断したデュークは、微笑を見せながら敗北を悟り、そのまま鬼火に飲み込まれたのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 ……決着がついたのは誰の目にも一目瞭然であった。

何故なら、炎に包まれたダメージで全身を焼かれたデュークが、大の字で地面に倒れていたからだ。もはや指一つ動かせない様子で、試合会場から空を見上げていたからだ。

 

 まあ、覇王とてこれは試合であって殺し合いではないことを承知していた。

なので、鬼火も全力とは言わず多少なりと手加減を加えたものだった。

 

 それでもこのデュークを再起不能にするには、充分に火力を出す必要があった。

手加減を加えたが、その手加減など微々たるものでしかなかった。と言うか、死んだら死んだで生き返せばいいか、程度には本気であった。

 

 

 司会も鬼火のすさまじさを間近で目の当たりにし、驚愕の表情を見せていた。

今の衝撃で会場を守るために張られている障壁が、一瞬砕けるのではないかと言うぐらいきしんだのだ。それほどまでに覇王の鬼火は強烈なものだった。

 

 とは言え、驚いてばかりでは仕事にならない。

司会はデューク・カゲタロウコンビが戦闘不能であることを確認すると、覇王・ノリスケコンビの勝利を高らかに宣言した。誰もがその宣言に感極まり、盛大な声援と拍手で会場が埋め尽くされたのだ。

 

 

「僕の勝ちだね」

 

「私の負けだな……」

 

 

 覇王は倒れて動けぬデュークへと近づき、司会の勝利宣言を聞いて自分の勝利だと、静かにデュークに勝ち誇った。

デュークは自分の敗北が決定したのを聞いて、素直に負けを認めていた。

 

 

「……ふふふ……」

 

「何がおかしいんだい?」

 

「おかしいに決まっている。お前ほどの男と戦えたのだからな」

 

 

 しかし、デュークは敗北したというのに、何故か笑いをこぼしたのだ。

一体何が面白いのだろうか、覇王はそれをデュークへと尋ねれば、その返答はすぐに返ってきた。

 

 それはただただ、覇王と言う強敵とめぐり合ったことだと言うではないか。

このデューク、勝ち負けなどまったく気にしていなかった。確かに負けたのは悔しいが、それでも覇王と戦えたことが最も喜ばしいことだった。

 

 

「負けてもか?」

 

「勝ち負けの問題ではない。充実感の問題だよ」

 

 

 覇王は負けたのに笑うデュークに、戦っただけでよかったのかと尋ねた。

デュークはそれを当然と述べながら、理由を話し始めた。

 

 デュークが求めていたのは輝かしい勝利ではなかった。

ただひたすらに、強者とのせめぎあいやしのぎあい、削りあいこそが彼の求めてるものだった。その刹那的な時間こそが、彼にとっての幸福であり全てであった。

 

 故に、敗北に泣くことは無く、勝利に未練もない。

勝利を渇望してはいるが、この戦いで得た充実感だけでデュークは満たされていた。

 

 

「お前との戦いの一時は、実にすばらしいものだった……」

 

「はぁ……、存外お前は変人だ」

 

 

 だからこそ、デュークは笑ってそう言えるのだ。

この短い時間であったが、覇王と言う強敵との戦いは人生最高のものだったと。数千年と言う長き時を生きたデュークだが、これほど充実した戦いはなかったと。

 

 そんなデュークの言葉に、覇王は肩をすくめて呆れていた。

いやはや、こんな戦闘ジャンキーがいるなんて、困ったもんだと言う顔だった。自分が負けても強い相手と正々堂々戦えればよいなど、自分では理解できないと。

 

 

「……ああそうさ、こいつはどうしようもない変人だ」

 

 

 だが、そこへ第三者の声が覇王の耳に届いた。

透き通った凛々しいデュークの声ではない、汚く荒い声だった。つまり、自分とデューク以外の誰かの声なのは間違いなかった。

 

 

「……頭部の顔がしゃべったのか」

 

 

 覇王はふとその声の方を見れば、鬼火で消滅した仮面の下、デュークの頭の部分にもう一つの顔があるではないか。

デュークとの会話に気を取られ気が付かなかったが、この顔が今自分に話しかけてきたらしいと覇王は察した。

 

 

「彼の名はガンザ……。生まれた時に我が頭部に宿った”転生者”だ」

 

「その通り。つまんねぇ特典選んじまったらこうなっちまった哀れな男さ」

 

 

 するとデュークはその頭の顔を紹介した。

彼もまた自分と同じ転生者であり、生まれながらに同じ肉体を共有するものであると。

 

 デュークの紹介に乗るように、ガンザと呼ばれた顔は小さく笑いながら、悟ったように話し出した。

選んだ特典が悪かったらしく、こんな姿になって転生してしまったと。

 

 

 ……冒険王ビィトに登場する天空王バロンの頭部には、同じくザンガと言う存在が共存していた。

魔人(ヴァンデル)とも呼べぬバロンの補助頭脳であるザンガだが、ちゃんとした意識を持つバロンとは違う個体であった。

 

 すなわち、バロンの特典を得たデュークもまた、同じような存在である彼を頭部に持つことになったのだ。

さらにその頭部の彼も、同じ転生者と言う奇妙なものだったのだ。

 

 

「どうだい相棒(バディー)。満足したか?」

 

「勝利の満足は得られなかったが……、充分したさ」

 

「そいつは結構なこった……」

 

 

 そのガンザは、はぁ……、とため息を吐いた後、デュークへと今の戦いの感想を尋ねた。

デュークはふっと笑いながら、勝利こそできなかったが、今回の戦いは得るものが多かったと述べた。

 

 覇王との戦いは、久々にすがすがしい気分になるほどのものであった。

自分が持つ全ての能力を出し切っての戦い。本当に久しく忘れていた戦闘の醍醐味を思い出せた。

 

 戦いの中での一秒一秒が、充実に満ち足りていた。二度と忘れることはないと誓うほど、デュークは覇王との戦いを堪能したのである。

 

 それを聞いたガンザは、また大きなため息を吐くと、小さく笑ってそう応えた。

相棒が満足であればそれでよいと。むしろ勝ってその言葉を聞きたかったと、そう思っていた。

 

 

「ならよ、もう二度と”鬼火”なんて食らうんじゃねぇぞ……。マジで肝が冷えたぜ……」

 

「……約束はできんな……」

 

「そう言うと思ったぜチクショウ……」

 

 

 するとガンザは、満足したならもう鬼火みたいな大技は受けてくれるなと、疲れた顔で言い出した。

ガンザとデュークは一心同体。あんな技を食らったらガンザもヤバイからである。

 

 しかし、それは無理だと即答するデューク。

デュークの望みは充実感のある戦いだ。まあ覇王ほどの強敵に出くわしたならば、それを受けないと言う約束は不可能だ。

 

 ザンガはその答えがすでにわかっていたようで、また小さくため息を吐き捨て、やっぱりと愚痴るのだった。

 

 

「さて、僕は状助を治療してやらんと……。お前はどうする?」

 

「私なら問題ない。かなり手ひどいダメージだが、自然に回復する」

 

「いや治してもらえよ相棒(バディー)……」

 

 

 覇王は状助の治療に向かわなければと考え、では目の前のデュークもついでに治療してやろうと声をかけた。

 

 が、デュークは覇王の申し出を静かに断った。

自分は人間ではなく魔人(ヴァンデル)であり、ダメージは大きいものの致命傷ではないので、問題ないとしたのだ。

 

 とは言え、ガンザはそれでも治して貰えとデュークへ進言した。

いくらなんでも鬼火を食らった状態から復帰するには、それなりに時間がかかる。脚だってぶった切られている。

 

 当然その間はずっとダメージの激痛を耐える必要があるのだから、今ここで治療してもらうのがよいとガンザは思ったのである。

 

 

「流石に敵であった相手の情けは受けたくはないものだ」

 

「つまんねぇプライドだぜ……」

 

 

 デュークは治療を受けない理由を言葉にした。

例え試合であっても戦った相手からの施しは受けたくはないと。

 

 ガンザはまたしてもため息を吐き、何と言うつまらん考えだと思った。

別に殺しあった訳でもないだろうに、そんなプライドなんて捨ててしまえと。

 

 

「……すまんな……」

 

「もう、ん千年と付き合ってんだ。慣れちまったよ……」

 

「そうか……」

 

 

 デュークはあきれ果てた様子のガンザへと、静かに謝った。

自分のちっぽけなプライドのために、迷惑をかけると。

 

 ただ、ガンザとてデュークと数千年もの年月を共にしてきた。

この程度のことなどすでにわかっていたことであり、もう諦めも入っていると苦笑して見せたのだ。

 

 デュークはそんなガンザへと、小さく笑って見せた。

デュークもまた、ガンザならそう言うだろうと理解していたからである。

 

 

「まあ、僕は行くよ。いい試合だったよ」

 

「ああ、いい試合だった」

 

 

 覇王は二人がとてもいいコンビであると思いながら、別れ際に今回の試合の感想を述べた。

 

 デュークも去っていく覇王へと、同じ言葉を投げかけるのであった。

 

 こうして、ナギ・スプリングフィールド杯は覇王・状助の勝利に終わった。

だが、この試合では三郎にかけられた借金の半分しか稼げない。残り半分は数多へとゆだねられたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 試合終了後、覇王と状助は待機室で今回の戦いのことで話し合っていた。

 

 

「いやあ、随分と酷い目にあったみたいだね」

 

「マジもう勘弁してほしいぜ……」

 

 

 覇王は状助がボコボコにやられたのをいじるように、笑いながらそう言った。

状助は覇王に治療されて傷はもうないが、もう二度とゴメンだと疲れた顔で言葉にしていた。

 

 

「死ぬかと思ったぜ、まったくよぉ……」

 

「まあ、これで君も少しは戦いに慣れたんじゃないかな?」

 

「慣れたくねぇぜ……」

 

 

 必死になんとかしたが、かなりヤバかった。また死にそうになった。

状助はそういいながら、はぁー……、と大きくため息を吐き出した。

 

 覇王はそう言う状助へと依然笑みを浮かべたまま、戦闘に慣れてよかったのではないか、と冗談交じりで言い出した。

 

 いやはや、こんな痛い目に遭うのなら、慣れたくはないと状助は語った。

まあ、それでも何かあれば戦ってしまうのが状助なのだが。

 

 

「……助かったよ、状助。ありがとう」

 

「おいおいおい……、いきなり気持ち悪ぃじゃねあねぇか」

 

 

 だが、そこで覇王は表情を一転させ、真面目な顔を見せた。

そして、状助へと先ほどの戦いのことで、礼をしっかり述べたのである。

 

 状助はそんな覇王の反応に多少驚いた。

まさか突然真面目な顔で、礼を言ってくるなんて思っても見なかったからだ。見慣れぬ表情と聞きなれぬ言葉に、戸惑ったのである。故に、気持ち悪いなんて単語が口からでたのであった。

 

 

「僕が礼を言うのがそんなに気持ち悪いかなあ……」

 

「いや、そう言う訳じゃあねぇけどよぉ……」

 

「じゃあ、どんな訳だい?」

 

 

 まさか礼を言っただけで気持ち悪いなんて言われるとは……。

覇王はその程度のことで気持ち悪いかなあ、と苦笑した。

 

 状助はそう言うことじゃないと、慌てて言葉にした。

何と言うか言葉のあやと言うか、とりあえずそう言う意味ではないと。

 

 覇王は慌てる状助へと、ではどんな理由があるのか苦笑したまま尋ねた。

自分だって礼ぐらい言うし人として間違ってないんだから、そりゃないよね、と言う感じだった。

 

 

「いやあ……、普段、自信満々のオメェから、そう言われるとは思ってなかったもんからよぉ……」

 

「別に僕は自信満々って訳ではないんだけどね」

 

「マジかよ……」

 

「大マジさ。今回だって君が頑張ってくれたからこその勝利だと思っているしね」

 

 

 普段から飄々としている覇王が、真面目に礼をしてくることに驚いたと、状助は語った。

 

 が、覇王は自分に自信があると言う訳ではない。

多少ならばあるかもしれないが、全て自分が何とかできるとまでは思ってはいないのだ。

 

 状助は覇王がそう言ったのを聞いて、嘘だろ? と思った。口に出た。

普段の態度を見ていても、そうとしか思えなかったからである。

 

 しかし、覇王はそれをはっきり言った。嘘ではないと。

自分だって所詮特典がなければただの人でしかない。今回だって状助が頑張ってくれたから助かったと思っているし、だからこそ礼を言ったのだから。

 

 

「まあよぉ……、とりあえず何とか約束は守れてよかったぜってこった」

 

「そうだね、おかげでこっちも思う存分やれたよ」

 

「こっちは思う存分やられたけどなぁー!」

 

 

 それを聞いた状助は、ふっと小さく笑いながら、約束は果たせたことを喜ぶようにそれを言った。

 

 覇王もそれに対して、よくやってくれた、すごく助かったと言った。

状助の頑張りで、デュークと一対一で戦えたのだから。故に、何も考えずにただひたすらデュークを倒すことに専念できたのだから。

 

 まあ、そのおかげで状助も、かなり手酷く痛めつけられたのだ。

状助はそれを冗談交じりに叫ぶのだった。

 

 

「かなりのやられっぷりだったね」

 

「笑い事じゃあねぇぜ!」

 

「そう言う君だって笑ってるじゃないか」

 

「そりゃ当事者だから笑ってんだっつーのよぉー!」

 

 

 他人から見てもかなりズタボロになってたね、と覇王は普段のような笑みで言い出した。

自分が治療しに行った時は、もはやボロボロで動けない様子だったと。うん、瀕死だったな、と。

 

 笑いながらそう言う覇王へと、状助はそう叫んだ。

笑うところじゃない。かなり辛かったと。

 

 しかし、覇王はそう叫ぶ状助も、笑っていることを指摘した。

なんだ、辛いだ痛いだ言いながらも、そうやって笑っていられるじゃないかと。

 

 状助はそれについて、痛めつけられた本人は笑っていいんだよ! と言った。

ただ、こうして笑い事にしていられるのだから、何事も無くてよかったということだとも、状助は思っていた。

 

 

「状助!」

 

「うお!? 急になんだよ!」

 

 

 そこへアスナが急いで入ってきて、とたんに状助の名を叫び呼んだ。

試合でボコボコになった状助を、心配して駆けつけたのである。

 

 状助はそれを聞いてビクッっと体を震わせ、突然どうしたと言わんばかりの顔を見せていた。

 

 

「バカじゃないの! また無茶して!」

 

「いきなり馬鹿はねぇんじゃあねぇかあ……?」

 

 

 さらにアスナは驚いて固まっている状助へと詰め寄り、声を張り上げ何をやっているんだと叱咤しだした。

 

 状助は突然そんなことを言われ、いやいや、と戸惑いながらも反論した。

無茶をしたのは事実だが、馬鹿だ何だと言われることはしてないはず……、と。

 

 

「バカよ! 大バカよ!」

 

「いや、よく言われるけどよぉ……。そこまで言わなくてもいいだろ!?」

 

 

 しかし、アスナはさらに状助へと馬鹿を連呼した。

スタンドしか使えなかった状助が、最近気を覚えた程度で格上の相手をするからこうなるんだと。

 

 ただ、状助は言いすぎだと少し怒鳴った。

そりゃ結構馬鹿だと言われているが、流石にちょっとムカッと来たようだ。

 

 

「……まったくもう……、どうしてあんなになるまで無茶を……」

 

「ああ……、そりゃなんつーか……、男同士の約束だからよ……」

 

 

 だが、アスナはそこで怒った表情から打って変わって悲しそうな顔を見せるではないか。

状助が怒ったからではない。ボロ雑巾になった状助がすごく心配だったからだ。ゲートで状助が死にかけて以来、そのことが脳裏に過ぎってしょうがないのだ。

 

 少しイラッとしていた状助だが、アスナのそんな表情を見たら、すぐさま冷めてしまったようだ。

そして、無茶をした理由を聞かれたので、それを素直に、真面目な表情で答えたのである。

 

 そう、無茶した理由は試合前、覇王とかわした約束だった。

カゲタロウを抑えておいてくれ、そう言われたからこそ、やり遂げたに過ぎないのだと。

 

 

「はぁ……。それでも死んだら意味ないでしょ……」

 

「試合だから死にはしねぇと思うけどよ……。たぶん……」

 

 

 アスナは誇らしげにそう語る状助を見て、小さくため息をついた。

また、その約束のために死んでしまっては元も子もないと、呆れた感じで言葉にした。

 

 状助はまあ確かに、と少し思いながらも、試合だから死ぬことはないとも思った。

が、割と派手にボコボコにされたのを考えて、たぶん、と付け加え自信なさげに言っていた。

 

 

「まあ、無事だったからいいけど……」

 

「なんか心配させちまったみてぇで、悪いな……」

 

「本当に心配したんだから」

 

「いやホント、すまねぇ……」

 

 

 とりあえずアスナはようやく冷静になったようだ。

少しふて腐れた顔を見せながらも、目の前の状助が元気なのを見て安心した様子を見せた。

 

 状助もアスナへと、先ほどの試合で心配させてしまったことについて、小さく謝った。

確かにボロボロだったし、ちょっと死ぬかと思ったのも事実だったからである。

 

 すると、アスナはようやく小さな笑みを見せ、状助へとそう言葉にした。

まったくもって目の前の状助は、普段は臆病で情けない癖に、こう言う土壇場でやらかすんだから。

そんなことを考えながら、苦笑していた。

 

 いやはや、ここまで心配してくれるってのは嬉しいものだ。だからこそ、本当に申し訳なかった。

状助はそう思いながら、もう一度頭を下げた。

 

 

「でも、勝ててよかったわね、おめでとう」

 

「ほとんど覇王のおかげだがなぁー……」

 

 

 アスナは状助の謝罪を受け止め、もう気にしていないと言う様子を見せた。

そして、今度は状助の大会優勝を祝う言葉を、笑顔で述べたのである。

 

 状助はそれに対して、まったく自信がない様子で、覇王がやったと言うだけだった。

この状助、たいていのことを覇王がやってくれたと思っている。一番の強敵だったデュークも覇王が倒してくれたし、おかげで勝利できたと思っているのだ。

 

 

「何言ってるんだよ。さっきも言ったけど、君が黒いのを抑えてくれたおかげでもあるさ」

 

「ほっ……本当かよぉー……」

 

「嘘は言ってないつもりだけどね」

 

 

 しかし、覇王はそこで状助へと、先ほどと同じことを言い出した。

今回の勝利は状助の献上も含めていると。状助がカゲタロウを倒したからこそ、勝利できたのだと。

 

 だが、やはり状助は、そう言う自覚がまったくない。

覇王のその言葉をおせじか何かだと思い、嘘ではないかと聞くのだった。

 

 そんな状助へと少し呆れながらも、覇王は本当だとはっきり言った。

と言うか、そんなつまらないことに嘘をつく訳がないと、やれやれという様子で思っていた。

 

 その後、木乃香と刹那もやってきて、覇王たちを祝福する言葉を投げかけた。

気が付けばとても騒がしい感じになり、覇王はそれを見て苦笑するのであった。

 

 ……彼らはこれで50万ドラクマをゲットすることに成功した。

とりあえず、彼ら二人の目標は半分達成されたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:デューク

種族:魔人(ヴァンデル)

性別:男性?

原作知識:なし

前世:空手家

能力:ミーティアルシャイン・ミーティアルウィング

特典:冒険王ビィトの七ツ星魔人(ヴァンデル)・天空王バロンの能力

   話し相手程度の相棒

 

転生者名:ガンザ

種族:魔人(ヴァンデル)にも満たない補助頭脳

性別:男性?

原作知識:あり

前世:システムエンジニア

能力:デュークのサブ頭脳・デュークが瀕死か意識不明の時にデュークの体を支配できる

特典:手足を使わずに生活

   外敵から身を守る能力



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百五十話 熱戦・決戦・超激戦 その①

1年以上空けてしまい申し訳ありませんでした


 覇王と状助は拳闘大会ナギ・スプリングフィールド杯を見事優勝した。彼らは凱旋とともに、勝利を祈って待つ友人の下へと、姿を現したのだ。

 

 

「二人とも、優勝おめでとう」

 

「おう!」

 

「ありがとう」

 

 

 その友人こそ三郎だ。

三郎は二人の姿を見て、即座に勝利の祝い喜んだ。

 

 状助も覇王もそれに反応し、感謝の言葉で答えた。

 

 

「これで三郎の借金の半分は手に入れたって訳だぜ」

 

「だけど、まだ半分だ」

 

 

 いやはや、三郎の借金は膨大であったが、半分は入手できた。

状助は多少安堵した顔でそう言うと、覇王が硬くした表情で、むしろこれからが本番だと言うような言葉を吐いた。

 

 

「ありがとう二人とも……」

 

「気にする必要はねぇぜ! ダチなんだからよぉー!」

 

「そういうことさ」

 

「……ありがとう……」

 

 

 それはそうと、その半分をゲットしてきた二人へと、三郎は再び嬉し泣きしそうな表情で感謝した。

 

 だが、二人はそんな三郎を温かい目で見ながら、気にするなと言うだけだった。

中等部に入ってからの付き合いではあるが、同じ”転生者”の友人だ。そんな彼を助けるのは当然だと、二人は思っていたのである。

 

 ありがとう、もうそれしか言葉がない。

もはや三郎はその言葉しか出せなかった。感謝しかできなかった。

 

 

「しかし、残り半分。熱海先輩が何とか手に入れてくれればいいんだがよ……」

 

「そればかりは僕にもわからないな……」

 

 

 ただ、残りの借金の残りの半分が、手に入るのかわからない状況だった。

ナギ・スプリングフィールド杯と双璧をなす大会、ジャック・ラカン杯の決勝へと数多は昇った。しかし、その決勝で待ち受けていたのは、数多の父親である龍一郎だ。

 

 状助も覇王も龍一郎のことはあまり知らないのだが、数多が焦る程であることは理解できていた。

つまり、難敵、強敵、大敵であると。

 

 二人は残り半分がどうなるか、まったくわからなかった。

なので、数多に希望を託し、待つしかなかったのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 数多はアスナたちの助けで、ある程度修行を行う事ができた。

それが今回の戦いにおいて発揮されるかは別だが、自分が修行によって強くなったことは実感できていた。

 

 そして、数多は焔と共に、ジャック・ラカン杯決勝の舞台へと、足を踏み出そうとしていたのである。

 

 

「ついに、着いちまったな……」

 

「ああ……」

 

 

 試合場へ続く薄暗いトンネルの中、その先は試合場だがまばゆい光で外は見えない。

 

 その場所にやってきた数多は、重苦しい表情を見せていた。

まだまだ修行が足りない、これで大丈夫なのだろうか。いや、それはありえない。そんな不安を抱えたまま、決勝へとやってきたと言う様子だった。

 

 妹の焔もまた、不安を見せていた。

相手は自分も良く知る義父。強さの桁も理解しているつもりだったからだ。

 

 

「自信の方は……?」

 

「ある訳ねぇーぜ……。あの親父相手じゃな……」

 

「そうであろうな……」

 

 

 そこで焔は数多へとそれを尋ねると、数多もそんなものはないと額に汗を見せながら言うではないか。

最初から答えなどわかっていた。聞くのも意味がないほどの愚問だったと、焔は小さく言葉にした。

 

 

「修行したっつっても、なあ……」

 

「それでも、絶対に負けられない……、だろう?」

 

「まーな!」

 

 

 数多もギリギリまで修行していたとは言え、その程度で親父に勝てたら苦労はしないと言う様子だった。

だが、焔はそこで不安を吹き飛ばすかのように、小さく笑いながら数多へとそれを言った。すると、数多もふっと笑い、当然と豪語するではないか。

 

 

「やってやるぜ! とことんな!」

 

「うむ、あの小さい方は私に任せておいてくれ」

 

「頼りにしてるぜ!」

 

 

 とりあえずは勝つとか負けるとかは置いておこう。

勝つために最善を尽くし、できることをすべてやろう。数多ははっきりと、強気の姿勢で宣言した。

 

 ならばと焔も、龍一郎と組んでいるあの少女の相手は自分がすると言ってきた。

それなら一対一で思いっきり戦えるだろうと。

 

 数多はそれに対して、にかっと笑ってそう言った。

ならば問題はない。自分は目の前のでかい壁である父親、龍一郎だけを相手にすればいいと、気合を入れなおしたのである。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 細い通路の先にある、逆光に照らされ輝く場所。

数多と焔はその光の先へと足を踏み入れた。そう、そここそが決戦場。ジャック・ラカン杯最終試合、優勝決定戦だ。

 

 

「ほぉー、来たか」

 

「あったぼーよ!」

 

 

 そこで腕を組んでようやく来たかと言う顔で、龍一郎が仁王立ちして待っていた。

そして、数多が逃げずに来れたことを感心しつつも、挑発するかのように声を掛ける。

 

 数多も逃げる訳がないと言う前のめりな態度で、龍一郎へと叫んだ。

この決勝こそ龍一郎が用意した試練。ここで逃げたら男が廃るというものだ。

 

 また、龍一郎とチームを組んでいるアーニャも、その横にちょこんと立っていた。

 

 

「さてさて、どこまで強くなったのやら、試験(ため)してみっかぁ」

 

「テストどころかここでぶっ飛ばしてやっから、覚悟しろよ!」

 

「でけぇ口は叩けるようになったみてぇだな。まあそこは合格だな」

 

 

 龍一郎も当然、数多の試練になるだろうと考えて、この決勝に立っていた。

そのことをここではっきりと数多へ伝えれば、数多は血気盛んで生意気な返事を返してきたではないか。

 

 龍一郎はそれを聞いて素直に喜んだ。そうそう、そういうのでいいんだ、そういうので。

ここで挑発の一つや二つできない軟弱者なら、そこで試合終了にしてやろうとさえ思っていたからだ。

 

 

「それでは!! ジャック・ラカン杯決勝戦!! 開始!!!」

 

 

 そして、ついに司会が決勝戦のゴングを大声で叫んだ。

さあ、決勝戦の始まりだ。

 

 

「んじゃ、はじめっか」

 

「おう! いつでもいいぜぇ!」

 

 

 だが、試合が開始されたというのに、数多も龍一郎もすぐには動かなかった。

龍一郎が遊戯でも始めんとばかりの声を数多にかければ、数多もそんな感じで返事を返していた。

 

 が、どちらも当然真剣そのものだ。ただ、龍一郎には余裕を感じられる態度であったが、数多には余裕がなさそうな様子で冷や汗を頬に流していた。

 

 会話を終えた二人は、ゆっくりと、ゆっくりと、まるで美味を味わうかのように、戦闘態勢に入っていったのだ。

 

 

「ふうんっ!!!」

 

「どおりゃっ!」

 

 

 その動きは一瞬だった。ゆっくりと戦闘態勢に移行していた二人であったが、それが終わったと同時に気が付けば試合場のど真ん中で衝突していたのだ。

一瞬にして両者とも唸るような叫びと共に、拳同士をぶつけ合っていたのだ。

 

 

「おおおおおおおおおおおオォォォォォッ!!」

 

「おらよぉ!」

 

 

 さらに、数多は拳を超高速で連打し、龍一郎へと攻撃した。

だが、龍一郎はそれをまるで赤子の手をひねるかのように、軽々と両手で受け流したのである。

 

 そして、両者は瞬動を用いて高速で移動しつつ、幾度と無く衝突を繰り返していた。

それだけではなく、両者の衝突と同時にすさまじい衝撃が発生し、ビリビリと空気が音を立て周囲の地面を抉り、観客席を覆うバリアも振動するほどであった。

 

 

「ちょ……、なによこれ……」

 

 

 数多と龍一郎の戦いを見たアーニャは、恐ろしいものを見るかのような目で驚いていた。

なんだこの高次元の戦いは。一体自分は何を見ているのか、そんなことを考えながら立ち尽くしていた。

 

 

「貴様の相手は私だ」

 

「っ!」

 

 

 しかし、アーニャも今は決勝戦の真っ只中。それを狙って焔がアーニャへと攻撃を仕掛けてきたのだ。

アーニャは不意打ち同然の焔のパンチに気が付くと、とっさの行動で回避して見せた。

 

 

「むっ……、かわした……? 中々やるみたいだな……」

 

「あったりまえでしょ!」

 

 

 焔は今の攻撃がかわされたのをみて、少しだけ驚いた。

あの棒立ちの状態だったと言うのに、寸前で回避されるとは思っていなかったようだ。

 

 何とか今の攻撃を回避したアーニャは、焔から少し距離を置き彼女をにらみつけた。

また、今しがたの焔の発言にムッと来たアーニャは、大声で文句を叫んだのである。

 

 

「ただの小娘だと侮っていたが……」

 

「アンタだって小娘じゃない!」

 

 

 正直言えば焔はアーニャを下に見ていた。

最初に会ったのは海水浴へ行った時であったが、どこをどう見てもただの小娘(ガキ)だと思っていたからだ。アーニャが義父である龍一郎から鍛錬を受けたと考えていたが、それでもどこか馬鹿にしていた。

 

 だが、今のアーニャの行動で、それは誤りであることを理解した。

目の前にいる小娘は、確かに龍一郎が鍛えられただけあって、中々の実力者になったようだと。故に、焔はアーニャへと、少し認めた感じの視線を送りつつ、そう言葉にして見せた。

 

 それを聞いたアーニャは、小娘(ガキ)と言われてさらに腹が立った様子だった。

いや、実際には子供なのだが、背伸びしたお年頃と言うやつだろう。それでアーニャも目の前の焔へと、そっちだって自分とおんなじ(ちんちくりん)だと叫んでいたのだった。

 

 

「……そう言うところが小娘と言うことだ」

 

「むぐ……!」

 

 

 が、焔はアーニャの発言を、そのままブーメランにして投げ返した。

そうやって簡単にムキになるところがまさに小娘(ガキ)であると。

 

 それを聞いたアーニャは、口を自分の手でふさぎながらショックを受けていた。

そこで何か言い返そうと思ったが、焔の発言が正論だったため、文句の一つも出なかったのである。まさにぐうの音も出ない、とはこのことだった。

 

 

「あちらは派手にやってるようだし、こちらも同じようにやろうではないか」

 

「いいわね、やってやろうじゃない」

 

 

 まあ、そんなことはどうでもいいのだ。今は決勝戦の真っ只中。義兄と義父はすでに壮大な戦いを繰り広げている。

それをちらりと見て、再びアーニャへ視線を戻した焔は、こちらもさっさと本気でやろうと言い出した。

 

 アーニャも当然このままくすぶっている訳ではないと、そう考え答えた。

あっちの戦闘は過激で苛烈、あれほどではないにせよ、こちらも派手に戦いたいと思ったのである。

 

 

「甘く見たことを後悔させてあげるんだから!」

 

「そちらも泣き顔晒して恥をかかないようにな!」

 

 

 ああ、それならば、目の前の先輩に目に物言わせてやろう。

自分のことを下に見て舐めていると、痛めに遭うぞ。自分もこっちに来て龍一郎に多少なりに鍛えられたんだ。負ける気はまったくないと、そう思いアーニャは強気の姿勢を見せていた。

 

 焔もまた、アーニャの挑発的な言葉に、挑発的な言葉を返した。

強く出るのはいいが、それで後悔するのはそっちにならないようにと言う、自分が勝つという宣言であった。

 

 また、数多と龍一郎の方へと場を移せば、そちらも先ほどまでに激しく動いていた両者が一度止まり、再び構えなおしていた。

 

 

「だいぶやるようになってきたじゃねぇか」

 

「あったりめぇだろうが! こちとら親父を超えるためにずっと修行してきたんだからなぁ!!」

 

「嬉しいねぇ!!」

 

 

 そして、龍一郎は数多へと、強くなってきていると素直に褒めた。

なるほど、確かに前に会った時よりは、強くなっているようだ。だが、それでもまだまだだと思っている。この試合で数多のさらなる本気を見たいと思っていた。

 

 数多も強くなっているのは当然と、自信ありげに叫んだ。

この時のために、ずっと修行してきた。何度も龍一郎との戦いをシミュレーションした。勝つために必死にやってきた。今、それを龍一郎に見せる時だと、数多も闘志と体を燃やしていたのである。

 

 そう、それでいい。それでいいぞ。

そうでなくては面白くない。龍一郎は数多がさらに力を引き出してきたのを見て、ニヤリと笑って喜んだ。

 

 もっと強くなった姿を見せてみろ、本気で自分を潰しに来い。

そんな思いが混じった言葉で、自分の気持ちを龍一郎は吐き出したのだった。

 

 

 その龍一郎の発言が終わった瞬間、再び両者は衝突した。

先ほどとは比べ物にならないほどの衝撃と共に、両者の拳がぶつかり合っていたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そんな試合の最中、観客席は大きな賑わいを見せ、盛大な歓声が響き渡っていた。

数多と龍一郎のすさまじい攻防に、観客は大興奮していたのだ。

 

 と、その場所とは全く異なり試合会場を見渡せる高い場所に、きらびやかに飾りつけなどがなされた綺麗な部屋が一つ。

その中で、冷静かつ静かに試合を見る少年の姿があった。

 

 

「この試合、数多さんは勝てるんでしょうか…」

 

「ぶっちゃけた話、かなり厳しいぜ」

 

「えっ!?」

 

 

 ネギである。その隣にはラカンと小太郎もおり、三人で数多の試合を見に来ていた。

 

 ラカンは拳闘大会の陰の出資者でもある。

陰の出資者であるラカンは、当然特別席(VIPルーム)での観戦を許される存在だ。そこでラカンはネギと小太郎を連れ、この特等席にて今大会の決勝戦を観戦していたのである。

 

 

 しかし、()()()()ネギの生徒が奴隷になった訳ではないので、ネギが必死になったり数多を応援する必要性はない。とは言え、自分の生徒を助けてくれた男子の、未来を賭けた試合なのだ。ネギとしてはそれで十分応援するに値するのである。

 

 まあ、小太郎は龍一郎と数多の戦いが見たいだけでもあるのだが。

 

 

 そんな状況下で、ネギはこの戦いで数多が龍一郎に勝てるかどうかを、ラカンへと尋ねていた。

 

 するとラカンは、真剣な顔でこりゃ無理だときっぱり言った。

わずかに勝てる確立ぐらいあると思っていたネギは、そんな嘘だと言う様子で驚いた。

 

 

「あいつの親父、熱海龍一郎は昔、引退するまでの数年間この大会を優勝し続けた男だ」

 

 

 ラカンはその理由をゆっくりと、真面目な形で語りだした。

何せあの龍一郎と言う男は拳闘大会を引退するまでの間、このジャック・ラカン杯の頂点を譲らなかった。

 

 無敵、無敗、無双。拳闘大会でその強さを見せたのは、自分とアイツぐらいだとラカンも思っていた。

故に、燃える拳、赤い鉢巻、熱血親父、炎属性付与(エンチャントファイア)、などなどと言った呼び名も生み出されたらしい。

 

 

「それにあのメトゥーナト……あっちじゃ来史渡だったな。アレと互角の実力を持ってるってんだからな」

 

「……それほどまでですか……」

 

 

 それだけではない。龍一郎はあのクソ真面目で頑固な騎士、メトゥーナトとも渡り合うほどの実力者だ。

戦闘スタイルは違えど、あのメトゥーナトと互角の時点で完全に詰みである。ラカンはそう語ると、ネギもこの話は数多から直接聞かされていたため、これは厳しいと感じたのか、それ以上何も言えないと言う様子だった。

 

 

「俺もあいつと戦って勝てるかは五分五分ってぐれーだ。普通に考えりゃ勝てねぇ」

 

「そりゃ無茶やんけ……」

 

 

 さらにラカンは自分と龍一郎が戦えば、互角ぐらいであるとも語った。

戦闘スタイルは自分に似て素手の方が強い龍一郎。それと殴り合いをして、自分が勝つヴィジョンが浮かびにくいと考えていた。そんな龍一郎に勝つなんて、奇跡が起こらない限り無理だと、はっきりとさっぱりした表情でラカンは言ったのだ。

 

 話を聞いていた小太郎も、無茶すぎると思った。

ラカンと直接何度も修行した小太郎は、ラカンの実力を理解している。それと同等の相手など、自分もかなりきつい。勝てるか勝てないかと言われれば、ちょっと勝てない、そう言いたくなるぐらいだからだ。

 

 

「でもまっ、それでも戦ってんのはあいつの息子(ガキ)だ。何が起こるかわからねぇぜ?」

 

「ええ……」

 

 

 だが、今龍一郎が戦っているのはあの数多だ。数多は龍一郎の息子だ。

その息子なんだから、何か起こしてくれるかもしれないだろう。むしろ、それが見たいという様子で、ラカンは笑ってそう言った。

 

 ネギも、それを期待する以外にはないと、小さく返事をしたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 さらに、ネギたちとは違い観客席の一番後ろで立ち尽くし、試合を眺める二つの影があった。

 

 

「ふむ、流石に龍一郎相手には厳しいか」

 

「確かにワシの目から見ても、これは厳しいと言わざるを得ない」

 

 

 一つは美しく長い金髪をなびかせた華奢な少女。だと言うのに服装は白衣の下に黒いスーツという何ともギャップのある姿だった。

それこそエヴァンジェリンである。

 

 そして、その横には大柄な亜人の姿。額には巨大な一本の角が生え、その左右には巨大なトゲトゲした耳があった。

格好も学者然としたローブを身に纏い、落ち着いた感じを受ける。それはアルカディアの皇帝の部下の一人、真の姿のギガントだった。

 

 二人は当然龍一郎が数多と試合をするというのを聞き、この決勝戦を見に来ていた。

エヴァンジェリンは、あの皇帝直属の三人の部下で唯一の人間、龍一郎がどのような戦いをするのかが気になった。ギガントは同僚とその息子の試合を見ない訳にはいくまいと考え、どちらもこの試合を見学をすることにしたようだ。

 

 そこでエヴァンジェリンは数多の勝率を考えそれを言葉にすると、ギガントも同意見であると無情にも言葉にした。

 

 

「しかしだ、龍一郎の方が圧倒的に有利ではあるが、彼はまだ本気ではない」

 

「なるほど。つまり、そこを突けばまだ勝算は無くないと言う訳だな」

 

「むしろ、それ以外に方法はなかろう」

 

 

 それでもギガントは、著しく低い勝率ではあるがないとは言っていないと、再び口を開いた。

龍一郎はまだ本気ではない。遊んでいる状況だ。この油断しきった状態であれば、その隙を突いて勝つことはできるだろう。

 

 エヴァンジェリンもギガントの言葉で、そのことを理解した。

油断大敵、窮鼠猫を噛む、というやつか。エヴァンジェリンも今なら数多が勝てる可能性はあると考えた。

 

 しかし、ギガントは今でなければ勝てないともはっきり言った。

容赦のない意見であるが、事実でもあるだろう。

 

 

「ただ、そこで勝利できなければ、まずいことになるのは明らかだ」

 

「ああ。アレを本気にさせたら、それこそ勝ち目なんぞ存在しないだろう」

 

 

 故に、今油断している状態の龍一郎を倒せなければ、勝利は不可能だとギガントは冷静に試合を眺めながら言った。

この一世一代のチャンスを逃せば、敗北は必須。本気にさせてはならないと、エヴァンジェリンも静かに述べていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 試合に場を移すと、龍一郎と数多が何度も拳や足を衝突させ続けていた。

拳の連打、中段蹴り、突進。どちらも同じような動作で繰り出され、そして同じように打ち消されていく。

 

 

「ふん……!」

 

「オラァッ!!」

 

 

 龍一郎が右手を繰り出せば、数多も右腕を繰り出した。

それがぶつかり合うことで、とてつもない衝撃を生み出す。その衝撃は地面を抉りクレーターを作り出すほどであった。

 

 

「ちぃ! このぉ!」

 

「はっ! 寝ぼけてんなよ!」

 

「そっちもなぁっ!」

 

 

 数多はそこで中段の蹴りを放つ。が、当然そんな攻撃など龍一郎は体をそらして回避する。

そこで龍一郎は挑発し、さらに数多へとやる気を出させる。数多もその挑発に乗ったような発言をしながら、再び右拳を突き出した。

 

 

「そらっ!」

 

「ぐっ! ウオオォォッ!!」

 

「ぬ……!」

 

 

 しかし、数多の右拳は龍一郎の顔を横切り、むしろ龍一郎がその瞬間に放ったパンチが、数多の腹部に突き刺さったのだ。

それでも数多はその痛みに耐え、さらに左手の拳を龍一郎目がけて突き出す。その攻撃は龍一郎の左頬に軽くヒットし、龍一郎は小さく声を漏らした。数多は隙を見て後ろに下がり、龍一郎との距離を取った。

 

 

「ほう、随分やるようになったじゃねぇか……」

 

「当然だぜッ!!」

 

 

 龍一郎は自分の顔に数多のパンチが入ったことを、素直に褒めた。

なるほど、確かにちょいとは修行で強くなったみたいだと。

 

 数多もそれを当然と豪語した。

この日のために必死に修行してきたのだ。このぐらいできて当然だと思ったのだ。

 

 

 そんな数多と龍一郎から多少離れた場所にて、二人の少女も戦っていた。

男二人の戦いよりも過激で苛烈ではないものの、熾烈な戦いとなっていた。

 

 

「はあっ!!」

 

「このおぉ!!」

 

 

 少女たちも接近戦をしており、焔が右ストレートをアーニャへ放ち、アーニャもそれを蹴りで防いでいた。

 

 

「む……、接近戦も仕込まれたな……?」

 

「ええ! そうよ! まだまだだけどね!」

 

 

 焔はアーニャが放った蹴りの鋭さを見て、もしや義父に教え込まれたのではと思い、それを尋ねた。

するとアーニャもYESと答えた。しっかりと龍一郎から接近戦を教えてもらったと。これで満足なんてしていないと。

 

 

「でも、それだけじゃないわよ!」

 

「ならば見えてもらおう!」

 

「目を見開いてじっくりと見るがいいわ!」

 

 

 また、接近戦での格闘ばかりが能ではないと、アーニャは叫ぶように豪語した。

ならばと焔もさらに挑発を繰り返す。そこまで言うのならば、何か出てくるんだろうと。その挑発に当然のように乗りつつも、ニヤリと笑うアーニャは、そこで詠唱を始めたのだ。

 

 

「フォルティス・ラ・ティウス……」

 

「むっ! 詠唱が早い!」

 

 

 アーニャのすばやい詠唱に、焔は驚きを感じた。

これほどまで早く詠唱を唱えられる魔法使いは、そうそういないからである。アーニャは強くなるために体術だけではなく、詠唱速度もしっかり鍛えていたのだ。

 

 

「”燃える天空”!」

 

「くっ!」

 

 

 そこでアーニャが詠唱を終えると、すさまじい爆発と衝撃が焔の目の前で発生したのである。

焔はハッとした時に瞬時に後ろへと下がることで、何とかダメージを小さく抑えることに成功した。が、度肝を抜かれたのは間違いなかった。さらに、爆発で完全に視界を塞がれた状態となっていた。

 

 

「そこぉ!」

 

「魔法は目くらましかっ!」

 

 

 爆発で発生した黒煙から、突如としてアーニャが飛び出してきた。

ただ飛び出してきた訳ではない。炎を纏った脚で飛び蹴りをかましてきたのである。

 

 焔は横から飛び出してきたアーニャを見て、今の魔法がけん制であったことを悟った。

燃える天空は強力な魔法だ。それをけん制として使うとは思っていなかったため、完全に不意をつかれた状況になってしまったのだ。

 

 

「あのタイミングでガードされるなんて……!」

 

「今のは中々危なかったぞ」

 

 

 しかし、何と言うことだろうか。その不意打ちを左腕で受け止め、後ろへ下がる焔の姿があった。

アーニャは今のタイミングでガードされるとは思いもよらなかったようで、驚きを隠せないでいた。だが、焔も若干表情に焦りが出ており、額に汗を流しながら、アーニャへ賞賛の言葉を述べたのだった。

 

 

「ならば、私も全てを出し尽くすしかないようだな」

 

「何ですって!!」

 

 

 なるほど。確かに強い。義父が短期間とは言え鍛えただけはある。正直言えば目の前のガキを侮っていた。舐めていた。

焔はそう考え、自分も本気を出すことに決めた。そして、そう宣言しながら懐から一枚のカードを取り出したのである。

 

 焔の突然の宣言に、アーニャは驚きと怒りを感じていた。

今まで本気でなかったと言うことに驚き、今まで本気を出す必要がなかったと思われていたことに怒りを感じたのだ。

 

 

来たれ(アデアット)

 

「アーティファクト!?」

 

 

 焔が取り出したカードとは、すなわち仮契約カードである。

そう、幼き頃に龍一郎とかわした仮契約を可視化した存在だ。そのカードを手に持ちながら、そっとその呪文を唱える。

 

 アーニャも仮契約カードを見て、アーティファクトが展開されたことを理解した。

しかし、目に見えて武器や防具、道具と言った類の姿が見受けられなかったことに、多少の困惑を見せていた。が、その困惑も次の光景を見た瞬間に吹き飛ぶことになる。

 

 

「そして……”炎精霊化(チェンジ・ファイア・スピリット)”!」

 

「っ! それって……!」

 

「察したな」

 

 

 それは、焔の炎精霊化(チェンジ・ファイア・スピリット)であった。

全身を炎の精霊とし、炎と化するこの能力。まるで闇の魔法で雷化したネギのごとく、自らの体を炎に変換することができるのだ。

 

 また、精霊化の際には、頭に二つの角が生え、体が炎となったがために衣服なども全て焼却されてしまう。

のだが、何故か衣服も体と同じように、炎と化していたのである。

 

 

 …………それは昔、数多が焔の炎精霊化(チェンジ・ファイア・スピリット)を見た時に、「本気になったら裸になるのはまずいだろ」とつっこんだところから始まる。

そりゃ女の子が裸になって戦うというのは、ちょっとアレな感じだ。まるで変態プレイだ。まあ男でも変態ではあるのだが。

 

 数多は衣服も一緒に炎精霊化できないものかと焔へ持ちかけた。それで焔もできるかもしれないと思い、何度も練習をしたのである。

そして、何百と言う衣服を犠牲に、ようやく衣服ごと炎精霊化できるようになったのだ。なお、燃焼した衣服は仮契約カードのオマケ効果を使ったため、損害はまったくない。

 

 と言うのも、雷化したネギは衣服も当然のように雷化していた。

闇の魔法とは言え衣服も雷化するのであれば、精霊化で衣服も炎化してもおかしくはないだろう。ただ、その事実は数多も()()()()()焔も知らないことだが。

 

 

 炎精霊化を見たアーニャは、ぞっとした表情を見せた。

ここで初めて弱気な表情を見せたアーニャは、どうしようもない状況だと言う事を理解したのだ。

 

 焔も自分の体が炎化したことによるアドバンテージを理解していた。

なので、それを悟ったアーニャに感心しつつ、ニヤリと笑っていたのである。

 

 

「貴様がよく使うのは炎系の魔法のようだ。つまり、相性最悪と言う訳だ」

 

「そっ、その程度なんてことないわ!」

 

 

 何故アーニャが青ざめ、焔が笑ったのか。そんなもの見ればわかることだ。

炎精霊化し、炎と化した焔には、アーニャが得意としている炎系の魔法が通じなくなるからだ。

 

 焔はそれを得意げに語れば、焦りながらも強がりを言うアーニャがいた。

 

 

「それにこの状態ならば、物理攻撃にも大きな耐性を持つことができる」

 

「まさか……!」

 

「そう、貴様程度の体術では、そう簡単にダメージにならない、と言うことになる」

 

 

 しかし、相性が悪いのはそれだけではないと、焔はさらに語る。

炎化しているというのであれば、物理的攻撃すらもダメージが通じづらくなっているということだ。ラカンクラスのバグでなければ、掴むことすら不可能なのだ。

 

 アーニャは焔の言葉を聞いて、想像していたことがあたったと言う表情を見せた。

想像があたったのならば喜ばしきことなのだが、むしろ更なる焦りと不安に彩られた表情であった。得意な炎魔法も、鍛えてきた体術すらも無効化されてしまったアーニャの頭は、もはやどうやって手を打つかを考えるので精一杯だった。

 

 

「……だとしても、私だってこの程度で止まっていられないのよ!!」

 

「それでもなお挑んでくるのか。無謀なのか、それとも……」

 

 

 それでも、それでもアーニャは止まることはしない。諦めることはしない。

元々負けず嫌いな性格故に、その程度の困難すらも乗り越えてやるとさえ言い切って見せた。手はまだあるはずだと、折れることなく挑むのだ。

 

 とは言え、アーニャが圧倒的に不利に立たされているのは事実。

この優位はゆるぎないものであると確信している焔は、目の前で吼えるアーニャの言葉が戯言か否か判断を見極めていた。何故か。それは最初に出した切り札を、未だ見せていなかったからだ。

 

 

「それに、こちらも忘れては困るぞっ!!」

 

「はっ!! キャアッ!?」

 

 

 アーニャは炎精霊化(チェンジ・ファイア・スピリット)のインパクトで忘れてしまっていたが、焔にはアーティファクトもあるのだ。

装備として目に見えた形となって現れなかったが故に、アーニャの頭から抜け落ちてしまっていたものだ。

 

 焔はその言葉を吐き終わる前に、不意打ち同然にそれを起動した。

するとどうだろうか。本来の能力である炎発生とは別に、強力な熱線(ブラスター)が焔の左目から発生したではないか。

 

 アーニャはその熱線(ブラスター)が発生したのを見た瞬間、横に飛んでなんとかかわした。

危なかった。今しがたしゃべっていたが、この場がおしゃべりするための女子会ではなく、戦場であることを忘れていたら直撃していた。アーニャは今の攻撃を避けれた自分に対して、内心褒めた。自画自賛した。

 

 

「寸前でかわしたか」

 

「アーティファクト……」

 

 

 焔は今の不意打ちが回避されたところを見て、がっかりすることなく感心する様子を見せていた。

今の不意打ちで決まっていれば楽ではあったが、それでは面白くない。そう思いながらアーニャを見ていた。

 

 アーニャは回避に成功し体を何度か地面に転がし、その勢いで再び態勢を立て直しつつ、焔の方に顔を向ける。

そして、最初にカードから出現したであろう、アーティファクトの存在をしっかり再認識したのであった。

 

 

「そうだ。このアーティファクトにて、私の炎の力を増幅し、指向性を持たせることが可能なのだ」

 

「まるで目からビームね……」

 

 

 焔はアーニャが態勢を立て直したのを見ると、自分のアーティファクトの効果を説明するかのように話し出した。

その能力とは、焔が操る炎を増幅し、まるで熱線(ブラスター)のようにして発射するというものであった。また、実は形がないと言う訳ではなく、薄いコンタクトレンズ状の姿故に、形が見えないと言うものだった。

 

 アーニャは今の不意打ちで、その特性を理解した。つまるところ、目からビームが出ると言う認識だった。

焔が語ったのはアーニャが今の攻撃で、アーティファクトの力を理解したからだと考えたからだ。

 

 

「さあ、どうする?」

 

「どうするですって?」

 

 

 と、説明を終えた焔は、アーニャへと質問をしだした。

それはここで負けを認めるか、戦うかのどちらかを選べ、と言う内容だった。

 

 アーニャも焔の一言でしかない質問の意味を理解し、あえて挑発するように聞き返した。

 

 

「愚問ね! それでも私は負けないんだから!」

 

「いい返事だ! だが、勝利するのは私だ!」

 

 

 そんな質問など無意味だ。

答えなくてもわかってるはずだ。戦うだけだ。勝つだけだ。アーニャはそう思いながら、はっきりと自分の勝利はゆるぎないものであると宣言した。

 

 そう、それが聞きたかった。焔はふっと笑いそう思った。何せ焔の今の質問は、単なる茶番にすぎなかった。

今のくだらない質問は、アーニャの今の強気の発言を聞き、目の前の少女が未だ折れていないことを再認識するためだけであった。

 

 であれば、全力で戦うのみ。

不利を目の前にして未だ折れぬアーニャと、それに対して真摯に真っ向から立ちふさがる焔の戦いは、再び始まったのだった。

 

 

 

 少女たちが再び戦いだしたところで、その少し離れた場所で、未だに激しい衝突をする男二人の姿があった。

 

 

「オラオラオラァッ!!」

 

「ふんっ! そらよぉ!」

 

「ちぃぃッ!!」

 

 

 数多はすさまじい拳のラッシュを龍一郎へと放つ。何度も放つ。幾度と無く放つ。

その拳が見えないぐらい、すさまじいラッシュだ。スピードだけではない。あたれば大抵の相手なら一撃でダウンできるほどの威力もある。

 

 しかしだ、しかし。そんな攻撃など龍一郎の前では蝿が飛んでいるに等しい。

涼しい顔でそのラッシュを、体を動かすだけでかわしているではないか。

 

 さらに龍一郎は回避に飽きると次の瞬間、ちょいと腕を振り回した。

それだけの動作で、数多はラッシュを中断せざるを得ない衝撃を受け、態勢を崩したのだ。なんというすさまじい強さ。圧倒的強者。だからこそ数多は、龍一郎を相手にするのを臆していた訳だ。

 

 

「チクショウ……。全然攻撃がつうじねぇ……」

 

「あたぼーよ。テメェのひよっこの拳が通じる訳ねぇだろ?」

 

 

 態勢を崩された数多は、とっさに距離をとってすぐさま態勢を整え龍一郎を睨みつけた。

睨まれた龍一郎は追撃する様子もなく、ニヤリと笑いながら、ただ数多の次の攻撃を警戒しているだけだった。

 

 ……まるで手ごたえがないこの状況に、数多は焦っていた。

自分の攻撃が龍一郎にまったく届いていないことに。まるで赤子をひねるかのように、簡単にあしらわれている様に。修行したというのに、背中どころか影にさえ追いついていない状況に。

 

 数多の言葉に龍一郎は、鼻で笑って反応した。

そりゃ年季が全く違うんだから当然だ。くぐった修羅場の数も桁違いだ。そんな相手に簡単に抜かれるほど、老いてはいないと龍一郎は言い放ったのだ。

 

 

「しょうがねぇ……。やるしかねぇか!」

 

「何かやる気か? まっ、せいぜいあがいて見せな!」

 

「言われなくてもよぉッ!!!」

 

 

 とは言え、挑んだからには諦めるなんてことはありえない。

今までの攻撃でダメならば、さらに強い攻撃を使うまでだ。

 

 数多はそう考え、覚悟を決めた。

最大最高の技を使い、一撃で龍一郎を倒すと決めた。いや、一撃で倒さなければ勝ち目はないと判断したのだ。

 

 そんな数多を見た龍一郎は、特に気にした様子もなく笑っていた。

数多が何かやるらしい。自分に勝つためにあがくらしい。では、何をやるのか楽しみにするか。と、その程度にしか考えていなかった。

 

 故に、その油断を利用する手はない。油断を利用しなければ、勝機はない。

数多は今の龍一郎の態度を見て、勝てると思った。今こそが土壇場だということを理解した。だからこそ、やってやろうとさらに心を燃焼させる。強い闘志を燃え上がらせる。

 

 

「オラァァッ!!」

 

「さっきとかわんねぇぞ? どうした?」

 

「どうもこうもねぇよ!」

 

 

 数多は炎を纏った拳を、再び龍一郎へとぶつけようと突撃する。

龍一郎は数多のパンチを余裕の態度で体をそらしてかわしながら、つまらないという様子を見せていた。なんということだろうか。先ほどと代わり映えしない攻撃。これじゃ自分に攻撃など通らないことはわかりきっているだとうと。

 

 が、数多も当然そんなことは理解していた。

これじゃダメなことなど百も承知。だからこそ、さらなる攻撃を加える。

 

 

「オラオラァ!!」

 

「ふむ、早くなったな」

 

 

 数多は拳を振るスピードをあげ、龍一郎へと何度も殴りこむ。

1回のパンチが出せる速度で10のパンチを。10のパンチが出せる速度で100のパンチを繰り出す。しかも、同じ場所で拳を振る訳ではない。超スピードでかく乱しながら、龍一郎の死角を突いて攻撃しだしたのだ。

 

 龍一郎は数多の動きがよくなったのを見て、やっとあったまったのかと感心した。

そうそう、そうじゃなくちゃ面白くない。そう内心喜びつつも、まだまだ甘いと判断していた。

 

 

「炎の光で目をくらまし、超高速移動で姿を消しつつ攻撃、か……」

 

「オラオラオラオラッ!!!」

 

 

 さらに、炎を纏った拳が龍一郎の視力を減衰させる。俗に言う目くらましだ。

それプラス高速移動で死角を狙う攻撃。なるほど、ちょいとは考えたなと、龍一郎は思った。

 

 そんな思考する龍一郎など目もくれず、ただひたすら攻撃を繰り返す数多。

この戦法でさえ、龍一郎は場を移動することなく体をそらすだけで攻撃をかわし、両腕でパンチをいなしていた。

 

 これほどやってもまだ届かない。数多はやはり小手先の攻撃じゃ勝てないということを完全に理解した。

やはり最大の大技でなければ倒せないと。

 

 

「姑息だな。この程度のジャブじゃ俺を倒すぐれぇの決定打にはならねぇぞ」

 

「んなこったぁ! わかってんだよっ!!!」

 

 

 龍一郎は数多の考えを知ってか知らずか、こんなつまらない攻撃じゃ傷にならないと言い出した。

はっきり言ってしまえば、軽すぎる。こんな軽いパンチ、例え何度ももらったとしても痛くもかゆくもないと言った風だった。

 

 数多もわかりきったことを言われてもうるさいだけだと、攻撃の合間に大声で叫んだ。

 

 

「わかってんなら次出して来いよ。退屈だぜ?」

 

「そうやって余裕こいてられんのも今のうちだぜ!!」

 

 

 そう叫ぶなら、さっさと行動してこいよ。クソつまらないぞ。

まだまだこんなもんじゃないだろ? かかってこいよ。龍一郎は数多をさらに挑発する。さらなる力を見たいがために。

 

 数多は挑発を聞いて、龍一郎が油断しきっていることを察した。

だからこそ、次が最大のチャンスであり、最後のチャンスだと考えた。これを外せばおしまいだ。であれば、確実に当てるのみ。

 

 

「影分身か。そんなもんもあったな」

 

「とりゃぁあ!!」

 

 

 そこで数多は更なる姑息な手を使った。

影分身だ。最大の気で練られた影分身は、本人と区別がつかない程となる。その影分身で()()になった数多は、両サイドから同時に攻めた。

 

 龍一郎はなんだそりゃ、と言う感じのため息をつきたそうな表情を見せた。

そうじゃねえだろ、そんなことを言いたげな顔だった。

 

 そうがっかりしている龍一郎へと、二人の数多の同時攻撃が雄たけびと共に炸裂する。

 

 

「まあ、意味なんてねぇが……、……な!」

 

「うぐぇ!」

 

「ごぱぁ!!」

 

 

 が、その寸前で龍一郎は後ろ回し蹴りを瞬時にきめて見せたではないか。

影分身で増えようが、関係ない。どうせ一撃で終わるからだ。

 

 すると、()()の数多が体を分断され、煙とともに消えたのだ。

そう、龍一郎が本体だと思っていた数多すら消えたのだ。

 

 

「っ! 本体がいねぇ……?」

 

 

 龍一郎はハッとして、すぐさま周囲を警戒した。

なんと、片方は本体だと思っていたのに、どちらも影分身だった。そのことに龍一郎は少し焦った。

 

 数多は影分身を行った際、本体を影分身と入れ替わり姿をくらましたのだ。

先ほどの炎での目くらましは、このために行っていたのである。

 

 策が通ったことで、数多はここで賭けに出た。最大のチャンスが訪れたからだ。

龍一郎に勝つならば、ここで最大最高、最終奥義を叩き込むことだ。

 

 

「俺は……ここだぁ!!」

 

「背後や横からじゃなく正面からだと?」

 

 

 そして、数多はなんということか、龍一郎の懐正面に姿を現したではないか。

龍一郎は後ろや横、あるいは真上から来るとばかり思っていたのか、完全に不意をつかれた形となった。しまった、ちょっと調子こいてた。そんな焦りを龍一郎は感じていたのだった。

 

 

「”超熱血衝撃”……」

 

「ちぃッ!? やりやがったなッ!!?」

 

 

 数多は腰を深く下ろし、拳を後ろに下げて構えを取った。

そして、静かにその最大奥義の名を、呼吸で息を吐き出すかのように言葉にした。

 

 と、数多の全身からとてつもないほどの火柱が上がり、周囲が炎に包まれたではないか。

この奥義こそ龍一郎が数多へと授けた、最大の炎の熱量と、鉄をも砕く超衝撃の両方を同時に拳によって叩き込む、超熱血衝撃崩壊拳だ。

 

 その数多が構えている時間はわずか数秒にも満たないものだった。

しかし、龍一郎にはそれが数分とも錯覚するかのような、時間の長さを感じていた。そして、この数多の攻撃を即座に回避も防御もできないことを龍一郎は悟り、できることは「あーちくしょう!」と叫ぶことだけだった。

 

 

「”崩壊拳”ンンンンッッ!!!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 数多がその最大奥義の名を言い終えると、すでに凝縮した炎と気を込めた拳が、龍一郎の腹部に深く突き刺さっていた。

それだけではない。周囲の炎も数多の拳に渦巻くようにして流れ、その熱量も同時に龍一郎へとぶつかっていたのだ。

 

 龍一郎はそこでたまらず小さな悲鳴を漏らした。

流石に数多が放ったのは最大にて最高の奥義。龍一郎とて涼しい顔はしていられなかったようだ。

 

 

「油断したな! 正面からはこねぇと油断したなッッ!?」

 

 

 どんどん腹部に突き刺さる拳。踏み込んだ足は地面を砕き、小さなクレーターを作っていた。

龍一郎は両足で踏ん張り、その衝撃を耐えていた。この程度で吹き飛ぶものかと、地面に脚を沈めながら耐えていた。

 

 そこへ数多は龍一郎へと、してやったと叫んだ。甘かったなと大声で叫んだ。

また、数多はさらに全身に力を込め、耐えている龍一郎を吹き飛ばそうと前へと体を押し進める。

 

 

「ウオオオオオリャアアアアアアァァァァァアァァァアアァァァッッ!!!!」

 

「ぬうううっ……ぅぅぉぉおおおおぉぉぉおおおおおおッッ!?」

 

 

 数多は大声で力強く叫んだ。気合を何度も入れるかのように叫んだ。

龍一郎をこの一撃で倒すと決意した意志を、拳に上乗せするかのように叫んだ。

 

 龍一郎の腹部へとねじ込まれていく拳と炎は、さらに強さを増していく。

メキメキ、メリメリ、すさまじい音が鳴り響き、数多を中心に会場に地面に大きくヒビが入っていく。砕けた大地が岩石となって注を舞い、その岩石は数多の拳が放つ衝撃により小さく粉砕されていく。

 

 炎は燃え上がり、周囲の温度を上げていく。

燃え上がった炎は灼熱の火柱となり、数多と龍一郎を飲み込んでいく。

 

 さらに火柱は数多の拳へと吸収され、渦巻く炎の篭手となりて呆れるほどの熱量をこもらせ、龍一郎に押し込まれていく。

 

 

 龍一郎は数多の奥義を耐えるのに必死だった。

両足で踏ん張り、気での防御でその熱と衝撃に耐えていた。それは意地であった。倒れるものかと言う強い意地だった。

 

 だが、流石の龍一郎も最大奥義の衝撃をを耐えることはできなかった。

龍一郎は数多の拳が放った衝撃により、足腰を踏ん張ったまま地面を砕き、勢いよく後ろの方へと吹き飛んだのだ。

 

 まるで炎の槍のようなすさまじい気と熱量のエネルギーが、巨大な渦を巻くようにして龍一郎の腹部に突き刺さっていた。

とてつもないパワー。気と炎の巨大な渦は、龍一郎をはるか後ろへと吹き飛ばした。その衝撃やいなや、会場が大きく揺れ、その地面が盛大に割れるほどのものだった。

 

 そして、会場は炎の熱量から発生した煙と、地面が砕けた時に発生した土埃で視界が閉ざされた。

煙は龍一郎を覆い隠し、誰の目からも龍一郎の姿を見ることができなくなっていた。

 

 ただ、数多は今の攻撃での感触をつかめていた。確実に入ったのをしっかりと確認できていた。

 

 

「兄さん……やったのか!?」

 

「リューイチローさん!!?」

 

 

 少女二人も今の衝撃に驚き戸惑い、戦いを一時中断していた。

焔は数多が龍一郎に一撃入れたのを見て、終わらせたのかと叫んでいた。。アーニャは龍一郎が数多の最大奥義を受け、無事なのかどうかを叫んでいた。

 

 

「ハァ……ハァ……。渾身の一撃だ……。流石の親父でも流石に……」

 

 

 最大奥義を放ち終わり、少し息を荒くする数多。

体全身の力を抜きながら、未だ煙の先で見えぬ龍一郎へと視線を外さずに眺めていた。

 

 確かに今の奥義は直撃した。龍一郎とてあの衝撃のダメージは大きかったはずだ。

姿は見えないが、ただでは済んでいないと数多には確信があった。

 

 

「っ……なっ……!!?」

 

 

 しかし、何と言うことか、ああしかしだ。

突如として視界をふさいでいた煙が晴れ、そこに龍一郎の姿が現れた。その姿に誰もが驚愕した。嘘だろ、馬鹿な。そんな声がどよめいた。

 

 

「何……だと……」

 

 

 何より、何より一番驚いたのは、数多だ。

どうして、何故、そんなありえるのか。数多は龍一郎の姿を見て、そう考え頭をめぐらせるのが精一杯だった。

 

 

「無……傷……?」

 

「……だと……?」

 

 

 無傷。まったくもって無傷。

ところどころ羽織った上着が焼け焦げているが、それだけ。ただそれだけ。

 

 龍一郎は踏ん張った態勢のまま、傷もなくそこにたたずんでいた。

静かに、まるで大理石の彫刻のように静かに立ち尽くしていた。数多の奥義が、ただのキャンプファイヤーだったと言わんばかりに。

 

 

 焔もそれを見て絶句した。

今の義兄の奥義は完全に入っていた。あれで無傷とはどういうことだ。何か裏技を使ったのではないか。そう思わずにはいられなかった。

 

 数多も今の最大奥義が直撃したというのに、倒れるどころか傷一つない龍一郎に度肝を抜かざるを得なかった。

当然だろう。自身が誇る最強の大技をぶつけたというのに、ダメージになってないのだ。まだギリギリ戦意を落とさず、放心状態になっていないだけマシな方だ。

 

 ただ、流石に驚愕すべき事実を目の当たりにした衝撃は大きく、数多は指一つ動かすことができないでいた。

 

 

「…………」

 

 

 その龍一郎は、ただただ俯き静かに立っているだけ。

二本の脚でしっかり立ち、多少前かがみの態勢で立っているだけ。まさに隙だらけ。であるはずなのだが、未だに数多は驚き戸惑いが体を縛りつけ、動きことすらできないでいた。

 

 

「……あー……。なんてこった……。俺のお気に入りの一張羅がコゲちまったじゃあ……ねぇ――」

 

 

 龍一郎ははぁー……っと息を口から吐いた後、自分の体を眺め始めた。

それは怪我やダメージの確認ではない。いたるところにできた服の焦げた場所を確認するためだ。

 

 そして、両手で埃を服から叩き落すかのように、パンパンという軽い音を出しながら体のあちこちを叩きだした。

なんということだろうか。今しがた奥義を食らったものとは思えぬ、すさまじく余裕のある態度だった。言動も余裕そのもので、気にしているのは服が焦げてしまっているという部分だけだったのである。

 

 だが、龍一郎が埃を叩き終わり、ゆっくりと姿勢を戻した後で、とてつもない現象が発生したのだ。

 

 

「――――か……ッ!!!」

 

 

 誰もがその光景に驚き、戸惑い、声すらでなかった。

なんだこの状況は、まるで夢を見ているのか、これは現実なのか。その誰もがこの惨状を見て思った。意味がわからないと理解を拒んだ。

 

 それは、地獄だった。灼熱の地獄だった。燃え盛る炎は大地を焼き尽くし、赤き溶岩と変えていた。

龍一郎の周囲に突如発生した、大規模な炎の爆発が治まったかと思えば、すでにこの光景が広がっているではないか。燃え滾るマグマは湯立つかのようにしぶきを上げ、冷えて固まる様子もない。

 

 なんということか。龍一郎を中心とし、半径30メートル四方は全て焼け落ち、溶けきっていた。

誰がこんな現象を起こしたのか。それは当然龍一郎だ。溶岩の中心に立ち尽くし、ぼんやりと炎を纏った龍一郎だ。

 

 龍一郎が真の熱血(パシャニット・フレイム)の能力を、開放しただけなのだ。

ほんの少し気合を入れて踏ん張った結果がこの状況と言う訳なのだ。

 

 

「っ!!」

 

 

 数多はその光景に絶句した。

なんという力量差。なんという実力差。一瞬にしてこんなことなど、自分にはできない。それ以上に、この試合の流れがまずいものになったというのも察した。

 

 この光景を見せたということは、つまり、龍一郎が本気になったということだからだ。

もはや手加減も余裕も慢心もなく、数多が立ち上がる力すら出せぬほどに、完膚なきまでに叩き潰すだろうと言うことだからだ。

 

 

「これは……!」

 

「どっ……どうなってんのよ……」

 

 

 焔もアーニャも、龍一郎の周囲を見て困惑の色を見せていた。

先ほどはなんとも無かった会場の地面が、マグマになってしまっているではないか。一瞬にしてこのようなことが起こったことに、二人も戸惑うしかなかったのである。

 

 と、少女が戸惑っている間に、龍一郎がゆっくりと動き出した。

俯いていた顔は数多を捉え、睨みつけていたのだ。

 

 

「どうしてくれん……」

 

「ハッ!!?」

 

 

 そして、龍一郎が口を開き、愚痴らしき言葉を吐き出し始めた。

が、その愚痴が言い終わる前に、すでに、なんと言うことかすでに、数多の手前まで移動してきていたのだ。

 

 

「ガハァアァァ!?!?」

 

 

 数多は一瞬にして距離をつめられたことに気が付かず、驚く表情をみせるだけで動けなかった。

そこへ龍一郎の拳が、数多の腹部に突き刺さった。ゴキゴキ、ミシミシ、体のどこかが壊れる気味の悪い音が、数多から響いてきた。

 

 殴られた数多は、激痛と共に悲鳴を上げた。

馬鹿な。何で気が付かなかった。距離をつめられたことがわからなかった。そう思考を繰り返した。だが、もう遅い。遅すぎた。こうなってしまっては、もう手遅れだ。

 

 

「……だ?」

 

 

 龍一郎は数多を殴り終えた後、愚痴の最後の一言を言い終えた。

否、言い終える前に、すでに殴り終わっていたと言った方が正しかった。その声は灼熱の炎を纏った姿とは逆で、完全に冷え切った、冷淡なものだった。

 

 

「え?」

 

「なっ、何!?」

 

 

 一体何が起こった。今の光景を見ていた誰もがそう思っただろう。

焔とアーニャもそう思った。あの距離一瞬にしてつめた龍一郎の姿に驚いた。何度、何が起こったのかと驚くのだろうか。驚きの連続とはこのことであろう。

 

 そんな驚く二人など他所に、龍一郎はさらに数多に追い討ちをかける。

 

 

「ほらよ」

 

「グアッ!? ぐっ……。やべぇ……態勢を……」

 

 

 龍一郎は冷淡な声で、軽く数多を上空へと吹き飛ばす。

数多はこのまずい流れをどうにかしなければと考え、激痛を我慢しつつ、まずは態勢を立て直すことにした。

 

 

「考え事か?」

 

「グアアアアアアガアアアアッ!?!?」

 

 

 だが、飛ばされている数多に一瞬で追いつき、再び数多の腹部へと攻撃を直撃させる龍一郎。

今度は拳ではなく、膝蹴りだ。龍一郎の膝が、先ほどの拳と同様に、数多の腹部に深々と刺さっていたのである。

 

 龍一郎は数多に膝蹴りをかましつつ、数多が何を考えているのだろうか、と思った。

ただ、思っただけで、特に気にしてはいない。むしろ、考えながら戦うなんて無駄なことをしているのがアホだと思った。瞬間的に体で反応し、対応できない方がマヌケだと思っていた。

 

 

 一瞬。今のも一瞬。

数秒の差異もいなく、一瞬で距離をつめ、数多へと攻撃を繰り出す龍一郎。この膝蹴りの衝撃とダメージで、たまらず数多は大声で苦痛を叫び吐き出した。

 

 

「んな余裕あるのか……?」

 

「ぐっ……あ……っ!」

 

 

 考え事をするということは、余裕があるということなんだろう。

自分を前にして、そんな余裕があるのだろうか、と龍一郎は数多へ淡々と問う。問いながら、脚を大きく振り回し、そのまま数多を地面へと叩き落す。

 

 数多は龍一郎の蹴りで地面へと逆戻りしながらも、対策を練っていた。

が、それ以上に今のダメージが相当だったのか、口から血を流しつつ苦悶の声を漏らすのが精一杯であった。

 

 

「くっ! くそっ!!」

 

「あ? 何だそりゃ?」

 

 

 しかし、このまま殴られ放題のままでいる訳にはいかない。

なんとか地面に着地し、反撃として右腕を大きく振り、気と炎を宿した拳を龍一郎へと放つ数多。

 

 龍一郎はその気合の入ってない情けないパンチを見て、つまらなそうな感じでそれを言葉に出した。

なんという取るに足らない反撃だろうか。未だにナメているのだろうか。この程度の反撃しかできないのだろうかと龍一郎は思っていた。

 

 

「ふん」

 

「グガア!?」

 

 

 当然、そんな軟弱なパンチが龍一郎に当たる訳もなく、むしろ龍一郎が後から放ったパンチの方が、数多の腹部に命中する始末だ。数多は、再び肺にたまった空気を全部吐き出すかのような声を、血と同時に吐き出した。

 

 

「ほらよぉ」

 

「グッ!? アガッ!???」

 

 

 それだけで龍一郎の攻撃が終わるなんて、甘い現実は存在しない。

さらに龍一郎は、追撃で数多の腹を膝で蹴り上げ、その勢いのまま顎にまで蹴りを放ち、数多を上空へと吹き飛ばしたのである。すさまじい蹴り技のコンボに、数多はうめき声しか上げれなかった。反撃どころか手すら出なかった。

 

 

 上空へとグングンと飛び上がる数多。

そんな加速的に上空へ跳ね上がる数多の目の前に、突如として影が現れた。それは当然龍一郎だ。

 

 

「ガアアアアアアアアアアッ!!!!???」

 

「……こんなもんなのか? 本当に?」

 

 

 龍一郎は数多の目の前に現れると、さらに膝で数多の腹部を蹴り上げる。

そして、その勢いのまま、闘技場の天井に張り巡らされている、観客席を守護するバリアへと数多を衝突させたのだ。その瞬間、バリアがミシミシという音を立て大きく揺れ、砕けかねない程の衝撃が発生する。

 

 その攻撃にたまらず大声で叫ぶ数多。

ガハァッ! と口から大量の血を吐き出し、まさに死ぬ寸前と言うほどの苦悶の表情を見せていた。

 

 そこで膝を腹部に押し付け苦痛に狂いもだえる数多を見下しながら、本当につまらないいと龍一郎は冷淡な声で言い放つ。なんだよ、これで終わりになってしまうのか? 龍一郎はそうつまらなそうに言葉にした。

 

 

「そら」

 

「ううう……。ヤベェ……」

 

 

 龍一郎は数多を解放すると、数多は重力に従い落下を始めた。

今の膝蹴りは特大のダメージだった。かなりヤバイ状況にまで陥った。この状況を打破しなければならないのだが、数多はまったく対策が思いつかないでいた。

 

 

「ヤベェとは余裕だな」

 

「ッッッッ~~~~~~!!!!!」

 

 

 そう少し考え事をしている数多へと、再び蹴りが炸裂した。

龍一郎が重力と虚空瞬動での加速を利用し、数多へと蹴りを放ったのだ。

 

 それが見事に数多の体へと直撃し、そのまま数多の体を地面へと叩き付けたのである。

その衝撃はすさまじいほどのクレーターを作り、周囲の地面を砕き押し上げるほどだった。

 

 もはや声にすらならない叫びが、闘技場全体に響き渡る。

数多は目玉が飛び出るのではないかと言うほどに目をひん剥き、裂けるのではないかと言うほどの口を開き絶句していた。

 

 

「もうちょい期待してたんだがなぁ……」

 

「がっ!? ぐうっ!?」

 

 

 数多の体に脚を乗せてのしかかったまま、龍一郎はぽつりとつぶやく。

修行して強くなったと思っていたのだが、実際そこまでではなかったようだ。龍一郎は数多を過大評価していたと思い、情けないと言う顔を見せていた。

 

 すると、龍一郎はふわりと飛び上がると、今度は全体重を乗せた肘を数多へとぶち込んだのだ。

数多はそれを避けることすらかなわず、腹部に直撃させていた。

 

 何度も吐いたかわからぬほどに、血が数多の口から流れ出た。

そして、龍一郎は回転するようにして飛び上がると同時に、苦痛に耐える数多を蹴り上げ吹き飛ばしたのだ。

 

 

「そいよ」

 

「グアアアッ!!!」

 

 

 すさまじい勢いで吹き飛ばされた数多を瞬時に追い越した龍一郎は、その背中に再び膝蹴りを食らわせる。

勢いが止まり、そこにとてつもない程の衝撃が発生する。数多はもはや叫ぶことしかできなかった。龍一郎の圧倒的な強さの前に、苦しみもだえることしかできなかった。

 

 

「とんだ期待はずれだ」

 

「グアアアアアッ!!!!」

 

 

 せっかく強くなったと聞いて楽しみにしていたというのに、この程度か。

龍一郎はそうはっきりと吐き捨てた。数多の今の実力を体感し、つまらないものだと切り捨てた。

 

 そういい終えた龍一郎は、数多の背中に蹴りを放った態勢から、数多を地面に叩きつけたのである。

その叩きつける動作は小さいものだと言うのに、その衝撃は爆発以上だった。メギメギと数多の体が軋む音が流れ、地面も砕き周囲の地面が突出したのだ。

 

 数多は叫びながら、自分はこのまま負けるのか、と思い始めていた。

何度も蹴られ殴られボロボロにされた数多は、自分と龍一郎との実力差に絶望するしかなかったのであった。

 

 龍一郎が反撃を始めてから、わずか数十秒。

たった数十秒の戦いで、数多はボロボロとなり、地面に倒れ伏せていたのだった。

 

 

 



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百五十一話 熱戦・決戦・超激戦 その②

 龍一郎が本気を見せた時、特別観客席(VIPルーム)にて、二人の少年はその圧倒的か(ちから)を目の当たりにし、恐怖に慄いていた。

 

 

「な……なんやこれ……」

 

「す……すさまじすぎる……」

 

 

 すさまじい炎が一瞬爆発したと思ったら、次の瞬間、その周囲が焼けて溶けているではないか。

なんという爆発的で莫大で膨大な炎。無慈悲とさえ思える圧倒的な力。まるで大地が怒り火山が噴火したかのようだ。小太郎もネギもそれを見て、ただただ驚くことしかできずにいた。

 

 

「おいおいおい、こりゃヤベーな。龍一郎のヤツ、本気になりやがった」

 

「えっ!?」

 

 

 その横にいたラカンは、腕を組んでマズイと言う感じなことを口にした。

あ、これ終わったな。そんな感想に近いものだった。

 

 ネギはそれを聞いて、驚いた顔を見せた。

本気、つまり先ほどの戦いは本気じゃなかった、ということだからだ。あれほどの戦いをしていたというのに、本気でなかったと言う事実に驚いていたのだ。

 

 

「本気になるとどうなるんや!?」

 

「どうなるって? 見てりゃわかる」

 

 

 小太郎はその龍一郎が本気を出すとどうなるんだと、焦った声でラカンへ聞いた。

ラカンはそれはすぐにわかることだと、むしろ戦いの方に集中しろと言葉にした。

 

 

「数多さん!!」

 

「なっ……」

 

 

 すると、ラカンの言うとおりに、すぐにそれがわかった。

なんということだ。龍一郎に、まるでサッカーボールみたいに扱われる数多がそこにいるではないか。

 

 ネギはたまらず数多の名を叫び、小太郎も絶句した様子を見せていた。

恐ろしすぎる。すさまじすぎる。とんでもなく容赦のない龍一郎の攻撃に、二人はまたしても驚いていた。

 

 

「本気になったらこうなっちまうってワケよ」

 

「見りゃわかるで!」

 

 

 だが、ラカンはその光景を涼しい顔で眺め、先ほどの小太郎の質問の答えを淡々と言うだけだ。

それを聞いた小太郎は、聞かずとも見て理解したと叫んでいた。これは恐ろしい。龍一郎の本気の恐ろしさを見ただけで実感していた。

 

 

「やっぱ息子でもあの龍一郎にゃ勝てねぇかー」

 

「そ……そんな!」

 

 

 ラカンは淡々とした声で、”あーあ”と残念そうな声を出していた。

龍一郎相手じゃ勝てないよな。そりゃそうだ。その声は最初から諦めの入ったものであった。

 

 ネギはそんなラカンへ、何か言いたげに声をかけた。

しかし、何か言葉を出そうにもうまく言語化できず、何も言えなくなってしまったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 時を同じく、闘技場の観客席の後ろで、試合を眺めるエヴァンジェリンとギガント。

 

 

「おぞましいな」

 

「うーむ」

 

 

 冷静な声で、エヴァンジェリンは腕を組んでそう言った。

普通ならば”すさまじい”や”とてつもない”、”恐ろしい”と言った言葉を使うはずだ。だが、エヴァンジェリンは”おぞましい”と口にした。

 

 何故か。それはただの人間である龍一郎が、気合で炎を出しているからである。”心を燃焼させる”ことで発現している炎。その炎は燃やす対象を選ぶことができ、対象としなければ熱さえ感じないと言う。

 

 龍一郎言うに”真の熱血(パシャニット・フレイム)”と言うらしいが、魔法使いにとってそれは脅威だ。魔力も使わず杖なども使わず、気合を入れただけで炎がでるのだから当たり前だ。

 

 しかも、それで周囲を溶岩のように溶かしてしまう程の火力を有しているのだから、おぞましいと思うのは当然であった。

 

 ギガントもまた、龍一郎が本気を出したことを見て、この試合は龍一郎の勝ちだろうかと考えていた。

 

 

「むっ……流石は龍一郎だな。すばやい」

 

「速度だけではあるまいて。その衝撃もすさまじいものになっておるだろう」

 

 

 エヴァンジェリンは、龍一郎が数多の懐へと瞬時に移動し攻撃したのを見て、淡々と感想を述べた。

気での強化や瞬動であるだろうが、それにしてもすさまじい速度だと。伊達に人間でありながら、皇帝直属の部下をやってはいないと。

 

 ギガントもエヴァンジェリンの言葉を補足するかのように、その威力を言葉にしていた。

あれほどの速度、そして気や炎の強化があれば、その威力は近距離で爆発したダイナマイトかそれ以上かもしれないと。

 

 

「容赦がないな。相手は自分の息子だろうが」

 

「自分の息子だからこそ、容赦しておらんのだろう」

 

 

 いやはや、すさまじい龍一郎の猛攻に、数多はボコボコにされているではないか。

なんというか、こう手心と言うか。エヴァンジェリンはそう思ったのか、自分の息子だと言うのにやりすぎでは? と言葉に出していた。

 

 それを聞いたギガントは、むしろ息子であればこそ、全力で潰しているのだと語るではないか。

まあ実際、確かにちょっとやりすぎではないか、とギガントでさえ思っているが。

 

 

「というか、息子が死なないか?」

 

「死ぬギリギリまで追い詰めるつもりに違いあるまい」

 

 

 そう語り合いながら試合を眺めていたエヴァンジェリンだが、龍一郎の情け容赦ない猛攻を受ける数多を見て、大丈夫なのかと考えた。

あれほどの攻撃を幾度と無く受けているのだ。外見もだが中身もボロボロなのは間違いないだろう。

 

 エヴァンジェリンのぽつりとこぼしたその言葉に、ギガントは流石に殺すほどはしないだろうと意見を述べる。

とは言え、死に瀕させることによって、つまりギリギリのギリギリまで追い詰めることで覚醒を促しているのではないだろうか、と思ったのである。

 

 

「それほど息子に期待してるのか」

 

「乗り越えて欲しいというのは、弟子を持つワシもわからなくもないがな」

 

「私もそれはわかる。だが、スパルタが過ぎると思うが」

 

「彼なりのやり方だ。まあ、不器用なのは認めるがね」

 

 

 そこまでとことんやるのであれば、相当数多を期待しているのだろうとエヴァンジェリンは思った。

ギガントも多くの弟子を持つが故にか、いつかは自分を超えてくれるだろうという期待は、わかると言った。

 

 ただ、それはここのエヴァンジェリンも同じであり、確かに期待に応えてくれるのは嬉しいという気持ちはわかるとした。

が、それを差し引いてもちょっとやりすぎな気がする、とも表情を変えずにはっきり言った。

 

 ギガントもそれは同意であると思ったが、それが龍一郎が数多へ課す修行法みたいなものだと語った。

非道に見える行いは、不器用な彼が考えた、彼なりのやり方なのだろうと。

 

 

「おい、息子の方がピクリとも動かなくなったぞ」

 

「死んではおるまい。さて、どうなることやら」

 

 

 と、そこで龍一郎の激しい攻撃が止まったのを見て、エヴァンジェリンが言葉をこぼした。

止まった、と言うのは龍一郎が攻撃をやめたからであり、それはつまり数多が完全に動かなくなったからだ。

 

 エヴァンジェリンは死んでないか? と多少心配するような様子を見せた。

とは言え、表情や態度は冷静そのものであり、大きく気にしている感じでもない。

 

 それを見ていたギガントも、気を失っただけだろうと、同じく冷静な態度で言葉にした。

しかし、これで本当に終わってしまうのだろうかと、ギガントはこの試合の行く末を考えるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 試合は完全に、誰がどう見ても龍一郎が勝利したと言っても、間違いではない状態となっていた。

何故なら、数多がぴくりとも動かなくなっていたからだ。

 

 数多は龍一郎に地面に沈められた後、龍一郎の体重を乗せた蹴りを何度も食らった。

その攻撃で数多は完全に気を失ったのか、龍一郎の攻撃でできたクレーターの中心で、前のめりの状態で倒れふせていたのであった。

 

 

「……終わりかよ……。なさけねぇ……」

 

 

 完全に動かなくなった数多を上から眺めるように見ながら、ため息を吐き出す龍一郎。

ちょいと本気を出したら、もうついてこれないのか。マジでその程度でしかなかったのか。龍一郎は倒れた数多へと、失望の声を漏らしていた。

 

 

 ……龍一郎がコソコソして数多たちに会わなかったのは、ノリだけではなかった。この戦いで数多に本気を出させる為に、あえて隠れていた。

 

 数多がこの大会の賞金を必要としているという情報は、皇帝の部下からこっそりと教えてもらっていた。そこで龍一郎はこの大会に出て、数多の実力を測ろうと考えた。

 

 それに龍一郎は賞金なんて必要ない。別に賞金が欲しくて大会に出ている訳ではないのだ。数多が負けてそれをくれと言ってくれば、くれてやってもよいとさえ思っていた。どうして賞金が必要なのかも、皇帝の部下から教えてもらっていたからだ。

 

 しかし、数多の前に顔を出せば、自分がなにを考えているかなんぞ、すぐにわかってしまうだろう。わかってしまえば、賞金欲しさで優勝しようと考える数多に、小さな余裕ができてしまう。

 

 それを悟られてしまえば、数多が自分に勝つ意味を失う。それでは崖っぷちに追い詰められた状態の数多とは戦えない。それじゃ面白くないと龍一郎は考えた。

 

 であれば、自分の真意を理解させぬように、あえて会わないという選択をしたのだ。会わなければ自分が何を考えているか、悟られることはない。数多はきっと、俺に勝つために必死になるだろう。

 

 その龍一郎の思惑はしっかりと当たった。それでも目の前で、地面に倒れている数多がこの程度であったことに、龍一郎は落胆していた。

 

 

「に……兄さん!!?」

 

「ど、どうなってんのよこれ……」

 

 

 焔は完全に動かなくなった数多へと、心配する声を上げていた。

あの龍一郎の攻撃を幾度と無く食らい、指一つも動かなくなっているのだ。死んでないにせよ、かなりヤバイ状態だということは察せられた。

 

 アーニャもまた、龍一郎の容赦のない攻撃を見て、恐れを抱いていた。

そして、動かなくなった数多を見て、少しやりすぎなのではないかとさえ思っていた。

 

 

「弱すぎんぞ。必死こいて修行してこんなもんか? マジなら俺に勝つなんざ100年あっても無理だぜ」

 

 

 しかし、龍一郎はやりすぎだとは微塵にも思っていない。

これぐらいの攻撃、何とかできなければならないと考えているからだ。

 

 龍一郎は完全に数多に落胆していた。もう少しやれると思っていたのだが、蓋を開けてみればこの程度だったからだ。修行して強くなったと豪語していた数多が、まさかこんなあっけなく倒れると思ってなかったからだ。

 

 ただ、龍一郎は今の数多に落胆しているに過ぎない。本気で数多を潰しにかかったのは、この敗北を糧にしさらに実力を伸ばしてくれるだろうという期待があるからだ。どうせここで自分を超えることはできないと、龍一郎も理解しているからだ。

 

 だからこそ、本気を出してボコボコにした。立ち上がることすらできない程に、手加減なんぞせずに殴り蹴った。ただ、その結果がこの程度であったことに、龍一郎はむなしさを感じていたのだ。

 

 

「はぁ……。つまんねぇ……」

 

 

 もう少し根性見せろよ。

この程度でお寝んねしちまうんじゃ、もっと修行しないとならねぇぞ。俺だって人間なんだ、さっさと肩を並べる程度にゃ強くなってもらわんと困る。

 

 龍一郎はそう考えながら、再び大きくため息をついた。

もう少し楽しめると思っていた龍一郎は、もう動かない数多へと、この戦いの感想を吐き出した。

 

 そして龍一郎は、数多はもう動けないだろうと思い、視線を焔へと移した。

 

 

「うっ……!」

 

 

 焔は龍一郎に視線を送られ、たじろぎながら少し後ろに下がった。

別に龍一郎が威嚇しているとかそう言う訳ではない。ただ、次の標的が自分であると理解しているので、焔は攻撃が来る可能性を考慮して身構えた。

 

 

「なぁ、焔。棄権してくんねぇか? 俺はお前を殴りたくはねぇ」

 

「な……、何を……!」

 

 

 だが、何と龍一郎は、焔を攻撃する訳でもなく、むしろ棄権を促すことを言い出したのである。

何せ焔は龍一郎が罪の意識で義娘にした少女。思うところがあるが故に、殴りたくはないと言い出したのだ。

 

 しかし、焔は今更何を言っているんだと言う様子を見せていた。

ここで棄権なんてできない。できる訳がない。できるはずがない。

 

 

「アイツはもう動けんだろうし、こっちは二対一。もう勝ち目なんてねぇだろ?」

 

「くっ……」

 

 

 龍一郎は何とか焔と戦わずに済むよう、説得するかのように声をかける。

数多はもう動かない。今の現状ではもはや焔に勝ち目はない。であれば、無意味に傷付く必要はないと、龍一郎はささやいた。

 

 そう言われた焔は、とても悔しそうな顔を見せえた。

まだアーニャと決着はついていない。それに、この大会の賞金は必要。それにここで棄権すれば、倒れた兄に申し訳がないとも思ったからだ。

 

 

「なあ、頼むぜ」

 

 

 そこへ棄権を渋る焔へ、さらに龍一郎はそれを願うと言った。

父親の頼みなんだ。承諾してくれ。そう言いたそうな目で、その一言を述べた。

 

 

「……断る」

 

 

 だが、断る。

焔は一言で、龍一郎の頼みを拒絶した。絶対にそれはない。しちゃいけないと。

 

 

「一人で抗うのか? 無茶だぜ?」

 

「一人では……ない……」

 

 

 龍一郎は何故そこまで頑なに負けを認めないのかと、焔へと聞いた。

はっきり言ってもう勝負はついたようなもの。勝ち目なんてないのに、何故と。

 

 しかし、焔はまだ自分一人で戦っている訳ではないと言い出した。

辛そうな表情であったが、まだ、まだ終わっていないと言葉にした。

 

 

「あん? お前だけしか残ってねぇぞ?」

 

「まだだ……、まだ兄さんは負けてない……」

 

 

 一人ではない、と聞いた龍一郎は、何を言っているんだと焔へ問う。

数多はもう脱落した。一人しか残っていないと。

 

 その問いに焔は、まだ数多は生きていると言うではないか。

あそこで倒れて動かない義兄を、未だ数に数えていたのである。

 

 

「あれほどボコしたんだ。流石に起き上がってこれねぇよ」

 

「それでも……、兄さんは起き上がってくる」

 

 

 龍一郎は、数多はもう終わっていると考えていた。

あれほど本気で殴り飛ばしたんだから、動ける訳がないと思っていた。

 

 しかし、焔の意見は違った。

何であれ、あれで終わるような義兄ではないと、焔は本気で信じていた。

 

 

「絶対に……!」

 

「……」

 

 

 焔は数多が必死で修行してきたのを、間近で見てきた。

いつかは父親を超えたいと願い、戦ってきたのを見ていた。修行相手が欲しいと悩んでいるのも聞いた。修行内容に苦悩しながら、鍛えることを怠らなかったのを知っていた。

 

 だからこそ、ここで数多がこのまま負けるなど、ありえないと思っていた。

今は少し休んでいるだけだ。少し経てばまた立ち上がってくれる。焔は数多を信じていた。再起することを信じていた。

 

 焔のその数多を信じる言葉に、龍一郎は思った。

本気で数多の復活を信じている。これでは棄権してはくれないだろう。どうあっても折れない目だ、と。

 

 

「だったら、その前に寝かしつけてやるか」

 

「……私は……負けない……!」

 

 

 龍一郎は焔が棄権しないのを理解し、ならば戦うしかないと決意した。

決意したからには、本気でやらせてもらう。

 

 だが、焔も数多が起き上がるまで、耐え切ることを決意した。

ここで倒れたら自分たちは負けてしまう。せめて、義兄が復活するまでは、折れないことを宣言した。

 

 

「そらよぉ!」

 

「くっ!」

 

 

 そして、すぐさま龍一郎は、焔へと攻撃を開始した。

先ほど数多へ行ったような過激な攻撃ではないにせよ、それなりに力の入った拳を焔へと見舞った。

 

 焔は、すさまじい速度で向かってくる龍一郎の拳を、なんとか回避した。

だが、当然龍一郎の攻撃は、それにとどまることはない。

 

 

 

「ほらほら!」

 

「こちらだって!」

 

 

 今度は龍一郎が放った、苛烈な拳のラッシュが焔を襲った。

しかし、焔とてこのまま防御しているだけではない。そのラッシュを必死に回避しつつ、反撃としてアーティファクトを発動しようとしたのだ。

 

 

「な……っ!?」

 

「私を忘れないでよね!」

 

 

 だが、そのアーティファクトから発射された熱線(ブラスター)は、龍一郎には届かなかった。

なんと、顔を蹴られ無理やり射線をそらされてしまったのだ。

 

 そのことに焔は驚いた。さらに、それを行った相手にも驚いた。

なんと、今焔の顔を蹴り飛ばしたのは、アーニャだったのだ。

 

 この時点で、すでに焔は1対2。当然龍一郎以外にも、アーニャも相手にしなくてはならなかった。だと言うのに、焔は龍一郎にしか意識を向けていなかった。それが仇となり、隙をつかれてしまったのだ。

 

 それに、炎精霊化(チェンジ・ファイア・スピリット)した自分にアーニャの蹴りが当たったことにも、焔は驚いていた。

 

 その答えはアーニャの足にあった。なんと、アーニャのブーツが氷系魔法によって氷付けになっていたのだ。それによって炎化しているのにも関わらず、焔が蹴られたのである。

 

 アーニャは炎精霊化を打破するべく、どうするかを考えた。その結果、得意とは言えない氷系魔法を撃つよりも、自分の足などを凍らせて蹴った方がよいと考え出したのだ。

 

 なんとアーニャはこの土壇場で、術具融合を成功させていたのである。足にはブーツを履いていた。その片方に自分が今できる最高の氷系魔法を融合させたのだ。

 

 ただ、奇跡の産物と言う訳ではない。アーニャは魔法世界で普及している、エヴァンジェリンが執筆した魔道の教科書を、龍一郎におごってもらったのだ。

 

 龍一郎は魔法なんてよくわからない。自分が出す炎で殴るのが一番だと思っている。そういうのはギガントの専門で、自分はまったく専門外だからだ。

 

 それ故、アーニャへ魔法を教えるのは無理だった。鍛えてやると言ったのに、体術程度しか教えられないのはカッコがつかない。そう思った龍一郎は、それをアーニャへと買ってあげたのだ。それをアーニャが読んで、()()()()()()()カギが使っていた魔法、術具融合を習得したのだ。

 

 とは言え、まだまだ練習中だったため、完成するかは賭けであった。土壇場で完成させたとは、そういうことなのだ。そして、それを完成させて見せたのである。

 

 ただ、やはり未完成なためか見た目に変化はなく、ブーツが氷のようになっているだけに過ぎない。それでも魔法効果が上乗せされた蹴りは、しっかりと焔へダメージを与えていたのだ。

 

 

 また、当然意識を向けられていなかったアーニャは、少し腹が立った。

先ほどまで相手になっていたのに、龍一郎を相手にしてからは、こちらに視線すら送ってこないではないか。完全に無視されていると思ったアーニャは、ここで自分がいることをアピールするために、攻撃を行ったのだ。

 

 

「オオラァ!」

 

「うう……!」

 

 

 完全に不意をつかれ、今度は意識をアーニャへと移した焔。

それで一瞬、またしても隙が生まれてしまった。

 

 そこへ龍一郎の激烈な拳が、焔へと猛威を振るった。

焔は今、炎精霊化(チェンジ・ファイア・スピリット)している。だと言うのに、とてつもない衝撃が焔の細い肢体を襲い、苦痛を感じさせたのである。

 

 

「……」

 

 

 何分経っただろうか。いや、実際はそこまで時間など経っていない。

それでも焔には、この攻防が何分にも感じられていた。

 

 龍一郎の破壊力溢れる拳が、何度も体に食い込んでいく。

炎精霊化していなければ、一撃入っただけでダウンしていただろう。

 

 それ以外にも、アーニャが自分を逃がすまいと、自分の行動を制限している。

焔は龍一郎から距離を取りたくても、アーニャに邪魔されて下がれずにいたのだ。

 

 もはや龍一郎の攻撃を必死に回避するしかなかった。

そこへすかさずアーニャが、氷の蹴りを飛ばしてくる。それを避ければ今度は龍一郎の猛攻が、こちらに牙をむいてくる。

 

 焔はもはやどうしようもない状態に立たされていた。

まさにチェックメイト。詰みとしか言いようがない、絶体絶命の危機に陥っていた。

 

 

「このままでは……」

 

「ホントよくやるよ。たいした子だぜ」

 

 

 もはや限界。これ以上はどうしようもない。

それでも何とかしなければと、焔は必死に考えをめぐらす。義兄が起き上がるまで、何とか耐えると誓ったからには、ここで負ける訳にはいかないからだ。

 

 そう考えながら必死に耐える焔に、龍一郎はかなり関心していた。

自分の拳を何度も受けても、倒れず、膝をつかず、耐え切っている。

 

 この状況でさえ折れずに、何とかしようとしている。

龍一郎はそんな焔に対して、少し優しい声で褒める言葉を投げかけた。

 

 

「だがよ! これで終わりだ!」

 

「クッ……、兄……さん……っ!」

 

 

 しかし、ならばもう終わらせてやろう。

これ以上苦しませるのも、心苦しいというものだ。龍一郎はそう思い、先ほど以上の力を入れた拳を、限界寸前の焔へと放ったのだ。

 

 焔はこの龍一郎の攻撃を、回避しきれないと判断した。

ここで終わりなのか。耐え切れないのか。絶望が一瞬頭に過ぎった。そこで思うことはただ一つ、龍一郎に倒されてしまった数多のことだった。

 

 義兄はまだなのだろうか。もう起き上がってくるはずだ。

ここで寝たまま負けるなんて、そんなことあの義兄が許すはずがない。焔はそう思いながら、小さな声で兄を呼んだ。

 

 

「娘いたぶって楽しいのかよ?」

 

 

 だが、そこへ声が聞こえてきた。

それは目の前の義父の声でも、アーニャの声でもなかった。

 

 それを聞いたのは焔だけではない。

龍一郎もはっきりと聞いていた。この声に驚きを感じていた。

 

 

「っ!!」

 

 

 ハッ! と龍一郎はその声の方を向こうとした瞬間、突如として何者かの拳が顔面に直撃した。

いや、その拳の主は一人しかいない。あいつしかいない。

 

 

「っつっ……。なんだよ、本当に起きてきやがったのかよ」

 

 

 龍一郎はその拳を受けて距離を取ると、その拳を放ったものへと視線を移して睨みつけた。

いやはや、まったく、こんなことがあるもんだと。焔の言ったことが本当だったと、心の底から思っていた。

 

 殴られたというのに、龍一郎は関心した様子さえ見せていた。待っていた、そう言わんばかりであった。

 

 

「に……」

 

 

 焔も、今龍一郎を殴った相手へと、視線を移していた。

その相手は焔に背を向けかばうようにして、龍一郎と自分の間に立ちふさがったのだ。

 

 やっと起きてきた。待った甲斐があった。

自分の努力は無駄ではなかった。焔はそう思いながら、その人物を大きな声で呼び叫んだ。また、その表情は驚きと同時に、嬉しさが混じっていた。

 

 

「兄さんっ!!」

 

「わりぃな、転寝こいちまったぜ」

 

 

 ああ、それは数多だった。いや、最初から数多以外存在しないだろう。

龍一郎にコテンパンにぶちのめされたというのに、起き上がって復活を果たして見せたのだ。

 

 焔は数多が起きてくることを信じていた。

信じていたが、自分がやられる前に起きてきてくれた義兄に、とても嬉しく思っていた。だから、驚きの表情をしながらも、ほんの少し涙をにじませていた。

 

 

 そして、数多も自分が気を失っていたことを、焔へと謝った。

自分がぶっ倒れている最中、随分と酷い目にあったようだったからだ。

 

 だが、もう大丈夫だ。しっかりと目が覚めた。これから反撃の時だ。

数多は焔の声に答えながらも、その視線は龍一郎に注いでいたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ほんの少し前、数多は気を失いながらも、この状況がどうしようもないことに絶望していた。

 

 

「このまま、負けちまうのか……」

 

 

 龍一郎(オヤジ)が本気になっただけで、このザマだ。

まるでクソ雑魚。羽虫のようにあっけなく潰された。体はまったく動かない。もうダメだと数多は思った。

 

 

「約束も果たせないまま……」

 

 

 そこで思い出すことは、この大会に優勝すると豪語した自分だった。

数多はあの時、友人の友人を助ける為に、この大会に参加した。

 

 軽率だった。焔からも窘められた。

それでもしっかりと約束した。賞金を手に入れると約束した。ただ、その約束は決して重いものではなかった。考えが軽かった。俺ならやれる、程度にしか思ってなかった。

 

 その気持ちの軽さが、ここに来て出たのだろう。

親父が出てきた時、何とかしてみせると思った。だが、それだけだった。もっと背負ったものが重ければ、もっと根性見せただろうと、数多は思った。

 

 

「親父に全く届かないまま……」

 

 

 だが、それ以上に悔しいのは、龍一郎との実力差がとんでもなくあったことだ。

まるで地球と月、いや、太陽と冥王星ぐらいの差があった。もっと縮んでいると思っていた差が、まるで縮んでいなかった。

 

 あれほど修行したのに、何度も修行したのに。

親父を超えるべく、必死に頑張ってきたというのに、何と言うことだろうか。数多はそのことを考えると、とてつもなく情けなく思った。

 

 

「何も得ないまま、負けちまうのか……」

 

 

 約束も守れず、親父にも届かず。

敗北者、まごうごとき敗北者。無様な無様な敗北者。

 

 チクショウ、悔しすぎてしょうがない。そう思っているのに、体はやはり動かない。

このまま意識を完全に手放し、楽になろうか、そう数多が諦めている時だった。

 

 

「……焔が、戦ってる……」

 

 

 すると、声が聞こえてきた。

それは義妹の焔の声だ。焔は自分が起き上がることを信じ、親父と戦いだしたではないか。

 

 

「俺を……待ってくれている……」

 

 

 完全に絶望的な状況。

だと言うのに焔は、自分が起き上がるのを待っている。起き上がってきて、再び戦ってくれることを望んでいる。この状況でさえ、希望を失っていない。

 

 

「……よな……」

 

 

 何だよ。妹の方が根性あるじゃねぇか。

数多は今しがたの無様な体たらくさよりも、自分が諦めていたことを恥じた。焔は諦めていないのに、自分は勝手に諦めてしまったことを情けなく思った。

 

 

「このまま負けるなんて、かっこ悪いよな……!」

 

 

 そうだよな。このままじゃ情けなさ過ぎる。

負けっぱなしは性にあわない。カッコが悪すぎる。

 

 

「何より……、妹が頑張ってんのに……」

 

 

 それ以上に可愛い義妹が必死になっているというのに、このまま負けを認める兄なんて、どうしようもなく惨めだ。

このままゴミ以下みたいな無様を晒してるのは、クズのすることだ。

 

 

「ここで寝てちゃあ、……兄としてダセェよな……ッ!!」

 

 

 全く、こんなところで体が動かねぇ……! なんて遊んでる場合じゃねぇ。

何が体が動かねぇだ。弱気になってるだけじゃねぇか。義妹が戦ってんだぞ。自分も戦わないでどうすんだ。

 

 それに男の約束に()()なんぞ関係ねぇ。

約束したからには果たすのが男だろうが。たとえ些細な約束でさえ守れない奴が、何かを守れる訳がねぇ。こうやって寝てるとか、……男のすることじゃねぇ!

 

 そうだ、そうだった。

自分が修行してきたのは、そういうことだった。絶対に親父を超えてみせるという、確固たる意地だった。熱意だった。情熱だった。

 

 こんなところで負けてたまるかよ!

負けちゃいけねぇ! このまま負けるなんて絶対に許されねぇ。動かないんなら無理やり動かせ。何も死ぬ訳じゃねぇんだ! オラッ! 立て! いや、動け! 動いて親父をぶん殴れ!!

 

 

 

 

 数多は動かないと思っていた体を、無理やり動かした。

体のあちこちが痛い。ガタが来てる。そんなことはどうでもいいと思った。

 

 それよりも重要なのは、状助らと約束した優勝だ。

賞金を持って帰ってくると約束した。アイツはそれを待ってくれている。そうだ、だからこそ、ここで寝ているなんてありない。

 

 それだけではない。

自分が寝てる間でさえ、必死に耐えてくれていた可愛い義妹だ。あの親父相手に頑張ってくれている。そして何よりも、目の前で義妹をいたぶる親父だ。

 

 ぶっ飛ばす。絶対にぶっ飛ばす。

数多はそう強く思い、足腰に力を入れ、立ち上がるまもなく飛び上がった。そのまま加速し勢いをつけながら、信念を込めた拳を握り締め、龍一郎の顔面に自然と放ったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 数多の復帰に、誰もが驚いていた。

あの状態から起き上がるどころか即座に移動し、龍一郎を殴り飛ばしたからだ。

 

 これにはあのラカンすらも、ほぉ、と声を漏らすほどだった。

ネギも小太郎も数多の復活を心から喜び、興奮した様子を見せていた。

 

 エヴァンジェリンでさえ、終わったと思っていた数多の復活には少し驚いた顔を見せていた。

なるほど、確かにあの龍一郎の息子なだけはある。あれほど打ちのめされたというのに、根性を見せて立ち上がるとは、と。

 

 ギガントも同じ意見だったのか、ふむ、と感心した様子だった。

とは言え、復活したからと言って傷が癒える訳ではない。どちらにせよ、この試合は数多が不利であることは明白だとも、二人は未だに思っていたのだった。

 

 

 しかし、最も驚いていたのは、数多の父親である龍一郎だった。

あの攻撃は手加減なんてしていなかった。はっきり言って威力だけで言えば完全に本気だった。

 

 完膚なきまでに叩きのめし、完全に地面の上に沈めてやろうと思った。

そして、それを実行してこの試合が終わるまでは起き上がれない程に、痛めつけたはずだった。

 

 

「……あの状態から立ち上がってくるとは……な……」

 

「妹が必死こいてんのに、横で寝てる兄貴がいる訳ねぇだろ?」

 

 

 だと言うのに、目の前の数多は立ち上がるどころか、自分の顔面に拳を一発くれやがったではないか。

いやはや、本当に起き上がってくるとは思っていなかった。また、今の攻撃は結構効いた。龍一郎はそう思いながら、口から流れ出た血を右腕で拭い去った。

 

 されど、その表情は笑っていた。

そうだよ、そうでなければ面白くない。あのまま終わるなんて、やはりありえない。龍一郎はそう思いながら、唇の片側を吊り上げていた。

 

 数多はそんな龍一郎へと、倒れたままでいられる訳がないと言葉にした。

そうだ、焔が耐えてくれていたのだ。ここで立たなきゃ兄として、男として廃るというものだ。

 

 

「……よく踏ん張ってくれたな、焔。ありがとう」

 

「……ああ。流石に父さん相手は骨が折れたぞ」

 

 

 そこで数多は少し振り向き、後ろにいた焔へと礼を言った。

自分が倒れていたのは何秒だったか、何分だったかわからない。短い時間だったかもしれないが、あの親父と戦い、倒れずに耐えてくれたことに、感謝したのである。また、その表情はニヤリと笑っており、余裕を取り戻した様子だった。

 

 焔もそれを聞いて、喜びで感涙しかけたのを我慢しながらも、皮肉を言って見せた。

やはりと言うか、龍一郎を相手にするのは大変だった。人生の中で上位に入るぐらい大変だった。

 

 

「んじゃ、かわいい妹の骨を折った悪い親父には、しっかり仕置きをしねぇとな!」

 

「ああ、父さんの折檻は兄さんに任せる」

 

 

 それを聞いた数多は、ふっと笑いながら、さらなる皮肉を重ねた。

骨が折れたというのは例えであるが、それ程のことをやった親父は許しちゃいけねぇと。

 

 焔も選手交代と言葉にし、龍一郎を再び数多に任せることにした。

 

 

「私は先ほどと同じように、今しがたいいようにしてくれた、アーニャと言う少女を相手にする」

 

「任せたぜ!」

 

 

 自分は再びアーニャを押さえ、数多と龍一郎の一騎打ちをさせやすくすると焔は考えた。

そう言うと焔は、先ほどの戦いで受けたダメージを引きずりながらも、再びアーニャの方へと飛んでいった。

 

 数多もその気概を理解したのか、一言元気な声でそれを頼んだ。

これでもう一度、何も気にすることなく龍一郎と戦える。これが最後のチャンスだと、数多は気合を入れなおし、龍一郎へと視線を戻した。

 

 

「クク……」

 

「ん?」

 

 

 龍一郎は数多と焔の会話が終わるのを待っていたかのように、そこに立っていた。

そして、二人の会話が終わった直後、突然小さく笑い始めた。

 

 数多は龍一郎の笑い声に、何だろうかと不思議に思った。

 

 

「クックックッ……、クッ! フッハッハッ!!」

 

「なっ……」

 

 

 すると、龍一郎の笑い声はどんどん大きくなり、大爆笑となっていった。

何がおかしくて笑っているのかわからない数多は、それに驚き戸惑った。

 

 

「フハハハハハハハハッ! クアッハッハッハッハッ!!」

 

「何がおかしいってんだよ!!?」

 

 

 なんということか。目の前の数多が戦闘態勢となったと言うのに、未だに笑い続けている龍一郎。

大きく腕を組んで笑っている様子は、誰もが頭を強く打ったのかと思う程のものであった。

 

 意味がわからない笑いを続ける龍一郎へと、数多は痺れを切らして質問した。

突然目の前で笑い出すとか正気なのか。数多は意味がわからず、叫んだように疑問をぶちまけた。

 

 

「ハッハックックッ……。わりぃなぁ。何がってそりゃあ、嬉しいから笑ってんのさ」

 

 

 何故笑った? 龍一郎の答えは簡単だった。

それを笑いを堪えながらも、その答えを数多へ述べた。

 

 

「……くたばったはずのクソ息子が再び起き上がるだけじゃなく、一撃入れてきやがったのが、たまらなく嬉しくてなぁ」

 

 

 何が嬉しいか。そんなことも簡単だった。それは目の前の数多だ。

あれほど追い詰め叩きのめし地面に寝かせた数多が、何と起き上がるどころか隙を突いて自分に一発ぶち込んで来たではないか。

 

 いやはや、終わったと思っていたというのに、ここぞで根性を見せてきやがった。

その心意気がたまらなく嬉しかった。目の前の数多が、再び自分に挑戦してくる姿が、心底嬉しかったのだ。

 

 

「はっ! んなに嬉しいんなら、何千発でもぶち込んでやるぜ!」

 

「クックッ……、いいぜ。試してみろよ」

 

 

 それを聞いた数多は、それを鼻で笑って見せた。

内心はかなり嬉しく思ったが、それを態度に出さず、むしろ挑発までして見せた。一発殴られて喜んでるならば、何度でも喜ばせてやるぞ、と豪語したのだ。

 

 龍一郎はその挑発を聞いて、さらに嬉しさを感じていた。

ああそうだ、それでいい。その意気だ。

 

 さっきの攻撃で怖気づくのではなく、さらに煽ってくる数多へと、龍一郎は応えた。

ならば、その言葉に相応しい言葉を返そう。来い、だったら今度はそっちが試験(ため)してみろ。

 

 

「ただし……」

 

「ッ!?」

 

 

 だが、戦闘に入る前に龍一郎は一度前置きを置いた。

すると、突如として巨大なプレッシャーが数多を襲ったではないか。

 

 

「今度はガチのガチ。本気のマジモードで……」

 

 

 そうだ、今度はさっき以上の本気を出す。

龍一郎はそう言葉を並べ始めた。当然言葉だけではなく、それは表にもあふれ出ていた。すさまじい炎が龍一郎を包み込み燃え盛り、足元はグツグツと溶解した地面が煮えたぎっていた。

 

 さらに観客もどよめくほどのすさまじい重圧が、会場を包み込んでいた。

なんと龍一郎は気合をさらに入れなおしただけで、この場を全て支配してしまったのである。

 

 

「やってやっからよッッ!!」

 

「ちぃ! 速すぎんだろ!?」

 

 

 そして、龍一郎は言葉を言い終える前に、数多へと攻撃を仕掛けた。

それは一瞬の出来事だった。一瞬、瞬きすらも遅いと感じるほどのすさまじいスピードで、数多の目の前に龍一郎が現れたのだ。

 

 だが、数多はその速度を見切っていた。

数多は龍一郎が懐に入りこんで、拳を突き上げてきているのをしっかりと捉えていた。故に、数多は龍一郎のスピードに文句を言いながらも、体をそらしてその拳をかわし、反撃に出たのだ。

 

 さらにもう一つ、数多は龍一郎のプレッシャーを跳ね除けていたのだ。

プレッシャーに押しつぶされていたならば、このようなことは不可能だったはずだ。つまり、数多は龍一郎のプレッシャーをものともせず、その攻撃に対応できたということだったのである。

 

 

 

 また、男二人が衝突を始めたところで、少女二人ものんきなんぞしていなかった。

すでに、少女同士の戦いも始まっていたのだ。

 

 

「待たせたな。先ほどの続きだ」

 

「待ってたわ! あのまま二対一で終わらせるなんて、私も乗り気じゃなかったもの!」

 

 

 挨拶代わりと言わんばかりに、台詞と同時にアーティファクトで熱線(ブラスター)を上から斜め下にいるアーニャへ向け、叩きつける焔。

 

 それに対応しバックステップで回避しながら、それに対して豪語するアーニャ。

アーニャが回避した場所には小さな焼け焦げたくぼみができており、その熱線(ブラスター)の威力を物語っていた。

 

 アーニャは、あのまま二人でリンチまがいなことをして勝利しても、嬉しくなんてなかった。

何せ二人がかりでは、自分の実力で倒したことにはならないからだ。

 

 それじゃ目の前の焔に、自分の実力を思い知らせない。舐められたままになってしまう。

だからこそ、やはり一対一での戦いを、アーニャは望んでいたのだ。

 

 

「やっぱアンタの炎化。厄介すぎよ!」

 

「そう言う癖に、対策してきたではないか!」

 

 

 とは言うものの、やはりアーニャは焔の炎精霊化には手こずっていた。

炎系魔法と体術がほとんど無効化されるのは、やはり厳しいのである。

 

 それだけでなく、遠距離からのアーティファクトの射撃も注意すべきことである。

故に、アーニャは中々焔へと近づけずにいた。

 

 しかし、焔とて完全に有利であるとは今は思っていない。

アーニャは炎精霊化の対策してきたからだ。さらには龍一郎から受けたダメージも残っている。焔はそんな状況だと言うのに笑いながら、炎をアーニャへ向けて放った。

 

 

「あったりまえでしょう……があっ!!」

 

「氷系の魔法を片足に纏って接近戦とは、なるほど考えたものだな!!」

 

 

 対策は必須だ。それは勝つためならば当然の結果だ。

アーニャはそれを敵に言われても、なんら嬉しくないと叫んだ。

 

 ただ叫んでいただけではない。

氷系の魔法、エヴァンジェリンがよく使う”氷爆”を用いて焔の炎を対消滅させつつ、しっかり距離を縮めてきたのだ。

 

 そこで距離をギリギリまで縮めたのを見たアーニャは、魔法で強化された肉体を最大限に使い、瞬時に焔の懐へと攻め蹴りを放ったのだ。

 

 その蹴りは特殊な状態であった。

先ほども同じことをしていたが、”術具融合”にてブーツに氷系魔法を封じ込め、炎の対策をしていたのだ。

 

 焔はそれを見て、よく思いついたと感心していた。

得意分野が二つ潰されたなら、せめて一つを生かそうと考えたのだろう、と。氷系魔法ならば攻撃できるだろう、と。その氷系魔法と得意な蹴りを同時に使えればよいと。であれば、その二つを融合すれば最高だと。

 

 確かに理にかなっていた。ただ、流石に全身の装備に魔法を融合させることはできなかったため、片方のブーツのみをメインウェポンにするしかなかったようだ。

 

 焔はそれを見極め、であればそっちを受けないようにして戦うことにしたのだった。

アーニャとてそれを理解しているため、そうはさせぬと自分が持っている全てを駆使して戦うのだった。

 

 

 当然、男二人の戦いも、先ほど以上にヒートアップしていた。先ほどと同じ、いや、それ以上の攻防が繰り広げられ、会場の地面を破壊しつくしていた。

 

 

「そらそらぁ! どうしたどうしたぁ!!? 必死に起き上がってきたのに、このままじゃまたお寝んねしちまうぜ!?」

 

「ううううおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」

 

 

 すさまじい、その一言に尽きた。

龍一郎の本気の本気は、すさまじいものだった。

 

 とてつもない拳のラッシュ。まるで、無数に腕があるかのような拳の残像が、超高速で数多に突き刺さる。そうやって無数に拳を撃ちつけながらも、龍一郎は数多への挑発を緩めない。

 

 しかし、数多とてそれを必死に、同じく拳で打ち返す。

無数の拳を、無数の拳で跳ね除けていたのだ。が、それでも数多の表情は必死そのものであり、龍一郎はやはり余裕の表情だ。数多は雄叫びをあげながらも、何とか必死に食らいついていた。

 

 

「どりゃあああ!!!」

 

「へっ!」

 

 

 何とか龍一郎の拳のラッシュをかいくぐり、数多は猛烈な炎と気を纏った右腕を、龍一郎へと振るった。

その拳を回避することなく、左腕で受け流す龍一郎。龍一郎の表情は微笑みが浮かんでおり、余裕過ぎるという感じだ。

 

 

「寝起きで目がさえてねぇのか? 寝ぼけてんのかぁ?! 頭がはっきりしてねぇのかぁ!?!」

 

「グウウウッ!!! チックショォォッ!!!」

 

 

 その数多の右腕を受け流した龍一郎は、そのまま至近距離から右拳で数多を攻撃した。

また、今の数多のだらしない攻撃を叱咤するかのように、さらに数多を奮い立たせんとまくし立てる。

 

 数多は龍一郎の右拳を、左腕で何とか受けつつも、反撃が中々うまく行かないという様子で叫んでいた。

 

 

「はっ!! おらよぉッ!!」

 

「グウウオオオッ!!!」

 

 

 そして、数多は次に左腕を突き出し龍一郎へと反撃すると、龍一郎はその数多の勢いを利用し、逆に数多の腹部を殴りこんだのだ。

 

 たまらず数多は苦痛で叫ぶ。

今の衝撃は自分が突き出した分と、龍一郎の突き出した分が合わさったものだ。

ダメージはかなりでかい。

 

 

「ウウオオッ!!!」

 

「……むっ!」

 

 

 だが、数多はその苦痛を堪え、なんとゼロ距離と言っていい程の至近距離から、龍一郎の顔面へと右拳を放ったのだ。

 

 龍一郎はそれに反応し、瞬動を用いたバックステップにて、一瞬にして数多との距離を置いた。

 

 

「チッ! 避けられちまったか!」

 

「ほう、さっきは身をもだえさせるだけだったっつーのに、カウンターきめてきやがるようになるたぁな」

 

 

 数多は今の攻撃がかわされたことを、悔しそうに言葉に出した。

ただ、今の攻撃がすんなり命中するとも思っていなかった。

 

 この程度じゃやはりダメか。もっと確実に当てれるようにしなければ。

そう数多は思いながら、この龍一郎との戦いに喜びを感じ始めていた。それは顔にも出ており、苦痛でゆがんでいるはずなのに、どこか笑った表情であった。

 

 龍一郎も、数多のカウンターには少々感心していた。

先ほどは同じ威力の攻撃で、苦しみもだえ叫ぶだけだった数多。だと言うのに、今はそれを受けてなお、反撃に出てきた。

 

 先ほどなんかよりも、ずっと根性が座ってきている。

力だけでなく、精神的にも一回り成長した。それがたまらなく嬉しいようで、笑いながら数多を褒めていた。

 

 

「だが、今のテメェならその程度じゃねぇだろ? 何か思いついたんじゃねぇのか?」

 

「ああ。さっき奥義をぶっ放した時に、ちょいとひらめいたもんがあるぜ」

 

 

 そこで龍一郎は、今の数多の実力がこの程度ではないことを察していた。

何かきっと掴んでいる。まだ何か隠している。龍一郎はそれを知りたいがために、数多へとそれを言葉にした。

 

 それを聞いた数多は、ニヤリと笑いながらそれを答えた。

その思いつきは、一度倒れる前に奥義を放った時にヒントを得たと。

 

 

「だったら見せてみろよ。あるもん使わねぇと、俺にゃ勝てねぇぜ?」

 

「わかってんだよ!」

 

 

 ならば、何故それを今使わない。

というか、思いついたのならさっさと使え。全部出し尽くさないと、自分には勝てないと。龍一郎は催促するかのように、数多へとそれを言った。

 

 数多も当然それを理解していた。

ただ、中々出すタイミングがなかったのだ。故に、大声でそう叫び答えた。

 

 

「だから、今すぐ見せてやっからよ! よく見てろよ!!」

 

「待っててやっから、さっさとやりな」

 

 

 それなら今すぐお望みどおり見せてやる。

目をかっぽじって、しっかり見ていろよ。数多はそう叫ぶと、気合を入れるかのような構えを取った。

 

 それを見た龍一郎は、ちょいとその技が出るのに時間がかかりそうだと考え、余裕に構えて待つと宣言したではないか。

実際、そんな無駄に時間がかかる技など、簡単に潰せる。が、せっかく息子が思いついた技だ、見せみようと思ったのである。

 

 

「待つ? だって?」

 

 

 が、しかし、龍一郎の目算は大きく外れた。

数多がポツリと言葉をこぼした瞬間、一瞬にして龍一郎の懐へと忍び込んだのだ。

 

 

「ッ!?」

 

 

 龍一郎はそれに驚いた。

技を出すのは嘘だったのか。油断させる為のフェイクだったのか。

一瞬龍一郎の脳裏にその考えが過ぎったが、それはすぐさま霧散した。

 

 

「んな時間(ひま)ねぇよ!」

 

「グッ!? 野っ郎ぉーッ!!」

 

 

 何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それをもろに、顔面で受け止めてしまったからだ。

 

 数多は龍一郎の懐へと侵入した時すでに、()()()()()()()()()()龍一郎の顔面にめり込ませていたのだ。

だからこそ、数多はそう言葉にして叫んだ。余裕なんてこく時間はないと。

 

 龍一郎も殴られながら、してやられたぜ、と数多の拳を顔に受けながら、大きく叫んだ。

いや、実際は自分が余裕こいた慢心が原因だが、まさか数多が一瞬で技を構築してくるとは思っていなかったのだ。

 

 

「おらよぉ!!」

 

「ぐうっ!」

 

 

 さらに数多は、またしても()()()()()()()()龍一郎の腹へと命中させた。

龍一郎はその一撃に苦痛の声を漏らしながら、とっさに再び数多との距離をとった。

 

 

「……それがテメェの新技ってやつか……」

 

「ああ、そうだぜ」

 

 

 そして、距離を取った龍一郎は、憎憎しげに数多を睨みつけ、その技の全貌を見た。

 

 そこにあったのは、炎の渦だった。

炎の渦を全身に巻きつけ、まるで鎧のように武装した、数多の姿がそこにあった。

 

 数多は龍一郎の言葉に、YESと回答した。

これが先ほど思いついた、新しい自分の技。

 

 

「名づけて、”炎渦爆装(えんかばくそう)”って感じ?」

 

「炎の渦を武装する……か。なるほどなぁ」

 

 

 先ほど思いついたがために、今まで名前が無かった。

数多はそれをここで名づけ”炎渦爆装”と、不敵に笑い呼んだのである。

 

 龍一郎はその数多の新技に、心から感服した。

よく思いついたと。炎の渦を武装し、拳や蹴りの威力を強化するのかと。

 

 

「オラッ!」

 

「ッ! 甘ぇッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

 と、数多は答えを言い終えたと同時に、すぐ様龍一郎へと再び攻撃を開始した。

瞬間的に、瞬く間に龍一郎の背中へと回りこみ、足払いを放ったのだ。

 

 が、龍一郎はそれを瞬時に察し、むしろその足払いを蹴り上げたのである。

なんということか、”炎渦爆装”で強化されていると言うのに、それをものともせずに蹴り飛ばしてきたのだ。

 

 数多はその蹴りで吹き飛ばされ、驚きの表情を見せた。

ただ、驚きながらも態勢をすばやく整え、追撃に備えて既に構えなおしていた。

 

 

「今のタイミングでも防御されんのかよ!」

 

「あったりめぇよ」

 

 

 嘘だろ。今の攻撃もあっけなく防御しやがる。

数多は龍一郎の強さを、改めて実感した。しゃべってる最中、隙だらけだったから即座に攻めた。だと言うのに、簡単に自分の攻撃を反撃で受け止めてきた。数多はそれに戦慄せざるを得なかった。

 

 

「テメェのひよっこの拳に玩具が握られても、怖くねぇからな!!」

 

「だったら玩具だと思ってたもんが、凶器だってことを思い知らせてやるぜ!」

 

 

 そこで龍一郎は、数多をさらに煽った。

もっと俺の前で強くなってくれ。さらに技を磨いて見せてくれ。そう言わんばかりの挑発だった。

 

 そんな風に言われた数多も、皮肉交じりに叫び答えた。

今は玩具にしか見えないだろうが、後にそれが突き刺さってくる凶器になると、そう宣言した。

 

 

「いいねぇ! すごくいい――――」

 

「ちぃ!」

 

 

 が、その会話が終わった瞬間、今度は龍一郎が先手を取った。

龍一郎の姿がぶれたと思ったら、気が付けば数多の目の前に現れたではないか。

 

 数多は先ほど以上にスピードが増した龍一郎に、再び驚いた。

しかし、現れた瞬間に発せられた回し蹴りを、数多はしっかりと右腕で防御したのだ。

 

 

「――――ねぇッッッ!!」

 

「ぐううおっ!?」

 

 

 しかし、その回し蹴りは罠だった。

回し蹴りが腕に命中したとたん、その勢いで龍一郎は数多の頭上へと飛び上がって回り込んだ。さらに、今度は数多の背中へと、間髪入れずに蹴りを放ったのだ。

 

 それには数多も反応しきれなかった。

故に、防御もできずに直撃を受けるしかなかった。

 

 

「む! 炎の渦が衝撃を受け流し緩和してやがんのか!?」

 

「気が付くのがおせぇ!!」

 

「ぐっ!? こいつッ!?」

 

 

 だが、だがだが、何と数多は無傷。

今の龍一郎の蹴りが綺麗に背中へと入ったというのに、ダメージになっていなかったのだ。

 

 それは当然”炎渦爆装”の効果だった。

炎の渦が数多の体全身を包み込んでおり、それが緩衝材の役割を行い龍一郎の蹴りを受け止めていたのだ。

 

 なんてこった。

龍一郎もこの技の新たな能力に、驚きの表情を見せていた。まさか炎の渦が気流のように流れ、その流れをもって衝撃を受け流しているとは。いや、その技の姿を見た時、まさかな、とは思っていたが、まさかだったとは、と。

 

 数多は龍一郎へと、後ろを振り向きつつ肘撃ちを、龍一郎の顔面へ向けてはなった。

その肘撃ちは綺麗に龍一郎の顔面へと命中し、その顔をゆがませていたのだ。

 

 

「おらよぉおお!!!」

 

「舐めんなよッ!」

 

「ぐううあっ!?」

 

 

 さらに数多は振り向くと同時に、龍一郎へと拳のラッシュを浴びせた。

先ほど以上の速度、威力をもって、龍一郎へと猛烈な反撃に出たのである。

 

 これはちょいとまずい。

龍一郎はそう感じ、とっさに数多の拳を避けるように体をかがませ、右拳を数多へ向けて一直線に放った。

 

 その龍一郎の右拳は、なんと数多の腹に直撃し、数多は盛大に後方へと吹き飛んだのだ。

龍一郎が放った右拳の衝撃に、数多はたまらず悲鳴を小さくあげ、口から血を吐き出した。

 

 

「炎の渦の防御を簡単に貫通してくんじゃねぇよ!? おかしいだろ!?」

 

「あぁ? 俺の拳の()()()()()()にすりゃ、んなもんかき消すのなんて訳ねぇだろ?」

 

「イカれてんのか!?」

 

 

 なんと言うことだろうか。

ちょいと手こずらせたはずの炎渦爆装の防御を、あの親父はあっけなく突破してきやがった。防御が抜かれたからこそ、すさまじい衝撃で体が吹っ飛ばされたのだ。

 

 数多はありえねぇ、と言う表情でそれを叫んだ。

なんだそりゃ、頭がどうかしそうだった。ただ、そう思い叫びながらも、再び地面を蹴って龍一郎へと攻撃する数多。

 

 その数多の反撃を全身でかわしつつ、できて当然と龍一郎は豪語していた。

とは言え、龍一郎も最大の攻撃をもって、数多の防御を突破していた。逆を言えば、最大の力でなければ、数多の防御が抜けなかったと取れる発言であった。

 

 が、数多には()()()()()()()()()()()ことで頭がいっぱいだった。

故に、その龍一郎の発言は、親父の自信の表れとしか聞き取れなかったのである。

 

 

「その程度の小細工じゃ、俺の攻撃(こぶし)は防げねぇよ!!」

 

「やってらんねぇぜ!!」

 

 

 されとて、龍一郎にはまだまだ数多の技は玩具程度の認識だ。

自分の全力の拳を防げてこそ、ようやく凶器と言えると思っているからだ。

 

 それを龍一郎が数多へ言うと、数多はふて腐れた言葉を笑いながら吐き捨てた。

なんという親父だろうか。だからこそ、越え甲斐があるというものだ。

 

 

「だったら、防御なんて捨てて、全部攻撃に乗せるだけだぜッ!!」

 

「はっ! その程度で俺が倒せるんなら、修行なんていらねぇぜ!」

 

 

 防御が無意味となるならば、それを全て攻撃に回せばいい。

数多はそう叫びながら、体に纏っていた炎の渦を、両腕と両足に絞り込んだ。

 

 その両腕と両足は、炎の龍がからみつくがごとき姿を見せていた。

そして、燃え盛る竜巻を纏った拳を、再び龍一郎へと浴びせたのだ。

 

 が、龍一郎はそれを確実に回避し、数多へと反撃を行う。

また、数多をさらにやる気にさせるため、龍一郎は何度も何度も攻撃と同時に煽るのだった。

 



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百五十二話 膝をつく者と立ちつくす者

 ここは墓守り人の宮殿。その一つの部屋で、モニターを眺める男が一人いた。

それはアーチャー一味の仲間の一人である、コールド・アイスマンという男だった。

 

 

「何を見ているんだ」

 

「試合だ」

 

「試合……? ああ、拳闘大会の決勝戦か」

 

 

 そのコールドへと、声をかけた男。その名も赤井弓雄。自称アーチャーを名乗る転生者だ。

アーチャーはコールドが何を見ているのか、気になったようだ。

 

 それを尋ねられたコールドは、素直に言葉にした。それは戦いであると。

が、アーチャーは何の試合かわからなかったので、モニターへと目を移し、理解した様子を見せた。

 

 

「フフフ……、すばらしい」

 

「何がだ」

 

 

 すると、コールドが突如として、クツクツと笑いながら言葉を発し始めた。

アーチャーはちょっと不気味に思いながらも、何がどうしたと疑問を投げた。

 

 

「俺がライバルと認めた男が、すばらしいんだ」

 

「ほう」

 

 

 コールドは当然のごとく、歪んだ笑みを見せつつ、画面から目を離さずそれを説明した。

そうだ、俺が認めたあの数多とか言うヤツが、最高の場面を見せてくれたのだ、と。

 

 とは言え、アーチャーはコールドが何を言ってるのか、あまり理解していない。

何か面白いヤツを見つけた、程度には聞いていたが、それだけなのだ。故に、軽く相槌を打つだけで、それ以上は言葉にしなかった。

 

 

「一度は失望させてくれたが、やはり俺が認めただけはあった!」

 

「あ、ああ……。そうか……」

 

 

 しかし、コールドはそんなことなどお構いなしに、どんどんテンションをあげて声を大きくするではないか。

一度は失望した、とは、龍一郎にあっけなく倒された姿を見たからである。その後復活したので、その失望を上回る期待が湧き出たようであった。

 

 その光景にアーチャーは、正直ドン引きだった。

だから、後ろに下がって表情を引きつらせながら、相槌を打っていた。なんというか、随分とご執心だ、としか思っていなかった。

 

 

「しかし、なるほど。()()()()()()()()()()

 

 

 そんなアーチャーなど気にもせず、画面に釘付けとなっているコールド。

そして、数多が言っていた()()を、その戦いで理解したのである。

 

 

「確かに、俺なんぞよりも、よほどの高みではあるな」

 

 

 その数多が言っていた()()こそ、画面で数多が戦っている相手である、父親の龍一郎だ。

それを完全に察したコールドは、その龍一郎の実力を見て、なるほどと納得した様子を見せたのである。

 

 

「次に合間見える時が、すでに楽しみになってきたぞ……、熱海数多……!!」

 

 

 この戦いにて数多はさらに成長を遂げている。

次に戦う時は、この前以上となっている数多と戦えるのを、コールドは楽しみで仕方が無かった。

 

 次はきっとさらに白熱した戦いになる。

そう考えただけで、表情が緩み笑ってしまうと、コールドは唇の端を吊り上げながら思うのだった。

 

 

「むっ……、アーニャが何故あの場所にいるんだ……」

 

 

 そんなコールドにドン引きしつつも、その横でアーチャーは試合を見ていた。

すると、そこには人質にできなかった少女、アーニャの存在がいたのである。アーチャーはアーニャの存在と居場所を確認しつつも、どうして試合に出ているのか理解できない様子を見せるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 拳闘大会、ジャック・ラカン杯は、かなり長く試合が行われていた。数多と龍一郎が幾度となく衝突を繰り返し、もはや試合場は見るも無残な姿となっていた。

 

 何分、何十分戦いが続いたのだろうか。誰もが終わりが見えぬ戦いに、息を呑みながらも未だ冷めぬ熱意を浴びせていた。

 

 ただ、戦っているのはもはや男二人のみ。少女二人はどちらも疲れ果て、完全に倒れこんでいた。

 

 焔は先ほど受けた龍一郎からのダメージを引きずっていたが故に、体力の限界を超えてしまったのだ。全力での炎精霊化(チェンジ・ファイア・スピリット)でさらに体力を消耗し、アーニャとの攻防で疲れきってしまったのである。

 

 アーニャもまた、同じく疲労で限界を超えていた。決定打のないアーニャは、ひたすらに氷系魔法を撃ち込みつつ、氷系魔法を纏った蹴りで接近戦を行うしかなかった。長い試合にて徐々に魔力を消耗してきたアーニャは、魔力枯渇に陥ってしまい、最終的に意識を失ってしまったのだ。

 

 

 しかし、そんな果てしなく続いている戦いも、終わらないということはないだろう。終わらぬ試合など存在しないのだから。

 

 

「チクショウ……、まったく決着がつかねぇ!」

 

「はっ! テメェもタフになりやがって、すぐに終わらせてやると思ったんだがなぁッ!」

 

 

 数多は長く続いた戦いに、大きな声で文句を飛ばす。

龍一郎がまったく倒せないからだ。目の前の親父が、まるで倒れる気配すら見せないからだ。

 

 龍一郎も、数多の粘り強さに関心していた。

あの時眠らせてやったのに、起きたら耐久力が段違いに上がっていた。すぐさまぶっ倒せると思っていたが、考えが甘かったと、龍一郎も声を大きくしていた。

 

 

「つーことはよ。お互いの最大最強の技を、ぶつけ合うしかねぇよなぁ?」

 

「俺もちょうど同じことを考えてたところだぜ」

 

 

 このままだらだらと戦っていても、埒が明かない。ならば、最高の決着のつけ方ってものがあるだろう。それは簡単だ。両者とも、最大の奥義をぶっ放し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 龍一郎がそれを提案すれば、数多も同意見だと言葉にした。

 

 

「なら、行くぜ?」

 

「ああ、行くぞ!」

 

 

 そして、両者は目と目を合わせると、龍一郎の掛け声と共に、どちらもゆっくりと構えを取り始めた。

 

 

「”超熱血”」「”真熱血”」

 

 

 数多は、先ほど見せた奥義の再来。

龍一郎は、自ら生み出した最高の奥義を。

 

 

「”衝撃”」「”剛龍”」

 

 

 数多は、先ほどは届かなかった奥義を、龍一郎に届かせるため。

龍一郎は、ここまで戦い抜いた数多への、最大の賛美と褒美として。

 

 

「”崩壊拳”ンンンッッッ!!!!」

 

 

 その奥義を、名を叫びながら。

 

 

「”天昇拳”ッッ!!」

 

 

 両者は、それを倒すべき相手へ向けて放った。

 

 

「うおおおおおおぉぉぉぉッッ!!!!」

 

「おおおおおおおおおおッッ!!!!」

 

 

 数多は極大の炎の渦を纏いながら、龍一郎へと接近していく。

同じく、龍一郎も炎の龍を背負いながら、最大加速で数多へと突撃していく。

 

 

「オラァッッ!!」

 

「キャオラッ!!!」

 

 

 ズドンッ! と言う衝突音が、会場へと響き渡った。それは両者の奥義が衝突する音だった。

 

 すると、突如として、まるで太陽のプロミネンスが吹き荒れるほどの、すさまじい炎が会場を覆った。それは天を焦がすほどの、莫大な炎。誰もが炎の光で視界を遮られ、両者の姿が見えなくなるほどだった。

 

 

「どうしたぁ? この程度じゃ俺にゃ勝てねぇぜ!?」

 

「うぐううおおおおおおぉぉぉッッ!!!」

 

 

 奥義のぶつけ合い、気合のぶつけ合いがそこにあった。その衝突の中心は真っ赤に燃え盛り、地面はマグマのように溶解し、大きな波を立てていた。

 

 だが、拮抗とは言えず、わずかながら数多の方が押されている状態だった。龍一郎は押される数多へと、さらに激励を飛ばす。煽りまくる。数多もそれを聞きながら、さらなる根性を見せるべく、大声で唸りをあげた。

 

 

「ぐうう……”激熱血”」

 

「……何?」

 

 

 すると、数多は右腕の奥義で龍一郎の奥義を抑えつつ、左手を握り締め、新たな奥義の名を述べ始めた。

龍一郎はそれを聞いて、まさか、と言う顔を見せた。

 

 

「”鳳凰……飛翼拳”……ッッッ!!!!」

 

「なっ!? 左手で新たな奥義だとぉッ!?」

 

 

 なんと、何と言うことか、数多は左手で新たな奥義を発動し、龍一郎の奥義を超えるべく両腕でそれに抗ったのだ。

その奥義を発動すると、左腕から炎の鳥が発生し、数多を包み込んだ。

 

 その左手を右手の隣へと突き出し、龍一郎の奥義を破らんと力を解き放った。

すさまじい炎の渦と炎の鳥が、炎の龍を打倒すべく、それを押し戻さんと力強く殺到する。

 

 龍一郎は驚いた。

まさか、数多が一つの奥義ではなく、二つも奥義を同時に発動するなど思っていなかったからだ。ダブル奥義など、数多が使えると思っていなかったからだ。

 

 

「クッ!? やるじゃねぇかッ!! だが、まだまだ甘かったみてぇだなぁ!!」

 

「おおおおおおおおおオオオオぉぉぉォォッッ!!!!!」

 

 

 しかし、だがしかしだ。これでようやく龍一郎の奥義と拮抗状態になっただけであった。

龍一郎は確かに驚いたが、この程度では自分を超えられぬと、数多へと叫んだ。

 

 数多は叫ぶ。はちきれんばかりの声で、強く強く叫ぶ。

目の前の親父を超えるべく、強く強く心を念じる。このままではダメだと、次の行動を開始する。

 

 そして、数多はなんと右腕の奥義をやめ、懐へと戻したのだ。

 

 

「ッッ……”真熱血”」

 

「ッ!?」

 

 

 それは、新たな奥義だった。右腕を戻したのは、新たな奥義を放つためだった。数多はここでさらなる奥義の名を、静かに言葉にし始めたのだ。

 

 龍一郎はそれを聞いて、再び驚いた。

奥義の三連続、その時点で驚愕すべきことだ。が、それ以上に、この奥義の名に驚いた。

 

 

「”剛龍天昇拳”んんッッッッ!!!!!」

 

「なっ!? にぃっ!?!?」

 

 

 それは、今龍一郎が放った奥義だった。数多はその奥義の名を言い終えると、右腕を龍一郎へ向けて突き出した。

 

 すると、龍一郎のように、炎の龍が発生し、数多を取り巻く炎の鳥を飲み込んだ。なんと炎の鳥を取り込んだ炎の龍は、さらなる成長を遂げ、荒れ狂う巨大な龍となって、龍一郎の炎の龍を襲ったのだ。

 

 龍一郎はそのすさまじい炎のパワーに、たまらず声を荒げた。

まさか奥義を三つも放つとは、自分の奥義まで使えるとは。

 

 

「どおおおオオオオおおおォォォぉぉりゃああアアアアぁぁぁアアアァァァァァッッッ!!!!!」

 

「ぐうううおおおおおおお!? こいつ俺の奥義まで……ッッ!!?」

 

 

 炎の龍と炎の龍が、どちらかをかみ殺さんと、暴れ周り渦となっていた。まさに、龍と龍が戦っているかのごとき、すさまじい光景だった。

 

 この奥義にて、数多の炎の方が龍一郎の炎より強くなった。上回った。このチャンスを逃すまいと、数多は更に気合を入れて叫び声を上げ、炎を燃焼させ爆発させる。

 

 龍一郎は自分が押されていることに気が付いた。

まさか、この自分が目の前の息子に押され始めているなどありえないと。こんなことがありえるのかと思いながら、目を見開き大声を張り上げていた。

まさか、まさかの連続で、驚愕の連続だった。

 

 

「オオオォォヤアアァァァァジイイイイィィイィィィィッッッ!!!!!」

 

「うううおおおおおおぉぉぉぉッッ!!??!?!」

 

 

 さらに、数多は炎の龍と一体化し、龍一郎を押し上げ天高く昇り始めた。それはまさに炎の龍が空へと舞い上がるかのような、とても神秘的な光景であった。

 

 誰もがその雄々しく天に昇る龍を見て、感激していた。ラカンもネギも小太郎も、エヴァンジェリンもギガントも、その光景に驚きを隠せずにいた。

 

 そして、龍は闘技場の天井のバリアへと衝突すると、龍一郎を圧迫し始めた。数多はそこでさらに大声で、父親を呼び叫んだ。喉がイカれるほどの大声で、目の前の父親を打倒せんと叫んだ。

 

 龍一郎は背中にバリアに衝突させながら、目の前の炎の龍を受けるのに精一杯だった。なんということだ、自分の奥義が完全に押され、危機的状況へと追いやられている。この数多の奥義を何とか押し返すべく、龍一郎も大声で叫び右腕に力を入れる。

 

 

 だが、それはかなわなかった。龍一郎の奥義が完全に吹き飛ばされ、数多の奥義が龍一郎の体へと直撃した。数多の炎の龍が、龍一郎の炎の龍と龍一郎へと牙を立て、飲み込んだのだ。

 

 その直後、巨大な爆発が会場の天井を覆い尽くした。巨大な爆発は天井のバリアを完全に砕け散らせ、膨大な炎は余波となって空へと轟き天を焦がした。また、数多が放った炎の龍は、自らの使命を果たしたかのように、天へと昇り消滅していった。

 

 すさまじい光景だった。誰もが何が起こっているのか、わからないほどの状況だった。天が光り輝き、まるで太陽のようなまばゆい輝きが、観客席に降り注いだ。

 

 そんな輝きの中を突きぬけ、まっさかさまに落下する二つの影が見えてきた。

数多と龍一郎が、天から落ちてくる様であった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 数多と龍一郎は、どちらも距離を置いて地面へと着地し、静かに立ち尽くした。

いや、驚くことに立ち尽くしているのは数多だけで、龍一郎は地面に右膝をついて数多を見上げていたのである。

 

 両者とも無言。観客すらも、その空気に当てられて、誰も声を出せずにいた。

そこで、その空気を破ったのは、龍一郎の方だった。

 

 

「クク……」

 

 

 龍一郎はゆっくりと立ち上がり、再び笑い始めたのだ。

 

 

「クックックッ……」

 

 

 静かに、されど愉快に、龍一郎は笑っていた。

今の戦いを、まるで楽しいゲームを終えたかのような、そんな風に愉快そうに笑っていた。

 

 

「……いやぁ、効いたぜ……、今の奥義三連発はよぉ……」

 

 

 いやはや、数多のあがきはすさまじかった。

驚きの連続に、何度も心を躍らされたか。龍一郎は穏やかな声で、数多を褒めるようにそれを述べた。

 

 

「……久々に……ッ、ガフッ……実感したぜ……。でけぇダメージを受ける感覚をなぁ……!」

 

 

 すると、龍一郎は言葉とともに口から大量の血を吐き出し、少し体をよろめかせた。

これほどまでに手傷を負ったのはいつ以来か。龍一郎はそれを思い出しながら、口についた血を右腕で拭い去りながら、数多の方を眺めていた。

 

 が、しかし、数多はピクリとも反応をしなかった。

龍一郎がこれほどの言葉を投げかけているというのに、立ち尽くしたまま動きもせず、声すら出さなかったのである。

 

 

「しかしよぉ、立ったまま気絶するとは、随分器用な奴だなおい……!」

 

 

 何故なら、数多は三つの奥義を放ち、着地した時点で、完全に気を失っていたからだ。

流石の数多も奥義三連続は肉体的にも精神的にも耐え切れなかった。それでも着地して二の足で立っているのは、数多が振り絞った最後の気合が見せたものだったのである。

 

 龍一郎はそれに気が付き、聞いていないであろう数多へとその感想を苦笑しながら述べていた。

 

 

「……しょうがねぇな……」

 

 

 龍一郎はその言葉の後に、はぁー、と大きくため息を吐くと、チラリと周囲を見てどうするかを決めた。

 

 

「審判」

 

「はい? なんでしょうか?」

 

 

 そこで龍一郎は突如として、審判を呼び出したではないか。

審判の女性は驚くのを何とか堪え、気絶した数多へのカウントを取ろうかと思っていた。

そんな時に呼び止められ、なんだろうかと龍一郎へと近づいていった。

 

 

「負けだ」

 

「え?」

 

 

 すると、龍一郎はなんと、一言、自ら負けを認めると言い出したではないか。

審判はそれを聞いて、聞き間違えかと思いキョトンとした顔を見せていた。

 

 

「俺の負けだ」

 

「えっ!? あっ!? そ、それは自ら敗北を認めるということでよろしいのでしょうか!?」

 

 

 なんということだろうか。意識を保ち立ち上がった龍一郎は、自ら敗北を認めたのだ。

一体何の冗談だろうか。審判は驚き戸惑いながらも、本当にそれでいいのか聞き返していた。

 

 

「ああ、それでかまわねぇよ」

 

「ほっ、本当によろしいんで!?」

 

 

 龍一郎はその問いに、YESと答えた。

自分の負けで結構。その判定でよいと、静かに言葉にしたのだ。

 

 が、審判はこの勝負、明らかに龍一郎の勝利と考えていた。

なので、もう一度、本当にそれでよいのかを尋ねたのである。

 

 

「本当の本当だ」

 

「わっ……わかりました」

 

 

 二度目の問いにも、龍一郎はそれでよいと答えた。

何故なら、あの奥義のせめぎ合いの後に、立っていたのは数多だったからだ。

 

 気を失いながらも二つの足を踏みしめて、しっかりと地面に立っていたのは数多だ。

龍一郎は最終的に膝をついていた。体力的にもダメージ的にも余裕はあるが、片膝を地面につけ、立っていられなかった。だからこそ()()の勝利者は、数多であると思ったのである。

 

 

「龍一郎の敗北宣言により! 優勝は数多・焔コンビに決定しました!!」

 

 

 審判も龍一郎の言葉に二言がないことを理解し、数多たちの勝利を高らかに宣言した。

その直後、観客席から大きな声が聞こえてきた。

 

 誰もが両者の熾烈な戦いに感激していたためか、このような試合の幕引きだと言うのに、大声で賞賛の声を送ったのだ。

 

 

 龍一郎は声援を聞きながら、ゆっくりと数多の方へと歩き出した。

そして、龍一郎が数多の前へ来ると、数多の体がぐらりと揺れ、龍一郎の肩へともたれかかったある。

 

 

「んったく……、寝るなら倒れて寝ろや」

 

 

 龍一郎は数多の体を支えると、ため息を小さく吐きながら、静かに床へと寝かせた。

まさか、この状態で立っていられるとは、大したヤツだ。そう龍一郎は思いながら、聞こえぬ数多にそれを言った。

 

 

「……随分成長しやがって。……マジでいい試合だったぜ……!」

 

 

 さらに、この試合で急成長を遂げた数多へと、龍一郎は賞賛の言葉を残した。

すばらしい試合だった。自分がここまで追い込まれたのは久々だった。今の試合を思い返しながら、龍一郎は言葉をつづる。

 

 

「だがよぉ、今度はさらに強くなって挑んで来いよな」

 

 

 しかし、龍一郎はこれで満足していない。

今度は自分が完全に倒れ、動けなくなる程の勝利をおさめてくれ。さらに強くなって完全な勝利を見せてくれ。心の奥底から龍一郎が願うことは、それであった。

 

 意識がない数多へと、龍一郎は最後にそれを言葉にすると、今度は焔の方へと歩み寄った。

 

 

「父……さん……」

 

 

 焔もまた、完全に体力的限界を超えて、前のめりで倒れていた。

かろうじて意識がある状態だが、体が全く動かない状態だ。当然炎精霊化(チェンジ・ファイア・スピリット)も解けていた。

 

 龍一郎が焔に近寄る音を聞いた焔は、何とか頭だけを動かし、龍一郎の方を見上げた。

 

 

「よう、大丈夫か?」

 

「……そうでも……ない……」

 

 

 龍一郎も焔が苦しくないように、体をかがめて姿勢を低くしながら、安否を気遣った。

その龍一郎の問いに、焔は大丈夫ではないと、少し辛そうな声でゆっくりと言葉にした。

 

 

「あんだけ俺の拳を受けたんだからな。よく耐えた方だぜ」

 

「う……ん……」

 

 

 あの時焔へ向けて放った拳は、本気の威力だった。

確かに数多へ放った攻撃よりも、回数は少ない。それでも、その威力を受けてなお耐え切ったことを、龍一郎は賞賛し称賛たのである。

 

 龍一郎はそれを言い終えると、焔の頭を優しく撫でた。

焔はちょっと気恥ずかしそうにしながら、小さく返事をしたのだった。

 

 

「さて、アーニャちゃんは……、こっちも寝ちまってるみてぇだな……」

 

 

 そして、龍一郎は立ち上がると、自分と同じチームを組んでくれたアーニャの方を見た。

そこに見えたのは、焔と同じく前のめりに倒れ、気を失ったアーニャだった。

 

 

「よっこらっと……」

 

 

 龍一郎はアーニャの方へと歩き出し、彼女を優しく静かに抱きかかえた。

その後、まだ焔に用があったのか、龍一郎は再び焔の方へと戻ってきたのだ。

 

 

「俺はこの子を医務室に運んだ後でトンズラすっからよ」

 

「……なっ……」

 

 

 龍一郎はその次に、再び姿をくらますことを、焔へと予告しだした。

アーニャにしかるべき処置を行った後に、この場から去ると。

 

 それを聞いた焔は、またしても姿を消すと言う龍一郎に、小さく驚いた。

こんな試合の結果にしてしまって、数多に会わなくてもよいのかと思ったからだ。

 

 

「数多の野郎に言っておいてくれ。()()とな」

 

「……ッ! ああ……、伝えておく……」

 

「……いい子だ」

 

 

 ただ、龍一郎は小さく笑いながら、もう一言付け加えた。

それは数多への言葉だった。そして、その言葉は()()の二文字だった。

 

 焔はその言葉の意味を理解したのか、再び驚いた顔を見せた後、穏やかな表情でそれを承った。

 

 そんな焔へと、龍一郎は優しさを感じる表情で小さく褒めた。

その後、龍一郎はアーニャを抱えたまま、その場を去っていったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 あの試合の後、数多たちは医務室へと運ばれた。

そこのベッドで数多は寝かされていた。

 

 また、アーニャもその近くのベッドで、ぐっすりと眠っており、その傍にはネギの姿もあった。

 

 

「う……、ここは……?」

 

 

 あれから数時間ベッドで寝かされていた数多が、ようやく意識を取り戻した。

ゆっくりと目を開け、まばゆい光を瞳で認識し、今いる場所を確認する。

 

 

「……俺は親父に奥義を三連続でぶっ放して……、それから……」

 

 

 次に数多は、ゆっくり上半身を起こし、現状を把握した。

自分はどうなったんだったか。奥義を三度使ったのは記憶している。その後親父を何とか圧倒したも覚えている。だが、その後のことがよく思い出せなかった。

 

 

「そっ、そういや試合はどうなった!?」

 

 

 そして、最も気になることこそ、試合の結果だ。

あの後どうなったのか、数多は気になって慌てた態度を見せていた。

 

 

「優勝したのは、私たちだ」

 

「焔!?」

 

 

 すると、ベッドの端っこに座りながら、顔をこちらに向ける焔が、その結果をはっきり言葉にした。

数多は突然声がしたので少し驚き、そちらへ顔を向け、それが焔だと理解して表情を緩ませた。

 

 

「優勝って、俺が親父を倒したのか!?」

 

「……いや、父さんはまだ動いていた」

 

「じゃあ何で俺らが優勝なんだよ!?」

 

 

 が、再び数多は混乱し、困惑を示した。

優勝、ということは、自分が龍一郎を倒したということになるはずだ。それを確認すべく焔へと、再び荒げた声で聞き返したのである。

 

 焔はゆっくりと、その事実を述べた。

あの奥義同士のせめぎ合いの後、どうなったかを焔は見ていた。数多は龍一郎を倒しきれず、龍一郎は当然のごとく歩いていたのを言葉にしたのである。

 

 では、何故自分たちが優勝しているのか。

数多はさらに理解が及ばず混乱を見せた。龍一郎が動けるならば、優勝は当然親父の方なはずだからだ。

 

 

「それは……、父さんが自ら敗北を認めたからだ」

 

「な……ッ!! なんでだッ!?」

 

 

 どうして自分たちが勝ったのか。

その理由を焔は、数多へとはっきり言った。

 

 それを聞いた数多は、驚きながら大きな声で疑問を叫んだ。

まるで意味がわからなかったからだ。

 

 

「それは多分……()()の言葉の中に理由があるんじゃないか……?」

 

()()……?」

 

 

 すると焔はさらに言葉を続けた。

その数多の”何故”と言う疑問を解消すべく、その言葉を数多へと伝えた。

 

 その言葉を聞いて、数多はぴたりと動きを止めた。

そして、焔へともう一度、聞き間違えはないか、聞き返したのである。

 

 

「父さんが私に託した、兄さんへの送り言葉だ」

 

()()……か……」

 

 

 その言葉こそ、焔が数多へと伝えるように頼まれたものだった。

焔はそのことを数多へ伝えると、数多は静かにその言葉の真意を考え始めた。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 先ほどの興奮していた状態からは打って変わって、完全に頭を冷やし、冷静となった数多。

小さくため息をついた数多は、龍一郎が何を言いたいのかを、理解した様子だった。

 

 

「……わかったぜ親父……」

 

 

 ()()とは、つまるところ、数多の実力が龍一郎の及第点に届いたということだ。

あの龍一郎が納得し、認めたということだ。だからこそ、今回は勝ちを譲ったのだろうと。そのことを考え、数多は天井を見上げてぽつりと言葉を漏らした。

 

 

「今回はまあ、……こんなチンケな勝ちでも、勝ちってことで貰っておくぜ」

 

 

 数多も合格の言葉で、今回の勝利に納得した。

親父がそれでいいとしたのなら、ありがたく勝ちを頂いておくとした。

 

 

「だがよ、次は実力だけで、勝ちを奪ってやるからな……!!」

 

 

 だが、()()()だ。今はそれで納得する。

それでも()()()()()は、完全に龍一郎を打ち倒し、完膚なきまでの勝利をもぎ取ってやると、数多は心に誓ったのだ。その決意を胸にしまいこみ、右腕を天井へと掲げ、不敵に笑って見せたのであった。

 

 

「おっと、……とりあえず勝ったんだから賞金をあいつらに渡さねぇと」

 

「……と言うか、体は大丈夫なのか?」

 

 

 さて、完全勝利と言う訳ではないが、勝利したのだから、賞金は手に入るだろう。

それを覇王と状助に渡しに行かなければと、数多は体を動かした。

 

 そこへ焔は数多の体を気遣う言葉をかけた。

先ほどの試合で、龍一郎からボコボコに殴られていたのだから、もう少し休んでもよいのでは、と思ったようだ。

 

 

「寝たらだいぶ良くはなったみてぇだ」

 

「そうか」

 

 

 数多もふとそれを思ったのか、両腕を回したり手を握ったり開いたりを繰り返した。

とりあえず痛みは多少あるが、動くことに支障はないことを確認した数多は、問題ないと焔へ告げた。

 

 焔も数多の態度を見て、納得した顔を見せたのだった。

 

 

「むしろ、そっちこそ大丈夫なのかよ」

 

「私も、少し休んだから平気だ」

 

 

 だが、次に数多が逆に、焔の体を心配した。

少しの時間かもしれないが、あの親父と戦ったのだ。まだ体が痛むのではないかと考えたのだ。

 

 それに対して焔も、自分も問題ないと言うではないか。

焔も数多が寝ている間に、しっかり休んでいた。なので、問題はないと言葉にしたのだ。

 

 

「そっか。んじゃ、あいつらんところに賞金持って行くか!」

 

「うむ」

 

 

 ならば、早速賞金を受け取りに行こう。

数多はベッドから下りて立ち上がり、焔へと声を掛けて歩き出した。歩き出した数多を追うように焔もベッドから降り、小さく返事を返して数多へと駆け寄っていった。

 

 そして、彼らが外へ出たところでアーニャも目を覚まし、心配するネギの表情を見て顔を赤らめるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 数多たちは賞金を受け取った後、状助たちを探した。

そして、闘技場の一つの部屋で待機していた状助たちをようやく見つけると、二人の方へと駆け寄っていった。

 

 

「よう、お前ら!」

 

「どうも」

 

「どうもっす」

 

「お疲れ様です、熱海先輩。妹さん」

 

 

 ようやく見つかったと言う様子で、数多は大声で二人を呼んだ。

その横の焔も、二人を見てとっさに挨拶を述べた。

 

 状助も数多たちを確認した後、小さく頭を下げて返事をしていた。

また、覇王は勝利した二人へと、労いの言葉をかけたのである。

 

 

 

「ほらよ、()()の賞金だ」

 

「ありがとうございます、熱海先輩」

 

「ありがとうございますッ!!」

 

「礼はいらねぇよ。約束だからな」

 

 

 挨拶が終わると、数多はすっと50万ドラクマが入った布袋を取り出し、覇王へと手渡した。

いやはや、なんとか約束が果たせた。よかったよかった、そんなことを考えながら、二人に話しかけていた。

 

 覇王はそれをゆっくり受け取ると、その場で頭をしっかり下げて礼を言葉にした。

状助も続いて頭を下げ、同じく礼を言うのだった。

 

 がっつり頭を下げて礼をする二人に、数多はそれは不要と述べた。

何せ勝手に約束したのは自分だし、その約束を果たしたに過ぎないと思っているからだ。

 

 

「そして、優勝おめでとうございます」

 

「おめでとうっス!!」

 

「お、おう……。サンキュー……」

 

 

 と、そこで覇王は賞金を持ってきた数多へと、大会優勝に対しての祝いの言葉を述べた。

状助もそれを聞いて、とっさに頭を下げて、そのことを祝った。

 

 が、完全勝利ができなかった数多は、それに対して曖昧な態度を見せ、少し覇気の無い声でその礼を述べるのだった。

 

 

「とりあえず集まったっすねぇ。目標の100万ドラクマ」

 

「一時はどうなること思ったけど、何とかなってよかったよ」

 

 

 状助は今回のことがうまく行ったことを、大変喜んだ様子であった。

”原作知識”を使った作戦だったが、すでに”原作”とはかけ離れている。うまく行くかどうかは、状助もわからなかったからである。

 

 いやー、すごいなあ。本当に100万ドラクマが集まるなんて。

覇王はそうしみじみ思いながら、これで一つ肩の荷が下りると安堵していた。

 

 

「まっ、とりあえず俺のスタンドで、お二人を治療させて頂きますッ!」

 

「おっあの不思議な力か!」

 

「目にも見えぬ謎の力だな……」

 

 

 そこで状助は先ほど戦っていた数多たちへと、クレイジー・ダイヤモンドの腕を伸ばした。

二人は軽い手当て程度しかされてないのを見た状助は、とっさに傷を治そうと考えたのだ。

 

 数多も状助の能力は何度か見ていたので、例の力のことを思い出していた。

まったく目に見えずに、物体や傷を一瞬で修復する状助の能力は、すさまじいが便利なものだと思っていた。

 

 焔も状助の能力を見たことがあった。

なんと言うことか、魔法や気とは違う得体の知れない力だ。故に、いつもながらよくわからないものだと、言葉を漏らすのだった。

 

 

「すげぇなあ! いやあ痛みも怪我も吹っ飛んだぜ! ありがとうよ!」

 

「ありがとう」

 

「別にいいっすよ! 約束果たしてもらったわけだしよー」

 

 

 なんということだろうか。傷が突如として癒えたではないか。

数多はそれを見て状助へと礼を、笑顔で叫ぶかのように言った。ただ、すさまじいダメージだったのか、完全に傷が癒えるまで数十秒かかっているのだが。

 

 焔も治療してもらったので、状助へと小さくお辞儀して感謝を述べた。

 

 その二人から感謝をもらった状助は、照れくさそうにしながら、気にしなくてよいと言うではないか。

大会で優勝し、賞金を貰って来てくれたことの方が、明らかに感謝してもしきれないことだと思っているからだ。

 

 

「では、僕らは友人のところへ行って、開放してきます」

 

「んじゃ!」

 

「おう、行って来い!」

 

 

 二人の傷が癒えたのを見た覇王は、早速三郎の奴隷解放を行うと話し、移動を始めた。

状助もそれにつられて歩き出しながら、最後に数多たちへと腕を挙げて別れの台詞を残した。

 

 数多はそれを見送り、笑って二人へ声をかけた。

 

 

「まあ、とりあえず、何とかなってよかったぜ」

 

「そうだな……」

 

 

 状助たちの姿が見えなくなったところで、約束を果たせたことに、安堵して気が抜けた態度を見せる数多。

彼らの友人が無事に助かってよかったと、心からそう思っていた。

 

 焔も同じように少し疲れた様子で、数多の言葉に同意していた。

 

 

「数多と焔はここかな?」

 

 

 そこへ、二人を探して会いに来たものがやってきた。

それはあのギガントだった。

 

 

「ギガントのおっちゃん! 久しぶり!」

 

「ど、どうもお久しぶりです」

 

 

 数多はギガントの姿を見て、元気よく挨拶をした。

焔はギガントの姿に恐縮してしまい、小さな声で戸惑いながら挨拶を述べていた。

 

 

「どうしてここに?」

 

「優勝祝いついでに、治療をしに来たのだよ」

 

 

 そして、数多はギガントがこんな場所に現れたことに疑問を感じ、それを聞いた。

 

 その問いにギガントは、平然とした態度で答えを述べた。

勝利、と呼べるような勝ち方ではなかったにせよ、あの龍一郎を認めさせて勝利したことには違いないだろう。その勝利を祝いの言葉をかけるだけでなく、決勝戦での傷を癒そうと考え、ギガントは足を運んだのである。

 

 

「サンキューおっちゃん!」

 

「ありがとうございます」

 

「気にするな。治療こそがワシの役目。怪我人がいたら治療しに来るのは当然のことだ」

 

 

 数多はそんなことのために、こんな場所にやってきてくれたギガントへと、とっさに礼を言葉にした。

焔も同じように感謝し、ペコリと頭を下げていた。

 

 ただ、ギガントはそれを当然と思っているからやって来たに過ぎない。

なので、礼は不要だと言いながら、ゆっくりと二人へと近寄ったのである。

 

 

「だけどおっちゃん。すげー申し訳ねぇんだけど、すでに治して貰っちまってんだ」

 

「ほう?」

 

 

 しかし、数多たちはすでに状助から治療を受けた後であった。

故に、すでに治療が終わっていることを、申し訳ないと言う感じで数多はギガントへと言った。

 

 ギガントはそれを聞いて、一言不思議そうな声を出すだけであった。

 

 

「俺の後輩の一人が、何かすげー能力で治してくれたんだ」

 

「なるほど」

 

 

 数多はさらに説明を続けた。

状助の能力はすごいものだったと。その謎の力で簡単に傷を癒してくれたと。

 

 それを聞いたギガントは、腕を組みながら納得した様子を見せていた。

そのすごい力となれば、メトゥーナトが報告に挙げていた、先ほどすれ違った例の男子なのだろうと。

 

 

「それなら、いらぬお世話だったようだな」

 

「いえ、そのようなことは決して!」

 

「そうだぜー! 気を使ってくれてむしろ感謝しかねぇぜ!」

 

「ふっ、そうか」

 

 

 ならば、自分の役目はもうないだろうと、ギガントは小さく笑ってそう言った。

それでもここまで足を運んでくれたことに対して、焔も数多も感謝していた。

 

 二人はギガントへと、気を使ってくれたことへの感謝を述べると、ギガントも再び微笑をこぼした。

 

 

「遅くなったが、二人とも優勝おめでとう」

 

「あっ……、ありがとうございます……!」

 

 

 そこでギガントは、ここへ来た目的のもう一つを、言葉にした。

先ほどの大会での優勝、それを祝うためにもここに来たのだから。

 

 焔はその祝辞の言葉に感激し、深々と頭を下げて丁寧にお礼を述べた。

 

 

「いやー、何か勝ったって実感はねぇんだけどさー……」

 

「そうであれ、勝利には違いあるまい。あの龍一郎があのようなことをしたのだからな」

 

「確かにな……。まっ、次は完全な勝利をするだけだぜ!」

 

「うむ、それでよい」

 

 

 ただ、数多は今回の試合、勝ったというような気分ではなかった。

焔から一連の流れを聞いて納得はしたものの、やはり完全勝利ではないことを気にしていた。

 

 とは言え、あの龍一郎が自ら負けを宣言するほどのことはあるだろう。

龍一郎が数多の実力に納得し、満足したからこそ、あの場で負けを認めたのだろうから。ギガントはあれは間違いなく、数多の勝利であったと考え、それを数多へと話した。

 

 数多はギガントの言葉を聞いて、その考えに納得行くものを感じていた。

あの親父が自ら負けを宣言するなど、普通ならありえない。負けを認めさせるだけのことは、やれたのだろうと。

 

 が、それとは別で、やはり完全な勝利を数多は手にしたかった。

だからこそ、次は必ず親父を打ち負かすことを、ここに宣言するのである。

 

 数多の強気で決意に溢れた宣言を聞き、ギガントは優しい笑みを見せながら、それを肯定した。

そうだ、今回悔いが残ったのなら、次にまた頑張ればよい。次があるのだから、そこで頑張ればよいのだから。

 

 

「そういや、親父はどこ行ったか知ってっか?」

 

「さてな。それはワシにもわからん」

 

 

 それはさておき、親父である龍一郎がどこかへと姿を消した。

焔からそれを聞いていた数多は、はてどこへ行ったのかと考えていたりもした。なので、それを知っていそうなギガントへ、数多はそのことを尋ねたのだ。

 

 しかし、そこで返ってきた言葉は、知らないの一言だった。

ギガントも龍一郎が今どこにいるか、わからないと言うではないか。

 

 

「ただ、そろそろヤツも皇帝陛下からの指示で、再び行動を開始するはずだ」

 

「そーなんか」

 

 

 だが、龍一郎も休暇が終わり、再び皇帝から仕事を得て動き出す時でもあった。

その任務についてギガントは語ることはなかったが、任務が始まることだけを数多へと伝えた。

数多もギガントの話を聞いて、なるほど、と思いながら、次に親父にあった時のことを考えるのだった。

 

 

「それなら、ワシは失礼する。何かあれば言って来るといい」

 

「おう!」

 

「はい!」

 

 

 もう特に用事はないと考えたギガントは、この場を去ることにした。

何せギガントもアルカディア帝国の代表として、ここへやってきている。それなりに外交などの仕事があるので、今後の予定もギッシリなのである。

 

 ギガントはそこで別れの言葉を述べ、問題があったら相談することを最後に言い残した。

数多も焔もそれに対して大きく返事を返し、それを聞いたギガントはにこやかに笑いながら、立ち去っていったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 状助と覇王は賞金を全部使い、三郎の奴隷の解放を行った。

その賞金100万ドラクマと引き換えに、三郎の奴隷の首輪の鍵を受け取ると、すぐさま三郎のいる場所へとやってきたのである。

 

 

「おーい! 三郎!」

 

「お待たせ」

 

「状助君! 覇王君!」

 

 

 三郎を見つけた状助は、大きな声でその本人を呼んだ。

覇王もさわやかな笑顔で三郎へと声をかけていた。

 

 その二人が現れたのを見て、三郎も彼らの名を呼び喜んだ様子を見せていた。

 

 

「もうすぐ奴隷じゃあなくなるぜ!」

 

「いやー、本当に何とかなってよかったよ」

 

「本当にありがとう。それしか言葉がない……」

 

 

 状助は三郎の奴隷の解放が終わることを笑いながら告げ、覇王も安堵した顔を見せていた。

その二人の行いに、三郎は感謝感激感動しかできず、ただただ感謝の念を言葉にすることしかできないでいた。

 

 

「俺たちは何度も聞いたからよ、後で熱海先輩にも言うといいぜ」

 

「うん、そうする」

 

 

 状助はその礼を何度も聞いている。

なので、自分たちと同じように、いや、それ以上に頑張ったであろう数多にも、礼を言った方がいいと言葉にした。

三郎も確かにそうだと思い、後でしっかり礼をしようと心がけた。

 

 

「では、早速彼女に外してもらうか」

 

「え?」

 

 

 まあ、それはそうとして、さっさと本題に入ろう。

覇王はそう考えると、即座に行動に移った。

 

 ただ、覇王から発せられた言葉は、かなり意外なものだった。

なんと覇王は()()と言った。つまり、自分たち以外の人が、三郎の首輪を外すということだ。

 

 三郎はそれを聞いて、ポカンとした顔を見せた。

そして、覇王と状助が道を開けるように左右に移動すると、そこには一人の少女の姿があった。

 

 それはあの和泉亜子だった。

状助と覇王は、彼女に三郎の首輪を取らせる為に、ここにつれてきたのである。

 

 

「あ、あの……、ホンマにウチがやってええんですか?」

 

「むしろ君がやった方が三郎も喜ぶと思うけど?」

 

 

 とは言え、突然つれてこられて、突然首輪の鍵を渡された亜子は、少し困惑した様子だった。

と言うか、彼らが頑張ったおかげで三郎の首輪が外せるなら、自分ではなく彼らがそれを行うに相応しいと亜子は思っていたのである。

 

 故に、亜子が自分が三郎の首輪を外していいかを覇王に聞けば、逆に何でやらないの? と言う感じで覇王が答えを返した。

首輪を外すときに顔が近くに来るんだから、友人とは言え野郎がやるより、彼女である亜子がやった方が三郎も喜ぶじゃん、と覇王は思っていたのである。

 

 

「せやけど、ウチ迷惑かけてばっかりで、何もしてへんし……」

 

「気にしすぎっすよー」

 

 

 しかしだ。亜子は何もやってない、と思っている。むしろ邪魔ばかりしていたとさえ思っていた。

実際は闘技場で支給などのアルバイトをやったりと、それなりにお金を稼いでくれたりもしたし、そんなことはないのだが。それでも三郎の借金を全部チャラにしたのは覇王たちであり、自分ではないので、何もしてないと思っているのだ。

 

 その亜子の嘆きに、状助は反応した。

そんなことはないし誰も気にしてないし、そこまで真剣に考えることじゃないと、状助は言うのだった。

 

 

「それに、三郎さんがそうなったんも、全部ウチが悪い訳で……」

 

「だからこそだよ。君がそうさせたなら、最後に君の手で開放してあげるんだ」

 

 

 ただ、それ以外にも亜子が悩む部分があった。

それは元々自分が謎の病気で熱を出したことから、三郎が奴隷になってしまったと言うのがある。全部自分が原因で、彼らの頑張りを横取りするようなことをしてもよいのかと、そう悩んでいたのだ。

 

 そこで覇王は、彼女を説得するかのように声をかけた。

それに終止符を打つのも、原因を作った彼女の役ではないかと、覇王は言い出したではないか。

 

 が、ぶっちゃけ覇王は適当なことを言って、彼女を丸め込もうとしているだけである。

ただ首輪を外すだけのことを、大げさに構えてはいない覇王は、亜子に三郎の首輪を外してもらいたいだけなのだ。

 

 

「ちょっと待って! 二人ともどういうこと!?」

 

「どうもこうもねぇって。最後の最後、シメの部分を彼女にやってもらうだけだぜ」

 

「だっ、だけど急になんで!?」

 

 

 突然亜子が出てきたのを見てポカンとしたままだった三郎が、再起動したかのように大声で慌てだした。

何故亜子がここで出てくるのか。何故彼女が自分の首輪を外す役目をさせられようとしているのか。それがわからず状助へと動揺しながら聞いたのだ。

 

 その問いに対して状助は、特に何かを気にする様子もなく、単純な理由を三郎へと話した。

だが、三郎はその答えに納得がないようで、もう一度何故、と聞き返した。

 

 

「それは今僕が言ったとおりだよ」

 

「おめーも頑張ったんだからよぉ、こんぐらいの役得があってもいいんじゃあねぇか?」

 

「そ、そんなことは!」

 

 

 そこへ覇王は、先ほど亜子に言ったことが理由だと、三郎へと言葉にした。

状助も覇王の言葉に続いて、さらに理由を口にしたのである。

 

 そもそも、二人は亜子に首輪を外させることが、三郎のご褒美になると思った。

彼女たちのために自らを犠牲にし、一人だけ奴隷となって、その仕事を必死に頑張ってきた。それ以外にも、目の前の彼女を守りたいと考え、奴隷として忙しい中、気の練習も行ってきた。

 

 そんな三郎にも、何か褒美があってもいいのではないか、と状助も覇王も思った。

故に、ならば三郎の彼女である亜子に、最後の首輪を外してもらおうと、この計画を実行したのだ。

 

 

「二人とも気にしすぎだよ。この程度なんてことないだろ?」

 

「まっ、そういうことだからよ。俺たちは外で待ってるぜ」

 

「えっ!? ちょっと状助君!? 覇王君!?」

 

 

 なんというか、亜子も三郎も深く考えすぎだ。

ただ単に首輪の前側についている錠前に、鍵を差し込んで外すだけの作業じゃないか。覇王は思ったことを言葉に出すと、状助もさっさと部屋の外へと足を運び出したではないか。

 

 覇王と状助が部屋から出て行くのを、三郎は慌てて声をかけて静止しようとした。

しかし、時すでに遅し。二人は部屋の扉を閉めた後で、すでに部屋から出てってしまった後だったのだ。

 

 

「……二人とも……」

 

 

 二人が出てってしまった後に、三郎は一言つぶやいた。

あの二人が何を考えているのか、大体察していた。

 

 100万ドラクマを稼いでくれただけでなく、ここまで気を使ってくれるとは。

本当にいい友人にめぐり合えたと、三郎は感謝と感激を胸の中で何度もささやいていた。

 

 

「あのっ、三郎さん」

 

「なっ、何だい?」

 

 

 そこへ亜子は、少し不安な様子で三郎の名を呼んだ。

三郎は突然呼ばれたことでビクッと反応し、とっさに亜子の方へと向きなおした。

 

 

「首輪、……外してもええ?」

 

「あ、ああ……、どうぞ」

 

 

 もはや観念したと言うか、覚悟を決めたと言うか、二人の気持ちを汲んだ亜子は、三郎の首輪を外そうと思ったのだ。

それを亜子が言うと、三郎も二人の気遣いなのだから、気にしすぎては申し訳ないと思い、それを許したのである。

 

 

「じゃあ、失礼します」

 

「……」

 

 

 亜子はならばと、そっと三郎の首輪に手をかけた。

そして、状助から渡された鍵を、そっと小さな錠前に差し込んだのである。

 

 三郎はその光景を、静かに見守っていた。

亜子の顔がとても近くにあり、彼女の息遣いが感じられた。鼻をなでるような、彼女のほのかないい香りも感じられ、三郎少しドキドキした。

 

 それは亜子も同じであり、三郎の首輪に視線が集中していると言うのに、なんだか鼓動がやけに早いのを感じていた。

こんなに近くで三郎を感じることは滅多になかった。と言うかなかった。キスだってまだしたことがなかった。なので、こんなに近くまで寄るのは初めての体験で、二人はなんだかとっても気恥ずかしくなっていたのだ。

 

 

 二人以外誰もいない空間、音も無く静かな部屋。

そこへ錠前の鍵が開いたのか、おだやかな光が発せられた。すると、首輪が三郎の首からはずれ、ぽとりと地面へと落ちたのである。

 

 

 その後二人は顔を赤くしながら、言葉もなく静かに見つめ合っていた。

話したいことは色々ある。されど、中々言葉が出てこない。どうしたらいいのだろうか。そんな雰囲気の中、無言のまま数秒間見つめあった後、困った様子でうつむく二人であった。

 

 

…… …… ……

 

 

 部屋の中の二人がよろしくやってるだろうと思いながら、その外で覇王と状助が語らっていた。

 

 

「いやあ、何とかなってよかったぜ」

 

「そうだね。僕もわりとほっとしているよ」

 

 

 状助は三郎の奴隷解放に必要だった賞金100万ドラクマを、しっかり集められたことに胸をなでおろしていた。

覇王も同じく三郎を助けられたことに安堵した様子だった。

 

 

「しかしよぉ、ここからが本番だぜ……」

 

「確かに、これからの方が大変かもしれないね」

 

 

 しかし、状助はむしろこれからが本当の戦いであることを()()()()で知っていた。

それ以上に、()()()()()()()()()()()が襲ってきたのだから、その時点でかなりヤバイ状況だということも理解できていた。

 

 覇王も原作知識なんてほとんど覚えていないが、転生者が攻撃してくると言う状況なのは間違いないと考えていた。

 

 

「転生者もいっぱいだしよ、かなりきついぜぇ……。きっとよぉー……」

 

「あの竜の騎士やそれ以外にも、強大な転生者があっちにいるとなると、気は抜けないか」

 

 

 また、敵の数は未知数だ。()()なら10名たらずの敵であったが、()()では転生者が大量に完全なる世界の味方をしている。どういう理由で完全なる世界に入ったのかはわからないが、とにかく数が多いのだ。

 

 それだけではない。数多くの転生者は雑兵にも満たないが、中には竜の騎士の転生者、バロンなどの規格外の強さを持った転生者も敵対しているのだ。それを相手にするのだから、はっきり言って余裕はないと、状助も覇王も悩んでいた。

 

 

「まあ、とりあえず三郎の奴隷解放を祝おうか」

 

「そうだな! 先のことよりとりあえず、今のことだぜ!」

 

 

 ただ、そんなことを考える前に、今は三郎のことを喜ぼう。

覇王はそう言うと、先ほど見せた渋い顔から、にこやかな表情へと変えた。

 

 状助も覇王の言葉に同意し、表情を緩ませたのであった。

 

 



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魔法世界編 招待と招来
百五十三話 メガロメセンブリア元老院議員 その①


 拳闘大会も無事に終わり、とりあえず一つの山を抜けた。誰もがそれに安堵してる中、別のことを気にする男が二人いた。

 

 

「やつら、あれから一度も現れてないな」

 

「ああ、何か嫌な感じがするぜ」

 

 

 それは法とカズヤだ。二人は敵があれから一度も攻めてこないことに、何やら不安を抱いていた。

 

 

「それに、直一もまだ戻ってこない」

 

「最速の男が何もたついてやがんだ?」

 

 

 それだけではない。あの猫山直一が、未だに戻ってきていないのだ。最も速さを愛する男が、どこでノロノロやっているのだと、二人は思っていたのである。

 

 

「わからん。何かあった可能性すらある」

 

「かもな。だが、直一は強ぇし、そこんとこは心配ねぇだろうがよ」

 

「確かにな……」

 

 

 これほど遅いのであれば、直一に何かあったかもしれない。

法はその可能性があると言葉にすると、カズヤも同じことを考えていたような発言をした。

 

 ただ、そこに心配する様子はまるでなく、何かあったにせよ無事であるとカズヤは考えていた。

何せあの直一は、相当な強さを持っている。相手が転生者であれ、遅れをとることはない。

 

 カズヤの言葉に、法も納得をした顔を見せていた。

法とて直一の実力を知らない訳ではない。あの男がやられるとは微塵も思っていないのだ。

 

 

「なんだ、お前らヤケに静かだな」

 

「んだよ、長谷川。そんじゃまるで俺がいつも騒いでるみてぇじゃねぇか」

 

「そう言ってんだが……」

 

 

 そこへメガネの少女がやってきた。彼らの友人である千雨だ。

あのカズヤが法を目の前にしても、騒動を起こさずやけに静かだ。それを見て少し意外だと感じながら、千雨は二人へ声をかけたのだ。

 

 その千雨の言葉に、カズヤはそんなレッテル貼られてたのかと渋った顔で言い出した。

千雨はカズヤのその台詞に、当然だとはっきりと言い切ったのである。

 

 

「るせーよ。俺だって毎回喧嘩ばっかじゃねぇよ」

 

「本当かよ……」

 

 

 ただ、カズヤはそれを否定した。

確かに喧嘩馬鹿なのは認めるしそう公言しているが、四六時中喧嘩三昧という訳ではない。毎日毎時毎分レベルで喧嘩してたら疲れるだろうが、と文句を飛ばしたのだ。

 

 しかし、千雨はその言葉をまるで信用していなかった。

出くわすところ大抵喧嘩が起こしていた。どこで何をしてようが、会えば誰かと必ず喧嘩していた。故に、千雨はカズヤのことを、まるで喧嘩を呼ぶ台風みたいな存在だと思っていたのである。

 

 

「しかし、ゲートが使えるようになるまでは、ここで足止めか」

 

「そうみたいだな」

 

 

 そこへ法が、ある程度問題が片付いたと言うのに、未だあっちへ帰れないことを千雨へと尋ねた。

千雨も少し悩んだ様子で、返答を返していた。

 

 

「まあ、別にこっちの生活で苦労はねぇから、気は楽っちゃ楽だが」

 

「ほう? こんなファンタジーな場所で気が楽とは、千雨も成長てきたらしい」

 

「私が成長……?」

 

 

 それでも、とりあえずではあるが、一定水準の生活が確保されている。

それだけは幸運だったと、千雨は肩をすくめて言葉にした。

 

 すると、法は不思議そうな表情をしながら、千雨の今の言葉に少し驚きを見せていた。

千雨が魔法の世界で気が楽など、千雨が言うとは思ってなかったのだ。

 

 いやはや、あの大冒険で少しは精神的に成長しておおらかになったらしい。なるほど、それはとても喜ばしいことだと、法はそこで思ったのである。

 

 が、千雨自分が成長したと言われても、まったくピンと来なかった。

なので、何がどうしたと言わんばかりに、法へとそれを聞いたのである。

 

 

「麻帆良でさえ普通じゃないだと騒いでいたのに、大人しくなったものだな、と思っただけだ」

 

「……ぶっちゃけ、何か色々ありすぎて、頭が追いついてないだけだろ……」

 

「そ……そうか……」

 

 

 それに対して法は、質問の答えを少し嬉しそうに語りだした。

千雨はあっちの環境でさえ文句を幾度となく言ってきた。それだと言うのに、こっちで気が楽だと言ったのだ。それを考えれば、千雨が成長したのだと考えられる、と法は説明したのである。

 

 しかし、千雨はそうではないと言い出した。

はっきり言って、こっちに来てからと言うもの、気が休まる場面がほとんどなかった。

 

 いきなりジャングルに放り出され、訳わからんモンスターに襲われ、挙句に知らない場所での生活。

それ以外にも”完全なる世界”とか名乗る意味がわからんテロリストに攻撃され、いきなりアスナがカミングアウト。

 

 正直言って、千雨の頭はパンク寸前であった。

この非日常の連続で、完全に感覚が麻痺ってしまっているのだと、千雨は思っていたのだ。そのため、こうして一定水準の生活ができる状態に、気が楽だと考えたのである。

 

 法は千雨の疲れきった感じの説明に、何かこう、お疲れ様、としか言いようがなかった。

何とかして早く帰れればいいな、そう思った。

 

 

「とりあえず、ゲートさえ動けば帰れるみたいだ」

 

「はっ、連中がそれを許すかどうかは別だがな」

 

「ああ、それが一番危惧すべきことだ」

 

「そうだよな……はぁ……」

 

 

 ただ、確かな朗報は存在する。

()()()()()()()が解決した今、ここにいる理由はない。あのゲートとか言うものが動けば、ここへ来た時のようにあっちへ簡単に帰れるのだ。それまでの間、静かにここで生活していればいいと、千雨は前向きに考えていた。

 

 だが、カズヤはそれに対して水を差すようなことを言い出した。

あの”完全なる世界”とか言う野郎どもが、自分たちの帰還を簡単に許すだろうか、ということだ。それは多分ありえないだろう、と言うのがカズヤの見解だった。

 

 また、敵はそれだけではなく、あのナッシュとか言うヤツも何かを企てている。

それを考えれば、素直にあっちに帰れるなんて、甘すぎる考えだとカズヤは思っていた。

 

 法も同じ考えだったようで、カズヤの言葉に便乗しつつ、それが最も不安であると言うではないか。

 

 千雨はそれを考えたくなかったと言う感じで、盛大にため息を吐いた。

もうこのまま帰りたい。疲れた。自分の部屋でパソコンいじりたい。ずっと頭の中でそれを巡らせながらも、今の現状を受け入れるしかなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 場所は変わって、そこはエヴァンジェリンが保有するダイオラマ魔法球の内部の別荘、その一つの部屋の中。

スカートが短いヒラヒラしたメイド服を着た少女が一人、まるで暇を潰すかのように掃除をしていた。

 

 その少女は転生者のトリス。

完全なる世界に属していたが先の戦いで捕まり、今はエヴァンジェリンの従者となりて、この別荘で掃除を任されている。

 

 そこへエヴァンジェリンが現れ、トリスへと話しかけたのだ。

 

 

「どうだ、ここでの生活は慣れたか?」

 

「どうだって、まだ数日も経ってないじゃない」

 

 

 エヴァンジェリンはトリスへと、この別荘内での生活について語りかけた。

しかし、トリスとてこの中に入ったのはつい数日前程度であり、慣れたと言われてもわからないと、皮肉を言って返していた。

 

 

「で、何か用? ()()()()()?」

 

「それは皮肉か? まあいい」

 

 

 そして、さらにトリスは皮肉を言って煽りまくる。

トリスは形として従者にはなったが、従者になったと言う気は毛頭ない。が、あえてそれでもエヴァンジェリンを(マスター)様と呼んだ。それも満面の笑みを浮かべてである。

 

 エヴァンジェリンはそれを皮肉と捉え、嫌われたものだと思った。

されど特に気にした様子もなく、別によいと捨て置いた。と言うのも、そんなことよりも気になることがあったからだ。

 

 

「聞きたいことがあると、この前言っただろう?」

 

「ええ、覚えているわ」

 

「それを聞きに来たんだよ」

 

「ふーん、で?」

 

 

 また、その気になっていることをトリスへ聞くために、エヴァンジェリンはここへ来た。

なので、それを話し出すと、トリスも思い出しだかのように、そう言った。

 

 ならば話が早いと、とりあえず質問をするとエヴァンジェリンが言うと、トリスはつまらなそうな態度で対応した。

 

 

「あっ、あいつらの情報なら、聞き出そうとしても無意味よ?」

 

「そんなこと聞くくらいなら、頭の中を覗いているから安心しろ」

 

「は!? ちょっと今何言ったの!?」

 

 

 ただ、トリスはそこで完全なる世界の情報を聞きだそうとしても、無駄だと言い出した。

何せ彼女は鉄砲玉。内部事情などほとんど知らされていないからだ。

 

 しかし、エヴァンジェリンはそのような回りくどいことをする気はない。

そう言う必要な情報があるのならば、記憶を覗けばいいだけだからだ。故に、別に必要ないと言う感じでそれを説明すると、トリスは大変驚き戸惑った様子を見せ、声を大きくしたのである。

 

 そりゃ、突然頭の中を見ることができるなど言われたら、驚かないはずがないだろう。

トリスはそれを聞いて、聞き間違えではないかと、確認するかのようにそれを聞き返したのだ。

 

 

「それよりも、質問してもいいか?」

 

「ぬぬ……、……いいわ。どうぞ?」

 

 

 だが、エヴァンジェリンは記憶を覗く気もないので、どうでもよいと言う様子で質問を迫った。

 

 トリスは記憶を覗くと言うことに疑念を感じながらも、その質問に答えると静かに答えた。

何せ記憶を覗くと言いながらも、質問をするという選択を行っていたからだ。記憶が覗けるなら、態々質問する意味があるのかと思ったからだ。

 

 

「……ディオ、と言う男のことを知りたい。貴様らの仲間にいただろう?」

 

「ああ、そういえばいたわね。そんなやつ」

 

 

 エヴァンジェリンの質問とは、ディオのことについてだった。

ディオは転生者にてエヴァンジェリンの兄だ。そのディオが突如として、自分の前に現れたことに、エヴァンジェリンは大変悩んでいた。

 

 今の兄はどんな人間なのか。自分と同じ吸血鬼となって、同じ時を生きてきたと言っていた。顔を見て話を聞いた感じでは、昔の兄と大きな差はなかったと、かすかな記憶を頼りに兄を思い出した。それでも自分の前以外の場所で、兄はどんな人物だったのか、少し知りたく思った。

 

 兄は転生者だった。エヴァンジェリンにとっての転生者は、基本”悪”である。突然惚れただ自分の(もの)になれだと騒ぎたて、襲ってきた変な連中が転生者だったのだから、仕方のないことだった。よって、あの兄も自分の知らない裏側の顔があるのではないかと、少し勘ぐってしまっていたのである。

 

 

 その質問に、はて? どんなヤツだっけ? と思い出すトリス。

確かに完全なる組織の一員として、少し近い場所にいたようで、姿形は思い出せたようだった。

 

 

「どんなヤツだった?」

 

「さぁ……、はっきり言って接点なんてなかったし、わからないわね」

 

「……そうか……」

 

 

 トリスが思い出したのを見て、エヴァンジェリンはすかさず新たな質問を投げた。

 

 しかし、トリスも大きく接したことのない男のことなど、気にも留めることなどしない。

はっきり言ってしまえばどうでもよかったので、わからないとしか言いようがなかったのだ。

 

 それを聞いたエヴァンジェリンは、表情こそ崩さないが、少し落ち込んだ様子を見せた。

何でもいいからディオの情報が欲しかったエヴァンジェリンは、何も得られなかったことを残念に思ったのだ。

 

 

「っ! もしかして、あいつがマスターの……?」

 

「ああそうだ。ディオと言う男は、私の兄だ……」

 

「まさかって思ったけど、本当にそんなことあるのね……」

 

 

 エヴァンジェリンのただならぬ雰囲気に、トリスはハッとしてそれを察した。

もしや、そのディオとか言うヤツは、エヴァンジェリンの関係者か何かか、と。

 

 いや、確かにディオは見た目がDIOの転生者だ。吸血鬼の可能性が大いにある。そして、エヴァンジェリンもまた吸血鬼。そのエヴァンジェリンたる存在が、これほど大事な様子で質問してきたのだから、肉親である可能性もあるのではないか。それを考えたトリスは、その事実に突き当たったのである。

 

 トリスの驚きの言葉に、エヴァンジェリンは正解であると、小さく答えた。

そのディオこそが自分の実兄。600年も前に生き別れた兄であると。

 

 なんということだろうか。

確かに憑依の転生は存在しないと言われていたが、原作キャラの親兄弟姉妹に転生しないと言う枠組みはない。それを思い出したトリスは、そんな奇遇なこともあるもんだと、しみじみと考えていた。

 

 

「まあそうねえ。しいて言えば、私に突っかかってこなかったってのは確かね」

 

「どういうことだ?」

 

 

 先ほどの質問の答えを受け肩を落とすエヴァンジェリン。

トリスには目の前の強大なはずのエヴァンジェリンが、少し小さく見えた。

 

 なので、わからないことはわからないが、自分が思ったことをトリスは並べ始めた。

何かちょっとだけ可愛そうに思えたからだ。それに生き別れた兄のことを知りたいと思うのは、当然だと思ったからだ。

 

 すると、エヴァンジェリンはピクりと反応し、さらに追及してきたのである。

そのトリスの言葉の意味は一体なんなのだろうかと。

 

 

「私こんな見た目(ナリ)でしょう? 転生者(あいつ)ら、私に一々ちょっかいかけてくる輩が多かったのよ」

 

「なるほど、それは大変だったろうに」

 

「ええ! まったくもってね!!」

 

 

 トリスは今の言葉の意味を、ゆっくりと説明した。

自分の姿は特典の元であるメルトリリスとほぼ同じだ。自画自賛と言う訳ではないが、美少女そのものだ。メルトリリス本人が言うに、完璧な肢体だ。

 

 そんな見た目なので、当然他の転生者はちょっかいを出してくる。

体に触ろうとするのは当然のこと、服を武装解除で脱がそうとする輩までいたのである。

 

 それをトリスが少しイラついた様子で語ると、エヴァンジェリンは同情の眼差しを向けながら慰めの言葉を述べた。

と言うのも、エヴァンジェリンもその苦悩は理解できるし、実際に似たような目に遭って来たからだ。

 

 エヴァンジェリンの同情を受け、トリスはさらに声を荒げた。

本当に度し難い連中だ。無法、無秩序もいいところだ。可憐な少女が転生者だったからって、セクハラしていい訳がない。トリスはそのことを思い出し、頭に血を上らせて憤慨していた。

 

 

「でも、あの男はそう言うの、感心なさそうだったわ」

 

「ふむ……」

 

 

 だが、あのディオと言う男は、そういうことはしてこなかった。

むしろまるで意にも介さないと言う様子でさえあったと、トリスは語った。

 

 エヴァンジェリンはその話を聞いて、少しだけディオと言う存在が理解できた気がした。

あのディオが言っていた言葉、”自分を迎えに来た”と言うのは、本音なのではないかと思った。

 

 

「まあ、私が言えるのはこのぐらいね」

 

「そうか、わかった。助かる」

 

「別に礼なんて言われるほど、質問に答えてないのだけれど」

 

 

 とりあえず言いたいことは言ったと言う様子で、トリスは肩をすくめた。

それ以上はわからないが、あのディオとか言う男は、多分変態ではないのだろうと。

 

 それに対してエヴァンジェリンは、トリスへと礼を述べた。

些細なことであったが、収穫はあった。ほんの少しだけだが、兄の人となりが理解できたからだ。

 

 そんならしくもない礼を言うエヴァンジェリンへと、気にするほどではないと言うトリス。

まったくもって情報になってないのだから、礼を言われる程でもないと感じていたのである。

 

 

「まだ、貴様はここを出す訳にはいかんが、もう少しだけ我慢してくれ」

 

「わかってるわ。それに、特に問題ないし、さほど気にはしなくなってきたし」

 

 

 そこでエヴァンジェリンは話を切り替え、トリスの現状について話し出した。

ただ、その表情は少しだけ柔らかくなっており、声からもそれが伝わって取れた。

 

 トリスも言われるまでもないと言う態度で、それを言い返した。

しかし、トリスも先ほどのように刺々しい態度ではなく、穏やかな対応を見せたのである。

 

 

「ただ、何かあったその時は、頼むぞ?」

 

「何か無ければ最高なんだけどねぇ……」

 

 

 とは言え、今後のことを考えると、トリスを出さなければならないかもしれない。

エヴァンジェリンはそれを信頼した様子でトリスに言うと、トリスは小さなため息をついて、何事もなければよいとこぼした。

 

 そして、エヴァンジェリンは再び別荘の外へと出て、アスナの護衛をすることにした。

何せ魔法無効化能力すらも利用されたとあれば、いくら強いアスナでも対応は困難だと考えたからだ。まあ、護衛とは言っても、気配を消してこっそりと後ろから付いて行く程度ではあるが。

 

 トリスも部屋の掃除が終わっていない部分へと、掃除に取り掛かった。

やることのないトリスは、こうして掃除をして気を紛らわせるのが、今の暇つぶしになっているのである。また、この部屋のソファーに腰掛けるチャチャゼロは今の話を聞いて、むしろ騒ぎがあればいいなー、と心の中で思っていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 拳闘大会決勝戦が終わった翌日の昼ごろ、一人の少年が新オスティアの街中を歩いていた。

それは最近出番が全くなかったあのカギだ。

 

 その肩には同じく出番がなく、しかも未だに仮契約陣すら描かせてもらえていない、哀れなカモミールもいた。

 

 

「なあ、カモ」

 

「どうしたんだい兄貴ぃ?」

 

 

 何故彼らが街中を歩いているのだろうか。

カギは一応夕映のボディーガードとして、彼女たちの傍にいることにしているはずである。

 

 ただ、その理由は彼らの歩く先にあった。

そこには夕映とその警備隊仲間となったコレット、エミリィ、その付き人のベアトリスの4人が歩いていた。

 

 彼女たちが警備隊の休暇と言うことでこの街で遊んでいるところを、カギは護衛と言う形で後ろを歩いていたのだ。

 

 しかし、カギはこの状態に何やら疑問を感じ、カモミールへと声をかけた。

カモミールは一体なんだろうかと、カギへと何が言いたいのかを聞いたのである。

 

 

「俺ら、完全にストーカーじゃね?」

 

「えっ!? でも護衛なんだからしょうがねーっしょ!?」

 

「いやでもさあー、複数の女子の後ろに距離開けて歩くとか、やっぱ変質者じゃね?」

 

「ま、まあ確かに他から見りゃそうかもしれねぇ……」

 

 

 そのカギの疑問とは、自分たちが少女たちをストーキングしている変態なのではないか、ということだった。

護衛とは言え、前を歩く少女たちをジロジロ見ながら、距離を保ち歩く様はまさしくストーカーそのもの。それを思ったカギが、そう言葉にしたのである。

 

 ならば、彼女たちと一緒にいればいいだろう、とカギも思った。

だが、カギは彼女たちの中に入って邪魔したくないなー、と言う気持ちがあったようだ。まあ、それ以外にも夕映が楽しそうにしているところに、水を差したくないと言う気持ちもあるのだが。

 

 とは言うが、それはしょうがないことだとカモミールは言った。

カギが彼女たちの中に入らず、後ろについてくと決めたのだから、それは諦めろと言うものだった。それでもカギが言うとおり、客観的に見ればそう思われてもしかたないかも……とも思ったりもした。

 

 

「でもよー! んなことよりも、やっと祭りを楽しめてよかったぜー!!」

 

「兄貴はずっと我慢してたからなあー」

 

 

 とは言え、そんな半分冗談めいたことよりも、この街の祭りに来れてよかったと豪語するカギ。

カギは祭りに行きたくてしょうがなかったので、それを心底楽しんでいたのだ。

 

 カモミールも夕映の護衛でお空で待機していたカギを思い出しながら、うんうん、と頭を上下に振るのだった。

 

 

「うおお! あれもうまそうだぜ!」

 

「ちょっ! ゆえっちから目を離しちゃマズイだろ!?」

 

「かー! そうだったわー! かー!」

 

 

 しかし、カギは一度はめを外すと碌なことをしない。

祭りの方にどんどん集中力が持っていかれているカギは、ついつい色んな食べ物に目を奪われがちになっていった。

 

 それを見たカモミールは、護衛として仕事をするようカギへと叫んで注意した。

ただでさえ人が多いのだ。一度でも彼女たちを見逃したら、見つけるのは困難になると叱咤したのである。

 

 カモミールの注意に、カギは悔しそうに声を上げた。

確かに護衛なんだから、当然とは当然のことだ。それでもやはり祭りをさらに楽しみたいと思うカギは、この現状をやっぱ辛れぇわ……と心の中で思うのだった。が、夕映の護衛は半分は自分で決めたことなので、文句は言えないのである。

 

 

「まっ、あっちの方の問題も解決したっぽいし、気軽にやろうや」

 

「とは言え、これからっしょ? あぶねーの」

 

 

 まあ、とりあえず闘技場関係の問題は終わったのを察したカギは、肩の力を抜こうと言い出した。

カギはエヴァンジェリンからその情報を聞いたので、概ね()()()()()あちらの問題が解決したと思った。

 

 そんなカギへと、カモミールはいぶかしみながら、今後のことを言い出した。

むしろ、この後の方が危険な匂いがプンプンすると思ったカモミールは、カギへそのことを尋ねたのである。

 

 

「うーむ、敵はまだいる訳だし、そうっちゃそうだわなー」

 

「んじゃ、ついでにパクっちまおうぜ! パク!」

 

 

 カギもそのことについて、懸念している部分があった。

未だに全部解決した訳ではなく、”完全なる世界”の残党は残っている。しかも、それはほとんどが転生者であり、強敵であることは間違いないのだ。

 

 それを聞いたカモミールは、ならばとすかさず仮契約をカギに勧めた。

こう言う時仮契約をしてアーティファクトを得るべきだと、そう言ったのである。

 

 

「いやあでもよ、相手がヤバイからなあ。トーシロを戦力に数えんのはちょっとヤベーと思うんだぜー」

 

「別に戦力として見てる訳じゃねーさー! アーティファクトがあった方が身を守れるかもしれないと思った訳よ!」

 

「あー、なるほど。確かになー」

 

 

 されど、カギはそれに対してNOを突きつけた。

敵は転生者軍団で何をやらかすかわからない連中だ。万が一があったら困るし、戦闘力のない生徒を戦わせる訳にはいかんと、カギは意見した。

 

 それに対してカモミールも自分の意見を述べる。

別に彼女たちを戦力として考え、戦わせようなんてカモミールも思っていない。敵の強さはよくわからないが、カギが警戒するレベルの相手なのは理解できていたからだ。

 

 であれば、むしろアーティファクトを使って身を守れるようにした方がいいと、カモミールは思った。

何が出るかはわからないが、防御や身を隠すができるアーティファクトが出るかもしれないと思ったからだ。

 

 それにアーティファクトを持てばさりげなく防御力がアップする追加効果もあったりする。

カモミールはそこを見越して、カギへと仮契約を勧めていたのだ。

 

 まあ、それ以外にも一度しか仮契約を自身で行っていないカモミールは、何でもいいから自分で仮契約を成功させたいと言う願望も強いのだが。

 

 

「まあ、それはいずれとして考えるかな」

 

「えっ!? いずれってどういうことっすか!?」

 

 

 だが、カギはそのカモミールの申し出を、いずれと言ってごまかしたのだ。

そう言われたカモミールは、何で!? と言う顔でつっこみを入れた。

 

 

「いずれはいずれよ」

 

「そんじゃ手遅れになっちまうじゃねーっすか!?」

 

 

 カギはハーレムを作りたいと豪語する変態だ。しかし、それ以上にシャイでもあった。

 

 確かに従者はいっぱい欲しいと、少しは思っているカギ。

それを差し引いても、チューするのはちょっと……とためらいがあったりするのもカギだ。今のカギは従者が欲しいだけであって、キスがしたい訳ではない。

 

 さらに言えば、夕映との仲を深めたいと思っているのがカギの現状だ。

そこでさらに従者を増やすのは、あまり好ましくないと悩んでいたりもするのであった。

 

 なのでカモミールが提案する接吻式の仮契約に、カギは乗り気になれないのである。

と言うことで、先延ばしを言葉にするカギだった。

 

 そんないい訳じみたことを聞いたカモミールは、それじゃいつ仮契約するんだ、今でしょ!? と言いたげな感じで声を荒げた。

危険が迫っているこの現状、のんきなこと言っていていいのか? とも思ったりもしたからだ。

 

 

「でーじょぶだ。俺は強い……!!」

 

「うわー、心配だなその自信……」

 

「ちょ……、俺、カモにすら信用されてねぇのかよ……」

 

 

 だが、カギは不安視するカモミールへと、胸を張って自分の強さをアピールした。

自分には最強の特典がある。しっかりと鍛えてきた。誰にも負けない自信があると、はっきり言ったのだ。

 

 しかし、カモミールはそのカギの態度に、さらなる不安を募らせた。

そのカモミールの態度に、ショックを隠しきれないカギがいたのだった。

 

 

「いやあ、兄貴は調子こくとすぐずっこけるタイプだし……」

 

「くっ……言い返せねぇ……」

 

 

 何故カモミールが、カギの自信に不安を感じたのか。

それは単純な理由だ。カギは調子こくと、碌な目に遭わない。

 

 この魔法世界へ来た時だって、自分の魔力でどこまでも飛んでいけると豪語し、アリアドネーへ向けて単独で旅立った。

その結果、迷子になる羽目になった。完全に調子こいてやらかした典型であった。

 

 それを考えれば、カギの自信ほど不安なものはないと、カモミールは思ったのである。

 

 そのカモミールの言い分に、カギ自身も言われてみればそうである、と思うほどだった。

確かに調子こいて天狗になったら必ずと言っていい程に痛い目を見ている。

 

 俺は最強なんだ! と豪語していた癖に、銀髪との初戦でボコボコにやられた。

その銀髪にリベンジ決めてボコした時も、俺TUEEEEEEEと思ってた矢先、模擬戦とは言え逆にアスナからボコボコにされた。

 

 それを考えたらカギ自身すらも、調子こいた俺クソだな、としか言いようがなかったのである。

 

 

「おっ、ネギたちじゃねぇか。そういやまだちゃんと顔見せてねぇな」

 

「そういやそうだったなー」

 

 

 そうこう話している内に、何やら夕映の前にネギたちも現れたではないか。

こっちに来てからと言うもの、ネギたちに特に会話らしき会話すらしていないのを、カギは思い出した。

 

 

「ちょいと挨拶がてら行ってくるべ」

 

「おう!」

 

 

 とりあえず、こっちに来てから初めての挨拶を、ネギたちにもすんべと、そちらの方へとカギは歩き出したのである。

カモミールもカギの言葉に、一言声をかけ、ネギたちの方を見るのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じ頃、闘技場のテラスから外の街を眺める男がいた。

それはアルスだ。アルスは今後のことを考えて、どうするかを悩んでいた。

 

 敵は転生者。何をするかわからない連中だ。

裕奈やその友人たちに襲いかかる可能性が、非常に高い。自分は彼女たちを守護れるだろうか。そこをずっと、クソ面倒くせぇ、と思いながら考えていた。無論、面倒くさいと感じている部分は、襲ってくるだろう転生者のことなのだが。

 

 そんな頭を悩ますアルスのもとへと、一人の少女がとことこと近寄っていった。

 

 

「ねー、アルスさん」

 

「ん? どうした?」

 

 

 その少女は裕奈だった。

裕奈は聞きたいことがあって、アルスのところへやってきた様子だった。

 

 アルスは名前を呼ばれたのに気が付き、裕奈の方へと振り返った。

 

 

「すぐにはあっちに帰れないから、少しの間こっちに滞在するってことになったよね?」

 

「ああ、そうだが?」

 

 

 裕奈はまず、この前に話を決めたことを、確認するかのようにアルスへ尋ねた。

 

 ネギたちはこの新オスティアでもう少し生活することにした。

それはゲートが使えないからだ。ゲートが開かなければ、元の世界へ帰れないので、開くまでの間はここに住むしかないのである。

 

 アルスはそれに対して、当然のようにYESと答えた。

 

 

「それって、いつごろ帰れる予定なのかなって」

 

「あー……」

 

 

 しかし、裕奈が聞きたかったことは、それではない。

その滞在期間がどのぐらいになるか、ということだった。

 

 その質問を聞いたアルスも、確かにそれは知りたいことだろうと考え、言葉を漏らしていた。

 

 

「それはわからん」

 

「えー!? それじゃいつ帰れるかわからないってことじゃん!?」

 

「そりゃ、俺にだってわからんことぐらいある」

 

 

 ただ、アルスとてゲートがいつ開くかなんぞ、わかる訳がない。

何せ使わせてもらうゲートは、覇王の知り合いの国が所有するゲートだ。まったく知らない場所のゲートの事情なんぞ、把握できるはずがないのである。

 

 それ故、当然答えは知らないだ。

宇宙の果てを知らんように、そんなことは知らん、としかアルスには言いようがなかった。

 

 裕奈はそんなアルスの言葉と態度に、大きな声を上げて困ったと言う言葉を発した。

わからない、と言うことは、数日から数週間、数ヶ月、もしくは数年の可能性もあるのではないか、と考えたからだ。

 

 だが、そう文句を言われても、アルスにもわからんのだ。

アルスは無茶言うな、と言う態度で、裕奈へとそう言った。

 

 

「ただ、一つ言える事は、()()()()()()()()()はずさ……」

 

「ふーん……?」

 

 

 とは言え、アルスは”原作知識”を保有する転生者だ。

この拳闘大会が終わったならば、さほど帰るのに時間はかからないことを”原作知識”で知っているからだ。

 

 もうすぐ”完全なる世界”が本格的に動き出し、”儀式”が始まる。

そうなれば、嫌でもこの問題は終結する。そうすれば、後はもう帰るだけになるのを、アルスは記憶していたのだ。

 

 それでもわからないと言うのは、”原作知識”が全く当てにならないからである。

何せ、アスナが捕まらずにこちらにいる。あの状助が何とかやったみたいだ。

 

 アスナがこちらにいるということは、”儀式”が行えないということだ。そのことを考えると、この先のことなど、わかるはずがなかったのだ。故に、言葉の最後に”はず”、と付け加えていた。

 

 そんな、まるで予言のようなことを言うアルスへ、裕奈は不思議に思って声を出すだけだった。

 

 

「それと、……この事件って、お母さんが昔やった仕事と、何か関係あるんじゃないかなーって」

 

「っ!」

 

「あれ? もしかして予想通りだった……!?」

 

 

 だが、裕奈が本当に聞きたかったことは、そういうことではなかった。

裕奈は10年前、自分の母親がエージェントとして活動した任務と、今回の事件が関係しているのではないか、と勘ぐった。

 

 それをアルスへ尋ねれば、アルスは驚いた表情を見せたではないか。

つまり、それは正解だったということに他ならなかった。まさか、とは思っていた裕奈も、アルスの顔を見てそれを確信したのだ。

 

 

「そっか、アルスさんも同じ仕事だったんだもんね……」

 

「……よく覚えてたな……」

 

 

 そこで裕奈は、アルスも10年前、自分の母親と同じ任務についていたことを思い出した。

アルスは幼かった裕奈がそれを覚えていたことに、少し感心した様子で言葉を漏らした。

 

 

「まーね、お母さんが引退したきっかけだったしね」

 

「ああ……、そうだったな」

 

 

 10年前の任務の後、母親はエージェントや魔法使いを引退して一般人となった。

それを覚えていたからこそ、今回のこともピンと来たと裕奈は話す。

 

 それを聞いたアルスも、それを思い出したようだった。

そのことはアルス本人が一番知っていることだし、理解していることでもあるからだ。

 

 

「あの時何があったかは教えてくれなかったし聞かなかったけど、まさかって思っちゃってさー」

 

「はぁー……、ゆーなは時々鋭いから困る」

 

「ふふーん!」

 

 

 10年前、急に仕事をやめた母。誰もそのことに関しては教えてくれなかった。

それに裕奈自身も、何かあったと思ったがあえて聞かなかった。

 

 ただ、何か大きな事があったのだろうと言うことだけは、幼いながらに察していた。

それ故にか、今回の事件も、それに関連しているのではないか、と少し疑ったのである。

 

 そんな裕奈に、大きなため息を吐いて、少し困った表情を見せるアルス。

いやはや、まさかそこまで察しがよいとは思っていなかったと言う様子で、言葉を漏らしていた。

 

 そこで、今のアルスの物言いに、裕奈は褒められたと思い、大きな胸を張って踏ん反りがえった。

 

 

「褒めてないぞ……」

 

「え!? 褒めるところじゃないの!?」

 

「冗談だ」

 

「冗談だったの!?」

 

 

 しかし、そこでアルスは別にそう言うつもりはなかったと言い出したではないか。

 

 いやいや、それは褒めているのでは? 褒める場面では? と思った裕奈は、とっさに叫ぶようにつっこみを入れた。

 

 すると、アルスは今度はそれに対して冗談だと言い出した。

何が本当なのか混乱した裕奈は、再び声を大きくしてつっこんだのである。

 

 

「……いや、まあ、そりゃ関係ないとは言えないな」

 

「やっぱりかー……。何かうすうすそうかなって思ってたんだよねー」

 

 

 そう冗談を言っていたアルスも、ふと真剣な表情を見せて語った。

あの10年前の任務は、間違いなくこの戦いに通じている部分があると。

 

 それを聞いた裕奈は、はーっ、とため息を小さくついて、そんな予感がしていたと言葉を漏らした。

 

 

「んで、用事はそんだけか?」

 

「うん! 何かすっきりしたよ! ありがとー!」

 

「どういたしましてだ」

 

 

 アルスは話が終わったのかと思い、裕奈へとこれ以上質問はないか尋ねた。

裕奈もとりあえず聞きたいことは聞けたと言う様子で、さっぱりした笑顔を見せて礼を言っていた。その礼に応えるように、アルスも微笑み返した。

 

 また、裕奈はそこで過去に何があったかを根掘り葉掘り聞こうとはしなかった。どうせ過去のことであり、終わったことだ。それに母親も健在であり、気にすることも無いからだ。聞きたければ無事に帰った後で母親に聞けばよいので、ここでアルスに聞く程野暮ではなかった。

 

 

「じゃ、私は友達んとこ戻るから!」

 

「おう。何かあったら行ってこいよー」

 

「はーい! わかったー!」

 

 

 そして、裕奈は一言アルスへ言い終えると、そのまま友人がいる場所へと走っていった。

そんな裕奈へと、アルスは大声で言い忘れていたことを伝えたのだ。

 

 アルスの最後の一言に、裕奈は顔だけ振り返って、手を大きく振りながら、承諾の一言を叫んだ。

その後裕奈の姿は見えなくなり、アルスは一人、裕奈が立ち去った方向を、じっと眺めていた。

 

 

「はあ……、何とか無事に帰してやんねぇとなぁ……」

 

 

 そこでアルスは、今後迫り来るであろう転生者だらけの敵のことに悩みつつも、彼女たちの無事に帰還ことだけを考えるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 場所を戻して、そこはカギが追跡している場所。

いや、追跡は終わり、彼らは新オスティアのアーケードにて、お茶をしながら会談していた。

 

 

「そういえば、今ふと気がついたのですが、あなたはもしやナギ様の……」

 

「はい、息子です」

 

「やはり!」

 

 

 そこでエミリィは今しがた会った少年ネギが、憧れの英雄ナギの子供であることに気が付いた。

ネギはその問いに、素直にYESと答えた。すると、エイミィは感極まって席から立ち上がって大声を出し始めたのだ。

 

 

「なんということ! 今まで気づかないなんて!!」

 

「いいんちょ。彼らは一応賞金首扱いなんだから騒いだら目立つよ!?」

 

 

 いやはや、よく見れば顔つきや髪の色までそっくりではないか。

どうして最初に会った時点で気がつかなかったのだろうか。それを声を荒げて叫ぶエイミィ。

 

 しかし、声が大きすぎることを、横のコレットが嗜めた。

何せ彼らは一応ではあるが賞金首。エイミィの大声で注目を浴びて、バレてしまったら大変だと思ったのである。

 

 

「ああ、それなら大丈夫です」

 

「はい、この指輪があれば、正体がわからなくなりますから」

 

 

 そこへネギが、別に騒いでも問題ないと言い出した。

さらに、ネギの横にいたのどかも、今右手の人差し指につけてる指輪で、正体が隠せていると説明したのである。

 

 

「その指輪は?」

 

「エヴァンジェリンさんが貸してくたものです」

 

「なっ!? なんですってー!!」

 

 

 その指輪はエヴァンジェリンが作った、認識阻害の魔法を発生させる指輪だ。

学園祭の時に、ネギに数個手渡された、あの指輪である。

 

 エイミィはさらに質問を重ね、その指輪について聞いた。

すると、今度は夕映がそのことについて、小さく説明を入れたのだ。

 

 だが、エヴァンジェリンの名を聞いたエイミィは、再び声を大きくして叫ぶではないか。

いや、()()のエヴァンジェリンはアリアドネーでは英雄のような存在であり、憧れの的だ。その名前を聞いて、興奮しないものなどいないのである。

 

 

「だからって、騒がないに越したことはないって!」

 

「そ、そうでしたわね……」

 

 

 それでも騒ぐのはよくない、とコレットはエイミィへと注意する。

エイミィも確かにはしたないことだと考え、落ち着きを取り戻して再び席に座った。

 

 

「えっ、ということは……」

 

 

 だが、そこでもう一つ、エイミィはふと気がついたことがあった。

 

 

「こちらの方も、ナギ様のご子息で?」

 

「あ? 俺?」

 

 

 それは、みんなが囲っている円状のテーブルの近くで、立ちながらそれを眺めている少年のことだ。

その少年こそ転生者でありながらネギの双子の兄である、カギだった。

 

 よく見ればカギも、目の前のネギにそっくりだった。

もしや、とエイミィがそれに対して質問すると、カギは自分のことが突然話題に浮上したのを聞いて、は? と言う抜けた顔を見せたのである。

 

 

「はいです」

 

「なんということ……、まったくわかりませんでした……」

 

 

 そこへすかさずYESと答えた夕映。

間違いなくネギの兄であり、そのナギの息子であると。

 

 それを聞いたエイミィは、額に手を当てて気がつかなかったことを悔やみ始めた。

一体どうして今まで気がつかなかったのだろうか。カギはアリアドネーからこの新オスティアに来る前から顔を見ていたはずだ。それでもまったく意識しなかったことを、エイミィはナギファンとしてとてつもなく恥じた。

 

 

「ま、まあ、カギ先生はちょっと抜けた顔つきですから……」

 

「えっ!? そっちのフォロー? 俺をダシにそっちをフォロー!?」

 

 

 だが、夕映は落ち込むエイミィへ、慰めるように言葉を述べた。

カギの顔はちょっとマヌケなので、キリッとした感じのナギとは違うからわからなかったのではないか、と。

 

 それを聞いたカギはかなりショックだったようで、大声で愚痴を叫び始めた。

確かに自分の顔はマヌケだと認めているが、そこまで言われたらつれーわ……と、カギは思ったのである。

 

 

「かーっ! 悲しいわー! かーっ!」

 

「兄さんも静かにしなよ……」

 

「ぐえー! 弟にまで見放された!」

 

 

 しかも、従者であり友人でもある夕映にそこまで言われたので、カギのショックは案外大きかったようだ。

だからか、ちくしょー! と言う感じの呪詛のような叫びを、カギは何度も叫んでいた。

 

 しかし、やかましく騒ぐカギへと、ネギが注意を行ったのである。

ネギにまで見放された、と思ったカギは、情けない声を上げながら、誰にも慰めの言葉一つないことに絶望したのである。まあ、半分以上は冗談だが。

 

 

「おや、これはこれは……。誰かと思えば、アリアドネーの名門、セブンシープ家のお嬢様ではありませんか」

 

「!?」

 

 

 そんなところへ、一人のメガネの男が、少し離れた場所から声が聞こえてきた。

その相手はエイミィだったようで、おやおや、と言う様子で語りかけてきたのである。

 

 エイミィは突然男に声をかけられたのを聞き、そちらを振り向いて驚いた顔を見せた。

何故なら、その男が非常に地位の高い男だったからだ。

 

 

「……それに、そちらは()()()()のご子息様でありませんか」

 

 

 だが、男の狙いはエイミィではなかった。エイミィへと声をかけたのは、単なるきっかけ作りにすぎなかった。

本当の狙いは、ネギとカギにあった。故に、今度はネギとカギを見て、近づきながらそちらへと言葉を送ったのである。

 

 しかしながら、彼らには認識阻害の指輪があった。なので、メガネの男がネギたちを遠くから認識した後に、ここへと足を運んできたようであった。

 

 

「おっと、私としたことが名乗らずに無礼なことを」

 

 

 されど、いきなり知らない人から、何やら自分たちのことを知ってそうな男が現れても、ネギは誰? と言う顔をするだけだった。

ただ、カギは目の前の男が何なのかを”原作知識”で知っていたため、かなり驚きながらも、喧嘩を売るかのように睨んでいたのであった。

 

 そこへ男はネギの顔を見て、自分が何者であるかを言い忘れていたことを思い出した。

そして、その男は自らの正体を声高らかにして述べ始めたのである。

 

 

「私はクルト・ゲーデルと申します。この()()()()()()の総監であり、メガロメセンブリア元老院議員でもあります」

 

 

 そのメガネの男こそ、クルト・ゲーデルであった。

元々はガトウが身を預かった男であり、紅き翼の仲間だった男だ。さらに、現在の”新オスティア”の総監であり、メガロメセンブリア元老院議員となった、メガネの男だ。

 

 クルトはネギたちの目の前までやってきて、綺麗な礼を行った。

また、横には少年らしき付き人がおり、その手にはクルトが愛用しているであろう刀が握られていた。とは言え、()()でのクルトは彼以外の部下を連れておらず、私兵の護衛はいないようであった。

 

 そして、クルトは一礼を済ませると、ネギたちに胡散臭い笑みを向けるのだった。

 

 

 



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百五十四話 メガロメセンブリア元老院議員 その②

 突然のクルト・ゲーデルの訪問に、誰もが驚きを隠せなかった。

何故こんなところへ、メガロメセンブリア元老院議員であり、この()()()()()()()()()がわざわざやってきたのだろうか。それも誰もが疑問に思うことだった。

 

 また、クルトの目的はネギとカギに会う事であった。そのために色々と情報を入手し、この場所にネギとカギらしき少年がいることを突き止めて、わざわざ足を運んだのだ。

 

 

「なんだぁテメェ? やんのかぁ!?」

 

「ちょっと兄さん!? 何でいきなり喧嘩腰なの!?」

 

 

 しかし、カギは目の前の胡散臭いメガネ(クルト)が何をするかを、”原作知識”で知っている。

この男は胡散臭いことを知っている。この男の事情を知っている。この男の目的を知っている。かなり面倒なヤツだと知っている。

 

 だからカギは、かなり不機嫌そうな、むしろ怒りを見せるような態度で声を上げ始めた。

相手が礼儀正しく出てきているというのに、カギはその態度こそ気に入らないと言う様子を見せたのだ。

 

 しかしネギは逆に、突然目の前までやってきた男の人へと、威嚇しだしたカギに困惑した。

ネギはこのクルトの顔を見るのは当然初めてであり、礼儀よくお辞儀する人を邪険にするカギの姿に驚いていたのだ。

 

 それ以外にも、夕映もカギの変貌した態度に、少し驚いた顔をしていた。

まるで敵に出会ったような感じであり、そんな態度のカギを見て、どうしたのだろうかと思ったのである。

 

 

「いえいえ、私は決してそのようなことを、しに来た訳ではありません」

 

「じゃあ何だよ!?」

 

 

 クルトはニコニコとした表情を崩さず、カギの威嚇めいた質問を丁寧に答えた。

とは言え、クルト自身まだ何も言ってないというのに、ここまで威嚇されていることに、若干疑問を感じているのだが。

 

 何せ”原作”とはそこそこかけ離れた状態であり、このクルトも当然”原作”ほど面倒くさい性格はしていなかった。とは言え、政治家をやっているのには変わりが無いので、胡散臭い部分はまったく差異がない。そのおかげでカギに睨みつけられている訳でもあるのだが。

 

 そんなクルトへと、カギはさらに不機嫌さを増し増しの声を上げていた。

”原作”にていちゃもんみたいな喧嘩の売り方をしてきたクルトを、カギはまったく信用していないのである。

 

 

「総督府にて開かれる舞踏会、それにご招待するために、態々こちらへ足を運んだ次第です」

 

「は? 何で?」

 

 

 だが、乱暴な物言いのカギの問いにも、クルトは真摯な態度で答えた。

それはネギたちを総督府の舞踏会に招待する為だと、やはりニコニコとした顔で言ったのだ。また、その手には手紙が握られており、その言葉に嘘がないことも見て取れた。

 

 とは言え、カギはそこもまったく理解できなかった。

確かに”原作”でも、その舞踏会に招待される。ただ、こんな直接的な招き方などしてこなかったからだ。故に、さらに裏があるのではないかと勘ぐり、再び何で? と聞き返したのである。

 

 

「何故、と申されましても、それはご来場なされてからのお楽しみということで……」

 

「何が目的だっつーんだよ!」

 

「兄さん!」

 

 

 しかし、クルトは今度のカギの問いには答えなかった。

この舞踏会に参加してくれればそれはわかる、と言葉を濁したのだ。

 

 そこに対してカギは声を荒げて問い詰めた。

一体何を考えてるのかまったくわからない。何がしたいのかわからないと、カギはさらに警戒したのだ。

 

 そんなカギに対して、流石に失礼だと声を大きくするネギ。

ネギはクルトのことなど当然知らないので初対面の人間だ。それにカギの心情もわからないので、単純に無礼すぎると思ったのである。

 

 

「目的、ですか……」

 

 

 ただ、目的、とカギに言われたクルトは、ふむ、と考えるように腕を組み始めた。

目の前のカギは何を怒っているのかわからないが、警戒していることはなんとなく理解できた。なので、それを言えば多少警戒心を抑えてくれるかもしれない、とクルトは考えた。

 

 

「それは……」

 

 

 クルトはそれを言おうとしたところで、突然の邪魔が現れた。

いや、邪魔をする気があったのかはわからないが、とにかく話しを区切られてしまったのだ。

 

 

「ほう、新オスティアの総監が、こんなところで油を売る時間があるのですかね?」

 

「む……!?」

 

 

 その男は黒一色であった。

黒いスーツを着込み、薄黒いサングラスをしていた。髪の毛は紫色をしており、オールバックの髪型がきまっていた。

 

 そして、何よりもその表情が、他人を見下し小馬鹿にしているという感じがにじみ出ていた。

それは言葉にも表れており、目の前のクルトへ皮肉交じりの冗談を、嘲笑しながら投げかけていた。

 

 クルトは突然声をかけられ、ふとそちらへ視線を向けた。

クルトとてこんなことを言ってくる連中はごまんと見て来たが、ここまで下に見てくるやつは一人しかいないと考えた。

 

 

「羨ましい限りです。そのような暇があるというのは」

 

「ナッシュ・ハーネス元老院議員、ですか……」

 

 

 その男はクルトの顔を見て、さらに煽り立てた。

羨ましいな暇そうで。まるで本心からそう言ってるかのように、自分は忙しいかのように、この男は言い放った。

 

 そこでクルトはその男の名を、内心警戒心を最大にしながら、表情はにこやかなまま言葉にした。

なんと、その男こそ、あのナッシュであった。カズヤに喧嘩を吹っかけ、何やら企んでいる男、ナッシュ・ハーネスであった。

 

 

「なっ!? 何!? 野郎が!!?」

 

「あの人は!? まさか!?」

 

 

 その名を聞いたカギは、クルトなどどうでもよくなったかのように、ナッシュへと驚愕の表情を向けた。

ネギも学園祭の武道会にて、自分の生徒に行った残虐ファイトを見ている。だからこそ、その正体を聞いてかなり驚いた顔をしていた。

 

 また、彼らだけではなく、少女たちにも緊張が走った。

誰もがナッシュの姿を見て、または正体を知って驚き戸惑っていたのである。

 

 

「あなたこそ、このような場所へ何をしに?」

 

「私はただ散歩をしていただけですよ。何せ、終戦記念の祝祭ですからね」

 

 

 ナッシュの挑発など気にせず、クルトもナッシュへと胡散臭い笑みのまま質問を飛ばした。

 

 するとナッシュはその問いに、ただの散歩だと嘘くさい様子で答えるではないか。

いやー愚問としか言いようがない。何せ今は終戦記念、このような喜ぶべき祝いの日に出歩いて何が悪いのか、と言う様子だった。

 

 

「そのような部下を二人も引き連れて、ですか……」

 

「部下の一人や二人ぐらい、問題などないはずですがねぇ?」

 

 

 が、クルトはそのナッシュの答えを聞いて、目を細めてさらに問いを投げた。

 

 ナッシュは当然一人でいる訳ではない。

その後ろには得体の知れない部下が二人、少し距離を置いた場所で待機しているではないか。

 

 片方は引きつった笑みのまま表情が固まった変な男であり、もう片方は全身黒尽くめの鎧で身を固め、まったく顔が見えないのだ。

 

 そのようなおぞましい部下を引き連れてくるなど、この祝祭に相応しくない、と言う様子でクルトはその問いを言葉にしたのだ。

 

 そんなクルトの様子などお構いなしに、何か問題でも? と腹が立つ感じの笑顔でナッシュは堂々と答えた。

というか、まともな部下や護衛もつけづに、こんなところにノコノコやって来ているそちらの方が気が知れない、と言うような態度だった。

 

 

「ああ、あなたが何かをしようと、最終的に全ての実権を握るのは私になりますので」

 

「何を……?」

 

 

 ナッシュはそこで突然、クルトへと自分の野望を言葉にし始めた。

クルトはナッシュの突然の言葉に、意味がわからないと言う様子を見せていた。

 

 

「そう、この世界を救い、その全てを総べることになるものこそ、この私、ナッシュ・ハーネスであることを、お忘れなくぅ」

 

「……そうなればよろしいですね」

 

「はい、いずれはそうなります。私がさせます。実現させます」

 

 

 このナッシュの野望、それは”魔法世界の救済”のようであった。

いや、そのように語っているだけであり、本当にそう考えているかは謎である。だが、それは過程でしかないようで、最終的にはメガロメセンブリア、ひいてはこの世界全ての頂点に立つことこそ、ナッシュの野望であった。

 

 そんなことを突然話されたクルトは、皮肉を言うだけだった。

この男の野望はわからないが、簡単にこの世界を救えるはずがない、と考えたからだ。むしろ、この男に世界を救える訳がない、と考えたのである。

 

 しかし、ナッシュの自信は絶大だったようで、必ず成し遂げると宣言するではないか。

まるで自分の計画が確実に成功すると言うような、そんな言葉であった。

 

 

「そして、ん……? そちらのお二方は……? ああ、なるほどぉ……」

 

「……!」

 

 

 ナッシュはさらに言葉を続けようとした時、その視界にネギとカギが映った。

違う、ようやくナッシュは彼らを認識できた、というのが正しかった。

 

 ネギたちは認識阻害の指輪により正体が隠れていた。

そのおかげなのか、ナッシュがネギたちを認識するのに時間がかかったのである。

 

 ナッシュはそのことを把握したようで、なるほど、と小さく言葉にしていた。

認識阻害か、指輪か何かがその効力を発揮しているのか、そうナッシュは察したのだ。

 

 ネギはナッシュに気がつかれ、少し驚いた顔を見せた。

また、自分たちが賞金首であることを考え、捕まえに来るのではないか、と構えたのである。

 

 

「……ハーネス元老院議員、我々に彼らを逮捕する権利はありませんが……」

 

「えぇ、別にそのような野暮なことなどする気にもなりませんよ」

 

 

 ナッシュがネギたちに気がついたのを理解し、すかさずフォローを入れるクルト。

()()のクルトも特にネギたちに何かするという訳ではないようで、むしろネギたちに肩入れしたのだ。

 

 ナッシュはクルトにそう言われたが、特に行動するつもりはないと、ニヤついた表情で言葉にした。

言葉にしただけで、心の中では何を考えているかわからないのだが。

 

 

「しかし、このお二方が、あの噂の20年前の英雄の……」

 

「!」

 

 

 そこでナッシュはネギとカギへと、声をかけた。

目の前のこの二人が、20年前に英雄と言われた、あのナギ・スプリングフィールドの子供なのか、と。

 

 

「いやはや、このような小さな子を残して消えてしまったものが、果たして英雄と呼べるのかどうか……」

 

「なっ、何が言いたいんですか……!?」

 

 

 すると、ナッシュは二人を突如哀れむような表情を見せ、まるで彼らの父親を馬鹿にするかのような発言をしだしたのである。

 

 ネギはそのナッシュの言葉に、大きく反応を見せた。

この目の前の男は、何の事情も知らない癖に、自分の家族の間に土足で踏み入ってきたのだ。それは許しがたい行いだった。ネギとしては聞き捨てならない言葉だった。

 

 

「いえ、親と言う観点からすれば、むしろ畜生にも劣る、と個人的に思っただけですよ?」

 

「ッ!!」

 

 

 ネギの怒気が含んだ発言を聞いて、心の奥底からほくそ笑みながらも、表情は哀れんだまま、さらにナッシュは言葉を続けた。それはまさに、挑発の一言だった。しかしながら、客観的に見ればそう言われてもおかしくないものでもあった。

 

 とは言え、言い方というものがある。言葉を選んで発言すべき事柄である。これは確かにネギへの挑発だった。

 

 ネギはナッシュの今の言葉に、ビクッと体を震えさせた。

この男は完全に挑発しているのは明らかだ。されど、肉親を、憧れの父親を”畜生にも劣る”など言われれば、誰が我慢できようか。それでもネギはグッと堪えた。怒りを爆発させ、魔力を暴走させることを必死に押さえ、我慢して見せた。

 

 

「いやはや、さぞ冷血かつ冷酷なる()()()から生まれ、苦労なされたのでしょうねぇ……!」

 

「それは……ッ!!」

 

 

 そこへさらにまくし立てるかのように、挑発を繰り返すナッシュ。

もっと怒れ、怒って攻撃してこい。そう言いたげな感じの言葉だった。

 

 さらに、このナッシュは父親だけではなく、母親の方まで貶したではないか。

ネギはそれを聞いて、弁解を述べようとしたのだが、まったく言葉が出なかった。

 

 何故ならネギは生まれて物心ついた時には、すでに両親がいなかったからだ。

そんなはずがない! と言いたかったネギだが、両親を見たことがないネギに、それを言うことはできなかった。

 

 いや、ネギは心の奥底から、それはありえないと確信している。それでも、他人を納得させるだけの理由が言葉にできなかったのだ。

 

 

「クックッ……、いい表情ですねぇ。後世に残したいほどのすばらしい顔ですよぉ?」

 

「クッ……!!」

 

 

 非常に歯がゆい思いをするネギを見て、最高だ、とナッシュは笑い出した。

すばらしい、本当にすばらしい顔だ。そうそう、それが見たかった。見れて良かった。ナッシュはネギを見下しながら、薄ら笑いを浮かべていた。心底喜んでいた。

 

 そう笑われるネギも、理性を保ち怒りを抑えるので精一杯だった。

手を強く握り締め、必死で目の前の男へ殴りかかるのを我慢していたのだ。

 

 それでも我慢の限界と言うものだ。ネギとて聖人君主や神ではなく、ただの人間である。

目の前で愉快に嘲笑する男に対して、今のもプッツンしそうな状況だった。

 

 また、目の前のナッシュが、何故か自分たちの両親が生まれた時からいなくなっていることを知っているのに、ネギは疑問を感じていた。一体目の前の男が、何をどこまで知っているのか、そのあたりがわからず不審を抱いたのだ。

 

 

「ネギ先生!」

 

「だ……大丈夫です……!」

 

 

 そんなネギへと声をかけ、握り締められた拳にそっと手をそえるのどか。

のどかに手を握られたネギはハッとした表情を見せ、少し気持ちを落ち着かせた。そして、のどかの方へ向き彼女の顔を見て、安心させるかのようにその一言を言うのだった。

 

 

「ふむぅ……。もう少し激昂していただけると思ったのですが、……まぁ、いいでしょう」

 

 

 それを見たナッシュは先ほどの愉快な顔から一転し、心底つまらなそうな顔を見せた。

もっとキレて攻撃してきてくれるかと思ったのだが、予想が外れてがっかりしたのである。ま、それはそれでいいや、とナッシュは気持ちを切り替え、今度はカギの方へと顔を向けた。

 

 

「そして、なるほど。片方はもしや、ふむ。そうですかぁ……」

 

「……!」

 

 

 ナッシュはカギを見て、カギが転生者であることをすぐに理解した。

それをわざとらしく言葉にし、まるでカギを煽るかのような態度を見せたのである。

 

 カギも自分の方にナッシュが意識を向けたことに気がつき、無言ながら警戒をはじめていた。

何もしゃべらないのは、この目の前の男には言葉を述べるだけで、喜ばせるだけになることを理解していたからだ。

 

 

「愚かにもそのような存在になってしまわれて、この私も同情せずにはいられませんねぇ」

 

「…………」

 

 

 カギを標的にしたナッシュは、またしても挑発するかのような発言を、哀れんだ表情でしだした。

なんとこのナッシュは、ナギの息子になったことを”そのような存在”と見下し、同情するとまで言ったのだ。

 

 カギはそれを聞いて、一切言葉を口にせず、黙ってナッシュを睨んでいた。

目の前の男が何を言おうが、黙っているのが正解だと考えているからだ。

 

 

「おやおや、だんまりですかぁ? 何か言葉を発してくれてもよいのでは? いや……、もしや人の言葉がわからないと?」

 

「ッ……!」

 

 

 しかし、ナッシュはカギがしゃべる気のないことを察し、そっちの方面で煽り始めた。

いやー何か文句とかないの? 言えないの? 人語が解せないの? 猿だったの? そう愉快そうに挑発しだしたのだ。

 

 その挑発にカギは大きく体を揺らした。

だが、それ以上の動きはなかった。カギはここで我慢できなければ、目の前のクソの思う壺だということを理解しているからだ。だから何も言わない。何も行動しない。言われるがままでかまわない。

 

 それに、夕映がこちらに静かに近づき、とても心配そうな顔で様子を見ているではないか。

ここで暴れたら夕映にも迷惑や被害が及ぶと考えたカギは、ナッシュの挑発を受け流すことに決めたのだ。

 

 

「……ふむ、中々耐え忍びますねぇ。これでは面白くありません」

 

 

 ナッシュは微動だにしないカギを見て、つまらないと心から思った。

目の前の踏み台めいた転生者ならば、今の挑発で怒りに燃えて暴れてくれると思っていた。だと言うのに、そうはならなかった。非常に残念な結果に終わってしまったことに、ナッシュは内心苛立ちを感じていた。

 

 

「ハーネス元老院議員、そのような物言いは彼らに対して失礼では……?」

 

「いやぁ、つい。私、そういう性分でしてねぇ……」

 

 

 ナッシュの言いたい放題な状況に、業を煮やしたクルトがネギとカギの間へ割って入った。

実際クルトもネギとカギの”母方”の方まで貶され、内心憤りをくすぶらせていたのだが。

 

 ナッシュはクルトが割って入ってきたのを見て、これ以上の挑発行為は無駄だと感じた。

なので、気持ちを切り替えこの場を去ることだけを考え、適当ないい訳を言葉にし始めたのである。

 

 

「お二方には大っ変、申し訳ないことを……、身勝手ながらお許しいただければ幸いです」

 

「えっ……ええ……」

 

「……」

 

 

 すると、ナッシュはわざとらしく大げさな態度で、ネギとカギに頭を下げて謝罪しだした。

実際、心にも思っていないことであり、当然まったく反省もしていないのだが。

 

 ネギはそんなナッシュの態度にあっけにとられ、生返事を返すのがやっとだった。

されどカギは謝るナッシュへと、冷えた視線を送るだけだった。

 

 

「では、私はあなた方ほど暇ではないので、これにて失礼」

 

「……」

 

 

 ナッシュはもう用はないとばかりに、最後に一言挨拶を述べると、部下二人を引き連れ立ち去っていった。

この男がネギやカギを侮辱して挑発したのは暇つぶしであり、それ以上の意味はなかったのだ。

 

 立ち去って離れていくナッシュの後姿を、クルトは遠目で睨んでいた。

今までのネギとカギへの無礼もそうだが、あの男は自分の尊敬する存在をも侮辱して見せたからだ。

 

 

「ネギ先生、大丈夫ですか!?」

 

「はっ……、はい……。のどかさんのおかげで……、なんとか……。ありがとうございます……」

 

「わっ、私は何も!」

 

 

 あのナッシュが立ち去り、完全に姿が見えなくなったところで、のどかはネギへと心配そうに声をかけた。

 

 ネギは息も詰まりそうな状況が終わったのか、小さく呼吸を整え、怒りを分散させてのどかへ礼を言葉にした。

あの時のどかが手を握ってくれなければ、怒りに身を任せていたかもしれない、と思ったからだ。

 

 感謝をされたのどかは、自分は何もしていないと、慌てながら言っていた。

自分はただ、ネギの手を握っただけ。それだけしかしていないと、のどかは思っていたのだ。ただ、その行動がネギを我に返らせたのは事実である。

 

 

「カギ先生も、手を出さなずによく堪えてくれましたね」

 

「……ああ、本当ならここでぶっ潰してやりたかったが……」

 

 

 また、夕映もカギへと、あの時手を出さなかったことを褒めていた。

カギの性格ならば、あれほどまでに挑発されれば、殴りかかってもおかしくなかったからだ。

ただ、カギが何かしようとした時に止めるなりフォローするなりしようと、こっそりカギの近くに移動していた夕映であった。

 

 されど、カギもそこそこ強い精神力を身につけていたようだ。

あの安い挑発に乗ってぶっ飛ばしたかったのは事実だが、それはそれであの男に負けたものだとも思っていた。故に、なんとか必死に堪えることができたのである。

 

 

「おほん。我が国の元老院議員が粗相を働き、誠に申し訳ございませんでした」

 

「いっいえ!」

 

 

 そこへクルトが仕切りなおすかのように咳し、ネギとカギへとナッシュの無礼を詫びたのである。

ネギはそんなクルトへ、あなたからの謝罪は不要と言う感じで、両手を出して大丈夫だとアピールしていた。

 

 

「そして、先ほどの話の続きですが、これが招待状となっております。是非、お仲間の皆様も誘ってお越しいただきたい」

 

「は、はあ……」

 

 

 さらにクルトは言葉を続け、招待状をネギへと押し付けるように手渡し、舞踏会へ来るよう催促した。

ネギは早口で催促するクルトの剣幕に押され、小さく返事をするだけだった。

 

 

「詳細などは今手渡した招待状に記載されておりますので、そちらをご覧下さい」

 

 

 クルトはどんどん話を進め、詳細な説明は招待状に入っていると説明を述べた。

誰もがその説明を聞き入れるので精一杯なのか、全員が無言でそれを聞いていた。

 

 

「ああ、そちらの方々も彼と知り合いならば、どうぞお越しください」

 

「えっ!?」

 

「わっ私たちもですか!?」

 

「当然です」

 

 

 また、そこで話を聞いていたエミリィたちへクルトは体を向け、彼女たちも舞踏会へ招待すると言い出した。

それは彼女たちがネギの知り合いである夕映の仲間だからだ。

 

 エミリィは突然のことであっけを取られ、口をあけて驚いた。

それ以上に驚いた様子のコレットも、自分たちが本当にそのような場所へ行っていいのかを聞き返した。

 

 それに対してクルトは、はいと口にした。

むしろ、そうでなければ誘わない、とばかりの言葉であった。

 

 

「では、後ほど」

 

 

 そして、クルトは言いたいことを言い終えると、部下の少年を引き連れてその場を立ち去っていった。

彼がここへ来た目的は、本当にネギたちを舞踏会に招くだけだったようである。

 

 

「あの人たち、明らかに僕らのことを知ってましたよね……」

 

「あいつもだが、まさかあの野郎も元老院だったとは、やりづれー相手が出てきたもんだぜ……」

 

 

 ネギはあのクルトと名乗った人が、自分たちのことを把握していることを、思い出したかのように言葉にした。それだけではなく、ナッシュと名乗ったあの男でさえ、自分たちのことを知っているような口ぶりだった。一体誰なのだろうか、どうして自分たちを知っているのか、強い疑念を感じていた。

 

 しかし、カギはあのクルトの正体を知っているので、どうでもよかった。

それ以上に気になったのは、あのナッシュとか言うクソ野郎が、メガロの元老院議員だったということだ。

 

 なんでもない野良の転生者なら、ぶん殴るだけでいい。ぶっ飛ばして再起不能にすれば解決だ。

だが、元老院議員という立場を持っているのであれば、殴ると面倒になる。簡単には倒せない。そうカギは考えながら、どうするかと悩むのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギやカギがクルトと出会い、ナッシュと一触即発の状態になっている時、別のところで二人の少女が祭りを楽しんでいた。それはアスナとあやかである。彼女たちは状助たちの仕事が一段落したので、少し気分をやわらげようと外に出て遊ぶことにしたのだ。

 

 また、彼女たち以外にも、木乃香と刹那も他の場所で同じように祭りを楽しんでおり、エヴァンジェリンは護衛としてアスナたちの後ろを、その二人にまったく悟られないように気配を消して尾行していた。

 

 

「これおいしーじゃない!」

 

「そんなに?」

 

 

 アスナとあやかは祭りの店で売っている食べ物を物色しつつ、食べ歩きをしていた。

そのアスナの右手には当然食べ物が握られており、色鮮やかなアイスクリームがそこにあった。当然隣のあやかも同じように、アスナとは種類が違うアイスが握られており、何度か食べた形跡があった。

 

 そして、アスナはそのアイスを少し口に含めると、頬を撫でて顔いっぱいにその味のよさを表現していた。

なんといううまさだろうか。久々にこう言うものを食べたのか、いつも以上にうまく感じる。そう思いながら、アスナは表情をゆるませ、ニコニコと笑っていた。

 

 そんなオーバーな顔をするアスナを見て、あやかはそのアイスがそれほどまで美味なのかと、少し興味を持った。

なので、アスナへとそれを確かめるかのように、声をかけたのだ。

 

 

「いいんちょも食べてみる?」

 

「では、ありがたく……」

 

 

 問いを投げられたアスナは、ならば食えばわかると考え、あやかの顔へとアイスを向けた。

 

 あやかは一言礼を言うと、そのままパクリと小さな口で、アスナのアイスを試食したのである。

 

 

「あら、本当においしいですわね」

 

「でしょー?」

 

 

 すると、あやかはアスナのアイスに、絶賛した様子を見せた。

アスナが言うとおり、確かにおいしい。むしろうまい、うますぎるぐらいだと。

 

 自分のアイスを驚くほど絶賛するあやかへと、アスナも笑顔を見せていた。

 

 

「じゃ、いいんちょのやつも一口貰うわね!」

 

「ちょっと!? 勝手に何してますの!!」

 

 

 だが、そこでアスナが今度はあやかのアイスへと顔を近づけ、サッと一口頂いていったではないか。

あやかはそれを見て、勝手に食うなと言わんばかりに、大きな声で文句を飛ばした。

 

 

「いいじゃない、ちょっとぐらい」

 

「悪いとは言いませんけど、許可ぐらいお取りなさい!」

 

「ごめんごめん! あ、でもいいんちょの方のもおいしーわねー」

 

「そうでしょう? って……はぐらかすんじゃありませんわ!!」

 

 

 しかし、アスナは悪びれた様子もなく、あやかの文句に対してケチくさいと言うではないか。

とは言え、あやかも食べられたことを責めているのではなく、一言なかったことに対して怒っているのだ。

 

 アスナはそう言うあやかへ適当に謝罪を述べると、あやかのアイスもうまいとわざとらしく絶賛した。

あやかはそこでほっこりした顔で同意の言葉を言うと、ハッとした後再び怒った表情へ戻し、今の注意を流されたことに叱り出したのだった。

 

 

「……なんだか、久々に落ち着けたかな……」

 

「そうですわね……。色々と大変でしたし」

 

 

 そんな騒がしくも楽しいひと時を満喫していたアスナは、ふと静かになるや真面目な様子で一言つぶやいた。

それはこんな穏やかな時間がすごせるのは、いつ振りだろうかということだった。

 

 ()()()に来てからと言うもの、ずっと緊張と戦闘の連続で、本当に息が抜けたのは久々だと、アスナは実感していた。

確かに少しは落ち着ける時間ぐらいはあったが、ここまで心の奥底から落ち着けたのは、ここに来てはじめてではないか、と思ったのだ。

 

 あやかもアスナの言葉に反応し、小さく同意した。

色々と目まぐるしい程の不思議な体験を幾度となく味わってきたあやかも、今の時間は何も気にせずにいられたと思ったからだ。

 

 

「そういえば、あなたは暴漢に襲われたそうじゃない。大丈夫でしたの?」

 

「うん。状助のおかげでね」

 

「ふうーん、東さんのおかげ、ねえ……」

 

 

 そこであやかは安心、という言葉で思い出したことを、アスナへと尋ねた。

それはこの前、街で事件があった時のことだ。アスナが転生者に襲われ、危うかった時のことだ。

 

 あやかは、あの時アスナが転生者に攻撃されたのを、暴漢に襲われたと言う形で聞いていた。

なので、そのことを心配しながら、アスナへと無事を聞いたのである。

 

 すると、アスナは状助が助けてくれた、と言うではないか。

状助の名前が出たのを聞いて、あやかは目を細めていぶかしんでいた。

 

 

「その東さんは、今どこにおりますの?」

 

「んー、まだ闘技場の方じゃない?」

 

 

 また、あやかはその状助本人が、どこにいるのかをアスナへ聞いた。

アスナはそれに対して、現在地はわからないので先ほど見た場所を答えた。

 

 

「あちらも一段落したのですから、少しは外の空気でも吸った方がよいと思うんですけれども」

 

「そうよねー。あんな大変な目に遭ったんだから、少しぐらい気を抜いてもいいと思うんだけどねー」

 

 

 と言うのも、状助たちが抱えていた問題が解決したのを、あやかも理解していた。

それで問題が解消したのだから、外に出て少しぐらい気晴らしをすればいいのに、と思ったのである。

 

 アスナもあやかと同じ気持ちだったようで、いつまでも闘技場に引きこもってる必要はないと言葉にした。

それに、一つの山を越えたのだから、リラックスぐらいしてもいいのではないか、と感じていたのだ。

 

 

「ふふ……」

 

「なっ、何よ……、急に笑い出したりして……」

 

 

 すると、あやかが急に小さく笑い出したではないか。

それを見たアスナは、気味悪そうにその理由を聞いた。

 

 

「……アスナさんが東さんの話をする時、とても穏やかな顔をすると思いまして」

 

「は……? そんな顔してた?」

 

「してましたわよ?」

 

「そう? そうかしら?」

 

 

 あやかが笑った理由、それはアスナが状助の名を出す時、その表情が柔らかかったからだ。

とても喜ばしそうに、状助のことを話すからだ。その光景が微笑ましくて、あやかはつい小さく笑ってしまったのである。

 

 なので、あやかは微笑みながら率直に、その理由を話した。

 

 そして、その理由を聞いたアスナは、何言ってんだ、という顔をして見せた。

そんなことあるのだろうか、と思ったアスナは、本当に? とあやかへ尋ねた。

 

 あやかは疑問に思いしかめた顔をするアスナへと、YESと返した。

嘘なんて言ってない。そう感じたからこそ、そう言ったのである、と。

 

 しかし、アスナはまったく自覚がないのか、確認するように顔を手で触った。

ぷにぷにと頬を指で揉み、本当に? とやはり疑問視する言葉を発していた。

 

 

「そんなに東さんのことが気になりますの?」

 

「気にならないって訳じゃないけど……」

 

 

 あやかはアスナが状助のことを随分と気にかけていると思った。

なので、それをあやかが聞いてみると、アスナは少し悩んだような顔で、正直に気にしてない訳じゃないと言葉にした。

 

 

「なっ、何よっ!? 急に人の顔をじろじろ見て……!」

 

「いえ、別に何でもありませんわ!」

 

 

 うーん、と悩む様子を見せるアスナを、あやかは顔を近づけて凝視していた。

今の質問は単に興味本位のものであったが、それに対して随分と悩んでいるではないか、と。

 

 それを見たアスナは、何やってんの、と言う感じで片手をヒラヒラさせてあやかへ離れるように催促した。

あやかはアスナの態度を見てさっと後ろに下がり、嬉しそうな顔で何かありげな感じの声を、大きく張り上げたのだ。

 

 そこであやかが思ったことは、アスナが状助に対して友人以上の感情があるのではないか、ということだった。

本人はまったく自覚していないようだが、ほのかにそれを感じられると思い、気になったのである。

 

 

「何かあるんでしょ!? 言いなさいよ!」

 

「なーんにもございませんわー!」

 

「何考えたのよー!! 教えなさいよー!!」

 

 

 しかし、あやかはそれを悟られまいと考え、あえて黙っておくことにした。

そこであやかは、アスナの前へ出て、まるで鬼ごっこの鬼から逃げるかのように、少し距離を取りはじめた。

 

 アスナもあやかの態度に、何かを企んでいるのではないかと察し、前を歩き出したあやかを追うようにしてそれを叫んだ。

そんなあやかも何にもないと言いながらも、その言い草はわざとらしかった。

 

 あやかはそう言いながら歩く早さを増しながら、アスナをからかうかのように笑っていた。

アスナは自分から逃げはじめたあやかを追いながら、何を考えているのかを聞き出そうと必死に大きな声を出すのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは完全なる世界の本拠地、墓守り人の宮殿。

その外側の廊下にて、一人の男が遠くで雲の上に浮かぶ巨大な島々を眺めていた。

 

 

「さて、そろそろ次の作戦に移る時間だな……」

 

 

 そして、その男、転生者のアーチャーはそろそろ頃合だと思い、新たな作戦の決行を考えていた。

 

 

「ほう、もうそんな時か雑種」

 

「そうだ。早速みなを集めて作戦の概要を……」

 

 

 そこへもう一人、同じく転生者である黄金の鎧に身を包んだ男が現れ、アーチャーへとその後ろから声をかけた。

アーチャーはその男の質問を肯定し、仲間を集めて作戦を説明すると言葉にしつつ、男の方へと顔を振り向かせた。

 

 

「なっ……!!!?」

 

 

 だが、そこでアーチャーは、その光景を見て驚愕した。

黄金の男の右手には、一振りの美しく豪華な剣が握られていた。しかも、その剣には鮮血が滴っており、それが光に照らされ輝いていたのだ。

 

 

「ガッ……グフゥッ……!!?」

 

 

 するとアーチャーは口から自分の外套と同じ、真っ赤な液体を盛大に吐き出し、苦しみ始めたではないか。

なんということだろうか、黄金の男が握る剣がアーチャーの背中に突き刺さり、その体を貫通していたのだ。

 

 

「き……さ……ま……、何を……!?」

 

「それはこちらの台詞だ雑種よ」

 

 

 苦痛に悶えながらもアーチャーは、この行動の真意を黄金の男へ尋ねた。

一体何を考えているのだろうか。自分は黄金の男の仲間のはずだ。命を狙われるようなことをした覚えはない。

 

 だが、そのアーチャーの問いに、むしろ冷淡な声で逆に質問し返す黄金の男がいた。

 

 

「雑種、お前はその後、こちら側を裏切る算段であっただろう?」

 

「な……に……!?」

 

「その顔はやはり図星と言う訳か」

 

 

 黄金の男はアーチャーが後々自分たちを裏切ると勘ぐっていた。

それを言葉にすれば、アーチャーの顔色が変わったではないか。やはり、と思った黄金の男は、フッと小さく笑っていた。

 

 

「であれば、裏切り者は早々に始末せねばならん。それだけのことよ」

 

「ぐ……うう……」

 

 

 裏切るとわかっているのなら、さっさと退場してもらおう。

そう思っていた黄金の男は、ここでそれを実行しただけであった。

 

 それを言葉で説明しながら、黄金の男は剣をアーチャーの体から引き抜いた。

剣が引き抜かれたことにより、そこからさらに鮮血が飛び散り、アーチャーはうめき声を漏らしたのである。

 

 もはや苦痛と出血によりアーチャーは倒れこみ、動けない様子であった。

傷からは止まらぬ出血で床を赤色に染め上げ、真っ赤な絨毯のようになっていた。

 

 

「さて、しかととどめを刺しておこう。お別れだ雑種よ!」

 

「ぐううおおおお!!!」

 

 

 倒れて瀕死となったアーチャーへと、黄金の男は追い討ちを宣言する。

その宣言とともに、黄金の男の背後から無数の武器が空間から生えてきたではないか。そして、黄金の男はそれらをすべてアーチャーへと放ち、串刺しにせんとしたのだ。

 

 しかし、アーチャーとてこのまま死ぬ訳にはいかない。

最後の力を振り絞り、転送符を発動してこの場から消え去ったのだ。

 

 

「っ! 転移だと……」

 

 

 アーチャーが倒れていた場所に無数の武器が突き刺さったのを見て、黄金の男は少し驚いていた。

本来ならばその数々の武器は、石の床ではなくアーチャーに突き刺さっていたはずだからだ。まさか、あの傷で転送符を使い逃げるなど、黄金の男は予想していなかったのだ。

 

 

「まあよい……、あの傷ではどの道助かるまい……」

 

 

 とは言え、今のアーチャーは重傷で瀕死だ。

なので黄金の男は、ほっといても勝手に死ぬと考えた。

 

 

「さて、この(オレ)自らヤツらを指揮し、行動を起こさせるとしよう。フハ……フハハハハハハッ!!!」

 

 

 そんなことよりも、もっとやるべきことがあると、黄金の男は考えた。

それはアーチャーめがやろうとしていた次の作戦の行動だ。

 

 どうせ”原作”と同じようなことをするんだろうと思った黄金の男は、それを自分が指揮して行動させようと考えたのだ。

また、自分がようやくアーチャーの指揮権を奪ったと考えた黄金の男は、盛大な高笑いを始めたのだった。

 

 

「……では、まずは貴様の力を借りるとしようか……」

 

 

 笑いを止めた後、黄金の男はふと、何もない空間へ顔を向けて話し出した。

 

 

「なあ……、()()()()?」

 

 

 すると、そこへ一つの人影が突如として現われたのだ。

それに対して黄金の男は、()()()()と呼んだのである。

 

 

「……お前がそれを命ずるのならば、オレはそれに随うだけだ……」

 

 

 そのランサーと呼ばれた男は、真っ白な髪をしていた。同じように顔の肌も病的に白く、されど体の大半は黒に覆われた細身の男だった。

 

 また、黒い体をさらに薄い黄金に輝く具足が腕や脚などに装着され、肩には赤色の短めのマントを羽織っており、背中には鳥の羽根のような装飾が装備されていた。

 

 その顔もビジュアル系のような顔立ちで、非常に整ったものであった。しかしながら、その表情はさほど優れてはおらず、むしろ暗雲の中にいるかのように曇らせていた。

 

 そのランサーなる男は黄金の男の言葉を、まるでそれ以外の選択が存在しないかのような感じで承った。

黄金の男はそれを聞きニヤリと笑いながら、他の仲間のところへとランサーを連れて歩き出したのだった。

 

 



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百五十五話 総督府

 ネギたちは夕映と夜に総督府で合流することを話して別れた後、隠れ家としているハルナの飛行艇へと戻ってきた。そこでクルトのことについて、ラカンやアスナを交えて話し合っていたのである。

 

 また、カギもネギについてきていた。

夕映の護衛はどうした、と言う感じだが、それよりもクルトのことが気がかりで仕方が無かったのである。それに夜に再び会うことにしているので、まあ()()大丈夫だろ、程度に考えていたのだった。

 

 

「一体何考えてんだろうなあ、あの胡散臭い眼鏡は」

 

「うーん。僕としては悪い人には見えなかったけど……」

 

「いやいや、どう見ても胡散臭さ全開でまったく信用できねぇだろ!?」

 

 

 カギはクルトをまったくもって信用していない。

何故ならカギのクルトの印象は、最後までよくわからないやつだったからだ。なので何を企んでいるのかわからないが、何かよからぬことを考えていると思っているのだ。

 

 しかし、ネギはカギとは違い、多少なりと信用できるかもしれないと思っていた。

ネギはクルトと会うのが初めてであり、最初の印象は悪くないものだったからだ。

 

 されど、カギはネギへとあれは信用できないと叫んだ。

()()もあえて悪役をやっていた感じではあったが、やはりカギの中では印象がよくないのだ。

 

 

「そういえばあの人は、昔()()()の仲間だったんですよね?」

 

「ああ、そうだぜ」

 

 

 まあ、カギのことは置いておくとして、ネギはあのクルトが自分の父親の仲間だったことをラカンから聞かされていた。

それをもう一度確かめる感じで、ラカンへと尋ねた。

 

 ラカンもそれに素直に答え、腕を組みながらその通りと言った。

 

 

「タカミチと同じく、ガトウのヤツが引取った孤児でな」

 

「タカミチさんと同じですか」

 

 

 また、ラカンはクルトの詳細を話し始めた。

あの男は元々はガトウという男が引取り手であり、タカミチと同期でもあると。

 

 ネギもその話に、なるほど、と言う感じで聞き入っていた。

 

 

「それ以外にも詠春の剣の弟子みたいなもんで、神鳴流だったかの剣技も使える」

 

「つまり、中々の使い手でもある、ということですか……」

 

「まっ、今はどうだか知らんがな」

 

 

 さらに、あのクルトは近衛詠春から剣術を学んでいると、ラカンは言った。

神鳴流剣術の使い手である、ということだ。

 

 この話を聞いたネギは、クルトが決して弱くないことを悟った。

刹那の強さを間近で見ていたネギは、その神鳴流剣術のすさまじさを知っているからだ。それに、紅き翼の一人であり木乃香の父親たる詠春が、手ずから教えているのであれば、なおさらだ。

 

 とは言え、今のクルトの実力はラカンも知らない。

多分強いんじゃない? 程度にしか認識していないのだ。

 

 ただ、”原作”でもクルトは神鳴流奥義の位の高い弐の太刀を使えた。それを考えれば、魔法障壁で防御するネギとは相性が悪いと言うものだ。まあ、それは戦いとなれば、の話ではあるが。

 

 

「戦いが終わった後、アイツは政界へと足を踏み込んだ」

 

 

 何せ、クルトは20年前の戦いが終わった後、元老院議員となるべく政へと手を伸ばした。

そして、それなりの後ろ盾をもらい、元老院議員となった。

 

 

「その後のことは俺もまったくわからんし、何を考えてるのか見当もつかん」

 

「そうですか……」

 

 

 故に、ラカンも今クルトが何をしているのかまったくわからなかった。

と言うのも、ラカンも隠居生活していたので、そう言う情報を仕入れていないのもあったが。

 

 ネギはラカンに知らないと言われ、それ以上は何も聞けなかった。

確かにある程度の情報はもらったが、現状の情報は全くなかったのである。

 

 

「そうだ。アスナさんもクルトさんという人を知ってるんですよね?」

 

「知ってるけど、本当に少しだけよ」

 

 

 そこでネギは、ハッとした様子で、今度はアスナへと尋ねてみた。

アスナも紅き翼と何度か行動を共にしている。それを知っていたネギは、アスナが何か知ってるかもしれない、と思ったのだ。

 

 が、当然アスナも詳しく知っている訳がない。

だからネギのご期待には添えない、と言う様子でそう言うだけだった。

 

 

「あまり話た事がなかったし、少年時代の顔を覚えてるぐらいでしかないわ」

 

「おいおい! んじゃ誰も今のアイツを知らないってことじゃねぇか!」

 

 

 昔のことでさえ、あんな顔してた、程度にしか覚えてないのに、今のことなどわかる訳がない、とアスナはしれっと言葉にした。

 

 するとカギは誰もクルトの現状を知らないことに、大きく叫んで文句を言った。

昔の仲間だったっつーのに、誰も知らないってどういうことだよ! と言う感じだった。

 

 

「そんなこと言われても、十数年も会ってないんだから、知りようがないじゃない」

 

「そういうこった」

 

「ま、まあそうかもしれんがー……」

 

 

 そうは言うが、何十年と会っていない過去の仲間のことまで、わかる人間はいない。

アスナはそう言うと、ラカンも便乗してそう言葉にしたのである。

 

 カギもその言葉に納得したのか、うーん、と頭を悩ませていた。

”原作”のクルトもよくわからんかったが、()()でもまったくわからんことに、カギは嘆いた。

 

 

「あいつのことならガトウに聞くのが一番だが、今どこにいるのやら」

 

「そういやゲートにいたな。その後のことは知らんが」

 

 

 ただ、よく知っているだろう人物は存在した。

それはガトウだ。ガトウは”原作”とは違い死なずに生きている。クルトの親のような人間であり、政治にも理解のあるガトウであれば、何かわかるかもしれない、とラカンは思い言葉にした。

 

 ガトウの名前を聞いて、カギはふとここへ来た時のことを思い出した。

確かに自分が魔法世界に入った時、ゲートでタカミチを待っていた。まあ、その後の足取りは詳しく聞いていないので当然わからんのだが。

 

 

「ガトウさん、元気そうだった?」

 

「ああ、多分な」

 

「それはよかった」

 

 

 カギがガトウに会ったのを聞いたアスナは、そのガトウが元気だったのかをカギに尋ねた。

何年も会っていないが、何度も世話になったので気になるのである。

 

 それを聞かれたカギも、ふとその時のことを思い出し、特に問題なさそうだと考え元気なんじゃね? と返した。

 

 アスナはそれを聞いて満足したのか、微笑みを見せたのだった。

 

 

「とりあえず、この舞踏会に参加して話してみないことには何もわかりませんね」

 

「だなー。なーんかあっちの手にハマってる感じでヤなんだがなあ……」

 

 

 しかしながら、クルトのことはわからずじまいであった。

まあ、あっちもこちらに用事がある感じなので、舞踏会に行けばある程度知れるだろう、ということだけはわかった。

 

 ネギはそう考えて、舞踏会に参加するしかないと提案した。

カギもあっちの思う壺みたいなのは癇に障ると言う態度で、仕方ないと諦めて参加を同意するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 すでにあたりは暗くなり、太陽も沈んだ時間となった。

空は闇に包まれながらも、星星が煌き照らされており、()()()()()()()も美しく輝いていた。

 

 そして、場所は総督府。まるで宮殿のような建造物が立派に建っており、そこで舞踏会が行われるようだ。また、大イベントと言うこともあり、無数の花火が天に舞い上がり、爆ぜては消えを何度も繰り返していた。

 

 

 そこへネギやその生徒、仲間たちもやってきており、誰もがきらびやかな衣装へと装いを変え、舞踏会と言う未体験に心を躍らせていた。

 

 

「アスナさん、とてもお似合いですわよ?」

 

「そ、そう? 変じゃない?」

 

「全然問題ありませんわ」

 

 

 当然そこにはアスナとあやかの姿もあり、あやかはアスナのドレス姿を褒めていた。

そう言われながらも、髪をストレートに下ろし、普段は着ないような肩が丸々と出たドレスに身を包んだアスナは、多少ぎこちない様子を見せていたのだ。

 

 なのでアスナは着慣れぬドレスに戸惑いを感じながら、その言葉が本当かどうか確かめるかのように聞き返した。

あやかはそんなアスナへと、自信を持てと言わんばかりに自分の先ほどの言葉を肯定して見せた。

 

 

「それにしても、いいんちょは随分着慣れてる感じね」

 

「私は家で何度かそう言う体験をしておりますから」

 

「……ブルジョアねぇ」

 

 

 そう言うあやかをアスナが見れば、様になっているとしか言いようがないと言葉にした。

同じように肩を露出し、胸元も随分と見せたドレスを、あやかは自然体で着ているではないか。それを見たアスナは、あやかがドレスなどを普段から着こなしていると感じ、流石は財閥の娘だと思っていた。

 

 それを当然と言うあやか。

財閥の娘たるもの、この程度のことは当たり前なのである。故に何度もこう言った社交場を体験しており、動きや素振りなども見事に美しく振舞われており、完璧と言うほかなかった。

 

 そんなあやかへと、お嬢様は違うものだと言うしかなかった。

されども、このような身のこなしを自然と振舞えるというのは、それなりに訓練したからであろう、とも思っていた。わりと自由にやっているあやかでさえ、財閥のお嬢様として恥ずかしくない振る舞いを教え込まれたのだろうと。

 

 

「あら、あなただってお姫様なのでしょう?」

 

「名ばかりな、ね」

 

 

 アスナの今の発言に、あやかはくすりと笑ってそう返した。

話に聞けばアスナも、この国のお姫様と言うではないか。ならば、むしろ財閥の娘よりも立場は上なんじゃないか、と冗談めいた考えをしたのである。

 

 そうは言うが、とアスナも言葉を漏らした。

お姫様と言うのは血筋のみで、扱いとしてはむしろ()であった。アスナはそう言った経緯から、他人がそう言おうが自分は姫だと思ったことは一度足りとてなかったのである。

 

 

「俺よぉ……、ここからすげぇ嫌な予感がするんだよなぁ……」

 

「状助っていつもそんなことばかり言ってない?」

 

「えっ? 嘘だろ承太郎……?」

 

「本当よー」

 

 

 そんな二人のやり取りを横で聞いていた男子が、そこで突如口を開いた。

それは状助であった。状助は二人に一緒に行動しようと誘われたが故に、断りきれずにこの場にいるのだ。

 

 そして、状助のその発言は、やはり()()を思ってこのことだった。

確かここではクル……誰だったか覚えてないが、ネギと戦いになるはずだと、思い出していた。それ以上に、この後襲い掛かってくる、完全なる世界が放つ無数の敵たちとの戦いを考えると、胃が痛くなっていく思いだったのだ。

 

 なんか先のことを想像して顔を青くしている状助へと、アスナはふとつっこむようにそれを言った。

なんというかこの状助、背丈の割りに随分と弱音ばかり吐いている。

 

 しかし、いざとなると勇気を出すのか、強大な敵にも果敢に挑んでいく強さも持っているではないか。

そのため、アスナは状助が言う、嫌な予感がする、なんて口癖じみた台詞にしか思っていないのである。

 

 それを聞いた状助は、いつもの口癖でアスナへ聞き返した。

アスナはそれについては嘘ではないと、自信がある様子で答えたのだった。

 

 

「そんなことよりも、気にすることがあるんじゃないの?」

 

「気にすることかぁ……。覇王のやつはうまくやってんのかなぁ」

 

 

 と言うか、何を考えて不安になっているのかわからないが、それ以上に何かあるだろう。

アスナは答えを言うことはせずに、ヒントめいた言葉を状助へと投げた。

 

 が、状助はまるでわからないかのような態度で、それ以外に気にしている部分を語り始めた。

それは覇王である。覇王も当然この総督府へと来ている。そして当然木乃香の傍にいる。それを考えて、覇王はしっかり彼女をエスコートできてるだろうか、とふと思ったのである。

 

 

「痛っ!? なっ、何すんだコラァ!!!」

 

「そうじゃないでしょ! そうじゃ!!」

 

「じゃあよぉ! どういうことだっつーんだ!」

 

 

 だがしかし、それがアスナの逆鱗に触れた。

突如としてアスナは、肘打ちを状助の脇腹に突き刺したのだ。

 

 一瞬うめき声を上げた状助は、いきなりのことで気を動転しながら、アスナへと盛大に文句を叫んだ。

と言うか、結構痛かった。鋭い肘打ちだった。なので、少し頭に来たらしい。

 

 されど、状助以上に不機嫌な態度を見せるのはアスナの方だった。

気にすることとは、覇王たちのことではない。そうではないと、怒りと同時に荒げた声をあげていた。とは言え、んなこと言われても、と言う感じに状助も文句に文句を返していた。

 

 

「東さん、わざとらしい態度はよくありませんわよ? アスナさんの言ったこと、気がついてらっしゃるんでしょう?」

 

「うぐっ!?」

 

 

 そこへあやかが割って入り、状助へと静かにそれを指摘した。

その声はまるでなだめるかのように、そして説得するかのような優しい声色であった。

 

 状助はあやかへそう言われると、まさにぐうの音も出ないと言う顔で、思い切り引き下がった。

あやかの今の言葉は状助の図星であり、アスナの言葉の意味など、すでに理解していたのである。

 

 

「……い、いやぁ、随分と綺麗じゃあねぇかよぉ……。見違えたっつーかよぉ……」

 

「そうそう、それが聞きたかった」

 

 

 すると状助は深呼吸した後にアスナへと振り向き、非常に照れくさそうにしながら、アスナの今の姿を称賛した。

なんというか、ちょいと着飾るだけで随分と違うものだと。雰囲気も随分と違うものだと。

 

 それを聞けたアスナは、満足したのかうんうんと頭を縦に2、3度振りながら、嬉しそうに笑っていた。

また、最初からそう言ってくれれば早かったのに、とはあえて言わなかった。状助が褒めてくれたのだから、それでいいと思ったのだ。

 

 

「おめぇよぉー! 聞きたかったってどういうことだよ!?」

 

「それは当然、男子の状助に言われる方が、……嬉しいに決まってるからじゃない」

 

「お……おう……」

 

 

 が、今のアスナの言葉に、状助はさらに文句を叫んだ。

何せ、今の状助の発言は、恥ずかしい思いをして出した言葉だった。それをただそれだけで受け答えされては、何と言うか割に合わないと思ったのだ。

 

 と言うか、本来ならアスナの方だって、照れるべきじゃないのか。

何でしれっとした態度でそんなことが言えるの。状助はそう考えたのか、ちょっと頭に来たのである。

 

 そう怒り出した状助へと、アスナは自分の意見をはっきりと、ほんの少しだけ頬を赤くしつつ述べた。

同じ女性であるあやかにそう言ってもらうのと、男子の状助からそう言われるのでは別であると。

 

 アスナから素直に嬉しい、と言われた状助は、怒りが一瞬で分散したようだ。

逆に今のアスナの様子に、ほんの少しドキリとしたのか、一歩後ろへ下がり小さな声で相槌を打っていた。

 

 そんな二人の様子を、何やら満足げな様子であやかが眺めていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 アスナたちの近くで、ネギもスーツへと着替えてこの場にやってきていた。

()()とは違い大人の姿ではないが、子供ながら様になっていた。

 

 

「あの、ネギ先生! このドレス、似合ってますか?」

 

「はい、とても綺麗で似合ってますよ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 そこへドレス姿となったのどかが、ネギのところへやってきた。

そして、自分の今の姿に対する質問を、はにかんだ表情を見せながら投げかけた。

 

 ネギはそれに対して、素直な意見で褒めていた。

ありふれた答えであったが、率直なものであった。

 

 のどかもネギに褒められたのが嬉しかった。

飾りっけのない味気ない言葉であったが、それで充分だった。なので、少し赤かった表情をさらに赤くしながらも、満面の笑みで礼を述べたのだった。

 

 

 そんな二人をひっそりと遠くから眺める少女が一人いた。

それは夕映であった。夕映もクルト本人から舞踏会へ誘われたので、ここへとやってきたのである。

 

 

「のどか、ちゃんとやれてますね」

 

 

 また、ネギへと接近するのどかを見て、満足げな表情を見せる夕映。

こう言う時こそ仲を進展させる絶好のチャンス。それを逃さず頑張っているのどかに、夕映は安心した様子だった。

 

 

「みてーだな」

 

 

 だが、そこに突如として後ろから、少年の声が聞こえてきたではないか。

 

 

「!? か……カギ先生!?」

 

「よう」

 

 

 夕映はその声に驚き、とっさに後ろを向けば、そこには普段と変わらぬ姿のカギがいた。

カギの姿を見た夕映は、慌てながらに彼の名を口から漏らした。

 

 そんな夕映の姿を眺めながら、平然とした態度で一言小さく挨拶を交わすカギ。

と言うか、ちょっと驚きすぎじゃね? とは内心思っていたりもするのだが。

 

 

「……またこそこそ覗いてんのか?」

 

「い、いえ……まあ……」

 

「やっぱ気になっちゃうかー」

 

「はい……」

 

 

 カギは遠くにネギとのどかの姿を見ると、ははーんと思い夕映の行動を察した。

で、それを夕映へ聞くと、夕映も少し戸惑った様子で、それを肯定する言葉を発したではないか。

 

 いやー、随分気にかけてるねー、とカギは思いながらも、やっぱり? と夕映へと言葉を投げた。

夕映もそう言われて観念した様子で、一言だけ返事をして小さく頷いたのだった。

 

 

「あれ、カギ先生はスーツじゃないんですか?」

 

「あーいうの、なんだかかたっくるしくてなぁー……」

 

「はぁ……」

 

 

 そこで夕映はふと、カギの姿をまじまじと見た。

それでカギがネギのように着飾っていないことに気がついたのだ。あのクルトと言う人に会った後、姿をくらませていたのだから、準備する時間はあったはずだと夕映は思った。

 

 なので、夕映がそのことについてカギに聞けば、面倒臭いという感じで肩をぐりぐり回しながら答えたではないか。

まるでおっさんみたいな仕草をするカギに、夕映は気の抜けた返事を吐き出したのだった。

 

 

「そっちこそ、ドレスじゃないじゃん」

 

「私たちは一応()()()()()()()()()としての参加なので……」

 

「あ、そう」

 

 

 されど、夕映もいつものアリアドネーの 制服姿。ドレスに着替えてはいない。

カギが今度はそれをつっこむと、夕映はいい訳じみた言葉を言い出した。まあ、リーダーをしているエイミィが、そう言う方向での参加を決めたので、制服のままと言う理由があるのだが。

 

 カギはその夕映の答えに、ま、いいか、と言う感じで返事を返した。

 

 

「んじゃ、他の子たちは?」

 

「先に中へと入ってます」

 

 

 ならば、他のエイミィたちはどこにいるのか、とカギは考えそれを夕映へと尋ねた。

その質問に夕映は、すでに先に行っていると言葉にした。

 

 夕映はのどかの様子を見に行きたくて、彼女たちとは別行動を取ったのである。

 

 

「追わなくてもいいのか?」

 

「時間には合流すると言ってあるです」

 

「ふーん」

 

 

 先に行ってるならはぐれないか? と考えたカギは、夕映へとそう言った。

しかし、夕映も馬鹿ではない。合流する場所と時間をあらかじめ決めていたのだ。

 

 なので、夕映はそれを言うと、カギはだよな、という顔で返事をするだけであった。

 

 

「ま、とりあえず俺たちも中に入ろうぜ」

 

「はいです」

 

 

 とりあえず、カギはこんなところで立ち話していてもしょうがないと考えた。

故に、自分たちは建物の中へ移動しようと夕映を誘った。夕映もカギの言葉に従い、二人で建物の中へと入っていったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 舞踏会にはネギの仲間全員が参加していた。当然木乃香も来ている。

そして、当然ながら美しいドレスを身に纏い、しっかりと着飾っている。

 

 その木乃香は当然のごとく覇王にべったりくっつき、離れようとはしなかった。

覇王もやれやれ、と言う顔をしながらも、特に気にした様子は見せなかった。

 

 しかし、覇王はいつもどおりのマント姿で、そこは木乃香につっこまれていたのだが。

されど、覇王はそんなことを気にする男ではないので、どうでもよいと流していた。

 

 また、木乃香の近くには当然刹那の姿もあった。

ただ、二人の邪魔はしたくはないので、遠くで見守る形を取っていた。

 

 

「おう、刹那。待たせたな!」

 

「バーサーカーさん……え?」

 

 

 そんな刹那のところへと、スッと現れた大柄な男。

ゴールデンな髪をいつもよりも崩し、普段の服装ではなく黒いスーツをきちっと着こなしたバーサーカーがそこのいたのだ。ほとんどが黒一色のスーツだが、ところどころに金色の装飾が施され、バーサーカーらしいものであった。

 

 いつもとは違うバーサーカーに、刹那は少し戸惑った様子を見せた。

普段の白シャツに黒いパンツではなく、よく見せている豪快な筋肉の二の腕が隠れていたからだ。

 

 

「ハハッ! ちょいとマジにキメちまったから、誰だかわからなかったか?」

 

「い、いえ、別にそう言う訳じゃありませんが」

 

 

 すると、バーサーカーは髪を掻き分ける仕草をしつつ、ニヤリと笑ってそう言った。

いやはや、ちょいと本気でめかしこんだので、刹那も見違えちまったのか、と。

 

 とは言え、刹那はそうではないと言った。

確かに見違えたと言えばそうかもしれないが、その部分に驚いていた訳ではなかった。

 

 

「少し髪型を変えただけで、随分と雰囲気が変わるものだと思いまして」

 

「あー、そう言うことか」

 

 

 刹那が少し驚いたのは、バーサーカーの髪型が変わっていたからだ。

それで雰囲気が普段と違っていたことに、若干戸惑ったのである。

 

 バーサーカーもそれを言われれば、納得した様子で腕を組んでいた。

確かに普段はただのおかっぱで、味気ない感じをさせていたんだろうなと。

 

 

「そのスーツも中々似合ってますよ」

 

「ありがとよ!」

 

 

 また、刹那はバーサーカーが着込んでいるスーツにも着目し、随分様になっていると褒めた。

褒められたバーサーカーはニカっと笑い、当然のごとく素直に感謝の言葉を述べた。

 

 

「しっかしよぉ、刹那もその格好(スーツ)はねぇんじゃねぇか?」

 

「そ、そうですか……?」

 

「あったぼうよ」

 

 

 が、バーサーカーは刹那の格好を見ると、いやおかしいだろ、と少し渋い顔で言葉にした。

それは刹那が当然のごとく男性のようにスーツを着ていたからだ。

 

 されど、刹那はそれがおかしいと認識していないのか、むしろ聞き返してきたのだ。

バーサーカーは当然、おかしいと言う意思表示を再度見せた。

 

 

「刹那だって女の子だろ? こう言う時ぐれぇビューティルフに着飾るべきじゃねぇか?」

 

「ですが、それではこのちゃんの護衛として……」

 

「そりゃ考えすぎっつーかよぉ……。もう少しリラックスしてもいいと思うんだがよ」

 

 

 こんな晴れ舞台だと言うのに、女性である刹那が男装まがいな見た目をするのはよろしくない。

もっとこう言う場所に相応しい、他の子と同じようなドレスを身に纏うべきだ。バーサーカーはそう思い、それを刹那へと言葉にした。

 

 刹那とてそれは多少理解していたようではあるが、それ以上に優先されるべきは木乃香の護衛だと認識していた。

なので、それをバーサーカーへと説明すると、バーサーカーはちょっと呆れた様子で、気にしすぎだと言うのだった。

 

 

「でもまぁ、別にその格好も悪くはねぇな。むしろイケてるぜ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 とは言ったものの、バーサーカーは刹那のスーツ姿も結構いい感じに纏まっていると褒めだした。

華やかさはまったくないが、されどその出で立ちも美しくはある、と感じたのだ。

 

 バーサーカーに褒められた刹那は、若干顔を赤くしつつ、ペコリと頭を下げて礼を述べていた。

確かにドレスではないにせよ、それなりに装いは整えた。それを褒められれば、当然嬉しく感じるものだ。

 

 

「んで、肝心のお嬢ちゃんは?」

 

「あちらですね」

 

 

 そこでバーサーカーは、ふと刹那が護衛だと言うことを思い出し、その護衛の対象のことを尋ねた。

刹那はその問いに、そっと手をそちらに向け、バーサーカーへと教えたのだ。

 

 

「なーんだ、覇王と一緒じゃねぇか」

 

 

 すると、覇王の腕にしがみついて離れない木乃香の姿が、バーサーカーの目に飛び込んできたではないか。

 

 

「だったら護衛なんていらなかったかもな」

 

「そうですけど、これも私の務めですので」

 

「マジで真面目すぎるぜ……、うちの大将はよ……」

 

 

 その光景を見たバーサーカーは、覇王と一緒ならば、別に護衛いらなくね? と思ったのである。

そりゃあの覇王の近くにいるのだから、危険なんてあってないようなものだからだ。

 

 しかし、刹那は真面目な性格故に、それでも護衛として全うすると宣言した。

そんな刹那に、いややっぱ気にしすぎだ、とバーサーカーは困った顔をしながらも、それでこそだと思うのだった。

 

 

「ですが、この前のようなことが起こらないとも限りませんから」

 

「まっ、確かに何があるかわからねぇな……」

 

 

 何故刹那がここまで真面目なのかと言えば、これまでの戦いのことを考えてのことだった。

敵は強大、かつ未知数で複数いる以上、想定外な展開を考えておかなければならない。

 

 それを刹那は真剣な表情で言えば、バーサーカーも真面目な表情を見せてそう述べた。

確かにそうだ。刹那の言うとおりだ。覇王がどれだけ強くとも、敵の強さと数を考えれば、備えておくのは当然だ。

 

 そして、バーサーカーもよりいっそう気を引き締めながら、刹那と移動をするのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 舞踏会開始前、まだネギたちが外にいる頃。

エヴァンジェリンは既に内部へ入り込み、あたりを見渡しながら警戒を行っていた。

 

 

「随分とまあ、人が多い」

 

「そうですね」

 

 

 エヴァンジェリンは人の多さに、この中で敵がまぎれていたら中々わからないだろう、と考えていた。

また、彼女の横には従者である茶々丸の姿もあった。

 

 

「今のところは問題なさそうだな」

 

「はい。私のレーダーにも特に何も映ってはおりません」

 

 

 ただ、現状では怪しい感じの人影は見当たらなかった。

それに多少安堵しながら、エヴァンジェリンはそのことを茶々丸へと言葉にした。

 

 茶々丸も当然、自分に内蔵されたレーダーにて、怪しい人物を探知しようと検索していた。

されど、そのようなものはなく、今は何もないと判断したようである。

 

 

「そして、ここへ招待したのは、かの紅き翼の元仲間と言うじゃないか」

 

 

 しかし、そこで突如として、独り言のようなことをエヴァンジェリンが言い出した。

それはここへネギたちを招いた男が、紅き翼だった人物ということだ。

 

 

「なあ? 高畑・T・タカミチ?」

 

「……」

 

 

 さらに、そこでエヴァンジェリンが口にした名前は、なんとその男の同期であるタカミチだったのだ。

だが、エヴァンジェリンの視線には、褐色黒髪で短い二本の角が生えた、黒いサングラスをした怪しい感じの亜人の姿だった。その亜人もまた、エヴァンジェリンの方を、サングラス越しで見ていたのである。

 

 

「いやあ、流石にエヴァンジェリン殿にはわかりますか」

 

「当然だろう?」

 

 

 すると、その亜人からは、何とも丁寧な台詞が跳び出したではないか。

そして、その言葉はエヴァンジェリンの言葉を肯定する趣旨のものであった。

 

 エヴァンジェリンはそれを聞いて、ニヤリと笑ってそう答えた。

例え変装していようが、ある程度は気配でわかる、というものだ。

 

 

 また、タカミチと一緒に来ていた真名の姿はこの場になく、彼女は周囲の見回りに出ていた。

 

 それ以外にも、何故彼が変装しているのかと言えば、単純にクルトと仲があまり良くないからだ。そのままの姿で来れば、追い返されるかもしれないとガトウに言われ、変装して来たのである。それでもって、そのガトウ本人も今はこの場に姿はなかった。

 

 

「お久しぶりです、高畑先生」

 

「ああ、久しぶり」

 

 

 そこへ茶々丸もタカミチへと頭を下げながら、久々の再会の挨拶を述べた。

タカミチも変装したまま、茶々丸へと小さく頭を下げて挨拶を交わした。

 

 

「しかし、貴様が何故ここに?」

 

()()()から連絡がありましてね……。ギリギリで……なんとかゲートをくぐることができました」

 

 

 ただ、どうしてタカミチがこの場所にいるのか、エヴァンジェリンは疑問に感じた。

何せタカミチは旧世界(あっち)にいるはずだと、思ったからだ。

 

 タカミチはそれに対して、師であるガトウから連絡が来て、ゲートが閉じる前にこれたと苦笑しながら説明した。

 

 

「それだけではなく、何故()()にいるのかもだ」

 

「ラカンさんにネギ君たちの護衛として雇われましてね」

 

「なるほどな」

 

 

 しかし、エヴァンジェリンの疑問はそれだけではない。

どういう理由でこの舞踏会に変装してまで足を踏み入れたのか、ということだ。

 

 それを聞けばタカミチは、ラカンにネギたちの護衛のための傭兵として雇われたと言ったのである。

ラカンの感としてはクルトが何か問題を起こすとは考えられなかったが、念には念をということだった。そして、ガトウも同じように頼まれているのだが、今この場に姿はないようだ。

 

 まあ、ネギたちの居場所も知れ、護衛もできるのならば雇われなくともやったとタカミチは思った。

それでも、もう一人の付添い人、真名が傭兵として雇っている扱いなので、一応そう言うことにしたのだ。

 

 その答えにエヴァンジェリンは確かに、と頷き納得した様子を見せていた。

されど、こちらに来ていたのなら、今まで一体何をしていたんだろうかと言う、新たな疑問がエヴァンジェリンの頭に芽生えた。が、それはあえて聞くことは無かった。

 

 

「で、そいつの動き、どう思う?」

 

「どうって言われましてもね。僕も彼とは久々で、はっきり言ってわかりかねます」

 

「まあ、そんなものか」

 

 

 エヴァンジェリンは二人の挨拶が終わったのを見て、タカミチへと質問を投げた。

それはクルトという男のことだ。

 

 されど、タカミチもそれを聞かれても、少し困ったという感じで答えていた。

何せ、タカミチもクルトと会うのは本当に久々だ。何年も会っていないので、何をしようとしているかも見当つかないと言う様子だった。

 

 とは言え、エヴァンジェリンもその答えを予想していたようで、それ以上は聞かなかった。

 

 

「しかし、彼がネギ君たちをどうしようとしているのかは、気になるところですね」

 

「ふむ、あの二人を手なずけようと考えてるのか、それとも……」

 

 

 ただ、タカミチもクルトが何を考えているのか気になっているようで、それをエヴァンジェリンへと話した。

エヴァンジェリンも何故今更ネギやカギに接近したのか、多少疑問を感じていたようであった。

 

 が、そこへ別の第三者が、思考するエヴァンジェリンへと声をかけてきた。

 

 

「ねぇ、何で私も出されてるのよ」

 

「なんだ? 外に出たかったんじゃないのか?」

 

「出たかったわよ」

 

 

 それは転生者であり、今はエヴァンジェリンの従者となった、メイド姿のトリスだ。

トリスは何故自分が外に出されて、付き人のようなことをしているのかを、エヴァンジェリンへと尋ねたのだ。

 

 しかし、エヴァンジェリンは逆にそれを質問で返した。

それを聞いたトリスは、多少起こった様子でその通りと言葉にしていた。

 

 

「じゃあ、何が不服なんだ?」

 

「また面倒そうな場所に呼び出されたってことよ」

 

「なるほど」

 

 

 外に出れたんだからよかったのでは? とエヴァンジェリンは思ったことを口に出すと、トリスはため息を混ぜながらそのことについて文句を言うように吐き出した。

 

 エヴァンジェリンはそれを聞いて、納得した様子を見せていた。確かに、面倒ごとになりそうだから、外に出したのは間違いないのだが。

 

 

「おや、その子は?」

 

「私の従者だ」

 

「トリスよ。適当に呼んでちょうだい」

 

「どうも、僕は高畑・T・タカミチです。よろしく」

 

 

 すると、タカミチが不思議そうな顔で、トリスのことをエヴァンジェリンへ尋ねた。

エヴァンジェリンはそれを気にすることなく説明すると、トリスも自ら名乗り自己紹介を述べた。

タカミチもそれに続いて小さく頭を下げて、自己紹介を行った。まあ、変装したままなのだが。

 

 

「ああ、あなたが? ああ、変装ね……。ふーん」

 

「……?」

 

 

 それを聞いたトリスは、あれ? と言う顔を一瞬見せた。

何せタカミチは変装しているので、トリスは自分が知っているタカミチとは違うことに若干戸惑ったのである。

 

 が、それが変装だと理解すると、こいつが昔漫画で見たあのタカミチか、と納得した顔を見せていた。

何故そんな顔をされたのかわからないタカミチは、それに対して疑問を感じるのであった。

 

 

「……と言うか、まだ外に出さないとか言ってたのはどうなのよ」

 

「そう言ったな。あれは嘘だ」

 

「はあー!?」

 

 

 それはそれとして、話をはぐらかされたトリスは、今度はエヴァンジェリンがこの前言っていたことはなんだったのかとプリプリした態度で質問を飛ばした。エヴァンジェリンが、トリスを自分の別荘から出さないと言っていたことについてた。

 

 だが、エヴァンジェリンはしれっとした態度で嘘だとか言い出したではないか。

それを聞いたトリスは、何を言っているんだと言うような、呆れを超えた感じの声で盛大に叫んだのである。

 

 

「冗談だよ」

 

「冗談って、じゃあ本当はどういうことなの?」

 

「私も何か嫌な予感がしてね。何かあった時のための保険として、貴様を出したんだ」

 

 

 しかし、それはエヴァンジェリンのジョークであった。

すかさずエヴァンジェリンが冗談だと言うと、トリスはならば何の為にと更にまくし立てるように聞いたのだ。

 

 それに対してエヴァンジェリンは、少し真剣な表情で、嫌な予感がしたから、と答えた。

何か、何かわからないが胸騒ぎがする、そう感じたのである。

 

 

「つまり、何かありそうだから戦力として呼び出した、ってこと?」

 

「そういうことだ」

 

 

 トリスはその答えに、さらにどういった意味でかを再び聞いた。

エヴァンジェリンはその問いに、YESと素直に答えた。つまり、この前言っていた、何かあったら呼ぶ、と言う状況だと言うことだった。

 

 

「はぁー……。まあっ、何もないことを願うばかりね」

 

「そうだな。何もなければいいがな……」

 

 

 うわ、面倒なことになってきた、と思ったトリスは、大きくため息を吐いて疲れた顔を見せてた。

されど、まだ何かが起こると決まった訳ではない。それを願おうと、半ば諦めた様子でそれを言葉にしていた。

 

 いや、実際”原作”のことを考えれば、この先面倒なことが起こらないというのはありえないので、現実逃避に近いものであった。

 

 完全に土気色のような気分をかもし出すトリスの言葉に、エヴァンジェリンも同意していた。

このまま何事もないのが一番よいのは間違いないからだ。されど、それはありえないとも、エヴァンジェリンは確信していた。だからこそ、トリスをあえて表に出したのだから。

 

 

「ああ、そうだ。アーチャーとか言うヤツに出くわしたら」

 

「逃げろ、でしょ? わかってるわ、そのぐらい」

 

 

 また、エヴァンジェリンはアーチャーのことを念頭に入れていた。

アーチャーとか言うあの男は破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)なるもので、契約破棄ができるらしい。それを注意する為に、そのことをトリスへと忠告した。

 

 が、それをトリスは全部言わせず中断させ、言われずともだと言い放った。

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)のことは自分も詳しく知っているし、何度も言われていたからだ。

 

 

「助かる。頼んだぞ」

 

「嫌よ、なんて言える訳ないじゃない……、はぁー……」

 

 

 であれば、頼もしいものだと思ったエヴァンジェリンは、真剣な眼差しでそれをトリスへと言葉として送った。そんなエヴァンジェリンを見て、何度もため息を吐き出しながら、断れる訳がないと、湿っぽい愚痴をこぼすのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 この舞踏会へとやってきたのは、クルトに誘われたネギたちだけではなかった。

白髪の少年、フェイトもまた、この場へと参上していた。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 白い髪を夜空の風になびかせながら、舞踏会の会場へと歩くフェイト。

その姿は普段の少年の姿ではあるものの、多少首元を崩したスーツ姿は、中々様になっていた。

 

 そんな彼は小さく息を吐きながら、この場へ来ることになった経緯を思い出していた。

 

 

「皇帝からの願いでここへ来たはいいが、さて……」

 

 

 と言うのも、フェイトがここへ来たのは、あのアルカディアの皇帝からの頼みであった。

故に、裏ルートではなくしっかりと正規のルートで、舞踏会へと足を踏み入れていたのだ。

 

 また、この先に何があるのか、とフェイトは考えをめぐらせていた。

あの皇帝が無意味なことを頼む訳がない。何か、良からぬことが起こるのか、あるいは。そう思いながら、この先のことを危惧していた。

 

 

「みんな、どうしたんだい?」

 

 

 そこでふと、フェイトは気がついたことがあった。

ここへ一緒に来たはずの従者たちが、何故か距離を取っておろおろとしていたのだ。それが気になり、顔と体を後ろに向け、背後にいる従者の環と暦へと声をかけたのであった。

 

 

「いっいえ!」

 

「なんでもアリマセン……」

 

「そう?」

 

 

 暦と環は、今のフェイトの姿を見てドギマギしていた。

普段と同じ少年の姿。だと言うのに、スーツに着替えただけでこの違いだ。首もとのネクタイを少しだけずらし、着崩しているのも普段は見られない姿で、より際立たせる部分でもあった。

 

 さらに夜の星や二つの月明かりが、彼を照らし出して、よりいっそう輝かせているではないか。

そんなフェイトの姿を見れば、誰もが一瞬は見ほれるというものだ。

 

 しかしながら、そんなことを言えるはずもない従者たちは、顔を赤く染めながら問題ないとあわてながら言うだけだった。また、二人も当然ながら舞踏会と言うこともあり、しっかりとドレスに着替え、身だしなみを整えていた。

 

 フェイトはそんな従者たちに、はて、どうしたんだろうか、と思うだけで、それ以上は何も言わなかった。

 

 

「本当に私もご一緒してよろしいんでしょうか……?」

 

「さっきも説明したけど問題ないよ。皇帝もそう言っていたしね」

 

「そうですか」

 

 

 されど、その横で落ち着きながらフェイトへと話しかける、栞の姉の姿があった。

当然栞の姉も美しいドレスに身を包み、田舎の娘とは思えぬ輝きを放っていた。

 

 その栞の姉がフェイトへ言ったことは、皇帝の頼みに自分が付き添ってもいいものか、と言うものだった。

そのことを気にする栞の姉に、フェイトは気にする必要はないと話した。

 

 

 と言うのも、この質問はここへ来る前に、一度行われていたものだった。フェイトが栞の姉も一緒に来るよう頼んだ際に、それを聞かれたのである。

 

 それに、フェイトは皇帝からこの話を持ちかけられた時に、すでに彼女を連れて行っても大丈夫かと聞いていた。

そこで皇帝がOKを出されたので、ならば問題ないだろうと同行してもらうと考えたのだ。

 

 

 栞の姉はフェイトからそう言われたので、とりあえず納得した様子を見せていた。

 

 

「しかしながら、ここは人が多い。はぐれぬようになされた方がよろしいでしょう」

 

「えっ、ええ……。そうですね」

 

 

 転生者でありフェイトの従者となったランスロー、今は剣と名を与えられているが、彼もこの場に相応しい、渋い黒色のスーツの姿であった。普段は兜に隠れて見えぬ紫色の長めの髪と、美しく整いながらも若干陰気臭い感じがする顔を、夜中の空気に直接触れさせていた。

 

 栞も他の従者たちと同じくドレスであり、姉と同じく田舎娘とは到底見えない眩しさを見せていた。ただ、色々と姉ほどではないので、美しさより可愛さが目立つ感じであった。

 

 

 そのランスローは舞踏会へ向かう人が多いのを考え、栞へと注意を促していた。

栞は小さく相槌を打ちながら、普段は見せぬランスローの顔を、まじまじと眺めたのだ。

 

 

「……? 私の顔に、何かついておりますか?」

 

「ちっ、違いますよ!?」

 

 

 ランスローは栞が自分の顔を凝視しているのを察し、疑問を感じてそれを尋ねた。

それを聞いた栞は、ハッとした様子を見せた後、少し慌ててそうではないと否定していた。

 

 

「ただ、あまり剣さんのお顔は見ないものですので……」

 

「ああ、普段は兜で隠れてますので、ものめずらしいと言う訳ですな」

 

 

 栞は単純に、剣……ランスローが普段見せぬ顔を見せているので、珍しいと感じてその顔を眺めていたのだ。

ランスローは栞の言葉が珍獣を見るようなものだと感じ、小さく笑いながら確かにそうかもしれないと思っていた。

 

 

「ま、まあそれもですけど……」

 

「ははっ」

 

 

 そのことは否定できないと、歯切れの悪い感じに言う栞。

それ以外にも、ランスローが意外と顔がよかったので、気になった、というのもあったりする。まあ、ある種のギャップからくるものだ。

 

 素直で正直な栞の意見に、少し大きく笑って見せたランスロー。

いやはや、そんなに自分は顔を見せたことがなかったのかと、彼は自分を少し見つめなおしていた。

 

 

「さて、我が主に遅れぬよう行きましょう」

 

「は、はい!」

 

 

 そんな会話をしていると、フェイトたちは少し先に進んでいるではないか。

遅れてはならぬ、とランスローが言うと、栞も元気な返事をし、二人でフェイトたちを追うのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 もう少しで会場と言うところまで歩いてきたネギたち。

そこへメガネの少女、千雨がひょっこり現れ、ネギへと近寄っていった。ちなみに千雨も()()ではロリにはならず、普段どおりの見た目でドレス姿となっていた。

 

 また、千雨と一緒にカズヤと法もやってきていた。法はしっかりとスーツ姿となっており、どこに出ても恥ずかしくない状態だった。

 

 しかし、カズヤは本気で行く気がない様子で、かったるそうな態度を見せていた。それは見た目にも当然表れており、普段どおりの格好のままであった。

 

 そんな彼らは先ほどまで千雨と一緒にいたので、近くで会話をしているようであった。

 

 

「なあ先生」

 

「どうしました?」

 

「東じゃねぇが、私もなんだか嫌な予感がするんだよ」

 

「大丈夫だと思いますけど」

 

 

 千雨はネギへと話しかけると、ネギは何かあったのかな、と尋ねた。

そこですぐに千雨は本題を切り出し、今の自分の心境を語った。

 

 ネギはそれをクルトという男に会うことへの不安だと考え、多分問題ないと言葉にした。

 

 

「ああ、元老院議員に会うって方は大丈夫だと思う」

 

「じゃあ、何に嫌な予感がするんですか?」

 

 

 されど、千雨もそのことについては特に不安を感じてはいなかった。

話に聞けば強引ではあったが、紳士的な対応でこの舞踏会へと招待したみたいではないか。確かに何かの罠とかそう言うこともあるかもしれないが、今すぐ何かをしでかしそうな感じではないと考えた。

 

 そして、千雨にそう言われたネギは、では何が不安なのかを次に聞いた。

 

 

「その後、だな」

 

「後?」

 

 

 千雨が不安になっているのは、クルトという男に会った後のことだった。

ネギはそれを言われ、どういうことだろうか、と更に質問をした。

 

 

「私たちを襲った連中、未だ姿を見せないってのが不気味でな……」

 

「……確かにそうですね……」

 

 

 この後の不安とは、”完全なる世界”のことであった。

あの攻撃以降、一度も姿を見せない連中が、何を企んでいるのかわからないことが恐ろしく感じられた。何か、この後に攻撃を再び仕掛けてくるんじゃないか、という漠然とした不安が千雨にあったのだ。

 

 それを聞いたネギも、そのことは頭の片隅にいれていた。

アーチャーと言う男が引き連れる敵は、強大であり危険な存在なのを理解しているからだ。再び攻撃されるのであれば、今度こそ被害がでるかもしれないと、ネギも常々思っていたことだ。

 

 

「まあ、んなこと気にしててもしょうがねぇぜ」

 

「そりゃおっさんクラスならそうだろうが……」

 

 

 すると、そこへ筋肉で張り裂けそうなスーツ姿のラカンがスッと現れ、不安なんて意味がないと笑っていた。

と言うか、ラカンも当然クルトの知り合いなので、ネギについてきていたのだ。

 

 先ほどはのどかとネギが話していたので、あえて空気を読んで離れた場所にいた。

だが、のどかは今、ハルナのところで談笑しているようなので、ネギのところへやってきたのだ。

 

 そう言いつつ笑うラカンへ、千雨はつっこみをいれた。

ラカン程の実力者なら、当然笑って済ませられるんだろう、と思ったのである。

 

 

「おう、ぼーず」

 

「はっ、はい!?」

 

 

 すると、ラカンはふいにネギを呼ぶと、ネギは不思議に思いながらそちらを向いた。

 

 

「っ!?」

 

 

 だが、そこでラカンは突如として、すさまじいパンチをネギへと放ったではないか。

ネギはそれに反応し、とっさに強力な対物理障壁を何重にも張り巡らせた。

 

 その防御のおかげで、ネギは無傷だった。

されど、突然のことで表情は驚愕で固まっており、一体どうしたと言う様子であった。

 

 

「らっ、ラカンさん!? いきなり何を……!?」

 

「何やってんだおっさん!?」

 

「なあに、ちょいと試しただけよ」

 

「どうして急にそんなことを!?」

 

 

 今のラカンの行動は、理解しがたいものだった。

急に攻撃してくるとか意味がわからない、と言う感じでネギはラカンへと、どんな意図なのか聞いていた。

 

 横にいた千雨すらも、ラカンの突然の奇行に驚きながら、怒気を含んだ叫びでつっこみを入れた。

 

 しかし、ラカンはどこ吹く風と言う様子で、悪びれずにそれを言った。

ネギはその行動が突然すぎて、なんで今になって? と言う感じに叫んでいた。

 

 

「そりゃ、試しっつったらテストに決まってんじゃん?」

 

「何のテストですか!?」

 

 

 ラカンは今の行動を、テストだとはっきり言った。

が、ネギはその意味がわからずに、大きく叫んで問い詰めた。

 

 

「おめーのテストだよ。おめーの」

 

「僕の……?」

 

「おうよ」

 

 

 すると、ラカンは静かな様子で、それを言葉に出した。

今しがたのラカンの攻撃は、ネギへの最初で最後の試練であった。

 

 それを聞いたネギは、先ほどとは打って変わって静かになり、キョトンとした顔を見せた。

そんな少し間が抜けた様子のネギへと、ラカンはその問いの答えを腕を組んで肯定していた。

 

 

「今の攻撃、不意打ちだってのに、しっかりと防御しきれてただろう?」

 

「あっ、確かに」

 

 

 何故突然ラカンはネギへ攻撃したのか。

それはネギの成長具合を確かめるためのものだった。また、ラカンの本気の攻撃を、不意打ちだと言うのにネギは、しっかりと障壁でガードしきったのだ。

 

 ネギはラカンへそれを指摘されると、ハッとした様子を見せていた。

 

 

「つまり、一応合格ってやつだ」

 

「合格、ですか?」

 

 

 そして、それができたというのであれば、当然ラカンの答えは()()だった。

その合格の二文字を聞いたネギは、突然のことに少し戸惑った様子を見せていた。

 

 

「俺の攻撃を無意識に防げるやつなんざ、世界探しても5人といねぇぜ?」

 

 

 ラカンはネギをマジマジと見てニヤリと笑いながら、そのことを言葉にした。

何せ、自分の全力パンチをネギは無意識に防御しきったのだ。この数ヶ月でこれほど成長したネギに対して、ラカンは大したヤツだと思ったのである。

 

 

「ちなみにコタローにも同じことをしてきた」

 

「えっ!?」

 

「無茶苦茶だな……」

 

 

 さらに、ラカンは同じことを少し離れた場所にいるコタローにも行っていた。

それを聞いたネギは驚きの顔を見せ、千雨も何やってんだと言う呆れた顔を見せていた。

 

 

「アイツも合格だ。しっかり俺の攻撃を避けやがった」

 

「そうですか」

 

 

 しかし、小太郎もしっかり不意打ちをかわしきったと、ラカンが言うではないか。

つまり、小太郎もまた、ラカンの試練を突破したのだ。

 

 ネギはその朗報に、小さく笑っていた。

防御ではなく回避ができるなんて、流石コタローくんだ。そう思いながら、小太郎の成長を心から喜んでいた。

 

 

「だったら、もう心配いらねぇな」

 

 

 ラカンはこれで問題はなくなったな、と言い出した。

ネギと小太郎の面倒を見る、と言う依頼は、ほぼ達成されたと考えたのである。

 

 

「自信を持ちな、()()。お前の今の防御なら、どんなヤツにも引けをとらねぇ」

 

「ありがとうございます! ラカンさん!」

 

 

 そして、ラカンはネギへと激励の言葉を送って見せた。

自分の攻撃を防ぎきったお前なら、どんなヤツにも負けはしないと、しっかりと名前を呼んで言ったのだ。

 

 ネギもラカンの激励に大きな喜びを感じながら、今まで面倒を見てくれたことや今の言葉に、感謝の言葉を送り返したのだ。

 

 

「……!」

 

 

 だが、そこでラカンは一瞬、会場である建物の端にある、一つの塔の天辺を見た。

表情も今までの笑顔ではなく、少し硬い表情であった。

 

 されど、それは誰も気がつかないほどの一瞬であった。

その後何事もないかのように、ラカンはにやりと笑ってネギへ顔を向けていた。

 

 

「んじゃ、ちょいと行って来るぜ」

 

「えっ!? どこへ!?」

 

「便所だ便所!」

 

「今からですか!?」

 

「緊張感がねぇな……」

 

 

 また、ラカンはそこで突然どこかへ行くとか言い出した。

ネギはもうすぐ舞踏会の会場へ入ると言うのに、どこへ行くのかと驚いた顔でそれを聞いた。

 

 ラカンはそれに対して恥ずかしげもなくトイレだと言うではないか。

いや、もうすぐ舞踏会が始まると言うのに、何をのんきなことを言ってるんだ言う感じで、ネギはそうつっこんだ。

また、千雨もそれを聞きながら、このおっさんはぶれないな、とまたしても心底呆れた顔を見せていたのだった。

 

 

「また後でな!」

 

「あ、はい!!」

 

 

 そして、ラカンは手をあげてネギへと別れを言うと、ネギも元気よく返事を返したではないか。

ネギはその後、会場となる建物の方へと仲間と共に歩き出し、ラカンは別の方向へと移動し、夜の闇に消えていった。

 

 

…… …… ……

 

 

 されど、ラカンの行き先はトイレなどではなかった。

先ほど見ていた、離れの塔の屋上こそが、ラカンの目的地だったのだ。

 

 

「さてと、そこにいるんだろう? 出てきな」

 

 

 ラカンは誰も居ないはずのその場所で、誰かを呼ぶようにして声を出した。

 

 

「……久しぶりだな」

 

「この前に戦ったヤツか」

 

 

 すると、塔の屋上の中央にある柱の影から、一人の男が現れた。

夜の暗闇を背に、周囲の明かりを受けて銀色のジャケットが照らされ輝いていた。されど、陰になっている部分は吸い込まれるかのような闇に染まっており、表情もまったく見えないでいた。

 

 それこそ銀色のジャケットの男、ブラボーと名乗るものであった。

その男の姿を見たラカンは、あの時に戦った変な感触がするジャケットの男だとすぐにわかった。

 

 

「随分と遠くから挑発してくれんじゃねえか」

 

「貴殿だけを呼び出すためだ。その誘いに乗ってくれたことに感謝する」

 

「なあに、俺もテメェらに用事があったんでな」

 

 

 ラカンがここへ来たのは、このブラボーと名乗る男が、遠くから殺気を放ちラカンを挑発していたからだった。

器用にラカンのみをおびき出すことに成功したブラボーも、ラカンがここへ一人で来たことに礼を述べるではないか。

それを聞いたラカンは、別にそれだけでここへ来た訳ではないと言い出した。

 

 

「何の用事だ?」

 

「あんな決着じゃ、俺としても名残惜しかったんでなぁ!」

 

「ふっ……、そういうことか」

 

 

 それは一体なんなのだ、とラカンへとブラボーが尋ねると、その理由をラカンは静かに語り始めた。

あの時、ネギたちを優先して戦いが中途半端になってしまったことが、ラカンにとって心残りとなっていた。故に、もう一度戦ってしっかりとした決着をつけたいと考えていたのである。

 

 ブラボーもそれを聞いて、納得した様子を見せていた。

あの時、完全に負けていたのは自分の方であった。それでもまだ諦めてはいなかった。もう一度戦えるなら、今度こそ勝ってみせると誓っていたのだ。

 

 

「で、片方は前のヤツとは別だな」

 

「ど、どうも……」

 

 

 しかし、前とは違う部分があった。

ラカンはそれに気がつき、そのことを言葉にしていた。

 

 その違いとは、ブラボーに付き添っている人物が前の少年、陽とは別人だったのである。

しかも、とは違いかわいらしい少女となっており、おどけた様子でラカンへと挨拶をしていた。

 

 この少女こそ、ブラボーが前に結界を張るのに使ったデバイスなる杖の持ち主だった。

ブラボーが保護した転生者の少女なのである。

 

 

「随分とかわいらしい子になってるじゃねぇか。前のヤツはどうした?」

 

「それは言えんが、ヤツはここには不要と言うことだ」

 

「なるほどなぁ」

 

 

 ラカンはその少女をまじまじと見て、前の生意気がガキとは打って変わってかわいらしい少女になっているのを歓迎するような声を出していた。

また、この前の生意気なガキの方はどこへやったのかと、疑問をブラボーへとぶつけてみた。

 

 されど、ブラボーはその答えは言わなかった。

それでも、あの陽はここではもう用済みであるとはっきりと告げたのである。それを聞いたラカンは腕を組んで納得した顔を見せていた。

 

 

「それに、この子は戦わん。戦うのは俺だけだ」

 

「ほう、前と同じく一対一って訳か」

 

 

 そして、ブラボーは少女を戦わせる気がないことをラカンへと宣言した。

その言葉でラカンは、ブラボーが前と同じで一対一の戦いを所望しているということに気がついたのだ。

 

 

「頼む」

 

「は、はい!」

 

 

 と、そこでブラボーは、少女へと一言声をかけると、少女は小さく返事をした後、デバイスと呼ばれる杖を使って結界を張り巡らせた。

 

 

「ほう? これもあん時と同じ結界(やつ)か」

 

「この前は俺が張ったがためにあの程度だったが、今回はこの子がやっているので前のようにはいかんぞ」

 

 

 ラカンは結界が張られていくのを見て、前と同じ状況だと言うことに気がついた。

また、ブラボーは今回の結界は前とは違い、簡単には破られないとはっきり豪語してみせた。

 

 結界が完全に張り終わったのを見たブラボーは、少女へと目を向けて一回だけ小さく頷いた。

すると、少女も小さく頷くと、ラカンとブラボーから避難するように離れた場所へと移動していった。

 

 

「だが、ルールは前と同じ、だろ?」

 

「ああ、そうだ」

 

 

 そこへラカンが、ルールに変わりは無いのだろうと、ニヤリと笑ってブラボーへと質問した。

何せ、まるで避難させるかのように少女を遠くへ移動させたと言うことは、二人で戦おうと言う訳ではなさそうだと感じたからだ。

 

 ブラボーも視線をラカンへと戻し、それを一言で肯定した。

その表情はジャケットで隠れて見えないが、裏では戦いが楽しみだと言う感じで、小さく笑っていたのだった。

 

 

「だったらさっさとおっぱじめようぜ!」

 

「行くぞ! 今度こそ、貴様を倒して見せよう!!」

 

 

 ならばと、ラカンはすさまじい気を体から発し、すぐさま本気モードで戦闘態勢へと入った。

 

 ブラボーもすでに構えを取っており、気で周囲が輝きに満ちていた。

この前は完膚なきまでにやられたが、今回はそうはいかない。今回こそ勝利を掴んでみせると、戦いのゴングを鳴らすかのように、勝利宣言を発するのだった。

 

 そして、両者は衝突し、激しい戦いを繰り広げるのであった。

 

 



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百五十六話 舞踏会

 

 

 状助たちはようやく総督府の建物の中へと入った。

すると、そこは何とも豪邸と言うほかないほどの、美しき光景が広がっていた。歩く人々もきらびやかな様子であり、振る舞いも上品さを感じさせていた。

 

 

「ほおー、随分と派手だなこりゃ」

 

「まさにセレブだらけって感じだ」

 

 

 もはや庶民とはかけ離れた光景に、状助も三郎も珍しいものを見る目で、まさに田舎者丸出しな感じで周囲を見回していた。

そして、状助はそれに多少驚いた様子を見せながら、目の前の感想を言葉にし、その隣にいつの間にかいた三郎も、感激に近い感覚を味わっていたのである。

 

 

「俺、すげぇ場違いなんじゃあねぇかこれ……」

 

「それは言わないお約束だよ」

 

 

 そこで状助は、周りの雰囲気を察して、恐縮したようなことを言い出した。

状助は元々庶民寄りの生活をしていたので、当然庶民の感覚の物差しで測っているからだ。

 

 同じく庶民の感覚にしかなじみのない三郎も、それは確かにある、と思ったらしく、状助の言葉を肯定しつつも、そう言葉にしたのだった。

 

 

「覇王君は?」

 

「忙しそうにしてるぜ?」

 

「ははー、なるほどね」

 

 

 が、それよりも三郎は、覇王がどこに居るのか気になった。

それを聞いた状助は、指を刺してそちらの方に視線を誘導した。そこには木乃香と優雅な時間を過ごす覇王の姿があったのである。

 

 

「しかし、あの野郎、随分と手馴れてねぇか……?」

 

「確かに、中々いい動きをしているね」

 

 

 また、覇王が何やら踊りなれてるような感じを、状助は受けていた。

三郎もそれに対して、うんうんと頷きながら肯定した言葉を述べたのだ。

 

 

「でよ、おめーはどうすんだ?」

 

「俺かい? どうするかなあ……」

 

 

 まあ、覇王のことはわかったのだから、次は自分たちがどうするかだ。

状助は三郎に、この後のことを尋ねれば、三郎も腕を組んで悩む仕草を見せだした。

 

 

「どうするってよぉー、一つしかねぇんじゃあねぇか?」

 

「それはどういう……?」

 

 

 が、状助は三郎にはすべきことがあると言うではないか。

三郎はそれを状助へと、静かに聞き返した。

 

 

「彼女が待ってるんじゃあねぇかってことだぜ。誘ってやれって」

 

「……ああ、そうだね」

 

 

 それは当然、ここへ来ているであろう三郎の彼女、亜子の相手だ。

こう言う時に誘って踊らずして、いつ行動するのか。状助はそれを三郎へとはっきり言った。

 

 三郎も確かにそうだ、と考え、そうすることにしたようだ。

いや、実際三郎の中では、そうするべきだと答えは出ていたのである。されど、やはり何か引っかかりを感じているようで、状助に背中を押してもらいたかったと言うのもあった。

 

 

「なら、悪いけど行ってくるよ」

 

「頑張って来いよ!」

 

 

 三郎は状助に言われ、即座に行動することにした。

まずは亜子を探して誘うところからだ、と考え、状助に声をかけた後歩き出して行った。

 

 状助も三郎の行動が報われるよう祈りを込め、応援の言葉を投げたのだった。

 

 

「さあて、俺はどうするかなぁー」

 

 

 そして、一人取り残された状助は、自分はどうするかを考え始めた。

とは言うものの、自分にダンスの相手なんていないし何をしたらよいか、と腕を組んで独り言を垂れ流すだけだった。

 

 だが、そんな状助の背後から、近づく一つの人影があった。

 

 

「どうするかなー、じゃないでしょ?」

 

「うおおっ!? いきなり後ろから驚かすんじゃあないぜ!?」

 

「勝手にそっち驚いただけじゃない」

 

 

 それはアスナだった。

アスナは状助の背中をぽんっと叩き、状助へと声をかけた。

 

 状助は突然後ろから話しかけられたことで、かなり驚きアスナへ叫んだ。

されど、アスナはどこ吹く風と言う顔で、そう言う意図はなかったと言う感じの言葉を言うだけであった。

 

 

「なに独り言なんか寂しく言ってるのよ」

 

「別にいいじゃあねえかよぉー」

 

 

 と言うか、この状助は何を一人でぶつくさ言っているのだろうか。

アスナはそう思ったのか、そのことについてつっこみをいれていた。

 

 とは言え、それを言われる筋合いはないと、状助も言い返していた。

まあ、思ったことが勝手に口に出てしまったのは、非常に恥ずかしいことなのだが。

 

 

「つーか、何しに来たんだオメーはよぉ」

 

「察しが悪いわねー。……むしろわざと?」

 

 

 そんなことよりも、アスナへ一体何の用だと状助は尋ねた。

しかし、それは愚問と言うものだろう。何せ舞踏会なのだから、やることと言えば一つしかないのだから。

 

 それを考えてアスナも、それをわざとやっているのかとさえ言葉にした。

まあ、アスナも状助が、そう言うのを恥ずかしがるのを知っているので、それ以上は言わなかったが。

 

 

「本当ならそっちから誘ってもらいたかったけど……」

 

 

 いやはや、まったくもって困ったものだ。

紳士であればこう言うとき、自ら手を出して誘うものなのだろうに。

アスナはそう思いながらも、状助じゃ仕方ないかと考え、小さく愚痴った後に状助の方を真っ直ぐ見た。

 

 

「私と踊ってくださいます?」

 

「……俺ぇ?」

 

 

 そして、アスナは右腕を状助へと差し出し、ダンスへと誘ったのだ。

が、状助はそこでもやはりとぼけた声で、俺が? と言うだけだった。

 

 

「はぁー……。状助以外、誰がいるのよ」

 

「いやあ、そうは言うけどよぉー。シャコーダンスなんてやったことねえしよぉー……」

 

 

 なんという情けのない姿だろうか。

状助の根性のない態度に、流石のアスナもため息を吐いてつっこんだ。

されど、状助も恥ずかしい上に、踊りなんてわからんので困っているといい訳するではないか。

 

 

「私だって初めてだし、別に適当でもいいのよ。ほらっ!」

 

「おっ、おい!」

 

 

 そんなもん自分だって同じだ。

アスナはそうはっきり言い、踊りも雰囲気さえ出ればよいと言ってのけた。その後さっと状助の腕をつかみ、踊りのステップを踏み始めたのだ。

 

 とっさのことで驚く状助は、そのアスナの行動にあっけに取られるしかなかった。

引っ張られながらアスナへと、慌てた声で怒鳴るのがやっとで、文句すら出せなかった。

 

 

「うん、いい感じね」

 

「待てっ! うおおっ!?」

 

 

 慌てる状助を見て小さく笑いながら、アスナはしっかりとダンスとして何とか形にしていた。

その目の前で、必死にアスナにあわせてステップを踏む状助の姿があったのだった。

 

 また、先ほどまでアスナと一緒にいたあやかは、のどかとダンスをするネギに見惚れており、のどかが踊り終わったら誘おうと待っていたのだった。そのあやか以外に、アーニャも待っていたりするのだが。

 

 

…… …… ……

 

 

 アスナと状助から少し離れた場所で、その微笑ましい光景を眺めているものがいた。

それはエヴァンジェリンである。エヴァンジェリンはアスナの護衛として、一応ながら近くにいることにしていた。

 

 

「気楽なヤツだ」

 

「ははっ、楽しそうだね」

 

「まったく……」

 

 

 いやはや、緊張感のかけらもない光景だ。まったくもって危機感がない。

そう愚痴るエヴァンジェリンは、少し不機嫌な態度を見せていた。

 

 まあ、確かに傍から見ればそう思うのも仕方のないことだろう。

とは言え、アスナとて用心まで投げ捨てている訳ではないし、エヴァンジェリンもそこは理解しているようだった。

 

 ふて腐れた様子のエヴァンジェリンの横で、苦笑しながらそう言葉にする変装したタカミチの姿もあった。

しかし、タカミチもあれほど感情豊かになったアスナを見て、少し思うところがあるので、それに対して何かを言う気はなかった。

 

 そんなタカミチの心の中など知ってか知らずか、横で笑っているタカミチの姿を見て、さらに不機嫌さを増すエヴァンジェリン。

だが、別に踊りたいとかそう言う訳でもないので、少しイラっとしているだけだが。

 

 

「で、私はどうすればいい訳?」

 

「とりあえず踊ってきたらどうだ?」

 

「はぁ……」

 

 

 とは言え、何もやることがないのでは暇だと思ったトリスは、エヴァンジェリンへ指示をくれと言う感じでそれを聞いた。

その問いにエヴァンジェリンは、こう言う場なのだから当然そうすればよいのでは、と言うだけだった。

トリスはその答えに盛大なため息を吐きながら、そんなもんかと思ったのだった。

 

 

 

「まぁ、今ところ何もないし、行ってくるわね」

 

「ああ」

 

 

 されど、現状で特に何かあった訳でもないので、トリスは素直にそれに従うことにした。

トリスがそう言って立ち去るのを、エヴァンジェリンは一声かけて見送ったのだった。

 

 

「行かせて大丈夫なのですか?」

 

「問題ないさ。私はアイツの場所を把握できるしな」

 

「そうですか」

 

 

 それを見た、エヴァンジェリンの横でひかえていた茶々丸は、トリスを目の届かないところへ行かせて大丈夫なのかと尋ねた。

それに対してエヴァンジェリンは、トリスの場所や動きは全て知ることができると話した。

茶々丸はそれならばと、納得した様子を見せていた。

 

 

「しかし、なんだろうか……。この胸騒ぎは……」

 

 

 ただ、エヴァンジェリンは何か嫌な予感を感じていた。

それが何かわからないが、漠然とした不安を感じていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 当然ながらカギもこの場にやってきているので、この状況でどうするかを考えあぐねていていた。

 

 

「いやー人が多いなあこりゃ」

 

「しかもどいつもこいつも豪華と来たもんだ」

 

 

 そして、カギがいるということは、当然カモミールもいるということだ。

気がつけば霊圧(そんざいかん)が消えてしまっていたカモミールであったが、基本的にカギの頭か肩をポジションとしており、離れることはない。

 

 そんなカモミールも、この舞踏会の参加者が多いことを、言葉としてこぼしていた。

カギも多いだけでなく、誰もがブルジョアであることを悟ったようなことを述べるのだった。

 

 

「さーて、どうすっぺね」

 

「誰かを踊りに誘えばいいんじゃねーか?」

 

「そうは言うがなカモ」

 

 

 いやはや、この現状で何をすればよいのやら。

カギはそれを腕を組んで考え始めた。

 

 されど、この場は舞踏会。であれば、当然踊るのが礼儀というものだろうか。

それを考えれば、踊るのが一番であると、カモミールはカギへと進言した。

 

 しかし、カギは基本的にシャイ。

誰かを誘って踊るなど、こっ恥ずかしくてできぬのだ。

 

 

「ははーん。兄貴は誘うのが照れくさいって訳かね?」

 

「ちっ、ちげーし! 俺は頂点に立つ存在だから常に孤高なだけだし!!」

 

「意味わかんねぇーっすよ!」

 

 

 煮え切らない態度のカギに、カモミールは察した様子でそれを言った。

すると、カギは慌てたように弁解し、混乱したかのような意味不明の言葉を言い始めたではないか。

流石のカモミールにも、その言葉の意味が解読不可能だったようで、何言ってんだとつっこむのだった。

 

 

「で、誘うんならやっぱゆえっち?」

 

「はー!? 何でそうなるし!」

 

「そりゃ兄貴が一番親しいのはゆえっちだし当然なんじゃね?」

 

「いやまあそうだがさー!」

 

 

 そこでカモミールは、踊る相手なら夕映だろうとカギに言い出した。

カギはそれを聞いて盛大に驚き、何でそこで夕映の名が出るのだと叫びだしたではないか。

 

 そうは言うが、カモミールの目線から見ても、一番仲がよいのは夕映であるのは明白であった。

であれば、当然誘うのは夕映になるだろうと、考えるのも当然の結果だ。

 

 しかし、やはり納得できんという顔をするカギ。

いや、カギとてそれは考えていたが、やはり誘う勇気がなかったのである。

 

 

「あのー」

 

「うわあああああああ!!??」

 

「なっ、なんでそんなに驚くですか!?」

 

 

 だが、そんなカギの後ろから、突如として夕映が、小さく声をかけてきた。

今しがた夕映の話をしていたカギは、その声に大そうな驚き方をして悲鳴のような声を叫びだした。

 

 いきなり驚きだしたカギを見て夕映も少しびっくりしながらも、驚くような呼び方はしてないはずだと疑問に思うのだった。

 

 

「い……、いや、なんでもない」

 

「はぁ……」

 

 

 カギはさっと夕映へと向きなおすと、夕映の疑問に気にするなと言う感じで答えた。

夕映はそんなカギに少し呆れた顔をしながら、生返事を返していた。

 

 

「んで、どうしたんだ、ゆえ」

 

「いえ、せっかくの舞踏会なので、暇なら一緒に踊ってもらえると、と思いまして」

 

 

 気を取り直したカギは、何しに来たのかを夕映へと尋ねた。

すると、夕映はこんな場所なのだから、一回は踊っておきたいと言う様子で、カギを誘ったのである。

 

 

「え? 踊り? シャルウィダンス?」

 

「はいです」

 

 

 が、カギはそれを聞いて、何で? マジで? と言う顔をしだした。

そして、カギがとぼけた様子の言葉に、夕映はしっかりと返事を返したのだ。

 

 

「生憎ダンスは苦手でね」

 

「私もはじめてですよ」

 

 

 夕映は本気だというのを理解したカギは、いい訳じみたことを言って考えを改めさせようとした。

されど、夕映とてダンスなどやったことがない未知の領域。その程度では曲げるはずがなかった。

 

 

「アリアドネーのお友達ほったらかしていいんか?」

 

「断りを入れて来たですよ」

 

「え? あ、うん」

 

 

 次にカギは、近くに姿が見えないアリアドネーの友人の話をした。

が、夕映も当然黙ってここに来た訳ではないので、それも通用しなかった。

 

 

「のどかの方とか見てなくていいの?」

 

「のどかはネギ先生と踊ってたので問題ないです」

 

「え? そ、そう」

 

 

 ならばとカギは、今度はのどかを引き合いに出してみた。

のどかが心配な夕映ならば、そっちに行ってくれるだろうと目論んだのだ。

 

 それでも夕映は、すでにのどかのことは視察済みであった。

のどかはすでにネギとダンスをしており、問題なさそうだったのだ。

 

 まさかこれもダメだとは。カギはもはや半分呆れ始めていた。

あの手この手が通じないことに、ショックを受けていたのだ。

 

 

「兄貴ー! ゆえっちが誘ってんだから踊ってやれって!」

 

「うるせー!」

 

 

 もはや見ていられなくなったカモミールは、呆れた様子でカギに観念したらどうだと言い始めたのだ。

カギはそんなカモミールに、わかっていると言わんばかりに叫んでいた。

 

 

「嫌ですか?」

 

「い、いや……。ぬー……」

 

 

 ここまで否定されてしまうと、夕映もカギが本気で嫌がっているのではないかと思えてきた。

なので、少し不安そうな顔をしながら、それをカギへと聞いた。

 

 カギも単純に恥ずかしいと言うだけなので、夕映にそんな顔をされれば、違うと言わざるを得なかった。

だからこそ、歯切れが悪い感じの言葉を出しながら、唸りながら悩むのだった。

 

 

「わかったわかった! やってやる! やってやるよ!!」

 

「ありがとうです!」

 

 

 そして、悩んだ末にカギは、やけっぱちのような声を上げながらも、夕映と踊ることにしたのだ。

それを聞いた夕映は、暗い顔から一転して、ぱーっと明るい表情を見せたのである。

 

 

「若ぇなー兄貴は」

 

 

 そんなやり取りを見ていたカモミールはやれやれと言う態度で、自称おっさんのカギもまだまだだと言う感じで一人ごちっていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、同じく会場に入ったフェイトは、周囲を見渡しながら何やら考える様子を見せていた。

 

 

「…………」

 

 

 あの皇帝はこんな場所に自分たちを送らせて、一体何を考えているのだろうか。

何か意味があることなのだろうが、その真意がまるで見えない。そのことをふと気にしながら、周囲の人々を眺めていた。

 

 

「どうしましたか?」

 

「いや……」

 

 

 そのフェイトの隣にいた栞の姉は、キョロキョロするフェイトに、何かあったのかを聞いた。

されど、フェイトはそう言う訳ではないと、一言で返したのである。

 

 

「君たち、何してるの?」

 

「いえ! 私たちのことは気にせず!」

 

「そう」

 

 

 また、自分の従者たちが後ろの少し離れたところでコソコソしているのが見えた。

フェイトは不思議に思いそれを尋ねると、慌てた様子で栞が代表のように言い訳じみたことを言葉にしてきた。

そう言われたフェイトは、やはり不思議に思いながらも、それ以上の詮索はしなかった。

 

 

「皇帝が何を考えてここへ送ったかはわからないが……」

 

 

 皇帝がどういう必要性があって、自分たちをここへ来させたのか。

フェイトは何度か考えたが、結局答えは出なかった。

 

 いや、多分よからぬことが起こるのだろうと言う考えはあった。

しかし、それだと何故、栞の姉の同行を許可したのかが気になったのである。とは言え、今はわからずとも、何かわかることが起こるに違いないとフェイトは考えた。

 

 

「とりあえず、こう言う場だし……」

 

 

 それに、考えてばかりでは、しょうがないとも思った。

なので、舞踏会らしい行動をしようとフェイトは考えたのである。

 

 

「僕と踊っていただけるかな?」

 

「っ……よろこんで」

 

 

 そこでフェイトは、自分の横にいた栞の姉へと振り向き、右手を伸ばしてダンスに誘ったのである。

その紳士的なムーヴに、栞の姉は一瞬ドキッとしたが、すぐさま満面の笑みを浮かべて、その言葉を承った。

 

 そして、二人はゆっくりと踊り始め、まるで円を描く様にステップを踏むのだった。

また、当然栞の姉はダンスなど素人であるが、フェイトがダンスをインストールしたのか、それをエスコートするかのように踊って見せたのだ。

 

 

「むむむ……、流石フェイト様……」

 

「様になってる」

 

「姉さんも……」

 

 

 その一連の動作を見ていた従者たちも、フェイトの紳士な行動を称えていた。

それ以上に、フェイトの熟練者じみたダンスに、驚きを感じざるを得なかったのである。

また、栞は少しずつダンスに慣れていく姉を見て、中々すばらしいと心の中で思っていた。

 

 

「さて、我々はどうしますかね」

 

「そうですね……」

 

 

 その従者三人の後ろで待機していた転生者ランスローのこと剣が、自分たちはどう行動するかを栞へ尋ねた。

栞もそれを聞かれれば、どうしようかと言う様子で考える素振りを見せていた。

 

 

「ふむ……、ならば不肖ながら、この私があなた方と一人ずつ踊るとしましょうか」

 

「剣さんがですか?」

 

「嫌なら無理強いは致しませんが」

 

 

 ならばと、剣は一つのことを提案した。

それは、三人が交代しながら自分と踊るというものだった。

 

 栞は剣が踊ると聞いて、本当に? と言う感じでそれを聞いた。

剣はそれに対して、自分と踊るのが嫌というなら、断ってもよいと述べた。

 

 

「まあ、こう言う場所ですし」

 

「私はそれでいいと思う」

 

「それでいいんじゃにゃいかな」

 

 

 されど、栞も剣と踊ることは特に気にした様子はなかった。

他の環と暦も、それでいいと納得していた。

 

 

「では、改めてよろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

 

 ならば早速、と言う感じで、一番手に栞が手を差し出した。

初めての体験で緊張もしていが、同時に楽しみでもあったので、表情は柔らかな笑みであった。

 

 剣も三人が快く賛同してくれたことに感謝しながらも、栞の手を取りながら、初めてのダンスを堪能するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 誰もがダンスを楽しんでいる光景の中に、一人困った様子の女子が一人、ふらふらと歩き回っていた。

 

 

「……ふーむ」

 

 

 それは焔だった。焔もアスナに誘われ、ここへやってきていた。

しかし、やって来たはいいのだが、いざ入ってみれば誰もが踊りを踊っているか、会話してばかり。自分は何をするべきなのか、やはり踊るべきか、だが誰と? と、さまよっていたのである。

 

 

「どうした?」

 

「いや……、どうも雰囲気が合わなくてなー……」

 

 

 そこへ、義兄の数多が現れ、何を悩んでいるのか聞いてきた。

焔は率直にこの空気の中に馴染めないと、こぼしたのである。

 

 

「こんな場だしなぁ……。俺もちょいと苦手だ」

 

「兄さんもか……」

 

 

 確かに、こういうブルジョアな雰囲気というのは、数多も苦手だと言葉にした。

慣れてない、というか、妙な高級感というものが若干気になるようだ。

 

 焔は数多のその言葉に、自分と同じなのかな、と思った。

こういう場所など来たことがない二人は、当然ながら場慣れしていないのだ。

 

 

「兄さんは、何をやってるんだ?」

 

「見回りだぜ。何もないか確認の為のな」

 

「なるほど」

 

 

 と、そこで焔はそんな数多が、今何をしているのか気になった。

それを聞いてみれば、数多は見回りだと言うではないか。

 

 数多は数日前に新オスティアを襲った敵の襲撃、特にコールドとか言う男を警戒していた。

またこの場所へ攻撃してくる可能性を考え、警備まがいな見回りを行っていたのだ。

 

 それを聞いた焔も、納得した様子を見せていた。

確かに今は何もないが、何か起こる可能性も頭の片隅に置いてあったからだ。

 

 

「踊らないのか?」

 

「いやー、なんつーか、相手がいないくてよ」

 

 

 とは言え、ここは舞踏会。

誰もがダンスを行っているのだから、それをやらないのか、と思ったようだ。

されど、数多には相手がいない。いないのであれば、できないと数多はばつが悪そうに言葉にした。

 

 

「なら、私と踊らないか?」

 

「踊れんのか?」

 

「やってみなければわからない」

 

 

 するとほむらは、自分と踊らないかと、数多へ提案した。

しかし数多は、ほむらが踊れるのか気になったので、それを聞き返す。

 

 ほむらは当然やったことのないダンスなど、できるわけがないと思っていた。

それでも、やればうまくいくかもしれないし、できないかもしれないと、数多へ言うのだった。

 

 

「……だな! んじゃ、いっちょやってみっか」

 

「うむ」

 

 

 数多は、ほむらがそう言うのであればと、やる気を見せて手を伸ばした。

ほむらも、その数多の手を取り、小さく笑って見せたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 舞踏会の一角にて、多くの女性の人だかりができていた。

その中心にはアルスがおり、女性たちは彼と踊るためにやってきていた。されどアルスはその気が全くなく、むしろ困った様子で苦笑するばかりであった。

 

 そして、アルスは女性たちに頭を下げて丁寧に断りを入れてまわり、女性たちもそれを受け止め散り散りになっていった。

 

 

「アルスさん、人気者だねぇー!」

 

「はは、まあな」

 

 

 そんなアルスのところへと、一人の少女がやってきた。

それは裕奈だった。裕奈は友人と会話した後、アルスの顔を見に来たようだ。

 

 それでアルスがいるだろう場所へ来てみれば、なんとまあモテモテだったではないか。

裕奈はアルスへとニヤニヤと笑いながら、そのことをつっこんだのである。

 

 されどアルスはそれで慌てるような男ではない。

そのモテ加減をむしろ誇るかのように、笑いながら堂々と一言で返した。

 

 

「ありゃりゃ? 随分余裕な態度だねぇー」

 

「まっ、これも慣れってやつさ」

 

 

 もう少し焦るかと思えば、余裕で返された。

裕奈は驚きつつ、そのことをつついた。

 

 アルスにとってこの事態など、特に珍しいものではない。

何せアルスはこちら魔法世界ではかなりの有名人であり、時折こうした場面に出くわしていたからだ。

 

 

「はー、この人気者めー!」

 

「はっはっはっ!」

 

 

 これが勝者の余裕というやつか。裕奈はそう思い、笑いながらアルスを肘で軽くどついた。

アルスはそんな裕奈に対して、盛大に笑って見せたのであった。

 

 

「んじゃ、私とも踊ってくれるかな?」

 

「お誘いとあらばお任せあれ」

 

「その演技似合ってないよ!」

 

「ほっとけ!」

 

 

 そこで裕奈はあらたまってアルスへと向き直すと、ニコリと笑ってダンスに誘った。

それを見たアルスも、少しオーバーな態度でお辞儀し、その誘いを快く承った。

 

 そのアルスのまるでアニメみたいな行動に、裕奈は面白おかしくつっこむように指摘した。

アルスもそりゃそうだ、と思いながらも、それを言うのは野暮だと言う感じに返したのだった。

 

 

「なに、先客がいる訳?」

 

「おお? 何でお前さんがここに?」

 

 

 そんなところへ、もう一人の少女がやってきた。それはエヴァンジェリンの従者となったトリスであった。

 

 トリスはエヴァンジェリンに踊ってこいと言われてそうしようと歩きだしたが、相手がいなかったことを思い出した。

そこで一応そういうのが頼めそうな相手である、アルスを誘いにやってきたのである。

 

 しかし、アルスのところへ来てみれば、すでに先客がいたではないか。

まさか自分以外がこいつの相手をする人がいるなど、考えていなかったのだ。

 

 また、アルスも目の前にトリスがいることに少し驚いた。

彼女は確かエヴァンジェリンの別荘に封じられていたはずだと思った。外に出すなんて話も聞いてないし、なぜ目の前に現れたのかわからなかったのだ。

 

 

「マスターが許可したからに決まってるでしょう?」

 

「そりゃそうだ」

 

 

 それについてトリスは、外に出れたのはエヴァンジェリンが許可したからだと言うではないか。

まあ、あの場から脱走なんてできる訳もないし、それ以外考えられんわな、とそれを聞いたアルスは納得した様子を見せた。

 

 

「この子は?」

 

「エヴァンジェリン殿の従者だよ」

 

「え? あの!?」

 

 

 突然知らない来訪者が現れたのを見た裕奈は、その人が誰なのかをアルスに聞いた。

アルスはその問いに対して、特に気にした様子もなく、かのお方の従者であると答えた。

 

 しかし、エヴァンジェリンの名前を聞いて、裕奈は大きく驚いた。

何せエヴァンジェリンは()()では金の教授と謳われ、魔法使いならば誰もが憧れる存在だからだ。

 

 魔法使いの集まりや夜の警備などで、何度かエヴァンジェリンの顔を見ることはあったが、その従者と聞けば、やはり驚かざるを得ないだろう。

 

 まあ、そのエヴァンジェリンが実際にはすぐ近くにおり、この旅に同行している訳なのだが。

とは言え、エヴァンジェリンはこの旅においては常に気配を薄めているので、あまり意識が向かないようにしている。なので、裕奈もあまり気にしないのも無理はないというものであった。

 

 

「トリスよ。適当に呼んで」

 

「どっ、どうもー。私は明石裕奈って言います! よろしくー!」

 

「そう……、よろしく」

 

 

 されどトリスはそんなことなど知らないので、気にせず適当に自己紹介を済ませた。

裕奈も惑いを抑えつつ、普段どおりの明るい態度で、自己紹介を返した。

 

 が、トリスは目の前の子が”原作キャラ”であることが少し気になった。

なるほど、リアルにそれを体感すると、確かに漫画で見たのとは変わってくる、と思ったようだ。

 

 何せ、トリスは基本的に”原作キャラ”との接点がなかった。

完全なる世界にもデュナミスぐらいはいたが、あまりかかわってくるようなものでもなかった。故に、少し新鮮な感じを受けていたのである。

 

 

「で、アルスさんとはどんな関係なので?」

 

「は?」

 

 

 そう考えに更けているトリスへと、調子を取り戻した裕奈が、爆弾みたいな質問をしだしたのだ。

それを聞いたトリスは、今しがた考えていたことが全て吹っ飛び、ポカンとした顔を見せた。

 

 

「だって、アルスさんとダンスする為にここに来た感じなんですよね?」

 

「まあ、そうだけども」

 

 

 突然の意味がわからない問いにあっけにとられるトリスへと、裕奈はさらに問いを出した。

目の前の少女は、何やらアルスを探してここに来た様子だった。なら、何らかの関係があるのではないか、と思ったのだ。

 

 それを言われたトリスも、そのとおりだったので、YESと答えるしかなかった。

 

 

「アルスさんも隅に置けないなー! 奥さんも娘さんもいるのに! このこの!」

 

「おいおい、勝手に想像すんな。別に何もねぇって」

 

「本当かなー!」

 

 

 その答えを聞いた裕奈は、アルスがこんなかわいらしい子にまでモテていると思い、肘でアルスの脇腹を軽くこついてからかいだした。

 

 されど、アルスにとってのトリスは、敵だったが言いくるめて無理やり味方にしたという感想しかない。

なので、裕奈が勘ぐっているようなことはないと、はっきりきっぱり言い切ったのである。

 

 それでも、疑いだしたら止まらない裕奈は、じとっとした目でニヤニヤ笑いながら、アルスを問い詰めるのだった。

 

 

「そうよ、その男とはなんでもないわ」

 

「そうなんですか?」

 

「と言うか、ダンスの相手として知り合いが、そいつしかいなかっただけよ」

 

「ほー」

 

 

 目の前で漫才をしだした二人に呆れつつも、間違いをただすようにトリスが口を開いた。

横からのアルスへのフォローに、裕奈はそちらへと問いを投げた。

 

 それに対してトリスは、淡々とした声で、アルスへ会いに来た理由を語ったのである。

裕奈はそれを聞いて、なるほどー、と思い、納得した様子を見せていた。

 

 

「むしろ、その男に妻子がいたというのが驚きなんだけど」

 

「あれ? 話してなかったっけか?」

 

「初耳よ!」

 

 

 そこでトリスは今の裕奈の発言で、聞き捨てならない言葉があった。

それはアリスが既婚者で子供までいるということだった。

 

 そのことをトリスはアルスへと聞けば、あれ? と言い出すではないか。

なんとこのアルス、家族のことも話した気でいたらしく、おかしいなあ、と首を傾げだしたのだ。

 

 その事実を今知ったトリスは、大声で叫ぶようにつっこんだ。

というか、こんなヤツがすでに結婚して子供までいるというのが、理解できないとさえ思えた。

 

 

「んじゃ、私が教えてあげますよ!」

 

「あなたが?」

 

「私はアルスさんの家族と親しいんで」

 

「ふーん、じゃあそれでいいわ」

 

 

 すると、裕奈がアルスの家族について話すと言い出した。

それを聞いたトリスは、どうしてコイツの家族のことを目の前の少女が知っているのか、と疑問を口にした。

 

 裕奈はそれについても説明し、トリスは疑問が氷解したのでそれでいいや、と思ったのだった。

 

 

「おいおい、俺の役目を取んなって」

 

「いーじゃん、減るもんじゃないし」

 

「いやよくねぇよ」

 

 

 だが、それについてはアルス自らが説明するべきだと、アルス自身が思ったので裕奈にそれを言った。

それに対して裕奈は、悪びれた様子もなく、笑いながら気にしなくてもいいと言う感じのことを言うではないか。

 

 とは言うても、アルスの家族については当然アルスが一番理解している。

だから、その説明は任せられないと言う様子で、アルスは裕奈につっこんだ。

 

 

「あんたから聞かされると自慢にしか聞こえないから、そっちでいいのよ」

 

「さいですか」

 

 

 されど、トリスはむしろ裕奈から聞いた方がよいと言葉にした。

アルスがそれを語ったならば、自慢になるだろうと思ったからだ。

 

 それを聞いたアルスは、一言そういうと、へこむような態度で小さくなったのであった。

 

 

「では、早速!」

 

「ええ、頼むわ」

 

 

 そのやり取りを見ていた裕奈は、すかさず説明に入ることにした。

トリスも暇つぶしにはもってこいという感じで、説明をお願いするのであった。まあ、そのあと色々と話を聞いて、さらに驚くことになるのだが。

 

 

「つかお前さんがた、ダンスしに来たんじゃねぇのか……」

 

 

 そんな二人を見てアルスは、自分と踊りに来たのではないのか、と疑問に思い気が付けば口に出していた。

ただ、ダンスとか面倒だし、と実は思っていたので、面倒でなくてよかった、と思ってもいたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 誰もがダンスを楽しむ中で、少し離れた場所で考え事をする少女が一人いた。

 

 

「さーてねー」

 

「どうしたんでい?」

 

 

 それは眼鏡をしたロングヘアーの少女、ハルナだった。

今は特に平穏で何もないが、どうなることやら、と少し不安に駆られていたのだ。

 

 そこへやってきて話すのはカモミール。

カギがゆえとうまくやってるのを見て、こちらに来たのである。

 

 

「いやー、今後、あの連中が襲ってきた時のことを考えてね」

 

「まあ、ありえることだな、それは」

 

 

 ハルナはこの先、この前襲ってきた敵が再び攻撃してくることを懸念していた。

カモミールもそれを聞けば、なくはない、むしろ可能性が高いと言葉にした。

 

 

「だから、この際みんな仮契約しちゃった方がいいんじゃないかなってね」

 

「姉さんもそう思うでしょ?」

 

 

 ならば、こちらもそれに応じた対策をするしかない、とハルナは思った。

そして、その対策で最も行いやすいのが、仮契約だと考えたのだ。ただ、対策と言えど対抗策ではない。身を守るための策だ。

 

 カモミールもその意見には賛成だった。

いや、むしろもっとやれ、やれと言ってくれ、と言わんばかりの食いつきようだった。

 

 

「で、ネギ君があの紙をまだ持ってないかなって考えてた訳」

 

「は? 紙?」

 

「ほら、あの仮契約用の」

 

 

 それならさっそく、と考えたハルナは、簡単に仮契約が可能な契約用紙の存在を思い出した。

あれがあれば、即座に仮契約が可能だからだ。ハルナはそれをネギがまだ持っているか、聞きに行こうと思っていたのである。

 

 何それ? カモミールの最初に思ったのはそれだった。

ハルナはカモミールがそれを忘れているのかと思ったのか、説明を行いだした。

 

 

「別に俺っちがいりゃ必要ねぇーんだよ!! チクショー!!」

 

「あー、キスでもできるんだっけ?」

 

「それが普通なはずなのにあの紙切れのせいでクソー!!」

 

 

 しかし、カモミールとてそんなことは説明されなくても、理解している。

むしろ、そいつの存在を消しちまいたいんだよ! とばかりに大声で叫び始めた。

 

 そこでハルナ」は別の仮契約の方法を思い出したようだ。

カモミールはそれこそが正規の方法だと、叫ぶかのように訴えたのである。

 

 

「んまあ、そっちも個人的には楽しそうでいいけど、みんな一々腹をくくる必要があるだろうしねぇ」

 

「んなこと言ってる場合じゃねぇでしょ!?」

 

「そうは言うけど、乙女にとってキス一つは結構大きな壁だよ」

 

 

 ハルナもカモミールが提唱する方法のが楽しそうではあると思っていた。

されど、その方法だと色々と考えさせられる部分もあった。

 

 そんな風に言うハルナへと、カモミールは大きく叫ぶ。

この危機的状況の中、方法なんて気にしている場合ではないと。

 

 そう、確かにその通りではあるだろう。悠長なことを言っている余裕はない。

()()でも、ハルナが同じことを口にしてネギたちを丸め込んでいた。

 

 だが、()()では刹那はおろか木乃香すら滅茶苦茶強く、アスナもべらぼうに強かった。当然楓も普通に強いし古菲もこっちで修行したのか強くなってる感じだった。なので、戦力強化に全力を注ぎたいという気持ちは、あまり湧いてこなかったのである。

 

 また、覇王と言う強力な存在がおり、ある程度安心している部分があった。それ以外にも千雨が連れてきた、法とカズヤの二人が近くにいるというのも、気持ちを緩めるには十分な存在であった。

 

 エヴァンジェリンが近くにいるというのも、それなりに影響があった。とは言え、エヴァンジェリン自身は存在感をほとんど消して近くにいる上に、ハルナもエヴァンジェリンのことをよく知らないので、何か強く期待しているという部分があまりない状態なのであるのだが。

 

 故に、無理強いしてまでキスさせるのもなんだかな、と思ったりもしていた。

だからそれを差し置いても、女の子の唇は重たいと、ハルナは言ってのけた。特にそれが初めてであればあるほど、その意味が大きくなると。

 

 

「ネギ君は子供だけどほら、イケメンだし、逆にみんなが恐縮しちゃうんじゃない?」

 

「確かにそうっすけど、……ちなにみ兄貴の方は?」

 

 

 また、相手はあのネギである。彼は少年ではあるが、顔立ちの整ったイケメンだ。

そんな少年と唇を重ねるのは、やはり、ちょっと恥ずかしいのではないかと、ハルナは言葉にした。まあ、そう言うハルナ自身は、そのあたりなどさほど気になどはしていないのだが。

 

 今の発言に、カモミールも納得するものがあった。

それでこんどは自分が兄貴と慕う、カギの方について聞いたのである。

 

 

「あー、カギ君はほら、何かそう言うの照れそうだしねー」

 

「ま、まあそうだが……」

 

 

 その問いにハルナは、その場合は逆にカギの方が恥ずかしがってしまい、無理ではないかと答えた。

カモミールはそれに対しても納得を見せ、そうなると予想したのだった。

 

 

「だから、そう言うの気にしないでやれる仮契約ペーパーの方が手ごろかなって思っちゃってさ」

 

「く……クソー!!!」

 

 

 そういう理由もあって、やはり仮契約には契約用紙を使ったほうが早いと、ハルナは思ったのである。

カモミールはそれに対して納得しつつも、かなり悔しそうな態度で嘆きを叫ぶのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギと踊り終わったのどかは、一人で少しふらふらと歩いていた。

 

 

「ちょっと疲れちゃったかな……」

 

 

 緊張と張り切りでほんの少し疲れを感じたのどかは、休憩できる場所を探して周囲を伺ったのである。

 

 

「よう」

 

 

 そんなのどかへと、不意に声をかける一人の男性が現れた。

 

 

「クレイグさん!? どうしてここに!?」

 

「なんだか招待状が手に入っちまってな」

 

 

 それはこっちへ来てから助けてもらっていた、クレイグだった。

のどかは何故彼がここにいるのかを驚き、尋ねてみた。

 

 するとクレイグはこの舞踏会の招待状が偶然手に入ったからと言葉にしながら、後ろで苦笑しているクリスティンを立てた親指でさしたのだ。

 

 

「あれ……? ロビンさんは?」

 

「あー……」

 

 

 のどかは後ろに控えていた彼の仲間を見て、ひとり足りないことに気が付いた。

それは緑色の外套の男、ロビンだ。そのいないロビンのことをクレイグへと聞けば、頭を指でかいて、少し悩んだ顔を見せた。

 

 

「あいつも一応来てはいるが、空気が馴染めんっつってバルコニーに出てるよ」

 

「そうですかー」

 

 

 結論から言えば、ロビンもこの場に来ていた。

しかし、ロビンという男はこのような華やかな場所を苦手としていた。なので、会場にはおらず、外の空気が吸える場所に出ていたのだ。

 

 それをクレイグが苦笑しながら説明すると、のどかも納得した様子を見せていたのだ。

そのあと、彼らと少し談笑したのどかは、疲れが取れたのを感じ、夕映のところへと歩き出したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは舞踏会である。当然ながら眼鏡の少女、千雨も法とダンスを行っていた。

 

 

「なあ……」

 

「どうした?」

 

 

 そこで、ふと千雨は気になったことがあったようで、疑問を含んだ声を出した。

法はそれに対して、何か気が付いたのかと、小さく尋ねた。

 

 

「なんでお前はそんなに踊りなれてるんだ……?」

 

「ああ、そのことか」

 

 

 千雨が気づいたこととは、つまり法がダンスに慣れている感じということだった。

それを聞けば法は、そんなことか、という感じの声の後、簡単な説明を始めた。

 

 

「一応、俺は資産家の息子でな……。それなりの教養を身につけさせられた」

 

「……は?」

 

 

 なんということだろうか。ここに来て新たな真実が明るみに出たではないか。

この法、こともあろうに資産家の息子だったのだ。いや、特典の元となった存在を考えれば、確かにそうなってもおかしくはないのだが。

 

 その知りたくもなかった真実に、千雨は表情を呆けた顔で硬直させていた。

何それ、知らないんだけど、そんな顔だった。

 

 

 

「う……嘘だろ……? お前が? 何かの冗談だろ?」

 

「嘘じゃないさ。まあ、信じないのはそっちの勝手だが」

 

「マジかよ……」

 

 

 もはや現実逃避めいた様子で事実を飲み込めきれない千雨は、否定してもらうかのごとく、何度も質問を重ねていた。

というか、同じクラスに財閥のお嬢様がいるというのに、なんともひどい慌てふためきようである。まあ、法をそういう目で、一度も見たことがなかったが故の驚きというものだ。

 

 そんな千雨に、特に気にした様子もなく、真実だとはっきり告げる法。

あえてこのことを言わなかったのは、千雨がこのように混乱すると思ったからである。

 

 もはや、逃れられぬ現実を少し受け止め始めた千雨は、驚愕の表情とともに脳内で頭を抱えていたのだった。

 

 

「どおりでムカつくぐらい様になってるわけだ……」

 

「誉め言葉として受け取っておこう」

 

 

 こっちは頭を抱えて悩んでいるというのに、目の前の法は涼しい顔をしているだけだ。

千雨はその態度にイラつき、皮肉の一つを投げ飛ばした。

 

 が、それすらも涼しい顔で流す法。

もはや完全に慣れた様子でしかなかったのだった。

 

 

「で、まだ何も起こってないようだな」

 

「まあな……」

 

 

 と、そこで話を切り替えるように、法は真剣な顔で今の現状について話し始めた。

千雨も今の平和な現状を見て、特に何かが起こっている訳ではないことに、静かに同意した。

 

 

「このまま、何事もなく過ごせればいいのだが……」

 

「嫌な予感しかしねぇ……」

 

 

 しかし、今は平和だが、この先はわからない。

彼らは知らないが、すでに敵の一人がらかんと戦闘に入っているのだ。

 

 法はただただ、今の平和な状態で終わればよいと、願いを言葉にした。

されど、千雨はそううまくいくはずがないと考え、踊りながら脳内で頭を再び抱えるのであった。

 

 

 ……ちなみにカズヤは、ただただつまらなそうにそこらへんをぶらついていた。

 

 

…… …… ……

 

 

 ダンスに一区切りついたネギたちは、作戦会議のために数人で集まっていた。

 

 

「ということで、仮契約しよう!」

 

「えー!?」

 

 

 突然の第一声を放ったのは、眼鏡黒髪セミロングのハルナだ。

それに対してつっこむかのように、不満の声を出すネギだった。

 

 

「えー!? じゃないでしょ! こういう時だからこそだよ!」

 

「だ、だけど……」

 

 

 そこへハルナは、この危険が迫っているかもしれない今だからこそ、仮契約が必要なのだと叫んだ。

 

 ネギもそのことは理解していたのか、否定はしなかった。

しかし、やはり生徒と仮契約を行うというのには、罪悪感と抵抗があったのである。

 

 

「今の状況を見て、そんな悠長なこと言ってる暇はないでしょ?」

 

「……そうですが……」

 

 

 されど、危険は刻一刻と迫ってきている。

悩んでいる時ではないと、ハルナは論じた。

 

 とは言え、やはり仮契約するのには非常に消極的なネギは、それでも拒否したいという態度を見せていた。

 

 

「おいおい、悩んでる場合じゃねぇと思うぜ?」

 

「カモくん?」

 

 

 そこへカモミールがシュッとハルナの肩へ移動し、うだうだやっている暇はないと言い出した。

突然現れたカモミールへと、ネギは視線を移した。

 

 

「敵の数は未知数、攻撃してくんなら自分らだけで守護れる数だって限られるんだぜ?」

 

「確かにそうだけど……」

 

 

 カモミールは今の危険な状態を再認識させるかのように、それを語った。

とは言われても、やはりポンポンと仮契約を行うのはよろしくないと、ネギは考えしりすぼんでしまう。

 

 

「だからこそ、せめて自分を守れる装備を渡しておくのは悪い考えじゃないと思うんだがなぁー?」

 

「う……うん……」

 

 

 別に戦わせる訳じゃない。ある程度自分で身を守れるようにするために行うのだ。

そうカモミールは説得するように、言葉をつづけた。

 

 しかし、やはりネギは乗り気ではない様子。

ただ、納得できなくもない理由であり、この現状を考えればやむなし、とも考え始めていた。

 

 

「そう思うよなー! 兄貴ーもよー!」

 

「……え? まあ、そうかも……」

 

「なんで兄貴も乗り気じゃねぇーんだよ!!!」

 

 

 それでも乗り気にならないネギを見たカモミールは、ならばカギへと話を振って盛り上げてもらおうと考えた。

しかし、カギすらも仮契約に乗り気ではなく、テンションがとても低かった。

 

 昔は仮契約してぇー! とか言ってたのに、なんだこの現状は。

いや、少し前からあまり乗り気ではなかったが、露骨にテンション下がってるのを見て、カモミールはつっこむように叫んでいた。

 

 

「とりあえず、今仮契約の紙ってあの何枚ある?」

 

「えっと……、あと3枚ほどですね……」

 

「3枚かあ……」

 

 

 まあ、それよりも、まず先に確認することがある。

仮契約に必要な用紙だ。あれがなければ話にならない。

 

 それをハルナがネギへと聞けば、今の手持ちは残りはわずか3枚だけだと返ってきた。

3枚、たった3枚。思ったより少なかったことに、ハルナは少し頭を悩ませた。

 

 

「くーと楓とゆーなは戦える感じだから、それ以外の子がいいね」

 

 

 そして、3枚だけならば、誰と仮契約をさせるかを、ハルナは腕を組んで考えた。

古菲、楓、裕奈は自力で戦う力がある。特にこっちに来てからと言うもの、古菲と楓はかなり強くなった。

それ以外にも裕奈はなんか最初から魔法使いだし、大丈夫だと判断した。

 

 ならば、それ以外の戦えない子たちと行うべきだろう。

とは言ったものの、事故でこっちに来た子は3人以上いる。はて、誰にしようかと、ハルナは迷っていた。

 

 

「そうだ! ここに少年三人いるわけだし、コタ君を含めて一人一回ずつしよう!」

 

「はあー!? なんで俺もせなあかんのや!?」

 

 

 だが、ハルナがそこで思いついたことは、関係ない別のことだった。

それは小太郎が、目に入ったからこそ思いついたことでもあった。

 

 小太郎も含めて三人の少年がここにいるではないか。

そして、仮契約用紙も3枚ある。ならば、三人が一人ずつ仮契約すればいいじゃないか、というものだったのだ。

 

 完全に部外者と思っていた小太郎にとっては、まさに寝耳に水であった。

突如として話に加えられた小太郎は、驚いた顔で文句を叫んだ。

 

 

「お姉さんからのお節介だよ! 夏美と仮契約してきな!」

 

「なしてそこで夏美姉ちゃんが出てくんねん!!」

 

 

 何故ハルナが突然そんなことを言い出したというと、夏美のことを気にしてのことであった。

夏美からは強烈なラブ臭がする。アンテナがそう言っている。その相手は目の前の小太郎だ。

 

 であれば、お節介だとわかっていても、ちょっと手助けしたくなるのがこのハルナという少女だ。

そういうことで、小太郎へとハルナとの仮契約を勧めたのだ。

 

 されど、小太郎にはそこでどうして夏美の名前が出てきたのか理解できなかった。

故に、その疑問をぶちまけるかのように、再び叫んで文句を吐き出していた。

 

 

「そっちの管轄だと思ってたけど違った?」

 

「いやまあそうやけど……」

 

 

 何故? という問いに、むしろ関わり合いがあるのはそっちじゃないのか、と返すハルナ。

何せ、小太郎はハルナの部屋に居候している身で、関わりが深いのも事実だ。

まあ、その部屋には、現時点でここにいるあやかも住んでいるのだが。

 

 それを言われたらまったく否定できない小太郎は、そのことはしぶしぶと肯定した。

 

 

「ちゅーか! 仮契約したって何出るかわからへんやろが!!」

 

「まあそうだけど、自分で身を守れる何かが出ればいいかなってね」

 

「そんなん賭けやろ!!!」

 

 

 しかし、小太郎はふと今思った疑問を、思いっきり突き出した。

それは仮契約したところで、どんなアーティファクトが出てくるかわからないということだった。

出ない可能性だって実はあったりするし、使えないものが出るかもしれないと小太郎は考えたのだ。

 

 されど、ハルナとしては何か便利なものが出ればいいな、程度の考えであった。

出ればあるだけマシと思っており、もしかしたらかなり便利なものが出るかもしれないという希望もあった。

 

 だが、それは完全に賭けであった。アーティファックトガチャであった。

そのことに対して小太郎は、はっきりと文句を大声で投げたのだ。

 

 

「そんなに嫌なのかね?」

 

「べ、別にんなこた言っとらへんやろが!!」

 

 

 ハルナとて、そんなことなど言われなくともわかっていることだ。

それよりも、こんなに必死に否定してくるあたり、夏美と仮契約するのが嫌なのだろうか、と逆に質問してみた。

 

 その問いに小太郎は、少し戸惑った様子を見せながらも、そんなことはないと言った。

別に紙に印を押すだけだし、それ以外のことはやらないのだから。

 

 

「じゃあ決まり! ささっとやっておいで!!」

 

「勝手に決めんなや!!」

 

 

 嫌ならしょうがないと思ったが、そうでないなら問題ない。

ハルナはだったらやっていこうと、声高らかに彼らに命じたのである。

 

 ただ、全部仕切られていることに、小太郎は再び文句を叫んだ。

嫌ではないと言ったが、やるとも一言も言っていないのだ。

 

 

「マジでやんの? マジで?」

 

「カギくんも臆病風吹かせちゃってまあ……」

 

「いや、そうじゃないが、マジでやんの?」

 

 

 そのハルナの宣言を聞いたカギも、本気と書いてマジ? と言い出した。

最近もはや従者ハーレムなんかどうでもよくなってきているカギは、もう積極的に仮契約をする気がない。

 

 そんな態度のカギに、ハルナはシャイな部分が出てきたと考えたようだった。

普段はスケベ根性丸出しだというのに、こういう時になると臆病風を吹かすのがカギだと思っているからだ。

 

 だが、カギとて別にキスとかする訳ではないので、そういう部分で臆することはないので、違うと否定した。

それでも、本当に、マジで仮契約しなきゃならんのかと、再び訪ねていた。

 

 

「マジマジも大マジよ!!」

 

「はあぁぁぁぁぁ――――――……」

 

「なんでそんなおっさんみたいなでかい溜息ついてんの!?」

 

 

 カギの質問には、当然本気だと返ってきた。

あたり前である。ハルナがこんなことを言い出したからには、やらなきゃ止まらないのはわかっていたことだった。

 

 すると、やっぱり、という様子で、陰鬱な表情で大きくため息を吐き出しはじめたカギ。

やだやだ、あーやだやだ。この期に及んで仮契約なんて、あーやだやだ。そんなことを言いたそうな雰囲気とオーラがにじみ出ていた。

 

 そんなカギのひどく疲れた溜息に、ハルナはおっさんみたいだと言葉にした。

いや、実際カギは転生者で、前世と合わせれば完全におっさんみたいなもんなのだが。

 

 

「で……、誰とすりゃいいんだ……?」

 

「この際二人が決めてよ」

 

「は……? 何言ってだコイツ……?」

 

 

 まあ、やるっつーんなら、しょうがない。

カギは腹をくくったようで、ならば誰と仮契約すればよいのかを、ハルナに聞いたのだ。

 

 しかし、ハルナは自分ではなくそちらで決めてくれと言い出したではないか。

その発言にカギは、呆れた表情で呆れた感じの台詞を吐き出していた。小太郎のように、勝手に相手を選んでくれるとばかりに思っていたカギは、完全に意表を突かれたからである。

 

 

「だってさー、仮契約するのは二人じゃん? だったら、二人が決めた方がいいと思うんだよね」

 

「いや、よくねーよ! 俺って結構決めるの苦手なんだよ!!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

 カギの呆れた顔を見て、ハルナは言い訳を言葉にした。

仮契約を行うのはカギとネギである。その本人が決めたほうがいいと思ったと、説明したのだ。

 

 されど、カギはそこででかい声で反論した。

いや、もはや情けないぐらい悲しい事実を述べただけであった。

 

 その言葉に今度はハルナが呆れた顔を見せていた。

いやしかし、美少女から一人選べと言われれば、悩んでしまうのもしかたないことである。

 

 

「確かに兄さんはそういうところあったね……」

 

「うっ、うっせーよ! チクショー!」

 

 

 ああ、そういえばそうだったね、と思い出したかのようにネギがカギへと言い出した。

弟の生暖かい視線と言葉に、カギは悲しみを叫ぶので精いっぱいだった。

 

 

「とりあえずさ、話してみてOKって感じならでいいからさ!」

 

「ま、まぁいいか……」

 

 

 それなら戦闘力のない子なら誰でもいいから、とにかく話してみてとハルナはアドバイスを送った。

また、NOと断られたら無理強いはしない、という感じのことも含まれていた。

 

 カギも選べないのであれば、()()で出たアーティファクトの便利順で決めようと考えたようだった。

 

 

「しかし、誰とするか……。守護れる道具が出るやつ……。でも楓とはなしな感じだし……、ぬぬぬぬぬ……」

 

 

 だが、カギはそこでも悩んだ。

というか、出てくるアーティファクトの中で、もっとも便利なものは楓と仮契約して出てくる天狗之隠蓑だ。

 

 これはマントの中に住居として使える部屋のような異空間があり、隠れる機能まで備わっている優れたものだ。複数の人をその中に入れて移動することも可能でもあるため、戦闘できない子たちを安全に移動させるのにも便利なのである。されど、楓は忍者で戦えるので、仮契約候補に入ってない感じだった。

 

 だからこそ、それ以外で便利なアーティファクトが出てくる子と仮契約しなければならないことに、カギは悩んだのである。

 

 とは言っても、必ずしもネギが仮契約した時と、同じアーティファクトが出るとは限らないのだが。

 

 

「何ぶつぶつ言ってるの兄さん」

 

「なっ! なんでもねーよ! 誰にするか悩んでるだけだよー!!」

 

 

 それが自然と口から漏れていたのを聞いたネギが、カギへとそれを質問した。

すると、カギはそれがこっぱずかしかったようで、照れて叫びながら言い訳をぶちまけたのだった。

 

 

「まあ、腹をくくって行こうぜ弟よ」

 

「え!? 本当にやるの!?」

 

「やるから言ってんだ。さっさと終わらせてこようぜ……」

 

 

 そのあと冷静さを取り戻した態度を見せたカギは、お前も来いと言わんばかりにネギへ一緒に行くぞと言った。

 

 ネギはそれに対して、本当に仮契約をするのか、と再度確認するかのように大きな声で聞いたのだ。

それにカギは、やる気のなさそうな声と態度を見せながらも、当然だと言う感じで渋々肯定していた。

 

 

「そ、それじゃ、これがその紙」

 

「おし……」

 

「なして俺まで……」

 

 

 ならば仕方がない。ここまで来たらやるしかない。

ネギもそう考えたのか、カギと小太郎へと仮契約の紙を渡した。

 

 カギはそれを受け取ると、本当に渋々という声で気合を無理やり出していた。

小太郎はと言うと、まるで被害者になったような顔で、巻き込まれたという感じのことをこぼすのだった。

 

 

「まだまだ子供だねぇ~」

 

「あの紙さえ……あの紙さえなけりゃあ……!!!!」

 

 

 そして、ハルナはいい感じにまとめるような一言を、ゆっくりと歩き出した彼らの背中へ向けて言い放った。

その肩の上で、憎々しく彼らが持っている仮契約ペーパーを睨みつけ、恨みつらみを吐き出すカモミールがいたのであった。

 

 



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百五十七話 仮契約

 ネギたちがダンスをしている最中、結界内ではすさまじい攻防が繰り広げる役者が二人いた。

その二人の役者こそラカンと、完全なる世界に属する転生者のブラボーなる男だ。

 

 

「”粉砕!! ブラボラッシュ”ッ!!!!」

 

「”羅漢萬烈拳”ッ!!!」

 

 

 もはや結界内の建物は見るも無残な姿となりはて、その戦いの苛烈さを物語っていた。

常に拳と拳がぶつかり合い、その衝撃が建造物へダメージを与え、破壊していくのだ。

 

 それだけではない。目では見えないほどの、とてつもない速度で両者が激突することでも、破壊が行われていた。そんな状況など全く気にせず、二人は何度も拳を打ち付けあうのであった。

 

 

「すっ……すごい戦いです……」

 

 

 ブラボーが連れてきた仲間の少女も近くにいては危険と判断し、少し離れた建物の屋根の上で、その戦いを眺めていた。そして、このでたらめな戦闘に度肝を抜かされるばかりだった。

 

 

「オラオラァッ!!」

 

「ぬううぅぅぅおおおおぉぉぉぉぉッッ!!!!」

 

 

 すさまじい無数の拳同士の衝突と炸裂音。

拳が一つぶつかり合うだけで、空気が吹き飛び衝撃波となりて、周囲の物体を破壊していく。

 

 

「オラよぉ!!!」

 

「ぐううおおお!!!」

 

 

 されど、両者とも互角とも見える戦いであるが、優勢なのはラカンであった。

戦いが激しさを増していく中、それに比例するかのようにラカンの動きも激しさを増していく一方だったのだ。

 

 それに対して苦戦を強いられているブラボーなる男。

体を覆うパーフェクトディフェンダー、シルバースキンがあるにも関わらず、完全に押されていた。

 

 現に、ブラボーはラッシュのパワー比べで負け、軽く吹き飛ばされていた。

また、ダブルシルバースキンがこうもたやすく砕かれ、本体をさらしているではないか。

 

 ダブルシルバースキンは瞬時に修復され、元に戻る。

が、その瞬間的に修復される途中のそのわずかな時間で、ラカンは本体のブラボーに直接ダメージを与えきている。

 

 ブラボーなる男がいくらダブルシルバースキンで鎧を作ろうとも、目の前のラカンのバグじみた攻撃には対応しきれていないのだ。

 

 これは前の戦いで、ラカンがすでに証明してしまったこと。前の戦いでできたことが、今の戦いでできないなどと言うことはないのだから当然だ。

 

 

「つえぇなホントてめぇ……。その銀色を差し引いても充分すげぇよ」

 

「貴殿に褒められるとは、至極恐縮だな」

 

 

 されど、ラカンは目の前の銀色の男を、賞賛しているではないか。

というのも、これほどの本気を見せているのに、何とかしがみついてくる目の前の男に、喜びを感じていたのだ。

 

 そうだ、戦いとはこういうものだ。

雑魚を蹴散らすだけじゃまったくもって面白くない。やはり、強敵とせめぎ合いこそが、戦いの醍醐味であると。

 

 そう褒められたブラボーも、悪い気はしていなかった。

だが、内心目の前の強敵(ラカン)に、焦りを感じざるを得なかった。それでも、まだまだやれると確信しているブラボーは、余裕の態度で返すのだった。

 

 

「だが、やっぱ俺を倒すにゃ足らねぇな!」

 

「その足らないものを、ここで足らせて見せようッ!!」

 

 

 しかしだ。それでも、ラカンも確信していた。

目の前の銀色の男は、自分を超える存在ではないことを。自分を倒すには、少しだけ実力不足であることを。

 

 ただ、そんなことは言われなくても、ブラボー本人が一番理解していることだった。

故に、さらなる闘争本能と気を燃やし、もっともっと強く強く、と念じるのであった。

 

 

 そして、両者は短い会話が終わった後、再び巨大な爆発音の中で衝突を繰り返すのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一人の少年が重たい足取りで歩いていた。

誰もが浮かれた表情で、ダンスを楽しむ場所だというのに、気が重そうな雰囲気だった。それこそカギであった。

 

 

「はぁ……」

 

 

 何度も疲れた感じのため息を吐き、のろのろと歩くカギ。

 

 

「さて……、誰とすっかなぁ……」

 

 

 カギはずっと迷っていた。仮契約の相手を誰にするか決められず、さまよっていた。

 

 

「うーん……。やっべぇなあ……、思いつかねぇ……」

 

 

 考えても考えてもまったく決まらず、あーどうしよう、と悩みに悩むカギ。

考えすぎて頭が疲れてきたのを感じ、もうどうでもよくね? とまで思い始めていた。

 

 

「ばっくれちまうか……?」

 

 

 だったら逃げちゃえばいいじゃん! と一瞬閃くも、その閃きはパリィのようにすぐさま消された。

 

 

「いやー、そりゃマズイよなあ……。バレるよなぁ……」

 

 

 何せ、あのハルナが命じてきたことだ。バレたら面倒極まりない。

そのことを考えると、逃げるという選択肢はつぶされてしまっていたのだと、肩を落とすカギであった。

 

 

「あー! どうすりゃいいんだ!!」

 

 

 もはや、自暴自棄となり、頭を抱えて叫びだしたカギ。

周囲に大勢の人がいるというのに、そんなことすら気にする余裕がなくなっていたのだった。

 

 

「ちっくしょー……。昔の俺なら悠々と喜んでやってたってーのによー……。どこで歯車が狂ったんだ……」

 

 

 あーあ。昔なら喜んでたはずなんだ。仮契約いっぱいしてハーレム作ると意気込んでたんだ。

だというのに、今はそんな気持ちにまったくならない。別にそんなもん欲しくなくなっちゃった。この心変わりに少し戸惑いを感じながら、はて、どうするかな、とカギは悩む。

 

 

「はぁ……」

 

 

 そして、再び辛気臭いため息を吐く。

なんというか、転生してから何度目だ、というぐらいの溜息の量だった。

 

 

「またどうしたですか……。そんな溜息なんかついて……」

 

「ギエエエエエッ!!?」

 

 

 そんな時、再び後ろから夕映の声が聞こえてきたではないか。

それに驚いたカギは、訳がわからん叫び声をあげて、焦りまくったのである。

 

 

「おっ、驚きすぎです! しかも二度目です!」

 

「あ、いやーたびたびすまんね……」

 

 

 カギが急に叫びだしたのを見た夕映も、ちょっと驚いたので少し怒った。

というか、さっきも同じことでカギが驚いていたのを思い出し、それに対してもつっこみをいれていた。

 

 いやはや、二度目というのもなんかすまん、と言う様子で、カギは夕映の方に振り返り謝った。

 

 

「で、何かあったんですか?」

 

「あったもクソも、ハルナのやつが仮契約してこいって言い出しやがってなー……」

 

「あー……」

 

 

 夕映はカギが何やら悩んでる様子だったので、声をかけたということだった。

それをカギに聞けば、仮契約のことで悩んでいると言うではないか。

そのことを聞いた夕映は、小さく声をだして納得した様子を見せていた。

 

 

「でも、その紙でやるんなら、さほど問題ないのでは?」

 

「それ以前の問題だぜ……。誰とすりゃいいのかわっかんねーんだ……」

 

「なるほど……」

 

 

 とは言え、何を悩む必要があるのだろうか、とも夕映は思った。

何せ、カギの手には自分が仮契約を行ったのと同じ、仮契約用紙が握られているではないか。それを使うなら、簡単に気にすることもなく終わるので、悩むことはないのでは? と考え疑問を口にしてみたのだ。

 

 すると、カギは方法が問題ではない、と言い出した。

カギが一番悩んでいるのは、誰と仮契約を行うか、ということだった。

まあ、あまり従者を増やす気のないカギは、仮契約自体に乗り気ではないということもあるのだが。

 

 ふむ、そういうことか。夕映は再び納得した。

方法じゃなく、選べないことに悩んでいるなら、確かにそうかもしれない、と思ったのである。

 

 

「誰とならいいと思うかね?」

 

「誰となら……、と急に言われても……」

 

 

 そこでカギは、ならば目の前の夕映に相談してみればよくね? と考えそれを口に出した。

されど、それをいきなり言われても、夕映としても困ってしまうというのが本音であった。

 

 

「あ……。だったら、ほら、あそこにまき絵さんがいますよ」

 

「ん? ああ、そうだな」

 

 

 まあ、それなら近くに誰かいないか、夕映は周囲を探してみれば、ドレス姿のまき絵がいるではないか。

 

 それを夕映が教えると言うのに、なんたることか。カギは、そうだね、としか言わないではないか。

なんというか、本気で仮契約する気がない様子としか見えない態度であった。

 

 

「迷うのであれば、近くの人に話してみるのがいいと思うです」

 

「そうだなぁー……。まっ、それが一番かなぁー……」

 

 

 それでも夕映はそんなカギに、アドバイスを送って見せた。

カギもそう言われたので、悩みに悩んだ末に、それでいいか、と思ったようだ。

されど、そのアドバイスにカギは、心の中で自分でもわからないざわつきを覚えていた。

 

 

「何かほかに悩み事でも?」

 

「んーや、別に……?」

 

 

 そんな何か煮え切らないカギの態度に、別の悩みがあるのではないか、と夕映は質問した。

だが、それに対しては何か濁すような態度を見せるだけで、カギは何も言わなかった。

 

 

「あっ、待ってください」

 

「なんだなんだぁ?」

 

 

 と、夕映の言った通りにしよう、とカギが動いた矢先に、夕映が待ったをかけたではないか。

急の待ったにカギは、戸惑いつつもほんの少し何かを期待するかのように、再び夕映の方へ振り向き直した。

 

 

「今思ったのですが、カギ先生が仮契約をするということは、つまりネギ先生も、ということではないのでしょうか!?」

 

「あー……。そうだな」

 

 

 カギに待ったをしたのは、そこでふと気になったことが浮かんだからだ。

それはカギが仮契約を行うのであれば、もしやネギもそれを行うのではないか、ということだった。

 

 それを聞かれたカギは、夕映が前に言っていたことを思い出しつつも、YESと言葉にした。

 

 

「ネギ先生にはのどか以外と仮契約して欲しくなかったのですが……」

 

「しょーがねーじゃん……。こういう状況だしよ……」

 

「そ……そうですが……」

 

 

 夕映は前々から、ネギにはのどか以外と仮契約をしてほしくないと思っていた。

だから、こんな時でも、自分のわがままだとわかっていても、それを言ってしまうのだ。

 

 カギも夕映の考えはわからなくはないと思いながらも、この危険な状況じゃ仕方ない、と言った。

何せ危機が迫っている可能性があるのだから。いや、その魔の手はすでにやってきているのだが。

 

 そう、カギの言っていることの方が正しい。

夕映もそう思いながらも、やはり、のどかのことを考えれば、と納得しずらい様子を見せていた。

 

 

「仮なんだし、後で解除もできるんだから気にしすぎるなって」

 

「は……はい……」

 

 

 そこでカギは気休め程度になればいいか、とそのことを言った。

どうせ仮契約は所詮仮であり、本契約ではないのだから、と。

 

 それを言われた夕映は、ほんの少し自分を納得させたのか、小さな声であったが肯定の言葉を残した。

 

 

「……まあ、とりあえず俺はまき絵に話してみるわ」

 

「はいです」

 

 

 それを聞いたカギは、今は他人のことより自分のことじゃね? と考え、仮契約のために再び歩き出したのだった。ただ、今の夕映の台詞を自分にも言ってくれればなー……と内心思っていたカギは、淡い期待を裏切られたと思い、足取りをさらに重くしていた。

 

 夕映はと言うと、そういえば最初はカギの相談だったことを思い出し、そのカギの背中を暖かい視線で見送るのだった。

 

 

 ……ちなみに、ネギは悩みながら歩いているところをあやかに見つかり、その理由をうっかり馬鹿正直に話してしまった。

あやかもみんなと同じようなにハルナから仮契約がどう言うものかを聞いていた。

なので当然、それを聞いたあやかに仮契約を迫られて、ネギは慌てふためきながら仮契約を行うことになったのであった……。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、もう一人別の場所で、とぼとぼと歩く少年が一人。

黒いぼさぼさの髪にとがった犬のような耳を持つ少年、小太郎だった。

 

 

「はぁ……」

 

 

 彼もまた、少し困っていた。

なんでこんなことになったんだ、と思っていた。

 

 

「急にんなこと言われてもなぁ……」

 

 

 何故なら、彼もまた、カギたちのように仮契約を行えと言われてしまったからだ。

しかも、相手は居候の部屋の主の一人。ちょっと急に言われすぎて、困ってしまったという感じだった。

 

 

「まっ、しゃーないわな。いっちょやったるで……!」

 

 

 とまあ、悩んでいてもしょうがない。

別に()()()()()をするとかそういう訳でもないし、やってみるかと思い、小太郎は気合を入れなおしたのだった。

 

 

「おっ、夏美姉ちゃん」

 

「えっなに!? きゅ、急にどうしたのかな!?」

 

「いやなー、ハルナ姉ちゃんに夏美姉ちゃんと仮契約してこいって言われてもうてな」

 

 

 そこで小太郎はたまたま夏美を発見し、即座に声をかけた。

ならばさっそく仮契約を終わらせてしまおうと、考えたのである。

 

 そして、急に小太郎から話しかけられた夏美は、驚きのあまり少しキョドった態度を見せてしまっていた。

この夏美、()()と同じく小太郎に、淡い恋心を抱いているので当然と言えば当然の行動であった。

 

 そんな夏美からの問いに、小太郎はなんと馬鹿正直に答えたのだ。

ハルナにそう言われたから仕方なくなー! と言い出したのだ。

 

 

「せやから、夏美姉ちゃん、頼むわ!」

 

「え……」

 

 

 そういうことだから! と小太郎は特に気にした様子もなく頼み込む。

その発言と行動に、夏美は少し戸惑った様子を見せていた。

 

 ただ、夏美も仮契約のことは、すでにハルナから聞かされていた。

なので、そこに戸惑ったという訳ではない。

 

 

「うーん……」

 

「ど、どないしたん……」

 

 

 そこで夏美はどう言う訳か、その返答に困ったような態度を見せ始めたではないか。

流石にOK貰えると思っていた小太郎は、その夏美の態度に困惑したようだった。

 

 

「嫌やったら無理にとは言わんけど……」

 

「……別に……、嫌じゃないよ……」

 

 

 消極的な態度の夏美を見て、嫌なのかな、と思った小太郎は、やめといてもいいと言い始めた。

されど、夏美とてそれが嫌という訳ではない。むしろ、嬉しいとさえ思っていた。

 

 

「せやったら、なしてそんな顔するんねん」

 

「それは……」

 

 

 ならば、何故そんな悲しい顔をするのだろうか。塞ぎこんだ態度を見せるんだろうか。

小太郎はまったくそれがわからず、夏美に聞くしかなかった。

 

 すると、夏美もゆっくりと、口を小さく開き始めた。

 

 

「……コタロー君は、私と仮契約したいの?」

 

「なんや急に……」

 

 

 そこで夏美最初に出した言葉は、小太郎に質問するものであった。

不意打ちのような質問に、小太郎は少し戸惑った様子を見せた。

 

 

「だから、私と仮契約したいのかって聞いてるの!!」

 

「……えー……そりゃ……まあ……」

 

 

 小太郎の煮え切らない態度に、夏美は先ほどの様子からは思えぬほどの、張り詰めた声で再びそれを聞いたのだ。

一瞬それに対して驚いた小太郎だが、その問いの答えを曖昧な感じにぼかすではないか。

 

 

「……ほかに仮契約したい人がいるなら、その人としてもいいんだよ……?」

 

「は……?」

 

「私なんかと仮契約したって、きっといいことなんてないと思うし……」

 

 

 そんな小太郎を見た夏美は、その程度に思っているのなら、別のもっと自分よりも仮契約したい人がいるのならば、そちらとすればいいと言い出した。

夏美は小太郎の最初の言葉で、指名されたから自分と仮契約をするのだと思ってしまったのである。

 

 されど、その言葉に小太郎は、まるで何を言っているんだ、と言う顔を見せてぽかんとした。

小太郎とて今の夏美の言葉は、寝耳に水のようなものだったようだ。

 

 その小太郎など置いて、さらに言葉を進める夏美。

夏美は自分を平凡な人間だと思っており、自分に自信がないからこそ、そう言っているのだ。

 

 

「ちょっ、ちょっと待てや!」

 

 

 だが、その言葉に小太郎は大きく反応を見せた。

 

 

「別に他人とか損得とか関係あらへんで!」

 

「で、でも……」

 

 

 夏美と仮契約するのに、そういったことはもともと求めていないと、小太郎は大きな声ではっきりと言った。

されど、夏美は本当にそれが小太郎の為になるのかと思い、それでいいのかと聞き返そうとした。

 

 

「確かにハルナ姉ちゃんに言われたからっちゅーこともある」

 

 

 しかし、小太郎はその前に、自分の考えていたことを語り始めた。

夏美との仮契約は、ハルナに言われたから、というのは間違っていない。言われなければ、絶対にやらなかっただろうから。

 

 

「せやけどな! 俺も夏美姉ちゃんと仮契約しとーから聞いとるんや!!」

 

「え……?」

 

 

 ただ、そうだとしても、夏美と仮契約をしろと言われて、それが嫌だとは言ったことはなかった。

そう言われたけれども、むしろ仮契約をするならば、夏美以外にいないとも思っていたのである。

 

 それを聞いた夏美は、意外と言う様子であった。

また、聞き間違えではないか、と言う顔でもあった。

 

 

「夏美姉ちゃんは恩人や。せやから少しでも危険から遠ざけたいと思っとる」

 

 

 夏美は小太郎にとって、かけがえのない恩人であった。

アーチャーにボコられ、捨て置かれたのを助けてくれた。そのあと自分たちの部屋に居候させてくれた。暖かい時間を与えてくれた。どれをとっても恩ばかりだ。

 

 まあ、夏美の部屋にはあやかもおり、そっちにも恩が無い訳ではないが。

あやかの場合、ちょっと口うるさいがそれなりに護衛術を学んでいる様子なので、小太郎の評価はそれなりというのがあった。それに、何もない夏美のが心配というのも大きかった。

 

 そんな夏美だからこそ、このいつ危険が迫ってくるかわからない状況で、その危険からできるだけ遠ざけておきたい、と小太郎は思っていた。

 

 

「そのための仮契約や」

 

「コタロ君……」

 

 

 だからこそ、仮契約をすることに反対はしなかった。

この仮契約で何が出るかわからないが、とりあえず危険から遠ざかりそな何かが出ればいいとも思った。

 

 そして、小太郎の宣言めいた言葉を聞いた夏美は、顔を紅色に染め、改めて惚れ直していた。

まさか、小太郎が自分のことをここまで心配してくれているなんて、思ってもみなかったからだ。

 

 

「なんか、我がままなこと言ってごめんね……」

 

「べっ……、別にええねん。俺やって勝手なこと言ーとるし……」

 

 

 そして、今までの発言を夏美は謝り始めた。

勝手に小太郎の気持ちを推し量り、塞ぎ込んでしまったことへの謝罪であった。

 

 されど、小太郎も夏美との仮契約を、勝手なことだと言葉にした。

急にこんな話を振られても、やっぱ迷惑かな、と思ったのも事実だからだ。

 

 

「じゃ、しよっか」

 

「おっ、おう……」

 

 

 まあ、なんやかんやで丸く収まったところで、夏美が仮契約をしようと、少しはにかみつつ話した。

小太郎もそれを聞いて、ちょっと照れ臭そうにしながら、仮契約用紙を懐から出すのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 この舞踏会に、当然ながら見えざる住人たちもやってきていた。

それは幽霊少女のさよと、キセルをくわえたネコマタのマタムネである。

 

 

「すごい場所ですねぇ~」

 

「いやはや、豪華絢爛とはこの場所にあるような言葉ですね」

 

 

 さよは木乃香が覇王と踊っているのを邪魔しないよう、気を使って離れていた。

マタムネも同じく、覇王に気を使ってさよと一緒にいたのである。

 

 両者とも同じ気持ちの幽霊同士、会話を弾ませていた。

一人と一匹もこのような場所に来るのは初めてなので、その輝かしい光景に驚きと興味を同時に味わっていた。

 

 

「そういえば、さよさんの今の体はゴーレムで作られているそうですね」

 

「ハルナさんのアーティファクトで作ってもらいました」

 

 

 と、そこでマタムネが、さよの今の現状に触れ始めた。

なんと、今のさよはさよに限りなく似せたゴーレムボディにO.S(オーバーソウル)された状態だったのだ。

 

 それを作成したのは当然ハルナであり、ハルナのアーティファクトにかかれば、この程度お茶の子さいさいというものであった。

 

 

「なるほど、つまりさよさんは周囲の人にも見える、ということですね」

 

「そうなんですよ~! やっと悩みが解消されました~!」

 

「それは素晴らしいことですね。美しき友情かな」

 

 

 と、そこでさよの今の姿の利点をマタムネは語りだした。

ゴーレムは実体があるので、それにINしているならば、姿を見てもらえるということだった。

 

 さよは自分の姿が見えないことを悩んでいたので、この体はとても嬉しいと体全体で表現していた。

 

 そんなさよを見たマタムネも、彼女の輝くような笑顔に惹かれ、にこやかな表情を見せていた。

 

 そして、マタムネは思った。

さよがこうして悩みを解決させているのは、友情、絆というつながりができたからだろう、と。

 

 

「はい! とてもいい人たちと友達になれました!」

 

 

 さよはマタムネの発言に、にっこりと笑ってそう言って見せた。

死んでずっと寂しい思いをしてきたが、本当に彼女たちに出会えてよかったと。

 

 

「それもこれもこのかさんのおかげです!」

 

「……お互い、主を大切にしていきたいですね」

 

「そうですね。友達としてもすっごく大事ですからね」

 

 

 その出会いをくれたのは、まさしく木乃香だった。

木乃香には大変感謝していると、嬉しそうにさよは語った。

 

 それを聞いたマタムネは、ふと一瞬せつない表情を見せた後、そう言葉をこぼした。

そのマタムネの表情に気が付かず、笑顔でさよは話を続けるのだった。

 

 

「と、今思ったのですが、姿があるさよさんが小生と会話していると、一人で見えない何かへ話しかけていることになるのでは?」

 

「そっ……、そういえば……!」

 

 

 しかし、そこでマタムネはふと、別のことが気になりだした。

それは今のさよが周囲に見える状態ならば、姿を見ることができない自分と会話していたら、奇妙に見られないか、ということだった。

 

 そのことに関して失念していたと言う様子で、さよも驚いた表情を見せたのだった。

 

 

「まあ、ここは魔法の世界。小生の姿も周囲の鬼のような角を持つかたたちには、見えているやもしれませんが」

 

「それならいいんですけどね~」

 

 

 とは言え、この場所は魔法の世界。

別に自分の姿が見えていてもおかしくはないだろう、とマタムネは言葉にした。

さよも、そうであればいいな、と微笑みながら願望を口にするのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 先程ネギと踊り終わったアーニャは、一人で舞踏会の会場をうろついていた。

 

 

「もー! ネギったら色んな人とダンスしてデレデレしちゃって!!」

 

 

 しかし、何やら不機嫌な様子で、プリプリと怒りながら歩いていたのだった。

と言うのも、あのネギが次から次へと踊る相手を変えて踊っていたからだ。

 

 まあ、ほとんどその相手は彼の生徒であり、忙しそうにしていたのだが。

それでもアーニャには、デレデレしているように見えたようである。

 

 

「……まあ、私とも踊ってくれたからいいけど……」

 

 

 されど、自分と踊ってくれたので、まあ許すが、とも思っていた。

が、やはりそれはそれ、これはこれなので、嫉妬で顔を膨らませていたのだった。

 

 

「……ん? ……わぁ……、なにあの綺麗な人……」

 

 

 そんな時、ふと一人の女性が、アーニャの目に入った。

それは煌めくような金髪のロングヘアーと白く澄んだ肌が美しい、絶世の美女であった。

 

 

「まさに、美女と野獣ね」

 

 

 また、その前には巨大な耳と額に一本の角を持った亜人がおり、その亜人が女性をエスコートしているようであった。

その光景を見たアーニャは、ぽつりと感想をこぼしていた。

 

 

「でも……、この雰囲気はお師様……?」

 

 

 しかし、アーニャはそこでふと、自分とよく知る人物と同じ気配を、その亜人から感じ取った。

その人物とは、魔法の師匠となってくれたギガントだったのだ。そして、その感覚は間違ってはいなかった。

 

 

「……だけど、明らかに別人……よね……?」

 

 

 だが、アーニャはそれを勘違いだと考えた。

白髪の老人であるギガントが、あのような大柄な亜人であるはずがない、と考えたのだ。

 

 何せ、ギガントは彼女の前では白髪の老人の姿でしか見せていなかった。

なので、亜人の姿をしているギガントを、ギガントと思えなかったのだった。

 

 

 そして、その美女とギガントは、扉を開いて別の通路へと消えていき、それをアーニャは見送ったのち、再び歩き出したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここは会場のバルコニー。

もはや外は闇に染まりきっており、夜空には幾多の星々が輝きに満ちていた。

 

 そんな場所で一人の男子が、欄干にもたれかかりながら、疲れた顔で外を眺めていた。

 

 

「こういう場所はやっぱ慣れねぇなぁ……」

 

 

 それは状助であった。

普段はこのような場所に慣れてない状助は、小さくため息をついていた。

 

 

「なんか、肩がこってきちまったぜ……」

 

 

 左肩を右手でもみほぐしながら、首を回す状助。

ダンスもそうだが、雰囲気のせいで緊張したので、何倍にも疲れたようだ。

 

 

「あいつらはうまくやってんだろうなあ……」

 

 

 されど、そこで考えることは、友人たちのことだった。

覇王や三郎は彼女がおり、それをうまくエスコートできているか、少し心配になったのである。

 

 

「何やってんの?」

 

「そりゃ疲れたから休んでるんじゃあねぇか」

 

「ふーん」

 

 

 そんなところに、ドレス姿のアスナが横から顔を出してきた。

状助はそれに対して、やはりくたびれた様子で説明した。

その答えにアスナは、そうなんだ、程度に認識したようであった。

 

 

「で、なんか用か?」

 

「ちょっとね」

 

 

 また、逆に状助が今度はアスナへと質問した。

アスナはその問いに、少し意味深な表情を見せながら、小さくそう答えるだけだった。

 

 

「…………ねえ……。こっちに来たこと、……後悔とかしてる?」

 

「はあ?」

 

 

 そして、アスナはその数秒間黙った後、再び状助へと質問をした。

それはやはり、魔法世界へ来たことへの問いであった。

 

 されど、状助は急な質問に、また何を言い出してんだ? と言うような声を出したのだった。

 

 

「いきなり死にかけたし……、大変だったでしょ……?」

 

「まあ、そうだがよぉ」

 

 

 そんな声を出しながら、難しい顔をする状助に、アスナは言葉を続けた。

その言葉に状助も、それは間違ってないと肯定した。

 

 

「だがなぁ、前にも言ったけどよ……、ここに来るってことは()()()()()()()()()だからよ」

 

 

 とは言え、このやり取りは何度もしたことだ。

状助とて覚悟のうえでここへ来たのだから、何度聞かれても答えは一つだ。

 

 

「後悔なんかしちゃあいねぇよ」

 

「そう……」

 

 

 そうだ。ここに来て死にかけたのも、色々あったのも、全てひっくるめて後悔はないと、状助ははっきり言った。

ただ、その言葉にアスナは、少し俯いて一言だけ小さく言葉を漏らしていた。

 

 やはり、状助が後悔はないと言っても、死にかけたのには違いない。

それをどうにかしてあげれなかったことが、未だにアスナの心の傷として残っているのだ。

 

 

「だからよぉ、おめぇがなんか罪悪感とか感じてるってんなら、気にしすぎなだけってことだぜ」

 

「うん……、そうだよね……」

 

 

 なにやら落ち込むアスナへと、状助は優しい感じで声をかけた。

そういうことだから、気にするな。悪いのは自分であって、お前ではない、と。

 

 そう言われたアスナは、ゆっくりと顔を上げて状助を見て、小さくうなずいた。

とは言え、アスナはやはり納得はしていない。それでも、今は落ち込むのをやめようと思ったのだった。

 

 

「状助……」

 

「なんっ……だよ……!?」

 

 

 そして、アスナは不意に、状助の方を真っ直ぐに向いて彼の名を呼んだ。

その表情はとても柔らかな笑みだった。

 

 それを見た状助は一瞬ドキりとした様子で、急にどうしたと言う感じで、呼ばれたことに対して聞き返した。

 

 

仮契約(パクティオー)、しようよ」

 

「……ぱく……なにっ!?」

 

 

 アスナはそこで、なんと突然仮契約を持ち掛けた。

状助はそのアスナの発言に驚き、一瞬聞き間違えたかと思ったようだ。

 

 

「突然何を言い出してんだ!?」

 

「別に突然って訳でもないでしょ?」

 

「脈略もなく言ってくるってことは突然だろうが!?」

 

 

 いきなりのその言葉に、驚きと焦りで声を荒げる状助。

されど、アスナは慣れた態度で、そんなことはないと言うではないか。

 

 が、状助としては寝耳に水。

特に前ぶりもないのは、やはり突然以外何物でもないと叫ぶのだった。

 

 

「だって、まだまだ大変な感じじゃない」

 

「いや、まあ、そうかもしれねぇけどよぉ」

 

 

 とは言え、アスナも考えなしに発言した訳ではない。

ある程度向こうへ帰る算段は立ったが、まだまだ危険は去ったとは言えない。何せ、未だ敵は健在であり、いつ襲ってくるかもわからない状況だからだ。

 

 それを聞けば状助も、間違ってないと少し不安な様子で語った。

状助は”原作知識”があるので、今後起こりうる最悪の事態を考えたりもしていたからだ。

 

 

「それに、そういうのあった方が便利でしょ?」

 

「そ、そうかぁ?」

 

 

 また、それならば状助にアーティファクトがあった方がよい、とアスナは考えたのだ。

それを状助に言うと、微妙な顔をしながら、疑問文で返してきたではないか。

 

 

「まあ、いいけどよぉ……」

 

「いいの?」

 

 

 それでも状助とて、アーティファクトはないよりあった方がいいかもしれない、と思ったようだ。

なので、それをアスナに言えば、逆に大丈夫なのかと聞き返されていた。

 

 

「別にそんぐれぇ問題ねぇぜ。で、紙は?」

 

「紙? ああ、あれ?」

 

「そうだぜ、あれだぜ」

 

 

 状助は問題ないと、今度は余裕のある態度で言い返した。

と言うのも、状助は楽観視していた。何を楽観視していたと言えば、仮契約の方法だ。

 

 話にしか聞いてないが、どうやら紙に拇印をするだけで、仮契約が終わるらしい。

それを用いた方法で、仮契約を交わすのだと思ったのである。だから、その紙はどこに? とアスナに聞いたのだ。

 

 アスナも紙と聞いて思い出したのか、あれかー、と口に出した。

そうそう、それそれ、と状助はアスナの発言につられるように、言葉にしたのだった。

 

 

「ないけど?」

 

「ないのかー……。……ないぃぃッ!?」

 

 

 だが、アスナはここで、とてつもない発言をしだしたではないか。

それはなんと、そんなものはない、と断言したのだ。

 

 と言うか、ネギもあと3枚しかないと言ったものを、アスナが持っている訳がないのである。

また、すでにアスナは、先ほどエヴァンジェリンにも同じものがないか聞いていたが、用意するには時間がかかると言われてしまっていたのだ。

 

 で、ないと言われた状助は、なるほどなるほど、と相槌を打った数秒後、飛び跳ねるぐらいに驚きだした。

 

 

「あれがねぇと仮契約できないじゃあねぇかッ!!」

 

「別になくてもできるけど?」

 

 

 紙を使った方法で仮契約するとばかり思っていた状助は、それじゃ無理じゃん! と大きく叫んだ。

されど、アスナはそんな状助の態度をスルーしながら、それ以外の方法があると言い出した。

 

 

「ああ、別の簡単な方法ってやつか」

 

「そうよ、キスすればできる」

 

 

 状助はそのアスナの言葉を聞いて、少し落ち着きながらなら問題ないか、と考えた。

紙がなくても、()()()()()()で仮契約ができるのだろう、と思ったのだ。

 

 しかし、次のアスナの発言に、状助はさらに驚愕することになるだろう。

その方法とは当然、接吻によるものだった。アスナはそれを、しれっとした態度で言い放ったのだ。

 

 

「そんな方法あったなぁ、キスで簡単に……、キスだとおおぉぉぉぉォォォッッ!!???」

 

「驚きすぎじゃない?」

 

 

 正直状助は、アスナはキスでの仮契約などしない、と思っていた。

なので、それを聞いてそんな方法があったことを思い出し、それをここで今行われようとしていることに、月まで吹っ飛ぶぐらいに驚いたのだ。

 

 そんな慌てふためく状助を見たアスナは、少し呆れた顔を見せていた。

と言うか、そんなに驚くことだったのか? と言うような態度であった。

 

 

「だっ、だってよぉ! キスだぜぇ!?」

 

「まあ、そうだけど」

 

 

 とは言え、キスだ。接吻だ。

状助は少し照れた様子で慌てながら、それをアスナへと言葉にした。

 

 されど、アスナはそれがどうした? と言うような様子であった。

確かに紙での仮契約の方が楽だろうが、こっちの方法も大きな儀式が必要と言う訳ではない。それを考えれば、()()()()()()()()まだまだ楽な方ではある、とアスナは考えた。

 

 

「まさかよぉ……、その方法で仮契約するとか言うんじゃあねぇだろうなぁ……?」

 

「そのまさかよ?」

 

「だよなぁ、やらねぇよ……なにいぃぃぃィィィッ!?」

 

「だから驚きすぎ」

 

 

 まあ、そんな方法があるのはわかった。

ただ、それを実行する訳がないと、やはり状助は思っていた。なので、それ以外の方法で仮契約するんだよなあ? と言いたげな様子で、アスナへそれを聞いたのだ。

 

 しかし、状助の考えは見事に打ち砕かれた。

アスナは当然、その方法だ、とはっきり言葉にしたのだ。

 

 やらないと思っていた状助は、それを聞いて馬鹿な……そんなの嘘だ……と思いながら、飛び上がって驚愕の声を叫びだした。

そんな状助へと、なんというか、さっきからオーバーに驚きすぎだと、アスナは冷静に突っ込むばかりであった。

 

 

「マジで言ってんのかよ!? 嘘だろ承太郎!」

 

「私は本気よ?」

 

「マジかよグレート……」

 

 

 本当の本当にその方法でやんのか? と状助は現実逃避に近い形で質問をしだした。

だが、アスナの考えは固まっており、冗談ではないとはっきりと言ったのだ。

 

 それを聞いた状助は、とうとうブルっちまったのか、どんどん顔色を悪くしていった。

普通なら青くするどころか、逆に赤くなる展開だと言うのに、なんと情けないことだろうか。

 

 されど状助とて、こんなところまで来て、まさかアスナとキスをすることになんて思ってもみなかったのだ。キスとか考えたことがなかったのだ。

 

 

「……そんなに……私とキスするのが……嫌……?」

 

「いっ、いや……、別にそうじゃあねえがあよお……」

 

「じゃあ、いいじゃない」

 

 

 なんか、敵と戦って命を懸けるよりも恐怖している状助の姿を見たアスナは、本気で自分とキスをするのが嫌で嫌でたまらないのではないか、と思った。

と言うか、状助の態度はそう思われても仕方のないぐらいであった。

 

 しかし、嫌というよりも滅茶苦茶照れ臭いと思っている状助は、その質問にはNOと言った。

なんというか、恥ずかしいというか、そういう感情で拒んでいるのが状助だった。

 

 嫌ではない、と言われたアスナは心から胸をなでおろし、なら問題ないのでは? と言葉にした。

 

 

「でっ、でもよぉ……。心の準備ってやつがよぉ……」

 

「女々しいわねぇー」

 

「うっうるせーぜ!」

 

 

 それでも状助は接吻と言う行為にビビっているのか、そんなことを言い出した。

アスナはそれを見て少し呆れながら、臆病風を吹かせすぎだと思った。

 

 いやはや、状助とて転生者。転生前の年齢と加算すれば、もういい年の人間ぐらいには生きているはずである。

それでもキス程度で動揺しまくってるのは、やはり今の肉体に精神が引っ張られているからかもしれない。

 

 そして、そうアスナに言われた状助は、精いっぱいの文句を返すのであった。

 

 

「はい、深呼吸!」

 

「すーっ、はーっ」

 

 

 そこで、とりあえず滅茶苦茶動揺している状助へと、アスナは深呼吸するように勧めた。

状助も言う通りに、大きく息を吸って、大きく空気を吐き出したのだ。

 

 

「落ち着いた?」

 

「まったく落ち着かねぇぜ……」

 

「まあ、しょうがないっか……」

 

 

 それでその深呼吸の効果はあったのかと、アスナは状助へと尋ねた。

しかし、それでもまったく効果がなかったと、状助は言い出したのである。

 

 アスナはそれを仕方がないと片付けた。

状助は昔から、そういうことには臆病であることを理解していたからだ。

 

 

「あっ、あのー……」

 

「来た来た」

 

 

 と、そこへ一匹のオコジョが、二人の話す前の欄干の上へと、すっと現れた。

それは当然カモミールだ。カモミールは仮契約の為に、アスナに呼ばれていたのである。

 

 しかし、カモミールは一度アスナに殺されかけた経緯があり、ビビりまくっていた。

まあ、殺されかけたのはカモミールの自業自得が招いたことなので、あまり同情の余地はないのだが。なので、いつもの調子こいた態度ではなく、滅茶苦茶臆病な態度で小さく呼びかけたのであった。

 

 アスナはカモミールの姿を見て、予定通り来たと思った。

これで準備は整った。あとは状助がそれをやってくれるかどうかだ。

 

 

「俺っち、なんかしやしたかね……?」

 

「別にこれからしてもらうんだけど」

 

「なっ……なにを……!?」

 

 

 カモミールはビビりながら、アスナに何か無礼を働いたかどうかを尋ねた。

殺されかけてからと言うもの、下着泥棒なんて一切行ってないし、セクハラもやってない。だから、そういった記憶がないので、自分が知らない間に何かやったのか、と疑心暗鬼な状態になっていたのだ。

 

 されど、アスナはそれはこれからだと言うではないか。

いったい何をおっぱじめようってんだろうかと、はやり怯えながらカモミールは聞き返した。

 

 

「仮契約の陣を用意してほしいのよ」

 

「そ、そうっすか……。仮契約の……」

 

 

 アスナがカモミールにやってほしいことはたった一つ。

仮契約の魔法陣を描いて、仮契約の準備を行ってもらうことだ。

 

 それをカモミールが聞けば、なるほどそのことかー、と思い、とりあえず命の危機がないことに安堵した。

 

 

「…………仮契約ウウウゥゥゥゥゥッ!?!?!?」

 

「うっうるさい……!」

 

 

 だが、その直後カモミールは、今アスナが言った単語を思い返し、飛び跳ねながらに驚愕し、怒号のような声で叫びだした。

いや、まさか、まさかまさか、まさかのまさか、仮契約などと言う単語が出てくるなんぞ、思ってもみなかったのだ。

 

 そんなカモミールを冷ややかな目で見ながら、叫び声がうるさいと文句を言うアスナ。

まあ、こんな近くで大声で叫ばれたら、文句の一つは言いたくなるだろう。

 

 

「マジで!? うっそ!? マジで!? これ夢じゃね!?」

 

 

 が、カモミールはそこで再び考えた。

馬鹿な。こんな都合のいいことがあるはずがない。テンション爆上がりさせながらも、今一つ現実味のない現状に、これが夢であるとさえ思ったのだ。

 

 

「姉貴! ちょいと殴ってみてくれ!」

 

「なんで……?」

 

「いいから! いいから早く!!」

 

 

 故に、カモミールはそれを確かめるべく、アスナへ自分を殴らせようと考えた。

しかし、突如として殴ってくれと言い出したカモミールに、アスナは気味が悪いと思いながら理由を尋ねた。

 

 だが、カモミールはそんなことよりも、早く現実か否かを確認したいので、ただただ高いテンションで殴ってもらうのを催促するのであった。

 

 

「んじゃ、ほい」

 

「あべしぃぃ!? いてぇぇ!! いてええよおお!! 夢じゃねぇ!! やったッ!!!! ぃやったああああぁぁぁぁ――――――ッ!!!」

 

「うっ……うるさいって言ってるでしょ……?」

 

 

 まあ、殴って満足するならいいか、と思ったアスナは、とりあえず適当にカモミールをぶん殴った。

カモミールは殴られた勢いで真横に吹き飛び、苦しみ悶えながらもこれが夢でないことを理解し、さらにテンションを上げて喜んでいた。

 

 うわあ……、と一瞬声が出そうになったアスナだったが、それ以上にカモミールのクソ高いテンションに若干イラついた様子だった。

また、状助も殴られて狂い悶えるオコジョを見て、若干引き気味であった。

 

 

「んじゃ、やらせていただきますっっ!!!」

 

「よろしく」

 

「うおおお!!!」

 

 

 そして、カモミールはテンションを上げたまま、アスナへと頭を下げながら、魔法陣の作成を行うことを宣言した。

 

 アスナはそれに対して、適当な感じで頼むと言った。

すると、カモミールは滅茶苦茶気合を入れまくり、超高速で魔法陣をアスナの足元に描きこんだのである。

 

 

「えっ、マっ……マジでするってのかよ!?」

 

「するって言ったでしょ……?」

 

「だ……だけどよぉ……!!」

 

 

 それを見た状助は、仮契約が本気であることを理解した。

しかし、やはり踏ん切りがつかない状助は、マジで? と言い出すばかりであった。

 

 そんな状助へと、アスナは呆れながら本気であるとしっかりと言った。

が、やはり状助はキスという行為に抵抗があり、臆病な態度を見せるのだった。

 

 

「…………また、何かあったら……戦うんでしょ?」

 

「いや、まぁ……、わかんねぇけど……、たぶんな」

 

「だったら、なおさらよ」

 

 

 すると、アスナは少し悲しそうな顔で、再び危険に身を投じるのだろうと状助に尋ねた。

 

 状助はアスナにまっすぐ見つめられながらそう聞かれ、わからないと言いながらも、やはり戦うだろうと答えた。

 

 何せ状助がここに来た理由が、自分の特典(スタンド)が役に立つだろうと思ったからだからだ。

であれば、間違いなく戦うだろう。死ぬかもしれないが、戦ってしまうだろうと考えたのだ。

 

 なら、この仮契約はさらに必要じゃないかと、アスナは言葉にした。

危険なことをするのなら、もっと自分を守れるようにするべきだと。

 

 

「……状助があの時みたいになるのは、……もう嫌だから……」

 

「アスナ……、おめぇ……」

 

 

 また、アスナはやはり、ゲートでの出来事がずっとトラウマのようになっていた。

再び状助が死にそうになる姿を、もう見たくはないと思っていたのだ。だからこそ、仮契約をしたいと思ったのだ。

 

 悲しげにそう語るアスナを見た状助は、彼女からそこまで思われていたことを改めて理解した。

まさか、ここまで自分を心配してくれているなんて、考えてもみなかったと思い、ほんの少し感激していた。

 

 

「はぁー……。……しょおぉーがねぇーなぁーっ! 女がここまで言ってきてんのに、乗らねぇなんて男じゃあねぇよなぁーっ!」

 

 

 ああ……。ならば、ここは腹をくくるべきだろう。

ここまで想われ言われて何もしないのは、むしろ男が廃るってものだ。そう考えた状助は、夜空へ向かって大きな声を出して、気合を入れなおした。

 

 ……まあ、することと言えば、キス一つなのではあるのだが。

 

 

「わかったぜ、アスナ。やってやるよ! とことんな!」

 

「……ありがと……」

 

「礼はこっちが言いたいぐらいだぜ」

 

 

 そして、再びアスナの方へと向き直し、状助は仮契約をすると宣言したのだ。

その言葉にアスナも、自然と優しい笑みを見せ、自分のわがままを承諾してくれたことに礼を述べた。

 

 されど、状助はその礼はむしろ自分の台詞だと、言ったのだ。

この仮契約は自分を心配してのことなのだから、こっちが逆に礼を言う立場だと状助は思ったのである。

 

 

「……じゃあ、ほら……、もっと近寄って……」

 

「……うう……、いっ、いくぜぇっ!!」

 

 

 こうして、仮契約の儀式が始まった。

二人は魔法陣の上に座り、そっとお互いの顔を近づけ始めた。

 

 が、状助が中々顔を近寄らせてはくれないので、じれったく思ったアスナは発破をかけるような言葉を発した。まあ、そういう本人も、ほんのりと頬を紅色に染めており、少し緊張した様子ではあるのだが。

 

 状助も先ほど気合を入れたというのに、土壇場で恥ずかしくなってしまったようだ。

それを必死に振り払いながら、ゆっくりとアスナの顔に自分の顔を寄せていくのであった。

 

 その数秒後、音もなく二人の唇が軽く触れあった。

両者とも目を閉じ、その初めての仮契約(キス)の時間を静かに過ごした。

そこに言葉もなく、声もなく、ただただ、唇が重なっているだけの初々しいキスであった。

 

 すると、魔法陣があたりを照らすほどに光り輝き、儀式の成功を知らせていた。

その成果として、一枚のカードがそこに現れた。それはシャボン玉のキセルをくわえた状助の姿が描かれた、一枚の仮契約カードだった。

 

 そのあと光は消失し、二人は仮契約が終わったことを知ると、ゆっくりと触れていた唇をはにかみながら離した。

 

 やはりキスは恥ずかしかったのか、アスナは頬を赤く染め、左手をぎゅっと握りしめて右手で口元で隠しながら、俯いて照れていた。

状助はと言うと、顔全体を真っ赤にし、今にも叫びだしそうな表情で顔を背けていたのであった。

 

 

「まさか姉貴が俺っちの()()()仮契約の一番手になるたー、世の中わからねーもんだぜ……」

 

 

 その光景を眺めていたカモミールは、今の感想をこぼしていた。

いやはや、自分の魔法陣で()()()()()()()初めての仮契約の使用者が、まさか初めて出会った時に自分を半殺しにした、あのアスナの姉貴とは。中々感慨深いものだなー、と思いながら、タバコに火を入れるのであった。

 

 ちなみに本来の一番手は一応ネギとのどかの仮契約である。

 

 




ズキュウウウン


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百五十八話 オスティアの真相

 ここは現在時間の麻帆良の一角。

まだまだ猛暑が続く最中、一人の眼鏡の男が歩いていた。その男こそ、木乃香の父親である、近衛詠春であった。

 

 詠春が真夏の暑い中、なぜ京都からここへわざわざやって来ているか言うと、関東へ出張しに来ていたからだ。

さらに、近くに来ているのならと、昔の仲間であるアルビレオが自分のいる場所に呼んだからである。

 

 そうして、その呼んだ張本人がいる図書館島の最奥部へと、詠春はやってきたのであった。

 

 

「久しぶりですね」

 

「本当にそうですね、詠春」

 

 

 まずは、久々の再会に喜びを見せる二人。

いやはや、最後に会ったのは何年前だろうか。もしかしたら、何十年と会ってなかったのだろうかと。

 

 

「彼らは今頃、あちら側ですか」

 

「そうです」

 

 

 まあ、再会の喜びはここまででよしとして、詠春は本題を切り出した。

それはネギたちの現在地のことだ。今、ネギたちは魔法世界へと渡っている。

 

 詠春はそれを事前にアルビレオから聞いており、それを再確認するかのように尋ねたのである。

その問いに対してアルビレオは、すぐさま肯定の言葉を一言で返した。

 

 

「私の娘や刹那もあっちに行っているのですよね……?」

 

「はい、そのとおりです」

 

 

 詠春はそこで、ならば自分の娘である木乃香や刹那も、魔法世界へ行っているだろうとアルビレオに尋ねた。

アルビレオはにこやかな表情を変えず、当然と言うようにその問いにYESと答えた。

 

 と言うのも、詠春とて自分の娘やその友人が、魔法世界で何かよからぬことに巻き込まれていないか、少し心配だった。

 

 実際はメガロメセンブリアに行くという程度らしいので、危険はないと理解しているのだが、どうにも心配になってしまったようである。

 

 

「まあ、幸いあちらには、彼らもいますし」

 

「……うーむ……」

 

 

 とは言え、向こうには同じく昔の仲間であるメトゥーナトやラカン、それにガトウもいる。

であれば、大きな心配は必要ないだろうと、アルビレオは言葉にしていた。

 

 されど、やはり心配になってしまうのが父親というものだ。

それを聞いても詠春は、険しい顔で腕を組みながら唸るのであった。

 

 

「確かに、あなたの娘もあちらへ行っているのですから、心配にもなりますでしょうね」

 

「ええ、まあ……」

 

 

 その詠春の姿を見たアルビレオは、その気持ちはわかると述べた。まあ、本当にわかっているかは別だが。

詠春も、確かに心配で仕方がない、と言う態度で、実際心配していると言う感じに答えていた。

 

 

「しかし、あの子たちは強くたくましいですから」

 

「そうですね」

 

 

 だが、彼女たちはとても強い。

それはアルビレオも実際見たことであり、あのぐらい強ければ、魔法世界で何が起ころうとも、逆境を乗り切ることぐらいできはずだと、確信していたのだ。

 

 そう言われた詠春も、刹那やアスナ、それに自分の娘である木乃香の強さを理解していた。

ならば、心配ばかりせずに無事であることを信じようと思い、詠春は険しい表情を緩めるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、場所を大きく移して、ここは魔法世界、新オスティアの提督府の宮殿内。

舞踏会の会場で、大柄な金髪の男バーサーカーと、黒髪の少女の刹那が会話をしていた。

 

 

「おん……? なんだ……? この感覚は……」

 

「どうかしましたか?」

 

 

 そこでバーサーカーが、突如として何か嫌な感覚に襲われたのだ。

それを言葉にすると、刹那も一体何がどうしたのかと、バーサーカーへ聞いたのである。

 

 

「いんや……、なんつーかよ……。ビリっと来たっつーか……」

 

「なんだか歯切れが悪い言い方ですね」

 

 

 バーサーカーが言うには、何か大きな衝撃を受けたような、そんな感覚があったと言う。

されど、刹那にはそのニュアンスがあまり伝わっておらず、あまりわかっていない様子を見せた。

 

 

「バッドなセンシングってやつ? それを感じちまってなぁ……」

 

「いったい急にどうしたんですか」

 

 

 そこでバーサーカーは、もっと簡単でわかりやすい言葉を使って説明した。

つまるところ、嫌な予感ってやつだ。

 

 それを聞いた刹那は、なるほど、と納得した。

が、その虫の知らせと言うのがあまりにも突然で、しかも少し戸惑った様子を見せるバーサーカーに、何があったのかと思ったのである。

 

 

「なあに、一瞬、不安が過っただけさ。念のため、ちょいと見回りしてくるぜ」

 

「では、私も同行します」

 

 

 刹那に心配されたと思ったバーサーカーは、ニヤリと笑って見せながら、心配しすぎたと言う感じに話した。

そして、その不安を拭うために、とりあえず見回りしようと考え述べた。

 

 ならば、それについていくと、刹那も言い出した。

 

 

「いや、刹那(マスター)はここに残ってくれ」

 

「……どうしてですか?」

 

 

 しかし、バーサーカーは刹那に残るよう言うではないか。

刹那はそれに対して、不思議な顔で聞き返した。

 

 

「一応このかちゃんの護衛だろ? 護衛が全員、護衛対象の傍から離れちゃいけねぇだろ?」

 

「……そうですね」

 

 

 何故、と言われたので、バーサーカーはそれに対して説得するように説明した。

それは当然、一応ではあるが木乃香の護衛としてここにいるのだから、護衛全員が姿を消す訳にはいかない、というものだった。

 

 覇王が近くにいるのであれば、安全は保障されたようなものであるのだが、それでも護衛として存在しているのだから、それはまずいというものだった。

 

 刹那も、バーサーカーの説明にしっかりと納得したようであった。

確かに、護衛としてここにいるのであれば、そこを移動する訳にはいかないと。

 

 

「んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ!」

 

「気を付けて」

 

 

 と、いう訳だからよろしく、と言うように挨拶すると、バーサーカーはゆっくりと歩き出していった。

それを刹那も見送りながら、送り出す言葉を贈るのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 舞踏会も随分と盛り上がり、それなりに時間が経った。

そろそろ呼ばれる頃か、とネギたちが思っていたところへと、一人の少年が礼儀正しい態度で現れた。

 

 

「こちらのご用意ができましたので、お迎えに上がりました」

 

「わざわざありがとうございます」

 

 

 それこそ、クルトの補佐をしている少年であった。

少年は招き入れる準備が終わったので、彼らを呼びに来たのである。

 

 そんな謙遜した態度の少年に、ネギも頭を小さく下げてお礼を述べていた。

 

 

「そして、申し訳ありませんが、ご入室される方はあなた方兄弟を含めて最大5名でお願いします」

 

「5名ですか?」

 

「はい」

 

 

 ただ、流石に彼らの仲間全員を呼びつける訳にもいかない。

なので、制限として5人だけを、総督のいる部屋へと案内するということだった。

ネギは5人なのを確認するために聞き返すと、当然のごとく肯定の言葉が戻ってきた。

 

 ――――()()()()()()()()()()ネギはクルトを怪しんでいないので、5人と言う制限も特に気にした様子を見せなかった。

そもそも、ただ自分たちと話すだけであれば、確かに大人数で行く必要もないだろう、とすら思っていた。

 

 

「じゃあ、人選の方はこちらで決めてもいいんですね?」

 

「残り3人は自由にしてよいと言われております」

 

「そうですか。わかりました」

 

 

 ただ、念のためにネギは5人中3人、自分と兄のカギ以外は、だれを選んでもかまわないかを尋ねた。

自分たち以外にも指定、もしくは条件があるならば、それに従おうと思ったからだ。

 

 しかし、目の前の少年は特にクルトからそういうことは言われておらず、自由にしてよいと返した。

ならばとネギは、その言葉を聞いて残りの3人を誰にするかを考えはじめた。

 

 

「なら、まずは指名された僕と兄さん」

 

「ようやくって感じだな……」

 

 

 では、まず選ぶべき人選は、直接呼ばれた自分だろう。

そして、自分と同じく指名を受けたカギだ。

 

 カギも今呼ばれたことで、なんか随分待たされたな、と思いながらそれを口走った。

 

 

「それと、アスナさん」

 

「私? いいけど」

 

 

 それ以外は、あの場にはいなかったが、クルトと顔見知りであるアスナを選んだ。

選ばれたアスナも、自分が呼ばれたことを気にすることなく、問題ないと言った。

 

 

「ならば、私も行くとしよう」

 

「えっ!? エヴァちゃんが!?」

 

「……貴様の護衛をすると言っただろう……?」

 

 

 すると、そこで自ら率先して名乗り出るものがいた。それこそエヴァンジェリンであった。

それを聞いたアスナは、かなり驚いた顔で、思ってもみなかったということを言い出した。

 

 そんなアスナを見たエヴァンジェリンは、ため息を小さく吐くと、自分が名乗り出たのは今はアスナの護衛をしているからだと、呆れた顔で説明したのである。

 

 

「ありがとうございます。ぜひ、お願いします」

 

「ああ」

 

 

 ネギもエヴァンジェリンの宣言に対して、とてもありがたいと頭を下げて礼を述べた。

エヴァンジェリンも当然と言う様子で、特に何か言うこともなく、一言返事で承った。

 

 

「じゃあ、最後は……」

 

 

 そして、もう一人だけ部屋へ入ることが可能だ。

その最後の一人をどうするかと、ネギは周囲の仲間たちを見て、悩みながら選んでいた。

 

 

「なら、のどかさん、お願いします」

 

「ひゃい!? わっ……私ですか!?」

 

「のどかさんは僕の最初のパートナーですから」

 

 

 そこでネギの目に入ってきたのは、なんとのどかだった。

ならばと思ったネギは、のどかに同行を頼んだのである。

 

 まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのどかは、頼まれたことに驚き変な声を漏らしていた。

また、本当に自分でよいのかと、逆にネギへと聞き返した。

 

 しかしながら、そこでネギが見せたのは、なんという自然なイケメンムーブか。

その理由をさわやかに、自然体で語っていくではないか。

 

 ネギがのどかを選んだ理由とは、事故であったにせよ、初めて仮契約の従者になったのがのどかだからだった。

それに、別に危険な場所へ赴く訳ではないので、戦力なども気にしていないからだ。

 

 

「わ……、わかりました!」

 

「ありがとうございます」

 

「いえっ! むしろ、選んでくれてありがとうございます!」

 

 

 そんなイケメンムーブを目の当たりにしたのどかは、リンゴのように顔を赤く染め上げながら、喜びあふれる声で承諾の言葉を出した。

 

 すると、そう言って当然と言う様子で、ネギが頭を下げてお礼を言うではないか。

 

 のどかはもう爆発しそうなぐらいに照れながらも、逆にお礼を述べた。

何せ、ちゃんと自分を生徒以外の目で見てくれていたからだ。あのような仮契約をしたというのに、それを大切にしてくれたからだ。

 

 そのことが本当にのどかにとって嬉しかった。心の奥底から跳ね上がりたい気分になるぐらい、嬉しかったのだ。

 

 

「では、ご案内します。ついてきてください」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 話が決まったのを見ていたクルトの側近である少年は、そこで一礼し、案内すると述べた。

ネギもそれに対して礼儀よく、案内を頼むと言葉にした。

 

 そして、少年に誘導された彼ら5人は数人の仲間から見送られながら、ゆっくりと移動をはじめ、その場所へと向かうのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちはクルトの側近の少年に連れてこられ、大きな扉の前までやってきていた。

 

 

「この扉の先に総督が待っております」

 

 

 この先の部屋で、総督であるクルトが待っているということだった。

 

 

「……では、どうぞごゆっくり」

 

 

 ネギたちを待ちかねていたかのように、扉がゆっくりと開き出した。

少年の一言を聞いた後、ネギたちはその扉の向こうへと入っていったのだった。

 

 

「ようこそ、我が特別室に」

 

 

 その先にあった部屋は何もない大きな円形の部屋だった。本当に装飾品やアンティークも家具もない、奇麗ですっきりした部屋だった。

そして、そこには当然のようにクルトが部屋の中央で立ちながら待っており、彼らへと歓迎する言葉を送ってきた。

 

 

「なっ!! こいつは……!!!」

 

「急にどうしたの兄さん……!」

 

 

 すると、突如としてカギが、妙に驚きだしたではないか。

しかし、この部屋自体には特に何かあった訳でもなく、急に驚きだしたカギに、何か気が付いたのかと尋ねるネギがいた。

 

 

「ガトウのおっさん!?」

 

「おう、この前ぶりだな、坊主」

 

 

 カギがまず驚いたことは、目の前にやはり”原作”だと死んでいるはずのガトウが、クルトの横にいることだった。

さらに、部屋自体にも特に立体映像が流れている訳でもなかったので、驚いたというのもあった。

 

 そこでカギに驚かれながらも声をかけられたガトウは、軽快な挨拶を飛ばしたのだった。

 

 

「久しぶりね、ガトウさん」

 

「おおう! あん時の嬢ちゃんか! 大きくなったなぁ!」

 

「まあね!」

 

 

 そこへアスナがガトウへと駆け寄り、笑顔で久しい再会を祝った。

ガトウもアスナが見違えるぐらいに成長していたことに、大きく驚き喜んだ。

それを言われたアスナは、胸を張って自分の成長を誇らしげに見せたのである。

 

 

「それで、ほう? お前がナギのもう一人の息子か」

 

「あっ、はい。初めまして、ネギです」

 

 

 そして、ガトウはアスナから視線を外し、ネギの方を見た。

ガトウは話に聞いていた、もう一人のナギの息子に興味があったからだ。

 

 それでそれを確かめるべく、ガトウはネギへと質問すれば、素直な返事と自己紹介が返ってきた。

 

 

「あいつの息子としちゃ、ちょいとアホっぽくねぇなあ」

 

「やっぱりそうですか……」

 

 

 ガトウはネギの見聞して、やはりナギとは少し違うと思った。

何よりなんか真面目で頭がよさそうだ。あのバカ筆頭だったナギとは大違いだと思ったのだ。

 

 ネギはそれを聞いて、誰もがそう言うと思った。

いや、まあ、そう言われるのは自分の父親が、ほとんど悪いとしか言いようがないのだが。

それでも、ネギは父親の良いところもしっかり理解しているので、特に気にすることもないのである。

 

 

「コホン。あいさつはその辺で」

 

「ははっ、つれねぇこと言うなって」

 

「ここへ彼らを呼んだのは、再会を祝賀するためではありませんよ……」

 

「わかってるって」

 

 

 すると、しびれを切らせたクルトが、そろそろ話がしたいと言う様子で、ガトウへと語りかけた。

 

 それに対してガトウは、悪びれることなく再会や出会いを喜んでもいいじゃないか、と言うではないか。

 

 そんなガトウへと、少し呆れた様子でクルトは、そんなことをするためにこの場を用意した訳ではないと文句じみた言葉を発した。

 

 ガトウもそのことは理解していたので、クルトへと笑いながらそう言うのだった。

 

 

「あなた方をここへ招いたのは、あなた方にお伝えしたかったことがあったからです」

 

「僕たちに伝えたいこと?」

 

 

 そこでクルトはネギたちの前へと移動し、何故ここへ呼んだのかを語り始めた。

その理由を聞いたネギは、復唱するようにそれを尋ねた。

 

 

「もったいぶらないで話せや!」

 

「兄さん! 言動が荒いよ!」

 

「し、しょうがねぇだろ!?」

 

 

 悠長に話を進めるクルトへと、しびれを切らせたカギが叫びだした。

なんという短気だろうか。いや、カギは未だにクルトを疑っているので、そういう態度に出てしまうのだ。

 

 そんなカギを窘めるネギ。

相手が何もしていないのに、ちょっと口が悪すぎると思ったのだ。

 

 が、カギはそれを仕方がないと言い訳した。

まあ、信用していない相手なのだから、口調が荒げても仕方のないというのは当然なのかもしれないが。

 

 

「多少の無礼は気にしませんので……。そして、次に行かせてもらいますよ」

 

 

 そのカギの暴言に、クルトは特に表情を変えずに、気にしていないので気にしないでもよいと言った。

そして、それよりも早く本題に入ろうと、目的を語り始めた。

 

 

「私が伝えたかった事。その一つがあなた方の村を襲った6()()()()()()の犯人……」

 

「……!」

 

 

 クルトが伝えたかった事とは、まさに6年前、ネギの故郷を襲った犯人だった。

その言葉を聞いたガトウも少し陰った表情を見せていた。やはり、あの事件をどうにかできなかったことを、少し後悔している様子だった。

 

 ネギはそれを聞くと、ぴくりと反応し、少し驚いた表情を見せていた。

とは言え、ネギはあの事件を()()()()()()と考えているので、”原作”のように大きく動揺することはない。

 

 

「しかし、これを説明するには、もう一つの伝えたいこと、あなた方の()()について語らなければなりません」

 

「母さんのこと……ですか……?」

 

「そのとおり!」

 

 

 しかし、その犯人がどうして故郷を襲ったのかを説明するには、もう一つのことを教えなければならなかった。

それこそすなわち、ネギの母親のことだったのだ。

 

 自分の母親が言葉に出てきたことに、先ほどよりも大きくネギは反応を見せた。

また、それを確認するかのように聞き返せば、YESとクルトが返してきた。

 

 

「あなたの母親は、オスティアの偉大のなる女王であらせられた」

 

「……! やっぱり、あの人が……!」

 

「ほう……。あの男から得た情報から、すでに察していたようですね」

 

 

 クルトはやや演技じみた大げさな動きをしつつ、ネギの母親について説明をし始めた。

そう、ネギの母親はこのオスティアの女王であったのだと、高らかに言葉にしたのだ。

 

 されど、ネギはラカンの映像や、アスナの言葉から、それをすでに知っていた。

なので、ラカンの映像に出てきた金髪ロングヘアーの女性こそ、まさしく自分の母親であったことを、再認識しただけであった。

 

 が、クルトはラカンが彼らに、多少情報を与えただけだろうと思っただけだった。

なので、あの男が教えた情報を整理し、答えを導き出したと考え、感心した声を漏らしていた。

 

 

「ならば、まずはご覧いただこう! あなた方の父と母の物語を……!!」

 

「この映像は……!」

 

「ゆっくりとご視聴していただきたい」

 

 

 まあ、そんなことよりも実物を見た方がよいと、クルトは次のステップに移り始めた。

すると、部屋が突如として暗闇になったと思えば、部屋全体に立体的な映像が表示されだしたのだ。

 

 ネギたちはそれに驚き周囲を見待たすと、そこにはラカンが映画として見せてくれた、20年前の最終決戦の映像が流れているではないか。

そこへクルトがその映像を堪能してほしいと言葉にすると、本人もその映像を懐かしむように見始めたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 立体映像として流れ始めた映画は、ちょうど20年前の最終決戦から始まった。

それは造物主(ライフメイカー)とナギが、壮絶な戦いを繰り広げているシーンであった。

 

 

「たとえ! 明日世界が滅ぶと知ろうとも!!」

 

 

 ナギは絶望の渦中でせせら笑いながら滅びを呼ぶ造物主へと、叫びながら拳を伸ばし魔法を放つ。

 

 

「あきらめねぇのが! 人間ってモンだろうがッ!!」

 

 

 もはや何もかもあきらめ、投げ捨てようとしている造物主へと、ナギは何度も叫ぶ。

 

 

「人!! 間を!!」

 

 

 ナギは、杖に魔力を込め、一つの槍を成型する。

それはまさに、光の槍と呼ぶにふさわしい姿だった。

 

 

「なめんじゃ!! ねえええぇぇぇぇッッ!!!」

 

 

 それを大声とともに造物主へと目掛け、おもいっきり投擲したのだ。

自分の声を届けるかのように、一直線に。

 

 そして、槍は造物主に吸い込まれるように突き刺さるとともに、膨大な魔力が破裂し造物主を滅ぼしたのだ。

これでようやく造物主との、苦しい戦いが終わりを告げた――――。

 

 

 

 

 

 

 戦いは終わった。

ナギの師匠であるゼクトが犠牲となったが、戦いは終わった。

 

 誰もが終戦ムードで歓喜に溢れた喜びを分かち合う中、ナギは上の空であった。

それは()()()に体を奪われたゼクトのことを考えていたからだ。

 

 造物主(ライフメイカー)は倒したはずだった。完全に打倒したと思った。

しかし、なんと奴は師匠であるゼクトの体に乗り移り、完全に支配してしまったのだ。

あの後ゼクトがどうなったのかわからないが、もはや造物主(ライフメイカー)となってしまったのだろうと考えていたのだ。

 

 

 そのことを思い返しながら、宮殿の広場で空を見上げるナギ。

と、そこへ静かにやってきたのはアリカだった。

 

 

「ここにいたか……」

 

「よぉ、姫さん。全部終わったな」

 

「……そのようじゃな……」

 

 

 アリカはナギを探してここまで来たようであった。

ナギもやってきたアリカへと、振り向いて話しかけた。

 

 長きにわたった戦いは終わった。戦争は終わった。そして、完全なる世界との戦いが終わった。

ナギはそれを、穏やかな表情で言葉にしていた。

 

 そのナギの台詞に、アリカも思うところがある様子を見せながらも、肯定したのだった。

 

 

「なんだよ、世界が平和になったってのに、そんな浮かない顔して」

 

「……それはこちらの台詞じゃ」

 

 

 そうだ、戦いが終わり世界は救われたのだ。平和になったのだ。

だと言うのに、アリカの表情はすぐれない。そのことにナギは疑問を感じ、何かあるのかと聞いた。

が、それはアリカとて同じことを考えていたのだ。

 

 

「主こそ、何か悩みを抱えておるだろう? 無理をして明るく振舞っておるのが見え見えじゃ」

 

「……」

 

 

 目の前のナギは見るからに空元気であり、無理をしている様子だった。

それに疑問を感じたアリカは、その理由を聞いたのである。

 

 それを聞かれたナギは、その時のことを思い返しながら、少し陰のある表情で口をつぐんでいた。

 

 

 

 

 

 

 ――――今から23時間前。

それは光だった。光が墓守り人の宮殿を包み込むようにして、渦巻いていた。

そして、それは広域魔力減衰現象であった。魔力が光の渦となって、すべてを飲み込もうとしていたのである。

 

 

「間に合わなかったのか……!?」

 

「彼らに限ってそんなはずは……」

 

 

 アリカが乗る艦艇内で、ガトウは焦りと驚きの声をあげていた。

また、その横の幼きクルトも、紅き翼の彼らが敗北するはずがないと、焦った表情で言葉にしていた。

 

 もはやこのままでは、魔法世界は消滅してしまうだろう。

それを阻止すべく、アリカは指揮を取った。墓守り人の宮殿を艦隊で包囲し、封印を行うというものだ。

 

 ただ、”原作”ではアスナとともに封印することになるのだが、()()()()アスナは現時点で救出されしまっている。

そのアスナの代わりに、アルカディアの皇帝がすり替えるよう命じた、黄金の杖とともに封印されることとなった。

 

 

「よろしいのですね……? 女王陛下……」

 

 

 アリカが最後に命令を下す前に、ガトウが一言尋ねた。

それは、この封印において、今後起こりうることに対しての質問だった。

 

 

「……かの皇帝を信じよう……」

 

 

 しかし、アリカの答えは、アルカディアの皇帝を信じるというものだった。

あの皇帝は戦いの前に、すでにアリカと密談を行っていた。そこで皇帝は封印における魔力消失現象を、どうにかすると言ってのけていたのだ。

 

 だからこそ、本来ならばその弊害として国を落とすことになることさえ、顔色を変えずに命じたのだ。

実際は不安もある。あの皇帝が失敗すれば、自国は滅びるのだから。されど、あの皇帝がそう断言したのであれば、信じる他はないとも思ったのだ。

 

 

 また、同時刻にて、墓守り人の宮殿では、造物主に乗っ取られたゼクトとナギが対面していた。

 

 

「武の英雄に未来を造ることはできぬ。貴様には結局何も変えられまいよ」

 

 

 造物主は淡々と、ボロボロとなったナギへと語りかけていた。

そうだ、お前が自分を倒そうとも、この世界は変えられない。この世界の理不尽さは、変えることはできないと。

 

 

「……()()()でさえ……未だに叶えていないと言うのにな……」

 

 

 また、造物主は誰かを思い浮かべながらも、その誰かでさえも世界を変えられていないと言った。

ナギには造物主が言う男というのが、誰なのかはわからなかった。されど、造物主がそう言葉にするほどのものでさえ、世界は変えられてないのだと言うことも理解した。

 

 

「人間は度し難い……。英雄よ、貴様も我が2600年の絶望を知れ」

 

 

 そう言葉にしだすと、造物主の体がまるで霧や砂が散るかのように消え始めた。

 

 

「さらばだ……」

 

「ぬっ……グッ……お師匠……」

 

 

 そして、造物主が最後に皮肉のような別れを口にすると、その姿はこの場からなくなったのであった。

それをナギは、ただただ見ているだけしかできなかった。師匠であるゼクトが、造物主となって消えていったのを、見送ることしかできなかった。

 

 

「師匠……ッ!!!」

 

 

 その悔しさを吐き出すかのように、ナギは今消えてしまったゼクトを呼び戻すように叫んだ。

 

 

「師匠オォぉぉぉぉおおおぉぉぉ――――ッッ!!!!」

 

 

 何度も何度も、取り残されて一人となったナギは、その瓦礫の山の上で叫んだ。

しかし、その叫び声は誰にも届かずに、むなしく空に消えていくだけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ナギは過去の記憶から、ふと現実へと戻ってきた。

 

 

「……俺は……話したくない」

 

「……そうか……。なら、聞かぬ」

 

 

 そして、ナギは今悩んでいる理由を話さなかった。

ただ、黙っているという訳ではなく、話したくない、と一言だけ言葉にはしていた。

 

 それを聞いたアリカも、ふと目をつむってそれ以上は聞かなかった。

 

 

「へえ……、お優しいこって」

 

「主のその辛そうな顔で、何となく察しがつく……」

 

「そうかい……」

 

 

 強引に聞いて来るとばかり思っていたナギは、そんなアリカへと小さく笑ってそう言った。

 

 されど、アリカが無理に聞かなかったのは、理由を察していたからだ。

何せ、彼ら紅き翼が戦いから帰ってきた時、一人足りないのを知っていた。そのことに対して、ナギが何か悩んでいるのだろうと思たのだ。

 

 そう言われたナギは、後ろを向いて小さく言葉を出した。

やれやれ、何もかもお見通しみたいだ。顔には出してなかったはずなんだがな。そう心の中でつぶやいていた。

 

 

「妾は女王となった。これから主と会う機会もほとんどなくなるであろう」

 

「……まあ、そうかもしれねぇな……」

 

 

 と、そこでアリカは話を変えて、自分のことを話し始めた。

自分は王女ではなく女王となり、この国のトップとなった。昔からなかった暇も、さらになくなるだろう。

そうすれば、お前とも会えなくなるだろうと、静かに述べた。

 

 ナギはアリカの今の話を聞き、背を向けたまま首だけを振り返った。

また、ナギもそう言われてしまえば、まあそうだな、としか言えなかった。

 

 まったくもって目の前の女は生真面目だ。少しぐらい抜け出せばいいじゃん、などと無粋なことは流石のナギも、冗談でさえあえて言わなかったのである。

 

 

「……のう、ナギよ……」

 

「あ?」

 

 

 と、そこでアリカは先ほどとは変わった、しおらしい声で目の前の男の名を呼んだ。

 

 突然呼ばれたことに少し疑問を感じながら、再びアリカの方へと体を向け、話を聞く体制を取っていた。

 

 

「……妾に何かあった時は、……妾など捨て置いてよい」

 

「……急に何を言い出してんだ?」

 

 

 アリカが改まって話し出したことは、自分に不幸があった時のことだった。

この先、何が起こるかわからない。何もないかもしれないが、何か起こるかもしれない。そうなった時は、自分など気にしなくてもよい、と言い出したのだ。

 

 それを聞いたナギは、あまりにも唐突な話に、少し混乱した様子を見せていた。

 

 

「その時は、妾ではなく、貧苦に苦しむ無辜の民を救ってほしい」

 

「……って言われてもなぁ……」

 

 

 さらにアリカは言葉をつづけ、自分のことを気に掛けるならば、助けを欲する人々を気にかけてほしい、と言葉にしたのだ。

その表情こそ平坦なものであったが、どこか切ない様子であった。

 

 とは言え、突然そんなことを言われても、どうしたらよいのかわからないというものだ。

ナギは頭をボリボリと右手でかきながら、どう答えるかを悩んだ様子を見せていた。

 

 

「頼む……」

 

「……」

 

 

 そんなナギへと、アリカは小さく頭を下げるではないか。

アリカは本気で、自分のことなど捨て置いてほしいと思っているのだ。

 

 ナギもあの強気なアリカが頭を自分に下げるなんて思ってなかったのか、少し面を食らった気分だった。

されど、その態度で今の言葉が本音であることを、言葉でなく心で理解できたようだった。

 

 

「……はぁー……。わかったよ」

 

「……本当か!?」

 

 

 だから、わざとらしい大きなため息を吐き出した後、そのことに対してYESと言った。

そのナギの答えにアリカは頭を上げて、不安が少し混じった顔で、約束を確かめるべくそう言った。

 

 

「約束できるかはわからねぇが……、あんたの今の言葉……、忘れねぇよ」

 

「……礼を言う……」

 

 

 ナギはそこで、自分の今の気持ちを言葉にし始めた。

確かに今、それに対して承諾の答えを言ったが、そうなった時にそれができるかはわからないと。それでも、今の真摯な言葉は、絶対に忘れないと誓ったのである。

 

 アリカはナギの言葉に、ただただ静かに、再び頭を下げて礼を言うだけだった。

約束はできないと言われたが、その言葉を覚えていくれているだけでもよいと、そう思ったからだ。

 

 

 そして、二人は今後のことを話し合ったあとに別れた。

アリカは、今すべきことをするために。ナギは次に何をするかを考えながら。

 

 

 

 

 

 

 その数時間後、アリカはナギが去った後も宮殿にて、たたずんでいた。

 

 

「陛下……!」

 

「状況はどうなっておる?」

 

 

 ガトウが跪いて、アリカへと言葉をかけた。

また、その横には同じく跪いた、幼きクルトの姿もあった。

 

 アリカは彼らの方を振り向き、このオスティアの現状を尋ねた。

 

 

「現在、アルカディアの皇帝が言っていた通り、何も大きな影響はありません……!」

 

「うむ、……そうか」

 

 

 それに対してガトウは、今のところ何も問題がないと言葉にした。

さらに、この状況をすでに、アルカディアの皇帝が教えてあったのだ。特に何事もなく、無事に終わるということをだ。

 

 ――――本来ならば、ここでオスティアは滅ぶ運命であった。

魔力消失現象が発生し、浮遊島であるこの国は、雲の下の大地に沈むはずだった。だが、それを皇帝が何らかの方法で解決し、滅びから免れたのだ。

 

 アリカはその報告を聞いて、結果がわかっていたかのように返事をした。

あの皇帝がそう言ったのだから、間違いが起こるはずがないと。

 

 

「アリカ女王陛下」

 

「主はメトゥーナト」

 

 

 すると、そこへ皇帝の部下の一人である、メトゥーナトがスッと現れた。

突然の訪問だと言うのにアリカは驚くことなく、そっちの方へ顔を向け、その名を呼んだ。

 

 

「我が皇帝陛下が、魔力消失現象を抑えることに成功したとのこと……」

 

「そうであったか」

 

 

 メトゥーナトがここへ来たのは、皇帝からのメッセージを届けるためであった。

その内容とは、やはり魔力消失現象のことだった。

 

 それを聞いたアリカは、特に疑うこともなく、納得した様子を見せていた。

 

 

「では、我がオスティアは崩壊の危機から免れたと言うことじゃな……?」

 

「ハッ、その通りです」

 

 

 であれば、この国は救われたのだろう。

それをメトゥーナトに聞けば、肯定の言葉がすぐさま返ってきた。

アリカはそれを聞いて、目をつむりながら心から安堵したのである。

 

 

「本当なのか、それは……」

 

「本当だからこそ、今も影響なくオスティアは安定している」

 

「確かにそうだが……」

 

 

 しかし、ガトウはその話に現実味を感じられなかったのか、真偽をメトゥーナトへと聞いた。

それに対してメトゥーナトは、むしろ現状で何も起こっていないのだから、間違いないだろうと答えた。

そう言われてしまったガトウは、事の規模の大きさに戸惑いながら、納得せざるを得なかったのだった。

 

 

「そうじゃ、メトゥーナトよ! アスナは無事か!?」

 

「心配ございません。今はわたしの仲間の保護下で、健康状態を診て貰っております」

 

「そうか……。それはよかった……」

 

 

 アリカは今のメトゥーナトの話を、すでに信用していた。

それでもただ一つ、一つだけ聞きたいことがあった。

 

 それはアスナのことだ。

メトゥーナトが救出したであろうアスナは、今どうしているのかが気になったのだ。

 

 その質問に対して、メトゥーナトは素直に答えた。

あのような場所で閉じ込められていたということもあり、とりあえずは健康のチェックをしていると。それに、成長も抑制されているようで、それがどういう状態なのかも調べているようであった。

 

 今のメトゥーナトの言葉に、心の奥底から胸をなでおろすアリカ。

彼女もアスナのことが気がかりであり、心を痛めていたからこその安堵であった。

 

 

「では、わたしは皇帝陛下のもとへと戻ります」

 

「うむ、報告ご苦労だった」

 

 

 全て言い終えたと考えたメトゥーナトは、とりあえずは帰還することにした。

アリカも報告の為に出向いてくれたであろうメトゥーナトへ、別れの挨拶を含んだ礼を述べたのだった。

 

 ガトウも挨拶替わりとばかりに軽く手を振るれば、背を向けて帰還の準備を始めたメトゥーナトは軽く振り向きながら握り拳に親指を立て、無言の挨拶を行っていた。

 

 そしてメトゥーナトは、マントを翼へと変え、素早く大空へと飛び去って行った。

 

 

「……アルカディアの皇帝……か……」

 

 

 アリカはメトゥーナトが飛び去った空を見上げながら、アルカディアの皇帝のことを考えた。

 

 あの男は何故ここまでしてくれているのだろうか。

中立国であるアルカディア帝国、その皇帝でありながらも、これほどまでに協力してくれたのだろうか、と。

 

 されど、いくら考えてもその答えは出ず、不思議な男だ、と思うばかりであった。

 

 

 かくして、オスティアが崩壊することもなく、無事に戦争が終わったのである。

しかし、それでもすべてが終わった訳ではない。造物主(ライフメイカー)は倒されておらず、未だ健在だ。

 

 それに……。

 

 

「畏れながらアリカ陛下……。あなたを逮捕します」

 

「……何故じゃ」

 

 

 2か月後、オスティアの王宮にて、突如としてアリカが兵士に囲まれ、武器を向けられていた。

そして、兵士はどういうことか、アリカを逮捕すると言い出したのだ。

 

 アリカにはその理由など検討が付かず、いわれのない罪を聞いたのだ。

 

 

「陛下の父、元国王とともに完全なる世界(コズモエンテレケイア)に関与した疑い」

 

 

 すると、兵士から罪状がつづられ始めた。

どういうことか、元国王と同伴して完全なる世界と徒党を組んだと言い出したではないか。

 

 

「また、オスティア周辺の状況報告について、虚偽改竄の疑いが持ち上がっています」

 

 

 それだけではなく、情報の改竄なども罪状として挙げられており、明らかに不当なものであることがわかった。

 

 

「フフフ……、浅はかなことをされましたな陛下。我らの情報機関の力を甘く見られたようだ」

 

「……主ら……、はかったか……!」

 

 

 そこで兵士の後ろにクツクツと笑っていたフードの男が、アリカへと言葉を放った。

フードの男こそ、メガロメセンブリア元老院議員の一人だった。そして、目に見えてこの男がアリカをはめた張本人である。

 

 アリカは突然のことであったが、気を動転させるのではなく、むしろ怒りに駆られていた。

まさかこのような強引な手で、この国を乗っ取ろうと企んでくるなど、思ってもみなかったのだ。

 

 アリカ普段以上に厳しい目つきでフードの男を睨みつけながら、兵士に連行されていった。

その様子をニヤニヤと笑いながら、フードの男は眺めていたのだった。

 

 

 

 なんということだろうか。

メガロメセンブリア元老院議員の一部、反アリカ派と呼ばれる元老院が反旗を翻し、アリカへと濡れ衣を着せ、罪人として牢獄へと送りやがったのだ。

 

 彼らの狙いこそ、オスティアひいてはウェスペルタティア王国の掌握だった。

それだけではなく、姿を眩ましてしまった黄昏の姫御子、アスナの奪取も狙っていたのだ。彼女の魔法無効化の力を、メガロメセンブリアで再利用しようと目論んでいたのである。

 

 そのため、邪魔なアリカ女王には消えてもらうのが一番だと考えた。

そこで彼女の父、元国王の罪をアリカにも着せ、そのまま罪人として処罰してしまおうとしたのだ。そして、アリカの有罪は決定し、即座に2年後の処刑が決まってしまったのだ。

 

 さらに、彼らは完全なる世界とアリカが結託し、世界を混乱させたと言う嘘を広めるネガティブキャンペーンを行ったのだ。勿論信じないものもいたが、それによりアリカは()()()()()と言う忌み名で呼ばれるようになり、その信用を著しく貶めたのである。

 

 ただ、”ここでは”マクギル議員は生きており、それを阻止しようと動いていた。それでも止めるに至らなかったが故に、マクギル議員は大いに悔やんだ。

かなりの手を使い阻止しようとしたのだが、相手の方が上手であり発言力も強かったのである。

 

 

 だが、そのような暴挙を許すようなアルカディア帝国の皇帝ではない。

はっきり言って反アリカ派のやり方が気に入らなかった。許せなかった。

 

 何せ、”原作”とは違い、アリカは()()()()など行っていない。

アルカディアの皇帝ライトニングが協力し、全て調べ上げた証拠とともに、アリカが国王をその玉座から引きずり降ろしたのだ。正当な裁きを与えたので、殺すことはしなかったのである。

 

 

 しかし、その方法を逆に利用された形となってしまったのも事実だった。

とはいえ、こんな無茶苦茶なやり方が許されると思うのか? 許される訳がないだろう。

 

 だからこそ、ライトニング皇帝はアリカの救助を考えた。

そして、アリカはライトニング皇帝の庇護下に入り、アルカディア帝国へと渡った。

 

 だが、その事実はオスティアには伝えなかった。どこにメガロメセンブリアの耳や目があるかわからなかったからだ。それ以外にも、紅き翼の面々には内密にと教えてあったが、まだ少年であったクルトとタカミチにはあえて教えなかった。

 

 また、いなくなったアリカの変わりは立てず、強力な幻術で対応した。

すでにケルベラス無限監獄に入ったことにし、魔法の幻覚であたかもそこにアリカが囚われているように見せかけたのだ。それ以外にも牢の番はアルカディア帝国の兵士にすり替え、万全の体制を敷いたのである。

 

 

 そして、アリカをはめた議員が行った、改竄した情報の証拠などを集めて回った。

タイムリミットはアリカの処刑日までだ。これにはかなり難航したが、皇帝の部下とガトウなどが協力し、一生懸命に探し回った。

 

 とは言え、流石にこの情報を得るにはいささか時間がかかってしまった。秘密裏に動いていたというのも大きいが、相手の情報の隠蔽がうまかったというのもあった。

 

 それは当然と言えば当然だろう。何と言っても一国の女王を罠にはめるのだ。生半端な隙があってはできない行為である。綿密に情報を改竄、隠蔽が行われていたからこそ、皇帝らも手を焼いたのだ。

 

 それでもタイムリミット前に全ての真相を手に入れた彼らは、さてこの情報をどこで公開しようかと考えた。

そこで最も相手にダメージが行く時を見計らって公開するのが、一番だと誰もが意見を一致させた。

 

 ならば、アリカ処刑の日に合わせ、その情報を公開し事を起こした議員を叩こうという計画が立てられたのだ。完膚なきまでに叩き潰し、二度とこんな真似が出来ぬようにするために。

 

 

 それ以外にも、オスティアのトップが空くという状況になってしまうので、そこも何とかしなければと考えた。

皇帝はオスティアがメガロメセンブリアの手に落ちぬよう手をまわし、アリカ派のマクギル議員などを使いオスティアの情勢を取り持った。

 

 が、それでも大きな問題が発生した。

それはオスティアの民衆の不満が、可視化されてきたというものだ。その不満とは、アリカ陛下を罪人として処分したメガロメセンブリアに向けられたものだった。

 

 その理由はウェスペルタティア王国の多くの民衆が、アリカを支持していたからだ。

誰もがアリカの無罪を主張し、罪を擦り付けたと思われるメガロメセンブリアに怒りを感じていたのだ。このままでは暴徒とかし、再び戦争が勃発しかねないという状況となってしまっていた。

 

 だからこそ、オスティアの状況をアリカへと報告し、そのつど対策を教示してもらうという行動も行った。

オスティアの民をなだめる方法や、政治や統制などの指示も貰ったのだ。それにより、何とか暴徒化を防ぎ、戦争になることを避けることができた。

 

 

 

 

 ――――そんな形で2年の時が過ぎた。

 

 

 アリカの処刑日の決定はすぐさまアルカディアの皇帝、ライトニングの耳に入った。

ついにその日が来たか、と思った皇帝は、処刑日の為にひっそりと準備を始めた。

 

 

 そして、アリカ処刑10日前、まだ少年であったクルトはナギと連絡を取っていた。

もうすぐ愛するアリカ女王が処刑されてしまうのだ。何とかしてほしいの一心で、ナギへとそれを頼んだのである。

 

 何せ、アルカディアの皇帝の作戦は、クルトに教えられていない。

幼き日のタカミチにも教えられてはいないが、それ以外の紅き翼のメンバーにはメトゥーナトが秘密裏に話していた。

 

 故に、ナギはそんなことよりも、今を苦しむ人々を救うことに専念していた。

あの日、アリカが言った言葉。自分を救うならば、多くの民を救ってくれと言う言葉が、今のナギを突き動かしていた。

本来ならばアリカが()()無事であることを知っていながらも、彼女との約束を果たすために行動していたのだ。

 

 だからこそ、ナギはクルトの話など目もくれず、目の前で傷ついた少女を癒すことに専念していた。

 

 もはや聞く耳を持たぬナギへと、見損なったと吐き捨てるクルト。

希望はないのか。彼女の心と名誉を救えはしないのか、そう考えながら彼は絶望の渦に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 ついにアリカ女王陛下の処刑の日がやってきた。

皇帝は偽物である幻影のアリカと本物のアリカを入れ替え、処刑台へと送った。

 

 別に処刑したいとかそういうことではなく、偽物が幻影だからこそ、バレる可能性を考慮したからだ。

それ以外にも、すでにアリカ救出の準備は整っており、問題ないからでもある。

 

 アリカは処刑台に立たされ、今まさに処刑が執行されようとしている瞬間だった。

処刑台と言っても、断頭台のようなものではなく、渓谷へと延びる先のない橋の先端だ。そこから魔力が消失する谷底へ叩き落し、そこに巣くう魔獣の餌にするという処刑方なのである。

 

 

「……歩け……、いや、歩いてくださいお願いします……」

 

「……わかっておる」

 

 

 処刑を催促する兵士がアリカへと先へ進むよう()()()すると、ついに谷底へと落下していった。

しかし、アリカが谷底へ落ちていく時に考えることは、絶望ではなかった。

 

 アルカディアの皇帝は言った。

これはただのミュージカル。イベントを盛り上げるための、いわば芝居のようなものだと。

本来ならば魔力も気も消失するため、魔獣に食われたら復活すらかなわぬ地獄へ行くだけだが、それを皇帝は芝居と言った。

 

 であれば、何かしらの仕掛けがあるのだろう。自分に話していないサプライズがあるのだろう。

であれば、特に心配などせず、身を任せればよい。そう考えたアリカは、目を瞑りながら重力に身を任せていたのだ。

 

 と言うのにその直後、首を伸ばした魔獣が、アリカを飲み込んでしまったではないか。

 

 

「クックックッ……。王家の血肉はさぞ美味でしょうな」

 

「クッ……、アリカ様……」

 

 

 これで処刑は終了。大罪人、アリカ女王は死して罪を償った。そう思われた。

アリカを罠に嵌めたと思っていたフードをかぶった元老院議員は嘲笑い、クルトはアリカが死んでしまったと思い、心の奥底から悔やんでいた。

 

 

 ――――だが、処刑は完了などしていなかった。当たり前だ。そんな馬鹿なことがあるはずがない。

なんと、ナギが魔法が使えぬ谷底だと言うのに、魔獣の頭を吹き飛ばし、アリカを抱きかかえて救出したのだ。

 

 

「なっ……何故、主がここに……」

 

「バーカ、てめぇに会いに駆けつけたんだろうが」

 

 

 アリカはナギの顔を見て、少しだけ驚いた。

まさか、こんな場所まで来るとは思ってなかったのだ。あの皇帝が何かするとばかり思っていたのだ。これが皇帝が用意したサプライズだと言うのであろうか、そう驚きの中で考えていた。

 

 そんなアリカがふと、口にした問いに、ナギは静かに答えた。

何故なんて愚問もいいところだと。ここに来たのは、長年会うことができなかった、アリカに会いに来たからに決まっているだろうと。

 

 

 ……ナギもアリカがアルカディアの皇帝に保護されたことは知っていた。

それ以外にも、仲間であり皇帝の部下であるメトゥーナトから、皇帝の計画を教えてもらっていたのだ。

 

 だからナギは、アルカディア帝国にかくまわれていることをメガロメセンブリアに知られぬために、あえてアリカに会うことをせず、ずっと魔法世界を旅しながら傷ついた人々を救っていたのである。

 

 が、2年と言う月日は長い。ナギとて、惚れた女に会えないのは辛かった。

故に、こうしてこの日を待ちわびていたのだ。アリカとの再会を……。

 

 

「じゃが! 主とてこんな場所では……!!」

 

「はっ! 誰に言ってやがんだ……っついたいところだが……」

 

 

 されど、この場は魔法も気も使えぬ地獄。

最強だの千の呪文の男だの言われたナギも、この場をなんとかできるのだろうか、とアリカは思った。

 

 ナギはそれを言われて、問題ないと言ってやろうと思った。

されど、あえてそれを言わず、言葉を一度詰まらせた。

 

 

「なんつったって、こっちにゃもう一人、頼もしい仲間が来てんだからな!」

 

「……お久しぶりです、アリカ陛下」

 

「主はメトゥーナト……!」

 

 

 しかし、そこへもう一人の男がいた。

銀の仮面で素顔を隠し、黒い外套を風になびかせる男。メトゥーナトだった。

 

 それをニヤリと笑って、抱きかかえたアリカへと紹介した。

メトゥーナトもそこで、久しい再会を喜ぶかのように、アリカへと声をかけた。

 

 それを見たアリカは、皇帝がしっかりとフォローしているのだと理解した。

自分の最高の部下の一人である彼を、ここへと参上させたのだから、本気なのだろうと。

 

 

「んじゃ、さっさとここから出るか!」

 

「ああ……、()()()()()()()も終わりにいたしましょうか」

 

「……フッ……。妾は自分が不幸だと思ったことは、一度もないのじゃがな……」

 

 

 なら、用事は済んだ訳だし、こんな魔獣だらけの臭い場所はおさらばだと、ナギは言葉にして脱出を始めた。

メトゥーナトもそれを聞いて、()()()()()の時間は終わりであると、アリカへ述べたのである。

そんなメトゥーナトの言葉にアリカは、今日までのことを考えながら、小さく笑ってつぶやいていたのだった。

 

 そして、メトゥーナトがナギの援護として、魔獣へ切りかかった。

なんというこだろうか。魔力も気も使えないというのに、剣を振るえば真空の刃が発生し、大量の魔獣の首や体を両断したのである。

 

 このメトゥーナト、魔力や気などを用いずとも、この程度の相手を倒せるぐらい修練していた。

やれて当然と言う様子で、どんどん魔獣を切り落としていったのだ。

 

 そして、ナギはそんなメトゥーナトに驚きながらも、アリカをお姫様だっこしたまま走りだした。

 

 

「なんつーヤツだよあの野郎ッ!? 俺たちとつるんでいた時なんかよりもずっと強ぇじゃねぇかよッ!! オイッ!!」

 

「流石はあの皇帝が傍に置くだけのことはある……」

 

 

 ナギはメトゥーナトのでたらめな強さに、驚くよりも怒りを感じて文句を言っていた。

何せあれほどの実力を、ナギは一度として見ていないからだ。

 

 いや、あのメトゥーナトが手を抜くことはない。それでも、これほど本気になったメトゥーナトを、ナギはここで初めて目撃したのである。

 

 アリカも同じように驚きながらも、同時に納得もしていた。

あのアルカディアの皇帝が傍に置く騎士だ。その強さは当然折り紙付きになるだろうとは思っていたのだ。

 

 

「そろそろか……。フッ!!」

 

「メトの野郎、何する気だ!?」

 

「わたしの手を使え! 一気に上まで跳ね上げるぞ!!」

 

「よっしゃぁッ!! 任せたぜッ!!」

 

 

 メトゥーナトはナギが走り出して魔獣との距離が空いたのを見て、頃合いだと考えさらなる行動を起こした。

そこで、背後の魔獣を真空刃で切り刻みながらナギの前へと移動したのだ。

 

 ナギは突然目の前に跳ね飛んできたメトゥーナトに、何を考えているのかと叫んだ。

するとメトゥーナトは、その意図を大声で発し、ナギへと伝えたのだ。

 

 

「うおらぁッ!!!」

 

「ッ! 行けッ!!!」

 

 

 それを聞いたナギはならばと大きく飛び跳ねると、メトゥーナトがすでに組んだ両手へと右足を乗せたのだ。

メトゥーナトはそこでグッと両手や足腰に力を入れると、全身を使って力いっぱいナギを空へと吹き飛ばし、上空まで打ち上げたのだ。

 

 

「杖よ!」

 

 

 渓谷の外へと出てしまえばもう問題ない。

ナギはアリカを両手で抱えたまま、両足を呼び出した杖に乗せ、魔法で飛行を始めた。

 

 

「フッ!! ハァッ!!」

 

 

 メトゥーナトも、魔獣を切り伏せながらその残骸を伝い、崖の上へと飛び上がりマントを翼に変えて空を飛んだ。

 

 

 その眼下には、崖の上でうろたえる元老院議員の姿と、なんと高笑いする皇帝の姿があった。

皇帝は面白おかしく腹を抱えながら、議員を指でさして爆笑していたのである。

 

 それ以外にも、紅き翼の面々も集まっており、その少し離れた場所にはギガントと、その肩の上にアスナの元気な姿もあった。

 

 

 いったい何が起こっているのだろうか。

アリカにはわからなかったが、ふと顔を上へ向ければ、ナギの顔が間近にあるではないか。2年も会っていなかったナギの顔に、懐かしさと切なさと、愛おしさがこみあげてきていた。

 

 ナギも久々のアリカの顔を間近で見て、ふっと小さく笑った。

無事でよかった。あの皇帝がかくまってくれたおかげもあり、元気そうで何よりだと思った。

 

 

「しかし、あれなら主がおらずとも、メトゥーナト一人でも十分じゃったのでは?」

 

「はあー!? マジで言ってんのか!?」

 

 

 ただ、アリカはふと疑問に思った。

あのメトゥーナトの強さを見て、これならナギが無理しなくてもよかったのではないか、ということだ。

 

 だが、それを聞いたナギはふざけたことを言うなと言う感じで、少し怒気を含んだ叫びをあげたのである。

 

 

「やつの実力を見たじゃろう……? だから……」

 

「……あんた、前に言っただろう? メトはアルカディアの皇帝の騎士であって、あんたの騎士じゃねぇって」

 

「確かに言ったが……」

 

 

 ナギが何に怒っているかわからない様子のアリカは、キョトンとした顔で合理的な判断を述べていた。

 

 それを聞いたナギは、心底呆れたという顔で、自分でなければならない理由を語り始めた。

その理由の一つは、あのメトゥーナトはアルカディアの皇帝の騎士であり、アリカの騎士ではないということだった。また、それを一体のは誰でもない、アリカなのだ。

 

 そう言われたアリカも、過去の自分の発言を思い出し、間違いないと言った。

 

 

「だったら、あんたをかっさらう役は、やっぱり俺じゃねぇとダメだってことだ」

 

「何故そうなるのじゃ……?」

 

 

 であれば、やはりここでアリカを連れ去る役目は、自分以外いないと、ナギははっきり言った。

されど、やはり理解できていないアリカは、疑問符を頭にのせたような顔を見せていた。

 

 

「オイオイ、忘れちまったのか? 俺は未だにあんたの騎士だぜ? ここに参上するのは当たり前だっての!」

 

「そう……じゃったか……?」

 

「そりゃそうだぜ。未だに俺の杖と翼は、返してもらってねぇからな」

 

 

 いやはや、困った女王様だ。ナギはそう思いながら、ここへ来た理由を語った。

まだアリカから、騎士解任の命令を受けていない。自分は今もアリカの騎士だと、ナギは宣言したのである。

 

 それに対してアリカは、あれ? そうだっけ? と言うようなとぼけた顔をするではないか。

いや、確かに主はクビだとか、主は自由だとか言って、騎士から解任した記憶はないが。

 

 さらに、まだ自分が騎士である理由を、ナギは述べ始めた。

何故ならば、ナギは未だにアリカから、あの時預けた翼と杖を受け取ってはいないからだ。自分の翼と杖は未だにアリカの手中にある。と言うことは、まだ騎士としての役割は終わっていないと。

 

 

「それにだ!」

 

 

 だが、そんなことは理由の一つにすぎない。

その本当の理由を、ナギは声を大きくして言い始めたのだ。

 

 

「さっきも言ったが、俺があんたに早く会いてぇからここに来た。それだけだ」

 

「な……、何故じゃ……?」

 

 

 その理由はいたってシンプルだった。

アリカに会いたい、それが最大の理由だったのだ。

 

 が、アリカは自分がそう言われる理由が思い浮かばない。

思い浮かばないが、そう言われるとは思ってなかったので、ほんの少し驚いていた。また、なんでそんなに会いたかったのか、それをナギへと驚きながら聞き返した。

 

 

「何故だってそりゃ……」

 

 

 そこまで言わなきゃわからんのか? ナギは一瞬そう思った。

しかし、言わなきゃわからんのであれば、この場で言ってやるとも思った。どうしてそこまで会いたかったのか。そんなもんは愚問でしかないだろう。

 

 

「あんたのことが好きだからに決まってんだろぅが!」

 

「なっ……!」

 

 

 簡単だ。お前が好きだからだ。それ以外に何があるっていうのだ。

ナギはそれを盛大に、高らかに、大きな声で叫び、アリカへと言い放った。

 

 アリカはまさかそこまで想われていたとは考えていなかったようで、先ほど以上に驚いた顔を見せていた。

さらに、その驚愕の顔は真っ赤に染まっており、告白されたことにかなり動揺している様子であった。

 

 

「意外って顔すんなよ。傷つくぜ……」

 

「いや、そうではないが……」

 

 

 そこまで驚くことあるの? ナギはそう思ったのか、ちょっとショックを受けていた。

それなりに長く一緒にいた仲だと言うのに、そういう考えにたどり着いてくれないと言うのは、流石にちょっと悲しかったようだ。

 

 アリカとて驚いたが、意外と言う考えで驚いた訳ではなかった。

むしろ、逆に自分なんかにナギが惚れていたことに、意外だと感じていたのだ。高飛車みたいな態度で接してきたし、何かあれば王家の魔力でぶん殴ってたので、むしろ嫌われているかもしれないとさえ思っていたからだ。

 

 

「で、あんたはどうだ?」

 

「は? 何が……」

 

「俺のことどう思ってるかだよ」

 

 

 と、ここでナギが、だったらそっちはどう思ってるのだろうか、と質問しだした。

アリカはその質問の意図がわからず、ぎこちない様子で聞き返すではないか。

 

 ナギは説明不足だったと考え、今の質問の内容を言葉にした。

それはつまり、アリカがナギを異性としてどう思っているのか、ということだった。

 

 

「そっそれは……、言わないとダメか……?」

 

「そりゃ俺が言ったんだぜ? そっちも言うのが礼儀ってもんだろ?」

 

「そっ……そうなのか……」

 

 

 急にそんな質問をされたアリカは、さらに顔を赤くしながら動揺した。

今、この心の内に秘めた感情を聞かれるとは思ってなかった。それを言葉にしないとならないのか。アリカは胸の高鳴りを加速させながら、ナギへとそれを聞き返した。

 

 が、ナギは容赦なくそれはねぇだろ、と言うではないか。

自分がしっかり告白したんだから、その答えを聞かせてくれるのは当たり前だろう? 一般常識だろう? と。

 

 えっ、本当にそうなのか? アリカはそれが外の世界の礼儀なのか、と思いながらも、ならば言わねばならぬのか、とも考え、さらに顔を赤くしながら胸に熱いものがこみあげてくる感覚を味わうのだった。

 

 

「しっ、しかし……、妾は王族であるが故に私心などとは許されぬ身……」

 

「あー! 王族とか使命とか、んなこと関係ねぇ! 今は重要じゃねぇしどうでもいいんだよ!」

 

 

 しかししかし、アリカは色々と理由をつけて、質問をあやふやにしようとし始めた。

そもそも自分は王族だ。国の中核となりて、民を導く存在だ。そのような存在が、このような淡い恋心を持っていいものか、と。

いやまあ、そうアリカが思っているのも事実だが、半分は恥ずかしいので言い訳している状況だった。

 

 されど、ナギにそんな言い訳など通用しない。

そういう面倒でまどろっこしいしがらみなんぞ、どうでもいいと叫んだ。聞きたいのはそういうことではないからだ。

 

 

「今! あんた自身がどう思ってるか聞きてぇんだよ! ()()!」

 

「そっ……、それは……」

 

 

 そうだ、今聞きたいのは素直な気持ちだ。アリカと言う個人が抱いている、自分への気持ちを聞きたいんだ。

ナギはそう大きく叫ぶと、アリカはたじろいだ様子でどもっていた。

 

 そこで、ナギはゆっくりとアリカを杖に下した。

アリカはその杖にしっかりと二の足で立ち、ナギの方を向いた。

 

 

「そういうことなら……嫌いでは……ない……」

 

「はー? 何か言ったか? 声が小さくて聞こえないなー!」

 

 

 アリカはついに観念したのか、小さな声ではにかみながら、自分の気持ちを言い始めた。

だが、それでも素直ではないのか、少しひねくれた感じに言うのであった。

 

 そんな言葉を聞いたナギは、そんな聞こえているにも関わらず、聞こえていないふりをした。

と言うか、ナギはそんな中途半端な答えは望んでいない。もっと素直でしっかりとした気持ちを聞きたいのだ。だから、それを煽るような小馬鹿にしたようなことを言って、アリカを挑発したのである。

 

 

「……くっ! ああそうじゃ! この二年間、主のことを考えぬ日は一日もなかった! それが悪いか!」

 

 

 そこまで言われたアリカは、やけくそになって正直に自分の気持ちを、盛大に吐き出した。

ああそうだ。そうだとも。あのアルカディアの皇帝に保護されていた、この2年間、その中でずっと、ナギのことを考えていた。

 

 ナギは何をしているだろうか、約束を守ってくれているだろうか。元気にしているだろうか。

毎日必ず、そんなことを考えていた。一日たりとも、考えなかった日はなかった。

 

 ああそうだ! そうだとも!

最初からアリカは、自分の気持ちなんかわかっていた。目の前の男が好きだと言う、この気持ちは知っていた。王族であろうとも、女王になろうとも、この溢れる気持ちだけは、抑えることはできなかったのだ。

 

 

「いや、……悪くねぇ」

 

 

 ナギは今のアリカの声に、大いに満足していた。

なんだ、そうだったんだ。自分だけの一方通行ではなかったのか。むしろ、そこまで想ってくれていたのか。

 

 ああ、悪くない。そんなに自分のことを想ってくれていたなんて、ちっとも悪くない。

そう、ナギは思いながら、静かにアリカの唇を奪ったのだ。

 

 アリカも突然のキスに驚く訳でもなく、むしろ素直に受け入れていた。

何度も会いたいと願った相手に、今こうしてキスをされていることに、喜びを感じながら。

 

 

 また、二人の唇が重なる姿を、美しく輝く朝日が祝福していた。

この二人のキスの瞬間は、太陽だけが見ていると言っても過言ではなかった。

 

 

「なあ、アリカ」

 

 

 そして、数分とも思える数秒が経ち、ナギは唇をゆっくりと離すと、ふと目の前に立つ絶世の美女の名を口にした。

 

 

「結婚すっか?」

 

 

 そして、ナギは唐突に、アリカへとプロポーズを行った。

それは本当に突然で、まるで自然に話しかけるかのようなものだった。

 

 

「確かに俺は王族とかそんな大層な家柄じゃねぇが、これでも世界を救った大英雄様だぜ? 釣りあいぐらい取れるだろ?」

 

 

 ナギとアリカ、一般人と王族。身分だけを見れば、不釣り合いだろう。

しかし、ナギは世界を救った英雄。まあ、自分で言ってもアレなんだが。つまり、英雄と王族ならば、身分ぐらい問題ないだろう、とナギは自信満々に言い出した。

 

 

「それに、あんたの国も民も責任も、悩みも苦痛も、これから起こる事柄も全部、一緒に背負ってやるぜ」

 

 

 それだけじゃない。

ナギは身分以外でも、アリカが背負う王族としての義務も、未来で待ち構えるそのすべての出来事を、自分も背負うと宣言した。

 

 

「な?」

 

 

 最後に、その一言だけを、アリカへと伝えた。

だから、一緒になろう。まるでそう言葉にしたかのような、ほんの一言だった。

 

 

「……はい!」

 

 

 アリカは突然のプロポーズに困惑したが、そのあとに喜びがこみあげてきた。

目の前の男がそれほどまでに、自分を欲し、自分と共に歩むことを願っていることに、感激したのだ。

 

 だからこそ、その返事は、素直な”はい”だった。

その表情は一度として見せたことのないほどの、眩しく、そして優しい笑顔であった。

 

 

「ふ……」

 

 

 少し離れた場所でメトゥーナトは、一件落着と言わんばかりに微笑んでいた。

彼は騎士故に、ナギとアリカの方を見ずに、あえて地上で起こっている出来事を眺めて笑っていたのだ。

 

 そこで起こっていることとは、皇帝がフードをかぶったメガロメセンブリア元老院議員を、指さしながらゲラゲラと笑っているところだ。この議員が完全に罠にはまり、これから絶望していくだろうということに、皇帝は笑っていたのだ。

 

 何せ、今まさに、マクギル議員がアリカの無罪を主張し、反アリカ派が行った虚偽の情報や捏造の証拠をたたき出しているところだからだ。これによりアリカの名誉は回復し、アリカをはめた議員の地位と名誉を落失させることに成功したのである。皇帝が笑っているのはそのためだったのだが、この映像ではそれを説明することはなかった。

 

 これにて映像は終了し、「エピソード2 完」の文字が流れた。

 

 



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百五十九話 本当の目的

 映画が終わり、「エピソード2 完」の文字が流れた。

誰もが映画を見入っていたのか、シーンと静まり返っていた。

 

 

「いつ見ても素晴らしい……」

 

「キモッ! 泣いてんじゃねぇよ!?」

 

「兄さん言い過ぎだってば!!」

 

 

 そんな静寂を打ち破ったのは、クルトの号泣する声であった。

それを見たカギは、うわっ、なんだこのおっさん!? と言う感じでつっこみを入れたのだった。

 

 まあ、確かに感動ものではあっただろうが、いい年の大人が涙を滝のように流して泣く姿は、ちょっと……、と言うものだ。

されど、流石に言い方というものがあると、ネギはカギを注意したのである。

 

 

「しっかし、こんなことになってっとはなぁ……」

 

 

 とは言え、それよりもカギは思うことがあった。

いやはや、確かに”原作”に近い終わり方ではあったものの、かなり違っている部分もあった。

過去もこれほどの変化があったことを、カギは改めて認識させられたようだった。

 

 

「あん時の俺、わけぇなぁ……」

 

「まあ、確かに久々に見たガトウさんは、ちょっと老けたわね……」

 

 

 また、ガトウはほんの少しだけ出てきた過去の自分を見て、年を取ったとつぶやいた。

それを聞いたアスナは、そんなガトウの顔を見て、確かに老けたと言葉にした。

そりゃ20年前と比べりゃ、当然としか言いようのないことなのだが。

 

 

「ちなみに、これはナギとアリカ様、二人から聞いた話をもとにしているので、ほぼ真実でございます」

 

 

 そこへ、クルトがこの映画は事実であると、はっきり宣言した。

つまり、改竄や捏造は存在しない、ということだ。

 

 

「わかりましたか? あなたの母親と父親の過去が……」

 

「……はい」

 

 

 そして、クルトは再びネギへと話しかけた。

これが君らの両親にあった過去の出来事だ。理解していただけたかな、と。

いや、まあ、半分は二人の馴れ初めのような気がしなくもないのだが。

 

 それに対してネギも、大体のことを把握したので、肯定する言葉を一言返した。

 

 

「そう、だからこそ、あなた方が狙われたのです。我が所属するにメガロメセンブリアによって……!」

 

「……!」

 

 

 故に、その時も巣くっていたそういった輩が、6年前の惨劇を引き起こすと言う暴挙に出たのだと、クルトは語った。

ただ、その犯人を特定するような言い方はせず、全体的にこちら側が悪い、と言うだけであったが。

 

 つまるところ、あの事件は彼らの逆恨みに近いものであった。

それに後継ぎが存在しているというのも許せなかったのだ。何故なら、後継ぎがいれば、その子供に将来国を任せるだろうからだ。

 

 そうなってしまっては、自分たちの国に吸収できない可能性があると考えた。

だからこそ、その後継ぎである彼らを亡き者にしようと、愚行に走ったのである。

 

 その事実を聞いたネギは、少し驚いた様子であった。

まさか、いや、そうかもしれない、とは思っていたのだが、改めてそれを聞かされると、驚かざるを得なかった。

 

 

「……でも、あなたは関与してるようには見えませんでしたが……」

 

「……そこはあえて何も語りませんがね」

 

 

 しかし、クルトの物言いでは、まるで自分もそれに関与したかのように言うではないか。

ネギはそれに疑問があった。何故なら、目の前の彼にはそうするだけの理由がないからだ。なので、それを聞けば、クルトからは言えないと返ってきた。

 

 

「でもよぉ、そんだけじゃねぇだろ? あの場所を狙ってきたやつらって」

 

「流石と……言いましょうか。ですが、その真実はまだ教える必要はありませんのでね」

 

「……まあ、知らなくてもいいっちゃいいし、俺としても都合がいいし」

 

 

 ただ、カギはそこでその連中以外にも、あの村を襲ったやつらがいるのではないか、と言い出した。

それはまさしく転生者のことだ。

 

 カギはその時森に逃げ込んだが、木の上から村の様子を眺めていた。

そこで見たのは、大量の悪魔の軍団だけではなく、人影が何らかの力を使って暴れている姿であった。

 

 それをカギは転生者だと思った。

あそこを襲って主人公を殺し、自分たちが主人公になり替わろうとする連中がいても、おかしくないと考えていたからだ。

 

 それを聞いたクルトは、そんなカギを賞賛した。

とは言え、まだわかっていない感じのネギには、あえてそれを教えようとはしなかった。

 

 このクルトも、転生者と言う存在を知っていた。

何せ、20年前の大戦において、そういった存在が敵であったり味方であったりしたのだから、当然と言えよう。

 

 また、メガロメセンブリアの一部の議員も、ある程度知っている事実でもある。

それに、転生者の中にはナッシュのように、元老院議員となっているものまでいるのだ。

 

 

 そこでカギは、クルトが転生者の存在をバラさなかったことを少し安堵し、小さな声でぼそりとつぶやいた。

 

 何せカギ本人が転生者で、今はまだそれを隠しているからだ。

いずれ話すかもしれないが、今はまだそっとしておいてほしいと思っているので、それを言われなくてよかったと思ったのだ。

 

 それに、主人公を殺して成り代わりたいからとか言う自分勝手なくだらない理由で、あの村を襲った連中がいるとか、知ってもいいことはないとも思った。

そんなつまらないことを知ったら、怒りがわいてくるかもしれないだろう。

 

 さらに、自分まで軽蔑されるかもしれないと、カギは思っていた。

まあ、軽蔑されるようなことを自分もしようとしたのは事実なので、しかたないとも考えているが。

 

 

「兄さんも何か知ってるの?」

 

「まあなあ。でも、これは知らん方がいいもんだぜ……。俺も少し泣く……」

 

 

 そんな二人の会話を聞いたネギは、カギが自分の知らないことを知っているのかと思い、それを聞いた。

が、カギはそれを肯定しつつも、あえて聞くなと言いながら、泣き真似するように右手で両目をこするではないか。

 

 

「そんな……、兄さんが泣くほどのことが……」

 

「いや……、そんな大げさなもんじゃねぇけど……」

 

 

 そのカギの態度を見たネギは、カギが泣くほどの事実が存在することに、驚愕した様子だった。

 

 そんなネギを見たカギは、自分がただ単にオーバーなリアクションをしただけであると、ちょっと申し訳なさそうに言葉にした。

確かに自分が目の前の弟をダシにして、ハーレム作ろうとか考えていた黒歴史に、泣きたくなることはあるのだが。

 

 

「しかし、犯人を知ったと言うのに、怒りすら見せないとは……」

 

「確かに、あの事件は悲しく辛いものでした」

 

 

 そこへクルトがネギの姿に関心した様子で話しかけた。

なんということだろうか。自分の村を襲った連中を知ったのだから、もう少し激昂してもいいのではないのかと。

 

 いや、むしろ自分のことを恨み、殴りかかってきてくれてもよかったとさえクルトは思っていた。むしろ、その権利が彼らにはあるとさえ思っていたのだ。

 

 と、言うのも、クルトはあの事件を未然に防ぐことができなかったことを、かなり悔やんでいた。

ここでは生きていたマクギルに師事し、彼とそれを阻止せんと尽力を尽くした。されど、それがかなわなかった。それ故、あえて自分も悪かったような言い方をしていたのだった。

 

 そう、この過去の真相をネギたちにクルトが話したのは、ケジメをつけたかったからだ。

アリカ陛下の息子たちにその事実を伝え、今語ったアリカ陛下の不幸と、6年前の事件、そのどちらも未然に防ぐことができなかったことへの、贖罪をしたかったのだ。

 

 

 しかし、ネギは動揺はすれど、怒りなどは見せなかった。

それは何故なのかとクルトは言葉をこぼすと、その理由をネギは静かに語り始めた。

 

 今もあの事件の悲痛さは、すぐに思い出すことができる。村が炎の中に飲み込まれ、人々は石となって動かなくなってしまっていた。まさに地獄絵図だった。

 

 

「ですが、僕の中では、すでに解決した問題ですので……」

 

「なるほど。あのギガント殿が師をされただけはある」

 

 

 されども、石になってしまった人々は、自分たちが元に戻した。

あの村はもうないけれど、今は別の村に移り住んで、元気に暮らしている。あの時からの時間はもう戻らないけれど、彼らにはこれからが待っている。

 

 そう考えれば、誰があの事件を起こしたとか、そういうのはもう気にすることはなくなっていたのだ。

なので、ネギはそれをもう問題視していないと、クルトへと言葉にした。

 

 クルトはそれを聞き、ネギの表情を見て、少し驚きながらも納得した様子を見せていた。

なんとさわやかな表情だろうか。確かに辛い過去を思い出させてしまい、少し曇った顔ではある。

されども、そこに一片の闇もなく、ただただ悲しみだけを見せている。まるで春風のような少年だと、クルトは思った。

 

 この目の前の少年の心の穏やかさは、どこで育まれたのだろうか。

本来ならば復讐を考えてもよいではないか。どす黒い感情が渦巻いてもいいのではないか。

 

 それを全て振り払うことができたのは、ギガントが彼の師匠となりて、魔法以外のことも教えたからなのではないか、と。

彼がこの少年の心を救ったのだろう。心を闇に囚われさせることなく、光を見せたのだろう、とクルトは心の中でつぶやいていた。

 

 

「このことを教えるために、この場所へ……?」

 

「そうです」

 

 

 それよりも、その話はもう終わりなのかな、と思ったネギは、再びクルトに質問した。

ここで話したいこととは、今のことなのだろうと。

 

 クルトもそれには、一言で肯定した。

 

 

「しかし、それだけではございませんよ」

 

「どういうことですか?」

 

 

 とは言え、それだけの為に、ここへ呼び出した訳ではない、とクルトは続けた。

ネギはまだ何かあるのだろうか、とさらに質問を重ねたのである。

 

 

「手紙でも説明しましたが、まずは、あなた方にかかっている指名手配も、正式に取り消しましょう。私なら、何とかできるはずです」

 

「えっ、あっ! 本当ですか!? ありがとうございます!」

 

「いえいえ……、明らかに不手際なのですから、当然のことです」

 

 

 もう一つの理由、それはネギたちにかかった指名手配の取り消しのことだ。

”原作”ならばクルトこそが指名手配を行った犯人のようであったが、()()()()()()ようであった。

 

 それを聞いたネギは、大いに喜んで礼を述べた。

また、手紙に発せられた映像から、確かにそのようなことがあったのを、思い出したようだった。

ここではエヴァンジェリンの指輪のおかげで、変装などすることなく生活していたが故に、少し抜けていたみたいではある。

 

 それに対してクルトは、それを当然と言った。

本来指名手配がかかるはずのものではないのだから、その通りとしか言いようがないが。

 

 しかし、何者かがいたずら目的で行ったのか、悪意を持って行ったのか、それとも何か陰謀があって行ったのかはわからない。

されど、この指名手配は明らかに不当だ。なので、この場で指名手配の取り消しを、約束することにしたのである。

 

 ただ、カギだけは最初のゲートでの事件に巻き込まれていないので、指名手配されてはいない。

なので、特に何も言わず他人事のように、そんなこともあったな、と"原作知識"を思い出していた。

 

 

「そして、もう一つ、一番重要なことがあります」

 

「重要なこと……?」

 

 

 だが、それ以上に重要なことがあると、クルトは厳しい表情で語り始めた。

先ほどまではにこやかな表情であったクルトが、険しい表情で語りだしたのを見て、ネギは何事なのかと聞き返した。

 

 

「……会っていただきたいお方がおります」

 

「誰だろう……?」

 

 

 クルトは真剣な表情のまま、合わせたい人がいると言い出した。

ただ、ネギにはまったくそれに検討が付かず、その人物を思考するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 場所を移して、ここは宮殿外の結界の内部。

ラカンとブラボーが戦っている宮殿の屋上だ。

 

 

「ぐうう……。なんということだ……。これほどの差があるなど……」

 

「久々に楽しめたぜ。だが、もうそろそろ終わりみたいだな」

 

 

 しかし、戦いは終わりを告げようとしている様子であった。

 

 銀色に輝く二つのシルバースキンの内側は、血に濡れた状態で膝をつくブラボー。

ニヤリと笑って余裕の態度を見せる、少し負傷した様子で仁王立ちするラカン。もはや勝敗は決したと言っても、過言ではない状況だった。

 

 ブラボーはラカンとの実力差に大きな開きがあったことを、とてつもなく悔しそうにしながら、その目の前の男を睨みつけていた。

 

 それに対してラカンは、額から血を流しながらも、この戦いを()()()()()と言い始めたではないか。

すでに過去形。もはや勝利を確信している、という様子だった。

 

 

「このまま……、再び負けるのか……」

 

 

 ブラボーはまたしても勝てないと思ったのか、心が折れかけていた。

この前のように無様に敗北するしかないのかと、諦めかけていた。

 

 

「……()()()……? また……、()()()()()……?」

 

 

 だが、ブラボーは敗北を受け入れたくはなかった。

このまま負ける。勝てない。確かにそうかもしれない。されども、ここで終わらせるにはまだ早い。終わるわけにはいかない。

 

 ブラボーは折れそうな心を奮い立たせ、再び立ち上がった。

このままおめおめと負けて逃げかえるなど、許されない。誰が許さないか、それは自分自身が許さないと。

 

 

「……ふぅぅ……」

 

「おん? どうした? 新しい手でもあんのか?」

 

 

 そして、ブラボーは立ち上がると、大きく深呼吸を始めた。

何が足りないのか。何が欠けているのか。それを考えるかのように。

 

 そんなブラボーを見たラカンは、新たな技でも繰り出すのだろうかと考えていた。

また、その状況でも未だに戦おうとするブラボーに、少し感心した様子であった。

 

 

「……()()()()()()……」

 

 

 しかし、ブラボーが深呼吸を終えると、突如として言葉をつぶやきはじめた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()……、先に進めぬのだ……!!!」

 

 

 すると、今度は声を張り上げ、叫び声とともに自分の未熟さを言い放ったのだ。

そうだ、そうだそうだ。()()があるから強くなれないのだ。()()に安心しきっていたからこそ、目の前の男に届かないのだ。

 

 そう叫びながら、シルバースキンを無造作につかみかかる動作をすると、ブラボーは光に包まれた。

 

 

「何? 銀色を自ら解除しただと……?」

 

 

 ラカンはブラボーのその行動に、驚きを隠せなかった。

それは何故か。ブラボーが突如として、自らのアドバンテージであり、最強の鎧でもあるダブルシルバースキンを解除したからだ。

 

 そのシルバースキンの中からは、つなぎを着た、短くツンツンした黒髪の男が現れた。

それこそブラボーと自ら呼ぶ男の、本当の姿だ。されど、体のあちこちは血濡れになっており、額からも真っ赤な鮮血を流していた。

 

 

「これを持っていてくれッ!」

 

「えっ!? こっ、これは!?」

 

 

 これほどまでにボロボロだと言うのに、ブラボーはダブルシルバースキンを解除して手に残った二つの核鉄を、仲間の少女へと叫び無造作に投げたではないか。

 

 少女は慌てながらとっさに受け取ったその核鉄を見て、驚愕した表情を見せていた。

 

 

「一体どうしたんですか!? 勝負を捨てちゃったんですか!?」

 

 

 何故こんなことをするのだろうかと、少女はブラボーに叫んだ。

これを外したということは、もはや負けを認めてしまったのだろうかと。

 

 

「やっぱり()()を使うんですね……」

 

「そうではないっ! 俺はもう、それに頼るのをやめただけだッ!!」

 

「……そんな……!」

 

 

 であれば、最後の手段に出るのだろうと、少女は考えた。

その最後の手段とは、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)という、鍵の形をした杖だ。()()()()()()()と同じように、彼らにも造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を持たされていた。そして、それを使えば魔法世界の人間であるラカンを、この場から消滅させることが可能だ。

 

 しかし、ブラボーはそうではないと、目だけを少女の方に向け、大きく叫んだ。

勝負を捨てたのではない。新たに覚悟を決めたのだと、高らかに宣言したのだ。そうだ、シルバースキンに頼っていたからこそ、目の前の男に届かなかったのだと、そう咆哮したのだ。

 

 少女はブラボーの言葉に耳を疑った。

あの防御があろうがなかろうが、押されていたのは事実ではないか。ならば、もはや最終手段以外ありえないのではないか、と。

 

 

「……確かに、渡された()()を使えば、目の前の男に勝てるだろう」

 

 

 その少女の不安に支配された表情を見たブラボーは、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の重要性を理解していると言葉にした。

あれを使えば確実に勝てることも熟知していると。

 

 

「だが、それではダメだ……。これだけは……認められない……」

 

「……」

 

 

 だが、そんな惨めな勝ち方など、許しがたい。

そんなつまらない勝利など、勝利などと呼ぶに値しない。

 

 勝利とは、己の力と技でつかみ取るものだ。そんな道具に頼った勝利など、無意味だ。

ブラボーはそう考えながら、それは絶対に認めないと、両手の拳を強く握りしめてきっぱりと断言したのだ。

 

 少女はそんなブラボーの真剣な言葉を聞いて、強い意志を見て、深く考える様子を見せていた。

本来ならば、この場で目の前の最大最強と呼べるほどの男を、確実に倒す必要がある。確実に倒すための手は用意してある。

 

 されど、ブラボーはその確実な手を許さない。その手で倒してしまえば、きっとブラボーの心にはわだかまりが残り、一生後悔し続けるだろうと、少女は思った。

 

 

「……わかりました……」

 

「……悪いな……」

 

 

 だから、少女はブラボーの気持ちを考え、それを理解したと言葉にした。

ブラボーが切磋琢磨してきたのを、知っているからだ。あのバグであるラカンを倒すために、鍛えてきたのを知っているからだ。

 

 ブラボーが何故そこまでラカンにこだわるのかは知らないが、それでも、彼がそうしたいのなら、そうさせてあげたいと切実に思ったのだ。

 

 少女のその言葉に、ブラボーも一言詫びた。

これは単純な我がままだ。作戦ですらない。故に、謝罪する。自分が悪いと思っているから。

 

 そう、たとえ、この肉体が特典で得たものであっても。たとえ、この力が借り物であったとしても。

この力を鍛えていたのは事実だ。この鍛えた肉体は、絶対に間違いなんかじゃないんだから。

 

 ブラボーは常にそれを信念として鍛えてきた。頑なな意志を心の柱とし、研鑽してきた。だからこそ、壁であり目標でもある目の前の男に、小細工なしで勝利したいのだ。

 

 

「……なら、勝ってください……。絶対に……!」

 

「ああ……」

 

 

 その謝罪を少女は飲み込むと、そこまで言うのであれば、勝利以外はありえないと、ブラボーへと言う。

ブラボーはそれに対して、一言で肯定すると、再びラカンへと視線を移した。

 

 

「すまない……、待たせたな……」

 

「別にいいぜ。んじゃ、続きをやるか!!」

 

 

 また、今の行動を待っていてくれたラカンへと、ブラボーは非礼を詫びた。

ラカンはそれをあっけらかんとした態度で流すと、再度の戦いのゴングを鳴らしたのだ。

 

 

「オオオオオオォォォォォォオオオォォォォッッッ!!!!」

 

 

 その瞬間、ブラボーはすさまじい雄たけびを上げると、まるで瞬間移動したかのような速度でラカンの目の前へと迫ったのだ。

 

 

「な……に……?」

 

「ウオオオオオオオォォォォッッッ!!!」

 

 

 直後、大砲の砲撃などを軽く超えた拳が、ラカンを砕かんと撃ち込まれたのだ。

ラカンはその拳を両手をクロスさせてガードして見せたが、先ほど以上のスピードとパワーに一瞬圧倒された。

 

 ラカンに拳が命中したことを感覚で理解したブラボーは、ブラボーはさらに強く叫びをあげ、ボルテージを上げていく。

その勢いと衝撃により、ラカンは後方へと吹き飛ばされ、宮殿の壁を砕き穿ち内部へと沈んでいった。

 

 

「さっきよりも動きがよくなってやがる……。それだけじゃねぇ、パワーもかなりあがってやがる……!」

 

 

 ラカンはブラボーが先ほど以上の攻撃を放ってきたことに、驚きを隠せなかった。

まさかこんな力を隠していたなど、思ってもみなかった。

 

 いや、違う。あの男は銀色を脱ぐまでは、これほどではなかった。

あの銀色の男を目覚めさせたのは、明らかに自分だとラカンは吹き飛ばされながら思った。

 

 ――――と言うのも、ブラボーは自分の気をシルバースキン強化に回していた。

それらを全て自らの肉体強化へとつぎ込むことで、これほどの爆発的な力を発揮したのである。

 

 

 そして、ラカンが吹き飛ばされた先は、宮殿のホールであった。

本来ならば多くの人々がダンスを行っている場所だ。だが、ここは結界の内部であり、人々の声もなく、美しいシャンデリアにも光がない、無音で薄暗い無人の広間でしかなかった。

 

 

「ウウウオオオラアアァァァァッッ!!!!」

 

「ッ!!」

 

 

 その宮殿内のホールへと落ちたラカンは、その叫びの方向へとすぐさま顔を向けた。

が、その方向にはすでにブラボーの姿はなかったのだ。

 

 気配を察して後ろを振り向けば、そこにブラボーがいたではないか。

ブラボーはその直後、拳以外にも蹴りなども混ぜてた猛攻を、背を向けているラカンへと叩き込んだ。そのとてつもない速度とパワーは、まさに暴風。これにはラカンも唸るほどであった。

 

 そのブラボーは、さらに声を張り上げて、放つ拳と蹴りのスピードを加速させていく。

目の前の男に届くために、目の前の男を超えるために、ひたすらに全身全霊を込めて攻撃を打ち放つ。

 

 されど、その程度でラカンを仕留められるほど、甘くはない。

ラカンはとっさに体の方向を変え、そのブラボーの拳と蹴りを、体全体を駆使していなし、ダメージを無効化してみせたのだ。

 

 

「”粉砕ッッ!!! ブラボラッシュ”ッッッ!!!!」

 

「ッ!! すげぇよ……。やっぱテメェはすげぇ……!!」

 

 

 今の攻撃でラカンが捉えられぬのならと、超音速の拳のラッシュをブラボーは解き放った。

無数の、空に輝く星の数ほどの拳が、ラカンへと一斉に襲い掛かったのだ。

 

 その拳は振るわれるごとに衝撃波が発生するほどの速度であり、流石のラカンも防ぐので精いっぱいであった。

しかし、それでもラカンを砕くにはまるで足りない。そのブラボーの全ての拳を、ラカンは拳で撃ち落としていたのだ。

 

 ただ、その攻撃にラカンは惜しみない賞賛を送っていた。

これが目の前の男の、本気になった姿なのか。先ほども思っていたが、やはりこの男の実力は素晴らしい。ああ、楽しい。すげぇ楽しい。ラカンはこの猛攻をしのぎながら、ただただこの戦いに楽しさを感じていた。

 

 

「”流星ッッ!! ブラボー脚”ッッ!!!」

 

「オオオラァッ!!!」

 

 

 そこでブラボーは拳の連打をやめ、一瞬にして宮殿の天井を砕いて、結界で色褪せた星々が輝く夜空へと高く舞った。

その行動により、ホールの床には巨大なクレーターが出来上がり、衝撃のすさまじさを物語っていた。

 

 もはや一瞬よりも速いブラボーの行動であったが、ラカンにはそれが見えていた。

故に、ブラボーの次の攻撃に備えて、拳を握りしめて待ち構えたのだ。

 

 すると、天井の穴から覗く夜空から、ブラボーの叫びが聞こえてきた。

いや、その声がラカンに届く前に、すでに、すでにブラボーがラカンへと、流星のごとく落下し、蹴りを炸裂させていたのだ。

 

 ラカンは唸るような声を出しながら、その蹴りを本気で放った右拳のパンチで受け止めた。

とは言え、その衝撃だけは殺すことなどできはしない。ブラボーの今の攻撃でラカンの立っていた床は陥没し、周囲すらも砕き瓦礫に変えていったのである。

 

 

「いいぜぇ!! そうだッ! こうでなくっちゃなあッ!!!」

 

 

 ラカンは今の攻撃にかなり感激していた。

今の技がこの前受けた時よりも、ずっと重く強かったからだ。

 

 ふと見れば右拳から血がにじんでいるではないか。

これほどの実力者がまだ眠っていたことに、ラカンは喜びが沸き上がってきていた。

 

 

「ウオオオオオッッ!!!!」

 

「フンッ!!」

 

「何ッ!?」

 

 

 対するブラボーは、今の蹴りを受け止められたと悟ると、即座にラカンの拳から降り、今度は脇腹目掛けて蹴りを放った。

その瞬間でさえもブラボーは叫び声を止めずに、命を削っているかのように戦っていた。

 

 だが、その蹴りがラカンの右脇腹に突き刺さった瞬間、逆にラカンは脇腹と右腕でブラボーの伸びきった足を拘束したのだ。

これにはブラボーも驚いた。まさか全力で放ったキックが、簡単にガードされるとは思ってもみなかったからだ。

 

 

「おらよぉッ!! ”羅漢大暴投”ッ!!!」

 

「グッ!? うおおおおぉぉぉぉッ!!?」

 

 

 さらにラカンは、そのまま体全身に力を入れ、ブラボーを豪快に投げ捨てたのだ。

とてつもない速度でブラボーは投げ飛ばされると、その爆発的な勢いでホールの柱を数本をその体で貫き砕いた。

 

 

「……これしきの……ッ!!」

 

 

 だが、ブラボーは激痛など意に介すことなく、次の行動へと移行する。

態勢を変えて、その先にあった柱へと着地するかのように両足を付け、勢いを殺したのである。

 

 

「これしきのことオオォォォォ……ッッ!!!!」

 

 

 そしてブラボーは、その柱からラカンへと再びライフルから放たれた弾丸のようにとびかかると、その衝撃で足場に使った柱は崩壊、粉みじんとなったのだ。

 

 

「いいぜ!! マジで最高だぜテメェ!! もっと楽しもうぜ!!」

 

「今こそ貴殿に勝つッ!!」

 

 

 それを見ながらラカンは、無邪気に遊ぶ子供のように、この戦いをまだまだ続けようと言い始めた。

そうだ、もっとだ、もっと来い。もっともっと戦おうぜ。こんな楽しい時間を、終わらせるにはもったいないと。

 

 されど、ブラボーにその意思はなく、目の前の男を倒すことだけに、執着していた。

この戦いは楽しむためではない、自分が壁を乗り越えるための試練であると、ブラボーは強く思っているからだ。

 

 そんな短い会話が終わると、その瞬間、両者の拳と拳がぶつかり合い、大規模な爆発が発生したのであった。

また、ブラボーの仲間の少女は、宮殿の屋根の上でブラボーの勝利を願うのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 クルトが会わせたい人がいると言った後、ネギたちが入ってきた時と同じ、背後の扉がゆっくりと開かれた。

その扉から、大柄な一本の角を額に生やし、大きな耳を持った亜人が姿を現し、静かに部屋へと入ってきた。

 

 

「お師匠さま……、じゃない……? でも、この雰囲気は……!」

 

「ふむ、流石にわかってしまうか」

 

 

 その亜人を見たネギは、ふとその雰囲気が知っている人物に似ていると感じた。

それは師匠であるギガントのことだった。されど、その姿は自分が知る白髪の老人ではなく、大柄の亜人。明らかに別人だったために、大きく困惑していたのである。

 

 ネギの言葉を聞いた亜人は、顎を指でなでながら、それが正解であるかのような言葉をつぶやいた。

 

 

「え……? じゃあ、まさか、本当に……!?」

 

「うむ、そのとおりだよ」

 

 

 今の言葉を聞いたネギは、目の前の亜人があの白髪の老人と同一人物であることを理解し、驚いた顔を見せた。

そして、ネギの疑問を完全に晴らすために、亜人……ギガントはその正体を自ら語った。

 

 

「今まで騙していて悪かった。これが、ワシの本来の姿なのだ」

 

「いえ、少し驚きましたが、気にされるほどではありませんから」

 

 

 ギガントは旧世界にて変装を行い、姿を偽っていたことを謝った。

たとえ理由があろうとも、騙していたことに変わりはないからだ。

 

 されど、ネギはそのことに対して、特に気にした様子は見せなかった。

目の前の亜人の姿が、自分の師の本当の姿であったとしても、恩師に変わりはないからだ。それに、亜人などいない旧世界ならば、人に変装するのは当然だとも思ったからだ。

 

 

「しかし、それよりも今は、こちらの方が重要なのだよ」

 

「え……?」

 

 

 ただ、クルトが言った会わせたい人物とは、このギガントのことではない。

ギガントはそれを言葉したあと、ゆっくりと右側へと移動すると、ギガントの体の影から、一人の女性が現れたのだ。

 

 その女性を見たネギは、気が抜けたような言葉を発した。

 

 

「あ……ああ……!?」

 

 

 しかし、その数秒後、目を見開き、ありえないものを見たかのような表情で、驚愕の声を漏らしたのである。

 

 

「……すまなかった、我が息子たちよ……」

 

「ま……、まさか……」

 

 

 そこにいたのは金髪のロングヘアーで、凛とした表情の美しい女性であった。

色白の肌と白いドレスのようなローブを身にまとった、可憐な女性であった。そして、その女性はネギとカギに対して、()()()()と呼んだのである。

 

 ネギは目の前の女性に心当たりがあった。

何度かその人の話を聞いて、映像でも見たからだ。ただ、ここで出会えるとは思っていなかった。こんなところで再会できるとは、考えてもみなかった。

 

 

「か……母……さん……?」

 

「……二人とも……大きく……なったのう……」

 

 

 そんな驚いた顔のままゆっくりと歩みを進めはじめたネギは、女性へと恐る恐るそう言った。

そうだ、目の前の女性こそ、ネギの母親であるアリカだったのだ。

 

 アリカは成長した息子らを、愛おしく思いながら、再会を喜んでいた。

この10年、会うことがかなわなかった息子たちに、感涙していたのである。

 

 

「母さん!!」

 

「ネギよ……!!」

 

 

 ネギは感極まり、アリカへと駆け寄り涙を浮かべながら抱き着いた。

それに対してアリカもかがんで、しっかりと優しくネギを抱きしめたのだ。

 

 

「……よかった……」

 

「……本当にね……」

 

 

 それを見ていた誰もが、心からよかったと思っていた。

のどかはネギが母親と再会できたことに喜び、感動のあまりか涙を浮かべていた。

 

 アスナもこの場でアリカと出会えるとは思っておらず、少し面を食らった気分であった。

だが、それ以上に、10年ぶりに見たアリカの元気な姿と親子の再会を見て、頬を涙で濡らすほどに喜びを感じていたのだった。

 

 

「……カギ先生も、行ったら?」

 

「……俺はいいんだよ! 別に今更出てきたって、どうでもいいんだよ!!」

 

 

 そこへアスナは涙を浮かべ、自分もアリカに駆け寄りたい気持ちを抑えながらも、カギに気を使った言葉を述べた。

されど、カギはアリカの登場に驚きながらも、自分は関係ないと言う感じで言い張っていた。

 

 なんで自分らを産んでからさっさと消えていった女が、今更出てきて母親面しているんだ。

”原作知識”でしか覚えてない母親なんぞ、どうでもいいだろうが。そう悪態をついていた。

 

 

「……本当に?」

 

「そりゃそうだろうが!!」

 

 

 されど、それが本心なのかと、アスナはカギへと聞いたのだ。

それでもカギは当たり前だと強情を張るではないか。

 

 

「そりゃそうなんだが……クソッ……」

 

 

 しかし、そんな憎まれ口をたたくカギだったが、本当にどうでもいいなんて思ってなどいない。

ああ、畜生。別に目の前の女を、母親だと思ったことなんてなかったのに。気にしたことなんて一度もなかったはずなのに。

 

 

「……なんで……、なんでだよ……。なんでなんだよ……」

 

 

 どうしてなんだろうか。この安心感は、高揚感は、喜びは、感激はなんだろうか。

おかしい、そんなはずはない。こんなにも激しく感情を揺さぶられるようなことじゃないはずなのに。

 

 

「なんで……こんなにも涙が……、あふれて……きやがるんだ……。止まらねぇんだよぉ……、チクショオ……」

 

 

 どうしてなんだろうか。別にちっとも気にかけたことすらなかったはずなのに。

ああ、畜生。涙がどうして止まらないのか。目の前の女を、どうして母親であると認めてしまうのだろうか。

 

 母親として慕ったこともなかったのに。母親としての行為を受けたことなんて記憶にないのに。

それでもわからないが、確かに目の前の女は母親だと認識してしまう。どうでもいいはずなのに、再会を嬉しく思い涙があふれ出てくる。

 

 カギは自分の気持ちに、涙が止まらないことに困惑していた。

その原因であるだろうアリカを、涙を拭くことすらせず、ただただ見ていた。

 

 そう、アスナが先ほど質問したのは、カギがむせび泣いていたからだ。

静かにであったが、滝のように涙を流していたからだ。

 

 

「……カギよ、そちらも寄るがいい」

 

「おっ、俺はいいんだっ。兄貴だからいいんだっ!」

 

「そう言わずに寄るがいい」

 

 

 そんなカギにアリカは、優しい表情で自分に寄るよう呼び掛けた。

が、カギはそれに対して、つっぱねるようなことを言うではないか。

 

 単純にカギは、そんなことは恥ずかしくてできない、と思っているのだ。

自分は転生者だ。こんな産んだだけの女に寄り添うなど、できるはずがない。転生して10年、転生前はおっさんだった俺が、そんなことできない、そう思っていたのだ。

 

 されど、アリカはネギの頭をなでていない方の手を、カギへと向けた。

恥ずかしがることはない。今まで何もできなかったのだから、存分に甘えてほしい、と。

 

 

「けっ……」

 

「うむ……」

 

 

 そんなアリカの態度を見たカギは、観念したのかアリカへとゆっくりと近づき、体を寄せたのである。

とは言え、がっつくように抱き着く訳でもなく、ただただ体を少しだけ預ける形ではあったのだが。

 

 アリカはぶっきらぼうなカギを見て、温かみのあるほほ笑みを浮かべていた。

何を言おうとも、自分の傍に寄ってきてくれたことが、何よりも嬉しかったのだ。

 

 

「二人とも、苦労を掛けた……」

 

 

 そこでアリカは二人を軽く抱きしめながら、まるで懺悔するかのように贖罪を語り始めた。

 

 

「謝っても許されぬだろうが、言わせてほしい……。すまなかった……」

 

 

 10年間、母親として何もできなかったことを、親として近くにいれなかったことを、アリカは二人に謝罪した。

こんな謝罪で許してくれるとは思っていない。謝罪だけで許してくれるとも思っていない。

 

 されども、謝らずにはいられなかった。謝らなければならないと思った。

許されることではないと思いながらも、二人への罪の意識として、謝らずにはいられなかった。

 

 

「いいんです……。何か事情があったと思いますから……」

 

「別に気にしてねぇし……。気にしたこともねぇし……」

 

「すまなかった……」

 

 

 その謝罪に、ネギはあまり大きく気にした様子を見せなかった。

むしろ、母親と再会できたという喜びの方が大きく、悪感情などが出なかった。

 

 それに、ネギは父親のことばかり意識して、母親のことをあまり意識したことがなかった。

近くで母親のことを話してくれた人が師匠以外いなかったのもあるが、本来の子供ならば、それでももう少し意識を向けるものだろう。だと言うのに、父親に拘り、母親を疎かにしていたのがネギであった。

 

 それ故に、母親のことをもっと知ろうとしなかったことに対して、再会を経て、少しだけ後ろめたさを感じてしまったのである。

 

 カギはと言うと、本当に気にしていなかった。

ただただ、こんなところで、こんな形で出会うとは思っていなかった、その一点に尽きた。だから何も言うことなどなく、それ以上思うこともなかった。

 

 本来ならば罵倒雑言を投げられてもおかしくないと言うのに、二人とも何も言わなかった。

そのことにアリカは涙を一粒流しながら、もう一度だけ二人へと、静かに謝るのであった。

 

 

「……アリカ……」

 

「……アスナか……」

 

 

 そこへ、アスナも静かにアリカへ近寄り、彼女の名前を呼んだ。

アリカはその声を聞いて顔を上げると、そこには懐かしい顔があり、その顔は涙で濡らしながらも、喜びに満ちた笑顔だった。また、再会を祝うかのように、アリカも目の前の少女の名を呼び返したのである。

 

 

「主も随分と大きくなったではないか」

 

「ふふ……、ありがと」

 

 

 そして、アリカは成長したアスナを見て、そのことを言葉にした。

昔会った時はあんなに小さかったと言うのに、ここまで大きくなってくれていた。小さいままではなかったことに、喜びと安心感を同時に味わっていた。

 

 アスナもそう言われ、自信ありげに胸を張り、礼を述べた。

昔見た小さいままではない。ちゃんと成長できたことを、見せたかったのだ。

 

 

「……ふん」

 

 

 そんな彼女らのやり取りを、遠くからエヴァンジェリンが眺めながら鼻を鳴らしていた。

一見不貞腐れた態度のように見えるが、彼女なりに彼らの再会を喜んではいるのである。

 

 されど、エヴァンジェリンの内心は複雑なものであった。

何せ、少し前に実兄に出会い、迎えに来たと言われたのだ。あの時自分はどうするべきだったのか。あの兄の言葉に、どう答えればいいのか。どう応えてやればよいのだろうか。そればかりを考えると、気持ちがモヤモヤとするのだった。

 

 

「さて、こうして再会したのだから、ゆっくりと語らいでも……」

 

 

 そこへクルトが彼女らへと声をかけ、どうせならもっとしっかりした場所で話し合おうと言いかけた。

だが、そこへ邪魔をするかのように、部屋全体が大きく揺れたのである。

 

 

「……という訳にはいかんようだな……」

 

 

 ギガントはその揺れを感じ、ゆっくりと語らっている余裕はなさそうだ、と言葉にした。

 

 また、誰もがこの揺れに対して驚きを感じ、何がどうなったのかと言う顔をのぞかせていた。

 

 

「なんだこの揺れは……! どうなっている!?」

 

「い、今しがた謎の敵影が出現し、この総督府をかこっております!」

 

「何……!?」

 

 

 クルトもこの揺れを感じて、何が起こったのだろうかと声を荒げた。

そこへ側近の少年が扉から現れ、なんと敵が現れたと報告しに来たのだ。

 

 その報告にはクルトも寝耳に水であった。

本来ならば、このまま彼女らとゆっくり話し合う予定だったからだ。

 

 

「……()()()()から攻めてきた、という訳か」

 

「よくもまあ、よい雰囲気のところに水を差してくれる……!」

 

 

 ガトウはこの揺れの犯人に目星をつけ、やれやれと言う態度を見せた。

クルトはこの麗しき再会の邪魔をされたことに、かなり腹を立て、怒りを叫んだのであった。

 

 



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百六十話 敵襲

 宮殿の外では、何やら騒ぎが起きていた。

いや、騒ぎなどと言う生易しいものではなかった。

 

 

「なっ、なんだ!? 何が起こっているんだ!?」

 

「なんだあれは!?」

 

 

 突如として地面から召喚されたかのように出現した大多数の怪物に、宮殿を護衛する兵士たちは動揺し、パニック寸前になっていた。

 

 その姿は骸骨の兵士や悪魔の兵士、大型の悪魔と様々だった。

だが、それらに共通することは、全身が黒ずんでおり、闇が怪物の形になったかのような感じが見受けられるところだ。

 

 しかし、その程度の大きさだけにとどまってはいない。

むしろ、最初に現れた召喚魔こそが、最も恐ろしく巨大であったのだ。

 

 その大きさはゆうに数百メートルは超えているのではないかと言うほどのものだった。

空に浮かぶ新オスティア、その総督府の側を流れる雲を突き破り、総督府の宮殿の何倍もの大きさを持つ、超大型の怪物(モンスター)

 

 誰もがそれを見た瞬間に、恐怖に慄き平常心を失っていった。

警備兵も恐怖のあまり体が硬直し、思うように動けなくなるほどだった。当然、客も恐怖に染まり、パニックを起こし始めていた。

 

 

「うおおおああ!!?」

 

「こっ、攻撃してきたぞ!?」

 

「迎え撃て!!」

 

 

 そして、そのような召喚魔が、ついに兵士たちや客に襲い掛かってきたのである。

兵士たちは何とか平常心を取り戻し、客を逃がし、宮殿内に召喚魔を入れぬよう戦闘を開始。周囲に出現した召喚魔を駆逐せんと、勇敢にも攻撃を行ったのだが……。

 

 

「効いてない……のか……!?」

 

「ばっ、バカな……」

 

「うわああ!!?」

 

 

 まるで攻撃が通らなかった。

いや、かき消されているかのように、魔法などの攻撃が命中する手前で消え去るのだ。

もはや、これでは打つ手なし。警備兵たちはやられるがままに、敵の攻撃を防ぐしかなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 当然、この状況に巻き込まれているものはいた。

状助だ。彼は不安を感じて宮殿の外で待機していたら、案の定な状況になってしまったことに今更ながら慌て始めていた。

 

 

「オイオイオイ!? やっぱりこうなっちまうってのかよ!?」

 

「なっ、なんだいコレは!?」

 

「”敵”だぜ! チクショー!! 戦いは避けられねぇかぁー!」

 

 

 状助は突如として出現した召喚魔を見て、すぐさま察したかのように声を荒げた。

状助は”()()()()()()()()()()”転生者。これが”完全なる世界”による攻撃であることを、即座に理解したのだ。

 

 しかし、その傍らにいた三郎は、突然のことで混乱した様子を見せていた。

この三郎も状助と同じく転生者であるが、”()()()()()()()()()”転生者だ。

故に、この現状への理解が追い付かず、誰か! 誰か説明してくれよ! と言う状態となっていたのだ。

 

 そんな困惑する三郎へと状助は、すぐさま説明を入れた。

これは敵がやってきた証拠だ。”()()()()”敵がここに攻めてきたんだと、心底残念そうに叫んだのである。

 

 

「三郎さん!」

 

「亜子さんは俺のそばに」

 

「うん……」

 

 

 また、彼らの近くにはもう一人、亜子がいた。

亜子もこの状況がまったくわからない様子で、三郎へと助けを求めたようだった。

 

 そんな不安がる亜子の手をしっかりと握り、引き寄せ、彼女は自分が守ると言わんばかりの態度を見せる三郎。

自然な騎士(ナイト)ムーブを見せる三郎に、亜子は頬を紅色に染めながらも、この突然始まったナニカに、怯えるしかなかった。

 

 

「とりあえず約束した合流地点へ移動だぜ」

 

「でも、この状況でどうやって……」

 

「蹴散らして行くしかねぇだろうがよオォ! ドラアァッ!!」

 

 

 状助は、このままではマズイと考え、こうなることを予想して決めてあった合流地点への移動を即決した。

と、言うのも、何かあった時はこの総督府下部にある、物資搬入港で落ち合うことになっていた。状助が何やら嫌な予感がする、と不安がるので、何かあればとみんなで決めておいたのである。

 

 とは言え、闇を凝固したかのような召喚魔は、どんどん数を増やしている。

こんな状態でどうやってその場所まで行く気なのかを、三郎は状助へと聞いたのだ。

 

 そんな問いに状助は、強行突破だと叫んだ。

安全に移動できる手段があるのならば、それを使いたいところだ。されど、そんな手段なんかどこにもないのだから、無理やり敵をぶっ飛ばしながら、移動するしかないのだ。

 

 状助はそう叫んだ後、即座に自らのスタンド、クレイジー・ダイヤモンドを繰り出し、召喚魔を殴り飛ばした。

もはや敵が周囲を埋め尽くし始めており、それをモーゼが海を割るかのように、強引に進んでいくしかなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 状助たちとは別に、宮殿内で何やら騒がしいことに気がついたものがいた。

それはアルスと裕奈、そしてトリスだ。

 

 

「なんだどうした!?」

 

「アルスさん! あれ! あれ!!」

 

「こいつは……」

 

 

 アルスが何があったのかと言葉を漏らせば、宮殿内の床からも召喚魔がぞろぞろと湧いて出てきたでははないか。

それを見た裕奈が指をそちらに向けてアルスを呼べば、アルスも何が起こったのかを即座に理解したのである。

 

 

「……わざわざ乗り込んでくるなんて、やれやれね」

 

「結局こうなっちまったか……、全く面倒だぜ……」

 

 

 トリスはこの状況に、なんとも気の抜けた態度を見せていた。

はー、こんなところまでやってきてご苦労なことだ、そんな感じの気分だった。

 

 アルスもまた、こりゃまた面倒くさいことになったと考えた。

こうならなきゃいいのにな、と楽観的なことを考えていたが、そうはならなかったことに落胆するしかなかったのだ。

 

 

「この状況どうすんの!?」

 

「めんどくさいが客を逃がしながら、予定の合流ポイントに移動するしかねぇ!」

 

 

 そんなやる気がないような態度を見せる二人に、裕奈は言ってる場合か、と言う感じで指示を仰いだ。

 

 それに対してアルスは、なっちまったもんはしょうがないと意識を切り替えた。

そして、戦えない招待客たちを庇いながら、自分たちの作戦どおりに行動すると、やけくそ気味に叫んだ。

 

 

「私は好き勝手にやらせてもらうけども?」

 

「ああ、存分にやってくれ!」

 

「じゃ、そういうことで」

 

 

 ただ、その指示に従う気がないトリスは、むしろ自分の意志で行動すると言い出した。

トリスはエヴァンジェリンの従者となりて庇護下にいるが、アルスにはそんな義理も義務もない。よって、適当に相手をすることにしたのである。

 

 されど、そういうトリスにむしろ頼もしさを感じたアルスは、ならば好き放題してくれと言うではないか。

ならばと、トリスは仮契約カードに登録しておいた、青ローブ姿を呼び出し早着替えを完了。さらに両足に武装すると、一瞬にして敵の中央へと移動し、蹴散らし始めたのだ。

 

 戦う彼女の動きは、まさしく流水のごとく美しさであった。

まるで一流のダンサーのような身のこなしは、まさしく湖を優雅に舞う白鳥そのものだった。軽やかかつしなやかなステップを踏むごとに、召喚魔をヒールブレードで串刺しにしていったのである。

 

 

「あの人なんかすごい強くない!?」

 

「あったりまえだ。俺を一度ボコしたんだからな」

 

「えー!? 何それ聞いてないんだけど!?」

 

 

 裕奈は初めて見るトリスの戦いぶりに、息をのんだ。

なんという美しくもしなやかな動きだろうか。強い、強すぎる。

 

 そのことをアルスに聞けば、そこでさらに信じられないことをアルスが言い出したではないか。

 

 アルスを一度倒したと言うのは、裕奈にとってショックな言葉だった。

どんな魔法でも無詠唱で撃てて、やる気はないが強さだけは確かに一流だった。そんなアルスが敗れたと言うのは、信じがたいことであった。

 

 しかし、目の前で踊るように敵を苦も無く切り刻み穿っていく少女の姿に、信じざるを得ないものがあった。

まあ、裕奈はそれ以上に、その話を初めて聞いたことに、一番文句があったのだが。

 

 

「んなことより、とりあえずは……」

 

「やるしかないね……!」

 

 

 とは言え、そんなのんきをしている暇はない。

アルスはさてとと準備運動を軽くすると、静かに構え始めた。

 

 そして、裕奈もアルスの言葉に同調し、杖を取り出すのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 大量の召喚魔は、尽きることがなくとめどなく湧いて出てきている。

数多たちも宮殿内で、それを見て何事かと驚いていた。

 

 

「なんだよこいつら!?」

 

「召喚魔の類か……!?」

 

 

 こりゃいったいどうなってんだと、悪態つく数多。

焔も敵の姿や出現方法を見て、召喚魔ではないかと予想を付けた。

 

 

「っ! 攻撃してきたぞ!?」

 

「まさか、あの野郎の差し金ってやつか!?」

 

 

 そして、一体の悪魔兵士のような召喚魔が、その握った剣で焔へと攻撃してきたではないか。

焔はその攻撃を簡単にかわし、数多が召喚魔を殴り飛ばした。

 

 そこで数多はこの攻撃が、コールドとか名乗った男の、あるいはその一味の犯行なのだろうかと考えた。

 

 

「攻撃してくるなら、反撃するまでだ……! 来れ(アデアット)!」

 

 

 そんなことよりも、攻撃してきたということは、敵で間違いないだろう。

いや、もう見た目からして敵と言う雰囲気なのだが。

 

 焔はだったらと周囲に出現した召喚魔を、左目のアーティファクトの熱線で攻撃した。

 

 

「……!? 何か……、変だな……」

 

「どうした!?」

 

 

 だが、その直後、何やら違和感が焔を襲った。

そのつぶやきに数多は、焔に何かあったのかと尋ねた。

 

 

「いや……、一瞬だが、攻撃が敵の前で消失した感じがあった」

 

「でもよお、ちゃんと命中してるじゃねぇか」

 

「だから変に感じたのだが……」

 

 

 焔が感じた違和感とは、放った熱線が召喚魔に命中する瞬間、消滅したような印象があったのだと言う。

 

 その理由は、この召喚魔のようなものも、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の加護を受けているからだ。

それによって()()()()()の攻撃はどんなものでさえも、無効化されてしまうのである。

 

 焔も()()()()()であり、その法則が適用されてしまう。

されど、数多が言うように、その熱線は敵に命中し、焼き滅ぼした。本来ならばそのまま無効化されてしまっていたはずなのだが、どういう訳なのだろうか。

 

 その理由は焔が両腕に装備している指輪にあった。

この指輪は本来なら器がなければ行くことのできない旧世界へ行く時に龍一郎から授かった、器なしで行けるようにするために、皇帝とギガントが作り出したものだ。

 

 それによって焔の攻撃が、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の効果を貫通し、召喚魔を倒したのである。

故に、その無効化を無効化した部分に、焔が違和感を感じたのだ。

 

 

「まあいい! 通じるのなら攻撃あるまでだ!」

 

「俺も負けてられねぇな!」

 

 

 しかし、違和感があれど攻撃が当たるならば、問題などどこにもない。

焔はそう言い放ち、再び召喚魔へと攻撃を開始したのである。

 

 数多も焔の行動を見て、義妹に先を越されんと、戦闘を開始したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じく、この異変に気が付いた千雨は、この急に来た状況に戸惑いを感じていた。

 

 

「一体何がはじまったんだ!?」

 

「敵が乗り込んできたみたいだ」

 

「へっ! 嬉しいねぇ! こっちは退屈で退屈で死にそうだったんだ! 少しばかし遊ばせてもらうぜ!」

 

 

 なんだこれは、どうしてこうなった。千雨は驚きの中で、なんとか状況を把握しようと努めていた。

同じように冷静にこの場の対処を考える法の姿もあった。

 

 そんな時、むしろ待っていたと言わんばかりに、興奮する声が男の聞こえてきた。

それはたまたま傍にいたカズヤだ。カズヤは舞踏会というものに退屈を感じていた。なので、この暴れることができる状況がやってきたことに、喜びを感じていたのだ。

 

 

「そう言っている場合ではない! ここには戦えないものも多い! 避難を優先するのが道理だ!」

 

「そーいう面倒ごとは俺にゃ向いてないんでね! それはテメェが勝手にやりな!」

 

 

 その空気を読めぬ発言に、法は怒りを感じて叫ぶように指示を出した。

されど、カズヤはそんなことはしたくない、の一言で切り捨て、言い出しっぺが頑張れと言うだけだった。

 

 

「んなことやってねぇでどうにかしろ!」

 

「あいよ!」 「わかっている!」

 

 

 またしても隙あらば喧嘩を始める二人に、千雨はやっとる場合か! と叱り飛ばした。

それを聞いた両者は、息があったかのように、同時に返事を返すのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 また、この襲撃に驚いているのは、彼らだけではない。

夕映とアリアドネ―の騎士団の仲間たちもまた、この状況に困惑していた。

 

 

「何ですかこれは!?」

 

「これは……、召喚魔……悪魔!?」

 

 

 突然出現した召喚魔を見て、夕映は何が起こったのかと混乱しそうになっていた。

同じくその友人のコレットも、召喚されたものが悪魔、魔族の類ではないかと考え、戦慄した様子だった。

 

 

「外を見るです!」

 

「なっ!?」

 

 

 そこで夕映が外の窓を見れば、なんと巨大な怪物の姿があるではないか。

夕映の指が指し示す場所を仲間たちも見て、これはただ事ではないことを悟り驚いた顔を見せていた。

 

 

「護衛の兵士たちも戦ってるようですが、有効打がないようですね……」

 

「マズイんじゃないこれ!?」

 

 

 さらに、すでに戦闘を始めた兵士たちの雲行きも怪しい。

このままでは敵の数に押しつぶされかねないと、エミリィやコレット、ベアトリクスも不安をつのらせるばかりだった。

 

 

「ここは応戦して……!」

 

「待つです! まずは私のアーティファクトで、敵の情報を調べてみるです!」

 

「ですが、そんな暇は……!?」

 

 

 されど、ただ見ている訳には行くまいと、エミリィは率先して戦おうと、装剣を用いて騎士団用の剣を呼び出した。

 

 だが、そこで夕映が待ったをかけた。

敵の正体がわからぬまま、闇雲に戦うのは危険と判断したからだ。

 

 しかし、敵が増え続けており、すでに攻撃が始まっている状況だ。

このような状況で悠長なことはしていられないと、エミリィは焦った様子で叫ぶのだ。

 

 

「お困りのようだね」

 

「この声は……!?」

 

 

 そんな時、ふと、夕映が知る声が耳に入ってきた。

どこで聞いたか、とても懐かしいような、最近まで聞いていたような、そんな声だった。

 

 その直後だった。

すさまじい光景が、彼女たちの綺麗な瞳に映されたのだ。

 

 それは、光だった。それは、破壊だった。

巨大な光の柱のようなとてつもない気の圧力が、周囲の召喚魔を一瞬にして消滅させていた。

 

 

「すごい……、一撃で大量の敵が……」

 

「あっ、あなたは……、まさか!?」

 

 

 なんという力だろうか。あれほど膨れ上がっていた敵の山が、もはや見る影もない。完全に消えて滅された後だった。

誰もがその光景に驚く中、この力を知っている夕映が光が放たれた方向を見れば、見知った人がポケットに手を入れながら、そこに佇んでいた。

 

 

「高畑先生……!」

 

「やあ、久しぶりだね」

 

 

 それは、タカミチだった。

そして、光の正体とは、無音拳であった。

 

 夕映はこの技を見たことがあった。知っていた。

あの光の柱のような力は、まほら武道会で見た時と同じ、タカミチが使っていた技だ。

 

 とっさに夕映がそばにやってきた男の名前を呼ぶと、タカミチは普段通りの笑みを見せ、彼女らのそばへと近寄りながら、優し気に挨拶を述べてきた。

それはまるで通学路や学校で会った時のような、いつも通りの声色だった。

 

 

「ありがとうございます!」

 

「別に礼にはおよばないよ。元生徒を助けただけだからね」

 

 

 夕映は、この状況で助けてくれたことを理解し、礼とともに頭を下げた。また、何故高畑先生がここにいるのか、と言う疑問が湧いたが、魔法世界に囚われた自分たちを助けに来てくれたのだろうと考え、あえて質問はしなかった。

 

 それに対してタカミチは、特に気にした様子を見せず、前に担当したクラスの生徒を助けただけ、と言うだけだった。

 

 

「……さっきの続きはやらないのかい?」

 

「そっ、そうでした! 来れ(アデアット)!」

 

 

 そこでタカミチは、先ほど夕映が何やらやろうとしていたのを思い出し、それを提言した。

すると、夕映も言われて思い出したかのように、自分のアーティファクトを呼び出したのであった。

 

 

「あれは召喚された魔族ではなく、闇の魔素を編んで造った、言わば()()()()……」

 

 

 そして夕映は、周囲の召喚魔や外の巨大な怪物がどういうものなのかを、アーティファクトで調べ、その正体をぽつりぽつりと説明し始めた。

 

 

「影使いと人形使いの中間のような、非常に珍しい魔術です」

 

 

 敵である召喚魔は、かなり珍しい術で造り出されたものだった。

影を用いて召喚魔のような形とし、それを操作しているというものだ。

 

 

「さらに窓の外のあの黒い巨人、20年前の大戦で()が使ったという画像を発見しました」

 

「20年前の大戦……!? まさか完全なる世界(コズモエンテレケイア)……?」

 

 

 さらに、20年前の大戦にて外の巨大な怪物が存在していたことを、夕映は発見した。

それを聞いたエミリィは、あれを操っているものが20年前に紅き翼に倒されたと言われた、完全なる世界の手のものなのか、と訝しんだ。

 

 

「……そうだね。アレは確かに、20年前の大戦で奴らが使っていたものだよ」

 

「そんなっ!?」

 

「やはり、そうでしたか……」

 

 

 今の夕映の説明を聞いていたタカミチが、ふと静かにその事実を述べ始めた。

その言葉に、エミリィは驚き、他の二人も驚愕の表情を見せていた。

 

 ただ、夕映は最初から予想していたようで、驚くことはなく、むしろ納得した様子を見せていたのだった。

 

 

「あれほどつぶして回ったのに、まだこんな元気があったとは……」

 

「そういえば、先生は彼らの残党を倒して回っていたんでしたね」

 

 

 いやはや、完全なる世界の残党は、しらみつぶしに潰してきたはずなんだが。

だと言うのに、これほど大それたことをやらかせるぐらいの戦力があるとは。タカミチは少ししてやられたと言う気分を感じながら、苦笑してそのことをこぼした。

 

 夕映はその言葉に反応し、タカミチが残党狩りをしていたことを思い出したようであった。

 

 

「おや? よく知っているね」

 

「エヴァンジェリンさんが教えてくれたです」

 

「なるほど」

 

 

 夕映がそれを知っていることに少し驚いたタカミチは、物知りだね、と言う感じで何故それを知っているのかを尋ねた。

 

 と言うのも、夕映はその事実を、エヴァンジェリンから教えてもらっていた。

それを説明すると、タカミチも納得した顔で小さくうなずいていた。

 

 

「さて、ここはネギ君たちと合流しようか」

 

「確かにその方がよさそうですね」

 

 

 とりあえず、この場はネギと一緒にいた方がいいだろうと思考したタカミチは、夕映らにそれを提案した。

夕映も他の子たちもその案には賛成だったので、特に意見もなく素直に指示に従ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 襲撃はさらに勢いを増すばかりであった。

当然、元完全なる世界の一員であるフェイトの目にも、その状況が映し出されていた。

 

 

「これはいったい!?」

 

「多分、()()が本腰をあげたのかもしれない……」

 

 

 栞の姉はフェイトの隣で、突如地面から召喚された怪物に驚き、少し怯えた様子を見せていた。

そんな怯える栞の姉を安心させるかのように前にスッと立ち、この襲撃が元仲間の仕業であると、フェイトはすぐに見抜いた。

 

 その後ろに控えていた従者である栞・環・暦、そして剣の名を貰ったランスローの四人も、突然の襲撃に驚き戸惑っていた。

 

 

「この闇の傀儡なる術は……なるほど、()の差し金と言ったところか」

 

 

 また、この召喚魔のような存在が、一人の男が操る闇の人形のようなものだと言うことも、フェイトは理解した。

何せ組織を抜ける前から知っているのだ。そのものの戦い方も理解しているのは当然と言えよう。

 

 

「……まさか、皇帝はこれを見越して、僕たちをここに……?」

 

 

 むしろ、それよりもフェイトが気になることがあった。

こうなることがわかっていたであろう皇帝が、何故自分たちをここに送ったのか、と言うことだ。

 

 元は目の前の敵の一員だったのだから、けじめをつけろ、ということなのだろうか。

それとも、他に理由があるのだろうか、とフェイトは考えた。

 

 

「戦闘の許可を……。私が周囲の敵を殲滅しましょう」

 

「任せたよ」

 

「ハッ」

 

 

 しかし、そんなことをしている暇はない。

召喚魔じみた敵が、続々と周囲から出現し続けているからだ。

 

 この状況を見かねたのか、フェイトの少し後ろに待機していた剣のこと黒騎士ランスロ―が、ひざまずきながらフェイトへと応戦の許可を求めてきた。

しかも、すでに黒きフルフェイスの甲冑を魔法で呼び出し武装しており、戦闘態勢は整っている様子であった。

 

 フェイトはすぐさま少ない言葉で、ランスローへと戦闘許可を出した。

そこでランスローは小さく返事をした直後に無銘の剣を引き抜けば、まるで血が滴ったかのような朱色の筋が剣全体に走り、禍々しい紅き光りに包まれたではないか。

 

 それこそがランスロ―の特典(のうりょく)が一つ、Fateのサーヴァント、ランスロットの力の一端。

ランスロットが保有する宝具、騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)だ。

 

 

 ――――ふと、強い風が舞い上がった。

強風、という程の風ではなく、髪がふわりと巻き上がる程度の強い風だ。

どこからの風かと言えば、それは漆黒の騎士が瞬く間に移動した時に発生した、衝撃で巻き起こったものだった。

 

 その風をフェイトが肌で感じるころには、驚くべきことに目の前に現れた敵の半分が、ばらばらに切り刻まれて消滅していたのだ。

まさに、雷光のごとき素早さ。電光石火とはこのことだろう。最高の騎士(ランスロット)の能力を鍛えてきた転生者、ランスローの実力は伊達ではない。

 

 

「僕はこの召喚魔のようなものを操っている男を知っている。それを探して倒せばいい」

 

「ですが、この数と混乱した中では……」

 

 

 またフェイトは、この召喚魔の使い手を知っていると話し出した。

この召喚魔じみたものを操っているのは昔の仲間だ。これは20年前にその男が操っていた術の一つだ。それさえ倒せば、この騒動は収まると言うことも熟知しており、フェイトはそれを語った。

 

 昔の仲間のよしみというものはあるが、今はアルカディアの皇帝の仲間となりて、彼らを裏切った。

ならば、もはや敵同士。相手も自分をもう仲間などと思っていないだろうと、フェイトは考えた。

 

 

 が、この混乱した中で、一人の男を探すのは至難の業だ。

それを栞は、不安に染まった表情で言葉にしていた。

 

 

「そうだね。それに、彼だけが来ているなんて、甘い考えは捨てた方がよさそうだ」

 

「えっ!? 敵がまだ増えるってことですか!?」

 

「これほどの本気の攻撃だ。戦力をそろえて投入してくると考えた方が自然だ」

 

 

 栞の言葉をフェイトは肯定し、それ以外にも敵が来ている可能性があると考えた。

この規模の攻撃なのだから、敵が一人だけやってきているなど、ありえないだろうと。

 

 それを聞いた暦は、この状況でさらに敵が増えることに、慌てふためくように声を発した。

フェイトが言う敵が一人だけでさえ、この状況だというのに、さらに敵が増えたらどうなってしまうのか、と思い戸惑ったのだ。

 

 されど、現実は非情だと考えた方がよいと、フェイトは言う。

何せこの総督府を混乱させるほどの攻撃なのだ。本気で襲撃してきていると考えれば、敵が増え無い訳がないのである。

 

 

「まっ、まさかあの時の男も……!?」

 

「……来ている可能性はある。誰のものかはわからないが、驚異的な重圧(プレッシャー)を微弱なりに感じるよ……」

 

 

 そこで敵として最も考えられるのは、例の竜の騎士だ。

あの男がここに来ているのではないかと環は考え言葉に出した。

 

 そしてフェイトもまた、どこからかで放たれている、すさまじい殺気に近い何かを少なからず感じていた。

その恐ろしい気配が竜の騎士のものなのかはわからないが、とにかく油断はできないだろうと考えた。

 

 

「……とりあえず、周囲の人々を救出しよう。皇帝が何かしている以上、見過ごす訳にはいかない」

 

 

 また、フェイトは招待客が”人形”とわかった上で、あえて救うことにもした。

あの皇帝がこの世界を救うと断言したのだ。であれば、目の前の”人形”も救う価値があると信じたのだ。

 

 いや、フェイトはその前からすでに、戦争や転生者の争いで親を失った、身寄りのない子供たちを助けていた。その助けようと思った相手が”目の前で苦しむ人形たち”に変わっただけなのかもしれない。

 

 

「……少しよろしいでしょうか」

 

「何か?」

 

 

 だがそこで、すでに周囲の召喚魔を斬り倒し、安全を確保したと判断し、フェイトの前でひざまずく漆黒の騎士が一人。

なんということだろうか。フェイトの手を煩わせることなく、すでに周囲の敵の殲滅が完了していたのだ。

 

 そこでランスローはこの状況を説明すべく、フェイトへと意見する許可を求めた。

とは言えフェイトは、そこまで改まる必要はないんだけど、と心の中で思いながらも、ランスローの言葉の続きを聞いたのである。

 

 

「……私が”転生した者”であることは、ご存じでしょう」

 

「覚えているよ」

 

 

 すると、ランスローは自らが転生者であることは、すでに教えているのは覚えているだろうと言い出した。

その問いには当然と言う様子で、フェイトも肯定の一言を小さく発した。

 

 

「では、私が保有するその”()()()()()()()()()()()()”のことを話してもよろしいでしょうか」

 

「……お願いできるかな?」

 

「ハッ」

 

 

 ランスローは別に転生者であることを再確認するために、今のことを話し出した訳ではない。

その続きこそが、ランスローが語りたい本来のものだった。

 

 それこそ、転生者が持つと言う”原作知識”のことであった。

ランスローはそれをこの場で話してよいかと、フェイトへと許可を再び求めた。

 

 フェイトは少し考えた末に、ランスローが”知っている未来”を教えてもらうことにした。

その許可が下りたランスローは、高らかな返事とともに小さく頭を下げると、スッと立ちあがってこの先起こりうる最悪の予想を語りだした。

 

 

「この襲撃の一端は、20年前の再来の序章。魔法消失現象による、魔法世界の崩壊を意味しております」

 

「……なるほど……」

 

 

 そう、この襲撃が意味することとは、20年前に完全なる世界が行った魔法世界の消滅と言う計画が、再び実行に移されたということだ。その初期段階の行動であると、ランスローは説明した。

 

 それを聞いたフェイトは、小さくうなずきながら、納得した様子を見せていた。

 

 

「彼らの最終的な目的、この世界の消滅が間近に迫っていると思われます」

 

「……そうか、だから皇帝は……」

 

 

 そして、初期段階と言ったが、すでに敵の準備はほぼ整っていることも間違いないと、ランスローは語った。

フェイトはランスローの説明を聞いて、アルカディアの皇帝の真意がほんの少しわかったと思ったようだ。

 

 

「であれば、この騒動に巻き込まれているであろう、ネギ・スプリングフィールドと接触し、共に行動するのがよろしいかと……」

 

「……彼と、か……」

 

 

 そして、その場合は完全なる世界と敵対しているであろう、ネギたちと共闘するのが、得策だとランスローは静かに述べた。

 

 ネギ、と聞いたフェイトは、数日前に彼と語り合ったことを思い出した。

ただ、()()のフェイトはネギとほとんど接点がないので、彼に執着するほどの気持ちは持ち合わせていないのだが。

 

 

「そうだね、君の言うとおりにしてみよう」

 

「ハッ、ありがとうございます」

 

 

 その数秒後、フェイトはランスローの意見を取り入れることにした。

自分たちだけで行動してもよいが、この騒動は一筋縄ではいかないと考えたからだ。

 

 そのフェイトの言葉に、ランスローは再びひざまずき、頭を下げて感謝の言葉を述べた。

そんなランスローにフェイトは、オーバーすぎないかな? と思うのだった。

 

 

「じゃあ、僕たちの目的は、ここにいるであろう彼を探すということでいいね?」

 

「はい!」

 

 

 フェイトはそれならと、後ろの従者たちにも次の行動について問題はないかを尋ねた。

それについて栞は何も言うことはなく、ただただ元気のよい返事を返すだけだった。同じく、その後ろの暦と環も大きくうなずき、それでいいと言う態度を見せていた。

 

 

「あ……っ、周囲の人たちも助けながらで」

 

「わかってます!」

 

 

 また、フェイトは言い忘れたという感じで、人命救助を付け加えた。

だが、それは先ほど話していたことなので、従者たちもすでに理解していることだった。

 

 

「それなら……」

 

「ひゃっ!?」

 

 

 そして、フェイトは目的を言い終えると、自然体のまま、傍らにいた栞の姉の肩に手を伸ばし、そっと抱き寄せた。

栞の姉は突然のことに驚き、変な声を出して顔を真っ赤にし、驚いた顔をのぞかせた。

 

 

「僕から絶対に離れないで」

 

「はっ、はい……!!」

 

 

 だが、驚くことは行動だけではなかった。

その直後、フェイトからとてつもない言葉が放たれたのである。

 

 それは単に、はぐれないように、ということなのだろう。

このような状況下ではぐれては、危険を伴う。フェイトも真剣な表情で、真面目に言っている。

 

 が、やはり好いた男の子に抱き寄せられ、甘い言葉を投げかけらると言うのは、恥ずかしすぎて顔を覆い隠したくなるほどのことだ。

顔を隠すのは我慢できたものの、顔全体をリンゴのように染め上げた栞の姉。

 

 高まる鼓動と嬉恥ずかしいこの状況。栞の姉は慌てて飛び跳ねそうになる体と心を落ち着かせ、何とか平常心だけは保てたことに安堵した。

されど、緊張のあまりか声が絡まって、どもりながらの返事になったのは仕方のないことだった。

 

 

 そして、フェイトたちは敵を駆逐し、警戒しながらも、ネギを探して動き出した。

また、栞の姉はフェイトに抱きかかえられ、顔を常に赤くして、ドギマギしたまま移動することになったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 外がさらに混乱する少し前、ネギたちは総督府の特別室にて、どうするかを話し合っていた。

 

 

「どういたしますかね?」

 

「とりあえず、外に出てみなければ状況がわかりませんね……」

 

「まあ、外にゃタカミチが待機してるし、何かあれば何とかしてくれるだろうが……」

 

「何……!? ヤツも来ていたのか……」

 

 

 ギガントは顎を指でなでながら、クルトとガトウへと、対策をどうするかを尋ねた。

クルトは外を見ないことには、どうなっているかわからないと述べ、ガトウは外にはタカミチがいるから、ある程度はどうにかなると言葉にした。

 

 が、タカミチの名前を聞いたクルトは、大きく反応を見せた。

クルトとタカミチはガトウが拾った孤児であり同世代の仲間なのだが、考え方の違いからあまり仲が良くない。なので、タカミチが来ていると聞いてクルトは、少し嫌悪の表情を見せたのである。

 

 

「こうしちゃいられねぇ!!」

 

「兄さん!? どこへ!?」

 

「決まってんだろ? 生徒のところへさ!!」

 

 

 だが、そこで突如として叫び、走り出した少年がいた。

それこそ転生者であり、ネギの兄として生まれたカギであった。

 

 カギは転生者故に、当然今の状況がどうなっているかを、”()()()()”で理解していた。

なので今、外がかなり危険な状況だと考え、すぐさま敵を殲滅しに駆けたのだ。

 

 されど、それを知らぬネギは焦ったカギを見て、驚いた顔で行き先を聞いた。

それに対してカギは、堂々とした様子で外にいる生徒のところと宣言したのである。

 

 

「待って兄さん!!」

 

「相変わらずせっかちねぇ……」

 

 

 ネギは何とか独断行動しだしたカギを制止せんと叫ぶも、すでにカギは扉を蹴飛ばして外に出た後だった。

その様子をアスナは見ながら、カギは本当にせわしなく落ち着きがないと、小さくこぼすのだった。

 

 

「我々も外に出てみましょう」

 

「では、私は陛下を安全な場所へと移動します」

 

「お任せいたします……」

 

 

 されど、こんなところにずっといては、外の状況などわかるはずもない。

確かにカギのように、素早く行動した方がよいのも事実ではあった。

 

 それを考えたクルトは、自分たちも外に出ることを提案した。

ギガントはならばと、自分がアリカをかくまうことにすると意見した。クルトはそれなら安心だ、と快く承り、ギガントへとアリカのことを頼み小さくお辞儀して見せた。

 

 

「ネギよ……」

 

「母さん」

 

「本当ならば行くな……と言いたいところじゃが……」

 

 

 また、アリカはこの突然の状況の中、落ち着きながらもネギへと近寄り名を呼んだ。

その表情はこの先の不安とネギたちへの心配で、心苦しそうなものであった。

 

 名を呼ばれたネギも、アリカを母と呼んで対面した。

そこでアリカはしゃがみこんでネギに目線を合わせ、静かに語り始めた。

 

 

「……止めても行くのじゃろう?」

 

「……はい」

 

 

 本当ならば、息子が危険な場所へと行くのを止めたい。

自分と一緒に安全な場所へ避難しようと言いたい。抱きしめて自分のそばに置いておきたい。

 

 しかし、目の前の息子は、それを望んではいないだろう。

先ほど駆けていったカギのように、友人などのために戦いに出ていくのだろう。

 

 アリカはそう思い、ネギへとそう問いかけた。

ネギも答えはすでに決まっていたと言う様子で、小さいながらもはっきりとそう返事をしたのだ。

 

 

「ならば、せめて無事に帰ってきてくれ……」

 

「……はい!」

 

 

 ああ……、それならば、せめて無事を祈らせてほしい。

できることなら傷つくことなく、今のようななんともない状態で帰ってきてほしい。アリカは願いを込めながらそれを言葉にし、それに応えるかのようにネギは元気よく返していた。

 

 

「……ネギ先生……」

 

 

 そんな母子の光景を、少し感涙しながら見ているのどかの姿があった。

のどかはこの親子が出会えて本当に良かったと、心の奥底から感激していたのだ。

 

 

「安心して! 私が守ってあげるから!」

 

「それは心強い」

 

 

 その話を聞いていたアスナは、ここには自分がいると言わんばかりの様子で、アリカへと声をかけた。

心配などどこにもない。自分がネギを助けるから、無事に返して見せるから。そう宣言したのだ。

 

 そんなアスナの自信満々の笑みを見たアリカは、ふと小さく笑いをこぼしていた。

あれほど小さかったアスナが、これほど頼もしく感じるようになるとは。自分の息子を守ると言い出すとは。そんな顔を見せるようになるとは。アリカは不思議な気分と喜びを感じながら、自分の気持ちをアスナへと言った。

 

 

「……しかし、主もやつらの狙いであることを忘れるでないぞ……」

 

「わかってる」

 

 

 されど、20年前と同様ならば、敵の目的は目の前のアスナでもあるだろう。

それを知っているアリカはおもむろに立ち上がり、アスナの両肩に両手を乗せ、むしろ自分の心配もするべきだと忠告した。

 

 アスナも当然それを理解している。

自分が捕まったらこの世界がどうなるかを、熟知している。

だからこそ、その返事を述べるアスナの表情は硬く、真剣そのものだった。

 

 

「ふん。この私がいるのだから、その心配は無用だ」

 

「当然頼りにしてるわよ! エヴァちゃん!」

 

「ああー! うっとうしいわ!!」

 

 

 と、そこへ一人の少女がすっと現れ、心配には及ばない、と吐き捨てた。

それこそ、今はアスナの護衛を自ら行っているエヴァンジェリンであった。

 

 エヴァンジェリンがそう断言したのを見たアスナは、大変喜んだ様子で彼女の小さな体に抱き着き、頬ずりまでしはじめたではないか。

そんなアスナの行動に完全に暑苦しいとばかりに離れろと叫び、引きはがそうと両手でアスナの顔を押し出すのだった。

 

 

「すまぬ……、三人のことをよろしく頼む……」

 

「……任せておけ」

 

 

 そこへアリカがエヴァンジェリンへと、深く頭を下げた。

三人とは目の前のネギやアスナだけではなく、我一番にと出ていったカギのことも含んでいた。

 

 そこまで深く頭を下げられるとは思っていなかったエヴァンジェリンは、そっぽを向きながらも、確かにはっきりと承った。

アスナも空気を読んだのか、エヴァンジェリンから離れ、ネギの隣へと移動していた。

 

 

「それじゃあ、行きましょうか!」

 

「行ってきます!」

 

「気を付けるのじゃぞ!!」

 

「了解!」

 

「はい!!」

 

 

 湿っぽい別れの挨拶が終わったのを見たアスナは、部屋の外へと行くことにした。

ネギもそれにつられて元気な表情で、大きな声で別れの挨拶を述べたのだ。

 

 そんな二人へとアリカは、最後に注意を発して見送った。

二人もその言葉に勢いのよい返事を叫び、扉の方へと駆けだした。

 

 

「のどかさんも行きましょう!」

 

 

 しかし、ネギが走り出した方向は、のどかのいる場所だった。

自分の従者であるのどかへと自然に駆け寄り、右手を彼女へと伸ばし、その左手を握りしめたのだ。

 

 

「えっ……、はっ、はい……!」

 

 

 のどかは急に手を握られたことで、熱いものが胸からこみ上げる感覚に襲われた。

それは顔に出ており、もはや顔は湯だったように赤く、返事を返すのもやっとな心境で。そんな顔をネギに見られまいと、のどかはうつむくのだった。

 

 当然、その手の感触は言葉では言い表せないような、そんな気恥ずかしさを感じ。のどかは今、嬉しいような照れ臭いような、そんな気持ちがひしめき合った状態になっていたのである。

 

 

「あっ……」

 

 

 また、そこでのどかは、思ったよりも握られたネギの手が小さいことを実感した。

ネギは容姿に優れ、性格も紳士的だった。だから、目の前の少年が10歳だということを、改めて思い出したのである。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「……いえっ! なんでもありません! 大丈夫です!」

 

「そうですか……?」

 

 

 ネギは、手を握ったところで、のどかが急に顔を下に向けたのを不思議に思い、何かあったのかと尋ねた。何かやったのかな、手を掴んだのが悪かったのかな、と思ったのだ。

 

 のどかはネギにそう言われると、ようやく思考の海から戻ってきた。

するとのどかは、自分の今の状況を考え、顔を紅潮させてあわあわと慌て始めたのだ。さらに、言い訳するかのようなことを、ふためきながら大声で訴えた。

 

 とてもテンパった様子なのに問題ないと言うのどかに、ネギは本当なのかと訝しんだ。

故に本当に? と聞こうと考えて口を開いた直後、別の声がそれを妨げた。

 

 

「早く行くわよ!」

 

「待ってください!」

 

「今行きます!」

 

 

 そのやり取りを妨げたのは、アスナの鶴の一声だった。

アスナは、ネギとのどかのやり取りを、微笑ましく思いながら眺めていた。だが、状況が状況なので、そろそろ急がないとまずいと考え、二人へと呼び声を発したのだ。

 

 そのアスナの声を聞いたネギは、今はそんなことをしている時じゃないと考え、アスナの方へと走り出した。

その右手にはのどかの左手が握りられており、アスナへ声をかけた後、ふと、顔をのどかの方へ向け、笑みを見せたのだ。

 

 のどかもネギの手を放すまいと、しっかりと握り返し、同じくアスナへ返事を叫び駆け出した。

そこで不意打ちとも呼べるような、ネギの少年らしい笑みを見せられ、のどかは心臓が跳ね上がるような気分だった。

 

 されど、のどかはネギの自然な笑みが見れたことが、むしろ嬉しかった。

だから、照れよりも喜びの方が勝り、そんなネギに返すように、同じように微笑んで見せたのだった。

 

 

 そして、ネギに手を引かれて駆けながら、のどかは思った。

こんな少年が自分たちのために戦おうとしてくれている。危険に身をさらそうとしている。いや、すでに何度か晒してくれていた。

 

 それをほんの少し切なく思いながらも、ならばさらに自分もネギの役に立ちたいと、のどかは再度決意を胸に秘めたのだ。

 

 

「……いい気なものだ」

 

 

 また、エヴァンジェリンはのんきそうな三人を見てそう愚痴ると、影の中に消えていった。

エヴァンジェリンは影のゲートを使って、三人のことを追ったのである。

 

 

「では、我々も……」

 

「そうだな、彼らを護衛しながら敵を倒そう」

 

 

 ネギたちが外に出たのを見たクルトも、こうしてはいられないとガトウへと話しかけた。

ガトウも意図を理解し、自分たちも行動に移ることにしようと考えた。

 

 

「そちらは任せました」

 

「ああ、お互い御武運を」

 

 

 であれば、最後に挨拶をとガトウは、ギガントへとアリカのことを頼んだ。

ギガントも小さくうなずくと、手を伸ばしてガトウと握手し、彼らの無事を祈っていた。

 

 そして、彼らはそれぞれ行動に移り、特別室は無人となったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 視点を外へ移すと、そこはもはや地獄絵図であった。

召喚魔は数が増え、もはや客や兵士よりも召喚魔の方が多いと言う状況だった。

 

 

「ドララララララァァァッ!!」

 

「大丈夫かい? 状助君!?」

 

「問題ねぇが……、数が多すぎるってもんだぜ……」

 

 

 最悪の状況の中、クレイジー・ダイヤモンドの見えざる拳を無数に振るう状助の姿があった。

また、先ほどから戦い続けの状助に心配する声を出す、亜子の手を引く三郎の姿もあった。

 

 そう言われた状助だが、そこで空元気を見せて安心させれるような余裕もない。

倒しても倒しても数の減らない敵に、焦りを感じているからだ。この状況がどうにも芳しくないからだ。

 

 

「亜子さん!」

 

「なっ! 新手だとぉぉッ!?」

 

 

 そこへ突如として、敵がさらに地面から生えるようにして出現した。

その召喚された場所がなんと亜子のすぐ後ろであり、召喚魔の拳が彼女を目掛けて振るわれていたのだ。

 

 三郎はその光景を見てとっさに彼女の名を叫んだ。

状助も新たな敵の出現に驚きながらも、亜子を助けようとそちらへ走り出していた。

 

 

「はっ!」

 

「あぶ……何!?」

 

 

 しかし、間に合わない、と状助が思った時、三郎が亜子を抱えてジャンプしたのだ。

それによって敵の攻撃は空を切り、亜子は無事に助けられたのである。

 

 それを見た状助は、は? と言う顔をしながらその光景を見ていた。

まさか、三郎がそんな芸当を見せるなど、一片たりとも思っていなかったようだった。

 

 

「た、助けたのかよ……、グレート」

 

「ふぅ……、覇王君のおかげだね」

 

 

 マジかよ、と驚きながら、状助は近くに降りてきた三郎に話しかけた。

三郎は安堵の溜息を小さく吐き終えると、覇王に感謝を述べていた。

 

 それもそのはず、三郎と状助は覇王から”気”の修練を積まされていた。

故に、三郎は気をコントロールすることで、亜子を抱えて大ジャンプを行えたのだ。

 

 

「大丈夫だったかい?」

 

「…………えっ!? ……あっ! うんっ! 別に何ともあらへんで……!」

 

 

 そして、抱えていた亜子へと視線を落とし、なんともないかを聞く三郎。

その二人の姿は服装も相まって、まさに王子様とお姫様のような、誰もが憧れるような幻想的なものであった。

 

 これはもしや夢なのではないだろうか。

亜子は不謹慎にも今の状況をそう思ってしまっていた。

 

 確かに目の前は悪夢めいた状況ではあるが、ドレスに身を包んだ自分が、タキシードに身を包んだ三郎に抱かれているなど、夢としか言いようがなかった。

客観的にこの状況を捉えた亜子は、自分を抱えて見下ろす三郎に早まる鼓動が聞かれていないかを心配しながら、顔を真っ赤に染めていた。

 

 そんな状態であれば、当然三郎のかけた言葉にも、反応が遅れてしまうというものだ。

目の前の男子の顔から視線を動かせずにいた亜子は、その声にハッとしながら、慌てて返事を返すのだった。

 

 

「つっても、問題はあったぜぇ……! すっかり囲まれてやがる!!」

 

「どうしたものか……」

 

 

 だが、他に問題が発生したと、状助は焦った表情で言い出した。

なんと、今のハプニングで少し攻撃の手を緩めてしまったために、完全に敵に包囲されてしまったのだ。

 

 このどうしようもない状況で、三郎は不安を感じながらも、打破の一手を模索していた。

また、こんな状態で亜子を降ろせないと考え、そのままお姫様抱っこを続行したのである。

 

 亜子も恥ずかしさと申し訳なさで降ろしてもらおうと思ったが、何やらそんな雰囲気ではないのを察し、あえて黙ることにした。

されど、内に秘めた渦巻く感情が消える訳ではないので、やはりはにかんだ表情で固まってしまっていたのだった。

 

 

「だったらァッ! 俺が道を作ってやる!」

 

「この声は!?」

 

 

 しかし、そこで突如として空から、見知った人の声が響いてきた。

状助はその声に気が付き、ハッと空を見上げたのだ。

 

 

「”衝撃のオォッ! ファーストブリットオオォォッ!!”」

 

 

 さらに、高らかと技名を叫ぶ声が状助たちの耳に入った。

状助はこの技の名前を知っている。この技を使う人物を知っている。この技の破壊力を知っている。

 

 その直後、敵が集中した場所へと、彗星が落下したかのような巨大な衝撃が巻き起こった。

状助が空を見上げ、声を聴いた時にはすでに。そう、すでにその人物は、目の前の敵を吹き飛ばした後だったのだ。

 

 

「す……すげぇ……」

 

 

 その衝撃音の方向を状助が向けば、誰かが落下した地点には巨大なクレーターが出来上がっていた。

状助はその威力を見て、小さい声で戦慄の声をつぶやいた。なんという破壊力。あれほどいた敵が、消え失せていることに、状助たちは驚かざるを得なかった。

 

 

「いかんいかん……、またしても世界を縮めて……」

 

 

 そして、そのクレーターの中央には落下してきたと思われる人物がしゃがみこんでいた。

それこそストレイト・クーガーの特典(のうりょく)を持つ、猫山直一であった。

 

 

「ッてる場合じゃねぇ! カズヤたちはどこだ!?」

 

「えっ!? いや……わからないっス……」

 

「こうしちゃいられねぇ……!」

 

 

 直一は自分のスピードに酔いしれた様子を見せていたが、何かを思い出したのか我に返り、状助へと詰め寄ってきたのだ。

突然食い掛る直一に状助は驚きながらも、その問いの答えは持ってないと言った。

ならば、と考えた直一は、即座に行動に移っていた。

 

 

「俺はカズヤたちを探しに行くが、もう大丈夫か!?」

 

「道ができたのでなんとかなりそうっス」

 

「おし、なら後は自分たちで何とかしろ!」

 

 

 と、その前にと言う様子で、直一は状助へと再び質問をした。

それは自分がいなくても、この状況を乗り切れるか、というものだった。

 

 状助は今の直一の攻撃で逃げ場ができたので、大丈夫だと思った。

なので、問題は解消した、と不安げな顔をしながらも返したのである。

 

 

 この状況下で彼らを放っておくのは忍びないと直一は考える。

周囲には未だ謎の敵が大量にいるからだ。

 

 それでも直一はいかねばならない。

状助たちのことよりも優先すべきことがあるからだ。故に、最後に状助たちへと激励の言葉を叫んで送っるしかなかった。

 

 

「無事でいろよォ、カズヤ……、法……!」

 

 

 直一は状助たちへの言葉を言い終えると、脚部に装着されたラディカル・グッドスピードのかかとのピストンを炸裂させ、一瞬にして最大加速へと持って行った。

直一は急いでいた。カズヤと法に危機が迫っていることを知ったからだ。

 

 だからこそ、一直線に彼らのもとへとたどり着かねばならないと焦っていた。

早く見つけ出し、知らせなければならないと考え、できうる限り最大最高のスピードで、邪魔な敵を蹴散らしながら、直一は爆走するのであった。

 

 

「もう見えなくなっちまった……」

 

「すごい速い……」

 

 

 礼も返事もできないまま、あっと言う間にいなくなった直一を追うようにして眺めていた状助は、その速度にあっけにとられていた。

三郎も同じように、見えなくなった直一のスピードに、戦慄した様子だった。

 

 

「とりあえず、俺たちも行こうぜ!」

 

「そうだね!」

 

 

 だが、ボケっとしている場合ではない。

敵はまだまだ大量にいるのだ。危機を脱した訳ではない。

 

 状助は直一が敵を蹴散らしてくれたチャンスを逃さんと、三郎に声をかけて再び走り出した。

三郎も短い返事を返しながら、亜子を抱きかかえて状助の後を追うのであった。

 

 

 



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百六十一話 戦いの前奏曲

 一方そのころ。

他の仲間たちは、すでに待ち合わせ場所である物資運搬入港へとやってきていた。そこにはハルナ、まき絵、アキラ、夏美、楓、小太郎、そして茶々丸の姿があった。

 

 

「いやー、まさかこんなことになるとはねぇー」

 

「一体全体どうなっちゃってるの!?」

 

「敵も本格的に行動を開始したということでござろう」

 

 

 何とか難を逃れてやってきた彼女たち。

敵が攻めてきたことに対して、ハルナはただただ驚いたと言う様子であった。

 

 その横でまき絵も、この突然の状況に焦りと戸惑いを感じ、大声で叫んでいた。

それに対して、楓は冷静な表情で、この前襲ってきた連中が、本気になってきたのだと語ったのだ。

 

 

「こりゃチョイとまずい状況だぜ?」

 

「それに、単にうちらを攻撃してきただけじゃなさそうだし、何か別の目的があるのかもしれないねぇ……」

 

 

 また、敵が攻めてきたのは予想内ではあるが、まさかこれほどの規模とは予想できていなかった。

ハルナの肩に乗っかりながら、カモミールは渋い顔でそれを言う。

 

 ハルナもこの場所を攻めてきただけではなさそうだと、怪訝な表情で言葉にした。

どうしてやつらがここを攻めてきたのか、純粋に疑問があったのだ。

 

 そもそも、自分たちだけを狙うのならば、こちらを集中的に攻撃してきてもいいはずだ。

だと言うのに、関係のない一般人や兵士を相手にしている。これは何かの策略がある。裏があると考えるのが自然であった。

 

 

「マスターはご無事でしょうか……」

 

 

 茶々丸は自分のマスターであるエヴァンジェリンのことを、大変気にかけていた。

とは言え、この程度でどうにかなるようなエヴァンジェリンではない。されど、やはり心配してしまうのが茶々丸の心境であった。

 

 ところで、茶々丸何故ここへ彼女たちについて来たかと言うと、単純に戦力として足手まといになると、自分で判断したからだ。

 

 ()()()()茶々丸は()()()()に改良が加わっているものの、()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()。なので、自分に何かあればエヴァンジェリンが悲しむと考え、あえて戦闘を回避してこの場へとやって来ていたのだった。

 

 

「……」

 

「どうしたの? さっきから何か考え事?」

 

「えっ!? いや、なんでもない」

 

「そう?」

 

 

 と、ここへ来てから……、いや、敵が大量に現れた時から、ずっと黙っているアキラ。

それを見ていたまき絵は心配になり、声をかけてみた。

 

 と言うのも、アキラはこの世界へ来てから、ずっと悩んでいた。

刃牙に忠告されたのに、それを無視してしまったことをだ。

 

 さらに、このような危険な状況にまでなってきた。

それを見越しての発言であったのならば、刃牙は何を知っていたのだろうか、とも考えていたのだ。

 

 そうずっと考えていたところに、まき絵の声が聞こえてきた。

それに気が付いたアキラは慌てながら、問題ないとだけ言うしかなかった。

まき絵はそんなアキラを見て、そうには見えないと思い訝しむのであった。

 

 

「しっかし、夏美ちゃんのアーティファクトのおかげで助かったよ」

 

「ホントそれすごいね」

 

「そ、そう?」

 

 

 そんな時、ハルナは夏美のアーティファクトのことを思い出して褒めだした。

夏美のアーティファクトの孤独な黒子は、顔につけると誰にも意識されることがなくなる仮面だ。

 

 しかも、装備者にくっついているものならば、人であれ服であれ道具であれ、同じく姿をくらますことができる優れものなのだ。

それのおかげで敵に見つからずに、ここまでこれたのである。

 

 その効果はすさまじいもので、あのフェイトですらも見破ることができないものだ。

まき絵もそれを聞いてそちらの話題へ入り、同じくそれを褒めたたえた。

 

 とは言え、それが本当にすごいのか自信がない夏美は、ただただうろたえるばかりだ。

 

 

「そうやで! もっと自信持ってもええやんで!」

 

「う……、うん……」

 

 

 そこへ小太郎も同調し、謙遜する必要はないと盛大な声で夏美を激励した。

そんな小太郎の言葉に嬉しくなった夏美は、頬を朱くして小さくうなずき笑って見せたのだった。

 

 

「これからどうしたものでござろうか」

 

「とりあえず、まだ来てない人たちを待つしかないかな」

 

 

 しかし、これからが問題だ。

そのことを楓が言葉にすると、ハルナはまだここに着いてない仲間を待つべきだと述べた。

 

 

「ふむ、ならば拙者がまだここにいないものを、探しに行って参ろう」

 

「大丈夫?」

 

「問題ないでござるよ」

 

 

 ならばと楓は、仲間を迎えに行くことにした。

ハルナはこの状況で単独行動をしても大丈夫かと聞けば、楓は自信に満ちた笑いを見せてそう答えた。

 

 と言うのも、忍者である楓ならば、隠密行動も可能。

一人で忍びつつ、仲間を探すことは造作もないと考えたのだ。

 

 それにこの物資運搬入港に敵影はなく、今はまだ安全な様子だ。

また、夏美のアーティファクトや小太郎もいるので、自分が抜けても大丈夫だろうと楓は考慮し、そう提案したのだ。

 

 

「じゃあ、お願い」

 

「お任せあれ!」

 

 

 自信ありげな楓を見たハルナは、なら問題ないだろうと考えて、意見をのんでお願いした。

楓はハルナの言葉を聞き一言いい終えると、その場から一瞬にして消えていったのだった。 

 

 

…… …… ……

 

 

 一方ネギたちも、仲間の元へと急いで駆けていた。

ネギを先頭にのどかが並列し、そこからアスナ、エヴァンジェリン、ガトウが並び、その後ろをクルトが追っていると言う状況だった。

 

 

「敵の数はかなりいるみたいだ」

 

「好き勝手やってくれちゃって……!」

 

 

 特別室へと続く長い渡り廊下を走りながら、窓から外をちらりと見る。

すると、巨大な怪物と周囲を囲う悪魔のような姿が見えた。

 

 ガトウは敵の規模が相当なことを見て理解し、アスナもこれほどのことをやらかされたと愚痴をこぼした。

 

 

「おい! どけ!」

 

「なっ!? 何!?」

 

 

 だが、エヴァンジェリンが、突如としてアスナを突き飛ばしたではないか。

アスナは突然のことで何が何だかわからない顔をしながら、数メートル飛ばされた先で崩したバランスを取り直した。

 

 

「うおおおっ!!!」

 

「ぐううっ!!?」

 

 

 だが、アスナの疑問は次の瞬間、一瞬にして氷解することになる。

この渡り廊下の壁をぶち破り天井を砕き、両手に剣を握りしめた男が、襲い掛かってきたからだ。

 

 それこそ、竜の騎士たる男、バロンであった。

そして、バロンが握る真魔剛竜剣を、魔法で生み出した氷の剣で必死に抑えるエヴァンジェリンの姿があった。

 

 

「この人は!?」

 

 

 のどかはバロンの姿を見て、街で襲い掛かってきた人だと言うことを理解した。

バロンもその言葉に反応し、ちらりとのどかの方を見たが、すぐにエヴァンジェリンの方へと視線を戻した。

 

 

「吸血鬼、今度こそとどめを刺してくれよう!」

 

「やれるものなら……な……!」

 

 

 つばぜり合いながらバロンはエヴァンジェリンへと最終判決を口にすると、さらに剣に力を入れて押し始めた。

それを若干苦しそうにしながらも、何とか抑えつつ言い返すエヴァンジェリンの姿があった。

 

 

「建物が!?」

 

「マズイぞ!?」

 

 

 すると、二人の衝突の圧力で、渡り廊下が崩壊を始めたではないか。

壁は軋みひび割れ砕け、床は突如として持ち上がりながら折れ始めた。

 

 アスナは渡り廊下の状態を見て、このままでは崩落すると焦り、ガトウも崩壊を考えて周囲に危険だと警告していた。

 

 

「く……、このままでは……」

 

「余所見などしている場合か?」

 

「グッ……貴様ァ……ッ!!」

 

 

 しかし、この崩壊を止めることは誰にもできない。

未だにエヴァンジェリンとバロンは力比べを行い、その余波が降り注いでいる状況だ。

 

 エヴァンジェリンもこの状況をちらりと見てマズイと思うが、目の前のバロン相手に何かできるほど余裕などなかった。

バロンもこの好機を逃す手はないと考えており、むしろさらに力を加えてきているのだ。

 

 

「きゃああああ!?」

 

「のどかさん!?」

 

 

 そして、崩壊は一番先頭にいたネギとのどかにも襲い掛かった。

限界を超えたのか、ついにエヴァンジェリンとバロンを中心に、渡り廊下が二つにへし折れてしまったのだ。

 

 しかもただ折れただけではなく、周囲の渡り廊下は崩落、地面へと落下し始めたのである。

その崩落を受けたのどかは大きく悲鳴を上げながら、崩落した渡り廊下とともに落下し始めたではないか。

何とか無事だったネギは、それを見てとっさに伸ばした手と同時に、のどかの名を叫んだのだ。

 

 

「待って! 今助けるから!」

 

「そうはいかぬぞ雑種ども!」

 

 

 同じく崩壊に巻き込まれたアスナだったが、虚空瞬動を用いてのどかを助けに出た。

が、それを邪魔をするかのように、男の声とともに黄金の剣が降り注いだのだ。

 

 

「なっ!? キャッ!?」

 

「なんだこれは!?」

 

 

 アスナはそれを瞬時に回避して見せたが、その間にのどかは砕けた渡り廊下とともに落下していってしまったのだ。

 

 同じようにすでにクルトとともに安全な場所へと移動し、今のどかを助けんとしていたガトウも、その黄金の剣に阻まれ動けず、ただただ突然のことに驚くばかりだった。

 

 

「のどかさあぁぁぁん!!?」

 

 

 崩壊して落ちていく渡り廊下だったもの。それは地面へとたたきつけられ、完全に瓦礫の山と化してしまった。

その光景を目の当たりにしたネギは、大きな声で彼女を呼んだ。

 

 

「ネギ先生!! 私なら大丈夫です!!」

 

「のどかさん……!! よかった……」

 

 

 しかし、呼んだ傍からすぐさま大きな声で、返答が返ってきたではないか。

のどかも崩落する寸前に、ネギたちとは反対側の、まだ安全なところへと移動し難を逃れていたのだ。

元気そうなのどかの声を聞いたネギは、心の底から安堵して再び彼女の名前をつぶやいていた。

 

 

「ふん、このまま押しつぶしてくれる!!」

 

「グッ!? くっ!!」

 

「エヴァちゃん!?」

 

 

 また、バロンとエヴァンジェリンは先ほどと同じ位置の空中で、未だに力比べをしている状態だった。

だが、バロンがさらに剣を握る腕に力を籠めると、エヴァンジェリンを押してその場から遠くへと飛び去ってしまったのだ。

 

 なんとか黄金の剣の雨を回避して安全地帯へと移動したアスナは、その一部始終を見てエヴァンジェリンの名を叫んでいた。

が、もはやすでに遅く、エヴァンジェリンはバロンとともに暗き夜の闇の中に消えていったのだった。

 

 

「今そっちへ迎えに……」

 

「させると思うか?」

 

 

 ネギは孤立してしまったのどかを助けに行こうと行動を開始しようとした。

のであるが、それすらも阻もうと、男が再び黄金の武器を嵐のように撃ち出したのだ。

 

 

「うわああああ……!」

 

「なんというでたらめな……!?」

 

 

 剣や槍の雨を前にネギは、叫びながら後ずさりをして、なんとかそれを回避。

その剣や槍の豪雨を見たクルトも、その無茶苦茶ぶりに驚きを言葉に漏らすほどだった。

 

 

「雑種どもよ! (オレ)、手ずから相手をしてやることを光栄に思うのだな!」

 

「あの人はあの時の!?」

 

「知っているのかね?」

 

「前に一度だけ攻撃されて……」

 

 

 黄金の武器をばらまく黄金に輝く鎧を装備した金髪逆毛の男は、空を飛ぶ黄金の船の上で仁王立ちしながら、天を仰ぎ笑っていた。

 

 その姿を見たアスナは、あの男が新オスティアで襲ってきた連中の仲間の一人だと気が付いた。

アスナのそのつぶやきにガトウは、あの空を飛ぶ船の上の男のことを尋ねた。するとネギが代わりにアスナの答えを言葉にし、深刻そうな表情で冷や汗を流していたのだ。

 

 また、ネギとアスナは再び疑問を感じていた。

黄金の武器もそうだが、あの黄金の船もカギが使っていたものと同じだったからだ。

 

 それもそのはず、黄金の男はFateのギルガメッシュの能力を持つ転生者だ。

故に、カギが持つ王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を保有しているので、カギと同じものを使うことが可能なのである。そして、先ほどから放たれてていた黄金の剣や槍も、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から撃ち出されたものであった。

 

 

「我が前で会話などと、なんと不敬な輩よ……!」

 

「ぐっ!? ううう……!!」

 

 

 目の前で相談事をするネギたちを見た黄金の男は、それが非常に気にくわなかった。

この輝かしき自分を目の前にして、言葉を交えるなどとなめられていると思ったからだ。

 

 故に、さらなる追撃として剣や槍を再び発射。

ネギたちはそれに恐れながら、後ろに下がり避けるしかなかった。

 

 

「ちょっと、あっちからも!?」

 

「チィ! あっちのデカブツまで攻撃してきやがった!」

 

「マズイですねこれは……」

 

 

 だが、敵は目の前の男一人ではない。

今度は巨大な召喚魔の触手部分が、渡り廊下に巻き付き破壊を始めたのである。

 

 

「これじゃのどかさんのところには……!」

 

 

 黄金の男だけでもかなり厄介だと言うのに、これではまともに動くこともできない。

誰もがそう考えている中、ネギは何とかして孤立したのどかを救出しに行こうと模索していた。

されど、この状況じゃどうすることもできない。どうしたら……、そう悩んでいるところに、ふと声が聞こえてきた。

 

 

「大丈夫かい嬢ちゃん!」

 

「クレイグさん!?」

 

 

 その声とはのどかのトレジャーハンター仲間のクレイグであった。

クレイグはのどかのことが心配になり、近くまでやってきていたのだ。また、クレイグだけではなく、アイシャも駆けつけてくれていた。

 

 そのクレイグはのどかへと駆け寄り、心配そうに無事を尋ねた。

ただ、のどかはここまでクレイグが来るなんて思ってなかったので、驚きの顔でその彼の名を口からもらした。

 

 

「おいぼーず! 嬢ちゃんは俺たちに任せろ!」

 

「……! お願いします!!」

 

 

 そして、クレイグは先ほどからうっすらと見ていた状況から判断し、のどかを自分たちで保護することにした。

そこでのどかが最も親しくしているであろうネギへと、その趣旨を叫んで伝えたのだ。

 

 ネギもこの危機的状況ではそれが一番だと判断し、クレイグへとのどかを預けることにした。

 

 

「よし、とりあえずこの場は逃げるぜ! 嬢ちゃん!」

 

「はい!」

 

 

 そうと決まれば即座に行動だ。

クレイグは来た道へと方向転換し再び走り出し、のどかも元気に返事をしたあと、自分も逃げようとを足を動かした。

同じくクレイグについてきたアイシャも、クレイグを追うように駆け出していた。

 

 

「ネギ先生!」

 

「また後で会いましょう!!」

 

 

 ただ、やはりのどかが気がかりなのは、ネギのことだった。

故に、のどかは最後にネギへと呼びかけると、ネギからも元気な声が返ってきた。それを聞いたのどかは決意をし、クレイグたちの方へと急いで走り去っていったのだった。

 

 

「そうはさせんぞ雑種ども!」

 

「それはこちらの台詞だぜ!」

 

 

 しかし、それを許すような黄金の男ではなかった。

のどかたちが走っていった方向へと王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を構え、逃がすまいと発射の態勢に入ったのだ。

 

 されど、それをさせまいとガトウが、そこで無音拳を放ちそれを遮断したのだ。

黄金の男は体を移動して回避して見せたが、突如として振るわれた圧倒的な拳圧に一瞬だけひるんだ。

 

 

「雑種風情が……!」

 

 

 が、それが逆に黄金の男の逆鱗に触れた。

その程度で自らの体を動かし、あまつさえひるんだと言うのが、黄金の男をさらに怒りを募らせる要因となったのだ。

 

 

「いいだろう! 我が財の(おそろ)しさ、とくと見るがいい!」

 

「なんだ!? この数の武器は……!?」

 

「アレ、かなりやばいわよ!」

 

 

 ああ、ならば。そこまでするのであれば。容赦はいらん。容赦は不要。

黄金の男は今しがた展開していた王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の10倍の規模を展開。もはや滅ぼしても構わんと言う程の、圧倒的な物量であった。

 

 黄金の男の背に出現した、とてつもない量の武器に、ネギたちは戦慄していた。

クルトすらもその光景にたじろぎ、アスナもこの攻撃の恐ろしさを叫んだのだ。

 

 

「消え失せるがよい! 雑種どもよ!!」

 

「うおお! こっちも撤退だ!」

 

 

 その大量の武器を、今にも発射するかのように、号令を叫ぶ黄金の男。

こりゃいかんとガトウは撤退を進言、ネギたちはその場から即座に全力で走り去ったのである。

 

 

「脱兎のごとく逃げたか。まあよい、これも作戦の内よ」

 

 

 まるでネズミのように逃げ去った連中を見て、計画通りだと内心ほくそ笑んだ。

そして、黄金の男は右手を掲げて軽く振ると、背後にあった武器は後ろに下がり消え、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)が解除された。その後、黄金の船とともに夜空へと去っていったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、未だに宮殿内に残っている仲間は、数多くの召喚魔に囲まれながらも、地下の搬入港を目指していた。

その残された仲間とは、アーニャ、古菲、そしてあやかの三人だった。

 

 

「あーもう! これじゃ前に進めないじゃない!」

 

「数が多すぎるアル」

 

「お二人とも、ご無理をなさらず!」

 

 

 敵の数に翻弄され、思うように動けないことにイラつくアーニャ。

同じようにあやかを後ろに下げて守っている古菲も、圧倒的な敵の数には焦った様子を見せていた。

そんな前の二人へと、あやかも心配そうにしながら、気遣いの言葉を送っていた。

 

 

「この程度の相手、苦じゃないけどね!」

 

「その通りアル!」

 

 

 とは言え、相手としては問題ないと、二人は戦闘態勢の構えをしながら自信満々に豪語した。

この程度の相手に後れを取っていたら、さらに上は目指せないと、両者は思うのである。

 

 

「とは言っても、集合場所まではまだまだ遠いわね……!」

 

「他も無事だといいアルが……」

 

 

 されど、敵の数に圧倒されているのも事実。

ゆっくりであるが前に進めてはいるものの、まだまだ目的地は遠い。

 

 アーニャはこの状況に少し疲れを感じながらそれを言うと、古菲もこの状況に別の仲間も巻き込まれてないかと心配の言葉をこぼした。

 

 

「では、私がお手伝いをさせていただきましょう」

 

「誰!?」

 

 

 が、そこで突如、見知らぬ女性の声が頭上から聞こえてきた。

一体何者だ。アーニャはその声を聞いた瞬間、すぐさま警戒し周囲を見渡し、質問を飛ばした。

 

 

「なっ、何よこれ!?」

 

「こっ、これは一体……!?」

 

「一体何事アルか!?」

 

 

 しかし、そんなことがどうでもよくなるような光景が、次の瞬間に広がったのだ。

なんと、周囲を埋め尽くしていた召喚魔が、突然現れた巨大な植物の蔦に巻き込まれ始めたのだ。

 

 その巨大な蔦は地面から出現し、召喚魔を絡めとるように伸びると、一瞬にしてその場を制圧して見せたのである。

 

 この状況に三人は驚きを隠せず、何が起こったのかとさらに周囲を警戒した。

そこへ、一人の少女がゆっくりと、天井付近から降りてきたのだ。

 

 

「あなたがこれを……?」

 

「そのとおりです」

 

 

 降りてきた少女が静かに着地し、アーニャたちの方へと顔を向けた。

その少女は頭に大きな角を生やし、髪型は足元ほどにも届くロングヘアーで、何故か目は閉じたままの、何か不思議な雰囲気を感じるかのような少女だった。

 

 誰もが驚き開いた口がふさがらない中、あやかが最初に言葉を発した。

それはこの植物の蔦を操ったのは、目の前の少女かどうか、と言う質問だった。

 

 少女はその問いに、素直に”はい”と述べ、この状況が自分の行動によるものだとはっきりと答えたのだ。

 

 

「ありがとうございますわ」

 

 

 すると、あやかはその行いが助けてくれたということを理解し、静かに小さく頭を下げ、丁寧にお礼を述べた。

 

 

「助かったアルよ!」

 

「あっ、ありがとう……」

 

「いえ、私はギガント様からあなた方を手助けするよう言われたので、そうしただけですので」

 

 

 あやかのお礼を聞いて、他の二人も続けて感謝の言葉を目の前の少女へと送った。

少女もその好意を受け取りつつ、自分がそうしたのはそう命じられたからだと、理由を語ったのだ。

 

 

「お師様から……!?」

 

「……ああ、あなたもギガント様のお弟子でしたね」

 

 

 そこでギガントの名を聞いたアーニャは、再び驚いた表情を見せていた。

また、ギガントの名前に大きく反応したアーニャを見た少女は、()()()その弟子であることに気が付いたのである。

 

 

「申し遅れました。私の名はブリジット」

 

 

 ならばと、ゆっくりとお辞儀をしながら、丁寧に自己紹介を行う少女。

彼女こそ”原作”ではフェイトの従者として”調”と呼ばれ、”ここでは”ギガントの保護下に入り弟子となっていた、あのブリジットだった。

 

 しかし、何故ブリジットの攻撃が、周囲の召喚魔に通じたのだろうか。

彼女も当然魔法世界の出身であり、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)によって守護られた召喚魔には、攻撃が一切通用しないはずだ。

 

 その理由は彼女の両手の人差し指に一つずつつけられた二つの指輪だった。

これは焔に贈られたものと同じものであり、これによって造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の効果を貫通できたのである。

 

 

「また、あなた方のことはギガント様から聞いております」

 

「私たちのことを知っているアルか……?」

 

「はい」

 

 

 また、ブリジットは、すでにギガントからネギたちの情報を聞いており、目の前の彼女たちのことも知っていた。

それを聞いた古菲は、そのことを聞き返すと、再び素直な肯定の返事が戻ってきた。

 

 

「むっ、無事でござったか?」

 

「楓!」

 

 

 と、そこでまたしても天井から、シュッとスタイリッシュに降りてくる少女が現れた。

それは忍者の楓であった。ハルナたちと別れた後、ここへ来たのである。

 

 まず楓は周囲の状況の把握に努めながら、目の前の知らない少女に警戒しつつ、古菲たちへとなんともないかを尋ねた。

古菲も突然の楓の登場に驚くも、すぐさま表情は明るい表情を見せながら彼女の名を呼んだ。

 

 

「この方が助けてくれましたから」

 

「それはかたじけない」

 

「お気になさらさず」

 

 

 そこへあやかが楓へと今の状況を説明すれば、楓も見知らぬ少女を友人を助けてくれた恩人と判断し、小さく感謝を述べたのである。

 

 礼を言われたブリジットも悪い気はしない様子で、大したことではないと言う感じの言葉を返していた。

 

 

「しかし、楓はどうしてここに来たアルか?」

 

「何人かはすでに集合場所に着いているので、迎えに来たでござるよ」

 

「そうでしたか」

 

 

 ただ、何故ここに楓がやってきたのだろうか、と古菲は疑問に思い、それを口に出した。

それに対して楓もわかりやすく説明すると、あやかもなるほど、と納得した様子を見せたのだ。

 

 

「それと、他の仲間も全員無事なので安心するでござる」

 

「それはよかったですわ」

 

 

 また、ここへ来る前に楓は、他の仲間の状況も把握してきた。

 

 状助たちはなんとか刹那たちと合流することができ、安全を確保することができたので、問題はないと判断。

 

 他にも裕奈とアルスは招待客を逃がすことに成功したので、今は集合場所へと移動中だ。

 

 千雨にはカズヤと法が付いており、当然無事に移動中。夕映たちにはなんと高畑先生が近くにいるので、心配はないと考えてここへ駆けつけたのである。

 

 それ以外のネギたちは、戦力的に無事だと思い、あえて偵察へは行かなかった。

 

 また、その話を聞いたあやかは、全員が無事であることに安堵した様子を見せていた。委員長であるあやかは、やはり他の人たちのことが気がかりだったのである。

 

 

「さて、そろそろ移動するでござるか」

 

「そうですね。こんな場所には用はありませんもん」

 

「それに、待たせるのは悪いですからね」

 

「ウム!」

 

 

 まあ、長話をしている状況ではないので、一旦切り上げて集合地点へと移動することにした楓。

 

 アーニャもさっさとこんな場所から退散したいと言う様子だ。

あやかもすでに集合場所に集まっている人を待たせられないと、当然移動に賛成だった。

古菲もその意見に賛成とし、力強くうなずいて見せていた。

 

 

「私もついて行ってもよいでしょうか?」

 

「友人の恩人は大歓迎でござるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そこでブリジットも、同行の許可を貰いたいと、楓へとそれを尋ねた。

例えギガントから命じられたことだとしても、黙って付いて行くのは悪いと思ったからだ。

 

 その問いに楓は、むしろ大いに結構と小さく笑いながら快く受け入れてくれた。

ブリジットも部外者な自分を引き入れてくれたことに感謝し、ふと笑みをこぼしたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 その頃、宮殿の外。

二つの月が輝く夜の空にて、一人の少年がふわりと宙へと浮かんでいた。

 

 

「中々やってくれるじゃないか」

 

 

 それは覇王。

夕闇を背後に不敵に笑いながら、その夜風にまぎれるかのように漆黒の鎧(黒雛)を身にまとい、小さく独り言をこぼしていた。

 

 

「さてと、木乃香たちにも大見栄張った訳だし、本気でやらないとね」

 

 

 覇王はここへ来る前、木乃香や刹那に、この状況を何とかすると豪語してしまっていた。

実際何とかなるかは別だが、そう言ってしまったのだからそうるすしかあるまいと、全力で打破にあたろうとやる気になっていた。

 

 

「まずは、あのデカブツからだ」

 

 

 そして、最初の目標は目についた巨大な躯体を持つ、巨人のような召喚魔だ。

なんとも偉そうに雲を突き抜けて、デカイ図体で構えているではないか。

 

 いやはや、とても目障りとしか言いようがない。

覇王にとって、あの巨大な怪物でさえ、邪魔な小石に過ぎないのだ。

 

 

「”鬼火”!!!」

 

 

 だから、すぐさま消し去ってしまおう。

そう覇王が思った時には、すでに。すでに、背中の二本の蝋燭が下がり、超高温の巨大な炎球が発生。炎球の発射と同時に、爆発的な炎が巨人を飲み込んで焼き滅ぼされたのだ。

 

 あっけない。なんとあっけない。

今の寸劇は、本当に一瞬の出来事だった。覇王が本気でやったのだから当然だ。あの程度の相手に時間を使う程、覇王はぬるくない。

 

 

「あとは残った下の雑魚どもを滅ぼすだけ……」

 

 

 さて、最も驚異であり、精神的負担にもなっていただろう巨大な物体は消失した。

次にやるべきことは雑魚の掃除だろう、と覇王は考え、地上へと降りようと考えていた。

 

 

「”無無明亦無”!!」

 

「ふん」

 

 

 が、その時、宮殿の屋上から、何者かが()()を放ってきた。

()()は、覇王がよく知る技だった。その者も覇王がよく知る人物だった。

 

 その声が聞こえた時には、すでに覇王は回避の態勢を取っていた。

まるでそよ風を感じているかのような表情で、少し体をずらして、その攻撃をかわしたのである。

 

 また、その技こそ、覇王が身にまとう最強のO.S(オーバーソウル)さえも消失させる、無無明亦無だった。

そして、それを放てる人物は、覇王が知る限り木乃香ともう一人、自分の血を分けた兄弟ぐらいだ。

 

 

「はあぁ!? なんでナチュラルに避けてんだよクソ兄貴!!!!」

 

「当たり前だろ? お前の殺気はずっと感じてたぞ」

 

「ふざけんな!!!」

 

 

 二人は宮殿の屋上へと降り、少し距離を離して対面するように立った。

すると、覇王を襲った何者かが、そこで突然怒りに任せて叫び始めたではないか。

 

 その人物こそ、覇王の弟であり同じく転生者でもある、陽だ。

陽は渾身の不意打ちを回避され、とてつもない怒りを感じてキレちらかしていた。今の技が決まれば黒雛を解除することができ、そのまま地上に落下させられたかもしれなかったからだ。

 

 が、覇王はその程度など不意打ちに入らないと言う様子で、陽へとそれを言ってやった。

と言うのも、巨人を燃やし尽くす前から、自分へと強い殺気を放っている誰かがいるのを、すでに覇王は感知していたからだ。

 

 そんな理由で簡単に避けられたことに、陽はさらに苛立ちを増すばかり。

大きな喚く声で叫び体を震わせジダンダを踏み、右手に握ったO.S(オーバーソウル)、スピリットオブソードを振り回して、悔しさを体全身で表現してた。

 

 

「しかし、お前が僕の前に現れるなんて思ってもみなかったよ、陽」

 

「オレだってテメェなんかの顔なんか見たくなかったぜ!」

 

 

 とは言え、覇王も陽が現れたことに、小さく驚いた。

何せ、陽は自分の目の前に現れるとは思ってなかったからだ。

 

 陽もそりゃ当然、覇王の顔なんか見たくなかった。

覇王のチートっぷりを理解している陽は、自分じゃ歯が立たないことぐらい招致だからだ。

 

 

「だが、あえてテメェの前に出てきたのは! テメェをぶっ潰して木乃香をいただくためだぜぇ!」

 

「ふぅん……。やってみろよ」

 

 

 されど、覇王の目の前に現れた陽は、なんとも自信に満ちていた。

覇王の目の前で、お前を倒して木乃香を自分のものにしてやると、豪語して見せた。それは虚勢ではなく、本当に心の奥底からそう思っていることのようだった。

 

 それを聞いた覇王は、今しがたの不敵な笑みがスッと影を潜めたではないか。

さらに、その表情は影がかかり冷徹で冷酷な表情へと変わり、その氷のように冷えく鋭い視線を陽へと向けたのだ。

 

 

「……まっ、ぶっ潰すのはオレじゃないがな」

 

「……みたいだね」

 

 

 が、陽はそんな覇王の視線など気にも留めず、けらけらとしていた。

しかも、なんとぶっ潰すと言いながら、それは自分じゃないとまでほざきだしたのだ。

 

 その物言いに覇王は呆れて目をつむりながらも、ふと、体を少し右へとそらした。

すると、すさまじい風圧が、覇王のいた場所に発生し、覇王のマントを大きくなびかせたではないか。

 

 覇王が薄目を開いてちらりとそちらを見れば、そこには伸ばされた手があった。

手の形は手刀になっており、その腕からは明らかに尋常ではない気の力が発せれられていたのだ。

 

 

「……今のを避けるか。流石と言ったところだ」

 

「……二本の角を生やした魔族……、そうか、お前が」

 

 

 さらに、覇王が視線を上にあげると、そこには髪を長く伸ばし角が二本生えた男がいた。

その体はなかなかの屈強で、額には光る宝石のような目を持つ魔族だった。

 

 魔族も視線を覇王へと向け、なるほど、とその実力を理解した顔を見せていた。

また、今の不意打ちが避けられたことに、何の感慨も浮かばない様子でもあった。むしろ、避けられて当然と言い出すほどで、覇王の力が噂が偽りではなかったことを確認できたと言う感じだった。

 

 覇王も目の前の魔族を見て、状助の話を思い出していた。

少しの間だったが、アスナを襲い完封した魔族がいると言う情報を。

 

 故に覇王は警戒をさらに強めていた。

その情報通りの魔族が、目の前の魔族と一致したからだ。

 

 

「はああ!? なんで今の不意打ちも避けれんだよ!!?」

 

「お前が一人で来る訳ないだろ……?」

 

「ぐっぐうううう!!!!」

 

 

 そんな時、横から喚く声が聞こえてきた。

陽は今の魔族の一撃で覇王を倒せずとも、かなりのダメージを与えられると確信していた。だと言うのに、こうも簡単に避けられたことに、とてつもなくイラついていたのだ。

 

 覇王は怒れる陽へと、その避けられた理由の一つを語りかけた。

それは単純に、陽が一人で自分の目の前に現れることはないと、覇王が考えていたからだ。もう一つの語らない理由は、陽以外の、何かとてつもない力を近くに感じ取っていたからだ。

 

 それを聞いた陽は、悔しさからさらに怒りが増したようで、もはや言葉にならないようなうめき声をあげ、顔を真っ赤にしていたのである。

 

 もはや三下みたいな態度の陽など無視し、覇王は再び魔族へと目を向けた。

魔族もサッと後ろへと下がり距離を取ると、覇王の方を眺めながら、ほんの少しだけ小さく笑っていた。

 

 

「……我が名はバァン。()()()()()()()()()

 

「お前が? 謙虚なことだ」

 

 

 そこで魔族は、自ら名乗り出た。

その名はバァン。名と見た目の通り、大魔王バーンの能力を貰った転生者。老いた姿ではなく若い見た目で、その姿を顕現させていた。

 

 覇王は魔族、バァンの言葉に、少し訝しむ様子を見せていた。

先ほどの攻撃は回避したが、あれはかなり鋭利な技であった。そんな男が()()()()などと言うのだから、謙虚以外ありえないと覇王は感じたのだ。

 

 

「余がこのような下郎と組まされるのは癪だが、……まあいい」

 

「なんだとテメェ!?」

 

 

 されど、やはりバァンも陽をつけられたことに不満があった。

こんな奴をつけられるなら、一人の方がましだと思っていたのである。それを目をつむって心底不服そうに言葉にするバァン。

 

 陽もその言葉は聞き捨てならないと、ふざけんなと食って掛かりそうになっていた。

 

 

「チッ、まあいいさ。クソ兄貴さえぶっ潰してくれんならな!」

 

「言われずとも……」

 

 

 が、陽はバァンにつかみかかることを我慢し、覇王が倒せればいい、と自分をなだめたのである。

バァンも陽の言葉などなくとも、覇王を打ち倒す気でいた。自分の全てを使ってでも、噂の覇王を倒せる自信はあった。

 

 

「さあ、我が力、……刮目せよ!!」

 

「……リョウメンスクナ……、O.S(オーバーソウル)……」

 

 

 そんな会話の数秒後、ゆっくりとバァンが構え始めた。

それはあの大魔王バーンが得意とする天地魔闘の構えではなく普通の構えだった。

 

 だが、バーンが構えを取った瞬間、すさまじいプレッシャーが覇王を襲った。

やはり思っていた通り、目の前の男は強大だ。全力を出すに値する難敵だ。

 

 故に、覇王も最初から全力で相手をすることにした。

リョウメンスクナを巨大な刀のO.S(オーバーソウル)、神殺しへと変え、黒雛のアームに握らせたのだ。

そして、いつでも動けるように構えると、バァンの隙を伺うかのように強烈な視線を送りつけた。

 

 

 両者とも隙を見せず動けない状況が数秒続くと、ふと、強風が舞い込んできた。

その風が過ぎ去った瞬間、どちらも瞬動にて距離を詰め、すさまじい衝撃とともに両者が衝突したのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そこは結界内部、灰色がかった舞踏会の会場内。

二人の男の戦いによって、すでに崩壊寸前なのではないかと言う程、ボロボロとなっていた。

 

 そして、ブラボーとラカンの戦いも、いよいよ終局と言うところまできていた。

 

 

「ウオオオオオオラアアアアアアッッッ!!!!」

 

「オラよオオッ!!」

 

 

 すさまじいラッシュを放つブラボー。

まさに鬼気迫る表情。何が何でも勝利してやると言う強い執念が、体全身から湧き出てるかのようだ。その愚直な信念を込めた拳を、すさまじい気迫とともに放つ。

 

 ラカンも拳だけではなく、アーティファクトで剣を何本も造り出し、それを両手で握りしめながら超高速で振るいまわしていた。

 

 

「ぐうぅぅ……!」

 

「ぬうぅっ……!」

 

 

 されど、両者とも小手先の技では決着がつかない様子であった。

現に今のブラボーのラッシュは、ラカンの無数の剣圧にて吹き飛ばされる始末。

ブラボー本人もその衝撃にて後方に軽く押され、歯を食いしばっている状況だ。

 

 ラカンはと言うと、ブラボーのラッシュで握っていた武器が砕かれ、唸り声をあげていた。

まさか無敵のアーティファクトが、こうも砕かれるとは思っていなかったようだ。

 

 

「テメェ、マジで強えぇぜ! 俺が戦った中でも五本の指に入るほどにな!」

 

「それは嬉しいことだ……!」

 

 

 なんというブラボーの執念深さ。なんという実力。

ラカンは素直にブラボーを褒めたたえた。これほどの相手は自分た戦ってきた中でも5人といないほどだと。

 

 それを聞いたブラボーは、ふっと小さく笑って見せた。

目の前の男にそう褒められて、嬉しくないはずがないからだ。

 

 

「だが、今それがすべて過去のものとなるッ!」

 

「ハッハッハッハッ!! いいじゃねぇか! やれるもんなら見せてみな!」

 

 

 だが、その程度で満足など、ブラボーはしていない。

その5本の指がすべて自分の下となり、一番になってみせるとブラボーは豪語した。つまりそれは、勝利すると言う宣言でもあった。

 

 ラカンもそれにはたまらず笑いが出た。

馬鹿にしたのではない。この男がそれを言うにふさわしいぐらい、強い存在だと認めたからだ。

 

 されど、ラカンとて負ける気などはまったくない。

あるのは勝利のみ。目の前の男を倒し、ネギたちのところへと行かねばならない。

 

 

「ああ、存分に見ろッ! これが俺の最大の技だッッ!!」

 

「だったら俺も最大の技で応えてやるのが礼儀ってもんだなッ!」

 

 

 これまでずっと殴り合いをしてきたが、これでは埒が明かないとブラボーは考えた。

であれば、やはり最大最強の必殺技をぶつける以外、倒す方法はないと結論に至った。

 

 そこでブラボーは、ならばと自ら次に繰り出されるものこそ最強の技であると宣言し、腰を落として拳を強く握りしめ、構えた。

 

 それに対してラカンはニヤリと笑いながら、ならばと同じく最大の必殺技で応じると宣言し返し、同じく構えた。

 

 

「……”一・撃・必・殺”……ッ!」

 

「”ラカン”……」

 

 

 グググ……と拳と腰に力を入れつつ、腰をゆっくりと落すブラボー。

上半身の筋肉を隆起させ、気を右腕に全集中させていくラカン。

 

 

「”ブラボー正拳”ッッ!!!!」

 

「”インパクト”ッッ!!!!」

 

 

 そこで発せられた技の名を叫ぶ声は、同時だった。

 

 ブラボーは足腰に力を加えながら、まるで大砲から発射された弾丸のように、拳を前へと突き出した。

踏ん張った脚の地面には巨大なクレーターが形成され、その力の巨大さが一目で理解できるほどだった。

 

 ラカンも最大に集中した気を、伸ばした右腕と同時に放てば、戦艦の主砲のようなエネルギーが光の渦となって発せられたではないか。

その巨大な光のうねりはラカンの気の砲撃であり、ラカンのでたらめさを表しているかのようであった。

 

 そして、次の瞬間、両者の最大の奥義が衝突した――――。

 

 

…… …… ……

 

 

 のどかたちは後ろを注意しながら、ひたすらに宮殿内の廊下を走っていた。

 

 

「あの金ぴかしたのは追ってきてないわね……!」

 

「なんとかまいたみてぇだな」

 

 

 アイシャは背後から誰も追ってきていないのを確認しながら、警戒は怠らずにいた。

クレイグも先ほどの金色の鎧の男をなんとか振り切れたことに、多少安堵した発言を飛ばしたのだ。

 

 

「いやーしっかし、まさかまた嬢ちゃんと一緒に走れるとはな!」

 

「は、はい! そうですね!」

 

 

 ただ、それ以上にクレイグは、再びのどかとこうやって並走できることに、感激を覚えていた。

心から仲間としてのどかを見ていたクレイグは、のどかが自分の仲間と合流した時、もうこのようなことはないと思っていた。されど、その機会がもう一度来たことに、喜んでいたのである。

 

 のどかも同じく、助けてもらって仲間にしてくれたクレイグと、こうしていられることを喜んだ。

だからこそ、走りながらも元気な声で、返事を返していたのだ。

 

 

「安心しな! しっかりあのぼーずんところに届けてやるよ!」

 

「お願いします!」

 

 

 そこでクレイグはニヤリと笑いながら、のどかを安心させるようなことを口にした。

その表情は自信にあふれており、絶対にやり遂げると言う意思を感じさせた。

 

 そんなクレイグにのどかも笑みを見せながら、それまでの間は彼らに甘えることにした。

どの道一人では仲間(ネギ)たちの元にはいけそうにない。それに、彼らと一緒にいるのも、結構好きだったからだ。

 

 

「でも、なんでこんなところに……」

 

「それはこいつがノドカを心配して様子を見に来たからよ」

 

「お、おい! 余計なことを言うんじゃねぇぜ!」

 

 

 ただ、一つだけのどかは疑問に思ったことがあった。

それはどうして彼らがこの場所にきてくれたのか、だ。

 

 確かに、この宮殿内にいたのは知っていた。

だけど、舞踏会の会場と特別室への位置は、それなりに離れていたはずだ。ならば、どうして彼がここにいるのだろうか、と。

 

 しかし、その理由は至極単純なのものでしかなかった。

ただ単に、クレイグがのどかのことを気になって、こっそりと追ったからだ。

 

 それをアイシャが笑いながら言えば、クレイグ照れを隠すように、怒ったように文句を飛ばした。

 

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

「気にすんなって! もう嬢ちゃんは身内みたいなもんだからな!」

 

 

 それほどまでに気遣ってくれているなんて。

のどかはそれを嬉しく思い、声を大きくしてお礼を述べた。

 

 それに対してクレイグは、ふっと笑いながら、身内、仲間なんだから当然だと言ってのけたのである。

 

 

「また、前みたいに一緒に迷宮に挑もうぜ!」

 

「はい!」

 

 

 そして、また前のように宝が眠る迷宮を、攻略しようとクレイグは言った。

のどかの帰るべき場所があるだろうと思いながらも、再び出会える日を心待ちにして。

 

 のどかも、そうできればいいな、と心から思った。

事故で彼らと仲間になったけど、それはかけがえのないものになっていたからだ。

 

 

「あっ、待ってください!」

 

「ああ、何かいるな……」

 

 

 だが、のどかはそこで前方を見て、クレイグたちに制止を呼び掛けた。

それは前にある部屋の中央に、誰かが佇んでいたからだ。

 

 クレイグもそれに気が付き、警戒をしていた。

それは黒いローブを身にまとった人影だ。その背後には何やら鍵のような形の杖が、一本宙に浮いていた。

一体何者かは知らないが、何か嫌な感じだった。明らかにこちらの味方と言う感じもなく、確実に敵と言う印象だった。

 

 

「ミヤザキノドカ……、危険だと聞いている」

 

 

 その人影はぽつりと、何か独り言をつぶやき始めた。

そこで聞こえてきたのは、確かにのどかの名前だった。

 

 

「消しておこう」

 

 

 そして、その人影がゆっくりと構えを取り、のどかを消すと断じたではないか。

すると、その人影は突如としてのどかたちの目の前へと現れ、立ちふさがったのだ。

 

 

「んだてめぇ? 頭イカれてんのか? 嬢ちゃんには指一本触れさせねぇぞ」

 

「うるさい木偶だ……」

 

 

 クレイグはこの目の前のローブの男らしきものが、敵であると確信した。

故にのどかの前へと立ち、剣を握りしめて、ローブの男へと立ち向かおうとしたのだ。

 

 が、ローブの男はそれを大きく気にすることなく、ただただ鬱陶しいと言う態度を見せるだけであった。

それはまるで道中で飛んでいる羽虫を相手にするような、そんな態度だった。

 

 

「人形は人形師には逆らえない……」

 

 

 ローブの男は余裕の態度で、木偶(クレイグ)を見下ろした。

さらに、ローブの男は一言ぽつりとこぼすと、背に浮かべた謎の杖を右手に移動したではないか。

そして、謎の杖の先端の球体が光り、杖が起動し始めたのだった……。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたちが仲間との集合地点へ駆けている最中、フェイトたちもネギを探して移動していた。

 

 

「皇帝は僕に何をさせたいのか」

 

 

 そこでフェイトが思うことは、あのアルカディアの皇帝が自分にどうさせたいのか、ということだった。

 

 確かに、今襲ってきている敵は、もともと自分の仲間だった。

裏切って皇帝の方に付いたのだから、皇帝の仲間として、元仲間である完全なる世界の連中を討てと言うことなのだろうか。それとも、けじめの為に彼らと戦えということなのだろうか。

 

 

「まあ、()()()も僕たちを攻撃してきてるし、すでに僕たちは彼らの()なんだろう」

 

 

 どちらにせよ、戦わなければならないことには変わりないのだろう。

それに、完全なる世界の方も、もはや自分を敵として扱っているようだ。でなければ、あの召喚魔が自分たちに攻撃し来るはずがないのだ。

 

 

「ならば、僕は僕で、僕のやりたいようにやらせてもらうだけだ」

 

 

 それに、隣には愛すべき栞の姉がいる。

フェイトが今一番大切なのは、彼女の安全だ。それ以外も、自分の従者の無事もまた、当然のように大切なのだ。

 

 それらを守るためならば、なんだってする。

元の仲間だろうが、襲い掛かってくるならば、蹴散らすだけだ。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それだけだ。

 

 フェイトはそう考えながら、襲い掛かる召喚魔を撃退していった。

当然ランスローも支援に加わっており、特に問題なくここまで歩みを進めてきたのだ。

 

 

「ふん、威勢はいいようだな、()()()()()()

 

「誰だい? その名で僕を呼ぶのは」

 

 

 が、そこで突如、何者かが自分を()()()()で呼んできた。

一体誰だとそちらに目を向ければ、背後に鍵のような杖を浮かせた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、そこに立っていたのだ。

 

 

「きゃああ!?」

 

「この炎は……」

 

「馬鹿な! ()()()()()()()()()……!?」

 

 

 すると、その少年はすさまじい灼熱の炎を操りだし、周囲を炎の海に変えてしまったのだ。

 

 栞の姉はその光景に驚き悲鳴を上げ、フェイトも栞の姉や従者を守るように障壁を張りながら、その炎に驚いた顔を見せていた。

 

 しかし、最も驚いていたのは、フェイトの従者となった転生者、剣のことランスローだった。

ランスローは()()()()を持っており、当然目の前の少年のことも知っていた。

 

 知っていたから驚いた。何故、こいつが()()()いるのか。

本来ならば、もう少し先に現れるはずの、こいつが何故。そう疑問に思いながら混乱していたのだ。

 

 

(クゥァルトゥム)……。火のアーウェルンクスを拝命」

 

「……僕の兄弟、という訳か」

 

 

 そして、少年は両手に炎の渦を掲げながら、自ら名乗り上げた。

そう、それこそ本来ならば墓守り人の宮殿での最終決戦で、ようやく投入された完全なる世界の新戦力。フェイトの兄弟機である、アーウェルンクスシリーズの4番目だったのだ。

 

 フェイトも見た瞬間から気が付いていたが、改めて名乗られてようやく彼が自分の弟であることを理解した。

だが、弟と言えど味方ではなく、自分にとって次第の敵だることも、同時に理解したのである。

 

 

「目覚めて初めてやらされる仕事が欠陥品の処理というのは、なんとも許しがたいことだが」

 

 

 クゥァルトゥムは機嫌の悪そうな表情で、何やらぶつくさと文句を言い始めた。

目が覚めたばかりのクゥァルトゥムは、裏切り者を消すと言う任務を不服に感じていたのである。

 

 しかし、なんという余裕の態度だろうか。

自分と同等であるフェイトを前にして、すでに勝ったような自信に満ちた様子だった。

 

 

「貴様はもはや欠陥品だ。欠陥品は欠陥品らしく朽ち果ててもらうぞ」

 

 

 愚痴を言い終え、はあ……、と最後に小さくため息を吐き終わると、ようやく動きだしたクウァルトゥム。

ゆっくりとフェイトたちへ近寄り始めると、両手の炎をさらに巨大に膨れ上がらせたのだ。

 

 

「みんな、下がって!」

 

「し、しかし!」

 

 

 今しがたフェイトを守るように展開していた従者の栞・暦・環に、フェイトはむしろ自分の後ろに下がれと命じた。

 

 されど、従者たちはフェイトを守護ることこそ自分たちの役目だと思っている。

故に、ここで下がりたくはない、と意義を唱えていたのだ。

 

 

「相手は僕と同等、君たちでは危険だ」

 

「わ、わかりました……」

 

 

 フェイトにとって彼女たちの行動は嬉しいものだが、それでも目の前の相手は強大だ。

何せ自分と同じような存在。その能力は自分と同等かそれ以上なのは間違いない。であれば、彼女たちを戦わせるのは危ないのは一目瞭然。

 

 フェイトは険しい表情の中に優しさを感じる目で、彼女たちへともう一度下がるように命令した。

 

 従者たちもそれを理解したようで、ようやく後ろへと下がり、フェイトを見守ることにした。

同じく栞の姉も彼女たちとともに下がり、妹の栞に身を寄せ合い、フェイトの無事を祈るのだった。

 

 

「……私が助太刀いたそう」

 

「お願いするよ」

 

 

 しかし、そこで一人だけフェイトと並び、戦おうとする者がいた。

それこそ黒き全身甲冑を身にまとった騎士、ランスローだ。

 

 ランスローは静かにフェイトの横へ移動し剣を構えた。

フェイトはランスローの言葉に答えつつ、ゆっくりと功夫の構えに出たのだ。

 

 

「フェイトさん、剣さん、気を付けて!」

 

「わかってる」

 

「任せていただきたい」

 

 

 そこで後ろから、栞の姉の心配する声が飛んできた。

それをフェイトは嬉しく感じながら、ふと笑みをこぼしながら大丈夫だと答えていた。

当然ランスローもしっかりと答え、さらに気を引き締めるのだった。

 

 

「フハハっ! 人形の心配などしている暇があるのか?」

 

「……っ!」

 

 

 ようやく戦いが始まったかと思えば、クゥァルトゥムはその両手の炎を周囲にまき散らした。

それだけでなく、炎の蜂を召喚し、すさまじい速度で飛び回らせたのだ。

 

 とてつもない広範囲な炎に、フェイトはとっさに後ろを守るように障壁を張り巡らせた。

さらに、飛び回る炎の蜂を追撃するように、石の杭を飛ばして撃墜させたのだ。

 

 

「我が属性は()だ。火力ならお前よりも上だぞ!」

 

「くっ……!」

 

 

 だが、炎の蜂がつぶれたと同時に大爆発を起こしたではないか。

さらに、クゥァルトゥムは巨大な炎の槍を形成すると、それをフェイトへと投擲したのだ。

 

 なんという火力だろうか。

炎のアーウェルンクスの名は伊達でなかった。

灼熱の炎が周囲の壁や柱を溶解させ、まさに地獄絵図と化し始めていたのである。

 

 フェイトはその炎の槍を何とか受け切りながら、やはり後ろを気にかけていた。

この広範囲の炎が、従者や栞の姉に届いていないか気が気ではなかったのだ。

 

 

「やらせんぞ!」

 

「貴様の相手はこちらだ」

 

「何……!? ぐうお!?」

 

 

 とは言え、炎であれ魔法ならば、対魔力でほとんどをシャットアウトできるランスローは、完全にフリーの状態だった。

 

 このままでは押し切られると考えたランスローは、一気に勝負に出た。目に見えぬほどの速度でクゥァルトゥムへと近づき、神速にて剣を振り下ろしたのだ。

 

 だが、そこで急にクゥァルトゥムとは違うところから、ふと声が聞こえてきた。

すると、どういうことか、ランスローは何かに大きく吹き飛ばされ、苦悶の声とともに壁に激突し、その壁にめり込んだのだ。

 

 

「剣……!?」

 

「よそ見をしている暇はないぞ!」

 

「……ッ!」

 

 

 突如として吹き飛んだランスローを見て、たまらず彼の名を呼ぶフェイト。

しかし、フェイトとて他人を気にしている余裕などどこにもない。

 

 クゥァルトゥムは目を離されたことにイラつき、さらに火力を上げた炎を、フェイトへとぶつけてきたのだ。

もはや防ぐので精いっぱいのフェイト。声すら出せずに障壁を張り巡らせるのがやっとであった。

 

 いや、フェイト一人だけならば、ここまで苦戦はしないだろう。

やはり後ろの4人を守護りながら戦うのは、流石のフェイトも厳しいと言わざるを得なかった。

 

 

「貴様はまさか……!」

 

(クゥィントゥム)……。風のアーウェルンクスを拝命」

 

「4番目だけではなく5番目までもが……!」

 

 

 また、ランスローは即座に態勢を立て直しながら、驚くべき存在を目撃していた。

そこにいたのはまたしても少年だった。フェイトと同じ服装をした、クゥァルトゥムと同じ少年だったのだ。

 

 ランスローを突き飛ばした張本人、逆毛をしたフェイトのような少年は、そこで自ら名を名乗った。

なんと、ランスローを吹き飛ばした人物こそ、アーウェルンクスシリーズのクゥィントゥムだったのだ。

 

 この事態にランスローは、兜の下で一筋の冷や汗を流していた。

まさか、まさか、アーウェルンクスシリーズが2体も同時に、この場所へ投入されるなど思っても見なかったからだ。

 

 この状況は明らかにマズイ。ランスローはそう考えていた。

 

 フェイトがフリーな状態ならば、まだ問題はないだろう。

されど、今フェイトは後ろの4人を庇いながら戦っている状況だ。

 

 これを打破するのは並大抵のことではないと、ランスローは思考を巡らせていた。

 

 

「なるほど、僕を確実に倒そうという訳か……」

 

「そういうことだ!」

 

 

 また、フェイトも二人が自分を攻撃してきたということが、どういうことなのかを理解した。

裏切り者は許さない。ここで絶対に消えてもらう。そういうことなのだと。

 

 クゥァルトゥムも当たり前のことだと叫びながら、さらに炎をフェイトへとぶつけていた。

 

 

「しかし、先ほどから防御ばかりではないか!」

 

 

 そんな攻防が幾度となく繰り返されたところで、クゥァルトゥムはフェイトがほとんど攻撃してこないことに気が付いた。

 

 

「そんなに後ろの人形どもがよいのか?」

 

「当然」

 

「……やはり人形ごときに情が湧いたようだな……」

 

 

 何故ならば、後ろの従者たちと栞の姉の4人を庇いながら戦っているのだ。

動いて攻撃できるような余裕がまったくなかったのである。

 

 いやはや、そんなものを守って何になるというのだ。

くだらないものを見る目をフェイトに向けながら、クゥァルトゥムはそう尋ねた。

 

 そんな問いにフェイトは、一言、強い信念がこもった言葉で返した。

彼女たちは自分の大切な存在だ。それをないがしろにする訳がない、と。

 

 その答えにクゥァルトゥムは、さらにくだらないと言う様子で吐き捨てた。

人形ごときに情を感じるなど、あってはならないというのに。

 

 

「いいだろう! それならば、まずは貴様が一番気に入ってるであろう人形からあちらに送ってやろう!」

 

「……そうはさせない!」

 

 

 ならば、その情を消し去ってやればよい。

クゥァルトゥムはそう考え、フェイトへと宣言した。フェイトが最も愛しいるであろう、女性の人形を消し去ってやると。

 

 だが、それを許すほどフェイトは甘くない。

来ると言うのならば、全力で消えてもらう、それだけだ。

 

 

「甘い」

 

「なっ……ガッ!?」

 

 

 しかし、そんなフェイトへと襲い掛かる一筋の光があった。

光、いや、雷が、フェイトの体に大きく突き刺さったのだ。

 

 それは今しがたランスローを相手にしていたクゥィントゥムであった。

クゥィントゥムは魔法にて雷化し、雷速でフェイトへと突撃してきたのだ。

 

 その突進の直撃を受けたフェイトは、小さく苦悶の声を上げながら、吹き飛ばされて地面に転がった。

 

 

「フェイト殿オォッ!」

 

 

 ランスローもクゥィントゥムを逃がすまいとしていたが、流石に雷速で動く相手を抑えていられるはずがない。

一瞬の隙をついてフェイトへと向かったのクゥィントゥムを見たランスローは、そこで大きくフェイトの名を叫び、警告を呼び掛けていたがすでに遅かった。

 

 

「さて、人形は楽園へ誘ってやる!」

 

「や……やめろ……!」

 

 

 フェイトが吹き飛んだ隙に、クゥァルトゥムがニヤつきながら、妹の栞を抱きしめる栞の姉の前へと現れた。

そして、背中に浮かせていた杖を手に取りながら、それを栞の姉へと向けたのだ。

 

 その光景を見たフェイトは、普段は聞けないような焦りと不安が入り混じった、悲痛に聞こえるような叫び声で制止を呼び掛けていた。

 

 このままではまずい。このままでは栞の姉が完全なる世界へ送られてしまう。

そうなれば、二度と会えなくなる。二度と、あのコーヒーが飲めなくなる。そんな絶望が頭に過る中、なんとしてでも阻止せんと、フェイトは栞の姉の方へと走り出した。

 

 

「すでに遅い! リライト!!」

 

 

 ああ、しかし。しかし、遅かったのか。

クゥァルトゥムもそう叫び一つの呪文を唱えると、杖が起動して先端が光り輝いたのだった。

 

 

 



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百六十二話 造物主の掟

 ここは地下物資搬入港。

その入り口に、二人の人影が走ってきた。

 

 

「ふぅー、到着だな」

 

「なんとか来れたか」

 

 

 それは数多と焔だった。

二人は敵の猛攻をかいくぐり、二番乗りでこの場所へとやってきたのだ。

 

 

「熱海のにーさんと焔じゃん!」

 

「よう!」

 

「う、む」

 

 

 二人に気が付いたハルナは、とっさに声をかけると、二人もそちらへと移動し、数多は軽快にあいさつを交わした。

ただ、焔はややぎこちない様子で、返事を述べていた。

 

 

「いやー、大丈夫かなって思ってたけど、やっぱ無事だったんだね!」

 

「あの程度なんてことなかったぜ」

 

「そっちも無事みたいで……、よ……よかった……」

 

 

 ハルナは二人のことを、少しだけ心配していた。

が、闘技場での決勝戦を見ていたハルナは、二人がこの程度でやられる訳がないとも思っていた。

 

 そんなハルナの言葉に、数多は反応して豪語した。

こんな雑魚程度、問題なんてあるはずがないと。

 

 その隣の焔は、逆にハルナたちを心配するような言葉を、小さい声でこぼしていた。

彼女たちはクラスメイト故に、多少なりと気にしていたようだ。

 

 

「そりゃ兄ちゃんならそりゃ余裕やろな」

 

「あのぐらいで手こずってたら、親父にゃ一生勝てねぇからな」

 

「せやろな……」

 

 

 そこへ小太郎がやってきて、数多へと話しかけた。

小太郎と数多は山で知り合ってから、随分と仲良くなった。修行も時々一緒にするようになり、数多の実力を知っていた小太郎は、あの程度の相手なら数多なら楽勝だろうと思っていたようだ。

 

 数多も目標が目標なので、あの程度で苦戦する訳にもいかないと、ふっと小さく笑って言葉にした。

むしろ、あの程度の敵に苦戦するようでは、父親である龍一郎に殴られかねないとさえ思っていた。

 

 その数多の言葉に、小太郎も苦笑いを見せ、肯定した。

小太郎も闘技場の決勝戦を見ていたので、その父親の強さを理解していたからだ。

 

 

「まっ、俺も負けてられへんわな!」

 

「お互いさらに強くなろうぜ!」

 

「おう!」

 

 

 まあ、それはそれとして、さらに高みを目指したいと、小太郎は心から宣言した。

そんな小太郎に数多も同調し右腕を差し出せば、小太郎も返事とともに右腕を伸ばた。そして、二人は右腕同士を組んでニヤリと笑っていたのである。

 

 

「……で、今の状況は……?」

 

「まだ半分ぐらい集まってなくてね」

 

 

 盛り上がる二人を差し置いて、焔はハルナへと状況の確認を行った。

ハルナはその問いに答え、ここにいない人がまだ多いと説明した。

 

 

「みんなが集まるまでここで待機ってことになってるよ」

 

「なるほど……」

 

 

 当然それ以外にも、現状どういう考えで動いているかも、ハルナは答えた。

まだここへ来ていない人も結構いるため、この場を動くことはできないと。

 

 焔はそれを聞いて、頷きながら納得した。

それに、ハルナの後ろには数人のクラスメイトが待機しているが、まだまだ全員には程遠いのも確認できた。

 

 

「まあ、今楓が迎えに行ったし、他の子たちも大丈夫だとは思うけど……」

 

「そういえば、先ほど通り抜けていったのは彼女か……」

 

 

 また、ハルナは先ほど仲間を迎えに行くと出ていった楓のことも話した。

そこで焔は先ほどこの港の入口付近の廊下で、一瞬だけ姿が見えた人影が通り過ぎたのを思い出し、それが楓だと言うことを認識したようだ。

 

 

「とりあえず、今は警戒でもしておこう」

 

「えー? もっとおしゃべりしてくれてもいいんじゃない?」

 

 

 焔は全員が集まるにはもう少し時間がかかると考え、周囲に敵がいないかを見回ることにした。

それにハルナは文句を飛ばす。

 

 焔はもともとクラスで浮いた存在だった。

基本的に必要なことしか会話しない、どこか翳りがあり。とても鋭利な刃物みたいな孤独な少女だった。

 

 だが、最近少し丸くなってきて、随分と態度が柔らかくなった。

雰囲気も刺々しさが消え、話しやすくなったのがよくわかる。

 

 だから、こういう時ではあるが、親交を深められれば、とハルナは思ったのである。

 

 

「……地上(うえ)はまだ敵だらけだし、警戒は必要だ」

 

「うーむ、まあ、本人が嫌だって言うのなら、無理にとは言わないけど」

 

「……いや、その……、別に嫌と言う訳では……」

 

「ほほーう?」

 

 

 されど、焔は会話が理由をつけて断ろうとした。

と言うか、何を話していいかわからないので、戸惑ってしまっているのが本音であった。まあ、実際警戒が重要なのも間違いないのだが。

 

 ハルナは本人が嫌そうなのを見て、今回はやめておこうと思慮した。

すると、焔は小さな声で、そういう訳ではない、とこぼすではないか。

それを聞き逃さなかったハルナは、メガネを光らせてニヤリと笑った。

 

 

「なるほどー! 素直になれないとかそんな感じかー!」

 

「ちっ、違……わ、ない……か……」

 

 

 そこでハルナはわざとらしい大きな声で、自分が思ったことを言葉に出した。

前までツンツンしてたからか、今すぐ素直になりきれないんだろう、と考えたのである。

 

 焔はハルナの言葉を否定しようとするも、強く否定することはできず、むしろその通りであると、弱弱しい声で認めたのだ。

 

 

「おやおやぁ? 結構トゲが抜けてきて、いい感じになってきたじゃん?」

 

「……」

 

 

 そんな焔の態度を見たハルナは、意外と言う気持ちを感じながらも、目を細めてニヤニヤと笑っていた。

また、ムキになって否定するとばかり思っていたが、しおらしく認めるとは予想外であった。

 

 こんな様子の焔など、半年前までは想像すらできなかった。

ならばと、ハルナは今の気持ちを素直に焔へと伝えた。随分と心境が変化したのか、鋭さが抜けたと。

 

 が、そこで焔は口をつぐんで黙ってしまった。

頬を少し紅色に染めながらも、無言で下を向いてしまったのだ。

 

 

「なんでそこで黙っちゃうかなー……!?」

 

「……いや、そうではなくて……」

 

 

 急に黙ってしまった焔へと、ハルナは焦った顔を見せていた。

何か悪いことを言ってしまったのではないか、と思ったのである。

 

 ただ、焔は別に悪い方向に何か思った訳でもなかった。

だから、ハルナの焦る顔を見て、ゆっくりと重たい口を開き始めた。

 

 

「どうなんだろうな、と考えてしまって……」

 

「自分の変化に戸惑ってるってやつ?」

 

「多分……」

 

 

 自分でも、今言われたことをあまりよく理解できていると言い難い状態だと、焔はぽつりと語り始めた。

ハルナはそれについて、自分が今考えたことを焔へと伝えた。

そして、焔もハルナの意見には概ね正解だと考え、一言そう述べた。

 

 

「まあ、時間もまだある感じだし、お互い色々埋めていこうかね」

 

「そ……、そうだな……」

 

 

 まあ、なんにせよ焔が自分たちに対して、悪感情を持っている訳じゃなさそうだ。

ハルナはならばと、親交を深めていこうと焔へ笑顔で語りかける。

 

 焔は少し照れ臭そうにしながらも、拒絶することなく、むしろ受け入れることにしたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 少し時間を戻して、そこは夕映たちがいる場所。

未だに敵の数が減らずに、囲まれている状況だった。

 

 

「すごい敵の数です……!」

 

「それに……私の魔法がまるで通じませんわ……!」

 

「私のが効かないのはともかく委員長の魔法が効かないのはおかしいよ!」

 

 

 数の減らない召喚魔に、困惑の色が隠せない夕映。

その近くのエミリィは自分の放つ魔法が、召喚魔に通じていないことに、大きな動揺を受けていた。

 

 また、それがおかしいと、コレットも怪訝な表情を浮かべていた。

何せエミリィはアリアドネ―のクラス委員長で、魔法の才能に長けているからだ。

 

 

「それにユエさんとビーの魔法は通じておりますし……、確かに何か変ですわね」

 

「何か、このからくりには裏がありそうです」

 

 

 しかし、夕映とベアトリクスの魔法だけは、しっかりと召喚魔にダメージを与えている。

それに何かがあるのではないかと、エミリィと夕映は睨んでいた。

 

 

「四人とも、無理しないで。僕がこの場は何とかするから」

 

「はい……」

 

「お願いしますです」

 

 

 だが、彼女たちが話し合っている時に、再び巨大な轟音が宮殿内に響き渡った。

その音の発生源を見てみれば、すでに巨大な衝撃が大量の敵を吹き飛ばした後であった。

 

 そして、それを起こした張本人、タカミチが、ポケットに手を入れたまま、普段通りの微笑の表情で立っていた。

そんなタカミチは、頑張ろうと奮闘する彼女たちへと、ここは自分に任せて欲しいと述べた。

 

 それに対して彼女たちも、小さく返事をして、タカミチに任せることにしたようだ。

と言うのも、攻撃が通る夕映とベアトリクスの二人でさえ、タカミチが放つ無音拳の前には赤子同然だったからだ。

 

 

「だけど、このままではマズイかもしれない……」

 

「あの巨人の存在もあるですし、どうにかしないと……」

 

 

 とは言え、この状況で一番危険なのは、少し離れた場所に顕現している、あの巨大な召喚魔の姿だ。

あまり大きな動きを見せていないが、あれこそが間違いなくこの場において、一番障害になると、誰もが思っていた。

 

 

「なっ!?」

 

「うわっ!?」

 

 

 だが、突如として外が、まるで太陽が爆発したかのように光り輝いた。

巨人の召喚魔を建物内から見ていた彼女たちは、その光に驚きながら目を守るように腕で塞いだ。

 

 

「なっ、何!? 今の光は!?」

 

「あれを!」

 

 

 その光が収まり、何がどうなったと狼狽えるコレット。

そこで外へと指をさし、見てと言わんばかりに声を出す夕映がいた。

 

 

「巨人が……、消えてる……」

 

「すごい……、でもなんで……」

 

 

 その外の様子を見てみれば、再び彼女たちは驚きの光景を目の当たりにしたのである。

それは外に巨大な存在感を出していた、巨人の召喚魔が消滅していたからだ。一体何が起こったのか、誰もが理解できずに呆然とするばかりだった。

 

 

「もしや、今のは覇王さんが」

 

「ハオって、あのアカクラハオ様!?」

 

「え……? は、はいです」

 

 

 そこで夕映は、ある仮定をを口にした。

あの光こそ、覇王が放った攻撃だったのではないか、というものだった。無論それは間違いではなく、覇王が放った”鬼火”によって、巨人の召喚魔は消滅したのだ。

 

 しかし、そこで彼女たちが耳を傾けたのは、覇王と言う人物の名前であった。

エミリィは覇王の名を聞くと、急に興奮したように夕映へと詰め寄り始め、夕映はいきなりのことで困惑するしかなかった。

 

 

「まさかこんな近くにまで来ていたなんて……!」

 

「きっと私たちの窮地に駆けつけてくれたんですわ!!」

 

「違うと思うんですけど……」

 

 

 さらに、コレットも覇王の名前に感激し、興奮の色を隠せない様子だ。

なんと、エミリィは両手を重ねて祈るような態度を取りながら、覇王が近くにいると言うことに喜びの涙を見せ始めたではないか。

 

 なんだこれ、と少し引いた表情の夕映は、自分たちの為に覇王が来た訳じゃないと、ため息交じりに否定の言葉を漏らした。

ベアトリクスも特に覇王に何か感じている訳ではないのか、無言でエミリィを見ているだけであった。

 

 と言うのも、彼女たちは覇王がこの舞踏会に来ていることを知らなかった。

確かに覇王は闘技場で決勝戦などをしたりと近くにはいたのだが、直接会うことがなかったのである。故に、こんな誤解をしているのだった。

 

 

「いやあ、すごいね彼は」

 

「まったくもって本当です」

 

 

 タカミチは先ほどの光と、感激する彼女たちを見て、覇王の凄さをその身で実感し、ぽつりと一言こぼす。

 

 夕映も覇王と言う人物をよく知っている訳ではないが、その強さだけは周知だったので、タカミチの言葉に同調した。

 

 

「さて、僕も彼に負けないように頑張らないと」

 

 

 また、タカミチは覇王の仕事ぶりに感化され、さらにやる気を出した。

あんなすごい光景を見せられたからには、この程度で遅れてなるものか、と久々に対抗心が燃えたのだ。

 

 そして5人は順調に歩みを進めながら、集合場所へと着実に移動していったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、バロンとともに夜の闇に消えたエヴァンジェリンは、無人の岩礁地帯まで飛ばされていた。

 

 

「吸血鬼よ、どこまで持つかな?」

 

「なめる……なぁ!!」

 

「むっ!?」

 

 

 その巨大な岩礁へと降り立った両者。

未だに力づくで剣を押し続け、挑発的な言葉を飛ばすバロン。

 

 そこでエヴァンジェリンは地に着いた足で踏ん張り、バロンの剣を薙ぎ払ったのだ。

それに対してバロンは少し驚きながら、後ろへと数歩下がった。

 

 

「ここでなら人を気にせず戦える。前とは違うぞ?」

 

「でかい口がたたけるのも今の内だ」

 

 

 前にバロンと戦った時は、周囲に仲間がいた。それでは広域魔法が使え勝ったが故に、エヴァンジェリンは押されていた。

しかし、今、この場には誰もいない。障害となるものは存在しない。

であれば、全力でバロンの相手ができると言うものだ。

 

 されど、バロンとて未だ真の実力を見せてはいない。

豪語するだけならば誰でもできると挑発しながら、額の紋章を輝かせたままエヴァンジェリンを睨みつけていた。

 

 

「それはこっちの台詞だ!」

 

「ふうん!!」

 

 

 が、バロンの台詞こそ今返してやると、エヴァンジェリンは叫びながら握っていた氷の剣を振りかぶって襲い掛かった。

とは言え、竜闘気(ドラゴニックオーラ)にて強化されているバロンには、その程度の攻撃は通用しない。

すさまじい膂力で振り回された真魔剛竜剣が氷の剣と衝突すると、逆にエヴァンジェリンが弾き飛ばされたのだ。

 

 

「どうした? 先ほどの威勢はどこへ行った?」

 

「グッ……、この特殊な気、すさまじい力だ……」

 

「当然だ! 竜の生命力たる気なのだからな!」

 

 

 暴風すらも吹き飛ばすかのような、重く精悍な剣撃。

繊細さに欠けるも豪快に振り回される力強い剣の圧力は、まさに巨大な竜が振り回す爪そのもの。

 

 バロンは本気でエヴァンジェリンを滅ぼすべく、剣を振り回しながらさらに煽り強気で攻めた。

その最中にも竜闘気(ドラゴニックオーラ)全開で放たれる剣の一閃が、まるで濁流のごとくエヴァンジェリンへと襲い掛かる。

 

 流石のエヴァンジェリンもバロンのすさまじい猛攻に、反撃の機会すら与えられなかった。

それもそのはず、やはり竜闘気(ドラゴニックオーラ)による強化が、絶大な力を見せていたからだ。

 

 エヴァンジェリンはそれを愚痴のように吐き出すと、バロンはさらに強気な態度で攻撃を激しくさせていった。

 

 

「ならばこちらも奥の手を用意するだけだ!」

 

「やってみるがいい!! できるものならばな!!」

 

 

 だが、バロンが本気であるならば、エヴァンジェリンも相応の対応をするだけだ。

ここには誰もいない、何もない。ならば、最大の力が発揮できるというものだ。

 

 そこでエヴァンジェリンはバロンが剣を大きく振りかぶった一瞬の隙をついて、瞬時に後方へと下がった。

 

 エヴァンジェリンの発言と行動に、むしろさらに挑発的になるバロン。

今のお前に何ができる? できるのならばやってみろ。その前に阻止してやる。そう叫びながらも、移動したエヴァンジェリンを追うように、爆発的なスピードで距離を詰めに行った。

 

 

「リク・ラク・ラ・ラック……」

 

「詠唱などさせるものかぁ!」

 

 

 エヴァンジェリンは素早く詠唱を唱え始め、その”本気”の準備へと入った。

されど、それを見逃すほどバロンは甘くない。詠唱中のエヴァンジェリンへと、山すらも切り落とすような斬撃を繰り出したのだ。

 

 

「ぬう!?」

 

 

 だがしかし、その強靭な剣撃は足元が光ったと同時に、何かに阻まれいなされた。

別の剣のような何かが、バロンの剣の腹を叩き軌道をずらしたのだ。

 

 

「へぇ、マスターの相手はあなただったの?」

 

「お前は……!」

 

 

 その光の中から少女らしき声が聞こえてきた。

そして、光が消えた場所には、エヴァンジェリンの従者となった少女、トリスが片足を高く伸ばして立っていたのだ。

 

 そう、エヴァンジェリンは自分一人では目の前の男を相手にするのは厳しいと判断し、従者であるトリスを召喚したのだ。

また、召喚の光がやんだことで、再び周囲は夜空の星だけが照らす、淡い闇へと染まっていた。

 

 

 トリスはゆっくりと持ち上げた脚を地面へと下しながら、マジマジとバロンを見ていた。

なるほど、エヴァンジェリンが急に呼び出したと思えば、相手はこの男か。確かに、この男を相手にするのであれば、呼ばれるのも道理。そう思考しながらも、挑発的な声でバロンへと声をかけた。

 

 先ほどの攻撃をいなされたバロンはと言うと、驚きの顔を見せていた。

何せ元々トリスは完全なる世界(こちら)側にいた。それがどういう訳か敵対者として出てきたのだ。

 

 いや、それ以上にバロンが驚いたのは、積極的にエヴァンジェリンの味方をしていることだった。

半ば強制的に使役されているのなら、わからなくもない。だが、目の前のトリスはそのような雰囲気がまるでなかった。故に、バロンは驚愕せざるを得なかったのだ。

 

 

「裏……切ったのか……」

 

「別にあなたたちの仲間になったつもりなんか、一欠片もなかったのだけどね」

 

「そうか……。そうだろうな……」

 

 

 バロンは表情を固めたまま、トリスへと問う。

そんなバロンを小馬鹿にするかのように、トリスはせせら笑いながらそれに答えた。

それを聞いたバロンは、合点がいったと言う様子で、ふと微笑をこぼしたのだ。

 

 

「……ならば、お前もここで消えてもらうだけだ」

 

「あーらぁ……、怖い怖い」

 

 

 ああ、裏切ったのならば容赦の必要はないだろう。

この場で消し去ってしまえばいいのだから。バロンはそう決意し、剣を強く握りしめて構えた。

 

 その時、バロンからは重圧とも言えるほどの殺気が放たれた。

視線だけで人を殺せるのではないかと言う程の、強烈な威圧だった。

 

 だと言うのに、バロンから放たれるおぞましい殺気を、軽く受け流すトリス。なんとトリスは、わざとらしく恐怖したような動作を見せながらも、表情は煽るような余裕の笑みを見せていた。

 

 

「でも、私なんかにかまっている暇があって?」

 

「何……? グッ!!?」

 

 

 それもそのはず、トリスはただの時間稼ぎでしかなかった。

それをあえてバロンへと投げれば、トリスの背後から南極のブリザードのような極寒の旋風が吹き荒れてきたのだ。

 

 流石のバロンも苦悶の声を漏らし、両腕で顔を隠して視界を狭めた。

さらに、その猛吹雪は強さを増し、地面を凍結させてきたのだ。バロンはとっさに距離を取り、トリスの背後にある蒼色に淡く輝く存在を見つめていた。

 

 

闇の魔法(マギア・エレベア)……、術式兵装”氷の女王(クリュスタリネー・バシネイア)”」

 

「……それがお前の奥の手……という訳だな……!」

 

 

 そこにいたのはエヴァンジェリンだった。その蒼く輝く淡い光こそ、エヴァンジェリンだった。

氷の翼を背中に宿し、蒼白い眩さを放ちながら、威風堂々と佇んでいた。

 

 それこそエヴァンジェリンの奥の手の一つ、闇の魔法(マギア・エレベア)にて千年氷華を武装した、エヴァンジェリンの姿があったのだ。

 

 バロンはその姿と肌を刺すほどの冷気と、身震いするほどの魔力と圧力を感知し、表情を厳しくしながら剣を握りなおした。

そうか、その姿こそエヴァンジェリンの本気。言うだけはあったと言うことか。バロンはそう思考しながらも、強気の態度は変わらずだ。

 

 

「さて、第二ラウンドと行こうじゃないか!」

 

「氷の身体をその自信ごと、粉々に粉砕してくれる……!」

 

 

 これでようやく対等に戦えると踏んだエヴァンジェリンは、これからが本番だとばかりにバロンへと挑発した。

その挑発にバロンは気にすることなく、むしろ逆に粉砕してやると言い切ったのだ。

 

 

「私を忘れるなんて、いい度胸じゃない?」

 

「っ! ぬう……!」

 

「氷の上は私のテリトリーでもあるのよ」

 

 

 しかし、相手はエヴァンジェリンだけではい。

ここにはもう一人、エヴァンジェリンが呼び出した従者のトリスがいるのだ。トリスはバロンが自分に眼中がないのを利用し、即座に接近して蹴り上げたのだ。

 

 とっさにバロンはその蹴りを回避しながらも、その鋭利な蹴りに表情をゆがませていた。

 

 また、トリスはエヴァンジェリンの闇の魔法の影響で周囲が凍結した氷の上で、得意げにそれを言った。

元々スケートのように滑って戦うトリスには、この凍結したフィールドの上はまさに水を得た魚というものだった。

 

 

「……結構マスターと私って相性いいのね」

 

「初耳だぞそれは」

 

「あら? 話してなかったかしら?」

 

 

 ふと、トリスは今の自分の発言を思い、エヴァンジェリンの魔法とは相性が最高なのではないか、と言葉にした。

エヴァンジェリンはトリスの突然の台詞に、聞いてないと呆れた顔で言い出した。

 

 そのエヴァンジェリンの言葉に、トリスはそのことを教えたかどうか、とぼけた様子で思い返すような素振りを見せていた。

 

 

「じゃ、行きましょう?」

 

「ああ、行くぞ!」

 

「……来い!」

 

 

 まあ、そんなことは置いておくとして、今は目の前のバロンを倒すのが先決だ。

トリスはエヴァンジェリンへと、戦いをはじめを告げると、エヴァンジェリンも言葉と同時にバロンへと襲い掛かった。バロンは襲い掛かる二つの蒼き光に対して、堂々と構えていたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 

 一方、ネギたちより先行したカギはと言うと……。

 

 

「やべぇ! 迷った! また迷った!!」

 

 

 やはりと言うか、またしても道に迷っていた。

一体ここはどこだろうか。一応宮殿の庭のようだが、この場所がどこなのかさっぱりわからない。カギは頭を抱えて悩みながら、大声で叫んでいた。

 

 

「今回はカモの奴もいねぇし、一人で迷子になっちまったよー!!」

 

 

 しかも、今回はカモミールすらおらず、カギは独りぼっちだった。

相談役もなく孤立してしまったカギは、本気でマズイと慌て始めていた。

 

 

「どうすっかなー! どうするっか……ああ?」

 

 

 頭を抱えながら周囲をうろうろしながら、まずどうするかを考え始めたカギ。

だが、その直後、夜空で動く光り輝く物体を目の当たりにしたのだ。

 

 

「ありゃ……、まさかヴィマーナか!?」

 

 

 その暗い空を走る一筋に黄金の輝き、それこそカギも特典として保有している黄金の空を飛ぶ船、ヴィマーナだった。

 

 

「あのヴィマーナの行く先にあるのは……、もしかして墓守り人の宮殿……か……?」

 

 

 そして、その移動先はもしや敵の本拠地なのではないか、とカギに疑問がわいた。

 

 

「つまり、敵っつーわけか」

 

 

 何せ、この状況下で何もせず、空から高みの見物決め込んで、帰っていくような相手だ。

明らかに敵、敵でなくともよほどこの状況に興味がない人物なのは間違いないだろう。故に、カギは敵として認定した。

 

 

「やっちまうか……?」

 

 

 ならば、先手必勝。

この場であれほどのものを保有している敵を倒せたならば、大金星なのは間違いない。

 

 

「……いや、やめておこう……。俺は()()が使えねぇ……。不意打ちに失敗したらちょいとヤバイ……」

 

 

 だが、カギはあえて攻撃するのをやめることにした。

カギには一つ懸念すべき問題があったのだ。カギは選んだ特典の性質上、あるものが使えないのだ。最大で最強の武器、それが使えないがために、不意打ちに失敗した時のことを考えたのである。

 

 

「それに、もしも相手が()()()()()()()()()()()を使ってきたら、この世界がどうなるかわかったもんじゃねぇ……」

 

 

 そして、相手がもし、自分と同じような特典を選び、それを保有していたら。

それを使える相手であったならば、この世界が破壊されかねないと、らしくもない弱気な態度を見せながら、少なめの脳みそで思考した。

 

 

「とりあえず、あいつらんとこに急ごう……」

 

 

 だから、あえて無視して仲間の場所へと移動することにした。

とりあえず、歩けばなんとかなるだろう、と考え、前へと足を延ばして移動し始めたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 のどかを守護ろうとローブの男の前で剣を握るクレイグ。

そのクレイグへと影使いローブの男が、静かに呪文を唱え始めた。

 

 

「リライ……」

 

 

 その呪文とは()()()()

魔法世界の住人を消し去り、()()()()()()へと送り出す魔法。

 

 

「ッ!?」

 

 

 だが、それを全て言い終える前に、突如として数本の矢がローブの男へと飛んできた。

ローブの男はとっさに気が付き避けたが完全にはよけきれず、何本かの矢が軽く体をかすめた。さらに、それによってローブの男の呪文は完成せず、クレイグは消えなかった。

 

 

「なあ、オレもちょいと混ぜてくれませんかね?」

 

「!? ぐうお!?」

 

 

 その矢が飛んできた闇の影から、男の声が響いてきた。

そして、姿なき声の主は、気が付けばローブの男の前へと現れ、サマーソルトキックをかましたのである。

それを顔面に受けたローブの男は大きく後ろへと下がり、声の主は少し離れた場所へと着地したのだった。

 

 

「くっ……。いつの間に……」

 

「なあに、影に潜むのは得意なもんでねぇ」

 

 

 ローブの男は今まで蹴りを入れた主に気が付かなかったことに、驚きを感じていた。

 

 それに対して、蹴りを入れた張本人は隠れるのが得意だと、肩をすくませて、せせら笑いながら言い放った。

そう、こういう卑劣な手こそが自分の本分。相手に悟られずに狩ることが、自分の本来の技だと。

 

 されど、そのたれた目は、全く笑ってなどいない。

むしろ、目の前のローブの男を射殺すほどの、鋭い殺気を込めて睨んでいた。

 

 

「テメェ!?」

 

「ロビン!?」

 

「ロビンさん!?」

 

 

 また、のどかたちは突如現れた人物を知っていた。いや、知人と言うより仲間だった。

緑色の外套、茶髪、クロスボウ。それこそ、あのロビンだったのだ。

 

 故に、のどかたちはその名を驚きながらも叫んだ。

誰もが何故ロビンがここにいるのか、わからなかったからだ。

 

 

「ちょっと、今まで何してたのよ!?」

 

「いやあ、夜空を眺めてたらなんか変なのがわらわら出てきましてねぇ。蹴散らしながらアンタらを探してたって訳ですわ」

 

「ったく……、それはこっちの台詞だぜ……」

 

 

 アイシャは今の今まで姿を見せなかったことについて、ロビンに追及した。

が、ロビンは相も変わらずぬらりくらりとかわすように、ヘラヘラとした態度で質問に答えたのだ。

 

 ただ、ロビンは嘘を言っている訳ではない。本当に謎の影のような敵が出てきたからこそ、こうしてここへ参上したのだ。

 

 それを聞いたクレイグは呆れたような表情を見せていた。

突然いなくなったと思えば、いきなり現れる。神出鬼没もたいがいにしろと言いたくなると言うものだ。

 

 

「ああ、他のお二人さんはご無事でしたよ」

 

「そりゃよかった」

 

 

 まあ、それよりもロビンは、クレイグたちに伝えたいことがあった。

それは他の仲間の二人、クリスティンとリンのことだ。あの二人は別の場所にいるが、とりあえず無事であることを、ロビンは彼らに話したのである。

 

 クレイグもその二人に何とか連絡を取ろうと思ったが、念話が妨害されており、それどころではなかった。

なので、ロビンの報告にほっと胸をなでおろしたのだ。

 

 

「さぁてと……、いっちょやってやりますか」

 

「おう!」

 

 

 しかし、今は談話している時ではない。吹き飛ばしたとは言え、敵がいるのだから。

だから、ロビンはクレイグへと、そろそろ攻撃へ移ることを告げ、クレイグも快く承諾し、ニヤリと笑って見せたのだ。

 

 

「そらよ!」

 

「チィ……! ()()()()()()()()……!」

 

 

 その会話が終わった直後、ロビンの体がぶれたと思えば、ローブの男の死角へと回り込み、すかさず矢を放っていたのだ。

 

 ローブの男はその矢を影の魔法で防御しつつも、邪魔されたことを苦々しい声で漏らしていた。

ただ、何やらそれは意味深な感じでもあった。

 

 

「はっ、おたくが先に手ぇ出したんだろうが……!」

 

「ぐう……!」

 

 

 されど、ローブの男へと、ロビンは言い返しつつ、再び矢を何本も放つ。

その卓越した矢の射撃に、流石のローブの男も影の魔法での防御で手一杯と言う様子だ。

もはや完全に後手に回されてしまい、ローブの男も苦悶の声を吐き出すばかりだった。

 

 

「っ! ”我、汝の真名を問う”!」

 

「なっ!? 小娘風情がッ!!」

 

 

 そこへ、のどかがとっさに呪文を放った。

それは相手の名前を読み取るものだ。

 

 ローブの男はロビンの登場で失念していたのだ。

危険とされていた少女のことを。相手の思考を見ることができる少女のことを。

 

 故に、名前を知られたことに大きく焦った。

そして、ターゲットをロビンからのどかへと変え、襲い掛かったのだ。

 

 

「おいおい、俺を忘れちゃ困るぜ?」

 

「人形ごときが!」

 

 

 だが、のどかへの道を阻むものが現れた。

それは当然クレイグだ。クレイグは握った剣でローブの男へと切りかかり、のどかを守護ったのだ。

 

 ローブの男は苛立ちを抑えられない態度で、邪魔ものへと罵倒を吐きながら、クレイグの剣を影で作りだした剣で防いでいた。

 

 

「ロビンさん! あれを!」

 

「っ! 任せな!」

 

 

 そんな時、のどかはあることに気が付き、ロビンへと指をさして指示を出した。

ロビンはその短い言葉と指の先にあるものを見て、すべてを悟り返事を返すと、再び姿をくらましたのだ。

 

 

「あらよっと!」

 

「フン……!」

 

 

 そして、ロビンは不意打ちのごとく、ローブの男へと蹴りを放った。

 

 が、流石に二度目の不意打ちは、ローブの男も見抜いていた。

それを影で作り出した防御壁で防御し、そのまま影の魔法を破裂させ、その衝撃で二人を吹き飛ばしたのだ。

 

 

「甘いぜ?」

 

「何ッ!?」

 

 

 されど、ロビンはその行動を狙っていたかのように、吹き飛ばされながらも再度矢を数本放った。

しかも、その矢の行き先はローブの男の脳天ではなく、他の場所だったのだ。

 

 ローブの男は仮面の奥で驚愕の表情を見せていた。

その矢が狙った先は、なんと造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)だったからだ。

 

 それだけではない。

放たれた矢が造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を反射し、まるで操作するかのようにのどかの方へと跳躍させたのだ。

 

 

「ロビンさんありがとうございます!」

 

「この程度なんてことねぇさ!」

 

「しまった……!」

 

 

 のどかは造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を受け取り、華麗に着地したロビンへと感謝を送った。

そう、のどかの作戦は、このキーのような杖、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の奪取だった。

 

 この杖には何か嫌な予感がした。いや、それ以上にとてつもない大きな秘密があると、のどかは感じ取り杖の奪取を頼んだのだ。

 

 

 その礼にロビンは特に気にした様子もなく、問題ないと言う様子で微笑んでいた。

 

 また、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を奪われたローブの男は、今の作戦にしてやられたと言う様子だった。

アレを奪われるのはマズイ。特に読心術使いの少女に奪われがのは非常にマズイ。ローブの男はアレの奪還のために行動を始めた。

 

 

「そして、質問です()()()()()()()! この杖の仕組みと使い方を教えてください……!」

 

「ぬぅ……!」

 

 

 しかし、そこに追い打ちをかけるかのようにのどかの質問が飛び込んできた。

その質問の矢で刺されたローブの男……、デュナミスは、再びしまったと言う表情を仮面の中で見せ、一瞬硬直してしまったのだ。

 

 

「…………っ!」

 

 

 ただ、のどかもどう言う訳か、デュナミスの思考を読み取ると、一瞬驚いた後に若干戸惑った顔を見せたではないか。

まさか、そんなことは……!? のどかはそう考えると、ちらりとクレイグとアイシャを見たのだ。

 

 

「……今のはすべて事実ですか?」

 

「ミヤザキノドカ……!」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 

 その後表情を戻したのどかは、今のデュナミスの思考が、本当のことなのかを訪ねた。

 

 されど、デュナミスは今の問いに答える訳でもなく、憎々しげな視線をのどかに贈るだけだった。

だが、この問いに答えはいらない。何故ならのどかのアーティファクトいどのえにっきで、デュナミスの思考が読めるからだ。

 

 そして、デュナミスの頭にふと浮かんだ()()を読み取り、のどかは皮肉めいた礼を送ると、再びクレイグとアイシャを険しい表情でちら見していた。

 

 

「返してもらうぞ!」

 

「アンタの相手はオレだろ?」

 

「貴様……!」

 

 

 当然デュナミスは造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を取り戻すために、のどかへと影の魔法で生み出した触手を伸ばした。

 

 だが、ロビンはそれを阻止すべく、デュナミスへと体当たりをかましたのだ。

それを受けたデュナミスは、ロビンの膂力で押し出され、ロビンとともに壁の方へと飛んでいった。

 

 

「もう少し付き合ってもらうぜ?」

 

「ぬううおおお!?」

 

 

 そして、ロビンはその壁を突き破り、デュナミスとともに外へと出て、そのまま落下していったのだ。

デュナミスはロビンにつかまれ動けぬ状況下で、ただただ落下していくのを体感しながら悲鳴を上げるしかなかった。

 

 

「お、おいロビン!?」

 

「オレの事は気にせず、嬢ちゃんのお仲間んとこへ行きな!」

 

「ロビンさん……!」

 

 

 クレイグたちはすぐさま壁の穴へと駆け寄り、落下していくロビンへと大声で呼んだ。

そんな声にロビンはほんの少し振り返り、気にするなとだけ叫び、ふっと笑いながら、その後夜の闇へと消えていった。

 

 そのロビンの献身的な行動に、のどかはほんの少し涙を見せていた。

敵を引き付けて自分たちが自由に行動できる時間を、作ってくれたからだ。

 

 

「わかりました……、行きましょう……」

 

「……そうだな。ロビンの奴がこの程度でくたばる訳がねぇしな」

 

「そうね……、じゃあ急ぎましょうか」

 

 

 のどかは涙をぬぐい、仲間のいる集合場所へと移動することに決めた。

ロビンがこのまま死んでしまうはずがないと、確信していたからだ。

 

 クレイグも、あの強いロビンが落下した程度で死ぬなんて思っていなかった。

これはチャンスを作るために、ロビンが敵を突き放したのだと考えたのである。

 

 ならばと、クレイグの横にいたアイシャが、向きを変えて移動しようと持ち掛けたのだ。

 

 

「いえ、()()ですぐに行けます」

 

「その杖でか?」

 

 

 が、そのアイシャの提案に、のどかは異を唱えた。

何故なら、ロビンが渡してくれたキーの形の杖、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)がこの手にあるからだ。この使い方を、デュナミスの思考から読み取っていたからだ。

 

 のどかはそれを掲げながら、これを使えば移動できると語った。

それをクレイグは物珍しそうに眺めながら、不思議そうに質問した。

 

 

「はい。では参りましょう。”宮崎のどか、クレイグ・コールドウェル、アイシャ・コリエル、()()()()()”」

 

 

 その問いにすぐさまのどかは答えると、その直後に詠唱を一言唱えた。

それは造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の機能の一つ、転移の呪文だった。

 

 のどかが呪文を唱え終わると、3人の足元に魔法陣が出たと同時にその場から消え去り、そこには静まり返った空間だけが残されたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 フェイトは絶大な危機に見舞われていた。

今まさに、自分の愛した女性が、消え去りそうになっていたからだ。

 

 

「やめろ……!!!」

 

 

 故に、フェイトは悲痛な叫びを、クゥァルトゥムへと上げていた。

されど、クゥァルトゥムは意に介すことなく、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を起動し始めた。

 

 

「リライト!!」

 

 

 そして、ついにその呪文が解き放たれてしまった。

すると、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の地球儀を模したような部分が輝きはじめ、目の前の栞の姉が光に包まれたのだ。

 

 

「えっ!? あっ!?」

 

「なっ!?」

 

「……!」

 

 

 しかし、次にフェイトが見た光景は、栞の姉が光の花びらとなって散っていく姿ではなかった。

奇妙にも光となって散ったのは、栞の姉が着ていたドレスだけだったのだ。

 

 まるで武装解除を受けたような状況となった栞の姉は、ハッとして自分の姿を見て驚いた。

だが、驚いたのは彼女だけではない。

 

 それを見てニヤニヤと笑っていたクゥァルトゥムは、表情をこわばらせて今の光景に驚愕していた。

本来ならばそのまま完全なる世界へと送り去っているはずなのに、目の前の女性は消えずに残っていたからだ。

 

 その様子を同じく驚きながら、目の当たりにしているフェイトがいた。

されど、彼女が消えなくてよかった、と言う大きな安心感も同時に味わっていたのだった。

 

 

「キャアッ!!?」

 

「なんだとぉ!?」

 

 

 その後、栞の姉は今の痴態に恥ずかしさがこみあげてきて、悲鳴とともに体を丸め込んだ。

何せドレスが消え去ったことで、白く綺麗な柔肌がさらけ出されてしまったのだから。

 

 それだけではなく、普段はつけないような村娘とは思えぬ大胆な白色のレースの下着すらも、隠すものがなくなり丸見えになってしまっていたのだ。

流石に栞の姉もたまらず体を丸めて隠したくなると言うものだ。

 

 されど、そんなことなどどうでもいいクゥァルトゥムは、彼女が消えなかったことに困惑した声を上げるだけだった。

 

 

「何故()()されない!?」

 

「……!!」

 

「ちぃ!?」

 

 

 そうだ、本来ならば造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)により、完全なる世界へと送られるはずなのだ。

それがどういうことだろうか。未だに”リライト”を受けた栞の姉は、消えずに存在しているではないか。

 

 クゥァルトゥムは盛大に戸惑い焦りの声を荒げていた。

絶対なる造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)が通じていないことが、クゥァルトゥムの心をかき乱す。

 

 だが、その隙を見逃すほど、フェイトは甘くない。

即座に態勢を立て直し、瞬時にクゥァルトゥムの目の前へと飛び出し、攻撃を仕掛けたのだ。

 

 クゥァルトゥムもマズイと感じ、とっさに防御を図る。

そして、困惑したまま、フェイトから距離を取ったのであった。

 

 

「……大丈夫かい……?」

 

「あ……。は、はいっ」

 

 

 フェイトはとっさに栞の姉を庇うように前へ立つと、上着を脱ぎ去り半裸の彼女のへとかけた。

また、先ほどの”リライト”を受けたことを心配し、異常はないかを栞の姉へと助かめるように聞いた。

 

 栞の姉も受け取った上着で体を隠しながら状態を確認し、何もなかったので問題ないと返事した。

 

 

「くっ!? わからんがもう一度!!」

 

「次はないよ」

 

「なっ!? いつの間に!?」

 

 

 クゥァルトゥムは未だに混乱した様子のまま、ならば二度やればよいと考えた。

されど、二度目など、このフェイトが許すはずがない。

 

 瞬間的に間合いを詰め、クゥァルトゥムの目の前へとフェイトが現れた。

速すぎるそのフェイトの動きに、クゥァルトゥムは圧倒されて目をむいて驚いた。

 

 

「ガッ!? う……っ?」

 

「よくも彼女に恥をかかせたね」

 

「あ?」

 

 

 そこでフェイトは掌底にてクゥァルトゥムの顎を打ちぬいた。

クゥァルトゥムは強烈な振動が頭部に走ったことで、一瞬意識が持っていかれかけたのだ。

 

 フェイトは心底怒っていた。

栞の姉を”完全なる世界”へと送ろうとしたからだ。

彼女のドレスをひん剥いて、柔肌をさらけ出させたからだ。

 

 そう言われたクゥァルトゥムだが、フェイトが何を言っているのかさっぱりだった。

故に、意味がわからない、と言う様子で戸惑うばかりだったのである。

 

 

「……許さないよ」

 

「ゴオアッ?! こんな馬鹿なあああ……っ!?」

 

 

 そして、フェイトは鋭い正拳を怒りとともに、クゥァルトゥムの腹部へと叩き込んだ。

その正拳はとてつもない破壊力であり、踏み込んだ足の地面が盛大にひび割れ、クレーターができるほどのパワーだった。

 

 正拳を受けたクゥァルトゥムは衝撃波が腹部を貫通し大穴を開け、断末魔を吐き捨てながら、すさまじい勢いで吹き飛ばされていた。

 

 なんということだろうか。地の属性であるフェイトの膂力はアーウェルンクスシリーズの中でも飛びぬけている。

されど、これほどの力があるなど、クゥァルトゥムは知らなかった。完全に侮っていたのである。

 

 

「クゥァルトゥム!?」

 

「貴様の相手はこの私だッ!!」

 

「……くっ!?」

 

 

 吹き飛ばされ、壁に激突して動かなくなったクゥァルトゥムを見たクゥィントゥムは、驚きながらクゥァルトゥムへと叫んで呼び掛けた。

 

 だが、その隙を見たランスローが、疾風のごとき素早さでクゥィントゥムの懐へと入り込み、剣を突き立てたのだ。

クゥィントゥムも雷化で瞬時に回避してみせたが、その表情は焦りに彩られていた。

 

 

「速い……。ならば、私もこれを抜くしかあるまい……!」

 

 

 とは言え、流石に雷化の速度は伊達ではない。

ランスローの技術をもってしても、とらえきれるものではなかった。

 

 ならば、奥の手を出すしかないだろう。

ランスローは、握っていた剣を鞘へと戻し、再び剣を構えるようなポーズを取り出した。

 

 

「”無毅なる湖光(アロンダイト)”……!!」

 

 

 すると、何もない手に、膨大な神秘を宿した剣が金の粒子を散らしながら出現したではないか。

 

 それこそが、無毅なる湖光(アロンダイト)

かの理想の騎士(サー・ランスロット)が持っていたとされる、絶対に刃毀れすることがないとされる伝説の剣。約束された勝利の剣(エクスカリバー)と起源を同じくする神造兵装。

 

 全てのパラメーターを1ランク上昇させ、ST判定の成功率を2倍にする。

それだけではなく、竜属性の相手へ追加ダメージを負わせる効果を持つ、()()()()

 

 このランスローが特典としてもらった、Fate/Zeroのバーサーカーの能力、その最強の宝具(ちから)

さらに、もう一つの特典である()()()()()()()()()()()()()()()と言う効果により、黒く呪われた剣である無毅なる湖光(アロンダイト)は、本来の聖剣としての()()()()()()()()()()()()()()()で顕現していた。

 

 

「そんな剣を出したところで……!」

 

「どうかな?」

 

 

 その剣に秘められた恐るべき力を感じながらも、クゥィントゥムは当たらなければどうと言うことはないと考えた。

こちらは雷速で動いている。それを神々しく光る剣を抜いただけで、どうにかできる訳がないと高をくくっていた。

 

 だが、ランスローは無毅なる湖光(アロンダイト)を抜いたことにより能力が上昇している。

故か、自信満々の表情で、クゥィントゥムを煽るかのように笑って見せたのだ。

 

 

「ふん。やはり無意味だったな」

 

「それはこの後、すぐにわかることだ」

 

 

 されど、ランスローは剣を何度も振るうも、やはり雷速で動くクゥィントゥムにはかすりもしない。

クゥィントゥムは何度も雷速で動き回りながら攻撃し、ランスローをじりじりと壁際まで追い詰めていったのだ。

 

 だと言うのに、ランスローの表情は焦りや苦しみではなく、やはり自信に満ちた表情であった。

壁際のがけっぷちに追いやられたことで、頭がどうにかしてしまったのだろうか。

 

 いや、違う。ランスローはクゥィントゥムの攻撃を確実にしのいで見せていたのだ。

そして、確信をもって、次で決着がつくと宣言して見せたのだ。 

 

 

「貴様も”完全なる世界”へと行くがいい」

 

「……」

 

 

 そんなランスローなどもはや倒したと思ったクゥィントゥムは、ランスローの言葉通り勝負に出た。

ここで完全にランスローを倒し、意識を完全なる世界に飛ばそうと行動に出たのだ。

 

 それをあえて黙って聞いているランスローは、雷速で近づくクゥィントゥムを、見失わぬよう鋭利な視線で見極めていた。

 

 

「そ・こ・だッ!!!」

 

「何!?」

 

 

 そして、ランスローは大声で叫び、その無毅なる湖光(アロンダイト)を振り上げた。

すると、無毅なる湖光(アロンダイト)から、青白い光が輝き始めたではないか。

 

 ランスローが膨大な魔力を無毅なる湖光(アロンダイト)へと流すことにより、まるで湖の輝きのごとき青白の魔力光を刀身に発生させたのだ。

 

 その変化にクゥィントゥムは気づくもすでに時遅し。

直線的にランスローの懐へと入り、攻撃モーションを取ってしまったクゥィントゥムは、雷化の動作でさえ、一瞬の隙ができてしまっていたのだ。

 

 

「”縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)”ッ!!」

 

「があああああ!?」

 

 

 それこそがセイバー・ランスロットが持つ最強の技。最大の宝具、縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)だった。

 

 剣が砕ける程の魔力を剣へと籠め、相手を斬る瞬間にその内包された絶大な魔力を解放して切り裂く絶技。されど、無毅なる湖光(アロンダイト)は砕けない。だからこそ、可能としている奥義だ。

 

 その一瞬。一瞬が全てを制した。

伝説の一刀が、クゥィントゥムの雷化した体を切り裂き、吹き飛ばしたのである。

その切り裂かれた断面は青白い魔力光により、まるで輝く湖ようであった。

 

 

「ぐっ……こんなことが……」

 

「いかに雷化していようとも、強大な魔力での斬撃には耐えられまい」

 

 

 なんということだろうか。

クゥィントゥムは肩から腹の部分まで切り裂かれ、壁に衝突したのちに床へと倒れ伏せていた。

 

 そう、ランスロ―は壁を背にすることで、クゥィントゥムの軌道を制限し、攻撃する場所を狭めたのだ。

それによりクゥィントゥムの動きを見切り、最強の一撃を叩きこむことに成功したのである。

 

 それに縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)ならば、雷化したクゥィントゥムを倒せると確信していたようであった。

 

 それは何故か。無毅なる湖光(アロンダイト)に膨大な魔力を蓄積して斬撃を与えるのが縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)だからである。

よって、強大な魔力が内包された斬撃は、雷で構築された体をたやすく切り裂いたのだ。

 

 また、雷化していたというのに、その一撃にて切り裂かれたクゥィントゥムは、体を動かすことができずに地面に這いつくばっているではないか。

さらに、今のダメージで雷化が解け、もはや虫の息と言う様子だった。

 

 

「くっ……。ここは一旦引くぞ」

 

「仕方ないか……」

 

 

 流石に足腰が立たないほどのダメージを受けた二人は、このままでは危険だと判断した。

クゥァルトゥムは撤退を進言し、クゥィントゥムはそれに承諾すると、持ってきた造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の転移機能で消えていった。

 

 ただ、ここで一つ疑問が生じる。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の機能をフルに使えば、もっと有利に戦えたはずである。

それを何故やらなかったのか。それは最初に栞の姉をリライトした時、機能しなかったからだ。

 

 故に、最大で機能を使えば自らの肉体も修復できるはずなのに、それをしなかったのだ。

そして、この機能不全を報告するためにも、一度撤退を行ったのである。

 

 また、栞の姉にリライトが通じなかった理由は、やはり両手の人差し指にはめられた指輪だった。

これは当然、焔やブリジットがつけているものと同じものであり、自らを魔法世界と同じ理を構築することで、旧世界でも活動できるものだ。

 

 だが、もう一つ隠された機能がある。

それこそが造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)への防御機構、造物主への叛逆(アンチ・ライフメイカー)だった。

その機能とは、造物主の掟(コード・オブザ・ライフメイカー)の効力を相殺し、無効化するというもの。

 

 だからこそ、ブリジットが造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の影響がある敵を攻撃できたり、栞の姉にリライトが効かなかったのだ。

 

 

「仕留めきれずか……」

 

「いや、彼女たちが無事ならそれでいい」

 

 

 魔法陣が地面で輝いたと思えば、クゥァルトゥムとクゥィントゥムの姿はもうなかった。

ランスローはここで確実にとどめを刺したかったが、流石に一瞬で行われた転移の前では一手遅かった。

 

 悔しそうに噛み締めるランスローだったが、その傍のフェイトは他の従者たちや栞の姉が無事だったことに、心底安心しきった様子だった。

 

 

「大丈夫だったかい?」

 

「フェイト様が守ってくれましたから……」

 

「は、はい……! 守ってくれてありがとうございます」

 

「いや……。君たちが無事でよかった」

 

 

 そして、再びフェイトは従者たちや栞の姉の傍により、無事を確認した。

代表として栞が問題ないことを告げ、栞の姉も必死に守護してくれたことへの感謝を、微笑んで送っていた。

それを見たフェイトは、かすかな笑みを見せながら、無事を喜んでいたのであった。

 

 

「しかし、その格好をどうにかしなくてはね」

 

「あっ……」

 

 

 とは言ったものの、犠牲になってしまったものはあった。

それは栞の姉が着ていたドレスのことだ。

 

 もはや身を隠すものがなくなり、下着姿になってしまった栞の姉は、なんとかフェイトから受け取った上着で体を隠しているような状況。

 

 フェイトは栞の姉の格好を見て、このままではよくないと考えた。

栞の姉も自分の今の姿を思い出し、さらに顔をリンゴのように真っ赤に染め上げていた。

それに、じっと見つめてくるフェイトが目の前にいるので、さらに恥ずかしくて仕方がないのだ。

 

 そこで栞の姉はフェイトと仮契約を結んだことを思い出し、急いでカードを取り出した。

そのおまけの着せ替え機能で、服を呼び出して事なきを得たのであった。

 

 



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百六十三話 ランサーのサーヴァント

 総督府では、未だ召喚魔と警備兵との戦いが続いていた。

されど、警備兵の攻撃はまったくもって通じず、完全に押されていたのが先ほどの現状だった。

 

 が、そこで突如として押し返し始めた。

それはアルカディア帝国の警備隊が、この戦いに参上したからだ。おかげで未だに警備兵に大きな被害はなく、誰も()()()()されてはいなかった。

 

 

「はあぁ!」

 

「うおぉぉっ!」

 

 

 そこで周囲の兵士よりも、ひときわ目を見張るほどの活躍をする兵士が二人いた。それこそがメトゥーナトの部下である、スパダとグラディであった。

 

 二人は街で起こった戦闘の後、アスナを遠くから見守るようにして護衛していた。そして、ここへ来ていたので、この事態を即座にメトゥーナトへ伝え、増援を受けたのである。

 

 

 ――――ただ、すさまじい活躍を見せるのは彼らだけではなかった。とてつもないスピードとパワーで召喚魔を圧倒する、輝かしい騎士の姿があったのだ。

 

 その騎士は白銀の鎧に身を包んだ、金髪の男性だった。

顔もかなり整っており、たいていの人が見ればイケメンだと言うだろう。

 

 どこの所属かは不明だが、騎士は瞬く間に握っている剣で、100……1000の敵を屠っていく。その進攻は止まることなく、まさにハリケーンのごとき所業であった。

 

 スパダとグラディも素晴らしい戦いぶりを見せてはいるが、白銀の騎士はそれ以上の働きを見せていたのだ。また、その近くには男性がおり、ともに戦っているようだった。

 

 

「これだけの数……、なかなか歯ごたえがあると言うものだ」

 

「されど、数だけで肝心の中身に歯ごたえはないがな」

 

 

 そんな騎士の近くでは少し霞むとは言え、流石はメトゥーナト直属の部下とだけあり、二人はすさまじい実力を備えていた。

それ以外にも対策用の武装を施しているのも大きく、二人は召喚魔をいともたやすく薙ぎ払っていったのである。

 

 されど、やはり数は多く、まだまだ視界には大量の召喚魔が存在していた。しかし、所詮は雑魚。この程度であれば、問題はないと、両者は思うのであった。

 

 

「しかし、これはまさに20年前の再来」

 

「ついに皇帝陛下がおっしゃられていたことが起こったという訳か」

 

 

 また、二人が一番思うことは、皇帝の発言であった。

皇帝はこうなることを、すでに予見していた。半分は協力者としての転生者が言っていたこともあるのだが。とは言え、皇帝は再びこのようなことが起こることを、確信していたのは事実であった。

 

 そのことを思い出し、皇帝の言葉が誠になったのを、今の戦いで実感していたのである。

 

 

「まあ、我々はただ、目の前の敵を倒すのみ」

 

「そうだな」

 

 

 ただ、そんなことを考える必要はないだろう。

この現状において、やるべきことはただ一つ、敵の殲滅以外ないのだから。故に、二人は皇帝やメトゥーナトの手足となりて、敵を倒すだけであると考え、剣を振るっていくのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 黄金の男から辛くも逃げ切ったネギたちは、ようやく地下物資搬入港へ続く広場へとやってきていた。

 

 

「みんな大丈夫かしら……」

 

「先行した兄さんも気になるけど……」

 

 

 この広場は未だに静まり返った雰囲気ではあるが、他のところでは戦いが繰り広げられている。

それを考えたアスナは、他の仲間たちは無事なのかどうかを心配していた。

 

 また、ネギはそれ以外にも、この状況にいち早く動き、走り去ったカギのことを心配している様子であった。

 

 

「っ!?」

 

「なっ!?」

 

 

 だが、その時、突如として空の空間が割れ、大柄な男がその割れた空間から落ちてきた。

それを見たネギたちは、驚きの表情をしていた。何故なら、その男はよく知っている人物だったからだ。

 

 

「ラカンさん!?」

 

「よお、ぼーず!」

 

 

 なんと、そこから出てきたのは、血に濡れたラカンだった。

あのラカンが血濡れの姿で出てきたということが、最も驚かされることでもあった。

ネギはたまらずその名を呼べば、ラカンはいつもと変わらぬ様子で返事を返してきたのである。

 

 

「ラカン、急に出てきたが一体どうした!?」

 

「お前がそこまで手傷を負うとは」

 

「んだ? クルトとガトウも一緒か」

 

 

 クルトは突如として割れた空間から出てきたラカンに対し、何があったかを問い詰めるように叫んだ。

ガトウはと言うと、冷静にラカンの状況を見て、この男がこれほどのダメージを受けていると言う事実に驚いていた。

 

 そんな二人にさえも、ラカンは久々に会った旧友と言う感じで、軽く言葉を交わすだけであった。

 

 

「見ての通り、戦闘よ」

 

「そうだろうが、相手は……?」

 

「そこだ」

 

 

 そして、何があったと言われれば、答えは一つしかないだろう。

それをラカンが答えれば、ガトウも真っ当な質問を返したのである。

 

 ガトウの問いにラカンは少し離れた場所を指でさすと、その先にはもう一人、男が血濡れで倒れていたのだ。

 

 

「……俺の負けだ……」

 

「ああ、俺の勝ちだ」

 

 

 その男こそ、ラカンと必殺技を撃ち合い、競り負けたブラボーであった。

もはや全身ボロボロの状態で、大の字になって倒れていたのである。

そして、ブラボーは自ら敗北宣言を、苦しそうに言葉にしたのだ。

 

 また、必殺技同士の衝突による衝撃により、結界が破壊されたのでラカンらが現れたのである。

 

 それを聞いたラカンは倒れて動けぬブラボーへと近寄り、勝利宣言をブラボーへと言い渡した。

されど、その言葉に自慢や見下した様子はなく、むしろ敬意さえ感じられるものだった。

 

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「なんとか……だがな……」

 

 

 そこで倒れたブラボーへと一直線に駆け寄る、一人の少女の姿があった。

それはブラボーが連れてきた仲間の少女であった。少女はブラボーがズタボロなのを見て、かなり心配した様子で近寄り声をかけたていた。

 

 ブラボーは苦痛を我慢しながらも、ギリギリではあるが無事であることを少女へと伝えた。

されど、やはり見た目はズタボロのぼろ雑巾。体も動かない有様であり、心配するなと言う方が無理であった。

 

 

「その子は?」

 

「そいつの仲間だ」

 

 

 その少女を見たがとうは、彼女についてラカンへと聞いた。

ラカンは即答するかのようにそれを答えながらも、ブラボーと少女へと目を向けていた。

 

 

「だったら拘束して情報を吐かせるべきだと思うのだが?」

 

「そこまでする必要はねぇだろ?」

 

「何故だ!?」

 

 

 そこへ敵であればこのままほっとくのはおかしいと、クルトは渋い顔で苦言しだした。

 

 しかし、ラカンは不要と断じた。と言うのもこのラカン、女の子にはとても優しいのだ。まあ、下着を奪ったりセクハラまがいなこともするのだが。

 

 そんなラカンの言葉に、クルトは苛立ちながらその理由を問いただした。

 

 

「おい、お嬢ちゃんよ。もう戦う気なんかねぇんだろ?」

 

「……はい。私はこの人が言った通り、降参します……」

 

「そうかそうか!」

 

 

 と、言うのも、ブラボーとの戦いにおいて、少女は参戦しないと言うことを最初に言われていた。

また、それをラカンは確かめるかのように、少女へと優しく聞いたのだ。

 

 少女はそれを肯定し、小さくうなずいた。

それを見たラカンは盛大に笑いながら、納得した声を上げていた。

 

 

「だそうだが、どうする?」

 

「そうだな。俺たちは急いでる訳だし、彼らを捕まえて連れていくのは少々面倒だ」

 

 

 そして、ラカンは近くにいたガトウへと、少女の処遇を尋ねた。

ガトウは腕を組みながら、自分たちの目的は現状を考え、少女を拘束して連れまわすのは不便だと考え言葉にした。

 

 

「そうね。ここでおとなしくしてくれてるのなら、問題ないんじゃないかしら?」

 

「そうですね……」

 

 

 また、アスナも同じ意見であり、少女たちがここで動かないのであれば、気にすることはないと言い出した。

同じくネギも自分と同じぐらいの少女を、無理やり拘束するのは気が引けると言う様子であった。

 

 

「甘いことを言わないでいただきたい!? 彼らは敵なのですよ!?」

 

「この状態じゃあの男はまともに動けんだろうよ」

 

 

 されど、それじゃ甘いと怒気を含んだ叫びをあげるクルト。

このまま敵を放っておくと言うのはあまりにもお粗末だと、クルトは主張したのだ。

 

 その答えとしてラカンは、ブラボーと名乗った男がしばらくは動けるような状態ではないことを言葉にした。

当然である。自分の最大の奥義を受けて、無事なはずがないのだから。

 

 

「あの少女とてどれほどの力を秘めているかもわからんのですよ!?」

 

「つっても、あの子はもう戦わんとよ」

 

「敵の言葉を信用するのですか!?」

 

 

 が、懸念すべき部分はその男だけではない。

その傍にいる少女ですら未知数だとクルトは声を張り上げた。

 

 そうは言うが、少女は今しがた不戦の宣言をしたばかり。

ラカンはそれを言葉にしたのである。

 

 それでも少女とて敵。敵は敵だ。

その言葉を鵜呑みにするのは間違っていると、クルトはさらに強く主張したのだ。

 

 

「信用できないのでしたらこれで契約を……」

 

「鵬法璽か」

 

 

 そんな彼らのやり取りを見ていた少女は、それならと懐から鷹のような鳥を模した道具を取り出した。

それは魂まで縛り付けるほどの強力な契約を可能にする、魔法具であった。

 

 ガトウはそれを見て、その魔法具の名前をぽつりと言葉にした。

 

 

「んじゃ、俺様が契約すっか!」

 

「お願いします」

 

 

 それならと、ラカンが自ら契約者として名乗り出た。

ブラボーなる男と戦っていたのはラカンであり、けじめをつけようと考えたのだ。

 

 少女はぺこりと頭を下げると、自分たちは彼らとは戦わない、この騒動が終わるまではここを動かない、と言う趣旨を述べて契約を行った。

 

 

「おし、契約完了だ。これで文句はねぇだろ?」

 

「う……うむ……」

 

 

 そして、契約ができたのを確認したラカンは、これでも何かあるか? とクルトへと言い放った。

 

 クルトはそれに対してまだ何か言いたげな、怪訝な表情ではあったものの、それ以上何も言うことはなかった。

何せ契約したとは言え、敵の持っていた魔法具で契約したのだ。何があるかわからないと疑うべきであったからだ。それでも今のやり取りを見て、敵の少女も嘘をついている様子はなかったので、あえて何も言わなかったのだ。

 

 

「んじゃ先に急ぐとするか」

 

「そうしましょっか」

 

 

 一連の件が終わったのを見たガトウは、ならばここにはもう用はないと言い出した。

つられてアスナも用が済んだなら仲間との合流を急ごうと考え、そう言葉にしたのである。

 

 

「あのよぉ? 俺、結構ボロボロなんだが、誰も心配してくれねぇの?」

 

「は? 誰が?」

 

「ピンピンしてるじゃない」

 

 

 それを見たラカンは、何かおかしいと言うことに気が付いた。

それは誰も自分のことを心配していないということだ。これほどまでに手傷を負った状態だと言うのに、心配の声一つ聞いてないのだ。

 

 そのことについてラカンが言えば、ガトウは何を今さら、と言う呆れた顔を見せるではないか。

アスナですらも、確かに傷だらけの血まみれのラカンだが、余裕の様子を見せていることをつっこんでいた。

 

 

「ひでぇな……。どう思うよぼーず」

 

「いえ、大丈夫そうだと思いますけど……」

 

「おめぇもかよ……」

 

 

 うわー、こいつらちょっとどころかかなりひどい。

旧知の仲ではあるがもう少しこう、手心と言うか。

ラカンはそう思いながら、今度はネギへと話題を振った。

 

 されど、ネギから出た台詞も、ラカンが期待していたものではなかった。

なんとこのネギでさえも、今のラカンの状態でも平気そうだし元気だし問題ないかも……、と思っていたのだ。

 

 ラカンはネギにすらそう言われ、こいつも随分図太くなったな……、とさえ思っていた。

まあ、言われた通り間違いなく元気ではあるのだが、もうちょっと心配してくれてもよくね? とラカンは心の中で思うのだった。

 

 

「馬鹿言ってないで行くぞ」

 

「おめぇら酷すぎじゃね? ちょっと……、いやかなーり酷すぎじゃね?」

 

 

 そこへガトウが今のラカンの言葉を、馬鹿なことと一蹴して先に急ぎだしたではないか。

これにはラカンもげんなりした顔を見せていた。とは言え、誰も心配しないのは、むしろラカンを信用してのことなのだが。

 

 さらに言えば、ラカンが無敵すぎるのも悪いところではあるのだが。

それでも安否を気遣う言葉ぐらいかけてくれてもいいんじゃないか? とラカンは涙とともに、ガトウから投げ渡された治療用魔法薬を飲むのであった。

 

 

 そして、ネギたちはラカンを連れて去っていき、この場にはブラボーと少女だけが残っていた。

 

 

「…………すまなかった……」

 

「何のことですか……?」

 

 

 ふと、ブラボーは依然倒れたまま、少女へと謝罪を言葉にした。

少女は謝罪を受けるようなことに身に覚えがなかったので、どういう意味での謝罪なのかをブラボーへと聞いた。

 

 

「ヤツに勝つと言う約束を果たせなかったことに対してだ……」

 

「そういうことですか」

 

 

 ブラボーの謝罪とは、あの時にらかんを倒すと約束したのに、それができなかったことに対してのものであった。

少女はそれを聞いて、確かに約束したことを思い出した。

 

 

「……いいんです。私はあなたが死なないでいてくれたのなら……、それで……」

 

「そうか……」

 

 

 されど、少女は約束が破られたことに対して、特に気にした様子は見せなかった。

そんな約束なんて問題ではなく、むしろブラボーが死なずに済んだと言うことに、少女は安堵をしていたのである。

 

 それを聞いたブラボーは、小さく返事をするだけであった。

されど、よく見れば憂いの表情を見せる少女を見て、申し訳ない気持ちが込み上げてくるのがわかった。

 

 

「あの、これを……」

 

「……俺にはまだそれは荷が重い持ち物(ちから)だ……。しばらく預かっていてくれ……」

 

「……わかりました……」

 

 

 と、そこで少女は預かっていた二つの核鉄を取り出し、ブラボーへと渡そうと手を伸ばした。

だが、ブラボーはそれを拒否し、再び少女へ預け事にしたのである。

少女はブラボーの言葉通り、再び核鉄を懐へ戻すと、自分ができるかぎりの治癒の魔法をブラボーへとかけはじめたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 周囲の召喚魔を蹴散らしながら駆け抜ける、少女たちの姿があった。

それは刹那たちだ。マタムネやさよも合流し、さよは木乃香とすでにO.S(オーバーソウル)している状態だ。

 

 同じくさよの近くにいた和美と、先ほど加わった状助一行もおり、誰もが約束の場所へと急いでいた。

 

 

「ちょっと待って!」

 

「どうしました?」

 

 

 だが、そこで和美が待ったをかけて急停止したではないか。

誰もがそれに少し驚き、走るのをやめて立ち止まった。そこで刹那が何か見つけたのかと思い、足を止めて和美へと問いかけた。

 

 

「あそこに……」

 

「これは……血……! お前は……!?」

 

 

 和美が見つけたのは、血だまりであった。

廊下のT字路の角から、何やら赤い液体が流れ出ているのを見つけたのだ。その和美表情は青白くなっており、嫌な予感を感じている様子であった。

 

 それ以上に、血が苦手な亜子は、今にも卒倒しそうなほどに顔を青くさせていた。

そんな亜子の手を握り、目の前の悲惨な状況を隠すかのように三郎が立っていた。

 

 刹那もそれを見て、どうして鮮血らしきものがあふれ出ているのかを確認しにゆっくりと動いた。

そこで見たものは驚くべき人物が、壁を背にして座り込んでいたのだ。

 

 

「お前はアーチャー!?」

 

「グ……。君たちか……」

 

 

 それこそ、赤色の外套の男、自らアーチャーと名乗った、本名赤井弓雄だったのだ。

また、赤い外套は鮮血で濡れ、どちらの色だったのかさえもわからないような状態だった。

 

 表情はいつものような余裕はなく、顔色を悪くしながら脂汗が噴出しており、かなり辛そうなことが見て取れた。

それ以外にも手で腹を抑えており、傷口がそこにあるのだろうと言うことも伺えた。

 

 刹那が少し声を荒げてその名を呼ぶと、アーチャーも彼女たちの存在に気が付きそちらに目を向け、苦しそうな表情のまま声をかけてきた。

 

 

「なしてそないな傷を……」

 

「ふっ……、君たちには関係のないことだ……ウウッ……」

 

 

 木乃香はアーチャーがこれほどの傷を、どうして受けたのかが気になった。

されど、アーチャーは痛みに苦しみ耐えながらも、無関係と切り捨てまったく話す気がなかったのだ。

 

 ――――アーチャー黄金の男に刺されたあと、転移を何度か繰り返してここへと今しがた飛んできた。

ここに来た理由は単純に、彼女たちに自分を発見してもらうためだった。そう、関係ないと言いつつも、本心は助けてほしいと手を伸ばしているのだ。

 

 とは言え、ここを黄金の男らが強襲することはアーチャーも知っていた。

故に、黄金の男に見つからないかは賭けであった。

 

 

 

「……そうだな」

 

「せっちゃん!?」

 

 

 そんなアーチャーの物言いに、刹那は冷静な表情のまま、肯定の言葉を吐き捨てた。

それに対して木乃香は、驚いた顔で横の刹那の名を呼んだ。

 

 

「……彼は敵です。助ける義理も道理はありません」

 

「この人を見捨てるんか……!?」

 

「無理もないよ。こいつのせいで色々苦労したんだし」

 

 

 それは当然だろう。なんせ目の前の男は、自分たちと敵対している人物だ。

特にこの魔法世界に来た直後に起こしたことを考えれば、助けるなんてありえないだろう。

 

 刹那はそれを言うが、木乃香は流石に血まみれの怪我人を見捨てるとは思っていなかったのか、少し大きな声を出して驚いた。

 

 とは言うが、この男のせいで色々と大変だったのは事実だ。

和美もそれが身に染みているので、困惑した表情でそれを言葉にした。ただ、和美も敵であるにせよ、目の前で人に死なれるのは目覚めが悪いと言う気持ちもあり、若干後ろ髪を引かれている様子であった。

 

 そんな彼女たちのやり取りを、腕を組みながら静かに見守るマタムネ。

何か言いたげではあったが、あえて無言を貫いていた。

 

 

「そういうことだ……。私のことは無視してくれてかまわんよ」

 

 

 その会話を聞いていたアーチャーは、ほっといてくれと言い出した。

しかし、その表情は痛みと出血以外にも、何かを求めるかのような辛そうな表情をしていたのである。

 

 

「ホンマに……?」

 

「何?」

 

 

 そう言うアーチャーへと、木乃香はそれが本気で言っているのかと、困った表情で聞き返した。

そんな質問が来るとは思っていなかったのか、アーチャーは若干驚き、声を出した。

 

 

「ホンマにそう思っとるん?」

 

「…………」

 

 

 さらに木乃香はアーチャーを問い詰めるように質問する。

目の前の男が、本当は助かりたいんじゃないか、と思っているからこその発言であった。

 

 二度の質問で、アーチャーはついに黙ってしまった。

なんと答えればいいのか、どうすればいいのか、迷っているような表情だった。

 

 

「おいテメェ……」

 

「君は……ああ。()()()()のか……」

 

「あんときゃ、よくもやってくれたよなぁ……」

 

 

 すると、少し後ろにいた状助が、ズイッとアーチャーの前へとやってきて声をかけた。

それを見たアーチャーは、この()()()()()()()()がよく無事で生きていたな、と考えながら、目の前に立つ状助をきつそうに見上げた。

 

 そこで状助はなんということか、腕を鳴らしながらアーチャーを見下ろし睨みつけ、ここぞとばかりに恨みつらみを言い出したのだ。

 

 

「……復讐かね? こんな動けぬ自分をさらに痛めつけるのかね? ……それはさぞ気分がいいものだろう」

 

「ああ、当然そうさせてもらうぜ……!」

 

「なっ!?」

 

「えっ!? 状助!?」

 

 

 いやはや、目の前の()()は自分に恨みがあるようだ。

そりゃ死にかけたんだし当然と言えば当然か。ならば、この場で傷ついた自分を殴って気を晴らすのだろうか。

 

 そう、アーチャーは無理やり出した余裕の態度で状助へと問いを投げれば、YESと即答されたではないか。

それには流石のアーチャーもマジで? と言う表情をせざるを得なかった。ここでこの男のラッシュを食らえば、確実にあの世に逝っちまうからだ。

 

 同じく、その状助の言動を見た木乃香は、流石に驚いた。

まさか状助がこのようなことをするとは思ってもみなかったからだ。

 

 

「ドララララララララララアァァァッ!!!!」

 

 

 が、次の瞬間、状助はアーチャーへと、クレイジー・ダイヤモンドのラッシュを叩き込んだではないか。

それも全力のラッシュ。その通路にドゴドゴドゴドゴと言うとてつもない轟音が響き渡る。そのとてつもないパワーのラッシュは、アーチャーが若干足元が浮いている状態のまま数秒間続いたのだ。

 

 

 ただ、誰もがスタンドを見ることができないため、アーチャーが勝手に宙に浮いて踊ったように一人で殴られていると言うシュールな状態であった。

 

 それでも状助が何かしていると木乃香たちが理解できるのは、状助の能力を知っているからに他ならない。

故か、何も知らない亜子にはシュールな光景が広がっているのだが、三郎が彼女の目を手で覆っているので、見ることはないだろう。

 

 

「ドラァッ!?」

 

「ググウッ!?」

 

 

 そして、最後の渾身のパンチがアーチャーの顔面に刺さると、そのまま壁にぶん投げた。

アーチャーは当然壁に激突し、苦悶の声を漏らした後、再びそのまま壁を背にへたり込んだのである。

 

 

「ふぅー! すっきりしたぜぇ」

 

「なっ! そこまでするん!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「せやけど……」

 

 

 いやあ、最高の気分だ。清々しいにもほどがある。

まるで元旦の朝に新しいパンツを穿いたような、そんな気分だと状助はスッキリした表情で言い出した。

 

 今の所業を見た木乃香は、流石にあんまりだと状助を批難した。

敵とは言えもはや死にかけのような人を、あれほどまでに殴りつけるなんてひどいと思ったのだ。

 

 が、状助は悪びれる様子もなく、むしろやって当然のようなことを言い出したのだ。

そんな状助に木乃香は強く反発しようとしたが、状助が一番辛い目に遭ったことを考え、何も言えなくなってしまったのだった。

 

 

「ぐ……。これ……は……?」

 

「俺の能力で”なおした”んだぜ。まっ、その前に本気でボコったから貸し借りはなしだがな」

 

 

 しかし、なんとどういう訳か、アーチャーの傷が見る見るうちに治っていくではないか。

そんな状態を見たアーチャーは、多少驚きながら自分の体を確かめるように見ていた。

 

 それもそのはず、状助はクレイジー・ダイヤモンドのラッシュを叩き込むと同時に、能力を使用していたのだ。

それこそどんなものでも”なおす”能力だ。それによってアーチャーの傷がきれいさっぱり治ったのである。

 

 また、それを状助はなんとも言えない表情で説明した。

ただ、能力を使う前に本気で殴り飛ばしたので貸しにはならないし、あの時の借りは返してもらったとも言葉にしていた。

 

 

「とどめをさしたんちゃうんの!?」

 

「……コイツは確かに俺たちを襲った」

 

 

 木乃香は、状助が今の攻撃でとどめを刺したのだとばかり思っていたようで、再び驚きの声を上げていた。

そう言われた状助は複雑そうな表情で、自分の今の心境を語りだしたのだ。

 

 

「だけどよ、何も死ぬこたあねー、そう思っただけだぜ」

 

「せやったんか……。誤解してゴメンな」

 

「……状助さんがそう言うのでしたら……」

 

 

 そうだ、こいつは敵だ。自分たちに攻撃してきた敵だ。

それでも、自分もであるが仲間は全員無事だった。であれば、ここで死なすのもかわいそうだと思ったのである。

 

 木乃香は状助の言葉に納得しつつ、今しがた疑ったことに対して小さく頭を下げて謝っていた。

それを状助は何も言わず振り向き、小さく笑って見せただけだったが、特に気にしていないと言う様子であった。

 

 刹那も、最も被害が大きかった状助がそうしたのであれば何も言うことはない、と言う感じであった。

 

 今の状況を静観していたマタムネも、それには小さく笑っていた。

彼の行動は敵に対して甘い対応だろう。されど、それを見捨てれば心優しき彼女たちは傷つき、後悔するだろうと心配していた。故に、そうならなかったことを喜んでいたのだ。

 

 

「敵であるこの私を助けるとは、愚かにもほどがあると思うがね……」

 

「言うじゃあねぇか」

 

 

 されど、アーチャーはゆっくり立ちあがると、皮肉めいた言葉を吐き出すばかりだ。

とは言え、アーチャーが言ったことも正論ではあり、状助が甘すぎると言うのも間違ってはいないだろうが。

 

 だが、その言葉を聞いた状助は怒る訳でもなく、普段どおりの表情でアーチャーを見ながら言葉を述べ始めた。

 

 

「でもよぉ、内心じゃマジで死にかけてて、助けてほしいって願ってたんじゃあねぇのか?」

 

「……」

 

「図星みてぇだな」

 

 

 状助は考えていた、思っていた。

目の前のこの男はFateに登場するアーチャー、エミヤではなく、自分と同じ転生者であると言うことを。

 

 であれば、アーチャーじみた皮肉を口走っていても、内心はそうじゃないのではないのかと。

きっと助かりたい、死にたくない。そう思っていたのではないのかと。

 

 それを状助がアーチャーへと言えば、アーチャーは眉毛を歪ませて黙ってしまったのだ。

状助はその沈黙を肯定と考え、やっぱりそうだったかと思ったのだった。

 

 

「とりあえず、こいつにもなんか事情がありそうだし、連れて行こうと思うんだが、いいっすかね?」

 

「このまま野放しにもできないですし、そうするしかありませんね……」

 

 

 また、状助はただアーチャーを助けた訳ではない。

このアーチャーが血まみれになっていたのには、何か理由があるはずだ。その理由を聞き、あわよくば情報も引き出せると考えて助けたというのもあった。

 

 状助のその言葉に、刹那も静かに同意した。

放置して逃げられ、再び敵として出てきても厄介だからだ。

 

 

「まあ、いいだろう。君たちの好きにしたまえ」

 

「当然、拘束させてもらう」

 

「なら、うちがやったるわ」

 

「なんでこの状況で、そんなに偉そうな態度がとれるんだよ。尊敬するぜぇ……」

 

 

 その話を聞いていたアーチャーも特に敵対する様子もなく、むしろすでに降参したかのような態度で、両手を上に挙げていた。

しかし、その物言いはかなり傲慢な感じで、なんとも上から目線であった。

 

 そんなことなど気にせず、刹那は言われずともと拘束の準備に入った。

すると木乃香が任せてほしいと言わんばかりに出て、覇王から借りた前鬼と後鬼を人形の札にO.S(オーバーソウル)し、アーチャーの両手を拘束させたのだ。

 

 状助はと言うと、この期に及んでまだこんな態度がとれるアーチャーを見て、あきれ果てた様子であった。

 

 

「ああ、そうだ……言い忘れていた」

 

「あぁん?」

 

「……礼を言う……」

 

「なんだよ、ちゃんと言えるじゃあねぇか」

 

 

 拘束され身動きが取れなくなったアーチャーは、ぽつりと状助へと何かを言い出した。

状助は恨み言があるのだろうかと言う感じで返事をすれば、なんとアーチャーから信じられない言葉が出てきたのだ。

 

 それこそ、先ほど傷を癒してくれたお礼であった。

少ない言葉で小さな声であったが、はっきりとそれを言った。あのアーチャーと名乗ったいけ好かない皮肉屋みたいなやつが、感謝を述べたのだ。

 

 状助は少し驚きながらも、ふと笑みをこぼし、アーチャーが礼を言えたことに関心したのだった。

 

 そして、彼らは再び仲間のいる合流場所へと移動を開始するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、デュナミスとともに落下していったロビン。

どちらも地面へとしかと着地し、対面する形でにらみ合っていた。

 

 

「さぁて、ここが正念場ってやつですかねぇ!」

 

「ぬう、このっ!!」

 

 

 だが、ロビンはこの戦いを長引かせる気はない。

故に、何度も矢を巧みに放ち、デュナミスを圧倒する。

 

 されど、デュナミスもやられっぱなしではない。

影から槍を作り出し、それを使ってロビンへと攻撃を行いながら、矢を防御していたのだ。

 

 

「んでもって、そろそろ毒が効いてくるころだ」

 

「毒だと?」

 

 

 と、その時、ロビンはふと、毒のことを話し出した。

それを聞いたデュナミスは、何のことだと言う様子でそれを復唱した。

 

 

「いやあ、20年前()()()()には毒が通じなかったもんで、ちょいと苦戦させられましたがねぇ」

 

 

 さらにロビンは言葉をつづける。

20年前、この地の大戦に参加したロビンは、()()とすでに戦っていた。その時は()()が”人形”が故に、自分が用意した毒が通じなかったことで、苦渋をなめさせられたとロビンは思っていたのだ。

 

 

「今回の毒は以前とは一味違うぜ?」

 

「なんだと……っ!?」

 

 

 また、今回再び戦うだろうと()()()()に言われていた。

だからこそ、()()に通じる毒を用意してきたのだ。そして、すでに仕込みは完了しており、もはやデュナミスは手遅れだったのだ。

 

 それをロビンが言えば、流石のデュナミスも焦りの表情を見せていた。

すでに自分に毒が盛られていることを察したからだ。最初のかすめた矢に、毒が仕込んであったのがわかってしまったからだ。

 

 

「んじゃ、とどめといきますかね……!」

 

「ぐっ!?」

 

 

 ロビンはそこで一瞬にしてデュナミスへと接近し、その体を蹴り上げたのだ。

デュナミスは今のロビンの動きを追えず、蹴りをまともに貰ってしまい、苦悶の声を出しながら体をふらつかせていた。

 

 

「我が墓地はこの矢の先に……」

 

「何をするつもりだ! させん……ぐう……!?」

 

 

 その隙にロビンは再び距離を取ると、詠唱を始めたではないか。

デュナミスはそれを見逃さんと影の魔法を操ろうとするも、視界がブレはじめ、魔法をうまく操れなくなっていたのだ。

 

 

「森の恵みよ……、圧制者への毒となれ!」

 

「ぬううおお……! 体が痺れて……っ!!」

 

 

 その詠唱こそ、サーヴァントが持つ最大の武器、最大の技を繰り出すためのもの。

ロビンは目の前の敵をこの場で確実に消すべく、ついに宝具を開帳したのだ。

 

 するとどうだろうか。

詠唱と同時にとてつもない魔力が弓矢に集中し始め、それが一撃必殺の攻撃だと言うことがデュナミスの目でもわかった。

 

 それを阻止せんとデュナミスは必死にもがくも、毒が回って体が麻痺しはじめており、身動きがすでに取れなかったのだ。

 

 

「”祈りの弓(イー・バウ)”ッ!!」

 

 

 そして、ついにその宝具は解き放たれた。

膨大な魔力が矢とともに撃ちだされると、まるで植物の蔦のように、デュナミス目掛けて伸び始めた。

 

 それこそがロビン、アーチャー・ロビンフッドの宝具、祈りの弓(イー・バウ)である。

その効果は相手の体内に存在する毒《不浄》を爆発させ、ダメージを与えると言うもの。毒に蝕まれているのならば、絶大な効果を発揮する。

そう、それ故にデュナミスへと最初に毒を食らわせておいたのだ。

 

 

「なっ!?」

 

「っ!?」

 

 

 しかし、その宝具はデュナミスへと届く前に、突如として横から飛んできた光線(ビーム)のような攻撃にて阻まれた。

 

 自分の最大の攻撃が阻止されたのを見たロビンは、たまらず声を出して驚愕の表情を見せるしかなかった。

同じようにデュナミスも、何が起こったのかわからず驚くばかりであった。

 

 

「……助太刀だ。悪く思え」

 

「ぬう……貴様は……」

 

 

 光線(ビーム)が放たれたであろう場所には、何やら人の影が一つあった。

その人物は夜の星々の光に照らされ、その身にある薄い黄金の鎧を輝かせていた。されど、それ以外の部分は黒く闇に溶け込み、金色と白い顔だけが夜空の星の光を反射させていた。その存在感は、まるで夜中に輝く太陽のようであった。

 

 そして、その第一声は両者へ向けて放たれた言葉だった。

また、デュナミスはその人物を知っている様子で、どうしてここにいると言う様子を見せていた。

 

 

「て、テメェはサーヴァントか……!?」

 

「そうだ。クラスはランサー。申し訳ないが真名は明かすことはできない。許せ」

 

「ランサーだと……!?」

 

 

 その輝きと宝具を打ち消した攻撃、さらにはその圧倒的な存在感を感じ取ったロビンは、目の前に現れた新たな敵が自分と同じサーヴァントであることに気が付いた。

 

 ロビンの言葉に反応した黄金の鎧を持つそれは、自らのクラスを明かしはじめた。

されど、流石に真名だけは伏せることを述べ、そのことについて小さく謝罪したのである。その立ち振る舞いで高潔さを感じさせるには十分であった。

 

 

 この土壇場に新たな敵。さらにはランサーのサーヴァント。

この事態にロビンは戸惑いを感じざるを得なかった。もう少し、あと少しで目の前のデュナミスを倒せたはずだが、とんだ誤算としか言いようがなかった。

 

 何せ自分の宝具を相殺するほどの攻撃を放てるサーヴァントだ。

宝具かどうかはわからないが、はっきり言ってとてつもない力を秘めているのは明らか。もはや狩るものが逆に狩られるような状況になっていることを、ロビンは薄々感じ始めていた。

 

 ただ、ランサーと自ら名乗ったのは間違いないともロビンは考えた。

何故ならその右手にはしっかりと、黄金の柄に巨大な漆黒の矛先を持つ槍が握られていたからだ。

 

 

「……この場はオレに任せろ」

 

「……頼んだぞ」

 

 

 ランサーはデュナミスに、このサーヴァントの相手を引き継ぐと言い出した。

デュナミスもここでもたもたしている暇などないと考え、この場をランサーに任せ痺れる体を押して影の中に沈んでいったのだ。

 

 

「逃がすかっ!!」

 

「甘いな」

 

 

 ロビンは影へと沈んで行くデュナミスへと、とっさに矢を数本放った。

だが、瞬時にデュナミスを庇う位置へと移動したランサーは、握っていた大柄な槍を回転させて、迫り来る矢を叩き落したのだ。

 

 

「不服だろうが、お前の相手はこのオレだ」

 

「……っ!」

 

 

 そして、ランサーは選手交代の宣言を発し、鋭い眼光をロビンへと送ってきたのだ。

ロビンは今の矢を簡単にはじかれたのを見て、絶句するしかなかった。絶句した理由は簡単だ。デュナミスを逃がしたことに、大いな危機感を感じたからだ。

 

 

「嬢ちゃんたちがやべぇな……」

 

 

 その危機感とは自分の事ではなく、先ほど逃がしたのどかたちのことであった。

のどかはデュナミスが持っていた杖のような何か(コード・オブ・ザ・ライフ・メイカー)を持っている。再び襲われるのは明らかであったからだ。

 

 

「……しかし……、なんだこいつ……何やら妙な感じだ……。今の行動、とてつもない技量だっつーのに、まったくなんとも思えねぇ……。何かおかしいぞ……」

 

 

 だが、ロビンはここで何か得体のしれない違和感に襲われた。

目の前のランサー、先ほど自分の宝具を相殺し、矢をはじいたと言うのに、特になんとも思えていないことだ。

 

 あれほどの巨大な槍をいともたやすく扱っているのに、何故かその技術を気にするほどに感じなかったのだ。このギャップにロビンは、ただならぬ気配を感じていたのである。

 

 

「こりゃ、やってみなきゃわからねぇってことかッ!!」

 

「それでいい、かかって来い」

 

 

 しかし、考えていても仕方がない。

ここはとりあえず、戦う場面だ。相手もこちらを逃がす気はまったくない。ならばと、ロビンは再びクロスボウを構え、戦闘開始を宣言するかのような言葉を吐き捨てた。

 

 それを聞いたランサーは、ふと小さく笑いながら威風堂々とした態度で槍を構えたのである。

 

 

「言われなくてもなぁッ!!」

 

「……フッ!!」

 

 

 そして、ロビンはすばやく移動しながら、的確に矢を放ち始めた。

が、その卓越した射撃を、ランサーは軽く槍を振るってはじき落としたではないか。

 

 

「簡単にオレの攻撃を防ぎやがって!」

 

「その卓越した射撃の腕はなかなか目を見張るものがある。だが、この程度ではオレには届かん」

 

 

 おいおいおい。ロビンは内心そう愚痴り舌打ちしそうになる。

自分の矢をいともたやすく叩き落すランサーに、この戦いが明らかに自分が不利であることを思い知らされていた。

 

 されど、はじき返したランサーは、今の攻撃を賞賛しだしたではないか。

いや、ランサーは心の奥底から、ロビンの矢を素晴らしいものだと思ってた。されど、次の言葉はダメ出しであったが、これを超える攻撃がくることを内心楽しみに思っていた。

 

 

「あーそうですかい!!」

 

「アーチャーだと思っていたが、近接戦とはな」

 

 

 ダメ出しされたロビンは、やけくそのような声で叫んでいた。

そこでロビンが出た行動は、なんとランサーに接近するというものだった。

 

 アーチャーであるロビンがランサーに接近など、正気の沙汰ではない。

やけくその破れかぶれになってしまったのだろうか。

 

 ランサーも目の前のロビンがアーチャーだと断定し、そのことを指摘する。

それでもアーチャーだと思っていた相手が、実は違うクラスだった可能性も捨てきれはしないだろうと思考しながら。

 

 

「だが、近接戦ならばこちらが有利だ」

 

「はっ、んなことぁ、はなっからわかってんのさ!」

 

 

 とは言え、接近戦はランサーの得意分野だ。

むしろ、懐へもぐりこんできたのは好都合と言うものだと、ランサーは豪語する。

 

 されど、当然ロビンは承知の上での行動だ。

やけくそに攻撃した訳ではなかった。勝算があっての行動だったのだ。

 

 

「……?! 消えた……!?」

 

 

 と、接近してきたロビンが、突如として姿を消した。

ランサーは目標としてしっかりと捉えていたロビンが消えたことに、目を見開いた。姿を消す宝具かスキルか。その思考を脳に過らせながら、ランサーはすかさず周囲へと目を向けた。

 

 

「ほらよ!」

 

「っ!」

 

 

 すると、突然夜の暗闇から、ロビンの蹴りがみまわれた。

だと言うのに、鋭い不意打ちにランサーは驚きながらも、槍でその蹴りを防御して見せた。

 

 

「んでもって、こいつも持っていきな!」

 

「む……ッ!」

 

 

 だが、ロビンはそのランサーの行動を読んでいた。

その上でさらに、後方へと飛び上がりながら、矢を数発放ったのだ。

 

 が、この至近距離からの矢を、なんとランサーは体をくねらせるように動かしかわしてみせたのだ。

なんという動きだろうか。あろうことかロビンの矢は、むなしく夜の闇へと消えていった。

 

 

「なっ!? マジか!? 今のを避けるってのかよ!?」

 

「今の不意打ちは、素晴らしいぐらいに絶妙だった」

 

「言ってくれるぜ……ッ!」

 

 

 流石のロビンも、今の攻撃を回避されるとは思ってなかったのか、驚愕の顔を見せていた。

そんなロビンへと、ランサーはむしろ賞賛の言葉を投げかけてきたではないか。

 

 いやはや、その攻撃を回避して見せたのはいったい誰だったか。

ロビンは皮肉にしか聞こえないランサーの言葉に、再び愚痴を吐き出しながら舌打ちするしかなかった。

 

 

「では、今度はこちらから行くぞ!」

 

「うおお!?」

 

 

 そこでランサーは攻守逆転とばかりに、ロビンへと急接近し槍を振るいだした。

ロビンはその槍の一撃を何とか回避。が、それも辛くもと言う様子で、それは叫び声にも表れていた。

 

 

「ガアッ!?」

 

 

 しかし、ランサーの攻撃が一度などと言うことはない。

その鋭く重い二撃目は、しかとロビンの脇腹へと叩き込まれた。流石のロビンも苦悶の声を息とともに吐きだし、体が揺さぶられる感覚に見舞われたのである。

 

 

「フンッ!!」

 

「グッ!?」

 

 

 だが、ランサーの攻撃は止まることはなく、さらなる追撃がロビンを襲う。

その美しくもしなやかな槍さばきを見せながら、次に狙うは右肩だ。ロビンは今しがたの攻撃でよろめいた隙をつかれ、右肩を槍で穿たれた。

 

 

「ハァッ!」

 

「グッ!? ウオオアッ!?」

 

 

 それでもランサーの攻撃は終わらない。

ランサーは巨大な槍を大きく振りかぶり、ロビンのどてっぱらにたたきつけたのだ。

その破壊力はまさに超ど級。ロビンはまるで風に吹き飛ばされる木の葉のごとく、後方へと叫び声とともにぶっ飛んでいったのである。

 

 

「悪いが、これで終わりだッ!」

 

「マジでしくじっちまったなこりゃ……」

 

 

 が、後方へ吹き飛び倒れこんだロビンの首元へと、星々の光を吸い込むような黒き槍がすでに突き付けられていた。

なんというスピードとパワー。まさしく英雄と呼ぶほどの戦闘能力。もはや勝負は決まったも同然の状況だ。圧倒的なランサーの実力の前に、ロビンは弱音を吐くのが精いっぱいであった。

 

 

「”黄金衝撃(ゴールデンスパーク)”ッッ!!!」

 

「何ッ!? ぐううおぉッ!?」

 

「っ!」

 

 

 もはや絶体絶命のロビン。

これまでかと諦めていたロビンであったが、そこに、一筋の光……、否、雷が闇夜の上空からたたき落ちた。それこそ、ゴールデンなるバーサーカーの宝具の稲妻の鉞であった。

 

 そのインパクトたるやいなや、まさに雷神が操る雷轟電撃がごとき破壊力、電光石火がごとき落下速度。

 

 それをランサーは、回避することもかなわず驚愕の顔を見せながら、両手で槍を構えて受け止め防御して見せた。だと言うのに、衝撃によって十数メートルも弾き飛ばされるほどのものだった。

 

 また、ロビンはバーサーカーの宝具がランサーを捉えたのを見て、体をばねのようにして飛び上がり、咄嗟に距離を置いた。

 

 

「……新手か……」

 

「チィ……、今のを捌くとはよ!」

 

 

 吹き飛ばされたランサーはその場に着地、すでに態勢を立て直していた。

とは言ったものの、その表情は芳しくない。

 

 突如現れたサーヴァントの宝具らしき斧による()()()()()は、辛くも防ぐことができた。

されど、その斧から発生していた()()()()は防ぐことがかなわず、食らってしまった。それはランサーの体のあちこちから、立ち込める白い煙を見れば明らかだ。

 

 咄嗟の判断で斧の威力を使いわざと吹き飛んだおかげで、大きなダメージにはなっていない。

ただ、そうしなければ今の一撃で、予想以上の大打撃を受けていたのは間違いないとも、ランサーは考えていた。

 

 故にランサーは、目の前の新たに登場したサーヴァント(バーサーカー)を冷静に、そして鋭く睨みつけていたのである。

 

 バーサーカーもまた、自分の自慢の宝具を防いだランサーらしきサーヴァントに舌打ちした。

あの一撃が決まれば倒せたはずの威力だ。倒せなくとも撤退までは追い込めるだろうと思っていたのだが、思ったほどダメージを与えられていない。これはちょいと危険な相手だと思考し、額に汗を流していた。

 

 

「……とてつもなく強大な力だ。人を超えし力、神性を保有するサーヴァントか」

 

「ああ、そのとおりだ。まっ……アンタもそうみてぇだがな……」

 

 

 ランサーは再び構えを取りつつも、研ぎ澄まされた判断力からバーサーカーの能力を察し始めていた。

あれほどの雷と力を併せ持つサーヴァントなど、並みのものではないことは明白。であれば、やはり神の血を一片でも受け継いだ存在だろうと判断したのだ。

 

 バーサーカーもロビンの前に立ちふさがりながら、ランサーの問いにはっきりとYESと答えた。

しかしバーサーカーもまた、目の前のランサーらしきサーヴァントも、同じく神の力を宿すサーヴァントであることを見抜いていたのだ。

 

 ……バーサーカーの嫌な予感と言うのは、このランサーの気配を感じてのものであった。

故に突如出現した召喚魔を蹴散らしながらもマスターたる刹那とは合流せず、その気配を追っていた。そこへ膨大な魔力を感知し、ここへ参上したということだった。

 

 

「いやあ、助かったわ。バーサーカーの旦那!」

 

「バッド……、まだ助かっちゃいねぇぜ……」

 

 

 ロビンはバーサーカーが来たことで、ほんの少し安堵の表情を見せていた。

されど、バーサーカーはランサーを渋い顔で睨んだまま、未だ状況が好転していないことをロビンへと告げた。

 

 

「……いやー、やっぱそうだろうと思いましたがねぇ……。それほどヤバイ相手ってことですか」

 

「ありゃ、マジでデンジャラスな相手だぜ」

 

 

 ただ、ロビンとてそれは肌で感じて理解していたことでもあった。

あのランサーはかなり危険だと言うことは、今戦ってわかっていたからだ。それでもバーサーカーがヤバイと言う程ならば、相当な相手なのだと言うことを察し、苦笑いをするしかなかった。

 

 バーサーカーもこの戦い、かなり厳しいものになると感覚で感じていた。

勘ではあるが、あのランサーは化け物だと認識。それにランサーから漏れ出す炎のような魔力の量も、桁違いなのは目に見えて明らかだ。倒すにせよ無傷じゃ絶対にありえないと、バーサーカーも覚悟を決める程だった。

 

 

「だが、そのゴールデンな感じは敵ながら嫌いじゃあないぜ」

 

「オレもお前のような存在に出会えたことを、心から誇りに思う」

 

「そうかい!」

 

 

 とは言え、あのランサーらしきサーヴァントの具足は、うっすらと(ゴールデン)に光り輝く素晴らしいもの(ゴールデン)だ。

その一点だけは評価できると、バーサーカーはニヤリと笑ってないはずの余裕を見せていた。

 

 そう褒められたランサーもまた、バーサーカーと同じ気分であった。

この金髪の筋肉は屈強な戦士に違いない。これほどのものを相手にするのであれば、こちらも無事では済まないだろう。であれば、このような実力者と相まみえることができ、幸運を感じざるを得ないと。

 

 バーサーカーはランサーのその言葉に、白い歯を見せて盛大に笑っていた。

こいつは強い。強い敵だが、高潔で正々堂々とした敵だ。自分の大好物(ゴールデン)な敵だ。ランサーの態度からそれがバーサーカーへと伝わり、バーサーカーは喜びで笑いがこみあげてきたのである。

 

 

「まだやれるか?」

 

「ま……、なんとかですがね」

 

 

 と、そこでバーサーカーはふと真面目な表情に戻り、顔を向けずにロビンへと話しかけた。

それはロビンがまだ戦えるかと言うものであった。

 

 問われたロビンはダメージは多大ではあるが、体は動くと言葉にした。

右肩を貫かれたのはかなり大きいが、援護ぐらいはできると踏んだのだ。

 

 

「わりぃが二対一で行かせてもらうぜ? 卑怯だって煽ってくれてもかまわねぇ」

 

「そのような無粋な真似などする気はない。お前たちの全力に、オレが全力で応えるだけだ」

 

「そりゃ、こっちもつまんねぇこと聞いちまったみてぇだな」

 

 

 ならば、こちらは二人で攻めることになる。

バーサーカーはそれを考慮し、あえてランサーへとそれを宣言したのである。

 

 本当ならば一対一で決着をつけたいとバーサーカーは思った。

されど、ここで退場する訳にもいかないのも事実だ。相手を確実に仕留める必要がある。

 

 はっきり言って二対一など男のするような真似ではない。

さっきの攻撃も卑怯な不意打ちだった。卑怯に卑怯を重ねることに、バーサーカーは苦虫を噛んだような表情を見せていた。

 

 だからこそ、そうせざるを得ないことを謝罪するかのように、バーサーカーは二言目を言い放ったのだ。

 

 だが、ランサーはそれを納得し、承諾した。

逆に一対二であっても、自分の実力を十全に、それ以上に発揮すればよいと言うだけだったのだ。

 

 なんという言葉だろうか。

そのランサーの台詞にバーサーカーは、今しがた放った台詞に対して恥じ入ると言う様子で言葉を返したではないか。目の前の男の精神や、度量、器量の大きさに感服し、今の発言を失言と思いふと笑いをこぼしていた。

 

 

「行くぞオラァッ!」

 

「来るがいい!」

 

 

 しかし、戦いにはそのような心情は不要。

バーサーカーはこぼれていた笑みを消すると、叫びとともに地面を大きく蹴ってランサーへと突撃していったのだ。

ランサーも顔から表情が消え、その槍を構えて応戦する姿勢を見せていた。

 

 ――――こうして戦いの火蓋は切られたのだった。

 

 



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百六十四話 ランサーVSバーサーカー

 ――――それは英雄の戦いだった。

それは神話の再現だった。

 

 ランサーとバーサーカーの戦いぶりは、まさにそう言っても過言ではなかった。

 

 

「ハアァッ!」

 

「オラァッ!!」

 

 

 両者とも手に持つ武器を叫びとともに振り回し、それが衝突すれば金属音とともに巨大な火花が散らして消える。

何度それを繰り返しているだろうか。両者とも引けを取らぬ攻防を、表情一つ変えずに行っていたのである。

 

 バーサーカーは握りしめた鉞を力強く振り下ろす。それをランサーは槍の柄で防御することはせず、体をいなして回避。

その隙をつくかのようにランサーは、槍を横なぎに振り払う。

 

 だが、バーサーカーは鉞を地面にたたきつけたと同時に、その衝撃と勢いを利用する事で空高く飛び上がり、自らの体を上下に反転。

見事槍を回避し、さらにその勢いに任せてもう一度ランサーへと、バーサーカーは斜め上から鉞をたたきつける。

 

 今度はランサーが隙をつかれた形となるが、ランサーも冷静にバーサーカーの攻撃を分析。

ランサーは振るわれた槍を握る力を弱め、遠心力にて柄の部分を滑らせ、その石突の先端付近を再び強く握りしめた。

そして、ランサーは槍の重量と遠心力を利用する事で回転、バーサーカーの攻撃を回避して見せた。

 

 さらにランサーは地面に衝突したバーサーカーへと、そのまま遠心力に任せて再び槍を横なぎに振るう。

 

 バーサーカーはすかさず姿勢を低くしランサーの槍をかわせば、そこから上へと突き上げるように鉞を振り抜く。

 

 だが、ランサーはバーサーカーの攻撃を、わかっていたかのように対応。ランサーは槍の重量にを任せつつも、自在に槍をコントロールすることで回転、その勢いを使いバーサーカーの鉞へと槍を叩き込み、その攻撃を阻止したのだ。

 

 その槍と鉞の衝突で発生した衝撃を利用し、バーサーカーはランサーとの距離を取った。

 

 ――――その間、わずか数秒の出来事だった。

 

 

「そういや、アンタのマスターはどこにいんだ? 近くで隠れてんのか?」

 

「……ここにはいない」

 

 

 バーサーカーは一度口笛を吹いて、肩へと鉞を担ぎトントンと二度ほど叩くと、不意にランサーへと唐突に質問を投げた。

それに対してランサーは、特に表情を変えることなく正直に答えだした。

 

 

「我がマスターは今、外に出ることができない状況にある」

 

 

 ランサーのマスターは誰かはわからないが、動けないと言うことだった。

それをランサーは特に嘘をつくような素振りも見せず、槍を縦してその石突を地面へと突き立てながら言葉をつづけた。

 

 

「そして、オレはそんなマスターのために、ここにいる」

 

「そうかい。だが、こっちも負けられねぇ理由はあるんでな」

 

「ならば、互いに死力を尽くすまでだ」

 

 

 そして、ランサーは言葉をつづけ、自分の戦う理由を述べた。

そう、この戦いこそ動けぬマスターのためのもの。それ以外の理由はない、ということだった。

 

 その答えを聞いたバーサーカーは、何か事情があるのだろうかと察しながらも、この場にいないということだけを理解したのであった。

 

 されど、戦う理由はバーサーカーとて同じことだ。

マスターの脅威となるであろう相手を倒すこと、それこそバーサーカーの戦う理由なのだから。

 

 であれば、互いの意思を武力を持ってぶつけ合う他ないだろう。

ランサーはそう述べると、再び槍を両手に握り構えをとり、同時にバーサーカーも鉞を握りしめなおして構えた。

 

 

「おらよ!」

 

「フウッ!!」

 

 

 その数秒後、両者は怒号とともに姿を消しされば、次の瞬間、すでに武器同士をぶつけ合った状態となっていた。

もはや異次元レベルの戦闘。瞬く間に、両者が衝突していたのだ。

 

 

「こっちのことも忘れちゃ困りますよ!」

 

「――ッ!」

 

「待ちな!」

 

 

 されど、忘れてはならない。

この場の戦闘は一対一のタイマンではないことを。

そう、バーサーカー側にはもう一人、アーチャーのロビンがついていることを。

 

 ロビンはバーサーカーがランサーを抑えている隙をつき、とっさに矢を放った。

右肩を貫かれ動かしにくい状況の右腕を、左腕で抑えながらではあるが、その精度に変わりはなく。

 

 それをランサーは咄嗟に後方へと跳んでなんとか回避。

バーサーカーはそれを追撃。とてつもない瞬発力でランサーへと距離を詰め、鉞を横なぎに振るう。

 

 

「フンッ!」

 

「なっ!? なんだとッ!? うおっ!?」

 

「槍を投げただと!? だがよ!」

 

 

 だが、ランサーはバーサーカーの方向から一転、ロビンの方向へと視線を移した。

さらに、そのロビンへと、なんと握っていた槍を、勢いよく投擲したではないか。

 

 ランサーを狙って狙撃の準備をしていたロビンも、これには驚き戸惑いながらも、なんとか体をそらして槍を回避。

バーサーカーもランサーの今の行動には驚いたが、逆に武器がない今がチャンスだと、さらに攻撃を加速させた。

 

 

「――――武具など無粋」

 

「……!」

 

 

 しかし、その直後、即座にランサーはバーサーカーへと向き直せば、右目が燃え始めたではないか。

バーサーカーはその雰囲気と魔力の流れにただならぬ予感を感じ、攻撃を中断しランサーと距離取ろうと図った。

 

 

「真の英雄は目で殺すッ――――」

 

「何ぃッ!!?」

 

 

 そのバーサーカーの予感通り、次の瞬間、ランサーの右目から、すさまじい光線(ビーム)が発射されたのだ。

これこそ先ほどロビンの宝具を相殺した技。いや、厳密には技ではなくランサーが保有する宝具の一つだった。

 

 その熱量、世界を焼くがごとき爆熱。

宝具が通ったであろう地面は、直線状に焼けただれ、溶岩のように溶けるほどだった。

 

 されど、バーサーカーはその宝具を見て圧倒されながらも、距離を取っていたのが幸いし、横へ飛び上がることで回避することができた。

あのままランサーに接近戦を挑んでいたら、あの宝具に貫かれていたやもしれん。

バーサーカーはそう考えながらも、ランサーの次の行動に目を光らせていた。

 

 

「さらに、受けるがいい!」

 

「魔力の槍か!? おもしれぇッ!」

 

 

 ランサーは徒手が故に、今度は周囲に魔力放出にて造り出した”槍”を宙に浮かべたのだ。

それを見たバーサーカーはその攻撃の内容を判断、理解し、ニヤリと笑いをこぼしてみせた。

 

 

「オオオラアアアァァァッ!!」

 

 

 そして、ランサーは魔力の槍をバーサーカーへと投擲。

触れれば肉体すらも蒸発しかねない熱量の槍は、バーサーカーへと瞬時に接近。

 

 それをバーサーカーは叫び声とともに、まるで荒ぶる暴風のように鉞を振るい、次々に迫りくる魔力の槍を全てを撃墜したのだ。

 

 

「”梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)”ッ!!」

 

 

 が、ランサーの攻撃はそれにとどまることはない。

そう、再びあの光線(ビーム)の宝具を、薙ぎ払うように発動させたのだ。

 

 そこでようやくランサーは宝具の真名を口にした。

 

 ――――梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)

 

 ブラフマーストラはインドの英雄が持っていると言われる宝具。

射撃武器であり、本来ならば弓などの形状を取るとされている。

 

 されど、このランサーは弓と言う形状はなく、無形の可視光線として使用した。

それはランサーと言うクラスに当てはまったためだ。また、このランサーは今の宝具から、インド由来のサーヴァントであるということが伺い知れた。

 

 

「ッ! ”黄金衝撃(ゴールデン・スパーク)”ッ!!!」

 

 

 しかし、今のバーサーカーにランサーの真名を紐解く余裕はない。

何せ、魔力の槍を対応していたバーサーカーは、その隙をつかれた形となったからだ。

そこで避けきれぬと判断したバーサーカーは、自らの宝具を開放し、相殺することを瞬間的に選んで行動した。

 

 ガンツンガツンガツンと三度、薬莢がはじけるような音がしたかと思えば、その鉞から雷神が起こすほどの膨大な雷が発生した。

さらに三つ並んだ鉞の刃の中央が、すさまじい速度で上下に運動し始める。

 

 バーサーカーは迫る光線(ビーム)へと、そのまま鉞をたたきつければ、雷鳴と爆音が周囲に響き渡った。

その宝具同士の衝突により、雷と光線(ビーム)ははじけ、周囲に四散し、その周囲に着弾すると、その熱量で溶解させたのだ。

 

 されど、ランサーの狙いはバーサーカーだけではなかったのだ。

 

 

「チィ! 今のはオレじゃなく、槍を吹き飛ばすために使いやがったのかッ!」

 

「そういうことだ」

 

 

 ランサーのもう一つの狙い、それは投擲した槍であった。

突き刺さった槍の近くに、宝具の余波が降り注ぎ、衝撃で槍を空高く跳ね上げた。

その飛び上がった槍を、ランサーもすかさずジャンプして回収したのだ。

 

 

「あっ……あぶねぇ……」

 

 

 また、ロビンも梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)を見て何とか回避し、一命をとりとめていた。

されど、負傷した体での回避だったために、結構ギリギリだった。

それは表情からも見て取れ、冷や汗で頬を濡らし青ざめていた。

 

 

「だがよ! オラアッ!!」

 

「フッ!」

 

 

 それでもバーサーカーはひるむことなく前へと出て、鉞をランサーへと叩き落す。

だが、槍を再び得たランサーは、それを両手で握った槍で受け止める。

 

 

「くっ……!」

 

「オオラァッ!!」

 

 

 とは言え、バーサーカーの膂力はすさまじく、ランサーの足元は崩れ沈み、さらに後方へと押されるほどであった。

 

 

「――ハァッ!」

 

「チィッ!」

 

 

 だが、ランサーは片側の力を抜くことで、槍の上を滑らせるようにして鉞をいなした。

そして、そのまま槍の石突でバーサーカーを穿つ。

 

 バーサーカーは自分の力を利用されたことに舌打ちしながらも、バク宙でランサーの突きを何とか回避して見せた。

 

 

「フンッ!」

 

「あめぇッ!」

 

 

 ランサーは後方に飛び上がり着地したバーサーカーへと、姿勢をそのままに穂先を勢いよく突き出す。

しかし、バーサーカーはそれを鉞で受け止め、大きくはじき返した。

 

 

「もういっちょオォッ!」

 

「そうはいかん」

 

 

 さらにバーサーカーは、その場で舞うかのように高速回転するとともに、鉞を横なぎに振るう。

 

 それをランサーは体を折り曲げることで回避。

その態勢のままランサーは、バーサーカーの足元へと槍を薙ぎ払うように振るった。

 

 バーサーカーはそれを飛び上がって回避し、上空から落下速度を利用し、再び鉞を振り下ろす。

その攻撃をランサーはバク転ことで、後方へと下がって回避。

 

 

「持っていきなッ!」

 

「そちらもなッ!」

 

 

 それを追撃するかのように、さらにバーサーカーはランサーへと詰め寄り鉞を斜め上からたたきつける。

ランサーも負けずと槍をバーサーカーへと振り払えば、鉞と槍が衝突し盛大な金属音と火花を散らす。

 

 そして、両者は数秒間つばぜりあった後に、一旦距離を置くのであった。

 

 

「……やるな……」

 

「それはこっちの台詞だぜ」

 

 

 ランサーは押し切れずにいる相手の強さに、感服した様子であった。

されど、それはバーサーカーも同じだ。両者とも互角、膠着した状況だったからだ。

 

 

「なんつー戦いだよ……。まったくついていけませんわこりゃ……」

 

 

 また、二人の戦いぶりを目の当たりにしていたロビンは、壮絶さに呆れた顔を見せていた。

まったくもって自分が入る余地がほとんどなかった。自分にはまったく真似のできない、とんでもな死合だった。

そのせいか、積極的に援護射撃を行いたかったが、その隙があまりなかったために数回にとどまっているほどだ。

 

 

「しかし、このままでは千日手にしかならないか」

 

「悔しいがそんなところみてぇだ」

 

 

 もはやこの戦い、終わる気配がないことをランサーは悟った。

同じくバーサーカーも、それを感じざるを得なかった。

 

 

「――――ならば、()()()()()使()()()最大の宝具で、応えるとしよう」

 

 

 で、あれば、それを打破するための一撃必殺の攻撃を放つしかないだろう。

だが、最大の宝具で応えることはできない。故に、自分が今持てる中での最高の宝具を使用することを、ランサーは選んだ。

 

 すると、ランサーからは膨大な魔力があふれ出し、それが炎の形となって噴き出し周囲の地面を溶かし始めた。

なんという神々しくもすさまじい光景だろうか。灼熱の炎に抱かれたランサーは、周囲を照らす小さな太陽のようであった。

 

 

「ッ! オイこりゃ……」

 

「なんだこの魔力量は……?! 頭おかしいんじゃないですかねぇ!?」

 

 

 バーサーカーは目の前の光景に、引きつった表情を見せ額から汗を流していた。

なんという魔力の塊だろうか。尋常ではないだろう。とんでもない化け物を目覚めさせた気分であった。

されど、臆する気持ちは微塵もない。どんな相手でも倒すと言う頑なな意志が、バーサーカーには存在するからだ。

 

 後ろに控えていたロビンはと言うと、ランサーが放出した魔力に戦慄していた。

なんというとんでもない魔力だろうか。明らかに自分とは大きな差のある相手だ。

もはやどうにもならないと言う現実を突きつけられたロビンであった。しかし、それでも打開の一手を脳裏に巡らせていた。

 

 

「受けてみるがいい……! ――――梵天よ、我を(ブラフマーストラ)……」

 

 

 ランサーはゆっくりと、槍を投擲するかのような構えを取りはじめた。

そして、死刑宣告を告げるかのように、その宝具の真名を刻み始めたのであった。

 

 

「(令呪によって命ずる。ランサーの背後へ転移せよ)」

 

「ッ!?」

 

 

 だが、その時、突如としてロビンへと直接念話が飛んできた。

さらに、同時にすさまじい魔力を受けたではないか。それこそ令呪による強制的な命令権限。

一時的とはいえ、ありえないような現象すらも発生させることができる力だ。

それによってロビンは驚愕とともに、ランサーの背後へと一瞬にしてテレポートして見せたのだ。

 

 

「さっきのお返しだぜ!」

 

「なにっ!? くっ!」

 

 

 また、先ほどの令呪の命令を受けると同時に、ロビンは治癒の魔法にて損傷を治療されていた。

万全となったロビンは念話と令呪の意図を理解し、宝具を開放せんとするランサーへと、奇襲の矢を放ったのだ。

 

 突然のことにランサーは、狼狽の表情とともに振り返った。

そして、宝具の使用を中断し、咄嗟にロビンの矢を槍ではじき返す行動に移った。

 

 されど、来るはずのない背後からの攻撃には、完全に対応できなかった。

ランサーはほぼ全ての矢を槍で防いで見せたが、一撃だけは防ぎきれず左腕にかすめて、小さくではあるがダメージを受けたのだ。

ただ、完全な奇襲であったのを考えれば、それだけで済んだと言うのはランサーの技量の高さに驚かざるを得ない。

 

 

「さらに令呪によって命ずる。令呪の魔力を用いて宝具を即座に放て」

 

「了解ッ! 祈りの弓(イー・バウ)ッ!!」

 

 

 さらに、令呪の使用が続く。

ロビンはその令呪の魔力をもって、ランサーへと即座に宝具を開放したのだ。

それはまるで先ほどの雪辱を晴らすかのようであった。

 

 

「ぐううッ!!??」

 

 

 流石のランサーも二度にわたる令呪での攻撃は、防ぐことがかなわなかった。

ロビンの宝具を槍で受け止めたものの、その効力を打ち消すことはできない。

先ほどの奇襲でたった一撃ではあるが、ダメージを受けていたランサーは、すでに毒を盛られていたのだ。

 

 一回かすっただけの小さな傷だが、ロビンはそれで充分だった。

毒さえ入れば、この宝具は最大の効果を発揮できるからだ。

 

 故に、ランサーの体内に内包された毒《不浄》は炸裂し、ランサーはうめき声をあげながら苦痛を味わうのだった。

 

 

「……油断していたか……。敵のマスターの存在を失念していたとは……」

 

 

 ランサーは侮っていた自分に対して、強く後悔の念を抱いていた。

周囲に人影はなかったがために、彼らのマスターもまた、近くにいないと判断してしまった。

 

 このランサーは他者の嘘を見分けるスキルを持つ。

ただ、それは相手が嘘をついていると言う自覚があればの話だ。

目の前の二人のサーヴァントは、どちらもマスターが近くにいないと言う様子であり、そこに嘘偽りはなかった。

それ故、敵のマスターの存在を忘れていたのである。

 

 それ以外にも、バーサーカーとの戦いに興じすぎた。

この世界に召喚され、はじめて互角に渡り合える強者に巡り合った。

ランサーにとってそれは、戦士としてまぎれもない幸運であり、幸福の時間でもあったからだ。

 

 

「オレの宝具を直撃したっつーのに、まだ立ってられるってか!?」

 

 

 奇襲に成功したロビンであったが、ランサーが膝をつくこともせず、今の一撃に耐えていることに驚きの声を上げていた。

並みのサーヴァントであれば、今の一撃で消滅してもおかしくないものだった。

そうでなくても、瀕死でもおかしくない状態なはずなのだ。

 

 だと言うのに、体を前のめりにしながらも、未だに立ち尽くしているランサーは、やはり化け物だと言わざるを得なかった。

 

 

「……撤退か」

 

 

 と、そこでランサーは、ぽつりと独り言を小さくこぼす。

 

 

「逃がすかよ!」

 

「すでに命令は下されている」

 

 

 それを聞いたバーサーカーは、すでにランサーの真上へと飛び上がり、鉞を振り下ろしている最中であった。

が、その瞬間、ランサーはその場から消え去ったのだ。

 

 

「なっ! 令呪での転移か!」

 

「相手のマスターも、動けないまでもどこかでここを見てやがったってわけか」

 

 

 その光景を見ていたロビンも、自分が行ったことと同じことをしたことを理解し、驚きの声を上げていた。

 

 バーサーカーもランサーがいた場所へと着地し、鉞を肩に担いで言葉を漏らす。

ランサーのマスターは近くにいないものの、どこからか覗き見していたのだろうと悟ったのであった。

 

 

「んったく、予定とは随分と違うんじゃねーですかね? ()()()()?」

 

「それについては弁明の余地はありません。申し訳ありませんでした」

 

 

 戦いも終わったところで、一呼吸置いたロビンは、ふと振り返り、そこへ現れた人影を()()()()と称し、皮肉交じりに言葉を交わした。

その()()()()と呼ばれた人影は、月夜に照らされ姿を現せば、なんと女性であったのだ。

女性は()()()()と呼ばれたことに何も反応せず、ただただロビンの言葉に対して小さく謝罪するだけだった。

 

 

「あぁ? ()()()()だと……?」

 

 

 だが、バーサーカーはロビンがマスターと呼んだ女性を見て、訝しんだ表情を見せた。

バーサーカーは過去に見たロビンのマスターは、髭のじいさんだった。

だと言うのに、目の前のマスターと呼ばれた人物は、似ても似つかない。

 

 どういうことなのかと疑問に思いながらも、まずは自分のマスターのところへと帰ろうと考えるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 少し時間を戻して、ここは集合場所となっている地下物販搬入港。

その天井付近の空間が、突如割れたのだ。

 

 

「本屋ちゃん!? それと確かこの人たちは……!?」

 

 

 すると、その空間のひずみから、見知った顔が落ちてきた。

それはのどかだった。それだけではなく、トレジャーハンター仲間のクレイグとアイシャも一緒だ。

 

 それを見たハルナは驚いた顔で、近くに落ちたのどかに近寄りつつ、共に落ちてきた二人のことを思い出していた。

また、それを見ていた仲間たちも、同じように驚いていた。

 

 

「なっ、どないなってんのや……!?」

 

「コタローくん!」

 

 

 小太郎も少し驚いていたが、今の空間から突然出てきた現象が、転移の魔法ではないかと考え質問した。

しかし、のどかは焦っているのか、その問いに答える余裕がなく、むしろ小太郎に助けを求めるかのように叫んできたのだ。

 

 

「さっき黒い魔術師に襲われて……、ロビンさんが抑えてくれて……」

 

 

 何故焦っているか。それはあのロビンが、敵を抱えて闇に消えたからだ。

また、先ほどの敵以外にも、恐ろしい相手がいるかもしれないと考え、のどかはさっき起こった出来事を説明し始めたのである。

 

 

「っ!!?」

 

 

 だが、その時、突如として、先ほどロビンが抑えていたはずのデュナミスが、のどかの背後に現れた。

さらに、のどかのか細い首を、いかつい右腕から出した魔法陣で締め上げて、体ごと持ち上げたのだ。

 

 

「ぬうぅ……。ぬかったとしか言えんな……」

 

「あっ!? あぁっ!!」

 

「動かぬほうがいいぞ。この小娘の首をひねることなど造作もない!」

 

 

 先ほどの失態は大きかった。

まさか、狩るものが狩られるものとなりかけてしまうとは、と。

そうぽつりと独り言を漏らしながらも、デュナミスはのどかの首をさらに強く締め上げ、奪われた造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を左腕で取り返した。

 

 その苦しさにのどかも苦悶の声を出し、苦痛にあえぐ表情を見せていた。

その周囲の仲間たちも助けようと動こうとしたが、それを察したデュナミスは、のどかを人質とすると宣言したのだ。

 

 

「ノドカ!?」

 

「野郎……!!? ロビンはどうした!?」

 

 

 先ほどの戦いを知っているアイシャも、のどかを心配する声を出した。

同じくクレイグは、さっき目の前の男を相手にしていた、仲間のロビンのことを質問した。

 

 

「奴ならば他の仲間が相手をしている……」

 

「なんだと……!?」

 

 

 すると、デュナミスは隠すことなく、その事実を告げた。

そうだ、あのロビンと言う男は、自分の味方であるランサーと呼ばれる男が相手をしているのだと。

 

 まさか、あのロビンが抑えられるほどの相手が、敵にも存在したとは。

クレイグはその事実に驚きながらも、今の状況をどうするかを模索していた。

 

 

「小娘よ……。先ほどの胆力はなかなか賞賛に値するものであったが……。故に貴様はここで消えてもらうしかない」

 

「うっ……くっ……」

 

 

 されど、デュナミスはのどかを人質にしたままにする気はない。

はっきり言って先ほどの行動は恐るべきものだった。

対処すべき相手だと認識したが故に、この場で()()()()()()へと消えてもらうことにしたのだ。

 

 のどかは今のデュナミスの言葉が本気であることを悟った。

故に、このままではマズイと、抜け出す方法を考え始めていた。

 

 

「……!」

 

「…………」

 

 

 そこで、のどかは目が合った焔と小太郎へと、小さくうなずいて合図を送った。

焔と小太郎も、のどかの意図を察し、大きな博打をすることに決めたのだ。

 

 

「そのアーティファクトともに……、何ッ!? グッ!?」

 

「今や!」

 

「ぬうぅ!?」

 

 

 それは、単純に焔の能力である、目から炎を出すことだった。

炎は言葉を述べるデュナミスの顔面に直撃し、ひるませた。

その炎は一瞬で、大きいものでもなかったが、一瞬だけ隙を作ることに成功したのだ。

 

 そこで小太郎がすかさず、気で強化した手刀にてデュナミスの右腕を切断。

のどかを抱えて救出したのだ。

 

 

「大丈夫やったか!?」

 

「は……はい。ありがとうございます」

 

 

 のどかをゆっくり下しながら、傷などはないか確かめる小太郎。

のどかも特に異常はないことを確認し、助けてもらった礼を述べた。

 

 

「それと、わかってくれてありがとうございます」

 

「勘やったけどなんとかなってよかったわ」

 

「何となくだ……何となく……!」

 

 

 また、自分の作戦を頷くだけで察してくれた焔と小太郎へと、微笑みながら礼をもう一度送った。

それに対して小太郎はニヤリと笑い、察しただけだと言う様子を見せていた。

 

 ただ、焔は感謝されるのが恥ずかしいのか、頬を紅色に染めそっぽを向きながら、ぶっきらぼうに答えるだけだった。

 

 

「貴様ら……!」

 

「人質がいないんやったら、こっちのもんやで!」

 

「それはどう……ぬっ!」

 

 

 してらやられた、と言う強い悔しさを吐き出すかのように、デュナミスは声とともに小太郎たちを睨みつけた。

 

 されど、人質さえいなければ怖いものはない。

小太郎は強気でそう発言すれば、その瞬間、突如として卓越した忍術がデュナミスを襲ったのだ。

そう、楓はすでに近くまで戻ってきており、自分が出るタイミングを見計らい、今この瞬間を待っていたのである。

 

 デュナミスはその忍術を影の魔法にて何とか防御したが、完全には防ぎきれず少なからずダメージを受けた様子ではあった。

 

 

「楓姉ちゃんか!」

 

「無事でござるか!?」

 

「まあな」

 

 

 当然、それを放ったのは仲間を探しに出ていた楓だった。

楓は全員の無事を確認するかのように小太郎へと聞けば、YESと言う答えが返ってきた。

また、楓と一緒にいたアーニャたちも、楓が攻撃したのを見計らってこの場へ駆けつけ、非力な子たちの盾となっていた。

 

 

「ぬう……。増援か……」

 

「拙者たちだけではござらんよ」

 

「何!?」

 

 

 デュナミスは増援として現れた楓を睨みながらも、どうするかを考え始めていた。

だが楓は、今の増援が自分たちだけではないことを、ふっと笑って言い出した。

 

 嘘か本当か。

デュナミスは数多の言葉を聞き、真偽を確かめるかのように声を出した瞬間、さらなる攻撃が襲い掛かった。

 

 

「神鳴流奥義・斬鉄閃!!!」

 

「うちもおるで!」

 

「ぬうう……!」

 

 

 今度は鋭い剣技がデュナミスを切り裂いたのだ。

それこそ神鳴流の奥義だった。また、当然の使い手は、刹那だ。

 

 しかし、攻撃はそれだけにとどまらない。

巨大な白い翼を模したO.S(オーバーソウル)が、畳みかけるかのようにデュナミスを切り裂いた。

そして、木乃香が大声を出して自分の存在をアピールしていた。

 

 今の二撃でデュナミスは、右肩と腹部を切り裂かれ、その部分が泣き別れするほどのダメージを受けていた。

だが、それほどのダメージを受けたと言うのに、上半身のみを宙に浮かせたまま、少しひるんだ様子しか見せなかった。

 

 

「刹那! それにこのか殿! 気を付けるでござる!」

 

「わかっている! (アーチャー)並みに厄介な相手のようだな!」

 

「はいな!」

 

 

 そのデュナミスの様子を見た楓は、相手がかなりの強敵であることを察した。

いや、それ以前にあのゲートでの事件の時、対峙した時点でわかっていたことだった。

 

 そうだ、油断ならぬ相手だと、楓は刹那へと忠告する。

刹那も当然理解していたので、あのアーチャーと同等かそれ以上の相手だと言葉にしたのだ。

当然、木乃香も元気に返事しながらも、緊張の表情を見せていた。

 

 また、そのアーチャー本人は、出くわすとマズイのであえて物陰に隠れていた。

 

 

「悪いな、もう一人追加だ」

 

「くっ……」

 

 

 そこへさらに、もう一撃、弾丸がデュナミスを穿った。

その銃声の後から、見知った声が聞こえてきたではないか。

 

 デュナミスも今の弾丸を胸部に受け、さらに後ろへと下がりながら、若干苦しそうな声をあげていた。

 

 

「真名!? 何故ここに!?」

 

「久しぶりだな。こちらも事情があるのだが、今は話している暇などなさそうだ」

 

「……そのようでござるな」

 

 

 その声の主こそ、楓らと同じクラスの真名であった。

意外な人物の登場に、刹那は若干驚きつつもそれを問えば、相変わらずの態度で真名は返事をするだけだった。

そして、それよりも今は、目の前の敵に集中するべきだと真名は答えれば、楓も小さくうなずき返事を返すのだった。

 

 

「ふむ……。これでは不利か……」

 

 

 先ほどからダメージを与えられたデュナミスは、未だに上半身のみを浮かせたまま不気味に彼女らを眺めていた。

いやはや、これほどの数を相手にするのは、少々骨が折れそうだ。さて、どうするかと思考中だ。

 

 なんと余裕の態度だろうか。底が見えぬ相手に、刹那たちも額に汗を流し、踏み込むタイミングを計っている状況だった。

 

 

「ここは一度退かざるをえんようだな……」

 

 

 敵の数を考えて、デュナミスは撤退を決定した。

これほどの数を一人で相手にするのは、少々骨が折れそうだと思ったからだ。

それだけではなく、やはり()()()を相手にするならば、それにふさわしい場所でこそとも考えたからだ。

 

 

「そうはいかねぇよ」

 

「っ!?」

 

 

 が、そこへ邪魔を入れるかのように、男の声が響き渡る。

それを確認するようにデュナミスが上を向けば、雷の槍が6本ほど降り注いだのだ。

 

 

「ぐううぅぅ……!? これは……!?」

 

 

 その六つの雷の槍はデュナミスを中心に、六方星の魔法陣となりて強靭な結界となった。

結界の強烈な重圧に、デュナミスはうめき声をあげ、地面にたたきつけられ縛られた。

 

 

「俺が得意とする結界さ。あんたはもう動けんぜ」

 

「貴様は……!!」

 

 

 その結界を発生させた張本人こそ、アルスだった。

また、今使用した術こそ、トリスを封じた対竜種用の結界だ。

 

 デュナミスはアルスの顔を見れば、どこかで見た顔だと言う様子で驚いていた。

 

 

「アルス先生! ゆーな!」

 

「ここにいるのは全員無事みてぇだな」

 

「よかったー!」

 

 

 そこへ降り立ったアルスと裕奈を見たハルナは、安堵と歓喜の声を上げていた。

同じく裕奈が降り立つと、明るい笑顔でまき絵たちの近くへと駆け寄っていった。

アルスも周囲の生徒たちや仲間たちを見て、この場にいるものたちに何もなかったことを確認した。

 

 

「さて、お前にゃここで退場してもらうぜ」

 

「……フ」

 

「何を笑って……っ!?」

 

 

 そして、アルスは再びデュナミスへと視線を戻し、こいつをこの場で倒すことにした。

この目の前の男は完全なる世界の幹部格で危険な存在だ。今、ここで倒せれば後が楽になると考えたのだ。

 

 が、デュナミスはこの状況でさえ、小さく笑って余裕の態度を見せるではないか。

一体何がおかしいのかと、アルスが聞こうとしたその時、突如としてデュナミスの背後の結界の外に、一人の男が現れたのだ。

 

 

「あの御仁は……!?」

 

「知っているのか楓?」

 

「街で苦戦した相手でござるよ……」

 

 

 すると、その男を見た楓が、大きく反応を見せた。

刹那はそこでかえでへと尋ねれば、新オスティアにて戦闘し、苦しい戦いを強いられた相手だと言うではないか。

 

 

「――――何もんだテメェ……」

 

「……名乗るほどのものじゃない」

 

 

 アルスは、結界を手で触れながらニヤリと笑うその男へと、睨みつけながら質問を飛ばした。

男はアルスの方を少し見てそう答えた後、真名へと視線を移したのだ。

 

 

「そうだろう?」

 

「――っ! 馬鹿な……!!?」

 

 

 そして、男は不敵に笑って見せながら、真名へと話しかけてきた。

真名はと言うと、驚愕の表情を見せたまま、硬直していた。

まるで幽霊を見たような、信じられないものを見たような、そんな状態だった。

 

 

「どうだ? 元気してたか? 相棒……」

 

「お前がどうして……!!」

 

 

 さらに、男は真名へ気さくに挨拶しつつ、彼女を”相棒”と呼んだのだ。

それに対して真名は、その男がここにいることについて、驚きながら尋ねていた。

 

 

「戦う理由を見つけたからさ」

 

「戦う理由だと……!?」

 

 

 その問いに、男はただ一言、理由が見つかったからだと、小さく笑いながら言った。

その理由とはなんだ、真名は再び男へ問う。

どんな理由があれば、目の前のローブの男の味方となるのか、理解しかねたからだ。

 

 

「それより俺なんかとおしゃべりしてる暇なんかあるのか?」

 

「……!? これは……!?」

 

 

 だが、それ以上の質問に男は答えることなく、話を変えてきた。

それは自分と話している状況なのか、と言うものだった。

 

 すると、なんと急に床が冷え始めたではないか。

真名もそれに気が付き、咄嗟に地面へと目を移した。

 

 

「なっ、なにこれ!?」

 

「床が凍って……」

 

 

 その異常な現象は、他の子たちにもわかるものであった。

裕奈はその現象に驚いた声を出し、アキラもどういう訳か床が凍結し始めているのを見て、凍り付いた床から離れるように後ろへと下がった。

 

 

「これはまさか野郎の……!?」

 

「フフフ……、そのまさかってやつだ」

 

「現れやがったな!」

 

 

 その現象には見覚えがあった。数多には見覚えがあった。忘れるはずもない、この凍結。

まさしく、あの男の仕業だと確信の言葉を発した時、デュナミスの影からもう一人、見知った顔が笑いながら現れた。

 

 そうだ、その犯人こそコールド・アイスマン。

数多と何度か衝突した、冷気を支配するこの男だ。

 

 

「なっ!? 俺の結界すらも凍るっつーのか……!?」

 

 

 また、コールドを中心に床が凍結しており、なんとアルスが張った結界すらも薄氷のように凍り付いてしまっていたのだ。

それに、攻めようと考えても床の凍結で、無力な子たちも巻き添えにしかねないと考え、誰も一歩も動けない状況になってしまっていた。

 

 

「会いたかったぞ。成長したお前に」

 

「ここでケリつけに来たって訳か?」

 

「そうしたいのは山々なんだがな」

 

 

 そんな周囲の空気など気にせずコールドはニヤリと笑いながら、数多へと会いたかったと、まるで恋人へラブコールをするかのように言い出した。

当然、数多はコールドがここへ現れたのは、ここで自分と決着をつけるべく来たのだと考え、それを言葉に出した。

 

 しかし、コールドもその気はあるようだが、少しがっかりした様子で決着は追いそれと言葉を続ける。

 

 

「今回はここで帰らせてもらうよ」

 

「新たな世代の者どもよ、次はふさわしき場所で相まみえようぞ」

 

「またな、相棒」

 

 

 コールドは戦いに来た訳ではなく、デュナミスの回収をしに来ただけだった。

そうコールドが語れば、別の男が凍結した結界に力を入れ粉々に砕くと、デュナミスの闇とともに消え去った。

そして、もう一人の男もまた、真名へと再会の約束をしながらも、別れの言葉を送りながら闇に飲まれていった。

 

 

「待て!」

 

「待てよテメェ!!」

 

 

 真名と数多が制止の言葉を同時に投げるが、すでにその姿はなく、完全に消え去った後だった。

 

 

「……逃げたか……」

 

「仲間がまだいるとは……。いや、もっと警戒すべきだった……」

 

 

 数多は敵を逃がしたことに、悔しそうな顔を見せて拳を強く握っていた。

また、アルスも他の敵がいることを考えて行動するべきだったと、大きく反省して自分の甘さを痛感していた。

 

 

「今の御仁は知り合いでござるか?」

 

「ああ……。古い友人だ……」

 

 

 楓は唖然として動けぬ真名へと、先ほどの男との関係を質問した。

あのらしくない取り乱しようといい、掛け合いといい、見知った関係なのではないかと察したからだ。

 

 真名はその問いに、静かに答えた。

察しの通り、知人であると。しかも、友人であったと。

 

 

「……どうしてお前は……」

 

 

 その問いを答えた後、真名は遠くを見るかのような目をしながら、いなくなったあの男へと再び問いをこぼしていた。

何があったのだろうか。どうしてこうなってしまったのだろうか。

 

 その疑問は尽きることはなく、答え知ることもできない。

その答えを持つ本人も、この場にはもういないのだから。

 

 そして、とりあえず危機を脱した彼らは、残りの仲間が戻ってくるのを待つことにするのであった。

 

 

 



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百六十五話 覇王VS大魔王の転生者

 一方、総督府の宮殿の一角の屋上にて、覇王とバァンが戦っていた。

 

 

「ふん!」

 

「ハァッ!!」

 

 

 覇王の黒雛の強靭な爪を、バァンは闘気で強化した拳で受け止める。

それだけでなく、黒雛を粉砕するほどの威力のパンチを、逆に覇王へと浴びせるのだ。

 

 

「クソ兄貴の野郎……、オレを無視すんじゃねぇ!!」

 

「無視なんかしてないさ」

 

 

 だが、この場にいるのは二人だけではない。

忘れてはならない存在がもう一人、それこそ覇王の弟であり、完全なる世界の一員となった陽だ。

 

 陽は自分が忘れられていると考え、覇王へとS.O.S(スピリットオブソード)を突きつける。

されど、覇王とて忘れてはいない。何故なら、陽は”無無明亦無”が使えるからだ。

 

 これを受けては最強のO.S(オーバーソウル)黒雛とて、ひとたまりもない。

不意に解除されてしまえば、目の前のバァンへと大きな隙を作ってしまうからだ。

故に、覇王は陽相手にも油断はない。

 

 

「せいっ!!」

 

「あぶぶぶ!?」

 

 

 だからこそ、攻撃してきたのなら、即座に反撃として黒雛の爪を伸ばし、陽へと突き刺す。

陽も瞬間的な反撃に恐れおののき、なんとかS.O.S(スピリットオブソード)で防いだものの、数メートル拭きとばされ、床に転がったのであった。

 

 

「よそ見は禁物だ」

 

「いや?」

 

 

 しかし、それこそが隙だと、バァンが覇王へと詰め寄り攻める。

が、覇王はその程度のことで隙を与える訳もなく、バァンの手刀を神殺しにて防ぎきり、即座に黒雛の爪で反撃した。

 

 

「ぐっ……。やるな」

 

「そっちこそ」

 

 

 バァンは今の反撃に対して、冷や汗を額に流しながら闘気を込めた左手で防御し後ろに下がった。

そこでバァンが放った言葉に、覇王は冷静な様子で返していた。

 

 

「しかし、アレは出さないのかい? お前が()()()()()()()()をさ」

 

「あれは身動きが取れなくなる。お前を抑えるのにはふさわしくないだけだ」

 

「なるほど……」

 

 

 と、そこで覇王は一つ気になることを、バァンへと尋ねた。

それは特典元である”大魔王バーン”最大の戦術の一つである、あの技をバァンが未だに出していないことだった。

それこそが”天地魔闘の構え”であった。

 

 それを聞いたバァンは、あえて使っていないと小さく笑いながら説明する。

何せあれは自分に向かってくる相手に対して絶大な効果があるものだ。

 

 覇王は自分と戦う理由がないことを、バァンは理解していた。

挑まれる訳ではなく、追わなければならないのであれば、あの技は不要。

そして覇王ならば、逃げられないとされる大魔王からも、逃げおおせることは可能だろうと言う結論から、あえて使わないことにした。

 

 その説明に、覇王も納得した様子だった。

むしろ、天地魔闘の構えなどなくとも、十分強敵であることも理解していた。

 

 

「実際、余はお前との相性があまりよくない。得意の魔法もお前の纏う鎧(O.S)と同じ属性でもあるしな」

 

「確かに、そのとおりだろうね」

 

 

 とは言ったものの、バァンは覇王に対して、自分との相性が悪いことも理解していた。

最大最高の呪文、カイザーフェニックスの属性と、覇王が使うO.S(オーバーソウル)黒雛の属性が同じであり、効果がさほどない。

そういう意味では、やりにくい相手であると、バァンは思い口にした。

 

 覇王も相手が不利であることを、察していた。

何せ先ほどから戦ってたが、一回もカイザーフェニックスを使ってこなかったからだ。

 

 

「何言ってやがるんだよ!! ぶっ潰すんだろ!!?」

 

「潰すさ。だが……、そうやすやすとはいかんと言うだけだ」

 

「その前にお前を滅ぼしてやるよ」

 

 

 そんな会話を少し離れた場所で聞いていた陽は、激しい怒りを見せながらまくしたてるかのように、バァンを煽った。

バァンは安全地帯に逃げ込んでいる陽を見て呆れながら、覇王は倒すと宣言した。

しかし、覇王はそうなる前に、バァンを倒すと強気の姿勢だ。

 

 

「できるなら……だがなァ――――ッ!!」

 

「できるさ……!!」

 

 

 ならば、やってもらおうか。

バァンはそう叫びながら、覇王へと突撃した。

 

 覇王もやれると断言し、バァンへと接近。

バァンは強烈な手刀で、覇王は神殺しで、両者が通り過ぎる瞬間にて攻撃。

そして、ダメージを受けたのはバァンの方だったのか、多少足元をよろめかせていた。

 

 

「魔族だけあって、なかなかの耐久力だ」

 

「流石は最強のO.S(オーバーソウル)。早々には破れぬか……」

 

 

 とは言え、バァンもその程度では倒れない。

確かに鋭い斬撃ではあったが、この程度の負傷はすぐさま魔族の再生能力で治癒してしまう。

覇王はやはりこういう相手は厄介だと、悪態をつきそうになる。

 

 されど、バァンも苦虫をかんだような顔を見せる。

今の一撃はかなりの力を込めたはずだが、覇王が纏う黒雛は無傷。

簡単には砕けぬ覇王の鎧に対して、バァンは次の手段に出た。

 

 

「ならば! 強引に破るまでだ! ”カラミティウォール”」

 

「もうそれは見飽きたよ」

 

「!? 無理やりカラミティウォールを突破しただと!?」

 

 

 バァンは強大な闘気を周囲に発生させ、覇王を吹き飛ばすことにした。

これぞ大魔王バーンが誇る技の一つ、カラミティウォールである。

 

 だが、これは先ほどの戦いですでに何度も使用していた。

覇王はもはや見切っており、黒雛の防御力を利用し、無理やり突破して見せたのだ。

 

 流石に無茶苦茶な攻略法に、バァンは驚き隙を見せた。

その隙を覇王が見逃すはずがなく、そこへ得意の絶技を見舞うのだ。

 

 

「――――秘剣……”燕返し”……!」

 

「うぅ! ぐっ!?」

 

 

 覇王がその奥義の名を口に出すと、瞬間バァンへと三つの斬撃が一秒もたがわず同時に襲い掛かった。

バァンはそれを咄嗟に横へ飛んで、何とかしのいだものの、完全にかわすことはかなわず、右胸と脇腹に二撃の切り傷を負っていた。

 

 

「おっ! おい! なにやってんだ!?」

 

「ぬかった……。まさかそこまでやるとは……」

 

 

 それを見ていた陽はと言うと、またしても文句を飛ばしていた。

が、バァンにそんな文句を聞いている余裕はなく、覇王の今の行動に戦慄を覚えてばかりであった。

 

 

「……まだまだ余はお前を侮っていたようだ」

 

「お前にはここで倒れてもらう」

 

 

 ここでバァンは、覇王への対応を誤っていたことを理解した。

この程度で十分、久々の強敵との戦いを楽しもう、そう思っていたのが悪かった。

最初から最大の力でねじ伏せるべきだったと、ここで後悔を見せた。

 

 当然と言えば当然の結果だろう。

覇王には遊びがない。最初から全力であり、目の前の強敵を確実にこの場で倒すと決意しているのだから。

その意識差が大きいのだ。故に、この結果は必然であった。

 

 

「ふ……。こちらとて、そうもいかんのでな……!」

 

「……!」

 

 

 バァンは自らの慢心を悔い改めた。

また、ここで倒される訳にはいかないと言葉にしながら、バァンは闘気を高ぶらせながら、全身に力を入れる。

 

 その気迫、その闘気にあてられた覇王は、バァンの底時からに慄き一歩足を下げた。

これは何かマズイ。強烈な一撃が次に来る。そう予感したからだ。

 

 

「ぬうおおぉぉっ!!」

 

「くっ!?」

 

 

 その予感は的中した。

爆発的な闘気を纏ったバァンは、先ほどとは比べ物にならぬほどのパンチを浴びせてきたのだ。

そのパワーとスピードに圧倒されそうになる覇王だったが、なんとか黒雛のアームで防御。

それでもバァンのパワーは圧倒的で、覇王は勢いに負け、後ろへと吹き飛ばされた。

 

 

「動きが変わった……!?」

 

「見るがよい! 余の本気を!」

 

 

 突然のバァンの行動の変貌。これには覇王も驚かざるを得なかった。

そして、これこそが自分の真の本気であると、バァンは高らかに宣言し、さらなる攻撃を追加する。

 

 

「”カラミティエンド”ッ!!!」

 

「なんの……!」

 

 

 それこそ闘気を手刀に集中・圧縮して放つ大魔王が誇る伝説の(つるぎ)

この一撃はかの勇者の竜闘気(ドラゴニックオーラ)を貫通し、切り裂くほどの威力だ。

 

 されど、覇王は神殺しにてそれを防御。

すさまじい切れ味のカラミティエンドを切り結んで見せたのだ。

 

 

「右腕だけだと思わん方がよいぞ!! ”カラミティエンド”ッ!!!」

 

「な……に……!?」

 

 

 しかし、バァンの攻撃はこれにとどまらない。

右腕を防がれたならば左腕がある。バァンは即座に左腕から、同じ奥義を解き放った。

流石の覇王もその行動には一瞬驚くも、その左腕の手刀を今度は黒雛のアームで受けて防御した。

 

 

「その程度で防ぎきれると思うか!」

 

「うおぉ!?」

 

 

 だが、なんとバァンの全力を注いだ手刀が、覇王の黒雛のアームを切り裂いたのだ。

なんという気迫、なんという執念。その威力に覇王も度肝を抜かれるほどであった。

 

 

「さらに”カラミティウォール”っ!!」

 

「ぐっ!? があ!?」

 

 

 そこへバァンは今度は周囲を薙ぎ払うように、強大な闘気を放出。

黒雛を破損した覇王は、大規模な範囲攻撃を前に回避することもかなわず、本体に直撃こそせずとも黒雛に大きなダメージを受けてしまった。

 

 

「それだけだと思わぬことだ! ”闇の吹雪”!!」

 

「こっこれは”()()()()()()()”……! ぐう!!?」

 

 

 さらにバァンはひるんだ覇王へと畳みかける。

今度はなんと”この世界”の魔法を、バァンが放って見せたではないか。

 

 覇王もまさかその手で来るとはと、唸って見せた。

また、カラミティウォールを直撃した覇王に、この魔法を回避する余裕もなく、ボロボロの黒雛で防御する以外方法はなかった。

 

 

「いいぞぉ!! 今のお前のパワーでクソ兄貴をこの世から消し去ってしまえぇー!!」

 

 

 突然押し始めたバァンを見た陽は、悠々とした表情でバァンを応援していた。

なんということだろうか。先ほどまでは一緒に戦っていたと言うのに、気が付けば蚊帳の外で煽るだけになっていたのだ。

まあ、覇王とバァンの戦いは高次元であり、陽が入る隙も実力すらない訳だが。

 

 

「やはり実力を隠していたか……」

 

「余とて、この作戦自体は乗り気ではない……」

 

 

 覇王はバァンとの距離を取り、半壊した黒雛を修復しつつ、今の戦いで思ったことを言葉にした。

最初と今のバァンの動きが、明らかに別物だったからだ。

 

 その覇王の言葉にバァンも、実際は本気を出す気などなかったようなことを言い出した。

何せバァンは”古き友人”の手を貸すだけがここにいる目的であり、完全なる世界の一員になった訳ではないからだ。

 

 

「だが、お前との戦いは、悪いものではないのでな」

 

「やれやれ……」

 

 

 されど、これほどの強敵と戦えると言うのであれば、全てをさらけ出すのも悪くない。

バァンはそう思い、本気を見せることを決めたのだ。それ以外にも、この肉体を持つものとして、負ける訳にはいくまいとも思ったからだ。

 

 そのバァンの戦闘狂のような言葉に、覇王は肩をすくめてため息をついた。

闘技場での決勝戦にも似たような奴がいたのを思い出したからだ。

つくづく魔族と言うのは戦いに人生を見出しているのだろうか、と思ってしまう程だった。

 

 

「しかし……、どうする……?」

 

 

 とは言ったものの、今のバァンは強大な壁だ。

先ほどの戦術はもう通用しないと言ってもいいだろう。

 

 本気になる前に決着をつけるべきであったが、もう遅い。

覇王はバァンを倒す策を、頭の中で巡らせるのだった。

 

 

「鬼火を使おうと考えているのなら、あきらめた方がよいぞ!」

 

「……やはりそう来るか……」

 

 

 そこへバァンは覇王へと一瞬で距離を詰め、最大の必殺技は使わせないと宣言した。

あの竜の騎士の力を持つバロンが、一発で窮地に至った最大の技。あれだけは使わせてはならないことを、バァンも承知だったからだ。

 

 覇王とてそれは理解していることだ。

あの技を安易に出させないことこそ、相手が最も気にすることなのは、使用する自分もよくわかっているからだ。

 

 ただ、その技が繰り出せると言うだけで、相手に多大なプレッシャーを与えられると言うことも、覇王は十分理解している。

だからこそ、相手の戦術を狭めることが可能であり、こちらも対応しやすくなるというものだ。

 

 

「ならば、考え方を変えるだけだ」

 

「何?」

 

 

 であれば、鬼火に頼らない戦法を取るだけだ。

覇王はそう宣言すると、バァンは次の瞬間信じられない光景を目にすることになった。

 

 

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)……」

 

「黒雛を解除しただと……!?」

 

 

 それは、なんと覇王が今しがた修復したばかりの黒雛を、自ら解除したからだ。

そして、黒雛から分離させたS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を個別にO.S(オーバーソウル)したからだ。

 

 バァンはそれには理解しがたいものだった。

自ら最強の鎧をかなぐり捨てるなど、狂気の沙汰としか思えなかったからだ。

 

 

「さらに……!」

 

「影分身……! しかもこの数は……!?」

 

 

 とは言え、覇王とて無策にそのような無謀な行為に出た訳ではない。

覇王はあえてそうする必要があったからこそ、黒雛を解除したのだ。

 

 その理由は影分身を使用する為である。

本人と装備は分身できても、流石に別の存在であるS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)までは、同時に分身させることができないからだ。

 

 しかし、バァンはそれ以上に、影分身の数に驚いた。

なんとその数総勢20。しかも、その存在感は本体と全く誤差のないほどの、濃密な気で編まれていたのだ。

これにはバァンも本体を見分けるのは至難の業だ。

 

 

「だが、本物は刀のO.S(オーバーソウル)をしている……なっ!?」

 

「本物がなんだって?」

 

「馬鹿な……、解除しているだと!?」

 

 

 ただ、一つ見分ける方法があった。

それは覇王が握っている神殺しにあった。

 

 神殺しもリョウメンスクナをO.S(オーバーソウル)させた武装。

リョウメンスクナもS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)と同じく、影分身できないものだからだ。

 

 が、覇王とてそんなことは百も承知。

すでに神殺しすらも解除し、長い刀のみを握った状態となっていたのだ。

 

 バァンもそれには驚いた。

まさかすべての武装を解除して、その身一つで挑んでくるとは思ってもみなかったからだ。

 

 

「別に神殺しがなければ戦えない訳ではないぞ」

 

「先入観を持たされたか……!!」

 

 

 と言うのも、覇王の戦い方が甲縛式O.S(オーバーソウル)に頼るものばかりだとバァンは思っていた。

されど、覇王は単純に、自身の肉体と気だけで戦闘できるぐらい強いのだ。

 

 それを覇王が言えば、騙されていたと言う顔をバァンが見せたのである。

 

 

「ほら、行くよ!」

 

「うっおおおっ!!」

 

 

 覇王は影分身を用いて、バァンへと畳みかける。

すさまじい速度で放たれる無数の斬撃が、バァンへと襲い掛かった。

 

 それをバァンは即座に対応し、両手の手刀に闘気を込めて、防ぎきって見せたのだ。

 

 

「やるね……!」

 

「これしきの事で、我が命を獲れる思うなっ!」

 

 

 覇王はバァンのその防御に、素直に賞賛の意を見せた。

なんというとんでもない動きだろうか。今の連続した斬撃を、全て手刀で返された。

やはりこの男は強敵だと言うことを、改めて知らしめされたのだ。

 

 そのバァンも、今の覇王の多重攻撃に、冷や汗をかかされていた。

されど、この程度では倒されんと、強気の姿勢を見せるのだった。

 

 

「なら、S.O.F《スピリット・オブ・ファイア》、焼き滅ぼせ」

 

「ぬう!!」

 

 

 そこへすかさず覇王は、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)へと命令を下す。

しかし、大振りなS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の腕では、俊敏なバァンを捉えることはできない。

 

 

「”カラミティエンド”!!」

 

「そう来ると思っていたよ」

 

「……なっ!?」

 

 

 逆にバァンはS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の腕を、手刀で切り裂く。

O.S(オーバーソウル)の破壊は術者に返り、巫力をそぎ落とすからだ。

 

 それを覇王は読んでいた。そういう行動をするだろうと。

その読み通りに動いたバァンの足元へと、覇王は一つの魔法を放った。

 

 

「これは……こおる大地!?」

 

「お前だけが”()()()()()()()”を使える訳じゃないって訳だ。まあ、僕は氷系の魔法は得意ではないんだけどね」

 

「魔法までも操れるとは……!!」

 

 

 それは大地を凍結させる魔法、”こおる大地”だった。

覇王の魔法により足元と、二つの足を氷に閉じ込められたバァンは、驚きと焦りの表情を見せた。

まさか相手も自分と同じく、”この世界の魔法”を使用するとは思っていなかった。いや、考えるべきだったと、後悔していた。

 

 覇王はそんなバァンに、氷系は得意じゃないと言うではないか。

バァンはこれほどの魔法を操れて、どこが不得意か、と毒づきそうになった。

 

 何せ、覇王の戦闘スタイルは、基本O.S(オーバーソウル)での接近戦。

それをなくした後もずっと接近戦ばかりだった。故に、こういう遠距離での魔法攻撃ができるとは微塵にも思っていなかったのだ。

 

 されど、覇王本人は自分の戦闘スタイルを、シャーマンと言う基本術者系だと思っているのだが。

 

 

「そして……」

 

「!? まさか……!!?」

 

 

 また、覇王はただバァンの足を凍らせた訳ではない。

それは次の攻撃の布石として放ったものだ。そう、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 バァンもそれを察し、このままではマズイと思考し、凍った足を何とかしようと力を入れた。

が、完全に凍結した状態では、抜け出すことは不可能だった。

 

 

「ならば! ”メラ”!」

 

「そうはいかないよ!」

 

 

 力でだめなら魔法を。バァンの判断は素早かった。

即座に指から小さな炎(メラ)を足元へ落とし、凍った足を溶かそうと考えた。

 

 しかし、それを簡単に許すような覇王ではない。

メラが足元に落ちる前に、瞬動にてバァンの目の前へと移動し、その技の構えを取ったのだ。

 

 

「秘剣……”燕返し”……!!」

 

「ぬう!! ”カラミティウォール”!!」

 

 

 そして、その奥義は、覇王の宣言とともに放たれた。

メラが未だ足元近くにあり、完全に間に合わないと判断したバァンは、妨害の為にカラミティウォールを放つ。

それにより覇王は三つの斬撃を放った直後に、闘気の壁に阻まれ吹き飛ばされた。

また、三つの斬撃はバァンに届くことなく、夜の風のように消え去ってしまった。

 

 

「甘いね」

 

「っ!!」

 

 

 だが、それは覇王の影分身だった。

バァンがカラミティウォール放ち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、真上から声が聞こえてきたのだ。

バァンは驚愕した。戦慄した。そして、やはり認識が甘かったことを、その身で味わうことになった。

 

 

「秘剣……”燕返し”……!!」

 

 

 無情にも、その奥義は再び、覇王の声とともに放たれた。

今度こそ確実に、バァンへと命中するように。バァンの体へと吸い込まれるかのように、三つの斬撃は嵐のように駆け抜けた。

 

 

「ガフッ……!」

 

 

 その三つの斬撃は、隙をつかれたバァンの肉体を、一秒の時間の狂いもなく切り刻んだ。

その瞬間、鮮血が舞う。

 

 なんということだ。スペックを見れば怪物じみた覇王は、最初は単なるごり押しみたいな戦闘方法をしていたではないか。

それが、今はどうだ。自分を確実に倒すために、あの手この手で攻めてきた。

 

 バァンにとって、強者(てんせいしゃ)は策など用いず、自分の力を過信して戦うものだと思っていた。

自分もそれは当てはまるものだった。それなのに目の前の覇王は、その実力に過信することなく、策を講じてきた。

気が遠くなるほどの時間を修行で費やし強者となったバァンではあったが、これほどの強者が策を練って戦ってくるなど理解しがたいことだった。

 

 

「おっ、おっさん!? 何やってやがんだ!!?」

 

 

 バァンが致命的なダメージを受けたのを見ていた陽は、焦った様子で叫んでいた。

なんであんなものがかわせないのだ。なんとかしろ。そう言いたげな顔だった。

 

 とは言うものの、陽は覇王がO.S(オーバーソウル)なしであれほど強いと言うのを初めて知り、かなりビビっているのだが。

 

 

「さらに、S.O.F(スピリットオブファイア)……!」

 

「ぐうううおおおおおぉぉぉッ!!!!??」

 

 

 そのバァンが三つの斬撃を体に直撃して何秒も立たぬうちに、覇王はさらに追撃を行う。

S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を瞬間的にバァンの頭上へとO.S(オーバーソウル)し、その巨大な腕をバァンへとたたきつけたのだ。

 

 瞬間、バァンは灼熱の業火に焼かれながら、巨大な腕から与えられる強烈なプレッシャーを受け、大きく悲鳴を上げだした。

いや、魂すらも焼き尽くすS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の炎を食らっているのだから、当然だ。

 

 

「なっ! めっ! るっ! なっ!!」

 

「っ!?」

 

 

 だが、なんということだろうか。

バァンは両腕でS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)の手をつかみ、全身を使って持ち上げたではないか。

全身を渾身の闘気で防御しているにも関わらず、体が炎で焼かれていると言うのにだ。

それでも、つかんだ両手はそれ以上の闘気で覆い、ダメージを最小限に食いとどめていた。

 

 バァンには敗北はありえない、屈しないと言う強い気持ちがあった。

故に、バァンはその手を持ち上げ、執念と信念を口から吐き出すかのように叫んだ。

 

 流石の覇王もその光景を見て、ありえないと言う様子で驚いていた。

当然だ。S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)に押しつぶされ、燃やされているのにも関わらず、あのような行動ができるはずがないからだ。

それほどの根性と忍耐、強靭な精神があのバァンに存在したことを、覇王はここで噛み締めることになったのだ。

 

 

「”カラミティウォール”!!!」

 

 

 そして、バァンは両手から強烈な闘気の渦を放出し、S.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を蹴散らした。

 

 

「そして”カラミティエンド”!!」

 

「――!」

 

 

 さらに、そのまま覇王へと瞬間的に接近し、闘気を込めた手刀を放つ。

呆然としていた覇王であったが、瞬時にそれに対応、後ろへ下がって回避した。

 

 

「まだまだ行くぞ! ”カイザーフェニックス”!!」

 

「ううぅ!?」

 

 

 しかし、バァンはそこへ即座に、あの魔法を覇王へと撃ちだす。

それこそ大魔王バーンが誇る代名詞の一つ、カイザーフェニックスだった。

 

 膨大な魔力がメラゾーマを不死鳥の姿へと変えて放つ、最大の呪文。

今の覇王は黒雛による防御がないが故に、この魔法が有効だった。

 

 覇王は集中して全身を気で覆い、カイザーフェニックスを必死に耐える。

されど、そのダメージはかなり大きく、焼かれながらも巫力を用いて回復を図るほどだった。

 

 

「オオオォォォッ!!」

 

「ぐっ!! イオラの嵐か!!?」

 

 

 さらに、バァンは攻撃を激しくさせる。

今度はとてつもない爆発の嵐が覇王を襲った。

 

 それこそ、イオナズンに匹敵するほどのイオラの嵐。

バァンは両手から、マシンガンのごとくイオラを放ち続ける。

 

 爆発、爆発、また爆発。

覇王は爆風にさらされながら、必死で耐えるの精いっぱいだ。

しかも、このイオラの嵐は覇王の影分身を全て吹き飛ばすほどだった。

 

 だが、覇王はバァンを、まるで鷹の目のように光らせながら、常に見ていた。

チャンスはある。いずれ来るチャンスを、覇王は伺っていたのだ。

 

 

「よいものを見せてやるぞ! ”フィンガーフレアフェニックス”!!」

 

「5つ同時にカイザーフェニックスを!?」

 

 

 そんな覇王だったが、次の瞬間ゾッとするような光景を見ることになる。

なんと、バァンはカイザーフェニックスを()()()()()()()()()()繰り出したのだ。

 

 それこそ氷炎魔団団長のこと”フレイザード”が用いた呪文、フィンガーフレアボムズの応用であった。

フィンガーフレアボムズは五本の指からメラゾーマを発射する呪文。

それを大魔王の魔力で放てば、全てがカイザーフェニックスへと変貌するというものだった。

 

 ただ、フィンガーフレアボムズは生命ではない、禁呪から生まれたフレイザードだからこそ使える魔法。

魔族であるバァンが使用するのであれば、寿命を削ってしまう可能性がある。

 

 また、バァンは本来のバーンと同じく、カイザーフェニックスを”ためなし”で放つことができる。つまり連射が可能なのだ。

それでもこのようなリスクを負ってまで、この魔法を放ったと言うのは、もはや勝つために手段は択ばないと言うバァンの決意の証だった。

 

 これには覇王も大きく焦った。

先ほどのカイザーフェニックスの一撃でさえ、とんでもない威力だったのだ。

全て食らえば塵すら残るかわからないほどだ。

 

 さらに、五つのカイザーフェニックスが融合して一つとなりて、超巨大な不死鳥となって襲い掛かってきたのだ。

覇王はこれはまずいとばかりにS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)を盾にすることで、なんとか防御。

 

 とは言え、バァンの攻撃はこれにとどまることはない。次の瞬間、覇王に鋭い一撃が突き刺さったのだ。

 

 

「今だッ! ”カラミティエンド”……!」

 

「ガア……ッ」

 

 

 ――――その瞬間、真っ赤に染まった手が、覇王の背中から突き出した。

おびただしいほどの紅色の液体が、覇王の体の貫かれた部分から噴出する。

さらに、うめき声とともに口から血を吐き出し、あの覇王が苦痛にあえぐ表情を見せていた。

 

 バァンは一つとなった巨大なカイザーフェニックスの影に隠れ覇王へと突撃。

覇王が防御に使っていたS.O.F(スピリット・オブ・ファイア)をカイザーフェニックスが命中した時に発生した爆炎ごと、闘気を集中させた左手の手刀にて、上下に分断。

 

 そこからさらに炎で周囲がくらんだのを利用すると、闘気を最大限に集中させた右手の手刀を抜き手にし、覇王へと突き出して串刺しにして見せたのである。

覇王もそれを回避することができず直撃。その結果、バァンの腕が覇王の体へと、食い込ませることになってしまったのだ。

 

 

「ィヤッタアァァァ――――!!! クソ兄貴の胸を貫いたアァァァ――――ッ!!」

 

 

 その光景を見た陽は、歓喜極まるほどの声をあげながら、踊るほどに喜んだ。

やった、よくやった! あの兄貴が体を貫かれた。よく貫いた。このままやってしまえ。それを体全体で表現して見せていた。

転生者ではあるものの、血のつながった兄弟であるのに、その言い草と態度はひどいものだろう。

 

 

「――――やるね……!」

 

「何!?」

 

 

 ――――ああ、だがしかし。

この程度で覇王がくたばる訳がない。この程度で覇王が屈する訳がない。敗北するはずがない。

 

 貫かれたと言うのに、血で染まった口の先端を上に歪ませ、覇王は何事もないように賞賛する。

今の攻撃は素晴らしいものだった。この自分が対応できなかったほどに。自分の体を貫かれるほどに。

これほどの傷を負ったのは()()()()()()()()。本当に強い、そう心の奥底から言葉にしていた。

 

 馬鹿な。確実に急所を貫いたはずだ。

バァンは仰天するほどに驚愕し、目を見開いて覇王の顔を見た。

何故笑っている? 何故余裕がある? 魔族として生まれたバァンが、まるで化け物を見るような目で覇王を眺めていた。

 

 

「リョウメンスクナ……O.S(オーバーソウル)

 

「これは……ぐおおっ!?」

 

 

 覇王はバァンの腕から体を引き抜くと、即座に巫力での回復を図った。

さらに、自分の背後に紙の人形を一つ飛ばし、その場にリョウメンスクナを巨人の姿でO.S(オーバーソウル)したのだ。

 

 バァンがハッとした時には、すでに遅かった。

今しがたの覇王の化け物ぶりに戦慄し、たじろいでいたバァンは、覇王がO.S(オーバーソウル)したリョウメンスクナの出現に気が付くのが一瞬遅れた。

その一瞬、本当にたった一瞬だったのだが、その一瞬のうちにリョウメンスクナの四つの腕が、バァンの四肢を力強くつかんだのだ。

 

 

「さらに、影分身!」

 

 

 そこへ覇王は、再び高密度の6体の影分身を作り出す。

そのうちの2体が、あの構えを取り始めたのだ。

 

 

「まっ……まさか!?」

 

「そのまさかだ」

 

 

 必死に抜け出そうともがくバァンだったが、その2体の影分身の構えを見て青ざめる。

その口からは焦りとともに言葉が漏れれば、覇王は肯定の意思を見せてにやりと笑った。

 

 

「秘剣……”燕返し”!」

 

「グオオアアアアッ!!!」

 

 

 その2体は立て続けに、動けぬバァンへとその奥義を解き放つ。

同時に3発ずつの、合計6発もの斬撃が、バァンの体を切り刻む。

 

 その苦痛に声を荒げるバァン。

叫び声とともに、血しぶきが夜空へと舞った。

 

 

「なっ! なっ! 何やってんだこのクソ雑魚!!!!!」

 

 

 先ほどまでの優勢はどうした、威勢はどこへ行った。

今のバァンの惨状を見た陽は、怒りと焦りに彩られた罵倒を、苦しむバァンへと叩き送る。

 

 何せ、バァンが負けてしまえば、今度はこっちに覇王が向かってくるからだ。

故に、煽るしかなかった。いや、陽の実力では煽ることしかできないが正しかった。

 

 

「これで終わりじゃないよ」

 

「影分身が……!? うおおおおお!!!??」

 

 

 だが、覇王の攻撃は終わらない。

この程度では魔族の再生力によって、簡単に復活することを見込んだ覇王は、さらなる攻撃で王手を討つ。

 

 なんと、先ほど作りだした6体の覇王の影分身が、動けぬバァンへと突撃してきた。

それも、刀を前へと突き出し、バァンを串刺しにするためにだ。

 

 バァンは未だリョウメンスクナにつかまれて動けない。

そこへ覇王の6体の分身が、バァンの体へと6本の刀を突きさし、金縛りにして見せたのだ。

 

 

「そして、”鬼火”」

 

「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!」

 

 

 6体の影分身に串刺しとなったバァンは、もはや動けぬ状態となっていた。

と、そこで急にリョウメンスクナが消失すれば、すでに本体の覇王は再び黒雛をO.S(オーバーソウル)し、少し離れた位置で宙に浮いているではないか。

 

 それこそ、あの最大の大技が来る前兆。

そして、まさにギロチンを落とす死刑執行人のように、覇王はその技の名を、小さく言葉にした。

 

 ――――覇王の肩へと背中の二本の蝋燭が下がった。

すると、夜だと言うのにまるで周囲が昼間のように明るくなった。

その光源の正体こそ、まさに太陽のような極光の大火球。覇王の最大の必殺技である、”鬼火”だ。

 

 鬼火は発生した直後、即座にバァンへと向けられ放たれた。

バァンは6体の影分身に串刺しにされて動けない。

その鬼火(たいよう)を目の前に敗北を悟ったバァンは、喉がつぶれるほどの叫びを上げながら、炎に焼かれ光に飲み込まれていったのだった。

 

 

「グッ……ハァ……ハァ……、こ、これほどとは……」

 

「呆れたよ。今の攻撃でもまだ立っていられるなんてね」

 

「……余にも魔族としての意地があるのでな……」

 

 

 鬼火が消え、光が晴れると、そこには未だに立ち尽くすバァンの姿があった。

全身は焼かれて動けるはずがないと思う程の状態だと言うのに、ふらつきながらも二本の足でしっかり地面を踏みしめていた。

 

 バァンが鬼火で消滅しなかったのは、全身全霊をかけて闘気で防御したからだ。

でなければ、流石のバァンとて燃え尽きていただろう。

 

 燃え尽きず、しかも倒れぬバァンを見た覇王は、バァンの底知れぬ根性に呆れていた。

自分の鬼火の直撃を受けてなお倒れなかったのは、あの竜の騎士を含めて二番目だ。

 

 とは言っても、バァンも気力を振り絞って、やっとのこさ立っていると言う状態だった。

それでも倒れないのは、意地があるからだ。

自分は魔族の、あの”大魔王バーン”の肉体を得たのだ。

これしきの事で倒れるなど、許されないと言う信念があったからだ。

 

 

「だが……流石にもう動けぬ……。大魔王の肉体とてここまで痛めつけられれば、立っていられるのも奇跡と言うものよ……」

 

 

 されども、もはやバァンは戦闘など不可能だと断じた。つまり、それは自ら負けを認めたと言うことだ。

何せ数回の燕返しと鬼火を食らったのだ。普通ならば死んでいてもおかしくはないだろう。

強靭なる大魔王の肉体でなければ、すでに塵すら残っていないはずだ。

 

 また、”大魔王バーン”は並ならぬ再生能力を持っていた。それこそ腕が切り落とされても即座に再生する程のものだ。

 

 その肉体を得たバァンも同じく、その能力を持っている。だと言うのに、このボロボロとなった状態から再生されないのは、やはり闘気を振り絞り、使い切ったからだろう。それ以外にも、覇王から受けたダメージが、予想以上に大きすぎたと言うのもあったのだった。

 

 

「……で、どうするんだい?」

 

「知れたこと……。余はもはや戦闘不能……、潔くとどめを刺せばよかろう」

 

 

 バァンが敗北を認めた。ならば、次はどうするのかを、覇王は静かに尋ねる。

その問いにバァンは、ふっと小さく笑いながら、殺せばいいと言葉にした。

敵に情けなどいらぬだろう。この場で消してしまった方が、身の為であると。

 

 

「別にお前が”特典”で暴れてないんなら、とどめを刺す気はないんだけどね」

 

「だが余は魔族だぞ? お前と敵対したのだぞ?」

 

「関係ないさ。危険な奴かそうでないかが、僕の判断基準だからね」

 

「……そうか」

 

 

 覇王は別にバァンを殺す気などまったくなかった。

先ほどの戦い程度でしか見知ってはいないが、自分勝手に暴れるような奴ではないと判断したのだ。

 

 しかし、そうでなくとも自分は人間ではなく魔族だと、バァンは言い出した。

邪悪な存在である魔族ならば、消す必要はあるのではないか、と。

 

 が、それでも覇王はNOと言う。

魔族だろうがなんだろうが、危険でなければ殺す必要はないと。

 

 ――――いや、覇王はなんであれ、殺すと言う行為を嫌悪している。

わざわざ特典を引き抜いて蘇生させるほどには、殺して終わるのを嫌っているのだ。

 

 バァンは覇王の言葉を聞いて納得したのか、小さく笑い目をつむった。

 

 

「なっ! 何言ってやがんだこのクソ野郎!! 戦えよ!! 戦えってんだよ!!! クソ兄貴を倒すんじゃなかったのかよ!! 戦え!!! 戦え!!!!」

 

 

 そこに水を差すかのように陽は、かなりの怒りを見せながら、八つ当たりするように何度もバァンを罵倒する。

この陽、今の鬼火を必死で逃げて何とかしたようだが、やはり余波によりそこそこのダメージを受けた様子だった。

 

 そして、戻ってきたらバァンが何やら満足して負けを認めているではないか。

覇王を倒すと豪語した癖にと怒り、陽は明らかに戦闘不能なバァンへと、醜く何度も戦えと要求するのだった。

 

 

「おい」

 

「うっ!!? な……、なんだよクソ兄貴……」

 

 

 その暴言と自分勝手さに、流石の覇王も呆れを通り越してイラつき、無表情で殺意を向けて陽へ声をかける。

覇王のその圧倒的な重圧に怯みビビりあがる陽ではあるが、何も言い返せないのは負けたと感じて腹が立つので、その呼びかけに応じたようだ。

 

 

「僕を倒すんだろ? だったら自分の手足を動かしてみせなよ」

 

「そいつが! そいつがテメェを倒すって言ったんだよ!! なのにこの体たらくなんだよ!!!」

 

 

 覇王は陽へと、挑発するかのようにそれを言った。

自分を倒したいのであれば、自らの手で戦いを挑んで来いと。

 

 しかし、それでも陽は自分から戦うと言う選択はない。

バァンが覇王を倒すと豪語したからそれを信じた。なのに、ふたを開けてみればこの結果だ。

なんと情けないんだ。弱いんだ。陽はそうやって地団駄を踏んで、バァンを馬鹿にするだけであった。

 

 

「……ちっちぇえな」

 

「あっ……うぅ……クソおぉお!!!!」

 

 

 そんなクズ極まりない陽の態度に、覇王の怒りは散ってしまった。

はぁ、と小さくため息をついた後、お決まりの台詞を一言こぼすほどに。

 

 それを聞いた陽は、見下されていると感じて逆上し始めたではないか。

なんという小物。ただ、その怒りで覇王へと襲い掛かる程度には、まだ蛮勇さは残っているらしい。

 

 

「……」

 

「ぐえぇぇ!!?」

 

 

 ああ、それでも覇王の足元どころか、小指一本にも及ぶわけもない。

覇王は即座に陽の懐へと入り込み、そのどてっぱらに拳をねじ込む。

 

 陽は汚い悲鳴を上げると、体をくの字にして腹を抑えながら、後ろへずりずりと下がっていった。

 

 

「ちっちぇえな。お前相手なんかにはO.S(オーバーソウル)すら不要だよ」

 

「ちっ……、チクショウ!!! チクショウ!!!」

 

 

 弱い、クソ弱い。雑魚以下だ。

覇王は昔陽に、修行しないと本来の力は発揮できないと助言したことを思い出し、再びため息をついた。

陽の実力程度では、覇王が特に武装や能力を使う必要すらない。

悲しいかな、覇王と陽の差は、月とすっぽんどころではないのだ。

 

 それを悔しそうに嘆く陽ではあるが、完全に身から出た錆。

修行を怠って今の実力に妥協していたのが悪いのだ。

 

 

「全部テメェのせいだぞクソ魔族!!! この雑魚!! 屑!!」

 

「……」

 

「どっちもお前だろ? 少し黙ってろ」

 

「アグォ……」

 

 

 すると、陽はあろうことか、責任転嫁としてバァンを再び煽りだしたのだ。

こうなったのも全部バァンが覇王に勝てなかったからだ。自分が悪い訳ではないと。

 

 これにはバァンも呆れた顔を見せ、無言で憐みの視線を送るだけだった。

 

 覇王はと言うと、もう陽の言葉など聞きたくないと言ううんざりした様子だった。

そして覇王は、陽の背後へと瞬時に移動し、後頭部を強打して黙らせたのだった。

 

 

「そういえば、お前はこの戦いに興味がないと言ったね。だったら、教えてくれないかな? 今のあれの状況について」

 

「……多くは語れんぞ」

 

「別にいいさ。目的だけでも知っておきたいんだ」

 

「……」

 

 

 陽が気絶しうるさいのがいなくなった。

覇王はようやく落ち着きながら、バァンへとこの状況を質問する。

 

 と言うのも、先ほどから徐々にではあるが、この場から離れた空が光り輝き始めていたのだ。

いや、まるで光を集めていると言った方が正しいような、何かとてつもないことが起こっている状況だった。

 

 それを覇王が指をさしてバァンに聞けば、知っていることは少ないと言うではないか。

何せバァンも特にアーチャーや黄金の男から、指示や作戦を聞いたりした訳ではない。

バァンは”古の友人”から協力を受けたからこそ、ここにいるだけだからだ。

 

 それでも覇王は一つでも多くの情報が欲しいので、この光が何のためにあるのかだけでも聞き出そうとしていた。

実際覇王は今後の状況を”原作知識”で知っている。多少記憶から抜け落ちているが、事の顛末を理解している。

 

 ただ、この世界には転生者がおり、彼らが何をするかわからない。

あのアーチャーとか言うやつが、どんな目的を持って行動していたのかを知りたいのだ。

 

 バァンはそれを聞かれた後”古き友人”への義理はある程度果たしたと考え数秒間黙ると、少しだけ情報を覇王へと話すのだった。

 

 



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百六十六話 竜の騎士VS吸血鬼

 一方そのころ、総督府から少し離れた浮遊する岩礁地帯にて、激しい攻防が繰り広げられていた。

それこそエヴァンジェリン&トリスとバロンの対決だ。

 

 

「ほら、どうしたのかしら?」

 

「ぬうぅ……」

 

 

 トリスは笑いながら、その鋭い足にて鋭利な蹴りを、何度もバロンへと差し向けた。

その速度たるや、無数に足があるかのように見えるほどのものだった。

 

 流石のバロンも剣で防御をしながら、ゆっくりと後退するほどだ。

 

 

「こちらも忘れてもらっては困るぞ!」

 

「っ!」

 

 

 されど、相手にしているのはトリスだけではない。

当然その隙を見たエヴァンジェリンも、即座に鋭い爪で襲い掛かってきたのだ。

 

 バロンもこれにはたまらず、バックステップで距離を取った。

が、その表情には未だ余裕があり、鋭い眼光を二人へと向けていたのだ。

 

 

「……流石に強いな」

 

「当たり前ではなくて?」

 

「舐められたものだな」

 

 

 と、バロンはそこで、二人へ賞賛の言葉をつぶやいた。

いやはや、すさまじい実力だ。この肉体をもってしても、そうそうに倒せない相手とは。

 

 いや、片方は同じく神の恩恵にあずかったものだ。

もう一人は吸血鬼の怪物だ。当然と言えば当然か、と一瞬だけバロンは思いに更けた。

 

 

 そのバロンの言葉に、トリスはピクリと反応し、”強い”、と言われれば当然と答えた。

同じく神から特典(ちから)を貰ったのだから、それは当たり前のことであると。

 

 また、エヴァンジェリンはそのような言葉が吐ける余裕に、腹立たしいと感じていた。

今の状況、明らかにこちらが追い込んでいると言うのに、未だ下に見られているような態度なのだから当然だ。

 

 

「――――ならば、ここからが本番だ」

 

 

 だが、下に見るのは未だ本気ではなかったからだ。

そう一言バロンが言えば、額の紋章が美しい青色に光り輝いた。

さらに、全身から青色のオーラが噴出し、とてつもないプレッシャーを放ちだしたのだ。

 

 

「……なんと言う……、すさまじい気だ……」

 

「……やれやれね。まだ本気で踊っていなかった訳?」

 

 

 エヴァンジェリンはその光景に、おぞましさを感じて冷や汗を頬に流していた。

なんという爆発的な気であろうか。あれが”人間”の出せるものなのだろうか、と。

 

 トリスは冷静な表情を見せながらも、内心は危険だと警告を鳴らしていた。

トリスは知っているからだ。あれは神々が作り出した怪物の力を貰った存在だと言うことを。

人の形をしたナニカだと言うことを。

 

 

「ヌウオオオオオォォッ!!」

 

「速い!!?」

 

 

 突如、獣のような大きな叫び声が上がった。

それはバロンの発した怒号だった。その瞬間、数十メートルは離れていたはずのエヴァンジェリンへとすでに肉薄していたのだ。

 

 これにはエヴァンジェリンも驚いた。

あの距離から一瞬にして移動してくる速度を考えればとてつもないものだからだ。

さらに、あの動きには瞬動などの技術的なものが一切なかった。

己の肉体のみでこれほどの速度が出せるというのは、恐怖でしかなかったのだ。

 

 

「ぐうっ!」

 

「このまま押しつぶしてくれる!」

 

 

 そのまま勢いを使って、剣を横なぎに振るうバロン。

強烈な斬撃がエヴァンジェリンを襲うも、何とか魔法障壁にて防御。

されど、竜の騎士のすさまじい膂力は障壁などもろともせず、ねじ伏せられかけていた。

 

 

「そうは……! キャッ!?」

 

「邪魔はさせんぞ」

 

 

 見かねたトリスは咄嗟に動こうとしたその時、蒼い一閃が襲い掛かった。

寸前で直撃こそ回避したものの、左腕をかすめたのか赤い血がにじみ出ていた。

 

 それこそバロンの額から放たれた紋章閃。

バロンは首と殺意をトリスへと向け、邪魔されぬように打ち込んできたのだ。

 

 

「調子に……乗るなアァッ!」

 

「ぐ!」

 

 

 が、よそ見をしているバロンへと、エヴァンジェリンは啖呵を切って押し返し始めた。

障壁を二重にし、バロンの剣をはじき返したのだ。

 

 

「逆に押し通してくれる!」

 

「甘いわ!」

 

 

 エヴァンジェリンは流れを変えるベく、さらなる追撃を開始する。

このまま一気に叩き潰そうと言う算段だ。

 

 とは言え、バロンもこの程度で自分の優位が変わることはないことを知っている。

再び剣を構えなおし、エヴァンジェリンへと再び攻撃を開始するのだ。

 

 

「それはこっちの台詞よ!」

 

「それはどうかな?」

 

「避けない!?」

 

 

 そこへ隙を見たトリスが、鋭い足を向けて超特急で突撃してきた。

この一撃が決まれば、逆転できると言う考えだった。

 

 トリスは超高速で鋭い飛び蹴りを放ってきている。

にも拘わらず、バロンはその攻撃を見て、気にする様子すら見せなかった。

 

 トリスは避けないバロンに、逆に驚きの顔を見せていた。

 

 

「なっ!? 嘘!? 刺さらない……!?」

 

「今の私は竜闘気(ドラゴニックオーラ)を最大出力で放出している。その程度では傷一つつかんぞ!」

 

「なんですって!?」

 

 

 そして、トリスはバロンが何故避けなかったのかを、驚愕とともに理解することになった。

 

 今のトリスの攻撃は、最大の力で放ったものだ。

確実に相手を仕留める気で放った、最高の一撃だ。

だと言うのに、なんとバロンの体に鋭い足が、まったくもって刺さっていないのだ。

 

 それもそのはず、バロンは竜闘気(ドラゴニックオーラ)にて最大限の防御を行ってる。

つまり、並大抵の攻撃ではダメージにならないと言うことだ。

 

 いや、トリスの攻撃は並大抵以上の攻撃だった。

それでも竜闘気(ドラゴニックオーラ)を貫けないのは、バロンが気を一点に集中して防御したからでもあったのだ。

 

 トリスはこの事実に、衝撃を受けざるを得なかった。

自分の攻撃がダメージにならない。これほどショックなことはなかったのである。

 

 

「ふうん!!」

 

「キャアアッ!?」

 

 

 すると、体に()()()()()()トリスの足をバロンがつかむと、怒号とともにトリスの体を振り回し始めた。

とてつもない力で回転しだしたバロンに、トリスは何もできずにされるがまま、悲鳴を上げて重力と遠心力を感じるしかなかったのだ。

 

 

「トラァッ!」

 

「ぐうっ!?」

 

 

 そしてバロンは、その勢いでトリスをエヴァンジェリンへと、返すかのように投げ捨てた。

トリスはそのままエヴァンジェリンへとぶつかり、エヴァンジェリンも勢いを殺しきれず吹き飛ばされたのである。

 

 

「貴様!」

 

「次はお前の番だ、吸血鬼!」

 

 

 だが、エヴァンジェリンは即座に態勢を立て直し、叫びながら再びバロンへと突撃していった。

それを見たバロンも標的をエヴァンジェリンへと定めれば、再び額の紋章が青白く輝いた。

 

 

「先ほどあいつに使った攻撃か!」

 

「流石に一度見られては、不意打ちにはならんか」

 

 

 それこそ、先ほどトリスへと使った紋章閃だ。

しかし、エヴァンジェリンはそれを見ていたが故に、咄嗟に回避して見せた。

バロンも二度目となれば当たらないと感心しつつも、今度は剣を天空に高く掲げたのである。

 

 

「だが、これならどうだっ!」

 

「来るか!」

 

 

 すると、剣へと目掛け、爆発的な雷が空を割るようにして落ちてきた。

これこそ、竜の騎士最大の奥義の一つ。必殺の剣、ギガブレイクの予備動作だ。

 

 それを見たエヴァンジェリンも、障壁を複数張って身構えた。

あの攻撃は一度食らったが故に、とてつもない威力だと言うことを身をもって知っているからだ。

 

 

「”ギガブレイク”!!」

 

「ちぃぃ!」

 

 

 バロンは必殺の名を叫べば、すでにエヴァンジェリンの懐まで入り込んでいるではないか。

その瞬間、ギガデインを帯びた剣がエヴァンジェリンへと叩き落ちた。

 

 が、エヴァンジェリンとてすでに用意した障壁で防御。

障壁とギガブレイクとの衝突で、すさまじい余波が発生。

防御された雷が周囲へ飛び散り、エヴァンジェリンが闇の魔法を使用した時に発生した氷床を粉砕し始めたのだ。

 

 

「障壁で防御したか!」

 

「その程度では……!」

 

 

 剣を障壁に押し付けつつ、バロンは防御したことを賞賛するかのように語りかけた。

エヴァンジェリンも一度受けた攻撃の威力を分析したので、この一撃ならば耐えれると考えていた。

されど、その考えは甘いものであったことを、この後身をもって体感し、後悔することになる。

 

 

「ふ……、その言葉、そっくり返そうかっ! ”ギガブレイク”ッ!!」

 

「ううあ!?!」

 

 

 強気のエヴァンジェリンへと、バロンは言葉を一言返すと、次の瞬間、恐ろしい光景が繰り広げられたのだ。

なんと、バロンが再び剣を天へと掲げれば、膨大な雷が再度、剣へと落ちてきたではないか。

そして、もう一度バロンは、その必殺の名を叫び、剣を振り下ろしたのだ。

 

 その衝撃と破壊力は絶大だ。

エヴァンジェリンが対ギガブレイク用に使用した障壁を、たやすく切り裂いたのである。

さらに、その暴竜のごとき破壊の一撃が、エヴァンジェリンの華奢な体へと突き刺さったのだ。

 

 これにはエヴァンジェリンも、たまらずかわいらしい声の悲鳴を上げ、衝撃で吹き飛ばされた。

 

 

「これで終わらんぞ! ”ギガブレイク”ッ!!!」

 

「ぐうああっ!!?」

 

 

 だが、バロンはこの一撃で終わらせる気はない。

目の前の敵が蒸発し、塵になるまで、この技をたたきつける気だった。

 

 再び最強の必殺技が解き放たれ、もはや無防備に吹き飛ばされるエヴァンジェリンへと、無慈悲に叩き落される。

エヴァンジェリンはギガブレイクにて、なすすべもなく身を引き裂かれ、雷で焼かれ、苦悶の声を叫ぶだけ。

 

 

「”ギガブレイク”ッッ!!!」

 

「ぐああああっ!!!!」

 

 

 ギガブレイクに直撃したエヴァンジェリンは、氷の床へと叩きつけられた。

きらきらと砕け散った氷が舞いあがる中、エヴァンジェリンが見た光景は、再びバロンの剣へと雷が落下していく様子だった。

 

 そこへバロンは容赦なく四度目のギガブレイクを解き放つ。

エヴァンジェリンとて避けることはかなわず、三度目のギガブレイクを受けてしまったのだ。

 

 すさまじい衝撃と雷鳴。雷が暴れる竜のように周囲を焼き、粉砕していく。

凍った岩礁もすでに氷が砕け溶け、岩肌をさらしている状態になるほどだった。

 

 ――――本来ならば一撃で相手が仕留められると言うほどの威力の技を、三度も命中させてきた。

かの獣王すらも一撃で瀕死になったこの技を、三度も連続で食らったのだ。

真祖の吸血鬼たるエヴァンジェリンでさえも、消滅せずに絶叫できるだけで褒められたものである。

 

 ただ、この状況はもはや、大人が子供をいじめているような状態だった。

これほどまでに、竜の騎士の力は絶大だったと言うことを、エヴァンジェリンは改めてわからされたのだった。

 

 

「この……好き放題してくれちゃってっ!」

 

 

 しかし、この戦いはタイマンではない。

エヴァンジェリンには従者として、トリスと言う仲間がいた。

トリスは投げ飛ばされて態勢を整えるのに時間を食ってしまったが、ここでようやく復活したようだ。

 

 そこで現状を見かねたトリスは、すかさず高速で蹴りを放った。

 

 

「”ギガデイン”!!」

 

「こんなもの……!」

 

 

 エヴァンジェリンを相手にしていたバロンだが、そこに付け入るほど隙はない。

即座に迫りくるトリスへと、雷の呪文であるギガデインを放ったのだ。

 

 とは言え、トリスとて戦闘力は上位の存在だ。

その程度ならば、たやすく回避して見せたのである。

 

 

「さっきのようにはいかないわよ!」

 

「ならばっ!」

 

 

 先ほどはいいようにされたが、次はそうはいかない。

トリスはそう言葉にしながら、バロンへと迫った。

 

 だが、バロンはそんなトリスへと、今度は呪文などではなく、()()()()()()()を投げつけたのだ。

 

 

「っ!? ちょっマスターを!?」

 

「ぐっ!?」

 

「あぁ!?」

 

 

 それこそ、バロンの目の前にいた、ズタボロのエヴァンジェリンだった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

また、超高速で投げつけられたエヴァンジェリンを、トリスは受け止めてしまったのだ。

 

 実際、回避しようと思えば回避できるものだった。

それでも、ごくわずかな時間ではあるが、従者とマスターと言う関係になった心情が、それを拒ませてしまったのだ。

 

 

「”ギガデイン”!!」

 

 

 トリスがちょうどエヴァンジェリンを受け止めた瞬間、バロンは二人へとギガデインを放った。

二人まとめて攻撃できる状況となり、一石二鳥という訳だ。

 

 

「ぐううっ!?」

 

「ああああぁぁ!!?」

 

 

 無防備なエヴァンジェリンを受け止めて、咄嗟な行動ができないトリスは、そのままギガデインの餌食となった。

当然、エヴァンジェリンも一緒に食らい、強烈な雷の衝撃と熱に、両者とも悲鳴を上げるほかなかった。

 

 

「そして……”ギガブレイク”!!」

 

「ぐああっ!?」

 

「ううう!?」

 

 

 しかし、バロンの手はそれだけで休まりはしない。

再び剣へ雷を落とせば、ギガデインを食らって苦しむ二人へと、ギガブレイクを解き放ったのだ。

 

 エヴァンジェリンもトリスも、これにはもはやどうすることもできない。

ギガブレイクの威力と衝撃でうめき声をあげながら、二人は吹き飛ばされて岩礁の岩肌に転がったのであった。

 

 

「所詮はこの程度か……、口ほどにもない」

 

「なんというでたらめな強さだ……」

 

「なんなのよ……」

 

 

 バロンは二人が強者であることを理解していたが、戦ってみればこの結果だ。

この無残な状況に、まるでがっかりするかのような口ぶりで、二人を煽っていた。

 

 そんなエヴァンジェリンであるが、煽られていることなど気にしている余裕などなかった。

岩肌に体を預けながら、目の前の人の形をした怪物が想像以上の存在だったことに、焦りを感じているからだ。

しかも、ダメージが大きすぎて闇の魔法も解けてしまっている状態であり、万策尽きたと言う様子であった。

 

 トリスも岩肌の上で寝かされながら、この怪物はどうやれば倒せるかを考えていた。

だが、考えても倒す方法がまったくもって思い浮かばなかった。

もはやどうしようもない絶望が、初めて彼女を襲っていたのだ。

 

 

「さて、確実にこの場で消えてもらうぞ」

 

「くっ! そうはいかん!」

 

 

 未だに岩肌で倒れこみ動けぬ二人に、バロンは処刑の宣告を言い放ち、再び剣を構えた。

 

 エヴァンジェリンとてこのまま負けるわけにはいかないと考え、何とか再生した肉体を押して、バロンへと突貫。

 

 そして、どんな物質であろうとも切り裂く魔法、断罪の剣ならば通用すると考え、その魔法を纏った右腕をバロンへと薙ぎ払ったのだ。

 

 

「甘いわ!」

 

「なっ!? うっうあぁ……!!」

 

 

 ――――その瞬間、エヴァンジェリンの右腕から真っ赤に染まった液体が、噴水のごとく噴出した。

なんと、バロンはエヴァンジェリンの右腕を、断罪の剣ごと切り落としたのだ。

そのスピードと技量たるや、まさしく達人の技であった。

 

 まさか、こうもあっさりと腕を切り落とされるとは……。

エヴァンジェリンも、こんなあっけなく回避されるとは思ってなかったと言う顔をを見せていた。

 

 本来ならば物質を消滅させるほどの魔法、断罪の剣。

これが命中すれば、いくら竜闘気(ドラゴニックオーラ)で守られていようと、切断ができる可能性があった。

故にか、バロンは何かを察したかのように、その右腕を切断したのだ。

 

 

 それに、エヴァンジェリンは剣の達人ではない。

合気道こそ得意としているが、剣士ではないからだ。

当然、剣の技量はバランの方が上だ。ならば、接近戦こそバランに分があるのは仕方のないことだった。

 

 

 また、バロンはエヴァンジェリンの行動を見て、これほど動けたことに少しだけ驚いた。

何せギガブレイクを三連続で受け、さらにギガデインと再度のギガブレイクを食らったのだ。

生きている方がおかしいのだ。それだけ吸血鬼が、生命力あふれる存在なのだろう。

 

 そんな涼しい顔をして見下ろすバロンを、睨みつけながらも困惑の声を漏らすエヴァンジェリン。

されど、この魔法を避けたと言うことは、すなわち通用すると言う証だ。

 

 が、それがわかったからと言って、この状況を打破できる程、バロンは甘くなかったという訳だ。

 

 

「ふぅん!!」

 

「ぐっ!? ぐっうっ!!?」

 

 

 そう言われたバロンは気にすることなく、華奢なエヴァンジェリンの首根っこを、空いた左手で強く握りしめてたのだ。

 

 

「ふん!」

 

「ぐう!」

 

 

 さらに、バロンはエヴァンジェリンを、そのまま軽々と持ち上げて、勢いよく地面に叩きつけた。

 

 

「おおおっ!!」

 

「ぐううああああっ!?」

 

 

 さらにさらに、今度はエヴァンジェリンを再び持ち上げたと思えば、その場で手を放したではないか。

されど、次の瞬間剣を背中の鞘へと納めると、拳で殴りかかりだしたのだ。

 

 とてつもなく、すさまじい竜闘気(ドラゴニックオーラ)を宿した拳が、吸い込まれるかのようにか細いエヴァンジェリンの体へと突き刺さる。

その衝撃とダメージで、エヴァンジェリンは体をくの字に曲げながら、うめき声を漏らしていた。

 

 

「オオオォォォッ!!」

 

「ぐわああああ――――ッ!?」

 

 

 そして、次の瞬間、バロンはその凶悪な拳をエヴァンジェリンへと連打しだしたのだ。

腕、足、体、顔、その全身をくまなく叩きのめすほどの、圧倒的な拳の物量攻撃。

衝撃波で周囲の岩礁は砕け散り、地面もバリバリと砕き裂け、砕けた破片が舞い上がった。

 

 エヴァンジェリンはその拳の連打を受けるだけで何もできなかった。

いや、何とか障壁で防御はしている。

されど、それもほぼ意味を成しておらず、障壁を砕いて拳が柔肌に届いていたのだ。

 

 

「ドオオリャアァッ!!」

 

「ガアッ!?」

 

 

 怒号のような叫びとともに、バロンの右腕がエヴァンジェリンの体を貫いた。

鮮血が舞い、彼女のその小さな口からも真っ赤な液体が零れ落ちた。

 

 

「くたばるがいい! フウゥゥンッ!!!」

 

「グッ……アアウウゥゥ……!!??」

 

 

 しかし、それで終わりではない。

バロンはそのままエヴァンジェリンの左腕をつかみ、岩肌の地面へと思い切りたたきつけたのだ。

その衝撃で巨大なクレーターが出来上がり、中心ではエヴァンジェリンが大の字になって、激痛の悲鳴を上げて苦しんでいた。

 

 

「ふ、ようやくおとなしくなったか」

 

「く……まだだ……」

 

 

 もはや、もはや動けるのか、と言う程までに打ちのめされたエヴァンジェリンは、まるでまな板の上の鯉のようにおとなしくなっていた。

それを見たバロンも、やっと動けなくなったと思ったようだ。

 

 だが、エヴァンジェリンはまだ動けた。

貫かれた腹部、殴られた箇所、切り飛ばされた右腕を修復し、小鹿のように震える足で、ゆっくりと立ち上がってきたのだ。

 

 

「ああ、まだだ。しかととどめを刺してくれるわ」

 

 

 その光景を見たバロンは、やはり完全に消滅させなければならないと考え、再び剣を取り出した。

 

 

「ふぅぅん!! 最大出力だ!!!」

 

 

 そして、天高く剣を掲げれば、今まで以上の最大級の雷が、雷鳴と共に剣へと落ちてきたのである。

それはバロンの本気であった。今までのギガブレイクでは倒せないと考えたバロンは、最大最高のギガブレイクを見舞う気なのだ。

 

 

「ちょっと!? まずいわ! マスター逃げなさい!!」

 

「……」

 

 

 未だ先ほどの攻撃で動けぬトリスは、この光景を見てヤバイと思った。

あの攻撃を直撃すれば、流石のエヴァンジェリンも死ぬかもしれないと思ったからだ。

故に、逃げろ、とらしくない態度で大きく叫んだ。

 

 だが、肝心のエヴァンジェリン本人は、低姿勢のままたたずみ、バロンを睨みつけているだけであった。

 

 

「”ギガッ! ブレイクッ”!!!!」

 

 

 そして次の瞬間、エヴァンジェリンのいた場所から、爆発的な雷と雷鳴が強烈な光とともに発せられた。

今まで以上に派手な光景であり、それまでのどのギガブレイクよりも破壊力が上であることの証明でもあった。

また、これこそギガブレイクが、完全に決まったと言う証拠でもあったのだ。

 

 

「マッ! マスター!!」

 

 

 エヴァンジェリンがギガブレイクを受けたのを見て、トリスは盛大に叫んでいた。

関わりが薄いはずなのに、これほどまでに叫べるのは、彼女が元は情が厚い性格であるのだろうと感じられるものであった。

 

 

「ようやく蒸発したか」

 

「そんな……嘘よ……」

 

 

 バロンはエヴァンジェリンがいたであろう、粉砕され黒く焦げたクレーターとなった場所を見ながら、ぽつりと一言こぼした。

今の一撃の直撃では、もはや助かるはずもない。ようやく、ようやく完全に息の根を止めることができたはずだと。

 

 そのバロンの絶望の言葉に、トリスはバロンの方を見ながら膝をついてよろめいた。

あの不死身の吸血鬼が死ぬなんて、そんな馬鹿なことがあるはずがない。

そう信じるかのように、現実逃避するかのように、トリスは嘘だと小さくつふやくしかなかった。

 

 

「ああ、嘘だよ」

 

「何?!」

 

 

 しかし、突如としてどこからか、エヴァンジェリンのささやきが聞こえてきた。

その聞こえた声の方向をバロンが振り向いた直後、吹雪のハリケーンが降り注いだのだ。

 

 

「”闇の吹雪”!!」

 

「ぬう!!?」

 

 

 それこそ、エヴァンジェリンが得意とする魔法、闇の吹雪であった。

バロンは驚きのあまり隙ができ、闇の吹雪を回避できず、腕を十字に組んで防ぎ少し後ろへと下がるしかなかった。

 

 

「……どうやって避けた……?」

 

「影の転移魔法だよ。貴様が落ちてくる瞬間に使ったのさ」

 

「なるほど」

 

 

 バロンが驚いたこと、それはギガブレイクに直撃したはずのエヴァンジェリンが元気に生きているからだ。

さらに、生きていたと言うことは、あのギガブレイクをどうにかかわしたということだからだ。

故に、多少戦慄した様子でバロンは、それをエヴァンジェリンへと質問する。

 

 エヴァンジェリンもその問いに、得意な顔で解説した。

そのメカニズムは単純だった。ただたんに、影の転移魔法で転移し、逃げただけだったのだ。

 

 それを聞いたバロンは、納得した様子だった。

されど、次はないと言う様子で、さらにエヴァンジェリンを睨みつけたのであった。

 

 

「だが、数分生き延びたにすぎん! もう一度食らわせるまでだ!」

 

「……こいつ、疲弊と言うものがないのか……?」

 

 

 そして、ならばとバロンはさらに竜闘気(ドラゴニックオーラ)を爆発させた。

今のギガブレイクを回避しようとも、消滅するまで撃ち続けるだけであると。

 

 竜闘気(ドラゴニックオーラ)を青白く輝かせ、噴出させるバロンを見てエヴァンジェリンは、再び嫌な汗をかいていた。

と言うのも、先ほどからずっと、あのギガブレイクと言う大技を連発しているのにも関わらず、まるで疲れを見せないからだ。

 

 普通ならばあれほどの魔力や気を消費しているのだから、多少なりと疲れを見せてもいいはずだ。

なのに、まったく疲れを感じさせぬバロンに、脅威を感じていたのである。

 

 そもそのはず、バロンは特典に大量の魔法力(MP)を選んでいた。

これにより魔力の減少でギガブレイクが使えなくなる恐れをなくし、無敵の竜の騎士となったのだ。

 

 

「これで終わらせてやる! ”ギガブレイク”ッ!!」

 

「ッ!」

 

 

 そして、バロンは何度目かわからないほどに天へと掲げた剣を、もう一度天へと向けた。

すると何度も目にしたあの極大の雷が、剣へと落ちてきたのだ。

 

 バロンは再度ギガブレイクを解き放てば、すでにエヴァンジェリンの懐へと肉薄していたのである。

エヴァンジェリンも回避しようにも、先ほどからのダメージの疲弊では、この突然の速度には対応しきれなかった。

 

 

「!? 消えただと!? 再び影の転移魔法を使ったか!?」

 

 

 が、振り下ろされたギガブレイクは、なんと空を斬ったではないか。

バロンも再び驚き、またもや影へと逃げたかと考え、周囲を見回して警戒した。

 

 

「そうではないぞ。バロン」

 

「ッ!? 貴様は!」

 

 

 と、そこで聞こえてきた声は、少女の声とは違う、男性の声であった。

バロンはハッとしてそちらの方へ向けば、驚いた顔のエヴァンジェリンの横に、金髪の男性が立っていたのである。

 

 

「お前はディオ! 邪魔をすると言うのか!?」

 

「そうではない。我が妹に対しての数々の仕打ちが我慢できんだけだ」

 

 

 その男性とはディオだ。

ディオが時間を止めてエヴァンジェリンを窮地から救ったのだ。

 

 それを理解したバロンは、邪魔をされたと思い、若干の戸惑いを混じらせながら、怒りを表し叫ぶ。

 

 されど、ディオは特に気にした様子もなく、自分の行動原理を説明しだした。

そう、ディオがエヴァンジェリンを助けたのは、妹がボコボコにやられているのが目に入り、我慢ならなかったからだ。

 

 

「……そういうことか。だが、やつは我らの敵だぞ?」

 

「……このディオにとって、敵か否かとは、信頼できるかできないか、それだけのこと」

 

 

 事情を理解したバロンではあるが、それでも目の前のエヴァンジェリンは敵だ。

 

 それを言うとディオは、()()()()()()()()()()を語りだしたのである。

 

 

「この私はお前たちを基本的に信用していない。故に、味方してやっていると言う訳ではないのだ」

 

「ほう、つまり、敵対すると言うことでよい訳だな?」

 

「それで結構」

 

 

 はっきり言おう。このディオは他の転生者を信用していない。

自分も含める転生者は、基本的に自己中心的な存在だからだ。

だからこそ、転生者などの味方なんぞ、やる訳がないとディオは考えている。

 

 バロンもその意見を否定することはなかったが、ならば敵となるかと、鋭い眼光でディオへ尋ねれば、ディオはその問いに間を置くことなく、YESと断言して見せた。

 

 

「このディオは我が妹に出会うために、お前たちを利用していたにすぎんのだからな」

 

「ふ……っ、なるほど」

 

 

 ディオは自分の正直な意見を、バロンへと述べる。

エヴァンジェリンとの再会の為だけに、転生者どもを利用してきたと。

たったそれだけの理由の為だけに、共に行動していただけにすぎないと。

 

 するとバロンは、小さく笑ったと思えば、握っていた剣を鞘へと納めたではないか。

 

 

「しかし、流石に私だけでお前とその二人を相手にするのは、いささか骨が折れると言うものだ」

 

「ほう? つまり逃げ帰るという訳だな?」

 

 

 そして、バロンはもう戦う気がないと言う様子で、そう言葉にしだした。

 

 それを聞いたディオは、少し煽るような感じで、それを聞き返すではないか。ディオはエヴァンジェリンを傷つけられ、かなり腹が立っていた。故に、多少なりと煽るような言い方をしたのだ。

 

 

「そう思ってもらって構わん。今一番の大事な時だからな」

 

「確かにそのようだな」

 

 

 だが、バロンはそんな安い挑発に乗るほど愚かではない。

また、バロンがある方向を見れば、その先から眩い光が発生し始めているではないか。

それはすなわち、墓守り人の宮殿であった。

 

 その正体を知るディオも、バロンの”大事な時”と言う言葉に反応しながら、その光の方角を眺めた。

 

 

「なんだあの光は……。いや、まさか……」

 

「始まったのね」

 

 

 エヴァンジェリンもその光を見て、何かを察した様子であった。

当然トリスは”原作知識”で知っているので、ついに来たかと言う様子だった。

 

 

「――――あの光の渦で待っているぞ」

 

 

 バロンは最後に一言残すと、その場をルーラで去っていった。

変える方角は当然、あの光の中心。

そう、バロンはあの光の渦の中で決着をつけようと言ったのだ。

 

 

「……引いたか」

 

 

 バロンが去ったのを確認したディオは、小さく息を吐いて緊張を解いた。

ディオとてあのバロンが本気になれば、どうなるかなどわからないからだ。

 

 

「何故、私を助けた……?」

 

 

 すると、エヴァンジェリンはディオへと、今しがたの行動について疑問をぶちまけた。

 

 

「先ほど言った通りだが?」

 

「私はまだ、貴様の質問に答えていないぞ!」

 

 

 そんなエヴァンジェリンの問いに、特に気にした様子を見せず、一言で返すディオ。

が、その答えではエヴァンジェリンは満足しなかったのか、少し荒い声で叫び、再び質問を返していた。

 

 何せ、ディオと再会した時に言われた、”故郷へ帰る”と言う問いかけに、エヴァンジェリンは応えていないからだ。

なのに、急に出てきて助けたディオの行動が、不可解でしょうがなかったのだ。

 

 

「そんなことは関係ない。私がそうしたいと思ったからやった、それだけのことよ」

 

「……」

 

 

 されど、このディオの行動理念は、エヴァンジェリンを探し再会することだった。

再会した今、今度はその妹を失わないようにすると言うことだ。

だからこそ、バロンに痛めつけられていたエヴァンジェリンを助けるのは、至極当然の行動だったのだ。

 

 そうディオから言われたエヴァンジェリンは、少し冷静になったのか落ち着いた様子を見せていた。

とは言え、未だ半信半疑ではあるエヴァンジェリンは、ディオを完全に信用することはできない。

それでも、多少なりと信用した様子でもあった。

 

 

「逃がしてよかったの?」

 

「我が妹を失うかもしれんと考えると、藪蛇をつついて竜を出すのは危険と判断したまでだ」

 

「……ふーん」

 

 

 何とかダメージを多少なりと回復させたトリスが、ようやく立ち上がってディオの近くへと歩んできた。

そして、バロンをこの場から逃がしてよかったのかを、ディオへと聞く。

 

 ディオはそれに対して、あのバロンと戦いを続ければ、エヴァンジェリンがさらに被害を受けると考えた。

故に、あえてバロンを逃がしたと答えたのである。

 

 それ以上に、あのバロンは未だ隠し玉を持っている。

それが解放されれば、自分たち三人で太刀打ちできるかすら怪しいと言うのも、ディオの中にはあったからだ。

 

 トリスもディオの答えに、納得した様子であった。

それに、自分たちが二人がかりで戦ってなお、この惨状を考えれば、当然か、とも思ったようである。

 

 

「とりあえず、あいつらのところへ移動しよう」

 

「まあ、それが一番かもしれないわね……」

 

 

 エヴァンジェリンは、まず取る行動として仲間たちとの合流を提案した。

トリスもそれが一番安全だと考えた陽であった。

 

 

「で、貴様はどうする?」

 

「私は単独で行動するとしよう。このままそちらへ行く訳にもいくまい?」

 

 

 ならば、目の前のディオはどうするか、とエヴァンジェリンは質問を出す。

ディオは自分は仲間ではないが故に、再び単独で行動すると言葉にした。

 

 

「キティよ。この戦いが終わったら、600年間の溝を埋めよう。故郷へ帰るか否かは、それが済んでからでもよかろう」

 

「……わかった」

 

「ではな、また会おう」

 

 

 そして、ディオはふわりと浮き始めると、最後にエヴァンジェリンへと言葉を送った。

再会した時の答えは、この戦いが終わりもう少し話し合ってからでも遅くはないと。

故郷へ帰るか否かは、それからでも遅くはないと。

 

 そのディオの言葉に、エヴァンジェリンは一言だけ肯定の言葉を小さく出すだけであった。

目の前の兄を名乗る男は、何を考えて600年間生きてきたのか、確かに知りたいとエヴァンジェリンは思ったからだ。

 

 ディオは返事が返ってきたのを聞くと、ふと笑い、そのまま別れの言葉を残して光の方角へと飛び去って行ったのだった。

 

 

「ふうん。兄妹、ねえ……」

 

 

 そんな二人のやり取りを見ながら、トリスは兄と妹と言う関係を考えるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 打って変わってこちらは地下の物資搬入港。

何とかデュナミスを撃退し、多少なりと警戒している状況。

 

 

「大体みんなそろうたみたい?」

 

「あと少しのようですね」

 

 

 木乃香はようやく仲間たちがそろってきたのを見て、少し安心した様子だ。

また、刹那も大体の仲間が集まり、仲間がそろいつつあると思った。

 

 

「覇王さんはどうしてるんでしょうか」

 

「はおなら心配あらへんやろうけど……」

 

 

 されど、未だに戻ってこない覇王を考え、刹那は少しだけ不安を募らせた。

あの覇王の前に何か強大な敵が現れたのだろうか、そう考えたからだ。

 

 とは言え、あの覇王が負けると言うことはない。

それは木乃香も理解しているので、さほど気にしない様子で言葉にしていた。

 

 

「あーあーテステス」

 

「式神……!? まさか覇王さんの!?」

 

「うん。そうやね」

 

 

 と、そこで急に二人の目の前に、手乗りサイズの小さな覇王が現れた。

それを見た刹那は、それが覇王の作りだした式神であることに気が付き、ほんの少しだけ驚いていた。

されど、木乃香は特に驚く訳でもなく、ちょっぴり表情を緩ませて肯定の言葉を述べるだけだった。

 

 

「この式神はメッセンジャーなだけだから気にしないで」

 

 

 そこで覇王の式神は、この式神の目的を話し出した。

覇王は念話も可能であるが、確実性を考えて式神を用いて連絡を行うことにしたようなのだ。

 

 

「僕はこの先単独で行動させてもらうから、そっちはそっちで勝手にやってほしい」

 

「覇王さんらしいと言えばそうですが……」

 

「合流せへんの?」

 

 

 そして、その要件とは、単純に覇王が一人で行動すると言うことを伝えに来たと言うものだった。

それを聞いた刹那は、単独行動と言うのは覇王ならそうするだろうと言う感じでこぼし、木乃香は合流しないのかと質問を述べた。

 

 

「敵の本拠地に異変が起きている。早めに何とかしないとならないようだ」

 

「異変とは……?」

 

 

 覇王も合流を考えたが、これからとてつもないことが起こる、いや、すでに起き始めているが故に、先に行動を起こすことにした。

 

 その覇王が言う異変とは、どんなことなのだろうか。

この物資搬入港からでは外の状況がわからないので、刹那はそれに対して聞いたのである。

 

 

「光が、いや、この世界の魔力が集中し始めている。何かが起こる前兆だろう」

 

「何が起こっているんかな…?」

 

 

 その現象とは、すなわり光となった魔力が、墓守り人の宮殿を中心に集まり始めていることだ。

これこそまさに、魔法世界を消滅させるための儀式の前兆。

 

 されど、覇王はそこまで断言せず、何かが起こるとだけ答えた。

それは転生者ばかりの世界で、それが確実に起こると考えるのは甘い考えだからだ。

 

 木乃香も覇王の説明を聞いて、何かよからぬことが起こっているのだろうと考えた。

 

 

「という訳で、君たちがどうするかはわからないけど、僕は一人でも乗り込むつもりだ」

 

「一人で大丈夫なんですか?」

 

 

 覇王は何か嫌な予感がしたのか、一刻を争う状況と判断し、一人で敵陣へと乗り込む構えだった。

いや、こうして式神が話している最中にも、すでに覇王は行動を開始していた。

 

 そうやってまたしても単独で行動する覇王に、刹那は大丈夫かと少し心配した様子を見せていた。

 

 

「わからないさ。ただ、何かあれば強引に吹き飛ばす」

 

「あまり無茶せんといてほしいんやけどなー……」

 

「心配してくれてありがとう。だけど、どうにも危うい状況のようだからね」

 

 

 されど、今の大丈夫か、と言う言葉を、覇王の式神は外の状況の事だと思ったようだ。

故に、何か起こりそうになる前に、鬼火で粉砕すると過激な発言をしだしたのである。

 

 そんな覇王の式神に、そういう危険なことは避けてほしいと木乃香が心配そうに言った。

が、覇王の式神は気遣う木乃香へと、心配してくれたことを感謝すると同時に、やはり今の現状が危機的なものであることも語った。

 

 

「それと、状助と三郎にもよろしく伝えておいてくれ」

 

「うん。わかったえ」

 

 

 また、覇王は自分の友人にも話しておいてほしいと、木乃香へとお願いする。

それを木乃香は当然のように承諾するのだった。

 

 

「じゃ、また」

 

 

 そして、役割が終えた式神は、ポンと煙を出して消え、一つの紙の人形に戻った。

 

 

「覇王さん、一人で乗り込むと言ってましたけど、大丈夫なんでしょうか……」

 

「わからへん。せやけど、はおならきっと大丈夫や!」

 

「……だといいのですが……」

 

 

 木乃香はそのふわりと落ちる人形を掌に載せながら、刹那の言葉に耳を傾けた。

刹那は覇王の強さを理解しているが、流石に一人で敵陣に乗り込むのは危険すぎると考えたのだ。

 

 されど、木乃香は覇王ならば問題ないと、笑顔で強気の発言をするではないか。

それでもやはり、刹那は最悪の状況を考えてしまうのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、ようやくネギたちが、この合流地点へとやってきた。

 

 

「みなさん、ご無事で!」

 

「ネギ先生!」

 

 

 ネギは自分の生徒が無事であることにほっとし、喜びの声を出していた。

また、生徒たちも彼の無事に喜び、名前を呼んでいたのであった。

 

 

「やっと主役の登場だよ」

 

「ごめん、ちょっと遅くなった」

 

「別にいいって」

 

 

 そこではるなも歓迎の言葉を述べれば、アスナは合流に手間取ったことを謝罪した。

が、そんなことは気にしていないと、はるなは笑って述べるのだ。

 

 

「のどかさん! 無事だったねすね!」

 

「ネギ先生もご無事で!」

 

 

 そして、ネギははぐれてしまったのどかが無事だったのを見て、咄嗟に駆け寄り声をかけた。

のどかもネギの無事に喜びの声を出し、笑顔を見せていた。

 

 

「そうでした! ネギ先生! 少しこちらに!」

 

「なんでしょうか?」

 

 

 と、そこでのどかは何かを思い出したかのように、急いだ様子でネギを誘った。

ネギも急に焦った感じののどかに、何かあるのかと疑問に思いながら、その彼女の後ろをついっていった。

 

 

「大丈夫やった!?」

 

「うん。大丈夫よ」

 

「よかったです」

 

 

 その傍らで、アスナへと心配した様子で声をかける木乃香がいた。

アスナは心配する木乃香へと、特に何もないことを笑顔で話し、刹那もそれに安心した様子を見せた。

 

 

「状助も無事でよかったわ」

 

「いやー、一時はどうなることかと思ったけどよー……」

 

 

 次にアスナは、状助が無事なのを確認し、胸をなでおろした。

何せわりと無茶ばかりする状助だ。また怪我をしていないかと心配していたのだ。

 

 まあ、とにかく無事ではあったものの、道中は危険であった。

そのことを思い出しながら、溜息を吐く状助であった。

 

 

「今、はおから連絡が来てな」

 

「覇王さんから?」

 

「何やら外が大ごとになっている感じのようで……」

 

 

 そこで木乃香は先ほど覇王から連絡が来たことを、あすなへと伝えた。

アスナはさてなんだろうかと言う様子で首を傾げ、木乃香は覇王が言ったことを簡略的に説明したのだ。

 

 

「そう……。始まったのね……」

 

「……? それはどういう……?」

 

 

 すると、アスナは何やら悟ったようなことを言いながら、外を見るかのような遠い目を見せたのだ。

その言葉の真意は何なのかと、刹那は聞き返そうと言葉を出した。

 

 

「そんなことより、なんであの人がいる訳?」

 

「ん? ああ、アイツのことか」

 

 

 だが、刹那の問いを吹き飛ばすかのように、アスナは突如不機嫌さを噴き出し始めた。

それはアーチャーとか呼ばれた男が、状助の後ろに控えていたからだ。

 

 状助はアスナのその言葉で察し、アーチャーの方をちらりと見た。

 

 

「そうよ! 敵でしょ!? どうしてよ!」

 

「いやぁー、それも色々深い訳があってよおー……」

 

「だからどういう訳!?」

 

 

 あのアーチャーとか言うやつは、色々とやらかしてくれた敵だ。

アスナにとって許せない敵の一人だ。故に、何故ここにいるのか、叫ぶように状助へと問い詰め始めたのだ。

 

 とは言え、状助もどう説明していいのやらわからない様子で、ただただごまかすようなことを言うだけだった。

その態度にどんどん怒りのボルテージを上げていくアスナ。

 

 

「私から弁解しよう。私は彼らの捕虜となった。それだけだ」

 

「はあ?」

 

 

 その様子を見ていたアーチャーが、自ら説明を始めだした。

が、それこそ火に油を注ぐような行為である。

アスナは意味が分からんと言う様子で、信じられないものを見る目をするだけだ。

 

 

「何か向こうで一悶着あったみたいなんよ」

 

「だからって……!」

 

 

 アスナの怒りようを見た木乃香も、何とかなだめようとフォローをはじめる。

されど、怒りはむしろ増えるばかりで、一向に収まらなかった。当然と言えば当然である。

 

 

「落ち着けって! 俺が許したんだ。頼むよ」

 

「なんで……!」

 

 

 状助もこうなることをわかっていた感じで、自分が許したから落ち着いてくれとアスナへ頭を下げる。

そんな状助の態度に、さらに理解ができないと言う態度を見せるアスナ。

 

 あれほどのことをしたのに、状助が許したと言う言葉にも耳を疑いたくなるが、それ以上に頭まで下げてきたのに理解できない様子だったのだ。

 

 

「確かに今更どの面下げてと言われるだろうが、……すまなかった」

 

「なっ!? 本当に今更……!」

 

 

 そこへアーチャーも、今までの事について頭を深々と下げ、謝罪しだしたではないか。

が、その光景を見たアスナは、もはや火山が爆発したのではないかと言う様子で、怒りを爆発させたのだ。

 

 

「だったら! 今更謝るんなら! 最初からしなきゃよかったじゃない!!」

 

「……そう言われると耳が痛い」

 

 

 ここで頭を下げるのなら、自分が悪かったと言うのなら、何故最初にあんなことをしたのだ。

しなければこんな苦労もせず、状助も死にかけることなどなかったはずだ。

 

 それが許せなかったと、アスナは大きく叫んで突きつけた。

それに対してアーチャーは、怯んだ様子で表情を翳らせた。

アスナの言っていることは正論だからだ。言われて当然だからだ。

 

 

「まっまあ、俺がとりあえずぶん殴っといたからよぉ。それで機嫌直してくれよ」

 

「……」

 

 

 もはや怒り大爆発のアスナへ、状助は優しい声で、報復はしといたとなだめだしたのである。

アスナもこれ以上怒ってばかりでは何の進展もないと考えたのか、少し黙って状助を見ていた。

 

 

「……わかったわ」

 

「すまねぇ……」

 

「別に……状助が謝ることじゃないでしょ?」

 

 

 そして、怒りを分散させながら、アスナは状助の言葉に従うことにしたのだ。

それに対して状助は、再び頭を下げるではないか。そりゃアスナが怒るのは最もだったからだ。

とは言え、状助が謝る必要なんてない訳で、アスナはようやくクスりと小さく笑い、それを言うのであった。

 

 まあ、状助も完全にアーチャーを許した訳ではない。

それでもここまで来る間、会話をしてある程度人柄を理解したからこそ、この態度なのだ。

 

 

「ただし、私は信用なんかしないからね」

 

「それで結構。私がしたことが許されるなど思っていない」

 

「……あ、そう」

 

 

 が、当然のことながら、アスナはアーチャーを信用しないと宣言した。

アーチャーもそれが当然であると理解しているので、そんなことを言い出したのである。

 

 しかし、言われたアーチャーはと言えば、なんというシレっとした態度なんだろうか。

そんな態度だったが故に、アスナは冷ややかな目でアーチャーを見始めたではないか。

 

 

「そういう態度が悪いんじゃあねぇかなあ……」

 

「うっ……、癖になってしまっていて、な……」

 

 

 それを見ていた状助は呆れた様子で、その上から目線みたいな態度がよくないと進言をしてやった。

アーチャーもこういう芝居じみた態度が癖になってしまっていることに、少し後悔を見せたのであった。

 

 



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魔法世界編 出撃と突撃
百六十七話 嵐の前に


 ようやく敵の猛攻をかいくぐり、やってきたネギたち。

そこへのどかがいつもとは違う様子で、せかすようにネギを誘った。

 

 

「早速ですけど、これを見てください」

 

「これはのどかさんのアーティファクト……」

 

 

 のどかは自分のアーティファクト、いどのえ日記に記された内容をネギに見せたのだ。

ネギは突然どうしたんだろうか、と思いつつも、ただ事ではないことを感じていた。

そこで、その内容を恐る恐る読めば、驚愕の事実が書かれていたのだ。

 

 

「――――こ、これは……!?」

 

 

 その内容とは、デュナミスの思考を読み取った時のものだった。

そして、そこにはこの魔法世界がどういう存在なのかが記されていたのである。

 

 魔法世界とは、すなわち造物主(ライフメイカー)が魔法にて作り出した、仮想世界に過ぎなかった。

故に、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)にて、存在を書き換えたり、消し去ったりすることができたのだ。

 

 この事実に目を丸くするしかないネギ。

疑いたくなる真実ではあるが、敵の幹部の思考から読み取ったこの事実に、疑う余地がなかった。

 

 

「お? もしかしてこの世界の真実に、ついにたどり着いちまったか?」

 

「ほ、本当のことなんですか!?」

 

 

 すると、ネギの背後にやってきたラカンが、いどのえ日記を覗き見しながら声をかけてきた。

そこでネギは、疑いたくなる気持ちと事実確認のために、この答えを近くまで来ていたガトウへと聞いたのだ。

 

 

「……ああ、本当のことだ」

 

「ま、別に俺にはどうでもいいことなんだけどよ」

 

 

 ガトウは数秒沈黙した後、それが真実だと一言答えた。

この重い事実を、10歳の少年が知ってしまったと言うことに、思うところがあったようだ。

 

 魔法世界が魔法でできていると言うことは、すなわち、ラカンも魔法でできた存在と言うことだ。

だと言うのに、ラカンはへらへらしながら、どうでもいいと言い切った。

 

 ラカンはそんなことなど気にしていないからだ。

自分が自分であるだけだと、それだけなのだと思っているからだ。

 

 

「んで、その真実を知って、どうするんだ?」

 

「どうするって……」

 

 

 そんなことより、それを知ったうえでどうするのかと、ラカンはネギへと問う。

ネギはそれを言われ、答えがすぐには出ない様子を見せていた。

 

 

「俺たちは()()()()()()をきっちりぬぐいに行く」

 

「そうだな。20年前の亡霊は、俺たちが何とかしなきゃならねぇ」

 

「それに、20年前の再来となれば……」

 

 

 答えが出ないネギへと、ラカンは自分たちの答えをはっきりと出した。

それは20年前に残してしまった課題を、今度は残さず終わらせるというものだった。

 

 ガトウも同じ気持ちであり、20年前から続く戦いは、20年前に同じ経験をした自分たちが決着をつけるべきだと宣言した。

 

 また、20年前の再来、と言うことを考えたクルトは、それすなわち魔法世界消滅の危機であると言うことを察したのである。

 

 

「だがぼーず。お前にはあまり関わりのないことだ。安全な場所で待ってても文句は言わねぇ」

 

「それは……」

 

 

 が、そこでラカンはネギへと、別に戦う必要はないと言い出した。

20年前の事件など、その時生まれていなかったネギにはほとんど関係がないと思ったからだ。

 

 確かに20年前の戦いで、決着をつけたのはネギの父親、ナギである。

それでも、その子供が父親の代わりに責任を感じ、戦いに身を投じる必要はないと考えたのである。

 

 ネギもそう言われて、少し迷った様子だった。

だけど、やはり父親がかかわった事件。自分も何とかしたい、手伝いたいと悩んでいた。

 

 

「私はついて行くけどね」

 

「アスナさん!?」

 

 

 だが、そんなネギの悩みなど吹き飛ばすかのように、元気に宣言するアスナがいた。

ネギが驚いて振り向けば、気が付いたら近くまでアスナがやってきていたのである。

 

 また、ネギが驚いたのはいつの間にか近くにいたこともあるが、それ以上に敵に狙われているはずの彼女が、敵の本拠地に乗り込んでいいのか、と言うことだった。

 

 

「私だって20年前、利用されたクチですもの。きっちりお返ししてやらないとね」

 

「だ、だけど!?」

 

 

 とは言え、アスナとてそんなことなど重々承知。

知っていて乗り込んでやろうと言うぐらいの意気込みだった。

さらに、20年前に散々利用してくれた訳だから、お礼参りしてやろうと言う強い意志があったのだ。

 

 しかし、やはりネギは心配になってしまう。

本当にそれでいいのか、大丈夫なのかと聞いてしまう。

 

 

「それに、あの計画が現行で進行しているってことは、()()()()()がいる可能性があるし……」

 

「それはどういう……?」

 

 

 ただ、アスナが乗り込むのは、そのためだけではない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()2()0()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()

 

 何せ、魔法世界消滅の儀式は、完全魔法無効化現象の能力を持つ自分がいなければ、成り立たないものなはずだ。

なのに、それが起こり始めていると言うことは、()()()()()()()()()()()()()()()()()と、アスナは察し始めていた。

 

 だからこそ、確かめねばならない。

そして、それが本当だとしたら、今度は自分が助けてあげたい。

それが彼女が敵の本拠地へと乗り込む理由だったのだ。

 

 されど、ネギは全てがわかった訳ではないので、アスナの言葉の全貌を理解することはできない様子だった。

 

 

「どうやら間に合ったようだね」

 

「あっ……あなたは、確かフェイトさん!?」

 

「久しぶりだね」

 

 

 また、それをアスナに聞こうとした時、タイミングよく一人の少年と数人の少女がネギの前にやってきたのだ。

その顔を見たネギは、彼の名を思わず口にした。

 

 そう、その少年こそフェイト。

数日前に話し合った、フェイトだったのだ。

 

 

…… ……

 

 

「遅くなっちまった!」

 

「ちぅたん!」

 

 

 誰もが大分仲間が集まってきたと考えていた時、ようやく新たなグループが合流してきた。

千雨と法、カズヤ、そしていつの間にか合流していた直一だ。

 

 千雨が大きな声で、遅れたことを謝罪しながら走ってきたのを見て、ハルナが彼女の名前を叫ぶように呼び掛けた。

 

 

「貴様が戦いばかりに集中するからだ!」

 

「はあぁ? テメェも同じだろうが!」

 

「あー! うるせぇ! 黙れ!!」

 

 

 そんな千雨の脇で、またしてもくだらない言い争いをしている法とカズヤ。

そもそも、これほどまでに遅れたのも、彼らが敵を倒して倒して倒しまくっていたからだ。

 

 が、それをどっちが悪いと、罪を押し付けあう二人。

千雨もその騒がしさに腹が立ち、二人へと叫んで叱咤するのであった。

 

 

「俺が……、遅れた……? 俺がスローリィ……!?」

 

 

 また、遅れたと言う単語に、かなりショックを受ける者がいた。

直一だ。彼は速さを信条としているが故にか、遅れたと言うことに体を震わせるほどに悔しがっていたのである。

 

 

「いや、落ち込んでる場合じゃねぇ!」

 

 

 とは言え、こんなところで失意に浸っている訳にもいかないのが現状だ。

直一は首を何度か左右に振った後、気を引き締めなおしたのだ。

 

 

「そのとおりです! と言うか、あなた! 今までどこへ行ってたのですか!?」

 

「少しヤボな用ができてしまってなあ!」

 

 

 されど、そこにやってきたのは、元々こっちに来る時に一緒だったメンバーだ。

そう、学園の依頼にて本国へとやってきていた、高音・D・グッドマンとその従者の佐倉愛衣、そして美空とその主のココネである。

 

 彼女たちもこの舞踏会へとやってきて、襲ってきた敵を倒していた。

それで同じ麻帆良出身の人たちが、戦いながら移動してるのを見てここまでついてきたのだ。

 

 それだけではなく、突如としていなくなった直一も発見。

姿をくらましたことについて、言及しようとやってきたのである。

 

 しかし、直一は完全に高音の質問をはぐらかす気であった。

と言うのも、説明したところでわからないだろうと言うのが、直一の意見だからだ。

 

 

「ヤボな用って……、はっきりと理由を述べなさい!」

 

「そいつは海より深ーい理由ってもんがあるんだが」

 

「……で、その海よりも深い理由とは何でしょうか?」

 

 

 ヤボ用で学園からの仕事中に抜け出した。

それだけでも額に血管が浮きそうな気分の高音だが、せめて出ていった理由ぐらいあるだろうと問い詰める。

 

 だがだが、直一はさらにはぐらかすようなことを言うだけ。

もはや完全に高音の神経を逆撫でするだけであった。いや、実際はふざけてる訳でもはないだろうが、たぶん。

 

 そう言い訳する直一だが、理由はまったく語っていない。

だからその理由が聞きたいのだと、もはや怒りを通り越して呆れ始めた高音がさらに聞き返す。

 

 

「あー……、それはなぁ……」

 

「こりゃしらばくれるモードの先輩スねえ。こうなったら口を割らないッスよ……」

 

 

 すると、直一は上を向きながらどもりはじめた。

それを見た美空も、これはダメなパターンだと呆れ始めたのである。

 

 

「はあー……。魔法使いでなくとも、私たちと同行しているのですから、もう少し自覚というものを……」

 

「この道は俺だけの道だ! 俺の道を最速で突っ走って何が悪い!」

 

「逆切れッスか先輩……。ダサいッス……」

 

 

 もはや呆れて物も言えないと言う様子で、高音はため息を吐いた。

そして、キリッとし直して直一に説教を始めたのだ。

 

 されど、それを聞くような直一ではなかった。

突如として俺は悪くねぇ! と逆切れを始めたのだ。

 

 美空もこれには苦笑いしかなかった。

なんという情けない姿の先輩だろうか。もはやクソダサもいいところだ。

 

 

「あれ? そこにいるのは美空ちゃんじゃない?」

 

「ゲッ!? ち……違いまーす! 別人ッスー!」

 

 

 が、そうこうしているうちに、美空は同じクラスメイトに見つかってしまったのだ。

こう見えて魔法生徒でシスター見習いの美空は、声をかけてきたハルナに対し、知らない人だとごまかそうとするのだった。

 

 

「おい、師匠はどうした?」

 

「まだ来てないわね、そういえば……」

 

「マジか……」

 

 

 また、そんな直一たちの横で、千雨は自分の師匠であるエヴァンジェリンについて、アスナへと尋ねた。

すると、アスナもあれ? と言うような顔で、まだ見ていないと言うではないか。

 

 千雨はその答えに、少し驚いた様子を見せていた。

空も自在に飛べるあの師匠が未だに来てないと言うのは、ありえないと思っていたからだ。

 

 

「まあ、師匠のことだ。問題なんかないだろう……」

 

「そうだといいけど……」

 

 

 とは言え、エヴァンジェリンは真祖の吸血鬼で600年生きてきた怪物。

大丈夫なはずだと、千雨は言い聞かせるように言葉にする。

アスナもそれを聞いて、同じように無事だと嬉しいと、心配するようなことをこぼすのだった。

 

 

「おーい!」

 

「バーサーカーさん!」

 

 

 と、そこへようやくと言う様子で、バーサーカーが現れた。

そそくさとマスターである刹那の下へ駆け寄るバーサーカーへと、刹那も声をかけて呼んでいた。

 

 

「今までどこへ!?」

 

「ちょっと敵とバトってた訳だ」

 

 

 刹那は駆け寄ってきたバーサーカーへと、これまでの行動について少し心配した様子で質問した。

と言うのも、『刹那に嫌な予感がする』と言って急に出ていったっきりで、連絡が一つもなかったからだ。

 

 それを聞かれたバーサーカーは、その質問に頭を掻きながら簡潔に答えていた。

 

 

「大丈夫だったんですか!?」

 

「ああ、ちーっとばかしヤバかったが、何! ノープロブレムだ!」

 

「それならいいのですが……」

 

 

 敵との遭遇、そして戦闘。

それを聞いた刹那は、さらに心配になって何かなかったかを問いただした。

 

 そんな刹那を安心させようと、ニカッと白い歯を見せながら笑い『問題なし!』とバーサーカーは豪語する。

刹那はバーサーカーの満面の笑みを見て、ほっと安心したのだが……。

 

 

「何がドヤ顔で問題なし(ノープロブレム)ですか!? 敵にA級……いやそれ以上のサーヴァントがいたんですぜ!? 問題だらけだろーが!?」

 

「いや、……まあそうだったな」

 

 

 そこへ先ほどまで、バーサーカーと共に戦っていたアーチャー、ロビンが割り込んできたのである。

それもそのはず、バーサーカーが戦っていた相手は、自分たちと同じサーヴァント。

さらに、ランサークラスと名乗ったサーヴァントは、なんか出鱈目な性能だったではないか。

 

 あれを見て『問題なし!』とか言っている場合じゃないと、ロビンが焦りと怒りが混ざった表情で、バーサーカーへとつっこんだのだ。

 

 バーサーカーもそう言われたら、確かに、と言う顔を見せていた。

あれは本当にヤバイ相手だ。保有する魔力量も桁違いの危険なサーヴァントだ。

 

 

「どういうことですかそれは!!? しっかりと説明してください!!」

 

「ああ、いやそれはなあ、刹那……」

 

 

 さらに、バーサーカーの話で安心し始めていた刹那は、今の話を聞いて不安が爆発。

しっかりと事の詳細を言及せんと、怒った様子で責めたのである。

 

 が、バーサーカーとてどう説明すればいいか、と頭を悩ませた。

あんな規格外の相手について、なんて説明したらよいのやら、とバーサーカーは腕を組んで考え出したのだ。

 

 

「それは私が説明しましょう」

 

「あなたは……?」

 

 

 が、そこへ救いの手がやってきた。

それこそ、その戦いにて助力した()()()()()()()()だったのだ。

 

 とは言え、刹那たちはロビンのマスターを見るのは初めてだ。

故に、この人誰だろう? と言うのが先に来たのであった。

 

 

「大体は集まったみたいっすねぇ」

 

「んじゃ、そろそろ全員が集めた情報を整理するか」

 

 

 なんやかんやで人が集まり、騒がしくなってきた。

それを見た状助は、大体の仲間が集ったのではないかと、アルスへと言う。

 

 アルスもならば、次の行動に移らねばと、全員を集めようと考えた。

 

 

「まあ、敵の情報はアイツに吐いてもらえばいいが……」

 

 

 また、情報ならば敵であったあの男、アーチャーと名乗った赤いやつに聞けばいいか、と考えていた。

ただ、すんなり情報を渡してくれるかはわからないので、のどかのアーティファクトに頼るかもしれない、とも思っていたのであった。

 

 

「思ったんだけどさあ、この船にこんな人数入りきるの?」

 

「そういえばそうだねぇ……」

 

 

 アルスが悩んでいるその横で、裕奈がハルナへと近づき話しかけていた。

その内容とは、ハルナの飛空艇一つに、今まで集まってきた仲間が全員入りきるか、というものだった。

なんか随分大人数になってしまっており、ハルナの飛空艇では乗り切らない可能性が出てきたのだ。

 

 ハルナもそれには悩んでいたようで、頭に手を当てながら、どうしようかと考えていた。

 

 

「よう、どうした? 何か問題でもあったか?」

 

「あっ! ジョニーさん! お久しぶりです! 実はですね……」

 

 

 と、そこへたまたま通りかかったジョニーが、悩める裕奈へと話しかけてきた。

裕奈はジョニーへと元気よく挨拶し、その悩みを相談したのである。

 

 

「定員オーバーか、なるほどなぁ……」

 

 

 その話を聞いたジョニーは、周囲を見渡しながらなるほど、と納得した様子だった。

 

 

「なんなら、俺のに半分ぐらい乗せてもいいぞ?」

 

「いいんですか!?」

 

「ああ! 乗り掛かった舟だしな!」

 

 

 ならばと、ジョニーは一つの提案を出した。

それは自分の船に、乗り切らない人を乗せてあげると言うものだった。

 

 なんという懐の深さだろうか。

裕奈は流石に厚かましいと思いながらも、本当にいいのか聞いたのだ。

 

 ジョニーはその問いに、平然とOKを出した。

裕奈たちに出会ったのも何かの縁。ここで再び顔を見たのも、何かの運命。

であれば、最後までとことん付き合おう、とジョニーは考えたのだ。

 

 

「船に乗るのは私たちなんですけどね!」

 

「ハッハッハッ! そういやそうだ!」

 

 

 そんなジョニーの言葉を聞いて、裕奈は冗談を言うではないか。

ジョニーもその冗談を笑い、二人で馬鹿笑いしていたのだった。

 

 

「色々すいませんね」

 

「おっ、旦那も元気そうで」

 

「まあ、色々ありましたがね」

 

 

 そこへ横でちょいと話を聞いていたアルスが、ジョニーへと頭を下げてきた。

ジョニーも小さく頭を下げ、アルスとの再会にも歓迎していた。

 

 

「ところで、今の件ですが……」

 

「定員オーバーなんだろ? 構わんぜ?」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そして、アルスが裕奈が今言ったことを、聞き返すようにジョニーへ尋ねれば、気にするなと返ってきた。

ジョニーの器の大きさに感服しながら、アルスは再び頭を下げるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 カギや夕映たちとあやかたち、そして最後にエヴァンジェリンたちが到着したことで仲間全員が揃い、ようやく行動を開始し始めた。

それ以外にもフェイト御一行や、こちらに来ていた学園の魔法使いも仲間に加わり、行動を共にすることにした。

 

 それで、戦えるものたちはハルナの飛空艇へ乗り込みはじめ、いざ、敵陣へと乗り込む構えだ。

 

 

「とりあえず、行動を二分することになった」

 

「んじゃ、さっさと乗り込もうぜ! 敵の本拠地にな!」

 

 

 そのことを法とカズヤとで話し合っていた。

カズヤは血気盛んな声を出し、今か今かと速く突入したくて仕方ない様子だ。

 

 

「いや、俺たち二人は非戦闘員の守備に回ることになった」

 

「ハァー!? 何言ってんだテメェ!?」

 

 

 されど、次の法の言葉に、カズヤは出ばなをくじかれることになる。

なんと、法とカズヤは非戦闘員の守備を任されたのだ。

 

 これには納得いかねぇ! と言う様子で文句を叫ぶカズヤ。

カズヤは敵陣に乗り込んでバトりたくてしょうがないからこそ、この分担は気に入らなかったのだ。

 

 

「戦闘能力を持つものが全員突入したら、彼女たちを守護れるものがいなくなる」

 

「知らねぇよ! テメェだけでやりやがれ!」

 

 

 とは言え、戦闘員が全員、敵陣に突っ込む訳にもいかないのも事実。

非戦闘員を守備するものがいなければ、危険だから当然だ。

 

 また、その守備にはロビンを除いたクレイグ率いるトレジャーハンターチームも加わっている。

されど、敵の数などを考慮し、彼ら二人もそちらで守備を任されることになったのだ。

 

 そう説明されてもなお、カズヤは納得しなかった。

喧嘩売ってきた相手に買ってやろうと言うのがカズヤだ。それができないと言うだけで許せなかったのだ。

 

 

「……相手は転生者の軍団だ。何が起こるかわからん」

 

「ハッ! 自信がねぇってーのかい?」

 

「誰もそんな話はしていないッ!!」

 

 

 すると、法は敵の実態を言葉にした。

自分たちが相手にするのは、自分たちと同じ転生者になる可能性が高い。

故に、相手がどんな行動をするかも、能力もわからない。実力も未知数だ。

 

 だが、カズヤはそれを弱気な発言と捉えたのか、法を挑発しだしたのだ。

それを聞いた法は、眼つきを尖らせて、怒気混じりに否定した。

 

 

「俺とて奴らを一掃してやりたい気分だ。それでも、戦えぬものを守るものも必要だ」

 

「俺には関係ねぇ!」

 

 

 さらに、法とて防衛ではなく、あくまで敵陣に乗り込みたいと考えていた。

が、それ以上に弱い人を守るのも重要だと理解し、その気持ちを押し込めて防衛することにしたのだ。

 

 それでもなお、カズヤは納得しない。

そんなもんは無関係と、ばっさり切り捨てたのだ。

 

 

「無い訳ないだろう! これまで共に行動してきたんだからな」

 

「知らねぇっつってんだろ!?」

 

 

 しかし、それはないだろと法も叫んだ。

この魔法世界に来て、多少なりとて苦楽を共にした仲だ。

それを無関係と言うのは、流石に暴論過ぎると言うものだ。

 

 されど、カズヤは知るかんなもん、とつっぱねる。

彼の頭の中には、もはや敵陣で喧嘩すること意外ないのだ。

 

 

「ならば、長谷川も関係ないと言い切れるのか!?」

 

「なんであいつの名前が出てくるんだよ!?」

 

「当然、非戦闘員として、俺たちが守護する船へと乗ることになっているからだ」

 

 

 そこで法は、千雨の名前を唐突に出してきた。

カズヤはその名を聞いて、何故? と叫べば、法は守護の対象に入るからだと説明したのである。

 

 

「チッ……、わぁったよ。やりゃいいんだろ、やりゃ」

 

「理解したか」

 

 

 カズヤも千雨がいるとなりゃ、話は別だと考えたのか、観念して折れたようだ。

法もやっとのこさ説得ができたと、胸をなでおろしていた。

 

 

「だが、戦いになったら好きにやらせてもらうからよ」

 

「貴様に防衛などできるとは思ってない。敵を減らしてくれるならそれで構わん」

 

「はっ、そうかい」

 

 

 とは言えカズヤは、納得したからと言って、ただ言われるままやるような奴ではない。

戦いとなれば派手に暴れたい。暴れさせろと法に宣言した。

 

 法もカズヤの戦い方を理解しているので、それを咎める気はなかった。

ただ殴って殴って蹴散らしてくれれば、それでよいと考えたのだ。

 

 素直に許可を出した法に拍子抜けしながらも、カズヤはならばとニヤリと笑いながら返答し、戦いを待ちわびるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、敵陣への出発前。

戦えるものはハルナの飛空艇へ、戦えぬものはジョニーの船へと乗り込み始めていた。

 

 そんな中、アルスと裕奈が何やら言い争いのようなことをしているようだ。

 

 

「裕奈、お前はあっちに乗れ」

 

「ここまで来てそうはいかないよ!」

 

 

 なんの言い争いをしているか。

それは裕奈が戦いに出たいと言うのに、アルスがダメだと言っているからだ。

 

 

「この先はマジで危険だ。命の保証はどこにもねぇ」

 

「それでも!」

 

 

 アルスが何故、頑なに拒否をするのか。

それは敵としての相手がほとんど()()()だからだ。

 

 転生者たちは、自分の欲望のままに動く可能性が高い。

()()()完全なる世界の連中とはわけが違う。

故に、そんな危険な戦いに、裕奈を巻き込みたくないと言うのがアルスの本音だ。

 

 だが、大きな理由を語らず、ノーとしか言わないアルスへと、裕奈は納得できずに必死に食い下がる。

 

 

「……ダメだ。お前さんがいなくなっちまったら、ご両親が悲しむ」

 

「でも、それはアルスさんも同じだよね?」

 

 

 それでもアルスはノーを突きつける。

裕奈は彼女の両親から預かった、大切な娘さんだ。無事にその二人へと送り届ける義務がある。

それにここで何かあったら、友人である両親が悲しむ。それだけはなんとしてでも避けたい。

 

 それに悲しむのはその二人だけじゃない。

クラスメイトや俺自身も悲しむだろう。だからこそ、こんな危機的な状況に、突っ込んでもらいたくないのだ。

 

 しかし、逆を言えばアルスも同じことを言われる立場でもあった。

アルスにも家族がいる。彼がいなくなってしまって、誰も悲しまない訳ではない。

それを裕奈は言い返す。

 

 

「俺は今まで過酷なミッションを生き延びた実績がある」

 

 

 アルスは裕奈に言われたことを気にする様子も見せず、自分には実績があることを語りだした。

何故なら、そんなことなど10年前の事件で、すでに承知の上だからだ。

 

 

「だが、お前さんはまーだまだ見習いも見習い。その差はでけぇんだよ」

 

「そんなのわかってるよ……!」

 

 

 また、自分こそ幾多の任務にて戦い慣れ、生還してきたが、それすらない裕奈はどうだろうか。

所詮は魔法使い見習い程度の裕奈では、この戦いについてこれるかわからんと、はっきりアルスは言ったのだ。

 

 裕奈もそれを言われると痛いと思った。

当然、自分の立場や実力は理解している。見習い程度でそういう経験がないのもわかっている。

 

 

「だけど……、この事件はお母さんも10年前にかかわってる訳だし、何もしないなんてできないよ!」

 

「はー……。やれやれ」

 

 

 それでも、それでも裕奈が戦いに出たいのは、アルスや仲間たちが心配なだけではない。

この事件には10年前、自分の母親がかかわっていたと言うのも大きいのだ。

 

 10年前何があったのかわからないが、何かあったからこそ母親は魔法使いを引退した。

だから、自分の目で10年前にあっただろう事件を、知りたいと思ったのだ。

 

 アルスはそれを言われると、頭に手を添えながら、ため息をついて悩み始めた。

確かに彼女には、それを知る権利があるだろう。このまま言い争っても、きっと納得してくれるだけの言葉は出てこないだろうと。

 

 

「しょうがねぇ。確かに関係ねぇとは言い切れねぇしな」

 

「それじゃあ……」

 

 

 アルスはならばと、同行を許可するようなことをほのめかした。

無関係と切り捨てるには、少し関わりが強すぎる。それに本人が納得したいのならば、そうするしかないと考えたのだ。

 

 アルスのその言葉を聞いて、裕奈は自分も戦いに参加できるのかと、期待した表情へと変えていた。

 

 

「ついてくるぐれぇなら、許可してやるよ」

 

「やったっ!」

 

 

 その裕奈の表情を見て苦笑しながら、しっかりと許可の言葉を吐き出すアルス。

とは言え、戦うことについては、許可したと言う訳ではない言い方であった。

 

 裕奈はアルスの許可に、ガッツポーズをして大いに喜んだ。

これでみんなと一緒に戦える。アルスと一緒に行ける、そう思ったのだ。

 

 

「だが、突入はさせねぇ、船で友人たちを守るんだ。いいな?」

 

「わかった!」

 

 

 されど、やはりアルスはすべてを許可した訳ではない。

敵地への侵入はさせる気など、まったくない。手薄となって隙ができた飛空艇の守護を命じたのだ。

 

 裕奈は侵入こそ許可されなかったが、それでよいと考えて元気よく返事をした。

とりあえず自分に役割があるだけでもよいと、そう考えたのである。

 

 

「本当にわかってんのかねぇ……」

 

「酷くない!?」

 

 

 が、元気すぎる返事のせいか、気が付けたような態度となった裕奈を見て、アルスは大丈夫なのだろうか、とつぶやきだした。

 

 それを聞いた裕奈も、流石にちょっとだけ怒ったのか、軽くつっこみを入れるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じように戦場へ行くか否かで、ネギとのどかが話し合いをしていた。

 

 

「本当にこっちに来るんですか!?」

 

「はい……!」

 

「かなり危険ですよ!?」

 

 

 のどかが敵陣へと突入する方の、ハルナの船へと乗ると言い出したのを聞いて、ネギは驚きながら止めていた。

これからは今まで以上に苛烈な戦いになるだろう。そう考えて、のどかを戦いから遠ざけようとしていたのだ。

 

 それでものどかの意志は固く、曲げる気がない様子であった。

しかし、それを許すわけにはいかないと、なんとか必死で説得を試みようと、ネギは頑張っていたのである。

 

 また、ネギは戦いに赴くことを決意したようだ。

無関係と言われたが、ここまで戦って来た。父親の因縁も多少理由にある。

だが、最大の理由は途中で抜け出すような、中途半端な終わり方はしたくなかったのだ。

 

 

「それは私も悩みました……」

 

 

 ネギの静止の言葉を聞いたのどかは、自らの胸の内を静かに語り出した。

 

 のどかもこの戦いへと参戦することには、幾度か迷った。

自分が行って何ができるか。邪魔にならないだろうか。何度も頭の中で、そんな考えがぐるぐると駆け巡った。

 

 

「だけど、こんな私でも何かの役に立つと考え、そう選択しました!」

 

「のどかさん……」

 

 

 それでも、自分でもできることがあるはずだ。

アーティファクトだって役に立つし、この旅で成長してきた。

今なら足手まといにはならない、そう強く思って戦いへの参加を表明したのだ。

 

 とは言え、そう言われても困ってしまったネギ。

やはり自分の生徒には、危険な目に遭ってほしくないと思っているからだ。

 

 

「お願いします、ネギ先生! 私も連れて行ってください!」

 

「……」

 

 

 そんなネギへと、必死に頭を下げて頼み込むのどか。

このチャンスを逃したら、また学園祭の時のように、戦いが終わるのを見守り、祈るだけになってしまう。

今度は自分も一緒に戦いたい。先生(ネギ)の役に立ちたいと、頑なにお願いする。

 

 ネギものどかがこれほどまでに強情を張るのを見て、少し考える様子を見せていた。

あの引っ込み思案であったのどかが、自分の意志を貫こうとしている姿に、思うところがあったのだ。

 

 

「……わかりました」

 

「! ……ありがとうございます!」

 

 

 そして、数秒が経った後、折れたのはネギの方だった。

ここまで頭を下げられたら、断れない雰囲気になってしまったのである。

 

 ただ、ネギもこの決断に、本当にいいのだろうかと悩んだ。

危険にさらしてしまうだろうし、命の危機があるかもしれない。

だけど、彼女は覚悟が決まっている様子だ。これまでの行動を垣間見ても、それは明らかだ。

故に、ネギは許可した。

 

 その言葉を聞いて、花のように笑うのどか。

ここまでしても許可してくれないと思っていたところもあったのどかは、本当にうれしそうに喜んでいた。

 

 

「ですが、無茶だけはしないでください。お願いします」

 

「はい! 約束します!」

 

 

 だが、ネギはそこで、約束を一つした。

それは本当に危険なことはしない、ということだった。

 

 のどかもそれには同意し、元気な声で返事を返した。

が、彼女はわりと無茶をやらかすので、この約束がうまくいくかはわからないのだが、ネギはそのことを願うだけであった。

 

 

「ってるけど、ゆえはどうすんだ?」

 

「私が行っていいですか?」

 

 

 と、二人が話しているのを、少し離れた場所で見る少年少女がいた。

カギと夕映だ。

 

 カギはのどかが同行するのを見て、夕映がどうするのかを尋ねたのだ。

すると夕映は、自分も行っていいのかを聞き返してきたのだ。

 

 

「いや、マジでヤベーからやめとけって、俺も言う」

 

「ですよね」

 

 

 それに対してカギは、当然ダメだと言った。

何せ相手は無数の転生者。はっきり言って危険すぎるのだ。

 

 それに彼女を危険にさらすのは、当然抵抗があると言うものだ。

されど、心の中ではほんの少し、夕映と一緒に来てほしいと言う気持ちがあるのだが。

 

 その答えを聞いた夕映も、その返しは当然か、と思ったようだ。

ネギですらのどかに対して、あの対応をしたのだ。普段ちゃらんぽらんなカギですら、そう言うのは当たり前だろうと。

 

 

「でも、私も、のどかと一緒に行きたいです」

 

「えっ? そこは聞き分けよく『待ってます!』 するところじゃないの?」

 

「確かに、カギ先生すら危ないと言うのなら、危険なのでしょう」

 

 

 だが、夕映の次の言葉は、カギが思っていたような懇願であった。

夕映はのどかが行くと知って、自分も何かの役に立ちたいと奮起してしまったのである。

 

 しかし、カギはそこで行こうぜ! と言う程まっすぐな人間ではない。

それにやはり危険は避けるべきだと言う考えが先にあるのだ。

 

 ただ、夕映も馬鹿ではない。

これから先は本当に危険で、何が起こるかわからないということを、しっかり認識して理解していた。

 

 

「ですが、私だって頑張ってきました。私ものどかのように、ネギ先生やみんなの役に立ちたいです!」

 

「ネギやみんなの……ねぇ……」

 

 

 それでも夕映は、今まで努力してきたことを使い、仲間の為に頑張りたいと叫ぶ。

が、そこでカギが夕映の言葉で引っかかったのは、『ネギやみんな』、と言う言葉だった。

 

 あれ? もしかして自分は含まれてないんじゃ……。と勘ぐってしまったのだ。

何せカギは自分に自信がない。なので、そんなマイナス思考にとらわれてしまうのである。

 

 

「……当然、カギ先生の分も、……ですよ」

 

「……えっ? マジ?」

 

「はいです」

 

 

 そのカギの小さなボヤキが聞こえたのか、夕映はカギの分もある、と小さく訂正した。

カギは夕映の言葉にビクンと反応し、真偽を確かめるようにそれを聞く。

夕映はそれに対して、偽りはないとしっかり返事を返したのだ。

 

 

「ははーん、なるほど。そう言えば同行許可が出ると思ってんだな? したたかやなあゆえっちは」

 

「そんなんじゃないです!!」

 

「じ、冗談だぜ……。そんなに怒らんでもええやろ……」

 

 

 だが、やはりカギはひねくれものだ。素直に喜ぶ男ではない。

そうやって自分を喜ばせれば、敵地への同行を許可してくれるだろうと考えたんだろう、と言い出したのだ。

 

 それを聞いた夕映は、大きな声で怒るように否定した。

そういう訳で言った訳ではないと。本気で役に立ちたいからそう言ったのだと。

 

 急に怒鳴られたカギは、少しビビったのか一歩引いて引きつっていた。

この程度の冗談で、そんなに怒るとは思っていなかったようである。

 

 

「私は真剣なんです!」

 

「えっ? つまり、俺の分まで頑張りたいってのも、真剣ってこと? マ? マ?」

 

 

 カギの言い訳にさらに怒る夕映。

本気で考えているのに茶化されたら、怒るのも無理はないというものだ。

 

 しかし、カギはそこで、その言葉の真偽を確かめるようなことを言い出したではないか。

 

 

「はいです。カギ先生も頑張ってるのを知ってるですから」

 

「あっはい」

 

 

 されど、そう言われた夕映だったが、落ち着いたのかしれっとした態度で、カギのことを言うだけであった。

まあ、実際にカギは修行に明け暮れ必死だったのを、間近で見たからこその言葉ではあるのだが。

 

 ほんのちょっぴり淡い期待を膨らませていたカギにとって、この夕映の態度はショックだった。

急に冷静になり、淡白な返事を返すぐらいには、ショックだった。

 

 

「……それに、カギ先生のことをほっとけないですから……」

 

「ん? なんか言った?」

 

「いえっ、なんでも」

 

 

 と、そんなショックを感じているカギを見て夕映は、本当に小さな声でほっとけないとつぶやいた。

それはカギが危なっかしくて、すぐどっかいなくなってしまいそうだと言う、不安からくるものだった。

自分が一緒にいてあげないと、迷子になりそう。そういう気持ちであった。

 

 だが、カギには今の夕映の声が聞こえなかったのか、?マークを浮かべて聞き返していた。

それを少しだけ焦った様子で否定する夕映であった。

 

 

「だから、お願いしますです! 同行させてください!」

 

「うぅぅ……」

 

 

 そこで夕映は話題をすり替えるかのように、元に戻して再び頭を下げて懇願しだした。

カギはそんな夕映を見て、腕を組んで唸りながら本気でどうするかを悩み始めたのである。

 

 

「わーったよ。俺の一存だけじゃわからんが、俺はOKって言っとくよ」

 

「ありがとうございますです!」

 

 

 そしてカギが出した答えとは、許可であった。

あののどかが同行する訳だから省くわけにはいかないし、結構頑張って魔法の修練していたし多少大丈夫かも、と悩んだ末の答えであった。

 

 ただ、それは自分が勝手にOK出してるだけだから、他の人にも許可とれよ、とカギは言う。

このチームの最高指揮権を持っている訳ではないので、相談に乗った程度の考えなのだ。

 

 また夕映は、カギが許可を出したことに対して、喜びながら礼を述べて頭を下げていた。

カギの許可イコール同行可能と言う訳ではないにせよ、それをよしとしてくれたことが嬉しかったのだ。

 

 

「あとなあ、ネギが言うように無茶だけはすんじゃねえぞ? これ脅しだかんな? マジだかんな?」

 

「……わかりました、無茶だけはしません」

 

「うむ、よろしい」

 

 

 さらにカギは、無茶はするなと浮かれる夕映へと念を押す。

振りでもなく冗談でもなく、本気で忠告をするのである。何度も言うことだが相手が転生者だからだ。

 

 いつにもなく柄にもなく本気で、真剣な顔でカギが忠告してきた。

夕映はそれを見て聞いて、ただ事ではないことを察した。

 

 あのおふざけの塊みたいなカギが、ここまで言ってくるのだ。

本当に何か恐ろしいことがあるのだろうと考えた夕映は、心して行動することにし、のどかの行動にも注意しようと思った。

 

 忠告にて浮かれていた夕映の表情が硬くなったのを見たカギは、理解してくれたと考え喜んだ。

この先の戦いは何が起こるかわからないし、常に近くで守護ってはいられなくなる。

敵陣に乗り込んで敵を倒さなければと考えるカギは、夕映のその言葉に安堵するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして敵陣、墓守り人の宮殿へと突入する手前。

飛空艇の入り口前でアスナとあやかが会話していた。

 

 

「アスナさん、本当に大丈夫なんですの?」

 

「大丈夫よ! 任せておきなさい!」

 

 

 あやかは敵陣へと乗り込むと言うアスナを心配し、出発前に声をかけたのだ。

そう心配するあやかへ、ガッツポーズを見せて安心させようとするアスナの姿があった。

敵を倒して全員で無事に戻ってくる、そんな様子だった。

 

 

「そうじゃありませんわ! あなた自身のことです!」

 

「そっちも大丈夫よ」

 

 

 ただ、心配なのは敵陣へ乗り込むと言うことだけではない。

アスナ自身、過去との因縁がある事件らしいことは、あやかも理解していた。

その大丈夫? はその部分が大半だったので、あやかは勘違いしたアスナへとそれを聞いたのだ。

 

 アスナもそれを聞かれ、少し表情を翳らせながらも、大丈夫と言い張った。

とは言え、すでに魔法世界消滅の儀式が行われているみたいな状況で、自分が狙われるかと言えばノーだと言う確信もあった。

 

 

「……まあ、今更何を言っても無駄でしょうから、あえて何も言いませんけれども」

 

「それってどう言う意味かしら……?」

 

 

 そうやって強情を張るような態度のアスナを見て、あやかはほんの少し安心した様子を見せながらも、嫌みのような一言を飛ばす。

それにほんの少しカチンと来たのか、アスナはあやかを睨みつけながら、その言葉の意味を聞き出そうと顔を近づけた。

 

 

「だから、一言だけあなたに言っておきます」

 

 

 が、あやかはその次に態度を改めて静かに、ゆっくりと言葉を放った。

 

 

「無事に、帰ってきてください」

 

「っ! ……当然よ!」

 

 

 そして、アスナの無事を祈るようなことを、あやかは本人の目の前で言ったのである。

その真っすぐに向けられた視線と言葉に、アスナは一瞬感激しつつも、胸を張って当然だと言い切ったのだ。

 

 

「……ネギ先生のついでにですけど」

 

「ちょっと! 今の感動を返しなさよ!」

 

 

 されど、あやかは今の発言がほんの少し恥ずかしかったのか、少し顔を背けながら訂正を入れるではないか。

それには流石にどうかと思ったアスナは、びしっとつっこみを入れたのだ。

 

 

「……ふふふ」

 

「フフ……」

 

 

 しかし、さっきの言葉はあやかにとって本心であり、それに感動したとアスナが言ったことは、あやかも素直に嬉しかった。

同じくアスナも、あやかがこれほどまでに心配してくれていることに、非常に嬉しく思った。

 

 そんな両者は数秒間、向き合いながら小さく笑いあっていた。

こんな感じのやり取りを今まで何度しただろうか。そんなことを思い出しながら。

 

 

「……行ってくるわね……!」

 

「えぇ……、お気をつけて」

 

 

 そしてアスナは、まるでいつも通り出かけるかのように、軽く手を振りながら飛空艇へと乗り込んでいった。

あやかも同じように普段のような態度で、微笑みながら見送るのであった。

 

 



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百六十八話 旧世界の今、そして今はまだ

 出発前、数多と焔はすでにハルナの飛空艇に乗っており、その甲板のデッキで、話し合っていた。

 

 

「……私が付いて来ることに、何も言わないんだな」

 

「まあな」

 

 

 数多は腕を組みながら外を見つつ、焔の話を聞いていた。

焔は数多の隣で逆の方向を向きながら、目も合わせずに語り掛けていた。

 

 その話の内容とは、焔がこの戦いに参加するということだった。

また、そのことについて数多が、何も言わなかったことに対しての疑問を打ち明けることだった。

 

 

「別に、言わなくたってわかってるんだろ?」

 

「……ああ」

 

「んじゃ、今更言う必要ねぇってことさ」

 

 

 数多は焔がこの戦いの危険度を知った上での参加だということを、最初から理解していた。

だから何も言う必要はないと考え、あえて言葉にしなかった。

 

 焔もそれを聞かれれば、小さく返事を返すだけ。

当然ながら、焔もこの戦いにおいての危険性は、しっかりと認識したつもりだからだ。

 

 

「でもまあ……、兄貴としちゃ、この先危険だろうし、首突っ込んで欲しくはねぇ」

 

「わかってる。……それでも、なんだかんだ言って、あいつら(クラスメイト)のことが心配なんだ」

 

 

 とは言え、数多は義兄として、妹に危険な目にあって欲しくないと願っていた。

確かに焔は決して弱くはない。されど、やはり命の危険があるのならば、今すぐこの船から降りてほしいとも思っているのだ。

 

 その気持ちは焔とて嬉しいし、数多の心中も理解していた。

されど、それ以上に自分の友人たちのことを考えると、どうしても行かなくてはならないと思ってしまうのだ。

 

 

「……へへっ」

 

「わっ、笑うところか!?」

 

 

 すると、その焔から発された意外な言葉に、数多は自然と笑みを漏らした。

焔は突然笑われたことに、怒りながら数多の方を向いてつっこむように叫ぶ。

 

 

「違ぇって。随分と成長したなって思ってなあ」

 

「そうか……?」

 

「ああ、そうさ」

 

 

 数多も焔の方へと向き直し、微笑みながら今の笑った意味を語った。

それは焔の成長が嬉しかったからだった。

 

 と、そう言われた焔であったが、どう成長したのか疑問に思ったようだ。

 

 

「数年前なんか、心配どころか目にもかけなかっただろう?」

 

「……そうだな。数年前なら、どうでもいいと思っただろうな」

 

 

 焔の何が成長したのか。

それは気持ちのゆとりや余裕、心の持ちようだろう。

 

 麻帆良学園へ焔が入りたての時、焔はクラスメイトのノー天気さに嫌気を感じていた。

しかし、それも改善され、今ではクラスメイトを受け入れて、友人だと思えるようになった。

数多はそれがたまらなく嬉しかったのだ。

 

 焔も数多の話を聞いて、確かにそうかもしれないと思った。

今でこそクラスメイトを気にかけているが、前であったら知らぬ顔をしていただろうと。

 

 

「だから、成長したってことだぜ」

 

「……うん」

 

 

 そう、それが成長した証だ。

数多は誇らしげにそれを言うと、焔は少しはにかんだ顔で小さく頷いていた。

 

 

「だから何も言わねぇ。ただ、無茶すんなってだけだ」

 

「……ありがとう、兄さん……」

 

 

 そんな風に成長した焔だからこそ、数多は戦いについてくることに、あえて何も言わなかった。

それでも、最後に一言だけ小さな忠告を入れておいた。

 

 焔も数多の気遣いに、笑みを見せて感謝した。

ならば、全員無事に元の世界へ帰ろうと、焔は意を決するのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 同じように、元紅き翼の4人、ガトウ・クルト・ラカン・高畑が地下物資搬入港にて話し合いをしていた。

 

 

「俺とクルトは部隊を整え、後から行く」

 

「あぁん? 一緒に来ねぇのか?」

 

 

 その話し合いと言うのは、ガトウとクルトはここで一旦別れると言うものだった。

ラカンはガトウの言葉に、一緒に直接乗り込む気だと思っていたと述べる。

 

 

「20年前の再来とあれば、こちらも危険となるだろう」

 

「故に、艦隊の指揮をとるものが必要となるでしょう」

 

「はー、そりゃメンドクセーこって」

 

 

 それもそのはず、20年前の再来となれば召喚魔の類がぞろぞろ現れる可能性もあった。

いや、すでにそれは発生し、この総督府へと襲い掛かった。

 

 だからこそ、こちらも戦力を整えて、しかるべき状況に対処できるようにしなければならない。

敵の本拠地の近くであるオスティアにも、被害がでる可能性を考慮しての行動だ。

そう考えたガトウは、クルトを連れて連合艦隊を結成させようとしたのである。

 

 ガトウとクルトの説明に、ラカンはチンプンカンプンみたいな顔をしていた。

自分で殴った方が早いと考えるラカンに、指揮系統だのなんだのはわからなかったのだ。

 

 

「んじゃ、こっちは俺とタカミチで何とかするさ」

 

「お手柔らかにお願いしますよ、ラカンさん」

 

 

 とは言え、後方から大規模な支援を行うと言うのはラカンにも理解できた。

故に、最前線での戦闘は自分とそこの高畑でやれると、二人へ告げた。

 

 ただ、あのラカンと横で戦う羽目になった高畑は、正直緊張していた。

あの出鱈目な強さのラカンについてこれるか、心配になったのである。

いや、師匠であるガトウとも肩を並べるかもしれないと思うだけでも、重く感じてはいるのだが。

 

 

「タカミチ、しくじるなよ……」

 

「そっちこそ、クルト」

 

 

 が、そんな謙遜した言葉を吐き出す高畑へと、しかめっ面で激励じみた言葉を放つクルトがいた。

そんなクルトへと澄ました顔で睨みつけながら、高畑も負けじと返し言葉を言い放つっていた。

 

 

「よし、即座に部隊を整えろ!」

 

「こちらの損害は思ったほどではないようです。すぐに編成できるでしょう」

 

「それは良い情報だ」

 

 

 そして、ラカンと高畑はハルナの飛空艇へ歩き出す。

ガトウとクルトも反対側へと歩き出し、ガトウはクルトへと指示を飛ばす。

クルトも得た情報をガトウへと報告。すぐさま艦隊編成へと乗り出す構えだ。

 

 

「だが……、急がんと魔法世界が危ない……!」

 

「わかっていますよ……」

 

 

 されど、残された時間はもうあまりない。

できる限り素早く艦隊を編成し、防衛に回らなければならない。

 

 気が付けば駆け足で移動するガトウとクルト。

この一刻を争う事態、1秒でも時間が惜しいと、焦燥感に駆り立てられるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 コレットたちは、敵陣へとともに行くと夕映へと話した。

されど、この世界の真実をのどかから教えてもらった夕映は、それを断った。

 

 何せ造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の力で、消えてしまう可能性があるからだ。

それ故に、絶対に来てはならないと、理由は語れないがはっきりと拒絶したのだ。

 

 コレットはかなりの落ち込みを見せたが、エイミィは夕映の態度を見て何かあると察し、辞退を言い放った。

夕映も頭を下げて申し訳ないと謝るも、エイミィは彼女の肩に手を乗せ、謝ることはないと慰めたのだ。

 

 彼女たちも非戦闘員が乗るジョニーの船で守護することとなり、夕映と別れの挨拶をしたのであった……。

 

 

 同じく、フェイトとその従者も、それについて揉めていた。

栞・暦・環の三人は、自分たちは戦えると言って、フェイトについて来ようとしたのだ。

 

 彼女たちも皇帝から()()を二つ貰っているので、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)が通じない。

しかし、その事実を彼女たちは知らない。

 

 故に、フェイトは首を縦に振ることはなかった。

それ以外にも、あちらにはあの竜の騎士ほどの敵が存在するからだ。

 

 アレと戦えば、間違いなく彼女たちを守るなど不可能。

それにアレぐらいの強さの敵が、複数いるかもしれないと考察していた。

だからこそ、彼女たちを危険にさらせないとし、栞の姉の護衛として、別の船に乗ってほしいと説得したのだ。

 

 彼女たちもフェイトの優しさを理解し、渋々ではあるが承諾した。

ただ、何かあれば仮契約カードで呼んで欲しいと、一言いい残した。

フェイトもそれには小さく頷いて、彼女たちを安心させるのであった。

 

 

 エヴァンジェリンも従者である茶々丸に、別の船へと乗り込み守護を言い渡した。

敵陣に行くには危険が大きすぎるからだ。茶々丸とて戦えない訳ではないが、危険に晒したくないと考えたのだ。

 

 茶々丸もマスターの命令には逆らわず、問題ない態度で承諾した。

エヴァンジェリンは少しだけ安心した顔を見せ、彼女が見送る中、ハルナの飛空艇へと入っていったのだった。

 

 

 状助と三郎も決戦前と言うことで話し合った。

三郎は状助も戦いに出ることを、かなり心配した様子だった。

状助も不安ではあったが、それ以上に三郎を安心させようとしていた。

 

 されど、状助の言葉には自信がなく、むしろ三郎をさらに心配させてしまうばかりだ。

それでも行くと決めたのだからとことん付き合うと言う状助に、三郎は止めることはしなかった。

 

 また、ほんの数分の会話であったが、両者ともみんなと生きて帰る決意をし、それぞれの持ち場へと歩き出したのだった。

 

 そして、クレイグらトレジャーハンター組は、自らこの場所に残ることにした。

何せ防衛となる場所は空飛ぶ船の上。遠距離攻撃ができない戦士であるリーダーのクレイグは、厳しいと考えたのだ。

それに悔しいことではあるが、自分たちでは能力が不足していると言うのもあった。

 

 故に、この場に残って未だに混乱しているであろう上へと上がり、そちらで戦おうと考えたのである。

そこでのどかへと別れの言葉を交わし、付いて行くロビンへと挨拶を済ませ、彼らの船出を見送ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 戦えない者、あやか・亜子・アキラ・夏美・まき絵・千雨・和美・ココネ、三郎。

それを守護する者、カズヤ・法・マタムネ・アーニャ・茶々丸・美空・高音・愛衣。

そして、コレット・エイミィ・ベアトリクス・栞・栞の姉・環・暦。

 

 それらはジョニーの駆る船へと乗り込み、彼らの無事を祈りながら帰りを待つことにした。

また、ガトウとクルトは別行動し、艦隊の編成し後を追うことにしたのである。

 

 それ以外にロビンを除くクレイグたちは、新オスティアに残ることにしたのだった。

 

 そして、始まった最終決戦。

彼らの行動で、世界は救われるのだろうか。変えられるのだろうか。

 

 皇帝は何をしているのだろうか。その部下は駆けつけるのだろうか。

 

 造物主の野望が達成されるのだろうか。転生者たちの思惑通りになるのだろうか。

 

 それは誰にもわからないことだ。

今、わかっていることは、その結果があの数時間のうちに決定されるということだ。

 

 

 ――――一方、旧世界の麻帆良では、深刻な異常事態が発生し始めていた。

 

 

……  ……  ……

 

 

 ここは旧世界。夏真っ盛りの日本の麻帆良。

ネギたちが魔法世界へと入って、旧世界の時間として2週間が経過していた。

 

 そこいらじゅうからセミの鳴き声が聞こえ、空は晴天。

まさに日本の夏と言うのにふさわしい気候であった。

 

 そんな中、世界樹前の公園で二人の男女が歩いていた。

それは明石教授とその妻、夕子であった。

 

 

「……心配そうね」

 

「まあね……」

 

 

 明石教授は娘が魔法世界へ行き、ゲートが何者かに破壊されてしまったことについて、大変心配していた。

そんな教授の為に、気分転換の散歩を提案したのが夕子だった。

 

 されど、多少なりと不安で落ち着かない様子の明石教授に、ほんの少し困った様子の夕子であった。

 

 

「でも大丈夫よ。あの子は私たちに似て強いもの」

 

「そうだね……」

 

 

 とは言え、夕子とて自分の娘、裕奈が心配な訳ではない。

ただ、裕奈は見習いとは言え魔法使い。それなりに腕が立つと、親馬鹿ながらに評価している。

 

 ならば、ある程度のことがあっても安心だと、夕子は教授を安心させるかのように語った。

しかし、当然ながら明石教授もそれは理解していた。

 

 

「それでも心配だよ。完全に遮断されてしまって、連絡すら取れないんだから」

 

「確かに……、こちらとの楔を失ったあっちは、もう数か月以上経過してるはずだものね……」

 

 

 されど、やはり何かあったら……、と心配し不安になってしまうものだ。

連絡すらも取れないこの状況じゃ、仕方がないと明石教授は話す。

 

 それもそのはず、旧世界と魔法世界の繋がり(ゲート)が断たれた今、こっちとあっちでは流れている時間のスピードが違うからだ。

魔法世界の流れる時間は、旧世界よりも早くなっており、こちらは2週間程度であるのに対し、あちらはもう数か月経っていることになるのだ。

 

 

「だけど、アルス君が一緒にいるでしょ? なら大丈夫よ」

 

「……ああ……、彼がいるならきっと……」

 

 

 それでも、他に安心する要素はある。

それは友人であるアルスが、傍にいると言うことだ。

 

 彼がいるならきっと大丈夫だ。

そう言えるほどの実績と信頼が、アルスにはあった。

 

 

「……ちょっと待って……!?」

 

「どうしたの?」

 

 

 が、そこで突然教授は、会話を止めて何かを注視し始めた。

一体何があったのか、夕子は首をかしげながら、教授にそれを聞いていた。

 

 

「世界樹が……発光している……?」

 

「えっ?」

 

 

 すると、教授の口からとんでもないことがこぼれたではないか。

それは目の前にある世界樹が、何やら光っているということだったのだ。

 

 夕子も少し驚きながらも、確認のために”目”で見てみれば、確かにうっすらと発光していたのだ。

 

 

「……本当! でもなんで……」

 

「向こうで何か起こっている……のか……?」

 

 

 どうなっているのだろうか。

世界樹の発光時期はすでに過ぎている。

次の22年の周期までは、光らないはずだ。

 

 二人とも一瞬混乱しそうになるが、ふと冷静になり原因を考え始めた。

そして、行きついたのが魔法世界で、何かとんでもないことが発生しているのではないか、ということだった。

 

 

「それじゃあ……まさか……、オスティアのゲート……!?」

 

「だけど、あのゲートは20年前、意図的に封鎖されたはず……!」

 

 

 何故なら、この旧世界の麻帆良と魔法世界のオスティアとは、ゲートにてつながっているからだ。

ただ、ゲートは20年前の大戦において封印され、すでに使われていないのだ。

 

 夕子がそれを言い出せば、教授はゲートが封鎖されて動いていないはずだと返す。

されど、完全に封鎖されている訳ではないとしたら、そう考えると辻褄が合ってしまうのだ。

 

 

「それよりもこの発光具合じゃ、夜になったら一般人にも見えてしまうわ!」

 

「! 学園長から連絡が……!」

 

 

 しかし、原因以上に問題なのは、これが夜になると魔法使いではない一般人にも、見えるようになってしまうということだ。

夕子がそれを焦るように言えば、教授のポケットの携帯電話が、突如鳴り響いたのだ。

その発信元こそ、学園長であった。

 

 学園長もすでに世界樹の発光に気が付き、すぐさま明石教授へと魔法先生・生徒の招集を命じた。

そして、何故そうなっているのかを集った魔法先生・生徒らに説明を始めた。

 

 それこそ麻帆良とオスティアを結ぶゲートを隔てて、魔力が漏れているからだ。

さらにそれらを行っているものたちこそ、今回世界11か所のゲートを破壊した犯人。

20年前の再来を狙っているであろう”完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)”の残党だと予想づけた。

 

 このままでは麻帆良もあちらの莫大な魔力の漏れで、何が起こるかわからない状況だ。

そのため、ゲートが存在する図書館島地下の調査、周辺住民の避難、各国魔法支部への連絡、関西呪術協会への説明を要請。

 

 されど急すぎる事件に、誰もが戸惑いを感じざるを得なかった。

さらに相手が20年前に英雄が倒した組織であり、頼りにしている高畑もおらず、混乱はなくとも不安が募る状況であった。

 

 また、学園長は図書館島地下にある、アルビレオがいる場所へと即座に足を踏み入れた。

彼に助力を頼むためだ。そこには関西呪術協会の長、詠春も来ていたので話がスムーズに進んだ。

 

 そして、予想では黄昏の姫御子、アスナが敵につかまったのではないか、と言う話が出た。

何せ20年前の再来ならば、必要なパーツの一つだからだ。

 

 とは言え、元紅き翼の一員であり保護者をしている男、皇帝の剣たるあのメトゥーナトがそんな失態をやらかすはずがない。

であれば、彼女以外に誰か、それができる存在を利用しているのではないか、と言う予想が出てきた。

 

 それ以外にも、学園を防衛する転生者たちにも電流が走った。

とうとうこの時がやってきたか。どうなるのだろうか。彼らにも不安がよぎったのである。

 

 こうして彼らは今後の対策について、どうするのかを話し合うのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ここはウェールズの山奥の村。ネギの故郷。

その地にやってきていたネギの生徒たちは、魔法世界へ行った(未だに帰らぬ)友人を待ち続けていた。

 

 と、そこへ一つの電話が鳴り響いた。

その電話の持ち主は桜子。そして、電話を鳴らしたのは、なんと音岩昭夫であった。

 

 昭雄は彼女に電話したのは、すぐさま麻帆良へと戻ってくるよう伝えるためだ。

さらに、すでに迎えが行っているというのだ。

 

 迎えがすでにこっちへ向かっている。

急な話に混乱する桜子であったが、外から何やら音が聞こえてきた。

 

 桜子は何事かと思い外の野原に出てみれば、草原を波紋のように揺らす強風とともに、ロータージャイロが回転する音が鳴り響いた。

また、誰もが音につられてやってきたのか、友人たちもぞろぞろと草原へと足を延ばしてきたのである。

 

 そして、誰もが空を見れば、驚くべき光景が彼女たちを待っていた。

なんと、ヘリコプターが何台も空で滞空しているではないか。

 

 また、そのヘリから一人の大柄な老人がロープを伝って下りてきて、彼女たちを見渡した。

 

 

「うむ、みな元気そうじゃな。迎えに来たぞ」

 

 

 それこそあの状助の担任教師、ジョゼフ・ジョーテスだった。

このヘリ集団こそ、スピードワゴン財団のものだった。そう、彼女たちを迎えに来たのは、彼だったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 場所を戻してここは魔法世界、ウェスペルタティア王国。

 

 その王国の浮遊島群を取り囲む、光のドームを一望できる程の距離の上空を、ハルナの飛空艇がオスティアへ向けて飛行していた。

 

 

 ――――静かだった。

先ほどの敵の襲撃とは打って変わって、とても静かだった。

 

 外を見ればウェスペルタティア王国の首都オスティアの中心へと、魔力(ひかり)がどんどん集まっており、浮遊大陸ウェスペルタティアを白い光が包み込んでいた。

それだけならば幻想的で美しい光景ではあるが、終始の光と知れば絶望の方が上回るだろう。

 

 そして、その光景と静けさに誰もが息をのんだ。

これから起こることは、誰も忘れないだろう。そう誰もが思いながら、静寂の空の中で時間が来るのを待っていた。

 

 とは言え、目的地まではまだ距離がある。

彼らは警戒しながらも、作戦会議を行うことにしたようだ。

 

 ただ、飛空艇の中では狭い。

なんといってもこの飛空艇一台に全員が集まり、さらに原作チームだけでなく転生者たちやラカンや高畑、フェイトなどが増えているのだ。

なので、エヴァンジェリンが持っていた魔法球の内部で会議を行うことにしたのである。

 

 彼らはオスティアや墓守り人の宮殿や周囲の状態が映し出された映像を見ながら、作戦を練っていた。

 

 

「さて、この先どうするんっスかねぇ」

 

「出たとこ勝負しかないだろうなあ」

 

「まっ、そうするっきゃねぇわな。俺は二度目になるがな!」

 

 

 状助は”原作知識”で先のこと思い出しながら、その通りにはいかんだろうと考えていた。

その状助の言葉に直一も、明日は明日の風が吹く、という様子で行き当たりばったりな意見しかないようだ。

 

 ラカンも基本的に考えるのが苦手で、それしかないと言い切る。

ただし、ラカンがあの敵の本拠地に乗り込むのは二度目だ。

 

 

「乗り込むのはいいが、どうやって乗り込むんでしょう」

 

「相手とて、そう簡単には乗り込ませてはくれないと思います」

 

 

 そこへ高畑が敵陣へと攻めるのは当然として、どこからどうやって攻めればよいか、と話題を振った。

ネギも乗り込むにせよ、簡単に侵入を許すような相手ではないだろう、と意見を出す。

 

 

「だが、今は敵の襲撃もねぇ。狙うなら今しかねぇ」

 

「ああ、先手を打った方がいい。何より速さこそが最大の攻撃にもなる」

 

 

 ただ、今は敵の気配もなく、穏やかな状態が続いている。

この好機を逃す手はないと、アルスは今すぐにでも乗り込む構えを見せた。

直一もその意見には賛成だ。速攻で敵陣へ乗り込み速攻で倒す。シンプルだが最速こそが最高だ。

 

 

()()アーチャーとやら、どっか穴はねぇのか?」

 

「フム……」

 

 

 そこでアルスは敵であったアーチャーへと、意見を求めた。

敵だったのだから、あの墓守り人の宮殿への侵入ルートを知っているだろうと考えたのだ。

 

 が、アーチャーはそれを聞かれれば、腕を組んで考え出すだけだった。

 

 

「もはや私は奴らに捨てられた身、奴らがどう動くかは未知数だ」

 

「つかえねぇなあ……」

 

「すまないね。所詮は裏切り者だ」

 

 

 そして、アーチャーが出した結論は、わからない、だった。

というのも、本来指揮をしていたのは自分だったが、今は他の誰かがやっていることだろう。

目星はついているのだが、それが何をどうするのか未知数だった。

 

 されど、アーチャーに少し期待していたアルスは、つかえん、と一言で切り捨てた。

それを聞いたアーチャーは、ふっと笑って流しながら、自分の今の現状を皮肉のように言い放つだけだった。

 

 

「裏切り者と言えば、僕もそうなる」

 

「フェイト……!」

 

 

 しかし、その”裏切り者”という言葉に反応するものが、もう一人いた。

それこそフェイトだ。

 

 アーチャーも急に声を出してきたフェイトへと振り返り、フェイトの名をこぼしていた。

 

 

「……なぁー、大丈夫なんっスかぁ!?」

 

「大丈夫ですよ。我が主君はあなたが思っているような人ではありませんので」

 

「そ、そうっスかねぇ……」

 

 

 ただ、状助は”原作知識”でついつい物事を考えてしまうので、フェイトを信用しきれないでいた。

そんな状助へと、安心させようと優しい声で説明をする男、剣のことランスローがあった。

 

 されど、やはり信用しきれないのか、微妙に引きつった笑みを見せる状助。

やっぱり”原作知識”なんて半端に持ってるのは辛い、と改めて思うのだった。

 

 

「墓守り人の宮殿へと侵入したいのであれば、最もの警備薄い真下を目指すといい」

 

「そこから侵入するのが一番敵に見つかりにくい、と言うことですね?」

 

「そういうことになる」

 

 

 それよりもフェイトは話を淡々と進めていく。

そして、墓守り人の宮殿への侵入経路を説明し始めたのだ。

 

 それは宮殿の最下層。

細く長い構造で内部が螺旋階段になっている場所だった。

ここは敵の守備もほぼなく、侵入に適した場所であるとのことだった。

 

 ネギはそれを確認のために聞くと、フェイトは静かに頷いて肯定した。

ここが一番安全に侵入できる場所。それ以外はないと。

 

 

「それと、見ればわかるけど周囲には大規模な魔力で形成された、積層魔法障壁がある」

 

「それじゃ、どうすれば侵入できるんだ?」

 

 

 だが、問題はこれ一つだけではない。

もう一つ解決しなければならない問題があった。

 

 それは宮殿やオスティア周囲を取り囲む、巨大積層魔法障壁のことだ。

これは魔法世界全体から収集された魔力によって作り出された、超巨大なバリアだ。

これを何とかしなければ、侵入することなど不可能だった。

 

 フェイトの説明に、このバリアの突破はどうするのかをアルスが問う。

 

 

「力づくで突破するか?」

 

「あの障壁は連合の主力艦隊の主砲すら通さない、強力なものだよ」

 

「そりゃ俺でもちーっとばかし骨が折れそうだな」

 

「無理とは言わないんだね」

 

 

 そこでラカンはこれに対して、無理やり突破することを提案しだした。

流石にそれは無茶がすぎると、フェイトは却下同然のことを述べた。

 

 何せ、主力艦隊の主砲ですら全く効果がないほどの強力な障壁。

これを無理やり突破するなど、不可能と言っていいからだ。

 

 が、ラカンはなんと、それでも自分なら何とかできるようなことを言い出したではないか。なんというバグっぷりだろうか。

フェイトも半ば無表情ながら呆れた顔で、でたらめな奴だと思いながらそれを言うのだった。

 

 

「別に道がない訳ではないよ。一点だけ突破できる場所がある」

 

「どこだ?」

 

 

 それはそれとして、この障壁を突破できる唯一の場所があることをフェイトは語り始めた。

アルスはそれが一体どこなのかを、フェイトへと聞く。

 

 

「真上の中央に、台風の目のような場所がある。そこから侵入できるはずだよ」

 

「なるほどねぇ」

 

 

 フェイトは静かに魔法障壁が表示された部分の中央上空を指さした。

その場所こそ障壁の天辺であり、抜け道となっている場所だった。

 

 誰もがフェイトの言葉に納得した様子で、小さく頷いていた。

アルスも多少は”原作知識”があるものの、こういった細かい部分は抜け落ちてしまっているので、助かると感謝していた。

 

 

「それ以上の情報は、流石にない」

 

「まっ、それじゃその後はなるようにしかならねぇ……って訳だ」

 

「それしかないですね」

 

 

 ただ、フェイトも数年間、ほとんどあちらに戻ったことがない。

なので、それ以上の知識はないと、きっぱりと言い切った。

 

 ラカンもそれ以上は求める様子は見せず、ならばやるしかないと気合を入れるだけだった。

高畑もこれだけの情報があれば十分という顔で、後はできる限りのことをしようと言う意見であった。

 

 

「――――ふと思ったんだが、そこのお嬢さんは何もんだ?」

 

「そういえば、まだ自己紹介してませんでしたね」

 

 

 しかし、そこでふと、ラカンがさっきから気になっていたことを口に出した。

それこそ気が付けばこの船に乗っていた、()()()()()()()()()()を名乗る女性のことだ。

 

 彼女はそれを聞かれると、自分のことをまだ話していなかったのを思い出し、改めて名乗った。

 

 

「私は……、()()()アーチャー、ロビンフッドのマスター。名前はナビス」

 

()()()だと?」

 

 

 彼女の名前はナビスと言った。当然、転生者でもある。

背丈はさほど大きくはなく、体系はスレンダーで凹凸があまり大きくない女性。

透き通った白い肌に、髪は青っぽい銀色で、腰の高さまで美しく伸ばしていた。

 

 服装は魔法使いっぽいローブで、その下にはシャツとぴっちりとしたジーパンという組み合わせ。

ハーフリムのオーバル型の眼鏡をかけ、ところどころに魔法の媒体となる装飾をつけており、銀の腕輪や指輪が目立つ。

 

 しかし、そんな彼女が枠組みとして語っている部分は、()()()アーチャー、ロビンのマスター、ということだけだ。

 

 そこで、()()()と言われたラカンは、疑問に思った。

何が”現在の”なのか、ということだ。まるで以前は違うような言い方だった。

 

 

「はい。彼のマスターは20年前の戦いで……」

 

「……」

 

 

 それもそのはず、ロビンのマスターは20年前の大戦において、今向かっている場所で命を失っていたのである。

ロビンもその話を腕を組んで聞き、フードで顔を隠して俯きながら当時を思い出していた。

 

 

「ああ、そうだったな……。あの髭爺はあん時……」

 

「……惜しい人を亡くしたものです……」

 

 

 ラカンも20年前、ロビンのマスターがあの戦いにて倒れたのを思い出していた。

高畑もあの人を失った悲しみを思い出し、しんみりした顔を見せた。

 

 

「やっぱ、そういうことって訳か……。いや、予想はできていたが……」

 

 

 そして、横から聞いていたバーサーカーも、やはりという顔を見せていた。

この場にマスターがいないのだから、もしや、とは思っていたようだ。

されど、やはり人が死んでいるという事実に、サングラス越しに表情を曇らせていた。

 

 

「私がここにいるのは、その元マスターへの贖罪の為です」

 

「……別に、アンタが気にすることじゃないっしょ……? ありゃどうしようもなかった訳ですからね」

 

「そう言われましても、私が納得できないのです」

 

 

 また、現在のマスターであるナビスは、ロビンの元マスターへの罪滅ぼしをするために現れたと言う。

それを聞いたロビンは、そんなことは必要ないとばかりに彼女へと話しかけた。

 

 されど、彼女は納得できないと、静かに言葉にする。

過程はどうあれ、結果的に彼のマスターを死なせたのは自分だと、そう常に自責の念に駆られているのだ。

 

 

「まったく、随分と意固地なこった」

 

「理解しているつもりです」

 

「そりゃご立派なもんで」

 

 

 ここまで頑なに意見を曲げないとは、なんとも生きづらい性格している。

そう思いながらも、ロビンは悪くはないと思った。

 

 ただ、そんなことを背負うのは自分だけでいい。

彼女には彼女の人生があり幸せがあるのだから、気にする必要はないとロビンは常々思っていた。

 

 しかし、それを口にする訳ではなく、ついつい皮肉っぽいことを言い放ってしまうロビン。

とは言え、ナビスも自分が意地っ張りなのも、ロビンの性格も理解しているようで、気にはしていない様子であった。

 

 

「だがなあ、あの時のことはアンタのせいでもなんでもねぇ。俺の能力が足りなかっただけだ……」

 

「……それは、……お互い、そうだったのでしょう……」

 

 

 それにロビンは、自分のマスターを死なせた一番の原因は、自分であるとはっきりと言葉にした。

あの時、自分がもっとうまくやれていたら。そう思わずにはいられなかった。

 

 だが、それを言うなら自分もだと、ナビスは言う。

あの戦いで足りなかったのは、一人だけではない。誰もが足りなかったのだと、それ故の結果であると。

 

 

「あーっ! そうか! 思い出したぜ! どっかで見た気がしてたんだが、そうか!」

 

 

 と、その会話を聞いていたラカンは、急に大声を出してハッとした顔を見せたではないか。

 

 

「お嬢さんは、あの時、バーサーカーと呼ばれた男を使役していた女の子か……!」

 

「……そうです」

 

 

 今の会話と昔どこかで見たような顔、それがつながったラカンは、ナビスへと一つの質問をした。

それこそ、20年前にバーサーカーを使役していたマスターではないか、というものだった。

 

 そう、彼女こそ20年前、赤く巨大なバーサーカーのマスターだった、幼き少女だったのだ。

それを聞かれたナビスは、陰った表情で肯定の言葉をつぶやいた。

 

 

「あの時は、大変ご迷惑を……」

 

「別にいいんだよ。そこのロビンの言う通り、しょうがなかった訳なんだからよ」

 

 

 そして、そこでナビスは頭を下げて、深々とお詫びを始めたのである。

が、ラカンとて気にしていることはない。あの時、彼女は敵に洗脳されていたからだ。

 

 だからこそ、許されざるべきはあの時幼かったこの子を操っていた、完全なる世界の連中。

彼女には何の罪もないのだと、ラカンは言い切って見せた。

 

 

「でっ……ですが……!」

 

「そういうことだって()()()()。アンタは気にする必要はねぇんだ」

 

 

 されど、ナビスは納得いかないという顔で、声を上げかけていた。

それを止めたのはロビンだった。ロビンもラカンと同意見であり、彼女に非がないのを理解している。

 

 また、彼女も自分のサーヴァントを失っている。

そこまでして自分を責める必要など、どこにもないのだ。

 

 

「そう……、ねぇんだよ」

 

「アーチャー……」

 

 

 それに今更何を言ったって、元マスターは帰ってこない。

そんな雰囲気で声を出すロビンを見たナビスは、何も言えなくなってしまったのである。

 

 

「……あーっ、大体のことはつかめたんだが、一つ聞いていいか?」

 

「……なんでしょう?」

 

 

 なんというかとてつもなくしんみりとした空気の中、それを割るようにしてバーサーカーが彼女へ質問を出した。

ナビスも突然の質問に、いったい何が聞きたいのか、とバーサーカーへと振り返る。

 

 

「どうやってそこのアーチャーが再契約したんだ……?」

 

 

 バーサーカーが聞きたかったことの一つ。

それは再契約のことだ。何せマスターが死んでなお、ロビンは彼女というマスターを得て現界を保っている。

その方法があるのだろうと気になったのである。

 

 

「再契約は……、アーチャーの元マスターが、死に際に令呪を用いて行いました。そして、余った令呪も私に……」

 

「……そうか。わるかった……、嫌なことを聞いちまって……」

 

 

 ナビスはその質問に、表情を曇らせながらに答えてくれた。

その方法とは、ロビンの元マスターがその命を終える前に令呪で命じ、マスター権限を移したというものだったのだ。

さらに、使い切っていない令呪も、彼女へと渡したと言うではないか。

 

 それを聞いたバーサーカーは、質問が悪かったと感じ、ばつが悪そうに謝罪した。

 

 

「いいんですよ。その過去と向き合い乗り越えるために、ここにいるのですから」

 

「ダンナの遺言でもありますからねぇ。ここは流石にこの状況は野放しにゃできねぇって訳さ」

 

「……そうかい」

 

 

 されど、ナビスはそれに対して、良いと言った。

何故ならその薄暗い過去を乗り越えるべく、ここへやってきたのだから。

過去に囚われるのをやめ、未来に進むために戦いに来たのだから。

 

 ロビンも当然、同じだ。

それ以外にも、いや、それ以上に元マスターの遺言もあった。

20年後同じ戦いがまた起こるだろう。その時、もう一度戦ってほしい、と。

その約束を果たすため、ロビンは再び現れたのだ。

 

 それを聞いたらもはやバーサーカーは何も言えない。

ただ、ふっと微笑みながら、ぶっきらぼうだが確実に繋がっている二人を見ているだけであった。

 

 

…… …… ……

 

 

転生者名:ナビス

種族:人間

性別:女性

原作知識:あり

前世:30代OL

能力:サーヴァント、バーサーカーの使役

特典:Fateのサーヴァントをランダムで呼び出すチケット

   (召喚されたのはFate/EXTRAのバーサーカー、真名は呂布)

   オマケで令呪3画

   超膨大な魔力(神がサーヴァントに直接魔力供給を行うことを知らなかったため)

 

現在はFate/EXTRAの緑のアーチャー、ロビンフッドのマスター

 

 



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百六十九話 この世界を守るために

 作戦会議の最中、周囲の警戒のために魔法球の外の、飛空艇の甲板のデッキで外を眺めるエヴァンジェリンがいた。

全員が魔法球に入ってしまっては、危険を察知できないので、分担作業としたのである。

ただ、その表情は険しく、何かを深く考えているようであった。

 

 

「あらマスター、どうしたのそんな顔して」

 

「……なんでもないよ」

 

 

 それを気にしたのか、同じく外に出ていたトリスが声をかけてきた。

が、エヴァンジェリンはそれに対して、気にするなとすっぱり切り捨ててきた。

 

 

「大きな戦いの前で、ちょっとセンチになっちゃったのかしら?」

 

「そんなタマだと思ってるのか?」

 

「まさか」

 

 

 そこへトリスは皮肉っぽくいことを言ってきた。

エヴァンジェリンはそれを逆手に皮肉で返せば、やれやれと言う態度をトリスは見せたのだ。

 

 

「あの竜の騎士をどうやって倒すか、考えていたところだ」

 

「アレね……」

 

 

 ここで語らなかったが、エヴァンジェリンが考えていることとは、つまり兄であるディオのことだ。

突然出てきて兄貴面をする、600年前に生き別れになった、実の兄ディオ。

彼が本心で自分に会いに来て仲を戻そうとしているのか、未だにわからずにいたのだ。

 

 されど、それ以外にも考えることはあった。

それこそ先ほど戦い、完膚なきまでに叩き潰してきた存在、竜の騎士。

あの男をどうやって倒せばいいのか、と強く悩んでもいたのである。

 

 竜の騎士、その名を聞いたトリスも、頭が痛いと言う表情を見せた。

トリスは転生者であり、()()()()()()()()()を知っている。

だが、あれほどの化け物だったとはと、戦ってようやく思い知らされたというのが現状だった。

 

 

「まあ、もうなるようにしかならないってことね」

 

「それでは困るがな」

 

 

 もはやどうやって倒せばいいのかわからない竜の騎士。

トリスは当たって砕けろの精神で、破れかぶれな意見を出すだけであった。

 

 エヴァンジェリンはそんなトリスに、それじゃダメだと言う。

当たり前ではあるが、当たって砕ける程度ではあの男を倒すことはできない。

 

 

「アレと当たる際に、もう少し仲間がいれば……」

 

「そうね……。二人だけじゃどうしようもなかったし……」

 

 

 ただ、あれを倒すのであれば、自分たち以外の戦力が必要だ。

エヴァンジェリンはそう考えていた。足りないのなら他で補うしかないのである。

 

 トリスもそれには同意であった。

自分とエヴァンジェリンの二人がかりでさえ、傷一つ付けられない存在。

であれば、さらに戦力を増やして袋叩きにしないと無理だと悟った部分もあったのだ。

 

 

「それよりも……、この状況はかなり危険だ」

 

「一つの世界が滅びる手前ですもの」

 

 

 しかし、今はそれ以上に危険が迫っている。

竜の騎士のこともそうだが、この目の前で起こっている光景、それすなわち世界が滅びを意味しているからだ。

 

 当然トリスはそれを()()()()()

なので、このままではまずいとも思っている。

 

 

「この世界が滅びるだけならよいが、被害はさらに増えるだろう」

 

「……確かにそうね」

 

 

 さらに言えば、そうなった時の被害はこの世界が滅ぶだけではとどまらないと、エヴァンジェリンは考察していた。

この世界の生き残りが、旧世界を侵略する可能性、それすらも予想していたのだ。

 

 トリスも()()()()()()()()()()

”原作”で語られた最悪の結末。地獄のような未来。

それは起こってはならない、起こしてはならないとも、トリスも強く感じている。

 

 まあ、トリスがそう思うようになったのはエヴァンジェリンの従者になった後のことだ。

仮にも敵であった完全なる世界の一員だった彼女は、最近まで全てがどうでもいいと感じていたのだ。

 

 

「……こんな状況だと言うのに、アイツはどこで何をしているんだ……?」

 

「アイツ……?」

 

 

 そう、このままでは世界が滅ぶ。

滅ぼさせんと自分たちは抗っているが、どうなるかはわからない。

こんな一大事な状況で、あの男は何をやっているか。エヴァンジェリンはそれも考えていた。

 

 あの男、すなわちアルカディア帝国の皇帝。

この危機的状況を何とかしようと、やってきたのではないのか。

未だに姿すら見せないとは、何を考えてどこにいる?

 

 いや、すでに近くで何かやっている?

何か大きな準備でも行っているのか?

皇帝の現状を考えれば、きりがないほどに疑問がわいてきた。

 

 しかし、トリスはエヴァンジェリンと皇帝の仲も知らないし、そもそも皇帝自体を知らない。

なのでエヴァンジェリンがこぼす『アイツ』というのがわからなかった。

 

 

「こっちの話だよ」

 

「はあ……?」

 

 

 そんなトリスの疑問は、どうでもいいとばかりにエヴァンジェリンははぐらかした。

話したところで意味がないし、別に話す必要もないからだ。

 

 完全に蚊帳の外のトリスは、疑問ともやもやが残ったせいで、少し困った顔を見せるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 カギも同じく飛空艇の内部にて、周囲の警戒にあたっていた。

そのカギの肩にはカモミールもおり、訝しんだ顔で腕を組んでいた。

 

 

「思ったんだが」

 

「急にどうしたカモ」

 

「いや、今思ったんだが」

 

 

 そして、そんなカモミールがふと、今の心境を語りだした。

カギはカモミールの突然の発言に、何がどうしたと思ったようだ。

 

 

「なんで俺っちもこっちに来ちゃったんだろうなって……」

 

「俺を見るなり飛びついてきたのそっちじゃん……」

 

「いやまあそうなんだけど……、やっちゃったなーって……」

 

 

 カモミールが言いたいこと、それは危険な場所(こっち)へ何故来てしまったのか、ということだった。

普通に考えれば安全な場所で待機となった、別の飛行船に乗ればよかったのではないか、と今更ながら冷静に考えたのである。

 

 しかし、カギの顔を見てこっちについてきてしまったのはカモミール本人だ。

されど、それすらも後悔し始めていると、カモミールは落胆した表情で言い始めたのだ。

 

 

「なんか言い方ひどくねぇ? まるで俺が信用できないみたいじゃん」

 

「いやまあ、兄貴はちょっと信用に欠けるって言うか……」

 

「お前もそんなこと言うのかよチクショウ!! わかってんだよ……!」

 

 

 それは友人のカギを信じてないような発言だ。

カギはショックだ……、という様子でそれを言えば、むしろその通りだとカモミールから返ってきた。

 

 その発言にもショックであったが、言われて仕方のないことはカギ本人も理解していた。

正直こういう場面で信用されるような実績がないのは、わかっているからだ。

 

 

「まあいいさ。一緒にいる間はぜってぇあぶねぇ目には合わせねぇ。約束してやんよ」

 

「マジっスか!?」

 

 

 ただ、それでも友人を危険な目には遭わせないと、カギはこの場で強気で誓いを立てはじめた。

カモミールもいつにもなく真面目なカギに、期待を寄せ始めていたのだが。

 

 

「そりゃもうタイタニックに乗った気分でいてくれ!!」

 

「えっ、それって沈むやつじゃ……」

 

 

 カギのこの発言で、カモミールの期待は泡のように消え去った。

タイタニック号、大型豪華客船だが最後に沈むやつ。つまり沈む船に乗った気で任せろと言うのだ。

 

 いや、それはマジでヤバイ。

カモミールはそりゃねーよ、という様子でつっこみを入れだした。

 

 

「まっまあ信じてくれ! 大丈夫大丈夫!」

 

「やっぱ不安しかねぇよ兄貴……」

 

 

 あっ、やべ、間違えた、ちげーわ。カギはそう思ったがもう遅い。言ってしまったことは早々には覆らない。

とは言え今のは言葉のあやというか例えだ。絶対に守るというのは間違ってないと、慌てながらにカギは訂正を始めた。

 

 だが、カモミールは今のカギの態度で、もうすでに不安しかなかった。

これから先本当にこの調子で大丈夫なのかと、心配になるばかりであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 飛空艇の内部、さらにそこに設置された魔法球内部にて、作戦会議は続けられていた。

 

 

「しかし、本番は敵の本拠地に突入して、敵を倒してからだな」

 

「……ああ、敵を倒すのは儀式を止めるための手段の一つでしかない」

 

「だが、なぜあの儀式が発動してんだ?」

 

 

 直一は、この作戦は敵の本拠地である墓守り人の宮殿へと侵入し、敵を倒すだけではないと話す。

いや、むしろ侵入して敵を倒した後の方が、問題としては大きいのだ。

 

 何故なら、自分たちの目的は敵の撃破ではなく、今発動し始めている”()()()()()()()()()”の阻止だからだ。

アルスも直一の言葉に、その通りだと言葉にする。

 

 そこでラカンは、さっきから思っていた疑問を口に出した。

それはあの儀式が、()()()()()()()()()()()()()、というものだった。

 

 何せ、あの儀式に必要なパーツである、黄昏の姫御子であるアスナは、未だにここにいる。

彼女は偽物ではなく本物であり、敵の手に渡ってはいない。

だというのに、儀式が動いている。それがわからないのだ。

 

 

「私の予想だけど、たぶん私の代わりが存在してると思うの」

 

 

 そこにアスナが顔を出し、自分の意見を語り始めた。

あの儀式が発動している原因、それこそ自分の代わりが存在するのではないか、という仮説だった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 あの儀式の発動には、絶対に自分が必要だとアスナは語る。

魔法の無力化。その力が絶対に必要なのだと。

 

 

「でも、()()()使()()()()()()()()()()。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()なのよ」

 

「確かに、そう言われりゃそうだ」

 

「やはり、そう考えた方が辻褄が合うか……」

 

 

 だが、自分は未だここにいると、アスナは語る。

であれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、アスナは言う。

 

 その説明を聞いた直一やアルスも、それ以外に理由が考えられないと思った。

また、その仮説ならば現在の状況も理解できると、納得した様子を見せていた。

 

 

「そこんとこどうなんだ、自称アーチャー」

 

「……そうだな。()()()()()()()()

 

「やっぱり……」

 

 

 ならば、それを知ってそうな奴に聞くのが一番だ。

アルスは即座に、後ろで腕を組んで立ち尽くしている赤いアーチャーもどきに質問を飛ばした。

 

 そこで返ってきた答えは、YESだった。

されど、仮説が正しかったと言うのに、そのアスナの表情は暗い。

 

 何故なら、自分の仮説が正しかったことに、喜び以上に悲しみを覚えたからだ。

自分のように誰かが、こんなことに利用されていると言う悲劇が、また繰り返されていることだからだ。

 

 

「だから私は、まずその代わりになった人を助けたいっ!」

 

「そうだな……、絶対にそうしよう!」

 

 

 そう、故に、だから、アスナはそこで高らかと宣言する。

その利用されている誰かを助け出したいと。いや、絶対に助けるべきだと。助けると。

 

 アルスもそれには同意だ。否、この場の全員が同意であった。

こんなくだらんことのために、利用されて不幸になるものがいてたまるか。

誰もがそう思い、一丸となっていた。

 

 

「だけど、それで儀式が止まるのか?」

 

「20年前、メトがお前さんを助けた時も、ナギは儀式を止められなかったはずだぜ?」

 

 

 が、しかし、問題は別にある。

仮にその儀式の鍵となっている人を助けたとして、はたして儀式が止まるか、という疑問がわいたのだ。

直一がそれを言うと、ラカンは20年前の経験から、それはないと言葉にした。

 

 儀式に利用された人を救出したところで、この儀式が止まるという保証はなかったのである。

 

 

「……最悪、それは私が何とかする」

 

「アスナさん?」

 

 

 それに対してアスナは、決意したかのような表情で、それは自分が止めると言い出した。

ネギはその普段以上に険しい顔を見せるアスナを見て、ついつい名前を呼んでしまうほどだった。

 

 

「私なら何とかできる力がある。儀式を止めるぐらいはできるわ」

 

「本当ですか!?」

 

「本当の本当よ」

 

 

 アスナは理解していた。自分にはあの儀式を中断し、操作できる力があることを。

その力を利用して、この魔法世界を復元するほどのことも可能だということを。

 

 ネギはそのアスナの言葉に、希望を見出したような顔でそれが本当にできるか質問すれば、アスナは自信満々にできると返す。

 

 

「……だが、それにはずいぶんと代償を払うことになるんじゃないか? アスナ」

 

「えっ……!?」

 

 

 しかし、そこへ割って入るように、エヴァンジェリンがその場に現れ、話を持っていく。

その儀式を止め、修復するにはアスナ自身、大きな代償が伴うことを、エヴァンジェリンはすでに察していたのだ。

 

 ネギは、その代償という言葉にピクリと反応し、再びアスナの顔を見た。

そこで見たアスナの顔は、翳りと苦渋さが見え隠れしていた。

 

 

「……最悪私がやるってだけよ。それ以外の方法もあるはず……!」

 

「そんなものが都合よくあるのか?」

 

「それは……」

 

 

 とは言え、それこそ最終手段。

それ以外に何か手があれば、そっちをやればよいと、楽観的な意見をアスナは出す。

 

 されど、エヴァンジェリンにそれを鋭くつっこまれてしまう。

いや、アスナとて最初から理解していることだ。この方法が一番世界を救うことが可能な方法であることを。

 

 

「いや、あの男なら何か用意していてもおかしくはないが、どこで何をやっているんだか……」

 

「……?」

 

 

 だが、そこでエンヴァンジェリンは、自分の発言を思い返して独り言を言い出した。

それはあのアルカディアの皇帝のことだ。あの男がこの期に及んで何もしないはずがない。

どこかで虎視眈々と、何かをするチャンスを狙っているはずであると。

 

 ただ、未だに影も形もないあの皇帝に、エヴァンジェリンもしびれを切らせていた。

正直今ここに出てきたらぶんなぐってやろうと思うぐらいには、あの男が顔を出さないことに焦りを感じてはいたのである。

 

 そんな小言でブツブツと文句を言いだしたエヴァンジェリンに、アスナは急にどうした、という顔を見せた。

まあ、そういう時期もあるんだろう、と考えてあえて何も言わなかったが。

 

 

「でも、世界は消させない! だったらやるしかない……!」

 

「覚悟があるんだな?」

 

「うん……!」

 

 

 それよりも、ここで一番重要なのは、この魔法世界を消滅させないことだ。

そのためならば代償だろうが何だろうが関係ないと、アスナは大きく宣言して見せた。

 

 エヴァンジェリンはそのアスナの言葉を聞いて、本当にやるんだな、と覚悟を聞く。

アスナもエヴァンジェリンの問いに、力強く頷いてその覚悟の強さを見せたのだった。

 

 

「わかった。これ以上何も言わん。協力もおしまん。好きにやれ」

 

「ありがとう! エヴァちゃん!」

 

「だからお前はなぁ……」

 

 

 そこまでの覚悟があるのならば、もう言うことはない。

本人がそれをよしとし、やると言うのであれば、これ以上他人が口をはさむことではない。

エヴァンジェリンはそう言いながらも、であれば、最大の力で助力すると言葉にした。

 

 そのエヴァンジェリンの気遣いに、アスナはつい感激して抱きつき、ちゃん付で呼んでしまったのである。

もはや完全に癖となっていて抜けないようだが、エヴァンジェリンはそれだけは不服なのだ。

が、もはや諦めているのか、ため息をついて不機嫌そうな顔を見せるだけであった。

 

 

「いいのかよ、マジで」

 

「マジよ」

 

「マジかよグレート」

 

 

 それを聞いていた状助が、ふとアスナへ声をかけてきた。

状助は”原作知識”がある転生者であり、その()()()()()()を知っている。

だからこそ、もう一度それでいいのか、聞いてしまったのだ。

 

 されど、アスナの決意は固く。

状助の真似するかのように、本気と書いてマジと言うではないか。

 

 状助もそれにはもはや言う言葉もなく、いつものお決まりのセリフを言うのが精いっぱいだった。

 

 

「あの! 代償を払うってどういうことなんですか!?」

 

「色々()()()()()()()()()()()ってことよ」

 

「それってどういう……!?」

 

 

 と、そこでネギもアスナに、代償について戸惑いながら質問をしてきた。

しかし、アスナはそれをはぐらかすようなことを言うだけで、具体的にどうなるのかまでは言わなかった。

 

 いや、実際アスナが言った答えは、間違ってはいない。

100年、その長い時間封じ込められ、世界の糧にされるのだから。

 

 されど、ネギにその言葉の意味は伝わらない。

だからネギはわからないという顔で、具体的にどうなるかをもう一度質問する。

 

 

「そんなことより……、あの儀式を止めるためには、やらなきゃいけないことが多いのよ」

 

「……彼らが持っていた杖、その大本である最後の鍵(グレートグランドマスターキー)、ですね……?」

 

「そう、それが必要になるわ」

 

 

 アスナはその代償のことなどを、そんなこと、と切り捨てて、再び本題へと話を戻す。

ネギも今の問いをアスナが答えなかったのを流し、それに必要な別の鍵のことを言葉にした。

 

 それこそ造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)、その全ての原典たる最後の鍵。

無数にあるマスターキー、その上にある七つのグランドマスターキー、さらにその上にある、頂点に立つ一本。

 

 この一本で魔法世界の全てを支配できると言っても過言ではない、魔法の鍵。

これがなければ儀式を止め、安全に処理することは不可能だ。

 

 そして、これはのどかのアーティファクトの読心術により、デュナミスから得られた情報だ。

これをのどかが説明した時、誰もが彼女を褒めたたえ喜んだほどに、重要かつ貴重な情報だったのだ。

 

 

「敵を倒してそれを奪って儀式を止める。完璧な作戦っスねぇー、難易度馬鹿高いって点に目をつぶればよぉ~……」

 

「だけど、やるしかない」

 

 

 とは言え、これを簡単にやってのけるのは至難の業だ。

状助はこの非常に難しいミッションに対して、完璧な作戦と皮肉った。

 

 が、アルスはそれでもやらなければならないと強く言葉にする。

 

 

「そうだ。やるしかねぇ」

 

「やらねぇとこの世界がパーになっちまうしな!」

 

 

 続けて直一もやらなきゃいけねぇと言い、ラカンもできなきゃ世界は終わると笑った。

 

 

「ラカンさんは笑い事ではないのでは……?」

 

「はっ! 世界がどうなるかなんてわかんねぇんだ。気にしたってしょうがねぇだろ?」

 

「そ、そんなものなんでしょうか……」

 

 

 いや、笑いごとではないだろう。

ネギはそうつっこむも、こうなったら笑うしかねぇとラカンは言うではないか。

 

 ラカンにとって世界がどうなろうが自分がどうなろうが、なるようにしかならんと思っている。

ただ、何とかしようと必死に戦うことに変わりはないと、それ以上に思っているだけなのだ。

 

 とは言え、そんなラカンの心境などネギにはわからないので、ただただ困惑するしかなかったのである。

 

 

「とにかく、下層から侵入し、敵を迎撃し、儀式の鍵となっている人を助け、グレートグランドマスターキーをゲットする。それが作戦でいいな?」

 

「おう!」

 

 

 だが、ここでようやく作戦がまとまった。

やることは多いが、これ以外最善はない。誰もがその作戦に納得し、あとはやるだけだと意気込んだ。

 

 

「もう一度大切なことだから言うがよぉ、マジなんだな?」

 

「そうよ、グレートなマジよ」

 

「……そうかよ……」

 

 

 そんな時に、状助は再びアスナへと、さっきの話の続きを始めた。

本当に、本当に自分が犠牲になってでも、儀式をなんとかするんだな? 状助は再度確かめるようにそれを聞いたのだ。

 

 しかし、アスナの答えに変わりはない。

されど、その表情は硬くはなく普段通りの柔らかな顔で、冗談交じりに答えていた。

 

 それを見た状助は、そんな顔でそう答えられたら、もう何も言えねぇよと思った。

なんだろうなこの気持ち、なんだかわからないがモヤモヤしている。状助はそう思うが、それを言葉にできなかった。

 

 

「……何よ?」

 

「いや、お前がそれでいいんなら気にしねぇよ……」

 

「そ……」

 

 

 何か言いたそうな、少し辛そうな顔を見せる状助に、アスナは何かあるなら言えば? と言うような声をかける。

が、状助はそれでもあえて言うことはないとし、だったら自分も気にしないと言った。

 

 とは言え、気にしないというような表情ではなく、やはり多少曇っているように見えた。

アスナはそれを気づかない振りをしながら、あえていつも通りの素っ気ない返事で返すのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ーーーーここはウェスペルタティア王国、その空中宮殿。

市街から少し離れた場所に浮かぶ、円盤状の建造物が複数集まり、魔法陣のように形成された建造物。

 

 麻帆良を結ぶゲートがあり、20年前に閉鎖された場所でもある。

少し先にはラスボスのダンジョン、墓守り人の宮殿が直視できる場所に浮いた。

 

 その宮殿の中央に立ちながら、空を眺める男が一人。

それこそ今まで姿を見せていなかった、あのアルカディアの皇帝、ライトニングであった。

 

 

「さぁて、お待ちかねの時間が迫ってきたぜ」

 

 

 皇帝は空を眺めながら、魔力(ひかり)の収束具合を確かめながら、一人つぶやく。

彼はこの状況が来るのを、あたかも待っていたかのような発言をしていた。

 

 

「この調子じゃ、()()()はあと数時間後だろう」

 

 

 そして、この魔力が完全に集まるまで、もう少しかかると予想した。

皇帝の狙いは、どうやらその瞬間であるかのようであった。

 

 

「ギガント」

 

「ハッ」

 

 

 と、そこで皇帝が部下の名前を呼べば、背後から頭を下げて膝をつくギガントがすでに。

今すぐにでも命令をくださいと言わんばかりに、返事を返していた。

 

 

「お前は先に行って陰ながらにサポートだ。任せるぜ」

 

「承知いたしました」

 

 

 皇帝はギガントに、次の行動を命ずる。

それは今まさに敵陣へと突入するであろう、()()へのサポートだった。

 

 その命令を快く承諾したギガントは、地面へと溶けるかのように消えていったのである。

 

 

「……もうすぐだな」

 

 

 ギガントが見送った皇帝は、次に墓守り人の宮殿へと目を移す。

その顔は何とも言えない哀愁が漂っていた。

 

 また、何かを待ちわびるようなことを、独り言のようにこぼす。

それは普段は絶対に見せない、長い時間、それこそ本当に長い時間、この瞬間を待っていたかのような、そんな表情と声色であった。

 

 

「さて、あっちはもう終わったころだろうな」

 

 

 墓守り人の宮殿を数秒間眺めた後、皇帝はさらに市街の外側の空を見た。

そこにはオスティアの艦隊とアルカディア帝国の艦隊が浮かんでおり、皇帝はそれを見ていたのだ。

 

 その艦隊こそ、皇帝の命じた作業の一つ。

それももうすぐ終わるだろうと予測し、皇帝はゆっくりと逆の歩行に歩き出したのだった。

 

 

 そして、そのオスティアの艦隊の旗艦の内部にて、皇帝の部下が二人。

その二人の男、仮面の男と赤いハチマキの男。メトゥーナトと龍一郎だ。

 

 さらにはその目の前に、一人の老人の姿があり。

20年前、死ぬ運命から救われた男、マクギル議員であった。

 

 

「無事、全てのオスティアの民の避難は完了いたしました」

 

「よくやってくました……。代理ですが代表として感謝をいたします」

 

 

 メトゥーナトと龍一郎は皇帝の命令により、オスティアの市民の非難を行っていた。

それが今、ようやく完了したのを、現在オスティアの代表であるマクギル議員へと報告していた。

 

 マクギル議員は、()()()()()()()()()()()の代わりに代表を務め、この都市を守ってきた。

故に、彼らの功績を非常に喜び称え、両手で握手を交わして感謝と感激を伝えたのである。

 

 

「そっちも聞こえているだろう?」

 

『ああ、聞こえているぞ。助かる』

 

「何、わたしは皇帝の命令通り動いただけにすぎん」

 

 

 また、この会話はガトウとクルトが乗る艦にもつながっており、メトゥーナトはそちらにも報告を述べる。

ガトウはオスティアの市民の無事を聞いてホッと胸をなでおろしながら、同じく礼を言葉にした。

 

 されどメトゥーナトは皇帝の命令故、感謝は不要と言うではないか。

なんという義理堅さ。皇帝の命令なくとも、必要とあらばするであろう事柄でさえ、そう言い切ってしまうのがこの男だ。

 

 

「しっかし、こういうのは疲れるぜ。俺は基本戦うの専門だからよ」

 

「所詮脳筋か」

 

「お? テメェが言える立場か? あ?」

 

 

 そんなメトゥーナトを横に、右肩に左手を置いて右腕を回す龍一郎。

彼は基本的に戦闘が任務なので、こういった避難行動の誘導などは戦闘以上に疲労を感じたのである。

 

 が、それを聞いたメトゥーナトは、なんともこんな場所でさえ挑発しだすではないか。

いや、皇帝の部下と名乗るのであれば、この程度のこともこなさねばならんのは当然なのではある。

 

 とは言え、言い方が悪いというか、なんともすぐに喧嘩しそうになるのがこの二人。

龍一郎もその挑発に乗っかるように、挑発仕返しだしたのである。

 

 

「……いや、しかしまあ、俺たちだけじゃねぇけどな」

 

「ご協力感謝します。ありがとうございました」

 

 

 だが、場は弁えているのもこの二人。

こんな場所で戦闘しだすほど馬鹿ではない。

 

 龍一郎は自分だけが頑張っていた訳ではないと、反対側へと視線を送る。

メトゥーナトもそちらに振り返り、そこに集っていた数十人の人・亜人たちに感謝を述べ頭を下げたのである。

 

 

「感謝なんてとんでもない! 傭兵として与えられた任務をこなしただけだよ!」

 

「そうですぜ」

 

 

 それこそ”原作”ならば奴隷となり、奴隷長となっていた熊の亜人、クママ奴隷長だった。

()()()()オスティアが地面に落下していないので、奴隷にはならずにずっと傭兵の剣士をこなしてきたようである。

故に、見た目は奴隷のメイドではなく、たくましい鎧を装備した戦士の姿だった。

 

 また、その横にはあのトサカたちもおり、トサカも照れながらにクママの言葉に同意していた。

 

 

 メトゥーナトは自分たちやその部下、オスティアの兵士たち以外にも、彼女ら傭兵を雇って行動させたのだ。

このオスティアの市民を素早く、手際よく、騒動を起こさずに艦隊に避難できるように。

 

 

「それにずっと住んでる場所だし、せめてこういう時にこそ協力しねぇとよ」

 

「そういうことだねぇ」

 

 

 彼らはこのオスティアを拠点に、ずっと傭兵として生活してきた。

20年前に滅びなかったが、元々彼らが持つ、心の奥底から国を大事に想う気持ちは変わらってはいない。

 

 だからこそ、自分の故郷を守護るという気持ちに、素直に行動しただけだとトサカは言ってのけた。

クママも同じく、いや、ここに集まったオスティアの傭兵たちも、その思いで避難の誘導を行った。

そのおかげで、こうしてオスティアの市民全員を、艦隊へと迅速に避難させることに成功したのだ。

 

 

「では、あなた方はこの艦にて避難していただきます」

 

「ありがたいねぇ」

 

「助かりますぜ……」

 

 

 そして、メトゥーナトは彼ら傭兵も、この戦艦に乗ったまま避難するよう話す。

クママはそれについて非常に喜び、トサカも自分たちの安全が確保されたことに安堵していた。

 

 

「よし、我々は早々に次の任務へ移行しよう」

 

「いっそがしいったらありゃしねぇな」

 

 

 こうして無事に任務を終えた二人は、次に指示に従い行動を開始。

足踏みを揃えながら艦の甲板へと歩き出し、外に出て飛び去って行ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、単独行動を決めたディオはというと。

 

 

「おっ、ディオのやつが帰ってきたみてぇだな」

 

「あいついつもフラフラしてばっかでクソじゃんか」

 

「まっ、俺たちも人のこと言えねぇけどなグヘヘ」

 

 

 すでに影の転移で墓守り人の宮殿へと帰ってきていた。

しかし、その表情には影がかかり、不穏な空気を身にまとっていた。

 

 そんなディオに()()()()()()()()()()を投げる転生者たち。

彼らは所詮は木っ端の連中ではあるが、一応完全なる世界のものたちだ。

 

 

「グワーッ!?」

 

「ギニャアァァーッ!!?」

 

「ギャースッ!!?!」

 

 

 転生者連中は小馬鹿にした態度でディオ近づけば、急にディオの姿が消えたのだ。

するとどうだ。一人の転生者が突如として吹き飛び、壁にめり込んで悲鳴を上げているではないか。

 

 否、一人ではない。

すでに、そうすでに、ディオの目の前にいた3人の転生者が、殴られ蹴られ、吹き飛ばされて床に転がっていたのだ。

 

 

「悪いがお前たちはもう、……この私の敵だ」

 

「あばあば……」

 

「う、裏切りやがったっ!!!」

 

 

 ディオにとって完全なる世界は、利用するだけ利用して捨てるだけの組織でしかない。

目的である妹、エヴァンジェリンにはもう出会い、何度も会話した。

だからもう、ここにいる必要はない。

 

 そして、彼らの行動は自分たちの静寂を脅かすこと間違いなし。

だからディオは、彼らを裏切り、敵対することを選んだのである。

 

 転生者たちは急に殴り飛ばされ、困惑と混乱で頭がどうかしそうであった。

だが、ディオが裏切ったということだけは、明確に理解できた。

 

 

「裏切った? 何を言っている? 私は最初からお前たちの味方ではない」

 

「ふっ……ふっざけんなぁぁぁ!!!」

 

 

 されど、ディオには裏切ったという気持ちは一欠けらも存在しない。

何故なら、最初からディオはこいつらの仲間と思ったことなど、一度もないからだ。

 

 それを言われた転生者の一人は、激昂してディオへと襲い掛かった。

 

 

「ふん」

 

「グギャーッ!?」

 

 

 されど、悲しいかな、その程度の力ではディオに触れることさえかなわない。

ディオは姿を消せば、逆に襲い掛かった方が再び吹き飛び、床に転がる始末だった。

 

 

「命までは取らんでやる。が、再起不能になりたいものからかかってくるがいい。このディオに向かってッ!」

 

「調子こいてんじゃねえぞこらぁ!!」

 

「ぶっ殺してやる!!」

 

 

 そんなディオであるが、彼らを殺そうとまではしない。

こんな奴らを殺しても、虚しいだけだからだ。故に、動けなくなるまでボコボコにぶちのめすことを選んだ。

 

 それは挑発でもあった。

転生者たちはディオへの怒りをメラメラと燃やし、今度は三人同時にディオへと襲い掛かったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、単独行動をすると決めた覇王と言うと、すでにウェスペルタティアを取り囲む超巨大多重積層魔法障壁を抜け、オスティアをも越えて墓守り人の宮殿が目視できるところを、黒雛を纏って飛行していた。

 

 また、捕らえた陽とバァンは皇帝から貰い持ち歩いていた、牢獄用の魔法球内へと閉じ込めたのである。

 

 

「あれが敵の本拠地か……!」

 

 

 敵の本拠地、墓守り人の宮殿。

それがもうすでに眼下まで迫ってきていた。

そこでさて、どうするかと覇王は考える。

 

 このまま突入して内部を荒らし、敵を減らしてしまってもいいだろうと思った。

されど、あの竜の騎士が出てくれば、たちまち激戦になるのは明らかだ。

 

 それ以外にも、竜の騎士と同等の転生者が複数いる可能性を考慮。

であれば、このまま無策に突入するのは、自分とて非常に危険だと考察した。

 

 

「だが、ここで手をこまねいている時間も余裕もない……、どうする……?」

 

 

 とは言え、状況はどんどん切迫してきている。

魔力はどんどん集まってきており、時期に世界が消滅するのは目に見えている。

 

 覇王はこの状況下で、自分がどう行動するのが最適なのか、頭を巡らせた。

もうこのまま墓守り人の宮殿ごと、吹き飛ばしてしまおうか、そう考えた瞬間!

 

 

「――――!? グッ!!?」

 

 

 とてつもない物理的な攻撃が覇王を襲ったのだ。

 

 

「お前は……!? 一体どこから……!?」

 

 

 全身真っ黒のローブで身を隠し、腕には何やら戦斧らしき武器が握られていた。

それは覇王の黒雛のアームでガードされているが、とてつもない力によって、押されている状況だった。

 

 姿はローブで隠れているが、体つきは見て取れた。

大柄な男性のようで、よく見れば筋肉がついた逞しい四肢がちらりと目に入る。

だが、そんな悠長に構えいてる余裕など存在しない。

 

 

「――――――――ッッッ!!!!」

 

「ッ! こいつ!!」

 

 

 ガァンッ!! 金属がはじける音が鳴り響く。

敵が武器で覇王を弾き飛ばした音だ。今の衝撃で覇王は一瞬で落下し、地表スレスレまで叩き落された。

 

 

「くっ!?」

 

 

 すると、敵の姿はすでに上空にはなく、覇王は周囲を即座に検索した。

だが、敵はすでに覇王の背後へと迫ってきており、握った武器を横なぎに振るったのである。

 

 

「――――ッッ!!!」

 

「パワーはすさまじいが、それじゃ僕は傷つけられないぞ!」

 

 

 ドゴォン!! と言う大地が砕ける音がした。

背後からの攻撃に気が付いた覇王が、敵の攻撃を黒雛のアームで再びガードしたからだ。

その衝撃によって、覇王の真下の大地が砕け割れ、岩石が飛び散ったのである。

 

 しかし、覇王の余裕とアドバンテージは崩れてはいない。

何せ覇王が身にまとう鎧、黒雛はO.S(オーバーソウル)で作り出されたものだ。

 

 O.S(オーバーソウル)はただの物理的な攻撃では、破壊することは不可能。

気や魔力、そして同じ力であるO.S(オーバーソウル)でなければ打ち破れないからだ。

 

 

「お前が何者かは知らないが、敵対するならここで滅んでもらうぞ」

 

「……!」

 

 

 覇王は急に襲ってきた敵へと話しかければ、即座に黒雛の爪を敵へと突き出す。

敵はそれに反応し、地面を砕いて空に浮かんでいる墓守り人の宮殿へと戻っていく。

 

 

「逃がす訳にはいかないな!」

 

 

 だが、覇王は敵を逃がす気は一つもない。

迎撃装置が覇王を狙い、とてつもない数の巨大な杭ような弾丸が嵐のように降り注ぐ中、覇王はそんなものなど意にも介さず、敵が逃げ込んだ宮殿内へと素早く移動し侵入していった。

 

 

「……」

 

「隠れる気はないのか? ここで決着をつけるって訳か?」

 

 

 そして少し奥まで進んだ場所に、少し開けた部屋があった。

大き目のドーム状の部屋で、中央に円形の魔法陣がある以外何もない部屋だった。

その中心に敵は立っており、まさにこの場所で勝負をしようという感じだったのだ。

 

 覇王は罠の可能性を考慮して慎重に移動しながらも、敵の行動はここでのタイマンなのだろうか、と思った。

ただ、敵は無言で何も言わず、ただ武器を握ったまま棒立ちをしているだけであった。

 

 

「いいさ。罠だろうが何だろうが……、っ!」

 

「――――ッッ!!!」

 

 

 覇王はこれが罠であれ、目の前の敵を倒さなければ先に進めぬと悟った。

ならば、ここでさっさと決着をつけ、先に進もうと考えた矢先、敵が瞬間移動したのではないかという速度で目の前まで肉薄してきたのだ!

 

 

「ッッ!!!!」

 

「甘いぞ! そんな物理攻撃では……、なっ!?」

 

 

 敵の攻撃するスピードは、もはや一瞬だった。

気が付けば振り上げていた腕が、すでに振り下ろされており、咄嗟に防御の構えをとった黒雛のアームに直撃していた。

 

 だが、ただの物理攻撃では黒雛に傷すらつけられない。

破壊するのであれば同じ力であるO.S(オーバーソウル)か、気や魔力を帯びた攻撃でなくてはならない。

覇王はそれを相手に言おうとした直後、なんと黒雛が捻じれてひび割、砕け始めたのだ。

 

 

「……なるほど。そういうことか」

 

「……」

 

 

 覇王は砕かれた黒雛の腕を見ても冷静に対処し、瞬時に後退。

そこで敵を凝視して”相手の特典”を見て、すべてを察した様子だった。

 

 

「しかし、……それは厄介だ。すでに、僕はお前の手中と言うわけか……」

 

「……」

 

 

 されど、覇王は急に膝をつき、急に苦しそうな顔を見せるではないか。

そして覇王は、すべてを理解したかのような発言を、相手へと投げかける。

 

 その言葉にも敵は反応せず、ゆっくりと覇王へと近づきながら、武器を振り上げ始めた。

 

 

「っ! 長期戦はさせないぞ……! O.S(オーバーソウル)! リョウメンスクナ!」

 

「――――ッッ!!!」

 

 

 敵は直後、覇王の目の前へと現れ、武器を振り下ろした。

覇王は多少不利な状況となったのを理解し、さらに戦力を投入。

 

 それはO.S(オーバーソウル)神殺し。

巨大な刀型に作り出された甲縛式O.S(オーバーソウル)だ。

それを一瞬にして作り出し黒雛の腕に装着すれば、瞬く間に振り上げた。

 

 すると、敵が振り下ろした腕は上腕から分断され、覇王の真横に腕とともに敵の武器が突き刺さる。

敵は腕を切られた痛みからか、声にもならない絶叫をこの部屋に響き渡らせた。

 

 

「これで終わりにする! 秘剣……”燕返し”!!」

 

「――――ッ! ……ッッ!!」

 

 

 そして、覇王はとどめを宣告すれば、即座に構えて技を解き放った。

それこそ燕返し。三つの斬撃が狂いもなく同時に敵へと吸い込まれ、突き刺さる。

三つの斬撃を直撃し、左肩、右脇、左足を深々と叩き切られた敵は、声すらも出せずにズズゥンと言う重く鈍い音とともにその場に倒れこんだのであった。

 

 



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百七十話 嵐の中へ

 話し合いも終わり、そろそろ敵陣へと乗り込む算段となった。

 

 

「では……、そろそろ行きますか」

 

「だね!」

 

 

 ネギはそれをこの船の操縦者であり持ち主でもあるハルナへと告げ、ハルナも出発の準備はできていると言う様子で舵を取り始めた。

 

 

「――――! 誰だ!?」

 

 

 そんな時、魔法球から出て飛行船の甲板にて周囲を警戒していたアルスが、ふと気配を察知した。

アルスが察知して向けた視界の先には、浮遊する岩の天辺で腕を組む男の姿があった。

 

 

「ようやくここまで来たか、雑種どもよ」

 

「あの時の金色ってか!」

 

 

 その男は黄金の鎧を身にまとった、金ぴかの男だった。

それは新オスティアにて強力な武器をまき散らして攻撃してきた男だと、ラカンも気が付いたようだった。

 

 

「ほう、生きていたのか」

 

「おあいにく様、死神も暇ではなかったようでね。私のような存在には目もくれなかったようだ」

 

「ハッ! 死にかけの分際で粋がるな」

 

 

 だが、金ぴかの男はラカンの言葉よりも、この場に何故かいるアーチャーとやらが気になった。

あいつはこの前、自分が背後から剣で串刺しにしてやった。あの傷では死んだと思っていたが、そうではなかったことに、少しだけ興味を覚えたようだ。

 

 それを聞いたアーチャーは、赤い弓兵(アーチャー)っぽい言い回しで皮肉っぽく金ぴかを煽る。

 

 されど、そんなつまらない煽りに乗るほど金ぴかもバカではない。

むしろ、たかが()()()ごときが、何を格好つけてそんなこと言ってるんだと、自分を棚に上げて笑うのをこらえながら、調子に乗るなと煽り返したのだ。

 

 

「しびれを切らせて直接倒しに来たって訳か!?」

 

「そういきり立つな。(オレ)手ずから相手にしに来た訳ではない」

 

「なんだと!?」

 

 

 そこへアルスが金ぴかへと戦闘の姿勢を見せたまま質問すれば、金ぴかはそれすらも嘲笑い、NOと言ってきた。

 

 自分が手を汚しにきた訳ではない。

そう言われたアルスは、では何をしに来たと疑問を感じながら、何が起こるかわからんと周囲を警戒し始めた。

 

 

「そう、(オレ)が相手をする訳ではなく、こいつらが相手をするのだからなぁーっ!」

 

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)!?」

 

 

 金ぴかの意図は、自分ではなく召喚魔に攻撃させるために、ここへ来たと言うものだった。

そして、金ぴかは王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を取り出せば、背後に無数の魔法陣が展開されたのだ。

 

 

「では、存分に楽しむがよい! フハハハハハッ!!」

 

 

 さらに、魔法陣からは大量の召喚魔が続々と魔法陣から顔を出し始め、このままでは大群に襲われることは確実だ。

金ぴかはこの状況に笑いながら、浮遊する岩の背後に隠してあったヴィマーナへと乗り込み、さっさと飛び去って行ったのである。

 

 

「これはマズイ! 今すぐ発進を!」

 

「えっ!? わっ、わかった!!」

 

 

 大量に召喚された召喚魔を見た刹那も、このままでは襲われると考えハルナに飛空艇を出すように指示を出す。

ハルナも急に言われて困惑したが、言われた通り即座に飛空艇を発進、加速させたのだ。

 

 

「クソ! 野郎はもう姿をくらましたのか!」

 

「本当に邪魔しに来ただけって感じだぜ……」

 

 

 また、アルスは金ぴかがもうすでにこの場にいないのを確認し、してやられたと言う顔を見せていた。

直一も金ぴかが宣言通り、自分の手で攻撃しなかったことに安堵しながらも、これから大変だと思うのだった。

 

 

「オイオイオイ! すげー数の敵が追ってきてるんだがよー!」

 

「なあに、このぐれぇで驚きやしねぇよ!」

 

「僕も手伝いますよ……!」

 

 

 飛空艇は順調に加速し、敵陣目掛けて疾走する。

されど、背後からは湧きに湧いた大量の召喚魔が、飛空艇を追って迫ってきていた。

 

 追ってくる召喚魔の数に度気味を抜かれ、こりゃヤバイと焦り、弱気な声を上げ出す状助。

 

 しかし、こちらには強い味方が存在する。

その一人のラカンは、気にした様子を見せずに拳を連打して気を発射し、敵を撃退し始めた。

 

 それだけではない。

高畑もラカンに乗じて、無音拳をポケットから発射。

大量の敵をどんどん蹴散らし始めたのだ。

 

 

「すぅんげぇー……、流石だぜ……」

 

「流石元紅き翼ね……!」

 

 

 その思わずため息が出るような強さに、状助は感激を通り越して呆れていた。

なんだあの強さは。片方はバグってるけど片方は教師か? 同じ人類なのか? そう思えるほどであった。

 

 アスナも二人の戦いぶりを、見習いたいと思いながら見ていた。

武器なし、己の拳で放つ気の拳圧のみで、大量の召喚魔を吹き飛ばしている。

自分も同じ高みに上り詰めたいと、改めて強く思うのだった。

 

 

「うーむ、強い……」

 

「やっぱり一度手合わせしてほしいアル!」

 

 

 二人の戦いぶりを見た楓と古菲は、闘志に火が付いたようだ。

とてつもない拳の破壊力。それを目の当たりにした二人は、彼らと戦ってみたいと思いながら、飛空艇の防衛にまわるのであった。

 

 

「余裕こいてるけどよー! 敵の数減ってねえんじゃあねえのかあ!?」

 

「こっちの戦力を考えて敵の量を増やしてんだろうな!」

 

 

 されど、敵の数が一向に減る気配がない。

状助はこの状況に焦燥感に駆られ、冷や汗を流して叫んでいた。

 

 アルスもこの状況を考えて、敵は戦力を”原作以上”に増量しているのだろうと言葉にした。

何せこちらの戦力も”原作以上”になっているのだから、敵の対応が変わるのも当然というものだからだ。

 

 

「私たちもやるわよ!」

 

「そうですね」

 

「はいな!」

 

 

 この状況に見かねたアスナは、自分たちも戦おうと召喚魔へと攻撃を始めた。

アスナの号令とともに、刹那と木乃香も乗り出す。

 

 さらに楓や古菲や裕奈、ネギや小太郎とそれ以外のものたちも、敵を減らし飛空艇を守るために戦闘を開始。

召喚魔の大群に囲まれながらも、飛空艇への接近を許さなかった。

 

 

「っと! 出遅れちゃいけねぇなっ! オラよォッ!」

 

 

 だが、そこでひと際派手に暴れる大男の姿があった。

すでに普段の姿に戻り、白シャツ黒ズボンを着こなした金髪(ゴールデン)オカッパの、筋骨隆々なるゴールデンボディを持ったバーサーカー。

 

 なんとバーサーカーは()を使わず、自らの膂力と瞬発力だけで、空中を飛翔する召喚魔へと直接殴り込みに駆けたのだ。

他の仲間たちは遠距離攻撃や飛行しての戦闘だというのに、何たる無茶な行動ではないか。

 

 ――――されど、この程度のハンデなど、バーサーカーにとってはハンデたりえない。

 

 その巨大な鉞である黄金喰い(ゴールデンイーター)の一撃で召喚魔を朽ち果てさせれば、その屠った召喚魔を蹴り飛ばし、足場替わりにして次の召喚魔へと移動する。

これを幾度となく、しかも超高速で行うことで、大量の召喚魔を瞬く間に駆逐していく。

 

 これにはマスターである刹那も目を丸くして驚いた。

バーサーカーは空が飛べない上に、基本的に遠距離攻撃の手段がない。

それ故に、飛空艇に近寄る敵を倒すだけだと思っていたからだ。

 

 

「何なんだよあの無茶苦茶っぷりは……、敵でなくてよかったぜ全く……」

 

 

 また、驚いているのは刹那だけではない。

飛空艇を守備しつつ自慢のクロスボウで敵を撃ち抜く緑のアーチャー・ロビンも、同じように「引くわー」という顔を見せていた。

 

 ロビンもバーサーカーの攻撃範囲を考えて、守備に徹するとばかり思っていた。

しかし、いざ蓋を開けてみれば、なんと敵から敵へと飛び跳ねながら、直接敵を殲滅しはじめたではないか。

 

 これにはロビンも苦笑い。

そして、あんな無茶苦茶な戦いができるバーサーカーなんて、相手にたくねぇ、とも思ったのだった。

 

 

「障壁の入り口まではまだ?!」

 

「あとちょっと……!」

 

 

 とは言ったものの、この現状を打破できるような状況でもなかった。

敵を倒せど倒せど、続々とどこからともなく湧いてくる。まさに無限沸き状態だ。

このままずっと守備に徹していれば、いずれこちらが不利になるだろう。

 

 アスナはサッと飛空艇に降り立ち、ハルナへと一つの質問を叫ぶ。

それはこの飛空艇があとどのぐらいで障壁を突破できるか、というものだった。

あの障壁の入り口へと侵入してしまえば、流石の召喚魔も追ってこないだろうと考えたからだ。

 

 その問いにハルナは、もうすぐだと叫んで返した。

敵の妨害はかなり厳しいが、それでも被害はまったくない。

このまま突き進めば、問題なく障壁の入口へたどり着き、突入できると考えていた。

 

 

「って! この数どうするの――――っっ!!!??」

 

 

 だが、なんと飛空艇の左右から召喚魔の大群が現れ、行く手を阻みだしたのだ。

 

 何せ相手も転生者。当然こうなることを知っているものもいる。

その先手としてあの金ぴかが、先を行ってあらかじめ召喚しておいたのだ。

 

 

「うわっ! 多いってレベルじゃないよねアレ!?」

 

「もはや敵が多すぎて黒一色じゃあねーかっ!!!」

 

「とはいえ、ここで消耗しすぎると突入した後がつらい!」

 

 

 しかも、その数は先ほど以上。

大量の召喚魔によって、飛空艇の前方の視界がなくなるほどだったのだ。

 

 その敵の数に裕奈も流石に驚愕の声を出し、状助も"もうこりゃどうすりゃいいんだ"と言うような叫びをあげ、パニクりかけるほどだった。

 

 されど、目の前の召喚魔程度を相手に本気を出せば、この先で待ち受ける戦いで不利になる。

アルスもそれを考えて、ここで全力を出す訳にもいかんと、歯がゆい気持ちを感じていた。

 

 

「すんげーな! 無茶苦茶いやがるぜ!」

 

「本当に無茶苦茶だな……!」

 

 

 敵の大軍を目の前にした数多は、むしろ笑って叫んでいた。

この逆境こそが自分をさらに高みへ持ち上げてくれると思っているからだ。

 

 そんな数多の言葉に反応した直一は、言葉どおりに受け取り苦笑いを見せていた。

転生者が敵にいる時点で予想できたことだが、まさかこれ程の敵数を用意してくるのは予想外だった。

 

 されど良い方向に考えれば、転生者の連中がここぞとばかりに袋叩きにしてこなかったのが幸だろう。

直一はそう考えながら再び戦意を呼び起こし、迫り来る召喚魔の群に備えるのだった。

 

 

「これでどうかな? ”万象貫く黒杭の円環”ッ!」

 

「僕も……”雷の暴風”っ!!」

 

 

 そこへ敵の数を一つでも多く減らすために、フェイトが大量の杭を打ち出す魔法を唱える。

杭は螺旋状を描きながら、召喚魔へと一気に襲い掛かり、貫き滅ぼしていく。

 

 ネギも横から、すかさず雷を嵐のように放つ魔法を使う。

巨大な雷の竜巻が、召喚魔を大量に巻き込み、数多くの召喚魔を消滅させていった。

 

 

「こんだけやっても減らねぇぞ!?」

 

「ク……ッ! 私でもこの船の守備が精いっぱいと言ったところか……!」

 

「めんどくせぇったらありゃしねぇなこの数は!」

 

 

 されど、敵の数は減っているようには見えない。

いや、倒した数だけ減ってはいるが、それ以上に敵の数が多すぎるのだ。

 

 アルスは減らぬ敵に焦りを感じ、このままでは本当にまずいと考え始めていた。

裏切者のアーチャーも、白と黒の夫婦剣投げて弓を構えながらも、飛空艇の防衛に徹することしかできない様子であった。

 

 

「大型種まで追いついてきたぞ!」

 

「厄介だな!」

 

 

 さらに悪いことは続くものだ。

背後から追ってきた巨大な召喚魔が数体、ここに来て追い付いてきたのだ。

 

 それを大声で報告する直一と、この状況でか、と吐き捨てたくなる様子のアルス。

 

 戦いは数とは言うが、あまりにも敵が多すぎる。

その上倒しづらい大型の敵の登場。アルスは苦しい戦いになりそうだと考えていたその時だった。

なんと、それをあざ笑うかのようにして、大型の召喚魔が炎上、消滅したのである。

 

 

「厄介なもんは、さっさと払っちまうのが一番ってもんだぜ!」

 

「ああ、そのとおりだ!」

 

 

 召喚魔を炎上させたのは数多と焔だった。

数多は虚空瞬動にて大型種へと即座に接近し、炎を纏った拳の一撃を放ち、そのまま敵を燃やし尽くした。

焔は目から熱射砲(ブラスター)を放ち、そのまま大型召喚魔を焼き払ったのである。

 

 これで一つの危機は乗り越えたことになるが、まだ問題はすべて解決した訳ではない。

 

 

『そっちは大丈夫か』

 

「通信……!」

 

 

 と、そこへ突如として飛空艇内に通信が入り、画像が浮かび上がり発信者の顔を見せた。

発信元はガトウであり、こちらの状況を聞いてきたのだ。

 

 通信に気が付いたハルナであったが、操縦で忙しくて出れそうにない。

近くにいたのどかがそれを察して、画面前へと出て受け答えをし始めたのである。

 

 

『今我々もそちらに向かっているが、召喚魔の大群が押し寄せてきて、なかなか前に進めん!』

 

「そちらにも敵が……!?」

 

『こちらも艦隊の主砲と俺たちで何とかするが、そちらも自力で何とかやってくれ……!!』

 

 

 ガトウたちは艦隊を用意し、今こちらに向かっているという状況であった。

だが、そこへ召喚魔の大軍が目の前に現れ、中々前に進めない状況となってしまっていたのである。

 

 のどかは彼らのところへも召喚魔の妨害が発生したことに驚きながら、ガトウの通信を聞いていた。

そして、ガトウはこの状況を打破するには時間が必要と考え、援護はできないと述べた。

 

 

「あっちにも大量の召喚魔が襲ってきて、手一杯のようです……!」

 

「それじゃ、援護は期待できそうにねぇってか!」

 

「でしょうね……」

 

 

 その通信の内容を一緒に聞いていた夕映が、即座に外で戦っているものたちへと叫んで伝える。

それを聞いたラカンは、ガトウたちも自分たちへと助けを出せないと考え、高畑も同じ意見だと少し残念という気持ちで言葉にした。

 

 

「ふん、ならばこうすればいいだろう? ”えいえんのひょうが”!」

 

 

 しかし、忘れちゃいけないのがこのお方。

真祖の吸血鬼にて最高峰の魔法使い、エヴァンジェリン。

 

 すでに呪文を唱え終え、最後の言霊(ひとこと)をそっと唱えれば、目の前に映る全てを凍てつかせて見せたのだ。

それは目の前の召喚魔の大軍や、その周囲全ての空気すらもだ。

 

 

「そして……”おわるせかい”」

 

 

 さらに、最後の仕上げとばかりにもう一つの呪文を唱えて指を鳴らせば、凍てついた空間が音を立てて砕け散る。

これによって大量の召喚魔や、追いついてきた巨大な召喚魔ともども消滅し、残ったのは砕けた氷の破片が作り出す幻想的な風景だけであった。

 

 

「さっすが吸血鬼の真祖さま!!」

 

「……やはり馬鹿にされているのか……?」

 

 

 このすさまじい魔法にハルナも大感激でエヴァンジェリンを褒め称えて喜んだ。

大量の召喚魔が一瞬で蹴散らされたのだ。感激したくなるもんだ。

 

 が、その褒め方が悪いのか、逆にエヴァンジェリンはムッとした顔を見せるではないか。

実際本気で褒めているのだが、どうにもエヴァンジェリンには褒められた気がしなかったようだ。

 

 

「つっても! もうちょい減らして穴開けてほしいなー!」

 

「だったら……、私がやろうかしら!」

 

 

 されど、減ったところからまた増える召喚魔の大軍。

もう少しで大障壁の入り口なのだが、その入り口が見えた矢先に敵が増えて隠れてしまった。

 

 本当にもう少しだとハルナが叫ぶと、ならばと声を挙げるものが一人。

それはエヴァンジェリンの従者となった転生者、トリスだった。

 

 

「初めて使うけど、何とかなってほしいものね……!」

 

「何をする気だ?」

 

「見ていればわかるわ」

 

 

 トリスは特典に選んだ力は、Fate/EXTRA CCCのメルトリリスの能力だ。

その宝具こそ広範囲に大きく影響を与える効果があるのを、トリスは理解していた。

であれば、この時に使うべきだと判断したのだ。

 

 ただ、それを知らぬエヴァンジェリンは、急に名乗りを上げたトリスへとそれを聞く。

その問いに答えず、次にすぐわかるとトリスは自信満々の表情で答えていた。

 

 

「宝具、開帳……!!」

 

 

 次にトリスは全身から膨大な魔力を、まるで大海で荒くれる渦巻のごとく放出させ、ゆっくりと体制を整える。

 

 

「まとめて全部溶かしてあげる! ”弁財天(サラスヴァティー)……”」

 

 

 その宝具こそ弁財天五弦琵琶(サラスバティー・メルトアウト)

対界、対民衆宝具であり広範囲にわたって対象の肉体、精神、良識や道徳を全て溶かしつくして一まとめにし、飲み込む宝具。

 

 転生特典として能力が劣化し十全に力を発揮できてはいないが、広範囲の敵を溶かして消し去る程度は可能だと、トリスは考えていた。

とは言え、トリスもこの宝具を発動させるのは初めてで、どうなるかは本人すらわからない。

 

 されど、今使わなきゃいつ使うの? 今でしょ! と覚悟を決めて、トリスはこれを使うと決めた。

そして、タイミングを見計らってその宝具の真名を開帳し、敵の大軍へと目掛けて飛ぼうとしたその時!

 

 

「オラよオォッ!! ”ラカンインパクトオォ”ッッ!!!」

 

 

 急に巨大な一筋の光がトリスの横を通り過ぎ、目の前に存在した大量の召喚魔がその光に飲み込まれ消えていった。

 

 そんなことができるのはあの男しかいないだろう。

バグキャラのラカンだ。ラカンはハルナの言葉を聞いて瞬時に右拳に気を集中させ、大技をブッパして見せたのである。

 

 

「……は?」

 

「おしっ! でけぇ穴開けてやったぜ!」

 

「これで何とか行ける!!」

 

 

 トリスは召喚魔の大軍が一瞬で蒸発したのを見て、目をパチクリさせて呆気にとられていた。

そりゃ、大技決めようとしたら突然敵を奪われたら、そんな顔にもなろうというもの。

 

 そんな風にキョトンとするトリスの横で、ガッツポーズを決めながらしてやったりと言う笑みを見せるラカン。

 

 ハルナも敵がいなくなりゃ何でもいいという感じで、ニヤリと笑いながらラカンが作った敵の穴目掛け、飛空艇を突っ込ませていった。

 

 

「ちょ……ちょっと待ちなさいよっ!? 私の出番を急に奪わないでっ!!」

 

「別にいいじゃねえか。戦力の温存になる訳だしよ!」

 

「まっ……まあ、そうだけど……ぐぬぬ……」

 

 

 そこで我に返ってハッとしたトリスは、今自分の出番を奪ったラカンへと、プンプンと怒りだした。

されど、ラカンは謝罪も反省もせず、笑いながら気にすんなと言い訳するだけだ。

 

 ただまあ、ラカンの言うこともごもっとも。

ここで無駄な魔力を消費しなかったのは悪くないと、トリスも思ったのかそのまま悔しそうにしながら黙り込んでしまったのだった。

 

 

「よっしっ! 突入……って! 中ボス二体!!??」

 

「でけぇ!?」

 

 

 そこでようやく見えてきた、障壁の入り口となる巨大な穿孔。

ハルナは急いでそこへ飛空艇を向かわせたその時、左右から巨大な召喚魔が突如として迫ってきたのだ。

 

 その巨大さに驚く状助。

何せ怪獣ほどにもデカいのだから、驚くのも無理はない。

 

 

「そんなもん問題なんかねぇ! ”千の雷”ッ!!!」

 

「んでもって俺も”千の雷”ッッ!!!」

 

 

 されど、この程度の相手など()()()()()()()

アルスは転生者以外ならば別に気にすることなどないと言わんばかりに、無詠唱で千の雷を片方の敵へと放つ。

 

 さらに詠唱を終えたカギも、そこで千の雷を開放し、もう片方の敵を攻撃。

その二人の魔法の威力は段違いであり、巨大な召喚魔は何もできずにあっけなく黒焦げとなって消え去っていったのだった。

 

 

「いける! 今度こそ突入っ!!」

 

 

 今こそ好機と見なし、ハルナは即座に大障壁の穴へと飛空艇を突入させる。

 

 そここそ光り輝く障壁のドームの中央。

強烈な魔力(まりょく)が集中し、まさに台風の目のような巨大な穴が渦巻いていた。

魔力の渦へと引き込まれるかのように、飛空艇がその穴へと弧を描くように吸い寄せられていく。

 

 

「うわっく……なんて圧力!? 機体がバラバラなるわ!!」

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 そして、その収束されていく魔力の圧力が負担となって、飛空艇へと重くのしかかる。

その強い圧力によって、飛空艇が軋む音があちこちから発生し、かなりの無茶をしているのが一瞬でわかるほどだった。

ハルナは飛空艇に降り注ぐ圧力に焦り、機体が持つかどうかを叫んでいた。

 

 だがしかし、そんなことなど問題ないと言う男がいる。

それこそ状助だ。そうだ、彼にとっては機体が損傷しようが大した問題ではないのだ。

 

 

「”クレイジー・ダイヤモンド”!!」

 

「流石だな……」

 

 

 何故なら、彼はスタンド、クレイジー・ダイヤモンドが使えるからだ。

クレイジー・ダイヤモンドならば、部品さえあれば完全な修復が可能だからだ。

故に、この程度で焦る必要がない。故に、状助の気持ちを慌てさせる要素たりえない。

 

 状助はクレイジー・ダイヤモンドの右手を飛空艇の床に置き、その能力を発現させる。

外見上損傷が見られないものの、細かい負担でのダメージがどんどん修復されていく。

 

 それを見ていたアルスも、確かにこういう時こそ頼もしい力だと、改めて思うのだった。

 

 

「しかし、とんでもない濃度の魔力だ……。エーテルの海でも泳いでるみたいだぞ」

 

 

 分厚い魔力の層を渦巻くように突入していく飛空艇。

その甲板でエヴァンジェリンが、魔力の高い濃度に一人つぶやく。

 

 それもそのはず、この魔法世界全体の魔力が集中してきている場所がこの部分なのだ。

膨大な魔力が流れ込み、逃げ場を失いたまり場となっているのだから、高濃度の魔力溜りになるのは当然だ。

 

 

「抜けた!」

 

「あそこが空中王宮、そして……」

 

「あれが……!」

 

 

 そして、ようやく多重積層大障壁を抜け出せば、眼下にはオスティアが見えてきた。

さらに先にはゲートが存在する空中王宮があり、さらにその先こそが目指すべき目的の場所だ。

 

 アスナは久々の故郷だというのに懐かしさを感じる余裕も暇もなく、真剣な表情で空中王宮を見た後にその先にある宮殿を見た。

ネギもつられてそこを見れば、一つの宮殿が不気味に浮遊していた。

 

 

「墓守り人の宮殿っ!!」

 

 

 それこそラスボスのダンジョン。

巨大な円形の宮殿であり、古から続く遺跡。

その雰囲気は静けさを感じさせる程で、それ以外にも寂しさと切なさが漂っているようにも感じられた。

 

 

「ッ!!? ”衝撃のぉファーストブリッドオォ”ッ!!」

 

 

 だが、静かだったのは突入して接近するまでの間だけだ。

墓守り人の宮殿へと飛空艇を近づけさせれば、突如として空間が炸裂したのだ。

 

 しかし、その程度の被害でとどまったのは、すでに直一が行動を起こしていたからだ。

直一は攻撃が来るのを察知し、周囲に浮かんだ石を足で蹴り飛ばし、その攻撃を阻害したのである。

 

 

「うわっ!? 何!?」

 

「これは学園祭の時の!?」

 

 

 突然の攻撃に一瞬慌てた声を上げるハルナ。

 

 また、このエフェクトは過去に見たことがあるものだ。

それを裕奈が思い出して口に出せば、横から真名がその名を語った。

 

 

「ああ、間違いない……強制時間跳躍弾(B・C・T・L)だ」

 

「でも何で!?」

 

 

 そう、あれこそ学園祭にてスナイパーが使ってきた、強制的に時間を転移させる弾丸。強制時間跳躍弾、通称B・C・T・L。

再びこの場で拝めるとはと、冷静に真名は言葉にする。

 

 本来ならばそれなりの密度の魔力がなければ時間跳躍の効果は発動しないただの弾丸だ。

とは言え、魔法世界中から集められた高密度の魔力がここにはある。

 

 故に、その魔力の力によって発動し、時間跳躍をさせることが可能となっているのだ。

 

 とは言え、何故に今更あんなものがここで出てくるのか。

裕奈はそれがまったく結び付かないと言う様子で質問を投げた。

 

 

「この狙撃は野郎だ。スナイパーのジョン。あの野郎だ」

 

「なるほど。奴があちらさんに雇われたという訳か」

 

 

 その答えは簡単だ。

直一がそれを答える。そうだ、あれを使ってきたのはスナイパー。

かつてビフォアが金で雇ったスナイパーのジョンと言う男だ。

 

 

「明らかに俺を狙ってやがる。よほどあんときの続きがやりたいと見える」

 

 

 そして、ジョンのお目当ては直一のようだ。

何せ学園祭の時、不意打ちとは言えジョンを倒したのが直一だからだ。

ジョンのプライドに掛けて、直一は倒すべき相手なのだろう。

 

 直一もそれを悟ったのか、そのことを思い出して呟いていた。

 

 

「だったらやってやるってんだ! 行くぜッ!!」

 

「お、おい直一!?」

 

 

 そこまでしても再戦がお望みならば、望み通り相手をしてやる。

直一はそう言葉にした瞬間、飛空艇から飛び出して、近くの浮遊する岩へと飛び乗ったのだ。

 

 されど、急な直一の行動に、アルスは困惑を見せていた。

もしやこのまま一人で行動するのではあるまいな、と思ったが、思った時にはもう遅い。

 

 

「ハッハーッ!! 誰も俺の速さには追い付けないッ!!!」

 

 

 直一はアルター・ラディカルグッドスピードのかかとにあるピストンで急加速し、叫びながら岩場からさらに別の場所へと飛び出していった。

そのスピードはもはや目には見えぬものであり、アルスが声をかけようとした時には、もう姿がなかったのである。

 

 

「行っちまった……、って言ってる場合じゃねぇなこいつぁっ!?」

 

 

 アルスは直一が消えたであろう方向を眺めながらぼやいたその時、突如としてこちらに巨大な杭が大量に飛んできた。

直一がいなくなったことを愚痴ってる暇はなさそうだ、とアルスは焦りながらに即座に障壁を張る。

 

 すると杭が障壁に命中し、ガンガンと言う音が響く。

だが、その響く音は途切れることなく、何度も何度もガンガンと障壁へと無数の杭が叩きつけられる。

 

 

「上の方は迎撃兵器が大量に設置されている。危険だ」

 

「なるほど! だから真下って訳ね!」

 

 

 フェイトは即座にこの場所は危険だと説明し、作戦どおりの場所へと移動することを指示。

ハルナもこの状況を見て、何故宮殿の下層から侵入しなければならないのかを実感して理解し、即座に飛空艇を急降下させたのである。

 

 

「大丈夫です! 僕が守ります!」

 

「ついに完成したんか!」

 

「うん! やっと完全に完成したよ」

 

 

 とは言え、宮殿の防衛機能は休むことなく迎撃してくる。

そこへネギがこのままではマズイと思い、自ら完成した新たな魔法をついに解き放った。

 

 それこそ、新オスティアでアーチャーと名乗る男と戦った時に作り出した時は未完成だった術具融合。

その完成形が今ここに光を浴びたのだ。

 

 影や気で応戦していた小太郎も、ネギの新たな力を目の当たりにし、ふと笑って言葉をかけた。

だいぶ時間かかったなと。

 

 ネギも小太郎の言葉に対して、同じようにニッと笑いながら言葉を返す。

自分も長かった、イメージに時間がかかったと思いながら。完成を喜びながら。

 

 

「ほう。あれが彼の新しい力という訳か」

 

「テメェも関心してねぇで(ロー・アイアス)ぐらい用意しろ!」

 

「それは失礼した」

 

 

 また、あの時は敵として戦い、ネギの術具融合を見ていたアーチャーは、関心の声を漏らしていた。

が、そんなことをしている場合ではないと、アルスはアーチャーへと叱咤を叫ぶ。

 

 そりゃアーチャーも防御手段があるのだから、そう言われるのは当然。

アーチャーもそれを理解していたので、いつもの調子で謝礼すれば、すぐさま右手を掲げて熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)を展開させた。

 

 

「不時着するよ!」

 

「ぶっ壊す勢いで行ってもいいぜ! 俺が何とかすっからよおッ!!」

 

「なんだかわからないけど頼もしいねぇ!」

 

 

 そこで、ようやく宮殿の下部へと降下した飛空艇の目の前に、ようやく入り口が見えてきた。

ハルナはこのままの勢いで入り口に突入すると宣言すれば、状助はそのまま行けと後押しする。

 

 何せ状助の能力はスタンド、クレイジー・ダイヤモンド。

自分以外ならば部品さえあれば修復してしまう能力。

飛空艇が入り口の床に叩きつけられようとも、直すことができるが故の自信ある言葉だった。

 

 とは言え、ハルナにはそれがわからないので、なんか状助が自信満々に言ってきた程度にしか感じないのだが。

それでも、彼の言葉には何故か納得できるものがあった。勇気が湧いてくる言葉だった。

 

 だからこそ、恐れもなく、ハルナはそのまま入り口へと飛空艇を滑らせた。

 

 

 宮殿最下層の入り口はかなり大きく、飛空艇が簡単に収まるほどの大きさだった。

その宮殿の床を粉砕し、強引に突入する飛空艇。

 

 すさまじい衝撃と振動が飛空艇とその乗員たちを襲った。

その衝撃たるやいなや、誰もが何かに必死にしがみつき、歯を食いしばる程だ。

 

 されど、すぐには飛空艇は停止などしない。

何秒? 何分経っただろうか? いや、実際は数秒と経ってはいない。

しかし、誰もがこの強引な不時着に、何分という時間を感じざるを得なかった。

 

 また、未だに勢いが殺しきれずに突き進む飛空艇。

ガリガリと言うすさまじい音とともに飛空艇は進行し、石でできた宮殿内の床をまき散らす。

 

 そして、百メートルほど床を抉った飛空艇は、ようやく停止して不時着を完了させた。

そこへ空で戦っていた者たちも、その近くへと降り立ち、飛空艇と中の仲間たちに気を配った。

 

 

「みんな、大丈夫ですか!?」

 

「いやあ、キツかったぜぇ~……」

 

「ただまあ、怪我した人はいないようだ」

 

 

 そこで最初に声を出したのはネギだった。

そのネギの声に、状助が頭に手を当てながら安堵の表情で答え、それに続いてアルスも全員が無事であることを伝えた。

 

 

「しっかし、ここがラスダンっスかあ」

 

「外とは打って変わって静かだな……嫌な感じだ」

 

「なめてんだろ? 悪の組織なんてそんなもんだ」

 

 

 状助は飛空艇のデッキの上へと上がり、宮殿内を見渡した。

そこには巨大で先が霧がかって見えないほどの長い廊下が続いていた。

 

 いやはや、ラストダンジョンと言われればそんな気分になる。

状助は自分の感想を率直に言葉にしていた。

 

 また、アルスは外とは違い中が不気味なまでに静まり返っていることに、むしろ不安を掻き立てられていた。

だが、二度目のラカンは20年前に言った言葉と同じ言葉をアルスへと送る。

 

 

「っ! 誰だ!」

 

「あれは……」

 

 

 が、ふと何者かの気配を感じ取ったアルスは、廊下の先へと顔を向け叫んだ。

そこでネギもそちらに目を向ければ、知った顔がそこにあったのだ。

 

 

「こんにちわ、ネギ先生」

 

「ザジ……さん……?」

 

 

 それは褐色の少女であった。

麻帆良学園の制服を着た少女であった。

その少女がネギの知り合いのような感覚で、彼に声をかけきた。

 

 そして、その声を聴いたネギは、ふと()()()()()()()()その少女の名を口に出す。

それこそネギの受け持つクラスの生徒の一人、ザジだったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、飛び出した直一はと言うと。

 

 

「トォアァーッ!!」

 

 

 飛び回る敵の弾丸を、浮遊する岩礁を利用して跳躍しながら回避していた。

 

 

「チクショウっ! 野郎の弾丸は空中で突然軌道が変わりやがる……ッ! どこから撃ってきてんのかがわからねぇ」

 

 

 だが、回避し続けるのにも限界がある。

このままではじり貧で、確実に押し負けるのは目に見えていた。

 

 されど、直一には敵の位置がわからない。

遠距離攻撃の方法を持たない直一にとって、この状況はあまりにも苦しい。

 

 

「どこだ……ッ! 野郎はどこにいやがる……!?」

 

 

 敵の弾丸は急に空中で軌道を変える。

それ故に、弾丸の発射ポイントを絞ることすら不可能だった。

 

 ただの弾丸の中継ポイントでしかないスタンド、マンハッタントランスファー。

これが複数に増えて空中に漂っているだけで、これほどまでに脅威になるとは誰も予想できないことだろう。

 

 そして、直一はスタンド使いではないので、その姿を見ることはできない。

だからこそ、なお一層敵の弾丸の流れを把握するのが難しくなっているのだ。

 

 

「チィッ! 流石に正確だな……」

 

 

 さらに、敵は直一の位置を確実に察知し、的を絞ってきている。

直一はこの状況をどうするか考え、額に冷や汗を流しながら、敵の攻撃を素直に褒めるのだった。

 

 

「……とてつもないスピードだ。これほどまでに罠を張り巡らせていると言うのに、まだ命中していない」

 

 

 されど、敵の方もまた、未だに直一に弾丸が命中しないことに、驚きを感じていた。

敵、すなわちスナイパーのジョン。

 

 彼は複数の弾丸を発射し、空中で軌道を変えることで時間差をなくす、あるいは増やすことで罠を展開していたのだ。

だというのに、未だにその蜘蛛の巣に蜂が引っかかる気配がない。

 

 これにはジョンも相手の技量と勘に舌打ちしたくなりそうになっていた。

 

 

「だが、今度は確実に当てるッ!」

 

 

 とは言え、有利なのは明らかにこちら側。

罠だけではなく、確実に狙いに行くことに決めたジョンは、スナイパーライフルを構えて再び弾丸を発射したのだ。

 

 

「この感覚……、きやがるか!」

 

 

 また、直一もジョンの攻撃を察知し、本命が飛んでくるのを理解した。

ならばと周囲を警戒し、どこにでも回避できるように構えたのだ。

 

 

「この程度……なっ!?」

 

 

 そして飛んできた一発の弾丸。

ただの一発の弾丸程度なら、と直一は考えたが、その考えは甘かった。

 

 

「ここで軌道が変わって……?」

 

 

 だが、ここでなんと弾丸は急に目の前で軌道を変えて、あらぬ方向へと飛んで行ったではないか。

 

 

「ちげぇ! こいつは罠だ! 本命は……うおおっ!?」

 

 

 直一はその軌道が変わった弾丸に一瞬気を取られた。

その一瞬にハッとした直一は、今の弾丸が罠であることを理解した。

 

 すると、直一の死角の方向から、もう一発の弾丸が飛んできたのだ。

しかし、その一瞬、気を取られた一瞬が直一を一手遅らせてしまったのである。

 

 そして、球形の黒い渦のエフェクトが発生し、その場から直一の姿が消えたのだった。

 

 

「……終わったか」

 

 

 スタンド、マンハッタントランスファーにて気流を読み、直一がこの場から消え去ったことを察したジョン。

これで決着がついたと小さくほくそ笑んだ、――――その次の瞬間だった。

 

 

「――――ッ!?」

 

 

 ――――爆発だった。

ジョンが勝利を確信したその瞬間、突如としてジョンの目の前が爆発したのだ。

 

 

「ぐおおおおっ!?」

 

 

 爆発、と言っても火薬やらが爆発したのではない。

何か、質量ある物体が衝突して発生したものだ。

 

 その衝撃でジョンは転げながら後方へと飛ばされ、前のめりに倒れこんだ。

そして、倒れた後にすぐさま爆発の中心を見れば、灰色の煙の中に人影を発見したのだ。

 

 

「んったくよお。最初からこうすりゃよかったんだ。どうせ俺には、弾丸の軌道計算なんたらなんて、できないんだからよ」

 

 

 すると、そこから声が聞こえてきた。

聞いたことがある、あの男の声だ。

 

 ジョンはこの男の声を知っている。

このシチュエーションを知っている。この状況を知っている。

一度目ではないからだ。これが二度目だからだ。まさか、二度目があるとは思ってもみなかったからだ。

 

 そう、質量をもった何かとは、なんと直一だったのだ。

直一が弾丸のように、ジョンの目の前へと飛び込み、衝突の衝撃で爆発が起こったのだ。

 

 

「うう……、馬鹿な……」

 

「馬鹿なじゃねぇよ。俺は誰よりも速く走れる男だぜ?」

 

 

 馬鹿な。ジョンはぽろりとその言葉をこぼした。

いや、言わずにはいられなかった。あの時、確かに弾丸は直一に命中し、時間の先に消えたとばかり思っていたからだ。

 

 だが、そうはならなかった。

直一は弾丸が直撃する直前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし、直一にとってその行動など朝飯前だ。

何せ誰よりも速く走れるのだから。音よりも早く動けるのだから。

 

 

「何故……俺の居場所がわかった……?」

 

 

 ただ、ジョンの疑問は一つではなかった。

馬鹿な、に含まれていた意味は二つあった。

それは、この自分の位置をどうやって直一が把握し、飛び込んできたかであった。

 

 

「んなもん、俺にわかる訳ねぇだろ?」

 

「何っ!?」

 

 

 それをジョンが苦しそうに聞けば、直一はハッと鼻で笑いながら、わからなかったと一言で片づけたのである。

それにはジョンも意味が分からず、聞き返すので精一杯だった。

 

 

「だからテメェがいそうな場所に、片っ端から最速で突っ込んできた訳だ」

 

「で……でたらめな……」

 

 

 直一は自分の直感で、スナイパーたるジョンが潜んでそうな場所を片っ端から飛び込むつもりだった。

そう、運よく一発目に正解を引き当てただけであり、それ以外何もなかったのだ。

 

 ジョンは直一の答えに、呆れた顔をして見せた。

そんなアホみたいな作戦で戦局を一瞬でひっくり返されるなど、もはや悪い冗談でしかなかった。

 

 

「おっと! もうその弾は撃たせねぇ。が、お縄を頂戴って訳にもいかねぇか」

 

 

 されど、ジョンは諦めてはいない。

ゆっくりと懐から拳銃を引き抜こうと行動していた。

 

 それを察した直一は、瞬時にジョンを蹴り上げ、拳銃を弾き飛ばす。

そして、捕まえるのは難しいから、再起不能にでもなってもらおうと考えたその時だった。

 

 

「……ふっ」

 

「何を笑ってやが……、なんでお前がここに……!?」

 

 

 ジョンは背後に迫る人影をチラりと見て、小さく笑った。

直一もジョンの視線の方へと目をやれば、知った顔があったのだ。

 

 しかし、その顔はここにいるはずのないものの顔だった。

その疑問をぶつけようとした直後、突如として直一はそのものに攻撃を受けたのだった。

 

 

 



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百七十一話 完全なる世界

 ネギたちの目の前に現れたザジ。

無言でザジらしき人物は彼らを眺めていた。

 

 そこへさっと現れ、構えの姿勢をとるアルス。

アルスは知っているからだ。彼女が何者なのかを。

 

 

「ありゃ別人だ。お前さんのクラスの生徒じゃねぇ」

 

「えっ……!? ですが」

 

 

 そして、アルスはザジらしき人物に焦点を定めながら、ネギへと説明を始めた。

目の前の少女はザジではない、別人であると。

 

 とはいえ、あれほど彼女にそっくりなので、ネギは本当なのかわからなかった。

故にか、多少戸惑いを感じた様子を見せていた。

 

 

「その通りだぜ! こいつはザジじゃねえ!」

 

「ラスボス格なのは間違いないがよお……」

 

 

 さらにそこへカギと状助も現れ、アルスの言葉を肯定した。

また、状助も少しビビりながら、目の前のザジらしき人物が超強い相手であることを言葉にする。

 

 

「やはり知っていたポヨか」

 

「ポヨ!?」

 

「わりぃな、()()()()()()()()()()()()

 

 

 すると、ザジらしき人物は諦めたかのように態度を崩し、自分がそうではないことを暴露しだした。

 

 されど、その言葉よりも語尾に気を取られるネギ。

そんなネギなど気にせずに、アルスは横で自分たちがチート持ってることを語りだす。

 

 

「彼女はザジさんではないんですか!?」

 

「その通りだぜ。つーかよ、旧世界からどうやってここに来るんだって話だ」

 

「……確かにそうですね……」

 

 

 ただ、ネギはあれほどザジとそっくりなので、未だ呑み込めていない様子だった。

 

 そんなネギへとカギがさらに説明する。

ザジ本人は旧世界の麻帆良にいるのに、どうやってここまでワープしてくるのだと。

 

 そう言われたネギも、そこでようやく納得した様子だった。

急にここに来てあの無口なザジが、新しいキャラ付けしてるとは考えにくい、と考えたようだ。

 

 

「彼らの言う通り、私はザジではないポヨ」

 

「……何ものだ」

 

「それはどうでもいいポヨ」

 

 

 また、ザジらしき人物はここではっきりと、自分がザジであることを否定した。

そこへ新たに龍宮も少し離れた場所からライフルを構え、ではお前はなんだと問い詰める。

 

 しかし、ザジに似た少女は、自分の正体は重要ではないと言う様子で答えなかった。

 

 

「しかし、これだから()()()()()()()()()()()は厄介ポヨ」

 

「知ってんのか」

 

「マジかよ……!」

 

 

 さらに、ザジに似た少女は転生者(かれら)を知っているようなことを言い出した。

それに反応したアルスと状助。

 

 アルスは転生者(それ)を知っていることにはあまり驚いた様子を見せず、どうして知っているのかとという方に疑問を抱いた。

状助はというと、転生者(それ)を知られていることに、謎の恐怖を感じて本当なのかと疑問に思った。

 

 

「私の友人も同じ存在だからポヨ」

 

「なるほど……、()()()()()()()()()()()()……」

 

「オイオイオイ……、勘弁してほしいっスねぇ……」

 

 

 しかし、何故彼女が転生者(それ)を知っているのか。

その答えは別に難しいものではない。単純に()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 アルスはそれを聞いて、むしろその友人と呼ばれた転生者の存在を警戒した。

状助もそういう敵が増えることに焦りを感じ、嘘だろマジかよという様子で顔色を悪くさせたのだった。

 

 

「……まあ、彼はもうやられてしまったみたいだポヨ。彼を倒せるものが存在したことに驚くポヨ」

 

「そりゃ、こっちにとってはラッキーってこった」

 

 

 が、その友人と言うのは、すでに敗北済みだったらしい。

ザジに似た少女は、少々残念という様子でその事実を語りだした。

 

 その友人とは、すなわちバァン。

大魔王バーンの能力を貰った転生者であり、先ほど覇王に敗北した存在だ。

 

 また、ザジに似た少女は、そのバァンを倒せたものがいることに、驚きを感じた。

バァンは魔界にて上位の存在であった。ラスボスくらい偉いと自ら称する彼女が、バァンを自分よりも強い魔族だと認識していた。

 

 そのバァンが敗れ去ったことは、大きかれ小さかれショックであったのは間違いない。

とは言え、ショックだったという態度はみじんも見せない。流石は自称ラスボスクラス。

 

 

 そして、アルスはその転生者がすでに敗北していることに、安堵してニヤリと笑った。

そんなヤバいやつが増えたなら、大変めんどくさいと思ったからだ。いやあ運がよかった。

倒してくれた誰かさんありがとうと、心の中で感謝していた。

 

 

「とは言え、あなたたちのような存在は、私の相手にならないポヨ」

 

「そいつはどういうことだ……?」

 

 

 されど、ザジ似の少女はアルスに煽れたことを気にした様子を一切見せず、逆に転生者ほど相手にならないと言い出した。

何が何故だ? アルスはふと疑問に思ったが、その疑問はすぐに氷解することになる。

 

 

「つまり、こういうことポヨ」

 

「ッ! まずいそいつは……!」

 

「オイオイオイッ!?」

 

「ヤベェッ! そいつはマジでヤベェッ!!」

 

 

 何故なら、ザジ似の少女が一枚のカードを取り出し、胸元で浮かせたからだ。

そのカードこそ仮契約のカードだったからだ。

 

 さらに、そのカードの能力が、凶悪なものだと転生者たちは知っていたからだ。

アルスも状助も、さらにカギも理解していたが故に、それを見て大いに焦り駆け出した。

使わせてはならぬと動き出した。

 

 

「”幻灯のサーカス”」

 

「くそっ! 間に合わねぇ!」

 

「マジかよグレート……ッ!」

 

「うおおおぉぉぉッ!?!?」

 

 

 ――――だが、一手遅かった。駆け出した時にはすでに遅かった。

ザジ似の少女はそのアーティファクトの名を一言語れば、周囲が光に包まれ始めたではないか。

 

 もはや遅かった。

アルスは発動を阻止できなかったことを悔やみながら、状助はマジかよと言う顔をしながら、カギは叫びながら光の中へと飲まれていった。

 

 それだけではない。

その場にいた誰もが、そのアーティファクトの放つ光に飲まれ、その能力を受けて――――。

 

 

 

 

 

 

 朝。太陽が徐々に地平線から登り始め、夏ももう終わりという時期だが、日もそれなりに高い位置に上っていた。

 

 その太陽の日差しを受けてもなお、爆睡する少年が一人。

 

 

「スヤァ……」

 

「起きてよ兄さん! 起きてって!!」

 

 

 その少年はカギ。転生者としてネギの兄に生まれた男。

そんなカギはまだ起きる気配がなく、未だに夢の中で戯れている様子だ。

 

 されど、時間は切羽詰まっていた。

何せこの日は()()ではなく、()()だからだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に、弟のネギは必死になってカギを起こそうと、その体を揺さぶっていた。

もう時間がギリギリだ。朝礼に間に合わなくなる。早く起きてくれ、そうネギは祈りながらカギを起こそうと頑張っていた。

 

 

「あと5分……、いや10分……」

 

「なんで時間が伸びるの!? 起きてって遅刻するよ!!?」

 

 

 が、ネギの努力もむなしく、まるで起きる気のないカギ。

5分、さらには10分寝かせてくれと、寝ぼけながら要求し始めたではないか。

 

 これにはネギも思わず叫んでつっこんでしまった。

もう時間がないのだから起きてくれ、頼む。その祈りは果たしてカギに届くだろうか。

 

 

…… …… ……

 

 

 結果を言うと、ネギの祈りは届いた。

あの後5分もカギが粘ったと言う点を覗けば。

故に、もはや時間はギリギリ。ギリギリで一刻の猶予もない状況だ。

そのため、兄弟二人は当然ながら、猛スピードで支度をしていた。

 

 

「ちっ! ちくしょうっ! もう時間がねーじゃねーか!! なんで早く起こしてくれんかったの!?」

 

「起こしたよ!? 起こしたけど起きなかったのは兄さんだよ!?」

 

「嘘だろマジかよー!」

 

 

 いやはや、誰のせいでこうなったのか。

そのような疑問が頭からでるようなことを、その犯人(カギ)本人の口から放たれているではないか。

 

 弟たるネギも、自分はしっかり努力したけどダメだったとはっきりと叫ぶほど。

カギもそれを聞いたら信じざるを得ない。自分がどんだけ寝坊助なんだと、改めて思い知るのであった。

 

 

「兄貴は本当に朝が弱いなあ」

 

「るせーぞカモ! んなこた言われんでもわかっとるわい!!」

 

 

 そこへテーブルでくつろいでいたカモミールが、そのことをつぶやいた。

カギはいつもいつも、毎日毎日寝坊ばかりしていると。

 

 されど、カギとてそんなことは百も承知。

言われるまでもないと、ちょっと怒ったような態度でカモミールへと叫ぶ。

 

 

「だったら直す努力をしましょうぜ兄貴ー!」

 

「できるもんならやっとるわ!!」

 

 

 そう怒るんなら、寝坊を解消しようぜー! とカモミール。

が、そうそうできるものではないと、カギはその努力をすることすら否定する。

それを聞いていたネギは、カギの寝坊はもう直らないと諦めた表情を見せるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 急いだおかげで何とか時間内に学校へと到着し、教室へと向かうネギとカギ。

カギはネギの前を早歩きで移動しながら、いつも通り教室の扉に手をかけた。

 

 

「おいーっす! うーっす!」

 

「わーっ! カギ先生おはよー!」

 

「おはようございまーす!」

 

 

 そして、いつも通りガラッと扉を開け、いつもの調子で生徒たちへと挨拶をしたカギ。

だが、その次の瞬間、なんと生徒たちが元気よく挨拶を返したと思えば、カギを囲って小さい体をモミクチャにしてきたではないか。

 

 

「はっ? 何ぃ!? うおお!? どうなってんだこりゃ!? 寄ってたかってベタベタとーっ!?」

 

 

 なんじゃこりゃぁ!? とカギもこれには驚いた。

なんでこんなに可愛がられてんだ俺!? 一体何がどうなってんだ!?

カギは普段とは違う様子の生徒たちの行動に、滅茶苦茶戸惑った。意味が分からなかった。

 

 

「どっ、どうなってんだ!? 俺モテ期来た? 来ちゃったかー!?」

 

 

 思い当たることがあるとすれば、きっとモテる時期が来たんだろう。

いや、んなわけねえわ、と思うカギであったが、この様子はただ事ではない。

やはりモテ期が来たんだろう、と納得しておくことにした。

 

 

「だがここはあえて教師らしく! コラーっ! 授業すんぞ!! 離れて席つけーっ!」

 

 

 とは言え、カギとてこの教室に来たのはかわいがられるためではく授業。

生徒たちへとそれをはっきり叫べば、みんな元気のいい返事を返して席に戻っていった。

その後すぐさまネギも教室へと入ってきて、いつも通りの授業が始まったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 授業も終わり、学校も終わった夕方の時刻。

誰もが教室から退室し、帰っていくところにカギはいた。

 

 

「なんかおかしいな……。俺ってあんなにモテモテでチヤホヤされてたっけ?」

 

 

 今日はなんかやけにちやほやされた。

一体何がどうなってんだろうかと、腕を組んでカギは考えた。

 

 

「いや、今の俺は絶好調なんだ! そうに違いない」

 

 

 されど、そこで行き着く答えは、やはり自分がモテる時期に突入したから、というものだった。

今の自分は最高潮であり、きっと我が世の春が来たーっ! という状況になったに違いないと。

 

 

「おっ! マスター! つーかマスターなんでここにいんだ!?」

 

「なんだ貴様は……? なれなれしく声をかけるな」

 

「えっ!? ちょ……」

 

 

 が、そこでカギが目にしたのは、少しおかしい人物。

おかしいというのは、なんで教室(ここ)にいるのかわからないからだ。

 

 それこそカギの師匠をやっており、600年もの時を生きてきた吸血鬼、エヴァンジェリンだったのだ。

何せ()()()()エヴァンジェリンは、呪いもなく中学生もしていないからだ。

 

 カギはいつもの調子で挨拶した後、どうして教室にいるのかを驚きながら聞いた。

正直、本気で謎だったからだ。

 

 しかし、そこで帰ってきた言葉は答えではなく、罵倒に等しい言葉だった。

それを言い放ち終えるとエヴァンジェリンは、そそくさと退室していったのである。

 

 そこにポツンと残されたカギは、意味がわからんと言う様子でその後ろ姿を眺めていた。

 

 

「……ひどくね?」

 

 

 そして、今のエヴァンジェリンの言葉に、ちょっと言いすぎじゃね? とこぼすカギ。

正直()()エヴァンジェリンが、意味もなくあんなことを言うとは、カギは思ってもみなかったのだ。

 

 

「し、しっかし今のなんだってんだ……? 意味がわからんぞ……」

 

 

 故に、本当に意味がわからないと、カギは頭を抱えた。

もしかして知らないうちに、自分が何かやっちゃったのか? と考えたが、思い当たる節はない。

 

 思い当たらないだけで何かやっちゃった可能性もあるが、あんなきつい言い方するような人物ではなかったとカギは思った。

 

 

「ネギは……、普通か? わからん……」

 

 

 それで確かめるようにネギの状態を見るカギ。

されど、カギは生徒から色々と質問を受けている様子で、特に変なことはない。

 

 一体どうなってんのやら。

そんな風に考えにふけるカギの背後へと、何者かが忍び寄った。

 

 

「何を一人でブツブツ言ってるですか」

 

「ウギョアアアーッ!!?」

 

 

 それは夕映だった。

夕映は何か一人で悩んでる様子のカギへと、後ろから話しかけたのだ。

 

 が、独り言を言っていたカギは、夕映の声に驚いて飛び上がりそうな様子で叫びだしたのだ。

 

 

「急に驚かないでほしいです!」

 

「そりゃ急に後ろから声かけられりゃ驚きもすんだろ!?」

 

 

 ちょっと声をかけただけで滅茶苦茶驚かれた。

夕映は別に何気ないことしかしていないと思い、驚いたカギへそれを言う。

 

 されど、カギとしては驚くには十分な出来事。

これで驚かない訳がないと、夕映の方向を向きなおし、少し語気を荒くして反論していた。

 

 

「で? なんか用かい?」

 

「ちょっとしたことなんですが……」

 

「だからなんだい? 勉強の相談かい? それなら俺ちょっと頭よくないからネギにしたほうがいいぜ?」

 

 

 そして、急に話しかけてきたのだから何かあるのだろうかと、カギは夕映へと聞く。

だが、夕映はその内容を、中々言い出し来なかった。何か言いたげな様子ではあるのだが、はっきりと言わないのだ。

 

 カギはそれを勉強のことかと考えた。

昔は成績が悪かった夕映であったが、最近よくなってきている。

しっかり授業を真面目に聞いて勉強しているからだ。

 

 ならば、自分よりも頭のいいネギの方が適しているだろう。

カギはそういうことならと、相談相手はネギを薦めるのだ。

 

 

「いえ、そういうことではなくてですね……」

 

「歯切れ悪いなあ。何が言いたいだよおー!」

 

 

 しかし、夕映は別に悩んでいるという訳ではないようだ。

そういうことではないと、はっきりと否定した。

 

 だったら何が言いたいのか。

何か言いたいから声をかけてきたのではないのか。

カギはそれを困った様子で聞き返す。

 

 

「もしよろしければ、放課後、私と少し付き合ってもらえないでしょうか」

 

「ああ? 放課後暇だし問題な……い……、…………は?」

 

 

 すると、夕映は一呼吸した後、本題を切り出した。

その内容は、すなわちデートの約束のようなものであった。

表情にもそれが出ており、ほんのりと頬を紅色に染め、少しはにかんだ様子だったのだ。

 

 カギはそれを聞いて、別に何もないし問題ねえな、と思ったが、その数秒後、今の夕映の言葉の真意を考え、フリーズしてしまった。

え? 今なんて言った? 聞き間違えかな? そう思った。

 

 

「だめ……ですか?」

 

「い、いや……OK! 当然OK!!」

 

「よかったです……!」

 

 

 夕映はカギが言葉を濁したのを聞いて、忙しいのかと思い再び尋ねる。

 

 そのしおらしい態度の夕映に数秒ほど見惚れたカギであったが、すぐさま首を振って応えなければと声を出す。

それにカギとしては願ってもないことであり、それを拒否するなんてとんでもないと、はっきりしっかりOKと叫んだ。

 

 その答えを聞いた夕映は、パアーっと花開くように笑顔を見せ、安堵の声を漏らしていた。

 

 

「それでは、放課後の玄関で!」

 

「おう!」

 

 

 では、と夕映は最後に約束の集合場所を言うと、そのまま教室を出て行く。

カギもとりあえず約束したと言う態度で、強く返事を返していた。

 

 

「どうなってんだ? 本当にモテ期来ちゃったのか?」

 

 

 だが、一人残されたカギは、この状況に戸惑いを感じて首をかしげる。

何か朝から変である。こんなにうれしいことの連続が起こっていいのだろうか。

まあ、考えても仕方ないので、約束に送れぬよう準備しようと、カギも教室を後にしたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 放課後、夏も終わり少し日が傾いてきたころ。

夕焼けに照らされながら、人を待つ少女が一人。

 

 

「よーお! 待たせちまった?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 

 その少女、夕映に声をかける少年。

カギは少し時間が遅くなったことを気にしてか、夕映へとそれを聞く。

 

 夕映はそれに対して、気にしていないと言うそぶりを見せる。

思ったよりも待ち時間が少なかったからだ。

 

 

「悪いねえー、ネギのやつに捕まって説教されちまってよー!」

 

「ネギ先生は真面目ですからね」

 

 

 カギは夕映と歩き始めたところで、遅れたことを謝罪すると同時に遅れてきた理由を言い訳しはじめた。

それは弟であるネギに怒られていたからだと言う。

 

 まあ、昔と変わったとはいえ、ズボラな部分は変わらないカギは、そういうところを怒られているのだ。

 

 夕映はカギが叱られた理由を察しながら、ネギの真面目さを語る。

真面目で妙なところで頑固である、そう夕映はネギの性格を分析していた。

 

 

「俺と違ってな!」

 

「そうですね」

 

 

 そこでカギは、ネギは自分と違うからと言い出した。

自分は不真面目でぐーたらで毎日寝坊するダメ人間、それがカギの自己評価である。

 

 とは言え、それを否定する材料がない夕映は、カギの言葉に同意する。

まあ、それが個性ってものなのかもしれない、と思いながらではあるが。

 

 

「そこは同意しねぇだろ普通!?」

 

「えっ!? そうですか!?」

 

 

 しかし、カギとしては否定してほしかったのか、つっこみを入れだした。

が、夕映はまったくわからなかったという様子で、驚くだけであった。

 

 

「お世辞でもなあ!!!」

 

「あっ、はいです」

 

 

 されど、カギとて心の奥底から否定してくれとは思ってない。

お世辞、嘘でもいいから否定してほしいだけであった。

 

 それを聞いた夕映は、微妙に察したのか軽い感じで返事を返した。

そうやって自分をおちょくろうとしているんだろう、いつものカギだと思ったからだ。

 

 

「んで、急にどったん? こんなデートみてぇなことしちゃってさ」

 

「デートに……見えるですか……?」

 

 

 そんなことよりもこの状況、どう見てもデートではないか。

カギはそう思った。何故そう思ったかと言えば、歩いている方向が世界樹の公園の方だったからだ。

何故かわからないが、自然とそっちの方へと向かっていたからだ。

 

 夕映は最初からそれを意識していたみたいな様子で、今の言葉を聞き返した。

 

 

「えっ……、いやまあ、他からはそう見られてるかもしれんが……」

 

「そう……ですね……」

 

 

 夕映からの予想外の反応に、思わずカギはしどろもどろな態度を見せた。

何言ってるんですか、みたいに言い返されるとばかり思っていたカギ。

 

 急にストレートで殴られたような、不意打ちを食らった顔を一瞬見せたカギは、今のは言葉のあやだと言い出した。

こういうところがカギの自信のなさであり、チキンなところでもある。

 

 そんな夕映はカギの言い訳のような言葉を聞いて、むしろそれを肯定する。

そう、二人きりで並んで歩くという行為、これをデートと呼ばずなんと呼ぶのかと。

 

 

「ちょっと急に何湿っぽい空気出しちゃってんの!?」

 

「え……、それは……」

 

 

 何やら夕映の様子が変なのだ。

カギは夕映が少し顔を赤く染めて、何やら恋する女の子みたいな雰囲気が出てるじゃないか。

この状況にカギは、場の空気を変えようと、茶化すかのようにつっこむかのように声を出す。

 

 だが、そのカギの言葉にさえ、夕映は妙な反応し、どもってしまう。

そして、顔を伏せて何やら考えるようなそぶりを見せだしたのである。

 

 

「もしかして俺の魅力に気付いてトリコになっちゃったかー!? んなわけね」

 

「……かもしれません」

 

 

 中々この雰囲気が抜けないと考えたカギは、ギャグっぽく”自分に惚れたかー!”とボケる。

これでそんなはずがない、と言う答えが返ってくるのを、期待するかのように。

 

 しかし、返ってきた答えはカギの想像したものとは違った。

それはなんと、肯定の言葉だった。YESだった。

 

 

「……は?」

 

 

 カギは夕映の今の言葉に、再び思わず一瞬フリーズした。

脳みその思考が凍り付き、何を言われたのかまったくわからないという態度を見せていた。

 

 

「最近私、カギ先生の傍にいると、なんかこう……胸が高鳴るんです……」

 

「え? いや、ちょっと待て、今のは軽いアメリカンジョーク……イギリス人がアメリカンジョークってなんだよなあ!! ガハハハハ!!」

 

 

 さらに夕映は言葉を続ける。

カギの傍にいるとドキドキする。これは一体なんなのだろうかと。

 

 されどカギは、そこでもギャグっぽい言葉で、雰囲気を濁そうと必死になる。

 

 今さっきの言葉はただのジョーク。アメリカンジョーク。

いや、現在はイギリス人なのでイギリスジョークだわと言って、わざとらしく笑い出したのだ。

 

 それに何? ドキドキする?

若いのに病気か何か? それ病院行ったほうがいいんじゃない? とカギは夕映の言葉を否定するかのように、逃げるように思考を続けた。

 

 

「私は本気ですよ……」

 

「お、おい……、マジでかよ……おい……?」

 

 

 そこで夕映はカギ顔をしっかり見て、カギの目を見て、決意したかのようにそれを言う。

すなわち、この胸の高鳴りは嘘や勘違いではなく、真意であると。そう、それが意味する答えは、一つしかないと。

 

 されど、カギはそれすらも否定しようと、足を止めて一歩後ずさりを始めた。

いや、これはない、ありえない、絶対にない。カギはそう思うからだ。

 

 

「……私はカギ先生……、あなたのことが……」

 

 

 そんなカギへと、夕映は最後の告白をゆっくりと述べ始めた。

ゆっくりとその気持ちを吐き出すように、はにかみつつも自分の本音をカギへと届けるように。

 

 しかし、夕映が最後まで言葉を言い終える前に、まるで時間が止まったかのように、世界全てが凍り付いた。

 

 ――――カギ一人を除いて。

 

 

「はああぁぁぁぁぁ――――……」

 

 

 そして、カギは大きく、本当に大きくため息をつき始めた。

それはこの世界に生まれて吐いたため息の中で、一番大きなものであった。

 

 

「……こういうのってさあ……、マジでシラけんだよな……」

 

 

 次に、カギは頭をポリポリかき、がっかりしたという顔を見せて愚痴った。

なんだよこれ。つまらねぇ。くだらねぇ。その全てが凝縮した言葉であった。

 

 

「――――わかってんだろ? ザジちゃんよお」

 

「お気づきでしたか」

 

 

 また、カギはその場で一歩も動かず、首も動かさずに背後へと急に声をかけた。

自分の生徒の一人の名を述べて。

 

 すると、カギの背後から、その生徒の声が聞こえてきた。

全てが停止したこの世界でカギ以外に動ける人物。それこそカギとネギの生徒である、ザジ・レイニーデイ本人であった。

 

 

「ネギんとこはもう行ってきたんだろ?」

 

「はい」

 

 

 カギは体を半分ずらして、ザジの方へ視線を合わせながら、ゆっくりと語りだした。

それは全てを察したという言葉であり、全て理解したという言葉であった。

 

 ザジは表情を変えることなく、ただ一言肯定するのみ。

 

 

「んで、ネギの方は……、()()()()()()()()()?」

 

「はい」

 

 

 さらにカギは、ネギのところへ行ったのならば、終わったのだと言い出した。

何故ならカギは知っているからだ。この状況を。この状況の結末を。

 

 ザジはやはり肯定するだけで、特に反応を見せなかった。

つまり、ネギはもうすでに、この夢から脱出したということだった。

 

 ただ、()()()()のネギはフェイトに対して執着もなく、原作ほど不幸でもない。

彼は彼自身のこの世界での経験や教えを信念とし、完全なる世界を否定したのである。

 

 

「……どうしてこれが完全なる世界(都合のいい夢)だと?」

 

「んなもん最初っからすげー違和感しかなかったぜ」

 

 

 だが、ザジにも一つの疑問が生まれた。それをカギへと質問をする。

この世界、今は全てが凍り付いたこの世界が、どうして作り出された理想の(都合のいい)世界だとわかったのかと。

 

 カギはチラリと動かぬ夕映を見た後、自虐するかのように笑ってそれを答えた。

なんかもう最初から変だった。何もかもがおかしかったからだ。

 

 

「俺があんなにモテモテのモテ期に入る訳ねぇだろ。自己評価超超マイナスなめんじゃねぇぞ」

 

「……そうでしたか」

 

 

 何せカギの自己評価は最悪の最悪。

自分があんなにモテる訳がない。モテる要素なんてない。そもそも夕映が自分に対してこんなことになる訳がない。

そんなマイナス評価こそがカギの自己評価だったからだ。

 

 だからこそ、こんな世界ありえない。自分がモテる世界はありえない。

つまり、それは何かの幻術、これは幻術なのか? 夢なのか? と察してしまったのだと。

 

 ザジはカギの答えに何も言わず、ただ、なるほど、とうなずくだけだった。

 

 

「なら、ここにいればずっとあなたはモテ放題ですよ」

 

「だろうなあ。それは確かに最高だろうなあ」

 

 

 ならば、この夢の中にいれば、ずっとそのままであると、甘い誘惑を言い放つザジ。

その言葉にカギは、それは確かに一理ある、と言う。

 

 

「では、そうすればよいのでは?」

 

「よいかもなあ、よいかもなあ、って……」

 

 

 であるのなら、そのままここで夢を見続けるのも悪くはないのではないか、とザジは続ける。

カギも肯定するような言葉を吐くが、その続きがあった。

 

 

「笑わせんなよ。こんな笑えねぇ冗談でよ」

 

 

 んなわけねーだろ。

それはひょっとしてギャグで言ってるのか?

カギの答えはこれであった。

 

 

「こんな夢見続けたって、自分がみじめなだけじゃねぇか」

 

 

 確かに、この夢は気持ちがいい。

自分の思った、願った状況がやってくる、素晴らしく最高の世界だ。

まさに楽園、完全なる世界とは言ったものだ。

 

 しかし、所詮は夢。

現実のように作りこまれているが、夢でしかない。現実ではないナニカ。

その中でただひたすら自分が気持ちよくなるだけなんて、むなしいとカギは思った。

 

 

「クッソさもしい人形劇で俺だけ人間役してよ」

 

 

 何故なら、それこそ転生者そのものだからだ。

転生して自分の好きなように生きて、自分の思い通りにやりたい放題する。それが転生者。

 

 だから気持ちが悪かった。

前に戦い、悔い改める切っ掛けとなった銀髪のようで。

 

 それ以上に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

自分が作り出した理想(よくぼう)が、自分のためだけに動いて喜ばせてくる。

これを一人芝居と言わずして何と言うのか。

 

 

「舞台の上で一人で踊るとか、洒落にしても面白くなさすぎんだよなあ」

 

 

 一人だけ人間で、それ以外はただの人形(NPC)

そこに感情も何もなく、ただひたすらに自分をよいしょするだけの世界(システム)

あまりにもむなしく、あまりにもさもしい。

 

 

「ただの自慰行為と変わらねぇよそれじゃよ」

 

 

 自分だけが気持ちよくなるという世界、まさに自慰の骨頂。

それは馬鹿な自分の考えで、他人には他人なりの別の考え方があるのだろうが、自分の答えはこれだ。

カギがこの世界の評価として結論づけたのは、それであった。

 

 

「あっ、仮にも教師が自分の生徒のJCに、んな例え使うのは最低だったわ。わりぃわりぃ」

 

「いえ、別にそれは気にしません」

 

 

 が、カギは今の自分の表現が相応しくなかったと考え、ザジへと謝罪した。

されど、ザジは気にした様子もなく、問題ないと一言述べるだけだ。

 

 

「いいんですね? それで」

 

「あったりめぇだろ? ……まあ、昔の俺だったらこれでいいとか思ったかもしれんけどな」

 

 

 ザジは、ならばこの世界に未練はないのか、とカギへと問う。カギへの最終問題。

 

 カギはそれを考えることもせず、すぐさまYESと答えた。

昔ならこの世界にしがみついた、と続けながら。

 

 

「なかなかどうして、カギ先生からは真実に向かおうとする意志を感じます」

 

「冗談はヨシコさんだぜ。俺はまだまだ臆病もんよお」

 

 

 そんなカギに対して、ザジは称賛の言葉を贈る。

この魅惑の罠を跳ねのけて、苦しい現実に立ち向かおうとする目の前の少年。

いや、転生者ならば中身は少年ではないが、それでも称賛するに値する意思を持っているのだと。

 

 だが、カギとしてはそこまで褒められたものなんてないと思うのだ。

嫌われるのは怖いし、痛いのだって実はあまり好きじゃない。真面目に修行するのだって、実は結構つらいと思っている。

故に、自分はまだまだ弱く、この甘い世界も悪くないと少しは思ったりもした。

 

 それでも自分の力で歩いていきたいと決意したばかりのカギは、この世界で甘えることはしないと強い意志で否定したのだ。

 

 とまあ、盛大なことを言っているようだが、単純にこんなことで夕映と仲良くなりたい訳ではないということ。

あのクソったれな銀髪と同じようなことで、夕映とさらにお近づきになりたい訳ではないということ。

それこそが今のカギの真実であり、信念であり、決意だったのだ。

 

 

「んで、合言葉は確か」

 

わずかな勇気(アウダーキア・バウラ)です」

 

「そうそう、それそれ!」

 

 

 もうこの世界に未練はない。

カギはそう思い、ザジにこの世界からの脱出するためのキーワードを聞き出した。

 

 それこそわずかな勇気(アウダーキア・バウラ)

小さな勇気であるが、次の一歩を恐れずに踏み出すためのもの。

些細な前進だが、前に進むためのもの。

 

 カギはその言葉を原作を思い出し、確かそうだったと口に出した。

 

 

「……カギ先生、ネギ先生にも言いましたが、麻帆良で帰りをお待ちしております」

 

「ああ、もう少し待っててくれや」

 

 

 最後に、ザジはカギの帰りを待っていると、微笑みながら言葉を残す。

カギも悠々とした態度で、ニヤリと笑いながら、絶対に帰ることを約束した。

 

 

わずかな勇気(アウダーキア・バウラ)!!!」

 

 

 そして、カギは教えられたキーワードを、はっきりと言葉にする。

すると世界が光に包まれ、その光にカギも飲み込まれていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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百七十二話 問答

 ――――全員、全員だろうか。

誰もがザジ似の少女が持つ、仮契約カードから放たれた光を見た後、パタパタと倒れて昏睡した。

フェイトでさえも、あの金髪グラサンのバーサーカーさえも、この力にはあらがえず近くで倒れて動かない。

 

 誰もが夢を見ているからだ。

自分が最も幸福となる夢、出来すぎた夢を。

 

 状助は前世の夢を、エヴァンジェリンは幼き頃の夢を、フェイトは栞の姉との優雅なひと時の夢を、バーサーカーは宿敵(恋した女)との激しいひと時の夢を。

誰もが望んでいた、失いたくなかった、手に入れたかったものを手にした夢を。

 

 しかし、()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()

いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……あれ? 俺は効いてねぇ……?」

 

「おかしいポヨね……。あなたのような存在には、効果てき面なはずだが……」

 

 

 それは変だな、と思った。

誰がそう思ったのか。それは転生者の一人である、アルスだった。

何故そう思ったのか。何故なら”幻灯のサーカス”が通じてないからだ。

 

 だが、何故というのはそこではない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

自分なら確実に間違いなく通じると、アルス本人が思っていたからだ。

 

 同じく、何故、と疑問に思うものがいた。

それこそ、アーティファクトを稼働したポヨと語尾をつける少女。

本名がポヨなのかわからないが、ポヨを語尾につけるのでポヨと呼ばれる少女である。

 

 何故疑問に思うのか。

それはこのアーティファクトの効果は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何故なら、転生者は自分が好き勝手したいという欲望が強いからだ。

自分の思い通りになる世界こそが理想であり、夢の中でその理想が実現することが可能だからだ。

 

 この”幻灯のサーカス”は、未練や悔い、あるいは欲望や野望が多ければ多いほど、よく効く。

満たされぬ想いが多ければ多いほど、心の穴が大きければ大きいほど、この術には抗えない。

 

 また、それは転生者だけではない。

サーヴァントですら適用される。何故ならサーヴァントという存在が、()()()()()()

 

 本来聖杯戦争で呼ばれ、願いが叶うとされる聖杯を勝ち取るために争う存在、それがサーヴァントだからだ。

 

 ……まあ、()()()()()()()()()は叶えたい願い以上に「関係ねえ戦いてえ」でやってくるものもいるのだが。

それと、抗魔力が高ければ防げる可能性もあるかもしれないが。

 

 

「俺ってなんだかんだ文句言いながらもリア充だったのか……。この事実めっちゃへこむぜぇ……」

 

 

 それはそれとして、目の前のアルスはしゃがみ込んで頭を抱えていた。

自分がそんなに満たされていたとは思ったことがなく、不平不満ばかりだったはずだと嘆きながら。

俺は勝ち組と思ったことはない、と言ったはずなんだが、おかしい、そう思いながら。

 

 ――――この”幻灯のサーカス”の弱点こそ、()()()()()()()()()()というものだった。

満たされない想いや心に大きな穴を持つものに効果が大きいのなら、その逆がリアルが充実してる人、すなわちリア充だからだ。

 

 つまるところ文句や不満を言っていたアルスだったが、思っていた以上に心の中では充実していたということだ。

 

 その事実を突き付けられて理解できない今の現状が、アルスを苦悩させていたのである。

 

 

「なんだなんだ? 急に変な夢見ちまったみてえだが」

 

「っ!? 何故通じないポヨ!?」

 

「あ? 俺様を誰だと思ってんだ?」

 

 

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

いや、厳密には一度倒れた男だった。もう一人、バグった男がのっそりと立ち上がってしゃべりだした。

 

 それこそラカン。

頭に手をのせながら、よく寝たと言う様子で、まるで寝起きのような態度で周囲を見渡していた。

 

 その様子にポヨは驚いた。

一度幻灯のサーカスにかかったにもかかわらず、抜け出したからだ。

それ以上に、術から抜け出した時間が一瞬でしかなかったからだ。

 

 されど、ラカンはそんなこと朝飯前という態度だった。

当たり前だ。目の前の男はバグ。バグりながら努力を重ねたバグの中のバグなのだ。常識など通用する訳がない。

 

 

「いい夢見せてもらったけどよ、ありゃ夢でしかねぇからな」

 

「この男、バグってるポヨか……?」

 

 

 とは言え、ラカンも幻灯のサーカスで見せられた完全なる世界(ゆめ)に思うところはあった。

だが、それでもただの夢であり、現実ではないと否定したのである。

 

 この術をこれほど早く抜け出すなど、イカれているとしか思えない。バグ中のバグだ。いや、自力で抜け出す時点でバグっている。

今まで余裕の態度を見せていたポヨは、ラカン相手に表情を引きつらせていた。

しかし、判断が遅い。それを言うのはあなたで百人目です。

 

 

「しっかし、俺たち3()()()()は全滅か」

 

「そのようですね……」

 

「おっ? タカミチも無事か」

 

「ええ……、なんとか」

 

 

 さらにここに立っているのはアルスとラカンだけではなかった。

もう一人、そうもう一人、この幻灯のサーカスから免れた男がいた。

 

 それをラカンが言うと、その男が声を出した。

それこそメガネで無精髭の男、高畑・T・タカミチであった。

 

 このタカミチ、()()()()()()()()()()()

確かに後悔やナギなどに多少思うところはあるが、一番後悔が強いであろう師匠の死がない。

故に、特に今、不幸や不運に感じていることはない。だから通じなかった。この男もリア充だったのだ。

 

 ラカンはほう、と言う様子でタカミチへ声をかけると、少し冷や汗を見せながら返事を返していた。

目の前で光ったら周囲の仲間が倒れている。自分に術が効かなかったのはラッキーだったと。

 

 

「おっさんばっかりリア充ポヨか。なんか変な気分ポヨ……」

 

「ひでぇこと言うなよ」

 

 

 うわぁ、なんだこのおっさんたち。

中年ぐらいで少年の頃が懐かしい年頃なはずなのに、幻灯のサーカスが通じてない。

正直ポヨはそう考え、妙な気分を味わっていた。

 

 アルスはそのつっこみに、言いすぎだろと言い放つ。

別におっさんがリア充でもいいだろ。ヘイトスピーチはやめろと。

 

 

「まっ! 思惑通りに行かなくて残念だったな!」

 

「少し誤算ポヨね……」

 

 

 ラカンはふと少し目を別の方向に向け、ニヤリと笑いながらポヨを煽る。

ポヨとしてはこの程度は些事であるが、思ったよりも効果が出なかったことを嘆いていた。

 

 

「ああ? 残念だったなってのは、俺たちのことじゃねぇぜ?」

 

「? ……どういうことポヨ……?」

 

 

 されど、ラカンの今の言葉は、そういう意味ではない。

自分たちが立っているのは当然だから、と言うのがラカンの意見だからだ。

 

 ポヨはその発言の意図が理解できず、ふと質問が口から出た。

ラカンたちが思惑通りではないのは当然ではあるが、それ以上の意図が読み取れなかった。

 

 

「こういうことです……!」

 

「っ!? 何!?」

 

 

 だが、その答えはすぐに理解できた。

死角から魔法で作り出した槍を突き出し、突撃してきた少年がいたからだ。

それは幻灯のサーカスの術中にハマったはずのネギだったのだ。

 

 とっさにポヨは槍を回避し、バックステップにて距離を取って周囲を警戒。

ネギの姿に驚いて一瞬硬直したというのにこの動き。流石はラスボス級。

 

 

「……妹の手引きポヨか」

 

「そうです。ザジさんのお姉さん」

 

 

 そして、ポヨはようやく全てを理解した。

あの(ザジ)が何らかの方法で手伝い、ネギを起こしたのだと。

 

 ネギもザジから全て話を聞いたので、彼女の問いを肯定し、目の前の少女の正体を口に出しす。

 

 

「俺を忘れちゃ困るぜぇ!」

 

「っ!!」

 

 

 しかし、もう一人忘れてはならぬものがいた。それはネギの兄として転生したカギだ。

カギも自慢の杖に術具融合をし、雷神斧槍を完成させて隙だらけのポヨへと攻撃したのだ。

 

 ポヨはとっさに爪を伸ばしてはじき返し、先ほどと同じように少し後方へと移動し距離をとる。

また、周囲を警戒し、他も目を覚ましかけはじめているのを確認すると、再び目の前に立ちはだかるものたちを鋭く睨む。

 

 

「兄さん!」

 

「弟ばかりにいい恰好させてたまるかよってんだ!」

 

 

 ネギはカギの復活を喜ぶように声を出した。

周囲の仲間たちはまだ完全には起きていない。だというのにカギは目覚めてすでに行動を起こした。

普段はアレだが流石は兄だと、素直に心の中で褒めたたえていた。

 

 カギとて弟のネギに負けたくはないという気持ちがあった。

弟に先を越されたのは状況的にしょうがないとしながらも、兄らしい行動しておきたかったようだ。

 

 それに、先ほど飛空艇の防御でネギが使った武装、あれは自分も習得した術具融合だった。

自分と同じ術が使えるようになり、しかも完成度は自分のソレを超えていた。

それはつまり自分と並び始めている、いや、超えてきている証拠だ。

 

 はっきり言ってネギは天才だ。()()()()()()()()()()()

このままでは自分を超えるかもしれない、とカギは思っていた。

 

 とは言え、このままただ抜き去られるなんてことはさせない。

転生者としてというより、なんだかんだ言いながら兄としてのプライドが、カギに芽生えていたからだ。

地獄めいた修行を必死こいて耐えてきたのは、強敵を倒すだけではなく、そう言う理由もあったのである。

 

 

「……それで、どうする気ポヨ?」

 

「……それはどういうことですか……?」

 

 

 ポヨはネギやカギの目覚めと連動して、起き始めた彼ら彼女らを再度見て、はぁ、と軽くため息を吐くと、再びネギたちを目で定めた。

正直予想外の出来事であった。

 

 とは言え、この先を超えて上層部にたどり着き、この一連の騒動を収めたとしよう。

それで何が変えられる? 何が終わらせられる? 何の意味がある? それこそがポヨの質問であった。

 

 されど、()()()()()()()彼女の言葉の真意が読み取れず、疑問を口に出す。

 

 何故なら、彼はこの魔法世界崩壊を救うための一手を、思いついていないからだ。

魔法世界崩壊を阻止するための方法を、思いつくというところにも達していないからだ。

 

 

「君たちがこの儀式を阻止したところで、最短9年と6か月後には魔法世界は消滅する」

 

「っ!」

 

 

 だから、ポヨははっきりと、この魔法世界が滅びの道しかないことを示す。

この10年足らずの間に、確実に魔法世界は消え去るのだと。

それがこの”完全なる世界”の儀式を止めたとしても、絶対に起こりうると言うことを。

 

 ネギはそれを聞いて、たまらず言葉を詰まらせた。

確かにそうだ。崩壊するとはいどのえ日記に記されていた。

あのアーチャーとかいう人も、そのことを小さく語っていた。

 

 

「ならば、この先に進むことはやめて、引き返すほうが賢明ポヨヨ?」

 

「痛いところを突かれたな……」

 

 

 であれば、この儀式を止める意味はないだろう。

止めたところでどうせ消え去る。消え去るのであれば、せめて幸福な夢の中に消えたほうがよいだろうとポヨは語る。

 

 アルスもそれを言われたら厳しいと、顔を渋らせる。

言われた通り、こっちにはそれを何とかする手立てがない。

 

 相手の提案を潰すのであれば、それ相応の提案が不可欠。

それがないのに潰すのだから、確かに自分たちは不利だとアルスも思った。

 

 ここに未来から来た超やエリックが居れば、また話は変わっただろう。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、アルスもそこについては考えていなかった訳ではない。

()()()()数多くの転生者がいる。それに未来から来たと言う転生者エリックもいるのだ。

彼らと協力すれば10年内には消え去ると言う魔法世界も、存続できるかもしれないと思っていた。

 

 

「確かにそうかもしれねぇ、だけどそうじゃないかもしれねぇ」

 

「? 未来はほぼ決まったようなものポヨ」

 

 

 しかし、そこで急にかっこつけて、希望を言葉にしだすカギ。

とは言え、カギは別にそのあたりを深く考えてはいない。

その場の勢いに任せているだけではある。

 

 されど、ポヨは魔法世界の滅びは確実なのを知っているし、理解している。

なので、何を言い出すかと思えば、程度に聞いていた。

 

 

「未来が一つだと誰が決めたんだ」

 

「誰かが決めた訳ではないポヨ。計算でそうなると確実な予想が出ただけポヨ」

 

 

 カギは次に言う。未来が一つとは限らないと。

確かに、カギの言うことは正しい部分もある。

 

 一つ一つの選択が違った、色々な未来。分岐した未来、並行世界。

そう言ったものも存在し、現に存在する、あるいは存在した。

まあ、カギはそんなことを考えて発言した訳ではないが。

 

 だが、ポヨは魔法世界の崩壊は、自分たちの研究機関が出した結論だと語る。

つまり、自分たちの実証を踏まえての発言であり、そこには確固たる自信があった。

 

 

「しかし、こちらにはその用意がある、と言われたら?」

 

「何……?」

 

「えっ? 急に何……?」

 

 

 そこへ、ようやく目を覚ました一人の少女が、飛空艇から現れて語りだした。

それはアルカディアの皇帝の部下、ギガントに師事する少女、調……、ここでは本名であるブリジットだった。

 

 ポヨはブリジットの言葉に、ピクリと反応した。

どういうことだ? 魔法世界の崩壊を防ぐ手立てと言ったか? と。

 

 が、自分がかっこよく発言してるところに急に話に入られたカギは、アホ面でポカンとしていた。

と言うか、俺がしゃべってたんですけどー! と今すぐ叫びたかったが、何か言える雰囲気じゃないので渋々黙るしかなかった様子。

 

 

「我らが皇帝、ライトニングが魔法世界崩壊を防ぐ手立てを用意していると言われた、どうです?」

 

「む……、噂に聞くアルカディアの皇帝ポヨか」

 

 

 魔法世界の崩壊は阻止できる。そうアルカディアの皇帝は宣言した。

であれば、ここを守護しようとする目の前のあなた(ポヨ)こそ、意味のない行為になりえる、とそうブリジットは言い放った。

 

 ポヨもかの皇帝の話は知っている。いや、風のうわさで聞いたことがあった。

曰く、千年以上も生きた怪物であるとも、理想郷を守護する人柱であるとも、何かよくわからんが強すぎてよくわからんとも。

 

 

「皇帝陛下は魔法世界の崩壊を阻止、あるいはそれに準じた準備をすでに整えておいでです」

 

 

 その皇帝が、魔法世界の崩壊を尽力して阻止している。

否、すでに用意は整っている。いつでも崩壊しても大丈夫なよう備え終わっていると。

 

 ブリジットは師匠の代理として、このことを語っている。

そして、その全ては真実であり、本当に皇帝は用意を終わらせているということだった。

 

 

「……ライ……皇帝? なんか聞いた気が……わかんねえー!? なあ知ってっか……?」

 

「悪いが俺だって詳しくは知らねえ」

 

 

 だが、カギは皇帝と言われても???と言う顔をするだけであった。

誰だかわからんとアルスへとそれを聞けば、アルスもよくわからないと質問を切り捨てる。

 

 何故ならカギはラカンの映画を見ていないからだ。

いや、総督府にてその続きを見たはずだ。されどあの映像では名前自体は出れど、皇帝の姿はほぼ出てこなかった。

 

 故にカギは、そのあたりをあまり覚えておらず、名前ぐらいはどっかで聞いたはず……と頭を悩ませる。

 

 その点アルスは、ラカンの映画を見たのである程度知っていた。ただ、説明できる程詳しく知ってる訳でもなく、映画の中で何やらやっていた、ぐらいにしか理解してはいなかった。

 

 

「初耳だわ……」

 

「は? あのバカが! そういうことは私にも教えろ……!」

 

 

 また、今しがた目覚めたアスナも今の話を聞いていた。

それで皇帝がそんなことまでしていたという事実に、ちょっとショックという顔を覗かせたのである。

何がショックかと言うと、皇帝の部下であり育ての親、メトゥーナトからも何も聞いてなかったからだ。

 

 まあ、あのメトゥーナトは筋金入りの堅物。

不必要なことや守秘義務があることは絶対に口にしない、クソ真面目が仮面をつけて歩いている男だ。

故に、アスナのショックは小さかった。

 

 

 それ以上に大きな、巨大なハンマーで頭をたたき割られたようなショックを受けるものがいた。

それこそ皇帝とは500年ぐらいの付き合いがある、真祖の吸血鬼エヴァンジェリンだ。

 

 エヴァンジェリンも幻灯のサーカスには抗えずに封じられたが、アスナと同じぐらいに目を覚ました。

そこで聞いたのは、皇帝が自分に隠して魔法世界崩壊の阻止の準備をしていたことだ。

 

 そういうことがあるなら、なんで自分に報告がこない?

エヴァンジェリンはそれを思い、地面に拳を叩きつけてキレ散らかした。

今度会ったら殴る数を増やしていやる、首を洗って待っていろ、そう恨み辛みを重ねながら。

 

 

「これですべてがうまく行き、解決されるはずです。どうか引いてはいただけませんか?」

 

 

 皇帝の魔法世界崩壊への準備は確実である。

だから、戦う必要はない。ブリジットはそう優しく説くように、ポヨへと語りかけた。

 

 

「……信じられん……ポヨ」

 

 

 ――――だが、その次の瞬間、ポヨから壮絶な殺気と魔力があふれ出したのだ。

 

 

「かの皇帝がそう言ったにせよ、この魔法世界の崩壊を阻止など、到底不可能ポヨ」

 

「……! これは……!!?」

 

「けっ、こけおどしだぜ!」

 

 

 だが、たとえそれが皇帝(かいぶつ)だとしても、魔法世界崩壊を阻止するなど不可能だと、ポヨは判断した。

すると、ポヨの背後には悪魔のような黒い物体が出現し、彼女の額に二本と頭部にも二本の角が生えたではないか。

 

 これこそが彼女の本気。

魔界でも上位に君臨する魔族の、本気の戦闘形態だ。

 

 そんな夢物語など信用できない。

その夢物語など、この場で粉砕してやろう、そんな雰囲気だった。

 

 

 流石のネギもこの状況に驚き、戦慄せずにはいられなかった。

また、他の全員も起き始めた目でその姿を見て、寝耳に水のような顔で驚愕していた。

 

 が、カギは余裕の態度だ。

何せカギは転生特典に王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)とその中身の武器を貰っている。

殺す気はさらさらないが、悪魔や魔族に特効が入る武器で攻めれば余裕だと考えていたからだ。

 

 

「不可能かどうかを決めるのは、あなたではありません」

 

「我々の研究機関で出た結論こそが崩壊ポヨ。自分だけの独断ではない」

 

 

 不可能だと何故そう言える? 何故そうまでして頑なに否定する?

ブリジットはそう思い、皇帝の準備に不備はないと発言する。

 

 しかし、ポヨもまた、自分たちの研究機関の予想こそが真実であると言葉にする。

皇帝が何をするにせよ、魔法世界の崩壊からは免れないと信じている。

 

 

「……その言葉を事実だと言うのならば、この私を倒してから先に行くポヨ」

 

 

 だからこそ、もう戦うしかない。

どちらも自分が正義だと思うのであれば、勝者こそが正義。敗北者こそが悪となる。

ポヨはこの話はもう平行線にしかならんと考え、戦闘の意思と姿勢を見せていた。

 

 

「やはり戦うしかねぇってことか」

 

「やっぱ押し通したものが正義を貫けるって訳かよ! まあ、俺には正義なんてねーけど!」

 

「言ってる場合じゃないよ!?」

 

 

 こりゃもう戦わざるを得ないと諦めをつけ、アルスは戦う構えを取り始めた。

 

 カギもポヨの態度に、戦いを避けることは不可能だと判断し、再び雷神斧槍を構えだす。

正義と正義がぶつかるなれば、それを貫くにも力がいるのだと。が、最後に一言無駄に余計なことを言うのもカギだった。

 

 完成した術具融合を構えて戦う姿勢を見せるネギであったが、カギが急にバカなことを言うものだから、たまらずつっこみをいれてしまった。

なんともしまらない兄であると、ネギは改めて思うのであった。

 

 

「まっ! だったら、俺がちょいちょいっとやっつけちゃ」

 

「……彼女は僕が相手をしよう。君たちは先に行ってくれ」

 

「タカミチさん!?」

 

「はあぁっ!? 急に何を……!?」

 

 

 戦うんならしょうがない。

カギはならばと悠々とした態度で足を一歩踏み出した。

 

 だが、そこへゆっくりとネギの前に出て、この戦いに手を挙げる男が一人、それは高畑であった。

高畑の急な申し出に、ネギは一人で大丈夫かと言う顔で名を呼んだ。

 

 カギは、何か突然出てきていいところ持っていくのかこのおっさん、と思い、それがぽろっと口から出てしまっていた。

 

 

「舐められたものポヨね。これでも私はラスボスと同等には強いポヨ……っ!? ぐっ!?」

 

 

 ポヨもたかが人間、魔法も使えぬ男が一人で何ができると高をくくった、その瞬間。

地面を抉り石の床を砕き、鉄をも粉砕するほどの圧縮された気の塊がポヨを襲った。

何とか障壁で防御して見せたが、その顔色は困惑の一色だ。

 

 ポヨは一体何が起こったのかわからなかった。

魔法ではない気の技であるが、それを放った動きが見えなかったからだ。

 

 

「そっちこそ舐めないでほしいね。僕だって師匠を超えるために、伊達に長年修行してきた訳じゃないさ」

 

 

 まるで動いた素振りも見せず、涼しい顔で淡々と語る高畑。

――――無音拳。ポケットからまるで居合のように放つ拳圧による攻撃。

それを相手に悟られることなく放って見せたのだ。

 

 彼は師匠、ガトウに追いつくために必死に努力を続けてきた。

師匠であるガトウも存命であり、修行をつけてもらえる時間も存在した。

故に、()()()()()()()原作以上の存在となっていたのである。

 

 

「さて、二人だけでやりあおうか」

 

「この男……!」

 

 

 今度は無音拳で壁をぶち抜き大穴を開けた高畑は、何度もポヨへと連続で無音拳を放つ。

ポヨは高畑の力ずくの攻撃の前に、防御で精いっぱいとなっていた。

 

 高畑はそのままポヨを大穴へと押し込んでいく。

そして高畑の目論見は成功し、邪魔にならぬようこの場から姿を消すことに成功したのだ。

 

 

「ヒュ~っ! あの野郎、カッコつけて行きやがったぜ!」

 

「だが、助かったと言うほかない」

 

 

 ラカンは口笛を吹いて高畑の強さを称賛しつつ、カッコつけてんなと口に出す。

そんなラカンの言葉に、カッコつけてんのは否定せずに助かったと言うアルス。

 

 どうやら強敵の一人を封じ込めることに成功したことで、先に進めると誰もが思ったようであった。

 

 

「あのおっさん、あんな強いのかよ……!? 嘘だろ!?」

 

「あぁ? あいつはそりゃ強ぇに決まってんだろ?」

 

「マジかよー……」

 

 

 カギは高畑の強さを目の当たりにして、目をむいて驚いていた。

えっ、高畑ってカマセの雑魚じゃなかったの!? 二次創作ではいいところないまるでダメなおっさんだったはず……、と思っていたからだ。

 

 そんなカギにラカンは、何言ってんだこいつ、という顔でそれを言葉にした。

高畑は師匠であるガトウの元で我武者羅に修業した。旧世界で教師をやってる時も一人で鍛錬を続けていた。

そりゃ弱い訳ねえだろ、と言うのがラカンの意見だった。

 

 そもそも、原作でもそれなりに上位だった高畑。

まあ、最終的にネギの方が上だと自ら認めたりしてるので、その程度扱いにされても仕方がないのだが。

 

 ラカンの言葉にカギは、信じられねえー、と口に出す。

いや、実際今目の前で起きたこと故に、信じざるを得ないのだが。

と言うよりもカギの高畑への印象はあまりよくなかったのだが、ここで少し改めようと考えたのであった。

 

 

「俺たちは先を急ぐ……ハッ!?」

 

 

 そんなやりとりが終わり一段落ついたと思ったアルスは、目が覚めた仲間たちに先のことを説明しようと彼らの方へと向き直したその直後、急な鋭い攻撃が宙を舞った。

 

 ここは敵地。

安心する余裕がある場所ではない。一難が去って気が緩んだところへの不意打ち。

アルスが少しほっとし、背を見せたところを狙った一撃だ。

 

 アルスへと一直線に伸びる凶刃は、射止めんとばかりの鋭く圧縮された気の刃。

それが長く続く廊下の先から、タイミングを計ったかのように飛んできたのだ。

 

 

「ほう、かわしたか。流石だな」

 

「…何もんだ?」

 

 

 だが、アルスは紙一重でそれをかわした。

とは言え、額から冷や汗を流し、本当にギリギリであったことが伺える。

 

 避けた場所の床を見てみれば、スッパリと床を切り裂いているほどの切れ味だった。

命中していれば確実に真っ二つとなり、血の噴水と化していたであろう。

 

 そして、そこへ一人の男が現れた。それなりの体格をした短い金髪の男だった。

 

 男はアルスが不意打ちを回避したことに対して、笑いながら褒めたたえた。

ただ、これは馬鹿にしてる訳ではなく、心からの惜しみない称賛だ。

 

 何せ男は殺す勢いで技を放ったのだから。

それを回避したということは、目の前の男が強者であるからだ。

 

 アルスは男の声がした方向へと振り向き、急に現れた第三者を警戒した。

ここに人間・人型の敵が出てくるというのは、()()()()()()()()

すなわち、転生者の可能性が大きいと考えたからだ。

 

 

「それは相棒が良く知っているさ」

 

「ッ! お前は!」

 

 

 しかし、男はアルスの問いに答えず、アルスの少し後ろでライフルを構える真名へと声をかける。

特に緊張もなく、旧友に出会ったようなリラックスした、気さくな声であった。

 

 ただ、真名の方は違った。

真名は知っていた。この男を知っていた。()()()()()()()この男を知っていた。

だから、ここに出てくるとは思っていなかったと言う顔で、絶句した後大声で叫んだ。

 

 

「ビリー!」

 

「よう相棒、先ほどぶりだな」

 

 

 その男の名はビリー、と真名ははちきれんばかりの声で呼んだ。

何故お前がそこにいる。見つけた戦う理由とはなんなのか。そんな疑問が入り混じった心の叫びだった。

 

 

 ――――そうだ、心のどこかで、真名にはこうなることなどわかっていた。

 

 学園祭の時、ほんの一瞬であったが声を聞き姿を見た時。

さらには総督府の地下物資搬入港で、言葉を交えたその瞬間からわかっていたことだった。

 

 驚く真名など気にしてないかのように、男、ビリーは再び語り掛ける。

それはまるで本当に旧友と会話するかのように、穏やかな口調であった。

 

 

「知り合い……ですか……?」

 

「ああ、古い仲間だよ……」

 

 

 ネギは真名へと、彼のことを聞く。

真名はビリーへと標的を定めたまま、静かにその問いに答えた。

 

 彼は昔の仲間。

自分と同じ仮契約者(マスター)を持つ、孤児の男。

一緒に愛しい男性(マスター)とともに、戦場を駆け巡った男、それがビリー。

 

 

「相棒、()()()()()()()()()()()()?」

 

「おかげ様でな……!」

 

「……そうか。それはよかった」

 

 

 ビリーもまた、マスターである彼のことを多少なりとて気にかけていたようだ。

5年前、死にかけたあの男。偉大なる魔法使いを目指して戦っていたあの男。

 

 今も生きているのだろうか。

仮契約カードが死んでないのなら生きているだろうが、五体満足でいるのだろうか。

ビリーもそれは気にしていた。

 

 真名はようやく平常心を取り戻し、小さく笑ってそれを答える。

彼は生きている。魔法使いは半分引退したようなもんだが、元気だと。

 

 5年前、ビリーがいなければ死んでいたかもしれない彼。

故に、選ぶ言葉は一つ、おかげ様だ。

 

 ビリーもそれを聞いてふと笑みを見せ、よかったと言葉にする。

拾ってくれた恩もあるし、彼は尊敬できるマスターだ。それだけに、元気で生きているという言葉に、ビリーは安堵を見せるのだ。

 

 

「なら、()()()()()()()()()()()()()

 

「……いいだろう……」

 

 

 しかし、それはそれ。

今のビリーは()()()()()()の一員。敵対は必至。

されど、ビリーは真名以外に興味がなかった。知らない目の前の誰かと戦う気は毛頭なかった。

 

 真名もそれを理解し、ビリーの要求に応えた。

二人きりがいいならちょうどいい。自分が彼を相手にして、後ろの仲間を先に行かせられると。

 

 ちなみにカギはこの空気の中を割り込むことができず、何が何だかと言う顔で会話を聞いていた。

 

 

「竜宮さん!?」

 

「こいつは私に任せて先に行け」

 

「で、ですが……」

 

 

 とは言え、ネギには目の前の男が未知の敵にしか見えない。

そんな敵と二人で戦わせるというのは、気が引けるものだった。

 

 それでも真名は任せろと言う。

目の前の男を知り尽くしている自分なら、有利に戦えると。

 

 そう言われようとも、ネギは言葉を渋らせる。

敵は一人だが、どれほどの強さを秘めているかわからないからだ。

 

 

「別に俺の狙いは相棒だけだ。お前たちに今のところ用はない」

 

「それは本当か疑わしいな。お前は昔からしたたかだった」

 

「昔の相棒をもっと信用して欲しいところだが、いや……、むしろ信用されていると言えるかな?」

 

 

 そこへビリーも真名の助け舟になるかのように、ネギたちへと言葉を述べる。

用事があるのは旧友のみ。それ以外は有象無象で興味がないと。

 

 そんなビリーの言葉に真名は、冗談交じりに語り掛ける。

この目の前の男は正々堂々も卑怯も好む、なんでもありの男だ。

 

 作戦のためならば、どんな汚い手も使うことを厭わない。

心にも思っていないことだって行動できる男だった。

 

 その真名の言葉に、冗談で返すビリー。

二人で一対一がしたいというのに、信用されてないような言い方だ。

ただ、その評価こそが最大の信用だと、ビリーは思った。

 

 

「だが、お前とやるんなら、私も全力だ」

 

「当たり前だ。そうでなければ意味がない」

 

 

 真名は故に、昔の仲間(ビリー)相手でも、手を抜くことはない。

目の前の男の強さを一番知っているのは、自分だからだ。自分を相棒と呼ぶこの男の(おそろし)さを知っているからだ。

 

 だが、ビリーも本気同士の衝突でなければつまらないと考えていた。

そう、同じ仮契約者の従者同士、何も気にせずただ全力でぶつかること。

今はそれを望んでいた。

 

 

()()()()()()()()

 

「ッ!? これはまさか……!」

 

()()()()()

 

 

 だから、真名は先手を打つ。

この男を倒すための一手を、大きな一手を。

 

 真名が叫べば、突如円盤状の物体がビリーを取り囲むようにして宙に浮く。

ビリーもこの不意打ちには流石に驚いたのか、その円盤を見てしまったと舌打ちしそうになる。

また、それを発動させた本人は、察しの通りだと得意顔で語りかけた。

 

 

「グっ!?」

 

「超鈴音特性、重力地雷。一瞬だが50倍の重力がかかる」

 

 

 すると、それはすぐに起こった。

円盤状の物体から強力な重力が発生し、ビリーとその周囲を圧迫したのだ。

 

 これこそ超が作った重力を50倍にする地雷。

受けたビリーはたまらずうめき声をあげると、重力の重みで石畳の床が崩壊し、地面に大きな穴が開いたのだ。

 

 

「あとは任せたよ!」

 

「あっ!」

 

 

 ビリーは強烈な重力を受け、その大穴へと落下していく。

真名もネギたちに声をかけながら、ビリーを追って大穴へと落下していった。

 

 ネギは引き留めよう、としたがもう遅い。

すでに真名とビリーは、二人だけの世界へと入っていったのだった。

 

 

「いきなり重力50倍の地雷とは、とんだ挨拶じゃないか、相棒」

 

「あれで無傷のお前がそれを言うのか」

 

 

 落下していく中、ビリーは追ってきた真名へと、ニヤリと笑いながら語りかけた。

まるでこの程度は余裕と言いたげな、いや、実際余裕そのものであり、落下しながらも態勢は垂直を維持しているほどだった。

 

 真名とて、この程度ではビリーを取れないということは理解していた。

されど、まったくの無傷でこれを凌いだビリーに、思った以上の難敵だと改めて実感させられたのである。

 

 

「それなら()()()()使()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()

 

 

 ならば、もう一つ手を使うか。

真名は構えたライフルの銃身をビリーへと向け、狙いを定めてそれを銃声とともに解き放つ。

 

 

「っ! この銃弾はまさか」

 

「遠くから学園祭を見ていたんだろう? 強制時間跳躍弾(B・C・T・L)だ」

 

 

 ビリーは察して体をそらして弾丸をかわせば、その先で黒い円形のエフェクトが発生したではないか。

その光景をビリーは知っていた。見ていた。効果は何となく理解していた。

 

 そうだ、これこそあの男(ジョン)が使っていた弾丸、強制時間跳躍弾。

真名の奥の手の一つとなったものだ。

 

 

「もっとも、これはビフォアが作ったものを超が再現したものだがな」

 

「いい友人を持ったようで、俺も鼻が高いな相棒ッ!」

 

「照れるじゃないか」

 

 

 この強制時間跳躍弾は何かのためにと超が、ビフォアが残したものを研究し、再現したものであった。

この超高密度にまで高められた魔力が漂う空間だからこそ、使用が可能なもの。

 

 真名は先ほどスナイパージョンが使っているのを見て、ここならば使えると判断して使用したのだ。

 

 ビリーはと言うと、やはり悠々とした態度で、懐かしむように真名へと語りかけるのみ。

いやはや、こんなものを作る友人というのは、中々面白い人物じゃないか。

そんな友人が相棒にできて、うれしい限りだと。

 

 そう言われた真名は、気にすることなくそんなことを言う。

別に嬉しくない訳ではないが、今のビリーに言われたところで、何かを感じる訳でもない。

 

 

「だが、これだけではお前相手じゃ足りないな」

 

「なら、次は何を出す?」

 

 

 ただ、これだけでもまだ足りない。

目の前で何も気にせず自由落下している元相棒を倒すには、これだけでは足りない。

だからこそ、真名は最後の切り札を惜しみなく使う。傭兵である真名が、全ての手札を切らなければならないほどに、目の前の男は強い。

 

 故に、ビリーは次に出てくる切り札を知っていながら、あえて催促するかのように挑発した。

そうそう、最大の力をもって、俺と衝突しよう。そう言いたげに笑いながら。

 

 

「5年ぶり……になるか。()()()()

 

「……そうだな。懐かしいもんだ」

 

 

 真名の左目が、燃えるかのように光り輝く。

膨大な魔力が黒い渦となって、纏ったコートを破くほどの勢いで、全身から放出される。

髪の毛は真っ白に染まり、背中の腰あたりから、コウモリのような翼が生えたのだ。

 

 ――――これぞ魔眼を解放した、真名の姿。

魔族とのハーフである真名の魔族化であった。

 

 真名は懐かしいと言う様子で、これを語る。

5年前、仮契約者であるマスターが、命を落としかけたその時のことを。

 

 同じく懐かしいとビリーも語る。

あの時、仮契約者であるマスターを、必死で助けようともがいた日のことを。

 

 

「行くぞビリー!」

 

来いよ(come on)! 相棒(buddy)!」

 

 

 これで準備は整った。

あとはもう罠もなく仕掛けもなく、ただただ力と力でぶつかり合うだけだ。

 

 真名は元相棒の名を叫び、落下速度を加速させてライフルを再び構える。

ビリーも胸に手を置き、心おきなく撃ってこいと示し、笑いながら相棒と叫んだのだった。

 

 



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百七十三話 転生者ディオ

 ――――ディオ・B・T・マクダウェル。

転生者にしてエヴァンジェリンの兄として生まれた男。

 

 彼は襲い掛かる数人の転生者(同族)を見て思う。

やはり転生者とは愚かな存在であると。自分もその愚かな存在の一部であることを。

 

 

「転生者ども、か」

 

 

 自分は転生し、何も得ていなかった。

今はまだゼロ、いや、マイナスだ。スタート地点にすら立てていない。

 

 何故なら、自分の計画はとっくに滅んでいるからだ。

何もできずに、もがくことしか、もがくことすら許されなかったからだ。

 

 ディオは転生者を見て思う。

くだらん存在だと。いくら能力を貰おうとも、欲望にしか使えないのであれば無意味だと。

 

 

「自分もだが、やはりくだらん。なんと無駄か。無駄無駄……」

 

 

 なんというくだらなさか。

自分も、目の前の転生者(こいつら)も、自分のために貰った力をふるっている。

人のためではなく、自分のために、自分の欲望のために。

それはとても愚かしいと、ディオは常々思っている。

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄アァッ!!!」

 

 

 そう、転生者とは無駄な存在。

この世界において、これほど無駄なものは存在しない。無駄だ、無駄。

 

 ディオはそう言葉にしながら、スタンド、ザ・ワールドを出現させて、襲い掛かる転生者どもをラッシュで薙ぎ払う。

 

 

「……しかし、わかっていたことだが数が多い。これほどまでに完全なる世界(ゆめ)に拘るか……」

 

 

 されど、完全なる世界に味方する転生者は、かなり多い。

今倒した転生者は10人ちょっと。その倍ぐらいの転生者が集まり、ディオを囲っている状況となっていた。

 

 それを見てディオは、やはりくだらんと考える。

彼らは自分たちがしたかったことができずに、こうして腐っているんだろうと。

自分の欲望どおりに事が進まなかったが故に、完全なる世界に逃げようとしているのだろうかと。

 

 いや、奴らはそんなことなど気にせず、自分が何をしているかも理解せず、ただただ自分の力を見せつけたいだけなのだろう……。

 

 きっと、あの日からだろう。

彼が転生者という存在に、反吐が出るほど嫌悪するようになったのは――――。

 

 

 

 

 

 

 ――――600年前。

ディオはとある小さな村に生まれ落ちた。

特に何もないが、平和な村だった。

 

 

「お兄様!」

 

「キティか、どうした?」

 

 

 何かあったとすれば、それは妹がエヴァンジェリンであったことだろう。

ディオは彼女を初めて見た時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と察した。

 

 だが、それ以上にディオは、()()()()()()()()()()()として認識するようになっていった。

とても優しく、自分になつき甘えてくるこの金髪の少女に、愛おしさを感じるようになっていった。

 

 そして、エヴァンジェリンは普段のように、兄であるディオへと笑顔で駆け寄る。

ディオは急に呼ばれて一体どうしたのかと、そんな彼女へと声をかけた。

 

 

「村の近くに何やら裕福な人がやってくるみたい!」

 

「ほう、貴族か何かか? こんな辺境の地に……?」

 

 

 エヴァンジェリンが言うには、この村の近く、たぶん外れの方だろうか。

そこへ金持ちがやってくるというのだ。

 

 金持ち、多分貴族だろうか。

確かに村の外れに何やら屋敷らしき建物を、村の大工らが建造していたのを思い出した。

そんなものが”原作”にあったかはわからないが、ここでは確かにそれを見たとディオは思った。

 

 とは言え、こんな何もない村に、いったいどうして来たのだろうか。

それがディオにとって最も気になったところであった。

 

 

「そこまでわからないよ。噂でしかないもん」

 

「噂か」

 

 

 エヴァンジェリンはディオの問いのような独り言に対して、知らないと語った。

というのも、この話は直接聞いた訳ではなく、村中の噂でしかなかったからだ。

 

 ディオはなるほど、と自分の顎を撫でて考えた。

噂、とは言え何もないところに煙はでない。きっと金持ちが近い時期に、この近くにやってくるのだろうと、そうディオは結論づけた。

 

 

 その数日後、本当にこの村に貴族らしき家族がやってきた。

それなりに大きな馬車に荷物を積み、使用人らしき人が馬車の上から2頭ほどの馬を操り、村へと入ってきたのである。

 

 ディオは物珍しさに、ちょいと見せおこうと野次馬のように集まった村人を押しのけ、村へ入ってくる馬車を見ていた。

そして、馬車が停止すると、中から一人の少年がこの村の大地へと降り立った。

 

 

 バッ! ダンッ! バ――――ンッ!!

 

 力強い飛び降りと着地。

随分と立派な召し物を着こなした、一人の少年がそこにいた。

 

 

「君()ディオ・ブランドーだね」

 

「そういう君()ジョナサン・ジョースター!」

 

 

 そして、少年はディオを見ると第一声にそう言い放った。

ディオも釣られて、その名を口にした。

 

 ディオ・ブランドー。

ジョナサン・ジョースター。

互いにそれの能力を貰ったからか、それに近い姿をしていた。

だからすぐに、お互いそれを理解した。

 

 また、それは彼と初めて会った日のことだった。

まるで運命だというような、いや、実際に運命だったのだと感じざるを得なかった。

 

 彼はジョナサン。

ジョナサン・ジョゼット。ジョジョ。

ジョナサン・ジョースターの能力を貰った転生者。

 

 彼らは同じジョジョ好きということで、すぐさま打ち解け友人となった。

奇妙な友情ではなく、友情を感じていた。少なくともディオは、彼を友人だと認めていた。

 

 

「なあ、好奇心で聞くんだがディオ。君が考えうる最も”強い”特典はどんなヤツだい?」

 

「……どんな特典であろうとも、十全以上に力を発揮したければ、修行や鍛錬を怠らずに行うことだ」

 

 

 ディオはジョナサンと友人となり、ジョナサンと河原で遊ぶことが多くなった。

木陰で寝そべりながら、彼らはくだらない談笑をして笑いあった。

そこでは当然ジョジョネタを混ぜて会話することも多かった。

 

 その何気ないくだらない談笑の一つで、ジョナサンはプッチ神父とDIOの何気ない会話を真似し、ディオに質問をした。

それはすなわち、転生者が特典として選ぶなら何が最強なのか、というものだった。

 

 その問いにディオは、いくら能力が強かろうとも鍛えなければ意味がないと返してきた。

転生神は教えていた。能力を最大限発揮するには、鍛錬を行わなければならないということを。

 

 

「転生した神が言っていた。でなければ、いくら”最強”と呼ばれた特典であっても、真価を発揮できず弱いままだと」

 

「質問が悪かった。子供遊びで話す”ピカ〇ュウとミッ〇ーどっちが人気”そのレベルでいいよ」

 

 

 最強の能力でさえ鍛えなければ雑魚である。

これが転生者の真理の一つ。

 

 鍛えたならば最強となりえるが、その練度の差と最強たりえる鍛錬の難易度にはそれぞれの特典で違いがあるはず。

ディオはそれを考えたうえで、そう答えて発言している。最も強く、最も鍛錬の必要のない能力こそが最強なのではないか、と。

 

 とは言え、ジョナサンが聞きたかったのはそういうことじゃない。

あくまでどんな能力を貰ったら最強になれるかな、程度の問いかけだった。

だからそれを訂正し、もう一度ディオへと尋ねる。

 

 

「……()()()A()C()T()4()と呼ばれたスタンドがもっとも”強い”。故に手にあまる」

 

「ジョニィ・ジョースターのスタンド……」

 

 

 再び問いかけられたディオであったが、正直言って困っていた。

ディオははっきり言ってわからん、と言いたくなったのである。

自分の知らない作品で最強能力があるかもしれないし、メタれる能力があるかもしれないと思ったからだ。

 

 しかし、それではいくら何でも格好つかんと考えたディオは、ならばジョジョネタで話してるのならジョジョでいいか、と答えを語る。

そこでディオが答えたのは、SBRに登場するジョナサン、ジョニィのスタンド能力だった。

 

 ジョナサンも当然その名を知っているので、なるほど、と多少考えた。

 

 

「必ず殺すが発動条件が厳しいんだぜ? 先手撃つのは結構面倒そうだ」

 

「確かに……。しかし、当たれば魂すら消滅させる、と言うのは恐ろしいものだ……」

 

 

 ジョニィのスタンド、タスク。

物語が進むにつれてどんどん強化されていったスタンド。

その最終形態こそが、タスクACT4である。

 

 その能力は重力すらも手にし、魂すらも抹消させうる恐るべき能力。

 

 いくら別の世界に逃げても能力を消すことはできず、無限に追跡される。

食らったら最後、その場から動くこともできなくなり、無限にループし続ける。

 

 されど、それを発動するには条件がある。

その一つは黄金長方形の回転で、爪弾(タスク)を回転させられるようにならなければならない。

これだけでもかなりの難易度となる。

 

 しかもそれ以上にもう一つの条件である、馬に乗り、馬を自然体で走らせ黄金長方形を作り出すことだ。

この二つの条件をクリアしないかぎり、この能力を使うことはできない。

 

 故に、ディオは手に余ると言った。

確かにこの能力は強い。不死身となった存在でも、一撃で殺せるだろう。

 

 ただ、馬に乗りながら発動させるという条件がかなり厳しい。

それ以外にも黄金長方形の形で回転させる秘儀を習得しなければならない。

 

 それに、一撃で誰でも即死するぐらいの威力がある。

誤射したら取り返しがつかない。殺意しかない能力で汎用性もない。

だから、手に余る。

 

 ジョナサンもディオの言葉に、納得しかなかった。

強すぎるがそれだけ。それ以上がないので使いづらい。

わかるわかる、と腕を組んでジョナサンはうなずいていた。

 

 

「あれがエヴァンジェリンかい?」

 

「そうだ」

 

 

 ふと、ジョナサンは体を持ち上げて、遠くではしゃぐエヴァンジェリンの姿を見た。

エヴァンジェリンは木陰で寝そべるディオを見つけると、ニコニコ笑って手を振ってきた。

 

 ジョナサンはあれがエヴァンジェリン、のちに真祖の吸血鬼となり()()()()と呼ばれる魔王となるのか、と思った。

されど、面影がまったくないので、本当にそうなのか、と疑問に思ったのである。

 

 故のジョナサンの問いに、ディオはYESと即答する。

あの娘は確かにエヴァンジェリン。のちに吸血鬼となって永き時を苦悩と苦難で塗りつぶされる、哀れな少女だと。

 

 

「天真爛漫、だね。ギャップが激しすぎて風邪をひきそうだよ」

 

「俺は気にしたことなどないが」

 

 

 自分が知っているエヴァンジェリンは、すでに吸血鬼となってスレた状態。

それとこっちを比較すると、似ても似つかないとジョナサンは苦笑する。

 

 が、ディオにとっての彼女は、かわいい妹でしかない。

彼女が生まれた時から自分はその兄であり、妹が何者であろうとも関係のないことだった。

 

 

「俺はなジョジョ。彼女には()()()()()幸せな一生を過ごして欲しい、と思っている」

 

「……吸血鬼にならずに、かい?」

 

「無論」

 

 

 だからこそ、それをディオは願う。

その願いを友人、いや、親友であるジョナサンへとゆっくりと語る。

 

 エヴァンジェリンが()()()()人並みの幸福を得ることを。

人間のまま、あのままの状態で幸せになってほしいと、ディオは思っている。

 

 ジョナサンはそれはつまり、吸血鬼にはしたくない、ということかと聞けば、当たり前だとディオは言う。

 

 

「彼女の600年は地獄の連続だろう。せめて、人間のまま死ねれば、少なくともそんな苦痛を味わうことはない」

 

「原作はどうなる? 彼女が空いた穴は誰が埋めるんだい?」

 

 

 エヴァンジェリンは死ねない肉体を得て、何百年もの時間を地獄の中でさまようだろう。

しかし、人間として生きるのならば、そのような地獄の連続を味わうことはないだろうと、ディオは語る。

 

 が、ジョナサンはそこで”原作”のことについて触れてきた。

彼女がいなくなったならば、誰がその”役”を受け持つのかと。

 

 何せエヴァンジェリンは”原作”ではそれなりに重要なポジションにいる。

主人公の師匠でもあり、主人公が会得する魔法の開発者でもあるからだ。

 

 

「俺がやる」

 

「君が……?」

 

 

 その役目は俺がやる。今を生きる彼女は優しき少女だ。

ディオはそうはっきりと、決意したかのような目で宣言した。

 

 ジョナサンはその言葉に、そんなことが可能なのかと疑問に思った。

 

 

「何故かわからんが未だ特典の力が発動していないのだが、俺の特典はD()I()O()()()()()()()()()()()()()だ」

 

「つまり、君が代わりに吸血鬼になる、ってことかい?」

 

「そのとおりだ」

 

 

 どうしてそれが可能だと言えるのか。

それはディオが選んだ転生特典にある。

 

 ディオの特典は”DIOの能力”と”真祖の吸血鬼になる”というものだ。

故に、エヴァンジェリンの代わりは十分務まると、ディオは考えていた。

 

 ただ、転生神のいたずらか説明不足かはわからないが、本来5歳になった時に発現するはずの特典を、何故かディオは未だに得てないと言う現状であった。

つまるところ、スタンド、ザ・ワールドすらも発現せず、人間のままだったのだ。

 

 ジョナサンは、ならばその特典で代りを務めようというのか、と聞けば、ディオは即答。

 

 

「彼女にはあのように健やかに生きて欲しい、それが俺の願いなのだ」

 

「そうか……」

 

 

 ディオは心の奥底から、妹となったエヴァンジェリンの幸福を願っていた。

だからこそ、覚悟は完了しているし、彼女に待ち受ける苦難も自分がおっかぶることにも恐怖はなかった。

 

 ジョナサンはそんなディオを見て、一言だけつぶやいた。

この男はすでに決めている。この世界の運命を砕こうとしていることに、ジョナサンは気が付いた。

 

 

「なら、僕も手伝おう」

 

「いいのか……?」

 

 

 だったら、とジョナサンが口を開いた。

それはディオの考えに賛同し、協力するということだった。

 

 ディオはジョナサンが自分の勝手を手伝ってくれると言うことに、喜びを覚えた。

だが、そこですぐに助かる、とは言わず、もう一度確認するかのような言葉を放つ。

 

 

「水臭いことを言わないでほしいな。君と僕の仲じゃあないか!」

 

「……ありがとう、ジョジョ」

 

 

 そんなディオへと、ジョナサンはさわやかな笑顔で気にするなと言うではないか。

ディオはこの素晴らしき友人に対して、涙ぐんで感謝を伝えるのだった。

 

 ――――この関係は永延に続くと思われていた。

どんな状況になっても、どんな過酷な運命が待ち受けようとも、二人ならばと思っていた。

 

 しかし……、ああ、しかし……、運命は加速する。

 

 

「お兄様。今日はお城に呼ばれて、出かけるの」

 

 

 その日がついにきた。

運命の日、選択の時。

 

 エヴァンジェリンはその運命を知らず、ディオへとそれを話す。

 

 

「ついに……、その日が来たのか……」

 

「? お兄様?」

 

 

 ()()()()()()()()ディオは、そこで顔に手を添えて言葉をこぼす。

ああ、ついに、ついにやってきてしまった。この運命という日が来ないことを願っていた。

 

 だが、やってきてしまった。分岐点がやってきた。

ディオはそう考えて、苦悩した視線をエヴァンジェリンへと送る。

 

 されど、何も知らぬ無垢なる少女は、その苦悩を察することは不可能。

何を悩んでいるのかわからないエヴァンジェリンは、ただただ兄であるディオを心配そうな目で声をかけるのみ。

 

 

「ああ……、いや、……すまない。そうか、よかったな」

 

「はい!」

 

 

 ディオはそこで気を取り直し、笑顔でエヴァンジェリンを祝う。

心の奥底では、まったく祝福などできず、この日を呪っていたのだが。

 

 そのディオの言葉に、エヴァンジェリンは花のような笑顔を見せた。

無垢なる少女の甘味こそ、兄であるディオに喜ばれることだった。

 

 そして、エヴァンジェリンは城へと招かれた。

それがどんなことを意味するかも知らずに……。

 

 

「……何とかしなければ、ならんか……」

 

 

 ディオはそれを見送った後、対策を考えていた。

この日が来なければいいと思っていながらも、待っていたのもディオ。

 

 本来、手っ取り早くこの展開を破壊するならば、城への招きを拒否させればいい。

されど、城への招きこそあの()()()の企てだ。

 

 拒否したところで展開が変わるだけで、きっとエヴァンジェリンを吸血鬼にしようと行動するだろう。

であれば、あえて”原作通り”にし、こちらが先読みして動くことにした。

 

 ならばと、まずは城へと急ぎ、彼女を吸血鬼にするのを阻止しようとディオは行動を開始する。

 

 

「ジョジョ」

 

「わかっている。僕も行こう」

 

 

 また、その背後に待機していたジョナサンへと、ディオは声をかければ、ジョナサンも小さくうなずく。

そして彼らは、エヴァンジェリンのいる城へと乗り込んだのであった。

 

 

「楽に入れたな……。誰もいないのか……?」

 

「わからない。しかし暗いな」

 

 

 もはや陽が傾き、地平線が赤く染まっている。

あたりは暗くなりつつなり、城の中は闇に支配されようとしていた。

 

 ディオとジョナサンは城の内部へと侵入し、あたりを見回す。

楽に入れたとディオは考えたが、逆にそれが不気味だと思った。

 

 ジョナサンも城の内部が暗くなっているのを気にしていた。

暗くなると探すのが難しくなると思ったからだ。

 

 また、当然ディオは”特典”が未だないが故に、心許ないが鉄の棒で武装しており、ジョナサンにも()()()()()()()()()()、腰にナイフらしきものを鞘に納めてぶら下げていた。

 

 

「どこだ、どこにいるのだキティ……!」

 

「焦るといいことがないよ、ディオ」

 

「しかしだな……!」

 

 

 彼らは城の廊下を走りながら、エヴァンジェリンがいる部屋を根掘り葉掘り探す。

ディオはエヴァンジェリンが起きて反応してくれることを願い、彼女の名を何度も叫んで呼んだ。

 

 そのディオへと、ジョナサンは静かにアドバイスを口にする。

焦りすぎるのはよくない、と。しかし、何か雰囲気が妙だった。

 

 されど、ディオの頭の中はくまなく焦燥感に支配されていた。

だからだろうか、ジョナサンの些細な雰囲気の違いに、気が付かなかった。

 

 ――――それが運命を分けた。

 

 

「ッ! ……ぐっ……? 何が……?」

 

「……まあ、焦らずともいいことはないけど、ね」

 

 

 ディオがジョナサンの方へと振り向けば、何やら急に腹部に大きな衝撃と、強烈な痛みを感じた。

妙な笑みを浮かべるジョナサンを見ながら、ふとディオは痛みを感じた部分に手を添える。

 

 

「ぐっ……うおおぉぉッ!? この痛みはッ!? この血はッ!?」

 

 

 すると、なんということだろうか。

手がまるでトマトケチャップをぶちまけたように、真っ赤に濡れているではないか。

 

 そして、これはトマトケチャップなどではない。

ディオ、その本人の血である。さらにそこには、一本の銀色に光る物体が刺さっていた。

 

 ……銀色に光る物体、それはナイフだった。

ナイフが一本、ディオの腹部に深々と刺さっていたのだ。

 

 ディオはたまらず手から鉄の棒を落とし、うめき声とともに大量に冷や汗を全身から噴き出させてたのである。

 

 

「わるいねえディオ。君とはここでさよならしなきゃあいけない」

 

「き、貴様……!? ジョジョ、何を……ッ!?」

 

 

 何故、何故なんだ。

どうしてこんなもの(ナイフ)が体に刺さっているのだ!?

 

 考えられる原因は一つしかない。

しかし、そんなことをディオは考えたくもなかった。

 

 その原因がジョナサンであるかもしれない、そんなゲスな考えがディオに浮かんだ。

それを拭い去りたいかのようにディオがジョナサンへと顔を向ければ、ジョナサンは薄ら笑いを見せながら語り始めたではないか。

 

 その言葉にディオは、意味がわからないと混乱した。

いや、ナイフが体に刺さっている時点で、すでにディオは混乱していたのだ。

 

 また、この発言こそが、このナイフがディオに刺さった真実を語っていた。

そうだ、間違いなく目の前のジョナサンが、ディオの腹にナイフを突き刺したのである。

 

 

「僕もずっとこの瞬間を待っていたんだ。彼女、そうエヴァンジェリンが吸血鬼になるこの日を」

 

「だからこの俺が、それを阻止しようと言っているのだッ!!」

 

 

 ジョナサンは、苦痛と出血で立っているのもやっととなっているディオを、眺めながら言葉を続ける。

この日を待ちわびていたのはディオだけではなかったと。そう、かくいう自分もそうであったと。

 

 ならば、そうであればとディオは吹き出す血とともに言葉を張り上げた。

自分がこの日を待っていたのは、エヴァンジェリンを吸血鬼にしないためだと。

 

 

「それは困るよディオ」

 

「何ィッ!?」

 

 

 だが、ジョナサンは嘲笑しながら否定の言葉を放つ。

何故なら、ジョナサンはエヴァンジェリンが吸血鬼になってくれないと困るからだ。

 

 何故だ。

ディオは疑問に思った。

どうしてエヴァンジェリンを吸血鬼にしなければならないのか、理由がわからなかったからだ。

 

 

「僕は彼女と永遠の時を生きる。彼女は僕が貰う」

 

「ふっ……ふざけているのかァァッッ!!!」

 

「僕は本気だ」

 

 

 何故? 愚問だとジョナサンは説明しはじめる。

理由は単純だ。エヴァンジェリンを自分のものにし、彼女と永遠に生き続けることがこのジョナサンの目的だったからだ!

 

 そのためにこの日を待っていたし、ディオの計画が成功しては困るとも思っていたのである。

 

 ディオはたまらず罵倒するかのように、腹の奥底からはち切れんばかりの声を荒げて叫んだ。

されどジョナサンは、冷徹な目でディオを見ているだけであった。

 

 

「だからディオ、頼むから死んでくれ。僕のために」

 

 

 そう、利用してきた、ジョナサンはそう言った。

ディオという存在を、エヴァンジェリンの兄という立場に生まれた転生者だからこそ。

 

 しかしもう、価値はない。

不要になったから、邪魔になるから、だからそう、消えろとジョナサンは淡々と言葉にする。

 

 

「”山吹色の波紋疾走(サンライトイエローオーバードライブ)”ッ!!」

 

「グッ!? ぐおおあああぁぁぁッッ!?」

 

 

 そして次の瞬間、ナイフを引き抜いて血を地面にまき散らし青ざめたディオへと、ジョナサンの無数の拳がさく裂した。

 

 ただの拳の連打ではない。ジョナサンが特典として選んだ能力、ジョナサンの能力である波紋の効果を乗せた拳だ。

 

 生身の人間が受ければ、強烈なショックで数日間をも気を失うほどのパワー。

それを連打で、しかも死にかけの負傷をしたディオへとぶち込みやがったのだ。

 

 ディオはジョナサンの拳を全身に受け、苦痛の叫びをシャウトしながら壁に激突、重力に負けてしゃがみこんで動かなくなった。

いや、腹にナイフを刺された時点で、すでにもう虫の息であったのだ。

 

 

「がはぁっ……」

 

「強烈な波紋パンチの連打とその出血量、死んだかな?」

 

 

 もはや体は動かぬディオ。

最後に盛大な吐血をしたと思えば、首がだらりと下がり、指一本ぴくりともしなくなっていた。

 

 ジョナサンはディオが動かなくなったのを見て、死んだと考えた。

されど、ジョナサンはディオの特典を聞いているので、完全な安心を得るために、確実な死を確認する。

 

 

「…………」

 

「死んだ、みたいだな……」

 

 

 見れば明らかに死んでいるだろうディオの顔面に、ジョナサンは一撃蹴りを入れる。

ディオはその衝撃で横這いに倒れ伏せるが、動く気配はない。

 

 次に心臓の鼓動を確認すると、もはや何も聞こえてこなかった。

すなわち、心臓は止まり、完全に死んでいるという証拠であった。

 

 ジョナサンはディオが完全に死んだことを確信し、その表情をゲスなものへと変えていった。

もはやその顔に”ジョナサン・ジョースター”の紳士としての面影は存在しない。

あるのは狂ったゲス野郎の表情だけだ。

 

 

「クックックッ……、ウケケケ……! ウケコケコケケケコケコケケココケウケコッッ!!!」

 

 

 そして、ジョナサンの腹の底から、心の奥底から愉快&ざまーみろの笑いが込み上げてきた。

やった! やったぞ! 邪魔者は消えていなくなった! そんなふざけた笑いだった。

 

 

()()()()()()()! ようやくエヴァンジェリンが僕の(もの)になるッ!!」

 

 

 ようやく、長年の悲願が達成される。

エヴァンジェリンが吸血鬼となり、自分のものになるのだと。

 

 とはいえ、まだ自分のものになるかはわからない。

ただ、精神的に弱ったエヴァンジェリンに甘い言葉を囁けば、コロッと騙されるだろう、とジョナサンはゲスな思考を巡らせいてた。

 

 それに問題はまだある。

エヴァンジェリンは吸血鬼になるが、自分は波紋が使えるだけの()()というところだ。

 

 波紋があればかなりの若さを保ちながら長生きできるだろう。

しかし、それでも死が待っている。エヴァンジェリンと永遠の時を過ごすならば、不老不死にならなければならない。

 

 まあ、そこはおいおいでいいだろうとジョナサンは考えた。

100年近く時間はある。エヴァンジェリンの力で吸血鬼化もできるだろうし、何とかなるだろうと楽観視したのである。

 

 

「このクソカス(ディオ)と仲良しごっこしてたのも全部このためだったが、クソカスはもう死んだ」

 

 

 そう、全てはこの時のため。

この小さな村に引っ越してきたのも、ディオと仲良くなったのも、全部このためだったのだ。

 

 いや、エヴァンジェリンに転生者の兄がいることは、ジョナサンには誤算であった。だが、こうも簡単に利用できたのだから嬉しい誤算だった。

 

 でなければ、こんな妙な正義感ぶったゴミなどと、友人なんかになりたくなかった。

エヴァンジェリンの兄という勝ち組の立場に生まれ、余裕を感じる態度を見せてきたこのディオとかいうクソカス。

 

 正直ジョナサンはディオが嫌いであった。

そのエヴァンジェリンの兄という羨ましい立場にいる時点で、すでに腹立たしかったのだ。

 

 全ては演技だった。ディオとの友情も、紳士的な態度も全て。

何故なら、ディオに近づくことでエヴァンジェリンにも近づけるからだ。

兄の友人という立場ならば、エヴァンジェリンの警戒心をなくし、信用を築き上げられるからだ。

 

 

「クソカス、僕のために生きててありがとう。そしてさようなら」

 

 

 全ては計画通りに進んでくれた。

故に、最後に礼だけは言っておく。

ジョナサンは見下したゲスな目つきで、動かぬディオへと別れの言葉を述べる。

そして、ジョナサンは動かぬディオへと背を向け、エヴァンジェリンを探そうと足を動かし始めた。

 

 

「――――なるほど……、そういうことだったのだな……。初めから友情などなかったと」

 

「何ッ!?」

 

 

 だが、その直後、背後から……動かなくなったディオから、急に声が聞こえてきた。

それはもう二度と聞けるはずのない声だった。何故なら、その声の持ち主は死んだからだ。ゾンビでもないのに骸が動くはずがないのだから。

 

 しかし現実に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ジョナサンはとっさに声が聞こえた方を振り向けば、血みどろのディオが噛み殺すほどの殺気を放ち、射殺すように睨んでいた。

 

 

「うげぇ!?」

 

「なるほど、最初から我が妹が狙いだったという訳か。この俺を騙して、キティを手に入れようとしたと」

 

 

 さらに、急に何もないはずの場所から、ジョナサンは顔面を殴られた感触を受けて吹き飛ばされた。

 

 そんなジョナサンへと、ディオはぽつぽつと言葉を述べ始める。

最初から友情などなかったことを、エヴァンジェリンを手に入れるために嘘をついていたと。

 

 

「ばっ、馬鹿なッ!? なぜ死んでない!? いや、確かに今! お前は死んでいたッ!?」

 

「この俺が誰だかは、貴様もよおーく知っているんじゃあないか?」

 

 

 ジョナサンは殴られたのかわからないが、とにかく痛みを感じる頬を手で押さえながら、焦りに彩られた表情で驚愕した。

 

 何故ならば、今さっきディオは死んでいたから。

間違いなく心臓は止まり、生命活動を停止させていたからだ。

 

 そう醜く狼狽えるジョナサンを睨みながら、フンッとディオは鼻で笑い、自分が選んだ特典を教えたはずだが? と言葉にする。

 

 

「俺はディオ、DIOの能力を貰った転生者だと言うことをな……」

 

「……吸血鬼、になったのか……、死に際になった今、この場で……ッ!?」

 

 

 それすらも忘れているのであれば、もう一度教えてやろう。

ディオは先ほどとは違い余裕の態度で、されどジョナサンの喉元を食いちぎりそうな表情で、それを語った。

 

 ディオの特典、DIOの能力。

そうだ、つまり先ほどの死によって、能力がようやく目覚めたということだろう。

ジョナサンは焦った顔で、得ていなかった特典をディオがようやく手にしたことを理解した。

その特典の力で復活し、腹の傷も治り全快になったことを理解した。

 

 

「なんとも数奇な運命だろうか。やはり運命を感じざるを得ない」

 

「こっ、このクソカスがあぁぁッッ!! ”山吹色の波紋疾走(サンライトイエローオーバードライブ)”ッ!!!」

 

 

 これは運命なのだろうか。

ジョナサンに敗北し、吸血鬼になった。

そういう意味では運命を感じているディオ。

 

 されど、その運命は悲しきものだ。

こうなりたくはなかった、というのがディオの本音であった。

 

 そんなディオの気持ちなど微塵も知らず、ジョナサンはディオを罵倒しながら再び拳を握って襲い掛かった。

 

 

「無駄だ。無駄無駄無駄ァッ!!」

 

「うげぐえぇッ!?」

 

 

 されど、ディオの特典は吸血鬼になるだけではない。

もう一つ重要な、そして強力な特典を得ていることを、ジョナサンは頭から抜けていた。

 

 迫りくるジョナサンの無数の拳を前に、ディオは腕を組んで棒立ちになりながら無駄無駄と叫ぶ。

すると、ジョナサンが胸、肩、顔を強く殴られた様子で、再度吹き飛び壁にぶつかり膝をついたではないか。

 

 

「この俺は今、全ての転生特典を得た。もはや貴様なんぞに負けはしない」

 

「馬鹿な……。こんなクソカスのせいで僕の計画が……」

 

 

 DIOの能力と吸血鬼化だけではない。

そう、スタンド、ザ・ワールドも操ることができるということだ。

見えざる拳こそ、ザ・ワールドの拳であったのだ。

 

 この能力を得たディオは、もはやジョナサンごときに負けることはないと確信した。

それはおごりや慢心からくるものではない。自分の今の能力が、ジョナサンよりも大きく差を広げたからだ。

 

 ジョナサンは波紋を使う能力こそ特典であり、それ以上は存在しない。

何故なら、もう一つの特典を()()()()()()というのを選んだからに他ならない。

 

 つまるところジョナサンは、波紋が使えるだけの金持ちでしかない。

どれだけジョナサンに波紋の才能があろうとも、真祖の吸血鬼とザ・ワールドの能力を得たディオには、逆立ちしたって勝てはしないのだ。

 

 

「許さん……。許さんぞディオオォォォッ!!!」

 

「許さないのはこっちの方だジョジョ……、いや、()()()()()ッ!!」

 

 

 それでも、今度はジョナサンが逆上して、叫びながら再びディオへと襲い掛かる。

拳に太陽の波紋を纏わせて、ディオの頭を砕かんと腕を伸ばす。

 

 だが、許さないのはむしろディオの方だ。

これほどまでの裏切りを許せるはずがないだろう。

 

 故に、もはや目の前の男をジョジョなどと呼ぶのはおこがましくなった。

目の前の男は()()()()()()()()()。ジョジョなどと呼ぶにもおこがましい片腹痛い存在でしかないと、ディオは呼び方を訂正して迫りくるジョナサンを迎え撃つ。

 

 

「”ザ・ワールド”ッ!!! 時よ止まれいィィッ!!」

 

 

 もはや見るに堪えないジョナサンを前にディオは、ザ・ワールドの最大の能力を解き放つ。

ザ・ワールドを中心に、世界の全てが動くのを止める。流れる水は流れるのをやめ、千切れる雲すらその形状を維持し固定される。それこそ”時間停止”の能力だ。

 

 今初めて使ったが故に何秒時間を止められるかわからないが、目の前のジョナサンを黙らせるには十分であった。

 

 

「ジョゼット……、貴様との偽りの友情、嫌いではなかった……」

 

 

 短いであろう停止させている時間の間に、ディオはジョナサンへと一歩近づいて寂しげにつぶやく。

ディオはジョナサン、目の前の転生者の男のことを友人だと思っていたし、信用していた。

 

 これまでの間のジョナサンとの記憶が走馬灯のように脳内を駆け巡る。

くだらないことを話して笑いあった。同じ転生者としてシンパシーを感じることもあった。

それが全て偽りで嘘だったとしても、ディオにとっては大切な思い出になっていた。 

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァ――――ッ!!」

 

 

 そして、その思い出を全て振り切り、かなぐり捨てるかのように、ディオはジョナサンへとザ・ワールドでラッシュを放つ。

もはや秒間100発ではないかと言う程の拳が、ジョナサンの全身に突き刺さりボコボコの姿へと変えていく。

 

 

「時が動き出す」

 

 

 たった数秒間が数分とも感じるほどの拳の嵐がやみ、ディオはぽつりと定番の言葉をこぼす。

すると、止まっていた時間が再び動き出したのだ。

 

 

「うげっ!? ギニヤアァァァァァッッ!?!?」

 

 

 時間停止中、無数に打ちのめされたジョナサンは、突如襲い掛かる全身の痛みと衝撃にもだえ苦しみながら、石造りの壁にめり込む。

その表情は意味が分からないという顔で、もはやジョナサンの整った顔立ちは悲惨なものとなっていた。

 

 

「そしてこれは! これのナイフはッ!!」

 

 

 そこへディオは先ほど自分の腹から引き抜いたナイフを、()()()()()()()()()()大きく叫んだ。

 

 

「俺の体と心に突き立てたッ! 貴様のナイフだァッ!!!」

 

「ウグエェエッ!?」

 

 

 このナイフこそが自分たちの関係を引き裂いた、自分の肉体と精神を貫いたナイフ。

ディオはそれを大声で発しながら、ジョナサンの喉元へと突き刺したのだ。

 

 ジョナサンは情けないうめき声をあげながら、金魚のように口をパクパクすることしかできなくなっていた。

そして、そのナイフは喉を貫き心臓へと達し、ジョナサンを絶命させたのであった。

 

 

「さらばだ、ジョゼット……」

 

 

 ディオはジョナサンの完全に魂を失った肉体を見下ろしながら、寂しげな表情で別れを告げる。

初めて出会ったあの時や、一緒に語り合ったあの時などの、楽しい記憶を思い返しながら。

 

 

「……妹は……?」

 

 

 だが、感傷に浸っている暇などはない。

何故なら、ディオの目的はジョナサン抹殺ではなく、妹のエヴァンジェリンを吸血鬼にしないことだ。

それをハッと思い出し、すぐさまディオはエヴァンジェリンを探し始めた。

 

 

…… …… ……

 

 

 探し始めて数分が経っただろうか。

中々エヴァンジェリンがいるであろう部屋が見つからずに焦るディオの目に、一つのものが入ってきた。

 

 

「くっ……これは……」

 

 

 それはフードとローブに包まれた、一人の人間だった。

しかし、それは石畳の床に倒れ伏せ、血を流して動かなくなっていた。

 

 

「遅かった、というのか……」

 

 

 その何者かの死体を見た時、ディオは全てを察して理解した。理解できてしまった。

つまりそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

ディオは間に合わなかったということだ。

 

 

「……くっ……、馬鹿な……うぅ……、こんなことなど……ウグッ……グッ……」

 

 

 そこでディオが、その死体が倒れている目の前の部屋を覗くも、すでにもぬけの殻。

ディオは絶望して膝をつき、床を殴って後悔に苦む。その精神的苦痛はもはや煉獄に焼かれる肉体そのものだった。

 

 

「……しかし、吸血鬼になったにせよ、近くにいるはずだ……」

 

 

 とは言え、エヴァンジェリンの吸血鬼化を阻止できなかったにせよ、エヴァンジェリンを探すことをやめるなどありえない。

近くにいるはずだと考え、ディオは折れそうな精神を奮い立たせ、再び立ち上がってエヴァンジェリンを探し始めた。

 

 突然吸血鬼となり、困惑と悲しみに支配された妹に少しでも安らぎを与えんと。

安心させて安全を確保せんと、ディオは走って、走って、走って、エヴァンジェリンを追い求めた。

 

 そして、ディオはエヴァンジェリンは再び村へと戻った可能性を考え、そちらへと足を進めたが……。

そこでディオを待っていたのは、さらなる絶望であった。

 

 

「村が……燃えている……だと……」

 

 

 ――――村が……燃えてる。

ごうごうと燃え上がる家々とそれを飲み込むかのように広がる火炎は、まるで炎の嵐となって夜の闇を赤く照らす。

 

 ディオはその光景を見て、そんな馬鹿な、という顔で表情を強張らせながら目を見開いていた。

何故、どうして、こうなった? そのような考えを永延に頭の中で渦巻かせながら。

 

 

「俺は……、この俺は……ッ! 何も守れなかったと言うのかッ!?」

 

 

 地面に手をつき、草原の草を強く握りしめて、ディオは想像を絶する絶望に胸を砕かれ自分の弱さと浅ましさを嘆く。妹も、家族すらも守れなかったと。

 

 

「神よッ!? 何故そうさせたのだッ!? 貴様が特典を早々に動かせるようにさえしていれば、こんなことはッ!?」

 

 

 さらにディオは、涙とともに呪いの言葉をまき散らし、その絶望に身を悶えさせた。

どうしてこうなってしまったのか。これこそ転生神の悪戯だというのか。

 

 

「これが運命だと言うのかアァッ!? 神よッ! 転生の神よッ!! ()()()()()()()()()()()()()アァァァ――――ッ!!?」

 

 

 エヴァンジェリンが吸血鬼となり、住んでいた村が燃えて消え、世界をさまよえる迷子となることこそが、彼女の運命なのだろうか。

誰も変えることができない、確定された運命だというのだろうか。

 

 何もできなかった自分は、運命に縛られるだけの存在なのだろうか。

運命に抗うこともかなわず、翻弄されるだけの存在でしかないのだろうか。

 

 ディオは転生神へ答えを求めるように嘆き叫ぶも、答えは返ってこなかった。自分ですらも答えが出せなかった。

 

 

「グッグッ……うううおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ――――ッッッ!!!!!」

 

 

 ディオは転生させた神を恨んだ。

いや、転生というくだらないことをさせた転生神など、とっくのとうに恨んでいる。

 

 だが、エヴァンジェリンという存在に、それをかわいい妹として合わせてくれたことには感謝していた。

 

 それでも、それでもこの地獄のような仕打ちを受け、ディオは自分を転生させた神へと呪言を吐き散らす。

ジョナサンから受けた痛み以上の”痛み”に打ちのめされ、膝をついて天を仰ぎながら涙を血の涙へとかえて慟哭した。

 

 

 しかし、ディオの心は折れなかった。

何故なら、これ以上の絶望を感じたものがいることを、知っていたからだ。

これ以上に絶望に打ちのめされたであろう妹、エヴァンジェリンの存在があったからだ。

 

 故に、もう一度立ち上がり、燃え盛る村を背に歩みを進めることにした。

今、最も絶望しているであろうエヴァンジェリンを探すために。

もう一度彼女の顔を見て、安心し、安心させるために。

 

 それだけではない。

自分が本当に運命に翻弄されるだけの存在なのかを、確かめるための一歩でもあった。

 

 運命に縛られ抗えないのか。それとも自分でも小さいことだろうと、運命を切り開けるのか。

それを知るためにディオは星の輝く下、闇夜の中を歩き始めたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 そして、二度と転生者など信用しないと心に決めた。

転生者などくだらないゲスな存在。ジョナサンと同じ存在である転生者など、信用に値しない存在であると。

 

 

「転生者など、肥溜めから生まれた蛆虫よッ!! 所詮世界に仇名すことしかできぬ寄生虫よッ!!」

 

 

 故に、ディオは転生者を嫌悪する。

ヘドが出るほどに、その存在を否定する。

 

 

「貴様らごときに、我が幸福の邪魔をさせてなるものかッ!!」

 

 

 そのような存在ごときが、自分の野望を阻むなど、到底許されるわけがない。

許せるわけがない。だからこそ、目の前の薄汚いドブネズミのような転生者を、薙ぎ払いちぎって投げる。

 

 

「なんだってんだこの鬼気迫る重圧は!?」

 

「てめぇも転生者だろうがよ! ゴミがよおお!!!」

 

 

 だが、そこまで罵倒されれば敵の転生者も怒りに燃えるというものだ。

一人はディオの怒りの重圧(プレッシャー)に飲まれるが、他はその罵倒に対してブチキレた。

何がゴミだゲロだウジ虫だ。テメェも同じだろうがよ、と。

 

 

「所詮は同じ穴の狢、仲良く殺しあおうぞッ!! ”ザ・ワールド”ッ!!!」

 

 

 そんなことなどディオとして百も承知の事実。

所詮は自分もくだらない転生者の一人。大切なものも大切な場所も守れなかった、愚かな転生者。

だからこそ、同じ転生者同士で殺しあうのが似合っている。

 

 ディオはそう叫びながら、再びザ・ワールドを操り時間を支配するのであった。

 

 



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百七十四話 突入

 

 とりあえず一難去った一行。

誰もが意識をしっかりと取り戻し、立ち上がって話し合っていた。

 

 

「さあて、作戦通り進めていくかね」

 

「そうっスね」

 

 

 アルスは事前に話してあったとおりに行動しようと、すでに重い腰を上げて周囲を見回す。

状助もその話に意見はなく、そのまま行動に移すだけだと言う様子だ。

 

 

「第一班は飛空艇の守備を」

 

「自信なんかねえがよぉ……。何とかするしかねぇよなあ!」

 

 

 その作戦の一つは、三つに班を分けて行動することである。

飛空艇の防衛を務める第一班、陽動を行う第二班、計画の要となる第三班の三つだ。

 

 そして、第一班として飛空艇の防衛を任されたのは、状助だ。

アルスがそれを言い渡すと、状助は自信なさげな態度ではあるが、しっかりと言葉を受け止め承った。

 

 当然それ以外にも、焔、裕奈、ブリジット、のどか、夕映、そして飛空艇の所有者のハルナが残ることになった。

 

 

「俺たち第二班はかく乱と陽動を」

 

「まかせときな! 暴れるのは得意だからよ!」

 

「それに、あのランサーが釣れればお釣りがくるってもんですわな」

 

 

 第二班は数多くいるであろう転生者どもを、二手に分かれさせるための陽動を担当する。

()()()()人質もなく救出作戦もないので、大きく暴れて陽動することになった。

 

 そのメンバーがアルスを筆頭とした、カギ、楓、バーサーカー、ロビン、ナビス、数多だ。

 

 バーサーカーはアルスの言葉に、あふれる自信を表情に出してニカッと笑いながら、はっきりと承諾。

ロビンも敵対しているサーヴァント、ランサーがこちらに来てくれれば最高だと、小さく言葉に漏らしていた。

 

 

「えっ!? 俺はあっちじゃねぇの!?」

 

「んったりめぇだろ。あっちにゃ”原作”最高戦力のバーゲンセールだぞ」

 

「まっ、まぁいいけどよ……」

 

 

 しかし、陽動に含まれていたカギは、自分は第三班に行くとばかりに思っていたという顔を見せた。

そんなカギへとアルスは、あっちはあっちで戦力過多だしお前はこっちだ、と言ったのである。

カギもしゃーないとした様子で、半ば諦めた顔をしながらも、アルスの言葉に従ったのだった。

 

 

「んで、第三班は造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の奪取と、儀式の生贄の保護って訳だ」

 

「任せてください」

 

 

 そして最後に、一番の大役を務める第三班。

ネギ、小太郎、アスナ、ラカン、エヴァンジェリン、フェイト、刹那、木乃香、さよ、古菲、そして、トリスとランスロー()

 

 このメンバーこそ一番数が多く戦力が集中しているのは、やはり造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)のグランドマスターキー奪取。

さらには儀式の生贄となっている人物の保護があるからだ。

 

 この二つは非常に高い難易度のミッションとなることが予想され、大きなリスクもあることからこの数のメンバーとなった。

 

 それをアルスから説明されたネギは、ハキハキとした声で承った。

 

 

「この宮殿の内部のことは、僕が一番よく知っている。案内しよう」

 

「頼んだぜ!」

 

 

 そして、選ばれたフェイトは元々は完全なる世界のもの。

この墓守り人の宮殿にも当然詳しい。なので、この場所の案内は任せてくれと、自ら名乗り出た。

ラカンはそんなフェイトを頼もしく思い、背中を軽くたたいて任せたと言い放つ。

 

 

「でもよお、相手も”()()()()()()”だろ? 陽動に引っかかってくれるんッスかねぇ」

 

「どっちが本命かはやつらもわからんだろう」

 

 

 だが、そこで状助は、この陽動作戦に相手が引っかかってくるかが疑問であった。

何故なら相手も同じ転生者だからだ。”原作”を考えれば中央突破してくるだろうメンバーこそが、本命だと考えるのが当然だからだ。

 

 とは言え、それは”原作”を考えてのこと。

そんなことなど関係ない状態の今、”原作”を基準に考えても意味がない。

故にアルスは、敵も疑心暗鬼になって混乱するだろうと言葉にする。

 

 

「”原作メンバー”で固めた方が、むしろおとりだと考える可能性もある」

 

「まあ、そうかもしれねぇっスけど……」

 

 

 それを後押しするのが本命を”原作メンバー”で固めたことだ。

基本的に転生者は、転生者の方が原作キャラより上だと考えていることが多い。

 

 何せ強力な特典を二つも持っているのだ。

その二つが強力であればほど、当然原作キャラより実力は上になる。

 

 だからこそ、原作メンバーで固めた方を、おとりだと考えるものも出てくるかもしれない。

そう語るアルスの言葉に、状助は確かに一理ある、と思いながらも、うまくいくかどうか訝しむ。

 

 

「それに、何かあればこっちが動けばいいだけだ」

 

「臨機応変にってことッスね」

 

 

 ただ、単純に二手に分かれて行動する訳ではない。

こちらは陽動として動くが、本命が動けなくなるのならばこちらが動くことも考慮にある、とアルスは話す。

 

 状助はなるほど、と思い、握った右拳を左の手のひらの上でたたく。

つまるところ、陽動と本命としているが、どちらがどちらにもなれるという作戦なのだ。

 

 

「自称アーチャー、お前もそこに残れ」

 

「ほう? 私なんかを信用していいのかね?」

 

「半々だがな」

 

 

 と、そこでアルスは先ほどのメンバーで名前を呼ばなかった、転生者の赤井弓雄のこと自称アーチャーへと声をかけた。

それはアーチャーにこの飛空艇へ残ることを命令するものだ。

 

 アーチャーはその命令に、自分なんかを目の届かない場所に置いて大丈夫なのか? と言い出した。

何せアーチャーは、ついさっき完全なる世界から裏切った男。そんな自分なんぞを信用なんかできるのか? という意味も含まれていた。

 

 とは言え、アルスとてアーチャーの信用度は半分程度。

まだ何とか信用できるかもしれない、と言うぐらい信用している。

 

 

「お前はこの場所を知っているだろうから連れて行こうとも考えたが、どうにも防衛が手薄になる」

 

「ふむ……。確かに不安にもなるか」

 

 

 本来ならばアーチャーも連れて行って、この宮殿内を案内させるのが楽だとアルスも考える。

しかし、今あげたメンバーのことも考えれば、飛空艇守護の強化は必要だ。

故に、アルスはアーチャーを飛空艇の防衛に回すことに決めたのだ。

 

 アーチャーも飛空艇の方を見て、何やら考える動作をして納得した顔を見せた。

防衛としては確かに心もとないメンバーだ。決して弱い訳でもないが、強敵が来たら危ない、そんな感じだ。

 

 

「……いいだろう。君の言う通り、この場を守備してみせよう」

 

「ある程度だが信用しはじめてんだ。裏切ってくれるなよ?」

 

「信頼に応えられるよう、努力に務めよう」

 

 

 ならば自分の役目としては、それが最適だとアーチャーも判断した。

アルスはその役目を承ったアーチャーに、この信用を無下にしないでくれよと言葉にする。

その言葉にアーチャーは、ふっと笑って任せてくれと堂々と宣言したのであった。

 

 

「しっかし、なあぁーんで俺がリーダー面して指揮ってんだろうなあ……。面倒なのに……」

 

「いやまあ、わりとそのポジションお似合いっスよ」

 

「よしてくれよ……」

 

 

 と、そこでメンバーの分担を終えたアルスは、ふと自分が何故か仕切っていることに疑問を感じたのである。

自分以外の誰かがこの役目を背負ってくれよ、と言うかなんで自然と自分が仕切っているんだと。

 

 そんなアルスへと状助は、なかなか様になっていたと褒めるような言葉をかける。

されど、アルスは自分がそんな大役なんて似合わんと、それ以上の面倒すぎると考えてげんなりした顔で、状助の言葉に冗談じゃないと思うのだった。

 

 

「よし、行くぞ!」

 

「おっしゃぁ!」

 

「はい!」

 

 

 しかし、アルスは一瞬で意識を切り替え、敵の本拠地への侵攻を合図を出す。

それにつられてラカンとネギも気合を入れた声を出せば、突入班全員、敵地の奥へと突入していったのだ。

 

 

「って、いきなり大歓迎だな! あんなに大量のお出迎えがやってきてくれたぜ!」

 

「この場は陽動任務の俺たちに任せな!」

 

「任せたよ兄さん!」

 

 

 巨大な廊下を景気よく飛ばしていると、すぐさま目の前に巨大な召喚魔の群れが現れた。

その数は廊下を埋め尽くすほどであり、かなりの数が迫ってきていた。

 

 アルスは大量の召喚魔を見て、さっそく出てきやがったと吐き捨てる。

また、その横のカギはネギへと、本命の体力温存のために自分たちが撃破すると宣言。

ネギもカギの頼もしいお言葉に甘えることにし、攻撃を頼んだのである。

 

 

「とりあえず景気よく”雷の矢! 101”!!!」

 

 

 そこでアルスは先手として、雷属性の魔法の射手を101発ぶっぱなす。

だが、その魔法は敵が持つ造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の力により阻まれたのだ。

 

 

「ちぃ……、やっぱりもってきやがったか! 造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)!!」

 

「だがなあ! これは防げねえだろうが! ”王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”!!!」

 

 

 アルスはこれを最初から読んでおり、確認のために今の魔法を放ったのだ。

その予想は的中であり、嫌な予想が的中したことに悪態をつきそうになる。

 

 ただ、ならばとカギが自分の背の空間から、大量の武器を呼び寄せる。

これこそカギが特典として貰った王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)とその中身だ。

 

 もはや何十という数の宝具、究極の武器が同時に発射され、召喚魔を瞬く間に殲滅していく。

その破壊力は絶大の一言。流石かの英雄王が持つとされていただけあり、ありとあらゆる召喚魔を一瞬にして駆逐していったのだ。

 

 

「とんでもない力だね、あれは」

 

「……ええ」

 

 

 カギの力を見たフェイトは、あの武器に内包されてる魔力などを察して怪物的だと言葉を漏らす。

ネギも何度か見たカギのその力に、とてつもなさと頼もしさを感じつつも、同時に疑問も浮かべていた。

 

 その疑問とは先ほども出てきた黄金の鎧の男のことだ。

あの男もまた、カギと同じこの力(ゲート・オブ・バビロン)を持っていた。

 

 それはカギとあの男が特典として選んだものが()()()()()()()()()()からだが、ネギにはそれがわからない。

なので、その疑問が晴れずに、モヤモヤした感覚を感じて表情を渋らせていたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、完全なる世界のものたちは、外見が整われた大広間にて、侵入者をモニター越しで監視していた。

 

 

「侵入者、召喚魔を撃破して進行中」

 

 

 とある完全なる世界の一員、このものもまた転生者だ。

そのものがカギたちの攻勢で一気に殲滅される召喚魔を見て、報告として言葉に挙げていく。

 

 

「召喚魔……ほぼ全滅……。侵入者、止まりません」

 

 

 そして、あれほどいた召喚魔を根こそぎ滅ぼされ、もはや言葉にしにくそうに述べていく。

また、召喚魔が蹴散らされたが故に、さらに侵入者の動きは加速的になっていく。

 

 ただ、誰もがあの程度で止められるなど考えてはおらず、ほとんどのものが気にしていない様子であった。

 

 

「ついに来たか」

 

「ふむ……」

 

 

 完全なる世界の幹部デュナミスは、ついにやってきたかと言葉を漏らす。

その心は対峙の時が近いと言う感じで、ある種待ちかねた様子であった。

 

 その近くで、右手を顎に乗せてその様子を見ながら考え込む、黄金の鎧を着たあの男がいた。

 

 

「!? 侵入者、二組に分かれて行動を開始!」

 

「ほう、どちらかがおとりと言う訳か」

 

 

 そこで報告者はカギたちとネギたちが二手に分かれたのを、大声で言葉に出す。

つまり、陽動と本体に分かれたということだ。

 

 黄金の男はどちらが本命なのか、と考えながらそんなことを口に出す。

また、隠れず二手に分かれたことを見て、やはり”原作通り”にはいかんかと考えていた。

 

 

「準備の方は進んでいるのか?」

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

「そうかそうか!」

 

 

 すると黄金の男は、他の完全なる世界の一員、それも当然転生者に現在の状況を確認する。

その一員は今のところは支障はなく問題ないと述べれば、黄金の男は愉快に相槌を打って笑い出した。

 

 

「何か言いたそうではないか、デュナミスとやらよ」

 

「……貴様らのような者の力を頼らざるを得ないのが我らの現状ではある」

 

 

 そんなところで黄金の男は、ふと神妙な雰囲気のデュナミスへと顔を向けて意見があるなら言えと言い出した。

 

 デュナミスもそう言われたのならばと、率直な意見を語り始めた。

 

 

「だが、頼りにしている。何としてでも奴らの動きを止めよ」

 

「はっ、誰に命じておる。この(オレ)に任せておけばよい」

 

 

 はっきり言えばデュナミスは、こんな得体のしれない連中の協力がなければならない状況に嘆いていた。

本来ならば自分たちのだけの戦力で何とかしたいと、常々考えていた。

 

 されど、現実は非情そのもの。

故に、彼らのようなものの力を借りてでも、何としても計画を成功させたいと言葉にする。

 

 黄金の男はその言葉を良く思ったのか、命令するなと言いつつも、ニヤリと笑いながら任せておけと豪語したのである。

 

 

(オレ)は二手に分かれた片方をつぶす。そちらは任せたぞ」

 

「言われなくとも……」

 

 

 ならば早速、と言う様子で黄金の男は動き出す。

その横にいた竜の騎士へ、中央突破してくる連中の相手を任せ、自ら出陣とばかりに歩き出した。

 

 

「ウチはセンパイがおる方へ行かせてもらいます」

 

「許す。好きにせよ」

 

 

 また、月詠は当然刹那がいる方へと向かうと述べ、黄金の男はそれを気にせず許可したのである。

そして、彼らは自らの目標へと移動し始めたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ネギたち本命部隊は、とてつもない長さの螺旋階段を越えて、その頂上へとやってきた。

ここはまだ明るく、円形の床が浮遊する少し開けた部屋であった。

 

 

「ここが螺旋階段の天辺……」

 

「あの扉の先が墓所だよ。その奥を通り抜ければ上層部に出れるけど……」

 

 

 ネギは周囲を見渡して警戒。

また、フェイトはその先にある巨大な扉へと指をさし、目的地を示す。

が、まるでその先には巨大な壁があるかのように、言葉を区切る。

 

 

「感じるわね……」

 

「ああ……、恐ろしいまでの力だ……」

 

「この先に彼らが待ち構えていると考えて間違いないですね……」

 

 

 何故なら、その扉の先から強力な重圧(プレッシャー)を感じたからだ。

トリスもそれを感じ取り言葉に出せば、エヴァンジェリンも頬に一筋の汗を流して緊張を見せていた。

ネギもそれを感じ、最大の障害が扉の奥で待っていることを察したのである。

 

 

「だが、行くっきゃねぇだろ?」

 

「行きましょう、戦いを終わらせるために」

 

 

 されど、こんなところで臆している余裕も暇もない。

ラカンは声を出してやるしかないと発破をかける。

アスナもそれに乗り、声をかけて気合を入れなおした。

 

 そして、彼らは巨大な扉をゆっくりと開いて、その部屋へと侵入して行く。

ギギギと言う音を立てて扉が開かれれば、そこは先ほどの部屋とは違い薄暗い闇が支配していた。

 

 その中央の、やはり浮遊する円形の床の上に、数人の人影が姿を現す。

 

 

「ようこそ、次世代(アラ・アルバ)の子ら、そして、旧世代(アラ・ルブラ)の生き残りよ」

 

 

 それこそ幹部デュナミスと、それに賛同する転生者の竜の騎士、そして雇われの月詠だ。

デュナミスはネギたちを見て、ゆっくりと言葉をかけはじめた。

新世代と旧世代、両方の好敵手へと。

 

 

…… …… ……

 

 

 変わって本命部隊から分かれた陽動部隊。

宮殿の外側の外周へと出て、集まってきた転生者とドンパチをすでに始めていた。

 

 

「おうおう! 釣られて集まってきたじゃんかよ!」

 

「これが俗にいう大漁ってヤツですかね。まるで釣り師(アングラー)になった気分ですわ」

 

 

 ゴールデンなバーサーカーは敵がどんどん集まってきたことに、計画通りと大声で笑う。

ロビンもこんな簡単に釣られてきた敵に、ここまでうまくいくとはとニヤリとら割って見せていた。

 

 

「敵の数は多い、しかしさほど強くない様子でござる」

 

「所詮は寄せ集めの連中ってワケか」

 

 

 それらをどんどん蹴散らす陽動部隊。

楓はそれらを蹴散らしながら、集まってきた敵の練度がさほどではないことに気が付いた。

アルスも敵の強さが微妙なのを実感し、こいつらがただの数合わせ程度なのだと察した。

 

 

「……だが、そうも言っていられねぇみてぇだなッ!」

 

 

 されど、当然敵はこの雑魚な転生者だけではない。

バーサーカーは咄嗟に宝具、黄金喰い(ゴールデンイーター)を背に回せば、そこに強烈な衝撃が発生したのである。

 

 

「この前の仕返しという訳ではなかったが、オレの不意打ちをこうも容易く受け止めるとはな」

 

「出てきやがったな、ランサー!」

 

 

 その衝撃の先には巨大な槍と、黒い体と鈍い黄金の鎧をまとった細身の男が現れた。

それこそ総督府で戦った強敵、ランサーの姿だったのだ。

 

 ランサーは今の不意打ちを受け止められたことに、多少驚きを感じていた。

完全な不意打ちであった。完ぺきだったはずなのだ。

 

 また、これはバーサーカーが自分に最初に行った行動なのだが、ランサーは意趣返しのつもりではないと述べる。

されどそれを気にせず、ランサーが現れたことだけを叫ぶ男がバーサーカーだった。

 

 

「ロビン、彼の援護を」

 

「言われなくともわかってますよ!」

 

 

 あのランサーは強敵だ。それを知っている現在のロビンのマスター、ナビスは即座にロビンへと指示を出す。

ロビンもすでにその脅威の強さをその身で味わっているので、すでに行動を開始していた。

 

 

「んでもって、テメェもようやくお出ましってわけか!」

 

「そのとおりだ。待ち望んでいたぞ! この瞬間(とき)をっ!!」

 

 

 さらに、数多の前にもう一人、男が現れた。

それこそコールド。数多の好敵手(ライバル)となる謎の男。

 

 数多はそれを待ちかねていたかのように、ニヤリと笑いそれを叫べば、コールドも同じ気持ちだと言葉にして不敵に笑っていた。

 

 そして、両者とも勢いよく衝突。

数多は右拳を、コールドは右足を互いにぶつけ合い、その衝撃で両者は間合いを取ると即座に走り出して隙をうかがい始める。

 

 

「だったら俺も加勢し、うお!?」

 

 

 ならばと、少し無粋であるが敵を減らそうと考えたアルスは、数多の助けに入ろうとしたが、その時である。

数本の光輝く槍と剣が、突如として空から降ってきてアルスを襲ったのだ。

 

 

「避けたのか雑種。雑種にしては上手に踊れていたぞ」

 

「テメェはあん時の!?」

 

 

 アルスは咄嗟に回避して見せれば、その先から黄金の鎧の男が姿を現したではないか。

黄金の男はヘラヘラとしながら、アルスが今の攻撃を避けたことに関心を漏らしていた。

 

 アルスはその姿を見て、先ほど嫌がらせのように召喚魔をまき散らしていった男だと理解した。

 

 

「早々に消えてもらうぞ雑種ども!」

 

「ゲェー!? こいつの特典(ほうぐ)はまさか!」

 

「そう、そのまさかよ!」

 

 

 だが、そうのん気している余裕も暇もない。

何故ならば黄金の男は自分の背後に、何十という数の武器、宝具を王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の空間から覗かせていたからだ。

 

 それを見たカギは、その特典を察して仰天しはじめた。

何せカギはこの黄金の男が王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を使うところを見るのは初めてだった。

それに自分が貰った特典と同じものを持っている相手ということにも、驚く理由があったのだ。

 

 とは言え、一度カギはヴィマーナを目撃している。

故に、驚きはあれどやっぱり、と言う部分も大きく存在しているのだ。

 

 また、黄金の男はと言えば、驚くカギを見て笑いながら、言う必要はないだろうとばかりにそう言い放つ。

 

 

「貴様には特別に、この(オレ)と戯れることを許してやろう」

 

「調子こいてんじゃねぇぞこの野郎!!」

 

 

 さらに、黄金の男は偉そうな上から目線でアルスとカギを挑発する。

カギは流石にイラっと来たのか、ナメんなこのクソと大きく叫んだ。

 

 

「威勢だけでなんとかなると思うなよ?」

 

「うおお!? 宝具の雨かよ!?」

 

「うげげー!!??」

 

「っ!」

 

 

 しかし、黄金の男は涼しい顔でせせら笑い、背後に準備していた武器を、しこたま射出したのである。

 

 アルスもこれはやばいとばかりに、その武器の回避に専念。

当然カギもヤベェ! と叫びながら慌てて回避、当然楓も高速移動して回避してみせていた。

 

 

「くっ! しまった! 野郎が宝具をばらまいたのは俺たちを分断させるためか!?」

 

「完全に四組に分断されてしまったでござるな……!」

 

 

 しかも黄金の男は、ただ闇雲に武器を射出した訳ではない。

バーサーカーたち、数多、カギ、アルスと楓と言う形に分断するために、武器を大量にぶっ放したのだ。

 

 アルスはそれに気づくも時すでに遅し。

完全に黄金の男の手のひらで転がされてしまった後だった。

 

 これであの黄金の男の思惑通りに分断されたことを、楓もしてやられたと苦虫を噛んだ様子で語る。

 

 

「どうせここが、君たちの終着点となる」

 

「っ!? くっ!!」

 

 

 だが、脅威はそれだけにとどまらない。

突然、声が聞こえたかと思えば一筋の閃光がアルスを襲う。

アルスは障壁にてそれを何とか防御したが、衝撃で床を数回転がる羽目になった。

 

 

「目覚めてるとは聞いたが、まさか本当とはなあ……!」

 

 

 されどアルスはすぐさま床に両手をつけ、そのまま宙返りして体勢を立て直す。

そして、今しがた攻撃された方向を見れば、フェイトにそっくりな人物がそこに立っていたのである。

 

 

「……かのものが、もしや話に聞いていた……」

 

「ああ、フェイトの兄弟だとよ」

 

「やはりそうでござるか……」

 

 

 それこそ(クゥィントゥム)。風のアーウェルンクス。

すでに雷化しており、体は雷のごとく発光し、その周囲にスパークが走っていた。

 

 楓はその姿を見て、ここへ来る前に作戦会議にてフェイトと(ランスロー)が話していたことを思い出した。

その楓の言葉にアルスが付け加えるようにして、再度説明を述べる。

 

 すれば楓もこの状況がかなり危険なことを理解し、頬に一筋の汗を流したのである。

 

 

「さて、邪魔するものはご退場願おう」

 

「やるしかねえか!」

 

「行くでござる!」

 

 

 当のクゥィントゥムは涼しい顔で目の前のアルスたちを排除しようと動き出す。

アルスもこの切羽詰まったヤバイ状況を何とかせねばと、立ちふさがる強敵へと攻撃を仕掛けた。

それに同調するように楓も攻撃へ移り、両者は激しく衝突しあうのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、完全なる世界の幹部、デュナミスと対峙したネギたち。

どちらも今は動かずに、にらみ合いを続けていた。

 

 

「どうだねテルティウム。久々に戻ってきた気分は」

 

「特に何か思うことなどないよ」

 

「ふっ……、それもそうか」

 

 

 デュナミスは久々に顔を見たかつての仲間、そして今は裏切り者のフェイトへと声をかける。

そのデュナミスの問いにフェイトは、すました顔で答える。

 

 そう、この場所はかつて自分が完全なる世界にいた時に拠点としていた場所。

この人気のないような何もない宮殿こそ、自分の帰る場所だった。

 

 だが、今はもう違う。

この場所は帰る場所ではなく、侵入する場所となった。

今、自分が帰る場所は()()()()()。この何もない石造りの宮殿などではないと、フェイトは思った。

 

 もはや何年も帰ってこなかったフェイトを見て、デュナミスも納得した顔を仮面の下で見せていた。

あらば、やはり裏切り者として処分するしかないと、改めて決意したのである。

 

 

「んじゃ、一気にぶっ飛ばすか!!」

 

「ぬんっ!」

 

 

 なんか旧知の仲が会話し終えたのを察したラカンは、ならば先手必勝とばかりに即座にデュナミスへ急接近。

ぶっ飛ばすか、と言い終えた時にはすでに、デュナミスの目の前へ来て右拳を振り上げていたのである。

 

 そのとてつもない速度に、瞬時に対応してみせるのが幹部デュナミス。

背後に用意しておいた造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を用いて、闇の影の槍を大量に出現させ、目の前のラカンへと攻撃。

 

 されど、その程度の攻撃などラカンには通用しない。

ラカンは振り上げた拳をそのまま突き出し、強烈な気の衝撃波を生み出す。

するとその闇の槍は吹き飛ばされ、デュナミスも用意していた多重障壁をすべて砕かれ、後退せずにはいられなくなった。

 

 

「やっぱそれ頼りってか? 別に卑怯とか言わねえがな!」

 

「所詮貴様も人形。造物主には抗えぬ」

 

 

 とは言え、造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の力は絶大だ。

後退したがデュナミスには傷一つ存在しない。本来ならばこの一撃で、大抵のものならば吹き飛ばされて倒される。

 

 それを完全とはいかなかったが、ほぼ無効化する能力(ちから)

ラカンが()()()()()()()故に、この力には抗えない。

 

 なのだが、後退を余儀なくされるほどの力を見せたラカンも、やはりとんでもない存在であると言えるだろう。

 

 造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)を見たラカンは、やっぱり使ってきたかとこぼした。

 

 流石のラカンも何度か見て説明も受けた、その造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)の力を理解している。

故に、自分特効のその力を使うのは当然だろうとラカンも考えていたので、それについてとやかく言う気はないようだ。

 

 だが、思うことはそれだけ。

その力に怯えるとか忌諱するとかではなく、()()()()()()()

明らかに何かあるような様子だ。

 

 その意図をデュナミスは読み取れなかったのか、この造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)がある限りラカンに勝ち目はないと豪語する。

実際、なんの対策もなければその通りだから当然なのだ。そう、()()()()()()()()()

 

 

「このまま”完全なる世界”へ送ってくれる」

 

「そううまくいくと思わねぇ方がいいぜッ!」

 

 

 故に、デュナミスはラカン相手にすら自分の敗北はないと確信し、強気の台詞を吐く。

されど、ラカンも同じく強い自信に満ち溢れた台詞を、デュナミスへと拳に乗せて返すのだった。

 

 

「では、俺も行くとしよう!」

 

「来たか……! ならば、”氷の女王(クリュスタネー・バシネイア)”!!」

 

 

 開戦と同時に竜の騎士も待っていたとばかりに動きだす。

竜の騎士はすさまじい速度でエヴァンジェリンに狙いを定めて急接近。

 

 エヴァンジェリンもこちらに突撃してくる竜の騎士を見て、即座に戦闘準備。

即座に詠唱を終え、闇の魔法を用いて自身を強化し、竜の騎士を迎え撃つ。

 

 

「ふっ!」

 

「危ないマスター!」

 

 

 だが、そこへ音速を超えた横やりがエヴァンジェリンを襲った。

その攻撃は槍での鋭い強烈な突き。

 

 それを感知したトリスは、その攻撃を右足の剣にていなすことでエヴァンジェリンへの命中を回避させた。

 

 

「何者よアンタ!?」

 

「竜の騎士バロンが一番弟子。ハルート見参」

 

「なんですって!?」

 

 

 そして、攻撃が来た方をトリスが向けば、一人の鎧の男が立っていた。

その男は青白い肌に軽装タイプの銀色に光る鎧を身にまとい、装飾などない武骨な長槍を握りしめていた。

 

 また、その男の鋭い眼光はまさに猛禽類のようではあるものの、冷静なのか冷淡なのかわからない目でトリスを睨んでいた。

 

 そこでトリスが急に目の前に現れた男に疑問を持ち、それを声に出せば、男はそれに静かに答えた。

 

 男は威風堂々とした態度で自分の名前をはっきり述べる。

さらに、自らハルートと名乗ったこの男は、竜の騎士の弟子であった。

当然転生者であり、その外見的特徴を知るものが見れば、その特典もすぐに理解できるであろう。

 

 そう、彼は竜の騎士バランが部下として、もう一人の息子として接していた陸戦騎・ラーハルトの能力を貰った転生者だったのだ。

 

 それを察したトリスは、盛大に驚き焦りを感じた。

自分の考えが正解だとすれば、この目の前の男もまたとてつもない実力者であることは間違いないからだ。

それに竜の騎士とこの男を両方相手にするのは、非常に厳しいからだ。

 

 

「貴様の相手はこのオレがしようか」

 

「このっ!」

 

「遅いッ!」

 

 

 ハルートと名乗った男は、敵戦力を減らすべくトリスの相手をすることにした。

その瞬間、ハルートの姿がぶれたと思えば、もうすでにトリスの目の前で槍を振るっていたではないか。

 

 トリスはそれを右足で蹴り上げることで防御。

その槍に足を引っかけたまま、今度は左足でハルートへと蹴りを見舞う。

 

 されど、再びハルートの姿がぶれ、見えなくなったではないか。

トリスは咄嗟に猫足立ちのポーズを決めると、横から槍を突き出して突撃してくるハルートの姿があったのだ。

 

 

「ッ!? マスターっ!!」

 

「チッ! まさかやつにも部下がいたとは!」

 

 

 その槍の一撃をトリスは再び防御したが、強烈な勢いは止められずにそのまま連れ去られてしまう。

最後にトリスはエヴァンジェリンへと大声で呼びかけるが、その声はすぐさま遠ざかって行ったのであった。

 

 それを見ていたエヴァンジェリン、否、見ていることしかできなかったが正しい。

今の戦闘は超高速で行われたものであり、数秒しか経ってないからだ。

 

 そのエヴァンジェリンは竜の騎士が部下を持っていたことに驚いていた。

計算外という他ない。何度も衝突した時は、部下を連れていなかった。

基本的に一人で行動し戦いを仕掛けてくるとばかり思っていた。

予想外の展開に、苦虫をかじった顔を見せるエヴァンジェリンだった。

 

 

「貴様は俺が相手をしてくれる」

 

「……!」

 

 

 そして、その竜の騎士本人は、すでにエヴァンジェリンの目の前で剣を背中から引き抜き、構えているではないか。

 

これはまずい展開だ、敵の流れに乗せられてしまっている。

エヴァンジェリンはそう考えながら、次の一手をどうするか悩んでいた。

 

 だが、悩んでいる暇など存在しない。

竜の騎士は即座に床を力強く蹴り、エヴァンジェリンへと肉薄するのだ。

 

 

「僕を忘れないでほしいね」

 

「フェイトッ!!」

 

 

 しかし、しかしだ。

この場にはエヴァンジェリンしかいない訳ではない。

こちらにも強力な仲間がいる。それこそフェイトだ。

一番最初に出会い戦闘した時から、やり返したいと考えていたフェイト。

 

 その彼はエヴァンジェリンへと攻撃を仕掛けた竜の騎士へと、即座に石の剣を作り出し攻撃を仕掛けた。

 

 今、竜の騎士はエヴァンジェリンを切り伏せまいと両腕に剣を握りしめて振り上げている状態。

かなりの隙がある状態となってしまっていた。だからこそ、その隙を突くようにフェイトが攻撃を行ったのである。

 

 

「そして、この私もな!」

 

「竜殺しの剣ッ! 貴様ら三人かッ!!」

 

 

 竜の騎士は咄嗟にそれをエヴァンジェリンへと振り下ろそうとした剣で防ぎ数歩背後へ下がる。

その直後、さらなる攻撃が竜の騎士を背後から襲った。

 

 体を回転させて回避させた竜の騎士は、光り輝く剣を握りしめた黒い全身鎧の男を発見。

それこそフェイトの従者となった転生者ランスロー。

そして今はフェイトから剣と名を与えられた男だ。

 

 竜の騎士はその三人に囲まれたのを目を動かして確認し、自分の相手がその三人であることを理解。

ならば本気を見せるしかあるまいと、額の紋章を輝かせて剣を握る拳にさらに力を入れるのであった。

 

 

「センパイ、ようやくお会いできましたわ」

 

「月詠か……!」

 

 

 そこで現れたのは彼らだけではない。

完全なる世界に雇われた魔剣士、月詠だ。

月詠は刹那との戦いをずっと所望しており、再び戦えると言うことに体を震わせて全身で喜びを表現していた。

 

 しかし、刹那は何度も戦ったこの相手にきつい視線を送るだけ。

とは言え、前回での戦いにて月詠の実力のほどを理解した刹那は、改めて厳しい戦いになると予想し、表情を渋く濁らせる。

 

 

「せっちゃん!」

 

「こいつの相手は私が……!」

 

 

 そして、ついに二人は動き出し、剣と剣が衝突し、金属音を高鳴らせる。

その音速を超えたつばぜり合いに、金属音とは別に木乃香の声が木霊する。

それは刹那を案じてのものであった。

 

 されど、刹那は月詠を自分のみで相手すると宣言。

自信がある、という感じではないが、この相手は自分が相手をせねばならない、と言う強い使命感で動いていた。

 

 

「うれしどすなぁ……。センパイがウチの相手として名乗り出てくれはるなんて……!」

 

「何度目だろうが、何度でも倒すのみ!」

 

 

 その言葉に感銘を受ける月詠は、嬉しさを体現するかのように、さらに剣を振るう速度を上げていく。

何せ狂おしいほどに求めてやまぬこの戦、その相手からも同じように求められたのだ。

悦びがあふれ出しても仕方ないことだった。

 

 が、刹那はそんな気持ちで戦っている訳ではない。

何度も相手をしたこの月詠、今回で決着をつけようと決意しただけのこと。

それ以上に戦いを長引かせる気もなく、倒して次に進むべきだと月詠の剣撃をはじき返し隙を窺う。

 

 

「では、あなた方は私が相手をいたしましょう」

 

「っ! 誰アルか!?」

 

(セクストゥム) 水のアーウェルンクスを拝命」

 

 

 その戦いの横で、突如として出現する新たなる敵。

フェイトと同じような涼しい顔と、素気のない服を着た女性が一人、古菲と木乃香の前に立ちはだかる。

 

 古菲は突然現れた敵に対して反射的に何者かと質問を出せば、そのものは自らを造物主の使途、アーウェルンクスシリーズだと言い放った。

 

 

「話に聞いてはったフェイトはんのご兄妹!?」

 

「このままあなた方を完全なる世界へと送ってあげましょう」

 

 

 木乃香はその言葉で、フェイトが自ら語った自分の兄弟だと思われる敵のことを思い出した。

また、セクストゥムは余裕の態度で表情を変えず、淡々と相手になると言う様子だ。

 

 

「さよ!」

 

「はい!」

 

 

 で、あれば戦わざるを得ない。

木乃香はさよを呼べば、さよもドロンとその場に現れ、即座にO.S(オーバーソウル)を完了させる。

 

 

「せやったら、ウチが相手や!」

 

「……! この力は……!」

 

 

 すでに臨戦態勢が終わった木乃香は、すぐさまO.S(オーバーソウル)白烏の翼を腕へと移動し、セクストゥムへと切りかかった。

セクストゥムはその力に若干驚きを感じながら、後方へと下がってその攻撃を回避。

 

 

「アイヤー! 私もいるアルよ!」

 

「っ! なかなかやれると言う訳ですね」

 

 

 されど、相手は木乃香だけではない。

そこへ古菲の強烈な功夫がセクストゥムへと突き刺さる。

 

 とは言え、やはり造物主の使途。この程度ではびくともしない。強靭な障壁によって、古菲の攻撃は防がれていた。

しかし、セクストゥムは相手がそれなりに手練れであると判断し、全力で相手をすることにしたのであった。

 

 

「やつら、グランドマスターキーを持っていない……、となると……」

 

「考えている暇などあるのかッ!」

 

「チィ! 鬱陶しい!」

 

 

 その最中、エヴァンジェリンはふと疑問を感じていた。

この場に現れた敵の連中が、誰もグランドマスターキーを持っていないということだ。

では誰が一体それを持っているのか。それはわからないが、ここにいる連中ではないことだけは理解できた。

 

 だが、これ以上深く思考することが、今のエヴァンジェリンにはできない。

何故なら、強敵である竜の騎士との戦いの真っ最中だからだ。この強敵が思考を阻んでくるからだ。

 

 竜の騎士はエヴァンジェリンの微妙な隙をついて、剣を横なぎに振りかぶる。

エヴァンジェリンもその攻撃を察して氷の爪で防ぐも、その強烈な一撃に苦悶の表情を覗かせる。

 

 

「グッ!?」

 

「そう簡単にはいかんぞ」

 

「ぬぅ……!」

 

 

 そこへ助太刀とばかりにランスローが、横から剣を振り下ろす。

ランスローの使う剣こそ宝具の無毀なる湖光(アロンダイト)であり、竜に追加ダメージを負わせる特攻の武器。

 

 竜の騎士はすかさず回避するも軽く左腕をかすったのか、小さくうめき声をあげる。

本来ならば竜闘気(ドラゴニックオーラ)に守られこの程度で傷がつかぬはずが、小さく出血をしているではないか。

 

 やはり特攻が効いているのは大きく、ランスローは攻めるのみと言う様子で、竜の騎士へとさらに肉薄する。

また、竜の騎士はと言うと、無毀なる湖光(アロンダイト)の力に怯み、黒騎士との戦い方をどうするかを考え始めていた。

 

 

「ネギ少年! ここは私らに任せて上層部へ急げ!」

 

「えっ!? ……しかし!」

 

 

 ランスローの助太刀に余裕ができたエヴァンジェリンは、ネギたちを先に行かせることにした。

この場にグランドマスターキーがないのであれば、ここで全員が戦っていては時間の無駄だと判断したのだ。

 

 しかし、戦いが始まり全員が激しい戦闘を繰り広げる中で、ネギは自分たちだけ先行してよいものか、と判断を鈍らせる。

 

 

「この場にグランドマスターキーがない! ということはつまり、別の誰かが握っているはずだ!」

 

「でも、この先にそれがあるとは限りません!?」

 

 

 だが、それでは間に合わないとエヴァンジェリンはさらに言葉を追加する。

ここにグランドマスターキーがないのならば、その先にいる誰かが持っていてもおかしくはない。

それを倒して手に入れることが最も重要だと、大声で説明した。

 

 とは言え、先にいる誰かがそれを持っているという確証も存在しない。

どこか厳密な場所に隠している可能性も存在すると、ネギは反論を述べていた。

 

 

「こいつらがここに現れたのならば、この先にある可能性が高い! 行け!」

 

「……はい!」

 

 

 確かにその可能性もなくはないだろう。

それでもこの幹部クラスの連中がこの場で自分たちを相手にするのだから、この先の誰かが持っている可能性の方が高いとエヴァンジェリンは判断。

 

 そもそもグランドマスターキーは世界を終わらせる儀式でも使うのであれば、隠しておくことは不可能。

ならば、先に行けば絶対にあると考えたエヴァンジェリンは、ネギへ行けと叫んで命令する。

 

 

 ネギも今みんなが戦闘している時、自由に動けるのは自分たちだけだと判断。

エヴァンジェリンの言葉を信用し、先に進むことを決意した。

 

 

「ええんか!? 助太刀せんでも!?」

 

「みんな強いから大丈夫! それに急がないと!」

 

「そうね、行きましょう!」

 

 

 小太郎は現在の戦闘に加わって敵を倒す方がいいのではないか、と言葉にするが、ネギは仲間を信じて先に行くと宣言。

杖へとすでにまたがり、移動の準備を終わらせていた。

 

 その言葉に小太郎も納得し、ならばとアスナも杖へと同乗。

彼らはそのまま宮殿の上層部へと移動を始めたのである。

 

 

「逃がすものか……っ!? グオオッ!?」

 

「そりゃこっちのセリフだっての! 余所見してっと芥子粒になっちまうぜ?」

 

「ジャック・ラカンッ!!!」

 

 

 それを見たデュナミスは阻止せんと本気モードで動き出す。

いや、ラカンとの戦闘中、もはや引くことはできんと考え、すでに戦闘形態(バトルモード)の強靭な姿へと変えていた。

 

 だがしかし、ラカンの強烈な拳が顔面へと直撃。

炸裂した拳の衝撃で数メートルも吹き飛び、壁にめり込んでしまったのである。

 

 何せデュナミスの相手はあのラカンだ。一瞬の隙が命取りになるのは明白。

それをラカンは余裕の態度で明言すれば、今度はデュナミスもラカンのみを視線に捉え、まずは強敵を倒すことに専念するのだった。

 

 



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百七十五話 始まった決戦

 

 一方、飛空艇の防衛班はというと、上部での戦闘が行われているのを知らず、静かに会話していた。

 

 

「……ネギ先生」

 

 

 そこでのどかがぽつりと、自分の担任の小さな少年の名前をこぼす。

 

 

「心配ですか?」

 

「それは、……そうだよ」

 

 

 その言葉を聞いた隣の夕映は、ネギのことが心配なのかとのどかに聞けば、当然だと返してきた。

当然その表情も少し不安を感じさせるようなものであり、心配していることがうかがえた。

 

 

「私もカギ先生が心配です」

 

「カギ先生が?」

 

「はい」

 

 

 そこで夕映も、自分もカギに対する考えは同じようなものであると告白する。

のどかはあのカギ先生を? と思ったのか再び聞き返せば、はっきり夕映は返事を返した。

 

 

「また一人で道に迷ってないかが心配です」

 

「ゆえ?」

 

 

 と言うのも、あのカギは何かいつも迷子になっているからだ。

自分を探しに来てくれた時も、何やら迷子になって彷徨ったと聞くではないか。

 

 そのことを考えたら、この広い宮殿の中、人知れずにはぐれてしまっていてもおかしくない、と夕映は思ったのである。

 

 その言葉にのどかは、何を言っているの? という眼差しで夕映を見た。

いやまあ、確かにそういうこともあるかもしれないけど、そういうことじゃなくて、と言いたげな顔だった。

 

 

「確かに色々心配するトコはありますけど、彼らは強いです」

 

「……そうだね。信じて待つしかないね」

 

「はい。そうです」

 

 

 何故そんなことの心配を? という感じののどかへと、夕映は言葉を続ける。

それはネギやカギたちが強いからだ。強いからこそ、そちらの心配は不要と強く言葉にしたのだ。

 

 のどかもそれを聞いて不安を拭い去るように、自分に言い聞かせるかのように彼らを信じることを選んだ。

夕映ものどかの言葉に頷き、小さく笑って見せたのだった。

 

 

「しっかしよぉ……。ここも安全って訳じゃあないっスから……」

 

「敵地だもんね」

 

 

 とは言え、こちらもあちらの心配などしていられないというのも現状だ。

状助はそのことを考え不安な表情で口に出せば、裕奈も同意という意見を述べる。

そう、ここは敵地。何が起こるかわからない場所だ。

 

 

「そのとおりさ」

 

「――――っ!?」

 

 

 そして、その不安は的中することになった。

急に飛空艇の甲板から、知らぬものの声が響いたのだ。

 

 誰もがそれに絶句し、周囲を警戒しだす。

 

 

「ドラァッ!!」

 

 

 だが、そこでその敵影を発見し、瞬時に攻撃したものがいた。

それこそ状助だ。状助は特典(スタンド)のクレイジー・ダイヤモンドの拳をその声の方向へとぶっ放したのだ。

 

 

「か弱きものかと思ったが、なかなかいい反応をするじゃないか」

 

 

 しかし、そのものは見えざるはずのクレイジー・ダイヤモンドの拳を、危機と察知して回避し、甲板の先端に立って笑っていたのである。

 

 

「出てきやがったな!!」

 

「随分とまあ吠える」

 

 

 そのものこそ造物主の使徒、(クゥァルトゥム)。火のアーウェルンクス。

 

 状助はそのクゥァルトゥムへと顔を向け、すでに臨戦態勢をとりながら強気の態度を見せて大声で叫ぶ。

クゥァルトゥムは叫ぶ状助を見ながら、弱い犬ほどよく吠える、と思いながらニヤニヤと笑っており、当然のように余裕の表情だ。

 

 

()()()()()()()()……だったか。くだらない……。まあ死なない程度に痛めつけて再起不能になってもらうか」

 

「やっ、やってみろよコラァッ!!」

 

 

 と、そこでクゥァルトゥムは自分の行動に制限があることを愚痴るようにこぼす。

されど、ならば殺さなければいいだけだと、さらに残虐的な表情を見せて言葉にしだしたのだ。

 

 その言葉に状助は多少臆した顔を見せるも、だったらどうしたと強気の姿勢だけは崩すことはなかった。

とは言え、この状況かなーりヤバいんじゃあねえか? かなりヘヴィーじゃあねえか? と心の中で思っていたりするのだが。

 

 

「だが……、()()は別だ!」

 

「っ!!」

 

 

 しかし、クゥァルトゥムの標的は状助よりも、この世界の住人(人形)へと向け、炎の槍を魔法で作り出せば、その一番目の標的となった焔へと向けられたのだ。

 

 焔は自分が狙われていることを瞬時に察し、炎の槍を寸前でかわす。

とは言え、これで攻撃が終わるわけではない。焔は次の攻撃に警戒しながら、多少距離を取ってクゥァルトゥムを睨みつける。

 

 

「ほう、悪くない動きだが、その程度ではな!!」

 

「くっ!」

 

 

 当然クゥァルトゥムは次の手に移り、焔へと接近して再び炎の槍を構えて突き出す。

だが、焔も負けてはいない。この程度ならばとステップを踏んで再び回避。

 

 ただ、相手の動きもかなり素早い。この回避も楽々と言う訳ではなく、ギリギリと言った様子だった。

 

 

「ほらっ!」

 

「あっ!?」

 

 

 ギリギリ回避した焔だったが、そこでクゥァルトゥムは左指を自分の方へとクイッと曲げる。

すると、先ほど投げた炎の槍が、なんとクゥァルトゥムの方へと戻っていくではないか。

それはクゥァルトゥムの前にいる焔へと襲い掛かったのだ。

 

 その戻ってくる炎の槍を焔はもう一度回避して見せたが、回避の一瞬の隙を付かれる形となってしまった。

 

 この一瞬の隙を狙っていたクゥァルトゥムは、回避でできた硬直にかぶせるように、焔へと炎の槍を再び伸ばせば、それは焔の体の中心に吸い込まれるかのように突き刺さったのだ。

 

 

「ぐぅぅあぁ!?」

 

「甘かったなぁ!」

 

「焔さん!?」

 

 

 炎の槍を胸に貫かれた焔は、炎の灼熱と胸を貫きえぐる痛みに、苦悶の声をたまらず漏らす。

その苦痛に喘ぐ焔の表情を見て、たまらず笑い出すクゥァルトゥム。

 

 そして、その状況に驚き、咄嗟に彼女の名を叫ぶ夕映の姿があった。

されど、彼女とてこの状況をどうにかするほどの力はなく、どうすれば、と思考を巡らせている状況だ。

 

 

「ドラァッ!!」

 

「っ! なに?」

 

 

 しかし、そんな時に咄嗟に動き、焔を灼熱の苦しみから解き放つものがいた。

 

 それこそ状助だ。

状助はクレイジー・ダイヤモンドの拳で炎の槍を消し去り、さらに焔へと治癒を施したのだ。

 

 それを見たクゥァルトゥムは嘲笑の表情から一転し、何が起こったのか理解できず硬直し、表情をこわばらせた。

 

 

「その程度などではないッ!!」

 

「ぐおっ!?」

 

 

 さらに、焔はそこですぐさま反撃へと転じ、クゥァルトゥムへと体当たりしたのだ。

しかもただの体当たりではなく、魔力強化を乗せた鉄山靠だったのだ。

 

 それをもろに受ける形となったクゥァルトゥムは、小さなうめき声を出して数メートル吹き飛ばされてバランスが崩される。

 

 

「こんのおぉッ!!」

 

「チィ! こんな豆鉄砲などぉ!」

 

 

 その隙をつき、裕奈が銃型の魔法触媒で魔法弾をクゥァルトゥムへと乱射する。

されどクゥァルトゥムは迫りくる魔法弾を障壁にて防御し、再び体制を立て直そうと試みる。

 

 

「今だよッ!!」

 

「よっしゃ! みんな伏せて! 何かにつかまって!!」

 

 

 だが、そこで裕奈はハルナへと号令を叫べば、ハルナは飛空艇の操縦桿へと手を伸ばす。

 

 

「逆噴射フルスロットル!!」

 

 

 そして最大出力で急遽バックに入れて、瞬間的に飛空艇を後方へと飛ばしたのだ。

 

 

「っ!」

 

 

 完全に隙をつかれてその場に取り残されたクゥァルトゥムは、してやられたと言う顔を見せた後、加速的に後退していく飛空艇の方を睨みつける。

 

 

「……ふん。ならば、もう少し遊んでやろう」

 

 

 なるほど、しぶとい連中だ。

クゥァルトゥムはそう思いながら、ではもう少しいたぶってから倒すと決めたのである。

 

 

「”紅蓮蜂(アベス・イグニフェラエ)”」

 

「あれはまずい!」

 

「任せてくださいっ!」

 

 

 と、そこでクゥァルトゥムは炎の魔法で作り出された小さな蜂を、10数体ほど召喚しだした。

たかが小さな蜂が呼び出されて飛んでくるだけ、と一見すると全く脅威に見えない。

 

 しかし、焔はそれの危険性を察知し、あの魔法が凶悪な破壊力を持っていることを大きく叫ぶ。

その近くにいたブリジットは、焔の声にすぐさま反応して植物の根を召喚し、その魔法を防御。

 

 すると樹の根と蜂がぶつかった瞬間、とてつもない巨大な爆発が発生したのだ。

とてつもない爆発の衝撃は、飛空艇の全員に音と風という情報となって伝えられ、誰もが表情を凍らせていた。

 

 

「なんて爆発なの!? 当たったらひとたまりもないよ!」

 

「大丈夫です。なんとか守り切れます」

 

 

 ハルナは今の爆発に、非常に強い危機感を覚えた。

いや、この飛空艇に乗っている誰もが、この状況がかなり危険なものであると察したのである。

 

 だが、ブリジットはこの召喚した樹の根で、今の魔法は防ぎきるとはっきり言うではないか。

そして、召喚した樹の根を飛空艇を包むようにして巨大なバリアを作り出し、紅蓮蜂(アベス・イグニフェラエ)を完全に防ぎきることに成功したのだ。

 

 

「ってもバックじゃ振り切れない! 追いつかれる!!」

 

 

 が、当然クゥァルトゥムは彼女たちを逃がす気はなく、樹の根の防御を炎で焼き尽くしながら、飛空艇へと向かってくる。

 

 その様子をハルナは見て大きく焦った。

ギアを最大までバックに入れてはいるが、所詮はバック。

前進よりもスピードが出ないのは当たり前であり、このままでは先ほどのように飛空艇内に侵入されてしまう。

 

 

「距離が開けられれば上々だ! 我が骨子は捻じれ狂う……」

 

 

 しかし、距離が開けばやれると、転生者の自称アーチャーは弓と(つるぎ)を作り出す。

 

 

「”偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)”!!」

 

 

 そして、螺旋状の剣を弓にセットし、向かい来るクゥァルトゥムへと、魔力を最大限まで高めて解き放った。

 

 

「”燃え盛る(グラディウス・ディウィヌス・)炎の神剣(フランマエ・アルデンティス)”!!」

 

 

 クゥァルトゥムとてその矢を見て、何も感じないわけではない。

あの矢はかなり危険なものだと察し、巨大な炎の剣を魔法で作り出し、アーチャーの放った矢を燃やし尽くしたのだ。

 

 

「くっ! 防がれたか!」

 

「このまま真っ二つに裂いて燃やし尽くしてくれる!!」

 

 

 今の攻撃を完全に防がれたのを見たアーチャーは、流石に分が悪いと感じ、今の自分の不甲斐なさを嘆く。

これが英霊・エミヤ(本物)であればどのような戦い方をするのだろうか、届いたであろうか、そう考え始めていた。

 

 されど、そんなことを考えているような暇など存在しない。

何故ならクゥァルトゥムが巨大な剣を左腕に武装し、飛空艇へと急接近してきているからだ。

 

 

「やばいよあれ!!」

 

「ど、どうすれば!?」

 

 

 ハルナはあの炎の剣をまともに受ければ、確実に飛空艇は破壊されることを予想し青ざめる。

裕奈も自分の今の装備や魔法では、あの攻撃に太刀打ちできないと混乱した様子だ。

 

 

「チィ! これで!」

 

「はっ! なかなかの炎だが、その程度で止められると思うなよ!!」

 

 

 だが、焔は諦めずに炎をブラスター状にしてクゥァルトゥムへと攻撃する。

それでもクゥァルトゥムの強固で堅牢な多重障壁の前に防がれてしまう。

 

 

「防御をっ!」

 

「その程度の軟弱な木などぉ!!」

 

 

 ブリジットもその炎の剣を防ぐべく、再び樹の根を召喚して巨大なバリアを編み出すも、再びクゥァルトゥムが炎の剣を振れば、たちまち燃えつくされて消滅してしまうだけであった。

 

 

「――――体は剣で出来ている(I am the bone of my sword)……」

 

 

 この状況を打破できる最上の一手、それを何とか出すべくアーチャーが詠唱を始める。

しかし、この状況で間に合うか、いや、間に合わないかもしれないと、焦りながら”最強の秘儀”の呪文を唱えていた。

 

 

「詠唱などさせるものかぁッ!!」

 

 

 その詠唱を聞いたクゥァルトゥムは、その魔法か何かを妨害せんと、否、そのまま飛空艇ごと真っ二つにせんと、炎の剣を高らかと振り上げた。

 

 

「え……っ?」

 

「シャボン玉……?」

 

 

 と、その時、誰もがもうダメだ、と思ったその瞬間。

のどかと夕映の顔を横切るようにして、ふわりと光に照らされた、透明な泡が流れてきた。

 

 それはシャボン玉。

小さく、されど大量のシャボン玉。

 

 こんな時に何故、こんなものが? のどかと夕映は疑問に思った時に、クゥァルトゥムに異変が起きたのだ。

 

 

「何っ!? 我が魔法が消失しただと!?」

 

 

 なんということか、何が起こったのか。

突如としてクゥァルトゥムの巨大な炎の剣が焼失し、クゥァルトゥムも理解ができずに大声で叫んでいるではないか。

 

 

「さっきから随分と滅茶苦茶やってくれるじゃあねぇかよ~」

 

「東さんがこれを!?」

 

 

 のどかと夕映がシャボン玉が流れてきた方を見れば、とてつもなく恐ろしい形相でガンつけている状助がいたのである。

 

 のどかが今のシャボン玉を、状助が作り出したと理解した。

何故なら状助の口元に、シャボン玉を浮かび上がらせているキセルのようなものがあったからだ。

 

 

「10倍にして返してやっからよぉ~ッ!!」

 

 

 状助はのどかと夕映の言葉や視線など気にせず、驚愕の表情で塗りつぶされたクゥァルトゥムのみを見定めていた。

今まで随分とまあ調子こいてやがったな、その分きっちりお返ししてやる、そんな反撃の言葉を吐き出しながら。

 

 

「”柔らかくそして濡れている(ソフト&ウェット)”!!」

 

 

 そして、シャボン玉を生み出すキセルのようなものこそ、アスナとの仮契約にて手に入れたアーティファクトだった。

その名も柔らかくそして濡れている(ソフト&ウェット)

 

 それはジョジョの奇妙な冒険第8部、ジョジョリオンの主人公が持つスタンドと同じ名前のアーティファクト。

それはジョジョリオンの主人公、定助が持つスタンドと同じ能力を持つアーティファクト。

 

 

「その効果は……、シャボン玉でどんなものでも奪い……そして……」

 

 

 ソフト&ウェット、その能力とはつまり、自分以外のすべてのものをシャボン玉の中に奪うこと。

それは見えないもの、慣性までもを奪うことができる。その能力でクゥァルトゥムが魔法で生み出した炎の剣をシャボン玉の内部に取り込んだのだ。

だが、シャボン玉の能力はそれだけではない。

 

 

「――――解放できる」

 

「なっ!?」

 

 

 状助はおもむろに、最後の一言を述べれば、クゥァルトゥムの周囲に浮かんでいた大量のシャボン玉が一気に弾けだしたのだ。

その直後の光景に、クゥァルトゥムは驚愕し、言葉を一瞬失った。

 

 

「ぐうおぉぉあっ!?」

 

「どうだ? 自分の魔法の熱で焼かれる気分ってのはよぉ~!」

 

 

 なんと、シャボン玉が弾けたとたん、クゥァルトゥムが炎に包まれ焼かれたのだ。

そう、ソフト&ウェットは奪った力を別の場所で開放することで、その力を移動させることが可能なのだ。

その力を使い、奪った炎の剣の魔法を、クゥァルトゥムにかぶせたのである。

 

 クゥァルトゥムは訳も分からず自分の魔法の炎に焼かれ、叫び声をあげる。

それを見た状助は、してやったりという顔で挑発するのだった。

 

 

「ックソッ!! だがこれしきの事でぇ!」

 

 

 されど、この程度で倒されるクゥァルトゥムではない。

魔法力を噴出し炎を消せば、怒りの形相で状助を睨みつけ、そちらに高速で飛んだのだ。

 

 

「――――その体は、きっと剣で出来ていた(So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS)……!」

 

「しまっ!」

 

 

 だが、忘れてはいけない。彼が詠唱をしていることを。

状助が時間を稼いでいる内に、すでに詠唱が終わりそうになっていることを。

 

 アーチャーはその詠唱を唱え終えれば、ニヤリとニヒルに笑って見せた。

 

 また、クゥァルトゥムは失念していた。

状助の攻撃によって、アーチャーが詠唱をしていたことを。

そして再び驚いた。今度は周囲が炎に包まれ始めたからだ。

 

 

「では参ろうか。無限の剣製の世界へ――――」

 

「チィッ!!」

 

 

 その炎が周囲を焼き尽くし、赤茶けた荒野を生み出す。

空も台地も枯果てて、残ったのは大地に刺さった複数の剣と空に浮かぶ歯車のみ。

 

 しかも飛空艇の甲板にいたはずなのに、もはやその面影すらない剣が刺さった丘。

固有結界と呼ばれる現象であり、本来アーチャー・エミヤと呼ばれた男の心象風景。

 

 これぞ、アーチャー・エミヤの切り札、アンリミテッドブレードワークス。

その特典を貰ったアーチャーの秘儀。

 

 そして、固有結界にアーチャー自身とクゥァルトゥムを引き入れ、一対一の戦いへと持ち込んだのである。

 

 もはや完全にしてやられたという顔を見せるクゥァルトゥムの前に、したり顔で剣を握るアーチャーがいたのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、竜の騎士バロンの弟子を名乗る男と一対一で戦っている少女、トリスはというと。

 

 

「このっ!」

 

「遅い! その程度ではかすりもせん!」

 

 

 バロンの弟子、ハルートとの戦闘にてすでに外壁を破壊し、外周に出て戦闘を繰り広げていた。

 

 もはや目に見えぬほどの超高速での戦闘。

金属同士が衝突する音は聞こえど、二人の姿はまったく見えない。

 

 そんな中で、トリスは武装した左足でハルートへと何度も切りかかるも、ハルートは余裕の態度で回避し続ける。

 

 

「そちらこそナメてもらっては困るわね!」

 

「むっ!」

 

 

 が、トリスとてその程度では終わらない。

さらにトリスは加速。その攻撃速度にハルートは思わず槍を用いて防御を行う。

 

 

「ほう、このオレの速度についてくるか」

 

「スピードなら負けないわよ!」

 

 

 いやはや、自分に防御させるとは、なかなかやる。

ハルートは自分のスピードに自信があり、自分と同等に速い相手などいないと思っていたようだった。

とは言え、自分はこれでも本気ではないという気持ちと自信から、未だにトリスの実力を見抜けてはいない様子だ。

 

 当然、トリスもスピードは負けていないと豪語する。

トリスとてスピードには自信がある。下に見られているのは癪なのだ。

 

 

「ならば、さらにスピードを上げていくか」

 

「やってごらんなさい!」

 

 

 ハルートは、ならば更なる絶望を与えようと、そこからさらなるスピードアップを図る。

そんなハルートの宣言にもどこ吹く風という様子のトリス。

 

 

「っ! これでもまだついてくると言うのか……!」

 

「当然でしょう?」

 

 

 ハルートは宣言通り、最大速度で動き回りトリスを撹乱し始めたが、なんと当然のようにトリスもハルートのスピードについてきているではないか。

 

 ハルートは驚愕した。

まさか、まさかこれほどまでに自分と同等の速度で動ける相手がいるとはと。

 

 されど、トリスはそれもさも当然と笑って言葉にする。

トリスとて並大抵ではない特典を貰った存在。

何せFate/EXTRA CCCのアルターエゴ、メルトリリスの能力を貰った転生者なのだから。

このスピードについていくぐらいは余裕なのだ。

 

 

「ナメないでって言ったじゃない? 聞こえなかったのかしら?」

 

「確かに、お前のことを侮っていたかもしれんな」

 

 

 トリスはまだ下に見ているのか? まだ本気じゃないのか? と笑顔でハルートを煽る。

ハルートは今この状況でさえ、未だに目の前の敵を舐めていたと考え、トリスの実力を認め認識を改めた。

 

 

「ならば、本気でぶつかってやろう!」

 

「今更? 馬鹿にしてるわけ?」

 

 

 では、本気を出そう。ハルートはそう宣言すれば、今まで以上のスピードで周囲を駆け出す。

しかし、その今のハルートの言葉に、トリスは再びカチンときた。

 

 

「ぐお!?」

 

「私は最初から全力よ? さっさと倒れて地面に頭をこすりつけなさい!」

 

「ぬぅぅ……、これほどとは!」

 

 

 何故なら、トリスはすでに本気であり、ハルートを確実に仕留める気だったからだ。

それ故に、ハルートの本気の速度を捉え、足の槍にてハルートの脇腹へと突き刺す一撃を入れたのだ。

 

 ハルートはその一撃を受けてうめき声をあげて停止。

それを見たトリスは更にハルートへと畳みかける。

 

 それでもハルートは再び高速で動き出し、トリスの追撃を回避する。

 

 

「だがな! これしきで負けるオレではない!」

 

「なら、さらに苦しむだけよ!」

 

 

 ハルートとて負ける訳にはいかないという強い意志があるからだ。

師であるバロンのためにも、ここで敗北はないと思っているからだ。

 

 だと言うのであれば、さらに猛追して叩き込むだけだと、トリスはハルートと同速で並び、さらなる攻撃を見舞う。

 

 

「ふっ!」

 

「っ!」

 

 

 そのトリスの攻撃を槍で防ぎ、ハルートはさらに速度を上げてトリスから距離をとった。

トリスは何か来ると予感し、ハルートを追うようにして速度を上げたが――――。

 

 

「そちらこそ調子に乗るなっ! 受けろ! ”ハーケンディストール”ッ!!」

 

「しまっ!」

 

 

 ハルートはスピードを乗せたまま槍を回転させると、そのまま今度は猛追するトリス目掛けて槍を振り下ろした。

その槍の先からは鋭利な真空の刃が発生し、その衝撃とともにトリスを飲み込んだように見えた。

 

 ――――ハーケンディストール。

とてつもない速度から放たれる強烈な真空波。

竜の騎士、竜騎将バランの部下の一人、陸戦騎ラーハルトが使用する奥義。

 

 見れば地面はぱっくりとと割れ、深いクレバスを形成しているではないか。

それだけにはとどまらず、その衝撃波は宮殿を貫き外部にまで及び、外装を吹き飛ばし外にまで吹き飛んでいったほどであった。

 

 

「っつ……」

 

「寸前でかわしたか……」

 

 

 この一撃を受けてしまったトリスは、地面のように真っ二つに引き裂かれてしまったのだろうか。

否、トリスは何か来る予感があったが故に、何とか直撃だけは避けることに成功していたのだ。

 

 とは言え、直撃はしなかったものの、衝撃波を受けてかなりのダメージを受けてしまったのである。

 

 何せ本来の特典元であるラーハルトが闘気などを用いず使うこの技に、ハルートが()()()()()()を乗せて放ったからだ。

それによって本来すでに凶悪な威力をさらに強化し、威力が上乗せされていたのだ。

 

 さらに、衝撃波を受けたトリスは自分も高速で動いていたがために、その場に何度か転がり数メートル吹き飛ぶ。

そして、ようやく速度が減退したところで受け身を取って、再びゆっくり立ち上がって見せたのだが。

流石に着ていた服もズタボロで、全身血濡れになっていた。

 

 ただ、ハルートも今の距離と相対速度で回避されるとは思っていなかったので、回避されたことに対して驚いた様子で、立ち上がってきたトリスを見ていた。

 

 

「未だ立ち上がれるとは……」

 

「うっ……、余波でこの威力だなんて……」

 

 

 また、目の前の少女の姿をした存在が、ゆっくりとだが立ち上がってくることに、ハルートは戦慄を覚えた。

 

 今の一撃が直撃ではなかったとはいえ、とてつもない衝撃を身に受けたはずだ。

確かにハーケンディストールの直撃は避けられたが、それでも目の前の少女の状態を考えれば、立ち上がってくるのが不思議に思えるほどだったのである。

 

 しかし、トリスとてかなり厳しい状況に追い込まれたのを理解している。

今の一撃の威力は狂っていると言うほどにすさまじく。余波を受けただけだと言うのに、すでに逆転されて追いこまれた。

これをもう一度、さらに直撃で受ければ、ただではすまないことは火を見るよりも明らかだからだ。

 

 

「ならば! 倒れるまで何度も叩き込むだけだッ!」

 

 

 だが、ハルートは女だからと言って、ここで気を抜いたり手を抜くような男ではない。

さらなる一撃をトリスへと叩き込むべく、再び槍を回転させて動き出した。

 

 

「”ハーケンディストール”ッ!!!」

 

 

 そして、その一撃が槍から放たれると、真空の刃が再び動けぬトリスへと襲い掛かった。

 

 

「ぐうぅ……!? ああぁぁああぁぁぁぁッッ!!!???」

 

 

 トリスは先ほどの一撃のダメージでまともに動けなかった。

故に、最大最高の一撃をその身でまともに受け、大きく悲鳴を上げるしかできなかったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 ――――刹那は未だに月詠を倒しきれず、何度も剣をふるっていた。

 

 

「流石はセンパイ……、これでもまだ余裕そうですなあ」

 

「月詠っ!」

 

 

 月詠は愛おしそうな表情で、向かってくる刹那の剣の舞を二刀の剣でいなし続ける。

なんという幸福の時間だろうか、と月詠はうっとりしながら思っていた。

必死に自分へと向かい、幾度となく鋭く卓越した斬撃を放ってくる刹那を前に、月詠はひたすら気持ちよくなっていた。

 

 刹那はそんな月詠に対して、早く倒さねばとさらに剣撃の速度を上げていく。

それが逆に月詠を喜ばせることになり、ひたすらに焦燥感を煽られていく。

 

 

「ホンマにお強いですわ~」

 

 

 最大の一撃がぶつかり合った瞬間、両者は距離をとって動きを止めた。

そこで月詠は笑いながら、刹那の実力を心の奥底から賞賛する。

 

 

「なら……」

 

「っ!! なにっ!!?」

 

 

 だが、それは月詠が敗北を認めたという訳ではない。

新たな、次の一手を繰り出そうと思った時に出た言葉でしかなかった。

 

 すると、なんと月詠が右手で握っていた長刀の方から、何やらどす黒い瘴気のようなものがあふれ出したではないか。

 

それを見た刹那は大変驚いた。

そんなはずがある訳がない、そう叫びそうなぐらいの表情を見せながら。

 

 

「その剣……何故貴様が!?」

 

 

 何故そこまで驚いているのか。

それは月詠が急に闇的な力を出したからではない。

その原因となっている刀の正体を知っていたからだ。

 

 月詠が握っていた刀は”妖刀ひな”だったのである。

東にて伝わる妖刀であり、握れば闇に心を囚われると言う。

それを握ったものは魔に取りつかれ、破壊の限りを尽くす。

 

 幾多の神鳴流の剣士がそれを封じようと戦い、神鳴流剣士が絶滅寸前まで追いやられたほどだと、刹那は伝えられていた。

 

 それを何故か月詠が握り、あまつさえ使っていることに驚いていたのだ。

 

 

「力のために魔に身を委ねるとは……!」

 

「違います。全てはセンパイを心行くまで味わうためですわ」

 

 

 そして、”妖刀ひな”を持つということは、とてつもない力を得ると同じであるということも、刹那は知っていた。

 

 あの力を使ってまで自分に勝利したいのか、そう刹那が問えば、月詠は刹那とさらに本気で戦いたいと言うではないか。

 

 月詠は勝利以上に、今目の前の刹那との戦いのひと時を、無限にかみしめたいのである。

 

 

「さあ……、味わわせてください。センパイの全てを……!!」

 

 

 だからこそ、()()()()を超える力が必要だった。

何度も打ち合ったと言うのに刹那の実力を引き出せなかったが故に、さらなる力を求めたのだ。

 

 

「神鳴流奥義”黒刀斬岩剣”!!」

 

 

 月詠は全身に闇を纏わせ、瞬間的に刹那へと接近し、奥義を解き放つ。

 

 

「っ! なんという力か……!!?」

 

 

 刹那はそれを刀で受け止めるも、闇で強化されたその力に驚くばかりだ。

だが、月詠の猛攻はそれにとどまることはない。

 

 幾度となく両者は周囲の床などを破壊しながらも衝突。

刹那は月詠が放つすさまじい威力の斬撃を回避するべく宙を舞う。

 

 だが月詠は、その猛攻の中で妖刀の闇を左手に持つ短刀にも纏わせ、妖刀二刀化を行ったのだ。

 

 

「秘剣”一瞬千撃・二刀黒刀五月雨斬り”!!」

 

 

 瞬間、月詠はさらなる奥義を刹那へと繰り出す。

その破壊力はまさに凶悪の一言。とてつもない衝撃に周囲は崩壊し、刹那にも強烈な衝撃が伝わっていく。

 

 

「……疾さも桁違いと言うわけか……!!」

 

 

 しかし、刹那とてこの程度ではやられはしない。

それをすべて受け止めいなし、無傷でしのいで見せたのだ。

 

 とは言え、衝撃だけは殺せず吹き飛ばされるも、咄嗟に宮殿の壁へと足をつける。

 

 

「まさか、この程度やありまへんよねえ? センパイ?」

 

「当たり前だっ!!」

 

 

 そこへ瞬間的に月詠が刹那の後ろへと現れ、刹那へ向けて笑いながら問いかける。

刹那もこの程度では負けぬと、強気の姿勢を崩すことなく再び月詠と相まみえるのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 墓守り人の宮殿、その中の大広間にて激戦はいまだに繰り広げられていた。

強力無比で壮大な魔法や岩をも切り裂く斬撃が飛び交い、周囲を破壊しながら轟音が大広間に響く。

 

 

「ハアッ!!」

 

「ふうぅん!!!」

 

 

 漆黒の騎士は白銀の剣を振りかぶり、相対する竜の騎士も最強と言われた剣を振り下ろす。

その両者が衝突すれば、さならる金属音が盛大に音を立て、両者の力比べが始まるゴングとなる。

 

 

「貴様のその剣は厄介だ。まずは貴様から死んでもらうぞ!!」

 

「そうはいかんぞ!!」

 

 

 竜の騎士、転生者のバロンはその漆黒の騎士が握る白銀の剣、竜殺しの剣無毀なる湖光(アロンダイト)を警戒し、目の前の騎士から倒そうと意気込む。

 

 漆黒の騎士、今は剣とフェイトから与えられた転生者の男、ランスローは自分が目の前の竜の騎士の竜闘気(ドラゴニックオーラ)を貫くことができると理解し、それを拒む。

 

 

「”万象貫く黒杭の円環”!!」

 

「ぬうっ!?」

 

 

 両者一歩も引かずに力比べしているその隙をつき、フェイトは大量の黒い杭を螺旋状に配置し解き放つ。

ランスローはすかさずその場を離れれば、黒き杭は竜の騎士へと殺到する。

 

 

「”闇の吹雪”!!」

 

「っ! その程度で!!」

 

 

 さらにフェイトの魔法に合わせるようにして、エヴァンジェリンが暗闇の竜巻を竜の騎士へと見舞う。

されど、竜の騎士は竜闘気(ドラゴニックオーラ)を最大限に引き出し、防御を行った。

 

 

「ハアァァッ!!!」

 

「ぐうおおお!!?」

 

 

 しかし、その大魔法の波状攻撃はただのおとり。

本命は魔法が飛び交うのを回避し姿をくらましたランスローにあった。

 

 魔法を防御して固まっている竜の騎士へと、その白銀の剣を鋭く横なぎに振るったのだ。

 

 無毀なる湖光(アロンダイト)は先ほども述べた通り竜殺しの剣でもある。

能力の一部に、”竜属性に対して追加ダメージを負わせることができる”、と言うものがある。

 

 その効果を使い、強靭で強固な竜闘気(ドラゴニックオーラ)に守られた竜の騎士の肉体を、容易く切り裂くことができるのだ。

さらに無毀なる湖光(アロンダイト)の剣身に魔力を流すことで、威力を水増ししていた。

 

 その一撃により竜の騎士はわき腹を引き裂かれ、真っ赤な血を噴き出して声を上げた。

 

 

「かたじけない!」

 

「いや、この作戦こそ彼を倒せる唯一の方法かもしれないね」

 

「ああ……、だが……」

 

 

 そしてランスローは、即座にフェイトたちのところへと移動し竜の騎士から距離を取り、二人の助力に感謝を述べる。

 

 とは言え、フェイトもエヴァンジェリンもこの作戦こそが竜の騎士を倒せる方法だと考え、気にしてはいない。

 

 が、このままうまくいくとも思えないと、エヴァンジェリンは戦慄の冷や汗を流す。

 

 

「そう簡単にはいかないだろうがな」

 

 

 エヴァンジェリンがその言葉を言い終える頃には、さらに青く光る竜の騎士が嫌でも目に入ってきた。

額の竜の紋章はさらなる輝きを増し、周囲の瓦礫が宙を舞うほどの重圧がのしかかってくる。

 

 

「流石に上級者三人を相手にするのは骨が折れる」

 

 

 なかなかどうして。三人がかりであるが、本来であればこの程度など造作もなく蹴散らせるはずである。

竜の騎士は三つの神が生み出した調停者。この程度では苦戦もしないはずなのだが。

 

 やはりあの三人は強者。

竜の騎士をこうも苦戦させ、あまつさえ竜闘気(ドラゴニックオーラ)に守護られた肉体に傷を負わせてきた。

 

 なるほど、自分を倒そうというだけはある。

最強の力を得て、さらに鍛えたこの自分を倒そうともがくだけはある。

認めざるを得ない。目の前の三人の実力を。その強い信念を。

 

 竜の騎士は彼らを認める言葉を言い放ちながら、さらに殺気を乗せた鋭い目で、三人を睨みつける。

 

 

「ならば全身くまなく粉砕してくれる!」

 

「この程度でいい気になるなっ!!」

 

 

 されどもその竜の騎士が放つ強烈な殺気と重圧にも負けず、むしろ皮肉めいたことを吐き出すエヴァンジェリン。

 

 そのエヴァンジェリンの言葉を合図に、竜の騎士は怒気に飲まれた叫びを竜闘気(ドラゴニックオーラ)とともに掃き出し、三人へと突撃していくのだった。

 

 

 

 



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百七十六話 暴風域突入

 

 

 ――――墓守り人の宮殿、その最も外側にある一角。

そこには一人の男がしゃがんでいた。

 

 

「危なかった……」

 

 

 その人物は猫山直一、スクライドのストレイト・クーガーの能力を貰った転生者だった。

彼は()()()()()()()()()()()()()から急に攻撃され、攻撃を避けて逃げ切ってここにやってきていた。

 

 ただ、超高速で移動できる直一であったが、逃走は困難を極めた様子で、冷や汗を額から流しているほどであった。

 

 

「しかしなぜあいつが……?」

 

 

 また、焦ったことは逃亡が大変だっただけではない。

その敵対した人物が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったからだ。

 

 

「考えても仕方ねぇ、次の行動に移るか……ん? あれは……!?」

 

 

 とはいえ、敵の罠であることに変わりわないと判断した直一は、即座に仲間の援護へと向かおうと考え立ち上がった。

だが、その直後、急に上空から影が差した。

 

 何だろうかと、ふと上空を見上げれば、見知った飛行船が空を飛んでいたのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 直一がその場に来る数分前、マンタ型の飛空艇の屋根の上で警護している二人の男が語らっていた。

 

 

「あっちはすげぇドンパチやってるってのによぉー!」

 

「だがこちらが安全ならばそれで問題ない」

 

「ケッ、面白くねえな」

 

 

 直一が持つ特典と同じ原点を持つ二人、流法(ながれはかる)と一元カズヤだ。

 

 カズヤは墓守り人の宮殿で、今まさに仲間たちが大暴れしてるのを考えて、俺も戦いてぇと嘆く。

何せ今はまだ安全な場所に退避できている為、戦うことがなかったからだ。

 

 しかし、こちらも仲間を守護しなければならないと考える法は、むしろ無駄な戦いなどないほうが良いと語る。

 

 とは言え、あたりを見渡せば光の塊から召喚魔が沸き、連合艦隊か何かの戦艦がそれらと衝突している姿が見えた。

故に、法もこの安全な状況がいつまで続くか、とも悩んでいた。

 

 そう語った法の言葉に、カズヤは機嫌を損ねた態度でいじけるような台詞を吐き散らす。

カズヤは普段は大人しいが喧嘩になるとうるさい。近くで戦闘があるのなら、率先して殴り込みに行きたくなる質なのだ。

 

 

「面白くなくとも、こちらが安全であることの方が重要だ」

 

「んなこたぁわかってるって……」

 

 

 カズヤの言葉に、法は多少怒気を孕ませて反論する。

面白いとか面白くないとかではなく、第一に考えるのは仲間たちの安全だ。

 

 ただ、カズヤとて法の言ったことなど理解している。

それでも、それでも戦いたくてしょうがないのだ。ウズウズしているのだ。

 

 

「しかし……、戦いの規模がどんどん大きくなってきている……。このままではこちらにも被害が来るかもしれん」

 

「そうならないための俺たちだろうが」

 

 

 そんなカズヤから視線を外し周囲を見る法は、この無事な状況が長く続かないことを予感させた。

何故なら、召喚魔の数がなかなか減らず、黒い塊のように光の渦を覆っているからだ。

 

 あれがこちらに到着するのも時間の問題。

危険をさらすことになると法は言葉にする。

 

 されど、むしろカズヤはそれを望んでいた。

いや、実際はこの飛空艇に乗る仲間を危険に晒したい、という訳ではない。

自己満足のために誰かが被害を受けるのは、カズヤとして許せないことだ。

 

 が、やはり戦いたくてしょうがないカズヤは、敵が寄ってきたならば返り討ちにするのが俺たちだと豪語した。

 

 

「面白くなさそうですねぇ」

 

「誰だ!?」

 

 

 しかし、そこで突如として、第三者の声が聞こえてきた。

ハッとした法はすぐさま警戒すると、飛空艇の上に浮かぶ、黒い人影を目撃した。

 

 

「フフフフフ……」

 

「テメェはナッシュ・ハーネス!?」

 

「何!?」

 

 

 その男は笑っていた。

紫色の髪をオールバックにし、魔力を使わず不気味に浮かんでいたのである。

 

 それこそナッシュ・ハーネス。学園祭から長々と因縁がある、本国メガロメセンブリアの元老院議員にして転生者。

 

 カズヤはその名を怒りの混じった声で叫べば、法もそれに気が付いた様子を見せる。

 

 

「はぁい、そうです。その通りです」

 

「わざわざボコられに顔を出してきやがったって訳だな!」

 

 

 ナッシュは挑発するかのように、その通りだとせせら笑いながら言い出すと、カズヤは売られた喧嘩を買うように強気の姿勢を見せて睨む。

 

 

「いやいや、あなた方があまりにも暇そうなので、少々遊んでいただこうかと」

 

「ふざけているのか!!」

 

「真剣ですよ?」

 

 

 そんなカズヤにナッシュは、さらに火種に薪をくべるように挑発を続ける。

法はその言葉が逆鱗に触れたのか、怒りに任せて叫び声をあげる。

 

 ナッシュはその叫びこそ心地よいと言う様子で嘲笑しながら、さらなる挑発を行いだす。

 

 

「では、まいりましょうか。決戦の地へ」

 

「何!? 貴様なにを!?」

 

「野郎っ!!」

 

 

 とは言え、ナッシュは別に彼らを意味もなく挑発しに来たのではない。

これから始まる”自分の計画”のためにやってきたのだ。

 

 その手始めにと浮いたまま手を下に下げれば、なんと飛空艇の真下に飛空艇をすっぽり覆う程の巨大な空間の穴ができたではないか。

 

 法とカズヤはこれはまずいと判断したがすでに遅く、さらにナッシュは飛空艇をその穴へとゆっくりと押し込むかのように落下させていったのだ。

 

 

「こ……これは!?」

 

「一体どうなってやがる!?」

 

 

 すると、周囲の景色が一変した。

カズヤと法は周囲をキョロキョロと見渡し、何がどうなっているのかと若干混乱した様子を見せていた。

 

 

「なっ!? なんだここは!? 何が起こった!?」

 

「ど、どうなってんだこれ!?」

 

 

 この飛空艇の主であるジョニー、それと千雨たちも困惑を隠しきれなった。

何故なら、この場所はネギたちが突入したとされる墓守り人の宮殿付近の上空だったからだ。

 

 されど、彼らには一瞬にして連れてこられたのと、墓守り人の宮殿、さらにはオスティアが光の渦に包まれていたので見えなかったことで、この場所がどこなのかすぐには理解できなかった。

 

 

「フフフフフ……」

 

「テメェ! 何しやがった!!?」

 

「いえ、この世界の運命を決める戦いに、あなた方のような傍観者がいるのはよくないと思いましてね」

 

 

 墓守り人の宮殿付近へと転移させたナッシュ本人は、ただただ不快な声で笑うだけ。

カズヤは転移されたことを理解した上で、なんでこんなことをとキレた様子で聞き出そうとする。

 

 ナッシュはそれに対して、癇に障る程の丁寧な態度で説明を述べ始めた。

彼らもまたこの世界の危機をめぐる戦いに巻き込まれた存在。それが蚊帳の外にいるのはもったいないと。

 

 

「ですから、私自らがご招待させていただきました。この墓守り人の宮殿の上空にねぇ!」

 

「なんだと!?」

 

 

 だからこそ、この場に彼らを呼ばなければとナッシュは考え実行した。

いや、それ以外にも目の前で睨んでくる二人の青年、カズヤと法が自分の計画に必要だったのもある。

 

 そして、自分の計画に最も相応しいと考えた場所こそが、造物主の思惑が立ち込めるこの墓守り人の宮殿だったのだ。

 

 故に、ナッシュはここへ彼らを転移させた。

ただ、法やカズヤには理解のできない行為であり、ふざけているとしか思えずに声を荒げるだけだ。

 

 

「では、進みましょうか。私がこの世界を支配するものとなる第一歩を……」

 

「何を言ってやがる!?」

 

 

 そんな二人など気にせず、自分の言いたいことをペラペラとしゃべるナッシュ。

この計画を成功させ、魔法世界を自分の支配下に置こうとしている。

 

 だが、カズヤはそんなくそったれな計画なんぞ知ったことじゃない。

喧嘩を売られた、だから買った。それだけだ。

 

 

「ハハハハハハハハッ!!」

 

「…………」

 

 

 と、ナッシュが自分の計画を宣言した直後、彼の部下が頭上に現れた。

笑いながら特典(アルター)のグレートピンチクラッシャーの肩に乗る男と、漆黒の甲冑を身に着けた男だ。

 

 

「こいつらもか!」

 

「そっちがやる気だってんなら、やってやるよ!」

 

 

 カズヤと法はこの状況に危機を感じながらも、殴りこんできたんなら殴り返すとばかりに自分たちも飛空艇以外の周囲の物質をアルター化させ、自分の特典(アルター)を作り出すのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 墓守り人の宮殿、その最上部へとネギ、小太郎、アスナの三人は急いでいた。

彼らはネギの杖へとまたがり、上へ上へと加速する。

 

 途中、完全なる世界の一員となった転生者たちが襲い掛かってきたが、それらは全部蹴散らされた。

どうやら強敵となる存在は多くないようだった。

 

 

「誰がグランドマスターキーを持っているのだろう」

 

「流石にそれは探すしかないわね」

 

 

 ネギは最上部へと向かう目的、グランドマスターキーの存在を気にしていた。

下部の広間では仲間たちが戦っている。そこにはグランドマスターキーはなかった。

 

 エヴァンジェリンの見立てでは最上部で誰かが握っているというが、それが誰なのかはわからない。

 

 ネギがそれをつぶやくと、アスナもわからないとし、探す必要があると述べる。

 

 

「考えてもしょーがあらへんやろ! 見つけ次第ぶっ飛ばすしかあらへんで!」

 

「……そうだね」

 

 

 その言葉に小太郎も、だったら敵は全員蹴散らせばいいと豪語し、ネギも確かにと考えたようだ。

 

 

「ここが最上部……」

 

「先ほどまで邪魔してきおった連中が、ここにゃ誰もおらへんな」

 

「不気味ね……」

 

 

 そして、ようやく墓守り人の宮殿の最上部、その外縁の外へと出たネギたちは、あたりを見渡した。

 

 そこは静かであった。

先ほどまでは敵が襲ってきていたが、この場には誰一人としていなかった。

小太郎はそのことを気にし、アスナも敵が誰もない状況に戸惑いを感じたのである。

 

 

「っ!」

 

 

 だが、突如として一人の男が現れ、アスナを強襲したのだ。

その男、金色の縦にロールになった髪形をした男だった。

 

 男は懐から銃を引き抜くと、そのままアスナへと向けて引き金を引いた。

アスナはそれに気が付くと、とっさにアーティファクトであるハマノツルギで防御、なんとか攻撃を防ぐことに成功した。

 

 

「アスナさん!?」

 

「誰!?」

 

 

 その銃撃の音に気が付いたネギは、アスナのほうを向いて心配そうな声で叫ぶ。

呼ばれたアスナはネギの声など気にせず、急に出現した男の方を警戒し、ハマノツルギをしっかりと握りなおす。

 

 

「……」

 

「一体どこから……!?」

 

 

 男はアスナから多少離れた場所で動きを止めると、じっとアスナを眺めていた。

 

 アスナはこの男がどうやってこの場に出現したのかを、考察しながらそれを声に出す。

 

 そう、何せ何もない、誰もいないこの場所から、突如として出現するのは難しい。

水や影の転移(ゲート)であるならば、水や影が必要だ。

それがどちらもない場所からの急な出現は、その手順を完全に否定させた。

 

 であれば、ほかの方法が必要になるだろうが、それが理解しがたいものだということになる。

故に、アスナは何が起こったのかが理解できず、困惑した表情を見せていたのだ。

 

 

「……考えててもしょうがなさそうね」

 

 

 とはいえ、何もしないというわけにはいかない。

敵が現れたのならば、戦わざるを得ない。アスナは意を決して男へと一瞬で近づき、ハマノツルギを振り下ろす。

 

 

「”いともたやすく行われるえげつない行為(Dirty deeds done dirt cheap)”」

 

「っ! 見えない何かにガードされた!?」

 

 

 しかし、しかししかし、どうなっているのかわからないが、ハマノツルギは男の顔面の目の前で何か見えないものに阻まれた。

 

 そして、男はこう叫んだ。

いともたやすく行われるえげつない行為(Dirty deeds done dirt cheap)

 

 状助が聞いたのならば、一瞬でその正体を理解しただろう。

それこそジョジョの奇妙な冒険、第7部、SBRで出てきたスタンドの名前なのだから。

 

 

「何っ!? 布切れ!?」

 

「ドジャ~~~~ンッ!!」

 

「なっ!?」

 

 

 すると、ハンカチがアスナの頭上に投げられた。

アスナは何かある、と警戒したその時、ハンカチが何かにつかまれたように、アスナへと急に加速して頭に接触。

 

 その瞬間、ネギはあり得ないものを見た。

男が奇妙な声を上げたと同時に、アスナがハンカチと石畳の間に消えてしまったのだ。

 

 さらに、男もハンカチをかぶれば、そのまま同じように消えていったではないか。

 

 

「アスナさん!? アスナさーん!!!」

 

「消えおった!?」

 

 

 ネギと小太郎は大いに焦った。

あのアスナが急に消えたからだ。

 

 

「一体何が起こっている……!?」

 

「わからへんが……、かなりヤバイ状況っちゅーことは間違いあらへんで!!」

 

 

 さらに、突然の出来事で何がどうしてそうなったのかがわからなかったからだ。

小太郎もその”何か”がわからなかったが、直感的にかなり危機的な状況となったことを察した。

 

 

「っ!!?」

 

「魔法……!? 誰や……!?」

 

 

 そんな時、()()()がネギたちを襲った。

ネギと小太郎はとっさに回避し、二人はその魔法を放った方へと向き直る。

 

 

「君たちか」

 

「あっ……あなたは!?」

 

 

 するとそこにいたのは、白髪で青い簡素な服を着た少年、『フェイト』だった。

 

 ネギはたまらず吃驚して声をかけた。

何故彼がこの場所に? 何故彼が自分たちに攻撃を? わからないことだらけだったからだ。

 

 

「あなた……? 君にそんな呼ばれ方をする覚えはない」

 

「どうなっとるんや!? アイツはまだ下の方で……」

 

 

 しかし、『フェイト』はネギのフレンドリーな態度に怪訝な表情を見せ、さらに強くにらみつける。

 

 小太郎はそんな『フェイト』を見て、何故この場所にいるのかと考えた。

何故なら、”フェイト”は今まさに、下層にて竜の騎士と戦っているはずだからだ。

 

 

「消えてもらうよ」

 

「なっ!?」

 

 

 そう考えていると、『フェイト』は即座に攻撃をしてくるではないか。

ネギは接近してくる『フェイト』を見て驚きながら、即座に防御の姿勢を取る。

 

 

「一体どうしたんですか!?」

 

「君こそどうしたんだい? 『魔法世界を救う術を見つけた』のではなかったのか?」

 

「それはどういう……」

 

 

 ネギは『フェイト』の近接攻撃を必死で防御しいなしながら、いったいどういう訳なのかと叫ぶように質問する。

 

 その問いに『フェイト』は、むしろさらに怒りを見せるかのようにして、問いに対して吐き散らすかのように答える。

 

 なんと『フェイト』が言うにはネギが”この世界を救うための方法を見つけた”らしいではないか。

が、ネギ自身にそんなことを思いついた記憶はない。何がなんだかわからず、謎が深まるばかりだった。

 

 

「でまかせだったと今更言うつもりか? ……やはり失望しかないね」

 

「くっ!」

 

 

 『フェイト』はそのネギの困惑した表情を見て、勝手に失望し始めさらに攻撃を加速させる。

その攻撃をなんとか防ぎながらも、『フェイト』の真意を読み取ろうと表情をうかがう。

 

 

「訳がわからへんが戦わんとやられるだけやぞ!」

 

「でも!」

 

「でもやないで!」

 

 

 ネギが『フェイト』の猛攻に耐えかねて距離を取ったところで、小太郎が戦うべきだと大きく叫んだ。

 

 されど、ネギは『フェイト』が味方であることを考えて迷った様子を見せる。

そこへ小太郎は、さらに声を荒げて言葉を続けた。

 

 

「洗脳か、何かかはわからへんがここは戦う場面や!」

 

「……そうだね」

 

 

 小太郎とてこの状況が理解できないのは同じだ。

だが、このままではこちらがやられる。何が何だかわからないがとにかく、攻撃してくる『フェイト』を倒すしかない。

 

 なぜなら、自分たちは魔法世界消滅を阻止するためにやってきたのだから。

このまま何もせずに負けるなんて許されないのだから。

 

 故に、ネギも小太郎の発破でやる気を出した。

わからないが今は戦う場面だ。目の前のフェイトを倒さねばならぬのだ。

 

 そう考えたネギは、フェイトから距離を取り小太郎の横へと並び立つ。

 

 

「やろう! コタローくん!!」

 

「おう!!!」

 

 

 そして、ネギは術具融合、完成された最果ての光壁を杖を媒介に作り出し、戦闘準備を完了させながら小太郎へと強気の合図を送る。

 

 小太郎もネギの言葉に、『フェイト』を睨みながら元気よく応じた。

 

 

「なんだい? 顔を見るや戦う気になると思ってたんだが、今更かい?」

 

 

 そんな二人を『フェイト』は涼しい顔で、しかし内面を怒りに満たしながら挑発的な言葉を述べる。

 

 それ以外にも、ネギが謎の武装をしているのが、少し引っかかった。

が、新しい魔法か何かだと思考し、どうでもよいかと投げ捨てた。

 

 

「しかも彼と二人がかりとは、どういう風の吹き回しか」

 

 

 また、ネギが小太郎とタッグを組んで挑んでくるというのに、『フェイト』は妙な気分を感じたのである。

 

 

「やっぱなんか変やないか、アイツ」

 

「うん、何かある」

 

 

 今の『フェイト』の言葉に、やはりおかしいと小太郎は感じた。

ネギも同じ考えだったため、小太郎の言葉に目の前の『フェイト』には謎めいたものが存在していると確信した。

 

 

「来ないのならこちらから行くよ」

 

 

 作戦を練っている様子の二人が未だ動かないのを見た『フェイト』は、やはり先手は自分が打つかと考え、再び動き出したのだ。

ネギと小太郎は迫りくる『フェイト』を睨みながら、迎え撃つ構えで応戦したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、真名とビリーは墓守り人の宮殿の底を抜け、外の空中で白熱した戦闘を繰り広げていた。

 

 

「……魔弾の射手ってのは依頼を全てこなしてきた奴の過信だ」

 

 

 ビリーは真名に対して、ぽつりと自分が感じた評価をこぼす。

 

 

「お前のことだよ相棒」

 

「それはどうも、と言っておこうか」

 

 

 そう、その称号こそお前にふさわしいと、そう言わんばかりに。

 

 真名はビリーの冗談めいた今の台詞に対して、特に気にした様子もなく、皮肉めいた感謝を述べる。

 

 

「ここから旧世界(地球)が見えるか? 旧世界(地球)彼ら(魔法世界)に何をくれた?」

 

 

 ビリーは真名の言葉を無視し、さらに自分の言葉を続ける。

魔法世界(ここ)が火星であることを、ビリーは理解していた。故の問いだった。

 

 それこそ過去旧世界(地球)魔法世界(火星)に何をしてきたか、というものだ。

民族同士の紛争、差別、その他もろもろ。すべて旧世界の人々が持ち込み、やらかしたことばかりだ。

 

 

「全てを終わらせる。そのための”完全なる世界(救済)”だ」

 

「だからと言って、消し去っていいと言えるほど、小さいものではないだろう?」

 

 

 だからこそ、それをすべて救うために”完全なる世界”が必要なのだとビリーは語る。

救うためにこの世界を消し去るのだと。

 

 されど、真名はその言葉に再び問いを出す。

この世界はもはや生きているものだ。それを今さら消してしまってよいものではないはずだと。

 

 

「大きいからこそ、そうせざるを得ない」

 

 

 だが、ビリーは故の行動だと言い出した。

そうだ、大きすぎるがためにすべてを救い出すことなどかなわない。

であれば、すべてを救うためにそうせざるを得ないのだと。

 

 そんなやり取りをしながらも、二人は幾度となく衝突する。

真名がライフルで放った弾丸が空中で炸裂して黒い渦となる。

 

 それをたやすく避けながら、気の塊を拳で放出して反撃をするビリー。

だが、真名もそれを回避し、何度もビリーへと狙いを定めて引き金を引くのだ。

 

 

「この世界でさえ、争いが起こり不幸が蔓延している」

 

 

 魔法で作り出されたこの世界すらも、あちこちで紛争が絶えない。

 

 最初に何を考えて、どういう意図でこの魔法世界を造物主(ライフメイカー)が作り出したかは定かではない。

 

 ただ、もはや止められぬ流れになってしまっているのならば、止めるために消すしかないとビリーも思ったのである。

 

 

「だからこそ、消えてしまったほうがよい」

 

 

 故に、その決意に濁りはない。

ひたすらにこの世界の”救済”を願っての行為であると。

 

 

「傲慢だな」

 

「そうだな、俺は傲慢だ」

 

 

 だが、それを一言でいえば傲慢だ、と真名は言う。

まさに神にでもなったつもりだというのだろうか。

 

 されど、ビリーもそれは理解している。

自分の考えがどれだけ傲慢であるかを。

 

 

「理解していてなお、やり遂げると言うわけか」

 

「それしか方法がないからだ」

 

 

 それでも、そこまで苦悩してでもやるというのか、と真名はビリーへと問う。

ビリーはそれに対して、それしかない、と表情を少し歪ませて答えた。

 

 

「争いのない世界にする方法が、か?」

 

「そうだ」

 

 

 何がそれしかないのか、それは争いをなくすことだろう。

真名が再びそれを聞けば、ビリーは即座に一言で返す。

 

 

「俺もお前もこうして争っている。それはどうしようもないことだ」

 

「ああ、どうしようもないな」

 

 

 人と争いは切り離すことのできないものだ。

人と他人では考えが違うから、その摩擦で争いがおこるから。

 

 だからこそ、こうして一度は志を同じくした従者同士、戦っているのだからどうしようもないものだ。

ビリーはそれを苦笑しながら述べれば、真名も同じく苦笑して吐き捨てる。

 

 

「だからこそ、全てのものが争いをせず、幸福となるためには完全なる世界が必要だ」

 

「なるほどな」

 

 

 そうまでしても争いが起こるのだから、それを全てなくして幸福だけが存在する”完全なる世界”へ倒錯するのは必然だった。

真名もビリーの言葉に、多少納得がいったという様子を見せる。

 

 

「だが、それは間違っていると私は思うがね」

 

「何?」

 

 

 されど、それでも、真名はそれはやはりおかしいと、ビリーの目を睨みながら言葉にする。

ビリーは真名が今ので納得したと思ったが、そうでなかったことに多少驚きを感じたようだ。

 

 

「確かに一番楽な方法なんだろう。だが、そのやり方では滅びとなんら変わらない」

 

 

 たとえそれが救済となろうとも、楽な消滅などという方法に流されるだけならば、それはもはや滅亡だ。

 

 

「無くして終わりでは、何のために存在したのかわからなくなるだろう?」

 

「だが、争いは終わる」

 

 

 不幸になったからって消し去るのであれば、それらが存在した意味は果たしてあったことになるのだろうか?

そう真名が質問すると、ビリーは苦虫を噛んだような顔でそう答える。

 

 

「争いも、だろう? この世界の全て、不幸も小さな幸福も、生きてきた証さえも終わってしまうじゃないか」

 

「……相棒がそんなことを言うとはな」

 

 

 そのビリーの答えに真名は、それではやはり意味が証明できないと述べる。

彼らは魔法でできているが、それでも生きている。感情があり、生活している。

それを簡単に消し去ってしまうのならば、彼らが生きてきたことさえも無価値にしてしまうではないか。

 

 真名のその言葉に、ビリーは思うことがあったのか数秒間黙っていた。

そして、その後返す言葉が思いつかなかったのか、らしくないと言い放つ。

 

 

「らしくない、と言われればそうだな」

 

「ああ、らしくない」

 

 

 そう言われた真名は、ふっと笑いながら確かにとごちる。

ビリーはそれを復唱し、同じように小さく笑った。

 

 

「だったら、傲慢な俺を止めてみろ。もう一度正面から来い!」

 

 

 ならば、そう言うのであれば、自分の野望を止めて見せろ。

ビリーはそう言葉にすると、先ほど以上の気を放出させてさらにスピードを増していく。

 

 

「来いよ相棒ッ! 撃ってこいッ!」

 

「……言われるまでもない!」

 

 

 自分を倒して止めるならば、本気で撃て。

ビリーはそう言い放った。何故なら、お互い未だに本当の全力ではなかったから。

やはり昔のよしみともあり、どこかで無意識のうちにセーブしてしまっていたのだろう。

 

 だが、それはもう終わりだ。

ここからが本番だ。互いに死力を尽くし、どちらかが敗北するまで衝突するのみだ。

 

 ビリーの言葉に真名も、さらなる魔力を放出してライフルを構える。

そして、二人は苛烈極まる一騎打ちを、さらに加速させるのであった。

 

 

 

…… …… ……

 

 

 また、カギも未だに黄金の鎧の男との戦いを続けていた。

 

 

「このクソヤロー!!」

 

「所詮は雑種よなあ、口汚い罵倒しか叫べぬか」

 

 

 カギは黄金の男へと槍を振り払うが、黄金の男はそれを後ろへ一歩下がって回避して見せる。

 

 それに対してカギはイライラした様子で黄金の男へと罵倒を浴びせるが、黄金の男はいたって余裕の表情だ。

 

 

「ふざけた野郎だぜ……! 英雄王の真似事かよ!!」

 

「はっ! だったらどうだと言うのだ?」

 

 

 しかし、カギが最もイライラしている部分、それは黄金の男の態度であった。

何せ黄金の男の言動は、まさに特典の元であろう英雄王(ギルガメッシュ)そのものだったからだ。

 

 そのことをカギは黄金の男に言い放てば、黄金の男はこともあろうに悪びれた様子もなく、その通りだとはっきり断言したのである。

 

 

「マジかよ!? 嘘だろ!? 超痛えぇぇー! 自分にも大ダメージ!!」

 

 

 まさか、まさかの発言。

カギは黄金の男の言葉にかなりショックを受けた。

全身くまなく千の雷を千発ぐらい受けたかのような、強烈な衝撃だった。

 

 いや、まさか本当にあの英雄王のエミュしてるとは、カギも夢にも思わなかったのだ。

そして、それは自分も昔ちょっとやったことを思い出し、体の急所に雷の槍が串刺しになるぐらいのダメージを精神的に受けていた。

 

 

「所詮雑種の考えよ。(オレ)は英雄王の力をもらったのだぞ? であればもはや英雄王と一寸たりとも違わぬと思わんか?」

 

「はあ―――!? 痛すぎんだろ!? イカレてんのかこいつはあぁー!?」

 

 

 だが、黄金の男はそれに続いて堂々と、言い訳めいたことを言い出した。

否、本人は心の奥底からそう思っているので、言い訳ではなく宣言なのだ。

 

 そう、黄金の男は英雄王の能力を得て転生したのであれば、それはすなわち自分が英雄王になったのだと本気で信じていたのである。

 

 カギはその言葉に意味が分からんという様子で叫び、完全に狂ってると驚きながらもあきれ果てた。

 

 

「なんとでもほざくがよい! 所詮雑種は負け犬なのだからな!!」

 

「ちぃ! 痛い癖にクソみてぇに戦いなれてやがんよこいつ!!」

 

 

 そんなカギの前に、それでも堂々とした態度の黄金の男は、そんなことなどどうでもよいと握っていた剣を振りおろす。

 

 カギも黄金の男の心境がイカれたものだと思いながら、その攻撃を握っていた槍で防ぎつつも、黄金の男の剣の強さに悪態をつく。

 

 

「フハハハハハッ!! 先ほどの威勢はどこへやった? 雑種よぉ!!」

 

「ちっ! ちくしょー! ふざけやがってーっ!!」

 

 

 さらに黄金の男は剣を何度も何度もカギへと振り払い、その速度を加速させていく。

とてつもない黄金の男の猛攻に、カギは槍で剣を防御やいなすだけで、攻撃へ転じることができずにいた。

 

 

(しかし、目の前の英雄王もどきはクソヤローだがかなり強えぇ……)

 

 

 はっきり言いたくないが、この黄金の男はなんだかんだ言って強い。

流石は英雄王となったと自称するだけあるものだ。カギは黄金の男の剣舞を防ぎながらそう考える。

 

 

(こっちは実戦経験あんま積んでねぇけど、あっちはかなり積んでる感じだ……)

 

 

 それに黄金の男は、かなり戦いなれているというのも感じた。

ただこの場所で踏ん反りがえっていた訳ではないことを、今の攻防で嫌でも実感させられた。

 

 さらに、カギ自身はあまり戦いなれているという訳ではない。

修行で何度も模擬戦やらはやってきたが、こういった実戦の経験があまりなかった。

 

 

(だけど、こっちゃ我武者羅に修行してきたんだ! 負けるわけにはいかねぇよなぁ!)

 

 

 とは考えるものの、カギとてただ何もせずぐーたら生きてきた訳ではない。

エヴァンジェリンに苦行程の修行を、何度も何度も受けてきたのだ。

 

 その修行は無駄ではない。今この時点でかなり生きている。

ならば、その修行をしてきた日々を信じ、目の前の黄金の男にその全てをたたきつけるのみだ。

 

 

「行くぜクソヤロー!」

 

「はっ、勢いだけの愚者程度に何ができる?」

 

 

 目の前のいけ好かないすました顔の黄金の男を、ぶちのめすには何をすればいいのか。

答えは簡単だ。前進あるのみ。攻撃あるのみだ。

 

 カギはそう考えた瞬間、石畳の床を蹴り全身を魔力強化し、魔法の戦いの旋律でさらに上乗せし、即座に黄金の男の前へと飛び出して握った槍を突き出す。

 

 だが、その程度の攻撃など黄金の男には届かない。

黄金の男は握っていた剣でカギの槍をはじき、その場から数メートルほど後退し、カギを煽る。

 

 

「こうすんだよ!」

 

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)での乱射か。芸のない」

 

 

 黄金の男に距離を取られたのを、むしろ好都合と言う様子で笑ったカギは、次の瞬間背後の空間から、大量の武器を呼び寄せた。

それこそ王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)。カギが転生の神から得た宝具(とくてん)

 

 その内部に保管された無数の宝具である武器を、黄金の男めがけて発射したのだ。

 

 が、黄金の男はその程度のことなど予想済みだ。

黄金の男がそれをしないのは、当然防がれるからだ。大切な宝具を無駄弾にするのがもったいなかったからだ。

 

 なんとまあワンパターンな行動なんだと黄金の男はカギを見下し馬鹿にしながら、握った剣に力を入れて迫りくる宝具をはじき、または回避して見せた。

 

 

「あたらんなぁ!」

 

「別にいいんだよ!」

 

 

 本当に取るに足らないつまらん攻撃だと、黄金の男は考える。

所詮は愚物、雑種のやることだとカギを内心こき下ろしながら、カギの今の攻撃を全部回避して見せた。

 

 しかし、カギは黄金の男がそれを全部避けることなど想定内だ。

当たったらラッキー程度の攻撃に、そこまで期待などしていなかった。

 

 

「っ! これは!」

 

「テメェの動きを制限できりゃそれで上等だったんだよ!」

 

 

 何故なら、今のカギの攻撃はけん制だからだ。次につなぐための前準備でしかないからだ。

 

 黄金の男はカギの言葉を聞いてふと周囲を見渡せば、自分がカギのばらまいた宝具に囲まれていることに気が付いた。

これでは動きが制限されてしまう。それを察して黄金の男は驚きの顔を見せたのである。

 

 カギもこれでよし、と笑うかのように声を出す。

そして、今の攻撃で取り出した剣の横に、今握っていた槍を地面に突き刺して、攻撃中に詠唱していた魔法を完成させる。

 

 

「んでもって、”雷神槍斧”! ”爆熱陽剣”!」

 

「なに……? それは……?」

 

 

 その魔法、”千の雷”と”奈落の業火”を掌握、さらに千の雷を槍へ、奈落の業火を剣へと融合させる。

これぞ()()()()()エヴァンジェリンが考案した魔法、術具融合。

 

 カギはその名を高らかに宣言すると、ニヤリと笑って黄金の男を見た。

雷の光を輝かせるハルバードの形となった術具融合、雷神槍斧を右手に取り。

灼熱の炎が揺らめくバスターソードの形となった術具融合、爆熱陽剣を左手に取る。

 

 黄金の男はそれらを見て、なんだそれはとおののく。

この魔法は”原作”にはない魔法だ。いや、”魔装兵具”などと言った似たようなものならあるが、それ自体は存在しない。

故に、黄金の男は理解できずに驚くのだ。その魔法は一体なんなのかと。

 

 

「オラオラオラオラァァァッッ!!」

 

「ぐうっ!? 雑種風情がぁ!」

 

 

 されど、カギはそんな問いに律義に答えてるような男ではない。

黄金の男の口が閉じる前に、カギは即座に攻撃へと転じ、すでに黄金の男と肉薄していたのだ。

 

 黄金の男は握っていた剣でカギの攻撃を受け止めるが、先ほど以上のパワーに圧倒され、たまらず苦悶の声を漏らす。

 

 

「宝具の性能は同等、ならばこっちがブーストして性能あげりゃ有利になるってもんよ!」

 

「ナメるな雑種!!」

 

 

 黄金の男と自分の宝具は同じもの、とカギは結論づけた。

また、同じもの同士がぶつかってもイーブンになるのは当然だ。

それを上回ることが可能なのは、技術面で上回ること。

 

 ただ、それは簡単ではない。黄金の男もかなりの腕っぷしだ。

ならば、別の方法で上回ればよい。

 

 その方法こそが、宝具への術具融合。

これによって宝具を自身の魔力で強化され、黄金の男の宝具を上回ることができたのだ。

 

 カギは武器性能を相手より上回らせることにより、黄金の男に対して有利をとった。

黄金の男はカギの調子こいた声での説明に、いら立ちを覚えて剣を幾度となく振るうも、カギの”爆熱陽剣”に防がれてはじかれる。

 

 

「ぐっ!?」

 

「ばらまかれた宝具のせいで動きづれぇだろ?」

 

 

 さらに黄金の男は後ろへと後退りすれば、その背後にはカギがばらまいた宝具の剣が地面に突き刺さっているではないか。

 

 これによって黄金の男はそれ以上下がれず、カギの鋭利な突きをかわし切れず、剣で防御しなくてはならなくなった。

 

 

「調子に……、のるなぁ!」

 

「っ!」

 

「くたばれ雑種ッ!」

 

 

 されど黄金の男とてやられっぱなしと言う訳ではない。

黄金の男にもプライドはある。このままいいようにやられて敗北など許せるはずがないのだ。

 

 カギが爆熱陽剣を大きく振りかぶったその瞬間に、黄金の男は反撃とばかりに剣をカギの心臓めがけて突く。

 

 その攻撃をカギは横へとそれてかわした時、黄金の男は一瞬でカギから距離を取り、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を開放したのだ。

 

 

「”天雷螺旋剣”!」

 

「なっ!?」

 

 

 だが、カギはそこで右手の槍を捨てると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を傍に刺さっていた螺旋剣へと即座に融合し、術具融合を完成させる。

そして、その名を述べながら右手にそれを握り締めれば、黄金の男が射出した無数の宝具をはじき返して吹きとばしたのだ。

 

 その光景を見た黄金の男は、たまらず声を出して驚愕の表情を見せる。

 

 

「”雷風螺旋撃”っ!!」

 

「ぐうおおお!?」

 

 

 さらにカギは、天雷螺旋剣を黄金の男へと突き出し、その技の名を叫べば、たちまち稲妻の竜巻が黄金の男を襲ったのだ。その稲妻の竜巻、まさに荒れ狂う台風のごとき圧倒的回転力。

 

 黄金の男もこのすさまじい嵐の攻撃にはたまらず叫び声をあげ、数十メートル吹き飛ばされて石畳を数回ほど転がった。

 

 

「どうだ! 驚いたか!」

 

「雑種ごときが……、この(オレ)に対してよくも……!!!」

 

 

 カギは今の黄金の男を見て、ガッツポーズをしてドヤ顔で煽る。

 

 それを離れた場所で見上げながら、両手を地面についてゆっくりと立ち上がり、悔しがる黄金の男。

もはや許さん。絶対に許さん。そう脳内で騒ぎ立てながら、怒りに満ちた表情でカギを睨みつける。

 

 

「この場で滅してくれるわッ!!」

 

「やーってみろよぉ!」

 

 

 先ほどまで遊んでいたが、もう茶番は終わりだ。

黄金の男は完全にキレた様子でカギへとまくしたてるが、カギは余裕の態度でさらに煽る。

 

 

天の鎖(エルキドゥ)!!」

 

「なっ!? なにぃ!?」

 

 

 ならばと、黄金の男は右腕をカギへと掲げれば、背後に出現した王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から天の鎖(エルキドゥ)を射出し、カギをその鎖で拘束したのだ。

 

 カギはしまったと思った時にはすでに遅かった。

完全に両手両足を全て鎖に絡まれ、身動き一つとれない状態にされてしまったのである。

 

 

「はっ! これで動けまい!」

 

「ちっ! チクショー! 卑怯だぜ!!!」

 

 

 動きを封じたカギを見ながら、溜飲が下がった様子でせせら笑う黄金の男。

カギも油断していたとばかりに後悔しつつ、この状況がちょっとやばいと思い焦りの声で叫んでいた。

 

 

「では……」

 

「お……、おい待てそれは……!?」

 

 

 そして、黄金の男は前準備は済んだと言う様子で、別のものを王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から取り出した。

それは一つの鍵のようなものだった。それを開放すれば、空間から亀裂が発生し、何かの鍵が解けたのが感じられた。

 

 その後、黄金の男の右腕の傍に王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の空間が現れれば、そこから黄金の柄と燃えるような真っ赤な、筒状の刃を持った妙な剣が出現したではないか。

 

 カギはそれを見てたまらず戦慄した。

何故なら、カギもそれをよく知っているからだ。それが何なのかをよく理解しているからだ。

 

 

「そうだ、これこそが唯一英雄王が持つ最高にして至高の宝具……乖離剣エアよ!」

 

 

 それこそ、かの英雄王だけが保有する唯一無二の宝具、乖離剣(エア)だ。

これを解き放つということは、黄金の男は最大の切り札をこの場で切るということ。

すなわち、本気でカギをこの世から抹消しようと言うのだ。

 

 

(オレ)に不敬を働いたことを後悔しながら消え失せるがよい!」

 

「や、やめろ! やめろーッ!!!」

 

 

 黄金の男は笑いながら、乖離剣(エア)へと魔力を注ぐ。

すると、乖離剣の三つの節に分かれた刃がゆっくりと回転し始める。

 

 カギはそれを見てこれは本当にマズイと焦り始めた。

何せその宝具は”対界宝具”と呼ばれるものに分類される存在だからだ。

 

 それを意味することとは、この魔法世界が崩壊しかねない威力が出るということだ。

 

 カギは自分が死ぬ以上に、それが気になった。

あの乖離剣が放つ最大最高の宝具天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)が解き放たれれば、たちまちこの魔法世界が滅びかねないのではないか、と。

 

 何故なら、この魔法世界はその名の通り、造物主(ライフメイカー)が魔法で生み出した世界だからだ。

そこに”そういった世界”を破壊するほどの威力が出る対界宝具である、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)が放たれればどうなるだろうか。

 

 少なくとも影響は確実に出るだろう。

いや、最悪この世界を破壊し、消滅させる恐れすらあるのだ。

それほどの空間断裂を発生させ、世界そのものを破壊することができるのが天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)

 

 それがカギにとって一番恐れることであり、だからこそ必死にやめろと叫び続ける。

当然、目の前の黄金の男がそれを使うことを、最も警戒していたのだ。

 

 

天地乖離す(エヌマ)……」

 

「やめろォォォォッ!!!」

 

 

 だが、そんなカギの声など無視し、黄金の男は判決を読み上げるかのように、その宝具の真名を開放し始める。

黄金の男は、単純にカギが命乞いをしているようにしか見えないのである。

故に、表情は愉快に嗤っていた。

 

 カギはそれでもやけくそに叫び続けた。

それを使えば魔法世界が滅びるやもしれないからだ。

 

 

開闢の(エリ)……っ! なっ!?」

 

 

 されど、黄金の男は止まらず、ゆっくりと乖離剣を腰深く下げ、今すぐにでも突き出すような動きをとったが。

 

 その時である。

カギを縛っているものと同じ鎖が、突如として黄金の男を囲むように出現し、その四肢へと絡まり縛り上げたのだ。

 

 

「……忘れてんじゃねぇよ、こっちもあんだよ。天の鎖(エルキドゥ)が」

 

「おっ……、おのれぇ……!」

 

 

 それはカギが使った”天の鎖(エルキドゥ)”であった。

当然、黄金の男と似た特典を持つカギも、この宝具を保有していた。

 

 それによって完全に黄金の男の動きは封じられ、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)を未然に防ぐことができた。

 

 黄金の男は顔を真っ赤にしそうなほどの表情で、低い音程の悔しそうな声を出す。

 

 だが、カギとて目の前の黄金の男が、自分も天の鎖(これ)を持っているのは察することができただろうに、と縛られながらも肩をすくめる。

 

 

「オラよ!」

 

「なっ!? 馬鹿な!? 天の鎖(エルキドゥ)の拘束を解いただとぉ!?」

 

 

 そんでもって、カギは体に力を籠め、黄金の男の天の鎖(エルキドゥ)からの束縛を解いたのだ。

 

 黄金の男はそれをそんなことができるわけがないと言う顔で、驚きの声を漏らした。

 

 

「俺は別に”英雄王の能力”をもらった訳じゃねぇから”神性”ってのがねぇのよ。この意味がわかるよなあ?」

 

「……貴様アァッ!!」

 

 

 また、この天の鎖(エルキドゥ)は束縛対象が保有している”神性スキル”の高さに応じて拘束力を上げる。

 

 カギは王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)は貰ったものの、能力自体は自分やネギの父親、ナギの能力を貰った存在だ。

よって、”神性”などはなく、()()()()()()()()()()カギには、ただの鎖にすぎない。

 

 されど、黄金の男は違う。

黄金の男は英雄王ギルガメッシュの能力をそのまま特典として貰った存在。

すなわちギルガメッシュが持つスキルの一つである、”神性”までもを習得していたのだ。

 

 だからこそ、黄金の男は未だに天の鎖(エルキドゥ)から抜け出せずにもがいている状態だ。

心底悔しそうな声をカギへと叫びながら、どうにかしようとしているが、完全に締め上げられてしまっていて動けない。

 

 

「だがまぁ、おかげで乖離剣(エア)による天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)も使えんが……」

 

 

 ただ、カギにもその特典上のデメリットが存在した。

それこそ乖離剣(エア)の真名開放ができないことだ。

 

 英雄王は数多くの宝具を保有していたが、保有するだけで真名開放はできなかった。

つまり、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)とその中身を貰っただけでは、所有者でしかなく担い手ではないがために真名開放ができなかったのである。

 

 カギはその事実に気が付き、ひたすら頭を悩ましたが、まあ数多くの宝具があれば別に問題ないと切り替えたようだ。

 

 

「まっ、別にテメェを今からぶちのめすのに、そんなもんはいらねぇけどなぁ!」

 

「なぁ!?」

 

 

 が、別に目の前の黄金の男を倒すのに、そんなものを使う必要はない。

そうカギが言い放てば、カギの背中から無数の宝具が空間から刃を覗かせた。

 

 黄金の男は身動き取れず、その宝具の群れをただただ驚きの眼で眺め、驚愕の声を漏らすしかできなかった。

 

 

「神を殺す宝具はまだまだあるぜぇッ!! 全部たーんと味わってくれよなぁッ!!」

 

「お……おのれおのれおのれおのれぇぇぇぇッッ!!!」

 

 

 そして、カギは黄金の男へと言葉を投げ、先ほど上げていた右手をそっと下せば、大量の宝具が射出されて黄金の男へと迫ったのだ。

 

 その黄金の男を倒すべく選ばれた宝具の山は、神を殺すための効果を持つものばかりだ。

当然それを、()()()()()()()()黄金の男が受ければひとたまりもないもの。

 

 そんな光景を見せられた黄金の男は、ただただ迫りくる宝具を眺めながら、悔しさと絶望を口から呪詛を吐くように叫ぶ。

 

 

「ガハァァアァァァッ……」

 

「ざまーみやがれ英雄王もどき様っ!」

 

 

 カギが放った宝具は、黄金の男の急所を避けて突き刺さる。

両手両足、肩やわき腹などに数本もの槍や剣などが突き刺さり、突き刺さった部分からはおびただしい血液が流れ出た。

 

 黄金の男はそれらの苦痛に悶え、血とともにうめき声をあげた後に、意識を手放して力なく体を鎖に預けたのだった。

 

 カギとてこんなやつでも殺す気はなかったらしい。

とはいえ、これだけ串刺しにされれば、出血で死ぬやもしれんのだが。

 

 その後カギは気を失った黄金の男へと勝利の言葉を叫び、使った宝具をパチンと指を鳴らして回収。

 

 天の鎖(エルキドゥ)から解放された黄金の男は、重力の従い石畳に落下して血の池に沈み、前のめりに倒れたまま動く気配すら見せなくなっていた。

 

 

「……さて、ネギたちのサポートに行くかぁ」

 

 

 その黄金の男の状態を確認したカギは、ならばネギたちに助太刀すべきと考え、走り出したのだった。

 

 



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百七十七話 バロンの真意

 

 

 一方、アルスと楓は、造物主の使徒たる(クゥィントゥム)との激戦を繰り広げている真っ最中だ。

されどアルスたちの旗色はよくない。何故ならクゥィントゥムは肉体雷化し、超高速で動き回れるからだ。

 

 

「どうした? その程度か?」

 

「くっ…………流石は造物主の使徒……ってところか……」

 

「これは……、かなりの難敵でござるな……」

 

 

 まるで分身しているかのような速度で動き、強力な魔法を放つクゥィントゥムに、アルスたちは追い詰められていた。

 

 クゥィントゥムはアルスたちから少し離れた前の方でふわりと浮かびながら、彼ら二人を見下ろして余裕の態度を見せる。

 

 アルスはすでにかなりのダメージを負っており、致命傷を受けていないだけマシという状況で、片手を地面につきながらクゥィントゥムを眺める。

それは当然タッグを組んでいる楓も同じであり、膝をついてクゥィントゥムを睨みつけていた。

 

 

「そろそろ終わりにさせてもらおうか。”轟き渡る雷の神槍(グングナール)”」

 

「ナメてもらっちゃこまるぜェ!」

 

 

 クゥィントゥムはもはや彼らにとどめを刺すだけという様子で、ならば最後にしようと”轟き渡る雷の神槍(グングナール)”を作り出して握りしめる。

 

 轟き渡る雷の神槍(グングナール)は雷の魔法で作り出されたかなり長くスマートな形の槍だ。

”魔装兵具”と呼ばれる魔法の一種で、雷系最大の突貫力を有している。

 

 しかし、アルスの目はいまだ諦めてはいない。

ここで諦めるのならば、最初から行動などしていないからだ。

 

 

「行くでござるよ! ”影分身”!!」

 

「ああ! 行くぜ!」

 

 

 だからこそ、この危機的状況でさえも立ち向かう。それは楓とて同じだ。

楓はすぐさま自分と同じほどの気配を持つ影分身を16体ほど作り出し、それとともにクゥィントゥムへと距離を詰める。

 

 アルスもすでに行動を起こし、魔力強化を再び行いクゥィントゥムへと挑む。

そこでアルスは炎属性の魔法の射手を301発ほど即座に作り出し、クゥィントゥムへと発射。

 

 

「魔法の射手? この程度では」

 

 

 されど、クゥィントゥムはそれをたやすく回避し、そのすべては空を切る。

 

 

「……!?」

 

「はっ! かかりやがったな!」

 

 

 だが、そこでクゥィントゥムはふと違和感に気が付いた。

それはアルスの横で影分身していた楓の姿が見当たらなかったのだ。

 

 アルスは今の魔法は所詮ただのけん制だという様子で、ニヤリと笑っていた。

 

 

「”楓忍法! 朧十字”!!」

 

 

 その瞬間、楓は己の分身とともに刀と剣を使い、クゥィントゥムをその多重障壁ごと切り裂く。

 

 

「でもって! ”スターランサー”!! 全部くれてやるゼェ!!」

 

 

 その隙にアルスも即座に術具融合スターランサーの6機の槍を分離させ、クゥィントゥムへと射出。

 

 

「がっ!?」

 

 

 しかし、しかししかし。

その程度では造物主の使徒たるクゥィントゥムを倒すことなどかなわない。

 

 クゥィントゥムにスターランサーが触れる瞬間、クゥィントゥムが消え去り、気が付けばアルスを複数のクゥィントゥムが袋叩きにしていたのだ。

 

 さらにそのまま楓をも攻撃、蹴りや拳が何発も同時に楓へと突き刺さる。

 

 また、クゥィントゥムが影分身しているように見えるが、実際はそうではない。

クゥィントゥムは分身したのではなく、超高速で動き複数に見えているだけなのだ。

これこそ肉体雷化の恩恵。雷と同速で動くことができる強み。

 

 

「なかなかだったが、そろそろ終わりにしようか」

 

 

 そして再びアルスと楓は石畳の床へ転がされ、余裕の態度でふわりと浮かぶクゥィントゥムを見上げる形となってしまった。

 

 クゥィントゥムは当然、先ほどと同じように余裕の表情のまま、再度この戦いを終わらせようとつぶやく。

 

 

「恐るべき強さでござる……」

 

「クソ! 足りねぇって言うのか!!?」

 

 

 楓は膝をついてクゥィントゥムの強さに戦慄し、冷や汗を額に流す。

話には聞いていたが、まさかこれほどの強さだったとは、と。

 

 アルスも転生者としてチートを貰ったはずなのだが、これほどの差があることに悔しさを覚えたのである。

 

 

「では、さようなら」

 

「そうはいかぬでござる……! ”影分身”!!!」

 

「無駄なことを……」

 

 

 そして、クゥィントゥムは握っていた轟き渡る神の雷槍(グングナール)を投擲する構えを取りながら、別れの言葉を述べ始めた。

 

 が、このまま終わってなるものかと、楓は傷ついた体を動かして再び16体の分身を作り出す。

 

 それを見たクゥィントゥムは無表情で無感情のまま、無駄だと一言で切り捨てた。

 

 

「無駄かどうかは、やってみなくちゃわからんぜ? ”スターランサー”!!」

 

「もう一度”朧十字”!!」

 

「何度やっても無駄だ……!」

 

 

 また、アルスも無駄と言われ、そうかな? と反論を述べながら再びスターランサーを作り上げる。

 

 そこへ楓が微動だにしないクゥィントゥムへと、再度朧十字を放った。

 

 されど、クゥィントゥムが動かないのは”今すぐ”動く必要がないからだ。

だからもう一度無駄だと言い放つと、朧十字が命中する直前に姿を消し、楓の背後へと回ったのである。

 

 

「ぐうっ!?」

 

「何度やっても無意味、この程度だ」

 

 

 さらにクゥィントゥムは楓へとグングナールを投擲し、楓はそれを背中からもろに食らい、そのまま石畳へと転がった。

楓の攻撃が完全に不発に終わったことにクゥィントゥムは、どの道無駄だと吐き捨てる。

 

 

「はっ! 余裕だな?」

 

「当然……、っ!? なっ!?」

 

 

 楓がやられたと言うのにも関わらず、アルスは冷静にクゥィントゥムへ挑発を言葉にする。

クゥィントゥムはそう言われるも、それが当たり前だと言う様子で冷徹にアルスを横目で見た、その時――――。

 

 

「……ちーっとばっかし、甘かったな」

 

「ぐっ!? これは……!?」

 

 

 アルスの手元にはすでにスターランサーが消えており、クゥィントゥムを囲うように六つの槍が降ってきたのだ。

そして、アルスは無詠唱でさっと強烈な結界を形成すれば、クゥィントゥムはそれに縛られ苦痛の声をあげるのであった。

 

 

「対竜種用結界ってやつだぜ。流石の造物主の使徒でもこいつはきついだろ?」

 

「ぐぐぐっ……!」

 

 

 その結界はトリスにも用いた強力な対竜種用の結界であり、クゥィントゥムとて簡単には抜け出せるものではない。

 

 アルスが自慢げにそう言えば、クゥィントゥムは悔しそうな表情で必死に結界を解こうともがいていた。

 

 

「そんでもってこいつが今回の切り札、”スタースティンガー”」

 

「な・に……?」

 

「どんな障壁であろうが貫通させる土属性魔法の短剣、()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 

 そこへアルスはさらに無詠唱で、一本の銀色に輝くナイフを作り出した。

その名も”スタースティンガー”。それもスターランサー同様、術具融合にて編み出された魔法だ。

 

 それを見たクゥィントゥムは、それで一体どうするつもりだと考える。

そんなクゥィントゥムへと、アルスは生徒に教える教師のように、その魔法の力を説明したのである。

 

 ――――スタースティンガー、その能力は障壁を貫通する土属性の術具融合。

いか造物主の使徒がデフォルトで使用している多重障壁でさえも、貫く能力を付与した障壁突破特化の術具融合だ。

 

 

「それをこうする!」

 

「まさかそれを!?」

 

「想像にお任せするぜ! オラッ!!」

 

 

 スタースティンガーを宙へと浮かせ、射撃体勢へと移ったアルスは、しっかりとクゥィントゥムの心臓部へと狙いを定める。

 

 クゥィントゥムはアルスが何をしようとしているのかを察し、まさかとつぶやく。

 

 アルスはクゥィントゥムが、自分が辿る末路を察したことを感じて一言述べれば、スタースティンガーを発射したのだ。

 

 

「――――っ!? ぐうあっ!?」

 

 

 だが、スタースティンガーを発射した瞬間、アルスの結界がガラス細工のように粉々に砕け散った。

さらにアルスは強烈な衝撃を腹部に感じ、数メートル吹き飛ばされたのである。

 

 

「ハァ…ハァ……、甘かったね……」

 

「抜け出したってのかよ……、自慢の結界だったってのになあ……」

 

 

 その衝撃を受けた場所を前のめりで倒れたアルスが見あげれば、若干苦しそうにするクゥィントゥムが立っていた。

 

 それはつまりクゥィントゥムが無理やり結界を破壊し、脱出したということだ。

さらにスタースティンガーが命中せず、明後日の方向へ飛んで行ったことにもなるということだったのだ。

 

 アルスは今の一撃で強烈な電撃も貰ってしまったためか、体がしびれて動けなくなっていた。

そして、自分のご自慢の魔法が通じなかったことに、もはや諦めたかのような態度を見せ始めたではないか。

 

 

「これでそちらは後がなくなった。これで終わりだッ!」

 

「アルス殿!?」

 

 

 クゥィントゥムもアルスの奥の手がなくなったのを察し、とどめとばかりに雷化した体で瞬時にアルスへと距離を詰める。

 

 倒れて動けない楓は、ただただその光景を見ながらアルスの名を叫ぶだけで精いっぱいであった。

 

 

「はは……、俺ごときじゃあこの程度ってか……?」

 

 

 また、アルスも虚ろな目で迫るクゥィントゥムを見ながら、自分じゃこれが精いっぱいだと声を出す。

所詮は無詠唱と魔力コントロール程度のチート。暴力には抗えなかったか、と。

 

 

「――――なぁんてな」

 

「ぐっ!? がっ!?」

 

 

 ――――が、それは罠だった。

アルスは諦めて負けたふりをしていたに過ぎない。

 

 目の前に現れとどめを刺さんとするクゥィントゥムへと、アルスがニヤリと笑ってそう言う。

すると、何が起こったのだろうか。クゥィントゥムが胸を押さえて急に苦しみだしたのだ。

 

 

「こ……これは……!? 馬鹿な……!?!?」

 

 

 クゥィントゥムは自分の背中へと手をまわし、首を曲げて視線をそちらに向ければ、一本の短剣が背中へ深々と突き刺さっていたのである。

 

 その短剣こそ、先ほど回避されて虚空へと消えたはずの、アルスが編み出した魔法”スタースティンガー”だったのだ。

 

 

「流石に結界を突破されたのにゃヒヤヒヤしたが、ちゃんと二手目も用意してあるんだなこれが」

 

 

 アルスとてあの結界が破られたのには戦々恐々したものだ。

されど、破られる可能性をも考慮し、すでに別の手が用意されていた。

それこそ、今クゥィントゥムの背中に突き刺さったスタースティンガーだ。

 

 最初に()()()()()()()()()()()()()()()()()のも、この一手のための布石。

 

 スターランサーは六つに分裂する雷の槍。

この短剣も複数あるのではないかと、思われてしまう可能性があった。

 

 故に、あえて一本だけ作り出して説明することでクゥィントゥムに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なので、こっそり二本目を用意して、クゥィントゥムが来る場所を予測。

その死角へと回し、さらに幻覚魔法で隠蔽して、ここぞという場面で打ち込んだのである。

 

 

「ぐおおおおぉぉぉぉ……」

 

(コア)がぶっ壊れちまえば、()()もうどうすることもできねぇだろ」

 

 

 そして、スタースティンガーは全ての障壁を言葉通り貫通し、見事背中からクゥィントゥムの心臓部にある核をぶち抜き、機能を停止させることに成功したという訳だ。

 

 こうしてクゥィントゥムは苦しみもがき苦悶の声をまき散らしたのち、静かになって石畳の床へと倒れ伏せ、完全に動かなくなったのだった。

 

 とは言え、こいつらは倒しても造物主が存在する限り、何度でも復活する再生怪人。

だからこそ、アルスはあえて()()という言葉を使うのだ。

 

 また、アルスは次があるならば、勝てる保証はないと感じていた。

先ほどの戦法は完全な騙し討ちであり、相手の手札を知っているアルスだからこその戦法だ。

こちらの切り札を全部知られたからには、もう二度と通じないとアルスは思うのである。

 

 

「とりあえずやったみてえだな……、っと」

 

 

 アルスはクゥィントゥムが完全に機能停止したことを確認すると、麻痺で動けない楓へとすぐさま駆け寄り治癒を施しにかかる。

 

 

「いつのまにそのような術を」

 

「ああ、()()()()()()()()()()()。ここに来た時にちょいと考案しといたのさ」

 

 

 麻痺から解放された楓はゆっくりと立ち上がり、アルスに今の魔法(スタースティンガー)のことを尋ねる。

 

 その問いにアルスは自分が転生者でこうなることを予想していたことを、嫌な予感とぼかしながら説明した。

 

 何せアルスは彼ら造物主の使徒が頑丈な多重障壁に守られていることを知っていたからだ。

それ以外にもすでにフェイトからの話でアーウェルンクスシリーズが稼働しているという情報を得ていた。

なので、その対策を考えておくのは当然のことだったのだ。

 

 

「拙者ももう少し強ければ……」

 

「いや、あの数の影分身でかく乱してくれたからこそ、こっそりと仕込めたんだ。助かったぜ」

 

「そう言ってもらえると助かるでござる」

 

「いや、事実なんだがなあ……」

 

 

 そうアルスが語ると、楓は少し落ち込んだ様子を見せ始めた。

クゥィントゥムとの戦いで楓は、自分と敵との戦力差が大きいことに少なからずショックを受けていたからだ。

 

 それを慰めるかのようにアルスは、協力してくれなければクゥィントゥムは倒せなかったと言葉にする。

ただ、アルスが言ったことは本気で思っていることであり、あのサポートがなければ自分の戦法がうまくいかなかっただろうと感じていた。

 

 楓はアルスが慰めてくれていることを察し、そういうことにしておこうと考え小さな笑みを見せる。

そんな楓にアルスは、今の言葉は本当だとため息を吐きながらこぼすのだった。

 

 とは言え、アルスとて今の戦いが終わりではないことを理解している。

二人は無言の数秒を過ごしたのち、小さく相槌を打って次の行動へと移るのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、トリスはと言うと、ハルートの一撃を受けて大の字になって石畳に倒れていた。

 

 

「終わったな」

 

 

 ハルートはトリスの状態を見て、もはや立ち上がれまいと考えそう言葉を漏らす。

 

 何せ着こんでいた防御用の青い外套は破れ四散し、インナーとして着ている競泳水着のような紺色のレオタードが露見しているほどだ。

また、トリス自身も気を失ったまま、指一本ピクりとも動かない。

 

 これではもはや戦いは終わったも同然と思うのも普通のことだった。

 

 ハルートはそのまま倒れたトリスを背にし、バロンの元へと駆け付けようと動き出した、その時――――。

 

 

「…………勝手に、……終わらせないでほしい……わね……!」

 

「なにっ!?」

 

 

 後ろから急に、声が聞こえてきた。

それは先ほど戦っていた少女の声であった。

 

 ハルートはその声を聞き、驚いた様子で振り返ってみれば、生まれたての小鹿のように足を震わせながらも、立ち上がるトリスの姿があったのだ。

 

 

「馬鹿な……!? 直撃だったはずだ!? 何故立ち上がれる!?」

 

「ナメないでって言ったはずよ……? この程度で……」

 

 

 ハルートは驚愕した。最大最高の技、ハーケンディストールを直撃したにも関わらず、トリスが立ち上がってきたからだ。

普通ならば死んでもおかしくない一撃だったはずなのに、それでも再起してきたことに表情をこわばらせたのである。

 

 とは言え、トリスとて今の一撃はかなりの大打撃だ。

もはや次に同じのをもらえば、たぶん死ぬだろうと言うほどには全身に大きなダメージを負っていた。

 

 それでもトリスはプライドと強い意志によって、再び自分を奮い立たせ立ち上がったのだ。

 

 

「この程度で倒れるわけ……」

 

 

 そうだ、この程度で倒れている暇などない。

今まさに自分の主であるエヴァンジェリンがバロンと死闘を繰り広げているのだ。

そこに目の前の男を行かせれば、明らかに勝ち目が薄くなる。

 

 

「――――ないじゃないっ!!」

 

 

 だからこそ、この男は自分が倒さねばならない。

それ以上に、このまま負けっぱなしになるなんて、絶対に許さない。

誰が許さないか。それは自分自身が許さない。

 

 故に、トリスは立ち上がって強い意志がこもった目で、ハルートを鋭く睨みつける。

この程度では倒せない。倒れることはないと知れ、と。

 

 

「この女……!!」

 

 

 トリスの凄まじい眼光に、ハルートは一瞬たじろいだ。

まさか、震えながらも立ち上がり、ここまで強い態度を見せれるなど思ってもみなかったからだ。

 

 

「仕方あるまい。……ならば、その身がバラバラになるまで、何度でも叩き込んでくれるッ!!」

 

「やってみなさい?」

 

 

 が、目の前の女の体力は風前の灯火。

もう一度、いや心も体も完膚なきまでに粉々になるまで、ハーケンディストールを叩き込んでやると、ハルートは意気込み槍を握る手に力を入れる。

 

 そう言うハルートを睨みながら、くすりと笑って見せるトリス。

何度もそう簡単にはいかない、そう言いたげな表情だ。

 

 

「――――受けろッ!! ”ハーケンディストール”ッ!!!」

 

 

 やれと言うならばやってやる。

挑発に乗るかのようにハルートは再び高く飛び上がり、槍を高速で回転させ、その技の名を高らかに叫んだ。

 

 

「なっ!?」

 

 

 ――――しかし。

その回転が急に止まったのだ。

そして、その光景を見たハルートは、驚きの声を上げたのである。

 

 

「何ィッ!?」

 

「甘いのよッ!!」

 

 

 その光景とは、なんとトリスの足の武装がハルートの槍を抑え込み、無理やり停止させていたのだ。

これには流石のハルートも声を出さずにはいられなかった。

 

 また、トリスも若干苦しそうな表情を見せながらも、ニヒルな笑みを浮かべていた。

 

 

「何度も同じ技を受けたのよ? 返し技の一つぐらい思いつくでしょう?」

 

「なんだと!?」

 

 

 ハーケンディストールもすでに三度目。

三度も見ればトリスとて、防御の手段の一つでも思いつくというものだ。

その防御手段が、自ら懐に飛び込んで予備動作である槍の回転を停止させるというのは、大博打にも等しい行為と言えるだろうが。

 

 そう、そんな博打めいた行動だったからこそ、意表を突かれたという様子でハルートは驚愕したのだ。

 

 

「今度は私が、あなたを溶かしてあげる!」

 

 

 そして、今度こそ自分の番だと、トリスは自分の右足で抑え込んだハルートの槍の上へと立ち上がり、ハルートを下に見る。

 

 

「行くわよ!!」

 

「ぐおお!?」

 

 

 そこからトリスはハルートへと左足での回し蹴りを食らわせ、ハルートを吹き飛ばした。

ハルートは顔面を武装した足で蹴り飛ばされ、苦悶の声を漏らす。

 

 

「行くわよ……! 行くわよ! 行くわよっ!! 行くわよッ!!!」

 

「うおおおおおぉぉぉぉッッ!!???」

 

 

 さらにトリスはどんどんテンションを上げ、ハルートの周囲を回転しながら高速で蹴りを放つ。

それはまさに、踊りを踊っているかのような優雅さと、相手に何度も鋭い蹴りを叩き込む残虐さを兼ね備えた恐ろしい光景だった。

 

 そして、その回転の速度を上げながら、回し蹴りを苦悶の声を上げるハルートへと、何度も何度も叩き込む。

そうしているうちに周囲には、大海を荒らす大渦が発生しているではないか。

 

 そのすさまじいトリスの猛攻に、ハルートは苦しみ悶え叫ぶ以外できなくなってしまっていた。

 

 

「”弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)”!!」

 

「ぐおあああぁぁぁ――――ッッ!!!」

 

 

 そして最後の一撃である、とどめと言わんばかりの最大最高に鋭い蹴りが、ハルートの腹部へと突き刺さった。

 

 ――――その宝具こそが『弁財天弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)』である。

 

 本来ならば対衆・対界宝具であり、文明に使用してそのコミュニティーの良識や道徳などを全てを溶かし、スライムのように一体化させて最後に吸収してしまうものだ。

 

 だが、ここは電脳世界(SE.RA.PH)ではないため、Fate/Grand Orderの時のメルトリリスのように、物理的攻撃に特化させた対人宝具として使用したのだ。

 

 それを受けたハルートは、大声で叫び声をあげながら弾き飛ばされ、床に何度も打ち付けられて転がり、大の字に仰向けとなって倒れこむ。

 

 

「…………っく……。ハァ……ハァ……。どうよ」

 

 

 されど、トリスも大きなダメージを受けながらも今の宝具を使用したため、疲弊した様子を見せる。

ドバッと汗を全身から流し、辛そうな表情で全身の苦痛に耐えていた。

 

 そんな状態であるが膝に手をついて荒くなった息を整え、足を引きずるようにゆっくりと倒れたハルートへとトリスは近寄っていく。

されど、見せる態度は堂々としていて、勝ち誇った顔で不敵に笑っていた。

 

 

「……………………甘く見ていた、というわけか……」

 

 

 ハルートは倒れながらゆっくりと目を瞑り、自分の行動が甘かったことを察した。

目の前の女を手負いの獅子と考え、ナメていたのだろう。手負いの獅子であるが、獅子には変わりなかったはずだったのだろうと。

 

 ――――この一撃でハルートは、もはや体が動かない程のダメージを受けていた。トリスが渾身の力で、一発で終わらせると言う意気込みで放った宝具だったからだ。

 

 これでまだハルートが立ち上がるのであれば、トリスは敗北していたかもしれない。だが、現にハルートは倒れたまま動けない。それは、トリスが勝利したと言う証に他ならなかった。

 

 

「ハァ……フゥ……そうよ…………。甘かったのよ、……あなたが」

 

 

 そして、後悔して悔しがるハルートへと、息を整えながら勝利を宣言するトリス。

とは言え、先ほどのハーケンディストールのダメージは抜けることはなく、足元をフラフラとさせながら必死に立っているという状況だ。

 

 

「――――無念だ…………。バロン様のために勝利せねばならぬというのに……」

 

「……」

 

 

 ハルートは目をつむりながら、主、いや、親同然であるバロンへの献上ができなかったことを、懺悔するかのように静かに語る。

 

 トリスはそれを眺めながら、何も言わずに少し考える様子を見せていた。

 

 

「……ねぇ、思ったのだけれども、そのバロンは何故ここまで完全なる世界に入れ込むのかしら?」

 

「………………知っていたとしても、お前などには教えん」

 

「まあ、そうよねぇ……」

 

 

 そして、トリスはバロンがどうしてあれほどまでに、完全なる世界に拘るのかをハルートへと聞く。

 

 が、ハルートは当然それを教える気などなく、そっけない態度で教えぬと言った。

ただ、知らない訳ではなく、あくまで話す気がないと言うだけだった。

 

 トリスはそんなハルートの態度を見て、そりゃ当然か、とも思った。

敵対し、先ほどまで戦っていた相手に、自分の尊敬する人の事情など語る訳がないのだから。

 

 

「でも思い当たるフシがあるとすれば、…………前世のこと……とか?」

 

「……!」

 

 

 されど、トリスにもバロンがそうする理由を、自分なりに考えていた。

それこそ、転生神に転生させられる前、つまり前世が原因なのではないか、と。

 

 ハルートはそのトリスの言葉に、目を開いて驚いた様子を見せていた。

 

 

「ふうん、当たらずとも遠からずって顔ね」

 

「…………」

 

 

 そのハルートの表情を見たトリスは、自分の考えが遠くないことを理解した。

 

 また、トリスの言葉を聞いたハルートは、しまったという様子で黙り込んでしまった。

 

 

「私の勘が正しければ、あの男は前世じゃ幸せに生きていたってところかしらね?」

 

「………………そうだ。バロン様は前世では何不自由なく暮らしていた……」

 

 

 ならばと、トリスはバロンについての考察を語り始める。

あのバロンと言う男は、前世では特に不自由もなく幸福な生活を送っていたのだろうと。

故に、急に死んで転生などさせられたことに、バロンは憤りを感じているのだろうと。

 

 トリスの推察を聞いたハルートは、静かに口を開く。

そこまで言い当てられたのならば、その通りだと言うしかないと。

 

 

「あら? 今さっきは教えないとか言ってなかったかしら?」

 

「……お前の勘とやらが的中したのだ。少しぐらい話してやる」

 

「あらあら、お優しいこと」

 

「なんとでも言え」

 

 

 おやおや? 先ほどまで何もしゃべらないとか言ってたのは誰だった?

心変わりの早いことだと、ハルートをからかうようにトリスはそう言う。

 

 ただ、ハルートは別に気持ちが変わった訳ではない。

トリスの勘が的中したからにすぎない。

 

 そんなハルートへ、トリスは皮肉っぽく笑いながら皮肉を突き刺す。

が、ハルートはそんなトリスの態度を適当に流した。

 

 

「……そう、だからこそあの方は絶望しておられるのだ。この世界に来た時から」

 

「絶望……?」

 

「そうだ」

 

 

 そして、ハルートは静かに、バロンが完全なる世界に執着するのかを語りだした。

 

 それはバロンがこの世界に絶望しているからだった。

 

 トリスがそれを聞き返せば、ハルートはすぐに相槌を打つ。

 

 

「あのお方は前世では何不自由なく暮らし……、幸せだった…………」

 

 

 とは言っても、この世界自体に嫌気がさして絶望した訳ではない。

バロンは前世にて、特に不幸もない、むしろ幸福な生活を送っていた。

 

 これはバロンがハルートにしか話していないことだが、彼は結婚して子供もいた。

家族の大黒柱として働き、家族を大切にしてきた男だった。

 

 毎日汗水たらして働きながらも、家族を蔑ろにすることなく生活してきたバロン。

この家族との生活こそが彼の幸福であり、生きる実感であり、生きる糧でもあったのだ。

 

 

「それを転生神とやらによって打ち砕かれ、無理やり転生させられたのだ」

 

 

 ――――それが、一瞬にして砕け散った。

バロンは家族を置いたまま、死ぬことになってしまったのである。

 

 その理由がただの事故だと言うのであれば、許せないものの仕方がないとも感じるかもしれない。

ただし、死んだ理由が神の失敗によるものだったとすればどうだろうか。

 

 しかも、神は特典を与えて転生させるからと言って許しを請うではないか。

バロンは当然、蘇生を頼み込んだ。家族を置いて死ぬなどと、家族の生活を苦しくさせまいとしたのだ。

 

 だが、それは許されなかった。

神の都合がそれを許さなかった。

神は蘇生は不可能とし、転生以外の道を提示しなかったのである。

 

 バロンはその対応に憤りを感じた。いや、転生したものには、バロンのように腹が立ったものもいたはずだろう。

 

 故に、バロンは絶望した。

もう二度と家族に会うことができないことに。

家族を路頭に迷わせて、苦しめてしまうことに。

 

 そして、バロンは誓ったのだ。

あの神と自称する存在を、滅ぼしてやると。

失敗を棚に上げ、許しを請う汚らしい存在を消し去ってみせると。

 

 故に、力を願い力を得た。神を倒しうる力を。

神が作り出した怪物の力を。

 

 

 されど、彼は転生した後にさらに絶望することとなる。

それはあの神が、この世界には存在しないことを理解してしまったからだ。

 

 当然と言えば当然であり、バロンも冷静であれば気が付いたはずだ。

しかし、あの時バロンは心の奥底から憤怒し、頭に血が上っていた。正常な判断が下せなかったのだ。

 

 あの転生させた神がこの世界にいない。

それはつまり、復讐を果たせないということに他ならなかった。

 

 そしてバロンは二度目の絶望をし、生きる道を失った。

生きる目的を失い、徐々に腐っていくだけの生活を送ってきたバロンだったが、そこで知ったのが”完全なる世界”というものだった。

 

 それを教えたのは自分と同じ転生者であった。

彼もまた神の失敗により転生してきたと言う。

 

 そんな彼から”完全なる世界”へと行けば、夢であれ幻であれ、もう一度前世を体験できるかもしれない、と言う話を聞いたのだ。

 

 バロンはすぐさまその話に乗り、”完全なる世界”の一員となった。

そこから彼は”完全なる世界”へと行くために、ひたすらに特典を鍛え上げながら、完全なる世界としての仕事をこなしてきた。

 

 そう、バロンの目的、それは()()()()()()の中で、もう一度前世の家族に出会うことだったのだ。

 

 

「また……オレも、バロン様と同じく転生して絶望したのだ。この世界に……」

 

 

 また、ハルートは自分のことも、目を瞑って過去を思い出しながら静かに語り始めた。

 

 ハルートも前世で幸せであった。不幸はなかった。

だと言うのに神の失敗で死に、転生しざるを得なかった。

 

 そして、この特典を選んだはいいが、いや、選んだからこそだろうか、色々あって孤児になってしまった。

行く当てもなく彷徨い、死んでいくだけとなる程に追い込まれてしまったことがあった。

 

 バロンに拾われていなければ、死んでいたかもしれない。

それを絶望と言わずとして何と言うか。

 

 だからこそ、ハルートはバロンを慕い、バロンのために生きてきた。

そして、ハルートもまたバロンと同じく前世に未練がある転生者だからこそ、その絶望を理解してしまったのである。

 

 

「そして…………バロン様はオレ以上の絶望を感じている……」

 

 

 また、ハルートが急に自分語りをしたのは、バロンがそれ以上に絶望しているということの前振りだった。

 

 

「絶望のどん底で憤りをくすぶらせ、今もその苦しみで心が満たされてしまっているのだ……」

 

 

 ハルートは再び、自分と比べてより一層絶望し、いかにバロンが心苦しい状況にあるかを語る。

 

 

「その絶望はお前のようなものにはわかるまい…………」

 

 

 故に、自分たちが感じた絶望は、トリスのような自由に生きる転生者には理解されないと、ハルートは言葉にし、冷めた目でトリスを見る。

 

 

「――――わかるわよ」

 

「何……?」

 

 

 だが、そこで返ってきた言葉は、ハルートには意外なものだった。

 

 トリスもハルートたちの絶望を、わかる、と言ったのだ。

 

 ハルートは聞き間違えか、適当を言っているのではないかと思い、つい聞き返したのである。

 

 

「別に私だって、今世で幸せを感じたことなんて一度たりとてないもの」

 

「お前のように好き勝手しているものが……か?」

 

「他から見ればそう見られてもしょうがないでしょうけど、私にも悩みぐらいあるわよ」

 

 

 トリスにも、当然前世があり今がある。

前世以上に、この今世に幸福を感じたことがないとトリスは語った。

 

 ハルートはそんなトリスへと、自分がトリスへと感じたことを言葉にする。

目の前の女は結構自由に生きてなかったのではないか、と。

 

 が、そう見せていたトリスとしても、悩みは当然あるものだと言い放つ。

 

 

「別に私も、前世に嫌気がさした訳でも絶望してた訳でもないし」

 

 

 それにトリスとて、前世が不幸だった訳ではない。

とりわけ幸福と言うほどではないが、何不自由なく暮らせていたのだから不幸なはずがないと思うほどではあった。

 

 トリスもそんな生活が続くのだと思っていた矢先に、神によって転生させられたのだ。

 

 

「私にだって当然前世でも親兄弟はいたし、家族を置いて先に死んだのは、はっきり言ってショックだったわ」

 

「…………」

 

 

 また、当然トリスにも前世には家族がいた。親兄弟が存在した。

それを置いて死んでしまったことに、思うことがあるのは当たり前なのだ。はっきり言えばかなり後悔していた。

 

 それを聞いたハルートは、何も言えず黙り込んでいた。

 

 

「こんな特典貰ったのだって、この世界に転生させられることを教えられたからよ」

 

 

 トリスはこの世界には転生者が大量にいることを知って、自分の特典を選んで転生してきた。

それは自衛のためであり、他の転生者から身を守るためでもあった。

故に、このような(メルトリリスの)姿になっている訳だ。

 

 されど、その選択は大きな誤算を招いた。見た目が良すぎたのだ。

それは()()()の”メルトリリス”が「完璧」と評する美しい姿なのだから当然だ。

 

 その見た目で転生者たちの目を引き付けてしまい、むしろ苦労することとなった。

それがトリスにとって多大なストレスであり、今世にて気の抜けない生活を送る理由となってしまったのである。

 

 だからトリスは、幸福などなかったと言う。

特典を選んだのは自業自得でもあるのだが、まさかこんなことになるとは予想していなかったのだ。

 

 そして、トリスは身を守るために本名赤井弓雄で自称アーチャーの転生者と取引をし、完全なる世界の一員となった。

 

 それでも気の抜けない生活というのは変わらず、ずっとストレスにさらされてきたのだ。

 

 だからこそ、今世に幸福を感じたことはない、と語るのだ。

 

 

「そう、私は神とかいうやつに転生させられただけの存在。その程度なのよ」

 

 

 そして、トリスは自分のことを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う。

 

 それはつまるところ、神にもてあそばれただけでしかないと語っているに等しいものだった。

 

 

「転生神とやらを恨んでいるというのか?」

 

「当たり前でしょう? くだらないミスで死なせたとか言って平謝りして転生させるとか、正直最低だわ」

 

 

 そのトリスの物言いに、ハルートは転生させた神をよく思っていないのではないかと考え、それを聞く。

 

 トリスはその問いにすぐさま当然と答え、理由を述べた。

その理由は至極真っ当であり、被害者の言い分としては当たり前のものであった。

 

 

「でもね、私は別にあなたやバロンとかいうのほど絶望もしちゃいないわ」

 

「……なぜだ?」

 

 

 されども、トリスはそれでもバロンという男ほど、悲観などしてはいない。

この世界を消し去ってまでして()()()()()()へと沈み、永遠に冷めぬ夢を見続けようと思うほど、トリスは絶望なんかしていない。

 

 そこまで言うのであれば絶望していてもおかしくないのでは? と考えたハルートは、再び問いのために口を開く。

 

 

「何故かしらね……。前世でしたかったこととか山ほどあったし、こっちに来てもいいことなんてあまりなかったけど、そうね……」

 

 

 トリスも、何故かそこまで絶望していない自分を不思議に思っていた。

 

 前世ではやり残したこともたくさんあったし、それを全て置いて行って死んだのは大きく悔いる部分だ。

しかし、死んでしまったのならばしょうがない、と言う達観も少しはあったのかもしれない。

 

 また、この世界で転生して、気が付けば一人になってしまっていたのも、不幸と感じることはあった。

とは言え、一人で生きていけないほどの状況になった訳ではなく、生きていく上で必要なものは揃っていた。

でなければ、一人で生きていくなど不可能だったと、トリスは今でも思っている。

 

 つまるところ不幸であったが、まだ幸せな方でもあったと思っていたのである。

 

 それ以外にも、見た目美少女になれたのは結構悪い気ではないな、と思っている部分もあるし、全てが悪いとまでは言えなかった。

 

 

「私ってもともとポジティブだったから、かしら?」

 

「流されやすいの間違いではないか?」

 

「言ってくれるじゃない」

 

 

 つまるところ、トリスは自分を客観的に分析すると、単純に前向きだったのだろう、と結論付けた。

こんな状況になっても、未だになんとかなるでしょ、と思っている自分がいるのだからそうなんだろう。

 

 しかしそれをハルートは、流されやすい、と評した。

トリスはハルートの評価に少しイラっと来たが、そうかもしれない、と思ってしまったので本気で文句は言えなかった。

 

 

「……そうか。お前もだったのか……」

 

 

 ハルートは、ここではじめて自分たち以外に、転生に憤りを感じ絶望したものがいることを知った。トリスも同じ気持ちを抱いたことがあることを知り、自分たちもまた、愚かだったことを理解した。

 

 絶望し、自暴自棄になっていたのかもしれない。

されど、自分が不幸だからと言って、他人を不幸にしていい訳がないのだ。

 

 バロンが目指す”完全なる世界”、その先にあるのは自分たちの幸福と、その外で起こる不幸が待っていることを、ハルートは知っていた。

 

 それでも、それでもバロンの絶望をどうしても払拭したくて、バロンに協力してここにいる。

 

 

「…………オレは……、ただバロン様に幸せになってもらいたかった」

 

 

 ハルートが望んでいたこととは、つまり()()()()()()()()だった。

バロンが何度も前世を思い出しては寂しい顔を見せるたびに、ハルートはそれを強く願うようになっていた。

 

 そして、トリスはその言葉で、ハルートという男を理解した。

つまりこのハルートは、バロンの幸福のためだけに生きて戦ったのだろう。

バロンが恩人であるからこそ、その恩人の幸せを願ったのだろうと。

 

 

「だが、オレではダメだった……。バロン様の心を癒すことはできなかった……」

 

 

 されど、ハルートは言葉をつづけた。

一番言いたかった言葉とは、幸せになってほしかったということではなく、自分が幸せを取り戻させることができなかったという苦しみだったのだ。

 

 そうでなければ、バロンと言う男は”完全なる世界”に夢など見ない。

ハルートはそれをも知っているからこそ、バロンの絶望を取り除いてやりたかったと言うのもあったのだが……。

 

 そのことを語りながら、ハルートは一筋の涙を浮かべた。

なんという不甲斐ないことか。恩人であり父親のように感じ始めているバロンを、救うことができないなどと。

ハルートはそれを常に心苦しく思い、もどかしさを感じ続けていたのだ。

 

 

「……妬けるわね」

 

 

 だが、そんな言葉を聞いたトリスが、ぽつりと口を開く。

小さくかわいらしい口から出た言葉は、嫉妬あった。

 

 

「妬ける……だと……?」

 

「そう。バロンって人がほんのわずかだけど……、(うらや)ましいって思ったのよ」

 

 

 ハルートはトリスの言葉に信じられないと言う顔で聞き返す。

急に何を思い、そのような言葉が出たのか、まったく理解できなかったからだ。

 

 また、トリスのその言葉の真意とは、つまり羨ましいと言う感情だった。

 

 

「私には……あなたのように支えてくれる人なんて、いなかったから……」

 

「……」

 

 

 何故なら、トリスには自分をそこまで想い、傍にいてくれた人がいなかったから。

自分にもそんな人がいたら、ここまで苦労することもなかっただろうと思ったから。

 

 トリスの語りを聞いたハルートは、もはや何も言えなかった。

確かに自分はまだ恵まれていた方なのかもしれないと。もしかしたら、バロンもまた、そうだったのかもしれないと思ってしまったからだ。

 

 

「……そう……だな……」

 

 

 絶望を感じているのは、何も自分たちだけではなかった。

誰もがそう言う感情を抱くだけの基盤はあった。何故なら転生者の全てが、神によって転生させられた存在だからだ。

 

 それを忘れ、調子に乗って暴れる転生者だけを見て、愚かと感じて見下していた。

誰にもわかる訳がないと苦悩を気取り、冷めた目で見ていたのは自分たちだった。

 

 

「ならば、こいつを持っていけ」

 

「あなた……これは……!?」

 

 

 ならば、償わなければならない。

自分たちの愚かさを、見下していたことを。

 

 だから、ハルートはトリスへと、その魔槍を手渡すよう柄を突き出した。

トリスは急なハルートの贈り物に驚き、なんでこれを渡されているのかわからず困惑したのである。

 

 

「お前などにバロン様を救えるとは思えんが、バロン様を止めるだけならば多少力添えになるだろう」

 

「どういう風の吹き回し……?」

 

 

 自分たちは知るべきだった。

自分たち以外にも、自分たちのように転生をよしとしなかったものがいることを。

前世に未練があり、今を絶望したことがあるものが他にもいたはずだということを。

 

 自分たちは目を向けるべきだった。

”完全なる世界”が成就した先に、不幸になるものがいるだろうということを。

それこそが自分たちが見下していた、自己中心的に振る舞う転生者と同じ行いであることを。

 

 故に、そう故に、完全なる世界に心惹かれるバロンを止めなければならない。

このままバロンを完全なる世界に囚われさせてはならない。それは本当の幸福と言えるかわからないからだ。

 

 だからこそ、トリスに魔槍を送る気になった。

敵対した相手であり信用などできぬが、それでもバロンを止めてくれるならと。

 

 が、トリスは急に魔槍を受け取れと言われ、何で? と言う顔で驚いた。

今しがた戦い、どちらも瀕死にまで追い込まれた。そんな相手に自分の最強の武器を渡すなど、心変わりすぎて逆に不気味だったのである。

 

 

「そのダメージでも、バロン様と戦うのだろう?」

 

「無論、やるわよ」

 

「ならば、持っていくがいい」

 

 

 怪訝な表情を浮かべるトリスの問いをハルートは聞いて、逆に問い返す。

自分を倒したのであれば、次は仲間のところへ駆けつけ、バロンと対峙するのだろうと。

 

 自分の質問を質問で返されたトリスだが、特に気にすることなく当然と言う顔で限界までやると即答する。

 

 そうであるならば、なおさらだとハルートは魔槍をトリスへ渡そうと向ける。

 

 

「後悔しない?」

 

「それはわからん……」

 

 

 そのハルートの行動に、トリスはふいにそう質問した。

敵に塩を送り、恩人を倒させようとするという行為に、悔いなどが出来ないのかと。

 

 ハルートはトリスのその問いに、目を瞑りならが答えた。

この行動に後悔するかは、結果次第でしかない。故に、ハルートも後悔するかもしれないし、しないかもしれないとしか言いようがなかった。

 

 

「だが……、なんとなく……、このままバロン様が進めば、バロン様が救われないと思っただけだ」

 

「あっそう」

 

 

 ただ、ハルートはここで何もせずにバロンが完全なる世界へ囚われてしまう方が後悔すると感じたのだ。

 

 そこでハルートは、敵に塩を送る理由を小さく述べる。

これも全ては恩人バロンのためであり、バロンの幸福のためにお前を利用するだけだと。

 

 そう言われたトリスは、そっけない態度で返事を返す。

とは言え、倒れた目の前の男の意志は強く、本当にバロンの心を案じているのだと理解できた。

 

 

「オレではバロン様を止めることはできない。助力しかできない」

 

 

 ハルートは、バロンを止めることはできなかった。

否、バロンの心の隙間を埋め、完全なる世界を目指すことをやめさせることはできなかった。

故に、こうしてバロンの野望のために協力することしかできなかった。

 

 

「故に、バロン様をお前たちに止めてもらう他ない。だからこそなのだ……」

 

「まあ、言われずともやるわよ」

 

 

 だからこそ、自分ではない他の人間に、力ずくでもバロンを止めてもらうしかないと、ハルートは苦渋の決断をしたのである。

 

 トリスはハルートの語りに、別に頼まれなくともやったと言葉にする。

何度もコケにされてきたのだ。やられたままではいられないというものだ。

 

 

「バロン様の幸福のために……、バロン様を止めてくれ…………」

 

 

 そして、ハルートはバロンのために、バロンへの勝利をトリスに願った。

このまま行けばバロンは、夢の中で前世に酔いしれるだけの存在になってしまう。

 

 それが本当にバロンにとってよいものなのかは、ハルートにはわからない。

わからないが、大勢の誰かを犠牲にしてでも、得るべきものではないと、ハルートは今ようやく思ったからだ。

 

 そしてそれは、バロンが本来最も嫌う行為。

そう、バロンは己の欲のためだけに他者を踏みにじるものをよしとはしていないのだ。

 

 このままでは、バロンがそうなってしまう。

最も嫌う存在にまで、堕ちてしまう。それだけは止めなくてはならない。

 

 今更最低で虫のいいことを言っているとハルートは思ったが、気が付けたものが何とかしなければならんとも思ったのだ。

 

 

「フッ……バロン様のためと言いながら、裏切るような真似をしている……。オレは酷く矛盾しているな……」

 

 

 また、最低なのはそれだけではない。

先ほどまでバロンのためをとバロンに協力していた癖に、今度はバロンのためをと敵に協力しようとしている。

 

 なんという自分勝手なんだろうか。

恩を仇で返しているようで、とても心が痛むのをハルートは感じた。

 

 

「――――してないわよ」

 

 

 しかし、ハルートの今の言葉を聞いて、トリスは静かに口を開いた。

 

 

「矛盾なんてしてないわよ」

 

 

 トリスの言葉は、ハルートの言葉を否定するものだった。

 

 

「誰かのためを想って行動するんだから、その気持ちだけは間違いなんかじゃないわ」

 

「……そう言ってくれるとありがたい」

 

 

 本気で人を想い、そのために行動する。

例えその結果が結ばなくとも、伴わなくとも、その気持ちが本物ならばそれは間違いではないはずだと、トリスは思った。

 

 そう言葉にするトリスは、真剣な表情でハルートの顔を見ながら、魔槍の柄へと手を伸ばし掴む。

すると、ハルートが感謝を述べれば、魔槍の鎧がトリスへと吸い込まれるかのようにして装着されたのである。

 

 

「…………なんかこの姿、懐かしい感じがするわね……」

 

 

 そこでトリスは自分の今の姿をまじまじと見て、昔のRPGゲームのキャラみたいだと思った。

何せインナーに着ていた競泳水着のような紺色のレオタードの上に、銀色に輝く魔槍の鎧と長槍という姿だったからだ。

 

 また、トリスは”Fate/EXTRA CCC”のメルトリリスの能力を貰ったが、腕に感覚がないという訳ではない。

なので、その感覚を確かめるように握った魔槍を軽く振り回して見せていた。

 

 

「魔槍もお前のことが気に入ったようだ」

 

「…………本当かしら? 気休めで言ってな?」

 

「……さぁな」

 

 ハルートは軽快に魔槍を振り回す鎧の姿のトリスを見て、ふっと笑ってそう言葉にした。

 

 されど、トリス本人は、本当にこの魔槍の鎧に気に入られたのかと疑問に思い訝しみ、ジロりとハルートの顔を睨む。

 

 そう言ったハルートは、わざとらしく目を瞑って知らないと言う顔をした。

ただ、気に入られなきゃ勝手に装着されたりはしないだろうと思っているので、気に入られていると言うのは彼の本音だ。

 

 

「じゃあ、行くわ」

 

「無事を祈ってはやれんが……武運を祈っておこう」

 

「そ、じゃあね」

 

 

 そして、トリスはもう行かなくては、と思い、未だ倒れて動けぬハルートへと別れを告げる。

 

 ハルートも次に相手にするであろう、自分の恩師のバロンのことを考え、無事は祈れぬと言いながらも、であれば武運は祈ると話した。

 

 トリスもハルートが言いたいことを理解したので最後に一言残すと、魔槍を強く握りしめ、傷だらけの体を押して風のように消え去った。

 

 

「…………そして、願わくば……、バロン様の……幸せを……」

 

 

 トリスの姿が消えた後、ハルートは高い高い宮殿の天井を見ながら、バロンの幸福を最後に願った。

その願いを言い終えた後、再び静かに目を瞑り、気を失ったのだった。

 

 

 



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百七十八話 ランサーの意志

9/14
内容の流れを多少変更


 

 一方で、数多とコールドは激しい衝突を繰り広げていた。

 

 

「フハハハハハッ!! 素晴らしい!! 素晴らしいぞ熱海数多!!!」

 

「テメェもなぁ!!」

 

 

 コールドの凍てつく蹴りと数多の燃え盛る拳が、幾度となく衝突しあう。

衝突すればするほど、両者のテンションもどんどんボルテージを上げていく。

 

 

「これほど心躍る戦いは生まれて初めてだ!」

 

「そりゃよかったな!」

 

 

 コールドは数多の実力と戦いに満足しながら、さらに数多へと強気に攻める。

数多も防御などお構いなしに、コールドへと拳を打ち付ける。

 

 

「しっかし、そんなテメェがこんな組織にいんのがまったくわからねぇぜ」

 

「知れたこと! 俺は強者とのしのぎあいがしたかったにすぎんからな」

 

 

 ただ、数多はコールドと戦い、疑問に思ったことがあった。

それはこのコールドが、何故こんな組織(完全なる世界)に入っているかということだった。

 

 そんな問いにコールドは、せせら笑いながら強い相手と戦うためだと豪語する。

なんとこのコールドは、強者との戦闘を追い求めるためだけに、完全なる世界の一員となったのだ。

 

 

「修行したかったってことか?」

 

「簡潔に言えばそうなるだろう」

 

 

 数多はそれはつまり、と拳とともに言葉に出すと、コールドも蹴りとともに答えを出す。

 

 

「はっ! テメェも物好きだな!」

 

「貴様に言われる筋合いはないがな」

 

 

 修行するというだけで闇の組織に身をゆだねるなど、酔狂だと数多は思った。

が、コールドも修行バカな数多に、お前にだけは言われたくないと返す。

 

 

「だったら存分にやらせてもらうぜ!」

 

「ああ、こちらも同じ気持ちだっ!」

 

 

 であれば、両者ともせめぎあい高めあうのみ。

数多とコールドはさらに戦闘の速度を加速させながら、衝撃を生み出し続けるのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

 また、アーチャーの転生者も、クゥァルトゥムを固有結界へと引きずり込み、赤茶けた荒野で対峙していた。

 

 

「――――御覧の通り、貴様が挑むのは無限の剣」

 

 

 荒野にはいくつもの剣が突き刺さり、それを見せるかのようにアーチャーは手を開いて笑っていた。

これからお前が挑むのはこの剣の丘だと。

 

 

「ほざくなよ……、人間風情がっ!」

 

 

 しかし、その見下された物言いがクゥァルトゥムの癪に障る。

自分は造物主の使途、他のどんなものよりも強く作られた存在。崇高なる神の手先。

そんな自分が、たかが人間ごときに見下されるなど、許せるはずがないのだ。

 

 

「ふっ」

 

「その程度で! なっ!?」

 

 

 そして、アーチャーは()()()を生み出し、クゥァルトゥムへと距離を詰め、その槍を突き出す。

 

 クゥァルトゥムはその攻撃に対して、余裕の態度をとっていたが、その次の瞬間、驚愕の表情へと変貌させた。

 

 

破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)

 

「馬鹿な……!? 何故障壁がかき消されたのだ!?」

 

 

 何故なら、多重障壁に囲まれた強固な防御が、無視されたからだ。

たかが槍の付き程度など障壁に阻まれれば無意味となるはずが、障壁が掻き消えて自分へと迫ってきたからだ。

 

 そこでアーチャーはその槍の名をぽつりと口にする。

 

 ――――破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)

いかなる魔術的な防御を無効化するという、フィオナ騎士団有数の戦士、輝く顔のディルムッドが使用していた宝具。

 

 その効果によって多重障壁すらも消失させ、クゥァルトゥムを直に攻撃できたのだ。

 

 が、クゥァルトゥムも馬鹿ではない。

障壁が無効化されたのを見て、瞬時に体を反らしてアーチャーの突きを回避して見せる。

されど、障壁の消失に戦慄し、何故障壁がピンポイントに消えたのかと疑問を叫んでいた。

 

 

「それは自分で考えることだな、はっ!」

 

「おのれ……! おのれぇぇ!!!」

 

 

 アーチャーはクゥァルトゥムの漏らした言葉に対し、答えは教えぬと吐きながら、突き出した破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を横なぎにふるう。

 

 クゥァルトゥムは屈辱を感じ、怒りと悔しさを口から吐き散らしながら、振られた槍を後方へと飛びのいて回避。

 

 

「ハァッ!」

 

「ぐっ! ”炎帝召喚”!!」

 

 

 しかし、アーチャーはクゥァルトゥムを逃がす気はない。

即座に再びクゥァルトゥムの懐へと入り込み、さらに紅い槍をクゥァルトゥムへと突き抜く。

 

 クゥァルトゥムはこのままではまずいと考え、新たな魔法を唱え始める。

 

 

「させんっ!」

 

「があっ!? 貴様!?」

 

 

 だが、アーチャーはクゥァルトゥムが魔法を使おうとしたのを察し、丘に刺さった剣を飛ばしてクゥァルトゥムへと攻撃と同時に、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)をクゥァルトゥムへと突き刺す。

 

 それによりクゥァルトゥムを包んでいた障壁を無効化させ、飛ばした剣でクゥァルトゥムの左腕を貫き、切り落としたのだ。

 

 その攻撃にクゥァルトゥムは切断された左腕から血液のような液体をまき散らしながら、苦悶の表情を浮かべアーチャーを睨みつける。

 

 

「遅いぞ!」

 

「馬鹿な……造物主の使途として生み出された火のアーウェルンクスが……たった一人の人間ごときに押されているだと!?」

 

 

 そこへチャンスとばかりにアーチャーは、左手に黄色い槍、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を作り出して攻撃を畳みかける。

 

 片腕を失ったクゥァルトゥムは、目の前の人間に押されている状況に戸惑いを感じていた。

自分は最強なはずだ。造物主の使途であり、神の使い。パラメーターも高く設定されている。

火力の高い炎の属性であり、本来ならばこんな苦戦など強いられるはずがない。

 

 なのに何故、何故人間程度に片腕を失い、苦しい戦いを強いられているのだ。

何故だ、どうしてなのだ。クゥァルトゥムは理解しがたいという思考で頭がいっぱいとなっていた。

 

 

「ありえん……、ありえん!!」

 

「ならば、現実を実感させて差し上げよう……!」

 

「グワァ!?」

 

 

 ありえない。頑強な多重障壁がたやすく破られるなど。

ありえない。自分が片腕を失っているなど。ありえない、ありえない、この状況はありえない。

 

 クゥァルトゥムがそう叫ぶと、それならとアーチャーは両手の紅と黄の槍をクゥァルトゥムへと投げつける。

 

 すると、二本の槍はクゥァルトゥムへと吸い込まれるかのように突き進み、右肩と左脇腹を貫いた。

そのダメージにクゥァルトゥムは、たまらず苦悶の声を吐き出す。

 

 

全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!!」

 

「貴様ァァァッ!!!」

 

 

 さらにアーチャーはここぞとばかりに畳みかける。

自分の背後に大量の剣を作り出し、それをクゥァルトゥムへと一斉発射したのだ。

 

 そのゾッとするような光景を見たクゥァルトゥムは、もはや表情を歪めて絶叫するしかなかった。

最初の余裕の表情も態度ももはやなく、ただただ情けない様子を見せるだけ。

 

 

「アアアアアアァァァァァァッ!!!」

 

 

 そして、その全ての剣がクゥァルトゥムへと突き刺さり、クゥァルトゥムはまるでハリネズミのような姿となった。

また、その次の瞬間、刺さった剣が壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)にて大爆発を起こし、クゥァルトゥムは塵すら残らぬほどに木っ端微塵となったのであった。

 

 

「とりあえず、()()()()()()()()()危機は脱出したか……」

 

 

 もはや姿すらも消し飛んだクゥァルトゥムを見たアーチャーは、この場の危険はなくなったことを確認した。

ただ、アーチャーも知っている。造物主がいるかぎり、彼らは何度も復活することを。

故に、一時的な安全の確保ができた、程度に認識したのであった。

 

 

…… …… ……

 

 

 そして、バーサーカーたちとランサーとの戦いも、白熱した激しい戦いを繰り広げていた。

 

 

「うおおおぉぉぉ――――ッ!!!」

 

「ハアァァ――――ッ!!!」

 

 

 石畳の床は吹き飛び粉々となり、強烈な衝撃波があちらこちらで発生している。

それはバーサーカーの鉞の宝具である黄金喰い(ゴールデンイーター)と、ランサーの槍が衝突して発生させているものだ。

 

 その衝突は加速的に数を増やし、すでに周囲は原形のないほどにまで滅茶苦茶な状態となっていた。

 

 されど両者は気にも留めず、握りしめた武器を振り回す。

次の瞬間、両者が最大限に力を込めた一撃が衝突し、今まで以上の強烈な轟音と衝撃が空気を吹き飛ばし、さらには周囲の瓦礫をも吹き飛ばした。

 

 

「なっ……無茶苦茶っすわ……!」

 

「本当ですね……」

 

 

 その衝撃で吹き飛ぶ埃を防ぐかのように、片手で顔を覆いながらも戦いを眺め隙を窺う緑のアーチャー、ロビン。

横には今のマスターであるナビスも、同じようにしてランサーの行動を凝視していた。

 

 されど、バーサーカーとランサーのとてつもない戦いぶりに、ロビンはドン引きしていた。

自分じゃあんな力と技の衝突ばかりの戦い方はできないが、いや、無理だろこれ、という心境だった。

 

 

「まっ、しっかりと仕事させてもらいますけどね!」

 

 

 そして、ロビンも見ているだけという訳ではない。

極大な一撃を放ち硬直したランサーへと、ロビンは矢を放つのだ。

 

 

「っ!」

 

 

 ランサーは背後から飛んできた矢に気が付き、即座に体を捻ってかわす。

 

 

「もらったぜ!」

 

「甘いな」

 

 

 さらにその隙を見逃さんと、バーサーカーは黄金喰い(ゴールデンイーター)を縦に振り落とす。

 

 が、ランサーはその行動を読んでいたかのように横に飛び回避し、そのまま流れるように回転し、槍をバーサーカーへとたたきつける。

 

 

「チィィッ!!」

 

「ヌウッッ!?」

 

 

 しかし、バーサーカーは舌打ちしながら力任せに黄金喰い(ゴールデンイーター)を振り回し、迫りくる槍をたたき飛ばす。

 

 その馬鹿げた予想外の行動にランサーは怯み、数歩後ろへ下がり体勢を立て直した。

 

 

「オラアァァッ!!」

 

「フウゥンッ!!!」

 

 

 そして、再び両者は力をフルに込めた一撃を放ち、どちらもその武器を衝突させて力比べを始めたのである。

 

 

「やっぱりスゲェぜ! アンタはよォ!」

 

「そちらもかなりの実力だ……」

 

 

 バーサーカーはランサーの強さを再び実感し、改めて褒めたたえる。

それはランサーとて同じことであり、ランサーもバーサーカーの実力に感服せざるを得なかった。

 

 両者、お互い称えあった後に、どちらも力を放出して弾け跳び、一旦距離を開けたのだった。

 

 

「お前のような好敵手に出会えて、オレは久々に気持ちが高潮している」

 

「それはこっちのセリフだぜッ!」

 

「お互い様と言う訳か……!」

 

 

 ランサーはバーサーカーという強敵との出会いに感謝していた。

戦士としてこれほどの相手と戦えるなど、誉れ高いことこの上ないからだ。

 

 なんという実力だろうか。これほど戦いを楽しむのはいつぶりだろうか。

ランサーはそう語れば、バーサーカーとて同じだと言うではないか。

 

 バーサーカーもまた、ランサーとの戦いを心から楽しんでいた。

この喧嘩みたいな戦いは、まるで遊んでいるかのような感覚だった。

 

 そんなバーサーカーの言葉に、ふとランサーから笑みがこぼれる。

自分だけが楽しんでいる訳ではないことに、本当に目の前の男に出会えてよかったと。

 

 

「だったらどんどん行くぜぇッ!!」

 

「来るがいいッ!!」

 

 

 ならば、もっと楽しまなきゃ損だとばかりに、バーサーカーは再び大地を蹴ってランサーへと肉薄する。

ランサーもこの戦いをすぐに終わらすには惜しいと考えながら、迫りくるバーサーカーを撃退する体制をとっていた。

 

 

「あの二人楽しそうにやりあってやがる……。戦闘狂とか手に負えませんよ」

 

「すさまじい戦闘です……。これではまったく援護できません」

 

「困ったもんですわ」

 

 

 そんな二人を見ながらロビンは、完全にあきれ果てていた。

滅茶苦茶で出鱈目な戦いぶりに、もはやついていけんと疲れた顔でロビンは愚痴った。

 

 そのロビンの隣のナビスはそこまで引いてもいなければあきれてもいないが、神話の再現みたいな戦いの前に、援護するタイミングがないと言葉にする。

 

 ナビスの言葉にロビンも同意し、さてどうしたものかと考えあぐねるのであった。

 

 

「本当に強えぇ」

 

 

 何度も何度もぶつかり合いながら、バーサーカーはランサーの実力を改めて認めた。

 

 

「だが、それが全力って訳じゃねぇんだろ?」

 

「…………」

 

 

 しかし、バーサーカーは微妙に納得できないことがあった。

それはランサーが最大の力を未だに見せていないことだ。

 

 ランサーはバーサーカーの言葉に、あえて何も言わなかった。

バーサーカーの指摘は本当だからだ。

 

 

「出しな、テメェの最大の宝具をよォ……!」

 

「…………いいだろう」

 

 

 ならば、それを見せろとバーサーカーは挑発する。

お前の全てを出し尽くせ、そして自分はそれを受け止めてやると。

 

 バーサーカーのその発言に、ランサーは静かに肯定する。

そこまで言うのであれば仕方あるまい。この場で使うのは躊躇われるが、言うのであれば使ってやろうと。

 

 

「おっ、おい……!? 何相手を挑発してやがるんですか!?」

 

 

 だが、ロビンはそのやり取りを見て、アホぬかすなと大声で叫んで焦りだす。

手を抜いてくれてるなら今の状態で倒せばいいだろ。あえて全力を出させるバカがいるかと、バーサーカーの正気を疑ったのだ。

 

 

「…………このまま戦い続けても、決着はつきそうにない」

 

 

 とは言え、ランサーとてこの戦い、終わりそうにないと考えていた。

どちらも実力は同等であり、先ほどからずっと拮抗した状態が続いていた。

 

 息切れというものがほぼ存在しないこの現状、それが続くのならば終わりなどない。

ランサーはそれを踏まえて、どうするべきか悩んでいたのも事実だ。

 

 

「であれば……、お前を倒すための、最大最強の一撃が必要だと思っていた」

 

「そいつはどうも!」

 

 

 そして、それを突破する方法はただ一つであることも、ランサーはわかっていた。

自分の使える最大の武器、最高の奥義を使わなければならないことを。

 

 バーサーカーもランサーの発言に景気よく返事を返しながらも、同じ意見だったことを理解する。

このままただただ殴り合っているだけでは、決着がつかないであろうということを。

 

 

「――――ならば、その身に受けてみろ……!」

 

 

 で、あるならば、出すしかないだろう。最大最高の一撃を。

神をも燃やし尽くすと言われた、自分が持つ最強の宝具を。

 

 ランサーは目を細めてバーサーカーを一睨みすると、突如として燃え上がる魔力を放出し、限界まで高めていく。

 

 

「神々の王の慈悲を知れ」

 

 

 ランサーはゆっくりと浮き上がりながら、言葉を並べ黒く巨大な槍を天高くつき上げる。

 

 

「インドラよ、刮目しろ」

 

 

 その槍は神が慈悲として与えた槍。

インドラが黄金の鎧を奪う際に、その潔さを称えて代わりに渡された槍。

 

 背にある赤い片羽根が、ゆっくりと開き伸びていく。

そして、片羽根から炎が放出されると、一対の炎の翼へと変化した。

 

 

「絶滅とは是、この一刺」

 

 

 その一撃は、全てを滅ぼす光と熱。

膨大な光と熱は槍の穂先へと集まり、巨大に膨れ上がってく。

 

 さらに、背の翼からも光と熱が帯び、太陽のごとき光を後光のようにきらめかせていた。

その光景はまるで、天に輝く太陽を相手にするかのようであった。

 

 

「灼き尽くせ、”日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)”ッ!!!」

 

 

 そのまま槍をバーサーカーへと向け、真名を宣言し開放する。

太陽のように輝く光と熱は、指向性を得てバーサーカーへと襲い掛かった。

まさに、まさにその地上の全てを焼き尽くすに相応しい、滅びの光だ。

 

 

「すげぇなこりゃ! だがよォッ!!」

 

 

 誰もがその光景を見たならば、絶望するだろう。

されど、されどバーサーカーは、むしろ奮い立ち武者震いすら感じていた。

 

 とんでもねぇ相手だと思ったが、本当にとんでもねぇ。

こんな相手滅多にいねぇ、だからこそ、こっちも本気を出すしかねぇ。

 

 

「一撃! 必殺!! 黄金衝撃(ゴールデンスパーク)ッッッ!!!!!」

 

 

 大地を蹴り上げ、バーサーカーは音速で飛び上がる。

蹴られた石畳は衝撃で砕け散り、クレーターが出来上がった。

 

 そして、バーサーカーは一転集中させた黄金衝撃(ゴールデンスパーク)日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)を迎え撃つ。

 

 巨大な太陽へと突撃するかのように、バーサーカーは鉞を振るい上げ、その真名を力強く解放する。

 

 黄金喰い(ゴールデンイーター)はバーサーカーの怒号に呼応し、巨大な鉞の刃を振動させ、雷鳴を轟かせて龍神の雷を解き放つ。

 

 

 光の渦と爆発する雷、その両者が衝突し、魔力の衝撃が発生した。

周囲の石畳は吹き飛び、建造物が溶解。もはや地獄のような光景へと一瞬にして変貌していた。

 

 

「なんつー無茶な……!? 押し返せるってのかよあんなもんを!?」

 

 

 ロビンはその神々の戦いに等しい光景を、ただただ仰天しながら見ていた。

されど、あの鉞だけで、地上を、神をも滅ぼせそうな一撃を、どうにかできるとは思えなかった。

 

 

「グググゥゥゥゥ…………ッ!!」

 

 

 そのロビンの不安通り、バーサーカーは押され始めていた。

灼熱の光に全身をさらされながらも、黄金喰い(ゴールデンイーター)で巨大な光を断ち切るように押さえつけている。

 

 されど、されど押せども押せども、その倍の力で押し返されるのみ。

なんて相手だ、まるで本当にお天道様と戦っているかのようだと、バーサーカーすら錯覚していた。

 

 

「ウウウウオオオオオォォォォォォッッッ!!!!!!」

 

 

 だが、だがだが、バーサーカーは諦める気などない。

全身全霊を賭して、この一撃を乗り越えなければならないからだ。

これを超えた先にこそ、完全なる勝利がある。そのためには、ここで散るわけにはいかない。

 

 

黄金(ゴールデン)ッッ!! 衝撃(スパーク)ッッ!!!」

 

 

 大声で叫びながら、バーサーカーは再度、宝具の真名を怒号のように解き放つ。

雷に覆われた鉞は、さらなる雷を受けて、まさに龍のごとく灼熱の光へと噛みつき抗う。

 

 

「グウウウオオオオオォォォォォオオオォォッッッ!!!!!!!」

 

 

 しかし、しかしだ。しかし、その雷すらをも、光の渦は飲み込まんと襲い掛かる。

光と熱は雷すらも喰らい、バーサーカーは叫び声とともに、光の中へと消え去っていく。

 

 その光は墓守り人の宮殿へと接近するも、直撃だけはさせぬと言う意思が働き、軌道をそらして天へと昇って行った。

 

 

「――――是非もなし」

 

 

 全ての光を打ち尽くしたランサーは、ぽつりとそれを口からこぼすと、力尽きたかのように空から落ちていく。

赤く輝いていた翼は、花が散るかのように砕け散り、ランサーは力を失ったかのように地面へと足をつけた。

 

 

「や……やられちまったってのかよ……、バーサーカーのやつ…………」

 

 

 ロビンはバーサーカーが消滅してしまったと感じ、冗談ではないと思い歯を食いしばり首を下げ、目をつぶって悔やむ。

豪胆で快男児のバーサーカーが消えたなど、ロビンとしても受け入れきれない様子だった。

 

 

「……いえ、まだです」

 

 

 がっ、ロビンのマスターたるナビスは、バーサーカーは未だ健在だと声を出す。

その声てハッとしたロビンが顔を上げれば、天高くからあの男の声がした。

 

 

「――――黄金(ゴールデン)ンンンッ! 衝撃(スパーク)ウウゥゥゥッッッ!!!!」

 

 

 天から降り注ぐ一筋の稲妻。

怒れる龍のごとき雷鳴とともに、バーサーカーの宝具は再度真名を開放。

天から降り立つ龍神のように、雷の嵐となってランサーへと落ちていく。

 

 そのバーサーカーの姿は、両腕を燃やしたかのように真っ赤にし、白い勾玉を三つ片腕ずつに浮かせていた。

 

 これぞ赤龍の尺骨。バーサーカーの両腕に眠る、龍神の力。

それを解き放つことにより、灼熱の光を乗り越えたのだ。

 

 

「グウゥゥッッ!!!??」

 

 

 そして、バーサーカーの一撃はランサーを捉え、ランサーの右肩から右わき腹までを斬りえぐった。

さらには雷の光と熱も加え、その衝撃でランサーは吹き飛ばされて荒くれた石畳に叩きつけられたのであった。

 

 

「ハァ……ハァ……。スゲェ衝撃(インパクト)だったぜ…………。だが……オレの勝ちだったな」

 

「まさか、しのぎ切るとは…………」

 

 

 ランサーへとまんまと一撃を食わせたバーサーカーであったが、白いシャツやムキムキの肉体があちこち焦げており、サングラスも砕け、普段サングラスで隠れていた美しい碧眼が覗いていた。

 

 疲労や消費も激しかったようで、流石のバーサーカーすらも肩で息をし、腕をだらりと下げて前のめりだ。

 

 また、ランサーも今のダメージにて疲労困憊の様子で、バーサーカーを見ていた。

なんということだろうか、あの最大最高の一撃を受けてなお生きているなど、驚かざるを得ない。

 

 

「ギリギリ、本当にギリギリだったがな……。こっちも全力全開でなきゃ消滅してたところだったぜ」

 

「…………そうか」

 

 

 だが、バーサーカーとてあの一撃を乗り越えるのはギリギリであった。

 

 二度の真名開放と赤龍の尺骨の力を開放。

その二つと根性と負けん気、そして最後にまた根性、それが無ければ負けていたのは自分だと、バーサーカーはニヤリと笑って語った。

 

 ランサーも自分の一撃がしのがれたことを悔しく思った。

されど、全力を出してなお敗れたのなら仕方のないことだ。こちらが至らなかったと言うだけだ。

そう思いながら、少しの間目を瞑り、バーサーカーの言葉を聞いていた。

 

 

「…………こちらも、今の一撃は…………、想像を絶するほどのダメージだった…………」

 

 

 ただ、ランサーがバーサーカーから受けた一撃は、ランサーにとっても大ダメージだったのである。

治癒してくれるマスターなどおらず、全身を雷で焼かれ、右肩から右わき腹にかけて切断されるほどの重傷だ。

 

 

「だが、オレは……、ここで消える訳にはいかない…………!」

 

 

 本来ならば消滅してしまってもおかしくないほどの一撃だったが、ランサーもまた根性でそれを防いでいた。

 

 ここで倒れれば、自分のマスターがどうなるかわからないからだ。

故にランサーは、ここで消滅する訳にはいかないと再び目を見開き、両足を踏ん張った。

 

 そこでランサーは、自分とマスターの出会いをふと思い出していた。

 

 

…… …… ……

 

 

 ランサーが召喚されたのは、今から数年前のことだった。

 

 その小さな小屋の内部で、まるでおとぎ話のような光景が目に入った。

青白く輝く魔法陣から一人の男性が現れ、ゆっくりと立ち上がったのである。

 

 白い髪と肌、黒く覆われた体、黄金に輝く鎧、それと大きな耳輪。

そして、胸の中央に光る赤い宝石のようなものに、背中には炎が燃えるかのように靡く真っ赤な外套。

 

 あまり太くはないがしっかりと筋肉が付いており、武術の心得があるその肢体。

その姿から神話に聞こえし英雄、その一人だと言うことを告げているようであった。

 

 

「召喚に応じランサーのクラスとして参上した。我が真名はカルナ」

 

 

 その魔法陣こそ英霊召喚の儀式であった。

また、この英雄然とした男は、自らをランサーのクラスと言葉にし、真名を口にした。

その英雄の真名は()()()と言った。

 

 ――――カルナ。

インドの叙事詩、マハーバーラタに登場する主人公格の存在であるアルジュナのライバルであり兄弟。

 

 貧しい育ちでありながらも高潔な精神を持ち、他者に対して取り繕うことのない率直な言葉を発する、黄金の鎧があるかぎり不死身の肉体を持つ英雄。

 

 姦計によって肉体と同化している黄金の鎧を剥奪され、アルジュナによって謀殺に近い形で討ち取られ、最期を迎えた悲劇の英雄。

 

 

「――――お前がオレのマスターか?」

 

「え? あ……、その…………、よくわかんないけど……、……たぶん? ……かも……」

 

「……承知した」

 

 

 ランサー、カルナがマスターと思われる人物を見てそれを問う。

ただ、内心カルナは驚きを感じていた。マスターと思われる人物は、5歳ぐらいのまだ年端もいかぬ少女だったからだ。

 

 赤茶けた長い髪を持ったとてもかわいらしい顔つきの少女で、驚きの眼をしながら、まだあどけない様子を見せていた。

また、その小さな手の甲にはしっかりと礼呪が浮かび上がっており、マスターであることを証明していた。

 

 ――――当然、このマスターとなった少女も転生者である。

されど転生者とて千差万別というものだ。

 

 この少女は幼くして死んでしまい、転生させられた存在だった。

特典もわからぬままくじで選び、それが英霊召喚を行う黄金の呼符だった。

 

 この呼符もランダム召喚であり、召喚対象を選ぶことができないやつだ。

それでも対象を選んで召喚する特典と違い、令呪を得ることが可能だった。

 

 5歳になった今特典が解放され、少女はふと思い出したかのようにそれを使った。

それで数多く存在する英霊の中から、呼び出されたのがランサー・カルナであった。

 

 

 マスターらしき少女は、ランサーの登場や問いに驚きつつも、あまりわかってない顔をしながら、たどたどしい態度で言葉を濁しつつ小さくこくりと縦に頷いた。

 

 それを見たランサーは、少女との繋がりを確認すると、小さく承諾の言葉を述べる。

 

 

「……マスターは一人なのか?」

 

「うん……」

 

 

 そこでランサーは、ふと気になることをマスターの少女へと質問した。

その質問は至極真っ当なもので、幼いマスターが一人でいることに疑問を感じたからだった。

 

 いや、一人でひっそりと、召喚をしているのではないかとランサーは考えた。されど、近くには目の前の少女以外、誰の気配も感じることができなかったのだ。

 

 マスターの少女は一人かと聞かれれば、寂しげな表情で小さく頷く。

なんと、この少女は小さいのにも関わらず、親兄弟や親戚などもなく、たった一人で生きているというのだと言うではないか。

 

 少女は親を早くに失い、一人でここで生活しているようであった。

幸いにも近所の人たちがある程度の世話をしてくれているらしく、生活に苦労することはなかったようだ。

 

 

「そうか……」

 

 

 ただ、その事実にランサーはショックだった。

こんな小さな子が親を失って寂しく生きているということは、ランサーとしても許しがたい事実であった。

 

 ランサー、カルナとて母親に捨てられ川に流されたが、それでも拾われ育てられた。

だと言うのに目の前のマスターは、たった一人。こんな寂しく悲しいことはないとランサーは思ったのである。

 

 

「オレではマスターの親の代わりにはなれないが、兄弟の代わりぐらいにはなれるだろう」

 

「本当?」

 

「ああ」

 

 

 であれば、自分がその部分を埋めねばなるまい。ランサーはそう理解した。

されど、自分が親になるなどおこがましいにもほどがある。

 

 故に、親ではなく兄としてマスターの少女に接しようと考えた。

いや、兄弟ですらおこがましいとさえ、ランサーは思うのだが。

 

 マスターの少女にそれを言えば、キョトンとした顔で聞き返してきた。

その目は何かを期待しているような、期待してもいいのだろうかと言うような目であった。

 

 ランサーは少女が寂しかったのだと理解し、小さくも優しい声でそれを肯定した。

少女はその後嬉しそうに笑い、ランサーへと抱き着いてきた。

 

 そこでランサーはこの小さなマスターを守ることを心に誓った。

いや、ランサーにとってマスターを守り抜くことは当然だと思っている。

それでも、抱きかかえれば砕けてしまいそうな小さなマスターならばなおさらだと、強く思ったのである。

 

 

 その後の少女の生活はランサー・カルナによって激変した。

ランサーは少女の面倒を見るようになり、少女もランサーにくっついて常に傍にいるようになった。

 

 また、少女は寂しさから解放されたことが一番大きかった。

とは言え、両親がいないというのはやはり寂しいものであったが、それでもランサーがそばにいるだけで充分であった。

 

 ランサーと少女の間柄は、家族のような従者のような、なんとも奇妙な関係であったが概ね良好だった。

いついかなる時でもランサーは少女のそばに寄り添い、守ってくれる存在だった。

 

 

 ――――しかし、そんな生活も長くは続かなかった。

 

 普段はいつも少女とカルナは一緒に行動していたが、今日に限ってはカルナ一人で買い物へと出かけていた。

それが運命を分けてしまった。

 

 

「カルナ!!」

 

「動くな。この娘がどうなってもよいのか?」

 

「…………」

 

 

 ランサーが買物から少女の住まう家へと帰れば、何者かわからぬ複数の大人が少女をかこっていたのである。

そして、彼らはあろうことか、少女を人質に取ったのだ。

 

 少女は人質にされ大人につかまり体を震わせながら、ランサーの名を叫ぶように呼ぶ。

その少女を羽交い絞めにした見知らぬ大人は、カルナを脅し始めた。

 

 ランサーは少女を一人にしてしまったことを、心の奥底から後悔した。

普段は買い物すらも一緒にしていたが、今日に限っては自分一人でいいと言って一人で買い物に出てしまった。

 

 それが失敗だったと、この状況になって過去の自分の判断の甘さを悔やみながら、黙って大人の言葉を聞いていた。

 

 

「この娘の力が我々には必要なのでね。手荒な真似はしたくない。おとなしくついてくるのなら何もしないことを誓おう」

 

「…………いいだろう。お前たちの言葉に従おう」

 

 

 その近くで彼らの様子を見ていたその仲間と思わしき白髪で赤い外套の男が、ランサーへと要求を述べ始めた。

彼が言うには何故か自分のマスターに用があり、どこかに連れていきたいようだ。

 

 ランサーはその気質からか、それもまたよしとする性格だった。

自分のマスターが無事ならばと、彼らの要求を飲むことにした。

 

 

「か……カルナ……」

 

「マスターよ、オレでは気が利く言葉など出せないが……」

 

 

 少女は不安げな声色でカルナを呼ぶと、ランサーは静かにその重たい口を開いた。

 

 

「マスターの無事はオレが保障しよう」

 

 

 そして、ランサーは少女を安心させるかのように、優しい声で大丈夫だと言う。

 

 

「だから、どうか安心してほしい」

 

「う、うん……」

 

 

 そうだ、どんなことがあっても、絶対にマスターを傷つけさせたりはしない。

自分が泥を被ろうがこの身が砕かれようが、絶対にマスターを助け出すと、ランサー・カルナは心の奥で決意を固めた。

 

 いや、ランサーはマスターの少女に出会ってから、すでにそう決めていた。

この幼くか弱いマスターの幸福を願っていた。

 

 少女はランサーの言葉に多少安心したのか、体を震えさせるのをやめたようだ。

されど不安が完全に拭えたわけではなく、不安げな表情でカルナを見ていた。

 

 こうして少女とランサーは完全なる世界へと招かれ、墓守り人の宮殿へと入ったのだった。

 

 

…… …… ……

 

 

「……アンタのマスターのことか」

 

「………………」

 

 

 ランサーが気合で倒れないようにしているのを見て、バーサーカーはふとマスターと口にした。

その言葉にランサーはぴくりと反応するも、無言のままだ。

 

 

「…………あの男(アーチャー)から全部聞いたぜ」

 

 

 また、バーサーカーはランサーのことも、その現状もアーチャーから聞いていた。

そこで無言のままこちらを見ているランサーへと、バーサーカーは語りだした。

 

 

「それであの男からの取引を受けたことも……」

 

 

 ランサーはアーチャーと取引を行っていた。

その内容は単純で、完全なる世界に協力するのであれば、マスターの無事を保障するというものだった。

 

 

「アンタのマスターが人質になってることも、………アンタのマスターが幼い子供だってこともな……」

 

「…………」

 

 

 そして、ランサーのマスターが小さい子供だという情報も、バーサーカーは教えてもらっていた。

 

 ランサーはバーサーカーの言葉を聞いてバーサーカーを見ているが、あえて何も答えずにいた。

表情も微妙なもので、複雑な心境を表しているようであった。

 

 

「――――だったらよ、行こうぜ?」

 

 

 が、そこでバーサーカーは、疑いたくなるようなことを急に言い出したのだ。

 

 

「マスターを助けによ!」

 

「…………何を言っている……?」

 

 

 さらにバーサーカーは畳みかけるように言葉をつづけた。

そのバーサーカーが放った言葉は、理解を超えたものであった。

それはなんと、ランサーのマスターを助けようという話だったのだ。

 

 ランサーにはバーサーカーの言葉が理解できなかった。

何故、急に敵である自分のマスターを助けようと言い出したのか、まったくもってわからなかったのだ。

 

 

「確かに今こうして、オレとアンタはガチでバトってるがよ」

 

 

 ランサーの納得してない顔を見たバーサーカーは、今の発言の理由を説明し始める。

言われてみれば今この時点では、ランサーと自分は敵対して戦っている訳でもある。

 

 

「別に憎しみあってバトってる訳でも、聖杯巡ってバトってる訳でもねぇ」

 

 

 とは言え、自分自身はランサーに憎悪を感じている訳でもなく、何かを求めて争っている訳でもない。

ロビンが襲われていたから割って入り戦っただけにすぎない。

 

 

「アンタはただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 さらに、バーサーカーは一つの真実を大きく言葉に出した。

それはランサー自身も、アーチャーの取引という楔のみで、戦っていることを。

 

 

「んでもって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そして、その取引相手だったアーチャーは、もう完全なる世界(そっち側)ではなく、自分たち(こっち側)についている。

 

 

「だからアンタは、別にもうオレらと戦う理由もねぇし、必要もねぇって訳だ」

 

「……」

 

 

 つまりバーサーカーが言いたいこととは、もう自分たちと戦う必要性も理由もない、ということだった。

 

 ランサーはそれを聞いて、静かにバーサーカーを見ていた。

それはバーサーカーが何を考えてこんな発言をしているか、見極めるためであった。

 

 

「それに今、決着(ケリ)はついたようなもんだろ?」

 

「ああ……、非常に悔しいが…………、この戦いの勝者はお前だ……」

 

 

 また、この戦いの勝敗はすでについていると言っても過言ではない。

どちらも死力を尽くして戦った。最大最強の一撃で一騎打ちした。

それを突き破って一撃入れたのは、バーサーカーの方だった。

 

 であれば、勝利者はバーサーカーだ。

ランサーはそれを悔しく感じながらも、素直に認めた。悔しいのは自分が至らなかったことも含めてだが。

 

 あの一撃をしのぎ、自分に一撃を与えたのだ。

さらに、こちらも先ほどの一撃を受けて、気合と根性で立っているのがやっとなのだ。

もはやこちらが敗北したも同然だった。

 

 

「だったらもういいじゃねぇか! 今日の敵は明日の友って言うだろ?」

 

「…………お前は……、それでいいと言うのか……?」

 

 

 ならば、勝敗が決したのであれば、もうこれ以上戦う必要はない。

バーサーカーはニカっと笑いながら、そんなことを豪語しだしたのだ。

 

 されど、ランサーはバーサーカーの碧眼を見ながら、問いを述べる。

ここで死ぬ気はさらさらないが、とどめを刺さずともよいのかと。

何故協力するようなことを言い出したのかと。

 

 

「いいに決まってんだろ? はなっからそのつもりだったんだからよォ!」

 

 

 しかし、しかししかししかし、バーサーカーは豪胆に笑って言う答えはただただ一つしか存在しない。

あの時、アーチャーとやらからランサーの事情を聴いた時から、すでに答えは決まっていた。

助けるのは当たり前だろ? それだけだった。

 

 

「オレはなぁ……。ガキがアブねぇ目に遭ってるってのが、最高に気に食わねぇんだよ」

 

 

 そして、何故そう考えたかという理由を、バーサーカーは言葉にする。

つまるところ、ランサーのマスターたる幼子が、危機的状況というのが許せないのだ。

子供を人質にしている連中が、最高に許せないのだ。

 

 と言うのも、これほどの無茶をやってまで、ランサーを止めたかった理由がこれなのだ。

ランサーと戦ってそして生かし、マスターに再び会わせたかった。

 

 だからこそ、ここでバーサーカーがランサーに勝つ必要があった。

ランサーに勝って納得させ、説得する必要があったのだ。故に、バーサーカーとてさの一撃で消し飛ぶわけにはいかなかった。

 

 全ては悲しむものを生み出さないために。

ランサーとそのマスターが、もう一度幸せに生きられるようにするために。

 

 

「…………そうか」

 

 

 ランサーは、しかめっ面をしてそう説明するバーサーカーの透き通るような目を見て、静かに目を瞑った。

この男の言っていることは嘘ではない。本気で自分のマスターの安否を心配している。

 

 いや、マスターのことだけではない。

その中には自分すらも含まれていることを、ランサーは薄々感じていた。

 

 バーサーカーの言葉に納得したランサーは、ぽりと一言こぼし、彼の言葉を信じることにした。

 

 

「…………オレは万が一お前たちに倒されるのであれば、お前たちにマスターを託すつもりでいた」

 

 

 そこでランサーは、今まで考えてきたことを、静かに語りだした。

 

 ランサーはこの戦いにて負けたのであれば、バーサーカーたちにマスターの保護を頼もうと思っていたのだ。

とは言え、簡単に負ける気などなければ、マスターのために負けるなどと言う失態はしないとも強く心に刻んでいたが。

 

 

「故に……、お前がそう言うのであれば、おこがましい話ではあるが…………、むしろこちらから願い出たい」

 

 

 が、バーサーカーたちが自分の味方になると言うのならば、むしろそれは願ってもないことだ。

 

 ただ単純に殲滅だけをすると言うのならば、相手が組織だろうが国だろうが、かまわず叩き潰す気概は存在する。

 

 されど、マスターを人質にとった相手、しかも組織を敵に回すのは、一人ではリスクが高いと判断していた。

故に、慎重に行動して隙を伺うことにしていたのである。

 

 

「――――オレのマスターを救ってほしい」

 

 

 で、あるならば、彼らのようなものが助けてくれるなら、かなりありがたいことだった。

だからこそランサーは、自分のすべてを賭けて助力を願い出る。

 

 全ては我がマスターのため。幼きマスターの幸せのために。

 

 

「はっ! 頼まれなくたってやってるぜっ!」

 

 

 そして、ゆっくりと頭を下げたランサーにバーサーカーは、そんなことなど不要と豪語した。

 

 バーサーカーはアーチャーの助言を聞いたときから、すでにこのことを決めていた。

幼きマスターのために戦っているランサーに感銘を受け、どんなことがあろうとも、ランサーのマスターは必ず助けると。

 

 

「まあ、確かに子供が人質に取られてんのなら、助けに行かなきゃいけねぇでしょ」

 

「……当然のことです」

 

 

 また、ロビンやナビスもバーサーカーと同じ気持ちだった。

ロビンの前のマスターもまた、幼き日のナビスを救うために犠牲になった。

 

 前のマスターがやったように、同じく幼子を助けたいと思うのは当然だった。

それに幼き子供が人質になっているというのが、許せないという気持ちも強かった。

 

 それはナビスも同じだ。

ナビスも20年前、完全なる世界に囚われて操られ、自分のサーヴァントをいいように使われたことがあった。

その過ちを二度と繰り返さないためにも、ランサーのマスターを助けたいと思ったのである。

 

 

「そうか……、そうか……」

 

 

 彼らの温かい言葉を聞いて、ランサーは静かに微笑む。

自分の事情など気にする必要もないのに、それを自分たちの問題のように対応してくれている彼らに、強い恩と優しさを感じたのだ。

 

 こうしてランサーとバーサーカーの戦いは一時的に中断され、協力体制という形をとることにした。

そして彼らは、ランサーのマスターを助けるべく行動を開始するのであった。

 

 



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百七十九話 嵐の中心点は

 

 

 

 アスナは急にネギと小太郎が消え、戸惑った様子を見せていた。

 

 

「何……、これはどうなってんの!?」

 

 

 突然敵らしき男に襲われたら、気が付けば二人が消えていたのだ。

まったく理解できない状況に、アスナは混乱したのである。

 

 

「あんた、いったい何をしたの!? 二人はどこへやったのよ!?」

 

「……教えるわけないだろう?」

 

 

 また、急にネギと小太郎が消えたのを見て、目の前の男が二人をどこかへ移動したとアスナは考えた。

 

 そんな怒りに任せたアスナの問いを、涼しい風のように流す敵対するなぞの男。

何をやったかなんて教えるわけがないのだ。自分の能力をわざわざひけらかすアホな真似などしないのだ。

 

 

「『保険』は必要だ。観念してもらおうか」

 

「そうは問屋が卸さないわよ!」

 

 

 さらに、男は保険と言葉にした。

つまるところ、すでに『本命』が存在し、アスナを『予備』にするということだ。

 

 が、アスナとて簡単につかまる気などさらさらない。

瞬時にかんかの気を練り、ハマノツルギで男へと切りかかった。

 

 

「ハアッ!」

 

「D・4・Cッ!!」

 

 

 アスナは思いきりハマノツルギを、上段から叩きつけるように振り下ろす。

 

 男は振り下ろされるハマノツルギを見ながら、また一言『能力名』らしき言葉を述べる。

 

 

「えっ!? 消えた!?」

 

 

 そして、ハマノツルギが男に直撃した、と思ったその瞬間、再び驚くべきことが起こった。

なんと、捉えたはずの男が、目の前から姿を消したのだ。

 

 

「……」

 

「ハッ!?」

 

 

 また、消えた場所から少し離れた場所から、男がヌッと生えてきた。

その手には拳銃が握られており、アスナへと向けて静かに発砲したのだ。

 

 アスナは男の気配を察知し、振り向けば、すでに男が拳銃の引き金を引いた後だった。

 

 

「ぐっ!?」

 

「寸前でかわしたか。勘のいい女だ」

 

 

 とは言え、咸卦法を用いた咸卦の気で強化してるアスナは、即座に判断して後ろへと飛び込み弾丸を回避。

ギリギリのスレスレであったが、弾丸は命中することなく、そのまま遠くへ来ていった。

 

 男は今のタイミングでの射撃を回避されるとは思ってなかったようで、少しだけ驚いた様子を見せていた。

 

 

「何がどうなってんの……?」

 

 

 アスナはこの状況がまったくもって理解できなかった。

攻撃したら男が消え、別のところから現れて攻撃してきた。

何が何だかわからないと、驚きの表情を見せることしかできなかった。

 

 

「こんの……!」

 

「D・4・C」

 

 

 それでも、ただ混乱しているだけでは敵を倒すことはできない。

アスナは再び別の場所から現れた男へと、ハマノツルギを振り下ろす。

 

 が、男はまたまたその言葉を口にすれば、ハマノツルギに接触したとたん、その場から消えていった。

 

 

「また消えたっ!?」

 

 

 再び男が消えたのを見たアスナは、すぐさま周囲をうかがった。

 

 さっきも消えた後に別の場所から現れた。

また同じように別の場所から攻撃してくることを予見し、警戒したのだ。

 

 

「くっ!!?」

 

 

 その予想は当たったようで、再び男が少し離れた場所から現れ、拳銃を発砲してきた。

アスナは放たれた弾丸をハマノツルギでガードし、一歩後ろに下がる。

 

 

「ただ闇雲に攻撃するだけじゃ、ダメみたいね……」

 

 

 もう二度ほど同じことを繰り返している。

 

 ハマノツルギを振り下ろせば消える。

妙な感じを察したアスナは、ただただハマノツルギを振り下ろすだけではだめだと理解した。

 

 

「ふん。無駄なあがきはやめておけッ! 小娘ッ!」

 

「なんの!!」

 

 

 されど、男は未だ余裕の表情で、アスナへと無駄だと言う。

自分の能力の謎が解けないかぎり、アドバンテージは崩れないことを知っているからだ。

 

 男は再び拳銃を発砲するが、アスナはそれを簡単に回避し、瞬動にて一瞬にして間合いを詰める。

 

 

「よけた……!?」

 

 

 アスナは今度はハマノツルギを横なぎに振るえば、男は体をそらして回避に専念したのだ。

 

 先ほどから回避なんてしなかった男が回避したのを見て、アスナは驚いた。

そして、その違いに何かあると、少しずつ察してきたのだ。

 

 

「くらえ! D・4・Cッ!!」

 

「ヤバっ! ……このっ!」

 

 

 だが、男も反撃として『能力名』を叫べば、見えざる何かがアスナを襲ったではないか。

アスナは目には見えない謎の力を察したのか、それを回避して再びハマノツルギを男へと振り下ろした。

 

 

「消えた……!」

 

 

 すると、男はまたしても消えた。

 

 

「さっきから同じパターンで消えてる……。何か法則があるってこと……?」

 

 

 しかし、アスナとて何度も男が消える場面を目撃し、それにはパターンがあることに気が付き始めていた。

 

 

「っ! そこっ!!」

 

「なにっ!?」

 

 

 故に、注意深く周囲を観察していれば、少し離れた場所から男が現れたではないか。

 

 アスナはすぐさまそこへ瞬動を用いて移動し、横なぎにハマノツルギを振りぬいたのだ。

 

 男は出てきたところを出待ちされたような状態となり、咄嗟に回避することもかなわず、その一撃をその身に受けたのであった。

 

 

「うぐうぅ!?」

 

「当たった……!」

 

 

 横なぎに振りぬかれたハマノツルギは、男の胸を横一文字に切り裂き、男はその衝撃で軽く吹っ飛んだ。

 

 ここで初めて自分の攻撃が命中したのに驚いたアスナだったが、当てれることを理解して喜びの顔を見せた。

 

 

「くっ……!」

 

「逃がすもんですか!」

 

 

 男は今の一撃を受け、不利を感じたのか逃走を図りだした。

だが、アスナは逃がす気などさらさらなく、後ろから瞬動で追いかけ、再びハマノツルギを横なぎにぶん回す。

 

 

「はぁっ!!」

 

「ガハァ!?」

 

 

 アスナが思い切りハマノツルギを薙ぎ払えば、男の背にも横一文字の傷を増やした。

 

 男は今の一撃で痛みによるうめき声をあげると、地面にごろごろと転がり動けなくなった様子を見せたのである。

 

 

「観念してもらうわよ!」

 

「ハァ……ハァ……。まっ、まさか……、これほど強いとは……予想外だ……」

 

 

 すかさずアスナは、前のめりに倒れた男の顔の前へと立ち、自分の勝利だと勝ち誇った。

 

 男もアスナの顔を見上げながら、こんな馬鹿なと言う表情を見せていた。

この男も転生者であり、原作知識が存在する。

 

 まさか、あのアスナがこれほどまでに脅威になっているとはわからず、予想以上のアスナの強さに度肝を抜かれたようだった。

 

 

「だが、お前は俺の能力の”謎”を解かぬ限り、()()()()()()()()()

 

「だったら教えてもらおうじゃない」

 

「言うわけないだろう、小娘風情が」

 

 

 されど、男はこの程度で負けたなどと思っていない。

むしろ、まだまだ自分が有利であることを理解し、この程度じゃ負けてないぞと自信たっぷりに宣言する。

 

 男が能力の謎のことを言えば、アスナはならば今すぐそれをしゃべってもらうと言葉にする。

だが、当然男は能力の謎をしゃべる訳がないと、アスナへ向かって吐き捨てる。

 

 

「むしろ、俺はお前のことは色々知っているぞ。知られたくないような秘密もな」

 

「はあ……? 何よそれ……!?」

 

 

 さらに、男はアスナの秘密を知っていると言い出したではないか。

それも、他人に知られたくないような内容の、と。

 

 それを聞いたアスナは、はったりだと考えながらも、少しビビった様子でそれを聞く。

 

 

「クックックッ、お前さぁ、…………その齢で、………………()()()()()んだって……なァ?」

 

「なっ、何がよ……!?」

 

 

 すると、男は小さくクツクツと笑いながら、静かに口を開いた。

その内容とは、アスナの年齢で、まあ実年齢100歳以上だが、肉体年齢的には15歳ぐらいで、()()()()()と言うではないか。

 

 それを聞いたアスナは、大きく反応し「嘘、冗談でしょ?」と言う顔でさらに詳しく聞き出そうと問いを言葉にする。

 

 

「そりゃぁ……、お股の……アレの……、んっんっ」

 

「っっっ~~~~~~!!!!」

 

 

 男はアスナにそう言われ、ニタニタと笑いながらその事実を口に出した。

それはすなわち、その、アレだ。がっつりと原作の漫画に描かれていた事実のことだ。

つまり、そう、アスナがパ〇パ〇と言う事実だ。

 

 それを聞いたアスナは、耳まで顔を真っ赤にし、言葉にならないような悲鳴を上げた。

 

 そりゃそうだろう。

クラスメイトぐらいしか知らないような女性としての秘密を、知らない男に知られていたのだ。

恥ずかしくて死にそうにもなるだろう。

 

 

「こんのオォォッ!!!」

 

 

 故に、アスナは恥ずかしさを怒りに変えて、ハマノツルギを男へと振り下ろした。

 

 

「そうだ。それでいい」

 

 

 だが、それこそが男の狙いだ。

あえて挑発めいたことをしゃべり、アスナを激高させるのが目的だったのだ。

 

 

「D・4・C」

 

 

 さらに、激高してハマノツルギを振り下ろさせるのが目的だった。

振り下ろされれば、()()()()()()()()()()()()

 

 

「っ!? またしても消えた!?」

 

 

 そして、ハマノツルギは石畳へと衝突し、突き刺さった。

しかし、そこには先ほど倒れていた男の姿が忽然として消えたのである。

またしても、またしても消えたのだ。

 

 

「横に振れば当たったけれど……、今、真下に振り下ろしたら消える……」

 

 

 それを見たアスナは、男が消えるメカニズムを察し始めた。

横に当てれば消えないが、真下に当てると消えるということに。

 

 

「それから、ずっと違和感を感じてたけど……、ここは静かすぎるわ……」

 

 

 他にも、ようやく落ち着いたら別のことも気になり始めた。

何故ならば、()()()()()()()()()()()()

 

 

 下ではエヴァンジェリンたちが戦い、近くでも他の仲間が戦っている。

派手に戦闘してるはずなので、多少なりとてそういう音が聞こえてきてもいいはずなのだ。

 

 だというのに、この場所は無音に等しい。

まるでさっきの男と自分以外、人がいないような、そんな状況だと感づき始めていた。

 

 

「……ふん、()()()()()()。ずいぶんと正解に近づいたじゃあないか」

 

「なんですって!?」

 

 

 そこへ男が再びどこからともなく現れ、よくやるなと言う顔で、謎が解け始めたことを言いだす。

 

 アスナはその男の言葉に反応し、声を大きくして叫ぶ。

やはりこの違和感は間違っていなかった、これこそ謎を解く鍵なのだと。

 

 

「だが、その程度じゃあ、お前はここから帰れない」

 

「さっきから()()()()なんて、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 

 しかしだ、未だ謎は全て解き明かされた訳ではない。

全ての謎が解明できなければ、この場から()()()()()()()()()、と言うように男は語る。

 

 その男の言葉に、アスナはさらに察したようだ。

帰るとか帰らないとか言っている。この場所がまるで自分がいた場所とは違うみたいに言うことに、違和感を覚えたのだ。

 

 

「そうだ。ここは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

「なっ……どういうこと……!?」

 

「それは自分で考えるのだな。まあ、俺はお前を逃がす気はないが」

 

 

 男はそれをあたりだと述べ、正解を口に出す。

そうだ、この場所は本来の場所ではなく、厳密には()()()()()()()()()()()なのだと。

 

 アスナはその答えに、一体何を言っているのかと混乱した顔を見せた。

当然である。急に隣の別の世界、などと言われても、すぐに理解できるはずがないからだ。

 

 男は混乱するアスナへと、そこまで教えるわけないだろ、と捨てるように吐く。

自分は敵であり、謎をすべて語るなんて馬鹿な真似などするはずがないのだから。

 

 

「…………だからネギたちが消えたように見えたのね!?」

 

「わかってきたじゃあないか」

 

 

 が、混乱した頭を整理したアスナは、この状況を理解した。

隣の別の世界、並行世界へと()()()()()移動したからこそ、近くにいたはずのネギや小太郎が消えたように錯覚したのだと。

 

 男は理解の早いアスナを見て、ほう、と言う顔を見せた。

原作のアスナはあまり頭が良い方ではなく、むしろおバカだ。

原作のままならばたぶん理解できてないはずだろう。

 

 されど、目の前のアスナはそれを今の言葉だけで正解へとつなげた。

すなわち、目の前にいるアスナは、原作とは違っておバカではないということを、男も理解したのである。

 

 

「それに…………、あんたの傷、いつの間にか治ってる……!?」

 

「そういうことだ。さっさと諦めたほうがいいぞ」

 

 

 さらに、アスナは別のことにも気が付いた。

先ほど攻撃してダメージを与えた男が、気が付けば無傷になっていたからだ。

服も何もかも綺麗さっぱり元に戻っていたからだ。

 

 男はそのこともあえて言わず、むしろ自分の肉体は再生するような感じの態度で、アスナを諦めさせようと言葉にする。

 

 

「だとしても、諦める訳がないでしょ! 謎を解いてネギたちのところへ帰るんだから……!」

 

「無駄なあがきを……」

 

 

 しかしだ、その程度で諦めるほど、アスナは折れちゃいない。

この程度で折れるほど、精神やわじゃない。

 

 アスナはまだまだ元気という態度で、みんなのところへ帰ると宣言し、諦めていないことを男へと示す。

 

 いやはや、ここで折れてれば楽なものを、と男は憎々しげにアスナを睨む。

ここで止まっていれば疲れはしないというのに、なんともあきらめの悪いことかと。

 

 こうして、二人の戦いは、まさに再開という様子で再び始まったのである。

 

 

…… …… ……

 

 

 一方、アスナが消えた場所では、ネギ&小太郎と『フェイト』が戦っていた。

 

 

「どうした? 君はその程度だったのかい?」

 

 

 『フェイト』は当然強かった。

地属性の魔法に体術、どちらも一流どころか超一流。

しかも、曼荼羅のような障壁が攻撃を阻み、防御も完璧だ。

 

 そんな『フェイト』に押される二人は、その強さに戦慄を覚えた。

 

 

「やっぱり強い……!」

 

「ああ……、思っていたとおりや」

 

 

 とんでもなく強い。予想通りだ。

小太郎もネギも、多少の傷を作りながら、『フェイト』を見ながら距離を取る。

 

 横で共闘していたフェイトを見ていた時から、それはわかっていたことだ。

石の魔法は恐ろしく卓越しており、あれを受ける側になったら、と二人とも少しだけ考えたことがあったからだ。

 

 

「…………失望したよ。もはや君なんかにこだわる必要はない」

 

 

 そんな距離を取りながら何もしてこない二人に、『フェイト』はがっかりしたと言い出した。

なんと言う弱さだろうか。これが自分が期待していた好敵手の姿か?

 

 しかも奥の手すら使ってこないナメた真似をしている。

本当に失望しかない。こんな情けない()など見たくもなかった。

 

 

「何勝手なこと言ってんねん! まだまだやで!」

 

「うん、その通りだ」

 

 

 そんな『フェイト』の言い草に、腹立たしいと言う態度で小太郎は叫ぶ。

勝手に失望して勝手に終わらせるなと。

 

 ネギもまた、自分たちは負けてない、これからだと言葉を投げつける。

 

 

「口では何とでも言える。消えてもらおうか」

 

 

 が、『フェイト』はもうこの勝負は決まったと感じていた。

もはや彼らに勝ち目などなく、自分の勝利は揺るがないと。

故に、もはや仕事の処理として、彼らを叩き潰すことにした。

 

 

「そういえばどうしたんだい? 例の闇の魔法(マギア・エレベア)は」

 

「……? 何のことです!?」

 

 

 ただ、『フェイト』にはどうしても聞いておきたい疑問があった。

それはネギがさっきからずっと闇の魔法(マギア・エレベア)を一切使っていないことだ。

 

 だが、それを質問されたネギは、意味が分からないと言う顔を見せた。

 

 闇の魔法(マギア・エレベア)なら聞いたことがある。

ラカンが教えてくれたことだ。

 

 あのエヴァンジェリンが自分用に編み出した強化魔法。

魔法を固定して自らの体に取り込む魔法だと言う。

 

 しかし、その代償は大きく、吸血鬼ではないものが使えば、闇に魅入られるとも言う。

故に、その魔法はラカンも教えてくれなかった。むしろ教えたら殺されるとまで言っていた。

 

 だから、ネギはその魔法を知っていても使ったことがないし、修得したことなどない。

その上フェイトの前でも、そんな魔法使ってないし、話したことさえないはずだ。

 

 そのため、ネギはその質問の意味を、本当に理解できない。

なんでその名前が今、この場で出たことさえ、まったくもってわからないのだ。

 

 

「? …………君の功夫(しゅぎょう)の成果だったのではないのか?」

 

「……?」

 

 

 わからない、と言う顔で困惑するネギを見て、むしろ『フェイト』もわからないと言う顔を見せた。

あの魔法はネギの修行の成果であり、()()()()()()()()使()()()()()()()()なはずだ。

 

 それを未だに見せないというのは、『フェイト』にとっては理解不可能なことだったのである。

 

 それでも、ネギもそんなこと言われたってわからない。

修行の成果? そんな魔法習得してないし、使いこなす訓練すらしていない。

まったくもってわからない。何を言われているのかと、逆に疑問を浮かべるばかりだ。

 

 

「まあいい。そうやって余裕をかましているのなら、そのまま消えてもらうだけだ」

 

 

 『フェイト』は今のネギの態度で、完全に気持ちが冷めていた。

自分にすら奥の手を見せず、ナメた態度を続ける好敵手にもうどうでもよいと感じ、義務的に処理すると宣言した。

 

 

「さっきから話がかみ合わへんぞ?」

 

「うん。やっぱり変だ」

 

 

 そんな『フェイト』に小太郎も、妙だな、と思った。

最初からすでに思っていたことだが、今の会話のかみ合わなさで、完全におかしいと理解したのだ。

 

 小太郎もネギの修業を真横で見てきた。

ネギがそんな魔法を習得したことも、訓練していたこともないのは百も承知。

だからこそ、変なのだ。

 

 しかも、目の前の『フェイト』が、それを知っているのもおかしな話だ。

何せフェイトには確かにネギの()()()()()は見せたことがある。

ここに来るときにだって使った。

 

 されど、その成果を見せただけで、いつどこで何のために習得したかは話したことなんてなかった。

それをまるで知っているかのように話されるのは、ネギも違和感しか覚えなかったのだ。

 

 

「しっかし、どないすりゃあいつの牙城を崩せるんか?」

 

「……」

 

 

 とは言うものの、目の前にいる『フェイト』はとてつもない強敵。

彼を倒す必要がある状況で、あの強敵をどうやったら倒せるか、小太郎は考えあぐねいていた。

 

 ネギもこの状況をどうにかしなければならないと、考えを巡らせていた。

はっきり言ってしまえば、今目の前の『フェイト』を相手にしている余裕はない。

 

 最後の鍵(グランドマスターキー)を探し出し、ゲットしなければならないからだ。

そのために『フェイト』を退けるのであって、倒すことなど目的ではないのだ。

 

 

「ちょっとゴメン」

 

「ん? どないした?」

 

 

 そこで、何かを思いついたネギは、ふと小太郎の左側へ移動し、右肩肩に手を乗せて顔を近づけ、こっそりと謝る。

小太郎は一体なんだとネギの方を向けば、何やら小声で話しかけてきたではないか。

 

 

「準備期間が欲しい。30秒でいい。彼を抑えて」

 

「30秒でええんか?」

 

「うん」

 

 

 そして、ネギは小太郎へと、準備のために時間が欲しいと願い出る。

小太郎は30秒と聞いて、その程度でいいのかとニヤリと笑って聞き返せば、こくりとうなずくネギがいた。

 

 

「作戦会議なんてやってる暇はないよ」

 

 

 だが、そんな悠長にしている暇はない。

作戦を立てているのを察した『フェイト』が、攻撃に転じてきたからだ。

 

 

「頼んだよ!」

 

「任せとき!」

 

 

 ネギは小太郎の肩に乗せていた手に信頼を乗せ、彼の背中を押す。

小太郎もその信頼に応えるかのように、黒い気を膨れ上がらせ、『フェイト』へと急接近していった。

 

 

「犬上小太郎か」

 

「残念そうな顔しおって!」

 

「心底残念だよ」

 

 

 『フェイト』は小太郎が相手と察し、あからさまに気を落とすような態度を見せる。

 

 そんな『フェイト』に対して小太郎も、非常に腹立たしいという言葉を拳に乗せて投げる。

 

 が、『フェイト』はその通りと言う様子で、その拳を避けて、自分の拳を小太郎の顔へと狙いを定めて伸ばす。

 

 

「その余裕の表情、歪ませたるわ!」

 

「やれるもんならだが」

 

 

 涼しい顔して見下しやがって。

ネギにご執心なのは何となくわかっていたが、こうも舐められっぱなしってのも癪だ。

 

 そのすました顔を変えてやる。

小太郎はそう宣言し、『フェイト』の拳を顔をそらしてかわし、気をさらに高めて拳を『フェイト』へ再び伸ばす。

 

 されど、『フェイト』はそれを知っていたかのように回避し、逆に左拳を小太郎の腹へとぶつけたのだ。

 

 

「ぐっ!? がっ!!?」

 

「その程度かい? 威勢だけなのかい?」

 

「はっ! ナメんなや!」

 

 

 一発だけでは『フェイト』の猛攻は終わらない。

さらに伸ばした右手を振り、小太郎の顔面にぶち当てる。

そして、少しよろめいた小太郎へと、直接体をぶつけて衝撃を与え、吹き飛ばしたのである。

 

 小太郎は苦悶の声を出しながら転がり、それを『フェイト』はつまらなそうな目で眺めながら見下したことを言う。

 

 だが、小太郎は両手を地面につけて飛び上がり、態勢を一瞬にして立て直す。

さらに、『フェイト』へ挑発仕返すと同時に、『フェイト』と肉薄するほどの距離まで、瞬動で移動したのだ。

 

 

「……!」

 

 

 今の小太郎の動作に、『フェイト』は一瞬目を奪われた。

あのネギを意識から外してしまうほどに、驚きを感じたからだ。

 

 先ほど与えた一撃は、あの程度でとどまるような軽いものではなかった。

あんなに素早く態勢を立て直し、即座に攻撃へと転じられるようなダメージではなかったはずなのだ。

 

 

「ハァッ!」

 

「なっ、くっ!?」

 

 

 それなのに、一瞬で距離を詰めてきた小太郎に、『フェイト』は驚いた。

その隙をチャンスと考えた小太郎は、強靭な気をまとった拳を『フェイト』へと叩き込む。

 

 『フェイト』は顔面への攻撃は避けれたが、二撃目の体を狙った攻撃は避けれず食らってしまう。

拳が腹部にめり込み、『フェイト』は表情を歪ませながら、数メートル後ろへと吹き飛ばされたのである。

 

 

「よぉやく驚いた顔を見せてくれおったなぁ?」

 

「…………流石に侮りすぎたか……?」

 

 

 『フェイト』の涼し気な顔が苦痛で歪んだのを見て、小太郎は溜飲が下がったとニヤりと笑う。

 

 そんな小太郎を睨みながらも『フェイト』は、相手の力量を図れなかったと、少し悔しがる様子を見せていた。

 

 

「それに、傷が勝手に癒えているのは……」

 

「こっそりネギがかけてくれた魔法や」

 

「なに?」

 

 

 だが、小太郎を観察していた『フェイト』は、別のことにも気が付いた。

先ほど見舞ってやった顔面につけた傷が、気が付けば消えていたのだ。

 

 小太郎はただの人間ではなく、半分が狗の妖怪だ。

それでもこんな超回復能力は持っていないはずだ。であれば、何故これほどまでに回復が早いのかと、『フェイト』は驚いたのだ。

 

 その答えを、小太郎が教えてくれた。

簡単だ。ネギの魔法だ。ネギが回復の魔法をかけたのだ。

ただの回復魔法ではないぞ。かけた瞬間から持続する傷を癒す魔法、リジェネートだ。

 

 『フェイト』はそれにも驚いた。

ネギが小太郎に回復魔法をかける素振りなど、一度だって見せていないからだ。

 

 そう、『フェイト』は知らないのだ。リジェネートの魔法が存在することを。

ネギがその魔法の使い手であることを。

 

 

 また、その魔法をいつ小太郎にかけたかと言うと、ネギは小太郎と作戦を立てる時、そっと小太郎の肩に手を乗せた時だ。

その時にこっそりと、リジェネートの魔法を付与していたのだ。

 

 

「んでもって、お望み通り今度はネギが相手してくれるで?」

 

「っ!?」

 

 

 こうしているうちに、小太郎がネギから言われた「30秒」が経過した。

これでようやく『フェイト』の真打の登場ってわけだ、と小太郎は笑っていた。

 

 すると、とてつもない魔力の槍が『フェイト』を襲った。

それも一瞬にしてだ。

 

 『フェイト』は障壁にてガードしたが、障壁は粉々に砕け散り、その槍を腕でとっさに掴み防御。

 

 そして、その槍の持ち主を見れば、待ち望んでいた相手が自分を睨みつけてながら、光り輝く槍を握りしめていたのである。

 

 

「ぐっ!? これは……!?」

 

「”術具融合、術式武装・改。最果ての光壁”」

 

 

 こんな魔法は知らない。

『フェイト』はかなり困惑した様子を見せた。

 

 なんだというのだこの魔法は。

ネギが使ってくるのは闇の魔法(マギア・エレベア)ではなかったのか。

その準備のための時間稼ぎではなかったのか。

 

 それに、魔装兵具と呼ばれる反物質かした魔法なら存在するし、知っている。

しかし、その魔法には似ているが、明らかに別物だった。

ならば、この魔法は一体何だというのか。

 

 そう混乱する『フェイト』が無意識に漏らした言葉に、ネギは律義に答えた。

これこそが自分が誇る最大の技、完成した「最果ての光壁」。

 

 ネギの身長の二倍ほどある巨大な光の槍。

純白に輝くランスであり、”千の雷”・”雷の暴風”・”障壁破壊”・”強化障壁”などの魔法が複合・融合された、多目的突撃槍。

 

 その融合させた魔法の数を考えれば、繊細で精密な作業が求められているのは明らかで、故に準備するのに30秒かかった。

 

 

「いきます!」

 

「それはいったい……!?」

 

 

 ネギは掴まれた穂先を振り上げ、『フェイト』の手を払いのける。

そして、距離を少しとった後、再び穂先を『フェイト』へ向け、攻撃の宣言を高らかに行ったのだ。

 

 対して『フェイト』は、未だに混乱した様子だった。

闇の魔法(マギア・エレベア)を使わず、その知らない魔法を使うネギ。

その姿とその魔法の疑問が頭を駆け巡り、何が起こっているのかと戸惑うばかりだったのだ。

 

 

…… …… ……

 

 

 誰もが戦っている嵐の外、いまだに静かな場所があった。

この魔法世界を無に帰する儀式、その中央。つまり、光の渦の中央だ。

 

 何重にも重なった円形の筒の中央に、一人の意識を失った少女が浮かされていた。

赤茶けた長い髪を持つ、白い肌を持った小さな少女。

 

 それこそが彼ら完全なる世界の奥の手。彼女こそがこの世界を消滅させる鍵の一つであった。

 

 

「世界が終わるのか、残るのか」

 

 

 その少女を、この世界の生末と重ねるかのように眺める一人の男がいた。

青年ぐらいの年齢の姿、白く短い髪を持った男だった。

 

 

「もうすぐそれがわかる時がくる」

 

 

 この戦いの結末がわかるのは、もう数時間後ぐらいであることを、男はよく知っていた。

 

 

「この『最後の鍵(グランドマスターキー)』を、果たして彼らは奪えるのかどうか……」

 

 

 そして、自分が持つこの最後の鍵(グランドマスターキー)が、誰の手に委ねられるのかを考えていた。

 

 この鍵を持つ者こそが、この戦いを制するものとなる。

消えるか残るかは、これを得たもの次第であると、男は静かに独り言をつぶやく。

 

 

「だがまあ、苦戦しているようだから、まだまだかかりそうではあるかな」

 

 

 とはいえ、この世界の崩壊を阻止せんとするものどもは、未だに戦っている。

この場所にすら辿り着けぬ彼らは、本当に世界を救えるのか、見ものだと男は笑う。

 

 

「――――雑魚狩りは飽きるものだな」

 

 

 そんな時、ふと急に自分の声以外の声が聞こえてきた。

それは男の声だ。太くはないが細くもない、そんな声が聞こえてきた。

 

 男はその声の方へと、瞬時に魔法を放つ。

暗黒に旋風、闇の吹雪だ。

 

 が、声が聞こえた場所に魔法を撃ったと言うのに、そこには人の姿形がどこにもなかったのである。

 

 

「時間停止か」

 

 

 男はふと、別の場所に気配を感じ、そちらに視線だけを送れば、何者かが自分の背後から少し離れた場所に立っていたのだ。

 

 また、男はこの感覚を察して、ぽつりと背後の男へ聞こえるようにこぼす。

 

 

「ほう、理解したか」

 

「勘が当たって何よりだ」

 

 

 背後の男、それこそディオであった。

ディオは雑魚の転生者をあらかた潰した後、この場に現れたのである。

 

 また、ディオはこの一回の時間停止で能力がバレたことに、関心の声を出した。

瞬間移動などの能力も存在するのであれば、そちらを取るだろうと思っていたからだ。

 

 男はそれをなんとなくで察したと述べる。

気配が瞬時に、全くの時間差もなく移動した。

それこそつまり、時間停止して動いたのではないかと。

 

 

「お前がここへ来たということは、裏切ったと言う訳だな?」

 

「裏切ったなどと…………、最初から仲間になったつもりなどないがな」

 

「そういうことか」

 

 

 そして、男はこのディオというやつが、完全なる世界に所属していたのを思い出し、裏切ったのだろうと語りかけた。

 

 されど、ディオは裏切った気などまったくない。

最初から味方するつもりなどなく、仲間になった事実すらないと笑いながら語るだけだ。

 

 男もそれを言われたが、逆に納得した様子を見せた。

確かに今の”完全なる世界”はチンピラの集まりみたいなもんだと、男も多少思うところがあったらしい。

 

 

「ああ、そうだ。自分が動くのであれば、一つ先に言わせてもらいたい」

 

「何?」

 

 

 ただ、男は戦うのであれば、最初に言葉にしたいものがあると、ディオへと述べる。

 

 ディオはそれは何なのかと思ったが、あえてそれを阻止しようと動くことはなかった。

 

 

「造物主の使徒、(セプテムム)。闇のアーウェルンクスを拝命」

 

「やはりそうだったか」

 

 

 そして、男はディオに、まるで学友になるかのように自己紹介を静かに言葉にした。

 

 ――――男の名は(セプテムム)

造物主の使徒と名乗り、自らを闇のアーウェルンクスと称した。

 

 本来1~6番しか存在しないはずのアーウェルンクスシリーズの七番目。

 

 ディオはその紹介で、一瞬にして目の前の男、セプテムムが何者であるかを理解した。

 

 そう、このセプテムムこそ、ディオと同じく転生者である。

 

 

「グッ!?」

 

「私はね、全てのアーウェルンクスの性能を上回る性能を”()()()()()()”存在だ」

 

 

 と、セプテムムが紹介を終えた瞬間、ディオの目の前から姿を消したかと思えば、すでに目の前へと迫ってきていた。

さらにセプテムムは掌底を行い、ディオの腹にそれを命中させ、後方へと思いっきり吹き飛ばしたのだ。

 

 時間停止などではない、超スピードでの動き。

ディオもたまらず目を見開き驚きながら、吹き飛ばされていた。

 

 これはまずいとディオは考え、時間を止めて体勢を立て直す。

すると、セプテムムはディオの方へとすぐさま向き直し、自分がどんな力を持っているのかを語り始めた。

 

 

「色々なパラメーターを最大にした”セクンドゥム”すらも上回るほどの、……ね」

 

 

 このセプテムムの得た転生特典、それはアーウェルンクスシリーズを超える力を持ったアーウェルンクスになることだ。

そして、もう一つは自分の自由意思を砕かれないこと。

 

 つまり、造物主の使徒としての使命を受け入れることなく、その力を得たのだ。

 

 

「時間停止…………、しかし時間停止中は魔法を使えないと見た。相性悪いようだな」

 

「……時間停止中は自分以外は全て停止する。精霊も呼応させることが出来んのだから当然だ」

 

 

 そう語りながら、すでに闇の吹雪をディオへと向けていたセプテムム。

しかし、ディオは時間停止を用いて、その魔法を簡単に回避して見せる。

 

 ただ、セプテムムは時間停止の欠点を一つ見抜いた。

それは時間停止中に魔法を使うことができないというものだ。

 

 ディオもそれは理解していた。

何せ魔法とは自分の魔力以外にも外部の精霊を操る必要があるからだ。

精霊が働かなければ魔法を動かすことはできない。

 

 つまり、自分だけが動ける止まった時の中では、魔法は使えないのだ。

 

 

「しかし……!」

 

「っ!」

 

 

 されど、それでも使い方はあるのも、ディオは理解している。

それをとっさに見せれば、突如死角から出現した魔法の射手1001矢に、セプテムムは襲われたのである。

 

 セプテムムはその魔法に驚きながらも、何重にも張り巡らされている障壁にて防御。

だが、畳みかけるかのように、別の方向から雷の暴風がセプテムムへと襲い掛かった。

 

 

「詠唱を完成させ、時間停止を利用することは可能という訳だ」

 

「なるほどな」

 

 

 時間停止中は詠唱をしたところで、魔法を使うことはできない。

しかし、詠唱を終えて発動する前に時間を止め、移動した後に発動させることは可能だった。

 

 今のディオの動きを見てセプテムムは、それを理解した。

それは確かに脅威であるな、と。

 

 

「しかし、この程度ではお前を倒すのはかなわんだろう」

 

 

 とは言え、相手は造物主の使途であるアーウェルンクス、それもそれらを超えた力を持つ存在。

小手先の技程度では倒すなど到底不可能だと考え、ディオは切り札を切ることにした。

 

 

「闇の吹雪×2、術式固定、掌握! ”夜天頂”」

 

 

 ディオはすでに詠唱を終え、その魔法を解き放つ。

いや、放たれはしない。両手でその魔法を握りしめ、掌握するからだ。

 

 それは闇の吹雪、それも両手にひとつづつ。

それらを掌握し、自らの肉体に取り込む。これぞ闇の魔法。

 

 肉体は魔法に彩られ闇に染まり、冷気の暴風が吹き荒れる。

髪の色も黄金から白銀に近くなり、空気中の水分が凍りだして雪となってふぶく。

 

 そして、ディオはこの魔法に夜天頂と名付け、高らかに宣言した。

 

 

闇の魔法(マギア・エレベア)ってやつか」

 

 

 セプテムムはとてつもない冷気を肌で感じながら、すました顔でディオを見ていた。

別に、特に珍しくもない、という様子であり、全くもって気にすることすらしなかった。

 

 

「だが、それなら()()()()()()()

 

 

 何故驚きすらしないのか。それは単純な理由だ。

このセプテムムもその闇の魔法が使えるからだ。

 

 

「奈落の業火、こおるせかい、術式固定、”掌握”」

 

 

 そして、このセプテムムも詠唱をすでに終え、奈落の業火とこおるせかいの二つの魔法を同時に掌握。

 

 

「”氷炎絶滅”」

 

「別の二つの魔法を同時に掌握だと……!?」

 

 

 セプテムムはこの魔法を”氷炎絶滅”と呼んだ。

肉体は青白い輝きを放ちながらも、ゆらゆらと陽炎が舞う。

 

 ディオはその状態を見て、目を見開いた。

まさか別々の魔法を両方同時に掌握し、融合させたからだ。

それも相反する炎と氷の魔法だったからだ。

 

 

「驚くところはそこじゃない」

 

 

 されど、セプテムムはそこがメインではないと語る。

すると、おもむろに片手に炎、片手に氷の魔法を出し混ぜ合わせ、片腕を伸ばし弓を弾くポーズを取り出したのだ。

また、その弓を引いた形にスパークが発生し、ディオへと狙いを定めているではないか。

 

 

「――――”極大消滅呪文(メドローア)”ッ!」

 

「なっ!? ウオオォォッッ!?」

 

 

 そして、それを叫びながら解き放った。

その名を極大消滅呪文(メドローア)と――――。

 

 ――――極大消滅呪文(メドローア)、ダイの大冒険に出てきた魔法。

炎のメラ系の呪文と氷のヒャド系の呪文を均等に保ち、融合することで完成する、メラとヒャドの極大呪文。

 

 その力は命中したものをすべて消し飛ばし、消滅させる一撃必殺の呪文。

 

 だが、セプテムムはメラやヒャドを使った訳ではない。

それらを真似て、疑似的に極大消滅呪文(メドローア)を再現しただけにすぎない。

が、再現されているだけあって、その破壊力は同等であり、触れたものを消滅させる恐るべき魔法だったのだ。

 

 そう、この魔法があるからこその”氷炎絶滅”。

氷と炎の力にて、絶対に滅ぼす魔法。

 

 

 極太のレーザーとなって向かってくる眩い輝きと名前にディオは戦慄し、咄嗟に時間を止めて回避に専念した。

その名は直撃すれば不死の吸血鬼となった自分すらも、完全に消滅させて殺せる魔法だからだ。

 

 

「時間を止めて避けたか。だが、避けきれなかったようだな」

 

「ウグッウゥ……」

 

 

 セプテムムはディオが時間を止めて回避したのをすぐさま察した。

されど、完全に回避できる余裕はなかったディオは、左腕を上腕の下からごっそりと持っていかれてしまっていた。

 

 

「まさか……、まさかメドローアとは…………」

 

「魔法方式がドラクエとは違うのだから、まあ本来はできんだろうが」

 

 

 なんということだ。

このディオは真祖の吸血鬼の力を得た。それは不死身の力だ。

だが、それをも滅ぼすほどの力、しかもメドローアなどと言うものが出されるなど、思ってもみなかった。

 

 とは言え、セプテムムも単純にメドローアを再現できるなどと思ってはいなかった。

何せ”ドラクエ”の魔法とは違うのだから、単純に真似すればできるというものではない。

 

 

「氷の魔法と炎の魔法を取り込んだこの姿ならば、ご覧のとおり可能という訳だ」

 

 

 故に、闇の魔法で氷と炎の魔法と融合し、それを成しえるために研究し、練習を重ね、調整した。

そして、完成したのが先ほど見せた極大消滅呪文(メドローア)だったのだ。

 

 

「さあ、どうする? まだ戦うのかい?」

 

「ふん、このディオに後退はないッ!」

 

 

 セプテムムは余裕の表情でディオへと問う。

この力を使う自分とまだ戦う余裕はあるのかと。

 

 そんな愚問にディオは、即座に引くという選択は存在しないと叫ぶ。

 

 

「吹っ飛んだ腕も再生したようだな」

 

「――――行くぞッ!」

 

 

 また、セプテムムがしゃべっているうちに、すでに失ったディオの左腕が再生し、元通りになっていた。

セプテムムはディオを確実に倒すのであれば、やはり全身すべてをメドローアで消滅させる必要があることを再確認した。

 

 そう余裕をこいているセプテムムへと、ディオは叫びながら時間を止めて攻撃に移るのであった。

 

 

 

 



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