うちの同居人はTASさんである。 (アークフィア)
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なお、猥雑は一切ないこととする。

 なお、自己申告である。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 同居人がTASさんである……などと呟けば、おおよその場合においては頭の病気を心配されるか、はたまたTASってなに?……みたいな疑問が飛んでくるか、大体はそんな感じで話が進むだろう。

 

 要するに、真剣に受け取って貰えることはほとんどない……ということになるわけなのだが、しかしてこれが事実である以上、俺としては主張を続けるしかないというのが悲しいところである。

 ……いやまぁ、別に信じて貰ったからなにかがある、というわけでもないのだが。

 

 

「だって、別に同居人がTASだって信じて貰えたとして、次に言われることって言えば『じゃあ、そのTASさんってのを紹介してよ』とか、そういうもんだろ?いやまぁ、これに関しては別に信じて貰えてなくても、同じようなことを言われるパターンもあるわけだぐぇ」

「ここでお兄さんの口をぶにっとすると、大体一秒ちょっと(100フレームくらい)の短縮。とても嬉しい」

「……おにひひゃんは(お兄さんは)れんれんうへいふないんらへろ(全然嬉しくないんだけど)?」

「…………」

返答保留(むごん)で乱数を回そうとするの止めない?」

「また短縮できた」ムフー

「ああはいはい、良かったねー」

 

 

 わしわしと、人の胡座の上に陣取る少女の頭を撫でてやれば、彼女は無表情・されどほんのり嬉しそうなまま「あーうー」と声をあげ、こちらにされるがままとなっているのだった。

 

 ──前略中略後略皆々様、どうやらTASさんは金髪ようじょではなく、黒髪おさげの無口系っ娘のようです。

 いやまぁ、先述通り自己申告なんだけどね、これが。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 TASさん。

 それは、『Tool-Assisted-Speedrun』ないし『Tool-Assisted-Superplay』という言葉の頭文字を集めた結果出来上がった名前であり、その言葉達が意味する通り、特殊な機械の補助を得て特殊なプレイをする……という、そういった行為そのものを指したゲーム用語の一つである。

 

 大雑把に言ってしまえば、複数かつ一つ一つは短い『凄いプレイ』を数珠繋ぎのように組み合わせ、一つの大きな動画を作る……というものになるわけだが。

 そういった裏事情を知らない者からしてみれば、まるでチートでも使っているかのような挙動で、あっという間にゲームをクリアしたり、はたまたシビアな操作を必要とする技などを連続で繰り出したり──という、まさに『スーパープレイ』の名に違わない動画にしか見えない、ということでもある。

 まぁ最初に言った通りに、それらの個別のスーパープレイ自体は、本当は連続して行っているものではなかったりするわけなのだが。

 

 ともあれ、一時期は動画サイトなどで一大ジャンルを築いていたことからも分かる通り、その動画が人を()()()という面において、とても優れたモノであったということは間違いではないだろう。

 だからこそ、今現在は『特殊な機械を使って』の部分で色々と無理が出てきたがために、似たようなジャンルのRTA──『リアル(Real)タイム(Time)アタック(Attack)』さんに取って変わられてしまったことに、ちょっと寂しさを感じてしまうわけなのだが。

 

 

「でもねー、だからってキミ(自称TASさん)までそういうの(RTA)に対抗意識を燃やす必要性、ないんじゃないかなってお兄さんは思うんだけどナー?」

「別に気になんてしてない。単に調子乗ってるから、わからせてあげてるってだけ」

「……リアルTASさんがリアルでゲームプレイし始めたら、それは最早RTAみたいなもんなんよ……」

「!?」

 

 

 いや、そこで驚かれても困るわけだが。

 動画で見ている人からすれば、基本的には『凄いことやってるなー』って感想は変わらないわけだし。

 こちらの言葉に驚愕の表情(当社比。表情筋が仕事してないのでわかり辛い)を浮かべる彼女の姿に、思わずため息を吐く俺である。

 

 さて、今彼女がなにをしているのかというと……世間様のRTA記録の更新、すなわち道場破りである。

 なに言ってるかわからん?大丈夫、俺にもわからん。

 

 彼女の自称(TAS)は自己申告であり、ついでに言うなら俺に対して分かりやすく噛み砕いて説明する際に、その言葉(TAS)を使うのが一番時間を短縮できる……みたいな理由から選出されたものでしかない。

 もうこの時点で、色々とツッコミ処の多いことになっているわけなのだが……ともかく、今の彼女の行動が結果として普通のRTAさんとほとんど変わらないものになっている、ということには間違いない。

 

 そもそもTASさんの大前提である『機械の補助』が見受けられない以上、本当に彼女がそうだと主張しているだけでしかなく。

 擁護しようにも、もはや気持ちの問題以下の話なので反応に困る……みたいな感じであった。

 

 まぁ、度々フレーム短縮云々言っているので、なにかしらの基準からなにかが短縮できている、ということは確かなのだろうが。

 ……真面目に考察するのなら、並行世界とかその辺りかな?

 

 ともあれ、そこら辺の子細を聞いてもはぐらかされるのは、今までの彼女の対応から確認済み。『説明すると仲間フラグが立つから(余計なフレームが増える)……』という、あまりにも斬新なお祈りメール的なものに涙を呑まされた俺からすれば、ここで焦るのは二流の仕事である。

 彼女には少なくとも未来視的なものがある、ということは確かなので、焦ってもいいことがないのも確実なわけだし。

 

 

「ここでハンドルを右、それから左左右右上下足踏みして逆立ちからのリセット」

「……一応聞いておくけど、その逆立ちの意味は?」

「地球の裏側での気候変動を誘発することにより、この部屋の中のゲーム機の温度がちょっと下がる」

「…………はぁ、なるほど?」

 

 

 だからあれだ。反応に困る行動で、こちらの話のタイミングをずらすの止めて欲しい。

 それ絶対、ついで感覚で会話回避(たんしゅく)狙ってるだろお前。

 

 こちらを決して見ようとしない彼女との戦いは、今日もまだ始まったばかりなのであった。

 

 



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フレーム短縮は天命の様なものである、多分。

 同居人がTASさんである時、一番困ることというのは、やはり突然ワープしてくることだろう。

 ……真面目に話を聞いている相手にこう告げると、大抵変な顔を返されるわけだが……別に俺が適当なことを言ってるわけでも、彼女が物理法則を無視した動きをしているというわけでもない。

 

 いやまぁ、実際には物理法則なんて屁の河童、空気抵抗もなんのそのとばかりに、どこかの勇者みたいな高速後退(盾構えてスライド)くらいはできるのかも知れないが……少なくとも俺の見ているところでは、そういう技を使っている姿は皆無である。

 なんでも、『お兄さんの前でそれをすると(お兄さんが)儚く散ってしまう』とのこと。……つまりはそれ、衝撃波とか出る速度まで加速できるってことなんです?ケツも使わずに?(恐怖)

 

 まぁともかく。

 そういうわけなので、ワープすると言ってもこちらの死角に常に回ってくる、みたいな意味で捉えて貰えれば問題ない。

 結果として『相手の姿が見えていない』という状況が連続するため、ワープのように錯覚してしまうというだけの話なのだ。……それはそれでおかしい?それはそう。

 

 

「でも、お兄さんの死角は読みやすい方。多分追記は三桁行かない」

「そう言われても、お兄さんにはそれが多いのか少ないのかわかんないしなー」

「参考までに、私とは全く無関係の学校に侵入して、そこにいる校長先生のカツラを()()()()()()()()()貰って返ってくるのに掛かる追記数は、大体五桁くらい」

「へー……いや待った、その記録はなんの参考にもならないし、そもそもなんでそんな行動の追記数知ってるのキミ?」

「……技術の発展には犠牲が付き物」

「校長先生の恥部を、なんか尊いものみたいに言ってんじゃねーよ」

 

 

 んもー、この子は気軽に人を地獄に叩き落とすんだからー。

 ……いやまぁ、恐らくは()()()()()()()()()()()()()人だったんだろうナー、とも思うわけなのだが。

 未然に事故とか事件とか防いじゃってるみたいなので、予言者としては落伍者も良いところだと思うけどね。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「気付いてしまった」

「なにに?」

「この世の真実」

「へー」

「ほら、短縮できた」

「……いや、それで良いのかキミは」

 

 

 突然に投げられた話題が大暴投だと思っていたら、後ろのフェンスに跳ね返ってストライクゾーンに戻ってきた件について。

 

 この間実際にやられて驚愕したが、可能性が一パーセントでもあるのならやれないことはない……というのはとても恐ろしいことだと思う。

 まぁ、その才能をもっと別の場所で活かせよ、みたいな気分も同時に沸いてきたわけなのだが。

 

 ともあれ、今日も今日とて短縮に余念のない子である。

 具体的になにを短縮しているのかはわからないので、実際に短縮できたという確信は彼女の中にしか存在しないわけだが。

 

 

「……見たいの?」

「寧ろ見れるもんなの?」

「……見せられるかもしれないけれど、見たら多分発狂する」

「なんと、そんなにショッキングな光景が……っ!」

「いらないパターンが多過ぎて飽きる。っていうか腹が立つ」

「……動画編集者の悲哀みたいなもんだった件について」

 

 

 同期ズレ(desync)とか、TASさんにとって敵となるものは意外と多い。肥大化した追記数とかその最たるものだろう。

 

 なんでもできるように見えて、意外と苦労も多いのだな……と、涙をホロリと流す俺なのであった。

 

 

「……ごめん今のやり直しさせて、ムービーになっちゃった」

「別にいいけど、仄かに同情した俺の気持ちも返して?」

 

 

 

・∀・

 

 

 

 TASさんと言えばロシア系の金髪ようじょ、みたいな話がどこから広まったのか、俺は詳しい話を知らないけれど。

 

 とりあえず、自称TASである目の前の少女が、世間一般的に美少女区分になるということくらいはわかる。

 ……いやまぁ、例え金髪ようじょだろうがそうじゃなかろうが、突然突拍子もない行動を取り始める時点で、千年の恋も冷めるというものだろうけど。

 

 

「TAS的にはとてもよい。(恋愛)フラグを一つ丸々飛ばせる」

「んー、そのTAS的感覚が最早ポジティブにしか聞こえないの、正直お兄さんも毒されてきた感が凄いなー」

「でも実際、拘束系のイベントはできれば避けたいのが本音。場合によっては酷い乱数しか引けない(から逃げるのに時間が掛かる)、なんて状況になることもあるし」

「なるほど?一応参考までに聞いておくけど、例えば縄でぐるぐる巻きにされるのって嫌な感じ?」

「それは問題ない。最悪関節外して抜けるから」

「……いや、どこの格闘家なのキミ?」

「波◯拳は撃てないけど、竜巻◯風脚ならイケる。高所から飛び降りる時に便利」

「その台詞吐けるの、てっきりストリートなファイターさん達だけだと思ってたわ」

 

 そもそも、人の人体構造で浮力とか出せるんだ?

 ……的なツッコミが脳裏に浮かんだが、実際に目の前でくるくる回って()()()()()()()彼女の姿を見せられれば、世の中って広いんだなーという、なんともしょうもない感想しか出てこない俺なのであった。

 

 



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フレーム単位の調整は必須です

「値切りは乱数調整の調子を確かめるのに、丁度よいアトラクション」

「いきなりなにを口走ってるのキミ?」

 

 

 珍しく『フリーマーケットに行きたい』などとお願いをしてくるものだから、意気揚々と遠出してきた俺と彼女なわけだが。

 着いて早々彼女が吐き出した言葉には、いつものように困惑した表情しか返せない俺なのであった。

 

 これで5フレーム短縮……などと呟く彼女はというと、こちらの嘆息にはそこまで気を取られた様子もなく、並べられた商品達を繁々と眺め始めている。

 いわゆる物色・ウインドウショッピングの類いというやつなのだろうが、時々タップダンスのように足を踏み鳴らしたり、指パッチンでリズムを刻んだりしているので、単純に見物しているだけ、というわけではないのかもしれない。

 

 いやまぁ、その行動の全部が全部、一種の乱数調整であるとするのであれば、本当に現実って奴は更新箇所まみれ……ということにもなってしまうわけで、ちょっと戦々恐々としてしまうわけなのだけれど……。

 よくよく考えずとも、その更新とやらを認識できるのは、いわゆる神様とかそういう類いの存在以外は彼女だけなのだろうから、単なる一般人である俺が思いを馳せたところで、特に意味はない……ということにも思い至り、考えるのを止めるのだった。

 

 

「そう、これで大体143フレーム(二秒くらい)短縮」

「……今の行為の何処に、そんな大幅な短縮箇所が……?」

「CPUの思考ルーチンについての考察は、どこの場所でも活発なもの」

「ねぇ、遠回しに俺の思考を弄った、って言ってないそれ?」

 

 

 ……どうやら本命は値切りの方ではなく、それによって発生する一種のキャトルミューティレーション(しこうのゆうどう)の方だったらしい。解せぬ。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「全部で野口三枚(三千円)、頑張った」

「あ、結局値切りの方もやるんですね……」

 

 

 これ以上彼女の近くにいたら、俺の思考は無茶苦茶にされてしまう……!

 

 そんな危機感から、彼女の元を離れてアイスを買って戻ってきた俺は、そこでほんのりと得意気な顔をこちらに見せる、彼女の楽しげな姿を目にすることになるのだった。

 

 そうして喜ぶ彼女の近くのベンチの上に並べられていたのは……ええと、電子レンジにポット、それから小さなラジオ……?

 

 

「……これ、全部うちにあるやつじゃない?」

「(意味は)持って帰ればわかる。けど、その前にまだやることがある」

「はぁ、この無駄そうな散財のほかに、まだなにか?」

「これらのモノを全て購入することで、とあるフラグが立つ」

「なん……だと……!?」

 

 

 どうやらこれらの品物を特定の順番・特定のタイミングで購入することで、まったく別のフラグを動かすことができるらしい。

 それによって現れるモノこそ、今回の彼女のお目当てなのだそうだ。

 ……そこまで複雑なフラグを掻い潜った先に、彼女が求めるものとは一体……?!

 

 

「予定通りに買えた。とても満足」

「……ええと、大きなぬいぐるみ、です?」

「そう、ぬいぐるみ。……『僕、クマ五郎(ごろ)ー』」

「なんか腹話術までし始めたんだけどこの子……!?」

 

 

 まぁ、出てきたのは大きなくまのぬいぐるみ、だったわけなのだが。……電化製品三つ買うとフラグが立つクマってなに?

 ついでに言うのであれば、そのぬいぐるみを抱えて歩く彼女は、傍目には年相応に喜ぶ少女にしか見えない、というのも問題だろう。……心なしか周囲からの視線が痛い!

 

 これは不味い、非常に不味い。

 このままだとまず間違いなく通報されてムショ行き決定である、だってどう見ても小さい子を連れ回している不審者だからね、今の俺!

 ついでになにがあれって、彼女のことだから『警察に行く必要があったから(フラグを立てた)……』みたいなことを言い出して、俺のこと一切助けてくれない可能性があるのが、ね!

 

 

「……?どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、この後酷いことになる予感しかしないんだもんよ!ああどうしよ、こうして慌てること自体が疑いの元だから落ち着くべき?でもその気持ちだけでどうにかなるなら、そもそも慌ててないんだよなぁ!!」

「………?………!」

 

 

 情けなく慌てる俺の姿を見て、彼女は小さく首を傾げていたのだが……暫くして、なにかに気が付いたかのように驚いた顔を見せると。

 

 

「……えーと、それは?」

「応急手段。フレームが増えるけど仕方ない、どこかで埋め合わせはする」

「なによりも早さに拘るこの子が、フレームなんか知らんとか言い始めた!?もしかして明日の天気弄ろうとしてらっしゃる!?」

「……ここぞとばかりに意趣返しするの止めて」

「はい?」

「…………なんでもない、気にしないで。とりあえず泣くの止めて。フレームの無駄」

「無駄とか酷いっ!?」

 

 

 バタバタと謎の躍りを始め、こちらを更に困惑させてくるのだった。……それはなんの調整なんです???

 なお、その結果なのかはわからないが、それ以降周囲からの視線が痛い、なんてことは一度もなく、無事にフリーマーケット会場を後にすることができた俺達なのであった。

 

 



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競う系統のゲームはまず勝てない

簡単なキャラ紹介

・彼……主人公。基本的にはちゃらんぽらん。TASさんが『デイトレードなんて楽勝』とかなんとか言うものだから、お金だけはいっぱい持ってる。

・彼女……TASさん。いわゆる『トライ&エラー』的な能力を持っているが、説明が難しかったのかよく似た原理の『TAS』を解説に持ち出した結果、職業が『TASさん』になった。
 見た目はおさげが一本だけになったメガほむが一番近い。


 どんな話にも、出会いの物語というのは存在する。

 それはつまり、俺と自称TASである彼女にも、そういうものがあるということ。

 それは劇的であり、詩的であり、感動的であり……。

 

 

「だけど無意味」

「ぬわー!!今のっていい感じに回想に入って、『そうだね、私達が争う必要なんてないんだよね……』みたいな結果に落ち着くやつじゃねーのー!?」

「……そもそもの話、回想とかムービーとかフレーム的に無駄だから、飛ばすのが普通じゃない?TASなら尚更」

「うわー!ぐうの音も出ない正論!」

 

 

 けれどそれは今語ることではない……とばかりに、彼女は三行半(みくだりはん)を叩き付けてくるのだった。

 いやまぁ、単にゲームで遊んでたら情け容赦なくボコボコにされた、ってだけの話なんだけどね?

 

 

「うう……容赦が無さすぎる……もうちょっと手心を加えてくれたっていいじゃん……」

「寧ろ、なんでTAS相手に手加減なんてものを期待したの?バカなの?」

「うへー、そこまで言わなくてもー。……っていうか今日のキミ、機嫌悪すぎやしなーい?」

「……そんなことはない。私は至って普通」

「またまたー。どー考えても滅茶苦茶不機嫌じゃん?何かあった?お兄さんに話してみ?……あ、もしかして冷蔵庫にプリンでも置きっぱにしてて、それを誰かに食べられたとか?」

「そもそもそんなことにならない……って話は置いとくけど。それでも、そんなことになる余地があるとすれば──潰すから大丈夫」

「ヒェッ」

 

 

 単純な格闘ゲームだと、彼女に逆立ちを強いたとしても勝てない……っていうのは目に見えてるので、みんな大好き『大で乱闘なオールスターゲーム』を、アイテム有りステージ普通(いわゆる終点じゃないやつ)……という、パーティゲーム仕様で遊ぶことにしたのだけれど……。

 

 いやさ、人の投げたモンボの中身、全部トサ◯ントにするの止めてくれない?

 その文句を見越してなのか、こっちが文句を言う前にアイテム出現位置の方を弄りに掛かったことの方にも、マジビビりしたわけだけども。……いや、そんなことできるんかい(汗)

 っていうかその辺触らなかったとしても、こっちが環境キャラ使ってるはずなのに、弱キャラ使って平気でボコボコにしてきたりするんだけども。

 

 この子と格闘ゲームはやっちゃいけない、ってマジで()()()()()()()から、泣きそうになっちゃったよ俺。

 ……まぁ、これをボードゲーに変えたとしても、平気でルーレットとかサイコロの目とかを調整してくるので、対戦しちゃいけないのは別に格闘ゲームだけとは限らないんだけども。

 なんていうか、大人(おとな)げがなさすぎない?

 

 

「……私としては、そうなることがわかってて、それでも挑んでくる貴方の方が意味不明」

「だってさー!!遊びたいじゃん!対戦系が地雷なのは今回でよーくわかったけども!」

「……じゃあ、協力プレイでもする?」

「それはそれで、余りに丁寧な接待プレイされて、俺の存在意義を問われることになるからイヤだー!」

私にどうしろと……((;´・ω・))

 

 

 こちらの言葉に、思わず困惑した空気を滲ませる少女だが……想像してみてほしい。

 

 例えばゾンビが襲い掛かってくるガンシューを、彼女と一緒にやったとして。

 目にも止まらぬスピードで、単なるハンドガンのはずのモノを連射するものだから、実質的にマシンガンを使っているのとさほど変わらない状態になっている──なんて相方がいる場合、こちらがどういう気分になるのかを。

 そりゃもう、『あれ?俺って必要?』って気持ちが湧き続けること請け合いである。

 

 って言うかですね?この子と一緒に協力プレイすると、本来確率制御されてるようなもの(例:クリティカル率やアイテムドロップ率など)が全部、確定(100%)もしくは回避(0%)に完全収束するんですよ。

 だから、例えばベルトアクションゲームなら、常に回復アイテムがドロップするので死ぬ余地が無かったり、回避率が設定されているゲームなら、敵の攻撃が全然当たらなくなったり。

 最早チート使っている状態と、さほど変わらないことになってるんですよ。

 

 あれだよあれ、最近流行りの長文タイトルで言うんなら『TASさんに溺愛され過ぎてヤバい~たまたま拾った女の子がTASさんだったので、乱数調整で武器も防具も無しに素手で魔王をボコボコにできたけど……俺の存在意義ってなに?この子一人で良くない?~』だよ!

 

 

「思い上がりも甚だしい。貴方はほっとくとすぐ死にそうになるから、()()()()()()TASとしての精度を上げるのに丁度いいってだけ」

「遠回しにスペ◯ンカーかなにかと同じ扱いになってる!?」

 

 

 なお、その言葉を受けた少女はと言えば、微妙に嫌そうな顔をしながら、こちらを虚弱体質(段差から降りただけで死ぬ)扱いしてくるのだった。……解せぬ。

 

 

「……ん?そのノリだと……もしかして、何処ぞのすぐ死ぬ吸血鬼さんとこみたいに、俺のとこにも色んなヤベー人達が集まってくるフラグなのでは……?」

「それに気付くとは……お兄さんは時々鋭い」

「……あれー?冗談のつもりだったんだけど、もしかして変なフラグ踏んだ感じかなこれー?」

「大丈夫。最初から踏ませるつもりだった。お兄さんの台詞が最後の鍵」

「俺そのものが盛大なフラグだった……!?」

 

 



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知性の輝きと書いて眼鏡と読む

「ふと気になったんだけど」

「なに?」

「なんで眼鏡してるん?そこまであれこれできるんなら、視力が悪くなるなんて結果、端から回避できそうなもんだけど」

 

 

 ある日の昼のこと。

 新聞をチェックする少女を脇目に、昼飯のスパゲッティを掻き込んでいた俺は、ふと気になって彼女に質問をぶつけていたのだった。

 その内容は、『なんで眼鏡なの?』というもの。

 

 いやまぁ別に眼鏡が悪いと言うわけではなく寧ろ俺はその眼鏡の奥に隠れた知性をこそ尊重し愛でたい感じの男なので大歓迎も大歓迎なのだけれどそれでも彼女の今までの能力から考えるにそもそも視力を落とさずあれこれする余裕は普通にあるはずだと愚考する次第でですね?

 

 

「……お兄さん、眼鏡のこととなると急に饒舌になるよね」

「やめてよ」

 

 

 めっちゃ引いた顔でこっちを見るの止めて。凹む。

 

 ……ともかく。

 彼女の基礎スペック的に考えると、眼鏡が必要となるほどに視力が落ちる前に、なにかしらの対処を行えそうな気がするのは確かな話。

 少なくとも脳のスペックも俺より遥かにいいだろう彼女が、そんなことに気が付かないはずもないので、なにか理由があるのかと気になってしまったのである。

 

 

「……あー、えーと、その……そ、そう。眼鏡を掛けてると、視力の補助がいるのが相手に伝えられる、という利点がある」

「ふむ、利点とな?……続けて?」

え゛っ。……え、ええと。明確な弱点がある、と相手に誤認させられるので、攻撃とか注意とかを眼鏡に引き寄せられるし、攻撃とかを受けて万が一眼鏡を紛失しても、そのあと普通に反撃できるのだから相手の虚を付けるし……」

「ふむふむ」

 

 

 そうして、彼女にあれこれと質問をぶつけてみたのだけれど……なんだろう、ちょっと余裕がない感じになっているような?

 言っていることは至極真っ当、なるほどなーと思わされる理由ばかりなのだが、いかんせん彼女の態度の不自然さが目に付いてしまう。

 ほんのり顔が赤い気がするし、ほんのり汗ばんでいる気がするし。……むぅ、風邪でも引いたのだろうか?

 

 

「おーい、大丈夫か?なんかこう、顔とか赤いし挙動が不審になってきてるみたいだけど……」

「……ひ」

「ひ?」

 

 

 額に手を当てて熱を測ってみるも、特に熱くなっている様子はない。

 となると、彼女のこれは恥ずかしさからの発汗・発熱ということになるのだけれど……えー?TASさんが恥ずかしさから真っ赤になるとか、なんのフラグの調整なんです……?(恐怖)

 

 思わず彼女とは対称的に青褪める俺だったが、彼女がポツリと漏らした言葉に思わず首を傾げ。

 

 

「……ひ、人には誰しも、間違いを犯す余地だってある……!」

「……はい?」

 

 

 次いで放たれた言葉に、思わず唖然とすることになった。

 ……ええと、つまり?その眼鏡はなにかしらの調整とかフラグとかではなく、単純に目を悪くしたので掛けているだけ、ということなんです???

 

 

「………………」

「ヒェッ」

 

 

 その事実に気付いた途端、こちらに向けられた視線は雄弁に『それ以上なにかこの件について言及したら◯す』と語っていたため、俺は今度こそ青褪めて口を閉ざすことになるのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「それは、貴方様が悪いのではないかと」

「はぁ、そういうもんなんです?」

 

 

 別の日。

 ふと思い出したこの会話をとある女性に語ったところ、返ってきたのは呆れたような視線であった。

 

 そんなこともわからないのか、というような感情が混じったそれに、俺は思わず首を傾げるが──、

 

 

「人は誰しも、産まれた時にはただの赤子。外から付随される肩書きこそあれど──それを本人が自覚するには、相応の時間を必要とするものでしょう?……ええと、貴方様に分かりやすく言い換えますと……『TASさんも、流石に産まれた時からTASさんという訳ではない』、でしょうか?」

「そうなん?俺ってばTASさんは、赤ちゃんの時からずっとTASさんなんだと思ってたんだけど」

「……いえ、それは流石に偏見が過ぎましてよ……」

 

 

 彼女の次の言葉に、傾げる首の角度が更に増すこととなるのだった。

 

 いやだって、TASさんって言えば、世間一般的な感覚で言うのなら金髪ようじょ──即ち幼い頃からTASさんだ、という()()()()が一般的だろう。

 なら、似たような存在であると自称する彼女もまた、産まれた時からあんな感じなのだと思っていたのだけれど……どうにも、そういうわけでもないらしい。

 

 

「無論、行く行くはその道にたどり着くのでしょうけど……それは『そうであれ』と周囲から望まれたからこそのもの。産まれた時から自身の意思を持って選択する……ということは、最近流行りの転生ものでもなければ有り得ないこと、と(わたくし)は思いますわ」

「そーいうもんなのかねー」

「……そこで私を見るのは止めて下さいまし。数少ない例外を指して首級を上げた気になることほど、憐れで滑稽なこともありませんのよ?」

「……なんで俺の回りの女性は、みんな俺に辛辣なん?泣くよ?マジ泣きするよ?」

「お止めなさいみっともない……」

 

 

 話が大きくずれたが……彼女はこう言いたいらしい。『産まれた時からTASさんじゃないのだから、TASじゃない時期のことまで保証は持てない』。

 ……要するに、彼女は後天的なTASさんなので、TASになる前に視力を悪くしていたらどうしようもない……ということである。

 口にしてから思ったけど、『後天的なTAS』ってなにさ?

 

 まぁともかく。

 彼女との会話によって、TASさんが本気でかつての自身の未熟さを恥じていた、ということはわかったわけで。

 ……それはつまり、俺がこのあと彼女にお詫びの品を買って帰ることについては、既にTASさんである彼女はご存じのことかもしれない、ということ。

 

 

「見え見えの結末でも、嬉しいものは嬉しいものですわよ?」

「だよねー。んじゃま、今日は色々ありがとなー、AUTO(オート)さん」

「はい、お粗末様でした。今度は負けませんわよ、とお伝え下さいな」

「へーい」

 

 

 こういう人達の思考回路って、俺には理解不能だよなー。

 ……なんてことを思いながら、お嬢様感溢れる女性──AUTOさんに別れを告げ、ケーキ屋へと足を向ける俺なのであった。

 

 ……え?なんか相手が変な名前だった気がする?

 アーアーキコエナーイ。

 

 



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ゲーセンとか独壇場

 変な知り合いが増えるらしいフラグを立てられてしまった俺だったが、そのフラグが効力を発揮したのは、意外にもその日から少し経ってのことであった。

 

 具体的にはその週の日曜日。

 出掛けようと声を挙げる彼女に連れられて、出不精の俺は近場のゲーセンに足を運んだのである。

 

 そこは、対戦筐体もクレーンゲームも相応に揃っている、結構大きなゲーセンなのだが……見た目が中学生、下手をすると小学生高学年に勘違いされるくらいな背丈の彼女を放っておくと、店員さんとかから滅茶苦茶マークされるので、基本的には彼女の後に付き従う……みたいな形になることが多い。

 無論、それはそれで店員さん達から凄い顔で見られていたこともあったのだが……今となってはすっかり顔を覚えられたのか、なんだまたあの客か、くらいの態度で流されるようになってしまっている。

 

 だったら個別行動してもいいのでは?

 ……みたいな気分も無くはないのだが、この子ったらガラの悪い兄ちゃんがたむろしていても、平気な顔してゲーム筐体に突っ込んで行くので、店員さん達から「ちゃんと見とけ!」とキレられるのである。

 ……いやまぁ、仮に向こうが手を出して来たとしても、普通に返り討ちできるんだけどね、この子。

 でも監督不行き届き云々で警察呼ばれそうになるので、付いていかざるを得ない俺なのであった。社会的信用も低くない俺?

 

 まぁともかく。

 今日も今日とて、動物園と化しているゲーム筐体に突撃しようとする彼女をやんわり押し留め、他のゲームに移動させる仕事が始まるのであった。

 

 

「むぅ、アレがやりたいのに……」

「相手から灰皿飛んで来るのを待ち望むような子を、あんなところで遊ばせらんないですマジで」

 

 

 ……避けられるっていうのはわかっているのだが、心臓に悪いのも確かな話。

 わりと頻繁に起こることなので、ちょっと感覚が麻痺していたが……そもそも暴力沙汰になるようなところに子供を放置する親が居るか、みたいなことを言われてしまえば俺も反省せざるを得ないのである。別に本当に親というわけではないけど、親代わりなのは確かなのだし。

 

 そうして彼女をなんとか(なだ)(すか)しながら、もうちょっと穏当なゲームへと誘導していた俺は。

 その道中で、なんだか人だかりができていることに気が付くのだった。

 

 

「……ええと、あそこは太鼓の辺りだっけ?」

「音ゲーでもいいよ?」

「この前飛んで来たバチでデビルスティック*1やって、相手を煽ってたからダメ」

「ちぇー」

 

 

 全てが修行、前へ進むための糧……みたいに思っている感じのある彼女なので、トラブルはオールウェイズウェルカム・寧ろ自分から起こそうとするきらいがあるので、こちらとしてはハラハラである。……まぁ、主に相手側のフォロー面で、だが。

 

 ともあれ、外で対戦系のゲームやらせると、トラブルを望んで引き寄せるのがこの子なので音ゲーも却下である。

 なので、あくまでもなにが起きているのかを確かめるためだけに、人垣に近付いたわけなのだけれど……。

 

 

「……見えねぇ!」

「どかす?」

「おう、おねが……いややめて、人がゴミのように吹っ飛んでいく姿が容易に想像できたからマジでやめて」

 

 

 ひしめき合う人の波、間断なく続くそれはこちらの視界を完全に塞いでしまっている。

 近付くにしてもぎゅうぎゅうのすし詰めであるので、必然的に人を無理矢理どけながら進まねばならず、この時点でTASさんが目を輝かせ始めたので『手を出しちゃダメ』と言い含めて置かなければならなくなる。

 

 いやだってさ、このままだとほぼ確実にリアル大乱闘始めるよこの子?全員場外に叩き落とせば道も開ける……みたいな、どこの世紀末覇者やねんみたいなこと言いながら片付け始めるよ?

 

 だからこその注意なのだけれど……いややめーや。ルールの穴を探すのはやめーや。『レギュレーションは遵守してる』じゃねーんだわ、人としてのルールを遵守しろなんだわ。

 

 

「むぅ、吹っ飛ばすのがダメとしか言ってなかったのに……」

「だからって塊にしようとするな……っていうか、そもそもアレも最終的にはお空に飛ばしてたでしょうが、星にするために」

「……てへ」

「ごまかす気があるんなら、もうちょっとこう、笑う努力をしろー!」

 

 

 なおどうしてもお掃除したいのか、それからあとも手を変え品を変えて提案してくる全てが、どうにかしてここから人を一掃しようとするものばかりであったため、最終的に制裁(デコピン)を加えることとなるのだった。

 

 

「地味に痛い……」

「わざわざ受けたってことは、自分でも悪いことしたって思ってたんだろ?甘んじて受けるように……って、お?」

 

 

 額を擦る彼女に嘆息しつつ、視線を前に戻すと……いつの間にやら人垣が左右に別れている。

 見れば、群衆達はこちらを見ながらひそひそ話。……ふむ。

 

 

「……俺の 社会的信用が いち 下がった!」

「……?なんで(いち)で済むと思ったの?」

「ねぇー!?俺のこと苛めるのやめないー!?」

 

 

 どう考えても、俺のことを噂しているやつですねアレは。……神は死んだ!

 

 まーた警察沙汰ですよ、壊れるなぁ。

 ……などとぶつぶつ呟きながら、一先ず当初の目的……目的?だった人垣の真相を確かめるために、気分はモーセな感じで人の間を進み。

 

 

「今日もっ、私はっ、パーフェクトっ、ですわっ!!」

「……ええ?」

 

 

 なんかフラメンコっぽい動きで太鼓のバチを操る、謎の金髪ねーちゃんの姿を目撃するのであった。

 

 

*1
二本の棒を使って、別の一つの棒を空中で自在に飛ばすジャグリングの一種



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バグを利用してでも勝ちに行く

 あれこれ面倒ごとが起きていたものの、どうにか人垣の中心にたどり着いた俺達。

 そこで待ち受けていたのは、両手のバチを華麗に操り、フラメンコっぽい躍りを交えながら、画面を流れる譜面に合わせて太鼓を叩いている謎の金髪美少女。

 

 ……パフォーマーかなにかかな?

 というような感想を抱く俺だが、それにしては周囲の熱狂度が違うような。

 

 

「……なるほど、これは強敵」

「え?強敵?もしかして戦おうとしていらっしゃる?音ゲーで?」

「残念だけど……今の私では勝てないかもしれない」

「TASさんが弱気になっている……!?」

 

 

 そんな風に首を傾げる俺だが、小脇に抱えたTASさんから衝撃的な言葉が。

 なんと、戦う前から負けそうかも、というような旨の言葉を発したのである。

 灰皿が飛んできても動じない彼女が!なんなら飛んできた灰皿を綺麗に受け流して、相手に返したり他の人に飛び火させたりできる彼女が!!

 

 

「……ええと、怒ってるのお兄さん?」

「いいえー?全然一向にまったくもって怒っていませんがー!?向こうの過失百パーセントだし、その癖俺にキレてくる辺りに『はっ、所詮猿は猿か』みたいなことは一欠片も思っておりませんがーっ!?」

すごく怒ってる……

 

 

 ……おほん。

 まぁともかく、勝負事においては基本負け知らず、なんなら変な現象待ちとでも言わんばかりに、相手を密かに煽りもするTASさんが、勝負を挑む前から弱気な宣言をするというのは、それがなにか別のフラグのための準備でもない限り、珍しいを通り越して奇怪でさえあるわけで。

 

 それゆえに、この金髪美少女が一体何者なのか?

 ということが気になってくるのもまた、当然の現象なのであった。……見た目もなんか対照的だしね、この二人。

 

 こっちのTASさんは、確かに美少女ではあるものの──眼鏡で低身長、綺麗な黒髪も野暮ったくおさげにしてあったりと、言っては悪いがちんちくりん感がある。

 対する目の前の彼女、こちらはウェーブ掛かった金髪に、俺よりも高い背丈。

 それから体型の方も、出るとこ出て引っ込むところ引っ込んでいる……という、女性として完成された『美』って感じの見た目をしている。

 ……まぁ、ゲーセンでドレス姿だったり、なんかテンションがやけに高かったりと、多分変な人だろうな、という予感も同時に漂わせているわけなのだが。そういう点でも、こっちのTASさんとは対照的というか。基本的に真面目だからね、この子。

 

 

「……それは下げてから上げている、ってことでいいの?」

「へ?なにが?」

「……もういい。お兄さんはいつも通りだった」

「えー……?」

 

 

 なお、そうして分析していたら、なんか知らんけどTASさんからは呆れられることとなるのだった。

 ……あれ、俺なにか変なことした?一応相手の戦闘力確認のためにまじまじと見つめたりしたけど、邪な気分は一切なかったよ???

 

 

「お兄さんの不潔、って言っておいてあげる」

「……あーうん、墓穴掘った感があるけど、まぁ甘んじて受けるとして。……で、結局どうするの?戦うの?音ゲーで?」

「……今のままでは厳しい。もう一押しなにかが欲しい」

 

 

 話を戻して。

 相変わらず太鼓の前で乱舞している金髪少女だが、そろそろラストスパートということなのか、その動きも更に激しいものに……って、ん?

 

 

「……可だったな、今」

あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛、またですわー!!もーっ!!」

「うおっ!?」

 

 

 一瞬、完全に叩くタイミングが合っていることを示す『良』ではなく『可』の文字が表示されたことに、踊る余裕もある感じだったのに恥ずか……もとい、先ほどまで全部『良』だったのにそこでミスるのかー、と単純な感想を思い浮かべてしまう俺。

 それと同時、彼女の口から漏れたのは汚い悲鳴で、思わずビックリして小脇のTASさんを取り落としてしまう。……いやまぁ、当のTASさんは華麗に着地していたわけなのだけれど。

 

 なお、当の奇声をあげた彼女はと言えば、なんか色々と小声で愚痴を溢しながら、踊ることも忘れて普通に太鼓を叩いていたのだった。

 

 そうして最後まで曲を終えて出てきた結果は、可が一つというもの。

 ……意気消沈していたように思えたが、そのあとの連打などは一つも取り落としていない辺り、流石と言うべきかもしれない。

 いやまぁ、だったら最初から躍りを交えず普通にやっていれば、普通に成功していたんじゃ?……なんて風に思わなくもないのだが。

 

 

「それは違う。恐らく、あれは避けられない」

「……んん?そりゃどういうこってで……?」

 

 

 だが、そんな俺の疑問は、隣に立っているTASさんによって否定される。

 理由はよくわからないが、彼女のアレはどういうプレイスタイルだったとしても、必ずあそこで失敗してしまうものらしい。……いや、どういうこと?

 

 そんなこちらの疑問には答えず、TASさんはしくしくと項垂れる彼女に向かって近付いて行き、

 

 

「──とても奇遇。ご飯、一緒に食べない?」

「……は、はい?いきなりなんですの貴女?」

 

 

 なんでか知らんけど、一緒にランチでもどうか?……というお誘いをかけ始めるのだった。……いやなんで?

 

 



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惹かれあうものあれば多少の縁

 謎の金髪美少女と、何故か一緒にランチを食べることとなった俺達。

 そのため、ゲーセンのある階から移動して、飲食店のある階にやって来たわけなのだけれど……。

 

 

「…………」

「ええと、そうまじまじと見つめられると、どうにも照れてしまいますの」

「……え?さっきと同じ人?」

「──もしかして、(わたくし)決闘でも申し込まれていたりしますか?」

「いいいいえいえ滅相もない!!このような下賤の者が御身を見つめる無礼、どうぞわたくしめの命を以てお目こぼし頂ければ!!!」

「ちょっ、そこまで御自身を卑下なさる必要はありませんわよ!?」

 

 

 先ほどまでの謎のハイテンションは鳴りを潜め、ともすればどこぞのお貴族様のような品のある空気を滲ませ始めた彼女の姿に、思わず『こんなやっすい飲食店に連れてきてよかったんだろうか?』みたいな心配をする羽目になるのだった。

 

 

「どどどどどうしようTASさん!これ無礼打ちとかされるやつ!だから俺、先んじて腹かっ捌いた方が良いやつ!?」

「落ち着いて」

うごっ!?……ちゅ、躊躇なく腹パンは酷いっすよ……」

「貴方には丁度いい薬。もう少し落ち着いて、大人なんだから」

「へーい……」

 

 

 なお、そうして慌てていた俺を嗜めるのは、無論TASさんである。……目に見えぬ速度のツッコミには毎度驚かされるが、いい加減慣れていきたい俺だけど慣れないげふぅ。

 思わずパンチを受けた腹を押さえながら踞る俺。

 そんな俺を見て、どう反応していいものか困っている感じの笑みを浮かべる金髪さん。

 

 ただ、TASさん一人だけが、満足そうにふんすと鼻を鳴らすのであった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「……え、お金持ちとかお偉いさんとかではないんです?」

「いえ、お金持ちの部分に関してはちょっと口を濁すしかありませんけど……それほど権力を持っている家の出ということは有りませんので、どうか普通になさって下さいまし」

「いやでも、()()()言葉遣い……げふんげふん。その丁寧な言葉遣い、さぞや良いところのお嬢様だと思ったのですが……」

「……つかぬことをお伺いするのですが、この人は万事が万事このような感じなのですか?」

「これがデフォ。ナチュラルに失礼なのがお兄さんの持ち味」

「なるほど……」

「いや納得しないで下さいね?!俺も最低限礼儀くらいは持ち合わせていますからね?!」

「えっ?」

「心底ビックリしたような顔ォッ!!」

 

 

 なんか知らんけど、いつの間にか俺の評価が地の底!

 ……いやまぁ、そこに関してはいつものことなんですけどね、初見さん。

 

 まぁともかく、あまり畏まれても困る、と告げてくる金髪さんの言葉に甘えて、普通の態度に戻した俺達。

 そんな中、頼まれてきた料理を前にした彼女はと言うと……。

 

 

「……やっぱり、良いとこのお嬢様なのでは?」

「え?……あっ、いえ、ちがっ、これはその、私の癖といいま゛っ、ちがっ、そうでもなくっ!!」

(なんか知らんがさっきとは違う意味で面白い人だなー)

 

 

 頼んだ料理がプレート系のモノだったため、ナイフとフォークを使って食材を一口大に切り分けていたのだが、その所作が綺麗なこと綺麗なこと。

 ともすればちょっと見惚れそうになるそれは、やっぱり彼女がそれなりの教育を受けた証に思えて、なるほどと頷くこととなるのだった。

 

 ……だったのだが、当の本人は何故か大慌て。

 いや、別に食事の仕方が綺麗、ってだけなんだから、そこまで強硬に否定することなくない?……と思っていたのだが、この様子からするとなにか理由がある感じに見えてくる。

 

 なので、彼女が落ち着くのを待ってから、改めて話を聞いてみたのだけれど……(なお、TASさんはこちらを気にせず、頼んでいたメロンソーダを、ストローからリズミカルに啜っていた。多分ムービー短縮の裏技とかだと思われる)。

 

 

「……『ルールを守ることが得意』?」

「まぁ、その、あくまで噛み砕いて説明すると、ということになるのですが……」

 

 

 なんでも彼女、本当に産まれも育ちも庶民の出、ということなのだが、ある時から()()()()沿()()()()()がとても上手くなったのだという。

 

 例えば、横断歩道。

 単純にマナーが良いということもそうだが、意識せずとも()()()()()()()()()、と言ったようなことが普通になっていたり。

 例えば、勉強。

 教科書を読むのが好きになったうえ、テストもまず不正解を出すことが無くなったり。

 

 まぁそんな感じで、()()()()()()()()()()()()()()()()()ようになっていったのだそうだ。……例の内、白線踏みだけ変?それはまぁ、次の話にも掛かってくることなので……。

 

 

「お手本、とでも言えば良いのでしょうか。ともかく、規範となるものが制定されている場合、それらを()()()ことが得意になっていましたの。それも、意識して変えなければ、それが私にとっての自然になるくらいに」

「……な、なんか話を聞いてるだけだと怖……っ」

「怖がらないでくださいまし、傷付きますわ」

「あっ、すんません」

 

 

 この現象、なんと彼女の行動の全てに掛かってくるのだそうで。

 ゲームをさせれば教本通りの型に填まった動きを見せ、尚且つそれが最善となり。

 会話をさせれば、自然と丁寧語とかお嬢様言葉とか、どちらかと言えば固めの台詞が次々に湧いてくるようになったのだとか。

 

 ……で、その結果が、今現在の彼女の格好──どう見ても良いとこのお嬢様、みたいなドレス姿なのだそうで。

 なお、これ自体は普通にバイトしてたら何故か手に入れていた、とのこと。……なにそれ怖っ。

 

 

「あれよあれよと言う間に、私の接客を気に入ったという御老人方にプレゼントされてしまい……『贈り物は素直に受けとる』のが礼儀、とでも言わんばかりに、自然と私の普段着となってしまい……」

「うわぁ、すっごい流されっぷり」

「言わないでくださいましっ!」

「ああ、すみません」

 

 

 なんだかとても苦労している様子の彼女。

 見た目にはとても恵まれていそうなのに、げに恐ろしきは謎の強制力、ということか。

 

 そうしてさめざめと涙を見せる彼女だったが、うちのTASさんは特に気にした様子もなく。

 

 

「──ん、それは貴女がAUTOさんだから」

「……は、はい?おうとさん?」

 

 

 淡々と、告げるべきことだけを口にするのだった。

 

 



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一つ見付ければ二つある可能性は十分にある、ので揃えられる

「オートって……自動って意味の?」

「そうそれ。わかる人には『DJ AUTO』って言えばわかる」

「でぃじぇいおうと?」

 

 

 突然TASさんが述べた言葉に、思わず二人揃って聞き返してしまう。……どうでもいいんだけど、金髪さんさっきから全部ひらがな英語になってない?

 

 まぁともかく、TASさんは彼女に起きた異変、というものがなんなのかが理解できている様子。

 なので、それがどういうものなのかを解説して貰うために、次の彼女の言葉を待っていると……。

 

 

「時は西暦二千X年、世界は核の炎に──」

「おいゴルァ?」

「痛いっ」

 

 

 そんなの知るかとばかりに会話スキップ(たんしゅく)しようとしてきたため、思わず手を出す羽目になるのだった。……いや、なんでやねん。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「ほ、本当に額が割れたかと思いましたわ……すごい音でしたわ……」

「いや、なんで金髪さんの方が深刻そうになってるんです……?」

 

 

 実際にダメージを受けたのはTASさんの方なのに、滅茶苦茶痛そうにしてるのが金髪さんの方なのはどうして……?

 

 よもやダメージ移し変えでもやったのか、とTASさんの方を見つめる俺だが、返ってきた視線から読み取れるのは『やってない』の五文字のみ。

 それはやってるやつが使う常套句だよ、的な思いも無くはなかったのだが、次第にプルプルと首を横に振り始めてしまったので、渋々彼女の主張を認めることになる俺なのであった。

 

 ともかく。話を戻すと、TASさんが金髪さんに起きたことを理解している、というのはほぼ確実。

 その事実を、先ほどの言葉と合わせて考えてみると……。

 

 

「ええと、つまりはこの金髪さんは、TASさんみたく後天的に『AUTOさん』になった、ってことに……?」

「その通り。こういう時のお兄さんは理解が早い」

「……まさかこんな短期間に、もう一度あのパワーワードを口にすることになるとは思わなかったよ……」

 

 

 ──後天的超人になった、というのが正解になるのだろう。

 ……いやまぁ、カッコ付けて『超人』とか言ってみたけど、その実『後天的DJ AUTOさん』とかいう、胡乱以外の何者でもない者への変貌、ということになってしまうのだが。

 

 ともあれ、まるで意味がわからないにせよ、局所的に変なことが起きていた……ということは間違いないだろう。

 一人でもお腹いっぱいなのに、二人目登場とか正直勘弁願いたいのだが……この分だと、すぐにでも三人目の『後天的○○』が出てきそうな気がして、思わず頭が痛くなってくる俺なのであった。

 

 

「お兄さんが頭痛になるとかならないとかはまぁ、置いといて」

「置いとかないでー?俺の健康を阻害しないでー?」

「大丈夫、あとで調整しとく」

「ねぇ?その調整って勿論俺の病気を治すとか、快癒方面の調整であってるよね?……実は俺が不健康になることとか、望んでたりしないよね?ヒールゼリーを塗り込む隙とか、窺ってたりしないよね……?」

そんな便利なもの(ヒールゼリー)、うちにはないよ……」

「……あ、あれ?」

 

 

 ……おかしいな、いつも通りの軽口の応酬のはずが、どうにも本気で残念がられているような?

 

 俺の体調不良に託つけて、あれこれと試そうとしているのでは?……などというこちらの無用かつ無意味なはずの心配は、彼女に半分くらい肯定されたまま、なし崩し的に次の話が始まったために流されてしまうのであった。

 ……あとで問いつめ直すべきなんですかね、これ?

 

 

「……ええと、結局のところ『でぃじぇいおうと』とは一体なんなのです?」

「『DJ AUTO』──それは、明確にTASに勝つ可能性があるものの一つ。私にとっては、終生のライバルのようなもの」

「……『たす』?らいばる……?」

「いや、流石にライバルはわかるだろ……?」

 

 

 さておいて、金髪さんが変異したのだと思われるモノ──『DJ AUTO』、もとい『AUTO』さんについての説明に戻るが。

 言うなればそれは、音ゲーにおけるお手本・見本のようなモノを指す言葉である。

 

 音ゲーとは、すなわち画面を流れる譜面に合わせて、タイミング良くボタンを押すゲームのこと。

 それを基本として、ゲームごとに個性を出している……という作品がほとんどなゲームジャンルだ。

 さっき彼女がやっていた太鼓もそうだし、近くにあった十六個の光るボタンが並んでいる筐体や、傍目からだと乾燥機とか洗濯機に見えるような筐体なんかも、件の音ゲーに含まれる物である。

 

 

「太鼓がわかりやすいけど──音ゲーは、ある意味音楽の演奏の延長線上にあるもの。だから、演奏の上手さを競うもの、という風にも言えるかもしれない」

 

 

 そして、TASさんの言う通り……これらの音ゲーと呼ばれるモノは、ある意味では楽器の演奏をしているようなもの、という風に解釈することもできる。

 見たまんま楽器である太鼓は言わずもがな、ほかの筐体達も『叩く・触れる』などの操作によって、筐体という楽器を演奏している、と認識することもできなくはない。

 

 そして、楽器の演奏をする際──既にその楽器を演奏したことがある経験者というわけでもなければ、普通は誰かに指導をして貰う──()()()()()()()()()という手順を行うはずだ、ということもなんとなく理解できるはずである。

 

 つまり、それらの話を包括すると──件の『AUTO』さんとは、音ゲーにおける()()である、という風に見なすことができるわけである。

 そしてそれゆえに、必然的に『TAS』さんが勝てないものの一つに数えられてしまうわけである。

 

 

「ええと……?」

「正確には『負けないけど勝てない』。こっちが使っている裏技を、公的に使っているようなものだから」

 

 

 先ほどから言っているように、『AUTO』さんとは手本の一種である。

 そして()()()手本であるがゆえに、()()()()()()()()()()()

 つまり音ゲーという形式上では、『AUTO』さんは常にトップにいるのである。……いやまぁ、お手本を指してトップ、と言い張るのは変な話だが。

 

 

「ともあれ、音ゲーにおいては『完璧』が一番上だから、必然的に『AUTO』さんが一番上というのも間違いではない」

「はへー……」

「いや、はへー……て」

 

 

 なお、その『AUTO』さんであると目されている彼女の反応はというと、なんというか気の抜けるものなのであった。……その気の抜け方で『AUTO』はないわー。

 

 



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杓子定規ほど曲げやすいものもない

「負けましたわー!」

「ええ……」

「勝った」<フンス

「ええー……」

 

 

 そういうことになった。……いやどういうこと?

 そんな感想が浮かんでくるが、結局のところあくまでも『お手本である』のが『AUTO』さんの特徴である、と理解すればこの結末も納得できようというもの。

 

 そうして、後天的な超人達のランク付けは終了したのであった。……え?過程が飛んだ?そんなのTASさんの調整以外に何があると?(真顔)

 

 

 

・∀・

 

 

 

「……かれこれ、これで十連敗くらいしているのですけれど。一向に自分が凄い、なんて風に思えないのですけれど」

「うわぁ、なんだかめんどくさいことになっちゃったぞ……」

「聞こえてましてよー!?」

 

 

 あんまりにもあっさりとした敗北からはや何週間。

 件の『AUTO』さんは、その一件から闘争本能を刺激されたらしく、あくまで気分転換であった太鼓以外にも、様々なゲームに手を出すようになった。

 その流れで、何故か彼女の特訓に付き合わされるようになった俺はというと、結構な頻度で彼女の愚痴を聞く羽目になっている。

 

 ……なにがアレって、TASさん側が余裕勝ちしているように見えるけど、毎回毎回結構な綱渡りをしている、ってことでね?

 AUTOさんは本人にその気は無いのだろうが──自然と基本の鬼、みたいなことになっているので、あらゆるゲームで必ず平均点以上を出すのである。

 

 それがなんというか、TASさん的には「未熟な自分には丁度いい相手。気を抜くとやられそう」ということになるらしく、こうして毎度毎度ぼこぼこにしている、ということに繋がるのだった。

 いやまぁ、さっきも言ったけど、正確にはそういう風に見えるってだけであって、AUTOさんが少しでも搦め手とか覚えれば、あっさり崩れかねないくらいの戦力差なんだけど。

 ……搦め手が使えるAUTOさんはAUTOじゃないだろう、という反論は認める。

 

 

(そもそもの話、正攻法だと勝てないからTAS的技術を磨くのに適している、とかそういう理由だからなぁ、TASさんがAUTOさんと遊んでるの)

「……何故私は、可哀想なものを見るかのような眼差しを向けられているのです……?」

「おおっと、つい思っていることが如実に眼差しに現れてしまった」

「遠回しに肯定するのはおやめくださいませー!!」

 

 

 まぁ、個人的には面白いので、別に構わないのだが。

 基本に忠実、というのが性格にも現れているのか、わりと生真面目というか正直というか、ともかく戯れていて面白い人、というのは確かなのだし。

 

 

「またやってる」

「うおわっ!?」

 

 

 そんな風にAUTOさんを弄って遊んでいると、いつの間にか台所から戻ってきたTASさんが、俺の脇からするりと抜けて、いつもの定位置にプット・オン。

 人を座椅子にしたTASさんはと言えば、特になにを気にするでもなくコントローラーの片方をAUTOさんに投げ、くいくいと指で挑発をするのであった。

 

 

「──休憩終わり。次はレースゲーム」

「ぬぅううう、負けませんわよー!!!」

 

 

 なお、結果はきちんとコースを走るAUTOさんに対し、ショートカットやらバグやらを駆使したTASさんが周回差を着けて勝利という形で終わり、AUTOさんの連敗記録はさらに伸びることとなるのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「ふと思ったんだけど」

「なに?」

 

 

 次は負けませんわよー!

 ……と、変わらぬ闘志を燃やすAUTOさんが自宅へと帰宅するのを見送ったのち、部屋に戻った俺とTASさん。

 

 夕食も既に(AUTOさんと一緒に)食べ終えてしまっているので、あとはまぁ適当にだらだらしながら就寝を待つ、といった感じなのだが。

 その中でふと、とあることに気付いた俺は、テレビのチャンネルをカチャカチャしながら、なにかを呼び出そうとしているTASさんの背に向けて、その気付きが正解なのかどうかを問い掛けることに。

 

 

「前々から、『お兄さん弱すぎ♡ざーこざーこ♡レースゲームで三周も周回遅れ♡』とかなんとか言いながら俺をボコってたけど……」

「……なにその声。私そんなこと言ってない」

「いや、似たようなもんでしょ。……って、それはどうでもよくて」

「よくない。イメージの問題。訂正しないならお兄さんをロリコンだって周囲に吹聴するよ?」

「社会的に死ぬから止めて。……ああいや、問題はそこじゃなく」

 

 

 ……問い掛けたかったんだけど、言い方の問題で暫く無駄な争いをすることに。

 結局、数分押し問答した結果俺が折れたことで、その話は終わりを迎え、改めて本題を話すことに。

 

 

「まぁとにかく、俺だと練習台にもならない、みたいなこと言ってたじゃん?」

「……似たようなことは言ったと思う」

「うん、まぁそれを踏まえて聞くんだけどさ……調()()()()?」

「…………」

「おいこら、こっちを見なさい」

 

 

 その内容は、AUTOさんの出現に際し、なにか細工をしなかったか、ということ。

 流石に存在そのものを創造した、ということはないだろうが……あの場所でああして出会うこと、すなわち遭遇フラグを弄ったりした可能性は大いにあるわけで。

 

 こちらの詰問に対し、彼女は顔を背けるだけ。

 ……ただし、その視線は泳ぎ、口はきゅっと閉じられているため、気まずいと感じていることはバレバレ。

 

 ──結論、TASさんは世の中のゲームプレイヤーの持つ苦しみの一つ、『一緒にゲームをプレイする友達がいない』というものを解消できる、ということが明らかになったのだった。

 ……乱数調整で友達発生、は卑怯じゃないですかねぇ?

 

 



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成長の余地は誰にでもある

 子供の時、アニメやゲームのキャラクターの動きや技を真似したことがない、という人は少数派だと思う。

 

 特に雨が降りそうだけど今は降ってない……って時に持たされる傘。

 これはまず間違いなく武器扱いにされ、人によってはストラッシュしたり天衝したりカリバーしたりしていたはずだ。……突き系に関しては真面目に怪我しかねないので、やるなって大人とかに厳命されていたような気がするけど。

 

 

「だからってさ、君らがやると洒落になってないんですわ、マジで」

「はい?」

「大丈夫、人死には出ないし人が来ないように(乱数調整も)してある」

「巻き込まれる俺が堪ったもんじゃないんですけど???」

 

 

 そんな微笑ましい遊びのはずのチャンバラごっこも、この二人に掛かれば一大騒動に発展するのであった。……巻き込まれるこちらの身にもなってほしい。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「むぅ、今なら剣圧を飛ばすためのアドレス値がわかりそうだったのに……」

「変な方向から新技開眼しようとするのやめなさい。……え?アドレス探査ができるようになったら、もっと別の技もできるようになる?むしろ、今までそれやらずにあれこれしてたの?TASさんもまだまだ成長するの?」

「技術の発展する速度は凄いですものね……」

 

 

 一先ず、ガキンガキン傘で打ち合っていた二人を近くの芝生に正座させ、くどくどとと説教をかます俺。

 

 周囲に迷惑かけなくても、近くにいる俺は髪型とか凄いことになっているので、その辺り気にしてほしい……みたいな気持ちもなくはない。

 っていうか、AUTOさんは真面目キャラ的にももうちょっと節度を持って行動してほし……え?最初に『周囲への安全のための配慮はしている』と聞いたから大丈夫だと思った?……ルールに則ってるなら問題なし、ってわけじゃないんだよ気にして?

 

 ……そんな感じで話す中で、TASさんにはまだまだ成長の余地がある、なんて話題が飛び出し、思わず嘘だろと驚愕してしまう俺であった。

 まぁ、よくよく考えれば数年前と今とではやれることとかが変わっている、なんてことはよくある話なので、そりゃあ彼女にも成長の余地はあって然るべき、というのはわからないでもないのだけれど。

 

 

「なんというかこう、TASを名乗る以上はもう最強みたいなもんなのかなー、みたいな気分もなくもなかったから……」

「それは勘違い。私だってまだまだ成長する」

「へー……」

「ぱんち」

「ぐへぇっ!?……な、何故いきなり顔面にパンチを……?」

「その()に聞いてみたらどう?」

「流石に今のは貴方様が悪いと思いますわ……」

 

 

 はたから見れば、()()()となにも変わらないような存在である……というのが、世間一般的な『リアルTASさん』のイメージだろうと思うので、その辺りに認識の齟齬がある気がするというか。

 そんな感じで、まだまだ成長の余地がある……と豪語するTASさんを眺めていた俺は、唐突に顔面に拳を受ける羽目に。

 ……横のAUTOさんと見比べてしまったのが、どうやら良くなかったらしい。いやでも、確かTASさんとAUTOさんって一学年くらいしか違わな耳が痛いっ!!?

 

 

「貴方の耳を右右左左ABAB……」

「ねぇー!?そのコマンドはどういう効果!?」

地獄の苦しみを与える効果(単なるお仕置き)

「ですよねー!!?」

「ふ、二人とも落ち着いて下さいましっ!?」

 

 

 どうにも人の思考が読めるらしいTASさん。

 なので千切れるほどに強く耳を引っ張られても、ある意味仕方のない話なのでありましたとさ。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「食べ物で遊ぶな、という話をよく聞く」

「ああうん、確かに。勿体ないし、色々と失礼だからな」

 

 

 とある日の午後。

 そろそろお昼だ、ということで昼食を用意しようとした俺だったのだが、なにかを思い付いたらしいTASさんに止められた結果、今に至る。

 目の前では、深い鍋にタイミングを見計らいながら、材料を投入するTASさんの姿があるわけなのだが……ははは、今日はカレーかな?(乾いた笑い)

 

 ……まぁうん、言いたいことは幾つかあるのだが、一番大きいのはこれだろう。……なんで深鍋にすると、中身が非公開情報に変わるんです???

 

 非公開情報。要するに、他から中身を確かめられないということだが……これをTASさんに扱わせると、色々と話が変わってくる。

 端的に言うと、『TASのアトリエ~データの海の錬金術師~』開幕だ。

 見るがいい、テーブルの上に並べられた食事の数々を。

 

 

「……焼き魚に、ステーキ。それから……ええと、これは?」

「それは失敗作」

「はへー、貴女でも失敗することがありまs「()()失敗を五回すると、とあるレシピが解放される」……ええまぁ、そういう方でしたわね、貴女は」

 

 

 最近のお決まり通りに昼食に同伴していたAUTOさんはと言えば、そこにある料理達の節操のなさに、思わず呆れ返っている。……いやまぁ、この()も料理をさせると三星シェフ級のモノを出してくるので、大概おかしいのだが。

 ともあれ、鍋から出てくる料理じゃない、という彼女の感想には頷くしかないだろう。どこかのピンク玉のコピー能力を思い出す節操のなさである。

 

 非公開情報ということは、中でなにが起きていてもおかしくない、ということ。……いやおかしいんだけど、それを扱うのがTASさんである以上おかしくはないというか。

 ともあれ、なんだか張り切っているTASさんは──特定の手順を踏まないと出てこないレシピ、とやらに御執心のようで、これらの料理はその副産物、ということになる。

 最終的には全部鍋にぶち込むとも言っていたので、現状ではまだ食べることはできないわけだが……最終着地点が今から恐ろしい俺なのであった。

 

 

「……右に三回、左に一回。材料を掬って──今、全部投入」

「あいよー」

「恐ろしいと口では述べつつ、わりと協力的ですわよね……」

「怖いもの見たさ、ってやつだなー」

 

 

 まぁ、怖くても手伝っちゃうんですけどね、初見さん。

 ……ってなわけで、TASさんの合図で全ての食材を再投入。ぼわんと湯気を上げる鍋の中、出来上がったものは……。

 

 

「……って、カレーやないかーい!」

「?……お兄さん、カレーが良いって言わなかった?」

「あー、カレーかな?……とは思ったけども」

 

 

 鍋の中で輝く、茶色の液体。

 ……紛れもなくカレーなわけですが、ここまでやってカレーなんです???

 という俺の疑問は、TASさんからの疑問返しによってあえなく封殺されてしまうのであった。

 

 ……なお、カレーの方は今まで食べたことがないレベルで美味しかった、悔しいことに。

 

 



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勝てない勝負も受け付ける

「TASさんに勝つ方法を見つけたぞ!」

「ほう、それは?」

「それは多数決だ!これなら一人しかいないTASさんでは、どうしようもあるまい!」

「そう。じゃあ実際にやってみる?」

「え?」

 

 

 数分後、そこには地面にぼろ雑巾のように倒れ伏す俺と、なんとも微妙な笑顔を浮かべるAUTOさんに腕を持ち上げられ、勝利のポーズを取っているTASさんの姿が!

 ……はい、いつも通りの光景ですね。ちくせう。

 

 

「……おかしい、こんなことは許されない、なんで多数決なのにカウンターの数字が高速回転し始めるんや……」

「この宇宙(正確には並行世界)TAS()は無数にいる。彼らの協力を得れば多数決もなんのその」

「さらっと怖いこと言うのやめない?」

 

 

 この宇宙を埋め尽くすTASの群れとか、そんなん恐怖の化身以外の何者でもないわけだが。

 っていうか、それって下手すると、他のTASの乱数調整で他のTASの調整が狂って壊滅する……なんてことにならない?

 

 

「そこは大丈夫。他が乱数調整しているって前提で、こっちも乱数調整をすればいいから」

「うーん、世界の 法則が 乱れる……」

「……いえ、そもそもの話として、TASさんが複数いるという前提で話を進めるのをやめませんか……?」

「いやまぁ、そこに関してはTASさんだから、としか……」

「……?……無限残機獲得(1up)をご所望?」

「さらっと恐ろしいことを仰るのはやめて下さいまし!?」

 

 

 なるほど、たまにある複数人TAS動画か。

 つまりは最初から前例(しめ)されとるやんけ、ってことですねわかります。

 ……みたいな小言を呟きつつ、体勢を整え直す俺である。

 

 

「……ところで、なんでいきなり?」

「ん?……ああ、勝負しようとした理由?なんとなく以外になにがあると?」

「……私達も大概だけど、お兄さんも大概」

「私、さらりと巻き込まれておりませんか!?」

 

 

 なお、私は一般人ですよー!……とでも言いたげなAUTOさんでしたが、残念。

 そもそもAUTOな感じの能力がなくても、貴女の格好と喋り方は普通からずれています。

 

 そんなバカな、ですわー!……というAUTOさんの叫び声をバックに響かせながら、俺達は次の遊びの準備をするのであった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「そういえば、なのですけれど」

「んん?そんな改まってなにを聞こうとしてるんでAUTOさん?」

 

 

 ある日のこと。

 今日はたまたまTASさんが一人で出掛けており(「今日も縮めてくる」とかなんとか言ってたので、恐らくなにかを短縮しているのだろう)、それを知らずにAUTOさんが遊びに来たので、彼女への応対をしていたのだが。

 なんとなく真剣な感じの顔をした彼女はというと、神妙な感じでとあることを尋ねてくるのだった。

 

 

「ええと、以前お聞きしたところによれば、たす(TAS)さん?……は、大層な資産家なのだそうで……」

「ああうん、出た目×(かける)何億貰える、みたいなことさせれば、ほぼ確実に最大値引くからねあの子」

 

 

 なので、とりあえず◯ト6とかは真っ先に禁止した。

 抽選の度に一等を乱獲しようとするものだから、流石に色々アレだと言うことになったのである。

 

 ……いや、本人は「フラグの調整して、他の人にはバレないようにするよ?」とかなんとか言ってたのだが、毎週毎週億近くのお金がポンポン増えていくのは普通に心臓に悪いし、そもそもこちらの金銭感覚がぶっ壊れそうなので、泣きながら止めさせたのだった(なお、彼女の反応は「怖っ」だった)。

 

 ……まぁ、それでも月の生活費に困ることはないってくらいの、結構な額の収入は得ているみたいなのだが。

 株とかFXとか、TASさんの指先一つで上昇も下降も可能な商材……なんてものは、他にも色々転がっているからね、仕方ないね。

 いやまぁ、本人的には(株とかFXは)あんまり好きじゃないらしく、細々と調整してる……みたいな話も一緒に聞いたわけなのだが。

 

 

「……それって、多分ですけれど……くじの乱数調整の方が難しいから好き、みたいな理由なのでは……?」

「…………」

 

 

 なお、最近なんとなーく彼女の思考回路を理解し始めたAUTOさんはというと、見事に彼女が株とかが嫌いというよりは、くじの方が圧倒的に好きなだけ……ということを理解してしまっていたわけで。

 ああうん、染まっちゃったなぁ、この子も。……なんて感想が浮かんでくる次第なのであった。

 ついこの間までは、もうちょっと純粋だったのになぁ(ホロリ)。

 

 

「……いえその、違います、私が聞きたいのはそこではなく……」

「んー?じゃあなにを聞きたいの?」

「ええと、貴方様のことについて、なのですが……」

「ほう、俺の好みのタイプが聞きたいとな?」

「あ、いえ。それは結構です」

「……別に冗談だったからいいけど、それって人によっては凄く傷付くやつだから、ちゃんと考えて話そうね」

「え?……あっ、いえその、別に貴方様をバカにするつもりはこれっぽっちも、そうこれっぽっちもありませんでしたのよ!?」

「もう慣れたよ()」

「だから、ちーがーいーまーすー!!」

 

 

 なお、何故かそのあと俺は(精神的に)ボコボコにされるのだった。

 ……俺なにか君に悪いことしたかなー?え?この間おやつのプリンを食べられた?ハハハ、ナンノコトカナー(棒)

 

 



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男の意地って結構厄介

「まぁ戯れはここまでにして」

「こ、この人やっぱり性格が悪いですわ……!!」

 

 

 そうしてしばらく被害者ごっこをしたあと、けろっとした顔で話を戻す俺。

 AUTOさんはなにやらごちゃごちゃ言っているが……ははは、俺如きで精神的に疲れていては、TASさん相手だと首を吊る羽目になるぞ?

 

 

「……その、心中お察ししますわ」

「いやさー、そこでマジに受け取んないで欲しいんだよねー。一応ネタって(てい)なんだからさー」

 

 

 なお、その時の俺の顔が虚無ってたせいか、またもやAUTOさんから同情されてしまうことになったのだが……いやええんよ、そこで素直にこっちの話を聞かんでも。……え?真面目キャラって言ったのそっち?そうだったわ(真顔)

 

 ……閑話休題。

 彼女がなにかを聞こうとしていた、というのは間違いないので、改めてそのことを問い掛けることになったのだが……。

 

 

「……はい?俺が働く理由?」

「ええ。だって、TASさんは俗な言い方をすれば大金持ち、なのでしょう?でしたらその保護者……保護者?の貴方が働く必要、あまりないのではなくって?」

 

 

 その内容というのは、俺がバイトをしている理由。

 先ほど述べたように、TASさんが色々やっているため、生活費の面で苦しいことはなにもない。

 貯蓄もないのに湯水のように使っているのなら問題かもしれないが、うちの場合は普通に貯蓄は潤沢な上で盛大に浪費している形なので、特に問題はない。……いやまぁ、今のご時世そんな生活してたら下手すると刺されかねないわけだが。

 

 

「その辺りは、TASさんがフラグ弄って起きる前に潰してるからなー」

「……よくよく考えずとも、わりと意味不明ですわね、彼女」

 

 

 そういう輩はまさに門前払い、俺の目に入ることもなく回れ右されているようで、その気配すら見付けたことはない。

 ……まぁ、それがある意味「俺がまだバイトをしている理由」にも繋がるわけなのだが。

 

 

「はい?」

「お金に惹かれてやってきた人間を追い返すのに、一番簡単な方法ってなんだと思う?」

「え?ええと……現金を渡して帰るように言う、とかでしょうか?」

「……AUTOさん、意外と俗物的なこと言うのな」

「ええ?!」

 

 

 尋ね返したのは、金に引き寄せられた人々にはどうするのがいいのか、ということ。

 無論、短期的にはAUTOさんの言う対処でも解決はできるだろう。

 だが、()()()渡している時点で、いつかまたこちらに集りに来るだろうことは想像に難くない。それが翌日か、はたまた来月か、そういった日数の差はあるだろうが……またやってくる、という予想に変化はない。

 

 

「……そこも良くわからないのですが」

「ああうん、AUTOさんは見た目に反して清貧系だもんねー」

「過ぎた富が瞳を曇らせる、ということは間違いありませんので。……いえ、彼女の目が曇っているとは思いませんけど」

 

 

 なお、AUTOさん自体は()()()()()()、そういう施しを受けたのなら真面目に働くのが普通、と思っている節があるのか、どうにも彼らの気持ちが理解しきれない様子。

 ……こういうのも持つ者と持たぬ者の差なのかなー、なんてことをぼやきつつ、改めて話を続ける。

 

 

「即物的に現金を渡しても、働こうとする人は稀。──だから、TASさんのそういう人への対処って、働き先の斡旋なんだよね」

「なるほど、それならわかりますわ。対価を先にするより後にした方がよい、ということですわよね?」

「……なんか変な理解になっている気がするけど、概ねそれで間違いないよ」

 

 

 お金だけあっても堕落するだけ。

 だから、仕事を紹介する。無論、相手によっては厳しい仕事を用意することもある、というわけだ。

 その対処のために、偽名で派遣会社の社長にもなっているらしい。

 

 ……で、ここまで語って俺の話に戻るわけだけど。

 

 

「TASさんが金持ちってのは確かだけどさ?……それに頼ってたら、俺ってヒモ以外の何者でもないわけじゃん?」

「?」

「そこで不思議そうにするのやめてくれないー!?ちげーから!俺別にTASさんに養われてる訳じゃねーから!」

「……あっ、なるほど。だからバイトなんですのね」

「今気付くの!?」

 

 

 要するに、バイトをしている理由は単なる意地、ということなのであった。

 いやだってねぇ、この状況下でバイトすらしてなかったら、俺完璧にダメ人間じゃん。……現状がダメ人間かどうか、みたいな議論は置いとくとして。

 

 そういうわけで、俺は今日も今日とてバーガーショップでのバイトに勤しむことにするわけなのである。

 

 

「もっと稼ぎのいいとこ、紹介するよ?」

「いつ戻ってきてたのTASさん?……あと、君の紹介するところは怖いとこ多いからイヤだ」

「むぅ、お兄さんがバイトしてたら、顔見せするいい理由になったのに」

「俺をフラグにしようとするの止めねー?!」

 

 

 なお、いつの間にか戻ってきていたTASさんから、もっといいとこ紹介するよー?……的なお言葉を頂いたわけだが。

 言い忘れていたけど、彼女の派遣会社ってわりと()()()()感じのやつなので、紹介されるのもほんのりブラック(労働環境ではなく、裏家業的な意味で)が多い……という問題があるため、丁寧丁寧にお断りすることになる俺なのであった。

 ……俺だって、命は惜しいんだい!

 

 



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仲良く喧嘩しな?

「前回は聞き流してしまいましたが、よくよく考えれば聞き捨てならぬ話題が飛び交っていましたわね!ゆえに……勝負ですわ!TASさん!」

「ん、おかのした」

 

 

 生真面目委員長気質のAUTOさんは、悪逆無道の勇・TASさんの悪行の数々に、ついに立ち上がることを決めたのだった!

 ……どうでもいいけど、その台詞使うのは止めようね、TASさん。女の子が使うような言葉じゃないからね。

 

 ……え?RTAではみんな使ってる?

 それはほら、彼処は先駆者に敬意()を払うのが普通だから……それに君、由来については知らな……知ってる?なんで?(素)

 ……クイックセーブとかロードとかしてると、使わなかったルートの記憶も記録としては覚えているから?

 いや寧ろ、クイックセーブとかロードとか使ってる、ってことを初めて聞いたんだけど?

 え?「それを使えないんなら、TASとしては片手落ち」?……そりゃそうだ。

 

 

「わーたーくーしーのーはーなーしーをーきーけーでーすーわー!!!」

「うるさい。近所迷惑」

「誰が叫ばせたと思ってますのー!?」

 

 

 ははは。AUTOさんは構われたがりだなぁ(棒)

 

 ともあれ、都合何度目かの対決は、いつも通りにTASさんの勝利で幕を下ろしたのであった、まる。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「そういえば」

「……なに?」

 

 

 今日も今日とてAUTOさんを粉砕玉砕大喝采し、「覚えてろですわー!」と凡百のお嬢様()みたいな捨て台詞を吐かせたTASさん。

 逃げ帰っていくその後ろ姿には哀愁を誘われるが、次の日にはけろっとした感じでまた挑んでくるので、心配するだけ無駄だというのはここだけの話。

 

 ……生真面目な彼女は、TASさんの姉を気取ってる部分もあるようで、「いつか全うな道に戻して見せますわ!」と意気軒昂、倒れても立ち上がるバイタルに溢れている。

 なので、ああして逃げ帰っても次の日には再び使命に燃える(ので、けろっとしている)ということらしいのだが……端から見ていると魔王に立ち向かうよわよわ勇者にも思えてくるので、なんというか平和だなー()という気分になったするのであった。

 

 

「……って、そうじゃなくて」

「……?一人でぶつぶつ言って、なにを納得したの?」

 

 

 いやいやそこじゃねーし、問題なのはそれじゃねーし。

 ……と頭を振る俺を、不思議そうに見つめてくるTASさん。

 以前、ある程度人の思考は読める……みたいなことを言っていたわりには、なんとも不可思議な反応である。

 

 

「……別に、いつでもわかる訳じゃない。お兄さんしか居ない時は、そもそもセーブもロードもしてないし」

「なんと。常日頃から乱数調整しているものかと」

「昔だったらそうしてた。今はそういう気分じゃない」

 

 

 そんな俺の疑問は、彼女が普段はあんまりTASしてない、という発言によって氷解する。……いや氷解したかこれ?余計な疑問増えてない?

 っていうか、普段からTASしてないのならTASさんと名乗るのもおかしな話なのでは???

 

 そうして首を捻る俺に、彼女ははぁ、と一つため息を吐いて、開いていた小説本を閉じてこちらに向き直る。

 

 静かに本を眺める先程までの文学少女然とした姿とは打って変わって、今の彼女の姿は無機質な氷のよう。

 感情の読めない眼差しをこちらに向けながら、彼女はゆっくりと言葉を発し始めるのであった。

 

 

「私はTAS。それは、貴方に分かりやすく説明するためのもので──本来の私の名前は別」

「えっ」

「……そこで躓かないで欲しい。話が進まない」

 

 

 そうして放たれた衝撃の事実に、思わず愕然とする俺。

 いやだって、本名あるんなら自己紹介して欲しかったというか、そもそもTASとかAUTOとか明らかに人の名前じゃないモノで呼んでも普通に反応するじゃん君達!?

 

 こちらの本気の困惑を感じたのか、はぁと再度ため息を吐いて、顔を手で覆うTASさん。……呆れているような、疲れているような態度を見せた彼女は、先程よりも三度ほど温度の下がった眼差しでこちらを見ながら、続きを話し始めるのだった。

 

 

「まぁ、所詮はあだ名。貴方の好きなように呼べばいい」

「……いやまぁ、そっちがいいんならいいんだけども。……やっぱり、本名とか知っといた方が……」

「話が、進まないから、後にして」

「アッハイ」

 

 

 むぅ、そこまで怒らなくてもいいのに……。

 珍しく大声を出したTASさんの迫力に圧倒されつつ、素直に彼女の話を聞く体勢に移行する俺。

 その姿に満足したように鼻を鳴らした彼女は、咳払いをしたのちに再び口を開く。

 

 

「TASという呼び方は、ラベル付けみたいなもの。貴方に分かりやすくするためのものでしかないから、普段の全ての行動までそのあり方に縛られる必要はない」

「……ええと、所詮は類似してるだけだから、常日頃からTASっぽい行動をする必要はない、と?」

「そう。……まぁ、ある程度()()()()()()()()止めるようにはしてるから、今みたいに普通にしてるのが珍しい……っていうのは確かだけど」

「なる、ほど?」

 

 

 つまり、彼女はTASそのものではないので、TASとしての行動を一時的に中止することもあるけど、そもそもとして『TASらしからぬことをする』こと事態が稀、なので自身をTASと主張しても問題ない、ということになるのだろうか?

 こちらの言葉に、彼女は小さく頷いているのだった。

 

 



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彼女について俺が知っている百のうちの一つのこと

 

「で、今度はそっちの番」

「へ?」

「……最初、お兄さんはなにかを聞きたそうにしていた。それはなに?」

「……あ、ああ。そういえば」

 

 

 少し彼女についての理解を深めた俺は、そこで彼女から問い掛けられたことで、ようやくこの話は俺から始めたものだった、ということを思い出す。

 

 そうだったそうだった、そういえばふと気になったことがあったから、それを彼女に訪ねようとしていたのだった。

 途中で衝撃的な事実が幾つもあったものだから、聞こうとしていたことがすっかり頭から抜け落ちてしまっていた、うっかりうっかり。

 

 

「……お兄さんがいつも通りなのは、それこそいつも通りだから置いておいて。それで、なにを聞きたかったの?」

「ああ、ごめんごめん。……って言っても、そんなに重要なことじゃないんだけど──」

 

 

 話が脇道に逸れるのは、貴方の悪い癖──。

 そんなTASさんからのツッコミに苦笑を浮かべつつ、改めて問い掛けたのはとても単純な一問。

 修行とは言うものの、AUTOさんとの戦いは本当に君の糧になっているのか、というものであった。

 

 

「──うん?」

「いや、一応『楽勝に見えるけど綱渡り』『私が三歩進めば、彼女も二歩進む』とかって風に、全然楽勝ってわけじゃない、って話は聞いてるけど……その苦労を表には出さないじゃん、TASさんって」

 

 

 確かに、言葉の上では苦戦している、ということは聞いている。

 けれどこちらにはその姿は全く見えてこない。息を切らすわけでも、頭痛を訴えるわけでもない。

 

 戦いの後の彼女は、常に変わらぬ泰然自若、まるで戦いの虚しさを訴えるが如き『静』の構えであることがほとんど。

 ……要するに、大変さが伝わってこないのである。

 

 

「……ええと、お兄さんは私が未来視系技能を持ってる、って風に思ってたんだよね?」

「ん?……ええと、そういやそんなことも言ったっけ?」

 

 

 そんなこちらの疑問に対し、彼女から返ってきたのは本当に困惑した表情。……大きく顔の崩れるような感情表現をすることの少ない彼女からしてみれば、とんと見たことのないようなその姿に、こちらもようやく互いの認識がずれていることに気が付いてくる。

 

 そうして次に彼女が口に出したのは、こっちが彼女の能力について、あたりを付けていたということ。……リアルでTASめいたことをしようと思うのであれば、まず必須となるだろう未来視能力。

 それを言及した彼女は、『そこまで気付いていて何故?』とでも言いたげな眼差しをこちらに向けてくるが──正直わからん。

 

 

「ええ……」

 

 

 唖然というかげんなりというか、ともかくそんな感じの落胆混じりの視線を向けてくる彼女に、慌てて弁明を重ねる俺。

 

 

「いやだって、未来視って結局()()()()()()()()()()()()()()()()ーとか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ーとか、そういうのじゃん?」

 

 

 それは、未来視というものについての、一般的なイメージ。

 

 未来とは絶えず変化を続けるモノであり、過去・現在の視点からそれを見る時、基本的には確率というものに大きく左右されるモノとなる。

 ──()()()()()()()()()()()()、確実に起こること。

 それこそが未来視によって得られる未来の正体であり、そしてそれは容易く変化するモノでもある。

 

 例えば、これから宝くじを購入する予定があるとして。

 未来視で『買っても当たらない』という未来を認識した場合、そこで買うことを止めてしまう……ということは普通に起こり得る事態だろう。

 

 だが、正確には『くじを買うタイミングがずれれば、当たりを引ける』状態だったのならば、どうだろう?

 

 自分が買ったあとに誰かが宝くじを買って、その人が当選者になる……というのが、先程の未来の正確な形だったとすれば。

 ()()()()()()()()()少し時間を置けば、自分が当たりの宝くじを買える未来に繋がるかもしれない。

 

 未来視というのは、その範囲・性能如何によっては、幾らでも結果が変わっていくものである。

 この例の場合なら、最初に未来視をした時点での未来は、()()()()()()()()()()()別の選択肢が生まれ、結果として()()()()()()()未来に変化した、という風に解釈することもできる。

 

 つまり、未来視そのものに未来を固定するような機能が附随していない限り、未来視とはどこまで行っても指標程度にしかならないのである。

 未来を見たという事象()()が、未来を左右する以上は。

 

 そこまで考えてから、TASというものについて思考を移してみると──TASというものの大前提として、『未来を見ても未来は変化しない』というものがある。

 噛み砕いて言えば、クイックセーブ&ロードを駆使して特定の行動を行う前に立ち戻ったとしても、基本的には起こることそのものは変わらない……ということになるか。

 

 さっきの例だとちょっと誤解を招くので、別の例を挙げると……ジャンプした時に偶然鳥にぶつかる確率、みたいな感じか。

 現実においては、例え未来を見て行動を変えたとしても、相手側も生き物である以上は、こちらの選択に対して更に行動を変えてくる、という可能性は普通に存在している。

 この例の場合で言うなら──ジャンプして鳥にぶつかるためには、相手が避けないようにしなければならない、ということになるだろう。

 

 未来を見て、相手が避けた方向に飛んだとしても──その選択によって鳥の避ける方向が更に変わる、というのは普通に起こることだろう。

 単純に言うのであれば、自分が右か左に飛ぶのに対し、相手もまた左か右に避ける選択肢があり、結果として起こり得る光景は四パターン──こちらの左右それぞれの跳躍に対し、ぶつかる・ぶつからないの形にわかれる、といった感じになるか。

 

 対し、TASの主戦場であるゲームの中の場合、鳥の飛行の仕方はこちらがどちらに飛ぶかを問わず、常に一定である。

 要するに、ぶつかるか・ぶつからないかの二択しかないのだ。

 

 無論、ゲームによっては現実と同じような選択肢の増加を伴うこともあるが……概ね、相手の行動は相手の思考ルーチンによって決まっていて、こちらの行動によって大きく変化することはない、というのが基本となる。

 だからこそ、TASはギリギリで相手の攻撃を躱して、返す刀で大ダメージを与えたりすることができるわけだ。

 相手が攻撃をしてくる動線が変化しない以上、それにギリギリ掠めるように自分の体を動かせばいいのだから。

 

 そういう意味で──一般的な未来視が、TASっぽい動きをするのに大して役に立たない、というのは理解できると思う。

 

 未来を見れば未来が変わるのだから──先のギリギリ躱してカウンターというのも、常に未来が見続けられたとしても難しくなってくる。

 少なくとも、相手もこちらの動きに合わせて動きを変えてくる以上、全くの無傷というのは難しい話になるだろう。

 

 

「……答え、言ってる」

「へ?」

 

 

 そこまで語り終えて、彼女から返ってきたのは盛大なため息。

 とことん呆れたような視線をこちらに向けてくる彼女は、その表情を維持したまま、こちらに衝撃の事実を伝えてくるのであった。

 

 

「だから、それが正解。──私の持っている未来視は、それができるモノだってこと」

「……はい?」

 

 



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リアルにTASするのなら

「……まぁ、これを未来視って言っていいのかは、ちょっと疑問だけど」

 

 

 そんな言葉を溢しながら、頭を掻くTASさん。

 その呑気な姿に、俺は──。

 

 

「……パードゥン?」

「なんで英語?」

 

 

 思わず、間抜けな顔で聞き返すことになるのであった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 そうして、彼女の口から説明された彼女の能力。

 それをキチンと理解した俺は、一言こう叫ぶのであった。

 

 

「……TASじゃん!!?」

「最初っからそう言ってる」

 

 

 ええと、貴方が神か。

 

 ……思わず変なことを口走ってしまったが、それも仕方なし。

 彼女から説明されたものが、思っていたよりワケわかんない能力だったため、ちょっと困惑しっぱなしなのである。

 それと同時、その能力を簡潔に説明しようとすると『TASと同じ』となるのは、まさになるほど……という気持ちにもなっていたのであった。

 

 ……ともかく、あまり焦らしてもアレなので、詳しく解説すると……。

 

 

「個人を起点として、そこから起こり得る未来を()()見る異能。見た上で、それを選べる……というと語弊があるけど、そこに到達するための動きをトレースできる異能。──それが、私がTASである理由」

「……チートでは?」

「好き勝手にパラメーター弄れるわけじゃないから」

「あー、うん……」

 

 

 改めて聞いても、全くもって意味のわからない技能である。

 まぁ、全てというのは語弊があるらしいのだが……それでも、現在を起点にしてプラスマイナス二十四時間内の全ての事象──正確には()()()()()()()を認知する、という触りの部分の時点で意味がわからない、ということは間違いあるまい。

 

 ……いやなんやねん、未来視したことで変動する未来とか、そもそも発生確率一パーセント未満の事象とか、それらの細かいものさえも全て逃さず認知するって。

 

 

「正確に言うと、体感してる。全部ちゃんと試して、最終的にどれにするか選んでる。その時の()()()()()が、いわゆる追記数」

「……眩暈がしてきたんだけど」

 

 

 大前提として、それらの選択肢を確認する際、時間経過は起こらないとのことだが……体感的には何十・何百・何千時間と過ごしているのも同じ。

 出来上がった動画を現実と同義として、それを作るために動画を作り続けるような苦行──そのようなものに身を置いている、という彼女の言に、今更ながら薄寒さすら感じてくる俺である。

 

 

「……?」

「いやだってさ、それって君の自由はほとんどない、ってことじゃんか」

 

 

 思わず、彼女の肩を掴んでしまう。

 無限に等しい未来を見て、それを望む形に組み換える作業。

 彼女の言う修行とは、その繰り返しを積み重ねるもの。

 つまり、外から見えるよりも遥かに、彼女は無理をしているということなのだから。

 ……そのはず、なのだけれど。

 

 

「大丈夫。もう慣れた」

「慣れたって……」

「というか、最初に私は言ったけど?」

「はい?」

 

 

 彼女はあっけらかんとして、こちらに笑みすら返しながら、次の句を告げるのだった。

 

 

「──ずっとTASでいるわけじゃない。休む時もあるって」

「……あー」

「というか、真剣に捉えすぎ。私はTASさん。それでいいし、それ以上は貴方には余分」

 

 

 貴方の側に居る時はわりと休んでる──。

 そのような趣旨の言葉をぶつけられてしまえば、心配のし過ぎという彼女の言葉も否定しきれず。

 

 仕方なしに、俺は深々とため息を吐いて、彼女の頭をくしゃくしゃと撫でるに留めることとなるのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「わ、私の居ない間に、そんなシリアスな話が……!?」

「そう、ここで私の事情を開示することで、お兄さんの反応を調整できる」<フンス

「……ええと、シリアスな話、だったのですよね???」

「どうなんだろうなぁ……」

 

 

 思わず遠い目をする俺と、おろおろしているAUTOさん。

 ……まぁうん、世が世ならヤベー使命を背負っている人、という感じになりそうなものなのだけれど……。

 この通り、TASさん本人はあっけらかんとしているため、周囲がシリアスしてみても空気が持たないのである。

 いや、どう考えてもシリアス系の裏事情のはず、なんだけどねぇ……?

 

 

「最速を目指すのは私のライフワークみたいなもの。可哀想とか言われても、困る」

「……ってわけで、悲壮感が秒も持たないんですわ」

「えー……」

 

 

 ともすればドゥエり始めようとするTASさんが、悲壮さに染まるはずもなく。

 今日も今日とて、何処かに姉○城でも転がっていないかなー、と探す彼女は、正直いつも通りとしか言いようがないのであった。

 ……なので、慣れて頂きたい。

 慣れないとドゥエるって言ってたんで、本当に今すぐこの場で慣れて欲しい。マジで。

 

 

「い、いえ、そもそもドゥエるとは一体……?」

「だーくめたもるよろしく頼む」<ズサーズサーバッサバッサ

「あー!もー、AUTOさんがさっさと納得しないから、TASさん色即是空し始めちゃったじゃんかー!!」

「え、ええ?!……ってきゃあ、キモい!?」

 

 

 なお、対処が間に合わなかったため、TASさんはまるで地面に落ちたセミのような動きを始めてしまい、思わず二人して安全な位置にまで後退りする羽目になってしまったのだった。

 ……有耶無耶にされてる気がする?そうねぇ……。

 

 



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シリアスが長続きしなくてもダイジョーブ博士

「と、言うわけで病院のお時間です」

「どういうわけで???」

 

 

 突然襖をスパーン、と開けながらTASさんから告げられた言葉は、こちらに混乱状態を付与してきた訳だけど私は元気です(?)

 

 ……戯言はともかく、これまた突然に病院へ行こうという誘いを受けたわけなのだが、これは素直に受けていいものなのだろうか……?

 

 

「なにを迷うことがあるの。今はTASが微笑む時代なんだよ?」

「唐突に茶番劇始めようとするのやめない?」

 

 

 よーいスタート、じゃないんだわ。

 TASさんが想像以上にTASさんなのはこの間の話でわかったけども、だからといってその行動に付いていくには、こっちに色々と足りてないんだわ察して?

 

 

「むぅ、仕方ない。ここは禁じ手、サブフレームリセットと任意コード実行を解禁して、お兄さんを強制的に成長させ(Lv.100にす)るしか」

「わかった、わかったから!リアルに影響与える予感しかしない手段を取ろうとするのやめて!?」

 

 

 なお、付いてこれないのであれば付いてこれるようにしてやろう、みたいな恐ろしいことを言い始めたので、慌てて彼女の提案に頷くこととなったけど私は元気です(二敗目)

 

 

 

・∀・

 

 

 

「……で?今度は一体なんのフラグを取得しに来たわけなんで?」

「むぅ、信用がない。別に私の行動の全てがTASめいたものではない、ってことはこの間説明したのに」

「だからってこの行動がTAS的行動じゃない、って証明にはならんでしょうが」

「……そこに気付くとは、流石はお兄さん」

「それ褒めてるんだよね?」

 

 

 と、言うわけで。

 渋々彼女に付き合って、最寄りの病院に到着した俺なのだけれど。……いやその、なんというか廃病院めいてないここ?

 っていうかここに入るの?他の綺麗な病院でなく?

 そう尋ねると、彼女は「ここじゃなきゃダメ」と声を返してくるのであった。……やっぱりフラグ取得のための行動じゃないですかやだー!

 

 

「大丈夫。フラグ自体はここに来た時点で取得してるから」

「……不穏なワードが聞こえたんですが?」

「今日のやることは、ひたすらリセマラ」

「もしもーし、人の質問に答え……いや待ってなんか更に不穏なワードを倍プッシュしたねキミ?!」

 

 

 なお、欲しいフラグは俺が一緒に来た時点で取得し終えたとのこと。……だったらこんな怪しげな場所からはさっさとおさらばしたいのだが、そうは問屋が卸さないらしい。

 具体的な話については一切教えてくれないが、ともかく今日やることはリセマラらしい。

 

 ……彼女がTASさんである・もしくはそうとしか説明できない存在である、ということは既に把握済み。ゆえにこそ疑問なのだが……なんでリセマラ?そこら辺の調整なんて余裕でできるはずだよねキミ?

 

 

「お兄さんと一緒だとリセマラするしかなかった」

「ほうほう。俺が一緒だと一発で欲しいものを入手ー、ってことができなかったと。……参考までに聞くんだけど、何故に?」

「……隅から飛び出してきた相手に刺されて即死。階段から突き落とされて即死。それから段差に蹴躓いて即死……って風に、お兄さんの死亡確率がほぼ百パーセントだった」

「ねーぇー!!?やっぱり引き返さないー!!?死亡フラグしかないってどういうことだよー!!!っていうか最後のに関しては俺の耐久力なんかバグってねー!?!?!?」

 

 

 明かされた理由に、思わず近くの電信柱にしがみついて入りとうない、と喚く羽目になる俺。……なにが悲しくてデッド(dead)オア(or)デッド(dead)な状況に飛び込まねばならぬのか。

 っていうかアレじゃん???

 TASさんの技能的には、目の前で俺滅茶苦茶死んでたってことじゃん???リアルにはまだ到達してないから、俺には実感なんてあるわけないけど。

 

 でもさ、そんだけのことになってて、この子の取った対応って『無理に一発合格目指さず、地道に進む』だったわけでしょ?

 

 

「……俺置いてってもよくない!?」

「ダメ。これは貴方の……げふんげふん。貴方という足手まといが居ることで私の成長の糧になる仕様。文句は許さない」

「途中めっちゃ棒読みになってたけど、もしかして俺をRTAさんにしようとしてません???」

「……ない。ないったらない。いいから行く」

「いーやー!!死にとうなーい!!!」

 

 

 リアルでブラボとかダクソ(死に覚えゲー)をやらされるのは勘弁、というこちらの必死な叫びは、そもそもそういう世界に日頃から生きているもののような相手・TASさんには全く受け入れられず。

 結果、俺はもはや不気味を通り越して多分これ悪○城だろ、みたいな異様に見えてきた廃病院の中へ、彼女に引き摺られながら突入する羽目になるのだった。

 

 ……そしてそれからきっかり三分後、道中の謎の襲撃者を悉く撃退した彼女(&俺)により、この廃病院は更地になるのでありましたとさ。……なんで?

 

 

「これでいいラーメンタイマーができた」

「待って!?撮ってたの!?今までの全部?!」

「TASVide○sに投稿する」

「リアルTASは審査対象外だと思うよ!?」

 

 



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思った以上にはた迷惑

「……結局、道中襲ってきた奴らはなんだったんだ……」

「実はこの世界はよくあるラノベっぽい世界。裏で蔓延る超能力者によって、世界は日々滅亡の危機に晒されている」

「衝撃の事実!……って言いたいところだけど、いやナイナイ。だったらもうちょっとそういう噂とかあってもいいって」

「?なんでお兄さんに()()()()()()()()()()()って思わなかったの?」

「……それが真実なら、君は乱数調整の使い方をもうちょっと考えるべきだと思う」

「?」

 

 

 異常な世界、知らぬは自分ばかりかな……などという戯れ言は置いておくとして。

 

 ともあれ、TASさんだけでもわりとお腹いっぱいなのに、その上これ以外にも色々問題が転がっているかも……などと言われてしまうと、もはや満腹を通り越して胃痛になるレベルである。

 なので、できれば彼女なりの冗談であって欲しかったのだが……うん、この顔からしてそういう話ではないらしい。

 

 

「この間は顔がモザイクになってる人にも出会った」

「……それは一体どういう能力なん……?」

「ううん、能力じゃなくてバグ。……ちょっと変なアドレス弄っちゃったみたいで、その影響が出た人」

「あれー?もしかして他のなによりもTASさんが一番ヤベー感じかなこれ???」

「可哀想だったから戻したんだけど、何故か性転換してた。顔グラと性別判定のアドレスが、その人の場合連動してたみたい」

「さらっと人の人生塗り替えてんじゃないよ!!?」

 

 

 というか、人の性別弄れるとか最早想像の範囲外だよ!?

 そんなこちらの驚きに対し、彼女は「今さら驚くこと?」とばかりに首を傾げていたのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「……ああなるほど、あのお方はTASさんの被害者だったのですね……」

「世間ってせめーなー」

 

 

 日付は変わって別の日。

 性別と顔のアドレス云々の話を思い出した俺は、その辺りのことをAUTOさんに語っていたのだけれど……それに対して返ってきたのは、件の人物を彼女が本当に見掛けていた、という意外な繋がりであった。

 

 

「困っていらっしゃるようでしたので、なんとかできないかと手を尽くしたのですが……」

「ああうん、AUTOさんはあくまでもルールに則った行動が凄い、ってだけだからそういうのは専門外だもんね……」

 

 

 無論、困っている人が居れば助けるのが役目、といった感じの性格をしている彼女のこと、そんな人を見れば助けようとするのは当たり前に想像できることなのだが……。

 同時に彼女の手には負えないだろう、ということも容易に想像できてしまったため、俺にできることはどうか安らかに、と手を合わせることだけなのだった。

 

 

「いえ、別にお亡くなりになられたわけではありませんからね?」

(別の意味ではお亡くなりになってるんだけど、多分言ったら軽蔑されるか殴られるかするんだろうなー)

「……あの、そこで黙られると困るのですが?」

「余計なことは言わないのがコミュニケーションを円滑にするコツだよキミぃ」

「それ余計なことを考えた、と遠回しに肯定していらっしゃいますよね???」

 

 

 なお、不謹慎だと怒られた。

 ……女性になった時点で、一部がお亡くなりになっているとも言えるため、ある意味さっきの行動は間違いじゃないのだが……素直に言うと良くて暴力、悪くて警察に突き出されるので、流石にお口チャックする俺である。

 

 

「……まぁ、ご本人様が仰っていらっしゃいましたけどね。『息子と死に別れた』と」

「俺の黙った意味ぃ」

 

 

 まぁ、すぐに彼女からの言葉で、俺の行動は無意味だったと知らされる羽目になるのだが。

 ……っていうか、肉体が女性になったとてセクハラはセクハラなのでは?最近そういう問題よく聞くし。

 

 

「ええまぁ。ですので、病院を紹介しておきました」

「建てろと!?バベルの塔を!?」

「はい、流石に殴りますわね貴方様」

「あっ」

 

 

 やっべ、話の展開が展開だけに、思わず口走ってしまったぜ、失敗失敗(n敗目)

 ……まぁうん、げんこつ程度で済んだことに感謝しよう、うん。

 

 

「……で、結局何故病院を?病気、ってわけじゃないと思うんだけど」

 

 

 ともあれ、さっきの会話で明らかにしておく必要性のあるモノがある、というのも確かな話。

 なのでわざわざ蒸し返して、彼女に確認を取っていく俺。

 気分は探偵、大体火曜の終わり頃である。

 

 

「劇場にしようとするのは止めてくださいまし」

「おおっと、話をはぐらかすのはナシだぜAUTOさん。君は何故、性転換した相手に病院を勧めたんだい?──それは、俺がネタとして言ったものと、対して変わらなほがっ!?」

「申し訳ありませんが黙秘します!」

 

 

 そうして、ノリノリで犯人を追い詰めていたら──うん、逆襲を食らって一人だけ崖の下に突き落とされました。

 みんなは犯人を追い詰める時は、必ず二人一組以上で動いて、相手の不意の反撃にやられないように気を付けるんだぞ!お兄さんとの約束だ!

 

 

「……?半歩避ければ当たらない。常識」

「異次元回避できる人の感性でアドバイスするのは止めようね……」

 

 

 なお、そうして後頭部に大きなたんこぶを作って地面に倒れ伏していた俺に対し、TASさんの反応は相変わらずの塩対応だったので、色々染みることになったというのは言うまでもない。

 

 



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友達は多ければ良いというわけでもない

「挑戦者?」

「そう。駅の黒板に『TAS求む』って走り書きがあったってAUTOさんが」

「滅茶苦茶歳食った人からの挑戦状じゃね?それ」

 

 

 もしくは新しい作品を見た若い人か。

 ……なんにせよ、わざわざ駅に黒板を設置して『XYZ』と文の末尾に書く、というのはわからない人にはまったくわからない連絡手段なのではないだろうか。

 っていうか普通に迷惑だし、勝手に黒板設置。

 

 

「恐らくはレトロゲーのお誘い。なんだろう、マ○オ?ボ○バーマン?」

「勝手に対戦ゲーのお誘いだと解釈するのも、俺はどうかと思うわけだが」

「号外ー!号外ですわー!」

「なんで君までちょっと古いの?」

 

 

 ワクワクを思い出した、みたいな感じに顔を輝かせるTASさんに、思わず苦笑を浮かべていると。

 なんだか様子のおかしいAUTOさんが玄関をバーン、と開けて駆け込んできたため、思わず呆れてしまうことに。……なんです?今回はレトロな感じに進むんです?

 

 

「……!なるほど、今回の挑戦者がわかった」

「ほう、その心は?」

「地味に危ないから、お兄さんは一緒に来ない方がいいかも、ってこと」

「……んん?」

 

 

 そんな俺の様子とは反し、何事かに気付いた様子のTASさん。

 未来予知でもしたのかな?と特に深い考えもなく尋ねた俺は──突然の戦力外告知に、思わず目の前が真っ暗になるのであった。……俺の反応も古いな、わりと。

 

 

 

 

 

 

 どうにも、これまでの状況証拠から、相手の正体というものを暴いたらしいTASさん。

 そんな彼女が言うことには、相手の行動が何処となく古臭いのは、相手の性質に寄るものであり──それが間違いないのであれば、一般人が近付くのはとても危険、とのことだった。

 

 まぁ、危険云々についてはTASさんの近くにいる時点で今さら、と返せば「……それもそっか」という感じに流されてしまったのだが。……自覚してるんなら多少は気にして欲しいんだが?

 

 そんなこっちのお願いは聞き流され、そのまま駅に向かった俺達三人。

 そこに待っていたのは、こちらを威嚇するかのように通路の中心に佇んでいる、一つの黒板なのであった。

 

 

「……いや邪魔!?マジで邪魔なんだけど!?」

「先ほどとは位置が変わっていますわね……」

「しかも動くの!?動くのこれ?!近くに人が居ないんだけど、もしかして自立行動するのこれ?!」

「多分。だって周りの人、怖がって遠巻きにしてる」

「……あ、なんかやけに人通り少ないなーと思ってたら、薄気味悪がられてたのね……」

 

 

 思わずノリツッコミをしてしまったが……いやホントに邪魔。

 通路の大部分を占領しているこの黒板、見た目はキャスターの付いた移動式の黒板なのだが……発している空気が宜しくない。

 おどろおどろしいとでもいうのか、ともかくあまり直視したくない感じの空気を纏っているのである。

 

 世界観が世界観なら、思わずダイスロールを要求されそうな感じであるためか、人々も全然近寄ってこない。

 乗り込む電車の停まる位置、などの問題で仕方なく横を抜ける人もいるが、脇見もせずに駆け抜けていくので黒板の近くに人の影がある、という状況は長続きしないでいた。

 

 ……で、いい加減目を逸らしていた部分にツッコむと。

 そうして黒板が避けられる度に、誰も居ないのに黒板に独りでに文字が浮かび上がるのである。しかも頻繁に。

 絵面だけ見たら完全にホラーやんけ!

 

 

「……ただ、みんな『勝手に文字が浮かび上がる』ってところに注目しすぎてるのも、確かみたいだけどな……」

「……そうですわね。これを最後まで見れば、感じる印象というのも別のものに変わるでしょう」

 

 

 ……で、そこで終わりなら単に呪いのアイテム、くらいの話で済むのだが。

 そうはならないのが俺の周りの騒動達。

 浮かび上がる速度があまり早くないため、それが全貌を現すよりも前に周囲の人々は『見ないふり見ないふり』とばかりに無関係を装って横を抜けていってしまうわけだが。

 

 こうして真正面から、この黒板に向かい合い続けている俺達は、そこに浮かび上がったものの正体を、しかと認知していたのであった。

 そう、そこにあったのは!

 

 ……『(´;ω;`)』。そう、ショボーンである。やっぱりなんか古いなこれ?

 とかなんとか言ってたら、今度は黒板の文字が『(`・ω・´)』に変わる。……どうやら憤慨しているらしい。

 

 

「……いやまぁ、おかしいものではあるんだろうけどさ。……絶妙に古臭いせいで、これどっちかっていうと共感性羞恥とかそういう意味での悪寒だったんだなー、ってなるというか……」

「仕方ない。想定できる相手の性質上、ちょっと古臭くなるのは間違いじゃない」

「はぁ。……で、結局これはなんなんです……?」

「これは──」

 

 

 古いのは相手の性質によるもの、と何度も念を押してくるTASさんに思わずペースを乱されつつ、改めて相手の正体について尋ねる俺。

 そうして俺が声をあげると同時、先ほどまでの顔文字は掻き消され、変わりに四×六の四角いマスが書き上げられていき──、

 

 

「これは、コードフ○ークさん。……それだと怒られるから、言い換えると──CHEAT(チート)さんってことになる」

「……はい?」

 

 

 そこには、幾つかの絵のようなものが、合わせて納められていたのだった。

 

 



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反則行為も使いよう

「あーなるほど、CHEATさんかー……」

「そう、CHEAT。説明はいる?」

「一応お願いしまーす」

 

 

 と、いうわけで。本人を目の前に解説がスタートです。

 

 コード○リークっていうのは、昔に存在したゲームでチートをするための機械の名称である。

 ゲームとはすなわち電子機械であり、プログラムによって動くものである。

 そのため、ちょっとやり方を知っていれば、意外とデータの改竄くらいなら簡単にできてしまうのだ。

 ……まぁ、()()()()()()()()というように、一般の人に簡単にできるようなものではなかったりするわけなのだが。

 

 それを普通の人にも簡単にできるようにしてしまったのが、コー○フリーク。……一昔前なら、普通にゲームショップでも売っていたという悪魔のアイテムである。

 

 

「私は実物を見たことがないのですが……どういう機械なのですか?」

「カートリッジタイプのゲーム機なら、ソフトとゲーム機の間に挟む感じになるかな?」

「挟む、ですか?」

「そうそう」

 

 

 特に人々がお世話になったのが、携帯ゲーム機対応のタイプだろう。

 このタイプの場合、途中でプログラムを弄るためにその機械にソフトを差し、更にその機械をゲーム機に差すという形になっていることがほとんど。

 で、その状態でゲーム機の電源を入れると、ソフトの起動前にコー○フリークが起動し、そこで色々と設定をしてソフトを間接起動・内部データを弄る……ということになっていくわけである。

 

 他にも、データそのものを弄るタイプなんかも存在していたが……今では法改正などによって姿を消してしまっている。

 そりゃそうだ、今のゲームはネットで遊ぶものが基本。

 そこに簡単にズルができてしまうモノがあれば、使ってしまう人だって出てくる。

 最終的にはゲーム環境が無茶苦茶になって、まともに遊んでいる人は誰もそのゲームを遊ばなくなるのだから、普通のゲームメーカーなら差し止めに動くのは普通のことだろう。

 

 

「……あ、なるほど。だからか」

「ええと、なにをお気付きになられましたの?私さっぱりなのですけれど」

「いや、なんか古臭い理由に気付いたっていうか」

「古臭い理由?」

 

 

 そこまで解説して、なるほどと頷くことになる俺。

 AUTOさんはなんのこっちゃ、と言った感じだが……一つ一つ情報を並べていけば、答えにたどり着くことは困難ではない。

 

 そう、この黒板がCHEATさんによって動かされているものだとして。それが、どことなく古臭くなる理由。それは──、

 

 

「次が出ない、すなわち過去の遺物だからだ」

「だぁれが、過去の遺物じゃー!!」

「うわびっくりした」

 

 

 コード○リークは既に生産が終了しており、最新のゲームには対応していない。

 無論、プログラムとチートはいたちごっこ、ゆえにCHEATという存在そのものは廃れていないが……相手の基準がコー○フリークであるのなら、古臭いのも無理はない。

 なにせ時代に取り残されているのだ、纏う空気が平成とか昭和に近くなるのも宜なるかな、というやつなのである。

 

 ……と、結論を話したところで、突如周囲に響き渡る少女の声。

 大人しめなTASさんのものでも、優雅な感じのAUTOさんのものでもないそれは、目の前の黒板……の、裏から響いてきたようだ。

 黒板に書かれているものは先ほどと同じく謎の升目で、そこから察するにこちらへの意志疎通手段がなくなったので仕方なく声を出した、とかなのではなかろうか?

 

 

「……れ、冷静に分析すんな!なんだお前、もうちょっと驚くとか慌てるとかしろよな!!」

「いやー、TASさんと一緒にいると心臓に毛も生えるというか……」

「ぐ、ぐぬぬぬ……これだからTASは……」

 

 

 まぁ、そんな風に分析してたら怒られてしまったわけだが。

 いやでもだね、こっちの基準はTASさんだから、それを上回らない限り印象には残り辛いというか。

 

 そんなこちらの主張に、ある程度の正当性を感じたのか、相手は渋々といった口調で、黒板の後ろから姿を現してくる。

 はたして、そこに立っていたのは……ええと、なんか派手な見た目の子だったわけで。分かりやすく言うとVtuberとか?左右に浮いてるレトロゲーっぽい機械とか、普通じゃあり得ない髪の色とか。とりあえずバズを狙ってそうな見た目、とでも言うか。

 

 

「……本体が全然古臭くない……だと……!?」

「さっきからずっと喧嘩売られてるんだが!?言い値で買うんだが!?」

「あ、でもやっぱりなんか古臭いや、空気感が」

「なんなのこいつぅっ!!!?」

「諦めて。お兄さんは大体いつもそう」

「……ええと、黙秘権を行使いたします」

「あれ?なんか途端にアウェーに?」

 

 

 その見た目だけなら、全然時代に取り残された感じなんてしなかったため、思わずバカな、と呟いてしまったが……ああうん、その反応はどっちかというと平成っ子の反応だなー、と一安心。

 ……してたら何故かオフェンスとディフェンスが入れ換わってたけど、君たちどっちの味方なんです??

 

 まぁともあれ。

 本体がこうして前に出てきた以上、話が進むのは必然。

 

 

「まぁいい……TAS!私としりとりで勝負だ!」

「なるほど、受けて立つ」

 

 

 そのまま二人のやり取りを静観する構えを取った俺は──やっぱりなんか古臭い、と彼女のことを認識することになったのだった。……いやしりとりて。

 

 



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チートには、実は弱点がある

 ──しりとり。

 その起源は古く平安時代の『文字鎖(もじぐさり)』にまで遡るという。

 ……まぁ要するに、遊びそのものが古いもの、ということになってしまうわけで。

 さっきから彼女に感じる古臭さの証明になってしまっており、なんというかやっぱりこの子(本人がどうあれ)の基準は昔のもの、なのだなぁと思ってしまうというか。

 

 

「いやまぁ、そもそもの話を言うとなんで俺の周りの子達、みんなゲーム由来のなにかっぽいのばっかなのか、って話になるんだけどね?」

「……?なにかおっしゃいましたか?」

「いや、レトロゲーって配信許可取りやすいから、配信者達はよくやってるよなーって思っただけ」

「はぁ……?」

 

 

 なお、こっちの話を聞いていなかったらしいAUTOさんに首を傾げられたが、別の話をすることで有耶無耶にする俺であった。

 

 ……ともあれ、話をTASさん達がやってるものに戻すと。

 あれはしりとりはしりとりなのだが、黒板に書かれた升目の中のものを使ってのしりとり、という時点でなにがモチーフなのかというのは、わかる人にはわかってしまう。

 ……名前は出さないが、緑色の恐竜(ヨッ○ーではない)のゲームにあるミニゲーム、あれが元で間違いあるまい。

 

 このミニゲーム、至ってシンプルなしりとり……というわけではない。

 升目の中に描かれたモノを使ってのしりとりであり、かつそこに許される解釈の幅が広いことで有名なゲームなのだ。

 

 例えば、サイコロが描かれているとする。

 普通に考えれば、相手の単語の末尾が『さ』になった時に選ぶモノということになるのだが……そのサイコロの絵が一の目をこちらに見せている場合、それを『いちのめ』と読んでしまうことも可能なのである。

 

 無論、所詮はプログラムによって作られたミニゲーム、ゆえに特殊な読み方もゲームに予め設定されたものしか使えないわけだが……それでも、そのしりとりが色々と革命的だったことに違いはないだろう。

 絵を選ぶという仕様・および当時はドット絵が主流だったことも合わせて、壺にも魚にも見える選択肢()がある……なんてこともあったわけだし。

 

 とまれ、ここまではあくまで前提知識。

 これがリアル・かつCHEAT(チート) VS TAS(タス)の戦いである以上、どうなるかというのは火を見るより明らかである。

 

 

「私が選ぶのは『ゆ○ぎおう』!さあ、どうでる!?」

「……私には単なる『トランプ』にしか見えないのですが?」

「リアルだとわりと言ったもん勝ちなところあるよね」

「じゃあこれ」

「ええと……いや、それはどう考えても『テレビ』だろう!?」

「残念。それは『う%∵♀⊇は』。次どうぞ」

「今どうやって発音した!?」

「TAS語だな」

「TAS語ですわね……」

 

 

 見た目どう足掻いてもトランプじゃん、みたいな升目を指差しながら、データ改竄(チート)して答えを捏造してくるCHEATさんに対し、TASさんも負けじとTAS語で対応。

 ……どう考えても地獄の対決だが、傍目には一応勝負が成り立っているように見えなくもない。……見えるだけかもしれない。

 

 しりとりとは本来、答えを思い付かなくなるか・はたまた単語の最後が『ん』になることで終わりを迎えるもの。……なのだが。

 この升目しりとりにおいては、明確に『升目の数』という限界がある。また、升目の中の絵柄をしりとりの単語として使う以上、どう足掻いても答えがだせない、なんてパターンも存在している。

 

 先のサイコロを例にあげるのならば、『さいころ』『いちのめ』あとは……『しかく』なんて読み方も可能だろう。

 が、これはあくまでもしりとり。多彩な読み方が出来たとて、相手の言葉尻を捉えられなければ意味がないのである。

 つまり、盤面にサイコロが残っている状態で、相手が『さ』『い』『し』以外の文字で終わる単語を出してきた場合、答えが出せないので負けになる、ということだ。

 

 ──さて、ここまで語ったところで、さっきの二人の攻防を改めて確認してみよう。

 CHEATさんの方は、『カード』を指して『ゆう○おう』の答えを導きだした。

 ……答えの捏造をしてはいるものの、一応『カード』の一区分ではある。他にも『ヴァイ○シュバルツ』とか『デュ○マ』とかも答えとして出せたかもしれない。

 

 対し、TASさんの方はと言うと、テレビを指して『う%∵♀⊇は』と答えた。

 これは、実際に答えを書く必要のあるゲーム、『脳○レ』などで出てきた答え方──『TAS語』の一種である。

 視聴者側には意味不明の単語の並びにしか見えないが、内部的にはちゃんとした答えを選んでいる、というやつなのだが……この時点で気付くことがないだろうか?

 

 そう。この答えが正答として処理されているということは、『テレビ』の読み方として認められているということ。

 テレビを指して『う』から始まる読み方なぞ、見付けられるはずも……まぁ、頭を捻れば出てくるかもしれないが、少なくともすぐにすぐ出てくるようなものではないのは確かだろう。

 それが受理されているのだから、『う%∵♀⊇は』は『う』から始まる『テレビ』なのである。

 

 ……え?わからん?

 じゃあ単純に。

 

 

「CHEATさんの負けですね……」

「なんでやー!!!!??」

「ぶい」

 

 

 答えを捏造しているとはいえ、結局のところ升目内の絵に準じた答えしか出せない(=チートとは言いつつ、ルールには逆らえない)CHEATさんと。

 そもそも正解判定から弄りに掛かっているので、なにを言っても正解になるTASさんとでは、端から勝負になっていないということである。

 

 ……この結果は最初から見えていたので、AUTOさんと一緒に静観していたわけだったのでしたとさ。

 

 



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二人が力を合わせる未来もあるかもしれない(4/1)

「~~~っ、お、覚えてろよー!!!」

「最後の逃げ方まで古典的。流石に憧れてしまう」

「うるせーっ!!」

 

 負けが確定してのち、暫くぷるぷると震えていたCHEATさんはと言えば、最後に捨て台詞的なものをこちらに投げ付けたのち、黒板を押しながら走って逃げ出したのであった。

 ……なお、二人の勝負が終わるまで待っていた警察さん達が追っ掛けていく、というおまけ付きである。──昭和の悪役かな?

 

 まぁともかく、こちらも巻き込まれた側なので……と警察さん達には伝え、ようやく解放された俺たちは、数時間ぶりに駅舎から外に出ることが出来たのだった。

 ……え?しりとりだけで数時間も経過してたのかって?まさかー。

 

 

「負けを認めず何度も向かってくる。そういうところも古典的」

「せめてガッツがある、と言ってあげませんか……?」

「勝ち目がない相手に挑み続けるのは単なる無謀なんよ……」

 

 

 しりとりが終わったあとも、なんかこうレトロ感漂う勝負を挑み続けてきた彼女は、その悉くで返り討ち。

 ……いやまぁ、チートとは言ってもルール──ゲーム的にはプログラムに則ったズル(チート)しか出来てなかったみたいだし、仕方のない話ではあるのだが。

 

 

「しりとりなのにしりとりしていない、とかやってましたものね……」

「理屈はわかるけど、『ぷろやきゅう(プロ野球)』に対して『ぷろさっかー(プロサッカー)』って答えるのはどうなん?」

「ぶい」

「いやぶい、じゃなく」

 

 

 だってほら、お相手はTASさんである。

 見た目的には絶対正解していないのに正解になる……というルール無視がデフォの相手としては、まさに役不足だったのだ。

 ……なお、この問題に関してはまだわかりやすい方で、正確には『ぅろさっかー』、Pが認識されていないのだとか。まぁやられた方は怒りのあまり、認識不明(支離滅裂)な謎言語を使いだしたのだけれど。

 

 

「あれは危なかった。あのままだと私は負けていた」

「負けてたの!?」

「偶然は恐ろしい。『#♂∧∀∇』語と偶然一致していた」

「まずそのなんとか語からわからないのですが?……あ、そういうものがあると認識したせいか、なんだか話せるような気がしてきましたわ」

「君も大概おかしいよね???」

 

 

 よもやTASさんに負け筋があったとは。

 驚きではあるが、結局追記の波に飲まれたとあっては、微かな勝機も藻屑の泡である。

 ……あとやっぱりAUTOさんもおかしいな、って話になった。流石は規範(ルール)の怪物、それが秩序だったモノであればなんでもこなせるらしい。

 

 その分ルール外のことをしてくる人には滅法弱いのだが……なんてことを、謎の言語を習得してちょっとはしゃぎ、すぐ目の前でTASさんが普通に会話して来たことに気付いて意気消沈する……という、浮き沈みの激しいAUTOさんの姿を見ながら考える俺なのであった。

 ……いや、いくらなんでも秒速で負けるのやめない?

 

 

 

・∀・

 

 

 

 そんなことがあった、次の日。

 今日も今日とてバーガーショップにてバイトに精を出す俺は、元気にスマイルを売り出していたのだった。

 いやまぁ、ゼロ円のモノを売り出しても仕方ないってのはわかるのだが、このご時世朝でも昼でも夜でもない中途半端な時間帯に、飯屋が忙しくなるなんてことはほとんどないわけで。……まぁぶっちゃけると暇なのである。

 

 無論、そんな暇な時間帯なので、店員も俺一人のワンオペ状態。

 これがTASさんなら、「わかった、この時間に鬼稼ぎすればいいんだね?」とばかりに、どこからともなく売り上げを捻出し始めるのだろうが……生憎と俺は一般人なのでそういうことは出来ない、あしからず。

 

 

「……いや、そもそもその場合、そのお金はどっから来たもんなんだ……?」

 

 

 なお、そこまで考えたところで、そうして異次元から捻出されたお金って、お札とかの場合番号とかどうなっているんだ?……という、法治国家においてはわりと死活問題な部分に気付いてしまい、ちょっと思考の迷路に放り込まれてしまったが……。

 

 

「あ、あのー……」

「ん?……アッハイラッシャーセーッ!!

ぴっ!?あっ、あわわわわ……

 

 

 背後、具体的にはカウンターの方から微かに聞こえてきた声に振り返り──そこに人影、すなわち客がいたことにより、あっさりと脱出することに成功したのだった。

 ……ふぅ、危ない危ない。危うく客を無視してしまうところだったZE☆……え?向こうから声を掛けられてる時点で、既に遅い?それはそう。

 

 ともあれ、折角暇な時間帯に来てくれた客なのだから、盛大にもてなさねばなるまい。

 いやまぁ、挨拶した途端にびっくりしていたので、あんまり大声出してはいけないタイプのような気もするので、ほどほどの接客にはなるだろうが。

 

 なんてことを思いながら、相手の注文を待つ俺だったのだが……。

 

 

「…………んん?」

ひぇっ

「じー……」

はっ、はわわわ……

「……どこかでお逢いしましたか?」

初対面ですぅ~……!!

「あっ、そうでしたか。ゴチュウモンドウゾー」

は、はいぃ~……

 

 

 その少女の顔に、どことなーく見覚えがあったため、思わず声を掛けてしまったのだが……ああうん。気のせいだったようだ。

 はからずもナンパのようなことをしてしまったので、努めて冷静に仕事に戻りつつ。

 素直に注文をして、席に小走りに掛けていく彼女の背をなんとなく視線で追いながら、俺は内心でこう吐露するのであった。

 

 ──いや、CHEATさんやんけ、と。

 彼女の持っていた鞄、そこにぶら下がるキーホルダー。……()()()()()を見ながら、俺はどうしたものかと小さくため息を吐くのであった。

 

 



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二重人格は乙女の嗜み(?)

「……配信者っぽい、って印象は間違いじゃなかった、ってことかねぇ」

 

 

 パンに挟むパティを焼きつつ、緊張した様子で席に座って待っているCHEATさん……ちゃん?を横目に確認する俺。

 

 昨日の彼女はとにかく派手で、なんというか見ているだけで疲れてくる感じだったが……今の彼女は前髪によって両目は隠れており、その髪の色も服の色も、地味めな感じの物で纏められている。

 

 少なくとも、両者を見て同一人物と気付くには、アイデアロールとか必要な感じなわけだが……すまんな、多分クリティカルしたわ。

 疑惑ではなく確信を抱いている今の俺にとって、彼女がCHEATちゃんではない、なんて疑いは一切ない。

 その上で──昨日の『配信者みたい』という感想は、けっして間違いではなかったのだなぁと頷くことになったのだった。

 

 いやでも、ド派手な配信者の中身が地味めな女の子、とか使い古されてやしない?……って感じがしてくるのだけれど、「あっ、だからか」って気分にもなってくるわけで。……どこまで古いんだろうね、この子。

 

 というか、恐らくだけど『ソフトとゲーム機の間に挟む』って部分も、彼女のキャラクター性に加味されているのだろう。

 本来の自分を書き換え、まったく別の自分を出力する──というその形式は、なるほどある意味ではコードの書き換え(チート)、と呼んでしまってもおかしくないかもしれない。

 

 そんなことを考えていると、ポテトが出来上がったことを知らせる独特の音が鳴る。

 ……ちょうど良くパティも卵も焼き上がったため、手際よくそれらをまとめてハンバーガーに成形し、紙に包んでトレーに乗せる。

 ポテトを容器にザッと摘め、ドリンクをザカッと投入し、最後にナゲットを添えればはい、完成。

 

 

……出来立てのハンバーガーはいかが?

「……っ!?!?!?……ななななに今の?ネコチャン?

(んんっ)

 

 

 やべぇ、吹きそうになった。

 出来上がりを眺めた結果、思わず漏れた言葉に露骨にビビるCHEATちゃんに、堪らず笑いそうになったがどうにか耐えた俺。

 そのまま笑いを堪えた微妙な顔のまま、出来上がった商品を彼女の座る席にまで運び──、

 

 

「ぶっふっ!!」

はふぁひゃぁ!?!?

「げふっ、げふっ……あああ、すみませんすみません!」

いいいいいえこちらこそ……

 

 

 机の上で黒板をタブレットくらいの大きさに変化させ、その上で大真面目に『しりとりに勝つには?』と書いてあれこれと対策を練る彼女の姿を見て、思わず吹き出してしまった俺。

 流石に相手に料理をひっくり返すことこそ無かったが、トレーの上でぐちゃぐちゃになった料理を見た俺は、「これは俺の自腹だな……」と脳内で冷静に考えつつ、失礼をしたのは確かなので彼女に謝り倒すこととなるのだった。

 

 ……なお、彼女的には黒板(の内容)を見られたことの方がよっぽどショッキングだったようで、ごまかすためにこちらも謝り倒してくることになるのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「……それで、作り直したモノを渡したあとは、気まずくなって観察するのは止めた……と?」

「まぁそういうことになるねー」

 

 

 バイトが終わり、俺の家。

 遊びに来ていたAUTOさんに一部始終を話した俺は、彼女からのなんとも言えない視線を浴び続けることになっていたのだった。

 ……いやでもさ、今時あんなにおどおどしてるのも、隠したがってたのに見える範囲で対策練ってたのも、笑わずにいられるかって話でね?

 

 

「ああいえ。貴方様については特に、なにも。いつも通りだな、という感じですので」

「俺に優しさをくれない?」

「?」

「いや『あげてますよ?十分に』みたいな顔されても困るんだわ俺」

「まぁ欲しがりさん。……ええと、こういう時はいやしんぼめ、と言えばいいのでしたっけ?」

「……AUTOさんってわりと知識が片寄ってるよね」

「あれ?何故私がおかしい、みたいな話に……?」

 

 

 寧ろルールに沿ってさえいれば、大体のことはこなせるような人間が普通なわけないだろいい加減にしろ、と返せば、彼女は首を捻りながらも「……それもそうですわね」と頷くのだった。

 いや認めるんかい、とは言わない。蒸し返すと俺のことも蒸し返すことになるからね、仕方ないね。

 

 まぁともかく。

 全然関係ないところでCHEATちゃんに出会った、という事実は共有されたわけで。

 対処云々について語るべき、ということになるわけなのだが……。

 

 

「……別に実害はないのですし、放っておけば宜しいのでは?」

「いやでもさ、帰ってきてから改めて思い返したんだけど……あの子常連なんだわ、うちの」

「……ハンバーガーショップの?」

「ハンバーガーショップの」

「それは……心配ですわね、栄養状態が」

「そこ?!」

 

 

 そうなのである。

 記憶を掘り起こしてみたところ、あの地味状態のCHEATさん、実はうちの店の常連だったのである。

 しかも、俺の勤務中にしか来てないみたい、というおまけ付き。

 

 ……こうなると、もっと前からTASさんのことを嗅ぎ回っていた、なんてこともあり得るわけで。

 ってことは、最悪俺を人質にしようとしてるかも……!?

 ……なんて心配をする俺とは裏腹に、目の前のAUTOさんはCHEATちゃんの健康状態を気にし始めるのだった。いや、俺の心配もして???

 

 

「大丈夫、お兄さんに人質の価値はないから」

「俺のことなんだと思ってるのこの子達???」

 

 

 なお、台所から戻ってきたTASさんからも、遠回しにディスられる羽目になるのだった。……なんでや!!

 

 



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空回りする情熱

「えー、俺がどうこうは一先ず置いとくとして。……それでもこう、向こうがこっちを探っている……っていうのは本当のことっぽいので、対策くらいは練るべきなんじゃないかなーと思いまーす」

「なるほど。では司会はお任せする」

「え?……えーと、はい……?」

 

 

 俺のことはともかく……いやまぁ本当はともかくして欲しくはないんだけど、話が進まないのでともかくとして。

 

 彼女──CHEATちゃんが、もっと前からこちらのことを窺っていた、という可能性があることは事実。

 今一危機感の薄い彼女達に変わって、俺が問題提起するしかない……と声をあげたわけなのだが。

 その結果として、クラスの決まらない役職を押し付けられるかの如く、俺が議長みたいな立場に納まってしまうのであった。

 ……いやまぁ、別にいいんだけども。でもこう、もうちょっと積極性を持って欲しいというかだね?

 

 

「別に、なんでも。挑んでくる分には寧ろ有難い」

「なんでTASさんは、ちょくちょく武芸者みたいな物言いになるの……?」

「まだまだ成長期。私より強いやつに会いに行く」

「……はっ!何故かはわかりませんが、彼女と一緒に間断なく相手をボコる情景が思い浮かびましたわ!?貴方様、これは一体……?!」

「ドラマチックならぬドメスティックですね、わかります」

 

 

 まぁ、ドメスティックって家庭内のって意味なんだが。

 分かりやすく意味を間違えて使う辺りに、劇的ななにかが隠されているのかもしれない。多分。

 

 なお、AUTOさんはちゃんと元の意味で理解していたため、「……え?Mなんですか貴方様?」と斜め上の回答を返してくるのだった。……そう聞こえなくもないね!

 

 

 

・∀・

 

 

 

「そういうわけなんだけど、どうすればいいと思う?」

「なんでそれを私に聞いてくるんですか……???」

 

 

 場面は変わって別の日。

 結局建設的な話はこれっぽっちもできなかったため、議題ごとお流れになったわけなのだが……そういえば、と仕事中に思い出してしまったので、どうせならと変わらずそこに居たCHEATちゃんに聞いてみることにした俺である。

 ……バカ?案ずるより産むが易し、って言葉があってだね?

 

 冗談はともかく、あそこまで適当な態度をTASさんが取ってた辺り、彼女のことをあまり脅威としては受け取っていない、という可能性は大いにある。

 

 

「それは、なんかこう……悔しいじゃん?悔しくない?俺は悔しいです!!!……ああ止めて止めて、折角育てた最高レベル(Lv.100)の俺の相棒を、最低レベル(Lv.1)の適当に選んだキャラで蹂躙するのヤメテヤメテ……」

「怖いよこの人……情緒の浮き沈みが激しすぎるよぉ……」

 

 

 そうなってくると……なんというかこう、TASさんにゲームで何度となくボコボコにされている俺は、思わず彼女の方に感情移入してしまうわけでして。

 いやまぁ、細かく分析するのならば彼女もチート使いなのでわりと大概というか、五十歩百歩・ドングリの背比べ・争いは同じレベルの者同士でしか発生しない……というやつなのだが、それはともかく。

 俺達が負け組、という共通点があることは確かな話。例えそれがビルの屋上と地面ほどの差があるとはいえ、互いに負け組なのは確かなのである。

 

 

「……もしかして、これは私も怒っていいところだったりしますか……?」

「そうだ怒るんだ!この世の理不尽を認めてはいけない!!持つ者に持たざる者のにくしみを教えてやるのだ!!!」

「……わぁ。ひとのはなしをきいてくれないやー」

 

 

 なお、こちらの熱い思いが伝わったのか、後半部分の彼女はひたすらにこちらに頷いてくれるのだった。

 よおし、こうなったらTASさん撃破大作戦立案だー☆

 

 

 

・∀・

 

 

 

「ば、バカな……我々の作戦は完璧だったはず……!?」

「完璧だったのが敗因。──それは乱数が無いということ。確かにそれは、普通なら良いこと。でも残念。貴方は外の世界にも目を向けるべきだった。具体的に言うと──ロケーションの選定が甘い(ここはホットプレートの上みたいなものだ)

「ぎゃー!!外的要因ー!!!」

 

「だから言ったのにぃ……」

「貴方も大変ですわね。プリン要ります?」

「アッハイ,オキヅカイアリガトゴザイマス……」

(先日とは本当にキャラが違いますのね……)

 

 

 なお、そうして地味子さんモードのCHEATさんを連れての襲撃は、TASさんからの綺麗なちゃぶ台返しを受けたことにより、完璧に失敗してしまうのだった。

 ぐぬぬ、相手の勝ち筋の全てを封鎖し、最早負け以外に選べる選択肢などない、くらいの必勝の手を用意して挑んだというのに、よもや盤外戦術で後塵を拝する羽目になるとは……!

 

 ……いやまぁ、相手に認めさせて飛車角金銀桂香落ち(10枚落ち)で将棋を始めたにも関わらず、何故かこっちが二歩で負けていたというだけの話なのだが。

 よもや最初に決めた待った無しのルールが、ここに来て響いてくるとは……げに恐ろしきは唐突に七色に光輝く魔技を見せたTASさんの戦略よ……!

 

 ……なお、こうなることが読めていたCHEATさんは、AUTOさんにおやつを勧められて借りてきた猫みたいになっていた。

 早く慣れて欲しいものだが、中々難しい感じだなぁ。

 

 



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成長期ですので。まだ行けます

「……なし崩し的に遊んでしまいました……」

「……ヨシ!」

「ナニモヨクナインデスガー!?」

 

 

 日もすっかり暮れ、いい加減帰るというAUTOさんとCHEATちゃんを見送るため、玄関までやって来た俺とTASさん。

 

 CHEATちゃんは未だにおっかなビックリな感じだが、ある程度は気を許してくれるようにはなったみたいだった。

 ……うんうん、善きかな善きかな。

 ()()()()TASさんとは同年代くらいだし、これからも仲良く遊んでやって欲しいものである(親目線)。

 

 

「……なにか違和感があると思っていましたが、そういうことでしたのね?」

「ん?なにが?」

「……CHEATさん、言っておきますけど中学生ですわよ?」

「うん?だからTASさんとは同い年……はっ!!?」

「高校生ですけど。これでも立派な高校生ですけど」

「いだだだだだ首がっ、首が変な方向にまががががが」

 

 

 なお、自分で言ってた癖にTASさんの年齢を間違える、という痛恨のミスにより、俺の首が大変なことになったけど些細なことなので問題はありません。……ホントに?

 

 まぁともかく。似たような境遇というか能力というか、そういう二人なのだから仲良く喧嘩しな?……みたいな気分になったのは本当の話。

 なので、こうしてある程度はリラックスして貰えた、というのは成功の部類なのは間違いないのです。

 

 

「うわぁ、お節介焼きさんだぁ……」

「あれー?なんか知らんけど引かれてるー?」

「そもそも見知らぬ男性に勝手に交遊関係を広げられている……という、わりと通報案件ですもの、貴方様」

「一本(逮捕)、いっとく?」

「そんな気軽に勧められても困るんだよなぁ!?」

 

 

 なお、三人からの反応は散々だった。……善意が相手に受け入れられるとは、必ずしも限らないんやなって……(白目)。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 選択肢ミスったかなー、なんて思いながらバイトをしていた別の日。

 いつものように暇な店内で、ボケーっと突っ立っていると。

 

 

「おおっと、ラッシャーセー!

「うるせぇ!!」

「ラッシャーセー……」

「極端かよ!丁度いいとこを見付けろよ丁度いいとこを!」

「……ん、なんだCHEATちゃんか。ハイハイイツモノネー」

「いや勝手に作り始めんな?!」

 

 

 入り口が開いて店内に入ってきたのは、派手な格好の少女が一人。

 ……まぁ疑うまでもなく配信者モードのCHEATちゃんだったわけだが、前回あれこれ言ってたからもう来ないのかと思ってた俺からすれば、なんというかちょっと意外な来訪と言えなくもない。

 まぁ、今まで地味モードでしか来たことなかったのに、こうして派手モードでやって来てる辺りに、何かしらの意図というものを感じないでもないわけだが。

 

 ともあれ、格好が変わっても食の嗜好が変わるわけではないだろう……ということで、いつもの彼女が頼んでいるハッピーなセットを手早く用意し始めたのだが……えー、なんで止めるんです?

 

 

「なんでもなにも、今日は別に飯食いに来たわけじゃないっての」

「ほう?こんな場末のハンバーガーショップに?飯も頼まずなにをしに来たというのかねCHEATちゃん。……まさかアレか、データを書き換えてこの店をエンディングフラグにしようと……!?」

「しねぇよ!?なんでそんなおっそろしいことしなきゃいけねーのさ!?……いや待て、言うな、なんかわかっちゃったからみなまで言うな」

「なにを仰いますCHEAT様、このような児戯であれば、TAS様は鼻唄混じりに実行なさいますよ?」

「言うなって言ったじゃんか!?……(CHEAT)より大概意味不明なのなんなんだよアイツ……」

 

 

 なお、恐ろしいTASさんの企てについては、俺が泣いて土下座して謝ったことでどうにか回避した、ということをここに記しておく。やはり土下座、土下座は全てを解決する……!

 

 まぁ冗談はともかく。

 此度のCHEATちゃんが、ご飯を食べに来たわけではないのであれば、その目的がなんになるのか?……というのは、わりと気になる話。

 なので、彼女がその本題に触れるのを待っていたのだけれど……。

 

 

(さっきから口を開いて閉じての繰り返しなんだよなぁ)

 

 

 あーだのうーだの、なにかを告げようと口を開くものの、そこから言葉にならずに逡巡すること暫し。

 見事な言い淀みっぷりに思わず拍手を贈りたくなるが、多分やったらぼっこぼこにされるのでやらない俺である。

 

 ともあれ、かれこれこの行為を眺めるのも十分ほど、そろそろ時間帯がお昼時になるので、そろそろ頑張って欲しいなーと半目になり始めたわけだが……。

 

 

……エエト,アリガトゴザイマス

「ゴチュウモンデスネー!ポテトハイッショニイカガデスカー!」

「ふっざけんなよお前ぇ!!?」

「へぶぇ!?」

 

 

 なんか小さい声でぶつぶつ呟いていらっしゃったので、マニュアル通りの接客を返してあげたら頬に真っ赤な紅葉ができた。解せぬ。

 

 ──なお、彼女が去り際にこちらに投げ付けていった手紙には、謝罪と感謝の言葉が記されていたことをここに記しておく。

 

 

「なるほどCHEATさんからの手紙。……錬成していい?」

「フラグ書き換えそうだからダメです」

「むぅ、ケチんぼ」

 

 



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四人の心を合わせるんだ!(合わない)

 かれこれ三人、不思議乙女達と出会いを重ねてきた俺。

 誰もが魅力的、誰もが感動的な彼女達に囲まれ、俺の生活はそれはそれは薔薇色の日々に──、

 

 

「なるわけもなく。今日も今日とてTASさん達にボコられ続ける仕事が始まるお……」

「……お兄さんが絶妙に古いんだけど、貴女何かした?」

レトロっぽいの全部私のせいにしないでよ……ッテアー!!キングー!!?

「見事に擦り付けられましたわね……」

 

 

 今日の俺は、彼女達を交えて某友情破壊ゲームを楽しんでいたのだった。

 ……友情?そんなものうちにはないよ……(持ってる物件全部吹っ飛ばされながら)

 

 

 

・∀・

 

 

 

 人数が四人になったのだから、パーティゲームとかやりたい──。

 最近入り浸るメンバーに加わったCHEATちゃんと別のゲームをしながら、そんなことを呟いたTASさん。

 

 余所見とは良い度胸だな、とヒートアップして地味モードなのに言動が派手モードになっているCHEATちゃんを、返す刀でぼっこぼこにした(「きゅうしょにあたった!」「ぎゃー!?」)彼女は、いそいそと据え置きゲーム機を引っ張り出し始めるのだった。

 

 

「……よくよく思えば、色々ありますのね、この家」

「まぁ、TASさんと言えばゲームだからねぇ。あと、珍しいモノはなんかのフラグになるかも、って」

「わー……ワンダース◯ンカラーの実物とか、初めて見たかも……」

 

 

 押し入れから飛び出してくる、多種多様なゲーム機達を見ながら、どこか呆れたような声をあげるAUTOさんと、転がってきたゲーム機をまじまじと見つめ、ちょっと嬉しそうにしているCHEATちゃん。

 そんな二人を他所に、お目当てのモノを掘り出したTASさんは、その機体の勇姿を我々に見せつけるのだった。

 

 

「……ハンマー?」

「装備できそうなのは確か。コントローラーが外れないようにすれば、多分振り回すのも可能」

「なんで持ち手なんて付いてるのでしょうね……」

 

 

 四人対戦と言えば、的なゲーム機の一つ。

 四角くて紫色なその機体を掲げ(ごまだれー)、彼女はふんすと鼻をならすのであった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「……にしても、なんでこういうのって四人一纏めなんだろうなー」

「と、言いますと?」

 

 

 電車旅を終え、大で乱闘なオールスターズ的ゲームに移行した俺達。

 その中で、ふと思ったことを呟けば、AUTOさんが食い付いてきた。流石は真面目な彼女、こういう時に独り言にならないのはとてもありがたい。

 まぁ、その会話の内容については、本当になんとなく思い至った、という感じのものなのだが。

 

 

「例えばほら、ボンバー◯ンとかだとマルチタップ使って五人で遊ぶ、なんてこともあったわけじゃん?」

「みんな大好きセガ◯ターンなら、最大十人対戦も可能」

「お、おう……まぁともかく、ゲームによっては四人以上、みたいな遊び方も多かったわけじゃん?ただ、最近のゲームを見ると……」

「四人以下、というパターンが多い……と?」

「そうそう。なんでなんだろうねー」

 

 

 セ◯君がいつの世もなんか先走ってるのは置いておくとして。

 ネット対戦でもなければ、基本的に四人くらいでのプレイが想定されているような気がする、というのは間違いでもないように思う。

 そこになにか意味はあるのかなー、なんて素朴な疑問が思い浮かんだ、というだけの話であって、特に発展性があるかは微妙な内容だったわけなのだが。

 

 

「需要……」

「……ん?需要?」

「お兄さんが言ったみたいに、ネット対戦なら大勢で遊べてもいいけど──家で大人数で遊ぶ、なんてことほとんどないでしょ?」

「……あー、親と子供って感じだと三人、友達が集まって……ってなっても五人を越えるようなことは早々ない、みたいな?」

「そうそう。……四人以上集まるのは特殊なパターンだから、そこを気にする必要性はないんだよ」

「なーるほーどねー。……おっとカ◯ゴンだ」

「キェアーッ!?フットバサレタァーッ!!?」

「情緒不安定過ぎではありませんこと?」

 

 

 コントローラーをカチャカチャしながら、ぽつぽつと語ってくれたCHEATちゃんにより、ある程度の疑問は氷解することになるのだった。

 ……まぁ、それはそれとしてゲーム内では吹っ飛ばさせて貰ったが。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「まぁ全員まとめてTASさんに吹っ飛ばされたわけなんですが」

「おかしいだろアサシンかよこえーよ気配感じなかったんだけど……」

「CHEATさんはテンションはどうあれ、感情が高ぶるとそうなりますのね……」

 

 

 ちゃぶ台に突っ伏しながら、ぶちぶちと文句を垂れ流すCHEATちゃんに苦笑しつつ、改めて先程までの戦歴を思い起こす俺。

 ……ものの見事にTASさんの独り勝ちだったわけなのだが、タイマン仕様ではなく敢えてのパーティゲーム仕様だったことが、彼女の動きを捉え辛くしていた……ということに間違いはあるまい。

 まぁうん、乱戦状態を横からかっさらう方が楽だもんねー。……そのためにいつぞやか(具体的には4話)にした俺からの『タイマンは止めよう』という提案を受け入れていたのだとすれば、なんというか策士だなぁと思わなくもなく……。

 

 

「なるほど。パーティ仕様だから負けても仕方ないと。じゃあチーム戦でやる?私一人、そっちは三人。ステージも狭くしていいよ」

「ジョウトウダヤッテヤンヨコラーッ!」

「……あ、お兄さんが挑発に……」

「これは負けフラグですわね……」

 

 

 なお、俺の無様な負け惜しみはというと、そのあときっちりぼっこぼこにされ直したため、綺麗に露と消えることになったのでしたとさ。

 

 



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探りを入れるは秘密の園

「……はい?二人の実家を探りたい?」

「そう。今回はスニーキングミッション」

 

 

 ある晴れた日のこと。

 洗濯物を二人で手分けして干していたところ、Tシャツのシワを伸ばしていた俺に、唐突にTASさんが声を掛けてきたのである。

 で、その内容と言うのが、AUTOさんとCHEATちゃんの家を見に行こう……というもの。

 

 ……人のプライベートを勝手に探るのはよくない、と思わなくもないのだが。

 彼女からこうして提案される場合、それはもはや決定事項のようなものであるというのも確かなため、こちらに否定権はなかったりするわけで。

 

 

「……ダンボールいる?」

「?そんな大きなもの持っていったら目立つよ?」

「なんでこういう時に限って普通のこと言うの君???」

 

 

 仕方なしに携行物についての確認を取れば、彼女から返ってきたのは『なに言ってるのこの人?』みたいな視線なのであった。

 ……非常識な人に常識語られてるんだけどー!?

 

 

 

・∀・

 

 

 

「はい、あんパンと牛乳」

(別方向に古い……!?)

 

 

 本格的なスニーキングの前にコンビニに寄る、という彼女を店の外で待っていた俺。

 暫くして戻ってきた彼女から、菓子パンと紙パックを渡された俺は、どうやら彼女はCHEATちゃんからの影響を受け始めているのでは?……と少しばかり戦慄する羽目になったわけだが置いといて。

 

 ともあれ、これで準備万端ということで、ようやく今回の目的を果たすために行動することができるわけなのだが……。

 

 

尾行(スニーキング)ってことは、二人を見付けるとこから始めなきゃいけないわけだけど……今日って二人はうちに来る日だっけ?」

「来ない日。二人にもプライベートはある」

「……ん、んん?なんかこう、この行動の根幹を揺るがしかねないこと言わなかった今?」

「気のせい。尾行スタート」

「リ◯クスタート、みたいな言い方するんじゃないよまったく」

 

 

 ツッコミ処満載の彼女の言動に辟易しつつ、改めて行動開始である。

 ……もし仮に件のゲームが実在したら、彼女は『ノーコン&最速でクリアする。バリバリ』とか言いながら突撃するのだろうか?

 そんなことになった場合、やはり俺が言うべきなのは『やめて!?』なのだろうか。

 

 

「……お兄さん、難しい顔してる」

「ああうん、見送りにはやっぱり黄色いハンカチなのかなぁ、って思っててさ」

「……私のことあれこれ言うくせに、お兄さんってわりとアレだよね」

「あれ?なんで俺ディスられてるの???」

 

 

 あと、見送りに黄色いハンカチ云々は、古いを通り越して最早化石……なんて風なツッコミを受けつつ、俺はあんパンを噛るのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「早速発見。これより尾行に移る」

「へいへーい」

 

 

 そんなこんなで暫く。

 最初に見付けたのはオフの日のCHEATちゃん。

 ……オフの日って付けると有名人みたいね?いやまぁ、実際有名人かもしれないけれど。動画配信者(Vtuber)っぽいし。

 

 ともあれ、俺達が近くに居ない時の彼女がどんな感じなのか、と思えば。

 

 

「……意外と普通だな」

「今日の夕食はハンバーグと見た」

「メンチカツかもよ?」

 

 

 なんともまぁ、至って普通に買い物をしている姿を、隠れているこちらに見せ付けていたわけなのである。……いや、見せ付けるっていうか、こっちが勝手に見てるだけなんだけども。

 野菜の袋を一つ持っては、何事かを呟きつつ暫く静止し、いやいやと首を振って元の場所に戻す……という行為も、少なくとも単に今日の献立に悩んでいる、という風にしか見えないだろう。

 

 

「む、どうやら萎びた野菜に、チートを使うかどうか迷ってる様子」

「さらっと読唇術するんじゃありません。しかしまぁ……オフの日だと良い子なのね、CHEATちゃん」

「どういう意味?」

「ご自分の胸に手を当ててよーく考えてご覧なさい、マジで」

 

 

 まぁ、TASさんが唇を読むことによって、どうやらお勤め品を買ってチートで綺麗な状態に戻すか否か?……を迷った結果の動きだった、と判明するわけなのだが。

 俺の横でムッとしている彼女(TASさん)なら、迷わずやってるだろうから良識のある良い子なのだな、なんて気持ちが湧いてくるのも仕方ない、というか。

 

 言われた側のTASさんは、「失礼な。できるのなら単品じゃなく全体にやるよ」などと、更に恐ろしいことを口にしていたわけなのだけれど。

 ……良かった、時間操作系のバグとかグリッチとか見付かってなくて()

 

 ともあれ、一品一品悩みながら商品を選んでいるCHEATちゃんは、こちらに気付く様子はまったくなく。

 そのまま、一通り必要な具材を時間を掛けて選んだのち、小さくため息を吐きながら彼女はレジへと足を向けたのだった。

 

 ……なお、俺達に関しては小さい子を監視している謎の二人組、なんて風に噂になりそうな気がするかもしれないが──いつもの如くTASさんがあれこれ調整しているため、特にそういう騒動が起きることはないしこれから起きることもない、と言うことをここで明言して置こうと思う。なんでかって?

 

 

「……なぁ、俺はここで待機してちゃダメ?」

「ダメ。私から離れると迷彩効果は消えてしまう」

「マジかー……」

 

 

 CHEATちゃんが次に向かったのが、服屋だったからだよ!……見事なまでの俺の社会的死亡フラグだと感心するが、問題はないな(白目)

 

 



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不審者として通報はされない

 女性の一人買い物、かつ服屋……とか、そんなん下手すると下手するやないですかい(?)

 それを男が隠れながら見てる、とか。どう考えてもストーカーやし変質者やないですか。へんたいふしんしゃさんやないですか。ワイ捕まりとうないで?

 

 

「お兄さんのキャラが今までになく変」

「いやだってだね?ここ肌着も売っとるやん、そんなんワイが見たらアカンやん?」

「肌着って呼び方に必死さを感じる」<ドッ

「なにウケとんねん自分……」

 

 

 なにが面白いのか、対して表情変化させずに腹を抱えるTASさんになんとも言えない気分になりつつ、本当に入って良いのか、と逡巡する俺。

 

 ……いやだってさ、相手からは認識されないような位置に陣取るし、周囲からも不審者だと思われないようになっている……って言っても、中学生そこらの女の子の服装選びを覗き見るのは犯罪みたいなもの、というか。

 さっきから言ってるように、肌着も取り扱っている店なので、そんなの隠れて見てるとか犯罪者というか即死刑というか。……いやじゃワシはまだ死にとうない……っ!!

 

 

「だから俺は逃げるぞTASゥーッ!……ほげぇ!?」

「だから、逃がさないって言ってる。諦めて?」

「なんでそんなに強硬なのキミ……」

 

 

 そんな必死さから、彼女の注意を掻い潜って背を向け走り出し……もとい、走り出そうとしたのだけれど。まぁうん、ご覧の通りいつの間にやら足元にロープが張られていたため、綺麗に顔面から地面に激突することに。

 

 ……いや、なんでそんなに頑ななのよキミ。

 別に単に相手の行動を見張るだけなら、キミ一人でもどうにかなるやん……?

 そもそもここが家、というわけでもないのだから、待ってればそのうち外に出てくるわけだし……って、ん?

 

 

「……ええと、そういうことなので?」

「そういうこと。私達がどうこうってわけじゃなく、彼女はここで着替えて裏から出る……ってことを繰り返してるってだけ」

 

 

 ()()()()()()()()()()、というのがもし間違いであるのならば。

 確かに、ここで店の外に待機してしまうのはアウトである。

 なんでそんなスパイみたいなことを?……という疑問はあれど、それも彼女が二面性を持つ人物である、ということを思えばわからないことでもない。すなわち──、

 

 

「……本当に配信者だったのか(困惑)」

「わりと有名。(ヴァーチャル)じゃなくて(リアル)だけど」

 

 

 着替え場所として、この店を利用しているというパターンだ。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「よもや身内に配信者がいるとは……」

「はい、あの子のチャンネル」

「わぁ、意外と登録者が多い……」

 

 

 こそこそとはせず、堂々と店に入った俺達。

 服を物色するフリをしながらTASさんのスマホを見せて貰ったところ、大体六桁に到達するかしないかくらいの登録者数を誇る、CHEATちゃんのチャンネルがそこには鎮座していたのだった。……いやわりと普通に凄いな?

 

 

「登録者数が六桁あれば、生活に困らないくらいの広告収入があるとかないとか」

「やだ高給取り……しかしなるほど、あっちの姿だと有名人だから、絡まれたりしないように着替えをしてたってわけか……」

 

 

 うちの店に来ていたのも、格好からするとプライベートだったということになるらしい。

 

 ……まぁそこはともかく。

 さっきのお店は彼女の協力者か、はたまたチートを使ってのセーブポイントか。どちらかはわからないものの、彼女が派手な方と地味な方の自分をわけるための場所として利用している、ということに間違いはなさそうだ。

 

 ……ん?となると、彼女はあの姿で家に戻っている……?

 さっき買ってた食料品とかも持ったまんまだし。

 

 

「違う。恐らく配信用の場所と家とをわけてる」

「……中学生だよね?CHEATちゃんって?」

「チートを使って戸籍をごまかすのは俺TUEE系の基本」

「いやそりゃそうだけど」

 

 

 TASさんからは否定されたものの、どっちにしろ彼女が中学生にも関わらず部屋を借りている、ということになるわけで。

 ……わかいのにすごいなー、的な感想を抱きつつ、改めて彼女の方を見つめる俺。

 

 

「はろろー!今日も元気な私ちゃんだぜー!先日は酷い目に遭ったけど、めげずにぶつかっていくぜー!!」

「動画撮ってる……(困惑)」

「そう。それこそが今回の理由にして目的」

「はい?」

 

 

 やだ、早速お仕事してる……。

 配信者って動画撮って編集して、っていう一連の作業で一日が潰れる、なんて話も聞く職業だ。

 となれば、着替えてすぐ仕事を始めるというのは、寧ろ当たり前ということになるのかもしれない。……わりと有名なのか、道行く人に声を掛けられたりもしているようだし。

 

 そんな風に思わず感心していると、TASさんから気になる言葉が。……ええと、確か今回の目的というのは、CHEATちゃんとAUTOさんの家を確かめる、みたいな感じだったような?

 思わず首を傾げる俺の前で、スマホを操作した彼女がこちらに見せてきたのは。

 

 

「……ええと、『リアルTASさんとバトってみた』……ってあ(察し)」

「出演料を貰う。例外はない」<フンス

 

 

 わりと人気コンテンツになっている、TASさんとのゲーム対決シリーズ動画なのであった。

 ……あー。

 

 



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目立つヤツがいれば近付きたくなるもの

「私もちょっとは有名人。……まぁ、時々荒らしたりしてるから仕方ないんだけど」

「ねぇ?俺今初めて聞いたこと幾つかあるんだけど???」

「気にしてはいけない。命が幾つあっても足りない」

「なんでこの子、チャレンジ系に飛び入り参加とかしてんの???」

「……気にしちゃダメ、って言ってるのに」

 

 

 事はこの辺りに一つの噂が流れていたことが原因、ということになるらしい。

 

 なにかしらのチャレンジ企画をするたび、それを荒らしていく謎のロリっ子。

 普段はその傍らに冴えない男性を侍らせているその少女は、その男性が近くに居ないと、決まって店の催し物を完膚なきまでにクリアし、景品を奪い去っていく……。

 

 すなわち男性はリミッターであり、良心である。

 ゆえに、かの男性を捕まえるようなことがあってはならない……。

 

 という、なんかなまはげかなにかみたいな噂話になっているTASさんに戦慄しつつ、「あれ?よく考えたら俺の扱いも変?」と首を傾げること暫し。

 再起動をはたした俺は、改めてTASさんの手元のスマホを覗き見る。

 

 ……最初のうちは、噂の人物を見つけ出そう、みたいな感じの話だったのが、次第に噂の人物に会おう・会って戦おう……みたいな話になっていき。

 ちょっと前の投稿では、『リアルTASさんとしりとりしてみた。』みたいなタイトルの動画が現れており、そこからはずっとリベンジだのアヴェンジだの、そういう単語がくっつく感じの動画ばかりが積み重ねられていた。

 

 ええとつまり?

 彼女が俺の元にやって来ていたのは、もしかして噂の真偽を確かめるため……?

 思わずTASさんを見れば、彼女は満足げにサムズアップしており。

 

 

「……うんそうだな!編集現場にでも飛び込んでやらねば、この気持ちは収まらないな!」

「そう、それが言いたかった」

 

 

 つまり、向こうにうまく使われていたと。

 ……ならばこう、飛び入りするのも宜なるかな、だな!そっちが始めたことなんだから、そういうのもやむなしだよな!

 

 よくわからない思考の飛び方をしつつ、今日の目的の本当の意味を知った俺である。

 

 

「……ん?いや待った、その場合はAUTOさんはどういう……?」

「そっちはまたあとで。とりあえず、スニーキングスタート、だよ」

「お、おう。……え?乱数調整は?」

「ここからは調整が難しいから、ちゃんと隠れて」

「あー……動画撮ってるからか……」

 

 

 とりあえずCHEATちゃんの後を尾行している意味、というものは理解したが。……その理論で行くと、AUTOさんもなにか隠し事があるのか、という話になるわけで。

 いやー、あのAUTOさんが隠し事なんてできるとは思わないんだけどなー……?

 

 思わず首を傾げてしまう俺だが、TASさんから返ってくるのは今はそれは置いておけ、という言葉。

 ……なるほど、今のところCHEATちゃんに俺達のことはバレてはいないが、動画を撮影している以上は背景に写り込む、なんてことはあり得る話で。

 かつそこに『二人組の怪しいヤツがいる』なんてことになれば、コメント欄にてそれを指摘される可能性もあるという……いや待った?ライブ中継なのそれ?

 

 ……ま、まぁともかく。

 彼女の動画チャンネルの内、今のところ一番人気なのが『VSTASさん』シリーズ。

 すなわち、画面の向こうの人々はこちらのことをよく知っている、ということでもある。

 ……え?顔は見えないようになってるんだから、普通ならバレないはず?残念ながらTASさんって同じ服何枚も持ってる系の人なんだよなぁ……()

 

 服が変わると操作感が変わるから、なんて理由から彼女は同じ服を幾つも持っているわけだが、ともあれその服装を見れば顔がわからずとも『あっ、TASさんだ』みたいな気付きを得る可能性は、十二分にある。

 そうでなくとも、配信中の配信者を付け回す不審者×2、である。……コメントで指摘されない、なんて楽観視はできまい。

 

 ゆえにこその、『調整が難しい』。

 先ほどまでの彼我の距離が付かず離れずであったのならば、今求められる距離は双眼鏡による観察が必要になるくらいのレベル。

 そんな感じのことをTASさんから教えられた俺は、しかしてあまりこそこそしていると逆に目立つ、ということで──。

 

 

「……いや、これ逆に目立たね?」

「大丈夫。私はすっぽり隠れられるから」

「この時期にロングコート着てること自体がおかしいと思うんだよなぁ!?」

 

 

 いつの間にやら──具体的にはさっきの服屋で、だが。

 TASさんがこんなこともあろうかと、とばかりに購入していたロングコートを俺が纏い、その下にTASさんが隠れ潜む……という、二人羽織のような違うような、そんなスタイルでの尾行が開始されるのであった。

 

 ……まぁ、目深に被った帽子も合わせて、俺の不審者度数が跳ね上がっている気しかしないわけだけどね!

 というか、コートの中に女の子隠してるって時点で、最早言い逃れようもないわけだし!!

 なんて風に、「アア、オワッタ……」みたいな気分になっていたわけなのだが……あれ?周囲からの眼差しが心なしか優しい……って、あ。

 

 

「お兄さんも有名人。良かったね?」

「ナンニモヨクナイ……」

 

 

 そういえばさっき、噂の大会荒らし少女のリミッターとして、傍らにいた男の話も出てきていたな……ということを思い出し、いつの間にかTASさんのお目付け役として有名になっていたことに、なんとも言えない気分を味わうこととなるのだった……。

 

 



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探偵業務って意外と地味

 スニーキング中なのに、周囲から生暖かい視線を向けられている件について。

 

 ……いやまぁ、変態扱いされて通報されるよりは遥かにマシなんだけど、それはそれとしてこの視線の中をコートを着て歩くのは拷問みたいなものというか。

 季節が夏なのにコートを着ている、という時点で好奇の視線は避けられないのだから、そういう意味ではありがたいとしか言えないのも確かなのだけれど。

 ……え?夏なのに暑くないのか、だって?

 

 

「……これはどういうアレなので?」

「扱いとしては、見た目のグラフィックだけ適用されてる感じ。実際の着用判定は八百屋の進藤さんが受け持ってる」

「進藤さんis誰???」

 

 

 ご覧の通り、TASさんのグリッチによって、寧ろ影が出来てる分快適かも知れなかったりする。

 ……コートの中を普通に風が通っていく、というのは意味が分からないが、これがなければ目の前のTASさんもゆでダコと化していたかもしれないので必須、というか。

 

 なお、コートを着ている不審者であることには間違いはないので、CHEATちゃんからはかなーり離れた位置から後を尾行させて貰っている。

 見付かったらゲームオーバーだからね、仕方ないね。……お陰でなに喋ってんのかも全然聞こえなくなったんですけどね!

 

 

「唇を読むのがオススメ」

「さらっと読唇術勧めるのやめない?」

「むぅ、お兄さんはわがまま。仕方ないから、そこのボタン押して」

「はい?ボタン?……ってうわ、なんでこんなところにボタンが!?」

 

 

 相手の声が聞こえないということは、相手がこちらを認識しているかどうかもわからない、ということ。

 ……いやまぁ、ライブ中継ならスマホで動画見れば良いじゃん、という話なのだが……ほらその、ギガがなくてですね……?

 

 なので、相手の動画を見て現状確認、というのは最後の手段。

 できれば選びたくない選択肢なので、なにかないのかとTASさんに尋ねてみたわけだけれど……いやその、確かに単なる技術ではあるんだろうけど、それを咄嗟に俺にヤれ、っていうのは無理でしかないわけでですね???

 そんな風に弁明すれば、次に彼女から指示されたのは『ボタンを押して』という、とても抽象的なこと。

 

 ……ボタン?服の?

 なんて風にコートをさらっと眺めた俺は、その一部──具体的には襟の辺りに、なんだか明らかに異質なボタンが縫い付けられていることに気が付くのだった。

 ……いやホントになんだこれ!?

 

 一度気付いてしまえば、なんでさっきまで無視してたんだ俺?となるような、明らかに目立つそのボタン。

 外見的には自爆とかしそうな感じなので、できれば押したくはないのだが……ええと、押さなきゃダメ?……ダメ?そう……。

 

 やだなーこわいなー、的な震えを抑えつつ、ええいままよとボタンを押し込む。……なんか典型的なボタンが押された時(ポチッとな、って感じ)の音がしたかと思えば、そのボタンの側面からなにかが飛び出してくる。

 意外と勢いが良くてビクッ、と震えつつ、改めて出てきたものを確かめると……。

 

 

「……なんで有線式イヤホン……?」

「チャンネル調節で色々聞けるようになってる」

「わぁ尾行用」

 

 

 それは、一組のイヤホン。

 有線で繋がれたそれは、襟からぷらんぷらんと下にぶら下がっている。……なにこのビックリドッキリな感じのツール……。

 なにも追っかける方までレトロ感醸し出さなくても、と首を傾げつつ、片方をTASさんに渡して自身も残った方を耳に装着してみると。

 

 

『……ザザッ……ぅそう、最近負けっぱなしでねー。なんというかこう、取っ掛かりが欲しいと言うか?』

「おお、ラジオみたいな音質だけどちゃんと聞こえる……」

「そしてお兄さんの怪しさもアップ」

「なんでわざわざ忘れていたことを思い出させるのキミ?」

 

 

 そこから聞こえてくるのは、遥か前方を進むCHEATちゃんが、視聴者達に向けて話している言葉。

 ……原理はわからないが、ともかくこれで相手の動向を探る準備は整った、というわけである。

 

 

「……じゃあ気を取り直して、尾行作戦再始動だ!」

「おー。……あっ、歩くスピードは私に合わせて」

「ん、確かにこの格好だと歩き辛いか。りょうかぬぉぅ!?」

「逆。ちょっとペースを上げる」

「いやちょっまっ、無理!TASさんの速度にこの格好で付いていくのは無理だって!!?」

 

 

 なお、そうして準備が整った途端に、TASさんが全力を出し始めたため俺が酷いことになった、というのは言うまでもないことだったりする。

 ……え?具体的には?ではここからダイ(die)ジェストでお送り致します。

 

 

「ここは下だと無理だから上」

「落ちるように上っていくのやめて!?」

 

「左右に逃げるけど、タイミングよく避けないと相手の索敵範囲に入るから注意」

「ぎゃー!!車がかすった!!電信柱が迫ってくる!?……ってぐえー!?」

「大きい声出しすぎ。ちょっと黙って」

 

「屋根から屋根へ、軽やかに足音は鳴らさず」

「俺アサシンじゃねーし、パルクールもやってねーからさー!?ビルからビルに飛び移るの無理だって……っていうか、ここまで離れてたらもうコート脱いでよくねー!?」

「ダメ。パラシュートにする」

「それホントに向こうに見付かってねーの?!!?」

 

「ここはただ立ってて。私がどうにかするから」

「(周囲を飛び回るスズメバチに、声にならない悲鳴)」

「そうそう。騒がなければこれ今日のご飯だから」

「佃煮にしようとしていらっしゃる!?」

 

 

 ……とりあえず、命が幾つあっても足りないような状況だった、と言わさせて貰う。

 

 



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配信者は辛いよ

「こ、ここがあの子のハウスね……」

「お兄さん、幾らなんでもボロボロになりすぎ。それから、ここはハウスじゃなくて別荘、みたいなものだと思う」

「そういう細かいことは置いといて、とりあえず休ませてつかーさい……」

「……お兄さん、幾らなんでも」

「ここぞとばかりにループしようとするの止めようね!?」

「ちぇー。折角のコマンド入力チャンスだったのに」

「油断も隙もあったもんじゃねぇ!?」

 

 

 そうして、地獄の珍道中を抜けた俺達はというと、ようやく一つ目の目的地であるCHEATちゃんの仕事場へ、到着することに成功していたのだった。

 

 遠目から彼女が中に入っていくのも確認したし、更にここから着替えて移動する、なんてことでもない限りここが目的地ということで間違いあるまい。

 ……まぁ、ここに至るまでのあれこれで、俺はもうリタイア寸前なんですけどね!

 というか、真面目に今までのあの動きって必要だったんですかね……?

 

 

「単に付いていくってだけなら、必要ない」

「おい」

「話は最後まで聞く。……あの動きをしていなかったら、次の分岐で詰む」

「次の分岐?……ってああ、そこまでに乱数を回す箇所がない、みたいな?」

「そう。調整の余地がないから、ここまでに合わせておかないと酷いことになる」

「……参考までに、調整しなかったらどんなことになるので……?」

「お兄さんが……これ以上は私の口からは言えない」

「TASさんが言い淀むとか、恐ろしすぎるんですけどぉー!!?」

 

 

 ……なお、ご覧の通り理由についてはこんな感じだったので、文句は言うだけ無駄だったということをここに記しておきます(一敗)

 

 

 

・∀・

 

 

 

「お邪魔するわよー」

「邪魔するんなら帰っ……なんで居んの!?

「わぁ声おっきい。いつもそのくらいで喋ってくれればいいのにね♡」

「音量弄る?」

「君にやらすと余計なとこまで弄りそうだからダメ」

 

 

『えっ なになに誰?』

『家凸キター!』

『まさかのカチコミ』

『住所割れとるやんけぇ!個人情報保護早くしてホラホラ』

 

 

 カチコミの時間じゃあ!

 な!?

 

 ……みたいな感じで、家の中にあった録音スタジオっぽいところに突入した俺達。

 

 扉に背を向けて、パソコンの画面と向かい合っていたCHEATちゃんはというと、こちらの台詞に思わずとばかりに反応しようとし……その途中で何故か俺達がいるということに気が付き、とても大きな声で驚愕していたのだった。

 その音量を、地味モードにもわけてあげてください(耳から血を流しながら)

 

 冗談はともかく。

 彼女の背後に見えるパソコンは、こちらの予想通り配信画面になっており、そこを流れるコメント達は、突然の闖入者に騒然となっている。

 ──まぁ俺達にはなんにも関係ないので、やるべきことやるだけなんだよね!

 

 

「りべんじはまかせろーばりばりー」

「わぁちょっと!?勝手に準備す……なにこれ!?」

「○ーチャルボーイ。Vだから合わせてみた」

「上手いこと言ったつもりか!?そもそも私Vじゃねーから、大して上手くもねーし!……いやちょっと待って、なんで二台あんの?!」

「実は通信対戦できる。有志の作った非公式ソフトとケーブルがいるけど」

「こんなところで、ちょっとしたニュースになりそうな対戦させようとするのやめなさいよ!?」

 

 

 そういうわけで、スタッフと化した俺が搬入するのは、知る人ぞ知る赤いゴーグルの憎いやつ、である。

 ……任○堂さんって3D好きだよね。結局これのあとも都合二回くらいやってるし。

 

 そもそもこれの現品とかどっから持ってきたんだろうかとか、通信対戦対応ソフトは公式には存在しないのにとか、真っ赤な画面って目に悪そうだけどこやつ自体はわりと目に良いらしいとか、色々ツッコミはあるが……全部投げる!

 

 さぁ、画面の向こうの視聴者達をポカン、とさせてやろうではないか!

 そんな思いを込めながら、俺は機械のスイッチを入れるのであった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「……それで、意外とバズったと」

「今の子には見たことのない謎のゲーム機だし、『画面真っ赤とかwww』みたいな感じでウケたし。……最終的にTASさんが勝ったけど、なんか勝負に勝って試合に負けた感があるというか……」

「大丈夫。ゲーム中に密かに契約書を書かせたから、収益の三割くらいはお兄さんのもの」

「いやなんで俺の懐に入るようになってるの???」

「ふざけるなー!やめろー!!おうぼうだー!!!」

「そもそもの話、我が家で暴れないで頂きたいのですが?」

 

 

 場所はCHEATちゃんの別荘から変わって、AUTOさんの家。

 

 あれこれやった結果、最終的な視聴者数は対戦開始前から大きく膨れ上がり、スパチャも結構飛んだのであった。

 ……なんで俺達、邪魔しに入ったはずの動画を盛り上げちゃってるんでしょうね???

 

 まぁ、なんでか知らんけど()いつの間にか俺の口座にCHEATちゃんの収益の三割が振り込まれるようになっていたりもしたのだが。

 お陰さまで、現在俺は彼女からぽかぽか殴られる羽目になっていたりする。……いやほんとになんで???

 理由をTASさんに尋ねても、はぐらかされるばかり。マジ意味不明。

 

 なお、こんな感じで三人纏めて転がり込んで来たため、AUTOさんは大層呆れたような視線を向けてきたのだった。

 

 



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TASも時には失敗する(但し後のフラグの為ってことも多い)

 さて、二人の家を見付ける、という話も終わった次の日。

 

 ……え?AUTOさんの話が丸々飛んだって?

 いや飛んだんじゃなくて、ものすごくあっさり終わった……ってだけの話でね?

 前半のCHEATちゃん関連のあれこれに比べると、拍子抜けするくらいにあっさり終わってしまったので、語ることがないのである。

 

 ……ああいや、そういえば最初にAUTOさんと顔を合わせた時に、TASさんが「やべっ」みたいな顔をしていたような気はしないこともないけども。

 結局、その日のうちにはなんにも起きなかったので、多分気のせいだったんだろうな……という風に認識したわけである。

 

 まぁそんな感じなので、今日からは平常運行・いつものように普段の生活を過ごそうと……?

 

 

「うわびっくりした。今日は朝早いんですねAUTOさん」

「…………」

 

 

 ──したのだが。

 いつの間にか部屋の中にいたAUTOさんの姿に、昨日の今日でなにか物申したいことでもできたのかな?……なんてことを思ってしまったのだった。

 ……基本的に色々キッチリしている人だけど、この時間帯にうちに居るのは珍しいなー、なんて感想も抱きつつ。

 

 

「大変なことになってしまった……」

「おっとおはようTASさん。今日はパンとご飯どっちがいい?」

「パンで。……!!?!?」

「おおっと?どうしたのTASさ……ああ、AUTOさんか。今日は朝早くからいるから、なんというかビックリしちゃうよね」

「ちちちち、ちがう?!」

「ん?ちがう?」

 

 

 まぁそれはそれとして、今日の朝食の準備担当が俺だったということもあって、特に気にせず朝食の準備をし始めたわけでして。

 そうしてあれこれ準備をしているうちに、いつもなら寝惚け眼で起きてくるTASさんが、なにやら深刻そうな(と、言ってもやっぱりあんまり表情に変化無し)顔をしたまま居間に入ってきて。

 

 いつものように主食はどうする(bread or rice)、と問い掛けられて反射めいた形で答えを返した彼女は、そこでようやく、部屋の中で正座をしているAUTOさんの姿を目にし、これまた珍しいことに、こちらが見てわかるほどに狼狽し始めた……というわけなのである。

 

 ……ううむ?彼女らしからぬというか、珍し過ぎて槍でも降りそうな感じというか。

 思わず首を傾げる俺の足元にすがるようにして、首をぶんぶん振っているTASさんはと言うと。

 

 

「ふ、フラグの順番を間違えた……!!」

「……はい?」

 

 

 突然、よくわからないことを口走り始めたのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「つまり……どういうことだってばよ?」

「本来、彼女に遭遇する前にちょっとやらなければいけないことがあった。それが偶然崩れてしまって……」

 

 

 なんとも珍しいこともあるものである。

 

 どうやらTASさん、今回は()()()を失敗してしまった、ということになるらしい。

 話の内容が要領を得ないので、なにをどう失敗したのかはわからないが……ともかく、彼女が目に見えて慌てるほどの失敗が発生した、ということに間違いはないようだ。

 

 ……AUTOさんを見て慌て始めた辺り、その失敗の影響がAUTOさんに出ている、ということになるのだろうが……ええと、なにか問題ある?彼女。

 一応、この時間帯にうちにいるのは、おかしいといえばおかしいけれども。

 

 

「その……()()、残像なの」

「……ふむ???」

 

 

 ……残像???

 いきなりよく分からない単語を並べられて、思わず首を傾げてしまう俺。

 

 いや、残像という言葉自体の意味はわかる。

 残る像というように、高速移動をした時などに網膜に焼き付く一種の虚像、とでも言うべきものだということはわかるのだ。

 ……時々TASさんが高速移動をする時、尾を引くように引き連れていたりするので、存在の認知自体は普通にしていると言える。

 

 だが、その言葉と現状が結び付かない、というか。

 だってほら、触れるし。……反応しないんだけど、これ本人……うわ睨まれた(?)

 

 

「ええと、どう説明すればいいのか……分身?……いやでも別れてるわけではないし……」

 

 

 視線がこちらに向いたことに、一瞬ビクッとしてしまったが……いやこれ、こっちを見てないな?なに見てんのこれ?

 思わず繁々と彼女を観察し始めた俺に対し、TASさんはおずおずと、どこか言い淀むような様子で説明を続けている。

 

 が、うまい言い回しが見付からないのか、その言葉は途切れ途切れ。……ここから彼女の言いたいことを察するには、それこそいつもの彼女くらいの閃きが必要となるだろう。

 ……要するに俺にはお手上げ、ということである。お兄さん対してスペック高くないからね、仕方ないね。

 

 

「自分で言うんだそれ……って、あ」

「ん?なにを見て……おっと片付け忘れが」

 

 

 肩を竦めた俺に、じとっとした眼差しを向けてきていたTASさんは、突然なにかに気が付いたように一点を見つめ始めた。……視線の先にあったのは、以前彼女が引っ張り出してきたキューブ型のゲーム機で遊んでいたソフトのパッケージ。

 

 大人気ヒゲの配管工のペーパーなRPGシリーズの都合二作目、それが俺の足元に転がっていたわけだが……それを見つめていた彼女は、これだと言うように手をぽん、と叩き。

 

 

「そう、イツーモオート(AUTO)。これだ」

「なにが???」

 

 

 突然、意味不明な単語を繰り出してくるのだった。

 

 



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おはようからおやすみまで

「……ええとつまり?イベント判定の処理順をミスったから、本来なら一時加入──この場合はうちに遊びに来て、そこから帰るまで──の終了判定が正常に進行せず、彼女のガワだけがここに残ってる……と?」

「お兄さん、こういう時説明するの得意だよね」

「いい加減慣れたからね」

 

 

 慣れいでか。

 こちとら一日中TASさんとわちゃわちゃしとるんやぞ。……いや、学校は???

 

 お兄さんは大人()だから別にいいけど、君は普通に学生なんだからちゃんと学校には行かなきゃダメだぞ?

 ……というような感じのことを以前言ったところ、「判定はちゃんと置いてる」とかなんとか言われて諦めた俺である。

 まぁうん、ちゃんと卒業できそうなら別にいいんじゃないかな……。

 

 ともかく。

 彼女から聞いた話を纏めると、ここにいるAUTOさんは本人ではなく、中身のないNPCみたいなもの……であるらしい。

 いつぞやかの『バグって顔グラが変になった男性』と似たようなもの、とも言えなくもないか。

 どっちにせよ、TASさんの行動で生まれたもの、ということは間違いではないのだし。

 

 

「一応、本人になにか迷惑が掛かったりするわけではない。……多分」

「珍しく歯切れが悪いね。なにか問題が?」

「その……ずっと画面内に居るはずだから……」

「まずその画面内とやらの定義から聞きたいんだが???」

 

 

 なお、本人そのものでないとはいえ、見た目がAUTOさんそのものである、ということは間違いなく。

 ゆえに、今の彼女の持つ性質というものが、ちょっとばかり問題になってくるのだとか。

 それが、画面内に絶対付いてくる、というもの。……なに言ってるかわからん?大丈夫、俺もわからん。

 

 ええと、彼女の説明によると。

 ゲーム──ひいてはプログラムを作る際に気を付けるべきことの一つに、処理の回数をなるべく減らす、というものがある。正確には、『必要のない処理』を、だが。

 

 今回の場合は、期間限定(ゲスト)キャラのパーティ加入関連の処理、ということになるか。

 こういう特定の時にしか使わない処理というのは、いわゆる終了処理などから省かれている、ということが多い。

 何故ならば、毎回処理しなくても短期間の間に処理が終わってしまうから、だ。

 

 例としてあげるのならば──特定の章の時にのみ味方になるキャラクター、だろうか。

 こういうタイプのキャラは、その章の中で加入も離脱も済ましてしまう、というものが多い。

 そのため、章の切り替わりの際のデータリセット(終了処理)の時に、わざわざ『いなくなった』という処理をしなくても問題がないのである。どころか、ゲストキャラが全章通して一人しか居ないのであれば、そこだけ処理を組んでおけばよい、ということにもなりうる。

 

 ……気付いた人もいるかもしれないが、敢えて言うと。

 ゲストキャラが一人きりではない場合、また同行キャラのスロットがそもそもそこまで多くない場合など、一人のための処理ルーチンを設ける、というのは中々難しい話だったりする。

 そのため、他のゲストキャラ達の処理を纏めて一つにしている、というのは結構あることなのである。

 

 では改めて、これのなにが問題なのかと言うと。

 処理の漏れが起きる可能性がある、ということになる。

 

 

「この場合だと、通常なら通過する『ゲストキャラの離脱判定』を飛ばしてしまった、という状態」

 

 

 先ほどから言っている通り、プログラムを組む時の優先事項は、処理をなるべく減らすこと。

 やらなければいけないことが多くなると、どれも手に付かずパニックになる人がいるように、コンピューターも処理が重なってしまうとそのパフォーマンスが極端に下がってしまうことがある。

 いわゆる処理落ち、というやつだが……これを極力起こさないようにするには、一度に処理するプログラムを極力少なくする、という行程が必要となる。

 

 なので、一時的にしか加入しないキャラの処理は、個別にプログラムを持つのではなく一本化し、加入・離脱処理も仲間になった章の中で納め、かつ終了時の処理には含めない……といったような作り方をされるわけで。

 ……普通ならば、話の流れで離脱する時に離脱処理も行っておけば、問題なくプログラムは走ってくれる。そう、()()()()()()()()()、だ。

 

 

「……なるほど。AUTOさんに出会うのが加入処理だって言うなら、そこをミスったことでフラグが変なことになって離脱判定も正常に行われなかった、ってわけか」

「そう。実際には離脱してるんだけど、そこの処理も変になったから、結果として彼女のガワが『ずっとパーティに加入している』状態になってる」

 

 

 離脱処理が正常に行われなかったうえ、一日の終わり(終了処理)にもゲストキャラの確認は含まれていない……という状況が重なり、彼女のゴーストだけがここにある状態……。

 大雑把に言ってしまえば、現状はそういうこと。すなわち、これが『いつもAUTOさんが付いてくる状態(イツーモAUTO)』である!

 

 

「……よーしわかった。寝直すわ」

「夢じゃないから、現実から目を逸らさないで」

 

 

 ……なお、俺は解説しつつ理解を放棄していたので、とりあえず二度寝しようとしたのだが。

 TASさんに必死な形相(※当社比)で止められたため、あえなく諦めることとなるのだった。

 

 ……いや、ちょっとお兄さんにはキャパオーバーかなって。

 

 



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変なことが起こるのはTASの基本

「……まぁ、なんとなーく現状については理解できたわけだけど。……で?ここからどうするの?」

「一番簡単なのは、誰かがここに来ること」

「……え?そんな簡単なことでいいの?」

 

 

 正直頭が痛いことばかりだが、なんの対処もしない、というわけにもいかず。

 仕方がなく、ちゃぶ台を囲んで朝食を摂りつつ、今後の対策についてTASさんと語り合う俺である。

 

 ……ちなみにAUTOさんの前に茶碗とか並べてみたところ、普通に食べ始めたためビビったのはここだけの話。

 TASさんによれば、イベントフラグとかは残ってるらしいので、そりゃあ『普通はそうする』みたいなものが目の前に転がってくれば普通に反応する、らしい。当たり判定とかがあったのもこの一貫だとか。

 

 

「でも、できればご飯とか置くのはやめて上げてほしい」

「そりゃまた、なんで?」

「ガワは反応しないけど、受けた感覚とかは向こうに伝わるから」

「……生き霊(ゴースト)じゃねぇか!?」

 

 

 なお、食べたものとか触った感触とかは普通にAUTOさんに伝わる、ということを後から聞かされたため、普通に怒る羽目にもなったわけだが。……さっきべたべた触ったの、バレたら死ぬやつぅ!!

 

 

「……!なるほど、遠隔で相手を倒す(悶絶)させるのに使える。お兄さんの閃きは、時々私の上を行く」

「ねぇそれ褒めてる?もしかして褒めてるつもりで言ってたりする?」

 

 

 だとしたら、ちょっと自分のこと省みるべきだと思うよお兄さんは。……まぁこれで省みてくれるのなら、TASさんはTASさんじゃないわけだが。

 

 

「そう、引かない・媚びない・省みないはTASに必要な精神の一つ」

「うーん、(恋)(フラグ)なんていらない、なんて言ってる人は言うことが違うなぁ」

 

 

 でもできれば世紀末に傾倒するのはやめて欲しいかなぁ。……ダメ?そっかー。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 はてさて、目の前に食べ物を置くと、反射的にとでも言わんばかりに黙々とモノを食べるAUTOさん(偽)。

 こうして食べたものは、全て本体であるAUTOさんの胃袋に行く、というのだから、本来ならこんなことしている場合じゃないのだが……。

 

 

「こっちからできることはないし、迂闊に外に出ると(画面内を)付いてくるって話だから、ここから出られないってのがねー……」

 

 

 現状、フラグがぐっちゃぐちゃになっているらしく、この状態で外に出るのは自殺行為・なにが起こるかわかったものではない、らしい。

 いや、そういう混沌こそTASさんの独壇場では?などと思っていた訳なのだが……。

 

 

「今日は無理」

 

 

 などと言われてしまえば、こちらとしてはなにも言えなくなるしできなくなる、というわけでして。

 幸い、絶対に今日やらないとダメ、みたいな予定はないので、バイト先には休ませて貰えるよう電話し、家で待機していようということになったのだった。

 

 ……なったのだが。

 そうなってくるとなんというか暇、と言わざるを得ず。

 なにせ今日のTASさんは「無理」と言っていたように、いつものTAS的行動のほとんどを行っていない。

 今は窓際で静かに本を読んでいるものだから、普段の変なテンションはどこへやら、という始末。

 ……必然いつもやってるゲームとかも封印状態みたいなものなので、テレビを見るくらいしかすることがないわけだが……。

 

 

「……時代劇かテレビショッピングか韓流しかやってねぇ……」

「奥様向け。そういうのが平日は喜ばれる」

「うへー……」

 

 

 平日の午前中と言えば、奥様達の時間。

 ゆえに放送しているのは、そういう層が好みそうなものが中心ということになる。……はっきり言って見るものがねぇ!

 

 結果、この部屋の中で唯一の異物・AUTOさん(偽)の反応を見るのが唯一の楽しみ、なんてことになってしまったわけである。

 いやだってさ。ご飯を差し出すと雛みたいにパクパク食べるんだぜ?普段のAUTOさんからは想像できない姿なわけで、なんというかこう癖になる、というか?

 

 

「……だから豆なの?」

「これくらいのモノなら腹にもたまらないかなぁって」

 

 

 なので、誰かがうちに訪問してくるまで、というゴールの見えない状況をどうにか乗り越えるため、こうして与えるご飯の量を極力少なくして、長く彼女の反応を楽しめるようにしている……というわけなのであった。

 ……ただまぁ、これには一つデメリットがあって。

 

 

「……普通のAUTOさん相手にもやりそうな気がして怖い」

「さっきからかれこれ一時間くらいやってるもんね、お兄さん」

 

 

 言外に「飽きないの?」という呆れの混じったTASさんからの視線に屈することなく続けてきた俺だが、流石にこれだけ続けていると癖になりそう、というか。二重の意味で。

 もし仮に本人にこんなことをした日には、普通に引かれるか殴られるかするのは必至。

 ……まかり間違って普通に同じ反応を返された日には、もう御天道様の下には戻れなくなること請け合いである。

 

 なので、いい加減やめなきゃなー、と思っているのだが……。

 

 

「やめられないとまらない……っ!」

「怒られたら?二重の意味で」

 

 

 これが中々どうして。

 人の欲ってなんでこんなに度し難いんだろう、なんてことを思ってしまう結果となるのであったとさ。

 

 



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見た目と中身が乖離する

「やめなければ……いやしかし……」

「……中毒者みたいになってる……」

 

 

 て、手が震える……!

 あの無垢な眼差しを見ていると、お、俺は、豆を、豆を与えなければいけないと……っ!!

 ……と、なんかあぶないおくすり()にでもハマってしまったかのような言動から始まりましたが、皆様お元気でしょうか?お兄さんは色々と限界です()

 

 経過した時間は、都合二時間。十二時間表記に直すのなら十時くらい。

 ……なにが言いたいのかと言うと、「こんな時間に人なんて訪ねて来ねぇよ」である。

 

 

「……そもそもの話、うちって人来ねぇ」

「荷物も宅配ボックスに入れて貰うようにしてるから、余計のこと……だね」

「防犯意識の高さが仇になったか……!」

 

 

 今現在、俺達が住んでいるのはオートロック式のマンション。

 荷物は共用玄関付近の宅配ボックスに入れて貰うようになっているため、印鑑とかサインがいるようなものでもない限りは、一日に一度取りに行く以外で足を運ぶことはない。

 更にはこんな朝っぱらからうちに来るような人もいない!……つまり、必然的に誰かが来るというのであれば……、

 

 

「大家さんかいつものメンバーを待つ、って感じになる。……大家さんは言わずもがな、他二人も今日は平日だから、来るのは最低でも午後に入ってから」

「……詰みじゃん!出直して参れ!」

「出直させたらダメだと思う……」

 

 

 ああダメだ!なんかTASさんのツッコミも切れが悪い!

 なにせ、誰かが来ない限りここに居続けるしかない、というのは軽い軟禁状態のようなもの。

 ……いやまぁ、出ようと思えば出られるんだけども、その場合に待っているのは動作保証外・なにが起きても自己責任……という荒野の如し修羅場。

 イツーモAUTOさん、なんていう不純物まで引き連れていたのでは、そもそもに不審者扱いで御用である。

 ……え?なんで引き連れてるだけで不審者なのかって?

 

 

「……画面の中心判定が俺にあるとは思わないじゃん……普通TASさんの方だと思うじゃん……」

「お兄さんの脱水マラソンの始まり」

 

 

 ちょっとお手洗いに……と立ち上がった時、何故かAUTOさんまで立ち上がった時点で悪い予感はしたのである。

 いやまさかな、なんて思いながら気にしないふりをして、そのままトイレの扉の前にたった時、俺は気付いたのである。

 ほんのり微笑を(たた)えたまま、静かに俺の背後に立っているAUTO(偽)さんがいることを、ぴかぴかに磨かれたトイレの扉越しに……っ!!

 

 背後霊かよ、なんてツッコミすら咄嗟にでないほどの衝撃、わかって貰えるだろうか?……アカン、このままやとトイレに彼女を連れ込む形になるぅ!……という恐怖を、だ。

 ……あとこう、挙動が例のゲームに似ているって前提なら、トイレに入って便座に座ると、まず間違いなくタンクの上に陣取るだろうな、っていう予想も。

 

 どちらにせよ大問題、幸いにして現状の彼女は重さについては無きようなもの、例えタンクの上に乗っても壊したりはしないが……それを幸い扱いしないといけない程度には災いしかないわけで。

 ……なのでこう、そろそろ喉が乾いて来ました。トイレに行けないんだから仕方ないんだけど、別に部屋の中はそこまで暑い訳じゃないんだからいいんだけど。

 

 外は真夏日、しかもこれから更に暑くなる、という午前中。……外に出るのが自殺行為、というのはわかって貰えるのではないだろうか?

 

 

「……せめて判定がTASさん側なら俺が誰か呼んでくる、とかも出来たろうに……」

「今日の私はおみくじを引かせたらくじが定まらず、ガチャを引いたら変な引きをする……みたいな状態。代わりに私が誰かを探しに出ても、多分変なことにしかならない」

 

 

 更に問題なのが、今日のTASさんはぽんこつ状態だ、ということ。

 より正確に言うのであれば、昨日のフラグ処理ミスの辺りからぽんこつ、ということになるわけなのだが……そっちが治るのも午後に入ってから。

 つまり、どう足掻いてもここから更に二時間、もしかしたらさらに待ち続けなければいけない、ということ。……脱水マラソン、なんて言われても仕方のない状況である。

 

 で、その辺りの焦りをごまかすために、さらにAUTOさんに豆を与え続けてしまう……という悪循環が生まれていたわけでして。

 いや、わりとマジでどうしよう……と思いつつ、雛のように口を開けるAUTOさんに豆をあげようとして、

 

 

「──消えたっ!?これは?!」

「珍しい。誰か来たみたい」

 

 

 俺が手を離した豆は、突如行き場を失い地面へと落下する。

 AUTO(偽)さんの突然の消失に、思わず視線をTASさんに向ければ、彼女はすいっ、と顔を玄関の方へと向ける。

 ……要するに、来ないはずの誰かが来た、ということになるわけだが、一体誰が?

 

 可能性として一番高いのは、やはり大家さんということになるわけだが……玄関がガチャガチャ言ってる辺り、その線は薄い。

 鍵を開けようとしている、ということなので必然的に他二人、ということになるのだが、この時間帯にやって来る……?

 

 よもや泥棒ではあるまいな、などという緊張感を孕みつつ、固唾を呑んで扉を見つめる俺。

 そして、開いた扉から現れたのは──、

 

 

「やほー。テストで午前で終わりだから遊びに来てやったぜー」

「ぶふっ!!?」

「うわ汚なっ!?ってかなんだよ、なんで人の顔見て吹き出してるんだよアンタ?」

 

 

 なんかこう、ちょっとガラの悪い感じになったAUTOさん(?)だったのだった。……思わず吹いた俺は悪くない。

 

 

「……あ、言い忘れてた。先に見た目のスロットが埋まってるから、中身はどうあれ彼女(AUTO)の見た目になるよ」

「それを先に言って!?」

 

 

 なお、理由についてはTASさんからあっさりと明かされた。……これ正常動作かよぉ!?

 

 



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元気になったらとりあえず暴れる

「復活」

「おー」

 

 

 ちょっとした騒動からはや一日。

 ……あのあと、とりあえずCHEATちゃん(※見た目はAUTOさん)がうちから帰れば、自然とフラグは元に戻る……と言われたことでどうにか気を取り直したが、それでもCHEATちゃんの言動を取るAUTOさん、というものが破壊力バツグンだった、ということに変わりはなく。

 流石に笑うのは酷いので我慢はしたものの、CHEATちゃんからは変なものを見る目で見られてしまったのだった。

 ……俺にそういう趣味はないので、完全にとばっちりである。

 

 あと、家の中だったから『家から出る』というのが分かりやすく離脱フラグになっていたけれど、これがもし仮に外での出来事だったならば、その辺りの判定が複雑になっていた……などと聞かされれば、やっぱり外に出なくて良かったなー、なんて思い直すことにもなったりしたわけで。

 いやだってね?

 

 

「まさか周囲から見る時だけ見た目が変わる、なんて仕様だとは……」

「本人には自分自身の姿にしか見えない。だから余計奇っ怪」

 

 

 あくまで周りから見た時の見え方が変わる、というバグだったので、CHEATちゃん本人は自身に起きていることにはなーんにも気付いていなかったのである。

 つまり、本人に自重しろ、なんて言っても聞いて貰えない可能性が高かった、ということになるわけで。

 

 

「……うちに居る時は遊ぶの優先で良かったね、ほんと」

「以前のアレで懲りたみたいだから、隠し撮りもしてなかった」

 

 

 ……危うく『Utuber・AUTOさん』なんて劇物が生まれるところであった。

 本人の預かり知らぬところでそんなことになってしまった日には、最悪切腹でもして許しを請わなければならないところだった。危ない危ない。

 

 

「……私は時々お兄さんの思考回路がわからない」

「いやー、TASさんに比べれば遥かにわかりやすいと思うよ?」

「そう?」

「そうそう。だってさー」

 

 

 はてさて。

 こうして仲良さげに話をしているわけだけど。

 ……彼女はどうか知らんが、俺としては()()()()()()()意味の方が強かったりする。

 なんでかって?それはねー。

 

 

「……病み上がりに調子を取り戻したい、なんて言ってこんなところに連れてくる辺り、正直俺ってばTASさんのことまだまだ誤解してたんだな、って気分にされてるからねマジで!!!」

「大丈夫。死にそうになったら助ける」

「死にそうになる前にこの状況から助けて欲しいんですが!?」

 

 

 今現在、俺達は断崖絶壁に安全紐も無しに立っていたのだから。……アカン死ぬぅ!!

 

 

 

・∀・

 

 

 

「これくらいで大袈裟。そもそも前回アクロバティックウォークしたばっかり」

「あの時は高速で流れていく景色だったから、自分の位置とか認識する前にことが終わってたんだよなぁ!?」

 

 

 TASさんの腰辺りにすがり付く俺、という図式自体は前回の逆だが、そこから感じる印象は全く別物だろう。

 ……情けないとか思われるかも知れないが、仕方ないじゃん下の方ゴツゴツした岩とか転がってるんだぜ?!どう考えても足滑らせたら死ぬやつじゃん無理立てない!!!

 

 別に高所恐怖症、なんてことはないと思うが……流石にこの地形はアカン。

 そもそもこんなところで平気そうにしてる、TASさんの方がおかしいんだいっ。

 

 ……とまぁ、必死で現実逃避をし続けているわけなのである。いやもう視線が手前から動かせねぇですはい(真顔)

 

 

「むぅ。じゃあまぁいいや。しっかり捕まってて」

「いやちょっと待ってなにする気っていうかそれなに」

「なにって……爆竹?」

「なんで爆竹?」

 

 

 そんな俺を見たTASさんが、ため息を吐きながら取り出したのは、何故か爆竹。

 ……この状況下で爆竹なんて取り出してどうす……いや待ったなにその板?

 

 

「え、盾」

「何故盾」

「ん。本当はダイナマイトとかの方がよかった」

「ねぇなにする気なの?本当になにするつもりでここに来たのキミ????」

 

 

 次々飛び出す問題発言に、こちとら気が気ではないが……相変わらずTASさんは止まらない。

 爆竹を足元に置いたかと思えば、今度は何処からともなく……弓?を取り出すTASさん。……なんかもう嫌な予感しかしないんですけど?っていうかなんでダイナマイト欲しがってるのこの子???

 

 さて、そんなTASさんがやっているのは、()を構えながら弓を取り出しつつ足元の爆竹を拾う、ということ。

 さらにその状態からぴょん、とちょっと跳びつつ(崖間際で跳ばないで欲しい)弓をしまいながら盾をしまい。

 最後にそこから再度弓を構えて(何故か右手の甲に爆竹が張り付いてる)そのまま足を段差に掛け、

 

 

「ぬおわぁあああぁぁぁぁぁぁあっ!!!?」

「成功。高度を変えずにスライド移動するのはとてもよい」

 

 

 結果、なにかよくわからない物理法則?的なものにより、俺達は下に落ちることのないまま、高速スライドするかのように空を翔ることとなるのだった。

 ……一つ突っ込ませて貰いたい。これRTAの技ぁっ!!?

 

 最近は「TASの使う技をリアルで使えるのがRTA」と、謎の開き直りを見せたTASさんはというと、こちらのツッコミなど何処吹く風、とばかりに左右にぷるぷる震えていたのだった。

 ……腰にしがみつく羽目になった、俺のことも考えてくれませんかねぇ!?

 

 



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地上の流星、ただいま到着

「家で待ってて、などと言い出すものですから、一体なにがあるのかと思っていれば……」

「まさかベランダから飛んでくるとは思わねーって!!」

「俺だって、こんなことになるとは思わなかったよ……」

 

 

 まさかあの崖が、高度的にはうちの部屋と同じ高さだったとは……。

 

 あらかじめ部屋の鍵を渡してあるために、わりと自由に入り浸ることのできる二人はというと、どうやら居間でお茶を飲んでゆっくりしていたらしく。

 そうして気が緩んでいるところ、突然窓ガラスをぶち破ってベランダから襲来したTASさん(と、俺)の姿に、特にCHEATちゃんが盛大にビビり散らかしていたのであった。……AUTOさん?いい加減TASさんの突拍子のない行動には慣れたのか、遠い目をするだけで済ませてたよ()

 

 まぁともかく。

 いつの間にかどこぞの世界を救った勇者様になっていたらしいTASさんは、先ほどの動きが完璧に成功したことについて、一人でうんうんと頷いていたのだった。

 

 

「……そもそもの話、空中をスライド爆走するというのは、もう色々とごまかしが効かないのでは?」

「言われてみればそうだな。絶対SNSとかで話題になってるだろアレ?」

「寧ろ速度が出過ぎてて、人間が飛んでるなんて風には思われてなかったんだよなぁ……」

「そんな馬鹿な……ってうわ!?動画があるけどなんにもわかんねぇ!?」

 

 

 なお、白昼堂々の犯行だったため、これは話題になってるやろな……的なツッコミを受けたが。

 あくまで『真昼の流星』って感じでニュースになっているだけで、誰もそれが『人が高速で後ろ向きに吹っ飛んでいる図』だとは思わなかった、なんてオチが付くのだった。

 ……挙げられていた動画、コマ送りしてもなーんにもわかんねーんでやんの。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 遂に調子を取り戻したTASさん、水を得た魚の如くはっちゃけるの巻。……まさしく地獄のカーニバルの始まり、である。

 

 

「三面同時対戦。カモーン」

「なんという拙い挑発でしょうか」

「でも乗るんだよなぁ……」

「売られた喧嘩は買わなきゃだよなぁ!?」

「なんでお二人ともキレ気味ですの……?」

 

 

 手始めに、ジャンルの違う三つのゲームを、三人同時に相手をしてやる……みたいなことを言い出したものだから、呆れているAUTOさんはともかく、俺とCHEATちゃんは血管ビキビキさせながら挑発にホイホイ乗っかることになり。

 

 

うーわ、うーわ、うーわうーわ……

「ばたんきゅー……」

「なんだかいつも以上に勝ち筋が見えないのですけれどー!?……あっちょっまっ、甲羅はやめっ、あああああ……」

 

 

 上から順に、格ゲー()パズル(CHEATちゃん)レースゲーム(AUTOさん)で挑んだ俺達は、ものの見事に無様な屍を晒すことになるのだった。……以前より強くなってなーい?

 

 

「研鑽と短縮は当たり前。今宵の私は今までとはひと味違う」

「ひと味どころかかなり違くね……?」

 

 

 確かに、TASさんと言えば常勝不敗・負け知らずの勝負師である。

 だがしかし、以前の彼女にはほんのりと甘さがあった。それは操作の癖であったり、はたまた視点移動の拙さであったり……ともかく、人間らしさとでも言うべきものがあったように思える。

 

 だが、今の彼女はどうか?

 その操作テクニックは洗練され、常に三手先を見据えたかのような試合運びは他の追随を許さず、隙などと言うものは垣間見ることすらできない。

 

 ……そう、端的に言うと追記数が明らかに減っている……!!

 

 

「……いえ、わかりやすい例えだと言えば確かにそうなのですけれど、もっとこう……なかったんですの?」

「いやだって、この感覚を言語化するとまさにこれじゃん。『今までTASさんの固有能力で総当たりごり押ししてたのが、今の彼女はそれを踏まえた上でスマートになっている』……。この文字数多い感想を簡単に纏めるのなら、やっぱり『追記が減った』になるじゃん!」

「私らにしかわからねー例え方……」

 

 

 なお、この発言には他二人から微妙な反応が返ってくるのだった。……でもほら、わかりやすく言うとこうじゃん?

 

 まぁともかく。

 以前の彼女がTAS初心者なら、少なく見積もってもTAS中級者以上になっている、というのは確かな話。

 まさに『男子、三日会わざれば刮目して見よ』ならぬ、『TAS、三日見なければ刮目して見よ』である。

 

 

「更新が盛んなものだったら、三日も経ってたら遅すぎ」

「そもそもその場合、一日経たないうちに更新とかされてたりするからなぁ……」

「お二人とも、なんの話をしていらっしゃるのです……」

 

 

 ええと、一部のTAS界隈で起きた悲しい事件、かな……。

 

 話を戻して。

 一時の不調を越えて、彼女が一つ成長した、ということは間違いない。

 そしてその原因がなにか、と考えた時。──それは、彼女達にあると言ってしまっても、過言ではないだろう。

 

 

「ルールに沿った行動であれば、完璧にこなして見せるAUTOさんと。ルールの中という制約こそあれど、ある程度の無茶を許容するCHEATちゃん。二人の強敵から学び取り、今TASさんはサイボーグ(※比喩です)TASさんに進化したのだ……!」

「いえーい。ぴーすぴーす」

「はい……?」

 

 

 そう、二人の能力を吸収したのだ、TASさんは!

 ……こらそこAUTOさん、なに言ってるのこの人、みたいな顔をしない。

 



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自身を十全に使えるのなら、そこに届き得る

「ええと、要約致しますと……私達の操作の癖や動きなどを学習し、自身に反映なさった、と?」

「そう。お陰さまでちょっとの間不調だった」

「あ、不調の理由それだったんだ」

「ん。アップデートパッチ適用」

「……サイボーグネタ、気に入ったの?」

「ん」

 

 

 どうやら気に入ったらしい。よくわからん。

 

 ……まぁともかく。

 今のTASさんの強さは、今までにあった無駄をAUTOさんを真似ることで削ぎ落とし、バグを利用するのではなくCHEATさんの原理で引き寄せる、みたいなことをできるようになったから、ということになるらしい。

 そのやり方は確かに、アップデートパッチを入れたようなもの……なんて風に形容できなくもなく。

 

 結果として、彼女自身に『サイボーグTASさん』なんて新たな呼び名が生まれるきっかけとなったのだった。

 ……なんでも、とある動画でTASみたいなことを(当たり前に)する、とある人物に感銘を受けたのだとかなんだとか。

 

 

「本来コンピューターの補助を得て、初めてできるような技を当たり前のように使う人だった。──でもあれは、本質的には職人のそれ。私達にはわからない感覚を持っている、というだけのこと」

「なるほど?だから自分にもできるはずだ、と?」

「お陰さまで追記数(見るべき未来の数)も減った」

「その辺りの感覚は私達には共有できないので、よくわかりませんけど……」

「なんかすごいことになってんだろうなー、ってことはわかるぜー」

「CHEATちゃんのIQが突然低く……!?」

 

 

 指先で触れただけで、ナノレベルの違いを把握する職人……というものが、世の中には存在する。

 

 つまりはそういうこと。

 勘や長年の経験、感覚などの六感をフルに活用できるのであれば、人は決して機械に負けることのない力を発揮できる。

 ……先日の勇者めいた技も、元々はRTA──実際の人が開拓した分野である以上、極まった人達の性能というのは、中々馬鹿にできたものではない。

 

 そしてTASさんは、その粋に手を掛けたのだ──。

 ……まぁ雑に言ってしまうと、心技体のうち『技』と『体』が揃った、みたいな感じか。

 

 なお、それらの事実を前に正気度(SAN)チェックに失敗したらしいCHEATちゃんは、まるで株とか為替とかで失敗した人のような表情を晒していたのだった。……溶けてる?!

 

 

 

・∀・

 

 

 

「つまりこれからはレトロゲー以外にも手を出す、ということ」

「散々色々語っておいて、最後の結論が適当すぎやしませんこと???」

 

 

 TASさんのアップデートがどういう意味を持つのか。

 それは、『リアルにTASさんが居るのなら、それはRTAと変わらない』である。……え?最初の方に同じようなこと聞いた?

 まぁ要するに、CHEATちゃんの方にもあった問題点を、どうにか解決する目処が立った……という風に考えて貰えばいい。

 

 TASというのはその名の通り、ツール(tool)による補助を受けることを前提とするモノである。

 そしてその補助を受けるには、本来パソコンなどによって該当のゲームが、外部でエミュレーションできなければいけない。

 それが何故かと言えば、ちゃんとした公式の機械には、『ゲームをする機能』しか付いていないためである。

 あるものをあるままに楽しむための機能しか付いていない、という風にも言えるか。

 

 出されたものを出されたままに楽しんで貰う、というのが大体のゲームメーカーのスタンスであり、例えばMOD──いわゆる改造パッチのようなものは、サポートの面などから否定的にならざるを得ない、なんて会社も(特に日本では)多いわけで。

 ……まぁ、その辺りは色々ややこしいのでここでの言及は避けるが、ともあれその辺りの制約が薄い・もしくは制約を無視しやすいPCプラットホームでのゲームというのは、改造にしろチートにしろTASにしろ、色々やりたい放題な面がある、というのは間違いない。

 

 で、以前も言ったように、ゲーム機は新しくなればなるほど、エミュレーションやチートというものが難しくなっていく。

 パソコンと据え置きの両者で出るようなゲームも、内部的には違うプログラムだったりするため、パソコン版があるからと言って据え置き版も色々できる、というわけではなかったりする。

 

 ……そこら辺を総合すると、CHEATちゃんが手を出せない場所と、TASさんが手を出せない場所というのはほぼほぼ重なるのである。

 どちらも、公式の機械以外のモノを使う、という共通点があるがゆえに。

 

 

「だからこそRTAさんなんだよね。人力チート、とでも呼ぶべき?」

「確か……実在の人間なのにも関わらず、まるで機械のような正確性を持っていたため、誤ってチートによるアカウントの凍結処理を受けた、なんて人が居たという話がありましたわね……」

「結局は物理(パワー)。物理こそが全てを解決する」

「ちからわざすぎるぅー」

「CHEATちゃんはいつまで溶けてるの……?」

 

 

 だからこその、RTA。

 それは本来機械を必要とするようなテクニックを、人力で再現しようとする剛の者達の集まり。

 そのパワーを手に入れた彼女は、向かうところ敵なし、みたいな状態へと突入したというわけなのだった。

 

 ……なお、能力的な補助は変わらず得ているため、TASであるということは譲らない、とのことであった。欺瞞では?

 あとCHEATちゃんが溶けているのは、競う相手が途端にレベル違いになったことへの絶望から、とのこと。

 

 こうなったら新ジャンル、『チーRTA』を目指すしかないな!

 ……と声を掛けたところ、か細い声で「むぅーりぃー……」と返されたのだった。……いやそこは頑張ろうよ。

 

 



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もはや自分を隠さない

「学ぶべきことは多い。今日も今日とてトレーニング」

「……だからって、俺まで輪っか(リング)で結果にフィットする必要性なくない……?」

「仕様上どう足掻いてもTASにはならないから、お兄さんも巻き込もうかと」

「別に俺細マッチョも※津玄師も目指してねーんですけどー!!?」

 

 

 いやまさか、展開の都合上飛ばされたキャラが、そこで回収されるとは思わんじゃんね?

 ……というわけで、輪っかを持ったまま色々ポージングしたりしている俺達である。

 

 アップデートした彼女が、早速その足で買ってきた例のゲーム機。

 そもそもあのスライド空中移動自体がそのための予行練習、みたいなものであったこともあり、早速彼女はこのゲームでのRTA記録に挑み始めていたのであった。

 ……いやまぁ、余りにも物理こそパワー、って感じで正直付いていけない感凄いんですけどね!寧ろ背丈的にも筋力的にも中学生女子なはずのTASさんが、よくもまぁこんなエグいトレーニングをできるなぁというか。

 

 

「負荷の逃がし方とか、使い方とか。色々覚えたから」

「わーひきょーくせー」

 

 

 なお、彼女自身は彼女の持つ能力(未来視)で、その辺りのノウハウを学んだ、もとい追記したとのこと。

 ……直接的に身体能力を上げることは叶わずとも、人々が連面と伝えてきた技術に関しては普通に会得できる、というのだからチート臭いことこの上ない。

 

 

「実は伝えてなかったけど。範囲を絞れば、結構先まで()える」

「範囲?……ってああ、普段の()()は全部視てるんだっけ」

 

 

 そうして話題は、彼女の能力──未来視についての話に。

 

 視ている間は時間が経過せず、かつ視ることが未来にもたらす変化まで含めて視ることができる……とかいう、数ある未来視系技能の中でもわりと意味不明な能力である彼女のそれは、どうやら使い方にバリエーションがあるらしい。

 普段のそれが全検索しているのだとすれば、実は条件付け検索もできる……みたいな?

 

 

()()()()()()()だけに絞るなら、大体一月。更に特定の事象にだけ使うのなら、大体一年くらい先まで視える」

「……えー」

 

 

 そうして彼女が説明したところによれば、範囲を極限まで絞れば、実は十年くらい先までのことも視える、らしい。

 まぁ、そこまで行くと絞りすぎで、視たことによる変動とかまでは観測できなくなる──要するに起こり得る未来の一つとして観測できる、くらいに留まるらしいのだが。

 そもそもその場合、その未来に至るまでの十年間、完全に視たものと同じ動きをしなければならなくなるので、負担が大きいらしいし。

 

 ともあれ、視える長さについては、ここではあまり重要ではない。

 ここで重要なのは、()()()()()()()()()()()()()()ということ。つまり……、

 

 

「海外旅行に行こうと思った、という時点でもう旅行は終わっている……ッ!」

「なんでジョ○ョ?」

 

 

 やけに凄みのある台詞だったが、つまりはこう。

 追記という形にはなるが、行こうと思い立った時点で行ったという経験が得られる、ということ。

 ──つまり、なにかを学ぼうと思い立った時点で、既に知識を身に付けることができる、ということである。

 無論、あくまでも未来視が届く範囲に限る、ということになるが。

 

 ……うん、制限があるから万能、って訳じゃないのかもしれないけれど。

 

 

「……仮に習得に十年掛かるような技術でも、成功確率がゼロでないのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってのは、色んな人にキレられても仕方ないんじゃないかなー」

「ぶい」

「いやぶいじゃなく」

 

 

 そもそもの話、普通の人には彼女の追記、というものは理解できない。

 同じ未来視能力者であっても、同じ視座には立てるかわからないのだから、真実彼女をチート、と呼んでも別におかしな話ではないだろう。

 ……まぁ、そう呼ぶと『パラメーターを直接弄ることはできない』と否定されるわけなのだが。

 

 

「そういう意味では、彼女は驚異的」

「彼女?」

「お兄さんがCHEATと呼ぶ人。あの子は本来なら、『これが私の第二形態……!!』みたいなことができる、はず」

「……あ、あー。そういえばそうか。チートって大体そういうのだもんなぁ」

 

 

 特に、すぐ近くにそれができるはずの人間がいるのだから、なおのこと。

 ……そう、皆さんご存知CHEATちゃん。

 彼女はその名の通り、現実世界でチートを使える人間である。

 あくまで最初から用意されている要素を弄る、ということしかできないが──逆を言えば、彼女は単なるパラメーター……速度とか筋力とかに関しては、幾らでも自由に変更できるはずなのである。

 それこそ、技量のパラメーターを弄ればAUTOさんに迫るテクニックを得ることも、本来不可能ではないはずなのである。

 

 ……まぁ哀しいかな、普通の話ならチート主人公として名を馳せそうな彼女も、TASさんの前では霞んでしまうのだが。

 

 

「『チートを使えるのでイキっていたら、そんなの全然効かない相手にぼこぼこにされました』?」

「……それ、CHEATちゃんの前で言わないように」

 

 

 なにその逆な○う系みたいなの。

 唐突に思い付いたかのように口走るTASさんに、思わず俺は口止めをすることになるのだった。

 

 



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結果にフィットする

「というわけで、CHEATちゃん改造計画を開始しまーす」

「えっなにいきなりなに????」

「可哀想なほどに困惑していらっしゃいますわね……」

 

 

 ライバルがあのままだと張り合いがない──。

 要約するとそんな感じのことを言ったTASさんにより、突如始まったCHEATちゃんブートキャンプ。

 ……どっちかというと再起動(リブート)のような気がしないでもないが、まぁそれは置いといて。

 

 ともあれ、最近意気消沈気味のCHEATちゃんに、ここらで一発気合いを入れ直そう──、みたいな意図も含まれているこの集まり。

 それに突然巻き込まれた形となるCHEATちゃんはと言うと、盛大に困惑した顔をこちらに見せ続けていたのだった。

 

 

「いやでっかいお世話なんですけど……ほっといて欲しいんですけど……」

「それはできない相談。折角得たおも……ライバルをこんなところで失うわけにはいかない」

「おい待てこらテメェ、今なにを口走ろうとした?」

……((;「「))

「オイコラァッ!!コッチヲミロテメェッ!!」

「うるさい」

「イッタイメガァッ!!?」

 

 

 まぁ、変にウザ絡みされてるようなモノなので、さもありなん。……有無を言わさぬTASさんによる目潰しを喰らって、奇っ怪な声を挙げた辺りで諦めたみたいだが。

 

 そんなわけで、CHEATちゃんに持たされたのは一つの機械。

 

 

「……なにこれ?」

「ポケットコンピューター、略してポケコン」

「……どうにも危うさを感じる呼び方ですわね」

 

 

 見た目の大きさ的には、最近の携帯ゲーム機に近いと言えなくもない。

 が、その実これはゲーム機ではない。

 その正式名称は『ポケットコンピューター』、ちょっと昔に機械系の学校などで使われていた、プログラムを覚えるための教材の一つである。

 

 

「いやまぁ、正確にはポケットに入るコンピューターってことで、今あるパソコンのロースペック版……って感じの意味合いの方が強かったみたいだけど」

「話によれば、これを使ってプログラミングをしていた、とか?」

 

 

 いやまぁ、俺達も又聞きなのでよくは知らんのだが。

 ただ、今より十年以上前、まだパソコンとかが手軽に手に入れられなかった時代、今で言う○padみたいなものとして、一部の授業に使われていたのだとかなんとか。

 ……おいこらそこ、「うっそだぁ」って顔しない。実際にこれ使って勉強してた人から怒られるぞ?

 

 

「いやでも、なにこれ……画面ちっちゃいし白黒だし……」

「関数電卓が凄くなったもの、という解釈でも正しいから仕方ない。それと、組んだプログラムはケーブルを通してパソコンに送る、と言うのが一般的」

「それ最初からパソコン使った方が良くない!?」

「だから最初に言ってる。パソコンの普及率が低い時代のモノ、だって」

「……あー」

 

 

 TASさんの言う通り、本来このポケコンと言うものは、当時に出た他のモノと比較して安価だった、というのが一番の特徴である。

 今でこそゲーム機でもプログラミングができたりするが、当時のゲーム機にそんな機能はない。……TASさんの話は今はNGで。

 ともあれ、ゲーム機と同じくらいの価格帯で、ちょっとしたプログラミングができるポケコンというのは、授業のような『多数の人間が同じモノを使って』受けるものに使うのに、丁度良かったのである。

 

 とはいえ、あくまでも()()()()重宝されたもの、というのも間違いではなく。

 現代であれば、それこそスマホでほとんどの機能を代用できなくもない以上、時代の遺物として消え去っていくのが定め、みたいなものになるはずなのだが……?

 

 

「ポイントは、これがプログラミングに特化しているということ」

「……どういうこと?」

「スマホみたいなものは、結局のところ()()()()()()()()()()()、というもの。故に、特定の状況下ではこれに負ける、ということもある」

「うっそだぁ。……え、マジで言ってる?」

 

 

 ついつい裏の顔が出てしまっているCHEATちゃんの疑問だが──概ね正解。

 

 先程、ポケコンとは『ポケットコンピューター』であり、関数電卓の上位版みたいなもの、ということを述べたと思う。

 ポケコンがポケットに入る、と述べながらわりと大きい理由はそこにある。スマホのようなタッチパネルではないので、()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 これがなにを意味するのかと言うと──咄嗟にプログラムを組もうとする場合、スマホなどの場合はそれ用のアプリを開く必要性があるが、ポケコンは電源を入れればほぼすぐにプログラムが組める、ということ。

 関数電卓としての機能を持つため、プログラミングに関数が必要な場合、かなり容易にそれを入力できるということ、である。

 

 

「……???」

「複素数、というものがある。虚数iを含む式で表される数字。これは、線分上に平面を作ることができる、ということでプログラムなんかに重宝される存在」

「…………?????」

「わからない、という顔をされていらっしゃいますわね……」

 

 

 まぁ、高校の数学の範囲だからね、これ。

 というわけで、次回はちょっとした数学のお勉強からスタートです。……いや?嫌でもヤるんだよぉ!!

 

 



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プログラムは数式である

「虚数iとは、二乗するとマイナスになる数字。実数に対して()()()()()()だから、虚数」

「ああうん、そこはちょっと聞いたことあるかも」

 

 

 虚数。それはお互いを掛けるとマイナスになる、という特殊な数字である。

 自然界にそんな数字は存在しないので、虚数と呼ばれているが……この数がもたらしたモノというのは、実は無くてはならないものとなっている。

 それが、電気工学における交流の計算と、プログラミングにおけるクォータニオン(四元数)だ。

 

 

「……なにそれ」

「詳しく知りたいなら調べて、ここでは簡単に要約するだけだから。──どちらも、大本の考え方は()()()()()()()もの」

「……どういうこと???」

 

 

 まぁ、わかり辛いのは仕方ない。

 虚数周りは『存在しない』という説明に踊らされて、その実態を掴めていないという人も多いわけだし。

 だが、これが数式を簡単にするために作られたものである、という話を聞けば、その意義もなんとなく掴めるだろう。

 

 例えば、平面上を移動するとある一点を示す式を作るとして。

 普通ならば縦の式と横の式、二つの式を作って表そうとするだろう。

 だが、例えば点の動きが複雑なモノであった場合、それを示す式というのはとかく複雑なモノになってしまう。

 平面だけならまだマシでも、それが三次元空間についての話になれば、複雑さは更に跳ね上がって行くだろう。……微分積分と聞いて、「うっ、頭が……」となる人は多いはずだ。俺も痛い()

 

 そこで使われるのが、虚数──そこから生み出された概念である複素数である。

 

 

「実数と虚数で示されるこの数字は、線分上に平面的なモノの表し方ができる。──波の性質を持つ交流なんかは、普通の計算だと煩雑になりすぎる。けど、複素数を使うと、単純な方程式にまとめてしまえるようになったりする。リアクタンスなどで顕著」

「りあくたんす???」

 

 

 わかり辛いかもしれないが、普通に数の大小で示されるスカラー量に対し、どちらに向いての力なのか、という要素が加わるベクトル量の計算に向いている、くらいに思っておけばいいと思う。……この時点で躓いた場合は知らなーい。

 直流は電圧の変化はないのでスカラー量、対して交流はプラスとマイナスが時間経過で入れ替わる──すなわちベクトルを持つ量である。

 その為、普通に計算しようとすると大きさと向き、その両方を求める必要があるわけなのだが……複素数を使うと、それらを一つの式の中で求めてしまえるようになる、みたいな感じ。

 

 ……まぁ、正直普通に生きてる分には意識することはないので、特定の分野では虚数とかを思った以上に活用しているぞ、くらいに思っておけばいいと思う。クォータニオンとか、三次元を四次元的に表す、なんて説明になるから余計わけわかんなくなるだろうし。

 

 そもそも重要なのはそこではない。

 ここで重要なのは、そういった煩雑な計算は普通に入力しようとするととても時間が掛かる、ということの方だ。

 

 

「例えば交流における電流を求める式、『I=CV0sin(ωt+π/2)』というものがある。これを単純に手打ちする場合、『sin』の部分は(エス)(アイ)(エヌ)と打つ必要性があるし、カッコ(())に関してもシフト(shift)キーを押しながら入力、みたいに細々とした手間が掛かる」

「……それが、どういう関係が?」

「一つの式ならそこまででもない。でも、プログラムというのは、そういう式が幾つも必要になるもの。──それこそ、この程度の手間が大きな時間ロスになってしまうほどに」

 

 

 通常、パソコンなどでプログラムを入力する場合、特別なアプリでも使わない限りは、普通に全部手打ちする、という形になる。

 三角関数や微積分、必要となる計算式が煩雑であったり普段は使わないような文字であったりする場合、それを入力するために必要な労力というものは嵩んでいくわけで。

 

 それが例えば、一行二行程度の話であれば、さほど問題にはならないかもしれない。

 けれどそれが、数百・数千行に及ぶプログラムであった場合、そうした細々とした手間隙というのは、本当に単なる手間隙で済むものなのだろうか?……というのが、ここでのポイント。

 

 プログラムを組む際、そうした『煩雑な式』というのは、結構な頻度で出てくるもの。

 またそうでなくとも、使うプログラム言語によっては何度も使うのにも関わらず、文字数の長い命令文……なんてものが存在することもある。

 そういった無駄が重なれば、プログラミングというのはいつまでも終わらないモノ、みたいなことになってしまう。長ければ長いだけ、ミスを誘発するのだから良いことなし、というやつだ。

 

 

「そこで登場するのがポケコン。これは、プログラムを組むのに最適化されている。関数電卓としての機能を持つので、『sin』のような特定の計算に使う文字はボタン一つで入力できるし。プログラムによっては頻出する命令文も、短縮形として許容してくれることも多い。パソコンに出力する時には変換機能もあったりするから、そういう意味でも便利」

「あー、うん。(よくわかんないけど)よくわかったよ。……で?これが私になんの関係があるの?」

 

 

 なので、端からプログラミング用であるポケコンというのは、ともすれば普通にパソコンとかでプログラムを組むよりも手早く出来たりする、なんてこともあるわけなのだ。

 ……まぁ、さっきから匂わせている通り、パソコンで使うアプリによっては、その辺りの機能を備えているものも普通に存在していたりするわけだが。

 でもまぁ、安くてここまで出来る、という点で利便性があった、というのは間違いでもない。

 

 ……そこまで語って。

 結局、これがCHEATちゃんとなんの関係があるのか?……みたいな疑問に戻ってくるわけだが。

 AUTOさんは既に気付いている通り、これが彼女にとって革命的なアイテムである、というのが今回のポイントなのである。

 

 

「──貴方には、これを使ってチートコードを作って貰う」

「……なんて???」

 

 

 そう、コード○リーク代わりに使うんだよ、これを!

 ……なに言ってるのかわからん、みたいな顔するのは止めよう、CHEATちゃん。

 

 



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感覚的にはリモコンみたいなもの

「……ええと、チートコード?」

「そう。貴方はCHEATと呼ばれる人。ならば、そこに至る可能性は十分にあると言える」

 

 

 CHEATちゃんは、その名の通りチートを使う人である。

 なにかしらのステータスやら数値やらを書き換えたりすることにより、自身に優位な状況を作り出すタイプの存在。

 それゆえに、本来であればもっと無茶苦茶なことができる存在、ということになるはずなのだ。

 ……いやまぁ、現状では単にTASさんにぼこぼこにされてる人、みたいな印象の方が強いわけなのだが。

 

 

「やかましいわっ。……いやでも、コード入力?みたいなことなら、今でも普通にしてるんだけど……」

「いいえ、それでは足りない……というか、言うほどちゃんと扱えてない」

「!?」

 

 

 無論、そんなことを言えば相手から反論が飛んでくる、というのは普通の話。

 特に、それが自身の得意分野(?)についての話なのだから、私以外の誰がそれに一番詳しいというのか?……みたいなある種傲慢な気持ちを抱くのは、そうおかしな思考ではあるまい。

 

 しかし、そこは我らがTASさん。

 彼女は相手がエキスパート(本職)だろうがなんだろうが、上からモノを言えるタイプの存在である。

 ……いやまぁ、この場合はTAS云々は関係なく、単に未来を見てモノを言っている、というだけの話なのだが。

 

 ともあれ、彼女が視るということに才を持つ存在である以上、そうして視た相手が()()()()()()()()()()()()()()()となれば、それを不満に思ってしまうのも仕方のないことなのだ。

 ──なにせ、彼女の持つ視座からしてみれば、自分という存在を十全に操るというのは、出来て当たり前のことであるがゆえに。

 

 

「ルールに縛られたチートなんて、最早時代遅れ。今の流行りは任意コード実行。──れっつぷろぐらみんぐ」

ヒェッ!?……おおお、お兄さん助けてっ!?」

「はっはっはっ。……諦めてからが本当のスタートですよ?」

「諦めること前提?!」

 

 

 ……なお、彼女が他と比べてもなお超スパルタである、というのも確かな話であるため、その生徒となったCHEATちゃんは初手から最高効率に到達することを求められてしまい、涙目でこちらに助けを求めてくる羽目に陥ったわけなのだが。

 そこで俺に助けを求めてしまう辺り、今のTASさんの勢いがエグいことをまだまだ理解してないなー()……などという、乾いた笑いを彼女に返すことになるのだった。

 

 ははは。活路は死中の栗にありマース。頑張って拾って下サーイ。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 真の意味での地獄のブートキャンプ開始により、襟を掴まれ何処かへと引き摺られていくCHEATちゃんからの眼差し(help!)をスルーしつつ。

 現状蚊帳の外、みたいなことになっている俺とAUTOさんはというと、一先ずお茶でも飲んで一息吐こう……と、二人でちゃぶ台を囲うことになるのだった。

 

 

「……大丈夫なので……いえ、随分張り切っていらっしゃいますわね、彼女」

「AUTOさんはもう鍛えようがないから、その分代わりにCHEATちゃんには頑張って貰おう……みたいなこと言ってたからね」

「今ほど自身の体質に感謝した覚えはありませんわ……!!」

 

 

 座って早々、CHEATちゃんの安否を心配した言葉を述べようとしたAUTOさんは、けれどなにかを思ったのかそれを止め、TASさんがいつもにも増して暴走特急と化している……ということに言及。

 その選択は間違いじゃないぞという思いを込めつつ、昨日のTASさんの決意を話せば、彼女は心底安堵したような声を漏らすのだった。

 

 ……AUTOさんはルールさえ明確にされれば、必ずそのルールの中での最高効率を叩き出す、というタイプの存在。

 ルールを弄ったり無視したりするのはてんで向いていないので、TASさん的には指導のしようがないというのは本当の話である。

 そんなことせずとも、ルールが更新されれば普通に付いてくるしね、この人。

 

 

「……この前カードゲームを彼女と一緒にした時は、ソリティアだの無限ループだの、色々酷い言われようでしたわ」

「ルールを最大限活かした結果だからね、仕方ないね」

 

 

 一緒にはやりたくはないが。お願いだから壁とやってて?()

 

 ……壁云々は冗談としても、ちょっと意識を切り替えると最善手が常に手元に舞い込んでくる、なんて状態になるAUTOさんとカードゲームをするのは、正直苦行なんて言葉で片付けられないと思う。

 いやまぁ、それに関しては「詰め将棋」の話をゲーム中にしてしまったのが悪い、ということになるのだとは思うのだが。

 

 

「そうですわね。そういうジャンルだと認識してカードを握ると、自然とそういうゲーム展開になると申しますか……」

「定石通りの相手をどう切り崩すか、みたいな練習にはなるってTASさんは言ってたよ」

 

 

 無論震え声で、だけど。

 ……負け惜しみに近い感じだったので、恐らくあの時の追記は万単位になっていたことだろう。

 

 最初に出てきたライバル?なのにも関わらず、インフレした今のTASさんにもジャンルによっては付いてくる辺り、この人も大概おかしいんだなー……などと思いつつ、お茶を啜る俺なのであった。

 

 ……奥の襖から聞こえる悲鳴についてはスルーで。

 

 



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特訓の成果を見せよう

 襖の向こうは非公開領域となっているため、もしかしたら時間経過も変なことになっているかもしれない──。

 

 AUTOさんと話をする中で飛び出した、ある種の世迷い言のような説だったのだが。

 ……途中からCHEATちゃんの悲鳴が、徐々に倍速っぽいものに変化していくのを聞いてしまえば、単なる冗談だと笑い飛ばすこともできず。

 ゆえに、最初は彼女達が出てくるまで無視しておくつもりだった俺達二人はと言うと、今や固唾を呑みながら、目の前の襖が開く時を今か今かと待ち続けているのだった。

 

 ……え?気になるんなら開ければいいのに?そんなことしたらここら一帯吹き飛びかねないと思うよ?

 

 

「……それはまぁ、冗談として。……一体どうなっていると思います?この中」

「精神と時間が加速される部屋、みたいになってると予想」

「なるほど……」

 

 

 AUTOさんが思わずとばかりに溢した問いに、こちらもさほど考えを詰めぬままに答えを返す。

 

 とある漫画作品に出てくるそれは、周囲とは時間の流れが隔絶された特殊な空間。いわゆる「一日を構成する時間が増える」タイプの場所である。

 まぁ、アレの設定通りの場所だとすると、普通の人間は入っただけで死にかねない場所、ってことになってしまうわけなのだが。

 ……なんかこう、上手いことどうにかしているのかもしれないけども。

 

 

「あとはほら、CHEATちゃんの能力向上の確認の手始めとして、特定空間内の時間経過のアドレスを弄るコードを使わせた、みたいなあれかもしれないし」

「……なるほど、途中から悲鳴らしきものが加速していったのは、彼女がコードの入力に成功したから……ということですわね」

 

 

 まぁ、仮に成功してたら成功してたで、中に居る二人の年齢が唐突に加算されまくっている、なんてことにもなりかねないわけだが。

 嫌だよ俺、二人して背丈が大きくなるどころか、ムキムキマッチョとかになって出てきたりしたら。

 

 

「……結果にフィット、というフレーズはもしかしてそういう……?」

「BGMは決まったようなもん、ってことだな……」

 

 

 例の独特な低音と一緒に襖がサーっと開いて、中から二人がお立ち台に乗って競りだして来たりしたら、まず間違いなく吹くだろう。

 ……などという他愛のない話をしながら、相も変わらず悲鳴らしき謎の声が聞こえてくる襖を見つめる俺達。

 

 

「二人とも、なにしてるの?」<モグモグ

「いや、二人がいつ頃出てくるかなー、って待ってるというか」

「なるほど。じゃあ、待ってる間にプリン食べる?」

「おっと、ありがとう。食べる食べ……なんで居んのTASさん!?」

「ん。コンビニ行ってきた」

「どういうことですのー!!?」

 

 

 そんな俺達の背後から聞こえた問い掛けに、思わずなにを待っているのかを答えたわけだけど。

 プリンの入った袋を持って、反対側の手に持ったアイスをモグモグと食べていたTASさんの姿に、俺達二人は大層驚愕する羽目になるのだった。

 ……いや、ホントになんで居んの!?

 

 

 

・∀・

 

 

 

「ええとつまり?この中には変わらずCHEATさんがいらっしゃると……?」

「そう。今は移動先フラグの書き換えに挑戦中」

「リアルどこ◯もドア……!?」

 

 

 彼女の話を纏めるとこうである。

 襖の向こうに連れられて行ったCHEATちゃんが、スパルタTASさんから言い渡されたのは、移動先のフラグの書き換え。

 

 この前述べたように、プログラムというのはとにかく短く楽に処理できるようにする、もしくはできるように努力するのが普通だ。

 なので昔のゲームなんかだと、内装に条件を設定して使い回すことで、同じマップを使って容量を節約している……なんてことがある。

 

 宿屋のような、何度も出てくる回復ポイントなどがそうだ。

 中に居る人や物の種類を『この扉から入った時にはこうなる』みたいな感じで設定すれば、同じマップでも違うもののように扱うことができる。

 外に出る時まで『何処から入ったのか』ということを記憶しておけば、出ていく際にも困ることはないというわけだ。

 

 で、このタイプのフロア移動を採用している場合、『何処から入ったのか』というデータを弄ることができれば、同じ扉からでも色んな場所に移動することができるようになる、というわけで。

 

 

「なので、そこを弄るコードを作らせた。今回はクローゼットの扉をコンビニのトイレと繋ぐようにした」

「なんで???」

「ホラゲーとかで隠れる場所繋がり」

「あー、なるほど。怪異から逃げる際に狭い場所に逃げ込む……という処理を行うゲームの場合は、『逃げた先』で処理を纏めてしまっている可能性は十分に有りえますわね」

 

 

 そのゲームは現実ではない、という話は置いといて。

 そのコードが上手くいったかどうかを確めるため、TASさんはクローゼットの中に移動し。

 そこからコンビニに移動して『いつの間にトイレの中に……?』と困惑する店員さんを尻目に、コンビニスイーツを幾つか購入しながらここまで戻ってきた……というわけなのであった。

 

 ……いやまぁ、言われれば『あー』となるのだが。

 そうなったあとで『いやそうはならんやろ』みたいな気分が沸いて来るのも仕方ない、みたいな?

 

 

……ウワーッモウツカレタモー!!

「うわびっくりした」

 

 

 なお、それから暫くして知恵熱を起こしたCHEATちゃんが襖から飛び出してきたため、彼女の強化計画は一旦お開きになるのだった。

 

 



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祭なんか遊び場さ

「イベントごとというのは、色々隙が多いもの」

「……普通に聞いたら羽目を外し過ぎて変なことにならないように、って意味に聞こえるんだろうけど……」

「貴女の口から聞くと、全く別の意味に聞こえてしまいますわね……」

「?」

あ、わかってないって顔してる……

 

 

 今の季節は夏、みたいなことを述べたことがあると思う。

 そうなると、この時期にやっているイベントというのは……そう、夏祭りということになるだろう。

 

 ──夏祭り。

 普通の人なら、屋台の食べ物を買ったり、はたまたお面を買ったり盆踊りをしたりして楽しむもの、ということになるわけなのだが。

 こと、これが電脳三人娘(仮称。なんとなく付けた)達相手となると、普通に楽しむのにも一苦労と言うわけで。

 

 

「……いや、一纏めにすんなし。私らそこまで変なことしねーし」

「おう、だったらさっきの的屋での一件を思い出せってんだこんにゃろー」

「「………」」

「……?倒せないのなら一度に何度も当てればいい。常識」

 

 

 露骨に目を逸らしてんじゃねーよTASさん以外の二人。

 ……いやまぁ、普通にこっちを見返して来てるTASさんに関しても、別に問題を起こさなかったってわけではないんだけども。

 

 祭における射的が、例え玉が当たっても的が倒れないようになっている……みたいな話を聞いたことがないだろうか?

 無論、今の情報化社会でそんなことをすれば、あっという間に噂が拡散して酷いことになる、というのは目に見えているわけだが……屋台の裏にはヤクザがいる、みたいな話が事実のまま残っているような場所では、平気でそういう工作をしていることもある。

 

 つまりはまぁ、そういうこと。

 TASさんは未来も視れるので、端から正攻法では倒せないことを知っていたから、瞬時の五連射で無理矢理倒すという方式を取ったし。

 他二人にしても、AUTOさんはその能力で()()()()()()()()()()、CHEATちゃんに関しては倒れないという事実をコードで弄って(無敵無効チート)倒すという方法を取り、それぞれが顔を引き攣らせた店主から景品を受け取っていたのだった。

 

 ……え、俺?特に対策もなく普通に射的してたんで、景品とかはゼロですがなにか?

 いやまぁ、そもそも二人がそうやって無理にでも的を倒しに行ったのは、景品獲得数で最下位の人には罰ゲーム……などとTASさんが宣ったからなのだが。

 

 

「ごほうびにしろ罰ゲームにしろ、自分のやったことに反応があると、人は色々頑張れるもの」

「だからって俺を最下位確定にするのは酷くない?」

 

 

 まぁうん、自身のしたことに対して、なにかしらが返ってくる……というのが、人のやる気を良くも悪くも刺激する、というその論理そのものに反論する気はないけれども。

 ……でもこう、君らに本気出されると単なる一般人でしかない俺としては、なんというか手も足もでないのが普通というかですね???

 結果的には俺イジメ以外の何物でもないので、出来れば止めて欲しいなー、というか。

 

 

……?なんか騒がしいですね

「……あー、もしかしてやり過ぎたから?」

「なるほど、巨悪ですわね?成敗致しま……あ痛っ?!」

「ややこしくなるから止めなさい」

 

 

 などと言っていると、周囲が俄に騒がしくなってくる。

 こういう祭の場合、バックにヤクザが居るかも……みたいな話はさっきした通りなので、もしかしたら景品を荒稼ぎしてた俺達に痛い目を見させようとしている、とかなのかもしれない。

 

 いやまぁ、仮に向かってきたところで普通に蹴散らされるだけだとは思うのだが、一度蹴散らしたからといって向こうが諦めるとは限らないわけで。

 そういうのめんどくさいので、出来れば見付かる前にこの場から逃げ出すのが正解、ということになるのだけれど……ダメだねこりゃ、既に囲まれてら。

 

 

「なるほど、囲んでから連絡。理に(かな)ってる」

「言ってる場合かよ……ええと、どうする?」

「三十六計逃げるに如かず、って感じだけど……」

 

 

 なお、TASさんは多分面白さ……もとい困難な方が修行になる的なアレで、多分知っててスルーしてたと思われる。

 なんか裏では能力者達のあれこれが云々、みたいなことを言ってたので、悪役なんて千切っても生えてくる扱いなのかもしれないが。

 それはそれで、どこぞの配管工海外仕様みたいに引っこ抜いては他の人に投げ付けられるヤクザ、なんて不可思議なモノが発生しそうなので止めて欲しいところなのだが。

 

 とりあえず、手薄なところを抜けて帰るべきかなー、なんてことを考えていると。

 

 

「──待てぃ!!」

「……!ナンダテメー!」

「うわぁ典型的三下台詞……ってそうじゃなくて。──お前達に名乗る名前はないっ!──とぅっ!!」

 

 

 周囲に響き渡る、中性的な少年のような声。

 それは、近くの木々の上から響いてきたわけなのだが……そこに立つ何者かは月明かりを背にし、腕組みをしながらこちらを見下ろしていたのだった。

 ……うん、なんかこう正義の味方、みたいな登場の仕方だったため、AUTOさんが目を輝かしていたわけなのだけれど。

 そこからとぅ、と掛け声をあげながら降りてきたのを見て、彼女は更に目を輝かせ始めたのだった。……意外な趣味!

 

 

「治安を乱す悪徳の輩よ、私が相手だ!」

 

 

 AUTOさんはともかく。

 俺達を庇うような位置に降りてきた彼?は、お面を被ったまま周囲のヤクザ達にそう宣言するのだった。

 ……これ、どっちが不審者なんだろうね?

 

 



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お面×ヒーロー×勘違い?

 さて、そこらの屋台で売ってるようなお面を被り、俺達の前に降り立った謎の人物。

 その言動的に、どうやらこっちを庇ってくれているようだが……。

 

 

「…………」

「?」

 

 

 ちらり、とTASさんを見るものの、彼女は普段通りの様子。

 ……これが、彼女の乱数調整とかによる必然の出会いなのだとすれば、この人物もなにかしら特殊な力を持つ人、ということになるのだけれど。

 その辺りを彼女の態度から察するのは難しそう、といういつも通りの答えが出ただけだったため、諦めて視線を前に戻す俺である。

 

 

「ジャスティスロォーッドッ!!」

「なんか出してる!?」

 

 

 なお、視線を戻した先では、件の人物がどこからともなく武器を取り出していたため、思わず驚愕する羽目になるのだった。

 ……意外と好戦的!?

 というか、お面ってことで特に気にせず流してたけど、これアレだな?そこらで売ってる売り物のお面じゃなく、自分で作ったやつだなこれ?

 

 

「……どうして、そう思うんだい?」

「え?……あー、単純にそこら辺にないって言うか……」

「もしかしたら別所で買ってきたやつとか、はたまた去年とか一昨年とかのやつを使ってるだけとか、なんかこう……あるだろ!?」

「えぇ……」

 

 

 などと宣えば、どうやら聞こえていたらしい件の人物が、わざわざこちらに振り返ってまで問い掛けてくる始末。

 一応、()()()()()()()()理由として、そこら辺に同じものがない……という答えを返したのだけれど、向こうはなんやかんやと理由を付けて納得しない。

 

 ……要するに、決定的な一言を言われるまでは認めない、ということなのだろうが……イヤでも、ねぇ?

 言っちゃっていいの?それ、言っちゃっていいの?……多分恐らく九十九パーセントくらいの確率で、言ったら良くないことになるパターンのアレだと思うのだけれど。

 

 でもこう……周囲のヤクザさん達までこっちの言葉を黙って待っているのを見ると、多分言わなきゃ進まねぇやつなんだろうなぁ、というか。強制選択肢、みたいな?

 

 ……仕方ない。気は進まないが、ここで無為に時間を浪費していると、我慢できなくなったTASさんがなにやらかすかわかったものではないし。

 心を鬼にして、純然たる事実をここに述べるとしよう。

 

 

「ぶっちゃけそのお面ダサ過ぎ。幾らヒーローは子供のモノって言っても、限度があるよ限度が」

「ぐああああぁぁあぁぁあぁああっっっ!!!?」

「「「オ,オメンノヒトー!!?」」」

 

 

 その結果、衝撃()の事実を叩き付けられたお面の人は、そのお面が砕け散るほどのダメージを受けながら屋台に吹っ飛んでいき。

 何故か敵対していたヤクザ達が「アヤマレ!オメンノヒトニアヤマレ!」などと言いながら、俺に詰め寄ってくる形になってしまうのだった。

 ……あれ?ここでも俺が悪いみたいな扱い……?

 

 

 

・A・

 

 

 

 結果、「なんて酷いことを仰るんですのっ!!」みたいなことを宣いながら、俺に右ストレートを叩き込んできたAUTOさんを筆頭に、周囲のヤクザ含めた数人から袋叩きにあった俺である。……いや敵同士ちゃうんかい。

 

 

「呉越同舟、ってやつ。共通の敵は大体必要以上にボコられる」

「マジかよ……」

 

 

 なお、TASさんは中立ということなのか、特になにもせず、おろおろしていたCHEATちゃんの面倒を見ていた。

 ……年齢的には正しいのだろうが、感覚的には逆のような気がへぶっ。

 

 

「お兄さんはいつも一言余計」

「だからって顔面パンチは酷くないっすか……」

「大丈夫。偉い人も言ってた。──精神分析(回復)は殴って行え」

「それ一部の人にしか使えないやつぅ!!」

 

 

 まぁ治ってたんですが。

 ……流石はTASさん、わけのわからないことを起こす……。

 原理的にはアンダーフローとか、そういうあれだろうか?

 

 

「ううん、細胞分裂の速度の促進」

「それやり過ぎると寿命が縮むやつでは……」

「全治一ヶ月が一分になるなら安いもの」

「俺の命が大幅デフレなんですが?」

 

 

 下降線が滝のようになるんですが???

 ……だったらギャグ方面の治療プログラムを使う?それは俺の頭がパーになるやつー。

 

 

「……今さら気にしなくても、お兄さんはもうパーだと思うなー」<ボソッ

「おおっとー?なんか今虫のさざめきが聞こえた気がするなー??お空に咲き誇りたい、って言ってた気がするな~???」

「ニ゛ャーッ!!?」

「おお、打ち上げ花火」

 

 

 なお、迂闊なことを言った下手人は成敗しておいた。

 空に打ち上がったCHEATさんは、それはそれは美しい花として咲き誇ったことでしょう。……投げ飛ばしただけ?爆発はしてない?知らんなぁ。

 

 ところで。

 さっきまで緊迫感溢れ……てなかったかもしれないが、ヤクザに囲まれてたのでは?……みたいな疑問があるかもしれない。

 それなのにも関わらず、そうやって悠長に戯れているのはどうなのか?……というような疑問も、合わせて浮かび上がってくるかもしれない。

 

 だが心配しないで欲しい。そっちに関してはもう終わっている。

 

 

「「「オボエテロヨー!」」」

「──やるじゃないか、君」

「そちらこそ。正義を標榜するだけのことは有りましたわ」

「なるほど、今日は二人で一人の正義の味方」

「まぁ、息は合ってたな」

 

 なにせ、意気投合したAUTOさんとお面の人の獅子奮迅の活躍により、ヤクザ達は捨て台詞を吐きながら逃げ帰っていたのだから。

 ……ここだけ昭和みたいな空気だけど、CHEATちゃんなんかやった?

 

 



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良いも悪いも一纏め

「……どうやら悪は去ったようだ。ならば私も去らねばなるまい」

「おっと、ちょっと待つんだダサお面」

「……君は、さっきのあれこれで懲りなかったのかい?」

「なにを言う、俺はモノをハッキリ言っただけだぜ?」

「ねぇ君たち?この人の保護者かなにかだろう??ちゃんと言って聞かせておいて貰えないかな???」

「言って聞くのならTASはいらない」

「正しさで全てが変えられるのなら、AUTOなんて必要ありませんわ」

「書き換える先がないなら、CHEATも無用の産物かな、って……」

「おいこらお前ら、なに上手いこと言ったみたいな空気を醸し出してんだマジで」

 

 

 なにも上手くないぞマジで。

 ……ともあれ、自分の仕事は済んだ、とばかりにここを去ろうとするお面の人を呼び止めた俺達。

 件の相手は、お面が砕けたままのため、いわゆる『マスク割れ』みたいなことになっているのだが……いや、その特撮組に大ウケしそうなビジュアルでさえ、どことなくダサさが滲み出るのは如何なものだろうか?

 

 ……って、そうじゃなくて。

 別に俺はこの人に喧嘩を売りたいわけではなく、単にちょっとお話を聞きたいだけであってだね?

 

 

「……話?私に?」

「あーうん。TASさん……彼女が言うには、この世界は『中二病的能力バトル』が勃発している世界らしくてだね?」

 

 

 まぁ、俺の周辺にはゲーム用語に例えられるような感じの人しか現れないわけだが。……その辺りはそもそもTASさんが乱数調整で弾いている、って風に聞いているのでよっぽど危ねーやつらばっかりなんだろうなー、みたいな気持ちもなくはないのだが。

 いやだって、ねぇ?人のこと虚弱体質と勘違いしているTASさんが会わせたがらない……ってことは、そいつら多分やベーくらいに好戦的、ってことだと思うわけで。

 

 

「……ねぇ?なんでこの人その辺りを考慮できるのに、わざわざ私のセンスに疑問を投げ掛けて(喧嘩を吹っ掛けて)くるんだい?」

「わかってるから、逆に近くに居られる人にはこれくらいやっても怒られない、って認識してる」

「質悪っ!?この人思っていた以上に質が悪いぞ!?」

「だまらっしゃい」

 

 

 ……まぁ要するに、さっきみたいなやり取りをするとまず間違いなく俺の首が飛ぶのだろうなぁ、というか。

 首が飛ぶ程度のことで俺の口が止まる訳もないので、TASさんが『アカン』というのも仕方ないかなー、と思う俺なのでした。

 なお、他のみんなからの反応は「なんでそこに命賭けてるの」でした。……性分だから仕方ないね。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「あーなるほど、わかったぞ。この人がこんな感じだから、君達はこうしてつるんでいるのだね?」

「言い方は悪いけど、そう間違いでもない」

「俺、まさかの一昔前に流行った守られ系男主人公だった!?」

「守られ……なんです?」

「男主人公が弱いタイプのやつです……最近のスマホゲームの主人公なんかは、わりと戦闘能力がないって人も多いのでその系統に含まれますね」

「なる……ほど?」

 

 

 さて、あれこれと会話した結果、どうやら俺がいわゆる指揮官とかの類いだった、ということが判明したわけだが。

 

 正直、この子達の指示とか無理だと思うんですよね、俺。……いやまぁ、個性の坩堝みたいな最近のソシャゲキャラ達に比べれば薄味かもしれんけども。

 こう、キャロライナ・リーパーがブート・ジョロキアに変わったところで、どっちにしろ普通の人に食べさせられるもんじゃない……みたいな?

 

 

「酷い言われよう。これはもうお兄さんを山葵まみれにするしかない」

「辛さで例えたからって、辛さで報復しようとするのやめない?」

「……いえその、話がずれているのでは?」

「おおっと」

 

 

 AUTOさんからのツッコミにより、当初の目的を思い出した俺。

 ……そうだったそうだった。俺はあることを尋ねるために、この人を呼び止めたのだった。

 まぁ、大した疑問ではないし、一言尋ねればそれで済むので、わりと会話としての優先順位が低かったわけだけど。

 

 

「それで脱線し続けたんじゃ本末転倒」

「転げまくってもゴールすれば勝ちじゃね?」

「詭弁ですわね。……で?結局貴方様は、一体なにをお尋ねになろうと?」

「それはだなー……って、ん?」

 

 

 みんなにあれこれとツッコミを入れられ、ようやく本題に回帰しようとした俺。

 ……だったのだが。この会話に参加してなかった唯一の存在・CHEATちゃんとなにやら盛り上がっていたらしいお面の人は、突然バッとこちらを振り返ったかと思えば、なにやら『やれやれ、仕方ないなぁ』みたいな謎の空気を醸し出しながら、こちらにこう宣言するのだった。

 

 

「──仕方あるまい!君のような人間には、確かに私達のような力が必要だろう!いいだろう、我が名はMOD!この力、存分に奮うがいい!」

「……尋ねることなくなっちゃった」

「よかったね、お兄さん」

 

 

 なにもよくないが?

 

 ……この人との邂逅を意図して引き寄せたわけではないだろう、とは言ったが。

 同時に、この邂逅を()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを薄々察していた俺は。

 目の前のこの人が、多分電脳娘の新メンバーなのだろうなぁ、と半ば確信し。

 それを確認するための言葉を発しようとしていたことを、こうして出鼻を挫かれ、微妙な気分に浸ることとなるのであった。……変な人達全部俺の担当にしようとするのやめない?

 

 



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卓上調味料か、はたまた厨房への殴り込みか

 ──MOD。

 英単語『modification』、日本語で言うところの『改変』という意味の言葉の、頭文字三つを取り出して呼ばれるそれは、以前少し語った通り『改造パッチ』のことを指す略語である。

 

 改造、と聞くとどうにもイメージが先行して『悪いもの』という空気が付き纏ってしまうが……なんのことはない、それが会社に不利益をもたらさない限りは容認されている、ゲームの遊び方の一つに過ぎなかったりする。

 

 

「まぁ、あくまでもパソコン版での話、だけど」

「据え置きゲーム機でやろうとすると、まず間違いなくBAN(アカウント凍結)されますわね……」

「ゲームによってはパソコン版でもアウト、ですよね……」

 

 

 無論、製作者によっては勝手に変更を加えられるのは嫌、ってことでMODも全面禁止、みたいにしている場合もあるので、話はそう簡単でもないのだが。

 ……まぁ、日本と違ってよその国はフェアユースとかいう、一歩間違うと悪法以外の何物でもないものが罷り通っている……っていうのも、違いの理由の一つだとは思うのだが。

 でもその辺りはややこしいのでここではスルー。……めんどいからね!

 

 ともかく、視聴者やプレイヤー側が、創作物に『こうすればもっと面白くなるのに』みたいな思いを気軽にぶつけてくるのが海外、だと思っておけば、MOD文化が盛んな理由もなんとなーくわかるんじゃないかなー、と思わないでもなかったり。

 

 ここで重要なのは、MODというものの性質について。

 それは、今ある完成形に、新たな形質を加えるもの、である。

 

 

「彼らの()()()好きは異常の域」

「あの顔で追っ掛けられるの怖いんだよね……」

「……君達?本人を前にあれこれ言いすぎじゃないかな?」

 

 

 他版権のやつを勝手に出すのは、怒られても仕方ないと思わないでもないけどね!……キャラメイクの範囲で真似できるやつは流石に知らんが。

 

 まぁともかく、MODと聞いて一番に思い付くのが、余所のキャラクターを再現するもの、だろう。

 TASさんとCHEATちゃんが話題に出してる例の機関車なんか、あんまりにも色んなところに出てくるモノだから、まとめ動画とか生まれるレベルだし。

 

 ……で、そのMODの名前を冠している目の前のこの人。

 一気に怪しくなったというか、胡散臭さが増したのがわかって貰えるのではないだろうか?

 

 

「…………」

「何故私は、熱い眼差しで見つめられているんでせう?」

「い、いや。最初は君がトラブルの中心なのかと思ったけど、実は君こそが彼女達を纏めてたんだな、と驚いたというか……」

「はっはっはっ。さっきの仕返しにしちゃあ、気が早うございませんこと?」

「え?……あ、いや違っ、私は純粋に君を褒めただけでだね?!」

 

 

 はっはっはっ。切れ味鋭いツッコミをどうも(致命傷)。

 ……どう考えても、一番普通な俺が纏めないと立ち行かないメンバーなんだよなぁ。

 普段まともなAUTOさんも、時々はっちゃけるというか変になるのはさっきの様子を見てればわかるし。

 CHEATちゃんに関してはTuberなんてやってる時点で普通なんてものは没個性、そんなところには止まってられやしないだろうし。

 ……あ、TASさんは言わずもがなです、はい。

 

 

「空中から斜め下に下降する加速蹴りができるような人が、まともな人類であるはずがあろうか?いやない」

「わざわざ反語で言わなくていいから」

「はははは。だったら頭をがじがじ噛むの止めてくれませんかねぇ?」

「いやあの、血が出てるけども……」

「いつものことですの。お気になさらず」

「……やっぱりみんなトラブルメイカーなんだね……」

 

 

 呆れたような、感心したような、そんな微妙な笑みを浮かべるMODさんに対し、俺は(頭を噛まれながら)歓迎の言葉を述べるのだった。

 

 

welcome to the world.(ようこそこのクソッタレな世界へ)

「なんでそんな胡散臭い言い方なんだい……」

 

 

 なお、最大限の親愛を込めて贈った言葉は、MODさんには薄気味悪がられるだけに終わるのだった。

 ……やっぱりグラサン必要だったかな?

 

 

「それをするなら彼女(CHEAT)に手を貸して貰わないと」

ウェエェッ!!?なんで私が巻き込まれること前提なのさ!?勝手にやってなよ二人で!!?」

「なにを言うんだ。歓迎なんだからみんなでやらないと。ね、AUTOさん?」

「……ノーコメントですの」

ソコハハンロンシテヨー!!

「うるさい」

ホギャー!!?マタメガァーッ!!?

「……こ、個性的だね、君達」

 

 

 そのあとのやり取りでは、更に腰の引けた態度を見せて居たけれど……残念だが一度入ったら取り返しが利かないのが我々のグループ、諦めてお前も変人仲間に入るんだよ!

 ……あ、いや間違えた。できれば唯一の普通の感性の人として頑張って欲しい。さっきの正義の味方ムーブ見てたら、無駄なお願いかもしれないけれど。

 

 

「よぉしわかったぞー!君は敵だ悪だやっぱり成敗だー!!」

「うるさい」

「へぶっ!?」

 

 

 なお、最終的にはTASさんが勝った。

 いつも通りの結果ですが問題はありません。多分。

 

 



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まとも寄りの感性はマイナスにしかならない

 はてさて、新たなメンバーが加わった我が家。

 かといって特になにが起こるということもなく、俺達はいつも通りゲームをして過ごしていたのだった。

 

 

「……つかぬことを聞くんだけど」

「んー?なにー?」

「……ここに集まっている時は、いつもこんな感じなのかい?」

「そうだなー……大体みんなしてTASさんにボコられて、こなくそーって感じで再戦してまたボコられてる」

「その不撓不屈の精神は買うけど……なんというかこう、もっとなにかないのかい?!」

「なにかって……なにが?」

「あれだよあれ!敵がどかーんと壁を突き破ってくるとか!特異な力を持つ少女達を狙って、悪役達が押し寄せてくるとか!なんかこう、あるだろ!?」

「はっはっはっ。そういうのが欲しいのなら余所にどうぞ」

「なんだとー!?」

 

 

 まぁ、最近ここに加わったばかりのMODさんは、現状に不満を抱えていらっしゃるみたいですが。

 でもねMODさん、これは仕方のない話なんですよ?

 

 

「仕方ないって、どういう?」

「よーく考えて欲しい。……高速で振り向きながら武器を振るうと相手が爆散するような人相手に、まともな悪の組織が敵うわけないだろ?」

「失礼させて貰った。ぴーすぴーす」

 

 

 憐れな敵対者さんは、マグロが叩きにされるかの如く呆気なく散るのがここでの定め。

 言ってしまえば一行二行で雑に片付けられるのが関の山でしかないので、そもそもこの部屋までたどり着くことがないのである。

 そしてもし、わかりやすーい悪役がここにたどり着くことがあるとすれば、それは恐らく憐れな生け贄でしかないのだ。

 

 

「生け贄って……」

「とりあえずTRPGさせて、ダイスの目を全部ファンブルにさせる。その時の反応が面白ければ採用」

「な、なんでそこでこっちを見るのかな……?」

「この中だと一番面白そう。次点でお兄さん」

「やったー!」

「そこ喜ぶところなのですか?」

 

 

 なにを言うんだAUTOさん!

 やられてみればわかるけど、ステータス決める時に何度振り直しても、数値が二桁どころか五より上にならない……みたいな状態にされるんだぞ!

 TASさんのお気に召したら乱数調整もやめて貰えるけど、そうじゃなかったら……下手をするとその弱小プレイヤーのままシナリオとかやらされるんだぞ!

 そんな状況から解放されるってんだから、これが喜ばずにいられるかってんですよ!

 

 

「お兄さんは大袈裟。私は精々最初の二回くらいしかやってない。それもダイス一つだけ、というのを二回」

「またまたー。あの時の俺、確か十回くらいやり直したよ?そのあとも判定する時毎度の如く失敗してたし。それも含めたら俺、数十回くらいダイス振ってたよ?」

「……ね?」

「あー、なるほど。段差から降りただけで瀕死になるかも、なんて言われるわけだ……」

「……あれ?なんで俺、突然哀れみの視線を向けられてるの?あれー?」

 

 

 なお、その話をしたあと、暫くみんなから生暖かい目で見られることとなった。……なんかイラついたので、CHEATちゃんの髪の毛をわしゃわしゃにしておきました、まる。

 

 

 

-∀-

 

 

 

「そういえば、MODさんって性別どっちなのですか?」

「ん?私かい?」

 

 

 TASさんに挑んでみんな爆発!……みたいないつもの流れを終えたあと、昼食の時間になったため、コントローラーを置いてテーブルを囲んでいた俺達。

 そんな最中、鮭の切り身を口に運ぼうとしていたAUTOさんが、ふと思い出したかのように、MODさんへと一つの問いを投げ掛けたのだった。

 

 ……ふむ、確かにこの人、見た目からでは性別が判別できない。

 スラッとした長身のショートヘアの人物、と言えばなんとなーく『男装の麗人』っぽいのがわかる、というか。

 喉仏はないけど、大人になっても声変わりしない男性なんて、今時そう珍しいモノでもないので判断材料にはならないだろうし……。

 

 

「あー、真面目に考えて貰ってるところ悪いけど、正直私の性別に関しては論じるだけ無駄なんだ」

「なぬ?」

 

 

 などと考察していたところ、申し訳なさそうな顔をした彼……彼女?に謝られ、俺達の思考は止まってしまう。……後ろでTASさんが気にせずご飯食べてるのは、気にしないように。

 

 

「MODって付け加えるモノだろう?それは設定だったり武器だったり、色んなものを追加するということだ。……要するに、性別変更MOD導入済みでね、私の場合」

「新人類だった!?」

「大袈裟だなぁ」

 

 

 聞けば、先日の話にも繋がることだが……キャラの容姿を追加するようなMODもある以上、見た目の性別・中身の性別、共に自在に変えられてしまうのが彼、もとい彼女?な、MODさんの特徴なのだとか。

 なので、今は男装の麗人みたいな見た目だが、やろうと思えばTASさんよりも幼いロリになることも、筋骨隆々なマッチョになることも、まさに自由自在なのだとか。

 

 

「なるほど。じゃあ私もアドレス弄って凄いことに……」

「ならなくていいから。お願いだからTASさんはそのままでいて」

「ちぇー」

 

 

 ……対抗心を燃やし始めたTASさんが真似をしようとしたため、それ以上話は続かなかったのだが。

 

 TASさんがやると、性別云々じゃなく生命としての枷を飛び越えそうなのでダメです。

 あとMODさんも「できるよ?」みたいに煽らないでマジで。酷いことになるから。下手するとTASさんが液状になり始めるから。マジ止めて。

 

 

「リアルチートじゃん」

 

 

 最終的に、それを君が言うのか、という台詞をCHEATちゃんが述べたことで、なんともいえない笑いが周囲に巻き起こり、話は有耶無耶になって流れたのだった。

 

 



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命知らずは煮込みハンバーグ

 三人寄れば姦しい、じゃあ四人寄れば?

 ……なんてことを言ったら、過敏な人には色々怒られそうなので口には出さないが。

 まぁ、人が四人も揃えばそれが誰であれ、会話がひっきりなしになるのは仕方のない話、というわけでして。

 

 

「君達はもうちょっと見た目に気を使った方がいい」

 

 

 というMODさんの鶴の一声により、何故か彼女達の服選びに付き合わされる運びとなった俺である。……いや、君らだけで行けばよくない?俺巻き込む必要なくなくなくない?

 

 

「ありありありありあり」<ペシペシ

「迫力のない連打どうも。あと地味に痛いから脇はやめてね脇は」

 

 

 いやまぁ、彼女に本気で殴られたならば、下手すると塵とか芥とかになりそうなわけだから、これくらいで済んで良かった……みたいなところもなくはないわけなのだが。

 ともかく、今はAUTOさんがMODさんと一緒に服屋に入ったのを見送って、他二人とぼけーっと待っている最中である。

 

 年齢的にはどうもCHEATちゃん以外は同じみたいだし、TASさんも一緒に付いて行けばいいのに、と思ったのだが……。

 

 

「私はいい」

 

 

 と一言だけ告げて、そのまま読書を初めてしまうのであった。

 ……珍しく文学少女モードである。ただねー?

 

 

「……外でも変わんねーのな、それ」

「周囲からの眼差しが痛くないことだけが幸いです」

「生暖かいから嫌、ってわけか……」

 

 

 対面の席に座ったCHEATちゃんが、呆れたようなジト目をこちらに向けながら、さっき買ったシェイクを吸っている。

 ……まぁうん、いつも通り俺の膝の上に座ってるんだよね、TASさん。外ではやめて欲しいんだけど、言っても聞かないんだよねこういう時。

 

 以前だったら周囲からの視線が痛かったので、そこが無くなったのはいいことなのだが……こうして家の外で彼女が俺にくっついてる時って、大抵なにかしら起こるってことの証明でしかなくてだね?

 俺としてはとりあえず、何事もなく二人が服屋から出てくればいいなー、なんて思ってたのだけれど。

 

 

「きゃー!強盗よー!!強盗が美男美女カップルを捕まえて人質にしてるわー!!!」

「……いやいやいや。MODさんは確かに美形の男性にも見えるけど、カップルではないのだから大丈夫大丈夫……(震え声)」

「もう答え言ってるようなもんじゃん……」

 

 

 突然辺りに響いた叫び声に、思わず天を仰ぐ羽目になったのであった。……CHEATちゃん、現実逃避くらいさせてください。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「はっはっはっはっ。いやー、参ったねー」

「参りましたわねぇ」

「お、おい!静かにしろ!撃たれてぇのか!?」

「「はーい、静かにしまーす」」

「おちょくってんのかコイツら……!」

 

「わぁ余裕そう。それから相手さん可哀想」

「言ってやんなよ……」

 

 

 こそこそと、店の裏手に回った俺達。

 そこから覗き見た店内では、銃を向けられた二人が大人しく両手を上げている姿が見える。……見えるのだが、二人に緊張感は全くない。

 いやまぁ、単なる銃弾なら軽く避けそうな二人だし、実質的に脅威なんて毛程も感じていない、ということなのだろうけども。

 

 

「……それにしちゃぁ、やけに素直に犯人に従ってんな、あの二人」

「だなぁ」

 

 

 派手モードなCHEATちゃんの言う通り、すぐにでも制圧できそうな相手なのにも関わらず、二人が動く様子はない。

 寧ろ、なにかを待っているかのような……?

 

 そうして二人を観察していると、小さくため息を吐いたTASさんが、開いていた本を閉じて自身の鞄にしまいこんだ。

 

 

「……喧嘩を売られてるみたいだから買ってくる」

「は?喧嘩?いきなりなに?」

(TAS)が新しく作り出せないと思っているのなら大間違い。『Tool(ツール)-Assisted(アシステッド)-Superplay(スーパープレイ)』の真の髄、体感させてあげる」

「ねぇ本当になに言ってるの?どこかから変な電波受信してない???」

 

 

 そんな彼女はと言うと……わかり辛いけど怒ってるような?

 精々普段の顔に怒りマークがくっついている程度の変化だが、そもそもに表情の変化に乏しいTASさんにしてみれば、それはもはや激おこの類いだと言っても過言ではなく。

 いや、なににそんなにキレてるの?……というこちらの制止もどこ吹く風、彼女はすっくと立ち上がり、犯人達の視線を自身に集めさせるのであった。

 

 

「いやちょっ!?」

「な、なんでこんなところにガキが!?」

「つ、捕まえ──」

「それではお手を拝借。──任意コード実行

「あ゛っ」

 

 

e3819fe381a0e38184e381bee38397e383ade382b0e383a9e383a0e69bb8e68f9be4b8ade38081e69aabe3818fe3818ae5be85e381a1e4b88be38195e38184……

 

 

;-∀-

 

 

 

「……いやまさか、唐突に野球回が始まるとはね……君のことを軽く見積もっていたのは確かだったようだ」

「全員三振。ぶい」

「いやぶいじゃないが?」

 

 

 あのあと。

 店内に居た人々全てを巻き込んだTASさんの任意コード実行により、突然『なにもかもを野球で決める』世界に放り込まれた俺達は、犯人達を三者凡退に追い込んでゲームセットを決めていたのだった。……え、なに言ってるかわからない?

 

 

「エンディングだぞ、泣けよ」

「本当に展開を創造するやつがあるか!!」

 

 

 まぁうん、要するにまたTASさんか……です、はい。

 プログラムに脆弱性がある方が悪い、ということでお一つ……。

 

 



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姿と形は七変化

「おや、外で会うとは奇遇だね」

「……ええと、どちら様で?」

 

 

 買い物しようとちょっと街まで出掛けた俺。

 生憎財布は忘れなかったが、変わりに偉い美人さんに声を掛けられることになったのだった。

 

 いや、これが本当に美人さんでね?

 ともすれば普通にモデルとして雑誌とかに乗ってそうな、少なくとも俺とは接点も関係も関わりもなさそうな人だったのだけれど。

 なんでか知らんが、すっげーフランクに話し掛けられたもんでね?そりゃもう、すぐ近くにカメラでも仕込んであるんじゃないか、と辺りを確認したってもんですよ。

 ……見えたもの?こんな美人さんに話し掛けられやがって、みたいな男共からの嫉妬の視線くらいのもんですがなにか?

 

 最近は久しく浴びてなかったなぁ、なんて感想が出てくるような、人からの悪意の籠った視線にうんうんと頷いていると。

 

 

「……あ、あはは。前々から思ってたけど、君は変わってるね、やっぱり」

「…………あ、その声はMODさん?」

「当たり。流石にちょっと難しかったかな?」

 

 

 目の前の美人さんから聞こえてきた呆れたような声が、どうにも聞き覚えのあるような気がして……ああこれ、MODさんの声だわ、と気付いた俺がそれを口にすれば。

 彼女(?)はその言葉に嬉しそうにしながら、艶やかな笑みをこちらに向けてくるのだった。

 ……周囲からの視線の温度が明確に下がったので、俺で遊ぶの止めて貰えます……?

 

 

 

・∀・

 

 

 

 こんなところで立ち話もなんだから、という相手の言葉に頷きたくなかった俺だが、無理矢理腕を組まれて引き摺られてしまえば(意外と力が強いのもあって)逃げることも叶わず。

 周囲から立ち上る怨嗟の感情が、物理的破壊力を持ちそう……なんて現実逃避くらいしかできないまま、俺はなんだか高そうなレストランの椅子に座らされていたのだった。

 なお、目の前のMODさんは、相も変わらずファビュラスな感じのドレスを着た美女のまま、である。

 

 

「君は成人してるんだっけ?ワインとか飲む?」

「のーせんきゅーのーせんきゅー、あいむどんとどりんくわいんー」

「なんだいそのエセ英語……」

 

 

 その姿のままで、人にワインとか薦めてくるのだから恐ろしい話である。

 この人高校生なんですよ?なんでこんな手慣れてるんです???

 

 

「まぁ、こういう体質だからね。そういうのにも縁があるかも?……ってことじゃないかな?」

「高校生の飲酒はどうかと思いますがー?」

「あるかも、って言っただろう?実際にはないよ、これがね」

 

 

 ……う、嘘くせー。

 この間は浴衣に変なお面付けたヒーローごっこみたいなキャラしてたのに、今回のこの人余りにもうさんくせー。

 どっちかというと悪役・女ボス的な空気を漂わせる今のMODさんには、正義の味方なんて言葉は欠片ほども似合わない感じである。

 

 

「……あのだね。あのお面の良さについて私は語る言葉を無数に持つけど、それを君に理解させるのは難しいのだろうな、と思っているから語ってないだけでだね?」

「おお、いつもの……って言えるほど長い付き合いじゃないけど、胡散臭さが消えたのはいいと思うぞ俺」

「……君相手だとペースを乱されて困るね、はぁ」

 

 

 まぁそこを突っつくと、いつものMODさんに戻ったのだが。……姿がって意味ではなく、空気感がって意味ね?

 これなら俺が無駄にからかわれることもあるまい。そう思いながらふぅとため息を吐けば、相手もこれ見よがしにため息を吐いていたのだった。

 

 

「もう少し反応して欲しかったんだけどなー」

「人をおもちゃにしようとするのは止めろ、というのは前提として……なにかあった?」

「いやねーちょっと仕事でねー」

「いきなり緩くなったぞこの人」

 

 

 どうやら、MODさんは仕事疲れから癒しを求めていた様子。

 ……だからって俺弄りをしようとするのはどうかと思うが、それくらいには気を許されたということなのかもしれない。

 

 

「警戒する必要のない知り合いって、意外と得難いものだからねー」

「あー、MODさんって能力的に、色んなところに引っ張りだこっぽいもんなー」

「そうなんだよ聞いてくれるかい!?」

「近っ」

 

 

 なお、迂闊に彼女?の苦労について言及してしまったため、暫くMODさんの愚痴に付き合わされる羽目になったのは、明確な俺の疵瑕(しか)だと思う。

 

 

「……美味しいご飯が食べられたのであれば、それはそれで良かったのでは?」

「あのだね、一皿五桁とかの料理を持ってこられて、ちゃんと味を理解できるほど俺はそういうところに慣れてないんですよ???」

「それは自慢気に言うことかなー……」

 

「むー……」

「なんだいTAS君。別に私は彼を取ったりはしないよ?」

「それに関しては心配してない。お兄さんを欲しがる人はいない」

「……ごめん、これに関しては私が悪かった。……今度、みんなで食べに行こうか」

「うん」

 

「……気のせいかな、別になんにもしてないのに俺にダメージが飛んできた気がしたんだけど???」

「いつものことでしょう、スルーなさっては?」

「なんでみんなの扱いがこんなんなんです???」

「見てる方が面白いから……?」

「色々と抗議したいんだが!?」

 

 

 なお、帰ってから色々言われたけど、どっちかと言うと勝手に外でご飯を食べてきた、という事実の方が問題になっている感じだったのは遺憾の意である。

 ……なんか観賞用のペットみたいな扱いになってないか俺?!

 

 



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沈黙のTAS

「職場見学がしたいと聞いて」

「誰もそんなこと言ってないんだが?」

「力仕事だと聞いて。今日の私はマッソォーだ」

「いやそんなバカな……なにそのスキンヘッドのムキムキマッチョ!?」

「いいだろう?馬力が違うゾ☆」

「キャラおかしくねぇですMODさん!?」

 

 

 突然襖をスパーンッと開いたTASさんの、久方ぶりの謎行動。

 

 それを俺はやれやれ、とスルーする気満々だったのだが……彼女の横にいたMODさんが、何故か洋画とかで船やら敵やら色々纏めて静寂の内に沈めてしまいそうな感じの、ダンディーな姿になってしまっていたため、思わずツッコミを入れてしまったのだった。

 ……くそっ、今日という今日こそは、なにがあってもスルーするつもりだったのに!!

 

 

「お兄さんはわがまま。なにがそんなに嫌なの?」

「なにもかもだよぉ!!正直鉛玉が飛び交ってないってだけで、TASさんの紹介するところって()()()()()()()()ばっかじゃんかぁ!!」

「だからこその私だ。大船に乗ったつもりで任せたまえ」

「ヒーローのつもりで言ってるのかもしれないけれど、その姿だとこっちの船ごとなにもかも沈めちゃいそうなんだよなぁ……」

 

 

 無論、MODさん一人だけは脱出して、である。

 いやまぁ、この場合はこちらにTASさんが居るのだから、その辺りの問題はないと思うのだけれど。

 

 

「なるほど。お兄さんは船をハンティングしたいとみた」

「いやそんなこと言ってな……いや待ったなにそれ???」

「あーるぴーじー。TASにはお馴染みのジャンル」

「それは『ルチノーイ(Ruchnoy)プラチヴァターンカヴィイ(Protivotankovyy)グラナタミョート(Granatomyot)』の方ぅぅぅぅっ!!」

「……君、時々変な知識を発揮するよね」

 

 

 なおそのあと、民間で所持しているとどう考えても危ない物体()をTASさんが持ち出したため、こちらとしては心臓バクバクで仕方なかったのだが……(ホシ)は沈められるので問題はありません()

 

 

 

・∀・

 

 

 

「まさか違法漁船拿捕、なんて仕事をやる機会があるとは……」

「目標が真ん中に来たらスイッチ。とても簡単なお仕事」

「幾ら相手が死なないからって、わりとやりすぎの部類じゃねこれ……」

 

 

 件の武……もとい筒、どうやらCHEATさんの手の入ったモノだったそうで。

 なんでも飛び出したなにか()が当たると必ず船が止まるけど、人死には絶対に出ない……なんていう風な調整がなされているのだとか。

 それらを使って日頃の鬱憤、とばかりに船を止め捲る他のバイター()達を横目に、俺は死んだような目で時化(しけ)ている海を眺めているわけである。

 いやー、周囲が世紀末と化してると、反比例してすごく冷静になるね、マジで。

 

 ……え?MODさん?

 今の見た目に期待される通りに、相手の船に乗り込んでは一つ一つ丁寧に沈めて捲っていらっしゃいますがなにか?

 

 

「見た目だけを真似るのかと思ってたけど、それに見合う動きができるように鍛えているというのは好印象」

「筋肉って形で表面に現れないから、幼女姿の時の方が本気(ガチ)でヤベーのどうかと思う……」

 

 

 内部的な当たり判定とかがどうなっているのかはわからないが、一応筋力とか瞬発力とかは元となっている数値があるらしく、小さい時ほど怖くなるのがMODさん、ということになっているらしい。

 なので、見た目で怖さがわかる今の方が実は脅威度が低い、なんて変なことになっているようだ。

 

 さっき船を沈めるMODさんの姿をチラッと見たけど、相手が拳じゅ……なにか黒い筒()を構えた途端、MODさんの背丈がみるみる縮み、けれどさっきまでの速度は維持したままだったため、相手の脇腹に高速ロケット頭突きがぶちかまされることになってしまったわけで。

 ……メキメキ音が鳴ってたけど、あの人大丈夫かなぁ……?

 

 

「大丈夫。密漁するような相手に人権はない」

「物騒すぎやしないですかね……」

 

 

 なお、俺の横でクールにスナイ……長ーい筒()を構えたTASさんは、サイトすら覗き込まないままにワンショットワンキルを決めて周囲を八点場にし続けていたため、正直相手方が可哀想になりましたが歩合制とのことなので情け容赦はございません。

 その血の一滴まで、全部TASさんに有効活用され……いやいや。なにも血生臭いことはありませんでした。ないったらなかったんです、いいね?

 

 

 

・∀・

 

 

 

「それで、背中がちょっと煤けていらっしゃるのですね……」

「ちょっとスパルタ過ぎた。今は反省している」

「お前の反省ほどあてにならないものもない気がするけどな……」

「おお、よく理解してる。ご褒美に雨をあげよー」

「いやいらな……ニュアンスが違ぇ!?……ってうわっ、冷たっ!?」

「部屋の中で雨が降ってるだと……?!」

 

 

 なお、全部の仕事が終わった結果、俺は暫く顔の厳つさが戻らなくなってしまい、みんなからヒソヒソと噂される羽目になってしまったのだった。

 ……いや、俺凄腕スナイパーとかじゃねーから!背後に立たれても殴り掛かったりしねーから!

 

 



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追加メンバーにも人生はある

「あら、こんなところで奇遇ですわね、貴方様」

「……あれ?この流れってもしかして、しばらく個別回が続く感じ?」

「いや、なに突然メタいこと言ってんのさアンタ……」

「おっと個別じゃなかった、セット回だった」

「あの、もしかして今回は、そのノリで通すおつもりなので……?」

 

 

 例え休みの日だからといって、毎日みんながうちに集まるというわけでもなし。

 それぞれがそれぞれにやることとかあるだろうから、それによって人が揃わないなんてこともあるし──こんな風に、出先で誰かに出会うこともある。

 

 ……と、いうわけで。

 どうやら二人で仲良く買い物に来ていたらしい、AUTOさんとCHEATちゃんに遭遇した俺はというと、特に疑問に思うこともなく、二人に合流することになったのだった。

 ……え、若い女の子二人と合流するの、色々と勇気が居るんじゃないのかって?んなもん気にする時期は過ぎましたよ()

 

 

「そういえば……今日はお兄さん一人だけだけど、TASの方はどうしてんの?」

「この間の仕事の後始末中ー。まとめて拿捕した船の中に、なんかちょっとヤバイのが居たとかなんとかで呼び出し受けてたよ」

「……それ絶対、詳細な内容とかについて聞かない方がいいタイプの話……ですわよね?」

「そうそう、ヤベーやつヤベーやつ。実はー、なんか某国の工作員が混じってたらしくてねー?」

「私、今そういうの聞きたくない、ってはっきり言いましたわよね!?」

 

 

 え、ごめんフリかと思った。

 なんて風にあっけらかんと答えたところ、キレたAUTOさんにチョークスリーパーを掛けられる羽目になりましたが、俺は至って元気です()

 なお、件の工作員さんに関しましては、現地のTASさんが鬼のように判定が広い英国淑女(ロー)キックで薙ぎ倒していたらしい、ということをここに付け加えておきます。

 

 

「……なんで英国?」

「英国と言えば紳士、紳士と言えば体術(バリツ)だから?」

「いや、答えになってねーよ……」

 

 

 

・∀・

 

 

 

「ところで貴方様は、一体なにをしにこちらまで?」

「することなくて暇だったから、なにか本でも買おうかと」

「本ー?アンタがー?」

「……そこはかとなく俺のことバカにしてないか?」

 

 

 いやいや、そんなことはないよ?……と半笑いを浮かべている、CHEATちゃんのこめかみをぐりぐり圧迫して泣かせつつ、AUTOさんと談笑しながら歩いていく俺。

 

 現在地は、この間彼女達が服を買いに訪れた店などがある、複合商業施設。その服屋とは別の一角に本屋があるので、そこを目指して俺は家を出た……というわけである。

 まぁ、買い物するのにも丁度良い場所なので、本を見繕ったあとは夕食用の食材の調達も済ませるつもりなのだが。

 

 

「この辺りは都会と言い張るには、少し寂れていますものね」

「本当の田舎みたいに、ショッピングモール以外の選択肢がないってわけでもないけどなー」

「なんでこの子達、いきなり全方位に喧嘩売ってるの……?」

 

 

 やはりVの者とかやってると、煽り癖とか付いてしまうってことなのだろうか。……え?煽らないVの者もいる?そもそもAUTOさんはVの者じゃない?

 まぁともかく、外出中と言うこともあって派手モードなCHEATちゃんの言葉に、適宜こちらからツッコミを入れるなどしつつ、今度は彼女達のここでの目的について尋ねることに。

 

 

「いえ、私は既に用事を済ませたあとですの」

「おや、そりゃまたなんとも。……興味本位で聞くけど、なにしてたの?」

「ずっと太鼓叩いてたよ、なんかどうにも上手く行かないらしくて、頻りに首を傾げてたけど」

「……あー、もしかして躍りながら?」

「そうそう、躍りながら。……って、知ってたんじゃん」

「最初に会った時に同じ事してたからね、AUTOさん」

 

 

 CHEATちゃんの言によれば、午前中の彼女はひたすら太鼓を叩いていた、とのこと。

 ……十中八九例の音ゲーのことだろうが、どうやら最初に出会った時と同じく、フラメンコ的なダンスを交えながらの演奏だったらしい。

 正直俺には演奏にフラメンコを交える意味がわからないのだが、そういえばあの時TASさんが、なにか気になることを言っていたような……?

 

 

「それはなんですの!?」

「うわびっくりした。……ええと、『アレはそういうもの』、みたいなことだったと思うけど……」

「……ああなるほど、やり方が間違っていましたのね……」

「今度は項垂れ始めたぞ……」

「テンションが乱高下すぎる件」

 

 

 その言葉を、改めて彼女に伝えると。

 AUTOさんは突然、両膝を付いて地面に倒れ込んでしまったのだった。

 ……急にこちらに近付いて来たかと思えばこの反応、なんというか彼女も大概変な人だなー、と思うに不足ない奇行だと思います、はい。

 

 まぁ、そのことを口にしたら口にしたで、「貴方様には言われたくありませんけどー!!?」と叫ばれたわけなのだが。

 ……いや、周りからスッゴい見られてるから、やめた方が良いと思うよ、そういうの。

 

 



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正しい努力と重ね方

「で、結局間違ってたって、なにが間違ってたんだ?」

「……私の能力が、DJ AUTOに例えられるモノだというのはご存知ですわね?」

 

 

 テンションの乱高下の激しかったAUTOさんを連れ、近くの喫茶店に入った俺達。

 そこで一息入れた彼女は、先程の言葉でなにを悟ったのかを、俺達に向かってぽつぽつと話し始めたのだった。

 

 

「凄まじく端的に言ってしまいますと……処理落ち、ですわね」

「しょりおち」

「……今、そこまで俗な話にしなくとも、と思われましたわね?ああいえ否定なさらなくても結構です。実際自分でもどうかなー、とは思いましたが、子細に説明するとややこしくなるのが目に見えていましたので」

 

 

 などと言いながら、なにやら小難しいことをぶつぶつ呟く彼女。……辛うじて並列演譜だのなんだの言ってるのが聞こえたが、意味は不明である。

 ……ともかく、実際には色々起こった結果が彼女の「必ずミスする」状態、ということであり。

 それを簡潔に説明するのなら、一部分への処理が重なりすぎてエラーを起こした……という、機械の処理落ちに準えるのが一番わかりやすい、ということになるらしい。

 

 じゃあ、次に問題になってくるのは、なんで処理落ちが発生してしまうくらいに処理を重ねてしまったのか、ということになるのだけれど……。

 

 

「……どこまでできるのか、ってことの確認?」

「始まりは、そうですわね」

 

 

 自分に突然生えたこの能力が、一体どれくらいのことができるものなのか?……という、確認のために始めたのが切っ掛けだ、と彼女は気不味げに声をあげるのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 AUTO──自動と言うように、彼女のそれは努力や積み重ねと言うものを一切考慮しない、至って平均的で機械的な能力である。

 

 

「一応、私の基礎スペックが低ければ、例えお手本通りに動けたとしても、そのあと体を痛めたりすることはあるみたいですけど」

 

 

 ……とはAUTOさんの言。

 どうやら彼女がAUTOさんになった辺りで、その辺の失敗は一通り経験済みらしい。

 

 セオリー……お手本や定石があるようなスポーツやゲームをやると、例えそれが彼女の身体能力的に無理のある動きでも、それが最善である限りは必ずその動きを再現できる。

 実際には、それらを実際にやっている最中に、頭の中に最善の動きが浮かび上がり、次の瞬間体がその動きをトレースし始める、みたいな感じらしい。

 ただ、体がまだ出来ていないうちは、その動きに付いていくことで体がバキバキになることも茶飯事だった、とも言っていたが。

 ……モノによってはそのまま死んでたかもしれない、などと笑いながら言われても、こちらとしては話に乗り辛いわけなのだがどうしろと?

 

 

「は、ははは……そうやって笑い話にする、ってことは、今のアンタはそれを上手く乗りこなしてるってことだよな?」

「十全に、とは参りませんけどね。そもそもの話、だからこそ今回のミスに繋がるのですし」

「……ん?どゆこと?」

 

 

 空笑いするCHEATちゃんに対し、ため息を吐きながらAUTOさんが語ったところによると。

 

 この能力が目覚めたばかりの頃、彼女はそれを自動系の能力だとは思っておらず、『なんでもできる道を示す能力』だと思っていたのだそうだ。

 なんでもできるというわけではなく。あくまでもそこに至る道筋を教える能力。

 体が付いていかずに怪我をすることがある以上、言うほど万能でも全能でもないと気付いていた彼女は、次第に能力に見合う人間になろう、という風に志すようになっていく。

 

 

「幸い、言動などにも道を示してくれたものですから。その時の私は、これを『正道を歩ませようとする』ものだと思っていたのです」

「……ん、んんー。間違いでもないような、そうでもないような……」

 

 

 まぁ確かに、お手本を見せるモノなのだから、正道を教えてくれるモノだとも言えなくもないような、違うような……。

 どうにも納得しかねる言葉だが、一先ず脇に置いて。

 

 ともあれ、彼女が淑女として自身を磨き始めた、ということは事実。

 ──だからこそ、彼女はその概念に触れることとなる。

 

 

「守破離、という言葉をご存知ですか?」

「あー……武道とか華道とかで聞くやつ、だっけ?」

「そうです。──師の教えを守ることで基礎を覚え。師の教えを破ることで新たな可能性を見出だし。そして、師の教えから離れ、自身の新しい道を創造する。──そう、私は教えを破りたいと、そう思ったのです」

「……なるほど?」

 

 

 ある時、彼女は今まで能力を使ったあとにやってくるはずの痛みが、全くと言っていいほどなくなっていることに気が付いた。

 そう、彼女はその能力に見合う肉体を、手に入れることに成功していたのである。

 

 そうなってくると、問題となるのが『じゃあこれからどうするのか』ということ。……力に見合う体を作れたということは、現状最早鍛練の必要はなくなった、ということ。

 とはいえ、模範となることを誓って鍛えたこの体、今さら怠惰に沈めるも能わず。

 さてどうしたことか、と彼女が答えを探して歩く最中に出会ったのが、なにを隠そう『守破離』という考え方だったのである。

 

 

「これもまた、『そうすることを良しとする』もの。すなわち規範です。ならば、私が目指すモノも、次は『破ること』だと悟ったのです」

「……その結果が、あれ?」

「……言わないでくださいまし、今となっては黒歴史のようなものなのですから」

 

 

 ……まぁ、生真面目な人が自分の殻を破ろうとすると、変なことになるってのはある意味()()()、と言うべきか。

 ほんのり顔を赤くする彼女の姿に、俺とCHEATちゃんは顔を見合わせながら、小さく苦笑を浮かべることとなるのだった。

 

 



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間違った鍛練は誰かに指摘して貰いましょう

「なるほど。自分の能力がまさかAUTOだとは思ってなかったから、そこからさらに能力を発展させるための鍛練の一つだった、ってのはまぁ、わかったよ。……で?具体的にはあれ、どういう鍛練だったの?」

「ええと……元々は、少しやり方が違ったのですが……」

 

 

 聞くところによれば、彼女のあれは既にやり方が変わったモノなのだという。

 どういうことかと言えば、『体が付いていかないようなこと』こそ、今自分が挑むべきモノだと思っていた、というか。

 

 

「なるほど。今までもそうだったから、新しいことも同じように、ってこと」

「そうですわね。単純にやって『できないこと』がなくなった以上、次にやるべきなのは複雑にやって『できないこと』だと思いましたので」

 

 

 要するに、前提を増やそうとした、ということになるらしい。

 例えば、純粋にテニスをやっても最早負けることがなくなったため、敢えてアクロバティックな動きをすることを前提にし、新しく条件を増やした……みたいな。

 テニスの例で言うなら、『側転やバク転をしないとスマッシュを撃ってはいけない』、というような自分ルールを加えた、という感じ。

 

 無論、最初のうちは全然上手く行かないし相手からふざけているのかと怒られるし、散々だったらしいのだが……。

 

 

「それも始めて数日のこと。一週間も経てば、そういった無駄な行動を含めてもなお最善の行動ができるようになった、というわけなのです」

「えー……」

 

 

 その苦戦も短期間のこと、暫く経てばすっかりその行為にも慣れきってしまった、のだという。

 ……ここでの問題は、彼女がAUTOとしての能力を発展させたわけではなく、結局のところAUTOの能力の延長線上でしかなかった、ということになるのだろうか。

 

 

「っていうと?」

「そもそもの話、バク転や側転などの無駄な動作を交えている以上、『ルールに則った行動をすると(正道を歩ませる)』という点でずれているでしょう?」

「あー、場合によっては反則行為、みたいになりそうだね」

 

 

 CHEATちゃんの言う通り、こういったパフォーマンスはやり過ぎると反則になる、というスポーツも存在する。

 そこを考えると、当初彼女が思っていた『ルールに則った行動に補正が掛かる』というモノとは、どうにも乖離してしまっているように感じられる。

 ……それを彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と勘違いしていたわけで。

 

 

「この場合、正確に言うのなら恐らくは『パフォーマンスを含むテニス』の最適解ができるようになった、ということになるのでしょうね」

「そう、そういうこと。貴女のそれは、どこまでもお手本・最適解。だから、あれに関してはどうしようもなかった」

 

 

 認識を間違えていても、能力の方がわりと大概だったため、その認識を正す機会を奪っていた……みたいな感じか。

 それゆえ、彼女はその間違った努力を、今の今まで繰り返していた、というわけである。

 

 

「……あの太鼓の演奏に拘ったのは、長く練習しているにも関わらず、絶対に成功できないため。私はそれを、自身の中のルール付けが上手く行っていないから、だと思っていましたが……」

「正解は、貴女の意思に関係なく。単純に、ルールが増えすぎて処理落ちした」

「ですわよねぇ……」

 

 

 彼女の言葉に、はぁ、と肩を落とすAUTOさん。

 彼女のそれは、なにかしらの事象に対し、そのお手本となるようなものを再現するもの。

 

 その前提を知らなかった彼女は、『できないこと』こそやるべきことだと思っていたが……そうではない。

 そもそもの話、彼女には『できないこと』はない。前提が無茶苦茶なモノでなければ、どんなことでも『できる』人間である。

 今までできないことがあったのも、それは彼女の身体能力などが、それらの行為を完遂するのに見合っていなかったため。

 そして、今の彼女の能力は、おおよそできないことなどなにもないレベルにまで高められている。……じゃなければ、いつぞやかの『#♂∧∀∇』語が話せるようになる、みたいなことも起こり得ない。

 

 だから、今の彼女に、どうしてもできないことがあるとすれば──それは、前提条件を間違っているか、そもそも前提を加えすぎているか、そのどちらかしかないのである。

 

 

「……ええとつまり、太鼓の演奏にダンスを加えたら、一部の譜面で処理が過多になった……ってこと?」

「あの曲、連打が特に多いですからね。衆目を集めつつダンスを間違えず、などというのは欲張りに過ぎたというわけです」

「……見られてるのも条件だったんだ……」

 

 

 思わず唖然とするCHEATさんだが、実際このあと聴衆をゼロにして挑んだら普通に成功した、とのことで。

 恐らく、『アーケードなので見られるのも条件のうちだったのだろう』と話すAUTOさんの姿に、彼女は唖然を通り越してもうどうにでもなーれ、みたいな表情を浮かべていたのだった。

 

 

「……ところで、貴女はいつからここに?」

「昨日……もとい前話……もとい貴女達が喫茶店に入った時には。看板に偽りあり、って言われたらアレだし」

「わりと最初の方……」

 

 

 なお、聴衆が来ないように乱数調整してたのは、お察しの通りTASさんである。……向こうは五秒で片付けて来たってさ!怖っ!

 

 



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仲良くなるにはなにがいる?

「…………」<パラパラ

(……き、気付いてくれない……!)

 

 

 ……なにやってるんだろう、あの子達。

 買い物から帰って来た俺が目にしたのは、窓際で本を捲るTASさんと、その前でなにやら携帯ゲーム機を構えたまま固まっているCHEATちゃんの二人。

 他の面々はどうやらまだ来てないらしく、部屋の中には二人以外の人影はない。

 

 ……ってことは、CHEATちゃんが遊ぼうとゲーム機を引っ張り出したはいいものの、TASさんが本を読んでいるため邪魔をするのもなー、みたいな感じで固まってしまった、という感じだろうか?

 で、目の前でアピールして自分に気付かせようとするほど図々しくもない彼女は、TASさんが本を読むのを止めるのをじっ……と待っている、と。

 

 可哀想な話だが、TASさんが本を読んでいる場合、無理矢理本を没収しない限りは読みたいところを読み終わるまで絶対に本を手放さないので、彼女の行動は全くの無駄である。

 ……なにをやってるんだCHEAT!派手モードのお前はもっと図々しかったぞ!

 

 

「いやそんな図々しくないからね?……ってあ」

「……お帰りお兄さん。今日のおにぎりは?」

「シャケとイクラと高菜です」

「──パーフェクトだ」

「……あのー?私をスルーしないで欲しいなー?」

「ん、居たんだ貴女」

「居たよ!?ずっと目の前に居たよ!?スルーされてただけだよ?!」

「ん、嘘。知ってた」

──キェアーッ!ショウブジャキサマーッ!!

「ん。その前に腹拵え」

 

 

 まぁ、声をあげてもこんな感じなのですが。

 ……しゃーない、わりとこうするのが最適、って思ってる節があるし、TASさん。

 そんなことを空笑い混じりに考えながら、TASさんに高菜おにぎりを渡す俺である。

 

 

「ほい、シャケとイクラ、どっちがいい?」

「……あれ?」

「どうした?」

「……いや、てっきり一番高いのを選ぶのかと思ってたんだけど……」

 

 

 そのまま、流れでCHEATちゃんにおにぎりを選ばせたのだが……何故か彼女は首を傾げている。

 どうやら、TASさんが三つのおにぎりの中で一番安い高菜を選んだことに、ちょっとばかり違和感を覚えたらしい。

 いやまぁ、正確には選んだってよりは、端から彼女がそれを選択することを知っていて、俺が自然に渡した……というのが正解なわけだが。

 

 ともあれ、彼女のイメージからすると、この三つのおにぎりの内高菜を選ぶような人には見えない、と思っているらしいことは間違いなく。

 

 

「……特に意味はない。辛いのが好き、というだけの話」

「へー。……じゃあ今度激辛でも食べに……」

「それは勝負?それともただのお誘い?」

「えっ」

 

 

 なので、次にTASさんが述べた言葉に、CHEATちゃんは思わず地雷を踏みに行ってしまうのだった。

 ……うん、ピリ辛好きと激辛好きはわかりあえないよね……。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……怖かったんだけど」

「あーうん、野球と政治と食べ物の好みの話はしない方がいい、ってこれを機会に覚えとくといいよ」

「……?前二つはどこからでてきたわけ?」

「そういう教えみたいなもんがあんの」

「へー……」

 

 

 勝ち負けとか上下とか優劣とか、そういうものを内部に含む話題というのは荒れやすい、っていう教訓みたいなものだから、なんでそれ?って言われても説明なんてできんよ俺。

 

 ……まぁともかく。

 勝負だというのなら無理もするが、そうでないなら遠慮する……。

 さっきのTASさんの態度はつまりそういうことであり、ゆえにCHEATちゃんが地雷を踏んだ、ということになるのであった。

 

 

「えっと、つまりさっきの高菜は、本当に高菜が好き、ってだけのことだってこと……?」

「そういうこと。辛いのが好きじゃなくて高菜が好きなの。……ごまかしたのは、好みが渋いって言われたくなかったから、とかかなぶへっ!?」

「お兄さん余計なこと言い過ぎ。いいからさっさとこっち来る」

「へいへーい……」

(……自然に座椅子になった……!?)

 

 

 まぁ、その辺りのことを説明していたら、TASさんから座布団が飛んできたわけだが。

 

 へいへい、と雑に答えを返し、テレビの前へ。

 そのまま胡座をかいて座り、TASさんが定位置に付くのを見ていたのだが……いつまで経ってもCHEATちゃんがこっちに来ない。

 なにやってるんだろう、みたいな気分で首だけ振り返れば、彼女は驚愕したような表情のまま、静かに口を開くのだった。

 

 

「……そういえば、二人はいつから一緒に居るの?」

「いつから?……えーと、そうだなぁ」

 

 

 彼女の言葉に、思い起こすのはいつかのあの日。

 二人が出会って、一緒に暮らすようになった運命の日。

 それはそれはドラマチックで劇的でファンタスティックな一幕が繰り広げられたわけなのだけれど──、

 

 

「すまんな、既に回想キャンセルされてるんで、それはおまけモードからグラフィックビューアーを起動して、各人で確かめて見てくれ!」

「……いきなりなに言ってるのお兄さん。おまけモードの開き方から説明しないと失礼」

「一体なに言ってんだお前ら」

 

 

 うん、ご存知の通り一回キャンセルされているのでね、知りたかったら各々でおまけモードを確かめて見てほしい。

 ……というようなことを説明したところ、CHEATちゃんから返ってくる視線は『なに言ってんだこいつ』という、あからさまな侮蔑の視線なのであった。

 

 ……別に変なこと言ったつもりはないんだが、ねぇ?

 

 



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拡張現実って便利だけど

「グラフィックビューアーですの?でしたらここをこうしてこう……」

「なんでできんの!?」

「はっはっはっ。やり方覚えればできる辺り、なんというかまさにグリッチってやつなんだろうねぇ」

 

 

 数十分後。

 こちらを煙に巻くために適当なことを言ったんだ、と憤りはしないものの釈然としない表情を浮かべたまま、いつも通り大で乱闘するゲームで吹っ飛ばされていたCHEATちゃん。

 そこにやって来た他二人に目敏く気付いた彼女は、さっきの俺達の話を彼女達にも聞かせ──見事、自身一人だけが知らないことがあった、という事実に気が付いたのだった。

 

 まぁ、彼女が知らない理由は、さっきみたいに『グラフィックビューアー』が話題に上がった時に『なにそれ』って聞かなかったから、というだけの簡単な話なのだが。

 なお、これに関しては特になんのパワーも持っていない俺でも開けるので、どうにも汎用的な技術に当たるらしい。かがくのちからってすごーい。

 

 

「そう。遥か未来、ARが高度に発展した世界の常識を引っ張ってきた」

「思ったよりも結構無茶苦茶な話だった」

「ただ一つ、問題がある」

「んん?」

 

 

 聞けば、これはいつかの未来に人類が作り上げる、いわゆる拡張現実のシステムを引っ張ってきたもの、ということになるらしい。

 過去から未来にアクセスしている、ということになる辺り、まさにバグっぽさ満載だが……どうにもちょっとした問題があるようで。

 

 

「私は、色んなモノを()て引っ張ってくることができる。できるんだけど……」

「できるんだけど?」

「……現行の世界にとって異物であると、それを使用することによって()()()()()()()()()()()()()()()っていう不具合が……」

「ええと、つまりこのグラフィックビューアーを使いすぎると、これが当たり前の世界に近付くと?」

「それのなにが問題なのさ?」

 

 

 彼女が言うには、このグラフィックビューアー(機能的には空間投影できる画像ソフト、みたいな感じで見た目はともかく内容に特別さは感じられない)を使い続けると、これがあることが当たり前の世界に近付いていくのだという。

 ……大雑把に言ってしまえば、このグラフィックビューアーに使われている技術が前倒しで開発されるようになる、という感じだろうか?

 

 ただまぁ、それを聞いただけだとなにが問題なのかよくわからない。技術の発展が進んだからといって、不利益を被る理由があるのだろうか?

 

 

「大いにある。少人数が使っている内は所詮は蝶の羽ばたき、歴史の流れによって自然に修正される。不思議な現象、噂話、都市伝説。そういったオカルトとして処理され、それが出来た日というのはずれたりしない」

「……ふむ?」

「だけど、大人数が使い始めたら話は別。それはまやかしや幻ではなく、今そこにある現実となる。……端的に言うと、過去改変になる」

「なんか壮大な話になってきた!?」

 

 

 ところがどっこい、実は不利益になる要素が一つあるのだとか。

 それが、『開発された日の大幅すぎる前倒し』である。

 

 例えば、二・三人が特定の技術を使っていたとしても、それがいつからあるのか・そもそも完成したモノなのか、というのは実は未明領域なのである。

 その特定の人物達以外が使っていないのなら、それを世に証明するのは難しいがために。……誤用の方の悪魔の証明、というやつだ。

 

 ゆえに、例えば未来や平行世界から技術を取り寄せて、少数の人間が使っていたとしても。

 それは本筋に影響をもたらさない、一種のオカルトとして処理される。……彼らが権利などを主張しない限り、あくまでも作った人や作られた年代に変化はないのだ。

 

 どっこい、それが大人数だと話が変わってくる。

 見間違いや見当違いなどの逃げ道を塞いでしまうそれは、すなわち()()()()()()()()()()()()()()()()()という結果を呼び起こしてしまう。

 そうするとどうなるだろう。その技術を前提とした他の技術や、そこから更に発展していく技術。

 それからそれから、その技術を生むために消費された様々な素材や人材、その技術のためにこれから消費されていくモノ達。

 

 ──それら全てが、バレたその瞬間に一気にフィードバックされるのである。例えば開発に二十年掛かる技術なら、今から二十年前にはもう開発が始まっていた、というように。

 

 

「……つまり、いきなりエネルギー資源が枯渇したり、かと思えばいきなり新しいエネルギー資源が当たり前に存在していたり。……そういう、急速な辻褄合わせによって世界が狂う、ということですのね?」

「そういうこと」

「危なっ!!?たかだか画像ソフトごときで世界滅亡の危機とか危なっ!!?」

「……まぁ、そういう時は乱数が滅茶苦茶動くから、問題ないように調整するのも楽なんだけど」

「……こいつ野放しにしてちゃダメなんじゃ?」

 

 

 わりと気軽に影響を与えれる、と聞けば危険人物扱いもやむ無し。

 そんな感じで口の悪くなっているCHEATちゃんから、ジト目で見られていたTASさんはというと。

 

 

「……てへ」

 

 

 

 珍しく小さく笑みを見せながら、ちょっぴり気不味げに舌を出していたのだった。……CHEATちゃん?やっこさんキレてたよ()。

 

 



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まるで魔法使いのような

「まぁ、家の中で使う分には問題ないから。大丈夫大丈夫」

「ほんとかよ……」

 

 

 最近小説とかアニメとかでよく見る、腕を空中で振るだけで展開されるウィンドウを前に、本当に大丈夫なのかとTASさんを訝しげに見つめるCHEATちゃん。

 まぁ、さっきの話にはもっと恐ろしい続きがあるので、そっちに比べれば遥かに被害は低いのだが。

 

 

「……いやちょっと待った、なんか聞き捨てならない話が聞こえたんだけど?」

「私にも聞こえたなぁ。君、一体どういうことだい?」

 

 

 おおっと地獄耳。

 俺の呟きが聞こえたらしいCHEATちゃんとMODさんの二人が、なんとも言い難い笑みを浮かべながら、こちらに迫ってくるではありませんか。俺は悪くないよー、悪いのはTASさんの汎用性の高さだよー。

 

 

「……あー、なんとなくわかってしまいましたわ」

「なに、知っているのかAUTO!?」

「何故突然劇画調に?……ええと、以前CHEATさんと初めて出会った時、TASさんが意味不明の言語を話したことがあったでしょう?」

「え?えーと……」

「──『#♂∧∀∇』語。大体『Δ#%♭*』国の『#♂∧∀∇』地方辺りで使われている言葉」

「あ、ああ……そんなんだったそんなんだった。で、その……『なんとか』語?がどうしたの?」

 

 

 そんな中、こちらに詰め寄って来なかったAUTOさんは、別の問題とやらがどういうものなのか、朧気ながら理解した様子。

 何故か顔の変わったMODさん(やけに濃ゆい顔の男性だった)に問われ、思わず引きつつも彼女が口にしたのは……以前、CHEATちゃんがしりとり勝負をしてきた時に使った謎言語の名前。

 

 そんなんあったな、みたいな顔をするCHEATちゃんに対し、TASさんはそれがどこで使われている言葉なのか、これまた謎の言語で説明してくれたわけだけど……。

 

 

「気付きません?国名・地名共に聞き慣れぬ言葉、ですが彼女の様子を見るに、これらは()()()()ものであるとおぼしい、ということに」

「……え、適当なこと言ってたんじゃないの?」

「失礼な。言語の作成って結構面倒臭いんだから、適当なことなんてしない」

「人工言語ではない、と?」

「そう」

 

 

 この話の一番の問題点、それはその言語が架空のものではない、ということ。……いやまぁ、俺達にはそれがどこにあるのかも、そこにどうやって行くのかもわからないわけだし、実質的には存在しないようなもの、という風にも言えなくはないだろうけども。

 

 

()()()()()()()、というのは本当。これと、さっきの話を組み合わせれば、問題点がなんなのかはすぐにわかる」

「……あー、なるほど。どこにあるのかもわからない、本当に実在しているのかもわからない、そんな国の言葉。それを使い続けることで、この世界にその国が現れてしまう……そんな感じの話というわけだね?」

「またまたぁ。そんなこと、TASが幾ら無茶苦茶でもできるわけ……「そういうこと」できるの!?」

 

 

 CHEATちゃんは反応担当なんだろうか()。

 ともかく、MODさんの言うことは正しい。

 この謎の言語を公共語として使っている国、それは()()この世界に存在しない。

 けれど、この言葉を使い続ければ──これが大多数に通じる言葉として成立すれば、この地球上にかの『Δ#%♭*』国が顕現するのである。……唐突に国が増える、という時点で大概だが、話はそこだけに留まらない。

 

 

「その国、実は魔法が実在している」

「は?」

「だから、もしその国がこっちに来たら、この世界の人も魔法を使えるようになる……かもしれない」

「疑問系なのは?」

「流石に影響が大きすぎるから、その未来は視てないし引き寄せようとも思ってない。……逆に言えば、あとのことを考えなければ、魔法技術をこの世界に導入することもできなくはない」

「私達の存在よりよっぽど問題じゃんそれ!?」

「安心して。今のところそんな予定はない」

「……まぁ、精々私と貴女が使えるだけですものね、『#♂∧∀∇』語」

 

 

 まぁ、この言葉を上手く使えば魔法が使える、となればみんなが挙って覚えようとして、結果として件の国を引っ張ってくる、という事態にも繋がりかねないわけだが。

 ……その場合はMAGICちゃんでも増えるんだろうか?それとも、コンピューター用語じゃないから判定外?

 

 

「言ってる場合かよ!?っていうかこいつ本当に危険人物だな!?」

「なにを言ってるの?これは貴女も気を付けなければいけない話」

「……ひょ?」

「む、ということは私も、ということか」

「貴女は直接向こうの人になる、とかでもしなければ大丈夫のはず」

「となると、私も色々と気を付けなければいけませんわね……」

「」

 

 

 なお。

 さっきからCHEATちゃんが色々と文句を言っているが、予め未来を視て回避することができるTASさんに対し。

 ()()()()()()()()、偶々彼女のチートコードがどこかの法則に引っ掛かった、なんてことになれば……さっきまで述べていた問題全部引き起こせる可能性があるうえに、彼女はデフォルトでは未来視などできないので回避するのも難しい……というような話を聞かされ、思わず真っ白になる彼女の姿が見られたのであった。

 

 ……うん、強大な力には重い責任が伴う、ってことやからね、仕方ないね。

 

 



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CHEATや!こんなんCHEATERや!

「」

「……すっかり固まってしまいましたわね」

「まぁ、唐突に自分が核ミサイルのスイッチ持たされてた、みたいな話を聞かされればねぇ」

 

 

 さっきまでの話を聞いて、すっかりフリーズしてしまったCHEATちゃん。

 完全に行動を停止してしまっているが、それだけさっきまでの話が衝撃的だった、ということなのだろう。

 

 いやまぁ、さっきの偶々云々は、それこそ猿が無秩序にピアノを弾いて有名曲になる……くらいの低確率でしか引けない可能性らしいので、そこまで気にする必要性のあるモノでもないとのことだが。

 

 

「でも、他所の世界にアクセスできるようになるのは色々便利」<ニュッ

「軽率に二人に増えるの止めない?」

「というか、それって本当に増えてましたのね……残像とかではなく……」

「そっちもできる。やれることは多い方がいい」<シュババババ

「無駄に多芸だね君……」

 

 

 なお、TASさんに関してはいつも通りである()

 ……いや、軽率に増えたりしてるんじゃないよ!君が簡単に増えたら、そっちの方が世界の危機だよ!

 

 

「……?以前にも多数決を押し返した時には増えてたけど」

「あれは見た目別の人達だったじゃん!TASだって言ってもTASらしいこと全然してなかったじゃん!」

「……言われてみれば。じゃあ、四人同時TASの記録とか更新すればいい?」

「そもそもの話、四人でRTAするだけでわりと意味不明な記録を叩き出せるんじゃないかな……」

「なるほど。じゃあそっちも予定に入れておく」

「入れておくんだ……」

 

 

 後日、配管工なレースゲームでショートカット有りの最短記録×四、みたいなことをしてTASさんが話題をかっ浚うのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「私はCHEATを捨てるべきなのかもしれない……」

「それを捨てるだなんてとんでもない」

 

 

 別の日。

 TASさんが出掛けたのを見計らって話し掛けてきたCHEATちゃんはというと、自身のアイデンティティを投げ捨てるかのような相談を、これまた唐突に俺に対して持ち掛けて来るのだった。

 ……いやまぁ、多分以前のTASさんの話を真に受けて、思い詰めた結果だろうとは思うのだが。

 

 

「真に受けたって……あれ冗談だったの!?」

「いんや、ホントの話。あのあとTASさんが変な言葉を夜空に投げ掛けたら、『じゃあ侵略止めるわ』って信号が宇宙から返ってきたし」

「なんかサラッと地球の平和を守ってる!?」

 

 

 余裕があるならちゃんと墜落させたかった、というのはその時のTASさんの言だが……多分あれは冗談ではなく本気だった。

 なので、シューティングゲームじゃないんだぞ……というツッコミを呑み込んだ俺は、誉められて然るべきだと思う。

 TASさんってわりと短気だから、そんなこと言ったらムキになって墜落させに掛かってただろうし。

 

 ……なお、後日滅茶苦茶モブ顔の見覚えのない人に、『あの時はどうも』って感謝をされてしまったため、この選択に間違いはなかったと間接的に示されたりもしたけど俺は元気です()

 精神的ダメージ多すぎて、命が幾つあっても足りそうにねぇ!

 

 

「ほらぁ!?そういうのいっぱいあるんじゃん!どう考えても居るだけで被害倍増じゃん!!やっぱり捨てた方がいいってこんな力!!!」

「でも、TASさん曰く『別に私が居なくても、多分そのうちやって来ただろう脅威』らしいから、そういうのに対処するにはいいんでないの?」

「そ、それは……」

 

 

 確かに、CHEATちゃんの言う通り過ぎた力が余計な事態を引き寄せている、という可能性は否定できない。

 だがもし、仮にその力を捨てたとしても。結局その脅威がやって来るモノであるのなら、今それを捨てるのは対処法を一つ潰すことにも等しい、ということになるわけで。

 

 ……その辺り、能力持ちの悲哀が見えるなぁ、というか。

 いやまぁ、TASさんは端から見たら、かなり好き勝手にしてるようにしか見えんけども。

 ともあれ、その好き勝手で守られている世界がある、というのも事実。……半ばマッチポンプにしか見えずとも、ここで能力を捨てるのは悪手である、ということは変わるまい。

 

 

「いやでも……」

「まぁ別に?CHEATちゃんが自信がない、ってんならそれでもいいんじゃない?」

「……は?」

「自分の力で世界を護れるって自負より、自分のせいで世界が滅ぶかもって恐怖の方が強いんなら、別に捨てたって誰もなにも言わないと思うよ?別に君に世界の命運を託したつもりもないだろうし」

「…………」

 

 

 いやまぁ、なんで世界が云々の話になってるんだ、というのが正直なところなのだが。

 この物語はあくまでもコンピューター用語に纏わる女の子達が、キャッキャウフフ(死語)する緩ーい話のはずなわけだし。……え、誰目線でって?誰目線だろうね……。

 

 ともかく。

 裏ではなにかえげつないことが起きているかもしれなくても、少なくともこの部屋の中ではみんなでゲームして遊ぶ、くらいが関の山。

 ゆえに、世界の命運なんて投げ捨てても、別に誰も文句は言うまい。……無論、()()()()()()()()()、だが。

 

 

「……上等だぁ、これからコードを打ちまくって、アイツにも負けないCHEATERになってやるぜぇーーっ!!!!」

「おお、その意気その意気」

 

 

 自分が許せるのか、という煽りはよく効いたのか、こちらに捨て台詞めいたモノを投げ付けながら、部屋を飛び出して行くCHEATちゃん。……どこに行くつもりなのかはわからないが、まぁあの様子なら大丈夫だろう。

 

 

「……煽った?」

「うん、煽った煽った。乱数を回してくれる相手は多い方が良いでしょ?」

「……お兄さんも大概悪い人」

「いやまぁ、ああでも言わんといつまでもジメジメしてただろうからねぇ」

 

 

 変に悩むより、時には突っ切った方がいいこともあるだろう。

 特に、あの子みたいに()()とは切っても切り離せないような人は。

 

 ……なんてことを嘯きながら、今日は彼女の好きなモノでも作ってやろうかな、なんてことを思う俺なのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

 で、これはオチになるのだが。

 

 

「……そういえば、どうやったら能力って捨てられんの?」

「セレクトボタン」

「いや、今やってるゲームの話じゃないんだわ」

 

 

 そもそもの話、能力って捨てられるモノなのか?……ということを、伝説の星の戦士のゲームをやりながら疑問に思ったCHEATちゃんが、TASさんから暗に『そんなもの、うちにはないよ』されたことにより、私の悩みってバカみたいじゃん、とキレることになった……ということを記しておく。

 捨てられないんなら、上手く付き合わなきゃね、みたいなやつである。

 

 



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慌てさせられたサンタクロース

「夏といえばサンタ」

「それは南半球での話じゃね?」

 

 

 いやまぁ、あくまで北と南では季節が反転する、という話なだけで、サンタがやってくるのは十二月、という原則は変わらないわけなのだが。

 なので、八月も半ば・蝉もよく鳴くこの炎天下、あんなくそ暑い格好の赤い人が目の前に現れる可能性というのは、少なくとも日本に居る間は全くないはずなのである。……はずだったのだが……。

 

 

「なんということでしょう。季節も時間も外しに外したサンタさんが、迷い込んでしまった一般家庭で困惑しきっているではありませんか」

「な、なんですか?ここはどこ?!」

「一応謝っておく。……弄る乱数間違えた」

「ねぇ?それ本当に間違い??実は『面白そう』みたいなゆるーい理由でわざとやってない???」

「…………」

「おいこら目を逸らすなぁ!!」

 

 

 はい。……はいで済んだら警察は要らないんだわ(豹変)。

 

 ともかく、この事態を引き起こしたのはTASさんである、ということは半ば確定。

 ……いやまぁ、九割犯人だとは思うのだが、もしかしたらCHEATちゃん辺りが練習中に変なコードを作ってしまった、みたいな可能性も一切ないわけでもないので、一応逃げ道を作っておく……みたいな感じである。多分使われない道だが。

 

 と、言うわけで。

 俺達はこの迷いサンタをどうにかせねばならない、ということになるのだけれど。

 

 

「……え、えーと、ハーイ!言葉は通じてる?」

「凄く……ダイナマイトです」

「はい?」

「とりあえず首を刈るけどいい?」

「刈ってから言う言葉じゃなウボァーッ!?」

 

 

 ……うん、これはソシャゲ系のサンタだな!

 と一目で確信できるくらい、色々とアレなサンタがそこに居たのであった。具体的にはミニスカサンタ。

 

 まぁ、そもそもサンタって一種の職業だし、女の子のサンタが居ても別に問題はないわけなんだけど。

 ちょっと前の俺の発言を思い出して貰えればわかると思うが、サンタって冬の風物詩なんだわ。寒いところに出てくるもんなんだわ。

 少なくとも、ミニスカなんぞ履いて務まるようなモノではないんだわ。

 

 

「そういう時は気合いガードか特殊能力のどっちかだよ、お兄さん」

「お洒落のためなら例え火の中水の中、ってやつ?……いや、そもそもサンタの本拠地ってグリーンランドぞ?夏でも気温が十度を越えないようなところぞ?気合いで耐えるにゃちと無理があるわ」

 

 

 TASさんの言葉に思わずナイナイ、と手を振る俺。

 簡単に言えば、スキー場で半袖とかスカートとか着ることができるか、みたいな話。

 いやまぁ、根性で着る人も中にはいるかもしれないが、それは恐らく着飾ることに命を賭けているような人々だけのこと。

 普通の人は、恐らくファッションはファッションでも『雪山で映えるファッション』とか、そういう方向に軌道修正を図るはずである。

 

 で、目の前の相手はサンタクロース。

 雑に言ってしまえば『制服がある』タイプの職業の人である。

 そこにファッションを持ち込むのは、正直な話就業態度に問題がある、という風に解釈されてもおかしくないわけで。

 

 

「つまり、彼女のこの姿は誰かに強要されたものだったんだよ!」

「理論が飛躍しすぎててウケる」

 

 

 TASさん提案の理由で言うのなら、後者の方。

 なにかしら特殊なパゥワーによって、ミニスカ履いてても特に問題なく動けるようになっている。

 そしてその理由は、恐らく誰かに望まれたからだ……的なことを述べれば、彼女は全く笑ってない顔でウケる、などと口走っていたのだった。……ええと、これはどっちだ……?

 

 

 

・∀・

 

 

 

「で、話を戻すのだけど」

 

 

 なにやってんだろうこの人達、みたいなサンタからの眼差しを受けつつ、一つ咳払いをする俺。

 ……さっきのTASさんはわりとマジでウケてたらしく、ちょっと今使い物にならなくなっているので放置しているが……いや、こちらに背を向けた状態でも、肩が震えているのがわかるってどんだけウケてるんです……?

 

 そんなに変な推論だったかなぁ?と首を傾げつつ、いい加減現実逃避しても仕方ない、とサンタに向き合い声を掛けた、というのがさっきまでの流れなわけだけど……いや、マジでどうしようかこれ?

 

 

「多分無とかアドレス偽装とかで、変なところのオブジェクトを引き寄せちゃったってことなんだろうけど……TASさん、送り返しとかできる?」

「できなくもないかもしれないけれど、こっちに確かめる手段がないから成功したかどうかは不明」

「だよなぁ」

 

 

 先ほども言った通り、恐らくはTASさんのミスによって引き起こされたと思われる、突然のサンタ出現。

 とはいえ、ここにはこちらが知るだけで変なことできる人が他に三人、まだ見ぬ能力者のことも考慮すれば、この事態が単純なTASさんのミスによるもの、と断言するにはちと無理がある。

 

 何故かと言えば、移動距離が遠すぎるのだ。

 恐らく、今回の事態を引き起こした主要因は『取り寄せ』とか『口寄せ』とか呼ばれるもの。これは、ステージ内にある物品を取り寄せる、といったような技である。

 

 ……この場合のステージとは、特に拡張されていなければ一つの市町村とか、そのくらいのモノであり。

 仮に広げたとしても、中継点などを用いなければ国一つが精々、ということになる……と、TASさんが言っていた。

 つまり、日本とグリーンランドだと、距離が遠すぎるのである。なので、単純な口寄せでこのサンタを呼び寄せるのは無理がある、ということになるのだ。

 

 まぁ無論、色々と裏技はあるらしく、やろうと思えば単独でできなくもない……みたいなことも彼女は言っていたわけだが。……今回に関しては『そのつもりはなかった』とも言っていたわけで。

 

 なので、単純にやったことを逆にしてみれば戻せる、とは言えないのだ。……まぁ、TASさんの言う通り、手元に引き寄せるのはまだしも、こちらの観測外に送るのは少々無謀が過ぎる、ということにもなるのだが。

 

 だって、例え相手が※データのうみのなかにいる※状態になったとしても、()()()()()()()()()()()()()()()という事実しかこちらは観測できないのだから。

 

 

「……出してください!ここから出して!!」

「はっはっはっ。大丈夫、TASさんの対処法だよ?」

「そこはかとなく不安を煽る言い方やめて!?」

 

 

 なお、そんなことを目の前で言われたせいか、目に見えてサンタさんが慌て始めたけど問題はありません。多分。

 

 



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贈り物はよく考えて

「……へやのなかにちじょがいる、なんてメッセージが脳裏を過ったけど。なるほど、サンタクロースねぇ」

「お願いですから出してください……自分で、自分で帰れますから……」

「ダメ。まだ貴女の世界の座標が掴めていない。そこでジッとしてて」

 

 

 今日の特別ゲストを紹介するぜ!サンタだ!以上!

 

 ……的なメールを一斉送信したところ、ぞろぞろとやって来たいつもの面々達。

 扉が開く度にサンタさんが逃げようとするのだが、目の前でディフェンスし続けるTASさんを躱しきれずに立ち往生する……という状況を繰り返しており、なんというかちょっと笑えてくる次第である。

 いやまぁ、向こうからするとまったく笑えない状況だろうが。

 

 

「なんなんですかぁ!っていうかなんでそんなに頑なに私を外に出したがらないんですかぁ!!」

「そりゃ、ねぇ?さっきのTASさんの話を聞いてりゃわかる話と言うか」

「はい?……というか、さっきから気になってたんですけど、その……たす?ってなんですか?まさかこの子の名前?」

「そうじゃないけど、そう」

「?????」

 

 

 とはいえ、それも理由あってのこと。

 さっきのTASさんの発言をキチンと聞いていれば、なにが問題なのかというのはすぐに理解できるはずなのである。

 ……まぁ、当のサンタさんはというと、TASさんの名前の方に気を取られていたわけなのだが。

 

 確かに、人の名前としては『タス』という響きは不適切感が強い、というのは確かだろう。

 海外ならいざ知らず、純日本人の容姿を持った彼女に与えられる名前としては、些か以上に不可思議……というサンタさんの主張は、決して間違ったモノではないはずだ。

 

 とはいえ、これはあくまでも役職名に近いもの。

 警察のことをお巡りさんとか、医師のことをお医者さんと呼ぶのと似たようなモノなので、名前としておかしくてもなんの問題もないわけで。……っていうか、そこを突っつくのなら自動的に名前不明な目の前のサンタさんにも問題が跳ね返ってくる、というか。

 

 

「え?……あ、あれ?私自己紹介したはずなんですけど……」

「はい?……いや、こっちは貴女の名前なんて知りませんけど……?」

 

 

 なんてことを言っていたら、彼女から気になる一言が。

 彼女の認識上では、どうやら自己紹介は済ませたあと、ということになっているらしい。

 無論、こっちにはそんな記憶は一切全くこれっぽっちもないわけで、なんというか主張の噛み合わなさを匂わせている、というか。

 

 ──こういう時、疑うべき相手というのは決まっている。

 さっきからぶつぶつと何事かを呟いている、横の少女。……無論、TASさんのことなわけだが。

 彼女以外の面々がサンタさんとは初対面、ということもあり、恐らくっていうか間違いなく、TASさんがサンタさんの自己紹介イベントをなにかしらの方法で消し飛ばした……というのがこの現象の原因なのだろう。

 

 

「流石はお兄さん。でも八十点、それだけだと私が何故こんなことをしたのか、って部分が解明できてない」

「なるほど?そこに関しては全く情報がないんで、できればヒントか答えを教えて貰いたいんだけど?」

「ヒントならもう出てる」

「……なんと?」

 

 

 で、TASさん本人はあっさり犯行を認めたのだが。……どうにもそれには理由がある、とのことで。

 人の自己紹介を時間ごとスキップする理由、というものに思い至らず首を傾げる俺に対し、彼女はヒントは既に出ている、というおかしなことを言い始めるのだった。

 ……ヒントは出てるもなにも、そもそもこの質問自体が今始めてやったものなんだが?

 

 とはいえ、こういう時TASさんが適当なことを言う相手ではない、というのも間違いなく。

 ふぅむ、と暫し考え込み。ダメだわからんと思考を放棄することおよそ二分、その間に答えに思い至ったらしいAUTOさんが、静かに声をあげるのだった。

 

 

「……ええと、もしかして。……名前が殊更にダメ、ということであっていますか?」

()()()()()?」

「正解。流石はAUTO。ぱちぱちぱち」

「!?」

「え、ええと、ありがとうございます……?」

 

 

 彼女の出した答えは、名前を出すのがダメ、というなんとも奇っ怪なもの。

 そんなどこぞの魔王とかじゃないんだから、みたいなことを思った俺だが、なんとTASさんの反応からするとそれが正解、ということになるらしい。

 

 ……ええとつまり、実は目の前のサンタさんはサンタさんじゃなく、例えば存在を知ると発狂する可能性のある、にゅるにゅるした名状し難い不定形の神性……が人の姿になったものだったり……?

 

 

「失礼すぎませんか?!私は正真正銘、歴としたサンタクロースですぅ!!」

「あ、これは失礼。アイス食べます?」

「いりません!!」

 

 

 おっと、怒らせてしまった。

 身近に居ないタイプの人だから、なんというかちょっと面白くてやりすぎちゃったんだぜ☆

 

 ……TASさんからの絶対零度の視線を受けつつ、空気を一新するように咳払いをする俺なのであった。

 

 



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言霊って意外とバカにできない

「で?結局名前を言ってはいけない、というのはどういうことなんだい?」

 

 

 というMODさんの言葉に、周囲の視線が自然とTASさんの方に集まる。

 AUTOさんの話から想像するに、どうやらサンタさんの名前を聞いてしまうのが宜しくない、ということになるらしいのだが……。

 名前を聞くとアウト、という状況に噛み合うモノで思い付くのが、例の名状し難き神性しかなかった俺としては、正直なーんにもわからんとしか言い様がなかったり。

 

 

「ものは違うけど……考え方は正解」

「……んん?どういうこってで?」

()()()()()()がこの世界に悪影響。出てきただけで世界が歪む」

「思った以上にスケールがデカい!?」

 

 

 どっこい、彼女から返ってきた答えは、思った以上に大事の気配を漂わせていたのであった。

 思わず、サンタさんの方に視線を向けてしまうが、彼女は「違います違いますぅっ!!私普通のサンタですぅっ!!」と必死になって首を横に振るばかり。……言いたいことはわかるが、普通のサンタってなんだよ?

 

 ……ともかく。

 TASさんの話を信用するなら、このサンタさんの名前は()()()()()()()厄の塊、ということになるらしい。

 

 

「……それって本当にサンタ(聖人)なんですの?」

「本当ですよぉっ!っていうかなんですか、名前がダメって!だって私の名前h─────あーっ!!今のは私にもわかりました!飛ばしましたね!?原理はわかりませんけど飛ばしましたねーっ!!?」

「私を前後に揺すっても、貴女の番は出てこない」

「なんなんですかもぉーっ!!」

 

 

 まぁ、厄物扱いされた本人は、さっきからこんな感じでモーモーしか言えてないわけだが。……牛かな?

 

 だがまぁ、おかげで俺もなんとなく事情が掴めて来た気がする。

 TASさんは徹頭徹尾、彼女の名前がダメだと言い続けている。そして、それがダメな理由は、どこぞの名状し難い神々のそれと、近しいモノでもあるとも。

 彼らの名前は人の声帯では発音できないもの、だとされている。──即ち、人の()()の外にあるもの、ということ。

 これに、先程のTASさんの発言──『貴女の世界の座標が掴めていない』と、先日の彼女が示した事実──『#♂∧∀∇語は異世界の言葉』というものを組み合わせると……。

 

 

「この人、他所の世界の人なんだな?」

「そういうこと。……そもそも、こっちの世界に不思議パワーを持ったサンタは居ない」

「……それ、君が言う?」

 

 

 今、目の前に居るサンタがこの世界の住民ではない、ということにたどり着くのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「え、ここ他所の世界だったんですか?」

「そう。それと実は、貴女の発言にはフィルタを掛けさせて貰っている」

「え゛っ」

「名前がダメなら言葉もダメなはず、というところが引っ掛かっていましたが……なるほど、そういうことでしたのね」

 

 

 明かされた真実に、思わずといった風にキョトンとした顔を見せるサンタさん。……まぁ、直ぐ様TASさんの言葉に固まることとなるのだが。

 とはいえ、名前がダメなら話す言葉ってダメだろう、というAUTOさんの発言に確かに、と頷いていた辺り、わりと図太いなぁと思わされることにもなったのだけど。

 

 

「……言語をフィルタできるのなら、名前にもフィルタを掛けて上げれば良かったんじゃないのかい?」

「あっ、そそそそそうですそうです!そんなことができるのなら、そっちもやってくれたらよかったじゃないですかぁ!!」

「それは無理」

「なんでぇ!!?」

 

 

 そんな中、TASさんの言葉を聞いてから考え込んでいた、MODさんからの疑問の声があがる。

 ……それに同調してそうだそうだ、と声をあげるサンタさんからは、隠しきれないポンコツの空気が滲み出ていたが……バッサリ切り捨てられ「なんで!?」と叫ぶ彼女には、一つの威厳も残っていないのだった。

 

 

「そこのお兄さんは後でお話がありますからね……」

「おお、こわいこわい」

「絶対怖がってないじゃないですかぁ!!……って、そんなことはどうでもよくって!!なんで名前はダメなんですか?!それだと私、いつまで経っても名無しのサンタなんですけど!?なんですか名無しのサンタって、カッコ付けですか良いカッコしいなんですかぁ!!?」

「なんでもなにも、名前は翻訳できない」

「はぁ!?」

 

 

 前後に揺さぶられながら、TASさんが答えたところによると。

 彼女の掛けたフィルタというのは、一種の翻訳機能に当たるらしく。固有名詞や動詞・形容詞など、あらゆる単語や文章を正確に日本語に翻訳してくれる優れものらしい。

 

 

「しかも双方向。お互いの言語がお互いの言語として変換されて聞こえる」

「それはまた高性能な……つまり、あちらには私達の声が、日本語ではなく向こうの言葉で聞こえている……ということですわよね?」

「そう。……正確には、心語に変えてるんだけど」

「心語?」

「意味だけ抜き出した言葉。音節を伴わない、意味だけで構築された言葉」

 

 

 で、その原理というのが、各言語を心語と呼ばれるモノに変換する、ということになるらしいのだが……話が長くなるので割愛。

 遥か昔に使われていたものを発掘した、ということだけ覚えておけば、頭の良い人にはわかるだろうとのこと。

 

 

「でも、名前は別。名前は翻訳できない。そのまま出力するしかない」

「なるほど。確かに、どの言語も名前はそのまま言うのが普通だね」

 

 

 例えば『茜』という名前があったとして、それを英語で言う時に『ルビア(Rubia) ティンクトラム(tinctorum)』や『マダー(madder)』などという風に訳すのか、という話。

 名前というのはなにかしらの意味を伴って与えられるモノだが、その意味を翻訳する、なんてことは普通しないはずだ。

 

 つまり、このサンタさんの名前に関しては、そのまま出力せざるをえず。

 故に、彼女の名前は音節を伴ったまま、そちらの言語として出力されてしまうということに繋がり。

 それを防ぐため、彼女の名乗りは悉くスキップされる……という状況に陥っているのだった。

 

 

「……じゃあ私、いつまで経っても名無しのサンタじゃないですかぁ!!?」

「そう。貴女はサンタ、おめでとう」

「なにもおめでたくないんですけどぉ!?」

 

 

 なお、本人はそこまで聞いてもなお、納得できないと駄々を捏ねているのであった。……いや子供か。

 

 



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聖夜の日までさよならを

「どうして私がこんな目に……ただ日課のサンタ修行を続けていただけなのに……っ!」

「サンタ修行isなに」

 

 

 さめざめと泣いているサンタさんに、無慈悲に突き刺さるツッコミ。

 サンタ修行はサンタ修行ですよぅ、とかすかな声で返すサンタさんは、すっかり意気消沈してしまっている。

 

 ……さもありなん。彼女はサンタではあるが、決してサンタでしかない、というわけではない。

 サンタ以外の自分を示すモノとしての名前、それを出すことを封じられた彼女の哀しみ、わからぬ者などそうはいまい。

 

 

「……いえ、そもそも私達も本名では呼ばれていませんし……」

「ここにいる限り、私達にそういう感傷はないかな……」

「おおっとすまんなサンタさん、俺達ってこういう奴らだったわ」

「なんなんですかぁ!!?慰めるのか煽るのかどっちかにしてくださいぃっ!!!」

「残念だったなサンタさん、心の傷は深いぞ、ガッカリしろ」

「どっちかにしろって言われて、煽る方を選ぶ人始めて見ましたぁ!!」

 

 

 まぁ、俺達がそれを理解できるか?と言われると、首を横に振るしかないんだけどね、実は。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……来て早々、事態の収拾のために走らされた私の今の気持ちを答えよ 」

「わかった」<サッ

お前(TAS)は解答禁止だバカ!!」

「えー」

「えーじゃねぇ、だったら目の前にスイッチ二つ置くのやめろや!」

「むぅ、単に番組破壊しようとしただけなのに……」

「そのまま色々破壊すんだろうがテメェ!!?」

 

 

 一人だけ出遅れてやってきたCHEATちゃんが、ムキになってこちらを追い回していた痴女……もといサンタさんを落ち着かせて暫し。

 強くなったなぁ、なんて感想を覚えていた俺は、でもやっぱりTASさんには勝てないままなんだなぁ、としみじみ頷いていたのだった。

 

 

「……お兄さんの知り合いには、変な人しかいないんですか?」

「おっ、(君も含めて)そうだな!」

「……そこで肯定されるのもアレですし、奇妙な間もアレですぅ……」

 

 

 なお、サンタさんの止め方は完全な物理。

 どこからともなく取り出した投げ縄で、暴れ牛のように突撃を繰り返していたサンタさんを捕らえ、そのままぐるぐる巻きにした次第である。

 ……なので、今現在我が家には簀巻きにされたサンタが転がっている、というなんとも珍妙な事態になっているのであった。

 押し掛け強盗かなにか?

 

 

「残念でしたー、今の時期のサンタ袋にはなんにも入ってませんー!」

「あっ、バカっ!そんなこと言ったら……!」

「はい?」

「今で無ければいい」<ニュッ

「うわ出た」

 

 

 なお、当の縛られているサンタさんはわりと余裕があるのか、こちらの言葉に揶揄を返してくる始末。

 ……なのだが、発言が実に迂闊である。案の定、こっちの話を聞き付けたTASさんがどこからともなく生えてくるし。……あ、いや違ぇわ、これCHEATちゃんのスカートの中に頭を突っ込んだTASさんが、それをワープゲート扱いして畳から生えてきてるだけだわ。

 

 

ハギャーッ!!?ナニシテンダテメェー!!?

「女の子のスカートの中は神秘の塊という。黒塗り的な意味で」<キリッ

「そりゃ対象年齢対策(CE○O的な意味で)だろうが!?」

 

「えっ、なになになんなんですか?!なんで向こうに居るはずの彼女の声が、私の後ろから聞こえてくるんですかぁ!?」

「知らなかったのか、TASさんにとって他人の背後とか、遮蔽物かテレポート先の座標みたいなもんなんだぜ?」

「私TASさん、今貴女の後ろに居るの」

「私よりよっぽどホラーじゃないですかぁ!!」

 

 

 ……ホラー?

 あっ、さっきの名状し難き云々、結構気にしてたのね……。

 

 閑話休題。

 ともかく、TASさんがサンタさんの袋、というものに興味津々なのは間違いなく。

 早く出せとにかく出せ今すぐ出せ、とサンタさんの耳元で囁き続けるその様は、ある種のホラーなのであった。

 

 

「ひぎゃーっ!!出します!出しますから耳元で囁くの止めてくださいっ!!こそばゆいを通り越して洗脳されそうですぅ!!」

「──TASASMR。相手はスパチャしたくなる(死ぬ)

「喧嘩売ってんのかテメェ……!」

「まぁまぁCHEATさん、抑えて抑えて」

 

 

 なお、CHEATちゃんからは大層不評であった。

 まぁうん、相手の耳元で囁いて、その人の大事なモノ(おちんぎんとか)を差し出させるその所業、確かにASMRと評してもおかしく……ない、かなぁ?

 わざわざそっちに称したのは、恐らくCHEATちゃんをからかうためだとは思うのだが。

 

 ともあれ、差し出されたサンタの袋。

 さっきの彼女の申告通り、それはあくまでもただの袋であり、中身はなんにも入っていない。

 

 

「これをこうして……こうじゃ」

「えっちょっま、あーっ!!?」

「おお、消えた」

 

 

 それを確認した彼女は、体を起こしていたサンタさんにその白い袋を被せると、なにやら謎の儀式を起こしたのち、その姿を虚空に消し去ってしまうのであった。

 ……ええと、当初の予定通り、取り寄せの逆をした……ってことでいいのだろうか?

 

 

「そう。一応、私だけだと送り返せないから、CHEATの力を借りた」

「えっ、はっ、いやいつの間に?!」

「──今のこの状態。私の腰装備のスロットにCHEATを無理矢理突っ込んだ状態。装備品のスキルは私も使える」

「……勝手に人を装備品扱いしてんじゃねぇよ……」

 

 

 がくり、と項垂れるCHEATちゃん。

 結局全部TASさんの掌の上だった、と聞かされれば、さしもの彼女もガチ凹みするくらいしか対処を取れない、ということなのだった。

 

 ……ところで、この残ったサンタ袋、どうすんの?

 

 

「あ」

「あってお前さん……」

 

 



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歴史とは織物のようなもの

「……今のところ、あのサンタさんがまたやってくる、なんてことはないみたいだな」

「極力座標とかは確認しないように送り返したから、正直彼女がここにやってくるかは微妙」

 

 

 例のサンタ騒動から早一週間。

 件のサンタの袋は、相も変わらず我が家に鎮座している。

 

 一応、例の送り返しは『向こうの世界のアイテム』である『サンタ袋』を介し、『このアイテムの元々あった世界に中身を送り付ける』……という、パラメーターが明確に定まっている部分を利用しての返却、ということになるらしい。

 

 意味がよくわからん?じゃあまぁ、サンタの袋に住所が書いてあったので、その住所を使って送り返した……くらいに思っておけばいいと思う。

 まぁ、細かいことを言えばこっちから送り返したってより、返品処理のために配送会社に投げた、という感じの方が正解なのだろうが。

 

 

「迂闊に向こうの座標を知ってしまうと、彼女の世界がこちらに融合してしまう」

「……サンタが本物になるくらいなら、大した変化じゃないんじゃないのか?」

「そんなことはない。サンタクロースの大本は聖ニコラウス。それが実際に神秘を行使するようになるとすれば、他の聖人達も凄いことになる。……具体的に言うと、バレンタインが凄いことになる」

「いまいち解り辛い脅威だ……」

 

 

 とはいえ、既に超能力者とかが跋扈しているらしいこの世界で、高々サンタクロースが特殊な存在になったとして、一体どんな不利益があるのか?……みたいな気分も沸いてこなくもなかったのだが。

 特に、目の前のTASさん自体が、わりと厄ネタっぽいことがわかっているのだからなおのこと……というか。

 

 だが、彼女の言うところによれば、彼女単体とあのサンタさんとでは、重要度は向こうの方が遥かに高いのだという。

 TASさんはあくまでも今代限りの突然変異だが、サンタさんの方は『サンタクロース』という、聖人に端を発するモノを基礎としているため、それが顕在化した時に及ぼす影響の範囲が広いどころの話ではない……とかなんとか。

 

 正直、宗教には明るくないので分かりにくいのだが──例えば、海外におけるジョージという名前は『聖ゲオルギウス』から取られた名前であり、国によっては『ゲオルク』『ジョルジュ』というような読み方をしたりする。

 ……言うなれば、向こうの人というのは国の垣根を越えて聖人(有名人)の名前を貰う、というのが普通のことになっているというわけで。

 サンタクロースの元ネタとされる『聖ニコラウス』もまた、『ニコラス』『ニコライ』という形で人々の名前として使用されているわけである。

 

 そんな状況下で、『聖人』が本当に『聖人』であった、などということになればどうなるだろう?

 

 

「下手すると全世界統一宗教になるかもしれない」

「スケール大きすぎて全くわかんねー」

 

 

 今の世の中、数多の宗教が溢れているのは、そのどれもがある程度の信憑性を持ち、そしてある程度信憑性に欠ける部分があるから……というところが大きい。

 大本が『生活の知恵』だったそれらは、教えを広める際に幾つかの脚色を得た。

 その脚色こそが信憑性の根幹であり、あくまでも脚色であるからこそ、人に不信感を生む。

 

 これは全ての宗教に共通の事項であり、信憑性と不信感の片方が欠けるもの、というのは厳密には宗教ではないとも言えるわけで。

 ──件の話は、一つの宗教から不信感を拭い去ることと等しい、ということになるのだ。

 

 

脚色(説話)が本当になる、みたいな。現実に目の前にあるということ、目の前で奇跡を起こせるというのは、なによりも強い説得力を生む。……まぁ、脚色を詐称して奇跡を真実に見せる……そんな新興宗教が多い、というのも本当の話だけど」

 

 

 そういうのは科学的な証明ができず、結果として奇跡が崩されることとなるわけだが……、例のサンタさんがもたらす者は、科学的な証明すら越えてしまうもの、ということになってしまうわけで。

 そうなれば、一つの宗教だけが、()()()()()()()()()()()()()()ということになってしまう。

 

 その先にあるのは他の宗教の淘汰であり、他の聖人達の再考であり──、

 

 

「結果、小説とかによくある宗教母体の秘密組織が一つ増える」

「……着地点のスケールが微妙に小さくないか?」

「小さくない。世界において生活基盤になっているものが、そのまま牙を剥くようになるから、下手をすると世界大戦になる」

「そこまで行く!?」

 

 

 結果、真なる超人となった『聖人』達による、救済のための戦いが始まってしまうだろう……。

 そんな空恐ろしいことを、TASさんは口走るのだった。

 ……たかがサンタ一つから話が飛躍しすぎだが、宗教の暴走は善意の暴走、利権で動くそれより遥かに制御の効かないモノであり、ゆえに必ず、どこかで『全ての人を救おう』という使命感の暴走を生むだろう、と彼女は説くのだった。

 そして、今の時代にそれが起きていないのは、数多の宗教が信憑性と不信感を交えたままあるからだ、とも。

 

 

「……まぁ、一部の過激派を見てれば解る話だと思うけど」

「あー……」

 

 

 最後に危ないところを突いて、彼女は話を終わりにするのであった。

 

 



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世間には同じ顔が三人居るという

「……難しい話をしてたらお腹空いた。なにかない?甘いものとか」

「甘いもの?えーと、冷蔵庫になにか……あー、なんにもないな、生憎と」

「むぅ」

 

 

 サンタの存在一つから、世界崩壊の序曲が鳴る羽目になるとは思わなかったが……所詮は起こらなかったこと、今のところは与太噺以外の何物でもないので、スパッと打ち切って日々の生活に戻る俺達である。

 

 で、そんな彼女が開口一番求めたのは、なにか甘いものが食べたい……というリクエスト。

 いつもなら冷蔵庫にプリンなりシュークリームなり、なにかしらストックしてあるのだが……今回はそういうものは一切なし。

 冷蔵庫に詰まっていたのは、日々の食事に使われる食材達だけなのであった。

 

 

「いつもみたいに、冷蔵庫を開け閉めして取り寄せる、とかはしないの?」

「ん……止めとく。嫌な予感がする」

「嫌な予感?」

「また変なところに繋がりそう」

「あー……そりゃ止めといた方が無難だな」

 

 

 で、こういう時のTASさんは、いつもなら冷蔵庫の扉をリズムよく開け閉めすることにより、なにかしらのデザートを錬成……もとい取り寄せするのが常なのだが。

 ……()()()()、というところに引っ掛かりを覚えたのか、止めておくと肩を落としたのであった。

 

 まぁ確かに?

 一応はCHEATちゃんの練習と、TASさんの乱数弄りのタイミングが、奇跡的に被った結果起きたのが『サンタ取り寄せ』という珍事だった、ということになっているわけだが。

 ……TASさんはTASさんである前に未来視能力者。いわば起こることを起こる前に知ることに掛けては、プロフェッショナルと言い換えてもおかしくない存在なのである。

 

 そんな彼女が『確かに目を逸らしたけど、あれは原因がよく分からないことに不甲斐なさを感じた、というのが一番』とあとから弁明した、という今の状況。……取り寄せ、という行為が途端に厄を招く行為に見えてしまう、というのはわからない話でもない。

 

 彼女の未来視範囲外からの、蝶の羽ばたきほどの些細な干渉による変化、みたいな話らしいが……彼女は詳しく話すつもりがないようで、詳細は不明である。

 ……私以外のTASとかなんとか、すごく不穏なことを言っていたので問い詰めはしたけど。問い詰めた結果、『対戦系のTASならよくあること』とはぐらかされてしまったうえ、これ以上知ろうとすると大変なことになる……などと言われてしまえば、俺としてもそれ以上探るのは躊躇われてしまったのだった。

 

 ……ともかく。

 件の『取り寄せ』に纏わる事件が、正確な意味では解決の目を見ていない以上、悪戯に取り寄せるのは自殺行為……というのも確かな話。

 なので、俺とTASさんは連れ立って、近くのコンビニスイーツを漁りにきたのだけれど……。

 

 

「うーん……こっちのプリンは内容量が多いけど値段が高い……こっちのプリンは値段は安いけど評判が良くない……うーん、迷いますねぇ」

「…………」

 

 

 俺達の目の前で、幾つかのプリンを持ってああでもないこうでもない、と悩んでいる一人の少女。

 まぁ、悩んでいるだけならば、そう目を引くモノでもないだろう。喋っている内容は確かに微妙に気が抜けてくるが、だからといって特に注目する必要があるとは思えない。

 

 なのに何故、俺達が──正確には俺一人が彼女を見て固まっているのか。

 それは、彼女の容姿に秘密があった。……ぶっちゃけると、どう見てもサンタさんだったのだ、彼女。

 

 ……いやどういうことだ?

 向こうに送り返す際、こちらの座標を知らせるようなことはしていない、とTASさんは言っていた。

 ゆえに、向こうからこちらにアクセスするには、相応の手段が必要となるはず。そしてそれは、恐らくサンタの袋を介して行われるだろう……とも。

 

 だが、現実はどうだろう?

 件のサンタさんは、袋とは全く無関係の場所で、呑気にプリンなんか選んじゃったりしてるわけで。

 その姿はあまりに普通、こっちの世界に慣れきったスタイル。よもや自分の存在が世界を破滅させうるものだとは、全く気付いていない空気。

 思わず困惑と共に、TASさんに視線を向けたとしてもおかしくはないだろう。

 

 ……が、先程訂正した通り。

 彼女を見て驚愕していたのは俺だけ、横に立っていたTASさんは彼女を見て、驚くでも警戒するでも困惑するでもなく。

 

 

「──お久しぶり。あれから調子はどう?」

 

 

 などと、気軽に声を掛けてしまう始末。……いや、世界大戦がどうとか言ってたのはどうなったんです!?

 そんな風に、俺の内心が疑問符と焦燥感でいっぱいになる中。彼女の言葉を聞いたサンタさんが、目を見開きその手の内からプリンを取り落とし。

 

 

「……こ、こここここであったが百年目!!私の姿()を元に戻しやがれですぅー!!」

「それは無理。それは貴方に与えられた()()だから」

「そんなぁ!?」

 

 

 それが地面に着くよりも早く、彼女はTASさんに詰め寄って来て己の思いの丈をぶつけたのち、彼女にバッサリ切り捨てられてがくり、と項垂れることとなったのだった。

 ……ん?姿?

 

 



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身代わりの扉

「……えーとTASさん?ちょっと詳しい話を聞かせてほしいんだけど」

「その前に、甘いもの選ぶ方が先」

「ふざけるなですぅ!!私のことより甘いものの方が大切なんですかぁ!?」

「──これはお兄さんの奢り」

「ごちになりますですぅ!あっ、二つとも買っていいですかぁ!?」

「変わり身早くねっ!?」

 

 

 どうにも聞き捨てならない単語があった気がして、TASさんにことの次第を尋ねようとした俺だけど。

 彼女は頑なで、甘いものを求めて譲らず。

 ……その姿に、サンタさん(?)がまたもや彼女に詰め寄るわけなのだが……俺の奢りで甘いものが食べられる、ということになった途端、あまりにも見事な話題の切り換えを見せ、俺を驚愕と困惑の渦に叩き込むこととなったのだった。

 

 そして、ここまでのやり取りで俺は確信する。

 目の前に居るのは、確かに見た目はサンタさんと同じ。だがその中身は、俺達の知るサンタさんとは一緒ではなさそうだ……と。

 そんな俺の思考を読んだのか、TASさんはいつもの無表情でぐっ、とサムズアップを向けてくるのだった。

 

 ……ところで、なんでナチュラルに俺の奢りになってるんです?いやまぁ、奢るけどさぁ。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「改めまして、私の名前は「おっと手が滑った」ほげぁーっ!!?ホットココアが目にィーっ!!?」

「……あーうん、まるごとじゃなくてよかったね……?」

「そういう問題ですかぁ!?」

 

 

 見た目だけサンタさんである少女を連れて、家へと帰還した俺達。

 

 そうして束の間の甘いものパーティが開催される運びとなったわけなのだが、その中で彼女が自己紹介しようとした途端、横合いからTASさんが人差し指に付いたココアの水滴を彼女の目に飛ばす……という、地味に痛そうな嫌がらせをしていたのだった。

 まぁ、あくまでも着弾したのは目蓋であり、眼球目掛けて飛んでくる水滴そのものにビックリした、というのが本当のところだったみたいだが。

 

 ともあれ、人の目に水滴を飛ばすのは止めなさい、と一応の注意をTASさんにしたのち、改めて話に戻る俺である。

 

 

「……一つ聞くんですけど、自己紹介ってもしかしてNGなんです?」

「そう。いきなりやろうとするから声で止められなかった、ごめんね?」

「ああはい、これはご丁寧に……」

(……これは騙されやすいタイプだな)

 

 

 謝罪されたという事実が優先されて、その他のことが抜け落ちているというか。

 ……悉く悪い話に引っ掛かりそうな予感のする人だが、それが俺に一つの閃きをもたらすのであった。

 

 

「……ええと、もしかしてこの人……」

「その通り。バグって顔が変なこと(モザイク)になってた人」

「そうなんですよぅ。その時はこの人に直して貰ったんですけど、そしたら今度は性別変わっちゃったんですぅ!」

(……んー?)

 

 

 TASさんから聞いていた話と微妙にずれた話がサンタさん(仮)から飛び出し、思わずTASさんの方にジトッとした眼差しを向けてしまう俺。

 ……あれ、確か原因はTASさん自身だ、みたいな話をしてたような気がするんだけど?

 

 

(知らぬは彼女ばかり。でも一応理由はあるから)

(こいつ直接脳内に……!?)

 

 

 そんな眼差しは、突如脳裏に響いた彼女の声によって中断される羽目になる。わぁ悪巧み。

 ……ともあれ、なにか理由があるというのであれば、一応それを確認してから処断しよう、と俺が考えるのは至極当たり前の話であり。

 

 

「それでは改めて。この人はDUMMYさん。気軽にダミ子さんとでも呼んであげて」

「勝手に名付けされてしまいましたぁ!?」

「ええ……(困惑)」

 

 

 次いでTASさんから告げられた言葉に、思わず唖然とする羽目になったのだった。……いや、ダミー(模造/代用)って。

 

 彼女には聞かせられないことがある、ということなのか。はたまた、なにか他の理由があるのか。

 ともあれ、買ってきたプリンをぽーいと投げ付けられ、こちらに割いていた意識をあっという間にそちらへと向けたDUMMYさんは、そのままプリンに夢中になってしまい。

 そうしてまたもや脳内に響いてきた、TASさんの言葉によると。

 

 

「……ええと、顔と性別のアドレスどころの話じゃなかった、と?」

「そう。色々とすごいことになっていた」

 

 

 この元男性、実は大分わけのわからない性質を秘めていたのだそうで。

 気付いたきっかけは、確かにTASさんの乱数調整に巻き込まれたからだが。……どうにもこの人、言うなれば没データの塊みたいなものらしく。

 

 

「一般的にダミーデータというのは、書き込むための領域を最初に確保しておくことを前提としたもの」

「仮想空間上ではどこにでも移動させられるように見えるけど、実際は記録場所を移動するのって結構難しいんだっけ」

「そう。だから、必要となりそうな領域を予め確保しておく、という形になる」

 

 

 一般的なダミーデータとは、彼女の言う通りデータの保存箇所を予め確保するためのもの、という性質が強い。

 プログラムをしていくうちに、なにかしら新しく必要なデータが出てきたとして。それを新たに追加するとなると、データの保存箇所が飛び飛びになり、予想外のバグをもたらすことがある。

 データの先頭からデータの後方の情報を呼び出す、みたいな行為はロード時間が増える原因にもなるし。

 

 なので、データというものは関係性のあるものをできる限り近くに記録する、ということが求められるのだ。

 で、そういう時に差し替え先として予め用意されているのが、ダミーデータというわけで。

 

 これは、『そこにデータがある』という事実自体が重要であるため、基本的にはそれ単体ではなんの意味もない、ということがほとんどなのだが……。

 

 

「彼の場合、それは箱だった」

「……箱?」

「そう。なんでも格納できてしまう箱」

 

 

 この人の場合、それは代入式みたいなものだったのだと、TASさんは告げるのだった。

 

 



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代入したらこうなりました

 代入式というものに関しては、説明はそこまで必要ないと思う。

 方程式などにおいて、数字ではない英文字が含まれているような形式のもの。その英文字には、その都度必要な数値が放り込まれる……みたいな感じのものだ。

 

 

「彼の場合、色んなデータの検証用の保存領域、みたいな感じだった」

「なる……ほど?」

 

 

 幸せそうにプリンを頬張る彼女を見ながら、話を続ける俺達。

 単なるダミーデータなら、それを呼び出す方法がなければ単に没データとして埋没するだけだが。

 彼女はそれが一種の変数に相当するものであったため、特異な発現の仕方をしてしまったらしい。

 

 端的に言うと、TASさんの作った乱数の影響でおかしくなったのではなく、TASさんの作った乱数を()()()()()()()()のでおかしくなった、というか。

 顔がモザイクのようになっていたのは、別の用途のための乱数を無理矢理グラフィックデータに適用したため。TAS動画などでたまに見るバグ画像と、まったく同じ理論だったというわけである。

 

 で、そのおかしくなってしまった画像を、一先ず鑑賞に耐えられるものに直そう、と数値を弄ったら……。

 

 

「没個性的な顔と、性別が変わった状態くらいしかまともな数値がなかった……」

「それはまたなんとも……」

 

 

 がくっ、と肩を落とすTASさん。

 ……正確には、探査するルート(追記)数が天文学的な数値になってもなおまともなものが見付からなかったので、妥協した……という形になるそうだが。

 ともあれ、目の前のダミ子さんとやらが、非常にあやふやな存在であるということは間違いなかったそうで。

 彼女の見解によれば、顔グラがバグる前にも、なにかしら不安定な要素があったのではないか?……とのことなのであった。

 

 

「不安定、ですかぁ?……んー、そうですねぇ。とりあえず、くじを買って元が取れなかった、なんてことは一度もなかったですねぇ。代わりに、くじを買いに行くと決まって事故ったりしていたような?」

 

 

 まぁ、この姿になってからはそういうこともなくなったんですけどぉ、とはダミ子さんの言。

 ……一瞬ラック()の数値がカンストしていたのかと思ったが、それならば成果はプラマイゼロではなく、もっと大幅にプラスを付けているはず。

 精々ちょっとプラスになる程度、というのではラックがカンストしている、などとは口が裂けても言えないだろう。

 いやまぁ、大きな事故を起こすことで、その損失を以てプラマイゼロにしている、という可能性も無くはないが……聞く限りちょっとした事故にしかあってない様子。

 

 これらの事実を、先程TASさんが言っていたことと組み合わせると、元々の彼は『くじを買うと、事故が起きる代わりに極端な負債を負わない』ようになっていた、ということになるわけで。

 ……変な状態で数値変動(運の判定)が無効化されていた、もしくはイベントが固定されていた、ということになるのだと思われる。

 

 で、それらの現象は、彼がこの世界の変数を保存する場所に部分的に繋がっているから起こったこと、というのがTASさんの予想なのだとか。

 

 

「顔のモザイクを直したら性別が変わったっていうのも、その本質は彼のステータスのほとんどが、変数によって変化するものだから。……勝手に変動する数値とかも混じってるから、全体の調和を保つのが困難」

「あー……年齢とか?」

「そういうこと」

 

 

 なにかしらの判定を行うために、一応用意されていた変数領域。

 そこに繋がってしまっていた彼は、意図せずしてその変化を自身に受けてしまう存在だった。

 ……それだけならば、彼は特に問題もなく一生を過ごしていただろう。

 

 だがTASとは、仕様の狭間に残されたバグなども活用し、最速やカッコよさや面白さを求めるもの。

 ゆえに、『現状使われていない変数』なんてもの、放っておくわけがなく……。

 

 

「そんなものがある、ってことを予測してなかったから、彼女の元の姿に関しては完全に不明。……それと、戻した時の平凡な女の子以外の姿に関しては、見通しが立たなさすぎるから変更は不可能」

「そんなぁ!?」

「……ん?じゃあこの姿は?これ、元の姿とも性別変わった時の姿とも違うんだろ?」

 

 

 結果、彼女はそこに繋がっている人がいる、なんてことを知らないままにその変数を使い回し。

 結果、彼という存在の原型は、最早辿ることも叶わぬ忘却の彼方に消え去ってしまった、ということになるのであった。

 ……まぁ、実際のTAS動画でも攻略に関係ない要素がどうなろうとしったこっちゃねぇ、とばかりに他人が犠牲になることなんて幾らでもあることなので、正直『あー』くらいの感想しか出てこないわけだが。

 

 とはいえ、先の話を聞く限り、今彼女がサンタさんの姿になっている、ということについての説明はされていない、というのも確かな話。

 これについて、TASさんは次のように述べたのだった。

 

 

「これはセーフティ。色んな意味で」

「セーフティ……?」

「そう、セーフティ。彼女がこの姿だと、世界の滅亡を防ぐことができる」

「……えっ!?私ヘラクレスみたいなものだったんですかぁ!?」

「わぁ超ポジティブ」

 

 

 それは、彼女がこの姿になることで、世界の滅亡が防がれるというとんでもない話。

 ……なのだが、正直当のダミ子さんがあまりにポジティブな解釈をし始めたため、それどころではなくなってしまうのだった。流石にギリシャの大英雄は盛り過ぎだよ!

 

 



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お前は地球の柱になれ

「ツッコミどころが多すぎるわけだけど……とりあえず一つ目、この人の姿ってわりと変化しやすい、みたいなこと言ってなかった?」

「この姿の導入時に、『全ての変数の計算が終了したあと、この姿になる数値を代入する』ようにしたから大丈夫」

 

 

 さて、また疑問点が増えたわけだが、一つ一つ解決していこう。

 

 まず一つ目、彼女の姿や能力のパラメーターは、TASさんがバグとかのために使っている隠し変数に、密接に関わっているらしい。

 にも関わらず、今の彼女はサンタさんの姿に固定されているのはどういうことか?

 

 その答えは、計算式の最後に毎回代入をするようにした、というものであった。

 正確に言えば、彼女の姿の変化する判定を意図的に遅延させ、その中で処理を終わらせているのだとかなんとか。……完全にバグですね間違いない(白目)

 

 

「二つ目、そういうことできるんなら、この人の元の姿で固定してあげればよかったんじゃ?」

「さっきも言ったけど、元の数値がわからない。……時間を掛ければできるんじゃ、みたいなことを言いたいんだろうけど、そもそもこの人の記憶データ自体も変数だから無意味」

「えっ」

「えっ?」

 

 

 二つ目、固定するのなら元の姿にしてあげればいいのでは?という話。

 だがこれは、元の顔が安定した数値の上で出来上がっていたモノではない……という可能性も含め、確認のしようがないという意味でも却下されることに。

 

 ……まぁ確かに、運の値が固定されているかのような動きをしていた辺り、その時の顔に戻すと余計な問題を生みそうだ、ということはわからないでもない。

 ただそれ以上に、彼女の中に『彼』の時の顔データは残ってないので確認ができない、ということの方が大きいらしい。

 

 これがどういうことかというと、どうやら彼の記憶領域の一部は、例の変数領域に組み込まれてしまっているらしい。

 なので、余り頻繁に姿が変わってしまうと、そこからぼろぼろと記憶が崩れてしまう可能性があるのだとか。

 

 

「こここ、怖っ!?怖すぎやしませんか私の状況!!?」

「これの恐ろしいところは、記憶領域が変数にくっついているということ。実際の時間経過がなくとも、私が追記をしようとするだけで記憶がボロボロに……」

「ひぇっ」

 

 

 いや待った、TASさんの追記って並行世界探査だろう?しかも時間を経過させないタイプの。

 それなのに、可能性を探っただけで記憶領域に負荷が掛かるとか、実質変数使用するなって言っているようなものでは?

 

 

「そこは大丈夫。今こうして姿をサンタに固定した時に、記憶のバックアップも別場所に作ったから」

「な、なーんだ。安心しましたぁ」

「代わりに、サンタになった時点からバックアップしてるから、それより前になくなったモノについては知らない」

「──なんにも良くなかったですぅ」

 

 

 ……なんかこう、いきなりお労しさが増したんだが?

 今はその危険性はないとは言え、こうして出会うことがなければひっそりと消えてしまっていたかもしれないとなれば、なんというかウスバカゲロウの如き儚さを感じざるを得ないというか……。

 

 

「……あれ?なんか話が大事になっていませんかぁ?」

「いやいや。自分の記憶が削れるってことは、それすなわち自分の肉体が削れることと同義だぜ?なんてったって君、変数で顔とか性別とか変わってるんだから、放置したらそこら辺も一緒に削れてたんだろうし」

「ふぎゃぁっ!?」

 

 

 潰れた猫みたいな声をあげた彼女は、ようやく事の重大さに気付いた様子。……姿形が変わるほどに変数に関わっているのだから、それが記憶を削るとなればその内肉体の方も削り出す、というのはなんとなく予想できて然るべきだと思うのだが。

 ともあれ、今のところはそんな危険性はないと知れば、ある程度は胸も撫で下ろせようと言うもの。

 

 そんなわけで、最後の疑問である。

 

 

「なんで彼女がサンタだと、世界の滅亡を防ぐことができるんだい?」

「それはとても簡単。今の彼女は、()()()()()をずっと埋めている状態」

「……ん?三人目?」

 

 

 それは勿論、彼女がサンタであることが、何故世界崩壊を防ぐ手段となりうるのか、ということ。

 そこで彼女が口にしたのは、以前AUTOさんの分身的なモノを発生させることとなった原因、三人目(ゲスト)の枠の話であった。

 

 

「あれからシステムに干渉をして、直接パーティメンバーに加わらないゲスト参戦者の枠を個別にしたの」

「……なんかさらっととんでもないことしてるっぽいけど、それで?」

「以前のこの枠は、私とお兄さんに次いでパーティに加わる人、その全てを分け隔てなく迎え入れていた。……要するに、AUTOとかCHEATとかMODとかも一緒くただった」

「ふむふむ」

 

 

 彼女の言うところによれば、以前のあの枠は仕様が変わったわけではない以上、また同じような問題を引き起こす可能性があったらしい。

 AUTOさんの見た目のCHEATちゃんとか、はたまたMODさんの……いや、この人の場合はあんまりあてにならないか。

 

 ともかく、以前みたいな騒動が起きれば、また面倒なことになるのは目に見えている。なので、それをどうにかできないかと腐心していたのだとか。

 そんな中、偶然呼び寄せてしまったサンタさんが、その枠がどういう動きをしているのか、ということを如実に示してくれたのだという。

 

 

「お陰さまで、単純な三人目以降のパーティメンバーの枠と、ゲストキャラの枠を分けることに成功。さらに、ゲストキャラ枠内において、コラボ作品枠を新たに設けることに成功した」

「……んん?コラボ作品枠?」

「正確には、この世界に居ないもの枠。──ここにダミ子を放り込めば、あら不思議。余所の世界の存在は、この世界に自身を確立することが不可能となる」

「ええ……?」

 

 

 先程言ったように、今のダミ子さんはサンタさんの姿に固定されている。

 これを可能としたのが、コラボ作品枠というキャラの判定。この枠そのものに細工をし、そこにダミ子さんを放り込むことによって、彼女の状態を固定すると共に、他の世界からの意図せぬ侵略者達を防ぐ防波堤とした、というのが今回の話の本質、ということになるらしい。

 ……正直なに言ってるんだこいつ感しかないが、TASさんが言うのだからそれが正しいのだろう、多分。

 

 枠の側に細工をしたことにより、ダミ子さん本体に余計な干渉をすることなくその存在を保持することに成功した、とドヤ顔で語る彼女に。

 

 

「……あれ?もしかして私、これからオールシーズンサンタなんですかぁ?!」

「他の世界から新しく侵略者が来れば、スキンの変更は可能」

「な、なぁんだ。じゃあ大丈夫、ですねぇー」

(……うん、話をちゃんと聞いてなかったな、これは)

 

 

 ダミ子さんは慌てて、彼女に詰め寄るも。

 TASさんから放たれた言葉に、露骨に安堵した様子を見せたのち、彼女はプリンを食べる作業に戻るのであった。

 ……いや、なんも大丈夫じゃないこと、気付いてないのかなこの人。

 

 サンタであることを止めるには、まずサンタを止めなければ行けないがそれをすることは不可能──。

 そんな残酷な事実に彼女が気付くのは、はたしていつ頃になるのだろうか。

 

 そんなことを思いながら、俺は買ってきたコーヒーをずずっと啜るのであった。

 

 



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季節は巡って行くのでラグる

 なんだかとんでもない裏事情を抱えた、ダミ子さんことDUMMYさんとの邂逅からはや数日。

 今日は周辺の学校の終業式があり、TASさん達もまた半日学校で式に参加したのち、そうして制服のままうちに集まってきていたのであった。

 

 

「流石に終業式には行くんだね?」

「一応、通知表は貰わないといけないし」

 

 

 とはTASさんの言。……判定は置いてある云々言ってたし、そもそもテストもほどほどに良い点数を取ってるらしいし、成績については恐らく平均点くらいになっているんじゃないかなー、みたいなことを言っていた。

 

 

「いつもはトップが云々言ってるのに、なんで成績は普通なんだ?」

「変に成績トップだと目立つ。目立つといらないフラグが立つ。フラグが立つと、飛ばせないムービーが来る……」<ガクガクブルブル

「ムービー恐怖症は相変わらずなんだね、君」

 

 

 なお、集まっている四人の制服は、全て別の学校のもの。……問題事を起こす面々が、一つの学校に集まってなくてよかったねと言うべきか、はたまた色んなところに火種があるのよくないねと言うべきか、微妙に悩ましくなる状況である。

 

 

「いいですねぇ、若いって」

「あー、ダミ子さんホントは成人してるんだっけ?」

「おかげさまで、以前やけ酒してた時に買ってた銘柄、全部購入できなくなりましたですぅ」

 

 

 なお、さっきの四人組に含まれていなかったダミ子さんはというと、朝からちゃぶ台に乗っけた甘味類をもくもくと食べ続けていたのだった。……俺以外だとこの人だけ学生ではないので、ずっと暇だったらしい。

 

 なにが悲しいって、この人身分証がないのである。

 正確にはどこかに無くした、ということになるらしいのだが……そもそも無くした時の記憶も飛んでいるため、探しようもないのだとか。

 なので、名前も戸籍も性別も失った彼女は、こうして家の中でだらだらする以外の作業を、行う余地がなくなってしまっているのであった。

 

 

「いいお仕事紹介するよ?」

「この前紹介された場所で確信しました。──TASさん、貴方はド畜生だ」

「そんなこと言われると、照れる」

「誉め言葉ではないと思うのですけど……」

 

 

 俺以上にヒモでしかない現状に、彼女もまた当初は抗う気概を見せていたのだが……戸籍や名前もあやふやな状態で働ける場所、なんてものが現代日本にあるはずもなく。

 ……いやまぁ、正確なことを言えば、()()()()()()ないこともないのである。が、それは即ち半強制的にブラック職業への片道切符、ということになってしまうわけで。

 

 それは流石に嫌ですぅ、となったダミ子さんは、TASさんから『じゃあ仕方ない。貴方には犬になって貰う。手始めにUFOの操縦から覚えて』と、謎のマニュアルを渡されることとなっていたのだった。

 ……UFO?と首を傾げたそこの君。またもやTASさんが勝手にエンディング作ろうとしているだけなので、あんまり深く考えないように。

 

 

「さて、そこら辺の話は置いとくとして。時に、私達はこれから夏休み、というものに突入するわけだ」

「ふむ、確かに」

 

 

 さて、話は戻ってMODさん。

 彼女が口にしたように、これから彼女達は嬉し恥ずかし夏休み、ということになる。

 そしてこれが最も重要なことなのだが──実は彼女達、まともに夏休みを満喫したことがない、のだという。

 それもそのはず、彼女達はどいつもこいつもお転婆ガール、一般の人々にはちと刺激の強すぎる存在ばかりなのだ。

 

 

えっ、なんなんそのテンション、怖っ……

「シャラップCHEATちゃん、そして聞けっ!流石の俺も、真夏に爺ちゃん婆ちゃん家に里帰りするだけの長期休暇はどうかと思うんだよっ!」

「……えらく具体的な話ですが、今までそんな感じだったので?」

「孫が増えたみたい、と好評だった」

「……あれ?なにかおかしなこと仰ってませんか貴方?」

「そこの二人!こっちをスルーするんじゃない!」

 

 

 それは無論、俺に関しても同じこと。

 ……いや違うのよ、爺ちゃん婆ちゃんに「その子はなんなんだい」「かわいいねぇ、うちの孫にならないかい」とかなんとか言われるのに耐えられなくなった、とかではないのようん。

 

 一体いつからの付き合いなんだよお前ら、みたいなCHEATちゃんからの視線をスルーしつつ、MODさんに視線を送る俺。

 彼女はそれに応えるように、擬音とか聞こえてきそうなほどの見事なウィンクをこちらに投げ付けながら、その言葉を口にするのだった。

 

 

「そう、だから私達は、今までの青春の遅れを取り戻すかのように──」

「無人島での合宿を執り行いたいと思う!」

「が、」

「「「合宿ぅ!?」」」

「無人島……トラブルの香り……わくわく」

 

 

 そう、一夏の思い出を作るため、彼女所有の無人島に出掛けよう、という提案を!

 ……約一名を除いてみんなが驚愕する姿を見て、掴みはバッチリだと頷きあう俺達二人なのであった。……え、残り一人?勝手にジャンルをホラーにしないように、目を光らせていますがなにか?

 

 



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輝く太陽、淀む海(フラグ)

「合宿とは言うけど、具体的になにをするんだよ?」

「ふっふっふっ、安心したまえCHEATちゃん。君のこともしっかり考えているのだからねぇ」

「お、おぅ……?」

 

 

 意外と常識的な部分のあるCHEATちゃんから、早速合宿そのものへの疑問が投げ掛けられる。

 ……まぁ確かに?合宿というのは本来部活だとかスポーツ仲間だとかが、一つの目標に向かって共同生活をすることをざっくばらんに言ったものである。……色々と違う?いいんだよ細かいことは。

 

 その点を踏まえると、確かにここにいる面々は共通点の多い存在ではあるが、なにか一つを目標として集まっている、という風には言い辛い。

 いやまぁ、打倒TASさんで団結する、という手もなくはないだろうが。

 

 

「打倒?いやいやいやいや、むりむりむりむりかたつむりですぅ!?」

「私も別に、殊更に彼女に勝ちたいというわけではないかな」

 

 

 ……というように、別に誰もがTASさんを倒すことに心血を注いでいる、というわけではない。

 なので合宿と言っても、あくまでこのシチュエーションを言い表すのに丁度良かったから使われているだけで、本当になにかのために励むということを強制するモノではないのである。

 

 

「……じゃあ、小旅行とかなんとか、そんな名前でいいじゃん……」

「甘い!甘いぞCHEATちゃん!その考えはショコラテのように甘々だぜ!」

「え?しょこ……なに?」

 

 

 とはいえ、だからと言って丸々楽しいバカンスになるのか、と言われればそれはノー。

 だって考えてごらん?ここにいるメンバーを、夏と孤島というロケーションが合わさって、いつもよりも張り切っているやつがいるということを。

 

 

「……貴方様?」

「いや確かに、俺も計画してる内にちょっと楽しくなってきたけどね?でもこれは張り切ってるわけじゃなく、盛り上げようとしているのです」

「……似たようなものでは?」

 

 

 AUTOさんうるさい。

 ……ともかく。こんな話を持ってこられて、張り切る人と言えばただ一人。

 いやまぁ、みんなわかっているのだろうとは思う。わかっててスルーしてるだけなのだと思う。……だってできれば触れたくないからね!

 でも触れなきゃ始まらない、なんてったって俺達は、どこまで行っても()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

「……?」

「いや首を傾げられても困るというか。……いや、周囲を見渡しても君しか居ねーから。ダミ子さんを盾にしようとするんじゃありません!」

「なななななんなんですかぁ!?今度は身代わりのバイトですかぁ!?」

「残念、私はライフを払ってないのでその技ではない」

「さりげに(操り)人形扱いしてませんかそれぇ!?」

 

 

 いやまぁ、実際大分操り人形なわけだが。

 ……ってそうじゃなくて。先程から周囲の視線を避けるように動き続けているのは、無論一番の問題児であるTASさん。

 こういうイベントごとにおいて、一番乗り気なのは基本彼女なのである。

 なにせ、これから向かおうとしているのは無人島。

 ならば彼女のこと、今からフラグをあれこれすることで、無人島に謎の古代遺跡を発生させることも可能なのだから。

 

 

「むぅ、そういう無粋なことはしない。仮にやるんなら、MODの選ぶ無人島が()()()()()()()()ようなところにする、くらいのもの」

「……それって、結果的には変わらなくないか……?」

「違う、全然違う」

「うおわ顔近っ!?」

 

 

 なお、こちらのツッコミに憤慨した様子を見せたTASさんは、そのあと迂闊なことを言ったCHEATちゃんに無表情のまま迫り、彼女に古代遺跡に詰まっているロマンとかを語りまくっていたのだった。

 

 ……たじたじ状態のCHEATちゃんは気付いていないが、よーく聞くと遺跡そのものの楽しさとか興味深さではなく、その遺跡が持つパズル要素とかについての話の方が多かったり。

 正直な話、断崖絶壁を腕の力だけでぴょんぴょん跳ねていく、明らかにおかしなトレジャーハンター達の真似事をさせられるのはごめんなので、MODさんとはそういうのがないことを何度も確認させて貰っている、あしからず。

 

 

「むぅ、お兄さんのいじわる」

「盾は使っていいから、それで我慢しなさい」

「!今度のところは壁抜けしてもいいの?」

「ああ、幾らでもやるといい……」

「ちょっとお待ちください、軽々(けいけい)に死亡フラグまで立てるのはおよしになって!?」

「?」

 

 

 代わりに盾サーフィンは解禁すると告げれば、彼女は幼女のように瞳を輝かせ、くるくると回り始めるのだった。

 ……なお、こちらのやり取りになにかを感じ取ったAUTOさんに、軽率な発言を咎められることとなったわけだが……正直よくわからなかったので、TASさんと二人して顔を見合わせる羽目になったのはここだけの秘密である。

 

 ともあれ、これからの目標は決まった。

 決行は明日の午前五時。ここに集合したのち、MODさん所有のクルーザーで無人島へゴー、である。

 

 

「なるほどぉー。では私はここで留守番を……」

「貴方は強制参加」

「ですよねー!!やだー!!」

 

 

 なお、一人だけ乗り気じゃない人が居ましたが、彼女の懇願は却下されました。どんとはれ。

 

 



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夏と言えばそう、対戦だ(?)

「燦々と照り付ける太陽……空を泳ぐように飛ぶ鳥達……おお、なんとのどかな時間だろう。こんな陽気なのだから、仏陀も午睡を楽しんでも仕方ないと思わないかね?」

(しの)んでも暑さは(しの)げないんだから、余計なことは言わずにキリキリ働く!」

「へーい……」

 

 

 ご覧の通り空は真っ青、雲一つない快晴の今日この頃。

 皆からお兄さんと呼ばれたり呼ばれなかったりしている私めは、なんの因果か見知らぬ人と共に日差しを避けるための屋根を作っている最中なのでございました。

 え、なんでそんなことになってるのかって?それはねー……?

 

 

 

ΣOAO

 

 

 

 はてさて、合宿決行の朝。

 仲間達はみんな俺の家に集まり、それぞれ朝御飯を食べている真っ最中である。

 一日の元気は朝食から、ということもあって腕によりを掛けて準備した食事達だが、少女達からの評判は中々に上々であった。

 

 

「鮭の皮うまうま」

「TASさんは皮まで食べる人、なのですね?」

「そういうAUTOは食べない人?」

「そうですわね、余り好きではないといいますか……」

「じゃあ貰う。わーい」

「早っ!?」

 

 

 左を見れば、TASさんとAUTOさんが鮭を巡って色々と会話していたり。

 

 

「負けられねー戦いがあるんだー!!」

「ふははは、こういうこともあろうかと、納豆混ぜ名人の技については学習済みさ!」

「ずりぃ!?」

「勝負にずるいも卑怯もないんだよCHEAT君!いやまぁ、君に対してこういうこと言うの、どうかなーと思うんだけどね!」

「じゃあ言うなよ!?」

 

 

 右を見れば、CHEATちゃんとMODさんが、何故か納豆の糸を強靭無敵に編み上げる競争をしていたり。

 

 

「うぅ……行きたくないですぅ……絶対サメとか出てきますですぅ……それも頭が一つや二つどころじゃなく、増えた頭が球体状になるレベルのやつが、まるでブイのように浮いているに決まってますぅ……」

「いや、変なフラグ立てるのやめない?」

 

 

 さしずめ(ボール)・シャークか、はたまた機雷(マイン)・シャークか。……みたいな謎のクリーチャーを生み出そうとするダミ子さんに対し、冷静にツッコミを入れる俺だとか。

 まぁ、そんな愉快な光景が、俺達の前には広がっている。

 

 ……ぶっちゃけるといつもの光景なわけだが、ルーチンワークを保つことができれば日々は滞りなく進むもの、とどこかの誰かも言っていた気がするのでこれでいいのである。

 

 

「なるほど。じゃあ私が儀式をしても特に問題は……」

「それはルーチンワークにしちゃダメなやつ」

「ちぇー」

 

 

 なお、TASさんにおかれましては、特定の行動を何回か繰り返すことでバッファオーバーフローとかを引き起こす可能性がございますので、意図的なF5連打はお止しになるようご協力お願いします。

 ……というようなことを述べたところ、彼女は残念そうにお猿のお面を懐にしまうのだった。……仮死()でも使う気だったの君?

 

 ともかく、朝食はそのまま滞りなく進んだ、というのは確かな話。

 これから俺達は、MODさん所有のクルーザーに乗って、これまた彼女所有の無人島に向かい一週間ほど滞在する予定である。

 なので、酔い止めとか必要な人が居ないか確認して、それから荷物を持って出掛けることとなったのだが……。

 

 

「……よくよく考えなくても、学生でクルーザー持ちというのはあれなのでは……?」

「はっはっはっ。まぁ細かいことを気にしてはいけないよ」

 

 

 ここでAUTOさんが、冷静に考えると色々ツッコミ処があるような、と声をあげる。

 なにせ、場所も移動手段もMODさん持ち。確かに裏で色々やってる彼女のこと、なにを持っていてもおかしくはないというのはわかるのだが、それはそれとしてなんなんだろうこれ、みたいな気分になってしまうのは致し方ないことなのであった。

 

 

「……一応言っとくけど、そこで驚いてると更に驚く羽目になるぞ」

「これ以上なにを驚くことがあるというのですか……」

「聞いて驚け、無人島までクルーザーを運転するのはMODさんだ」

「…………!?」

 

 

 けど、これはまだまだ序の口。

 ここで躓いていてはこれから転びまくる羽目になる、ということだけは先に忠告させて貰う俺である。

 なんでかって?この人クルーザーの運転できるんだよ!

 

 

「一瞬運転できる人に変身すれば……と思いましたが、そういえばMODさんのそれは、あくまで姿形が変わるだけでしたわね……」

「え、ってことは素で運転できるんですかぁ!?」

「ふふふ、ちゃんと免許も持ってるよ」

ホントだ……小型船舶操縦士って書いてある……

 

 

 ふふん、と胸を張るMODさんがみんなに掲げて見せたのは、CHEATちゃんの言う通り、小型船舶を運転するための免許証である。

 実は船の免許って、バイクの免許と制限年齢がほぼ同じなので、小型船に限るのであれば高校生でも普通に免許が取れるのだ。意外な事実である。

 

 

「ふ、船の運転してください、とか無茶振りされなくてよかったですぅ……」

「あー、ダミ子さんは運転免許とかも全部紛失してるんだっけ?」

「はいですぅ。ぶっちゃけると、本当に成人してたのかもあやふやな気がしてきましたぁ」

「おい」

 

 

 そこは自信持とうよ?!

 ……というこちらのツッコミに、「この状況で自信なんて持てませんよぉ」なんて空笑いが返ってきて、思わず天を仰ぐ俺である。……お労しすぎやしないこの人?

 

 

「んー……でもそれとは別に、なーにか忘れている気がするんですよねぇ……」

「DUMMYは心配性。案ずるより産むが易しとも言う」

「……んー、そこはかとなくごまかされている気もしますが……まぁ、私が心配したところで大した価値はありませんよね!」

「やだ、ネガティブ方向にポジティブ……」

 

 

 微妙に反応に困るんだけど。

 そんなことを宣いながら、俺達は港へと急ぐのであった。

 

 



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書面はキチンと確認しましょう

「さて、これが今回私達が乗っていくクルーザーなわけだが……」

「でけぇ」

「ぷ、プールまで付いていますわ……」

 

 

 はてさて、クルーザーが止まっている港にたどり着いた俺達は、そこで待ち受けていた船の威容に、思わず気圧されていたのであった。

 いやだってだね?このクルーザー、どう考えても結構なお金持ちじゃないと持ってないような、正直こんなところで出てきちゃいけないタイプのやつだったんだもの。

 ……いや、これ逆に変なフラグ立ってね?みたいな気分が沸いてくるのも仕方ないというか。

 

 

「いやいや、私達が行くのがリゾート地だというのならまだしも、これから向かうのは無人島・メンバーだって見知った人ばかり。例えば私が君達の誰かを暗殺しようとしている、とかでもないとこの状況で事件なんて起こりようがなくないかい?」

「ひぃー!!?やっぱり死亡フラグですぅ!!私帰りますぅ!!」

「大丈夫大丈夫、その場合君は一番対象外の人だろうから」

「……嘘ですぅ!!こういう時って大体余計なことを知ってしまって、ついでとばかりにポキッと殺られちゃうのがオチなんですぅ!!」

「うーん、反応があまりにネガティブ……」

今までどんな目にあってきたんだろうねこの人……

 

 

 こんな大きなクルーザーで向かうとなると、到着先で殺人事件とかが起こってもおかしくないというか。いや、そもそも向かっている途中で謎の分岐が発生し、わけのわからない展開が次々襲い掛かってくる可能性も……?

 ともあれ、ちょっと交通手段が豪華すぎて、あれこれと邪推してしまうのも仕方ないというか。俺だってここまで凄いのが来るとは思ってなかったし。

 

 

「むぅ……」

「あらTASさん?一体なにを膨れているのです?」

「……どうせなら、私もクルーザーとか用意すればよかった」

「それはまた、なんとも……」

「水陸両用車とか絶対喜ぶ」

「……あー、喜びそうですわねというか、また珍しいもの持っていますのね……」

 

 

 なお、驚くみんなの姿にTASさんが微妙に不機嫌になっていたが、その辺りはAUTOさんがフォローしてくれたので多分大丈夫だと思う。

 ……いや大丈夫なのか本当に?なんか虚空から水陸両用車取り出そうとしてない?

 

 とまぁ、乗り込む前に一悶着あったものの、搭乗そのものはスムーズに終わり、あとは無人島に向かって全速前進するだけとなっていた。

 

 

「ふむ、一応点呼を取っておこうか。いちー」

「にー」

さ、さーん……

「四ですわ」

「五だな」

「……嫌ですぅ!ここでカウントされたらもう逃げられな「さっさと言う」むぐっ!?」

「……はい、()ぐってことで、全員揃ってるねー」

「流石に無理矢理すぎじゃありませんかぁ!?」

 

 

 で、最後までぐずっていたダミ子さんを船内の座席に座らせ、俺達はMODさんの合図を待つ。

 そんな俺達の様子に満足げに笑った彼女は、いつの間にか被っていた帽子の鍔をあげ。

 

 

「では出港!私のドライビングテクニックを楽しんでくれたまえ!」

 

 

 彼方を指差し、舵を取るのであった。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「……んで、そのあと船は座礁したんだよね……」

「あー、なるほどなるほど。そりゃーちゃんと免許確認しなかったのが悪いね」

「はぁ、というと?」

高校生(十六歳)で取れる船舶免許は、本来湖とか川とかでしか使えないんだよ。……まー、君の言うことが本当なら、多分仕事とかで運転したことはあったんじゃないかなー、とは思うけど」

 

 

 でもほら、姿が変えられるのならそれに気持ちとか技量も引っ張られる、なんてこともあるかもねー、などとからから笑う相手に、ダミ子さんが気にしてたのはこれかー、と額を押さえる俺である。

 ……ああうん、こりゃ『やっぱり死亡フラグじゃないですかー!!』ってダミ子さんが言うのも仕方ねぇや。お兄さん反省。

 

 というわけで、話は冒頭に戻ってくるわけなのだが、今の俺はここで会った女性と一緒に、一先ず日差しを避ける天幕のようなものを設置し終えたところであった。

 ……で、ここがどこなのかと言うと。

 

 

「いやー、まさか私達以外にも難破してくる人がいるとはねー。世の中不思議な縁もあるもんだわ」

「ああはい、それに関しては同意ですね。一日に二件も同じようなところで難破とか、最早呪われてるんじゃないかなーっていうか」

 

 

 目的としていた無人島とはまったく別の、どこなのかもわからない謎の島なのであった。

 ……んで、その砂浜に流れ着いた俺が出会ったのが、この女の人ってわけ。

 いやまぁ、聞いたところによると年齢は差程変わらないらしいんだけどね、これが。

 

 

「ふーん、女の子達と一緒に一夏の旅行……ねぇ?もしかしてもしかして、実は君ハーレム野郎だったり?だったら羨ましいなぁ、このこの~」

「いやー……そういう甘酸っぱい……いやハーレムって甘酸っぱいのか?」

「ん?……んー、場合による?うちは大分ゆるーい感じだったから、参考にはならないしなー」

「……今なんか遠回しに、自分はハーレム築いてるって言わなかったかこの人」

 

 

 ただ、話を聞く限りこの人男女両方イケる人みたいなので、うちのメンバーが近くに居なくてよかったなー、みたいな思いもあるというか。

 

 ……この発言からわかる通り、他の面々とははぐれてしまっている。なんてたってあのクルーザー、船体の真ん中からへし折れちゃったからね!

 なお、この話を聞いた目の前の女性は、一頻り笑ったあと再度大笑いしていたのだった。……いや、そんなに笑う必要なくない???

 

 

「いやいや、そんな数奇な運命してたら笑わなきゃ損でしょ?視た感じどうにも変なことはしなかったみたいだしね、そっちの子」

「……?」

「ああいやいや、こっちの話。とりあえず、暑さも凌げるようになったわけだし──魚釣りにでも出掛けちゃう?私釣り好きじゃないんだけど」

「……じゃあなんで提案したし……」

 

 

 ともあれ、こうして出会ったのもなにかの縁。

 俺と彼女は協力して、とりあえず助けが来るのを待つために食糧調達に出掛けることとなるのだった。

 

 




夏と言えばVSシリーズ、みたいな話。


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奇縁は良縁、短くとも密に

「にしても……あっつー。熱帯系なのかねぇ、この島」

「んー、どうだろうなぁ。なーんか植生がおかしいって気はするけど」

 

 

 近くの木から枝を折って、それに紐と針を付けて作った簡易釣竿を持って、先程流れ着いた砂浜とは別の海岸線に出た俺達。

 

 適当に近くの地面を掘って出てきたミミズをエサに、釣糸を海面に垂らして見るのだが……今のところなにかが釣れるような気配はない。

 これは、ここいらの海水があまりにも綺麗に澄みすぎているため、見え見えの罠に引っ掛かるわけがない……ということなのかもしれない。

 とはいえ、じゃあどうすれば良いのか?……と言われてしまうと、ひたすら待つしかなくなってしまうのだが。

 

 

「むー、水着でも着てたんだったら、そのまま素潜りして手掴みしてやるものを……」

「……いや、アンタ結構美人さんなんだから、赤の他人が居ることを気にしたらどうだよ?」

「ん?……あ、もしかして私の魅力に夢中になってたりする?いやー、こんなところでも罪作りな女だねー、私」

「……こういうの、千年の恋も冷める……って言うんじゃねーかな」

「おお、流石はハーレム王は言うことが違うねぇ~」

「助けてTASさんこの人無敵すぎる!」

「呼んだ?」<ニュッ

「……いや呼んだけど、今どこから出てきたの君?!」

「私TASさん、今貴方の右側から見て左に九十度の方角に居るの」

「……結局後ろじゃねぇか!」

 

 

 なお、横の人はなんというか無敵だった。

 多分、黙っていたら怜悧な美人って感じのする人だと思うのだが、出てくる言葉が全部おちゃらけているためか、全然そんな感じがないというか。

 ……いやまぁ、お陰様で人見知りせずに会話できているところもあるので、こっちとしてはありがたくもあるのだが。

 

 なんというか、うちにいるメンバーとは微妙にタイプが違うので、下手するとまともに会話もできずにガチガチになりそうな予感がするというか。敢えて近い人を挙げるのなら、美人モードのMODさん?

 そんなわけで、これでもし彼女の話し方がもうちょっと女性らしい感じだったりしたら、うっかり恋とかしちゃいそうで怖かったり。

 

 ……とはいえ、今の彼女のイメージはどっちかと言うと面倒臭い悪ガキ……みたいな感じなので、心配するだけ無駄だというやつなのだが。

 なので思わず虚空に助けを求めたところ、なんとTASさんが何処からともなくにょきっと生えてくる事態に。……いや軽くホラーでしょこの絵面、さっきミミズ掘った穴から出てきたんだけどこの子!?

 

 相も変わらず突拍子もない行動だが、どこかそれに安堵する俺もいるわけで、思わずホッと胸を撫で下ろすのだった。

 ……とりあえず、こっちが二人だから人数の上では俺達の勝ちだな!()

 

 

「あら、私達ってなにかの勝敗を競っていたのだったかしら?」

「……!?空気が変わった……!?」

「そりゃまぁ、貴方一人だけならまだしも、そっちの子がいるのなら私も多少まともにするわよ。……それで?貴女が彼の話してたTASちゃん、ってことで良いのかしら?」

…………(|ω・))」<ジーッ

「……借りてきた猫?」

「それだと私、引っ掛かれたりしないかしら?」

「……貴女、()()の人?」

「はい?」

「ああなるほど、そっちを気にしてたのね。気にしないで頂戴、別に盗らないわよ、私には私の相棒がもう居るもの」

「……そう、ならいい」

「……二人で勝手に通じあわないで欲しいんだが?」

 

 

 なお、彼女を見たTASさんはというと、珍しく人見知りでもしたのか、警戒したように暫く彼女を無言で見つめていたのだった。

 ……なんか色々話しているが、正直よくわからん。

 

 なにかこう、シンパシーを感じる要素でもあったのだろうか?

 そんな風に首を捻る俺に、TASさんはこちらに振り返って、

 

 

「……とりあえず、戻るには時間が掛かる。仕方ないから、こっちで暫く野宿」

「はい?……いや、他のみんなは?」

 

 

 などと、これまたよくわからないことを言ってくる。

 ……というか、そもそも他のメンバーどこ行ったのよ?

 そんな俺の疑問に、TASさんは小さくため息を吐きながら、呆れたように答えを紡ぐのであった。

 

 

「寧ろお兄さんが迷子。なんで二つも三つも世界を越えてるのバカなの?」

「…………へ?は?え、なに?どういうこと?」

「どうにも手間の掛かる人みたいね、この人」

「そう。ほっとくとあっという間に変なことになる。迎えに行く方の身にもなって欲しい」

「あらあら。私には貴女が必死になって彼を探してる姿、実際に視たかのように鮮明に脳裏に描けちゃうけど?」

「……貴女、意地が悪い」

「部外者ですもの。こういう時は楽しむのが筋……ってものでしょ?」

「……私、やっぱり貴女が嫌い」

「それは残念。私は貴女のこと、結構好きだけどね?」

「いやちょっと待って、だから勝手に二人だけで納得しないで!?」

 

 

 わかったぞこいつら、多分俺にはわからない視座で物事を語ってやがる!

 あれだ、『お前にはこの領域の話はわからないだろうな』的なことを考えてる奴らの顔だこれは!

 

 風評被害、と訴えながらこちらをぽこぽこ叩いてくるTASさんに戦きながら、俺は一人だけ話題に取り残される恐怖を思い知るのだった。

 

 ……つまりこの無人島、目的地じゃないどころか作品間違えてるってことかよ!?

 そんな俺の驚愕に、フッと笑みを見せる他所の(女性)なのであった。

 

 



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二度と会うことがないような、そんな遠く離れた──

 はてさて、唐突に明かされた新事実。

 どうやら俺は、いつの間にか世界の壁とやらを越えてしまっていた、ということになるらしい。

 ……いや、真面目な話いつの間にそんなことに?

 俺クルーザーから放り出されて、波に呑まれて無人島に放り出されただけだよね?そういう特殊処理が挟まる余裕あった???

 

 

「夏映画の導入なんて、それくらい雑なのが普通」

「今世の中の夏映画全てに、凄まじいまでの偏見をぶつけなかった君???」

 

 

 流石にそこは謝っといた方がいいと思うよ俺?

 ……みたいな会話をしていると、傍らからクスクスという笑い声が。

 無論、俺もTASさんも笑ってないので、この声は目の前の女の人のモノ、ということになるわけなのだが……いや、そんなに面白いこと言ったかね俺達?

 

 

「ええまぁ。なんというかこう、見てるだけで面白い……みたいな?」

「そうやって面白がるのなら、なにか対価を寄越すべきだと私は思う」

「やだ、TASさんが未だかつてないほどに塩対応……」

「仕方がないわ。流石に天敵ってほどではないでしょうけど、そちらからしたら私は『嫌い』の方に割り振られるような存在でしょうし」

 

 

 威嚇する猫のような態度を取るTASさんと、それを見てやれやれと肩を竦める女性。

 ……不和の理由は俺にはよくわからないが、どうにも暫く共同生活をしなければいけないみたいだから、あんまり喧嘩とかはして欲しくない俺である。

 

 ともあれ、先行きに幾つかの不安を抱えながら、俺達のサバイバルが始まるのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 それから迎えたこの無人島での生活は、俺達の想像を越えた展開が巻き起こり続けるモノなのであった。

 

 

「動物性タンパク質は実際とても必要。だからこうして飛び出してきたイノシシをシめる」

「TASさんが素手でイノシシを制圧した!?」

「あら、お転婆さんねぇ」

 

 

 魚が釣れねぇということで、タンパク質的なモノが摂れないとなった時には、TASさんがどこからか沸いて出てきたイノシシの首をこきっ、と絞め落としていたり。

 

 

「これくらいならまぁ、私にもできなくはないわねぇ」

「むぅ、筋がいい……」

「ねぇー!?筋がいいとかなんとか言ってなくていいから、早くこれをどうにかして欲し……ひぇえ!?」

 

 

 たまたま近くを飛んでいたスズメバチを追い掛け、たどり着いた場所にあった彼女達の巣を、時折相手を叩き落としながら掘り起こす。

 ……などという、いや防護服もなしになにやってんのこの人達!?……みたいな気分になる光景を横目に、めっちゃぶちギレたハチ達に追い掛けられる俺の姿があったり。(完全に巣を掘り起こしたあとで、二人が全部叩き落としてくれた)

 

 

「……なんで君達噛まれてないの」

「寧ろお兄さんが噛まれ過ぎ。長袖いる?」

「いる……って今どこから出したのその服」

「ん、作った」

「作った!?」

「アイテムクラフトで」

「アイテムクラフト!?」

「そういうのは私にはできないわねぇ」

 

 

 身体中を蚊に噛まれた俺を見かねて、唐突に服の錬成を始めたTASさんに驚かされたり。

 

 まぁ、そんな感じで色々とイベントをこなしながら、俺達はその時が来るのを待ち続けていたのだった。

 

 

「──ん、ゲージが貯まった」

「ゲージ?なんの?必殺技でも出すの?」

「……大概発想が突飛ね、貴方」

 

 

 そして数日経った日のお昼頃。

 残り物の牡丹肉を、しっかり火を通しながら調理していたところ、突然立ち上がったTASさんが意味不明のことを口走り始めたため、俺は首を傾げながら彼女に声を掛け。

 

 

「──そ、じゃあこれでお別れね」

「ん、短い間だったけど、お世話になった」

「いえいえ。うちも相方がどこか行っちゃってたし、探しに行くのも無理そうだったから助かったわ」

「ん、気にしないで。放置しておくと不味そうだったから、対処しただけだし」

「ってことは……交換留学?」

「ん」

(……この二人、また俺にはわからない話をしているな……)

 

 

 それにつられるように立ち上がった女性の姿に、どうやらこの生活も終わりが近いのだ、ということを悟る。

 ……そういえば、なにか相方だか相棒だかが居るという話をしていたが、結局俺達が会うことはなかったな……。

 まぁ二人の話を聞くに、どうやら別の場所にその人も飛ばされてしまった、ということになるみたいだが。

 

 ともかく、そっちの問題もTASさんが片付けた、ということで安堵したように笑った彼女は、こちらに一つ目配せをすると。

 

 

「──じゃあ、さようなら異邦人(ストレンジャー)。貴方達の道行きが、どうか幸多いモノでありますように」

「ん。ありがたく受け取っておく」

「機会があればまたなー」

「ないとは思うけど……まぁ、その時が来たら宜しく」

 

 

 そんな、どこか儚げな言葉を述べる。

 そうしてこちらの背中を押す彼女に別れの挨拶をして、TASさんが作った謎の空間の裂け目に俺達は飛び込んだのだった。

 

 

「──そういえば、いつの間に仲良くなったんだ?」

「お兄さんの見てない間。実は世界を一つ救ってきた」

「んー、お兄さんとしてはそれが与太話なのか真実なのか、まったく判別できないなー」

 

 

 当初の関係よりも随分軟化した二人の姿を思い浮かべながら、ふと横を見て。

 俺達とは反対方向に進む、メイド姿の誰かをその視界に捉える。……横のTASさんから「あれが相方」という言葉を聞いて、マジかぁみたいな感想を抱きながら、俺達は前方に見えた光の中へと飛び込んで行くのだった。

 

 

「……トンネルを抜けるとまた別の世界でした」

「あと二回やるから、頑張って」

「そういえば元から結構離れてる、とかなんとか言ってましたねぇ!!」

 

 

 ……なお、視界に飛び込んできたのは恐竜達の闊歩するジャングルでした。

 ──これをあと二回やるとか、マジ?

 

 



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責められるべきはなんなのか

「ふーむなるほど、こちらは普通のサバイバルをしていただけだからなぁ、少し羨ましいような?」

「いやですよぅ!!普通のサバイバルの時点でわりと大変だったじゃないですかぁ!!?」

「あー、そういやアンタって、サンタ的なパワーは使えねぇの?」

「なんですかそれぇ!?」

「……うん、聞いた私がバカだった」

 

 

 トンネルを何度か抜けると、そこは元の世界でした。

 ……いやもう、異世界なんだし構わんやろ、みたいな感じで数々のTAS技を繰り出していく、絶好調なTASさんに付いていかされる俺の気持ちを考えてくださいマジで。

 ペットボトルをクラフトして作り出したポンプを背負いだした時とか、俺はここからグラフィックの狭間に落ちて死ぬのか、みたいな恐怖を味わうことになったし。……いや、速度を溜めるってなに?

 

 

「流石に尻はどうかと思った」

「なるほど、TASさんにも羞恥心はあったと。……いや、そもそもかっ飛ぼうとするの止めない?」

「イヤ」

「そのうち俺が死ぬと思うんだけど?」

「手加減はしてる。大丈夫」

「死な安は君らみたいなのにしか通じないんですわ、俺一般人、オーケー?」

「ははは、お兄さんナイスジョーク」

(なんですの今の怖い笑い方?!)

 

 

 まぁ、その辺りをツッコんでも、ご覧の通りなんの成果も得られないわけなのですが。

 だってこれ、TASさんからしてみれば息をするより自然なこと、ってやつだからね!……やっぱり何処かで俺死ぬのでは?

 

 まぁ、そんなことをぼやきながらも、ようやく戻ってきた元の世界である。

 船が真っ二つになる、などという大騒動だったにも関わらず、みんな元気そうだが……この分だと、彼女達は特に問題なく無人島に流れ着けた、ということだろうか?

 

 

「ああいや、そこはTASさんがなんとかしてくれてね?」

「CHEATの協力を得て、ゲーム的なダメージ判定を導入した」

「……ゲーム的な判定?」

 

 

 だが返ってきたのは、MODさんの困ったような笑み。

 俺は船が真っ二つになった衝撃で海に放り出されたわけだが、この反応からするとみんなは放り出されなかった、ということなのだろうか?

 そんな俺の疑問に答えるのは、この面々の中でも一番意味不明な存在であるTASさん。その答えと言うのが……。

 

 

「大破判定を回復アイテムでごまかしながら、無人島まで船を走らせた」

「ちょっと待てや」

 

 

 シミュレーションゲーム的なシステムの導入、なのであった。

 ……あーうん、そういやそうだね。大雑把な機械ならいざ知らず、精密機械満載のロボットとかって、どっかが欠損するだけで下手すると全体が動かなくなってもおかしくないんだよね。

 まぁ、そういうのをどうにかするために各部位をブロック単位で制御する、みたいな方法もあるわけだけど……っておバカ!!

 

 

「???なんで私怒られたの?」

「お前さんこの間、他所の世界の法則を引っ張ってくるようなことするの良くない、って言ってたでしょうが!」

「……あっ」

「あっ、ってお前ー!!」

 

 

 わざわざCHEATちゃんに協力を得ている辺り、機械をHP式で管理するという技術は、少なくともこの世界に元々有るものではないのは確かな話。

 つまり()()()からそれを引っ張ってくる必要があるということになり、すなわちそれはダミ子さんの変化を無為に帰すようなもの、という風にも解釈できるわけで。

 ……そりゃもう、おバカ扱いも仕方ないってもの。

 他所の法則を使ったら、他所の世界と癒着する可能性があると言ったのは彼女なのだから、そこを忘れているような行動をしている時点で悪手以外の何物でもないのだ。

 

 いやまぁ確かに?船体が真っ二つになっているような状況下で、形振り構っている暇があるのか……と言われると、首を傾げる他ないわけだけれども。

 

 

「責任の追及はその程度にしておきましょう、貴方様」

「AUTOさん?」

「……貴方は考慮から外れているようですが。目の前で大切な人が波に浚われていくのを見て、正気で居られる人間というのはそうは居ませんわよ?」

「……あー」

 

 

 そうして彼女を説教していると、横合いからAUTOさんの手が伸びてくる。

 そのまま俺とTASさんの間に割って入った彼女は、遠回しにTASさんが()()()()()()()()()()()()ということをこちらに伝えてきて……。

 

 思わず、俺は頭を掻いてしまう。それを言われてしまうと、確かに俺に彼女を責める権利はない。

 俺があの場で無様に海に落ちたのが、現状の全ての原因だと言うのなら、謝るべきなのは寧ろ俺の方ということになるからだ。

 

 

「……そこは仕方ない。お兄さんにそこまで期待してはいない」

「それでも、だよ。せめて自分の身は自分でどうにかできないと、TASさんに迷惑かけちゃうだろ?」

「…………大丈夫、そこまで含めてお兄さんだから」

「んー、そこはかとなく手間の掛かる人、とか思われてる気配……」

 

 

 さっきまで怒られていたのに、気にしていないというような微笑みを向けてくるTASさんに叶わないな、と思いつつ。

 

 

「……ところで。なんで君ら遠巻きに見てるの?」

「えっ、お邪魔しちゃ悪いかなーと」

「わけわかんないこと言ってなくていいから。ほら、合宿まだ終わってないんだろ?参加するから案内してくれ」

「はーい」

 

 

 何故かこちらを遠巻きに見ていた他の面々達に、なにやってんのという言葉を投げ掛けながら、彼女達のキャンプ地へと案内して貰うことにしたのだった。

 

 



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何処から作る?船から?島から?

「……長いようで短かった合宿も、今日で最後かぁ」

「今日もなにもない素晴らしい一日だった」

「いや、颯爽と終わらそうとすな終わらそうとすな」

「これが一番早いと思う」

「中身が一切なくなってるだろうが」

「むー……」

 

 

 はてさて、合宿と称した一夏の大冒険……大冒険?も終わりを迎えた日の朝のこと。

 いつも通りの挨拶から始まった今日この日だが、実はやることがまだまだ詰まっていたりするのだった。

 

 

「いやー、君達が居ない間は、生活環境を整えるのに必死でねぇ」

「こっちも似たようなもの。気にすることはない」

「まさか炭鉱夫と化していたとはな……」

 

 

 たはは、と声をあげるMODさんに対し、気にするなとTASさんが声を掛ける。……まぁうん、こっちもこっちで大変だったからなぁ、主に俺の命が()

 

 ……ともあれ。俺達が大変だったように、残された側も大変だったということは間違いないようで。

 聞くところによれば、どう見ても撃沈判定・沈没してないのが不思議な状態を、無理矢理他所の法則で大破判定にまでごまかしていたかのクルーザー。……そんな彼・ないし彼女がそんな無謀なことをできたのは、偏にTASさんとCHEATちゃんが揃っていたからこそ、ということになるらしく。

 

 

「彼女が貴方様を探しに世界を越えた時点で、お二人の共同作業によって保たれていたその船体は瓦解し、哀れな鉄の塊と化してしまったのです……」

「危うく潰されそうになりましたぁ」

「君は運勢を何処かに落としてきたのかい?」

 

 

 思わずダミ子さんにツッコミを入れてしまったのはまぁ、一先ず置いとくとして。

 

 その船体を保つ力を失ったクルーザーは、幻想を忘れ現実に立ち戻り、結果として単なる鉄屑に戻ってしまったのだった。

 ……じゃあ、もう一度二人に共同作業をして貰えればいいのか、というとそういうわけでもない。

 

 

「完全に直してから止めたんならまだしも、中途半端に延命治療しながら無理矢理走らせてたもんだから……」

「ああなるほど、最後の命の煌めきを見せてしまったんだな……」

 

 

 ()()()()()()()はぁ、とため息を吐くCHEATちゃんに、なるほどと首肯を返す。

 ……まぁ要するに、無理をさせたまま動かした挙げ句、そのあと適切な処置もしないまま放置される形となったため、結果として完全に撃沈した扱いになってしまった、ということになるようだ。いわゆる完全消失(ロスト)である。

 まぁ、本当に消えてなくなってしまったわけではなく、『鉄の塊』という別のオブジェクトに変化してしまっただけなので、適切な処置を施せば新生させることはできるみたいだが。

 

 ──新生、そう新生である。

 今俺達がしようとしていることは、すなわちなんにもない所から大型船舶をフルスクラッチすることなのであった。……控えめに言ってバカかな???

 

 何故なら、俺達は船に乗ることはできても、船を作ることに関してはてんで素人。……いやまぁ、船乗りとしても素人だろうと言われると困るのだが、それは置いとくとして。

 ともあれ、俺達は造船技術なんて欠片も持ち合わせていない、というのは間違いなく。

 ……幾ら帰るためとはいえ、それなら狼煙でもあげて近くの船が助けてくれるのを待った方が、遥かに確実に帰還できる方法ということになるわけなのだが……。

 

 

「こういう時ほど、自分の存在を強く意識することもありませんわね……」

「うーん、この人も大概無法者だよねぇ」

 

 

 TASさんだって大概無法なのだが、無法レベルでは普通に追従してくるAUTOさんも大概である。

 ……うむ、どうやらダミ子さんが、

 

 

「はわわ、このままだと無人島に骨を埋めなきゃいけなくなりますぅ!!そんなのやですぅ!!でも船なんて直せませんですぅ!」

 

 

 ……などと口走ったところ、天啓を受けたAUTOさんが、

 

 

「私一人では無理がありますが、皆さんが力を御貸しくださればイケるかもしれませんわ……!」

 

 

 と発言したことにより、島内の使えそうなものを集めて船を作り直そう、という方針になったのだそうだ。

 ……直そう、と言って実際に直せる辺り、どこぞのアイドルグループを思い出す流れである。

 

 

「まぁ、流石にエンジンが完全に壊れていなかったから、という部分も多いのですが」

「燃料タンクもね。……いやホント、真っ二つになってるのにその辺りが無事ってのはビックリだね」

「それは当たり前。システム適用時に撃沈判定が出なかったのは、そこが無事だったからってことだから」

「……あー、システム適用前に壊れてたんならあれだけど、この船が完全に壊れたのは島に着いてからだから、逆説的にそれをリアルに変換すると『エンジン周りは無事だった』ってなるってことか?」

「そういうこと」

 

 

 一応、それが可能になったのは、『島までたどり着くことができた』という事実が現実的な解釈をされた結果、ということになるらしいが。

 件の共同作業は、言うなれば臨時の追加パッチのようなもの。

 いつまでも追加されるモノではなく、影響は残るがそれが使用されたという事実は残らないもの、なのだという。……一応TASさん的にも他所の世界云々の部分は対処してたんだな、とちょっと申し訳ない気持ちになってくるが、それは置いておいて。

 

 ともかく、結果は残るが過程は曖昧になるので、後々世界からの修正が入る、ということになるらしい。

 いわゆる辻褄合わせ、というやつだが、それによって一連のどう考えてもおかしなあれこれは、()()()()()()()()()()エンジン周りが無事だったクルーザーが、どうにかこうにか島にまでたどり着きその後完全に動作を止めた……ということになっているのだそうだ。

 

 なので、船体は完全に瓦解したものの、エンジン部分はそのまま流用できる……という状態になっているのだとか。

 ……都合が良すぎる?TASさんって雑に言えば、ずっとご都合主義な展開を引き寄せるもの……ってことだから仕方ないね!

 

 

「ふふん。もっと褒めて」

「はいはい、良くできましたー。んじゃま、必要素材集めに俺達も岩肌掘るぞー」

「ん、任せて。地球の反対側まで突き抜ける」

「無理なはずなのに、TASさんだとやってしまいそうな気がするのは、一体なんなのでしょうね……」

 

 

 ちょっと胸を張るTASさんを諭して、俺達は近くの崖に向かっていくのだった。

 

 



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一夏の漂流の終わりに

「……なんか、ゲームとかで見たことある鉱石が幾つか転がってるような……」

マラカイト(孔雀石)のこと?これ、顔料とか装飾に使うやつだけど」

「……うーん?なんか思ってるのと違ったような?」

 

 

 かーんかーんと鉄と岩肌がぶつかる音を響かせながら、有用な鉱石を探す俺達。

 

 最悪一塊(ひとかたまり)ほどでも見付けられれば、TASさんが倍々ゲームで増やすことも可能なのだが……さっきから出てくるのは宝石系の鉱物ばかり。……どうにも()()()()を使っているせいか、TASさんが思わず乱数調整をしてしまっているようで。

 

 

「TASさん、ダイヤモンドの装備を作るのはまた今度にしよう?」

「あと一つ、あと一つだけ……もう一つ出たら止めるから……」

「完全にイケない遊びにはまった人、みたいになっとる……?!」

 

 

 ……ご覧の通り、TASさん本人の意思では止められそうもなかったので、仕方なくMODさんとAUTOさんの二人に頼んで、強制退場の運びとなるのだった。『やだー、離せー』などと宣うTASさんなんて、早々お目にかかることはないだろう。……それが良いか悪いかと言われると、正直返答に窮してしまうわけなのだが。

 

 ともあれ、メンバーをCHEATちゃんとダミ子さんに入れ換え、改めて炭鉱再開である。

 

 

「……意外とっ、重労働っ、だよなっ!」

「だなぁ、振り上げて、振り下ろす。単にその繰り返しなだけなのに、意外と力を使うような?」

「でも、思ったほど疲労はありませんですぅ。一体どうして……はっ!?」

「どうしたダミ子さん、一体なにに気付い……はっ!?」

……いや、なにそのあからさまな反応……

 

 

 そうして崖を掘り進める中、ふとCHEATちゃんが呟いたのは、ピッケルを使うのって意外と大変だな、というような意味の言葉。

 汗水垂らし岩肌を崩す今の俺達が、夏とか海とか全然関係ない──いわゆる()えない状態である、ということを遠回しに皮肉ったものでもあったそれは、しかしてダミ子さんがとあることに気が付いたために、別の話へと飛び火して行くことになる。

 

 ……そう、こんな重労働、普段そこまで運動していない俺達が、筋肉痛にもならずに続けられていることには、必ず理由があると。

 いきなりなに言ってるんだこいつら、みたいな視線を向けてくるCHEATちゃんに対し、俺達二人は(暑さに茹だった頭で)こう告げるのだった。

 

 

「そう、全ては結果にフィットした結果だったんだよ!」

「あのリングは、すなわち今のあれこれを察してのことだったんですぅ!」

「──よし、一回休憩するか」

「「はい……」」

 

 

 ……なお、彼女の感性にはフィットしなかった模様。ですよねー。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「つ、ついに完成したぞ……っ!」

「苦節うん十時間、素材集めが大半を閉めたとはいえ、ようやくここまで来ることができたな……」

「胸熱、というやつ」

 

 

 目前の威容を見上げながら、うんうんと頷く俺達。

 必要な素材を集めきり、AUTOさんの指示のもとそれらを組み上げた結果、そこに完成したのは新品同然のクルーザー。

 ……いやまぁ、流石に最初の時の奴に比べるとちょっと小さくなってしまっているのだが、それでもこの規模のものを俺達の力で作り上げた、というのはやはり驚嘆に値するだろう。

 

 

「……まぁ、TASさんが余計なものを付けようとしなければ、もうちょっと早く終わってたとは思うんだけど」

「なにを言う。こういう時にジェット付けなくてどうするの?」

「貴女のその、異常なまでのジェットへのこだわりはなんなのですか……?」

 

 

 とはいえ、当初の予定よりずれ込んでしまった、というのも確かであり。……その理由が、TASさんが色々と機能を増設しようとしたから、というところにあることには、なんというか頭の痛くなる思いというか。

 ……まぁうん、早さを求めるTASさんのこと、最悪ぶっ壊れてもいいから(ダメージブースト)とにかく速く、なんて風に言い出すことは目に見えていたので、途中から船のことは任せなくなっていったわけなのだが。

 

 代わりに懐かしの錬金鍋をし始めたため、効率がいいからとかなんとか言ってゲテモノ料理を出されたりしたけど……背に腹は代えられないというやつである、うん。

 

 

「……ま、まぁ!これでようやく家に帰ることができるってもんだな!」

「?帰りたいの?」

「やーめーろーよー!!お前それ新しい場所に行こうとしてるやつだろー!!?」

 

 

 暗い空気を払うように、CHEATちゃんが声をあげる。

 ……が、直後にTASさんが首を傾げたため、話が変な方向に。これ、帰るだけなら他に手段があるよ?とか言い出すやつである。

 つまり、この船を作るのになんの文句も挟んでこなかったのは、この船によってなにか新たな騒動に飛び込んでいく羽目になるから、ということなのかもしれなくて。……CHEATちゃんが悲鳴をあげるのも仕方ない話である。

 

 

「むぅ、じゃあ今回は置いとく。また今度」

「乗らねー!!もう二度と船なんか乗らねー!!」

 

 

 渋々といった感じに諦めの声をあげるTASさんに、もう二度と船には乗らないぞという誓いをCHEATちゃんがぶち上げて、それにはいはいと声を返しながらTASさんが船に乗り込んでいく。

 他の面々は思わず顔を見合わせて、苦笑いを溢しながら彼女に続き。

 

 ──こうして、思ったより長くなった無人島サバイバルは終わりを告げるのだった。

 ……え?帰りの運転?MODさんにやらせると元の木阿弥だから、仕方なくAUTOさんにやって貰いましたがなにか?

 

 

「……ええと、いいのでしょうか、これで……」

「流石に二度も転覆はしたくないから、仕方ないね」

「はっはっはっ、おかしいなー!私の信頼度がいつの間にか底値に落ち込んでるぞー?!」

「寧ろなんでまだ信頼されてると思ってるんですかぁ!?」

 

 

 びっくりだよ、とばかりに声をあげるダミ子さんに、MODさんはえー、と心底心外そうな声を返していたのだった。

 

 



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真夏のある日のこと

 無人島漂流が終わっても、夏はまだ真っ盛りである。

 そんな茹だるような真夏日の中、俺達がなにをしているのかと言うと……。

 

 

「……いや、なにやってるのTASさん」

「ん、反復横飛びで日差しを避けてる」

「本当になにやってるの!?」

 

 

 近くの公園にある噴水近くにまで赴き、束の間の涼を取ろうとしていたのだった。……傍らのTASさんはいつも通りである。

 

 いや、噴水から飛び出してくる霧状の水を避けてるー、とかならまだ納得できたのだが、まさかの日差しを避けてる発言である。……寧ろどうやって避けるんだそれ?

 

 

「避けられてるかどうかは目視で判断できる」

「は?どういう……うわぁ!?TASさんがどっかの犯人みたいに真っ黒に!?」

「日差しを避けるということは、すなわち表面に日光が反射しなくなるということ。必然、表面の色を判別する術がなくなるから、結果として真っ黒に見える」

「くそっ、なんかそれっぽい説明されたから納得してしまう!」

 

 

 突然真っ黒になったTASさんに驚き、彼女の説明にさらに驚き……と、驚きっぱなしの俺である。

 いやまぁ、仮にもし実際に日差しを避けるとすると、ほぼほぼ確実に光と同速になりそう……みたいなツッコミもなくはないのだが、そこはTASさん相手なので気にするだけ無駄である。

 

 

「……いつぞやかの避け方みたいに、半分ずれるとかじゃダメなの?」

「それでも避けられるけど、半分だけ」

「あー、なるほど」

 

 

 半分だけ真っ黒になる、みたいな?

 TASさんの言葉に、中心線から右なり左なり、片側だけ真っ黒になっている彼女の姿を思い浮かべ、思わずううむと唸る俺。

 ……うん、単純に真っ黒なのより不審者度が凄いなそれは。

 片足以上ギャグに突っ込んでいるような姿にはなりたくない、というTASさんのいじらしい(?)思いに、思わずうんうんと頷く俺なのであった。……え?そもそもTASさんは存在そのものがギャグみたいなもの?それはそう。

 

 

「抉り込むように打つべし打つべし」

「いててて、地味に痛いからやめいてててて」

 

 

 なお、その扱いが気に食わなかったらしいTASさんにぺしぺし攻撃されたが、地味に痛かったので反省しきりな俺である。

 

 

 

・A・

 

 

 

「ただいまー」

「お帰りなさいませ、ですわ」

「お帰りー、アイスはー?」

「ほい」

「わーいやったー。……アイスガトケテル!?

「また凍らせればいいじゃんか。っていうかこの炎天下で溶けない方がビックリだっての」

「……それもそっか。えーい、気化冷却~」

「その、どことなく危ない技を使うの止めません?」

 

 

 そもそも気化熱で物を凍らせるのって難しくない?……みたいなツッコミも含まれたAUTOの言葉は、「ん?」と首を傾げながらアイスを再度凍らせているCHEATちゃんの姿の前に、無為に空気に溶けていくのだった。……まぁ、CHEATちゃんだから仕方ないね。

 

 と、いうわけで。

 戻ってきた我が家は、熱がこもって暑いのなんの。それもこれも全て、うちのクーラーが故障しやがったせいである。

 

 それに気が付いたのは今日の朝。

 今日も朝から暑いなー、などと思いながらクーラーのリモコンを操作したところ、うんともすんとも言わなかったため、首を傾げながら確認したところ、完全にぶっ壊れていたのである。

 

 よもやこんなクソ暑い時期にぶっ壊れるとは思っていなかったため、思わずTASさんに確認を取ってしまったのだが……彼女は処置なし、と首を左右に振るのみ。

 どうやら彼女的には、このクーラー破損は必須イベントに当たるようで、彼女が直したり故障を回避したりするつもりは、一切ないらしい。……いやまぁ、修理費は出してくれるらしいが。

 

 ともかく、「暑いのは仕方ない」みたいな顔をしている彼女はあてにならないので、他の面々の到着を待って直せる人が居ないか、と確認してみたのだけれど……。

 

 

「素人判断で直すのは良くありませんわ。そもそも、確かクーラーの修理はなにかしら資格がいるのではありませんでしたか?」

「……そうなん?」

「電気工事士とか、冷媒の取り扱いに関する資格とか、まぁあった方がいいものは幾つかあるみたいだね」

 

 

 なにやら修理の際に弄る場所の関係上、なんだかんだと資格が必要になるそうで、それらをちゃんと持っている人がいない……という話になってしまうのだった。

 うちのエアコンは古いやつなので、もしかしたらフロンガスとか使ってるかもしれないので余計に……とかなんとか言われてしまっては、こちらとしてもなんにも言えなくなると言いますか。

 

 そういうわけで、クーラーの修理については一旦諦めて業者を待つことにし、束の間の涼を取るためにあれこれと行動していた……というわけなのである。あるのだが……。

 

 

「流石に限度があるわこれ!」

「あーうん、窓全開でも対して涼しい風が入ってこないしねぇ」

 

 

 思わず、とばかりに叫んだ俺の言葉に、MODさんがうんうんと頷いている。

 ここいらはビルの立ち並ぶ場所ということもあり、外から入ってくる風も生暖かいを通り越して熱い部類になっている。……日陰なのにも関わらず蒸し暑いこともあって、正直単なる拷問でしかないというか。

 じゃあ、CHEATちゃんがさっきやってた気化冷却で冷やして貰えば?……と思うかもしれないが、これってどうやら効率がかなり悪いらしく、部屋を快適な温度にまで冷やそうとすると、ほぼほぼ確実に彼女がバテるのだとか。

 

 無論、TASさんはその辺り無関心で、平気そうな顔で本を読んでいるが……。

 

 

「……仕方がない、こうなったら最終手段だ!」

「え、ここから入れる保険が?」

「保険じゃないが次善の策ならある。──プールだ、プールに行くぞ皆のもの!」

 

 

 恐らくそれは、こちらが適切な対処を取ることを待っている、という態度。

 すなわち()()()()()()()()()()()ということで。

 

 ……それを悟った俺は、苦渋の決断の末にその言葉を口にしたのだった。

 

 



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ハーレム系恋愛漫画でよく見る光景(但し中身はギャグである)

 はてさて、なんでプールに行くのが最終手段なのか?……と不思議に思う者もいるかもしれない。

 だがしかし、よーく考えて頂きたい。今の俺が、どういう状況にあるのか……ということを。

 

 

「そうだね、見た目だけなら完全にハーレムクソ野郎だね!」

「実態としては要介護者とその介護をしてる人、みたいな関係性なんだけどね」

 

 

 やかましい。

 ……MODさんの軽口に思わずムスッとした表情を返したのち、現状を思い出してまたはぁ……とため息を吐く俺。

 

 そうなのである。

 実態がどうなのかということは脇において、今の俺の状況を見てみると。……なんとも不思議なことに、人間のクズヤローみたいな羨まし過ぎるシチュエーションの渦中にいるように見えるのである。

 見るがよい、両手に花とかいうレベルではない、誰がどう確認しても美少女以外の何者でもないこの面々を!……まぁ、代わりに中身はわりと残念なのだが。

 もし仮に、将来的に彼女達とお付き合いをしたい……などと考えた人がいるのだとしたら、その前に色々と考え直して頂きたいと具申する次第である。

 

 まずはAUTOさんについてだが……この中では比較的マシにな方に見えるが、その実微妙に仕切りたがり屋な面があったり、不正についてうるさかったりする。

 それから、基本的にどんなことでも卒なくこなす器用()()の類いの人物なので、ともすれば無神経なことを言われたりする、なんてこともあるかもしれない。……要するに、付き合っている内に細かい負担が負債のように積み重なってくるタイプの美少女、というわけである。

 

 続いてCHEATちゃん。彼女は小生意気な面があったり、かと思えば引っ込み思案なところがあったり……と、いわゆる躁と鬱の差が激しいタイプ。

 流石にメンヘラのレベルまでは行かないが、迂闊に付き合うとその辺りの感性の違いで振り回される可能性大な美少女である。……あと、単純に中学生に手を出したら犯罪です。()

 

 んでもってお次はMODさん。彼女はそもそも()()()()()()()()()()()()()ので、性別に問われないお付き合いというものが最初から必要とされる。

 また、学生身分ながら色々と後ろ暗いお仕事とかもしているご様子なので、彼女の抱えているものを一緒に支えられるかどうか?……みたいなところまで、将来的には求められてくるかもしれない。

 

 それからダミ子さんに関しては……うん、基本的に彼女の生活を介護するような感じになるので、そこら辺から蹴躓く可能性大である。

 

 私の評価おかしくないですかぁ、と喚く彼女は放置して、最後にTASさんの評価に関してだけど……正直取る行動が突拍子もなさすぎるため、まずそれに付いていくのに多大な労力を払う羽目になるだろう。

 例えそれを越したとしても、彼女の持つ特殊な視座に付いていくのに対し、更なる負担を背負わされることになるのは想像だに難くない。……正直、常人に付いていけるようなものではない、というのは明白というか。

 

 ざっと語ってみたが、ご覧の通り。

 恐らくは、この面々の中で一番付き合いやすい部類に入るであろうダミ子さんでさえ、彼女の持つトラブルに誘引されやすい体質を思えば、一般人には荷が重いとしか言いようがあるまい。

 ゆえにそんな彼女達に囲まれていたとしても、別に全然嬉しくないし大変すぎて命が危ない、なのである。いやマジで。

 

 

「それはこちらの台詞」

「まさかのロケット頭突き!?」

 

 

 ……というような胸の裡を吐き出したところ、返ってきたのはTASさんからの熱い返答(突進)なのでありました。……軽く吹っ飛ばされたんだが?

 

 でもまぁ、今のは悪いところをひたすら列挙する……みたいな感じだったので、彼女達が怒るのも仕方がないといえば仕方のないこと。

 なので、バランスを取るために良いところも語るとすると……。

 

 ええと、AUTOさんは根が生真面目なため、とても面倒見がよい。そして、多くの物事に通じているということは、それらを教える筋の方も良い可能性が高い、ということ。

 得てして教師役として大成しやすいタイプであり、事実彼女の教えが実を結ばない、などということはほとんどない。

 なので恋人などではなく、彼女を先生役として教え導いて貰うのが一番いい付き合い方なのではないだろうか?

 

 CHEATちゃんに関しては……二面性を持つということは、相反する感情を持つことに対して一定の理解がある、とも考えられる。

 最近ではそういうのは心が二つあるとかなんとか言われるみたいだが、そういう二律背反じみた状況においては頼れる先達となることだろう。

 また、配信者としてもわりと長いキャリアを持つため、人前で話すことについても一日の長がある。

 緩急のある話が得意でもあるので、話術の学び相手としてはとても優れていると言えるだろう。

 

 MODさんはAUTOさんとは違うタイプの万能選手であり、また相手の気持ちにはわりと寄り添ってくれるタイプでもある。

 ……時折そういう自分に疲れることがあるのか、こちらに甘えてくるように寄り掛かってくることがあるので、そこで対応を誤らなければ良きパートナーとして手を取り合えることだろう。

 無論、その時々の相手の姿形に惑わされず、彼女自身を見ることこそが一番肝要なことに変わりはないわけだが。

 

 ダミ子さんに関しては──良いところと言うとちょっとアレだが……多くを失っているがゆえにということなのか、実は包容力がこの面々の中で一番高い。

 彼女に甘える、というのはなんだか罪悪感が湧いてくるかもしれないが、たまにはそういう態度で接してあげると、頼られていると実感して喜ばれたりするかもしれない。

 

 ……なんか、途中から良いところをあげるのではなく、彼女達とどう上手く付き合っていくか?……みたいな話になっていたような気がするが、それでもご機嫌取りとしては十分なはずぼへぇ。

 

 

「こここ、こっ恥ずかしいことを大声で捲し立ててんじゃねぇよ!!」

「おお、落ち着いてCHEATちゃん!気絶してますから!その人気絶してますから!!」

「……いやー、まさか口説かれるとはなー、あっはっはっ」

「そういうのじゃないと思いますけどぉ……なんというか、よく見てらっしゃるんですねぇ、この人」

 

 

 顔を真っ赤にしたCHEATちゃんの全力張り手により、俺は壁の染みになりましたがスプラッタ過ぎやしないです?

 ……あと、TASさんに関しては他の人に被害を広げないために、対応マニュアルは非公開です、あしからず。

 

 



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思春期の夏は眩しい

「むぅ、参考までに聞いてみたかった、私の対応マニュアル」

「表紙で一時間待ってからスタートするけどそれでも宜しいか?」

「……むぅ、隠しコマンド……」

 

 

 プールの縁に座り、足を水に付けてパシャパシャしているTASさんの横で、真っ赤に腫れた頬を擦りながら頬杖を付く俺。

 ……うん、いつの間にやらプール内部なわけだが、無論市営プールとかみたいな色々とあれな場所ではない。

 じゃあどこなのか、というと市内の会員制のプールの中なのであった。……MODさんってば、色んなところの会員になってるのね、ほんと。

 

 市営プールにこの面々を引き連れて行くとか、好奇の視線に晒されるだけならまだしも、男共の嫉妬の視線で焼き焦がされるわ。

 そういう意味で、弁えている人しかいないこういうところの方が、幾分か心の安息が保たれるというものである。……いやまぁ、こっちはこっちで高級すぎて落ち着かない、という問題点もあるのだが。

 

 高級、と言ってもプールが豪華、というわけではない。

 俺達以外の利用客がファビュラス過ぎて、場違い感が凄いのが問題なのである。

 

 

「ははは。そんなに強張らなくてもいいと思うけどね?」

「そりゃーまー、MODさんは慣れてるし似合ってるから問題ねーでしょうけどねー」

「おやおや、すっかり機嫌を損ねてしまったようだ」

 

 

 俺がむすっとした顔をしていると、そこに声を掛けてきたのはAUTOさんと水泳対決をし、軽々……ではないものの勝利して、そのまま水から上がってきたMODさん。

 ポタポタと水の垂れる長い髪を掻き上げながら、にこりと笑みを溢してくるその姿は、人によっては思わず一目惚れしてしまってもおかしくないかもしれない。

 

 ……いやだって、ねぇ?本当にこの人高校生か、みたいな見た目なんだもんよ、今のMODさん。

 周囲の客達にも負けず劣らずな、高貴な空気を醸し出すその姿は、どうにもこちらとは別世界の人間である、と主張するかのよう。……本人にそのつもりはないのだろうが、普通に気圧される感じなのである。

 

 ついでに言うと、とてもセクシー。セクハラになりそうだから子細は省くが、周囲の男性客がこっちをこそこそジロジロ見てる辺りで察して頂きたい。

 

 

「……TASさん、お仕置きどうぞ」

「心得た。受けよ正義の鉄槌、視覚ジャック~」

「……一応聞いておくけど、一瞬跳び跳ねた彼らはなにを見せられてるんだい?」

むくつけきゴリマッチョ(MODさんの変身のうちの一つ)

「……あー、それはそれは……ってん?なんで君が答えたんだい?見せてるのは彼女の方、だろう?」

「俺も見てる」

「えぇ……」

 

 

 一瞬見惚れたのは確かなので、俺もお仕置き対象というやつである、致し方なし。

 ……まぁ、一度見たことがあるので、周囲のみんなみたく取り乱すことはないのだが。あと気のせいじゃなければ女の人の一部も悲鳴をあげてない?……あ、その人達もジロジロ見てた?それはそれは……。

 

 まぁうん、周囲に負けず劣らずファビュラスだったからなぁ、今日のMODさん。

 そんなことを思いながらうんうん頷いていると、

 

 

「貴方様?なんの話をしていらっしゃるのでしょうか?」

「MODさんがこの夏を独占してるって話」

「はぁ?……ってこら!ちゃんと上を羽織りなさいと言ったじゃないですか貴方は!」

「ははは、細かいこと言いっこなしだよAUTO君。それにほら、素晴らしい肢体は見せ付けるが吉、とも言うだろう?」

「どこの変態の格言ですか!いいから、は・お・り・な・さ・い!」

「うわっぷ」

 

 

 肩を怒らせながら歩いてきたAUTOさんが、好き勝手に周囲の視線を集めていたMODさんに無理矢理ローブを着させていたのだった。……お陰さまで、周囲をお仕置きする必要性がなくなったと判断したTASさんの視界ジャックは終了した。AUTOさん様々である。

 

 で、MODさんがワインレッドのホルターネックワンピースだったのに対し、AUTOさんの方は普通の白いワンピースを着ているのだが、これが中々。

 二人してスタイルがとても良いので、並ばれると正直視線を逸らすしかない俺である。……こういうのヤダからプール来たくなかったんだよなぁ。

 

 

「?なにか問題が?邪な気分でなければ、別に見ても構わないと思いますけど」

「男が視線からそういうものを一切排除するのは、実際無理なんだよ」

「……なるほど、目のやり場に困ると。君はなんだかんだ紳士的だねぇ」

「紳士的を気取るやつほどヤバイやつはいないぞー」

「……それ、ご自身のことを貶してませんか?」

「そう言ってるー」

「……あー」

「お兄さんがとても困ってる。やっぱり居る?見えるもの全部モザイクになる眼鏡」

「それはそれでいかがわしいからやだ」

 

 

 いやまぁ、実際そんな気持ちはないのだが。

 ……ふと脳裏を過る時、というのはどうしても存在するわけで、そこら辺まで考えると見ないのが一番、という話になるというか。

 まぁ、見ないなら見ないで想像の中にまで侵食してくることがあるのが、男の悲しい性なのだが。

 

 そんなことをぼやきながら、誰も居ない位置に視線を向け続ける俺なのであった。

 

 



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地味こそ恐ろしいスパイスもない

「ふぅ……久しぶりに普通に泳いだ気がしますぅ」

「おっ、ダミ子さんだ。きっとダミ子さんならこの空気を崩してくれっ」

「お兄さんの顔が百八十度回った」

「ぐきって言いませんでしたか今?!」

 

 

 ちょっとばかり気まずい空気に(俺が勝手に)なっていると、よく聞いたことのある声が。

 そう、この声はダミ子さん。色気より食い気を地で行く彼女なら、この変な空気を吹き飛ばしてくれる……!

 

 そんな期待を込めて向けた俺の視線は、一瞬も彼女をその視界に納めることなく百八十度回転することとなるのだった。

 ……俺は見てない。俺は見てないったら見てない。

 

 

「だからTASさん、他の人にはやっといて」

「りょ。ててーい、視覚がどーん」

「「「ぬわあぁあぁ、目がー!目がー!!」」」

「だ、大多数の方が目の辺りを押さえて悶絶を!?」

「……いやまぁ、仕方ないよこれは。私もちょっと目が惹かれてしま目がー!!」

「MODさん!?」

 

 

 そう、見てなんか居ないのだ。

 ダミ子さんのその、ゲームとかでしか見ないようなばるんばるんのモノは……!!

 

 

「ふ、ふふ。甘く見てたぜダミ子……扱いとしてはペットとか小動物……そんな素振りは一切なかった……そう、お前が伏兵となるような可能性は……だがどうだ、今人々は恐怖し、恐慌し、お前の一挙一動に関心を置き続けている……月並みな言葉だが、敢えて言おう。──ダミ子、お前がナンバーワンだ……!!」

「え、なんなんですかこの空気……」

「貴方が色々とすごいのが悪い。ガチャの実装はいつ?私も引こう」

「ガチャ狂院(ぐるいん)……って、なにを言わせるんですかぁ!?」

 

 

 ……なんかTASさんまで言動がおかしくなっているが、それも仕方のない話。

 だってねぇ、スイカですよスイカ、まん丸大きなスイカ、それも二つ。

 ……リアルの人にスイカ、って例え方することになるなんて思ってなかったよ俺、なにあれ暴力でしょ、そりゃみんな見るの当たり前だよ。

 

 

「……それはそれとして、俺も視界がジャックされました。対戦宜しくお願いします」

「皆さん敗北で宜しいのでは?」

 

 

 冷たいような呆れたような、そんな声音のAUTOさんの言葉に、違いないと思わず頷いてしまう俺なのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「よもやローブを羽織わせると逆に目立つだなんて……」

「最終的にプールの中にずっといて、という話になった」

「なんか変な方向に不憫だなあの人……」

 

 

 数分後。

 あれこれ試した結果、ダミ子さんに関してはボディが見えないようにプールの中に居て貰う、ということが決定したわけだが……なんというかこう、変なところで間の悪いというか運の悪いというか、ともかく可哀想なことになる人だなぁと思う。

 いやまぁ、どのパターンにしても本人に落ち度がないのがアレなのだが。

 

 ともあれ、ようやく施設内は落ち着きを取り戻し、こちらも視界が戻って胸を撫で下ろすことができたわけだが……。

 

 

「……わりと真面目に、市民プールじゃなくてよかったな……」

「騒動の規模は、こんなもんじゃ収まらなかっただろうからね……」

 

 

 あんな危険なビキニ、公衆の面前にはとてもじゃないがお出しできたものではない。

 そういう意味で、会員制のプールを選んだこちらには先見の明があった、と言ってしまってもおかしくないかもしれない。

 ……いやまぁ、こっちの事情を知らない一部の人に、女の敵みたいな視線を向けられてる俺を除けば、なんだけどね?

 

 

「でもその辺りは有名税みたいなもんかな、って……」

「有名だからとそういうものに諦めを投げるのは良くないぞ、大抵それを言う相手は調子に乗るものだからね!」

「なんか実感が籠ってるなぁ……」

 

 

 そういうものに巻き込まれる機会でもあったのだろうか、という言葉は口の中に留め置くとして。

 ともあれ、こうなってくると残り一人──CHEATちゃんこそが最後の希望、ということになってくる気がする。

 

 

「ん?……あれ、そういえば居ないね、彼女」

「うむ、先にここのオーナーに話をしに行ったからね、彼女」

「オーナーに?一体なんの話を……」

「それは!全てこの時のため!──とぅっ!!」

 

 

 俺の言葉に、ようやく一人姿が見えないということに気が付いたMODさんが、辺りをキョロキョロと見回しているが……生憎、残りの一人であるCHEATちゃんは、今この場には居ない。

 

 彼女の現在地は、このプールの経営者のところ。そんなところになんの用事が?と首を捻るMODさんだが……それと同時、施設内に響くのは一人の少女の声。

 マイクを通して聞こえてくるその声は、間違いなく今話題になっていた彼女のもの。それに気が付いた俺達は、周囲を見渡し、そしてそれを見付けた。

 

 今俺達が居るプールとは別のプール。

 大人用の深いプールであるそれは、さらに深い部分が存在し、そこ目掛けて飛び込めるように飛び込み台が存在している。

 その飛び込み台の、一番上。仁王立ちでそこに立ち、マイクを持つその人物は。逆光で顔の見えない、その人物は。

 

 

「そう、私こそが今回の主役、CHEAT!──とぅっ!!」

 

 

 持っていたマイクを放り投げ、綺麗なフォームでプールに飛び込んだその人物。

 大きな水しぶきを上げた彼女は、燦然と立ち誇り……立ち誇り?

 

 

「……バカだこいつ沈んでやがる!?」

「泳げないのなら泳げないといいなさいな!?」

「わわわ、助けなきゃですぅ!?」

 

 

 ばしゃばしゃ、たすけ、およげなっ……などと宣う彼女の呼び名はCHEAT。

 ……泳げない癖に、格好付けて最上段から飛び込んだお馬鹿な女の子である。

 

 



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小さい子ほど注意がいる

「じぬ゛がど思゛っだ……」

「だろうね!!」

 

 

 ガタガタと震えるCHEATちゃんの姿に、思わず「バカかなこの子!?」と言いたくなってくる今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?

 俺達は現在、地味に死に掛けてたCHEATちゃんの看病中である。

 

 ……いやまぁね?さっきここのオーナーさんのところに行ってたのは、久々にTuberとしての仕事──動画撮影をしようと思ったから、というのはなんとなくわかるのだ。

 いわゆる撮影交渉というやつをした結果、うまく行ったんだろうなーっていうのも理解はできる。

 

 分からないことがあるとすれば、なんでそんなに浮かれてたのか、っていうこと。それも、自分がカナヅチであることを忘れるほどに、だ。

 彼女、普段の時にはわりと常識人に区分されるタイプでもあるわけで、それほどに羽目を外していた理由が分からない……というわけである。

 

 ……逆を言えば、彼女がそれだけ浮かれてしまうようななにかがあった、という風にも解釈できるわけなのだけれど……。

 

 

「思い付く人ー」

「……居ませんわね」

「ナンデダヨーワカルダローチクショー!!」

 

 

 なんということでしょう、だーれも彼女が浮かれている理由に思い至らないではありませんか()

 いやー、困った困った。まさかとは思うけど、こんな騒いでると悪目立ちするような場所で、いつものノリでTASさんに挑もうとしてる……なんてことはないと思うから、俺達にはぜーんぜんわからないなー()

 

 

絶対わかってるじゃんその言い草……

「エッナニキコエナーイ,ゼンゼンリカイデキナーイ!」

「ウゼーッ!!ゼッタイワカッテテトボケテルジャンカコイツー!!」

 

 

 ゴンッ!!(とても鈍い音×2)

 

 

「うるさいですわ二人とも。こういう場所では、お静かに」

「「……はい」」

 

 

 ……まぁ、そうして彼女を煽って遊んでいたら、案の定二人してAUTOさんからの鉄拳制裁を受ける羽目になったのですが。

 でもまぁ、ちょっとエスカレートしていたのは確かなので、反省する機会が与えられたことは良いことだと思います、多分。

 

 ともあれ、さっきまでの反応からするに、やっぱり彼女が許可を取りに行っていたのは、ここでTASさんとの対決を行うためのモノで間違いないだろう。

 ……折角の休み&遠出なのだから、いつものルーチンワークは忘れて素直に遊んでれば良いのに……みたいな思いもなくはないが、休日であろうとも高みを目指そうとするその姿勢そのものは褒められて然るべきモノなので、とりあえず口を噤む俺なのであった。

 

 

「でしたら、最初から黙っていれば良かったのでは……?」

「一度こうやって怒られないと、普段の煽り系Tuberとしての性質が強くなりすぎるだろうからね、仕方ないね」

「注意のためだけに体を張りすぎですぅ。漫画みたいな大きなたんこぶ、私初めて見ましたぁ」

「ん、おそろい」

「「「お揃い……?」」」

「なんでもない。忘れて」

 

 

 無論、口では良さげなことを言っておきつつ、やってることがさっきのアレなので、こうして生真面目なAUTOさんからは普通にツッコミを入れられてしまうわけなのだが。

 ……ところで、TASさんの発言がMODさんのツボに入ったのか、滅茶苦茶大爆笑してるんだけど大丈夫だろうかこの人?

 

 

「コラーッ!!ワタシヲホウチシテタノシソウニスンナーッ!!」

「おおっとCHEATちゃんがお怒りだ。では気を取り直して……TAS選手、勝負への意気込みは?」

「挑んでくれてとてもありがたい。丁度試したいことがあった」

「おおっと気合い十分です、この時点でいやな予感しかしませんが、この発言を受けたCHEATさんはどうなっているでしょうか?!」

ハヤマッタカモシンナイ……

「凄まじく弱気になっていますわね……」

「TAS君は今まで頑なに、海とかに入ろうとしていなかったからね。恐らく、彼女はそれをTAS君が()()()()()()と勘違いしていたのだろう」

 

 

 気を取り直して、改めて試合前インタビュー的なものを行う俺達。

 いつも通り挑んでくるもの全部ウェルカム、なTASさんは擬音を付けるのならしゅばばば、って感じの文字になりそうな華麗なジャブを見せ付けている。

 それに対するCHEATちゃん、さっきまでとは打って変わって意気消沈。

 

 それもそのはず、彼女が先ほどまで勝利を確信したかのように喜び浮かれていたのは、今までの行動からTASさんは泳げない、と勘違いをしていたがため。

 ……喜びのあまり、自身が泳げないことまで忘れていたのはどうなのか?……という思いもないではないが、ともかくあまりにも迂闊な勘違いである。

 

 顔面蒼白なCHEATちゃんに対し、いつも通り無表情ながら、ふんふんと鼻歌まで聞こえてきそうなTASさん。

 

 ……これ、やる前から結果が決まっているのでは?

 そんな言葉を飲み込みながら、二人が試合を開始するために移動していく、その後ろ姿を見送る俺なのであった。

 

 

「……いや、溺れるのがわかってるんだから止めるべきでは?」

「……泳げないって再認識した上、滅茶苦茶意気消沈してるのにも関わらずそのままスタート地点に向かってる辺り、なにか策があるんじゃないの?」

 

 

 なお、そのまま見送ることにMODさんからのツッコミが飛び出したが……流石に同じ失敗は繰り返さないだろう、と認識していた俺は、その事を伝えることで皆を納得させることに成功したのでしたとさ。

 

 



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プールだからといって泳ぐとは言ってない

「さて、始まりました第ほにゃら回、CHEATバーサスTASの直接対決!解説は私、彼らの兄的存在と、」

「みんなの頼れるお姉さんこと、MODがお送りするよ」

「ななな、なにか始まりましたですぅ!?」

「一応CHEATさんのチャンネル動画ですので、その辺りの協力……ということみたいですわ」

 

 

 どうやら一時的な貸切についても、すでに交渉を終えていたらしいCHEATちゃん。

 プールサイドに設営された解説席に、特に疑問を挟むこともなく座った俺達は、人の居なくなったプールと、そのプールを望む位置で開始の合図を今か今かと待ち望む、二人の戦士の姿を見るのであった。

 ……まぁ、大仰なことを言っているが、つまりはTASさんとCHEATちゃんの二人である。

 

 TASさんの方はいつも通りの様子だが、CHEATちゃんの方は顔面蒼白なのであった。

 

 

「おおっとCHEAT選手、これはどうしたことか!まだプールに入っていないうちからチアノーゼ反応かー?!」

「ううううるさい!静かにしろよ気が散るだろぉっ!!」

「強がりなのかはたまた今さら正気に戻ったのか。……なんにせよ、このままだと彼女の負けは見えているね」

「CHEAT選手、このままプールの藻屑と消えてしまうのかー!?」

 

「……なんでこの人、こんなにノリノリなんですぅ?」

「意外とこういう空気が好き、ということかもしれませんわね」

 

 

 後ろの二人うるさい。

 ……ともあれ、立ち並ぶ二人の様子は対称的、片や泰然自若を体現するかのように不動の構えを以て前を見据えるTASさんに対し、片や壊れてしまって、ずっと振動しているスマホみたいになっているCHEATちゃん。

 現時点では、勝負の結果は火を見るより明らか、といった状況にしか思えないわけなのだが……はたして、本当にそうなのだろうか?

 

 いやまぁ、これが彼女の()()()だとするのならば、迂闊に口にすると全部台無しになる(主に動画撮影の山場的な意味で)ので、基本的には脳内で考察を捏ね繰り回すだけなのだが。

 ともあれ、若干以上にわざとらしい震え方からして、なにか企んでいるのはほぼ確実。

 ゆえに俺はそれに気付かないフリをしつつ、マイクパフォーマンスで場を温めるのが自身の仕事だと把握したわけなのである。

 

 ……なので、この煽っているような言動は演じているもの。

 決して俺が、素の状態で性格悪い人間だということではないので、そこら辺を勘違いしないで頂きたい次第である。

 

 

「?……お兄さんは性格悪いよ?」

「TAS選手、人の脳内を読み取った上で罵倒するの止めてください、イエローカード出しますよ?」

「ちょうだいちょうだい一枚でいいからちょうだい」

「うわあ!?いきなり詰め寄ってくるな心臓に悪い!?っていうかダメです!よくよく考えたら君になにかあげるの不安以外の何物でもないわ!?」

「ちぇー」

「……あの、私を無視しないで欲しいんだけど?」

「おおっと、失礼失礼。では改めまして、両選手はスタート地点についてください」

「はーい」

 

 

 ……脳内会議もおちおちできやしないの、俺どうかと思うよ?

 

 という愚痴はまぁ、一先ず脇に置いておくとして。

 改めて、スタート地点に立ち直した二人を確認し、ストップウォッチと笛の準備をする俺達。

 

 

「位置について、よーい……どん!!」

「い、行くっきゃねー!こなくそー!!」

 

 

 そうしてスタートの合図をすれば、まるで破れかぶれと言わんばかりに、CHEATちゃんが水面へと飛び込んで行ったのだった。

 

 

(──バカめ!私はヤツがこちらを甘く見て、地上で呑気にして居るのを見たぞ!その傲慢が、お前の敗北を招くんだ!)

 

 

 そしてその時、俺は確かに見たのだ。

 どこから取り出したのかはわからないが、CHEATちゃんが例の黒板(ポケコン合成&防水仕様)を取り出し、なにかのコードを打ち込むのを。

 

 そう、彼女はCHEATちゃん。その名の通りチートを操る者。

 なれば、泳げない自身になんらかのコードを適用することで、華麗な泳ぎを見せ付けられるようになってもおかしくはない。……具体的には、見事なフォームのバタフライを見せていた。

 

 

(予め、水中に入っていないとダメ、というようなルールは叩き付けておいた!これで、水上を走っていくなどの裏技(バグ)は使えない!ならばアイツは普通に泳ぐ必要があり──同じように泳ぐのなら、私の方が倍速とかできるから圧倒的に有利だ!)

 

 

 時折水面から飛び出してくるCHEATちゃんの顔は、なにやら不敵な笑みに染まっている。……恐らく、自身の策がうまく行っていることを確信しているのだろう。

 

 確かに、TASさんは泳ぎが得意というわけではない。いや、別に下手だと(なじ)られるような腕前と言うわけでもないのだが、どちらにせよ地上での速度に比べれば遥かに遅い、ということに間違いはない。

 対してCHEATちゃんは、チートコードの適用などにより、すぐに泳げるようになったうえ加速まですることができる。

 

 確かに、これならば勝利を確信してもおかしくない状況、という風に言えてしまうかもしれない。

 TASさんの使うそれは、基本勝負の土俵をずらすもの。

 ずらす土俵が無いように見えるこの状況下において、彼女の負けは揺らがないように思えてくる。

 水の中に居ないとダメ、というのもダメ押しとしては最良のモノだと言えるだろう。

 

 ──だが、忘れていないだろうか?

 TASという少女は、わりと無法者だということを……!

 

 

(もろたでお兄!この勝負、わいの勝ち……ってん?)

 

 

 水面を優雅に大胆に進む彼女は、水中メガネ越しにそれを見る。

 ──それは、水底をまるで平地として扱っているかのように、せっせと走っていくTASさんの姿。

 水の抵抗など一切無い、と言わんばかりにジョギングする彼女は、最早地上での彼女の様子となんら変わりなく。

 

 唖然とするCHEATちゃんの目の前で、彼女はゴールにタッチしながら「勝利。ぶい」と声をあげるのだった。

 

 



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やっぱり勝てない今日この頃

「……え?はっ??えっ???」

 

 

 超絶的に困惑しすぎて、最早人の言葉を話すことができなくなっているCHEATちゃん。

 ……そのままだと風邪を引くので、他の面々に引き上げて貰った彼女は、狐につままれたような表情のまま、小さく首を傾げ続けていたのであった。

 

 

「……いつ人類は水中歩行を会得したの???」

「最初の言葉がそれかい」

 

 

 心底不思議そうに疑問を呈するCHEATちゃんだが、安心して欲しい。別にTASさんは水中歩行をできるようになったわけでも、いつの間にかエラ呼吸ができるようになったわけでもない。

 ……というようなことを言い返せば、彼女の首の傾きが二度から三度ほど深くなるのであった。

 

 

「いや……だって歩いてたじゃん、実際に、水の中を」

「水の中にいたけど、水の中を歩いていたわけではない」

「……?????」

 

 

 TASさんの言葉を聞いて、さらに困惑するCHEATちゃん。……このままだとずっと困惑しっぱなしだと思われるので、いい加減ネタばらしといこう。

 

 

「実は、水面とプールの壁の間のポリゴンを抜けてた」

「……ぽりごんのあいだをぬけてた?」

「そう。見た目上は確かに水の中に居るように見えるけど、実際は入水判定をすり抜けてるから、水の中だけど地上判定。だから、普通に息もできるし動きも地上と同じ」

 

 

 説明しながら、TASがひょいとプールに飛び込む。

 この時のポイントは、壁部分にぶつかるぐらい……というか、寧ろ傍目から見ると完全に足をぶつけるような、水と壁ギリギリの位置に飛び込むこと。

 それにより、水中に入ったという判定を避けながら、プールの底に足を付くことができるのである。

 

 ……まぁ、事前に壁の接触判定も緩くしておかないと、普通にぶつかったりはたまた単にその場で跳ねただけになったりするので、意外と言葉面ほど簡単な技術ではないみたいだが。

 

 あとはまぁ、彼女が見ていた通り。

 水中にいるのだから勝負のルールとしては問題なく、その上でいつものように動けるのだから負ける余地もなし。

 また、水中に入っていない判定なので、水の中でもお構い無しに呼吸もできる……という、まさにTASさんの土俵の上、という状態になっていたわけである。

 

 

「……ズルじゃん!?」

「水のポリゴンを抜けちゃダメ、と言わなかった貴女が悪い。……まぁ、それでも負けないけど」

「ハーッ!?フザケンナコラーッ!!ダッタラモウイチドショウブダコラー!!」

「うるさいですわ」

「ホゲァーッ!?イタァーッ!!?」

 

 

 で、最終的にその説明を聞いたCHEATちゃんは大激怒。

 こんなん無効試合やと喚き始めた彼女に対し、TASさんは澄ました顔で何度やっても負けないよ、との挑発。

 ……こうなってしまっては、CHEATちゃんが興奮した猿みたくなってしまうのは避けられようもなく。

 そんな彼女をべしり、と後頭部を叩いて嗜めたAUTOさんの取り成しにより、ようやく場の騒ぎは収まりを見せるのでありました。

 

 ……あ、配信に関しては「また負けてるw」「懲りねーなーこの子も」などなど、なんというかいつも通りの子を見守るようなコメントが並んでいた、ということをここに付け加えて置きます。

 ……いや、リスナーも大概だな、マジで。

 

 

 

 

 

 

「……え?さっきのTASの動きとか、そのまま放送して良かったのかって?」

 

 

 数十分後。

 こうなりゃなにを使ってでも勝ってやる、と意気込んだCHEATちゃんが、マントを持ち込んだTASさんにあっさり負けてから暫し。

 

 いつぞやかの異世界旅行の折に披露した、マグマ遊泳に比べれば遥かに楽──とかなんとかいう無茶苦茶な言葉に陥落したCHEATちゃんは、施設内の食事処で大きなパフェを注文することにより、どうにかテンションを取り戻していたのであった。

 ……まぁ、必勝の時と見越してあれこれ準備していたのに、いつも通り爆散してしまったのだからさもありなん。

 

 そんな彼女だが、そういえばTASさんの異次元殺法とか彼女自身の無茶苦茶な動きとか、世間一般様に公開して良かったのか?……みたいな疑問を俺が抱いていることには、心底不思議そうな顔をしていたのであった。

 ……いや、なんで俺の方が変なやつ、みたいな反応になってるんですこれ?

 

 

「いやだって、これVRだと思われてるし……」

「……なんで?」

「こんな奇抜な格好したヤツ、現実に居るわけないじゃんって思われてる」

「ああ……」

 

 

 そういえばそうだった(素)。

 今の彼女は動画配信者モードなわけだが、そんな彼女の左右には、初めて会った時と同じく謎のレトロゲーがふわふわと浮かんでいる。

 水中に入った時でさえ、彼女の動きを邪魔しないようにふわふわ浮いていたのだから、そりゃまぁリアルな存在だとは思わんわな、特に画面の向こうの人々は。

 

 ……どっこい、近くに居る人にはごまかせないと思うのだが、そこら辺もどうにかなっているらしい。

 

 

「まさかこのレトロゲーに意味があったとは……」

「ジャミング効果、っつーの?内容としては、なんかの撮影用の機材……みたいな感じで、周囲にこれがおかしなモノではない、って印象を刷り込むというか」

 

 

 俺もすっかり騙されていたが、そもそもこんなものが大した音もさせずに浮いている、という時点で大事件である。

 その辺り、最初っから認識改変が起きていたのだな、と知るには丁度良いというか。

 

 ……そういうわけで、どうやら少なくとも彼女がこの姿で居るうちは、周囲の目を気にする必要はない、ということになるらしい。

 

 大体負けてるけど、なんだかんだ言って彼女もわりと意味不明の住人なんだなぁ、としみじみ頷く俺なのであった。

 ……いやまぁ、脇腹に意外と腰の乗ったパンチを受けながら、なんですけどね。

 

 

「一言余計なんだよっ、このっ、このっ、このっ!!」

「地味に響くから止めて」

 

 



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夏の仕事はそういうもの

「夏休みもそろそろ後半戦。さて、そうするとなにが学生達の話題の中心になってくるでしょうか?……そう、夏休みの宿題ですね!」

「学生の本分とは学ぶこと。勉学に励むのもまた仕事の内、というわけですわね」

 

 

 みんなでプールに遊びに行ったあの日から、暫く経ったある昼下がりのこと。

 今日は珍しくノートに向き合ったTASさんやCHEATちゃん達が、夏休みの課題をもくもくと片付けている最中なのであった。

 普段そういう姿を見ることはないので、なんとなく新鮮な気分になる俺である。

 

 なお、AUTOさんに関してはすでに課題は終わっている……などということはなく。

 ()()()()()()()()()()()、と他の面々の手伝いをしているところなのであった。

 

 気になった俺が、最初に全部終わらせないの?と尋ねてみたところ、返ってきたのは『夏季の課題と言うのは、日々の授業が無いことに対する代わりのモノでしょう?言うなれば学びの習慣を途切れさせないためのもの。それを初日に終わらせるというのは、課題としての意義を損なう行為だと思いませんか?』とのお言葉が。

 ……正直、夏季課題というものの成立当初、どういう目的で制定されたものだったのかはわからないが……少なくとも、今の教師達はそこまで真面目に捉えて貰えるとは思ってない、と言いたくなった俺である。

 まぁ、本人が良いのなら良いのだろうと、最終的に納得することになったのだが。

 それを他人にも強制しようとはしてないのだから、好きにしなさい……みたいなところもなくはないが。

 

 ともあれ、現在の彼女が他の人の手伝いに精を出している、というのは確かな話。

 ……となると、そんな彼女が誰を手伝っているのか?というのが疑問になってくるわけで……。

 

 

「……ははは、意味がわからん!」

「滅茶苦茶仕事できる人、って見た目なのになんでそんなことに……?」

「やる気が起きない、というのが一番かな!!」

「威張って言うことではありませんわね。それとそこ、使う計算式が間違っていましてよ」

「なにぃっ!?」

 

 

 ──それはまさかのMODさんなのであった。……なんだよ、結構ボロボロじゃねえか(唖然)

 

 ……いやホント、まさかまさかの人物である。

 あの、できる女オーラバリバリのMODさんが、まさか単なる宿題にこんなに手こずっていようとは。

 そんな気持ちを込めた俺の視線を受け、彼女はバツが悪そうに口をすぼめていたのだった。

 

 

「……いやその、そもそも勉学に励む前に励むべきことが多いというか、優先して覚えるべきものが他にあるから、勉学にまで手が回らないというか……」

「はいはい、そういう言い訳はよろしいですから、キリキリ手を動かしてくださいまし」

「わーん!!AUTOがスパルタ過ぎるーっ!!」

「あら?お望みならもっと()()()()()致しますが?」

「……文句言ってすみませんでした!!」

「わかればよろしい」

 

 

 わぁ、完全に上下関係が出来上がってる……。

 ぐちぐちと不満を溢す暇があるのなら、さっさと問題を解け……というAUTOさんの態度は、しかして本場のスパルタからしてみれば甘い態度だ、というのは言うに及ばず。

 そこら辺、()()()()()()()()()()相手であることを思い出したMODさんは、キリッとした表情で許しを懇願したあと、黙々と課題に向かい始めたのであった。

 ……まぁうん、別に今の時代、三百人で二十万人の大軍を押し止めろ……なんて無茶を言われることは恐らくないと思われるので、スパルタ教育が無用の長物であることは疑いもないわけだし……。

 

 

「ほほぅ……」

「TASさん?なんで目を輝かせてるの?ダメだからね?大軍相手に少数で勝つ・一騎当千は戦場の華・ぶっちゃけ多分できる……みたいなワードはNGだからね?」

「むぅ、お兄さんのけちんぼ。そういう無茶苦茶な戦場にこそ、成長を促す良い経験が埋まってるのに」

「やめようねー!君一人で突っ込んでいくのも止めて欲しいけど、そういうこと言うってことは俺も巻き込む、って暗に告げてるのわかってるんだからね俺ってばー!!?」

…………((;「「))

「おいこら目を逸らすなこっちを見ろぉっ!!?」

「うるせーっ!!イチャコラすんなら他所でやれー!!」

「イチャコラだぁ?!確かに勉強してる人の横で騒ぎすぎたとは思ったけど、言うに事欠いてイチャコラだぁ!?だったら貴様も巻き込むぞ?このめくるめく戦いのRE☆N☆SAに!」

「うわバカ止めろ!?変なこと言うんじゃねぇ!巻き込むなっ!!?」

「……?なに言ってるの、初めからお兄さん以外は強制参加だよ?」

「いきなり巻き込まれましたですぅ!?」

 

 

 などと言っていたら、いつも通り大騒動に。

 ……まだ前準備の段階なので、これからどうなるかはわからないが……このままだと無駄に多人数戦闘の訓練をさせられる羽目になる、と察知した俺達は、どうにかして話題を逸らそうと必死になってしまい……。

 

 

「真面目に。やりましょうね?」

「「「「はい……」」」」「私関係なくないですかぁ……?

「なにか、仰いましたか?」

「ひぃっ!?ご免なさいですぅ許してくださいですぅブラック勤務はもう嫌ですぅ!!」

 

 

 最終的に、AUTOさんにみんなまとめて拳骨()を落とされる羽目になるのでありました。

 

 

 



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新学期に転校生、というのはベタである

「……なんでこんなことになってしまったのでしょうかぁ」

 

 

 教室の中、小さくごちる少女が一人。

 季節外れの転校生、ということで先ほど注目を浴びていた彼女は、しかしその注目は自分には無用のもの、と内心頭を抱えたい気持ちで一杯なのであった。

 まぁ、そうして頭を抱えるような姿を見せれば、現状周囲に集まって来ている他の生徒達に無駄に心配をさせてしまうこととなるため、実際に頭を抱えることは出来ていないわけだが。

 

 はてさて、彼女が何故、こうして生徒達に囲まれ、ぎこちないながらも彼らに笑みを向けているのか。

 その理由は夏休みの最終日、いつものように集まった面々の、何気ない会話の中にあるのであった。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「それにしても、学校ですかぁ」

 

 

 宿題を無事に終え、解放されたとばかりに万歳をするMODさんの姿を見ながら、しみじみとした様子で呟くダミ子さん。

 

 ……そういえばこの人、元々の年齢がよくわからないな、とこの時になってようやく思い至った俺はというと、懐かしいとかあります?……と声を掛けたのだった。

 

 

「どうでしょうねぇ?正直、この姿になるまでのことは曖昧で……いえまぁ、ある程度年嵩は行っているはず、だとは思うんですけどぉ」

「そこは私にもよくわからない。だって私が見たの、バグった顔からだから」

「あー、あんまり追跡しようとすると、保存されてるデータに悪影響が出るかも、って話だっけ……」

 

 

 出会った当初はもう少し以前の自分、というものを覚えている節のあったダミ子さんだが……今となってはその記憶も星霜の彼方、言うなれば前世みたいなものになってしまっているため、一つの出来事を思い出すのさえ苦労してしまうのだとか。

 一応、宝くじがプラマイゼロって事故る、という記憶のような、あのあとサルベージしたものは無事なまま残っているようだが。

 

 ともあれ、こうなってしまうと今のダミ子さんの存在って、『記憶の上では成人男性?だったはず』という、とてもあやふやなものになってしまうわけで。

 

 

「……はっ!これは使える」

「おいバカ止めろ、お前さんの使えるは攻略ツールとしての使えるでしょうが」

「ひひひひぃーっ!!?もしかして私、どこぞの緑色の恐竜みたいに乗り捨てられる運命なんですかぁー!?」

「そんなことはしない。精々ダミ子さんにキノコを挿入するくらい」

「……なんですかその如何わしい話ぃ!?」

 

 

 ……あーうん、シナリオフラグ解放ね、うんうん。

 いきなりなにをセクハラ発言しているのかと思ったが、特定の属性を付与したアイテムを特定のスロットに配置(挿入)すると、シナリオのフラグが立つとか言うそういうあれである。

 無論、ダミ子さんの言うような如何わしい話ではない、断じてない(迫真)

 

 ……まぁ、TASさんが言葉を省略しすぎて、わけのわかんないことになるのはよくあることである。連撃に成功すると名前が武器になるとか。

 というわけなので、別に困惑する必要性はないのだが……その辺りの機微にまだ疎いダミ子さんはというと、なにやらほにゃほにゃ言いながら壁の向こうに隠れてしまうのだった。

 

 うーん、元男性とは思えぬほどの幼女っぽさ……。

 

 

「ふむ、幼女か……そういえば、基本的な生活のための記憶はあれど、色々と忘却してしまっている記憶も多い……んだったよね?」

「は、はい……そうですけど……なんでMODさん、そんなに笑顔なんですかぁ……?」

「いやいや、道連れに丁度良さそうだなぁ、とかそんなことは全然一切これっぽっちも考えてないよ?」

「それ考えてる人の台詞じゃないですかぁ!?」

 

 

 その行動に、なにかを思い付いたらしいMODさんが、ぽんっと手を叩きながら笑みを浮かべる。

 ……まぁうん、俺にはどうしようもできないので、ダミ子さんには挫けず頑張って貰いたい。(適当)

 

 

 

・A・

 

 

 

「そんなこんなで、まさかまさかのこの歳になって再び学びの場に付くことになるとは……ですぅ」

「はっはっはっ。いやー、君が居てくれて私はとても心強いよ!」

 

 

 ……そんなやり取りの結果、あれよあれよという間に何故か学生として編入される形となったダミ子。

 一応、その容姿が他所の世界のサンタ──明らかに日本人ではないこともあり、あくまでも期間限定の交換留学生、という形とはなっているわけだが、久方ぶりの制服の感触に、彼女はなんとも言えない違和感を感じたような曖昧な笑みを浮かべていたのであった。

 

 そんな折、近くにやって来るのは今回のあれこれを仕組んだうちの一人、MOD。

 何故か他の生徒達からもそう呼ばれる彼女は、同じように相手のこともダミ子、と呼びながら親しげに近付いてくるのであった。

 

 

「さて、これから授業なわけだけど、ノートとか教科書とかは準備に時間が掛かるから、私と一緒に見ることにしよう」

「ああ、転校生が一番最初に受けることとなる定番イベントですねぇ?……でも、注意した方がいいと思いますぅ」

「んん?注意?……なにをだい?」

 

 

 どうやら、同じクラスになったこともあり、彼女がダミ子の世話をする、ということになるらしい。

 ……不純な動機が見え隠れするので、素直に頼っていいものか少し迷ったダミ子であったが、そもそもどうせこれから無茶苦茶になるのは目に見えていたため、「まぁいいか」と了承したのであった。

 対し、MODは不思議そうに首を傾げているが──。

 

 

「いえーい、私が来た」<ドガーン!!

「わーっ!!?せんせーまたTASさんが教室の扉を破壊しながら突っ込んで来ましたー!!」

「なにを言ってるんだ、扉は壊れてないじゃないか。あと、友人をそんな変な名前で呼んじゃダメだぞー」

「うわー!!また先生が洗脳されてるー!!」

 

「……私が学校に来ないうちになにが!?」

「あ、これ知らなかったんですねぇ」

 

 

 予め、例のあの人(お兄さん)から諸注意を受けていたダミ子は、突然教室に飛び込んできた知り合いの少女──TASの姿に、絶対普通には終わらないのだろうな、と諦めのため息を吐くのであった。

 

 



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学生時のイベントパターンは意外と少ない

「おかしい……こんなことは許されない……私の優雅なハイスクールライフが……!」

「同じ学校にあの子が居る時点で、優雅とかそういう言葉は諦めるべきだと思いますよぉ?」

 

 

 取り乱したように叫ぶMODに、なにやってるんだろうこの人、みたいな視線を向けるダミ子。

 それもそのはず、あのトラブルメイカー(TAS)な少女が同じ学校に所属している以上、トラブルは寧ろ向こうから押し寄せてくるのが普通。

 ……寧ろ、今までよく平穏な生活を送れていたものだ……と、ちょっと疑問に思ってしまう始末である。

 

 しかし、それも仕方のない話。

 何故なら、そこには二つの理由があった。

 

 一つは、MODと呼ばれる彼女自身が、そもそもあまり学校に顔を出していなかったこと。

 

 学生社長としても有名な彼女は、自身の事業が忙しい……と、学校をサボることもそれなりに多い。

 一応、最低限の出席日数と提出物の提出は済ませているようだが……その多忙さゆえか、内容は最低限。

 バリバリのキャリアであるがゆえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というのが教師達の共通認識だが……まぁ、現実は推して知るべし、とでも言うか。

 ともあれ、彼女が勉学を脇に置いてでも、するべきことを為している……ということに間違いはあるまい。

 

 二つ目は、今騒動の中心になっている少女、TASの動きに以前との明確な違いがあるということ。

 

 本来、彼女もまた学校に来ることはほとんどなく、実際に学校で行動しているのは基本的に彼女の写し身である。

 その時の動きはまさに物静かな読書少女といったようなもので、騒動の中心になることはほとんどあり得ない。

 ゆえに、MODの記憶の中の学校というのは、特に問題が起きることもない、至って普通の場所でしかなかったのだ。

 

 だが、今となってはどうだ。

 かの少女は騒ぎの噂を聞き付け、写し身ではなく本人が学校へと来訪し、その本質を余すことなく発揮している。

 そうなるとどうなるのか?……ご覧の通り、学校は狂乱の渦へと叩き込まれることとなってしまっていたのであった。

 

 

「折角の学校なのだから、こういう時にしかできないフラグを試してみたい。とりあえず、学校の中心に大きな樹を植えようと思うんだけど」

「はい、そういう大掛かりなのは止めましょう、ってお兄さんに言われてましたよねぇ?なので、それは却下です」

「むぅ。じゃあじゃあ、魅惑の転校生・学校の男子生徒の視線を悉く集める……」

「却下ですぅ!!目立つのはノーですぅ!!」

「むぅ、わがまま。折角色々準備したのに」

 

 

 一先ず、彼女の注目は現状の一番の異物──転校生役に割り振られたダミ子に向いている模様。

 ……つまり、トラブルの種から逃れることは叶わないわけで、彼女は小さくため息を吐きながら、そろーっと逃げようとしていたMODの襟首を掴むのであった。

 

 

「ぐえーっ!!?後生だから勘弁してくれないか!?」

「だーめーでーすぅー!!TASさんを私一人に任せるとか、それ要するにこの学校が地図上から消えることを了承した、ってことと同義ですよぉー!!」

「幾らなんでも影響がでかすぎやしないかいっ!?……えっいや、冗談だよね?君も流石にそこまではしないよねっ!!?」

「──なるほど。ここで私が望まれているのは、恐らくつまらない学生生活を彩る非日常。とりあえず、校舎が変形合体するのとかどう?」<ワクワク

「わぁダメだ!?私達の双肩にこの学校の命運が託されちゃってるぞこれ!?」

 

 

 無論、その理由は暴走特急と化しているTASのブレーキ役としての活躍を望むがゆえ。……悲しいことに、彼女にとっての一番のブレーキ役である保護者(扶養者)の男性はここにおらず、また次点で役に立ちそうな少女──AUTOはそもそも学校が違う。

 つまり、この場でのトラブル解決の成否は、彼女達二人に掛かっていると言っても過言ではないわけで。

 

 思わず一つ身震いをした二人は、恐る恐る少女──TASの方を見やる。

 今の彼女は、先ほどから提案の全てを却下されていることもあり、若干不機嫌気味である。……とはいえ、好き勝手させると世界存亡の危機かもしれないのが、彼女の影響範囲の広さ。

 いやまぁ、実際には世界を滅ぼそう、みたいなことを思って行動することはないと思うのだが……面白そうとか、そのタイミングじゃないと出てこないフラグがあるとか。

 そういう、彼女にとっての必然性があれば、滅亡一歩手前の状況を呼び寄せるくらい普通にやりそう、という負の信頼があるわけで。

 

 そんなことを、一瞬交わした視線で確認しあった二人は。

 

 

「よーし、とりあえずできることというかやっていいこと探すか!」

「ですねぇ!!まだ死にたくな……いえ、折角こうして皆さんと学生生活を送れているのですから、TASのやりたいことにもある程度は付き合いますよぅ!えぇ!」

「……なに、突然の心変わりは怖い」

((怖いのはお前の方じゃい!))

 

 

 とりあえず、どうにか今日一日を突破して見せる、とある種悲壮な決意をその胸に抱くこととなるのであった。

 ……実を結ぶかは不明である。

 

 



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大真面目に頓珍漢

「……そういえば、向こうは大丈夫なのかねぇ」

「ピガガ……ダイジョウブデス、モンダイハアリマセン」

「お、おぅ……」

 

 

 みんなが学校に行ってしまい、家で手持ち無沙汰にしていた俺であったが、そこはTASさんが寂しくないように……と置いていってくれた一分の一TASさん人形が会話相手になってくれていたため、楽しく過ごせて(?)いたのだった。

 ……いやまぁ、実際には人形ってよりどう見てもロボなんだけど、正直下手にツッコミを入れてわけのわかんない状態になるよりゃマシかな、というか。

 

 ともあれ、向こうの様子が気になる、というのは別に誇張表現でもなんでもない。……突然に巻き込まれる形となったダミ子さんについては特に。

 

 いやだって、ねぇ?

 ダミ子さんは健全な青少年には目の毒でしょ、どう考えても。

 だってスイカだぜ?あんなん思春期に見せられたら色々おかしくなるわ。

 一応、TASさんになにか秘策がある……とのことだったのだが、下手するとみんなの目ん玉を爆散させる、みたいなとんでもないことをするのが彼女なので、そういう意味でも心配だし。

 

 とはいえ、俺に向こうを確認する術はない。……っていうか、あったとしても青少年の学舎を覗き見る形になるので、俺が不審者扱いされそうだからやれないって面もあるわけで。

 こういう時、他のメンバーと年代が違うのって難儀だよなぁ、なんてことをぼやきながら、俺はテレビの電源を入れるのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……むっ、少しビビっと来た」

「なにが来たんだい?」

「説明をしろ、というお告げ。主にダミ子の扱いについて」

「なんだいそのお告げ?」

 

 

 首を傾げるMODを微妙にスルーしながら、TASは話題の人物──ダミ子の方に視線を向ける。

 

 少し前にプールに出掛けた時、衆目を集めに集めたのが彼女である。

 その理由はまぁ、あまり声高に叫ぶものではないが……彼女のある部分が、あまりにも衝撃的であったからというところが大きいだろう。

 もし仮に、なんの対策もなしにこの学校にアレを解き放ってしまっていたならば、健全な青少年達の目は焼き爛れていたであろうこと違いあるまい。

 ……なお、この場合の焼き爛れるとは、文字通りTASが不埒者達の目ん玉を薬品とかで焼く、という意味である。

 

 猟奇的すぎやしないかなぁ!?……というMODのツッコミを更にスルーし、TASは黙考する。

 無論賢い彼女は、そんなことをすれば色々ヤバいことになる、ということは理解しているため、そんなことにならないように予め手を尽くしていた。

 

 ……とはいえ、できる対処というものは限られている。

 今のダミ子の姿は、元々別世界のサンタクロースの()()を写し取ったものである。一部分がなんか強調されまくっているような気がするが、概ね間違いはあるまい。

 

 ここでの問題は、それ以外の姿に変じさせるには、それなりの準備が必要だということ。

 ダミ子の姿は迂闊に変更させられるものではなく、またこの姿以外のコピー元が都合よくこの世界にやって来る、という可能性は期待できまい。

 それをするためにはまず彼女の姿を崩す必要があり、その時点で姿を変える必要性、という前提が崩れてしまっているからだ。

 

 今の彼女の姿を変えないというのが最低条件である以上、身体を書き換えるという手段を取ることはできない。

 つまり、なにかしらごまかすにしても、そのままでは場当たり的な対応しかできない、ということ。

 ──物理的にもぐ、というのは言語道断というわけである。

 

 ななな、なに恐ろしいこと言ってるんですかぁ!?……と泣き叫ぶダミ子はスルーするとして、TASは更に黙考する。

 体型を直接弄れない以上、できることは一つ。……とはいえ、それをするためには足りないものがあった。

 そのための技術は今の世界にはなく、どこかから持ってくる必要がある。……しかし、そのための扉は自身が危険と判断し、閉じてしまっている……。

 

 これは困った、そう考えた彼女は、考えに考えた末に──()()の存在を思い出した。

 そう、それに使われている技術はまさしく現状に必要なものであり、それさえあれば全ては解決すると言えた。

 ゆえに、彼女はそれを使い、とあるものを作り出した。それこそが、

 

 

「異次元ブラ~」

「なんだいそのダミ声。というか色々危なくないかい?」

「大丈夫、制服にアレを収めようとするより危なくない」

「いやあの、あんまり話題にしないで欲しいんですけどぉ?!」

 

 

 そう、使ったものはサンタの袋。

 内部にモノをたくさん収納できるそれは、ほっとくと制服のボタンをぶっ飛ばしかねないそれを隠すには、あまりに最適な素材であった。

 それを使って作られた下着は、彼女の目立ちすぎる部分を異次元格納することにより、まさかの板レベルにまで見た目を変化させることに成功。

 ……存在を別空間に格納することで、肩への負担までも軽減するそれは、もし製品化することに成功すれば欲しがる人は山のように居るに違いない、まさに至高の逸品なのであった。

 

 

「少なくとも変な目で見られなくなる」

「ああうん、そんなつもりがないのに見られる……というのが大問題だ、というのはよく聞くからねぇ。……いやでも、アレがまな板になるのはちょっと衝撃的だなぁ」

「従来のそれと違って、無理矢理平たくするってわけじゃないので苦しくないのもいいですねぇ」

 

 

 女性だけの空間だと、わりとエグい話をしていたりする……。

 そんな言葉が浮かんでくるような三人の会話は、特に誰の耳に入ることもなく、虚空へと消えていくのであった。

 

 ……同時刻、何故かよくわからないけど安堵した男性が一人居たとかなんとか。

 

 



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学食利用者は意外と少ない

「その辺りの話はこれくらいにして。ここが購買」

「わぁ、懐かしい記憶が蘇りそうな場所ですぅ」

「本音は?」

「正直なんにも思い出せないので、とりあえずメロンパンだけ買っておきたいですぅ」

 

 

 あれこれと会話をしながら、三人がたどり着いたのはいわゆる購買と呼ばれる場所。

 時間帯が少しずれているため、今は閑散としているが……昼休み時になれば、生徒達が食事を買いに来るため、結構賑わう場所でもある。

 ……なお、ずれた時間にやってきた理由は、そうして人がごった返すのを嫌ったから、というところが大きかったり。

 

 ともあれ、折角来たのだからなにか買っていこうか、と品物を物色し始めたダミ子の横で、TASはいつも通りの日課を始めていたのであった。

 

 

「……いや、なにをやっているんだい君?」

「アイテム欄を十行目まで埋めて、セレクトボタンを──」

「もういい、わかったから止めるように」

「ええー、消しゴム補充に丁度いいのに」

「やってることが随分とみみっちいな君?!」

 

 

 その日課と言うのが、各種消費アイテム(筆記用具)とかの補充。

 無論、それらの品物に対しての金額は先払いしてるので、どちらかと言えば『モノを買う』というシステムを借りるための行動、ということになるのだが……その辺りを知らないMODからしてみれば、ヤバいことをやっているようにしか見えず、思わずツッコミを入れてしまうことに。

 

 ……こういう時、彼女に対するマニュアルを読み込んでいる(ようなものである)かの男性と、そうでないものとでの対応の違いというか、対処ミスとでも言うものが出てしまうわけで。

 どこか遠くの部屋の一室で「あっ、なんか知らんけどヤベー予感がする……っ!?」と謎の悪寒を感じた男性が居た一方、自分が選択ミスしたことを理解していないMODは、TASの凶行を止められたのだと(勘違いして)安堵のため息を漏らし。

 

 

「──わかった、ちょっと豪勢に行く」

「……ん?あれ?おかしいな止まらないぞこの子?……えっちょっまっ、なに?なにしてるのそれ???」

 

 

 次の瞬間、彼女の目の前で色んな商品が増えては減って減っては増えて、という異常な挙動を見せていることに気が付いてしまう。

 それはもう、コンマ秒単位で増えて減って減って増えてする消しゴムやら鉛筆やら下敷きやら、そんなおかしな状態を見せられてしまっては彼女も流石に自分がミスったのだ、と悟ること頻りであり。

 止めなければ、とようやく彼女が正気を取り戻した時には、既に全ては終わってしまったあとなのであった。

 

 

「完成。壁抜けアイテム、お値段Ⅲ#∀Δ円也」

「ツッコミ処しかないんだが!?」

 

 

 主にそれって店で売ってるのかとか、それって何円なんだよとか。

 ……ともあれ、TASが思わずごまだれーとでも言いそうなポーズで頭上に掲げたのは、一見したところ単なる消しゴムであった。無論、なんか七色に輝いているってところを除けば、だが。

 いわゆるゲーミングアイテム、ということになるのだろうが……何故だろうか、あれらの商品に共通するバカバカしさとか笑えてくる空気が一切なく、おどろおどろしい邪神とかを信奉している感じのBGMが似合いそうな感じになっていないだろうか?

 あれだ、実はアイテム名が『銀の鍵』とかでもおかしくなさそう、というか。

 

 

「?赤じゃないの?」

「なんで赤……?」

「折角選ぶのなら赤がいいって聞いた」

「よくわからないけど……そもそも、名付けるのなら『虹の鍵』だろう、どちらかというと」

「それもそう。それで、この消しゴム()の効果だけど、使うと壁を抜けられる」

「……わぁ、単純でわかりやすい説明」

 

 

 話が逸れたが、元々この消しゴム()はTASがMODに煽られた、と勘違いしたからこそ生み出されたもの。ゆえに、

 

 

「──はい、あげる」

「えっ、ちょっまっ、あげるってこれどうやって使ミ゜」

「……あり得ない速度で上に吹っ飛んで行っちゃいましたですぅ」

「……失敗した。アイテム作成後にデータの初期化をし損ねてたから、多分上方向の加速度が入りっぱなしだった。……このままだと成層圏まで飛んでいったあと、そこから地上に落下してくる」

「……死にませんかぁ、それ」

「移動中は※かべのなかにいる※にならないように、生命保護が働いてるから大丈夫。問題なのは地上への落下時。機能を切らない限り死にはしないけど、重力には従うからそのままほっとくと地球の中心部までまっ逆さま」

「ああなるほど。地球中心部までの旅路を敢行した挙げ句、そこから帰ってくる術がなくなるんですねぇ?」

「操作方法説明する前に吹っ飛んだから、仕方無い。……一応、また上方向の加速度を代入すると戻ってこれる」

「……それ、外部から操作はできるんですかぁ?」

「できない、無理」

 

 

 これくらいならできるぞ、と見せ付ける用途が主であり。

 ゆえに、それをMODに渡してしまうのは既定路線。……時々抜けてる(自分基準で考えてる)TASが、パラメーターのリセットを忘れるのもまた、ある意味既定路線である。

 

 ……その後、全透過状態で捕まえるのにも苦労するMODが落下してくるのを、どうにかして(具体的にはダミ子にあれこれ代入して変身させて)キャッチしたTASは、やっぱりダミ子は使える……と一人確信していたのであった。

 

 

「……そこは懲りろよ!」

「まぁまぁMODさん。TASさんがそれくらいで懲りてたら、あの人(お兄さん)もあんな感じになってませんよぉ」

「君は君で軽いな!?」

 

 



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トラブル作成能力カンスト済み

「んー、なんでナチュラルに俺がディスられてたのかはよくわからんけど、まぁ何事も無かったんなら良かったよ、うん」

「これほどまでに、自身が別の学校であることを悔やんだこともありませんわね……監督不行き届きにも程があるではありませんか、そんなの」

「……こうこうってこわいところなんだなー」

 

 

 学校が終わって家に戻ってきたみんなから話を聞いて、三者三様の反応を示した俺達だが。

 ……なんというか、やっぱりろくなことになってなかったなぁ、と思わず唸ってしまう感じである。

 

 なんというか、普段はどちらかと言えば頼りない感じのダミ子さんがなんか一番頼れる空気を発してる辺り、学校ってやっぱり一種の異界なんだなぁ、という気分にもなるというか。

 まぁ、学生なんて大人から見れば異星人のようなもの、わからなくても仕方無いと言えば仕方無いんだが。

 

 

「そうなの?」

「知識量とか経験量が違うから、『そこでそれをすんの!?』みたいなのが頻発したり、はたまたジンクスとかにも疎いから大人だと尻込みするようなことができたり……まぁうん、文化が違いすぎて最低でも他の国の人、みたいな気分になることはよくあることだと思うよ?」

 

 

 具体的には、三歳違うと文化が違う……みたいな。

 まぁ、文化とか考え方が違っても触れあうことはできるので、全く理解できない・理解しあえない存在なのかと言えばまた違うのだろうけど。

 

 ともあれ、夕食の時の話題としては、ちょっとばかり刺激の強いでもない会話を交えながら、ふと付けっぱなしのテレビに視線を向けた俺は。

 

 

『──本日のニュースです。今日午前○時頃、○○県の○○市○○学園の校舎内より、空に向かって飛んでいく謎の飛翔物体が確認され、大きな話題と──』

「おお、MODさんテレビに出てるじゃん。やったね」

「やったね、ではないかな……」

 

 

 丁度先程の話がニュースになっていたため、良かったねとMODさんに声を掛けることとなるのだった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「──んで?久しぶりの学校はどうだった?」

「ん。あの二人が居るならちょくちょく見に行ってもいい」

「……そりゃどういう意味で?」

退屈しなさそう(色々悪用できそう)、的な意味で」

「うん、君はいつも通りだね」

 

 

 夕食を終え、洗い物をしていた俺は、泡を流し終えた皿をTASさんに渡しながら、なんとはなしに彼女に問い掛けてみていた。

 普段は分身に任せきりという彼女だが、今回はなんの気まぐれか本人が学校に行く気になったわけで、一体どういう心境の変化なのか、と気になったがゆえの質問だったが……まぁうん、大して変わらなかったです、はい。

 

 まぁ、それも仕方のない話。

 彼女自身はTASを自称することができるだけ……だけ?の一般人……逸般人?だが、ゆえにこそわざわざ学校に行って勉強をする意味がない、というのも確かなのだから。

 日本の学校教育が平均値の底上げを目的としたものである以上、飛び抜けた個人である彼女にとって、あの場所は単なる檻の中でしかない。

 

 

「でも、そういうところでしか見えないものもある」

「まぁ、そだねぇ。海外だと誰もが学べるわけじゃないから、下手すると小学校で退学……なんてこともあるわけだし」

「そういう意味で、海外のそれは混沌度が足りない」

「んー?そういう話だったかなー今?」

 

 

 まぁ、彼女にとっては、いわゆる()()()の多い場所の方が好ましい、ということになるみたいだが。

 寧ろその辺りの混沌をもっと活かすべき、みたいな方向性の話になるというか?

 

 

「具体的には?」

「潜在的な主義主張が無数に流れているのだから、もっとぶつけ合うべき。上手いこと乗りこなせたら凄いことになる」

「んー、学級崩壊の方が先じゃないかなー?」

 

 

 どん底状態でもわりとリカバリーしてくるというか、そういう状況じゃないと手に入らないモノがあればわりと鬼畜になりそうというか。

 ……まぁともかく、TASさんってわりとドSなところがあるので、間違っても教育者ポジションとかにはしちゃいけないよなぁ、としみじみ頷く俺であった。

 いやまぁ、それが必要なことなら、わりと親身に付き合ってくれそうな感じもあるんだけどね?

 

 

「でもほら、TAS(たす)けないのもTASさんの特徴だし……」

「……その言い分は、TAS(たす)けるでも通じる辺り微妙だと思いましてよ?」

「おっとAUTOさん。そっちの片付けは終わった?」

「ええ、滞りなく。……それにしても、最早いつものことなのでアレですけど……なにも私達の分まで用意して下さらなくても大丈夫、ですのよ?」

「まぁほら、みんなで食べた方が楽しいって言うじゃん?」

 

 

 なんてことをぐだぐだ話していると、背後からAUTOさんの声が。

 ……どうやら机の方の片付けが終わったようで、調味料やらなにやらを抱えた彼女が、こちらの話に微妙な顔を浮かべながら話し掛けて来たらしい。

 その両手の調味料を受け取りながら、またもや他愛ない話を重ねる俺達。

 ……短い期間に、いつの間にやら人が倍以上に増えたわけだが。

 まぁ、普通に過ごしている分には楽しいのでそれでいいかな、と思わなくもない俺である。

 

 なので、別に夕食をご馳走になって気を使う、みたいなことを気にする必要はないと言いながら、俺は冷蔵庫の中にある今日のデザートに手を伸ばすのであった。

 ……うん、暇だから手作り、ってやつである。

 

 



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唐突なホラー回は物語の華

「まさか……こんなことになるとはな」

「ええ、そうですわね……」

 

 

 途中で合流したAUTOさんと二人、夜の森を駆け抜ける。

 ここが何処なのか、というのは正確には把握できないが──狼の遠吠えが聞こえる辺り、少なくとも日本ではないだろう。

 

 いわゆるキャンプ地に区分されるだろうその森の中では、周囲に人影はなく、それでいて()()()の気配だけは感じる、という薄気味悪い空気を漂わせている。

 ……日本人的な感性で言わせてもらえば、いわゆる『出る』場所の空気、ということになるのだろうが……なにが『出る』のかについては、恐らく日本の()()とは別物なのだろうな、というか。

 

 なにせ、そもそも日本という国において、このような大規模キャンプ場というもの自体が、あまり馴染みがない。

 週末になれば毎度のようにキャンプをする国の実情など、そうではない国からしてみればわからないとしか言い様がないだろう。

 

 ゆえに、ここで出てくる()()()とは、すなわち──、

 

 

「……っ、右ですわっ!」

「うわっとぉ!?」

 

 

 考え事をしていた俺の意識を引き戻すような、切羽詰まったAUTOさんの声。

 それに半ば引っ張られるようにして左に避けながら頭を下げれば、先ほどまで自身の頭があった場所を抜けていくチェーンソーの刃。

 ……今時マジでそんなものを凶器に使ってくるような奴がいるのか、とちょっとツッコミを入れたくもなったが、そんなことを言っている暇があれば逃げるべき、と至極全うな指摘が横から飛んできたため、振り返りもせず更に走る速度を上げる。

 

 とはいえ、こちらは単なる人間である。

 襲ってきている相手とは体力にしろ膂力にしろ、大きな隔たりがあるため単純に逃げているだけではすぐに追い付かれてしまうだろう。

 ゆえに、障害物などを交えながらジグザグに進んでいくのだが……。

 

 

「どぅえらばっ!?」

「貴方様!?……これは、トラバサミ?なんと古典的な!」

「いやそんな悠長なこと言ってる場合じゃいてててて」

 

 

 突然、右足が持ち上がらなくなった俺は、その場で思い切り倒れ込んでしまう。

 俺とは違って引っ掛からなかったAUTOさんが、慌てて引き返してくるが……ああくそ、これはダメだ。

 時間があれば外すこともできただろうが、少なくとも追いたてられているこの状況では、そんな悠長なことをしている暇はない。

 そもそもの話、このトラバサミは意外と深く足に噛み付いており、例え外せたとしても先ほどと同じような速度で逃げることは叶わないだろう。

 

 ──つまりは詰み、だ。

 足手まといとなった俺は、ここで後ろからやって来る()()と無防備なまま対峙せねばならず。

 

 

「……いいえまだです!すぐに外して見せます、ここをこうして──」

「ああいや、逃げてくれAUTOさん。……もう来てる」

「…………っ!」

 

 

 諦めてなるものか、とAUTOさんがトラバサミに手を伸ばすも、時間切れだ。──そのエンジン音は、もうすぐそこまで近付いて来ている。

 

 金属性の刃が、擦り合わされて発生するその耳障りな音は、なによりも対峙する者に恐怖を与えるもので。

 それが、薄暗い森の中にハッキリと浮かび上がる黒い大きな影の、その手元から発せられていることが確かである以上。

 そしてそれが、目視できるほどの近くにある以上。──俺の末路と言うのは変わらないだろう。

 

 ならば、犠牲になるのは一人だけでいい。

 なにも彼女まで、あの金属刃の犠牲になる必要はないのだ。

 けれど、彼女は必死な顔で、そんなことは許さないと声をあげる。生きて帰るのだろうと、外れないトラバサミに挑み続けている。

 

 ──それでも、結末は変わらない。

 どれほど積み上げようとも、届かない場所があるように。

 今、この時この場において、彼女の為せる全ては足りておらず。

 

 ゆえに、もう触れられるほどの近くにまでやって来た()()は、無慈悲なまでの愚直さで、己の為すべきことを──右手のそのチェーンソーをゆっくりと持ち上げ。

 

 ──ああ、目の前の彼女が俺より先に倒れてしまうのは嫌だな、と少なくない後悔を滲ませながら、俺はその運命を受け入れ。

 

 

「ちょあー」

「GYAAAAAAAAAAAA!?」

「「──えっ?」」

 

 

 横合いから、その巨体を蹴り飛ばした彼女。

 ──そう、俺達とは別行動をしていたはずのその少女が現れたことに、思わず呆けたような声をあげ。

 

 

「──大丈夫、私が来た」

 

 

 俺達を庇うように、守るようにその背を向けたその少女が。

 その肩越しに、俺達を安心させるようにサムズアップしたのを見て、俺達は──。

 

 

「「空気読めっ!!」」

「むぅ、折角駆けつけたのに」

 

 

 思わずAUTOさんと一緒になって、彼女の無法を嗜めることとなるのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

今の……絶対勝ってたじゃん私……なんで逃走者に蹴り飛ばされてるの私……

「そういえばそうだね。逃走者側に直接的な攻撃手段って無かったんじゃ?」

「アレをこうしてこうすることで、追跡者側のモーションを引っ張り出した」

「あのだねTASさん?非対称型対戦ゲームってのは、逃走者側がほぼ無力な存在だからこそ成り立つんだよ。圧倒的な個に対して、多数の人間が知恵と勇気と体力を出し合うことで、どうにか相手を出し抜くってのが本筋なわけ。──それだと単なる対戦ゲームでしょうが」

「むぅ。だってこれ、怪物に襲われるってコンセプト。──怪物如きに負ける私じゃない」

「リアルだとそうだろうねぇ!でもこれゲームだからねぇ!?」

「?ゲームなら余計のこと負けない」

「ああくそそういやこの子TASなんだから本来こっち(ゲーム)の方が主戦場だよねぇ!?」

 

 

 ……はい、突然なにが始まったのかと思われた方もいるでしょうが。

 今回はご覧の通り、みんなでゲームをして遊んでいた次第でございます。

 で、さっき追っかけ回して来てたのはCHEATちゃん。……途中まで「ふはははー!このゲームならボコられることはないぞー!」と終始楽しげにしていた彼女だけど、結果は先ほどの通り。

 

 ……ゲームシステムの縛り如きで彼女(TASさん)を縛れると思っていた俺達の敗北、というやつである。

 もうこれ、ちゃんとやろうとしたらTASさん抜きにするしかないんじゃねーかなー?

 まぁ、そんなことすると露骨に不機嫌になるので、なんとかして彼女も混ぜなければならないのだが。

 

 そんなこんなで、みんなでやるゲーム選びにも、一つ工夫がいるというそんな日常の一コマなのでした。

 

 



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秋といえば色々あって

「んー、結構涼しくなってきたかねー」

 

 

 真夏日も最早遠く、周囲の木々も色付いて秋の訪れを実感する今日この頃。

 今日も今日とて家であれこれと掃除をしたり洗濯をしたりしていた俺は、ふと窓から外に視線を向け、抜けるような青い空を仰ぎ見ていたのであった。

 いわゆる『天高く馬肥ゆる秋』……というやつである。

 

 

「え?()高く()()()()()秋?」

「いやどういう聞き間違いだ……」

 

 

 で、そんな俺の呟きを耳聡く聞き付けたTASさんはといえば、相変わらずなテンションで目を爛々と輝かせていたのであった(当社比)。

 ……天を点と聞き間違える辺り、彼女はいつでも絶好調である。

 

 

「なにを言うの、秋といえば読書の秋・食欲の秋・ゲームの秋、そんでもって芸術の秋。──様々な文化が花咲く実りの季節なのに」

「んー、いいこと言ってるはずなんだけど、さらりと混ぜられた一文にそこはかとなくいつも通りの空気しかしないなーお兄さんはなー」

 

 

 なお、彼女は心外です、とばかりにこちらに言葉を返してきたが……隠すまでもなく彼女がしたいことなど一目瞭然、いやこの場合だと以心伝心?

 ……まぁともかく、常日頃となんら変わらず、いつも通りのゲームのお誘いなのだと理解した俺は、はぁとため息を吐きながらいそいそと着ていたエプロンを外し。

 

 

「というわけで、はい」

「……筆?筆コンなんて使うゲームあったっけ???」

「お兄さんはなにを言ってるの?はいキャンバス」

「…………これで壁抜けでもしろと?」

「お兄さんはさっきから熱でもあるの……?」

 

 

 何故か渡された筆と画布(キャンバス)を手に、思わず呆ける形となっていたのであった。

 ……あれ?コントローラーは?ゲーム機は?あ、もしかして体を動かすゲームがいっぱいのあのゲーム機で遊ぶのカナー?

 などという俺の言葉は、首を傾げるTASさんの前に無惨に砕け散るばかりである。

 

 ……おかしいなー。いつものノリで遊ぼう、って言ってきているだけだと思ってたんだけど、どうやら真面目に絵を描こうって誘われてるだけみたいだぞー?

 

 どうやら今日やるのは油絵のようなので、床に新聞とかを敷いてから窓を開け、換気を十分にできるようにしたのちにとりあえず筆を構え。

 

 

「──私が!窓から来た!」

「ところを逃さず絵の具だばー」

「なにやってるのTASさん!?」

「これにより壁に絵の具が飛び散る。この時この絵の具が示す特徴的なパターンは、そこから新たな世界への扉を開くゲートとなる……」

「……やっぱりいつも通りだったじゃねぇか!?」

「えっちょっ、私を無視するのはよくないんじゃないかな君達!?」

 

 

 なんでか知らんけどヘリコプターに乗って空からやって来たMODさんと、そのせいで室内に吹き込んできた暴風、それから見計らったように宙に撒き散らされた絵の具達。

 それらは幾何学的な模様を描き、そのまま後ろの壁にべちゃりと付着して。……何故かは知らんけど突然に輝きだし、俺達をどこか遠い世界(ステージ)へと誘っていくのであった。

 ……結局ゲームじゃねぇか!!

 

 

 

・∀・

 

 

 

「それで?そのあとどうなったんですの?」

「向こうに着いたら何故かTASさんが付け髭付けててついでにイタリア語喋ってて、現地の言葉が全くわからない俺がおろおろする目の前で向こうの現地の(マフィア)達を千切っては投げ千切っては投げの大奮戦、結果として向こうの大地には、虹色に光輝くTASさんの残像だけが人々の記憶に残り……」

「なるほど、その結果として『虹の風が吹いた(Venti color arcobaleno)』なんてニュースが現地に流れたわけだ……」

「色々混ざってないかそれ……?」

 

 

 はてさて、絵の具のゲートを潜ると、そこは西欧の街並みでした。

 ……まさかのゴーウエストだったわけだが、ゲートを抜けたTASさんはと言えば、こちらにろくな説明を投げることすらなく、『すぐ終わるからそこで待ってて』とだけ告げて、ペンギンみたいにスイーッと路地を滑り抜けて行ってしまったのであった。

 いつの間にかその背中にいつかの異世界旅行時に装備していたペットボトル水噴射器を装備していた辺り、恐らくは()()()()()()である。……ハワイとかじゃないんすね()

 

 まぁともかく。暫く遠くの方で空高く噴射される水しぶきを眺めながら、現地の優しい屋台のおっちゃんと身振り手振りで談笑したりしつつ、彼女の帰りを待っていた俺は。

 お礼なのかなんなのか、ともかく抱えきれないほどのフルーツを山ほど背負ったTASさんが、行きと同じようにスイーッと滑ってくるのを確認し、屋台のおっちゃんに別れを告げて、再び来た時と同じように壁の模様に飛び込んで行った、というわけなのである。

 

 それらの話が事実であると示すように、俺達の周囲には様々な種類のフルーツ達が転がっており、それらにはイタリア語の説明文らしきものが書かれたシールが貼り付けられていたのであった。

 ……あとついでに、テレビのニュースでイタリアのマフィア達が壊滅的なダメージを受けたこと、及びその事件が起きる前にイタリアの各所で虹色に輝く風が吹き抜けたこと、などが報道されていたが……まぁ多分そういうことである。

 

 

「いやはや。頼みに行ったことがここまで早く済むと、私としても文句の言い様がないよ、はっはっはっ」

「……あ、そういうこと(RTA)だったんですね」

「ぶい」

 

 

 なお、一連のTASさんの行動は、MODさんからの頼まれ事を聞く前に終わらせた、といういつものやつだったらしいことが、後の会話によって判明したけど些細なことである。多分。

 

 



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食べ物にも色々ある

「……というわけで、改めて秋を楽しみたい」

「あ、あれで終わりじゃなかったんだ……」

 

 

 数日後。

 いつもの面々が揃った状況において、唐突に立ち上がったTASさんが告げたのは、再びの秋の到来・もとい秋を楽しもうという宣言。

 まぁ、前回のあれは秋を云々と言いつつ、その実他の用事を済ませるための前フリだったのでさもありなん。

 

 そんなわけで、改めて秋を満喫しよう、ということになったのだが……。

 

 

「ええと、これは?」

「秋の楽しみ方の一つ、食欲の秋。今回は私達で料理をしていこうと思う」

「……錬金術ではなく?」

「鍋は使わないから安心して」

 

 

 それなら安心……かなぁ?

 ともかく、今回は普通に料理をしようということらしいので、みんなにエプロンを配って調理開始である。

 それで、今回用意されている材料なのだが……。

 

 

「ええとなになに……小麦粉に塩に砂糖にドライイーストにライ麦に牛乳に……?」

「それから好きな具材……と。……典型的なパンの材料ですわね、それもいわゆる惣菜パン系統の」

 

 

 用意されたそれらは、主にパンの材料となるものばかり。……どうやら今回はパンを焼こう、ということになるらしい。

 とはいえ、うちにはパンを焼くためのオーブンなど無かったはずなのだが……?

 

 

「一応、電子レンジとか炊飯器とかでもできなくはねーぞ?」

「そうなん?それとなんでCHEATちゃんは配信者モードなん?」

「そりゃもうパン作り配信するからだけど?──皆のものはろろー!今日も今日とて頑張るCHEATちゃんの配信だぞー喜べおらー」

「うーん、相変わらず逞しいというかなんというか……」

 

 

 そんな風に唸る俺の横合いから声を掛けてきたCHEATちゃんは、別にパンを焼くのにオーブンは必要ない……みたいなことを述べてきたわけだが。

 どっこい、今回の俺達がやろうとしているのは、各々が作ったパンを焼くという行程。……電子レンジはともかく、炊飯器で焼き上がるパンはでっかい食パンみたいなものだったはずなので、今回の用法には使えないというか。

 ……というような俺のツッコミはスルーされ、彼女はいつも通りに配信を始めていたのであった。うーん、配信者の鑑……。

 

 

「そういう時は私にお任せだ!」

「おお、MODさん!」

「どこから取り出しましたのそのオーブンレンジ……」

「ふふふ、良い女には秘密が付き物だよ、AUTO君」

「貴女秘密だらけではありませんこと?」

 

 

 とまぁ、若干困惑していた空気を切り裂いて話の軌道修正をするのは、いつも通り我らの頼れるMODさんなのであった。

 どうやら予めTASさんに説明を受けていたらしく、彼女は何処からともなく巨大なオーブンレンジを出現させていたのであった。まぁ、巨大っつっても業務用ではなく普通に家庭用サイズのやつだけど。

 

 ともあれ、これにて後顧の憂いはなくなった。

 あとはやり方やら焼き方やらに注意をしながら、各々好きなパンを作り上げるのみである。

 そうして始まったパン作りであったが、ことのほか張り切っていたのがなにを隠そうダミ子さんなのであった。

 

 

「美味しいパンを焼き上げるのですぅ!そのためにはしっかりと生地を捏ねなければいけないのですぅ!」

「お、おぅ。なんでこの人、こんなに張り切ってるんだろうな……?

食い気……ですかねぇ

 

 

 その張り切りようは、常日頃の彼女の様子からしてみればもはや別人と言っても過言ではなく。

 思わずCHEATちゃんとひそひそ声で話ながら、怒られたりしないように生地を捏ねていたのであった。……いやなんというか、鍋奉行ならぬパン奉行みたいだったんだもんよ、この時のダミ子さん。

 

 まぁともかく、そんな感じで各々が好きなパンの種を作り、それらをトレーに置いてオーブンにイン。

 そのまま、自動で焼き上がっていくパンを横手に暫しの休憩となったのであった。

 

 

「ふっふっふっ、アンタには真っ先に味見させてやるぜ」

「……付かぬことを聞くんだけど、あの真っ赤なモノは一体?」

「そりゃ勿論、梅干しのペーストで……」

「食べ物で・遊ぶなと・言いましたわよね?」

はい……

「罰としてご自分で消費するように」

「ソンナゴムタイナー!?」

 

 

 CHEATちゃんは梅パンを作ろうとして、AUTOさんに食べ物で遊ぶなとお叱りを受けていたし、ダミ子さんはオーブンの前に陣取ってパンが焼き上がるのをじーっと眺めているし。

 それからMODさんはなにやらTASさんに連れられて外に出ていったし……とまぁ、各々好き勝手にやっているようで。

 

 その姿に相変わらず纏まりがないなぁ、などと苦笑いを浮かべた俺は、

 

 

「っ!?ななななんだ今の爆発音!?」

「上からですわ!?」

 

 

 突然外から響いてきた爆発音に、思わず小さく飛び上がってしまったのだった。……すわ敵襲か(なんの?)と警戒しながら部屋の外に出て、建物の屋上に向かった俺達はというと。

 

 

「……想定外だった」

「相乗効果、ってやつかねぇ」

「…………なにやってるんですの、お二人とも」

「いや、TAS君がね?」

()()()()()()()()()を作ったら、思った以上に火力が上がりすぎてしまった」

「……おバカ!!」

 

 

 地面に十字に走る焦げ跡と、その手前で微妙に冷や汗を掻いていた二人の姿を見付け、思わず彼女達をAUTOさんと一緒に叱り付けることとなってしまうのだった。

 ……鍋じゃないけど結局錬金術じゃねぇか!爆弾錬成してんじゃねぇよ!!

 

 



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秋にしたいことはとても多いから多分夏休みより短い

「とんだ酷い目にあった……」

「自業自得では?」

 

 

 はてさて、例の爆発する黒パン騒動からはや一週間。

 秋らしいことをしよう週間……月間?季間?いやまぁ、季間などという言葉は存在しないわけだが。

 ともあれ、相も変わらず秋を満喫しよう、みたいなキャンペーン?が継続中なのは変わらず。

 今日も今日とて、TASさんに付き合って秋を探す俺なのでありましたとさ。

 と、いうわけで今回の秋らしい行動だけど。

 

 

「前々回が芸術の秋、前回が食欲の秋だった」

「正確にはワープの秋、爆発の秋だったけどな」

「細かいことは気にしてはいけない。とりあえず、この流れなら次にするべきはやはりスポーツの秋」

「スポーツ、スポーツねぇ……具体的にはなにをしようと思ってる感じなんで?」

「今の私達の人数は総計六人。二つに割ると三対三にできるから、その辺りの人数でできるものが好ましい」

「……となると、バスケとかになるわけだけど……」

 

 

 TASさんの言うところによれば、どうやら体を動かす系統のものが良いとのこと。

 ……三人組を作ってやるスポーツ、となると三人制バスケ(3on3)が真っ先に思い付くわけなのだけれど。

 

 

「……戦力差を考慮すると、五対一でもまだ甘いんじゃないかな?」

「……一応聞いておくけど、その一ってお兄さんだよね?」

「んなわけあるかい、分かってて聞いてんだろお前さん」

「むぅ……」

 

 

 正直、TASさんにボールが渡った時点でゴール確定……みたいなことになりかねないので、戦力を均一にするのであれば五体一でも見通しが甘い感じがしてくる俺である。

 うん、投げればどこからでも全部入るとか、はたまた満塁ダンク(一回で四点入る)で早々に逆転とかしてきそうな彼女が居る限り、まともな試合にゃならねーよなーとしか言えないというか。

 

 ……というようなことをぼやいたところ、何故かTASさんは不満げな表情を浮かべていたのであった。

 いや、そんな顔されても事実は事実だし……。

 

 

「わかってないなぁ君」

「おっとMODさん?わかってないとはどういう……?」

「わからないのかい?彼女はそんな風に君に尻込みして欲しくないんだよ」

「えっ」

「……なに?」

 

 

 そんな俺に声を掛けてくるのは、壁に寄りかかり人差し指でバスケットボールをくるくると回すMODさん。……なにそのなんかわけありキャラみたいなムーブ、とこちらがツッコミを入れる間もなく、彼女は次々と言葉を並べ立てて行く。

 その内容を端的に言うと、こうである。──曰く、最近の君はちょっと小ぢんまりとしてしまっているのではないか、と。

 

 

「だってそうだろう?昔の君はもう少し尖っていた。敵わないと知りながら、それでも牙を剥く貪欲さがあった。それがどうだ、今の君は牙を抜かれた狼、尻尾を巻いて逃げ帰るだけの存在……」

「なんだとォ……ッ!」

「あの、この茶番はいつまで付き合えば宜しいのでしょうか……?」

「しっ、静かにAUTO。これはアイツが再起するために必要な儀式。黙って見守るんだ……っ!」

「……あ、貴女もそちら側でしたのね……」

 

 

 MODさんのその言葉は、俺の心にじんわりと染み渡って行った。……確かに、最近の俺は小綺麗に纏まり過ぎてしまっていた。

 昔の俺は荒々しく、もっと貪欲で、勝てる勝てないではなく誰にでも牙を剥くある種の『怖さ』があったはずだ……!(多分)

 

 つまりは腑抜けてしまった、ということ。

 正直それをMODさんに言われるのは違うのでは?みたいな気持ちもちょっと無くはないが、それでもその言葉が俺の心を叩いたことに間違いはない。

 

 

「──ゆえに俺は、今こそかつての熱を取り戻し、TASさんに挑むことをここに宣言しよう!そう、勝てないから挑まないなんてダセぇことはしなウボァーッ!!?」

「き、君ぃーっ!!?……はっ、殺気!」

「……そういうのじゃないのに。MODは時々悪ノリが過ぎる」<ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

「……は、ははは。その、あれだ。可愛い悪戯、ということで許して貰えたりは……」

「のー。ぎるてぃ。反省して」

「はっはっはだよねへぶぇっ!!?」

「わぁ、汚い花火ですぅ」

「秋の花火というのも乙なものですねぇ」

(……う、迂闊に関わらなくて良かった……!?)

 

 

 ……まぁ、無表情ながらすっごい不機嫌そうなTASさんにお空の星にされたため、その辺りの無駄な闘争心はあっという間に叩き折られたんですけどね☆

 

 

 

;-A-

 

 

 

 というわけで、今回の顛末。

 結局普通にバスケをすることとなった俺達だったわけなのだけれど。

 

 

「三点六点九点十二点……」

「早い早い幾らなんでも加点速度が早い早い」

「屋外コートはやっぱりこうなる運命ですのね……」

「はっはっはっ、これ私達居る意味ないよねー!?」

「おとなしく、そこで、みてて」

「うわぁまだ怒ってるーっ!!?」

「MOD、今日はもう諦めようぜ」

「わぁ、そこはかとなく一日が終わりそうな台詞ですぅ」

 

 

 ……まぁうん、TASさん大ハッスルなことは変わりませんでしたとさ。

 いや、結局ばかすか入れるのは変わらんのかい、という俺のツッコミが彼女に届いたかどうかは、それこそ神のみぞ知るというやつである。

 

 



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面倒ごとを纏めて押し込むのは宜しくない

「いやー、落ち葉集めをしよう、なんていきなり言い出すからなにを考えているのやら、と思ってたけど……」

「ん、そこはかとなく許可を取るのが一番面倒臭かった」

「まぁ、勝手に燃やすと怒られますからね、今のご時世」

 

 

 とある休日のこと。

 部屋でのほほんとテレビを眺めていた俺は、唐突に扉をすぱーんと開いたTASさんに連れられ、気が付いたら……さつまいもを落ち葉で焼いていた!

 なにを言ってるかわからんと思うが、正直言葉通りの意味でしかないので解説しようのない俺である。

 

 まぁ要するに、落ち葉でさつまいもを焼こうとTASさんが思い至った、というだけの話なのだが……突拍子もなかったので困惑するのも仕方ないというか?

 なおあまりにも突然の行動であったため、今回は俺とTASさん以外には、AUTOさんとダミ子さんの二人しか居なかったりする。

 他の二人(CHEATちゃん・MODさん)はおやすみである。

 

 

「いいですよねぇ、さつまいも。しっかり焼くのは意外と難しいですけどぉ、上手く行くとほくほくなんですよねぇ……」

「ん。ダミ子はすっかり食い気優先」

 

 

 で、いの一番に言い出したTASさんが(比較的)目を爛々と輝かせて集まった落ち葉を見つめているのに次いで、その総身から待ちきれないオーラを立ち上らせているのは、なにを隠そうダミ子さんなのであった。

 ……いやまぁ、初対面の時にデザートの前であれこれ悩んでいたこともあり、人によっては隠すもなにもって思いそうではあるのだが。

 こう、以前よりも遥かに食欲への抑えが利かなくなっているような、というか。

 

 

「……空腹度のパラメーターがおかしくなった、などということはありませんわよね?」

「え?……え、ええー。いやいやそんなまさかぁ。単に私はですね、きっとTASさんが焼き上げるさつまいもなら、それはそれは美味しいのだろうなぁと思った次第でして……」

「ん、焼けた」<ポーイ

「え?……ぬわっ!?あっつ……くない!?」

「瞬間放熱……だと作り置きと大差ないから、アルミホイルに外部への断熱効果を付与した」

「なんかまたわけのわからんもの作っとる……」

 

 

 なので、ダミ子さんの裏事情(ステータスが乱数設定されてた)を知っていたAUTOさんから小さなツッコミが入り。

 それに当の本人が、『そんなわけない』と──自分の体のことながら、若干以上に不安げな空気を滲ませつつ、それでも笑顔で答えを返し。

 言い訳なのかはたまた本気でそう思っていたのか、どちらなのか今一分かり辛い言葉を吐いた彼女に、TASさんが軽く放ったのはアルミホイルに包まれたさつまいも。

 ……さっきまで落ち葉の中で蒸し焼きにされていたそれは、とてもではないが素手で掴めるはずのないもの。ゆえに突然それを握ることとなったダミ子さんは、大きな悲鳴をあげ……ようとして、実際にはそのアルミホイルが寧ろ冷たいことに気付き、首を傾げるのだった。

 

 ……まぁうん、TASさんのことだからなにか対策はしてるんだろうな、とは思っていたが。それにしたって突然凶器めいたものを放るのはビックリされて当然なので、ちょっと説教めいた話をすることとなったがそれは置いといて。

 

 ともあれ、さつまいもである。

 どうやらしっかり焼けているかどうかを確かめさせる意味も込めて、さっきからわりとがっついていたダミ子さんに毒味……もとい味見の役が回ってきた、ということになるようだ。

 

 

「えと、いいんですかぁ?」

「大丈夫。ずずいっと。一息にどうぞ」

「いや、一息は無理じゃねぇかな?」

 

 

 どうぞどうぞ、とダミ子さんにさつまいもを食べるよう促すTASさん。……なのだが、流石に一息には無理だろうとツッコミをいれざるを得ない。

 アルミホイルが冷え冷えだからといって、中身まで冷えているわけではないのは先程彼女が言った通り。

 ならば、中身の熱さによって食べきるにはそれなりの時間が……。

 

 

「では失礼して。いただきまーす」

「本当に一息で食った!?」

「おお、上手上手。計画通り

 

 

 掛かると思っていたのだが。

 ダミ子さんは器用にアルミホイルの中のさつまいもの皮を剥き、そのあと空中にそれを放ってぱくり、と可食部分を一息に食べきってしまったのであった。……いや今物理法則無視しなかった?あとなんかTASさんが不穏なこと言ってなかった???

 

 困惑しきりの俺の目の前で、異変は起き始めていた。

 さつまいもを一息に食べきったダミ子さんは俯き加減に下を向き、わなわなとその体を震わせている。……気のせいでなければ、その体が徐々に大きく……いや広がっているような?

 

 謎のオーラを立ち上らせながら徐々に震えを大きくするダミ子さんの姿に、先程のTASさんの言葉が聞き間違いでないことを悟り。

 そうして、AUTOさんと目配せをして、なにが起きても対処できるようにと身構えようとして。

 

 

(……う、動かん!体が!一辺たりとも!!)

(こ、これは一体……!?)

(ムービー中だから。動けないのは当たり前)

((ムービー中!?))

 

 

 突然、自分の意思で体を動かすことができなくなり、思わず目を見開くことに。

 そうして脳内に響いてくるのは、TASさんの今の状況を説明する声。……こいつ、勝手に脳内に……?!

 冗談はともかく、ムービー大嫌い勢()のTASさんが、特に慌てることも不機嫌になるでもなく現状を傍観している、という辺りに違和感を覚えつつ、なんにもできないので仕方なく前を見る俺である。

 

 状況は現在、ダミ子さんが大体二倍くらいの大きさになり、俯いたその顔──眼窩や口腔から、目映い光が漏れていることを目視で確認できる、というもの。

 正直ここからなにが起きるのかはわからんが、絶対ろくでもないことなので本音を言えば逃げ出したい。……まぁ体が動かんので逃げられないんだけどね!

 

 

「うーまーいーぞーぉー!!!」

「うわぁビームだ!!ビーム出しやがったこの人!!?」

「地球がー!!地球そのものがーっ!!!?」

 

 

 で、最終的に起こったのがダミ子さんの顔の穴という穴からのビーム掃射。

 それは大地を抉り、空を割り、まさに天変地異・世界の終わりを体現するかのような規模のモノであり──、

 

 

「で、貴女達が来てムービーがスキップ(世界崩壊は回避)されたってわけ」

「「……なんて?????」」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、と言われていたらしいCHEATちゃんとMODさんが公園に到着した途端、それらはまるで白昼夢の如くあっさりと消え去り、滅びかけた世界なんてものは最初からなかった、ということになっていたのだった。

 ……他のプレイヤーを利用してのイベントスキップの練習だったんなら、最初から言って欲しいな!?

 

 的なお叱りを投げ付けましたが、TASさんは「最終的に無事だったんだから問題はない」と取り付く島もないのでありました。

 

 



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ゲームの秋、日本の秋

「今日は初心に帰って、ゲームクリア時間の短縮を狙っていく」

「なるほど。では今日やるゲームは?」

「とりあえず初代の『携帯できる怪獣』を……」

「うーんめくるめくバグの予感」

 

 

 というか、前も別の時にやってなかったっけそれ?……とツッコミを入れたところ、TASさんは微妙な顔をしたのちに『じゃあ、別のにする』と声をあげたのだった。

 

 というわけで、今回は遊びの秋……もといゲームの秋である。

 リアルでTASしたら、それは最早RTAなんよ……という言葉の通り、今日の彼女はTASと言うよりかはRTAさん、という趣なわけだが……いやでもやっぱりTAS技前提でやろうとしている辺り微妙だな?……などと首を傾げないでもない俺である。

 

 

「むぅ、サイコロは乱数的な問題でピンゾロ揃えるのに制限があるし……」

「ツッコミたいところは色々あるけど、個別乱数じゃないのな」

 

 

 あるいは、個数が多すぎると処理が面倒とか、他の処理に影響を及ぼすとかか?

 ……まぁともかく、当初の予定が崩れたため、なにをしようかと悩み始めたTASさんに対し、それじゃあと俺が提案したのが……。

 

 

「シリーズものの初代から順にRTA……それ、下手すると一日で終わらないこともあるよ?」

「まぁ、TASさんなら大丈夫でしょ」

「むぅ……」

 

 

 某キングコングをモチーフにしたゴリラのゲームを、初代から最新作までぶっ通しでTASる……というものなのであった。

 まぁ、普通にやったら一週間あっても足りるかわからんが、TASさんなら多分大丈夫大丈夫。

 

 ……と、言うわけで。

 微妙に照れたような表情(当社比)をするTASさんに首を傾げつつ、彼女のゲームプレイを横で鑑賞する俺である。

 

 

「……そういえば、シリーズものの初代からだと、思いっきりオマージュ元の影響バリバリの作品からやらなきゃいけなくなるんだな……」

「後の方の作品で都合あと二回やらされる。正直げんなり」

「なんで?」

 

 

 なお、今回の一連のプレイはいわゆる完全攻略(100%)であるため、ちょっと手間が多い……と述べながら、TASさんはさくさくとプレイを進めて行くのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……やってたのゲームなんだよね?」

「そうだね。今見ても綺麗な2Dゲームが豊富だから、意外と盛り上がったよ?」

 

 

 さて、RTAやらTASやらを名乗ってゲームをするのだから、その動画を撮って記録を認めて貰おう、みたいなことを考えるのはそうおかしな話ではない。

 なので、そうして撮影した動画を確認していたのだが……それを横目で見ながら、CHEATちゃんが不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。

 なにが気になったのだろうか?……と首を傾げていると、彼女は画面を──ついでに幾らか体裁を整えて動画サイトに投稿した、記録云々とは別に『みんなで楽しむ』ことを目的とした動画の、そこに流れるコメントを指差しながらこう告げるのだった。

 

 

「……野球の単語があったり、歴史の用語があったりするのはどういうことなの……?」

「んー……」

 

 

 ああなるほど。そういえばこのゲーム、バグによる特殊な移動に付けられている名前が微妙に聞き馴染みがあるものが多いのだったか。

 そう思いながら見つめる画面上を流れているのは、バントの構えから切り換えて玉を打つ打法とか、元はとあるギャグマンガに出てきた技によく似ていたために名付けられた、飛鳥次代の名前を冠した移動法とかの名前。

 ……後者に冠しては、その発展系に『時代が大化から大宝に変わる時に起きた国政改革』の名前を付けるきっかけになったりしているが、そこら辺を知らない人からすると、まったく無関係の動画でまったく関係の無いスポーツや歴史の話をしていることになるわけで……って、あ。

 

 

「なに?」

「いや……こういうのもこう、スポーツと政治の話は荒れるから止めとけ、ってやつになるのかなーって」

「はぁ?」

 

 

 野球の単語なのだから、スポーツの話だというのは間違いないだろう。歴史の話についても、改革云々の部分にまで及ぶのだから、政治の話だと言えなくもない。

 ならば、それらを兼ね備えたこのゲームの話が、ある意味『荒れる』モノであるのもまた、当たり前のことなのかもしれない。

 

 

「……説明すんの面倒臭いってハッキリ言えばよくない?」

「はっはっはっ。──君にもそれやって貰うからよーく覚えておくように」

「へ?はっ!?え、あっちょっ、やだ!!私やだ!!こんな1Fひたすら擦り続けるようなゲームやらされるの私やだ!!」

「はっはっはっ。君に拒否権はないぞー」

「あっばっ、ふふふふざけんなぁっ!!!?」

 

 

 なお、ご覧の通り話を逸らすことには失敗したため、最終手段に訴えかけることになったけどなにも問題はありません。

 ……お前も怒りのテーマを流しながら蜂の巣の中を突撃するんだよ!!

 

 

「……なんであの方は説明を厭がったのです?」

「単純に説明するべきところが多岐に渡るから、だと思う。暈しきれない、みたいな?」

「えー……?」

 

 



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秋と言えば……温もりが欲しい季節?

 我らが住まう○○市には、その真下で告白をすれば必ず幸せになれる……という大きな木が存在している。

 いや、どこの恋愛ゲームだよ?……みたいな話だが、これが実際に存在しているのだから手に負えない。

 

 とはいえ、我らTASチームには関係のない話。

 そんな場所を利用する必要も機会も訪れないだろうと思っていたため、それがあるということくらいしか認知していなかったわけなのだが……。

 

 

「あ、お待たせしてしまいましたかぁ?」

「いんや、こっちも今来たところ」

「……ふふっ。ちょっとベタですねぇ、それ」

「…………放っておいてくれ」

 

 

 ──何の因果か、それを利用する機会が来たというのだから、なんとも珍妙な話である、マジで。

 

 

 

;oAo

 

 

 

「……最後にあそこに行くのは決まってますけどぉ、それまでどうしますかぁ?」

「んー。食べ歩きとか?そういうの好きだろダミ子さん」

「大好きですぅ!……けどその、そういうのは……ですね?」

「……いやまぁ、いいんじゃないかね。甘いもの食べるとか、寧ろ女の子らしいというか」

「そう……ですかねぇ?」

 

 

 二人で街を歩きながら、どうやって()()()まで時間を潰すか、と会話を重ねる。

 なんなら手でも繋ぐか、と思ったりもしたが、正直そういうのはあれかなー、とも思うので今のところは保留である。

 とまれ、とりあえずは彼女の──ダミ子さんの好きなことをやらせるのがベターでは?……という話になり、その方向性で進むことに。

 まぁ、俺も別に甘いものが苦手、というわけでもない。

 寧ろ普通に好きな部類なので、そうやって食べ歩きをするのは、中々悪くない選択だと思われた。

 

 さて、そうなってくるとなにを食べるのか?……というのが論点となってくるわけだが。

 

 

「……く、クレープとか、いいんじゃないでしょうかぁ!?」

「うわびっくりした。……声が上擦ってるけど、大丈夫?」

「な、なにがですかぁ?べべ別に、緊張してるとかそんなことは一切これっぽっちもありませんよぉ!?」

「……いや、それって答えを言ってるようなものでは?」

 

 

 ううむ、隣のダミ子さんはどうやら思考回路がオーバーフロー気味のようで、仮になにか食べさせても味とか感じなさそうな状態。

 ……こうなってくると、甘いものより先に苦いものでも食べさせた方が、気付けにもなって丁度良いのでは?……みたいな気分になってくるというか。

 となれば──コーヒーショップ辺りが良いのか?……なんてことを思いながら、彼女の手を引いて歩き出す俺である。

 

 

「あっ……」

「いやだったか?」

「……い、いえ。ちょっとビックリしただけでしてぇ」

「そっか。んじゃまぁ、さっさと行くぞ」

「は、はぃぃ……」

 

 

 ……ううむ、ガチガチである。

 これが()()()()()()()()()のだが、はたして。

 とはいえこのまま彼女の復帰を待っていては時間が足りないので、わりと強引に押しきる形で進む俺なのであった。

 と、言うわけで……。

 

 

「ほい、これでも飲んでちょっと暖まりな」

「あ、はい。ありがとうございますぅ。……にが」

「そりゃまぁ、ブラックだからなぁ。……ミルクと砂糖、いるか?」

「うう、遠慮しますぅ……苦味で頭が冴えてきましたぁ……」

「そっか、ならいい」

 

 

 予定通りにコーヒーショップに到着した俺は、ミドルサイズとラージサイズのコーヒーを購入し、ダミ子さんに差し出して……ラージサイズの方を取られたので、微妙な顔をしつつミドルサイズの方を飲むことになったのだった。……苦いと言いつつ飲むのは飲むのな、などと思ったかどうかは秘密である。

 

 とはいえ、ほどよい苦味が彼女の思考をハッキリとさせるのに丁度よかった、ということに間違いはないようで。

 ほんのり頬を染めた彼女は、周囲の視線を思わず引き寄せてしまうような、そんな微笑みを浮かべていたのであった。

 

 

「えへへ。いいですねぇ、コーヒー。現実の苦しさを思い出すようですぅ」

「……さいですか」

 

 

 まぁ、見た目の可憐さ・可愛さに比して、言ってることは千年の恋も冷めそうな話題だったわけだが。……周囲には聞こえないような小さな声だったので、周りからの視線の色は変化してないけども。

 

 閑話休題、彼女の思考がハッキリしたと言うのであれば、俺達がすることはもう決まっている。

 苦味は甘味を引き立てるモノでもあるので、そのカップの中にコーヒーが残っている内に、他の甘いものを探してあちこち店を回らねば。

 

 

「そうですねぇ。出来得る限りカップルっぽいことしないといけないですしぃ

「……ようやくそこまで脳みそが復帰したか。俺一人じゃ限度があるんだから、呆けるのは止して欲しかったが……戻ったんならまぁいいよ」

「お手数お掛けしました、デートとか初めてだったものでぇ……そういえば、なんで私とアナタなんでしょうねぇ?」

「年齢的な問題」

「わ、わりと世知辛い話でしたぁ……?!」

 

 

 はてさて、いい加減種明かしと行こう。

 俺がダミ子さんとデートなんてことをしている理由。それを離れた場所から尾行している他の面々が居る理由。

 それらは全て、ある作戦のための仕込みである。その作戦とは──、

 

 

「──恋愛成就の大樹伐採大作戦。……周囲に知られたら事だよな、これ」

「わわわ、しーっ!しーっですよお兄さん!」

 

 

 あの大樹を斬り倒すため、だというのだから、世の中わからないものである。……カップル達に恨まれそう(小並感)

 

 



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別に破局を願うわけではない

「……なぁ、あんなでっかい木なんてあったか?」

「んー?……あれ、どうだったっけ?あったような……なかったような……?」

 

 

 それは、ある日突然俺達の日常に入り込んできた異物であった。

 窓を開けて外を見た時、視界の半分ほどを専有する巨大な樹木。それを見た時の違和感は、されどそこまで大きなものではなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()?……みたいな違和感だったそれは、しかして次の瞬間にはさらに小さくなっており、()()()()()()()()()()()()などという間の抜けたものに変化していった。

 ……徐々に違和感が小さくなっていく辺り、どう考えてもおかしいのだが、あの大樹を認識すればするほど違和感が減っていくこの状況では、その意識を保ち続けることも困難であり……。

 

 

「しっかりして」

「のわーっ!!?」

「うわっ!?なになにいきなりなに!?」

 

 

 そこに、斜め四十五度の角度からTASさんの飛び蹴りが炸裂。……俺は無様に吹き飛ばされたが、変わりに先程までの『減っていく違和感』そのものに違和感を抱くことができるようになっていたのであった。

 

 

「……はっ!?つまり俺は電化製品……!?」

「お兄さん、そういうボケは今はいいから」

「アッハイ」

 

 

 ……どうやら真面目な話だったようで。いつもより真剣さが三割増しくらいのTASさんに、普通に怒られてしまった俺である。

 仕方ないので居住まいを正せば、彼女は部屋の中に居た俺とCHEATちゃんを順に見たのち、重々しく子細を語り始めたのだった。

 

 

「──大変なことになった」

「いつものことでは?」

「……そういうんじゃない。わりと一大事」

「うーん?いつも一大事では?」

「……しまった。いつも大概なことが起きてるから、お兄さんの危機感が薄れてる……」

 

 

 大変なことになったと彼女は呟くわけだが、彼女絡みの事件っていつも普通に大変なことばっかりだから、今回だけ殊更に気にする必要性が見えてこないな?……的なことを宣えば、彼女はなんとも言えない空気を滲ませながら、小さくため息を吐くのであった。

 ……まぁうん、大変なのは大変なのだろうから居住まいを正すが、危機感が共有できないのは確かに問題なので、その辺りを尋ねてみる俺である。

 

 

「具体的には最終回じゃないのにみんな発情してる」

「良い年齢の子が発情とか言うの止めない???」

「……仕方ない、現状『発情』って言った方がいいような状況になってるのは、決して間違いじゃないから。──これを見て」

「む?パソコン……?」

「あっ、監視カメラだ。……ハッキングは良くないことだぜ?」

「それを貴女が言うのはどうかと思う」

「む」

 

 

 ……なんか今、短い間に問題発言が多発したような?

 とはいえその疑問を解消するような時間は、現在余っていないようで。仕方なしにその辺りは後回しにし、TASさんが弄ったパソコンの画面に注目すれば。

 そこに映し出されていたのは、街の中心部を歩く人々の波。……ううむ、確かになんかカップルが多いような気はするが……。

 

 

「……いや、秋頃なんてそんなもんじゃない?」

「違う、よく見て」

「んー……?……ん、んんん?」

 

 

 そんなの特筆するようなものではないのでは?……という俺の疑念は、TASさんが再度画面を注視するように促してきたため中断させられる。

 とはいえ、何度見ても至って平穏な街の様子がそこにあるだけなのでは、という俺の気持ちは変わらなかったのだが……よくよく見てみると、確かにおかしな様子になっていることに俺は気付いたのであった。

 

 

「……老いも若いも男も女も、全部無秩序にくっついてないか、これ」

「そう。男同士女同士は当たり前、歳の差八十近くのカップルも居るし、そもそもなんだか一対一ですらなかったりする」

「……ああうん、確かにこりゃおかしいわ」

 

 

 そう、確かにカップルが居るだけならば、さほど問題があるとは言えなかっただろう。

 だが、画面内に映る人間が()()()()()()()()()()()のであれば、それは確かに異常事態と言えるはずだ。

 

 例えば、そこの二人。見た目は孫と祖母、みたいな見た目でしかないが、その距離感はどう足掻いても歳の差女性カップルである。というか暫定孫側が積極的過ぎるわこれ。

 それから、そこの学校帰りとおぼしき二人。

 単に手を繋いで歩いているだけだが……それが少年同士である以上、公衆の面前でいちゃつくのが躊躇われるだけで、暗に付き合っているのだと示すには十分な行動だと言えるだろう。

 

 他にも探せば探すだけ、そこにはカップルが転がっている。

 少なくとも、つい先日までこんなにカップルが大挙しているなんてことは無かったし、そもそも性別問わずのカップルが溢れている時点で色々とおかしい。

 ……いやまぁ、別に好きに恋愛はすればいいと思うんだが、それにしたっていきなり先進的に成りすぎというか。

 

 

「そう、それこそが問題。──これは、歴とした異世界からの侵略なの」

「……なんかいきなり話が胡散臭くなったんだが?」

「でも、それが事実。これは、明確な侵略戦争なの」

 

 

 その様子に困惑する俺達に対し、TASさんはこれが異世界からの侵略行為によるものなのだ、と警鐘を鳴らすのであった。

 

 



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惚れた腫れたは一夜の火

「今回の騒動の元となっているのは、あの大きな木」

「……ああうん、さっきまであれがあることに違和感を抱けなかった辺り、あれが騒動の元なのはなんとなく理解できるな」

 

 

 厳かな語り口でTASさんが説明したところによると、どうやら今回の騒動はあの大きな木があることで引き起こされたもの、ということになるらしい。

 そういえば、あの木の噂もいつの間にか『知っている』ものになっていたし、洗脳電波的なものでも発しているのだろう。……そうなってくると、流石の俺も危機感を覚えてくるというもので。

 

 

「そうなの?」

「いや、そりゃそうだろ。精神的に影響を与えてくるとか、どう足掻いても許しておけない大悪だろ」

「そりゃまぁそうだけど……」

「だってさ考えてみろよ、もし仮にあれの洗脳による影響がカップル発生じゃなく、どこまでも速さを追求するとかだったら……」

「……はっ!?こいつ(TAS)が増える!?」

「そういうこと!」

「……お望みなら今すぐにでも増えて見せるけど?」

「アッゴメンナサイジョウダンデスユルシテ……」

 

 

 ……まぁその、あれだ。

 今回はカップルが増えるという影響だけれども、その内容如何によってはもっと酷い状況になる可能性も否定できないわけで、そうなってくるとあの大樹の存在は害悪以外の何物でもないわけでね?

 ……と、ほんのり()キレてるTASさんに弁明しつつ、現状に対して俺が感じている危機感を説明するのであった。

 その甲斐あってか、一応機嫌を直してくれた彼女は、こちらの気概?的なものを買ってくれたようで。

 

 

「まぁ、あの木をどうにかしないといけない、というのは正解」

「だ、だよねー!……で、やっぱりこう、パパパッと行ってズバッと解決する感じなんだろ?」

「それはできない」

「そうかそうかできないか……なんで!?」

 

 

 ゆえに、ここから始まるのはTASさんの伐採RTA、だと思っていたのだが。……当の彼女の口から飛び出したのは、私には無理という信じられない言葉なのであった。

 

 

「えっ、なんで?こういうのとかTASさんの独壇場なんじゃ???」

「……洗脳電波なのが良くない。具体的に言うと、私があれをどうにかする場合、ゲームストップレベルの遅延と戦いながらということになる」

「そんなに」

 

 

 詳しく彼女の説明を聞くところによると。

 あの大樹が放つ洗脳電波……強制ラブコメ波動は、指向性を持たない無差別型のもの。言うなれば隙間なく敷き詰められた機雷のようなものであり、当たらずに進むことは不可能なのだという。

 それによって起こることというのが、一工程ごとの洗脳解除。あの木の下になんの準備もなしに到達してしまった場合、最早木を切ろうなんて意識はどこかに消え去り、そこで出会う運命の人のことしか考えられなくなるのだという。

 で、それでカップルが成立してしまえばそこで終わり。最早二度と違和感を抱くこともできず、永久に相手とイチャイチャするだけの存在に成り果ててしまうのだとか。

 

 ……まぁ、これに関しては調べたとかではなく、そういう未来を億千通りぶつけられたためとりあえず撤退したTASさんの実体験、ということになるようだが。

 

 

「一応、実際に起きたことではないからその演算をカットすればどうにかなったけど……未来視系の封殺方法を意図せずして満たしているあの大樹相手だと、私は単なる一般人みたいなもの。そういう意味では、CHEATとかの方が得意だと思う」

「私が?……あー、洗脳無効みたいなの付与すればいいってことか」

「そういうこと」

 

 

 大前提として、TASさんの動きは人力でも再現可能、というものがある。

 いやまぁ、彼女の場合は『いつかやがての人類が到達するであろう境地』を前提としているため、現行人類に同じ事をやらせようとしても無理があるわけだが……それはそれとして、洗脳に抗うというのは例え時代が進もうとも中々難しい、ということになるらしい。

 なので、彼女──TASに対しての洗脳というものは、ある種の特攻となる、と。まぁ、雑に言えばそういうことになるようだ。

 

 だからこそ、わりと無体な『精神系攻撃無効』みたいなことをできるCHEATちゃんの方が、この騒動においてはまだ活躍できる、ということになるみたいなのだが……。

 

 

「でも、そっちはそっちで問題」

「えっ」

「CHEATは配信者だから……」

「ああなるほど、CHEATちゃん側が無事でも、その視聴者とかまで無事かと言われると微妙なのか。わりと配信の規模も大きいから、探せば視聴者もそれなりに紛れてるみたいだし」

「……えっ」

 

 

 彼女に任せる、とするには問題がある、と彼女は告げる。

 それは彼女が配信者(Tuber)であるから、というもの。……自分に対する洗脳は防げても、彼女にガチ恋なり仄か恋なりしてる相手まで保証はできない。

 要するに、あの大樹のお膝元に向かうまでに想定される妨害が多すぎる、ということが問題になるらしい。下手すると勝手に撮影&配信されてガチ凸されてもおかしくない、みたいな?

 

 ……そうなったらまぁ、下手すると刃傷沙汰なので……と、彼女一人に任せる案は敢えなく瓦解するのであった。惚れた腫れたの話は怖いからね、仕方ないね。

 

 なお、話の当人であるCHEATちゃんは、TASさんが役立たずな状況において活躍できる、という話に希望を見出だしていたのか、暫く呆然とした表情で固まっていたのであった。……お労しや。

 

 



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一番そういうのに縁のない人

「……まぁでも、他の人に対応させる場合、CHEATの補助が合った方が確実なのは確か」

「……!そそそ、そうだよな私の力は必要だよな!いやー、頼られちゃって困るなーあははー!!」

「CHEATちゃん……」

 

 

 なんでこの子はこう、ちょくちょくお労しいのだろうか?

 そんな思いを抱いてしまうようなCHEATちゃんの反応だが、そこを素直に指摘するとふて寝するのは目に見えているので、敢えて触れないでおく俺である。

 

 ともあれ、今回の案件に関してTASさんが普段ほどあてにならない、というのは確かなようで。

 そうなってくると、誰がこれを解決するのか、という話が浮かび上がってくるのだが……。

 

 

「……んー、AUTOさん?」

「恋愛耐性がない、ダメ」

「言い方ぁ」

 

 

 まず始めに挙げたのは、我らがAUTOさん。……だったのだが、彼女もまた洗脳系の攻撃に耐性はなく、更にはDJ AUTO的な技能部分以外はわりと普通の少女でしかないため、仮に恋愛系の話となれば下手すると骨抜きになるからダメ、とのTASからのお言葉が。

 ……なんというか酷い言われようだが、言われてみれば確かに彼女に恋愛方面に強そうなイメージはないので仕方ない。

 

 となると、他のメンバーを挙げていくことになるのだが……。

 

 

「……MODさん?」

「確かに、なんとなくイメージ的に恋愛とかそういうものには強そう」

「おお!」

「……けど、彼女には特殊な能力はない。……いやまぁ、姿が変えられるのは確かに特殊だけど、例えばCHEATの時みたいに誰かが向かってくる、となると人数によっては厳しいことになる」

「oh……」

 

 

 俺達の中では一番そういうのが得意そうなMODさんは、確かに恋愛関連()()ならばどうにかなるような気がするけど、彼女自身の職業というか所業というかに問題があった。

 そう、今回のあれこれは、周囲に対して無差別に発揮される恋愛空間。

 そのため、彼女が仕事の際にワンナイトラブとかしてたら、その時点で瓦解するのである。……いやどこの諜報部員だよ?

 

 

「おや、君達からすると私はそんなイメージなのかい?」

「そりゃまぁ、なんというか男も女も手玉に取ってるイメージがあるというか……」

「ふむふむ。魅力的な人、と言っていてくれていると受け取っていいのかな?」

「まぁ、そうかも。……ところで、いつの間に?」

「AUTO君の話の辺りからかな?まぁなんとも愉快なことになっているようだね、今回も」

 

 

 ……なお、いつの間にか横にやって来ていたMODさんからは、私はそんな気の多い人間ではないよ、と否定されることとなったわけだが。……これわりと失礼な話だったんじゃね?

 当人の居ないときにあれこれ言うのって、わりとリスクだよなぁ……と土下座をしつつ反省する俺である。

 

 

「まぁ、意図してそういう感じの人物に見せてるのは私だからね、そこまで気にはしないよ」

「貴女が神か……っ!!」

「大袈裟では?」

 

 

 ともあれ、今回の事件に適性のありそうな人が居ない、というのも確かな話。

 いやまぁ、正確にはどうにかなりそうな人もちょくちょくいるのである。だが、本人が良くても本人に纏わる人間まで大丈夫か、と言われると疑問が出てくるわけで。

 特に、どうにかなりそうな二人が周囲からあれこれ思われてそう、という共通点がある以上、うちに居る面々では難しいのでは?……なんて気持ちになるのも仕方がなく……。

 

 

「ただいまですぅー」

「同じくただいま、です。……それにしても今日は、なにやら仲睦まじい方が多かったような気が致しますわね?」

「ですねぇ」

「ん……?」

 

 

 なんて風にみんなで首を捻っていると、見計らったかのように帰って来た二人の声が。……ん、二人……?

 

 ほくほく顔で買ってきたもの──コンビニに行っていたので、肉まんとかコンビニスイーツとかが多い──を漁るその人物は、そもそもが上書きされている……()()()()()()()という風に解釈できるがゆえに、そういうものに強そうな気がするし。

 自分以外の誰かに思われているという可能性も、彼女に関してはそもそも過去と今が直接繋がっていない……断絶しているので、その可能性も一切ない。

 

 考察すれば考察するほど、先程までの問題点を全て解決しているように思える、そんな彼女の存在に思わず顔を見合わせる俺達。

 行けるのだろうか?行けちゃうのだろうか?……そんな疑念のこもったその視線は、行けちゃうかも、行けるんじゃないか?……という確信へと変わっていく。

 

 

「……ん?えと、あれ?どうしましたかぁ、皆さん?その……お顔が怖いですよぅ?……あっ、もしかして欲しいんですかぁ?大丈夫ですよぉ、皆さんの分もちゃんと買って……あの?」

「──そうだ、君こそが勝利の鍵だ」

「えっ?ななな、いきなりなんなんですかぁ!?」

 

 

 ゆえに、俺達は彼女に詰め寄り、その肩を掴んだ。

 そう、現状唯一の希望──ダミ子さんは異様な空気を纏った俺達の姿に、思わず涙目になりながらいやいやと首を左右に振っていたのであった──。

 

 



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役に立つものは些細なもので

「……むっ、」

「む?」

「むむむ、むーりーでーすーぅー!!そそそ、そんなこと、できるわけないじゃないですかぁ!?」

 

 

 はてさて、今回の案件において、唯一無二の実行部隊として選任されることとなったダミ子さんなわけだが。そんな彼女はご覧の通り、無茶苦茶嫌がっていたのであった。

 その嫌がり方はまさしく駄々っ子の如くである。……ダダミッ子さん?

 

 まぁ変な冗談はともかく。

 いきなり唐突になんか重要な案件を投げられたに等しいこともあってか、ダミ子さんは凄く及び腰なわけだが……そうは言ってもうちのメンバーだと彼女以外に丁度良さそうな人が居ないので仕方ない、というか。

 

 

「いいいやいやそもそも!そもそもですぅ!!仮に私がやらなきゃいけないとしても、それでなにをすればいいんですかぁ!?」

「それに関しては既にレポートに纏めてある。読んで」

「レポートぉ!?……ってうわぁ結構多いですぅ!?」

「傾向と対策を中心に、起こりうる事態とか突発的な対応のうち推奨されるものとかを纏めておいた」

 

 

 そんな状況でもなお、私には無理だと首を振る彼女に対し、逃げ道を無くすかのようにTASさんが手渡したのは、今回の事件における攻略本……もとい行動指南書的なレポート。

 これにはダミ子さんの性格面などを考慮して、彼女にもできるような回避手段などが事細かに記されているらしく。

 突然そんな分厚い資料を渡された彼女は、事此処に至って自分に逃げ場がないこと、かつ周囲のみんながわりと本気で自分に任せようとしていることに気付いたのであった。

 

 

「……っ、いやでも、私じゃ……」

「大丈夫だ、なんたって俺も手伝うからな」

「はぁ、お兄さんも手伝……なんですぅ(why)?」

「なんですって……いや、よく読んだかそれ?初めの方に書いてあるはずだけど」

「へ?え?……っ!」

 

 

 それでもなお、怖じ気付いていた彼女だったが……安心させようと吐いた俺の言葉に、一瞬呆けたような表情を見せたあと──バッと日頃ののんびり具合が嘘みたいな機敏な動きで資料を捲り直し、そこに書いてある文章を見付けてわなわなと震え始めたのであった。

 ……いや、それに気が付かないほどに動揺してたのか、この人。

 

 

「そりゃあ、あの木の下に行くには()()()()()()()()()()。ってことは、そこに行く用事を捏造しないといけないってことだろ?……そういう意味でも、他のメンバーだと無理があったんだよ」

「私だとお兄さんに合わせなきゃいけないから無理。……まぁ、洗脳解除しながらだから大差ないかもだけど」

「私もまぁ、無理な方ですわね。正直この方を振り回してしまう予感しか致しませんし」

「物理的に振り回されそ~……あ、私も無理。下手するとこいつがうちの視聴者達にボコられそうというか……」

「私はもう全般的に無理だね!洗脳耐性もないし彼がボコられるのも避けられなさそうだし!」

「なんで俺のボコられる確率が意外と高いんですかね……」

「……う、嘘ですぅーっ!!!?」

 

 

 ()()()()()()()()()、わりと対等なレベルの二人で挑む方が楽……みたいなことを思えば、俺が彼女の相手役になるのは自然な流れだろうに。

 そんなことをみんなで述べれば、ダミ子さんは目をぐるぐるさせながら悲鳴をあげるのだった。

 

 

 

@A@

 

 

 

「──で、話は戻る、と」

「?なにか仰いましたかぁ?」

「いんや、こっちの話」

 

 

 ──で、話は冒頭に戻る、と。

 

 まぁうん、洗脳耐性をCHEATちゃんに付与して貰う、ってのはわりと初期の内に纏まっていたのだが、それができるのは一人だけ。

 一応頑張れば二人分もどうにかなるかも、という話だったのだが……その分彼女の負担が単純に倍加するとかってことだったので、それなら最初から洗脳無効な人は加えておこう、という話になったのだ。

 

 で、そうなってくるとさっきの『スペック的に釣り合うか』ってところが問題になってくる。

 ダミ子さんは姿こそ異世界のサンタと同一だが、あくまでも同じなのはその姿だけ。……例えば当の本人が持っているだろう能力などは、引き継いではいない。

 要するに身体能力的には一般人、ということになるわけで。

 ……そうなると、さっきの俺の話と同じく、ほとんどのメンバーが『相手側が戦力過多』になるのだ。

 

 まぁ、徹頭徹尾彼女が振り回されるのを許容するのであれば、そっちの方が早く済む可能性はあったが……本人からの強い希望でその案は却下された。

 

 あと、早く済むかもとは言うものの、今回のこれは強制カップル成立空間をどうにか回避する、ということを前提とするもの。

 ……言い換えると、同性同士の場合は強制力が()()()()()()()()()()()()()()()()()という点から、実際には全然早くならない可能性が見えてた……みたいな面もあったりする。

 

 

「どうしてそうなるんですかぁ?」

「言葉の上では認めてる、なんて風に言うものの……実際に同性同士の恋愛が一般的となったか、と言われるとまだまだ疑問が残るところが多いだろ?……それがここでは普通にそこらに居る。……ってことは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性が高いってことなんだってさ」

「ほへぇー」

 

 

 まぁ、この辺りの話は全部TASさんからの受け売りなわけだが。

 

 ともかく、同性同士のカップルで突っ込むと、洗脳耐性があっても危ないかも?……などという話になれば、そりゃまぁ異性同士のメンバーで挑んだ方がいい……みたいな話になるのは目に見えているわけで。

 そういうわけで、スペック的に対等であること・メンバーの片方はダミ子さん固定であること・できれば彼女とは異性となる人物の方がいいこと……などの点から、俺が同行者に選ばれるのは自然な流れだった、というわけなのである。

 

 ……まぁ、この話には実は一つ落とし穴があって。

 

 

(……この人元男なんだけど、そういう場合ってどうなるんだろうなぁ)

 

 

 調子を取り戻したのか、呑気に鼻唄なんて響かせているダミ子さんを見ながら、心中で溢す俺。

 

 ……後天的に異性になった相手は、この空間内ではどういう扱いになるのだろう?

 どうにもカップルに気ぶっている空気のあるこの空間において、元同性なんて設定をはたして相手が見逃すのか否か。

 そんなことを思った俺は──まぁ洗脳無効なんだしどうにかなるかぁ、と早々に思考を放棄したのであった。面倒臭くなったとも言う。

 

 

「よーし、とにかくさっと行ってパッとやってしまいましょー!」

「おー」

 

 

 気合いを入れるダミ子さんに合わせ、適当に腕を突き上げる俺がどうなるのか。

 それは、大いなる神のみぞ知る……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──あ、一応特に大きなトラブルも起きないままに大樹を斬り倒し、世界はカップル論争より解き放たれた、と付け加えておきます、はい。

 

 



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ファイナルデッドオータム・1

「───はっ!?」

「どうしたのお兄さん?なんだか魘されてたけど」

 

 

 突然視界が開けたような感覚に、思わず身震いをする俺と、そんな俺を覗き込んで不思議そうな顔をしているTASさん。

 

 むくりと体を起こせば、そこはいつも俺が寝ている寝室で、どうやら俺は先ほどまで惰眠を貪っていた、ということになるらしい。

 窓から差し込んでくる日差しは暖かく、秋の陽気はまだまだ翳りを見せていないということを、俺達に静かに教えてくれているかのようだった。

 ……まぁ要するに、もう一度布団を被って眠っていたい気分だ、ということになるのだが。

 

 

「?」

「……よし、朝飯にするか」

 

 

 流石に、真横にTASさんが居る状況下で二度寝を決め込められるほど、図太い神経はしていない。

 なので俺はよっ、と一つ気合いを入れると、布団から文字通りに飛び退いたのであった。……TASさんが怪訝そうな顔をしているが、()()()()()()()()()()()()

 なんとなくそうしたかったからそうしただけで、別に俺が変になったとかそういうあれではないぞ?……と声を返そうとして。

 

 

「!?」

「わぁ」

 

 

 轟音と共に、突然室内が土煙に包まれる。

 隣のTASさんの声は幾分間抜けな感じだったが、だからといって俺まで気の抜けたようなことは言えない。

 なにせ煙の晴れたあと、俺の目の前に現れたのは──天井を突き破り、先ほどまで俺が寝ていた場所を更に貫通していった隕石の痕跡だったのだから。

 ……うん、綺麗に俺の頭があったところに穴が空いてやがんの。こわー……。

 

 

「寝てなくてよかったね?」

「……そうだな、二度寝とかしようとしなくて良かったよ……」

 

 

 もしかしなくても死んでた、みたいな状況を前に、なんだか却って落ち着いてきてしまった俺は、隣でそう問い掛けてくるTASさんにおざなりな返事を返しながら、この穴の空いた布団と床と天井どうしよう……とどこか抜けたようなことを思っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

「なんだか凄い音がしていたとは思いましたが……」

「燃え尽きなかった隕石がピンポイントで降ってくるとか、確率的にどんなもんだってなったわ……」

「大体七十万とか百六十万分の一くらいって聞く」

「誰が計算したんだよそんなの……」

 

 

 朝食の準備をしながら、今日の朝起きた出来事をAUTOさんに語って聞かせる俺達。

 

 鮭の切り身を焼いたり玉子焼きを巻いたりしながら、和気藹々と過ごす朝の風景は、ある種我が家の風物詩である。

 今日は既に出てしまっているため居ないが、ここにCHEATちゃんやMODさんが加わることもあり、そうなると大所帯も大所帯となって、俺の手間暇も格段に増えることとなるわけだが……まぁ、それはそれで楽しい悲鳴というやつを感じるわけで。

 

 ともあれ、出来上がったものを並べつつあーだーこーだと話ながら、朝の時間が過ぎていくのだけれど。……そういえば、本来居るはずのもう一人が起きてきていないような?

 

 

「起こしてくるかー」

「……多分、()()()()()()()()()()()()よ?」

「ん、そうなのか?んじゃまー、用意だけしとくかー」

 

 

 その一人──ダミ子さんは恐らく自室で惰眠を貪っているのだろう、先ほどまでの俺と同じく。

 ……なんかこう、変なフラグを感じたので起こしに行こうかな、なんてことを思った俺は、そうやって行動する前にTASさんに呼び止められたため、一先ず朝食の用意を優先することに。

 ──したタイミングで、ダミ子さんの部屋から猫が踏まれたかのような悲鳴が上がったことに気が付き、思わず「やっぱり」とぼやいたのであった。

 

 

「──当たりどころが悪ければ死ぬ、くらいの小ささの隕石なら、意外と死なない」

「それ、遠回りに今の隕石だって言ってない?」

 

 

 数分後、頭を擦りながら居間に入ってきたダミ子さんを見て、TASさんがそう発言する。

 ……まぁ、重力加速度は無限ではなく、大気圏で燃え尽きなかった程度の大きさの隕石ならば、意外と当たっても死なない……なんて話はわからないでもない。実際、人が隕石に当たって死ぬ、なんて話はトンと聞いたことがないわけだし。

 まぁ、だからと言って隕石に当たりたいわけでもないし、当たったかどうかとか関係なく、皆死ぬ類いの巨大隕石も勘弁して欲しいわけだが。

 

 話を戻して。

 居間に入ってきたダミ子さんは頭を擦っていたが、別に隕石が直撃したというわけではないらしい。

 部屋の中に隕石が降ってきた音に驚いて外に出たのち、足を滑らせて転んだ結果後頭部を打った、というのが真相となるようだ。

 

 

「ううー……()()()()()()()きっと倒れることはなかったと思うんですけどぉ……」

「その場合、恐らく()()()()()()()()()()()()()のではないでしょうか?」

 

 

 涙目になりながらそうぼやくダミ子さんに、AUTOさんが冷静なツッコミを入れている。

 そんな二人の言葉を聞きながら、俺はそこに奇妙な既視感を感じていたのであった……。

 

 



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ファイナルデッドオータム・2

「……んー?」

「どうしたのお兄さん、さっきから壊れたテレビみたいに同じ音ばっかり出してるけど」

「遠回しに人のこと貶すのやめない?」

 

 

 朝食を終え、皆が出払ってから暫く。

 いつものように学校には判定だけ置いてるTASさんは、窓際でなにか難しげな本を読んでいたが……先ほどから既視感というか違和感というか、そんな奇妙な感覚を覚えずっと首を捻っている俺にちらりと視線を向けると、小さくため息を吐いたのちにその本を閉じながらこちらに歩いてきたのであった。

 その時微妙に罵倒的なものが飛んできたが……彼女が本気ならもっとガチ凹みさせられるのは目に見えているため、貶しているように見えて貶していないのはすぐにわかったり。

 まぁ、その辺りをツッコむと漏れなく俺が天井か床に埋まるので、基本的には見て見ぬふりをすることとなるのだが。

 

 ともあれ、俺が普段と違う様子を見せている、ということに彼女が気付いたのは事実。ならば隠す必要もないか、と俺は先ほどから感じていた奇妙な既視感について話をしたのだが……。

 

 

「……ふむ」

「ええと、TASさん?」

 

 

 俺の話を聞いた彼女は、顎に手を置きながらなにやら思案顔。……もうすぐこの現象がなんなのかを判明させられる、と期待していた俺は微妙な肩透かし感を味わうことになるのだった。

 

 

「……お兄さんは、世界五分前仮説って知ってる?」

「え?……ええと、今の世界は五分前に突然始まったのだとしても、それを物理的に『違う』と証明することはできない……みたいな思考実験だったっけ?」

「概ねそんな感じ」

 

 

 で、暫し考え込んでいた彼女が次に口にしたのは、特定界隈ではある意味有名な世界考察の一つ、『世界五分前仮説』のこと。

 人間の思考というものは、それが自発的なものなのかどうかを()()()()()()()()()()()()──いわゆるクオリアの実証にも関連付けられるこれは、即ち『突然記憶や物質などを含めた全てが五分前……否や一秒前に作られていたとしても、私達はそれを否定する術を持たない』という……まぁ、哲学らしい大分屁理屈染みた論説である。

 

 自己認識は自己からはみ出ることはなく、それゆえに自身の絶対性は言うほど強固なモノでもなく──そんなあやふやな自我から垣間見た世界もまた、それほど強固でも確実でもない……みたいな感じの話なわけだが、これが一体今の俺の状況とどう関係してくるのだろうか?

 

 

「……は?!まさか俺も作られた存在……!?」

「それはないから安心して。……ここで言いたいことは、()()()()()()()()()()()()()()、なんて風に処理できてしまうってこと」

「……んん?」

 

 

 ……なんだ、俺が作り出された命であることに気付き、世界に復讐を始める……みたいなフラグではなかったらしい。いやまぁ、仮にそんなフラグを立てられても俺としては御免被るわけだが。

 ともあれ、彼女が言いたかったのは次のこと。『既視感とは本当に既視のものにしか発生しないものではない』、即ちその既視感は偽物かも知れない、という話である。

 

 

「お兄さんにそういう素養はないのだから、まず既視感なんてものは勘違いでしかない。お兄さんは、特別な力とか特殊な定めとかとは無縁だからこそお兄さんなの。そういうのに憧れるのは止めておいた方がいいと思う」

「んー?おかしいなー?なんかいつの間にかお兄さんが夢見がちなのが悪い、みたいな話になってる気がするぞー?」

「気のせいじゃない。白昼夢からは覚めた方がいい」

「いつになく辛辣!?」

 

 

 どうやら、世界が今さっき始まったのだとしても、それを証明する手段を持たないのが人間なのだから、既視感なんて大抵偽物だから気にするな……みたいな話だったらしい。

 ……だったら素直にそう言って欲しいというか、既視感が全て偽物、なんてのは結構な暴論だろうというか、そういう反論が浮かんでくる俺である。

 

 なにせ既視感とは、()()()()()()()()()()()()()こと。……言うなれば、毎日通る通学路とかにも感じることのあるものなわけで、そういう意味では普段はっとさせられるような既視感に到達しない、という事実の方がおかしい気がするというかなんというか。

 

 いやだって、周囲のモノは早々変化などしない。

 昨日あったものは今日もまたそこにある、ということがほとんどで、ならば旅でもしているのならいざ知らず、普段の生活においては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことになるわけで……。

 

 

「……ん?」

「どうしたの、お兄さん?」

 

 

 ふと、自分の思考に疑問を覚える。

 いや、変なことを考えているな、みたいなアレではなく、今なにか見落としたような気がした、というか。

 思わず首を傾げる俺の様子に、TASさんがこちらを覗き込みながら心配したような声をあげるが──。

 

 

「──がっ!?」

「っ!お兄さん?!」

 

 

 突然後頭部に走った衝撃に、意識が白く飛んでいく。

 驚いたような声をあげるTASさんに一瞬意識を向けつつ、倒れながら振り返った俺が目にしたのは。

 ()()()()()()()()()()()、地面にその破片が散乱する光景であり。

 いや、どんな確率だよ──などというどこか呑気な感想と共に、俺の意識は闇へと溶けていくのであった。

 

 



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ファイナルデッドオータム・3

「───はっ!?」

「どうしたのお兄さん?なんだかひどく魘されてたみたいだけど」

 

 

 突然、視界が大きく開けたような感覚に、思わず身震いをしてしまう俺と。

 そんな俺を横から覗き込んで、不思議そうに首を傾げているTASさん。

 

 そんな彼女に大丈夫だと告げながら上体を起こせば、そこはいつも俺が寝る時に使っている和室だった。……どうやら俺は、先ほどまですっかり惰眠を貪っていた、ということになるらしい。

 窓から差し込んでくる日差しは暖かく、秋の陽気はまだまだ翳りを見せていないということを、俺達に静かに教えてくれている。

 

 ……()()()()()()()()()、と脳のどこかが反応している気がするのだが、それがなんなのかわからない。

 ええと、確かなんというのだったか……。

 

 

「──未視感(ジャメヴ)?」

「ああそうそう、既視感(デジャヴ)の反対の……俺の思考読んだ?」

「読んでないよ?」

 

 

 そんな俺の疑問を晴らすように、横合いから投げ掛けられたTASさんの言葉。

 ……未視感(ジャメヴ)。確かに、今の俺に付きまとう違和感は、『見たことがあるはずなのに』という感覚のそれ、ということができそうな気がした。

 まぁ、それがわかったとて、俺にできることはなにもないのだが。だって俺一般人だし。

 

 

「…………」

「凄い顔になってるけど?TASさん」

「いや……なにか今絶対に反論した方がいい、って脳裏に開きが……」

 

 

 ……本当に人の思考を読んでないんですかね、この子。いやまぁ、気分だけ引っ掛かりを覚えている、って辺りに本当に読んでない、って事実が詰まっているのは確かなわけだが。

 

 ともかく、こうして布団の上でだらだらしていても仕方ない。

 いい加減に起きよう、と決心して布団を出ようとして。

 

 

「──あべっ!?」

「お兄さん?!」

 

 

 突如額に走った衝撃に、意識が白く飛んでいく。

 驚いたような声をあげるTASさんに一瞬意識を向けつつ、倒れた俺がその目に写したのは。

 遥か空高くから、俺の額目掛けて飛んできた小さな隕石と、それによって空いた天井の穴。

 

 いや、どんな確率だよ──などというどこか呑気な感想と共に、俺の意識は闇へと溶けていくのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「──はっ!?」

「どうしたのお兄さん?なんだか酷く魘されてたみたいだけど。はい、タオル」

「え、ああ、ありがとう」

 

 

 突然、大きく視界が開けたような奇妙な感覚に、思わず身震いをしながら目を覚ました俺と。

 そんな俺を()から覗き込んで、不思議そうに首を傾げているTASさん。

 彼女から渡されたタオルを手に上体を起こせば、そこは見慣れた俺の部屋であった。

 

 ……どうやら、さっきまでの俺は自室で呑気に眠りこけていた、ということになるらしい。

 窓から室内に差し込む日差しは暖かく、秋の陽気はまだまだ健在であるということを、静かに俺達に教えてくれているかのようだった。

 

 ……ええと、なんだっけ?

 ああそうそう、未視感(ジャメヴ)

 何度も目にしているはずのものが、全くの未知に感じられるというそれ。

 ──正しくそれだ、と確信できることに少し違和感がないでもないが、それでも今の俺が感じたのはそれだ、と胸を張って言うことができるだろう。

 

 などと考えながら、布団を離れる俺。

 TASさんはなにも言わず、ただ首を傾げたままこちらの背を追ってくる。

 で、そのまま部屋を出ようとして。

 

 

「あっ」

「なに?……って、あ」

 

 

 突然襲ってきた既視感(デジャヴ)に、思わず振り返る俺と、それに釣られて一緒に後ろを向くTASさん。

 そうして振り返った俺達が目にしたのは、空高くから室内に飛び込んできた闖入者(隕石)により、俺の自室が無茶苦茶に荒らされた姿なのであった。

 

 

 

・o・

 

 

 

「酷く大きい音と衝撃だな、などと思ってはいましたが……」

「いやはや、燃えカスみたいな小さな隕石が、ピンポイントにうちに降ってくるとか……確率的にどんなもんだ、って気分になったよマジで……」

「聞いた話によれば、人が隕石によって死亡する確率っていうのは、大体七十万から百六十万分の一くらいなんだとか」

「誰が計算したんですかぁ、そんな確率……」

 

 

 あのあと、最低限の片付けを終えた俺達が居間に向かったところ、いつまでもやって来ない俺達に変わって、朝食を準備しているAUTOさんやダミ子さんの姿があった。

 ……まぁ、とりあえず破れた……というかずたぼろになった布団や枕をゴミに纏めたり、大家さんに現場確認して貰えるように連絡とかしていたため、時間が大幅に掛かりすぎていたので有り難いと言えば有り難い。……今から準備してたら、どう考えても彼女達の登校前に間に合わないだろうし。

 

 ともあれ、出来上がった鮭の切り身の焼き物やら卵焼きやらを並べ、いただきますののちに食べ始める俺達。

 ……AUTOさんのあれこれって料理にも反映されるんだな、などと呑気なことを考えながら、彼女達の会話に耳を傾ける俺なのであった。

 

 ──内心を違和感でいっぱいにしながら、だが。

 

 



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ファイナルデッドオータム・4

 それからの出来事に、多くを語る意味はない。

 ()()()行われたそれらは、微細な違いを内包しつつも、大筋は変わらぬままに進んでいく。

 

 本来、何度も同じものを見せられていては感覚が狂うだろう。

 ……そんな余計なお世話があったのかは定かではないが、それは本当に些細な違いをばら蒔くことで、既視感などを起こさせないようにされていた。

 

 ──ゆえに、それを彼は気付かず。

 ──ゆえに、彼はそれを気付けず。

 されど、些細な違和感──既視感と未視感に苛まれながら、それでも彼は()()に向かって進んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……ん、ここは?」

 

 

 ()()()()の再起のあと。

 彼が目を覚ましたのは、真っ暗な世界の中。

 先ほどまであったはずの温もりはなく、また先ほどまで感じていたはずの冷たさもなく。

 温度も明かりも、共になにもない世界に放り出された彼は、しかしてこれを夢であると確信していた。

 いや、それは眠った時に見るものでも、はたまた人が生きるために抱くものでもない。

 敢えてそう、言葉にするのであれば──、

 

 

「……白昼夢、か?」

 

 

 ()()()()()()()その言葉に、納得を交えながら頷く彼。

 ──そう、これは白昼夢。本来彼が見えるはずがなく、触れるはずもなく、世界の狭間に消えていくそれ。

 ゆえにこれは、確かに白昼夢としか言い様のないものだった。

 まぁ、彼がそこまではっきりと認識できているかは、また別問題なのであるが。

 

 とはいえ、これが白昼夢であるとわかったとして、彼にできることがあるかと言えばノーである。

 なにせ、これは彼が見ているものでも、触れているものでもない。たまたまチャンネルが合ってしまったというだけの、まさに泡沫の如き世界。

 一度視線を逸らせば二度とピントの合うことのない、まさに一期一会の場所。

 ゆえに彼は──()()()()()()()、ここから視線を外すまいと身構えていたのであった。

 

 

「……なーんもねーでやんの」

 

 

 ぽつり、と呟いた言葉は闇に消えていく。

 なにかに反響するということも、はたまたなにかが視界に写ることもなく。

 そこに広がるは、無明の荒野。……いやまぁ、荒野と言い張るには小石すらない、文字通りの真っ平らな世界のようでもあったのだが。

 そんな暗闇の中を、彼はあてもなく進んでいく。何故進むのか、などという疑問を抱くことすらせず。ただ、なにかに突き動かされるように。

 

 ──そうして、彼はそこへとたどり着いた。

 

 

「……ん、良くないものを見てる」

 

 

 そこに居たのは、複数のモニターのようなものに囲まれ、それを無機質な瞳で見つめている少女(■■■)

 彼女は突然の闖入者にちらり、と視線を向けると、すぐに興味を失ったように視線を前に戻した。

 その様子があまりにもいつも通り過ぎて、彼は小さく苦笑を浮かべながら、彼女の隣に腰を下ろしたのだった。

 

 

「……いつも、こんな風に?」

「さぁ?」

「さぁ、って……いや、自分のことだろう?」

「前も言ったけど。本来この行為は時間軸の制約を受けない。……こうして会話できるってこと自体、おかしな話と言えばおかしな話」

 

 

 話題となるのは、この空間がなんなのか、ということ。

 ……彼女のそれは、追記だなんだのとそれ(■■■)を彷彿とさせる言葉で呼ばれるように、時間軸の巻き戻しに近い部分は本来認知ができない。

 出来上がった動画こそ現実である以上、そこから見えない追記の部分は、どう大きく見繕っても折り畳まれた一秒と一秒の間にしかない。

 ゆえに、本来この時間を認知する、ということはできないはず。仮にできたとしても、それはかの青い国民的なロボットの道具で、たまに語られるような話──遠方移動の為の道具が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という与太噺と同じように、ここに入り込んだ記憶はそのまま打ち捨てられるだけ。

 つまり、彼もまた彼女の認知から外れた途端、その五体を大気に霧散させるが定め、ということとなる。

 

 にも関わらず。彼がここにいるのは──。

 

 

「ちょっとこの短期間であれこれありすぎた。……なんというか、お兄さんの不幸体質を甘く見てた」

「参考までに聞くんだけど、これで何回目?」

「──三万飛んで二百八十一。その時に変にコリジョンした、とかだと思う」

「ふぅん」

 

 

 ──その暗闇の中でずっと藻掻いている彼女を、うっすらとでも知っていたからか。

 本来なら反映されるはずのない記憶が、本体に微細ながら蓄積され、それが抑えきれなくなって彼女の側まで流れてきたか。

 

 どちらにせよ、彼にとっては特段気にする話でもない。

 こうして暗闇の中で彼女を見付けたのなら、例えそれが消え行く(記憶)の抱いた都合の良い幻だとしても──、

 

 

「──まぁ、いつもありがとうな、マジで」

「……こっちこそ、なんて言ったら貴方は首を傾げるんだろうね」

「ん?」

「んーん、こっちの話。でも、消え行く貴方にだけ見せる特別」

「そっか。……あー、こういうのは今回だけにして欲しいなー」

 

 

 ──彼がするべきことは、彼女への感謝だけなのだろうから。

 そんなことを思いながら、記憶の狭間に取り残されることが確定している彼は。

 ……できれば、彼女に負担を掛けすぎるなよ、俺。

 などと、少し殊勝なことを考えて見せるのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「──そんな夢を見たんだけど、どう思う?」

「中二病乙、って言っておいてあげる」

 

 

 そんな、とある秋の日の夜。

 空を翔る流星群を見ながら、彼らは笑いあったのだった。

 

 



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たまには温かいものでも食べたくなったけど

「さて君、今日は私だよ!」

「なんでMODさんまで扉が壊れそうな開き方すんの?」

 

 

 はてさて、秋も終わってそろそろ冬になろうか、なんて時節。

 そろそろストーブとか用意しなきゃなぁ、なんてことを思いながら押し入れを漁っていた俺は、唐突に部屋の中に入ってきたMODさんに、それはそれは渋い顔を見せていたのだった。

 そんな俺の様子を見たMODさんは、「これは失敬」と一つ咳払いをして、

 

 

「これが君の部屋に入る時の礼儀だ、と聞いたものでね」

「よーし誰だそんな馬鹿なことを言った子は。お兄さんが直々にその勘違いを訂正してやるぞー」

 

 

 多分TASさんか、はたまたCHEATちゃんだろははは絶対に許さねぇ、と笑みを見せたのだった。笑顔は威嚇!

 ……まぁそれはともかく。MODさんが俺の部屋に来るのは珍しいので、ちょっとばかり首を捻る俺である。

 

 

「ん、そうかい?」

「そもそも君らが居る時に自室に籠ってる、ってことがないからね俺。そういう意味では、別にMODさん以外でも珍しいってことになるんだろうけど」

 

 

 ただ、それでも出会いの近い順に呼びに来る頻度が高くなるー、みたいな感じなので、かなりあとの方に知り合ったMODさんだと珍しいを通り越して滅多にない、というレベルになるというか。まぁ、八割以上TASさんが呼びに来るのを思えば、正直五十歩百歩でしかないわけだが。

 

 なお、ダミ子さんだけは例外である。あの人、TASさん以外では唯一の同居人だからね。……まぁ、あくまでもAUTOさんより頻度がちょっと多い、って程度だが。

 

 

「……ふむ、つまり寝起きにあの危険物を眺めることがままあるt()

「その辺りを突っ込むのはやめようか?」

「ははは、これは失敬。乙女としてははしたなかったね」

「乙女……?」

「む、そこで首を傾げられるのは流石に心外だぞ?」

 

 

 ところで、なんでこの人はこうあれ()なんですかね?……単なるユーモアとして切って捨てていいものか真面目に悩むんだが。

 ……などと、微妙に反応に困る会話を投げてくる彼女の様子に若干たじたじとしていれば、自分から言い出した癖にちょっと照れているMODさんの姿が。

 いやまぁ、確かに元義的?には彼女は性別:女性だってことは知ってるけどさ?

 

 

「……今のMODさん、贔屓目に見ても男装の麗人だよね?」

「おおっとこれは一本取られた。確かに今の私は槍を一つ携えた騎士だね」

「ねぇ?本当にその言動で乙女を自称できると思ってるのMODさん?」

 

 

 いやまぁ、任務で歳上の男性とかと一緒になると、仲良くなるための会話がなんかあれ()になる……みたいな話は聞いていたので、その辺りの影響なのだろうなぁとは思うのだが。……それにしたってこう、もうちょっと恥じらいをだね?

 まぁ、こんなことを言うと「恥じらいで命は守れないよ?」とかなんとか、唐突にシビアな話が飛んでくるのがMODさんなのだが。……うーん、一人だけ世界観が違う感。

 

 まぁ、その辺りの話は長くなるので置いとくとして。

 結局、何故彼女が俺の部屋にやって来たのか?……という一番重要な問題が放置されているので、そこを尋ねることにする俺。

 それを聞いたMODさんは小さく笑みを溢したあと、俺に対してこう告げるのだった。

 

 

「実は財布忘れてね。──奢って♡」

「────昼食ならさっき食べたばっかりでは?」

 

 

 そういうんじゃないんだよ、と溢すMODさんに手を引かれながら、俺は家を飛び出すこととなっていたのだった。……せめてコートくらい着させて?!

 

 

 

・∀・

 

 

 

「……で、わざわざ俺を引っ張ってきた理由をいい加減話して欲しいんですが?」

「おおっと、流石に適当なこと言ってることはバレてたか、流石は君だね」

「微妙に褒められてない気がするのはなんなんだろうなぁ……」

 

 

 はてさて、いつの間にか姿が変わった──今の彼女は金髪のモデルみたいなスタイルの女性──MODさんに腕組み状態で引き摺られながら、呆れたような視線を彼女に向ける俺。

 対する彼女はと言えば、こちらの訝しむような視線を涼しい顔で受け流しながら、「行きたい所があるのさ。奢って欲しいってのは、そこのことだよ」と耳元で囁いてくる。

 

 ……なんでわざわざ耳元で囁くのか、的な睨みを返しながら、はぁと小さくため息を吐く俺。

 どうにもこれは、たまにある彼女の仕事のお手伝いイベント、ということになるらしい。TASさんと彼女は時々こういう突発的なイベントを引っ張ってくるので、いい加減慣れ始めてはいるものの……まぁ、事前に言っておいて欲しいのはいつまでも変わらない、というか。

 

 

「いや君、予め言っておくと嫌がるだろう?今回は二人じゃないとダメだったから、君に手伝って貰わないと困るんだよ」

「……二人じゃないとダメ?」

 

 

 そんな俺の様子に、申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べてくるMODさんだが……俺は知っている。これは謝ってるけど謝ってないやつだ、と。

 だが、その事を指摘するより前に、気になる単語があった俺は首を傾げていた。

 

 二人じゃないとダメ、しかもこうして話を聞く限り両者の性別は違っていなければならない……。

 猛烈に嫌な予感がしてきた俺は、どうにか彼女の拘束を振り払えないかと身を捩ろうとするも、ふと視線を周囲に向けた時、嫉妬の視線(いつもの)がこちらに突き刺さっているのを察し、「あっダメだこれ」と諦感を抱き。

 

 

「──さて、着いたよ。ここの『カップル用ジャンボパフェ』が、今回の目的さ」

「────俺に死ねと?!」

 

 

 やがてたどり着いた喫茶店の、その扉に目立つように貼り付けられた『カップルフェア』のポスターに、自身の死を確信することとなるのだった。

 

 



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さながらそれは影のように

「すみませーん、『カップル用ジャンボパフェ』を、イチゴとクリーム大盛りでお願いしまーす」

「……はい、承りましたお客様ー。至急ご用意致しますので、奥の席でお待ちくださいませー」

 

 

 からんからん、という耳障りのよいドアベルの音を聞きながら店内に入った俺達。

 カップルフェアなんてものをやってる辺り、内装もちょっとあれな感じなのかなー?……なんてことを思っていた俺は、視界に飛び込んできた割りとモダンな雰囲気の店内に、少々呆気に取られていたのであった。

 なんていうの?こう……ああいうの(カップルフェア)とかやりそうな店に見えない、みたいな?

 

 で、俺がそうやって立ち止まっている間に、MODさんは席に案内しようと近寄ってきた店員さんに、先んじて注文を述べてしまっている。

 その様子に「あれ?」と首を傾げる俺だったが、店員さんは特にそのことを咎めることもせず、そのまま奥の席に向かうようにこちらに告げてくるのだった。

 

 

「……注文って、先に席に座ってからするもんじゃないのか?」

「先に券売機でチケットを買ってから、という店もあるだろう?……ああいや、別にわざわざ口に出して言わなくてもいいよ、そういう店じゃないだろうってのは、こうして実際に見てみればすぐにわかる話だからね」

「……???」

 

 

 ……なんだか、こうして連れてこられたわりに、どうにも蚊帳の外のような気が?

 いや、そもそもなんでカップル用のジャンボパフェなんだ、って時点で大概と言えば大概なのだが。

 だってほら、誘い文句はデートっぽいしそこまでの道中もそれっぽかったけど、それにしてはMODさんの反応が微妙だし。

 となると……これもまた彼女の仕事の内、ということになるのだろうか?

 

 

「おや鋭い。……いやまぁ、結構付き合わせてる方だから、わかっても仕方ないとは思うけど。……実を言うとね、今のは符丁の一種なんだ」

 

 

 パフェの中に多めに頼むモノと、盛り方の組み合わせのね……と悪戯っぽく微笑むMODさんに「あー」と意味のない呻きを返す俺。

 ……なるほど、弱火で云々とかと同じ類い、ということになるらしい。ついでにそれで予測される問題点も同じ、というか。

 

 

「問題?……ああ、無関係な人が巻き込まれるんじゃ、という奴だね?」

「そうそう。通の人の隠しメニューみたいに思われたら、普通に頼んじゃう人もいると思うんだけど」

「それに関しては問題ないよ。なにせ、符丁はそれだけじゃないからね」

「それだけじゃない……?」

 

 

 あの作品を見た時にも思ったことだが、メニューになくても頼んでいる人がいる、という時点で裏メニュー的なものと勘違いされても仕方ないというか。

 そんな俺の疑問は、続くMODさんの行動によってあっさりと解消されるのだった。

 

 

「……バッジ?」

()()()()()()()()()()()、ね。要するに、これを付けている人の注文だけ、特殊な符丁だと認識するってことさ」

 

 

 それは、彼女が襟元に付けているバッジ──桜の柄のもの──をこちらにチラリと見せ付ける、という行為。

 要するに、このバッジを付けている人の特殊な注文のみ、裏に関わるモノの符丁として扱われるという話らしい。……まぁなんというか、無駄に手が込んでいるというか。

 そんな風に微妙な顔をする俺だが、たどり着いた席に座ったところでそんな顔をしている余裕もなくなったのだった。

 

 

「ふぉおおおおおおおっ!!?」

「はっはっはっ。いやほら、よくあるだろう?──椅子が別の場所に繋がっていて、エスカレーターみたいな役割をする……なんてのはさ?」

 

 

 そう、MODさんが述べたように──俺が座った椅子は突然俺を拘束したかと思えば、真下に空いた穴の中へと吸い込まれて行ったのだ。

 無論、突然の自由落下?に俺は大パニック。……わけもわからず暫くの間、下に上にと無理矢理体を引っ張られるような感覚に踊らされ続けることとなったのだった。……これ酔うやつぅっ!!

 

 数分後。

 

 

「…………」<チーン

「おおい君、到着したよー?……ああダメだ、完全に死んでいるねこれは」

勝手に殺さないでくれ……

「おおっと生きてた。じゃあ行こうか貴方(darling)?お仕事はこれからだゾ☆」

勘弁してくれよ……

 

 

 いつの間にやら目的地に到着していたらしい俺は、しかしてそこに辿り着くまでのジェットコースターもかくやという、極限の急発進急停止急カーブの繰り返しにより、完全にグロッキーになっていたのだった。

 ……いや、マジで死にかけてるんで優しくして貰えません……?どう考えてもジェット機とかそこらの慣性の掛かり方だったよさっきまで……?

 

 で、そんな俺とは対称的にMODさんはとても元気そう。……なんでそんなにピンピンしてるんだろう、なんて言葉が脳裏に浮かんでくるくらいには、彼我のテンションには雲泥の差があったのだった。

 

 

「……というか、俺はなんのために一緒に連れてこられたんです……?このノリだと、最早なんにもできねーよ俺……?」

「はっはっはっ。最初に言っただろう?──奢って♡って」

「こえーんだけど俺はこんなところでなにを奢らされるんだ……?!」

 

 

 未だふらつく頭を押さえながら、MODさんの手を取って立ち上がる俺。

 そうしてようやく見回した周囲には──、

 

 

「……ダンス会場?」

 

 

 目元を仮面で隠した男女が、クラシックに合わせて優雅に踊る姿があちこちに見られたのだった。

 

 



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仮面舞踏会が武闘会に変わる時

「ここはいわゆる交流会用の会場のうちの一つ、というやつでね?まぁ、雑に言えば少しばかり後ろ暗いところのある(脛に傷のある)人達が、隠れ潜みながら色々と情報交換とかをしたりしている場所なのさ」

「……MODさんに関わると、こういうのばっかり出てこない?」

「ははは。……まぁ、私のやってることは大抵が特殊工作員みたいなものだからね。そういう場所に顔を出す機会というのも、それ相応に多いってことなのさ」

 

 

 いつの間にか俺の目元にも装着されていたマスク……いわゆるヴェネチアンマスクに辟易しつつ、先導するMODさんに続いて歩を進める俺。

 

 周囲の人々は大体がスーツ(+マスク)なので、普通の服装の俺はそれはそれは目立つかと思っていたのだが……意外なことに、俺の姿を訝しむような視線を感じることはなかった。

 まぁ、代わりにMODさんに向けて『マジか』みたいな視線が飛んでいたわけだが。……察するに、こんな平凡な奴をここに連れてきたの?的な視線だろうか。

 

 

「平凡、平凡ねぇ。……君、そうやって自分を卑下するのは良くないよ?」

「いや、そんなこと言ったって平凡以外の何物でもないでしょ、俺なんか。幸か不幸か、周りにいるみんなは非凡な人ばっかりだけど」

「んー、そこを突かれるとなんとも言えないなぁ」

 

 

 周りがおかしいのも確かだし、と笑う彼女にどうも話が噛み合ってないような空気を感じつつ、とりあえずこの話は置いておくことにする俺である。……いやまぁ、言っても変わらないのなら、いつまでも拘る必要がないって言うかね?

 

 ……まぁともかく、割りと早足なMODさんの背を追いつつ、周囲をお上りさんの如くキョロキョロと見渡す俺である。

 その観察によって気付いたのだけれど、どうやらここは地下洞窟的なもののようだ。

 時々壁の隙間から見える岩肌はとても無骨なもので、その地味さというか花のなさとでもいうか……まぁそんな感じのものを、調度品や煉瓦などによって見事に隠していたのだった。

 

 え?それがわかったからなんだって言うのかって?

 ……お国に隠れてやってるんじゃない(ある程度お墨付きがある)のならば、恐らく地下鉄とかより深いところにある場所なんだろうなーここ、みたいなことがわかるというか?

 地下鉄より上だと私有地だし、それより下なら国有地みたいなものだから……まぁ、大っぴらにやれるのなら国が関わってるだろう、という話になるというか。

 

 それと、それらの話はこの場所が地下深くにあることの証左でもあるので、下手に暴れたりすると崩落の危険性が高いんじゃないかなー。……みたいな感じのことを、ボケッとした表情のまま考えていた俺なのであった。

 

 

「まぁ、そうだねぇ。……でも、崩落するほど暴れまわる人、というのはそうはいないんじゃないかな?」

「そうかな?……そうだわ」

「……君が誰を基準にしていたのかは、今は聞かないでおくよ」

 

 

 なお、地下空間って意外と頑丈だよ?……というMODさんの言葉により、どうやら俺の基準がおかしくなっていたらしい、ということに気付かされたけどそれはとても些細なことである。……些細なんだってば!

 

 

 

・A・

 

 

 

「……些細、だったはずなんだけどなぁ」

「ははは口は災いの元、というやつだね!まぁなんとなくこうなるんじゃないかなー、なんてことを実は思ってたりしたんだけどね!」

 

 

 はてさて、時間はさっきの会話をしていた時から少し進み。

 隣に並んだ俺達はそんな軽口を飛ばしあいながら、せっせと歩みを進めていたのであった。……いや、歩みって言うと語弊があるので言い直すと、今の俺達は全速力で走って逃げている最中である。

 で、なんでそんなことになっているのかというと。

 ……勘の良い人ならば、さっきからの会話とかから気付けているんじゃないかなー、というか。

 

 そんなことを思いながら、チラリと肩越しに背後へと視線を向ける俺達。そこで起きていたのは──、

 

 

「秘密組織壊滅ならまかせろーばりばりー」

「はっはっはっ!モノを剥がす音じゃなくて壁を剥がす音なの怖いなぁ!」

「言ってる場合かアンタら!?おかしいだろどう考えても!?空間ごと剥がしてないあれ?!」

「ははは見知らぬ誰かよ、あの子相手に常識は通じないぞ!諦めて走りたまえ…って、あ」

「あっ?あ、あーっ!!?」

「無茶しやがって……」

 

 

 そう、そこでは唐突に現れたTASさんが、周囲の人々ごと地下空間を千切っては投げ千切っては投げ……という完全な無双展開を繰り広げていたのである。

 

 その姿はまさに獅子奮迅。……あいや、テンションとかはそこまで上がってない(表面に感情が出てるので、実際はとてつもなくハイテンション)ように見えるので、どっちかというと見ている方には空恐ろしさの方が勝ってしまうかもしれないが。淡々と作業のように周囲の駆除を行っているように見えるし。

 

 ……ともかく。

 マスクをしているせいで相手が誰なのかわからないのか、はたまたわかっていてスルーしているのか。

 それはTASのみぞ知る……とばかりに俺達も巻き込まれそうになったので、こうして逃げている……というのが、今の俺達の状況なのであった。

 

 

「んー、ブッキングしたかなこれは!じゃあ仕方ない、先方には無理でしたと言っておこう!」

「そんな雑な……」

()()いつが()て消す──略してTASとして裏社会でも恐れられているのが彼女だからね!先方も許してくれるさ!」

「なにその無理矢理感ある当て字!?」

 

 

 まぁ、そんなわけで。

 途中で巻き込まれて空中に吹っ飛ばされた参加者に心の中で敬礼を送りながら、俺達は命からがら地下空間から逃げ出したのでしたとさ。

 

 



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冬なら鍋だがなに入れる?

「蟹が食べたい」<ジュルリ

「これまた唐突になにを言い出すのかこの子は」

 

 

 そういうのは先に言っておきなさいよ、とか思いながらいそいそと外出の準備をする俺である。……え?なんでコート着てるのかって?そりゃもう、今から蟹を買いに行く準備をだね?

 

 

「店に行って買うのも良いけど、自分で捕獲して調理する……ってのもいいと思わない?」

「蟹工船とかには乗らんぞ、言っとくけど」

「……ちぇー」

「いや、乗せるつもりだったんかいっ」

 

 

 なお、蟹食いたいと言い出した当人であるTASさんは、手ずから蟹を捕まえるつもりだった模様である。……いや、このクソ寒い中、どこまで行く気なのかねこの子は。

 まぁともかく、計画段階で頓挫した感のある蟹食べ放題ツアー(※捕獲は自分で)は、既に店に並んでいるものを代用にする方向で、話が纏まったのでありましたとさ。

 

 

「なるほど、ですから今日は皆さんに『夕飯食べていきなよー』と声を掛けていらっしゃったのですね?」

「まぁ、端的に言えば今日はTASさんの奢り、ってやつだからねー。ならみんなで食べるのがいいよなぁ、というか」

「うむ、くるしゅうない。よきにはからえ」

「……払うのコイツだから別にこういうこと言うの間違ってないんだろうけど、なーんかむかつくなぁ」

 

 

 ふんす、と胸を張るTASさんの目の前にある鍋の中には、真っ赤な甲羅と白い身のコントラストが眩しい蟹の足が、その輝きを以て俺達を待ち受けていた。

 ……シンプルに味噌鍋にしたわけなのだが、素材の味を生かすという意味ではこれ以上のものはないだろうと思われる。

 

 なお、蟹一杯の値段については、極力気にしないことにした。

 TASさんの奢りだから(=俺が金を出したわけではない)というのもそうだが、値札を見ていると思わず眩暈がしてきて、のんびり飯を食べてる場合じゃねぇ……っていう気持ちになってくるのが大きかったりする。

 まぁ、六人分も買ってる(お一人様一匹換算な)時点で、一食に掛ける値段としてはおかしい……というのも確かなのだが。

 

 ともあれ、普段は夕食前に帰ってしまう他の面々を呼び止め、こうしてみんなで蟹パーティをすることとなったわけだが。

 

 

「…………」<モクモク

「…………」<モクモク

「…………」<モグモグ

(……蟹が出されるとみんな静かになる、ってのは本当なんだな)

 

 

 普段の騒がしさはどこへやら、そこには黙々と蟹の殻を剥き続ける皆の姿が一面に広がっていたのであった。

 

 よく『蟹を食べる時は皆静かになる』と言われるが、まさにその通り。

 普段はもう少し悪態とかを飛ばしてきていたりするCHEATちゃんまでもが、今はせっせと蟹足から殻を剥いていく作業に没頭しきっている。

 ……いやまぁ、そもそもの話をするのであれば、食事中に喋ること自体結構行儀が悪いことなわけで、こうして静かになっているのであれば、それはわりと有難がっておくべきことのような気もするわけなのだが。

 

 また、それとは別にAUTOさんなんかは、その『色んな行動において、最適の行動が取れる』という技能を活かした結果、見事なまでに綺麗に剥かれた蟹の足に、自分のことながらちょっと感動したりしていた。

 

 そんな感じで、剥き方や食べ方こそ多種多様だが、みんながみんな黙々と蟹を食べている姿は、それはそれは不可思議なモノに見えてしまう俺なので……いやちょっと待った。

 

 

「TASさん?君は一体なにしているのかな??」

「……?蟹を食べてるんだけど」<モグモグ

「………いや、おかしいとは思ってたんだよ。他の面々がまだ黙々と殻を剥いてる最中なのに、なーんでTASさんは既に口がモゴモゴしてるんだろうなーって。……お前、殻ごと食ってるじゃねぇか!?」

 

 

 そう、俺が気付いたのはTASさんの異変。

 基本的に、蟹の身というのは剥くのに結構時間の掛かるものである。

 いやまぁ、単に食べたいと言うだけならば、形とか気にせずほじくりだすだけでも一応食べられなくはないが……さっきのAUTOさんみたく、綺麗に身を取り出せるとちょっと嬉しい……みたいな部分もあってか、大体黙々と殻を剥くことになるわけで。

 

 そういう事情もあり、普通は食べ始めるのにそれなりに時間が掛かる、というのが蟹の特徴なのである。

 ……ゆえに、他と同タイミングでいただきますをした彼女が、他が殻を剥いている最中に口をモゴモゴさせていたのは、明らかにおかしい状態だったのだ。

 

 で、案の定彼女は弾けた。

 面倒臭がった……()()()()()、単にこっちのが早いというだけの理由で、彼女は蟹の足を殻ごと食べていたのだ。……いやおかしいやろ!?

 

 

「もぐもぐ──ごくん。そう、カルシウムの補給。これは伸びる、縦に」

「やかましいわ!!どっちかって言うとそれ、殻ごと食べれば殻を剥く時間を短縮できるなー、的なやつだろーが!?」

「いやそもそも、口内に傷とかできたりしないのですかそれは……?」

「……ん。噛む時に特殊な噛み方をして、殻を原子レベルに砕いてる」

「なにその無駄な超絶技巧!?」

 

 

 いやまぁ、別に早く食べた人が蟹を独占する、というわけでもないので、好きに食べればいいとは思うのだが。

 ……普通食わないものまで食べているのは、流石に見過ごせない俺なのでありましたとさ。

 

 



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ゲレンデを一人占め()しよう

「へいお兄さん、スキーは好きかい?」

「なにをまた藪から棒に……まぁ、別に嫌いではないかな」

 

 

 ある晴れた寒い日のこと。

 ……晴れてるのに寒いとはこれ如何に?と思われるかもしれないが、雨が降ったとかでもなければ、前日曇りだった日の方が意外と暖かかったりするので、実際これはよくあることである。

 

 とまぁ、よくわからないナレーションを内心で流しつつ、いつも通り突拍子のないことを聞いてくるTASさんに声を返す俺であった。

 ……彼女が突拍子もないことを言い出すのは最早いつものことなので、逆に突拍子もなくなってきているような気がしないでもないわけだが。

 

 

「む、それは盲点だった。私も時々は普通に過ごすべきかもしれない。ギャップのために」

「おう、是非ともそうしてくれ。毎日が非日常っていうのは、それはそれは大層疲れるモノなんだ」

「わかった。∂%日後にそうするように考えておく」

「……いきなり『#♂∧∀∇』語で話されても、俺にはまったく理解できないんだが?」

「もうお兄さん、それは迂闊に使うとよくない……って前にも言ってたでしょ?これは『∀≒&』語。全然違うところの言葉だよ?」

「悪いけど、違いがまったくわかんねーんだわ」

 

 

 なお、こっちのツッコミが有効に働いているかどうかは、それこそ神ならぬTASのみぞ知る、みたいな感じである。……九割くらい無意味な気がするって?ははは。本当のことを言う奴は嫌われるんだぞ?()

 

 

 

・A・

 

 

 

「つーわけで、これまた唐突に、一面白銀のゲレンデに連れてこられたわけなのですが……」

「ワープ走法を多用すれば、日帰りで北海道旅行だって余裕。ぶい」

 

 

 で、それから数分後。

 半ば無理矢理スキーウェアに着替えさせられた俺は、彼女に手を引かれ、北の大地へとその一歩を踏み出していた……というわけなのでありました。

 ……なお、その道中及び過程は吹っ飛んだのではなく、そもそもそんなに時間を掛けていない……もとい時間の方が吹っ飛んだ、ということをここに記しておきます。

 最近(比較的)大人しかったような気がするけど、彼女がTASであることはなんにも変わってないからね、仕方ないね。

 

 ……ともかく、北の大地なら雪くらい積もってるやろ……という、かなり雑な場所選定によってここまで連れてこられたわけなのですが……よくよく見回してみたら、ゲレンデって言う割に周りに人、居なくない?……という、なんか嫌な予感がする実態に気付いてしまった俺である。

 

 

「流石はお兄さん、周囲をよく見てる。嫉妬とか微笑ましいとかみたいな煩わしい周囲からの視線がないところ、来たかったでしょ?」

「あーなるほどーこれ要するに人の入って来られない秘境とかそういうあれなのねー。……って加減しろこのお馬鹿!」

 

 

 そんな俺の反応に、うんうんと頷きを返してくるTASさん。……案の定、周囲に人影が居ないのは彼女の仕業だったらしい。と言っても、周囲の人を()()()とかではなく、端から人が居ないところを移動先に選んだ、ということになるらしいが。

 ……いやまぁうん、それだけなら別に彼女のことを怒鳴る必要もないんだけどさ?まず日本において完全に人が居ないような場所、というのがどういうものなのかを想像すると、彼女のやっていることの危なさがよーく理解できるってものでね?

 

 まずもって、日本という国は国土が……より正確に言えば、普通に暮らすことのできる()()が少ない、という話は聞いたことがあると思う。

 田舎街のうち、山中にあるため交通の弁が悪く、昔は人が住んでいたが今では廃村となっている……みたいな話がそこらにあるように、昔はとにかく住めればいいや、くらいの感覚で色んなところに居住区があったものである。

 

 ……そこから逆に考えると、日本という国において、まったく人の生活の気配がしない場所、というのは。

 ()()()()()()()()()か、はたまた()()()()()()()()()()()()()()()()()()場所、その二点くらいしかないのである。

 つまり北の大地において、周囲に人の痕跡がなく・かつこれほどの銀世界が一面に広がっている場所、というのは。

 

 

「……どう考えても、国立公園とかのいわゆる自然保護区の類いじゃないですかヤダー!!」

「お兄さんは相変わらず察しがいい。──はいスキー板。今日は楽しく密漁者狩りだよ☆」

「なにー!?今日のTASさんのテンションなんなのー!?怖いを通り越しておぞましいの類いなんだけどー!!?っていうか仕事かよー!!!」

「ふふふ。この間はMODと楽しそうにしてたみたいだから、今日は私と楽しもうね☆」

「ぎゃー!!バレてる上に絶対怒ってるこれー!!?」

「ほらほらお兄さん、こんなところでそんなに大声出しちゃダメ。雪崩がおきるよ、ほら」

「ほら、じゃないんだよなぁ!?」

 

 

 まぁ要するに、MODさんとばかり遊んでいて()ずるい、という話になるらしい。

 ……そんなわけで、試される大地編、スタートです()……生きて帰れたらいいなぁ……。

 

 



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北の大地では多種多様な困難が待ち受けている……

「お兄さんは、北の大地で真っ先に気を付けるべきもの、知ってる?」

「真っ先に気を付けるべきもの……?」

 

 

 突如発生した雪崩(半ば自業自得)から、命からがら逃げ延びた俺達。

 そのために多大な労力を使った(主に俺だけが)せいで、疲労困憊となった(主に)俺(だけ)は近くの洞穴へと逃げ込み、そこで束の間の暖を取っていたのだが……。

 そこで隣に座っていたTASさんが、唐突に俺へと一つの質問を投げ掛けてきていたのだった。

 

 ……ふむ、北国で気を付けること、ねぇ?

 

 

「ええと、代表的なのは熊とか?」

「そう、それ()正解。……とは言っても、日本の場合は熊が生息できるような森林が、ほとんど北の方にしか残ってないというだけの話であって、別に熊被害が北国にしかない……ってわけでもないけど」

「そうなん?」

 

 

 まず真っ先に思い付いたのが、熊による被害。

 日本最大の羆被害が起きたのはまさに北国でのことだし、毎年熊の被害で騒ぎになるのも北の方なので、熊は北国にしか生息していないのかと思っていたが……実際には、南の方にも(北のそれとは別種だが)熊自体は生息しているらしい。

 まぁ、南も南──九州の辺りにまで行くと、そっちの種類の熊も居なくなってしまうらしいのだが。

 で、熊が生息するのに適した木々を含む森林がなくなっているから、というのが彼らが生息数を減らしている大きな理由になるのだという。

 

 

「人工林は実を付けない木が多いから、熊達の餌が必然的に減るし。人工林は元々木材として使うための森林だから、木を削り倒したりしてしまう熊は、林業関係の人達からは普通に駆除対象だった」

「なるほど……つまりは人の手の入った森林が少ない北の方が、必然的に彼らの生き残りには適していたと?」

「そういうこと」

 

 

 まぁ、そういうことらしい。

 なので、南の方では別口の害獣……イノシシとかシカの被害の方が多くなっているのだそうだ。まぁ、熊に比べると脅威度が下がるのは確かだし、さもありなん。

 

 

「まぁ、最近は北の方にもイノシシが出没してるらしいけど。……ともかく、熊やイノシシが危険、というのは間違いない。でも、それらは見た目からすぐに危険なものであることがわかるから、出会って逃げられるかどうかはともかく……わざわざ危険であると改めて認識する必要があるか、と言われると甚だ疑問」

「……んー、でも最近の人は熊にもイノシシにも会うことないし、意識しようって言うのは間違いでもないんじゃないか?」

「残念だけど、こと一般人という括りにおいて、北国で気を付けるべき相手は彼らじゃない」

「んん……?」

 

 

 ただ、TASさんが言うところによれば、今現在『注意すべき』と警鐘を鳴らす相手は、彼らのようなわかりやすい脅威ではないとのこと。

 ……んー、つっても命の危機以上に気にするべきこと、あるかなぁ?

 

 

「あ、雪道の安全確認とか?」

「それ()大事。北国の大雪は本来()()()()()()()()()()()()()()ってこと、結構あるみたいだから」

「……そうなの?」

 

 

 雪に埋もれた溝とかに嵌まる危険性もあるし、と声をあげた俺だが、どうやらこれ()大事ではあるらしい。

 そうなのと頷くTASさんによれば、どうやら日本の北国というのは、海外の人からしてみれば『なんでそんなところに住んでるの?』と首を傾げたくなるような代物、ということになってしまうようだ。

 

 というのも、人口が十万人を越える都市部に限定した『豪雪地帯』ランキングにおいて、日本の北国はそのトップ六くらいまでを普通に独占していたことがあるのだという。

 さらには積雪量世界一も人里・及び人の居ない場所でのそれすら日本が記録を持っている……というのだから、如何に日本が雪深い国なのか、よく分かるというものだろう。

 一応、もっとも寒い場所……とかの指定だと、流石に海外に軍配が上がるらしいが。

 

 では何故、豪雪地帯ランキングにおいて日本が上位を独占する、なんてことになっているのかと言うと。……ぶっちゃけてしまうと、普通そんなに雪が積もるところに人は住まないから、というところが大きいのだという。

 

 

「前提条件に十万人とある通り、それ以下の人口密度のところには、日本の豪雪地帯よりも雪が多く降る、という場所もある。……でも、そういうところの人口っていうのは、一万にも満たないことがざら。……日本でいうところの廃村一歩手前、みたいなところでもなければ越えられない記録なのだから、それと凌ぎを削るような場所に人が集まって生活してる……というのは、大分狂気的なことに見えてこない?」

「若干以上に失礼な物言いな気もするけど……まぁ、確かに」

 

 

 本来、豪雪地帯にカウントされるような場所では、人が住むことは難しい。村や町の規模でどうにかやっていくのがやっとで、ともすればその場所を離れることを選択する者の方が多い、なんてこともよくあることだろう。

 ……つまり、そんな廃村になるのが当たり前のような地域で、廃村どころか普通に大都市を築いている、ということ自体がおかしいのである。

 まぁ、これも元を正せば日本には平野が少ない、という話に繋がってしまうのだろうが……それはともかく。

 

 確かに、深い雪というのは北国において注意すべきモノの一つである。

 が、それもまた端から危険なものと分かっているモノの一つなのだから、この場で改めて注意を促すようなものではない、というのがTASさんの主張なのであった。

 ……まぁ確かに、さっき雪崩から逃げてきた俺達にはタイムリー過ぎる話だったか。

 

 そんな感じで悉く発言を否定されたため、改めてなにが危険なのか?……ということを考察し直す羽目になった俺なのだが。

 ……うーん、わからん。

 

 

「一般人ほど気を付けるべきもの、なんだろ?……うーん、普通の人が思わずやってしまいそうなこと、ってことか……って、ん?」

 

 

 一般人が云々と言われているが、正直先の二つについても、そこに住んでいない人ならば普通にやってしまいそうな気がして、これ以外でなにか……と言われると、ちょっと思い付かない俺である。

 

 そうして首を捻るうち──ふと視線の端で、ゆらりと動く雪の積もった枝葉が一つ。

 何事か、とそちらを向けば、そこには一匹の子猫の姿があったのであった。

 

 



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危険の意味が違う()

「……猫?こんなところになんで猫??」

 

 

 思わず宇宙猫になって、子猫と見つめあう俺である。

 

 なにせ、猫である。

 北国に猫がいない、などということは一切思わないが、それでもこの極寒の環境下で猫が生きていけるか?……と問われれば、俺は首を捻らざるを得ないわけで。

 ……イヤだって、猫って寒いの苦手というか嫌いというか、そういうイメージしかないんだけど俺?

 

 そもそもの話、日本の猫の原種は砂漠から来たもの。

 暑さには強いが寒さには弱いというのは当たり前の話で、それゆえ北国で見かける猫というのは、この猫みたいに雪の上を堂々と歩くと言うよりは、寧ろ寒さを凌ぐために物陰に隠れている感じなんじゃないかというか。

 

 そんなわけで、こんな雪深い場所に居るのは寒くて大変だろう……などと思いながら、俺が子猫に手を伸ばそうとした時。

 

 

「残念、お兄さんの冒険はここで終わってしまいました」

「うぇぺっ!!?」

 

 

 横合いから襲ってきたのは、容赦ないTASさんの張り手。

 ……突然の痛みに思わず尻餅を付いた俺は、恨みがましい視線で彼女を見上げたわけなのだが……返ってきた視線は、まるで養豚場の豚を見るかのようなモノなのであった。

 

 

「……ゑ?なにその視線……?」

「私は言いました。北国には一般人ほど嵌まりやすい危険があると。──なんでお兄さん、呑気に手を伸ばそうとしたの?」

「…………!?」

 

 

 まさかの罵倒である。

 なんで子猫に手を伸ばしただけでそこまで言われなければならんのか、などと思っていた俺は、次の瞬間子猫の奥に見えた生き物の姿に、思わず小さな悲鳴をあげていたのでした。

 

 

「ひぃーっ!!?キツネだぁーっ!!!?」

「……キツネが危険、ってことは知ってたんだね」

 

 

 そう、そこに居たのは愛くるしくも恐ろしい、北国の殺人鬼キタキツネ。……いや、殺人鬼は言いすぎか。

 でも人によってはその愛くるしさに萌え殺されてたりするので、やっぱり(別な意味で)殺人鬼かもしれない。

 

 ……まぁ、それについては置いておくとして。

 流石の俺も、北国におけるキツネというものが、迂闊に触れてはならないものである、というのはよく知っている。

 それは何故か?……彼らはエキノコックスという、非常に恐ろしい寄生虫の感染源となっているからというのが大きいだろう。

 

 

「そう、エキノコックス。サナダムシと同じ扁形動物門に属する生物で、人は中間宿主に当たるため、感染すると最悪死に至る」

「だから北国ではキツネに触るな、って話になるんだよね」

 

 

 一応、触ったら即感染するというわけではないらしいのだが……卵の大きさが一ミリ未満(大体0.03mm)、すなわち肉眼での確認が不可能なこともあり、いつの間にか口の中に入れてしまっていた、などの危険性があることを思えば……まぁ触れない方が無難、ということになってしまうらしい。

 

 あと、北国の野菜とかも危ないと言えば危ないそうだ。

 温室のような封鎖空間で育てたものでない限り、草木というのはそれに誰が触れたかわからない、という問題点がある。

 無論、直接キツネの糞が付いていたりすれば、明らかにヤバイので洗ったり煮沸したりするだろうが……先程も述べた通り、エキノコックスの卵は肉眼での確認は難しい。

 ……つまり、いつの間にか野生動物の体に触れていた卵が、そのまま野菜に付着する……という可能性は少なからず存在しているのである。

 

 なので、北国では野菜を取れたてそのまま丸かじり、なんてことはせず、必ず綺麗に洗ったり加熱調理したりして食べるのだそうだ。

 ……まぁ、これに関しては別に北国に限った話ではないだろうが。

 

 で、ここまで考えれば、流石の俺でも理解はできる。

 それがキツネ以外の動物であれ、それが野生動物であるのならば迂闊に触れるべきではない、ということは。

 

 

「そういうこと。相手がどういう動きをしていたかわからない以上、野生動物は須く迂闊に触るべきではない。……まぁ、猫の場合は一応、危険性は一段階下がるんだけど」

「そうなん?」

「猫は感染しても卵ができないから」

「へー……」

 

 

 まぁ、体に付着した卵がある可能性を否定しきれないから、やっぱり野良猫を触るのは止めた方がいい……とも彼女は言っていたわけだが。

 なお、犬だと普通に感染源になるとのこと。……なので外飼いは止めましょう、と口酸っぱく言われるのは犬の方なのだとか。

 

 ……とまぁ、唐突な寄生虫トークに終始したわけだが、そうこうしているうちに先程の子猫とキツネ達はどこかへ消えてしまっていたのだった。……真面目になんだったんだろう、あれ。

 

 

「ん、お兄さんの危険察知度を確認するためにご登場頂いた」

「なるほどーTASさんのせいだったかー」

 

 

 などと首を捻る俺に、あっさり種明かしをしてくれるTASさん。……要するに突然変な儀式をし始めるのの延長線だったらしい。

 いや、この行為をすることでなにが短縮できるのか?……と疑問を覚えないでもない俺だったが、予定以上にこの洞穴で待機していたことに気が付き──、

 

 

「……おー」

「これを待つ間の暇潰しでもあった。えっへん」

 

 

 洞穴の奥の方で壁が崩れ、別の場所へと繋がる道が現れたことを確認し、なるほどと頷くことになるのだった。

 

 



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雪国とは隠されし秘境、すなわちダンジョンの宝庫である

「まさか()()逃げ込んだ洞穴の奥に、こんな場所があるとは……」

「無理矢理崩すと周辺の山ごと崩れてた。だから暫く待つ必要があった」

「さらっと怖いこと言うの止めない?」

 

 

 TASさんの謎の蘊蓄タイムののち、俺達の前に現れたのは──先など無いはずの、行き止まりでしかないはずの洞穴の向こう側。

 いわゆる隠し通路、と呼ばれるそれを抜けた俺達を待っていたのは──広大な地下遺跡なのであった!

 

 ……うん、あれだな。色々ぐちゃぐちゃと理屈をこね合わせていたけど……本題としては、これが目的だったんだな?……と、なんとなーく察してしまった俺である。

 

 

「む。……勘違いしないで欲しいんだけど、最近お兄さんが私を蔑ろにしてたのは間違いない、からね?」

「へいへい。寧ろ毎日顔を突き合わせてるのに、蔑ろもなにもないと思うんですがねぇ」

「それは裏話(スタッフトーク)。表に出ないのなら無いも同じ、だよ?」

「いつにも増してTASさんの物言いがメタい件」

 

 

 誰に向けての台詞なんだよ、というか。

 ……ともかく、彼女がここを新たな遊び場として見出だした、というのは半ば確定事項。

 ゆえに俺ができることは、そうして遊びたがっている彼女に付き合ってあげること、ということになるのだけれど……。

 

 

「われのねむりをさまたげるのはだれだ……」

「頭の中に突然誰かの声が!?」

(Fチキください)

「頭の中に突然TASさんの声が!?」

「われのはつげんにかぶせるのやめない?」

 

 

 突如脳裏に響き渡るのは、重苦しく・かつ意味の理解できない言葉。……と、それに合わせて脳裏に響くTASさんの言葉。

 個人的には()の方が好きだぞ、などと思考を返せば、重苦しいはずの思念が少し困惑したような気がしたのだった。……まぁ、それもあくまで一瞬だったわけだが。

 

 

「……ながきにわたるわれのねむりをさまたげたきさまたちは、まさにばんしにあたいするざいにん。なれば、きさまたちにはわれのしれんをうけるぎむがある……」

「……んー、わからん。TASさんなに言ってるかわかる?」

「要約すると、『折角うちに来たんだから遊んでいかない?』でオッケー」

「ちょっ」

「なるほど。……因みに、遊ぶってのは具体的にどんな感じ?」

最速(Any%)全部(100%)、どっちがいい?」

「……流石に二十秒そこらで壊滅は可哀想だから、全部の方で」

「ん。わかった、任せて」

「なに?なにいってるのこいつら??こわいよぉ」

 

 

 なんかごちゃごちゃと話してるけど、こっちに理解させようとしてない時点で相互理解の必要性を放棄してるも同然、というか。

 まぁそんな感じなので、多分そういうのもわかるだろうTASさんに尋ねて見たところ。……うん、確かに話し合いを放棄したのは相手側だけど、だからと言って三十秒にも満たない時間で壊滅()させられるのは、流石に可哀想過ぎる。

 

 そんなわけで、俺はTASさんに全力で遊び尽く(全ボス全ルート走破)しなさい、と声を掛けるのでした。……え?そっちの方が酷い?

 

 

 

・∀・

 

 

 

 それでは、そのあとの顛末をダイジェストでお届けしよう。

 

 

「はい、よーいスタート」

「選手入場、選手入場です。まずはTASさん、入り口に向けて全力で逆走!これは一体どうしたことかー!?」

「……よ、よくわからんが、おそれをなしたのならばのこったほうのいのちをもらお」

「ちょいさ」

「へぶぅっ!?」

「おおっと、先にラスボスを沈黙させるのを優先したようです。まぁ多分表と裏があるやつなので、あとで表を倒せば整合性は取れますねー」

「うら!?おもて!?なにいってんのこいつら!?」

 

「この壁、抜けるよ」

「あー、どうやらここも欠陥建築のようです。当たり判定がちゃんと設定されてないか、フラグをミスってるみたいですねー」

「あたりはんていってなに!?っていうかそこはあいつをたおしたあとにいくとこー!!?」

「ここでこの【炎の玉】を先に入手しておくと、大体二秒(100フレーム)くらいの短縮」

「おおっと二秒の短縮は大きい!これは記録にも期待できるかぁーっ!!?」

「きろくってなに!?」

 

「とぉーっ」

「おっと、TAS選手いつものように上に落ちています。ついでに道中の雑魚が撫でられただけで破裂していきますねー」

「ねぇ?にんげんはいつのまにはんじゅうりょくそうちをつくりだしたの?ふつうしたにおちるものだよね???」

 

「お兄さん」

「TASさん」

「お兄さん」

「TASさん」

「なに?なんなの?なんでたがいのことよびあうとわーぷするの?なんで???」

 

「背を向けて呑気に立っているとは面妖な」

「TASさん、それ背を向けてるんとちゃう、アンタが裏口入学しただけや」

「ねぇ?もううごきがわけわかんないのはおおめにみるから、せめてふつうにじゅんじょどおりにとおって?おねがいだからさぁ!?」

 

「ふむ、対策を仕掛けて来たのか、どうやら抜けられない壁しかないみたい」

「おおっと、目的のアイテムは目と鼻の先なのに、どうしても手が届かないー!!」

「……!ふ、ふははは!そうだふつうはそうなんだよ!ちゃんとじゅんじょどおりにこうりゃくしないからそうなる!そこはあいつをたおさないとあけられな」

「むぅ。仕方ないからこれを使う」

「あ、あれはっ!!TASさんの不思議なノート!!」

「え」

「はい、ミニ竜巻。ギミックは無視しましたが重要アイテムは入手したので問題ありません」

「良かったなボス!ミニブラックホールとか使われなくて、な!」

「え、なに、みに、え?」

 

 

 ──以上、道中のダイジェストでした。

 いやー、久々に全力のTASさんを見た気がするね!

 で、あとは表ボスに『TAS流奥義(タスリュウオウギ)……!』を使って、断末魔の悲鳴(ヴォー)をあげさせて終わり!

 

 

「洞窟を崩したあとはお茶が呑みたくなる。ごくごく」

「……そういえば、この遺跡って壊して良かったのかな?」

「良いと思う。だってまともにやってたら日本とか世界とか滅ぼしそうだったし」

「あー……悪霊の類いだったかー」

 

 

 こうして、元の入り口に戻ってきた俺達は、内部の遺跡が倒壊したことによって山が一段下がり、合わせて起きた雪崩をやり過ごしながら、呑気にお茶を呑んでいたのでした。

 ……うーん、規模がでかいけど世界が救われたので問題ありません、だな!

 

 



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意外なものが好きな人

「……あわや世界遺産がおじゃんじゃねぇか!!?」

 

 

 北国でダンジョン一つを潰してきた日の翌日。

 家でいつも通りの日常を過ごしていた俺達は、突然のCHEATちゃんの言葉に目を丸くしていたのだった。

 

 

「……いや、その『悪は滅んだので問題ありません』みたいな目を止めろや!!やるにしてももっとこう、やり方あっただろ!?」

「もー、ずる(CHEAT)って名前の癖して変に常識に縛られちゃダメだぞCHEATちゃん。実際世界遺産そのものは問題なかったんだから、結果オーライだろー?」

()()()()()()()()()()()な!お前ら確実に文化遺産になるだろう山の中のやつ、無茶苦茶にしてんじゃねーか!!仮にやベーやつだったとしても、もっとこう……なんか!あるだろ!!」

「む?CHEAT、遺跡とか好きなタイプ?」

「ばっ、ちげーよそういうんじゃねーよ!!」

(あ、そういうのだな、これ)

 

 

 彼女が怒っているのは、あの遺跡を破壊したことについて。

 俺が焚き付けたことはともかく(なおCHEATちゃんは睨んでる模様)、TASさんなら壊さないようにクリアすることも可能だったのでは、というお怒りのようであった。

 ……まぁ、そうなると丁寧丁寧にクリアすることとなり、あの時の驚異的な記録──十分そこらに至ることはできなかっただろうから、TASさん的に『ない』選択だった、というのも確かだろうとは思うのだが。

 

 ともかく、CHEATちゃん的には、あの遺跡を壊してしまったことがどうにも気に入らない様子。

 新聞に大きく掲載された『崩れた山、地下に眠る神殿!』の文字と、そこに記された調査員達の興奮と落胆に感化されたようだ、みたいな感想を抱くことになったわけだが。

 ……どうにも、下手すると彼らよりヒートアップしているのかもしれない、などと思わされることとなった俺なのであった。

 

 

「くそぅ……絶対昔の壺とかあったんだろうなぁ……その当時の生活を感じさせるような、色んな遺物……でもそれらは全て雪の下……」

「お、おぅ……思った以上にガチ凹み……」

 

 

 だってほら、ご覧の通り滅茶苦茶沈んでるんだもんよ。事実が受け入れられずにこのままふて寝しそうなんだもんよ。……いや、意外すぎやしねぇ?

 

 

「……仕方ない。本当は後に取っておこうと思ってたんだけど……」

「え、なになに?ここでなにを取り出してくるんですTASさん?」

「それはこれ」

「……なにこれ」

「ん、ジュ○ンジ」

「……若い人に伝わらねぇ!」

「マジでぇ!?」

「うわ滅茶苦茶食い付いた」

 

 

 そんな彼女の様子を見かねて、TASさんが持ち出してきたのは一つの箱。

 要するに古代のすごろく、みたいなもののわけだが。……うーん、例えが古いが古いネタに精通しているCHEATちゃんには、寧ろクリティカルだったらしい。

 目をきらっきらに輝かせる彼女の様子を見れば、そのテンションが先ほどまでの地の底レベルから天に昇るレベルまで跳ね上がった、というのはすぐに理解できる。

 

 そういうわけで、彼女にはこの出所不明のすごろくが贈呈されることとなったのだけれど……。

 

 

「え、すぐに遊びたい?」

 

 

 こくこく、と言葉すら忘れて頷くCHEATちゃんは、いつもの生意気さの欠片すら感じられない状態。

 ……いや、幾らなんでもキャラ変わりすぎじゃね?……的な思いが俺の胸中を占めていくが、それでもまぁ、彼女の落胆を生んだのがこちらである、という事実がある以上、指摘するのはどうにも憚られるわけで。

 

 

「……一回だけね?」

「やたっ!愛してるぜお兄さん!」

「まぁ雑な告白ですこと。……で、TASさんこれルールとかってあるの?」

「ルール?やればわかる、よ」

「……まぁ、サイコロ振ってコマ進めるだけだろうから、それもそうか」

 

 

 仕方ないので一回だけ、という条件で付き合ってあげることにした俺達なのであった。

 ……で、さきほどTASさんが言っていたように、どうやらこれはすごろくに似たものであり、遊び方もほぼそれに準じている……とのことで、俺は箱の中からサイコロとコマを探しだし、それをスタート地点にセットしたのだけれど……。

 

 

「ん、おお、おおおっ!?」

「言い忘れてたというか訂正し損ねてたけど。──ジュ○ンジみたいなもの、というのは決して間違いじゃないから」

「だからそれ最近の子わかんねぇって!!?」

「やたー!!リアル体感ゲームだー!!敵対者全部ぶっ倒して行こうぜー!!!」

「CHEATちゃんもなんか蛮族思考だな!?」

 

 

 その瞬間、俺達は盤面へと吸い込まれていくことに。……このコマやっぱり本人の写し身みたいなもんじゃねぇか!!?

 

 再び脳裏に響き渡る()()()と、呑気にマイペースに伝え忘れたことを口にするTASさんと、それからとにかく楽しげに笑顔を浮かべるCHEATちゃん。

 そんな愉快な仲間達と共に、俺はゲームの世界へと引き摺り込まれていくことになるのだった。……次回へ続く!

 

 



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最速攻略の次はやり込み攻略である

「ええ……なんでまたきてるの、かえっておねがいだから?」

「うーん、なんか歓迎されてない気がするんだけど、実際どうなのTASさん?」

「今回も宜しくお願いします、って言ってる」

「ねぇ、じつはそのこわかってていってるよね?わたしをこまらせるためにわざとやってるよね???」

 

 

 やって来た盤面の世界。そこにはあの山の中にあった遺跡と、寸分違わぬ光景が広がっていたのだった。

 ……で、そうなるとそこの管理者も多分同じ、ということになるようで。

 あの時と同じように脳裏に響いてきた声は、あの時の厳かさはどこへやら。こちらに困惑だけを感じさせるような、相変わらず意味の理解できない言葉をこちらに投げ掛けてくるのだった。

 なので、TASさんになにを言ってるのか翻訳して貰ったわけなのだけれど……うん、今回ばかりは俺にもわかるぞ、多分この人(?)、すっごい嫌がってる!

 

 

「そう!そうなの!わたしここのばんにん、ほんとうはとてもえらいの!なんかすごくないがしろにされてるけど!」

「お、おお?なんかすっごい興奮してないこの人?」

「……どうやら早速遊んでほしいみたい。仕方ないから今度は最速(any%)で終わらせてあげようかな?」

「ひぃっ!?なんかしらないけどじらいふんだかんじこれ?!!」

「あ、これはわかる。やべー死ぬ、みたいなあれだなこれ」

「ことばつうじてないのにすごいりかいど!?もしかしてあなたがわたしのしんかんか!?」

「…………」

「ひぇ」

「ひぃっ!?TASさんの顔が般若のように!?」

「……流石にそこまでじゃない」

 

 

 いやでも、漫画的表現なら頭の上辺りに怒りマークが付いてそうなくらい、今のTASさんイライラしてるよね?……と俺が思ってしまうくらい、彼女の表情は変化をみせていたわけで。

 ……いやまぁ、いつも通りちょっと不機嫌そう、くらいにしか見えないんだけどね?普通に見ると。

 

 ともあれ、なんか知らんけど不機嫌そうなTASさんを宥めつつ、そういえば一緒に来てるはずのCHEATちゃんはどうしたのか?……と周囲を見渡す俺。

 なにせ彼女、先ほどまでキャラ崩壊気味に喜んでいたため、ともすればそこら辺で興奮しながらごろごろしててもおかしくない、なんてことを思っていたのだけれど。

 

 

「もうマジ無理……」

「医者ぁーっ!!?」

 

 

 その当の本人は、幸せそうに痙攣しながら地面に倒れ伏していたのでした。……思ったより重症だった!?

 

 

 

・A・

 

 

 

「ふ、ふへへ……もう死んでもいい……」

「ダメ、完全に壊れてる。少なくとも、ここから出ない限り元には戻らない」

「うーん、思った以上にガチ勢だったか……」

「え、ええと……だいじょうぶ?そのこ」

「……なんか知らんけど、暫定敵(ボス)からも心配されてないかこれ?」

「お兄さんの理解度が急速に上がってる……」

 

 

 そんなに古い遺跡が好きになったのか、CHEATちゃん。

 ……などという冗談すら飛ばせないほどに、幸せそうな顔で溶けているCHEATちゃんを見て、思わず困惑する俺達である。気のせいじゃなきゃ、頭の中に響く声まで困惑してる気がするし。

 もうこうなると、攻略云々なんて言ってる暇じゃないのでは?……などと思わなくもないのだが、どうやらこの世界はあのすごろくの中であるため、ゲームをクリアしないと外に出れない仕様になっているらしい。

 脳内に響く言葉が更に気まずげになる辺り、向こうもこの状況は想定してなかったようだ。

 

 

「そっちのこがこのあいだみたいにするのは、まぁきょようはんいだったんだけどねー」

「む、言質取った」

「ひぇ」

「……なに言ってるのかわからんけど、あんまり虐めてあげないように」

「はーい」

「あなたがかみか」

「……なに言ってるかわからんけど、言わなきゃいけない気がするから言っとくぞ。──いや、そこは自信を持てよ、神として」

 

 

 なんだかすっかり打ち解けてしまった気がするが、一応形式としては向こうがゲームマスター、こっちが挑戦者という図式は変わってないのだから、最後までちゃんと威厳のある行動を心掛けて欲しいものである。

 ……いやまぁ、こんなことを俺が言ってる時点で手遅れのような気もするのだが。

 

 ともかく、気を取り直してこのすごろくを攻略して行かなければいけないわけなのだけれど。……これ、CHEATちゃんからスタートだから、彼女にサイコロ振らせないといつまでも順番回ってこないことない?

 

 

「……」<チャキ

「いやちょっと待ったTASさん、それでなにをするつもりだ」

「なにって、ちょっと目覚ましを、ね?」

「それでできるのは寧ろ永眠なんだよなぁ!?」

「このこやっぱりこわいよぅ……」

 

 

 そんな俺の呟きに、どこからか取り出したトゲ付き鉄球を構えるTASさん。……いや殺す気か!

 思わず抑えるように、と彼女に説教をする羽目になったわけだが……まぁでも、ムービーとか嫌いな彼女が立ち往生を強いられる現状を受け入れられるか、と言われればノーなのはすぐに理解できる話なわけで。

 

 脳裏に響く意味不明の声の主と共に、どうにかTASさんを落ち着かせようと奮闘することになる俺なのでした。

 ……いや、やっぱりちょっとよくわかんねぇなこの状況!?

 

 



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夢見心地に襟に雪

「仕方ないから俺がおぶっていこうと思うんだけど、TASさん紐とか持ってる?」

「麻縄ならここに」

「なんで麻縄……?」

 

 

 いやまぁ、正直なところを言えば、本当に紐を持ってるとも思ってはいなかったんだが。

 

 と、いうわけで。

 なんの因果か、背中にCHEATちゃんを括り付けてTASさんの背を追う羽目になった俺である。無論、おぶるのではなく背中合わせである。後で死にたくないからね!

 ……そういう気遣いはできるのに、なんでこの人はいつもああなんだろう、みたいな眼差しで見つめてくるのやめてTASさん。

 

 まぁともかく、これで一先ずここに立ち止まり続ける理由はなくなった。

 なので、早速このすごろくを攻略していこう、という話になるんだけど……。

 

 

「おねがいおねがい、せめていちめんだけでいいから!さいしょだけでもいいからふつうにこうりゃくしておねがいだから!」

「うーん、なに言ってるかは相変わらずわからんけど、なんか凄く下手に出てる気がするのは確かだ……」

「……お兄さんも時々、よくわからない特技を披露することあるよね」

 

 

 話が攻略に関するものに戻ったからか、再び必死な声色で何事かをこちらに訴えかけてくるダンジョン主?さんである。

 その必死さからすると、恐らくTASさんへの頼み事だと思われるのだが……当の彼女は、俺の方に不審者を見るような眼差しを向けてくるのだった。

 

 いや、そんな視線を向けられる謂れがなくね?……え?この声は普通の人が聞き続けると、わりと発狂するタイプのやつ?具体的には三回に一回(1d3で達成値3)くらい?oh……。

 

 

「……そういえばこのひと、こっちのことちがってふつうそうなのに、ぜんぜんおかしくならないね?」

「私もある程度気にはしてるけど……ほっといても九割くらいは発狂ダイス自力で回避してるのは、正直一般人としてどうかと思う」

 

 

 素の耐久値はへなちょこなのに、とこちらをジト目で見る彼女に、俺が返せるものはなにもないのでありましたとさ。……うるせーやい。

 

 

 

・A・

 

 

 

鏡像複製(ミラーリング)もしくは遅延同調(ゴースト)。これくらいできないとTASは名乗れない」

「それ君が、じゃなくて俺が、だよねうごへぇ!?」

「あっ、ごめん。背丈のこと考えて無かった。次はもうちょっと余裕のある動きをするね」

 

 

 はてさて、本格的な攻略──最初くらいは普通に攻略して、といった感じのお願いをしていたらしいダンジョン主の言葉に、TASさんが珍しく従い。

 その結果『かかったなあほうめが!』(バカめ、的な言葉らしい)というダンジョン主の宣言により、唐突に最初からクライマックス……もとい、すごろくそのものの難易度が跳ね上がってしまい、これはまさか万事休すか、などと俺が焦燥感に身を焼かれる……なんてこともなく。

 

 突然のTASさんからの「ん、トスして」の言葉を受け、俺が彼女の踏み台代わりになることで空高く彼女を放り投げ(トス)

 ……結果、ドスッ、という鈍い音と『ぐぇっ』という汚い悲鳴が響いたが些細なことである。

 

 ともかく、ダンジョン主を物理的に黙らさせたTASさんは、返す刀で一面?の攻略条件である空高くにあるスイッチを押すことに成功し、壁もないのに左右から迫ってくる流砂に呑まれそうになっていた俺達の元へと降り帰ってきたのであった。

 

 で、左右の流砂はスイッチを押した時点で消滅。……正規攻略法は恐らくこの流砂に呑まれないように登りながらあのスイッチを押す、というもののはずだが。その手段で攻略すると足場にしていた流砂が消え、最終的に高所から落下死させられる……という悪辣さに思うところがないでもない俺である。

 ……とはいえ、そこまで仕込んだにも関わらず、流砂ギミックは無視・かつ高所からの落下死すらしなかったTASさんの姿を思えば、どうにもかわいそうとか憐れだとかの感情の方が強くなってくる俺でもあったのだった。

 

 

「あわれまないでほしいんだけど!?っていうか、なんでふつうにぴんぴんしてるのこのこ?!ここいちおうわたしのしはいくうかんなんだけど!?」

「うーん、相変わらず言葉はわからんけど、多分怒ってるんだろうなーってのはわかるぞ。……で、なんでTASさんは無事だったんです?」

「?そんなの、軸移動したからに決まってるでしょ?」

「じくいどう」

 

 

 ……あ、流石に今のは『じくいどう』って棒読みしたのはわかったぞ、という俺の感想はともかく。

 そう、ここはダンジョン主の作った、いわば彼/彼女の世界。

 本来であれば世界そのものであるそれに逆らう術はなく、俺達は無様に蹂躙されるが関の山だったろう。

 では何故、彼女はそんな相手の思い通りになっていないのか?……それはとても単純な話。この世界に()()()()()()()()()、これに尽きる。

 

 

「バグが一切ないゲーム、というのは存在しない。()()()()()()()()()()()()バグが発生しない、ということはあるだろうけど……それが複雑なプログラムの集合体である以上、偶然それが発生する、という可能性は否定しきれない」

 

 

 なにも間違っていないのに、何故か動かない。……そんなことも起こりうるのがプログラムである。ならば、バグは起こらないのではなく目に付かない、が最大値なのだ。

 そして彼女──TASとは、そのバグを最大限利用するタイプの存在である。

 

 ……あとはまぁ、単純な話。

 今回の場合で言うなら、()()()()()()()()()()()()()辺りにバグが残っており、それを活用して()()()()()()()()()、というのが正解だろう。

 凄まじく雑に言うのなら、落下死判定が出ない程度の段差として四次元方向にずれながら降りてきた、みたいな感じか。なお、さっきの明らかに高く飛びすぎてたのもその応用である。

 

 

「……なにそれ?!」

「これが私。……ところで、どうにも懲りてないみたいだから再度コテンパンにしてあげる」

「ひぇ」

 

 

 思わず、とばかりに声をあげるダンジョン主だが、TASさんの逆鱗に触れた者がこの程度で済まされるわけもなし。

 ああ、ここから蹂躙劇が始まるのだなぁ、などと呑気に彼女達のやり取りを眺めていた俺は、

 

 

「ん、お兄さんをほっとくと危ないから、付いてきて……ね?」

「え、それはどういうほげぇーっ!!??」

 

 

 突然彼女の動きに同調させられる、という憂き目にあい。

 ……結果、冒頭のように頭部を強打する羽目になっていたのでありました。……なんでや!

 

 



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危ないものはしまっておこうねぇ

「……とまぁ、そんな感じのあれこれがあった結果、最終的にこのパッドの中に封印されたのが、件のダンジョン主さんになります」

「うわぁー!!だしてー!くらいよせまいよー!!」

「うわぁ」

 

 

 開幕早々、AUTOさんらしからぬ唖然と驚愕の声から始まりましたが、皆さま如何お過ごしでしょうか。俺はあちこち痛いけど(比較的)元気です。

 

 前回、山の中から出土したというすごろくゲームに、三人揃って取り込まれてしまった俺達は、いつも通りのTASさんの活躍により、以前やった山崩壊RTAを遥かに凌ぐ、おおよそ八分台での攻略を成功させたわけなのだが。

 その結果に憤慨……というか発狂?したのが例のダンジョン主さん。なに言ってるかはわからんけど、多分「ふざけるんじゃねー!!」的な言葉を叫びながら、唐突にガス状生命体的な姿で俺達の前に登場したのである。

 ……え?ガス状生命体がよくわからん?えーと、創作とかでたまーに見掛ける、『気体だけど生き物』みたいなやつだよ、うん。

 

 ともかく、そんな感じで黒い霧のような姿で現れたダンジョン主は、本来えげつないほどの強敵である。

 なにせ気体である。どういう原理で一所(ひとところ)に集まっているのか、ということがわからなければ、こちらの攻撃はただ空を切るだけに留まってしまうのだから。

 いやまぁ、霧散させれば普通に死ぬタイプじゃない、ってだけの話なのだけれど、それがどれくらい恐ろしいことなのか、というのは実際に相対してみないとわかるまい。……わからないはず、なんだけど。

 

 

「必殺・TASふらっしゅ」

「ぎゃあ!?まぶしい!?」

「なんで掃除機にライトが?」

 

 

 こんな時でも冷静沈着なTASさんは、なにを思ったか俺の背中で相変わらず気絶中のCHEATちゃんに駆け寄り、そこで何事かを呟き始めた。

 ……断片的にしか聞き取れなかったが、多分良からぬことをしているのだろうな、と思わず相手の冥福を祈る心持ちになってしまった俺の前で、やること終えたらしいTASさんが虚空より取り出したるは掃除機。

 なんで掃除機?と首を傾げる俺と、「あれ!?きょかだしてないのになんかだしてる!?」と、多分凄く驚愕しているのだと思われるダンジョン主。そんなこちらの困惑を嘲笑うかのように、TASさんはホースの横に付いていたスイッチをオン。

 

 ……結果、周囲を真昼のように照らす目映い光──いわゆるフラッシュが一瞬焚かれ、それに怯んだ黒い霧は空気中で不自然なほどに固まり。

 

 

「逃げる方向とは逆、逃げる方向とは逆」

「ほぎゃああぁあぁああすわれるぅうぅううぅう!!?」

「わー……」

 

 

 その隙は逃さん、とばかりに掃除機のノズルを相手に向けたTASさんは、大方の予想通り相手を吸い込んでしまったのでした。……あー、幽霊退治屋……。

 

 

「あっちだと危ないから、どっちかというとマンションの方」

「ああ……使っている機械の形は似通っていますが、原理的には結構違うと聞いたことがありますわね」

「……なんの話かはまっったくわからんが、なんとなく危ない気がするからその辺りにしておこうな」

 

 

 はーい、と返事をする二人になんとも言えない視線を向けつつ、さっきから無視していたもう一方を見やる俺。

 そこにあったのは、

 

 

「…………」

「げ、元気だしてくださいCHEATちゃん!ほら、前の遺跡は埋まっちゃいましたけどぉ、こっちはちゃんと形が残ってますよぉ~?」

……中にもう居ないから、あの時みたいなのはもう見られないじゃん……

「いやいや、ほら向こうを見たまえよ。中身はあそこに居るんだから、一緒に遊んで貰えばいいだろう?」

中に居ないから、理不尽ゲームマスターパワーもう使えないじゃん……

「「……ダメだこりゃ!」」

 

 

 じめっ、とした空気を周囲に放出しながら、畳に寝転がってぶつぶつと嘆きと悲しみを吐き出しているCHEATちゃんと、その横で彼女をどうにか立ち直らせようと頑張っている、MODさんとダミ子さんの姿であった。

 

 あーうん、凄く残酷なことを言うと……今回のすごろく攻略、最終的にあの掃除機が必要だったのだが……持ち込みすると警戒されるしそもそも最終戦以外で使わないので邪魔。

 ……といった感じに、端的に言ってしまうとCHEATちゃんがあの場に居た理由の八割くらいが、『最後に掃除機を取り出すためのアイテムボックス代わり』だったようで。

 なので、端から彼女が遺跡を楽しめる可能性はなかった、ということになるらしい。……いやまぁ、九割くらい彼女が勝手に興奮して勝手に倒れたのが原因、みたいなところもなくはないのだが。

 

 その辺りは彼女も理解しているため、誰に突っかかるでもなくああして凹んでいる、ということになるようだ。

 ……まぁうん、キャラ変わるくらいに喜んでたから無理もないね、はい。

 

 とはいえ、そのまま加湿器みたいに湿気を放出され続けても困る話。

 なので、彼女を立ち直らせるきっかけが必要、ということになるのだけど……。

 

 

「……アイテムボックス」

「……ああ?」

「便利な物運び屋、遺跡マニアなのに実際に目にするとダメダメ、肝心な時に役に立たない奴……」

「キョエアァアアアッ!!カッテヤルヨソノケンカァアァアアッ!!!」

「ふっ、それでこそCHEAT」

 

「……なにこれ?」

「さぁ?」

「……あ、なんかともだちになれそうなきがする」

 

 

 その役割は私が受け持つ、とばかりに挑発を繰り返したTASさんにより、見事CHEATちゃんは挑戦者としてのプライド(?)を思い出したのでしたとさ。……結果?聞くな。

 

 



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架空存在なら電子でも空気でも似たようなもの

「……うーむ」

「な、なんですか?わたしをみてもなにもありませんよ?」

 

 

 はてさて、色々あったあの日から、暫く経ったとある日のこと。

 掃除洗濯家事おやじ……おっと最後は違った。

 まぁともかく、そんな感じで家の中のことをせっせと終わらせていた俺は、偶然目に入った物体──ダンジョン(マスター)ことDMさんの入ったパッドを手にし、ううむと唸っていたのだった。

 ……え、名前?なんで英語なのか?いやまぁ……癖?

 

 

「なにをいってるのかはわかりませんが、とりあえずほっといてください!ここどこにもつながってないから、わたしひきこもるくらいしかすることないんですから!」

「あー、反省するまで天岩戸、だっけ?……いや、それだとこっちが迷惑を被る側になるから違うか」

 

 

 まぁともかく。

 一枚の板切れ……というにはちょっと高性能すぎる板切れ(パッド)に封印された形となるDMさんは、聞くところによれば古い時代の忘れ去られた神なのだとか。

 あの遺跡が北の大地にあったことから、恐らくはその辺りで信仰されていた神様、だと思われるのだが……まぁ、周囲に集落の影もなかった辺り、かなり古くて文献とかも残ってなさそうなので呼び名は適当でいいかなー、というか。

 

 その時『よくありませんー!』的な抗議が行われたが、パッドを持ってにこやかに笑ったTASさんに『なにか、問題が?』と聞かれ、『なんでもありません……』と涙声で主張していたのは記憶に新しかったり。

 

 まぁともかく、そんな感じでなし崩し的にうちのメンバーに加わった彼女……彼?は、こうして日がな一日ぶつぶつと何事かを呟き続けていたわけである。

 とはいえ、それも仕方のない話。なにせこの人……人?は、ネットに繋がっていないパッドに押し込められていたのだから。

 

 元々日本を沈没とか世界を崩壊とか、わりと物騒な目的を持っているとTASさんから警戒されていたDMさんである、そりゃまぁネットの海に放流することになりかねないようなこと、やるわきゃないというか。

 ……だがしかし、こうして一人でぐだぐだうじうじしていると、自家中毒で毒性がさらに高まる……もとい、恨み辛みが折り重なってミルフィーユになるのは既定路線、下手をするとパッドのまま謎の飛行物体になってそこいらを飛び回りかねないので、なにかしら対策の欲しい俺なのであった。

 

 とはいえ、俺になにかできることがあるか?……と言われると微妙なところ。

 ネット接続させるのが一番手っ取り早いのだろうが、それはさっきから無理、と言っている以上選択肢としては下の下である。

 じゃあ他の人に頼むか?……となると、ちょっと上から目線なところのあるDMさん相手だと喧嘩になりそう、みたいな懸念もなくはないというか、寧ろ相手側の方がワケわからんことし出してDMさん側が困惑しきりになりそうというか。

 

 

「またまたぁ。あのたす?とかいうのいがいは、そこまででもないでしょう?」

「──とりあえず、AUTOさん相手だと君は『わたし、きれいなじゃしん!』とか言わされる羽目になると思うよ」

「ミ°」

 

 

 ……おお、ひらがな以外の文字が出てきた。

 読み上げ音声的な感じで、画面に文字が出たあとに声が出る……というのが今のDMさんの話し方だが、そのせいなのか画面の文字は基本ひらがなしかなかったのだ。

 それがカタカナ?的なものが出てきた辺り、頑張れば他の言葉も使えたりするのかもしれない、流石神。

 ……神認定のハードルが低すぎる、的なことを言うDMさんに苦笑を返しつつ、ずれた話を本筋に戻す俺。

 

 さてはて、うちのメンバーが大体あれ、というのは皆さんご存知の通り。

 筆頭のTASさんは言わずもがな、最近目立たないがAUTOさんは元々規律規範に殊更うるさい部分があったりするし、CHEATちゃんは最近遺跡マニアである、なんて情報も加わったため、迂闊にDMさんと関わらせてはいけない人間の代表と言えるだろう。

 MODさんは比較的常識人だが、あの人基本形態の女子高生以外の時は結構はっちゃけるので、慣れていないとまず酷い目に合うだろう。……ダミ子さんに関しては、まず向こうが警戒して見てるので多分問題なし。

 

 とまぁ、そんな感じで。

 迂闊に今のDMさんを放り込んだが最後、彼女は自身のアイデンティティを見失って失墜すること間違いなしなのである。

 

 

「ひぇえ」

「だから、あの子達の前で恨み言とか迂闊に口走っちゃダメだぞ。じゃないと……」

「お兄さんちょっと話が」<ガシッ

こうなるからねぇええぇぇぇぇぇぇぇ……

「ひぇっ」

 

 

 そうして彼女に注意を促す最中、突如現れたTASさんに襟首を捕まれ引き摺られて行く俺。

 咄嗟に近くのクッションに放り投げられたDMさんは、奥の方の部屋から響いてくる「うわぁごめんってー!」「ダメ、許さない、風評被害」「いや風評被害ではなぐぇーっ!?」などの言葉に、ガタガタ震えながら嵐が過ぎ去るのを待ってたとかなんとか。

 

 

「……貴方も、変なことしたらこうなるから」

「ひぃっ!?しませんしませんもうしませーん!!」

 

 

 ……ふ、いい反面教師になれたみたいで嬉しいぜ、がくっ。

 

 



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神も時には遊ぶもの

「色々考えた結果、ネットに繋いでないゲームとかならいいんでないかなー、ってことになりました」

「はぁ。ええと、これはいったい?」

「みんなで乱闘するタイプのゲームです。相手を挟むように反射板(バンパー)を設置してボコったりしますね」

「それは乱闘というよりリンチでは?」

「おおっとお目が高い。昔ルールの整備されてなかった時は『おきらくリンチ』、なんてものが跋扈してたりしましたのでその感性は間違ってませんよ」

「にんげんこわい……」

 

 

 一瞬知性の光が宿ったが、すぐに元に戻ってしまったDMさんに苦笑を返しつつ、改めてゲーム機のセットを行う俺。

 ……困ったことに、この人こう見えて神様──それも邪神の類いなので、遊戯環境には最大限気を使う必要があるのだ。

 

 と言うのも、この人「わたしはよわくてむがいなかみさまです」みたいな空気を醸し出しつつ、その裏でパッドの無線機能を勝手にオンオフしたりしていたのである。

 いやまぁ、今までとはまったく違う環境に普通に馴染めているのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが……この人、どうにもこっちが思っている以上に順応性が高いみたいなのだ。

 なので、素知らぬ顔で外の世界に電波を繋げよう(逃げよう)としていた、と。

 ……まぁ、この辺りの無線はTASさんが難解怪奇な暗号キーを設定しているため、それの解読中に彼女の反抗がバレ、あえなく御用となったのだが。

 

 そんな風に、パソコンとかパッドとかスマホならまだマシなのだが。これがことゲーム機の話になると、事情が変わってくる。

 

 ところで、話は変わるが。……うちに集まっている人達って、どういう系統の人だろうか?

 そう、ゲームに関わるようなキーワードを、自身の説明とするタイプの人々である。

 そのため、彼女達のメインコンテンツみたいなものであるゲーム機というのは、原則ネットに繋がないなんてことがあり得ないのだ。バグの更新とかするし、そもそもネットで対戦とかもしてるしね。

 個人的には、TASさんがいつチート扱いされてBANされるか、わりと気が気でないのだが……まぁ、俺の感想は置いとくとして。

 

 ともかく。

 彼女達の主戦場となるゲーム機、迂闊なことはさせられない。

 とはいえ、相手は現状電子生命体みたいなことになっている存在、肉の体しか持たない俺達にできる対策では、いつしか押し切られてしまうという可能性もあるだろう。

 

 

「……と、言うわけでそんな時に有効になるのがこちら、物理的な対策。今回のゲーム中は周囲の無線全部切ってあります」

「なんというちからおし……」

 

 

 そうして編み出されたのが、物理的な対策である。

 アナログと侮るなかれ、相手が操作できない位置にある物理的な断絶というのは、なによりも高いセキュリティを誇るモノなのだ。

 例えば、工業機械。あれらに使われているOSは、最新のパソコンに搭載されているそれに比べると、遥かに性能が低い……もっと言えばとても()()OSが使われている、ということがザラである。

 

 いや、新しいものを使った方が楽なのでは?……と思われるかも知れないが、複雑な動作を必要とするものならいざ知らず、例えば目的の形にモノを削り出す、みたいな工程()()を行う機械であれば、寧ろそのような高性能OSは宝の持ち腐れになることも多いのだ。

 なにせ、そういう機械で必要なことは、極論目的の場所に刃を持っていくことだけ。三次元の移動を処理するだけで済むことも多く、それ以外は無用の産物となったりすることも多い。

 

 そして、そういう機械に共通する特徴として──ネットワークへの接続機能が付いていない、ということがあげられる。

 これは、寸法や形状などの必要なデータを入力する際、フラッシュメモリなどに入った情報を読み込むようにしている……要するに古い機械のまま更新がされていないことで起きる現象なのだが、これが意外と情報漏洩の防止に役立つのである。

 

 まず、物理的に断絶されているため、その機械を操作するためには()()()()()()()()()()()()

 ハッカー達の得意技『遠隔操作』が端からできないため、対応が凄く限られてくるのだ。

 

 つぎに、コンピューターウィルスなどに()()強くなる。

 これは、コンピューターウィルスもプログラムの一種であることから発生する盲点。……要するに、古い機械用に作っていないウィルスは、例え機械の中に侵入できても活動できないのである。それだけのスペックがないので。

 

 これに関しては古い機械用のウィルスを作ることで代替はできるが……ウィルス以外の様々な侵入・破壊工作に対しても『専用の対策を必要とさせる』という点で、意外と引っ掛かってくれるモノとなっていたりする。

 ……最新の機械だとその辺りの互換を切っていることも多いので、わざわざそれだけのために専用の環境を構築するところから始めないといけない……なんてこともままあるわけだし。

 

 そんな感じで、物理的にどうしようもないというのは、プログラムに関わる存在からするとわりと死活問題になるのだ。

 なにせ、自身の手の内だけでは絶対に対処しきれない。極端な話、無線機能がないのなら有線接続しない限り直接端末に触れないとなにもできない、ということになるわけで。

 

 その時点で、電子生命体としては九割がた詰みである。……一応、遠隔操作のロボットとかを駆使して目的の端末に触れる……みたいな手段はあるだろうが、どちらにせよそういう迂遠なやり方を強いられる時点で敗けみたいなもんなのである。

 

 

「……ふういんには、むしろなかみをまもるいみもある、みたいなはなしですか?」

「んー、違う気がするけど……まぁいいかぁ、よろしくお願いしまーす」

「えっ?……ええと、よろしくおねがいします……?」

 

 

 長々と話しているうちにセッティングが終わったので、コントローラーを構え対戦を申し込む俺。

 ……結果は俺の惨敗だったが、距離感は縮まったんじゃなかろうか?

 

 

「ひゃっほー!ホームランたのしー!」

「十割打者、だと……?!」

 

 

 代わりに、なんかヤバイものを降誕させてしまった気がするけど、まぁ誤差である、誤差。……いややっぱり誤差じゃないかな?

 

 



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今日も今日とて少女は飛ぶ

「ああぁあああぁぎゃくにうたれたぁああああぁぁあ」

「私のピ○チュウに勝つにはまだまだ甘い、えへん」

「でしょうねー」

 

 

 驚異の十割打者と化し、ノリに乗っていたDMさん。

 そうして勢い付いたまま、彼女はTASさんに挑みかかり……こうして、今までの他の面々と同じように返り討ちにされていたのであった。

 ……まぁうん、いいとこ三割打者にまで後退したわけだけど、それでも十分凄いから誇って良いと思うよ?

 

 

「おかしい……ゆるされない……さんわりだしゃといえば、ほんらいかなりせいせきのよいれいのはず……」

「そうだね。身近に本当の意味での十割打者がいなければ、十二分に褒め言葉として活躍しただろうね」

「ぎゃふん」

「……お兄さん、時々容赦なくなるよね」

「え?なにが?」

 

 

 俺は単に事実を述べただけなんだけど?

 ……冗談はともかく、完全に沈黙してしまったDMさんを確認した俺は、そのまま彼女の端末の接続を切り、スタンドアローン状態に戻してから近くの机に置く。

 最終的な結果こそあれだったが、まぁいい気分転換になったのではなかろうか?……なので、もうちょっと打ち解けるというか、変な野望とか抱くの止めて欲しい俺である。

 

 

「……そういう気持ちで対応してたの?」

「肩書きが邪神なこともあって、あんまりそういう企みばっかしてると、そのうちTASさんの更新に巻き込まれ続けるだけの人生……神生?になりそうな気がしたから、ある意味余計なお節介というか?」

「……そ、そんなことしないよ?」

「おう、こっちの目を見て言おうねそういうのはね」

 

 

 説得力が無くなるからね。

 ……わかりやすく敵、かつ何度やられてもへこたれないバイタリティ、というのは平時ならある種の美徳となるが。

 これがことTASさん相手となると、いつでも更新欲(?)を満たせるお手頃なボス役にしかならない……というわりと深刻な人権侵害が起きるので、できればそういうのは止めておいた方がいいと言いたくなるというか。

 

 いやだって、ねぇ?迂闊に神殿再建とかできるようになったら、絶対『神殿崩壊TAS』とかやられるよ?

 最悪他の面々まで誘うようになって、ここだけで更新合戦が行われるようになるよ?勘弁してくださいって言っても「やだ。寧ろ四人同時にやれるように更に増やすように」とかなんとか凄まじく惨いこと言われたりするようになるんだよ?俺は詳しいんだ()

 

 ……まぁそんなわけで、折角こうして交流できるようになったのだから、できれば心穏やかに過ごして貰いたいのである。主に俺の精神安定のためにも。

 

 

「……結局自分のため、なんだね」

「幻滅した?」

「別に。お兄さんはいつも通りだなってだけ」

「……これっていちゃついてる、ってことでいいんですかね」

 

 

 DMさん、うるさい。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「そういうわけで(?)リアルだと怒られるから、ゲーム上で再建して貰うことにした」

「どういうわけなんです???」

「泣くなDM、私もお前の神殿再建手伝ってやるから」

「そしてなんでこのひとは、わたしよりやるきにみちあふれているんです???」

 

 

 はてさて、時刻は過ぎまして夕方頃。

 学校終わりの時間となり、ぞろぞろとうちにやってくる面々達。

 今日はMODさんとAUTOさんが夕食を担当する、となにやら張り切っていたので任せた俺は、他の面子がゲームをしているのを後ろから眺めていたのであった。

 

 で、今回のゲームはさっきと違って、ブロックを積み上げて家とか作るタイプの()()になっている。……そう、いわゆるクラフトゲーってやつ。

 遊んでいるのは三人で、それぞれTASさん・CHEATちゃん・DMさん。料理組にも入ってないダミ子さんは、俺と同じようにちゃぶ台に肘を付いてゲームの鑑賞中である。

 

 

「どこからか『お前は手伝わないのか?』みたいな言葉が飛んできた気がしたので説明しておきますとぉ、私料理が得意ではないんですぅ。……というかぁ、危うく手を切りかけたので出禁になりましたぁ」

「まぁ、手元が見えないから仕方ないね……ってあ痛ぁっ!?」

「……お兄さんは時々セクハラをする。そういうの良くない」

「今のは単に事実を語っただけだと思痛っ!」

 

 

 ……まぁ要するに、手元が疎かになってて危なっかしいので出禁になった、ということである。

 いや、本当にそれだけの話なんだけど、さっきからTASさんがあれこれモノを飛ばしてくるんだわすごい痛い()

 別にダミ子さんは『気にしてませんよー』って言ってるから良いと思うんだが、なんというかこう……『お気持ち案件ってそういうもの』と言われてしまうと、微妙に反論し辛い俺なのであった。

 

 ……気を取り直して、ゲームの話。

 DMさんが邪神的なもの、というのは常々話している通り。

 なので、彼女が神殿を作りたがるのはある意味習性みたいなもの……みたいなすっごい雑な決め付けにより、TASさんが提供したのがこのゲームである。

 そもそも現在DMさんがいるのは電脳空間であるし、そこで作った神殿でも満たされるのではないか?……という話らしいのだが、話の渦中であるDMさん本人はわりと半信半疑である。

 

 あと、ゲーム内なら壊されても再建が(比較的)楽、ということでCHEATちゃんが手伝い……及びTASさんに破壊されないように監視する役目として参加した、という形になるようだ。

 ……まぁ、今回のTASさんに関しては、壊すより作る方の最短を目指してるっぽいので、彼女の心配はほぼ杞憂であるのだが。

 

 そんなこんなで、唐突なクラフト展開が、我々を襲うのであった。……次回で。

 

 

「……なんか今、メタいこと考えてなかったお兄さん?」

「気のせい気のせい。ほら、早く準備して準備」

「むぅ、ごまかされた気がするけど……はーい」

 

 



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建築王になるのは君だ

「子供騙しの類いだと思っていたけど……意外と楽しいのね、これ」

「俺としては君のインテリジェンスの急激な高まりにびっくりだけどね」

「そりゃまぁ、これだけ建築してれば……ねぇ?」

 

 

 画面の中で積み上がっていくブロックを眺めながら、DMさんがしみじみとした言葉を吐き出す。

 そこに含まれるのは、確かな知性を感じさせる言葉。……先ほどまでひらがなでたどたどしく喋っていた姿はどこにもなく、その立ち姿には一種の威風すら感じられるだろう。

 ……いやまぁ、ゲーム内の彼女のアバターは、他と変わらず四角いアレなんだけどね?その辺りはまぁ、ゲームの仕様上仕方のない話というか。

 

 まぁともかく、結構な時間クラフトし続けている彼女達だが、画面の中の世界は半ば予想通り、混沌以外の何物でもない様相を呈していたのだった。

 なにせクラフトゲーである。自分で作り上げる世界である。……ともなれば、出来上がる建造物もまた、実際には作れないようなものになるのも宜なるかな。

 

 

「……一先ず聞きたいんだけど、これは?」

「山脈神殿・機動形態。先人にならってもっと奇抜なものが作りたかったけど、山の中の神殿って前提だとあんまり思い付かなかった」

「先人is誰!?」

 

 

 まずはTASさん。

 開始前はあれこれ言っていた彼女だが、やり初めてからはわりと真面目にDMさんへの贈り物、みたいな感じで神殿を作っていたわけなのだが。

 ……途中からなんかこう、雲行きが怪しくなっていき。俺が気付いた時にはこう、山の中腹からパカッと割れてロボットに変形する……という、素敵すぎて頭が痛くなってくる類いのギミックが追加されていたのであった。

 

 これにはDMさんも白目を剥く……などということはなく。なんか意外と好評である。『神殿が主人の意を汲んでその手足となるとは最高では?』みたいなことを言っていたが、正直正気の沙汰だとは思えない。

 

 

「……まぁ、TASさんの建造物は一先ず置いとこう。……CHEATちゃん?これはなに?」

「え?そりゃもう作るのは神殿だろ?だったらほら、各神殿の優れた技術を統合した、超神殿を作りたくなるのは仕方のないことじゃねぇ?」

「──うん、わからん」

 

 

 なんでだよー!……と喚く彼女には悪いのだが、正直見てるだけで目眩がしてくるような建造物を神殿だとは認めたくない俺である。

 ……いやね、なんでギリシャ風味の日本かぶれのインド感たっぷりのアラビア情緒溢れるインカ帝国ナイズな神殿……みたいなゲテモノが生まれるのか。正直説明してるこっちもこれであってるのか不安になるわ。

 

 そう、俺の目の前にあるのは、端的に言えば各所の建築様式が混じりあった、モザイクとしか言い様のない建物。

 ……ほんのり神殿、ということは感じられるものの、なにかを奉っていたとしても恐らく名状し難い系統の邪神のためのやつだろ、と匙を投げたくなる類いのものなのである。

 

 そりゃもう、こんなもの捧げられても困惑するかキレるかしかないだろうと思うのだが……これがまたDMさんには好評。

 なんでも、『人間という種族の限界を越えようという意気を感じられる』とかなんとか。……これが邪神のトレンドってやつか、とちょっと空を仰いでしまったけど私は元気です()

 

 

「うーんうーん……五重の塔がミサイルに……うーんうーん」

「ほら見てみろよダミ子さんを。あまりの衝撃映像に正気が焼き切れて気絶した結果、明らかにヤバイものに対面しちゃってるじゃないか」

「なるほどミサイル、そういうものもあるのか……」

「いや目を輝かせるな余計な閃きを得るな!」

 

 

 いやまぁ、彼女がそれを得たとしても、それを表現する力には欠けているので問題はないだろうが。

 

 ……この発言でなんとなく察せられるかもしれないが、今回の三人の中で一番(比較的)マシだったのは、なんとDMさんだった。本来邪神系統であるにも関わらず、である。

 それもそのはず、彼女ってばクラフトゲーは下手くその極みだったのだ。そのため、今回彼女が作れたのは他二人が作ったものの間にある、

 

 

「……トーテムポール?」

「単なる柱ですが?」

「……いや、余計なもん付きすぎでは?」

「お兄さん違う違う、それ単にまっすぐ積めなかったから模様みたいになってるだけ」

 

 

 なんかこう、変な模様とか変なオブジェとか付いた、一本の柱だったのだから。

 ……あれこれ作ってインテリジェンスが高まった感じなわりに、出来上がったものに知性の欠片も感じられないのはこれ如何に。

 そんなこちらの言葉に、画面の中の四角人間はぷいっ、とそっぽを向いている。……いや、自分でもわかっとるやないけ。

 

 まぁともかく、そんな感じ。

 他二人がトンチキ全振りなら、彼女は下手くそ全振り。……そうとしか言えない出来映えに、俺が思わずため息を吐くのも仕方のない話、というわけなのだった。

 

 

「皆さんご飯ができまし──……なんですこの違法建築!?」

「わぁ、こりゃまたご機嫌な建物だねぇ。前衛芸術かい?え、違う?」

「むぅ。ロボと言えば男性に大人気、お兄さんも好きだと思ったんだけど」

「そもそもこのゲームでロボ作る方がおかしいってことわかってる???」

「とりあえず喜んで貰えて良かったぜ!」

「ええ、褒めて遣わす……と言えばいいのかな?」

「うーんうーん、空からピラミッドが降ってくる……」

 

 

 ……なお、そのあとすぐに夕食の時間となったため、ゲームの話はフェードアウトしていきましたとさ。良いやら悪いやら。

 

 



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仲良くなるのに理由はいるけど単純で良い

「……ふむ」

「?どうしたのお兄さん、なにを見て……ああ」

 

 

 ある休みの日のこと。

 洗い物をしながら一点を見つめていた俺だったわけだが、横から現れたTASさんがその眼差しの先を見て、なにやら小さく頷いていた。

 ……いきなり謎の行動をしているように思えるが、その実俺がなにを見ていたのかがわかれば、恐らく皆同じ反応をすることだろう。

 

 

「……できた!どーよこれ!」

「ふむふむなるほど……うん、いいんじゃないかな、これなら中々良いとこ行けそうだと思うよ?」

「だろー?へへ、じゃあこれを基礎にして……」

 

「……なんだかすっかり仲良しだね、あの二人」

「いやー、まさかああいう関係に落ち着くとは……」

 

 

 そう、俺の視線の先に居たのは、こっちが見ていることに気付いた様子もなく、なにやら話し合っている二人の存在……CHEATちゃんとDMさんの姿。

 前回のゲーム内神殿建築を通して、いつの間にか仲良くなっていたコンビである。

 

 ……個人的には、半ば電子生命体と化しているDMさんとCHEATちゃんの組み合わせって、どことなく危ない香りがしなくもないのだけれど……。

 

 

「……?なに?」

「いんや、なんにも?」

 

 

 ……うん、TASさんが気にしてないのなら大丈夫なのかなー、というか。

 まぁ、仮に二人の力を合わせたら二になるのではなく百とか千とかになるのだとしても、TASさんはその合間に億とか兆とかの超パワー☆を発揮しているのだろうし、気にするだけ無駄というか。

 

 

「……なんだか、そこはかとなくバカにされた気がするんだけど?」

「ははは、気のせい気のせげへぇっ!?」

「お兄さんがそういう時は気のせいじゃない、よってお仕置きです」

「やったあとに言うの止めねぇ!?」

 

 

 なお、わりと彼女にはバレバレの思考だったため、横合いから蹴りが飛んできたけど俺は元気です(多分三敗目)。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……それで?二人が楽しそうにしているのを横目に、いつも通りに行動をしていたと?」

「ええまぁ、はい……」

 

 

 はてさて、先ほどのやりとりからおよそ十分後。……俺とTASさんは仲良く正座をしているわけなのだが、それには理由がある。……いやまぁ、AUTOさんに怒られてるってのは見りゃわかると思うがね?

 

 

「いやー……まさか単純に掛け算するんじゃなくて、累乗していくタイプのやつだったとは……」

「私としてはドンと来いって感z()ゴンッ……痛い」

「ええ、私もわりと痛いですわ……」

「いや、なにやってんの君ら」

 

 

 いやまぁ、反省した様子が欠片もないTASさんを叱るために、AUTOさんが拳骨を落とした……というのは今の流れを見てればわかるけども。……それで自分もダメージ受けてるのはどうなんですかね?

 

 まぁともかく、TASさんの超人的機動力とかは未来視由来のもの、というのはご存知の通り。……ならば、この状況も知っていて放置した、とみなされても仕方のない話なのである。

 そりゃ、ちっとは反省しろって気分になるのも宜なるかな、というか。

 

 

「むぅ、別に私はいつでもTASってるわけじゃないって前から言ってるのに。特に命の危険がなくて、本来私が()()()()()()ところなら、結構いい加減だよ?」

「ええまぁ、その辺りは今回しっかりと実感致しましたわ。……その上で聞きますけど……()()、本当に問題がないということでよろしいので?」

「……攻略のしがいがあるy()ゴインッ……むぅ、そんなにバカスカ殴らないで欲しい」

「殴られるようなこと言ってる自覚がおありで……?」

 

 

 とはいえ、TASさん側にも言い分はあろうというもの。

 彼女は確かにタイムアタック勢だが、なにもあらゆる現象に対してタイムアタックを仕掛けているわけではない。

 その対象については、彼女の中で明確な(?)基準があり、そこから外れているものにまで経過時間を競うような真似はしないのだ。具体的には食事を摂る時間とか。

 

 まぁそんなわけで、今回の一件は彼女の対応範囲外だった、というのがTASさんの主張になるわけなのだが……それが単なるいいわけであることは、そのあとの彼女の反応から容易に察せられる。

 ……うん、わざと見送って楽しそう(彼女基準)なものが出来上がってくるのを、今か今かと待ってたよねこの子?

 

 で、俺でも気付くようなものにAUTOさんが気が付かない、なんてことはあり得ず。

 結果、再度の拳骨がTASさんに飛び、再び両者にダメージが入ることとなったのだった。……え?なんかAUTOさんの方がダメージが多い?

 

 ともかく。

 今回の案件を見逃したのはTASさん、それを解決するのも恐らくTASさん……ということで、正直高度なマッチポンプ以外の何物でもないのでは?……みたいな気分でいっぱいの俺の目の前に佇むそれは。

 

 

「はっはっはっはっ。……やりすぎちゃったんだゼ☆」

「……加減を知れっ!」

 

 

 ()()()()()()()()()、異文化混合世界遺産の塔、なのであった。……略して『塔』ってか!?

 

 



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人が増えればやることも増える

 さて、人類史の汚点以外の何物でもない建造物を、俺達が綺麗さっぱり消し去って早三日。

 ……え?詳しい描写が吹っ飛んだって?そりゃ見ただけで正気を失わせるようなもん、できれば描写したくないしそもそも描写できる気がしないし。

 もし仮にそれができるようになったら、俺はもう終わりだと思うんだ。……今さら過ぎる?それはそう。

 

 ……まぁ、そんなわけで件の建造物&それを作り上げたバカ二人はお仕置きされたわけなのだが。

 それで彼女達が懲りるような人物か?……と言われると微妙なところがあり。

 

 

「受けるがいい!我らの連携攻撃!」

「思う存分味わえー!」

「それは()()見た」

「ぬわーっ!?」
 
「ぬわーっ!?」
                       

 

 

 今日も今日とて、二人は地面に転がっているのであった。……スポ根モノかな?

 

 まぁ冗談はともかく、以前にも増してCHEATちゃんがTASさんに挑む回数が増えた、というのは確かな話で。

 それに合わせてDMさんが効率的な作戦を考えるようになった、というのも確かな話。

 特にDMさんの方が曲者で、CHEATちゃんがパッドにあれこれと情報を入力した結果、人ではない存在(神/AI)から更なる進化を遂げたのか、彼女の存在感はまた別のものへと変化していたのである。

 

 

「うーん、なにがダメだったんでしょう。今回は上手く行くはずだったんですけどねぇ」

「……思ったんだけどさ、なるべく動揺を誘う、ってコンセプトは悪くないと思うんだけど……それで私の動きが阻害されてちゃ世話ないと思うんだよな?」

「……なる、ほど?」

 

 

 ──そう、よりダメな方向に。

 いやまぁ、親近感とかは増したと思うんだけどね?

 

 数多の情報──現代のありとあらゆるデータを手に入れたDMさんは、それらの持つエネルギーを統合することにより、結果として()()()()()なった。

 無論、元々持っていた性質──邪神的なそれ──は変わらず持ち続けているものの、様々なデータを得たことでより親しみやすいモノへと変化してしまったわけなのである。

 

 なので、先の会話も魔王とその部下のやりとり……という感じではなく。

 なんというかこう、どこぞの青いタヌキを思い出すようなモノになっていたのだった。

 

 

「たぬきとは不敬な。……む、いや寧ろ私を見ていると和む、ということで褒め言葉なのでは……?」

「いや、アクロバット擁護過ぎるだろそれ」

 

 

 もしくはハイパーポジティブか。

 最早ボケとツッコミでは?……みたいなやりとりをする二人の姿に、思わず脱力してしまう俺なのであったとさ。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「で、実際TASさん的にはどうなん?あの二人」

「輝くモノは見える。もう少しお互いの理解を深め合えば、恐らく更なる強敵になる」<ワクワク

「お、おう……」

 

 

 で、当のTASさんの方は、最近とても生き生きとしている。

 それもそのはず、彼女的にはこうして挑んできてくれる、というのは自身を高める上でもとても重要なことなわけで……。

 

 

「端的にいうと獲得経験値が高い」

「言い方ぁ」

 

 

 魔王が向こうからやってくる、みたいなものか。

 ……字面的には絶望以外の何物でもない感じだが、その実彼女にとっては資金と経験値が向こうからやってきてくれるようなもの。

 結果、彼女は二人の挑戦を快く待ち受けているのであった。……どっちが魔王だかわかったもんじゃねぇな?

 

 

「ですわねぇ。……まぁ、挑んでいる側も楽しそうなのは、良いことだと思いますけど」

「なんだか含みのある言い方。なにか文句でも?」

「……文句があるのか、ですってぇ……?」

 

 

 そんな三人を、離れた場所から見守るのはAUTOさん。

 基本的には常識人に区分される彼女は、現状昔ほど熱心にTASさんに勝負を挑んでいるわけではない。

 それをTASさんは残念がっていたが……。

 

 

「あるに決まってるでしょう?!よーく考えてご覧なさい、貴女達周囲の被害とか考慮して動いてませんでしょう?!」

「……ソレニカンシテハ、トテモモウシワケナイトオモッテイル」

「嘘付きなさいな!?露骨に目を逸らしているではありませんか!!?」

 

 

 それも仕方のない話。

 よく考えてみて頂きたいのだが、うちに居る面々の不思議(おかしさ)度はTASさんをトップにし、その次にCHEATちゃんやAUTOさん、DMさんが続くという形になっている。

 ……一番下が俺なのは変わらないが、それをさっ引いてもダミ子さんやMODさんというのは、持ち合わせている異常性的にはわりと下位の方の存在なのだ。

 いやまぁ、MODさんの場合は特殊能力方面でなく、基礎能力方面でわりとおかしかったりするんだけどね?

 そんな彼女にしたって、姿を自在に変えられるというのは本来目を見張る類いのもののはずだが──それ以上に、TASさん達がおかしすぎるのだ。

 

 そこを踏まえて見てみると。

 トップ層が無茶苦茶している時にその皺寄せが来るのは、次点で意味不組に入るAUTOさんしかいないのである。

 となれば、「私も混ぜてくださいましー」なんて能天気なこと、生真面目な彼女に言えるはずもなく……。

 

 

「今日という今日はもう勘弁なりません!そこに直りなさい貴女達、私がその性根を叩き直して差し上げます!」

「はっ!?あ、あれは……!?」

「知っているのかTAS!?」

「ええ、あれは凶育敵死導(きょういくてきしどう)……間違った道を進んでしまったモノ達を、黄泉の世界へと叩き込むという暴力の化身……まさか使い手がまだ残っていたとは……!」

「なにをわけのわからないことを言ってんだよお前ら!?早く逃げるぞマジで死n()わぁーっ!?」

「相棒ーっ!?」

 

 

 結果として件の三人は反省しろ、とばかりにAUTOさんに追っかけ回されることになったのだった。

 ……他二人にはともかく、TASさんにはご褒美みたいなもんですね、これも。

 

 



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三人寄っても特に何事もなく

「……平日の昼間は、そこまで面白いものもやってませんねー」

「私が言うのもなんですけどぉ~、ちょっと馴染み過ぎなのではぁ~?」

「……まぁ、他の面々と違って家に居る時間が長いからなぁ、俺達」

 

 

 他が若すぎる(学生ばかり)ともいう。

 ……というわけで、ちゃぶ台を囲んでテレビを見ている俺達三人である。

 え?ダミ子さんは学生生活満喫してなかったかって?あれ交換留学って扱いだから、普通に期限切れなんですよ奥さん。

 ……まぁ、そういうのでなんか名残惜しくなって、結局期間が延長される……みたいなことにならなかった辺りは、ちょっとこういうのの例からすると意外かなー、とはなるけども。

 

 ともあれ、ダミ子さんについてはそのくらいにしておくとして、もう一人の方──DMさんについての話。

 最近では別に、ネット利用も解禁してあげて問題ないんじゃないかなー?……みたいな感じにまで落ち着いたDMさんなわけなのだが、彼女は寧ろ逆に「あそこはちょっと私には早い気がしますね……こう、アングラ過ぎるというか……」などと遠慮をし、情報を仕入れる先をテレビとか世間の人の口コミ程度に抑えていたりするのだった。

 それはそれで、情報ソースが偏るのでどうかと思わないでもないのだが……休みの日とかはCHEATちゃんと外で遊んでいたりするみたいなので、そこで情報の精査をしているのかもしれない。

 

 まぁともかく。

 そうなると、平日はバイトが入ってない時も多い俺とか、戸籍が無いので相変わらず外に出る機会が少ないダミ子さんと並び、DMさんも家でゴロゴロしていることが多くなっている…というわけなのでありましたとさ。

 

 

「家の仕事は早々に終わってるからなー」

「DMさんもお手伝いできるようになりましたからねー」

「やっぱり自分で動かせる体があるというのは素晴らしいですね」

 

 

 そう喋りながら部屋の中を見渡す俺。

 掃除機掛けとか洗濯物とか洗い物とか、家事ってやつは毎日毎日やり続けなければいけないもので、その負担というのも意外と馬鹿にならないわけだが。

 そこはこう、人手が単純に()()()あれば、問題なく片付けられるというもの。……やっぱり人手って重要だよな、としみじみ頷く俺である。

 

 ……さて、さっきの説明文において、一つおかしなものがあったことに気が付いただろうか?そう、『三人分』という言葉である。

 現状人の姿をしているのは俺とダミ子さん、その二人だけであり、最後の一人であるDMさんはガス状生命体、もといパッドの中に封印されていて、とてもではないが人手としてカウントすることはできないはずでは?……という疑問が浮かんでくるのは当然の話。

 ならば、そこには必ず答えがある、というわけで。

 

 

「……ホコリを被っているよりは、みたいな感じで提供されたわけだけど、関節動かし辛いとかはないんかいねそれ?」

「元々言語機能にそこまで力を入れてなかったみたいですので、会話するのがちょっと辛いかなーとは思いますが……その他は概ね満足ですね。それと、今の時代メカ娘の需要は十二分にあると思いますので!」<フンス

「……太古の昔存在した邪神が、なにやらメカ娘になっている……というのは、なんというか出来の悪い小説を読んでいるような気分になりますねぇ」

「あら、お嫌いですか?」

「いえ、良いと思いますよぉ?個性的であることは間違いないですしぃ」

 

 

 その答えというのが、以前一度登場したことのあるモノ──すなわちメカTASさんである。

 本来本体であるTASさんが居ない時に、俺の話し相手兼緊急時のガード役として生まれたこのロボットだが、結局ほとんど……というかあの日以外ほとんど起動すらしていなかったため、ほぼほぼ押し入れの肥やしと化していたのだが……。

 それならちょっと改良して、DMさんの駆動体として使い回せば良いのでは?……みたいな案が浮上し、それに悪ノリした周囲の不思議ガールズの手によって生み出されたのが、今DMさんが使っているこの体、ということになるのだった。

 

 元々は見た目的にもほぼ鉄の塊、みたいな感じだったメカTASさん。

 それが、なんということでしょう。

 以前船を直した、という経験を積んだことにより、そういう機械類の製作・改良のスキルツリーが発現したAUTOさんを筆頭に、必要なパーツを取り寄せる役目としてCHEATちゃんが、それらをザクザク組み立てるのにTASさんが、見た目が鉄のままなのはあれなので、そこら辺整えよう……とMODさんが。

 

 ……とまぁ、そんな感じに本気で取り組んだ結果、現状のDMさんはふと見ただけではメカだとはわからないほどに、精巧な外見を持ったガイノイドとして、この世に生まれることに成功したのだった。

 飯まで食べられる辺り筋金入りである。

 

 

「以前青いたぬきと形容されたことから、どうにもインスピレーションを得たらしく。……エネルギー変換効率百パーセントって、どういう動力なのでしょうね?」

「わからんけど、かなり未来の技術なんだろうなぁ、ってことはわかる」

 

 

 なおこのエンジン、製作・開発はAUTOさんである。……人ができることならそれが未来の技術でも問題なしとか、あの人も大概おかしいなぁと思う俺なのでしたとさ。

 

 



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意外な相性があるもの

 さて、最近また一人増えた我が家の面々だが。

 そうなるとやらなければならないことが一つ。……そう、ゲーム大会である。

 

 これは、圧倒的ディフェンディングチャンピオンであるTASさんに対し、どうにかしてそれを負かしてやろうと牙を研ぐもの達の血湧き肉踊る戦い……というと物騒だが、まぁ要するに普通のゲーム大会である。

 

 

「ぐ、ぬ、ぬぬっ!!ええぃ、ちょこまかと!!」

「最善の動きは最速ではない。基本性能の高さが仇」

「あー!!?」

「……落ちたな」

 

 

 例えば今ならば、TASさんとAUTOさんがレースゲームで競っているのが見えるが……TASさんの言う通り、AUTOさんには明確な隙があるため勝ち星を掴めずにいる。

 その隙というのが、彼女の特性である『最善手』。彼女のあだ名の元ともなった、とかく特徴的なモノなのだが……ゆえにこそ、彼女は本気で勝負を挑む時、そこから外れることができない。

 

 それが()()ということさえ認識できれば、それが例え遠く離れた並行世界や、未だ影さえ見えぬ未来技術であれ、万全にこなすことのできる彼女の『最善手』は、しかし()()()()()()()()()()()()()()性質上、どうしても()()()()()()()という欠点がある。

 

 以前の彼女が挑戦し続けていた『ダンスしつつ太鼓フルコン』などが良い例である。あれは、いわゆるキャパシティ・オーバー(処理落ち)を起こしたことで決して成功できずに終わっていたわけだが……それを言い換えると、()()()()()()()()()()()、ということになる。

 最善という以上、自身や使っている道具を使い潰すようなやり方は認められない。それゆえ、そういうのを平気で行ってくるTASさんには勝ちきれない、ということになるのだ。

 なので、ズルやら無茶やらができないこと──単純な高難易度音ゲーとかであれば、彼女にも勝ち筋がある……ということになっているのだとか。

 

 まぁそんな感じで、彼女達には完全な有利不利はないものの、状況や状態によってはどうしてもひっくり返せない戦力差を生むこともある、みたいなことになっているようで。

 その中でも面白い組み合わせが、CHEATちゃんとMODさんの対戦カードだろう。

 

 

「……だーっ!!また負けたっ!!」

「はっはっはっ。いやはや、私に負けているようだとTAS君には到底勝てないぞ?」

「キーッ!!」

 

 

 この二人の対戦だが、意外とMODさんの勝率が高い。無法さで言うのなら、CHEATちゃんの方が明らかに上なのにも関わらず、である。

 実際、格ゲーなどを見ればわかりやすいのだが……最初のうちはCHEATちゃんが押せ押せでかなり強いのだ。当たれば勝ち、みたいな改造(CHEAT)を惜しみ無く使ってくるため、じり貧にしか見えない塩試合が多発するのである。

 ……なんだけども。これが何度も戦っていくうちに、勝率がひっくり返るのである。で、結果としてCHEATちゃんが負け越すと。

 

 なんでそんなことに?……と思われるかもしれないが、これもまた二人のスタイルの違いにポイントが隠されていたのであった。

 それが、MODとCHEATの違いである。

 

 本来、MODというのは改造の一部である。本来のゲームにない様々な要素を、あとから付け加える……というそれは、ゲームのより根本的な部分に手を伸ばすモノだと言えるだろう。

 それに対してCHEATちゃんは、改造と銘打っているものの──その適用範囲は基本()()()()()()()()()に留まっている。

 これは恐らく、彼女自身がどこかで無意識にブレーキを掛けているから起こること、だと思われるのだが……ともかく、『騙す』という点等において、MODさんの方が一枚上手であることは間違いなく。

 

 

「──隙あり!」

「ぶへっ!?……き、ききき汚ねー!!?なんだよその格好!?」

「なにって……そこらに生えている木だが?」

「なんでプレイヤーキャラが木になってんだ、って聞いてんだよこっちは!?」

「はっはっはっ。まぁまぁ、落ち着きたまえよCHEAT君。姿形が違うだけで困惑してると、そもそもこの格好で高速ロケットになったりするTAS君には、一生驚いていないといけないことになるよ?」

「……キーッ!!絶対かーつっ!!」

「その調子その調子~♪」

「ギャーッ!!?」

 

「……相手側が騙し討ちが得意、というところもありますけど……大本を辿ると人生経験の差、ということになるんでしょうかね、あれって」

「だなぁ。わりとCHEATちゃんって素直なとこあるからなぁ」

 

 

 ああして、忍耐力の高さ・擬態力の高さ・隠密力の高さ……などなどの、いわゆる人生経験の豊富さから来る老獪な戦略に崩されることが多い、なんてことになっているのであった。

 まぁ、その辺りはDMさんと組んでる時だと、彼女がカバーしてくれるのでなんとかなるみたいだが。

 

 まぁそんな感じで、単純なスペック差が勝利を約束する、なんてことは全くないのがTASさん以外のみんなの対戦、だったりするのでした。

 ……え?TASさん?やればやるだけ成長するのもあって、正直成長の意味がない『高難易度音ゲーでAUTOさんと対決』以外だと、単純にドローにするのにも苦労するレベルですがなにか?

 みんなで掛かってそれなのだから、正直背中が見えないどころの話ではないと思うんですよね、正直。

 

 



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躍進は誰の身にも訪れるもの、良いか悪いかは別として

「……ん?私にも成長の余地があるんじゃないか、だって?」

「そうそう」

 

 

 ある晴れた日のこと。

 自宅であれこれと作業をしていた俺は、ふと思ったことをこちらの手伝いをしていたMODさんに尋ねていたのだった。

 その内容というのが、『貴女ってMODって呼ばれてるけど、なんか適用範囲狭くない?』というもの。

 具体的には、対象が自分だけなのっておかしくね?……って疑問である。

 

 

「ふーむ、まぁ言われてみると確かに。MODとは改造データ全般のことを言うもの、そうなると私以外の誰かに適用できてもおかしくないといえばおかしくないね?」

「でしょー?……でもまぁ、仮にそれができたとするとすっげぇ悪みたいになりそうな気もするんだけども」

「あー確かに。相手に触れてその姿を自在に変える──今私ができることから考えると、普通に相手を人間以外のモノに変化させることもできる、ということになってしまうからね」

「……人体錬成?」

「どっちかと言うと呪いとかの方が近いんじゃないかい?いやまぁ、私は魂の形とかは見えてないけどね」

「怖ー……」

 

 

 その疑問に対し、彼女はふむ、と一つ頷きを返してくる。

 ……できてもおかしくなさそうの言葉通り、恐らく彼女のスキルツリーを深掘りしていくと、他者変化系のモノが現れるのは半ば確定事項だろう。

 実際、ゲームする時とかはMODパワーを反映させられているわけだし。

 

 ただ、その道の先に待ち受けているのは、どう考えても悪役への道。……相手の姿を無茶苦茶に変えて無力化できてしまうそれは、例え変化が姿のみに留まっていたとしても恐ろしいモノだと言えるだろう。

 

 

「まぁ、スペック変化が含まれていない以上、例えばTAS君相手に成功させたとしても、どこぞの最強の飴玉みたいな無法存在が生まれるだけのような気もするんだけどね」

「怖ー…………っ」

 

 

 ……ただ、その恐ろしい能力があったとしても、結局地力は自前という制約がある限り、TASさん相手には足止めにすらならない……みたいな結論がでてきてしまうわけなのだが。

 

 

「……え、そのレベルなんですあの子?」

「おや。TAS君にコテンパンにやられたと聞いたけど、まだ彼女の実力を見誤っていたのかい?」

「いや、姿を変えられても戦力が変わらないとか、ほぼほぼ神様の領域だと思うんですけど???」

 

 

 なお、横でこちらの話を聞いていたDMさんはガチで引いていた。

 あれだけボッコボコにやられていたわりに、なんとも抜けたことを言っているなぁと思わなくもなかったのだが……彼女が言うには、自分の姿形に関わらずあの動き(※空中で空気を蹴って方向転換など)ができるのはおかしいだろう、とのこと。

 

 ……まぁ確かに。あくまでモノの例えとして例示された『飴玉』だが、恐らくTASさんはその姿でも普通にいつもと同じ動きができると思われる。

 というか、彼女の特異性のほとんどは、彼女の持つ未来視に由来しているため、そこをどうにかできない限りはデバフにすらなってないのである。本当に見た目を変えただけ(※当たり判定はそのまま)、みたいな?

 

 

「……それは本当に未来視なんです???」

「TASそのものではないけど、TASの擬人化とは呼べる……みたいな存在が成立する条件とは?……っていう疑問から逆算されたかのような技能だ、そりゃ困惑もするというものだよ」

 

 

 首を傾げるDMさんには悪いのだが、彼女の基礎技能は特に意味不の部類、まともに考えるだけ無駄なのである。

 なので、一先ずTASさんの話は放置。当初の話題に立ち返り、MODさんについての話に戻していくことにする。

 

 

「ふむ、私の話と言うと──他者付与について、か。……実際どうなのだろうね?私は自身のそれを一種の変身・変化だと捉えているが、それを他者へと適用するために必要なモノとは、一体なんなのだろうね?」

「んー……これはあの子(CHEAT)にも言ったのですけど……少し傲慢になること、でしょうか?」

「傲慢?」

 

 

 悩むMODさんに対し、DMさんがしたアドバイスは『傲慢になること』。

 これはCHEATちゃんについても同じことだが、彼女達二人は明確に元となるものを変化させるタイプの異能者である。

 TASさんとAUTOさんが基本的には自己強化タイプなのとは違い、彼女達はロケーションや得物などを変化させるタイプというか。

 今でこそその対象が自分、というものに留まっているが……本来・もしくは将来的には、彼女達のそれは世界を変革するモノとなりうる可能性を持っている。

 

 そして、そういう能力を行使する時に必要なのが──ある程度の傲慢さ。

 自分の意思で世界をねじ曲げることを良しとする意思、とでも言うべきか。

 逆を言えば、今の彼女達は世界を慮り過ぎている、ということになるわけで。

 

 

「その辺りの意識改善ができれば、貴女の能力も更なる飛躍を迎えられるかもしれませんね」

「……んー、正直余りそそられないかなー。私があれこれやってるの、結局は()を護りたいから、みたいなところがあるからね。その道は、どう足掻いてもそれ()を乱す方向のそれだろ?確かに便利にはなるかもだが、今の私には必要ないものだよ」

「そうですか?些か勿体ないような気もしますが。貴女なら、私の神官になることも容易いと思うのですが」

「ははは。興味深くはあるけど、流石に邪神の眷属は遠慮させて貰うよ」

「むぅ、残念ですが、無理強いは良くないですね」

 

 

 なので、ちょっと悪になれば彼女はすぐにでも飛躍できるだろう、とDMさんは告げるのだが……その道には進めないと、MODさんは断りをいれたのだった。

 

 ……ううむ、なんか俺を無視して結構ヤバい話が飛び交ってた気がするな?というか、

 

 

「──DM、少しお話しが」

え゛。……いやその、今のは言葉の綾と言うやつでですね?」

「問答無用。CHEATの教育に悪いことをしているのなら、私はお前を滅ぼすだけ」

「ひぃーっ!!?ご勘弁をーっ!!?」

 

「……なにやってんだこの人」

「ははは。……まぁ、悪さをしすぎると()()()に至る、ということを知ってるからこそ、そっちの道は歩き辛いってところもあるんだけどね?」

「ほぎゃーっ!?ごめんなさーい!!?」

 

 

 こう、TASさんを前に魔王とか邪神とか、心置きなくぶっとばしても良いものを置いといたら酷い目にしか合わねぇよな?

 ……みたいなことを思えば、DMさんの誘いが完全な死亡フラグでしかなかったというか。

 

 そんな結末が見えていたMODさんは、小さく苦笑しながら追い掛けられているDMさんを眺めていたのだった。

 

 



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進化ツリーが多いのは良いことかどうか?

「?私が悪役?いや、そういうんじゃないけど?」

「ほ、ほら!それ見たことかですよ!……ってほげぇっ!?」

「貴女は黙ってて」

「……ぶ、物理的に黙らせようとするのはどうかと思います……っ」

 

 

 前回、実はこの人邪神的なあれを諦めてないんじゃね?……という疑惑の持ち上がったDMさん。

 珍しくこう、なんか怖いことになっている(具体的には目が怖い)TASさんは、その辺りをキチンと追求するために現在DMさんと一番よく交流しているCHEATちゃんの現状を確認しに来たのだけれど……。

 ふむ、これはどっちだろう?有罪(ギルティ)無罪(ノットギルティ)

 

 いや、彼女の発言的にそんなことはない、というのはわかるのだけれど。DMさんのやり口如何によっては、相手にその気がないのに悪の道を突き進まされている可能性があるというか。

 まぁ、そんなことにはTASさんも既に思い至っていたため、余計な弁明をしようとするDMさんは物理的に黙らせられていたのだが。……メカ相手に物理で制裁って、やっぱり大概だなこの子。

 

 ともかく。

 CHEATちゃんの認識的に、なにか悪いことをさせられている、みたいなことではないというのだけは事実。

 ゆえに、俺達は普段の彼女達の行動を追走し、その実態を検証していくこととなったのだけど……。

 

 

「まずはこれだな」

「……これは?」

「遠隔地に能力を適用できるか、みたいな訓練だっけ?ほら」

「……あー、映像越しにってやつ?」

「そうそう」

 

 

 まず始めに見せられたのが、リアルタイム中継の映像が映ったモニター。

 そこに映っているのはどこかの森の中で、恐らくはセラピーなどの用途で無償提供されている動画だと思われる。

 で、これを使ってやることと言うのが、遠方へと自身の能力を適用する訓練。

 

 普段彼女達は、ゲームなどの()()()()()()のものにその異能をごく自然に適用して見せている。

 ……が、それは本来結構おかしいことなのだ。

 

 例えばここに『炎を出す』能力を持つ人がいるとする。

 さて、単純にこの能力を考察するとして……普通の人は彼らが()()()()()炎を出していると思うだろうか?

 自然発火?超能力(パイロキネシス)?はたまた能力とは名ばかりの、なにかしらの仕掛けのある物理現象?

 ……とまぁ、単純に『炎を出す』というだけにしても、そこに至る経路は複数に渡る。

 そしてその経路というのは、普通()()()()()()()()()()()()()()()()()。特に異能系の場合、超能力と他の手段の双方を持ち合わせている……みたいな人は少ないだろう。

 

 これは基本的に、こういった不自然・不可思議な現状を起こす起因となるものは、()()()()()()()()()()()()()()()()ことから起きることだ。

 簡単に言うなら、火を起こすのにライターを持ってるのにマッチまで持つことは少ないだろう、みたいな感じか。

 まぁ、この例だと予備として持っている可能性もあるので、微妙に説明には不向きなのだが。

 

 ともかく、特定の現象を起こすのに使われる技能というのは、多くとも一つあれば十分。同じ現象を起こすための手段を複数持つ必要性は薄い、ということになる。

 ……のだが。これは裏を返すと、()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()ということでもある。

 

 

「と、言いますと?」

「ゲームの中で炎が出せたとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろ?……というか、データ上で炎を出すのと現実で炎を出すのは、どう考えても同じことじゃないだろ」

「……なるほど、だからおかしいって話になるんだな」

 

 

 そう、さっきは同じ現象を起こすために、違う手段を持ち合わせるのは無駄が多いみたいなことを述べたが。

 例えば、自然現象に起因する能力で、水の中に炎を出すのは難しいだろう。同じように、酸素の無い状況下で物を燃やすことも難しい。──が、これが『炎そのものを生み出す』ような異能であれば、それらの環境の中でも『炎を出す』ことができるかもしれない。

 そして逆に、そういう異能は()()()使()()()()()()()()()それらの別の手段に劣ってしまう。

 

 つまり、手段によっては使えない場所・使えない環境というものが存在している可能性があるのだ。

 なので、そういうところに限り、他のやり方を持っておくのは悪いことではない。

 

 ……のだが、本来そういうことが起きそうなここの不思議ガールズ達は、大抵現実とゲーム内、その双方で()()()()()()()()

 厳密に考えれば両者の環境はまるで違い、別々の手段を使わなければ同じように動くことはできないように見えるにも関わらず、である。

 

 そこから考えるに、彼女達のそれは原理が違うのだろう。

 空間に作用するのではなく、自身の認識に作用しているとでもいうか。

 自分ができると思ってさえいれば、それが起きる場所を問わない……それは確かに、普通の異能とはまた別の、もっとおかしなモノだと言わざるを得ないだろう。

 ゆえにおかしい、なのである。

 

 

「ほへぇー」

「……いやなんだその間抜け面は。わかってて遠隔操作の練習させてたんじゃないのか?認識を広げるために」

「いえその、遠くに手を伸ばせたら素敵だなー、便利だなー程度の認識だったと言いますか……」

「……この人なんで時々ポンコツになるの?」

「さぁ?」

 

 

 なお、当の指導をしていたDMさんは、その辺り特に意識せずにやってた様子。……いや、もうちょっとしっかりしてくださいよ邪神様……。

 

 



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良いも悪いも人の作った指標

「……厳正な調査の結果、彼女はシロとなりました」

「ほ、ほらー!やっぱり私は悪くありませんでした!」

「……いや、多分喜ぶところじゃないぞこれ」

 

 

 具体的には、大分馬鹿にされてるぞ君、みたいな。

 

 ……とまぁ、前回から引き続きDMさんの行っていた指導を確認していた俺達だが。

 正直、思った以上に抜けているというか、呑気すぎるというか……まぁ、そんな感じのことを思わざるを得なかった俺達である。

 

 いやまぁ、ところどころキナ臭くはあったのだ。

 さっきの遠隔操作もそうだが、伸ばしている方向性そのものは確かに、有用性に溢れた素晴らしい提案なのだが。

 ……こう、容易に悪用手段が思い付くような感じがある、というか。

 遠隔操作を例にするのであれば、彼女達の技能を遠く離れた位置で使えるとなると、それこそそれが誰であれチートみたいなもんでしかなくなるというか。……いやそもそも映像越しの時点で大概だわ。いやまぁ、認知の力であると言うのなら、できない方がおかしいのだろうが。

 

 ともかく、指導方向に間違いはないけど、成長しきった先が悪用に向きすぎている、というのは事実。

 なので、彼女自身もその辺りを密かに狙っているのかなー、なんて風に思っていたのだけれど。

 

 

「……?えと、便利になるのはいいことなのでは?」

「これだよ(呆れ)」

「えっえっ、私変なこと言いましたか!?」

(変なこと言ってないのが問題なんだよなぁ……)

 

 

 極論を言えば、力そのものには善悪はない。

 それを悪用する側に悪があるだけで、なにかを行使することそのものに悪性などは存在し得ない……みたいな話があるが、まさにそんな感じ。

 こっちとしては『悪用法から逆算したような指導』に見えるが、その実DMさん自体は『あっ、これ便利そう』だとか『これができると凄いですよね』とか、言い方を変えると()()()()()()()()()()()()()なのがすぐに理解できてしまうのである。

 ……いや、君邪神と違うんかい。世界滅ぼそうとしてたやろ確か。

 

 

「な、なんでエセ関西弁なのかはわかりませんが……ええ、私は貴方達の価値観で言うところの邪神。日本やら世界やらを滅ぼすことに躊躇はありませんよ」

「……その尖兵にするために、彼女達を鍛えている?」

「いえまぁ、なってくれたら嬉しいなー、とは思いますけど。……その、無理強いすることではなくないです?そういうのって」

「……困った、ちょっとよくわからない」

「TASさん!?」

 

 

 うん、自身が悪いものという認識はちゃんとしてる。……というか、()()()()()()()()()()と言うべきか。

 そう、普通そういう悪役というのは、周囲の者を利用し尽くして目的を果たそうとするもの。

 ……なんだけど、どうもこの人、その辺りの押しが弱いのである。

 

 悪役なら悪役らしく、相手を洗脳でもなんでもすればいいというべきか。いや、実際にそんなことし始めたら、予兆の時点でTASさんにボコボコにされてそうではあるのだが。

 ともかく、悪を標榜するわりにやり口が余りに穏当すぎる、とでもいうか。これにはTASさんも困り顔、というやつである。

 

 

「……え、ええと。私、なにかやっちゃいましたかね?」

「やっちゃったというか、やってないことがおかしいというか……」

 

 

 結論、この人わりといい人だな?

 結局単に不思議ガールズの戦力が上がっただけ、ということになってしまってる辺り、妙なことになってるなぁという感想が漏れてくる俺なのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「ふむ……自身以外、それも遠方への異能の適用、ですか」

「おっ、AUTOさんも気になる感じ?」

「気になるというか……私の場合はそこまで関係がなさそう、という感じの方が強いかもしれませんわね」

「あら」

 

 

 後日談として。

 遠方への異能の適用は、基本的に強化手段として適しているので、引き続きDMさんにはその辺りの訓練を引き続きお願いすることになり、その話をAUTOさんにしてみたところ。

 彼女は興味を示し……たわけではなく、寧ろその逆。自身には関係ないことだろうな、と素っ気ない態度を取ったのだった。

 

 

「私のそれは、大抵のことを人並み以上にこなすこと。その基準には()()()()()()()という冠詞がいつも付与されています。……簡潔に言うのであれば、私が遠方に届けられるものがなにもありませんのよ」

「……自分以外を対象にできるはずがない、みたいな?」

「まぁ、そんな感じでしょうか?」

 

 

 その理由は、彼女の異能にあった。

 彼女のそれは、大抵のことに対して『最善手』を打てる、というもの。()()()()()()()()()()()という点において、常に自身を意識しているものである。

 端的に言えば、他者に付与する(やらせる)時点で『最善』かどうかがあやふやになる、というか。

 

 実際、TASさんとかはわりと普通に使っているのである、他者付与を。主に被害者は俺だが。

 それは彼女のいう『最速』が、誰にとっても『最速』であるがため。……そこからすると、人によって変わる『最善』というものは、本来他者付与に適さないのである。

 

 

「そも、私には()()でなくとも、例えばTASさんからしてみれば『最速』が『最善』なのでしょう?……もうこの時点で色々とずれているではありませんか」

「うーむ、なるほど。……でもほら、試してみない?一応」

「……人の話を聞いていらっしゃいましたか?……いえまぁ、一応やってはみますが、一応」

 

 

 ……まぁ、この辺りは普段の行動にも『最善』……もとい規範を求める彼女自身の言い訳、みたいな部分もあったわけなのだが。

 そうして彼女は、俺が差し出したタブレットに触れて。

 

 

「……システムの最適化ができましたわ」

「そっち!?」

 

 

 画面の向こうではなく、今手に持ってるタブレットを『最善』にしてしまったのでありました。……いや、それはそれで凄いな!?

 

 



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要らぬものなどなにもないと吼えたてろ?

「ふと気になったんですけど」

「んー?なにがー?……っていうか、いい加減流暢に話せるようになったんだね、DMさん」

「あ、はい。お陰さまで……ってそうではなく」

 

 

 はてさて、とある日のこと。

 今日はみんな出掛けているため、家に居るのは俺とDMさんくらいのものである。……なんかDMさんの見た目がメイドロボみたいになってる?最近の他の子達の鍛練の賜物ですよ、はい。

 いや、これがまぁわりと高性能というか、無茶苦茶というか。……必要な材料をCHEATちゃんが生み出し、それをAUTOさんが組み立て、MODさんが形を整える……という連携プレイから生み出されたこの装備、あのTASさんも『これは素晴らしい出来』と認める仕上がりとなっているのだ。

 なんてったってこのロングスカートの向こうには、ガトリングやらミサイルやらが満載の素敵仕様なのだからね!……え?なんかおかしい?メイドは戦うものでは?特にロボなら。

 

 ……まぁその辺りの話は脇に置いておくとして。

 家の仕事をする分には過剰武装なので、基本的にロックの掛かったそれが表に出てくることはなく。

 彼女は素直に俺の手伝いをしてくれているわけなのだけれど。……ふと、なにかを思い出したように声をあげた……というのが今回の冒頭の話。

 

 それを聞いた俺は彼女の方を振り返り、なにが気になったのかを問い掛けたのだった。ついでに喋り方が大分流暢にもなったね、とも声を掛けた。音声システムが完成したとかなんとかで、こっちもやろうと思えば音響兵器に転用できたり。……なんか全体的に物騒だなこの人……人?

 

 

「その辺りは今は置いておいて下さい、私としてもちょっとどうなんだろうこれ、っていう気分でいっぱいなんですから」

「お、おう……」

 

 

 ……おかしーなー、この人元々邪神のはずなんだけどなー?なんかもう普通の感性のロボになってねー?……普通の感性のロボとは?()

 なんて感想が脳裏を過るが、正直無闇矢鱈に突っつく話でもないので黙っておく俺である。拗ねられてもあれだし。

 ともかく、彼女がなにかを疑問に思った、ということは事実なので、改めてそれを確認すると。

 

 

「いえ、前聞いた話を思い出していたのです」

「前?ええと……TASさん達以外にも不思議な人達は居るんだよ、みたいなあれ?」

「そうです、先日みんなが集まった時の」

 

 

 彼女が話題に挙げたのは、以前みんなが揃って夕食を食べていた時、たまたま話に登ったもの。

 この世界には、TASさん以外にも変な人達が居る、というものであった。……いや、変なとか言うとTASさんが拗ねてこっちの脇を抉るように突いてくるので、あんまり口にはしたくないのだが。

 

 言い方はともかく、この世界が思ったよりも平和ではない、というのは確からしい。

 こうなる前のDMさんもどちらかといえば世界の和を乱す存在だったわけだし、MODさんの普段の仕事はそういう輩の掃討とか邪魔とかである。

 

 TASさんに関しては『悪役に人権?ないよね?』くらいのノリで実験台にしている節があるけど、基本的にはただボコボコにするだけなので人死にとかはない……はず。

 ……断言できないのは、あの子に振り回されて生きていられるのか?……みたいな疑念がどうにも俺の中から消えないからなのだが。

 まぁ、意味もなくキルスコアを稼ぐような子でもない、と自身を納得させつつ、DMさんに続きを促す俺であった。

 

 

「それがですね、少し前からこんなハガキが……」

「ん?なになに……『邪神様大募集、我々悪の組織は貴方様の躍進を応援します』……えー……」

 

 

 そうして彼女が懐から取り出したのは、一枚のハガキ。

 一見なんの変哲もないハガキだが、なにかしらの料金の督促状みたいに後ろ側が剥がれるようになっており、そこには今俺が呟いたような文言が記載されていた。

 ……思わず凄い顔になってしまった俺は、確かめるように宛名の部分を再度確認するが、そこに書かれているのは至って普通の宛先と送り主の名前。

 

 ……いや、なんじゃこりゃ?

 更に渋い顔をしながら、ハガキをDMさんに返すと、彼女は申し訳なさそうな表情で、こう聞き返してくるのだった。

 

 

「……個人情報保護(私のことが漏れてるっぽいこと)とかについても言いたいことはありますが、とりあえずお一つ。……あの、大丈夫なんですかこの世界?」

「……TASさんがいるから大丈夫かな!」

「説得力甚大の答えを返してくるのはずるくありませんか?」

 

 

 ……あーうん、なんでDMさんが邪神ってことバレてるんだとか、そもそもこの送り主誰だよとか、ツッコミ処は確かに多いけども。

 正直今までもそしてこれからも、TASさんが居てくれるならそういうわけのわからん奴らは、きっとお空のお星さまになっていることだろう。

 そう返せば、DMさんは『確かに気にするだけ無駄だな』みたいな表情を浮かべたのち、そのまま家事に戻ったのであった。

 

 ……うん、なんかこう色々あれだけど、終わりよければ全てよしだな!!(ヤケクソ)

 

 



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人が集まったらやることといえば?

「ダミ子はマスコットにするか否か、それが問題」

「いきなりなにを言い出すのかなこの子は?」

 

 

 突然わけのわからないことをTASさんが宣うのはある意味いつものことだが、今回はそれに輪を掛けて意味のわからない話である。

 ほら見てみろよ、ダミ子さん頭上にはてなマーク滅茶苦茶飛ばしてんぞマジで。

 

 ……というわけで、なにか変なことを口走り始めたTASさんにみんなの視線が集中したわけなのだけれど、それを確認した彼女は一つ咳払いをしたあと、再度口を開いたのだった。

 

 

「──ダミ子はペット枠がいいと……」

「いや対して内容変わってねぇ!説明をしろ説明を!」

 

 

 なお、ちょっと言ってることが違うだけで、内容はほぼ同じだった。なんでやねん。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……ええとつまり?人数が多くなってきたから、少し趣向を変えてみようとした、ということなのですか?」

「そう。六人目の追加戦士が特殊なのはお決まりみたいなもの」

「……ん?もしかして巨大ロボになれと言われてますか私?」

「なんでそうなった???」

 

 

 詳しく話を聞いてみたところ、どうやらTASさんは順調に増えた面々を見て、なにか面白いことでもできないかと思い至ったとのこと。

 ……いや、別に君ら普通にしててもトラブルの源泉垂れ流しやんけ、ほっといても面白いことになるやんけ、的なツッコミが喉元まで出掛かったが、それを言った途端「そう。じゃあ実践」とかなんとか言われて、結果的に俺が死ぬほど酷い目に合うのは目に見えたので謹んで止めておく俺なのであった。

 まぁ、別に言おうが言うまいが変なことにはなるだろうし、みたいな諦めの気分もなくはなかったけど。仕方ないね()

 

 ともあれ、彼女の話に話題を戻すと。

 五人以上の人数でやれること、というと大抵の人が思い付くのは、それこそ日曜の朝にやっている子供達向けの番組のそれ、だろう。

 男の子向けもあるし女の子向けもある、ある種の伝統でもあるそれらは、基本的に五人・ないしそれに近似する人数の集団が、悪とかと戦う番組である。

 

 ゆえに、TASさんはそれを真似た話でもする?……みたいな提案をしてきた、ということになるわけなのだけれど。

 

 

「……個性がぶつかり合って、最終的になにもかも無茶苦茶になるだけなのでは?」

「そうでもない。最近は各々の特技を活かして色々してると聞く。とてもズルい」

(……あっ、なんやかやと蚊帳の外だったことを拗ねてる奴だこれ)

 

 

 常識人筆頭・AUTOさんからの至極真っ当なツッコミに、TASさんは最近の彼女達の活動実績を例に挙げ、淡々と(?)反論を投げ掛けてくる。

 ……うん、まぁこの時点で単に『みんなあれこれやってるのに私を誘わないのは酷い』みたいな話であることは読み取れてしまったわけなのだが。

 だからといって、彼女を混ぜるのは躊躇われるのも確かな話なのである。

 

 何故彼女をそういう話に混ぜたがらないのか、というのはとても単純で、それによって彼女にフィードバックされるものを思えば、わりとガチで手が付けられなくなる可能性が高い、というのがとても大きい。

 TASなのだからレベルは既に最大値なのかと思えば、実はまだまだ成長期な彼女は、目の前に自分の知らないものがあればそれを隅から隅まで、それこそ端に残ったモノまで舐めとるかの如く理解しようとするタイプの人間である。

 無論、彼女対策に使うのなら最終的に学ばれてしまう、というのは確かな話だが……未明領域という利点を投げ捨てるには早すぎるだろう。

 

 雑に言ってしまえば、一対一ならまだしも複数人が協力してる状況を学習されると、それこそ本来複数人でやらなきゃいけないことを()()()やり始めるだろう、みたいな危険性を考慮してのことというか。……わかるかはわからんけどどこぞの偉大(グレート)な冥王の使ってた火と水の合体技とか?

 

 まぁともかく、本来人数という制限があるものも、彼女の手に掛かれば普通にやれてしまうのは確かな話。

 ゆえにあんまり混ぜたくない、という話になるようだ。

 

 

「……嘘を付いている。正確には『みんなして限度なしに無茶苦茶やり出して収拾が付かなくなる』、でしょ?」

…………((;「「))

「目を逸らさないでお兄さん」

 

 

 ……などというおためごまかしは、そもそもそのTASとしての源泉が『未来視』である彼女にはまったく通じず。

 実際に彼女達にあんまり集まって変なことしないように、と言い付けていた黒幕()である俺にまで、彼女の追求は及んだのであった。

 ……いやだって、ねぇ?

 今のDMさん見てたらわかるけど、この子ら下手に好きにさせるとマジでどうしようもないもの作り出すんだもん。安心して見れるのダミ子さんくらいのもんなんだもん。

 そんな状況下にTASさん放り込んでみろよ、ただでさえ相手を見れば相手を真似られる、みたいな意味不性能の彼女の存在により、『各々のスペックが足りてないのでできないこと』にまで手が届くようになって酷いことになるわ!

 

 

「まぁ、私達はTAS君みたいに気軽に増えたりはできないからねぇ。そういう意味で、人手の問題が一種のストッパーだ、という指摘は否定しきれないなぁ」

「実際、DMさんの武装に関しては、私がもう一人いればもう少し精度を上げられた気が致しますわね」

「ほらー!!ダメです却下です集まるなお前らー!!」

「お兄さんが変なテンションに」

「鬱憤が貯まってたのは、もしかしたらこの人の方だったのかもしれませんねぇ」

 

 

 なお、その辺りの事情をぶち撒けたところ、最終的にみんなから優しい眼差しを向けられることとなった。……止めろよ俺が憐れみたいだろこれだとぉ!?

 

 



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真冬に雪が降るかの如く

「……突然ですが、雪かきをします」

「えー」

「えー、じゃないわ!散散(さんざっ)ぱら雪降らせて遊んでたの君らでしょうが!」

「……てへ♪」

「可愛子ぶってもダメなもんはダメじゃー!!」

 

 

 はてさて、いきなり俺の怒鳴り声から始まった今回。

 なんでこんな大声で俺が怒鳴らなければならなくなったかというと、それは偏に彼女達の迂闊な行動が起因となっていたのであった。

 

 

「……天候の操作、ですか?ええまぁ、できますけど、神ですので」

「なんと」

「もしかしたら今までで、一番神様らしい特技なのではありませんこと……?」

「そんなことできたんなら早く言ってよDMぅーっ!!」

「な、何故かはよくわかりませんが、未だかつてないほどに私への信仰心が高まっているような気が……!?」

 

 

 ことの始まりは、そんな感じの彼女達の会話であった。

 まぁ冷静に考えてみると?最大限力を発揮できれば、日本とか世界とか沈没させられる級のパワーの持ち主が、ここにいるDMさんの正体である。

 まぁ、あとからあの時なにを言っていたのか、と言うことを聞かされた結果、どっちかというと自分の意思で滅ぼすってよりは誰かに願われて滅ぼすタイプの、いわゆる善悪の区切りがない・もしくは薄いタイプの神様だということがわかり、そこまで怖がる必要もないんじゃないかなー?……なんて結論に至ったわけなのだが。

 

 それはともかく、彼女をその気にさせれば大抵のことはできる、とTASさん達が知ってしまったのが運の尽き。

 休みの日になるとこうして、彼女は自身ができることを根掘り葉掘り聞かれるようになったのであった。

 で、今回は『神様なんだから、天気とかも操れたり……?』というCHEATちゃんの疑問に対し、『できますよ?神様ですので』と答えたのだという。

 

 ……まぁそこまではよい。いやよくないんだけど、それができるのがDMさんだけならば、最悪彼女に言い含めておけば無用なトラブルは回避できる。

 さっきから何度か言うように、DMさん本人に善悪の基準がないとしても、周囲からの嘆願などを聞くだけの理性はあるのだから。流石にダメと言われたことを勝手にやるほどアレでもない、というやつである。

 

 しかし、しかしである。

 この場において、彼女の発言を聞いていたのは三人。

 そしてその中に一人、危険人物が居ることを俺は失念していたのだった。そう、その人物というのが。

 

 

「……天候操作スキルが生えましたわ」

「はっ?」

 

 

 ──そう、みんなお馴染みAUTOさんである。

 この人、『そういうものがある』という認識さえあれば、どんな技術でも身に付けられるとかいう、わりと意味不明な能力を持っているわけなのだが。

 今回、彼女はDMさんの話を聞き、天候操作スキルを入手してしまったのだ。とはいえ本来、こんなことが起きるとは誰も予想していなかった。

 では何故、こんなことが起きたのか?……その理由は、彼女達が直前に見ていたモノにある。

 

 

「雨乞いかー。……AUTOはこれ、使えたりしねーの?」

「いえその、流石に眉唾なものはちょっと……」

「AUTOのそれは、なんでもありに見えてちょっと制限がある。だから覚えられないのは仕方ない」

 

 

 そう、それは五穀豊穣を願っての祭りの映像。

 たまたまニュースで流れていたそれを見たCHEATちゃんが、AUTOさんに『これできないの?』と問い掛けたのだが……実は彼女、なんでも覚えられるわけではない。

 彼女が意識的にしろ無意識的にしろ、()()()()()()()()と認識しないと覚えられない、という制約があるのだ。

 なので、どこぞの銀行に関しては『少なくともあの会社のままであれば無理』みたいな認識になって最適行動に移れない、みたいなことになるとか。

 

 今回の場合、彼女の認識では『雨乞い』などの祭りは非科学的なもの。言い換えれば、それをすること()その結果を引き寄せられる()明確な理由が見えてこないため、幾ら彼女の技能でも答えを引き寄せられないのである。

 

 なので、それを聞いたCHEATちゃんは「そっかー」と諦めの姿勢を見せたのだけれど。

 ふと彼女は、そういえばこういう祈りを受ける相手(DMさん)がいるじゃん、と思い出してしまったのだった。

 で、さっきの質問に繋がる……と。

 

 結果としてはドンピシャだったわけだが、これによって認識を覆されたのがAUTOさんである。

 さっきまでの彼女には、祈りを捧げるという行為が結果に繋がる理由がさっぱり理解できなかったが、今の彼女は原理はともかく祈りという行為が結果に繋がることがある、ということを明確に理解してしまった。

 

 ──ゆえに、彼女の異能は正しく機能し、結果彼女は天候操作技術を手にしてしまったのだった。これにはDMさんも宇宙猫。

 とはいえ、ここで終わっていればAUTOさんスゲー、くらいで終わっていたのだけれど。そこで黙っていないのが我らがTASさん。

 

 検証相手が一人だと心許ないが、二人ならば比較検証ができる──そう睨んだTASさんは、二人に天候操作を依頼。

 両者が天候操作中に動いているパラメーターを精査し、どの数値が天候操作に関わっているのかを突き止めた彼女は──、

 

 

「──成功。これで雨の日も風の日も雪の日も安心。ラグることなく進められる」

「なにやってんの!?」

 

 

 ついに、フィールド操作の技術を自らのモノにしたのだった。

 ……あーうん、雨とかのエフェクトって場合によってはラグになるからねー、止められるんなら止めたいよねー。

 もしくは、意図的にラグを発生させて、オブジェクトを抜ける時とかにも使えるよねー。そりゃ覚えたがるよねー。

 

 ……うん、まぁ理由はいいよ、理由は。

 この、局所的に猛吹雪やら大雨やら竜巻やら、あれこれやってきたせいで無茶苦茶になっている我が家の惨状を思えば、それくらいどうってことないわな、ははは。

 

 ──そんなわけで、我々の周辺掃除が始まったわけなのでありましたとさ。

 なお、楽とかしちゃダメ、ということで彼女達には能力禁止の通達をした俺である。

 

 

「むぅ、横暴」

「流石に三人であれこれやったのはよくありませんでしたわね……」

「いやその、それより私への信仰心が零に……」

「また地道に集め直そうな、DM!」

「……ふ、不幸です……」

 

 



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一年に一度の登場です、拍手でお迎えください

「あっという間に時間は過ぎるんだ、俺は詳しいんだ」

「……?お兄さんは、なにをぶつぶつ独り言を言っているの?」

「光陰矢のごとし、ってこういうことを言うんだろうなって」

「む、光陰より私の方が早い」<シュババババ

「……いや、時間と張り合わなくていいから」

 

 

 時間軸歪めてタイムスリップとかしなくていいから。『後ろ!?』とか言わせないでくれマジで。

 ……とまぁ、初っぱなからぐだぐだしている俺達だが、今日は二人で買い物中である。

 時期としてはそろそろクリスマス。なので、飾り付けとかもみの木とかを調達しに出てきた、という感じだ。

 

 いやね?TASさんの好きにさせると、どこからかバカデカイもみの木を斬り倒して持ってくる、などという明らかにヤバいことし始めるのが目に見えているので、その辺りの牽制の意味もなくはないというかね?

 なお、他の面々が付いてきていないのは、彼女達は彼女達であれこれ準備してるからだったりする。

 

 ともあれ、それ以外に特に他の用事があるわけでもないので、さっさといるものを調達して帰ろうと思っていたのだけれど。

 

 

「……ん?あれ、ダミ子さんじゃね?なんでこっちに……」

「あっ」

 

 

 ふと視線を向けた先に、ショーウィンドウ越しに並べられた服やらなにやらを眺めている、わりと見覚えのある背中が見えたことで、俺はそちらに意識を向けることに。

 ……その時TASさんがなにやら『やべっ』みたいな声を出していたのがちょっと気になったが、それよりも他の場所で買い物しているはずのダミ子さんがここにいることの方が気になったので、そのまま彼女の元へと近付いていき。

 

 

「おーいダミ子さ……(……いや待てよ?服装さっきと違くね?)」

 

 

 声を掛けてからようやく、違和感に気が付いた。

 ──そう、このダミ子さん、さっきまでと服が違うのである。

 家を出る時の彼女の服装は、寒くないようにと滅茶苦茶に厚着した状態。それに対して今目の前にいる彼女の服装は、いわゆる()()()()()()()の服装。……『寒いのは嫌ですぅ』などと宣っていた彼女が着るはずのない、寒々し過ぎる上ソシャゲとかでしか見ないようなミニスカートのサンタ服に、俺は一種の既視感を感じ。

 

 

「……その声は、ここであったが百年目ぇ!!」

「ぎゃー!!?世界を滅ぼすサンタだーっ!!?」

「はっ!?……ああいや、そうじゃなく!人聞きの悪いことを言わないでくださいますかぁ!?」

 

 

 こちらを振り向いた彼女の()()()が、明らかにダミ子さんと違うことを確認した途端、俺は思わず悲鳴をあげていたのだった。……なんでサンタさんがここに!?

 

 

 

・∀・

 

 

 

「……危うくしょっぴかれるところでした……」

「見た目痴女なのに、寧ろさっきまで無事だった方が不可解」

「そこはほら、サンタ視界ハックを使ってましたので」

「サンタ視界ハックisなに?」

 

 

 人通りの真っ只中で大声をあげたため、危うく警察沙汰になるところだったが……気を利かせたTASさんの取り成しにより、俺達は命がらがら(?)近くの喫茶店へと逃げ込むことに成功していたのであった。

 ……いやまぁ、冷静に考えると公衆の面前でこんな格好してるサンタさんだけ捕まる、ということで収まるとは思うんだけどね?その時に彼女が俺達のことを知り合いだのなんだの言ったりしたら、任意同行を求められるのも目に見えてたってやつでね?

 

 まぁそういうわけで、一緒に逃げてきたのである。

 で、改めて確認し直してみたところ、やっぱりこの人は以前こっちに迷い込んできたサンタさん当人のようで。

 思わずTASさんの方に視線を向けるも、彼女は『思いもしない・知らない・あれは事故だ・済んだこと』などと関与を否定してくるのであった。

 

 

「でも、なんで彼女がここにいるのか、ということを推測することはできる」

「ほう?それは一体?」

「簡単なこと。──お兄さん、今は何時(いつ)?」

「ん?何時(いつ)ってそりゃ……あー……」

 

 

 けれど、何故彼女がここにいるのか、という理由を推測することはできる、と豪語するTASさん。

 その自信ありげな様子に、俺が問い掛ければ、代わりに返ってきたのは別の質問。

 ()()()()()()()()?……というその質問に、俺はその答えを探すように一瞬天を仰ぎ、そこで目についたタペストリーに『あー』と呻きのような声を漏らす。

 ……なるほど、そりゃいるわな。

 

 

「クリスマスシーズンなんだから、サンタが居てもおかしくない……ってことか」

「そう。でもそれだけだと八十点。彼女がここにいるのは、()()()()()()

「……あー」

 

 

 そして再度、そりゃそうだと呻きをあげつつ首肯する。

 ……確かに、彼女がこっちに来る理由としては明白であり、本来二度と帰ってこないであろう彼女が、再びこちらの前に姿を表すきっかけともなりうる。

 そう、それは。

 

 

「ええそうです。私は()()()を探しに来ただけ。回収が終わり次第帰りますので、ご心配なく」

「「あー……」」

「……なんで二人して呻き声を?」

 

 

 ──サンタの袋。

 サンタの仕事をするための必需品とも言えるそれを探しに来たのだと言う彼女に、俺とTASさんは思わず顔を見合わせながら大きく呻く羽目になったのであった。

 

 



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出会わないはずのモノが出会う時

(というかTASさん、なんでこの人こっちに来れてるの?ダミ子さんがいる限り、他所の人は入ってこられないんじゃないの?)<ヒソヒソ

(今の季節とビーコン代わりの袋のせい。時期的な強制力はとても強力な縁となる。それに加えて『目指すべき世界を示す発信器』も揃えば、ある程度の力を持ったものなら無理矢理やってくることも不可能ではない)<ヒソヒソ

「……人の目の前で堂々とひそひそ話をするのはどうかと思うんですけど?」

 

 

 これまでの会話により、なにを求めて彼女がここにやって来たのか?……ということを理解した俺だったが、ここで別の疑問が一つ。

 ダミ子さんの役割は、彼女のような『こちらの世界の概念を歪めかねない存在』を、決して侵入させないことにあるはず。

 そのために彼女は本来の姿すら忘れ、別世界のサンタの姿を写し取ったはずなのに、何故今俺達の目の前に当のサンタさん本人が居るのか?

 ……そんな当たり前の疑問は、今の季節と残されたサンタの袋、それからとある一人の超越者の存在が絡んでいると明かされるのであった。

 

 ……え?超越者云々は今やってたひそひそ話の方に含まれてない?

 目の前のサンタさんにそれを知られると(色んな意味で)ややこしくなるので、脳内会話で済ませていただけですがなにか?

 まぁ、超越者云々で連想される人物なんて、うちには一人しかいないわけだが。

 

 

「──へっくしゅ!」

「機械の体なのに、なんでくしゃみしてんの?!」

「ああいえ、最近アップデートを行いましてね?より自然な動きができるようになったんですよ、私。今のは多分……誰かに噂されてた感じですね、恐らく」

「虫の知らせセンサーだって?!カッケー!!」

 

 

 ……なんか変な電波を受信した気がしたけど、まぁそういうことである。

 

 ともかく。ダミ子さんを取り巻く環境が以前とは変化し、あからさまに超常現象由来の存在が近くに居るようになったことや、今の季節がクリスマスという、サンタの力が強くなる時期なことなどが合わさり、こうして本来起きるはずのないことが起きた……ということになるようだ。

 なので、一応クリスマスシーズンを越え、かつビーコン代わりの袋を返却しさえすれば、ダミ子さんの要石としての役目は今まで通り遂行できるようになる、らしいのだけれど。

 

 

「……返せるのか、あれ?」

「うーん…………」

「えっ、なんですかその反応?まさか私の袋、なにかとんでもないことになってますか?……はっ!?まさか誰かに奪われて悪用されてるとか……!!?」

「いや、そういうんじゃないんだけど……」

 

 

 ……正直なところを話辛い、というか。

 いやまぁ、悪用はされてないのだ。寧ろそのなんでも入る、という性質を活かしてとても有効活用されているというか。

 ただその、ねぇ?……わりと目を疑う活用法ではある、というか?

 思わず口ごもる俺達に、サンタさんは不審そうな眼差しを向けてくるが……。

 

 

(……!お兄さん、とても不味い)

(不味い?なにが不味い、お兄さんに言ってみなさい)

(このエリアにダミ子が入ってきた。というか、一直線にこっちを目指して走ってくる)

(ダニィ!?)

 

 

 そんなことは気にならないくらい、喫緊(きっきん)の問題が差し迫っていたのであった。

 

 隣のTASさんが耳打ちしてきたところによれば、どうやら件の人物・ダミ子さんがこちらに向けて爆走中とのこと。

 いやなんというバッドタイミング!……いやある意味ベスト?ともかくこの状況下で二人を会せるのはとても不味い。

 目の前のサンタさんがこっちに再訪できたのは、ビーコン代わりのサンタ袋があったから。……それは裏を返せば、彼女には自身の袋を探知するなにかがある、ということでもある。

 

 ほら見てみろ彼女の様子を!

 なにかを察知したのか周囲を見渡してるじゃないか!

 これ絶対、目的のブツが近付いてきていることに気付いてるやつだよね!

 なんなら『え?なんで私の袋、こっちに向かって移動してきているんです???』みたいな疑問も抱えてるよね!だって普通袋は自走しないからね!自走する袋ってなんだよ!!

 

 落ち着いて、と隣のTASさんは声をあげるけど、当の彼女も表情そのものはいつもの平坦さながら、額に冷や汗を掻いている辺り現状がとても不味い、ということは認識している様子。

 とはいえそうして焦ったところで、俺達になにができるわけでもなく。──その時は、あっさりと訪れてしまうのであった。

 

 

「TASさんお兄さん、なんだか変な感覚……って、あれ?」

「……わ、私?私がもう一人居る??というか、袋の反応がする???え、なに、どういうこと????」

「あちゃー……」

「もうどうにでもなーれ」

 

 

 現れたダミ子さん──寒いの苦手らしく、滅茶苦茶モコモコした服装──と、その前に対峙した薄着のサンタさん。

 喫茶店の中は俄に慌ただしくなり……。

 

 

「ち、ちちちち、痴女ですぅぅぅううっ!!!?

「なぁ!?だだだ、誰が痴女ですか、この偽物っ!!」

 

 

 二人の叫び声に、俺達は揃って頭を抱えるのであった。

 

 



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私が私を見つめてましたけどどっちが本物ですか?

「…………」<ジーッ

「こ、こわいですぅ~……なんか凄く睨んで来ますですぅ~……」

「いや、だからって俺を盾にされても困るんだけど」

 

 

 はてさて、店内で大騒ぎしたため、店員さんから「どうぞお静かに」とお叱りの言葉を頂いてから早十分ほど。

 流石に隣に座らせるのもなー、と席を交換し、サンタさんの横に(彼女が暴走した時の抑え役として)TASさんが、そうして空いた席にダミ子さんが座ったわけなのだけれど。

 さっきからずーっとサンタさんが怖い顔をしているため、ダミ子さんはすっかり怖がってしまい、俺の背に回って隠れてしまっているのであった。

 そのため、肝心の会話の方はまったく進んでいない。

 

 

「とりあえず、説明をしたいのでせめて睨むのは止めてあげて貰えませんか?」

「…………はぁ。まぁ、なんとなく理由はわかりましたので、別にいいでしょう」

「……猛烈に嫌な予感がする」

 

 

 なので、このままでは埒が明かないと悟った俺が、せめてその怖い顔を止めましょう、と提案。

 ……したのだが、なんか話が変な方向に行ったような?

 具体的にどう捻れたのかと言われると困るが、多分なにか勘違いしたよねこの人、みたいな感じというか。

 隣のTASさんも微妙な顔をしているが、一先ず彼女の話を聞いてみることに。

 

 

「以前こちらにお邪魔した時、散々『私の存在はこの世界にとって毒』みたいなことを言っていましたね?そこから逆算するに、二度と私がこちらに来ないようにする必要があった、ということは理解できます」

「はぁ、なるほど。……それで?」

「ですので、私という存在がこちらに馴染めないよう、予め似たようなモノで埋めておく、という対処を取ったのだということは理解できます。その結果生まれたのが──」

 

 

 朗々と自説を語るサンタさん。

 意外なことに、その言葉に大きな破綻は認められない。

 細かいところに差違はあるだろうが、概ね正解と言っていい論説が語られていたのであった。

 ……意外とまともなんだなぁ、この人。服装は痴女なのに。

 

 そんなことをこちらが思っている、と知ってか知らずか、彼女はある種得意気な表情を浮かべたまま、びしりとダミ子さんを指差し、その論説の結びの部分を語るのであった。

 

 

「──そこの、私の偽物!貴方は恐らく、私の袋から錬成されたホムンクルス的なモノですね!」

「三点。事実は小説より奇なり。というか他人を作り物だの偽物だの扱いするのはどうかと思う」

「……あ、あれ?」

 

 

 なお、微妙に外していたため、TASさんからの評価は散々なモノであった。まぁ、仕方ないね。

 

 

 

・A・

 

 

 

「ダミーデータ……?代入?防波堤………???」

 

 

 ダミ子さんの見た目は確かに作られたものだが、その存在までが偽物というわけではない……。

 そこから始まる諸々の説明を受け取ったサンタさんは、よく分からないとばかりに頭から煙を吹いていたのであった。……まぁ、TASが名前みたいなもの、と言われて困惑していた人なので、『ダミ子』という名前とそこに込められた意味にも混乱する、というのはある種予定調和であるとも言えるわけだが。

 

 では誤解は解けた、と言えるのかと聞かれると……一つ問題点が残っている。しかも、わりと重ためなのが。

 

 

「……い、いや!でも待ってください!私の袋の反応は、目の前のこの人から出ています!それはつまり、最低でも彼女が私の袋を持っている、という証明なのでは?!」

「あーうん、そうだねぇ」

「ほらやっぱり!」

 

 

 その問題と言うのが、彼女の袋の所在。

 元々彼女がこちらに来た理由であり、こちらに来れた理由でもあるそれは、確かにダミ子さんが所持をしている。いるのだが……。

 

 

「……む、無理ですぅ」

「無理?無理とはなんですか?!それは元々私のモノです!それとも、返せない事情があると?!ならばやはり、貴方は作られた存在なのでは!?」

「あ、あうあう……」

 

 

 なんとも言えない表情で狼狽するダミ子さん。

 袋を返したくない理由がある、という彼女の様子に、サンタさんはやはり自分の説こそ正しいのだ、と気炎を上げるが……あーうん、実際にはそこまで深刻ではなく、されど重篤ではある理由があるとかなんとか云々かんぬん。

 

 ……さりとてそれを口頭で説明するのは憚られ、ゆえに勘違いは是正されず。

 

 

「……もういいです!流石にこの距離ならば強制回収(アポート)も十二分に可能!貴女という存在を消すことになるのは心苦しいですが……サンタ法第二十六章三条・緊急時の超法規的処置の許可に従い行動させて頂きます!」

「ぬぉわっ!?」<グキッ

「とても素早い目逸らし。お兄さんのそういう判断の早さは好印象」

 

 

 サンタさんは最終手段として、自身の袋を無理矢理回収する、という手段を取った。……アポートという辺り、なにかしらの超能力的な方法らしい。それならば相手がどこに袋を隠していても、問題なくそれを回収できるだろう。

 問題があるとすれば、それはただ一つ。

 

 

「……は?え、あ、え?」

…………へんたいさんですぅ…………

「えっ!?え、ええっ!!?」

「うわぁもう滅茶苦茶だぁ」

 

 

 彼女がその手に掴んだのは袋ではなくブラジャーであり、それを取られたダミ子さんが恥ずかしさのあまりしゃがみこんでしまった、ということだろう。

 ……え?目を逸らしてるんだからわからんだろうって?話を聞いてりゃ想像はできるよね!あんまり詳細に想像すると、TASさんに目潰し喰らいそうだからぼかしてるけど!

 

 



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大自然のお仕置きかもかも

 さて、事件である。

 前回突如現れたサンタさんは、自分の袋を回収することを目的とし、それを見事果たしてみせたわけだが。

 

 

「……出てこないな、ダミ子さん」

「君が折角目隠し(なにも見えねぇ)してるにも関わらず、ずっと部屋にこもりきりだねぇ」

 

 

 MODさんの言う通り、袋……もといブラジャーを奪われたダミ子さんは、あれからずっと部屋にこもりきりである。

 異性の視線が気になるのでは?……と目隠しをして行動できるように気を付けてみたものの、それでも彼女が外に出てくる気配はない。

 

 ……そう、ブラジャー。

 あの時、サンタさんは何故か(?)ブラジャーに加工された自身の袋をゲットし、困惑と焦燥の感情に包まれていた。

 それもそのはず、彼女の使ったモノはあくまでも袋の回収のためのもの。……それによって目の前の相手が消える可能性すら覚悟した彼女が目にしたのは、自身と同じ背格好ながら、()()()()()()()()自身とは比べ物にならないことになってる相手と、それから自分が右手に掲げた下着の姿。

 

 あれ?想像していた状況と違うというか、っていうかデカっ、いやちが、なんで私の手にこれが???

 ……みたいな感情が彼女の中を駆け巡ったことは、容易に想像できる。想像できたうえで、彼女が機能停止してそのまま自身の世界に逃げ帰ってしまった、というのも理解できる。

 

 まぁ、サンタさんについては、ある意味それで終わりなので構わない。……問題は残されたダミ子さんの方だろう。

 サンタさんは、自身の存在が周囲に違和感なく溶け込むような特殊な『なにか』を使用していたため、周囲からの視線に晒されることは(ほとんど)無かったが。

 だがしかし、ダミ子さんの方にそういうものはない。その結果なにが起こったかと言うと……。

 

 

「まさかまた使うことになるとは思わなかった……」

「周囲の人がみんなして『目がー!目がー!!?』って言い出したのは、ある種爽快ですらあったよ」

「あー、プールの時のあれかー」

 

 

 そう、TASさんによる視界ジャックである。

 直前に見たものを忘れてしまうような、そんな悪魔的なモノを見せられてしまった人々は恐慌に陥り、その隙に俺達は家へと帰ってきた、というわけである。

 ……で、それ以降ダミ子さんは引きこもっている、と。

 

 恐らく、衆人環視の状況下で凄まじく恥ずかしい目にあったために、お外に出るのが怖くなった……とかだと思うのだが、如何せんそれを解消する手段がこちらにはない。

 なので、せめて家の中くらいは自由に動けるようになって貰おう、と俺も「なにも見ねぇ」スタイルで頑張っているのだが……今のところ、それが功を奏した様子はないのであった。

 

 

「……っていうかさぁ、そもそも私達がダミ子のあれを知ったのってプールの時が初めてだろ?……ってことは、以前はどうにかしてたってことじゃん?」

「言われてみれば、そうですわね……。以前の彼女はあの特殊なアイテムが無くとも、周囲に自身の体型を知られずにいた。……ということは、そもそも対処法そのものは彼女が既に持っている、ということなのでは?」

「いやまぁ、それは一理あるけども。……それがあの時のショックを解消する手段になるかと言うと、正直微妙というか……」

 

 

 ダミ子さんの部屋の前に集まり、あれこれと話し合う俺達。

 ……だが、それで彼女が部屋から出てくる様子はなく、そもそもこうして部屋の前であれこれ言ってる時点で出辛いなんてものじゃない……。

 そう考えた俺達は、とりあえず暫くそっとしとくしかないかなぁ、と部屋の前を離れようとして。

 

 

「……えと、その」

「!ダミ子さん、出てくる気になりましたの?」

「あ、えと、その、えと……先に、お兄さんの目隠しを外してあげて貰えませんかぁ?」

「はい?……ええと、宜しいので?」

「あっはい、じゃないと私の方が申し訳ないのでぇ……」

「申し訳ない……?」

 

 

 扉が微かに開いた音と、そこから聞こえてくる微かな声に、立ち去ろうとしていたみんなが一斉に振り返る。……いやまぁ、俺は目隠ししてるから、実際には見えてないんだけども。

 で、こちらを代表してAUTOさんが話し掛けたところ、ダミ子さんは外に出てくる気になったらしい。……ただ、何故かその流れで俺の目隠しに言及が。

 いや、なんで俺?……と困惑するも、出てくる気になっている彼女が、俺の返答如何で再び引きこもる可能性もある以上、ここでは彼女の話に付き合うしかないわけで。

 

 そうして目隠しを取った俺は、

 

 

「……お、おおー。なんという荒涼たる大平原……」

「貴方様の言い方は気になりますが……確かに、あれほどの山岳地帯がこうなるとは……」

「すげー!魔法かなにかか?」

「いや、その反応はどうなんだい……?」

 

 

 モジモジとしているダミ子さんの全身を確認し、思わず称賛(?)の声をあげていた。

 ……正直AUTOさんの表現もどうかと思うのだが、その言い回しに頷くしかないくらい、彼女の一部分は平坦と化していた。

 その平坦ぶりは、あのアイテムがあった時と大差なし。初めて会った時と同じシルエットなのであった。

 

 どういう原理かはわからないが、これならば不埒な視線は向けられまい。

 そう喝采をあげる俺達に、ダミ子さんは曖昧な笑みを浮かべ。

 

 

「…………」

 

 

 俺達の輪から外れた位置にいたTASさんは、感情の読めない眼差しでダミ子さんを見つめ続けていたのだった。

 

 



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自然のままでいられたなら

 はてさて、無事外に出てきたダミ子さんに、喜び勇んで昼食を振る舞った俺なのだが。

 

 

「ご、ごちそうさまですぅ……」

「あれ?ダミ子さんまだ調子悪い?全然ご飯食べてないけど」

「あっ、えっと……その、引きこもってた時にお菓子を……」

「なるほど、ダメだぞー間食のし過ぎはー」

「あ、あははは。はい、気を付けますぅ……」

 

 

 いつもとは違って、出された食事をほとんど残していった彼女の姿に、少なくない違和感を抱くことに。

 初めて出会った時からそうだったが、彼女はわりと食い意地の張ったタイプの人物。ゆえに、そんな彼女が昼食の五割以上を残す、というのは異常事態の何物でもなかったのだが。

 

 

(……本人が大丈夫、と言っている以上は気にしすぎるのもあれだしなぁ)

 

 

 ダミ子さん自身が大丈夫と述べているのだから、そこを疑いすぎるのもアレか、とその日はスルーした俺なのであった。

 

 ……が、その日以降ダミ子さんの食は細くなるばかり。

 食べることが生きる中で一番の喜び、くらいの勢いである彼女らしからぬ様子と、残された食事の量と比例するかのように生気を失っていくその顔色を見れば、流石の俺もなにが起きているのかを気が付くというもの。

 

 

「つまりダイエットか……」

「なんでやねん」<バシィッ

 

 

 ……軽い冗談のつもりだったのだが、TASさんからのツッコミは思いの外痛かったのであった。

 

 ──話を戻して。

 あれだけ食の太かったダミ子さんが、ああなってしまった理由。……基本鈍い方の俺も、ここまでくれば気が付くというもの。

 

 

「……まぁうん、あれ()あれ(平地)になるんだから、そりゃさらしで潰すしかないよねーというか……」

(なまじ)それを可能にするモノを持っていたものですから、少々視野狭窄に陥っていたところがありますわね……」

 

 

 そう、あれだけのものをあそこまで圧縮しているのだから、それによって食道が圧迫されて物が食べ辛くなったり、はたまた気道が圧されて呼吸が苦しくなったりしてもおかしくはない。

 ──つまり、誤解を恐れずに今の彼女の状況を説明すると。

 

 

「即ち胸が敵」

「……貴方(TAS)がそれを言うと、なんというか別の意味に聞こえて来ますわね……」

「大丈夫。TAS的には無い方が回避力アップするから」

「これはポジティブ、と言っていいのだろうか……?」

 

 

 ダミ子さんを苦しめているのは()()()()()()、ということになるのであった。……これ、俺はどっかに行っといた方がいいやつなのでは?

 

 

 

-∀-

 

 

 

 はてさて、ダミ子さんが現在とても苦しい状況にある、ということがわかったわけなのだけれど。

 ……これ、俺がここで作戦会議に加わるの、とても宜しくないのではなかろうか?……みたいな気分がしてくるというか。

 なんとなく居心地の悪くなってきた俺に、しかしTASさんはゆっくりと首を横に振っている。

 

 

「お兄さんが単独行動してる方が、よっぽどダミ子の負担になる」

「……あー、俺と他の面々とで、そこらに視点が分散するのが良くない……みたいな感じ?」

「そもそもの話、彼女がああやって苦しくなっているのは、『自分が衆目を引く』ことそのものに負い目を感じているから……というところが大きいからね」

 

 

 今回彼女があんな風になってしまっているのは、偏に彼女自身が『自分が悪い』と感じているから、というのがほとんどを締めている。

 雑に言えば、今まで彼女をジロジロ見る輩に対して、TASさんが視界ジャックを施していたのが逆効果だった……ということになるわけだ。

 ……いや、こういうのはジロジロ見てくるやつが悪い、で良いと思うのだが。

 彼女自身(自覚は薄れているとは言え)以前男性だった記憶があるからか、そこら辺を責める気になれない……みたいな感じなのだと思われる。

 

 

「変なところで生真面目と言うか……」

「まぁ、その辺りは彼女の個性ですし……」

 

 

 で、向こうがどう思っているにしろ、もし仮に彼女が()()()()()()()()()俺がばったり彼女に出くわす……なんてことがあれば、俺は容赦なくTASさんに自身に対しての制裁を頼むだろうし、TASさんも喜んで俺の視界にエグいものを投射することだろう。

 ……結果、誰も幸せにならないことになってしまう、と。

 なので、俺は迂闊にもダミ子さんに出くわさないよう、こうしてこちらの会議で大人しくしている必要がある、ということになるのであったとさ。

 

 

「……気まずい!!」

「じゃあ耳栓と目隠ししとく?」

「お願いしたいですけど大丈夫だよね?君達俺が進行役しないからって変なことしないよね??」

「…………ええと、頑張るつもりではありますが」

「頑張るじゃダメなんだよ確約して?!」

 

 

 なお、その美麗さゆえに衆目を引くことはあっても、その姿形のみで衆目を引いた経験があるのは、実はMODさんくらいのもの(それもセレブモードの時のみ)ということもあって、どうにも会議が難航しそうな気配を感じ取ってしまった俺は、微妙に虎と狼に挟まれた気持ちになっていたのであった。

 

 ……いや君ら仮にも思春期の女の子でしょ!?もうちょっと自覚を持ってお願いだから!!

 

 

「女子である前にTASでありたい。そんな今日この頃」

「カッコつけてもごまかされねーからね?!」

「ちぇー」

 

 



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バカ真面目にバカをやる様子

「さて、さらしで圧迫された結果、体調に影響が出ているというのであれば……」

「やるべきことはただ一つ、さらしを止めさせること……ですわね」

「うむ、全く以てその通り。……なんだけど、ねぇ?」

 

 

 任せておけねぇ今この時俺は女になる!

 ……だのなんだの意味不明の言葉を口走った俺が、「よし任せろ」とサムズアップしたTASさんに、期間限定性転換を受けてはや十分。

 期間限定性転換とはなんぞや?とか、元の俺の性別を知ってるのであれば(ごまかし的な用途としては)無意味なのでは?……などの諸々の懸念を極力スルーしつつ。

 みんなで意見を出しあった結果決まったのは、やはりダミ子さんに無理をさせるべきではない、という意思表明だったのだけれど。

 ……うん、それができれば苦労はしない、ってわけで。

 

 彼女の()()()のなにが問題って、とにかく大きすぎるのである。

 その巨大さは、ゲーム作品とかでしか見ないような類いのもの。……文字通りスイカが二つ付いている、と言えばその大きさは想像できるだろうか?

 そんなものを平坦になるように潰しているというのだから、胸部にどれほどの圧迫感が発生しているのか、想像するだけで恐ろしいというものである。

 

 そして、そんな彼女の大問題を今まで解消していた件の下着は、別世界の技術を応用して作られたモノであった。

 

 

「目標の物を異次元格納する、という画期的な手段を見出だした例のアレは、もし量産化に成功した暁には世界を変えるに足る力があった」

「正確には、発明したのではなく既にあるものを素材として流用した、だけどね。……とはいえ、あれが今の私達の目標になるのは間違いない、というわけか」

 

 

 潰さず・形を損なわず・重量を感じず……()()の利点を上げると限りはないが、ともあれ()()が理想のアイテムである、ということは間違いない。

 しかし、あれをそのまま再現するには、問題が幾つも存在していたのであった。

 

 

()()()()()()()関係上、どうしてもこの世界の安全とトレードオフになる」

「胸のために滅ぶ世界、というのはちょっと笑えませんわね……」

 

 

 そう、あれは他所の世界からもたらされた物品を、そのまま素材として流用した形のもの。

 さらに細かく言えば、その素材の持つ特異性について()()()究明せず、『とりあえずこれを使えば上手くいくから』という雑な理解度で作り上げたモノだった。

 

 これは、袋の仕組みを明確に理解してしまった場合、ダミ子さんの必要性が薄れてしまう、というところがとても大きい。

 ……()()()()()とトレードオフの人生、というのは笑い話にもならないが、実際彼女があの姿をしているのは、他所の世界からの侵略を防ぐため。

 にも関わらず、他所から来た素材と、そこに秘められた他所の世界のシステムをこちらから取り入れてしまっていては、それこそ空き巣にどうぞと言って部屋に上がらせるようなもの。

 ゆえに、あの袋に紐付いていたシステム──異次元関係の技術というのは、原則使わない方向で進めるしかないのであった。

 

 

「……ただそうなると、こちらが目指すべきなのは既存技術を組み合わせての目標達成、ってことになるんだけど……」

「もっと簡単な式があるのに、わざわざわかりにくいやり方で数式を解くようなもの。煩雑になればなっただけ、正解にたどり着きにくくなる」

「一つのミスが波及する範囲が広くなってしまうから、ですわね」

 

 

 ただ、そうなるとのし掛かってくる問題が、質量をどうするのか?……というもの。

 バグなりチートなりを使って別の座標に出現させる、というのが一番正解に近いと思われるが、それはそれでそうして別の座標に出現させたモノの保護、という問題が立ち塞がってくる。

 

 

「……うーんダメだ、絵面が酷い!別方向から考えてみよう」

「と、いうと?」

「そもそもなんでダミ子さんのアレは大きいのか、ってことだよ。サンタさんはほどほどなのに、ダミ子さんはあれだろう?だから、いっそのこと本当に無くしてしまうのが一番なんじゃ……」

「お兄さん、色々ツッコミたいところは山ほどあるけど、とりあえず一つ。……それは無理な相談」

「なにっ」

 

 

 なので、考え方を変える。

 本来、ダミ子さんのあの姿は別世界のサンタさんの写し見だ。……にも関わらず、一部分に大きな変化が見受けられる。

 それはおかしいことでもあるので、別にあれが無くても構わないのではないか?……という考え方だ。

 

 字面は酷いが、方向性としては間違ってないのでは?……と思っていた俺は、しかし返ってきたTASさんの言葉に困惑することに。

 

 

「見た目が完全に同じというのは、即ち相互に代替ができるということでもある。つまるところ、ダミ子の姿が完全にサンタと同じだと、それはサンタがここにいるのと変わらない」

「……えーと、つまり?」

あれはダミ子の個性。だから無くすのは論外(装備が呪われているので外せない)

「とんでもねー結論にたどり着いた!?」

 

 

 そう、二人の差異はそのまま個性であり、それを無くしてしまうと最悪ダミ子さんが消えてしまう、なんて可能性もあるのだという。……やっぱりひでぇなこの状況!?

 そんな風に驚愕する俺に、TASさんは更なる追撃を仕掛けてくる。

 

 

「あと、男の人が胸を指して言う言葉に『そこには夢が詰まっている』というものがある」

「……それをTASさんの口から聞くことがあるとは思ってなかったけど、それが?」

「夢、という言葉には色んな意味がある。ある種の理想だとか、はたまたその日起きたことを整理している(眠っている)時に見るものだとか」

「……あー、やだ聞きたくない、なんとなく想像できたけど聞きたくない!」

「敏いお兄さんは嫌いじゃない。……そう、あの大きなモノに詰まっている夢というのは、()()()()()()()()()

「わー!!やっぱり思ったより重い話になったー!!」

 

 

 人の記憶というのは、本当の意味で失われることはほとんどない。なにかしらの切っ掛けがあれば、遠い記憶もすぐ手元に手繰り寄せられたりする。

 ……その事実と、眠った時に見る方の夢が『一日の記憶の整理を行っている最中に見るもの』である、という事実を思えば、簡単にたどり着けてしまう答え。

 

 ……まさかのあれ、外付けの記憶媒体扱いかよぉ!!

 そんな悲鳴を溢す俺なのであった。

 

 



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そして彼女はこう答えた

「……つまり、色んな意味で胸を無くすのは不可能……というか無理筋、ということですわね?」

「そう。そもそもダミ子の胸が大きいのは、そこに詰まっている過去()が多いから、というとても単純な話だった」

「字面だけだと馬鹿馬鹿しいのに、実態を思うとまるで笑えないのはなんなんだろうね……」

 

 

 まさかの二重苦!

 ……というわけで、ダミ子さんの一部分の重要性、というものに触れてしまった俺達は、皆なんとも言えない表情で唸っていたのであった。

 いやだって、ねぇ?一部分の差異がそこまで重要な意味を持っているのも驚きだし、そこに詰まっているのがダミ子さんの失われた過去だ、というのも驚きだし。……驚きすぎて頭痛くなってきたわ、マジで。

 

 ……ともかく、無くすという方向性は良くない、ということがわかった以上、俺達は別方向の解を求めなければいけない、ということになったわけなのだが。

 

 

「……というか、そんなに大切なモノをあんな感じに潰して大丈夫なのか?」

「物理的に詰まってるわけじゃなく、概念的なモノなので問題はない」

「……あ、さいですか」

 

 

 途中気になったことを尋ねたりしつつ、思考を重ねること数時間。

 

 

「……やっぱりこっちでできることというと、どこか邪魔にならないところに保護して置いとく……くらいだよなぁ」

「ですわねぇ」

 

 

 あれこれ協議を重ねた結果、議論は最初に出した答えに戻ってきてしまっていた。

 ……そう、()()()()()()()()()()()()質量をどうにかする、というのはとても難しい。

 大きなモノを運ぶのに、それを運ぶための更に大きな機械が必要となる……みたいなことが頻発するのが、この世界の常である。

 ゆえに、いっそ荷物そのものを飛ばそうだとか、はたまた届け先で組み立て直すことを前提にして、モノをバラして運ぶ……みたいな方法が生まれたわけなのだから、それを大きく逸脱した方法はこっちも取れないわけで。

 

 いやまぁ、ある程度は無茶もできるのだ。

 ただ、その無茶というのも『この世界のどこかに判定を置いておく』みたいなものであり、三次元空間上から逸脱しているわけではない。

 TASさんがよく使うZ軸移動も、その本質は異次元に行かない程度の異次元航行──つまりはギリギリを攻めるものであり、自分の体でやるならばいざ知らず、他人にやらせるとなると限界の見極めができないので無理、みたいな話になるようで。

 

 

「多分、やり過ぎてどこかの世界に繋がる」

「うーん、本末転倒……」

 

 

 他所と繋げないための人物なのに、その彼女のために他所と繋がる技術を求める……なんてことになってしまっては、まさに元も子もないだろう。

 ゆえに、下着の内部にゲートを設置し、かつ到達先には核でも壊れないような保護を掛けることにする、などの対策を協議し、その結果──。

 

 

 

;・‐・

 

 

 

「──出来上がったのがこちらですわ」

「は、はい?」

 

 

 皆の力を合わせ、出来上がった特殊下着。

 外見上は今までのものと同じく、フルフラットになるように成形。その裏地には約二百億光年以上先の宇宙空間へのワープゲートが開かれている。

 無論、そのままゲートの先にほっぽり出すと、宇宙線やら気圧差によるこちら側の吸引やらの様々な問題が露呈するので、それを防ぐために向こう側にはビッグバンの衝撃すら無に帰し、かつ有害な放射線を完全にシャットアウトする特殊な空間を用意。

 外から見ると単なる岩石の破片でしかないそれの中に、彼女の大切な記憶を保護する……という形式を取らせて貰った。

 

 また、下着だってお洒落の対象では?……というMODさんからの提言により、日によって色や柄・デザインを変えられるような機能を搭載。

 スイッチ一つでどんな場面にも対応するよう設計されているため、なんなら水着代わりに着ることだって可能。

 

 そこまであれこれ詰め込んでおきながら、お手入れはなんと他の服と同じように洗って干すだけでオッケー。

 

 

「そんな多機能ブラジャー、本来値段は付けられないところ、なんと今回プレゼント!プレゼントのため無料となります!」

「は、はいぃ?えと、ありがとう、ございますぅ……???」

 

 

 なお、使われている技術には異次元航行技術は一切なし。

 他世界からの侵略に備える戦士の装備としても、十二分に実用に足る商品となっております。……いや怪しい通販番組かっ。(セルフツッコミ)

 

 まぁともかく。

 最早国家プロジェクト並みの技術の投入によって生まれたこの下着、ダミ子さんの抱える問題を解消するための手段として、これ以上のものは生まれようがないだろう。

 そう自身を持って言えるだけの、会心の作だと俺達は皆確信しているわけなのだが。……当のダミ子さんの反応はなんだか微妙。いやまぁ、喜んではいるんだけど、なんかこう想定していたよりもテンションが低いというか……?

 

 思わず首を傾げる俺達だったが、対するダミ子さんは暫く考え込むようにむむむと唸ったあと、意を決したように顔を上げ、こちらにこう言い放ったのだった。

 

 

「とりあえず……皆さん、一回寝ましょう?私のことを思ってあれこれしてくれていたのはとても嬉しいのですがぁ、正直これはやりすぎですぅ。私個人が持ってていいモノの範疇を越えてますぅ」

「……はい?」

 

 

 冷静に考えて、ビッグバンに耐えられる耐久力のブラジャーとか意味がわからんだろう?

 ……そんな感じのことを暗に述べる彼女に、俺達は虚ろな目をしながら顔を見合わせる。

 

 ──いわゆる徹夜テンションによる暴走、とすら言えるこの暴挙が一定の結果を見たのは、実に最初に会議を初めてから一週間経過してからのこと。

 つまり寝ろ、と言われればだーれも否定できない、どう考えても狂気の沙汰でしかないのであった。──これはひどい。

 

 



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我思う、ゆえに我は無敵

「コンプライアンス、という言葉がある」

「どうしたのTASさん、藪から棒に。コンプライアンスとか、TASさんとは全く縁の無い言葉では?」

「そういう反応は読めていたからスルーするけど……ともあれ、昨今あちこちでコンプライアンスに準拠を、というようなことをよく言われるようになった」

 

 

 ある昼下がりの午後。

 今日も今日とて短縮に余念の無いTASさんが、唐突に思い出したかのように声をあげる。

 

 コンプライアンス──日本語にすると法令遵守、だったか。

 とはいえ、現代日本ではもう少し意味が変化しており、『悪いことをするな・見せるな・やらせるな』くらいの用法になっているわけなのだが。

 

 

「本来の英語の意味としては『ルールを守る』が近いから、ある意味原点回帰」

「なるほど?……で、唐突にコンプライアンス云々言い出した理由は?」

「無論、私ことTASはコンプライアンス(の裏を掻くことを)を徹底する、という意思表示」

「んー?気のせいかなー?なんか大分ロックな台詞が挟まってなかったかな今?」

「お兄さんの気のせい」

「そっかー」

 

 

 まぁ、気のせいなわけないんだけどねー。

 ……とまぁ、初っぱなから爆弾発言をしたTASさんだが、これには理由がある。

 

 本来の意味は法令遵守というのは先述した通りだが、昨今の使われ方はそれよりも()()使われ方である、というのもまた事実。

 これはつまり、少し前までなあなあで許されていたことが、いつの間にやら許されなくなっていた……みたいなことが頻発する、ということでもある。

 

 

「いわゆるお気持ち案件。特に昔の作品に対してあれこれ言うようなのは顕著」

「んー?なんなんだい今日のTASさんは?とにかくなんにでも噛み付く狂犬スタイルなのかい?」

「それ」

「ん?」

「狂犬、というのもコンプライアンス的な話をすると良くない。相手がおかしい・狂っているということを示す()()表現だから」

「わー言葉狩りー……」

 

 

 まぁご覧の通り。

 悪いことをするな、が行き過ぎて言葉狩りになってしまう、みたいなことが発生するわけである。

 

 そんな例以外にも、例えば昔話は寓話として『悪いことをしたら痛い目に合う』という形式のものが多いが、その中で『悪いことをした人が死ぬ』みたいなタイプのモノは『やりすぎ』ということで、結末が書き換えられてしまっている……みたいなこともあるのだそうだ。

 特に鬼みたいなのが顕著で、成敗されるタイプの話は大体会話で収める、みたいなことになっているのだとか。

 

 

「昔話だから大筋が雑な分マシだけど、これが普通の作品にまで波及するととても迷惑」

「あーうん、罪と罰の適切な関係って、有史以来ずっと議論されてるやつだからなぁ」

 

 

 そういうのは子供向け作品ゆえの設定の雑さゆえ、ある程度は笑い話で済むが。

 もしこれが進んで、普通の作品にまでその流れが波及すると、とても面倒臭いことになるだろう。……世の中には文字通り死んでも直らないような思考をした人、というのは幾らでもいるわけなのだし。

 

 

「ある意味、幼稚園で園児達が喧嘩した時の仲裁の仕方、みたいなもの。理想論で物事を収めようとしているから、とても(いびつ)

「園児同士の喧嘩の仲裁、ねぇ?」

 

 

 言外に『そういうことを声高に叫ぶ人は、相手のことを同じ精神年齢だと思ってない』とかなんとか言ってそうなTASさんの主張に、思わず眉をちょっと顰めつつ。

 よくよく見れば眉がちょっと逆ハの字──要するに今の彼女はわりと不機嫌な状態だと言うことに気付いた俺は、多分そんな感じの人にぐちぐち言われたんだろうなぁ、と妙に納得してしまうのだった。

 

 

「ということは、今回の主張は『この作品はフィクションです、実在の団体・個人・宗教などとはまったくもって関係ございません』ってこと?」

近い、でも違う(nearly,but wrong)

「なんだその似非英語」

 

 

 まぁ、ここまで語られれば流石の俺も、彼女の発言の意図に気付くというもの。

 恐らくは今までのあれやこれや・神をも恐れぬ数々の所業に今更ながら後ろめたさを感じ、しかしてそれを告解することもできず、ならばと開き直ったのだと思っていたのだが、それはあっさりと否定されることに。……気のせいじゃなきゃ『なに言ってるのこの人』みたいな視線になってない?

 

 いやでも、近い(nearly)と言っている以上は、さっきの俺の予想が全て外れている、とも考え辛い。

 ゆえに俺は、努めて冷静な態度を保ちつつ、彼女に続きの言葉を促すのだった。

 

 

「……私たちはこれまで、色んなことをしてきた。遺跡で最速RTAしたり(お兄さんを振り回したり)CHEATのことを尾行したり(お兄さんを振り回したり)、はたまた主人公や仲間の性別を変えたり(お兄さんを振り回したり)異次元への旅をしたり(お兄さんを振り回したり)……」

「……気のせいじゃなければ、ルビがおかしなことになってない?」

「……そんな日々を繰り返すうち、私は思った」

(無視された!?)

 

 

 そうして紡がれたのは、今まで俺達が積み重ねてきた旅路。

 思えば色々あったなぁ、と懐かしくなると同時、「あれ?なんか俺の扱い酷くない?」的な感情が沸いてくるというか。

 いやまぁ、それこそ今更、というやつなのだが。

 

 ともあれ、語られる旅路の中で、俺の扱いが宜しくないのは間違いなく。

 だがしかし、それがさっきまでの話とどう繋がる……って、は!?

 

 

「──そこで私はこう思った。懸命などこか遠くから見ている視聴者の方々に、今のうちに弁明しておかなければならないと」

「いや待って!なんか嫌な予感がするんだけど!?」

「待たない。──お兄さんはフィクションです。実在の団体・個人・宗教などとは全く一切欠片ほども関係ございませんので、安心して彼の行く末をお楽しみください」

「俺の人権ゼロ宣言だった!!?」

 

 

 いや、俺はここにいるからね!?

 そんな俺の主張は、耳をふさいで聞こえぬのポーズをしたTASさんには受け取って貰えなかったのであった。……人権侵害ー!!

 

 



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年末が近付くとするべきこと

 さて、いつの間にやら年末である。

 今年も色々あったものだが……よくよく考えると、一年の間にあれこれ起きすぎでは?人だって滅茶苦茶増えたし。

 

 

「元々私とお兄さんだけだったのに、今ではその三倍を越えてる。一気に大所帯」

「なー、ホント増えたよなー」

 

 

 TASさんとの付き合い自体はそれなりの長さなのだが、それを踏まえるとこの一年という短い期間の間に、新たな出会いが集中しすぎ……という気分になるというか。

 なんというかこう、一つや二つくらいは来年とか去年とかに回してくれても良かったんじゃね?……みたいな気分になるというか。負担がバカにならねーよというか。

 

 

「人の出会いと言うものは、それこそ基本的に奇縁だからね。人の意思でそれをどうこうする、というのは烏滸がましいことなんだよ、きっと」

「そういうもんかねぇ」

 

 

 こたつでぬくぬくしているMODさんの言葉に、思わず首を捻る俺である。

 いやまぁ、人がいきなり降って湧いてくるわけでもなし。

 以前からずっと近くに居たはずなのに、それでも出会ったのは今年……などという結果から、それこそ奇縁としか呼べない縁が働いている、と解釈するしかないというのもわからなくはないのだが。

 

 

「私が……負けた、だと……っ!!?」

「わーい、やりましたぁー。私でも、運ゲーならまだなんとかなりますねぇー」

「いえ、今のは運は運でも、いわゆる悪運の類いのやり取りだったような気がするのですが……?」

 

 

 こたつ近くの液晶テレビの周りには、CHEATさん達三人が集まってゲームをしている姿が見える。

 どうやらボードゲーム系の作品をやっているみたいだが、とても珍しいことに、そこには一位に立つダミ子さんの勇姿が存在していたのだった。

 ……そういえばこの人、確か(ラック)のパラメーターが変になってるー、とかなんとか言ってたっけ?

 だから、運任せの勝負をさせると変な結果になってしまう、ということなのだろう。……AUTOさんも不可解そうな顔をしてるし。

 

 とはいえ、なにも悪いことが起きていないのなら、特に問題にすることもないわけで。

 そう納得した俺は、持ってきたモノを机の上に置き、台所へと踵を返したのだった。

 

 

「……あ、お兄さん。申し訳ないのですが、味見の方をお願いしても?無論、私にも味覚センサーは搭載されているのですが、一応普通の人の意見も聞いておくべきではないかと思いまして」

「へいへーい。……結構辛くない?これ」

「え?……あ、ああ。なるほど。これは辛すぎるのですね、ははは……」

(メカのはずなのに情緒豊かダナー)

 

 

 いやまぁ、中身は魔王なんだから当たり前のような気もするのだが。……当たり前か?

 ともあれ、戻ってきた台所では、今日の夕食の準備を手伝うDMさんの姿がある。

 メカなのに料理できるんだ?……みたいなツッコミはやめよう、そこらの人より調理技術は高いぞこの人(1敗)

 ……まぁご覧の通り、味覚と感性の同期がまだまだ甘いらしく、普通の人に食べさせると微妙に眉を顰めることになるようなものも、たまにお出しされることがあるのだが。その辺りはまぁ、要鍛練というやつである。

 ……え?魔王が料理をしてることにつっこめ?それこそ今更では?

 

 

「お兄さんの順応っぷりが凄い。これはもう、お兄さんを驚かせるために月を落とすくらいはしないと」<ワクワク

「おう、俺を口実にして自分のやりたいこと主張するのは止めような、いい加減」

「むぅ、お兄さんの存在を手前にすれば、大抵の無茶は笑って許して貰えるのに」

「お兄さん、その場合の笑みって大抵引きつってるヤツだと思うんだよね」

 

 

 なお、TASさんは不満なのかご満悦なのか、よく分からないテンションで新たな厄介事を招き寄せようとしていたため、罰として脳天にチョップをあげることになったのだった。……対して痛くなさそうだったので、効いてるかは微妙である。

 

 

 

・A・

 

 

 

「最近は除夜の鐘も鳴らさなくなったから、若干物足りないなぁ」

「これもコンプライアンス。やはりここはレジスタンスの出番」

「いやだから月を落とそうとするんじゃない!無茶苦茶になるでしょうが地球環境が!!」

「仕方ない、じゃあ卵をお願い」

「はいはい、半熟でいい?」

「んー」

(……流れるように話が変わったな、今)

 

 

 年越しなんだから蕎麦だよね!……ということで今日の夕食は温かい蕎麦だったわけなのだが、TASさん的にはエビ単体は物足りなかった様子。

 なので予め作っておいた温泉玉子を持ってきて、彼女のどんぶりに投入する俺である。……なんかMODさんからの視線がジトッとしてるな?

 

 まぁともあれ、年明けまでおよそ十分前、珍しく夜遅くまでうちに居る電脳ガールズ達との年越しも佳境、といったところだろうか?

 

 

「……ふと思ったんだけど、俺がみんなにお年玉とかあげたらやっぱりコンプラ違反になったりするんかな?」

「はい?……ってああ、そういえばお兄さんは成人でしたね。いつも変なテンションなのでてっきり同級生か低学年かと」

「おおっとなんか知らんがAUTOさんが好戦的!これはあれかな、さっきのレースで散々足を引っ張ったのを根に持ってる感じかな?」

「寧ろ何故根に持たないと思ったのです???」

 

 

 へへへ、やベーAUTOさんが本気だ!あの目は俺を確実にビリにする(○す)つもりのやつだ!

 

 そんな感じでわいわいと過ごしつつ、大晦日の夜は更けていくのだった……。

 

 



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新年でも特に変わらず

「初日の出を確実に見るために、太陽の動きを止める」

「他の人達どころか、地球環境にまで悪影響ありそうなことをしようとすなー!!?」

 

 

 いやだって、最早眠いし……。

 みたいなことをぼやくTASさん以下複数名を連れ、近くの神社まで歩き始めた俺達。

 

 新年と言えば初詣でしょ、的なノリから朝早くに家を出たわけなのだが、この辺りから近くの神社までとなると結構な距離になる。

 それはつまり、場合によっては俺達が向こうに着くよりも先に、太陽が水平線から登ってしまう可能性がある……ということにもなるわけで。

 ゆえに飛び出したのが、さっきのTASさんの無茶苦茶な話だった、ということになるのだった。

 

 ……え?大晦日からずっと起きとけば、そんな風に時間に追われるようなこともなかったんじゃないかって?

 

 

はいはい、私が悪ぅございましたー……

「よくよく考えたらCHEATは中学生。夜更かしは厳禁だった」

「ダレガネムサニタエラレナイヨワヨワボディダッテー!!?」

「最早この流れ自体懐かしい……」

 

 

 まぁうん、一部の人が徹夜に耐えきれずに寝ちゃった、というところが大きいわけでですね?

 TASさんの着物の襟首を掴んで前後に揺らしながら大声を出すCHEATちゃん、というある意味懐かしさすら感じる光景に苦笑を浮かべつつ、その辺にしておけと声をあげる俺である。

 

 

「アァ゛?!」

「君がそうして叫ぶ度、大人なのに睡魔に勝てなかったダミ子さんがどんどん惨めなことになっていってるから、ね?」

「えぁ?」

「ふふふふぅーそうですよねぇー大人なのに眠気に負けていつの間にか意識が飛んでたとかぁ、もう色々とあれですよねぇー……」

「ぁ゛。……あいやその、別にダミ子を笑ったわけでも貶めたわけでもなくて……」

「いいんですよぉー別にぃー、私が中学生と大差ないほどにお子さまだってことでもぉー……」

「……微妙に煽ってないかこいつ」

 

 

 殴っていいか?と問い掛けてくるCHEATちゃんに止めときなさいと首を振りつつ、改めて神社へと歩を進め直す俺達であった。

 ……さて、彼女ら二人が寝坊した、というのも行動が遅れている原因の一つではあるが、実際一番時間を食ったのは別のことだったりする。

 

 

「……にしても、MODさんも色々できるようになったもんだねぇ」

「流石に他人相手に直接反映させるのは怖かったから、他の服の見た目を変える……という形にはなってるけどね。でもまぁ、自身にしか使えなかったことを思えば、大分成長したものだと自分でも思うよ」

 

 

 そう、今現在(俺以外の)女性陣が着ている着物。いわゆる振袖というやつだが、これはMODさんが家にあった服にMODを被せたものなのである。

 初詣なんだし、折角だから着飾ってみては?……みたいな俺の発言が受け入れられた形だ。

 

 以前彼女は世界をどうこうするつもりはない、ということを述べていた。──彼女の持つ技能を最大限活かすには、世界をどうにかしようという意思の方が必要だ、みたいなことを言われた時の返答だ。

 それゆえ、彼女の能力の成長の余地、というものは断たれたように見えたのだが……あのあとメカ娘化したDMさんが改めて話をして、その意思を少しばかり曲げさせることに成功したのだとか。

 

 

「人聞きの悪い。私は少し視座を変えて、『他者のためになにかをすることも、ある意味では世界を好きにすることと変わりませんよ』と述べただけなのに」

「そういうのって詐欺師のやり方だとお兄さん思うワケ」

「まぁまぁ。……実際、今を良くするというのは今を変えないということではない、ということにはわかっていたからね。だから単なる気の持ちようだ、と思い出したようなものさ」

 

 

 ……詳しいやり取りはわからないが、『今を守る』ことは『今を保つ』ことではない、的な話になったのだろう、ということはわかる。

 結果、DMさんの言う通り少しだけ()()()()()()MODさんは、自身の力の適用範囲を少し広げることに成功したのだった。

 まぁそれでも?自分の変化のように他者を変化させるのは少し抵抗がある……というか万が一失敗した時が怖いので、あくまで自分以外に使う時は物に対して、という風に徹底はしているみたいだが。

 

 そんな感じで生み出された着物達だが、他者付与型ではない以上それを着る、という行程が必要となるわけで。

 着物の着付けといえば、それなりに時間の掛かるものであるというのは有名だろう。それが単純に考えて六人分である。……そりゃ、出掛けるのも遅くなろうというものである。

 

 

「AUTOさんが居なかったら、もっと時間が掛かっていたでしょうね」

「そこを言うのであれば、TASさんが自分で着付けができたこと、DMさんも他人に着付けができるようになってくださったことも語るべきでは?」

「MODさんがそういうの苦手なのは意外でしたぁ」

「私の場合はそのまま変化(MODの適用)すればいいから、わざわざ着付けなんてしないからね……」

 

 

 なお、MODさんは当初『振袖を着ているMODさん』に変身しようとしていたが、他の面々から『風情がない』『楽をするな』などと言われた結果、渋々他の面々に着付けして貰った、などという裏事情があったりする。

 ……前々から思ってたけど、この人意外とズボラだな?

 

 



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よりよい明日を願いましょう

「神社に到着。……したからには、参拝RTAを敢行しなければならない」

「参拝RTA?」

「そう。神社の各所を回り、最後におみくじで大吉を引けばゴール」

「真面目にやると、最後のおみくじで屑運を披露しそうなルートですわね……」

 

 

 まぁそもそも、他の方が危ないのでやるな……という話なのですが。

 

 そんなAUTOさんの言葉に小さくむぅ、と唸ったTASさんは、「じゃあ仕方ない。おみくじで全員に大吉を引かせるルートで我慢する」などと呟いていたのだった。……そっちはそっちでダミ子さんが鬼門な気がするな?

 

 ともあれ、神社に到着である。

 それなりに急いでやってきたことも幸いし、太陽はまだ水平線から登ってきてはいない。

 周囲の明るさからして──お参りをしたあとちょっと暇を潰していれば、そのまま日の出が拝めるのではないだろうか?……と予測できる感じの状況であった。

 

 

「お決まりな感じに、段差に引っ掛かって転けそうになっていたダミ子が今回の短縮ポイント」

「お兄さんが反応してくれて助かりましたぁ」

「完璧に顔面から行くルートだったからね、お兄さんも流石に顔面紅葉おろしは見たくないからね」

「そんな酷いことになる予定だったんですか私?!」

 

 

 なお、道中ちょっとしたトラブルがあったがそこは割愛。……この人やっぱりお子ちゃまなのでは?……的な疑問が俺を襲ったがそこも割愛。

 

 とにかく、目的地にたどり着いたのだから、あとはやることやって朝日を待つだけである。

 今は人も疎らだし、邪魔になることもないだろう。

 

 

「じゃあお参りをしましょうか。皆様は、なにを願いますの?」

「この世の中からありとあらゆるラグの消去を」

「無病息災無事故家内安全」

「今年こそTASに勝ち越せるように……」

「私はお兄さんと同じ感じかな?今年も平穏無事でありますように、というか」

「元に戻れたらいいなぁ、なんて……」

「寧ろ私は願われる側ですので……」

「んー、この纏まりのない集団……」

 

 

 そんなわけで、境内へと進み始めた俺達なのだが。AUTOさんからの問いに皆が答えたのは、そんな感じのバラバラな願いなのであった。……まぁ、仕方ないね。

 

 

 

・A・

 

 

 

「やり過ぎた。無いはずのモノを引いてしまった」

「無いはずのモノってなんだい……?……ウワーッ!おみくじじゃなくて温泉旅行のチケット引いてる!?」

「福引きでも引いたんですの貴方?」

 

 

 無難にお参りを終えた俺達が、近くの売店……社務所?に移動し、おみくじを引いていた時のこと。

 TASさんはいつもの謎の踊り(儀式)を行ったのち、宣言通りみんなに大吉を引かせようとしていたのだが……どうも変な乱数に触ってしまったらしく、結果として彼女が引いてしまったのは温泉旅行のチケットなのであった。

 ……どうにもここに勤める巫女さんの個人的な所有物が紛れ込んでいたらしく、真っ赤な顔をしてすみませんすみませんと謝る彼女にそれを返すことに。

 

 こうして謝られはしたものの、結局TASさんが無茶なことをしようとした結果起きたことというのも確かなので、苦笑いを浮かべつつなぁなぁに済ませることになったわけだが。

 これで懲りるようなTASさんならば、TASさんなどと呼ばれるわけもなく。

 

 

「……今度はこんなもの引いた」

「ウワーッ!寧ろどうやって引いたんだそれ!!?」

「印鑑……印鑑……???」

 

 

 思わずDMさんが宇宙猫となる横で、TASさんが掲げたのは印鑑。……いわゆる御朱印ではなく、普通に私物っぽい印鑑である。

 これまたさっきの巫女さんの持ち物だったわけなのだが、なんだろうか、乱数があの人の持ち物に固定されてる……?

 そんな疑念を浮かべつつ、さっきより更に慌てたような顔の巫女さんに印鑑を返すことに。

 

 ……さて、世の中には三度目の正直、という言葉がある。

 二回失敗しても三回目ならば、という希望を歌う言葉だが、悲しいかな人間社会はバランスを取るもの。

 三度目の希望を謳う言葉があるならば、同じように三度目の絶望を謳う言葉もあるというもので。

 

 

「……これは流石の私も困惑」

「ウワーッ!名前の書かれた婚姻届ですぅ!!?」

 

 

 それは()()()()()()()()()()()、というあまりに直球の言葉なわけだが、そうしてTASさんがその手に掴みとったのは、なんと名前の記載された婚姻届。……そこに書かれた名前の片方に覚えがあるのは、さっきの印鑑の名字と同じだからということになるわけだが。

 ……これ、巫女さんが宮司を口説き落とそうとしてるやつだな?温泉旅行に誘って云々、みたいな。

 

 この予想が正解かどうかは不明だが、件の巫女さんが汚い悲鳴(フギャーッ!!?)をあげていることは確かな話。

 さっきまでの二度のそれより遥かに慌てた彼女の姿を見て、苦笑を通り越し最早虚無に近い心境の俺は、TASさんが婚姻届を巫女さんに返すのを見ながら、ふと空を見上げたのだった。

 

 

「……あ、初日の出」

「なるほど、新しい二人のための夜明け。このための遅延行為だったということだね」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「参拝客から謎の激励を受けてる!!?なにこれ!?」

 

 

 タイミング良く(?)登ってきた太陽に、恐らくお日様も巫女さんの恋路を応援してるのだろうな、と適当な感想を抱くことになった俺達なのであった。

 ……まぁ、新年早々縁起が良かった、ということで……。

 

 



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寒い日にはこたつが恋しいもの

「……雪だねぇ」

「一面真っ白。個人的には初詣の効果がなくてイライラ」

「あー、ラグよ滅べって言ってたもんねー……」

 

 

 はてさて、正月・三が日も過ぎ去ったとある日のこと。

 今日はどうにも一日中吹雪くようで、窓の外の景色は一面銀世界。

 どんよりと曇った空からは絶えず雪が降り注ぎ、結果としてTASさんはほんのり不機嫌なのであった。……まぁうん、ゲームとかだとラグの元だもんね、雪とか雨とかって。

 とはいえ、今のTASさんは天候変化も覚えてしまっているので、その辺りのことを今更気にする必要性も薄そうなものなのだが……?

 

 

「できることと、やりたいことというのはイコールではない。この場合、余計な調整が必要になるという時点で嬉しくないのは確実」

「そもそも天候を変化させられると言っても、いきなり雲が消えてなくなるわけではないですしね。こう、バーッと雲が左右に割れていく……みたいな?」

「あーなるほど、自然現象の結果として晴れる、みたいな感じなのね……」

 

 

 どうも話を聞く限り、好き勝手に天候を変えられると言っても、いきなり雲が現れたり消えたりするような話ではないらしい。

 前回の時は、既に変化したあとしか見てなかったので勘違いしていたが。

 

 そういうわけなので、今から天候を変化させようとしても、暫く雪が降り続くのは変わらないとのこと。

 つまりラグが続く環境も暫く変わらないわけで、そりゃTASさんのイライラも鰻登りになるというものなのであった。

 

 

「むぅ、本当なら今日は外に出て、お兄さんの訓練の予定だったけど……」

「ちょっと待って訓練?訓練ってなにやらせるつもりだったのTASさん??」

「……つもりだったけど、今日は諦めてゲーム攻略の時間を更新しようと思う。DM、記録の準備を」

「はいはい、ポチッとな」

 

 

 暫くして、午後の予定を変えて家の中で過ごすことにしたらしいTASさん。……なんか聞き捨てならない台詞を吐いていた気がするが、普通にスルーされたため聞けずじまいである。

 ……それはともかく、なんか今ナチュラルに変なことしてなかったDMさん?そのボディがメカだからって、遠隔操作であれこれ準備し始めるのはどうかと思うよ俺???

 

 そんな俺の疑問は放置して、ちゃくちゃくと進められるTAS……もといRTAの準備。

 どうやら今回は伝説の勇者のゲームの更新作業を進めるようだ。……あれだよあれ、以前TASさんが『これは使える』って真似してた盾サーフィンのやつ。

 

 

「お兄さんは甘い。今のトレンドは最早盾は不要、真の英雄はスタート地点から一歩も動かずにボスを倒す」

「……んー、お兄さんの気のせいならいいんだけど、いつの間にか誰も知らない謎のバグとかグリッチとか見付けてない君?」

「TASとRTAは互いに影響を与えるものでもありますし、彼女のそれもそういう流れの中で磨かれたモノだと思いますよ?」

「やだ、DMさんがすっかりTASさんのノリに染まってる……」

 

 

 なお、以前の技術は既に過去のもの。最新の私を見せ付けると意気込むTASさんと、それを応援するDMさんの二人とも、なんだかいつもより生き生きしていたのだった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……なるほど、それでゲームを遊んでいたと?」

「私のそれは遊びであると同時に仕事でもある。真剣さこそ命なので、そこは勘違いしないでほしい」

「あーはいはい、そこはわかっていますので今は流しますわよ」

「……むぅ、最近AUTOの私に対する扱いが雑になってる気がする」

 

 

 さて、あれから暫く経過して。

 現在居間ではAUTOさんの事情聴取……尋問?的なものが、TASさんとDMさんの二人に対して執り行われている。

 なんとも穏やかな話じゃないが、何故そうなったのかというのは、彼女達以外の面々の様相が、その答えを示していたのだった。

 

 

死ぬ……寒くて死ぬ……

焼け死ぬかと……思いましたぁ……

「空から魚が降ってくる、というのはたまに聞くけど……いや、カジキマグロはやめようねマジで、死人が出るやつだからねそれ」

 

 

 そう、それはうちに来るために外からやって来たCHEATちゃんとMODさんと、それからたまたま外に買い物に出ていたダミ子さんの三人の死屍累々な姿。

 ……ゲームの更新作業に夢中になっていたTASさんは、自分が()()()()()()()()になっていたことを失念していたのである。

 そのため、彼女がゲームの中でアクロバットな動きをする度、やれ外では吹雪が猛吹雪に進化したり、はたまた大風でなにもかも吹っ飛ばされそうになったり、雨と雷でびしょ濡れになったり、はたまた唐突に気温四十度代の晴天と化したり……と、いや最早そのレベルの気候変動は普通に突然って言ってもええやろ、みたいな天候変化が巻き起こっていたのだった。

 そりゃまぁ、AUTOさんも額に怒りマークを付けて怒髪天にもなる、というものである。

 

 なお、DMさんは記録のために他より俯瞰視点で周囲を見ていたので、途中でTASさんを止められたはずでしょう……という意味でついでに怒られているのだった。

 ……え、俺?最初から土下座ですよ?気付けと言われればせやね、としか言えないからネ!

 

 まぁそんなわけで、新年早々幸先の悪い感じのスタートを切ってしまった俺達なのでありましたとさ。

 

 



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丁度七人いるので七人分

「七草粥を食べると無病息災でいられる、という風習がある」

「だから七草を集める、って話になったのはわかるんだけどさ……」

 

 

 楽しげに前方を歩くTASさんを眺めつつ、はぁとため息を吐く俺。

 今回はいわゆる『人日の節句』と呼ばれる行事のために、その主役となる七草を集めに来たわけなのだが……え?その前に『人日の節句』自体がよく分からないって?

 

 

「『人日の節句』と言うのは、元々古い中国の風習である『人の日』を由来とする。詳しいことは省くけど、要するに『人を大切にしよう』という日で、それが一月七日に行われるものだった」

「その中国の風習が日本の『七草を使った粥を食べ、一年の無病息災を願う』古い風習と結び付き、節句の一つとして成立したというわけですね」

「はぁ、なるほど?」

 

 

 まぁ、そんな感じ。要するに『七草粥を食べる日』のことを『人日の節句』と呼ぶ、というわけである。

 で、今回のあれこれは、言ってしまえば季節の行事をやろうという、とても単純な話になるわけなのだが。……TASさんが素直にその辺りの行事を消化するわけもなく。

 

 

「今回は最強の七草粥を作る。ゆえに……別に七草以外のものを選んでも構わない、と他の面々には言い含めておいた」

「……ぜったいろくなことにならねぇ」

「あ、あははは……」

 

 

 いつの間にか常識人側に加わっていたDMさんが苦笑するように、TASさんが企画・提案している時点で、真っ当に終わるはずがない。

 ……その結果が、半ば闇鍋じみた七草粥の創成、ということになるのであった。

 無論、()()()()()と述べている通り、この子達に好き勝手やらせた結果どうなるか、というのはお察しの通り。

 

 

「最終的に無病息災にはなるだろうけど、その過程で俺の体が酷いことになる。断言してもいい」

「……ええと、そこまで疑わずとも、少しは信用してあげてもよいのでは……?」

「甘いな、神様だけに視点が雑いぞDM!」

 

 

 神様ディスする必要ありました今?!……というDMさんの抗議はスルーし、改めて(ちょっと目を離したあとの)TASさんを指差す俺。

 そこにあったのは、

 

 

「お兄さん見て見て、今年のマンドラゴラはとても元気」

(形容できないような悲鳴をあげる植物の根っこらしきなにか)

「……マンドラゴラって、普通に実在する植物でしたよね?」

「神様に実在を疑われるような植物ではなかったかなーははは」

 

 

 これで良いものが作れる、とニコニコ(※当社比)でこちらを見るTASさんと、その手に捕まれた謎の蠢く物体の姿。

 ……ははは、最初っから先行き不安なんだけど、どうすりゃいいんだいこりゃ(なげやり)

 

 

 

;‐A‐

 

 

 

 そもそも伝説の方のマンドラゴラなら、叫び声聞いた時点で死ぬやんけ!……的なツッコミを投げたところ、返ってきたのは「この子は幼体。人を殺せるほどの力は出せない」という、ある意味更にツッコミ処の増えた言葉なのであった。

 

 

「料理に使う時は成体になりかけのものがよい。けど、普通の人にはその見分けが難しく、間違って成体を引っこ抜いて死んでしまうことがよくある。研究とかに使われるのは成体の方で、そっちを求めてる人は対処法を知ってるからなんとかなるけど……一般人にそんな手段や知識はないと思うから、素直に育ちきってないと一目でわかるものを採るべき。味は落ちるけど、そっちの方が安全」

「んー?おかしいなー、俺今ファンタジーな世界に居るんだっけ?なんかこう……ファンタジー世界での常識、みたいなものを語られてた気がするんだけど?」

「……?お兄さん大丈夫?頭打った?ここは普通に現実だよ?逃避しちゃダメだよ?」

「なんで返す刀でボロボロにされてるのかな俺!?」

 

 

 一瞬でリングアウトさせられた気分なんですがそれは。

 ……ともかく、TASさんが適当なことをくっちゃべっている、というわけではない様子。

 じゃあいつの間にか、異世界からの侵食によりこっちのマンドラゴラが全て置換されてしまった、とかいう話なのだろうか?

 

 

「……?()()()()マンドラゴラは普通に毒。少なくとも料理に使うようなものじゃない」

「ツッコミ処をぽんぽこ増やすのをヤメロォ!!?」

「?」

 

 

 ……という予想も、瞬時に荼毘に伏したわけなのだが。いや、どっちもあるんかい!

 

 怪訝そうな顔でこちらを見てくるTASさんだが、そんな顔をしたいのは寧ろこちらの方である。

 さっきからばんばかばんばか新しい疑問点を大量投入して来やがって、しまいにはふて寝するぞこのやろー。

 

 

「……あ、なるほど。やっとわかった」

「なにがぁ!?」

「お兄さんが困惑してる理由。そもそもなんで今回、外に出て七草を探そうなんて言い出したのか、ちゃんと説明してなかった」

「……ええと、単に七草の代わりを探しに来た、というわけではなく?」

「それもある、あるけどそれを満たすものは恐らく限られる」

 

 

 TASさんの物言いに、思わず困惑の表情を浮かべる俺。

 隣のDMさんも不思議そうな顔をしている辺り、理由とやらに思い当たる節はないらしい。

 そんな感じで頭上に疑問符を浮かべる俺達に、TASさんは今回の遠出の()()目的を告げるのだった。

 

 

「──異世界からこちらに定着しつつある生物達。それを根こそぎ片付けてしまおうという新企画」

「「……新企画?」」

 

 

 なお、聞いてもよくわからなかった俺達は、揃って更なる間抜け顔を晒す羽目になったのだった。……新企画?

 

 



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一度目は偶然、二度目は?

「……ええと、よくわからんのだけど?」

「以前、サンタがこっちにやって来たことがあったのは、お兄さんも知っての通り。……本来、彼女の来訪はあり得ないことだったけど、DMとの出会いなどの複数の要因により、次元境界線は不安定となって彼女の来訪を許してしまった。ことわざなんかではよく『三度目』というのが取り沙汰されるけど、現実的には『二度目』を迎えた時点で、物事は偶然性を否定される・ないし否定されるような状態となる」

「待ってくれないか、一辺にバーっと喋られてもわかんないよ!」

「なるほど、じゃあ端的に。すべては サンタのせい」

「なんだとぉ!?クソォサンタめ!!」

(……こんな理不尽な怒られ方するサンタとか、他所では考えられませんね……)

 

 

 いやまぁ、言いたいことはわかったんだけど(二度あれば偶然とは言い辛いよね?)、その長尺台詞には反応せざるをえないというかね?

 そんな感じの雑な流れで悪役にされたサンタさんには悪いが、誰か一人に原因を求めてしまうのは人の悲しき性、諦めて悪のサンタとして定義されておいてほしい。

 ……どこからか「ふざけるなぁー!!」という叫び声が聞こえた気がしたけどスルー。

 

 ともあれ、何度も異世界との関係を持ってしまっていること・及びあからさまに超常存在なDMさんと出会ったことにより、次元境界線とやらが非常に脆くなっているのが今のこの世界、ということになるようで。

 

 

「……ええと、もしかして私っているだけで問題だったり?」

「ああ、そこは大丈夫。メカTASを使って新しい体に放り込まれた時点で、貴方が発する悪影響はほぼシャットアウトされたから」

「あ、これ道楽的なモノではなかったんですね……」

「?私の行動は基本無駄はない。お兄さんと居る時はその限りじゃないけど……他の面々に施すあれこれは、基本全部必要なものばかり」

 

 

 で、その話をしたことでDMさんが、自分の存在云々の話からして『私って居るだけで害悪なのでは?』……という心配をし始めたわけなのだが。

 その辺りは流石のTASさん、そもそもこの『メカTASに入っている』という状況そのものが、一種の封印状態として機能しているので、現状DMさんが発していた悪影響は、ほぼ無くなっているとのことだった。

 

 ……まぁ、その事実を知ったDMさん自身は『抜けようと思えば抜けられる封印って、封印と言っていいのかな……?』みたいな疑念を抱いていたわけなのですが。

 え?それへの返答?『抜けるつもりならボコる』でしたがなにか?流石のTASさんだ、敵対者には容赦がねぇ(白目)

 

 ……ともかく、今のところDMさんがこの世界に対しての脅威になる、という可能性はないそうで。

 ゆえに、現状残っている問題というのが──、

 

 

「短期間とはいえ、他所の世界に繋がってしまった結果こちらに流れ着いた異世界の動植物達。これが、現状の問題」

「なるほど?外来種のもっと規模の大きいバージョン、ということですね」

「そう。今回の私達の目的は、それらの異世界外来種の駆除。そして、それをするのにもっとも適しているのが──」

「食べられるものは食べてしまう?」

「そういうこと。つまり異世界の厄介者を焼いて(グリルして)食べてしまおうという企画──」

「ああわかった、わかったから皆まで言わないように。真面目に怒られるから

「ん、わかった」

 

 

 なるほど、だから『企画』だったのか(白目)

 ……どこぞの農業系アイドルの番組に肖ったらしいそれに、思わずため息を吐く俺である。いやうん、単に殺傷するよりかは、食べられるのなら食べる……ってのは良いことだと思うんだけどね?

 ともあれ、今回の七草粥が、それに託つけてあれこれ厄介事を片付けようとしている、ということも理解した。……理解したが、それって最早七草粥にはならないのでは?……と、今さら過ぎるツッコミも入れたくなってくる俺である。

 

 

「その辺は折り込み済み。今回探すのは、基本的に異世界の植物ばかりだから」

「なるほどなー。……ところで、さっきのファンタジー系家庭の豆知識的なやつはどっから出てきたので?」

「……?お兄さんも知ってるはずだけど」

「あーやっぱりー!?夏の大冒険with俺の時にやってたんだねー俺の知らないところでー!!」

「一応注釈を入れると、このマンドラゴラの種を持ってきたのはお兄さん。知らない間に服に付いてたみたい」

「マジかよ俺戦犯じゃん!!?」

 

 

 その疑問は、今回集めようとしているのが植物で統一されている、というTASさんの返答によって氷解したが……。

 代わりに、『つまりそれって今回の七草粥以外にも、今度は動物系の異世界生物を狩りに行く機会があるってことだよね?』という疑問が生まれたり、はたまた『俺の服に種が付いてたぁ!?』と今回の騒動の一端に俺が関わってることなど、新しい疑問も幾つか生まれてしまったため、相対的にはマイナスになっている感じがしてしまう俺なのであった。

 

 ──なお、その後の七草集めは順調に進行し、最終的に生まれた粥(七草粥ではない)はそれなりに美味しかった、ということをここに記しておく。

 ……内容物?聞くな。そもそも米の時点で違うもの使ってた、って時点で察せ。

 

 



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似ている二人は似ていない?

「……そういえば」

「はい?なんですかお兄さん」

 

 

 メイド姿もすっかりこなれたDMさんの後ろ姿を、頬杖を付きながら眺めていた俺。

 この格好をしていると、無性に家事がしたくなる……とのことで、普段の俺のやることの大半を彼女に奪われている現状、俺のヒモ度合いが下がる代わりにニート分が高まっていることに焦りや困惑もなくはないが、DMさんが楽しそうなので言い出せずにいる……という心境とは全く関係ない話で恐縮なのだが、俺は一つの疑問を抱いていたのだった。

 

 

「いや、よくよく考えたらそのボディって、元々メカTASさんだったわけじゃん?その時は全く似てなかったわけだけど……今はみんなの尽力によって瓜二つレベルになってる。……それってほら、言い方を変えると見た目中学生・下手すると小学生高学年に見られることもあるTASさんと瓜二つ、ってことにもなるわけで」

「まぁ……はい、そういうことになりますね」

「じゃあさ?近くのスーパーとかに買い物に行く時、声とか掛けられたりしない?TASさんって結構有名人だし、そもそも昼間に外出てたら補導されたりしそうというか」

「ええと、不思議とそういうことはないですね。……いえ、正確に言うと、始めて話し掛けられる方の空気は、『よく知った誰かに声を掛ける時』のそれなのですが」

「……ふむ?」

 

 

 その疑問と言うのが、結果的にTASさんと瓜二つになってしまったことによる弊害。

 ……TASさんはここでの生活が長いため、周囲の人に顔とか行動を覚えられてしまっている。

 そのため、そんなTASさんと瓜二つだと、あれこれと絡まれたりして大変なのではないか?……と心配になってしまったわけなのだが、聞く感じではどうにもそういうトラブルには遭遇していない、とのこと。

 

 ……思わず俺が首を傾げても、おかしくはないのではなかろうか?

 というか、彼女の話を聞く限りそういうトラブルの芽、みたいなものはしっかり存在しているみたいだし。

 

 

「なんの話をされているのですか?」

「おっとAUTOさん。いやほら、DMさんってTASさんと瓜二つじゃん?」

「ええまぁ、元々の素体が持つ方向性を変えないように仕上げましたので、当たり前と言えば当たり前ですが」

「あ、見た目が同じなのってそういう……ってそうじゃなくて。ええと、見た目が同じってことは、同一人物って勘違いされてもおかしくない?……って疑問がね?」

「なるほど?……なるほど、また微妙なことを気にしていらっしゃるのですね」

「……そこはかとない雑な扱いの気配がするけど、そこは置いといて……微妙とは?」

 

 

 そうして首を捻る俺達二人の前に、都合よくやって来たのはDMさんのボディの開発・改良の責任者であるAUTOさん。

 彼女は俺とDMさんがなにやら話し込んでいる姿を見て、何事かと近付いてきた様子。ゆえに、彼女に俺達の疑問を投げてみたのだけれど……返ってきたのは呆れたような彼女の表情。

 その姿はまるで『そんなこと悩むような問題でもありませんよ』とでも言っているかのようで。……思わずむっとする俺達だったが、彼女が次に放った言葉に俺達は唸らざるをえなくなるのだった。

 

 

「だって、よく考えてみてくださいまし。──基本無表情のTASさんと、よく笑いよく困りよく照れるDMさん。……姿形が同じとて、両者を同一と見るのは中々骨が折れる作業ではありませんこと?」

「……確かに」

「えっえっ、私ってそんなに顔に出てますか!?」

「ええ、それはもう」

「今もめっちゃ困ってる顔してる」

「ええ~っ!!?」

 

 

 そう、その理由と言うのが、両者の表情筋の稼働率。

 TASさんの表情は基本的に『無』であり、例え変化したとしてもその変化量はごく微細。

 薄く笑むとか薄く睨むとか、そのレベルの変化がほとんどなのである。……しかも、そのレベルの時点で実際は『滅茶苦茶面白がってる』とか『激おこ』とかなので、それよりも低い感情レベルでは最早『眉がちょっと下がってる』とかの変化しか見られないのだ。

 

 対してDMさんだが、こうして見ているだけでわかる通り、その表情の変化はまさに多種多様。

 華開くような笑みも、背筋を震わせるような憤怒も、共に仰々しいくらいに提示して見せるのが彼女の感情表現である。

 ……言い方を変えると、見た目の年齢相応の表情変化、というべきか。

 

 つまり、両者を並べた場合にそれを混同することはほぼ不可能、仮に同一人物だとしても、これほどの違いは最早多重人格級の変化であるため、周囲の人もそういう風に対応してしまう……という事態を引き起こしていたのだろう、と予測できてしまうのだった。

 

 

「あとついでに言えば、彼女が外に出る時は基本的にこの服装(メイド服)でしょう?この服装自体、両者の明確な違いとして認知されている、と見るのはそうおかしくもないと思いませんか?」

「……確かに」

 

 

 あと、DMさんのメイド服も、両者を別人と考える理由となっているだろうとのこと。……まぁうん、TASさんがメイド服を着ること自体、滅多にないだろうしね……。

 無論、なにかの攻略に必要となれば、躊躇いなく着るだろうという信頼はあるが。

 

 そんな感じで、『わ、私ってそんなにわかりやすいの……!?』と戦慄しているDMさんを横目に、俺は機能停止した彼女に代わって残っている家事をやり始めるのだった。

 

 



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倒すべきモノはただ一つ

「お兄さん、バレンタインです」

「ああはい、そういえばそんな時期だねぇ」

 

 

 月日は流れ、二月。

 世間様では恋人達の祭典・バレンタインが間近に迫り、そこに漂う空気感も、それ相応のものに変化しつつあったわけだが……。

 ご覧の通り、うちにはそういう甘い空気は縁がない。だってほら、

 

 

「今年も何時ものように、私達が倒すべき敵が現れた」

「あーうん、どいつもこいつも爆発させるしかないねぇ」

 

 

 今日の俺達は、まるでワンマンアーミー。……いや一人じゃないやんけ、というツッコミは受け付けないので悪しからず。

 ともかく、今の俺達が戦場を前にした状態にある、ということは間違いない。

 つまり、今宵の俺達は一つの修羅・戦場を駆ける影の狼……。

 

 

「……いや、なんですのいきなり?遅すぎる中二病とか、そういうあれなのですか?」

「おおっとAUTOさん、中二病とは酷い言いようだ。まぁ否定はできないんだけど」

 

 

 カッコ付けてたのは間違いないからね!

 ……というわけで、呆れたような表情でこちらを見るAUTOさんを前に、いそいそと座り直す俺とTASさんである。……え?なんで座ったかって?そりゃもちろん、これからAUTOさんにちゃんと事情を説明しなきゃいけないからですがなにか?

 

 

「……なるほど、ご自分達がよっぽど物騒なことを仰っている、という自覚はあったと。……で?懺悔はそれだけですの?」

「待ってほしい。恐らくAUTOは勘違いをしていると思われる」

「勘違い?なにをですの、どう考えてもこれからやらかす流れだったではないですか!」

 

 

 ほらご覧の通り。

 AUTOさんってば俺達のことを誤解して、ここで止めなきゃ被害がヤバいとか思ってる顔してる。……これはちゃんとおはなししないと(使命感)。

 

 

「AUTOも私達の話を聞けば、この行動に賛同を示してくれるはず」

「洗脳でもするおつもりなんですの……?まぁ、いいでしょう。一先ず言い訳くらいは聞いて差し上げます」

 

 

 そんなわけで、俺達が毎年この時期になにをしているのかを話した結果。

 

 

「……それは協力せざるを得ませんわね」

「やったーお墨付きー」

「いえー」

 

 

 俺とTASさんは彼女の説得に成功し、二人でハイタッチをしたのであった。

 

 

 

>∀<

 

 

 

「こちらブラボー1、目標に接近中、オーバー」

「こちらHQ、そのまま接近後タイミングを取るために待機、こちらの指示を待て、オーバー」

「……わりと本格的ですわね」

 

 

 コールサインまで使ってる辺り、楽しんでるのは間違いないね。

 ……ってわけで、今回はスニーキング・ミッション方式での決行である。

 俺は司令部(HQ)としてバックアップ、TASさんは実働部隊として、前線でハッスル。ダンボールは準備済みだ!()

 

 

「……いや、バレませんか?ダンボールは流石に」

「なにを言う、相手は天下のTASさんだぜ、見てみなよあの勇姿を」

「……!?風で煽られて飛んでいくダンボールの真似、ですって……?!」

「ね?」

 

 

 なお、現実でダンボールなんぞ持ち出してもカモフラージュには使えんだろう、というツッコミに関しては、彼女が中に入った状態で『中になにも入ってない時のダンボールの動き』を再現することにより、逆にカモフラージュ出来ている……という意味不明なやり方でクリアリングしていたりする。

 基本的に口を下にすること・及びTASさん自体がわりと小さく、ダンボールの中にすっぽり隠れられるからこそできる荒業だ。

 ……まぁ、それでも大きなダンボールがそこらに転がっている、という状況自体がおかしいのも確かなので、それをごまかすための『風で煽られて飛んでいくダンボールの真似』なわけなのだが。……中のTASさんが凄いことになっているのは間違いあるまい。

 

 ともかく、そんな感じで対象に気付かれないように近付き、サイレントキルを食らわせる……というのが、今回のTASさんの基本行動ということになるのだが。

 しかし、相手が相手ゆえに中々サイレントにはならない、というのが悲しいところである。

 

 

「……にしても、本当に居るんですの?その……」

「まぁうん、冷静に考えるとおかしいんだけど、実際三年くらいずっとやってるんで……」

 

 

 そうしてTASさんの動きを見守る中、AUTOさんが溢したのは俺達の目的の相手が、本当に実在するのかという疑問。

 ……まぁうん、口頭だけだとちょっと疑いたくなるのは間違いないよね。AUTOさんが納得してるように見えたのも、実際には『本当にそんなやつが実在するのか?』という疑念を晴らすためなのだろうし。

 

 とはいえ、奴らは確かに居るのだ。

 ずっと昔から、下手をすれば俺が生まれる前から。

 それをどうにかできるのは、恐らく俺達だけ。ゆえに俺達は影に潜み、奴らを狩るのだ……。

 

 また中二病が溢れていますわね、みたいな顔をするAUTOさんを横目に、ついにターゲットの背後に接近したTASさん。

 その姿を望遠鏡で確認した俺は、手元の無線にこう告げるのだった。

 

 

「──行けっ(GO)

「──ドーモシットオトコサン、カップルスレイヤースレイヤーデス」

「!?なんだその無理のあるネーミング!?」

「問答無用。イヤーッ!!」

「グワーッ!!?」

 

「……怒られませんか、この流れ」

 

 

 そう、奴らとは世に溢れるカップル達を妬み、それを破壊しようとする悪人共。

 ──公然と甚振(いたぶ)っても怒られな……げふんげふん。……警察にぶち込むのがお似合いな彼等を、夜な夜な狩り尽くして行くのがバレンタインシーズンの俺達の過ごし方なのである。

 

 そんなわけで、目にも止まらぬ早業で悪漢どもを、千切っては投げ千切っては投げするTASさんに置いていかれぬよう、走って彼女を追い掛ける俺達なのであった。

 ……あ、途中からAUTOさんも前線で手伝ってくれたので、例年より早く作業を終えることができたとも記しておきます、はい。

 

 



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別にアンタのことなんか好きじゃないんだからね、とは言わない

「……私達自身はバレンタインしないのか、って?」

「ええまぁ、他人のあれこれに関わるだけで終わるのかな、と思いまして」

 

 

 はてさて、悪漢共を無事に警察に引き渡したあと、警察署からの帰り道にて。

 

 ふと思い立ったように声をあげるAUTOさんに対し、首を捻るTASさんである。

 ……まぁうん、別に料理が下手ってわけじゃないけど、TASさん自体あんまりお菓子とかご飯とか手作りしたりしないからね、仕方ないね。

 え?貰えば嬉しいだろうって?そりゃまぁバレンタインだしねぇ。

 

 

「お兄さんの好感度稼ぎはもう終わってるので……」

「本人を目の前にその発言は、その稼ぎ終わったという好感度下がってもおかしくない気がするんだけど???」

「大丈夫、そこも含めて調節済」

「わぁ事務的かつ効率的ぃ~」

 

 

 とはいえ、TASさん的に恋愛イベントはノーサンキュー、恋にかまけている暇があるならタイムの短縮に精を出すのが正解、というもの。

 なので、こんな感じで大分雑な扱いを受ける俺なのでありましたとさ。

 

 で、ここまで話を黙って聞いていたAUTOさん、なんだか知らないが悪いことを思い付いた時のような笑みを浮かべていらっしゃるわけで。……この人がこういう顔するの珍しいな?

 

 

「なるほど。では私が端正込めて作ったチョコレートなどをお贈りしても、TASさんとしてはなにも含むところがない、というわけですわね?」

「……なるほど挑戦と見た。私は負けない、なんであっても」

「ええ、ではそのように」

 

「……んん?」

 

 

 そんなAUTOさんは、こちらが口を挟む暇もなく、あれよあれよとなにやら良からぬ話を進めてしまう始末。……気のせいじゃなければ俺、勝負のための出汁にされてない?

 そう問い掛ければAUTOさんは、「まぁまぁ。美味しいチョコレートが食べれると思えば、なんてことないでしょう?」と艶やかに微笑んでいたのであった。……この子、時々はっちゃけるよね。巻き込まれるこっちの実にもなって欲しいんだ(白目)

 

 

 

・A・

 

 

 

「──と、言うわけで突然始まったバレンタインチョコ対決。解説はこの私・MODと、」

「私ことCHEATがお贈りするぜー!……ところで、MODはチョコ渡した?」

「まぁ一応は。お世話になってるしね。……そういうCHEAT君は?」

「チ○ルチョコを山ほど!」

「んー、微妙に嬉しいような顔が引き攣るような……」

「因みに全部コーヒーヌガーだぜ!」

「──前言撤回、絶対苦い顔してただろうそれ?」

「?わりと喜んでたぜー?」

「あー、貰えるんならなんでも良いタイプの人だったかー」

 

 

 ……司会進行役の二人が、人のことを好き勝手あれこれ言っている今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?

 わたくしめは何故か椅子に縛られ、逃げ出せないようにされたままステージに設置()されている次第でございます。……備品かな?

 

 何処から引っ張ってきたのか、テレビ番組でしか見ないようなセットの両サイドで、せっせとチョコを作っているのは皆様ご存知、TASさんとAUTOさんのお二人。

 突発的に始まった料理対決なわけですが、わたくしとしましてはとっとと逃げ出したくて仕方がありません。なにせほら、

 

 

「~♪」

「……あれ、なにやってるんだと思う?」

「そりゃ勿論、錬金術だろう?」

「だよねぇ……」

 

 

 片やTASさん、この間の七草粥(という名前のなにか)の材料の残りや、店で買ってきたカカオ(果肉付き)やらサトウキビやら、とにかく材料を大きな鍋に放り込みまくっている。

 ……いやまぁ、いつぞやかのカレーのように、鍋の中身は非公開情報・恐らくはこちらの予想を遥かに上回るような不可思議な反応により、多分まともなチョコが出てくるのだろうとは思うのだが……なんだろう、冷や汗が止まらないんだ。

 

 

「これはこうして、ここをこうして……」

「ひぃっ!?ななな、なんですかあれぇ!?」

「……ええと、鮟鱇……ですかね?大きいので吊るして切っているのではないかと」

「チョコになんで鮟鱇が必要なんですかぁ!?」

「……滋養強壮、とか?」

「なにを狙ってるんですかそれぇ!?」

 

 

 対しAUTOさん、こっちは安心して見られる……はずだったのだが、なにをトチ狂ったのか、彼女が用意していた具材が問題であった。

 ……うん、からだによさそうなものがいっぱいあるんだけど、それはたぶんちょこのざいりょうとしてはふてきせつだよね???

 AUTOさんに掛かればとりあえずまともな見た目にはなりそう、というところが更に恐ろしさを加速させる。ははは、なんだこれ。

 

 ……ともかく、そんな両者に挟まれた俺が、ともすれば正気を失って発狂しそうだ、ということはわかって貰えたと思う。

 その上で、今はまだ準備段階・俺の死は彼女達の料理が出来上がってから始まる……ということを思えば、もう気絶してしまった方が早いんじゃねーかなー、なんて世迷い言もポンポン飛び出してくるというものなわけで。

 

 ──はてさて、マジでどうしよう?

 なんでバレンタインの日に、こんな酷い目に合わなければならないのか。

 思わず天を見上げる俺を、助けてくれる者は誰も居ないのであった──。

 

 



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決して羨ましくないモテ方

「……さぁ、どうやら両者完成したようです!あの凄惨な調理過程から、一体どんなチョコレートが飛び出すのでしょうか?!」

「期待が持てるなー。どんな感じになるかなー」

「CHEAT君がとっても楽しそうだけど、多分それ喜び方を間違ってるよー、なんてツッコミを交えつつ、いざ実食です!」

 

 

 数十分後、いっそ鍋とかセットとか爆発しねーかなー、なんて俺の淡い期待は綺麗にスルーされ、件の二人は調理工程の全てを終了してしまった。

 野外セットの前には観客が詰め寄せ、なんだなんだと壇上を見つめている。……こんな衆人環視の中では逃げることもできず、素直に座っている俺なのであった。

 

 

「……こういう時、女の子に恥を掻かせたとかなんとかで責められるのは男側なのよね……」

「お兄さんの口からは哀愁が漏れていますが、世間一般的に見るとハーレム野郎なのは間違いないので観客の中に味方は零のようです!」

「はーいみんなー!ゲーム攻略系チューバー、チーたんだよー☆お兄さんの恥態もいいけどー、私のチャンネルも宜しくねー☆」

「こらー!!ここぞとばかりについでに宣伝してんじゃねー!!」

「はーい☆」

「キャラが変わってないから反省してないだろ貴様ー!!」

 

 

 うん、世間一般的に見ると、美少女を複数侍らせてるクソ野郎が、なにか大掛かりなセットを使って、美少女達に料理を作らせているって以外の何物でもないからね、今の状況。

 なのでこんな状況かつ、周囲に人がたくさん居る状況で俺が壇上から逃げれば、二人を争わせるだけ争わして逃げる最低のクズ男扱いされてもおかしくないからね。そうだね逃げらんないね(絶望)

 

 ……最早唯一の希望は、二人の作ったチョコレートが真っ当な見た目……は期待できないとしても、味くらいは普通であるというパターンを引けるかどうか。

 一応、二人ともモノを作るのが下手、なんてことはないはずなので、過程はどうあれ結果はまともな……はず……だといいなぁ。

 

 そんな感じで弱気になる俺を他所に、人がいっぱい居るから丁度いいや、とばかりに久しぶりの配信者(Tuber)モードで話し始めるCHEATちゃん。

 ……いやチーたんっておま、そんな名前でやってたんかい……みたいな驚愕も交えつつ、とうとうその時はやってきてしまったのであった。

 

 

「チョコレートの原型、というといわゆる中南米──ラテンアメリカにかつて存在したアステカ帝国において、神の食べ物と称されたカカオを飲み物にしたショコラトル……ですわよね。元々は滋養強壮のための飲み物だったとされており、味も甘いものではなく苦く・辛いものだったとか。──そういうわけですので、私としましてはその原型に立ち戻ったものをお贈りするのがベスト、と判断した次第でございますわ」

「わーいしょこらとるらー()」

 

 

 まず先発、AUTOさんの方。

 なるほど、チョコレートの原型がココアの方にある、というのはわりと有名な話。

 それゆえにそっち方面に振り切った、という彼女の主張そのものに間違いやおかしな点はあるまい。

 

 ……間違いがあるとすれば、彼女はそれの元々の意味を求めるあまり、お菓子としてではなく料理としてそれを解釈してしまった、ということにあるのだろうか。

 そう、吊るし切りをしていた鮟鱇を筆頭に、体に良さそうなモノがこれでもかとぶちこまれたその物体は、最早チョコと言うよりカカオ鍋、とでも呼んだ方がいい感じの物体に成り果てていたのであった。

 匂いこそチョコなのだが、ごぽごぽと沸騰するその液体は、とてもじゃないがココアとは言いたくない感じの、酷い粘性の液体と化している。

 

 さ、ずずいっと。……という言葉と共に差し出された紙コップの中に、なみなみと注がれたショコラトルが一つ。

 見れば、AUTOさんは(一丁前に)恋する乙女のような表情で、こちらがこれを口にするのを今か今かと待ち構えている。

 

 ……いや俺、君がそもそもTASさんとの対決のために俺を担ぎ出したこと、忘れてないからね?……とは思いつつ、この状況で口にしなかったら大ブーイングが観客から飛んでくるのもわかっていたため、仕方なくそれを一口含み。

 

 

「……不味くはない、寧ろ美味しい」

「おおっと、意外と好評価!これは色々期待できるかー!?」

「だけどこれ、多分飲みすぎると脈拍過多で死ぬやつ……」

「いやこれは強壮し過ぎだー!一口の時点でギブアップだー!愛が強すぎたー!!」

なんでも愛で片付くと思うなよ……

 

 

 ……一口目の時点で、体が追加を受け付けない事態に陥るのだった。効き目強すぎぃ!!

 

 

 

‐A‐

 

 

 

「さて気を取り直して後攻、TAS君のチョコです!」

「AUTOはやりすぎ。私が真のチョコレートというものを教えてあげる」

「おおっと、TAS君自信満々だ!一体どんなチョコレートを見せてくれるのかー!?」

 

 

 耳に脈拍が直に響いてくるレベルの強心剤だったわけだが、どうにか体調を戻し。

 はてさてやって来たのは問題児そのに、TASさんのチョコレートである。

 

 こっちはさっきとは打って変わって、至って普通の固形物なチョコである。

 ……とはいえ、見た目がまともだとはいえ、中身までまともとは限らない。なにせこれ、錬金術産のチョコレートだからね!!下手すると賢者の石とか混じっててもおかしくないというか。

 

 ……え?普通賢者の石を料理に混ぜるわけがない?ははは(遠い目)

 …………そういう作品が実在する以上、TASさんが真似をしないはずもない、とだけ覚えておいて頂きたい俺である。

 

 ともあれ、こうして逡巡していてもなにも解決しないので、意を決して手に持ったチョコをガリッ、と齧る俺。

 

 

「……クランチチョコだ、うめぇ」

「サクサク感がポイント。一手間掛けた甲斐があった」

「おおっと、シンプルながらテクニックの光る逸品だー!」

 

 

 その結果、口内に侵入してきたチョコレートは、予想と違い普通に美味・かつ変な食感(主に()()()()()()()とか入ってない的な意味)もない、普通のクランチチョコなのであった。

 いやまぁ、味に関してはそこまで心配していなかったので、問題にするべきはやっぱり材料の方にあるわけなのだが。……まぁそれにしたって、端から入っているとわかっているマンドラゴラとかに関しては問題(あるけど)ないわけで。

 

 

「喜んで貰ってよかった。これで彼も浮かばれる」

「……彼?なにか特別な材料を使ったとか?」

「そう。今回の隠し味はドラゴンの骨。サクサクになるようにするのに手間が掛かってる」

「……ドラゴン?」

 

 

 ところがどっこい、彼女の口から飛び出した材料名は、俺の思考を停止させるには十二分だったわけで。

 ……ええと、このクランチ部分、ドラゴン使ってるんです……?

 

 

「そう。迷いドラゴン。可愛そうだけど外来種・侵略種だったから刀の錆びになって貰った」

「ぎえーっ!!」

「お兄さんがキャパオーバーで倒れた!?」

 

 

 まさか過ぎる材料に、思わず叫び声をあげて倒れる俺。

 ……いやドラゴンて。この世界どうなってんねん。

 

 そんな俺の疑問は、誰に答えて貰えるでもなく空に消えていくのであった──。

 

 



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山の雪と街の雪は価値が違う

「お兄さん、雪だよ雪」

「あらほんとだ。……今日は積もるのかねぇ」

 

 

 ある晴れた日のこと。

 気温はまだ寒く、春にはまだまだ届かない、そんな昼下がり。

 

 どんより曇った空から降ってくる雪に、TASさんが声をあげる。……どうやら彼女が弄った結果降ったモノではなく自然に降り始めた雪のようだ。

 まぁ、彼女もそれができるようになったからと言って、いつでも天気を操作しているというわけではないので、この思考はちょっと失礼な部分もあるのだが。

 

 

「あまり私が触りすぎると、乱数が乱数じゃなくなる。結果として調整できなくなってしまう……となると本末転倒」

「あー、TASさんのそれって、未来が複数あることを前提にしてるモノなんだっけ?」

 

 

 そういうこと、と彼女が頷くように、TASさんのあれこれは、あくまでも未来が無数にあるからこそ輝くもの。

 普段からなんでもないことにまで調整を持ち込みすぎると、本命の調整の時に展開の余裕(はば)がなくなり、結果としてなにもできなくなる可能性があるらしいとのことで、それゆえにこうして『できるけどやらない』みたいなパターンも出てくるのだそうだ。

 

 まぁ、その辺りの難しい話は置いといて、改めて落ちてくる雪を眺める俺達である。

 ……それなりの勢いなので、放っておけば積もるくらいにはなるだろうか。

 

 

「まぁ、それでも一センチとかそこらだろうけども」

「都会で積もる、ってこと自体珍しい」

 

 

 とはいえ、ヒートアイランドやらなにやらの影響で、雪が積もっても溶けやすいのが都会の特徴。

 積もると言っても、雪国のような都市機能が麻痺するレベルになることはそうあるまい。

 なので一都会っ子としては、雪がちらつく様を楽しむだけに留めておくのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「──その結果がこれだよ!!」

「おかしい、降りすぎ」

 

 

 ……そのはずだったのだけれど。

 見てみろよこの一面銀世界。おかしいな、俺達アイスパニックの世界の住人だったっけ?

 

 そんな軽口が出てくるほどに、状況はとても変なことになっていた。……いやだって、ねぇ?明らかに一センチどころか、一メートル級に積もってるんだけど雪が???

 なんじゃこりゃという感想を口から漏らしつつ、どこからともなくTASさんが取り出したシャベルを手に、道なき道を開拓する俺である。

 

 ……いやね?買い物しにスーパーに行ったあと、ちょっと店内であれこれ見てたらにわかに周囲が騒がしくなってね?

 それでどうしたどうした、と騒ぎの中心に近寄ったらこれですよ、店の外真っ白ですよ。なにがあったんですかねこれ。

 思わずTASさんの方を見るも、彼女は首を横に振って「私じゃない」との主張。

 ……これは本当に彼女のせいじゃない時の動きだ、と察した俺は、ならば他の不思議ガールズの仕業か?と訝しみながらスマホを起動。

 

 

『いえ、誰も雪乞いなどはしていませんが?』

「……だってさ」

「むぅ、これは難問」

 

 

 その結果返ってきたのは、誰もそんなことはしていない、というある意味当たり前の言葉。

 ……つまり、現状のこれはたまたま都心部にも関わらず山村級に雪が降ってきた、ということになるようで。

 

 んなバカな、などと悪態を付きつつ、こうして自宅への道をシャベルで切り開く羽目となったわけなのでございます。

 

 

「ふれーふれーお兄さん、頑張れ頑張れお兄さん」

「微妙に棒読みの応援は止めない?気が抜けるし……」

 

 

 なお、今回のTASさんは異常気象の原因究明の方に掛かりきりのため、雪掻きに参加はしておらず。

 変わりに、俺に対して棒読みで気の抜ける応援を寄越してくるのであった。

 ……うん、やらない善よりやる偽善とは言うけど、それもモノによるってやつだなこれ?

 

 

「むぅ、お兄さんがそこはかとなく失礼。私はとても真面目に応援してるのに。……あ、チアガールとかの方がよかった?」

「見た目中学生に見える女の子にチアガール服を着せて喜ぶ変態、っていう風評が俺に降り掛かるだけなんで止めて貰えますか?」

「むぅ、わがまま」

「わがままかなぁ?!これわがままかなぁ!?」

 

 

 自分の風聞を守りたいって感情、そんなにダメな感情かなぁ!?

 などとじゃれあいつつ、えっさほいさと雪を掻き分ける俺である。……気のせいじゃなければ、更に積もってないかこの雪?

 

 

「ん、ざっと見た限り三メートル級」

「それ普通に都心で積もっていいレベルの雪の量じゃないよね!?」

 

 

 さっきまで自分の胸の辺りの高さだった気がしたのだが、今では完全に空が雪で隠れてしまっている。

 ……完全に雪中を掘り進んでいる状態になってしまったわけなのだが、これもう遭難してるのと変わらなくねぇ?いやまぁ、掘り進める度に標識とかコンビニの入り口とかに行き当たるので、なんとなーく今自分がどこに居るのかは把握できるのだが。

 

 いやでも、これちょっと降りすぎじゃね?都会で遭遇していいレベルの雪ではないよね完全に??

 そんな風に思わず立ち止まってしまった俺に、なにかしらと交信していたTASさんは顔をあげ、この状況の原因を口にしたのであった。

 

 

「お兄さん大変。雪将軍レイドだよ」

「んー胡乱過ぎやしないそれ?」

 

 

 ……ええと、実体化した雪将軍が居る、ってことでいいのかね、それは。

 思わず白目を剥く俺に、TASさんはわくわくとした様子で腕をバタバタしているのであった。

 

 



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冬をぶっ飛ばす冴えた方法

 冬将軍、というのは冬の寒さを擬人化した言葉である。

 元々はかの皇帝・ナポレオンがロシアに遠征をした時、冬の寒さに追い返されたことをイギリスの新聞が囃し立てた結果生まれたモノ、ということになるらしいが……ともかく、本当に冬将軍という生き物がいるというわけではない、ということは間違いあるまい。

 

 ……間違いないはずなんだけど。

 先のTASさんの言葉を信じるのなら、この異常な降雪はその冬将軍とやらがもたらしているもの、ということになるらしい。

 いや、どこからやって来たしこのはた迷惑将軍。

 

 

「んー……自然発生?ちょっと最近色々ありすぎたし」

「うーんぐうの音も出ない正論……」

 

 

 そうして首を捻る俺に、TASさんから返ってきたのは無慈悲な正論。……ああうん、他所の世界の人がどうとかこっちの神様がどうとか、変なことばっかり起きてましたね確かに!

 そもそも私達自体もわりとアレ、と真顔で話すTASさんに思わずツッコミを入れつつ(それを自分で言うんかい)、改めて目の前の白亜の壁()を眺める俺である。

 

 ……全貌がどうなっているかはわからないが、このままだと周囲一帯が雪に埋まって大惨事である。

 早急にその冬将軍とやらの元に行き、さっさと倒すなりなんなりしなければ、最悪酸素が尽きて窒息死、なんて笑えない状況に陥りかねない。

 そうでなくとも寒いのだから、低体温症とかも怖いんだぞ、マジで。

 

 

「目の前で起こるファンタジーな事態に対して、現実的な問題の方を優先するお兄さんは流石」

「……褒めてる?それ」

「(多分)褒めてる。──とりあえず、雪の上に出る。話はそれから」

 

 

 ……なんかTASさんから呆れたような視線を向けられている気がするが、それはともかくとして。

 とりあえず、絶えず振り続く雪上に顔を出さない限り、冬将軍とやらを捉えられないのは事実。

 ゆえに、地上に向けて雪を掘っていかなければいけないのだが……これ、どれくらい掘れば良いのだろうか……?

 

 

「……流石にお兄さんに任せてると日が暮れる。私に貸して、本場の穴掘りテクを見せてあげる」

「え?あ、はい」

 

 

 今の時点で結構疲れてるんだが?

 ……なんて風にげんなりする俺に、TASさんがやれやれと首を横に振りながら、こちらの手の内にあるシャベルを寄越せ、と目で訴えかけてくる。

 それに応えて彼女にシャベルを渡せば、彼女は徐に雪の壁に背を向けて、

 

 

「秘技・背面削り──」

「それ普通に『失礼スコップ』とかでいいのでは?」

 

 

 高速で虚空を掘るモーションを繰り返し始める。

 ……一般人が見たら『なにしてんのこの人?』と思うかもしれないが、これは歴としたTAS技の一つ・『背面に攻撃判定を出す』である。

 

 本来は『攻撃をキャンセルするために振り向く姿が、背中側に攻撃判定を発生させているように見える』モノなのだが、彼女の場合は実際に攻撃座標を背後にズレさせることでダメージを与える、という技術と化している。

 それに一体どんな利点があるのかというと。……まず、ゲームと違い現実では()()()()()()()()()()()()などということはあり得ない。

 固いものを斬る時に一瞬でスパッと斬るのは難しいし、また得物の耐久性によっては、何度も繰り返せば損耗も早くなる。

 

 ……雑に言うと、幾らTASさんと言えど物理法則に逆らうのはそれなりに骨が折れる、ということである。

 だがしかし、こうして攻撃判定のみをずらした場合、どうなるだろうか?──そう、それらの問題点を全てスルーできるのである。

 

 固いものには刃が通り辛い、というのは()()()()()()()()()()ことで対抗できるし、得物の耐久性も()()()()()()()()()()()()()()()()ので壊れる心配がない。

 なんなら、腐食性の物品や高熱の物品に対しても特に気にすることなく攻撃できる、なんて利点もある。

 

 つまり、この背面攻撃はとても理に適った行動なのだ。

 ……え?そもそも攻撃判定をずらしてる時点で、理もなにもあったもんじゃない?そこはほら、TASさんだから仕方ないね。

 

 まぁともかく。

 ヒットストップすらろくに発生しない以上、TASさんのスペックでこれを使えばほらこの通り。

 雪の壁など最早なきに等しいかの如く、ガリガリゴリゴリ削り取られて行く有り様な訳である。……まぁ、別に雪が虚空に消える訳ではないので、ある程度距離を取らないと飛んできた雪に巻き込まれて埋まる羽目になるのだが(1敗)

 

 

「……思ったより長い。加速するから付いてきてね、お兄さん」

「はいはい、頑張って追い付きますy()……いや待って新幹線もビックリな速度で進むのは止めて!?」

 

 

 なお、途中まで精々早歩き程度の進行速度だったが、地上までの距離が思ったよりあったせいで彼女の速度が一時第一宇宙速度(大体マッハ23)に近付いたりもしたが、ここまでくればとても些細なことだったりするのであった。

 ……やっぱり物理法則無視してる(ソニックブーム出なかった)じゃねえか!!

 

 



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雑な処理は禍根を残す()

「冬将軍を倒した結果、私達に待ち受けていたのは穏やかな春の兆しであった……」

「前回と今回の間に、極めて雑に処理される冬将軍さん可哀想……」

 

 

 積もりに積もった雪が溶け、あわや周囲一帯が水没する危機だったがそれも(TASさんが)なんとかして。

 雲が割れて差し込んでくる日光に目を細目ながら、帰路を急ぐ俺達である。

 なんでって?……気化熱ですっげぇ寒いんだわ()

 

 辺り一面埋まるほどの雪が、一瞬で溶けた際に奪われる熱量……というのが本来どれくらいなのかはわからないが、少なくとも普通にしてたら溶けた水が凍るくらいの低下量な気がしてくる、というのは確かな話。

 ゆえに、滅茶苦茶寒さに震えながら帰路を急いでいた、というわけである。

 ……え?急ぐんならさっきの背面削りを、今ここでTASさんにやって貰えばいいんじゃないのかって?それ俺が死ぬやつですよね???色んな意味で。

 

 

「そうだね。私一人なら空気の壁を刺激しない、なんてこともできるかもだけど……お兄さんの安全までは保証しかねる、かも」

「だよねー!問題はそこだけじゃないけど、仮に安全だとしても無事に止まれる気がしないんだよねー!!」

「む。そんなことはない……よ?」

「なんでそこで疑問系が返ってくるのかなぁ!?」

 

 

 いやね?さっき冬将軍の元に向かって爆進してたじゃんこの子。ただほら、あの速度(流れ星みたーい)だと急には止まれないでしょ普通。

 だからこう、そこからどうやって止まるんだろうなー、なんて風に見てたのよ、俺。そしたら最終的にどうなったと思う?

 

 

『──来タカ、挑戦者ヨ。我ハ冬将軍、汝ノ打倒スベキ……イヤチョッ、マッテハy()

「──ふぅ、こんなところに丁度良いブレーキが」

「ええ……(困惑)」

 

 

 いつの間にやら空中で体勢を変えていたTASさんは、ドロップキックのような姿勢で冬将軍に突撃。

 ……そのまま相手の顔面を蹴り飛ばしたTASさんは、自身の持っていた運動エネルギーを全て冬将軍に渡す、とかいう意味不明なブレーキングによって、相手の打倒と自身の安全な停止の両立に成功したのである。

 

 なお冬将軍に関してだが、TASさんの第一宇宙速度級の運動エネルギーを諸に叩き込まれ、あっという間に地球の重力圏から解き放たれて宇宙の彼方に飛んでいきましたとさ。

 ……確かにはた迷惑な奴だったが、それにしたって酷い最後である。

 

 

「猛吹雪で星を確かめられなくして、方向感覚を失わせて来た冬将軍。そんな彼が今度は自分が、右も左もわからぬ無明の荒野に叩き出された形になる。自分の現在位置を確かめようにも、自身の纏う吹雪が邪魔でどうしようもない」

「なんでそんな酷いこと思い付くの君?」

 

 

 今まで自分がやって来たことの、因果応報だとでも言いたいんです?

 ……などとツッコミながら、家路を急ぐ俺達なのであった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「なるほど、それで今日は鍋なのですね」

「蟹食いたいってTASさんも言ってたからなぁ」

「むぅ、アレに関してはお出掛けしたい、って意味であって……」

「というか、そもそもあの時ちゃんと蟹食べたじゃん?」

「何度食べたって良い。蟹とはそういうものだ」

「突然なにを言ってるんですかぁ……?」

 

 

 そんなわけで。

 可及的速やかに温まりたいと願った俺達によって、選ばれたのは蟹鍋でした。

 ……まぁ、CHEATちゃんの言う通り、このメンバーでの蟹鍋は実は二度目なわけだが、MODさんの言う通り蟹なんて食える時に幾らでも食えば良い、みたいな感じであるわけで。

 そんなわけで、先日よりも更に豪勢な感じになった、スーパー蟹鍋タイムの開幕である。

 

 なお、そもそも何故蟹鍋を選んだのかと言うと……実はこれ、冬将軍からドロップしたモノを使った蟹鍋だったりするのであった。

 

 

「……それは食べても大丈夫なやつなんですか?」

「まぁ、神様の死体から様々な食物達が生まれた、なんて神話もあるし。そういう意味では、わりと普通の話なんじゃないかな?」

「……お兄さんしっかりして!そこは多分慣れちゃいけないところだよ!?」

 

 

 それを聞いたDMさんが、とても微妙な顔をしていたが……いわゆる食物起源神話においては、死んだ神様が様々な食物の起源となった、みたいな話も多く存在している。

 なんならパンは神の肉、なんて話も存在するので、その辺り気にする必要もないんじゃないかなー、なんてことを思ってしまう俺なのであった。

 ……まぁ、DMさんに肩を思いっきり揺すられながら諭されてしまったわけなのだが。

 でもほら、TASさんと関わってるとこういうのは日常茶飯事だし?

 そもそもDMさんも調理とか手伝ってくれてたじゃん?……え?流石に冬将軍がドロップしたモノって知ってたら止めてた?

 

 などと、あれこれと話し合いながら、蟹の鍋を突っつくこの一時の幸福よ。

 やっぱ寒い時には鍋だよなぁ、などと頷きながら、黙々と蟹の殻を剥く俺なのであった。

 

 なお後日、DMさんの忠告が的中する事態があったりしたが……それはまた別の話、というやつである。

 

 



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春は遠く、とても遠く

「……そういえば、そろそろ四月だねぇ」

「む。もうそんな時期」

 

 

 すっかり空気も温かくなり、そろそろ桜が花開きそうなほどに麗らかな陽気の午後。

 部屋の掃除をしながらそう呟けば、窓際で読書をしていたTASさんは、本を閉じながら億劫そうに声を挙げたのだった。

 ……ふむ?TASさんって春が嫌い、とかあったっけ?

 

 

「……なんでそう思ったの?」

「え?いやほら、そもそもTASさんが億劫そう、って時点でわりとレアと言うか。……ところで、そう聞き返してくるってことは、やっぱり春が嫌い……とか?ほら、花粉が嫌ー、みたいな?」

「……春が嫌いってわけじゃない。単に()()()()()億劫なだけ」

「時期……?」

 

 

 思わず問い掛ければ、彼女から返ってきたのは怪訝そうな眼差し。……何故気付いたんだとでも言いたげな様子だが、そりゃまぁ結構長く一緒に居るんだからそりゃそうだろうというか。

 

 そんな俺の言葉に彼女はため息を一つ吐いて、億劫なのは春という季節ではなく、このタイミングそのものが億劫なのだ……と、よく分からないことを述べるのであった。

 

 

「……それはどう違うんで?」

「春、という季節そのものが嫌いだとすると、それが影響する範囲はとても広くなる。お花見・団子・花粉・命の芽吹き……、そういった『春に纏わるなにもかも』に対しての悪感情、ということになってしまう」

「……あー、なるほど?」

「だから、春という全体が億劫なんじゃなく、この時期に存在するとある行事だけが億劫、ということになる」

 

 

 ふむ、どうやら言葉の示す括りが広すぎる、ということだったようだ。……細かいツッコミだなぁと思わなくもないが、そもそもTASさん的には細かいとこに拘ってこそ、みたいな部分もあるので譲れないのだろう。無差別攻略(auy%)完全攻略(100%)は分けて然るべきというか。

 

 ということはつまり、彼女が『やりたくなーい』って感じになる行事が、春には最低一つあるってことになるわけで。

 ……はて、彼女が嫌がりそうなものってなにかあっただろうか?と首を捻る俺に、彼女は淡々とその行事の名前を告げたのであった。

 

 

「……『終業式』とか『卒業式』。あれはとても億劫」

「…………んん?」

 

 

 

・A・

 

 

 

「ええと……要するに年度終わりってこと?年の終わりじゃなく?」

 

 

 彼女の口から零れた言葉を、思わず聞き返してしまう俺である。

 それは何故かと言えば、『区切り』として見れば大晦日とかの方が重要そうに感じられるから。……そっちに関しては特に反応もせず、普通に過ごしていた辺りに疑問を感じたというわけである。

 

 

「なにも不思議なことはない。確かに年の瀬は重要だけど、様々な面において年度末の方が色々影響がある」

「あー……まぁ仕事とか学校とか、そっから新しい年度になるってことを考えると、確かに年度末の方が重要性は高いか……」

 

 

 なお、TASさんは至って真面目な顔で、大抵の物事において年度末の方が重要性が高い、と声を返してきたのだが。

 ……まぁ、言われてみれば確かに、というやつである。そうなるとなんで年末と年度末がずれてるのか、みたいな疑問も出てきたりするが……一先ず置いといて。

 

 

「要するに、年度の区切りだから億劫、ってこと?」

「そう。()()()()()()()()()()()()()()()から、来年度のことを思うととても憂鬱」

「……目標?」

 

 

 再び、何故彼女がこの時期を億劫な気持ちで過ごすのか、ということを尋ねてみた結果、出てきたのは目標未達という言葉。……一年を通してなにか目標を立てていたが、それが達成できなかった……ということになるのだろうが、そもそも彼女、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……んん?」

「どしたのお兄さん?」

「……いや、よく考えたら俺達って()()()()()()()()()()?」

「………………」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()俺は、そこで初めておかしなことに気付いてしまう。

 そう、去年の三月より前の事が、どうにも朧気なのである。

 それはそう、下手をすると俺が今まで歩いてきた道筋、その全てがあやふやになっているかのような──。

 そしてそれゆえに、そもそもTASさんともどこで・どうやって出会ったのかが、パッと出てこない。……というか、下手をすると自分の両親の顔すら出てこない。

 

 これはどうしたことか。まさかなにかしらの精神攻撃を受けている……!?

 そんな風に挙動不審になる俺に、TASさんはこう告げて来るのであった。

 

 

「──ついに気付いてしまったんだね、お兄さん」

「……TASさん、まさか君は……」

「そう、お兄さんは忘れてしまっている。色々なことを、私が何故早さに拘るのかを」

 

 

 その異様な圧力に、思わず後退りをする俺と、そんな俺の様子など知ったことかとばかりに、こちらに踏み込んでくるTASさん。

 ……よもや、TASさんが俺の記憶を?……などと生唾を飲み込む俺の前で、彼女は無機質なその瞳をこちらに向けながら、この疑問の答えを述べるのであった。

 

 

「そう、それはお兄さんが忘れっぽいから……」

「……おぉぃ???」

「?大丈夫、斜め四十五度からチョップすれば治る」

「マジで言ってたこの子!?いやちょっま、やめてやめて死ぬ!俺の脳細胞が死ぬ!!」

「大丈夫、そこら辺はちゃんと調節してる」

 

 

 そう、俺がボケているだけだと。

 ───んなバカな!!??

 

 なお数分後、TASさんの施術によりあっさり色々思い出したため、本当に俺がボケていただけだということがわかりましたが問題しかありません()。

 

 



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何度も何度でも、最速を求めるのは変わらず

「──というわけで、どう?お兄さん。あれこれ思い出せたんじゃないかと思うんだけど」

「あーうん、ボケてたのは確かだけど、同時に思い出したくなかったんだなー俺、って気分も蘇ってきたというか」

 

 

 はてさて、かれこれ十分ほどTASさんにぽかぽか殴られた結果、失っていた(もとい忘れてた)記憶を取り戻した俺は、なんとも言えない表情で頭を抱えていたのであった。

 それもそのはず、蘇ってきたその記憶は俺の思考を乱すには十分過ぎたのである。

 

 

「……よもやこの世界がサ○エさん時空だったとは……」

「固有名詞が入ってるのは良くないから、『蓄積閉環時空』って呼んで」

「へいへい」

 

 

 そう、その記憶というのが、彼女と出会ってからの一年を何度も繰り返している、という俄には信じがたい情報だったのだ。

 

 閉じた環のような世界、ということで閉環時空という呼び方にしたようだが……ともあれ、これはとても異常なことである。

 ……というか、蓄積するのって閉じた環とは言わなくない?

 

 

「そこら辺はまぁ、この概念にはよくあることだから……」

「でしょうね!完全に閉じた環だったら、変化のへの字もあったもんじゃないからね!!」

 

 

 なお、そんな野暮なツッコミは『蓄積ないとパッと見わからん(見てて面白くない)』と切って捨てられたのだった。

 うんまぁ、完全に同じもの垂れ流しとなると最早ただの拷問でしかないからね、仕方ないね。……それをTASさんが言うのはどうなんだ、みたいなところはなくもないけども。

 

 

「というか、蓄積じゃないと一周で必要要素全部集める苦行になる。私は別にそれでもいいけど、お兄さん的には良くないでしょ?」

「まぁうん、ループの起点がTASさんに会って暫く経ってから、ってことになってるみたいだしね……」

 

 

 具体的には去年の今頃というか。

 TASさんと出会ったのは十二月頃で、そこから暫く経った四月からがループの起点になっている……というか。

 

 なので例えばAUTOさんの場合だと、彼女に出会ったのは五月頃になるため、蓄積なしループだとまた彼女との出会いを繰り返す必要がある……ということになってしまう。

 彼女はまだマシな方だが、これがDMさんとかになると……異世界旅行とそれに伴う船の修理だの、本人と出会うための北の国の遺跡攻略ツアーだの、正直二度同じことするのは勘弁……みたいな行程を再度こなす必要が出てきてしまう。

 

 TASさんも言う通り、彼女単体なら特に苦にもしないのだろうが……いやほら、漏れなく俺も巻き込まれてるじゃん?その辺り。

 なので寧ろフラグの蓄積型である、というのは有難い要素ということになるのであった。

 

 

「TAS的にはちゃんと通しでやるべきだから、全部のフラグを確認し終わったらリセットしてやり直すつもりではあるけど」

「はははそれが俺達の最終回と言うことだねははは」

 

 

 なお、TASさん的には不満ありありで、その内再走するとのこと。……その時が来たらその時の俺が頑張ってくれるでしょう、と未来にお祈りを残しながら、俺は静かに目を閉じたのでしたとさ。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……蓄積型ループですか」

「そう。それを認識できるのは一部の人だけだけど」

 

 

 はてさて、いつもの不思議ガールズ大集合の上、今回思い出したことを共有したわけなのだけれど。

 メンバーの中で一番真面目かつ理性的なAUTOさんを中心に、これからの行動をどうするのか?……みたいな会議が執り行われる運びとなったのであった。

 

 

「この場合の該当者は……貴方(TAS)に関わった人、ということで間違いありませんか?」

「それはノー。正確にはお兄さんの方」

「ふむ?」

「え、俺?」

 

 

 で、ループすることを認知していないと、折角蓄積型なのにその辺りの要素を活かせない、なんてことになりかねないので条件の確認が行われたのだけど。

 ……え、ループの認識に俺の認識が関わっているんです?なんで?

 よもや俺にもいつの間にか不思議なパワーが備わっていた!?……なんて風に戦慄するも。

 

 

「あ、そういうのじゃないから」

「あ、はい」

「お兄さん……」

 

 

 ですよねー。

 まぁ、TASさんと出会ったことのある人という条件になると、結構な人が対象になってしまうからね、仕方ないね。……それはそれで、俺が家とスーパーとバイト先以外に行動範囲がない、と言われているようであれなのだが。

 

 

「お兄さんは知ってるけど、私はあれこれやって世界を巡っている。そういう意味で、基本的に一都市程度に留まるお兄さんの方が起点にはぴったり」

「ああうん……ソウダネ……」

 

 

 規模がちょっと広がっただけなのですがそれは。

 ……というツッコミは呑み込みつつ、改めて話を元に戻す俺である。

 

 

「ええと……つまりお兄さんと面識がある方が対象、ということで?」

「概ねそれで間違いない。一応、私達みたいな変な人……という条件もあるけど」

「それ自分で言うんですかぁ……?」

「というか、ナチュラルに私達まで混ぜんn()……いやなんだよみんなのその視線!?」

 

 

 そりゃまぁ、変な人の筆頭でしょう君は。

 ……みたいな視線に晒されたCHEATちゃんが、マジ泣きし始めたので軌道修正したはずの話題がまた複雑骨折しましたが、なにも問題はありません。多分。

 

 



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繰り返した先に君はなにを見る

「……というか、TASさんの認識的には何度目のループなのですか……?」

「聞きたい?今回のループで大体十万回目くらい」

「それはネタではなく……?」

 

 

 回数になんとなく聞き覚えがあるのですがそれは。

 ……というツッコミに対し、TASさんは首を傾げていたので多分そういうんじゃないと思います。

 

 とまぁ、横道に逸れたので閑話休題(きどうしゅうせい)

 ループしていることを記憶するためには、俺との面識が必要である……ということが判明したわけだが、そうなるとDMさんとかの加入条件面倒勢は加入しっぱ、ということになる。

 感覚的には強くてニューゲーム、みたいなやつということになるのだが……。

 

 

「その場合、例の遺跡ってどうなるんで?」

「ボスだけ居ない状態」

「つまり無事ってことか!?フゥー(Whoo)!!」

(……やっぱりCHEATちゃんって変ですよねぇ……)

 

 

 都合お一人様、別の方向性で喜んでいるのが居たわけだが、そういうことするから変な人だと思われるんだよ、とは突っ込まない俺である。

 さっきの二の舞になってもあれだからね、仕方ないね。

 ……なおダミ子さんと目があったけど、互いに苦笑を浮かべるだけで済みました()

 

 

「……そもそもの話、これがループだとして──最終的な目標はなんなのです?」

「それは勿論、短縮……だけど、その顔だと納得してないのはわかる。だからもう少し詳しく説明」

 

 

 打って変わってシリアス感たっぷりなTAS&AUTO組だが、会話の内容は更に先に進み。

 そもそもの根本的な話──このループはなんのために行われているのか?という部分に着手することに。

 あれだ、起点は俺になってるけど、やってるのTASさんでしょ?……みたいなアレと言うか。

 

 

「まず、大前提として──このまま放っとくと、お兄さんは確実に死ぬ」社会的な意味で

「……ええと、いつものことなのでは?」

「おい」

 

 

 で、そこで飛び出したのが俺の安否、ということだったわけなのだが。……いや俺の扱いよ。確かにしょっちゅう酷い目に合ってるけども。

 そんな風に微妙な顔をする俺達に、TASさんは「そうじゃない」と首を横に振る。

 

 

「現状のお兄さんは、この年の四月以降に生存の目がない状態にある」社会的な意味で

「……なんだって(pardon)?」

「端的にいうと、お兄さんには春がない」

「言い方ぁ!?」

 

 

 それだと意味が変わるぅ!!いや確かに今のままだと俺に春とか来そうもないけど!!

 それであってるのに

 なにを騒いでいるんだろう、みたいな感じで首を傾げるTASさんに頭を抱えつつ、とにかく先を促す俺である。

 彼女は暫く納得がいっていないような態度を取っていたが、やがて気にすることを止めたのか再び口を開いたのであった。

 

 

「私の技能が未来視、というのはみんな知ってると思う。それによると、この四月より先の時間軸において、お兄さんが五体満足・命が無事な状態で過ごしている光景が、一切確認できなかった」命のルビは『こころ』です

「思ったよりエグい話だった」

 

 

 そこで語られたのは、雑に言えば『俺の生存確率0パーセント』というもの。

 ……聞けば、()()()()()()()()この四月を越えた先に、俺が生きてたどり着くことはないのだとか。

 なんというか、実はここにいる俺は動く死体で、四月以降になると動作保証期間外になって止まる……みたいなことを言われているかのようだなこれ?

 

 

「まぁ、ある意味近い。私の頑張り(レベル)が足りてないのか、お兄さんがそうなった直接の原因はよく分からないし」

「それはまた、なんとも……誰かに殺されたのかも、はたまたなにかしらの異常現象に巻き込まれたのかも、全くわからないということですわよね?」

「そういうこと。下手をすると裏切り者がいる、なんて可能性もある」彼の純情を弄んだやつの意

「裏切り者って……」

「また穏やかじゃない話になってきたねぇ」

「あ、でも大丈夫。お兄さんの様子を確認した後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。──仮に裏切り者が居たとしても、それは理由のあることだってわかってる」多分フラれる練習、的なやつ

 

 

 だから、仮に裏切り者が居ても、その理由とやらを解消してやればいいだけなのだし。

 ……そんな、ある意味突き放したような言葉に、思わず顔を見合わせてしまう彼女以外の不思議ガールズ達である。

 

 ……うん、これはTASさんが悪いねぇ。

 こつりと軽く拳骨を落とせば、なにを怒られたのかわからない、と言ったように不思議そうな表情を浮かべ、頭を抑えながらこちらを見上げてくるTASさんの姿。

 そんな彼女に対し、努めて柔らかい口調で注意の言葉を投げ掛ける俺である。

 

 

「TASさんにそのつもりがないのは知ってるけど。……今のは喧嘩売ってるって思われても仕方ないと思うよ?」

「……思ったより私も動揺してた。ご免なさい」

(TASさんが)

(謝った!?)

「…………むぅ、失礼なこと考えてる顔してる、みんな」単にお兄さんの恋愛相談なのに、の顔

 

 

 TAS(たす)けない、なんて言葉があるように、彼女は合理を突き詰めた動きをする者。

 いわば人間性小学生みたいなものなので、時々対応を間違えてしまうわけである。

 なので、時々こうして軌道修正してあげなくてはいけないのだが……そういえば、他のメンバーの前でこのレベルの修正が必要な態度を示したことは、あまりないかもしれない。

 

 そう思いながら視線を元に戻せば、他の面々は先の話云々より、TASさんが謝ったという事実の方に気を取られていたのであった。

 ……いやまぁ、気持ちはわかるけどね?うん。

 

 




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知らぬは本人達ばかりなり(人それをキャラクターと言う)

「ええと、まず大前提として。わりと大袈裟に話題に挙げたけど、お兄さんの未来がない云々は、そこまで気にするモノでもない」

「ええ……?」

()()()()()()()()()()。足りないのは前提条件だけ。だから、そもそも裏切り者が居るのなら、その裏切り自体も前提条件」

「ええ…………?(困惑二割増し)」

 

 

 さて、謝罪のあと再びTASさんの話が続いたわけなのだけれど。

 俺はともかくとして、他の面々は出てきた言葉に困惑しっぱなしである。……まぁうん、裏切られてることは把握済み、みたいなこと言ってるんだからそりゃそうだ、という感じなのだが。

 とはいえ、相手は未来視持ちの人間である。視座が人とは違うのは仕方のないことなのだ。

 

 

「寧ろ裏切ってくれないと、お兄さんの生存ルートが完全に途切れる」

「……ええと、さっきの話によれば、その裏切り者とやらが犯人の可能性も拭いきれないにも関わらず、ですか?」

「さっきも言ったけど、現状のお兄さんの生存ルートは()()()()()()()()一切ない。──これはつまり、その人が裏切ってない場合でも、お兄さんはなにかしらの要因で死んでる……ってことでもある」

 

 

 彼女が言っていることは、要するに恋愛シミュレーションやアドベンチャーゲームなどに存在する『ルート』のようなもの。

 

 特定の選択肢を選ぶことで、世界は分岐し新たな可能性を見せる──しかしこと俺の生存において、現状提示されている選択肢ではゲームオーバーにしか繋がらない……。

 ゆえに彼女は、幾度の繰り返しの中で『そうならない選択肢』を探し求めていたわけだけど。……その中で有用だと思われるモノが、彼女達『不思議ガールズ』との関わりだった、というわけである。

 

 とはいえ、現状はまだまだ検証が足らず、本当に必要な要素、というものは判明していない様子だったのだが。

 

 

「……ええと、思ったよりも深刻な話、ってことでいいのか?」

「そうとも言える。……とはいえ、貴方達にして欲しいことは、基本的にお兄さんと一緒にいる、くらいしかないけど」

「……ふむ、それはなんでだい?」

「私の未来視がないと、ルートの選択肢を認識することができないから」

 

 

 どうにも規模が大きすぎて、全容を把握できていない様子のみんなに、TASさんは彼女達の役目を『俺と一緒にいること』と定義していく。

 これは、彼女一人のループにおいて、『答え』を導き出せなかったがゆえのモノなのだが……どうにも納得できない様子のメンバーがぽつぽつと。

 

 それもまぁ、仕方のない話。

 人の役目を勝手に決めているようなものであるし、なにより彼女の様子があまりに淡々としていて、そこに熱を感じられないというのが大部分だろう。

 ゆえにちょっと、険悪な空気になったのだが。

 

 

「……なるほどぉ、すっごく頑張ってるんですねぇ、TASさんはぁ~」

「……ダミ子君?」

「だって、今の時点で十万回、なんですよねぇ?それってそれだけ真剣だってことの証左ですよねぇ」

 

 

 ほにゃ、とした笑みを浮かべながら、どこか微笑ましそうな声音で述べたダミ子さんに、TASさんがぴしりと動きを止める。

 ……いわゆる図星、というやつなわけなのだが、まさか彼女に指摘されるとは思わなかったようで、いつもより過剰に反応しているらしい。

 

 そんな姿をみれば、ちょっとした反抗心を抱いていた面々も、仕方ないかという空気を醸し出すようになり──。

 

 

「……はぁ。で、必要なモノは埋まったのかい?」

「…………そ、その検証はこのループで行う。特にDMは大分後に加わったから、どれくらい分岐を生むのか検証が必要」

 

 

 ほんのり言い淀んだTASさんに、周囲のみんながニヤニヤした結果、暫く追っかけ回されていたが問題はないだろう、多分。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……しかし、あまり驚かれてはいませんでしたね、貴方様は」

「んー?あーうん、忘れてたってだけで、何度かTASさんから話は聞いてたからねぇ」

 

 

 一先ず話が一段落し、休憩しようとなった俺が人数分のお茶を淹れていると、手伝いますと付いてきたAUTOさんから、一つ声が掛かってきたのであった。

 内容は、さっきの話を聞いて、然程驚いていない当人……というものだったわけだが、それに関してはそもそもループの起点になっている俺が知らないはずがないということ、及び実感が薄いことに理由がある。

 

 いやまぁ、確かに今のままだと死ぬ、というのは分からないでもないのだが。……同時に、死んだ時の記憶とやらについては残っていないので、危機感が浮かんでこないのだ。

 無論、TASさんからの度重なる忠告により、俺の命が危ない……というのは分かっているのだが、それが危機感に結び付く前に霧散している感じ、とでもいうか。

 

 

「なんでまぁ、そういう気の弛みを是正する役割……みたいなのをみんなに期待してる節が、TASさんにあるんじゃないかなーというか」

「なるほど……彼女がその視点からプレイヤーの立ち位置になるのなら、私達はゲームの中のキャラクターみたいなもの、ということですか」

「……あんまり気を悪くしないであげてね?TASさん、アレで全然悪気とかないから」

「ええまぁ、その辺りはしっかりと。……ただ」

「ただ?」

 

 

 そんな感覚を正直に伝えれば、彼女は苦笑を浮かべつつ、こちらの補助をすると確約してくれる。

 とても有難い申し出に、思わず目頭が熱くなる俺であったが……台所を立ち去る際に、彼女はどうにも気になる言葉を残していくのであった。

 

 曰く、なにかとんでもない思い違いをしているような、という言葉を──。

 

 



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ふりだし、とは言うが?

 はてさて、三月も終わり。四月に入り、なんだかわけの分からぬ合間に一年巻き戻った様子。

 ……なにがあったのか、というのは()()()()()わからないが、どうにも思い出したくないという感覚だけは残っているため、恐らく凄惨なことになってしまったのだろう……という予測だけは立てられたり。

 

 その辺しっかり覚えているであろうTASさんに尋ねてみたところ「……思い出さない方がいい」という言葉を賜ってしまったため、俺は自身の感覚を信じることにしたのであった。

 まぁうん、生きてるだけでハッピーってやつだよな!うん!

 

 

「……しかし、蓄積型というと……今ここに私が居る以上、この時期の私がやっていたはずのことは……?」

「もう過ぎた過去。貴方は太鼓に夢中になる必要はない。ダンスも必要ない」

「…………今思えば大分黒歴史ですわね、それ」

 

 

 そんなわけで(?)、早速ループに突入した影響というものを考察するため、あれこれと思い出せる範囲で過去のあれこれを列挙してみたところ。

 直近のイベントとして挙げられたのが、ゲームセンターでのAUTOさんとの出会い、ということになるのであった。

 ……いやまぁ、正確にはフリーマーケットでへんてこな買い方をする、みたいなやつもあるのだが、あれに関しては人が増えても対してやること変わらんので……。

 

 

(……結局、あのクマのぬいぐるみはなんだったのです?)

(単に欲しかった……というのが五割。残りはあの時点での私のレベルの確認。()()()()()()()()()()()()()?……とかを探るのに有用)

(なるほど、趣味と実益を兼ねていた、と)

 

 

 ……なんかTASさんとAUTOさんがひそひそ話をしていたので気にはなったものの、「……知らない方がいい」とさっきの俺の死亡確認云々に近い対応を返されたため、多分俺の付いていけない部分の高度ななにかの話なのだと思って気にしないことにした。

 

 ともかく。

 直近で大きなイベント、というのがAUTOさんとの出会いだった、というのは確かな話。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?……という疑問もなくはないが、その辺りを知っているはずのTASさんが黙して語らない以上、現状必要のない情報なのだろうからこれもまた無視である。

 

 なので、今回考えるべきことは『AUTOさんとの出会いのタイミング』が消えたことによって生まれた空白に、なにを詰め込むべきなのか?……ということになるのだけれど。

 

 

「……うーむ、周回得点でキャラが既に加入済みの状態で、本来そのキャラの加入イベントが始まる場所に行くとなにか良いものが貰えるかもしれない……って理屈はまぁわからんでもないけど、あんまりにもゲームっぽすぎるというか……」

「まぁ、私達の技能がそもそもそういうものに紐付きやすいですから……」

 

 

 AUTOさんを伴って件のゲーセンに来店した俺は、家を出る時にTASさんからもたらされた情報に首を傾げていた。

 

 ……いやまぁ、言ってることはわからんでもないのだ。

 普通、二週目が存在するゲームにおいて、キャラが加入しっぱなしになる場合──そのキャラが二重に加入しないように、なにかしらの処置が施されているというのは。

 今回の場合、本来AUTOさんと初めて出会うのはこのゲーセンでのことだが、こうして隣に彼女が既に居る以上、ゲーセンで衆目を引いている謎の金髪ドレス少女……というものは幻と化していないとおかしいのだ。

 

 改めて言われると、ほんっっとうに黒歴史ですわね……とほんのり顔を赤くするAUTOさんを横目に、ゲーセンの中をざっと見渡す俺。

 ……見たところ、あの時のように人だかりができたりは……できたりは…………?

 

 

「……あるんだけど、人だかり」

「ええっ?!」

 

 

 ……無いと思っていたのだが、俺の見間違いでなければ滅茶苦茶人が集まってる気がするんだけど?

 そんな俺の言葉に、そんなバカなと声を挙げたAUTOさんだが。……視線を向けた先にはっきりと人だかりがあることを確認し、思わず困惑したような表情をこちらに向けてくるのだった。

 

 よもや、彼処に二人目のAUTOさんが居るのではあるまいな?……そんな疑念のこもった視線を交わしたあと、思わず逡巡する俺達である。

 

 いやだって、ねぇ?

 これでもし、本当に二人目のAUTOさんが居た日には、俺達はどう行動するのが正解だと言うのか。

 というか、こういう展開に定番なのだと、下手するとこっちか向こうのAUTOさんが『出会った瞬間に』消滅する、なんてパターンも起こりうるわけだし。

 いや寧ろそれならまだマシで、もしかすると二人のAUTOさんが対消滅する、なんてことも……?……と、思考が悪い方向にしか行かないのである。

 

 とはいえ、ここで立ち尽くしていてもなにも解決しない。

 そういうわけで、俺達はどちらからともなく止まっていた足を前に動かし、人だかりの中を掻き分け進んだのだけれど。

 

 

「──遅い。待ちくたびれた」

「「なんでぇ?」」

 

 

 そこで待っていた人物──今頃家で留守番中のはずのTASさんの姿に、思わず二人揃って間抜けな声を挙げることとなったのであった。

 ……いや、マジなんで居るの君???

 

 



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些細(?)な違いを積み重ね

 二週目(※二週目とは限らない)の変化を確認するため、以前のイベントをチェックする作業を開始した俺達。

 そうして訪れた一つ目のイベント場所・AUTOさんとの出会いがあったゲーセンには、何故か彼女と入れ替わるかのようにしてTASさんが待ち受けていたのであった。

 

 ……いや、そもそもTASさんってば、本来家に残って待ってるはずなんだけど?なんで居んの??

 

 

 

「まぁまぁ、細かいことは気にせずに。それよりほら、早く早く」

「……?早く、とは?」

「そりゃ勿論、ここに来たんだからすることは一つ。──私と対決、だよ」

「…………はい?」

 

 

 そうして困惑する俺達のことは気にも留めぬ、とばかりにマイペースな発言を繰り返すTASさんだったが、彼女がここでこちらに要求してきたこともまた、なんというかマイペースな内容なのであった。

 そう、それは突然の対戦要求。勿論相手はAUTOさんである。……いや、なんでまたそんな急に?

 

 こちらの困惑が更に加速するものの、相手は説明する気など全くなく、ふんすふんすとAUTOさんが隣に並ぶのを待ち続けるばかり。

 ……要するに、彼女の相手をしないことには話が進まない──いわゆる強制イベントと化してしまったため、呼ばれていたAUTOさんは観念したように肩を落とし、いそいそと彼女の横に並んだのであった。

 

 

「ああ、でも一つ。別に対戦するのは構いませんが──」

「ん?」

「別に、倒してしまっても構わないのでしょう?」

「なんで今、無駄にフラグ立てたのAUTOさん????」

 

 

 なお、そうしてTASさんの隣に立ったAUTOさんは何故か、とても有名な敗北フラグを立てていたのでした。……いや真面目な話、何故にそのフラグを立てた?

 さっきからずっと困惑しかしていない気がするが、そんな俺のことは放置したまま、話は先へと進んでいく。

 

 どうやら今回は三セット勝負になるとのことで、先に二セット先取した方の勝ち……という形式で進めるらしい。

 で、最初はじゃんけんで選曲権を決め、二戦目は負けた側が曲を選び、最後の三戦目はどちらでもない第三者……つまりは俺が選ぶとのこと。

 ……いや、そこで俺に決めさせる必要性なくない?

 

 

「どっちかが決めるとそっちに有利になる。だからお兄さんも必要」

「むぅ……そう言われると、そうかぁ」

 

 

 暗に巻き込まないでほしい、という気持ちを込めた台詞だったのだが、TASさんは気にせず正論で殴ってくるのだった。

 ……あーうん、ダンスもドレスも着てない状態のAUTOさんだと、基本的にTASさんが勝てる見込みもないもんね。

 

 そう、なんだか忘れてしまっていた気がするが、そもそもAUTOさんの名前は『音ゲーのAUTO機能』を由来とするもの。

 他のなによりも音ゲーが得意であることは疑いようがなく、根本的にTASさんが勝つ目はないのである。

 唯一、彼女に勝つ目があるとすれば、それはAUTOさんの技能をラグらせること。……つまり、処理過多状態に持ち込むしかないのだ。

 

 

「具体的に言いますと、この筐体に収録されている楽曲の中には三曲ほど、私がパーフェクトを逃す可能性のあるモノが存在しています」

「逆を言うと、それ以外の曲ではAUTOさんの勝ちは揺るがない……ってことか」

 

 

 処理過多……要するにビジー状態とか、もしくはオーバーフローというか。

 まぁともかく、とにかく譜面がエグいやつでもない限り、彼女がタイミングを逃すようなことはあり得ない。

 

 つまり、TASさんがそれらの曲を選択しようとするのはほぼ確定事項であり、かつAUTOさんはそれを避けるだけで確実に勝利できる、ということになるわけで。

 ……改めて考えてみると、これってAUTOさんに大幅に有利な対決なのでは?

 

 

「そうなりますわね。……だからこそ、ここで勝負を挑んできた理由がわからないのですが」

「ごちゃごちゃ言ってないで。ほら、じゃんけんしよ」

 

 

 言うなれば、針に糸を通すかの如く、か細く頼りない道とでもいうか。

 ……そんな小さな可能性さえ掴むのがTASさんだが、それも相手がAUTOさんかつ音ゲー、という時点で怪しい話。

 ゆえに、AUTOさんはこの勝負が何故申し込まれたのか?……という部分に疑念も持ったのだが、対するTASさんはその辺りを答えることはなく、ただ『さっさと選曲権を賭けてじゃんけんしよう』とこちらを急かすばかり。

 

 ……わけがわからない、と首を捻るAUTOさんだが、とはいえこのまま立っていても埒が明かないのも確かなため、一つため息を吐いたあとTASさんの望み通りじゃんけんをして。

 

 

「ふむ、勝ちましたわね」

「むぅ。じゃあそっちが選曲の権利をゲット」

 

 

 わりと危なげなく、AUTOさんは選曲権を入手して、ほどほどの難易度の曲を選び出し。

 

 

「さあ、よくはわかりませんがこてんぱんにして差し上げますわ!」

「お手柔らかに。──じゃあ、勝負」

 

 

 そしてそのまま、ある意味因縁の対決とも言える、二人の勝負が始まったのであった。

 

 



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いつまでも同じじゃないのが長所

 さて、突如始まった音ゲーバトル。

 初回の選曲権を得たAUTOさんは、そのまま素直に自分の得意な曲を選び出し、TASさんと対決。

 

 

「……勝ちました、わね」

「むぅ、負けちゃった」

 

 

 そこで彼女は危なげなく、しっかりと一勝を掴み取っていたのだった。

 ……ただ、勝ったにも関わらず、AUTOさんの顔色はあまり宜しくない。どうにも思ったのとは違う展開になった、みたいな様子。

 そんな彼女の様子に、思わず俺は声を掛けたわけなのだけれど。

 

 

「ええとその、なんと申しましょうか……手応えが無さすぎる、とでもいうか?」

「む?ってことはTASさんが手加減をした、とか?」

「いえまぁ、そもそもこの場で勝負を挑まれたこと自体が意味不明なので、彼女がなにを思っているのかなんて全くわからないのですが……それ、あり得るのですか?」

「……うん、ないな!」

 

 

 端から見てる分にはまったくわからなかったが、なんというか余り真剣にやっているようには見えなかったとのこと。

 ……成績的にはしっかりパフェを出しているようにしか見えないのだが、どうやら彼女的には二・三フレームほど動きが遅れたり早かったりしたとのこと。……いや、そんなんわからんわ。

 

 まぁともかく。彼女の視点で見る限り、どうにもTASさんが本気のようには見えなかった……というのは確かな話。

 ただ、それにしてはしっかりパーフェクト自体は獲得しているため、そこら辺の意図を図りかねているとのことなのであった。

 

 なので、俺は安直に聞いたままの答え──即ち手加減してるんじゃないの?……という答えを返したのだが、それに対してAUTOさんから返ってきた言葉に、自分で言っておきながらそれを否定する羽目になったのである。

 ……まぁうん、TASさんって基本的に負けず嫌いだから、そんな手加減とかするわけないんですよねー。

 

 

「……ってことは、最終的な勝利のためになんか調節してるとか……?」

「フレーム単位の調整が必要ななにかとなると、とても嫌な予感しかしないのですけど……」

「奇遇だねぇ、俺も嫌な予感しかしないや」

 

 

 あはは、と乾いた笑いを交わす俺達。

 いやだって、ねぇ?周囲の人に気付かれないような微細な仕込みに、あのTASさんが一時の負けすら許容するなにか。

 ……不思議ガールズの中では、一番TASさんとの戦績が良い方であるとはいえ、それでも基本的には勝ち越している相手が、彼女に取ってのAUTOさんのはず。

 逆に言うと、一番負けたくない相手に勝ちを譲ってまで仕込むなにかが、厄ネタ以外のなんだと言うのか?……みたいなやつである。

 

 なので、俺はAUTOさんに注意するようにとだけ述べて、観衆に混ざり直そうとしたのだけれど。

 

 

「────?」

 

 

 人垣に混ざろうとした時、微かな違和感を抱くことに。

 なんて言えばいいのか……一瞬立ちくらみというか、意識の断絶があったような気がしたというか。

 そんな謎の感覚に首を捻っていると、なにやら周囲が騒がしい。

 

 彼らは一様にある一点を指差し、「信じられない」とか「いつの間に」とか、そんな感じの驚愕の言葉を漏らし続けている。

 その指している一点というのが、俺の背後──具体的には、先程近寄って話をしたAUTOさんとTASさんの対決の場、ということになるわけで。

 なにがあったのか、と振り返った俺は、そこで更なる驚愕に襲われることとなる。

 

 

「────ぜ、零点……?」

「そん、な」

「──ん、調整完了。もう負けない」

 

 

 そう、そこにあったのは。

 一つも点を取れず、途中で失格になったAUTOさんと。

 完全無欠のパーフェクトを獲得したTASさんという、あまりに対照的な二人の姿なのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

 あり得ない、と声を挙げるのは簡単である。

 しかし、目の前の筐体は、あまりに無慈悲な答えをこちらに提示していたのだった。

 

 完全な敗北、としか呼べないその現実は、しかしてその実感をこちらに与えない。

 文字通り、()()()()()()付いていた決着であるがゆえ、感情が追い付かないのだ。……とはいえ、感情が追い付かずとも、理性は既にこの状況の理由について考察を始めていた。

 

 まず間違いなく、この状況は隣の少女──通称TASが生み出したものである。

 寧ろそれ以外の誰が、このような面妖な状況を引き起こせるというのか。……そういう意味で、犯人捜しは実に容易く終了した。

 

 そしてそれゆえに、「どうやって?(how done it ?)」が問題となってくる。

 ──相手がなにをしたのか?という過程が全くなく、推理のしようがない。

 一応、先のゲーム中の些細な行動のズレがそれなのでは?……という予測は立てられるものの、そんな微細なそれがどう繋がるのか?……という目測が立てられないのだ。

 

 ゆえにこれは、彼女に対しての挑戦ということになる。

 この状況の謎が解けない限り、どう足掻こうと──それこそ(お兄さん)を買収してこちらに有利な曲を選ぼうと、自分の負けは揺るがないという『詰み』の状況。

 

 

「──面白い、ですわ」

「ええと、AUTOさん?」

 

 

 思わず、口元に笑みが浮かんでくる。

 基本、彼女という存在は挫折と無縁の人物だ。知るだけで最善の行動を取れるという彼女のそれは、一を知って十を知るの究極型とも言える。

 それゆえに、能力の限界に挑むくらいしか、彼女を熱くさせるモノはなかったわけだが……ここに来て、初めて『わからないもの』が現れた。

 

 ゆえに、彼女は嫣然と──ともすれば獰猛にも見えるような笑みを浮かべる。

 この瞬間、この一時は間違いなく、自分に取ってかけがえのないモノになると。

 

 

「いいでしょう、貴女のその不躾な挑戦状、疾く受け取って差し上げますわ!」

(……なんか嫌なフラグがバンバン立ってる気がするー!!?)

 

 

 ゆえに彼女は、その笑みのまま宣言する。

 ──貴女を勝者という玉座から引きずり落として見せる、と。

 そしてその発言に対し、TASと呼ばれる彼女は「いいから早く来い」とばかりに、彼女に手招きを返すのだった。

 

 ……間に挟まれた男が、ひたすら可哀想になる対面なのであった。

 

 



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目指す星は一際高く

 ──とはいえ、このまま無策に突っ込んでもさっきの二の舞になるばかり。

 ゆえに彼女が、「少し休憩致しませんこと?」と声を挙げるのは既定路線であり、それをTASさんが受領するのもまた、ある意味既定路線なのであった。

 

 

「……滅茶苦茶啖呵切ってましたけど、なにか勝算でもあるんです?」

「いいえ?全然?なにも?」

「おぃィ?」

 

 

 ……思わず言葉尻が荒くなったのは許して欲しい。

 いやだって、あんだけ「やってやるぜー!」みたいなテンションしといて、なんにも策は無いって。……なんでやねん、ってツッコミたくなるのも仕方なくない?俺悪くなくない??

 

 

「まぁ、なにをしたのか?……という部分には、ある程度察しが付いているのですが」

「……ほう?なんだぁ、ちゃんと勝算はあるんじゃないですかぁ、焦らさないでk()「時間停止」……なんだって?」

「だから、時間停止・あるいはそれに類似したなにか、ですわね。……止まっていたのが私達だけということを考えれば、より正確には『特定時間の消し飛ばし』、なんて方向性も考えられますが」

「どこのボスキャラの技能!?」

 

 

 とはいえ、そこは流石のAUTOさん。

 TASさんがどうやってさっきの勝ちをもぎ取ったのか?……という原理くらいは勘付いていた様子。

 それはつまり、彼女の技能的に最早逆転は確実なもの……ということになるはずだったのだが。そんな俺の予想を遮るように彼女からもたらされた答えは、どう考えてもこんなタイミングで出てきてはいけないタイプの技能なのであった。

 

 ……どこぞの漫画とかを思い出すそれは、恐らく『ゲームをプレイしていた』時間を消し飛ばした、ないしそれに近い事象をもたらしたなにか、ということになる。

 正直聞いていてもよく分からないが、確かに俺達が一瞬気を逸らした、と思っていた間に、TASさんは勝利を納めていた。

 これが成立するのは、()()()()()()()()()()()()()()()()か、その反対──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことしかありえない。

 

 前者は時間停止、後者は時間飛ばしということになるわけだが……どちらにせよ、一体いつの間に超能力に目覚めたのか?……と問い詰めたい気分である。

 いやまぁ、人力TASというのも大概あれだが、あれは要するに()()()()()()()()()()()()()()()ことで得られるもの。……言い換えると、本気で死ぬ気で命を燃やして挑めば、()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 それに引き換え、時間停止だの時間飛ばしだのというのは……。

 

 

「どういう人類の進歩があるとしても、それを生身でできるようになるとは思えない……ということですわね?」

「まぁ、そういうこったね」

 

 

 思わず、むっとした態度を取ってしまう俺である。

 いやまぁ、ちょっと前からさらっと異世界旅行とかしてた辺り、今さらなにを言ってるのか?……みたいな部分もあるのだが。

 ……なんだろう、気のせいならいいんだけど頭の中のTASさんが「?できるようになるよ?生身で、そのうち」とか言ってる姿が出てきたんですが?

 

 思わず頭を振って、あまりにもあんまりな想像を拭う俺である。……AUTOさんが「なにやってんのこの人」みたいな顔でこっちを見てるけど無視だ無視。

 

 ともかく。

 今回のTASさんが、かなり無法な手を使っている、というのは間違いなく。

 そしてそれに勝つためには、こちらも相応の無法に手を染める他ない、というのは間違いないだろう。

 

 

「と、言いますと?」

「極端な話、TASさんのやることって人間ができることの延長線上なわけで。……だったら、AUTOさんがTASさんのやってることを()()()()、なんてこともできておかしくないんだよ、だって所詮それは()()()()()()なんだから」

「……随分と大きく出ましたわね」

 

 

 で、その無法と言うのが、AUTOさんのTAS化である。

 ……なにを言ってるかわからないと思うので、詳しく説明すると。

 

 AUTOさんの能力は、一定のルールがあるモノの最適化・最善化である。

 ()()()()()()()()()()()()()ため、ある程度の限度はあるものの……その能力は、一部分野においてTASさんの追従を許さないほどの練度を誇る。

 とはいえ、あくまでも出せるのは最善・最適。横紙破りで最速を叩き出すTASさんには、勝ちきれないことも多くあった。

 

 ──ゆえに、考え方を変える。

 AUTOさんのままではできないことがあるなら、それができる相手になればいい。

 

 TASさんのそれは、本来それをミスなくできるのがおかしい……というだけで、部分部分で見れば普通の人にもできることの集合でしかなかったりする。

 ──つまり、AUTOさんの性質上、彼女の真似ができてもおかしくないのである。

 

 無論、そのままでは単なる真似にしかならないが──彼女は機械ではなく人間。つまり、二つの要素を組み合わせる余地があるのだ。

 

 

「つまり、貴女が目指すべきなのは正確無比な操作技術で修羅達の中を突き進む者──即ち『サイボーグ姉貴』!」

「なんだか矛盾してませんこと?」

 

 

 ロボットのような正確無比な技術と、それを的確に見極め使い分ける人の心。

 その二つを合わせたパーフェクト・ソルジャー。

 それこそが今彼女が進化すべきモノ、と俺は声を大にして訴えるのであった。

 ……え?AUTOさんが微妙な顔をしてる?なんでさ。

 

 



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できることとできないことの差

「……そもそもの話、TASさんを目指すのだとしても、どうやって?……という疑問が出てきますわよ?」

「え?そりゃ勿論、いつものAUTOさんみたく……んん?」

「……ご存知無かったようなので言っておきますけれど。一応、彼女のことを参考にしようとしたことは何度か有りますのよ?欠片も取っ掛かりが掴めませんでしたが」

 

 

 ──彼女の強化プランとして、TASさんを模倣するのはどうだろう?

 無論、単なる模倣では相手を越えることなどできないので、それに加えAUTOさんとしてのパゥワー()を加えることで、更なる飛躍を目指すのだ……。

 そんな突飛な提案をした俺なわけだが、やっぱり突飛過ぎたため敢えなく却下された次第である。ですよねー。

 

 いやまぁ、なにも欠片も勝算のない話、というわけではなかったのだが。

 AUTOさんのそれは、基本的にルールに則った最適解を出力する、というタイプのモノ。それゆえにルールから逸脱することはできない……というのが基本である。

 なので、ルールの方を改変するというのは考え方としてはごく自然なものなのだ。今回の場合で言うのなら『TASさんの真似をしながら行う』みたいなルールを追加する、みたいな?

 

 ……それってAUTOさんがかつて行っていた『ドレスでダンスしながら音ゲークリア』となにが違うのか?……と思われそうだが、本質的には全然違う。

 AUTOさんのやってたことは物理的な枷だが、今回のそれは心理的な枷なのだ。

 

 そもそもの話、何度も言うようにTASさんのやっていることは、極論『その道のプロの動きを継ぎ接ぎしたもの』というのが近い。

 一つ一つの動きはあくまでも人間ができる最高峰の動きでしかなく、そういう意味であればAUTOさんは初めから普通にできていることでしかないのだ。

 つまり、彼女がTASさんのような動きをすることは、スペック的に考えてもできて当然のことなのである。

 

 それなのに、何故彼女はTASさんの動きを模倣できないのか?……その答えは、まさにさっき説明した通り。

 そう、彼女の認識だと『その道のプロの動きを継ぎ接ぎしたもの』になってしまうから、である。

 彼女が()()()TASさんを真似しようとする場合、それぞれの動きに対し別々の最善を算出し、それを繋ぎ合わせるという形になってしまうのだ。

 

 それのなにが問題なのか?……と思われそうだが、AUTOさんの技能とは『特定のルールに対して最適解を出す』モノであることを思い出せば、それもまた単純な答えとなる。

 ……要するに、普通にやろうとするとさっきの『ドレスでダンスを~』の比ではないくらいに()()()()()()モノになってしまうのだ。

 

 件の『ドレスでダンスを~』の方にしても、実際は言葉面ほど軽い条件ではなく、実際には数十種類くらいの条件が重なっているらしいが……TASさんの動きを単純解釈してしまう場合、その条件付けは総数にして数百を下らない。

 下手をすれば彼女のたまにいう『追記数』分の条件付けになっている可能性すらあり、そうなってくると最早AUTOさんがTASさんの動きを真似する方がバカ、なんてことになりかねないだろう。

 

 だがしかし、である。

 音ゲーのTASを見たことのある人ならわかるだろうが、追記数が一つもない作品、というのはとても珍しい。音ゲーなんて極論()()()()()()()()()()()()()()()なのにも関わらず、だ。

 これは、使用する機器の遅延や相性など、様々な要因から来るモノであるが……つまるところ、音ゲーという舞台においてはTASさんにもAUTOさんにも、大きな差はないということでもある。

 つまり、既に彼女はTASさんの動きができている、という風に解釈することは可能。

 ゆえに、ルールを変えるという方便で、自身の認識をずらすことは十分に可能だと判断した次第だったわけである。

 

 ……まぁ、ご覧の通りAUTOさんからは『無理』の二文字を叩き付けられたわけなのだが。……なんでぇ?

 

 

「察するに、彼女のあれそれは一つの行動に対して無数の動きを必要とするもの、だからなのでしょう。……ゲーム機という二次元上ではわかり辛いですが、今私達が生きている現実という三次元にTASという概念を拡張する場合、それが操作しているモノは予想以上に多岐に渡る、とでも言いましょうか」

「えー?でもそれだとAUTOさんもそうなるんじゃ?」

「……何度も言いますが、私のそれは『ルールの遵守』です。未来のそれさえ引っ張ってくる、という部分に引っ掛かりを覚えるのでしょうが……その実、システム的にはどこまでも二次元ですのよ?」

「むぅ」

 

 

 そんなこちらの疑問に対し、彼女は冷静に自身の見解を述べてみせる。

 彼女という存在とルールという概念は密接に結び付いているが、その『ルール』というものは所詮紙面の上のもの……言うなれば二次元のモノでしかない、と。

 言ってしまえば、小難しい三次元の理を二次元のそれに貶めているようなもの……と語る彼女は、幾分哀しそうな表情をしていたのだった。

 

 

「……いや待った、未来……未来か」

「……?貴方様?」

 

 

 しかして俺は諦めきれない。

 見よ、AUTOさんの背後、筐体の前で待ち続けるTASさんの余裕たっぷりの表情を。

 あの野郎、『はー?私は負けませんがー?』みたいは表情でこっちを見て笑ってやがる……!(※お兄さんの被害妄想です)

 

 そんな顔されたら俺だってむきになるというもの、どうにかしてAUTOさんの勝ち筋がないかと熟慮して──そういえば、彼女が未来の技術を持ってこれることに思い至るのであった。

 

 



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嗚呼、我が青春のげぇむせんたぁよ、永遠に

「う、上手く行くでしょうか……?」

「行かなきゃ嘘だ、堂々とやれぃ!」

「は、はいっ!」

 

 

 AUTOさんの背を叩き、決戦の場へと送り出す俺。

 待っていたTASさんはようやくか、みたいな態度で姿勢を崩し──瞳に一筋の希望を輝かせるAUTOさんを見て、不敵に笑った。(当社比)

 

 

「その目は勝てると思ってる目。──中々に不遜」

「……その傲り、必ずや砕いて見せましょう」

 

 

 相も変わらずこの二人、なんというかバチバチである。

 AUTOさん側からは言わずもがな、TASさん側からしてもハッキリと『勝てないことがある』という認識があるからこそなのだろうが、だからこそよき好敵手になり得るとでも言うか。

 

 ──ゆえに、今の状況は双方に取って望ましくないもの。

 確かにTASさんはAUTOさんを突き放す、新たな可能性を見せ付けたが……それで相手が止まってしまっては、そこから先に繋がらない。

 TASさんが一つ壁を越えたのなら、AUTOさんもまた一つ壁を越えなければ嘘になるのだ。

 

 だからこそ、彼女は今進化しなければならない。進化せねばならないのだ。

 ……それを理解しているからこそ、TASさんはただ待ち続けている。AUTOさんがこちらに食らい付いてくることを、己を脅かすモノとしての更なる成長を……!

 

 ……なんかこう書くとどこの格闘漫画?ってなるが、まぁ大筋はそう間違ってはいまい。

 単に勝ちたいだけなら、相手に休む暇や考える暇を与えずに叩き潰すのが一番早いわけだし。

 

 そんなわけで、AUTOさんがこうして再び彼女の横に立つのは予定調和のはず。あとは、本当に彼女が昨日までの──さっきまでの自分を越えられるか、それだけである。

 

 

「見せて欲しい。貴方達が見付けた答えとやらを」

「──ええ、必ずや」

 

 

 並んだ二人は互いを一瞥したのち、筐体へと向き直る。

 

 本来、己との勝負という面の強い音ゲーだが、今この場においてのみ、元のそれとは性質を異にしている。

 それは、先程TASさんが見せた謎の現象──過程の省略にあった。

 

 人々の認知のみを停止し、時間だけはしっかりと経過させるそれは、ともすれば超常現象としか言い様のない異常事態であるが、しかしそれを行ったのがTASさんである以上、本質的には()()()()()()()()()のはずである。

 なればそれは──今の人類には無理かもしれないが、何処かの何時かの人類ならば説明できる、歴とした物理現象ということになるわけで。

 

 

(──そこに、私の勝機がある)

 

 

 ゆえに、それはAUTOさんにも真似できて然るべきもの、ということになる。

 

 CHEATちゃんのやることが良い例だが、あれは彼女個人の技能によって成立しているモノであり、TASさんも彼女の動きをそのまま真似することはできない。

 なにかしらの裏技を使って真似をするか、別のモノを組み合わせて似たようなことを起こすか、そのどちらかしかないのだ。

 

 そしてそれは、AUTOさんにしても同じこと。

 彼女もまた、CHEATちゃんのやることをそのままそっくり真似をする、ということはできない。

 彼女のやっていることに近くなるようなルールを見出だし、それを遂行するしかないのだ。

 そういう意味で、AUTOさんとTASさんのできることというのは、わりと似通っているとも言える。

 ──ゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 無論、それぞれに課せられた枷がある以上、そっくりそのまま真似ることはできないだろう。

 今のAUTOさんにできないというのは、つまりそういうこと。

 

 

「──ところで、ご存知かと思いますが」

「……?」

 

 

 再び、微細に拍のズレた呼吸を行い始めるTASさん。

 ……恐らく、この呼吸に過程跳躍の肝が含まれているのだろうが──少なくとも、俺にはそれがなんなのかはわからない。

 

 そしてそれは、AUTOさんにしても同じこと。()()彼女では、そこにどんな術理が働いてあの現象を起こしているのか?……ということが掴めない。

 そして掴めないがゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()

 彼女がTASさんを真似できないのは、つまりそういうこと。

 ルールに沿って動く彼女には、ルールが定められない状況下では満足な動きができないという欠点があった。

 

 

「私、ルールさえ掴めれば()()()()()()()()(たち)ですの。──それを掴むのに、何年掛けさせられたことか。ですが……()()()()()()()()()()()

「……そう、じゃあこれからが本当の勝負」

 

 

 ゆえに、彼女は()()()()()()()()をした。

 技術とは、基本未来に向けて洗練されて行くものである。

 昨日まで一時間掛かっていたことが、明日には五十分に短縮されるように・もしくはそうなるようにと磨いていくそれは、なるほどTASの更新合戦のようである。

 

 ──そう。記録というものは、いつか破られるモノである。

 AUTOさんはルールを掴めさえすれば、例え未来の技術だとしても存分に使いこなせる……という技能を持っている。

 そこに、TASとは基本的に()()()()()()もの、すなわち技術であるということを掛け合わせれば──必然、答えは見えてくる。

 

 そう、今のAUTOさんはただのAUTOさんではない。

 彼女は今、()()()()のAUTOさんへと、この一時だけ進化しているのだ。……一時だけの理由?千年先の技術にアクセスするのが思ったより負担が掛かることだったからですがなにか?

 

 まぁ、使い続ければその内慣れてしまうかもしれないが……ぶっつけ本番の今、千年先のそれを繋ぎ続けることに無理が生じているのは致し方なく。

 ……というか、あの過程省略千年先の技術なのかよ怖っ。

 なんて他愛のないことを思いつつ、俺は気炎を燃やす二人を後ろから眺めている。

 

 ……うん、これ色々大丈夫なんかな?

 そう困惑する俺の周りでは、本来この時代においてぶつかり合うはずのない技術がぶつかり合ったことによる空間の歪みにより、なんかこう時間と時間の狭間?っぽいものが生まれ始めていたのであった。

 

 ……まぁ、二人が楽しそうだからまぁいっか!!

 

 



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イヤだと言っても時間は流れる

「………?????」

「盛大にフリーズしてるねぇ」

「無理もないですぅ、正直私も意味不ですぅ」

「だよねぇ」

 

 

 はてさて、超人博覧会みたいなことになった二人の音ゲー対決だが、結局勝負はお流れになった。

 お互いの使っていた技術がオーバーテクノロジー過ぎて、結果の確定ができないまま永遠の時の中を揺蕩いそうになったせいである。

 ……え?なに言ってるかわかんない?じゃあ簡潔に。

 オーバーフロー(無限ループ)が起きて処理がスタック(停止)したので、外から無理矢理止めました。

 

 ……で、その顛末を聞いたCHEATちゃんは、こうしてCHEATちゃん.exeを停止してしまった……というわけなのである。

 まぁ、停止しなかった他のメンバーも、停止してないだけであって結構引き気味だったのだが。

 

 

「ところで、そうして停止してるのはいいけど……次は君の番だぞ?」

……ウワーッ!!ヤダーッ!!ソンナノトタタカイタクナイヨーッ!!!

「おお、久々のクソデカボイス」

 

 

 とはいえ、いつまでも停止されていては困る、というのも確かな話。

 何故かと言えば、次のイベント的な出番が彼女だから、というところが大きい。……いやまぁ、その辺りの正確な話をすると、実際にはダミ子さんの方が出番早いんだけどね。

 

 

「でもそれ、こうなる前の私ですからねぇ」

「だねぇ」

 

 

 ただその時の彼女はまだ、現在のサンタを模した姿ではなく。顔グラがバグったのを直した結果、性転換してしまったという例の初期(?)状態であり、ついでに言うならその時の彼女と俺は、顔をあわしたことすらない。

 

 ……要するに画面外判定のサブストーリーに過ぎないため、飛ばしてしまってもなんの問題もないのである。

 いや、寧ろ変に組み込もうとするとメインルートをぐちゃぐちゃにしかねないというか。

 

 

「そりゃまた、なんでだい?」

「キャラクターとしての初出がそのタイミングでも、配役としての初出は八月を過ぎてからだから……ですかねぇ?」

 

 

 そんな俺の言葉に、MODさんが不思議そうな声をあげる。

 ダミ子さんの出現タイミングがそんなに大事になる理由がわからない、という意味合いの言葉だが……理屈としてはとても単純、彼女は実際に出てくるまでの間、見えない位置()での暗躍……というと人聞きが悪いが、まぁつまり本筋に関わらないところで世間に影響を与えているから、ということになる。

 

 言うなれば、実際に表に出てくるまでの彼女の動きは不確定事項・箱の中の猫の如くであり、それによって保たれている数値がある、ということ。

 ……もっと分かりやすく言うのなら、こうして俺達が認識しているダミ子さんと、この当時の彼女・ないし彼は、厳密には別キャラクターなのである。

 

 

「!?」

「だから、迂闊に彼女がそこにいるということを証明してしまうと、それによって保たれていた次元境界線が崩れて元の木阿弥に……」

「危なっかしすぎないかこの子?!」

 

 

 まぁそもそもの話、彼女が変数と重なっている存在である、というのが一番大きいのだろうが……ともかく。

 

 顔グラがバグっていた時の彼女は、言うなれば本人確認のできない状態。

 ……つまり今のダミ子さんとの照合ができず、ゆえにランダム性を保持したままになっているため、実際にその数値を定め直した八月の某日までの間は、()()()()()()()()()()()()()()、という判定になっている。

 それが世界安定にも一役買っているため、迂闊に触るべきではない……というのが、TASさんから聞かされていたダミ子さんの現状なのであった。

 ……まぁもっと雑に言うのなら、元々ダミー(DUMMY)だから色んなところで『とりあえずの穴埋め』に使われていたせい、というのが近いのだろうが。

 

 そんな感じに、ダミ子さん周りが下手に弄るとおかしくなる地雷の塊である……というところがわかったところで。

 改めて、次の出番であるCHEATちゃんの話に戻ると。

 

 

「まー、一応出番まではもう少し時間があるし、今のうちに心の準備をしとけばいいんでない?」

「……その時間というのは、どれくらい残っているのですか?」

「ん?えーと……」

 

 

 確かに次の出番は彼女だが、一人目のAUTOさんから考えるとその間というのは結構空いている。

 具体的には、AUTOさんが四月そこらだったのに対し、彼女の出番は梅雨よりは前、というか。

 

 

「……なんですかその微妙な範囲の雑さは」

「いやー、三人が揃ってからの話が飛んでるというか……」

 

 

 なんか認知されていないというか、その次のMODさんの出番が七月であることからの逆算というか?

 ……なんでか知らんけど、梅雨辺りの記憶がさっぱりというか。

 そんなわけで、梅雨に重なってはいないはずなので、大体五月から六月の間のどれか、みたいな大分適当な認識になっているわけなのである。

 

 とまぁ、そんなことを告げたところ、DMさんから返ってきたのは呆れたような可哀想なものを見るような、そんな眼差しだったのであった。……いやこれ俺が悪いの!?

 

 



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黒板からタブレットに進化だ!(?)

 はてさて、そんなこんなで(?)次の出番を待つCHEATちゃんのため、急遽作戦会議が発足されたわけなのだけれど。

 

 

……え、もしかして私またあのムーブしなきゃいけないの……?

「あの、というと……」

「黒板に隠れて意志疎通を行う不思議ちゃん?」

フシギチャンイウナー!!

「うるさい」<ズビシッ

イッタイメガァッ!!?

 

 

 ……あーうん、なんというか支離滅裂・別名ハチャメチャである。……というか、そのやり取りもっと先に別のとこでやってなかったっけ?

 

 とまぁ、目元を押さえてごろごろ転がるCHEATちゃんに呆れたような視線を向けつつ、あれこれ話している俺達である。

 無論、なんの成果も得られてないんだがね!……威張るところかそれ?

 

 

「ふむ、私達は加入前の話だから、有益な案はちょっと思い付かないなぁ」

「まぁ、お三方は夏以降ですものね、本格的な出番」

 

 

 なお、あんまり首突っ込み過ぎると変な判定になりそう、ということでMODさん以下三名は基本的にただの賑やかし役である。

 ……うん、後ろ(背景)で勝手になにかしてる分にはなーんも問題ないんだけどね、表に出てきた判定になるとややこしい……ってのは、なにもダミ子さんに限った話でもないというか。

 いやまぁ、その中でも一番ややこしいのがダミ子さん、ってところに変わりはないのだけれど。

 

 

「だからってアイス食べてのんびりしてるのは違くないっ!?」

「HAHAHA、悔しがりたまえ、彼の手作りだ」

アーフザケンナマジデーッ!!?

「本格的な夏の到来前に食べるアイスもまた乙なもの。もぐもぐ」

 

 

 そんなわけで、当事者であるCHEATちゃん以外の面々は、俺の作ったアイスなどをつまみながらのんびり過ごしていたというわけである。……いや、そんな上等なモノじゃないからね、これ。

 まぁ、好き勝手寛ぎやがってー!!……的な意味でキレてるのかもしれんけども。

 

 ともあれ、さっきまでゴロゴロしていたのが、今ではじたばたしているその姿に、思わず呆れたような笑みの浮かんでくる俺なのであったとさ。

 

 

 

‐∀‐

 

 

 

「とりあえず、使ってるモノをダウングレードしないとねぇ」

「ぬぐぅ、折角あれこれ覚えたのに……」

 

 

 紆余曲折あって、彼女の普段使いしているタブレット(※ポケコンのあとに使い始めたモノ)を初期装備の手持ちできる黒板に入れ換えることになったCHEATちゃん。

 ……改めて見てみると、余りにもしょっぱい初期装備である。

 

 まぁ、この黒板どういう原理かわからんけど、自由自在に小さくしたり大きくしたり、はたまた遠隔で表面に文字を書いたりできるので、アナログなアイテムにしてはわりとハイスペックなのだが。

 ……でもまぁ、彼女の本領がプログラミングによって発揮されるモノであることを思えば、装備と能力が見合ってないのも確かな話なのだが。

 

 

「……改めて考えてみると、その黒板の出所が気になるところですわね」

「えー?えっと、うちの倉庫に転がってたんじゃなかったかなー?」

「……あー、それ()()()()()()黒曜石の板じゃないでしょうか?」

「「はい?」」

 

 

 なお、当の黒板が実はDMさん由来のアイテムかも、みたいな裏設定っぽいものが飛び出したりもしたが……本筋とは関係ないのでここでは割愛する。

 

 ともかく、できうる限り当時のファッションに近付けた結果、なんというか売れない配信者(tuber)っぽくなってしまったCHEATちゃんであった。

 ……売れないとか言うなー、と抗議するCHEATちゃんだが、前回ループで服装がどんどん進化して行ったのを見ている身からすると、やっぱりなんというかダサ……否や古くさいと言うか。

 そもそも、周囲に浮いてるゲーム機からして古いしねぇ。

 

 

「……そういえば、いつの間にか浮いてるゲーム機、最新のモノに入れ換わってましたね」

「CHEATができるのは本来古いゲームだけ……のはずが、あれこれやってる内に()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいなノリになってたからねぇ」

 

 

 しみじみと、前ループ()のことを話すAUTOさんとMODさんである。

 ……その辺りの技術革新の立役者(しゅはん)である二人が言ってると、あまりにもどの口案件なわけだが……まぁ、それは置いといて。

 

 

「とりあえず、出会ったあとのスペックはどうなっても問題ないんだよな!?」

「まぁ、うん。今の状態だと前回ループの私達と今回ループの私達で判定が二重になってる、ってのが問題だから」

「よーし言質取った!ボコる!絶対ぼっこぼこにしてやるから見とけよお前らー!!」

 

 

 現在の初期装備で居なければならないのは、あくまでもあの日あの時の出会いの瞬間まで。

 ……それ以降はどんな装備でも問題にはならない、とTASさんからの言質を取ったCHEATちゃんは、よっしゃあと女の子らしからぬガッツポーズを取っていたのであった。

 

 ……うーん、なんか死亡フラグのような気がするんだけどなー?

 

 



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束の間の休息を楽しむべき

 はてさて、四月である。

 

 ……前回の会議からまだ一週間も経過してないこの日、俺達がなにをしに来たのかと言うと……ご覧の通り、今日はみんなで花見をしに近くの公園にやって来ていたのであった。

 

 

「……よく考えてみると、私達ってこの時期に軽率に外に出て来ていて大丈夫なのかい?」

「大丈夫。基本的に特定のタイミング以外は、わりとフラグチェック雑だから」

 

 

 というか、じゃないと前ループからの仲間が増えても、実際に運用できるタイミングがほとんどないし。……とはTASさんの言。

 

 要するに、今回のあれこれはみんな背景(後ろ)であれこれしているのに当たる、ということになるらしい。

 まぁうん、花見をした記憶はあんまりないし、そこでなにか重要なことがあった覚えもない。

 ……唯一、TASさんと二人でフリマに行ったことが思い起こされるが……アレに関しては発生時期が春であるというだけだし、なんならAUTOさんと会うより前に終わってる話なので関係がな……ない……のか?

 

 

「……なんでそこで断言なさないので?」

「いや……よく考えたらあれの起こった時期が明確にわからんというか……」

「はい?」

 

 

 ほんのり話題に上がったAUTOさんが聞き返してくるが、俺としてはそれどころではない。

 ……いやまぁ、別に深刻な話というわけでもないのだが、よく考えたらあの話、それが起きたタイミングが()()()()()()()()()()()()()()というだけであって、その時期を明言した部分がなに一つないことに気付いた、というだけの話である。

 

 ……どこからか時系列(メタ)的にはAUTOさんと出会う前なのでは?……みたいな疑問が飛んできているような気がするが、その疑問に対する返答は至極単純である。

 

 

「俺達って毎回一緒に行動してるってわけじゃないから、単にAUTOさんが出てきていないだけで合流事態は終わったあとの話、という可能性が……」

「!?」

 

 

 そう、たまたまその時AUTOさんのことが()()()()()()()()()()()()()のなら、彼女を一切登場させずにいても問題はないのである。

 ……というか、そういう話が俺達の間には多いというか。

 

 無論、滅茶苦茶意識している話もあるにはあるが……こっちが思っている以上に前提条件がガバガバなところが多い、というのは確かなのだろう。

 ゆえに、今回みたいに花見にみんなで行く、なんて一見無茶なことが成り立つのだろうし。

 

 

「未来というのは意外といい加減。()()()()()()()()()()()()()()()()というほどに強固なモノもあれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ところも結構ある」

 

 

 そういう意味で、蝶の羽ばたきが世界を変える……なんて話は、そういう時もあるしそうでない時もある、などとTASさんはこちらに笑みを向けながら、いそいそとブルーシートを設置しに掛かっていたのであった。

 ……ううむ、未来視というのは奥が深いなー。

 

 

 

・A・

 

 

 

「あ、それはダメ。ここで貴方が突然気分が良くなって踊り出すと、それをたまたま見掛けたアイドルプロデューサーが貴方を見付けてスカウトしたいと思い出し、最終的にテレビ局が一つ吹っ飛ぶことになる」

「いやどういう流れでそうなるんだい!?」

 

 

 ……奥が深すぎじゃねーかなー、などとげんなりしてきた俺である。

 

 現状の俺達が()話みたいになっている、というのは先程触れた通りだが、この表だの裏だのという区分、こちらが思っているより随分と壁が薄いというか、区別の仕方が適当なようで。

 現在TASさんにダメ出しをされているのはMODさんだが、今回の彼女の場合()()()()()()()*1を『花見だしいっか!』と飲んでテンションハイになった結果、なにやら変なサクセスストーリーを踏んで一つのテレビ局を潰す、ということになるらしい。

 

 ……どうやって潰されるのか?についての明言がないため、結果は不明だが……彼女の言いぶりから察するに『爆破される』可能性が一番高いように聞こえるのが恐ろしい話である。

 まぁ、MODさんってどっかの国のエージェントっぽいところがあるので、その流れでテレビを見た敵対組織に『その命貰った!』、とされたのだろうとは思うのだが。

 

 

「?単なる痴情の縺れ。モテる女はとても辛い」

「愛って怖いなぁ!!」

 

 

 なお、もう分岐しない選択肢になったせいか、あっさりTASさんから明かされた結末は、愛は怖いものという普遍的(?)答えに着地する結果となった次第である。

 ……いや、どこぞの探偵ものの映画じゃねーんだから、軽率に爆発さすなし。

 姿もわからぬ爆弾犯に、そんな届かぬツッコミをぶつけつつ、当たり障りのない花見を楽しむ俺達なのであった。

 

 ……まぁ、こういうこと言ってると「以前フラグを立てていました○○です」みたいに登場してくるのがこの世界なので、あんまり油断とかはできないのも確かな話なのだが。

 不思議そうな顔をしているダミ子さんの頭を撫でつつ、団子を食べて一息つく俺でしたとさ。

 

 

*1
とてもとても不思議な水。飲むととても気持ちよくなる。お酒じゃないよ?



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準備はいいか?彼女は出来てない

「……ふむ、駅に謎の黒板出現……とな?」

「ええ。……ようやく、腹が決まったということなのでしょう」

 

 

 ある日の朝。

 駅に現れた謎の黒板に、『XYZ』と末尾に添えられた文章が掲載された、という噂を伴って家にやって来たAUTOさんの姿に、こちらもいよいよかと意気込みを新たにする俺達である。

 ……まぁ、時は流れに流れて、世間は現在ゴールデンウィーク真っ只中までずれ込んでたりするんだけどね!!

 でも彼女の出現タイミングも明言はされてなかったから、ここまでずれ込んでも許容範囲なんだよね!びっくりすることに!!

 

 ……とまぁ、それだけ待たされたこともあって、若干気の立ってる感のある我々である。

 見てみろよTASさんを、あまりに待たされたもんだから、他のゲームのTAS記録の短縮しまくってるよ。配管工の完全攻略(100%)の記録が三十分くらい縮んでるよ。……なんか再現性がないとかで、公式記録としては認められなかったみたいだけど。

 

 

「宇宙線を利用するのは良くないって怒られた」

「宇宙線……?」

 

 

 なお、ダメだった理由についてはよくわからなかった()ため、スルーすることにした俺達一同である。……天文学まで絡むのはちょっとどうしようもないというか……。

 

 まぁともかく、ようやく今年二つ目の大型イベントである『CHEATちゃん初登場』の開幕というわけで、勇み足で駅に向かった俺達はというと。

 

 

「……なに考えてんだアイツーゥッ!!?」

「よっぽど嫌だったんでしょうね……」

 

 

 地上の迷宮となった駅舎内を、延々と歩き回らさせられる羽目に陥っていたのでありました。……いや、なんでやねん。

 

 俺達の現在位置が何処なのかはわからないが、かれこれ三時間くらいずっと歩かされているというのは事実。

 その間、俺達の視界に移り込んでくるのは、深緑の板で仕切られた道。……要するにこの迷宮の壁、全部黒板なのである、恐ろしいことに。

 

 以前、CHEATちゃんの私物である黒板が、実はDMさんのところから流出したものかも知れない……みたいな話を覚えているだろうか?

 どうやらあの話のあと、彼女はDMさんと一緒にあの黒板に秘められた謎を探り続け──結果、あの黒板に隠された機能にたどり着いたのだという。それが、

 

 

『私のところの迷宮の再現、ですね。ほら、あのボードゲームみたいな』

「なんであんな呪物がポンポン出てくるんだよ……」

『そりゃまぁ、元々邪神ですからね、私』

 

 

 ボスなんだから、そういうアイテム備蓄しててもおかしくないでしょう?……と笑顔で告げるDMさんに渋い顔を返しつつ、黒板迷宮を進む俺とAUTOさんである。

 ……なおこの迷宮、黒板から特殊な磁場が発生してるとかで、電子機器のほとんどが通信不可能になるという嫌がらせ付きだったりする。

 

 このままだと攻略不可能になる、と久しぶりにタブレットモードになったDMさんが俺の鞄に紛れ込んでいなければ、今頃AUTOさんと一緒に途方に暮れていたところだろう。

 まぁ、彼女が居ても楽々攻略できるってわけでもないんだけどね!!クソァッ!!

 

 ……まぁそんなわけで、タブレットを構えながら迷宮内を歩いているのが今の俺達、というわけである。

 

 

「ねーAUTOさん、なんかこう上手い感じに迷宮踏破とかできないわけ?ほら、トレジャーハンター的な最適解を見出だすとか」

「……別にやっても構いませんけど、その場合貴方様はここに放置になりますが?」

「え、なにゆえ?」

「それは勿論、懸垂状態で腕の力のみで一メートル以上の幅を横に跳ぶ、みたいな非常識極まる工程が混ざるからですが?」

「うわぁ、本気でトレジャーハンタールートじゃんそれ」

 

 

 具体的にはこう、『やべぇ』的な台詞がよく飛び出すタイプのやつ。

 ……軽業師かなにかか、みたいなアクロバティック過ぎる変態軌道を当たり前に攻略に持ち出されるとなれば、基本的に一般人の俺としてはお手上げでしかないわけで。

 というかなに?この迷宮平面的なやつかと思ってたけど、もしかして上下にも広いの?……などというツッコミすらすぐに出てこない有り様だが、なんにせよこのままだといつまで経ってもCHEATちゃんにたどり着かないこと確定である。

 

 

「……かといって、壁をぶち破るのも非現実的なんだよなぁ」

「──せいっ!」

 

 

 なおこの迷宮、元がDMさんのところからの流出物であるせいか、どうにも変な機能が備わっているようで。

 

 その一つがこれ、迷宮の自動補修である。

 今しがたAUTOさんが、気合を込めて正拳突きを黒板に向かって繰り出したわけなのだが……呆気なく叩き割られた黒板はしかし、二・三度瞬きする(大体十秒くらいの)間にはすっかり元通りになってしまっているのである。

 

 ……いや、ここまで来ると最早黒板の見た目をしているだけのなにか別のものでしかないわけだが、ともかく地道にルートを探すにしても今の段階で三時間。……何処までCHEATちゃんに近付いているのかもわからない以上、このまま歩くのは精神的に無理がある。

 

 

「……なんとか、TASさんと合流するなり、TASさんが攻略してくれるなりってなればいいんだが……」

「連絡が付きませんからね。こればっかりはなんとも」

 

 

 ううむ、と唸る俺達。

 現状はぐれてしまったTASさんとは、未だに連絡が取れていないがゆえの諦感であった。

 

 



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ダンジョンの奥に待つものとは

「……というかそもそもの話として、ナビゲーター役のDMさんも微妙に信用ならないんだよなぁ」

『えー、そんな失礼な。私ほど忠実なシステムもそうないと思いますけど?』

「おいこら、テメェ自分が元々なんなのか言ってみろよ」

『単なる遺跡防衛用AIでーす』

「嘘付けぇっ!!」

 

 

 さて、相も変わらず黒板迷宮を歩き続けている俺達である。

 ……あるのだが、なにを頼りに迷宮内を進んでいるのか?……という部分で不具合の出てきた感じであった。

 

 確かに、DMさんは現在タブレット内にてこの迷宮のマップを表示する、というこちらへの利敵行為をしているわけだが……よくよく考えたらこれ、信憑性的に微妙なのでは?

 そも、CHEATちゃんに黒板の隠された使い方を示唆したのは彼女。……言うなれば真なる黒幕であり、それがこちらに力を貸しているという時点で、怪しいどころの話ではないというか。

 

 

『だからさっきから言ってるじゃないですか、私は諭した訳ではないんですって。その証拠に、こうやってお二方と一緒に迷宮くんだりまでやってきたわけでしょう?』

「でもなぁ……」

 

 

 確かに、彼女が単にCHEATちゃんを焚き付け、俺達三人を迷宮内に閉じ込めたかったのであれば、こうしてタブレット状態とはいえ同行する必要性はなかったはず。

 放っておけば勝手に迷宮にはまって出てこられなくなるのだから、ここにいる時点で誠意を示している……という彼女の主張もわからないでもない。

 

 ……が、同時に彼女の案内があってなお、三時間以上も迷宮内を歩かされているとなると……やっぱりわざと迷うようなルートを選んでいるのでは?……と邪推してしまうのである。

 だって三時間だからね、人間の歩行速度が平均して大体時速三キロほどというのだから、単純計算で俺達は現在十キロ近くを歩いている、ということになるわけで。

 ……そんなに歩いてたら隣駅に付くわい、ってツッコミもしたくなるのが普通……という話なのであった。

 

 

「それから、それほど大きな迷宮をいきなり用意できるのか?……という疑問もありますわね。……いえ、この迷宮が実際に現実世界に展開されているわけではなく、私達がいつぞやかのボードゲームと同じく、()()()()()()()()()()()()()()()()のだとすれば、一応の説明は付くのですが」

「あー……ありそう」

 

 

 それと、この規模の迷宮が現実に突然現れたら、大騒動どころの話ではないだろう……みたいな疑問もある。

 AUTOさんの言うように、実際は俺達があの黒板の中に吸い込まれたのだとすれば、一応の説明も付くわけだが……これがまかり間違って『実際にフィールドが展開されている』ともなれば、これから先の『今回のループ』が無茶苦茶になるのも必至、ということに……。

 

 

「……あー、いや。行けるのか……?」

「はい?」

「あーいや、これがリアルだったら大騒動だろうと思ってたけど、そういえば前回の時も大概傍迷惑だったけど、大した騒動にはなってなかったなーと思って」

「……いえ、流石に規模が違いすぎ……あー、なるほど、そういうことですのね」

『……なにをお二人で納得しあっているんです?』

 

 

 そこまで考えて、言うほど大騒ぎになっていないかもしれない、という思考にたどり着いた俺である。

 

 前回ループの同イベントを思い出して欲しい。

 あの時の騒動の規模は、確かに今の状況より遥かにこじんまりとしたものだった。……だがしかし、駅の構内で人の往来の多い場所に蓋をするかのように鎮座していたあの黒板は、はたして他者の注目を一切集めないモノだったろうか?

 

 答えはノー、本来なら積極的に撤去させようとか、それができないでも駅の職員に文句を付けるとか、そういう反応があって然るべき存在であった。

 実際には、そういう反応は起こらず、周囲の人々は皆()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだが。

 

 ……要するに、それと同じことが今回起きているとすれば、一応の道理は付くのである。

 どれほど巨大な施設であれ、相手に『見たくない・関わりたくない』と強く思わせられるのであれば、それは共通認識的には()()()()()()

 

 すなわち、この迷宮を()()()()()()()()()()()と認知を操作するなにかがあれば、この迷宮の実在を認めたうえでこの先の話を進めることができる、ということになるのだ。

 ……まぁ、大分力業的な解決方法なのも確かなのだが。

 

 とはいえAUTOさんもちょっと納得してしまったように、あの時周囲の人々に忌避感を抱かせた黒板と、この迷宮の構成素材である黒板は同一のもの。

 更に、その黒板の出所はDMさん──人智の及ばぬ相手(邪神)がかつて君臨した世界から出土したというのだから、安易に『できない』と決め付けることもできないのである。

 

 そんな俺達の話を聞いたDMさんは、なんとも言えない表情でこんなことを呟くのだった。

 

 

『……それ、最終的に私がボスとかになるやつなのでは?』

「────そうだな!」

『笑顔で言うことではないですよね!?』

 

 

 はっはっはっ。……やっぱり疑わしいんだよお前ェ!!

 

 



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疲れてると気が荒くなるんだなぁ

 はてさて、結局晴れていないDMさんの黒幕説。

 ……そもそもの話、この黒板迷宮が現実に存在を許されたとして、それを攻略する側に放り込まれたこっちが納得できるかといえば別の話。

 いつまで経っても目的地に着かない現状への苛立ちからの八つ当たり、みたいなものなので整合性とかもはやどうでもいいのである。

 ……え?じゃあさっきまでのあれこれとかいらないんじゃないかって?愚痴言ってるやつにそんな正論吐いても仕方ねぇだろっ!(逆ギレ)

 

 

『なんなんですかこの人?!言うに事欠いた結果最終的に理性まで放り出しましたよ?!』

「うるせー!!だったら今すぐ目的地に導いてみせろー!!」

『そんな無茶苦茶な!?』

 

 

 それもこれもなにもかも、この黒板を用意した文明が悪い、即ちそこの元締めであったDMさんが悪い!

 ……ってわけで、どうにかしろDM!とばかりに声を荒げる俺であったが、当初困惑していたはずの彼女の様子が次第におかしくなり……。

 

 

『……ふっふふふ、仕方ありません、()()()()のですからしょうがありません!本当はそんな(明かす)つもりはなかったのですが、こうなっては意味のないこと!──ええそうです!わざとですよお兄さん!貴方達が迷っていたのはこのDMのせいだぁーっ!!!』

「な、なにーっ!?」

 

 

 そうして明かされた真実に、思わず驚愕してしまう俺である。

 ……半分以上冗談だったんだけど、マジでお前が犯人だったんかい!?

 

 そうして唖然とする俺の手の内からタブレットがふわりと抜け出し、禍々しいオーラを放ちながらこちらに対峙してくる。

 よもやよもやの隠しボス戦だとでも言うのだろうか?こっちにはAUTOさんしか戦力が居ないんだぞ加減しろ!

 

 情けないことを言わないで下さいまし、というAUTOさんの言葉を背中で受け流しつつ、額に冷や汗を垂らしながら邪神と化したDMさんと向き合っていた俺は。

 

 

「目を覚ませー」

『ほぐぇっ!!?』

「あっ」

 

 

 突然天井を突き破って飛び込んできたTASさんの蹴りにより、吹っ飛ばされていくDMさんを見送ることとなったのであった。

 ……うーん、展開に付いていけないぞ!

 

 

 

・A・

 

 

 

『うーん……このタブレット多分ヤバいやつですよ……』

「そんな馬鹿な、これって元々DMさんが入ってたやつ……って、あ」

「……なんですのその、やっちまったんだぜという顔は」

「いやその……このタブレット、DMさんが入ってたやつじゃなくて、AUTOさんが最適化したやつ……」

「──見なかったことに致しましょう」

「デスヨネー」

 

 

 はてさて、久しぶりの邪神モードを発揮していたDMさんだが、どうやらさっきまでのは彼女自身の意思でやってたというには、ちょっと微妙なところがあったようで。

 それというのも、久しぶりにロボからタブレットに思考を移動したところ、なんだか悪いことがしたくて堪らなくなったのだとか。

 ……要するに悪心を増幅されていた、ということらしいのだが、それを察知していたTASさんが気付け代わりに蹴飛ばした、というのが正解だったわけで。

 

 いや、前もDMさんタブレットに入ってたじゃん、その時は寧ろ善に傾いて行ってたじゃん。……という疑問を覚えた俺は、彼女の入っているタブレットを裏返したことで、その認識に誤りがあったことを知ったのである。

 

 そう、DMさんが入り込んだタブレット。……実はこれ、元々彼女を封印していたやつでは無かったのである。

 寧ろ、AUTOさんが弄った結果、最適化されてしまったやつの方だったのだ。

 

 こっちもこっちで大概ヤバいモノなので、基本的には間違って使わないようにしまいこんでいたのだが……どうやら、なにかの拍子に転がり出てきてしまったのをこれ幸い、とDMさんが使用してしまった……ということになるようだ。

 

 最適化したのが危ないのか?……という疑問ももっともな話。

 だが思い出して頂きたい、これを最適化したのが誰なのか、そして道具に善悪はあるのかということを。

 ……まぁうん、簡単に述べてしまうと、だ。

 

 

「AUTOの施したモノである以上、『最適化』と言うのもAUTOの認識に寄るモノとなる。……つまり、『最善』を目指すもの。しかもこの『最善』は人にとっての善悪ではなく、単にそれを使用する人物にとって()()()()()()()()()という意味」

『……あー、なるほど。私って元々邪神なので、()()()()()()()()()()()()()()()()誘導されていたんですねー』

「あー!!止めて下さいまし私の罪を克明に写し出すのは!!?」

 

 

 このタブレット、ある種の願望器みたいなモノになってしまっているのである。

 使う人の望みや適性を読み取り、それらを最大限発揮できるようにしてくれる……とでもいうべきか。

 

 元々はそうでもなかったかもしれないが、今現在のタブレットなどのデバイスは、すっかり人々の欲望を叶えるためのツールとして発展してしまっている。

 ある意味で()()()()()()()アイテムであるタブレットを『最適化』してしまうとどうなるか?……という疑問の答えが、手のひら願望器だったというわけで。

 

 ……うん、改めて考えてみると、やっべぇなこのタブレット。

 ちょっと触っただけでヤバそうな空気が漂っていたため、ろくに機能も調べずしまいこんでいたが……あの時ちゃんと確認しとくべきだったなぁ、と思わず苦笑いしてしまう俺である。

 

 そんなわけで、この危険物タブレットに関しては、DMさんを元のパッドに移した上で、TASさんに厳重に封印して貰うことで満場一致したのであった。

 

 



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待ちくたびれの疲れ積み

『……というか、パッドとタブレットって呼びわけしてた時点で気付くべきだったのでは?』

「いや、いつの間にか呼び方変えてたってパターンもあるし……」

 

 

 些細な地の文の違いとか見てるわけねーし……。

 とまぁ、なんともメタい会話から始まったわけだが、元々DMさんが入ってたパッドとAUTOさんの最適化したタブレット、見た目はどっちも白い板なので違いがわかり辛いわけでね?

 

 まぁそんなわけで、しばらくの間彼女が違うやつに入ってることに気が付かなかったのは、別に誰が悪いわけでもないのである、多分。

 ……悪心を増幅された結果が、精々俺達を迷わせるくらいで済んでた辺り、この人やっぱり邪神としてはあれなのでは?……みたいな感覚も再び沸き上がってきたりもしたが、話が逸れに逸れているのでいい加減軌道修正。

 

 

「そもそもの話、今回俺達がここにいるのは、CHEATちゃん出現イベント攻略のため。いい加減、先に進もうじゃないか皆のもの!」

「「「はーい」」」

 

 

 下手をすると約束の場所でふて腐れてるかもしれないCHEATちゃんのことを思い、意気揚々と歩きだした俺達である。

 ……え?来ないなら来ないで適当に過ごしてそうな気もする?それは確かに。

 そもそも彼女、今回のあれこれ「やりたくねー!」で一貫してたしなぁ。

 

 ……まぁ、そのあとTASさんから「別にやらなくてもいいけど、その場合貴女はこの周回(ループ)中、居ない子扱いになるけど?」と言われてガチビビリしてたのだが。

 いやまぁ、TASさんの言い方が悪いだけで、多分『このループ中仲間にならない』くらいの意味合いだと思うのだが……もし罷り間違って『このループ中()()()居なくなる』という意味だった日には、ある意味死んでるのと同じことになるので焦るのもわかる。

 

 ただ、それが事実だとすると……いつぞやかの『世界五分前仮説』じゃないが、俺達の認識している範囲以外の世界は実際存在していないも同じ……などという余りにも俺達本意過ぎる世界が出来上がることにもなりかねないので、CHEATちゃんの心配はまさに杞憂でしかないとも思うわけなのだが。

 いやー、流石にこの歳で『俺達主人公!』みたいな勘違いはしないって。

 

 

「……?」

「いや、主人公ですがなにか?……みたいに首を捻られても困るんだわ」

 

 

 なお、TASさんは不思議そうに首を捻っていた。

 ……いやまぁ、仮にこの世界に主人公が居るのなら、それは君だろうなーってのはわからんでもないけども。

 

 ともかく、そんなことをうだうだと話しながら、改めてDMさんの先導に従い黒板迷宮を進む俺達である。

 ……古いダンジョンRPGみたいな感じで、景色も風景もまったく変わらないからちょっと飽きてきたんですがそれは。

 

 

『まぁ……かれこれ四時間くらい歩いてますからねぇ。それが私のせいだった、ということについては謝罪の意を示させて頂きますが』

「ええんやで。そもそもこっちもタブレット違いに気付かんかったんが悪いんやし」

「何故エセ関西弁……?」

 

 

 とはいえそれも仕方のないこと。

 規模の大きさに気を取られていて気付かなかったが、どうにもこの迷宮わりと省エネ建築なのである。

 ……恐らく、現実にこの規模の建築物を発生させることと、それをごまかすことにリソースを割り振り過ぎて、内装に時間もエネルギーも割り振れなかった結果なのだろうが……。

 

 ともかく、内部の通路は全てコピペ・使い回しなのだ。

 まぁ、内部破壊に対しての現状復帰を効率よく行うため、全ての廊下をブロック単位で同期しているとかの切実な事情もあるかもしれないが。

 

 

「もしくはあのゲームの流用」

「あのゲーム?……ってああ、自分でクラフトするやつ……」

「円形のオブジェクトが極端に少ないのもそれが理由、と考えると辻褄が合う」

 

 

 なお、TASさんの予想的には『なにもないところから実体化するより、なにかしらのデータを基幹として構築する方が楽だし早い』とのこと。

 ……ゲーム内の建築物のデータを使い、それを現実に上書きした(オーバーライト)した、ということになるわけだが……うーん、素人目にはどこら辺が楽になってんだか全くわからんぞー。

 

 そうこちらがぼやけば、TASさんは「出力に関してはあの黒板がある程度受け持ってくれる。この時点でエネルギー問題はほぼ解決」などと解説をしてくれる。

 そして、その発言にこちらもまた質問を返して──、

 

 

「イイカゲンニシロテメーラッ!!グダグダシャベッテナクテイイカラサッサトココマデコイヤーッ!!」

「あ、CHEATちゃん四時間ぶりー」

「ふむ、ホログラム。CHEATもダンジョンボスとして楽しんでいるようでなにより」

「キェエ↓エエアァア↑ッ!!ヒトノハナシヲキキヤガレェエエェッ!!!」

「お労しや、CHEATさん……偏に貴方が敵役だったせいですが」

『優しさを見せているようで突き放してらっしゃいますねー』

 

 

 そうして再び時間を浪費しようとする俺達にいい加減焦れたのか、近くの(黒板)から半透明の姿で現れ、こちらを怒鳴り付けるCHEATちゃんの姿が見られたのであった。

 

 ……どうせやることしりとりなんだし、別にボス部屋まで行かなくてもここで画面越しにやればよくねー?ダメ?えー。

 

 



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精神的余裕のないやつは基本負ける

「なんとわがままで勝手気ままな少女なのだろう。よもや自身をヒロインだとでも思っているのではなかろうか」

「相変わらずお兄さんの言葉のナイフの切れ味が鋭い」

 

 

 よせやい、照れるだろ?

 

 ……とまぁ、怒り心頭熱気カンカン……といった様子だったCHEATちゃんは、こちらに「いいからさっさとここまで来いやぁっ!!」と叫びながら、受話器を叩き付けるかの如く通信を一方的に切断したのであるが。

 それを聞いた一同、特に急ぐ気まったくなしの有り様である。

 いやほら、戦いって準備の時点で始まってるって言うじゃん?で、基本的に相手の余裕を削ぐのって基本戦術じゃん?

 

 

「つまり現在の状況は完璧なる好奇!CHEATちゃんが怒れば怒るほどこちらの勝ちは磐石となるというもの!」

「ええ、それで相手が掟破りの行動に手を染めなければ、という注釈は付きますが」

「……ええと、怒ってらっしゃる?」

「いいえ、怒ってはいませんわ。勝負とは無情なもの、という道理は私も修めていますので。……ただまぁ、CHEATさんもやられてばかりの人間というわけでもないでしょう、と思っただけの話ですわ」

「ううむ……」

 

 

 なのでこちらは牛歩戦術を選択し、相手の冷静さを極限まで削るのもありなのでは?……と案を出したのだが、それに関してはAUTOさんにやんわり『やめた方がいい』と忠告を受けたわけなのでございます。

 

 ……まぁうん、怒らせ過ぎた結果、後々の関係にまでヒビを入れるのは良くない、という彼女の主張は間違いではない。

 ないのだが、なんとなーく私怨が混じってるような気がするのは、俺の気のせいなのだろうか?

 ほら、彼女TASさんに時間飛ばしとかいう盤外戦術食らってたし……。

 

 結果として、彼女はその盤外戦術を相殺する術を得たものの、そうでなければボッコボコにされていたのも容易に想像できるため、その辺りの心配というか懸念というか、結構な頻度で混じっていてもおかしくないというか。

 

 

「……でも、CHEATは追い詰めた方が面白いよ?」

「……いえまぁ、そこは否定しかねますが」

「そこで同意する方が酷くないか?」

 

 

 なお、そこまで擁護しておきつつ、彼女の本領ってやっぱり追い詰められた時だよね!……みたいな態度を取ってしまったため、微妙に締まらない感じになってしまうAUTOさんなのであった。

 ……彼女にまでそう思われてるとか、哀れCHEATちゃん。

 

 

 

TAT

 

 

 

 結局、そもそも家を出て五時間経過しそうということもあり、牛歩戦術もなにも既に完遂済みみたいなもんだろ……というもっともな指摘が飛んできたため、それもそっかと納得して一先ず目的地に急ぐことにした俺達である。

 

 

「にしても……勝負の内容って基本部分は前回と変わらないんだろ?……やっぱり納得できないんだけど。なんであのホログラム越しにやらなかったし」

「真面目に考察するのであれば……目的地にCHEATさん側が有利になるなにかが用意されている、とかでしょうか?」

『なるほど、カンペとか大量に仕込んでいるわけですね!』

「いやだよそんな言葉の原義通りの動きしてるCHEATちゃん」

 

 

 確か『イカサマ』だったっけ?

 ……まぁともかく、彼女の能力によるチートではなく、物理的な手段のイカサマとかTASさんの裏を掻ける気がまったくしないため、仮にお出しされても鼻歌混じりに踏破されるだけじゃねーかなー、と思う俺である。

 それはそれで、『じゃあ結局向こうのCHEATちゃんはどんな準備をしているのか?』という疑問が晴れないわけなのだが。

 

 そんなことを喋りつつ、時に坂を登り時に坂を下り時に角を右に曲がり時に角を左に曲がり……と迷宮内を歩くことしばし。

 俺達はようやく目的地である『噴水広場前』にたどり着くことに成功したのであった。……なお、経過時間はさっきのホログラムCHEATちゃんとのやりとりから、およそ十分ほどである。

 

 

「……やっっっっと来やがって。おっせぇんだよテメェらぁっ!!」

「な、その姿は……!」

 

 

 そして、俺達がようやく目にしたCHEATちゃんはというと。

 その両肩に謎の人形をセットし、なんかワイヤー的ななにかで動かしている……ぶっちゃけると一人で人形劇みたいなことをしているのであった。

 ……えーと、これは笑うところなのかな?

 

 

「はっ、そうやってヘラヘラしてられるのも今の内だ!【チートコード実行】!!

「な、なにぃーっ!!?」

 

 

 思わず困惑する俺達に、しかしてCHEATちゃんはその態度を崩さない。

 そう、まるでこれこそが必勝の策だとでも言うように。

 そしてそれを証明するように、彼女は手持ち黒板を天に掲げ、

 

 

「……我はCHEAT一号」

「我はCHEAT二号!」

「そして私がCHEAT本体!!見たかTAS、これが私の答えだぁぁああっ!!」

「なんと」

 

 

 突然の輝きに怯んだ俺達が、閉じていた眼を開いた時。

 そこにあったのは、空気感以外ほぼ同一なCHEATちゃんが三人並んでいる景色なのであった。

 

 ……あー、TASさんの適当な『そっかー』が出てしまった。

 このままだとヤバいぞCHEATちゃん!

 

 そんな俺の焦りを知ってか知らずか、立ち並ぶ三人のCHEATちゃん達は不敵な笑みを浮かべていたのであった。

 

 



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三人寄れば文殊の知恵だが、三本の矢も時には折れる

 この作戦のどこにそんなドヤ顔できる理由があるのだろう?

 ……という思いを顔いっぱいに張り付けている俺なわけだが、それを見てもなおCHEATちゃんの様子が変化することはない。

 つまり彼女にとってそれは、よっぽど自信のある策ということになるわけなのだが……ってことはなにか?まさか単純に三人に増えたから回答権が三倍、みたいなことではないのだろうか?

 

 

「いや流石にそれは舐めすぎだっての!!いいか見てろよお前、TASが私に負ける瞬間を!」

「威勢はとてもよい。私の度肝を抜く展開を所望する」

「言われずとも!わかってると思うが、これから行われるのは『絵柄しりとり』!自身の解釈力こそが問われるもの!」

「日本語以外の言語は?」

「TAS語は却下だ!」

「むぅ」

 

 

 ……などと言っていたら、CHEATちゃんが繰り出したのはクリティカルな制限。

 このしりとりは書いてあるモノを見て、それを自由に解釈せるという、いわば想像力がモノを言う遊びなわけだが……そこら辺のめんどくさい部分()を全部丸投げされる恐れのある『TAS語』を最初から排除するという、とてもクレーバーな宣言だと言えるだろう。

 

 ……いやまぁ、実際のところ『TAS語』はなんでも無視できる魔法の言葉、ってわけではないのだが。

 

 

『入力機器やゲームそのものの癖を見切る必要性がありますからねー』

「適当に絵を描いているように見えて、その実計算し尽くされたモノである……というのは、もはや周知の事実ですものね」

 

 

 DMさんとAUTOさんの話すように、『TAS語』が自由に見えるのはあくまでも()()()()()()()()()描いている、というだけのこと。

 その本質は、どこまでもシステマチックな計算の上に成り立った一種のパフォーマンスである。

 

 ……これは書く方の『TAS語』の話だが、それは話す方の『TAS語』にしても同じ。

 流石に『#♂∧∀∇』語とかは勝手が違うわけだが、そうでない場合の『TAS語』とは、その性質的に空耳のようなものなのである。

 例えばそう、『ツンドラ』な態度の中に『愛』があるという、『ツァンドィラ』みたいに……!

 

 ……どうやって発音するんだそれ、だって?まぁ世の中には、『クェイド』みたいに日本人的感覚だと『?』ってなるような名前も結構な数転がってるからね、仕方ないね。

 いやまぁ、海外にしかない発音記号とかを、日本語で無理矢理表現しようとするからこそ発生する問題、のような気もしないでもないけども。

 

 ……ともかく。

 本来の『TAS語』がそれらの特異な発音を組み合わせ、聞こえない音や何故か聞こえる音などを発生させるものである、というのは間違いなく。

 それゆえ、それを封じられると純粋な発想力勝負、ということになるわけである。

 

 つまり、今回のCHEATちゃんが狙っているのは回答権の増加などではなく──、

 

 

「私達は三人一組でやらせて貰うぜ!そっちもちまちまと三人相手にしなくていいんだから楽だろ?」

「……問題ない。蹴散らす」

 

 

 三人分に増えた頭脳による、発想力の増強。

 それこそが、今回彼女が思い付いた作戦の一つなのであった。……他にもあるのかって?そりゃまぁ、これだけだと勝ちを確信するには弱いし……。

 

 

 

・A・

 

 

 

 はてさて、異例の三位一体対一によるしりとりが始まろうとしているわけだが、この形式になったのにはやむを得ない事情、というのもある。

 

 それは、単純に三対一形式にすると(実情はどうあれ)周囲からは卑怯な行動にしか見えない、というものである。

 

 

「多くマス目を取った方の勝ち、というルールですと、どうしても回答権の多い側が有利になってしまう。かといって多い側の人数分、単騎側にも回答権を与える、という形式にするのだとしても……」

『それはそれで、同じ人間が複数答えることによる()()()()()に陥りやすくなる、ということですね?』

「その通りですわ」

 

 

 理由については、AUTO達の語る通り。

 マス目に目を向ける場合、純粋に人の多い方が有利となり、かといってその有利不利に目を向けると、今度は個人の知識量という壁にぶつかってしまう。

 

 どんな賢人にも、知識の底というものは存在している。

 その底とでも言うべき場所にたどり着くまでに、掘り起こさなければならない知識という土の量にこそ差はあれど……底無し沼のようなことにはなりはしない。

 

 それを踏まえる限り、例え分身であれ()()()()()()()()存在が複数居る……というのは、いわば知識の底を増やす行為と言い換えても良いのである。

 人の記憶は不確かなもの、些細なきっかけで思い出せなくなることがある、ということを踏まえれば、そのファンブルの可能性を極力少なくできる多人数側の方が有利である、というのは明白なのだ。

 まぁもちろん、この論理もあくまで普通の場合は、という但し書きが付くのだが。

 

 知識に底はあるといったが、その底を幾らでも掘り進められるTASさんに対し、はたしてCHEATちゃんが如何なる奇策を以て挑むのか。

 

 今回の対決はそこに見所があるのだと、俺達は確信した眼差しで、二人(よにん)の対峙を眺めるのであった──。

 

 



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計算間違いはデータキャラの宿命

 この時、CHEATの脳裏には勝利のプランが複数用意されていた。

 

 そも、この『絵柄しりとり』は解釈力がモノを言う競技。その意味において、彼女を凌駕する存在はそうはいない。

 件のTASにしろ、純粋な発想力の面では彼女には遥かに劣るのだ。……それなのに負ける理由?ウッサイダマレー!

 

 ……おほん。

 ともかく、単純なスペック上の勝負では、本来CHEATとTASには埋められない崖のような差がある、というのは本当の話。

 それでもなお、CHEATが彼女に勝てないのは──偏に、最大出力を維持できる時間の差にその理由があった。

 

 そう、本来人間というのは、全力をスタミナの続く限り維持する、なんてことはできないのである。

 そうでなくともコンディションの波があるのだ、本来なら圧倒的差がある二者であれど、片や絶不調の最低パフォーマンスと、片や絶好調の最高パフォーマンスであれば、実力が遥かに劣る相手がジャイアントキリングを起こすこともあるだろう。

 

 そうして今回用意したのが、都合三人のCHEAT達、というわけである。

 これらは空気感とかこそ別物なれど、正真正銘同一の存在。

 それらが一つの存在のように動くことにより、スタミナの問題を解決することに成功したのである。

 ……え?卑怯?ウッサイダマレー!(二回目)

 

 ──おほん。

 ともかく、である。多分恐らくきっと相手のTASもまた、こちらの人数に合わせて複数人で挑んでくるだろうが……どれほど人数が増えようと、相手の一番得意とするTAS的な動きを始めに封じている以上、戦力差は決して覆らない。

 あとは相手に付け入る隙を与えず、じっくりと磨り潰して行けばよい……などと考えていたわけなのだけれど。

 

 

「……あれ?増えないの?」

「一つ先に言っておくけど、人間は普通増えない」

「今さらお前が普通を語るのっ!?」

 

 

 そこで待ち受けていたのは、『増えないよ?』と不思議そうに首を傾げるTASの姿なのであった。……なして!?

 

 

 

・A・

 

 

 

 ……うーん、端から見ていてもわかるくらいに、頭上にハテナマーク飛ばしてんなCHEATちゃん。……哀れな。

 

 はてさて、あくまでもTASさんVSCHEATちゃん、という試合形式ゆえに一歩下がって観戦の構えとなった俺達であるが、勝負は始まる前から暗雲が立ち込めていたのであった。

 いやまぁ、一番最初にCHEATちゃんが増えた時の、あまりにしらけた感じになっていたTASさんと見比べれば、今のTASさんがやる気に満ち溢れているってのはわかるんだけどねー。

 

 

「でもあれ多分、思ったよりも歯応えがありそうだなー、とかその辺りのことを考えている時の顔だよね?」

「ですわねぇ。負けるとか論外という顔ですわね」

『普通なら、そんな態度を取ってる方が負けるモノなのですが……』

「生憎と相手がTASさんだと、ねぇ……?」

 

 

 そのやる気は、相手がクソザコ(かなり穏当な表現)でなかったことを喜ぶモノであって、得難き好敵手を得た時のやる気ではない。

 ……そういう意味ではAUTOさんと遊んでる時の彼女が、一番イキイキしてるというか。

 いやまぁ、CHEATちゃんも決して弱いわけじゃないんだけどねぇ?

 

 

『うーん、やっぱり私が手伝った方が良いのでは?』

「生憎このタイミングだと、DMさんに参加権限はないねぇ」

『むぅ』

 

 

 そも、この黒板迷宮の時点でわりとギリギリというか?

 ……これが認識阻害とか一切ない状態で駅に出現していたならば、恐らく謎の存在に『悪いのだけれどこのループはもうダメだ』とか言われて初期位置()に戻されたりしたはずである。

 

 ──そう、例の出演制限である。

 このタイミングでは本来DMさんは影も形もないため、本来であればこうして現場に馳せ参じてる時点でわりとアレかもしれない、というやつだ。

 まぁ何度も言うように、現状のこの迷宮は存在があやふやであるため、中で起きてることもある程度ならばあやふやにごまかせるわけなのだが。

 

 ……とはいえ、流石に試合に干渉するのは限度越え。

 どうにかするのであれば、ここにいるDMさんを関係外と印象付けつつ、どっか外から迂回して手伝う……みたいなことをしなければいけなくなる。

 

 

『うーん……この時期ですとそもそもロボ形態で動き回るのも、余り宜しくないんですよねぇ』

「まぁ、見た目がTASさんだから、ある程度ごまかしも利くってのも確かなんだけどねぇ」

 

 

 うむむ、と唸るDMさんである。

 ロボであることが周囲に露呈さえしなければ、現状でも彼女がロボ形態で動くことは十分に可能だが、その場合は極力TASさんのふりをする必要があるし、そもそもこの場に駆け付けるのはNGである。

 ……いやまぁ、TASさん側の援軍として、他の世界のTASさんを気取るのならアリだろうが、それだと本来味方したい相手の敵側に与することになるので本末転倒というか。

 

 ……あと可能性があると言えば、CHEATちゃんが前のループの時にDMさんから受けた講義を思い出すこと、くらいだろうか。

 

 いつの間にかTASさんではなく、CHEATちゃんの方を応援しているような空気になりながら、俺達は決戦の舞台に視線を向け続けていたのであった……。

 

 



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勝ちを拾うには手狭に過ぎる

 思わず困惑しすぎて脳がフリーズしたCHEATちゃんが、ようやく再起動をはたしてから暫くのこと。

 気を取り直してしりとりの準備を終えた彼女は、一先ずこの勝負を三本先取形式にすることをTASさんに伝えたのであった。

 

 

「……なるほど、思っていた反応と違ったので、相手の出方を探るための動きですわね」

「一本目は見に回る、ってことかね?」

 

 

 相手の動きに合わせ、必要な判断ができている辺り、確かに三人分に増えた甲斐はあった、ということなのだろう。

 とはいえそれが実を結ぶのかと言われれば、難しいとしか言いようがないとも思うのだが。

 

 はてさて、今回の対決の主題となる『絵柄しりとり』だが、とあるゲームで登場した時には技術的な問題が存在していた。……いやまぁ、この問題に関しては()()()()()()()()()()()()()()()モノでもあるわけだが。

 それが、前回このゲームをした時にも触れた『プログラムである以上、返答も予め定められたものしか使えない』である。

 

 

「想像力を問うと言いつつ、出題者(プログラマー)の発想力という限界が存在する……ということですわね」

「そういう意味で、現実でやるこれは想像力も必須だけど、それ以上に自身の発言を相手に納得させる語彙力も必要になる、ってわけだね」

 

 

 そういう意味で、リアルでやるこのしりとりは本来のそれより遥かに自由度が上がったとも言えるわけなのだが……同時に、それを対戦相手に納得させるだけの理由を用意する必要もある、という別軸の駆け引きも発生しているのだった。

 まぁ、前回やった時は黒板側に判定を任せる、という形でその辺りの煩雑さは省いていたわけなのだが。……黒板が判定してたのも、今思い返すとおかしいな?

 

 まぁ、同時に今はあの黒板がわりと厄物というか、意味不明な物体であるため納得もできなくはないわけだが。

 ともあれ、今回はその判断機能は使わず、真っ当に相手を納得させる必要のあるアナログ型のしりとりにしてあるようだ。

 

 ──この辺りにも、勝ちを狙うCHEATちゃんの工夫が見て取れる。

 

 

「と、言いますと?」

「回答権を三回増やす代わりに、三人で一人分扱いするようにした今のCHEATちゃんは、出された答えに()()()()()()()()()()()()()んだ」

『あーなるほど、うっかり相手の答えに納得してしまっても、他の二人が納得しなければNGが出せるんですね』

 

 

 ちょっと卑怯臭い手だが……、一人で相手の出してきた理由を判別する必要のあるTASさんに比べ、CHEATちゃんの方は三人で話し合って賛否を決めることができる。

 言うなれば()()()()()()()正当な理由で相手の出したモノを否定できる仕組みを作った、となるだろうか。無論、実際にその対応が正当かどうかは別問題であるが。

 

 一人で否定するよりも、複数人で否定する方がなんとなく正しいことを言っているように見える、という風にも言い換えられるか。

 ともかく、感情に任せて単に否定しているだけ、と見られ辛くなるのはとても大きいわけである。

 

 これにより、相手の不正を抑えつつ、こちらの不正を通しやすくしたことを理解したTASさんが、『ん、意外とよく考えてる』と判断して多少やる気を上方修正したわけなのだが。

 ……これだけだとまだ、色々と抜けがあるのはなんとなくわかるだろう。

 

 そう思いながら争う二人を見れば、案の定その()()が顕在化している最中なのであった。

 

 

「に、二番で春雨!!」

「五番、ありがとう(merci)

「……ああくそ、認める!」

「はわわわ!?なんでなんでー!?」

「ええと、メルシーだから……し?」

「発音的には『すぃ』だから、お好きなように」

「……ええい、八番でシリアルコード!」

「十二番、都々逸」

「あ゛ー!!」

 

 

 マス目は合計二十五個、現状は互角の戦いのようだが……その実、追い詰められているのはCHEATちゃんの方である。

 それもそのはず、途中でCHEATちゃんも気付いたようだが……日本語縛りではなかったのが一番の問題。

 

 確かにTAS語は驚異的だが、そもそもの話世界に存在する言語の数はおよそ七千ほど。

 更に、言語によっては似たような意味合いのモノに対し、複数の表現が存在することなどもザラ。

 つまり、別にTAS語が使えなくともTASさん側の選択肢はそこまで減ってないのである。……まぁ、そのタイミングごとに正解の言葉を選ぶため、ちょっと時間が掛かるようにはなっているだろうが。

 

 そしてそこにも問題点が一つ。

 確かに一つ一つの問題に対して返答する際、以前よりも時間が掛かるようになっているものの……その時間は一秒にも満たない短い時間である。

 無論、そんな時間でも積み重なれば大きくはなるが……それはCHEATちゃん側も同じこと。

 

 そう、彼女は今回多数決の正当性を確保するため、自分以外の分身との思考の同期を取っていないが……()()()()()話し合う必要性、というものを自ら発生させてしまっているのである。

 脳内(イマジナリー)分身(フレンズ)だったならばまだマシだったのだろうが、変に奇を衒ったせいで自らの首を締める結果となってしまっているのだ。

 

 ──結局、一回戦目はそのままCHEATちゃんは押しきられて負けてしまったのであった。

 

 



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お前がなんなのかを思い出せ

 そんな馬鹿な……と後悔するには、少しばかり見通しが甘すぎた。

 相手への制限が足りなかった、と言われればそこまでだが、こちらが三人である以上余り縛りすぎては公平さが失われる。

 ──そして公平さが失われれば、相手は容易に外法に手を染めることだろう。

 

 そんなことしない、と相手(TAS)は言うが、はたしてどうだろうか。……勝ちに拘る部分がある以上、どこまで信用していいのかは疑問符が付く。

 ゆえに、その辺りのギリギリを──相手がルールを遵守してよいと思える境界を攻めたつもりだったのだが、それによって自身の勝ち筋すら潰していたのだとすれば、とてもではないが笑えたものではない。

 

 そう、今回の場合は相手の限度を測り損ねた、というのが一番の問題だろう。

 やりすぎればこちらにも制限が掛かるもの(そしてそれゆえにフェアであるもの)が今回のコンセプト。

 ゆえに、相手にできてこちらにできないことは()()()、と『TAS語』を縛ったわけだが……相手の言語知識が上手に過ぎた。

 

 問題の絵はこちらが選んでおり、そこには『こちらの利』が含まれている。……最初から問題がわかっている以上、それに対応する答えを用意するのはとても容易である。

 ()()()()()、相手の使用言語を必要以上に縛ることはしなかった。それは卑怯であるがゆえに。

 

 ……その結果がこれだ。

 確かにこちらは答えを用意してあった。だがしかし、それは予め答えを狭めているのに等しい。

 相手の出す答えがこちらの想定以外のモノであった時、それに対応するための時間を捻出する必要に駆られるのだ。

 

 無論、そこに関してもある程度は予想してあった。それゆえの三人分の出力である。……誤算があるとすれば、相手の出力が三人分程度では賄いきれないモノだった、ということにあるだろう。

 

 つまり、言えることはただ一つ。──この作戦は失敗である、というそれだけのことだ。

 

 思わず、掌を握る力を強める。

 相手を制限し、全力を出させないようにさせ、こちらの利を敷き詰め……そうして、必勝の策を用意したつもりでいたがこの通り。

 所詮は子供の浅知恵、と嘲笑うかのような彼女の姿に、私の視界は真っ赤に染まりそうになり──、

 

 そこで、彼の姿を見た。

 何事かをこちらに伝えようと、声を出さず口の形のみで言葉を届ける彼に、何故彼がこちらの味方をするのかと疑問を抱き。

 ──改めて、対戦相手である彼女を見る。その瞳には、雄弁にこう記されていた。……お前はそのまま、負け犬で終わるつもりかと。

 

 

「……ははっ」

 

 

 握りしめていた掌を、更に強く握る。

 悔しさで握っていたそれを、胸の熱さに合わせて握るのに変えて。

 

 

「……そうだよなぁ、そうだったそうだった。なにを勘違いしてたんだか」

 

 

 そも、この身は卑怯(CHEAT)を関するもの。──なにを勘違いしていたのか、真っ当な手段で挑むこと自体間違いとしか言いようがない。

 相手の卑怯(TAS)の方が強いから、といつの間にか諦めていたのか。そうか、私は諦めていたのか、と気付きを新たにし。

 

 

「──いいぜ、お前がなんでも思い通りにできるってんなら」

 

 

 他二人の自分を吸収し、自身に眠る全てを開放する。

 ──そうだ、初めからそれで良かったのだ。所詮この身は外法の塊。ならば華々しく、悪役として進むが定め。

 

 

「まずは、その思い上がりを叩き潰してやるッ!!」

「──ん。いい顔になった。それでこそやりがいがある」

「ほざけぇっ!!」

 

 

 ゆえに私は、全てを笑う覚悟を決めたのだった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「──少年漫画かな?」

「まぁ、内容はともかく、やってることはほとんど近いですわねぇ」

『悪役側がやってる、という違いはありますがねぇ』

 

 

 まぁ、正直なところを言ってしまうと、どっちも悪役みたいなものなのだが。

 

 片やTASという、既存のなにもかもを嘲笑うかのような存在であり。

 片やCHEATという、そもそも正道ではない存在である。

 その両者の戦いが、真っ当なルールを守って行われているという時点で、大概問題しかなかったのだ。

 ……まぁ、今の無茶苦茶な状況を見るに、確かに自重してくれてた方がマシ、というのもわからんでもないのだが。

 

 

「三番・山間部」

「はっはっはっ!!三百六十二番・武人の端くれ!」

「むぅ、呂布は卑怯」

「卑怯ぅ?褒め言葉どうも!!」

「……ん、いい笑顔」

 

 

 はてさて、黒板迷宮内の現状だが。

 ……もはや、勝負は黒板の上の問題文だけに留まらず。

 見ろよこの惨状、下から山脈がどどーんと盛り上がってきたかと思えば、その山々を槍の一振りで吹っ飛ばす謎の軍人が出てきたりする始末。

 ……まさかの物理的戦闘だが、これでもしりとりのルールに則っている辺りなんというか。……いやまぁ、相手の答えに直接攻撃していい、なんて追加ルールが罷り通ってる辺り、大概おかしいのだが。

 

 とはいえ、TASさんの言う通り。

 当初のどこか焦っているようなCHEATちゃんの顔は、今ではすっかり楽しげな笑顔に変化している。……ちょっと、否や結構物騒な感じもするが、楽しそうであるのであればそれでよし、というか。

 

 まぁそんなわけで、自分の冠する名前の意味を思い出した彼女は。……そのまま嘘のようにぼろ負けしたのであった。

 

 

「はっはっはっ!!……次は勝つからなー!!」

「ん。いつでも来い」

 

 

 負けてもなお、スッキリした顔をしていたので、なんの問題もないだろうが。

 ……んー、一件落着……なのかね?

 

 



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なにを思うかは君次第

 はてさて、TASさんバーサスCHEATちゃんの一戦よりしばらく。

 

 次のイベントである『邂逅・MODさん』にはまだ時間があるため、再びしばしのモラトリアムと相成ったわけなのだが……。

 

 

「……これは一体どういう状況なんだ?」

「?なにって……デート?なんじゃねぇの?」

「……すみません俺まだ捕まりたくないんで」

「普段アイツといちゃこらしてるやつが言う台詞かよ……」

 

 

 いや、いちゃこらはしてないんだが?

 ……などと渋い顔をする俺を尻目に、目の前の彼女──CHEATちゃんは、楽しげにジャンクショップの中を見て回っているのであった。

 ……どうしてこうなった?

 

 

 

・A・

 

 

 

 例のバトルから一夜開けた日の、昼間のこと。

 この日はバイトであったため、例のハンバーガーショップにて元気にパティ焼いたりしていた俺なのだが。

 ……そういえば、この日ってイベントがあったな、などと今さらながらに思い出し。

 

 

お邪魔しまーす……

ラッシャーセー!!オキャクサマナンメイサマデスカー!!

「ひぃっ!?相変わらずバイト先だと声大きい!?」

「……ってん、CHEATちゃんか」

あ、はい。そうですCHEATです……

 

 

 そのイベント──敗北したCHEATちゃんが、俺の元に偵察にやって来る──が今まさに開始されたのであった。

 まぁご存じの通り俺達二週目なので?このイベントに関しては形式上の意味以外の何物も含まれてないわけなのだが?

 

 ……はずなのだが、目の前のCHEATちゃんは何事かを言い淀んでいる様子。

 ふむ……確か以前のパターンだと、このあと(と言っても別の日だが)彼女を伴って家に突撃し、TASさんに無謀な挑戦をしたのだったか。

 

 一応TASさんに確認したところ、厳密に固定されているのは各々の加入イベントだけであり、それ以外はわりとフリーとのことだったため、この辺りのあれこれはそこまで意識する必要はないのだが……。

 ……ん?だとするとそもそもの話、CHEATちゃんが俺のバイト先に突撃してくる必要もないのでは?

 とまぁ、そんな感じに思考の海に潜ろうとしていた俺は。

 

 

え、えと、その。あ、明日一緒に、お出かけしませんか!?

「…………なんて(pardon)?」

 

 

 小声ながらもしっかりと放たれた彼女の言葉に、思わず面食らうことになるのであった。

 

 

 

-∀-

 

 

 

「……それでやって来るのがジャンクショップ、ってのもねぇ」

「なんだよ、なんか不満か?」

「不満というかなんというか、普段のTASさんじゃない別の娘連れてるせいで周りからの目線が痛いというか……

「?」

 

 

 まぁ、そこからなんやかんやあって、こうしてCHEATちゃんと連れだって遠出している、というわけなのである。

 ……普段の行動範囲から大きく逸脱してないせいで、周囲の皆様が『マジかよこいつ、いつもの(TASさん)以外の娘に引っ張り回されてるんだけど』という侮蔑とも驚愕とも付かない視線を向けてきて下さっているため、そろそろ社会的に死にそうな気がしているわけなのだが。

 

 

「……はっ!?TASさんの言ってた死ぬ云々ってこういう……?!」

「なにバカなこと言ってんだよアンタ……あーはいはい、わかったわかった。ポチッとな」

「うむ?」

 

 

 それゆえ、以前ループ前にTASさんが言っていた『お兄さんに春はない』の意味を、未成年淫行とかで檻にぶち込まれることなのか、と確信にも似た閃きを得ていたのだが。

 そんな俺を見かねたCHEATちゃんが、鞄にぶら下がっていた黒板のキーホルダーをなにやら操作。……スイッチ?などと俺が思っている隙に、周囲から飛んできていた視線達はいつの間にか霧散していたのであった。

 

 これは……いつぞやかにTASさんも使ってた奴じゃな?

 

 

「今日は私に付き合って貰ってるのに、周りにばっか気を向けられてたら困るからな」

「おお……なんかイケメン……」

「……褒め方下手くそかよ」

 

 

 下手と言いつつちょっと照れてるじゃん。

 とツッコミを入れれば、彼女はほんのり頬を染めながら「うっせ」とこちらを小突いてくるのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「デートっていうから身構えてたけど……要するに荷物持ちってことねー」

「なんだよ、可愛い子と一緒に出掛けられたんだから、そこは喜ぶべきだろー」

「ん、そこは認める」

……この人も大概だと思うなー

 

 

 なんかジトッとした目線を向けられているわけだが……俺なにかした?

 

 そんな風にじゃれあいながら、店内を歩き回る俺達である。

 ……デートなどと言うから身構えたが、結局のところ彼女の趣味に付き合わされた、ということで間違いないようである。

 いやまぁ、彼女の場合は趣味が実益を兼ねているわけだが。

 

 かごに山積みにされたジャンク品達は、中から使えそうなパーツを抜き取られたのち、彼女の使うガジェットに転用される予定である。

 ……愛用の黒板は確かに高スペックだが、これに頼りきりになるのも良くない……とのことから、以前のポケコン→タブレット級のチートアイテムを製作するのだとかなんとか。

 まぁ、一人の手では完成出来ないものでもあるため、主にプログラム面でAUTOさんとかに頭を下げなければ、みたいなことも述べていたわけなのだが。

 

 ともかく、先日の敗北を引き摺っている様子もないCHEATちゃんに、密かに胸を撫で下ろした俺はと言うと。

 

 

「……なんだよ」

「いや別に?若人はどんどん挑戦すべきだって思ってただけー」

「……いや、爺かよ」

 

 

 頑張る彼女の頭を撫でながら、これから起こる騒動(イベント)に思いを馳せるのであった。

 

 



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一人でギルドシステム利用してるようなもの

「私の!影が!薄いと思うんだよっ!」

「なんですか藪から棒に。次の主役が決まってるんだからまだマシな方でしょう、年単位で出番のない人に謝ってください」

「え?あ、はい、ごめんなさい……って、そんなのここにはいないだろう!?」

「他所には居ますので。何事も配慮が必要な現代なのです」

「なんか今日の君冷たくないかい!?」

「はっはっはっ。それはご自分の胸に尋ねてみるべきでは?『このやり取り今週に入って何回目?』と」

「んんん?……ええと、三十六回目……?」

「そこで臆面もなく回数言える辺りが、優しくされない理由だと知るべきでは???」

 

 

 はてさて、CHEATちゃんとのデート(という名の荷物持ち)から早数日。

 相も変わらず次のイベントにはまだ早い、四月の終わり頃。

 ……世間様的にはそろそろゴールデンウィークということもあり、俺達もどこかに出掛けるかー、なんてのほほんと計画していたところ。

 なんだか最近うるさ……止まらないのが、なにを隠そうMODさんである。

 

 いやまぁ確かに?直近のイベントに参加してない、という点で彼女の影が薄い、というのは間違いではないわけだが。

 ……それを言うと最近居間でテレビ見てるだけのダミ子さん、という究極の影薄キャラの話をしなくてはいけなくなるわけでですね?

 

 

「ぐぬっ、……あー、そこに関しては確かに配慮が足りなかった。済まないねダミ子君、軽率な発言だった」

「……?なにがですぅ?」

「おいキミぃ???」

「ははは、俺は単に一般論を述べただけでですn()いててててて」

 

 

 まぁ、ダミ子さん本人的には、イベント(トラブル)がないってサイコー!……くらいの認識だったわけなのだが。

 いやほら、世間一般の考えと個人の考えがずれる、なんてことはよくあるわけd()いてててて。

 

 ……まぁ、ダミ子さんがのほほんとしているのも、自分の存在を脅かされるような何かが起こっていないから……という面もあるため、安易にMODさんの状況に重ねるのも違うというのは間違いなかったりするわけだが。

 

 

「……はぁ、なんだい結局私をからかってただけかい?」

「いやまぁ、ここ数日で何度同じ事を言ってるんだ、とは思ってましたが」

「そこを訂正して欲しいんだが???」

 

 

 はてさて、なんでMODさんがこんなにあれこれ言っているのかというと。

 ご存じの通り、彼女の本格的な出番が一季節後、ということにあるだろう。

 ……裏を返せば、そこまでの間あまり目立ったことができないから、ということになる。

 

 

「見てくれたまえよこの溜まりに溜まった依頼の量!これ私、夏からがりごりこなしていかなきゃいけないんだぞ!?一人で!!」

「それに関してはTASさんも言ってましたけど、普通に顔を隠すなりなんなりして、今からでも減らしていけば良いのでは……?」

「それだと私が目立たないだろう!?」

「おいィ?」

 

 

 彼女がこちらに突き付けて来たのは、彼女が仕事用に使っているスマホの画面。

 ……守秘義務とか国家機密とか大丈夫なのか、などとほんのり肝を冷やしながら画面を見つめてみれば、確かにそこにあるメールの数は今や三桁の大台に乗ってしまっている。

 

 これだけの数を彼女はこなしていたのか、と密かに舌を巻きつつ、そもそもスパイなんだから顔を隠せば問題ないんじゃ?

 ……などと反論を述べれば、返ってきたのは頭おかしいんじゃないのか、というような理由なのであった。

 

 

「……あっ、いや言葉の綾だ!()()()()()()()()()()()()()じゃないか、だ!」

「……んん?」

 

 

 そんな俺の様子に、自分の発言が勘違いされていることを悟ったMODさんは、発言を撤回。

 微妙に言い回しの変わったそれは、しかして俺に疑問符を浮かべさせることとなるのであった。……いや、なんとなくニュアンスはわかるけども。

 

 

「どうにも彼女に来てる依頼、前回のループとは違ってるモノが多いらしい」

「おおっとTASさん?」

 

 

 そこで助け船として現れたのが、我らがTASさんである。

 彼女の言うところによれば、今回MODさんのスマホに届いた依頼というのは、前回同じ時期に彼女が受けていた依頼とは、幾つか差異があるのだとか。

 

 大きな案件については、大体同じものが届いているが……それ以外の細かいものに関しては、対象の事件は同じでも陣営が違うとか、以前は荷物の輸送だったのが今回は荷物の強奪になっているとか、結構な変化を見せているのだとか。

 

 

「つまり、ランダムクエスト方式」

「……わかりやすいけど、一気に俗な話になったね……」

 

 

 それを指してTASさんは、重要な依頼──いわゆるグランドクエスト以外の細かな依頼は、その時その時で微妙に条件が変わるようになっていると指摘。

 それゆえ、以前と同じような動きでは間に合わなくなってしまっている、と結論を出すのであった。

 

 

「……ん?間に合わないってなにが?」

「普通のゲームにもよくあるけど、ある程度の名声がないと受けられないクエスト(依頼)、というものがある。彼女が焦っているのは、夏に来る自分の出番までにその条件を達成しておかないといけないから」

「……一大事じゃん!?なんでそれを早く言わないの!?」

「ずっと主張してたんだよなぁ!!?」

 

 

 で、そこで判明した事実。

 ……今のままでは、MODさんは俺達の仲間になるフラグを立てられていない……というとても深刻な現実に、俺達は思わず慌てふためくことになるのであった。

 

 



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スパイの世界にまっしぐら

 はてさて、唐突に浮かび上がってきた大問題、MODさんの加入フラグが立ってないということについてだが……。

 

 

「あー、一先ず整理しよう。とりあえず、MODさんは裏世界に顔を売る必要があると?」

「正確には、裏世界に轟く敏腕スパイ・Man Of Different(MOD)の名前を……だね」

異色の人(MOD)、ねぇ?」

 

 

 わりと無理矢理な語呂合わせに思わず苦笑しつつ、件のスパイ・MODについての情報を挙げていく俺達である。

 

 曰く、その人物はチームのようである。複数の人間達が毎度派遣されるが、その実必要とされる金額は均一。

 どんな専門的な能力を必要とされるような存在であっても、老若男女誰であっても、求められる仕事がどうであっても、それらに掛かる金額は均一、なのだとか。

 

 

「……なんでも?」

「そう、なんでもだ。例えば迷い猫の捜索だろうと、はたまた要人の誘拐だろうと、掛かる金額は一緒だよ」

「ええ……」

 

 

 なおその金額、猫の捜索だと高すぎるし、要人の誘拐だと安すぎるという微妙な金額なのだとか。

 それでいて仕事はきっちりこなすのだから、できれば大きな案件に呼び寄せたいというのが本音だろう。

 だが、そうは問屋(MOD)が卸さない。

 

 

「基本的には先着制でね、先に頼まれたモノが優先、かつ頼まれたのなら断らないんだ」

 

 

 一応、一日に受ける依頼の量は決まってるし、そうしてあぶれた仕事は次の日には白紙扱いになるんだけどね……とはMODさんの言。

 ……とはいえ、これが成立していたのは顔が売れてからの話。

 前回ループ・同時期のMODさんに関してはそもそも仕事が少なかったこともあり、依頼が舞い込むというよりは依頼を獲得しに行く方式になっていたらしい。

 

 で、今回はその前回ループ終盤のノリで仕事を受けていたため、最初の内は全然仕事がなかったのだとか。

 暫くの間は「なんで依頼が来ないんだろう?」と、半ばのほほんと過ごしていたが……途中で「違う、そもそもこっちだと私はまだペーペーだった!?」と気付き、慌てて前回ループ初期のやり方を導入し……。

 

 

「……で、結果こうなったと?」

「言ってしまえば()()()()()()()()()()だからね、今更『依頼を受けすぎてムリでした』とは言えないんだよ……」

「計画性ぃ」

 

 

 必要な名声度を集めようとした結果、こうして明らかにキャパオーバーな量の仕事を抱える羽目になった、と。

 

 ……この問題の面倒臭いところは、彼女の言う通り()()()()()()()()()()()()()()()()()()というところにある。

 今は四月の末だが、ここから彼女の登場タイミングである夏の祭りまでの余裕、というものは実はそう多くない。

 何故かと言えば、この大量の依頼達はあくまでも本命のための前準備だからだ。

 

 

「あの祭りに居たのも、そもそもを言えば()()()()()()()()()()()()、というところが大きいからねぇ」

「つまり、その仕事とやらが……」

「有名になった私に対して、とある国の要人が頼んだモノだったのさ」

 

 

 ふふん、と胸を張るMODさんに対し、微妙なテンションで言葉を返す俺である。

 

 なんでも、お忍びで日本に遊びに来ていたとある国の王女様を、空港まで無事送り届ける仕事だったとかなんとか。

 ……その王女様が大層なおてんば姫で、日本に外遊に来た際些細な反抗心から護衛達の警戒を撒き、日本の下町に飛び出したは良いものの、実はその王女様の国はとある特殊な資源の算出国であり、その利権を巡って他国の刺客に狙われていたのだそうで。

 

 で、捕まった姫を人質に自国への不利な契約を結ばされても困る、ということで最近有名になっていたとあるスパイのことを思い出した国王が依頼をし、MODさんが受諾。

 

 結果、映画一本分に当たるようなスリル溢れるチェイスが繰り広げられたとのことだが、今回の話には関係ないのでスルーである。

 ……積極的に裏社会に関わってるだけあって、話題には事欠かないなこの人……。

 

 まぁともかく、そのチェイスの最中に浴衣に着替えるタイミングがあり、かつそれを脱ぐ暇も無かったため、姫を空港に送り届け『奴は貴方の大切なモノを盗んで~』云々のやり取りをやったあと、その姿のまま近くの祭りにふらりと立ち寄り……。

 

 

「結果、俺達と会ったと。……っていうか、あのクソダサお面を他所の姫様にも見せてたのか……」

「うるさいなぁ!?そこ今引っ掛かる場所じゃないよねぇ!?」

 

 

 あのクソダサお面のまま、俺達の前に姿を現した、と。

 ……ツッコミ所は幾つかあるが、一番のツッコミ所はやはり()()クソダサお面を被ったまま、姫を空港に送り届けるため敵対組織とカーチェイスを繰り広げた、ということだろう。

 なんならその格好のまま別れの挨拶部分までやってる辺り、これが映画だった日にはB急映画の謗りも免れまい。

 

 唯一救いがあるとすれば、相手は異国のお姫様なので、あのクソダサお面もそこまでダサいとは思ってなかったかもしれない、ということだろうか?

 

 そこまで述べたところ、MODさんは顔を真っ赤にしながら俺に殴り掛かってくるのであった。

 はははは。俺ってばクソ雑魚なので暴力的手段は止めて頂きたい。腹も止めて腹も。

 

 



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スパイは辛いよ~異国人情派~

「……はい、俺がぼこぼこになったところで話を纏めますと。今回溜まってる仕事は全部消化しないとダメだけど、一人でやると確実に時間が足りないってことですね」

「その結論に至るまでに、どれくらい寄り道してるんだか……」

 

 

 ごもっともで。

 

 まぁそんなわけで、今回MODさんが抱えている問題を確認したわけなのだけれど。

 ……ふむ、解決法としてはとても簡単、ということになるのだろうか?

 

 

「と、言うと?」

「見た目が千変万化って触れ込みなんだから、俺達が手伝っても特に問題はなさそうだなー、ってこと」

「!?」

 

 

 そう、その解決法と言うのが、俺達が彼女の仕事を手伝うというもの。

 ……いやまぁ、『俺達』って言い方には語弊があるわけだが。だってほら、俺が手伝っても足手まといでしかないわけだし。

 

 

「…………?」

「……ねぇTASさん、その不思議そうな顔はなんなので?」

「この世に使えないモノなんてない」<キリッ

「やーめーろーよー!!それ絶対使えるのは使えるのでも、俺を囮に使うとかそういう系統のやつだろー!!?」

「流石お兄さん、私の思考パターンはよくわかってる」

「やっぱりー!!」

 

 

 なんてことを言ってみたところ、TASさんから返ってきたのは『大丈夫、お兄さんの天職は囮役』とでも言わんばかりの反応なのであった。……いや絶対嫌だからね!?

 

 

 

・A・

 

 

 

「嫌だって言ったじゃないですかやだー!!」

「はっはっはっ、その程度の主張で止まるようなTASさんじゃない、というのは君の方がよく理解していると思うんだけど?」

「そりゃそうだけどさー!!」

 

 

 そんなわけで(どんなわけだ)、急遽MODさんのお仕事のお手伝いを敢行することとなった俺達である。

 目標としては、本格的なゴールデンウィークが始まる前に、百数件溜まっている依頼を全て片付けること、となるわけだが……うーん、終わるのかこれ?

 

 いやだってだね、確かに内容としては──まだ名の売れていない相手への依頼だからこそ──そこまで難しいものやややこしいものはないけれど、その分数が多すぎるというか。

 仮に一つ数十分で終わらせるにしても、これだけあるとその総時間は数千分となるわけで。

 

 ……一日を分換算すると千四百四十分なのでなんとかなりそうに見えるが、この場合計測しているのはあくまでも()()()()()()()()()()()()()()である。

 要するに、移動の時間とか相手から依頼の詳細を聞く時間とかを含めていないのだ。……ってことは、それを含めた場合は下手をすると一つに一時間以上掛かる、なんて可能性も出てくるわけで。

 

 そうなった場合、総経過時間は百時間とかに膨れ上がり、何日も寝ないで依頼を続けたとしても、ゴールデンウィークまでに間に合うかは微妙なことになってしまうわけで……。

 

 

「そんな問題を解消するために、複数人でのお手伝いなんでしょ?」

「いやまぁ、そりゃそうなんだけども……」

 

 

 そうしてあれこれ計算している俺に対し、TASさんは至って気楽な様子でストレッチを行っている。

 ……いやまぁ確かに?TASさんとかAUTOさんとかCHEATちゃんとか、彼女達をそれぞれ適正のある依頼に適切に割り振ることができるのならば、この程度の仕事ならば期限内に片付けることは不可能ではないだろう。

 

 が、その場合以後のMODさんの仕事に求められる『質』とでも言うべきものが、とんでもなく爆上がりする可能性がとんでもなく高いわけでね?

 

 お忘れかもしれないが、MODさんの変身は別に身体スペックまで変貌するというわけではない。

 あくまでも見た目が変化するだけであって、例え子供からムキムキのマッチョに変身したとしても、その腕力が変化したりはしないのである。

 ……まぁ、このパターンの場合は逆に『子供の姿にしては腕力が強すぎる』ということになるわけなのだが。

 

 ともかく、単純にTASさん達を運用してしまうと、以降の依頼が()()()()()()()()()()()()()にレベルが上がってしまうわけで。

 ……いやまぁ、MODさんならある程度までは対応して見せそうな気もするわけだが、それはそれとして。

 

 そこら辺のことを説明したところ、TASさん以外のメンバーは互いに顔を見合わせたりして、このまま依頼をこなしていいのかと迷い始めたのだった。

 ……うん、なんでTASさんは平然としてるのかな???

 

 

「なんでって……今まで二人分の加入イベントをこなしたお兄さんには、わかって貰えて当然だと思うんだけど……」

「あん?加入イベントって言うと……AUTOさんとCHEATちゃんの?」

 

 

 そんな彼女は、寧ろ呆れたような表情をこちらに向けながら、俺へと疑問を投げ掛けてくる。

 ふむ……?二人の共通点、ということだろうか?

 そんなことを脳裏に思い浮かべた俺は、

 

 

「……まさか、今無茶苦茶やっても後で帳尻合わせができる、と言っていらっしゃられる……?」

「ん、お兄さん大正解」

 

 

 そういえば、加入イベントの後の二人のスペックは、飛躍的に上昇していたことに思い至り。

 ……え、もしかしてMODさんに対してもそれを期待してる……?と、彼女の思惑を推測することとなるのであった。……そういうの、獲らぬ狸のなんとやらって言うんじゃないかなぁ?!

 

 



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これは最早スパイではなく忍者だ()

 はてさて、TASさんの無茶を肯定できるような理屈が見つかったところで、俺は改めて首を捻る。

 

 ……いやまぁ、確かに加入イベント後のMODさんの成長、という変化自体は確かに発生しそうではあるけれども。

 それを期待して動くのは、余りに行き当たりばったりという他ないというかね?いやまぁ、TASさんのことだから実は既に未来視してる……なんて可能性もあるわけだが。

 

 

「?してないよ?」

「寧ろなんでしてないのかなぁ?!」

「だって、そもそもMODが言ってたし。『別に強くならなくてもいい』って」

「……いや、あれは手段があれしかないならお断り、ってだけであってだね?」

 

 

 なお、当のTASさんはこれである。もー!この子はもー!!本当にもー!!!

 ……まぁ、MODさん側がそこまで嫌がってるわけじゃない、というのは救いだろうが。

 

 

「そうなの?」

「まぁうん、DM君の言う通りにするのが一番早い、と言うのは私にもわかるんだよ。……わかるけど、私の個人的な嗜好的には、そういうのはお断りかなぁって」

「なるほど。ならそっち方面は大丈夫、今回のモチーフはダークヒーローだから」

「ダーク、」

「ヒーロー?」

 

 

 首を傾げる俺とMODさんに対し、TASさんは不敵に(※当社比)笑って見せるのであった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 はてさて。

 お手伝いということで現場に繰り出した俺達が、真っ先にやらされたことはというと。

 

 

「……ええと、付かぬことをお伺いするのですけれど」

「?なぁに、AUTO。これからみんなを遠方地に送り届けるため、私はSRB*1にならなきゃいけないんだけど」

「ええまぁそれに関してもツッコミを入れたいのは山々なのですがっ!……それよりなにより()()()()()()()()()、貴方」

「……?なんでって……一人に一台TASだから?」

「わけがわかりませんわ!?」

 

 

 背後からTASさんに捕まった状態で、高度数千メートル上空の飛行機の上から飛び出す、という意味のわからない行動なのであった。

 端的に言うなら『これからスカイダイビングします、後ろに背負うはずのパラシュートに変わって増えたTASさん背負ってます』ということになるだろうか。……え?なに言ってるかわからん?大丈夫、俺にもわからん()

 

 ……いやまぁ、うん。

 一応、彼女達の会話からわかることは幾つかあるのだ。

 

 まず始めに、高度数千メートル上空の飛行機に連れられて来たわけ。

 これに関しては、MODさんが受けた依頼が世界各地に散らばっている……ということから推察することができる。言うなれば、ここを拠点として世界各国に俺達を飛ばそうとしている、というわけだ。

 

 ではそれをどうやって行うのか。……その答えが、俺達が背後に背負ったTASさんにある、と言うことになる。

 普段からあちこち出歩いているTASさんだが、その移動距離というものを俺達は知らない。

 ……海外で活動していたことがあるMODさんが、仕事の最中に彼女に出会うこともあった、と証言している以上、その行動範囲は海外にも及んでいる、と仮定する必要があるが……それが真実であるのならば、一つおかしなことがある。

 

 そう、彼女は基本的に()()()()()()()のである。

 みんなで一緒にどこか遠くに出掛ける、とかでもない限り、基本的には夜に帰ってきて部屋で睡眠を取っているのである。

 ついでに言うなら、夜と言いつつもその時間は学校から帰ってきた他の不思議ガールズ達と同じくらいの時間。……夕食を食べて風呂に入ってゲームして……みたいな余裕が十二分に取れる時間配分である。

 

 そうするとどうなるのか。

 ……つまり、彼女はそこらの飛行機より遥かに速い速度で、世界各国を往復しまくっている可能性がある、ということである。

 え?ワープできるんだからそっちの方がいいんじゃないかって?

 

 

「あれは基本的に私専用。他の人を連れていけるタイプのは、設置場所に制限がある」

「な、なるほど……」

 

 

 まぁ、そんなわけでして。

 どうにも今回みたいな連続使用を前提とする場合、向いてないというか下手すると移動者同士が原子単位で混ざる、なんて可能性があるそうで。

 ……流石に恐ろしすぎるため、ワープによる移動は断念されることとなったのであった。そういう危険のないゲートタイプの場合は、単純に設置制限があるとかで無理そうだったし。

 

 と、言うわけで。

 結果としては地道に足を使って動くしかない、ということになるのだけれど、規模が一地域くらいならまだしも、今回は全世界規模である。

 幾ら走るのが速くても明らかに時間が足りないので、こうしてTASさんは空を飛ぶ覚悟をした、というわけなのですが……。

 

 

「なななな、なんで私まで飛ばされる組に入れられてるんですかぁ!?」

「無論、人手が足りないから。……自力飛行できるDMはともかく、他の人は流石にロケット飛行はできないから、それを解消するために私が増えた」

「増える方が難しい気がするんですけどぉっ!!?」

 

 

 ……うん、その身一つで空を飛ぶ、なんて経験のある人が何人居るやら。

 普通のスカイダイビングなんかは、基本的にカッコ付けて落ちてるだけなのだから、まず誰もできない・やったことのないことだろう。

 

 それゆえ、()()()()()()()()()()、TASさんが補助として彼女達一人一人に付いていく、ということになっているのであった。

 ……なに言ってるかわからん?大丈夫、俺にもわからん(二敗目)

 

 

*1
『Solid Rocket Booster』の頭文字を取った頭字語の一つ。読んで字の如く、ロケットブースターのこと



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吹っ飛べ、世界の果てまで

なんで私がこんな目にいいぃぃぃぃぃぃぃぃ……

「流石は(TAS)。加速力がダンチ」

「いやあれ……下手するとGが強すぎて死なねぇか……?」

「そこら辺は大丈夫。仮に死んでもすぐさま私が蘇生行為を施すから」

「安全基準もなにもあったものではないですわ……」

 

 

 はてさて、見せしめ(?)かのようにいの一番に飛行機から飛び出して行った・もしくは射出されたダミ子さんは、その背に飛行機雲を引きながら、あっという間に水平線の向こうに消えて行ったわけだが。

 ……うん、あの加速力だと何G掛かってるやらわかったもんじゃねぇ、というか。

 

 例え死なずとも気絶くらいは普通にしそうなものだが、どうやらその辺りの補助も兼ねて各人にTASさんが同行する、という形になっているらしい。

 ──うん、それは補助って言うよりも、単に地獄を加速するだけなんじゃねーかな……。

 

 ともあれ、そんなTASさんの特殊な移動法による空中移動だが、ダミ子さんや端から飛べるDMさんを除いた他の面々には、覚えられるなら覚えてほしいとのTASさんからのお達しである。

 

 

「……なんで俺が除外されてないんです?」

「なんでって……できないまでも覚えておくべきだから?」

「イヤな予感しかしねぇ!!」

 

 

 なお、何故か俺が覚えなくていい組に含まれてなかった理由だが、恐らくこれから何度かある彼女の動きを(無理矢理)トレースさせられるタイミングでこれを使うから、だと思われる。

 ……要するに死ぬ前に遺書を書くタイミングくらいはくれてやる、ってことだねチクショーッ!!

 

 

 

・A・

 

 

 

「……ふと思ったんだけど」

「なんでしょうか、藪から棒に」

 

 

 はてさて、次々と射出されていく仲間達の姿に、まるで断頭台に向かう階段の前で待機させられているかのような心境となっている俺なのだが。

 ふと、ある事実に思い至ったため、近くに居たDMさんに声を掛けるに至った次第である。

 

 先ほども言ったように、DMさんは現在ロボの体であるため、TASさんの力を借りずとも自力での飛行が可能である。

 

 現状では背中の部分から翼を展開し、そこから燃料を放出して飛ぶ、という形式になっているが……ゆくゆくは、スカート部分に反重力装置を設置し、ふよふよと浮くように飛べる形に持っていきたいとの話が、AUTOさんやCHEATちゃんの口から飛び出していたのであった。

 ……真面目に考えると色々おかしいが、彼女達のやることに一々突っ込んでいてはこちらの体が持たないため、今回はスルーである。

 

 さて、そんな感じで自力飛行できる彼女だが、今回に関してはその能力を発揮することはない、とのこと。

 何故ならば、彼女は今回仮拠点となるこの飛行機の操縦を任されているから、である。

 

 

「……ダミ子さんに少しでも飛行機操縦の才能があれば、ねぇ」

「彼女に関してはそういうことができないからこその彼女、という面もありますから。……まぁ、私としてもちょっと可哀想だなー、なんてことを思わなかったかと言われると嘘になるのですが」

 

 

 体がロボであることも手伝って、DMさんは機械類の操縦がとても得意である。

 今回の飛行機操縦にしても、高度数千メートルの高さからほぼずれずに居られているのは、彼女の各種センサーが優秀だから……というところが少なからず関係している。

 これより上に行きすぎると生身の人間が滞在して居られなくなるし、かといって低すぎれば下からすぐに確認できてしまう。

 ……いやまぁ、下から云々に関しては、ステルス機能を使ってごまかしているらしいので、そこまで大きな問題でも無いような気がするが。

 

 

「いえ、問題はありますよ?この機体のステルス機能はハッチを完全に閉じた状態でしか機能しませんから、今は外から駄々見えの状態ですし」

「……そうなん?」

「はい。それに人体保護云々についても、私がある程度操作しないとすぐに酸欠やら低温状態やらで酷いことになりますし」

「oh……」

 

 

 ……どうやら思った以上に彼女への依存度が高い状態だったらしい。

 そりゃまぁ、ダミ子さんがこっちに残れないわけだわ。ただでさえ人手が足りてないんだから、それこそ文字通りに猫の手だって借りたいくらいなのだし。

 

 

「……って、DMさんの必要性の話は今は関係なくてだね?」

「はぁ、では一体なんの話をしようと?」

「いやほら、結局表には出ずにここで残ってるんなら、別に関係はないんだけど……」

「はぁ……?」

 

 

 そこまで考えて、話が大幅にずれ込んでいることに気付いた俺は頭を振る。

 彼女が重要、というのは今は関係ないんだ、重要じゃない。

 ……なんか変な言葉遣いになったが、ともかく。俺が言いたかったのは彼女の重要性ではなく──、

 

 

「いやほら。確かに例のスパイ・『MOD』の姿は変幻自在だけど。……明らかにオーバーテクノロジーなガイノイドが飛んできたら、流石に『これは違うだろ』ってなるよなぁ、って思って……」

「………………」

「ははは。……ああうん、それじゃあ「お兄さん、ていくおふー」行ってきまああぁあすぅうぅぅぅぅぅぅぅぅ……

「な、なんだったんですか今の……」

「多分お疲れだった。そっとしておいてあげて」

「ええー……」

 

 

 彼女が突然現れたら、それこそ困惑するだけだろうなぁ……という俺のツッコミは、なんとも微妙な間だけをその場に残し、結果俺は星となったのであった。

 ……うん、オチが付いたから大丈夫だな!(ヤケクソ)

 

 



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日刊世界の危機~創刊号は『世界の秘密結社大図鑑』付きで280円()

 さて、それからのことに、語るべきことはそう多くはない。

 

 世界各地に飛ばされた俺達は超過密スケジュールに従い、MODさんが受けた依頼を時に自分自身の力で、時にプライベートTASさんの助けを借りながら、ひたすらこなし続けていただけなのだから。

 

 

『迷い猫の捜索……スパイに頼むには些か軽い依頼過ぎて、一体なにを仰っているのかと疑いもしましたが……なんというかこう、世界は広いですわね……』(※TASさんを通してDMさんがリアル言語ハックを仕掛けることにより、目の前の依頼人には老若男女誰のものとも付かない不思議な音声に変換されています)

「あー、済まないね。私達としても手は尽くしたのだが、どうにも……」

『ああいえ、責めているわけではないのでお気になさらず』(※ry。以後『』内の言葉は変換済みとして扱います)

「うぉおおおおぉっ!!我らの勝利だぁぁぁあっ!!!」

「「「うぉおおおおぉっ!!」」」

 

 

 例えばAUTOさんのところでは、裕福な富豪の飼っている猫が行方不明になった、という依頼を受けていたわけなのだが……。

 これが実はその国の裏に関わる大事件へと繋がっており、結果としてペットの猫を助け出したと同時に、その国の独立勢力が実権を掌握することになっていたし。

 

 

『……いやふざけんなよ!?なんだってこんなことになるんだよ!?』

「口を動かす暇があったら撃ってくれ!こっちはそのつもりで雇ってるんだ!!」

『ええぃ、わかったわかった!……くそ、なんだよ今日は!厄日か!?』

「アァ……アァー……」

『ちぃっ、きりがねぇ!!しゃあねぇグレネード行くぞぉっ!!』

 

 

 例えばCHEATちゃんは、とある製薬会社のサンプル品の配達を頼まれ、件の製薬会社へと足を運んだ結果。

 そこで発生したバイオハザードを鎮圧する羽目になり、ゾンビと化した研究員達をぶっ飛ばす羽目になっていたし。

 

 

『これ絶対私にやらせるやつじゃないですよねぇ!?』

「大丈夫。今の貴方はパワードスーツならぬ、TASスーツの装備中。これは私の動きをトレースできる上、仮に致死ダメージを受けた時にもスーツが身代わりになってくれる優れもの」

『そのスーツ、普通に動くだけで死にそうになってる人のことはまっっったく考えてないですしぃ!!そもそも致死ダメージを受けるようなところでスーツ無しに放り出されるとかぁ!!それってもう一度死ねと言ってるようなモノじゃないですかぁ!!?』

「……これは驚いた。ダミ子も色々考えてる。成長してるんだね、偉い偉い」

『え?あ、はい。ありがとうございますぅ……???』

 

 

 例えばダミ子さんの場合、謎の遺跡の調査依頼を受け、件の遺跡に向かった結果……。

 その遺跡がいつぞやかのDMさんのところと同じく、普通の人間が踏破することを全く考えていない、明らかな人外用のモノだったためにプライベートTASさんによる動作補助を受けながら(無理矢理)進む羽目になったり。

 

 

『ああはい、これはこっちでこれはこっち、と。……いやこれ、スパイに頼むことか?』

「とにかく顔を売る必要がある、ってことで選り好みせずになんでも受けてたみたい。……結果、スパイというより何でも屋みたいになった。断らないから余計のこと」

『クラスで面倒事押し付けられる真面目キャラじゃないんだからさぁ……』

「でも大丈夫。そんな刺激の足りないお兄さんの要望は、すぐにでも叶えられるから」

『はぁ?……ってうぉわぁっ!?これオコジョじゃん!?』

「そっちはレッサーパンダ、それからこっちはホッキョクグマの赤ちゃん。みんなすやすや眠ってて可愛いね♡」

『おまっ、それって要するに……?!』

「密猟でーす。仮にMODがここに居たらドカン、だね?」

『ああぁぁあもぉぉおおおおこんな刺激は要らんわぁぁああぁぁあっ!!!』

 

 

 コピー品みたいなモノだから、本人とちょっと違う感じのプライベートTASさんと一緒に荷物整理をしていた俺の場合は、運ばされていた荷物の中身に幾つか絶滅危惧種の赤ちゃん達が紛れていることを知り、結果「知られたからには生かしておかないゼ!」とばかりに襲い掛かってきた元・依頼人を(TASさんの補助を借りて)千切っては投げ、千切っては投げを繰り返す羽目になったし。

 

 そして、今回の騒動の引き金となった、MODさんのところはというと。

 

 

『ははは。……いや、まぁ確かに。世界を巡るんだから、そんなこともあるんだろうなぁ、うん』

「……どうか、されましたか?」

『いいや、なに。君の行く末には困難しかないのだなぁ、とちょっとした同情を覚えただけだよ』

「……安っぽい同情なんて必要ありません」

『同感だ。ではまぁ、さっさと行くとしよう』

「はい?……ってちょっ……きゃああぁあぁぁあっ!!?」

 

「待ちやがれぇ!!」

「おい、飛び降りやがったぞ?!」

「落ち着け向こうの階段に回れ!そう遠くへは逃げられないはずだ!」

「「「了解!」」」

 

 

 どこか見知っているような気がしてくる、とある少女を無事家に送り届けるため、少々刺激的な体験をすることになった、とのことであったが。

 その仔細を彼女は黙して語らず、ただただ薄く笑むばかりなのであった。

 

 



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秘密は人を綺麗にする?

 はてさて、みんなが死ぬ気で駆けずり回り、どうにか三日程度の時間経過で全ての依頼を片付けることに成功したわけなのだけど。

 

 

「……死んでますね、皆さん」

「でもそのお陰で空中で()()くらいはできるようになった。これでみんな人間卒業検定合格、だね」

「そんなもん合格したく無かったんだが……?」

 

 

 ご覧の通り、飛行機でみんなを待ってたDMさんと、色んな意味で例外のTASさん以外、居間の机に突っ伏して完全に屍と化しているのであった。

 単に疲労困憊……というのもあるのだが、俺とダミ子さんに関しては更に深刻である。

 

 

「からだのあちこちがいたいですぅ……」

「きぐうだなぁ、おれもちょっときょうはやすみたくてたまらないや」

「……私たちのようになにかしらの技能もないお二方には、昨日までのあれは重労働以外の何物でもないですからね……」

「まぁその分、私たちの場合は純粋に求められる練度に差があったけどね……」

「お前なー!!TASなー!このやろー!!幾らなんでも限度ってもんがあんだろうがよー!!!」

「…………?ええと、足りてなかった?」

そっち(下側)の限度じゃねえよ!?」

 

 

 そう、俺とダミ子さんの身体スペックは、普通の人と大差ない。

 ゆえに、TASさんの言う『人間卒業試験』とやらは、普通に過酷以外の何物でもない苦行だったのである。

 

 いやね?どこぞの人と同じように涙するロボットじゃないんだから、純粋な脚力のみで壁を登らせようとするの止めない?

 いやまぁ、他の不思議ガールズと違って、俺達の場合はあくまでも三角跳びの延長線上ではあったけどさ?

 

 ……この発言からわかるように、不思議ガールズ達の方は俺とダミ子さんへの要求の八割増しくらい、難度の高い技術に挑戦させられていたりする。

 さっきの『脚力のみでの登攀(とうはん)』の場合だと、俺達は左右に壁があって、その壁を交互に蹴り登る感じになるのが、彼女達の場合は片方のみの壁に張り付くようにして登らされる……みたいな?

 

 物理法則的にどうなっとるんじゃい……って感じの技術だが、一応元ネタのような意味不軌道を描いているわけではなく、あくまで()()()()()()()()()()()()()()()モノになってるらしい。

 ……え?そっちの方が意味がわからないって?大丈夫、俺も理論を説明されてもよくわからんかったから。

 まぁ一応?飛行機から各所に向かう時にTASさんが使っていた『空を飛ぶ』技法を応用したもの、ということになるらしいが。……どっちにせよ一般人な俺達には関係ない話である。

 

 

「……?多分次かその次のイベントで使うよ?」

「ははははないすじょーく。……っていえないのがかなしいところなんだよなぁ」

「わたしはもう、わたしがまきこまれなければそれでよしとしますぅ……」

「なるほどわかった、次があったらダミ子を優先的にメンバーに加えておく」

「なぁんでそうなるんですかぁぁあぁぁっ!!?」

「……え、そういうフリなんじゃ」

「ちーがーいーまーすーぅー!!!」

 

 

 なお、無慈悲なTASさんからの死刑宣告が飛んできたが、俺は多分もうダメです(数日ぶりn回目)

 

 

 

;・A・

 

 

 

「うう……ようやく体がまともに動くように……」

「三日分の疲れが数時間である程度解消できてるんなら、わりとコスパはいいのかも」

「止めてくださいぃもうあんなのはこりごりですぅ!!」

 

 

 はてさて、そんなやりとりから数時間後。

 ようやく筋肉痛が緩和され、無理をしなければ動けるようになった俺達。

 

 そうなればやることは一つ。───今回のリザルトである。

 

 

「あれ、やってなかったんだっけ?」

「みんな帰りの飛行機で死んだように寝てたじゃないですか……いやまぁ、完了報告とかはDMさんがきっちり終わらせてくれてたみたいですけど」

「はい、その辺りは滞りなく。……ふと思ったのですが、あれらの依頼の内幾つかはやらなくても良かったのでは……?」

「あれ、そうだったかい?私の計算によれば、どれも取り零してはいけない依頼だったと思うんだが……」

「いえ、改めて計算し直したところ、実際には一割ほど減らせていました。……無論、後々のフラグ建設のための前フラグの可能性もありましたので、あの場での言及は避けましたが」

「へー……って、いやいや君達?私を睨んでも仕方ないと思うんだが?なによりTAS君が承認しているんだし」

 

 

 結局三日の激務を終えたあと、ほとんどのメンバーが泥のように眠っていたため、その辺りのことは全てDMさん(とTASさん)に任せる形になっていたのである。

 ……と、そこでDMさんから気になる情報が。

 知名度・ないし貢献度というべきそれは、俺達には可視化できないが。彼女にはそれが擬似的に見えるようで、それを確認したところ少なくとも彼女の計算上では、あそこまでの激務は必要なかったのではないかとのこと。

 

 まぁ確かに、人探しだのペット探しだののちまちまとした依頼に関しては、稼げる貢献度的に微妙なのでは?……と思っていた身としては、確かにとしか言いようがない。

 とはいえ、それはあくまでも俺の意見であり、他の面々は違ったようで。

 静かに怒りを滲ませる少女達に囲まれ、MODさんはたまらず外へと逃げ出していったのであった。

 

 

「……で、結局TASさん的にはどうだったん?あれ」

()()()()()()()。無論、DMの言う通り()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あそこまで取り零さずにこなす必要はなかった」

「なるほど……ってことはその後のための仕込み、ってことかー」

 

 

 いわゆる乱数調整できるタイミングがここしかない、みたいなやつなんだろうなーと納得しつつ、追い掛け回されるMODさんを眺める俺とTASさんなのであった。

 

 



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黄金の一週間とは言うが、現実的には人混みの一週間である

 はてさて、あれこれと忙しい時間も終わり、みんなお待ちかねゴールデンウィークである。

 

 お詫びに車は私が出すよ、とMODさんがこれまた大きめのキャンピングカーを引っ張り出してきたりもしたが、概ね問題はない。……免許?知らん、見た目でごまかすかなにかするんでしょ、多分。

 

 

「はっはっはっ、流石にそれだと取っ捕まるだろう?この通り、免許ならちゃんと持ってるよ」

「……その免許、写っている人が明らかにMODさんじゃないですし、そもそもちゃんと国の発行したやつです?」

「はっはっはっ」

「露骨に目を逸らしましたわね……」

 

 

 なお、彼女には既に前科(※いつぞやかの無人島に漂流する羽目になったアレ)があるため、他の面々からの視線はとても厳しいモノがあったが……。

 使用状況がごく限定的な船舶免許はともかく、車に関しては結構頻繁に使用するため、ちゃんと講習やら試験やら自体は受けているとのことであった。

 ……いやまぁ、ご覧の通り()()()()()()()姿()()、という注釈が付くことになるわけだけれども。

 

 そう、久方ぶり……ってのはおかしな話だが、今回のMODさんの姿はいつもの女子高生のそれではなく、なんというか海外のホームドラマとかに出てきそうな、金髪ムキムキの外人さんのそれなのであった。

 キャンピングカーと合わせると、無駄に絵になる感じである。

 

 

「……これはこれで、わりと外からの絵面が微妙なのでは?」

「あー」

 

 

 なお、れいせい(冷静)ちんちゃく(沈着)なDMさんからの指摘により、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……などというツッコミが入れられることとなったが、まぁ些細なことである。……些細か、これ?

 

 

 

;-A-

 

 

 

 結果的に、見るからに外国人の運転する車に搭乗している日本人女子高生、という絵面よりも遥かにマシ──ということで、俺が運転することになったキャンピングカーである。

 ……え?お前は免許持ってるのかって?

 

 

「ふふふふふ……」

「……あの、持ってるんですよね?その笑みは持ってるってことですよね……?」

「……ギリギリ運転できる大きさだった」

「はい?」

「あー、普通免許って取得時期によっては、微妙に運転できる幅が変わるからねぇ」

「はぁ……?」

 

 

 なお、AUTOさんから微妙に心配そうな眼差しが飛んできたりもしたが……安心して下さい、キャンピングカーの大きさ的に俺の免許で運転できるかちょっと不安になっただけなので。

 ……うん、このキャンピングカーは()()()って言ってたように、大体総重量が三から四トンくらいだったんだよね。

 それだとほら、免許取った時期によっては運転できない……みたいになるから、ね?*1

 

 そういうわけで、実は密かに胸を撫で下ろしている俺なのであった。

 

 

「普通の人はよくわからない。車なんて別に難しいことなんにもないのに」

「はいはいTASさん、貴方は微妙に危ないことを口走るのを止めましょうねー」

 

 

 なお、TASさんが「私に任せてくれれば大丈夫なのに」オーラを醸し出していましたが、確かに運転技術はここにいる誰よりも高いでしょうけど、絵面が一番アカンのでダメです、と宥めるのに時間が掛かりましたが問題しかありません()

 

 ……気を取り直して、キャンピングカーに飲み物やら食料やらを詰め込んで、いざ旅行に出発である。

 

 

「ところで、今回の目的地は?」

「んー、ゴールデンウィークは残り五日間。今年は全部で九日だったから、仕事と休日で四日分浪費したことになる」

 

 

 はてさて、実はMODさんの手伝いの際に二日ほど学校を休んでいる彼女達だが、それを踏まえても今年のゴールデンウィークはまだ五日も残っている。

 

 最後の一日は次の日の準備に使う必要もあるため、丸一日使うということはできないだろうが……それでも四泊分。

 小旅行をするには十分すぎる期間ということもあり、どこへ行こうかと迷う部分もあったのだが……これに関しては、当のMODさんから一つ提案が上がっていたのであった。

 

 

「そうだねぇ、どうせならうちの地元にでも行くかい?ある程度の案内とかもできるよ?」

「ははぁ、なるほどMODさんの地元ねぇ……MODさんの地元!?」

「な、なんでそこで食い付いてくるのかな……?」

「いえその、まさかキャンピングカーで海外に行こうとかしてないですよね……?」

「君達私をなんだと思ってるんだい?一応、私は日本人なんだが……」

「嘘だぁ!?」

「本当だよっ!?」

 

 

 それは、彼女の生まれ故郷へ行かないか、という誘い。

 ……姿があてにならないことと、その職業からして日本人だとは思っていなかった俺達は大いに驚愕しながら、機嫌を悪くしたMODさんを宥め賺しつつ、彼女の案内の元一路南を目指すのであった──。

 

 

*1
具体的には平成29年3月の11・12日を境に変化。それより前なら車体総重量5.0t未満、それよりも後ならば3.5t未満の車両が運転できる。因みに、平成19年6月11日よりも前に免許を取った人の場合、8.0t未満という中型に一部含まれる範囲の車両も運転できたりする



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彼女はそうして、彼女になった

 はてさて、MODさんの生まれ故郷へのご招待、というある種驚きのイベントから暫く。

 俺達はキャンピングカーに乗って一路南を目指していたわけなのですが……。

 

 

「トイレの中にまでツバメが飛んでくるのは予想外」

「至るところに巣が作られていましたわね……」

 

 

 途中のパーキングエリアに立ち寄ったおり、そんな会話を交わしていたTASさん達であった。

 

 ……生憎俺はこの一行の中で一人だけ男性なので、彼女達の会話に混ざることはできないが……え?MODさんはどうしたのかって?免許提示の必要性が無くなったので普段の姿に戻ってますがなにか?

 

 まぁともかく、男子トイレ側にもツバメの巣が点在していたような気がするのは確かである。

 いかんせん、こういうところのトイレというのは屋外にあるうえ、出入りが簡単かつ雨風を凌げることもあり、ツバメ的にはわりと良物件……ということになるのかも知れない。

 それゆえ、端から見てわかるほどにツバメが屯している、という状況になったのだろう。

 

 とはいえ、用を足している最中に小柄な鳥達の視線に晒される……というのはあまり気持ちのいい状況でもない、というのも確かなわけなのだが。

 ……この辺りは、個室ではない男性側トイレだけの問題……なのかもしれない。

 

 

「見てみてー!すっげーのここのお土産!」

「ふむ?……おお、真珠のガチャとはまた珍しいものを……」

「一回千円くらいのもの、でしたか?……まぁ、お土産としては十分なのではないでしょうか?」

「だろだろー!……ところでダミ子、それもしかして全部食う気なのか……?」

「パーキングエリアと言えばご当地グルメですぅ!食べないのは損ですぅ!……でも流石にちょっと買いすぎましたぁ」

(……そもそもそれを買うお金は何処から……?)

 

 

 他方、お手洗いではなく中の売店に向かった一団の方は、購入してきたお土産を前にあれこれと会話をしている最中であった。

 

 特に真珠のガチャをしていたというCHEATちゃんが話の中心のようで、彼女が手に入れたモノを手始めに、隣でアイスを三本・焼き鳥などの串モノを五本・それから焼きそばやらお好み焼きやらの定番メニューや、ここでしか食べられないというご当地グルメの数々を購入し、もぐもぐ食べているダミ子さんへとツッコミが飛んだりもしていた。

 DMさんがほんのり怪訝そうな顔をしていたのが気になったが……まぁ多分、そこまで変なことではないだろうと思い直し、彼女達へと声を掛ける俺である。

 

 

「そろそろ出発するから、転んだりしないように気を付けろよー」

「はーい」

 

 

 そうしてシートベルトの着用を促しつつ、運転席にてハンドルを握る俺なのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

 そうして暫く高速道路を走り、日本を南下して行った俺達。

 途中助手席にやって来たMODさんの誘導により、料金所から一般道に降り、そのまま道なりに進むこと数十分。

 ようやく俺達は、件の目的地へとたどり着くことに成功していたのであった。

 

 

「これはまた、のどかな田舎って感じのところ」

「まぁうん、限界集落……ってほどではないけど、結構田舎だからねぇ」

 

 

 そこは、一面菜の花畑に囲まれた、のどかな田舎町……といった風情の場所。

 

 ある意味MODさんが全身から発するお洒落感とは、真っ向から反発する感じの場所であったが……ふと覗き見た彼女の様子から察するに、特に悪感情があるなどの様子は無さげである。

 ……いやまぁ、相手はスパイなので表情をごまかすのは朝飯前、という可能性も大いにあるわけなのだが。

 

 

「……なんだい藪から棒に。私がこの町から飛び出したのは、田舎が嫌だったから……だとでも思っていたのかい?」

「いやまぁ、特に文句がなければ住み慣れた田舎で一生を終える……ってのはわりと普通の人生じゃないか?」

 

 

 そして、そんな人生が嫌だ……イコール田舎が嫌だ、と思うからこそ住み慣れた故郷を飛び出す、というのもある種普通の人生なのでは?

 ……などという思いからの感想だったわけだが、こちらの言葉にMODさんは「別に、ここになにか嫌な記憶があるとか、そんなことはないさ」と苦笑を浮かべている。

 

 じゃあ、なんで故郷を飛び出して、世界を飛び回るスパイになったのだろう?

 ……そんな疑問を含んだ視線を受けたMODさんは、苦笑を不敵な笑みに切り換えながら、こう告げるのであった。

 

 

「それは勿論、私がこんな田舎で収まるような器ではなかったからだね!」

「あーなるほど、嫌じゃないけど燻ってたパターンか」

「わりと俗な理由」

「……いや、君達は私になにを求めてるんだい?」

「そりゃもう、なにかしらの劇的な理由とか?」

「そんなドラマやアニメじゃないんだから。そういう刺激的な話は、そうそう転がっているモノでもないさ」

 

 

 とりあえず、車を止められる場所まで移動しようか──。

 そんなことを言いながら、車の中に戻っていくMODさんを見て、顔を見合わせる俺達。

 

 ……言外に、なにかしらの劇的な理由を秘めていることを感じさせる彼女の様子を眺めながら、俺達は車内へと戻っていくのであった。

 

 



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一夜は一夜、長くても一夜

 神隠し、という現象がある。

 実体のある人間が、突然姿を煙のように(くら)ませてしまうそれは、直前の足取りよりも後の所在を、全く辿れなくなるものであり。

 そうして消える姿が、まるで神に拐われたかのように見えるからこそそう呼ばれる……というものである。

 

 

「ここいらがこんなに過疎ってしまってるのは、実はその神隠しが頻発する、っていう噂が流れていたからなんだよ。……まぁ実際のところは、何時かの私みたいに『秘密裏にこの田舎から飛び出していく』若者達が後を断たなかった、という謎もへったくへもない話なんだけどね?」

「……遠回しに田舎ってクソ、って言ってません?」

「いいや?言ってないけど?」

 

 

 本当かなぁ……?なんか若干以上に真顔なその表情が、全てを物語っているような気がするけどなぁ……?

 そんな感想を抱いた俺が、夕食のパスタをちゅるちゅると啜る中、窓から覗く外の景色はすっかりと暗くなってしまっていたのであった。

 

 そんなわけで(?)、旅行一日目の夜である。

 キャンピングカーを止められる場所へと移動した俺達はというと、そのままここで一夜を過ごすことに決め、流れるように夕食の準備へと移行したのであった。

 

 まぁ、現地で食糧調達とかをするのもこういう旅の醍醐味……などと言って、基本的に麺とか小麦とかの主食ばっかり乗っけて、おかずになるようなものをほとんど持ってきていないため、結果として随分質素な夕食が出来上がってしまったわけなのだが。

 

 ……うん、ペペロンチーノだよ!いわゆるところの『絶望のパスタ』だよ!寧ろなんで唐辛子は積んであるんだよ!?

 というツッコミはノーセンキューである()まぁ薬味だから多少は、ね?

 

 

「お昼に食べすぎてしまったのでぇ、夜はこれくらいの量でも満足ですぅ」

「いや、ダミ子さんはそうかもしれんけど、他の人は……いや、よく考えたら俺以外みんな女の子なんだから、別に夜が質素でもなんの問題もないのか……」

「今さら気付いたのかよアンタ……」

 

 

 なお、他の面々はその質素な夕食に特に文句を言うでもなく、もくもくとパスタを口に運んでいたのであった。

 ……ああうん、そういえばそうだね!俺以外みんな女の子だったね!道理でちょっとボリューム足りてない夕食でも、そこまで抗議に発展しないわけですわ!!

 

 そんなわけで、俺一人だけちょっともの足りねぇなぁ、みたいな気分になりながら、静かに夕食を終えたのでしたとさ。

 

 

 

・A・

 

 

 

「田舎が都会に誇れるもの……となると、やっぱり自然関係のものに絞られると思うんだよねぇ」

「言い方ぁ」

 

 

 よく言うだろ、都会よりも田舎は空気が澄んでるから、空がよく見える……みたいな話。

 まぁ実際のところは、地上に明かりが少ないから、夜空に灯る微かな明かり()を阻害せずに済むってだけの話なんだけども。

 

 そんな語り文句と一緒に、キャンピングカーの外へと連れ出された俺達一行は、MODさんが指差す空を眺めながら優雅に天体観測を始めていたのであった。

 ……まぁ約一名ほど、全然違う楽しみ方をしているのも居るわけなのだが。

 

 

「むぅん、ヘイト集中!さぁこい野生の蚊共!貴様達の攻撃を全て避けきってやんよ!」<シュバババババ

「……ええと、TASさんは何故いきなりシャドーボクシングを……?」

「そんなの、この手の中に周囲の蚊を掴み取り放題してるから、っていう理由以外になにがあるの?」

「お止めなさい、ネタでもなんでもなく今すぐにお止めなさい」

「えー?」

 

 

 なにかフェロモン的なやつ?……を発生させ、周囲の蚊達に血を吸われやすい状態になったTASさんが、そうして無防備に寄ってくる蚊達をシュパパパパッ、って感じにキャッチしていく。

 

 ……いやうん、凄いのは凄いし、こっちが蚊に刺されることもなくなるので、とても有り難くはあるのだけれど。

 特に気にもせずぷちぷち潰していくものだから、彼女の手の中が人に見せられないような、あまりにグロテスク状態になってしまっていたのであった。

 そのため、AUTOさんから即時止めるように、という要請が飛んでくることとなったわけである。

 ……っていうか、そんなに潰して気持ち悪くなったりしないのだろうかTASさん……?

 

 エグいことになってるその手を今すぐ洗ってくるように……と言われたため、キャンピングカーへと駆け足で戻っていくTASさんである。

 ……その後、夜に外へ出るとか変なフラグを立ててしまいますぅ……などと言って車内に残り、現在布団の上でぐだぐだしているはずのダミ子さんの、とっても情けない叫び声が聞こえてきた辺り、中でTASさんが(ダミ子さんで)遊んでいるのは確定的。

 そのため、怒ったAUTOさんがTASさんの後に続いて車内に戻る形になったが、多分問題は無い。……無いったらない。

 

 ともかく、そうして社会の喧騒から離れ、星を眺めてのんびりすることとなった俺達。

 ちらりと横目で見るMODさんは、空を眺めほぅ、と息を吐いている。

 

 そんな彼女を見ながら、俺達はTASさん達が戻ってくるのを待つことになるのであった。

 

 



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星を見るように過去を視る

「……さて、明日からはどう行動しようか?」

「どうって言うと……確か、MODさんがこの辺りの観光に適したところを案内してくれる、って話だったっけ?」

 

 

 はてさて、束の間の天体観測の時間が終わりを告げ、就寝時間となったわけなのだけれど。

 キャンピングカーの中に引き上げていく最中、MODさんから声を掛けられた俺はと言うと、明日からの行動予定について思いを馳せていたのであった。

 

 確か、途中のサービスエリアなどで話したところによれば……。

 

 

「田舎だからといって、否や田舎だからこそ見ておくべき場所というものがある……でしたか?」

「あーうん、そんなこと言ってたよな?」

「まぁ、それもそうなんだけれども。そうして私が完全に行動の選択権を得てしまうのも、なんというかつまらないだろう?」

 

 

 だから、ほんのりと君達にも意見を募ろうかと思ってね、とはMODさんの言。

 ……まぁ確かに、完全に相手の案内に任せてしまうのも有りと言えば有りだが、同時にそれはこちらが選択の自由を完全に放棄することとも言える。

 

 なにが問題なのか?……という疑問の声が聞こえてきそうだが、これってつまり()()()()()()()()()()()()ことでもあるわけで。

 要するに、完全にお客様の立場に甘んじる、という宣言でもあるのだ。

 

 

「例えばこれから山に行くとして。実はみんなが海に行きたかった、なんて気持ちを持っていたとしても、選択を放棄している場合は()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんてパターンが多いわけで。……その場合、あとからそこに案内した人に文句を投げても()()()()()()()()()責められたりはしないわけだろう?案内側の不手際、で終わるわけだ」

「もてなされる側になっていることで、意思の確認をしなかった方が悪くなる……というやつですわね」

「そうそう」

 

 

 お客様という立場になると、わざわざ意見を述べずとも向こうから施してくれるようになる。

 そしてそれゆえに、与えられるものに()()()()()()()()()ということも可能となる。……予めこちらが意思を伝えておけば、ある程度は回避できたであろうものに対しても、だ。

 

 今回の場合は、ここでこちらの意思を確認しておかない場合、明日出てくるモノはこちらにとって全てサプライズということになる。

 そしてサプライズであるがゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうなると、そこで飛んでくる意見は全て感想(結果)に変わるわけだ。……事前に聞いておけば選択肢(起因)に変わるものが、だ。

 

 それでは案内する甲斐がないだろう。

 無論、徹頭徹尾彼女が企画・運用し、俺達を楽しませようとする……というのも、旅の一つの形ではある。

 

 

「ただ、今回に関してはそういう話でもないだろう?遠出しよう、と言い出したのは君だし、それに賛同したのは彼女達だ。……私はそれなら案内できる場所があるよ、と例を提示しただけ。それを受けるか受けないかは君達に選択肢があり、そしてそれは今も変わらない。……まぁもっと雑に言わせて貰うと、さっきからソワソワしているTAS君がとても気になる、ということだね」

「あー……」

 

 

 しかして今回、俺達は()()()()()()()()()()()

 それはMODさんについても同じであるため、彼女にともすれば非難が飛ぶような状況は宜しくないだろう。

 ゆえに、彼女はみんなで考えよう、と述べているのである。みんなで考えて、みんなで出した結論ならば誰かを責めるような選択は生まれないだろう、と。

 

 ……まぁ、ここまでの話はすべてもっともらしいことを言っていただけで、その実真の目的はTASさんがなにかしそうだよ、とこちらに気付かせるためのモノだったようだが。

 

 うん、騙して悪いがじゃないが、責任の所在を明確に他人に投げられる状況において、TASさんがじっとしている保証はどこにもない。

 ここまで静かに付いてきているというのは、裏を返せば彼女には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということでもあるのだ。

 

 

「……何度か言ってる通り、私はいつもいつでも短縮することしか考えてない、ってわけじゃないよ?」

「嘘付け少なくとも今はなにかしら考えてるのはわかったぞ。じゃないとMODさんがこんな遠回しに伝えようとなんてするもんか」

「信用されてますねぇ」

「負の方向に、だけどな」

 

 

 こちらの追求に、TASさんは顔色も変えずに反論を返してくるが、そもそもその時点でダウトである。

 

 確かに、彼女もなんだかんだで一人の人間。

 年がら年中短縮することに命を賭けているわけではない、というのは本当の話。

 何故なら彼女達は概念が形を持った者ではなく、その行動に似ている概念があるからその名前で呼ばれている、という存在。

 言うなれば、『TASみたいな人』なのだ。

 

 なので、本来のTASという存在より幾らか融通が利く部分があったり、AUTOさんが機械染みた性格をしていなかったりするわけである。

 

 だが、今回の話はそれとは別。

 確かに彼女は()()()()()()()()()だが、同時にそう言われても仕方のないような行動様式の人でもある。

 ……つまり、今回みたいに疑われたとしても、それが根も葉もないことなら無反応でいた方が楽、と判断するタイプなのだ。

 いや寧ろ、その時の無反応時間(変な間)で乱数回すタイプというか。

 

 それをしないということは、このままだと選択肢が狭まってしまうと彼女が認識しているから。

 つまり、彼女には明確に行きたいところがあるのである。

 そしてそれは恐らく……、

 

 

「私が今のところ()()()()()()()()()()()()、なんじゃないのかい?」

「……困った、こんなことになるのならもっと本腰入れて操作しとくべきだった」

「ついに白状しおったぞこいつ」

 

 

 さっきから会話に関わってなかったと思ったら、俺達の視界の外(画面の外)で暗躍してやがったとは。

 そんな俺達の視線に晒されて、TASさんは珍しくちょっと萎縮したような態度(※当社比)を見せていたのであった。

 

 



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神はいる。そもそも横で飯作ってる

「しかし……一体どこなんですの?MODさんが案内するつもりがなく、TASさんが興味を持つ場所というのは?」

「あー、それなんだけど。俺、一つ心当たりがあるぞ?」

「え、お兄さんがですかぁ?」

「……そこはかとなく馬鹿にされてないか、俺」

 

 

 TASさんの様子を見て、顎に手を置きながら考え込むAUTOさん。

 確かに、TASさんがわざわざこっちに隠してまで行こうとしている場所、というものに疑問が向くのはおかしくはないが……それに関しては既に目星が付いている俺である。

 ……まぁそれを言ったらダミ子さんが驚いて、その後の俺の反応に「あっ、ちちちちがいますぅ~!別にお兄さんが珍しく知的だと思ったとか、そういうわけではなくてですねぇ~!!」などと涙目で土下座し始めたりもしたが、些細なことである。多分。

 

 ともあれ、こちらの言葉に露骨に(※当社比)反応しているTASさんを横目に、俺はMODさんの方を向きながらその答えを告げるのであった。

 

 

「それが山なのか海なのか、はたまた森とか草むらなのかはわからないけど──あるんだろ、神隠しにあう場所」

「……神隠し?それって単なる噂って言ってなかったか?」

「火のない所に煙はたたず、っていうだろ?……多分、大多数の人はMODさんの言う通り、この田舎から逃げたってだけなんだろうけど……」

「……いや、ダミ子君の発言に同意するよ。珍しく冴えてるね、お兄さん」

「と、言うことは……」

「その通りさ。()()()()、本当に神隠しは起こってる。……まぁ、それ以外のは全部、それを隠れ蓑にして起こった夜逃げ、みたいなものだけどね」

 

 

 それは、先ほどの夕食の時、彼女が話題にあげたもの。──そう、神隠しである。

 さっきの話では半ば冗談のように語られていたそれが、実は本当に起きていたことだったのであれば。……確かに、TASさんが興味を持つのはおかしくないだろう。

 まぁそれが、たった一件だけの実例だった、というところには驚きを感じないでもないわけだが。

 

 はてさて、神隠しである。

 それが起こる理由というのは大きく分けて二つあり、片方は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。

 これは、MODさんを筆頭に、この田舎から逃げた若者達が該当例……ということになるだろう。

 

 そしてもう一つ、()()()()()()()()()()場合についてだが。

 

 

「実際、俺達は一回それに立ち会ってるからなぁ、()()()()()()

「当事者?……って、あー……」

 

 

 最初は半信半疑……というか、神隠しなんて有り得ないだろうとでも言いたげな様子の面々だったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを示した結果、その様子は一変するのであった。

 ……そう、前回ループの夏休み。俺とTASさんは()()()()()()()()()()()

 

 

()隠しだからといって、主犯が神である必要はないよな。そもそも、この場合の『神』ってのは()()()()()()()()()に対して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていう仮の説明を作り上げるためのものでしかないわけだし」

「……なるほど。現状の人類文明には異世界航行の技術どころか、そもそも異世界を発見する手段すら存在していない。……ですので、他の世界に連れていくという一見とても簡単な行動をするだけで、人間を神隠しに合わせることができるのですね」

「そういうこと」

 

 

 このメンバーの中でただ一人、件の夏旅行に関わりのないDMさんが、納得したように一つ声をあげる。

 そう、あの時俺とTASさんは他の世界へと迷い混んでいたが、それを元の世界に残っていたAUTOさん達から見た場合、いわゆる神隠しと然程の差が無い状態だったのだ。

 

 つまり、今回TASさんが『神隠し』というワードに反応した理由は、次のようになる。

 

 

「前回ループの影響は、あくまでもパーティメンバーの引き継ぎのみ。……つまり、ダミ子さんはここにいるけど、同時に()()()()()()()扱いになってるわけで。……そもそも前回の神隠し(異世界旅行)自体、ダミ子さんが仲間になった後に発生しているものであるということを考慮すれば、彼女の楔としての機能も時に突破されるって証明にもなってるわけで……」

「つまり、今もこの田舎のどこかに、他の世界と繋がっているゲートのようなものが残っている可能性がある、ということですの?」

「まぁ、そういうことになるね」

 

 

 以前TASさんも言っていたが、他所の世界と繋がりっぱなしというのはあまり宜しくない状況である。

 ともすれば二つの世界が融合、下手をすれば片方の世界がもう片方の世界に呑み込まれる、なんて事態も普通にあり得るわけで。

 

 それゆえ、もし生きているゲートが残り続けているのであれば、そこから世界崩壊の序曲が流れ初めてもおかしくはなく、ゆえに彼女はその所在を明らかにしようとした、と。

 ……まぁ、閉じる前にちょっと利用しようとか考えていてもおかしくないのが、ここにいるTASさんなわけなのだが。

 

 先ほどからこちらに目線を合わせようとしないTASさんの様子に、ここにゲートがあることは確実だと改めて確信する俺なのであった。

 ……一体なにに利用しようとしていたのやら。

 

 



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マイペースだらけのメンバーです()

 はてさて、TASさんの悪巧みが露呈したところで、とりあえず明日に備えて寝ておこう、となった俺達。

 ……こっちが寝ている間にこっそり抜け出して、ゲートの所在の確認とか利用とかを済ませようとしないように、交代でTASさんを見張るとかいう謎の役割が発生したが、些細なことなので割愛する。

 いやまぁ、見張られてるTASさん自体は、とても不満げな顔をしていたわけなんだけどね?

 

 

「……全くわからないのですが、その……不機嫌かどうか、というのが」

「結構違うよ?ほら、眉が寄ってる」

「どこぞのファミレスの間違い探しより難しいんだけどぉ!?」

 

 

 なお、相も変わらず『※当社比』であるため、他の面々には理解して貰えないのであった。解せぬ。

 ……まぁともかく、焚き火ならぬTASの寝ずの番となったわけだが、その間TASさん自体がどうしていたのかというと……。

 

 

「いきなり増え始めましたわ」

「唐突に逆立ちしたかと思えば、腕の力だけでジャンプし始めたぞ」

「ブリッジ状態で走り回ってたね。『夜と言えばこれ』とかなんとか言いながら、カサカサと」

「忽然と目の前から消えたかと思えばぁ、何故か私の背後に居たんですぅ……『私TAS、今貴女の後ろに居るの』って言いながらぁ……」

「私相手だとごまかしにくいということなのか、特になにもせず正座していらっしゃいましたね。まぁ、代わりに周囲から異常なまでにラップ音が発生していましたが」

「それって本当になんにもしてなかったんです……?っていうか、なんでじっとしてないの君?」

「止まってると不安になる。私は風だから自由が信条」

「そんな信条どっかに投げ捨ててしまえ」

 

 

 ……うん、欠片もじっとしてないんでやんの。

 いやまぁ、流石に俺の番になった時にはもうみんな起きてくる時間に近かったのもあって、大人しく近くの切り株の上に腰掛けてたんだけども。

 ……俺の目の前でだけ大人しくしてればいい、とか思ってるんではなかろうな?なんて思考が脳裏を過ったが、そもそもこの子ってばやろうと思えば()()()()()乱数カウンターを回せるのだから、その行動を縛るのなんてほぼ不可能……という身も蓋もない結論が飛び出してくることとなるのであった。

 

 ……え?じゃあ見張ってる必要なかったんじゃないのかって?

 

 

「一応、思考だけで回せる乱数は結構狭いみたいだから、あるかないかで言えば意味はあるんだよね……」

「お兄さん相手だと、どれが乱数に関わる行動か見極められるから大変。ピンポイントに必要なことを禁止される」

「……んん?遠回しに私達の対処が的外れ、と言われているような……?」

 

 

 この通り、TASさん自体が微動だにしない状態で回せる乱数には限りがある。

 ……ざっくり言ってしまえば大したことできない、となるわけで、そうなると見張る意味は大いにあるということになるのだ。

 まぁ、TASさんが遠回しに宣ったように、彼女の行動にはブラフも混ぜられているため、派手な行動ほど無関係……なんてことも普通にあるわけなのだが。

 その辺り、AUTOさん達は上手く振り回されてしまった、ということになるのだろうか?

 

 とはいえ、睡眠を必要としないDMさんに広域監視をお願いしていたため、そこまで大層なことはできていないとも思うのだが。

 ……え?だったら最初から、DMさんに全部やらせとけば良かったんじゃないかって?それだとDMさんだけに負担が行き過ぎてるし、ある程度は好きにさせないとTASさんが爆発する(※比喩表現ではない)から仕方ないね。

 

 なお、この発言が()()()()()()()()()()()()()()()()()と受け取られたため、AUTOさん達から暫く抗議の眼差しを受ける羽目になったのは別の話である。

 ……うん、そう受け取られても仕方ないなこれは。

 

 

 

;-A-

 

 

 

「さて、それじゃあとりあえず、あまり焦らしても仕方ないから件の神隠しの現場に向かおうかと思うんだけど……」

 

 

 そう言いながら、MODさんは俺達を見回している。

 今は朝食を終え、片付けをしている最中である。……トーストと目玉焼き・それからベーコンというシンプルメニューだが、これが中々。

 俺は半熟はそこまで好きではないので完全に固めまで焼いたが、他の面々は半熟卵とベーコンをトーストの上に乗せ、バターを溶かしてまとめて食べる……などのアレンジを効かせていたのであった。

 

 

「なんでかは知らないけど、こういう食べ方って人気だよね」<モグモグ

「確かなにかのアニメで印象的だったとか。……食事描写の丁寧な作品は好まれやすい、ということなのでしょうか?」

「いわゆる映えってやつ?」

「名前が付いたのが最近ってだけでぇ、似たような概念は昔からあったんでしょうねぇ」<ガツガツ

「……俺としては、今のダミ子さんの食いかたの方がアニメ的に見えるんだが?」

「この小さな体のどこに入っているんでしょうかね、あれ」

 

「……うん、話を聞いてくれないかなマジで?」

 

 

 なお、職業(スパイ)的には食事は楽しむよりも早く終わらせるモノ……的な感覚があるのか、早々に食べ終わったMODさんと違い、他の面々(特にダミ子さん)はのんびり朝食を口に運んでいたため、会話は一時打ち切られることとなったのであった。

 

 ……え?TASさん?職業的に仕方のないMODさんはともかく、自己満足以外に理由のない彼女には『ちゃんと噛んで食べなさい』と言い付けてますがなにか?

 

 



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失ったもの、一つ

 さて、それから結局小一時間ほど掛け、食事を終えた俺達。

 

 途中、早々に食べ終えた自分が悪いんだけど……と、微妙にバツが悪い感じになってしまっていたMODさんに、寝覚めのコーヒー(濃いめ)を渡したりもしたが、まぁ余分な話である。

 ……苦っ、って言って砂糖とミルクを求めてきたMODさんがちょっと可愛かったが、指摘すると殴られるのは間違いなかったため忘却(きおく)する賢い俺なのであった。

 

 

「でも意外だなぁ、MODさんって優雅にブラックコーヒー飲んでるイメージだったんだけど」

「……うるさいなぁ、不意打ちだったんだよそれくらい察したまえ」

「えー?」

 

 

 先を先導するMODさんに軽口を叩きつつ、その背を追って歩く俺達である。

 ……朝食が終わり、食器やらテーブルやらをキャンピングカーに片付け、戸締まりを済ませた俺達はそのまま車を駐車場に置き、歩きで件の現場に向かっていたのだった。

 

 何故歩きで?……と思われるかもしれないが、ここは田舎・それもほぼ過疎地域である。

 ……まぁ要するに、少しばかり大型のキャンピングカーを、そのまま走らせられるような道路がほとんどないのだ。

 件の現場が駐車場から更に奥まった場所にあるというのだから、尚更のこと。

 

 結果、虫対策などを十分にしたうえで、件の場所に歩きで向かうことになったのであった。

 ……なお、ほっとくと一人で突撃しそうなTASさんに関しては、首根っこを捕まえた上で強制連行である。

 

 

「むぅ、信用がない」

「寧ろ最大限信頼してるんだわ、ここで手綱を話したら真っ先に飛んでいくだろうなって」

「……むぅ、よくわかってる」

 

 

 不貞腐れたように言うTASさんに、「だろ?」と返しながらMODさんの後ろを歩くこと暫し。

 

 

「──そういうわけで、ここが件の場所だよ、諸君」

「ここが……って、なにもないんだけど?」

 

 

 彼女の案内でたどり着いたのは、周囲になにもないただの原っぱ。

 ……そう、比喩でもなんでもなく、そこにはなんにもない。いやまぁ、雑草とかは生えてるので『なんにもない』というのはちょっとばかり過言なわけだが。

 

 ともあれ、なにか目印になるようなモノもない……ということを思えば、ここを目的の場所と定めるのは中々難しいと言うより他ないだろう。

 そんなこちらの視線に気付いているのかいないのか、彼女はくつくつと笑いながら目の前の光景に視線を向け続けている。

 その瞳はまるで、なにか遠い記憶を思い出しているかのようで──、

 

 

「なにもない?そりゃそうさ。なにせここにあった──()()()()は、綺麗さっぱり消えてしまったのだからね」

「……はい?」

 

 

 続いて彼女の口から飛び出した言葉に、俺達は思わず呆けてしまうこととなるのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「──なるほど、何故貴方が案内できるのか、不思議に思っていましたが……当事者、だったのですね」

「まぁ、そういうことになるね。……とは言っても、私は間接的にしか関われては居ないのだけれど」

「間接的?」

 

 

 衝撃的なMODさんの告白よりおよそ三分後。

 情報を呑み込んだのか、真っ先に声をあげたのはAUTOさんであった。

 ……そんな彼女の確認の言葉に、MODさんは自嘲的な笑みを浮かべながら、なにもない広場を見つめ続けている。

 

 

「その日はたまたま、私はいつもとは違う行動をしていてね。まぁ、臆面もなく告げるのならば学校からの寄り道をしていた、ということになるのだけれど……」

「……察するに、帰ったら家がなくなってた……みたいな話か?」

「まぁ、そんな感じ。とはいえそれだけ、というわけでもないのだけれど」

「……と、言いますと?」

 

 

 ポツリポツリと語り始める彼女に、みんなが次々と疑問をぶつけていく。

 そうしてわかったのは、次のようなことであった。

 

 まず、事件の当日は平日であり、MODさんは学校終わりに少しばかり寄り道をしていた。

 ……これは、彼女の()にその理由があった。

 まぁ端的に言えば、彼女は妹と喧嘩をしていたのである。

 

 

「思えばまぁ、随分と下らない理由だったような気がするけど……ともあれ、いつもは一緒に帰る道を、私は妹だけを先に行かせ、自分は辺りをぷらぷらしていたわけだ」

 

 

 その時はまだ、この辺りにも人や活気があり、彼女は近くの駄菓子屋で時間を潰していたのだそうだ。

 ……とはいえ田舎と言えば周囲の人との関わりが深い、というのも確かな話。

 都会のように放ってくれるわけもなく、暫くして駄菓子屋の店主であるおばあさんに追い出されることになったのだという。

 

 

「まぁ、思えばそこで追い出されたからこそ、私はここに居るということになるのだろうけど。……なにせ親は先に返ってきた妹を見て、私が意地を張ってることを知って探しに出て来てしまったのだからね」

 

 

 ()()()()()()()()()

 ──告げた声こそ平淡だったが、だからこそそこに込められた思いがことのほか重い、ということはそういうのに鈍いダミ子さんとかにも感じられたようで。

 息を呑む彼女の様子に苦笑を返しながら、MODさんは続きを告げるのであった。

 

 

「結果、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。父は仕事、母は私の捜索。そして私は母と入れ違いに家の近くまで戻ってきて──」

 

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()のであった。

 

 



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失う、ということのおぞましさ

 その日はいわゆる秋晴れという奴で、前日の台風が嘘のような快晴であった。

 

 暴風が嫌なものを纏めて持っていってくれるから、そうなるのだ……という理屈を、その時の私は知らなかったが。

 ともあれ、その快晴を見上げ、余計に腹を立てたのを覚えている。

 

 まぁ、子供の癇癪なんてそんなものだ。

 一つ気に入らなければ二つ、二つ気に入らなければ三つ。

 そんな理不尽な怒りが罷り通るのが、子供の残酷さであることは間違いあるまい。

 

 ──だからその時の私は、その怒りのままに妹の腕を振り切ったのだった。

 

 

「……ふうん?つまりはあれかね、お前さんは妹ばかりが褒められるのが気に食わなかったと?」

「……別に、それだけじゃないし。ずっと後ろに付いてくる癖に、なに言ってるかわかんないのが嫌だったんだし」

 

 

 はてさて、とはいっても最後の一歩を踏み出させたきっかけ、というものがあるはずだろうというのも確かな話。

 それに関して触れるのであれば──当時の妹は、どうにも周囲と合わせられないタイプの人物だった、と言うべきか。

 

 今だからわかるが、あれは恐らく周囲と知能レベルが違いすぎたのだろう。

 雑に理解しようとするのであれば、あの子は転生者みたいなものだった、と言うべきだろうか?

 まぁ流石に、本当に転生者だった……なんてことはないとは思うが。

 

 ともあれ、周囲との噛みあわなさを持つ妹と、そんな彼女と話すことが時折嫌になる時がある、ということは間違いではなく。

 その日はそれが爆発して、妹を放置してこの駄菓子屋に逃げ込んだのだった。

 

 そこの店主である老婆とは、別に血縁関係と言うわけでもない私だったが。……こうして一時的な逃げ場として利用するくらいには、見知った顔であることも確かな話。

 ゆえに、特に気負うこともなく話をして、結果彼女からは呆れたようなお小言を貰うこととなっていたのだった。

 

 ……とはいえ、こうして会話してる時点で怒りはもう冷めてしまっており、そのお小言も口では否定しつつ、私が悪いのだろうなということは既に理解していたわけで。

 それを理解していた彼女は、毎度苦笑いのようなものを浮かべながら、私を外へと放り出すのだ。

 

 

「変なことにならないうちに謝っときな。──謝れなくなるよりは、遥かにマシだろうさ」

 

 

 そんな、何かの悔恨を滲ませるような言葉と共に。

 

 

 

───

 

 

 

 そして私は駄菓子屋を後にし、代わりに母がそこへと足を運ぶ。

 顔見知り、かつ娘がこうして世話になることもあり、二人の会話が長くなるのは既定路線であり。

 

 その間に、私が自宅近くへと戻ることとなり──それを見たのであった。

 

 

()()()、とでも言うべきものかな?まぁ、そんな意味のわからないものが、夕暮れ前の空に輝いていてね。なんだろう、と思わず立ち止まった私の前で──」

 

 

 その輝きは、静かにその暴威を発揮したのだ。

 ──それは、まるでそこだけが夜になったかのような光景であった。

 そう、私の家の周りは漆黒に包まれていた。……それだけではない、その漆黒は()()()()()()()()()()()()。言うなれば光る闇である。

 黒い星、光る闇。とかくおかしな感想を抱かせるそれは、ゾッとするほど静かに、緩やかに、私の目の前で家の上に降りてきて。

 

 

「気付いた時には遅かった。全ては瞬く間に終わっていた。……眩しさが終わって目蓋を開けた時、私の目の前には()()()()()()()()()()()。家も、庭の木も、そこに居たはずの妹も、なにもかもだ」

「それはまた、なんとも……」

 

 

 静かに語る私の姿に、他の面々は声を失っている。

 ……意外と私、語り部の才能があるのかもな、などと苦笑しながら、彼女達の疑問に答えていく。

 

 

「消えたってのは、純粋に消えたってだけなのか?」

「……鋭いね、CHEAT君。君の想像通りさ」

「うへぇ……」

「……?なにに気付いたのですか、CHEATさん?」

「いやさ……これって『神隠し』なんだろ?それにしちゃ、どっちかと言うと──」

「──ああ、なるほどぉ。『神隠し』だなんて甘い話じゃないですもんねぇ」

 

 

 そうして導き出されたのは、この話だけだとここで起きたことが神隠しだとは思えない、という疑問だった。

 

 確かに、家や周辺の建造物ごと消えたそれは、どっちかと言えばキャトルミューティレーションなどの類いに聞こえてくる。

 神隠しだなんて、あやふやな単語で表すような事態だとは到底思えない。

 なにせ、()()()()()()()()()()である。しかも、所有者が外に残されているのだ。

 物理的な証拠が残っている以上、同じオカルトでも宇宙的ではなく神秘よりの現象となる『神隠し』に準えられる理由が見えてこない。

 

 だがその疑問は、この事件がどう処理されたのか、どうして処理されたのかを思えば、すぐに氷解するモノでもあった。

 

 

「……それは?」

()()()、そこに家があったことも、中に妹が取り残されていたことも、それから──そもそも私に妹が居たということも、()()()()()()()()()()()さ」

「……は?」

 

 

 ──その答え。

 それは、そこにあった家と、その中にあった・居たモノ(物/者)が全て、人々の記憶から忽然と消えてしまったから……という、身も蓋もない話だったのだ。

 

 



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そして、彼女はそれを志した

「それは、どういう……?」

「文字通り、だよ。──単純な記憶だけではない、記録・記述・記載……()()に繋がるなにもかもが、その日忽然と姿を消した。学校に妹の席はなかったし、私の両親の家はこの場所には建てられていなかった。……流石に家の部分は改竄範囲が広すぎてバグってたのか、他の町民とのルームシェア、みたいな形になってたけど……ともかく、私の生家と妹の痕跡は、この世の何処にも見当たらなくなってしまっていたんだ」

 

 

 MODさんの口から飛び出した、衝撃的すぎる事実。

 それは、件の黒い星とやらに消されてしまったものが、全てこの世界からなくなってしまった、というもの。

 ──そう、そこにあったはずの生家は()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 これには皆、一様に言葉を失う他なかった。

 なにせ、存在の完全な抹消である。……そこにあった、という痕跡そのものがなくなってしまっているというのが、どれほどおぞましいモノであるかは言うまでもないだろう。

 

 

「……あれ?でもそれだとおかしくありませんかぁ?」

「おかしいって……なにが?」

「ああ、ダミ子君の言いたいことはわかるよ。──()()()()()()()()()()()()?ということだろう?」

「あ」

 

 

 ただ、その言葉に疑問を浮かべる者もいた。……ダミ子さんである。

 ちょっとずれたモノの見方をしている彼女は、だからこそすぐにその話のおかしさに気が付いたというわけである。

 ……まぁ、他の面々よりも早かったというだけで、後にみんな気付くことになったわけだが。

 

 そう、MODさんは()()()()()()()()()()と述べた。

 ……だとすれば、彼女の記憶からも消えていなければおかしいのである。

 そして、それに対しての答えというのが、

 

 

「……その時に、姿を変える力を身に付けたと?」

「あの輝きを身に受けた、からなのだろうね。私はあの時よりも前の私から変質した。()()()を焼き付けられた、と言い換えてもいい。……結果、焼き付いたそれは変わらぬモノとして私の中に刻まれた。私自身が変わってしまうものになったことと引き換えに、ね」

「うわぁ……」

 

 

 思わず、声が漏れる。

 その黒い光は、彼女の生家を呑み込んだ。──影響は、それだけで済んでいなかったのだ。

 それも当然、それは彼女の言うように黒くとも()であった。

 

 ……世界とは本来、闇に包まれているのだという。

 その無明の大地を照らす──否や()()()()()()()モノ、それこそが光であるとも。

 ならば、例えその輝きが黒くとも、それが『光』である以上は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり、その黒耀(こくよう)は周囲にもその暴威を奮っていたということ。

 それに間近で立ち会った彼女は、例えその姿を呑まれずとも少なくない影響を刻まれていた、ということである。

 

 その結果、彼女に生まれたのは『姿を変える』力であった。

 黒く焼かれたその姿は影となり、そして影であるがゆえにその存在の輪郭を得てして掴ませない。

 ゆえに、彼女はその存在に数多の殻を被せることを可能とするようになった。

 そしてその代償かと言うように、その瞬間を永遠に忘れられなくされた……というわけである。

 

 

「まぁ、実際どういう原理なのかはわからないけどね。……とはいえ、無数の姿を与えられた私が自分を見失わずにいられるのは、この時焼き付いた自分があるからこそ……みたいな面もあるから、ちょっと感謝してる部分もあるのだけれどね」

 

 

 なんでもないように笑うMODさんだが、その裏にどんな感情を隠しているのかまでは、俺達にはわからない。

 ……とはいえ、彼女がとても大きな感情を隠している、ということは察せられる。

 それが怒りなのか、憎しみなのか、悲しみなのかはわからないが……ともあれ、口調ほど軽い思いではないということは間違いないだろう。

 

 そんな、彼女の後悔とでも言うべきものを聞かされ、皆が神妙とした面持ちとなる中、彼女はその空気を払拭するかのように手を叩く。

 

 

「まぁ、面白くもない過去語りさ。それにそもそも、そこまで悲観する必要もないのだからね」

「……と、言いますと?」

「簡単さ。あの輝きはこの世界から妹を連れていっただけで、私はそれを確信しているというだけのことだよ」

「……あー、そこで神隠しに繋がるのか……」

 

 

 こちらの視線を集めた彼女は、そこまで大袈裟に受け取らないでくれと声をあげる。

 ……妹の喪失・自身の変質をもたらしたそれを、なんでもないことのように流した彼女は、それがどういうモノなのかを掴み掛けているからだと答えを返す。

 

 そう、話を聞いている限りは()()()()()()としか思えないそれは、その実妹達を他の世界に飛ばしただけだと彼女は確信していたのだった。

 話を聞く限り、この一件を神隠しとして広められるのは彼女だけ。……ある意味、それが答えだったのだ。

 

 

「ごく稀にだけどね。時折、この場所に物が転がっていることがあるのさ。家の中に残されていた家族の持ち物だとか、私の持っていたオモチャだとか。まるで、()()()()()()()と伝えるかのように」

「なるほど……ならば、妹さんは生きていると見るのが正しく、かつそれが何年にも渡って起きていることならば、どこか他の世界で暮らしているのだと見る方がよい……」

「つまり、ここになにかしらの次元の歪み的なものが残ってる、ってことになるわけか」

 

 

 そしてそれを周囲に見せれば、所在はわからずともなにかが起きていることは察せられる。

 ……とはいえ、ここに家があったことは彼女にしかわからないのだから、周囲の人が気味悪がるのも間違いあるまい。

 

 再度あの輝きに呑まれる人が居ないように、周囲から人を遠ざける理由ともなるそれは、数年掛けてこの場所を過疎地域に変えることに成功した、というわけなのであった。

 

 ……さて、どうにも重苦しい話だったため、周囲のみんながどうにもテンションを戻すのに四苦八苦する中、内心慌てふためく者が二人。

 

 

(──例の裏切り者ってMODさんでは……?)

(は、はわわわわ!?これってうちのかんりせきにんでは!?)

 

 

 その当事者二人は何の気なしに顔を見合わせ、ほんのり青白くなったそれに互いの思考を悟ることとなったのであった。

 

 



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これはやはり彼女の仕業、ゆ゛る゛さ゛ん゛!!

 はてさて、この場所を調べるにしても、さっきの話を呑み込む時間が必要だろう……ということで、みんなに自由時間が与えられたわけなのだけれど。

 そうして件の場所にはまだ近付かないように、と言い含められながら解散した俺は、先ほど目線を合わせた人物との密会を行っていたのであった。

 いやまぁ、二人で固まると目立つから、他の面々と一緒にだけどね?

 

 

(……えー、流石に直接口に出して会話すると、危ないどころの話ではないので……ちょっと久しぶりに本気を出して、現在お兄さんと念話をさせて頂いています。他の皆さんに怪しまれないように、そのまま調理を続行しつつ脳内のみで反応してください、いいですね?)

(ヤッパリオマエノシワザダタノカ)

(ちーがーいーまーすーぅー!!?……いや違わなくはないんですけど!でもこう、私がなにかをしたというわけではなくてですね!!?)

(ちょっとちょっと、顔に出てますよ色々と)

(ぬぐっ、ぬぐぐぐぐ……)

 

 

 さて、その密会の相手というのが皆さんご存知DMさん、ということになるわけなのだが。

 ……うん、皆さんご想像の通り、どうやら例の『黒い光』はCHEATちゃんの黒板と同じく、その出所は彼女の文明圈から……ということになるらしい。

 

 無論、彼女が意図してMODさんの妹(&家)にそれを使った、というわけでない。

 かつて残された遺物がたまたま起動したか、もしくは誰かがそこで使ってしまったのかはわからないが……ともあれ、責があるかと言えばないとはっきり答えられるくらいの関連性、ということは間違いないだろう。

 

 

(……とはいえ、それを当事者が納得するかは別の話、なんですよねぇ)

(わー!!言わないで言わないで!!このままだと私死んだ方がマシなことになる気がします!!)

 

 

 どっこい、当事者にその理論が通じるかはまた別の話。

 目の前に仇とでも呼ぶべき相手が居た時、冷静な判断を下せるかは未知数だろう。

 ……まぁ、『黒い光』がそういうアイテムだと言うのなら、それを使った誰かを責めるべきというのもわかるのだが。

 

 ともあれ、現状目に見えて気に病んでるDMさんなわけだが、実はその次くらいに慌てているのが俺なのであった。

 いやほら、周回に写る際に『お兄さんは死ぬ』みたいなこと、TASさんが言ってたじゃん?

 そしてその時に、『お兄さんの死因には裏切り者が関わってるかもしれない』みたいなことも言っていたはず。

 

 ……さて、それらの情報を鑑みた上で、さっきの話を思い出してみよう。……うん、MODさんにとってDMさんが不倶戴天の敵である、という可能性はとても高い。

 どっこい、そのDMさんは現状俺達の仲間であるし、彼女が悪いわけではないと弁明をすることも普通に考えられる。

 そうなってくると、必然MODさんの行動を止める側になってしまうのだ、俺達。

 

 つまり、今の状態で無責任に「その『黒い光』、DMさんのところのやつだよ」などと知らせてしまった場合……。

 

 

「そうかそうか、君はそいつの味方をするんだね。……じゃあ君は私の敵だーっ!!

ぎゃあーっ!!?」<ザクーッ

 

 

 ……となって、俺の命がピンチでマッハなのである()。

 そりゃまぁ、DMさんの次に大慌てするのも仕方のない話なのだ。

 

 

(……お兄さんが変な思い違いをしてる気がする。けどそっちの方が色々と良さそうだから黙っておこう)

「……な、なにかなTASさん?俺の顔になにか付いてる?」

「顔というより人生に憑いてる」

「ねぇ?なんか発音おかしくなかった今??」

「気のせい。それよりお魚焦げそう」

「うおっとぉっ!?」

 

 

 そんな風に上の空になっていたせいか、いつの間にか傍らに近付いてきていたTASさんに気付かなかった俺。

 その無機質な瞳が、まるで俺の行く末を案じているように見えたから、思わず上擦った声を挙げてしまったのだった。

 ……まぁ、よくよく聞けば魚の状態を気にしていただけだったのだが。

 

 近くの河で釣ってきた魚を網から下ろしつつ、ほっと胸を撫で下ろす。

 流石に焼け焦げては美味しくないので、そんなことになる前に気付けてよかった、と思いながら視線を上にあげると。

 

 

「……さっきから動きがぎこちない気がするけど、大丈夫かい?」

うへらばぁ!?

「うわびっくりした。……いや、本当に大丈夫かい君?」

「だだだだ大丈夫さ元気元気!お兄さんとっても元気!!」

「そ、そうか。元気ならいいんだ」

(こらーっ!?滅茶苦茶怪しまれてるじゃないですかー!!?)

(そういうDMさんだって隣のCHEATちゃんから怪訝そうな視線向けられてますけどー!!?)

 

 

 手を伸ばせば簡単に触れられる位置に、MODさんの顔があったために飛び上がるほどビックリした俺であった。

 ……心配してくれるのは嬉しいけど、今君の顔見ると(色んな意味で)ドキドキするから止めてくれないかな!?

 

 なお、そんな俺の様子を咎めるような念話を飛ばしてくるDMさんだったが、彼女自身も隣のCHEATちゃんに渋ーい顔を向けられていたため、正直俺のことを責められたもんじゃないよとツッコミを入れたくなったのであったとさ。

 

 

……ん。これはこれで面白い

「TASさんが悪い顔をしてますぅ……でも私は当事者じゃないので触れないですぅ……触らぬTASさんに短縮なしですぅ……」

 

 



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腹が減っては探索はできぬ(空腹度的な意味で)

 本格的な探索の前に、昼食を食べておこうという話になったわけなのだが。

 本来ならしばらく釣りをして気持ちを整えよう、みたいなMODさんの心遣いだったはずが、それを彼女が口に出す前にTASさんが、

 

 

「もう釣ってきた」

「両手のバケツいっぱいの川魚が!?」

 

 

 ……などと、まぁいつもの癖を発揮してしまい、結果としてそのモラトリアムは無情にもスキップされてしまったのであった。

 ムービーシーン中は飛ばせないからって、そもそものムービーシーン発生の原因から取り除いてくるのはズルじゃないっすかね……?

 

 

「強制スクロールくらいなら、他の仲間を使えばなんとかなるけど。流石にムービーシーン中はキー操作無効のことが多いから仕方ない。……まぁ、たまーにムービー中にキー操作を貯めておいてムービー終わりに開放してバグらせる、みたいなやり方もあるけど」

「この子は一体なにを言ってるんです……?」

 

 

 そんな俺の言葉に彼女は「ん。大人気ロールプレイングゲーム『人生』のRTAのやり方」などと返してきたのであった。

 ……その作品をRTAできる人なんて早々いないと思うんですけどそれは。

 

 ま、まぁともかく。

 釣りというゲームシステム如何によってはTASさんが嫌いそうなそれは、今回の場合まさに彼女の嫌いなタイプだったようでしっかりスキップされたけれど、それを使っての料理の方は別。

 

 彼女は調理には手出しも口出しもしてこないので、ここからは俺の戦場。

 ……すなわち、俺の手である程度の遅延行為ができるということであり、これを機に少しでも時間経過による話題の風化を狙っていきたいところなのだが……。

 

 

「……あの、TASさん?座って待ってて下さって構わないんですけど……?」

「ん、気にしないで。私は見てるだけだから」

「それが一番困るんだよなぁ!?」

 

 

 ご覧の通り、TASさんはこちらの一挙手一投足に目を光らせていたのであった。

 ……うん、単に見てるだけやんけ、なんか困ることでもあるんか?……みたいなツッコミが聞こえてきそうだが、考えてみて欲しい。

 世に溢れるTAS動画の中には、株式の売買をモチーフにしたものも存在している。そしてそういうゲームの場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 ……ここまで言えばわかると思うが、さらに駄目押しを一つ。『見る』という行為は、古来から特別な意味を持つものとして扱われている。

 異界のモノと目が合えば引き摺られるなんて話もあるし、見えない筈のモノが見えてしまう、というのはよくないことが起こる前触れとして誰もが知っている迷信の一つだろう。

 

 そうでなくとも、『見る』というのは決して間接的なモノではない。視線を感じるという言葉があるように、見るというのは決して一方的なモノではないのだ。

 

 つまり、なにが言いたいのかと言うと。

 TASさんの『単に見てるだけ』は、まったく『単に』ではないということだ。……乱数調整の起点になってる!

 これじゃあ結局、口やら手やらを出されているのとなんら変わりがない。しかも他者の視線というのは、見られている側には察せられても第三者には見極め辛いもの。

 ……つまり、あそこでCHEATちゃんとのほほんと話しているDMさんには、この状況のヤバさが一ミリも伝わってないということである!

 いやまぁ、向こうも向こうで表面上はのほほんとしてるけど、その内面は未だ大荒れの海みたいになってるんだろう、ってことは容易に想像できるんだけどね!まぁそれを表に出してないだけまだマシと言うか!

 

 さっきまで顔に出掛かっていたことを思えば、見事に持ち直したと褒めてやりたいくらいである。

 ……まぁ自分のことに手一杯で、こっちの救援には来れそうもないって問題もあるんだけど!

 

 仕方ながないので、なにか状況の打開策がないかと周囲をちらりと見渡してみるものの、こういう時一番なんとかしてくれそうなAUTOさんはMODさんと話していて、こちらには気付いてもいない。

 ……そもそもの話、AUTOさんにはこっちの事情は伝わってないし、なんなら今現在触りたくない相手筆頭のMODさんの相手をしてくれている分、現状維持が一番の最善手まであるのがなんとも腹立たしい。

 

 じゃあ他の面々は?……となるが、先ほど明言した通りCHEATちゃんはDMさんと話しているので却下、MODさんはそもそも当事者なので論外という体たらく。

 ──つまり八方塞がり、俺に現状の打開策はない……かに思われたが!

 

 

(──はっ!藁発見!)

「っ!?」<ビクゥッ

 

 

 事態に溺れる俺が見つけた最後の希望、それはこちらの視線に気付いたのか、露骨にビクッと震えているダミ子さん。

 普段なら彼女をあてにすることはほぼないが、今回必要なのは少しの間でもいいのでTASさんの注意を逸らすこと。

 ……つまりは単なる時間稼ぎであるため、彼女でも十分役目を果たせると判断した次第である。

 

 ゆえに俺は、視線に熱がこもるほどの圧を以て、彼女に目で告げる。

 

 

(──来るんだ、こっちに来てTASさんの相手をするんだ……っ!)

 

 

 端的に言えば生け贄になれ、というかなり酷いお願いなのだが、基本的に必死に頼まれた場合断れないのがダミ子さん。

 つまり、この勝負において負ける可能性など微塵もないのだ!

 ──勝ったな、などと思いながらダミ子さんの反応を待つ俺である。

 

 

「……っ」<フイッ

なんで!?

「お兄さん、なにが?」

「な、なんでもないよTASさん……」

 

 

 なお、俺の預り知らぬところであったが。

 実は事前にTASさんから「お兄さんが子犬みたいな視線を向けてきても、絶対に助けないでね。その方が面白……よい結果になるから」などと説得(おはなし)を受けていたらしく。

 ダミ子さんはこちらの視線から逃れるように顔を背け、以後料理が出来上がるまでの(大体三分)間ずっと固まっていたのであったとさ。

 

 ──結局時間稼ぎできなかったじゃないですかヤダー!!

 

 



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それではこれより耐久試験を開始するっ

 微妙に気まずい空気の中、始まった昼食の時間。

 とはいえ、基本的に気まずいのは俺とDMさんの二人であり、関係のない他の面々はわりと普通に食事を食べていたのであった。

 

 

「それにしても……この量の川魚をどうやって集めて来たのです?……まさか、爆破漁のようなあからさまな禁止行為を行ったのでは……」

「してない。ちゃんと全部普通に捕った」

「なるほど、普通に捕った……()()()?」

「そう。こうして……こんな感じ?」

「まさかの野生の狩人(くま)スタイル!?」

 

 

 話題になっていたのは、短時間にTASさんがどうやって魚を集めたのか、というもの。

 確かに、律儀に釣竿を握っていては、あんなに短時間で山のような魚を釣り上げる、ということは不可能に近いだろう。

 

 いやまぁ、乱数調整で魚群を一ヶ所に纏めた上で、そこに撒き餌を投げ込みすかさず釣竿を無数に垂らす……とかすれば、短期間に大量の魚を釣り上げることも不可能ではないと思う。

 とはいえそれは、あくまで釣り場が広いことが大前提。川を泳ぐ魚を釣り上げる場合、あまり大規模なことはできなしないだろう。

 ……そういう意味では、AUTOさんが話題に挙げた『爆破漁』もこんなところで使えるモノではないのは明白だったのだが……。

 

 それに対してTASさんから返ってきたのは、あまりに原始的な狩猟方法なのであった。

 ……ああうん、狙いを付けるのに時間が掛かるとはいえ、確かに直接捕まえられるのなら釣具はいらない、というのはそうおかしな話でもない。

 おかしいことがあるとすれば、あの時間であの量を狩猟する場合、ほぼほぼマシンガンの如く川に腕を突っ込み続けることになる、ということであろうか。

 

 その光景を想像し、微妙な顔になる一同。

 それを不思議そうに見ながら、串に刺さった川魚にかじりつくTASさんなのであった。

 

 ……とまぁ、そんな感じに会話が始まったため、こちらが感じていた微妙な気まずさはあっという間に霧散したのだけれど。

 

 

「食べ終わったら本格的な調査、ということになるんだけど……DM君」

ははひゃいっ!!?ななななんでしょうか!???!

「……ええと、なんでそんなに興奮してるんだい?」

こここ興奮?!?しししてるかも知れませんね!?ところでなんのご用でしょうか!!?!?!?

「……ええとTAS君、彼女大丈夫かな?メンテナンス不足だったりとかは?」

「気にしないで。多分大自然に身を置くことで昔の感覚が蘇ってるだけだから」

「うーむ……今でこそメカっ娘だけど、元々在野の邪神だったんだからそう言うこともあるか……」

(ひぃーっ!!?)

 

 

 次いで口を開いたのがMODさんだったため、落ち着いたはずの鼓動は再びエイトビート(ロック)を刻み始めるのであった。

 ……うーむ、即死トラップかなにかかな?

 まぁ、俺は微妙に当事者から外れられているため、DMさんよりかは冷静に状況を見られているのだが。

 

 ともかく、MODさんがDMさんに声を掛けたのは、別にこちらの心境を察したからというわけではない。

 

 

「ええと、センサー……ですか?」

「ああ、生憎と私が持っているモノといえば、簡易的なガイガーカウンターくらいのモノでね。……霊的な存在が放射線とか電磁場的なモノを発していることがある、というのは半ば迷信めいてはいるものの、君ならばそういうものを察知するなにかを持っていてもおかしくない、と思ってね?」

「ああ、なるほど。えーと……」

 

 

 彼女は単純に、今ここにいるメンバーの中で、一番そういうものに詳しいだろう人物に声を掛けただけに過ぎない。

 前回のCHEATちゃんの話の時、彼女の元へと案内してくれたのはDMさんの入ったタブレットだった。

 

 とはいえ、別にあのタブレットが特別だったかと言えば……ああうん、()()()()()は特別だったから、パッドって言い換えるべきか?

 ……まぁともかく、タブレットだろうがパッドだろうが、彼女が案内していたことに変わりはないのだ。GPS機能とか無効になっていたにも関わらず、だ。

 

 ゆえに、彼女の能力というのは、こちらが思っているよりも遥かに多岐にわたるのでは?……という話になるのだ。

 一応、CHEATちゃんもそういう意味では候補に挙がるのだが……。

 

 

「ほら、見たまえよ今回の彼女の装備。ちょっと配信くらいはするかも……みたいなことを考えていたくらいで、例の黒板すら家に置きっぱなのだよ?」

「ううう、うるさいなぁっ!?あれ割りと厄物だから、初見の場所に持っていって変なこと起こしたくないんだよっ!!?」

 

 

 今回の彼女、チートコード起動のための機器を持ってきていない。

 ……いやまぁ、その手に持つスマホでもやれなくはないみたいだけど、その場合使えるコードはかなり簡易的なモノに絞られるとかなんとか。

 

 そういうわけなので、異世界に吹っ飛ばされるような危険に進んで関わらせるには、ちょっと後ろ楯が弱いということになってしまうのだった。

 

 

(……それ、暗に私なら大丈夫そうって言ってますか!?いや寧ろ、下手するとここで亡き者にしようとしている可能性も!?というか、まさか私が関係者であることも既にバレている……っ!!?)

(……とかなんとか考えてる顔してるなぁ。アドバイスしようにも念話って、DMさん側が勝手に投げて勝手に読み取ってるだけだからなぁ)

 

 

 なお、頼まれた側の心境。

 ……下手すると今バレてなくてもこれから関与がバレる、みたいな状況に追い込まれたDMさんは、調べる術があるのかないのか伝えることすら出来ずにいたのであった。

 ……これ、詰みでは?

 

 



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いつも『何度でも』

 出直して参れ、とかなんとか老人の声が聞こえたような気がするが、とりあえずスルー。

 それはダミ子さんの領分だ、今の俺には荷が重い。

 

 

「いえ、私の領分でもないですよ!?いや確かにこうなる前は顔がバグってましたけど!?」

「と、突然なにを興奮していらっしゃるんですの……?」

 

 

 いえ、言っとかないと酷く理不尽なことになりそうな気がして……などと首を捻るダミ子さんを背後に、相変わらず固まっているDMさんである。

 ああうん、こういう時メカボディなのって役に立つよね。フリーズしたんだなぁ、ってごまかせるし。

 

 しかし、しかしだ。

 普通の状況・普通の人相手ならそれでごまかせるかもしれないが、ここにいるのは決して普通ではない女の子達。

 特に、そこで目を輝かせてる(※当社比)一番の危険人物(TASさん)相手に、そんな拙いごまかしが効くわけもなく……。

 

 

「なるほど」<チャキッ

「……ええと、TASさん?手刀を構えて……どうするつもりで?」

「知れたこと。昔の偉い人は言いました。──機械なんて、斜め四十五度から殴れば大抵直るって」

「それは、昔の機械のはんだ付けなどの出来が杜撰だったから……というやつではありませんでしたか……?」

ビーッ!ビーッ!警告!警告!現在再起動中!外部ヨリノ過剰ナ衝撃ハ当機体ノ深刻ナエラーヲ引キ起コス可能性大ノ為、自重サレタシ!!

「おお、警告音」

(た、楽しんでやがるこいつ……っ!)

 

 

 壊れたんなら直せばいいよね!……とばかりに破壊(しゅうり)しようとする彼女の姿に、DMさんは慌てて再起動(するふり)を果たしたのであった。

 

 

 

・ε・

 

 

 

「それでは、DM君が再起動を果たしたところで改めて……どうだろう?結局のところ、こういう場所で使えるセンサーとかは存在するのだろうか?」

ええとその、無くはないと言いますか……でも正直こういう時に使うには向かないと言いますか……

「……ふむ、向かないと来たか。それは何故?」

あー、その、ええと……えー、かつてここで起きたのは、異世界への転送……ということになるんですよね?少なくとも、MODさんの認識上では」

「……?まぁ、そうなるね。そもそも、どこからともなく生きてる頼りが届くのだから、そうじゃないとおかしいって言うところもあるけど」

 

 

 はてさて、一度仕切り直しを図ったものの、物の見事に考える時間を粉砕されたDMさん。

 このままでは危険が危ない、というやつなのだが……DMさんはどうやら腹を決めたようで、か細い声だったのを普通の声色に戻し、MODさんへと言葉を返し始めたのだった。

 

 ……腹を決めたのは良いのだが、それははたして()()()()()()()()()()()()()()()()なのか、はたまた単に破れかぶれ・すなわち()()()()()()()()()()()()()()()()()なのか、こちらからは確認できないのが恐ろしいというか。

 それ、自動的に俺も巻き込まれるやつなので、出来ればこちらにも子細をわけて欲しいのだが、どうにも彼女MODさんへの説明に全タスクを投入しているようで、こちらに念話を飛ばしてくる様子は一切ない。

 

 つまり、俺は目の前で行われていることに介入する手段が欠片もないわけで、さながら競馬のレースで最後のカーブを「曲がれーっ!!」と、固唾を呑んで見守る気分に襲われている最中なのだ……。

 

 ……え?そんな例え方するってことは、お前は競馬とかしたことがあるのかって?俺に付いてきてTASさんが入り浸るようになるのが目に見えてるから、生憎競馬場に近寄ったことすらありませんよ?

 見つめるだけで株価を変動させられる彼女に、そういうギャンブル系の場所への立ち入りを許可した日には、例えこっちが賭けたりしていなくても酷いことになるのは明白。

 ……いやだよ俺、毎レース毎に億単位でお金が飛び交うようになるの。

 

 まぁそんなわけで、さっきの例え話は想像を多分に交えたものだったわけだが、けれどDMさんという馬に人生全賭けしてるような状況、というのは決して過言でもないわけで。

 そんな、緊張と震えをひた隠しに現場を眺める状況は、

 

 

「……以前、TASさんも言っていましたが。他の世界を迂闊に認知してしまうことは、すなわちこの世界の崩壊に繋がる重大事項です。それなのにも関わらず、貴方の妹さんのような事件や、これから起こるであろうサンタクロース事件……それらがある意味で見逃されているのは、何故だと思いますか?」

「ふむ?……言われてみると確かに。TAS君は正確には未来視技能者だから、そこら辺の話が本当に危ないのなら、端から発生要因を潰せば済むことでもある。……ああいや、確か彼女は生まれた頃から未来視技能者、というわけではないのだったか?」

「ん。空を飛ぶ赤ちゃん、なんてものは実在しなかったから安心して」

「それって安心するところなのか……?」

「ともかく、それらの事件は()()()()()()()()()()()、というのは確かな話なのです。……ではそれが何故なのか?……ということになりますと、それは()()()()()()()()()()()()()なのですよ!」

「なん……だと……!?」

 

 

 大分、いやかなりこちらの予想から外れた方向に、転がり始めていたのであった。

 ……収拾付くかな、これ?

 

 



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薄氷の攻防(主に片側のみ)

「自然なこと、というのは?」

「文字通り、です。……確かに、こちらから意識して他の世界に触れるのは、この世界の崩壊を招きかねないのでNGですが。主体が私達ではなく()()()()()()にある場合、他の世界に触れるというのは、道すがら他の人と袖が触れあうようなもの。……いわば、特に意味のない物事なのです」

 

 

 はてさて、DMさんが語るところによると。

 異世界との繋がり、というのは人がなにをせずとも、年に数度・ともすれば数十度から数百度の頻度で人知れず起きているもの、ということになるらしい。

 

 ゆえに、『異世界に繋がること』そのものが世界の崩落を招くのではなく、確たる意思を以て他の世界と繋がることがそれを招くのだと。

 

 

「私が崇められていた文化圏では、その事実について明確に……とまでは行きませんが、体感的には理解をしていたわけで。……まぁそういうわけで、一種の禁忌的な技術として扱われていたのです」

「なるほど、『それがある』と認知するのはまだしも、『それができる』にまで発展してしまうと、それを試してしまうモノが現れるかもしれない……ということだね?」

「察しが早くて助かります」

 

 

 観測が出来れば、次は触れて確かめたい、となるのは自明の理。

 そして実在を確かめられたのなら、今度はそれを試したくなるのもまた、人の性というやつだろう。

 

 ……邪神ゆえその辺りの機微には詳しかった彼女は、かつての文明圏において『知ること』までは許したが、『触れること』や『試すこと』については許さなかったのだという。

 それゆえ、彼女が持つ『手段』はとても拙く、知れはしても触れはしない、とても中途半端なものしかないのだ……という話になるのであった。

 

 ……まぁ無論、全部口から出任せである。

 確かに彼女は、邪神としてはわりと緩いというか、優しい類いの存在ではあるが……同時に、厳格な神かと言われればそうでもないわけで。

 件の異世界技術に関しても、『見る』のも『触れる』のも『試す』のも、全部禁止したりはしていなかったとのこと。

 

 幸いにして『見る』以外の二種──『触れる』と『試す』に関しては、それらの技術を持った者ごと他所の世界に飛ばされて行ったらしいので、こちらにそれらの研究の成果が残っていたりはしないらしいが。

 なのでまぁ、口から出任せではあるものの、結果的には『見る』だけを許した、みたいな形に落ち着いているのだそうだ。

 

 ……え?黒板?あれはほら、やろうと思えばできるってだけで、実際には『見る』だけのモノだから。

 作ったコードを確認するだけのモノ、というのが本来の役目らしいので、たまたまCHEATちゃんの手に渡ってしまったのがアレだったというか?

 

 まぁともかく、彼女はこう言いたいわけである。

 ──『私の持つ技術は、恐らく貴方の望む結果を得ることは出来ない』と。

 

 

「……妹をこちらに呼び戻そうとしていると、君は思ったんだね?」

「まぁ、それが自然な流れかと。事実、貴方は何度かここに立ち寄り続けているのでしょう?──未練がある、と見るのはなにもおかしいことではないのでは?」

「まぁ、そう取られてもおかしくはないね」

 

 

 そう告げるDMさんに対し、MODさんは至って落ち着き払っている。

 ……さっきまでの話的に、もう少し感情的になったりするかと思っていたのだが、予想を裏切る落ち着きっぷりに俺達が顔を見合わせていると。

 

 

「言っただろう?あの子の生存を思わせるモノが転がっている、と。……これがね、思わず笑ってしまうようなモノなのさ」

「はぁ、どれどれってぶふっ!!?

「うわDMさん汚っ」

「というか、それは一体なにを噴出させているんですの……?」

 

 

 MODさんが懐から取り出したのは、一枚の紙切れのようなもの。

 ……どうやら、それは写真のように見えたわけだが。先ほどMODさんが例に挙げていたのは、おもちゃとか調度品だとか、もう少し個人を特定させないようなモノであったはず。

 つまり、その写真はそれらとは趣を異とするモノということになるのだが……、それを真っ先に見せられたDMさんは、まるで生身の人間のように唾?のようなものを吹き出していたのだった。

 

 ……洗浄液かなにかかな?などと考えつつ、噎せている彼女を横目にMODさんの持つ写真を覗き込む俺達。

 そこで俺達は、彼女が何故この写真を見て吹き出したのか、その理由を知ることとなるのであった。

 

 

「……め、滅茶苦茶元気そう……?」

「っていうか、確か()って言ってましたよね?これどう見ても()()()()では??」

「はっはっはっ。まぁ、向こうはきっとこっちと時間の流れが違うんだろうねぇ」

 

 

 その写真に写っていたのは、幾つかの人物。

 恐らくはサークルかなにかの仲間だと思われるそれらの内、中心に写っている人物。

 ……普段のMODさんとの類似性を感じさせるその人物は、澄ました顔でピースサインをカメラに向けていたのだった。……滅茶苦茶余裕そうだこの人!?

 

 



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思っていた方向性ではなかった!

「え、えー……」

「いやはや。こっちにいた時には人付き合いも下手くそだった癖に、この写真を見る限りは向こうで上手くやってるみたいだろ?……はっはっはっ、いやはや私のあの時の苦労はなんだったんだろうねぇ?」

(……あ、微妙にイラついてるなこの人)

 

 

 これを見たのが何時なのかはわからないが、多分初めて見た時には「こっちがどれほど心配したと……っ!!」みたいな感想を抱いたのだろうなぁ、ということを容易に察せられる、米神に青筋の浮かんだMODさんの表情に思わず戦慄しつつ。

 改めて、写真に写る人物を検分する俺達である。

 

 今現在のMODさんの姿──つまりは女子高生の姿と言うべきだが、それをそのまま成長させたかのようなその女性は、しかしてMODさんと同じく性別の分かりにくい空気を纏っていた。

 具体的に言葉にするのであれば、性別不詳感があるというか?

 まぁ、彼女と変わらず綺麗な人であることも間違いないのだが。

 

 で、その女性の隣に居るのが、なんというかわかりやすいくらいにチャラい感じのお兄さんだったわけで。

 

 

「……ええと、もしかしてMODさん、心配の方向がさっきまでこっちが思ってたのと違ったりします……?」

「はははなんのことかな?どこの骨とも知れないチャラ男がうちの妹になにしとんじゃわれぇ、みたいなことはこれっぽっちも考えてないよ?」

「ええ……?」

 

 

 それ、考えていると自白しているようなものなのでは?

 ……ともかく、彼女の思考を順を追って整理すると、次のようになる。

 

 ①:幼少期の事件。目の前で妹が謎の光に呑み込まれる、というわりとトラウマになりそうなそれは、恐らく彼女の行く末を左右したのだと思われる(スパイ云々が世界各地を回るための口実作りである場合)。

 ②:そうしてあれこれする内、たまたま(理由は不明。決意を新たにするために、定期的に確認に来ていたとか?)ここで妹の遺したモノを発見。妹の無事に喜ぶ。

 ③:妹の遺していく品物を集めるうち、なにやら様子がおかしいことに。時間の流れが違うこともそうだが、心配するこちらの気持ちも知らずわりと楽しそうにしてる姿が散見されるように(こっちの気も知らないで、的な怒りはあるものの、それでもやはり無事に過ごしてくれていることに安堵する)。

 ④:この写真のように、隣に立つチャラ男が発生する。MODさんの「は?」という感情が爆発する←今ここ

 

 ……うん、数分前のシリアスを返して欲しいかな!(白目)

 まぁ、シリアス続きで息が詰まるより、遥かにマシなのも確かなのだが。

 

 ともあれ、どうにも先ほどまでこちらが考えていたよりは、遥かに余裕のある状況のようでほっとする俺達である。

 ……まぁ、だからといって例の光がDMさんのとこのやつ、という事実は伝えない方がいいと思うわけだが。

 

 

「それはまた、なんで?」

「なんでって……そんなの、例のチャラ男を今から殴りに行くMODさんが出来上がるだろうから……って、はっ!?」

「なるほど、そんなこと考えてたんだね、お兄さん」

 

 

 の、脳内会話がいつの間にか実際の発言に……っ!?謀ったな、TAS!!

 ……いや、勝手にお兄さんが自爆しただけだからね?とジト目を向けられた俺ですが、まだまだ元気です。だってMODさんには聞かれてなかったからね!

 

 

「いやはやほんとにこっちの気も知らずどこの馬の骨とも知れない相手とイチャイチャしてる写真を送ってくるとかホントなに考えてるんだろうねあの愚妹はいやはや昔っから私の神経逆撫でするの大得意だったけどここまで大きくなってもまったく変わらないとかまさに三つ子の魂百までってやつで笑っていいやら怒っていいやら判別に困るわけさあははははははははははははは」

「ひぃーっ!!?MODさんが壊れたですぅ~っ!!?」

「お、落ち着いてMODさん!ビークール!ビークールです!いつもの冷静沈着な貴方はどうしたんですかっ!?」

「ははははは私はいつでも冷静だよ怒ってないよ呆れてるんだよあの妹の一切変わらない私に対しての煽り癖をねぇえええええええっ!!!」

「「ひぃーっ!!!?」」

 

「……うわぁ」

「普段温厚な人ほど怒らせると怖いと言いますが……まさに、というやつですわね」

「あれは怖いとかで済むのか……?」

 

 

 なにせ現在の彼女、妹のことを語っているうちに興が乗ったというか想いが溢れだしたというか、ともかく己の胸の裡を語ることに夢中で周りが見えていない様子なので。

 

 ……仄暗いオーラすら見えてきそうなその様相に、付き合わされている二人はすっかり戦々恐々である。

 あんな状況で、異世界への干渉手段があるだなんて知った日には、こちらが止める間もなく異世界侵攻開始しそうで恐ろしい。

 

 そんなことを思いながら、どうやってこの愉快な()状況を納めようかと、他の冷静な面々と話し合うことになる俺なのでありましたとさ。

 ……とりあえず、頭から冷や水でもぶっ掛ける?……今の状態だと掛けた水が瞬間的に沸騰して効果がなさそう?そうねぇ……。

 

 



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シリアスが終わる。シリアルが始まる()

 この気持ちをどう例えようか。

 ……敢えて言うのなら、今まで頼りにしてきた人の、意外な弱点を知ったような気分?

 

 とまぁ、そんな微妙な語り口から始まりました今回。

 さっきまで瞬間湯沸し器の如くカンカンであったMODさんをどうにか宥め賺し、どうにか腰を落ち着かせた俺達はと言うと。

 改めて、彼女の妹さんの写る写真に視線を集めていたのであった。……検分が途中で中断させられたからね、仕方ないね。

 

 

「……これを道具欄に入れて選択(セレクト)ボタンを一定回数押したあと、私が細かにジャンプすることで向こう(異世界)にカチコミを掛けるというのは?」

「却下。いやまぁ君は普通に帰ってこられるんだろうけど、向こうのなにも知らない人々にTASさんを見せるのは、精神的ダメージ(TASリアリティショック)を考慮すると一つとして許可できないんでダメです」

「むぅ。それが一番手っ取り早いのに」

「早さの犠牲になるのが世界とか民衆とかになるのなら、俺はそれを止めなきゃいけないんだよなぁ」

 

 

 主に俺と世の人々の心の安寧を護るために。

 ……みたいな感じで、途中写真を持ってどこかへ飛ぼうとするTASさんを止める羽目になったりもしたが、まぁいつものことである。

 ……いや、これがいつものことなのわりと狂ってるな?

 

 とまぁ、ちょっと自分の置かれた状況に思いを馳せたりしつつ、写真を眺める俺である。

 ……ここまでの流れでなんとなくわかるかもしれないが、現在俺はこの写真になんとも言えない違和感、とでも呼ぶべきモノを感じている。

 というか、そうでもないと人んちの直接面識のない親族の写真を、それこそ目を皿のようにして眺める理由がないというか。下手すると変態かなにかと勘違いされる所業……みたいな?

 

 

「それは確かに。お兄さんがそんなに熱心になるとか、とても珍しい」

「そうなのですか?」

「基本的には冷めてるから、お兄さん」

「人聞きの悪いこと言うの止めない?単に君と一緒に行動してると、迂闊に首を突っ込んだ先で酷い目に合う確率が高いから……ってだけだからね?」

 

 

 なお、TASさんからの評判はとても悪いのだった。

 ……君の言うノリの良さって、つまりは君の隣で君の動きをトレースしながら一緒に空の果てまでかっ飛ぶ、とかそういうやつでしょう?

 そんなノリの良さはいらんと言うか、一般人が発揮したら普通に死ぬやつだから真似したくてもできねぇよと言うかだな?……おいバカ止めろCHEATちゃん、「あれ?この人わりとこいつに付いていけてねぇ?」みたいな視線を向けてくるんじゃねぇ。

 

 

「……まぁ、君の自己弁護はどうでもいいとして」

「よくないんだがー!?俺の人権無視するのは酷いんだがーっ!?」

い・い・と・し・て!!……おほん。確かに、私としても君がこの写真を熱心に眺めている理由、というものは気になるかな」

「お、おぅ……」

 

 

 怒られちまったい、なんてこったい。

 ……などと軽口を叩けば、MODさんの米神にうっすら青筋が浮かんでいたため、慌てて居住まいを正すこととなる俺である。

 

 ともかく。みんなが気にしているようなので、一応言葉にしてみると。

 

 

「……見覚えがある気がする?」

「それは妹さんにですの?それとも、横のチャラ男さん?」

「いやー……どうだろ?なんとなく違和感──正確には既視感があるってだけだから、それの出所が何処なのかがわからないというか」

 

 

 だからこそ、ずっと熱心に眺めていたわけだが。

 ……そう、俺がこの写真を眺め続けていたのは、この写真に写ったものに違和感を抱いていたからだが、その違和感というのは正確には()()()だったのである。

 

 すなわち、『この写真の中のなにかを見たことがある』ということになるわけなのだが……しかし、この写真に写っているのは件の妹さんと、その横でへらっとした笑みを浮かべたチャラ男くらいのもの。

 一応、その背後に何人かの人間が写っていたりもするものの……サークルの仲間かなにか、とあやふやな表現をしたように、あまりハッキリと姿が写っているわけではない。

 まぁ、敢えて言うのならば、内装的に部室かなにかの中っぽい、ということはわかるが……例えばそれがなんの部室なのか、みたいなことはまったくわからないのであった。

 

 

「……確かに。パソコンやら資料やらが散見していますが、その内容が読み取れるほど鮮明な写真、というわけでもありませんしね」

「授業を受けてるような感じではない、ってことは辛うじてわかりますがぁ……んー、確かにそれ以上の手がかりはなさそうですねぇ」

「でも、アンタはなんか引っ掛かってるんだろ?」

「なんだよなぁ……なにが引っ掛かってるんだか……って、ん?」

「おっ、なんだなにか見付けたか?」

 

 

 写真を持ち上げて、矯めつ眇めつ眺めてみるも、どうにも違和感の正体は掴めない。

 いい加減、諦めてしまおうかと思ったその時、俺はようやくその違和感の正体にたどり着いたのであった。

 

 

「……あっ」

「あ?」

 

 

 ──この人の空気感、あの夏の日に出会った()()()()に似ているのだ、と。

 

 



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話は変な方向に転がり始める

「他所の人、と言いますと……」

「ええっと、無人島に行った時に、クルーザーから投げ出されたアンタが会ったとかいう?」

「そうそう。……いやー、喉に引っ掛かった骨がとれた気分、と言うか」

「ということは……二つ三つ離れたところの人、ということになるんですかぁ?」

 

 

 形のない違和感の正体が、その人自体が纏っている空気感にあったことにようやくたどり着いた俺は、そこで大きく胸を撫で下ろしたのであった。

 あれだあれ、背負った重い荷物を下ろせた気分、みたいな?

 

 まぁ、実際にはそこまで大袈裟な話でもないわけなのだが……ともかく、気分としては上々なのは間違いなかったわけで。

 

 

「……君」

「え、どうしたのさMODさん、怖い顔をしてぇっ!?

「くーわーしーいーはーなーしー、きーかーせーてーもーらーおーうーかーぁー?」

「ひぃっ!?MODさん目怖っ!!?」

 

 

 そんな上機嫌な俺が、次の瞬間一気にテンション急降下する羽目になったのは、ある意味俺が浮かれていたのが悪い……ということになるのだろうか?

 ともかく、必死な形相で俺の肩を掴んでくるMODさんの姿に、ほんのり漏らし掛けたのはここだけの秘密である。……なにをって?言わせんなよ恥ずかしい。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「……つまり、わざわざここで網を張らずとも、今度の夏休みに向こうに渡れる可能性はある……ということだね?」

「網て」

「そもそもの話、あの人と一緒に来てたかは分からないよ?」

「いいや、いいや。私としては可能性が少しでもあるというだけで十分だ。……ふふふ、待っていろよ二人とも、どっちも目一杯説教してやるからな……」

「うーむ、溜まりに溜まった鬱憤が変な形で爆発してる感……」

 

 

 こちらの持つ情報を、文字通り根掘り葉掘り浚っていったMODさんは、現在なにやら不気味な笑みを浮かべている真っ最中である。

 ……うん、いつもの冷静沈着なMODさんは何処へ行ったのやら、と嘆きたい気分でいっぱいだが……藪をつついて蛇を出したくはないので、口を閉じている俺たちなのであった。

 

 まぁ、この場で無理に向こうへ突撃しようとしなくなっただけマシ……と思っておこう、うん。

 実際、向こうを探知するための技術を提供しなくてよくなったDMさんは、露骨に胸を撫で下ろしていたし。

 

 

(……というか、なんでそんなに露骨に嫌がってたので?)

(いやそのですね?……他の世界の観測装置って、もろに例の()()()が発生するんですよね……)

(なにその百パーアウト案件)

 

 

 なお、なんでそんなに技術提供嫌がってるの?……という俺の問いには、そもそも例の()()()自体が異世界観測ツールそのものだから、というなんとも言えない答えが返ってきたのであった。

 ……黒い光()妹さんを他所に飛ばしたのではなく、()()()()()()()黒い光が発生した……みたいな感じというか?

 

 逆を言えば、黒い光の瞬くところには『見る』技術が残されている、ということでもあるというか。

 この辺りはさっきも言っていた『触れる』と『試す』技術は自然とこの世界から消えてしまう、という事実にも関わってくるが……まぁ今回は割愛。

 

 ともかく、『見る』技術を提供した時点でDMさんゲームオーバー……みたいな状況だったというのであれば、今の安堵っぷりにも頷けるという話。

 それゆえこの話は一先ず脇に置き、これからどうするかを考える方向で移行するわけなのだけれど……。

 

 

「……そもそも俺達、なんでここにいるんだっけ……?」

「あー……」

 

 

 ここに来るまでの話が濃ゆ過ぎたため、微妙に当初の目的を忘れてしまっていた感のある俺達であった。

 ……いやだって、ねぇ?さっきの話、もう少し踏み込んだ話とかしてたら、もっと時間取られてただろうし……。

 

 

「途中から変な方向に逸れて行きましたけど、そうでなければ重苦しくて休暇云々の話ではなくなっていた所ですわ」

「はっはっはっ、ごめんごめん。……お詫びと言ってはなんだけど、ここからは純粋に観光といこうじゃないか」

 

 

 はぁ、とため息を吐くAUTOさんに頷いていれば、隣のMODさんから返ってくるのは苦笑混じりの言葉。

 ……話が重苦しくなっていたのは確かだし、その空気を生み出していたのも彼女……ということもあって、今度こそMODさんは普通の旅行を約束してくれるのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「そのはず、だったんだけどねぇ」

 

 

 思わずそうぼやくも、「いや悪くない!これに関しては私悪くないよ!?」と首を左右に振っているMODさんを前にすると、どうにもため息を吐かざるをえないというか。

 

 ……舌の根の乾かぬうちに、新たなトラブルに巻き込まれたのだということを言外に示しつつ、改めて地面に正座しているMODさんの手前──その凡そ三十センチほど手前に鎮座する物体に、視線を向ける俺達。

 

 そこにあったのは、見るからに怪しいポラロイドカメラと。

 その場で印刷された写真に写る、変なポーズでこちらに主張しているTASさんの姿なのであった。

 ……また変なテクノロジーにぶつかってるぅ!!

 

 



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変なものを発見しても、迂闊に触るべきではない

「ええとつまり?異世界云々の話は一先ず置いておいて、他の観光名所を回ろう……ということになったのは良かったものの。その道中、地面のど真ん中にポツンと鎮座したポラロイドカメラに興味を示したCHEATさんが、『動くのかなこれ』と適当にボタンを押した結果、突然目映い輝きが辺りを照らし。眩しさに目を閉じた私達が、次に目蓋を開いた時──」

「いつの間にかTASさんが居なくなってて、何処にいったのかとみんなで周囲を見渡したあと。……ポラロイドカメラから無造作に出てきた写真にこうしてTASさんが写っていた、と……」

『これは予想外』

「……写真の中のTASさんが元気に動いているのは、一体どういうことなんです……?」

「わからん……なーんもわからん……」

 

 

 事情を雑に説明すると、『写真の中にTASさんが閉じ込められた』ということになるわけなのだが。

 ……状況の深刻さに比べ、当事者たるTASさんの様子は至って軽いものであった。

 いや、三次元から二次元にされた割に、全然余裕そうというか?

 

 それもそのはず、この常識外生命体(TASさん)ってば平面になったにも関わらず、平気で普通に動いているのである。

 今もほら、迂闊に自分を撮って写真の中に閉じ込めてしまったCHEATちゃんの周りを、ぐーるぐーる回って責め立てている最中だし。

 

 

『うかつー。おばかー。かんがえなしー』

「ううううう、うるせぇうるせぇ!っていうか、結局大丈夫そうなんだから問題ねぇじゃねぇか?!」

「あの、CHEATさん?自分でも無理筋だとわかってるだろう自己弁護を、強行するのはお止しになった方が宜しいかと……」

「うるせぇわかってるよぉっ!!」

 

 

 うーむ、憐れな。

 ……まぁ確かに?この余裕そうなTASさんを見てると、「まぁ仮になにか変なことが起きても大丈夫だろw」的な軽い気持ちを抱いてしまう、というのもおかしくはない。

 おかしくはないが、同時にAUTOさんの言う通り「だからってやっていいことと悪いことがありますわよ?」というお叱りもごもっともなわけで。

 

 結果、涙目で喚くCHEATちゃん、というか弱い生き物が誕生することとなったのだが……当事者(TASさん)が楽しそうだから同情の目がCHEATちゃんの方に行くのも宜しくないというか。

 ……っていうか、もうちょっと危機感とか焦りとか見せて欲しいんだけど。

 仮にも君、封印されてるみたいな状態なんだけど?

 

 

『そこら辺は大丈夫。中から破るのは難しそうだけど、外からどうにかするのは問題無さそうだから』

「……それ、遠回しに私達でなんとかしろ、と仰っていますわよね?」

『?できないの?』

「というか、そもそもこのポラロイドカメラがなんなのかもまだわかっていないのですが?」

 

 

 写真の中で、フリップボード片手にこちらに言葉を投げ掛けてくるTASさんである。

 ……写真が浮いている原理とかは今は置いとくとして、確かにAUTOさんの言う通り、対処しようにも『なにに?』みたいなところがあるのは間違いないだろう。

 

 いやまぁ、一応そこに鎮座しているポラロイドカメラが犯人、ということにはなるのだろうが。

 ……人を写真に封じ込める、という技術をどうやって成立させているのかだとか、そこからどうやって元に戻すのかだとか、問題は山積みである。

 そもそもの話、これが()()()()()()()()()()()()()()?……みたいな疑問もあるわけで。

 

 知らず、みんなの視線が一点を向く。

 こういうよく分からない物品に、一番関わりがありそうな人物……そう、DMさんの方に。

 

 

「……え、なんですか皆さん私を見て。……あっ!ち、ちちち違います誤解です無関係です!今回の件には完っ全に無関係!私達無実!そんな技術知らない!」

「テンパり過ぎて途中から片言みたいになってる件」

「普段ならその反応は怪しい……と思うところですが、既に信用が底値の状態であることを認知しながらも反論する辺り、どうやら本当のことを言っているようですわね……」

「嬉しくない信頼……っ」

 

 

 当然、そんな疑念の眼差しを向けられたDMさんは抗議をするものの……さっきの異世界云々の案件が脳裏を過った皆からの視線は冷ややかなモノであった。

 同時に、根が善人の彼女が二度もごまかすはずもない、と主張そのものは受け入れられたりもしていたのだが。

 

 膝を付いて項垂れるDMさんの背中を、ダミ子さんが「元気だしてくださいぃ~」と慰めるのを横目に、じゃあこれはなんなのか?……と改めてカメラに視線を戻す俺達である。

 ……うーむ、オカルトじゃないのなら、ホラー系の案件か?

 

 

「ホラー系……?」

「都市伝説とかでよくあるだろ?写真に撮られたら閉じ込められる、みたいな話」

「あー、ネットとかでたまに話題になってるやつねー。んで、売れない配信者(tuber)とかが視聴率目的で……」

「ん?どうしたんだいCHEAT君?顔が青いけど」

「あー……」

 

 

 そんな俺の言葉に、CHEATちゃんは自身の知識から現状の類型を引っ張りだし、説明しようとしたところで……「あ、やべっ」みたいな顔をした。

 

 ……その顔を見て、俺に電流走る……!

 そう、配信者と言えば、ここにいるCHEATちゃんもその区分に入るということを……そして、今TASさんが写真の中に閉じ込められているのは、彼女が迂闊な行動を起こしたからだということを……!

 

 

「つまり!彼女自身が現状がホラーな話になっていることの証左になっているんだよ!」

「「な、なんだってー!!?」」

「うわぁ!!?ヤメロヤメロ責任の所在を明確にしようとすんなぁ!!」

 

 

 衝撃(?)の事実を伝える俺に皆が唖然とし、当事者であるCHEATちゃんが手をぶんぶん振りながら、こちらに抗議をする姿を見ながら、俺は直後にこう告げるのであった。

 

 

「明確もなにも、最初から君が得体の知れないカメラを迂闊に触ったのは事実じゃないか」

「……ぎゃふん」

 

 

 直後に彼女は真っ白に燃え尽きたが……まぁ、仕方ないね。

 

 



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なれたんだな、伝説のスーパーフィルム人に……!

「まぁ、責任がCHEATちゃんにあることなんてわかりきってたわけだから、そこに関しては一先ず脇に置くとして……」

 

 

 現状を引き寄せたのが、彼女の存在である……というのは、言ってしまえば重罪人の余罪が後から増えた、くらいのものなのでそこまで大きな話でもない……。

 

 みたいな感じで、とりあえず罪の追及に関しては一先ず置いておくことにした俺達。

 ……近くで項垂れ(ortっ)ている人が二人に増えたため、困惑しているダミ子さんがいるが、それは彼女に頑張って貰うとして。

 

 

「話題を戻すと、このカメラが起点なのは間違いない、ってことになるんだけど……」

「これを使ってTAS君を戻す、というのはあまり現実的には見えないねぇ」

 

 

 改めて、TASさんを元に戻す手段について考察する俺達である。

 ……原因については明白だが、ここから元に戻す手段が見えてこない、というのはわりと深刻な問題であった。

 

 なにせ、相手はただのカメラである。

 撮った写真をすぐに現像してくれる、というのは中々素晴らしい機能だと思うが……正直それだけ、というか?

 

 

「元々もっと昔に流行ったもの、なんだったかな?」

「それが最近になってまた流行り始めた、みたいな話も聞きますわね」

「うーむ、流行の再来……」

 

 

 見た目的に、結構年季の入った感じのするこのポラロイドカメラ。

 ……だがモノの古さとは対称的に、流行り廃りの面で言えばわりと近代のモノ、という風に見なすこともできる。なんでも映えがどうとか。

 

 手元に物理的な写真がすぐに出てくる、というところに良さを感じる人が多いとかなんとかなのだが……。

 ともあれ、それらの情報はこのカメラがこの場所に転がっていた理由を示すものにはなれど、このカメラが写した人を写真に閉じ込められる理由にはならないわけで。

 必然、原理が見えてこないということになり、結果として戻し方もわからない……みたいな話になるのであった。

 

 まさか、これを壊せば元に戻る、なんて単純な話でもないだろうし。

 

 

「そうでなくとも、迂闊に破壊するのは止めておいた方がいいね。不可逆なことをしでかしたのちに後悔する……なんてのは、一番宜しくない展開だろうし」

「閉じ込められてるのがTASさんでければ、そういうのを試すのもありだったんだけどねぇ」

『……ん。確かに私がそっちにいたなら、壊しても元に戻すくらいはできたかも』

「サラッとステートセーブ(巻き戻し)を駆使しようとするの止めませんか?」

 

 

 なお、閉じ込められているのが他の人だった場合、こうして悩む暇もなく事態は解決していただろう……みたいな話になったため、後ろのCHEATちゃんがますますいたたまれなくなっていたようだが、やらかしたのは彼女で間違いないのでフォローはしない俺達である。

 

 ……ともかく。原因がこのカメラにある、ということはうっすらとわかるものの、原理がわからない以上対策のしようがないというのも事実。

 モノがあるんだから分解でもなんでもして、逆アセンブルするのが一番のような気もするが……バラしたあと戻せるのか、みたいな疑問もなくはない。

 

 

「と、言いますと?」

「たまにあるじゃん、分解するのも破壊した扱いになる……みたいなやつ」

「あー、オカルト系にはよくある話だね。今そこにあるものに力があるのであって、一度でも傷を付けたり取り外したりすると力が失われる……みたいな?」

「なるほど。……ところで、これらの会話が誘導されている可能性、というのも考慮しなくてはいけないのでは?」

「『壊されたくないから思考を誘導している』、みたいな?」

 

 

 そこで、再び考察タイムとなったのだけれど……ううむ、どうにも話が纏まらない。

 なにせ、あからさまな異常事態である。言い換えると超常現象?

 で、それのなにが問題かと言うと、こういう出来事に行き当たった場合、解決するのは基本TASさんの役割だった、というところにそれはあった。

 

 ……まぁうん、ぶっちゃけてしまうとそういうのに真っ向から立ち向かえる人材が少ない、みたいな感じというか?

 

 なにを変なことを、と思われるかも知れないが……改めて思い返して頂きたい。

 ここにいる子達、基本的には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということを。

 ……雑に言ってしまうと、オカルト方面にはあんまり強くないのである。

 

 いやそんなバカな、みたいなツッコミが返ってきそうだが……冷静に考えて欲しい。

 うちの面々、確かに過程は異常めいた経路を通るモノの、出力される結果はわりと現実に即したモノである……ということを。

 

 例外は元がオカルト系のDMさんとかできる範囲の広いCHEATちゃんくらいのもので、他の人のやってることは基本を極める(AUTOさん)だの姿が変えられる(MODさん)だの、一応人間にもできなくはない程度の範囲に収まっているのだ。

 ……いやまぁ、出力される結果のレベル的には、大概おかしいもの扱いになるわけなのだが。

 

 ともあれ、この二人に関しては例えば『幽霊を打倒せよ』とか言われるとかなり困るタイプの人物である、ということに間違いはない。

 なにせ干渉手段がない。AUTOさんに関しては、未来で幽霊に干渉する手段が確立することがあれば、それを辿ってどうにかできるかも知れないが……それは結局のところ、彼女自身がオカルトに対抗する手段を見付けた、ということではない。

 武器を与えられた時に上手く使えるというだけであって、武器そのものを作るのには向いていないのだ。

 

 MODさんも似たようなもの。

 姿が変えられても、中身のスペックは自前……ある意味ではマジシャンのネタと種のような(種も仕掛けもある)関係に近いため、現在対抗できないものに対抗できるようになる技能、というわけではない。

 

 そういう意味で、今回のあれこれを解決するのに頼れるのは、TASさん亡き今(『遺影です。いえーい』)そっち方面に手を出せる後ろの二人しかいない、ということになるんだけど……。

 

 

「さっきも言いましたけど、私は専門外なのでここはCHEATさんにお任せする他ありませんね!」

……ハッ!?ナニコレモシカシテオメイバンカイシロッテイワレテル!?

「……いや、挽回してどうすんねん」

 

 

 早々にDMさんがギブアップ宣言をしたため、全ての命運はテンパってるCHEATちゃんに託されることとなるのであった。

 負けるなCHEAT!勝つんだCHEAT!今までの不名誉を全て返上するチャンスだぞ!……あっ、ダメそう(心労で倒れた)

 

 




ここに折角の200話なのに写真に閉じ込められている主人公が居るとか()


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オカルトに科学で対抗する……その試金石になって貰いたい

 はてさて、自分のやったことの尻拭いをする羽目になってしまったCHEATちゃん。

 いつまでも凹んでいても仕方ないでしょ、ということで写真と化したTASさんの前に彼女を引き摺り出したわけなのだけれど……。

 

 

……いやあの、元気そうだしこのままでもいいんじゃないかな……

アアンッ!?アンダッテェッ!?

ぴぃっ!?ややや、やりますやりますよぉ~!!」

 

 

 当のCHEATちゃんは、昔懐かしコミュ障モードで右往左往していたのであった。

 ……ああうん、今日はスマホしか持ってないもんね、黒板置いてきてるもんね、仕方ない仕方ない。……なんで置いてきたんやお前ぇ(突然の豹変)

 

 いやまぁ、理屈はわかるのだ。嵩張るし重いし単なる旅行の予定だし……みたいな感じで、余計な荷物を持っていく余裕はないって感想になるのは。

 ただ『それを捨てるだなんてとんでもない(それ君の個性みたいなもんでしょ)』という気持ちも同時に浮かび上がってくるだけで。

 それなかったら、お前さん単なる小生意気な中学生でしかあらへんやろおぉん?

 

 

「なんで中途半端にヤンキー風の口調ですの……?」

「昔から、コミュ障相手にはこれがよく効くと聞いて」

「多方面に喧嘩を売るのはおよしになられては?」

 

 

 なお、普通にやれとAUTOさんから怒られてしまったため、ここからは普通の対応となります。……ちっ!運が良かったな!

 

 

なんなんだよぅ……なんで私にだけそんなに厳しいんだよぅ……

「なんでって……そもそもこの事態の原因なのになんで優しくして貰えると思ったのさ?」

「……ぎゃふん」

「気に入ったんですの?それ」

 

 

 まぁ、CHEATちゃんはちょっとイジメといた方が面白……げふんげふん。かわいいからだよ、みたいなところもなくはないと思います。

 ……写真の中のTASさんが『いやん、お兄さんの鬼畜ー』ってフリップ持ってる?見るな気にするな、いいね?

 

 ともかく。

 現状、この意味不明な状態に対抗手段を持ち合わせているのは、恐らくCHEATちゃんただ一人。

 とはいえ折角の対策ツール(黒板)を持ってきていない以上、それが長引くことは必至。

 

 ゆえに、俺達は彼女が気負いすぎないように緊張を解してやるという使命があるのだ、多分。

 ……だからAUTOさん、『この人まーた適当なこと仰ってますわー』みたいな顔をしないでくれ。君もやるんだから。

 

 

「……なんて(what)?」

「なんでもなにも、俺達は今からCHEATちゃんを応援するんですぜ?俺が鞭役・貴方飴役、OK?」

「意味がわかりませんわよ!?」

 

 

 なにせ今の俺達、完全に賑やかしというか役立たずというか、ともかく単なる背景でしかないわけで。

 だったら背景らしく、前線で戦う人間を鼓舞するくらいはしないとね?……みたいな?

 

 まぁ、CHEATちゃんの場合あんまり調子に乗らせすぎるとやらかすので、そこを止める役が俺・煽てるのが貴方(AUTOさん)、という役割分担になるわけなのだが。

 ……え?他の人?先んじて問題から逃げたため、順当に『役立たず』のレッテルを貼られ先程より酷めに項垂れ(ortっ)てるDMさんと、それを慰めるために投入されたダミ子さんとMODさん……みたいな感じで、みんな手が塞がってますがなにか?

 

 いつの間にか外堀を埋められてますわー!?……と困惑の叫びを挙げるAUTOさんを横目に、俺はCHEATちゃんが集中できるように罵倒の言葉を脳内で並べ始めていたのであった。

 ……やり過ぎるとさっきみたいに怒られるので、ほどほどのやつを。

 

 

 

;-A-

 

 

 

「……ワカルカコンナモン,フザケンナバカーッ!!

「投げた!CHEATちゃんが投げた!」

「謝れ!CHEATさんに謝れ!!」

『こな

 れに』

「なんなんでしょうねぇ……」

 

 

 はてさて、解析開始からおよそ三十分後。

 後ろから飴と鞭を交互に投げ付けられながら、オカルトカメラの原理解明のためあれこれやっていたCHEATちゃんだったが、遂にギブアップ。

 やってられるか、とばかりにカメラを投げ付けたCHEATちゃんは、そのまま泣きながら何処かへと走り去ってしまったのであった。

 

 ……流石にそのままほっとくと迷子になりかねないので、この辺りの地理に詳しいMODさんに後を追うようにお願いし、こっちはこっちで投げられたカメラの方に近寄っていく。

 結構いい速度・いい投げ方で吹っ飛んで行ったカメラだが、幸いにして故障などはしていないようだった。

 だってほら、普通に写真撮れてるしね!

 

 

「まぁ、投げられて木にぶつかった時にシャッターが押されたせいか、写真が現像されるまでに時間が掛かってたのと、それがまさかのお天道様を撮ってたのとのダブルパンチで、滅茶苦茶酷いことになっているのですが」

「え?……ってきゃあ!?辺りが突然真っ暗に!?……なんで光ってますの貴方!?」

『知らなかった?偉大な人は輝いて見えるらしいよ』

「自分で自分のことを偉大とか言って恥ずかしくないんですの貴方!?」

 

 

 出てきた写真が真っ白なものだったこと。

 その真っ白いものが太陽の光だったことから、まさかすぎるとんでも展開が待ち受けていたわけだが……正直ここまで騒ぎが大きくなると『どうにでもなーれ』という気持ちしか湧いてこない俺なのであった。

 ……無理だよ!これをなんとかするの!!

 

 



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事実は小説より奇っ怪なり

 はてさて、なんというかもう、こっちの手の届く範囲を三段くらい飛び越してったっぽい現状なわけだが、事態はこちらが思う以上にとても深刻である。

 

 

「え?……あ、ああ。確かに、地球を照らす太陽が消えたということは、それ即ちこの星の臨終のカウントダウンが始まった、ということと同義ですものね……」

「ああ、ゆゆしき事態だ……このままではいつまでも夜だから朝に起きれなくなってしまう……っ!!」

「悩みのスケールが小さすぎではありませんことっ!?」

 

 

 こちらに驚愕の声を投げてくるAUTOさんだが……いや違うんだよ、もうここまで来ると驚くとか驚かないとか以前に、現実味が無さすぎて最早なんも感想が浮かんでこないというか?

 いやだって、人を閉じ込めるだけならまだしも、まさかの天体一つ閉じ込め成功である。……心なしか手の内のカメラまで震えてるような気がしてくる始末だ。まさかいけるとは、みたいな?

 

 ともあれ、冷静に考えると地球滅亡のピンチ、というのは間違いない。

 地球という星に人が住めるのは、太陽が地表を暖めているから……という面があることは否定できない。

 無論、それだけが理由なわけでもないが……太陽が無くなれば地球に決して終わらぬ冬が来る、ということは間違いない。

 

 なにせ、永遠に夜なのである。

 空気が暖められることはなく、日が差し込まないので草木が光合成を行うこともなく。

 人工の明かりでごまかすにしても、世界全てが真っ暗なままであるのなら、それは永遠に明かりを灯し続けなければいけないことと同義。

 つまり、エネルギー問題が今の何倍・何十倍の速度で襲い掛かってくる、ということと同義である。

 

 それ以外にも問題は山積みだろうが……ともかく、未知の生物が襲ってくるー、なんて絵空事より遥かに地球の危機である、ということは間違いないだろう。

 ……太陽がなくなるとか、本来ならその『未知の生物』より遥かに実現性の低い危機のはず、なんだけどね!

 

 

「……いや待て、そうだTASさんが光っているのなら、写真に閉じ込められた太陽も輝いて然るべきなのでは?」

「冷静になってくださいまし貴方様、そもそも写真が輝いていること自体がおかしいんですわよ?」

「あっ、光った」

「そんな馬鹿な!?うわ眩しっ!?」

 

 

 そこまで考えて、そういえばTASさんが光ってるなら太陽だって輝けるはずでは?……という思考が俺の脳裏に閃いた。

 ……冷静に考えればAUTOさんの言う通り、写真が光るわけなんてないのだが……こうして俺が口にした瞬間、まるでそれをさっきまで忘れていただけだった、と言わんばかりに太陽は写真の中で輝き始めたのだった。

 

 まぁ、流石に地上に太陽の輝きがそのまま顕現した場合、眩しいどころの騒ぎではないので、程度的には周囲が昼間になるくらいの光源、といった感じだったが。

 

 

『もし太陽そのままの輝きだったら、一先ず宇宙に写真を打ち出せば問題の先送りくらいはできたのにね』

「先送りできても、騒動が終わるわけではないと思うのですが……」

 

 

 太陽に負けじと輝くTASさんと、それにツッコミを入れるのは止めておくことにしたAUTOさんの掛け合いを眺めつつ、はてさてここからどうしたものかと俺は一つため息を吐くのであった。

 

 

 

(\コンチワー/)

 

 

 

「ただいまー」

「おっとお帰りなさいMODさ……なにその物体!?」

「逃げてる途中で辺りが暗くなっただろう?そこにさっきの自分の行為を思い出した結果、『これやったの自分だ!?』と罪が増えたことに気付いて胃をやられたCHEAT君の慣れはてだよ」

「うわぁ……」

 

 

 暫くして、MODさんが松明片手に戻ってきた。

 ……どこから出したのその松明?という問い掛けには、近くの枝をパキッと折って、見た目を変化させ(MODを導入し)た、というとても素敵なお言葉が返ってきた。……ああうん、使いこなしていらっしゃるようでなにより……。

 

 ともあれ、彼女がこうして返ってきたということは、すなわちCHEATちゃんを確保したということ。

 ゆえに、俺は件の人物の姿を確認しようとしたのだが……あれ?居なくね?

 

 そう、本来ならMODさんの背後に隠れて、申し訳なさそうにしてるはずのCHEATちゃんの姿がない。

 そこで始めて、俺はMODさんが松明を持ってない方の手でなにかを引っ張っていることに気が付いたのであった。

 

 左手に握られたそれはロープであり、そのロープは彼女の背後へと続いている。

 そのロープはキャスター付きの台のようなモノに繋がっており、その台の上に鎮座しているのは……人の顔のように見える模様の刻まれた岩、みたいなもの。

 そしてその顔、よくよく見ると苦悶するCHEATちゃんのそれ、という驚愕物体だったのだ!

 

 これには俺も思わず大声を挙げたが……聞けば納得、どうやらこの大岩はCHEATちゃんに大岩MODを当てた存在、ということになるらしい。

 他人に対してのMOD適用できるようになったんだ、などという場違いの感想には、『相手の同意がある時だけね』という言葉が返ってきたのだった。

 

 ……つまり、申し訳なさの余りに岩になりたがった、ということらしい。

 ──そこまで思い詰めるなら逃げなきゃいいのに、という言葉は禁句である。

 

 



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世界の危機でも大して変わらず

「太陽と岩……はっ!つまりアステカ神話!?」

『もしかして私、奇声を挙げながら跳び跳ねれば良かったりする?』

「最終的にパーフェクトソルジャーに進化しないのなら、許可しても宜しいですけれど?」

『むぅ……それだとやる意味あんまりないから、今回は止めとく』

「お二人とも、一体なんの話をしてるんですかぁ……?」

 

 

 怖いんですけどぉ、と涙目になるダミ子さんに『別にこの二人のことは気にせんでいいよ』とだけ返し、改めて全員集合した俺達は会議を始めることに。

 ……なお、議題の中心となる太陽を納めた写真だが、丁度良いのでTASさんと一緒に中空から辺りを照らして貰うことにした。……ここだけとっても明るいですぅ、とはダミ子さんの言。

 

 はてさて、結果として問題が倍増・かつ時間制限まで設けられてしまったわけなのだが、こうなるとつべこべ文句も言っていられない。

 

 

「ゆえにDMさん!()()タブレットの使用を許可します!」

「なっ!本気ですかお兄さん!?……いえ、皆まで言わずともわかりました。その目はマジと書いて本気──すなわち、私が邪神として返り咲く可能性すら考慮した上でのもの。ならば私はその期待と信頼に応え、決して悪心に堕ちぬとここに誓いましょう!」

『なんだかやけに熱い展開。少年漫画だったりする?』

「……一々茶化さないで下さいまし、TASさん」

 

 

 今回の失敗、やはりCHEATちゃんが専用アイテムを持っていなかった、ということが大きいだろう。

 コードの打てないCHEATなど、もはやスクラップ以下というわけである。<スクラップ?!スクラップッテイッタヨコノヒト!?

 

 されど、流石に例の黒板を取りに帰るような余裕はない。

 ……というか、仮に今から取りに帰るとしても、ここから数十キロ離れた自宅に・明かりのない真っ暗闇の中・障害物を避けるために空を『TASさん直伝空中踏破』で飛ばしながら帰る……などという危険行為を望まれる形となるため、最初から考慮する範囲にないというか。

 

 じゃあどうするの?……ということになると、この場で専用アイテム(黒板)の代用になるものを作るしかない、って話になるのだ。

 丁度この場には、家に置きっぱにしておくのが微妙に怖いので旅行鞄の底に詰めておいた、例のAUTOさんが手を加えた最適化タブレットが転がっている。<ナンダカワタクシガワルイミタイナハナシニ……?

 

 これにDMさんを憑依させればあら不思議、例の黒板に負けず劣らずの曰く付き(っぽい)アイテムへと変貌完了、というわけである。

 ……まぁ、『ぽい』などと言いつつ、あんまり長時間憑依させっぱにすると最悪DMさんが真の邪神に覚醒する……なんて、ある種のゲームオーバー展開に巻き込まれる可能性もあるわけなのだが。

 

 とはいえ、今回はそもそもが時間制限のある状態でのミッションである。

 迅速な事態の解決が必要である以上、今さら制限のある物事が一つや二つ増えたところで変わらない……というか、そもそも事態を解決できさえすればそっちの問題も(憑依解除という形で)全部解決するパターンなのだから、気にしている暇があるなら突っ込んだ方が早いというか。

 

 

(……一応、仮に太陽が突然消えたとしても、致命的な地球の終わり(全球凍結)までは一月くらいの余裕がある……とも言われていますが……)

『……しー、折角やる気なんだから、ここでわざわざ水を掛ける必要はない』

(うーん、これでいいのでしょうか……?他に手段とか……というか、TASさん今の状況を楽しんでいませんか?)

『黙秘権を行使するー』

(それはほぼ答えを言っているようなものでしょうに……)

 

 

 視線を上に向けているAUTOさんの顔が、ほんのりと歪んでいるが……その気持ちはわかる。

 

 今回、彼女に手伝えることはない。

 もし未来の世界で『写真から人を取り出す技術』なんてものが出来上がっていれば、話は別だっただろうが……生憎、そんなものはなかった。

 

 無論、検索する範囲をさらに広げられれば、もしかしたらということもあるかもしれないが……恐らく、それが存在するのはどこかの並行世界、ということになるだろう。

 流石に、並行世界案件までこの問題の上に積み上げるわけにも行くまい。

 そうなると、彼女ができることは祈ることくらい、ということになってしまうのだった。……無力感に顔が歪むこともあるだろう。

 ……え?なんかAUTOさんのこっちを見つめる視線が、呆れたようなもの(また変なことを考えて)に変わった気がする(いらっしゃいますわねこの方)?いやいや、気のせい気のせい。

 

 ともかく。

 この場において唯一の解決手段を持っているとおぼしきCHEATちゃんに総力を結集し、今こそTASさんの想像を越える時が来たのだ!

 

 

「そういうわけで、へいお待ち!DMさん入りタブレットだ!直ちに装備したまえ(タダチニ ソウビ シタマエ)!」

「……なんか既視感のある台詞だけど……つべこべ言ってらんねぇ!CHEAT、行きまーす!」

(これは色々と突っ込んだ方がいいんでしょうかぁ……?)

(ちくわがいっぱい(止めておいた方がいい))

(私の頭の中にゴミのような(ちくわの)情報がぁっ!?)

 

 

 なお、なんか周囲が騒がしかったけど、張り切っているCHEATちゃんの視界には入っていなかった。

 ……ちょっと女子ー、真面目にやんなよもー。世界の危機なんだぞー?

 

 



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天高く、陽は昇るといいなぁ(願望)

 はてさて、太陽&TASさん救出プロジェクトが始動したわけだけれど、その滑り出しはなんとも微妙なものとなっていた。

 

 

「……変換器(カメラ)が手元にあるんだから、普通はそれの逆手順になるようにするのが早いはずなんだけど……」

「なんだけど?」

「排出口に写真が入らない……(涙目)」

「oh……」

 

 

 取っ掛かりが掴めていないのは相変わらず。

 というわけで、片っ端からあれこれと試してみることになったのだが、その初っぱなの時点で躓いていたのであった。

 

 ポラロイドカメラは、撮ったその場で写真が現像されるタイプのカメラである。

 基本的にその写真は撮り切りであり、再利用することはできない。……つまり、排出口側から写真を中に突っ込めるようにはなっていないのである。

 

 そのため、とりあえず動作を逆にしてみよう……という試みは最初の段階で頓挫した、と。

 ……いやまぁ、対処としてはあからさまに失敗するタイプのやつなので、こっちとしては端から期待していなかったのだが……。

 

 

「いや待つんだ!そんな時こそチートコードだ!」

「貴方は……MOD仮面様!」

「誰だそれは?!……え、悩める少女に手助けをする謎の存在?……ああうん、私の属性的にはわりと合ってるのか……では改めて。待つんだ、CHEAT君!」

(なんで茶番を始めてますのこの方達……?)

 

 

 そんな時、俺達に待ったを掛けたのはMODさん。

 ……細かいことを抜きにして彼女の言葉を要約すると、正道(正規プレイ)的には無理でも邪道(チート)を使えばどうにかなるのでは?……ということになる。

 要するに、一方通行の道を逆走できるように改造してしまおう、ということになるのだが……。

 

 

「できそう?CHEATちゃん」

「あー……うん、弄る数値はなんとなく見えたから、出来なくはない……かも?」

「おおっ、さっきとは違って希望が見えた!」

「一言多いわっ!……いやでも、単純に逆走させただけでどうにかなるかな……?」

「何事も試してみるのが先決さ!もしダメだったら祈ろう!TAS君とかに!」

「流石にあいつに祈るのは嫌だなぁ……」

 

 

 むぅ、とても失礼──。

 そんなフリップを写真内で振りかざすTASさんが見えたが、俺達はそれを華麗にスルー。

 一先ず、太陽の写った写真を逆走させてみることに。

 その結果……。

 

 

「なにこれ」

「ええと……ミニマム太陽……?」

「色々とおかしいでしょこれは!?」

 

 

 印紙の入ってる場所から飛び出したのは、大分小さくなってしまった太陽なのであった。

 ……いや、本当になにこれ……?

 

 

 

・A・

 

 

 

「ええとつまり、写真に納められた時に圧縮された太陽がこれ、ということなんです……?」

「物理法則もあったもんじゃねぇな……」

「それは今さら過ぎやしないかい……?」

 

 

 どうやら、カメラを通して写真に現像される際、物理的とはとても言えないような圧縮作業が執り行われていたらしく、その部分の解明をしないことにはこの太陽のように、何故かミニチュアサイズで出力されることになるらしい。

 ……言ってる意味がわからないと思うが、俺にもわからん。

 このポラロイドカメラに使われてる技術が、この世界のモノでは絶対にない……ってことくらいしかわからん。

 

 そもそもこのミニチュア太陽、写真の中に封じ込められていたさっきまでと、大して光量が変わらないのもよくわからんというか。

 ……いや、そこは本来の輝きになるんと違うんかいっ。

 

 

「……いえ、これは恐らく正常な動作なのでは?」

「AUTOさん?なにかわかったので?」

 

 

 そうして困惑し続ける俺達に対し、ミニチュア太陽を見た瞬間から何事かを考え込んでいたAUTOさんが、言うべきことが纏まったらしく口を開いた。

 曰く、この状態は寧ろ逆アセンブルに成功しているのではないか、と。

 

 

「そもそもの話、です。太陽の光量がそのまま地上に現れてしまったら、私達は干からびるどころの話ではありませんわ」

「……言われてみれば、確かに」

「そも、太陽級の超質量が突然地球の近くに現れたりしたら、それこそこの星は滅んでいたことでしょう。──太陽に呑まれて一貫の終わり、ですわ」

 

 

 彼女の言うところによれば、太陽などという巨大質量かつ超高温・超光源である天体が地球の大気上に突然現れた場合、それこそ星そのものの終わりでしかないだろうと。

 ……言われてみれば確かにその通り。

 見方を変えれば『自分から太陽に突っ込んでいくようなもの』なのだから、そりゃ地球最後の日と言い換えてもなんら問題ないだろう。

 

 そしてこれは、太陽を写真に納めた、という形で地上に引き摺り下ろす過程で、その辺りの物理現象を無視する作用が働いた、ということでもある。

 なにを当たり前のことを、と思うかもしれないが、これは中々重要な情報である。

 つまり、『写真に撮る』という過程の中に、物理的な質量をどこかに折り畳む処理が混じっているということなのだから。

 

 

「写真に太陽を無理やり詰め込んだんじゃなく、なにかしらの技術で質量をデータに変換し、それを写真に焼いた……ということかな?」

「つまり、私達が解明しなきゃいけないのはその『質量⇔データ』の相互移行手段……ってことか」

 

 

 まぁ、普通ならそれがレンズの役割、ということになりそうなのだが。

 ……ってことは、このミニチュア太陽にレンズを翳せば元に戻る……?

 

 外れる構造になってなさそうなレンズを眺めながら、どうしたものかと首を捻る俺達なのであった……。

 

 



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問題考察・後(『前』はどこ行った?)

「……そういえば」

「どうした?AUTOさん」

「いえ、太陽の消えたことの影響として、地表の寒冷化ばかり考えていましたが……そもそも太陽系の惑星達は、太陽との引力によって公転軌道などに影響を与えられているはず。……流石に一日そこらでは大きな問題にはならないでしょうが、これって想像以上に不味いのでは?」

『それなら大丈夫』

「TASさん?」

『物事というのは、究極的に見れば【起こるか】【起こらないか】の二択。そのレベルまで選択を細分化すれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()状況を引き寄せることは十分可能』

「……おかしいおかしいとは思っていましたが、幾らなんでもおかしすぎではありませんかそれ???」

『大丈夫。流石にそんな奇跡は無償では起こせない。……具体的には追記数が億を越えてる。ちょっと楽しくなってきた』

「強がりとかではなく純粋に楽しんでやがる……!?」

 

 

 

;・A・

 

 

 

 はてさて、ちょっとした小話を挟んだところで、会話は元の議題に戻っていく。

 

 件のポラロイドカメラの原理が、恐らく

 

 ・被写体をレンズに納める

 ・その時点で被写体のデータ変換が開始

 ・それを更にデータ的に圧縮しつつ、専用の印紙に焼き付ける

 

 ……というような感じのものである、ということがわかったわけだが。

 今現在、単に写真をカメラに戻した結果起きたことが、圧縮データ状態である太陽のミニチュアの現出……という事態であった。

 そこまで状況が進んだところで、これから俺達がするべきことというのは……このミニチュア太陽を件のカメラのレンズを通して宇宙空間に投射し、元の大きさに解凍すること……ということになるはずなのだけれど。

 

 

「物質のデータ変換を実際に行ってるのがこのレンズ、ってことなんだろうけどさ……」

「単にレンズを取り外して、この太陽に翳してみれば解凍が成功するのか、それとも内部機構的なモノもキチンと活用しないといけないのか。……それが全然わからんのよな、今のところ」

 

 

 雑にいうと、分解してみないことには対策がわからなくね?……みたいな感じか。

 

 そもそもの話、物質のデータ変換って時点で想像ができないし、かつそれを圧縮して紙に焼き付けているってのも理解ができない。

 ……あからさまに異世界技術過ぎて、迂闊に触れていいものか迷う、みたいな部分もあるだろうか。

 

 いやまぁ、難しいこと考えずにこのカメラにチートコード打ち込んで逆動作させる、みたいなのが一番簡単な気もするのだけれど。

 

 

「内部構造とか全然わからんから、迂闊にコード打ち込んで止まらなくなった時が怖いんだよなぁ……」

『よくわからないものをよくわからないまま運用する、というのはとても恐ろしいことですからね』

 

 

 CHEATちゃんのため息混じりのぼやきに、タブレット内のDMさんが画面に文字を表示することで答えを返していた。

 ……うん、言葉面的にはなにも間違ったこと言ってないのに、絶妙に『おまいう』感がするのはなんなんだろうね?

 

 まぁそれはともかく。

 チートコードを打ち込んで過程やら機構の解明やらを大幅に短縮するにしても、『なにがどう動いているのか』を確認せずに『とりあえず動くから』とやらかしてしまうと、最悪誤動作からのフリーズを引き起こす可能性はとても高い。

 

 その結果、このカメラが二度と使い物にならない……なんてことになってしまえば、最悪TASさんがあの写真の中から永遠に出てこられない、なんてことになってしまう可能性も考慮しなければいけなくなるだろう。

 ……え?今でも写真の中から乱数調整とかしてるっぽいから、ほっといてもそのうち出てくるんじゃないかって?

 

 

「否定できないところが恐ろしい……」

『ん、会話とか微妙な間とかで調整できる分でなんとかしてるだけだから、流石になんの助けもなしにここから出る……なんてことはできないよ?』

「そこで微妙に人間アピールするの止めませんかぁ……?」

 

 

 この通り、一応TASさんにも無理なことがある、とのお達しであるため、無駄にカメラを使い潰すような行動は避けたいのが本音である。

 ……ただ、そうなるとこのカメラの内部構造がわからないままなので、結局どこを弄ればいいのわからない……という、当初からの問題に逆戻りしてしまうわけなのだが。

 

 

「……いえ、お待ちくださいまし。問題点は結局のところ、内部構造がわからないこと……なのですわよね?」

「まぁ、そうだろうね」

「……恐らく、ですが。私とMODさんが力を合わせれば、そこの問題はどうにかできると思いますの」

「なん……だと……?!」

 

 

 そんな中、なにかに気付いたように声を挙げるAUTOさん。

 どうやら今の一連の会話の中で、なにかしらの突破口を見付けたらしい。

 

 光明の見えぬ状況で、ようやく差した希望の光にみんなが彼女に詰め寄っていく。

 それらの喧騒に落ち着くように指示した彼女は、一つ咳払いをして。

 

 

「それは一体……?」

「それは───」

 

 

 MODさんの手を引き、こう告げたのであった。

 

 

「私と、貴方の共同作業ですわ……!」

「き、共同作業……?」

(……MODがAUTOの言い方のせいで、変な勘違いしてる予感)<ワクワク

 

 

 熱のこもったAUTOさんの視線と(絡まった互いの指と)、その言葉に。

 MODさんはなんと!?……と言わんばかりに目を見開いたのであった。

 ……え、ここに来ていきなりのキマシタワーですか!?

 

 



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脳内ピンクか、はたまたマッドな科学者か

「い、いやその、いきなりそんなこと言われても困ると言うか……」

「なにを仰るのですMODさん。──今だからこそ、言うのですわ」

(むむ、AUTOの変なスイッチが入った予感)

 

 

 唐突に花開いた百合空間に、各人が戸惑いと困惑を見せる中。

 当事者足るMODさんは顔をほんのり赤く染め、己の手に絡まったAUTOさんの指をチラチラと横目で見つめている。

 対しAUTOさんはと言えば、どちらかといえば責め側みたいな空気を醸し出しながら、MODさんに言い寄っていたのであった。……やだ、意外に積極的……。

 

 

「私と、貴方。……恐らく、私達ならば上手く行くはずですわ」

「そ、そんなわけ……」

「いいえ、上手く行かせるのです。──そう、今の私と貴方なら、作ることができるはずですわ。……あの子を」

「あの子ぉ?!」

 

 

 情熱的な視線を向けながら、AUTOさんは爆弾発言を投下し続けている。

 ……MODさんはたじたじだが、そんな姿を見せられていたこっちは寧ろ『あ、これ多分なにかしら勘違いしてるな?』と現状の齟齬を感じとっていた。

 まぁ、俺以外だとTASさんくらいしか気付いていなさそうだったのだけれど。

 

 ともかく、勘違いを量産しながら爆走するAUTOさんに生暖かい視線を向けつつ、なにをしようとしているのかの同行を見守る俺(とTASさん)。

 そんな視線を向けられているとも知らず、困惑やら羞恥やらで限界のMODさんは見てわかるほどに顔を真っ赤にし──。

 

 

「さぁ、やりましょう!私と貴方で作るのです!()()()()()()()()

「そ、そんな……あの子のコピーだなんて破廉恥…………いや待ちたまえ、コピー???」

「……?はい、コピーですよ、あのカメラの」

「……紛らわしいんだが!?

「い、いきなりなにを怒っていらっしゃいますの……?」

 

 

 そのままいきなり足元を崩された格好となり、恥ずかしさをごまかすように怒鳴り散らかすのであった。

 

 ……まぁうん、勘違いさせるような物言いしてたAUTOさんも悪いけど、いきなり口説かれてると勘違いしたMODさんも悪いかなこれは……。

 

 なお、端から気付いてたTASさんからは『面白そうだったけど、ほっとくとあと三話くらい続きそうだったから追記増や(短縮)しといた』とのありがたい言葉を頂きましたとさ。

 ──TASさん、グッジョブ。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「……ええとつまり、このカメラのコピーを使って内部構造の把握に努めよう……みたいな話だと?」

「そ、そういうことになりますわね……」

 

 

 本人からしてみれば、意味のわからないことから詰められる羽目になったAUTOさんだが、彼女はなんとか説明をやりきった。

 

 カメラの内部構造の把握のためにはカメラの分解が必要だが、もしこのカメラの機能が()()()()()()()()()モノであった場合や。

 見た目は単なるポラロイドカメラだが、実は中身がもっと複雑になっており、分解したが最後こっちの技術者では元通りに組み直すことすら満足にできない……なんて場合を想定した結果、『分解する』という行為が半ば禁止されているのが今回の問題点。

 

 ゆえに、どうにかして()()()()()()()()()()()()()()()()()を複製できれば、それを分解することによってこのカメラの真実を白日の元に晒すことができるのではないか──?

 ……というのが、その問題に対してAUTOさんが導き出した答えなのであった。

 

 確かに、とてももっともらしい案だと言えるわけだが……一つ、看過できない疑問点が存在していた。それが、

 

 

「……そもそもの話、なんで私と君との共同作業なんだい?いやまぁ、確かに私の技能的には単純にこのカメラを増やす、というのは難しいが……最悪このカメラの情報を他のモノに上書きして(MODとして被せて)しまう、みたいなことをすればいいんじゃないかと思うんだけども?」

「というか、最悪私がチートコードで所持数増やせばよくね?」

 

 

 何故AUTOさんとMODさんの二人での共同作業なのか、という疑問。

 MODさんの方は半ば言ってみただけで、現状本当にそれができるのかは曖昧みたいだが。

 もう一つの案であるCHEATちゃんの発言の方は、寧ろこっちの方が確実性がありそうに思えてくる。

 

 コピーではなく、それそのものをそのまま増やす……なんて荒業ができるのはCHEATちゃんならではの解決法と言えたが、それに対してAUTOさんは静かに首を横に振ったのだった。

 

 

「MODさんの案の場合、お察しのように()()()()()()に難があると言うことになりますわね。……先ほどの松明は外装自体に効果がある(炎のエフェクト自体が明るい)ので問題はありませんでしたけれど、基本的に貴方のそれは()()()()()()()()()()。こと複製、という用途においては向いてない……と言わざるを得ないでしょう」

「ぬぐっ」

「それからCHEATさんの案の方ですが……確かに、複製品よりも大本をそのまま増やす方がよい、というのは間違いありません」

「でしょー。……でもじゃあ、なんで?」

「お忘れかも知れませんが、このカメラは基本的に厄物──言い方を変えれば呪物です。迂闊に増やせばこの世界によくない影響を与える可能性がとても高い、と言えるでしょう。それに──」

「それに?」

個数カウントできないもの(たいせつなもの)扱いだった場合、そもそも増やせないか、無理に増やそうとするとその時点でバグる可能性も十分にありますわ」

「……うげー」

 

 

 そうして返された答えに、二人は呻き声をあげる。

 

 ……ああうん、言われてみれば確かに。

 個数カウントされてるものならば、単に所持個数のデータを弄れば幾らでも増やすことはできるだろうが。

 仮にイベントとかで使われる重要なアイテムとして割り振られている場合、それを増やすという行為がゲーム進行にどれほどの悪影響を与えるのか、とてもじゃないがわかったものではない。

 

 単にイベントが一つ飛ぶとかで済めば良いが、この場合はアイテム欄で同じアイテムが二つ並ぶ、とかになるわけで。

 ……ダミーデータを潰して出てくるパターンでも、ダミーに密接に関わる人が身近にいるのであんまりやりたくないし、そうでない場合は他の重要なアイテムの枠を潰して増えている、なんて可能性もある。

 

 チートは確かに便利だが、それによって起こることは動作保証外。……そのことはカメラにチートコードを云々、の時点で触れていたのだから最初から気付いておけ、みたいな話というわけだ。

 

 

「……じゃあ、AUTOさんとMODさんの組み合わせだと、その問題を回避できるんですかぁ?」

「──ええ、恐らくは」

 

 

 そうして項垂れる二人に代わり、ダミ子さんから発せられた言葉に、AUTOさんは不敵な笑みを返すのであった。

 

 



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今だ!二人のパワーを一つに!

「……それもそれで半信半疑なんだけど。なんで私と君とのタッグなら、このカメラを()()()()()()()()()なんて話になるんだい?」

 

 

 はてさて、分解するためにカメラを増やそう、みたいな案が出てきたわけなのだけれど、それを聞いたMODさんは若干不機嫌そうである。

 

 ……まぁそれもそのはず、彼女の技能はAUTOさんも言ったように、外見だけを模倣するもの。

 見た目を真似たら中身までそれ相応になる──という類いの便利な模倣・変身能力ではないため、『一つの物を複数に増やす』という用途に向いていないのは当たり前の話なのである。

 

 ところが、それを聞いたAUTOさんは(彼女としては珍しく)ふふん、と強気な笑みを浮かべていて。

 

 

「外見だけの模倣とはいえ、模倣は模倣ですわ。……見方を変えてくださいまし。カメラそのものを()()()()模倣しようとするからダメなのです。それこそ、()()()()()()広がるように模倣して行けば良いのだと──」

「……すっごい無茶苦茶なこと言い出したんだけどこの人!?」

 

 

 そうして彼女から飛び出した案──中身の再現性に問題があるのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という超・力業な解決策に、MODさんはたまらずすっとんきょうな叫び声をあげたのだった。

 

 

 

(;oдo)

 

 

 

「……ええとつまり?全体を細部から模倣する、なんていう無茶苦茶をやるに辺り、その補助として最適なのが自分だと?」

「まぁ、そういうことになりますわね」

 

 

 あれから、AUTOさんの作戦を詳しく聞くことになったのだけれど。

 ……確かに、現状ではこれが一番正確性が高いモノである、と唸らざるを得ない話なのであった。

 

 AUTOさんは技能の一つとして、対象の物体を()()()()()というものを持ち合わせている。

 あくまでも最善であり、最高にはなり得ないそれだが──だからこそ、()()()使()()()()()()()()()()()という特徴を持つ。

 

 つまり、彼女の技能でMODさんの技能を補助し、本来負担どころかオーバーワークになるであろう複数物品の同時模倣を行おう、という話が彼女の持ち出した案なのであった。

 見方を変えれば、MODさんを3Dプリンターにしてしまおう、という話になるか。

 

 

「……普通なら無理だって言うし、なんなら人権侵害だーとか喚くところなんだが……」

「この場合、MODさんは模倣部分を出力するだけで、実際にカメラを立体化するのはAUTOさんの方なんだよねー」

 

 

 道具扱いされているようなもの、という点で人権侵害云々の話は継続しているものの、『最善』にするというAUTOさんの性質ゆえにMODさんへの負担はゼロ……とは言わないものの、普通にしているのとさほど変わらないくらいにまで抑えられることとなる。

 つまり、気持ちの上での忌避感を除けば、彼女に掛かるデメリットはなにもないのである。

 

 実際、現状時間がないことやそれ以外の手段が見付からないことなどを除けば、これ以上の手段を用意するでもない限り断る理由がないわけだし。

 ……ああいや、もう一つ彼女が嫌がる理由が一つあったか。

 

 

「……この体制じゃないとダメなのかい!?」

「ええまぁ。間接的に貴方の技能を使わせて貰う以上、一番いいのは二人が合体……融合?することですが……」

「合体!?融合っ!?」

「(……そこを気にする理由がわからないのですけれど)まぁ、これくらいぴったりと寄り添わないと、手先が滑ってしまう可能性がありますので」

 

 

 現在の二人の状況は、MODさんの後ろからAUTOさんが抱き付くように腕を回し、彼女の両手に自身の両手を添える、という形。

 ……見方を変えれば恋人達が抱擁しているかのよう、というか。いやまぁ、更に見方を変えると『後ろの人の視線が隠れてない二人羽織』なのだが。

 

 とはいえ、さっきからペースを乱されまくりのMODさんとしては、混乱しきりといった状態。

 そうして緊張からガチガチになるせいで、AUTOさんが彼女の緊張を解すために更に密着してくる、という悪循環である。

 ……一回離れた方がいい、って助言するべきかなー?

 

 

『(離したらもう二度とくっ付けなくなるだろうから)構わん、やれ』

「そんな殺生な……いやまぁ、可哀想なのはあくまでもMODさんだけなんだけども」

 

 

 なお、TASさんからは既に今の時点であれこれと間延び過ぎなので、さっさと話を先に進めろとのお達しが出るのでありましたとさ。

 うーん、当事者じゃないからって鬼畜ぅー。

 

 



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日はまた昇るのなら、今は沈んでてもよくない?

「もうお嫁に行けない……」

「……この方は何を仰っているのです?」

「あーうん、そっとしておいてあげてください」

「はぁ……?」

 

 

 知らぬは本人ばかり、というべきか。

 ……いやまぁ、MODさんが勝手に自爆していたようなものなんだけども。

 ともあれ、二人の共同作業により無事生み出されたコピーカメラは、現在CHEATちゃんとDMさんの手により分解作業中である。

 

 

「……ブービートラップくらい仕掛けられているかもと思っていましたが、拍子抜けするくらいなにもありませんね」

「そんなん、ないならないでいいっての」

 

 

 なお、分解の際タブレットのままだとあれだろう、ということでDMさんはメカTASさんの姿に戻っている。

 そんなメイド姿の彼女は、カメラを弄りながら困惑したように声を挙げるのだった。

 

 まぁ確かに、太陽を写真に封じ込める、なんて無茶苦茶なことができるカメラなのだから、重要な内部構造にはそれを解析されないようにあれこれと仕掛けがしてあってもおかしくない……。

 というか、寧ろ仕掛けられているのだと半ば確信していたからこそ、こうしてコピーを作ってそれを解体する……という遠回しな行為に及んだわけなのだから、拍子抜けというかくたびれ儲けというか、とにかく微妙な気分になってくるのは仕方がないだろう。

 

 

「……ふぅむ、コピーの精度が足りていなかった、とかでしょうか?ならばもう一度コピーを「もうやらないからねぇっ!!?」……というわけには、いかないみたいですわね」

 

 

 そんなDMさんの様子を見て、もしかしてオカルト的なパワーがこのカメラの肝であり、その部分が再現できていないからこそ現在なんのトラップも発生していないのでは?

 ……と考えたAUTOさんにより、再度のコピー作成の提案が──為される前に、涙目のMODさんに嫌がられたために頓挫したのであった。

 

 ……ううむ、こうなると仮に彼女の回復を待ってもう一度、という方針にしても、直前で彼女に逃げられるとかの事態を招きそうである。

 と、なると。現状のコピー品から、なんとか問題解決の取っ掛かりを見付けるしかない、ということになるのだけれど……。

 

 

「……おっと、これは……」

「ん?なになに、なにが見付かった?」

 

 

 そんな風にみんなで唸っていると、解体を続けていたDMさんが怪訝そうな声を一つ発した。

 ……なにかを見付けたのだろうか、と俺達が彼女の周囲に集まると、彼女は一つのパーツをピンセットで摘まみ、こちらへと見せてくるのだった。

 

 

「……ええと、これはなんなんです?」

「ああ、こちらの方ではまだ実用化はされていないんでしたっけ。これ、『ajmtdf,bolsvl』ですよ」

「……なんて?」

「ですから、『djisvlm,jaisvoz』ですって」

「さっきと発音違うんですけど!?」

 

 

 ピンセットで摘ままれたそれは、まるで宝石のよう。

 とはいえ、あまり見たことのない輝きをしているので、本当に宝石なのかはわからない。

 なにせ、()()()()()()()。黒色の物体が光の反射で輝いているのではなく、あくまで()()()と呼べる輝き方、というべきか。

 ……ってん?()()()

 

 そういえばさっきまで、そんな感じの光についての話をしていたような、と冷や汗を流す俺と、そんな俺には気付かず説明を続けるDMさん。

 

 

「本来もっと大きなモノのはずなのですが、ここまで縮小されたものは初めて見ますね。それでいて、機能は従来のものより良さそうです。……ああなるほど、確かにこれが組み込まれていたのなら、太陽を閉じ込めるだなんて非常識なことができるのも頷けます」

「……ええと、DMさんはこれがなんなのかを知っている、ということですか?」

「はい、なにせこれは──っ!」

「?DMさん?」

 

 

 そのままだとやべぇ、ということで必死に視線で告げる俺に、間一髪DMさんは気付いたようで。

 そのまま彼女は一度言葉を呑み込み、言うべきことを吟味したあと、再び口を開いたのだった。

 

 

「ええとですね、これはさっきも話題に出した異世界の観測技術の更にその発展、だと思われるモノでしてですね?」

「ということは、DMさんがかつて崇められていた文明圏と関係が?」

「ああいえ、こういう技術って最終的には似通ってきたりするものなのですよ?いわゆる収斂進化というやつです。決して、決してうちの文明圏とは関係ありませんので悪しからず」

「は、はぁ……」

 

 

 その態度は関係ある、って言ってるようなもんじゃねーかなー、などという俺の感想はともかく。

 要するにこのカメラ、その『なんとか』とかいう装置を使うことで、撮ったものを()()()()スケールダウンさせるモノなのだとか。

 詳しい原理は『三次と二次のスケール移動を行えるようなワームホール』が云々かんぬん、とかいうややこしい話をされたので一先ず割愛するが……。

 

 ともかく、三次元のものを二次元の世界に押し込める、という部分を担当しているのがこの装置、ということになるようだ。

 なので、太陽が写真からミニチュアに戻ったのは、この装置を逆動作させられたから、なのだとか。

 

 これがなにを意味するのかと言うと……。

 

 

「つまり、コピーはちゃんと成功してたってことだね!やったー!」

「そこまで喜ぶことなんですの……?」

 

 

 恐らく、このミニチュア太陽を元の大きさに戻して元の場所に転写する機能も、このコピーカメラの内部に再現されているはず、ということ。

 その事実に、「もう一回やれとか言われなくてよかった!」と喜ぶMODさんを見て、AUTOさんはなんだか納得が行かないように首を捻っていたのだった……。

 

 



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トラブルに巻き込まれる確率が高い奴

「まぁそういうわけで、最終的にはあっさり太陽をミニチュアにした部品が見付かってねー。そうして、世界は落陽の危機から逃れることができた……というわけなのさ」

「ふーん、なるほどねー。……いや、随分あっさりと言ってるけど、大概ワケわかんないことしてるわよね、それ」

「言わんでくれ、できれば現実を直視したくない」

 

 

 はてさて、太陽が世界から消える……などという、どう考えても世界滅亡の危機としか言い様のない状態が、なんとか解決したあと。

 俺は道路に面した優雅なカフェテラスで、のんびりとコーヒーブレイクと洒落込んでいたのであった。

 

 で、そのコーヒーのお供に、と選んだ話題が、先の太陽消失事件だったわけである。

 相手方の受けは上々(?)だったため、単なる話題の肴としては十二分の効果を発揮してくれたと言えるだろう。

 

 

「ふぅむ?……こっちの世界も大概かと思っていたけれど、君の世界も中々に大概だ、ということのようだね。身も蓋もない言い方をすると、週刊世界の危機……みたいな?」

「甘ぇよ、チョコラテのように甘ぇよアンタ。……TASさんが居る以上、週刊じゃなくて秒間世界の危機です……」

「……それは確かに」

 

 

 向こうの連れである女性(ふと見ただけだと中性的な男性にも見える)さんは、こちらの話を聞きながら苦笑を浮かべていた。

 ……まぁうん、一人居るだけで世界の危機、みたいな人物はそう何人もいらんよねーははははー。

 

 …………さて、いい加減現実逃避は止めるとして。

 なんの事はない平凡なお兄さん、通算二回目の異世界紀行にございます。……なんでさ!?

 

 

 

;・A・

 

 

 

 わけを話せば長くなる……などということはさらさらなく。

 単に、ミニチュア太陽を元の場所に転写する際に、なにやら熱暴走でも起こしたのか周囲が黒い光に包まれ、結果俺だけがこの街の近くの森に投げ出された……というだけの話なのだが。

 状況が状況だったため、MODさんが暴走してないかが気掛かりな俺である。

 

 

「あー、一応前説明で例の『黒い光』とやらが人を殺すモノではなく、あくまでもどこか遠くの世界に吹っ飛ばしてしまうモノ……ってことは納得してるけど」

「だからといって、それに巻き込まれる人を見て冷静でいられる保証はない……身も蓋もないことを言うと、それこそ今までの鬱憤ごと爆発するかも……と心配してるわけだね?」

「あとはメンバーの一人に突っ掛かって行かないかも心配で……」

「「あー」」

 

 

 なにせ、シチュエーション的にはかつてのトラウマの再来である。……妹さんからの元気な便りゆえに、そこまで気にしていないようにも見えたけど……。

 それが単なる強がり、という可能性はどうにも否定できない。

 更には現在の彼女、例の技術がDMさんのところの文明圏に関わりがある……正確には、彼女視点だと唯一の干渉手段になりうるもの、だなんて風に思っているはずなので、衝動的にDMさんに掴み掛かってもおかしくはない。

 

 その辺りはまぁ、他の面々がフォローしてくれるのを祈るしかないわけだが……なんにせよ、吹っ飛ばされた側の俺としてはなーんもできないのも確かなので、仕方がなくこちらの世界でのんびり過ごしている最中なのであった。

 ……え?呑気が過ぎる?もうちょっと慌てたらどうかって?

 

 

いやー、状況が状況だけに、慌てるを通り越して感情が凪いでいるというか……

「おおっと、突然の小声タイム。もしかして思考に耽ってる?それとも郷愁に喘いでる?」

「単なる独り言なのでお気になさらず。……ところで、そちらは用事とかは大丈夫なので?」

 

 

 確か、待ち合わせ中だとかなんだとか言っていたような気がするのだが。

 そんなこちらの言葉に、彼女は「あー、相棒から『すまん、ちょっと遅れる』って連絡があってねー。暫く暇なんだよね、お姉さんってば」などと苦笑いを浮かべている。

 ではもう一方の女性の方はどうか、というと。

 

 

「いや、なに。身も蓋もないことを言うと、私の目的は端から君でね。──異界の稀人、それもかつての我が故郷からの来訪者ともなれば、全身全霊を尽くしてもてなそう、という気分にもなるものなのさ」

……一つ聞くんですけど、この人いっっっつもこんな感じなんです???

あー……うん。中二病が服を着て歩いているような人だからね、いっつもこんなもんだよ

「はっはっはっ。本人を目の前にひそひそ話とはいい度胸だ。どうせだから君の纏う幻想を白日の元に晒すと言うのはどうだい?このハーレム女」

「あはははー。なるほど喧嘩なら買いますよー言い値の倍でー」

「なにこのひとたちこわい」

 

 

 彼女は最初から、俺と接触することを目的としていたようで。

 ……いや、なんで俺?というか、その言いぐさだと俺がこっちに来ること端から知ってたみたいで怖くね?

 

 などという感想を脳内に描きつつ、俺は突然笑顔で威嚇し始めた女達の戦いに、「うちはこういうのなくて良かったなー」などと場違いな思考を垂れ流すのであった。

 ……そうだよ現実逃避だよ悪いか!

 

 



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突然の異世界旅行、再び

 突然の女達の醜い(?)争いを無言で観戦しつつ、コーヒーに口を付ける俺。

 

 どうにもこの二人、同じ大学のゼミに通う先輩後輩の間柄らしいのだが、時々こうしてキャットファイト的なモノを繰り広げているらしい。

 

 

『つまりは乳繰り合い。とても不潔』

「ツッコミたいことは幾つかあるけど、とりあえず一つだけ。……どこでそんな言葉覚えたのTASさん」

 

 

 そんな裏事情を(何故か)解説してくれたTASさんは、写真の中で小首を傾げていたのであった。

 ……いや、というかそもそもなんでここに居るのTASさん。

 確かこっちに来る前に写真の中からは脱出できてたはずだし、そもそも俺ってば君の写った写真なんか持って来てなかったよね?

 

 

『安心して。この写真は予め撮っておいたものを、お兄さんの鞄の中にこっそりと忍ばせておいたものだから。ついでに言うと、用事が済んだら爆発して証拠隠滅する』

「怖っ!?爆発すんのこの写真!?っていうかまさかの先撮り?!(未来を)読んでたんなら止めてよ俺の異世界旅行を!?」

『またまたー、もうお兄さんもわかってる癖にー』

「ぐぬぬぬ……」

 

 

 そんな俺の疑問を一刀両断し、TASさんはふふんと笑っていたのであった(※当社比・写真内)。

 ……うん、先読みしてるのに止めてないってことは、TASさん的には必要な行程だと思ってる、ということなのでそりゃまぁ俺にはどうしようもないというか。

 

 そんな風にたそがれていると、どうやら言い争いは終わったらしく、二人が揃ってこちらを見てくる。

 

 

「「君はどっちに案内されたいっ!?」」

「あ、終わってねーわこれ。争いの舞台が別のステージに移行しただけだわこれ」

『お兄さんったらモテモテ。良かったね?』

 

 

 なんも良くねーよとTASさんに返しながら、俺は小さく頭を抱えるのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

 暫く悩んだ結果、MODさんの妹さんの近況について調べるのを優先すべきだろう……ということになり、主な案内役を(半ば嫌々ながら)そちらに任せた俺。

 ……嫌がってる理由?そりゃまぁ、単純にこの人なに言ってんだかわかんないことが多いというか。

 

 

「むぅ……私の喋り方なんて、そう大したモノではないのだけれどね。なにせうちには身も蓋もないことに、私の数十倍くらいなに言ってるのか初見では判別できないような後輩がいるのだからね」

「またまたご冗談をー。そんな人居るわけな……え?もしかしてマジで言ってらっしゃる?」

「んー、数十倍は言い過ぎかなー。喋ると一緒に副音声が聞こえてくるってだけだからね」

「……いや、そっちの方が怖いんだけど???」

 

 

 なにそれこわい。

 ……いやマジで、普通の発声に常に副音声がくっ付くとか、それどういう原理なん?

 

 なお、写真の中のTASさんはその人物へ謎の対抗心を燃やしており、『私も一回の発声で二音以上出せるようになる』などと決意を新たにしていたりしたのであった。

 ……いや、俺聖徳太子とかじゃないんで、喋るんなら普通に一音一音別々に喋って貰えます?

 

 

『でも、上下同時押しみたいに活用箇所多そうだし……』

「いやまぁ、TASさん的には魅力的なのはわかるけども。……それよりなにより、そんなの覚えて帰られると、AUTOさんとか他の面々にも伝播しかねないから止めてくれ、というか……」

「ふむ……確かその子は、人のできることならば大体洗練させられるとかいう子だったかな?」

「そうですよー。だから『一度の発声で主音声と副音声を同時に出せる人が居る』だなんて知られたら、確実に覚えて活用できるようになります」

 

 

 そして、CHEATちゃんも真似できないか試し始めるだろうし、DMさんもメカであることを活かして真似してみることだろう。

 MODさんができるかは微妙だが……明確に無理だろうって感じのダミ子さんを除けば、半数以上が同時発声を覚えて使えるようになる可能性がある、ということになってしまう。

 

 ……結果、周囲から聞こえてくる声が半人分増え(1.5倍になり)、俺はなーんもわからんと匙を投げる羽目になるのだ。

 そんな未来がありありと予測できたため、TASさんには悪いのだが諦めて欲しい俺なのである。

 

 

『むぅ、そこまで言われては仕方ない。今回だけね』

「……しまった、ここで『今回だけね』を使いきってしまったか!?」

「なにその謎の御約束みたいなの?……というか、さっきからツッコミ損ねてたから今ツッコむけど……なんでその写真、中のTASちゃんが喋ってるの?流石の私も意味わからんのだけど?」

「……?だって、TASさんですよ?」

「……いや、TASって言葉をなんでも説明できる魔法の言葉として扱うの止めよう?」

 

 

 やべぇ、こんなしょーもないところでTASさんの『今回だけ』を使いきってしまった!

 このままでは、こっちの世界で見つけたすばらしい()技能を、TASさんが覚えてしまうことを拒否できなくなってしまう……!

 

 などとコント染みたやり取りをしていたところ、例の人から今さら過ぎるツッコミを頂くこととなったため、俺は首を傾げ返すことになったのであった。

 ……いやだって、TASさんがTASさんであることになんの問題が?

 

 そんなこちらの様子を見て、彼女──部長と呼べ、と言っていた。……なんの部長?──は、困惑したように眉を曲げるのであった。

 

 



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異世界紀行は続くよ、何処まで?

 部長さんが首を傾げるのを見て、MODさんの妹さん──こっちは不思議さんとでも呼びたまえ、と言っていた。……自称するのそれ?──は、小さく苦笑を浮かべている。

 

 

「まぁ、彼女は一部を除いてわりと一般人だからね。私みたいに耐性がない、というわけなのさ」

「うっわ、自分だけ『わかってますよー』って顔してるよこの人。……っていうか、なんで今日は一人称変えてるんで?猫被りかなにか?」

「一人称?」

 

 

 そんな彼女の様子に、部長さんは不満げに声を挙げていた。

 ……その中で溢れた言葉に、俺は首を傾げることに。……ええと、一人称が違うというのは、本来『私』って自分のことを呼ぶタイプではないってことなんです?

 なんでまたそんなことを、とこちらが問い掛けるような視線を向ければ、彼女はバツが悪そうに頬を掻きながら、小さくぼやいたのであった。

 

 

いやその……女の子らしくしなさい、って姉に怒られそうだというか……

「ええ……?(困惑)」

 

 

 ……どうやら、昔から自分のことを『僕』と言っていた不思議さんは、それでよくMODさんから『せめて女の子らしくしなさいよ!』とかなんとか怒られていたらしい。

 それが今でも変わってない、となればそれこそ姉がこっちに攻めてきそうだ、と彼女は感じているのだとか。

 

 

『うん、正解。貴女が一人称を変えてなければ、恐らくあと数十分もしない内にMODがこちらに乗り込んできていたところ』

「身も蓋もないくらいに間一髪!!?」

「滅茶苦茶焦ってらっしゃる……」

 

 

 さっきまでの余裕綽々っぷりは何処へやら。

 不思議さんは額の汗を拭いつつ、「良かった……本当に良かった……」などと呟いていたのであった。……うーむ、ぐだぐだしてるぅ。

 

 

 

・A・

 

 

 

「ところでTASさん、俺ってどのくらいで向こうに帰れる感じ?」

『今回は前の夏休みの時の違って、三個どころか十個くらい離れた世界に来てるから、その分迎えが来るのも遅れる感じ』

「うへぇ、マジかー」

 

 

 先導してくれる不思議さんの背を追いつつ、写真の中のTASさんに問い掛ける俺。

 彼女の説明するところによれば、今回の異世界移動は前回夏休みの時のそれより遥かに遠方に吹っ飛ばされているらしく、迎えが来るまで結構な時間が掛かりそうだとのことであった。

 ……『私がこうして一緒に来てなかったら、もっと掛かってた』という辺り、この写真をビーコン代わりにできている現状はまだマシ、ということになるらしい。

 そういう意味では、彼女の同行は必然的であった、ということになるのだろうか。

 

 

「……そういえば気になってたんだけど、君ら変わってなくね?」

「…………?」

「いや、そこで首を傾げられてもお姉さん困るんだけど。……あー、歳取って無くない?というか」

「え、一年そこらでそんなに変わんないと思うんですけど」

 

 

 そうしてTASさんと会話していると、気になることがあったのか横合いから部長さんが口を出してきた。

 ただ、その内容は『見た目が変わってない』というなんとも奇妙なもので、こちらとしては首を傾げざるを得なかったのだが……あー、そういえばこっちってループしてるから、歳とか取ってないんだっけ?

 そんなことを考えながら声を返せば、何故か部長さんは困惑するような仕草を見せていた。……ええと、なにか変なこといいましたかね俺?

 

 

「……君の中でどういうことになっているのかはわからないけど。彼女が君と会ったのは、()()()()()なんだよ、身も蓋もないことにね」

「……なんですと?」

 

 

 そんな風に困惑に困惑で返すこととなった俺に、不思議さんが補足として情報を提示してくれたのだが……俺は余計に困惑することになったのだった。

 なにせ、こっちからしてみれば(ループ云々を抜きにすれば)去年の話なのに、部長さんからしてみると三年前の話だったと言うのだから。

 

 ……ただ、その言葉に納得する部分もなくはなかった。

 なにせ部長さん、よくよく見るとあの夏の日よりもちょっと大人びている感じだし。

 

 

「……お?ナンパかな?」

「人が真面目に話してるんだから真面目に聞いてくれません?」

「おおっと御免御免。……まぁうん、あの時の私ってば高校三年生だったからねー。流石にお酒も飲める歳ともなれば、色々と変わってくるってもんよ」

「……変わってるかね?」

『さぁ?』

「変わってるーんーだーよー!」

 

 

 とはいえ、さほど大きな変化と言うわけでもなく、不思議さんの言葉を受けて初めて気付いたくらいだったりもするわけなのだが。

 そんなこちらの言葉に、部長さんはなにやら不満げな様子で声を挙げるのであった。

 ……いやまぁ、俺的には結局歳下であることは変わらないので、あんまり実感がないというか。

 

 

「歳下?……君、幾つなんだい?」

「これくらい」

「……いや、免許出されてもわからないからね?こっちと暦が違うんだし」

「おおっとそうか。……ええと、今年で二十四ですね、はい」

「うわ見えない!?童顔過ぎるでしょ!?」

「……よく言われる」

 

 

 なお、自分達より歳上ってどれくらい?

 ……と聞かれた俺は、一先ず免許を呈示してごまかしたものの、こっちの暦と向こうの暦が違うのでわからん……と至極もっともなことを言われたため、結局自分の口から年齢を明かすことになったのだが……。

 案の定、見えないだのなんだのと言われてしまったため、微妙に不機嫌になる羽目になったのであった。

 ……うるせー!童顔言うなー!

 

 



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暫く続く異世界での日常

 暫く拗ねたのち、そうして拗ねてること自体が年相応に見られない理由では?……などという正論をぶつけられて撃沈した俺が、復活するまでに掛かった時間はおよそ一時間ほど。

 ……その間に大学の構内に案内された俺は、彼女達の仲間が集まる部屋へと案内されていたのであった。

 

 

「つっても、だーれも居ないんだが」

「身も蓋もないこと言うと、今日は休みだからね」

「貴方ってば、こっちからしてみたら住所不定・国籍不明の異邦人でしょ?そりゃまぁ、ホテルとかには泊められない以上、寝泊まりできるところ別に用意しないとじゃない?」

「……まさか大学に寝泊まりとかする羽目になるとは思わなんだ」

 

 

 無論、特に意味もなく連れてきたわけではなく、当面の寝床の提供のためのものだったみたいだが。

 ……忘れているかもしれないが、ここにいる二人は俺から見て異性であるし、なんなら二人とも恋人持ちである。

 

 つまり、見ず知らずの他人・かつ異性を家に泊めるような余裕というか理屈というかがないわけで。……結果、部室なら徹夜とかで寝泊まりすることもあるので問題ないだろう、ということで寝床としての提供先に選ばれることになったのであった。

 ……いやまぁ、部外者を連れ込んで寝泊まりさせてもええんかい、みたいなツッコミも無くはないのだけれど。

 

 

『その辺りは私が調整するから大丈夫』

「うーむ、流石はTASさん。こういう時は特に頼りになるぅ」

「……いやまぁ、それもそれでおかしいんだけどね、本当は」

 

 

 そこら辺の問題(見回りの教師に見咎められるパターンなど)が起きる確率については、TASさんが写真の中から乱数調整してくれるとのこと。

 うーむ、やはり持つべきものは知り合いのTASさん、というわけか。……部長さんが呆れたようにため息を吐いてる?知ーらなーい。

 

 ともかく、当座の住居を手に入れた以上、次にすべきことは決まっているだろう。

 

 

「……履歴書なしでできるバイトとかないかな?」

「衣食住のうち、食を満たすための職、というわけだね?」

「間違ったことは言ってないのに、なんだろうこの微妙なオヤジギャグ感……」

 

 

 いや、そんなつもりで言ったんじゃないからね?

 ……とほんのり顔を赤く染める不思議さんに、俺は小さく苦笑を返すのであった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 はてさて、当面の寝床を確保した以上、次に確保すべきなのは食べる物、ということになる。

 

 働かざる者食うべからず、というように労働をしない者に飯は手に入らないのは常識なわけだが……悲しいかな、こちらの世界に俺の身元を証明してくれる人も物もない。

 ゆえに、履歴書なしでもなんとかなるような仕事を探し、日々の糧を得なければいけないのだけれど……。

 

 

「ヤメロー!シニタクナーイ!!」

「いやいや、死なない死なない大丈夫。ちょっとお薬キメるだけだから、ね?」

「……いや、なにしてるの二人とも?」

 

 

 俺は現在、糧を得るために人としての尊厳を捧げる寸前にまで追い込まれていた。

 ……解りやすく言うと治験、というやつなわけなのだが、その薬を作っているのが不思議さん……という時点で、わりと危ないことになっているというか。

 っていうかマッドサイエンティスト枠かよこの人!?属性盛り過ぎだろ!?

 

 

『異世界人で本当は僕っ子でマッドサイエンティストで口癖は『身も蓋もない』。……うーん、今時珍しいレベルの詰め込み具合』

「……いや、身も蓋もことを言うのもあれだけど、私くらいの詰め込み具合なら昨今ありふれてないかい?」

「マジかよ日本始まったな(?)」

 

 

 なお、ここまでコント染みたことをやっていても、迫り来る薬からは逃れられなかったのであった。あー、労働の音ォ~!()

 

 

「まぁでも、同じ日本とは言えど別の世界であることには間違いないし、財布の中身を迂闊に使えないのは仕方ないよね」

「ぬぐぐぐ、この一万円さえ……一万円さえ使えれば……」

 

 

 不思議さんから対価の千円札を頂きつつ、労働の苦しみを噛み締める俺である。

 ……部長さんの言う通り、同じ日本であっても俺が異世界人であることがどうにもネックになっているというか。

 身元の保証人も居ないし、持ってる日本銀行券も番号的に足が付きそうで怖いし。

 ……そこら辺、なんとか上手いことできないのかとTASさんに聞いてみたりもしたものの、『流石に今の私にできる範囲の外』とすげなく断られてしまっては、俺としてもぐうの音を出すくらいしかできることはないのであった。

 

 

「一家にお一人TASさんだなんて夢のまた夢だったんやなって……」

『む、そこはかとなく侮られている予感』

「だからといって三連単当てようとしたりしないようにね。君の狙うやつかなり目立つんだから」

 

 

 なお、今のTASさんでもできる金策に、ギャンブルに走るという選択肢があったりしたものの……未成年にギャンブルさせるなという至極まっとうな指摘と、狙うのが大穴ばっかりで結果的に目立ちかねないから止めなさい、という注意の二点により、考慮の対象外になってしまったことを合わせて記しておきます。

 

 ……小物狙いとかTASさんからしてみれば業腹(ごうはら)ものだからね、仕方ないね。

 ──いや、そこは拘りを曲げて欲しかったんだが???

 

 



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君TASけたもうことなかれ

「まぁ、そんな感じであれこれとやった結果、暫くしてTASさん(本体)が迎えに来てくれたってわけ」

「写真の私と今の私が一つになることにより、私の存在はさらに先のステップへと進化した。ぶい」

「まさか、今回の騒動はそれが狙いだったのかい……?」

 

 

 異世界の生活をそれなりに満喫しつつ、TASさんの到来を待つこと暫し。

 次元の壁をこじ開けて現れたTASさんは、それはもう頼れる人物としての風格を威風に変えるほどの登場を見せたのであった。

 具体的には、空に空いた亀裂から黒い光と共に降りてくる……という。

 

 ……どう考えてもラスボスですね、本当にありがとうございました()。

 

 まぁうん、傅きたくなるような迫力があったのは本当なんだけども。

 でもあれ、どっちかというと『圧倒的な強者に自ずから膝を付く』みたいなノリだったというか。

 ……ともかく、そんなラスボス(TASさん)に連れられて、俺はこちらの世界へと帰還を果たしたのであった。

 

 

「向こうの部長さんに『お兄ちゃぁあんっ!絶対助けに行くからねぇええっ!!』とお決まりの台詞を貰っちゃったんだぜ」

「……変なフラグを落としていくのはお止めなさいな」

 

 

 まぁ、その際の動きがあんまりにもラスボスムーヴだったため、向こうの部長さんからは(ある意味お決まりの)仲間がラスボスに連れ去られるムーヴを返されたりもしたのだが。

 ……え?変なフラグ?多分二人してアイコンタクトしてた(わかっててやってた)から、ねーんじゃねーかなそういうの。

 

 ともあれ、都合一月ほど続いた異世界ライフも、こうして無事に終わりを告げたわけで。

 なので、そろそろ次のイベントが発生してもおかしくないんじゃないかなー、なんて思っていたのだけれど。

 

 

「……よもやこっちでは、あの日からまだ三日しか経過してないとは思わなんだ」

「こっちとそっちで時間の流れが違う、ってのは本当だったんだなー」

 

 

 うん、なんか知らんがまだゴールデンウィークだったわ!

 具体的には(帰る際の移動分を除いた)最終日。突然太陽がいなくなる、なんてトラブルを間に挟んだせいで、お上は休みどころじゃねぇ!……と右に左に忙しそうにしているものの、その辺りの混乱は庶民にまでは波及しておらず、『なんか暫く真っ暗な日があったねー』くらいのゆるーいテンションで迎えられており、結果として普段とあまり変わらない休みの日が展開されていたのであった。

 

 ……うん、一つツッコミを入れさせて貰いたい。

 いや、もうちょっと慌てろや!!

 

 

「忘れたのかい、君。この世界ってわりと変な奴が多いから、世界の危機なんて日常茶飯事みたいなものなんだよ?」

「くそぅ!!最近は出会さないから失念していた!!」

 

 

 とはいえ、MODさんの言うことももっともな話。

 最近はどちらかというとうちの面々が起こすトラブルに巻き込まれる、という形のイベント()が多かったので忘れていたが、そもそもこの世界ってば変な能力者とかがそこらからポップしてくる魔境である。

 そりゃまぁ、そこに住まう人々もちょっとやそっとのことじゃ動じなくなるわけだよ。

 

 ……いや、それにしたって許容範囲広すぎだろ、というツッコミを贈りたくなるわけなのだが。

 流石に天体に影響を与えるような奴はごく稀、のはずなんだがねぇ……?

 

 

「それはほら、その……」

「ああ……」

「……なに、皆して私の方を見て。言いたいことがあるのならちゃんと口にして言えば?」

 

 

 そんな俺の疑問は、DMさんの指差す先──キャンピングカーを見上げて何事かを呟いているTASさんを見たことにより、あっさりと氷解したわけなのだが。

 ……うん!この人があれこれしてるのがいつものことなのだから、そりゃまぁ皆も慣れるって話だよね!

 

 

 

;・A・

 

 

 

 そのあとのことに、特筆するようなトラブルはない。

 休みの最後、ということもあってMODさんの田舎を飛び出した俺達は、帰り道の途中で寄ることのできる様々な施設に突撃し、それを満喫していった。

 

 

「見て見てお兄さん。ペンギン大行進~」

「ハーメルンの笛吹きかよ……」

 

 

 とある水族館では、館内のペンギン達を全て引き連れて練り歩く、TASさんなペンギン大名行列的なモノを見ることができたり。

 

 

「……やってみればできるものですわね」

「うーん、できて当然なのかもだけれど、実際にやられると驚きの方が勝る……」

 

 

 ボーリングでもしようか、と寄ったアミューズメント施設では、あらゆる競技で理想的なスコアを出し続けるAUTOさん(と、投げるもの全ての軌道を無茶苦茶に曲げるTASさん)の姿を見ることができたし。

 

 

「牛はいいねぇ。見てるとむずかしいことなんもかんがえなくてよくなる……

そうですねぇ~……

「お二方、溶けてます溶けてます」

 

 

 山の上の牧場に寄った時には、現代社会のストレスから解放されたMODさんとダミ子さんが溶け始め、慌ててDMさんが冷やし固める役割を背負わされたり……と、まぁ微笑ましいトラブルばかりに遭遇していたわけである。

 ……え?溶けるのは微笑ましくない?

 

 まぁともかく、そうして大したトラブルもないままに最後の休日も終了し、移動を終え我が家に戻ってきた俺達。

 

 

「……なんて、少しでも平穏な日々を過ごしてしまったバチが当たった、ということなのかねぇ……」

む、思いがけず負担を掛けすぎてしまったか(す、すみません。ご迷惑でしたよね)あい済まぬ(ですけど)とは言え頼れるものなどそう多くはなくてな(私には貴方以外に頼れる人も居なくて)……」

「お兄さんが白目を剥いた!」

「これはひどい!」

 

 

 そうして玄関を開けた俺達を待っていたのは、新たなトラブルの火種なのであった。

 ……一番会いたくなかったやつ!!(白目)

 

 



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左右を同時に向けたら無敵

「……ええと、思わずツッコミを入れてしまったけど……君の知り合いなのかい?この子」

「知り合いと言うか、一方的に知ってるだけというか……」

 

 

 家の中に居た、()()()()()()()()()()……。

 字面だけ見れば即通報案件なのだが、それをするには相手の特徴に引っ掛かりすぎるモノがあったため、その対応は保留せざるを得なくなっていた。

 ……とはいえ、その引っ掛かりはあくまでも俺(と、写真TASさんの記憶があるだろう普通のTASさん)くらいのモノであり、他の面々にとっては見知らぬ人、というのも間違いではない。

 

 なので、その一行を代表してMODさんがこちらに問い掛けてきたわけなのだが……それに対して返した言葉に、彼女は更なる混乱の渦に陥ったような感じになってしまっていたのであった。

 ……まぁうん、歯切れの悪い返答だったのは認める。でもさぁ?

 

 

「お兄さん聞いて聞いて。私は貴方より強い(これくらいならできるよ)

なんと(すごい)貴様はまさか神の愛し子か(これならすぐに覚えられそうだね)?」

「……頭が痛くなってきたのですが?」

「ひぃーっ!?TASさんの言葉が二重に聞こえますぅ~!?まさかの副音声同時放送ですぅ~!!?」

 

「……見なかったことにしていい?」

「ダメだよ、現実と戦わないと」

「こんな現実あってたまるかっ!!」

 

 

 出来れば見なかったことにして、そのまま向こうの世界に送り返したいくらいなんですよ!

 ……え?現状向こうにアクセスできる人がTASさんしかいないから、彼女がそのつもりになるまで無理?……神は死んだ!!

 

 

 

・A・

 

 

 

連絡無き突然の来訪、あい済まぬ(すみません、突然押し掛けてしまって)……」

「ああはい、これはどうもご丁寧に……」

 

 

 興奮する(※当社比)TASさんを宥めるのを諦め、彼女の自室に放り込んだのち、戻ってきた俺が相対することとなったのは、対面側に腰を降ろした一人の少女。

 ……古めかしいというか固いというか、いっそ中二病といった方が正しいような?……と思うような声と一緒に、聞こえてくるのは真反対の大人しげな台詞。

 なお、見た目もその発言の意味不明さに合わせるかのように意味不明であった。……眼帯と眼鏡が共存してるのはどう考えてもおかしい()

 

 そんなわけで、俺の目の前にいるのは向こうの世界で不思議さんが話題に挙げていた人物──一度に二度喋れるとかいう謎スキルを持つ通称『寡黙さん』と呼ばれる存在なのであった。

 ……なるほどなるほど。あれだな?この間は俺が向こうにお邪魔する形だったから、今度は向こうからこっちにお邪魔する縁ができたって奴だな?

 

 

「……ふざけんなよマジで……

()どうにも配慮が足りなかったか(すすすすみません!)重ねて謝罪申し上げる(やっぱりご迷惑でしたか?!)

「またTASさんの強化イベントじゃねーか!あの子どれだけ周りに迷惑掛ければ気が済むの!?」

「……済まぬ(あの)こやつのこの反応は(この人いつもこんな感じで)想定通りなのか(情緒不安定なんですか)?」

「ええまぁ……わりといつも通りですわね……」

 

 

 ぜっっったいこれ、TASさんが意図的に起こしたイベントじゃんか!

 向こうではついぞ会えなかったから、わざわざこっちにまでフラグ持ち越して呼び寄せたやつ!

 もう今回という今回は許さんぞ!堪忍袋の緒が切れた!

 俺にはTASがわからぬ。俺は、普通の一般人である。

 バイトで飯を売り、日々をのんべんだらりと過ごしてきた。

 けれどもTASの横暴に対しては、人一倍敏感であった。(唐突なメ○ス語り)

 

 脳内のもう一人の俺が「でも多分、ここでTASさんを怒っても聞き入れやしないよ?」とか「だって『必要だから』って言われたらもうなにも言えなくなるよね?」とかなんとかほざいているが、そんなことは関係ねぇ!

 今あの子を叱らないと、寡黙さんが可哀想なんだ!

 

 

「……もう一度済まぬ(すみません)こやつのこの大袈裟な反応は(この人いっつもこんな感じで)お主達の想定通りのものなのか(情緒不安定しきりなんですか)?」

「二度同じ事を聞かれても答えは一緒ですわ。……ええ、わりといつも通りですわね」

 

 

 当人がわりと深刻じゃなさそうな辺り、この怒りは正当なものではないのかもしれない。

 けれど俺は信じてる。ここでTASさんを叱らないのより、叱っておく方が世の中のためになるのだと。

 例えそれが初期装備で魔王に挑む勇者のように無謀な行為であっても、それをしなくていい理由にはならないのだから……っ。

 

 まぁそんなわけで、自分で放り込んでおきつつ再び呼び出す、というなんともマッチポンプめいた行動を取った俺はというと。

 

 

「……?もう用事は終わったから、次回には帰ってるよ?」

「それはそれで問題だろうが……っ!!」

 

 

 まったく悪びれないTASさんの姿に、俺は自身の敗北を悟るのであった。

 ……っていうか、ここまで引っ張っといて次の回には居ないのあの人?……マジで???

 

 



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AIしてる、とは言えない年頃

「余計なムービーはすきっぷすきっぷー」

「本当になんの躊躇いもなく送り返したんだけどこの人……!?」

 

 

 マジのマジで、同時発言を覚えるためだけに呼んだんかい???

 ……という俺の困惑を他所に、寡黙さんはなんのトラブルを起こすこともなく、普通に元の世界へと帰っていったのであった。

 なるほど、寡黙さんの『寡黙』とは、世界に対して寡黙(トラブルを起こさない姿勢)のことだったんだな。

 

 

「って、喧しいわっ」

「……?お兄さんはさっきから、一人でなにを騒いでいるの?」

「いや、お兄さんがこんなに騒がしいのは、どう足掻いても君のせいだからね???」

 

 

 なんというかこう、無駄に疲れた。

 そんな気持ちを全身から放出しながら、俺は寡黙さんの消えていった虚空を眺めていたのであった……。

 

 

 

;・∀・

 

 

 

「一応補足しておくけど。別に、私の強化イベントのためだけに、彼女を呼んだというわけではない」

「ホントにぃ?」

 

 

 ある程度の片付け──臨時の寡黙さんの寝床(一部屋提供)など──が済んだため、改めて居間でTASさんの話を聞くことになったのだが。

 そこで彼女が説明したのは、次のような事柄なのであった。

 

 

「……ダミ子さんの効果の確認?」

「正確には、世界をダミーで埋めてる彼女が、正式加入前までわりと効果が微妙……ってことの確認」

 

 

 世界をバグらせないように、世界には見えないところにダミー……もといダミ子さんが埋まっている。

 ……字面にするとホラーめいているが、要するにダミーデータは今のところダミ子さん(ダミ子さんになる前)の情報で仮埋めされている状態、というだけのことである。

 

 この仮埋め、他所からの訪問者を弾くファイアウォール的な要素も持ち合わせているのだが……それがどうにも効果が薄れているようだとのこと。

 

 

()()()()にならないと安定しないのは当たり前だけど、それを踏まえたとしても大分ゆらゆらしてる」

「ゆらゆら……」

 

 

 なんだっけ、次元境界線?

 ……まぁ要するに他の世界との壁のことなわけだが。

 ともあれ、その壁が以前のループでの同じ時期と比べて、格段に安定していないのだとか。

 あとついでに、ダミ子さんがダミ子さんとして成立することにより、その揺らぎは収まるはずだけど……よくよく考えてみると、本当に収まってたか微妙なところがあるような気もする……みたいな話も一緒に飛んできた。

 

 ──ほら、例のでっかい木のこととか。

 あれ、どうにも効果とかを細かく見ていく限り、()()()()()()()()が原産地……というか、効果の大本だったっぽいし。

 

 

「ええと……何故そう思うんですの?」

「向こうの人達、こっちと比べると恋愛に関しておおらかすぎるんですわ」

 

 

 AUTOさんの疑問には、あの時の大樹の周りの人々の様子と、向こうの世界の人々の様子が似通っていた、ということを答えとして投げ返す。

 ……老若男女同性異性問わず好きなら好きでいい、好きこそがなににも勝る優先事項……みたいな価値観が、広く浸透している場所なんてそうないだろう、的な?

 

 まぁ、あくまで直接向こうの世界に行って、そこにいる人達の様子を見た結果抱いた『似ているな』という感想でしかないので、実のところ本当に向こうの世界が由来のとなるモノなのかはわからないのだが。

 あっちの世界、こっちみたく変な能力者達が跳梁跋扈してるわけではないっぽかったし。……不思議さんとか寡黙さんは例外。

 

 ともかく、ダミ子さんの安定したあとも、世界の壁が緩い感じだったというのは事実。

 

 つまりここに来て、ダミ子さんの有用性が危ぶまれてきたということになるわけで……?

 

 

「ぐえーっ!!?」

「貴方様ーっ!?」

わ゛ぁ゛ーっ!?捨゛でな゛い゛で下゛ざい゛ぃ゛~!!

 

 

 突然の腰目掛けての衝撃に、思わずくの字で吹っ飛ばされる俺。

 纏めて吹っ飛んできた下手人であるダミ子さんは、その顔を涙や涎でぐちゃぐちゃにしつつ、こちらに顔を近付け『捨てないで』と懇願していたのであった。

 

 ……ううむ、面妖な。

 いや、面妖とかなんとか悠長な感想を抱いていられる状況でよかった、というべきか。

 なにせこの姿勢、ダミ子さんの顔が見えない位置から眺めると、その発言も相まって俺がダミ子さんを捨てようとしていて、それに彼女が必死に追い縋っている、という風にしか見えないわけだし。

 ……え?実際そうだろうって?

 物理的な心配と恋愛的な心配っていう、大きすぎる違いがあるんだよなぁ……。

 

 

「どっちにせよお兄さんが酷い人なのは確実。これは刺されてもおかしくない」

「さ、さささささ、刺さなきゃいけないんでしょうか?私は貴方を刺して自分の価値を証明しなければいけないんでしょうか??」

「……困った、冗談が通じない」

「TAS貴様ーっ!!?」

 

 

 謀ったな、TAS!!

 ……とかなんとかほざきつつ、瞳孔の内側がぐるぐるし始めたダミ子さんをなんとか宥めるため、総員で掛かることになる俺達なのであった。

 ────死ぬかと思った!

 

 



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梅雨入りしますね、そろそろと

「落ち着きましたか?」

「はいぃ~……すごーく落ち着きましたので、この縄をほどいて頂けると嬉しいですぅ~……」

「まだ声が震えてらっしゃいますわね。もう少しそこで大人しくしているように」

「そんな殺生なぁ~……」

 

 

 どこにそんなパワーが隠されていたんだ?

 ……的な困惑と恐怖をもたらしたダミ子さんの暴走は、CHEATちゃんという尊い犠牲を出した後に鎮圧された。

 俺達は、彼女の勇姿を決して忘れることはないだろう。

 さらばCHEATちゃん、フォーエバー……。

 

 

「死んだみたいに言うんじゃねぇ!!普通にぴんぴんしてるわっ!!」

「おっとCHEATちゃん、生憎この『CHEATちゃんを偲ぶ会』はスキップ不可だ。そのままベッドの上で、神妙な顔で眺めておくといい」

必須事項(イベント)扱いかよこれぇっ!?」

 

 

 なお、別に彼女が死んだでしまったとかそういうシリアスな話ではなく、単純にダミ子さんに吹っ飛ばされたため安静にしているように、とベッドに寝かされているだけの話である。

 まぁほら、吹っ飛んで壁に背中を打ち付けたのは事実だから……。

 

 

「壁がバキバキになるところが見られるかと思ったのに、残念」

「あんなん実際に起きたら私の体の方がバラバラになるわ!?」

「そこはほら、上手いことチートで衝撃だけ壁に逃がすとか……」

「そんなんできるんなら端から吹っ飛ばんようにするわぁっ!!」

「むぅ、あーいえばこーいう」

「言わせてんだよお前がなぁ!?」

 

 

 まぁ、背中を打ったと言っても大したダメージではなかったようで、こうしてTASさんとのコントに精を出す余裕もあったりするわけなのだが。

 ……意外と頑丈だよね、この子。

 

 なお個人的な私事ですが、私めの方は思いっきり背骨をヤられて全治二ヶ月の重症です()

 

 

流石にそれは困るから(具体的に説明すると)無かったことにしておいた(特定のワードの組み合わせ)こういう時に同時発声は便利(同時に並べると結果がバグる)

「早速有効活用してやがる……」

 

 

 流石にそれは困るとのことで、TASさんからの救済措置がもたらされたわけなのだが……なんというかこう、素直に喜べないのはなんなんだろうね?

 さっきのCHEATちゃんじゃないけど、そうなる前に止めて欲しかったというか。

 ……まぁそんな文句を言ったところで、恐らくTASさんからは「必要なイベントだった(キリッ」とか返されるだけなのだろうが。なお「キリッ」まで含めて口頭である。……ふざけすぎぃっ!!

 

 

「お兄さんの脳内で勝手に私の台詞を捏造するの禁止ー」

「つっても、今までが今までだからなぁ……」

「むー」

「あいててて、ごめんてごめんて」

「……あの、イチャイチャしてなくてよろしいですから、そろそろ話を進めて貰っても?」

「おおっと」

 

 

 最終的にAUTOさんに怒られつつ、話は元の方向に軌道修正される。

 

 ……で、なんだっけ?

 確かダミ子さんのダミー効果が上手いこといってない、みたいな話だっけ?

 

 

「そうですわね。確か、ダミーデータを先埋めする……みたいな話だったはずですけれど……」

「そこに思い違いがあった。ダミ子のダミーはダミーはダミーでもダミー違いだった」

「……ダミーという言葉がゲシュタルト崩壊しそうなのですが?」

「安心して、何度も繰り返し『ダミー』って発言することにより、『ダミー』という言葉にシステム的な穴を作って世界をハックしようだなんて大それたことは考えてないから」

「それ答えを言っているようなモノではありませんこと???」

 

 

 会話関連で若干チート臭い技法を手に入れたせいか、最近のTASさんは浮かれ気味なところがある気がする。

 なので、俺達は彼女が無茶苦茶し始めないように目を光らせなければならな……って違ぇ!

 

 

「今はTASさんの遊びに付き合ってる場合じゃないの!真面目にやりなさい!」

「はーい」

 

 

 すぐに横道に逸れようとする彼女にまともに付き合っていては、話が進まないどころの話ではない。

 下手するとそれだけで一時間・いや二時間だの三時間だの時間を浪費する羽目になり、結果として俺達は長々と駄弁り続ける羽目になってしまうのだ。

 

 それを避けるためには、彼女の言うことは腹八分目……もとい話し半分に聞いておくのがベスト。

 ……ああいや、それだと結局元々の議論も無意味、みたいな話になるのでは?

 

 

「……貴方様、貴方様の悪いところは結局そうして彼女のペースに合わせてしまうところだと、私常々思っていましたの」

「おおっとこれは俺まで責められるパターン!?」

 

 

 なお、考え事が長いというもっとも過ぎるツッコミがAUTOさんから飛んできたため、この辺りの思考も早々におじゃんになったのでありましたとさ。

 

 

「なんでもいいですからぁ~、いい加減ほどいて下さいぃ~……懲りましたぁ~、もう反省しましたから許してくださいぃ~……」

「「あ」」

 

 

 ついでに、結局放置される羽目になったダミ子さんがぴーぴー泣いていたため、それを宥めるのに更なる時間を要したことも、ここに言い置いておきます。

 ……なんにも話が進んでねぇ!!

 

 



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梅雨ですよー、そろそろ梅雨なんですよー

「……つまり、ダミ子さんのダミーデータはキャラクター情報だけで、アイテムデータとかフィールドデータとかのダミーはまた別の話……ってこと?」

「まぁ、簡単に言うとそうなる」

 

 

 あれからダミ子さんを落ち着かせたのち、改めてTASさんに詳しい話を聞いたところ。

 彼女から引き出せた情報は、大体次のようなものであった。

 

 曰く、ダミ子さんの司る(?)ダミーデータとは、あくまでもキャラデータのみのことを指す。

 この場合のキャラデータとは本当に単なるキャラデータのことであり、『ダミー』というデータ群の中でもわりと狭い範囲のものになるのだとか。

 そのため、例の巨大樹木とかの侵略には無力だった……と。

 

 

「……一瞬納得しそうになったけど、よくよく考えたらサンタさん普通に来てたじゃん!いやまぁ、わりとゴリ押ししてたような気もするけど!」

「あれに関しては、彼女がアドレス偽装とかできたのも理由の一員」

「なんだかまたややこしい話になってきた予感がしますね……」

 

 

 そんなTASさんの説明だが、秒で反論が飛んできたことは言うまでもない。

 

 ……いやだって、ねぇ?

 確かにまぁ、ダミーデータのロックを掛けた範囲がキャラデータのみ……というのであれば、確かにキャラではない巨大樹木には効かない、ってのはわからんでもないけども。

 そもそもの話、彼女がダミ子さんとして成立したあとにこっちに来たことのあるサンタさんが居る時点で、説明としては片手落ちというか?

 

 そう問い質せば、彼女はまた別のシステムを持ち出してきたのであった。

 

 

「そもそもの話、あの時のサンタは忘れ物を取り戻すのにわりと必死だった。だから、どんな手を使ってでもこっちに来る必要性があった」

「それがアドレス偽装という言葉に繋がる……と?」

「そういうこと。あの時の彼女は、知ってか知らずか自分をキャラクターとしては扱っていなかった」

 

 

 どうやら彼女が『サンタ』という、ある意味で特別な存在であることから起きた半ば必然的なすれ違い、ということになるようで。

 どういうことかと言うと、彼女は『サンタ』である限り()()()()()()()()()()のだそうだ。……なにを言ってるかわからない?安心しろ、俺にもわからん()

 

 ……もう少し噛み砕いて説明すると、どうやらあの人、扱いの上では『イベント』に区分されるのだとか。

 より正確に言えば、キャラクターとしての要素とイベントとしての要素を併せ持っている、と言うべきか。

 

 

「ゲーム作りにちょっとでも触れたことのある人ならわかるかもしれないけれど、イベント用のNPCとそこらを動いているNPCというのは、厳密には別物だったりすることがある」

 

 

 彼女が例に出したのは、ゲーム内のイベントの構築の仕方。

 例えば特定の条件を満たさないと出てこないイベントがあるとして、そのキーとなる人物は普段単なるNPCとしてそこらを動いている……みたいなことがある。

 条件を満たしていないうちは、何度話し掛けても当たり障りのないことしか喋らないが……条件を満たした途端、人が変わったようにそのイベントの話をする……みたいな感じか。

 

 こういうキャラのシステムを組む場合、条件を満たす前と満たした後では、外見上同じキャラでも内部的には別のキャラが置かれている、なんてパターンがある。

 そして、あの時のサンタさんはそのパターンに近いのだ、とのことであった。

 

 

「単純なキャラデータはダミ子が埋めてたから、イベント用のキャラで来てた感じ。……サンタ視界ハックとか言ってたけど、その原理をこっちの概念で説明するなら、あの時の彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の体を使っていた、ということになる」

「……ええと、本来周囲の人からの視界に反映されるはずの見た目は、ダミ子さん側が既に使用していたため、本来それと一緒に動く当たり判定と見た目の判定のないイベント用データが適用されていた、ということですか?」

「どっちにしろ説明がわかりにくい……」

 

 

 あー、噛み砕いて説明すると。

 見た目用のキャラと、イベント用のキャラの二種類が重なっているのが普通のキャラクター達の状態。

 それを可能にするために、イベント用のキャラには当たり判定も見た目の判定も設定されておらず、結果として普通に見る分には見た目用のキャラクターの外見が優先される。

 

 だが、あの時のサンタさんは『見た目用のキャラクター』をダミ子さんの存在で使用不可にされていたため、『イベント用のキャラクター』の姿で動いていた、と。

 で、そっちには見た目とかの設定はないので、周囲の人に注目されることもなかった……みたいな?

 

 まぁ、正直これが合っているのかどうかもよくわからんのだが……ともかく、ダミ子さんの効果が無かったと言うよりは、効果が薄かったとなる方が彼女的に安心、というのは間違いあるまい。

 

 

「見た目用……?イベント用……??」

「まぁ、本人が理解できるかどうかはまた別問題なんだが」

 

 

 なお、一応ダミ子さん的には朗報のはずだが、当の本人は『なに言ってるんだかわからん』とばかりに目をぐるぐるさせていたのであった。

 ……専門用語を噛み砕いて説明するのって難しいからね、仕方ないね。

 

 



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梅雨だって言ってんだろうがオラァ!!

「……まぁ要するに、ダミ子さんは要らない子じゃないよー、ってことで」

「……なるほど!よくわかりましたぁ~!!」

「これほど『絶対なんにもわかってない』って顔も中々見れねぇよな……」

 

 

 どうにかダミ子さんに理解させようと四苦八苦したものの、無理そうだったためとりあえず重要な部分だけ納得させた俺達である。

 ……それも微妙?そこはほら、彼女の理解力を信用するってことで。別に面倒臭くなったとかそういうんじゃないからマジで。

 

 とまぁ、脳内で誰に向けたのかわからない言い訳を垂れ流しつつ、改めて話題を戻すと。

 

 

「つまり、ダミ子にもパワーアップイベントが必要ってこと」

「この単純な答えを導き出すために、どれだけ回り道をしたことか……」

「む、回り道ではない。これも立派な最短ルート。急がば回れ、って言葉もある」

「それを持ち出されるとなにも言い返せなくなりますわね……」

 

 

 結局のところ、他の面々のようにダミ子さんにも強化イベントが必要だった、というとても単純な答えに行き当たるのであった。

 この場合は、単なるキャラデータとしてのダミーから、ゲーム内のあらゆるダミーになれるように……みたいな感じだろうか?

 

 なので、今までの説明とか全部省略して、この部分だけ説明すればよかったのでは?……みたいなツッコミが出てくるのも仕方のない話。

 しかしてTASさんは心外そうに、これまでの流れだって必要なモノだった、と不満そうな顔を覗かせるのであった。

 

 うーむ、君にそう言われるとそうなのかなー、ってなるから反論しにくいなぁ。

 だってほら、彼女は唯一この面々の中で()()()()()()タイプの人だからね。

 そんな人が『これが一番良い選択』などと言い出せば、同じ見方のできないこちらとしては信じる他なくなるというか……。

 

 

「……その言い方だと、まるで疑ってるように聞こえる」

「TASさんの最速への情熱は知ってるけど、同時にTASさんの『S』が最速以外の意味を持つってことは周知の事実だからね」

「……むぅ」

 

 

 ただ、彼女はTASさんを標榜する者。

 ……より正確に言うと『最速行動を目指す(Tool-Assisted Speedrun)』だけではなく、『凄い動きを見せる(Tool-Assisted Superplay)』の方も内包した存在。

 

 そのため、その時々の行動が最速狙いなのか魅せ目的なのか、端から見ただけでは全く判別できないのである。

 なんなら、彼女自身その判別の難しさを逆手に取っている節があるので、実のところ絶妙に信用のならない相手ということになってしまっているのだった。

 

 で、その人物評を聞いたTASさんはと言うと、渋い顔(珍しく本当に渋い顔)で、暫く呻いていたのであった。

 恐らくだが、言われたことに心当たりがあった……などの精神状態から出てきた反応だと思われる。

 

 

「アイツにも、反省するとかそういう気持ちがあったんだな……」

「それ、わりとブーメランな気もするけど……まぁ、確かにちょっとビックリだねぇ」

「不愉快」

「「ぬわーっ!!?」」

「なにをやっていますの貴方方……」

 

 

 なお、自分が揶揄(からか)われるのは真っ平御免だったのか、ひそひそ話をしていた俺とCHEATちゃんが吹っ飛ばされる羽目になりましたが問題は(多分)ありません。……本当に?

 

 

 

・∀・

 

 

 

「まぁ、パワーアップ云々と言っても、それができるようになるのは貴方が本格登場してからの話。具体的には八月以降」

「データ的に仲間になってない内にあれこれやっても、内部処理的に元の値に巻き戻されるとかだっけ?」

 

 

 より正確には、周回確定時のクリア後データに差し替えられる、みたいな感じだそうだが。

 

 そんなわけで、とりあえずダミ子さんも地獄のブートキャンプが待ってるよー、という予約が入ったところで(地獄は嫌ですぅ~!?……というダミ子さんの悲鳴は無視)。

 とりあえず、この話については後回しである。

 差し迫る別の脅威がある以上、そちらの会議を優先するのが筋……ということになるだろう。

 

 

「別の脅威……?なにかあったかな、そんなの?」

「えー?いや、特に思い付かねぇけど……」

「いいや、あるぞ。特級の厄介事が」

「特級、ですって……?!」

 

 

 ただ、他の面々はどうにもピンと来ていない様子。

 ……無理もない。だってそれは、彼女達にとっては()()()()()()くらいの出来事でしかないのだから。

 だがしかし、こと一部の人間にとっては、なによりも優先すべきであり、尚且つ無視できない重大な問題へと変化するのである。

 

 

「それが……」

「「「それが……?」」」

 

 

 こちらに注目する女子達の前で、俺はその問題がなんなのかを明かすのであった。……()()()()()()()()()()()()

 

 

「その問題ってのは、()()のことだったんだよ!!!」

「「「……はい?」」」

 

 

 なお、女子達の反応は今一であった。

 ……なんでだよ!タイトル君もずっと訴え続けてたじゃんか!!!(メタいよお兄さん、というTASさんからのツッコミが入った)

 

 



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梅雨の問題山積みだっ

「……ええと、梅雨が問題、なんですの?」

「そうだよ、梅雨は大問題なんだ!」

 

 

 こちらが熱く語る中、他の面々の反応はいまいちであった。

 

 AUTOさんは意味がわからないと首を捻っているし、CHEATちゃんは『なに言ってるんだコイツ』みたいな視線をこっちに向けてきているし、MODさんに至っては『あー、洗濯物が乾かないとか、そういうあれかなー』みたいな顔をしている。

 

 ……違う、違う違う違ーうっ!!

 いやまぁ、洗濯物が乾かないのは大問題だが、ここで言う問題はそれとはまた別のものなのである。

 

 

「別と言いますと……食べ物がカビてしまう、とか?」

「違う!いやまぁそれも問題だけど、それ以外!」

「ええ……?ええっと……モノが湿気でやられる、とか?」

「惜しい!さっきよりは近い!」

「……いや、いつの間にかクイズ番組みたいになってないかいこれ?」

 

 

 女子達が次々と予想を披露してくれるものの、そのどれもが不正解。

 いやまぁ、実際には答えの近くを掠めたりしているので、全くの見当違い……ってほどでもないのだが、結局答えが出てきていないのは変わらず。

 

 そんな三人とは対称的に、「あー」みたいな顔で神妙にしているのが、なにを隠そうダミ子さんとDMさんの二人であった。

 ()()()()()()()()()()()()()()ため、ここでは解答者に回らず聞きに徹しているのだが……。

 

 

「そこでヒントですっ!この二人と君達三人との違いは?」

「えっえっ?……ええと、自宅警備員(ニート)かそうじゃないか?」

「……ある意味間違ってないけど、止めてやれ。ダミ子さんが過呼吸起こしてる」

「えっ。……わぁっ!?ごごごごめんダミ子っ!?」

「はひゅー……い、いいんですよチートさぁん。だって私が……はひゅーっ、役立たずの穀潰しなのはぁ、……はひゅーっっ、紛れもない事実ぅ……なんですからっ……!……ごふっ」

「ひぃーっ!!?滅茶苦茶死にそうになってるっ!!?」

 

 

 なんて惨いことをするのか。CHEATは悪魔なのかな?

 ……なんて冗談は置いとくとして、実のところ彼女の目の付け所は決して悪くはない。

 自宅警備員……悪い言い方をするとニートというのは、要するに()()()()()()()()のこと。

 それはつまるところ、()()()()()()()()()()のことを指しているのだから。

 

 

「そこを考察に加えていけば、自ずと答えは導かれるはず……」

「家に居ることが答えに繋がる……?」

「あー、つまりはこういうことだろう?私達はこの家に外から集まってくるけど、彼女達は最初からこの家に居る。……つまり、件の問題とやらは」

「……この家にずっと居る人間なら、気付けて然るべきもの……ということですの?」

「その通り」

 

 

 なので、俺も()()()()()の人間にカウントされる。

 それらの情報を纏め、尚且つ現在()()()()()()()()()()()人物が一人居る……ということを総合すれば、答えはもうすぐそこだ。

 

 

「……あ、あー!もしかして……」

「その通り。梅雨に起きる問題っていうのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよっ!!」

「あー……」

 

 

 そう、梅雨に関わる問題がなんなのか。

 その答えは、見える範囲に雨──すなわち無数の水の粒が居座り続けることによる、描画ラグのこと。

 ……わかりやすく言えば、TASさんの最適化に非常に大きな問題を引き起こす、ということにあるのであった。

 

 

「むぅ、大袈裟。流石に私もそこまで子供じゃない」

「……あ、あれ?なぁなぁ、思ったより普通に見えるんだけど……」

 

 

 ただ、その問題の当人であるTASさんは、心外だという風に鼻を鳴らしていたのであった。

 その様子を素直に受け取ったCHEATちゃんは、こちらを振り向いて『問題ないんじゃね?』みたいな顔をしているが……甘い、甘いぞCHEATちゃん。

 甘すぎて虫歯が確約されている、と言っても過言ではないくらいに甘いぞぅ。

 

 ……何故かほっぺを押さえ始めた(虫歯じゃないもん、という無言の抗議)CHEATちゃんは放置するとして。

 この状態のTASさんの言うことを素直に聞くようでは、まだまだTASさん検定二級は与えられない。

 

 

「TAS検定……?」

「AUTO君AUTO君、その言い方だとTASになるための検定みたいに聞こえるから止めるんだ」

「いいかい三人とも。よーくTASさんを見るんだ、さすればいつもの怒り顔よりちょっと眉が寄ってる──すなわちかなり怒っていることに気が付けるはずだ」

「……MODさん、私横になってきても構いませんか?」

「止めてくれこの空間に私とCHEAT君だけを放置しようとするんじゃないっ!!」

 

 

 ……なにをごちゃごちゃ言っているのだろうか、この子達は。

 ダミ子さんとDMさんは既にTASさん検定準一級まで取得しているのだから、彼女達にも早くそのラインにまで上がってきて貰いたいのだが。

 

 ともかく、今のTASさんが普段より不機嫌であることは事実。

 ゆえに、先ほどの言葉も字面通りに受け取ってはならず……。

 

 

「梅雨の大雨程度、行動範囲内の雲を全部吹っ飛ばせばそれで大丈夫」

「なにも大丈夫じゃないのですがっ!?!?」

 

 

 続いてTASさんが溢した結論に、ようやくAUTOさん達も事の重大さに気付いたのであった。

 ……全くTASさんの相手は地獄みたいなもんだZE☆(死んだような眼差し)

 

 



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君は雨をも吹き飛ばす完璧な貴女

「……えーとつまり?別に梅雨だけに限らず、なにかしらの小さな物体が空気中にちらつくような時期になると、毎回こんな感じで拗ねてしまうと……?」

「そうそう。他には花粉とか、雪とかの場合もあるね」

 

 

 MODさんの言葉に、小さく頷きを返す俺。

 まぁ雪に関してだけは、この一帯には余り降らないこともあって、そこまで大事にはならないわけなのだが。

 

 ……そのわりには、加入タイミング(夏以降)的にその時(降雪時)のTASさんの様子しか知らないはずの二人が、揃って微妙な顔をしているって?

 そこはほら、TASさんって基本的に顔には出にくいけど、それでも周囲が判別できるくらいの変化はあるから……。

 

 

「……ええと?」

「今回ほど露骨じゃないけど、しっかりとその時のTASさんも不機嫌になってたんだよ。……まぁ、DMさんのお陰で天候操作を覚えられてからは、その辺りは緩和されたんだけども」

 

 

 要するに、AUTOさん達の見てないところであれこれとあった、というわけである。……雪を見る度思い出せ、するTASさんが居たというか。

 

 ……とはいえ、その辺りは珍しく神らしい特技を見せたDMさんと、それを見て覚えたAUTOさん・そこから自分にも流用することに成功したTASさん……みたいな感じで、一応は解決の目を見たのである。……見たはずだったのである。

 

 

「……はず?」

「ああうん。AUTOさんさぁ、ちょっと試しに天候操作してみてよ」

「はい?……ええとその、私の場合巫女の真似事になるので、ちょっと恥ずかしいのですが……」

「いいからいいから」

「人の羞恥を、勝手に軽いものに貶めるのは止めて下さいませんことっ?!まったく……って、あら?」

 

 

 こちらの言い淀む姿に、AUTOさんが首を傾げているが……敢えてここでは答えず、代わりに彼女に天候操作をしてみるようにとお願いする俺。

 その言葉を聞いたAUTOさんは、当初恥ずかしそうに頬を染めながら舞を天に奉納し始めたのだが……すぐさま違和感に気付いたようで、こちらに怪訝そうな視線を向けてくるのであった。

 

 

「……天候操作って、つまるところDMさんから教わったものだろう?だからまぁ、ある意味では()()()()ってカテゴリになるわけで。……そのせいなのか、技術ツリーの解禁が()()()()()()()()()()()()()ってことになってるらしくてね……」

「な、なるほど……」

 

 

 手順は間違っていないはずだというのに、空はうんともすんとも言わず、代わりとばかりに雨粒が絶え間なく降ってきている。

 

 ……これはつまり、天候操作コマンドがちゃんと機能していない、ということ。

 どうやらこの天候操作という行動、人一人に動かせる範囲としては広すぎるせいなのか、扱いとしては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……みたいなものになっているようで。

 とても雑に説明するなら、『今はコマンド解禁されてないので使えません』という状態になっているのだそうな。

 

 

「……あー、ストーリー進行上の重要アイテムは、周回には引き継げなかったりするっていうあれ?」

「そうそれ。天候操作は終盤の飛行船解禁に相当する……みたいなやつ」

 

 

 そういう技術が存在する……という知識は引き継げるものの、それを実際に使えるようになる時期は決まっている……みたいな?

 

 そんなわけで、現在のTASさんは「○○が使えたのなら、こんなやつ(※雨雲)一撃で吹き飛ばせるのに……!」みたいな心境になっている、というわけなのであった。

 ……え?その例えは不適切(別に他の方法が使えない、というわけではないという意味で)じゃないかって?まぁ、はい。

 

 

「はいじゃないが?」

「ははは。穏便な方法が使えないのなら、荒い方法でも使い倒そうとするのはTASさんの生態みたいなものなので……」

「諦めんなよお前ー!」

 

 

 正直、どう言い繕おうともTASさんが雨雲にイラついている、という事実は変わらないわけで。

 ……ならばまぁ、危機感を共有するためにちょっと大袈裟に表現するのも俺の仕事……みたいな?

 

 そんなことを呟けば、諦めんなよお前という言葉と共に、CHEATちゃんの前後揺らしが俺の頭に炸裂したのでしたとさ。

 ……止めて脳が揺れるぅ~。

 

 



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雨だって必要だけど限度がある

「……つまり、TASさんが雨雲を吹き飛ばすために無茶苦茶なことをする……などという短慮に及ばないように、私達であれこれと機嫌を取る必要がある……ということですのね?」

「まぁ、端的に言うとそういうことになりますね……」

 

 

 梅雨やら大雪やら花粉やらのシーズン時のTASさんが狂暴である、ということを共有した俺達。

 ゆえにここからは、どうにかして彼女のイライラを解消する方向を考えよう、という話になるのだけれど……。

 

 

「……無くないかい、そんなの」

「そうなんだよねぇ……」

 

 

 暫く目蓋を閉じて考え込んでいたMODさんが、それを終えた後に告げたこの一言。……悲しいことに、これが現実である。

 

 なにせ、彼女が怒っている相手は『天候』という、ある意味では単純なイベント以上に面倒なもの。

 何が面倒って、本来人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なわけで。

 

 

「DMさんに教わることで、彼女と私はその制限を脱することが出来ましたが……生憎と、それができるようになるのは暫く後の事。……具体的にはツーシーズンほど後、ということになりますので……」

「梅雨の時期の今、私達にできることはなにもない……と」

「そうなってしまいますわね……」

 

 

 無論、暫く時を置けば、TASさんとAUTOさんの二人がDMさんから教わる、という形で天候をある程度自由にすることもできるようになるわけだが……これに関しては先ほどから何度も言っているように、現状では選択肢がグレーアウトしている状態なわけで。

 そうなれば、人の手では基本どうにかしようと思うことすら烏滸がましい、自然現象である梅雨に対してできることなど、素直に梅雨が明けるのを待つ……くらいしかないわけで。

 

 

「それは裏を返すと、今のTASさんに我慢するように言っているに等しい。……無論、TASさんが今の状況を許容してくれるわけもなく……」

「結果雨雲が吹っ飛び、ついでにそこら一帯も吹っ飛ぶ……と」

「……冷静に考えたら、天候吹っ飛ばすついでに大地も吹っ飛ばせるだけの火力があるのおかしくね?」

 

 

 そうなってしまうと、TASさんが地球環境の破壊に着手し始める可能性を潰せない、ということになってしまう。

 

 ……え?前回の周回ではそういう問題起きなかったのかって?……あーうん、前回のTASさんは天候操作とか出来なかったから、今回みたいにイライラMAXになってもある程度自重が効いていたというか……。

 あれだよあれ、一回できるようになったことが何かの要因でできなくなった場合と、端からできないことを比べると落差の問題で感覚的なイライラ度数が違う……みたいな?

 

 まぁともかく、今回のTASさんがいつもに比べて抑えが効かない、というのは本当の話。

 だからこそ、こうして対策会議を開くことになったわけで。

 ……講じることのできる策がなにもない、なんて結論で終わった場合に起こることなど、今の俺達には想像することすらできない。

 

 ゆえに、原則的には最悪の事態を想定しておく、という話になったのである。

 ……だから、こちらに無言で抗議の視線を向けてくるTASさんは一先ず無視である。「そんなことしないもん……」とか言ってるけど、それをやれるだけのパワーは持ってるんだから対策されても仕方ない、ってやつだ。

 

 そんなわけで、無言の抗議から人の頬肉を掴んでぶら下がる、という直接的かつ地味に痛い抗議に行動を変更したTASさんを(辛うじて)スルーしながら、CHEATちゃんの言葉にツッコミを入れる俺なのであった。

 

 

「……と、言うと?」

「順番が逆だって話。天気と大地だと破壊しやすいのは大地の方なんだから、天気のついでに大地を破壊するのは寧ろ自然な流れ、ってやつ」

「はぁ……?」

 

 

 この辺りは『台風を人工的に消し去ることは可能か?』みたいな話を思い浮かべればわかりやすい。

 実際、台風のような大規模災害はそれがもたらす被害が尋常ではなく、それゆえにどうにかして消滅させられないか、と真面目に考えられたことがあるのだ。

 

 

「で、一応できなくもなさそう、って話にはなったんだ」

「へぇー、やれなくはないのか……で、その方法は?」

「マグニチュード9の大地震級のエネルギーをぶつける」

「……あーごめん。聞こえなかった。もう一回言って貰える?」

「原子爆弾を複数個ぶつける。……まぁ、費用対効果の面から言っても無茶だし、なんなら単純なエネルギー面での試算でしかないから、実際にこれをやって台風が消せるかは謎みたいだけど」

「……色々と無茶苦茶じゃねぇか!?」

 

 

 まぁ、それだけ自然災害というものが持つ力は強い、ということなわけで。

 一応、もっと穏便な方法──台風や雨雲が発達するのは海水面の温度が高いからなので、それを底の方の冷たい海水と循環させることで抑えるとか──も検討はされたみたいだが、こっちは台風によって起きる被害と、この設備を用意するための資金の面で『到底釣り合わない』となって検討の段階で頓挫したみたいだが。

 

 あ、あと単に雨雲を特定地点に発生させない、というだけなら中国辺りが一応人工降雨、という形で対策に成功してはいるらしい。

 そのために必要なものが毒性のある物質なので、基本的に他所で真似できるような方法ではないみたいだけど。

 

 ……とまぁ、散々あれこれ言ってみたが、普通に考えると無理なことを、TASさんなら無理矢理にでもやれる……という時点で危険度は相当なものである、ということはよくわかって貰えただろう。

 ゆえに、彼女に無用な暴走をさせないためにも、この梅雨の時期をどうにかして乗り越える必要があるのだが……。

 

 

「どうしようねぇ?」

「どうしましょうねぇ……」

 

 

 正直、うちで一番の実力者が敵みたいなものである状況で、こっちにできることがどれほどあるというのか?……みたいな、一種の詰みになっている気がする俺達なのであった……。

 

 



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雨、雨、雨!口を開けば雨とばかり!

「……うーむ、仕方ない。こうなっては恥も外聞もない」

「ええと……その言い分ですと、なにか策がお有りなので?」

「策と言うにはとても拙い、ほとんど逃げみたいな方法だけどね」

 

 

 暫く一同で考え込んでみたものの、特にうまい策は思い付かず。

 それゆえ俺は仕方なく……遺憾ながら仕方なく、とある一つの方法を取ることにしたのであった。

 

 

「……と、言うわけで。DMさん、お願いします」

「……ってはい?わ、私ですか?」

 

 

 で、その方法と言うのが、DMさんに任せるという、ある意味思考を放棄したような力業なのであった。

 

 

「……ええと、それは私達が天候を操作しようとするのと、一体何が違うのでしょう……?」

「本来の持ち主かそうでないかの違い、みたいな?神の技術なんだから人が使っちゃダメ……みたいな制限なんだから、それこそ元々神様なDMさんにその制約が振り掛かるわけがないというか……」

「あー、言われてみれば確かに……」

 

 

 で、ここでこの選択肢が出てきたのは、つまるところ件の制約が()()()()()()()()に掛かるモノだと認識したがため。

 雑に言ってしまえば、加入前から普通に使えていたはずのDMさんに、その辺りの制限が発生するはずがない……というわけである。

 

 ただまぁこれ、実際のところここまで選択肢に挙げるのを渋った理由、というものがあるわけで。

 

 

「第一に、梅雨みたいな長期間続くタイプの天候変化を抑える、となると負担が大きすぎるって点」

「……ああ、DMさんと地球、それからTASさんにとって……というわけですわね」

「え?なんでその三人なんだ?」

 

 

 その一つめの理由が、天候操作に掛かる負担の捻出。

 まず以て、この行為はTASさんからDMさんに頼む、という形になる。

 ゆえに、形式上彼女に対して何か報酬を渡さなければならない……ということになるわけだが、その場合に予測される報酬の額が阿呆みたいなことになる可能性がとても高いのだ。

 

 何故かと言えば、TASさんが個人の判断でオンオフするのならいざ知らず、頼み込む以上はあまり何度もそういうことはさせられないだろう、というのが一点。

 彼女が天候操作を欲する時というのは、原則なにかしらを短縮するためである。

 ……逆を言えば、その判断は常にTASさんの中で瞬時に行われるものであり、それをDMさんに察知してフレーム単位で切り換えろ、などと言われても無理がある……ということになるのだ。

 

 なので、必然的に天気は『晴れ』のままにする、というのが丸いということになるのだが……そうなると今度は地球環境の方に問題が出てくる。

 実際どのようにして天候を操作しているのか、俺にはわからないが……バグが出にくい方法として考えるのならば、予め先に何処かで降雨を起こしておく……などの形式が考えられるだろう。

 

 無論、そんなこと繰り返していたら別の地域に梅雨が移動してしまう形になるし、そもそも日本の方もずっと晴れになるせいで水不足になる、みたいなことになりかねない。

 流石にそんなことになってしまっては、TASさんの行為も咎められる以外の道はなく……とまぁ、雑に見繕ってもそれくらいのデメリットがポンポン出てくるわけなのだ。

 

 

「……あれ?でもそれだと、普通にTASのやつがそれを使えるようになっても、それはそれで問題なんじゃ……?」

「説明の中で触れたけど、TASが必要とするタイミングを他人が察知しようとするのが難しい、ってのが主題だからね。実のところ、TASさん本人が使う分にはその辺りの問題はないのさ」

「えー……?」

 

 

 そこまで説明したところで、CHEATちゃんからは疑惑の眼差しが飛んでくる。

 基本的に傍若無人感のあるTASさんが、地球環境に配慮なんぞしているのか?……みたいな疑念なわけだが、そりゃもうしてない方がおかしいくらいなのでしてますよ、というか。

 

 そもそもの話、天候の無茶な変化が地球環境に大きなダメージを与えることがある……というのは、それに伴って正常な動作を阻害される可能性がアップする、ということでもある。

 任意コード実行は便利だが、扱い方を間違えると大本のデータや基盤にダメージを与えることもある……みたいな?

 

 そのため、彼女はそれらの技能を使う際は、必要以上に使わないことを常に心掛けているのである。

 なので、先の天候操作の場合だと、ラグ取りに必要な範囲・時間以上の継続的な天候操作は行わない。

 

 ゆえに、彼女がそれを使っている姿を外から見た場合、どこぞの聖者の如く進行方向の雲が割れる、くらいの見た目となって現れるのである。

 ……え?それはそれであれじゃないかって?大規模な気象異常引き起こすよりかは健全なんじゃないかな……。

 

 とまぁ、それがDMさんに頼む際一つ目の問題点。

 そして次が二つ目の問題点なんだけど……。

 

 

「なるほど……ところでDM、これから道具として使われる予定はない?」

「じょうだんをいっているめつきじゃない……ですと……!?」

「TASさんが気付いてしまうと、このようにDMさん.exeを別の機械に移そうとしてくるんだ」

「それは……問題ですわね……」

 

 

 なんだ、方法あったんじゃん。

 ……くらいのノリで、DMさんの人権……神権?を気軽に侵害しようとし始めるから、というなんとも言えない理由なのであった。

 

 



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雨の日には外に出るべきではないのだから

 はてさて、血走った目(※当社比)でDMさんを追っ掛けるTASさんをどうにか宥め、改めてDMさんに天候操作は使えるのかどうかを確かめたところ。

 

 

「あー……はい、使えないこともないみたいですね、一応」

「……一応?」

 

 

 と、なんとも微妙な反応を頂くことになったのであった。

 なので、その辺りを詳しく尋ねると。

 

 

「ええとですね、そもそもお二方が教えたモノを使えない理由って、『まだその時期ではない』からでしょう?」

「まぁ……恐らくは。それくらいしか原因が思い付きませんし」

「それとほとんど同じです。そもそもの話、()()()()ってこの時期どうしていると思います?」

「本来のDMさん?……ええと、確か……って、あ」

「……居ない時期のパラメーターは、基本的に本来のモノを踏襲する……でしたか?まぁそういうわけで、天候操作のような大掛かりなものは、出来てこの周辺半径百メートルくらいなのです。時間もほぼ一瞬、みたいな感じですね」

 

 

 本来私、封印中のはずなので。

 ……苦笑いと共に放たれた言葉に、一同はがっくりと肩を落としたのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……ってことは、仮にDMさんをあてにするとしても、まともに運用できるのは冬頃ってことか……」

「そしてその時期になってしまえば、そもそもこちらの技能の解禁もすぐそこ。……敢えて彼女に負担を投げる必要性も、ありませんわね……」

「お力になれず申し訳ありません、とだけ返しておきますね」

 

 

 そのわりにはほっとしているような、とは言わない俺である。

 ……まぁ、杖とかにすげ替えられかけてたんだから、さもありなんというか。

 

 ともあれ、話は振り出しに戻ってしまった。

 梅雨の時期のTASさんのイライラをどうにかする、という名目で始まった会議は、文字通り完全に失敗したというわけである。

 一応、CHEATちゃんに天候操作アイテムでも作って貰おうか、みたいな案も持ち上がりはしたが……。

 

 

「……いや、この前みたいなのはヤだし」

 

 

 とすげなく断られてしまった。

 ……あーうん、彼女自身に天候操作の経験が無い以上、この間のカメラの解析の如く、集中力やら気力やら総動員する羽目になりそうなのは間違いなく。

 そりゃまぁ、やりたくないと突っぱねられても仕方がない話というべきか。

 

 ……あの時に比べれば、やり方を知っている人が他にいたりする分、まだ楽な方ではあると思うのだが。

 何分その相手というのがTASさんとAUTOさんという、地味に他人に説明するのが得意ではない二人……というのはマイナスポイントというか。

 

 

「……私は説明、下手くそなどではありませんが?」

「自らの技能に任せて、相手の記憶に焼き付けるようなやり方をするのは、決して説明とは言いません」

「……くっ!」

「いや『くっ!』じゃないが?」

 

 

 なお、AUTOさん説明下手くそ説に関しては、正確には『伝え方までもが最適化されるせいで、覚える過程とかまでもが省略されてしまう』という、なんというか色々おかしなことになるせいである……とだけ付け加えておく。

 いやまぁ、そんなことになるのは()()()()()()()()()()()()()()()に関してだけ、みたいな感じではあるのだが。

 ……説明書を熟知していなくても、操作自体はできるだろうけど。

 CHEATちゃん的には、説明書を隅から隅まで熟知しないとコードを書けないので相性が悪い……みたいな?

 

 まぁともかく、今のところ天候操作技術をどこからか用意する、みたいなあては無さげである。

 辛うじて、MODさんに周囲の壁紙を晴天に変えて貰って、気分だけでも晴れにするってくらいはできそうだが……「それって、彼女に喧嘩売ってる扱いにならないかい?」と言われれば強行はできまい。

 

 

「そういうわけなので、ここで考え方を変えます」

「考え方?」

「そう。結局のところ、この辺りはTASさんの胸三寸で決まる話なわけで、こっちがあれこれと気を揉んでも意味がない……なんてパターンは寧ろ頻発してしかるべき、くらいのものなわけでね?」

「先程までの会議を全部無駄だったって言い始めたんだけどこいつ」

「そこまでは言ってない言ってない」

 

 

 仮に無駄だとしても、対処法が無かったって結果を知れたのは間違いないわけだし。

 

 ……話がずれたので元に戻すと、結局彼女自身の意思でやれないとどこかで()()が出る、というのがここでの主題。

 本人は相変わらず「そんなことないもん」って言っているが、やっぱりコンマ一秒でも短縮の余地を見たのなら、彼女が満足しないのはわかりきった話。

 

 なので、こちらがあれこれ考えるよりも、彼女の意識を切り替える方が幾分楽、というわけなのである。

 

 

「はぁ……?」

「まぁ、言葉で説明してもわかりにくいだろうから実例を。──TASさん」

「なに、話を聞かないお兄さんとは話すことなんて「制限TAS」……なに?」

「ラグ有り天候操作縛り梅雨TASだ、やれるね」

「なるほどコントローラー壊れた想定。じゃあ仕方ない、頑張る」

「おー、頑張れー」

 

 

 ってわけで、こちらがTASさんに告げたのは、使えないのではなく使()()()()という体で進めよう、という心構え的なもの。

 ……そんなんでなにが変わるの?と言われれば、TASさんのやる気が変わるとしか。

 

 

「そ、そんな単純な話で終わるのですか……?!」

「いやまぁ、一連の流れで『代替手段がない』ってことを予め確認しておかないと、TASさんの説得成功率が無いに等しいから必要ではあったんだよ?今さっきまでの流れ」

「だとしても、骨折り損的な気分は免れないよ……」

 

 

 はぁ、と肩を落とす皆とは対称的に、TASさんは腕をぐるぐる回して楽しげに(※当社比)雨雲を見上げていたのでありました、どっとはれ。

 

 



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傘を持って出掛けよう~令和傘客異譚録~

 はてさて、TASさんの不調を直したあとも日々は続く、というわけで。

 

 

「前々からやってみたいことがあった」

「ほう、それは?」

「雨粒全避けTAS」

「……それができたら傘要らずだな」

「そう。一応、普通の雨って避けられない規模の水が塊になって落ちてきてるってわけではないから、やってやれないことはないはず」

「まぁ、理論上はできてもおかしくはないかもな。……人の体の横幅よりも狭い範囲で、まったく同時に降ってくる雨粒が無いのなら……って注釈は付くと思うが」

「なるほど……それは確かに。避けた先に雨粒が居たんじゃ意味がない」

 

 

 雨雲を見ながら、とりあえず思い付いたのであろうやりたいことを、キラキラとした(※当社比)目で語るTASさんに返事をしつつ、黙々と洗濯物を畳む俺である。

 

 ……空気がじめじめしてるから服が乾きにくいし、洗剤をちゃんと選んでおかないと部屋干し特有の匂いがしたりと、梅雨にはあまり良い思いの無い俺だが、ここでそれを態度に出すとTASさんが、

 

 

「……!お兄さんの承認が得られた。つまりこれは、今すぐ雨雲を吹き飛ばしても良いということ」

「まっったくよくないが!?」

 

 

 ……みたいな流れになりかねないので、なんとか自重する俺である。

 考え方が変わったといっても、結局梅雨が無い方がTASさん的には嬉しい……ってことは変わってないからね、仕方ないね。

 

 

「ふっふっふっ……甘い、甘いぜTAS!」

「この声は……CHEAT」

(……なんだこの流れ?)

 

 

 などと考えていたら、突然始まった謎の茶番。

 どうやら学校帰りでうちにやって来たCHEATちゃんが、なにやらTASさんへと挑発めいたことを述べているみたいなのだが……ええと、これは一体どういうノリのアレなので?

 

 そうして困惑する俺を尻目に、二人の謎なやり取りは続いていく。

 

 

「雨の日、止みかけの雨、手元の傘……これらの条件が揃ったのなら、私達がやるべきことなんて一つ……だろ?」

「なるほど……梅雨だからといって、一瞬でも雨が止まるタイミングが無い……なんてことはない。貴方はそう言いたいんだね」

(……どういうこっちゃ?)

 

 

 なに言ってるんだこいつら?

 ……的な視線を向けてみるものの、二人はすっかり盛り上がってしまっているようで、こちらの呆れ顔に気付く様子はない。

 どころか謎のやり取りはさらにエスカレートしていき、CHEATちゃんは手持ちの黒い傘を、対するTASさんはどこから出したのかわからない、謎の白い折り畳み傘をじゃきり、と勢いよく引き伸ばしながら構えたのであった。

 ……いや外でやれぇ!?

 

 

「行くぞぉ!食らえ五月雨(さみだれ)斬りぃ!」

「なんの、梅雨落とし。一月後だから私の勝ちー」

「はー?月の多さだけで勝負は決まりませんがー?」

 

 

 いつぞやかのTASさんとAUTOさんの戯れのような、わりとガチな戦い……というよりは、小学生男子同士のじゃれあい的な空気感漂う小競り合いではあったものの。

 それをやっているのがこの二人、という時点で警戒するに値するわけで、俺としては室内でやるなと声を大にして言いたいところなのだが……ああうん、こんな時に限ってさっきまで止んでた筈の雨が再度降り始めてるでやんの。

 

 ……乱数調整で雨を降らしたんじゃなかろうな?とTASさんを見つめるものの、彼女から返ってきたのは「天候操作無しでの雨祈願はほとんど運だから無理」という言葉だったため、一応納得する俺なのであった。……いやホントに納得していいのかこれ?

 

 まぁともかく、室内でやるなというのは変わりないため、代わりの場所を用意する俺である。

 

 

「それがなんで私の部屋なんですかぁ!?」

「なんでって……部屋の構造的にここが一番広いから?」

「そうでしたぁ!!隣が物置みたいになってるので忘れてましたが、ここって襖を退かせば繋がりますねぇ!!」

 

 

 で、そうして彼女達を移動させた先は、ダミ子さんが寝泊まりしている一室。

 この部屋、本来は二部屋ぶち抜きタイプの場所であり、彼女の寝室として貸し出す際に、片方を物置代わりにして閉め切ったのである。

 なので、その襖を取り払えば二部屋分。この家の中では一番広い場所、ということになる。

 

 ……部屋割りがよくわからないって?まぁこの家、わりとワケわからん間取りしてるからなぁ……。

 またいつか、解説する時があればその時に詳しく説明するとして……一先ずこの家の中で一番広いのがここ、とだけ覚えておいて貰えればいいや。

 

 なお、別に俺ばかりにTASさんの相手を任せて、一人部屋で休んでるダミ子さんに思うところがあったとか、そういう話ではないことをここに記しておきたいと思う。

 

 

「それ遠回しに思ってたって言ってるやつじゃないですかぁ!?……ってわぁ!?なんで私に向かって傘を振り回すんですぅ!?」

「大丈夫、痛くないように細工はしてる」

「痛いとか痛くないとかの話ではないんですけどぉ!?」

「大丈夫大丈夫、最近ダミ子の影が薄いから相手してあげてるだけだから」

「この間私関連の話したばっかりですよねぇ!?」

 

 

 おお、メタいメタい。

 何故かがきんちょと化した二人に追い掛けられているダミ子さんに生暖かい目を向けたのち、俺は夕食の準備のためにその場を離れるのであった。

 ……後ろから聞こえてきたダミ子さんの悲鳴はスルーである。

 

 



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静かにしよう、雨なのだから(できない)

「失礼します……と、今日は大人しい日なのですね、彼女」

「雨の日に騒ぐにしても、やることのバリエーションってそう多くないからね」

「……それ、暗にバリエーションさえあれば騒ぐと仰ってませんこと?」

 

 

 別の日。

 梅雨は変わらず続いているわけだが、今日のTASさんは大人しい文学少女の気分なようで。

 

 窓際で雨音をBGMにして手元の本を捲る姿は、なるほど物静かな文学少女として完璧な画……と言って間違いない姿だと言えるだろう。

 まぁ、実際には口を開けばわりと騒がしいし、なんなら凄まじく行動的・活動的な質なので、現在のちょっと神秘的ですらある空気を自分から壊滅させていくスタイルだったりするのだが。

 

 ともかく。こうして静かに本を読んでいる分には、こちらとしても余計な心労を受けずに済むのでありがたい……というのも確かな話。

 ただずっとこのままだと、そのうちこっちの調子が狂ってくるので、あくまでも梅雨時期だけの限定バージョンとして扱っておきたいところでもあったりする。

 ……まぁ、常日頃彼女に振り回されるタイプの人でないのなら、単にこの空気感に身を任せるのもありかもしれないが。

 

 

「……私、時々貴方様のスタンスがわからなくなる時がありますわ」

「俺はTASさんが楽しいのならそれでいいよ派だけど?いやまぁ、迷惑掛けられっぱなしなのは御免だけど」

「矛盾していませんか、それ……?」

 

 

 まぁ、小難しい話はそこまでにしておくとして。

 AUTOさんが来たということは、そろそろ夕食の準備が必要なタイミング、ということでもある。

 なので、俺としてはこのまままっすぐ台所に向かいたいところなのだけれど……。

 

 

「……マグロが食べたい」<ジュルリ

「彼女、なにか言い出しましたけれど……」

「多分マグロの話でも見てたんだな……」

「マグロの話とは……?」

 

 

 タイミングというものは重なるもの。

 ゆえに、TASさんが本を閉じて視線を上に向けるのも、また既定路線と言うやつなのであった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「そういうわけなので、今日はマグロ釣りにやって来ました」

「なにがそういうわけなのかわからないのですが???」

 

 

 と、言うわけで。

 TASさんのリクエストに答え、マグロ一本釣りにやって来た俺達である。

 当の本人は「わーぱちぱち」などと拍手をしているが、実際には彼女がメインウェポンなので是非に頑張って頂きたい。

 いやまぁ、AUTOさんも本人のスペック上、両翼を担うだけのステータスはあると思うのだが。

 

 

「ええと……?」

「なにせ今回狙うマグロ──カジキマグロは、噂によると人の乗る船にわざわざ突撃をかましてくるくらいに、攻撃性の高い魚として有名だからね!あと丁度今頃が旬だよ!」

「なにを考えてますの?!もう一度言いますけど、なにを考えてますの貴方?!」

 

 

 まぁ、実際には速度が出すぎて急には止まれないだけ、みたいな予測もあるらしいが。

 高速フェリーの時速がおよそ六十六キロなのに対し、世界一速く泳ぐとされるバショウカジキの泳ぐ速度が百二十五キロだというのだから、そりゃそういう論説が出てくるのも仕方のない話である。

 

 ともかく、マグロの一本釣りと言えばカジキ……というわけで、ミサイルの如く突っ込んでくるこのマグロを釣り上げるのが今回の目的なわけだが。

 気を抜くと普通に死亡事故が起きる可能性のあるヤバい魚なので、今回俺は後方待機……正確には船内にて待機である。

 

 釈然としない様子で巨大な釣竿の前に陣取るAUTOさんと、その横で謎のステップを刻むTASさん。

 ……なるほど、既に釣りという戦いは始まっている、ということらしい。

 

 

「えっ、あ、調整しましたわね!?今の間に!?」

「大物が二匹釣れる。今日はマグロパーティ」<ジュルリ

「頭の中が既にマグロで一杯に!?」

 

 

 なお、そのあと宣言通り二匹の大物を釣り上げました。

 

 

 

・A・

 

 

 

「流石に捌けないから、適当に部位を貰ってきたんだよ」

「なるほど、その結果がこれってことか……なぁ、これ何時から行って何時頃帰って来たんだ?」

「ええと……四時頃に出て五時頃に戻ってきた感じ?」

「絶対漁師のおっちゃん目が点だったろそれ……」

 

 

 おお、よくご存じで。

 暗くなる前の夕方時に唐突にやって来て『カジキ釣らせてください』などと宣った謎の余所者を、訝しみつつも船に乗せてくれたおっちゃんには感謝が尽きないが……その辺りの『受け入れてくれるかどうか』の部分も既にTASさんに操作されていた、というのは可哀想だと思わないでもない。

 

 ……そのお詫びとしてある程度身を分けて貰った以外は、ほぼ丸々カジキを渡した形になるわけだが……よもやこんな短時間に釣れるとは思っていなかっただろう、ということは想像だに難くない。

 頻りに「……?……??」と首を傾げるおっちゃんが、次の日以降寝込まないことを祈る他ない俺である。

 

 まぁ、それはそれとしてこっちはマグロカツとか刺身とかステーキとか、ひたすらマグロ三昧を楽しむ姿勢なのだが。

 一口マグロを食べては満足そうに頷くTASさんを見て、なんだか久しぶりに普通の()一日だったなぁ、と思う俺なのであった。

 

 なお、貰ったマグロは結構多めだったため、しばらくマグロの日が続いたことは言うまでもない。

 

 



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引き続き天から水が落ちてきます

「雨が降っていて外に出られない、となると必然やれることというのは少なくなるもの」

「だからってぇ、なんで唐突に私の部屋で百物語をやろう……なんて話になるんですかぁ!?」

「おかしなことを疑問に思うんだね?夏と言えばホラー、ホラーと言えば夏。今はまだ梅雨だから、あくまでも予行練習みたいなものだけど……今年はホラーが熱い(キリッ」

「私からすれば、貴方の存在そのものが既にホラーみたいなものですよぅ!!?」

 

 

 はてさて、ダミ子さんの現在使っている部屋が、本来二部屋分のところを片側を締め切り物置扱いにしている……みたいなことを以前言っていたと思う。

 

 それはつまり、そこの部分の仕切りを取り払ってしまえば、結構広めのスペースが確保できる……ということになるわけで。

 こうして今回、そうしてできたスペースにろうそくを大量設置することと相成ったわけなのであった。……え?話の前半と後半に繋がりが見えてこないって?

 

 まぁ、TASさんがホラー話をし始める……というのが、半ばギャグ的なもののように聞こえるのは確かだが。

 そもそもTASさんと言えば『チャレンジするジャンルに節操がない』のも重要な特徴の一つ。

 ……嫌がるダミ子さんにはひっじょーに悪いのだが、大人しくいけに……げふんげふん。TASさんの遊びに付き合ってあげて欲しい次第である。

 

 

「今お兄さん、生け贄とかなんとか言いそうになっていませんでしたかぁ!?」

「言ってない言ってない。俺とお前を生け贄に、TASさんのホラー話を再生(しょうかん)だとか言ってない言ってない」

「それ、実質的に言ってるようなモノじゃないですかぁっ!!?」

 

 

 ──むぅ、なんとわがままな。

 本来百の怪談を語らないといけないところを、その十分の一である十個の怪談で終わるようにしてあるのだから、寧ろ突発的なトラブルとしては楽な部類のはずなのだが。

 ……え?話が短くなったのは別にこちらを慮った結果ではなく、単にTASさんが短縮を図った結果、十の物語を一つに圧縮してしまえば実質百物語扱いできることに気付いただけ?……それはそう。

 

 ただでさえこの間、他所の世界出身の寡黙さんから同時発声などという、チート以外の何物でもない技を伝授されたばかりなのである。

 そりゃまぁ、それを十二分に活用したプレイングを試してみたい、とTASさんが考えてしまうのも仕方のない話だろう。

 ……それで出力されるのが百物語、というのはどうなのかとかいうツッコミについては、こちらでは受け付けておりません。

 

 ともかく、今回はあくまでも前哨戦。

 本番は夏の暑さ深まる頃・こちらが忘れた頃にやってくること受け合いなので、今回はサクッと流して終わりにしたいわけで。

 

 

「つまり、君がこうして駄々をこねていると、どんどん長引いてしまうんだよ!話が終わるのが!!」

「……うう~、わかりましたよぅ~、やればいいんでしょうやればぁ~……」

 

 

 そういうわけで、嫌だ嫌だと駄々を捏ねるダミ子さんを宥め賺し、ミニマム百物語開幕のお知らせなのであった。

 ……あ、トップバッターはダミ子さんからでよろしく。<ナンデソンナコトニナルンデスカァ!?

 

 

 

・A・

 

 

 

「……ええと、その話の結果、お三方で百物語をしていた……ということなのですよね?」

「それがなんでこんなことに……」

「話をしている内に興が乗ってしまった。反省はしているけど後悔はしていない」

 

 

 そんな感じで始まったミニ百物語……もとい十物語なわけだが。

 何故かこう、思いもよらぬ結果を導きだしてしまった……というのは、他の面々の反応からもわかって貰えると思う。

 

 いやね?最初はいやいや語ってたダミ子さんも、順番が一巡した頃には、すっかりノリ気になっていたわけなのですよ。

 ……この辺りの反応を『ノリが良い』と言うべきか『流されやすい』と言うべきなのかは判断の別れるところだが、まぁともかく余計な脇道に逸れる可能性がなくなった、というのはとても重要なことだろう。

 

 ──問題があるとすれば、思ったよりも語りに熱が入りすぎてしまった……と言うところだろうか?

 

 猿が有名な作曲家の楽曲を()()()弾けるか?……みたいな例え話があるが、今回に関してはまさにそんな感じ。

 怪談を語る内に怪談を呼び寄せる方法に()()合致してしまった……というのが、落としどころとしては無難だというか。

 

 ……御託はいいから、早くなにが起きたのかを教えろって?では、細かい背景とかを無視した上で答えを述べると。

 

 

「……ダミ子さんの首が伸びるようになって、冷気を放出できるようになって、猫耳が生えました」

「まさかのトリプル怪異合体ダミ子。多分ダミ子のダミー部分が変な噛み合い方してる」

「猫耳だけ微妙ですがぁ、他はわりと便利ですぅ」

「えー……」

 

 

 ご覧の通り、ろくろ首と雪女と猫娘が混じった、色物以外の何者でもないダミ子さんが誕生していたのでありました。

 なお、本人的には部屋から動かず首だけ伸ばしてご飯が食べられるし、これから暑くなるということで自分で涼しくできるのは便利ですぅ、と好評の模様。

 

 ……いや、もうちょっと危機感持てし。

 

 



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ようでるヨーデルヨーロレイヒー♪

「ダミ子さんのダミー部分が悪さをしている……となると、例の代入式云々が……ということですの?」

「恐らくは。……十の物語を一つに圧縮したせいで、データ密度が高まってたのも誤作動の原因だと思う」

「なるほど……?」

 

 

 とりあえず首を伸ばして横着するのは止めなさい、とダミ子さんを嗜めたのち、改めてこれからどうしようか、と話をすることになった俺達。

 流石にこの状態で放っておくのはどうなんだ?……みたいな感じから発生した対策会議なわけだが、とはいえどうすればいいのかと問われると、微妙に首を傾げざるを得ない感じだったりもする。

 

 なにせ、今の彼女の状態自体、なにがどうなってそうなっているのか、という根本部分からわからないのだから。

 ……ダミーデータはブラックボックスでもある、というわけである。

 

 

「とりあえず、AUTOにはこれ」

「……これは?」

「妖怪変化.exe。覚えると妖怪に変身できるようになる」

「…………これは覚えてもいいものなのですか?」

 

 

 そんな中、TASさんにデータチップを渡されたAUTOさんが、困惑したような視線をこちらに向けてくる一幕が挟まったりもしたが……こちらに助けを求められても困る、としか言いようがない。

 

 大方、そもそも覚えられるのだろうか?とか、使ったあと元に戻れるのだろうか?とかの疑念から来る行動なのだろうが……単なる人間が思い込みの力で変化する、ということについては寧ろ過去からある技術の一つだと言える。

 ならば、やってやれないなどということはないだろう。

 

 ……あと、AUTOさんが使う場合はどこまで行っても外付けのシステムでしかないので、根幹部分から投げ捨てれば多分戻れるんじゃないかなーというか。……その辺りの機微は、俺にはまったくわからんが。

 

 

「……できましたわね、雪女」

「なんでよりによって、今この場でその姿を選んだし!?」

「え?ええとその……見た目の変化がほとんどなさそうだったから……?」

「クーラー二重は流石に凍える……」

「あ゛っ」

 

 

 なお、その言葉を聞いて半信半疑に例のチップを使ってみたAUTOさんは、見事に雪女への変身に成功。

 ……部屋の中の雪女人数が二人に増えたことにより、室内の気温がゴリっと下がって危うく遭難しかけたことをここに記す。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「まぁそういうわけで、妖怪変化のやり方を覚えたAUTOさんを解析班に回し、なにを弄ればそうなるのか?……という根幹部分を探って貰うこととなったわけなのですが……」

「それが終わるまで、しばらく暇。そういうわけだから、続けて百物語をやろうと思う」

「現状を謳歌している私が言うのもなんですけどぉ、なんでそこでお二方は留まろうという思考が出てこないんですかぁ~?」

「……?言って止まるとお思いで?」

「……?言われて止めると思ってるの?」

「似たようなことを左右から言わないでくださいぃ~……」

 

 

 私、妖怪関連は専門外なんですけどねぇ……。

 などと眉をハの字にするDMさんをなんとかその気にさせ、CHEATちゃんと送り出した俺達。

 AUTOさんの状態を研究することにより、上手いこと解決策を見付けてくれればいいのだが……流石に一朝一夕でできるようなものでも無さそうなので、しばらくはこのままでの生活である。

 

 なので、だったら今この状態でしかできないことをやるしかねぇ!……的なテンションのTASさんに相乗りすることに決めた俺なのだが……ダミ子さん的には疑問が先立った模様。

 

 とはいえ、これに関してはTASさんと長く付き合っていれば、『そりゃそうするだろう』みたいな予測は立てられて然るべき、としか言いようがないというか。

 ……みたいなことを述べたところ、ダミ子さんは諦めたようにため息を吐いたのであった。

 

 

「まぁ、いいですぅ。ところで、なんで私じゃなくてAUTOさんが連れていかれたんですかぁ?私を元に戻すのなら、普通に私を研究した方がいいと思うんですが」

「……忘れてるかも知れないけれど、貴方はまだ未登場判定。ゆえに、状態を調べようにもデータに信憑性がない」

「はい?」

「この時期のダミ子さんって一応顔は戻ってるはずだけど、それをこっちの人間が確認したこともなければ、実際に確認することもできない。……いわばシュレディンガーのダミ子さんだから、データを取る場合も暫定的に初期状態のダミ子さん(ダミ子になる前)になるらしいよ」

「私の設定、ややこしすぎではありませんかぁ~……?」

 

 

 いやまぁ、ややこしいのは今の時期だけ、なんだけども。

 とにかく、変に触ると変な状態で固定される可能性もあるため、できればあんまり触りたくないのが今のダミ子さんなのである。

 ……既に今の状態が変?それはそう。

 

 

「ただ、妖怪に変化したのは今回が初めて。初めてのことは、貴方のデータに深刻な被害をもたらさないから大丈夫」

「それは誰が大丈夫だと太鼓判を押してくださっているんですかぁ……?」

「私」<エッヘン

「つよい……」

 

 

 まぁ、今の変さは後を引かない、みたいなのはTASさんの未来視でわかっているようなので、そこまで大袈裟に怖がる必要はない、というのも間違いないらしいのだが。

 ……未来は変わらないってわけでもないので、程度はあるようだが。

 

 



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たまにはゆっくりしていたい

 はてさて、一時期変なことになっていたダミ子さんが、無事元のダミ子さんに戻ってから暫くのこと。

 

 六月もそろそろ半ば、例年であればそろそろ梅雨明けとなる時期、ということになるのだが……。

 

 

「……むぅ、まだ明けない」

「どうやら今年は少し長いみたいですねぇ~」

 

 

 生憎と梅雨は継続中。

 不満げに窓から空を眺めるTASさんを見て、ダミ子さんは小さく苦笑を浮かべていたのであった。

 

 ……で、俺はそれを見ながら部屋の中に除湿用のグッズを設置している……と。

 

 

「……熱心だね、お兄さん」

「あたぼうよ!湿気は敵!洗濯物は乾かないしカビは増えるし!でも作物には必要だから雨雲は消し飛ばさないでね!!」

「発言に苦労のあとが見えますぅ」

 

 

 湿気が敵なのは確かな話だが、それを口実にされると困るというのもまた確かな話。

 それゆえ、口汚く罵ったあとにフォローを入れる、という珍妙なことをしないといけないのは問題だと言えるだろう。

 ……いやまぁ、俺が変な目で見られる分にはまだマシ、ってのも確かなんだけどね!!

 

 

「涙ぐましい抵抗、お粗末様です」

「おおっと、すまんねDMさん。お昼御飯の用意任せきりにしちゃって」

「そうですね、貴方が味見をしてくれなかったので、適当な味付けになってしまったのは貴方のせい……ということになるのでしょうね」

「うげ」

「ふふ……冗談ですよ、冗談」

 

 

 そんな風に会話をしていると、トレーの上に昼食を乗せたDMさんが、居間に向かって歩いてくる。

 そのトレーを受け取りながら謝罪を返せば、あまり笑えない冗談を飛ばされることになったのであった。

 

 ……うん、この人メカっ娘だから味見とかできないんだよね。いやまぁ、食事機能自体はあるけど、味覚が独特(大分迂遠な表現)だし。

 だから彼女に調理を任せる時は、誰かしら味見役を付けるのが常なんだけど……TASさんはあの通りで、ダミ子さんは病み上がり(?)。

 なので、必然的に俺が手伝いに行かなければいけないはず、だったのだが……この通り、室内の湿度への対処に追われていたため、彼女のことを放置する羽目になったのであった。

 そりゃまぁ、責められるのも仕方のない話というか……。

 

 などと頭を掻きながら恐縮そうにしていると、たまたまこちらを見ていたTASさんと視線が合い──。

 

 

「……流石にDMは不毛。止めておいた方がいい」

「いきなりなにを言い出すのかなこの子は???」

「?」

 

 

 何故か呆れたように、ため息を吐かれてしまうのであった。

 ……いや違うから。別に尻に敷かれてるとかそういうんじゃないからこれは。

 

 

 

・A・

 

 

 

 はてさて、DMさんの用意してくれた昼食──そうめんに薬味が色々──を食べ終え、一息吐いた俺達。

 

 そのままなし崩し的にゲーム大会へと移行したわけなのだが……。

 

 

「ちょっとTASさんー?幾らなんでも手を抜きすぎではー?」

「手を抜かれている状態でなお勝てない自分の腕を見直すべき」

「ぐぬぬぬ正論を……」

「それにしたってちょっとやる気無さすぎでは……?」

 

 

 今回のTASさん、テンションの下がり方がゲームプレイにも出てしまっているようで。

 なんと彼女、片手だけでこちらの相手をしているのである。……無論、ボードゲームのような片手でも問題ないやつなどではなく、パーティゲーム系の普通なら両手が必要となるタイプで、である。

 

 これには俺達も激おこ……となれば良かったのだが、その状態でもこちらは相手の背を掴むことすら難儀するレベルだったわけで。

 こう、なんというか彼我のレベル差を痛感せざるを得ない状態なのであった。

 

 しかし、このまま嘗められたまま、というのは宜しくない。

 例え勝てないのが確定しているとしても、一矢報いるくらいはして見せねば男が廃るというもの。

 

 

「そういうわけだから、行きますよダミ子さん!今こそ俺達のコンビネーションを見せる時だ!!」

「……コンビネーション?私と?お兄さんが?……ふっ」

「なんでそこで笑った貴様ー!もはや許さん、まずは貴様から落としてくれるわー!!」

「えっちょっ、なんでそうなるんですかぁ!?私じゃなくてTASさんを狙えばいいでしょぉ!?」

「うるせー!!こっちの手を払ったんだから貴様は敵じゃー!!」

「隙あり」

「「ほげぇーっ!!?」」

「……まとめて倒されていては世話がないと思うのですけれど」

「ごもっともですぅ……」

 

 

 そんなわけで、ダミ子さんと協力してTASさんをどうにかする、という方針を打ち出したのだが、当のダミ子さんからは嘲笑からの却下のコンボを受けることになったのであった。

 

 ……え?そういうつもりじゃなかった?コンビネーション云々言えるほどに息が合うと思わなかっただけ?

 うるせー!!こっちの勇気ある誘いを断った時点で敵じゃー!

 ……と、バカみたいな仲間割れをした瞬間を隙とみなされどちらも撃墜。

 

 横でゲームに参加せずに俺たちを眺めていたDMさんに、なにやってるのこの人達……みたいな視線を貰うことになってしまったのであった。解せぬ。

 

 そんなこんなで、なんでもない梅雨の日は暮れていくのであった……。

 

 



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嵐が来て喜ぶのは何方様?

 はてさて、引き続き梅雨シーズンというわけなのだが……。

 

 

「……困った。ちょっと前に台風の話をしていたのが、多分フラグになってたみたい」

「この時期に来る台風は珍しいですものね……」

 

 

 噂をすれば影、ということなのか。六月には珍しい直撃コースの台風到来、である。

 

 台風の旬……というと言い方が変な感じだが、ともかく日本において台風が取り沙汰されるようになるのは、主に九月頃。

 直撃コースになるのは基本的にこの時期のモノのみであり、それ以外の月に来るものは大抵本土を逸れる、というのが一般的である。

 

 

「……そういえば、なんで台風って九月頃に来るのが多いんだろうな?」

「基本的に理由は二つありますわね。一つは赤道直下における海面水温が高い時期であること。それからもう一つは、その時期に日本を覆う高気圧がないこと……ですわね」

「……???」

「別にそこまで難しいことは言っていないはずなのですが……」

 

 

 そんな中、ふとCHEATちゃんが疑問を溢し、それにAUTOさんが答える……という一幕があったのだが、CHEATちゃんはよくわからなかったのか首を傾げていたのだった。

 ……恐らく、海面水温が高いというだけならば八月でも良いのでは?……と思ったからだと推測されるが、それに関しては続けて述べた二つ目の理由が既に補足している。

 

 

「ええと……?」

「台風は要するに風と雨の複合体だから、温度の高い海水が蒸発する場所が発生源になるわけだ。……これが一つ目。二つ目は……前もちょっと触れたかも知れんが、気象現象の持つ力は見た目以上に強いってことだな」

「……強い?」

「台風は熱帯()気圧が規模を拡大したもの。要するに、()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

「……あー、なるほど?」

 

 

 要するに、日本を覆う高気圧や偏西風などの、台風よりも()()()()()力を持つ気象現象が台風の進路を左右している、というわけである。

 そのため、それらの影響を受けにくい九月に本土へ上陸してくることが多い……というわけだ。

 

 で、話を戻して今回の台風について。

 まず今年の五月は、なにやら例年より暑い日が多かった。

 ともすれば真夏日を観測する場所もあったというのだから、台風の発生条件の一つ──高い海水温をクリアしている、と言えるだろう。

 

 そして、六月の台風はその大多数が日本に掠りもしない、フィリピンの方へと逸れていくルートを通ることが多いのだが……それと同じくらい、本土の太平洋側を掠めていく進路を通ることも多い。

 

 要するに、今回の台風は珍しくもあるが、全体的な頻度で見るとそうでもない……みたいな感じに落ち着くモノになるのであった。……勢力以外。

 

 

「まぁ、この時期にあれほどの暑さを記録した、ということ自体がおかしなはなしですものね。……ですから、この台風も本来のそれと比べると趣を異にしている……と」

「そういうこったですねー」

 

 

 普通、この時期にやって来る台風というのは、規模も勢力もそこまで大きくない……というのが常識である。

 なにせ、海水温が高くないので、台風が育ち切らない。

 そのため、接近の途中で勢力が弱まり熱帯低気圧になる……なんてことも珍しくないのだ。

 

 そういう意味で、この時期の台風としては驚くほど強い勢力を持つ台風がやって来た、ということに人々は対策に追われている……というわけなのだ。

 なにせ、今は梅雨である。……梅雨の解説までしてると長くなるので省くが、雨が降りやすくなっているところに雨と風を引き連れた台風がやって来たらどうなるのか、というのは想像だに難くあるまい。

 

 

「記録的豪雨の可能性大、というわけですわね。……一応尋ねておきますが、なにか変なフラグを踏んだと言うわけでは有りませんわね?」

「さっきも言った通り、会話で触れたくらい(大したことはしてない)

「……貴方の場合、その程度でもあれこれと事態を引っ掻き回せることはわかっていますから、余り証言としてはあてになりませんが……」

 

 

 まぁ、わざわざ『雨が降ってるとラグる』などと文句を言っていた人間が、雨雲を引き寄せることも無いでしょう……とAUTOさんが一先ずの納得を見せたことで、ほっと胸を撫で下ろしているTASさんである。

 ……いやまぁ、相も変わらず傍目には無言で突っ立ってるようにしか見えないんだけどもね?でもほら、眉がハの字だったのがなだらかになってるから、安心しているのは確定的に明らか。

 

 そんなわけで、台風接近のため休みになった面々のため、早めの昼食を準備しに掛かる俺とDMさんなのでしたとさ。

 

 ……なお、休みは休みでも自然災害による休みなんだから、素直に自分の家で休むべきなんじゃないかね?……というこちらのツッコミは、

 

 

「え、こっちのが安全だし」

「TASさんが居ますものね。下手に家にいるよりは安全ですわ」

「まぁ、彼女自身が危険物である、ということを念頭に置いておかないといけないけどね」

「……むぅ、避難所扱い……」

 

 

 などとすげなく斬って捨てられましたとさ。

 ……いや、いいけどね?

 

 



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サマーシーズンがやって来た

「ようやく梅雨が明けた。つまりこれからは私の時代と言っても過言ではない」<フンスフンス

「……そもそもの話、いつもいつでもTASさんの時代ー、みたいなものなのでは?」

「──それもそう」<スンッ

「うわぁ、いきなり落ち着くんじゃないよ?!」

 

 

 いよいよ梅雨明け、いよいよ夏到来……である。

 

 じめじめとした長雨を耐えきったTASさんは、それまでの鬱憤を晴らすかのように全力全開……の姿勢なのだが、相も変わらず表面上は分かりにくいままである。

 

 まぁ、表情変化が乏しいのは彼女のチャームポイントの一つみたいなものなので、ここで指摘するのは止めておくが。

 ……因みに、今回はフロントダブルバイセップス*1……と言われてもよく分からないだろうから、顔の横に両手を上げる形のガッツポーズをしている……というのが大きな判別ポイントである。

 

 

「……それ、表情以外のところで判別していませんこと?」

「ん?いやいや、このポーズの時にほんのり凛々しいと『やる気十分!』って意味になるんだよ。普通の顔をしてると『やりました』って感じだから、全然違うんだわ」

「──まっっったくわかりませんわ」

「えー?」

 

 

 なお、AUTOさんからはそんなもんわかるか、と大層不評を頂くこととなった。

 ……君らもそろそろTASさんとは一年近い付き合いになるんだから、もうちょっと自分で判別できるようになってほしいもんなんだがなー。

 え?なんでかって?そりゃまぁ、俺以外にもTASさんの機嫌取りをできる人が増えてほしいからげふんげふん。

 

 ともかく、今日は長雨で外に出られないことにより、溜まりに溜まったストレスを発散しようという日。

 ゆえにTASさんは元気に外へと(いつもの三割増しの速度で)飛び出し、ついでにダミ子さんも巻き込まれるように(なんで私までぇぇぇえっ!?)それに連れて行かれたのだが……。

 

 

「お兄さん大変。ダミ子が死んだ」

「死んでませんよぅ……」

「……いや、今の間に一体なにがあったし」

 

 

 飛び出してから数分後、全身ぐるぐる巻きの包帯人間と化したダミ子さんを担いでTASさんが戻ってきたため、なんのこっちゃと一同首を傾げることとなったのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「あー、今日は暑かったからねぇ。私は手頃な枝を傘代わりにして(MODを被せて)凌いだけど、ダミ子君はあの格好(※半袖半ズボン)で外出たんだろう?……そりゃまぁ、急激に日差しに晒されて火傷をしたとしても、別におかしいことではないだろうさ」

「……火傷?日焼けではなく?」

「うん、火傷。……無茶苦茶日差しが強いからね、今日。肌が弱い人ならば普通にあり得ることだと思うよ?」

 

 

 この家は西日の入りにくい間取りをしているため気付かなかったが、どうやら今日の日差しは殺人級に強いらしい……ということを、後から合流したMODさんから伝え聞いた俺達。

 ……いやまぁ、流石に『殺人級』は言い過ぎで、精々いつもより日差しが強いー、くらいの話ではあるみたいなのだが……。

 

 

「基本的に部屋から出てこないダミ子君にとっては、この日差しはまさに毒だったみたいだね」

「なるほど日陰族……」

「部署のお荷物みたいな言い方は止めて下さいぃ~!」

 

 

 そもそも日差しに弱いダミ子さんにとっては、この上ないくらいに特効ダメージの入るモノであったらしい。

 結果、TASさんが慌てるレベルで応急処置を施す必要が出てしまった、と。

 

 

「むぅ、それだと困る。今日はダミ子をあちこち連れ回す気でいたのに」

「そもそもなんで私なんですかぁ~……別に他の人でもいいじゃないですかぁ~……」

「ふむ……そうなると、ダミ子さんにもなにかしらの対処を施す必要がある、ということになりますわね」

「……?あのぉ、もしもぉ~し?私の話、聞いて下さってますかぁ~?」

「そんなに日差しに弱いってんなら……やっぱり、日焼け止めとか塗っとくか?」

「そうだねぇ。一番楽なのは長袖を着て日除け傘でも差す……ってことになるのだろうけど、今日の気温でそれは自殺行為だからねぇ」

「あのぉ~、すみませぇ~ん、私の話を聞いて下さぁ~い?」

「では、UVカット増し増しの日除け止めを用意しておきましょう。ダミ子さんのような白い肌は、中々に貴重だとお聞き致しますし」

「むぅ、軟弱。日差しなんて避ければいいのに」<シュバババ

「それができるのは貴方くらいのものですわよ……」

「私のぉ!話をぉ!!聞いて下さぁ~いっ!!」

「うわびっくりした。居たんだダミ子さん」

「居ますよぉ!?寧ろなんで私の話をしてるのに私の存在を忘れるんですかぁ!?」

「……声が小さかったから?」

「口元まで包帯ぐるぐる巻きだから声がくぐもってただけですぅ!!」

 

 

 なお、TASさん的にはダミ子さんを連れていかない、という選択肢は端から用意されていなかったようで。

 

 止めて下さいぃ~、と抵抗するダミ子さんが全身に日焼け止めクリームを塗布するため、彼女の部屋に連行されて行くのを俺は無言で見送るのであった。

 ……許せダミ子。流石に君の手助けのためとはいえその場に乗り込むことは出来んのでな。主に性別的な意味で。

 

 

「?久しぶりにお兄さんも女の子になってみる?」

「間に合ってます」

 

 

*1
ボディービル用語。両腕を上げた筋肉自慢的なポーズ、というと分かりやすいか



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空とポリシーは移り変わるもの

「間に合ってますって言ったはずなんだけどなぁ……」

「大丈夫だよお兄さん、とても似合ってる」<グッ!

「そんなの褒められても全然嬉しくないんだよなぁ……」

 

 

 前回ラストで迂闊なことを口走ったせいで、およそ一年ぶりくらいに自分のあり方を見失うことになった俺……もとい()です。

 

 ゲームの自キャラじゃないんだから、そんなホイホイ性別を変えられても困るんですが……というツッコミは、「そもそも性別をころころ変えられるゲームなんて、そんなにないよ?」という身も蓋もない返しで斬って捨てられました、対戦よろしくお願いいたします(?)。

 

 ……ともかく、裏で「死なばもろともですぅ~!」と糸を引いていた人物に制裁(げんこつ)を加えた私は、晴れ渡る青空を眺めながら、こう呟いたのです。

 

 

「……まさかの水着回だよ!」

「そうだよ?」

 

 

 ──と。いや、なんでやねん。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「何故こんなことになってしまったのか……」

「お兄さん生存ルートの一つで、もっとも有力かも知れないのがこれ。……まぁ、あんまりおすすめはしないけど」

「俺が私になることにそこまで劇的な効果が!?」

 

 

 なんでそんな訳のわからないところから生存ルートが生えてくるのか。

 ……でもルートが生えた代わりに、別のものが枯れてしまってるのはとても宜しくないと思います(最低な発言)。……いやまぁ、流石に口には出さないが。

 

 ともあれ、唐突な常夏の水着回開幕のお知らせと共に、何故か水着へと強制変更された私だが……実はこの状況そのものには、そこまで混乱したりはしていなかったのであった。

 

 

「おや意外。もう少し慌てふためくものかと思っていたのですが」

「……個人的には、今日日(きょうび)ソシャゲでしか見ないようなメイド水着を、特に違和感なく着こなしていらっしゃるDMさんの存在の方が、大抵混乱の元だと思うのです」

「なるほど。……でも、似合ってますでしょう?」

「いやまぁ、似合ってますけどね?」

 

 

 なんだろう?最近のこの人、私をからかうことに楽しみでも見出だしたのだろうか?

 

 そんなことを思わされてしまうDMさんの格好は、メイド服を水着に改造したようなもの。……とことんメイドであることを全面的に押し出している感じである。

 一応、見た目的にはTASさんと瓜二つのはず……なのだが。

 どうにも最近、目に見えて彼女の方が歳上である……とわかるようになってきたような気がしないでもない私なのであった。

 

 

「それは一体どういう意味?」

「いやいや別にTASさんが子供っぽいとかちんちくりんとかそういうことを言いたいわけではなくてね?何処と無くDMさんの方に艶が見えてきたというかね同じはずなのに微細な差異がと言うかね?っていうか初期に比べて表情豊かになったよねDMさんパーツのアップデートとか結構してる感じだったり?」

「……ふふふ。一応、それに関しては日進月歩……と言ったところですね」

「むぅ……露骨に話を逸らすお兄さん……もといお姉さんにはお仕置きが必要」

あへへへ(あててて)ほほひっはふほはひゃへへ(頬引っ張るのは止めて)ー」

 

 

 ……まぁ、そんな感じでじゃれること暫し。

 

 

「人のいないところを選んだつもりだったけど、やっぱ暑いからかそれなりに人で賑わってるねぇ」

「まぁ、ある程度の人波は仕方ないね。……一部の人達が酷いことになっているのもお約束、ということで」<グワーッメガーッ!?

「……まぁうん、流石に(専用の)水着は用意してないというか、早々できるものでもないからね……」

 

 

 近くの海の家で昼食を取ることにした私達は、周囲の幾人かに視覚災害を引き起こしながら、やれやれと席に着いたのであった。

 ──無論、ダミ子さん由来のあれ(を受けてTASさんがやってる視界へのジャック)、である。

 

 

「……そういえば、今回兄ちゃん……もとい姉ちゃんはダメージ受けてないのな?」

「こっちの姿でダメージ受ける方が、色々と問題だっての……」

「そういえば意識の変性……みたいなものもあるのでしたか?」

 

 

 なお今回、私はTASさんによる視界へのダメージを受けていない。

 理由としては、女性化した時に精神のあり方が微妙にずれたから、というところが大きい。

 

 そもそもこの女性化、女性同士でないと話し辛いような会話に加わるためのモノであるため、精神の方もある程度女性化しているのである。

 まぁ、やり過ぎると男に戻った時苦しむことになるので、あくまで問題にならない程度の誘導……といった感じだが。

 

 なお、一番のツッコミ処である『なんでTASさんそんなことできるの』案件については、今回で二回目という時点で既にスルー推奨の議題である。

 

 

「潜入する時とか、簡単に姿を変えられるから便利」

「ああ、私みたいに全取っ替えするのは中々難しいからね、なるほどなるほど」

「それで納得できるのは、恐らく貴方様くらいのものだと思うのですが……」

 

 

 一応、TASさん的には痕跡なし(ノーアラート)とか目指す時に重宝するらしい、とのこと。

 

 裏世界(!?)で有名な彼女の姿は、あくまで今の彼女のそれなので、それ以外の格好なら意外とバレないのだとか。

 ……勿論、TAS特有の意味不明な動きをし始めなければ、という注釈は付くわけだが。

 というか、そんなの察して下さいと言ってるようなものである。

 

 そんなわけで、TASさんが「大丈夫、貴方にも覚えられる」「!?」などというやり取りをAUTOさんとしているのを見ながら、私は運ばれてきた冷やし中華に舌鼓を打つのでした。

 

 



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紐と波と乙女心()

「……そういえば、ふと気になったのだけれど」

「なに?」

「いや今回の私達って、前回と違ってみんな女性だけ……だろう?だから一人か二人くらいは、ナンパをしようと近付いてくる男性がいてもおかしくないかなー、と密かに警戒していたのだけれど……」

「それに関しては面倒くさいからオート撃退中。具体的にはそういうつもりの人には、ダミ子を見た人よりも酷めの視界災害が発生するようになってる」

「……参考までに聞きたいんだけど、一体どんなものが見えるんだい?」

「視界いっぱいに力士のどアップが映る」

「oh……」

 

 

 

・∀・

 

 

 

 はてさて、無事に昼食を終えた私達は、再び海へ。

 折角水着回なのだから、思う存分泳ぐなり遊ぶなりしよう、というわけである。

 

 

「……でも正直、絵のない文字の世界で水着回とかしても、大してサービスにはならないのでは……?」

「お兄さんはどうして時々、見なくてもいいところに視界を飛ばしてしまうの?」

「おおっと」

 

 

 いやまぁ、それ以外にも私が女性陣に完全に混じってしまったせいで、そういう回特有の嬉はずかしハプニングも吹っ飛んでるような気がするのも理由の一つなのだが。

 ……はっ!もしかして()が女だと死なないのって、そういうハプニングを起こした結果の『いやーん!エッチぃ~!!』的な報復が飛んでこなくなるからなのでは……?

 

 

「報復って……一体私達がなにをすると思っているんですの……?」

「え?ええっと……つい出たビンタで俺の首が三千六百度(およそ十)回転する……とか?」

「君の首は地球儀かなにかなのかい……?」

 

 

 などと言うことを述べたところ、他の女性陣からは大層不評であった。

 いやまぁ、確かにこの面々にはいわゆる暴力系ヒロインに該当しそうな人物が(一部を除いて)いないため、この物言いは失礼であることも間違いではないわけなのだが。

 

 

「……む、お兄さん的には欲しい人材?なら探しておこうか?」

「CHEATちゃんで間に合ってます」<チョットォー!?ナニカッテニヒトノコトボウリョクケイニシテンノオマエー!?

「むぅ、残念。一応あてはなくもなかったのに」<オイコラー!ムシスンナー!

「……参考までに伺っておきたいのですが、仮に受諾されていた場合はどのような方が加わっていたので……?」<アレー!?オートマデムシー!?

「ええと……暴力系、ということは戦える人ということ。つまりここから導き出される人物像はただ一つ。その名もいちふれさん」<ナンナンダヨモー!! <オ,オチツイテクダサイチートサンッ

「……可愛らしい響きなのに、なんでだろうね?心から呼ばれなくて良かった、と思ってしまうのは」<……コレ,タンニムズカシイハナシカラハブラレテルダケナンジャネ? <ソ,ソンナコトハ……ナイハズ,デスヨ?

 

 

 ……ひたすら後ろがうるさかったが、ともかく。

 危うく本気で死にそうだったことに気付いた私は、ほっと胸を撫で下ろしていたのでした。

 ……いちふれって、どう考えても『一フレーム』の略やんけ。

 

 

「……あれ?単にフレーム単位の行動ってだけなら、TASさんもできることないか?」

「できるってだけで、習熟が足りてるとは言い辛い。ここらでその辺りの専門家を招けたら都合が良かった」

「……私のためと言いつつ、結局TASさんのためじゃんか!?」

「……てへ」

(TASさんが、)

(可愛くごまかした!?)

 

 

 なおその辺りをせっつかれた形になったTASさんは、本当に珍しいことに本気のごまかしを繰り出してきたのであった。

 ……あ、わりと本気で呼びたかったのね、その人。

 

 

 

・A・⊃)д')

 

 

 

 はてさて、TASさんには悪いが暴力系、という触れ込みでやってくる格闘家(いちふれさん)とか、危ないどころの話ではないので諦めて貰うとして。(そんなー、と残念そうにTASさんは鳴いていた)

 

 再び海での遊びに戻った私達だが、早々にやることがなくなってしまっていた。何故なら……。

 

 

「夏の日差しに私達の姿は眩しすぎる!ゆえに、数少ない客達が酷いことに……っ!!」

「ばるんばるんしますからね、ばるんばるん」

「な、なんでこっちを見ながら言うんですかぁDMさん!?」

「それはもう、ご自身が良くご存知なのでは?」

 

 

 そう、ダミ子さんを引き連れる限り、必ず周囲に視界災害が発生するからである。……歩く汚染物かなにか?

 

 とはいえそれがないとろくに外を歩けない、というのも確かな話。だって今回彼女の()()は封印解放状態だからね!

 だからといって一人だけ封印状態でいろ、というのも中々酷な話である。

 

 ゆえに、できる限り姿が見えなくなるような遊びを、ということになるわけなのだが……。

 

 

「まぁ、バテるよね、普通は」

「危うく沈むかと思いましたぁ……」

「水の抵抗をもろに受けますからね、ダミ子様は」

「だからなんでDMさんはやけに突っ込んでくるんですかぁ!?」

「前回の水着回には生憎と参加できませんでしたので。ここで一つ印象に残っておこうかと」

「……いやまぁ、確かに記憶には残るだろうけどね?」

 

 

 でもそれ、常にダミ子さんの()()とセットなんだけど、それはいいのかなぁ……いいんだろうなぁ……なんか楽しそうだし……。

 たまには邪神らしいことを……ということなのか、はたまたたまには悪いことをしないと属性が鈍る、的な意味で問題無さそうなことに手を付けたのか……。

 どっちかわからない暗黒微笑()に困惑しつつ、私達は小さくため息を吐いたのでした。

 

 



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得手不得手以前の問題、という

「うーんなんでだろうなぁ、一応一日ぶりのはずなのに何日も変化してたような気がするのは……」

「お兄さん、メタ発言を持ちネタにするのは諸刃の剣だから止めた方がいい」

「おおっと」

 

 

 はてさて、束の間の水着回は終わりを告げ、みんな大好き()月曜日の朝である。

 ……夏に入ったとは言ったが、夏休みに入ったとは言っていない。この意味がわかるな?

 

 

「ええ、期末テストのお時間……ということですわね」

「めんどぉくさーいぃ……」

「CHEAT様が溶けてますね」

「まぁ、わからないではなくめんどくさい、ってところに悲哀があるよね」

 

 

 そう、学期末の試験のお時間である。

 ……いやまぁ、俺には関係のない話なのだが、ここにいる面々のほとんどは学生なので、ね?

 

 まぁ、基本的にみんな学力的な不安はなく、単にしばらく拘束される……というところに不満があるみたいだが。

 

 

「……そういえば、これが終わるといよいよMODさんの参戦タイミングか」

「今回はシナリオブレイクしていいから、ヤンキー達を千切っては投げしたい」<ワクワク

「TASさんがやると単なる蹂躙劇になるからダメです」

「えー」

「……そもそもその前の的屋で無双とか、あれやんなきゃダメなのか?寧ろ恥ずかしいんだけど」

「まぁ、一応導入部分ですからねぇ」

 

 

 ゆえに、一同の話題は既に試験が終わったあとの話に移行中。

 そろそろMODさんの参戦イベントであるため、その辺りの話が中心となっていったのだが……。

 

 

「……って、あれ?どしたのMODさん、無言で突っ立って」

「……ばい」

「はい?倍?」

「……ヤバいヤバいヤバいヤバいすっごい大切なこと忘れてたっ!?」

「はいっ!?」

 

 

 その中心人物となるはずの、MODさんの様子がおかしい。

 彼女はみんなの話に加わらず、何故か突っ立っていたわけなのだが……よくよく見るとか細く震えていた。

 その震えは次第に大きくなり、結果として爆発。青褪めた顔をこちらに見せながら、右に左に右往左往し始める始末。

 

 これはただ事ではない、と悟った俺達は、意を決して彼女へと確認を取ることに。

 

 

「ええと……ヤバいとは、どういう?」

「……君達は私がどういう人物か、ということをよく知っているよね?」

「は、はい?ええと……スパイなんですよね、凄腕の」

「ああその通り!私の仕事は敏腕スパイ!世界を股に掛けるとても凄いスパイなんだ!」

 

 

 なんだその語彙力の下がりに下がった自己紹介は。

 ……とは突っ込まず、大人しく彼女の話を聞く俺である。ここで変に突っ込むとややこしいことになるからね、仕方ないね。

 

 ともあれ、出てきた情報に新しいことはなにもない。

 以前から俺達が知る情報が、そのままお出しされた形である。……ゆえに、彼女が慌てる理由というものが今一ピンと来ないのだが……。

 

 

「いいかい、世界を股に掛けるということは──つまり、()()()()()()()()()()、ということだ」

「……ふむ?」

 

 

 確かに彼女はスパイだが、表向きには高校生社長として認識されている。

 ……いやまぁ、こっちが知る彼女の顔というとスパイ方面ばかりで、寧ろ社長としての顔なんてなんか色々所有してるなー、くらいのことしかわからないわけなのだが。

 

 ともかく、彼女は忙しい身の上であるため、学校には()()()()しか通えていない。

 それでも彼女が退学させられずにいるのは、きちんと授業料諸々を払っていることと、()()()()()()()()()()()()()()から、というところが大きい。

 

 ……って、ん?

 

 

「……出席日数が足りていない分、きちんと提出物やら試験の成績やらで点数を稼いでいる……というのが、私が退学せずに済んでいる理由だ。それは裏を返せば、()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()、ということでもある……」

「ま、まさかMODさん……」

 

 

 なんとなーく嫌な予感がしてきた俺だが、目の前のMODさんはその不安を肯定するかのように言葉を連ねてくる。

 そして、()()を確定付ける証拠を俺達の目の前に取り出し始めたのであった。

 

 

「……真っ白ですわね」

「あー、どれもこれもなーんにも書かれてないな?」

「これは……」

 

 

 出てくるのは、まっさらで手の付けられていない、課題の山・山・山。

 それらを俺達の目の前に洗いざらい放り出したMODさんは、一つ大きな深呼吸をしたのちに、こう声を出したのであった。

 

 

「──次の試験、満点取らないと退学確定なんだどうしよう!?」

「お ば か ! !」

 

 

 ……なお、みんなからの反応が散々であったことは、言うまでもないことである。

 いやほら……ね?

 みんなも、提出物はちゃんと期限までに提出しましょう(戒め)

 

 



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一夜漬けのお供に

「なんでこんなことに……」

「いやほら……今回って二周目だろう?だからこう、前の周回の記憶がちょっと混濁したというかなんというか……」

「なるほど、出した気でいたということか……」

「あーなるほどぉ。MODさんは出席も最低限なのでぇ、提出物が溜まっていることに気付き辛いんですねぇ」

「その上出したつもりでいるものだから、それがまだ出していないものである……ということにお気付きにならなかったと。……会社の方は大丈夫だったのですか、それで?」

「ええと、そっちは優秀な秘書がいるから……」

「なるほど任せきり、と。どうせなら学校の方でも秘書をお一人お雇いになられては如何ですか?」

「うぐぅ……」

(珍しくMODさんがガチ凹みしている……)

 

 

 そしてここぞとばかりにみんなが弄っている……と、一団から離れた位置で様子を確認しつつ、お茶を嗜む俺である。

 まぁ、今回に関してはMODさんの迂闊さゆえの問題発生なので、仕方のない部分もあるのだが。

 

 

「で、これらのマイナスを埋めるために、次の試験において満点を取る必要が出てしまったと。……一応お伺いしますが、別に勉学が不得意と言うわけではありませんわよね?」

「まぁ……うん……人並みには……」

「なるほど、流石に満点を取れ、と言われると躊躇する……と」

「うぐぅ~……」

 

 

 で、今回彼女が泣き付いてきた一番の理由は、彼女の技能がこういう時になんの助けにもなってくれない、というところにある。

 そう、彼女の技能はあくまでも姿が変わるだけ。

 変化した姿に合わせてスペックが変わる、などということはないため、こういう試験の際には地力が求められるのである。

 

 まぁ、普段ならそれでも問題はなかった。

 彼女は別に頭が悪いというわけではないため、必要最低限の点数を取っていれば、それで教師達も納得してくれた。

 

 しかし今回、その納得を引き出すための下地──提出物の提出、という部分で引っ掛かってしまった。

 それゆえ、彼女は別の部分でそれを挽回する必要に駆られてしまった、というわけである。

 

 

「それにしても満点ねぇ。……随分と買われてるみたいだねぇ」

「……好き勝手するだけの実力があると示せ、ってことだからね。そりゃまぁ、言われても仕方のないところはあるさ」

 

 

 なにより問題なのは、彼女自身この要求が無理難題だとは思えない、ということだろう。

 

 学生社長とはいえ、学生は学生。

 ゆえに特別扱いを求めるのなら、相応の成果を求められるのもまた必然、というわけである。

 いや、寧ろ今までは必要最低限で済ませていたわけだから、ここに来て証拠の提出を求められた、というのが近いのかもしれない。

 

 なんにせよ、向こうの要求を突っぱねることは心情的にも不可能。

 ここに、彼女は満点を取ることを強いられてしまった……というわけである。

 

 

「なんとかしなければ……」

「とは言いますけど、満点でしょう?それも内容から察するに、全科目で。……なんとかなるとお思いで?」

「無理かなぁ……」

「珍しく凄い弱気!」

「いやだってさぁ、英語とかは話せるのと問題が解けるのはまた別問題だし、数学は応用力の問題だから試験の内容によってはどうしようもなかったりするわけだし……」

 

 

 基本的には高スペック組に分類されるMODさんだが、その基礎性能はどちらかといえば人間の範疇の内。

 すなわち、TASさん辺りと比べられると普通に部が悪いのである。

 で、テストで満点を取る……というのは、万全を期そうとするとTASさん、否やAUTOさんクラスのスペックは欲しくなってしまうものなのだ。

 ……なんでかって?こういうパターンの場合、向こうが出してくる問題の難易度が上がってるからだよ!

 

 

「あー……汝、その身が最強である証を示せ……というわけではありませんが。目的が『MODさんが今までの横暴を許されるだけの能力を持っているか否か』の確認である以上、自然と問題のレベルが上がってしまう……というわけですわね?」

「天才なら横暴も許される、なんてのは創作だけの話のはずなんだけどねぇ」

 

 

 ……それを享受していた側がそれを言うのか、とは言わない俺である。

 

 ともあれ、特別扱いされたいのなら特別であるところを見せろ、というのはとても自然な流れである。

 ゆえに今回の場合、普段の試験より遥かに難易度の高い問題が飛んでくる可能性、というものが跳ね上がってしまっているのであった。……巻き込まれた一般生徒の諸君はとてもお気の毒様である。

 

 

「ふむ……そうなりますと……一夜漬けは寧ろ逆効果、ということになるかも知れませんね。こういう場合は単なる知識力だけではなく、同時に応用力をも測る形に持っていくでしょうし」

「うあぁぁあそんなの無理に決まってるだろぉぉぉ」<ゴロゴロゴロゴロ

「悶え転げ回っていらっしゃいますわね……」

 

 

 傍目から見ている分には喜劇だが、同時に悲劇でもある。

 なにせもし、彼女がここで試験に失敗でもして、退学になった日には……。

 

 

「……うん。完全未知ルートだね。ちょっとワクワクするかも?」

「そんな未知は嫌だなぁ!?」

 

 

 今までの情報全部パァ、だと言うのにTASさんはちょっと楽しげであった。

 

 ……まぁ、この子が嫌がるだけの出来事、って方が珍しいからね、仕方ないね。

 愉悦される側になってしまったMODさんには、本当にお気の毒なことだけども。

 

 



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その時彼女に電流が

「もうダメだ……なにもかもおしまいだ……みんなの頼れるお姉さん的なMODさんは死に、今度からはみんなの足を引っ張る無様でぼろ雑巾な女が一人生まれるだけなんだ……」

「……滅茶苦茶凹んでるんだけど」

「人ってここまで落ちぶれるんだなぁ」

 

 

 いやまぁ、正確にはまだ落ちぶれる恐怖に震えてるだけ、ではあるのだが。

 

 ともあれ、地味に無理難題が飛んできた感のある今回の騒動。

 ……なにが問題って、基本的には彼女自身で頑張らないといけない、というのがね?

 まさか替え玉受験的なことをするわけにもいかないし。

 

 

「……かえだまじゅけん?」

「あー、誰かに変装して貰って代わりにテストを受けて貰う……みたいな?一応そのテストが終われば、上がってしまった難易度も下がるだろうし……」

 

 

 根本的には『特別扱いされる理由』の補強が今回の無理難題の理由なのだろうから、再度提出物が滞る……みたいなことさえ起こさなければ、同じように無理難題を課される可能性は低くなるだろう。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる、的な対処なのであまり多用すべきではないだろうが……その実、今回の問題を乗り越えるためだけならば、一番確実性がある案であることも確かである。

 

 

「問題があるとすれば、それをやってくれる代わりが居ない、ってことかな……」

「あー、皆さん学生さんですからねぇ~」

 

 

 一つ問題があるとすれば、替え玉しようにもその相手が居ない、ということだろうか?

 

 なにせ試験の日というのは大抵被るもの。

 ……高校違いのAUTOさんもその日は試験であるし、TASさんはクラスメイト、CHEATちゃんに至ってはそもそも後輩なので試験範囲を習ってない始末である。

 

 

「一応チート使って解く、みたいな抜け道はあるけど……どっちにしろ平日だからCHEATちゃんも普通に学校です、って当たり前の問題もあるしね」

「ぬぐぅ……やはりズルはダメだと言うことか……っ」

「そうですわ。例え道が困難であれ、自分で頑張らなければ意味はありませんわ」

 

 

 それ、君が言うんだ。基本的に壁とかほとんどぶち当たることのない君が。

 ……的な、恨みとも怨念とも付かない気配がMODさんから立ち上っている気がしないでもないが、(AUTOさんが気付いてなさそうなので)敢えてスルーする俺である。

 

 ともあれ、今回に関しては必勝法はない。

 ゆえにMODさんには血反吐を吐いて貰いながら、死ぬ気で頑張って貰うしか……、

 

 

「──なるほど。貸し一つ、というのは中々魅力的ですね」

「……って、あ」

 

 

 などと思っていた矢先。

 こちらの耳朶を打ったのは、鈴を転がすような──されどほんのり悪意を感じる高い声。

 なるほど確かに。ダミ子さんには端から頼れず、俺はそもそも性別違い……みたいな感じで、()()()()()()()は大抵替え玉には向かないものだと思っていたが。

 一人、ただ一人だけ、この場で替え玉に非常に向いている人物がいる、ということを失念していた。

 

 

「ふふふ……邪神と契約する度胸はありますか?」

「て、てんしたん……!」

「じゃーしーんーでーすー!っていうかキャラおかしくありませんかっ?!」

 

 

 その該当者……DMさんは、ちょっぴり悪役ムーヴをしたあと、キャラ変わりすぎなMODさんの様子に思わず素を見せていたのであった。

 ……ああなるほど、AUTOさん対策ね、はいはい。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 はてさて、それから後の事というと、語るべき事はそう多くない。

 

 一度諦めさせた替え玉受験を再興させようとするDMさんに、AUTOさんが抗議をしようとしたところを、裏で結託()していたCHEATちゃんが気を逸らして有耶無耶にし。

 その間にDMさんは、MODさんの技能でボディの偽装ができるかを確認。……無事変身できたことを確認し、当日の替え玉受験を確約。

 涙で顔をグシャグシャにしながら感謝するMODさんに若干ドン引きしつつ、その日は以降平常通りに進行。

 来る試験の当日、彼女はMODさんの代わりに学校へ赴き、()()()()()()を周囲に撒き散らしつつ試験を終えたのであった。

 

 

「若干の違和感……とは?」

「他者を真似する時、ある程度特徴を強調したりすることがあるでしょう?……今回はその辺りやり過ぎてしまって、何故か校内にファンクラブが……」

「誇張しすぎじゃないかなぁ!?」

 

 

 ……校内にMODさんファンクラブ、なる胡乱なものが生み出されてしまったらしいが、まぁ詮なきことである。

 なお、肝心の試験についてだが。彼女は邪神である前にメカ娘であるため、そこら辺はまっったくと言っていいほど問題にならなかった、と付け加えておきたいと思う。

 

 

「……ところで、なんで手伝う気になったので?」

「色々と理由はありますが……彼女のフラグが正常に機能しなかった場合、私の出番が脅かされる可能性が非常に高い、と演算結果が出まして……」

「あー……」

 

 

 なお、彼女が悪役ムーヴしながらもMODさんを手伝った理由は、単純に自分の出番が脅かされる可能性が高いから、というなんとも所帯染みた理由なのであった。……うーむ、世知辛い。

 

 あ、あとMODさんはこのあと違和感(ファンクラブ)云々で痛い目を見たそうで、「二度と頼まないぞー、頼まなくてもいいようにするぞー!」とか言ってました、まる。

 

 



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氷を削っただけなのに

 はてさて、試験も終わりましてそろそろ夏季休暇、といった感じの時期になったわけなのですが。

 

 

「今日の私はかき氷の気分」

「かき氷!いいですねぇ~、メロンとかイチゴとかのシロップを掛けてぇ、だばーっと練乳を投入すると最高ですよねぇ~」

「え?」

「いつの間に舌の色が七色にぃ!?」

 

 

 ここの面々には、そこら辺の話はあまり関係はなく。

 

 ……いやまぁ、一応学生であるTASさんに関しては、関係してないとおかしい気もするのだが。

 この子については、先のMODさんより遥かに特別扱いされてる身であるので、正直ツッコむだけ無駄というか。

 

 なんだよ『登校のタイミングで特定の操作をすると判定が分裂するから、向こうには「学校に常にいる私」が常駐してる』って。

 学校の怪談かよ、『教室のTAS子さん』かよ。別に実体があってもなくても怖いわ。

 いやまぁ、それを口にした途端『?お兄さんの後ろにも付けてあげようか?』とか言われるのが目に見えているわけだが。

 無論そんなのはお断りなので、決して口にはしない俺なのであぐぇ。

 

 

「……よくわからないけど、お兄さんから失礼な気配を感じた。感じたからには成敗しなくてはならない。えいえい」

「あででで、止めて普通に痛いいててて」

 

 

 効果音は『ぽかぽか』だが、ダメージ的には『どかどか』なTASさんのパンチを受けつつ、相変わらずこの子は人の思考を読むなぁ、とため息を吐く俺である。

 ……ダミ子さんがジト目で見てきている?気にすんな、ありゃ『読みやすい顔をしてるのが悪いんだと思いますよぉ~』とかいう顔だ。その言葉、そっくりそのままお返しするぜ。

 

 

「はいはい。低レベルな争いをしていると、お二人のかき氷はなしになりますよー」

「それは勘弁ですぅ~!」

「許してくれ母ちゃん、俺は悪くないんだダミ子が悪いんだっ」

「誰が母ちゃんですか、誰が」

 

 

 いやつい、母性を感じて……。

 意外と世話焼きなDMさんからかき氷を貰いつつ、俺達はこれからやってくる暑い夏に思いを馳せるのであった……。

 

 

 

-A-

 

 

 

「なるほど、だから今日はみんなしてかき氷を食べてるんだね……」<ナァーミテミテーゲーミングジター

「まぁ、日中暑かったからねぇ。んで、真っ先に戻ってきたCHEATちゃんが、俺らがこれ食ってるの見て『私もー』って言ってきて……」<ウワァ!?ナナイロニカガヤイテマスゥ?!

「なるほど、そのままなし崩し的にかき氷パーティ開催の運びとなった、と」<コンナトコロデCHEATツカワナクテモヨカッタノデハ……?

「その通りでございます」<ダッテTASニカツニハコウスルシカ……

 

 

 時は移り変わって午後のこと。

 終業式が終わりぞろぞろと戻ってきた学生組は、大人達(?)がかき氷に舌鼓を打っている姿に『ずるい』と大騒ぎ。

 ……いやまぁ、実質騒いでいたのはCHEATちゃん一人だったわけだが、他の二人も出されたものを無下にする……みたいなタイプではないので、結局みんなでかき氷を食べていることに変わりはなかったり。

 

 あとはまぁ、午後になったとは言うものの、こっちもかき氷を食べ始めたのは正午前くらいであり、そこまで食べ始めた時間に差はなかった……ということも合わせて記しておくべきだろうか。

 ……え?なんでそんなことを記しておく必要があるのかって?

 そりゃもちろん、さっきから後ろでわちゃわちゃしている面々のせい、というやつである。

 

 

「……なるほど。単なる七色なら、すでに私の通った道。そこに独自のアレンジをすることにより、私の先に行こうとしたその努力はあっぱれ」

「……へへっ」

「だけど無意味。我が舌はその先を行く。受けるがよい、光輝く黄金の舌(ごーるでんたーん)

「ウワーッ!?眩しいーっ!!?」

 

「……なにやってるんだい、あの子達」

「かき氷のシロップって、舌が染まるじゃん?……最初はTASさんが節操なしに色んな味を食べることで、舌を七色にしてたんだけど……」

「ああなるほど、そこに何故か競争要素を見出だしたCHEATさんが、自身のチートを活かして新たなる舌の地平に漕ぎ出したのですね」

「(新たなる舌の地平ってなに……?)な、なるほど。……ところで、舌の色での競争とは、一体なにを競うものなんだい?」

「シロップの色に存在しない新たな色を創造するとか、今のTASさんみたいに光輝くとか、そういう奇抜さを競うものって認識で良いと思うよ?」

「……誰がそれを比べるんだい……?」

 

 

 食べ始めた時間が比較的近いと言うことは、すなわちCHEATちゃんがTASさんが舌の色をあれこれ染めている姿に遭遇する可能性が高かった、ということ。

 そこで変な化学反応が起こり、CHEATちゃんはかき氷を暴飲暴食し始めた、というわけである。かき氷頭痛はチートでシャットアウトだ!……いや贅沢過ぎんか?その使い方。

 

 まぁともかく、久方ぶりの謎対決を迎えた我が家では、とりあえず『どうにでもなーれ』の感覚で二人の対決を観戦することとなったわけで。

 冷蔵庫の氷がなくなるまで、この不毛な対決は連鎖していくのであった……。

 

 ……え?オチ?無いよそんなもの。

 

 



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ついに彼女は自重を止めたッ!(※いつものことです)

「夏だ!休みだ!宿題だー!!」

「……夏休みの宿題を初日に終わらせる……というのは、本来のこの課題の目的からすると、大いに問題があるのではないでしょうか……?」

「勉学を毎日行う習慣というものを継続させるためだとか、はたまた通常の授業から日をおいて改めて復習させることにより、知識の定着を助けるためだとか、色々言われているね。……でもまぁ、課題をやるのを忘れるよりかはいいんじゃないかな……」

(……じ、自虐ネタ過ぎる……)

(迂闊に触れない話を持ってくるのは、お止めくださいませMODさん……)

 

 

 はてさて、学生達待望の夏季休暇到来、というわけなのだが。

 その初日である今日、我が家に集まった不思議ガールズがやっていたのは、見た目とても地味な夏季課題の片付け作業なのであった。

 

 ……まぁうん。学生達にとって夏休みといえば、単なる休みだけではなくこういう山盛りの課題も印象的……ってわけだけれども。

 それをどう片付けるのか?……みたいなところには、本来それなりの個性が出るもの(現に、前回ループではAUTOさんは今さっきの主張(毎日こつこつやるべきでは?)通りの動きをしていた)。

 では何故今回は、こうしてみんな纏めて今日の内に片付けようとしているのか?……というと。

 

 

「これからわくわくどきどきの夏の大長編が始まります」<フンス

「こうしてTASさんが滅茶苦茶張り切ってるから、なんだよなぁ……」

「前のループの繰り返しではよくない、という主張はわかるんだけど。だからといって、どこぞの国民的アニメみたいな展開を目指す必要性はない……と私は思うんだよなぁ……」

 

 

 はぁ、とこちらがため息を吐く先で、やけに張り切っている少女が一人。

 ……なにを隠そうTASさんその人なわけだが、今回こうして彼女がテンション高めになっているのには理由がある。

 

 直近でやってくる一番大きな出来事は、それこそMODさんの加入イベントだろう。

 だがそれが過ぎてしまうと実のところ、夏のイベントとやらに語るべきところはそう多くないのである。

 

 

「水着イベントを前倒ししたから、そこの判定部分が空になってる。これは嬉しい誤算」

「……イベントとやらは、基本タイミングを動かせないのでは?」

「モノによる。水着イベントは動かせる方だったみたい」

 

 

 これは今回明らかになった話なのだが。

 一部の固定必須イベントを除くと、ある程度のイベントはその発生タイミングをずらせるのだという。

 

 分かりやすく説明すると、彼女達それぞれの加入イベントは固定の必須イベント。

 そして本来夏休みの中頃にやってくるはずだった水着イベントは、固定ではなく浮動イベントだった、と。

 なので、つい先日俺が女性化した上で発生したあの水着イベントは、その実これから来るはずのイベントを先取りしたものだった、ということになっているらしい。

 

 ……いやまぁ、ツッコミ処が多すぎるんだけどね?

 前回のそれはMODさんが仲間になってから。というか、なんならダミ子さんも仲間になってからの話である。

 ということは、二人の参加は夏ではあるものの、夏休みに入る前だったということになるわけで。

 

 その辺りどうなってるのよ、とTASさんに聞いてみたところ、『サンタが来ない』と珍しく困ったような顔をされてしまったのであった。

 ……あー、そういえば前に他所の世界にお邪魔した時、こっちと時間の流れが違う……みたいな話をしてたっけ?

 

 で、二人の加入イベはサンタさんとの邂逅を基準に固定……浮動固定値?みたいなことになっているので、彼女が来る気配を感じないことには話が進まない、と。

 

 まぁ、やって来ないサンタさんについては、一先ず脇に置くとして。

 水着イベントが前倒しできたということは、前回ループでは後半部分に配置されていた、夏休みの宿題の消化も前倒しできるのではないか?……というのが今回の話。

 

 じゃあなんでそんなことをしようと思ったのか?……という疑問の答えは、前回ループの夏前半部分にあった。

 そう、MODさんのクルーザーに乗り込んでの無人島合宿と、そこに伴う異世界漂流である。

 

 今回の話を踏まえると、部長さんとの束の間の邂逅は前倒しになっている可能性が高いが──その後の部分。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()に関しては、恐らくイベント完了にはなっていないはずなのである。

 

 

「思わずラスボスムーヴしてたのが功を奏した。この期を活かさない理由はない」

「うん、こっちまで直帰だったからね、前回と違って。……あの出会いが前倒しだったのなら、その後の恐竜世界とかへの来訪が飛んでるのはそりゃ不味いだろうってね」

「こっちを巻き込まないで欲しいんだけどーっ!?」

 

 

 ……そう、あの時詳しく『グラフィックビューアー』には載らなかったが……俺とTASさんは、二回ほど別の世界を経由しているのである。

 そこに他の面々を巻き込めば、あの時有耶無耶になってしまった合宿を行えるのでは?……というのが、今回のTASさんの目的。

 

 そう、前回以上のスペクタクルをお約束する、TAS考案異世界ツアーのお誘いというわけなのであった。

 ……なお、参加拒否はできない仕様となっているのであしからず(そんな殺生なぁ、と悲鳴を挙げた人が何名かいましたとさ)。

 

 



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彼女の心彼女知らず

「今から胃が痛いですぅ……」

「大丈夫大丈夫、これからお腹だけじゃなく足腰も痛くなるからね。なにせ必死で逃げ回らなきゃいけないからね」

「……寧ろお兄さんは、なんでそんな環境で生き残ってるんですぅ?」

 

 

 そりゃもちろん、死にたくなかったからかな。

 

 ……とまぁ、来る合宿の内容に思いを馳せつつ、買い物に出掛けている俺とダミ子さんである。

 他の面々は宿題をしている組と、それに冷たい飲み物とか提供する側に別れて家に残っていたり。……メイドロボの面目躍如ってことなんだろうけど、最近のDMさん最早ただのおかんじゃね?

 

 

「そうですねぇ~……部屋でごろごろしてると『たまには外で運動でもしてきたらどうですか?』とか言われるんですぅ」

「完全にニートの娘とその母親な件」

 

 

 ニートじゃないですぅ~、自宅警備員ですぅ~。

 ……という、どっかで聞いたことがあるような言い訳を投げてくるダミ子さんを適当にあしらいつつ、じりじりと日の照る道を歩く俺達。

 

 昼食はまぁ……適当に素麺で済ませたわけだが。

 流石に夜までそれ、というのは頂けない。……いやまぁ、食が細いんならそれもありかとは思うが。

 

 

「うちの面々、基本的に夏バテはしないからなぁ」

「さっきも薬味や具材もりもりで食べてた人ばっかりでしたからねぇ」

 

 

 暗に『これじゃ足りない』って言われているようだった、というか。……君ら華の女子高生だよね?

 まぁ、変に夏バテしてグロッキー、みたいなのよりはいいと思うのだが。

 

 ともあれ、昼が簡単なものだったのだから、夜はそれなりにしっかりしたモノにしよう……みたいな考えになるのはある種既定路線。

 ゆえに俺は、とりあえず唐揚げでもするかなー、などと考えていたわけなのである。

 

 

「いてっ」

「きゃあっ!?」

 

 

 そうして上の空だったため、建物の影から飛び出して来る人物に気付かず、ぶつかってしまうことに。

 相手の方が小柄だったため、思わず撥ね飛ばしてしまうことになったのだが……謝罪と共にその相手を助け起こす際、目を丸くすることになるのだった。

 なんでかって?それはだねぇ……。

 

 

「……不思議さん?」

「……ええと、どこかでお会いしましたか?」

 

 

 いつぞやか、異世界で出会したMODさんの妹さん……不思議さんと瓜二つの人物だったのだから。

 ……あ、いや。よく見たら髪が長いかな?

 

 

 

・A・

 

 

 

 暫しお見合い状態となり、停止した俺達。

 相手側は、こちらの言葉に『知り合いか?』と記憶を探っていたため。

 こちら側は、その姿が見知った人物によく似ていたため。

 そんな理由から起きた一時の静止は、遠くから聞こえてくる喧騒によって、あっさりと崩れ去ったのであった。

 

 

「……!すみません、本来であればぶつかったことに対する、きちんとした謝罪をするべきなのですが……こちら、少々立て込んでおりまして。申し訳ないのですが、これで手打ちにして頂きたく」

「はい?……ってうわっ、多い多い!?受け取れないってこんなの!?」

 

 

 その騒ぎを察知した彼女は、緩んでいた表情を引き締め直しながら、なにかを書き記した紙を一枚、こちらに手渡してくる。

 内容を確かめたところ、それは一枚の小切手であった。……額?少なくとも、高々ぶつかった程度の話で出てくる金額ではないとだけ。

 

 こっちとしては寧ろ、相手を撥ね飛ばしてしまったことに申し訳無さが先立つ状態だというのに、こんなもの受け取れるわけがない。

 とはいえ、相手は早くここを離れたいのと同じくらい、謝罪をできないことを重視している様子。……つまり、受け取らないとここから去るに去れない、ということになるわけで。

 

 

「……仕方ない」

「はい?」

 

 

 こうなっては仕方ない。

 俺としてはこんなもの受け取れないが、彼女としては受け取ってくれないと離れられないのだろう。

 ……だから発想を変える。彼女がここを離れようとしているのは、恐らく遠くから聞こえる喧騒が理由。

 ならば、その喧騒がこっちに来ないようにすればいい。……と、いうわけで。

 

 

「──秘技、ダミ子七変化!!」

「ふぇれぶぅっ!?」

 

 

 さっきからこっちのやり取りをぽけっ、とした顔で眺めていたダミ子さんの背中側に回り、その背の特定部分に指圧を掛ける。

 後ろに回ってなにしてるんだろう、みたいな懐疑の表情を浮かべていたダミ子さんは謎の奇声と共に()()、現れたのは……。

 

 

「……なんでまた首が伸びてるんですかぁ!?」

「やれ!ダミ子!奴らを恐怖のどん底に落としてやれぇ!!」

「ええっ!?……あ、冷気も吐けますねぇ。ってことはこれ、前の時のあれですかぁ?」

 

 

 そう、いつぞやかのダミ子さん妖怪フォーム。

 突然首が伸びたことに困惑していた彼女は、こちらの発言に一瞬首を傾げたのち、こちらに向かってくる一団に気付いたようで、彼らの方に向いたのち──、

 

 

「はぁい、冷凍吐息ぃ~。……なんだかモンスターかなにかになったような気分ですねぇ」

 

 

 はぁー、と極寒の冷気を吐き立てる。

 その息吹は相手の一団を包み込み──文字通り、かちんこちんに凍り付かせてしまうのであった。

 

 ……うん、漫画的表現にしか見えないんだけど、これマジで凍ってるよね?……相手、死んでない?

 

 

「大丈夫だと思いますよぉ~?なんとなくですけどぉ、私がこの姿から元に戻ればすぐに元通りになる気がしますしぃ」

「なるほど、そりゃよかった。……んじゃま、落ち着いたところでちょっと話をしましょうか?」

「……え、ええ……?」

 

 

 なお、ダミ子さんに寄れば『ほっときゃ直る』とのこと。

 ……まぁ、事情はよくわからないが、なんにせよこれで落ち着いて話が聞けると言うものである。

 

 と、いうわけで。

 俺は困惑する彼女を先導し、とりあえずこの世で一番安全だろう場所(我が家)へと招待するのであった。

 ……ナンパ?ちゃちゃちゃちゃうわいっ。

 

 



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逃避行はロマンスとは限らない

「なるほど、それで彼女をここまで連れてきた、と」

「まぁ、なんか追われてたし」

 

 

 そんなわけで、少女お一人様ご案内である。

 突然見知らぬ少女を連れてきた俺に対し、みんなの反応はとても酷いものであった。……などということはなく。

 

 

「ん、待ってた」

「キサマノシワザダタノカ」

「えっ?えっ!?」

 

 

 こちらをいの一番に迎えたTASさんにより、そもそもこの出会い自体仕組まれていたことが判明したため、他の面々の反応もそれを前提にしたものになっていたのであった。

 ……いやまぁ、ロリコンの変態とか言われるよりかはマシだが、それはそれとしてなんとなく釈然としない俺である。

 

 

「……?」

「違うよー?AUTOさん違うよー?確かに俺の周りには年下ばっかり居るけど、俺は別にロリコンじゃないよー?」

「……はっ!?ということは私が大本命なんですぅ?!」

「話がややこしくなるから黙ってろテメェ」

 

 

 なお、その様子を察してか首を捻るAUTOさんがいたりもしたが……あとから『いえ、冗談ですわ』とからかわれたことを明かされたりもした。

 ……俺のヒエラルキー低すぎじゃね?

 

 閑話休題(話がずれすぎだ)

 連れてきた少女は現在、ちゃぶ台の前に座らされておろおろとしている。

 ……恐らくだが、知り合いが二人ほどいることが大きいのだろう。で、その知り合いと言うのが、

 

 

「どうも。裏で有名な()()イツが()て消すことTASです」

「同じく、裏で有名な『Man Of Different』ことMODでーす」

「……なんで貴女方がこんな極東の地に……」

 

 

 裏の方でも顔の売れている二人、というわけで。

 ……いやまぁ、MODさんの顔を知ってるのはわりと珍しい気がするのだが。

 だって彼女、仕事中はこの顔じゃないはずだからね!

 

 

「いやまぁ、この前の春の()()関連だからね、彼女」

「春?……ってああ、あのMODさん大騒どむがっ」

「はっはっはっ。みなまで言わなくていいからね?」

 

 

 だがどうやらMODさん、彼女については今の顔のまま仕事を受けていたようで。

 ……どういうこっちゃ?と首を捻っていると、返ってきたのは『春』の言葉。

 どうやら、MODさんの加入フラグがそもそも立ってない、という問題発覚から急遽差し込まれたイベント『~日刊世界の危機~』における彼女の最後の仕事の相手、だったとのこと。

 

 ……確かそれって、彼女の加入イベントのフラグの一つ『とある国の王女様との面識の獲得』のためのやつだったっけ?

 ってことは、この目の前で座ってTASさんに煎餅を押し付けられて困惑している少女は、件の王女様……???

 

 

「……うわぁっ!!?止めなさいTASさんスゴイシツレイ!?」

「なんで片言なのお兄さん?」

「君が滅茶苦茶不敬なことしてるからだよぉ!?」

 

 

 ……俺が慌ててTASさんを止めたのは言うまでもない。

 

 

 

;-A-

 

 

 

「えー、この度は色々とご迷惑を……」

「あ、いえ。私の方こそ色々とご迷惑を……」

「お見合いみたい。ウケる」

「ウケてんじゃないよ君はっ」

 

 

 はてさて、TASさんの失礼な行動を止めさせたあと。

 改めてDMさんにお茶を用意して貰った俺は、目の前の彼女──王女様と向かい合って座ることに。

 

 なお、こっちの左右にはTASさんとMODさんが控え、他の面々は部屋から出て周囲の哨戒に向かっている。

 ……察するに、この話はMODさんの加入イベントの前日譚であると判断したためだ。

 

 彼女の加入は、とある国の王女様の日本観光を無事に成功させ、空港に送り届けたあとたまたま立ち寄った祭の場で行われる。

 ……で、詳しく聞くところによると、件の王女様のお忍び日本観光は、とある目的を果たすためのものであり……。

 

 

それを果たすまでは帰らないってんで、しばらく引っ張り回されたんだよね

なるほど。その仕事の疲れを発散するため、たまたま目についた祭で騒いでいた暴漢に攻撃を仕掛けたと

……人聞きが悪いけど、概ねそんな感じだよ

 

 

 そしてその日本観光、まったく字面通りのモノではなかったそうで。

 ……前回説明時は単なるお転婆姫のわがまま、みたいな感じだったが、どうやらそれはカバーストーリー的なものであり、実際の目的はまったく別だったとのこと。

 

 とはいえ、彼女が特殊な資源の産出国の皇族の一人であることに違いはなく、それを狙う者達がいることもまた間違いではない。

 ──つまり、一足早く一大スペクタクルがやって来た、と言い換えてもいいわけで。

 

 

加入イベントはともかく、その前日譚であるこっちの案件には、関わるフラグが見付からなくて諦めてた。それをお兄さんが引っ張ってきたんだから、これを逃がす手はない

「……ああうん、また乱数調整してたのね……」

「ラスウ……チョースイ……とは一体?」

「ああごめんごめん、こっちの話なので気にしないでください」

「はぁ……?」

 

 

 この機会をTASさんが逃すわけもなく。

 俺達は、MODさんの加入前夜のイベントにも介入する羽目になっていくのであった……。

 

 ……もしかして、今年の夏ってやべーのでは?何本立てになんのこれ?

 

 



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一人だけ実は別世界の人じゃないです?

「ところで、いい加減お聞きしたいんですけど」

「あー……何故彼女が私の妹とそっくりなのか、だろう?あれだよあれ、世界には自分と同じ顔の人間が三人いる……」

「じーっ……」

「……って言っても、誤魔化されてくれたりはしなさそうだね」

 

 

 はてさて、一先ず今日のところはうちで休んでください、と王女様に提案し、それに頷いてくれた彼女をTASさんが部屋へと案内しにいったわけなのだが。

 その間に、俺はさっきから気になっていたことを、MODさんへと問い掛けていたのであった。

 

 ……本人がスパイだからか知らないが、この人色々と裏設定ありすぎでは?

 作品が作品なら、後ろから刺されることを警戒しないといけない類いの人なのでは?

 ……とかなんとか、諸々の疑問や疑念・不満を込めた視線を向ければ、彼女は根負けしたように両手を上に挙げたのであった。

 

 

「……とりあえず、別に生き別れの妹とかではないよ。そもそも私も妹も、両親共に日本人の純日本人だからね」

「じゃあ、本当に他人の空似だと?」

「まぁ、そういうわけでもないのは、さっきの反応でわかるだろう?……まぁ、遠縁の親戚なんだよ。多分彼女は気付いていないだろうけどね」

 

 

 なんでも彼女の話によると、彼女の母方の家系を遡ると異国の血が混ざっていることが判明するのだという。

 ……といっても、曾祖母の祖母という、かなり離れた位置になるそうだが。

 

 ともあれ、その異国出身の曾祖母の祖母が、どうにも彼女──王女様にとっての曾祖母の祖母に当たるようで。

 

 

「なんでまぁ、彼女が日本にきた目的は、恐らくそこに関係するもの……ってことになるんだよね」

「恐らくって……前回ループでその辺り聞かなかったんで?」

「迂闊に聞けば、私と彼女が血縁だってことがわかってしまうだろう?……ただでさえ資源算出国の姫君なんだ、その上で噂のスパイ・MODの縁者だなんて知れてしまったら酷いことにしかならないよ」

「……なるほど?」

 

 

 つまり、彼女が無茶をして日本に留まっているのは、ほぼ確実にその曾祖母の祖母に関係すること、ということになるみたいで。

 ……いやまぁ、そこまで離れている続柄の人のなにを探しているのか、みたいなところはなくもないのだが。

 ともあれ、現状類推できる理由はそれくらい、というのも間違いではないようだ。

 

 で、こうなると疑問になってくるのが、前回のループでしっかりと仕事を終えているにも関わらず、王女様がなにを探していたのかを知らないMODさん、ということになるわけで。

 なのでその辺りを突っつけば、本人からは『知りすぎるのはよくない』と敢えて知ろうとしなかった、みたいな話が返ってくるのであった。

 

 ……彼女の両親の話はあまり聞いたことがないが、異世界に飛ばされた(こっちでは存在抹消状態)妹さんとは違い、生きていることは確かなはず。

 王女様が血縁を辿っているのであれば、彼らに話を聞きに行くこともあるだろうから……顔を合わせるわけにはいかなかった、みたいな部分もあるのかもしれない。

 

 なにせ、彼女ってば現状(存在が消されてしまった妹さんに代わるかのように)行方不明者になっているのだから。

 

 

「……まぁ、若気の至りというやつだよ。姿も変えられるわけだし、幾らでもごまかしは効くわけだし……」

「それでも決して家には近寄らない、って辺り気配でバレそうとかなんとか考えてらっしゃる?」

「……君はエスパーかなにかかい?」

「思いっきり顔に書いてありますがな」

 

 

 まぁ、つまりはそういうこと。

 目の前で消えてしまった妹のことを知るのは、今や世界に彼女だけ。

 その悲劇的な境遇が、ほんの少し彼女の背を押してしまった……というだけの話なのである。

 ……それで親御さんを心配させてるんだから、なんともアレな話だが。

 

 ともあれ。

 最終的に王女様が向かうのは、恐らく彼女の生家だろう。

 そこで娘が居なくなってしまった夫婦に出会い、なにかの答え(成果)を得て──王女様は満足し、自国へと帰っていったと。

 

 すなわち、俺達がこれからやるべきことは、ゴールデンウィークの時の焼き直し。

 再びの小旅行、ということになるのであった。

 

 

「だったら簡易トラベル使う?」<ニュッ

「いやー、流石にそれは王女様には刺激的すぎやしないか?」

「むぅ、残念。折角ゲートを設置したんだから、試運転とかしたかった」

「王女様が飛行機に乗って自国に帰るとこまでいけば、あとは自由行動なんだからその時にしときなさい」

「はーい」<シュッ

「……いきなり横から顔だけ出てきたTAS君と、普通に会話するの止めないかい?」

「え?なんで?」

 

 

 なお、こっちの話をどこからか聞き付けていた(現在部屋案内中の)TASさんが、近くの棚の隙間からにゅるりと顔を出して話し掛けてきたりもしたが、些細なことである。

 

 ……妖怪変化できるようになったから、最近マイブームみたいなんだよね、あれ。

 さっきのは隙間女かなー。隙間があればどこにでもワープできるから便利とか言ってたなー。

 でも使ってる間は属性に『妖怪』がくっつくので、対妖特攻に引っ掛かるようになるからあんまり使いたくない……とも溢してたなー。

 

 ……え?MODさんが微妙な顔してる?こっちとしてはいい加減慣れてほしいんですが?

 

 



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さながら引率の先生のように

 はてさて、特になにかが起こることもなく次の日の朝である。

 

 

「実際のところは、夜通し近くを探してる怪しい人が結構いた」

「ほうほう、どうやって王女様のことを察知してるのかは知らんが、中々優秀なようで。……で?その人達は?」

「タンスの肥やしになってもらった」

「経験値にすらなってねぇ」

 

 

 ……まぁ、実際には裏ではげしいこうぼう()があったみたいだが。

 なお、その時の人数が意外と多かったため、AUTOさんとCHEATちゃんも駆り出されていたとのことである。

 ……え?他二人(ダミ子さんとMODさん)はともかく、DMさんは手伝わなかったのかって?

 そこに関してはほら、迂闊に彼女に任せると普通に人死にが出かねないのでアカン、というか。

 なんやかんやで邪神ですからね、この人。

 

 

「いえいえ、流石にそんな野蛮なことはしませんよ?」

「ほうほう。……ではその背中に隠していらっしゃるモノは?」

「え?──ええと、ちょっと新装備の性能テストをしてみたいなー、と思いまして」

チェーンソーが指みたいになってるやつ(そんなもの)のテストとか、絶対相手がバラバラになるより酷いことになるやつじゃないですかやだー!」

「……っていうか、使っているうちに『用途外の(不明な)デバイスが接続されました』とかなんとか言われて、強制的にオーバーヒートするやつじゃねそれ?」

 

 

 なお、そうやって取り繕うDMさんの後ろには、あからさまに人に向けて使うようなモノではない、とってもやばげな装備が見え隠れしていたのであった。

 ……新作出るそうですね!(唐突な関係のない話)

 

 まぁともかく。

 比較的手加減できて、かつ普通に強い組である初期不思議娘三人組の活躍により、やって来た不埒者達は華麗に撃退させられていたわけなのである。

 

 

「……はっ!()()不思議娘三人組ということはぁ、私達は()()不思議娘三人組ということにぃ……?」

「はっはっはっ。MODさんはともかく、他二人は娘って感じではなうげぁっ!?

「お兄さんが死んだ!!」

「口は災いの元、ですわね」

 

 

 いや死んでないし。

 単にキレたダミ子さんに、体重の乗ったパンチを食らっただけだし。

 でも横のDMさんが「あらあら」って感じに笑ってるだけなのに、マジギレして攻撃してくる辺りダミ子さんってば微妙にその辺り気にして太ももが痛い!?

 

 

「死ねぇ!()ねじゃなくて死ねですぅ!!」

「止めろー!別におばさんって言ったわけでもないんだから、そんなに攻撃することなぐへぇ!!?

「そこまで言ったのならぁ、もう明言してるようなものですぅ!!」

 

「……え、ええと。その、あの方はあんなに殴られて大丈夫なので……?」

「ああ気にしないで。彼ってば大概脆いけど、次のタイミング(コマ)ではけろっとしてることがほとんどだから」

「…………なるほど、皆さん似たようなものだったのですね…………」

「んー?なんか私達への認識おかしくないかなー?」

 

 

 なおその後、王女様の俺達を見る視線が、へんないきものを見る時のそれに変わっていたりもしたが些細なことである。……いや些細か?

 

 

 

`;ᾥ;)⊃)д')

 

 

 

「はい、そういうわけで今回もキャンピングカーの出番です」

(さっきまでぼろぼろだったのに、本当に治っていらっしゃいますね……)

 

 

 さて、一通り戯れたのち、前回と同じくキャンピングカーに乗り込む俺達である。

 TASさんは頻りにショートカットをしたがっていたが、彼女に任せると空を横方向にくるくる回りながら飛んでいくキャンピングカー、みたいなものが容易に顕現してしまうので却下である。

 君はよくても、中に乗ってる人がただじゃすまないからね、それ。

 

 

「大丈夫大丈夫、寧ろ回転が多くなるほどに運賃が加算される」

「それ誰が払ってるのさ?……っていうか、王女様は普通に一般人なんだからその辺りを考慮して?」

「すみませーん、私も一般人よりですぅ考慮してくださーい」

「……?この国の人はいきなり首が伸びたりするのですか……?」

「なるほど、王女様相手だとダミ子さんも立派に変人カテゴリだな」

「それ絶対私のせいじゃないですぅ!?」

 

 

 少なくとも三人、そんなことされたら酷いことになるのが居る以上、TASさんの横暴は決して許されるものではないのであった。

 ……え?王女様はともかく、他二人は言うほど酷いことにもならんだろうって?はははナイスジョーク。

 

 ともかく。

 大幅なショートカットとかは禁止して、真面目に高速を行くこととなった俺達は、前回の旅程をなぞるように、目的地へと向けて邁進を始めたわけなのである。

 

 

「流石に過程はカットする」<カッ

「……なんだっけそれ、映画監督とかが使ってるやつ……」

「クラッパーボード。日本語だとカチンコとかボールドっていう」

「ああなるほど。……ところで、本来色々書いてあるところになにを書いたのか言え!」

「ちょっと呪文を少々……」

「TASすなって言ってるでしょーが!?」

 

 

 なお過程は省略されました。

 中身を読みたい方はTASTAS言うと読めますん。……いや適当か?

 

 



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なにを探して三千里?

「到着。……結局過程を飛ばすのなら、最初から()()()()も良かったのでは?」

「ダメです」

「むぅー」

 

「……あの、先ほどからあの方は一体なにを……?」

「私達を纏めてジェノサイドしようとしてたんだよ、怖いね」

「ひぃっ!?」

「……人聞きの悪いことを言わないで欲しい、MOD。そりゃまぁ、私は記録のためにはTASけない女だけど」

 

 

 はてさて、道中特に問題になるようなこともなく、本州を南下した俺達である(途中でTASさんにRP……もとい、謎の大きな筒による攻げ……お話をされて吹っ飛んでいく、黒塗りの車達から目を逸らしながら)。

 ……それの登場ってもうちょっと後じゃなかったっけ?

 

 まぁともかく、こちらに欠員になるような被害がもたらされることはなかった、という時点で平和だったと言い換えてもいいだろう、多分。

 そんなわけで、暫くのドライブを楽しんだ俺達は、つい二月ほど前に訪れたばかりのMODさんの故郷に、足を運んでいたのであった。

 

 なお、着いた途端にTASさんから不満が飛んできたが、彼女の要望そのままに進めるのが危険なことは、前回からの流れで既に周知の事実。

 そのため、王女様はすっかりこっちにビビり散らしていたのでありましたとさ。……いやまぁ、裏での彼女の風評も加味されているんだろうなー、とは思うけどね?

 

 

「それはそれとして。こっからどうするんでしたっけ?王女様」

「ええと……この地には私の遠縁となる人物が住んでいる、と聞き及んでいます。その方にお会いしたい、と思っているのですが……」

 

 

 なお、道中の案内についてだが、流石に目的地を説明される前から知っている、というのは疑われるフラグであったため、王女様に目的地を示して貰って、そこまでの経路をCHEATちゃんに提示して貰う……というやり方を取らせて貰った。

 

 ……なんでCHEATちゃんなのかって?

 今回の場合、王女様は地名はともかく地理についてはまったくの無知、という状態であった。

 そのため、地名からそこまでのルートを算出する、という行程を必要としていたわけなのだが……。

 

 

「何度もおっしゃるように、貴女に任せるとやりたい放題し始めるのは目に見えていましたからね」

「むぅー……みんなして人聞きが悪い。ちょっと道路を超電磁にしようと思っただけなのに」

「リニアモーターカー!?」

「それ、周囲の車がただでは済まなくないかい……?」

 

 

 単純に考えると、この場でそれを行う適任者はTASさん、ということになるだろう。

 王女様は自国のSPだけならず、他の国の工作員達にもその身柄を狙われているし。

 騒ぎをできるだけ穏便に収めるためにも、本来の帰国予定の日にはちゃんと元の場所に戻っておく必要がある。

 

 ……つまりは実質的な時間制限を課せられているわけで、ならば時短の鬼・TASさんにお鉢が回ってくるのはごく自然な流れのはず。

 にも関わらず、彼女が選考から外れてしまったのは……偏に、()()()()()()()()()()()()()()()ことが挙げられるだろう。

 

 まぁ確かに?普段居ない人間がゲストとして加わっている、というのはTASさん的に絶好の機会だ、というのはわかるのである。

 もしかしたら通常とは違う処理になる物事があるかもしれないし、それによって大幅に短縮できる箇所も出てくるかもしれない。

 ……だがしかし、忘れているかもしれないがこれは現実。

 例えなんかよく分からないモノが跳梁跋扈しているとしても、そこに住まう人の大半は単なる人、なのである。

 

 つまり、巻き込まれる周囲の人からしてみれば、堪ったものではないのである。TASさんの横暴は。

 

 あとはまぁ、ゲストスロットに王女様がセットされた状態、というところに既視感が浮かばないでもないので、このままTAS的行動を強行させるのは不味すぎる、みたいなところもなくはない。

 ……と、呑気に途中のSAで買った唐揚げ串を頬張っているダミ子さんを見ながら考える俺であった。

 

 

「……な、なんですかぁ皆さん、あげませんよぉ?」

「いいですか王女様。TASさんに好き勝手させるとあの人みたいになってしまいますからね。そんなのは嫌でしょう?」

「い、嫌かどうかは知りませんが……変えられてしまうのは困ります。私は王女ですので」

「…………?なんで私、唐突にディスられたんですぅ?」

「それはほら、君自身の原点を思い出してみればいいんじゃないかな?」

「げん……てん?」

「あっそうだった、この人昔の記憶微妙に飛んでるんだった」

「唐突にお労しい空気にするの止めない???」

 

 

 なお、なんで彼女が突然ディスられたのか、と言うと。

 ……多分、元男性である要素が一切見えてこないから、なんじゃないかなーという話になるのであった。

 いやまぁ、理由のある変化なので、あんまり深掘りするとさらにお労しくなりそうな気もするんだけどね!

 

 

「でもここまであれだと、実は元成人男性ってのも怪しくなるっていうか」

「それはない。この世界を作り出した神は『TSって男の精神から女のそれに変わる過程こそ美味しいものだよね』って派閥の人だから、属性的に美味しいダミ子の過去を変える心配はない」

「なんのはなしをしてらっしゃるんです???」

 

 



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欲したものに手が届くか否か

 はてさて、ダミ子さん関連の話で、場が一時よくわからない空気に包まれたりもしたが、一先ず気を取り直して。

 

 前回、TASさんに任せると酷いことになるので、代わりにCHEATちゃんに白羽の矢が立った……みたいなことを言っていたと思う。

 そうして突如彼女の代わりを任されることとなった彼女だが、意外……というほどでもないにしろ、結構真っ当に職務をこなして見せたのであった。

 

 

(敢えて地味モードを前面に押し出すことにより、まるで世を忍ぶ予言者のような空気を醸し出すその手腕……あっぱれ、見事であったぞ)

(……褒めてくれるのは嬉しいんだけど、これどういう原理なの?っていうかなにその口調?)

 

 

 滅茶苦茶脳に響いてくるんだけど、とこちらに怪訝そうな視線を向けてくるCHEATちゃんには、DMさんに中継を頼んでいますとだけ返しておく俺である。……念話とか自前の技能で使えるわけないからね、仕方ないね。

 なおわざわざこうして念話を使って遠回しに会話しているのは、王女様に話を聞かれないようにするためである……ということは言わずともわかるだろうから口にはしない。

 

 ……ともかく。

 TASさんの代わりに案内役を買って出る、ということになってしまった彼女は、すぐさま地味モードに主体をチェンジ。

 ぼそぼそ声を寧ろ神秘的なものとして扱わせることにより、王女様の信を着々と得ていったのであった。

 まぁ、ほんのり怪しげな空気を醸し出しつつ、実際に不思議な現象を起こして見せればそりゃ引っ掛かるでしょ……というツッコミに関しては、否定のしようもなかったりするのだが。

 

 そんなわけで、すっかりキラキラとした眼差しを王女様から向けられるようになったCHEATちゃんは、天狗になりそうな己を律しつつ、努めて冷静にここまでの道を案内しきったのであった。

 その姿はとても立派なものであったが……同時に、ここから先についても、先ほどまでと同じように案内を継続する必要がある……ということにもなってしまうわけで。

 

 

(……MODの家の場所とか知らないんだけど!?)

(あーうん、元生家については教えたけど、現生家については欠片も触れてないからねぇ)

(ダヨネー!?!?)

 

 

 ……うん、早速神秘のベールが剥がれ掛けてるんですけど、大丈夫なんですかねこれ。

 

 

 

;・A・

 

 

 

 今回、王女様が日本列島を南下したのは、自身の遠縁となる人物に出会うため。

 単純にその人物から話を聞きたいのか、かつての親族が()()()をこの日本に遺していないのかを尋ねに来たのか。

 その辺り、王女様は決して口を開いてくれないわけなのだけれど。

 

 ……だとしても、ここまで『神秘的な予言者』のロールプレイをしてきたCHEATちゃんは、引き続きそのムーヴを継続するしかないわけで。

 それがなにを意味するのか、その答えが現在俺の目の前で繰り広げられていたのであった。

 

 

「…………」<キラキラ

え、ええとー……その、ですね?

「はい、CHEAT様!私は既に準備万端にございます!」

(ひぃーっ!!信頼が怖い!!!)

 

 

 ──お前のやったことだろ、とは突っ込まない俺である。

 

 ともかく。王女様に話を聞く前に目的地を知っている、という部分を『予言』としてごまかしたCHEATちゃんは、王女様から『あらゆる未来を見通す深謀を持つ人物』として尊敬の眼差しを集めてしまっている。

 ゆえに、今この場で『実はそんなんじゃないんだ』みたいなことを言ってしまえば、その尊敬が途端に侮蔑へと変化することは想像だに難くない。

 

 いや寧ろその流れはまだマシで、ともすれば向こう側が『気を使われていた』ことに気付き、目の前の少女(CHEATちゃん)が自身の期待に応えようと無理をしていた、などということに思い至ってしまう可能性も捨てきれない。

 そっちのパターンになった場合、待ち受けているのは相手に気付かれてしまった羞恥から、潔く自爆を選ぶCHEATちゃん……という結末だろう。

 ……下手すると王女様ごと巻き込んでゲームオーバー、みたいなことになるのでできれば避けたい未来である。

 でもこれ現状、一番起きる確率の高い未来なんだよね……。

 

 

(……っていうか、予言者云々だともっと適任者が居るんだよなぁ)

「?」

 

 

 そしてその未来、CHEATちゃんよりも先に『このままだとこのルートだなー』と気付いていた人物がいる。……そう、TASさんである。

 

 彼女の行動は『未来視』あってのものであり、そして彼女のそれは普通のそれとは一線を隔すもの。

 ……つまり、王女様の求める人員に一番近い人物、ということになるわけで。

 その辺りの話が、余計のことCHEATちゃんの退路を断ってしまっている気のする俺なのであった。

 

 なおこの話の解決方法については、こうして逃げ道を設置……げふんげふん。

 ……こうして王女様に知られないような秘密の回線を用意してある、ということから察して欲しかったり。

 

 まぁ、当の答え……もといTASさんからは『お兄さん甘やかしすぎ』と不満を溢されたわけなのだが。

 ……あとで埋め合わせが必要なやつですねこれは……(白目)

 

 



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哀れなガイド役に救済を!

 前回示された答え──恥も外聞もなくTASさんに頼る、というそれになんとか気付くことに成功したCHEATちゃん。

 そんな彼女が現在どうしているのか、というと。

 

 

「……よもやMOD様が、別の仕事で離脱することになってしまうとは……とはいえ、CHEAT様のお力があるのであれば、その穴埋めも十分に行えることでしょう」<カワラズオメメキラキラ

……ソ,ソウデスネー

 

 

 彼女は引き続き、王女様からの熱視線に晒され、羞恥で死にそうになっていたのであった。

 

 なおMODさんは自宅が近付いてきたため、適当な言い訳をして逃げました。

 ……まぁ、変なお面をして遠くからこっちを見てるんですけどね。

 なんでも『変装(MOD)状態でも下手をすると見破られかねないから、私は離れて見てるね!』とのこと。……なんだろう、今から会う人への期待と不安が酷いんだけど?

 

 ともあれ、王女様の目的を達成しないことには進まないので、意を決して歩を進める俺達である。

 

 

「ところで、目的地はここからどれくらい掛かる感じ?」

ちょ、ちょっとお待ちなさい……今(TASからの指示を)見ています……

(どっから用意したんだろうなこの水晶玉……)

 

 

 まぁ、現状目的地への道を知っているのはCHEATちゃん(に、指示を出しているTASさん)だけなので、みんなで彼女の後ろをぞろぞろと付いていく形になっているのだが。

 ……ここが田舎で良かったな、他の人の目があったら絶対ギョッとされてたぞ……。

 

 なにせ先導するCHEATちゃんは、現在占い師っぽさを演出するためにローブと水晶玉装備。

 ……手に持っている水晶玉も大概だが、なによりこの炎天下の中で見た目クソ暑そうなローブを羽織っている、という事実がとても目を引くわけであるし。

 実際のところは、中に暑さ対策を仕込みまくってるらしく、滅茶苦茶快適……ってよりは寧ろ寒いくらいらしいが。

 

 

「なんでそんなに冷房ガンガンなん?」

「え?近寄ったら冷気が漂ってくるとか、滅茶苦茶神秘的じゃね?特に今夏だし」

「ああ……確かに」

 

 

 中になにかを仕込むスペースも無いように見える(実際にはダミ子さんの時のあれこれから生み出された空間操作技術によって、別所のクーラーと繋がっている)ローブの奥から、ひんやりと漂ってくる空気は確かに、彼女という占い師の神秘性を演出するにはもってこい、と言えなくもない。

 ……それで寒すぎてホッカイロを持ち込んでいるのでは、正直本末転倒では?……って気もしなくはないのだが。

 

 とはいえ、王女様の目をごまかす……という点においてはこれ以上無いのも確かな事実。

 それゆえ彼女は、この炎天下の中寒さに震える、というなんとも言えない状態に耐えていたのであった。

 

 

「ウケる」<ドッ

(……いつか絶対泣きべそかかしてやる……)

 

 

 なおTASさんは相変わらずのドSであった。

 ……自分がやりたいところを他人にやらせてるんだから仕方ないね()

 

 

 

・A・

 

 

 

 はてさて、歩き続けておよそ十分ほど。

 ……あまりに一直線に到着するとそれはそれで疑われる、ということでほどほどに寄り道しながら目的地に向かっていた俺達は、ようやくその場所にたどり着いたのであった。

 

 

「……ここは?」

汝の求むるモノはここにありましょう……我等の案内はここまでなれば

(なにその口調ウケる<ドッ)

(頭の中でまでウケてんじゃねぇよテメェ!?)

 

 

 うーむ、DMさん経由で眺め……もとい聞いている脳内思考が酷い。

 見た目上は躊躇う王女様にお行きなさい、って諭す占い師って感じなのにね?

 

 ともあれ、たどり着いたのは平屋のごく一般的な田舎の家、って感じの場所。

 庭が広めなのが都会組からすると珍しいくらいで、あとはまぁ至って平凡な家、といった風情の場所である。

 

 ……本来MODさんのところの家はいわゆる出戻りであり、その際に祖父母の家とは別に新居を建てていたのだという。

 なので、そちらの家はわりと真新しい、都会でも見掛けるような作りの二階建てだったらしいのだけれど……。

 

 

(ご存じの通り、中にいた妹ごと()()()()()()()()()()()からね。私達は最初から、田舎の祖父母達の家に住んでいた……ってことになっていたのさ)

(へー)

 

 

 目的地があの空き地ではなく、この家だったのはそういうこと。

 ……探していたのは彼女の親ではなく祖父母の方であり、ゆえに本来ならば両親に見咎められる可能性はなかったはずなのだが。

 妹の消失と共に、彼女の育った本当の生家は影も形もなく消え去り、覚えのない思い出の詰まった祖父母の家こそが彼女の住まいとなったことで、同時に日中家に居る母に見咎められる可能性が出てきてしまった、ということになるらしい。

 

 

「……それ、前の周回(ループ)の時も同じだったんじゃ?」

「日付的な問題でね。丁度母の居ない時間帯だったのさ」

 

 

 ……前回もどうにか親の目を掻い潜っていたのだろうから、今回もそうすれば良かったのでは?

 というこちらの問いに、彼女は曖昧な笑みを浮かべている。

 どうにも胡散臭いその笑みに、一体なにを隠しているのかと問い掛けようとしたその時。

 

 

「──あら?うちになにか用かしら?」

「はい?」

 

 

 背後からの声に、思わず振り返る俺達。

 そこにあったのは──普段MODさんの取っている姿をそのまま大人にしたような、そんな女性の姿なのであった。

 

 



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親の心は知り辛く、子の心は解り辛く

 その女性の姿が見えると同時、いつの間にかどこかへと消えてしまっていたMODさん。

 ……完全に逃げやがったなどとこちらが思う間に、俺達はあれよあれよと目の前の女性に言いくるめられてしまって……。

 

 

「はー、ほー……」

「え、ええとその……私の顔に、なにか?」

「いや、ホントに似てるなー、と思ってたのよ。……遠縁なのに、ねぇ?」

「ほうじゃのー。偉い別嬪さんじゃのー」

 

 

 ──どうしてこうなった?

 ……と、頭を抱えたくなるような状況に巻き込まれてしまったのであった。

 具体的には、何故か部外者である俺達まで、家に上がらせて貰っている感じである。……なにゆえ?

 

 まぁ、聞けば「だって、さっきまでその子と一緒に居たでしょ?」と、こちらのことを見ていたためだと明かされたわけなのだが。

 ……ああうん、そこを見てるのならそりゃ招くよね、だって最初からお連れ様だってわかってるわけだし。

 

 そういうわけで、本来ならば中でなにが起きているのか?……までは知るつもりのなかった俺達は、なし崩し的に王女様と向こうの一家とのご対面に、同席することとなってしまっていたのであった。

 

 

「それにしても……占い師、占い師ねぇ?なにか種があるー、とかじゃなくて?」

ハハハ,タネモシカケモアリマセンヨ?

 

 

 で、あれこれおばあさんから話を聞く王女様の横では、CHEATちゃんが女性──MODさんの母とおぼしき人に捕まっている。

 

 この場所まで王女様を案内したのが彼女、と王女様本人から聞いたことで、どうやら興味が湧いてしまったらしい。

 CHEATちゃんの周囲をくるくる回りながら、彼女へと矢継ぎ早に質問を投げ掛ける女性の姿は、ともすれば探偵が犯人に尋問をしているかのようにも見えるだろう。

 ……なんとなくだが、CHEATちゃんの能力を疑っているというよりも、別の可能性について確認しようとしている……みたいな感じにも見えるというか。

 

 

「……ふーむ、その顔は嘘を付いている顔ではない……かな。ごめんごめん。ちょっと理由があってね、許して頂戴な」

イエイエワタシデヨケレバヨロコンデー

 

 

 数分後、女性からの尋問めいた会話を乗り切ったCHEATちゃんは、すっかり片言状態になってしまっていたのであった。

 ……この様子だと、暫く使い物にならないなこれは。

 

 そんなCHEATちゃんから離れた女性は、次にこちらへと視線を向けてくる。

 思わずびくり、と体を震わせる俺達に対し、彼女はにっこりと笑って。

 

 

「さて、じゃあ今度はそっちの子達の話を聞かせて貰おうかな?」

 

 

 ……と、声を掛けてくるのであった。

 

 

 

:(´◦A◦):

 

 

 

……流石はMODさんの御母堂、と言ったところでしょうか……

細かいところで気が抜けない。子は親に似るっていうけどまさにそれ

 

 

 MODさんの母親から解放された俺達は、ちょっと用事があると言い置いて家の外へと出てきていた。

 ……文字通りに根掘り葉掘りあれこれ解き明かそうとしてくる彼女の相手に疲れた……というのが一番の理由だが、流石にそこをそのまま伝えるほど馬鹿ではない。

 一応、表向きの理由としては『ここに来るまでに使ったキャンピングカー』の様子を見て来る、というものだったわけだが……。

 

 

「……あんまり長期間は離れられないよなぁ」

「ですねぇ……」

 

 

 向こうとしては、戻ってくること前提だろう。

 そもそも王女様はまだおばあさんとの会話中であり、それの終了を待つ必要性がある以上、俺達は暫くしたらあの家に戻らなければならない。ならないのだけど……。

 

 

「……もう本人突き出した方が早いんじゃないカナ?」

「隠し通す義理もありませんからね」

 

 

 こっちとしては、あの母親相手に隠し事をすることに疲れてきた、というか。

 ……いやまぁ、TASさんはわりと楽しそうに隠し事してるけど。

 なんだっけ、『嗅覚が凄い。世が世ならRTAとして名を馳せたかも』だっけ?……TASさんにそう言わせるとかどんだけー。

 

 まぁともかく、そんな感じでTASさんが面白い、とかいう相手が俺達に荷が重いのは当たり前の話。

 そういうわけで、敵前逃亡したMODさんをさっさと差し出すのがベストなのでば?……みたいな気分になっていたのであった。

 ──多分、行く宛もないので車の中にいるだろうし。

 

 そんなことを思いながら、停めてあったキャンピングカーの中に乗り込んだ俺達は。

 

 

「……あれ?居ないな……」

「本当ですねぇ?どこいっちゃったんでしょうかぁ?」

 

 

 どうせ中のソファーで寛いでいるんだろう、と思ったMODさんの姿がどこにもないことに、思わず首を傾げることとなっていたのであった。

 

 

「ふぅん、誰か居るはずだったの?」

「ええまぁ、あと一人ほど……ってうぉわっ!?

「はっはっはっ。ビックリしすぎじゃないかい君ぃ?」

 

 

 そうして内装を見渡す俺達の耳朶を打つ、聞きなれぬ(さっきまで聞いてた)声。

 思わず飛び退いた俺を面白そうに眺めながら、彼女──MODさんの母は、先ほどまでの俺達のように、車の中をしげしげと眺めていたのであった。

 

 ……やっぱりこの人俺達には荷が重いって!!

 

 



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彼女は誰か、どこの誰か

 あのあと、女性はこっちが呆気に取られるほどに、あっさりと車から降りていった。

 なんでも、『まぁ、会いたくないって言ってるのを無理矢理、ってのはねぇ?』とのこと。……うん、誰がいたのか確信していらっしゃいますねこれは。

 

 そういうわけで、少なくともこの場所から離れるまでMODさんが出てくることはないだろう……と確信した俺達は、素直に彼女の家へと逆戻りしたのであった。

 

 

「……んで、そのままお夕食にお呼ばれした、と」

「王女様の話は終わってないし、だったらこっちも帰るわけにもいかないからねぇ」

 

 

 で、そのままなし崩し的に夕食を一緒に食べることになった、と。

 

 ……本来ならば一度キャンピングカーに戻った時、連絡でも入れてそっちでご飯を食べるつもりだったのだが……。

 そこに居るはずのMODさんが居なかったこと、およびいつの間にか母親さんに尾行されていたことから、こっちに戻る以外の選択肢がなくなっていたのである。

 恐るべきは母親の嗅覚、ということか。

 

 無論、先ほど触れたように王女様の話が未だ終わっていない、というところも大きい。

 今回の俺達は、彼女をここに連れてくるために行動していたのだから、それを蔑ろにするわけにも行かないだろう……みたいな?

 

 なお、居るはずの父親さんについてだが、仕事が忙しいとかで今日は戻らないとのこと。

 ……話を聞こうとしてくる相手が増えずに済んだと喜ぶべきか、はたまた傍らの時点でいっぱいいっぱいだと嘆くべきか。

 

 

「うん、とてもおいしい」<シュパパパ

「……とりあえず、TASさんの横暴を止めてから考えようか」

「そうですわね……」

 

 

 なお、出された料理を食べ尽くす勢いで箸を伸ばすTASさんへの対応が優先されたため、その辺りの話は有耶無耶になるのであった。

 ……やめなさいはしたない!王女様もお母さんもポカンとしてるでしょ!「いい食べっぷりだねぇ」って喜んでるのおばあちゃんくらいじゃんか!!

 

 

 

・༥・

 

 

 

「美味しかった。たまにはおばあちゃんの味というのもいいもの」

「そりゃようございましたね……」

 

 

 流石に料理を用意して貰った上になにもせずにいるのは、ということで皿洗いをさせて貰っている俺である。

 ……家とやってること変わらねぇな?と思いながら、洗い終わった皿を傍らのTASさんに渡せば、彼女はよく分からない動き(皿を片手で持ってもう片方の手で謎のポーズ)により皿の水分を吹き飛ばしていたのであった。……忍者かなにか?

 

 

「……うーん、占い師ちゃんの方は胡散臭い感じだったけど、こっちの子は胡散臭いを通り越して意味不明だねぇ。……どうやってるのそれ?」

技コマンドを選んでふきとばし(セレクト押したあと下下A)

「……うん、聞いてもよくわからないってことがわかったよ」

「むぅ、大分簡略化して説明したのに」

 

 

 なお、なにやら母親さんに気に入られた様子のTASさんである。見ていて面白い、とのこと。

 で、逆に彼女を警戒して近くの壁に隠れてしまっているのが、さっきまで彼女からの尋問(?)を受けていたCHEATちゃんである。

 ……そういえばこの子も、親についてはあんまり聞いたことなかったな。放任主義的なあれだから、こうやって構ってくる相手は苦手、みたいなやつかな?

 

 まぁ、その辺りの話を深堀すると、ここにいる面々のほとんどが両親の話一切不明、という微妙に闇深っぽい話になっていくのだが。

 ……特に描写の必要性もないので飛ばされてる、ってだけなんだけどね、マジで。

 

 

「ふむ……?その心は?」

「こんな理解不能少女達の親とか、大抵似たようなもんやろって思われかねないから」

「なんという雑な結論……」

 

 

 あとはまぁ、見ず知らずの男の家に上がり込んでる、って時点で向こうから良い目では見られないだろうなとかげふんげふん。

 ……その辺りはお約束ってやつだよ、うん。

 

 まぁ、相応に変な子が多いことも確かなので、もしかしたら「うちの子と普通に会話できてるとかわりと良物件なのでは?」とか思われてる可能性もあるが、そもそも彼女の両親達の出番は不明のため謎である。

 

 

「……そういう意味では、MODさんはわりと珍しいですわね」

「バックボーンとか家族とか、わりと色々判明してるからなぁ」

「キャラ付けがスパイだから、多分ギャップ狙い」

「それは一体誰が狙っているんですの……?」

 

 

 そこら辺突き詰めていくと、一人だけ生い立ちだの家族構成だの両親だのの情報が豊富なMODさんって、わりと珍しい立ち位置なのだなー、ってなるというか。

 ……当初年齢不詳だったような気がしたけど、ここに来たことで普通に高校生だってことが確定したりしてるし。

 

 本人的には謎多きスパイって感じのキャラクターなのに、こうしてあれこれ判明していくのは……なんというかTASさんの言う通り、一人でギャップ萌えでも狙ってるのかなー?

 ……などと思ってしまう俺達なのであった。

 

 なお、その話を受けてどこからか聞こえてきたくしゃみの音を追って、外へと飛び出していくお母さんというハプニングが起きたりもしたが、些細なことである()。

 ……いや、近くに居るんかい。

 

 



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健康は健康な精神から……ん?

 はてさて、特に何事もなく次の日の朝である。

 ……え?風呂場でハプニングとか、寝る時にドギマギとか、そういうのはなかったのかって?

 

 

「なにもなかったですね……」

「仮になにかあったとしても、そういうの(余分なもの)はTASさんにスキップさせられる運命なのでは?」

「この話はスキップされました。内容を見たい人は特定作品のTASでタイムを三分縮めてから来て下さい」

「……因みに対象タイトルは?」

「スー○ーマ○オ64なんでもあり(Any%)

「それ確か、現在の最速記録四分そこらのやつではありませんでしたか?」

 

 

 実質見せない、って言ってるようなものですわよねそれ。

 ……というAUTOさんのツッコミが響き渡る中、俺達は薄ら寒い庭先へと出てきていたのであった。

 え?なんでこんな朝早くから、みんなでぞろぞろと外に出てきたのかって?それはだねー。

 

 

「朝の体操をすることにより、全員に行動力増加バフを配る。これによりこれからやることの効率が一割ほどアップ」

「……いやまぁ、そういうのなくても朝の体操は体に良い……って聞くけどね?」

 

 

 そう、ご覧の通り朝の体操を執り行うためである。

 ……既に夏休みに突入していることもあり、みんな大好き()ラジオ体操の時間、というわけだ。

 

 高校生組はともかく、中学生であるCHEATちゃんの場合は微妙に夏季課題の区分に含まれている、なんて理由もあるが。

 そのため、先ほどからCHEATちゃんに『スタンプ押してくれー』と絡まれている俺であった。

 

 

「……この辺りでも滅多に見ないけどね、今時夏休みの宿題にラジオ体操のスタンプが紛れてるのなんて」

「そうなのk()……げふんげふん。そうなのねすね。ですが夜しっかりと寝て、朝日と共に目覚め体調を整える……というのは、あらゆる面で己を高めるのに有効な行為だと思いますよお母様?

(……横に王女様がいることを思い出して、慌てて取り繕ったなコイツ……)

 

 

 まぁ、滅茶苦茶田舎な感じのこの辺りではやってない……という母親さんの言葉に、CHEATちゃんは微妙な顔をしていたのだが。

 ……無論、王女様の前では取り繕う羽目にもなってたのだけど。

 

 ともかく、夏の風物詩・ラジオ体操に現地の人達も巻き込んだ俺達は、()()()()()()()()()()()()()()脳裏で作戦を練っていたのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

(……そもそもの話、本来この話はMODさんが主体となるはずのもの、なのではないのですか?)

(だよねぇ……)

 

 

 時間は少し巻き戻って、皆が起き出す前のこと。

 ひっそりと集まったとしてもわりとバレそう(主に母親さんに)……ということで、再びDMさん経由の念話を敢行していたのだが……その場で開口?一番、AUTOさんはとある疑問を投げ掛けたのである。

 それは、この話はMODさんの参戦イベントの前フリ・前日譚なのだから、彼女が一切関わらず蚊帳の外を決め込んでいるのはおかしいのではないか?……というもの。

 

 一応、TASさん曰く『参戦イベントにいないのは問題だけど、その前提部分のこのイベントに彼女がいなくても、一応支障はない』とのことであったが……。

 

 

(そんなの!納得!!できませんわ!!!)

(困った。AUTOの細かいところをこだわる癖が、久々に発症した)

(発症したとはなんですの発症したとは!?)

 

 

 そこはほら、道義に背く行動許さないウーマン・AUTOさん。

 どうにも現状を看過しがたいらしく、彼女の主張は留まることを知らないのであった。

 ……こうなってしまっては、流石のTASさんもお手上げである。

 

 

(とは言うけどよぉ、実際どうするつもりなんだ?私らで探すって言っても、流石に隠れんぼレベル百・みたいなMODを見付け出すのは、骨が折れるどころの話じゃねーぜ?)

 

 

 TASのやつは手伝う気ゼロだし、とはCHEATちゃんの言。

 

 ……そう、こういう時こそTASさんの出番、みたいな感じで話し掛ける前に、彼女の方から『今回は無理』とお断りを頂いていたのである。

 なんでも、『手伝ってもいいけどその場合、MODとはここでお別れ(はここで永久離脱)』とのこと。……参加フラグの前に永久離脱とはこれ如何に。

 

 ただまぁ、あくまでも()()()()()()()()()()()()()()()とのことであって、それ以外の方法でMODさんをこの場に引きずり出すのは大丈夫、とのことであった。

 ……まぁ、それが一番難しいのだが。

 

 CHEATちゃんの言う通り、こと()()()という行為において、MODさんを上回ることはとても困難である。

 なにせ彼女の扱うモノは、その名前の通りMOD──変形(モディフィケーション)に関するあれこれ、だ。

 

 他者に施すのならともかく、自身に掛ける彼女のMODは、それこそTASさんがやるのと遜色ないレベル。

 ……この場合どっちがおかしいのかは置いておくとして、ともかく彼女の変装技術はTASさんと同格と言い換えても良いくらいのものなのである。

 

 代わりにスペックの変化まではしてくれない、という欠点もあるが、それを抜かせば偽物と見破ることはほぼ不可能。

 ……そう、彼女が本気で隠れてしまうと、TASさん以外にはほぼ発見不可能になってしまうのである。

 

 

(──ならば、見付けられる方にお任せするほかありませんわね)

(いやTASはダメだって……あー)

 

 

 そう、()()

 その言葉が意味するモノに気付いたCHEATちゃんは、酷いこと考えるなぁ、みたいな小さな(しこう)を漏らしたのであった。

 

 



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母親は強いもの、とても強いもの

(まぁ、なにを利用するかはわかったけど。……でもそれだと、向こうも本気を出して逃げないか?)

(問題はそこ、なのですわ)

 

 

 酷いこと思い付きやがる、などという面々からの苦い思考をスルーしながら、AUTOさんが声をあげる。

 ……そう、そこら辺の隠蔽もあっさり看過しそうな人が、TASとは別に一人いる……というのがわかったところで、それで問題が解決するかといえば話は別。

 

 というか寧ろ、そっちの相手の方こそMODさんが会いたくない相手であるがゆえに、下手すると半径五百メートル以内に近寄って来ない……なんて可能性すら浮かび上がってくる辺り、その人を担ぎ出すのは最早本末転倒どころの話では済まないのである。

 

 ゆえに、今回の作戦を成功させる鍵は、どれだけMODさんにその人──母親の接近を知らせずにいられるか、という部分に懸かっていると言っても過言ではないのだが。

 

 

(……そもそもあの人にMODを引き合わせるってのが今回の話のゴールなんだから、ゴールに進むのにゴールが必要……みたいな状況はどうしようもないのでは?)

(うーん……)

 

 

 そう、今回の話の目的は、(おや)前逃亡をしたMODさんを、親の前に引きずり出すこと。

 そのために必要なのが『母親とMODさんを引き合わせること』というのでは、前提と結果が同一になってエラーを吐く羽目になるというものである。

 

 目的を達成するために用意した手段が、その実目的そのものだった……というのでは、本末転倒と笑われても仕方ないだろう。

 とはいえ、現状ではそれくらいしか手段がない、というのも確かな話なのである。

 

 

(……会いたくないのが彼女で、現状の打破に必要なのも彼女。ならば、私達が取るべき手段は一つなのでは?)

(DMさん?)

 

 

 そうしてうーむ、と考え込む俺達に対し、思考の繋ぎ役を務めていたDMさんから声が掛かる。

 どうにも、俺達の(しこう)聞いて(よんで)いる中で、解決策を一つ思い付いたらしい。

 

 その内容を聞いた俺達は、『……え、いけるのこれ?』とか『あー、できなくはない……かも?』とか、そんな言葉を漏らすことになったのであった──。

 

 

 

・A・

 

 

 

(んで、今に至ると。……どう?行けそう?)

(少々お待ちを。最低限のプログラムは頂きましたが、それを実際に実行に移すとなると少々調整が必要になりますので)

 

 

 はてさて、時間は戻って朝の体操中。

 みんなで元気に体を動かしているわけなのだが、その中で一人だけ、少々別の行動を取っている者が一人。

 ……そう、「実は私ロボットですので、体操とか意味がないのです」と唐突なカミングアウトを行ったDMさんである。

 

 おばあちゃんはロボット?と頭上にはてなマークを浮かべている感じだったが、流石に母親さんは「なに言ってるのこの子」と半信半疑どころではない顔をしていた。

 ……が、そのあとDMさんが、その声帯からラジオの音声を垂れ流し始めたことで一変。とても驚いた顔をしたのち、なるほどと納得してくれたのであった。

 

 

「そもそもDMの場合、単純なロボットってわけじゃなくて機械に神がとり憑いてる、っていう大分例外感たっぷりな代物だけど」

「TASさん、しーっ!」

 

 

 ……まぁTASさんの言う通り、DMさんを単なるロボと言い張るのはちょっと無理があるのも確かなのだが。

 多分さっきの説明だと、母親さんは彼女のことを『高性能AI搭載ロボット』だと思っているだろうし。

 

 ……実際はメカという器にいずこかの邪神がとり憑いている存在、というどっちかというとオカルトの産物的なモノなんだけどね。

 まぁ、オカルト由来のくせして、今ではメカの扱いも普通に一流クラスなのだが。

 

 で、そんなメカの扱いつよつよのDMさんが、現在なにをしているのかというと。

 ラジオ体操の音源を流しているのは大前提として、それ以外に一つ、とても重要な仕事を密かに行っている最中である。それは……。

 

 

(……視線を読まれないのはロボの利点、ですね)

(ステルス機能でも付けられれば良かったのですが……流石に急拵えは無理でしたわね……)

(でも手持ちの材料でドローンは作れるんですねぇ……)

 

 

 困惑したようなダミ子さんの言葉に、思わず頷きそうになる俺である。

 ……そう、現在DMさんが行っているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのであった。因みに相手は母親さんである。

 

 ツッコミ処が多い、という声が聞こえてきそうなので説明をすると。

 

 まず、このドローンの用意をしたのはAUTOさんである。

 ……有り合わせの材料でサッと作って見せた辺り、彼女も大概おかしくなってきたなーと思わなくもないが、とりあえずここではスルー。

 

 で、わざわざ超遠距離から盗撮している理由だが……ドローンを使っている理由にも繋がることだが、お相手の母親さんが視線に気付く可能性が大である、というところがとても大きい。

 

 これは、彼女が気付くことによって、連鎖的にMODさんが母親さんの異変に気付く可能性がある……というところから考え出された、わりと苦肉の策である。

 作戦の成功のためには、MODさんの虚を突く必要がある以上、向こうに察知されることは可能な限り避けたい……そんな思考と。

 事実、普通に観察してたらまず気付くだけの勘の良さを持つ母親さんを警戒した結果……とでもいうか。

 

 では何故、母親さんを観察しているのかというと。

 

 

(これくらいの手伝いは許容範囲)

 

 

 などという言葉と共にTASさんから提供された、とあるプログラムを使用するためなのであった。

 

 



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勝つために必要なのは、戦力を充実させることである

 TASさんから提供された、とあるプログラム。

 これを利用できるのはただ一人──ここにいる面々の中では、CHEATちゃんだけということになるのだが。

 その大前提として、データの収集が必要となってくる。

 

 ではそれをCHEATちゃんにやらせようとすると……まぁほぼ確実に、母親さんに気付かれてしまうのがオチだろう。

 多分……「おや、占い師さんは私のことも気になるのかい?」とかなんとか、そんな感じのことを言われてしまうのが容易に想像できるというか。

 

 で、もし仮にそうなった場合、どこか遠くでこっちを監視しているだろうMODさんは(なにがおかしいのかまではわからないにしろ)異変を感じ、最悪この周囲から完全に移動してしまう……などということになりかねない。

 

 本来、このイベントは彼女と王女様二人のみで進むモノのため、その行動はイレギュラー以外の何物でもないのだが……事実として、今この場には彼女以外に王女様を守れる人間がいる。

 ……自分がこの場に居なくても大丈夫だろう、と思う下地は十分に整っているのだ。

 今はまだ、彼女自身のこのイベントへの関心が、その警戒心よりも高いがためにこの場に残っているが……そのバランスが崩れれたとすれば、さっさと離脱してしまう可能性はそれなりに高いのである。

 

 ゆえに、こちらとしては母親さんの警戒をこちらに向ける(及び、そこから連鎖するMODさんの警戒心上昇)、という行動(イベント)取った(引いた)時点で詰みなのだ。

 なので、超遠距離からのドローンを用いた盗撮、という間接&間接的な観察が必要となってくる……と。

 

 

(確かに彼女の勘はすさまじいものですが、流石にここまで間接的な行動にされてもなお、本元を察するほどの超技能……というわけでは無いようですわね)

(良かった、って言うべきかなー……)

 

 

 ファインダー越しの視線であっても気付く、という人間も世の中には存在している。

 だが流石に、監視カメラ越しにこちらを見る警備員の視線にまで勘が及ぶ……ということは中々ないだろう。

 今回の場合は、それよりさらに判別は付き辛いはずだ。

 

 超遠距離からの盗撮にすることにより、もう一つの視線──MODさんが隠れて母親さんに向けている視線と混同させ、かつ機械越しにすることにより視線の熱を極力排除する……。

 さらに、それを行うのをDMさんにすることにより、人の視線の温度すらカットする徹底ぶり。……これで気付かれたら最早単なる超能力者である。

 いやまぁ、女の勘は超能力みたいなもの……とも言うけどね?

 

 とはいえ、今のところこの策は功を奏しているようで、母親さんは『誰かに見られている』とは思いつつも、それを行っているのがDMさんだとは思っていない様子であった。

 ……え?見られていることに気付いている時点で大概だって?それはそう。

 

 まぁそれはそれとして。

 こうして観察を続けることにより、必要なデータは続々と集まっていく。

 

 プログラムの起動に必要なあらゆるデータ。

 それをこのラジオ体操中に集めきり、そこから次なる策に繋げねば俺達の勝ちはない。

 ゆえに、TASさん以外の面々は緊張を仄かに滲ませることすらせず、わいわいとラジオ体操に勤しんでいたのであった。

 

 

「……びっくりするくらい、皆真面目に体操してるねぇ。てっきり一人くらいはサボるかなにかすると思ってたんだけど」

「TASさんが言い出した時点で、下手に適当感を出すと後々酷いことになるのが目に見えてますねー」

「むぅ、お兄さんってば酷い。私は単に、みんなの作業効率アップのために提案してあげただけなのに」

「うさんくせー、実態はともかくうさんくせー……」

「そういうことを言う口はこの口かー」

やへよよいええらろ(やめろよいてえだろ)?!」

「なにやっていますのお二人とも……」

 

 

 表面上はこれこの通り。

 実にいつも通りのやりとり、といった風情である。

 ……手伝いはしないって言ってたけど、邪魔もする気がないのねTASさん。

 などと脳内で思っていると、突如響いてくる少女の声。……特に捻りもなくTASさんからの念話(?)であったわけだが、その声はこう告げていた。

 

 

(流石の私も自分にされて嫌なことはしない)

(……嘘付け、という感情のこもった空気)

(むぅ、信じてない。新しいTAS走者の誕生を阻害する、とか絶対やらないのに)

(おかしいな、いつの間にかTASしてる判定になってるぞ……?)

 

 

 ……うん、まぁ、TASさんはいつものTASさんだった、ということで。

 

 なお、この辺りの思考も外に少しでも漏らすとなにかしら母親さんに気付かれかねないので、全部自身の内面に留めておく次第である。

 ……なんというかこの母親さんの扱いが、次第にゲームとかでたまにいる『その場所に到達した直後のレベル帯では絶対勝てない系の敵』とかへのそれになってきている気がしてきた俺であった。

 一応一般人のはずなんだけどね、この人。

 

 

「事実は小説より奇なり」<ボソッ

「現実で奇跡を振り回す人は言うことが違うなぁ……」

「それほどでも」<テレリコテレリコ

「いや褒めてないからね???」

 

 



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蜘蛛の糸は救いの象徴であり、罠の代名詞でもある

 はてさて、ラジオ体操が恙無く終了し、データの収集も一通りの目処が立った頃。

 再びおばあちゃんの話を聞きに戻った王女様への護衛としてTASさんとDMさんを残し、他の面々は周囲の探索へ。

 

 ……無論、意味もなく離れたわけではなく、どこかでこちらを見ているだろうMODさんの注意を引くための行動である。

 昨日の今日で諦めているわけがない、と印象付けることにより、MODさんの警戒をできる限りこちらに向けるための策……ということになるだろうか。

 そうしてMODさんの視線がこっちに向いているうちに、DMさん側から狼煙を上げる……というのが、今回の作戦開幕の合図である。

 

 

「うまく行くかなぁ……」

「行って貰わねば困る。このままMODさんだけ楽させてたまるかよ……」

「動機がすさまじく不純ですわね……」

 

 

 DMさんから合図が来たら、すぐさま例のプログラムを起動する必要性があるため、CHEATちゃんが心配そうな声をあげるが……。

 こちらとしてはMODさんを引き摺り出せなければ敗北も同然、是が否にでも勝たねばならぬので血気盛んに鼓舞する次第である。……まぁ、AUTOさんのツッコミも宜なるかな、って感じではあるのだが。

 

 そんなことを宣いながら、街の中を練り歩く俺達。

 ほとんど廃村に近い場所だが、あくまでも近いだけであって、ちらほらとは見える村民達と時々会話をしつつ、あちこちを回っていく。

 

 

「……朝の時も感じていましたが……意外と多いですわね、子供」

「こういうところで見るにしては、って注釈は付くけどなー」

 

 

 そうして街を歩く中で、意外と目に付くのが子供達の姿であった。

 廃村間近というには結構いるというべきか、はたまた夏休みにしては数が少ないというべきか……。

 ともあれ、朝のラジオ体操の時に「やってるー」とばかりに集まってきた子供達・およそ十名ほど。

 

 そんな彼等は、俺達の近くに寄ってきては「なにしてるのー」などと声を掛けてくるのであった。

 

 

「連れが話を聞いてて暇だから、周囲を見て回……む」

「おおっと、招かれざるお客様の登場……みたいな?」

「わわわ、あの時の奴らですぅ!?」

 

 

 そうして会話をするうち、聞こえてくる喧騒の音。

 視線を向けてみれば、いつぞやかに王女様を追っ掛けていた黒服の男達が、街の外からこちらに向かってくるのが見えた。

 ……どうやってかはわからないが、またもやこちらの足跡を追っ掛けてきた、ということになるらしい。

 

 よもや発信器でも取り付けられているのでは?でもそれだとTASさんが気付いてないはずが……。

 

 

「……面白そうだから、って理由でスルーしてそう」

「あり得ますわね……で、どうしましょうか?お帰り願うにしても、この分だと諦めるつもりはないでしょうし」

「ではこうしよう。彼等も作戦の糧になって貰おう」

「……いやまぁ、出来なくはないけどさぁ?」

 

 

 多分TASさんの差し金だな、と少しばかりげんなりとする俺達である。……多分レベル上げに丁度いいランダムイベント、くらいの扱いしかしてないなこれ。

 

 そういうわけで、理由について考えることを諦めた俺は、これからどうするかを確認。

 ……対象が多いほどやりやすい、ということもあり、彼等も利用することを即座に決め、その準備のために行動開始。

 一先ずは喧騒の方に走り寄り、適当に相手をあしらいながらDMさんの合図を待つことにしたのであった。したのだが……。

 

 

「……ここの人達なんかおかしくね???」

「あとでMODさんに詳しく聞く必要がありそうですわね……」

「なんとなくですけどぉ、『いや私も知らないよこれに関しては?!』とか言いそうな気がしますぅ~」

 

 

 目の前で起きていることに、思わず目が点となる俺達。

 ……そう、今現在この場で起きていることは、思わず目を疑うモノなのであった。

 いやまぁ、この世界って俺が思ってる以上にわりとフリーダム、ってことは知ってたけどさぁ?

 

 そんな風に現実逃避を行う俺達の前で、巻き起こっていたこととは。

 

 

ひぎ(秘技)ー、ぶんしんさっぽー(分身殺法)

「いや分身でもなんでもなく単なる力業へぶぅっ!?」

 

「若いもんが年寄りに手ぇ上げるとは恥ずかしくねぇのかい!!」

「いでぇ!?寧ろこっちが暴力奮われ……いぎいっ!?」

「喧しい!人の話を遮るんじゃないよ!!」

「横暴だー!!?」

 

「「ふんっ!!」」

「夫婦の共同作業っ!?」

「……ふっ、鈍ってるかと思ってたよ、アンタ」

「そっちこそ、昔恋したまんまだぜ、お前」

 

「……ナニコレー(白目)」

「あれですわね。変な噂があっても残り続けたということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということなのでしょう」

「……ドンダケー(白目)」

 

 

 なんということでしょう。

 横柄な態度で街の中へと侵入しようとした黒服達は村民の逆鱗に触れ、その全てが彼等に蹂躙されてしまっているではないですか。

 その様は脳裏に『危険な場所に敢えて住み着くのだからそいつらも大抵危険物』という、ラスダン前の村の人がただの人のわけねぇだろいい加減にしろ、的な言葉を浮かび上がらせるモノなのでした。

 ……いや、マジでドンダケー。

 

 なおこの蹂躙、こっちの状況を知らないDMさんからのある種のほほんとした合図が届くまで、実に一方的な形で続いたのでした。

 ……俺達のレベル上げの機会はなかったよ、TASさん()。

 

 



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もはやぐちゃぐちゃである(白目)

「……?…………???」

 

 

 双眼鏡越しに巻き起こる虐殺に、思わず目を擦るMOD。

 それもそのはず、彼女の記憶の上では、この街の人々はこんな感じの蛮族ではなかった。

 ともすれば「おいてけー、身ぐるみ全部おいてけー」とか言い出しそうな気迫を発する機会など、まったくもってなかったのである。……そりゃまぁ、自分の目を疑うのも仕方のない話、というか。

 

 だがしかし、彼女が己の目を疑うことになるのは、寧ろこれからの話であった。

 

 突然祖母の家の方から上がる、奇っ怪な高音。

 類似する音と言えば、いわゆる『なにかしらが出来上がった時の電子音』ということになりそうなそれは、街から遠く離れた彼女の耳朶をも打ち鳴らし──、

 

 

「……!?なんだこれ?!」

 

 

 そうして視線を離した隙に街に起こった変化に、彼女は思わず双眼鏡を取り落としそうになったのであった。

 

 

 

■A■

 

 

 

 大慌てで街に近寄ったMODは、されど中に入ることはしなかった。

 それは何故か?自身の目を疑うと同時、目の前の状況が自身にとって()()()()()()()というところが大きい。

 

 では一体、街になにが起こったのかというと。

 

 

「……いやなんだこれ?!お前誰だ!?」

「誰ってお前らの上司……ってぬわー!!?」

「上司(?)が上司(?!)に殴られた!?」

 

「あはははなにこれ面白ーい!顔ちがーう!」

「んー、なんだろねこれ?まぁ私達にはわかるからいいけどー、とー!」

「なるほどー、これこそほんとーのぶんしんさっぽー」

「なんでこいつらこの状況で俺らだけ(?)的確に殴ってくるの?!いやこれ本当に殴られてるの俺らの仲間かっ!?」

 

「……TAS君、ではないか。面白がりはすれど、こんなことをする理由が思い付かない」

 

 

 いやまぁ、私を捕まえるためにというのなら、ギリギリやらなくもないかもしれないけれど……それにしては範囲が広すぎる。

 彼女はTASではあれど、その干渉範囲はあくまでも本人に起因する範囲に収まっている。

 あの一瞬で・この規模のことを起こすことは──それこそなにかしらのバグでも見付けない限りないだろう。

 

 などと彼女が考察する羽目になった、今の状況。

 それは、視界一面に広がる()()()()、という光景なのであった。

 

 

 

■∀・

 

 

 

「……なんだろうね、この地獄絵図みたいなの」

「必要だったとはいえ、すっげー光景……」

 

 

 街の様子を見て、思わず遠い目をしてしまう俺達である。

 ……いやまぁ、やったの俺達なんだけどさ?

 

 そういうわけで(?)、範囲内の人みーんな母親さん作戦、開始の狼煙である。

 TASさんが最低限の手伝いとして提供したのは、いわゆるARシステム的なモノであった。

 多角的な投影設備を用意することにより、一定の範囲内に姿を被せる……言うなれば人工的にMODさんの能力を再現したもの、とでも呼ぶべきシステムなわけなのだが。

 これを運用するに辺り、二人の協力が必要となっていた。CHEATちゃんとDMさんの二人である。

 

 

「リアルタイムに見た目の書き換えをする必要があるから、そういうのに強い(Tuber的な意味で)CHEATちゃんと、大量のカメラを操作する要員としてのDMさんが重要だった……ってわけだね」

「まぁ対象人数的に、最早Tuber云々の話ではないような気も致しますが」

 

 

 そこはほら、CHEATちゃんのチートパワー的なあれも必要だったから……。

 そんなことを言い合う俺達も母親さんの姿であり、外の喧騒を聞き付けて出てきた王女様も隣のおばあちゃんも、纏めて母親さんと化していた。

 なお、そんな状況を見た本人と思われる人は大笑い中である。どうにもバカウケしたらしい。

 

 

「……とはいえ、これはまだ計画の一段階。これからが正念場、ですわよ」

「だよねぇ。まずはMODさんが乗ってくれないといけないからねぇ」

 

 

 はてさて、MODさんはいつ気付くのだろうか。

 これをやっているのがCHEATちゃんとDMさん──()()()()()()()()()()()()()()ということに。

 今はまだ理性によるブレーキが効いているが、その内調子に乗り始めない保証はどこにもないということに。

 

 

「これは手伝いではなく、そっちの方が面白そうだからという私本意の行動」<ワクワク

「……それを加速させようとする諸悪の根源(TASさん)がいる、ってことに早く気付いて欲しいねぇ(遠い目)」

「そうですわね、私達だけではどうにもなりませんからね(遠い目)」

 

 

 手伝いじゃなければなにをしてもいい、と言わんばかりのTASさんがワクテカしていることに、早急に気付いて頂きたい。

 それってつまり、今はまだ慌てているので判別できる王女様が、()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性が一番高いのだということを。

 

 ……別名『TASけるって誰が言った、お前がTASけないのなら私はTASけないぞ』という外道作戦は、まだ始まったばかりなのであった。

 

 

 



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あーもう無茶苦茶だよ、って言ってもいいやつ

「……なに考えてるの君ら!?」

 

 

 MODがそれに気付いたのは、一先ず目の前の状況を置いて、祖母の家の方を確認してからのことであった。

 

 そこにいる面々まで姿が母親となっていることに、まずは彼等がこれをやったのだな、と確信を深めたわけなのだが……同時に、なんでこんなことをしているのか?という疑問にもすぐに思い至る。

 まぁまず間違いなく、自分を捕まえようとしてなにかしらをやっている、ということ自体は理解できたわけだが……この状況が自分を捕まえることに対してプラスに繋がる、とはどうしても思えなかった。

 

 なにせ、見た目が母親になっていようとも、その言動まではごまかせない。

 この大量の母親に紛れて捕まえようとしているのだとしても、そもそもこちらからすればすぐにわかってしまうような違いでしかない。

 向こうがこちらをわかるように、こちらも相手がわかるのだから子供だましですらないだろう。

 ……というか、必然的に街の中に入るのなら、自分も母親の姿にならないといけないわけで。

 それこそ、向こうからすれば誰が誰だかわからない、という話になってしまうだろう。

 

 ゆえに、やっていることの意味がわからない、ということになったのだが……暫くして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに気付いたのであった。

 

 いやまぁ、流石にあの短時間に何処かへ行く、ということはないだろうから、祖母の家の近くに居ることは間違いないだろうが。

 だが同時に、ここからでは言葉遣いなどによる違いは全くわからない。

 ……流石に声が聞こえるほどに近付けばわかるだろうが、この位置から見える程度の仕草では、誰が誰なのかはわかりそうもなかった。

 

 そこまで考えた時、街の中の状況に変化が起きた。

 一方的に攻撃されていたはずの追手(らしき母親の姿の誰か)が、明確に相手へと反撃を始めたのである。

 さっきまでは街の住民達ばかりが攻撃していたが、相手側もそれをやり始めた、というか。

 

 ……いやまぁ、見た目上は母親同士が殴りあっているという、地獄絵図以外の何物でもないのだが……そこで交わされる会話を聞いて、彼女は自身の失敗を悟ったのであった。

 

 

「よくわからんがやれやれー!あれが俺達の方の仲間じゃないのはわかったぞー!!」

「むぅ、むこうのキレがよくなった。……なにかあった?」

「さてねぇ?でもまぁ、これで五分ってところだねぇ。……オラ!私らを嘗めてんじゃないよ!!」

「ぐへぇ!?……わかってても強いんですけどこの人達?!」

「喧しい!援軍も来るから泣き言言ってんじゃねーよ!!」

 

(……しまった!謀られた!!)

 

 

 彼等の会話を聞いて、彼女が悟った失敗。

 それは、彼女が見極められるのはあくまでも『母親か、そうでないか』だけである、ということ。

 

 ……街の人達が『同じ街の住人』以外を全て攻撃対象にしているのと同じく、相手側も『自分の同僚』以外を全て攻撃対象にし始めたというのが、先の会話の内容なわけだが。

 そこまで聞いてなお、MODには目の前の集団が『母親ではない母親』としてしか認識できなかったのである。

 いやまぁ、母親の姿だけど母親ではない、と認識できるだけでもわりと凄いのだが、それでもこの状況でその程度しか認識できない、というのはわりと致命傷であった。

 

 そう、流石に近付いて声を聞けば誰が誰なのか、ということはわかるだろう。

 だがそれは裏を返せば、必ず相手の確認を取る必要がある、ということでもある。

 にも関わらず、目の前の一団は自身の所属を把握しているとおぼしき声を発している。

 これが意味することとはつまり、

 

 

(こちらの状況判断が必ず一手遅れる、ということ!)

 

 

 彼等はなにかしらの技術を以て、王女の所在を知り得ている。

 もしこれが、その技術を応用して相手を見分けているのだとすれば、こちらは近寄らなければ見分けられないのに、向こうは遠くからでも見分けられる……ということになってしまう。

 

 それだけならば、相手が拐おうとしている人物を助ければよい、ということになりそうだが……所属陣営の判別はわりと雑、というところに問題があった。

 そう、相手の使っている技術が、そこまで判別の精度が高くなさそうなのである。

 

 ということは、だ。

 例えば相手が王女近辺の人物を(そこまでは判別できないので)纏めて連れ去ろうとした場合。

 向こうとしてはとりあえず連れ帰ったあとで、じっくり判別すればいい……なんなら、この変化が元に戻るのを待てばいいのに対し、こちらはその全てを未然に・確実に防がねばならない、ということになってしまう。

 

 あくまでも狙っているのは王女ただ一人であり、他の人物を誤って捕まえていても最終的には解放されるだけで済むだろうが……こちらにそれを判別する手段はない。

 口元を押さえて喋れないようにでもされれば、それだけで誰が誰なのかの判別は不可能だ。

 

 というか、場合によっては人違いでも人質として有効活用、なんてことをしてくる可能性もある。

 これから増援が来る、とも言っていたし、その危険性は次第に増していくだろう。

 

 一応、捕まる可能性がありそうなのは、王女の近くに居る面々──祖母や母、TAS達ということになるのだろうが。

 TAS達はともかく、母親達は普通に捕まる可能性が大いに高い。

 無論、TAS達も黙って連れ去られるのを見ている、なんてことはないと思うが……ここに来て、TASが()()()()()()可能性を無視できなくなってしまった。

 

 

(……彼女が真面目にやってるなら、こんな大騒動にはならない……もしくは、敢えてなにもしないで流れに任せている、ということになる)

 

 

 余計なイベントは彼女にとって苦痛でしかあるまい。

 ゆえに、避けられるイベントは避けていくはず。……それがないということは、このイベントが必須であるか、そもそもこの辺りの事情に端から関わる気がないか、だ。

 

 つまり、色んな意味でTASの助力は期待できないということ。

 流石にAUTOは目の前の横暴を黙って見ている、というこたはないだろうが……それでも、数の暴力をひっくり返せるほどの圧倒的なパワー、というわけではない。

 一つのことをこなすのに彼女の能力はとても有用だが、この状況全てをひっくり返すほどのモノではないのだ。

 

 いや、というかだ。

 ──そもそもの話、彼処に居るのは()()()だ?

 

 

(……そこまでするか普通!?)

 

 

 元はと言えば、彼女がちょっと敵前逃亡したことから始まった、些細な騒動は。

 いつの間にやら、周囲を騒然とさせるほどの大事へと発展していたのであった……。

 

 



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意外と裏ではあれこれしてる

「まず、この作戦において一番重要なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……見分けられなくていいのか?」

「そっちの方が相手の危機感を煽れる、という意味で効果的」

 

 

 騒動の起こる前、周囲の探索のために二手にわかれる前のこと。

 俺がTASさんに聞いていたのは、例のプログラムについての詳しい説明であった。

 

 端的に言えば、一定範囲内に居る人達全てに特定のホログラムを被せる、みたいなモノだったわけなのだが。

 そのために使われる高度なホログラムだの、それを実現するのに必要な高度演算だの、投影のための設備だの……といった風に、技術として確立しているとしても、まともに運用するのはほぼ不可能……みたいな感じで、実質使える人間が限られていた。

 

 具体的に説明するのなら、どっかから必要台数の映像投射用ドローンと同じ台数のスーパーコンピューターを現地に持ってこなきゃ無理、みたいな?

 ……説明のために大分はしょっているため、実際にはこれ以外にも色々いるわけだが。なんにせよ、いきなり用意しろと言われて用意できるようなものではない、ということは確かだろう。

 

 ──ゆえに、これはそれらを代用できる二人……CHEATちゃんとDMさんのコンビにのみ運用できるプログラム、ということになるのであった。

 

 で、そこまでしてやることであるホログラム投影だが。

 そこに居る人間の動作を予測・観測し、即座にそれに見合う映像を三百六十度どこから見ても破綻なく認識できるように見せる……とかいう、はっきり言って『それをするスペックで他のことをした方がいい』としか言えないモノであった。

 まぁ、TASさんが言うには『これがベスト』らしいのだが。……獲得経験値とかまで含めているだろうから、これより早い者があってもおかしくはなさそうである。

 

 ともあれ、そこまでして起動しようとしているプログラムだが……彼女の言うところによれば、こっち側にも細かい人物を把握する余裕……必要?はないのだという。

 そもそもこのプログラム自体、それを走らせるのに全力を注視する必要のあるもの。……やってる内にランナーズハイ(暴走)になって貰うことも計算に入れると、外の人間が個人を把握する余地は無くなる、と見ておいた方が良い。

 

 ……それだとあれこれ困らんか?みたいな気分だが、TASさんが言うにはそれでいいとのこと。

 寧ろ、そうでないとMODさんの不安は煽れないだろう、と。

 

 

「私にも判別できないくらいじゃないと、『TASに任せればいい』という甘えが出る。それではMODは寄ってこない」

「……いやでも、それだと事態の収拾付かなくない?」

「問題ない。所詮はプログラムだから、CHEATのパソコンぶっ壊せばいい」

「えー……」

 

 

 なんと無茶苦茶な解決方法……。

 でもそれ、MODさん側も同じ解法を思い付くのでは?とツッコミを入れると「問題ない、どれが正解のパソコンかわからなくする」との返答が。

 ……多分ろくでもないことを考えているのだろうが、ここでは聞かないことにする俺である。

 

 ともかく。

 今回必要なことは、『TASさんは手伝わない』ことをMODさんに印象付けること。……TASさんが関わると任せてしまうのなら、なにもTASけないスタイルで行くことをハッキリさせるというわけである。

 

 それで王女様が危険に晒されたとしても、知ったことではない。

 というか、TASけない方が早くなるのなら、彼女としては願ったり叶ったりなのである。……と、()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「確かにTASけない方が早い時もある。……とはいえ、それで別のイベントを誘発してたら世話がない」

 

 

 などと彼女は言うが……実のところ、彼女は意外と人情に厚いところがある。

 パッと見るとTASらしく時々非道、みたいな感じのある彼女だが、その実必要のない犠牲は嫌うタイプである。

 その辺りを周囲にあまり感じさせないだけであって、機械のように人情味がないわけではないのだ。

 ……まぁ、その辺りを知っているのは普段から一緒にいる俺くらいのものなのだが。

 

 つまり、今回の一件は、ある意味ではMODさんとTASさんの我慢比べなのである。

 王女様が危険に晒されることに、どこまで互いが耐えられるのか。……それを競う二人の争いみたいなものなのだ。

 

 

「でも私本人は動かない。分身してステルスして儀式しておく」

「……勝ったら『アンタ一体なんなんだ』って言えばいい?」

「おねがいー」

 

 

 ……まぁ、とはいってもTASさん側が遥かに優位なのだが。

 とか言いながら、猿のお面を被って謎のダンスをするTASさんを眺める俺なのであった。

 ……ビッグTAS、とでも呼べばいいのかなこの場合。

 

 



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かなりややこしい作戦だが成功させるように!

「……外に出たことを悟られないように裏手から出るように、との指示でしたが……MODさんは上手くこちらを見失ってくれているでしょうか?」

「まぁ、TASさんの予測だからねぇ。多分大丈夫だと思うよ?」

「なるほどぉ……?」

 

 

 はてさて、すっかりと母親姿も堂に入って(?)来た俺達である。

 目の前で行われる母親合戦には流石に辟易気味だが、街の人側に混じってる分には特に疑われる要素もあるまい。

 

 そんなわけで、どこかに紛れているMODさんが居ないかを探しているのだけれど……。

 ……うん、今のところそれっぽいのは見当たらねぇな!

 

 

「いやまぁ、俺らが見たところで判別できへんやろ、ってのも確かなんだけども」

「そうですねぇ~」

「基本的にはお母様任せ、ということになりますわね」

 

 

 まぁ、そもそもMODさんの変装を俺らが見破れるのなら、こんな回りくどいことをする必要もないのだが。

 ……そういう意味では、相手より先に()()()()()()()()()()()()()()()()()というのが俺達の勝ち筋、ということになるわけなのだけれど。

 正直、か細い糸過ぎて手繰り寄せられる気の余りしない俺達なのであった。

 

 

「……とりあえず、巻き込まれないように離れるか」

「そうですわね……」

 

 

 こちらとしても、目の前の集団がどちら側なのか?……みたいなことは判別できないため、手伝うのにも無理があるだろう。

 そういうわけで俺達は集団から離れ、街の外縁部を確認することにしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 はてさて、そんな一団を眺めながら、MODは一つため息を吐いた。

 

 

「ううむ……やっぱり私を捕まえるための策、だったか。……多分あれは彼とAUTO君、それからダミ子君かな?……TAS君が主犯でないのなら、これをやっているのはDM君とCHEAT君、ということになるわけだが……やっぱり向こう、なのかなぁ」

 

 

 嫌だなぁという顔をしながら、広場の喧騒から離れた祖母の家の方に視線を向ける。

 

 ……なんとなーくだが、じりじりと広場の激突の中心が、そっちの方に動いていっているような気がする。

 つまり、件の襲撃者達はあの王女様のいる場所へ、じりじりと気付かれないように移動しているということ。……そう遠くないうちに、祖母の家が戦いの中心になることは目に見えていた。

 

 できれば、そうなる前にこれを止めたいのだが……流石に、MOD一人ではこの喧騒を止めることはできまい。そういうのは他のメンバーの役目である。

 ならば他の人に手伝って貰う、というのが正答なのだろうが……余程上手く誘導しないと、こちらを捕まえるのを優先して来そうな気がひしひしとしているため、どうにも選び辛い選択になっていたのだった。

 

 ……いやまぁ、結局のところMODが母親に会いたくない、というわがままを通しているのが問題なのであって、ことここに至ってはそれくらい無視して手伝いを頼む、というのがベストではあるのだが。

 

 

「……会いたくない」

 

 

 MOD的には、まだそのわがままを優先してしまう、してしまえる状況なわけで。

 恐らくは致命的なその時まで、彼女は自分の我を通すのだろう、ということがありありと見てとれたのであった。故に──、

 

 

「捕まえた、ですぅ」

「……?!」

 

 

 ふわり、と己に覆い被さってきた相手に、意識の虚を突かれたMODは、呆気なく捕まってしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

「……え?いや、は???」

 

 

 おーおー、困惑してる困惑してる。

 ……いやまぁ、外縁部に行ったはずの俺達がここにいる、って時点で意味がわからんだろうし、更には完璧に変装しているはずなのになんで?……みたいな疑問が脳内を締めているのだろうが。

 

 

「いやまぁ、話としては単純でね。──エフェクト張り付けてないのに見た目が同じ、なんて相手が居たらバレるに決まってるでしょ、そりゃ」

「は──」

 

 

 この母親さん増殖計画、身も蓋もないことを言うと上から見た目を被せているだけである。

 

 ……確かに、そのプログラムを走らせたままだと、違いがわからなくなるのは自明の理。

 だがそれは、あくまでも俺達の目から見た時の話である。

 プログラムで行っていることなのだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんて相手が居れば怪しいに決まっているのである。

 

 

「……い、いや。だとしても、それを判別するのはDM君のはず。そもそも観察して、()()()()()()()()()()()()()()()のだから、そんな簡単に判別できるはずが……」

「あ、やっぱり?……TASさんが『今のMODはこちらが使っているホログラムのデータの癖とかも再現できる』とか言ってたから、そうなんだろうなーとは思っていたんだけど」

「……!?」

 

 

 とはいえ、それで見付かるような間抜けなら、こっちもこんなややこしいことはしなかった。

 ……何故なら、今のMODさんは昔と比べて変装技能が向上しており、()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()に変装できるからだ。……え?なに言ってるかわからない?あれだよあれ、『被せているホログラム』として再現してるんだよこの人。電気信号ごと真似てる、みたいな?

 

 それこそホログラムを投影している本人でも『……あれ?これどっちだっけ?』と困惑するような再現度。

 ゆえにそれは、本来絶対に見付からないはずのものだったのである。

 

 

「じ、じゃあどうやって……?!」

「そりゃもう、このプログラム自体は()()()()ってだけだよ?」

「!?!?」

 

 

 ……もう驚き疲れて来たんじゃねーかな、とこっちが困惑するくらい、驚愕の顔を見せているMODさん(ver.母親の姿)。

 とはいえこれも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、ちょっと冷静になれば答えはすぐわかるはず。

 

 

「……ま、まさか」

「そのまさかですぅ。……ダミ子ちゃんじゃなくて、貴方の母親でした♪」

 

 

 そう、母親の姿をしているダミ子さん、ではなく。

 そこにいたのは正真正銘、彼女の母親その人なのであった。

 

 



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どこぞのピンク色の姫みたいなもの

「……説明が欲しいんだけど」

 

 

 右手を母親に捕まれ、観念したように左手を上げたMODさんは、視線でこちらに問い掛けてくる。

 ……()()()()()()はずの相手に、どうして気付けなかったのか。それは、今回使ったプログラムのとてもややこしい利用方法に答えがあった。

 

 

「簡単な話だよ。MODさんが見てないうちにダミ子さんと母親さんを入れ換えたってだけ」

「……簡単に言うけど、どうやって?」

「そこはまぁ、このプログラムとダミ子さんの相性の問題、みたいな?」

「はぁ?」

 

 

 ……そう。

 以前、ダミ子さんにMODを被せようとすると酷いことになる、みたいなことを言ったことがあると思う。

 元々ダミーデータと紐付いている彼女は、下手にアバターを弄るとデータが変なことになる……というやつだ。

 とはいえ、中のデータに触れなければ──要するに今回みたいに、表面上に他の映像を映す……みたいなやり方であれば問題はないのだそうで。

 

 その辺りはまぁ、そりゃそうだろうなというかそうなんだーというか、まぁその程度の話なのだが……。

 

 

()()()()()()()()()姿()()()()()、という場合はまた別の話でね?例えそれが体表をスクリーンにして別の姿を映す、みたいなやり方でも、どうやら()()()()()()()()()()()らしくってね?」

「……は?」

 

 

 これが他人にダミ子さんの姿を映す、という場合だと話が変わってくる。

 プログラムを停止させる迄の間という制限があるものの、その間変装している本人は()()()()()()()()()()のだ。……なに言ってるかわからん?大丈夫、俺にもわからん。

 

 どうにも、このプログラムとダミ子さんが謎の噛み合いを見せた結果、ということになるらしいのだが……ともあれ、このプログラムでダミ子さんを映すと、しばらくの間その人の存在感とかキャラクター性とかがダミ子さんに上書きされてしまうらしい。

 意味不明なバグ利用、って感じの裏道なわけだが……これが今回、MODさんを騙すのに効果的な手段と化していたのであった。

 

 

「端的に言うと、『ダミ子さんに扮していた母親さん』の外面に更に()()()()()()()()()ってわけ」

「……そ、そんな方法が……」

 

 

 二重に見た目を弄っていた、というべきか。

 ……ダミ子さんの上に他の映像を乗せるのは問題ない、というのは先の話の通り。

 そしてそれは、例えば先にその人がダミ子さんの映像を映すことで、ダミ子さん扱いになっていたとしても問題はない。

 ……コピーの上に更にコピーを張る、みたいな大分迂遠なやり方だが、だからこそMODさんの審美眼を騙すことができた、というわけである。

 

 確かに彼女は単に母親の姿をしているだけの相手と、本物の母親を見分けるだけの目を持っていたが。

 それが二重に被せられた虚構であったため、気付くための嗅覚が上手く働かなかった、というわけだ。

 

 で、こっちとしては母親さんをMODさんに近付けるだけでゲームクリア。

 ……そのために必要だったのが、こうして俺達に付いてきているのが()()()()()()()()()()()と誤認させることだったのである。

 

 

「一応、表に出てくるパーソナルは自動でダミ子さんになるから、そこまで神経質になる必要もなかったんだけど……」

「とはいえ、根本の部分が違えば、どうしても違和感は漂うもの。……なので、極力喋らないようにとお願いしていたのですわ」

「……ああ、今思うと確かに。普段のダミ子君からすれば、毒が足りない感はあったね」

 

 

 ……どこからか『私のイメージがおかしなことになってませんかぁ!?』みたいな悲鳴が聞こえてきた気がするが、スルーする俺達である。

 ともあれ、当初の目的である『母親さんにMODさんを引き合わせる』というモノは達成した。……であれば、次にするべきことは決まっている。

 

 

「……?まだなにかあるのかい?」

「あるとも!この状況において、やらないといけないことがね!」

「やらなきゃいけないこと?…………あ゛

 

 

 そう。俺達はMODさんを捕まえるため、あらゆるモノを犠牲にした。……それは本来ここに来た目的であるところの、王女様の守護をも含む。

 

 つまり、投げ捨てたそれらの行動を再びやり始めなければ、ここまで苦労した意味がないということ。

 一応、近くにTASさんが居るはずなので大きな問題にはなっていないはずだが……。

 

 

「歯切れが悪いね?!」

「いやー、こっから王女様が拐われた方が面白い、みたいなことを考えられてたら困るというか?」

「バカー!!?」

 

 

 TASさんは必要のない犠牲は嫌うタイプである。

 ……が、それは裏を返せば()()()()()()()()()()()()()であるわけだし、必要のない犠牲でもその犠牲が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でもある。

 ……つまり、仮に拐われても酷いことされないのであれば、そしてその結果新しいルートとかが開拓されるのであれば、わりとスルーする可能性が高いのである。

 

 とまぁ、そこまで話を聞いたMODさんは、こちらに向かってあらん限りの罵倒を投げ掛けてくるのであった。

 ……いや、マジでゴメンて。

 

 



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トラブルの原因になりそうな仲間は処しとくべき(※できない場合は諦めよう)

 拐われても酷いことされないならオッケーです、みたいな行動基準を持っていることをバラされたTASさん。

 そのせいで話もほどほどに、おばあちゃんの家に直行することになったのだけれど……。

 

 

本当に申し訳ないと思っている(ホントウニモウシワケナイトオモッテイル)

「嘘だー!!その棒読みは嘘だー!!」

「ウソジャナイヨー」

 

 

 あ、これ多分新ルート見付けたな(呆れ)。

 ……とこちらが確信するほどに、TASさんは泰然自若とした様子をこちらに見せ付けてくるのであった。……王女様?そんなのうちにはないよ()

 

 あ、あとそれ以外の二人(CHEAT&DM)は半分ヒャッハーしてたので、殴って止めました。

 んもー、面白いプログラムを前にするとすぐ他が見えなくなるんだからー。

 

 

「面目ない……」

「まぁ、過ぎたことは言っても仕方ない。DMさん、ドローンで相手を追っ掛けられる?」

「あ、はい。お任せください」

 

 

 ともあれ、善は急げと正気に戻ったDMさんにドローンの要請をする俺である。

 ……え?街の方はいいのかって?王女様回収したら波のように引いていったので、問題の『も』の字も残ってないですね……。

 

 

「むぅ、敵ながら天晴れ。その引き際には感心させられる」

「感心してる場合じゃないからね?」

「というか、相手が引くことになった理由自体、TASさんのせいですからね?」

「……てへ?」

「てへじゃないが???」

 

 

 なお、ある意味ではこの流れの現況であるTASさんはというと、何故だか相手方の引き際の良さに関心を示していた。……なんだろうねこの、微妙なマッチポンプ感は。

 

 ……ここで漫才していても仕方ないので、母親さんへの挨拶もそこそこに相手方を追い掛けるため車に戻る俺達である。

 相手の行き先はDMさんのドローンが追っ掛けてくれているため、一応見失うことはないだろう。

 

 

「ただまぁ、車の中から王女様の祖国に脅迫電話とかされても困るんで、適当にジャミングしといて貰える?」

「ドローンをなんだと思ってるんです?いやまぁできますけど」

(できるんだ……)

 

 

 とはいえ、相手が素直に日本を出てから国を脅す、とも限らないので、山岳地帯は電波が届かない……的な体での妨害を頼んでおく俺であった。

 ……ダメ元だったけど意外と通るもんだね、ホント。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……移動方向から計算するに、沿岸部に出ようとしているみたいですね」

「沿岸部?ってことは海か。……飛行機は難しいから船で出国しようとしてるってこと?」

「恐らくは。……まぁ、夜闇に紛れるでもしない限り、あからさまに目立つので無理があるでしょうが」

 

 

 陸路で繋がっているのならともかく、日本のような島国の場合渡航のためには空か海を経由する必要がある。

 

 そのうち航空機は離発着がとかく目立つこと・および空を飛ぶというその方式上、機体重量の管理がとかく重要であることなどから、少人数ならともかく大人数の密航には適していない。

 そういう意味では、密航に適しているのは海路──船によるもの、ということになるのだが。

 それでも、不審船の存在に敏感な日本国において、まったく見知らぬ船が()()()()()()()()()陸地に近付く・ないし離れるのは難しいと言わざるを得ないだろう。

 

 そういう意味では、正式な渡航船に細工をして人が入れるスペースを確保する、という方がやりやすいはずだ。

 ……なのだが、先の一団はどうにもそういう方式ではなく、自前の船での逃亡を企てている様子。

 いやまぁ、暴れる王女様を普通の港に連れていくのは、自殺行為以外の何物でもないので当たり前と言えば当たり前だが……どうにも腑に落ちない。

 なんというかこう、こっちに見落としがあるような気がするというか……。

 

 

「そう、お兄さんの予感は正しい。普通は夜闇に紛れるなり、正式な船にカモフラージュするなりするもの。……だけど彼等には、それをしなくてもなんとかなる手段がある」

「そんなバカな。まさかステルス機能が実用化されてるわけでも……あるまいし……」

 

 

 そうして唸る俺に、TASさんが「正解」と声を掛けてくる。

 夜まで待たなければならない、というのは必然的に誰かに追い付かれる可能性が出る、ということ。

 

 向こうの態度的に、それを許容するとも思えなかった俺は、なにか裏があるのでは?……と考えたのだが。

 それに対して返ってきたTASさんの言葉に、まさかと首を振りながら……「あっ」と声を漏らしたのであった。

 

 ……そういえば……DMさんがステルス機能については実用化してましたね……?

 

 

「え?いやでも、別に技術をバラしたりはしてな……あ゛」

「あ゛ってなんですかあ゛ってぇ!?」

「いやその……あのステルス機能ってハッチを閉じた状態でないと機能しなかったでしょう?……ってことは、もしかしたらですけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけでして……」

…………(| ᯣ ᯣ)ジーッ)

「今回私はなにもしてない。単なる偶然」

「嘘付けぇっ!!」

 

 

 ……相手方がたまたまそのタイミングで映像を撮っていて。

 そこから解析してステルス機能を再現できるような人員が居たとすれば、一応やれなくはない、はず。

 

 そんな、あまりに奇跡的すぎる偶然の連鎖に、俺達は思わずTASさんに疑惑の目を向けることとなったのであった。

 ……面白そうだから見逃したとか、滅茶苦茶あり得る……!

 

 



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盗られたなら取り返す、倍取りだ!(?)

「なるほど……もしステルス機能が実用化されているのだとすれば、時間を気にせず日本を離れることも可能かも知れませんわね……」

「ってことは、早急に追い付かないとダメ、ってことか……」

 

 

 向こう側が思ったよりハイテクシステム搭載してるかも?

 ……ということが明らかになったことにより、こちら側に時間的な余裕はあまりないことを知らされた俺達。

 となると、どうにかして向こうを足止めするか、はたまたこちら側が加速するしかない、ということになるんだけど……。

 

 

「……流石に無理です。電子系の妨害と言っても、あくまで周囲の通信をジャミングできるだけ。……相手の車両を行動不能にしようとするならば、最悪EMPが必要になりますが、そのような装備の持ち合わせはありません」

「あったらやってた、みたいなこと言うの止めない???」

 

 

 EMPってあれでしょ、めっちゃ高いところで核爆弾を起爆すると滅茶苦茶強い電磁波が出るってやつ。TASさんがたまにやってるシューティングとかで使われてるの見るよね。

 んで、その電磁波が精密機械に誤作動だったりショートだったりを起こさせたりする……ってやつ。

 

 あれゲームだから一時的に機能が使えなくなる……みたいな影響で済んでるけど、実際やられると大抵の電子機器おじゃんになるって聞いたぞ俺。

 一応原理的には核とか使わないもっと小規模なやつも作れるとかって聞いたけど、どっちにしろ手段として過激的過ぎるわっ。

 

 みたいなツッコミをしたところ、当のDMさんからは首を傾げられる形となったのであった。

 ……相手が事故って止まりましたが王女様は無事なので問題ありません、みたいなことやらないでねマジで?

 

 

「……EMPはともかく、なにかしら相手を妨害できるような装備はないんですの?こう、トリモチランチャー的なものとか」

「AUTOも大概攻撃的なこと言うよね……先行させてるドローンは、そもそも映像投射用のに急造でジャミング装置取り付けたやつだから、それ以外の攻撃性能とかはないよ。……映像投射機能に関しても、そもそも他方向から違和感なく映像を投射しようと思うんなら一機じゃ無理、数機で当たるのが普通……って辺り、相手の視界をごまかすのには使えないし」

 

 

 AUTOさんからはもう少し安全な停止方法はないのか、みたいな声が飛んでくるが……飛行物体に余計なモノをくっ付けるのは中々に難しいこと。

 ジャミング積んであるだけマシだと言ってくれ、みたいなCHEATちゃんの言葉が返ってくるのだった。

 ……それはそれとして、視界を妨害するのは結局事故の元だから止めようね?

 

 

「ふむ、なるほど。ということは、現状誰も打開策を持ってないということ。──だけど私は違う」<キリッ

「……嫌な予感しかしないんだけど?」

 

 

 そうして面々がどうしたものかと唸る中、満を持して声を挙げたのがそう、我らがTASさんである。

 ……正直に言わせて貰うと、すっっっごい不安です。なんでかって?見ろよあのTASさんのキラキラとした(当社比)顔。

 あれ絶対、「この時のために用意しておいた手段が使える」ってワクワクしてる顔だぜ?そんなん不安になるに決まってるでしょーが。

 

 

「むぅ、お兄さんってば酷い。私はただ、この状況を打開できる策を無償で提供してあげよう、って言ってるだけなのに」

「タダより高いものはない、って教わらなかったんですかねぇ……?」

「知らない。そんな言葉は私の辞書にはない。タダなら最後まで使い潰すだけ」

「言いきりやがったよこの子」

 

 

 なお、当人はこの様子である。

 ……ああうん、下手するとこの機会が来ることを狙っていた、までありますねこれは。

 となると、彼女の提案を突っぱねることは事実上不可能。

 俺達は素直に彼女の策を受け入れるしかない、ということになってしまうわけで……。

 

 

「ええい、こうなりゃ自棄だ!時間的な余裕があるわけでもないし、悪魔でも神でも天使でもなんでも相乗りしてやるよぉ!!」

「えっ?」

「……いや、最初から相乗りしてるじゃん、みたいな顔しないで貰えますかDMさん?」

 

 

 ……実際に身内に神が居ると話がややこしいなこれ。

 まぁともかく、こうなってしまったからにはTASさんに任せるしかない、というのも確かな話。

 ゆえに俺達は(半ば嫌々ながら)彼女の提案を受け入れることになり──、

 

 

「では、お言葉に甘えて。──コール。高速航行モードに移行

「…………へ?」

 

 

 ──瞬時に後悔した。

 無機質な彼女の声が車内に響き渡ると同時、辺りの様子が一転しておかしくなっていく。

 

 この機械の擦れあう音はなんだ(ぎゅいーん)

 金属製のなにかが噛み合う音はなんだ(ぷっぴがん)

 というか、車内の内装が壁にしまわれて行くんだけどマジでなにこれ???

 

 

「わた、わたしのキャンピングカーがっ!?」

「い、いつの間にこんな改造を……」

「みんなに隠れてこっそりと。MODが車を離れてくれたのは僥倖だった」

「oh……」

 

 

 およそ一分後。俺達はキャンピングカーではなく、ロケットのようななにかの中に迷い込んでいたのであった。

 ……物理法則もなにもあったもんじゃねぇな(諦め)

 

 



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早さに取り憑かれたスピードスター、みたいな?

「それでは……れっつらごー」

「ですよねー!!!?」

 

 

 キャンピングカーからロケットに乗り物が変化した、となれば次にやってくる展開は予測できるだろう。

 そうだね、殺人的な加速で壁に叩き付けられる、だね☆……笑い事じゃねぇよ殺す気かよ(真顔)

 

 先ほどまでのキャンピングカーが時速五十キロくらいなら、今乗っているこのロケットの時速はおよそ五百キロほど。

 ……本来ならもっと速度が出せるらしいが、周辺地域への影響を鑑みた結果自重しているとのこと。わーたすさんやさしー()

 

 

「……そういえば、市販車の最高時速として記録されているのが時速五百前後だったような気が……?」

「環境配慮とか嘘にもほどがあった!!?」

 

 

 事実上の最高速度じゃねぇか!

 しかも話を聞くに、時速五百キロってスポーツカーの中でも限られたやつしか出せない速度じゃねえか!

 

 

「むぅ、みんな失礼。世の中には時速千六百キロ出せる車もある。それに比べたらとても自重してる」

「……それって確か、ほぼほぼジェット機みたいなレーシングカーの記録じゃなかったっけ……?」

…………(;「「))

「おいこら目を逸らすな???」

 

 

 ……前言撤回、やっぱこの子早さのことしか考えてねぇ!

 こちらからの追求をごまかすように、更に速度を上げたキャンピングカー(ロケット)によって壁に押し付けられながら、俺達は道路を爆走して行くのであった。

 田舎じゃなかったら事故ってただろこれ!?

 

 

「大丈夫。このロケットモードの時には、進行方向の邪魔な車は全て撥ね飛ばすから」

「なにも大丈夫じゃないっていうか、それヒゲのおじさんのレースゲームのやつぅ!!」

 

 

 

;・A・

 

 

 

「死ぬかと思った……」

「大袈裟。人はあれくらいじゃ死なない」

「仮に本当にそうだとしても、あの蛮行を許容する理由にはなりませんわよ……?」

 

 

 ぶっちゃけて言おう。わりと真面目に死ぬかと思った。

 ……いやねぇ?こちとら大した訓練も受けてない一般人なんですわ。ジェットコースターでもちょっと気分悪くなるのが普通なんですわ。

 なんだってさんじー(3G)だのよんじー(4G)だのを陸地で感じなきゃならんのですかマジで???

 っていうか、ソニックブームこそ出てなかったけど、一瞬時速千キロとか出てたよね?この車どういう改造してんの???

 

 ……とまぁ、様々な不満を押し込めつつ、俺達は車外へと出てきたわけなのでございます。

 二度とTASさんにハンドルは握らせねぇぞ、と決心しつつ。

 

 

「むぅ、まだ使ってない機能もあるのに」

「……参考までに聞いておくけど、その使ってない機能ってなんだい?」

ていくおふ(離陸)する」

「……そっかー。跳ぶだけじゃなく飛ぶのかこの車……」

 

 

 車検とか絶対受けさせられないな……とぼやくMODさんだが、そもそもこの車あれこれ偽造してるんとちゃう?……とは突っ込まない俺である。

 ともあれ、その阿呆みたいな加速によって目的の一団を寧ろ追い抜いてしまった俺達は、件の車両が目的としているとおぼしき場所で相手を待っていたのであった。

 

 ……え?追い抜いたんなら、相手側が別の場所を目的地にしてしまうんじゃないのかって?それに関しては大丈夫。

 なんでかって?さっきのMODさんの発言を思い返せば、なんとなく答えはわかると思うよ(白目)

 

 

「……まぁ、はい。知ってましたよぉ、だってレーシングゲームなら絶対やる、みたいなやつですもんね

「ああっ、三半規管の弱いダミ子様がグロッキーにっ!?」

「その点メカだからDMさんは平気そうでいいね

「貴方様ーっ?!」

 

 

 そう、レーシングゲームとかをTASさんがやると、まず間違いなくやってるあれ……ミ○四駆(車の玩具)の漫画由来の意味不技、マグナ○トル○ード(きりもみ滑空)だ。

 

 意図的にコースアウトさせることで宙を舞い、上手いことコースの先に着地する……というそれは、そもそもの危険度もさることながら、成功確率的な意味でも頭のおかしい絶技である。

 なにせ、使えるコースの形状からして限られる。……コースアウトして宙を舞う、というその性質上()()()()()()()()()()()()()()()()

 つまりは離陸点と着地点が直線で結ばれていなくてはならない。

 更に、きりもみ回転しながら跳んでいくという形式上、車体の天井部分から地面に着地する……という可能性が常に付き纏う。

 無論そんなことになれば事故るし最悪死ぬので、上手いことタイヤのある面を道路に接地させなければならないのだ。

 

 ……端からきりもみ回転しなければいいんじゃないかって?そんなん俺に言われても困る。元ネタがそうなんだからそうするしかない、としか言いようがない。

 まぁ、そもそも人が乗ってないモノでやってる技なので、こうして乗客がいる状況でやると中の人が凄いことになるっていう弱点もあるんだけどね……。

 

 ……まぁ、そんな感じでこっちは満身創痍だが、その無茶苦茶なショートカットを()()()()()()()()()()()()()()()──トンネルに入った時に成功させた&向こうが出てくる前にかっ飛ばしたお陰で、そもそも追い抜いたことに気付かれていないというわけである。

 

 ゆえに俺達は狂った三半規管の回復を願いつつ、相手がノコノコ現れるのを待っていたのであった。

 ……あ、一応言っておくとTASさんはピンピンしてるよ、なんでかはわからんけど。……いやホントなんで???

 

 



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まさかまさかの展開一つ

「……よもや、待ち構えられているとは、というやつか?」

 

 

 件の車がやって来たのは、それからおおよそ五分ほど経過してからのこと。

 距離を思えば結構飛ばしてるな?……って感じの時間、いや速度といった感じだが、だからこそ向こうは特に警戒することもなく王女様を連れて車外に出てきた。

 ……で、その周囲を俺達が悠々と囲んだ、というわけである。

 さっきの台詞は、そうして囲まれた内の一人──王女様の隣で彼女を拘束している人物から発せられた言葉だった。

 

 ただまぁ、こっちが囲んでいるから有利、というわけでもない。

 向こうに王女様を害するつもりはないかもしれないが、それでも側に居る以上は人質にするという選択肢も取れるわけで。

 ……こちらとしては、そういうことをされる前に口頭で決着を付けたいところである。なんでかって?

 

 

(人質を取ろうとした瞬間に()る。これが確実)<ワクワク

(……とかなんとか考えてる顔なんだよなぁ、あれ)

 

 

 そりゃもう、TASさんが生き生きとしているから、としか言いようがない。

 いやだって、ねぇ?本来俺達はこのイベントに関わることはないはずだった。

 ……ということはだ、そこには未開の大地──言い換えれば誰にも踏み均されてない新雪が降り積もっている状況、という風にも見なせるわけで。

 

 そんな美味しい状況、あのTASさんが張り切らないわけがないのである。

 なんなら『死ななきゃ安い』論をみんなに投げ付けて来かねないぞコイツ。

 

 無駄な犠牲は許容しないが、その犠牲から新しいルートが開けるのなら容赦はしない──。

 ……いやまぁ、流石に本当に見殺しにはしないだろうけど、()()()()()()()()ことで出てくる選択肢が、あるならわりと普通に選ぶのがTASさんである。

 ……本筋の外道な(TASけない)奴らに比べりゃマシ、と思うしかないというか。

 

 そんなわけなので、できればそういう選択肢(人質を取るの)は選ばないで欲しい、と思いながら相手に視線を向け直したのだけれど。

 

 

「…………」

「…………?」

 

 

 ……なんだろう、この違和感は?

 なんというかこう、奇妙な空白が辺りを漂っている、というか。

 いやまぁ、状況として膠着する、というのはわからないでもないのだ。

 ただこう、膠着するにしてもなんかこう、もうちょっと緊迫感が漂うものでは?……みたいな感じというか。

 

 今のこの状況、空白は空白でもなんかギャグの匂いがするというか……?

 

 そんな状況だからか、相手の傍らにいる王女様も、不思議そうな顔で傍らの相手を見上げていた。

 なんとなく、さっきまでの威勢はどうしたの?……とでも言いたげな様子というか。

 

 ただ、傍らの人物──男か女かよく分からない──は額に冷や汗を垂らし、口元を歪めて固まっている。

 そうして奇妙な沈黙が続くこと暫し。

 

 

「……わかった、こいつは返す。俺もここに残る。だからこう、コイツらは見逃してはくれねぇか?」

「な、アニキ!?」

(……なん、だと?!)

 

 

 次にその人物が口を開いた時、そこから飛び出した言葉に周囲は騒然となったのであった。

 

 ……なんかTASさんだけ別方向に驚いてない?気のせい??

 折角ぼっこぼこにしてやろうと思ったのに、こっちが拳を振り上げる前に相手が降参してきた……みたいな感じの残念な思念がこっちに流れてきたような気がするのは俺の気のせいかな???

 ……おいこら視線を逸らすな暗に肯定するな()

 

 そんなこっちのやり取りはともかく。

 相手側は相手側で、騒々しいやり取りが行われている。

 やれ『アニキが犠牲になるくらいならアッシが!』とか『王女を盾に逃げましょうよ!』だとか、そんな感じの言葉が向こうの構成員らしき面々から飛び出すが……リーダーらしき『アニキ』とやらの決心は固いようで、『うるせぇ、黙ってろ』の一言で周囲の喧騒はあっという間に静まってしまうのであった。

 

 

「……コイツらは下っぱだ。烏合の衆で取るに足りない馬の骨だ。つまりは首を取るには足りてねぇ。俺の首一つとコイツらの首百個でも釣り合わねぇ。……だったら、俺一人で十分なんじゃねぇか?」

「……それはこっちが決めること」

(おいぃぃぃTASさんんんん?!!!)

「はっ、確かにそうだな。……だが、コイツらを殺るってんなら、俺としても黙っては殺られてやらねぇ。何人かは巻き添えにしてやるが?」

「むぅ、それは困る。具体的にはお兄さんが真っ先に死にそう」

「なんでそこで俺に振るの???」

 

 

 え、なんで今俺を話題に出したの?

 確かになに言ってるのこの人達、みたいな感じに思ったけど、だからって俺を舞台上に引っ張りあげる必要性まっっったくなかったよね????

 

 ……などと言っても後の祭り。

 向こうの『アニキ』とやらの視線は既にこっちに向いており、ともすればこっちの喉笛を食い千切ってやるという気概に溢れ……溢れ?

 

 

「……あー、うん。その人が残るんなら、他の人は見逃してもいいんじゃないかな?頭を失った集団なんてモノの数でもないわけだし」

「ンダトコラーッ!?」

「喧しい、黙ってろテメェら」

「うす……」

 

 

 ……その視線に含まれる色に気付いた俺は、自分がなにを望まれているのか理解。

 そのまま望まれるままに、この状況を終わらせる言葉を吐いたのであった。……いや、なんだこの状況。

 

 



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隠しイベントクリアしたんだからいいもの下さい

「アニキー!!必ず、必ず敵討ちに行きますからねー!!」

「喧しい。コイツらの気が変わらない内にさっさと行きやがれ」

「うぉおぉん、アニキの犠牲を無駄にするなテメェらー!!」

(……ナンダコレ)

 

 

 一昔前のヤンキーとかヤクザの映画かな?

 ……みたいなやりとりが目の前で繰り広げられているわけなのですが、皆様如何お過ごしでしょうか?

 俺は現在絶賛混乱中です()

 

 ……いやまぁ、この状況に手引きしたのは俺なのだから、一応なんでそうする必要性があったのか?……というのはわかっているのだけれど。

 それにしたって、細かい部分はまだわかってないため、微妙に首を捻らざるを得ないというか。

 

 そんなわけで、こっちに中指立てたりブーイングしながら去っていく男達を見送った俺達は、改めて一人残された相手──彼等に『アニキ』と呼ばれた相手と向き合ったのであった。

 

 

「……で、俺はこれからどうなるんだ?できれば一思いにやって欲しいんだが」

「意外と言えば意外だった。でも確かに、言われてみればそれはそう、という感じ」

「……いや、こっちの話に答えて貰いたいんだが?」

「諦めて下さいまし、こういう時のTASさんはまず人の話を聞いていませんわ」

「マジかよ……」

 

 

 相手は既に観念した、という風情で最早抵抗する気もないようだが……思えば、()()()()()()()()()気がするのも確かであった。

 王女様が不思議そうな顔をしていたのも、ここまで諦めが早い人物には見えなかった……ということを車内で認識したからであろう。

 

 実際、車内から出てきたばかりの時、この人物はやる気に溢れていた。

 それが変わったのは、この人物がTASさんを視界に入れてから、である。

 

 ……となれば、その時になにかがあった、ということだろう。

 思えば、準備が良すぎたり状況に対応するのが早かったり、ちょくちょく気付くタイミングはあったように思う。

 

 

「あー、なるほど。つまりはこういうことか。この人、()()()()()()()?」

「そう。更に言うと隠しキャラ。こんなところにいるとは思わなかった」<ワクワク

「……あ?隠しキャラ?」

 

 

 そう、それらの要領の良さは、恐らくこの人物がなにかしらの能力を持っているがゆえ。

 ……それだけならまぁ『この世界ってそういうアレらしいし、居てもおかしくないか』となるだけの話なのだが。

 その次にTASさんが溢した言葉に、俺以外の面々は皆してTASさんに視線を向けたのだった。……え?俺?さっきなんとなく気付いてたからなー……。

 

 

 

>∀・v

 

 

 

「……んん?もしかして君、"先導者"かい?」

「その名前で俺を呼ぶってことは……テメェは"まんおぶでぃふぁれんと"か」

(平仮名……)

(今絶対発音が平仮名だったよこの人)

「……視線が鬱陶しいんだが?」

「我慢しなよ、捕虜みたいなものなんだし」

「……チッ」

 

 

 はてさて、なんかMODさん的には知っている人、みたいな感じだったようだが……こちらとしては今のところ謎の人、という印象は拭いきれない。

 なんならさっきまで敵対してたようなものなので、普通は悪印象が消えないはずなのだが……。

 

 

「いやー、確かに街では暴れてたし王女様を拐ったりもしてたけど?実際被害ってそれくらいのもので、なにかしら傷やら物的損壊があったわけでもないから、そこまであれこれ言う必要もないというか?」

「……イカれてんのかコイツ」

「御安心下さいまし、TASさんのせいでちょっと感覚がずれているだけですわ」

「……悪ぃ、酷なこと言ったな、謝る」

「はっはっはっ、なんでだろうなーこの気遣われてるのに胸が痛くなるのー()」

 

 

 ……うん。なんかこう、口調こそぶっきらぼうだけど、その端々から好い人感が滲み出てるというか?

 実際に口にすると殴られそうな気がするので、言葉にはしないけど。……いや、状況的に殴ったりしたら周囲からタコ殴りに合うしやらない、か?

 

 などと考えていたら、また相手から返ってくるなんとも言えない視線。

 ……呆れているのか戦いているのか、そのどちらかはわからないが、なにかしらこちらに理解のできない手段でなにかを認識している、という感じがするのは間違いではないだろう。

 

 

「そう、だから隠しキャラ。言うなれば私達は運命共同体……」

「おいバカ止めろ、物騒なもんちらつかせるんじゃねぇ!?」

(なにが見えてるんだ……?)

 

 

 念のためロープで拘束されているこの人、TASさんの言葉になにやら過剰反応している様子。

 ……恐らくなにかしらを視ている、のだろうが……運命共同体っていうと、『嘘を言うな』とか『俺のために』とか、そんな感じのむせそうな話でも視たのかな?

 

 ……などと考えていたら、再び相手から返ってくる『マジかよコイツ』みたいな視線。

 あーうん、なんとなくだけど、この人の能力わかったかもなー?

 

 などと考えながら、俺達はキャンピングカーに乗り込み、再びMODさんの故郷である街へと走り始めたのであった……。

 

 



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人は見た目によらないし見た目によって性格が左右されるわけでもない

「なんか……増えたね?」

「まぁ、色々ありまして……」

 

 

 大体日が暮れる頃、というやつだろうか。

 行きはかっ飛ばしたが帰りまでかっ飛ばす必要はないだろう、とTASさんを説得し(隣でまたあの人がなんとも言えない顔をしていた)、ゆるゆると帰って来た俺達。

 街の喧騒はすっかり収まって、常ののどかな空気を取り戻していた。

 

 ……で、噂の『アニキ』さんはあの時襲撃部隊から一方引いた位置であれこれしていたようで、街の人達は顔を見ていなかったらしい。

 そのため、連れてきたこの人に対してまず一番に飛んできた言葉は、『なんで縛られてるの?』という身も蓋もないものなのであった。

 

 

「……趣味とかじゃねぇからな」

「へー」

 

 

 最早何度めやら、みたいなやり取りをうんざりしたように繰り返す『アニキ』さん。

 ……そんな彼?を遠巻きに見ているのが、物影に隠れているCHEATちゃんである。

 

 

「いや、どうしたの?」

「……口調被り甚だしい。いっそ静かな私を主体にした方がいいかな……」

「声小さいのは困るけど、口調被りを気にするならいっそ統合すれば?」

「今大分無茶苦茶なこと言ってることわかってるのお前???」

 

 

 ……どうやら、彼?のぶっきらぼうな口調が、現在の彼女の喋り方と被っていることに困惑しているらしい。

 

 こっちとしては知らんがな(もしくはAUTOさんとDMさんで既に通った道)って話なのだが、どうしても気になるのならもう一つのCHEATちゃんの顔・地味モードを主体にしたキャラにイメチェンすればいいのでは?……とアドバイスしておいた。

 まぁ直ぐ様なに言ってんだコイツ、みたいな視線が返ってきたわけだが。

 

 でも実際、うちに居る面々の口調を見比べた時、特徴的なのは地味モードの時のCHEATちゃんの方……ってのは間違いないと思うけどね。

 まぁ、そのままやられるとこっちが声を聞き取るのに難儀するので、できれば発声練習も一緒にやって貰うべきだと思うのだが。

 

 

「なにやってるんだテメェら……」

後輩からの(ひょうひゃいひゃひゃよ)理不尽暴力に(ひふひんほうほふひ)屈してるところ(ふっひへうほほほ)

「この口かっ!!このっ!このっ!!」

「ええ…………?」

 

 

 その後、母親さんとの挨拶を終えた『アニキ』さんからは、呆れているようにも驚愕しているようにも思える視線を頂くこととなったのでした。

 ……呆れるのはわかるけど、驚愕?

 

 

 

・A・

 

 

 

「わかっちゃダメだと思う」

「ですわね。呆れられるようなことは謹んで頂きたいものです」

「本当は?」

「呆れを通り越してしまうのが、最早デフォルトかも知れませんね」

「ひでぇ」

 

 

 すっかり日も暮れてしまったので……ということで、またもや母親さん達のお世話になることになってしまった俺達。

 

 いやまぁ、ドタバタした結果王女様の目的も結局達成できてないんだから、帰るに帰れないみたいなところもあるんだけどね?

 でもまぁ、なんか『アニキ』さんまで泊まることになってる辺り、色々おかしい気がするというか。

 

 その辺はいわゆる流れに身を任せ、みたいな感じなのだろうが……。

 ともあれ、俺としてはなんとなく気楽な感じではある。

 

 

「それはまた、なんでだい?」

「いやー、女性集団の中に男一人、ってのはやっぱり気を遣うというか……」

「なるほど。そりゃまぁ、気楽かもしれないね」

…………(=ФωФ))」<ジーッ

 

 

 なにせ、始めての男性ネームドキャラ?である。

 そりゃまぁ、今まで女所帯に男一人、みたいなものだったのだから喜びもひとしお、というか。

 

 まぁ、今までのメンバーと違って隠しキャラらしいし、なんなら滅茶苦茶敵対してたのでちゃんと仲良くなれるかなー、みたいな不安もなくはないのだが……。

 敵対云々の話を深掘りすると、そもそもCHEATちゃんの辺りからわりと今更、って話になるのでもう気にする必要ないんじゃないかなーというか。

 ……ん?ってことはCHEATちゃん互換キャラなのか『アニキ』さんって?

 

 

「いい加減にしろー!私は断固抗議するぞー!!」

抗議の内容が(ほうひおはひほうは)俺への暴力なのは(ほへへほほうようはほは)如何なものか(ひはははほほは)。……そういえば噂の『アニキ』さんは?」

「ん?先に風呂に入ってくる、と風呂場に行ったみたいだけど?」

「なるほど。じゃあ男同士の裸の付き合いでもしてくるかねぇ」

「……本当に同性の方がいらっしゃったのが嬉しかったのですわね」

「なんだかハーレム系作品の主人公みたいですぅ」

 

 

 はっはっはっ。

 なんとでも言えい、今の俺は上機嫌なんだ。

 

 というわけで、話もそこそこに着替えを持って風呂場に向かう俺。

 母親さんの家の風呂、まさかの露天風呂だから結構でかいんだよねぇ。……いやまぁ、正確にはおばあちゃんの家の風呂、ということになるわけだが。

 

 ともあれ、広い脱衣所に『アニキ』さんの服──ビシッと決まったスーツ的なやつ──があることを確認し、それの横に自身の着替えを突っ込んで服を脱ごうとして──、

 

 

「……おおっと、『アニキ』さんの服が」

 

 

 変に揺れたのか、棚からはらりと落ちて行った服をぱしり、と空中で掴む俺。

 そうして安堵したのち、ふと棚の中身に視線が吸い寄せられたわけなのだが……。

 

 

「…………サラシ用の包帯」

 

 

 スーツの下から見えたのは、多めの包帯。

 ……ヤクザ的な空気を醸し出していたので、傷口にでも巻いてたのかな?

 などと思いながら、空中で掴んだ服をその上に戻し……戻し?

 

 

「…………………」

 

 

 思わず地響きが聞こえてくるような(ゴゴゴゴゴゴゴゴ)、そんな幻覚に襲われながら自身が手を離したモノに視線を向け直す俺。

 ……ええと、ぶーめらんぱんつ、かな?だよね?そうだよね?まさか、ねぇ?

 

 冷や汗をダラダラと流し続ける俺の背後で、響いてきたのは風呂場から誰かが出てくる音。

 ぴしり、と固まった俺は、恐る恐る背後を振り返る……ことはせず、代わりに大声で叫んだのであった。

 

 

「──TASさん介錯お願い!」

「優しくですねわかります」<ドゴォ

「ひでぶ」

「………は?!え、なに?!なにこれ殺人現場か!??!?!」

 

 

 こちらの要請を受け、天井をぶち破って俺の頭にドロップキックをお見舞いしてくれたTASさん。

 それに感謝しながら意識を失う寸前に俺が見たのは、湯煙に隠れながらもダミ子さん級のやベー物をお持ちらしい『アニキ』さんがこちらを見て慌てる、うっすらとした姿なのであった。

 

 ……なんかTASさんが意味深な視線向けてきてたのこれかよ!!

 

 



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相手が気にしてないからと言って情状酌量の余地があるとも限らない

「……まさかの展開、ですわね?」

「いや、別に隠してたってぇわけじゃねぇんだが……」

 

 

 はてさて、風呂場で突然スプラッタ☆

 ……から数分後、落ち着きを取り戻した俺達は改めてリビングに集合していたわけなのだが。

 

 うん、一部を除いてみんな驚愕顔、というか。

 因みにその一部とやらはTASさん・DMさん・『アニキ』さんの三人である。理由は左から順に知ってた・知ってた・知ってた、だ。

 

 

「ハプニングはイベントフラグ回収の良い機会。じゃんじゃん起こして」<グッ

「ぐっ、じゃないんだわ今まで見たこともないような満面の笑みを浮かべるんじゃないんだわ」

「TASさんが笑ってるの、初めて見た気がしますぅ……」

 

 

 知ってた組の一人目・TASさんの様子はこんな感じである。

 ……こいつわかってて止めなかったな!?いやまぁ勘違いしてた俺達も悪いっちゃぁ悪いわけだが!

 

 

「まぁその……私高性能メイドロボですので……」

「なるほど、最初から解析済みだったと。……黙っていらっしゃったのは、邪神的なあれですの?」(返答次第ではお説教ですわよ、の顔)

ひぇっ、いえその、ちょっとしたお茶目心でして……」

「王女様、判定は?」

「え?ええと……有罪、なのでは?」

「はいお偉い様からの了承も得られましたので有罪(ギルティ)有罪(ギルティ)でごさいますわ~」

「のー!!のーぎるてぃー!!」

 

 

 知ってた二人目、DMさんはこんな感じ。

 ……どうやら久しぶりに邪神的悪戯心が効力を発揮した、ということらしい。

 AUTOさんに襟首を捕まれ連れていかれる彼女を見送りながら、俺は「来世ではまともになるんだよ……」と合掌しておくのであった。

 

 

「……で、何故教えてくれなかったので?」

「いやまぁ、勘違いされてるなーとは思ったが、別にそれでなにがどうってわけでもないというか……仮に胸の一つくらいなら見られても困らねぇというか、()()()()()()()だの()()()()()()()だの犇めく場所の元締め相手なら、その辺りで弱みを握れりゃ寧ろ僥倖というか……

(……消極的ハニトラ派……だと!?)

 

 

 で、知ってた三人目……もとい本人である『アニキ』さんだが、なんというかこう……あんまり見たことないタイプの反応ですねこれ(白目)

 っていうか元締めて。発想がヤクザもんのそれすぎるでしょうどうでしょう?

 

 

「……?違うのか?なんつーかこう、()()()()()()()()()()ように見えるんだが……」

「その辺りも含めて、もうちょっと突っ込んだ話し合いをしましょうか……」

 

 

 一度外に連れていかれたDMさんが戻ってきたのを見て、俺は小さくため息を吐いたのでしたとさ。

 ……うーん、ややこしい話になりそう。

 

 

 

・A・

 

 

 

「というわけで……『アニキ』さんことROUTE(ルート)さんです、皆さん拍手ー」

「はいセンセー」

「へいなんですかCHEATちゃん」

「そのルートって、管理者とかの方(root)のルートではないんですかー?」

「……ROUTEさん?」

「え、俺が説明すんのか?……えーと、俺のこれは選択肢が見えるやつだからな。管理者とかではねぇよ」

 

 

 そういうわけで(?)、改めて説明会である。

 ……薄々察してはいたが、どうやらこの人未来視的なものができる人、ということで間違いはなかったらしい。

 とはいえこちらの予想していたそれとはちょっと違って、重要な場面などで選択肢が提示される……いわゆるシミュレーションとかアドベンチャーゲームとかのあれ、みたいな感じのようだが。

 

 先のMODさんが言っていた『先導者』という名前は、その技能によって周囲を正しい・もしくは望ましい(ルート)へと導く者、というような意味であるようだ。

 ……いやまぁ、周囲の人は能力云々については詳しく知らなかったみたいなので、彼女に任せると基本的に上手く行く……ということで先導してくれる人、という名前になったようだが。

 あと部下が結構居た辺りから『煽動』の方も少し混じってるみたいである。

 

 で、そんな彼女の優秀な能力はというと、自身が風呂に入っている時に俺が風呂場に来る、という可能性を知らせてくれていたらしい。

 ……勘違いしてるみたいなので、それに乗じてちょっと弱みでも握れればいいなー、くらいには考えていたとかなんとか。

 

 

「つまり俺ってばノットギルティなのでは……?」

「本気で言ってるならそれでもいいよ?」

「ですよね切腹します……」

(……やっぱり上手く行ってたらなんとかなってたんじゃねーかな……)

 

 

 ところが、そんな彼女の能力を引っ掻き回す相手が存在した。……そう、我らがTASさんである。

 

 裏社会での彼女の悪評を知るROUTEさんは、それゆえにTASさんと鉢合わせるような選択肢は()()()()()()()()のだが……今回のこれは選択肢が出ない強制イベントだったようで、こうして彼女に出会い・尚且つ対峙する羽目になってしまったのだとか。

 

 で、それゆえに今回初めて、彼女が自身の能力を平気で無視るような相手だと知った、と。

 

 

「昔の私なら違った。でも今は違う」<キュッ

「……なんか読んだ?」

「その内ゼリーを胸に塗る予定」

「なんの作品の話をしてるのかわからないと単なる下ネタにしか聞こえねぇ……」

「それに関してはわかっても下ネタなのでは……?」

「……それもそうか」

(……テンションに付いていけねぇんだが???)

 

 

 彼女の企みは敢えなく瓦解……どころか、自身の天敵・TASさんにずっと張り付かれるという憂き目にあった、というわけである。

 ……その割には結構無茶苦茶してなくないですか俺悪くないことないですか?

 え?昨今のコンプラ云々考えたら、相手から来たとしてもダメでしょうって?ですよね腹を切ります……。

 

 



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未来視同士の激突はTAS同士の激突のようなもの

(……本当に切腹するし、ちょっと目を離したら治ってるし、なんなんだコイツ……?)

(なんか滅茶苦茶見られてるんですが。もしかして俺まだ狙われてる?)

(変な勘違いが進行してる予感。面白……興味深い展開だから静観)

(かまぼこ大納言)

(((誰だ今の)))

 

 

 はてさて、ROUTEさんが限定的な未来視(選択肢)持ちである、ということがわかったわけだが。

 恐らく、それこそが彼女が隠しキャラであった理由なのだろうと、TASさんは発言する。

 

 

「あー……言うなればフラグを向こうが回避している、ということですものね。で、出会う未来が最初からないのだから、本来TASさんがなにをしても意味がない……と」

「流石に確率0パーセントは私でも無理。源氏は私に酷いことをした」

「それわかる人いるのかなー?」

 

 

 絶対に不可能なことを可能にする、というわけではないのだから仕方ない、と頷くTASさんである。

 

 ……端から見てると違いがわからないが、TASさんはあくまで仕様を全部読みきって悪よ……活用しているというだけのこと。

 CHEATちゃんのように本来できないことを無理矢理やる、みたいなのには向いていないというわけである。

 

 

「私的にはなに言ってるんだコイツ、って感じだけど……逆に言うと、今回の話は誰にも軌道修正出来なかったから起こったこと、ってことになるのか?」

「少なくともROUTEに出会えたのはそう。だからMODにはとても感謝している。ありがとう、やはり貴女は鍵だった」

「……褒められてるのかな、これ」

 

 

 そして、こうしてROUTEさんに出会えたのは、言ってしまえばこの流れが強制ルートのようなものだったからこそ。

 ……そういう意味では、TASさん的に(ここに連れてきてくれて)ありがとう!(拐われてくれて)ありがとう!!……みたいな感じだったわけである。

 うん……褒めてるとは言い辛いなこれ?

 

 まぁともかく。

 折角の隠しキャラ、折角の隠しルート。……その隅々まで舐め尽くす勢いのTASさんは、もはや俺達では止められない暴走機関車のようなものなのであった。

 

 

「むぅ、お兄さんは毎度毎度失礼。でも今回は許す。今の私はとても機嫌が良い」

(こいつこんなにニコニコすんのな、の顔)

(俺達もこの顔は初めて見たよ、の顔)

「……なんでもいいけど、さっさと風呂済ましちゃくれないかい?」

「おおっと、はーい」

 

 

 ……なお、その暴走は母親さんからの鶴の一声で、あっという間に停止させられたのであったとさ。

 家主には逆らえないからね、仕方ないね。

 

 

 

・A・

 

 

 

「そういえば、積もる話とかあったんじゃないんで?」

「……顔を見たらそれで十分、だってさ」

 

 

 他の面々が風呂に入ったり歯を磨いたりしているのを横目に、布団の準備をしていた俺はふと、縁側で夜空を見上げていたMODさんに声を掛けることに。

 ……ほんのりと『なんでサボってるのさ』的な責め句の意味合いもなくはなかったのだが、当のMODさん本人はボーッと空を眺めているままなのであった。

 

 なので一旦仕事を放り出して、彼女の隣に腰を下ろしたのだが……どうやら、大してなにも聞いてこなかった母親さんに対して少々思うことがあったらしい。

 

 

「……覚えていないけど、なにかがあることは確信している……みたいな感じかな。あとはまぁ、私が昔ほど性急でも頑なでもない、って部分もあるのだろうけど」

「昔は、っていうと……喧嘩別れみたいな感じだったんで?」

「まぁね。子供の頃に出ていったわけだけど、その時は今ほど落ち着いてもいなかったから」

 

 

 放り出した両足をぷらぷらと揺らしながら、彼女は当時を思い返している。

 

 ……いきなり居なくなった妹や、思い出の詰まった生家。

 されどそれを記録するのは彼女のみ、その場に居合わせなかった人々は、『そんなものは知らない』の言葉ばかり。

 

 幼子にそれへの反発を持つな、などと言っても無理があるだろう。

 だから彼女はその時に得た擬態の力を持って外へと飛び出し、今に至る……みたいな感じだろうか?

 まぁ、いきなり飛び出したわけではなく、不満が積もりに積もって飛び出した、という感じなのだろうが……どちらにせよ、互いに蟠りがあったはず、というのは間違いあるまい。

 

 それが向こうだけ勝手に解消されていて、こっちは抱え続けている……というのが不満なのだろう。

 無論、それが随分と勝手な物言いであることもわかるため、彼女はこうして縁側で不貞腐れている、ということなのだろうが。

 

 そんな彼女を見て、俺は小さく苦笑を漏らす。

 ……なんともまぁ、似た者同士というか。

 

 

「……いきなり笑うとはどういう了見だい?」

「知らぬは互いばかりなり、みたいな感じかな」

「はぁ?」

「あとでそっと様子を見に行けばいいよ、ってこと。……それより、いつまでもそこで燻ってると来ちゃいますよ?」

「来る?なにが……ってうべぇ!?」

「どーうーしーてーだーまーってーいーらーっしゃーいーまーしーたーのー!!!?」

 

 

 こちらの苦笑にムッとした顔をするMODさんに再度苦笑して、ヒョイと横に避ける俺。

 ……数秒前まで俺が居たところを突撃して行った王女様と、そんな彼女に抱き付かれて吹っ飛んでいったMODさんを見て再度苦笑を溢し、俺は再び布団の用意の仕事へと戻ったのであった。

 

 



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やることやったか?これで全部フラグは立てたか?

「……なるほど、探し物ってMODさんのことだったのか」

()()()()()、が正解だけどね。……もう一つ別に探していたモノがあるわけだし」

 

 

 前回ループの時は手伝っていたはずなのに、何故今回は積極的に関わってこなかったのか。

 その理由は、前回も今と似たようなことになったから、というのが正解らしい。

 

 ……そんなわけで、やっと出会えた親戚にべったりくっ付いている王女様に辟易しつつ、次の日の朝を迎えた俺達である。

 確かに、これが待ってるなら近付きたくない、というのも分からんではない……。

 

 

「私と同年代の同性の親族……それともう一つ、()()さえ見付かれば……!」

「すみません、なんか別ベクトルのスペクタルを呼ぼうとするの止めません???」

 

 

 そんなアドベンチャー作品とかじゃないんだから()。

 ほれ見なさいよ、TASさんが気になるって感情を顔に張り付け出したじゃないですか。

 そもそもMODさん加入イベ発生のためのあれこれだったのに、それから更に別ルートに派生するのはもうお腹いっぱいなんですよマジで。

 

 まぁ、そんなこっちの事情は言葉にもしていないため、王女様はふんすふんすと鼻息荒く頑張るぞぅ、って感じのポーズをしていたわけなのだが。

 無論、その右手で絡め取られた左手の持ち主であるMODさんはうんざり顔である。

 

 

「……というか、このままですと私達も王女様に同行する必要があるのでは?」

「え?なんで?MODさんを生け贄……もといそのまま差し出せば良くない?」

「ちょっと?」

「いえ、それですと何時帰ってくるものやらわからなくなる、という問題が……」

「そうやって無視するの良くないと思うよ私?」

 

 

 そんな中、横から問題提起をしてくるのはいつも冷静なAUTOさんである。……今回わりと蚊帳の外だから冷静なだけ?それはそう。

 

 ともあれ、彼女の指摘はもっともな話であった。

 今回俺達がここにやって来たのは、大本を辿ればMODさんの正式加入イベントを発生させるため。

 ……なんの因果か横道に逸れた結果、別の加入イベントが発生してしまったが……それはそれ、これはこれというやつである。

 

 ではここからどうするのか?……という話だが。

 逸れたルートを元に戻し、MODさんの加入イベントが正常に発生するように努めるのが第一だろう。

 ……彼女が例の祭りに行くのは、王女様の一件が終わってから。本来ならこの後王女様を祖国に送り届けるだけで終わるはずなのだが……うん、連れて帰る気満々だよね、今の王女様。

 

 これは一体どういうことなのか、とMODさんに視線を向けると、彼女は諦めたように笑みを溢しながら、DMさん経由の念話を飛ばしてくるのだった。

 それ曰く、『以前は迎えの人に押し付けて帰った。あの後護衛の目を掻い潜って再び日本に来るのは不可能なくらい警護の層が厚くなった』とのこと。

 

 ……いや、まさかのイベント全投げかい。

 

 

(仕方ないだろう、どう考えても厄介事の気配しかなかったというか、下手すると遠縁でも王家の血筋ではあるとかなんとかで、相続争いとか後継者争いとかに巻き込まれるフラグしかなかったんだから!)

(……あー、言われてみるとそれもそうか。MODさんも王女候補的なものではあるんだなー)

 

 

 とはいえ、それも仕方なきこと。

 曾祖母の祖母、などという遠い縁ではあれど、親族であることに変わりはない。

 ……となれば、MODさん自身も王家の血筋。後継者だのなんだのと陰謀に巻き込まれる可能性大、というわけで。

 

 まぁ、前回ループの際はMODさん自身が王女様の遠縁である、ということを悟らせなかったこともあり、今みたいに執着されることもなかったようだが。

 なので、帰りの船の護衛達に押し付けて帰ればそれで済んだ、みたいな?

 

 

(彼女自身、目的のものが()()()()()()()()()()()()と意気消沈していたからね。再度日本に来よう、などとは思わなかったのかもしれない)

(……なんか今変なフラグが立ったような気が?)

 

 

 それって今回の王女様、下手すると日本に入り浸るようになるのでは?

 

 前回は片方に相当するなにかを見付けたが、意気消沈して帰ったとのこと。

 対して今回、見付からなかった片方に相当するMODさんを見付けた王女様は興奮しっぱなし。

 ……要するにこれ、重要度が『MODさん>なにか』なのでは?

 そう念話を返せば、返ってきたのは『あっ』という実際の言葉。……気付いてなかったんかいっ。

 

 ともあれ、これでハッキリした。

 AUTOさんの懸念はほぼ確定し、俺達はこの後王女様の祖国とやらに同行する必要が出てきた、と。

 

 

(……なるほどな。確かに、それを選ばないルートは危険な香りがプンプンしやがるぜ)

(なんと、選択肢から匂いが?!)

(モノの例えだ、モノの例え。……良くないことが起こる時の選択肢、ってやつに見える)

(私からもほそくー。そっち(付いていかない)のルートはMODの永久離脱ルートだから非推奨ー)

(……どこまで見えてんだコイツ)

 

 

 その懸念を肯定するように、未来視持ち組からの念話が飛んでくる。

 ……どうやら、ここで彼女だけを放り出す、みたいなことをするとそのまま帰ってこれなくなるらしい。

 それってつまり、これから起こる未来が全部それ前提のモノに変わる、ってことなわけで。……そりゃまぁ、今の俺達が選ぶべきルートではない、ということは確かだろう。

 

 ゆえに、俺達の今後の行動方針は今、決定した。

 

 

(そう、このまま王女様の祖国に乗り込み、出てくるだろうトラブルを全て解決して円満に日本に帰ること……これだ!)

(やったー。新しいルートだー。検証のために五桁くらいは走りたいところ)

(……なに言ってんだコイツ)

(気にしないで下さいまし。あくまでもTASさん御自身の感覚の上での話、ですわ)

(…………ナニイッテンダコイツラ)

 

 

 大手を振ってMODさんが帰って来れるように、俺達で王女様の抱えた問題を解決してやるぜ!

 それこそRTAばりの速度で!

 

 



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急がば回るくらいなら障害物ごとぶっ飛ばす

 はてさて、行動方針が決まったのなら善は急げである。

 さくさくとここで立てられるフラグを消化し、さっさと次の行動に移らねば。

 

 

「そういうわけなので、王女様の探してるものがなんなのかを知りたいのですが?」

「なにがそういうわけなのかわからないけど……王女様が欲しがってるモノについては心当たりがあるよ」

 

 

 そういうわけで、朝食を終えたタイミングで母親さんに話し掛けた俺達。

 彼女はこちらの突然の様相の変化に目を白黒させていたが、暫くして気を取り直したのか、片付けが終わったら案内してあげる、と言葉を返してきたのであった。

 

 

「ならば善は急げ。我らは今より食器洗いのプロ!」

「らじゃー。じゃあ()()()と」

「え?ええと……()()()と?」

「んじゃ()()()と!」

「そしてこれで完成ですぅ~。……完成ですぅ???」

 

 

 そんなわけで、秒速で食器の片付けを終わらせた俺達である。

 ……え?抽象的過ぎてなにやってるのかわからなかったって?

 具体的には上から水に浸ける()スポンジで汚れを落とす(TASさん)付いた泡を水で流す(AUTOさん)濡れた食器を乾かす(CHEATちゃん)渡されたそれを(首を捻りながら)しまう(ダミ子さん)、の流れである。

 

 ポイントは、乾かす役としてCHEATちゃんを採用したこと。

 彼女以外にやらせるとどうしても無茶苦茶になるので、ここでは彼女が適任と言うわけだ。

 

 

「……具体的には、どう無茶苦茶になるんだい?」

「布で拭くにしても時間が掛かる。水分を蒸発させようとすると食器の温度がエグいことになる。……みたいな感じかな?」

「なるほど、パラメーターを弄って水分をそのまま移動させた、みたいな感じなのですね?」

「そういうことー」

 

 

 なんと豪華な無駄遣い。

 一応は真っ当な手段(過程や結果まで真っ当だとは言わない)しか取れないTASさんやAUTOさんと違い、CHEATちゃんは端から物理法則とか無視した行動を選ぶことができる。

 ……いやまぁ、一応風圧で吹っ飛ばす、みたいな穏当かつ物理法則に即したやり方もあったりはするが、それを今の食器の量で・尚且つ一瞬でやろうとすると周辺被害が酷いことになるのは目に見えてるので……。

 

 そういう意味では、周囲に影響を与えず・尚且つ一瞬で食器を乾かす……という行動が求められる状況であれば、CHEATちゃん以上の適任はいないということになるのであった。

 ──無論、最初に言ったように無駄遣い感も半端ないけども。

 

 ともあれ、宣言通りに一瞬で片付けを終えた俺達の様子に唖然としている母親さんに改めて声を掛け、俺達は王女様が探している『あれ』とやらを拝むため、先導する彼女の背を追い掛けるのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……と、いうわけで。これがうちの曾祖母の母親が日本に来る時に持ち出したって言う逸品だよ」

「ほほう、これが……」

「……なんですかぁこれはぁ?」

 

 

 母親さんがおばあちゃんから鍵を受け取り、そのまま向かったのは家の裏手。

 ……表からだと目立たないそこにあったのは、小さな小屋くらいの大きさの倉であった。

 

 なんでも季節の行事の時に使うモノとかの、頻繁に使用しない品物をしまっておくための場所なのだそうだが……その中に入って行った母親さんががさごそと収蔵物を漁り、表に持ち出して来たのは季節モノなどでは絶対にない、些か不可解なモノなのであった。

 具体的に言うと、小皿よりちょっと大きめの円盤……の、半分である。

 

 表に引っくり返してみるが、特になにかが描かれているということもない。

 無地の地味めな色の破片、みたいな感じであり、こんなものを探していたのか?……的な空気をダミ子さんが醸し出してしまうのも仕方のないことなのであった。

 

 そんな疑いの視線を向けられた母親さんはというと、苦笑いを浮かべながらもう一つ倉から持ち出して来たもの──一つの箱のようなモノをこちらに渡してくる。

 訝しみながら箱を開けば、()()()()()()()が収まりそうなスペースが一つ。

 ……まさかと思いながら先ほどの円盤をそこに置いてみると、見事にそのスペースに収まったのであった。

 

 なお、それでなにかが起こる、みたいなことはなかった。……ずっこけなかった俺を褒めて頂きたい。

 

 

「いやまぁ、その箱に入ってた……ってだけだからね?……保管状態が悪かったのか、はたまた最初からなにも書かれていなかったのか、その辺りは私にはわかんないけど」

「ううむ、これはハズレのような……って、王女様?」

 

 

 母親さんの説明に、思わず渋い顔をしていた俺。

 ……そんな俺の横から円盤に伸びた手は、こちらのやり取りなど聞こえていない様子の王女様。

 その右手に持った半円を裏返したり、はたまた日に透かすように空へと掲げたりしていた彼女は、やがて得心したようにふぅ、と一つ息を吐いて。

 

 

「ではMOD様、こちらをお持ちくださいまし」

「へ?いやなんで私が?」

「い・い・か・ら!さっさとお持ちくださいませ!」

ええ怖っ……わかったよ持てばいいんだろう持てb()うおまぶしっ!?」<ピカーッ

 

 

 なんだその古典的な反応……。

 などと突っ込む間もなく、MODさんが持った途端に光輝き始める円盤の欠片。

 暫くして光の収まった後に彼女の手の内に残るのは、黄金(こがね)色に輝く半円。

 それを見届けた王女様は、懐に手を突っ込んで(俺は首を九十度横に向けた)なにかを取り出す。

 

 

「……そう、これこそを探していたのです、私は」

「てってれー。王女は『かがやくメダル』を手に入れた」

「なんでそんなに小声なんだ……?」

 

 

 もう大丈夫かな?……と振り向いた俺の視界に入ってきたのは、輝く一枚の円盤──TASさんの言を信じるならメダルを手の内に持ち、ちょっと怖い笑みを浮かべている王女様の姿なのであった。

 ……一応確認だけど、君実は悪人だったりしないよね?その笑みちょっと危うい気がするんだけど???

 

 



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移動は迅速に。それはTASの使命

「……さっきの笑みは忘れてくださいまし」

「さっきのとはもしかして、あの悪人めいた笑m()ほげぇっ!?

「蒸し返すなと言っていますでしょう!?」

「おお、腰の入ったいいストレート」

 

 

 いやー、軽率に拳とか飛んできすぎじゃないかね?……え?自業自得?そりゃごもっとも。

 

 そんなわけで、景気良く殴り飛ばされた俺が、呆れた顔のROUTEさんに(お姫様抱っこの体勢で)キャッチされる、などのハプニングこそあったものの、これにてここでのフラグ集め、工事完了です……。

 ……RTAだとお決まりの台詞だけど、あんまり多用するべきでもないよなぁ、などと駄文を一つ。

 

 ともあれ、やること終わったのならさっさと次の場所へ、といきたいところなのだが……。

 

 

「……MODさん?」

「…………いや、いいさ。今は時間が惜しいわけだし」

 

 

 久々の帰郷……ではないが、久々の家族との邂逅である。

 積もる話でもあるんじゃないか、と顔色を窺う俺だが、当人にはそのつもりはないらしい。

 ……ここでイベントが終わりなら、このままMODさんを置いていく……なんてこともできるのだが、生憎とイベントはまだ進行中。

 その辺りが言い訳にもなって、彼女は母親との会話を拒否する形に──、

 

 

あいだぁっ!?なんだいいきなり!?」

「おおっと、これは弁当カナ?(棒読み)飛んできたのは向こうの方からカナー?」

「はぁ?……あ」

 

 

 ──なるはずだったのだが。

 どこからか()飛んできた包みがMODさんの後頭部にクリーンヒット。

 思わずつんのめったMODさんが頭を擦りながら振り返れば、その先にあるのは彼女の祖母の家であり……。

 

 

「……ああ、いつか帰るとも。必ず、妹を連れて」

(……シリアスしてるところ悪いんだけど、色々と直前の条件があれなんだよなぁ)

 

 

 見えないけどそこにいるはずの、母親に向かって小さく呟きを返すMODさん。

 ……シリアスな空気を滲ませているが、包みの中身が山盛りのおにぎりだったりする時点で台無しである。

 

 ともあれ、いつかまたここに来ることを内心に誓うMODさんを促し、改めて俺達はキャンピングカーに乗り込んだのであった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「それで?こっからどういう感じの行動になるのさ?」

 

 

 キャンピングカーに乗り込んだのち、CHEATちゃんから飛んできた疑問の言葉。

 このまま王女様の祖国に向かう、というのは間違いないわけだが、どういうルートを通るつもりなのかということだろう。

 

 以前のループでは、そもそも王女様は目的のモノを見付けきれず、失意の内に帰国することとなったそうだ。

 その時は消えた王女様を探索していた護衛達に彼女を送り届ける、というのがイベントの終わりだったのだろうが……。

 

 

「今回そのルートは取れない。何故か?MODが帰ってこなくなる(永久離脱する)からです」

 

 

 それは選べない、と改めてTASさんが念押ししてくる。

 なんでも、そのルートはMODさんを一人だけ生け贄にするのと然程変わりがないのだとか。

 

 

「……そういえば、永久離脱ってどこまでの範囲で?今回ループだけ?それとも()()()()()()全部?」

「その二択なら後者の方」

「……どういうこっちゃ?」

「詳しい話は(今は)秘密。でも取り返しの付かない選択肢ってことだけは間違いない」

 

 

 ふと疑問に思ったのか、CHEATちゃんが『永久離脱』云々に付いて質問していたが……ううむ、聞く限りだと結構深刻な話になるらしい。

 

 そんな重大選択肢をなんのヒントもなく置いとくなよというか、今までのループはその辺りずっとスルーしてたのかとか、色々と思うことはなくもないが……。

 TASさん本人に話す気がない以上、こっちが知っててもあまり意味のないことなのだろうとスルーする俺である。

 

 とにかく、素直に護衛さん達のところに向かうのは非推奨。

 ……となると、こっちが取れる手段も自ずと限られてくるわけで。

 

 

「そういうわけで、やって来たのはROUTE達を迎え撃った駐車場」

「……んで、そのまま暫くなにもせずに夜を待った、と。……なぁ、今俺の前にある選択肢が固定な上に、なんかイヤな予感しかしねぇんだがなにか知ってるか?」

「はははは、そのイヤな予感が正解だってことなら知ってますねー(白目)」

「マジかよ……」

 

 

 ROUTEさんってタバコとか吸うんだねー。

 ……と、脳内で時間経過のBGM(ウォーホー)を鳴らしながら景色を眺めていた俺達。

 辺りはすっかり夕闇に染まり──端的に言えば夜を迎えていたのであった。

 

 さて、では話のおさらいである。

 日本国を密かに出国しようとする場合、選ぶべき時間帯とはいつ頃か。

 ……そうだね、辺りが暗くなってからだね。特に深夜帯がベスト。辺りが寝静まった時間なら、警戒も緩みやすいってやつだね。

 

 

「そして用意するのはこのキャンピングカー・飛行モード

「んなこったろうと思ったよチクショウ!!」

 

 

 フィクションじゃねぇのかよ!!……と嘆く声もほどほどに、今俺達が乗り込んでいるキャンピングカーは、再びその様相を変化させていたのであった。

 具体的には車体の横に羽が飛び出してる。なんならジェットエンジンまで付いとる。……だから物理法則はぁ!?

 

 いやまぁ、いつもの未来技術……というやつなのだろうが、それにしたって限度があるというか。

 いや寧ろ、この辺りの無茶を未来ではやれるようになっている、ということの方が驚きなんだが?

 ……などなどの雑多な嘆きを飲み込んで、最早無我の境地(TASさんなら仕方ない)に辿り着こうかという俺達である。単に白目を剥いているだけともいう。

 

 なお、今回初参加となるROUTEさんは、自身の未来視が故障していなかったことに大きな嘆き声を挙げていたのであった。

 はははは、大丈夫すぐに慣れるよ()

 

 



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遠足ではないが気分は遠足()

「……本当に空を飛んでいますね……」

「ちくしょう厄日だ……」

 

 

 TASさんの無茶苦茶行動の極み初体験の二人がさっそくグロッキーになっているのを横目に、最早慣れきってしまった()俺達は、これからの行動を決めるための作戦会議を行っていたのであった。

 内容としては、向こうに着いてからどう行動するか……が比率として大きいだろうか?

 

 

「……とりあえず、彼女にはちょっと変装用のMODでも被せて置くべきかね?」

「そうですわね。ともすれば彼女を連れている私達が誘拐犯、などという認識になりかねませんし」

「あとは砂漠を横断しなきゃいけないんだっけ?徒歩で」

「流石に車は目立つから、どこかに置いとかないといけない。……向こうでもステルス使っていいのなら、このまま一直線だけど」

「ダメです」

「むぅ、お兄さんのいけず」

 

 

 一先ず決まったのは、王女様の見た目を変えること・それから目的地に向かうまでは徒歩になるということの二つだろうか?

 

 前者は、絶賛行方不明状態の王女様を連れている異国人……なんて、怪しいを通り越して誘拐犯そのものである。

 そりゃまぁ、見付かったら面倒臭いことになるのは目に見えているため、端から隠す方に向かうのは必然というやつだろう。

 

 後者に関しては、このキャンピングカーそのものは普通に砂漠の踏破が可能だが、それをすると流石に目立つ……というところが大きいだろう。

 無論、今みたいにステルス機能を有効活用すれば、見付からずに進めるかもしれないが……ROUTEさんのところの一団みたいに、迂闊にステルス機能を晒して真似をされる……みたいな事態は避けたいので却下である。

 相変わらず、扉を閉め切ってないとステルス機能が万全ではなくなるわけだし。

 

 

「全方向にステルスを発揮しようとすると、基本的には隙間を塞ぐ必要がありますからね。……ギリースーツのように、なんとなくごまかす程度であれば、多少適当でも問題はないでしょうが……」

「まぁ、それだとステルス機能としては落第だよねぇ」

 

 

 一応、ギリースーツ……いわゆる迷彩のように、周囲の環境に溶け込むというパターンも存在するが、それはそれで単一の環境にしか対応していない、という問題点がある。

 あれだ、森用の迷彩で海に隠れるのは難しい、みたいなやつ。

 

 今回は砂漠を横断するため、必要なのは土色の類いということになるが、これと決めてしまうと他の場所で使えなくなってしまう。

 ……あとはまぁ、迷彩系は近付かれるとバレる、という理由もあるか。

 

 それと、現代の戦闘機などに使われている方のステルス機能──レーダーなどの探索機械類から察知され辛くする、という方式については、そもそも最初っから搭載済みなので問題はない。

 ……なんで搭載されてるんです?(当然の疑問)

 

 

「なんでって……そもそも私の職業を忘れてないかい?」

「……そういえばこの人スパイだったわ」

 

 

 そっか、そういう目的でも使ってるのなら、探知されないようにするのは当たり前の……いや待てロケットとか飛行機とかの改造は、TASさんによるものだったはずだぞう???

 

 なんかおかしくないか、と問い返したところ返ってきたのは「最初にこのキャンピングカーを引っ張り出した時のこと思い出しなよ……」という言葉なのであった。

 …………なるほど、このキャンピングカーでカーチェイスしてたとかではなく、潜入用に使ってたってことね。

 オンオフできるんなら怪しまれることも減るってわけか。……減るのか?

 

 この辺りは突っ込んでもややこしそうなので、一先ず脇に置いて。

 ともあれ、キャンピングカーのまま砂漠を横断するのは無し、である。

 となると、昼間は灼熱・夜中は極寒の砂漠を歩いて踏破しないといけない、ということになるのだけれど……。

 

 

「……まぁCHEATちゃんが居るならなんとでもなるか!」

「そんなこともあろうかと、全天候対応フード付きマントを作っておいたぜ!」

「流石だぜCHEAT!そこに痺れるぅ~!!」

 

 

 うん、別になんの問題もないな!

 ……いやまぁ、単純に歩き疲れる可能性、ってやつもあるわけなのだが。

 とはいえ、気温や環境の厳しさに関しては、そういうのを考慮したアイテムとか作れるCHEATちゃんが居る時点でなんの問題もない。

 

 ならば問題となるのはやはり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということだろうか?

 

 

「……そうですね。このメダルはあくまでも鍵。その場所へと誘う機能がある、というわけではありませんので」

「なるほど、そこまで親切ってわけてないんだな」

「あっても良さそうなモノですけどねぇ、目的地に向けて光がーとかぁ」

 

 

 そう、このメダルは件の目的地で使用するための鍵ではあるが、だからといってその目的地を示してくれたりはしないのだ。

 一応、国の倉庫を漁ればそれを指し示すなにかが見付かってもおかしくはない、とのことだったが……。

 ほら、今の俺達ってば暫定王女様誘拐犯だから、城なんかにのこのこ向かったら捕まるどころの話ではないというか……。

 なので、鍵だけ持って砂漠をさ迷う必要性がある、というなんとも言えない状態になっているのであった。

 

 なお、TASさんならなんとかなるのでは?……という問いに関しては、「それでもいいけど時間掛かるよ?」とのこと。

 ……TASさんの未来視って時間経過無しのはずなのに、時間掛かるとはこれ如何に?

 

 

「……なるほど、俺がここに居るのってこのためか……」

「?ROUTEさん?」

「向こうに付いたら俺に任せろ。多分なんとかなる」

「なんと?!」

 

 

 案内したくない理由でもあるのかと俺が首を傾げる中、声をあげたのはグロッキー状態からようやく復帰したROUTEさん。

 どうも彼女にはなにかしらの策があるようで、向こうに付いたら任せてくれとこちらに提案してくるのであった。

 

 ……別に構わないけど、選択肢が見えるってだけだと厳しくない……?

 

 



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その名前に偽り無し

「……なるほど?」

 

 

 特に問題もなく、王女様の祖国の端の方に着陸した我らがキャンピングカー。

 盗難にあったりしないように戸締まりやら警報やらをちゃんとセットし、周囲から見付からないような位置に隠したそれに別れを告げ、徒歩で歩くことしばし。

 そうして俺達は、オリエンタルな雰囲気溢れる街へとたどり着いたわけなのだが……。

 

 

「……必要なもの揃えたらさっさと出た方がいいな」

「ですよねー」

 

 

 うん、いくら夏場でクソ暑くて直射日光やら熱気やらに肌を晒すのはNG、つっても他所の国の人がそこまで重武装だとなんとなく見られてしまうようで。

 

 ほんのり視線を集めていることに気が付いた俺達は、必要なものを揃えたらさっさと出ていくことに決めたのであった。

 このまま見られっぱなしだと、その内一団に王女様が混じってることに気付かれるかもしれないからね!

 

 

「……他者付与は難しいからねぇ」

 

 

 なお、当初の『MODさんに偽装工作を施して貰う』という案だが。

 自分に使うそれとは違い、どうにも他者に付与したモノは()()()()()()()()()()()()()()という欠点があったようで。

 ……うん、無機物相手だとそんなことは起きなかったのだけれど、人相手だとどうにもなんか色々と制約が有るようで……。

 

 なので、当初の予定通り一応ごまかしてはいるものの、そんなに長持ちはしないということになっているのであった。

 いやまぁ、チラチラ見られる程度なら大丈夫そうではあるんだけどね?

 

 

「……というか、MODさん自体の姿を変えなきゃいけないのもわりと盲点だったよなぁ」

「言われてみればそれはそうだぁ、って感じですけどねぇ~」

 

 

 ……で、この制約。

 単純に他人に付与しているからというのもあるのだが、同時にMODさん自身の姿もごまかしているから、みたいなところも関係してるとかいないとか。

 要するに、処理すべきタスクが二つになってるので負担が増している……みたいな?

 

 今まで彼女が他人や無機物にMODを被せる時というのは、自分の姿については気にしていないということが多かったのだが……。

 今回王女様の祖国に向かうに辺り、ごまかしていない時の本来の彼女の姿が()()()()()()()()()()というのが問題になったのだ。

 

 いやまぁ、ちょっと考えればわかる話なんだけどね?

 王女様の容姿は、MODさんの妹──不思議さんのそれとよく似ている。

 となれば、彼女と姉妹であるMODさんとも、ほんのり似ているのだ。……同じ理由で、母親さんもなんとなく似ていたり。

 

 無論、並べれば別人だと気付くことは容易だが、例えばなんの前置きもなしに突然MODさんをこの国の人に見せた場合、王女様を想起することはまず間違いないだろう。

 そうなれば『王女様に似ている相手』ということで視線が集まり、自動的に王女様のごまかし耐久値にもダメージが入る、というわけだ。

 

 なので、MODさんは自分の容姿についてもごまかす必要が出てきたわけなのだが……。

 この時初めて、先述した問題が顕になったというわけである。

 

 

「今まで同時にやったことはなかったからねぇ……他人相手の能力行使って時点であれなのに、自分まで加えるとここまで辛いとは……」

「ヤバくなったら俺の背にでも隠れな。ちったぁマシだろうよ」

「その時は有り難くそうさせて貰うよ」

 

 

 ……で、ここで意外な活躍を見せたのが新規メンバー・ROUTEさんである。

 

 初見で男性と勘違いしたことからわかるように、この人俺達の集団の中では一番体格が大きいのだ。

 俺よりも背が高くて横幅もそれなりだというのだから、わりと華奢な方のMODさんくらい後ろ背に隠すこともわけないというか。

 ……これで全部脱ぎ捨てると筋肉質な美女になるというのだから、世の中よくわからないものである。

 

 

「裏家業やるんなら体は普通に資本だからな。鍛えておくに越したことはないぜ」

「私もそれなりに鍛えてはいるんだけどねぇ、筋肉は付かないんだよねぇ」

「姿がごまかせる人が筋肉が付かない云々を言ってもネタのようなものでは?」

 

 

 なお、確かにマッシブな彼女だが、別にこの中で一番力が強い、というわけでもない。

 AUTOさんとかと腕相撲をすると普通に負けるので、まだまだ鍛え方が甘いとかぼやいていたりした。

 

 ……いやまぁ、AUTOさんを引き合いに出すのは止めといた方がいい、とも言ったんだけどね?

 なにせこの人、体の使い方が上手いどころの話じゃないし。効率的運用の権化、みたいなものというか。

 

 ともあれ、序盤から頼れる姿を見せたROUTEさんは、そこから先にこそ本領を発揮したのであった。

 ……そう、車内で言っていたあれである。

 

 

「目的地に道案内する時限定だけどな、選択肢を数珠繋ぎにしてルート構築ができるんだよ」

「おー……」

「つまりはカーナビ?」

「……いや、間違ってねーけどよぉ?」

 

 

 彼女の能力──『選択肢の提示』は、どうやら使い方を絞ることで道案内のためにも使えるのだという。

 これは、実際に行ったことのない場所でも問題なく案内できるとかで、迷路のような場所の探索にも重宝していたのだそうだ。

 

 まさに『(ROUTE)』の名前通りの活躍、というか。

 ……なお、TASさんは早速彼女のやり方を見ながら学習しようとしていた。

 昔の総当たり方式から進歩したとはいえ、まだまだルート構築を洗練する余地はあるとかなんとかだそうで、彼女の目は目的地にたどり着くまでキラキラしっぱなしなのであった……。

 

 



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そもそも人生は選択肢の連続である

「……ここだな、間違いねぇ」

「ほほう。……周囲にはなにもないけど?」

「恐らくだが、なにかしらのスイッチ的なもんが隠れてるはずだ。手分けして探そうぜ」

 

 

 さて、目的地周辺になったためルート案内が終了した……もとい、ROUTEさんの能力適用範囲外になったわけなのだが。

 

 案内された場所は、周囲になんの建造物もない、砂漠のど真ん中。

 ……本当にここなのか、みたいな視線を向けられたROUTEさんだが、自分の能力に余程自信があるのかその目に不安などは一切感じられない。

 なので、俺達もまたそれを信用し、周囲の捜索を始めたわけなのだが……。

 

 

「スイッチの位置とかはわからないの?」

「大雑把な所在ならわかるんだがな、細かく探すんなら俺も総当たりしかねぇよ」

「なるほど」

 

 

 付いていくTASさんが尋ねたところ、どうにもROUTEさんの能力で道案内をする場合、大雑把に目的地の周囲十メートルくらいまでは案内できるが、そこになにかしらの仕掛けが施されている場合はそれの解除に時間を取られる、ということになるらしい。

 あくまでも能力の解釈を変えて応用しているだけなので、元の解釈に戻さなければいけない場所では元通りの運用をするしかない……ということだろうか?

 

 TRPG的に言うのなら、目的地までの案内に必要な技能と近くの気になるものを見付ける技能は別、みたいな?

 

 

「ああ、そんな感じだな。どっちの技能判定にも使えるけど、それぞれは別の物事だから融通は効かない……ってこったな」

「なるほど、勝った」<フンス

「幸運ダイスまで弄り出すような相手に勝つのは、基本無理だと思うんだよね……」

 

 

 なお、TASさんはその説明を聞いて、何故かドヤ顔を晒していた。

 ……まぁうん、なんの技能判定にも代用できるようなものだもんね、君の場合。

 

 ともかく、そんな感じに会話を交わしながら、なにかないかと周囲を探すことおよそ一分ほど。

 

 

「……こいつっぽいな」

「なるほど、嵌め込み式」

「今回の君『なるほど』って言いすぎじゃない?」

 

 

 なにかのフラグでも回してる?

 ……というこちらの言葉に無言を返してくるTASさんに、『あ、正解だなこれ』と得心がいったりしつつ。

 

 はてさて、改めて探索の結果俺達が向き合うことになったのは、砂の大地によって隠されていた一枚の大きな板。

 どうにも更に大きななにかの一部が地表に飛び出している……みたいな扱いのようで、持ち上げたり移動させたりするのは不可能な模様。

 今回の面々の中では一番力持ちであるDMさんに試して貰ったりしたが、答えとしては『不可能ですね、これ』と返ってきたのであった。

 

 ……で、こんなあからさまな人工物。

 きっとなにか秘密があるのだろうと観察した結果、AUTOさんが板の一部に違和感がある、との指摘。

 それを受けた探知ガチ勢(CHEATちゃんとDMさん)が表面を検査した結果、押し込んで横にスライドさせると開く場所がある、ということを突き止めたのであった。

 

 で、早速押し込んでスライドさせた結果現れたのが、これを見付けた時にTASさんが小さく呟いていた()()()()()──。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()だったのであった。

 

 ……うん、ここまであからさまだと、流石の俺も察するぞぅ。

 

 

「……つまり、ここに嵌め込むのですね?このメダルを」

「まぁ、そうなるだろうねぇ」

 

 

 神妙な面持ちでその板を見つめる王女様。

 ……こちらの予測が間違っていないのであれば、恐らくここに嵌めるのは件のメダルだろう。

 

 とはいえ、どうやら王女様にはちょっとした葛藤があるご様子。……メダルを見つめるその姿はこれを手放したくない、と告げているかのようである。

 

 

帰る時に外して(はへるほひひはふひへ)持って帰れば(ほっへはへへは)いいんじゃない(ひひんひゃはひん)ですかぁ(へふはぁ)?」

「なに食ってるのさダミ子さん……」

「この様子だと難しいのかもだよ?古文書とかで『鍵は地中に還り~』みたいなことを書かれていたのかもだし」

「…………」

(図星っぽいなこれ)

 

 

 どこで買ってきたのかわからない串焼きらしきものを皿に乗せたダミ子さんが、首を傾げながら疑問を呈す。

 ……食いながら喋るなと言いたいところだが、周囲は一先ずシリアスを保つ方に舵を切ったのかこれをスルー。

 ダミ子さんはそのまま、どうも木製らしい皿に乗った串焼きをひょいぱくひょいぱくと食べ……おや?

 

 周囲の面々が躊躇する王女様の説得に意識を移したため、ダミ子さんへの視線が無くなってしまったわけだが……その背後に、そろりそろりと彼女に近付くTASさんの姿が。

 俺以外誰も気付いていないその接近者は、こちらの視線に気付いたのちにこちらへ「しーっ」と黙っているように告げ。

 

 

「あ、ダミ子の首元に蠍」

「ほげらばΧΛΞβёпчм#%▲♭!!!?」

 

 

 ぺいっ、と彼女の首元に蠍を──無論本物ではなくおもちゃを──しれっと投げ付けながら、ぼそりと呟かれたTASさんの言葉。

 それは劇的な効力を発揮し、首元の違和感に飛び上がったダミ子さんは手に持っていた串焼きの皿を放り投げてしまい。

 

 

「「「「あっ」」」」

「あ?」

「ほい成功。これでよし」

 

 

 その()()()()()()()()()()()()()()()は綺麗な放物線を描きながら飛んでいき、件の窪みにすっぽりとホールインワン。

 ……唖然とする面々の前で、件の板は砂の中へと沈んでいき、代わりに地下へと続く階段が俺達の前に姿を現したのであった。

 

 



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大スペクタクルが君を待つ、かもしれない

「……私の葛藤はなんだったので!?」

「ま、まぁまぁ……」

 

 

 このメダルじゃなくても開くんかい!

 ……的な怒りを爆発させる王女様を、MODさんが宥めるのを横目に、現れた階段を降りる俺達一行である。

 

 中は薄暗く、底は見えないほどに深い。

 そんな暗闇の中を、懐中電灯の明かりを頼りに一歩一歩進んでいっているわけなのだが……。

 

 

「……今何分経過した?」

「まだ十分も経っていませんわよ?」

「マジかよ……」

 

 

 いやねぇ、そのねぇ……ねぇ?

 思わず声を挙げる俺に、周囲からは怪訝そうな視線が返ってくるが……いやだって、ねぇ?

 一抹の希望を持ってダミ子さんの方に視線を向けるが、彼女は先ほどの一件──串焼きがダメになった──のダメージがまだ残っているのか、ぶつぶつと何事かを呟きながら、危なっかしい歩みで階段を降りていたのであった。

 

 

「……まさか、暗いところがダメとか?」

「いやいや、そんなわけないだろ。今まで色んな事があったけど、暗闇の中に放り出されることとかいっぱいあっただろう?」

「……となると、底が見えない──高いところがダメ、というわけでも無さそうですわね。TASさん相手ですと普通に高いところに連れ出されることも多いですから」

「紐無しバンジーもやった。お兄さんの強化には暇を惜しまない」<フンス

「いや止めてやれよそういうの……」

 

 

 そうしてキョロキョロしている俺を見て、CHEATちゃんの言葉を皮切りに俺の挙動不審の理由探しが始まったわけだが……。

 いやいや、高所も閉所も暗所も今まで散々体験してきましたし。そんなので怖がってたら、TASさんのお隣になんて居られないですしおすし。

 

 ……といった感じで、議論は停滞中。

 そのままなし崩し的に流れてくれればいいなー、などと思っていたのだが、そうは問屋が卸さない……ということなのか。

 

 

「……あー、まさかと思うが……複合型か?」

「………………」

「あっ、これ正解だ!」

「なるほど、高所閉所暗所が纏まっている時だけ、と」

「ちちちちちげーし!完全な暗闇ならともかく、懐中電灯一本だけだとなんか不安を煽られるなーとか思ってねーし!……あ」

「語るに落ちたね……」

 

 

 ふと思い付いた……もとい選択肢でも見えてしまったのか、ROUTEさんがこちらに問い掛けてきたことによって、俺が落ち着かない様子でいる理由が判明してしまったのであった。

 ……半ば自爆?ほっとけ。

 

 まぁ、うん。

 高所も閉所も暗所もそれ単体なら問題ないし、なんならそれが組合わさっていても特に問題はない。

 ……どっこい、それらに加えて中途半端に明かりがある、という状況が重なると……なんというかこう、背筋が寒くなるというか。

 

 そんな感じのことを述べれば、周囲から返ってくるのは微妙な表情。

 多分、『いや、状況が限定過ぎやしない?』的なことを言いたいのだろうが……。

 

 

「バカヤローオメー、TASさんに付き合わされてりゃこうもなるわい……」

「……TASさん?何故ここで彼女が……んん?」

「露骨に視線を逸らしたんだけど」

「気のせい。探索系ゲームの早解きしてたらリアルでもやりたくなった、とかではないから」

「うわぁ」

 

 

 ……うん、ホラゲーってその限定状況がデフォルトで進むよね、というか?

 昔一度、まだ彼女のあれこれに慣れていない時にショック療法的に連れていかれたところが、そんなノリで終始周囲から見えないなにかが襲ってくるようなところだったというか。

 

 ……当時のTASさんはまだ若く、こちらの体調やら精神状態やらを気遣いながら動く、みたいなことはあんまり出来ていなくてだね。

 結果、その廃病棟を踏破して出てきたTASさんは、右手に引っ張っていた相手()が白目を剥いて泡を吹いてることに、珍しく慌てふためいたとかなんとか。

 

 ……まぁそういうわけなので、こういうところはちょっとその当時を思い出してしまうので、なんとなーくへっぴり腰になるというか。

 どうせだから白状すると、古代遺跡っぽいから()()()()()()()も付随しそうなので倍率ドン、みたいな感じかなー!!

 

 

「…………」

「え、なんで王女様が視線を逸らす必要が?」

「いえその……言っていませんでしたが、ここは我ら王家の人間が代々その骸を収める陵墓とされている場所ですので……」

「え」

「……その、現王家の姫である私が居る以上、盗掘者と間違われることはないと思うのですが……それはそれで子孫の顔を眺めに()()()()、などということも無いとは言いきれず……」

「……はっはっはっ。嫌だなぁ、幽霊なんているわけないじゃないか。非科学的な」

「それ絶対俺らが言っていいやつじゃないだろ……」

 

 

 なお、そんな俺のカミングアウトを聞いた王女様の反応()

 ……いやまぁ、以前のところと比べた場合、こちらに襲い掛かってくることはないだろう、っていう点で比べ物にもならないのだが、それはそれでこの肩辺りの冷たい空気を肯定する内容になるのでなんとも笑えないなー、というか?

 

 

「え?」

「え?」

「え?」

「ほぎゃあぁあぁぁあ出ましたですぅ~!!」

 

 

 そうしてみんなで笑いあって()いたところ。

 ふと声を挙げたのはTASさん、その右手には半透明の何者かの右手。

 ……壁から半分だけ顔を出したその人物?は、こちらを見て首を傾げ。

 たまたま視線を上に向けたダミ子さんと目が合い、彼女は雄叫びのような悲鳴を挙げながら、階段を転げ落ちて行ったのでした。

 

 ……いや、叫ぶの俺じゃなくてお前かいっ。

 

 



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転がり抜いた先には大抵道/未知がある

「……はっ!いやいや呑気に見送ってる場合じゃねぇ!追っ掛けねぇと!」

「ダミ子は意外と丈夫だから大丈夫だと思うよ?」

「そうなのかー」

「いやそういう問題じゃn()……いやそいつは置いていけよ!?」

「えー」

「えー」

「ダメですわROUTEさん、TASさん相手に道理を説いても無意味ですわ」

「……これ俺が悪いのか!?」

 

 

 多分そう、部分的にそう。

 ……とまぁ、すっかり怯える気分でも無くなった俺は、階段を転がって行ったダミ子さんを見て慌てるROUTEさんに対し、微妙に生暖かい視線を向けていたのであった。

 

 なんていうかな、俺にもこういう時期があったなーというか、はたまた俺の代わりにツッコミをしてくれる人が増えたんだなーって気分になったというか。

 まぁ、彼女も大概不思議組なので、その内慣れて『なんだいつものことか』みたいな反応になってしまうんだろうなー、みたいな一抹の寂しさも感じるわけなのだが。

 

 

「んなもん捨てちまえ!!いいからさっさと降りるぞ!」

「はーい。じゃあ、ていっ」

「え゛」

 

 

 ……なお、一人大丈夫だったのだから二・三人で同じことやっても大丈夫でしょう、がTASさんの基本原理である。

 徐に蹴っ飛ばされた俺に合わせるかのように、先ほどまでちゃんとした階段だったはずの足元は何故か綺麗な斜面に変化。

 

 なんでそうなるんだよぉ!?

 ……というドップラー効果満載の悲鳴を挙げながら転がって行ったROUTEさんを筆頭に、残りの面々もころころと斜面を転がり始めたのであった。

 

 ……俺?無駄に洗練された無駄のない無駄なアクロバット走法によって、TASさんに玉扱いされて上(?)に乗られてますがなにか?

 

 

 

 

 

 

「満足」

「人をボール代わりに使った玉乗りは楽しかったかい……?」

「満足」

「うーん安定のTASさん」

 

 

 玉にされた方としては堪ったものではないが。

 ……とはいえ、一歩一歩進んでいたのでは何分掛かったかわからない道程は、さっさと転がり落ちることでかなりの短縮に成功したのであった。

 

 で、途中で転がるダミ子さんすら追い抜かしたので……。

 

 

「頑張れお兄さん、ふぁいと、おー」

「応援だけじゃなく手伝って欲し……うおぉなんか突然パワーが溢れる!!?これは一体!!?」

「え、知らない……」

「ドン引きするの止めない!?この状況でそういうことできるの君しかいないよね!?」

「ちっ、バレたか」

 

 

 一番最初に底にたどり着いた俺達(主に俺)は、後から転がってくる面々が壁に激突しないようにキャッチすることになったのであった。

 なお、TASさんは体が小さく受け止めるのは無理があるので待機である。……本当に受け止められないんです??

 

 まぁ、見るからに小さい子にそういうことさせるのもあれなので、俺が受け持つことそのものには文句はないのだが。

 ……なんでこう、こっちの内心を読んだかの如くニッコリ笑うのは止めてくれんかTASさんや。小さい言うたのは謝m()痛ぇ!?

 

 

「バカなこと言ってないの。来るよそろそろ」

「へいよー。……おっ、いつの間にか順位が変わったんだな」

 

 

 TASさんからの愛の鞭?的なハリセンを頭に受けつつ、改めて斜面の方に向き直る俺。

 そうして見上げた先に見えたのは……。

 

 

「……うーん、このまま加速して空へと離陸する……くらいはしそうですわよね、TASさんですと」

「その時歴史が動いた、みたいなことを言い出すのは止めない?」

 

 

 先頭を華麗に転がってきたのは、我らがAUTOさん。

 正確には、転がるっていうより高速側転って感じだったが……どちらにせよ余裕を持って降りてきていた、というのは間違いないだろう。なんか不穏なことを言ってるのはスルーである()

 いやまぁ、今回のあれこれがチームではなく単騎での遺跡攻略だったら、まず間違いなく使ってただろうなーとは思うわけだが。

 

 そんなことを考えている内に、次のメンバーが転がり落ちてくる。

 

 

「うぉっあぶねっ!?」

「ああ、CHEAT様が壁に大穴を!」

「なんという加速力。流石はCHEAT」

「そこはせめて心配しろよ!私の無事を!!」

「あ、生きてた。流石はCHEAT」

「持ち上げ方が雑すぎるわぁ!!」

 

 

 次いで先の見えない斜面から飛び出して来たのは、低空飛行しながら降りてきたDMさんと、そんな彼女が追従していた相手であるCHEATちゃん、及びDMさんに背後から持ち上げられるようにして一緒に降りてきた王女様の三人。

 ……DMさんと王女様はともかく、CHEATちゃんの方は咄嗟の事だったせいか前転──いわゆるでんぐり返しで転がっていたので、こちらが驚くくらいの速度が出ていた。

 よって俺が受け止め損なったのは別に俺のせいじゃない、以上。怪我も無さそうだし問題はないな!

 

 

「はっはっはっ、場所を開けてくれたまえ~」

「は?ってウワーッ!!?」

「大きな岩がCHEATちゃんの開けた穴に吸い込まれた!?」

「見た目岩だけど、あれ多分MODさんだよね」

「む、無茶苦茶やりやがる……」

「おっとROUTEさん、お疲れさまです。ダミ子さんもついでにお疲れー」

「あ、扱いが酷いですぅ……」

 

 

 などと言っていたら、どこかの誰かが「温い!」とでも思ったのか。

 追撃のように転がっていったのは、こういう場面で(走って逃げる時とかに)よく見掛けるものの一つ──そう、大岩であった。

 その大岩はさっと避けた俺達の間を抜け、そのままCHEATちゃんが埋まっている壁の穴にホール・イン。

 ……声的に多分MODさんの変化した姿だと思われるが、だったらまぁ大丈夫だろうとスルーする俺達である。

 

 そういうわけで、今回の斜面レースはトップTASさん、最下位ダミ子さんという結果に終わりました。

 また次回もお会いしましょう、さようなら~。

 

 

「終わらすなぁ!!」

「あ痛ぇっ!!?」

「……そもそも、何故皆様転がり落ちる必要が……?」

「その方が楽だから?」

「そのようには見えませんでしたけど……」

 

 



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ショッキングなホラー体験はいかが?

「なにはともあれ、皆様無事に降りられたということで宜しいですか?」

「本当に無事だと思ってるのかよ……」

「(話が進まないので)よ・ろ・し・い・で・す・わ・ね?

あ、はい……

 

 

 遺跡の最下層と思われる場所に、なんとか到着した俺達。

 そこで一応点呼を取ったのち、改めて周囲を見渡すことになったのだが……。

 

 

「……なるほどなるほど。この階層はまだ最深部ではないんだって」

「何故それを知って……いや言わなくていい、なんとなくわかった」

「いやーそれほどでもー」

「言わなくていいって言ってるだろうがっ!!」

 

 

 ()()()()()()()のか、唐突にここは最下層ではない、という発言がTASさんから飛び出すこととなったのであった。

 ははははー誰から囁かれたのかなー?(白目)

 

 ……いやまぁ、一度目撃してる以上、ごまかすのも無理があるわけだが。

 そんなわけで、なんか久しぶりに聞いた気のする謎言語で話す半透明のお方である。……DMさん、お知り合い?

 

 

「いえ、知りませんが。……というより、これはそういう言語ではなく、あくまでも彼我の世界の差によって生じる一種のノイズ、だと思われますが?」

「なるほど。じゃあ調整したらみんなにも聞こえるかも」

「は?いやいや調整ってなにを……」

「ちょいさ」

「……ん?あれ、もしかしてこれ聞こえてる?」

「……出来ちゃったよ調整……」

 

 

 などと声を掛けたせいで、あれよあれよと言う間に意志疎通が簡単にできるようになってしまった。

 相変わらず傍若無人街道まっしぐらなTASさんである。

 ……それとROUTEさんがそろそろ驚き疲れてるから、加減してもろて。

 

 

「今のうちに慣れて置きませんと、その内酷いことに会うと思うのですが?」

「だからってスパルタ街道まっしぐらってのも教育によくないと思うわけだよ俺は」

(……ん?なんでROUTEの教育方針を巡って争ってるみたいになってるのこの二人?)

 

 

 なお、その辺りの話は周囲の反対多数で否決された。

 ……悲しいことだが、ROUTEさんにはぶっつけ本番で慣れて頂くしかないようだ……。

 

 ってなわけで、話を戻して。

 

 

「(なんだったんだ今の……)……ええと、それで?アンタは一体何者なんだ?」

「私かい?私はここの墓守みたいなものさ。盗掘者を惑わせて生きて返さないようにしたりとか、はたまた仕掛けを作動させて息の根を止めたりするのを生業としているよ」

「これ悪霊の類いじゃねぇかな?」

 

 

 気を取り直したROUTEさんの言葉に、心外だなぁと笑い声を挙げる半透明の人。

 なお、見た目的にも『半透明の人』としか言い様のないくらい特徴が見えない……具体的には身体的特徴もなにもない人型である、ということを一応ここに記しておく。

 響いてくる音声的には、多分男性なんだろうなぁとは思うのだが。

 

 

「なぁTASさん」

「ダメ」

「……まだなにも言ってないんだが?」

「言ってなくても見えるのわかってて言ってるでしょ?」

「むぅ……」

 

「……あのぉ~、お兄さんはいきなりなにを言い始めたんですぅ?」

「あー、多分だけど、つい最近夢があっさり散ったことが関係あるんじゃないかな?」

「……なんで俺の方を見ながら言うんだよ」

「夢破れた後の残骸みたいなものだから?」

「喧嘩売ってんなら買うぞテメェ?!」

「どうどう、ROUTEさんどうどうですぅ」

「俺は牛かなんかかっ!?」

 

 

 ……DMさんみたく連れて帰れないかなぁ、などという俺の提案は口に出す前に気って捨てられる。

 いつもなら乗り気なTASさんがこうして断ると言うことは……ううむ、あまり宜しくないということか。

 もしかしたら今現在フランクなだけで、実際はDMさんよりも禍々しい相手だったりするのかも?

 

 

「当人を置いてあれこれ話をするのは感心しない……というのは置いといて。一つ勘違いを是正するのなら、私はそもそもこの場所でしか成立しないものだ、ということかな?」

「ね?」

「なるほど、残念だ」

(なに言ってるんだこいつら、という顔)

 

 

 そんな俺の疑問は、半透明の人……もとい墓守の人本人の発言によって氷解する。

 

 いわゆる地縛霊の類いである彼は、そもそもこの場所以外では普通に成仏?してしまうらしい。

 それを聞いてまで無理矢理連れだそう、などという気は更々ないので、俺は素直にこの話を諦めることにしたのであった。

 ……徹頭徹尾微妙な顔をしていたROUTEさんはスルー。

 

 ともかく。

 唐突な思い付きがお流れになったのだから、これからするべきは本来やろうとしていたこと、ということになるだろう。

 ここは王族の陵墓だというが、はたして王女様はこの場所に一体どんな用事があるのか、そしてその用事はどうすれば果たされるのか。

 

 それを問い掛けようとした俺達は、しかしそうして王女様の方を向いた時に絶句することになるのであった。

 

 

「み、皆様何故私を見て驚愕していらっしゃるので?」

「……め」

「め?」

「滅茶苦茶取り憑かれてる!!?」

「はいっ!?」

「これがこんだいのむすめか」

「なかなかきがいのある」

「おれさまおまえまるかじり」

「へんなのまじってるぞ?」

「はっはっはっ。……仕掛けの始まりだねぇ」

 

 

 俺達が振り返った先。

 その先に見えたのは、先ほどの墓守の人と同じような姿のなにかに、まるで群がられているような格好になっている王女様の姿なのであった。

 ……率直に言ってキメェ!!?

 

 



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半透明な人です、幽霊ではありません、恐らく

「せんとうたいせー」

「マジかよっ!?」

 

 

 唐突な群れ湧きに慌てふためく周囲を尻目に、呑気な声色のTASさんの号令が響く。

 敵……敵?である半透明'sは現在王女様の周囲に纏わり付いており、本人の顔を認識し辛くしてしまっている。

 

 ……いやまぁ、それだけなら単にこっちがやり辛い、くらいで済むのだが……。

 

 

「だれだこいつつれてきたの」

「しらん」

「おれじゃない」

「がじがじ」

「あ、頭がなんだか重く……」

「……ツッコミ処しかないんだが?」

 

 

 ご覧の通り、どうにも排除すべき相手はごく一部。

 ……なのだろうが、その一部が他の半透明に囲まれているため手出しができないというか。

 っていうか、仮にその一部に手出しができる状態だったとしても、こっちの墓守さんに触れない辺り、向こうも似たようなものなんじゃないかなーというか。

 雑にいうとこっちからの干渉不可能、みたいな?

 

 

「大丈夫。普通に掴んで投げればいい」

「うわー」

「ええー……」

 

 

 などと躊躇していたら。

 ずんずんと歩いていったTASさんが、おもむろに一人?の半透明を掴んだかと思えば、ポイッと周囲に投げ捨てたのであった。……いや触れるんかい!

 

 となれば、こっちとしてもやれることが出てくる。

 ……出てくるのはいいのだが……。

 

 

「……ねぇTASさん、今何人くらい纏わり付いてるかな、これ」

「さぁ?少なくとも十やそこらではない、ってのは確か」

「な、なんだか体ごと重くなってきたような……」

「がぶがぶ」

「むすめがたいへんだ」

「われらでたすけよう」

「……さわれなくね?」

「おかしいなぁ」

「すかる」

「もっとひとでをあつめよう」

「いいとも」

「……これ絶対なにかしらバグってるだろ!?」

 

 

 なんか、半透明の側でも混乱が巻き起こっているようで。

 俺は思わず『TASさんなにかした?!』と聞き返すこととなったのであった。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「……よ、ようやく終わった……」

「頑張ったねー」

 

 

 数分後。

 ビビるダミ子さんまで総動員して、なんとか王女様に群がっていた半透明達を剥がし終えた俺達。

 当人は「あら?なんだか体が軽く……」などと呑気なことを言っていたが、最後の一人は本当に剥がすのに苦労した。

 なにせ諸に囓り付いてるんだもの。……なんか空気感も他の半透明と違ったし、なんだったんだあれ?

 

 あとはまぁ、取り憑かれてた本人が全然見えて無さそうだった、というのも気になるポイントだろうか?

 俺達側の人間は、最近加わったばかりのROUTEさんですら見えているというのに、彼女一人だけが彼らの存在感すら認知していない、というのはなにかしらの問題が起きているのだと感じざるを得ないというか。

 

 

「私のせいではない」

「……いや、まだなにも言ってn()「私のせいじゃない」……さいですか」

 

 

 なお、そういう問題を引き起こしそうな一番の容疑者であるTASさんはといえば、ぷいっとそっぽを向いて自分ではない、と主張していたのであった。……本当か~?

 

 

「彼女の言葉は間違っていないよ。……まぁあくまでも、王女が私達を視認できていない……という部分に付いてだけ、だけどね」

「……TASさん?」

「…………さっきの調整でちょっとやりすぎた。本当は単に言葉が認識できるだけにしようとしたけど、その先のパラメータまで操作してしまった」

「……具体的にはどこを操作したので?」

「物理干渉と半透明達同士の干渉用のパラメータ。リセットタイミングをミスった」

「密かにサブフレームリセットしてんじゃないよ!?」

 

 

 というかいつの間にリセットしてたし!?

 ……とまぁ、墓守さんの言葉により一部の問題がTASさんのせいだった、ということが判明したわけだが。

 それ以外の部分──王女様が墓守さんを含めた半透明達を視認できていない、という問題に付いては、どうやら別の理由が関わってきている様子。

 なので、その理由を知っていそうな墓守さんに尋ねてみたところ……。

 

 

「単純な話さ。彼女には霊感がまっっったくないのさ」

「……霊感?」

「そ、霊感。この国の人間としてはいっそ珍しいほどに、まったくこれっぽっちもないんだよ、彼女には霊感がね」

「ややややややややや、やっぱり幽霊だったですぅ!?」

「……いや、そこは今さら過ぎると思うんだが?」

 

 

 どうやら、王女様には一切の霊感というものがないらしい。

 それも、この国の人間としては珍しい部類に入るくらいに、まったく・一切・欠片もないのだとか。

 

 ……裏を返すとこの国の人達は幽霊と戯れられるのがデフォ、ということになるわけだが、なんでまたそんなことに?

 そう問い掛ければ、この辺りはそもそも冥界関連の話に事欠かない地域なのだとのこと。

 で、その辺りの話を裏付けるように、近年国の真下に地下空間があることが判明し、そこには無数の鉱物資源が眠っていたのだとか。

 

 

「ああ、例の資源の出所か。……冥界の主人が財宝の管理者である、みたいな話はたまに聞くけど、その伝説の元になったものがあったということか」

「まぁ、そういうことになるね。因みにだけど、この辺りでの冥界の主人が私だったりするよ」

「……唐突にとんでもないこと暴露するの止めない!?」

 

 

 そんな話の最中、目の前の墓守さんが冥界の主人本人であることが判明し、俺達は驚愕することになったのであった。

 ……いやフランクだな冥界の主人!?

 

 



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シリアスが続くとTASさんが暗躍し始める()

「まぁ、あくまでも後年そうであるとされた人物……というだけであって、神のような力を奮っていたわけでも、人間以外の存在であったわけでもないのだけれどね」

「なるほど、後世の人達から神の如く崇められた人物、ということだね」

「あー、ファラオとかみたいな感じ?」

 

 

 その後、後世の人間達に『冥界の主人』と目された人物だった……という説明を受けたことで、どうにか気を取り直した俺達。

 ……いやまぁ、それでも相手が遥か昔の偉大な人物である、という事実に変わりはないわけだけど。

 大丈夫かな?不遜とかなんとか言われて呪われたりしない?

 

 

「はっはっはっ。その辺りは彼女が居る分には問題ないんじゃないかな?」

「寧ろもっとうぇるかむ。色々試したい」

「……今のやり取りで聞きたいことが無茶苦茶増えたんだが???」

 

 

 そんな俺の心配は、二人の気さくなやりとりで霧散するどころか加速する羽目になるのであった。

 ……ははははーおかしいなー俺は呪いなんて掛けてないよーとか言って欲しかったのに寧ろ今も呪いまくってるみたいなことを言われたような気がするなー(棒)

 TASさんに至っては呪い大歓迎……みたいなノリだし、どうしてこうなった。……え?彼女がその辺り喜ばないわけがない?ですよねー。

 

 ともかく。

 この周辺の地域が冥界神話と関わりの深い場所であり、尚且つその神話の中身が冥界行の末財宝を手に入れて地上に戻ってくる……みたいなものである以上、この国の発展が常に地下と関わりの深いものであった、というのはほぼ間違いあるまい。

 とはいえ、一時期はその神話も風化しかけていた、というのも間違いではなさそうだ。……資源国としてこの国が有名になったのがわりと最近、というのがその証拠である。

 

 恐らくだが、神話は神話として大切にはするが、国の運営にはそれほど影響がない……みたいな時期が続いたのだろう。

 地下資源というものは、発掘のための技術が発展しなければ手を付けられない……みたいなものも多く、当時の技術で掘り進められるところは掘り切ってしまったため、かつての栄光としての神話だけが残っていた……みたいな?

 

 それがどこかのタイミングで再び地下を掘ってみよう、みたいなことになって、技術の発展により掘り進められる範囲が広がり──今現在の、特殊な資源を算出する国家としての地位を保てるようになった……という感じだろうか。

 

 

「うん、中々いい考察力だ。この国の王族は国の存亡が関わる時に、冥界行──すなわち地下への旅を行うことで、危機を脱する何かを得る……というようなジンクスとでも言うべきものを持っていてね?具体的には──近年だと彼女の曾祖母の祖母の代、ということになるかな」

「……ここで繋がるのか」

 

 

 そんな考察に対し、墓守さんからの解説が加えられる。

 ……なんでも、この国が滅亡の瀬戸際にある時、王族はそれを回避する手段を見付けるために地下への旅を行うのだという。

 神話における冥界行を彷彿させるそれは、上手く行けば国の滅亡を回避するための何らかの手段を得ることができるが、もし何も見付けられなければその者は命を落とす……とか。

 

 また、それに関わる奇妙なジンクスが一つあり、初代である冥界の主人を除き、その冥界行を成功させたのはほぼ()()()()()()()なのだとか。

 ……それが当代の女王なのか、はたまた姫なのかは問わないようだが。

 

 ともあれ、この冥界行が時代の節目に行われていたということは間違いない事実。

 そして直近でそれが行われたのが、王女様(と、MODさん)の曾祖母の祖母に当たる人物の代であった──ということもまた一つの事実なのであった。

 で、これを踏まえての疑問が一つ。

 

 

「……王女様の()()って、冥界行なんです?」

「ふむ、いい質問だ。答えはそうとも言えるし、そうではないとも言えるかな?」

「いやどっちだよ」

 

 

 先ほどから会話に混ざれず、されどいきなり自身の事情だけが(さら)け出されている感のある王女様が、こちらの言葉に目を見開いている。

 ……いやまぁ、わざわざこの場所を目指していたことと、以前の冥界行の成功者が彼女の曾祖母の祖母の代ということを思えば、わりとすぐに行き着く疑問というか。

 

 というか、微妙にぼかされているが、当時冥界行を成功させたのは彼女の曾祖母の祖母である、ということはほぼ間違いないだろう。

 成功の条件は女性の王族である、ということしか明言されておらず、()()()()()()()()()()

 ならば、王女様と五親等離れたその人であっても、冥界行を成功させたのがここ百年の間……という可能性は零ではない。

 なんなら、王族の女性の仕事は時代の王を産むこと……みたいな感じで、かなり若い内に子を産んでいた……とでもなれば、その年齢差はもっと縮まっていてもおかしくない。

 

 そう考えると、以前の冥界行より百年程度──すなわち一世紀ともなれば、新たな滅亡の兆しが迫っていてもおかしくはない、ということにならないだろうか?

 まぁこれ、言い方を変えると「今この国は滅び掛けている」という、結構失礼なことを言っていることになりかねないのだが。

 

 

「……いいえ、その通りです。今我が祖国は、存亡の瀬戸際に立たされているのです」

 

 

 そんな俺の言葉を肯定するように、王女様は口を開くのであった。

 

 



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TASさんは力を溜めている……

「我が国が栄えているのは、主に地下資源の豊富さによるもの。……ですが近年、その資源に枯渇の可能性が訴えられるようになってきたのです」

 

 

 王女様が語ったのは、この国が何故栄えているのかというもの。

 

 ……熱帯に属するこの国は、他の周辺国と同じく基本的には人が住むのに適していない地域である。

 砂漠が広がるその大地は、真昼は灼熱の様相を呈し・反対に深夜には極寒の様相を見せる。

 過酷な環境であるこの地域では穀物もろくに育たず、故にこそ資源や安全を求めて人々は地下を目指した。

 灼熱の陽光を受けず、死を運ぶ夜の風を受けず。

 ともすれば水や鉱物などの資源を有す地下というのは、砂漠の民にとってまさに夢の世界だったというわけだ。

 

 とはいえ、夢は夢。

 汲めども尽きぬ水、などというものは存在しない。

 体よく油田などを見付けられたのならばともかく、そうでない場所では地下の夢すら見られない……ということも少なくはない。

 

 そんな地域にあって、彼女の国は恵まれた方だったと言えるだろう。

 現在の世界に必要である特殊な資源を算出するこの国は、まさしく地下の夢によって生かされていると言っても過言ではあるまい。

 ──故にこそ、彼らは夢を見続けるために苦難の道を歩む必要があった。

 

 

「我が国は危機に瀕する度、冥界へと赴き続けた。地下を巡り、新たな希望を見付け続けてきた。──その繰り返しが、再度必要な時が来たのです」

「そうそう。久方ぶりの王家筋の人間……ということで、私達も歓迎のために気が逸った……というわけさ」

「……ん?ってことはさっきの人達は……?」

「一部違うのが混じってたけど、基本的には皆冥界行に失敗した人達さ☆」

「怖っ」

 

 

 ……王女様の話を聞く限り、件の資源が尽き掛けている……ないし、採掘可能な範囲の資源を掘り尽くしてしまった、ということになるのだろう。

 それゆえ、彼女は再度の奇跡を求め、地下へ向かうことを決めた。……のは良いのだが、それを実行するまでに幾つもの関門が待ち構えていたのだという。

 

 

「まず第一に、前回の冥界行が()()()()()()()()()()()、という事実が立ちはだかった。──たかが百年、されど百年。私にとっては昨日のことのようなものだが、君達にとっては容易に手の届かぬ過去だということになるだろう?」

「……なるほど。百年という月日はかつての栄光を容易く鈍らせる……ということですわね」

「近代の百年と古代の百年は違う、みたいなところもあるかも知れねぇな?」

 

 

 一つ目の壁として立ちはだかったのが、前回の冥界行がおよそ百年前に行われたものである、という点。

 ……実際にやった人間が居る、という事実から本来風化することはあり得ないのだが、当の本人である曾祖母の祖母さんはなにを思ったか、日本へと渡来してきている。

 

 つまり、語り継ぐ人間が居なくなってしまっているため、『実際にあったこと』が『伝説上の出来事』になってしまったのだ。

 ついでに言うと、それが近代の出来事であるということも、『実際にあったこと』を風化させる理由になっていた。

 オカルトがまだ信じられていた時代ならともかく、現代において神だの悪魔だのを真剣に信じていたら、頭を疑われることこの上ないだろう。

 ……無論、民衆の生活に宗教が密接に関わっているような場所ならその限りではないが、その場合も宗教には関わらない単なる神話・ないし伝承であれば、単なる寓話などとして処理される可能性も少なくはあるまい。

 

 

「そうして風化してしまったことで、王家の人間にも冥界行というものが眉唾物として扱われることとなった……ということになるわけだね」

「あー、『そんな夢みたいなこと言ってる暇があったら、他に有意義なことをしなさい』……みたいな?」

「まぁ、そんな感じだね」

 

 

 民衆が信じないのであれば、王家もそれを殊更に主張する意味もないだろう。

 そういった伝承は王家の箔や正当性を主張するモノであるが、その役を果たせないのであれば無用の長物でしかあるまい。

 

 

「そして、一番決定的だったのが──この陵墓に繋がる道が失われた、ということだろうね」

「あー……さっきはTASさんがズルしt()「してない」……おほん。さっきは無くても開けられたけど、鍵が無くなってるんだからそりゃまぁ来るのは無理、ってなるよね……」

 

 

 最後の決め手は、この陵墓に繋がる路が実質的に閉ざされてしまっていた、ということになるだろう。

 

 あのメダルがこの場所への鍵となっていたうえ、それが半分紛失してしまっていたのだから、最早ここは開かずの間になっていたようなものである。

 たどり着けないのだから、伝承を確かめる手段もない。

 民衆への求心力アップにも使えないのだか、覚えておく必要性すら薄れていただろう。

 

 それらの理由が重なり、王女様は冥界行を(結果的に)禁じられていた、というわけである。

 

 

「……それでも諦めないって辺りぃ、なんというか凄いですぅ」

「祖国の存亡が掛かっているのです。決して諦めるわけには、行きませんでしたから」

 

 

 まぁ、実際にはご覧の通り、王女様は無理に無理を重ねて冥界行を敢行した……というわけなのだが。

 

 こちらの発言は恐らく半分ほど(墓守さんの声以外)しか聞こえていないにも関わらず、彼女は会話の内容を推測し、胸に手を当てながら粛々と語るのであった。

 

 



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前提から投げ返せ!

 王女様が決死の覚悟を持って、冥界行を成功させようとしたことは理解した。

 

 ……が、こうなると気になってくるのが、さっきの墓守さんの言葉──彼女のそれは冥界行であるとも、そうでないとも言える……という台詞。

 こちらが見る限り、彼女は立派に冥界行を成功させた・ないしここから成功させようとしている、という風に思えるのだが……?

 

 

「そちらも順を追って話そうか。まず第一に、彼女は私達の姿も、声すらも届いてはいない」

「こちらの反応から推測していらっしゃるようですが……確かに、貴方達そのものを認識できているとは言えないようです」

 

 

 そんなこちらの疑問に対し、彼は先ほどと同じように一つ一つその理由を挙げていく。

 真っ先に例示されたのは、王女様が墓守さん以下半透明さん'sを認知できていない、という点。

 一応、周囲の反応や自身の体調などから、なにかが周囲に屯している……ということは認識しているようだが、それもあくまで『なにかがいる』程度のもの。

 

 裏を返せば、彼らが居る位置も、それぞれが誰なのかも認識できてはいない、ということでもある。

 墓守さんが昔の王族──冥界の主人であるのなら、恐らく彼女が探しているのは彼、ということになるのだろう。

 けれど彼女には彼が見えないので、求めるものを尋ねることも貰い受けることもできない、と。

 

 

「第二に、本来冥界行が許されるのは、王家の血筋の人間()()()()なんだ」

「……あー、私達がここにいることが間違いだと?」

「どちらかというと、君がいることが間違いだね」

「……私が?」

 

 

 次いで説明されたのが、冥界行のルールについて。

 

 なんでも、冥界行を行う時は王家の人間()一人でなくてはならないらしい。

 ……お供やら部下やらを引き連れるのは問題ないが、王家の血筋の人間が徒党を組むのは許されない、みたいな?

 

 これは、冥界行が基本的にその人物の死と隣合わせであるからこその決まり、ということになるらしい。

 冥界行が許される……正確には()()()のは王家の血筋の者だけであり、ゆえに何人お供を引き連れようとも、最終的にはその人物一人にのみ課せられる試練となる。

 

 だが、それが王家が徒党を組んで行うとなると……端的に言えば色々バグってしまうのだそうだ。

 具体的には、試練の難易度が徒党内の王家の血筋の人間の数の分だけ上がり、尚且つ人数分の試練が襲ってくるようになる……とか。

 難易度調整が無茶苦茶になり、結果として全滅する可能性が非常に高くなってしまうので非推奨、というわけである。

 

 

「因みに言っておくと、さっきの一団はまさにその制限を破って全滅した王家の人間だったりするよ」

「なんとまぁ……」

 

 

 そしてこれに附随する問題が、血脈を諸に細めてしまう……というもの。

 八割強で死ぬ、みたいな試練に王家の人間を大量投入、なんてしてたらあっという間にお家断絶である。

 そんなことは墓守さんも望んでいないため、予め複数の王族での冥界行は許可しない……という形になっているのであった。

 

 で、今回の場合だが。

 王女様が王家の血筋であることは間違いなく、ゆえに彼女が主体である……ということは疑いようもない。

 それだけならまぁ、他の面々は単なるお供として処理できたのだが……MODさんが遠縁とはいえ王家の血筋であるため、今回のこれを冥界行とは断言できなくなっているのだとか。

 

 

「……いえ、それはおかしいのでは?あくまでも複数の王族での攻略を()()()()()、というのがその誓約の主旨のはず。無理矢理に敢行することはできるのですから、今回の状況が()()()()()()()()()などという微妙なことにはならないのでは?」

「うん、いい着目点だ。確かに、先ほどの説明だと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という風にも解釈できてしまう。この誓約には強制力がないのだから、『どちらとも言えない』などという中途半端な状態にはならないはず……と言いたいわけだね?」

「え、ええ。そうなりますが……」

 

 

 そこまで話を聞いて、AUTOさんが疑問の声を挙げた。

 確かに、難易度の上昇だの試練の回数だののペナルティ的なモノがある……ということは間違いなさそうだが、同時にそれは行動を強制するものではない。

 ゆえに、今の状況は冥界行ではないかもしれない……なんて微妙な話にはならないはずなのだ。なにせ、強行しようと思えばできるのだから。

 

 つまり、この話から導き出されることは一つ。

 今回のこれが冥界行ではないかもしれない、というのは今まで述べたものとは別のベクトルの部分に理由がある、ということで──、

 

 

「そう。彼女のそれが冥界行ではない理由。それは、()()()()()()()()()()()()()からなのさ」

「────はい?」

 

 

 そうして告げられた理由に、俺達は思わず間抜けな顔を晒すことになったのであった。

 

 



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早とちりはとてもよくない

「め、冥界行の必要がない……?」

「そう、必要がないのさ」

 

 

 唐突に告げられた、今までの前提全てを覆すかのような台詞。

 それは俺の口から思わず溢れ落ち、墓守さんの言葉を聞くことのできない王女様の耳にも届き……。

 

 

「どういう……ことですの?詳しく説明してくださいませ」

「ちょっ王女様近い近い怖い怖い!!?」

 

 

 能面のような表情を張り付けた彼女が、目と鼻の先ほどの距離まで近寄ってくる……という、微妙にホラーな光景を作り出すことになったのであった。王女様顔怖っ!?

 

 そんなわけで、一度王女様に落ち着いて貰うように説得をする時間を挟んでから、改めて墓守さんに向き直る俺達である。

 さっきの状況を作り出した当人である彼は、こちらの行動に何をするでもなく立っていたが……どちらかといえば現状を面白がっているような?

 いやまぁ、顔とかハッキリわからないため、雰囲気でなんとなくそんな気がするなー……程度の認識であるわけだが。

 

 

「では改めて説明に戻るけど。現状、冥界行を敢行する必要性は全くない。必要はないのに冥界行をやろうとしているから、現状はどっちとも言えない……というわけだね」

「説明がさっきのそれから一ミリたりとも前に進んでない気がするんだけど?」

「おおっと、それは失礼。……とはいえ、現状の説明としてはこれ以上の必要性もない、というのも確かなんだけどね」

「はい?」

「今までの説明から理由を推測できるから、ということですわね?」

「そう、その通り」

 

 

 で、その空気感のまま、彼は先ほどと同じような意味の言葉を繰り返した。

 必要のない冥界行を強行しようとしているため、現在の王女様の状態が微妙なことになっている……みたいなそれは、しかしそうなってしまっている起因的なものにはまったく触れていない。

 ゆえに、説明としては片手落ち……となるはずだったのだが。

 AUTOさんを筆頭に、何人かはすでにこの冥界行が無意味なモノである理由に察しが付いている様子なのであった。

 

 ……ふむ、今までの説明から導き出せる、ねぇ?

 

 

「まず、冥界行は()()()()()()()ためのもの。それは言い方を変えると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになりますわね?」

「そりゃ……そうだな。一応、転ばぬ先の杖的なあれで、予め滅びの予兆が来る前から備えておく……みたいなこともできそうだけど」

「その場合、冥界への道は開かないよ。言ってしまえばこの冥界行、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからね」

「いわゆる『運命変転』。不運を幸運に変える効果に限定されてるけど」

「……そのネタわかる人いるのかな?」

 

 

 一つ目の解説として持ち出されたのは、そもそもの冥界行の意義について。

 

 滅びの迫った時にのみ開かれる冥界の扉は、しかし平時にはその扉を固く閉ざしている。

 ……冥界そのものが滅びと近しいものなのだから、逆を言えば冥界への道が開いていること自体が滅びの予兆でもあるわけで。

 そりゃまぁ、なんにもない時には閉ざしているのが普通と言えば普通だろう。

 代わりに、冥界にある財宝を予め地上に運んでおく、みたいなことはできないと。

 

 また、冥界はこの世ではなくあの世、今の世界ではなく別の世界である。

 本来地続きでない二つの世界が繋がることにより、一時的に()()()()()()()()()という概念が適用されている、と考えることもできるだろう。

 それはつまり、冥界行のやり方を工夫すれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということ。

 

 ……実際にそんなことをできるのかは不明だが、可能性として残る以上は警戒して然るべきだろう。

 ゆえに、冥界は必要な時──国の滅びが間近であるその時にしか、その門戸を開くことはない……と。

 

 

「……ん?ってことはもしかして、扉の開閉って……」

「基本的には自動判断だよ。国が滅びそうで、かつ王族がやってきた時だけ……みたいな感じでね」

(……まさかあの皿って正常な動作だったのか……?)

 

 

 ここまで話して、疑問が一つ。

 今が冥界行の必要のない時──すなわち平時であるのなら、そもそも俺達はこの場所にやって来られないのではないか、というもの。

 ……本人は微妙にはぐらかしたが、恐らく『滅びの時に開く』以外に『彼が開く』というパターンもあるように思われる。

 まぁ、それはそれとして正常な起動の時もメダルではなく皿で鍵を代用する、ってことができそうに聞こえたのは問題な気がするが。

 

 ともあれ、必要がないのにここに居られるのは、ほぼ確実に彼が招き入れたがため。

 となれば、どうして招き入れたのか、というのが問題となる。

 それを説明するのが──、

 

 

「確かに、今現在国の滅びは間近にないのでしょう。──ですから、その()があるのだとすれば、今の状況に合致する理由となり得ますわね」

「……なるほど、私か」

 

 

 ここにいる二人の王家の血の者、なのであった。

 

 



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やっぱりこの人別作品の主役とかなんかなのでは?

「滅びが間近にないのであれば、冥界行の必要はない。されど、今私達は冥界の地に立っている……その状況の中途半端さと類似するように、今この場には微妙な立場の人間がいる」

「それが、私ということだね?」

「正確には、王女様も含めた二人ですわね」

 

 

 推理をする探偵のように、AUTOさんが朗々と言葉を紡ぐ。

 

 システマチックに冥界は、その扉を開閉させる。

 なれば、多少なりとも滅びの気配がないことには、その扉を開けようという気にさせることすらできないだろう。

 例え、冥界の主人(墓守さん)の意思で扉を開くことができるのだとしても、無闇に開けば逆に滅びを招くことすらあるというのだから、『開かない』という判断をする方が正しい……という判断になるのが正常である、というわけだ。

 

 もし、その決定を覆すなにかがあるとすれば、それは恐らく()の滅びではなく、やがて訪れる可能性のある滅び。……そう、()()の滅びである。

 そして、その予兆となりうるのが、今ここにいる二人の人物──王女様とMODさんの二人である、と。

 

 

「王女様の方は、正当な血筋であるにも関わらず、冥界の主人以下全ての体無き者達を知覚することができていない。対しMODさんの方は、傍流の血筋ではあるものの、冥界の主人達との交流を結ぶことができる……」

「最近流行りの小説とかでよく見るやつ」

「国が割れる可能性大、ですぅ」

 

 

 この二人、色々と対称的である。

 かたや正当な王族であるにも関わらず、本来見えるはずのモノが見えない王女様と。

 かたや傍流の血筋であるにも関わらず、本来の王族のように冥界の主人達を見ることのできるMODさん。

 ……TASさんの言う通り、この世界がいわゆるエンタメ的な作品であったのであれば、MODさんを主役にしたロマンスでも始まりそうな感じの状況である。

 

 そしてそれは、現実的に見てもあまり宜しくない状況だと言える。

 王家の正当性が薄れ、尚且つ他に担ぎ出せる相手がいる……となれば、国家転覆の起因となり得る可能性は決して低くはあるまい。

 そう、二人の状態はそのまま、この国が将来的に抱える火種となっているのである。

 敢えて誤解を助長する言い方をするのであれば──お飾りの王女と、かつて追放された王家の末裔……みたいな?

 

 

「まぁ、実際には当の先代は追放されたとかではなく、自分から望んで遠い異国の地へ旅立ったのだけれどね」

「……そういえば、一つ気になったのですが。何故その方は、件のメダルを半分持って日本に向かったのですか?」

 

 

 まぁ、誤解を助長すると前置きしたように、実際のところは別に追放された王家の末裔、ってわけではないのだが。

 

 ……で、それを聞いて声を発したのがDMさんである。

 その内容は、先代──王女様の曾祖母の祖母である人物が、何故日本へと──それもその時はまだ鍵だと思われていたメダルを半分にわけて持ち去ったのか、というもの。

 

 そもそも今回の話をややこしくしているのが、件のメダルと先代の所在である。

 それらが日本にあったからこそ、王女様は日本を目指したわけなのだから、言ってしまえば()()()()()()()()()()ということになるのだ。

 

 話はそれだけに留まらない。

 ここで思い返すべきなのは、()()()()()()()王女様の行動だ。

 彼女は冥界への鍵だと目される、半分のメダルを前回も入手している……と思われるが、その時の彼女は意気消沈したまま国に戻った、ということだった。

 

 これはとてもおかしい。

 そもそも冥界行は()()()()()()()()()もの。

 ……それゆえ、メダルという鍵が復元された時点で、意気消沈する理由がなくなっているのだ。

 なにせ、冥界への道は『滅びの兆し』と『鍵』、それから『王家の血筋』が揃った時点で開くことは確定しているのだから。

 

 だが現実には、彼女はまるで冥界の扉は開かない……と確信しているかのように、失意のまま国へと戻った。

 ……それはつまり、その時の彼女もまた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないか?……という疑念を生むこととなり……。

 

 

「……ふぅ、素直に騙されて下さればいいものを。本当に、()()()()()()()で嫌になりますわ」

「……んん?」

 

 

 そこまで話し終えたことで、王女様に変化が。

 ……ええと、なんというかこう、雰囲気がちょっと暗いというか鋭いというか……?

 そんな風に困惑するこちらを嘲笑うかのように、彼女は短く『ハッ』と笑みを溢す。

 

 

「力を持たぬ小娘一人では、世界を滅ぼすこともできない。けれどもう一人、時に忘れ去られた末裔の血一つでもあれば、それも叶おうと言うもの……」

「……おおっとぉ?」

 

 

 そんな、様変わりした彼女の様子に、思わずといった風にMODさんが困惑の声を落とす。

 ──どうやら、今回の騒動の真の黒幕が、その姿を現したということで良さそうなのであった。

 ……この人の親族、ヤベーやつしか居ないんです???

 

 



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※裏でTASさんが最後の調整をしています

「お答えしましょう、先代が極東の地へと向かった理由。……それは単純明快、この国が死ぬほど嫌いだったから、それだけに過ぎません」

「……おおっと?」

 

 纏う空気の変わった王女様が語るのは、先代──曾祖母の祖母である人物が、何故日本へ向かう必要性があったのか、というもの。

 それを語るには、彼女の持つ一つの技能が重要となっていた。

 

 

「王族はそもそも特殊な力を持つもの、ですが。先代のそれは特別も特別……国の安否を占う力を持っていた彼女は、ともすれば現代に蘇った初代の如く、と言ってしまえるほどの存在でした」

「まぁ、いわゆる未来視……というやつだね。彼女のそれは中々に強いもので、ともすればこの冥界の門よりも鋭敏であったかもしれない、というほどのモノだったのさ」

 

 

 二人の口から語られた事によれば、どうにも先代様とやらは()()()()()()()()()()人物であったらしい。

 その力は凄まじく、ともすれば冥界そのものが彼女に膝を折るレベルだったのだとか。

 それゆえに、彼女は次代の王になることを期待されていたが……。

 

 

「彼女はその道を選ぶことはなかった。何故なら彼女は、国の存亡を覆すために冥界行へと向かったから」

「いやー、当時は驚いたものだよ。なにせ次期女王は彼女で間違いない、と思っていたからね。そんな彼女が冥界に自分から来るだなんて──言い方を変えればその行為そのものが、国の存亡に関わりかねない事態だったのだから」

 

 

 ()()()彼女は王を継がず、寧ろ捨て石になることを望んだ。

 当時は形骸化しかけていた──言い換えれば毎年の生け贄の儀式のようなものでしかなかった冥界行に、自分から向かうことを進言したのだ。

 

 当時の彼女が、一体何を思っていたのかは定かではない。

 優れた未来視を以て、こうするのがベストだと悟っていたのかもしれないし、王になどなりたくないと逃げ出しただけ……だったのかもしれない。

 

 ともあれ、その理由がなんにせよ答えは一つ。──彼女は冥界行を成功させ、同時に国を捨てることを決意した。

 二度と冥界が開かぬように、もしくは開こうとした者を自分の元に招き寄せるように、鍵となるメダルを半分にわけて。

 

 

「そうして立ち去る前、彼女は一つの書物を国に残したのです。それが、この予言書。これから訪れるであろう未来を記した、彼女の最後の力……」

「……最後の力?」

 

 

 そこまで話し終えた王女様は、どこからともなく一冊の本を──紐で綴じられた古めかしい薄いノートのようなモノを取り出してくる。

 随分と薄汚れたそれは、今にも紐が解れてバラバラになってしまいそうな有り様だったが……それを気にせず、彼女は本を捲る。

 

 そうして彼女はとあるページで本を捲るのを止め、こちらへとその紙面を見せ付けてくる。……って、ん?

 

 

「先代が己の全てを込め、綴ったこの文章。……これは、未来視の究極。()()()()()()()()()()()()、既視の呪言。できれば使わずにことを納めたかったのですが……ことここに至っては仕方ありません」

「こ、れは……!!?」

「か、からだがうごか、な」

「おおー……」

 

 

 そのノートに書かれていたのは、恐らく王女様の国の言葉。

 そこに書かれている言葉の意味はわからないが、それは一瞬輝いたかと思うと、周囲の皆の動きを止めてしまったのであった。

 

 ……ううむ、あの文字を視認してしまうと石のように固まってしまう、みたいなやつなのだろうか?

 仮にも邪神であるDMさんまで固まっている辺り、その強制力は中々のモノだと言える。

 あと、ダミ子さんが「難しい話はわかりませぇん」とばかりに、どこかに隠し持ってたハンバーガーを食べようとしている姿で固まってるんですが、これはツッコミを入れておくべきなのでしょうか?

 涙目なの可哀想な気もするし、このタイミングで飯食ってんじゃねぇよって怒るべきな気もするし。……うーん、短い間に色々起きすぎである。

 

 

「私の目的は、この国の滅亡。……()()()()()()()()が、歴代の殉教者達がそこにいる、というのはわかっています。──ならば、彼らも私の行動に賛同してくれることでしょう」

「あーうん、そうだねぇ。国のためにと身を投げる思いでここに来た彼女達は、だからこそ()()()()()()に気が付いた。ならばまぁ、彼女の味方をしてしまう……というのは想像だに難くない」

「なに、を、仰って……」

「なに、簡単なことさ。冥界に眠る財宝とは、それすなわち冥界行にやってきた者達。……彼女達自身を()()()()()()システムのことだったのだから」

「……は?」

「……その分ですと、初代(ロクデナシ)に聞いたのでしょう。ですから明かします、この国がもう終わっていること、それを無理矢理に存続させているだけに過ぎないことを」

 

 

 そうして「どうしたものかなー」と悩んでいる内に、どうやら種明かしパートに突入した様子。

 ……ダミ子さんじゃないけど、「難しいことはわからん」と聞き流すべきか、真剣に悩み始める俺なのでありましたとさ。

 

 



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※まだかなー、私の出番まだかなーとTASさんスタンバイ中

「王家の血筋の者には、特殊な力が宿る──。先代のそれは『未来視』であったし、その他の歴代の王族達にも、ぽつぽつとその兆候はあった……。されどそれは、同時に災禍を予感させるものでもありました。何故ならば、それらの特殊な力は冥界からの借り物。──死者の国の扉が開こうとしている予兆だったから、なのです」

 

 

 結局、真面目に聞くことにした俺である()。

 で、そうして王女様の話を真面目に聞いた結果、明らかになったのは次のような事実であった。

 

 一つ、この国の王族には、時折特殊な力を持つものが生まれることがあった。

 

その力の方向性は様々であり、彼女の曾祖母の祖母は未来視であったが。

 他の先々代やそれより前の王族には、物理的に炎を操る者がいたり、はたまた流砂を操る者がいたりしたのだそうだ。

 

 ……とはいえ、それらの力のほとんどは微々たるもの。

 炎を操ると言っても、精々ランプの火くらいのものを起こせるだけだったり、流砂に関しても靴の底くらいの面積の砂を操れるだけ、みたいなものがほとんどであったのだそうな。

 

 二つ、それらの力はいわゆる先祖返りであり、かの国は初代の再来を待ち続けていた。

 

 初代は何の力も持たぬ人であった、みたいなことをさっき聞いたが……子孫達はそうは思わなかった。

 冥界の主人となった彼は、言い換えれば冥界という大地を操る者だと言える。

 なればその力は強大にして無比。……その再来が現れることがあれば、この国は永久(とこしえ)に繁栄することが約束されるだろう。

 

 三つ、冥界は人を拒んでいた。

 

 初代以降、暫くの間冥界への道は閉ざされていた。

 迂闊に開けば、冥府の亡者共を地上に解き放つことになるそれは、ゆえに固く閉ざされていた。

 唯一、王家の血に連なる者のみが、()()()()()()()()()()()()()()

 

 四つ、人々は忘れていた。

 

 人々は冥界を征した初代の功績を忘れてはいなかった。そしてどうにかして、その威光に再度すがれないかとも思っていた。

 ──初代から与えられた財宝は、()()()()()()()

 そして、冥界の財はまだまだ尽きぬ、ということもわかっていた。

 

 ゆえにどうにかして、人々は再び冥界の扉を開くことを望んだ。

 ──そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということを忘れて。

 

 五つ、()()()()()()()

 

 どうしても諦めきれず、()()()()()王族を時折冥界の門の前まで向かわせたが、扉は何も言わなかった。

 ()()()王族は国を継ぎ、どうにかして国を存続させようとしたが……結果は芳しくない。

 国はどんどん疲弊し、民はかつての栄光に夢を見続け──そしてある時、とある王族が冥界の門を叩いた。

 

 それはその代の王。力ある者。

 その者が冥界の扉を叩いた時、それは呆気ないほどに軽く開き、その者を冥界へと招き入れた。

 ────そして、その者は帰っては来なかった。

 代わりに、国には再度財が溢れた。汲めども尽きぬ、無量の財が。

 

 そして彼らは、冥界の開き方を学んだ。

 

 

「言い方を変えれば、生け贄に捧げるべきものを学んだ……というべきでしょうか?そして彼らは力ある王族を贄にしながら、偽りの繁栄を掴んだのです」

「いつわりの、はんえい……」

 

 

 朗々と語る王女様は、固まっている面々の間をすり抜け、とある人物の前に立つ。

 ──無論、今代の力ある王族、MODさんの前だ。

 

 

「王家の血筋に生まれる、特殊な力を持つもの。その者の力を増幅する装置。……それこそが冥界の真実」

「いやまぁ、実際のところはちょっと違うんだけどね?それだと私が、最初にあれこれできたのがおかしいだろう?」

 

 

 でも、彼女(王女様)には内緒だよ?……などと宣う墓守さんに、遅れ馳せながら先ほどの王女様の言葉──ロクデナシ、という言葉に賛同してしまう俺である。

 ……うっすら感じてたけど、この人(?)わりと最低だな?

 

 ともあれ、その些細な勘違いがどうなるのか、というのは今のところ不明。

 こちらの利になるのか、はたまた向こうの利になるのかはわからないため、忠告通りに口にはしない俺である。

 

 

「その増幅の際、小さな力しか持たぬ者達は溢れる力に耐えられず自壊した。──そう、先代──彼女以外は、全て」

「……なる、ほど。その、ノートは……!」

「ええ、彼女が溢れる力を全て注ぎ込み、作り上げた一品物。もう二度と作ることは叶わぬ、本物の冥府の宝と言うべきものです」

 

 

 再び語り始めた王女様の言によれば、件の先代様は国を救うだけの出力に耐えきるどころか、こうして後世のために本を作り出す、などということまでできるほどの力を得たらしい。

 まぁ、それらを遂行した時点で、ほぼただの人間レベルにまで落ち着いてしまったらしいが。

 

 ……だが、それこそが悲劇であった。

 本来冥界行をした王族は、生きては帰らない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、国を救う財宝を生み出して消える……というのが本来の流れ。

 それを越えて生き残ってしまった彼女はまさにイレギュラーであり、同時にこの国がどうしようもなく終わっていることに気付ける、唯一の人間でもあった。

 

 ゆえに彼女は、有り余る未来視の力を総動員し、やがて未来にこの国を終わらせる者が現れることを予期し、それの助けになるようにと一冊の書物を綴った。

 それこそが今、王女様の持つ本であり、そこに記された手段を実行するために必要だったのが──、

 

 

「先代の血のみを継いだ、貴女だったのですよ……」

「……ははっ、冗談キツいなぁ」

 

 

 ()()()()()()、MODさんなのであった。

 ……色々盛られて行くな、この人。

 

 



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そろそろクライマックスなのでヤツが来ます

「……冥界の機構を効率良く動かすには、負の念が必要です。国を救うためと命を張った者達が、その実単に生け贄として消費されるだけだった、と知った時の絶望。──それが色濃く強ければ強いほど、発生する財……力の質は高く、強くなる」

「…………」

 

 MODさんの前に立った王女様は、先ほどよりもなお雄弁に語り続ける。

 それは恐らく、彼女の言う通りMODさんの負の念を燃え上がらせるための策、ということになるのだろう。

 

 血の繋がった者達に裏切られたという絶望。

 誰も助けは来ない、という恐怖。

 そうしなければならない、という世界への失望。

 ……様々な負の念を燃え上がらせ、そしてその力を最大限に引き出すために。

 

 

「……いえ、おまち、なさい。それは、くにをすくうしゅだん、なのでは……?」

 

 

 それに待ったを掛けるのは、先ほどから積極的に彼女に話し掛けていたAUTOさん。

 確かに、今のところ王女様は国を救う手段をなぞっているだけ、に思える。

 そこからどう、国を──世界を滅ぼす、などという手段を引き出そうとしているのか?

 

 

「簡単なことです。──死とは救済、死とは安らぎ。国を救う手段がこの冥界にあるのであれば、そも死よりも優れた救いなど有りはしない

「…………!?」

 

 

 うわさらに空気が変わった。

 ……なんというのか、先ほどまでの彼女よりもさらに濃ゆい思念を纏っている、とでもいうのか。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようなそれは、とてもではないが正気の沙汰だとは思えない。

 

 ……いや、実際正気ではないのだろう。

 件の書物は人の行動を縛る。なれば、()()()()()()()()()()()()、と考えても不思議ではない。

 そして、それを彼女達──かつてこの地に散った者達が後押しする。

 死の間際に真実を知った彼女達、そしてお供の人々は、この地に漂う内に正しく冥府の亡者と化した。

 彼らは国を憂い、国へ嘆き、故にこそ国を真に救わんとする。

 それは最早、救いを求めて蠢く悪霊の群れに他ならず。

 

 

ですので皆様、どうぞお怨みください。その一念を以て、衆生を全て救って見せましょう

 

 

 皆はただ、その威容に圧倒されていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 戦闘態勢、と言いたいところだが皆石化中である。

 これ早々に詰んでね?……って言いたいところだが、こういう時こそ俺の出番なのであった。

 

 

「そーいうわけでー、くらえー!!

「……っ!?な、何故動けるのですか?!」

「おあいにく様、こういう時に何とかするのが俺の役目、なんでね!」

 

 

 まぁ正確には、TASさんに付き合ってると変なものへの耐性が付いていく……みたいな感じだが。

 

 そういうわけで一人だけ動ける俺がまずしたのは、王女様の持つノートに対しての投石である。

 明らかにあれが原因でしょ、って感じなのでそれを彼女から離せば何とかなるのでは?……と思っての行動だったが、意外と機敏な王女様は、飛んできた石をひらりと避けてしまったのであった。

 

 

「ち、流石にそう簡単には行かないか。ならばっ!」

「え、あのちょっとなんでわたしをもちあげてるんですぅ?!」

必殺、大回転ダミ子ぉーっ!!

にぎゃぁああーっ!!?

「無茶苦茶ですか貴方っ!?」

 

 

 なので早速次の攻撃!

 ダミ子さんのビッグボディ()なら当たり判定はデカい、はず!

 というわけで彼女を持ち上げて投げ付けたのだが……あらら、これも避けられちまったいなんてこったい。

 

 ううむ、特殊なパワーは持ち合わせていない、とのことだったから、俺一人でもなんとかなるかなー、と思っていたのだが……そう簡単には行かないってことか。

 まぁそれも無理はない。多分彼女、今回の話のラスボス枠だからネ!

 

 

「……っ、思えば貴方は今一分からなかった。特別でない、特別にはなれない貴方は何故、ここにいるのですか。()()()()()()()()()()()──っ!!」

「おっ、なになに?羨ましいとかそういう気持ちがあったり?じゃあそれにはこう答えよう。人間、死ぬ気でいればわりと付いていけるってね」

「……戯れ言をっ!!」

 

 

 おっとお相手さんカンカンだ。

 多分地雷を踏んだんだろうねー、というか下手するとそこに件のノートがクリティカルしちゃったんだろうねー。

 ……それにしても、MODさんと王女様の曾祖母の祖母さんは、一体なにを考えていたのだろう。

 いやまぁ、この国を憂いていたのだろうなーとか、このタイミングを狙ってたんだろうなーとか、なんとなく察せられることはあるのだが。

 

 ……あと、MODさんの永久離脱云々も、なんとなく分かったような気はする。

 今この場で動けてるの、俺と王女様だけだから恐らく元のルートだとMODさんは抵抗の間もなく生け贄にされてたんだろうし。

 いやまぁ、だとすると世界は滅ばなかったんです?……みたいな疑問も無くはないのだが。

 まぁその辺りは、詳しく知っているだろう人物に聞いてみるとしよう。

 

 

「……なにをぶつぶつと」

「単純だぜー。俺に解決できるだなんて思ってないってこと」

「は?」

「すきありー」

「なっ!?」

 

 

 まぁ、俺のサポートが必要だったかは謎なんだが。

 そんなわけで、完全に王女様の意識の外から奇襲し、その手のノートを奪い取った()()()()()に、俺はお見事とだけ言葉を投げるのだった。

 

 



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彼女に掛かればこの通り(?)

「な、いつの間に……いえ、というかどこに!?」

「貴方の後ろ。にんにん」

「は──」

 

 

 途中から完全に影に徹していたTASさんである。

 ……あの存在感の塊を認識せずにいられるのか、みたいな疑問もなくはないのだが、その実みんな今の今まで彼女の存在が脳内からすっぽ抜けていたということは、その驚愕顔からも簡単に推測できてしまったり。

 ……というか、なんなら件のノートにも書かれて無かった、もしくは書いてある部分を認知できなかった……みたいになっていてもおかしくはない。そういうことできるのがTASさんだし。

 

 

「そう。でも私も、可能性が全く無いものは引き寄せられない」

「ふむふむ。それはつまり、今の今まで出てこなかった理由にあったり?」

「そう。必要な条件はとても単純。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……なるほど?」

 

 

 そして当のTASさんは、これまたお決まりの──私にもできることとできないことがある、という論説を持ち出してくる。

 

 CHEATちゃんのように現実を書き換えているのではなく、あくまでも奇跡的な確率を()()()()()()()()()のがTASであると嘯く彼女はそれゆえに、今の今まで今回の事態を解決するための条件を整え続けていた。

 ……そのうちの一つが王女様の話を最後まで聞く(イベントスキップ禁止)、というのは大概彼女に優しくない感じだが、それ以外の手段が今のところ見付からなかったのだろう、というのは言うまでもない。

 

 

「彼女の話を最後まで……?」

「正確には、幾つかの重要ポイントを聞く必要がある。……最後の最後に言う言葉まで含むから、短縮できなかったのは悲しいところ」

 

 

 機会があれば、また挑戦したい……と嘆く彼女は、手の内で輝き続けるノートをぽんぽんと放りながら弄んでいる。

 ──王女様に動く気配はない。ノートの影響下から離れたからなのか、彼女はボーッとした様子でこちらを見続けていた。

 

 

「必要だったのは、先代の技能・冥界を開く条件・王女の言動がおかしくなっているのはノートのせい、という確信──」

 

 

 一応、もう少し細かい条件はあるけど。……と告げながら、彼女は放って遊んでいたノートを持ち直し、そのページを捲る。

 ノートは抵抗するような輝きを放っていたが──あるページに達した途端、それを止めてしまった。

 

 

「──第一に、先代が日本に来てから、()()()()()()()()()()()()という確証はない」

「第二に、先代のそれは()()()()()()()()()()

「第三に、冥界行は一人での攻略を推奨するが、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そして最後に。()()の起動権の判断と、実際に求められる素質はとても似ている」

「それらを総合し、総括し、創造する。確率は一パーセント未満。だけど──」

「──ゼロではない。そうだな?」

 

 

 こちらの言葉に、彼女はこくりと頷く。

 こいつらはなにを言っているんだ、みたいな視線を投げ掛けてくるみんなの前で、彼女は堂々と──最後の鍵をここに投げ付けた。

 

 

「そう、つまり私と二人は遠い親戚」

「嘘だぁっ!!?」

 

 

 ……いや、石化から解放されて最初の言葉がそれでいいんですかね、MODさんや。

 

 

 

;-A-

 

 

 

「実際に本当であるかどうかはどうでもいい。可能性として論じられるのなら、私には十分すぎる繋がり」

「いやでも、それありかなぁ!?それありかなぁ!!?」

 

 

 驚き過ぎてMODさんが混乱している。丁重に落ち着かせて差し上げろ()

 

 ……冗談はともかく。実際に先代さんとTASさんが血縁、という可能性は低いだろう。

 だがしかし、件の先代さんは曾祖母の祖母。五親等もの世代の差は、それだけであらゆる可能性を暗に肯定する。

 そして、TASさんにとってはそれだけで十分である。それだけで十分な干渉するための隙である。

 

 

「……にしても、なんでわざわざそんな方法を?別に他の手段もあるように思えますが」

「それは簡単な話。ここでこのノートに纏わる話をしっかり終わらせて置かないと、後々面倒なことになる」

 

 

 そんなことを考えていると、ようやく気を取り直したらしいAUTOさんが、TASさんに声を掛けてくる。

 その問いにTASさんは「ここで終わらせないと面倒」という旨のことを言い始めたのだが……。

 

 

「Q.ふむ、面倒って?」

「A.ああ!」

「なるほど、大体わかった」

「今の会話で一体なにが!?」

 

 

 なるほどなるほど、そりゃ面倒だ。

 などとTASさんからの返答に頷いていると、周囲のみんなからの反応がおかしい。

 ……ええー、今のTASさん語検定三級くらいの超イージー問題だぜー?

 いい加減長い付き合いになるんだから、これくらいわかって貰わないとさー?

 

 ……なんてことを言っていると、わなわなと震えている人が一人。

 この面々の中では実のところ、一番TASさんに技能が近いと言える存在であるROUTEさんは、ほんのり顔を青褪めさせながらおずおずと声を挙げたのだった。

 

 

「……あのさぁ、もしかしてだが。……()()()()()()()、ここで解決しないと」

「ん、そういうこと」

「…………はい?」

 

 



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そりゃまぁこんなもの、放っておけるわけもなく

「は……?は……???」

「余りのことに、AUTOさんがフリーズしてしまった……」

「無理もねぇ……恐らくはお前が動いてるんだから、割合サクッと解決するもんだと思ってたんだろ……」

 

 

 そろそろ今回の話も終わりかー、みたいな空気であったところに、まるで水を差すかのような事実……ということであったのか。

 ()()()()()()()を正確に捉えていた一部のメンバーを除き、それ以外の皆はなんとも言えない顔で固まってしまっていたのであった。

 

 ……まぁでも、今の状況って問題が解決したように見せかけて、実のところ何も解決してないからねー。

 実際、後々国の危機の発端になるであろう『後継者が複数』って話は、まったく片付いていないわけだし。

 

 

「とりあえず、あのまま王女の過去回想とか入りそうだったら、『浸りすぎ』って殴るつもりだったけどその機会はなかった」

「え」

「そりゃまぁ、そうなる前に俺が先に殴り掛かったようなもんだったからなぁ」

「むぅ、フラグが前後した……」

「え?」

 

 

 なんだか、こっちの知らぬ間に王女様の死亡フラグが流れていたような気がするが……多分気のせいだな!()

 

 ともあれ、改めて話を戻すと。

 現状、ややこしいことになっているフラグの乱立について、完全に把握できているのはTASさん・なんとなくわかっている(わかってない)のが俺・その視座(のうりょく)的に、TASさんの次に状況を把握できていると思わしいのがROUTEさんである。

 

 で、その一同が声を揃えて言うのである。「このままだと世界がヤバい」と。

 ……一人二人ならいざ知らず、三人が声を揃えて言っているのだからもはやこれは確定的。

 すなわち、このノート・ひいてはこの冥界に纏わる話はここできっちり締めておかないと、後々思いがけないルートから世界滅亡の芽が伸びてくる、なんてことになりかねないわけで……。

 

 

「いや待てぇ!?なんでそうなるぅっ!?」

「なんでって……さっきも見た。善意の暴走はとても質が悪い」

「善意の暴走……?」

 

 

 で、その真意を語るには、MODさん達の先代──曾祖母の祖母さんがなにを見たのか、ということを理解する必要があるわけで。

 そんな風に視線を向ければ、この中で一番詳しいだろう当人──墓守さんは、観念したように肩を竦めたのであった。

 

 

「はいはい。そんな視線を向けなくても説明するとも。──答えは単純、どこまで行っても死者と生者は噛み合わない、ということさ」

「……はい?」

 

 

 

・A・

 

 

 

「何度も同じ事を繰り返すのは申し訳ないのだけれど……とはいえここに触れずに説明するのも難しい。順を追って説明すると、ここは冥界──この世とあの世の狭間、というやつだ」

 

 

 それはつまり、ここが一番()()()()ということ。

 そう語る墓守さんは、先ほどまでと変わらぬ様子に見えるが……その実、彼の姿は最初の時と比べて遥かに()()なってしまっているのであった。

 

 

「……マジで?」

「マジです。最初の時と比べるとおおよそ三パーセントくらい薄くなってるよ」

「…………いや、全然わかりませんですよぅそんなのぉ!?」

 

 

 わからん?マジでー?

 ……いやまぁ、本当にジーっと眺め続けてようやくわかるような違いなので、そりゃわからなくても仕方ないのだが。

 ……壁が薄いので彼も薄くなっている……というような冗談ではなく、どちらかと言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言うべきだろうか?

 

 

「はぁ?」

「私は最初に自己紹介をしただろう?盗掘者を惑わせて生きて返さないようにしている、と。──言い方を変えると、私はそもそも地上の人間がここに来ることを認めていないのさ。それが王族の者であろうがなかろうが、ね?」

「えーっ!?」

 

 

 彼は『冥界の主人』でもあるが、()()()()()()()()()()()()()()()

 これは裏を返すと、そもそも国の危機に冥界に下って何かしらの手段を得る、ということ自体を快く思っていない……ということ。

 最初から、『冥界行』という行為それそのものに反対の姿勢である、ということなのであった。

 で、その理由と言うのが……。

 

 

「人身供物?」

「そう。今でこそ私はこうして『冥界の主人』などと見栄を張っているが……そもそもの話、私が今の姿になったのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という理由によるものなんだよ」

「ええーっ!!?」

 

 

 彼が救った世界の危機とは、それすなわち()()()()()()()()()()()()

 この場所が現世と陸続きであるがゆえに起きる、必然的な冥界からの侵攻を防ぐため、なのであった。

 

 



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何事も見方によって色は変わる

「事実の取り違え、というやつだね。今までこの地に挑んだ者達の内、成功した者達はここに来たことでなにかを救えた……というわけではなく、どっちかといえば()()()()()()()()()()()という方が近いものだったわけだ」

 

 

 無論、件のシステム──王家の人間を贄に捧げることで、財を吐き出すそれにまったくの寄与が無かったかと言われれば、それもまた別の話だが……と再度肩を竦める墓守さん。

 ……言い方を変えると、件のシステムは本来国を救うものではないが、その副産物として生まれるものは、確かに国を救う助けにはなっていた……みたいな感じだろうか?

 

 そこで問題となってくるのが、今まで『冥界行』を行ってきた者達へのアピールポイントとなっていた、『国を救うシステム』が本来なにを目的としたものなのか、という部分。

 これ、実のところ()()()()()()()()のが目的なのだそうで。

 

 

「質量とエネルギーの関係については知ってるかな?いわゆる『E=mc2』ってやつ」

「なんか突然科学の話が始まった件」

「はっはっはっ、そう身構えなくてもいい。人間が持つエネルギー……可能性を、分かりやすく目に見える形にするにはこの式を使う方が楽、というだけの話だからね」

 

 

 いやでも、古代の人物が計算式とか口にするのわりと違和感が凄いと言うか。

 ……そんなわけで、墓守さんの口から飛び出したのはみんな大好き『エネルギーと質量の等価性』──とある偉大な科学者さんが作り出した、()()()()()()()()()()()()()()()()という法則である。

 

 これによれば、一キロのものを純粋にエネルギーに変換した場合、そのパワーは巨大地震(マグニチュード8.0)のそれに匹敵するとかなんとか。

 これは、計算式に光速を含むせいで答えが膨大な数値になってしまうからであり、同時に純粋なエネルギーから質量を生み出そうとすると、とてつもないエネルギーを必要とする……ということを示しているわけだが。

 

 

「裏を返せば、ちょびっとでも質量をわけて貰えさえすれば、世界を滅ぼすエネルギーには十分……ってことにならないかい?」

「なる、ほど?」

 

 

 この法則においては、物質の種類によって持ち合わせるエネルギーの量に変化が起きる、などということはない。

 一キロのウランと一キロの塩では、どちらも質量におけるエネルギーの総量に違いはないのだ。

 

 ……つまり、純粋なエネルギーから物質を作る、という技術を持ち合わせているのなら、人間一人分の質量の金を作って渡したように見せ掛けて、少し質量をわけて貰えば十二分……ということ。

 まぁ、件の変換システムの稼働エネルギーも必要だろうから、取り分としては『財』()()システム()()冥界()、くらいの取り分だろうとは思うが。

 

 これの面白い所は、冥界側の取り分が少ないように見えて、その実かなりのエネルギーを得られている……というところにある。

 

 

「変換する時にはお供ごとやるからねぇ。多くて十人程度とは言え、単純な質量として考えるとおおよそ五百から六百キロほど。──その内の三百五十から四百二十キロほどの純金の塊が、地下資源として入手できたのなら。……細かいことはどうでも良い、みたいな気分になると思わないかい?」

「うへぇ……」

「一グラムおおよそ一万円ですから、単純計算で……さんじゅうごおくとかですわね?

「AUTOさんの顔が変なことに!?」

 

 

 今は価値のわかりやすい金で例えられたが、この国で地下から産出されるのは特殊な資源。

 ……流石に金ほどの価値ではないだろうが、それでもプラチナと比較されうる希少金属であることは間違いあるまい。

 

 となれば、その資産価値は単純に考えてプラチナの価格──グラム五千円ほど──より低い、などということはないだろうから、おおよそ十七億。

 ……国家予算として考えるのなら低い方かもしれないが、それでもそんな金額のものが突然地下にポンっ、と増えるのだから、国民の興奮は言わずもがなだろう。

 

 そして、それだけの『財』を国にもたらしつつ、冥界の取り分として渡ってくるのは質量の一割、すなわち五十から六十キロほど。

 先ほど言ったように、巨大地震を一つ起こすのに必要なエネルギーは、おおよそ一キロ分。

 ……マグニチュードが一つ上がるとエネルギーはおよそ三十倍になるそうだが、そう考えるとたった一回の冥界行・しかも貰うエネルギーは一割のみにも関わらず、冥界には超巨大地震(マグニチュード9.0)を二回起こせるだけのパワーがもたらされる、というわけで。

 

 

「今回で都合何度目か、なんてことは忘れてしまったけれど……もし、このまま放置しておくとすれば、地球を半分に割るほどのエネルギーが残ったまま……なんてことになるねぇ?」

「危なっかし過ぎるだろこの冥界」

 

 

 いやまぁ、実際にはもっとオカルトチックなあれこれがあるのだろうが。

 ……ともあれ、なまじ分かりやすく科学を交えて語られたため、この場所を放置できない理由に詳しくなってしまった俺達なのであった。

 

 



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TASさん的には『VS TAS』な感じ

「そういうわけで、現在冥界はかなりヤバイ状態、ってことはわかって貰えたかな?」

「ええまぁ……核が爆発するよりやばそう、ってことはなんとなく」

 

 

 墓守さんの解説を受け、すでに精神面が満身創痍の俺達である。平気なのTASさんくらいのもんですよまったく。

 ……え?なんでTASさんが平気そうなのかって?エネルギーの暴発が危ないと言うのなら、TASさん相手には()()()()()から、ですかねぇ……。

 

 

絶対(100%)じゃないならなんとでもなる、ぶい」

「いやぶいじゃないが?」

 

 

 本人はこのノリである。

 ……いやうん、空から降り注ぐ太陽光を()()()()避けられる相手なんだから、そりゃそうだよなとしか言いようがないわけだけれども。

 それにしたってやっぱりこの子おかしいわー、みたいな感想が浮かんでくるのは仕方がないというか。

 

 そんなこちらの言葉を受けて、ぽかぽか殴りかかってくる(『人のことを化物みたいに……』)TASさんを嗜めつつ、改めて状況の整理である。

 

 現状、冥界に溜まったエネルギーは臨界寸前。

 墓守さんが何代前に冥界行に挑んだ王族なのかは不明だが、少なくとも先代や先々代などということはないだろう。

 ……そうなると、少なくとも三回以上……いや最低五回はやってると思うべきか。

 で、その度に何人のお供を連れてきたのかはわからないが……仮に平均して七人くらいだとすると、王族含めて八人かける(×)五回分……となり、前回の式に合わせることで出てくる答えは……、

 

 

「最低でもおよそ二百キロ前後、ということになりますわね。そして、それによって引き起こされる災害の規模は──」

超巨大地震(マグニチュード9.0)が六回分……」

 

 

 しかも、それがあくまで最低ラインである、と締め括るAUTOさん。

 ……世界を滅ぼすには足りてないような気もするが、無論これはあくまでも科学的に見た時の最低値。

 冥界などというあからさまにオカルトな世界で起きている事象なのだから、地球を半分に割るほどのエネルギー──いわゆる壊滅的大地震(マグニチュード12.0)規模のエネルギーを蓄えていても、そうおかしくはない。

 

 ……いやまぁ、そこまで行くとやり過ぎ感があるので、超巨大地震が起こせるだけのエネルギーで他の災害を発生させる、みたいなパターンもあるかもしれないが。

 

 

「具体的には?」

「え?えーと……台風、とか?確か超巨大地震と台風で比べると、同じくらいか台風の方がちょっと強い、くらいのエネルギーバランスだったはずだし」

 

 

 パッと思い付くのは、風──暴風雨だろうか?

 水害と風害を一辺に起こせる台風は、災害の中でも中々のパワーと被害を誇ると言える。

 日本人的には風物詩であるため、ちょっと甘く見てしまうところもあるが……離島のような場所で襲ってくる暴風雨の恐ろしさを少しでも齧ったことがあれば、台風を舐めるなどという甘いことは言ってられなくなるに違いない。

 

 なにせ、何もかもが吹っ飛ばされ流されていくのだ。

 それに耐えられるようにとあれこれ工夫しても、それを嘲笑うかのように打ち壊されていく家屋達……。

 それを見ればたかが風や雨、などとは言ってられないことだろう。

 

 それから、()()()()()()()()()()()()、という可能性もあるかもしれない。

 

 

「と、いうと?」

「現実的には滅多に無いけど……台風と地震が一度に起こる、とか?まさに天変地異、単独で周囲を壊滅状態にするのには足りなくても、力を合わせればズタズタにできる……みたいな?」

 

 

 現実的に、台風や地震というものはそう何度も起きるものではない。

 ……いやまぁ、地震の方は人間に体感できないくらいのものが毎日起きているらしいので、実際のところは発生が重なっていることもあるのだろうが……大地震と巨大台風が一度に襲ってくる、というのが確率的に低いモノであることは間違いあるまい。

 実際のところは、台風が地震を呼び・地震が台風を呼ぶ……みたいな因果関係である可能性がそれなりに高いとかで、これらが一度に襲ってくることはなくとも、連続してやってくることは結構あるみたいだが。……まさに泣きっ面に蜂?

 

 なんにせよ、それらの災害を起こせるだけのエネルギーがあるのなら、手を変え品を変え矢継ぎ早に災害を投げつけていくだけで、あっという間に世界を滅ぼすことは可能かもしれない。

 ……わりと荒唐無稽なことを言っているが、今回に限りあまり笑ってもいられない。なにせ、

 

 

「例の人の未来視は中々に強力」

「だよねー」

 

 

 相手はTASさんと同じく、未来をどうこうできる存在なのだから。

 

 



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きみしにたまふことなかれ()

 何故そうなったのか、どうしてそうなったのか。

 ……詳しいことは不明だが、先代──MODさん達の曾祖母の祖母であるその人物は、冥界行の末に『世界は滅びるべきだ』と認識した。

 そしてそれを成立させるために、自身の力を全て込めたノートを作り、それを次代に託した。

 

 ……恐らく、なんの対処もせずにいたらこのノートが起動し、世界を滅ぼそうとしたのだろう。

 事実、先ほどまでの王女様は、このノートに操られたかの如く世界を滅ぼそうと……否、救おうとしていた。

 

 この展開に俺達が介入しなかった場合、最終的にMODさんが永久離脱していたそうだが、それは恐らく彼女がなんらかの対処を行った結果なのだろう。

 世界の平和と引き換えに消える……と言うのはカッコいいかもしれないが、残されるだろう側としてはなんと言っていいやら。

 

 

「あ、その場合の永久離脱は向こう(妹の居る世界)に行って帰ってこなくなる、って意味」

「んー?なにがどうなればそうなるのかがわからんぞー?」

「溜まってるエネルギーを並行世界移動に全部投入する、って形で消費したから」

「……なるほど」

 

 

 ……実際、エネルギーさえあれば他所の世界に行けるのか?……という疑問は無くもないが、まぁTASさんの言うことだから出来たのだろう、多分。

 MODさんにそういうパワーはないので……恐らく冥界のシステムを使った、とか?

 以降冥界の驚異はなくなる……とかなら、その時エネルギーを暴走させて破壊した、とかかも。

 

 ……こうして考えてみると、そのイフルートのMODさんってば、あれこれやりすぎでは?

 自己犠牲で世界を救うとか、もろに主人公かなにかにしか見えんのですが。

 

 

「でもそれだと困るから私がここにいる。ぶい」

「なるほど困るんだ。……具体的にはどう困るんです?」

「それは企業秘密」

「えー」

 

 

 なお、TASさん的にはそんな劇的な犠牲は必要ない、とのこと。

 ……まぁ、母親さんとも折角普通に話せるようになったのに、ここで消えたりなんかされたら俺達気まずいどころじゃないもんね。TASさん的に問題なのはそこではないみたいだけど。

 

 ともあれ、MODさんに任せきりにするつもりはない、というのが今回のTASさんの基本方針。

 では、これから一体どうするつもりなのだろう?

 

 

「こうする」

「のわぁ!?え、ここで私が必要なんですぅ?!」

 

 

 そんな疑問を溢せば、引っ張って来られたのはさっき投げ飛ばしたあと外で転がっていたダミ子さん。

 戦場から離脱したのでこれ幸い、とばかりにひそひそと隠れていた彼女だったが、TASさんには通用せずあっさりと捕まってしまったのであった。

 

 ……しかし、ここでダミ子さんねぇ?

 

 

「ダミーを使ってなにかするとか?」

「あー、冥界のデータを書き換える……みたいな?」

「残念違います」

 

「……まさかとは思いますが、ダミ子さんに冥界のパワーを注ごうとか思っていらっしゃいます……?」

「え、なんですかぁ怖ぁ!?」

「違います」

 

 

 あれこれと解決方法を探ってみる俺達。

 敢えてのダミ子さんなのだし、彼女の特徴を活かしたなにかだろうと思っていたのだが……ううむ、悉く外れるなぁ。

 先の二例以外も幾つか案を投げてきたものの、全てすげなくTASさんに切り落とされた次第。

 

 こうなると発想の仕方を間違っているとしか思え……ん?

 

 

「ROUTEさん、ROUTEさーん?」

「のわぁ!?ななななななんだよっ!?

「いや、なんでそんなに動揺してるんです……?」

 

 

 一人議論に加わらず、そっぽを向いているROUTEさんに気付いた俺が、彼女に声を掛けたところ返ってきたのはこの反応。

 誰でもわかるくらいに動揺しているのだが、一体どうしたのだろうか?

 っていうか薄暗くて気付かなかったけど、よくよく見るとなんか顔が赤いような気が……?

 

 

「せいかいはっぴょー」

「おおっと」

 

 

 彼女の変な様子に、思わず再度声を掛けようとしたところで、背後のTASさんから正解発表のお知らせが。

 ……気にはなるが、しっしっと追い払われてしまっては仕方ない……と、TASさんの方に視線を向ける俺。

 

 

「私がノートを入手する前に、ダミ子のことを詳しく調べられるととても困ることになっていた。そういう意味で、さっきのお兄さんはナイスアシスト」

「ん……いやまぁ、なんか『ダミコヲナゲナサイ』……みたいな声も聞こえたし」

「なんなんですかぁその、私の人権を無視しきったような囁き声はぁ!?」

「……ともかく。こうしてノートを押さえた以上、もはや()()()()()()()()

「……ん?隠す?」

 

 

 なんか、雲行きが怪しくなってきたような?

 そう首を捻る俺の前で、TASさんが天に掲げたのは──。

 

 

いぉそ」<グキッ

「貴方様!?首が百八十度後ろに!?」

「必要なのは、ダミ子の付けてた()()()()()。これがしょうりのかぎだー」

「え?……はっ?!い、いやいつの間、い、いやぁぁああああっ!!?

 

 

 はっはっはっ、俺は見てないぞー、神に誓って見てないぞー。

 ……さっきROUTEさんが顔を赤くしてたの、これがわかったからかよ!(吐血しながら)

 

 



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絵面がギャグになるのはご愛敬

「ははは……なんだかいつものぐだぐだ感が戻ってきたみたいだね」

「おや、いつもこんな感じなのかい?……それはそうと、大きいねぇ彼女あ痛っ?!」

「じろじろ見るんじゃありません、まったく……」

 

 

 ははは、今までのシリアスムードどっか行っちまったい、流石はTASさん()

 ……冗談はともかく、まさかのここに来てぶ……もといダミ子さんの下着の登場である。

 でもまぁ、冷静に考えると納得ではあるのだ。

 だってあの下着、二百億光年先の宇宙空間に繋がってるんだからね!!

 

 

「あいたた……酷いなぁ、なにも目潰しすることはないじゃないか……しかし二百億光年先、ねぇ?中々遠くに繋がってるじゃあないか」

「とても頑張った」<フンス

「私達も」

「頑張ったんですけどね~?」

「いひゃい」

 

 

 絵面の酷さと反比例するかのような要素に、感心したように墓守さんが声を上げる。

 対するTASさんは自慢げに胸を反らしていたが……うん、彼女一人だけの成果ではないので、直ぐ様他の面々に頬を引っ張られていた。

 

 ……ともかく。

 こうして地球から遥か遠くに離れた場所へとアクセスできるアイテムがあるわけだから、これを使ってなんとかしようというのが今回のTASさんの案、ということになるのだろうか?

 

 

「端的に言うとそう。この冥界のパワーを全部外宇宙に捨てる」

「なるほど……ところで付かぬことをお伺いするのですが、その場合周辺宙域への被害などは?」

「なんにもない場所だから問題ない」

「ふむ、その辺りは想定済みでs()「でも、結果として星が生まれたりするかもしれない」……なんです?」

 

 

 こちらの疑問に答えたTASさん。

 そんな彼女に更なる質問を加えるのはDMさんだが……途中で挟まったTASさんの言葉に、思わず聞き返す羽目になっていたのであった。

 

 なお、この間話に付いていけてない王女様はずっとあっちをうろうろ、こっちをうろうろしていたり。

 ……落ち着かないのはわかるが、今は大人しくしていて欲しいものだ。

 現状TASさんが持ってるから安心だけど、もし何かの間違いで彼女の手からノートが離れたら、再度操られるなんてこともあるかもしれないし。

 

 

「そ、そこまで迂闊ではありません……っ!」

「いやーどうだろうねー?私の子孫達みんな私に似なかったのか、大抵直情型の猪タイプばっかりだからなー」

「ふんっ!!」

「ぬぉわ!?パンチが掠った!?」

「気のせいでしょうか、今何か邪気を感じたような……」

(何やってんだこいつら……)

 

 

 ……なんてことを述べたところ、ご覧の通りご立腹の王女様である。

 最初は可愛いところもあるもんだ、くらいの生暖かい目で見ていたのだが、見えないはずの墓守さんにボディーブローをぶち当てようとしていたのを見て、思わず竦み上がった俺である。

 ……うん、揶揄うのはほどほどにしておこう。

 

 さてはて、話をTASさんの方に戻して。

 つい先ほど、DMさんの言葉の最中に挟み込まれた彼女からの言葉。

 なにやらよく聞こえなかったため、DMさんが聞き返したところ……。

 

 

「地球一つ割れるレベルのパワーを、出来る限り周囲に影響の無いように処理しようとすると、二百億光年先に新しい星を生み出すのが一番簡単。名付けてダミ子星」

「なんで私の名前なんですかぁ!?……あ、いや答えなくていいですぅ!なんか嫌な予感がするので答e()「勿論、双子惑星が出来上がるから。まるで今の貴方のよう」答えなくていいって言ったじゃないですかぁ!?

 

 

 まさかの下着ネタ再び。

 ……冥界に貯蔵されたエネルギーを全て使い果たし、なおかつここのシステムを二度と使えないように破壊しようとすると、結果的に星を二つ作るのが一番効率がよい……ということになるらしい。

 正直意味がわからないどころの話ではないが、まぁ『ブレストスター』とか名付けられなくてよかった、と思うしかないような?

 

 

「……というか、なんでそこまでダミ子さんを擦るのです?」

「ダミ子の性質の問題。彼女はダミーを被った存在だけど、特に何も指定せずにモノをランダム生成すると、どうしても彼女の影響を捨てきれない」

「……なるほど?」

 

 

 ところでこの異常なまでのダミ子さん推し、一応理由があるとのことで。

 

 ダミ子さんはその名前の通り(?)ダミーに強く紐付いた人物だが、そのせいで『今無いもの』を作ろうとすると彼女への・および彼女からの影響が少なからず発生するのだそうで。

 ……特定の空き箇所だけではなく、『ダミー』という概念そのものに結び付いてしまっている故の弊害、ということになるわけだが……。

 ともあれランダム生成に任せると、それこそ二百億光年先に()()()()()()()()()()()、みたいなことになりかねないのだとか。

 

 

「なんですかぁそれぇ!?」

「星の外見データの参照先として、貴方の顔面が優先されるからそうなる。因みにこっちのダミ子の状態とリンクするから、まるで空から降ってきて地上を一掃する、どこぞの作品のお月様みたいに見える」

「私の顔で地球がヤバい!?」

 

 

 まぁ、仮にそうなったとしてもやって来るのは大分先、少なくとも今回のループで遭遇することはないだろう、とTASさんは話を締め括るのでしたとさ。

 

 



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TASさん本領発揮

「……あの、ふと気付いてしまったのですが」

「ん?なになにどうしたのAUTOさん?」

「ランダム生成に任せるとダミ子さんの顔になり、またある程度弄ってもダミ子さんからの影響を捨てきれない、となると……その、件の双子惑星って……」

「止めよう、その話は触れるべきじゃあない」

「は、はい……」

 

 

 顔を赤くするくらいなら、最初から触れなきゃいいと思うんだ()

 ……具体的に表現するとどう考えてもセクハラなので、ここで話は打ちきりである。

 新たに生まれた星のどこかに、これ見よがしにエアーズロック的なモノが出来上がっていたとしても、それには殊更意味があるわけではないのだ。いいね?

 

 

「……どういうこと?」

「CHEAT様はそのまま素直にお育ち下さいませね?」

「????」

 

 

 ……うん、なんでこう、ダミ子さんが絡むとシリアスブレイクするのか。

 いやまぁ、生半なシリアスならギャグで潰した方が早い、というのもわからないでもないのだが。

 

 ともあれ、話を戻すと。

 冥界に溢れるエネルギーの消費先として、遥か二百億光年先の宇宙空間に新たな星を二つ作る、というのが最適であることが判明した……というのがここまでの話。

 ではどうやってそれを行うのか、ということになるのだけれど……。

 

 

「これを使う」

「……んん?さっきのノート?」

 

 

 TASさんが自身の前に突き出したのは、先ほどから持ち続けていた例のノート。

 現状は静観しているが、未だになにやら宜しくない気配が漏れ続けている曰く付きのアイテムなのであった。

 

 

「……ええと、その見るからに呪われたノートが、どんな役割を?」

「まずノートの根幹を書き換える」

「!?」

「このノート、強く想いを込められたことで一種の端末と化している。これ自体に冥界の操作権限が付与されている、と言っても過言ではない」

「おや、それは聞き捨てならないなぁ。冥界を操作できるだって?冥界の主人たる私の居る前で大言壮語h()……oh」

 

 

 彼女の言うところによればこのノート、件の先代様が自身の能力全てを注ぎ込み作り上げたモノであるからか、間接的ながら冥界のシステムを操作する権限を持ち合わせているとのこと。

 事実、そんなの無理だよと言おうとした墓守さんの目の前で、幾つかのトラップを作動させてみせたのだった。

 

 

「うん、実際にやって見せるのが早い、ってのはわかるよ。でもやるんなら前もって教えて欲しいなっ!!

「大丈夫、お兄さんならなんとかするって思ってた」<グッ

「信頼されてるのは嬉しいんだけどなぁ!!?」

 

 

 なおそのトラップ、全部俺に向かってきたりしたわけなのですが。

 TASさんからの厚い信頼に(血)涙を流す俺の周りには、落ちてきた槍とか飛んできた矢とかが散乱していたのでしたとさ。……いや殺す気かっ!

 

 

 

˙꒳˙)꜆꜄꜆)Д')

 

 

 

「ううむ……流石は先代、ともすれば私よりも冥界に親和していた者、というべきか……」

 

 

 目の前で起きたことを前に、ううむと唸る墓守さん。

 彼の感覚的にはいつの間にかバックドアが仕込まれていた、みたいな感じなのかもしれないが……同時に、それを行ったのが先代さんであることにある程度の納得を見せていたのだった。

 ……まぁ、さっきの話の中でも褒めてたもんね、実際。

 

 

「ともすれば自分以上、でしたか?なるほど、実際に示されれば唸る他ない、と」

「いやー、痛いところを突くねー。……うん、確かに彼女は私以上だ。だからこそ()()()()()()()()()()()()()のだろうし」

「……余計なもの?」

「おおっと口が滑った。悪いがそれについては忘れてくれたまえ。流石に君達に話すようなことでもないから、ね」

「……?」

 

 

 なお、その辺りの話にはまだまだ何かしら隠されているようだが……TASさんが「知らん」みたいな顔をしているのでそのままスルーである。

 なんたって俺達、なんでかは知らないけどまだ一日目のはずなのに、この国に着いてからは一ヶ月・この陵墓の中に入ってからは四週間くらいずっと足止めされてるような感覚を覚えてるからね!

 

 

「お兄さんメタい。……でも、そろそろ終わりが見えてきた。長くて苦境な戦いだった……」

「……気のせいかな?この陵墓が粉々に砕ける光景が幻視されたんだけど?」

「お止めくださいまし、生き埋めどころの話ではありませんわよ!?」

 

 

 いやうん、実際には長くはなかったんだけどね?

 ……あれ?それだと例のTAS動画で間違いないのか?

 

 などと考えつつ、TASさんに注目する俺達。

 その視線を受けながら、彼女はノートに手を翳し──、

 

 

「……これっていわゆる洗脳とかになるのかな?」

「いきなりニッチな話をするの止めない?」

 

 

 ふと振り返って、こちらに尋ねてくるTASさん。

 ……いやなんの話だよと苦笑を返せば、彼女は「老婆のNTRプレー?」などと意味のわからないことを口走ったのだった。

 ええと、もしかして遊んでらっしゃる?……違う?あっそう。

 

 



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TASさんは不思議なダンスを踊った!

 ……さっきのTASさんの発言のせいで、今彼女がノートに手を翳して何事かを呟いているのが、MODさん達の曾祖母の祖母さんに耳元で囁いて洗脳しているように見えてきたんだが?

 

 

「呪いを振り撒くのは止めないか!?」

「いやだって、あんなこと言われたら想像しちゃうじゃん!一度想像しちゃったら脳裏に焼き付くじゃん!衝撃的な光景すぎて!!」

「だからといってそれを周囲に喧伝するのはどうかと思いますわ……」

 

 

 あと、単に遊びで言ったのなら問題はない……いやあるが、でも何かしらの効果を期待しての発言だったのなら、ここでスルーする方が問題があるかも、みたいな心情もなくはないというか。

 いやまぁ、TASさんってTASはTASでもスピード重視ってだけではなく、スーパープレイ方面も嗜んでるので今回もそれの類い、などと言われたら反論できないわけだが。

 

 そんなこちらの心情を語れば、他の面々は一瞬納得したのち「いややっぱり違うって!」と声を翻してくるのであった。

 

 なお、後ろでみんなが騒いでいても、TASさんの手が止まるようなことはなく。

 

 

「──ん、完成。……って、なにやってるのみんな?」

「煩悩を振り払う為に座禅を一つ」

「そ、そう……(ドン引き)」

 

 

 結果、TASさん以外のみんなが座禅を組んで脳裏から地獄の光景を追い出そうとする、という別種の地獄の光景が繰り広げられることになったりもしたが、幸いTASさん以外の面々がそのことに気付くことはなかったのであった。

 ……幸いか、これ?

 

 

 

;・A・

 

 

 

「とりあえず、かんせいー」

「おー」

 

 

 調整の終わったノートを掲げるTASさんに、他のみんなが拍手を贈る。

 なんならファンファーレ(\ゴマダレー/)もセットにしようかと思ったが、それはそれで別種の問題を引き起こしそうな気もしたので自重する俺である。

 

 ともあれ、完成したというのなら早速話を進めて欲しいところなのだが……。

 

 

「そのためにはセッティングが必要。具体的にはみんな配置に着いてほしい」

「……配置?」

 

 

 どうやら、そんなに簡単な話というわけでもないらしい。

 なんでも、他の面々を特定の場所に配置しないと問題が起きるとかなんとか……。

 

 

「……どういうこと?」

「メモリアドレスの問題。二百億光年先の宇宙に対して干渉するメモリと、こっちの配置がたまたま一致・もしくは連動してる」

「なんでそんなことに……」

 

 

 TASさんの言うところによると、例えばこの部屋の入り口付近にDMさんを配置した状態で話を進めると、二百億光年先の宇宙で出来上がった双子惑星の軌道がずれるのだとか。

 

 で、そうしてずれた軌道は双子惑星が衝突するコースに変化し、結果として二つの惑星は衝突してしまう……と。

 そうなるとどうなるのか?分かりやすく言うとダミ子さん(の一部)が弾け飛ぶ。

 

 

ひぃっ!?

「件の双子惑星はダミ子と密接に結び付いている。最終的にはそのままだと困るから繋がりを断つ、までやろうとは思うけど……それが出来るようになるのは、今回の話が全部終わったあと。さっきの場合だと星が生まれて一日も経たない内にぶつかるから、全然間に合わない」

「うーん、予想図の絵面の酷さと被害が見合ってない……」

 

 

 あと、今は分かりやすくダミ子さんの被害を例に出したが……件の惑星が崩壊する時に発生した衝撃波が、その内地球に深刻な被害をもたらす可能性もなくはないとか。

 ……二百億光年先の衝撃波がそのまま地球に伝わるわけではなく、その衝撃波が後々地球に関わる宇宙人達に被害をもたらし、それが後の禍根に繋がる……みたいな感じらしいが。

 

 まぁ、その被害が実際に影響してくる時には、既に俺達は生きていないだろうとも述べていたのだが。

 

 

「でも、流石にその時期になるとタイムマシンとか出来ててもおかしくはない。それがおかしくないということは、未来から私達に責任を説いてくる人物がやってくるかもしれない、ということ。個人的にはそれも面白いと思うけど……」

「ノー!!今の時点でわりと問題まみれなのに、更に未来からの驚異まで増やすのはノー!!」

「……この通り、お兄さんが認めてくれないのでこのルートはなし」

「寧ろどうして認められると思ったのですか???」

 

 

 ……この通り、遥か未来の話だからと言って全く安心できないのがこの世界。

 実際に未来から断罪者がやって来る確率はそう高くないらしいが、例え低かろうと面倒極まりない問題が残り続けるのは大問題である。

 

 なので、必死にTASさんへ「ノー!!」を突き付ける俺なのであった。

 ここで妥協したり迂闊に認めたりすると、後々不思議ガールズにFUTURE(フューチャー)さんとか加わりかねないからね!

 なんなら件の宇宙人もALIEN(エイリアン)みたいな感じで加わる可能性もなきにしもあらず!

 そんなの俺のキャパを越えとるわ!!

 

 

「……そこまで来ると最早なんでもありですね」

「ある意味現状における『なんでもあり』枠の人が言うと説得力が違うなぁ」

 

 

 既に命名法則から外れている人がいるから、その辺りの可能性が無いとは言いきれないんだよなぁ、とDM(ダンジョンマスター)さんを見詰める俺達なのであった。

 なお、当の本人は照れたように頭を掻いていた。……いや、別に褒めてはないからね?

 

 



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その日、銀河に二つの星が生まれた

「そういえばふと思ったんだけど」

「なに?」

「いや、ここって珍しい遺跡なのにも関わらず、CHEATちゃんが騒いでないなー、と」

「騒いでいいなら騒ぐが!?」

「お、おう。自重してたのね……」

 

 

 

;・A・

 

 

 

 はてさて、TASさんの指示を受け、持ち場に着いた俺達である。

 ……決められた場所に立たないと(主にダミ子さんが)酷い目に遭う、という理由から彼女の指示に従っていたわけだが……。

 

 

「せんせー」

「はいお兄さん。なに?」

「これってー、この人達もやらなきゃいけなかったんですかー?」

「まさかわれらもむりやりうごかされるとは」

「あののーとにはさからえぬ」

「ふくしゅうしたーい」

「したーい」

「……口調の緩さに反して、とても物騒ですわね……」

 

 

 うん、その指示ってご覧の通り、半透明な愉快な仲間達()にも適用されてたんだよね。

 いやまぁ、彼らもここに存在しているのなら、その配置が悪影響を与える可能性は普通にあるわけだけど……お陰様でダミ子さんが既に酷いことに!

 

 

「…………」<ブクブクブクブクブクブクブクブク

「いやぁ、ここまで綺麗に泡を吹く人も初めて見たなぁ」

「本当に苦手なんですね、幽霊……」

 

 

 意外な弱点再び?いやまぁ、ろくろ首~とかやってた人と同じ人物か、これが?……みたいな気分もなくはないわけだが。

 なお後から聞いてみたところ、『妖怪とゆう……は違うんですよぅ!』と力説された。正直よく分からん。

 

 一応はダミ子さんを気にして始めたことなのに、結局ダミ子さんが酷い目に合ってるのはどうなん?……的な疑問を含んだそれを受けたTASさんは、顎に手を置いて暫く考え込んだあと、一言。

 

 

「……死ぬよりマシなのでは?」

「それは確かにそうなんだけど、なんというかTASさんの口から飛び出す言葉としては違和感が凄痛ぇ!?

 

 

 ……うん、それを言ったのが例えばAUTOさんだとか、はたまたMODさんとかだったのなら、ある程度納得というか説得力もあったのだろうけど……。

 うん、速さや凄さのためには命など単なるブーストアイテム、特に一山幾らのNPCなら使い捨ててこそなんぼ……みたいなTASさんに言われても、違和感しか感じないというか?

 

 ……みたいなことを言おうとしたところ、言い切る前にTASさんから小石が飛んできたのであった。眉間が割れる!

 で、この時ついでに気付いたのだけれど。

 

 

「……ん?いつの間にか足が動かない……?」

「もう位置決めは終わったから。そこからまた動かれると、調整するのが面倒」

 

 

 あまりの痛さにのけぞりそうになったが、なんと下半身がまるで石化したように動かない。

 お陰様で転倒することこそ無かったものの、痛みの逃がし方に少々戸惑ったんですがそれは?

 

 ……みたいな抗議の視線を投げ掛けたところ、寧ろジト目を返された俺である。

 もしかして俺、好き勝手に動くタイプだと思われてる……?

 

 

「そういうわけじゃないけど……これから起きることがわりとショッキングだから、貴方は意図せず動くんじゃないかなー、とは思わなくもない」

「お、おう。……ショッキング?」

「……これに関しては、お兄さんだけではなくみんなへの制限。特にそこらの幽r()「半透明!半透明の人ですぅ!!そういう生態なんですぅ!!」……半透明の人達は縛っとかないと確実に邪魔をしてくるから必要な措置」

「ふぅむ……ひげの配管工に出てくる丸くて白いのみたいな?」

「……私が見てるから動けない、ってわけじゃないよ?」

 

 

 なんだ、違うのか。

 ……いやまぁ、冒頭の彼らの台詞的に、彼女の持つノートが彼らを縛っている、と考えるのが正しいのだろうが。

 それとショッキング?んでもって周りの人達も思わず動きかねない??

 

 ……なんだろう、今からTASさんが遥か二百億光年先に飛び立ち、その場で星を創生してその守り神になる、みたいなことでも起きるのだろうか?

 

 

「どういう想像ですの……?」

「ある意味間違ってない、流石お兄さん」

「あってるんですの!?」

 

 

 ええ……(困惑)。

 わりと無茶苦茶な想像だったはずなんだけど、TASさんから返ってきたのは「流石」みたいな反応。

 ……つまりなに?一時的にしろ、誰かが二百億光年先に放り出されるみたいなことがあると?

 

 

「その通り。では早速……ポチッとな」

「「え?」」

 

「 「

き う

ゃ わ

ぁ ぁ

ぁ あ

あ ぁ

あ ぁ

ぁ あ

ぁ あ

あ ぁ

あ ぁ

ぁ あ

ぁ あ

ぁ あ

ぁ あ

あ ぁ

っ っ

! !

! !

! !

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」 」

 

「お二人が!」

「没シュートされた!?」

 

 

 突然地面に空いた穴。

 それは今回の中心人物、MODさんと王女様をすっぽりと飲み込み、すぅっと消える。

 代わりに中空に浮かぶのは、どこか遠くの宇宙空間。

 ……その中に一際輝く何かが二つ、くるくると回り続けている……。

 

 

「大いなる地より、果てなき宇宙へ。禍つ輝きを今ここに、新たなる息吹と化さん。星来せよー、星来せよー」

「なにその謎の口上!?ってうお眩しっ!!?」

 

 

 その光景の裏で流れる、なんかモンスターでも召喚しそうなTASさんの言葉。

 それらが合わさり、遺跡の内部が輝きに包まれた結果。

 

 

 遥か宇宙(そら)の彼方に、新たな双子星が産声を上げたのであった──。

 

 

「わたしがやりました」<フンス

「言うとる場合かー!!」

 

 



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更新の余地がある。また機会があればやりたい<フンス

「……うう、酷い目に遭った……」

「うふふふ、燦々と輝くあれは、もしかして太陽でしょうか?──いいえ違いますわね。もしあれが太陽なら私達、こうして五体満足で居られるわけありませんもの。パッと蒸発して何も残りませんの、うふふ……」

(お、おう。王女様の精神が大分お労しいことになっておる……)

 

 

 突然の宇宙旅行、どうでしたか?

 ……などと聞けるような状態ではない二人の様子に、思わず冷や汗を流す俺である。

 

 地面にTASさんが空けた例の穴、どうやらそこを通る際にあれこれと物理保護とかを乗せていくタイプのモノ、だったらしいのだが……仮に命に関しては保証されていたとしても、突然宇宙空間に放り出されればそりゃ精神を病むのが普通……と言うものである。

 

 それに、二百億光年先ともなれば、恒星──すなわち光源があるかもわからない無明の世界。

 こっちからはモニター越しに彼女達が輝いているのが見えたが、向こうからすれば突然真っ暗闇に放り出されて上も下もわからなくなったうえ、いきなり視界が極光で満たされたわけなのだから堪ったものではないだろう。

 

 それらの事情を鑑みれば、この王女様の錯乱っぷりも納得できようというものである。

 寧ろ、MODさんが意外と大丈夫そうな方が意外と言うか?

 

 

「いや、私も思いっきり参ってるからね?なにせ無重力空間でシェイクされたうえで、さらには遠心力まで掛けながら転がされ回ったんだから」

「その辺に関しては不可抗力。内部に満たされた冥界のエネルギーを貴方達に触れさせ、さらにかき混ぜて励起させるまでしないと、星の生誕は成功しなかった」

「……今さらだけど、必要なことだったらなんでも許される……とでも思ってるのかいキミ?」

「?寧ろなんで許されないの?やらないとみんな全滅」

「うーん、TASさん特有の思考回路……」

 

 

 そんなMODさんだが、珍しくちょっと苛ついている感じでもあった。

 

 まぁ確かに?突然無茶振りされた挙げ句肉体的にも振り回された格好となるわけだから、彼女の怒りも分からないでもないのだが……。

 なんかこう、それだけに留まらない怒りの原因があるような気がする、というか?

 

 などと言葉を漏らせば、彼女は一瞬目を見開いたのち、バツが悪そうに頬を掻いたのであった。

 

 

「……あー、TAS君」

「なに?」

「……もしかしてわかりやすかったかい、私」

「そうでもない。お兄さん相手だと分が悪いだけ」

……そうかい

「???」

 

 

 ……この子達、なに目線で通じあってるの?

 なに、突然いちゃつき始めた、みたいな解釈でいいのこれ?百合の花なの?こんな辛気臭いところで?

 

 そんな風に首を傾げる俺に対し、MODさんは苦笑を。TASさんはいつもの無表情をこちらに向けてきて……。

 

 

「やべぇ~ですぅ~っ!!!」

「うごえっ!?」

「うわぁ」

 

 

 俺が口を開こうとした瞬間、襲い来るのは突然の腰への衝撃。

 耐えきれずに吹っ飛ばされた俺が目を回しつつ、なにが起きたのかを確認すれば、そこには俺の腰にしがみつくようにして抱き付いている、ダミ子さんの姿があったのだった。

 ……なんかデジャヴ感があるなぁ、と思いながら彼女を剥がそうと両手を上げて、

 

 

「私を剥がす暇があるならぁ、さっさと避難しましょうですぅ~っ!!!」

「ん?避難?……ってうお危なっ!!?」

 

 

 彼女が必死に叫んだ言葉に、思わず動きを止める。

 

 ……避難?どこから?ここから?

 そんな感じに首を捻った俺の横凡そ十センチほど外に、落下してきたのは大きな岩の塊であった。……いや危ねぇな!?

 

 突然なんなんだ、と俺が引き気味にそれを見ていると、微かに周囲から聞こえてくる音に注意が向く。

 なんというかこう……擬音にすると『ゴゴゴゴ……』みたいな感じの音がする、というか?

 

 

「つまり地響き?」

「そうそう、TASさんそれそれ。……地響きぃっ!?

「うわビックリした」

 

 

 いつの間にか近寄ってきていたTASさんの言葉に、思わず手を鳴らして『それだ』と頷く俺。

 ……頷いたあと、頷いている場合じゃねぇやと飛び起きるまでがワンセットである。

 

 改めて周囲を見渡せば、そこらに配置されていた半透明の人達はいつの間にか消え掛かっており、筆頭株であるところの墓守さんの姿は見当たらない。

 代わりに見えるのが、ここに集まっている面々以外の、他のメンバー……AUTOさんを筆頭とした幾人かが、出口に向かって走っていく姿。

 

 ──その背後をピタリとマークするように、天井からは先ほどの岩と同じくらいの大きさの──まぁ要するに天井の建材が落ちてきている、というわけである。

 

 ……はっはっはっ。

 つまりこれはあれだな?と思わず遠い目になりながら、視線を一定の方向──端的に言うとTASさんの方に向ける俺。

 その視線を受けた彼女は、珍しくにっこりと笑いながら、決定的なその一言をこちらに告げてくるのであった。

 

 

長くて()苦境な()戦いだった()……」

「やっぱり崩落エンドじゃないですかやだー!!?」

 

 

 ……うん、つまりは『TAS、ここでも許されません』ってことだな。

 いや笑い事じゃないんだが?(半ギレ)

 

 



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クリア後の操作が終わってないのでウイニングランではないです

 はてさて、それからのことに語るべきことは──いや、結構あるな?

 

 なにせ、その時まで完全に頭の中からすっぽ抜けていたが……今の俺達、王女様の誘拐犯である。

 しかも現状、当の王女様は絶賛錯乱中。

 ……ROUTEさんの存在が相手側に知られていた場合は、それらに『誘拐の計画犯』の存在まで追加される始末である。

 こうなると言い訳ができないというか、下手に言い訳をするとそのまま銃殺されそうというか?

 

 いやまぁ、TASさんがいる時点で(銃殺)の可能性はゼロに等しいんだけど。

 その場合は銃殺されそうになったこと(それ)を口実にして、逆に『これもいい経験』とか言いながら城崩しへと邁進しそうな危なさもあるというか。

 

 ……崩す云々で思い出したが、件の遺跡はあのあと完全に崩落し、砂の中へと消え去ってしまった。

 余裕が残っていれば内部の探検をしたい、と述べていたCHEATちゃんが特大級の悲鳴を上げていたが……過ぎたことは仕方ない、と気持ちを切り替えるように告げたらしこたま殴られた。解せぬ。

 

 まぁ、そんなわけでして。

 こちらとしては王女様をとっととお返しし、この国からとんずらしたい気持ちでいっぱいなのだけど。

 

 

「それができるのなら苦労はしない、というわけですね」

「ですねぇー……いやマジでどうしようかこれ?」

 

 

 一先ず隠していたキャンピングカーの中に逃げ込んだ俺達は、現在脱出時に目を回してしまった王女様をベッドに寝かせつつ、今後の方針について話し合い中である。

 ……いや、目標は決まってるんだよ。王女様を返して日本に帰る、という目標は。

 

 問題は、それを達成する最適な案が思い付かない……というだけで。

 

 

「まずやるべきなのは、王女(彼女)の正気を取り戻すこと。これをクリアしないことには、国際問題の発生を否定しきれない」

「彼女が消息を経ったのぉ、日本国内の話ですからねぇ」

 

 

 一つ目の問題は、彼女の正気に付いて。

 ……いやまぁ、仮に現在正気だったとしても、それはそれで『日本国内から何故自分の国に戻ってきているのか?』という謎が残ってしまうわけなのだが。

 それに関しては最悪、巷を駆ける敏腕スパイ・『Man Of Different』のせいにしてしまう……という解決方法が残されていると言えなくもない。

 

 

「彼女からの依頼である、という風に押せばなんとかなる……みたいな?」

「その話の信憑性を上げる為にも、是非とも王女様には正気を取り戻して頂きたいところですわね」

 

 

 まぁ、今AUTOさんが言った通り、最終的な解決手段があったとしても、その前提段階で躓いているので意味がないのだが。

 ──それに、問題はそもそもそれ一つではない。

 

 

「……どう言い訳しようか、あの遺跡」

「今は眉唾みたいな感じって聞いたけど、あの墓守の言うところによれば周期的に冥界に頼り出すんだろ、あそこの人達。……最悪滅ぶんじゃね?」

 

 

 いやまぁ、それに関しては今や明日、来年のようなすぐにやってくることではないと思うけど……とはCHEATちゃんの言。

 

 そう、あのまま遺跡を放置するのはNG、というのはあくまでこちら側が発見し、そのまま強行した要素。

 ……言い換えると、向こうからすれば最低でも『他所の国の人間が、自国の重要文化財に対しての破壊工作を行った』という感じに見えてしまうわけなのだ。

 王女誘拐に加え、更には自国の遺跡まで壊している……こんなのどうやって許して貰うんだ、みたいな?

 

 しかもこれ、あくまで現段階だから()()()()で済む話で、もしまたかの国の地下資源が枯渇する……なんてことになれば、彼らは再び冥界の門を叩こうとする可能性が非常に高いのである。

 どっこい、その冥界へと続く道──遺跡は、ご覧の通り崩落済み。

 

 ……うん、遠い未来にこの国の滅亡が決まったようなもの、というか?

 

 

「やべぇよやべぇよ……」

「落ち着いて」<チョップ!

「いでぇ!……うん、俺は落ち着いた」

(それは落ち着いていない人の言い種では……?)

 

 

 世界平和の為には、少数の犠牲は仕方ない……なんてことを言うつもりはない。

 いやまぁ、TASさん的には『そっちの方が早い』のなら選択したいのかもしれないが、それでは後々見返した時にしこりが残るというか?

 

 

「なるほど、オペレーション・レスキュー。被害ゼロ縛りということ」

「え、ああうん、そんな感じ」

 

 

 ……いやまぁ、もうちょっとNPCに愛をあげて、って感じなんだけどね?

 っていうかそもそもNPCって括りもこっちの勝手な区分で、実際にノンプレイヤーってわけでもないだろうけども。……何の話だ?

 

 ともかく。

 TASさんには記録だけでなく、その所業にも胸を張って欲しいところ。

 その為には、こんなところで下手な前科など付けさせるわけにはいかないのだっ。

 

 

(前科……?)

(前科…………)

「みんなの視線が失礼。やはり頼れるのはお兄さんだけ」<ヒシッ

「ああそうだ、俺がTASさんを栄光の道に連れていってやるよ……!」<ヒシッ

(……冥界の瘴気に頭をやられたのでしょうか、この方)

 

 

 なんか周囲からの視線が生暖かいけど、俺達は方針を曲げないよ!

 ……まぁ曲げないからといって押し通れるわけでもないんですけどね。現実は厳しい。

 

 



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クリア報酬のキャラ、というわけではない

「いやー、感動した!人と人との暖かい思い遣り、久しく忘れていた光景だ……」

「……こ、この声は!?」

 

 

 どうしたもんかねー、ねー?

 ……みたいな感じに首を傾げていたところ、突然キャンピングカー内に響いたのは拍手の音。

 それから続けて、直近まで何度も聞いた声が、こちらの耳朶を打つ。

 

 まさか、と視線を巡らせ、俺達が見つけたのは。

 

 

「そういうわけで、困った時の墓守お兄さんだ。待ってたかい?」

「ふん!!」

「うお危なっ!?いきなりなにをす……いや話し合おう、確かに出現場所がとても悪かったことに関しては謝ろう。でもほら、地下から脱出してきたんだから私が下から出てくることは予測できて然るべきぐえー!!?」

「そのまま!地下に!お戻り下さいませ!!」

「……いやー、そりゃそうだよ墓守のダンナ」

 

 

 AUTOさんのスカートの下に現れた、墓守さんの姿なのであった。……あ、踏み潰されて地面に沈んでいった。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「いやー、ははは。酷い目にあった」

「でしょうね」

 

 

 いやまぁ、アレだけで済んで寧ろ良かったね、というか?

 そんなわけで、冥界への道の崩落と共に、そのまま運命を共にしたと思われていた墓守さん、奇跡の再出演である。

 

 喜びも怒りもひとしおに、改めて向かい合った俺達。

 その姿を見て(?)彼は薄く笑ったのであった。

 

 

「その分だと、何故私がここにいるのかということについては大体予想が出来てるみたいだね」

「まぁ、タイミング的にもこっちのトラブルを解決してくれる気なんだろうなぁ、ということくらいは読み取れると言いますか……」

 

 

 確かに彼、役職的には悪の元締め、みたいな感じだが……その実、冥界を閉ざすことに否定的でも非協力的でもなかった辺り、少なくともこちらの敵ではないことは確定していた。

 ……まぁ、味方と言うほどこちらに利をもたらしてくれたか、と言われるとちょっと微妙なところもあるのだが。あそこに地下がある、ということを知らせてくれたくらいかな?

 

 ただ、そんなどっち付かずの態度を取ることは、もう止めにしたらしい……というのは、彼の纏う空気を見ればわかる。

 口調こそ変わってないけど、そこには上に立つものの気概、とでも言うべきモノが宿っていたからだ。

 

 

「……ふむ、良い目をしている。惜しむべからくは、君がうちの家系の人間じゃないってことかなー。どうかな?今からでもどっちかに婿入りする、というのは」

「?!」

「あー、そういうのはまだ早いかなー、と」

「むぅ、それは残念」

(……いきなり結婚は重かった。このルートは失敗)

 

 まぁ、それを読み取ったこちらに対しての言葉は、どうにも冗談なのか本気なのか分かり辛かったわけだが。

 ……いやほら、多分冗談だろうから、そんなに睨まないで貰えないですかねMODさん。

 別に貴方が魅力のない人、って言ってるわけじゃなくて、明日無事に帰れる保証もない状況でそんなこと言われても困る、ってだけで。

 

 あとほら、俺ってばバイトはしてるけどニートみたいなもんだし。半ばTASさんに養われてるようなものだし。

 そんなやつが冗談を真に受けるとか『死ね!』って言われても仕方な……なんでみんなして俺を残念なモノを見る目で見てくるんです?

 

 状況に困惑して首を捻っていると、目の前の墓守さんから苦笑が漏れた。

 

 

「いや、失礼失礼。弄りがいのある御仁だと思ってはいたけど、まさかここまでとはねぇ」

「やっぱりからかっていやがりましたかこの人は」

「はっはっはっ!当たり前だろ~う?だーれが君みたいな唐変木にうちの可愛い子孫を嫁がせるもんか!」

「そ、そこまで言えとは言ってねーんですけどぉ!?」

「はっはっはっ!悔しかったら彼女の一つや二つでも作って見せるんだね!」

「い、言わせておけば……幾ら子孫が栄えてるからってぇ……」

「あ、それに関しては誤解だよ。私は清い体だからね。彼女達は妹筋の子孫さ」

は、はぁ!?滅茶苦茶偉そうなこと言っておきながら、自分は未経験だぁっ!?」

「そりゃそうさ。だって私、端から生きて帰るつもりもなかったからね。妻になった人間に変な傷を残してしまうとか、それこそ罪作りだろう?」

「……っ!!………っ!!?」

 

 

 それを、言われちゃ、なんにも言えねぇだろうが……っ!!

 いわゆる未経験煽りをしてきた相手が未経験、という状況下において、未経験である必要があったとか誰も反論できないでしょいい加減にしろ!

 ……あと、言葉を濁しているとはいえさっきからシモい話ばっかりしてるから、周囲の目線が酷いことになってます!

 

 どうすんだよこれ、軌道修正不可能だろ……などと思っていた俺に対し、救世主は意外なところから現れたのでした。

 

 

「……それで、お兄さんのことはともかく、貴方はこの状況をどうやって解消するつもりなの?」

「んん?……あーうん、それに関しては簡単さ。いい加減、この国も冥界の庇護から抜け出す時だった、というだけの話だからね」

 

 

 それはTASさん。

 彼女はさっきまでの空気を絶ち切って、話を軌道修正して見せたのだ。

 よっ!流石TASさん日本一!「お兄さんは静かにしてて」って言われたから黙ってますね!

 

 そんなわけで。

 俺達は墓守さんの口から提案された作戦に従い、この国の負の連鎖を完璧に終わらせることとなったのでした。

 

 



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はい、これにて閉廷!終わり!

 その日、王城の中は特にピリピリとした空気に包まれていた。

 

 出向先で突然消えた王女。……それだけならばまぁ、お転婆なところのある王女の暴走、という形で済んだのだろうが。

 直近で伝えられたことが、大いに彼らを苛立たせていた。──そう、遺跡の崩落である。

 

 ()()()()滅多に近寄ることのなくなっていた場所だが、彼処はこの国における聖域のようなもの。

 ……意味と意義を失われていたため、仮に活用するとしても観光資源になるか否か、といったところだが……それでも、自国の財産が突然無に帰した、となれば落ち着いていられるはずもない。

 

 更に、その話に少なからず王女が関わっている、というのも頭の痛いところであった。

 宝物庫に置かれた、()()()()()()()()()()()()()()──。

 それを見た王女は、その時から「あの遺跡は壊すべきだ」と表明し続けるようになった。

 

 あれらの書物には遥か昔、この国があの遺跡によって発展してきた……という()()()()が載っていたのだが、そのやり方が非人道的すぎると非難していたのだ。

 無論、それらは単なるおとぎ話にすぎず、本当にそんなことをしていたわけがないと何度も説明したのだが……聞き入れず。

 仕方なく、暫く放置していたのだが……ある日突然、そんなことを言っていたのを忘れたかのように、『日本に行きたい』と溢すようになったのだ。

 

 この国からは遠く離れた、極東にあるという国。

 ……何故そんな国に行きたいと言い始めたのか、疑問は尽きなかったが……前までの彼女の要求に比べれば、遥かに聞き届ける意味があった。

 それゆえ、気晴らしも兼ねてかの国に送り出したのだが……結果は突然の失踪。

 

 我が国の資源を狙い、王女を誘拐しようと企むモノも居るだろう、と護衛を常より多めに同行させたものの、王女側がそれを振り切ってしまっては話にならない。

 結果、日本に行きたいというのは単なる口実で、本当は一人になるチャンスを窺っていたのではないか?……という予測が立ってしまったのだ。

 

 その状況下で、今回の案件である。

 数日前には『Man Of Different』なる、胡散臭いスパイの話も届いている。

 ……その状況下で、二つの物事が全くの無関係、とするのは中々に難しいだろう。

 

 つまり、あの遺跡の崩落は王女の伝のモノが行ったことであり、それが本当であるのならば、生半可な罰では足りないぞ、ということになるわけで……。

 

 などと、王城内の人間があれこれと議論している時に。

 ──それは、彼らの前に降り立ったのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

 えー、結論から言いますと、驚くほどにスムーズに行きました。

 いやもう、なんというか全自動のゲームでもやってるのか?……くらいのスムーズさでしたね、これが。

 

 やったことはとっても単純、王女様(気絶中)に憑依した墓守さんが王城で演説をぶち上げた、というだけの話なのだが……まぁ人を扇動することの上手いこと上手いこと。

 なんならそのまま、王城内の人々全員洗脳したかのように死兵にだってできてたでしょ……と疑ってしまうくらいの手際の良さであった。

 

 で、その口の上手さを最大限生かした彼は、国の方針を『地下資源だけに頼らない』モノへと変更し、また現在王女様に憑依している自分が、初代国王とでも呼ぶべき存在であることを認めさせたうえで、二度と冥界などというあやふやなモノに頼ることのないように……と誓約を結ばせたのである。

 

 まぁ、今の人々は冥界に頼っているという自覚がない、という部分もプラスになったのだろうが……ともあれ、あのままだとそう遠くないうちに起きていただろう問題のほとんどは、こうして無事(?)解決したのであった。

 

 

「……ですが、その場合どうやって国を運営して行くことになるのでしょうね、あの国は」

「資源を掘り出すだけだったのが、その資源を加工する技術・再利用するための技術を磨く方向に進んでいくと思うよ。今の時代って、そういうのが重要なんだろう?」

「なる、ほど?」

 

 

 恐らく、あの国はそう遠くないうちに技術立国となるだろう。

 そう確信したように喋る墓守さんの声は、どこか晴れやかで。

 そうして彼の姿が薄れていっていることに対し、俺達に驚きの色はないのであった。

 

 

「おや、少しは驚かれるかと思ったんだけど」

「いやまぁ……幽霊だっていうなら、未練が晴れればそりゃ成仏するだろうなぁ、というか」

「それも確かに。……まぁ、私の場合は冥界の底に還る、というだけの話だけどね」

 

 

 これでもう会うこともないだろう、と別れを告げる墓守さん。

 確かに、余程のことがない限りもう会うことはないだろうな、と相槌を打とうとした俺は、

 

 

「ん。そのうちそっち(冥界)にも本格的に遊びに行くから。──またね」

「──ふっ、また問題が起きても知らないぞぅ?」

「寧ろそれが目的」<キラリ

「ちょっとTASさん?!」

 

 

 不敵な笑みと共に放たれたTASさんの言葉に、思わずツッコミを入れる羽目になったのでしたとさ。

 

 



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暑すぎるので太陽壊していいですか?

くーそーあーつーいー

「いやホントに。向こうより気温的には低いはずだけど……大して変わらねーよ感覚的に」

 

 

 はてさて、王女様のご実家での大冒険から早数日。

 日本に戻ってきた俺達は、そのままいつもの日常に戻っていたのであった。

 

 ……え?合宿?MODさんの参戦イベント?

 合宿はともかく、MODさんの参戦イベントに関しては、帰ってきたその日の内に終わってますがなにか?

 

 いや、幾らなんでも雑すぎるだろう!

 という悲鳴じみた抗議がMODさんから上がったりもしたが……あれだ、前段階が盛られたことで本編はほどほどの描写になった、みたいな?

 まぁそんなわけなので、こちらからは特に変化もなく前の周と似たような展開が流れただけだった、とだけ。

 

 で、肝心要の合宿についてだけど。

 これに関しては、この間までのあれこれで人が増えてしまった(具体的にはROUTEさん)ことから、調整のため延期中である。

 

 

「……いや、なんで俺は引っ張り込まれてんだ……?」

「一応監視目的」

「おい、一応ってなんだ一応って」

 

 

 なお、本人的には向こうの話が終われば現地解散、だと思っていたのか……こうしてはるばる日本くんだりまで連れてこられたことに、わりと驚愕していたのであった。

 ……そういえばROUTEさんって、どこの国の人なんだろうね?

 空気感とか使ってる言葉とかは普通に日本だったけど、見た目が日本人らしからぬというか……。

 

 

どこでもよくな~い?打ち解けたいならそのうち打ち明けるよ~

「……それそうか」

 

 

 なお、そんな俺の疑問は、横で溶け掛かっているCHEATちゃんの言葉に、すっぱり切られてしまいましたとさ。

 ……なんでもいいけど、そのうち『動かなくても暑いんだけど~』とか言い出しそうね、君。

 

 

実際暑いんだも~ん。こんな日に買い出し行けとか、処刑と何が違うのさぁ~

 

 

 お、おう。なんかもうキャラクター性まで溶けてない?君。

 

 ……それはともかく。

 現在俺達が、この炎天下の中を暑さに焼かれながら歩いているのは、偏に買い出しのため。

 すなわち、近くのスーパーに今日の夕食の食材を買い出しに行こうとしている、というのが大きい。

 

 なにせ、今日は卵の特売日。

 他にモノを千円買う必要があるとはいえ、卵一パック百二十円ともなれば目も眩むというもの。

 ……お一人様二パックなので、二人なら四パック買えるというわけである。

 

 全員で来ればもっと買えるのでは?……というツッコミに関しては、正直夏場の卵を何週間も使いきれずにいる、という状況の方が不健全だと思うと返しておく。

 実際、四十個あればそれなりに持つからね、殊更に卵を使う料理をしまくるとかでもない限り。

 

 あとはまぁ、あんまり大量に買っていくと良くない印象を抱かせてしまうかも、というのも理由の一つかもしれない。

 店側や他の客からの悪評を稼いでも良いことないからね、仕方ないね。

 

 で、なんで買い出しに出てるのがこの二人なのかというと。

 まず俺が行くのは決定。で、二人目をどうするかという話になった時……。

 

 

「今回はパス。私にはROUTEを見張る?仕事があるから」

「なぁこいつぜってぇ他の意味で俺を見てる気がするんだけどぉ!?俺が付いていくのは無しかなぁ!?」

「ダメ」

「あ、あー。私も一緒に居ますから、落ち着いてください……ね?」

 

 

 まず、TASさんが珍しく一緒に行かない、ということを表明。

 理由としてはROUTEさんを見張らないといけないから、というものだったが……うん、多分どころか確実に他の理由の隠れ蓑でしかないよねそれ?

 まぁ、こっちとしてはTASさんの判断を尊重するつもりなので、その辺りを突っ込むつもりはないのだが。

 

 とはいえ、それで堪ったものではないのが当の見詰められているROUTEさんである。

 何を見ているのか・何を見られているのかもわからないTASさんの視線は、冷静に考えなくても怖くて仕方がないだろう。

 なので、彼女の悲鳴そのものには共感できるのだけれど……すまんね、うちではTASさん最優先なんだ。

 

 そういうわけなので、みんなのお母さん(誰がお母さんですか、とチョップが飛んできた)DMさんに二人の様子を見て貰うことにして、残りのメンバーであるCHEATちゃんを連れて出てきた、というわけなのであった。

 ……え?AUTOさんとダミ子さん、それからMODさんはどうしたのかって?

 

 AUTOさんとMODさんは用事があるとかで今日はまだ来てないし、ダミ子さんに関しては外に出したらCHEATちゃん以上に溶けて蒸発しそうだったので躊躇した……みたいな感じである。

 

 

「……いや、冷静に考えたら蒸発するってなんだよ?」

「この間……ってなんかもう大分前の話のような気がするけど、ダミ子さんの姿が妖怪になったりとか色々あっただろう?」

「まぁ、あったね」

「あれ以来、耐えきれない状況になるとなんかスライムみたいになっちゃうらしくてねー」

「……それは生命としておかしいどころの話じゃないんじゃねーの???」

 

 

 流石は不思議生物・ダミ子さん。

 ……などと適当なことを言えば、CHEATちゃんは微妙な顔でこちらを見詰めてくるのであった。

 

 



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仲良くなるには一緒に動くのが一番

「合宿前にもう少し、皆がフレンドリーになっておく必要がある」

「……なるほど?」

 

 

 などと言うことをTASさんが述べた日の次の日の朝。

 彼女によって外に集められた俺達は、一様に動きやすい格好をしていたわけだが……その集団に巻き込まれた形になるROUTEさんだけは、なんだか微妙な顔で頭を掻いていたのだった。

 

 

「どうしたんですROUTEさん?なんだか微妙な顔をしてますけど」

「……いや、これって必要なのか?マジで?」

「目標達成まで私達は一蓮托生。例え貴方が隠しキャラでも逃がさない

「ほんのりホラーにすんの止めろや!!?……お前らはお前らでなんだその顔」

「いやー、まだ慣れてないんだなーと思って」

「…………」

 

 

 不思議に思い、話し掛けてみたところ……どうやらこのテンション(?)にまだ慣れてない、というだけのご様子。

 いやだなぁ、これから長く──TASさんの目標だという俺の死の回避を成し遂げるまで──一緒に生活することになる公算が高いのに、そんなノリじゃ早々にへばっちまいますぜぃ?

 

 ……なんてことを考えていたところ、当のROUTEさんは先ほどよりも激しめの微妙な顔をしていた。

 この分だと、この前みたく選択肢の応用で人の思考を読んだ、とかだろうと考えていたら更に微妙な顔に……。

 

 

(……なぁおいTAS)

(なに?)

(俺は腐っても、未来視の末席に身を置く存在だ。だからまぁ、お前さんの最終目標とやらについても、なんとなーく理解はしてる)

(ほう。なるほどなるほど。……それで?)

(……やっぱり俺が色仕掛けするのが一番早いんじゃ)

(そんなことしたら、奥手なお兄さんのことだから一生口聞いてくれなくなるよ)

(え、えー……?)

 

 

 そのままTASさんの方を向いてしまったため、恐らくは彼女と念話でもしてるのだろうが……なんだろう、なんか知らんけど断固抗議した方が良いような気分になってきたんだが?

 とはいえ俺はエスパーでもなんでもなく、自分の勘に任せて動くとろくなことにならないのも理解しているため、素直に二人が念話を終えるのを待つことにしたのでしたとさ。

 

 

 

;=A=

 

 

 

「話は纏まった。それでは第一回『チキチキ☆てめぇの血は何色だ』競争を──」

「色々と待って!!?」

 

 

 数分後、話を終えたらしい二人がこっちに戻ってきたのだが……今俺が思わず声を挙げたように、そこにはツッコミ所が満載なのであった。

 

 まず第一に、『チキチキ~』云々の部分。

 ……血の色はって殴り合いでもさせる気なんです?

 いやまぁ、今いるメンバーだけ見たら、それこそ俺がみんなを殴って……みたいなバイオレンスが展開されそうに感じるかもしれないが、それはあくまでも外見的に見た場合。

 このメンバーの場合、血塗れにされるのは寧ろ俺の方であり、特にDMさん辺りはそもそもメカパンチに人が耐えられるわけないでしょうが、というツッコミ二度打ちが許されるレベルである。

 根本的に一番か弱いのが俺なので、そんな展開になったら逃げるしかないのだ。

 

 ツッコミ所はそれだけに終わらない。

 戻ってきた二人の姿だが、これまた先ほどとは全然違うものになっていた。

 TASさんは単にさっきまで普通の服だったのが、他の面々と同じく動きやすいジャージに変わっていただけなのだけれど。

 問題はROUTEさんの方。

 

 

「……ん?どうした、悩殺されたか?」

「──痴女!!

「そうかそうか、悩殺さr()……なんて?」

 

 

 なんとその格好は、いわゆるブルマーと呼ばれるモノだったのである。

 最早噂にしか聞いたことのない服装だったわけなのだが……ああうん、これは宜しくない。主に()()()()()()()()()()()?と勘違いされそうなのがよくない。

 

 

「いいですか!覚悟して聞いてください!」

「え、あ、はい」

「まずいい年頃の女性が無闇に足を出さない!確かに動きやすそうだけど、こんなの外で履いてたら変なの寄ってくるに決まってるでしょうが!」

「いやでも、昔はこれが普通だと」

昔は昔!今は今!!コンプライアンスやら女性の権利やらあれこれ言われる昨今なんですから、貴方も自覚を持って行動してください!例えばダミ子さんのようn()ぎゃーっ!!?

がじがじがじがじ(よくわかりませんがぁ)がじがじがじがじ(バカにされた気がしますぅ)

「してないしてない痛い痛いっ!!?」

 

 

 アカン、このままだとタイトル通りに血塗れになってしまう!?

 頭に噛み付いてくるダミ子さんを必死に宥めつつ、俺は周囲を走り回るのであった。

 

 

「……その、気を落とさずに。私は最初からこうなるの見えてたけど、それでもチャレンジする精神は大事だから」

「……痴女」

(……あ、思ったよりダメージ受けてるこれ)

 

 

 なお、そうして走り回る俺とは対称的に、TASさんとROUTEさんの二人はなんだかしんみりしていたことをここに記しておく。

 

 



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仲間外れは良くない、とても良くない

「あれから色々あった。お兄さんを千切っては投げ、千切っては投げ……」

「ホントに千切るやつが何処にいるってんだよ、ええ?」

…………( ΦωΦ)ノ)」<スッ

「挙手するなぁ!!」

 

 

 いやホント、いつの間にこの世界こんな猟奇的な場所になったし、とツッコミたくなったもん。

 ……なにがあったかを端的に説明するとこうなる。『俺を使った雪合戦』と。

 

 まさか、俺が他の面々と戦わされると単にボコられるだけだからって、フィールド役の方に割り振られるとか思わないじゃないですか……。

 

 

「その辺りはCHEATの協力のお陰。辺りの属性をお兄さんに書き換えるのは私一人だと苦労してた」

「おーまーえーのーせーいーかー!?」

「いひゃいいひゃい!?やへひょよはは!!」

 

 

 下手人は貴様かぁ!?

 ……とばかりに頬を引っ張られるCHEATちゃんだが、こっちの惨状を見て指差しながら大笑いしてたから遠慮は要らないですよね、はい。

 

 ……まぁ、俺が体を張った結果として、ROUTEさんもなんとなくみんなに馴染んだようではあるみたいだが。

 

 

「いや……馴染む馴染まないの前に、このまま放っとくともっとエスカレートする選択肢が見えたっつーか……」

「はっはっはっ。……お手数お掛けします」

 

 

 なお、本人的には慣れたってより、これ以上ヤバイものを見たくないという自分本意な部分の方が大きかったようだが。

 でもそのお陰で俺の苦労が半減したのは本当なので、感謝は忘れない。ありがとうROUTE、サンキューROUTE、フォーエバーROUTE。

 

 

「……それで、この催しはこれでおしまい、ということで宜しいんですの?」

「ん、最後にもう一つやることがある」

 

 

 ……収拾が付かなくなった感のある空気をスパッと斬ってくれるAUTOさんは流石だな!

 いやだってさぁ、なんか気まずいのかROUTEさん、こっちの感謝に目を逸らすしかしてくれないんだもん。

 反応返してくれないと止めるに止められないじゃん。

 そういう時はやっぱりAUTOさん。頼れる憧れるぅ!……っていうとしっかりツッコミ(チョップ)が返ってくるから流石です。

 

 ともあれ、ある程度打ち解けられたのだからこれで解散……となりそうなものだが、AUTOさんの言葉にTASさんが返したのは『まだなにかある』という旨の言葉。

 ……ふむ、思いっきり体を動かしたあとだから、皆で食事を囲む……とかやるのかな?……などと思っていたのだが。

 

 

「……百貨店???」

「ROUTEも今日から本格的にうちのメンバー。ならいつまでもお客さん(ゲスト)用の寝具や食器ではなく、本人用のを揃えるべき」

「いやまぁ、それはそうなんだけども」

 

 

 え、なんで今?

 別に後日でも良くね?

 

 ……などと俺が考えてしまったことからわかるように、今の時刻は大体午後六時。

 いつもなら夕食の準備を始めている時間帯なのだが、そんなタイミングに俺とTASさん以下初期組三人とROUTEさんは、揃って近くの百貨店に足を運ばさせられていたのであった。

 え?残りのメンバー?家で夕食の準備してると思うよ。今日は焼き肉だ!

 

 

「まるでなにかに優勝したかのような話ですわね……」

「今日はお兄さん()対戦をしていた。つまりシューティングをしていたようなもの。だから優勝したと見なすのも間違いじゃない」

「……その場合って、食べるのカツ丼じゃないっけ?」

「いや何の話だ?」

 

 

 うーん、話が脱線しまくっている。

 いやまぁ、五人も人が居れば当たり前なんだけどね?

 

 ともあれ、なんか唐突に始まったROUTEさんの生活必需品購入の旅である。

 

 

「コップはこれがおすすめ」

「……いや使い辛くないかこれ」

「でもこれが良いという理由を貴方は理解できるはず」

「ぬぅ……」

 

「……猫耳マグカップを持って真剣に悩んでるんだが?」

「視点がTASさんに近い部分があるせいか、私達よりも振り回され度数が高い気が致しますわね、彼女」

「……はっ!?つまりTASが二人に増えたようなもの……ってこと!?」

「流石にTASさんほど弾けてはないと思うぞ、ROUTEさん」

 

 

 いや、寧ろ同列に扱われるのは嫌がりそうというか?

 できることに近い部分はあれど、原理的にまったく同じってわけでもないのだろうし。

 

 

「パジャマはこれ以外認めない」

「……なんで悉く猫押しなんだよ」

ネコ(かみ)と和解せよ」

「なんか突然無茶苦茶なこと言い出したんだが!?」

 

「……急激に趣味を押し付けているだけ、という気配がしてきましたわね」

ネコ(かみ)と和解せよ」

「!?」

「あ、こっちも猫派か……」

 

 

「布団はこれがベスト」

「……普通だな」

「それにこの枕」

「なんでここに来て犬!?」

 

「……あれ?やっぱり単に趣味を押し付けていらっしゃるわけではない……?」

ネコ(かみ)と和解せよ」

「なぁー?こいつってどこ殴れば戻るんだっけー?」

「斜め後ろ、右耳の頂点部分に掠めるように……というのがポイントですわ」

「オッケー」<ズビシッ

「痛ぇ!?」

 

 

 ……とまぁ、そんな感じに買い物は進んでいったのでしたとさ。

 どうでもいいけど俺の扱い酷くない?

 

 



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改めて、乾杯

 突然のROUTEさん歓迎会、はーじまーるよー!

 

 ……ってわけで、前回から引き続きROUTEさんについてのお話である。

 

 彼女にとっての必需品を改めて買い揃え、戻ってきた家の中では既に準備万端。

 周囲の家具を一時的に退かし、匂いや油が付着しないように配慮されたリビングには、大きな長机とその上に熱せられた鉄板が鎮座しており、その周囲には切り揃えられた食材がずらずらと。

 

 買ってきたものを全てROUTEさんの部屋に放り込んだ俺達は、洗面所で手を洗ったのちそのまま所定の位置に腰を下ろしたのであった。

 

 

「予めTASさんから『糸目は付けないでいい』と了承を頂いていましたので……今回は奮発して、質の良いものばかりを選んで参りました」

「機械の目で審美してるのは、ちょっとビックリしたけどね」

 

 

 今も絶えず食材を持ってくるDMさんだが、今回食材を選んだのは彼女、ということになるらしい。

 事前にTASさんから『幾らでも出す』という旨の確約を得ていたため、結構はっちゃけた選び方をしたらしいとのことだが……うん、気のせいじゃなければ百グラム三千円とか書いてありますねこれ(震え)

 やだ、うちってお金持ちだった……?

 

 

「毎日やると(お兄さんが)胸焼けする。たまにならあり」

「お金の心配じゃなくて胃腸の心配されてる……!?」

 

 

 うーむ、このままではTASさんのヒモ扱いも宜なるかな、である。

 いやまぁ、自分一人の生活費くらいは稼いでいると自信を持ちたい年頃なのですが、正直TASさんの稼ぎと比べると月とスッポンどころの騒ぎではないわけでして……。

 

 などとごちゃごちゃ言っているうちにも食材は埋め尽くされていき、あとは開始の音頭を取るだけ……という段階にまで進んでいた。

 ……誰がやるのかと思っていたら、TASさんに無言で見詰められた俺である。……え、いやマジで?俺がやるの?

 TASさんがやればいいじゃん、という感じに視線を返すものの、彼女は首を横に振るだけで取りつく島なし。

 仕方がないので、俺は一つため息を吐いた後にコップを持って立ち上がると、

 

 

「……えー、本日はお日柄もy()「かんぱーい」だと思ったよぉ!!かんぱーい!!」

 

 

 彼女に踏み台に(ショートカット)されること前提で声を出し、モノの見事にその予想を的中させたのであった。

 ……あと、それを見たROUTEさんは相変わらず『マジかお前』みたいな視線をこっちに向けてきていましたとさ。

 

 

 

肉∀肉

 

 

 

「肉!焼かずにはいられない!」

「で、いい具合に焼けたのを横からかっ拐う……っていうのも、焼き肉パーティあるあるなんだけど……」

「ええ、私の目の前でそのような行為を行う()()がおありでしたら、試して頂いても構いませんわよ?」

「ぶ、奉行!焼き肉奉行が降臨しましたですぅ!?」

「もう、AUTO様ったら。そういうのは私に任せて、ご自分もしっかり召し上がりになられたらいいのに……」

「それは確かにそうかもしれません。ですが()()()()()

「……するのです?一体何が……」

()()()()()()()()()()()()()()()のです。ならば、私はその声に答えるまでのこと……!」

(あ、変なスイッチ入ってますねぇこれはぁ)

 

 

 焼き肉開始よりしばらく。

 DMさんは……食べられないこともない(そういうユニット積んでるから)が、それよりみんなに焼けた食材を運ぶ方が性に合っている……とそっち方面に舵を切ったのだが、それに待ったを掛けた、もとい勝手に突撃してきて仕事を掠めて行ったのがAUTOさんである。

 DMさんが何度自分の取り分を優先してください、と嗜めても「いいえ、ここが私の戦場なのですわ……!」と取り合わない彼女。

 その目付きは爛々と輝いており、彼女が現在正気でないことを如実に表していると言えるだろう。

 ……多分、最初に「この肉高い!?」と俺が叫んだことが、変なスイッチをオンにするきっかけになったんじゃないかなー、というか。

 ほら、高いものなんだからちゃんと美味しく食べるべき、みたいな思考が働いたとかなんとか?

 

 ……そういうわけで、地味に発言を反省している俺である。

 反省して食事の箸を止めると、その分目の前に肉の壁が築き上がっていくので食べながら、だけどね。……本当に反省してるのかこいつ???

 

 

「反省している間があるなら箸を動かす。じゃないとCHEATみたいになる」

「う、うう……肉……肉がいっぱい……もう食べられない……」

「魘されてやがる……」

 

 

 そんな俺に、過去を振り返るのはあとだと声を掛けるのはTASさん。

 過去に足を取られ、肉の海に埋没していった哀れな犠牲者(CHEATちゃん)がいることを指し示されれば、俺としても意識が変わるというもの。

 

 なんだこの空気、みたいな感じで困惑しているROUTEさんを引き連れ、俺達は絶えず続く戦いの(肉)ロードを突き進むのだ。

 

 ……でもうん、これだけは言わせて欲しい。

 なにも一日で全部の食材片付ける必要なくね?……と。

 

 その訴えは、変わらず肉を焼き続ける奉行(AUTOさん)の耳には届かず、空しく木霊していたわけだが……。

 

 



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タバコは体に悪いが悪いからこそ吸いたくなるもの

「おっと、こんなところにいらっしゃりましたか」

「……ん、なんだ俺を探してたのか?」

「お風呂の順番でーす、服に肉の匂いが付いてると思うので早急にどうぞー」

「ああ……はいはい」

 

 

 暫くして、焼き肉パーティも終わりを告げた頃。

 鉄板やら使い終わった皿やらの片付けを終えた俺は、そのまま姿の見えなくなっていたROUTEさんを探してあっちをうろうろ、こっちをうろうろしていたわけなのだが……。

 暫く探し回った結果、彼女を見付けたのは建物の屋上──唯一灰皿のある場所で、ということになるのであった。……そういやこの人、タバコを吸う人だったか。

 

 で、一人で夜空を眺めながらタバコを吸っていたROUTEさんはというと、こちらの接近に気付いた途端に咥えていたタバコを灰皿に押し付け火を消し、そのまま俺に近付いて来たのであった。

 

 

「肉臭いっつーけど、今の俺タバコ臭い方がすげーんじゃねぇの?」

「まぁ、そうですねぇ。肉とタバコの匂いが混ざって、とてもじゃないけど女性からは香ってきちゃいけない匂いになってるというか」

「言うねぇ」

 

 

 そのまま抱き付いてくるものだからちょっとビックリしたが、からかっているのは普通に分かっていたためそのまま流す俺である。

 ……いやまぁ、多少はドキドキしたけどね?でもそれよりなにより千年の恋すら覚める匂いがキツいというか。

 

 そう返せば彼女はけらけら笑いながら俺から離れて行った。

 そのまま、下の階に繋がる扉に手を掛け、

 

 

「おいすー」

「ぐえっ!!?」

「あっ」

 

 

 ……ようとしたところで扉を開けてTASさんが屋上に上がってきたため、ROUTEさんは強かに顔を強打する羽目になったのであった。うわぁ、痛そう……。

 

 

「い、いきなりなにしやがるっ!?」

「風呂に入ると言いながらそのまま逃げようとしてたから捕まえに来た」

「……ええー?」

「……ちっ!」

 

 

 いきなりなんちゅうことを、とTASさんに視線を向けた俺だったのだが、その次に彼女が発した言葉に直ぐ様「あー」と気持ちを裏返したのであった。

 うん、素直に風呂に入るのならともかく、こっそり逃げ出そうとしていたのならそりゃTASさんも顔面ビターンで止めるわ、うん。

 

 にしても……この人まだ諦めてなかったのか。

 発見されていない内ならともかく、こうしてTASさんに完全に捕捉されたあとで逃げ出すとか、無理を通り越して無茶・無謀・無意味の三拍子だと思うのだが。

 

 

「うるせー、やってみなきゃわかんねーだろうが」

「ほほう。つまりROUTEは私の裏を掻く自信があるということ。これはうかうかしてはいられない、私も本気を出してディフェンスに励まないと」

「……おい待てぇ、今俺の目の前にある選択肢に不穏な言葉が踊りやがったんだが!?」

「気のせい。私が複数人に増えるとかナイナイ」

「答えを言ってるようなもんじゃねぇか!?」

 

 

 なお、当人は諦めきれない模様。

 ……何がそんなに彼女を突き動かすのかは不明だが、恐らくはアウトローなので一ヶ所に留まるのは性に合わない、とかだろうと思われる。

 

 まぁ確かに?元々割と色々やってそうな人であることは間違いなく、それによってトラブルが起きそうな予感、というのもひしひしと感じている。

 ……その上で、()()()()()TASさんは絶対逃がさないだろうな、というのがありありと感じられるというか。

 隠しキャラポジションである彼女によって引き起こされるトラブル自体が、TASさんにとっては(色んな意味で)逃せないモノである……というのが一番のポイントなのは間違いあるまい。

 

 そしてそれがなくとも、既に入手したフラグをわざわざ折りに行く意味合いも無いのでそりゃ持ち続けるだろうな、みたいな部分もなくはないというか。

 

 そういうわけなので、ROUTEさんには大変残念なお知らせになるかもしれないが……諦めて我々の日常という名のトラブルデイズに巻き込まれて行って欲しい。

 そしてできればTASさんを笑わせてやって欲しい。それだけが俺の願いです()

 

 

「なぁ?!これは笑ってるってことでいいのか!?顔ほとんど変わってないけどこれは笑ってるのか!?」

「ええ、とても楽しそうにしていますね。TASポイントが恐らく加算されまくってますよ」

「なんだそのポイント!?貯めるといいことあるのか!?……いやいい!言うな!わかった!今選択肢に出たからわかった!!」

「おや残念。トラブル発生確率に上方修正、というポイントの付加価値について説明するタイミングはありませんでしたか」

「説明すんなっつったろうがー!!?」

 

 

 なお、当のROUTEさんはTASさんに連れられてドナドナーって感じに階下へ降りていった。

 まるで駄々っ子を無理矢理歯医者に連れていく母親の如く、である。

 ……いやまぁ、どっちかと言うと駄々っ子ポジなのTASさんの方なんだけどね、実際は。

 

 



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夏が暑いのなら暑くないところに行けばいいじゃない

なんやかんや300話に到達しました。
今後ともよろしくお願いしTAS。


「犯罪者云々の話をするのであれば、TASさん自体が割とあれ……ということにも触れなくてはいけないと思いませんこと?」

「むぅ、一理ある」

 

 

 一理ある、じゃありませんわよ全く!

 ……と怒るAUTOさんと、それを見てそういうもんか、みたいな顔をしているROUTEさんである。

 

 この間のやり取りを思い出した俺が、それをみんなの前で話したことによって飛び出した反応だったわけだが……確かに、言われてみるとTASさんも清廉潔白、というわけではないような?

 言われた本人が納得してしまってる辺り、割とあれだなこのメンバー、みたいな気分になってくるというか。

 

 まぁ、うちの面々の中で真っ先に捕まる危険があるのは、どっちかと言うとCHEATちゃんのような気もするのだが。

 

 

へぇあ!?ななななんで私が!?」

「いやだって……チートだし?」

「ああ……チートだもんね」

「なるほど、チートだからか……っ。……って、答えになってないんだけど!?」

 

 

 本人はすっとんきょうな悲鳴を上げていたが……いやー、世間一般的に一番咎められる属性が何か?……と言われたら、やっぱり不正(チート)を働くことになりそうというか。

 なので、その名前を冠するCHEATちゃんは極悪犯ってわけ、証明終了(Q.E.D.)

 

 ……まぁ、そのあとすぐに『ふざけんな~っ!!』ってキレられたわけだが。

 やぁねぇ、キレる若者ってやつかしら?

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

 仲良くなる過程もそれなりに積んだ……ということで、いよいよ合宿開始のお知らせである。

 今回はROUTEさんという、トラブル検知役としてはこの上ないメンバーが加わったことにより、TASさんのテンションは最高潮。

 

 早速彼女の技能を使い、トラブルの渦中へと飛び込むぜ!……と言わんばかりの勢いだったのだが。

 

 

「や、やらない?」<ガーン

「いや、そりゃそうだろ……なんで好き好んでトラブルに見舞われにいかにゃなんねぇんだよ……」

 

 

 TASさんの提案を聞いたROUTEさんは、真っ向からそれを拒否。

 ……合宿は、開始当初の時点で暗礁に乗り上げることとなったのであった。

 

 いやまぁ、当たり前と言えば当たり前なんだけどね、この結果。

 ROUTEさんは自分の能力を()()()()()()()()()使ってきた。……つまりトラブルは避けるもの、としてそれを避けるための指標に使っていたわけである。

 それを曲げて、わざわざトラブルに飛び込むために使う……というのは、彼女からしてみれば自分の矜持を曲げるような行為。

 そりゃまぁ、いい顔はしないだろうなぁと言うか?

 

 

「むぅ……でもこの間の時はトラブルに巻き込まれるのに使ってくれてたし」

「人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇ!?……ありゃ、トラブルを解決するのに使ったんであって、トラブルに巻き込まれるために使ったんじゃねぇっつーの」

「……同じことでは?」

「ちげーよ!?」

 

 

 とはいえ、TASさん的には不満である、ということも間違いではない。

 彼女からしてみれば、トラブルに飛び込んでいくのもトラブルを解決するのに奔走するのも、共に似たようなもの。

 無論、飛ばしても問題のないトラブル(イベント)ならさっくり飛ばすのも彼女だが、特に理由もなくトラブルを蹂躙するのも彼女である。

 ……ゆえに、トラブル回避のためだけに能力を使う、というのは勿体ないように映るのだろう。

 

 それにしても、ある意味近い技能持ちだというのに、これほど未来に対してのスタンスが違うとは。

 そこら辺も、ROUTEさんが今までのループ中TASさんに見付からなかった理由、というやつなのだろうか?

 

 ……などとあれこれ俺が考えている内に、状況は進展したようで。

 

 

「わかった。仕方がない。本当はこんなことしたくなかったんだけど、そこまで嫌がるのならこっちにも考えがある」

「あ?何する気だてめ……いやホントに何する気だテメェ!?目の前の選択肢が悉くバグったんだが!?

 

 

 あまりにも頑ななROUTEさんの態度に、どうやらTASさんは強行手段を取ることにした模様。

 ……それはいいのだが、ROUTEさんには一体何が見えているのだろうか?

 常々思っていたけど、もしかしてシミュレーションゲームみたいに目の前に選択肢が浮かんでいたりするのだろうか?滅茶苦茶邪魔じゃね?

 

 そんなこっちの様子は露知らず、とばかりに状況は進んでいく。

 強行手段を取ることにしたTASさんが、徐に変なポーズを繰り出すこと暫し。

 突然の奇行にROUTEさんが『!?』みたいな顔で困惑しながらそれを眺め、そうして次の瞬間。

 

 

「──これでよし。視界ジャックに成功」

「うわー!?視界を埋め尽くさんばかりのTASの山!?」

(マジで何を見てるんだこの人……?)

 

 

 ROUTEさん渾身の困惑の叫び声と、ドヤ顔のTASさん。

 そのハーモニーが奏でる不思議空間に、いい加減彼女の奇行に慣れたはずの俺達も、思わず顔を見合せ肩を竦める羽目になったのでしたとさ。

 ……取り敢えず、ほどほどにしときなさいね、TASさん。

 

 



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コンプラに引っ掛かりそうでも止める者はいない

「うおーっ!?やめろー!!勝手に選択肢を選ぶんじゃねー!!?」

「うふふ、これか、これがええのんかー」

(なんでそんな親父臭いやり取りに……?)

 

 

 いつの間にかROUTEさんの背後に回ってその右手を取り、中空に浮かんでいるのだろう()()に触れさせようとしているTASさんである。

 ……選択肢って、そんな物理的な干渉を必要とするモノなんです?

 

 

「そうじゃない。私の場合視界をジャックして無理矢理視認してるから、選択権がない。だから、ROUTEを拘束して無理矢理選ばせようとしてる」

「うおー!?イヤだー!!こんなのはイヤだー!!」

「……絵面が色んな意味で終わっているのはどうすれば?」

「スルーして。それが一番確実」

「あ、さいですかー」

 

 

 ……なるほど。

 あくまでROUTEさんの視界をジャックし、そこに映るものを自分にも見えるようにしているだけで、その選択肢を選ぶ権利まで得ているわけではないからこその行動、と。

 ……説明を聞けばああ、と納得はできるものの、でもやっぱり絵面の酷さはどうにもならないというか。

 そこら辺は彼女も把握済みなのか、スルーしてくれというわりと投げ遣りな対処をおすすめされることとなったのであった。

 

 で、そこから暫く経過してからのこと。

 

 

「ち、ちくしょう……っ!(選択権を)持ってかれたぁ……!!」

「満足。これから私達を待ち受ける一大スペクタクルは確約されたようなもの」

 

 

 膝を付き、地面に拳を打ち付けながら悔しげに吠えるROUTEさんと、その横で満足げに額の汗を拭うTASさんである。

 ……うん、何度も言うけどやっぱり絵面があれだな???

 

 いやまぁ、状況を簡潔に整理するのなら、単にトラブル回避に失敗したROUTEさんとトラブルに喜ぶTASさん、というだけの図なのだが。

 こんなにトラブルを嫌がる姿を見せられると、なんというかいっそ新鮮な気持ちになってくる感じがするというか……。

 

 

「私達はもう、基本的に諦めていますものね……」

「TASがやるって言ったらもう止める手段なんてないからな……」

「そういう意味では、『あー、私達にもそういう時期があったなー』って気分になるよね」

(……ツッコミを入れた方が宜しいのでしょうか、この空気)

 

 

 他の面々も悔しがるROUTEさんを見て、生暖かい表情になってしまっている。

 抵抗は無意味だ、がっかりしろ……みたいなのが合言葉になっているような空気感に、DMさんだけ複雑そうな顔をしていたが……まぁ、概ね俺達の心は一つというか。

 

 そう、TASさん相手に抗議やら軌道修正やらを図ったところで、大抵は薙ぎ倒されるだけなのだから止めといた方がいい……みたいな?

 無論、新人に当たるROUTEさんがその辺りの諦めを受け入れられない、ということそのものを笑う気はないが。

 

 そんなこんなで、なんとも生温い感じの空気が支配する中、俺達の合宿は始まりを告げたのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「そういうわけで、今回もこちらにお世話になる」

「はっはっはっ、気のせいかななんか変なもの付いてないかいこれ?」

「迂闊に触っちゃダメ。それが壊れると私達帰ってこられなくなる」

「そんな危ないもの、こんな触りやすいところに付けるの止めない!?」

 

 

 はてさて、合宿と言えば泊まり込み、泊まり込みと言えば泊まる場所……というわけで、今回もお世話になること必至なキャンピングカーの登場である。

 MODさんの私物でもあるこのキャンピングカー、前回はロケットへの変形とかステルス機能の増設とか、色々と改造を受けていたのだが……今回もその例に漏れず、更なる改造が施されている。

 

 それがこの、車体の後方に設置されたあからさま過ぎるパラボラアンテナ。

 テレビの電波でもキャッチするのか?……みたいな感じのアイテムだが、これがキャッチするのは音声や映像ではなく、現在の俺達の位置情報なのだとか。

 

 

「自宅に設置した電波発信施設から送られてくる電波をキャッチし、現在の私達がどの世界にいるのかを判別する。特注品だから壊すと高いし、直すのにもとても時間が掛かる」

「……なるほど?」

 

 

 そもそも今回の合宿、前回ループで多次元移動に()()()()()()、という状況を『世界によって許可された世界移動』であると解釈し、それを利用しようという名目で計画されたものである。

 自発的に世界を越えると良くないことが起こるが、何かしらに巻き込まれて他所の世界に行くことになったのなら、世界への影響は極小で済む……。

 という、嘘か真か微妙に判断に困る話を全面的に信用した上での計画ということになるわけだが、それでも完全に成り行き任せにしてしまうのは違うだろう。

 

 ……そんなわけで、TASさんは現在自分達が基幹世界からどれほど離れた位置に居るのか?……ということを判別できる機械を用意したらしい。

 それがこのパラボラアンテナになるわけだが……確かに、ふとした瞬間に壊れてそうな気配があるというか?

 いやまぁ、壊れても時間を掛ければ直せるみたいなので、完全に漂流するようなことはないだろうけど……不安になるのも仕方がないような。

 

 

「まぁ、不安云々の話をするのなら、そもそもキャンピングカーそのものには次元移動機構とかなんにも付いてない……ってことを語るべきだと思うけど」

「それは確かに」

 

 

 まぁ、それが些細なことになってしまう話として、このキャンピングカーには単独で世界を越えるようなシステムは何も積まれていない、という事実が存在したりするのだが。

 ……大丈夫かこの合宿?

 

 



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あくまで偶然、あくまでたまたまを目指す

「そもそもの話、異世界航行技術が今の時点で完成してしまっている方が問題。今回の私達は()()他の世界に迷い込み、仕方がないからその世界で修行でもしよう……という方向性なのだからなおのこと」

「……貴方にとっての偶然とは、必然の言い換え以外の何物でもないというツッコミは必要ですの?」

「…………」

 

 

 そこで黙るなし。

 ……ともあれ、理論武装しながら偶然を装うTASさんはともかく。

 今回の合宿は、たまたま異世界に迷い込んだので戻る前にちょっと訓練でもしておこう、みたいなノリで行われるものである。

 たまたま外に出る用意をしていたら、たまたまその旅の途中で異世界転移に巻き込まれた……という言い訳の元に行われるモノであるため、間違っても自分からやりました、と言ってしまえるような状況にしてはいけないのだとか。

 

 ……いやまぁ、TASさんが関わってる時点で確信犯(誤用の方)なわけだから、正直詭弁にすらなれてない戯れ言の範疇のような気もするのだが……世界的にはそれで良いらしいので、文句を言う相手もいないというか?

 そんなわけで、俺達は微妙に自分をごまかしつつ、普通の旅に出るつもりで家を出発したのであった。

 

 

「……体裁を整えるために、最初に目指す場所はどちらに?」

「前回は無人島に行くのが目的だった。今回もそれを目指すけど、海路だった前回と違って今回は陸路で向かう」

「陸路で向かえる無人島は、普通無人島とは言わないのでは???」

「(バグ誘引のためには)その方が都合が良い」

「そういうものですか……?」

 

 

 で、家を出発した俺達が当面の目的地として設定したのが、前回ループで向かう先として定められていた無人島。

 前回はクルーザーで向かうことになったが、今回はこのキャンピングカーでそのまま乗り込むくらいの気概で挑む、とのこと。

 

 ……いや、AUTOさんの言う通り陸路で上陸できる無人島って、本当に無人島なのだろうか?……という疑問もなくはないのだが。

 確かに、現在そこに人が住んでいないのならば無人島、と言い張れなくもないのだろう。

 だが、陸路で他の場所と繋がっているのであれば、それはいわゆる陸の孤島の区分になり、廃村とかの()()()()()()()()()として無人島とは微妙に違うモノになりそうな気がするというか……。

 

 いやまぁ、TASさんに言わせれば『そういうややこしさがバグを誘引するのでとても良い』らしいのだが。……つまり普通にしてる分にはマイナス面しかないってことだな???

 そんな感じで、いいんだか悪いんだかと首を捻りながら車を走らせたわけなのだが……。

 

 

「……人多くね!?」

「むぅ、これは盲点。帰郷ラッシュに被ったみたい」

「あー、この間のあれこれのせい?おかげ?で時期がずれたってことかな?」

 

 

 なんかこう、やけに車の往来が多いような?

 それもそのはず、合宿のタイミングを図っているうちに、普通の人々の帰郷ラッシュのタイミングに重なってしまったようだ。

 そのせいで、渋滞に巻き込まれてしまった俺達は進まない車に少々イライラする羽目になったのであった。

 

 ……いや、マジで混んでるな今日?

 

 

「どこかお金の掛かるところに遊びに行くより、祖父母の家に行ってわちゃわちゃしてる方が安上がり」

「うーん、なんか世知辛い話が聞こえてくる……」

 

 

 なるほど、○京○ィズニー○ンドとか○ニバー○ルスタジ○とかに遊びに行くより、田舎の祖父母のところに遊びに行く方が安上がり……というのは決して間違いではないだろう。

 祖父母達も子供や孫が顔を見せに来てくれるのは嬉しいだろうしね。

 ……まぁ、今回の俺達にはまっっったく関係のない話なわけだが。今年は既に一回帰ってるしね!!

 

 

「どういう集まりなんじゃ?……とか聞かれるからもう暫く戻りたくないというか……」

「みんなで押し寄せたから変な顔してた。『取っ捕まるようなことしとらんじゃろうの?』って聞かれたりした」

「まぁ、いきなり孫が女の子ばかり連れて帰ってきたら、そうもなりますわよね……」

 

 

 そう、特に何も考えずにみんなで押し寄せた結果、良くないことしてるんじゃないかと疑われる羽目になったのだ。

 

 ……いやまぁ、気持ちはわかるんだけどね?その時はROUTEさんが居なかったり、用事で来てない人とかも居たわけだけど……それでもいつもの三人とダミ子さんは同行してたわけだし。

 四人ほど家族でもない女子を連れて帰郷してくる……とか、頭湧いてると言われても正直言い返せないし。

 単に仲の良い相手をいつものTASさんの流れで連れてった、ってだけなんだけどね!

 

 ……え?それはそれで今まで何度もTASさん連れて帰郷したことがあるのか、ってツッコミになる?そうですけどなにか?

 

 

(それも大概おかしいんですけどねぇ)

「……なにさダミ子さん。まだ食べたりないの?」

「そういうわけではありませんけど、貰えるのなら貰いますぅ」

 

 

 何故かダミ子さんから生暖かい視線が飛んでくるが、手元の皿が空になってる辺り口が寂しくなったんだろうなぁ、と思いながら予め買っておいたドーナツをそっと乗せてあげる俺なのであったとさ。

 

 



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彼女の堪忍袋の緒が切れる前に

「……面倒臭い。飛行モードに移行してもいい?」

「どう考えても騒ぎになるからダメです」

「むぅ」

 

 

 引き続き、渋滞に巻き込まれている俺達である。

 他の面々は暇を持て余してトランプとかウノとかやってるみたいだが、こういう時でもというべきか・こういう時だからこそというべきか……ともかく、手加減なんて知らない止まらない、という感じのTASさんは微妙にハブられてしまったみたいで、追い出された彼女は助手席部分から外を眺め、不満げに頬を膨らませていたのであった。

 ……いやまぁ、初手で上がってみたりドロー四を相手に押し付けまくったりしてたら、そりゃそうなるよとしか言いようがないんだけどね?

 

 そうして不貞腐れる彼女の視線の先には、前の車が動かないかなーと待ち続けている他の車の姿が。

 ……気のせいか、彼女の他の車を見る目が怪しくなっているような?これあれだよね、『四つ繋げたら纏めて消えないかなー』とか思ってないよね?

 

 

「……お兄さんは失礼。流石の私もそんなことは考えない」

「そ、そうか。それは失礼なことを……」

数珠繋ぎにしたら一纏めにならないかなーとか、もっと効率的な手段の方を考えてる

パズルなのは間違ってなかったかー

 

 

 寧ろ四つ刻みじゃない分悪化してたかー()

 ……なんにせよ、彼女の気分のままに行動させると酷いことになるのは目に見えているので、仕方なく最終手段を持ち出すことに。

 

 

「んむっ。……これで買収されたと思うなよー」

「はいはい。みんなには内緒ねー」

「ん」

 

 

 助手席の下に置いてあるクーラーボックスからアイスを一つ取り出し、彼女の口に放り込む。

 TASさんは暫しむぐむぐと抗議の視線を寄越してきていたが……自分だけ貰える、という状況がお気に召したのか視線を前に移して大人しくなったのであった。

 

 それを確認し、俺もまた視線を前に向ける。

 周囲の車は相も変わらずノロノロとしか動かないが……まぁ、たまにはこういうのも良いだろう。

 

 ……と、ぼやいていたのが大体一時間前。

 どうにか近場のサービスエリアにたどり着いた俺達は、気分転換も兼ねて車外に出て来ていたのだけれど……。

 

 

「……ううむ、ずーっと渋滞してるねぇ」

ねぇROUTE、もしかして変な選択肢引いてこっちの邪魔をしてない???

「してねぇって顔(ちけ)ーよ(こえ)ーよ!?いや追い掛けてくんなって!!?」

 

 

 店の手前から眺めた道路は、視界の端から端まで車でびっしり……つまり渋滞続き。

 これは目的地にたどり着くまでに、エグい時間が掛かりそうだ……などと眉を顰める俺達である。

 

 実際、ここまで露骨に渋滞するモノなのかちょっと首を捻ってしまうのも仕方ないというか?

 なので追っ掛けられているROUTEさんについては、TASさんの気分転換も兼ねて放置するのであった。……え?恨めしげな視線が飛んでくる?知らんなぁ……。

 

 それはそれとして。

 このまま道に戻っても、車が目的地にたどり着くのは夜とかになってしまうだろう。

 それではTASさんの機嫌が酷いことになるのは目に見えている。……回避できるのなら、回避しておきたいのが本音だ。

 

 ただ、元々偶然を装って他所の世界に飛ぶ……という作戦である以上、こちら側にできることはそう多くはない。

 叶うなら、さっさと転移が発動して欲しいものだが……。

 

 

「その辺りはもっと近付かないと無理」

「なるほど、例の無人島からの距離も大事なのですね?」

「そういうこと」

 

 

 散々ROUTEさんを追い回して気が済んだのか、満足げなTASさんがこちらの言葉に反応してくる。

 それを聞いたAUTOさんが補足をしてくれたが……なるほど、件の無人島はここから一時間ほど。

 ……この混雑状況だとその三倍以上掛かりそうだが、少なくとももっと近付かないことには転移の判定も出てこないようだ。

 ということは、嫌でもこの渋滞を突き進むしかないということになるわけで……。

 

 

「……ええと、TASさん大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。もうこの渋滞を纏めて消す算段は出来てるから」

「なにも大丈夫じゃない!?」

 

 

 いやだこの子、全然諦めてないわ(恐怖)

 ……まぁうん、TASさんのやり口から言えば、素直に渋滞を待つという方がおかしいのも確かなんだけどね?

 でもそれに対して持ち出してくる解決方法が「全部消す」なのは、なんというか過激過ぎるというか……。

 

 

「そうでもない。消した人達はちゃんと目的地に送り届ける予定だから」

「なるほど?渋滞を解消しつつ、相手はちゃんと目的地に送り届けるから問題はない、と」

「そうそう」

「問題ありありじゃ馬鹿者」

「痛いっ」

 

 

 なお、本人は生意気にも言い訳を敢行してきたため、その頬を思いっきり引っ張ってやることになったりもしたのだが。

 ……うん、あとから『怪奇!突然の光に巻き込まれた人々が消えた!?』とかなんとか、滅茶苦茶話題になるのか目に見えとるやんけ。

 そういうのは無しにしましょ、って家を出る時に約束したでしょうが。

 

 ……その後、逃げ回るTASさんに言質を取らせるのに時間が掛かったが、どうにかこなした俺達は改めて渋滞の中へと飛び込んで行ったのでしたとさ。

 

 



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予定通りに進むのならチャートの確認はいらない

「そろそろ目的地も近付いてきたけど、準備はいいかー?」

「問題ない。気力は十分」

 

 

 はてさて、サービスエリアを飛び出してからおよそ三時間ほど。

 ……案の定、件の無人島近くにたどり着くまでに予定オーバーしてしまうことになったが、それでもここまで来たのだから問題はない……ないったらない。

 

 そういうわけなので、いい加減異世界転移の予兆でも出てくるんじゃないかなー?……とみんなに心構えをするように注意したのだけれど……ううむ、車内にて抑圧されたTASさんが、こちらが思う以上に張り切っておる。

 

 やる気が空回りしなければいいのだが……TASさん相手だと、空回りしても必要分はこなす……というか、それ以上を求めて無茶苦茶しそうなので問題はなさげ、というような気配もするような?

 いやまぁ、最高のパフォーマンスを発揮することを意識するのであれば、できうる限りテンションは均一にしておくべきのような気もするのだが。

 あとやっぱり無茶苦茶するのはよくない()。

 

 とはいえ、彼女のイライラについても一応の納得はできるため、その辺りのことを突っ込むのは止めにしておく俺なのであった。

 

 ……で、一瞬車内に向けていた視線を前に戻せば。

 確かに目的地へと多少は近付いたものの、それでも周囲の渋滞は変わらず。……もう少し先に進めれば、この渋滞から離れて島の方に移動することもできるとは思うのだが。

 でも、タイミング的にはそろそろ転移が発生しそうな予感もするし、そうなったらわざわざ曲がるまで待つ意味も無くなるような……?

 

 そんな感じに、あれこれと考えることで渋滞待ちの時間を潰している俺であるが、その行動にもそろそろ限界が見えて来た気がする。

 なにせこの辺りの思考、既に四回くらいリピート中だからね!

 

 ……うん、運転手である以上気分転換に出来ることの種類が少なく、今やれることというと何かを考える……くらいしかないから暇なんだわ、マジで。

 それに、さっきまではTASさんが横にいてあれこれ喋ってたりしたけれど、その彼女も結局耐えかねて他のみんなの遊びに無理矢理混ざりに行ったし。

 

 ……え?また追い出されたりしなかったのかって?

 CHEATちゃんが生け贄になることでバランス取ってましたよ、ええ。

 

 まぁ、真面目にTASさんの相手をさせようと(しかも手加減無しモードのそれを)すると、AUTOさんですら微妙に見劣りしてしまう以上、CHEATちゃん以外の誰に務まるんだ……って話でもあるのだが。

 なので、こういう時は『流石CHEATちゃん!』って気分になるというか。

 ……え?本人かなり嫌がってないかって?気のせいじゃない?

 

 ミラー越しに『やだーっ!?』みたいな感じに暴れているCHEATちゃんと、それに対して不敵な笑みを向けているTASさんが見えたりしたけど、俺は元気です()。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「……あれー?」

「露骨なまでに困惑していらっしゃいますわね。……まぁ実を言うと、私も似たような気分なのですが」

 

 

 背後の騒ぎが沈静化した頃。

 ……()()()()()()()()()()()()()()()なわけだが、俺は現状に首を捻ることとなっていた。

 飲み物を持ってきたAUTOさんは、助手席部分で俺の様子を確認したのち、小さく苦笑しているが……その実、こちらと同じように困惑しているようでもあった。

 

 それもそのはず。

 今の俺達だが、渋滞から離れることに成功し、無人島への入り口部分にたどり着いていた。

 ……もう一度言う。()()()()()()()()()()()()()()()()

 これにはTASさんも困惑顔。……暫くしたらまた(ウワーッ!!?)ROUTEさんを追い掛け回しに行ったが。(こっち来るんじゃねぇーっ!!?)

 

 とはいえ、その気持ちもわからないでもない。

 本来なら、この無人島に到着することは──例えそれが入り口にたどり着いただけであったとしても、本来はあり得ないことなのだから。

 

 ……そう、思い出して貰えればわかると思うのだが、前回の俺達が無人島に到着したのは()()()()()()()()()()()()()()なのである。

 ということは、本来ならあの渋滞から飛び出し、この場所にたどり着くまでの一時間の間に異世界へと転移している……というのが想定されたルートになるはずなわけで。

 

 それが何のトラブルもなく、こうして無人島に到着してしまっているのだから、何かしらの干渉があったことを疑うのは寧ろ正常な反応……ということになるのだ。

 で、現行メンバーでそんなことが出来そうでかつ、わざわざTASさんに逆らうだけの気概があるのはROUTEさんくらいのもの、というわけで。

 

 

「おかしくねーか?!CHEATとかさっきまでこいつと張り合ってたじゃねーか!?重要参考人だろどう考えても!?」

「甘いねROUTEねーちゃん。逆らっていいタイミングは決まってるのさ」<キリッ

「キメ顔で情けねぇこと言ってんじゃねー!!?……ってギャー!!?」

「例え犯人じゃなくても、それはそれで貴方にはぼこぼこになって貰う。何故なら私のストレス解消が必要だから」

「横暴すぎるだろうがっ!?」

 

 

 うーん、それはごもっとも。

 でも貴方が受けてくれることで、俺への被害は確実に減ってるのでとても助かってますよ。

 ……とは口に出さない俺なのであった。絶対キレられるからね、仕方ないね。

 

 



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それで、これからどうしようか?

「満足した」<フンス

「ああそうかよ……」<ボロッ

 

 

 さて、小一時間ほど経過したあとのこと。

 散々暴れて満足したのか、どことなくツヤツヤしているTASさんと、そんな彼女と対称的にボロボロになっているROUTEさんを見て、思わず苦笑する俺である。

 

 そうして苦笑しつつ、はてどうしたものかと首を捻る。

 本来の予定では、こうして無人島の入り口に立つのはもっとあとのこと。……具体的には異世界から帰ってきてからのはずだったため、予定が空なのである。

 無論、とりあえず無人島でキャンプをする、という風に予定を変更してもいいのだが……その場合、TASさんの不機嫌ゲージがどうなるかわかったものではないというか。

 

 

「いやまぁ、ROUTEさんがボロボロになり続けてくれるのなら、それでもいいかなーとは思うんだけど」

「ざけんなっ!!早急に解決策を見つけやがれ!」

「ですよねー」

 

 

 散々追い掛け回されたROUTEさんは、かなりご立腹のようす。……この状況下で呑気にキャンプなんぞしていた日には、それこそ被害が飛び火してくることだろう。

 そういうのは求めてないので、真面目に解決策を考える俺達なのであった。

 

 

「……とは言っても、具体的になにをどうしろと?あくまで偶然を装わないといけないんだから、私がどうこうってわけにもいかないんでしょ?」

「そうなんだよねー……」

 

 

 そうして考え始めて数秒、真っ先に声をあげたのがCHEATちゃんである。

 

 ……確かに、現状ここにいるメンバーの中で、積極的に異世界転移を引き起こせそうなのは彼女か、もしくはTASさんのどちらかと言うことになるわけだが……この旅行に出る前に言っていたように、『積極的な異世界転移』は禁止事項だ。

 

 できるかも?……という仮定の段階ならともかく、実際に出来てしまうと最早言い訳もできない……というわけで、こちらから積極的に転移しようとするのはご法度、というわけだ。

 だからこそ、ここに来るまでに転移が発動しなかったことに困惑しているわけだし。

 

 

「……ふむ、じゃあもう一度ここに来るまでの行程をやり直す、というのはどうだろう?具体的には、陸路じゃなく海路を使う方向で」

「あー、移動手段が悪かったかもしれない、ってこと?……でもその場合、また船体真っ二つの可能性大じゃね?」

「…………ま、まぁ。背に腹は代えられない、というやつだよ、うん」

(今露骨に嫌そうな顔しましたですぅ)

 

 

 その話を聞いて、次に声を出したのはMODさん。

 あくまで偶然、という体を装う必要がある以上、こちらに試すことのできる方法はそう多くはない。

 それを踏まえて、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?……と問い掛けてきたわけである。

 

 確かに、一度目が偶然なのであっても、似たような環境を用意すれば再度同じことが起きる可能性……というのは十分にある。

 また、検証をするのなら可能な限り同じ条件を揃える必要がある、というのは寧ろ常識の範疇だろう。

 故に、今回明確に前回と違う部分──移動手段の変更が鍵となるのでは?……という話になるのであった。

 

 ……もっともらしい話ではあるが、同時に問題もあった。

 当時の再現を考える必要があると言うのであれば、それはすなわち前回のように船が真っ二つになる必要性もあるのではないか?……という話になってしまう点だ。

 

 特定の条件下で()()異世界に転移する……という現象が起きると仮定する場合、それを再度引き起こそうとすると、その時とまったく同じ状態を引き寄せる必要が出てくる。

 それは何故か?偶然を必然に変えなければいけないからだ。

 たまたま起きたことを再度引き寄せるというのは、言い換えれば偶然を利用できるように変化させるのと等しい。

 

 

「……?……あっ

「その様子だと気付いたみたいだけど……船が真っ二つになる必要があると認められた場合、それは同時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という異世界転移の手段を確立してしまうことにも繋がる。……その時点でもう()()()()()()()?……って言うね」

 

 

 ……うむ、船が真っ二つも問題だが、ここでの一番の問題はそれによって異世界転移できてしまった場合、その一連の流れが()()()()()()()()()()()()ことの方。

 つまり、結果として『偶然じゃなくなる』わけで。……うん、前回の再現を目指すのは宜しくないというか?

 

 まぁ、もしかしたら前回ループは今回のそれとは地続き扱いではなく、世界的には方法が確立した判定にはなってない……なんてことになる可能性もなくはないのだけれど、正直か細い可能性過ぎて考慮に値しないような気もしないでもない。

 そんなわけで、移動手段を船に変更する、というのは微妙におすすめされない判断だと言うことになってしまうのでしたとさ。

 ……こう考えると、偶然って難しいなぁ。

 

 



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君が居た夏は遠く、遠く

 そのあとも、なんとかして偶然転移できないか?……みたいなことをみんなで話し合ったものの、『意識して行動してる時点で偶然ではないのでは?』という至極もっともな話に帰結してしまい、完全に手詰まりに陥っていた。

 

 ……うん、やはり『偶然』というのが大問題だ。

 これを律儀に守ろうとすると、極端な話()()()()()()()()()()()()()()()()()()()になってしまう。

 真面目にどうしようもねー、と頭を抱えたくなるというか。

 

 

「……となると、やはりここで私達ができることは一つしか有りませんわね」

「と、言うと?」

 

 

 そうして皆が頭を抱える中、声をあげる者が一人。

 それはみんなの頼れるAUTOさんだったわけなのだが……彼女は小さくため息を吐きながら、ただ一つの対策を提案してくる。

 

 

「一度転移のことは忘れて、素直に無人島キャンプに勤しみましょう」

「えーっ!?」

 

 

 その提案に、CHEATちゃんがみんなを代表して驚愕の声をあげたのだった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「意識すると偶然ではなくなる、というのであれば、最早一度脳内からそのことについての意識を消し去る他ないと思いませんか?」

「言ってることは間違いじゃないんだけど……」

「その場合、こいつはどうするんだよ?意識から消せるようには思えねぇんだが」

「……みんなからの扱いが凄く失礼。私だってどうしようもない時には諦めるくらいはs()異世界……」

「ほらダメじゃん!」

 

 

 AUTOさんの提案は、至極もっともなモノであった。

 偶然、というのはその言葉通り()()()()起きるもの。……ゆえに、起こそうと行動してる時点で該当しなくなるのだから、一度リセットを掛けなければどうしようもない。

 

 それは確かにそうなのだが、だからといってすぐに気持ちを切り替えられるのか?……と聞かれると、約数名無理そうなのが居るというか……。

 いやまぁ、特に隠す必要もなくTASさんのことなわけだが、ご覧の通り転移したい欲が溢れすぎて暴走一歩手前、というか?

 この状態で一度異世界のことは忘れましょう、などと言われても無理でしょうとしか返せないわけで……。

 

 だが、その話を聞いてもなお、AUTOさんの様子に変化は無かった。……いや寧ろ、不敵な笑みを浮かべてさえいるような……?

 

 

「その辺りについてはお任せくださいまし。すぐにそんなことを考えるような余裕を消し去って差し上げますので

「なになになんなの怖いよぉ!?一体何する気なのこの人ぉ!?」

 

 

 いやAUTOちゃん笑顔怖っ!?

 アレだよ、黒幕がこれから自分が起こす惨劇を思い浮かべて、うっすらとほくそ笑んでいるかのような顔だったよ今!?

 見てみなよ、その笑みを正面から見てしまった人達の反応を!

 

 

「お、AUTOがついに壊れた……もうこの世のおしまい、私達は彼女に管理される……」

「かかか管理!?おはようからおやすみまで全部徹底的に管理!?」

「お、おしまいですぅ!!もう私達に自由はないんですぅ!!」

(……この方々、AUTO様をなんだと思ってらっしゃるのでしょう?)

 

 

 TAS・CHEAT・ダミ子の三人(さんばか)は身を寄せあい、この世の終わりの前触れとばかりに戦きあっている。

 ……横でそれを見つめるDMさんの視線が少しばかり冷たいが、しかしてそれは彼女がAUTOさんに余り怒られないタイプの人物だからこそ。

 いやまぁ、彼女も怒られる時は烈火の如く怒られてるんだけどね。

 でも彼女の場合はあからさまに『DMさんが悪い』ってパターンがほとんどだから、相手の怖さより自身に向けた反省の方が記憶に残りやすいというか。

 

 でもそこの三人は違う。

 例え自分が悪かろうが、怒ってきた相手には反射的に反発してしまう。

 そしてそれが火に油を注ぎ、更なるAUTOさんの怒りを呼ぶのだが……彼女達は自分が悪いことをしたなどと反省することはほぼなく、ゆえにそれは『怒るAUTOが悪い』くらいにしか認識されていない。

 

 まさに悪循環、まさに悪童感。

 説教が右耳から左耳に抜けているとしか思えない彼女達は、正しく『三バカ』としか言いようがないのであった。……少なくともこのタイミングでは。

 

 されどAUTOさんは諦めない。

 何故なら彼女は信じている、彼女達がいつか真面目になって、今までの行動を省みて深く反省することを。

 

 言われるうちが花、という言葉がある。

 好きの反対は嫌いではなく無関心であり、相手からのコミュニケーションが絶えてしまったのならば。

 そこから再度、相手とコミュニケーションを取れるまでに持っていこうとした場合、掛かる労力は最初の比ではない。

 なにせ既に見捨てられている。一度見捨てられたモノが、再度価値あるものにのしあがるのはとても難しい。

 

 そういう意味で、相手の行動に失望せず・いつか必ずこれまでの言葉には意味があったのだと理解してくれる、と信じ続けるAUTOさんは、まるで聖女のような存在だと言えるだろう。

 まぁ、言われてる方からすれば悪魔以外の何者でもないのだが。

 

 ……そういうわけで、AUTOさん対三バカの戦闘が勃発したわけなのだが。

 うん、こうやって動き回ってるうちに異世界云々のことを忘れるだろう、ってことも計算に入れた状態で動き回ってるんだろうなー、AUTOさん凄いなーと思考を放棄する俺なのでありましたとさ。

 

 え?無人島内の木々やらなにやらが吹っ飛ばされてる?

 俺に彼女達を止めるパワーはないので静観する以外ないですね、マジで。

 

 



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必然と偶然の境目は人にはわかり辛い

 はてさて、まさに大運動会といった様相で繰り広げられた鬼ごっこ。

 終わるまで暫く掛かりそうだったので、残された面々は一先ず今日の寝床や食事の準備をすることにしたのであった。

 

 

「そういうわけだから、改めて聞くけど……本当に何もしてないのかい?君」

「どういうわけだよ……ってか真面目になんにもしてねーよ、つーかTASと比べんな、アイツみたいになんでもはできねーんだよ俺は」

「ふむ?」

 

 

 そんなわけで、一先ず焚き火にくべる枯れ木でも探すか……と森の中に入った俺とMODさん、それからROUTEさんの三人。

 そうして三人になったタイミングでMODさんが口にしたのが、『本当になにもやってないのか?』という、ROUTEさんへの疑問なのであった。

 

 当然と言うべきか、ROUTEさんは自身の関与を否定。

 ……そもそもの話、自身の能力はTASさんほど汎用性が高くない、と付け加えるのだった。

 

 

「君は確か、裏社会では『先導者』の呼び名を得ていたはずだが……?」

「確かに、何かを選択する必要に迫られた時とかは、俺の能力が有用であることは認めるさ。……けどな、何時でもどんな時でも選択肢がずっと見える、ってのはおかしな話だろうが?」

「……?(何言ってるのこの人、という顔)」

「いやなんだその顔???」

 

 

 ふむ?つまりROUTEさんのそれは、常時選択肢が見えるタイプのやつではなく、特定のタイミングで見えるタイプのモノだと?

 

 ……いや、それにしては前回の遺跡の捜索の時とか、わりと便利に使ってたような気がするのだが……?

 などと思っていると、彼女から補足が。なんでも、()()()()()()()()()()()()()()()ような場合に選択肢が現れるのだが、前回の時はその頻度が半端じゃなかったとのこと。

 恐らく、あの時は近くにヤベーの(TASさん)が居たからじゃないか、と彼女は語ったが……それにしては、今回は微妙な感じになってる気がするというか。

 

 まぁ、その辺りは彼女自身も感じていたことらしいが。

 前の時と比べて、今回は選択肢の発生回数が減っている……とかなんとか。

 

 

「……つまりそれって、TAS君が原因では無かったということでは?」

「いや、そりゃねぇだろ。アイツが右向くか左向くかで選択肢出されたりしてたんだぞ、前回」<エラブマエニカッテニヨソムキヤガッタケド

「時限選択肢……?」

 

 

 あれか、決められずにいると勝手に選択した扱いにされたり、はたまた制限時間ギリギリにならないと出てこない選択肢があったり、選ばないのが正解なので選ぶとミスるとか。

 ……聞けば聞くほど、アドベンチャーゲームのそれだなこの人の能力。ADVさんでも良かったんじゃね?

 

 

「そもそもその謎の呼び方自体意味不明なんだが?」

「え?いやほら、この作品はフィクション云々言うより、こうやって明らかに偽名を付けておいた方がごまかす必要性が減って楽というか……?」

「割りと真面目に何言ってるんだテメェ」

 

 

 ええい、そこは深く突っ込んだら負けなんだよ!気にすんな!

 ……ともかく、彼女の選択肢は割りと融通の効かないモノである、ということは間違いないらしい。

 その辺、ずっと選択肢表示しっぱなしで瞬時に選択して動いているようなものであるTASさんと比べられるのは、確かに嫌だろうなぁというか。

 同系統だけど相手の方が遥かに性能上なので、比べられると下位互換にしかならないというか?

 

 などと返せば、ROUTEさんの眉がぴくりと動いたのであった。

 

 

「……いやまぁ、確かにアイツと同列にされるのは困るが。……そんなに堂々と下位互換扱いされるのは気に食わねぇ」

「……おっと?ROUTEさん?」

 

 

 くっくっくっ、と哄笑をあげるROUTEさんに、思わず「やべっ、地雷踏んだ」と青褪める俺である。

 ……いやうん、実際は下位互換ではなく部分互換くらいなんだろうけど、ちょっと言葉が過ぎたというか。……焚き付けたわけじゃないよ?

 

 ともあれ、こちらの言葉にほんのり怒りを覚えたらしいROUTEさん、何やら深く息を吸ったかと思うと、突然ババッと謎のポージングを連発。

 端から見ると特撮の変身ポーズみたいな動きなのだが、よく見ると中空にある何かを触っているような……?

 そんな風に困惑する俺の前で、彼女の奇妙なダンスは加速し……ん?なんだこの音?

 

 それは小さいが、けれど確実に聞こえてくる音。

 風切り音のような、はたまた山の隙間を抜ける暴風のような、そんなごうごうという音がどこからか響いてくる。

 気のせいじゃなければ、地面もか細く揺れているような?

 

 そうして困惑する俺の前で、ROUTEさんは淀んだ瞳をカッと見開き、宣言したのであった。

 

 

「選択肢の応用ってやつを見せてやる!!世界の壁なぞ我が力の前には無力だと教えてやるぞっ!!」

「止めんかー!!?」

「いでぇっ!?」

 

 

 ──うん、どう考えても良くないことにしかならないので、飛び掛かってでも彼女の暴挙を止めた俺なのでしたとさ。

 なお、隣のMODさんはROUTEさんがポージングキメ始めた辺りで大笑いして使いものにならなくなった為、その辺りの地面で転がってます。なんだこの人!?

 

 



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いつからここが普通だと勘違いしていた?

「なにも殴ることないじゃないか……」

「何時までも笑い転げてるからだろうが」

「ちぇー」

 

 

 はてさて、頭部に大きなたんこぶを作った二人と一緒に、改めて枯れ木探しである。

 先ほどまでの揺れやら音やらはすっかり収まり、周囲に響くのは野生の鳥や虫達の声ばかり。

 ……食材を現地調達する必要性はない為、これらの音はほぼ騒音みたいなモノということになるわけだが……いやセミうるせぇな?

 

 鳥の方は、山とか田舎とかに行くとよく聞こえるタイプのモノだったが……セミの方はとにかくうるさい。

 ミンミンだのカナカナだのシャワシャワだの、バリエーション豊かな声がところ狭しと響くものだからマジでうるせぇ。……ん?

 

 

「どうかしたかい?」

「……いや、なんでもない」

「?」

 

 

 なにかこう、一瞬違和感のようなモノを察知したような気もしたが……うん、多分気のせいだろう。

 というか、俺だけ気付いて他の面々が気付かない違和感、なんてのも変な話だし。ほら、同行してる面々がどう考えても俺よりそういう技能高い面子だし?

 そういうわけなので、相手から『どうした』なんて言葉が飛んできた以上、これは単なる気のせいなのである、と決まったのであった。

 

 それはともかく、ここの木々はどれもこれも生き生きしているせいか、燃えやすそうな枯れ木が見つからない。

 いっそ適当に折って、CHEATちゃんに乾燥させて貰おうか……などと考えていたところ。

 

 

「……ん?なんだこりゃ?」

「どうしました?」

「いやほら、これ」

「これは……」

 

 

 何かに気付いたのか、草むらを掻き分け進み始めるROUTEさん。

 ……無造作にそういうところに入っていくのはいわゆる『危険が危ない』案件なので、できれば自重して欲しいところだが……よくよく考えたら選択肢見える人にそういう心配は無用だったな、と考え直す俺である。

 いやまぁ、俺はちゃんと肌が草木に触れないように袖とか伸ばして行くけどね?ダニもかぶれも怖いです(真顔)

 

 そうして完全防備で進んだ先。

 ROUTEさんが指差すのは、雷でも落ちたのか煙の燻っている一本の枯れ木……枯れ木?の姿。

 いやまぁ、仮に枯れ木なら普通に燃え尽きるだろうから、正確には単に雷が落ちて無惨な姿になった、というだけなのだろうが……なんというかこう、あまりに都合が良すぎるというか。

 

 

「都合がいい?」

「いや、これ以上長時間薪になりそうな枝を探して回るのは勘弁、って思ってたところに出てきたので……」

「なるほど、こちらの願望に合わせて突然現れたように思えた、ということだね」

 

 

 君は心配性だなぁ、と笑うMODさんにつられたように笑う俺達。

 ……笑ってはいるものの、皆目は笑ってない。

 いやだって、どう考えてもさっきまでとは空気感が違うからね、周囲の。

 

 なんと言えばいいのか……突然切り替わった、みたいな?

 セミの声がちょっと高くなったような気がするとか、日の傾きが想定される速度よりほんのり進んでいるとか、そういう細かな差異がそこらに見える……みたいな感じ?

 まぁ、なんとなくそんな気がするなー、というかなり弱い違和感であり、遠くから変わらず追っかけ回されているTASさん達の声が聞こえることも合わせて、単に過敏になってるだけじゃないかなーという気もするのだが。

 

 ほら、このメンバーの中ではそういう変化に一番敏感そうなMODさんが微妙な顔をしている辺り、あんまり冗談だとも思えないというか。

 

 

「ん?そこで私を基準にするのかい?言っちゃあ悪いけど、私よりROUTE君の方がそういうのに敏感そうな気がするけど」

「常時選択肢が出ているわけではない、って言ってたからねぇ。……それなら、自他問わず『見た目』に一家言あるMODさんの方が、周囲の変化への察知力は信用できるというか」

「む」

「……なにイチャイチャしてんのお前ら」

「いやいや、イチャイチャはしてないよイチャイチャは」

(その割には照れてるじゃねぇか)

 

 

 なんで私が基準なのか?……みたいな疑問が飛んできたので、MODさんそういう変化に目敏いでしょ?……と返したら、微妙に照れられてしまった。

 ……まぁうん、冷静に考えたら普通に褒めてるなこれ。

 どうしよう、未成年を誑かす大人として捕まったりするのかな俺(棒)

 

 え?MODさんの本当の年齢はよく分からないはずだろうって?

 そんなこと本人の前で口が裂けても言うんじゃないぞ、真面目に死ぬから(一敗)

 

 冗談?はともかく。

 MODさんが微妙な顔をしている以上、何かが起こっているのはほぼ確定。

 となれば次の問題は、現在俺達の身に何が起こっているのか、という話になるわけだが……。

 

 

「ひゃっほうお兄さん、待望の合宿の時間だー」<ドゴーン

「腰が!?」

 

 

 突然の衝撃、突然吹き飛ぶ俺、驚く他の面々。

 さっきまで追っかけ回されていたはずのTASさんが俺に飛んできた為、それを受け止めた勢いのまま吹っ飛ばされたわけだが……懐の彼女の言葉に、さっきの作戦がなんか上手く行ってたことを悟る俺なのであった。

 

 ……いや、転移すんの今かいっ。

 

 



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楽しい合宿、お供はヤツが加わります()

「いつの間にか景色が一変してたのですがそれはぁ……?」

「離れ離れにならなくて良かったですね、ダミ子様」<ニコッ

「その笑みはなんなんですかぁ!?この森なんかヤバイのいるって証明ですねぇ!?」

「うふふ、そのようなことは」

「じゃあその怖い笑みを止めてくださいですぅ!?」

 

 

 一先ずキャンピングカーのところまで戻ろうか、と頷きあった俺達は、初っぱなに取っ捕まりDMさんの手伝いに従事していたダミ子さんが、ニコニコ笑うDMさんにからかわれている姿を目撃することになったのであった。

 

 これは冗談……ではないな、多分。

 彼女の能力ならば、辺り一帯を軽くスキャンすることも可能なはず。

 その流れで、()()()()()()()()()()を察知した可能性は否定できまい。

 では、その危険な生き物とやらがなんなのか、という話だが……それに関しては対面した時に語る、ということでいいだろう。正直予想通りであって欲しくないのが本音だし

 

 ともあれ、今日はもう素直に休んだ方がいいだろう。

 日はすっかり暮れ、辺りは薄暗い森に囲まれている。……この周辺は、さっき着火した焚き火によってある程度明るいが……それでも、遠くが見渡せない以上は迂闊に動くべきではない。

 まぁ、TASさん辺りはその辺全無視して動きだしかねないので、探索したくても明日の朝にするように、と皆で言い含めることとなったのだが。

 

 

「むぅ……相変わらず皆からの扱いが微妙。私だって我慢する時は我慢する。具体的にはスキップできないムービーの時とか」

「それ我慢してるんじゃなくて飛ばせないから不貞腐れてるだけだよね?」

 

 

 もし何とかしてスキップする手段を発見できたのなら、迷わず飛び付くレベルで我慢できてないよね???

 いやまぁ、TASさんならスキップするにしてもイベントごと飛ばす、とかやりかねないわけだが。

 ……え?イベントごとの場合フラグが立たないことがあるから、余程必要じゃないイベントでもなければ飛ばさない?あ、さいですか。

 

 ともかく、ひたすらにビビっているダミ子さんを落ち着かせつつ、そのまま夕食に。

 今日のメニューは鶏肉やニンジンなどの具材がいっぱいのホワイトシチューと、大きめのパンである。

 

 

「キャンプといえばシチューなどの比較的調理の簡単なもの、ですわね」

「手間隙を掛けられるようなスペースや余裕がないことも多いからねー」

 

 

 最悪具材を全部突っ込んで煮るだけで終わる料理は、こういう凝ったことのできない環境には持ってこいというか。

 いやまぁ、DMさんがその辺り妥協するかと言われると別なんだけどね?

 

 

「こういう場所で最高のおもてなしをしてこそ、メイドとしての腕が磨かれると言うもの……!!」

「おーい、自分の職業のこと忘れすぎじゃありませんかー」

 

 

 ……いや、忘れてた方がいいのか?

 いやでも、完全にメイドのつもりになってるのはその内変なフラグを立てそうなので、あんまり宜しくはないというか。

 とまぁ、DMさんの行く末を心配したりしつつ、シチューに舌鼓を打つ俺達である。

 

 正直言うと、真夏にシチューってどうなん?……みたいな気分だったのだが、この森の夜はわりと肌寒い。

 それを見越してのメニューだった……というのであれば、突然の変更によく対応したモノだと褒めたいところで……え?本当はカレーだった?あー……。

 

 ともあれ、ほんのり寒い状況ゆえにシチューを食べる速度もそれなりに速く。

 一杯では足りない、とばかりに皿を差し出すCHEATちゃん達を見ながら、俺はパンをシチューに浸けるのであった。

 

 

 

・)-・

 

 

 

「こういう時に使わず何時使うというのか!というわけで、燃焼無限チート、オン!!」

「おー」

 

 

 字面からするとヤベーやつなのでは?……感溢れるチートだったが、あくまで焚き火の持続時間が無制限になるだけとのことであり、安心して燃やしっぱにできると胸を撫で下ろす俺達である。

 いやまぁ、余所に燃え移らないように最低限見張っといた方がいいらしい、というのも確かなんだけどね?

 でもほら、焚き火を寝ずの番で守る……みたいなノリよりは負担が少なくていいというか。消す時は普通に水掛けりゃ消えるみたいだし。

 

 そんなわけで、一番辛いだろう深夜帯に見張りを交代することに決め、仮眠に向かう俺である。

 ……え?全部DMさんに任せればいいんでないかって?あの人一人にするのはあんまりよくないし、あと本人が会話相手を欲しがったのでそれを無下にするのもなー、というか。

 

 

「外装がメカでも中身は邪神。雑な扱いはその内呪い的なものになって返ってくる可能性大」

「そうかそうか。……ところでなんで楽しそうなのかな君?」

「それはもちろん、向かってくる相手は全てウェルカムだから」

「自分で言ったことを自分で破ろうとするの止めない?」

 

 

 あと、TASさんの予想が正しければ(そして、彼女の思い通りにさせると)、その内DMさんの祟りが降り掛かりかねない……という部分もあるか。

 いやまぁ、彼女の参戦イベントの時期になったら、嫌でも呪われに行かなきゃいけないんだけどね?例の雪山に。

 ……などと言うことを述べれば、自分の出身を忘れていたのかDMさんは大層驚いた顔をしていたのでした。……やっぱりメイド家業に邁進しすぎなのでは?

 

 まぁ他の面々と比べると、参戦イベントの発生タイミングがかなり後の方なので、自分の本分を忘れてしまうのも無理からぬ話なのかもしれないが。

 あんまり邪神邪神してるとTASさんにぼこぼこにされるしね。

 

 そんなわけで、俺はお先にーと皆に声を掛け、運転席に仮眠を取りに向かったのであった。

 

 



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先に抜きな、嫌な想い出は吐き出すに限るぜ☆

「……きて、お兄さん起きて」

「……んん……交代の時間かな……?」

「ううん、TASのお時間」

「なんて?」

 

 

 なんか今変なこと言われなかった?

 ……などと思いながら重い目蓋を開けば、そこには鼻先が触れ合いそうな位置でこちらを覗き込むTASさんの姿が。いや近いな?

 

 傍らでこちらを覗くTASさんを横に退かしながら立ち上がれば、そこは昨日と変わらず森の中。

 ……んん?なんか違和感があるような?

 とはいえそれがなんなのかは、ちょっと思い付かないのだが。

 

 そんな風に寝ぼけている俺に構わず、傍らのTASさんはこちらの腕を引っ張ってくる。

 なにやら主張したいことがあるようだが……?

 

 

「お兄さんに悲報と朗報。どっちから聞きたい?」

「いきなり嫌な二択。お兄さん最後に嫌な思いするの嫌だから悲報からどうぞ」

「なるほど、では悲報から。私達は迷子になりました」

「わー、いきなり絶望的な話~()」

 

 

 彼女に連れられながら聞き返せば、彼女が真っ先に提示したのは俺達の置かれた状況について。

 

 ……どうやら今の俺達、一体何処にいるのか判別不明なのだとか。

 周囲はそれなりに明るいものの、見渡す限りが森・森・森。

 何処を見ても木々以外のものが視界に入ることはなく、こんなところで放置されたらそりゃ迷って当たり前、という気分になってきたというか。

 

 じゃあ、この絶望的な状況下で、悲報にならず朗報になることとは一体なんなのだろう?

 そう思いながら彼女に続きを促すと……。

 

 

「朗報の方?それは勿論、これからの旅に同行してくれる連れ合いを獲得した」

「お、なるほど?つまりこの森を抜けるために協力してくれる人、ってことか。……で、その人は何処に?」

 

 

 返ってきたのは、俺達以外に連れ合いが居るという話。

 恐らくは地元の人、ということになるのだろうが……それならば、この森を抜けることもそう難しくはないかもしれない。

 そう思いながら、その連れ合いとやらの姿を探して周囲を見渡す俺である。……ただ、付近に人の気配は見当たらないような……?

 

 

「あの、TASさん?その連れ合いとやらはどちらに……」

「今は近くの川に水を飲みに行ってる。そろそろ戻ってくると思……噂をすれば」

「うん?」

 

 

 首を傾げる俺に対し、TASさんが発した答えは『当人は今ここに居ない』というもの。

 どうやらこの付近に川が流れており、その水を飲みに行っているようだ。

 ……それなら俺達もそっちに向かった方がいいような気がしたのだが、TASさんの言うところによれば相手はもうこちらに戻って来ているとのこと。

 

 うーむ、俺の意識がはっきりしたタイミングが宜しくなかった、ということになるのだろうか?

 そうして唸る俺だったが、突然の揺れにすぐさま思考を打ち切ることとなった。

 

 ──そう、揺れ。

 あからさまに地面が揺れたことに、すわ地震かと身構える俺。

 よく見れば周囲の木々も揺れており、そこに集まっていた小鳥達が空へと飛び……飛び?

 ……()()()()()()()()()()()()()()()()が、今飛び立った小鳥達が突然黒い影の中に消えたような?

 それも正確には単に消えたわけではなく、影の中に吸い込まれるようにして消えたような。

 

 いや、吸い込まれたというのは比喩であり、正確には()()()()()()というか、影の向こうに消えたというか。

 ──いや、そうではない。

 迂遠な物言いをしても意味はあるまい。ここでは見たままを、正確に──そして簡潔に述べるべきだ。

 ならばこう言い代えよう。──小鳥達は、()()()()()()()のだと。

 

 変わらず揺れる周囲と、それに合わせて響いてくる重い接地音。

 ずしんずしん、というそれは周囲の揺れと連動しており、事ここに至ってはそれが同一の場所から響いているものである、という事実をこちらに訴え掛けてくる。

 

 ──そう、それは()()()()()がこちらに近付いてくる前兆。

 そしてその生物は、明確にこちらへと歩を進めており……。

 

 すぅ、と俺達の頭上に影が指す。

 天頂に輝く太陽を、俺達より大きな生き物が隠したことを知らせるそれは、俺に視線を上に向ける、という当たり前の行動を躊躇わせ。

 

 

「紹介するね、お兄さん」

 

 

 そんな俺の動揺など知らぬとばかりに、傍らのTASさんは上を見ながら声をあげる。

 その言葉は、至極当たり前の色を持って、俺に困惑と恐怖を叩き付けてくるのであった。

 

 

「彼はティラノサウルスのティラ君。()()()()()()()()仲良くしてあげてね?」

オレサマオマエマルカジリ

「嘘付けーっ!!!?」

 

 

 俺の叫びは、周囲に大きく木霊したのであった──。

 

 

 

・A・

 

 

 

「うーんうーん……ティラ君、俺は食べても美味しくない……」

「……こいつは何を魘されてるんだ?」

「さぁ?でも起こすのは可哀想だから、このまま寝かせてあげるのが吉」

「本当にそうか……?」

 

 

 なお、俺が以前の転移を夢で見ながら魘されている時、TASさんは新たな仲間を()()()()()()()()()が……俺がその事を知るのは次の日の朝──見張り番の交代をすっぽかし、わりと絶望した気分で起きてからのことになるのであった。

 

 



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一夏の冒険なら生き物は必須

「えー、俺が焚き火番をすっぽかしたのは、明確に俺が悪いので謝ります、すいませんでした」

「お兄さんよく謝れました。偉い偉い」

「俺は子供かなんかか?」

 

 

 はてさて、呑気に眠りこけていたのは明確に俺のミス。

 故にその事を謝ることには微塵の疑問もない。ないのだが……。

 すぃ、と視線を横に座っているTASさんに移す俺。……現在は朝食の時間であり、昨日の残りのシチューとパンを温めて食べている人がほとんどである。

 

 いやまぁ、一部の朝に弱い面々──CHEATちゃんとかは微妙な感じだが。

 正確には、CHEATちゃんは寝惚け眼でパンに噛り付いているし、AUTOさんは食欲が無いのか顔を手で覆い、俯いて何やら呟いている。

 ……え?AUTOさんの様子はおかしくないかって?そりゃねぇ……。

 

 再度、視線を横のTASさんに移す。

 彼女は朝が苦手、ということも無いため普通に朝食に手を付けているが……その膝の上。

 彼女の食べているパンを()()()()()()()()()()()()、奇妙な生き物こそが問題であった。

 ……うん、ぶっちゃけるとあからさまに幼体の恐竜が、彼女の膝の上に陣取ってるっていうね。

 

 

「イヤなんでだよ!!」

「お兄さん煩い、ピー蔵の教育に悪い」<ピー!

「しかもなんだよその名前ぇ!!訴えられる寸前だよその名前ぇ!!!」

 

 

 いやまぁ、見た目は小さなティラノサウルス……みたいな感じなので、例のアレとは全く何の関係もないわけだが。……何の話だ?

 ともあれ、TASさんが恐竜の幼体を抱えている、というのは紛れもない事実。

 どこで見付けてきたのよそれ、さっさと親元に返して来なさい……と言えたのなら楽なのだが、問題なのはこれがTASさんがしたことである、という点。

 

 単にスーパープレイのノリで拾ってきた、とかなら迷わず返してこいと言えるのだが、これがもしスピードランの方なら手放すとややこしいことになりかねない。

 そして、TASさんの方もその辺りのことを突っ込まれることは最初から折り込み済みなのか、こちらからの疑問の籠った眼差しは華麗にスルーされる始末。

 

 ……え?そんな反応してるのならスーパプレイ扱いでごまかしてるだけだろうって?

 そんな単純に判別できるのならCHEATちゃんは要らないんだよなぁ……。

 

 突然の飛び火に「え?なに?なんで私今ディスられたの?」みたいな顔をしているCHEATちゃんだが、何も単に彼女を苛めたくて話題に出したわけではない。

 どういうことかと言えば、その答えはTASさんの動きにあった。

 

 ……そう、彼女は今()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これはつまり、彼女がCHEATちゃんへの警戒を全くしていない、ということである。

 

 

「……いや、いつものことじゃねぇのそれ?」

「え、CHEATちゃんってば自分の事なのにわかってなかったの……?」

「うわぁ、可哀想ですぅ……」

「なにその反応!?」

 

 

 こっちの言葉に間抜けな反応を返してくるCHEATちゃんだが……君ってば、なんというかこうこういう時自己評価が低いの、良くないんじゃないかなぁ……。

 ダミ子さんに同情されるレベルって、わりとアレだぜ?

 

 ……微妙にいじけ出したダミ子さんは後でフォローするとして、前にも触れたが不思議ガールズの中で唯一TASさんを止められる可能性があるのがCHEATちゃんである。

 他の面々は精神的に優位に立つAUTOさん、みたいな例もあるが……それはあくまでも速度に関係のない状況においてのみの話。

 

 裏を返せば、TASさんがスピードランに徹し始めたら誰にも止められない、ということである。

 それこそ、別の方法で同じ舞台に立てるCHEATちゃん以外には。

 

 

「ほへー」

「なにその反応、もっとしっかりしようぜ大将」

「大将?!私が!?マジで!?やった!!」

「……調子に乗らせ過ぎるといいことないよ?」

「おおっとそうだった。小将くらいにしておこう。……あ、中国語的な意味じゃなくて単に大に対しての小、って意味ね」

「なんかすっごい遠回しにバカにされてないこれ!?」

 

 

 いやいや、褒めてるのは褒めてるよ。中国語的な意味になると褒めすぎになるなぁってだけで。

 

 ……まぁともかく、CHEATちゃんが意外とポジション的に重要、ということを念頭に置いた上で、さっきのTASさんの動きを思い出してみよう。

 そう、唯一自分を止められる可能性を持つ相手が動くかも、という状況でも彼女は微動だにせずピー蔵を可愛がっていた。

 それがどういうことになるのか。……彼女は止められても構わないと思っているか、はたまた()()()()()()()()()()と思っている、ということになるのである。

 

 

「前者もあれだけど、どっちかと言うと後者のパターンが厄介だ。これはCHEATちゃんを舐めてるのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っていることになるからね」

「あーなるほど、これはスピードランのための急がば回れです、だと遠回しに主張してることになるんだね?」

「そういうことですねー」

 

 

 言い換えれば、止めてはいけない状況である、ということになるか。

 ……どっちが正解なのかはわからないが、少なくとも妨害が飛んでこない辺り後者のパターンの可能性が高いように思える。 

 だがあくまでも高いだけであり、それが確実とまでは言えない感じでもある……と。

 

 そういうわけで、そこまでの状況全てを引っくるめて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という話になるのであった。

 

 なお、その結論を告げた後、またCHEATちゃんが天狗になったためTASさんの精神分析(こぶし)が飛ぶことになったのは言うまでもない。

 ……謙虚さはちゃんと持っておこうね!配信で炎上しないためにも!

 

 

「うるせー!!余計なお世話だー!!」

「そもそも最近配信してるとこ見なくない?」

「…………」

(図星、みたいな顔をしていらっしゃいますわね……)

 

 



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成長するには試練がいる

 はてさて、ちょっと調子に乗っていたCHEATちゃんに対し、TASさんからの物理的なツッコミが入ってからしばらく。

 奇妙な小動物を加えた俺達一行は、当初の予定通り合宿を始めることとなっていたのであった。

 

 

「ところで、合宿とは言いますが具体的には何をする予定なのでしょうか?」

「基本的には基礎体力の強化から、個人の技能を磨くことまで様々。……大雑把に言うと、それぞれのロケーションに合わせたことをする予定」

「ロケーションに合わせた……、ねぇ?」

 

 

 それってもしかして、()()()()()()()に追っかけ回されるのとかも含まれてるのカナー?

 ……と聞き返せば、彼女は不思議そうな顔をこちらに向けてくるのだった。

 これはアレだな、『何を当たり前のことを言っているの?』って感じの顔だな!……マジかよ。

 

 

「……その顔からすると、君はここがどういう所なのかあたりが付いている、ということで良いのかい?」

「まぁ、ほぼ確実に以前……というか前回来たとこの一つだろうなぁ、と」

「ああ、そういえば恐竜に追っ掛け回されたとかなんとか、仰っていらっしゃいましたわね……」

 

 

 別に冗談だとは思ってなかったが、来るにしてももっとクライマックスだろうと思っていた……みたいな顔をするAUTOさんとMODさんに半笑いを返す俺。

 いやだって、ねぇ?……()()()()()()だなんて、そんなあまっちょろい考え方をしているとは思わなかったというか……ねぇ?

 

 

「……?……!そそそそういえば、トンネルを何度か抜けるとぉ……みたいなこと言ってましたですぅ!?」

「はっはっはっ……ダミ子さん大正解」

「うぎゃー!!?ですぅ!!」

 

 

 そう、ダミ子さんの言う通り。

 あの時の俺とTASさんは、何度かトンネルのようなものを抜けることにより、元の俺達の世界へと帰還を果たしていた。

 それは見方を変えると、ここにいる俺達も()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになるわけで──。

 

 なお、その時にトンネルを通過した回数は二回。

 ……すなわち、少なくともあと一つは異世界への移動を挟む必要がある、ということになるわけで。

 

 

「……そういえば、恐竜云々の話は聞いた覚えがあるけど、もう一つの方の異世界については精々『ペットボトルロケットで速度を貯めた』くらいの話しか聞いた覚えがないね。……もう一つの異世界はどういう感じのなんか滅茶苦茶ガタガタ震えてる!?

「いやはははまさか俺が怖がってるなんてそんなことははははははは」

「未だかつてないほどに動揺していらっしゃいますわね……」

 

 

 いやははは。なんでもう一つの異世界についての話をしたことがないのかとか、そんなの俺がその世界について思い出したくもないから……なんて、そんなことはこれっぽっちもありえなななななななななななななな……。

 ……おほん。

 まぁうん、ちょっとフラッシュバックする記憶が()速で流れる景色くらいしかないから、とかそんなことは無いのです無いんだよ納得してくれ()

 

 それに関してはともかく。

 まぁ、この世界──もう面倒臭いので『恐竜ワールド』と呼ぶけど、ここも大概危ないがその次の世界も危ない、というのは間違いあるまい。

 ……え?そんなに危険なら迂回ルートでも探したらいいのでは、だって?それが出来れば苦労はしないんだよなぁ……。

 

 

「それはまた……一体どういうことなのでしょう?」

「帰りの時って、どう足掻いても()()()()()()()()()()()、なんてことできないでしょう?……つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってことになるわけで……」

「……ああなるほど、そういうことでしたか」

「なになに?勝手に納得するなってばDM」

「ああ、これは失礼を」

 

 

 そんな俺の言葉に質問を返してくるのはDMさん。

 そして、その問いに返す言葉は先の通り。……勘の良い一部のメンバーはそれだけで理由に気が付いたようだが、その辺りの勘はあまり宜しくない、CHEATさんとかダミ子さんはわからなかった様子。

 そんな彼女達に、DMさんは優しげな笑みを浮かべながら答えを教えてあげるのだった。

 

 

「まず、異世界渡航技術をあまり使いたくない……という前提はわかりますね?」

「ああうん、例えあれこれ使えばやれるとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……みたいな話だよね?」

「その通り。ですので、異世界に飛んでからも帰り道にその様な技術を使うことは原則許されません。……ですが、ちょっとした抜け道があるのです」

「抜け道?」

「ええ。一度目の跳躍──この場合はここに来る際のものですが、それは最低でも二つの世界を挟んだ先にある異世界へと飛ぶ、というもの。この距離を故意に飛ぶ場合、世界は私共を『異世界渡航技術を持っている』と判断するでしょう」

「だから偶然を願った……って話だよね」

「そう。そして今回私共は、その二つ分の世界をどうにかして移動しなければなりませんが、()()()()()()二つ飛ばしに移動するのはNGです。──では、どうすれば良いのでしょう?」

「……まさかぁ、一つ一つ移動していけばオッケー、だなんてことはぁ……」

「はいダミ子様、それが正解にございます」

もしかして距離の問題なんですかぁ!?

「はい♪」

 

 

 ……うん、教育番組かなにかかな?

 そんな風に半目になる俺の前で、DMさんの解説教室は順調に進んでいるのであった……。

 

 



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先の話をしても仕方ないので、とりあえず今のことを気にすべきでは?

 はてさて、わざわざ二つの世界を経由して戻る必要がある……という話に対し、その理由は『一足飛びだとバレるから』という、なんとも気の抜ける推論が飛び出したわけだが。

 ……驚くことに、それが正解で間違っていない。

 もっとも、ダミ子さんは『距離』の問題と述べたが、実際には『時間』の問題だったりするので、完璧な正解と言うわけでもないのだが。

 

 

「時間……ですかぁ?」

「より正確に言うのなら、異世界渡航技術の利用時間。世界の判定基準には()()()()()()()()()()()()も含まれている。そこが一定の長さでない場合、まず違うだろうと弾かれることになる」

「神隠しってあるだろ?あれって世界中を探せば一日に数件は起きてるモノだけど、勿論異世界渡航技術を使って移動している……ってわけではないから、そういうのを端から弾くため……ってのが有力だな」

「はへー」

 

 

 いやまぁ、俺の説明もTASさんの受け売りなわけだが。

 ……ともかく、二つの世界を跨いで移動する、ともなれば必然移動に掛かる時間は長くなる。

 実際に移動していた俺達は、その辺りを認知することは出来てなかった気もするが……まぁ、その辺りはいわゆる視座の違い、というやつだろう。

 

 なので、()()()()()()()()

 こうすることにより、世界が定めた上限──神隠しと明確な異世界渡航との境目を潜り抜けることができる、というわけである。

 つまり、俺達は一気に帰らないのではなく、帰れない。

 世界に気付かれない為には、どう足掻いても最低二つの世界を攻略する必要がある、ということになるのであった。

 

 

「……いや待った。攻略ってなんだ」

「おおっと流石ROUTEさん鋭い。ですがその問いにはこう答えましょう。このメンバーの中に異世界渡航技術をお持ちの方はいらっしゃいますか?

「…………ああなるほど、アイツが満足するまでの時間、ってことか……」

 

 

 なお、攻略という言葉に目敏く反応するROUTEさんが居たりもしたが……この面々の中に異世界渡航なんて芸当ができる人なんてそう居ない、ということを教えれば小さく舌打ちをしながらも納得してくれたのであった。

 ……うん、そんなことできるのはTASさん(とCHEATちゃん)くらいのものだからね、仕方ないね。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……では、CHEATさんにやって貰えば宜しいのでは?」

「いや無理無理!!そんなぶっつけ本番みたいなことはできませんっ!!」

「まぁ、一発成功以外全部即死……みたいなもんだからねぇ」

 

 

 なので、CHEATちゃんが不甲斐ないわけではない。

 単にTASさんが一発勝負に強すぎる、というだけの話である。

 え?TASさんのそれは明確には一発勝負ではないだろうって?

 記録に残らないのなら、何度やり直しても問題にはならないんですよ……。

 

 

「選択するまでは、今の世界になんの影響ももたらさない未来視……だったか。そりゃまぁ、こういう状況には一番向いてらぁな」

「いえーい、ぶいぶい。ぴーすぴーす」

「なんでいきなり煽り始めたのTASさん」

「?単に喜びの舞」

「どこで覚えてきたのそんなの」

 

 

 忘れなさい今すぐ、えー、みたいなやり取りを行いつつ、改めて彼女の能力に思いを馳せる俺。

 

 ……彼女の未来視には、類似のそれらと明確に違う点が一つある。

 それが、彼女の呼び名の理由──TASと同じことができる、という点。

 セーブ&リロード機能の代替に近いそれは、未来視を行うことで未来に影響を与えてしまう……という、本来全ての未来視が潜在的に抱えている問題を回避することができる、ある意味では画期的な機能である。

 ……まぁ、その為に必要とするのが『あらゆる全ての未来の同時予測』などという意味不明なものの時点で、リスクと利点が釣り合ってないわけなのだが……。

 

 ともあれ、TASに似たことができる彼女だからこそ、できることがある。

 ……そう、あらゆる場面において、常に初見で動いている()()()()()()()()()為に、初見殺しを()()()()()()()()ことができるのだ。

 

 今回のように、判断をしているのが世界であるためにこちら側がその基準を前以て掴む……ということが難しい状況では、彼女の能力はまさに特攻。

 ましてや、ミスれば即刻世界の変異を伴う……というような状態でもあるのだから、それはもう彼女以外の誰がクリアできようか?……というような話にまでなってくるのだが。

 

 まぁ、だからこそというか、都合が良いというか。

 一つ、彼女の弱点を晒さずに済む、みたいなところもあるのだが。

 

 

「弱点?」

「おおっと口が滑った。とりあえず、攻略云々はTASさんの趣味だけが理由ってわけじゃない、と思って貰えれば」

「お兄さん、ペラペラ話しすぎ」

「いひゃいいひゃい」

「…………?」

 

 

 いやまぁ、単にROUTEさんからTASさんへの印象悪化をできる限り避けよう、と思ったってだけなんだけどね?

 でもまぁTASさん的には知らせなくても良い、という話しでもあるので、素直に彼女の攻撃を受け続ける俺なのでしたとさ。

 

 



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普通の人間より遥かに強い相手にどう立ち向かうか

「……まぁ、色んな意味で異世界攻略が必要、ってことはわかったよ。んで?ここではどうすりゃ攻略した、ってことになるんだ?」

「ん。この世界の王者にして独裁者、そしてピー蔵の親であるティラノサウルスの撃破が条件」

ちょっと待てや情報の洪水で攻撃してくんな

 

 

 ……あ、あの時のティラノサウルスの子供だったのか、この子。

 ふぅむ、まぁでもこの世界って弱肉強食だからなぁ、子が親を倒すなんてこともあり得なくは……え?暴君・独裁者・発展の邪魔だから倒されるだけで、そんな親族の血腥い骨肉の争いではない?はぁ、さいですか。

 

 そんなわけで、TASさんから明かされた条件に困惑するROUTEさんを宥めつつ、改めて作戦会議である。

 今回の一件は、みんなの成長を促すためのものでもある……というのは今さら改めて言う必要もないことだろう。合宿って言ってるしね。

 

 ただそうなると、基本的に攻略作戦には参加できない人……というのが出てくる。

 その筆頭はTASさんだが、ここでは()()()()()()にスポットライトを当てていきたい。

 

 

「……あ、もしかして私ですか?」

「そうですね、色んな事情からDMさんも後方待機組ですねぇ」

「えー!?」

 

 

 そう、その人物というのが、なにを隠そう本来は人類と敵対する(?)人ではない存在……。

 現在は鉄の体にその思念体を納めているが、そもそもその鉄の体自体がわりとオーバースペック気味なところもあり、尚且つその外見はちょっと大人っぽいTASさん……。

 

 という、ありとあらゆる意味で他人の成長の為には参加を取り止めさせる必要のある存在、DMさんなのであった。

 あ、一応彼女が下手に成長して、邪神として調子に乗り始められても困る……みたいな懸念もないことはないです。

 

 

「……いえまぁ、私が参加できないことに対し、特に不満を申し上げるつもりはありませんけども。……何処となく扱いがではありませんか?」

「いやいやそんなことは。精々貴方に調子に乗られたら、TASさんも同じくらい調子に乗り始めるだろうなぁ……みたいなことしか考えていませんよ?」

「寧ろウェルカム。DM、お前は邪神の柱になれ、それを私が折る」<シュバババ

あっはいご忠告有難うございます分相応の立ち位置に甘んじていますねはい

(見事なまでに態度が反転致しましたわね……)

 

 

 なお、そんなこちらの言葉を聞いたDMさんは、ほんのり拗ねたような表情を浮かべていたが……俺の隣でシャドーボクシングをするTASさんの姿を見て、ちょっと上擦った声を返しながら定位置(具体的には俺の斜め右後ろ)に下がったのであった。

 ……うん、確実にトラウマになってますねこれは。

 いやまぁ、住処ごと一回埋められたこともあるのだから、普通は嫌がるものだと思うわけだが。

 

 ともあれ、今回の作戦にはTASさんとDMさんの両名は不参加、残りの面々でこなす必要がある……ということになる。

 

 

「そうなると問題なのが高速で動いて相手の視線を撹乱する囮役を誰にするか?……ってことになるんだよなぁ」

「なるほどなるほど、今回の相手には高速で移動して視線を撹乱する必要があるのか……なんて?

「いやだから、高速で動いて……」

もう一回同じ事を言えって言ってるわけじゃないのはわかるでしょうが!!

脇腹が刺すように痛いっ!?

 

 

 そうなると面倒なのが、囮役として一人選出する必要がある、ということになるだろう。

 

 前回はTASさんが三人に分身した上で、その内一人がペットボトルロケットを背中に背負い、細かく振動することで速度を貯め、要所要所で開放し相手をおちょくる……もとい撹乱していたわけなのだが……それ以外にも問題は山積みというか。

 ……などという、問題のさわりの部分を話題にあげたところ、みんなを代表してなのかCHEATちゃんに聞き返される事態に。

 なお、素直に再度答えようとしたら脇に手刀が飛んできたため、微妙に悶絶している俺である。

 

 

「い、いきなりなんつーことをするんだおのれは……」

「詳細も話さず問題だけ量産しようとするからでしょうが!?」

「いや、俺が問題を量産しているわけではなく、この世界の攻略にはこれ以外にも問題が山積みというだけの話で……」

「順を追って!!一から!全部!!ちゃんと説明しろーっ!!!」

「ぎゃあーっ!!?」

「荒れてますわね、CHEATさん」

「ああ、今の流れで今回酷使されるのが主に自分、ということに気付いたんだろうね」

「まぁ、TASさん前提っぽい感じのぉ、説明に聞こえましたからねぇ」

「CHEAT様……!御立派になって……!!」

(なんでこいつは昔からの家臣、みたいな空気感を醸し出してるんだ……?)

 

 

 ついでに、言い訳をしようとしたらCHEATちゃんが噴火した。

 滅茶苦茶執拗に脇に突きを繰り出してくる彼女から逃げ回る俺を、TASさんに抱き抱えられたピー蔵だけが、不思議そうに見つめていたのであった──。

 

 



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狩りをするのに事前準備はとても大切

「まず、なんで高速移動が必要なのか説明!」

「ええと、相手の動体視力と瞬発力がかなり高いので、普通に避けただけだと途中で攻撃の軌道を変える……みたいな形で対応してくるからですね。そもそも素のスピードも結構速いので、できれば常に高速移動するのが望ましいですが……TASさんはその辺り見切っていたので、所々瞬間的に高速移動するだけで済んでいた、という次第でございまして……」

「それはまた厄介ですわね……いえ、そもそも恐竜相手に人が挑む、ということ自体が無謀なのでしょうが」

「一応、もしかしたら人間と恐竜が一緒に地上で暮らしていた……という可能性は無くもなかったみたいだけど、詳しいことはわからないからどういう関係だったのかもわからないしねぇ」

 

 

 あれから数分後。

 地面に正座させられた俺は、CHEATちゃん主導の尋問を受けている最中なのであった。

 内容は勿論、前回この世界に来たときの話について。

 ……一応、前回と同じように進むとは限らない、とは忠告しておいたが……TASさんの口からティラノサウルスという固有名詞が出ている以上、前回相対した個体と同一である……と考えた方がいいだろうとは思っていたり。

 

 なおその時の展開について、TASさんが分身して一人を囮にした、という話を先ほどしたわけだが……その時の攻撃の回避の仕方はどこぞの『身体が闘争を求めそう』な作品のあれだった、と述べておく。

 ……ブーストで急接近緊急回避繰り返す姿は、正直なんでこんなところで本格的な機動戦繰り広げてるんだろうなぁ、と宇宙猫になったりしたものである。

 冷静に見るとそれを背中のペットボトルロケットありきでやってるものだから、ツッコミ所満載だったんですけどね!

 

 なので、TASさんのTASたる所以あってこその戦闘方法だったのだから、正直彼女以外の面々が真似するのは止めた方がいい……と予め忠告しておく俺である。

 

 

「……まぁ、真似をしようとするとCHEATさんに装備を用意して貰った上で、私がそれを使う……みたいな方法しかなくなるでしょうしね」

「それで囮役が精々なんだろ?……というか私の負担高過ぎね?」

「まぁ、性質上武器とか防具とかの用意役としても優秀すぎるからねぇ、君」

 

 

 操作技能はそこまで高いわけでもないので、単純に反射神経や咄嗟の判断を求められる作戦は不向きというか。

 ……いやまぁ、チート使えるのにその辺りまで完璧にこなせるのなら、そろそろTASさん越えられてもおかしくないので仕方ないっちゃ仕方ないのだが。

 

 なお、チートにチートを重ねて自身の反射速度とかも一緒に上げればいいのでは?

 ……と尋ねたところ、「脳がオーバーヒートするわっ!!」と返されたことをここに記しておきます。

 まぁうん、TASさん級の反射と判断を両立しようとすると、普通にフレーム単位の動きを常に求められるようになるんで仕方のない話ではあるのだが。

 

 因みに、その辺りを鍛えるのなら修羅になるのがおすすめ、とTASさんから勧誘されていたりしたCHEATちゃんであるが、流石にそこまで人間止めたくないと引き気味でもあった。

 ……今さらその辺りを気にするのか、と思わないでもないが口にはしない俺である。だって殴られるのは嫌だからね!

 だからほらROUTEさん、マジかよこいつみたいな目でこっち見ないでくださいCHEATちゃんに何考えてるのかバレるのd()オゥアーッ!!?

 

 

「お兄さんは全然懲りませんねぇ」

「我が人生に後悔はなし……」

「本当かー?本当に後悔してねぇのかー?」

 

 

 嘘ですわりと後悔してます()

 

 ……まぁじゃれあいはこれくらいにして。

 高速機動を維持する必要性について述べてきたわけだが、相手のティラノ君を撃破するのであればそれだけでは足りない……というのはなんとなく察せられることだろう。

 何せあくまでも囮に必要とされる技能、でしかないからねこれ!

 

 

「前回の個体と同じタイプなら、軽機関銃くらいなら弾く皮膚の堅さと厚さを持ってますね」

「……つかぬことを聞くんだけど、前回のアイツって使ったの?軽機関銃を?」

「それ相当の火力、というだけ。一応これは囮役が自分にヘイトを向けさせる為の妨害でもある」

「絵面が完全にロボゲーな件」

 

 

 問題のティラノ君にダメージを与えるのなら、せめてロケランくらいは欲しいところである。

 

 前回は囮役のTASさんがライトマシンガンならぬ、ライトマシン()()()ガンなどを使って相手の気を引いていたが……なんかこう、『発射のタイミングであれこれすると弾の火力が跳ね上がる』みたいなバグを使っていたにも関わらず、相手に有効なダメージを与えている様子はなかったのであった。

 

 ……いやまぁ、あくまでヘイトを取る為の行為なので、変にダメージ与えて激昂させてしまい、攻撃が分散してしまうのを避ける意味もあったのだろうなー、とは思わなくもないのだけれども。

 でも輪ゴムが当たった岩が砕けてた辺り、結構な威力にはなってたよなー、とも思ってしまう俺なのであった。

 

 なお、CHEATちゃんの言う通り囮役のTASさんの絵面が完全にロボゲーのそれだった、というのは間違いないこともここに記しておく。

 

 



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TASさん三人に勝てるわけないでしょうが

「……それにしても、ペットボトルロケットと輪ゴムガンとは……小学生の夏休みの工作、みたいな感じですわね」

「はっ!つまり夏休みの小学生はティラノサウルスのヘイトを買うのに最適……!」

「貴方は一体何を仰っていますの……?」

 

 

 

;・A・

 

 

 

「それで?三人に分身したうちの一人の役目は分かったけど、その他二人の役目は?」

「アタッカーとディフェンダーです、サー!」

「誰がサーだ誰が」

 

 

 べしり、と頭を(はた)いてくるCHEATちゃんに対し、ようやく調子が出てきたな……と思わず鼻下を擦ってしまう俺である。

 そうそう、こういうテンションでこそCHEATちゃんだ、みたいな?……まぁ、言われた本人は「うっさいわ!」とまた頭を叩いてきたわけだが。

 

 ともあれ、前回の話の続きである。

 三人に分身したTASさんのうちの一人が、ティラノからの攻撃を誘引する回避盾の役割をしていた、と告げたわけだが……その他の二人が何をやっていたのか、というのが気になってくるのは当たり前の話。

 ゆえに、今度はそっちの話になるわけなのだが……こっちは更に要求技能が高くなる、茨の道となっていたのであった。

 

 

「と、言いますと?」

「ヘイトを買ってるとは言え、ダメージを与えるような攻撃を繰り出したら、瞬間的にそっちにヘイトが変わる……ってのはわかるだろう?」

「まぁ、そうですわね。自身に張り付くように飛び回る小虫が目障りなのは間違いないでしょうが、それ以上に自身に明確なダメージを与えてくる相手の方が脅威度は上なわけですし」

 

 

 今AUTOさんが言ったように、自分の周りを絶えず飛び回るハエや蚊が鬱陶しいのは確かだが、自分に明確に傷を与えてくる相手と言うのも、それらとは別ベクトルで鬱陶しいことは間違いないだろう。

 というか、傷の程度によっては自身の生死に関わってくる可能性もあるわけで、対処の優先度はそちらの方が遥かに高いのも確かである。

 

 無論、それらの前提を考慮した上でなお鬱陶しい、という動きを囮役のTASさんがすることでヘイトを稼いでいたわけでもあるのだが……そうなると、どうしても戦闘時間が長引くことになってしまう。

 何故ならば、与えるダメージが大きいほどヘイトを他の相手に移すことが難しくなるからだ。

 

 

「自身へのダメージを考慮してなお鬱陶しい……みたいな感じじゃないと、とてもじゃないけどヘイトを稼ぐなんてできるわけがないしね」

「野生動物はそういうのに敏感と聞きますしぃ、言葉面以上に面倒なのはなんとなく察せられますぅ」

「そうそう。なので、戦闘が長引くのが嫌なTASさんは、ヘイトを固定しないギリギリのダメージが出せるアタッカーと、一瞬向いたヘイトを『こいつに攻撃するのは割に合わない』と思わせられるだけの、堅牢な防御を持つディフェンダーを使うことで突破したのです」

「えっへん」<ドヤッ

「更に言うは易し行うは難しぃ、みたいな発言が飛び出しましたですぅ」

 

 

 では、そんな状況をTASさんはどうやって回避したのか。

 ……答えは単純、ヘイトを奪えなくなるギリギリラインの火力が出せるアタッカーと、反撃で飛んでくる攻撃が()()()()()()()()()()()()ほど堅牢なディフェンダーを用意することで、『一先ずこの鬱陶しい羽虫を叩き落としてからだ』と相手に思考させることにしたのだ。

 

 ええ、ダミ子さんの言う通り「それができるなら苦労はしない」みたいな話ですね()

 

 ……まず、相手がキレないギリギリのダメージについてだが、これもTASさん特有の見極め力によるところが大きい。

 誤差の許されぬギリギリの限界を追求しきったそれは、与えるダメージの値もそうだがそれによって削られる持久力についてもギリギリを攻め切っている。

 

 スタミナにしろ残り体力にしろ、下手に削り過ぎると破れかぶれになる可能性があるからだ。

 ゆえに、相手に自棄っぱちを起こさせない程度に余裕を持たせつつ、最後の一撃はきっかり削り切れるように体力・持久力の調整を行う必要があった。

 

 更に、囮役を落とすより攻撃役を落とすことを優先されては元も子もないので、相手が反射的に攻撃して来た時にそれを完璧に防ぐ役も必要となる。

 この場合の『完璧』とは、攻撃した結果相手が腕や関節を痛めるレベルのもの、ということ。

 ……一撃食らえば確実に死が見えるそれを、相手に易々と繰り出さないように躊躇させるだけの防御力が必要になるわけだ。

 

 この時点で矛盾点バリバリだが、更にこの防御力で攻撃役への攻撃を全てカバーする必要もある。

 咄嗟の判断力、更には相手の攻撃に割り込む瞬発力、更には攻撃を受けても容易には突破されないだけの持久力や体力も必要となってくるわけで。

 

 それら全てを、TASさんは『攻撃を受けた時にその流れを上手くいなして相手を自爆させる』という形で成立させて見せた。

 さながら、守護騎士TASさん……みたいな感じだろうか?

 

 無論、その神業もTASさんの能力あってのこと。

 まともに真似しようとするとまず筋肉と体力作りから始める必要性がある、くらいの話になってしまうわけで。

 ……真面目に参考にするなら、TASさんの特殊性全てをチートで代用したくなるレベル、というか?

 

 

「というか、それらをなんとか再現できても、ダメージを与えるための武器の用意も中々に無理難題じゃないかい?」

「……あれ?もしかして今回の私、馬車馬のように必死に働かないとダメなやつ……?」

「あっ、一つ言い忘れてた。CHEATは武器防具作成以外は手伝い禁止ね」

「なんか無茶苦茶言い始めたんだけど???」

 

 

 なお、それらの話を聞いた上で更にTASさんから飛び出したリクエストに対し、皆が宇宙猫と化していたが問題しかありません()

 

 



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修行回なんだから楽なんてできる筈もなく

「……いきなり追加条件を付けるのは反則では?」

「それについては謝る。でも、CHEATが居ないとどうにもならない……というのは合宿的に宜しくないのも事実」

「まぁ……その辺りがあるからこそ、私も観戦側に移動しているわけですしねぇ」

「ぬぐっ」

 

 

 はてさて、突然TASさんから飛び出した「CHEATは裏方専念」の発言だが。

 何処か一つの役職にしか使えないとはいえ、CHEATちゃん一人加えるだけで戦闘がかなり楽になる、というのは紛れもない事実。

 となれば、それにより他者の成長を阻害する可能性……というのは少なからず考慮する必要があるのは間違いあるまい。

 

 いやまぁ、さっきから言ってるようにそこまで万能でもないので、言うほど楽になるかは疑問もあるんだけどね?

 でも彼女を前線に出すとダミ子さんは確実に不参加になるので宜しくないというか。

 

 

「え゛」

「どういうこと?……みたいな顔してるけど、ダミ子さんも普通に強制参加だからね?なんてったって前回の時は、俺も一瞬だけとはいえ参加したんだから」

「なっ、なっ」

 

 

 まぁ、あれだ。

 ぶっちゃけ俺もやったんだからさ、という同調圧力である。

 ……今回そっちに俺は参加しないので、前回の俺の立ち位置にダミ子さんが収まる形、というか。

 

 

なんでそんなことにっ!?というかお兄さん不参加っ!?ズルくないですかぁ!?」

「いやーはっはっは。君らがティラノ攻略してる裏で別のことやる予定なんだけど、それと代わりたい……っていうんならそれはそれでもいいけど?」

「ダミ子頑張ってティラノ倒しまーすぅ」

(恐ろしいまでの変わり身の早さ……!?)

 

 

 無論、そんなことを言えば反発が起こるのも当たり前なのだが……俺の代わりにTASさんと一緒に行動する?と問い返せばその声もあっという間に収まるのであった。

 ……いやまぁ、キツさの方向性が変わるだけで、どっちが楽ってこともないんだけどね?

 

 

「一応お尋ね致しますけど、そちらは一体何をなさる予定で……?」

「ん、ピー蔵の特訓。次代の支配者として、先代に恥じない実力とカリスマ性を身に付けさせる予定」<ピー!?

「……ピー蔵『そんなの聞いてないよ?!』って言ってない?」

「私の会話ログには何もないから問題ない」

「何というスパルタ教師……」

 

 

 因みに、俺達の側でやることはピー蔵の特訓である。

 ……DMさんもこっちには参加するので、恐らく酷く地獄めいた修行が繰り広げられることだろう。

 ピー蔵には挫けず頑張って貰いたいところである。

 

 

 

。゚( TAT)゚。

 

 

 

 そんなわけで、二手に別れ目標を達成するために動き始めた俺達。

 CHEATちゃんがひいこら言いながら必要なモノを用意する姿を背に歩き始めたこちら側は、暫く歩いた後に開けた場所へとたどり着いたのであった。

 

 

「ここなら安心。張り切ってピー蔵改造計画に着手できる」<ピー!?

「確実に『改造!?改造ってなに!?』って言ってるよねこれ」

「おっと口が滑った」

(絶対わざとですね……)

 

 

 TASさんに抱き抱えられたピー蔵が暴れているが、そんなの気にしないとばかりにいつもの無表情なTASさんである。

 ……いや、よくよく観察するとほんのり頬が赤くなっているので、今から行う修行()に高揚している……ということになるのだが。

 でもそんなこと、昨日今日に会ったばかりのピー蔵に察せられる筈もなく、単に真顔な彼女に恐れ戦いているだけに見えるのであった。……恐れ戦くべきであることは間違いない、というのがポイントである()

 

 ともあれ、こちらは彼を立派なティラノサウルスにするまで帰れないので、その辺りは心を鬼にして向き合う次第というか。

 ……というか、真面目に俺への修行も兼ねてるだろうから、キチンと取り組まないとそっち方面でも終わりが見えないというか。

 

 

「あら、そうでしたの?」

「そうでしたの。……どっちかと言うと、咄嗟の判断力とかの鍛練になるんだろうけど」

 

 

 不思議そうに聞き返してくるDMさんに、苦笑いを交えながら答える俺である。

 ……まぁうん、特殊な能力のない俺が彼女達とこれからも接していく場合、咄嗟の判断力が足りてないと普通に命に関わりかねないというか?

 無論、周囲もそれなりに気を使ってくれるだろうが……それこそおんぶにだっこみたいなものなので、頼りきりが宜しくないのは明白というか。

 

 あとはまぁ、ああしてTASさんに抱き抱えられているとはいえ、ピー蔵は普通に恐竜なので油断すると轢き殺され兼ねないという面もあるだろうか。

 向こうにその気はないにしても、この三人の中で一番貧弱なのは俺であり、突破しやすいのも俺であることは間違いないのだから、ピー蔵が逃げるのなら俺に向かって……ということになるのは容易に想像できるし。

 

 

「なるほど、そこで対処を誤ると普通に吹っ飛ばされる……と」

「TASさんがいる以上、死ぬようなことにはならないでしょうけど……死ななきゃ安い理論で何度もピー蔵と相対させられる可能性大、というか?」

「流石にお兄さん、私のことをよくわかってる」

ね?(涙目)

「……心中お察し申し上げます」<ピー?

 

 

 スパルタTASさんに容赦はない。

 なのでこれから俺は何度も吹っ飛ぶことになるんだろうなぁ、と思いながら苦笑いするのであった。

 ……おっかしいなー、涙が止まらねぇや……。

 

 



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人間力を限界まで高めるんだ!

オゥアーッ!!?」<ピーッ!?

「お兄さん、そこは左にステップするべき場面。右に側転は失策」

「ピー蔵さんの方は、彼に気を引かれすぎです。地下からの強襲にも気を付けましょう」<ピィーッ!!?

 

「む、向こうは一体何をやってるんだ……?」

「気のせいじゃなければ、さっきアイツが宙を舞ってなかったか……?」

「深く考えるのは止めましょう、時間が勿体ないですから」

 

 

 はてさて、打って代わってこちら側。

 CHEAT君を筆頭にした面々の話ということになるのだけれど……うん、向こうは向こうですごいことになってるね、と私達は思わず視線をそちらに向けていたわけだ。

 なお、お兄さんが空を舞う姿を見たダミ子君が死んだ目で「わー、とっても楽しそうですぅー」とか呟いていたけど、勿論全然楽しそうに聞こえなかったのは言うまでもないね。

 

 まぁ、こっちはこっちで忙しいので、向こうを気にしているような暇はない……というAUTO君の言葉ももっともだったため、その内皆気にしなくなったんだけどね。

 彼の悲鳴は既に単なるBGM、というわけだ。

 

 さて、そういうわけでこっちの話を進めようってことになるわけだけど。

 ……うん、こっちもこっちで地獄が見えるよね、これ。

 

 

「……本来TASさんが三人掛かりでやることを、私達で分散してやる……ということですものねぇ」

「しかも、一番TAS君の互換になりそうなCHEAT君は、あくまでも裏方起用……と」

「その分相対する人数そのものは増えてるけどな」

 

 

 そう、()の話によれば、前回相対した相手はあのTAS君が三人掛かりで挑むことを強いられた相手。

 一応、一人で戦うよりも三人で戦う方が速い、といういつもの彼女のパターンも考えられるが……やはり、彼女ほどの実力者であっても三人分の労力がいる、と考える方が普通だと思われる。

 

 なにせ、単純な高速移動ではその内慣れてカウンターされるかも、みたいな話っぽいからね。

 いやまぁ、向こうの動体視力を完全に振り切るくらいの速度なら、そういう心配もないみたいではあるけど……。

 

 

「TAS君がその方法を取らなかった以上、仮にやれたとしても割に合ってない──つまり私達がそもそも()()()()()()()()()()()()()、と考えておいた方がいいだろうね」

「下手すると、MODの手伝いであちこち飛び回ったくらいの速度を常に要求する、みたいなことになりそうだよなー」

 

 

 CHEAT君の語るように、恐らくそこで求められる速度は、地球全土の任務をサクッと片付けられるくらいのもの。

 ……必要となる要素とかも合わせて考えると、正直割に合わないどころの話ではない。

 というか、下手するとそのための装備を用意する時点でCHEAT君がダウンしそうというか?

 

 本人は「私がダウン?そんなわけあるかーっ!!」みたいに憤慨しているけれど……よくよく考えてみて欲しい。

 そのレベルの速度で相手の周囲を飛び回るとなると、もう一々気にする方がバカらしくなる……ということを。

 

 

「……なぜに(what's)?」

「一瞬たりとも速度が緩まない上に動体視力も追い付かないとなると、闇雲に攻撃しても絶対当たらないだろう?……それはつまり相手をするだけ無駄だ、ってことだ。──回避盾を名乗るのに、それだと意味がないじゃないか」

「……あ」

 

 

 そう、そもそもこの高速移動、目的は相手の撹乱──即ち回避盾を遂行するためのモノ。

 ということは、少なくともわざと速度を抑えたりして隙を見せる……くらいのことをしないと、ヘイトを取り続けるのが難しくなるのだ。

 

 だって相手は速すぎて、こっちの攻撃はまともに当たらない。

 時々何処かに停止して休むのであれば、その休憩を狙って攻撃することもできるだろうけど……それは裏を返すと、その隙が()()()()()()()可能性もある、ということ。

 つまり、囮役の安全を優先するのなら速度を落とすのは論外であり、しかし囮役の安全ばかりに気を取られると、今度は囮役として論外(攻撃が当たらないので無視される)になり自身へとヘイトを集めるのが困難になり、結果周囲を危険に晒す──即ち()()()()()囮として論外となってしまう。

 

 つまり、相手の攻撃に絶対に当たらない速度を維持するのなら、必然的に他の面々も同じ速度を維持させる必要が出てくるのだ。

 そうでなければ、一番遅い相手をとりあえず攻撃すればいい……ってことになりかねないからね。

 

 ということは、だ。

 相手に絶対に追い付かれないようにする()()を作るのであれば、それは一人分ではなく全員分の用意が必要になり。

 そして更に、本来用意すべきものはそれだけではないので、作らなければいけないものが増え彼女の負担も増加し……。

 

 

「結果倒れる、と。俺からも忠告しとくけど、速度に関してはほどほどにしとけ。普通に全滅の気配がしたぞ」

「うわぁ」

 

 

 最終的に、必要な装備が整わずに詰む、と。

 ROUTE君からの補足もあり、思わず顔面蒼白となるCHEAT君なのでありましたとさ。

 

 



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作戦会議は踊るよどこまでも

「じゃあ、どうするのさ?」

「囮役に用意するのは、あくまで急加速と急停止ができる速度維持装置になる……ってことかな。TAS君のやり方を踏襲するなら、ということになるけど」

 

 

 想定される状況に、思わず顔面蒼白となるCHEAT君だったが……すぐさま気を取り直し、こちらへと問い掛けてくる。

 それに対して私は、敢えて含みのある言葉を投げ返していた。

 無論、CHEAT君は馬鹿ではないのでその含みに気が付き……、

 

 

「……別のやり方があるってこと?」

「さてね。その辺りを探るためにも、ちょっと見に行ってみないかい?私達の敵とやらを」

 

 

 その察しの良さに笑みを溢した私は、みんなに一つの提案を投げ掛けるのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「……災害か何かですかぁ?」

「いやはや、想定以上だねぇ。参った参った、あっはっはっ」

「いや笑ってる場合?!アレと戦うの私達!?」

 

 

 はてさて、MODさんの誘いに乗って私達が向かったのは、予めTASさんから聞いておいた敵──ティラノサウルスの居住地域。

 広範な縄張りを持つため、その外側から様子を窺うことになったのですが……その迫力の恐ろしいこと恐ろしいこと。

 

 いえ、予め聞いていた通りではあったのですが……体高七メートルにも達する巨体が、まるで自動車の如き速度で獲物に迫り、その五体をバラバラにするのを見れば、正直『これはムリゲーというやつなのでは?』と疑ってしまうのも無理なきこと、と申しましょうか?

 正直、あの速度を咄嗟に避けろと言われても無理、としか言いようがない気がするのですが。

 

 

「いやー、AUTO君が無理だと私達全滅ってことになるから、できればそこは『やれる』と言って欲しいところだけどね?」

「む。……いえまぁ、予めあの速度であると知れたことで、ある程度対応はできると思いますけれど……その場合私以外の皆さんも一切のミスが許されない、ということになると思いますが?」

「うーん、防御に関してはダミ子君を上手く活用すればなんとかなる気もするけど……攻撃役が難しいねぇ」<エッアノチョットォ,アレニタエロトカムチャクチャオッシャッテマスヨォ!?

「ふむ……」

 

 

 そんなことを呟けば、返ってくるのはMODさんの言葉。

 ……生憎、私の掴める範囲にある参考になりそうな動きは、大型生物との対峙方法くらいのもの。

 人間とティラノサウルスの生存タイミングが重なることがほぼ無い以上、もっとも役に立つはずの『ティラノサウルスとの戦闘経験』は掴めないモノであるため、そこまで期待されても困るところがあるのは否めないでしょう。

 

 一応、一つだけ手段がないことも無いのですが……裏技と言うか、いわゆる禁じ手に相当するものに当たると思われますので、手を伸ばしたくないのが実情、となるのでしょうか?

 まぁ、そこに関しては今回触れるつもりはありませんので、こうして黙っているのですけれど。

 

 ともあれ、現状のままだとどうにもならない、というのは確かな話。

 個人的に言わせて貰いますと、あの突撃をダミ子さんを使ってどう止めるのか?……という部分が非常に気になるところですが、それを踏まえてもなお攻撃役への負担が尋常ではないと言いましょうか?

 ……と、暫定攻撃役であるROUTEさんに視線を向ける私、だったのですが。

 

 

「………………」<チーン

「ROUTEさんっ!?」

「不味い!急性ティラノショックだ!?一時撤退、一時撤退~!!」

「急性ティラノショックっ!?」

 

 

 振り返り見た彼女は真っ白に燃え尽きており、私達は慌てて彼女を抱え、その場から退避することになったのでした。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「地獄を見た、無惨に散り行く 命の終わりを見た……」<チーン

「お、おう……」<ピィー?

 

 

 俺達がピー蔵(&俺)の鍛練を一時中断して戻ってきた時、そこで目にしたのは真っ白に燃え尽きたROUTEさんと、その周囲であれこれと動き回る他の面々の姿なのであった。

 ……ええと、これは一体どういうことなのでして……?

 

 

「なるほど、それは無謀」

「おっと、TASさんにはわかった感じ?」

「なんとなく。多分ROUTEはTASろうとした」

「…………ええと、TASさんを真似しようとした、と?」

「そういうこと」

 

 

 そうして首を捻る俺に答えてくれたのは、俺と一緒にこの場に戻ってきたTASさん。

 ……なんで彼女が答えるのか、というのは置いとくとして、その口から放たれた答えは確かに無謀としか言いようのない話であった。

 いや、確かに彼女はその能力的にTASさんに近い、とは言ったけど……流石に彼女みたいなことをしようとするのは無謀としか……。

 

 だがどうやら、その無理をする必要性を感じてしまった、というのが一番の問題らしい。

 

 

「あのティラノを打倒し、かつこちらへの被害を抑えるのであれば、最低限動きくらいはTASさんの模倣ができないと……と感じたとかなんとか……」

「そういう趣旨のことをぶつぶつ呟いてるねぇ」

「あー……」

 

 

 なるほど、任されたポジションと彼女の能力が噛み合った結果、と。

 ……確かに、生半可な攻撃は普通に跳ね返してくるほどに硬い皮膚である、あれを突破するのなら同じ箇所に間髪いれず攻撃を叩き込み続ける、くらいは必要だろう。

 それだけしても、人間でいうなら表面の鎧を剥いだ程度。

 そこからぶちギレモードのティラノの猛攻を躱しつつ、更なる決定打を叩き込むとなれば……まぁ、脳がパンクするのも仕方ないというか?

 その一撃で済めばいいけど、多分間違いなく一撃じゃあ終わらないだろうからなー。

 

 ……そこまで理解したからか、周囲のみんなはROUTEさんを気遣いはしても、責めたり情けないと詰ったりはしていないのであった。

 うむうむ、無意味な諍いは避けるべきだよね。

 

 

「しかしそうなると……やはりTAS君のやり方を踏襲するのは無理、ということになるだろうね」

「じゃあどうするのさ?」

「勿論、私達にしかできないことをやる……というだけの話だよ、ねぇ?」

「はいぃ?」

 

 

 だがしかし、ROUTEさんがこの様子では、クリアできるものもクリアできまい。

 そうしてほんのり(自分を棚上げして)心配した俺は、次にMODさんが見せた笑みに、その必要はないことを悟るのであった。

 

 



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気分はシミュレーション、お前に逃げ場はないゾ☆

「TASさんの方法を、」

「踏襲しない……?」

「その通り。そもそも彼女が三人分必要なのを私達五人で分担、というのが端から無理な話だったわけだ」

 

 

 だって、彼女と比較になるのはAUTO君とCHEAT君くらいのもので、あとは精々ROUTE君がどうかなーって感じで、私とダミ子君に関しては端から論外だからね……とはMODさんの言。

 最初からオーバーワークも良いところの話であったため、ここで軌道修正できるのは寧ろ幸運ですらある……と彼女は告げたのであった。

 

 

「では、具体的にどうするのですか?」

「勿論、私達の利点を活かすに決まっているだろう?」

「利点を活かす……?」

 

 

 そうして彼女達は、自分達だけでどうやってティラノサウルスを打倒するのか?……ということについての作戦会議を始めたわけなのだが。

 

 

「…………」<ソワソワ

「……あー、もしかして向こうの様子が気になる?」

「そんなことはない。私には貴方とピー蔵の修行というとても重要な役目がある」

「無駄に器用なことしてんじゃないよ!?」

 

 

 その話し合いの声量が小さく、何を企んでいるのかがわからないためか、TASさんがさっきから興味津々である。

 

 いや、君ってば未来視能力者でもあるんだから、そこら辺は普通に覗き見できるんでないの?

 ……と問い掛けてみたところ、返ってきたのは「そんな無粋なことはしない」という言葉と、こちらを蔑むような眼差しなのであった。

 

 俺、そんな目で見られるようなこと言ってなくね……?

 そう思いながらDMさんに助けを求めれば、彼女は彼女で呆れたように肩を竦め、深々とため息を吐いていたのであった。

 ……うーん、なんで俺はいきなり四面楚歌に投げ落とされてるんです……?

 

 

「まぁいいや。とりあえず、気になるんなら見に行くか?こっちはそんな一朝一夕で終わるような話でもないし」

「……お兄さんがどうしても見に行きたいって言うのなら、ついていってあげてもいい」

「アーナンダカ突然向コウノ様子ガ気ニナッテキタゾー?」

「ん、じゃあついていってあげる」

(清々しいまでの棒読みでしたが、TASさんはそれで宜しいのですね……)

 

 

 まぁ、俺が理不尽な状態に投げ込まれるのはある意味いつものことなので、さして気にもせず話を戻したのだが。

 

 そういうわけで、生暖かい眼差しをこちらに向けてくるDMさんに密かに辟易しつつ、揚々と歩きだしたMODさん達を追い掛けるのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「真っ向から挑むのが不可能なら、それこそやるべきことは搦め手──脇腹を突くことだろうね」

 

 

 そう告げるMODさんは、雰囲気作りなのか羽毛扇を手に持ち不敵な笑みを浮かべていた。……どっから出したのそれ?

 出したんじゃなくて作ったんだよ、と述べながらそれで自身を仰ぐMODさんは、こちらに視線を向けることなく一点を見つめている。

 その視線の先で行われているのは……。

 

 

ぐぎゃるるるぅぉっ(そこのねーちゃん)ぐがぁるらるるぅ(俺とトリケラトプスハントに行かねぇかい?)?」

ぐがるらるるる(お断りします)

ぐがぁぁぁぁあぁあっ(No───!!?)!!?」

「なに

 これ」

「なにって……彼を倒すための手段だよ。題して、『失恋による消沈中なら油断も隙も突き放題』作戦~」

「鬼っ!!悪魔!!TASさん!!!」

「お兄さん、なんでそこに私の名前を混ぜたの?」

 

 

 なんでって……そんなのTASさんが血も涙もない輩だかr()うぼぉぁーっ!!?

 

 はい。

 TASさんを揶揄った結果俺が夏空に花火の如く散ることになりましたが、問題しかありません。

 ……落下地点でDMさんがキャッチしてくれたから良かったものの、下手すると地面に激突してもんじゃ焼き・良くても俺の形の大穴が空くところであった。

 まぁ、こうして無事なのでいいでしょ、とTASさんにはそっぽを向かれたわけだが。……あとでどうにかして機嫌を直して貰わないと酷いことになりそう(小並感)

 

 それはともかく。

 MODさん達がティラノサウルス打倒のため編み出した作戦は、その実とてもシンプルなモノであった。

 

 まず、MODさんが近くの大岩にテスクチャを被せる。

 これは、無機物相手ならわりと好きに姿を弄れるようになった彼女だからこそできることであり、それで作り上げたのがさっきからティラノサウルスが必死に気を引こうとしている()()()()()()()()()()()である。

 

 これを起点とし、CHEATちゃんが相手に対してのフェロモンの発生機器・及び相手に見えているそれが魅力的なものに映るようにする洗脳電波の発生機やコクピットを作り。

 ROUTEさんが相手の反応を大まかにウォッチングし、それに合わせた反応を、コクピットに乗り込んだAUTOさんが行っていく……という、いわばハリボテのティラノサウルス運用を行っていたわけだ。

 

 なお、その仕様上暇な人間……もとい攻撃役は残った一人に固定されることになったわけなのだけれど。

 

 

「……これ、本当にいいのでしょうか……」

「いいんだよ、勝てば官軍さ」

 

 

 その最後の一人──ダミ子さんは、用意されたナイフの調子を確かめつつ、これからこちらが起こすことを思って憂鬱な顔をしていたのであった。

 ……まぁうん、人の心あるんかお前ら、って感じだからね、仕方ないね。

 相手はティラノサウルスであり、人の心なんてないと言われればそれまでだけど。()

 

 



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精神状態はその個体の健康にも関わるもの

「ティラノサウス君が一体何をしたっていうんだ……」

「強いていうなら、そこにいたから?」

「門番みたいなもんだから、殴り倒さないことには進まないわけだし……」

「鬼畜か貴様ら?」

 

 

 いやまぁ、撃破しないと次の世界に進めないわけだし、そういう意味では心を鬼にする必要がある……とも言えるわけだけれども。

 

 そんなわけで、一種の美人局(つつもたせ)被害にあったティラノサウルス君はと言うと。

 失恋のショックで意気消沈してふて寝したところを、ダミ子さんにスパッ……と()られてしまったのでありましたとさ。やだ、熟練の暗殺芸(アサシネイト)……。

 

 

「わけのわからないこと言わないで欲しいですぅ……」

「こっちとしては、その状態でキレるの止めて欲しいですぅ。普通に怖ぇ」

「へ?……あっ」

 

 

 なお、図らずも始末役とされてしまったダミ子さんだが、こういうの私のやることじゃないですよねぇ、とばかりに不満げな様子なのであった。

 

 ……うん、それだけならまぁ可愛いものなのだが、今回の彼女ってばティラノサウルスの寝首を文字通りに掻く、ってのが仕事だったからさ?……ね?

 ぶっちゃけてしまうと、返り血まみれで割りとホラーなんだわ、今のダミ子さんの姿。

 さっきの台詞もその姿と相まって「わけのわからないこと言わないで欲しいですぅ」って感じに聞こえたし。

 

 なお、俺の言葉により自分が今どういう状態なのかを把握したダミ子さんは、慌てて近くの川へと飛び込んで行ったのであった。

 ……ピラニアとかいたら危なくない?それ。

 

 

 

・A・

 

 

 

「死ぬかと思いましたぁ……」

「だろうね」

 

 

 まぁ、うん。

 さっきは分かりやすくピラニアを例にあげたけど、よくよく考えずとも血の匂いまみれの状態で川に飛び込んだら、普通に襲われても仕方ないよね……。

 ってな感じに、水棲生物達に追っかけ回され慌てて戻ってきたダミ子さんである。

 

 勿論ずぶ濡れなので、体を乾かすために焚き火を再び着火したわけなのだが……。

 

 

「どうかしましたかぁ?」

「いや……なんでこんな服持ってたんだろうなぁと思って」

「なんででしょうねぇ?」

 

 

 焚き火の前で暖を取るダミ子さんの姿を見ながら、ううむと唸る俺が一人。

 ……いやだってねぇ、見てごらんなさいよ今のダミ子さんの姿。まさかの甘ロリファッションですよ、甘ロリ。

 敢えてゴスロリの方じゃない辺り、趣味だとしてもよくわからんというか……。

 

 そんな現在の彼女の姿だが、頭の上から足の先まで、見事なまでのロリータファッション尽くしである。

 街で出会えば「おおっ!?」と圧倒されること間違いなし、ビビるレベルの甘ロリだ(?)。

 

 で、この服を用意したのが、何を隠そうCHEATちゃんというわけなのであった。

 

 

「ほら、私って配信者(tuber)じゃん?だからこういうのも用意しておいた方がいいってわけ」

「ああ、この服にマスクでも付け加えれば、ちょっと痛い感じの配信者って見た目になるn()いでででで

「誰が地雷系配信者じゃー!!」

「誰もそこまで言ってn()いでででで

 

 

 そういえば、配信者としての彼女の正装──自身の左右にレトロゲーが浮いてるあれ──も、ゴスロリっぽいものの派生だったような?

 ってことはあれか、お嬢様キャラ配信する時とかに使ってたのかね、あの服。

 普段のキャラ付け的には正反対というか、全く似合ってない疑惑があるわけなのだが。……だからしまわれてたし、パッと出てきたのか?

 

 そう、この服を出したのは確かにCHEATちゃんだが、その取り出し方も特徴的であった。

 なんと、いつも傍らに浮いているゲーム機のディスク投入口から取り出したのである。明らかに質量的に入りきらないそれを。

 

 

「……そもそも左右に浮いている、というところから驚くべきなのでは?」

「それもそうなんだけど、最早見慣れてるものだからそこに関しては不思議に思わなかったというか……」

「それに関しては、私も反論は出来ませんわね……」

 

 

 何せ、出会った時からずっと浮いてますもの、とはAUTOさんの言。

 

 ……うん、いつの間にか『そういうもの』と気にしなくなっていたけど、よくよく考えたらCHEATちゃんの左右にゲーム機が浮いてる、って意味わかんねぇな?

 なんかこう、チートを駆使して浮いてるってのは分かるんだが……浮いてる必要性は?みたいな。

 

 だが今回の一件で、どうやら何かしら意味があって彼女の横に浮いてるのでは?……という些細な疑問が浮上することになったわけで。

 なので、どうせだからと話を聞いてみたところ、返ってきたのは次のような答えなのであった。

 

 

「……アイテムボックス?」

「そう。よくあるじゃん?内容量無限でその人にしか使えないって触れ込みのやつ。そのアイテムボックスの見た目をゲーム機にして、一種のアクセサリーとしても運用してるってわけ」

 

 

 あとはほら、演出用にも使えるし?

 ……と笑うCHEATちゃんであったが、やってることだけ見ると普通にそこらの俺Tueee系のそれに近いことも間違いなく。

 

 ああ、TASさんさえ居なければ、この世界の主役は彼女だったろうになぁ……と、俺達は深く深く頷くこととなったのでありました。

 ……え?そのあと?揶揄ってやがるなお前ら、ってCHEATちゃんに追いかけ回されましたが何か?

 

 



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片方終わったのだからもう一本

「そういえば……ダミ子さんしれっとティラノサウルス殺ってたけど、躊躇とかそういうの無かったんで?」

「殺らなきゃ間違いなく殺られる相手に、躊躇とか死亡フラグではぁ?」

「……それは確かに」

(あれは『でもやっぱり物騒では?』とか思っていらっしゃる顔ですわね……)

 

 

 

;・∀・

 

 

 

 はてさて、大ボスであるティラノサウルスを撃破したわけだし、そろそろ次の世界への転移が起きてもいいんじゃないかなー?

 ……などと思っていたのだが、一向にその気配はない。

 思わずアレー?と首を傾げる俺だったのだが……。

 

 

「さぁお兄さん、休憩は終わりだよ」

「……そういえばそうだった」<ピィーッ

「気付かぬうちに現実逃避をしていた、ということですわね」

 

 

 そういえばそうだった、とTASさんの言葉に天を仰ぐ俺である。

 ……そういえばそうだった、今回のこれって俺の訓練とピー蔵の成長とは別口だったんだった……。

 

 いやまぁ、本来ならピー蔵を育成し成長させ、彼にさっきのティラノサウルスを殴り倒して貰う……っていう、冗長すぎる話が正規ルート……ってことになってたんだろうから、先にそっちの目的を果たしてる辺りいつものTASさんだなぁ、って感じではあるのだが。

 普段と違うことがあるとすれば、TASさん本人が殺るのではなく他の面々に任せたことだろうか?

 

 

「全部私がやると、最終的に遅くなる。時には他人に任せることも必要」

「いいこと言ってる風だけど、結局のところスピード命であることに変わりはないよね?」

「?(私に)いいことは言ったよ?」

「んー、その(くうはく)は露骨すぎるとお兄さん思うなー」

 

 

 まぁご覧のように、肝心のTASさんは何の変化もなかったわけなのですが。

 そこに感心してカッコいいとは流石に言えないかなー?

 

 ともあれ、問題の片方が片付いたのだから、もう一つの問題解決のために動くのは自然な流れ。

 ……そういうわけで、手隙になった向こうの面々が、嬉々としてこちらの訓練に参加することに……、

 

 

「あ、貴方達もこのまま訓練ね、暇そうだし」

「……なんて(what's)?」

「訓練。あんなに簡単に終わったんだから、きっと頑張り足りないよね」

「 」

(……あっ、できる人ほど仕事が増えていくやつですぅ、これぇ)

 

 

 ……ならず、彼女達にも別個で訓練が加算されることになったのであった。

 うーん、伝統的な日本社会の闇……。

 

 

 

くTムT)

 

 

 

「はい、全弾発射でございます。どうか一つも掠らずにお避けくださいね」

「無茶苦茶いうなー!?ぬぉわーっ!!?」<チュドーン

「CHEATちゃーん!!?」

「CHEATさん……貴方は良いお方でしたわ、私貴方の犠牲、忘れません……っ!!」

「死んでねーよ!?真っ赤だけど!!」

 

 

 さてはて、そのあとの展開についてはダイジェストでご紹介。

 まずみんなの訓練として、DMさんが色々内蔵兵装を解禁したのだけれど……うん、ロボアニメでしか見ないような弾幕の雨霰とか、訓練どころか実戦と呼んだ方がいいんじゃないかなーという圧巻の光景だった。

 

 いやまぁ、流石に実弾ではなくペイント弾だったけどね?

 でも全部ホーミングだったから、そんなの避けられるかーっ!?……って感じに、CHEATちゃんが犠牲になっていたわけなのだけれど。

 なお、これに関しては訓練に成功したのはAUTOさんだけであった。なんでも『弾幕避けは淑女の嗜み、ですわ』とのこと。どんな淑女だ。

 

 

「貴方が今すぐ進化の姿勢を見せなければ、私はこの一帯を更地にするだけ」<ピィーッ!!?

「今のは流石に何言ってるかわかりましたぁ。『何言ってるのこの人!?』ですねぇ」

「それわかってもわからなくても関係なくない?!」

 

 

 次いでピー蔵の訓練だが、どうやら特殊な行動(ぎしき)をすると彼が一気に成体にまで成長する、なんてイベントが発生するとのこと。

 それを発生させるため、TASさんが行ったのは謎のエネルギー弾での辺り一帯を消滅させる、という暴挙であった。

 ……ツッコミ処しかないんだけど、これどっからツッコめばいいのかな?

 

 いきなり宙に浮き始めたのもそうだが、いきなり両手を空に翳し、バトル漫画とかでしか見ないような謎の気弾を頭上に発生させるのも意味がわからんし。

 というかこの絵面、どっかから訴えられたりしない?大丈夫?

 

 それだけではない、儀式を行うとピー蔵がでっかくなる、というのも大概意味がわからない。

 いや、お前普通の恐竜ちゃうんか?……と問い掛けると、『いや僕は普通だよ(ピピィーッ)!?』とでも言いたげな鳴き声が返ってきたため、多分TASさん側が何かしてるのだろうが……それにしたって意味不明というか。

 

 なお、最終的に飛んできた気弾はみんなで力を合わせて打ち返しました。

 ……「この程度じゃダメというのなら、更にダメ押し」とかなんとか言って、自分に飛んできた気弾を吸収しTASさんが謎のパワーアップを遂げた時には、正直この世の終わりかと思ったけど。

 

 まぁともかく、そんな感じで各々の訓練は進んでいき、同時に日も暮れて行ったのであった……。

 

 



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がつがつ食って強くなれ

「むぅ、本当なら今日で終わってた予定なんだけど……」

「いや流石にあれはスパルタ過ぎるわ」

「えー?」

 

 

 異世界生活も二日目ともなれば慣れたもので、さっさと枯れ枝を集め焚き火を再度火入れした俺達は、そのまま早めの夕食と洒落込んでいた。

 メニューに関しては、初日がシチューだったので(?)今日は焼き肉である。

 ……え?さっき仕留めた相手を食卓に並べただけではないかって?はははは。

 強いて言うのなら、あの筋肉量のわりには大味じゃないなぁ、くらいの感想というか。……まぁまぁ美味しいお肉なんじゃないですかね(適当)

 

 いやまぁほら、一応ここらを暴力で支配していた実質的な悪役みたいなものであるとはいえ、こっちの事情でぶっ倒したというのも事実ではあるわけだし。

 ……だったら食べることで一種の供養とするのも、ある意味間違いではない……みたいな?

 まぁそんな感じのアレである、アレ。

 

 なお、ピー蔵にこの肉を食わせるのは(相手が元とはいえ親であることから)流石に色々とあれなのでは?……みたいな意見もでなくもなかったのだが……。

 

 

「ん、世は()べて弱肉強食。それと盛者必衰・勧善懲悪。一度でも悪逆に身を落としたのなら、そこから無惨な末路を辿るのも承知の上。ね?」

「……なんでそこで俺に話を振るんだよ……」

 

 

 というTASさんの鶴の一声により、まぁいいかと流されたのであった。

 ……いやそれ理由として真っ当かな??

 あと無意味にROUTEさんを苛めるんじゃありません、微妙に涙目になってるでしょその人。……泣いてない?うっそだぁぐえー!!?

 

 ……まぁその辺りはともかく。

 世にも珍しいティラノ焼き肉に舌鼓を打ちつつ、明日の予定とかについて話し合う俺達なのであった。

 

 

「できれば、明日の日が暮れるまでには解決しておきたい。流石に三日目フルカウントは禁断症状が出てしまう……」

「ああ、TASさんのスピードラン衝動が、もう抑えられない規模に……」

「冷静に考えると、一体何を言っているのかという感じの台詞ですわね……」

 

 

 ご覧の通り、TASさんはそろそろ我慢が限界の様子。

 手元の焼き肉をポイポイ他の人の皿に放る姿は、まさに熟練の焼き肉奉行のそれであるが……これ単に、手持ち無沙汰になったのと禁断症状を誤魔化すための遊びだな?……とか思ってしまう俺なのであった。

 

 一応、今回の主目的は彼女以外に向けての合宿であるため、ある程度は我慢できているようだけど……それでもなお、三日を越える滞在は精神的に毒、ということになってしまうらしい。

 ……全体的に『何言ってるんだこいつ』感がしてしまうのはスルーして欲しい。

 

 とはいえ、達成目標が彼女自身の行動に関わるものではない以上、基本的には今日の訓練をそのまま繰り返すしかないような気もするのだが……いや、よく考えたらTASさん的に、他人の動きを操作するのとか十八番中の十八番やんけ。

 

 つまり、ここで俺がちゃんと言い含めておかないと、明日は彼女の一挙手一投足に一々注意を払わなければいけなくなる……?

 彼女に遠隔操作されて、俺の全身が砕ける可能性が普通に存在する……???

 

 

「──TASさん!どうかお願いだから、早まったことはしないでね!!?」

「ん、んん?ええとうん、わかった」

 

 

 突然ガバッと肩を掴まれ、必死の形相で俺に頼み込まれたTASさんはというと、しばらく目蓋を瞬かせていたが──よくわからない、という顔ながらも最終的には頷いてくれたのであった。

 ふぅ、これで一つ問題が片付い……た?

 

 ……なんかこう、周囲からの視線が微妙に冷たいモノに変化しているような?

 こう、『マジかこいつ?』みたいな感じというか。

 

 

「君、言いたいことはわかるけど、さっきの絵面はよくないと思うよ……」

「……あ、あー。ごめんTASさん」

「ん、気にしてない」

 

 

 そんな風に困惑する俺に対し、みんなを代表してMODさんが声を掛けてくるけど……ああうん、確かに。

 

 見た目は小学生そこらの少女に対し、情けなくもすがり付く大の大人……みたいにしか見えんねさっきの絵面……。

 ここが無人島だから大した問題にはならないけど、これをもし都会の往来とかでやってしまったら、普通にしょっぴかれそうな行動であった。

 ……そりゃみんなも気を付けろ、って顔するわこれ。

 

 なので、一応TASさん相手に謝罪を述べたわけなのだけれど……彼女が許す許さないは、俺の罪の重さにはあんまり関係ないなこれ?

 ……うん、緊急事態であっても心は冷静に、というのが今回の教訓だろう。

 心に刻み、次からは同じことをやらないように気を付ける所存である。

 

 

「……なぁなぁ、なんでさっきの動きはダメなのさ?」

「それはですねCHEAT様、咄嗟であってもああいう行動をとってしまうということは、すなわちそれが別の場所・別の状況であったとしても、似たような動きを再度行ってしまう可能性がとても高い。……つまり、周囲の視線がストッパーになっていない、ということなのですよ」

「う、ううん?」

 

 

 なお、その横ではDMさんによるCHEATちゃんへの指導も行われていたが……聞いている彼女は今一よく分からないのか、微妙に首を捻っていたのであった。

 ……そのなんだ、もう少し周りを見ましょう、みたいな感じでいいんじゃないかな……(死んだような目)。

 

 



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平和なんて大抵薄氷のもの

 はてさて、時間はあっという間に経過して三日目の朝である。

 今回は寝坊せずに焚き火の見張り番を交代できた俺は、みんなが起きてくる前に朝食の準備を行っていた。

 

 二日目は前日の夕食であるシチューとパンが主な朝食であったが、今回の場合同じ手は使えない。

 何故なら、昨日の夕食は焼き肉であり、流石に朝から食べるには重すぎるからだ。

 

 じゃあ代わりに何を用意するのかというと……。

 

 

「オーソドックスにおにぎりです」

「おにぎり?うっ、頭が……!」

「TASさんはいきなり頭を抱えてどうしたんですの……?」<モグモグ

「多分、とあるゲームでおにぎり食べると強制死亡フラグが立つ……ってバグがあったから、その時のことを思い出して呻いてる」

「ええ……?なんですのその個性的なバグ……?」

 

 

 ほかほかの白米、それに中身の具と海苔を合わせたおにぎり!

 日本人と言えばこれでしょ、という定番のラインナップである。麦茶も付ければ暑い夏もなんのその、だ。

 まぁ、炎天下の中に置いとくとあっという間に痛むので、塩分補給におにぎりを使うのなら細心の注意を払う必要があるわけだけど。

 ……え?TASさんがそういうのとは別の理由で呻いてる?トラウマが蘇ってるだけだからスルーしてもろて。

 

 ともあれ、起きてきた面々におにぎりとお茶(と、希望者には味噌汁)を渡しながら、俺は登りくる朝日を眺めていたのであったとさ。

 

 

 

・A・

 

 

 

「さて、前日の続きやっていくどー」

「おー」

 

 

 さっくり朝食を終え、改めて前日の続きである。

 TASさん的には今日中に終わらせたい・それもできれば夕方になるまでに……とのことであったが、個人的には微妙・もしくはギリギリなんじゃないかなー、と思っていたり。

 その理由はピー蔵の様子にあった。……俺には問題はないのであしからず。寧ろ俺の訓練はついで以外の何物でもないので、重要度は高くないのだし。

 背後でTASさんが「関係あるよ、重要だよ」みたいな顔をしているとCHEATちゃんが告げてくるけど無視だ無視。

 

 ……ともかく、問題が大きいのはピー蔵の方である。

 彼はまぁ、なんというか完全に行き詰まっていた。そう、強化の方向とか進化の先とか、諸々の面で。

 

 何せ、彼はまだ子供。

 ……具体的に何時生まれたのかは不明だが、とりあえず一月経過していないことだけは確かだろう。

 ということはだ、人間換算すると精々中学生くらいが関の山で、ともすれば小学生・幼稚園児なんてパターンもありうるわけだ。

 そんな相手に『強くなれ』と告げたところで、早々強くなれるモノだろうか?……え?ホビーアニメとかゲームのキャラとかだったら普通?現実の話して貰っていいかな?

 

 

「貴方様、そのツッコミは私達にも跳ね返ってきますわ……」

「おおっと」

 

 

 ……そうだった、CHEATちゃんとか普通に中学生だった。

 なお、俺やDMさんを除くと最高齢になるROUTEさんは、関係ないなとばかりにそっぽを向いていたりする。

 まぁそうは言っても、この人も多分行ってて二十歳くらいだとは思うのだが。

 

 閑話休題(はなしをもどして)

 確かにCHEATちゃんを筆頭に、中学生でも戦うことを決意する人はいるだろう。

 だがしかし、それは彼女達が特別なだけであって、普通の中学生が鉄火場に連れてこられても、基本的に何もできずに立ち尽くすのが関の山……え?ピー蔵はそもそも人間じゃないだろうって?そりゃごもっとも。

 

 とはいえ、出会ってすぐの人間と仲良くなれるくらいに気性が穏やかなピー蔵が、やれ『戦え』と言われてすぐに戦えるかと言われればノーだろう。

 そういう意味で、やはりこの話は長くなるのが目に見えているのであった。

 

 

「なるほど、つまりお兄さんは『戦うことを自ずから望まざるを得ない』状況を作るべき、と考えているんだね」

「今すっごい曲解したね君?」

 

 

 ……うん、もうちょっと長い目で見てあげるべきでは、という親切心というか憐憫というか、ともかくそんな感じの意味合いで発した言葉のはずだったのだが、TASさんには別の意味で聞こえてしまったらしい。

 その結果、俺の親切心は相手をいたぶる嗜虐心みたいなものにねじ曲げられてしまったのであった。……いや、真面目に物語の途中でヤられる中ボスみたいな主張になってないそれ?

 

 

「……!流石はお兄さん。自分の修行の成果を見せる機会と、ピー蔵の成長機会を一度に揃えようとするとは中々やる」

「しまったやぶ蛇だった!?」

 

 

 ……今日の俺は口が滑りまくる日のようだ。

 うっかりツッコミを入れてしまった結果、TASさんはさらに俺の発言を曲解。

 結果、何故か俺とピー蔵のドリームマッチが急遽開催決定してしまったのであった。

 

 いや、前にも言ったけど例えピー蔵が子供だとは言え、それでも相手は恐竜なのだから一般人が対決なんかしたら普通に死ぬからね?

 

 ……という俺の抗議の言葉は、TASさんの「お兄さんが一般人?寝言は寝て言ったら?」の言葉に叩き落とされてしまうのであった。

 いや、俺は本当に一般人だからね?君らと一緒に……一般人は死ぬようなダメージを受けた次の瞬間に全快したりしない?あ、はい……。

 

 



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夏だからVSシリーズだよねリターンズ

「……あれってギャグ描写とかじゃなかったんだな」

「いや、多分ギャグで良いと思うよ?じゃないと色々頭痛くなるし」

「そういうもんかねぇ……」

 

 

 俺の背後でCHEATちゃんとROUTEさんが何やら話しているが……うーん聞こえない。

 なんとなく俺の話をしているような気もするが、子細がわからない以上は聞き出そうとするのもあれだろう。

 というか、こっちとしてはそうやって現実逃避をする間に退路が塞がれていくため、本来はそんなことを考えている余裕は無いのだが……いやでも、この状況で現実逃避しない奴の方が珍しいだろうというか。

 

 そんなわけで(?)突如大自然の中に現れた特別リング。

 この上で今から行われようとしているのが、いわゆる俺・虐殺ショーなのであった。

 

 

「お兄さんは悲観的すぎ。勝負は時の運、誰が勝つかなんてやってみなきゃわからない」

「お、いいこと言うねー。それを言ってるのが運とか捩じ伏せるタイプの人(TASさん)じゃなければ、もっと感動的なんだろうけどなー」

「──困った、言い返せない」

「そういう時はこういえば良いのですわ、TASさん。──運を捩じ伏せるのも実力の内、と」

「はっはっはっ、ほんといいこと言うなー」

 

 

 逃げ場のない──いわゆるデスマッチ形式のリングの上で、思わず愚痴る俺だが……参った、TASさんだけならともかく、AUTOさんも一緒にいると口じゃあ絶対に勝てねぇ。

 いやまぁ、勝ったところでなんなのか?……と言われればその通りなのだが、数少ないTASさんに反抗できるチャンスを潰されてしまうと、俺としては黙って震えてるしかないと言いますか……え?口喧嘩で勝ってもそのあと痛い目みるだけだろうって?そりゃごもっとも。

 

 そんなわけで、前回口喧嘩で勝った時報復に顔面に熱々のチーズが飛んできたことを思い出しつつ、反対側に控える対戦相手を盗み見る俺。

 対戦相手──ピー蔵はというと、なんというかこっちが驚くほどに、意気消沈とした姿で椅子に座っていたのだった。

 

 ……うん、改めて見ると凄まじくシュールな絵だなこれ?丸椅子の上で項垂れるティラノサウルスの子供って。

 

 

「大丈夫、勇気を出して。貴方はここまで大きくなった、だから絶対に勝てる、信じて」

「ピィー……、ピピッピ、ピギィー…」*1

「むぅ……思ったより重症」

 

 

 そんなピー蔵に対し、セコンド役になったTASさんが励ましの言葉を贈るが……うーん、こちらが見る限りあんまり効果はなさそう。

 というか率直な感想を言わせて貰えば、その姿から漂う空気感だけなら、思わず俺が勝ちを拾えそうなくらいに弱々しいというか?

 

 

「まぁ、実際に戦った場合は九割方貴方様の敗けでしょうが」

「酷ぇって言いたいところだけど、これに関しては野生動物に丸腰の人間が勝てるのか、って話だからなぁ」

 

 

 そんな俺の考えを嗜めるような、セコンド役のAUTOさんからの忠告が飛んでくるが……言われなくても気のせいだと言うのはわかっている。

 

 ……うん、身近なのは家犬とかだろうか?特に大型犬。

 あれに飛び付かれて倒れずにいられる人間、というのはごく少数だろう。

 これはつまり、子供ほどの体重であっても彼らにじゃれつかれるのはわりと危険、ということでもある。

 

 野生動物はこちらより小さくとも、そのスペックが遥かに人を上回っているもの。

 言い換えれば、素直に対峙した場合相手の攻撃を避けるのすら困難、ということになる。

 

 そして何より驚異的なのが、その体力。

 人間がどこかを怪我するとほとんど動けなくなるのに対し、野生動物はある程度の怪我なら無視して動くことができるのだ。

 腹を裂かれ内臓がまろび出ても、ある程度までなら動き回れるのだから恐ろしい話である。

 

 これは、野生下では完全に安全な場所以外で立ち止まることが死に直結するため。

 言い換えると常に死の危険に晒されている、という緊張感があるからでもある。

 うっかりすると即死、みたいな環境でのほほんと歩き回れるのはTASさんくらいのものなのだ。……え?その言い方だとTASさんがヤバい人だって聞こえる?そう言ってますがなにぐぇーっ!!?

 

 

「貴方様はほんっっっとうに学びませんわね……」

「経験から萎縮してたら何もできないからね」

「素晴らしい言葉ですわね、赤くなった額を必死に擦っている姿を見なければ、の話ですが」

「そこはスルーしてください……」

 

 

 地獄耳だよTASさん!

 ……というわけで(?)脳内での一人言が聞かれていたらしく、相手側から飛んできたボールペンが額にクリーンヒットしたりしたが、俺は元気です。……嘘すっごい痛い()

 

 まぁともかく。

 単純な野生生物でも基本的に人間は勝てないのにも関わらず、それより更にスペックが高いという疑惑のある恐竜相手だと、例えそれが子供であっても勝ちの芽はない……と判断するのが普通だろう。

 ……その考えをひっくり返しかねないくらい、ピー蔵の今の様子は不甲斐ないわけだが。

 

 

「……どうしたもんかねぇ」

 

 

 よもや勝つわけにもいかないだろうし、早々に勝てるとも思わない。

 ……変な意味で予想の付かない対戦カードに、巻き込まれた側としてはため息を溢すより他ないのであった。

 

 

*1
特別意訳:無理だよぅ、僕なんかが勝てるわけないじゃないか……



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勝負は一瞬、一撃で決まる……といいなぁ

「ところで、この試合ってなんでもありみたいな感じなので?」

「なんでもあり、というと語弊がありますが………体格差の有りすぎる相手、ということもあり反則さえ犯さなければ割りと自由ではありますわね」

「なるほど?」

 

 

 図らずもセコンドとなったAUTOさんに、この試合の注意点を尋ねる俺。

 人間対恐竜という変則マッチであるがゆえに、基本やっちゃいけないことというのはそう多くないらしい。具体的には()()()()()()()()()()()()、とか。

 

 ……うん、何度も言うけど野生動物の攻撃なんてまともに受けたら普通に死ぬからね?

 単純な体当たりでもヤバいし、罷り間違って爪だの牙だので攻撃された日には即御陀仏である。

 ……なんかMODさんが「ホントにー?」みたいな視線を向けてきてるが、本当だよとしか返答しようのない俺です。

 

 いや、マジで冗談じゃないからね?

 確かに君らの攻撃とか動きの余波に巻き込まれた時に、わりとエグい状態から復帰してたりするけど、これに関しては君らだからなんとかなってるだけだからね?

 

 

「……?どういうこった?」

「TASさんから貰ったお守りの効果ってこと」

「お守り……?」

 

 

 正確には、CHEATちゃんとTASさんの共同製作ってヤツだが。

 ともかく、そのお守りの効果により、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 なので、その条件に見合っているかどうか判断に困るピー蔵からの即死攻撃は勘弁願いたい、ということになるのであった。

 ……該当するならいいけど、しなかった場合酷いことになるからね!

 

 

「その辺りはお兄さんの人間力を信じてるから大丈夫」

「暗に頑張ってねって言われてるんだけどどうすれば?」

「え?えー……がんばれー?」

「すっごい投げ槍な応援!!」

 

 

 いやまぁ、未来視二人組が適当な応援をしてる、って辺り下手なことにはならないと証明されたようなもの、と言えなくもないのかもだけど。

 ……でも心配なモノは心配じゃね?

 と眉根を下げれば、セコンド役のAUTOさんは何とも言えない苦笑を浮かべていたのだった。

 

 

 

・A・

 

 

 

 さて、時間は飛んで試合終了後。

 ……え?あれだけ勿体ぶったくせになんで話が飛ぶんだって?

 それには海より深く・山より高い訳があってうんぬんかんぬん。

 

 

「素直にボロ負けした、と仰れば宜しいのに」

「男には意地ってものがあるんですよ……」

「意地も何も、開始数秒で吹っ飛ばされてたじゃねーか」

 

 

 ……まぁはい、AUTOさん達の言う通り、語るべきものが何にもないってだけなんですけどね。

 開始数十秒、いわゆるリングアウト負けである。

 

 試合展開は至って単純、ゴングが鳴ったあとも暫くうじうじしていたピー蔵が、TASさんの鶴の一声に(「ここで頑張らないならご飯抜き」)よって奮起し(「ピィッ!!?」)、俺へと突撃。

 それを見た俺は小賢しくも後ろに飛んで衝撃を緩和(「バックステップッ!!」)……とかやろうとしたわけだが、そんな素人判断が上手く行くはずもなく。

 寧ろ地面に立っていないことで踏ん張りが効かず、そのまま吹っ飛ばされてロープに。

 

 結果、スリングで射出される玉の如く、俺はロープに弾かれて空を舞った(「ぬぉわーっ!!?」)……と。

 なお、そのままだと地面に激突しておさらば、だったのだがそれに関しては素早く反応したTASさんにキャッチされた(「流石お兄さん、特大ホームラン」)ため事なきを得た。……得たのか?

 

 まぁともかく、変にスプラッタなことにならなくて良かった、というのは間違いあるまい、多分。

 

 で、この試合を通して何か得られるものがあったのか?と言うと……。

 

 

「正直な話、俺に関しては完全に吹っ飛び損だよね」

「大方の予想通りの結果ですし、不甲斐ないと言われても否定はできませんわね」

「まぁ、その分ピー蔵には自信が付いたみたいだし、そのお陰で成長できたみたいだから良かったんじゃねーかな?」

「素直に喜べねぇ……」

 

 

 ……うん、はっきり言うと俺にとっては完全に無意味だよね。

 何か成長した姿を見せられたわけでもなく、無様に宙を舞ったってだけの話だし。

 まぁ、CHEATちゃんの言う通り俺という踏み台を越え、ピー蔵はすっかり時の人……恐竜?になってしまったわけだが。

 

 そう、試合前にも言っていたピー蔵の成長フラグ。

 どうやらこの拙すぎる試合展開でも問題なく機能したようで、さっきまで大型犬くらいの大きさだったピー蔵は、すっかり彼の父親のそれと同じくらいに巨大化していたのであった。

 ……うん、これもうリベンジマッチとかやれたもんじゃねぇな?いやまぁ、例え相手が小さいままだったとしても二度と御免だが。

 

 なお、成長に成功したピー蔵は初めのうちは困惑していたが、次第に喜びが勝ってきたのか今は御機嫌にダンスをしている最中である。

 ……TASさんが分身してダンスに混じってるのに関しては、スルー推奨である。「私がここまで育てました」みたいな顔してるんじゃないよ、まったく。

 

 



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前の舞台と正反対の場所とかよくあるよね

「というわけで、次の世界に着きました」

「急な話すぎるだろ……」

 

 

 はい、そういうわけで次の世界である。

 ……別れの話とか全部飛んだって?そりゃそうだ、だって別にお涙頂戴みたいな流れではなかったもの。

 それどころかバタバタしすぎててあんまり思い出したくないというか。

 

 具体的にどうなったのかというと、大きくなったピー蔵に再度俺との試合運びを再現して貰った、と言うだけの話である。

 ……そう、キャンピングカーに乗り込んだ俺達をロープに向かって吹っ飛ばして貰い、同時に加速機能をフル展開。

 一瞬だけ光の速度を越えた俺達は、その勢いのまま別の世界へと移動を果たした、というわけである。

 

 

「自分で言っててなんだけど、『頭おかしいのかお前』って言われても否定できないなこの流れ……」

「お兄さんのお手柄なんだから、素直に誇ってもいいのでは?」

「手柄かなぁ!?これ俺の手柄かなぁ!?」

 

 

 この手法を思い付いたのが、飛んでいく俺をキャッチした時……というTASさんには悪いのだが、正直悪い夢以外の何物でもないというか。

 いや、世界の何処に『大型リングの上でティラノサウルスに吹っ飛ばして貰い、ロープに当たった反動で世界を越える』なんてこと思い付くヤツがいるんですか。ここにいましたよ(白目)

 

 ……それでなんとかなるのも大概だが、ピー蔵が大きくないといけない理由が結果的にこれになったのも酷いというか……。

 

 まぁ、過ぎてしまった世界のことをうだうだ言っても仕方ない。

 向こうには巨大リングが放置されっぱなしだが、きっと向こうの生き物達がなんとかして活用してくれるだろう。

 ……え?数万年後にオーパーツとして発掘されそう?流石にそこまでは面倒みきれよう()。

 

 というわけで(?)、話題を一新して。

 恐竜ワールドの次の世界。……この世界の情報に関しては、『ペットボトルロケットで速度を貯めてた』くらいのことしか喋ってはいない。

 

 ここで疑問が起きないだろうか?

 確か本来のルートでは、恐竜ワールドでもペットボトルロケットは使っていたじゃあないか、と。

 確かに、囮役として動くTASさん(の分身)は、ペットボトルロケットを利用した速度のチャージと解放により相手を撹乱していた。

 ……いたのだが、その後の俺の発言が問題であった。

 そう、『フラッシュバックするのは光速で流れる景色』である。

 この言葉、なんとなく違和感を抱かないだろうか?

 

 

「……()()()()()()()()()()()?」

「CHEATちゃん正解。そう、俺の記憶が『光速で流れる景色』であるということは、普通に考えるとTASさんに掴まって行動してた、ってことになる」

 

 

 そう、記憶に残る景色が『光速』であったということは、それを記憶した俺自身が()()()()()()()()ということになるのである。

 それはおかしい。だって囮役として動くTASさんより、ディフェンスとして動くTASさんの側に置いておく方が危険がない。

 実際、前回の恐竜ワールド攻略の際にはそういう風に動いたため、『光速移動する記憶』などと言うものは発生しえなかったのだ。

 

 ──ここから言えることはただ一つ。

 恐竜ワールドでのペットボトルロケットの運用はいわゆる試験運用であり、これが実際に火を吹くのは()()()()()()()()だと。

 そして、ペットボトルロケットが正式運用され、光の速度で動く必要が出てくる世界というのは──、

 

 

「──パワードスーツの世界。やったねお兄さん、ミサイルのパーティが始まるよ☆」

「ワーヤッターウレシイナー」

「未だかつてないほどの棒読みですわね……」

 

 

 そう、闘争を求めた修羅達が集まってそうな場所。

 軍事企業間の競争が激化した結果、傭兵達が跋扈するようになったポストアポカリプスな世界。

 それこそが、今度俺達が攻略せねばならない地獄なのであった。

 

 ……一つ言わせてほしい。

 変な粒子とか使ってないだろうな!?緑色に光り輝いたりしないだろうな!!?変な球体飛ばして喜ぶヤツが居たりしないだろうな!!!?

 

 

「答えはイエス。この世界ではまともなヤツほど死んでいく……」

「徹頭徹尾こんなノリだからみんな注意してね」

「……うわぁ──!?イヤですぅ──!!?これ私も死ぬヤツです───ぅっ!!!?」

「ノーコメントですわ」

「 」(白目を剥いて痙攣している)

「マージでかー……」

「…………」(頭痛を堪えるように額を揉み解している)

「?」(何か問題が?という顔)

 

 

 はい。……はいじゃないが?

 

 そういうわけで、次回から血沸き肉躍り機械の油が飛び散るヘル☆パラダイスの開幕だよー!

 ……え?テンションがおかしい?こうやって無理矢理保ってないと既に心が折れそうなんだよ俺は!!

 もうやだおうちかえる!!

 

 

「おうちにかえるためには、ここの攻略が必要ですねー」<ワクワク

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」

 

 

 まぁ、終始御機嫌な感じのTASさんには敵わないんですけどねー。

 ……誰か助けて()

 

 



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ロボ好き達の楽園……ではないな

「はい、いつまでも発狂しててもなんにもならないので、いい加減話を進めましょう」

「いきなりキリッとするのはちょっと怖いよ……」

「遠回しにキモいって言うの止めて()」

 

 

 はてさて、この世界が一般人が決して迷い込んではいけない場所である、というのはなんとなくわかって貰えたと思う。

 その上で、俺達は可及的速やかにこの世界を脱出しなければならない、ということになるわけなのだけれど……。

 

 ……うん、もしここでもさっきの世界みたく『TASさんは手伝わない』という話になるのならば、俺達の命運はここで尽きたと言ってしまっても過言ではないだろう。

 

 

「そのレベルで!?」

「いやまぁ、今はまだこのキャンピングカーの中にいるから大丈夫だけど……多分何の対処もなしに外に出たらまず死ぬと思うよ、色々飛んでるからここ」

「色々って何!?」

 

 

 その理由は、この世界が一般人にまっっったく優しくないから、ということに尽きる。

 そう、この世界はいわゆる武装した(コア)みたいな感じの末法世界。

 言い換えると(ニュークリア)でドンぱちやりあった後の世界だと言うことになるのだ。

 ……いや、実際には核よりヤベーものの可能性が高いらしいというか?

 粒子自体に意志か命があって、こちらの指示に従っているうちはいいけど一度反乱されると機体が結晶に覆われて砕け散る……みたいな。

 

 

「……色々混じってないかそれ?」

「何のことでしょう?」

 

 

 ROUTEさんが微妙な顔をしながらこちらに問い掛けてきたが、俺としては何のことやらさっぱり。

 例え何かの影響を感じるとしても、それはそれらの作品から発せられる一種の信仰が他の世界に影響を与えただけであり、特定作品を想起させるつもりは御座いませんとかなんとか。

 ……いやまぁ、TASさんはわりと楽しそうにやってるけどね、あの系列のゲーム。

 

 

「意外とパワードスーツ系の作品は供給がなくて大変。普通のロボモノと需要的に大差ないのも理由なんだろうけど」

「メカが楽しみたいなら普通にロボものに行くもんなー」

 

 

 だから美少女モノにして需要を横に伸ばす……みたいな?

 まぁその辺りの、ゲーム業界特有の世知辛そうな話は置いとくとして。

 

 ともあれ、ロボットモノと言えば未知の動力源・未知の動力源と言えば環境への被害……みたいなお約束というわけである。

 無論そこら辺安全なモノも多いが……続編で『やっぱ危ねーわ』と梯子を外されることもままあるわけで。

 そういうわけで、こういう未知の動力源がひしめき合う世界かつポストアポカリプスだと、生身の人間が迂闊に外に出ちゃいけない環境が出来上がるのであったとさ。

 

 ……え?じゃあそんな世界でTASさんはどうしてたのかって?

 以前やった太陽光回避の応用で、周囲から発せられる有害な()とかは全部回避してましたが何か?

 

 

「……ああなるほど、つまりここにいる面々がそのまま外に出た場合、生き残れるのは私とDMさんくらいのもの、ということになるわけですか……」

「そうか生き残れるのはAUTOとDMくらい……ちょっと待って今なんて?

「……?ですから、事前に対策用の装備を用意しないまま飛び出した時、この劣悪環境に対応できるのはそもそもロボであるDMさんと、TASさんと同じことができる私くらいのもの……ということになるのでしょう?」

「一つ訂正。DMもそのまま外に出るのはあんまりよくない。回路の被覆処理とか必要」

「む、ということはEMPなどもしっかり使ってくる、ということですわね?」

いや待って怖い怖い怖い

 

 

 なお、その話を聞いたAUTOさんは「これは大変ですわね」と頷いていた。

 ……CHEATちゃんが怖がることから分かるように、大変という言葉のベクトルが別方向(TASさんの真似)のような気がするんですがそれは。

 そう声を返せば、彼女は不思議そうな顔で小首をこてん、と傾げると。

 

 

「ですが──ほら、太陽光回避に関しては覚えましたのよ、私」

「流石はAUTO。でもそのやり方だと複数の不可視光線を避けるのは難しい」

「ですわね。ですので、『自身に対して害となる不可視光線を全て避ける』……という方向で調整しましょうかと」

「それはそれで長期間は無理そう」

「ですわよねぇ……あからさまに危ないものはともかく、紫外線などは全く浴びないのもそれはそれで問題と聞きますし……」

止めてー!!?二人にしかわかんない感覚で『こんなの簡単ですよ?』みたいな顔するの止めてー!!!?

「流石はAUTOさん、無茶苦茶ですな」

 

 

 以前TASさんが見せた絶技・太陽光回避をこの場で実演して見せたのであった。

 ……突然シルエットになったAUTOさんを見せられた俺達の心境を答えよ()

 

 その後、不可視光線の回避にまで話が及ぶに至り、CHEATちゃんは本気でドン引きしながら座椅子の後ろに隠れてしまったのでしたとさ。

 

 

「……方向性が違うだけで、不可視光線をシャットアウトする技術自体は持ってる人がしていい反応じゃなくないか?」

…………(;「「))

「おいこら目を逸らすな貴様」

 

 



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どいつもこいつも意外とヤバかった(今更)

「しかし、二人の話を聞くに……私も頑張ればやれるんじゃないかな、不可視光線回避」

「ほう、どうやって?」

「それは勿論、私自身が光に変化することにより……」

「どこぞの光の戦士ですか貴方」

 

 

 というか、真面目にそれでどうにかなるんで?光に変身するとか。

 

 確かに、MODさんの変身能力は中々に多彩である。

 見た目の変更というシンプルなそれは、シンプルであるがゆえに応用力はとても高い。

 ……高い代わりに、確かスペック部分には基本何にも寄与しないはずのモノだった気がするんだが?

 以前に彼女の技能を応用した時も、見た目はともかくスペックの方には他の面々の協力が欠かせなかった気がするというか……。

 

 そんなことを述べたところ、彼女から返ってきたのは次のような言葉であった。

 

 

「当たり判定はその時の姿に準拠するよ」

「意外と重要な話だった!?」

 

 

 なんでも、体が大きくなれば大きくなっただけ体積・面積共に増えるし、反対に小さくなればその分減るのだそうで。

 その流れで、仮に生き物以外のモノに変身した場合は、その変身した物体の法則に従うようになるのだとか。

 

 ……まぁ、無機物への変身はその物体の性質やその姿で動くかどうかによって、かなり難易度が変わるらしいが。

 具体的には、岩に化けて全く動かないとかなら楽だが、そこからゴーレムっぽく動こうとすると苦しくなる……みたいな?

 

 

「適用MODが変わるからだろうね。単にオブジェクトに偽装するならまだしも、そこから違和感なく動こうとすると別のボディが必要になる……みたいな?」

「ああ……木に変身した結果、ホバー移動というかスライド移動というか、そんな感じの明らかに違和感のある動きになることも多いですしね……」

 

 

 MODに設定されているエフェクトやらが歩行に対応してない……みたいな?

 なので、普段ならかくれんぼが異常に上手くなる、くらいの意味合いしかないのが無機物への変身……ということになるのだそうな。

 

 では、それを踏まえた上で光への変身はどうなるのか、というと。

 

 

「ほら、魔法少女モノとか変身の最中にピカピカ光るだろう?あれの対象に顔まで含めれば、全身発光体の完成だ」

「なるほど。MODは魔法少女だった?」

「……自分で説明しておいてなんだけど、魔法少女扱いは嫌だなぁ」

 

 

 そういう歳じゃないというか……と苦笑するMODさんだが……ともかく、光の体になって動き回るということ自体は普通にやれそう、ということで間違いないらしい。

 まぁ、今の説明通りだった場合、あくまで演出上光っているだけで肉体が光に変化しているわけではない……ということになり、結局外の有害光線には無力なのでは?……と思わなくもないのだが、そこはあくまでも『説明のために持ち出しただけ』とのことで、実際に光に変身する場合はちゃんと扱いは光のそれ、なのだそうな。

 

 

「まぁ、代わりに物理的干渉手段が一つもなくなるから、何処かに移動するのには使えてもそれだけ、なんだけどね」

 

 

 光が通過できるガラスとかの素材ならそのまま抜けられるけど、壁とか床とかは通り抜けられないし……と肩を竦めながら、MODさんは話を締めくくるのだった。

 で、その話を聞いた俺達はというと。

 

 

「いやー……MODさんも大概おかしい側だったんだなーって」

「……んん?」

「あ、私は普通ですよぉ、変なところはありません~!」

「存在そのものが不思議の塊な人は黙っててくださーい」

「ぐふぅっ!?」

「……あ、あれ?もしもーし?」

 

 

 いやー、なんだかんだ言ってもMODさんも不思議ガールズの一員なんだなー、としみじみ頷いていたのだった。

 なお、そんな俺達の反応を見たMODさん()。

 

 

「いや……なんかこう、求めていた反応と違ったというか……」

「参考までに聞きますけど、どういう反応が返ってくると思ってたので?」

「いやほら……『なんと、MODさんは凄いなー』とか『流石!MODさんがいれば斥候役は完璧だな!』とか……そういう反応が来るものだと……」

「確かに斥候役には便利でしょうけど、そもそもさっき自分で言ってたじゃないですか。無機物変身は制限時間があるって」

「あ」

 

 

 どうやら、最近微妙に扱いが悪いような気がしていたことから、その辺りの悪い空気を払拭することを期待していた……ということになるらしい。

 ……いや、正直その辺りはMODさんの気のせいというか、単に初期三人がおかしいだけの話なのだが……ともかく。

 

 確かに、先ほどの彼女の話が本当ならば、斥候として色んな場所を探るのには持ってこい、というのは間違いないだろう。

 ……ただそれは、安全に隠れられる地帯がそこらに転がっていてこそ。

 この世界、大袈裟に言ってしまうと俺達にとっての安全地帯はこのキャンピングカーの中くらいのものであり、それ以外の場所は常に光体化してないとヤバい、くらいの危険度なのである。

 

 TASさんが前回の時ずっと光速移動していたのもそのせいであり、そうでなければ早々にヤバいことになっていただろう。俺が。

 

 

「君の方が、かい?」

「ええまぁ。TASさん単体なら最悪発症判定にずっと勝てば問題なしなので……」

「私の前に確率の話を持ってくる方が悪い。ふふん」

 

 

 TASさんが光速移動を繰り返していたのは、そのほとんどが彼女の背中にすがり付いていた俺へと有害光線を届けさせないため。

 ……言い換えれば、彼女一人なら普通にサクッとやってサクッと終わっていた、というだけの話。

 

 ついでにいうと、斥候役にしてもTASさんと同じく光線回避をできるようになったAUTOさんに任す方が色々適任であり、そういう意味でもMODさんを優先する必要性は全く感じられないのであった。……って、あ。

 

 

「ふふふ……舞い上がっていたのは私ばかり、ということか……」

「お兄さん、言いすぎですよぅ」

「しまった、フォローする前に不貞腐れてしまった」

 

 

 こっから褒めようと思っていたのだが、思った以上にダメージになってしまったらしい。

 一連の話を聞いたMODさんは、座椅子に体育座りをしながらどんよりとした空気を醸し出し始めたのだった。

 

 



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他所の世界特有の問題、というやつ

 さてどうしよう。

 座椅子の上で体育座りをしながら前後に揺れるどんよりMODさんを前に、思わず唸るのを抑えられない俺である。

 ……いやまぁ、(もと)を正せば俺が悪いんだけどね、思わず口が滑ったというか。

 

 とはいえ、彼女が自身の方向性を勘違いしていた、というのも間違いではなく。

 そこら辺を訂正するためにもさっきの話が必要……というのも間違ってはいないため、そのこと自体を謝罪するつもりはないのだが。

 

 

「……方向性を勘違いしている?」

「ええまぁ。……MODさんって自分の職業がスパイだからそこを基準に考えちゃうんでしょうけど、それはあくまでも個人プレーだからこその使い方だってことを理解するべき……というか?」

「ふむ……?」

 

 

 おっと、こっちの言葉に興味を持って貰えたらしい。

 未だに空気感はどんよりしているものの、こっちに視線が向いたのはいいことだろう。

 ……というわけで、さっきの話の続きとして喋る予定だったことを、そのまま話し始める俺である。

 

 確かに、MODさんの持つ技能は有用である。

 ……だがしかし、その有用性は状況によって方向性が全く異なるものである、というのも確かな話。

 具体的には、彼女一人が敵地に潜入しているのであれば、その能力は擬態技能として活用するべきであり。

 反対に、今のような団体で動いている場合、その技能を単に擬態として使うのは勿体ない……みたいな感じか。

 

 

「……それって、前回のメスティラノサウルス、みたいなことかい?」

「おっと流石MODさん察しがいい。大型のモノにもMODを被せられるんですから、そっち方面で活かす方がいい……って、MODさん?」

「やーだー!!たまにはちゃんとメインで活躍したいー!!もしくはもっと私に頼って欲しいー!!」

「ええ……(困惑)」

 

 

 ええと……何これ?

 思わず目が点になった俺の目の前で繰り広げられているのは、まるで駄々っ子のように両手を振り回し癇癪を起こすMODさんの姿。

 ……え?普段の冷静沈着?な姿は一体どこに……?

 

 そうして、そんなMODさんの姿に困惑していた俺に対し、横合いから顔を出したDMさんから告げられたのは、まさか過ぎる言葉なのであった。

 

 

「……あー、既に有害光線の影響を受けてしまってますね、くわばらくわばら」

「──は?」

 

 

 

;・д・

 

 

 

「ええとつまり……今のMODさんはほんのり入り込んでいた有害光線──『ルナ・ニネザ』の影響によりちょっとアレなことになっている……と?」

「正確には、少々精神が退行している……という感じでしょうか。具体的には……妹さんがまだいらっしゃった辺りくらいかと」

「やべぇ、ギャグかと思ったけど地味にお労しい」

 

 

 月の光が心を狂わせる……みたいな話があるが、それに準じる効果を持つ……というか、この世界においてはその逸話の原理となっているものが『ルナ・ニネザ』なのだそうで。

 これを微量ながら浴びてしまったMODさんは、ほんのり残念な状態になってしまっている……というのがDMさんの見立てである。

 で、その可視外光線によって変になったMODさんは、現在精神が退行中とのこと。……その内戻るらしいが、それまではこのままということになるらしい。

 

 

「いや……ひっでぇなこの世界」

「単純に肉体面に宜しくないモノもあれば、このように精神面にも宜しくないものが蔓延っていますのね……」

「早急にここから離脱したくて仕方ないんだけど……」

 

 

 真顔で呟くCHEATちゃんに、思わず総員で頷いてしまう事態である。

 ……っていうか、このキャンピングカーの中は安全だったんじゃないんですか!?

 そう叫べば、TASさんからは無慈悲な『肉体的には安全』との言葉が返ってくるのだった。

 ……ああなるほど、対象外……。

 

 

「対象外、と言いますと……」

「放射線みたいなあからさまにヤバいモノにはちゃんと防除を行ってるけど、こっち由来のモノは完全じゃない……特に、精神に作用するようなものは原理からしてわからんから対処のしようがない、みたいな?」

「一応、現在は私がジャミングしてますので多少はマシだと思いますよ?」

「流石DMさん、でかした!」

 

 

 異世界特有の病気とか、予め対処するのは無理があるよね?……みたいな話というか。

 まぁ、今はその辺り得意かつ影響を受け辛いDMさんが、周囲に電波遮断的なことをしているらしく、一応安全地帯としての上書きは終了したみたいだけど。

 

 ただまぁ、今回の異世界攻略にMODさんの力が必要、というのは間違いないため、彼女が復帰するまで何もできないのも確かだったりするのだが。

 

 

「そういえば、先ほど何かを仰ろうとしていらっしゃいましたわね……」

「具体的にはどうするつもりなんだ?」

「そりゃ勿論、俺達で作るのさ……世界最強の機体を、な!」

「……は?」

 

 

 そんな俺の言葉に、興味津々に問い掛けてくる他の面々。

 そこで俺は、この世界で何をするのかを、簡潔に告げるのだった。

 ──そう、俺達はこの混沌の世界で最強を目指すんだっ!!

 ……あ、冗談とかじゃないんであしからず。

 

 



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郷に入っては郷に従え、とでも言うと思ったか

 異世界であるこの場所では、パワードスーツを装備した人間達による戦争が巻き起こっていた。

 企業達の暴走により発生したそれは、勃発当初より様々な技術革新が行われ、当初のそれとは様相を異にしている。

 

 具体的には、特殊なエネルギーである『ギルネィゴス』の軍事利用。

 不安定なこのエネルギーを安定利用できるようになったことにより、歩兵の携行戦力が飛躍的に上昇。

 その上昇幅は既存の兵器群がただの豆鉄砲に成り下がるほどのモノであり、戦争は一瞬にして群れの力から個の力を競うものへと変化していった。

 

 そうした中で、方針の転換に付いていけなかった国は後方支援に回り、代わりに企業が有する傭兵達が戦場を闊歩することとなる。

 ──個別戦用武装一体型デバイス『ヨツ・ヤーチメ』。

 それを纏うモノ達は『ヤチメ』と呼ばれ、この世界の空を舞う戦機として人々の視界に焼き付き……焼き付き……(キィイイイイイイィィ)

 

 

「──ええい、なんだこのうっせぇのは!おちおち回想もしてられねぇ!!」

 

 

 空を舞うヤチメの一人、■■はヘッドセットを取り外しながら大声をあげた。

 何故ならば、彼女の思考を遮るように、甲高い何かの音が周囲に響いていたからである。

 

 それはあまりに煩く、大きく、それでいて耳障りな音。

 耳のいい奴が聞いていたのなら、下手すると気絶でもしそうなその大きな音は、されどそれが大きすぎるがゆえにどこから聞こえているのかがわからない。

 これでは、基本有視界による確認及び可聴域の音による攻撃位置の判断などを求められる対ヤチメ戦において、真っ当に動き回ることは不可能に近くなってしまうだろう。

 

 それだけならばまだ、向こうのヤチメが新兵器でも投入して来たのでは?……という考えになりそうなモノだが、この轟音だと向こうもまともに動けないのは目に見えている。

 つまり、作戦としても兵器としても無意味すぎて、正直邪魔だとしか言いようがないのであった。

 だから彼女は大声で文句を述べているし、この轟音で聞こえていないにしても、その姿を見た味方側のヤチメ達も呆れたような顔を見せつつも、その聞こえない罵倒に同調していたのである。

 

 

「ええぃくそっ、真面目にどうなってやがる!どっからだ、このバカみたいな爆音は!!」

「───、───、────」

「あぁ!?なんだ聞こえねぇよ!!ジェスチャーで返しやがれ!!」

 

 

 飛行高度を調整しながら、音の発生源を探す■■。

 されど、視界の範囲に入るものの中に、これだけの音を発しそうなモノは見当たらない。

 それが彼女の苛立ちを助長するわけだが──そんな彼女に何かを知らせようとする味方の姿が視界に入り、■■はそちらを向いた。

 無論、そいつが何を言っているのかは全くわからない。

 わからないので、こちら側から『言いたいことがあるなら身振り手振りで伝えろ』とボディランゲージで返答。

 そうして返ってきたのは──、

 

 

「───上?」

 

 

 頭上を指差す、とても簡単なジェスチャー。

 それを受けた彼女は、そのまま排ガスなどで汚染され切っているはずの空を見上げ、

 

 

「─────は?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()、巨大な何かの姿を視界に納めたのだった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「いやはや、醜態を見せたはずが今度はこんな役割を任されるとは、ねぇ」

「いやいや、そもそもこれってMODさんがいないとできないことですので。まぁあの愚痴が無かったら操縦は他の人に任せてた気はするけど

「何か言ったかい?」

「いいえ?何も?」

 

 

 はてさて、この世界において俺達がすべきことは何か。

 それはつまり、この闘争に彩られた混沌の世界に覇を唱えること。……もっと具体的に言うと、傭兵達の中で最強になればよい。

 そうすれば、この世界にも存在するマスドライバーなどを利用する道も開かれる、というわけである。

 

 ……え?マスドライバーなんて使って何をするのかって?

 そりゃ勿論、俺達の乗ってるキャンピングカーを限界まで加速して次元の壁を越え云々かんぬん。

 ……やっぱり加速かよ、という文句は聞かないです、はい。

 

 

「速いことはとても良いこと。うんうん」

「TASさんの機嫌がいいうちはこれでいいんだよ、ということですねわかります」

 

 

 まぁともかく、現状だと埃を被っているだろうマスドライバーの整備とかを考えると、こうして傭兵達がドンパチしているのは非常に宜しくない。

 なので、一度俺達がこの世界最強の座に立ち、そこから転移方法を整える……という手順が必要となるわけなのだ。

 

 ではどうやってこの世界の最強の座を掴むのか、ということになるのだけれど。

 それには俺達全員の協力が必要不可欠となる。

 

 

「外装の仮想展開・及び操縦はMODさん!」

「ああ、大船に乗ったつもりで任せてくれたまえ」

「仮想展開された外装の固着・及び()()()()の構築はCHEATちゃん!」

「なんか最近の私そういう役割ばっかりじゃない?」

「モーションの作成・及び整備班AUTOさん!」

「(操作面に不安の残る)MODさん向けのデフォルトモーションの作成はお任せ、ですわ!」

「データ周り・動力源をDMさん!」

「必然的に私がOS周りを担当することになるんですよね……」

「賑やかしと見せかけて精神系武器の担当ダミ子さん!」

「妖怪変化が役に立つとは思いませんでしたぁ」

「同じく武器、こっちは因果律兵器とかその類いのROUTEさん!」

「なぁ?これこの世界に持ち込んでいい技術か?本当に大丈夫なやつか?」

「そして賑やかし、俺とTASさん!」

「ふれー、ふれー、み・ん・な、いえー」<ピョーン

 

 

 これらの協力により、現れたるは鋼の巨人!

 見よ、その威容は灰色の空を裂き、仄見(ほのみ)えたる青き色に染まり眼下の戦騎達の視線を集めて止むまい!

 

 

「すなわち!傭兵巨神・データイラント!!」<ピシャーン

「絶妙にダサいですぅ」

 

 

 言うんじゃねぇ、何も思い付かなかったんだよマジで。

 そんなわけで、俺達はどっからどう見ても英雄的なロボットにしか見えない機体を駆り、戦場を闊歩し始めたのだった。

 

 




※作中の設定部分は全て適当です。


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色々と酷いけど一番酷いのはその絵面

 君達に最新の戦況をお届けしよう!

 

 歩兵達が闊歩する戦場に、突如現れた鋼の巨神。

 それは彼女達の味方か、はたまた敵か。

 理解できぬ以上、彼女達にできることは抗うことのみ。

 ──例えその抗いが無意味であっても、無様に散ることが許されるわけではないのだから。

 

 次回、灰空戦姫(かいくうせんき)ヤチメ第■話

『轟臨、データイラント』

 今、君の命が空を翔ける──。

 

NOT SKIP MOVIE……

 

 

 

「ウワーッ!!」<ビターン

「TASさんが泡を吹いて倒れた!?」

「スキップ不可はダメだって言ったじゃないですかヤダー!!」

 

 

 はい。……はいじゃないが?

 まぁともかく、天空を飛翔する巨神……もとい、キャンピングカーが変形したという扱いであるロボットに乗る俺達であるが、今のところ戦闘は順調に進んでいた。

 

 いやだって、ねぇ?

 幾らトンでもエネルギーによる科学技術の進歩があるとはいえ、成層圏より上から飛んでくる攻撃を易々と迎撃する手段なんて、早々発達するわけがないというか。

 つーか、並大抵の攻撃ならエネルギー解析の結果生まれたバリアで普通に防げるから、余計のこと目視範囲内──すなわち同じ歩兵からの攻撃に意識を裂くのが普通、というか。

 

 まぁ、端的に言ってしまえば『世界観的なお約束』のせい、ということになるのだろうが。

 

 

「件のエネルギーを利用するエンジンを、大型化できてりゃまだマシだったんだろうが……少なくともここじゃあ、歩兵に持たせるようなサイズのモノ以外は安定性の面で無理があったみたいだな」

「エンジンが臨界して周辺地域ごと消し飛んだ……ともなれば、精々ミサイルに積むくらいしかできないよねぇ」

「そのミサイルにしても、エネルギーそのものに付随するレーダー撹乱の効果により歩兵の接近を察知できませんから、結果として設置してある場所がウィークポイントになるだけ……という話のようですからねぇ」

 

 

 ……ROUTEさん以下三人が語ったように、件のエネルギーはロボット物のお約束を悉く抑えたものとなっている。

 

 エンジンが稼働すると周辺区域のレーダーを乱し、有視界戦闘を強要する。

 危険なエネルギーであるため、迂闊に暴走させると甚大な被害をもたらす。

 小型エンジンとして使うならまだしも、戦艦のような巨大兵装に転用しようとするとコストが嵩み・かつバリアを張ろうにも必要なエンジンの大きさがバカみたいに膨れ上がる。

 

 ……などなど、『何故現代兵器ではなく、人が纏うパワードスーツとしての運用が推奨されるのか?』という問題を説明するための設定達が、それゆえに様々な縛りをもたらしてしまっているのである。

 具体的には、視界の範囲外──宇宙から音速を越えて飛んでくるような攻撃への対処法がない、みたいな。

 

 いやまぁ、本来ならその心配もないはずではあるのだ。

 宇宙に飛び出して攻撃をする、というのが件のパワードスーツには不可能であり、かつそれが可能な旧世代の武装だとバリアに阻まれる……となれば、注意の必要がないと判断されるのはある種当たり前のことになるわけだし。

 ……つまり、こっちの存在が向こうにとって寝耳に水である、というだけの話なのだ。

 

 

「まぁ、実際のところ安全を取ったらこうなった、というだけの話なのですけれど」

「地上に降りたままだと、有害な可視外光線に晒されたままということになりますからね……」

 

 

 なお、一応はこんな蹂躙劇にしようと思っていたわけではなかった。

 いや、TASさんに任せてたら確実にそうなってただろうけど、それだと他の面々が育たない……という話から彼女の手伝いは端から期待できないんだけども。

 

 そう、()()()()()()()()()()()

 当初、彼女が手伝わないのならこの世界の攻略はほぼ不可能、みたいなことを俺が言ったと思うが……細い道ながらも攻略の可能生が無いわけでもなかった。

 その解となるのが、こちらにとっての鬼門である『地上に蔓延する有害光線』への対処──防護手段がないのならそもそも届かない位置に退避しよう、である。

 

 あのあと色々試してみてわかったのだが、どうにも現状のこちらの装備では地上の光線達を全て防護する、というのは不可能であった。

 いや、正確に言えばMODさんをずっとバリア役にするとか、はたまたCHEATちゃんを有効活用するとかすればなんとかはなるのだが……その場合その二人のどちらか・ないし二人共を、その対策のために出しっぱなしにする必要があったのだ。

 それは本末転倒だろう、ということで考えた結果生まれた対策が『宇宙まで逃げよう』という方法。

 

 

「向こうは全て歩兵。かつ有視界戦闘が基本となっているから、空気の有る無しを気にする必要がなかった」

「だからヘルメットもフルフェイスタイプではなく、いわゆるヘッドギアタイプになってる……と」

 

 

 この世界の一般的な戦力である歩兵達は基本歩兵同士の戦闘しか想定しておらず、宇宙や深海と言った普通の人間が立ち寄れないような場所での戦闘については一切対処していない。

 言い方を変えれば環境の変化を前提に置いていないということであり、それゆえ人体保護もあくまで地上において有害なもの──有害光線のそれと慣性・重力保護くらいしかやっていない……と。

 

 なので、こうして向こうからこっちの存在が見えたとしても、反撃の一つもできないまま右往左往している……ということになるのであった。

 

 いやはや、絵面の酷いのなんの。

 バリアで大抵の攻撃は防げるから同じ歩兵からの攻撃以外に滅茶苦茶疎いから、面白いくらいにこっちの攻撃がバカスカ当たるの。

 実際に撃ってるのは操縦桿を握ってるMODさんだけど、ロックオンして発射すれば全弾命中となれば、見ているだけのこっちも乾いた笑みが浮かんでくるというか。

 

 

「大したことない攻撃だろう、と思って当たったミサイルが『バリア硬化』効果のモノだと知った時の、彼女達の絶望顔ったらないね!(真顔)」

「慢心しちゃダメだね、何事も」

 

 

 ……あ、一応使ってる武器は非殺傷用のそれです。

 流石にそこは一線引かないとね、仕方ないね。

 

 



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どう考えてもこっちが悪の根源なムーブ

 当たればバリアが硬化してそのまま地面にまっ逆さま……という、なんというか色んなモノに喧嘩を売ってる感じのするミサイルが戦場を蹂躙する。

 

 眼下の歩兵達はその機動力を活かして縦横無尽に空を飛び回り、なんとかミサイルを避けようとしているけど……残念、こっちのミサイルは在庫無限なんだ。

 ……ってわけで、その内避けきれなくなって被弾・ひゅるるると地面に落ちていくのであった。

 まぁ、そもそもホーミング付きなので逃げるとか不可能なんだけども。

 

 ともあれ、相手の攻撃が届かない範囲外からこっちだけ一方的に攻撃……というのがとても楽、というのは確かな話。

 なんなら哀れに逃げ惑う歩兵達を前に高笑いが漏れてきそうな気分ですらあったり。

 

 

「まぁ、ここで実際に高笑いなんてした日には、ほぼ確実に下克上喰らうんですけどね」

「まぁ、一部明らかに諦めてない方が見えますからね」

 

 

 なお、そんな行動をするのは明らかにフラグ、というわけで黙ってる俺である。

 DMさんも止めといた方がいい(※意訳)って言ってるし。

 

 ……俺の視力ではやっぱりパニックになって逃げ回っているようにしか見えないが、DMさんにはチラチラとこちらを窺いながら逃げ惑う歩兵なんかも確認できているようで。

 そういうのは何をしてくるか分かったものではないため、注意するに越したことはない……ということになるようだ。

 

 流石にTASさん級の動きをする人はいないだろうけど、近くのビルの屋上から加速して可能な限り近くまで飛んできて、かつ一番射程の長い武器で攻撃する……とかすれば届くかもしれないらしいし。

 そこまでしても『届くかもしれない』って辺りに向こうの装備の限界が見えるが、それでも可能性がある以上は甘く見てはいけない。

 

 

「……なに?」

「いや、こういう状況TASさんが好きそうだなぁって」

「うん」

「声がでかい……」

 

 

 立場が逆だったら嬉々としてこっちに挑み掛かって来てただろうなぁ、そしてサクッと落としてただろうなぁ……という感じのことを思いながらTASさんに視線を向ければ、彼女は『今からでも許可が降りればやりたい』とでも言わんばかりの熱をこちらに向けてきたのだった。

 ……いや、許可なんて降りないっていうか元々の目的忘れないでねマジで?

 

 

 

;・A・

 

 

 

 さて、そこから先についてはダイジェストで。

 

 折角の機会(?)だからと張り切ったCHEATちゃんが用意した武装の数々。

 先ほどばら蒔いてた『エネルギー固化ミサイル』を始めに、『バリア叩き割りビーム』(※ミサイルの時点でオーバーキル)だの『レーダー偽装ボム』(※この世界レーダー無いです)だの思わずなんだこれ?……ってなりそうなそれらを駆使し、俺達は戦場を蹂躙していたわけなのだが……。

 

 

「……なにあれ?!」

「え、どうした」

「いや、こっちのミサイルが全部一ヶ所に引き寄せられてるというか……」

「ふむ……向こうも何か対策を持ち出してきた、ってことかな」

 

 

 それらの攻撃が、歩兵達に当たらず別のものに吸い寄せられる、という事態が発生。

 こちら側のホーミング技能が仇になった、ということなのだろうが……CHEATちゃんの改造科学に対抗するとは中々やるなぁ、と思いながらモニターを眺めていると。

 

 

「……そこにいるTASさん、ちゃんと実体?」

「はい?」

「触れるかって聞いてるわけなんだけど……どう?」

「え、そんなの当たり前……すり抜けましたですぅ!!?

 

 

 件の吸い寄せ先──廃ビルと思わしき場所の周辺に、何やら動き回る影のようなものを発見。

 いやまぁ、なんか横切ってるなぁ的なアレだったのだけれど……うん、これもしかしなくても……。

 

 

『何やってんのおバカーっ!!!』

「ちぇっ、バレた」

 

 

 そう、どっからか向こうの装備を調達したTASさんが、思いっきり遊んでる姿だったのである。

 ……君が参加するとこっちに勝ち目なくなるから止めて!!

 とスピーカー越しに怒鳴ることにより、彼女は渋々といった感じにビルから姿を消したのであった。

 無論、戻ってきてからも説教だったのは言うまでもない。

 

 

「貴方様、これをご覧になってくださいまし」

「何々……んー、降伏宣言?……地上絵で?」

 

 

 はてさて、TASさんが戻ってきてから暫く。

 AUTOさんが指差すモニターの先には、地上の様子が映っていたのだが……そこには降伏を意味するらしい向こうの言葉が、歩兵達の武器を使って描かれていたのだった。

 ……武器を使って書くことにより、『自分達にはもう交戦の意図はない』と告げているらしい。

 

 中々洒落た降伏宣言だが……うーん、両手を振ってる一部の面々の他に、周囲の瓦礫とかに隠れてるのが居るのバレバレなんだよなぁ。

 本来ならレーダーが使えないので、こうして瓦礫に紛れるのはかなり有効なのだろうけど……生憎こっちは使えるんでね、申し訳ないね。

 

 

「ってわけでMODさん宜しくー」

「任されたー!必殺、広域殲滅重粒子破砕砲、発射ー!!!」

「いや待ったなんてもの撃とうとしてんの!?」

 

 

 待ち伏せは戦争法違反だ!

 ……他所の世界に言っても仕方ないのだが、待ち伏せされているんだから先制攻撃しても構わない、というのは(多分)間違いあるまい。

 そういうわけで、MODさんに攻撃を要請したのだけれど……なんかネーミングからしてヤバげなもの撃とうとしてない?となって、慌てて止めることになったのでしたとさ。

 

 



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これにて傭兵家業、クリア完了です。事後処理モードに移行します

 さて、半日の間に歩兵戦力のおよそ半数を壊滅(※死んでません)させた俺達率いる鋼の巨人。

 軍隊的にはいわゆる『全滅』というやつだが、そこまですれば流石に向こうも諦めが付いたのか、こちらに攻撃しようという気概のある歩兵の姿はもう見えなくなっていた。

 

 ……まぁ、だからといって地上に降りるのはノー、なんだけどね。

 一部の人員を除き、地上を飛び交う有害光線への備えが一切ないわけだし。

 で、その備えのある一部を地上に投下するのもそれはそれでどうなの、というか。

 

 ……対象になるのがTASさんとAUTOさんだからね、単純に過剰戦力なんだよね。

 あとするべきことと言えば戦後交渉くらいのもので、それにしたって俺達は部外者──つまりこれから居なくなる人間。

 つまり、向こうから何を貰ってもその一切が無駄になるわけで。

 ……そうなると、下手に姿を見せるのは得策ではない、ということになるのである。こっちの姿が相手に知られる、的な意味で。

 寧ろ、徹底的に姿を見せずに、戦場を闊歩するおとぎ話……もとい恐怖の大王的なものと思って貰う方が都合がいい、というか。

 迂闊に戦争してると介入してくる滅茶苦茶強いヤツ、くらいのポジションがいいというか。

 それだとほら、俺達が居なくなったあとも色々と維持しやすいだろうし。

 

 そういうわけなので、交渉に関してはこのままキャンピングカーの上で行うつもりなのであった。

 ……え?それだと向こうからの言葉を聞く手段がないって?

 

 

「ふっふっふっ、流石はTASさん抜かりなし」

「……?これに関しては貴方の策。私のやったことにされても困る」

「普通に返されても困るんだが?」

 

 

 折角したっぱ・Aくらいのノリで発言したのに、普通にボケ殺しされては立つ瀬がないんだが???

 ……そんな俺の言葉に、TASさんは困惑顔。うーむ、さっきのがネタだと通じてない感……。

 

 まぁいいや。

 過ぎたネタには拘らないのが楽しく生きるポイント。

 ……というわけで、今回DMさんに頼んで用意しておいたものがこちら。

 

 

てってれてー、通信用ドローンー

「そっちの方がよっぽどネタなのでは?」

 

 

 うっせーやい。

 ともあれ、懐から取り出す……のではなく、既にこの場から発進し現地の映像をこちらに届けているドローン達を改めて紹介する俺である。

 まぁ、何の変哲もない普通のドローンなのだが、こいつには幾つか機能があって。

 

 

「自分達のバリアは割られるのに、相手のバリアが割れないってのは中々に恐怖だろうねー」

 

 

 その内の一つが、CHEATちゃん謹製『絶対に割れないバリア』なのであった。

 

 これはCHEATちゃんのパワーを存分に活かした逸品であり、効果範囲はドローンの周りおよそ一メートルほどと短く狭いながら、その分その領域内には何者も寄せ付けない……という、絶対防御とでも言うべき性能を誇っている。

 そんなドローン達が十数機、一糸乱れぬ統制で飛んでくるのは向こうからすれば恐怖以外の何物でもなかっただろう。

 

 ……一応、護身用にすら武装を持たせていないため、単に堅くて飛び回るだけの羽虫でしかないんだけどね。

 無論、どうにかしてドローン本体に攻撃を届けられるのなら、の話ではあるが。

 ……あと、緊急事態時にはバリアの強度を上げて相手に突撃する……なんて芸当もできなくはないため、本当の意味で無害かと言われると微妙に首を捻るモノである、ということにも異論はない。

 

 そんなドローン達だが、基本的な役目は戦場の死角を無くすため、というものであった。

 こちらは常に上を取り続けるため、代わりに視点が見下ろし状態で固定される。

 レーダーなどで補助はしていたものの、一部の歩兵はそれらを掻い潜るステルス能力を持っていたため、何度かヒヤリとすることがあったのだ。

 ……いやまぁ、ヒヤリと言ってもTASさんが『パーフェクトゲーム以外罰ゲームね』と言ったせいで生まれたモノであり、向こうの攻撃は早々届くものでは無かった、ということに変わりはないわけなのだが。

 

 ともあれ、二点観測だけでは足りないのであれば、もう一つ観測点を増やそうと考えるのは道理。

 そのために急遽投入されたのが件のドローンだった、というわけなのだが……最後の方はドローンの方が危険視されてたような気がする辺り、寧ろ方向性的にこの世界の歩兵達に近い彼らの方が恐怖の対象、だったりするのかもしれない。

 

 仮にそうだとすると──その認識を利用しない手はない。

 ドローンを見ただけで萎縮するほどに恐怖しているというのなら、それにより交渉を有利に運べる可能性が高まるからだ。

 あと、俺達が帰ったあとも半永久的にドローンが動くようにして放っておけば、戦争抑止としても活躍できるかもしれない。

 

 ……まぁ、いつかはこの世界の人類があのバリアを突破し、再び戦乱の世に逆戻りするかもしれないが……流石にそこまで責任は取れん。

 そこまでして争いたいのであれば、どうぞこの世界の中で存分にやってください……という感じだ。

 

 そしてできれば、その争いはこの世界の中だけで完結して欲しい。

 もし仮に他所の世界にまで手を伸ばすとなれば──今度こそ、TASさんを止められる自信がない。

 

 

「ぼっこぼこにしてあげる」<˙꒳˙)꜆꜄꜆

「oh……」

 

 

 寧ろそれを楽しみにしている、とばかりにシャドーボクシングを行うTASさんの姿に、俺は『頼むから早まってくれるなよこの世界のお偉いさん……!』とらしくもなく神頼みしていたのであった。

 

 



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曇り空に兵士の嘆きが舞うけど誰も気にしないしできない

 はてさて、荒ぶるTASさんにどうにか落ち着いて貰ったあと、ドローンを各国家の首脳邸に飛ばした俺達。

 

 ……いや、マスドライバー保有国だけに飛ばしても良かったんだけどね?

 ただ、人間ってやつは些細な違いに意味を付けたがるもの。

 雑に言うと、ドローンが飛来した国だけ何らかの特別扱い──正・負どちらの意味でも──を受ける可能性があったため、そこら辺を考慮して現在国として成立している場所全てに飛ばすことになったのである。

 普通ならそういうの良くないんだけどね、撃ち落とされて回収されて……みたいなの警戒しないといけないし。

 

 でもまぁ、ここ暫くの交戦で向こうにそれをできるだけの技術がない、ということは判明していたため、遠慮なく飛ばしてみたというわけである。

 実際、遠巻きにドローンを眺める歩兵達が映像に映ったりもしたが、その誰もが悔しげな顔をしてはいるものの、こちらに手出しをする素振りはなかったわけだし。

 

 

「……とはいえ、こうして視線を受け続けていますと……私達が悪の軍団である、みたいな気分になってきますわね……」

「もしくは異次元からの侵略者、的な?実態としては迷い込んだ世界の人類が滅茶苦茶戦争してたから、さっさと元の世界に戻りたいので話を聞いて貰うために仲裁をした……って感じの方が近いんだろうけど」

「仲裁カッコ物理、ですねぇ」

 

 

 そんな映像を見ながら、AUTOさんがはぁと大きくため息を吐く。

 AUTOさん的には、彼女達に親の仇の如く睨まれる形となっている現状がそれなりに堪えている様子。

 まぁ、こっちの我が儘を押し通すために無茶をしている……という点についてもしっかり把握しているため、ため息を吐くだけで済んでいるようだが。

 

 なおMODさんとダミ子さんはわりと楽しんでいた。笑顔で蹂躙してた側だからね、仕方ないね。

 特にMODさんは「ロックオンして発射を繰り返すだけさフゥハハーっ!!」などと、よく分からないテンションではっちゃけてたし。

 

 

「私はいつもならこういう時単なるサポートだからねぇ。機械越しとはいえ、先陣を切って進めるのは案外楽しいのさ」

「いつもの方向性ならステルスゲーとかの方ですもんねぇ、MODさんは」

 

 

 その横でうんうんと頷くダミ子さんも、今回は隠れた(※隠れきれてない)功労者である。

 基本的にこの世界の戦力は歩兵ばかりだが、その歩兵の中にも頭のおかしい……もとい、色々と無茶な装備を振り回すタイプも存在するわけで。

 その中でも特徴的だったのは、『それ最早ロボットでは?』みたいな感じに装甲でガチガチに固めた、戦車(タンク)のような見た目の歩兵であった。

 

 その見た目からわかるように、装甲で自身の防御を固めているためバリアなしでも普通に防御が高く、その重量から来る鈍重さを大型のブースターで無理矢理振り回す……という、ロマン溢れるビルドをしたその歩兵は攻撃方法までロマンたっぷり。

 何せ全身の各所からミサイルの雨霰を飛ばしてきたと思ったら、背中のブースターで急加速し左右のガトリングをばら蒔いてきたり……。

 

 こちらとの位置関係的に見ることは出来なかったが、あの機動からすると恐らく近接用の武装も積んでるはずである。

 それがパイルバンカー(とっつき)なのか、はたまたビーム刃的なモノなのかはわからないが……どちらにせよ、あれがこちらの世界のエース級であることはほぼ間違いあるまい。

 じゃなきゃこっちのミサイルの誘導を切って他のミサイルと衝突させる、なんて変態的回避なんてできないだろうし。……それを見たTASさんが目を輝かせてしまって大変だったし。

 

 で、そんなエース級を落とすのに役立ったのが、ダミ子さんが担当の武装の一つ・『精神炉溶融光線(マインド・メルトダウナー)』であった。

 

 このビーム、普段ダミ子さんが自分の中に抑制しているネガティブな感情に指向性を持たせたモノであり、その効果は『思考様式を鬱方面にねじ曲げる』という凶悪なもの。

 精神という物理的でないモノを攻勢に利用しているため、既存の防御手段では防げないという性質を持つそれを広域掃射することにより、大半の歩兵を一網打尽にすることに成功したのである。

 エース級の相手が突然やる気を失ったように墜落していく様は、なんというか一種の哀愁すら漂っていたのであった……。

 ……ダミ子さん由来のビームによる影響だし、多分ブラックな自分の業務形態でも省みてしまったんだろうね、南無南無。

 

 まぁともあれ、こっちの用意した武装が悉く刺さった諸外国はこうして敗北を来たし、それをもたらした相手との会談に緊張感を持って望むだろう、ということは間違いないだろう。

 ……こっちが望むことはマスドライバーの利用権(しかも一回限り)なので、多分拍子抜けするだろうが……ついでにこのドローンは君らの監視用(※監視していない)に置いておく、と告げれば直ぐ様青くなるだろうなぁ、と素人ながらに想像する俺なのであった。

 うーん、我ながら傍迷惑。でもそうしないと後々面倒臭そうだから仕方ないね!……ってTASさんが言ってた!

 

 

「私は言ってないけど、似たようなことは言おうとしてたからオッケーです」

「いいんですね……」

 

 



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世界を越えるほどの速度なのだから色々と越えてる

 はてさて、無事にマスドライバーを使わせて貰い、速度の限界を越えて元の世界に戻ってきた俺達。

 出てきた場所はあの無人島であり、かつそこに残されていた物の具合からしてさほど時間が経過していないことを察したのであった。

 

 

「用意していたものがほとんど残ってるからなぁ、少なくとも一月も経ってないのは確か……みたいな?」

「しまった、これは良くない」

「……?良くないとは、どういうことですの?」

 

 

 と、ここでTASさんがしまった、とでも言いたげな顔をする。(※当社比)

 ……いや、わざわざ(※当社比)って言わなくてもわかるくらいにビックリしてるなこれ?

 

 そんな彼女の様子に、他の面々がぞろぞろと彼女の近くにやって来る。

 そうして集まったみんなを前にTASさんが告げたのは、

 

 

「今すぐこの場を離れないと不味い」

「……はい?」

 

 

 あまりに突拍子もない、そんな台詞だったのd

 

 

 

・ ・

 

 

 

 ──はてさて、交渉の結果マスドライバーを使わせて貰った俺達は無事に世界の壁を越え、元の世界への帰還を果たし……果たし?

 

 

「……んん?」

「どう致しましたの?頭痛が痛い、みたいな顔をしていますけど」

「何そのほんのりバカっぽい顔」

 

 

 誰がバカじゃいっ。……とは言わないものの、AUTOさんが不思議そうな顔でこちらを見てくるのに対し、俺は何とも言えない違和感を覚えていたのだった。

 いや、なんというかこう……なんか抜けてるというか、何かあったような気がするというか。

 

 あまりにあやふやな俺の言葉に、AUTOさんは不思議そうな顔から怪訝そうな顔に変わって行ったのだが……それを確認し終わる前に、TASさんのらしくない大声に意識を奪われたのだった。

 

 

「しまった、これはとても良くない」

「良くないって……戻ってきたばかりでもう面倒事かい?」

「そう、もう残り数秒もない」

早っ!?

 

 

 誰が見てもわかるくらいに慌てているTASさん、という珍しい姿にMODさんが声をあげるが、それに対して返ってきたTASさんの言葉はあまりに性急にすぎるもので。

 

 

「──タイムパラドックス。解消しない限り私たちは何度でも繰り返す羽目になる」

「はい?」

 

 

 その発言が意図するところを尋ねようとして、俺達はh

 

 

 

´・ ・

 

 

 

「……二日酔いにでもなったかのように気持ちが悪い……」

「何?今さら車にでも酔った感じ?」

 

 

 マスドライバーによる加速が余程堪えたのか、はたまた別の要因か。

 キャンピングカーから外に出た途端に襲ってきた軽めの吐き気に、思わずグロッキーになる俺である。

 隣のCHEATちゃんはそんな俺を見て声を掛けてくるが……そこまで重いわけでもないので返事代わりに頭をぐしゃぐしゃと撫でるに留める。

 ナンダヤンノカコラー、と奇声をあげる彼女をあしらいつつ、改めて周囲を観察。

 

 俺達が到着した先はどうやら異世界移動を体験する前、夜営の準備をしていたタイミングの少し後くらいのようで、焚き火をしようとして粗雑に集められた枯れ枝達が、もの寂しげにこちらへと主張していた。

 それ以外は特に周囲に動くものもなく、至って普通の無人島……という様相である。

 

 ……あるのだが、何処と無く違和感を感じるような?

 具体的に何処に違和感を感じているのか、と聞かれると困るのだが、なんとなく宜しくない空気……的なものが漂っているような、違うような。

 

 

「流石はお兄さん。危機察知能力は高い」

「TASさん?」

 

 

 そうして首を捻る俺に背後から声を掛けてくるのは、他のみんなと同じようにキャンピングカーから出てきたTASさん。

 ……なのだが、その様子は普段と違い、焦っていることが誰にもわかるようなもので。

 

 

「ジャンプタイミングをずらしてるけど、それでも余裕はない。だから次回の貴方に期待して忠告を一つ。『気付いたのなら、脇目も振らずにここから離れて』」

「……ん、んん?いきなり何言ってるのTASさん?というか、次回?また異世界移動でもするの?」

「事態はそれよりもっと深刻。でも今回の仕様上、覚えていられることはそう多くない。だから一つだけ」

「????」

 

 

 そんなTASさんが告げた内容も、どうにも要領を得ないもので。

 

 ……余裕がないのに次回が云々とか、それでいて忠告することが『ここから離れろ』だとか、なんというかちんぷんかんぷんである。

 ただ、それを告げるTASさんの様子だけは真剣そのものだったため、一応覚えて置こうかと内心で考えて──、

 

 

「え?」

「ん、どうしたんでAUTOさん?まるで何か見ちゃいけないモノでも見てしまったみたいな声を……」

 

 

 出して、とまで声は続かない。

 彼女の視線の先、道路の向こうの方に見えるのはヘッドライトの明かり。

 ……そのヘッドライトに既視感を覚えた俺が、その明るさに慣れたがゆえに見出だしたものは、その明かりを発している車が()()()()()()()()()()()()()と、その運転席で眩しそうにしながら先を見詰めている運転手に()()()()()()ということの二点で。

 

 それを確認した瞬間、俺達の意識はまるで白く染められていくかのように、散り散りになっていったのだった。

 

 



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同期ズレはある種の死亡フラグである

 ──はてさて、これは何度目の繰り返しだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、という記憶だけが焼け付いた状態で、その繰り返しをなんとかして脱しようと決意したことはなんとなく覚えているのだが。

 それが一体何回前の決意だったのか、ということまでは思い出せずにいる俺である。

 ……いやまぁ、TASさんからの忠告を覚えていられてるってだけでわりと儲けものなんだけどね、今回。

 

 話をする余裕も聞く余裕もないので確認は取ってないが、恐らくこれは一種のタイムパラドックスによるもの、だと思われる。

 何時だったかのタイミングでTASさん自身も口にしてたしね。

 

 タイムパラドックス。

 それは過去へ移動できる、と仮定する際に現れる一つの難題。

 時間が過去から未来へと流れるモノであり、かつその流れは変わらない……と考えた時に現れる矛盾、みたいなものである。

 簡単に言えば、過去に行って自分の親が結婚しないようにすることはできない……みたいな感じか。

 仮に其が出来てしまうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ために、結果としてその干渉が無かったことになる。

 

 そんな感じで、結果が原因を弄ることはできない、仮にできてしまったら結果が変わってしまう……というのが、この矛盾の言うところである。

 では今回の俺達がどういう状態に巻き込まれているのかというと、過去の自分と未来の自分が遭遇してしまう……という矛盾だと思われる。

 

 これの何が問題なのかと言うと、過去側の俺達が未来の俺達を発見することにより、()()()()()()()()()()()()()()()という未来を観測してしまう、という部分。

 そもそも今回の異世界移動は偶然である必要があったが、結果である俺達を見てしまうと逆説的に偶然が必然になってしまうのだ。そういう未来を観測した、という扱いになるために。

 

 これが逆──俺達()()が過去の自分を確認する、という形なら問題ないのだが、そうするには俺達の出現位置が宜しくない。

 何せ俺達の出現位置は、ほぼ異世界移動を行う前に居た位置と一致する。……言い換えれば、過去の俺達が必ず顔を見せる位置に居る、ということになる。

 

 ただ、本来であればそれでも問題は無かったのだ。

 普通に考えれば過去の俺達が異世界に行った後に俺達は元の場所に戻ってくるため、互いが顔を合わせる可能性なんてものは万に一つもないのだから。

 ……つまり、俺達は現在致命的なループに陥っている、ということになるわけで。

 

 

「具体的に言うと速度超過。速度を出しすぎてタイムマシンになってる」

「うへぇ……」

 

 

 そう、マスドライバーによる加速で世界の壁をぶち抜く、というそのやり方に間違いはなかった。

 ……なかったのだが、少々やり過ぎていたのである。

 で、やり過ぎた結果速度が一定値を越した上、世界と世界の間という特殊な環境下によって変な反応を引き起こし……。

 結果、こっちの世界に戻ってきた際、俺達は()()()()()()()()()()()()()()()()()()に到着してしまった、と。

 

 ……え?それだと周囲に置いてあった焚き火用の枯れ枝とかがおかしくなる?

 それがおかしくないんだよなぁ……。

 

 

「まさか俺達がタイムパラドックスを起こす度、その影響だけ残り続けているとはな……」

「つまりあの枝は、前回・もしくはそれよりも前の私達が残したもの……ってことかい?」

「そうなる」

 

 

 タイムパラドックスが起こる度、俺達は()()()()()()()を遡っていた。

 言い方を変えるとTASさんに巻き戻して貰っていた、ということになるのだが、これがどうやら地味にバグっているらしく。

 具体的に言うと『巻き戻しに制限が掛かっている』とのこと。……彼女的に言うと『世界の壁を越した辺りで同期ズレ(desync)してる』のだそうな。

 

 世界の壁を越える前後の時間軸が上手く繋ぎ辛いらしく、結果として前のループの影響が微妙に残ってしまうのだそうな。

 結果、俺達はその残された影響を『過去の俺達が世界移動する前に残したもの』と誤認していた……と。

 

 これの何が問題かと言うと、この痕跡自体もパラドックスの原因になる、という部分。

 つまり、直接過去の自分と遭遇しなくても、この痕跡を相手に──特に過去のTASさんに見付かってしまうと、その時点でタイムパラドックスが発生した扱いとなり、致命的なエラーを起こす前にTASさんの安全装置が働いて同期エラーを起こした辺りに飛ばされる……と。

 

 で、この同期エラーのタイミングがなんと、過去の俺達がここに来るおよそ一分前、という鬼畜具合。

 その一分の間に、俺達の痕跡を丸ごと片付け、かつ過去の俺達に見付かることなくこの場から離れない限り、このループを打破することはできない……と。

 

 

「……いや無理じゃね!?」

「無理でもやらないとダメ。無理矢理パラドックス回避してるから、一瞬記憶が混濁するけどそれでもやらないとダメ」

「そのせいで使える時間が半減してるんだが!?」

 

 

 無理矢理再起動するのはハードに悪いって言ってるでしょうが!

 ……とかなんとか言ってるうちに過去の俺達に見付かってしまい、再びの強制リセットに突入する俺達なのでありましたとさ。

 帰って来て早々無理ゲーを強いてくるんじゃねー!!

 

 



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詰みです。出直して参りたい……

「流石は過去の私、とても強敵」

「言うとる場合かー!!」

 

 

 はてさて、都合何度目かわからないループとなるわけだが、一先ず作戦会議をしたいということでキャンピングカーの中に逆戻りした俺達である。

 このまま外に居ては先ほどと同じ事をまた繰り返すだけ、ということからのある種の逃避であったのだが……これが意外と効果的であった。

 何故かと言えば、扉を閉めて外と中とを完全に閉ざすことにより、限度はあるものの車内を時間停止状態にできるため、である。

 いやまぁ、正確なことを言うと車内の時間が外の時間の流れと切り離されるため、結果的に外の時間に対して中の時間が遅くなる……みたいなことらしいのだが。

 

 ともあれ、わずか一分しかない制限時間を伸ばす……わけではないものの、その短い時間の中に作戦タイムを含めなくて良くなる、という部分では有用なことに間違いあるまい。

 ……まぁ、完全に密閉してないと効果がないため、外にある過去の俺達の痕跡を回収できない……という、わりとどうしようもない欠点もあるのだが。

 仮にその欠点がなくても、引きこもってる内に過去のTASさんに気付かれる……っていう、わりとどうしようもない強制イベントに引っ掛かるんだけどね!クソゲーかな?

 

 

「というか、なんで気付いたあと放置してくれないのさ過去の君……とりあえず君に気付かれなければなんとかなるのに……」

「それは流石に甘く見積り過ぎ。私が気付いた時点で他の人達も違和感に気付く。特にお兄さんはほぼ確実」

「まぁ、このお方はTASさんをよく見ていらっしゃいますものね……」

「…………」

 

 

 あまりの無理ゲーっぷりに、どうにかなんないのかと愚痴ってみたものの……遠回しに俺が悪い、みたいなことを言われてしまえば閉口するしかない。

 

 ……うん、言われてみればほんの少しの変化を見逃さないように、って感じに見てるのがほぼ当たり前なのだから、そりゃ過去の俺がTASさんの様子に気付かないわけがないわな。

 そこから芋づる式に全部バレるのも仕方のない話だわ……ってバカ!俺のバカ!!難易度上げてんじゃねぇよ過去の俺ぇ!!

 

 TASさん一人ならともかく、そこから全員に波及してしまうのなら避けようはない。

 ……つまり、無意味にステルス方面の解を探すのではなく、さっさとこの場から離れるというTASさんが最初に告げていた方法が一番良い、ということになるのだけど……。

 

 

「中途半端な速度だと普通に見付かるし、かといって姿を見られないほどの速度となると音とかで気付かれる……ってわけか」

 

 

 ROUTEさんの言う通り、そっちもそっちで問題山積みである。

 まず、動き出しが遅かったり速度を抑えると普通に見付かる。

 これに関しては過去のTASさんというより他の面々に見付かる、という感じであるため失敗としては一番ダメなやつである。

 そこに見付かるんなら端からそっち方面の芽はないぞ、みたいな?

 

 だからといって早く動き過ぎると、これはこれで見付かってしまう。

 こっちに関してはTASさんがもろに壁になる形で、もし仮に彼女の視線を完全に撒こうとする、と音を越えるような速度が必須となってくる。

 ……うん、最高速度(トップスピード)ならともかく、助走距離も加速時間も共に全く足りてない状況でやれるモノではない、みたいな?

 っていうかそれができるんならここで悩んでないよって話だし。……そもそも周辺区域ごと吹っ飛ばす形になるわっ!

 

 そういうわけで、実は結構詰みセーブっぽい空気が漂っているのだった。

 もっと過去のタイミングに──それこそ向こうでマスドライバーを借りたくらいの時間に戻れたのなら、出現場所をずらせないかと試行錯誤できたのに……。

 

 

「こっちに移動したタイミングより前には戻れない。一応、過去回帰の限度に到達したから記憶の引き継ぎが楽になったのは利点だけど」

「もし仮に記憶引き継ぎが無くなったとしても、リスポーンタイミングがもっと後ろにできるんならそっちの方がいい気もするけどなー」

 

 

 まぁ、その願いはTASさんの無情な発言により斬って捨てられるわけなのだが。

 ……うん、実態としては彼女のタイムリープに巻き込まれている俺達、という方が近いのだからその辺りの誓約は無視できんわな……。

 一応、際限なく過去に戻る場合は記憶の引き継ぎ面に支障を来すらしいので、そういう意味では『何度戻っても引き継ぎ部分に問題はない』という今の状況の方がマシ、という感じもしなくはないわけだが。

 ……でも度を越えて戻りすぎると、記憶の前後とかの方面でエラーが発生しやすかったりもするらしいので、そういうものが発生する前に片付けてしまいたい案件……とも言えなくもなく。

 

 はて、どうしたものかと唸る俺達。

 ……と、そうして唸る俺達の中で一人、ダミ子さんが何かに気付いたように「あ」と声を上げ……。

 

 

「……ええとぉ、もしかしたらなんとかなるかも知れないですぅ」

「なんだと!?」

「ひぃっ?!みんなの顔が近いですぅ!?」

 

 

 続けざまに放たれた言葉に、俺達は思わず彼女へと詰め寄っていたのだった。

 

 



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何が飛び出すかわからないので意外と有用

「……なるほど、確かにそれなら何とかなりそう」

「でもよろしいのですか?流石にそれは色々とアレだと思うのですが……」

「このままここで、無限の煉獄に囚われ続けるよりはマシですぅ」

 

 

 はてさて、ダミ子さんの突拍子もない提案に、最初は驚いた俺達だったが……彼女の持つ()()()()()について思い起こした結果、これ以上お誂え向きな話もない……とみんなが判断し、彼女の案は無事実行に移されることとなった。

 まぁ勿論、実行に移す前に「本当にそれでいいのか?」と尋ねて見たが……ここでずっと立ち止まる羽目になるよりはマシ、とのこと。……目が据わってて怖かった、とだけ付け加えておく。

 

 でもまぁ、それも仕方のないこと。

 だって彼女が提案した『この状況からの脱出方法』というのは、

 

 

「まさかダミ子さんの下着ネタ(ソシャゲハレンチサンタ袋)再び、とはね……」

「その呼び名は一体誰の命名なんです?」

 

 

 遠い世界の親愛なる視聴者様、かな?

 まぁ、そんな第四の壁の向こうの話はともかくとして、ダミ子さんが自身から告げた提案と言うのは、彼女の下着に附随する機能──二百億光年先の宇宙空間との接続を活用し、一時的に俺達がそっち側に避難する……というものであった。

 

 これならば、僅か一分に満たぬ制限時間であっても、過去の俺達の有効反応範囲から逃れることができる。

 いやまぁ、正確にはTASさんが気付くことは避けられないんだけども、そこから芋づる式に発生する他の面々への波及については抑えられるため、結果としてリセットボタンは回避されるとかなんとか。

 

 つまり、現状俺達が取れる手段としては最良・かつ最適であり、これ以外の方法は論ずるに値しない……というくらいの話になるわけなのだけれど。

 

 

「どうしたの、お兄さん?」

「なんというかこう、思考を操作されてるような違和感が……」

「TASさんのようにこちらの感知範囲外から行動を操作している者がいる……ということですの?」

「うーん……」

 

 

 なんだろうね、この微妙にこっちの動きを操作されているような感覚。

 いやまぁ、TASさんやROUTEさんがこの提案に否を唱えず、普通に賛同している時点で単に俺の勘違いだとは思うんだけど。

 ……それにしては、なんとも違和感が拭えないというか。

 

 ただ、仮にこの違和感が正解だとすると、TASさんやROUTEさんに気付かれずにこちらの行動に干渉できる何者かがいる──という、なんとも恐ろしい話に繋がってしまうわけで。

 流石にそれが正解とも思えず、俺はAUTOさんの言葉に唸り返すだけになってしまったのだった。

 

 

「……一応、お兄さんの懸念が間違ってないってパターンもあるにはある」

「あるの?!」

「ROUTEより長いけど、私にも見えない範囲というモノはある。具体的には今から一年以上先のことは、流石に私にもあやふや」

 

 

 そうして唸る俺を見たTASさんは、しかしてその懸念を解消するためではなく、寧ろ深めるための言葉を告げてくる。

 

 それは、何度か触れられている彼女の未来視の限界点。

 彼女のそれは『現在選べる選択肢の全確認』という、言葉にすると「何言ってるのお前?」と首を捻ってしまうようなもの。

 そんなものを認識して動けるのか?……みたいなツッコミもそうだが、それ以上にそれを何時まで見続けるのか?……みたいなツッコミも必要とするそれは、しかしてだからこそ彼女の動きがTAS染みたモノになる根拠にもなっている。

 何せ、実際に動く前に自身の行動が正解か否か・ないしその動きが可能か否かを確認できるわけなのだから。

 

 ……とはいえ、予測を予言に変えられるほどの精度を持つ未来視を──それも例外の無いように全ての選択肢において確認する、という作業が人の脳に与える負担というのは未知数。

 普段の彼女の感情表現が控えめなのも、その辺りの負担が理由なのではないか?……と疑うくらいなのだから、そりゃまぁ無際限に未来を視ている、なんて風には思えまい。

 

 故に、限界。

 彼女がそのスタイルを保つために見続けていられる範囲は、今から一年先までのこと。

 それ以降の未来に関しては、範囲を絞れば視れなくも無いとのことだが、それをすると彼女のTASとしての性質を犠牲にする──言い方を変えれば()()()()()()()()()()()()()となり、結局のところあまり役に立たなくなる……とのことであった。

 

 

「……ええと、何が問題なのかよく分からないんだが?」

「彼女の未来視は例外を許さないからこそ絶対。──裏を返すと、例外が許されると途端に脆くなるんですよ」

 

 

 起こりうる全てを知っているからこそ、その中から自分の望む未来を選択できる……というのが彼女がTASである理由。

 つまり、その絶対性を失うというのは言い換えると、常に本番一発勝負──RTAし続けなければ行けなくなる、ということに近いのだ。

 

 

「出来なくもないかもしれないけど、それからずっと失敗できない……というのは意外と重い」

「ああなるほど……TASの場合は表に出ないだけで失敗自体はしているけれど、RTAとなれば見えない部分ですら失敗できないのか……」

 

 

 無論、今までのTASとしての活動実績的に、RTAに転向しても彼女は上手くやるだろうが──それは何もかも全部、という意味ではない。

 限られた一部門に関してはその実力を発揮できるだろうが、それ以外に関しては素人と同じ……みたいなことになってしまう可能性がとても高い。

 今のTASさんが武芸百般に明るいことを思えば、その弱体化加減はとんでもないことになるだろう。

 

 つまり、一年以上先のことを気にして動こうとしても、彼女はTASとしては動けないということ。

 そして、今回の誘導が一年以上先に起こりうる何かによって引き起こされたモノなら、彼女にそれを感知することは不可能……ということになる。

 

 

「これの面倒なところは、この場合の一年以上先というのは()()()()と実質同じ、ってこと」

「あー……大体一年でループしてるんだから、その先のことはわからない……みたいな?」

「そういうこと。クリア後の裏ボスがあれこれしてるんならちょっと今の私には重い」<フンス

(重いと言いつつ、ちょっと楽しそうなのはなんなんでしょうかぁ……?)

 

 

 今の俺達が置かれている環境──今のループではなく、もっと根源的なループの仕様的にも、俺の違和感が一年以上先に起因するのであればこちらに対処の手段はない……。

 そんなことを告げるTASさんは、しかしその発言の内容とは裏腹に、とても楽しそうな空気を醸し出していたのであった。

 

 ……ああうん、TASさん的には隠しボスとか裏ボスとか寧ろばっちこい、って感じだもんね……。

 

 



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夢のトンネルを抜けるとそこは

「……まぁうん、わからんモノを気にしても仕方ない。とりあえず今はこの状況から脱することが最優先ってことでオーケー?」

「オッケー」

 

 

 ともあれ、俺の感じている違和感に関しては、一先ず脇に置く。

 どちらにせよ、今の状況を打破しないことには先に進めず、引いてはその先にいるかもしれない相手の対処なんて夢のまた夢……ということは、難しく考えずともすぐに理解できる話だったからだ。

 

 そういうわけで、ダミ子さんの下着経由で地球から逃げるという案を採用し、再度こっちに戻ってきてから今後について考えよう、という話になったのであった。

 ……字面だけ見てるとわりと意味不明だな、この案。

 

 

「そもそもここから下着の改造……とかいう、端から聞いてると『何それ?』な事態も待ち受けているからなぁ……」

「いやまぁ、改造って言っても一時的に車が通れる大きさにする……ってだけだよ?」

「なに、ダミ子さんが更にビッグに?」

「……流石に怒られると思うんだけどそれ」

 

 

 いやほら、あまりにもあんまりな状況にちょっと茶化さないとダメかなー、なんて気持ちが沸々とね?

 まぁ大分アレなことを言っているのも本当なので、甘んじてダミ子さんからのボディーブローを受ける俺なのですが。

 ……へなちょこパンチかと思えば割合痛いでやんの。

 

 

「前々から思ってましたけどぉ!!もう少し私に対しての扱いをちゃんとですねぇ!!」

「えー、ちゃんとしてたらなんか嫌、って言ってきたのそっちじゃないですかー」

「そこは貴方の『ちゃんと』が全然『ちゃんと』じゃないからですよぉ!!!」

「ええ……」

 

 

 そうして脇腹を殴ってくるダミ子さんだが、どうやら今までの恨み節がこもった一撃であるようで。そりゃ痛いわ。

 

 いやでも、『ちゃんとした扱い』云々は以前試しにやったら『なんなんですかそれぇ!?』ってめっちゃ嫌がられたので、正直そこに関してはあれこれ言われても困るというか?

 ……などと返せば、俺の態度が悪かった(※意訳)という意味合いの言葉が返ってくる始末。

 うーん、この『ああ言えばこう言う』感……。

 

 まぁともあれ、そんな感じにじゃれあっている内にCHEATちゃんの方の準備が整ったようで、件の下着は姿を変えてあからさまに何処かに繋がってそうなゲートに変化していたのだった。

 

 

「……ところでふと思ったのですが」

「なんだいAUTOさん」

「ワープゲート云々の話でしたら、そもそもTASさん自身が作成できませんでしたか……?」

「あれだと流石にダミ子星に届かないし、そもそも私が動くと過去のお兄さんが気付く」

…………(눈_눈)」<ジッ

「……いや、これに関しては悪いの過去の俺だから……」

 

 

 出発前にちょっと一悶着あったけど、まぁすぐに片付くような話だったから問題ないな!

 

 

 

눈_눈

 

 

 

 はてさて、一時的避難先として普通の人類じゃあまず観測できない位置──二百億光年先の宇宙に生まれた新惑星・ダミ子星へと移動した俺達。

 いわゆるワープ航法的なあれだったわけだが、その割には快適なドライブだったように思われる。

 

 なんというか、普通の道を運転してる気分だった……というか?

 直前に亜光速キャンピングカーとかやってたことを思えば、遥かに安全で平和なドライブだったのは間違いあるまい。

 

 

「まぁ、到達先がこれだとその分のプラスは全部吹っ飛んでる感じだけどね!!」

「なぁにこれぇ……」

 

 

 まぁ、その快適な亜空間ドライブの先に待ち受けていたものがこれでは、正直その辺りのポジティブな感覚は全部零に帰したようなものなのだが。

 ……あんまり引っ張ってもあれなので、俺達がこの星にたどり着いた結果目にしたものがなんなのか、ありのままにお伝えしようと思う。

 

 それは、群衆(みんしゅう)であった。

 それは、怠惰(だらけ)であった。

 それは、諦感(あきらめ)であった。

 それは、怪異(ようかい)であった。

 

 一言でいうのなら──それは、()()()()()()()()達であった。

 それも単なるダミ子さんではなく、それぞれに見た目やらが別々となっている彼女達とでもいうべきものなのであった。

 ……いや、なにこれ?

 

 

「おや、ここいらでは見かけない人ですな。もしや外から来たお方ですかな?」

「ち、長老ダミ子さん……?!」

 

 

 周辺に見える人影全部ダミ子さん、という異様な光景にキャンピングカーから降りた俺達が唖然としていると、こちらに声を掛けてくる者が一人。

 例に漏れずその人物もダミ子さんだったわけなのだが、付け髭を装着していたり腰を曲げていたり、その外見から何処となく老人であることを察せられる人物であることも間違いなかった。

 ……いや、顔とか普通にダミ子さんなんで、単なる彼女の仮装にしか見えないんだけどね?

 

 なお、オリジナル?であるダミ子さんはキャンピングカー内に引きこもり中である。「私は何も見てない何も知らない……」と布団を被ってぶつぶつ呟いている姿は、ある種の同情心を煽ることこの上ないだろう……。

 

 まぁともかく、彼女にとって精神的ダメージ過大過ぎるこの環境、できればさっさと戻りたいところなのだが……。

 次に長老ダミ子が発した言葉により、その目論みは早くも頓挫することになるのであった。

 

 

「ここはダミ子星の辺境、()()()()()は王都までどうぞですじゃ」

「……はい?」

 

 



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頭がおかしくなりそうよ(色んな意味で)

 さてはて、牧歌的な田舎街にやってきた俺達一行は、そこで出会った長老風のダミ子さんから発せられた言葉に、思わず困惑することとなっていたのだった。

 

 

「……ええと、それはどういう……?」

「ああ、この星でのルールをご存じない、ということですかな?では僭越ながらこの私めが説明をさせて頂きたいのですが、構いませんかな?」

「あ、はいどうぞ」

 

 

 うーん、見た目はほとんどダミ子さんなのに、口調と仕草が完全に老人のそれでなんか頭がバグってくるぞ……?

 いや、本来の彼女の性別を思えば、そっちの方が元のそれに近いってのはわからんでも……え?ダミ子さんの元が本当に男性だったかはわからん?なんで今そんなこと言い出すのTASさん???

 

 ……と、ともかく。

 件の長老・ダミ子さんの言うところによれば、次のようになるのであった。

 

 曰く、ここは辺境の外れ星・ダミ子星。

 ()()()()()()()()()()()()()()この星は、それゆえに環境面でもダミーばかりがその大半を締めているのだ、と。

 

 

「言い換えるとハリボテ、ということですな。我々もこうして動いておりますが、その実決められたことを話しているだけに過ぎぬ……と言いますか」

「本当に?ねぇ本当に??」

「ほっほっほっ。『おや、ここいらでは見かけない人ですな。もしや外から来たお方ですかな?』」

「露骨にNPCぶってきたこの人!?」

 

 

 いや他のはそうかもしれなくても、少なくとも長老さんは絶対違うだろ!?……と困惑しきりの俺達である。

 いや、こんな表情豊かなNPCが居てたまるかってんですよ、他の背景でモブっぽくなってる方にはあんまり否定意見はないんですけどね!

 

 ……ともかく、彼(?)の言うことが正しいのであれば、ここいら一帯のものは全て作り物、草木や人々に至るまで本来存在しないもの、ということになるらしい。

 無論、その理由はこの星が()()()()()()()()()()()

 冥界に溜まりに溜まったエネルギーをどうにか発散させようとした結果、こうして地球からは遠く離れた場所で星を生み出す動力源とされたから、というのが正解。

 

 言ってしまえばデータならぬ宇宙(そら)の海に、ちょちょいっと専有処理を掛けただけであり、正式に星の誕生としては受理されてない……みたい感じだろうか?

 星の誕生をデータだけで再現したようなもの、みたいな?

 

 

「迂闊に新しい命を作り出すのは宜しくない。あくまでダミーデータに仮初めの姿を与えた形」

「まぁ、その時に消費したエネルギーが莫大過ぎたせいで、私共が自然に消えるのは何年先のことやら……みたいなことになっておりますがのぅ」

「お、おぅ……」

 

 

 うーん、スケールが大きすぎてわけわかんねぇや()

 仮想データに本気出しすぎてリアリティ全開、みたいなことなんだろう多分。……これもこれで何言ってるのかわかんねぇな?

 

 まぁともかく、本来ならエネルギーの消費先としてだけ生み出されたこの星は、そう時間を置かずにデータの海に霧散していくはずだった、というのは間違いないらしい。

 なので、そこに有るもの達も基本的に中身を与えられず──結果としてハリボテになっているのだとか。

 

 

「なるほど、だからネガティブな時のダミ子さんみたいな言動を繰り返していらっしゃいますのね……」<ウッ!?

「『あんころ餅になりたい……』とか言いながら集団で転がってる時は何事かと思ったけど……凹んでる時の姉ちゃんってあんな感じだよね」<グフッ!!

「止めたげて、二人とも止めたげて。キャンピングカーで寝込んでるダミ子さんが言葉のナイフで重症です」

 

 

 いやまぁ、外に出てこの惨状を一目見た時点でほぼ死んでたけども。

 でもだからって追い討ちをかけていい理由にはなってないと言うか……。

 そんなわけで、無意識にダミ子さんを仕留めにかかってた二人(AUTOさんとCHEATちゃん)に注意しつつ、改めて長老さんに続きを促す俺である。

 

 

「まぁそういうわけで、ここら一帯のものは全て作り物ということになるのですが……それ故困った性質を持っておりましてのぅ」

「その性質が、王都とやらに行かないといけない理由に繋がる、と?」

「おお、そうですじゃそうですじゃ。給仕殿は察しが宜しいようで」

 

 

 恐縮です、と頭を下げるDMさんに『もうすっかりメイドだなこの人……』などという感想を抱きつつ、長老の言葉の意味を考える。

 作り物しかないことと、俺達がこの星から離れられないことに関係性があるとは到底思えないのだが……その疑問は、次に彼が発した言葉によりすぐ氷解したのだった。

 

 

「この星の中で、王都だけが本物。──言い換えますと、そこだけが正常な宇宙と繋がっておるのですよ」

「は?」

「つまり、貴方達が今いるこの場所は、普通の世界ではなく()()()()()……だということですな」

「グワーッ!!?」

「ダミ子さんが(ストレスで)血を吐いて倒れた!?」

「許容限界を越えたんだ!!急いでストレッチャーを!!」

 

 

 唐突に医療ドラマみたいな流れに突入した件について。

 

 俺は真っ青な顔で何処かへと連れていかれるダミ子さんを見送りながら、もう何もかも見なかったことにしてふて寝しちゃダメかな、とTASさんに問い掛けたのだった。

 

 ……なお、返答はキラキラお目目(※当社比)だった。

 お前珍しかったらなんでもいいのかよぅ!!?

 

 



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※環境音・効果音もダミ子さんの声でお送りします

「ダミ子時空……ダミ子時空……???」

「全てがダミ子の構成要素で形作られた宇宙。その中ではダミ子の言葉や動きがとても強い力を持つ」

「真面目な顔で解説するの止めない?脳がバグるからさ???」

 

 

 何言ってんのこいつ、って眼差しを何言ってるのこの人、って眼差しで返すの止めない???

 

 ……ってなわけで、引き続き初出の新単語に振り回されている俺である。

 いやまぁ、俺以外の比較的真面目な面々も、まとめて首捻ってるんだけどね?

 

 

「そっかーダミ子時空かーなるほどなるほど道理で能力が上手く働かないわけだわはっはっはっ」

ROUTEさーん!?お願いだから正気に戻ってー!!?

「イヤだー!!こんなの知らないわからない聞いたこともない!!俺を元の場所に返してくれー!!!」

「可哀想に……DAM(ダム)*1が限界を越してしまったのね……」

「DAM値って何!?」

 

 

 その中でも一番重症なのは、ご覧の通りROUTEさんであった。

 どこぞの名状し難き邪神が迂闊に見るとヤバいように、この世界も迂闊に見るとヤバかったようだ。視覚系能力者ゆえの悲しみ、というやつである。

 

 ……え?じゃあTASさんはどうなのかって?

 

 

「向こうに付き合う気があるのなら、なんとでもなる」<フンス

「……もし付き合う気が無かったら?」

「その時も私の勝ち。矮小な人間如きに本気出してる時点で試合に勝っても勝負には負け」<フンス

「滅茶苦茶煽るやん……」

 

 

 まぁ、ご覧の通りである。

 サイコロも振らせずに問答無用……であるならばまだしも、わざわざ判定をさせてくれる時点で負ける理由がないとのこと。

 もし仮にそこら辺を無視し始めても、そもそも勝てる理由しかない存在が下級存在に痛い目見せられて本気出すとか、ダサい以外の何者でもないので(実質)私の勝ち──と、なんというか彼女にしては珍しく煽りに煽った台詞を吐き出していたのだった。

 ……なんというかこう、地味に実感のこもった台詞だというか?

 

 

「いい?お兄さん。上位存在の慢心はそもそも慈悲のようなもの。()()()()()()()()()()()()()()()()、という自負と威厳の入り交じったそれは、だからこそそれを破ること自体を彼らに許さない。もし仮に窮鼠に噛まれて態度を変えたのなら、それはその存在が欠片ほども()()()()()()()()()()、もしくはそれに足る精神を持ち合わせていなかった、ってこと。弱者(人間)として、そこを突くのは何にも悪くないの」

「お、おぅ……」

 

 

 いや、なんか怖いんですがそれは。

 深淵を思わせるような眼差しをこちらに向けながら、まるで呪詛でも吐くように言葉を紡ぐTASさんの様子に、思わず後退りする俺である。

 まぁ、すぐにいつのも調子に戻ったTASさんは「弱者だから成立する理論だから、そこまで汎用性はない」と締めくくったのだが。

 ……いや、最早何も聞くまい。

 仔細を知ったら俺も呪われそうなので、ここでこの話は打ちきりである。

 

 気を取り直してROUTEさん以外の様子を確認すると、それぞれの反応は大別して二つ。

 一つはROUTEさんやダミ子さんを筆頭とした発狂組、もう一つはTASさんを筆頭としたいつも通り……もしくは無反応であった。

 

 前者はまぁ、まとめて精神分析(こぶし)すればなんとかなると思う。問題は後者だ。

 

 

「……何かをする必要が?こちら側は至って普通だと思いますが」

この状況でほぼ無反応なのは最早心が死んでると言っても過言じゃないよ???

「それは……いえ、それもそうですわね」

 

 

 確かに、表面上問題がないのならいいじゃないか、というAUTOさんの主張もわからないでもない。

 ……わからないでもないが、この異様な状況に何も感じない、というのはそれはそれで良くない兆候である。

 

 痛みは危機を回避するためのシグナルである……という話があるが、異常な状況を心の安全のためにスルーする、みたいなのもそれはそれで良くないだろう。

 何より『いつものこと』としてしまうのが宜しくない。

 それが本当に『いつものこと』なのかどうかというのは、極論遥か未来まで見通すことができるTASさんくらいのものなのだから。

 それにしたって『一年先以降は微妙』という自己申告がある以上、過信は禁物だ。

 

 そういうわけで、トラブルを心を殺して回避する……みたいな不健全なやり方をしている人はみんな教育的指導である。

 ……と言っても、対象者はそんなに多くないんだけどもね?

 実際、今の言葉で目から鱗でも落ちたような表情をしているAUTOさんを除けば、あとはDMさんとMODさんの二人しかいないわけだし。

 CHEATちゃん?やっこさん荼毘に伏したよ()

 

 

「死んでねー!!」

「ぐえーっ!?」

 

 

 なお、相変わらず耳聡いCHEATちゃんにもこの台詞は聞かれており、いつもながらのドロップキックが飛んできて安心した俺なのであったとさ。

 ……うん、子供は元気が一番だよネ☆()

 

 

*1
※『Damity値』の略、造語。ダミ子に関しての知識の意。削りきれると発狂する()



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Q.チュートリアルは必要ですか?

「お前さん、その首……」

「いやでも……」

「う、うむ……」

 

 

 はい、視界が九十度曲がったままの俺ですが皆さんお元気ですか?俺は元気です()

 ……冗談はともかく、俺達は現在長老さんを案内として引き連れ、目下王都とやらへと向かっている最中である。

 

 何もかもがダミーであるこの新惑星・ダミ子星は、どうやらその周囲を取り巻く環境すらダミーとなる、という厄介な性質を持ち合わせているらしく。

 その結果、星の出入りすら容易には行えない異常な環境と成り果ててしまった、とのこと。……具体的には、件の王都以外の場所で宇宙に飛び出すと、異様な光景を目にする羽目になるとかなんとか。

 

 

「いや、凄かったよマジで。そこらに光る星々全部、よーく確認すると発光してるダミ子の顔だったんだもん」

「なんなんですかその地獄みたいな状況……」

 

 

 ドローンを宇宙用に改造し、遥か高くまで飛ばして周囲の確認を行ったCHEATちゃんからの反応は、ご覧の通り。

 どうやら単純に宇宙へ飛び出すと、件の『ダミ子時空』とやらの洗礼を浴びることになるらしい。具体的には天の星は全てダミ子(の顔)。

 ……いや、本当に地獄みたいな話だな???

 まぁ、これはこの星が生まれた当時の状況と、その根幹となるダミ子さんの性質を思えば容易に想像できる結果だった、らしいのだけども。

 

 

「ダミ子がダミーデータと密接な関係なのは知っての通り。で、参照先が無茶苦茶な時、安定のためダミ子のデータが参照される……というのも、ダミーデータの役割からしてみれば想像できる話」

「ああ……変な数値を参照した結果、周囲が取り返しの付かないほどにおかしくなってしまっては堪りませんものね……」

 

 

 ダミ子さんはその名前の通り、ダミーデータと密接な関わりを持つ存在。言い換えると切っても切り離せない存在ということであり、それゆえ対象が世界規模だとわりと雑に参照先にされる可能性が高いとかなんとか。

 例えば妖怪だが、これは元々この世界には実在しないものなので、そのデータを参照しようとすると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とのこと。

 ……ダミ子さんが変な変身能力を手に入れたのは自分の変身先に自分を参照する、みたいな変な処理が挟まったからということになるらしい。

 あまねく妖怪は(グラが用意されてないので)ダミ子さんの顔をしている、というか?

 

 まぁこれ、裏を返すと今後この世界に無いものを無理矢理参照すると、例外なく全部ダミ子さんの姿に手を加えたものになる、ということになってしまうのだが。

 ……元々の見た目の参照先、ハレンチサンタさんからしてみれば噴飯ものの話ということになるのではないだろうか?

 

 

「バレたら絶対キレられるよなぁ……」

「まぁ、ダミ子がダミーに居座り続ける限りはこっちに来ることはないから……」

「そのせいでキレられる理由が残り続けてるんだよなぁ……」

 

 

 ダミ子さんがダミーである限りサンタさんは来ないが、ダミ子さんがダミーである限りサンタさん(の顔)の風評被害は広がり続ける……みたいな?

 願わくば、こっちの惨状が向こうに届くことのないように……とかなんとか祈りつつ、いい加減話題の軌道修正を計る俺達である。

 

 王都の空だけ、本来の宇宙空間へと繋がっている──。

 それが確かであるのならば、そこからでなければ元の場所に戻るのが不可能、という理屈はわからないでもない。

 言ってしまえば地下鉄とかで出る場所を間違える、みたいな感じだろう。

 その場合は遠回りとかをすれば元の目的地にたどり着くことはできるのだろうが──それは恐らく、相手がダミ子時空でも変わることはない。

 

 

「え、そうなん?」

「王都とそれ以外、なんて区分ならそりゃまぁ、そこまで概念的には離れていないだろうなーというか」

「じゃあ、わざわざ王都まで行かなくてもいいんじゃ?」

「最後まで話を聞けい」

 

 

 結論を先走るCHEATちゃんに軽くチョップを入れつつ、一つ咳払いを入れる俺。

 確かに、王都の空とそれ以外の空。……区切りは大分雑に見え、どうにかすることはそう難しくないようにも思える。

 この話の問題は、あくまでも()()()()()()()()()()()という点にこそある。

 

 

「概念的には、って言っただろう?……多分、物理的に考えると宇宙の端から端より遠いかも知れないんだよこれ」

「は?」

 

 

 例え一度程度のずれであれ、その二線を伸長すれば間はどんどん開いていく……みたいな話にも通じるか。

 一つの星の上、としてみるのならば王都とその隣、みたいなごくごく近い距離に見えるが、それを宇宙規模にまで拡大するとエグいほどに離れていることになる、という考え方でもいいかもしれない。

 

 ……まぁ要するに、正規ルート以外を無理矢理通ろうとするとかえって時間が掛かるタイプ、ということだ。

 なので、結果的には素直に王都に向かった方がいい、ということになるのであった。

 

 

「だからTASさん、何とかして抜け道を通ろうと次元の狭間を探すのは止めて、普通に怖いから」

「は?……ってひぃ!?」

「むぅ、お兄さんのいけず」

 

 

 ……なぉ、時間が掛かることを病的に嫌うTASさんはというと、それを嫌って空間にめり込み、結果として半分しか見えない状態になっていて非常に恐ろしかった、ということを付け加えておく。

 いや、普通にホラーだよそれは。(真顔)

 

 



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A.チュートリアルステージを使ってバグを使うのにいる(鋼の意思)

 はてさて、半分だけ外に出ていたTASさんの全身を引っ張りだし、改めて王都へ向かって邁進する俺達である。

 ……え?なんでお前ら徒歩なのかって?キャンピングカー君が拗ねたから……ですかねぇ……。

 

 

「まさか長老さんが乗ると動かなくなるとは……」

「ほっほっ。これもいわゆる機械オンチ、ということになるんですかのぅ?」

「なるかなぁ……?これって機械オンチになるかなぁ……?」

 

 

 なんとも驚くことに、俺達の乗ってきたキャンピングカーは長老さんを乗せるとうんともすんとも言わなくなったのである。

 いや、彼(?)が降りたら動いたんだけどね?でもそれだと意味ないからね?

 仕方ないので件のキャンピングカー君はCHEATちゃんに頼んで収納空間にポイ、である。

 ……最近CHEATちゃんの便利っぷりが留まることを知らないな?

 

 

「そうだぞー!うやまえー!」

「敬ってほしいのならそれ相応の態度を取るべきでは?」

「え?……えっと、どんな?」

「AUTOさんみたいな感じ」

「!?」

 

 

 ……とまぁ、道中真っ赤になったAUTOさんに追っかけ回されるイベントとかがあったりもしたが、概ね平和に事は進み……。

 

 

「さて、ここがこの星の王都・ダミ子タウンですじゃ」

「わかっちゃいたけど……」

「すごいネーミングですわね……」

「……シテ……コロシテ……イッソワタシヲコロシテ……」

 

 

 おおよそ半日、歩き続けた俺達はこの星の王都となる場所・通称ダミ子タウンへと到着することに成功したのだった。

 ……歩きで半日ってことは車なら一時間そこらで終わってたんじゃねーかなー、というツッコミは虚しくなるので止めよう(戒め)

 

 まぁともかく、目的地に着いたのだからさっさとキャンピングカーを取り出して向こうに戻ろう、という感じだったのだけれどここで更なるトラブル発生。

 なんと、ここからじゃないと本来の宇宙に飛び立てないにも関わらず、この場所で宇宙に飛び出すことは禁止されているのだという。

 

 

「なんで……どうして……」

「この国の王様がそれを禁じているからですな。なんでも『迂闊にこの星のモノを外に持ち出してはならない』とかなんとか」

「……思った以上にまともな理由だったですぅ」

 

 

 もはや涙の流しすぎでナメクジみたいになっているダミ子さんが、嘆きと共に長老さんに問い掛けるが……返ってきた言葉に思わず正気に戻っていた。

 まぁうん、ダミ子時空とかいう意味不明なトンチキ空間の代物を外に出すわけにはいかない、というのは俺達にもわかる。とてもわかる。

 

 

「それだけじゃない」

「TASさん?」

「この世界のものの大半は、ダミーデータに仮の外装を被せたもの。──つまり、外に出すと他のデータを圧迫する」

 

 

 そしてその言葉に補足を投げるのはTASさん。

 道中も言っていたように、この星はダミーデータを利用して冥界パワーを封じ込めたもの。

 見方を変えると、ダミーデータが中途半端に励起した状態、ということになる。

 

 それらの励起状態を納めて改めてしまうのならともかく、知ったことかとばかりに飛び出せばその反動で周囲の物体も引き連れてしまうだろう……というのがTASさんの発言。

 ……言い方を変えると、このダミ子星の地表を何もない真っ白な世界にしない限り、俺達はここから出られないということになるらしい……という発言なのであった。

 

 

「なんだか……大袈裟なことになってきたな……」

「大袈裟というか、見方を変えればこれ魔王とかそういう悪役の所業ってやつじゃないかな?」

 

 

 思わず遠い目をする俺に対し、隣のMODさんは周囲を見渡しながら声をあげる。

 ……脱出時に何が付いてくるかわからない以上、万全を期すなら周囲の全てを単なるデータに戻さなければならないだろう。

 地表の時とは違い、ここら一帯の物質を昇華してエネルギーを発散する……みたいな強行手段も取れなくはないだろうが、そうなると他のモブはともかく長老さんとか王様とかを実質ぶっ倒すことになりかねないというか。

 

 

「いや、別にわしらのことは気にせずとも……」

絵面が悪いんで気にします。いいですか、地上では色々しがらみがあるので遥か遠くの星にエネルギーを逃がして別のものに利用する……みたいな穏便な手段を取ってくれたTASさんですが、この状況下で好き勝手を認めるとまず間違いなく『普段はできないことやるー』ってやり始めるんですよ!!」

「TASけないのもTASの手段の一つ。ピースピース」

「ええ……」

 

 

 悪人には容赦しないTASさんだが、それは善人を絶対に傷付けないという意味合いではない。

 ()()()()()()()()()()()()のであって、必要があるし良心が咎めないのなら普通にやるのである、それが速いのなら。

 

 ……ってわけで、その場合は見ているこっちが引くような展開が巻き起こる可能性極高で、そんなん見てられないに決まっているので却下、なのである。

 まぁ、ここで犠牲にするのが王様──現状面識のない相手単体なら、そこまで反対はしなかったかもしれないけれど。

 

 

「……そっちの方が薄情すぎやしませぬかのぅ?」

「これが単純に生きてる人ならそうですけど、一応単なるAIみたいなものなんでしょう?最悪CHEATちゃんに記憶データの方は保護して貰えばどうにかなるんで、身体の方は諦めて貰うが吉かと」

「ええ……」

 

 

 なお、長老さんに関してはDMさんにでも抱えて貰って避難するのが楽だろう、と語れば長老さんはとても微妙な顔をしていたのだった。

 ……いや、俺達別に正義の味方ってわけでもないんで……AUTOさんはちょっと微妙な顔をしていたけどさ。

 

 



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コマンド入力、ひたすらB【キャンセル】連打

「そういうわけで、とりあえず王様とやらに会いに行こう」

「おー、謁見ってやつ?このままの格好でもいいのかな?」

「ほっほっほっ。王様はそういうことには無頓着ですからのぅ」

 

 

 このままだと見た目的に大虐殺☆……みたいな結末になることが目に見えたので、一先ず詳しい話を聞くためにこの国の王様とやらの居場所に向かうことを提案した俺。

 TASさんだけはちょっと渋った(「ここで儀式をすればすぐに終わるよ?」とのことだった)が、そういう厄いのは無しで……と俺が言えば、特に反対することもなくすぐにこちらの指示に従ってくれたのだった。

 

 ……うーん、こういう風にTASさんが素直な時って、後の展開が怖いんだよなぁ。

 別に今素直にお兄さんの言葉を聞いても、特に問題はない……みたいなことを思っていそう、というか?

 まぁ、ここに集った面々の中ではほぼほぼ足手まといの俺に何かができるわけでもなし。

 とりあえずこっちの指示に従ってくれる、というだけでも儲けものだと言うことにしておくが。

 

 そんなわけで、一先ず疑問とかを脇に置いて王都の中を歩いていく俺達である。

 あるのだが……。

 

 

「……道中はモノが少なかったからまだなんとか我慢できたけど、流石に王都ともなると色々あれだな……」<シテ……コロシテ……

「ええ、貴方様の苦言も頷けようと言うもの。……確かに、この星はダミ子さんの存在に強く紐付いたものだと、耳に挟んではいましたが……」<ホント……イッソコロシテ……

「よもや、そこらに転がる無価値なオブジェクトに至るまで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは、ねぇ」<ナンデ……ナンデソンナコトニナルンデスカァ……

 

 

 ……まぁうん、背後で環境音と化しているダミ子さんの様子から、薄々予測できるかもしれないが改めて。

 

 道中での場合、()()()の影響はそう多くは無かった。

 何せ王都までの道はのどかそのもの。

 基本的には()()()()()()だとか()()()()()()()()()()()()()()()だとか、その程度のモノしか視界には入らなかったのだから。

 

 それがどうだろう、一応人の集まる場所として設定されているからなのか、この王都には単純な草木・雲のようなモノ以外にも、こちらの目に付く建築物(オブジェクト)が複数存在しているわけで。

 そうなってくると、薄々気付いてはいたもののそれが真実だとすると余りにも残酷すぎる……みたいな、ある種の事実からも目を逸らせなくなってしまう。

 

 ──MODさんが既に口にしてしまったのでもう全部ぶっちゃけるが、そこらに立ち並ぶあらゆるものの外装(見た目の)部分。

 それが、よくよく確認すると全て()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ということを(いや)が応にも知り得てしまうことと相成った、というわけである。

 

 わかりやすく言うと、全てのオブジェクトにダミ子さんの外見データがはっ付いてる状態、みたいな?

 ゲームで車のペイントをする時、画像データを貼り付けることがあるがまさにそんな感じ、というか。

 

 

「なんと……なんとおぞましい……これが邪神の仕業ということですか……DAM値がごりごり削れて行きます……」(←この件の責任者ではないけどその実邪神ではある人物)

「DMは大袈裟。できたもののグラフィックパターンを別個に用意する暇なんてないから、プリセットをそのまま流用しただけ」(←この件の責任者ではあるものの別にわざとではない人物)

「そこは真面目に作ってあげて欲しかったですわね……」

 

 

 何が悲しいって、目の前のこれらは誰かが意地悪をしたわけではなく、単に初期設定でプログラムを走らせたらこうなった……というだけのことでしかないという部分だろう。

 

 悪気があったのならその人を責めれば多少気も晴れるが、そうではないのだからここで無理にストレス解消に走ると『ロリっ子にすがり付いて鬼気迫る表情で喚き立てる成人女性』……という、一種の通報案件の発生にしかならないわけで。

 ……滾々と血涙を流すダミ子さんを眺めながら、できうる限り早急にこの世界をどうにかしよう……と内心で結束する俺達(TASさん以外)なのであった。

 

 

「やるなら私達が旅立ってから。じゃないとグラフィックデータの基数がずれて、私達の方も見た目がバグる」

この世界は私のこと嫌いなんですかぁ!?

「逆。この上なく敬愛してるようなものだからこそ、こうして貴方の見た目が多用されることになる」

「あああああああああああああああ」

 

 

 ……お労しや、ダミ子。

 帰ったらなんか好きなもの作ってあげるから、強く生きるんだ……!

 

 



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扉の横にセーブポイントが置いてあったら色々察する

 じゃあ甘いものいっぱいお願いしますぅ、とダミ子さんが空元気を見せたことをきっかけに、再び王都を歩く俺達である。

 ……周囲が見ていて頭の痛くなる場所であることは変わらないが、今何かを施そうとすると痛い目を見るとのTASさんからの忠告ゆえ、無言で目的地へと邁進する。

 

 そうして脇目も振らずに進んだ結果、俺達は当初の予定の半分くらいの時間で目的地に到着していたのだった。

 

 

「なるほど、ここが王の間……」

「ボスが出そう。出たら倒していい?」

「その場合出てくるボスって確実に王様でしょうが、話がややこしくなるから絶対にダメ」

「えー」

 

 

 なおこの扉、その出入り口の隣にこれ見よがしに謎のオブジェが置いてあった。

 具体的に言うと、手を翳すと何やら一部が展開して空中に映像を写し出す、というもの。

 まぁ、写し出された映像は何かのリスト?のようなものであり、そこに書かれている文字も読めないのでスルーすることにしたのだが。したんだからTASさんは名残惜しそうにしないの!

 

 まったく、油断も隙もあったもんじゃない。

 書いてある文字は読めなかったけど、見た目からしてあれがそういう類いの(セーブポイント的な)ものであることはわかるっつーの。

 そんなもんTASさんに見せたら、何かしら出来ないかと夢中になるのもわかってたっつーの。何ならいつの間にかセーブ二つ作って準備しようとしてたっつーの。

 

 ……仮に本当にあれがセーブポイントだとして、セーブしたあとどうやってロードするんだとか、サブフレームリセットで何をしようとしているのかとかツッコミ処が多すぎたため、無理矢理無視させて扉の前に立ち直した……というわけなのでありましたとさ。

 

 

「むぅ……今この時にしか試せないこともあるのに……」

「貴方そもそも実際に試さなくても能力内で追記(リトライ)できるでしょうが」

「むー」

「そうやって唸ってもダメなものはダメです」

「むー!」

「いててて!?だからって実力行使に訴えてもダメなものはダメ!!」

「ケチー!お兄さんのケチんぼー!!」

いちゃいちゃするのは全部終わってからにしませんかぁ???

「「あ、はい」」

 

 

 わぁ怖い。

 おかしいなー、俺は単にTASさんの横暴をいつものように止めてただけなのに、なんで真顔で怒られてるんだろうなー?

 ……あっはい、真面目にやります。やりますのでその目で睨むの止めて……。

 

 とまぁ、ストレス限界から鬼みたくなってるダミ子さんに戦々恐々としつつ、改めて一つ深呼吸。

 ……うん、騒いで見なかったことにしたかったけど、こうして意識してしまうとこう、なんというかこれからの展開がなんとなく予想できて辛い、辛くない?

 

 いやだってさぁ、豪華絢爛な大扉の横にこれ見よがしに置かれてるセーブポイント(らしきもの)って、これどう考えてもこの後ボス戦が始まる流れじゃん。

 セーブポイントに回復効果とか付いてたらもう確定じゃん。いやまぁそっちに関しては確認してないけども。

 でもほら、ゲームによってはセーブポイントで触れるメニュー内から回復を選ぶ、みたいなパターンもあるわけだから決して油断はできないわけで。

 

 え?もしこの後ボス戦なら、その辺りのことをTASさんが黙ってるわけがない?

 フッ、甘いな。俺が気付いてるようなら「ん、そっちに任せる」とか言い出す子ですよこの子は(白目)

 

 ……いやマジで。

 自分にリーダーは似合わない……もとい、リーダーなんかになると自由に動けないということで、司令塔(リーダー)役が必要な時は大抵こっちに投げてくるのが彼女である。

 こうして大所帯になるとどこのソシャゲの主人公じゃい、という気分も湧かないでもないが、でも実際俺が貢献できそうなとこってソコくらいしかないから仕方ないね!

 ……ってなわけで、この扉の先が本当にボス戦なら覚悟の準備が必要というかなんというか。

 

 頼むから俺の気のせいであってくれ、という祈りを込めつつ、周囲のみんなに目配せをして扉に手を掛ける俺。

 豪奢な扉はその威容に見合った重厚さでゆっくりと開かれて行き──、

 

 

よくぞここまで参った。よくぞここまでその顔を余に見せに参ったものだ。

余が言うべきことは多々あれど、まずは素直な称賛の言葉を投げるとしよう。

──素晴らしい、貴様達の奮闘は実に素晴らしい。

その憎たらしい健闘を称えた上で、余は貴様達に報奨を与えねばなるまい。

 

そう、貴様達の終わり()という名前の褒美を、な。

では、精々惨たらしく往生するがいい。

 

 

 そこで聞こえてきた声と、玉座の上でこちらを見下ろす人物を発見した時、俺は自身のささやかな願いが空しく吹っ飛んだことを察したのであった。

 ははは。──……滅茶苦茶ぶちギレてるじゃないですかヤダー!!

 

 

「お迎えしてくれるボスはいい文明」<フンス

「何もよくないんだがー!?普通に会話して普通に場所使わせて貰えればそれで良かったんだがー!!?」

「そう上手く行かないのが私達、ということですわね……」

「そこで簡単に諦めないでおくれよAUTOさーん!?」

 

 



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突然の音ゲー・突然のレースゲー・突然の避けゲー(ほんの一例)

 はてさて、なんだかよくわかんないけどブチギーレな王様とのバトル、はーじまーるよー!(ヤケクソ)

 

 はい、というわけでね王様とのエンカウントと同時に突然戦闘が始まるわけですが、最初のそれはいわゆる避けゲーと呼ばれる方式となっております。

 まず戦闘開始と同時に全天周囲に向けてエネルギー弾がばら蒔かれるので、これを気合いで避けましょう(n敗)

 これ避けられないと戦う価値無し、とばかりにセーブポイントからやり直しになるので絶対に避けましょうねクソァ!!

 

 

「お兄さん落ち着いて。一応当たっても死なないだけマシ」

「マシかなぁ!?本当にマシかなぁあれ!?全部完全ランダム×避けゲー仕様だから覚え避けも潰してるの普通にクソゲーだと思うなぁ!?」

(滅茶苦茶キレていらっしゃいますわね……)

 

 

 何があれって『避けなきゃダメ』って仕様だからガードしてもダメなのがね?

 その仕様で完全ランダムは魂の殺人だと思うの俺。

 ……反射で避けろ?無茶いうんじゃねぇのこのヤロー、絨毯爆撃しといて避けゲーしか認めねーのは運営の怠慢だっつーの。

 

 ……っていうか、このセーブポイント普通に使うんかい。

 思わずスルーしてたけどどういう原理なんやこれは……。

 

 

「それに関しては、この場所もまだダミ子時空の範囲にあるから、と言いますか……」

「便利な説明に使われるダミ子さんに悲しい過去……」

もうどうにでもなれですぅ

 

 

 拗ねちゃった。……いやこれで拗ねない方があれか。

 長老さんの言葉を聞いて、部屋の隅でいじけ始めたダミ子さんを見つつ、一つため息を吐く。

 

 このまま彼女を放っておけるのなら(ゲームオーバーの確率が減るので)それでもいいのだが、この扉中に入ってしまうと完全に閉じて開けられなくなる……というのが問題なのだ。

 それの何が問題なのかと言うと、仮に王様戦を攻略したあともここに戻ることはできない可能性がある……ということになるか。

 

 分かりやすく言うと、王様を倒したらそのまま元の世界に強制転移させられるかもしれない、ってこと。

 そうなると、ここにダミ子さんを放置した場合、彼女だけ置いていかれることになるかも?……みたいな不安が湧いてくるわけで。

 その辺りどうなるのか、未来視組がなんとなくでも把握できたら良かったのだけれど……。

 

 

「俺の視える範囲は伝えてあるだろ。少なくともこの戦闘が終わらねぇとそれ以上は無理だよ」

「右に同じく。私の場合はもうちょっと見えてるけど、それもこの戦闘の終わりより先については無理」

 

 

 とまぁ、二人からの返答は心許ない。

 ……視える選択肢が多くなりすぎるROUTEさんはともかく、TASさんまで知覚しきれないというのには少々驚いたが……終わったあと時空が切り替わるのが宜しくないのだろう、と言われれば納得する他なかった。

 実際、その辺りのあれこれが今回俺達の遠回りを決定付けたわけだし。

 

 しかしそうなると、やはりダミ子さんを放置してボスに挑む、というのはあり得ないということになる。

 それじゃあこのまま彼女の復帰を待つのか、という話になるが……うーん、復帰できるかなぁ、この状態で……。

 

 

「ストレス許容値が限界っぽいですからね。何かその辺りを緩和できるものでもあれば良いのですが……」

「うーん、ストレス緩和緩和……あ」

「おや、何か思い付きましたか?」

 

 

 AUTOさんの言う通り、現在のダミ子さんはもはや並々と水の入った桶のようなもの。

 少しの刺激で溢れて倒壊するのが目に見えているため、仮に立ち直らせるならほぼ確実に外部からの手助けが必要となるのだが……それができれば苦労はしない、とため息を吐きそうになったところで、一つ解決策を思い付く。

 ……思い付いたはいいが、それを実行するのならばここから引き返す必要があるわけで。

 

 

「引き返す……?ボス戦前で……?」<キラキラ

「違うから、多分TASさんが思ってるのとは違うから」

「えー?」

 

 

 そう告げると、何か面白そうな空気でも嗅ぎ付けたかのようにTASさんが目を輝かせ始める。

 

 ……ああうん、君ならそういう反応するだろうなーって思ってたよ……クリア後世界がないタイプのゲームだと、二週目に行かない場合は最後のセーブポイントから徒歩で麓に戻らなきゃいけない、みたいなやつも少なからずあるわけだし。

 とはいえ、今回のそれは別にラスボス戦でもない普通のボス戦だし、戻るっていってもちょっとモノを取りに戻る以上の意味合いはないし。

 

 

「取りに戻る?」

「あとはこっちに持ってくる、かな?初回はともかくここまで来た後なら道のりについてはもう把握してるし」

「……あー、なるほど」

 

 

 首を傾げるMODさんに、今からしようとしていること──()()()()()()()()()()()()()()()ことを告げれば、彼女は『そういえば』みたいな顔をしていたのだった。

 ……うん、よくよく考えると王様戦後間髪入れずに元の場所に戻されるかも、と言うのなら車を持ってこずになんとする、って話だからね。

 まぁ、こうして取りに行く機会がなかったならなかったで、適当に呼び寄せコマンドを使っていたような気もするのだが。

 

 

「なるほど、TAS君かCHEAT君に任せればいいからね、そういうのは」

「?いえ、『カモーン!!』って呼べばやって来ますよ?」

「……いつの間にか私の車に音声認識が搭載されていた件について」

 

 

 そう話すと、彼女は勝手に納得して頷いていたが……いや、その辺りの簡単な話にまで彼女達を持ち出すようなことはしないよ?

 流石に今ここで呼んでも来ないけど、王様戦後なら窓を開けて叫ぶくらいはできそうだし、それなら問題はないだろうからね。

 ……と告げれば、彼女は『わけわからん』とばかりに遠い目をしていたのだった。

 なんか変なこと言ったかね、俺。

 

 



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鏡よ鏡、そこにいるのはだぁれ?

「──というわけでお食べよ!」

「はふはふ、がつがつ、もぐもぐ!」

「わぁ、いい食べっぷり」

 

 

 困惑するMODさんを放置して城を飛び出した俺は、キャンピングカーの音声認識の範囲まで入ったことを確認し、大声で叫ぶ。

 途端、収納空間から取り出された後にひっそり隠れていたキャンピングカーは唸りを上げて大地を駆け──そのまま俺を乗せ、元の扉の前まで戻ってきていたのだった。

 城の内部に車なんて入れていいのか?……と突っ込まれそうだが、その辺りは気にしない。気にしてはいけない。

 ……え?余計に王様にキレられるんじゃないかって?もうあれだけキレてたらあとは誤差みたいなもんでしょ、誤差。

 

 ってなわけで、ストレス爆発状態のダミ子さんに提供するのは美味しい食事。

 ダミ子さんと言えばよく食べる人だからね、暴飲暴食はよくないけど今このタイミングでは仕方ないって話さ。

 なお当のダミ子さんだが、よっぽどイライラしていたのかはたまたお腹空いてたのか、出される料理をまるで吸い込むかの如く食べ尽くしていたのだった。

 

 

「え?王様倒したあと踊り始めるダミ子?」

「畜生か何か?煽りでしょそれはどう考えても」

 

 

 あとはナチュラルに増えることを想定するんじゃない……いや、よく考えたらもう増えてるのか……(周囲を見渡しながら)。

 

 ……真面目に考えると色々あれになりそうなので流しつつ、改めてダミ子さんの様子を確認する俺。

 ちょうど三段プリンを平らげた彼女はというと、さっきと比べれば格段に顔色が良くなっていたのだった。……一時的な対処ではあるが、元気になって良かったと頷いておく。

 

 さて、これで彼女を中に連れていく用意ができたわけだし、意気揚々とボス部屋に特攻したいところなのだが……。

 

 

「どうしたのお兄さん?」

「……ダミ子さんに食べさせる前にセーブしておいたら、今食べた物とか復活したりしてたのかな?」

「!?」

「今は復活場所として利用してるだけで、本当にセーブ&リロードしてるわけじゃないから関係ないよ?」

「そっかー」

「!?!?」

 

 

 いやほら、思ったより暴飲暴食されたものだから、結構食糧減ってるもんでね……。

 思わずTASさんに問い掛けてしまった俺を、驚愕の視線で見つめてくるダミ子さん。

 俺はその視線を受けながら、小さく苦笑を返したのだった。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「じゃあみんな、用意はいいかー!?」

「「「おー」」」

 

 

 憤慨するダミ子さんを再び落ち着かせたのち、改めて扉の前に向き直った俺達。

 周囲の面々の様子を確認したところ、みんな気合いは十分のようである。

 

 となれば、あとはこの勢いを保ったままボス戦もとい王様戦をクリアするだけなのだが……はてさて、どうなることやら。

 そう思いながら、扉に手を掛け押し開ける。軋みをあげながら扉は開いていき、そこにいる王様の姿を俺達に見せ付けて──、

 

 

「……あれ?」

「いませんわね、王様」

 

 

 ──来るかと思われたのだが。

 部屋の中に入った俺達の視界に入ってきたのは、誰もいない玉座の間。

 今まで通りなら、このタイミングで王様の演説?的なものが挟まり、その後弾幕がばら蒔かれるのだが……その様子は一切ない。

 

 がらんとしたその部屋は誰の気配もなく、勇み足で突入してきた俺達を寧ろ嘲笑っているようにも思えたのだった。

 

 

「……あれー?」

「ふぅむ、何処かに隠れているのかと思ったのだけれど……その様子も無さそうだね?」

「MODさんがそう言うなら、ここには誰もいないんだろうなぁ……」

 

 

 暫く部屋の中を探し回ってみたものの、誰かが隠れている様子もなければ飛び出してくることもない。

 隠れることに関してはエキスパートであるMODさんからも、この部屋の中には俺達以外に誰もいない……という言葉が返ってきたため、本当にここには誰もいないのだろう。

 

 だがそうなると、どうにも肩透かし感が出てしまうのも事実。

 いやまぁ、戦闘がないのならそれはそれでありがたいことなのだが、急に梯子を外されたようにも思えるので微妙な気分になるのも仕方がないというか?

 実際、ダミ子さんは特にここで色々とやきもきさせられていたので、不満たらたらでもおかしくないのだけれど……。

 

 

「……ダミ子さん?」

ふぁいっ!?わわわ、私に何かようですかぁ!?」

「いや、特になにもないですけど……」

「ならいきなり話し掛けないで下さいよぅ!!」

 

 

 俺が目にした彼女の様子は、何やら悼むような・はたまた羨ましがるような微妙な表情。

 先ほどまでの烈火の如き表情とは似ても似つかず、思わず声を掛けるのを躊躇してしまうくらいであった。

 まぁ、実際に声を掛けたらいつものダミ子さんに戻ったのだが。

 

 どうにも釈然としないが、当初の目的──この場所から元の時空にアクセスする、という作業は問題なく行えそうであるため、そのまま帰る準備を始める俺達。

 

 長老さんはそれを見ながら名残惜しそうな顔をしていたが……このまま俺達がここに残るとみんなダミ子さんと同じ顔になる、という爆弾発言を落としてくれたため、俺達は一切後ろ髪を引かれずにこの場を後にすることに成功したのであった。

 

 ……いやはや、なんだったんだろうね、ここ最近の展開。

 

 

「サブミッション的な?」

「参考までに聞くけど、これをこなすと何が起こるの?」

「お兄さんの生存確率がちょっと上がる」

「結構重要な話だった!?」

 

 

 いや全然そうとは思えなかったんだけど……えー?

 

 



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秋になりました、食欲を満たすために行動開始します

「秋と言えば食欲の秋。サンマを釣りに行くよお兄さん」<スパーンッ

「おおぅ、なんだか懐かしい登場の仕方……」

 

 

 はてさて、ダミ子時空からの帰還を果たした俺達だが、そこからは何事もなく──過去時間軸の俺達に遭遇することもなく──家に戻ることに成功。

 そのまま夏は過ぎ去って秋……と言いたいところだが、実際のところは残暑厳しく秋になった実感は全く無いのであった。

 いやまぁご覧の通り、TASさんに関してはいつも通りだったんですけどね?

 

 ……ってなわけで、久々に人の部屋の襖を勢いよく開けながらの登場、というやつである。

 この登場、襖とか柱とか痛みそうで怖いんだよなー。

 

 

「安心してお兄さん。私の開け方に隙はない」

「ほう、それはどういう?」

「傷が付くならそれは必要な犠牲」

柱の傷が必要になる状況が思い付かないんだが???

 

 

 いやまぁ、いわゆるバタフライエフェクト的なものなのだろうなー、というのはわかるのだが。

 だとしても、俺の部屋の柱に付いた傷が一体どういう効果を持つと……え?任意コード実行のために使われる?その言い訳何にでも使えるやつやんけ(真顔)

 

 ……とまぁ、そんな感じにぐだぐだ会話をしつつ、外へ出る準備を続ける俺である。

 彼女の提案に逆らってもいいことはない……というのは散々実感済みなので、さっさと準備する方が被害を抑えられようというもの。俺に対しても、世界に対しても……だ。

 

 

「むぅ、まるで私が破壊しかもたらさないモンスターのような言い種……」

「そうとは思ってないよ。破壊したあと作り出す系の創造神的なモノだとは思ってるけど」

「なるほど、ならいい」

「……いや、本当にそれで宜しいのですか……?」

「あらAUTOさん、もしかして今回同行組?」

 

 

 中身のない会話を続けていると、TASさん以外の声が。

 ……今日は平日なので他にはダミ子さんとDMさんくらいしかいないと思っていたのだが、廊下から部屋の中を覗いていたのはAUTOさんであった。

 そうして不思議そうに見返されていることに気付いたのか、AUTOさんは一つ咳払いをした後に「今日は創立記念日で休みですの」との答えが返ってきたのだった。

 

 ふむ、そういえばAUTOさんは高校生組の中で唯一、他の面々とは別の学校に通っているのだったか。

 そこら辺、どんな感じの高校に通っているのかとか聞いてみたい気もするが……。

 

 

じー……(´ΦωΦ)

「……ああうん、今日は宜しくお願いします」

「は、はい。謹んでお受け致します……?」

 

 

 ……隣のTASさんがさっさと出よう、とでも言いたげだったため、その辺りの話は放り投げて部屋から出る俺達なのであった。

 

 

 

´ΦωΦ

 

 

 

「そういうわけで、今日は海の上からお送りします」

「誰に向かって喋っていらっしゃいますの……?」

「いや、一種のお決まりというか……」

「はぁ……?」

 

 

 はい、というわけで釣りに適した服装に着替えたのち、沖合へ向かって船を出した俺達である。

 なお、俺は船舶免許なんぞ持ってないので、船に関しては漁協に頼んで船長ごと借りている状態である。

 こういう時、TASさんの交遊関係の広さを思い知るというか……。

 

 

「たまにお手伝いをしてるから、その縁」

「お手伝い、ですの?つまり、今回のように魚を釣りに出掛けることが度々あると?」

「そう。()はお手のもの」

「なるほど、()を……もしかして、網とかの扱いも?」

「もちろん。一網打尽にするのは大得意」

「流石はTASさんですわね……」

「…………」

 

 

 向かい風を浴びながら、何やら会話しているTASさんとAUTOさん。

 その内容は今回の魚釣りについてのものに聞こえるが……うん、これ双方に認識の違いがあるってやつだな?

 

 

「ええと船長さん?」

「ん、なんだ坊主。嬢ちゃんはともかくお前さんはヒョロいんだから素直に場所に着くまで座って待って……」

「つかぬことを御伺いしますが、今回のこれって()()()でいいんですよね?」

「……なんでぃ、単なる素人かと思ったが、事情については知ってんのかい。安心しなぁ、今回は本当に単なる魚釣りだよ」

 

 

 思わず心配になり、操舵席に立つ船長さんに確認を取ってしまう俺。

 ……返ってきた答えは『今日は単なる魚釣り』との言葉であったが、それはつまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということで。

 うん、やっぱりTASさん、普段は別の魚を追い掛けてるなこれは……?

 

 MODさん加入後に、彼女を加えて海に出たことがあったのを思い出しつつ。

 今回のそれは、その時のようにドタバタするようなモノじゃない……という船長さんの言葉を素直に信じていいものか少し悩みながら、俺は元の位置に戻ったのであった。

 

 いやだって、ねぇ?

 単なる魚釣りなら、AUTOさんを同行させる意味はあんまりないんじゃないかなー、と思わないでもないからさー。

 まぁ、単に気分転換とかで連れ出した、という可能性もあるので断言はできないのだが。

 

 ……とりあえず、物騒なことが起きないように祈っておこう、無駄かもしれないけれど。

 

 



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思い出はいっぱい、後悔もいっぱい

 海は大きく荒れた様子もなく、されど静かに凪いでいるという様子もなく。

 至って平穏、至って普通。……そう言いたげなその海原を悠々と船は進む。

 

 その上で進行方向を見つめているのは二人の少女。

 黒と金の髪持つ二人は、対称的な姿をしていた。

 

 黒の少女の方は、いっそ幼女と呼んでしまっても通るような見た目をしている。

 後ろで揺れる三つ編みは大きく、また掛けているメガネもまたそれなりに大きいが……それは彼女が小さいからこそ、余計に大きく見えているという向きもないではないだろう。

 

 対して金の少女、彼女の方はもう立派な淑女と呼んで差し支えない見た目をしている。

 緩くウェーブの掛かった金糸の髪は海風を受けて棚引いているが、ゆえにこそ西洋の美の女神を彷彿とさせる雰囲気を醸し出している。

 

 そんな対称的な二人であるが、今の状況は見た目から想像されるそれとは反対なのであった。

 

 

「……酔いましたわ……」

「流石に船の上でダンスは無謀」

ねー!?何やってるのこの人!?何やってるのこの人!?!?

 

 

 ……金の少女の方はちょっとバカなのかもしれない。

 傍らの男はそんなことを思ったとか思わなかったとか。

 

 

 

눈_눈

 

 

 

「それで、なんであんなことを?」

「こう、昔取った杵柄が、ですね?」

「なるほど。前提条件マシマシ状態に興奮した、と」

「……表現はあれですが、概ね合っています」

 

 

 はてさて、船上で慣れないことをしたために酔ったAUTOさんを介抱する俺達は、その中で彼女に『何故あんなことをしたのか』と問い掛けていたのだった。

 

 ……うん、この人何を思ったのか、突然船の上でフラメンコ踊り始めたからね。

 俺達もギョッとしたけど、バックミラー的なもので確認したらしい船長さんなんかは、思わず振り返るくらいビックリしてたからね。

 いやまぁ、見た目綺麗な姉ちゃんがなんか意味不明なことをやり始めた、となれば驚かない方がおかしい気もするけども。

 

 ともかく、そんな奇抜以外の何物でもない行動を彼女がしてしまった理由は、『色々条件が重なっているのが目に見えてしまったから』……という、なんとも言えないモノなのであった。

 分かりやすく言い換えると、出会った当時のアレ(太鼓しながらダンス)である。

 ……基本的には真面目な質のAUTOさんだけど、時々こうして羽目を外すので油断ならない。

 

 

「面目ありませんわ……」

「なんでそこで謝るのAUTO。もっと自分の欲に正直になろう。それこそ私が求めるAUTOの形ふべっ」

「TASさんは自重しようね?」

「……お兄さんが最近暴力的過ぎる……」

 

 

 そう思うんなら、俺にそういうことさせないで下さい。君を言葉で止めるのほぼ無理なんだからさ。

 ……とぐちぐち文句を言うTASさんに再度注意を投げつつ、その流れでAUTOさんにもTASさんの言葉を真に受けないように、と釘を刺す。

 それを聞いたAUTOさんは始めキョトンとしていたが、やがてクスクスと忍び笑いをし始めたのだった。……何かが琴線に触れたらしい。

 

 

「いえ、お気になさらず。……もうだいぶ気分も良くなりましたし、当初の予定に戻りましょう」

「お、おう?……で、当初の予定って言うけど何するのさTASさん?」

「……私、出る前に説明したと思うんだけど」

「ん?……あー、サンマだっけ?」

 

 

 なんで笑われたのかはよく分からないが、まぁ元気になったのならよしである。

 

 そんなわけで、当初の予定に戻ることにしたわけなのだけれど……今回って何のために海に出たんだっけ?

 と首を傾げれば、信じられないモノを見るような目(※当社比)がTASさんから飛んできたのだった。

 え?説明したじゃんって?……出発前の更に前、いきなり部屋にやってきたTASさんが喋ってたことなんて、大体適当なこと言ってるなーとしか思ってないってば。

 

 酷い、とでも言いたげなTASさんだが、そもそも君が当初の目的から端を発し、最終的に微塵も関係ないような場所に着陸することを繰り返しているからこうなるんだ……と返した俺であった。

 ……泳ぐよって言ったのに、何故か山で鉄鉱石掘ってたこともあるんだからさもありなん。

 

 

「何故そのようなことに……?」

「泳ぐには水辺に行く必要がある。水辺に行くには水辺がないといけない。水辺は近くにないから作る必要がある。だから鉄鉱石が必要だった」

「…………???(何言ってるんですかこの人、という顔)」

「雑に言うと近場にプール作ろうとしてたんだよ、この子」

「大掛かり過ぎではありませんこと!?」

 

 

 なお、なんでそんなことになったのかというと。

 その時は近場に水辺に──海や池、川のようなモノがなく、またそれらが自然に湧いてくるような確率もなかったため、結果としてプールを近場に作ろうという発想に至った結果の行動だった。

 ……鉄鉱石はプールサイドの手摺用、というわけである。

 

 まぁ、その時は「話が気長すぎるわ!!」と言って止めさせ、そのまま近くのプールに向かったのだが。

 ……今にして思えば、あそこで鉄鉱石を掘るのは別のフラグを回収するついででもあったことはわかるのだが……何にせよ、突拍子もない話だったことは間違いあるまい。

 

 なお、別のフラグ云々の話を口にしたため、暫くの間話題が脱線して今回の本題が進まなかった、ということをここに記しておく。

 

 



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秋に獲れる刀のような魚、の意

「サンマ釣りなんてしたことないから、どうやるんだろうなーってちょっとわくわくしてた俺がいた、ということは間違いない。そこについては断言する」

 

 

 はてさて、話が横道に逸れまくったのをなんとか軌道修正し、本題に戻した俺達。

 

 今回は秋の味覚の王様(?)であるサンマ漁、ということでどうやって釣るんだろうなー、とちょっとわくわくしていた俺なのだが……そのわくわくは、開始前から既に暗雲に呑まれ、漁開始現在ではそのまま暗礁に乗り上げる形となっていたのだった。

 なんでかって?そりゃもちろん、俺達の目的であるサンマとやらが、いわゆる普通のサンマでは無かったからだよ!!!

 

 

「確か、サンマの漢字表記の一つである『秋刀魚(あきのかたなのさかな)』とは、見た目から連想される通り『秋によく獲れる刀のような見た目の魚』の意味である……と聞いたことがありますが……」

マジで刀みたいな切れ味してるやつがあるかぁ!!

「つまりフィッシング厄介者。糸も網もスパスパするから専用の道具が必須。似たようなのにタチウオ(太刀魚)がいる」

亜種的なのまでいんのかよぉっ!?

 

 

 海面からぴょんぴょん跳び跳ねるサンマ達は、急に住み処にやって来た人間達に驚いている……()()()()、縄張りに入ってきた外敵を海の藻屑にしてやろうと興奮している……という状態でもあるわけだ。

 何せ彼らのその身体、まるで研ぎに研いだ日本刀の如く白銀を放ち、事実その見た目のままに糸や網程度の柔な素材であれば両断せしめる鋭さを持つのだから。

 

 ……いや、どこのファンタジー作品の危険生物じゃい!?

 あれだよ、出立前の『物騒なことになりませんように』ってお祈りが、完全に裏目に出た感じだよ!!

 

 

「お兄さん自意識過剰。お兄さんが祈ろうが祈るまいが、彼等はここで私達を待ち受けていたよ」

「そこツッコまれても困るんだよなぁ!?」

 

 

 そこより気にすべきことがあるんだよなぁ!?

 ……と、船上まで跳び跳ね、ともすればこちらを切り裂こうとするサンマ達の群れに戦々恐々とする俺なのであった。

 普通に命の危険が危ねぇ!!?

 

 

 

;´ºωº

 

 

 

「サンマを獲るのにハンマーで撃ち落とすことになるとは思いませんでしたわ……」

「咄嗟の判断で船に積まれていたハンマーを手に取るAUTOさんもわりと大概だよね……」

 

 

 あれだ、まるでトビウオの如くこちらに向かって飛んでくるサンマ達を、叩いて落としまた叩いて落とし……と縦横無尽の活躍を見せるその姿は、なんというか色々ツッコミ処満載なのを忘れてしまうような勇姿であったというか。

 え?サンマ相手に死闘が繰り広げられている今の状況自体をツッコめ?ごもっとも。

 

 まぁともかく、TASさんがどこぞの仕事人みたく鋼線を自在に操りサンマを釣り上げる(?)のとは対称的に、AUTOさんは弾丸を叩き落とすような勢いでサンマを捕獲していることは間違いない。

 なお、俺に関してはそこらに落ちていた盾?扉?……の影に隠れて精々しなないように立ち回っている最中です。

 

 

「おい兄ちゃんよぉ、こいつら基本的に鉄には無力なんだから、んなにへっぴり腰じゃあ余計な怪我をするばかりだぜぇ?」

()()()()とか言ってる時点で、たまにヤバイの紛れてるのもろバレじゃないですかヤダー!!」

「……なんでぃ、勘はいいんじゃねぇか」

 

 

 大雑把に言うと『女の背に隠れてるのはカッコ悪いんじゃねぇの?』的な罵倒が船長から飛んでくるが、冗談じゃない。

 自分でヤバイ時はある、と白状しているようなその台詞を聞いて、何故前線に向かおうだなんて気力が湧くと思ってるんだと返したところ、何故か見直したような視線が返ってきたのだった。……いやなんでや!!

 

 

「単にビビって後ろにいるんじゃなく、ちゃんと状況を見て下がってるってわかったからだよ!……ほれ、兄ちゃんお待ちかねの一群の登場だ!!」

「待ってないよー!!?俺全然待ってないよー!!?」

 

 

 そうこう言ってるうちに、船長の指差す先に何やら光るモノが見えてくる。

 ……いや、これは何かが光っているわけでなく、そこらのサンマ達と同じように陽光を反射した何者かが向かってくる姿。

 そしてそれは、周囲に屯するサンマ達とは比べ物にならないほどに研ぎ澄まされた、まさしくエースとでも呼ぶべき存在達。

 

 今しがた『基本的に』と前置きされた一団から外れた存在。

 ──斬鉄をなすほどに研ぎ上げられた、自然の猛威。

 大サンマ達の群れが、縄張りに侵入した不届き者達を海の藻屑にせんと襲い掛かってきたのだった。

 ……うん。

 

 

予想通り過ぎて最早ため息すら出てこないんですがー!!?

「言ってる場合じゃないよお兄さん。とりあえず頭は下げてね」

「それ暗に頭上げてたら酷いことになるって言ってるようなもんだよね!?」

 

 

 その見た目で船の外装切り裂いてくるとか詐欺もいいとこじゃないですかヤダー!!

 ……などと喚く暇もなく、俺達は混沌とした戦場へと叩き込まれて行くのであった……。

 

 これ、生きて帰れるかなぁ……???

 

 



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何匹いても足りないのが秋の味覚

「死ぬかと思った……」<ボロッ

「でも死んでいませんわ。……今はそれで宜しいのではなくって?」

「なんかこういいこと言った風の顔してるけど、正直サンマに襲われて沈没しかけるとか笑い話にすらならないからね???」

 

 

 もしくは突然の状況に対応しきれなかったやつが二人、みたいな。

 

 ……船長は何やら唐突に発狂したかの如く船を巧みに操り、サンマ達の隙間を抜けながら高笑いしてたし。

 それを横目にしたTASさんは、全く動揺することなく飛んできたサンマ達をぐるぐる巻きにしていたし。

 

 代わりに向こうの本隊が来るまでは善戦していたAUTOさんは、流石に片手のハンマー一つでは対応しきれないと見たのか俺の横で防衛に専念していたし。

 俺に関しては言わずもがな、だし。……AUTOさんが隣に居てくれなかったら普通に死んでた気がするぜ……。

 

 

「何故でしょう、その場合貴方様が真っ二つになったあと、何事もなく地面から生えてくる光景が脳裏に過ったのですが……」

「俺のことなんだと思ってるのそれ???」

 

 

 いやまぁ、なんか最近俺自体も変な耐久性を発揮してる気はするけども。

 流石に真っ二つになったらそのまま死ぬよ?……死ぬよね?

 ……我がことながら、最近のあれこれゆえにちょっと自身がなくなってきた俺なのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「さて、それじゃあいい加減釣果を確認するよ」

「釣果とは言いますが……それ、迂闊に離して大丈夫なのですか?」

「大丈夫、もう活け〆してある」

「いつの間に……」

 

 

 はてさて、サンマの集団を退け陸地に戻ってきた俺達。

 これからお待ちかねの釣果確認タイムである。……いや別に俺達は待ちかねてないが。

 

 とはいえTASさんは大層満足なご様子で、こうしてケースに入ったサンマ達を嬉々として掲げていたりする。

 あんな危険生物、そのまま持って大丈夫なのか?……と思わないでもなかったが、どうやら陸地に着くまでの間に確りと〆られていた模様。

 彼女の手の内でぐったりと沈み込むその姿に、先ほどまでの彼らの勢いは少しも感じられなかったのであった。

 

 ……まぁうん、さっきまでの切れ味が刀とか包丁とかのそれと同じなら、単に握るだけでは危なくない……かな?

 迂闊に握りすぎるとそりゃ切れるだろうが、そうでなく単に持つだけなら危険はないというか。……既に〆られているのなら、突然暴れだして切れるみたいなこともないだろうし。

 

 そうと決まれば、こうしてぐるぐる巻きになっている糸を外すのも吝かではない。

 っていうか、外さないと食べられないだろう、普通に鋼糸だしこれ。

 

 ってわけで、乗員みんなでの糸外し作業(&釣果確認)のお時間である。

 

 

「……さっきまでのドタバタと比べると、絵面的に地味だなこれ」

「無駄話する暇があるなら手を動かしてお兄さん。あんまり遅いとお裾分け貰えないよ?」

「それはなんというかこっちに負担だけ投げ付け過ぎでは???」

 

 

 ……いや、後半役に立ってないとはいえ、それなりの数のサンマ達を叩き落としたのはうちの二人なんだが?

 つまり実働班がこっち負担なわけで、その状況下で報酬なしとかぼったくりどころの話ではないんだが??

 

 というような意味を込めた視線を船長に送ってみたところ、返ってきたのは「俺が船出さねぇとそもそも相対の機会もなかっただろう?」と、微妙に返答に詰まる発言なのであった。

 ……そこ突かれるとなんとも言えん。確かにTASさんは獅子奮迅の働きぶりだったが、それでも船体そのものに直接攻撃してきた奴らを華麗に避けてたのは船長の腕によるものだったし。

 

 

「申し訳ありません貴方様、私がもう少し活躍出来ていれば……くっ!」

「いや、申し訳なくないよ?AUTOさんいないと酷いことになってたからね?サンマ漁としてはあれかもだけど、俺にとっては救世主だからね?」

「……お世辞でもありがたいですわ」

 

 

 いやお世辞じゃないんだけどね???

 っていうか後半がダメだっただけで、前半ならAUTOさんも結構獲れてた……え?ハンマーで頭かち割ってたから売り物になんない?……あー。

 なるほど、防衛的にはAUTOさんも活躍していたが、純粋に漁としてみるとあれだったと。

 そう言われるとこっち側の仕事ぶりが足りてない、というのも頷けなくはないわ……。

 

 うーむ、もしかして俺が付いてこなかった方が仕事的には上手く行っていたのでは……?

 そんなことを思いながら、サンマに巻き付いた糸をほどいていると。

 

 

「お兄さんは変なことを言う。お兄さんが来ないなら私も来てないよ?」

「お、おう。……おう?」

「なるほど、何のための兄ちゃんかと思っていたが……嬢ちゃんの気持ちの問題だったか。確かに、以前より動きが良かったしなぁ」

「いや待ってツッコミが追い付かないんだけど???」

 

 

 こりゃ、報酬に色を付けるべきかぁ、と笑う船長。

 どっこい、こちらとしてはそれどころではない。

 ……いや、モチベーション維持のための道連れ扱いについてはどうでもいい。

 問題なのは、このサンマみたいなのに以前から挑んでいたっぽい部分の方だ。

 

 

「……そういえば、前にサンタさんの影響云々とか言ってたっけか……」

「よく覚えてたね。そう、このサンマもその類い」

 

 

 ……マジに異世界生物だったんかいこいつ。

 キラリと光るサンマを眺めながら、そういえば他所の世界の生き物が云々……みたいな話をしていたこともあったなぁ、と思い出した俺なのであった。

 ……最近は他所の世界にお邪魔することが多かったけど、他所から来てるやつもいたんだったな……ははは……。

 

 



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そうだよこの世界も大概厄いんだよ

「……?お兄さんはなんで頭を抱えているの?」

「ええと、この世界自体にも問題がある、ということを思い出してしまった……ということではないでしょうか?」

 

 

 報酬のサンマを包んで貰い、帰路に付いた俺達。

 だが俺は上の空。何故かと言えば、さっきのサンマがサンマという名前の近縁種でしか無いことを思い知ったから、であった。

 ……有り体に言えば、こっちで解決すべき問題はまだまだ山積みであることを思い出したから、ということになるか。

 

 いやうん、しばらく他所の世界で凄いことになってるのを見ていたから、『これに比べれば俺達の世界は平和だな!』とかバカみたいなことを思っていたなぁ、と頭を抱えたくなったとも言うわけだが。

 ともあれ、他所の話と笑っている暇など無かったのだと改めて突き付けられた気分になれば、そりゃもう陰鬱にもなろうというものである。

 

 

「……?それは寧ろご褒美では?」

「そうだねTASさん的にはそうだろうね……」

 

 

 なお、詳しく説明してもなお、TASさんは首を傾げていた。

 ……まぁうん、君はそう言うだろうね……じゃないとTASさんじゃないもんね……。

 

 

 

눈.눈;

 

 

 

「……なんてことを言ってたのがつい先日。よもやよもや、舌の根の乾かぬ内に厄介事が大挙してくるとは思わないじゃない……(白目)」

「お気を確かに、貴方様。正気を逸してしまう気持ちはわからないでもありませんけど、ここで挫けても事態は解決致しませんわ」

 

 

 はてさて、波乱のサンマ漁から少し経ったある日のこと。

 今日は見事な秋晴れ、掃除やら洗濯やらの家事をこなすにはベストな日……みたいなことを思いながら家のことをしていた俺は、突然辺りに鳴り響き始めた爆音──ヘリでも飛んでいるかのようなその音に、思わず目を顰めていた。

 

 普段ならそこまで目くじらを立てるほどでもないのだが……直前まで鼻唄でも歌いたくなるような上機嫌だったことなどが災いし、思わずカチンと来たわけである。

 とはいえ、遥か上空を飛ぶヘリにこちらからできることなどなく、ゆえに俺がやったことなんて不機嫌そうに空を睨むくらいのモノだったのだけれど。

 ……そうして視線を上に向けた際、視界に入ってきたのは俺が予想していたものとは大きく異なっていたのだった。

 

 ところで、話は変わるが秋の訪れを実感する時、というのはどういうタイミングだろうか?

 ……都会において、それは地味に実感し辛いものである。明確にこれがあったら秋、みたいなものが身近にそう多くはないからだ。

 わかりやすいところで言うなら、遠景の山々の色が変われば秋……くらいのものか。

 

 それにしたって、周囲に高層ビルの建ち並ぶような場所では早々確認できたモノではないし、かといって身近な街路樹に頼ろうにも、そういう木々は常緑樹であるというパターンも少なくはあるまい。

 ……というか、紅葉した木々を見て察せられる『秋』というのは、基本『秋真っ盛り』の時期のそれだろう。

 訪れ、という指定でお出しするには、少々期を逸していると言うほかあるまい。

 

 とまぁ、都会において『秋』というのは、いつの間にか始まっているものであってその訪れを感じるのは意外に難しい、ということになるのである。

 

 さて、懸命な視聴者諸君は、この話を聞いてこう思ったことだろう。

 さっきから都会は都会は……と必要以上に都会を強調しているが、その言いぶりだと()()()()()()()()()()()()()()()()?……と。

 答えはイエスである。田舎の場合、()()()()()()が初秋の時期に視界に必ず入るくらいに大量発生するため、薄々とではあるが『あ、今秋になり出したんだなぁ』と実感することが叶うのだ。

 

 では、その秋の訪れを知らせるモノであり、かつ秋という季節を示す季語としても知られる生き物が一体なんなのかというと。

 

 

「──()()()()、ですわね。……まぁ、正確なことを言わせて頂きますと、赤トンボという種類のトンボは存在せず、『ナツアカネ』『アキアカネ』という体色が赤いトンボが存在する……ということになるのですが」

「説明ありがとうAUTOさん」

 

 

 そう、赤トンボ。

 見た目が赤いトンボだから赤トンボ、というなんとも単純な呼び方を持つ彼らは、その存在自体が秋を象徴すると言ってもそう間違いでもない存在である。

 夏の季語である『ナツアカネ』に関しても、恐らく大挙している姿を見るのは秋頃──繁殖のために雌を探す雄達が、悠々と空を飛んでいる時期になるだろうし。

 

 ……既にお察しの方は多いかと思うが、もうしばらくお付き合い願いたい。

 さて、田舎では秋頃になれば大量に空を飛ぶ姿が見られる赤トンボだが、都会ではそうお目に掛かれるモノでもない、というのも間違いないだろう。

 単純に彼らの生息域がない、というのがその理由なわけだが──では、それを踏まえた上で。

 

 

「……この、微妙に大きくて滅茶苦茶飛んでるトンボ達。……前回のサンマと同系統と見ていいかな?」

「残念ですが……その通りかと。さしずめ『秋の空を自分達の姿で赤く染め上げるもの』、といった風な意味合いなのではないでしょうか?」

「……夕焼けと対比されることもよくあるけど、だからって自分達で夕焼けになるやつがあるか!!!

 

 

 まるで蝗害の如く・空の青すら見えぬほどに視界を埋め尽くす赤トンボ達を見て、異常事態だと認識できない人がいるだろうか?いやいない(反語)。

 見ろよこの、左右で元の空とトンボの空で色がくっきり別れてる異様な光景。

 

 ……必ず視界に入るくらいに大量発生する、とはいったが。

 そこから視界を埋め尽くすレベルで増えるのは『加減しろ馬鹿』案件なんだよなぁ!!

 

 俺は思わず、現実から目を逸らすように顔を手で覆ったのだった──。

 

 



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秋はとにかくなんでも多いイメージ、なので盛る()

 黙示録かなんかかな?

 ……という笑えないジョークが思い浮かんできた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?俺はもうダメかもしれない()

 

 そのくらい、目の前の光景は衝撃的だった。

 ……いやさぁ、確かに表現の一つとして『視界を埋め尽くすほど』みたいな言葉はあるよ?

 でもさぁ、そういうのってなんやかんや隙間とかはそれなりに空いてたりするものじゃん?

 あくまでも『大量にモノが集まっている』ということを表現するためのものであって、本当に埋め尽くす必要性はないわけじゃん?

 

 

「こんなんもはやすし詰めじゃねぇかよ……」

「貴方様、よくご覧になってくださいまし。遠く離れても大挙しているせいで『埋め尽くしている』ように見えるだけで、流石にすし詰めとまでは活きませんわ」

そこ多分拘るところじゃないんだよなぁ!?

 

 

 というか、こんなタイミングで天然ボケみたいなことを言う必要性は全くないんだよなぁ!?

 ……あ、ちげーわこれ。よくよく見たら目が虚ろだから、AUTOさんもほんのり現実逃避してるわこれ。

 

 ……とまぁ、そういうわけで。

 唐突な赤トンボ(大)の大群、遭遇戦開始の合図である。……帰っていいかな?(真顔)

 

 

 

´゚д゚)

 

 

 

 はてさて、遭遇戦とは言ったものの。

 別段、戦闘になるのかというとそういうわけでもない。

 これがもし、人の顔くらいの大きさの現在より遥かに巨大──パニックホラーにおいて人を捕食するレベルで巨大化したトンボならば、確かに驚異的ではあっただろう。

 

 ……昆虫はその思考様式が人間からしてみればかなり独特で、理解の及ばないことが多い。……多いが、その分()()()()()()()()ことはよく知られている。

 言い換えると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうが、そうでない今現在の彼らは()()()()()()()()()()()()ということになるか。

 いやまぁ、それでも通常種より大きいことは間違いないので、小鳥とかくらいなら普通に追っかけ回してるんですけどね、実際。

 

 ……夕焼けの意味合いが変わってきそうなので、とっとと打ち落とすなり捕まえるなりするべきなのだろうが……。

 

 

「そうなると、地味にデカいのが問題なんだよなぁ……」

「数が多いのも問題ですし、意外と素早いのも問題ですわね……」

 

 

 うん、そうなると『大きめのトンボ』という彼らの特徴が問題になってくる。

 分かりやすく言うと、動きが素早いので捕まえ辛いし、仮に捕まえても大きいし数が多いので一ヶ所に纏め辛いし……といった感じ。

 

 ……と、なるとやることは一つである。

 

 

「こんなこともあろうかと!CHEATちゃんに用意して貰っておいた虫取り網!!」

「まさかこんなにも早く実用に移ることになろうとは……」

 

 

 この、もしものために用意しておいた虫取り網……もとい、『異空間物質転送装置』の実用試験開始のお知らせ、だ!

 

 説明しよう!『異空間物質転送装置』とは、文字通り物質を異空間に転送する装置である!

 見た目は転送のためのゲートとなる輪っかをくっつけた長い棒、みたいな感じのかなり頼り無さげなものだが、その性能は折り紙付き!

 

 手元のタッチモニターから設定を変更すれば、転送する先の指定も思うがまま!

 ──なお今回は物理的に収納スペースが足りなさそうなので、転送先はデータの海となっております。

 ……冷静に考えると、物質を瞬時にデータ化してることになるから割りとヤベーなこれ?

 

 

「まぁ、CHEATちゃんがおかしいのは何時ものことか!そんなわけで……げっちゅー!!

「後から色々と怒られそうな発言ばかりですわね……」

 

 

 とはいえ、TASさんと並んで意味不明な存在なのがCHEATちゃん、かつ彼女の作るもの。

 そこに疑問や疑念を挟み込んでも特に意味はないので、無邪気な小学生男子の如く虫取りに興じようじゃあありませんか!……え、もはややけくそだろうって?そうですがなにか?

 

 ……ともかく、悠々と空を飛ぶトンボ達を輪に潜らせ(電子の世界に)消し飛ばしつつ、方々を駆けずり回る俺達なのであった。

 無論、二人だけでどうにかなるほど、目の前のトンボ達は少なくはないわけだけど……。

 

 

「お兄さん、もう大丈夫。私が助けにきた」

「おお、来た!TASさん来た!これで勝……なにそれ!?

『超弩級合体メイドDM.mark-EX』

『超弩級合体メイドDM.mark-EX』!?

 

 

 ならばこそ、彼女もいきいきしようというもの。

 羽音を吹き飛ばすような轟音と共に現れたのはTASさん……の乗った、巨大なメイドロボ。

 よくよく見るとDMさんがメカメカしくなったような見た目であることがわかったが……え、いつの間にかDMさんってば巨大ロボ形態を入手したんです?

 

 ……なんて困惑していたら、その巨大メイドロボの遥か後方に何事かを慌てたように叫ぶDMさん本人の姿が。

 どうやら彼女自身が巨大化したわけではなく、彼女を模した巨大ロボの方になるらしい。

 いやまぁ、それもそれで意味がわからんといえばわからんのだけれども。

 

 そんなツッコミを入れる暇なく、巨大メイドロボはその巨腕で直接トンボ達を捕獲し始めたのだった。

 ……遠目で見ると、夕焼けのカーテンを取り払うメイドさん……みたいな風にも見えなくないかも?

 

 

「しっかりしてください貴方様!それかなり現実逃避ですわ!?」

「うるせー!こんなもの素面でやってられるかー!!」

 

 

 合流したDMさんに叫び返しながら、俺は網(※網ではない)を振り回し続けるのだった……。

 

 



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まだまだ続くよ特盛の森

「……ええと、最初がサンマだっけ?で、その次が赤トンボ、と」

「秋の大量発生週間。なんでも多いと大変 」

 

 

 はてさて、微妙に大きな赤トンボ達の大量発生が一昨日のこと。

 事後処理やらなんやらでてんやわんや……とはならなかったのは、やっぱりこの世界わりと狂ってんじゃねーのかな?……という俺の予測を肯定するかのようでなんとも言えないが、ともあれ後に尾を引かないのはいいことなのでそれでヨシ、としておく俺である。

 決して思考を投げたわけではない。ないったらない。

 

 ともあれ、短い期間に立て続けにトラブルが舞い込んで来たことは確かであり、よもやまた何かしらのイベントが始まったのでは?……と警戒するのは仕方のないこと。

 ゆえに今日、我が家に集った面々はあれこれと話し合っていたのだけれど……。

 

 

「まぁ、秋に色々湧いて出るのは道理ではあるんだろうな。俺には実感はあまりないが、四季のある国だと冬の手前のこの時期は急がなきゃなんねぇタイミングなんだろうし」

「……ROUTEさんの言い種がちょっと気にならないでもないけど、まぁその通りなのは間違いないな……」

 

 

 国籍不明感ありましたけど、実際貴方様何処の出身でいらっしゃるんです?……とROUTEさんに尋ねたくなったが我慢。

 今回の主題じゃないからね、自重しようね。……決して『その辺りを詳しく聞くと別のフラグが立ってトラブル増えそう』と感知したわけではないです()

 

 ……話を戻して。

 秋に色々湧いてくる、というのは確かに道理である。

 気候的に似通った『春』とは違い、『秋』は『夏』の後であり『冬』の手前。

 ……生き物が生まれるタイミングが『春』であるなら、『夏』はそれらが成長する時期・繁栄する時期であり、その次となる『秋』は繁栄の最盛期にして没落の起因である。

 今がもっとも熟れた時期であり、それを逸せば後は腐るだけ──そうして土に還り、厳しい『冬』が来ると。

 その『冬』をどうにか越せばまた『春』が来て、新たな命が芽吹き……といった感じに、四季というのは生き物の一生を地域全体で示しているもの、と見なすこともできるだろう。

 

 

「……はっ!つまり無理矢理夏にしたり冬にしたりするのは、延命行為だったり自殺幇助だったりする……!?」<キラキラ

いや、なんでそのワードチョイスでちょっと楽しそうなのさTASさん???

 

 

 なお、そんな話を聞いても平常運転なTASさんである。ホントぶれないね君()

 

 ……あと、具体的にどうするつもりかはともかく「ダメだからね」と釘を指しておく俺である。

 確かに一連のトラブルを解消するならさっさと冬にするのが早いだろうけど、それはそれで別方向のトラブルが舞い込む理由にしかなってないからね。

 

 

「だからやろうとしないでね?っていうかやるな、やるんじゃない。フリでもなんでもねーから」

「えー」

「最近の君、フリーダムっぷりに磨きが掛かってないかい?」

「まだまだ足りない。地上のありとあらゆる枷から解き放たれた時、私のスピードランは完成する……」

「本当に完成するならそれでもいいけど、終わったあと絶対再走するでしょ君」

…………(;´「「))」<プイッ

「露骨な反応だなぁ」

 

 

 なのでTASさんには季節干渉禁止令を出しておく。

 ……天候操作云々の話をしていたのがもう随分と遠い時の話に思えるが、それでも忘れてないアピール的な意味合いもなくはない。

 ともかく、日常生活に過剰な面白みなど求めていない俺からすると、唐突な季節の変化など単に着るものに困ったりだとか風邪引きそうになるだとか、そういった負の面しか思い付かないのでノーサンキューである。

 そういう意味合いでの禁止令だったが……案の定、暫くTASさんが駄々を捏ねる事態になった為、食後のデザート一品追加で手を打つことになったのであった。

 ……安いんだか高いんだか、よくわからん話である。

 

 

「まぁ、それはそれと致しまして。──いい加減、現実を見ましょう」

「いやだー!!こんな現実見とうなーいっ!!」

「うん、気持ちはわかる。わかるだけに見なかったことにして布団に籠りたくなる私だけど……戦わなくちゃ、現実と」

「じゃあMODさん一人でやってよ!!俺は絶対嫌だよ!!?」

「はははは。君は冗談が下手だなぁ。私一人でどうにかできるわけないって、君の方がよく知ってる癖にぃ」

「MODさんにできないんなら、俺の場合はもっと無理だよ!?」

 

 

 ……そんな風に会話する俺達を、DMさんが現実に引き戻してくる。

 ()()()()()見たくないのが本音だが、確かに見ないままで済ませられないのも事実。

 そうして、彼女が電源をオンにしたテレビに視線を移した俺達はというと。

 

 

『見てください!……あっいや、非常にショッキングな光景なので映像は見ずに音声だけ聞いてください!──現在日本本土に上陸した巨大生物・Gは、現在同じく日本本土に上陸した巨大生物・軍曹から逃げるようにして陸地を南下しております!進路上に在宅の皆様は早急に避難を……』

「……そうだねぇ、秋といえば肥ゆる秋、とも言うからねぇ(遠い目(ピントを合わせてない視線))」

「小さいのより結果的に衛生的かもしれない。本来キレイ好きらしいから」

見た目の不快感半端ねぇんだよなぁ!?

 

 

 そこに映る、黒光りする体長二百メートル級の巨大Gと、それを追い掛ける同じくらいの大きさの軍曹の追い駆けっこを目撃することになったのだった。

 ……こいつらが大量発生するのも嫌だけど、だからって単純に巨大化されるのも普通に嫌なんだが!?

 

 



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小さくなると可愛く見えたりするし、大きくなるとカッコ良く見えたりする

「もはや一種の視覚的テロだろこれ……」

「まぁでも、TASさんの言う通りではあるのですよね。本来の彼らはどちらもキレイ好き。……生息環境が(ウイルス汚染的な意味で)汚いので結果汚くなる、というパターンですからそういう場所に立ち寄れないほど大きくなってしまえば、必然的に汚くはなり辛くなるわけですし」

「でもやっぱり、こうして視覚に訴えてくる感じがダメだと思うぞ俺は」

「……まぁ、それは否定しません」

 

 

 アナウンサーさんの言う通り、映像はタオルで隠しながら情報()だけ仕入れる俺達である。

 ……っていうか、このアナウンサーさんのメンタルすげぇな?普通なら奇声をあげて逃げ出しそうなもんだが。

 

 というわけで、ご家庭によっては家の中でも見ることのできる自然の流れ・軍曹に追っかけられるG【巨大怪獣サイズ仕様】である。……地獄かな?

 もし仮にこの世界が漫画とか小説作品であるのならば、アニメ化打診された時にこの話だけ全編モザイク仕様になりそうな悪夢以外の何物でもない光景だが、ともあれ俺達にとっては現実以外の何物でもなく、無視も逃走もできない悲しい状況でしかなかったり。

 

 ……いやまぁ、今回に関しては別に静観してても事は終わるだろうけどね?

 

 

「まぁ、軍曹はGにしか興味無さそうだしねぇ」

「サイズ感違いすぎて、モンスターパニックというよりは怪獣映画ですからね、これ」

 

 

 まず第一に、彼らが大きすぎることが挙げられる。

 モンスターパニック系の話なら両者とも人に襲い掛かって来るものだが、生憎と生態的に『単に大きくなった』だけの判定なのか、彼らが人に興味を示した様子はない。

 ……純粋に、彼らからは小さすぎて見えていないのだと思われる。

 

 なので、もし仮に逃げ回っているGが軍曹に捕まったとしても、そのままGが貪り食われた後軍曹が何処かへと去っていく……という状況にしかならないだろう。

 まぁ、それはそれで軍曹が何処に向かうのか、という問題は残るが。

 

 第二に周囲への被害が少ない、というのも大きい。

 大きすぎるゆえにどうしても踏み潰してしまうもの(例:車など)はあるものの、意外なことにビルとか住居とかのある程度大きな建造物に関しては、被害を逃れているのだった。

 

 これは、そもそも彼らが障害物を壊して進むタイプではなく、回避して進むタイプであることが大きい。

 ……いや、自然界の動植物において、積極的に障害物を破壊して進む生き物はそういない、というだけの話なのだが。

 

 無論、白蟻とかモグラとか、住居を作るために周囲のモノを結果的に破壊するような生態を持つ生き物も存在するが……彼らのそれは居住区を作るためのもの・ないし食料を得るためのである。

 ……言い方を変えると、現状逃げ回る&追い掛ける二人(?)には当てはまらないってことになる。

 まぁそもそも、彼らは元の生態からして徘徊性に近しいわけだが。

 

 話を戻すと、彼らは生態的に周囲を破壊しながら進むような生き物ではないわけで。

 それに加え、彼らがその巨体から考えられる重さより遥かに軽い、というのも理由になるだろう。

 要するに、周囲のモノを踏んでも早々壊さない、ということである。

 ……まぁ、それでも限度はあるので、結果的に踏まないようにシフトしたみたいだが。なんでかって?

 

 

「足にくっついてる残骸が全ての答え、だよねぇ」

「それはそうなんだが、確認したんなら隠さないか?」

「おっと、これは済まない」

 

 

 今しがたMODさんが言った通りである。

 ……踏み抜いた車やら何やらは、彼らの足に纏わり付いている。

 そう、結果的に罠を踏んだみたいな状態になっているのだ。

 

 彼らがキレイ好きである、というのは先述した通り。

 それを踏まえると、あの状況がどれほどストレスを強いるモノかなんとなく理解できようというものだ。

 ……結果、彼らは余計に障害物を避けるようになった、と。

 まぁ、軽いと言っても限度はあるし、小さいものは見えていないっぽいので、人間が進路上に突っ立つのはおすすめしないが。

 ──最期に見る光景が巨大な奴らの裏側、なんて悪夢以外の何物でもないだろ?

 

 そんなわけで(?)一応放っておいても市民が進路上に立たない限り、一部の不幸な人は置いておくとしてそれ以外の人々への被害はそう多くはないだろう、というのがこちらの見解である。

 いやまぁ、この光景を間近に見たことによる精神的なダメージを無視すれば、の話でもあるわけだが。

 

 

「それだけではありませんわ」

「おっとAUTOさん?」

 

 

 このまま静観するべきか否か、みたいな空気で纏まりそうになった場をかき回すのは、真剣な表情でこちらを見るAUTOさんである。

 

 

「巨大な昆虫は本来成立しない、みたいな話を聞いたことは?」

「あー……どっかで聞いたような。酸素濃度とか外骨格とかの話だっけ?」

「ええ、それであっています。それらの論説が示すのは、現代の地球において()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということ」

「……つまり?」

「この間の赤トンボはともかく、今回のは明確に異世界産である可能性が高いということですわ」

「……はっ!?つまり地球防え」

「言わせねーよ!?」

 

 

 いやまぁちょっと思ったけど!!

 そんなわけで、唐突にヤバいワードを口走ろうとしたTASさんを黙らせつつ、俺達はあの二匹が存在し続けることそのものが悪である可能性に思い至ったのであった。

 つまり……対巨大生物戦、開幕のお知らせだな???

 

 



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対巨大生物戦闘、用意!

「……しかしまぁ、こうして見るとこの世の終わり以外の何物でもねぇな、あれ」

「まぁ、どう考えてみても地獄だからなぁ、あれ」

 

 

 自宅での作戦会議から暫し、俺とROUTEさんはとある山の頂上に足を運んでいた。

 

 そこから見える景色は、普段とは違いなんともまぁあれである。

 ……うん、土煙をあげながら走るアイツらの姿が視界いっぱいに広がっている、だからなぁ。

 こんなものお茶の間で流した日には、クレーム電話でテレビ局がパンクするのが関の山というか。

 

 とはいえ、そこら辺の話を今さら愚痴っても仕方ないので、俺達は俺達でやるべきことをやる次第である。

 

 

「……よし、設置完了」

「スイッチのタイミングはこっちに合わせろよ、ずれたら事だからな」

「わかってますよー」

 

 

 CHEATちゃんが用意した装置を、山頂の一画に設置。

 ガシャンガシャンと音を立てながら展開していくそれを見つつ、ふぅと額の汗を拭う。

 

 ……麓からこれを背負ってここまで登ってきたわけだけど、もうこれが辛いのなんの。

 ROUTEさんは別にやることあるから俺一人で運ぶ羽目になったし、最適化とかはされてないから無駄に重いし。……これで成功しなかったら、出るとこ出て訴えてやる……くらいの勢いである。

 いやまぁ、それこそ何を訴えるんだって話でもあるから、単に疲れたってことを大袈裟に伝えているに過ぎないわけだけども。

 

 ……ともかく、他所の面々も恐らく設置し終わった頃のはず。

 あとは本部からの作戦開始の指令を待つのみ……と、待つこと暫し。

 

 件の二匹はどんどんこちらに近付いてきており、その威容をしかと視界に納められるようになってきている。

 そうして近付いてくる二匹をほんのり見上げていると……いやホント、大きいなコイツらという感想しかでてこない。

 

 

「元々、見た目からすると軽いみたいな扱いの奴らだけど……こんだけでかくても軽いってのは中々びっくりだよな」

「確かに。まぁ、じゃなきゃ自立せず倒壊してるだろう……って話しでもあるんだけど」

 

 

 なんだっけか、軽くて硬いじゃないとヤバいんだっけ?

 あとはまぁ、現代の酸素濃度的にも今の地表には合ってない……みたいなことを言っていたような。

 どちらにせよ、彼らが尋常な生き物でないことは事実。

 ……逆説的に、この前のサンマだの赤トンボだのの群れがこの世界に根付く固有の種……みたいな証明が為されているような気がしないでもないが、その辺りのことを真面目に考えると頭が痛くなってくるのでスルーである。

 

 ともあれ、俺達は今目前に迫る脅威──二匹の巨大昆虫に立ち向かうため、用意された装置のスイッチを押す時を今か今かと待ち構えていたのだった──。

 

 

 

´-A-

 

 

 

「やはり、巨大生物相手であるのならばこちらもそれ相応のものを用意するべきではないかと」

「……なるほど、つまり巨大ロボ」

「話が早くて助かりますわ」

 

 

 おや、また巨大DMさんの出番かな?()

 

 ……というわけで、巷を爆走する二匹の巨大昆虫への対策会議の折、AUTOさんの口から飛び出したのはそんな感じの提案であった。

 基本的に常識人寄りの彼女だが、微妙に規律厨……もとい正義関連に一家言あるせいか、こういう話題の時にちょっと暴走しがちなところがあったり。

 そんなわけで、どうやら前回見掛けた巨大DMさんに、密かに憧れ?ていた様子の彼女は、今回もそれを使ってみようと言い出したわけである。

 

 それを聞いたTASさんは乗り気だったが……DMさん本人(?)は微妙な様子であった。

 

 

「いやだって、私の姿をした巨大ロボが彼らと戦うのでしょう?……もはや単なる罰ゲームでは?」

「あー……それは確かに」

 

 

 なんというか、そこはかとなくB級映画の匂いがするというか?

 あれだ、敢えて名前を付けるのなら『メイド・軍曹・黒光り 世紀の大決戦!』みたいなタイトルになりそう、みたいな。

 

 

「……よくもまぁそんなパッとB級臭のするネーミングが思い付くもんだな」<トクニクロビカリノブブン

「いや、見たままを口にしただけだから……」

 

 

 感心したような、はたまた呆れているような声をあげるROUTEさんにそう返しつつ、改めてDMさんの主張を吟味する俺である。

 ……見た目が彼女のままだと、見た目的に宜しくない。

 ということは、だ。そのロボの見た目を()()()()()()()()()()()()()()ということになるのではないだろうか?

 

 

「流石に本格改修は間に合わない」

「じゃあMODさんにお願いするしかないな」

「……最近私の扱いが雑になってないかい?」

 

 

 そんなことないよー、と彼女を宥めた俺達は、代わりにどのような見た目にするのかを話し合い──。

 

 

 

´・A・

 

 

 

「これが勝利の鍵だどチクショー!」

「「!?!?」」

「うおー!!やっぱり戦隊ロボだよなこういう時は!」

(……よくわからん感覚だな)

 

 

 MODさんの協力により出来上がった機体──『超弩級合体ロボ・ディメンジョナー.mark-EX』は山頂に張り巡らされたバリア発生装置によって身動きが取れなくなった二匹を抱き抱え、虚空へと飛び去って行ったのだった。

 ……ふ、カッコ付けやがって……(謎のテンション)

 

 



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ようやく静かな秋が来る?

「……一時期の喧騒が嘘のように平和だなー」

「平和ですねぇー」

 

 

 はてさて、大量発生に巨大生物の襲来という秋の恒例(?)イベントをどうにか乗り越えた俺達であるが。

 現在、だらけにだらけていたのだった。……いや違うんだ、別にサボっているとかそういうことではなく。

 まぁ、サボると言ってもそもそも何をサボるんだ、って話でもあるのだが。ダミ子さんとかは特に。

 

 

「……言いたいことがあるなら聞きますよぉ?」

「いえ別に。この間面接に落ちて部屋で泣いてたのとかは聞いてないので別に」

「……滅茶苦茶聞いてるじゃないですかぁ!?」

 

 

 いやー、『バイト先くらいすぐに見付けてやるですぅ』とか言いながら意気揚々と出ていったのに、それから一時間も経たない内にコンビニの袋持って戻ってきた時には何事かと思ったね。

 死んだような眼差しで何処見てるのかわからない様子だったから、すぐに察して彼女の視界に入らないように隠れたんだけども。

 ……そのあと部屋から鳴り響く『なーんーでーでーすーかーぁー!!』の声を聞かなかったことにするのに大層難儀したとも。

 まぁ、その苦労も今こうしてバラした時点で水の泡だが。

 

 

「だから言ってるじゃないか、仕事がしたいのならTASさんのこと手伝うのが一番早いって」

「あれこれ経験させられた後に『じゃあやれるよね?』って笑顔で任されるのは御免ですぅ!!!」

 

 

 まぁ、ダミ子さんは体質的にも見た目的にもまともに仕事できる類いの人ではないので、本当に働きたいのならTASさんの仕事を手伝うのが一番手っ取り早いのだが。

 ……本人的には、負担が大きすぎるので絶対に嫌とのこと。

 まぁうん、気持ちはわかる。彼女に選り好みをする余裕があるかはわからないってだけで。

 

 そんな感じでじゃれあって(?)いると、いい加減バカらしくなってきたのかダミ子さん側が深々とため息を吐いたのち、そのまま元の位置に戻っていく。

 

 

「……話を戻しますけど、もう暫くは何もないってことでいいんでしょうかねぇ?」

「さぁて、ねぇ」

「そこら辺、TASさんから何か聞いたりとかはしてないんですかぁ?」

「さぁて、ねぇ」

「……いやその、まともに取り合うつもりありますぅ?」

「さぁて、ねぇ」

殴っていいですか殴っていいですねオラァッ!!……逃げるなこらぁっ!!

……

 

 

 いやまぁ、からかうつもりはなかったんだけどもなんか面白くて……。

 と、取っ捕まったのちダミ子さんからのチョークスリーパーを受けながら宣う俺である。

 

 

「いや何やってんの二人とも」

「あらやだ、CHEATちゃんに真顔で引かれてる。ちょっとダミ子さーん?CHEATちゃん怖がってるじゃーん」

「え?あ、その、すみませ……って、元はと言えば貴方が悪いんでしょうがぁ貴方がぁ!!」

「……うーん、こういうのも仲が良いって言うのかなぁ?」

 

 

 と、そこにちょうど学校終わりのCHEATちゃんが姿を見せる。

 今日は半日授業らしく、昼御飯を食べに来た……ということになるようだ。

 まぁ、そんな軽い気持ちで我が家の敷居を跨いだせいで、こうして意味不明な状況に遭遇する羽目になったんだがな!

 ……なんでちょっと偉そうなんだって?儂にもわからん()

 

 ともあれ、人が来たのならお遊び・おふざけは終わりである。

 今日は大半の人間が出払っている以上、必要なモノがあるならてきぱき用意しなければ。

 

 

「……あれ、そういえば他の人達いないね?」

「TASさんはいつも通り、AUTOさん・MODさんは普通に学校。DMさんはなんか重要な用事があるとかで朝から居ないし、ROUTEさんに至ってはちょっとお話があるとかで出てったきりまだ戻ってないよ」

「……うん、ROUTEに関してはどっか潰しに行ってない?それ」

 

 

 まぁあの人、元々MODさんより深い感じの裏家業の人っぽいからねぇ。

 火の粉が飛んでくる気配を感知したら、それを消さずにはいられないのだろう、多分。

 

 

「でもまぁ大丈夫。だってこうも言ってたからね」

「なんて?」

「『誓って殺しはやってねぇ』って」

「……なぁ、もしかしてだけど電子レンジを武器にしたりとかしてないよな、アイツ」

「武器にはしてないけど、なんかこの前ものの試しにバナナを温めたら、色が茶色以外になったとか聞いたような?」

「それ別のもん混じってる?!」

 

 

 いやまぁ、あの人選択肢が見えるタイプの人だし、言い換えるとわりと主人公力高い人ってことだから……。

 

 とかなんとか言いつつ、昼飯の準備を始める俺である。

 今日のメニューは簡単にチャーハンとスープであるが……。

 

 

「そういえば、この家って中華鍋とか置いてそうなのに置いてないよね、なんで?」

「なんでって……そんなのTASさんがおもちゃにするからに決まってるじゃん」

「おもちゃ?」

「こうやってチャーハン作るじゃろ?そこで彼女の場合悪ノリ?して宙に放る。結果起きるのは熱々のチャーハンの雨」

「うわぁ……」

 

 

 いわゆる『食べ物で遊ぶな』の文脈というか?

 なお、そうして飛ばされたチャーハン達は一粒残らずしっかりと回収するため遊びには該当しない、というTASさんからの詭弁が飛んできたりもしたものの、そもそも飛ばすなと切って捨てた俺なのであったとさ。

 

 



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秋の味覚に舌鼓を打つとキツネがワンとなく(?)

「そうだ、キノコ狩りに行こう」

「?青田買いでもするの?」

「え?」

「え?」

 

 

 ……なんかよく分からない行き違いが発生したが、気を取り直して。

 

 秋の味覚、としてよく言われるものの一つにキノコがある。

 素人判断で取りに行くのはまさに自殺行為だが……こちらにはTASさんがいる、意外となんとかなるのでは?と思ってしまうのも仕方のないことだろう。

 

 

「えー、私キノコは取るより追い掛けられる派なんだけど」

「変なレギュレーションの話はしてないからね?」

「キノコを食べると背が伸びる、っていう共通幻想も中々凄いよね」

「変な配管工の話も今はしてないからね??」

 

 

 いやまぁ、ゲームとキノコを組み合わせると髭オヤジが出てくる、というのは水が冷えると氷になることくらい周知の事実みたいなものではあるが。

 実際周知され過ぎててファン向け作品が結果的に大衆向けみたいになる、なんてバグっぽい挙動してるわけだし。

 

 ……その話は広げすぎると何かしらのあれに引っ掛かりそうなのでここで止めておくとして。

 秋の味覚の代表格であるキノコを収穫し、キノコご飯を作ろうというのが今回の最終目標である。

 どうせなら他の秋の味覚達も収穫して、いい感じに料理したいところだが……。

 

 

「ん、サンマはまだ残ってるよ」

「あの時に結構貰ったからね……」

「あとはうにご飯だね」

「栗ご飯ではなく?!」

 

 

 いや何処の錬金術師じゃい。……ソシャゲ意外と面白いですね(すっとぼけ)

 このままだと樽を見て何事かを呟き始めるTASさんが発生しそうなので、さっさと準備に移るとしよう。

 

 そんなわけで、今日の同行メンバーはこちら。

 

 

「……いやまぁ、できなくもねーけどよー」

「『食べられますか?』って聞けば判断できるのは凄い、パチパチ」

「……褒められてるんだよな、これ?」

 

 

 まず一人目、ROUTEさん。

 彼女の能力『選択()』は特定の物事に対して選択肢を視ることのできる能力。

 本来は未来視方面に使うのが通例だが、こういう場合でも使えないことはないらしい。

 まぁ、さっきみたいな質問だと『食べたら死ぬ』系は弾けない(この場合の『食べられない』は食用に向かないの意ではなく、固すぎる・噛みきれないなどの理由によって()()()()()()()()()()ことを問うものである為)から、実際には『食べた時に健康被害があるか?』くらいの聞き方になるのだろうが。

 質問の内容を変えれば十分対応できる、という時点で連れていかない理由がないSSR級キノコハンターであると言えるだろう。

 

 

「そうなると、私はどういう理由なんだい?」

「熊避け」

「……あー」

「猪でも可」

「あー…………」

 

 

 そして二人目、かつ同行者最後の一人はMODさんである。

 こちらは山を散策するに辺り、危険な生物を避けるための役……みたいな感じになるだろうか。

 

 何せ秋といえば冬の前。……当たり前のことではあるが、これが中々注意の必要なモノなのである。

 冬といえば、ほとんどの生物が活動を止める期間。外には出てこずに、穴などに篭って冬を耐えきろうとするものがほとんどである。

 ……で、それを実際に行うには、秋のうちに大量の保存食を用意するなり、冬眠の為にエネルギーを蓄えたりする必要があるわけで。

 

 結果、秋の時期というのは大抵の生き物が気性荒く危険な状態に陥るわけである。

 準備がもし出来なかったら、そのまま冬の寒さにやられて凍死・ないし餓死するからね、仕方ないね。

 

 

「さっきの二匹が一番わかりやすいけど、その他にもスズメバチとかも危険」

「なるほど、そういう相手に発見されないようにするならば、確かに私の能力が一番安全だね……」

 

 

 で、そういう気の立っている相手に近付くのは自殺行為だが……森だの山だのの周囲が確認し辛い環境だと、気付かぬうちに彼らに接近してしまっている……みたいなことが頻発する。

 結果、この時期はそういった不幸な遭遇による事故も多発する……と。

 

 流石にこんなところで死にたくはないので、そこら辺の対処のためにMODさんの偽装能力が役に立つ……というわけである。

 あと、そういった遭遇が起き辛い森や山の浅い位置にあるキノコやら何やらは、既に他の人間に取られている可能性が高い……みたいなのも理由にあったりなかったり。

 ……言い換えると危険な場所に分け入る気満々、みたいな?

 

 

「個人的には、熊退治も興味はある」

「止めようね???確かにTASさんなら勝てるのかもしれないけど、巻き込まれるこっちからすると堪ったもんじゃないから本当に止めようね???」

「ん、つまりは熊を伏せられるようになりたいと」

「誰もそんなこと言ってないんだよなぁ!?」

 

 

 確かに格闘モノとかの作品だと、熊と戦うみたいな話があることもあるけども!

 そういうのって大体熊の脅威がいまいち理解されてなかった昔の作品で出てくるもので、最近の作品だとほとんど出てこない話なんじゃないかな!?

 もしくは仮に出てきても、流石に生身でどうこうみたいな話じゃなくて武器を持ったハンターとか冒険者とかが対峙するやつじゃないかな!?

 

 ……と必死に説得したところ、彼女は渋々といった風に熊との模擬戦を諦めたのだった。

 いやホント、命が幾つあっても足りないので堪忍してつかーさい……。

 

 



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ある日、森の中

「人懐っこい猪に出会った」<ブヒー

「……いや本当に人懐っこいなこいつ」

 

 

 はてさて、キノコ狩りの許可が出ている山に到着した俺達は、早速その山奥へと分け入ったわけなのだけれど。

 その道中、近くの草むらががさがさ言っているのを見て警戒し……暫くして出てきた一頭の猪の様子に、思わず呆気に取られていたのだった。

 

 いやだって、この猪こちらを警戒するでも追い掛けるでもなく、鼻を鳴らしながらのそのそと近付いてくるんだもの。

 そこに野生らしい警戒心は全くなく、寧ろリラックスした姿を見せてくる始末。

 ……もしかして、飼われていた豚が野生化したのだろうか、なんて突拍子もない予想が飛び出す始末である。

 

 

「あー、確か豚って意外とすぐ野生に帰っちゃうんだっけ?」

「そう聞くな。世代を経る必要はあるが、次第に見た目も猪に近付いて行くとか」

「……意外とヤベーな豚って」

 

 

 実は牙もほっとくと際限なく伸びて行くんだって?こわー……。

 とまぁ、意外と怖い豚の雑学、みたいなのは置いとくとして。

 

 

「実際問題、どうしようかコイツ?」

「連れていくしかないんじゃないかな?流石に見付かっている状態からごまかすのは無理があるし、そもそも離れる様子が一切無いし」

「うーん……とは言っても、猪を連れて歩くのはなぁ」

 

 

 一向に離れる様子のない猪に、思わず困ってしまう俺達である。

 もしこれがTASさんが何かした結果ならば、即刻止めさせて野に離すだけの話なのだが……確認したところ、彼女は何もしていないとのこと。

 つまりこの猪は自分の意思で俺達に近付いてきたうえ、特に何をするでもなく近くにいるというわけで。

 

 ……うん、どうすりゃいいんだろうね実際?

 と、首をみんなで捻っていると。

 

 

「……うぉ?なんだなんだ??」<ブヒー

「おやどうしたんだい君。まるでハーメルンに誘われる子供の如く、猪に袖を引かれているけど」

 

 

 唐突に袖を引っ張られる感覚。

 何事か、と視線をそちらに移せば、件の猪が俺の服の袖を引っ張っている姿が写る。

 そうして俺が確認したのを悟ったのか、彼?の引っ張る力は強くなり、思わず転げそうになってしまう。

 流石に無策で転けるわけにも行かないので、バランスを取るように足を動かせば──必然、猪の導く方向に向かって歩く形になるわけで。

 

 その姿を見て面白そうな声をあげるMODさんと、それに同調するかのように俺達の後を追い掛けてくる他の面々。

 この奇妙な行列はおよそ数分ほど続き……、

 

 

「お、やっと止まった」

 

 

 森の中……と言うにはどうにも木々が疎らな、若干開けた場所にたどり着いたことで、その小旅行は終わりを告げたのだった。

 袖を離された辺り、ここが目的地ということになるらしい。

 

 で、そうまでして連れて来られた場所に何があったのかというと。

 

 

「……あ、栗だ」

「うに?」

「だからその話題からは離れようってば」

 

 

 確かに当たったら痛いだろうけども。

 ……とまぁ、そこは置いとくとして、この場所はどうやら栗の木の群生地だったらしい。

 緑のカーペットの上にはイガがころころと転がっており、持って帰ればそれなりの量の栗ご飯が作れそうだ。

 

 ということは、この猪はこの栗に案内してくれた、ということなのだろうか?

 ……と振り返るが、肝心の猪は栗にはさほど目もくれず、栗の木の真下で何やらふんふんと鼻を動かしていたのだった。

 

 

「……あー、もしかして?」

「ん、MODさん?」

 

 

 何やってるんだアイツ、的な眼差しを送る俺達とは違い、MODさんは何やら気が付いた様子。

 そのまま彼女は猪の元に無造作に近付いていき、さっとしゃがみ込むと猪の鼻先の地面をぱっぱっと軽く払い……。

 

 

「──豚を野外に離して行うとある作業があるんだけど、君は知ってるかい?」

「豚を?うーん……」

「あっ、なるほど」

「あー、そういえばそうだっけか。いやでも……んん?」

「えっ、二人はわかるのか?」

 

 

 何かを見付けたらしいMODさんは、それを手の内に隠したままこちらに問いを投げ掛けてくる。

 内容は豚を使った何かの仕事について、だったのだが……よくわからん俺に対し、他の面々はピンと来た様子。

 まぁ、生憎と俺にはさっぱりわからないわけだが……そんな俺の姿を見たMODさんは小さく笑みを溢したのち、その手の内に隠していたモノを俺に見せてくるのだった。

 

 

「なんでも、()()は豚にとって雄のフェロモンに近い匂いを放っているのだとか。その理由は、()()が動物達に食べて貰うため。糞として排出されることで、他の地域に自身の根を伸ばすためだと言われているね。……まぁ、日本のそれはあくまで近縁種、そっちと同じように豚にとって特徴的な匂いであるかは不明だけど──こうして見付けられている辺り、少なくともこの子にとっては似たようなもの、ということになるのだろうね」

「……あー、なるほど。()()()()か」

 

 

 彼女が見せてくれたのは、小さな小石のような謎の物体。

 二つに割って中を覗けば、そこに見えるのはマーブル模様になった菌糸の塊。

 

 ……そう、栗のようなブナ科の植物の根本に自生することの多いキノコの一瞬──食卓のダイアモンドとも呼ばれる高級食材・トリュフ……の、近縁種が彼女の手の内には握られていたのだった。

 

 



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うにー!くりー!いのししー!なべー!!

「それにしてもトリュフかー。……日本でも取れる、みたいな話は聞いたことあるけど、実際にこうしてお目にかかるのは初めてだな……」

「実際のところは、普通に都会でもそこが攪乱地(かくらんち)であり、かつブナ科やマツ科の植物が生える場所なら取れるらしい、んだけどね」

 

 

 真っ二つに割られたトリュフを見ながら、ほへーと間抜けな声をあげる俺である。

 ……いや確かに、トリュフは日本でも取れる……みたいな話を俺も聞いたことはあるが、本当に取れるとは思っていなかったというか。

 ここまで連れてきてくれた猪も、どこか誇らしげである。

 

 

「……まぁ、それはそれでおかしいんだけどな」

「おっとROUTEさん、と言いますと?」

「確かに、豚がトリュフを探すのが得意ってのは間違いじゃねぇが、豚の場合見付けたらそのまま食べちまうことも多いらしい。況んや猪、余計に食い散らかす可能性の方が高いだろう、っつーか」

「なるほど……」

 

 

 ただ、この状況がおかしいと思う人もいるわけで。

 その代表とも言えるROUTEさんは、近くで御褒美代わりに渡された栗(イガ脱衣ver)を貪り食っている猪を、怪訝そうな目付きで眺めていた。

 

 なるほど、確かに豚がトリュフを見付けるのが得意、というのは間違いではないらしい。

 だが、単にトリュフを見付けて収穫する……ということを目的とするのならば、豚を使うより訓練された犬を使う方が確実であるのも確かな話。

 その理由は、基本的に豚を訓練するのが不可能──あくまで豚がトリュフを見付けられるのはその生態ゆえのものであり、だからこそ人に都合の良いように利用するのはそれなりの苦労がいる……言い換えると食べられる前に横から奪い取るしかないから、というところが大きいらしい。

 

 その事を念頭に置いて改めてこの猪?を確認してみよう。

 ……うん、トリュフには目もくれず、イガを取って貰った栗を貪ってますね……。

 

 いやまぁ、それそのものはそこまでおかしい話ではないのだ。

 さっきちょっと触れたように、トリュフを豚から確保するには横から奪い取るしかないわけだが、よもやいきなり豚の横から手を突っ込むわけにもいかない。

 そういう時には別のエサを用意し、豚がそれに夢中になっている間に取るのが基本なのだそうだ。

 

 また、豚がトリュフを食べる……と言っても、探している最中はエサだとは思っていないし、実際に食べるまでラグはある。

 仮に口にしてしまった豚達は、もうトリュフの味を覚えているので次からはトリュフ探しには使えないだろうが……逆を言うと、まだ食べてない豚達には他のエサによる誘引が効く、ということでもある。

 結局のところ、この辺りの話は豚がなんでも食べる雑食性であり、そんな生き物に食べ物を探させるという行為自体に無理がある……というところから生じる問題だ、というわけなのだ。

 

 そこら辺を思うと、この猪?もトリュフの味を知らないから栗の方を優先している……という風に考えるのが自然だろう。

 ……自然だが、同時になんとも言えない違和感がある。

 野生動物であれば、基本的に食事にありつくためには相応の苦労が必要となるだろう。

 雑食性ならば食うものにはそう困らないだろうが、それでも本当になんでも食べられるというわけではない以上、食べられるモノを探すために相応の移動や負担を強いられることは容易に想像できる。

 

 であるならば、食糧調達には一種の()()()が伴うはずなのだ。

 それを逃せば次に何時食べられるかはわからないとか、多少の傷を負ってでもここで立ち向かわなければ、最終的に自身の死に繋がる……とか。

 

 いわば野生としての気迫、野生生物が人にとって脅威であることの理由……みたいなモノになるわけだが。

 

 

「うん、失われてるねぇ、野生」<ブヒー

「人間に気持ち良さそうに撫でられる野生なんているもんか……」

 

 

 ご覧の通り、件の猪?はこちらに腹を見せながら寝転んでいる始末。

 一応、飼育下にあり・かつ命の危機を感じたことがない生き物だったりすると、無防備に腹を見せることもあるらしいが……普通腹というのは重要器官が多くあり、攻撃されると普通に致命傷になるため余程安全な状況・相手でなければ見せることの一切ない部分。

 そうでなくとも『寝転がる』というのが咄嗟に移動するのに向かない体勢であることもあり、この猪?が野生で生きている生き物だとはどうにも思えない始末なのである。

 というか、見た目こそ猪?だがその生態はどっちかというと猫に近いというか。

 

 

「あーうん、いわゆる地域猫というやつだね。外に住んでいるからといって野生とは限らない……というか」

「その辺りはわりとややこしいから踏み込むのは止めようね」

 

 

 地域(のら)猫とノネコの違い、とか言われても普通の人にはわからんしね、仕方ないね。

 ここで重要なのは、この猪?が人馴れした姿が外で会う猫達を思わせる、という部分。

 

 いっそ何かのバグで猫が猪になった、と言われた方が納得できるような存在だということである。

 

 

「なるほど。君、麦粥でも食べた?」<ブヒ?

「いきなりギリシャ神話に話が飛ぶのはおかしくねぇかなぁ……」

 

 

 いやまぁ、豚にすると言われると頭を過るのは確かだけど。

 ……どっかのゲームで話題になったけど、別に麦粥だけが理由じゃないからねと微妙にツッコミを入れる俺に対し、当の猪?は興味無さげにあくびをしていたのだった。

 

 



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変なところに入らないように注意が必要

 はてさて、謎の猪?については一旦脇において、改めて当初の目的であるキノコ狩りに向かう俺達である。

 ……え?トリュフだってキノコなんだから、ある意味目的は果たしているんじゃないのかって?

 確かにあれもキノコだけど、なんというかこう色々とイメージが違うというか。

 

 

「毒キノコを前に『これは食べられる』『いや食べられないよ』とやり取りするのが楽しい、ということだね?」

「いや、そんな倒錯的な楽しみ方は求めてないかな……」

「あれー?」

 

 

 横でMODさんが世迷い言を垂れ流しているがスルー。

 流石にトリュフだけ持って帰ってキノコパーティ、みたいなことをするのは無理があるだろう。

 そういう意味でも、なるたけ普通のキノコが欲しいわけで。

 できればこう、マイタケとか椎茸とかそういう王道をゲットしたいのだが……。

 

 

「確かにどっちも秋が旬。でもマイタケはちょっと難しいかも」

「そりゃまた、なんでさ?」

「取れる場所じゃない。天然のマイタケが生えてるのは東北より北の方」

「……なるほど」<ブヒー?

 

 

 そうして素人丸出しの発言をしていると、横からTASさんの訂正文が飛んできた。

 ……ふむ、キノコなんて何処にでも生えてるようなイメージがあったが、彼らも生物ではあるのだから適した生息地があるのは当たり前と言えば当たり前か。

 

 それと付いてきている猪?よ、なんかこう『マイタケ?欲しいんなら案内しようかー?』みたいな鳴き声をあげるんじゃない。

 そういうの厄介事の種なんだから、あんまり踏みたくはないんだよ俺は。

 そう告げると猪?は残念そうな動きで定位置(※俺の後ろ)に戻ったのだった。

 

 

「……さっきから思ってたのだけれど、君もしかしてこの子と意志疎通とかしてないかい?」

「ん?……んー、疎通ってほどじゃないというか、なんとなくそんな事言ってそうだなーって感じるだけというか。合ってるかはわからんぞ?何せ野生動物相手だし」<ブヒー

「ほら、こいつも『そうだぞー』って言ってる」

「……ツッコミ処しかないんだけど、どこからツッコめばいいんだいこれは?」

 

 

 なお、そんな俺と猪?のやり取りを見て、MODさんが心底不思議そうに首を傾げていたが……単なるTASさんの感情把握の応用である、大したことじゃあない。

 

 

 

´゚д゚`

 

 

 

「おっと発見。TASさん、これはー?」

「ん、それはニガクリタケ。ニガって付いてることから分かる通り、クリタケの近縁種」

「ほほう。ニガって付いてるってことは苦いの?」

「苦いどころか猛毒。普通に死亡例もあるヤバいやつ」

「うへぁ」

「因みにだけど、ニガの付いてない普通のクリタケは食用とされるけど、実は毒を持っていることが判明した」

「え」

「まぁ、キノコには微量ながら毒を持つ種類、ってのは結構あるからね。ナラタケなんかも美味しいとされるけど、微弱ながら毒を持っていることが知られているしね」

「……キノコって怖いんだな」

「ついでに豆知識。ニガクリタケには更に近縁種としてニガクリタケモドキっていうのがいるんだけど、こっちは毒については無いとされていて、味はちょっと落ちるけど苦くもないんだって」

「……なにそのトゲナシトゲアリトゲトゲみたいなややこしい名前」<ブヒー

 

 

 はてさて、元気にキノコ狩りを続ける俺達だが、これが中々。

 派手なキノコより地味なキノコの方が危険度が高い、みたいな話はよく言われることもあって知っていた俺だが、だからと言ってその知識が活かせるかと言われるとそれもまた微妙な話。

 まず、日本で見付けられる範囲での派手なキノコ、というものがそう多くない。

 

 食用かつ珍味・なんなら健康にも良いとされるキノコ、ヤマブシタケは見た目が山伏の服に付いている飾りによく似ているからその名前が付いた、形態が派手なタイプのキノコだが……幻のキノコ、などと呼ばれることもあることからわかるように、滅多に見付けられたモノではない。

 

 見付けやすさの点では、見た目がド派手な赤色をしているタマゴタケなんかがおすすめだが……全くの素人だとその語感から、『ド派手で毒がある』タイプのキノコであるベニテングタケと間違えることもありえるだろう。

 こっちは慣れれば間違えることは全くなくなるそうだが、ともあれ見た目がド派手なので慣れるまでは忌避感が凄いかもしれない。

 共に同じテングタケ科に属するにも関わらず、片や食用片や猛毒……というのも、キノコに詳しくないと不気味に思えるかもしれないし。

 

 そして、反対に地味なキノコは云々の方だが……思い返して貰えばわかると思うのだが、そもそも俺達が普段食べてるキノコは大抵地味である。

 見た目が食欲を減衰したりすることもあり、派手なモノは例え食用であっても好まれない……みたいな部分もあるのだろうが、それを踏まえずとも地味なキノコの方が美味しそうに見えるものなのだ。

 さっきのニガクリタケなんかも、見た目は地味でかつ近縁種は食用であることもあり、間違って手に取ってしまう可能性は十分にあるだろう。

 

 そんなわけで、基本的には当初の予定通りにTASさんやROUTEさんに聞きながら、食べられるキノコを選り分けて行くことになる俺なのであった。

 

 

「おーい、これとかどうかな?」

「……いや、寧ろどこから持ってきたのそれ。近付くだけでもヤバいはずなんだけど」

「おやそうなのかい?確かになんかビビっと来たから、相手に擬態して取りに行く必要性はあったけど」

「いやいつの間にスペック再現するようになったんだテメェ!?全身カエンタケじゃねぇか近寄……危ねぇ!?」

「やだなぁ、前にも言ったじゃないか。特殊な形態の相手なら身体的特徴も同じになるって」

「それ確か無機物相手の話だったろうが!?」

 

 

 なお、MODさんに関しては連れてくるんじゃなかった、とちょっとだけ後悔しそうになったことをここに記す。

 ……お供にTASさん居なかったら、ここで全滅してたんだが?(憤怒)

 

 



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装うのなら、心まで

「またおかしな技能を入手されたのですね……」

「変なとは失敬な。応用範囲が広がったと言って欲しいね」

 

 

 はてさて、栗拾いやキノコ狩りから帰って来た俺達が、それらの食材を焼いたり炊いたり炒めたりして楽しんだ夜のこと。

 食後のティータイムを楽しみながらも、話す話題はMODさんの変身技能の成長についてのそれへと移行しつつあった。

 どうも、あの異世界修行で無機物変身の持つ副次効果を使用して以降、他のモノについてもそういった理解が進んで活用法が増えた……ということになるらしい。

 

 

「まぁ、相も変わらず他者に付与する分には、あくまでも見た目だけなんだけどね」

「それができるようになったら、かなり応用力が広がるんだけどねぇ」

「なるほど。みんなで覆面変身すると」

「……誰が赤役するかで微妙にもめそうだな」

 

 

 そこで戦隊ものが即座に候補にあがる辺り、俺ってTASさんのことちゃんと理解できて無いんじゃないかなーって思うんだよね()

 それとROUTEさん、流石にそのネタはもう使い古されてると思うんだ。いやまぁ今見ても面白いけども。

 

 

「……仮にリーダーを決めるとすれば、やはり貴方様かTASさんか、ということになるのでしょうか?」

「俺がリーダー?ないない。やれてせいぜいブルーだよ俺は」

「さりげなく二枚目ポジションに居座ろうとしていますぅ。アナタは所詮イエローくらいが関の山ですぅ」

「……?俺がヒロイン役なのか?」

「違いますぅ!!三枚目ポジションですぅ!!カレーとか食べてればいいんですよぅ!!」

「そういえば、こういう場合黒ってどういうポジションなんだろうなぁ」

「人の話を聞きやがれですぅ!!?」

 

 

 そんな中、ふとAUTOさんが溢した言葉により、俺達はどのポジションに付くのが似合うのか?……みたいな話に。

 ……なったのはいいのだが、意外とポジションイメージが固まらないなぁ、と難儀することにもなったのだった。

 

 わかりやすくリーダーポジションであることが殆どの赤。

 サブリーダー・二枚目役・知的キャラとしての青。

 紅一点、ないし紅()点の片割れであることが多いピンク。

 

 ……みたいなところは容易に想像できるのだが、例えば先ほどダミ子さんが例にあげた黄色なんかは、彼女の言うように三枚目──ひょうきんものに対応するポジションであることもあれば、俺が述べたように紅二点──すなわち女性キャラのポジションとして使われることも多いものである。

 似たようなのに白──追加戦士枠か女性枠──があるが、それもそこまで固定化されたイメージとは言い辛いだろう。

 

 ……っていうか、先にあげた三つ以外、イメージが固まらない印象の方が強いっていうか?

 

 

「赤と青以外はモノによっては居たり居なかったり、という話ですからねぇ」

「緑や黒も多いイメージだけど、それでも居ないパターンはあるのだから面白いよねぇ」

「……とりあえず、俺は黒だな」

「おっ、中二病かな?」

「ああ゛??」

「そんなマジギレすることないじゃんかよぅ……」

 

 

 和気藹々、といった感じに自身のイメージカラーを語る面々。

 そうしてみんなを眺めていたら、袖を引っ張られる感覚。

 視線をそちらに向けてみれば、そこにはこちらを見つめるTASさんの姿があった。

 彼女はこちらを見つめながら、小首を傾げ問い掛ける。

 

 

「私の色は?」

「虹」

「虹」

「ゲーミングカラーでも可」

「ん……」

 

 

 それは、彼女が何色に相当するのか、というもの。

 無論そんなの決められるわけもないので、即答で虹・ないし全色的なものであると答えておく俺である。もしくは無色でも可。

 

 

「なるほど、お兄さんの考えはよくわかった」

「ん?」

使

カ○ポ!?

 

 

 なお、それを聞いたTASさんは全身を虹色に発光させながら、エグ○イルの例の曲の動きをやり始めたのだった。

 ……あの動き、かなり特徴的なのに固有の名詞が無いからこう説明するしかないのビックリだよね(突然の世間話)

 いやまぁ、今ならゲーミング発光鳥、でなんとなく通じそうな気もするのだが。

 

 ともかく、お気に召したのか召してないのかよく分からないテンションのTASさんに、俺は困惑しっぱなし。

 助けを求めるように周囲に視線を向けるも、みんな知らん顔して自分の話を続けてやがる。

 くっ、ここには味方がいねぇのか……!

 

 

「TASさんTASさん」

「なに?」

「ダミ子さんもゲーミング発光したいんだって」

「ですぅ!?」

「なるほど。すぐに準備する」

「それからMODさんも後学のためにやっておきたいんだって」

「キミぃ!?」

「なるほど。すぐに準備する」

 

 

 味方がいないということは全て敵、全て敵ならば生け贄にすることに何の躊躇も要らねぇよなぁ!?

 ……ってわけで、こっちを見てあからさまに笑ってた二人をリリースして厄介事召喚、である。

 もう一人微妙な顔をしているCHEATちゃんがいたが、少なくとも表面には出してなかったので今回はセーフとする。

 

 

(ナチュラルに人の思考を読まないで欲しいんだけど……)

(そう思うんなら読まれやすい思考を止めるんだな)

(こいつ直接脳内に!?)

 

 

 ……なんてやり取りを(DMさん経由で)行いつつ、俺達はTASさんの被害を受ける二人を眺めながら一服するのであった……。

 

 



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この猪凄いよぉ!流石野生の豚?さん!

「おーよしよし、上手いかポチー」<ブヒー

 

 

 はてさて、虹色三人組の漫才(レイトショー)をほどほどに楽しんだ俺は、部屋を抜け出して屋上へとやって来ていた。

 理由は勿論、結局ここまで付いてきた猪?に餌をやるためである。

 

 ……うんまぁ、色々とツッコミたいところがあるだろうと思うが聞いて欲しい。

 別に俺達も、幾らこいつが人懐っこいとはいえ連れて帰ろう、などとは思っていなかった。

 なんならTASさんが『持って帰る』とか言い出しても『ダメです』ってちゃんと断るつもりだったわけだし。

 というかTASさんに動物は与えちゃダメでしょ、常識的に考えて。

 

 じゃあなんでここにいるの?……って話になるわけだが。

 

 

「よもや連れてけ、とばかりに車に乗り込んでくるとはなぁ……」<ブヒー?

 

 

 その時のことを思いだし、思わず遠い目をしてしまう俺である。

 

 何があったかと言えば単純な話、この猪?が俺達の乗ってきた車に普通に同乗してきた、というだけのこと。

 しかも助手席とか後部座席とかのわかりやすい場所ではなく、トランクの中に潜り込むという手慣れたやり口だったわけである。……誰が気付けるんじゃいそんなの。

 

 家に着いたあと、トランクに積んだクーラーボックスを取り出そうと開いた時に、そこにあるつぶらな瞳と対面する羽目になった俺が思わず悲鳴をあげることになったのは記憶に新しい。

 ……ついでに言うと、そうやって目の前で大声で叫ばれたにも関わらず、まったく動じなかったこの猪の肝っ玉?的なものにも驚くことになったというか。

 もはやここまでくると、この猪は猪の姿をした別の生き物なんじゃないかなー、というか。

 

 ……で、そこまで考えたところでハッと思い付いたのが『こやつ異世界産の生き物なのでは?』という、ある意味もっと早く議論にあがっていてもおかしくない懸念だった、と。

 

 

「……今までの奴らは普通に駆除、もとい食べれば済んだんだけどなー」<ブヒー?

 

 

 栗ご飯をもそもそと食べる猪を撫でながら、はぁとため息を吐く。

 

 ……今までの異世界産の生き物というと、基本的に大自然の脅威そのものみたいな感じでこちらも真っ向からぶつかっていくのが基本だったわけだが。

 今回のこの猪?に関しては、こちらに敵対的な様子はまったく無し。

 ……となると、どうにも駆除とか排除とかを選ぼうという気概が出てこないというか。

 

 

「野良犬とか野良猫とかを保健所に連れていく時のような、何とも言えない罪悪感が胸を襲うんだよなぁ……」<ブヒー?

 

 

 人間の都合で生き物の生き死にを左右している時の罪悪感、みたいな?

 いやまぁ、狩猟とかも同じだろうと言えないこともないかもだが、そっちは『食べるため』という理由があるので意味合いが少し違うというか。

 ……食べるわけでもないのに命を奪うのは、人の傲慢以外の何物でもないだろう、みたいな感じだとも言えるのかも。

 

 ともかく、そんなわけでこの奇妙な猪をどうにかするという選択肢も持てず、どうするべきかを考えた末──。

 

 

「試しに屋上に誘導してみたら、普通に付いてきたんだよなぁ」<ブヒッ

 

 

 何処と無く誇らしげな感じで一鳴きする猪?に苦笑を返す俺である。

 あれだ、それくらいは朝飯前だよとでも言っているみたいというか?いやまぁ今は夜なので夕飯前かもしれないが。

 

 ともあれ、試しに屋上に付いてこないかなーと誘導したら普通にとっとこ付いてきたうえ、こうして他の人に見られていないからと何処かに行くこともなく、ここで俺が来るのを待ち続けていた……というわけなのである。

 ここまで来ると頭良すぎて怖いわ、みたいなところも無くはないが、こいつが異世界出身ならそういうこともあるんだろうなー、と納得はできなくもないわけで。

 

 そんなわけで、一先ずこの猪を飼ってみることになった、というわけなのである。

 ……ただまぁ、猪って注意すべきことがよくわからんので、このままここに置いておくのも良くないだろうなーとも思っていたりするのだが。

 

 

「マダニとか感染症とか、色々気にしないといけないだろうからなー。……お前さん、注射とか大丈夫なのか?」<ブヒー?

 

 

 こてん、と首を傾げる猪の様子に、やっぱりこいつこっちの言ってること理解してるよなーと改めて確信しつつ。

 はて、連れていくのなら何処なのだろう。動物病院?というかそもそも猪って飼っていいのか?いやそもそも異世界産なら問題はない?

 ……とかなんとか、これからやってくるだろう問題を脳内で羅列し──。

 

 

「……止めた、面倒臭い。TASさんに任せればなんとかなるだろ」<ブヒッ!?

 

 

 ──それらを全部放り投げたのだった。

 いやだって、今回はたまたまこいつにかかずらっているけど、その実存在そのものの厄介さを除けばこいつの手間のかからなさは寧ろトップクラス。

 他の面々の方が大変である可能性が高いのだから、真面目に考えるだけ無駄……みたいな?

 

 っていうか最悪TASさんに任せればいいので問題を探すこと自体無意味でしょ……ってなわけで、難しいことは全部放り投げた俺なのであった。

 

 

 なお、それを聞いた猪自身はというと、こちらに考え直せとばかりに鼻を押し付けて来ていたが……知らん、そんなことは俺の管理外だ。

 

 



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一枚なら風情、無数なら無粋

 はてさて、新たなメンバー(?)が加わって早一週間。

 その間は特に問題らしき問題が起きることもなく、至って平和に時間が過ぎて行ったわけなのだけれど……。

 

 

「きっかり一週間、それこそがモラトリアムであったと言わんばかりの状況だなぁ」

「現実逃避してる場合か、さっさと腕を動かせ」

「へーい……」

 

 

 まぁ、TASさんが居るのに一週間も平和だったのが寧ろおかしかった、みたいな?

 ……そういうわけで、これまた突然に問題が俺達を襲ったというわけなのである。

 

 では今回、一体どんな問題に襲われたのかというと……まぁうん、実際に見る方が早いというか?

 

 

「お兄さんお兄さん、芋は何本食べる?」

「片付け終わった後の事を今から話すんじゃありません。……っていうか、こんなに落ち葉だらけだとそこらに延焼しそうだから焚き火は禁止です」

「えー」

「そもそもこの辺りでは、許可なく焚き火をするのは違法では……?」

 

 

 楽しそうにさつまいもを抱えたTASさんには悪いのだが、そういうのは今回厳禁である。……いや、芋の種類が悪いとかって話ではなくてね?ジャガイモならええやろって話でもないからそのバターと醤油はしまいなさい。

 

 ……うん、今の会話でわかったと思うが、今回の異変は大量の落ち葉の山、である。

 紅葉を迎えた葉っぱが辺り一面見渡す限りを埋め尽くしている……というか。

 真っ白な雪の代わりに色とりどりの葉っぱがそこらに散乱している……というか。

 まぁともかく、葉っぱがいっぱい落ちていることに間違いはない。

 

 とはいえ、それだけならばそこまで……そこまで?問題ではない。

 確かに進行方向が葉っぱに埋め尽くされていて進むのに難儀はするものの、言い換えれば難儀するだけ。

 この前のサンマみたいにこっちをスパスパ切り裂いてくることとも、はたまた赤トンボ達みたいに小動物が危険な目に遭っているというわけでもない。

 単純に交通の邪魔、というだけの話にしか見えない、ある意味では小規模な問題のように思えてくるはずだ。

 

 ……まぁ勿論、そんなわけはないのだが。

 

 

「実際、これで焚き火なんかした日には完全に大火事だな」

「いやホント。まさか街一面に降り積もるとはねぇ」

「というか何の木の葉っぱなんだこれ、どっから持ってきたし」

「この木何の木?」

「葉の様子からすると桜でしょうかね」

「……なるほど」

 

 

 はい。……いやはいじゃないが?

 ともあれご静聴の通り、この葉っぱの山はうちの近所だけの話ではなく、なんとこの街全域の話なのである。

 いつぞやかの街一つ雪に沈んだあの時に近い感じというか。

 

 そりゃまぁ、こんな状況で焚き火などできようはずもない。

 例え周囲から離して始めたとしても、たまたま散った火花が大惨事を引き起こす可能性は否定できない。

 ……いやまぁ、自然の落ち葉ならそう簡単に燃え広がらない気もするのだが、これに関しては異常発生の一環だろうからなぁ……。

 

 っていうか、街一つ埋まるほどの桜の葉っぱとか、どっから持ってきたんだこれ、というか。

 あれか?ワープゲートでも通ってやって来たのか?

 

 

「ワープゲート……?」

「あ、その顔は信じてないなROUTEさん。残念ながらワープゲートに関しては既にTASさんが実用化済みなんだよっ」

「だとするとそいつが今回の犯人、ってことにならねぇか……?」

「ノー。お兄さんノー。私は何もやってない。私は悪くない」

 

 

 胡散臭そうにこちらに問い返してくるROUTEさんだが、発見者がTASさんであると告げると豹変(?)。

 じゃあ犯人はTASさんでは?……という至極単純な式をこちらに披露してくれたのだった。

 ……まぁ確かに、彼女が一番怪しいのは間違いない。

 なので、一応念押しも踏まえてTASさんに詰め寄ったところ、彼女からは「私はやってない」といういまいち信憑性に欠ける言葉が返ってきたのだった。

 

 

「しまった、最近お兄さんの好感度稼ぎをサボったツケが回ってきた」

「寧ろそんなことしてたんですの貴方……」

「正確には好感度稼ぎと言うよりは、お兄さんと遊ばなかったツケ」

「そんなことしてましたの貴方様」

「おっとおかしい、なんで俺が不審者を見るような視線を向けられているのだろう?」

 

 

 ええい、これだから歳下の女子は理不尽なのだ!

 ……仕方なくすごすごと引き下がる俺である。少女は(色んな意味で)無敵だからね、仕方ないね。

 

 気を取り直して話を戻すと。

 確かに、被害規模的にTASさんの関与が疑われるものの、疑わしきは罰せずが法の基本。

 となれば証拠不十分な彼女は不起訴になるのが当たり前、これに関しては『待った』を掛けても無意味という寸法である。

 

 

「……え、なんでそこで私を見てくるのさ?」

「いや、CHEATちゃんなら証拠を捏造するのも簡単なんじゃないかなーって」

「そもそも法廷バトルから離れろよ」

 

 

 しかしそれで引き下がっては騎士の名折れ(?)、ならば盤外戦術で勝ちをもぎ取るしかないが……伸ばした手にROUTEさんが手渡してくるのは竹箒。

 ……冒頭で『口を動かす暇があるなら手を動かせ』って言ってましたね、はい。

 

 そんなわけで、背中に鬼が幻視されるような表情のROUTEさんを背に、俺達は黙々と掃き掃除を続けたのでしたとさ。

 

 



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迂闊な発言地雷のもと

「……だー!!終わる気がしねぇ!!」

「明らかに量が多すぎますからね……」

 

 

 いや、確かにここの面々は色々とわけのわからんスペック持ちだけど、単純労働が得意かと言われればそれは違うんだわ!!

 

 ……ってなわけで、やってられるかと発掘()したベンチに座り込んで休憩する俺である。

 いつの間にか一緒に行動していたDMさんも交え、束の間の一服タイムだ。

 いやまぁ、俺タバコ吸わんけども。そもそも吸ってたとしてもこの状況じゃあ吸わんけども。焼け落ちるし。

 

 

「……あ、なるほど。ROUTEさんがイライラしてたのそのせいか……」

「脳内で思考する分には問題ありませんが、それを口に出すのは止めておきましょうね、貴方。運良く今回は近くに居らっしゃらないようですが、もし聞かれていたらことですよ?」

「おおっと」

 

 

 そこまで考えて、なんであんなにROUTEさんがピリピリしていたのかを理解してしまった俺である。

 ……ヘビーとまでは行かないものの、あの人結構吸う方だからなぁ……タバコ休憩できずにイライラしてたのかあれ……。

 

 なんてことを呟けば、横合いからめっ、とばかりにDMさんに指摘を受けたわけである。ううむ、口は災いの元……。

 なんとはなしに、左右と前後を確認。……確かに、近くにROUTEさんの姿は無いようだ。

 まぁ、向こうがその気なら後から『失礼なことを言った?YESorNO?』……みたいな選択肢を捏造してこっちの発言を確認する、みたいなこともできそうなのであくまでもこの場では……と注釈が付くが。

 

 

「おや、彼女はそんなことまでできるのですか?」

「いや、実際に確かめたことはないけど、それくらいできないと隠しキャラを標榜するのは無理かなーって」

「まさかのメタ視点」

 

 

 なお、これはあくまでも俺の予測であり、本当にROUTEさんがそんなことをできるのかは不明である。

 ……いやまぁ、今まで散々似たようなことはしていた為、できないと仮定してしまえるようなものでもないのだが。

 

 閑話休題。

 ROUTEさんのイライラの根幹的原因に目星が付いたわけだが、かといってこの状況が好転するかと言えばノーである。

 ……行動を急かされる可能性は減らせるかもしれないが、それ以上を求めるのは無理がありそう、みたいな?

 

 というか、元を正せば大量発生した落ち葉が悪いのだから、責任とか悪役とか全部そっちに受け持って貰えばいいじゃん……みたいな部分もなくはない。

 

 

「落ち葉が悪役……というのも、少々正気を疑う話ではあるのですけどね」<ハイオチャドウゾ

「でもこれが一連の大量発生と関係があるなら、落ち葉に見える生き物である……みたいな可能性もなくはないからなぁ」<ハイオチャドウモ

 

 

 水筒に入った暖かいお茶をコップに注いで差し出してくるDMさんに礼を言いつつ、ずずずとそれを啜る。

 

 ……少し前まで暑くて仕方なかったものだが、月を跨いだ途端に寒くなったものだから季節感がおかしくなっている気がしないでもない。

 いやまぁ、この大量発生は全て秋になったからなのだから、ある意味では涼しさ云々より遥かに秋の訪れを告げている、とも言えるわけで季節感云々を口に出すのもおかしな話ではあるのだが。

 

 

「眉間に皺が寄ってますよ、折角の休憩なのですから余計なことは置いておくのが宜しいかと」<ハイオチャウケドウゾ

「ああはい、お茶請けどうも……いやどっから出したのこれ?

「あらあらうふふ」

 

 

 等と唸っていたら、またもやDMさんから嗜めるような声。

 ……休む時は休むことが最優先であり、そのタイミングで他のことを考えるのは寧ろ非効率的である、と言われればこちらとしても頷くより他ないのだが……そのために何処からか和菓子セットが出てきたら突っ込まざるを得ないというか?

 

 彼女の取り出した盆の上には、色とりどり・選り取り見取りの和菓子達の姿が。

 ……何処かの銘菓っぽいものが混ざってる辺り、取り寄せたものなのだろうか?

 

 まぁ、折角の好意なので一つ──生八つ橋を貰って口に運ぶ。

 独特な生地の食感と中のあんこの甘さは、自身の右手にあるお茶の苦味と良く合う。

 

 

「……いや、何やってるのさ二人とも」

「おっとCHEATちゃん。流石にぶっ通しで掃除してたら飽きちゃってね。どう?CHEATちゃんも食べる?」

「……その前に、後ろを見た方が良いと思うよ?」

「後ろ?……あっ

 

 

 そんな感じで両者に舌鼓を打っていると、たまたま通り掛かったCHEATちゃんが呆れたような声をこちらに掛けてきた。

 なので、彼女にもお茶を進めたのだけれど……後ろ?

 ジト目でこちらを見てくる彼女の視線がすいと俺達の背後に動き、それを思わず追い掛けると……。

 

 

……随分と、良いご身分じゃねぇか

「あー、えーと。……ROUTEさんも飲みます?」

とっとと掃除に戻れぇっ!!

「サー!イエスサー!!」

 

 

 ベンチに手を掛け、こちらを見下ろすROUTEさん()の姿。

 ……勿論懐柔策は不発に終わり、手元の茶を溢さないように慌てながら俺達は掃除に戻ったのだった。

 

 




そういえば一年経ちました。これからも宜しくお願いします。
良い機会なので、ここからしばらくキャラクターの簡単な説明でも載っけようと思います。とりあえず各話毎に一人ずつ。


○ダミ子さん

…元となるのは『ダミーデータ』。
 そのせいなのか若干(?)存在が不安定。
 見た目は『ぼっ○・ざ・ろっ○』の主人公に近いが胸元にスイカが二つ付いている。

 最初の解説がTASさんじゃない理由?乱数調整です()


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掃除してるのだから多少()は汚れるもの

「最初からこうすればよかった」<ウィー

「ねー!?大丈夫なんでしょうかぁこれぇ!?私元に戻れますよねぇー!?」

「大丈夫大丈夫、これも妖怪変化みたいなもの」<ウィー

「それは確かにそうですけどぉ!?」

 

「うわぁ」

 

 

 はてさて、先の見えないお掃除家業、このままだと次の日以降も終わんねぇなこれ?

 ……などと思っていたのだが、事態は急変。

 ()()()()()、早急に解決の芽が見えてきたのだった。

 

 ……とは言ってもよく分からないだろうから、改めて説明すると。

 TASさんがダミ子さんを変形させて掃除機にしている、である。……いや、冗談でもなんでもなく。

 

 こんな人権侵害以外の何物でもない行為、はたして許されるのか?

 ……と思わないでもないが、できうる限り周囲に影響を与えないようにしつつ事態の収拾を図る……となると、これが一番確実なので仕方ない、ということでダミ子さんを説き伏せたとかなんとか。

 

 

「実際、ダミーデータに圧縮しながら放り込むのは手間が掛かりませんからね」

「うーん、人間扱いされてない……」

 

 

 それもこれも、ダミ子さんがダミ子さんだからこそ(?)。

 寧ろダミ子さんでなければ任せられない大任であるとも言え、それゆえにこれは誉れですらある……と、()()()()()()()()()述べるAUTOさんなのであった。

 ……うーん、そこでもうちょっとしれっとした態度を取れていたなら、こっちとしても納得はしてたんだけどなー。

 

 まぁ、他人に納得を強いる際乱数調整とかやり始めるTASさんに比べれば、遥かにマシであることも確かなのだが。

 

 

「お兄さんは相も変わらず人聞きが悪い。今回に関してはみんなの迷惑を考えた末の、断腸の思いの行動なのに」<ウィー

「うん、仮に本当にそうなんだとしても、他人に説明する時くらいは()()を動かすのは止めた方がいいんじゃねぇかなぁ」

「……それは盲点だった」<カチッ

「というか今しれっと『それ』扱いされましたですぅ?!」

「ははは。良かったねダミ子さん。掃除機とは言っても普通のあれじゃなく羽のない扇風機みたいな原理のやつで」

「暗に『ゴミを食べる羽目にならなくてよかったね』と言われてるですぅ!?」

「ははは」

 

 

 その辺りはTASさんの良心が働いた、ということなのだろう、多分。

 ……良心云々の話をするならそもそも掃除機になんてしない?それはそう。

 

 

 

_/□o

 

 

 

「チクショー!こうなりゃやけですぅー!!」

「おお、ダミ子さんの気迫に合わせて吸引力が公称出力の三倍に!」

(何処で表示された公称出力なんだ……?)

 

 

 はてさて、確かに効率は跳ね上がったものの、それでも相手は難敵。

 ダミー空間に放り込むにしても量が多すぎることもあり、ダミ子さん一台()では今日中に終わるにしろ、それは真夜中になりそう……みたいな予測だったのだが、ここでダミ子さんが奮起・もといぶちギレ。

 それに合わせて()の形に変形したダミ子さんの中心部に掛かる吸引力も跳ね上がり、結果としてこのまま掃除を続けるのなら夕方前には終わるだろう……というくらいの掃除速度に加速したのだった。

 

 

「つまりこれに私の動きを合わせれば「ダメです」……むぅ」

 

 

 なお、変化のきっかけこそTASさんの働きかけによるものだが、その体型を維持するのはダミ子さんの認識によるものらしいこともあり、彼女を操る……もとい使用する役目はDMさんへと移行していたのだが……なんでそんなことになったのか、というのは今のTASさんの様子を見ればわかると思います()。

 

 ……うん、なんのこっちゃと思われるかも知れないが、現在のダミ子さんの姿……というか大きさを改めて認知すれば、TASさんが何をしようとしていたのかわかると思う。

 

 そう、現在ダミ子さんは零の形──言い換えると輪っかの形をしているわけだが。

 その大きさは、彼女という人間をそのまま輪っかにした──すなわち直立不動の彼女を曲げて登頂部と足底をくっ付けた、というわけではない。

 いや、正確には見た目はそれで間違いないのだが、一分の一サイズの彼女を()()()()わけではないのである。

 

 ……回りくどい?じゃあまぁ簡潔に。

 現在輪っかとなっているダミ子さんの大きさは、おおよそ()()()()()()のそれとほぼ同じ。

 つまり、両手に持って動くのに最適なサイズ感、ということになるのだ。

 

 つまり、TASさんはダミ子さん(リング)を両手で持ち、特定のポージングを繰り返すことで結果にフィットしようとしていたのだった。

 

 

「大丈夫大丈夫。掃除の仮定で色々と湧いてくるかもしれないけれど、それはあくまでも異世界由来のモノではなくこっちの世界由来の生き物達。こちらの自然環境を無闇に変化させない、という制約には引っ掛からない」

「仮にそうだとしても、野生動物とかを市街地に引っ張ってこようとしていることに変わりはないんだよなぁ……」

「むぅ……」

 

 

 想定される後始末が面倒以外の何物でもないため、彼女の野望が却下されたのは言うまでもない……。

 

 




○TASさん

 …この作品の主人公、ないしヒロイン。
 見た目は『まど○ギ』の眼鏡を掛けたほ○ら、もしくは『FG○』のロリ状態なシ○ンなどが近い。
 表情筋が基本仕事をしておらず、常時眠そうな半目がデフォルト。
 そこから現在の感情を見分けられるようになると検定に合格できる()


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秋の鍋は野菜が高くて大変

「そうだ、今日は鍋にしよう」

「また突然ですね」

 

 

 洗濯物を畳みながら、脳裏に突如飛来するインパクト。

 今日は鍋にするべき、というTASさんからの声なき主張に頷き返した俺は、今日の夕食を鍋にすることに決めたのだった。

 ……それはいいのだが、何鍋にしようかと首を捻ることになっていたりするのはいいのか否か。

 

 

「何鍋、ですか?」

「そう、具材はどうするかなーって話。野菜を突っ込むのは決まってても、主役を何にするのかは迷うよねーみたいな?」

 

 

 白菜や人参・椎茸などなど、鍋に突っ込まれるモノは多々あれど、主役として据えられるものはそう多くはない。

 なんなら味付けの方がメインで中身は適当……みたいなこともあるし、鍋というのは意外と奥が深いのだ。

 

 

「なるほど……参考までに聞きますが、今のところ一番可能性が高いモノは何になりますか?」

「んー?んー……カニ、かな」

「なんで私を見ながら言ったんですかぁ?」

 

 

 ははは、その聞き返し方は寧ろわかってるでしょ。

 ……と、足が増えてるダミ子さんを見ながら言葉を返す俺である。冷静にならなくても見た目がキモ頭が裂けるように痛い!!?

 

 

わざわざ喧嘩を売(がじがじがじがじ)るの止めましょうよぉ(がじがじがじがじがじ)?」

「そういうダミ子さんは軽率に人を止めるの止めようよ……」

 

 

 いや、色々吹っ切れすぎやろ君。

 もうちょっと人間としての自覚を持ってほらほら。

 

 ……うん、前回掃除機にされたことが彼女の変な扉を開いたのか、はたまた今まで積み重なったフラグが変な方に咲いたのか。

 どっちにせよ、ダミ子さんが人としての尊厳を自ら放り投げ始めたのは確かな話……いや待った何してるのMODさん???

 

 

「ん?何ってほら……カニなんだし、ね?」

「ね、じゃないんですが?なんで鮫なんですか、なんか浮いてるし」

「変な対決はB級映画の華だよ君ぃ」

「やべぇ何言ってるかわかんねぇ」

 

 

 俺が注目したのは、ダミ子さんの隣にあった物体。

 ……最初は気が付かなかったが、よくよく見るとそれはMODさんが変身した姿だったのだ。

 それも、何故か空に浮かぶ鮫の姿である。……ツッコミ処しか無いんだが俺にどうしろと?

 

 というかだ、身体機能は再現できず・あくまでその姿で自然と起こり得ることのみ再現できるというのがMODさんの性質のはず。

 となれば、どう考えても鮫が飛んでいるのはおかしい……ということになるのだが、もしかしてこれ単に鮫になっているんじゃなくて、『B級映画の鮫』に限定して変身してるから飛べる、みたいな胡乱な理由なんじゃないだろうな……?

 

 

「はははは。……やってみたらできたんだけど、私はどうすればいいんだろうね?」

まずその姿を止めましょう、頭が生えてくるのはヤバイどころの話じゃないです

「おおっと」

 

 

 いやホントに。

 その状態で自然と発揮されるモノのみ再現できる、というその性質に変化がないのなら、言い換えるとB級映画の概念をこっちに持ってきていることに他ならないわけで。

 ……嫌だぞ俺、物語の序盤で犠牲になる金髪美女枠(AUTOさん)とか見るの。

 最終的にTASさんがチェーンソー振り回して全部終わらせるんだろうなー、と容易に予測できるのも含めて。

 

 

「……?『なんでも食べる鮫』?」

「おいこら、不思議なノートを使おうとするんじゃない」

 

 

 海産物な異界の神が為す術もなく鮫に食われるシーンとか誰得だからね?

 ……そんな感じに、こちらを不思議そうに眺めているTASさんに釘を刺す俺なのであった。

 いやホント、刺しとかないと思い付きで実行されかねないからヤバイんだよねぇ……。

 

 

「因みにダミ子に足を増やしてみたら、と提案したのも私」

お前の仕業だったのか(オマエノシワザダタノカ)……一応聞いておくけど、なんで足?」

「いっぱい増やせたら天地の判定を色んなところに設定できるかなって」

もしかして空に落ちる変態になろうとしてる?

「ん」

「いや『ん』じゃないんだわ」

 

 

 なるほど、足が増えるというのはすなわち踏みしめる地面の判定が増えるということ。

 ……言い換えると重力の働く方向を変えられるということで、結局のところ短縮の為(いつも)のだった、ということになるらしい。

 

 いやまぁ、だからといってダミ子さんがこんなことになるのを進めるのは良くな……いや待てってことは前回の掃除機(尊厳破壊)も今回の為の布石か?!

 思わず見つめる俺の視線を避けるようにふい、と横を向くTASさんの頬を掴み、俺は「ダーメーでーしょー」と叱りつけるのだった……。

 

 

 

;‾᷄ᯅ‾᷅)

 

 

 

「……あら、今日はカニ鍋なのですね。奉行としての腕がなる……その、ダミ子さんはどうしたのでしょうか?」

「ああうん、気にしないで。ちょっと先に食べ過ぎたようなものだから」

「????」

 

 

 なお、その日の鍋は結局蟹になったのだが。

 ……ちょっと前の自分の姿を思い出してしまうせいか、ダミ子さんの食が細くなっていたのは些細なことである。

 

 え?キモいとか言ってたのにお前は大丈夫なのかって?

 そんなこと言ってたら、TASさんの数々の行動には付いていけないからね、仕方ないね。(闇を感じさせる発言)

 

 



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本と言えば『大丈夫?』(詠唱略)

「読書の秋。今日は読書の日」

「はいそのノートは読書とは言わないから没収ねー」

「あー」

 

 

 かえしてー、とばかりに飛び掛かってくるTASさんをあしらいつつ、件のノートを彼女の届かない位置にしまい込む俺である。

 ……え?単純に届かない位置だと普通に取られないかって?

 そもそもこのやり取り自体、単なるプロレスみたいなものだから問題ナイナイ。

 

 

「……えーと?」

「そもそもあのノートは語り出しの切っ掛けとして持ち出しただけで、今回の主題ではないということですわ」

「ええ……?」

 

 

 今回の同行者──CHEATちゃんとAUTOさんが何やら話しているが気にしてはいけない。

 

 ともかく、今回は読書の秋……という主題の元、あれこれやっていこうと言う話である。

 いわばちょっとしたブレイクタイム、一休み一休みというやつだ。

 

 

「最近は大量発生ばっかりで疲れが溜まりに溜まってたからね。解消の為には他のことしないと」

「それで図書館にやってきた、と。……他の方々がいらっしゃらないのは?」

「みんな他の用事があるって」

(逃げましたわね……)

 

 

 天を仰ぐAUTOさんが何を考えているのかはわからないが……多分久しぶりにこのメンバーだけなので感極まってるのだろう。そういうことにしておこう。

 

 ……ってわけで、近くの図書館にやってきた俺達である。

 館内の人の入りは疎らであり、物音もほとんど聞こえてこない。

 なので、ここからは小声・もしくは念話推奨である。

 

 

(念話と言うと……確かDMさんの補助が必要だったのでは……?)

(私が中継器の代わり)

(……さらっとそういうことするの止めませんか?)

 

 

 ジトッ、としたAUTOさんの視線を受けたTASさんだが素知らぬ顔。

 そのままピューッと小走りに駆けていった辺り、本人的には読書の気分でいっぱいらしい。

 ……とはいえ、図書館の中で走るのは良くないので、俺達は顔を見合わせて小さく苦笑を浮かべたあと、彼女の背を追って歩きだしたのだった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「…………」<モクモク

(……驚異的な集中力ですわね)<ヒソヒソ

(誰も声をかけられるような状況じゃないよね)<ヒソヒソ

(そもそも読んでるものと読み方がなぁ……)<ヒソヒソ

 

 

 しばらく図書館内を歩き回った俺達は、最終的に机に本を広げて読み耽るTASさんの姿を見付けることとなったわけなのだけれど。

 その姿とか読んでるものとか、色々ツッコミ処が多くてちょっと近寄れずにいたのだった。

 

 いやだって、ねぇ?

 机の上いっぱいに本を広げているうえジャンルはバラバラ、かつそれらを黙々とめくり続けていることから速読中なのは確実。

 端から見ると単に本をめくっている……言い方を変えると遊んでいるようにも思えるが、その実他の客に言われて注意に来たのだろう司書さんは、TASさんに話しかけた結果綺麗に追い返された……もとい言い負かされたみたいだし。

 多分、声を掛けた結果『ちゃんと読んでる』と返ってきたうえ、試しに本の内容を確認したら普通に答えられてしまったのだろう。

 恐らくはページ数と行数を指定したうえでそこに書かれている文章を諳じてみせた、とかやったのだと思われる。

 

 で、件の読んでいるジャンルバラバラの本だが、そのタイトルもそれぞれ『任じられた破滅~かの部隊は何を見たのか~(歴史系)』『意外なことはない数学Ⅲ(数学系)』『コランダム・フリーズ(小説系)』『一から始める()異世界構築()~君にもできる世界構想~(トゥ系)』『ドイツ料理・3(上)(料理系)』……みたいな感じでてんでバラバラである。

 ……何かを察したとしても気にしてはいけない。

 

 ともかく、ひたすら読書を進めるTASさんに声を掛けるのは憚られるため、俺達は顔を見合わせたあとそれぞれ読みたいものを探しに解散することとなったのだった。

 で、数分後。

 

 

「……なにがあったし」

「あ、お兄さん。ちょっとミスっちゃって」

 

 

 てへ、とばかりに舌を出すTASさんである。

 ……珍しいことが多過ぎてこっちの脳がフリーズする姿、というか。

 

 まず失敗した、と臆面もなく言うこともそうだし、なんならテヘペロなんてわかりやすい感情表現を彼女がする、というのも中々に理解不能である。

 ついでに言うなら周辺が白い煙で包まれているのもあれだろう。

 ……何かが燃えた時のモノと言うよりは、水蒸気のような人体に無害なものが視界を塞いでいる、ということになるのだろうが……こんなあからさまに失敗した、とわかる状態を周囲に晒す彼女、というのも珍しいを通り越して奇抜、というか。

 

 つまり……この状況は……。

 

 

「……あー、つかぬことを聞くけど。……もしかして、今の君ってばTASさんじゃなかったり?」

「曖昧な尋ね方だねっ。でもうん……ミスって他所の私と入れ換わった、みたいな感じなのは正解だよっ」

「やっぱりー」

 

 

 はぁ、と額に手をおいて天井を仰ぐ俺である。

 ……まぁうん、つまりはこういうことだ。今のTASさんは()()()()()実行の際にミスって変なことになった状態。

 目の前の彼女の言を借りるのなら、他所の世界の彼女と入れ換わったということになるのだった。

 ……まさかの変化球!

 

 



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時々新しい私を見せたいのかも

「はぁ、別世界の……?」

「いやまぁ、何度か見たことはあるけども。……そういうのって大抵別個体だからこうしてTAS自身が入れ換わってる、ってのは珍しいどころの話じゃないっていうか……」

「えへへ……」

「そこ照れるとこなんだ?」

 

 

 はてさて、唐突なトラブルの到来に、一先ず確認やら何やらするために図書館を離れ、近くの喫茶店に入った俺達なのだけれど……なんというかこう、その短い道程の中ですら違和感たっぷりだったというか。

 

 基本的に無表情なのがいつものTASさんだが、こっちのTASさんはまさに天真爛漫・いわゆるネットミーム的な(従来の)TASさんのあり方に近い感じなのであった。

 ……なんなら、時々彼女の髪色を金色だと錯覚してしまうくらいというか?

 

 

「古典的イメージのTAS()ってわけだねっ。いわゆる金髪美少女、ってやつっ」

「ああうん、そんな感じそんな感じ」

 

 

 本人が今しがた述べたように、ネットのイメージ的なTASさんの外見と言うのは、(TASに使われるゲームが原則英語版であることなどから)外国人──それも西洋ないし欧米系の人種である、とされている。

 で、そこから更に発展して出力されたのが『TASさんは十代の金髪美少女』なんて感じのパブリックイメージというわけだ。

 

 ここにいるTASさんに関しては、その姿は正にいつも俺達が見ているTASさん──黒髪おさげの無気力少女のそれなのだが、表情だけがころころ変わる。

 その変化はまさに『ぅゎょぅι゛ょっょぃ』……もといすごいという表現がぴったりのもの。

 この人こんなに表情筋動くんだ、と困惑が強くなるのも仕方のない話なのである。

 

 

「う、うーん?一応こっちの(TAS)の記憶は読んだけど、そんなに表情変わってないかな?」

「少なくとも、私達にはまったくわかりませんわね」

「なるほど。……愛されてるねーお兄さん」

「うん?まぁ確かに、俺はTASさん検定準一級所持者だから、TASさん的には替えの利かない(愛してる)相手ってことなのかも」

「……あーうん、ソウカモネー」

 

 

 なお、今ここにいるTASさんの言によれば、元の彼女は十二分に感情表現をしているとのこと。

 ……言い換えるとそれで伝わるから十分、と思っているということであり、ならば俺は皆にTAS検定を受けさせるべきかなー、と愚考する次第なのであった。

 なんか、それを口にしたらTASさんの顔が生暖かい笑顔になったわけだけども。

 

 

「まぁ、その辺りは一先ず置いとくとして。……それで?お前さんはいつまでそのまんまなわけ?」

「ん?んー……偶発的な事故とはいえ、TASである以上はこれを活かさない手はない、って感じで向こうも暫くあれこれしてるだろうからなー。……うーん、満足したらっていうのが答え、かなっ?」

「まんぞくぅ?」

 

 

 満足、満足と来たかー。

 こっちのTASさん……いい加減判別し辛いな、とりあえず仮にTAS´(タスダッシュ)さんとでも呼ぼうか。

 ともかく、TAS´さんの言うところによれば、現在の彼女達の入れ換わりは偶発的なモノではあるものの、互いの世界に変な影響を与えることなく互いの世界のことを活用できる……とのことで、一通り覚えたいことを覚えるまでは戻ってこないだろうという話だった。

 その期間は不明であるが……恐らく、互いにタイミングを合わせるだろうから自分(TAS´)が満足したら向こう(TAS)も満足するだろう、とのこと。

 

 ……つまり、基本的にはこっちのTAS´さんを見ていればいい、ということになるのだけれど……。

 

 

「……この違和感しかない状況に慣れろと?」

「お兄さんには申し訳ないんだけど、そういうことになるねっ!まぁ安心してよ、向こう()のお兄さんもおんなじこと思ってるだろうからっ」

「……ん?向こうのお兄さん?」

 

 

 その間、俺達はこの違和感マシマシのTAS´さんと生活をしなければならない、ということになるわけで。

 ……途中でこっちがギブアップしそうな気がするのだが大丈夫だろうか?

 いやまぁ、AUTOさんやらCHEATちゃんやらは四六時中顔を突き合わせるわけでもなし、まだマシな方だろうけども。

 

 などとぶつぶつ言っていると、彼女の口から気になる言葉が。

 ……え、そっちの世界は俺も俺´になってるの?意外と重要人物なの俺?

 

 

「んー、そうだねっ。少なくともこっちには綺麗なお姉(AUTO)さんも動画配信者(CHEAT)さんも居ないし」

「私達、」

「いませんの!?」

「うん、少なくとも私は見たことないかなー」

 

 

 ……なんとまぁ。

 向こうの世界では、俺以外のここにいる面々、誰一人として存在しないのだそうな。

 無論、単純にまだ出会ってないだけ、という可能性もあるわけだけども……何とも不思議な話である。

 

 

「まぁ、ネットのイメージに近いのが私……ってことになると他の人達もそっちのイメージに寄る可能性が高いから、あんまり会いたくないってのも本音なんだけどねっ」

「ネットのイメージの私達、と言いますと……」

「AUTOさんの方は音ゲー偏重だろうから見た目もラッパーとかそういうのな気がするし、CHEATちゃんの方はもうちょっとお子様っぽくなってるんじゃないかな?」

「お子様……」

 

 

 チートを嬉々として使うのなんて、基本的には子供っぽい人か子供そのものだろうし、と彼女は締め括る。

 ……何にせよあくが強そうだな、と思ってしまう俺と他所の世界の自分達に想いを馳せる他の面々の前で、TAS´さんは呑気に自身の頼んだメロンフロートに舌鼓を打っていたのだった。

 

 




自分で言っててすっかり忘れてたので今回は三人分です。


○AUTOさん

 …『DJAUTO』を元ネタとする人物。
 そちらを元ネタにしているだけであって同一ではない為、その技巧は様々な分野に応用できる……という、中々の鉄人と化している。
 但し弱点はほぼ同一(ラグに弱い)のと、基準値を満たすタイプなので特化型には負けることも。
 見た目は『ツ○デレ悪役令嬢リーゼ○ッテ』のツンデレ悪役令嬢様が近いが、雰囲気はかなり穏やかで表情も基本的には笑顔。
 たまに怒っている時は笑顔のままどす黒いオーラが出る。怖い。
 仕切りたがりなので鍋とかやらせても怖い。


○MODさん

 …変更/修正(modification)の略称である『MOD』を名前に持つ少女。……なのだが、その能力的に本当に女性なのかはよく分からない人物。
 地味に裏設定が重く、ある種の主人公的な存在でもあるのだが……そのせいか話が長い、とばかりにTASさんにいろいろはしょられることも。
 基本的な外見のイメージは『アイドル○スターシャイ○ーカラーズ』の『財布ないわ』の人。
 因みに妹さんの方は『ウ○娘』のマッドサイエンティストが近かったり。


○DMさん

 …それまでがコンピュータゲーム要素の名前がほとんどだったのに、唐突に違う方向に飛んでいった元邪神様。
 本来はもっと厄い存在なのだが、神様だろうが下手するとチェーンソーでばらばらにするTASさんの前には無力であった。
 色々学んだ結果、今はメイドロボとして家事洗濯などを行っている。何故に?
 見た目はTASさんと同一なのだが、お下げにはしてないので見た目的には『○ど○ギ』の髪を下ろしたほ○らみたいなことになっている。闇側の存在繋がりかもしれない。
 なお、同一とは言うものの改修などの結果TASさんの(外見年齢的に)一つか二つ上、つまり姉みたいな見た目になっている。
 名前の読みは『ダンジョンマスター』が基本だが、『デュ○ル○ンスターズ』とか『ダークネスマスター』とか適当に読み方を変えると本人の気質も変わる、という変な裏設定があるとかないとか。


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嵐を巻き起こすだけ巻き起こしていく

「なるほど、別の世界のTAS君、ねぇ」

「そういう貴女はMODさん、って言うんだってねっ。こっちではあんまり聞かないタイプの人だから、一体どんな感じの人なのかなーって思ってたけど……」

「思ってたけど?」

「案外普通だねっ」

「     」<ピシッ

 

 

 ……あ、MODさんが固まった。普通扱いされるのはNGだったか……?

 

 あのあと、とりあえず帰るか……とばかりに喫茶店を後にした俺達は、そのまま家に戻ったわけなのだけれども。

 どうやらそれぞれの用事が終わったらしく、家に戻ってきていたMODさん達と鉢合わせすることとなり、冒頭のやり取りへと繋がったのであった。

 

 で、見た目は何時ものTASさんなのにも関わらず、表情がコロコロ変わるその姿に彼女達は困惑しっぱなし。

 その流れで(何故か)自己紹介へと発展し……結果背後に宇宙を背負う羽目になった、と。

 なんというか、ある意味予想通りの結末である。

 

 

「……こいつやべぇ」

「ん?どうしたのROUTEさん、TASさんがヤバイのは何時ものことだと思うけど」

「その発言、後で本人から詰られても知らねーぞ……」

 

 

 そんな中、何やら戦慄したような表情で一人呟くROUTEさんが居たため、一体何をそんなにびっくりしていたのかと問い掛けることになったのだけれど……あれ、なんで俺が追い詰められてるのかなこれ?

 

 ほ、ほら?詰られる云々に関しては貴方が黙ってくれればなんとか……ならない?

 ええと、ここにいるのはTAS´さんだけど、別に本来のTASさんと接続が切れたわけじゃないから、本人にもさっきの発言は普通に聞こえてる?

 

 ……うん、おかず一品追加で勘弁して貰えないかな?

 デザート追加なら手を打つって言ってるよ、とTAS´さん越しに伝えて貰いつつ、改めてROUTEさんの方に向き直る俺であった。

 ……バカを見るような視線についてはスルーの方向で。

 

 

「で、何がヤバイので?」

「……TASとこいつだと、未来処理のやり方が全く違ぇ」

「わぁ」

 

 

 ……そりゃやべぇや。

 改めて聞き直した問題とやらの内容に、思わず愕然とする俺である。

 何がやべぇって、それはつまりTASさんに更なる飛躍(新しいおもちゃ)が約束されるということに他なら……え?問題はそっちじゃない?

 これ以外に問題になるようなところなんてあったかな?……と首を傾げる俺である。

 

 

「ここにいる奴らだと誰も止められねぇぞ、こいつ」

「……なぁんだ、そんなことか。心配して損した」

「そんなことかって……お前なぁ、()()()()()()()()()()()()意味、わからねぇわけじゃねぇだろ?」

「うん、わかった上で問題ないって俺は言うよ。なんてったって、このTAS´さんもTASさんであることに違いはないからね」

「……そうかい」

 

 

 どうやら、このTAS´さんは本来のTASさんよりも遥かに抑えが効かない可能性が高い、ということをROUTEさんは気にしていたらしい。

 

 まぁ、元々のTASという概念に近いのが今のTAS´さんだと言うのなら、持っている能力的にTASと呼んでもおかしくないという程度の……ある意味『近似』と呼ぶしかないこっちのTASさんよりも危険度が高い、というのはわからないでもない。

 だって彼女がネットミーム的な意味でのTASさんなのだとしたら、その偉業(TAS)に理由はない──分かりやすく言うとこっちのAUTOさんの上位互換みたいなもの、ってことになるわけだからね。

 

 でもまぁ、その辺りの問題について、俺は一切心配していない。

 何せここにいる彼女は、TASさんが人格……中身?を交代することを許している人物。

 言い換えるとTASさんにその身分を保証されている人物、ということになる。

 

 ならば、その彼女を疑うというのはTASさん自身を疑うことに等しい。

 ……やることなすことに困らされることはあれど、()()()()()()()()に疑問を持ったことの無い俺としては、彼女を疑う理由なんて一つもない……としか言いようがないのであった。

 

 いやまぁ、何かしらやらかした結果俺が被害を被る可能性、みたいなのも疑ってはいないんだけどね?

 その場合はできる限り被害を俺一人で納めて欲しいなー、くらいの感情はあります、はい。

 ……などと述べたところ、ROUTEさんからこっちに向けられる視線は呆れを含む(なんだコイツ、みたいな)モノへと変化していたのだった。

 

 

「……ん、こっちのお兄さんはなんというか……あれだねっ!」

「あれとはなんだあれとは。もし悪い意味なら徹底抗議するぞ俺は」

「んー、多分悪い意味じゃないよ?良い意味とも言い辛いけどっ」

「いや、どっちだよ」

 

 

 なお、話題の中心人物であるTAS´さん本人は、相変わらず天真爛漫な笑みを浮かべていたわけだが……なんだろう、ニコニコってよりニヨニヨ、みたいな擬音が似合いそうな感じになってないそれ?

 そう本人に指摘したものの、彼女は「なってないよっ」とごまかし続けていたのだった。

 

 




○ROUTEさん

 …現状一番最後の追加メンバーにして隠しキャラ。
 選択肢という形で未来を見ることができる能力者であり、お兄さんよりもちょっとだけ年上。
 口調が男性のそれであり、かつ見た目もコートによって体型が分かり辛く性別を誤認されることがほとんど。
 寧ろそれを狙っている部分が強く、嗜好品のタバコなども合わせ自身の動きによって選択肢をある程度操作しているとかなんとか。
 見た目は『F○Ⅶ』の元隠しキャラ・銃使いが一番近い。……まさかの男性キャラ。


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まさに台風一過、荒らすだけ荒らして行った

「おお、お兄さんってばお料理も得意なんだねっ。こっちだと私が全般的に受け持ってるから新鮮かなっ」

「TASさんの料理かー。……素面ではちょっと尻込みするかも」

「それは流石に怒られた方がいいよっ」

「おおっと」

 

 

 こっちのことに興味があるんだっ、と言いながら俺の後ろを付いてくるTAS´さん。

 そうして俺の行動を見る度、彼女は驚いたり笑ったり悲しんだりと、その表情をコロコロと変えていく。

 ……流石に慣れたものの、こうも表情豊かだと後々TASさんが戻ってきた時暫く違和感に悩まされそうで困るところである。

 

 

「んー、そんなにこっちの私って表情動かないの?」

「変わりに君のところに行ってるTASさんがクールビューティーと勘違いされる程度には」

「そ、それはなんとも……」

「なんとも?」

「羨ましいねっ!私はもうこういうキャラだってことが知れ渡ってるから、向こうのお兄さんを驚かせたりするのは難しいからっ」

「なるほど……」

 

 

 うーむ、話を聞く限り向こうの俺ってちょっとアレなのではないだろうか?

 だって料理とか掃除とか洗濯とか、全部TAS´さんに任せてるみたいだからなー。

 

 

「勘違いしてるみたいだから訂正しておくけど、向こうのお兄さんは大企業の社長さんだよっ」

「えっ」

「寧ろ私が養われてる感じ?」

「なんでそんなことに……」

「んー、本当はお兄さんを堕落させるために遣わされた存在だから?」

「え゛っ」

「あははっ、うそうそー」

 

 

 いや、嘘に聞こえないんですがそれは。

 唐突に飛んできた問題発言に、思わず腕を組んで唸る羽目になる俺である。

 ……ツッコミ処は幾つかあるが、一番大きいのは向こうの俺がハイスペック過ぎることだろう。

 俺と同一人物だと言われてもうっそだー、と返したくなる程度には互いの状態に差があるというか。

 いやまぁ、こうしてTAS´さんが俺を見て『お兄さん』と呼ぶ辺り、見た目とかに大きな違いはないのだろうけども。

 

 

「それは私達への対応の差から推測した、ということですの?」

「まぁ、一応は。……いや、身近に居ないって言ってたから微妙ではあるけど」

 

 

 見たことがない、とは言っていたが存在を知らないわけでは無さそうだったので、恐らく風貌に関する噂くらいは知ってたんじゃないかなーというか。

 なので、最初に会った二人に対しての反応と、俺に対しての反応に差が出た……みたいな。

 

 

「んー、そんなに違ったかな?」

「真っ先に俺に対して『お兄さん』って声掛けて来ただろ。面識の無い相手よりある相手を優先した、って風に見えたんだよ」

「あーなるほど、それはちょっと迂闊だったかも」

 

 

 特徴まみれの不思議ガールズ相手ならともかく、俺みたいなモブキャラが視界に止まる、などということはそうそうないだろう。

 ……そこから逆説的に、パッと見の姿にそう大きな差はないのだろう、と予測できるというわけだ。

 

 というような推理を披露したところ、TAS´さんは驚いたように拍手を続けていたのだった。

 

 

 

*ˊᗜˋ)

 

 

 

「ごちそうさまっ、お兄さんお料理上手だねっ」

「ハイお粗末様。デザートも食べるか?今日は杏仁豆腐だけど」

「中々渋いチョイスだねっ!お言葉に甘えて美味しく頂くよっ」

「はい召し上がれー」

 

 

 はてさて、夕食は滞りなく進んだ。

 TAS´さん自身も料理が得意ということもあり、準備も後片付けもサクッと終わったわけだが……うーむ、ここまで楽だとちょっと名残惜しくもあるかもしれない。

 

 

「んー?名残惜しいって言うのは、私とのお別れについてってことでいいのかなっ?」

「まぁ、そうなるな。なんとなくだけど、この後すぐ戻るんだろ?お前さん」

「あら、そうなんですの?」

 

 

 そんな俺の様子を目敏く察したTAS´さんが声を掛けてくる。

 ……まぁ、こっちも彼女の様子を理解していたのでおあいこさま、みたいなものだが。

 確かに調理等スムーズに進んだものの、そうしててきぱき動く中で時々何かを思うようにちょっとだけ動作が緩慢だったタイミングがあったし。

 

 

「んーよく気付くねっ。……なんというか、一緒にお料理してたらちょっとホームシックになっちゃったのさっ」

「あーうん、わかるわかる。俺もTASさんのことを考えたりしてたし」

(……のろけ話、というわけではないのですよね。この方の場合)

 

 

 隣でてきぱき動く彼女を見ていると、普段こっちが家事をしている際は居間にいることの多いTASさんのことを思い出してしまった、というか。

 多分、向こうも似たようなことを考えていたのだと思われる。

 なので、なんとなく寂しいという今の彼女の気持ちもなんとなく理解できてしまうのだ。

 

 なので、俺は杏仁豆腐を食べる彼女の頭を一撫でし。

 

 

「まっ、向こうでのお土産話にでもしてくれよ、こっちのことはさ」

「お兄さんも、戻ってきた(あの子)の話をよーく聞いてあげてねっ」

 

 

 そんな、他愛の無い会話を別れの挨拶としたのだった。

 そのまま、彼女はニカッと笑いながら目蓋を閉じ───、

 

 

「……大変お兄さん」

「おう、何が大変なんだ?」

「…………表情筋の動かしすぎで顔が痛い……

「お、おぅ」

 

 

 再びそれを開いた時、何時もの彼女に戻っていることを確認して、ちょっとだけ寂しく思ったのだった。

 まぁ、すぐに涙目(※当社比)になったTASさんの対応に追われることになったのだけれども。

 

 




○CHEATちゃん

 …初期三人娘最後の一人にして最年少、かつ実は一番常識人。
 使用能力がチートの癖して妙に常識的なのは、下手に自身が弾けてしまうとそれこそ誰にも止められないと悟っているがゆえか。
 ……多分CHEATちゃんそこまで考えてないよ。
 見た目は配信者(Tuber)モード時は『ポケ○ン』最新作の頭の横に何か浮いてる系キャラの髪を短く(と言っても肩より下まではある)したような状態に。
 そうでない小声モードの時には前髪で表情を隠した典型的陰キャ系の見た目になる。
 セ○ハードは好きでも嫌いでもない。レトロハードはわりと好き。


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秋といえばちょっとしたイメチェン

 はてさて、唐突にTASさんが他所の世界の自分と入れ替わる……などという事件が起きてから早三日。

 当時の喧騒は最早影も形もなく、再びの安寧に俺達は微睡んでいた……もとい、実際に秋眠(しゅうみん)を貪っていたわけなのだけれども。

 

 

「でーかーけーるーよー」

ぐえー!?

「おお、見事な潰れた蛙のような声」

 

 

 居間で寝転んでいたダミ子さんにフライングボディプレスを敢行したTASさんにより、その静寂は簡単に破られてしまうこととなったのであった。

 まぁ、こういう場所では平穏は破られるためにあるからね、仕方ないね。

 

 

「なんでもいいですけどぉ、なんで私の方に飛び込んでくるんですかぁ……別にお兄さんの方に飛び込んでも良かったんじゃないんですかぁ……」

「ダミ子は甘い。お兄さんにそんなことしたら向こう三日は寝込む」

「自慢じゃないが体は華奢だぜ」

「本当に自慢じゃないですねぇ!?」

 

 

 寧ろダミ子さんが頑丈過ぎるという。なんだ、なんで体を変形させられてけろっとしてるのさ君?

 ……なんて風にツッコミを返せば、自身のことを棚に置いていたことに気が付いた彼女は下手くそな口笛でごまかし始めたのだった。

 

 

「はぁ、まぁなんでもいいですぅ。それでぇ?出掛けると言いますとぉ、どこにぃ?」

「もちろん、冬物を買いに行く」

「……?すいません、ちょっと耳にモノでも詰まったみたいですぅ。聞こえてくるはずのない相手からぁ、予想外過ぎる言葉が飛んできた気がs()ホァーッ!!?」<プスーッ

「流石に失礼。そもそも毎日同じ服装だったことも無いのに」

「いやまぁ、確かにそのダミ子さんの台詞は大分デリカシーないけど……だからって両耳に鉛筆ぶち込むのはやり過ぎでは……?」

 

 

 主に命が危ない的な意味で。

 ……いやまぁ、今までのダミ子さんのあれこれを思えば、これくらいの攻撃ならわりとノーダメもしくは小ダメだろう、ってのもわからんでもないけども。

 そんなわけで、失礼な暴言に対し大袈裟な報復が返ってきて絶叫しているダミ子さんは一先ず脇に置きつつ、改めてTASさんに確認し直す俺である。

 

 

「ええとつまり、今日のお出掛けは服屋に……ってことであってる?」

「そう。実に三百話くらいぶりの登場」<フンスフンス

「……君が何を言ってるのかはわからないけど、唐突に白球を追い掛けた記憶が蘇ってきたのは確かだよ」

「お兄さんは何を言ってるんですぅ?頭がおかしくなったんですかぁ?」

 

 

 全てが野球で決まる世界……三者凡退……うっ、頭が!

 ……とまぁ、記憶の中に焼き付く一番鮮烈な服屋での思い出(?)に遠い目をしながら、唐突に人の頭がおかしくなったと疑い始めるダミ子(下手人)制裁(おしおき)しておく俺である。

 

 

「そういえばあの時はまだ四人だった……」<ホギャー!?ヤメテクダサイヤメテクダサイアヤマリマスカラァ!?

「そうだねぇ、あの時はみんなまだ大人しかったねぇ。……大人しかったかな?」<ソコハソンナフウニハマガラナッ,アイデデデデッ!?

「自分で言って自分を疑うの良くないと思う」<フギギギギ,マママケルモンデスカァ!!ワタシハマチガッテナイデスゥ……!!

「仕方ないだろ、君らどのタイミングでも規模が違うだけでほとんど変わってないんだし」<フギギギ……フギャッ!?

「むぅ、昔の私とは違うもん。今の私の方が速いもん」<ア,オチタ

 

 

 しぶといダミ子だった……。

 いや違う、君の速さについては疑ってないよ、だこの場合の返答は。

 

 物言わぬ屍(単に気絶中)となったダミ子さんを適当に放り、改めてTASさんに向き直った俺は告げる。

 

 

「んじゃま、出掛ける準備するからダミ子さんはよろしく」

「まかされたー」

 

 

 流石にこの格好(家の中なのでかなりラフな格好)で外に出るわけにはいかないからね。

 ……というわけで、自室に着替えに向かうのでしたとさ。

 

 

 

;@A@

 

 

 

「……気が付いたらおもちゃにされてた件についてぇ」

「なんと人聞きの悪い。さっきの俺以上に服に無頓着なダミ子さんに似合う服を探してるだけだと言うのに」

「だからって、TASさんが私を操り人形みたいにしながら服を交換してるのはおかしいと思うんですよぅ!?」

「……?ダミ子が気絶したのが悪い」

「気絶した理由貴方達なんですけどぉ!?」

 

 

 はてさて、服屋にやってきた俺達がまず始めにやったことというと、それは飾り気の無さすぎるダミ子さんをコーディネートすること……なのであった。

 TASさんにあれこれ言ってた彼女だが、実のところ外に出ることがほとんど無いためか他人を笑っていられるような状態ではまっったく無かったり。

 

 一応、気にしたDMさん(まるでおかん)が買ってきた服が何着かあるため、服を買いに行く服がない(前提条件未達)みたいなことは無いようだが……。

 まぁ、流石にその状態が不健全であるのは猿でもわかる。

 ……ってわけで、真っ先にダミ子さんの服のコーディネートに話が向かうのは当たり前の話だったのだ。

 

 間違ってもTASさんが『最近はコーディネートを競うモノも多い』……的なことを言い出したわけではない。無いったら無い。

 

 

「それもうほとんど答えを言ってるようなものじゃないですかぁ!?つまりあれですねぇ!?奇抜な格好でも審査員……この場合視聴者?フォロワー?からの評価が高ければ問題ない……みたいなことになるやつですよねぇ!?」

「はっはっはっ。……その辺はTASさん本人から聞いてもろて」

「そこで目を逸らさないでくださいよぅ!?」

 

 

 いやまぁ、確かに点数最優先な思考だと、評価点の稼ぎ方の法則如何によっては世にも恐ろしいものが降臨する可能性もなくはないが……ほら、そこは多分上手いこと調整してくれるよ、多分。

 流石に素っ裸に剥いたあと適切なコマンドを入力すると点数が高くなる、みたいなことにはならないはず(※コンプライアンス的に)だから安心しろって。

 

 ……と宥めたところ、「TASさん相手に倫理云々とか一番ストッパーにならないやつじゃないですかぁ!?」と悲鳴混じりのツッコミが返ってきたのでした。

 ──うん、一理どころか百理ある。

 

 



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服飾センスを磨くには色々見るしかない

「何か言いたいことは?」

「「ナマ言ってすみませんでした……」」

 

 

 まぁうん、好き勝手TASさんに文句を言っていたようなものなのだから、それを受けたTASさんが怒るのも仕方ないよね……みたいな?

 そんなわけで、衆人環視の中絶賛正座中の俺とダミ子さんである。

 みんなも好き勝手なこと言うのはほどほどにしておこうね!お兄さんとの約束だ!

 

 

「誰に向かって喋ってるんですかぁそれぇ……」

「単なる現実逃避だ、詳しくツッコんでくれるな」

「あっはい」

「まだ余裕があるみたい。石でも抱く?」

「結構ですぅ!!」

 

 

 なお、TASさんはわりと本気で怒ってるのかこの調子。

 仕方ないのでしばらく黙って反省を続けることになったのであった。

 

 ──で、それからおよそ十分後。

 

 

「……ん、十分反省しただろうからもう立っていいよ」

無理ですぅ……足が痺れて立てませぇん……

「……ん」<ツンツン

「ほぎゃらたは#%@※&*☆%っ!!?」

「流石にそれは止めてやれよ……」

 

 

 十分反省を終えたとTASさんが判断したため、ようやく正座を解けるようになったのだが……うん、ダミ子さんが案の定足が痺れて立てなくなってね。

 そうなると、そこのTASさんが彼女()遊び始めるのも道理。

 ってわけで、足をつつく度に躍り狂うダミ子さんを興味深そうに観察するTASさん、という珍妙な風景が出来上がったのであった。

 

 ……え?俺は痺れてないのかって?

 こんなこと(ダミ子さんみたい)にならないように小まめに足を動かしてたのでまぁ、はい。

 

 

ずるいですぅひきょうものですぅうらぎりものですぅ……私はちゃんと微動だにせずに座ってたのにぃ……ひぎぃっ!?

「おどりくるえー」<`ΦωΦ)꜆꜄꜆

「こ れ は ひ ど い」

 

 

 そんな俺の様子を見て、息も絶え絶えに責めるような眼差しを向けてきたダミ子さんだったが……まだまだ足の痺れは取れていないようで、再びTASさんのツンツン攻撃によって躍り狂う羽目に陥っていたのだった。

 ……なんでもいいけど、店の前なんだから他のお客さんの邪魔にならないようにね?

 

 

 

꜆꜄꜆`ΦωΦ)꜆꜄꜆

 

 

 

「ダミ子の服選びは飽きた。次はお兄さんが着せ替え人形になる番」

「あー、お手柔らかに……?」

 

 

 はてさて、ようやっとダミ子さんが震える小鹿からつかまり立ちの赤ん坊くらいにまで進化し(もどっ)たため、当初の予定を完遂しようという話になったのだけれど。

 TASさん曰く、ダミ子さんの服選びに関しては粗方目星が付いたので、今度は俺の服について着手したいとのこと。

 正直な話、俺はダミ子さんほど服に無頓着というわけでもないので、外行きの服くらいそれなりに持ち合わせているのだが……まぁ、TASさんが選びたいというのなら吝かではない。

 

 

「随分な余裕ですぅ……こうなったら変な服を持ってきてやるですぅ……」

「別に構わんが、その場合はダミ子さんにも着せるからな?()()()()()()()()()変な服」

「地味に酷いこと考えやがるですぅ!?」

 

 

 服飾センスが仮にないとしても、自分から見て「変」と感じるものなら嫌だろう。

 つまり、他人に向けてであろうと「変な服」として持ってきたのなら、それを本人に着せれば十分罰になる……という寸法である。

 

 まぁ、センスがない場合は「普通の服」の方がヤバイ、ということの裏返しなので、正直そこを誇張しすぎると良くない結果に陥るわけだが。

 具体的にはこちらへの嫌がらせを止めた方がダメージが高い、みたいな?

 

 

「本人的に問題ないなら、その服を本人に着せても罰にはならない。変な文字が書いてる服が好き、とかだと目も当てられない」

「文字プリント系って基本的には地雷だからなぁ……」

 

 

 わりと好む人の多い文字プリント系の服だが、その実あんまりお洒落だとは言い辛い。

 いやまぁ、学生とかが着てる分にはまだマシなのだが、ある程度年嵩が行くと途端に似合わなくなるというか。

 

 女性が着る分にはまだなんとかなったりするが、男性の場合は大抵ダサくなるのである。

 ……そう考えてみると、男の服ってバリエーションが少ない……もとい、ダサく見えないパターンが少ないのだなぁ、としみじみ。

 

 なお、元々男性?っぽいダミ子さんが嫌がらせを止めた結果持ってきたのは、思いっきり文字のプリントされているパーカーだったため、TASさんと「やっぱり」みたいな顔をし合うことにったのだがそれはまた別の話。

 

 ……ところで、そんな感じの俺達のやり取りを、ずっと笑いながらパシャパシャ撮ってた人がいたんだが……あれはなんだったんだろうか?

 ヤベー人かな?……と注意しようと思ったらTASさんに止められたし。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「やっと来た」

「ん?何が?」

 

 

 後日譚として。

 結局ウインドウショッピングで終わったあの日から数日後、突然のチャイム……が鳴る前に玄関にスタンバっていたTASさんが居間に戻ってきた時に持っていたのは、ちょっと大きめの小包。

 ご機嫌そう(※当社比)で戻ってきた彼女は、こちらへの返答の代わりにその小包をフリーハンドで綺麗に開き……、

 

 

「新作。インスピレーションポイントを稼いだ甲斐があった」

「お店で騒いでたのはそういう……」

 

 

 中に納められた、数着の服達をこちらに見せ付けるように目の前で掲げたのだった。

 

 全てを察した俺の横で、テレビには新進気鋭のファッションデザイナーとやらがインタビューを受ける姿が映し出されていた──。

 

 



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ギリシャの英雄(意味深)(色んな意味で)

「久しぶりにゲーム大会開催のお知らせ」<ニュッ

「どっから出てきてるのTASさん」

「向こうのお兄さんを驚かせるために取得した。こっちのお兄さんにも効いたからお得」<ドヤッ

 

 

 換気扇からくるくる回りながらTASさんが現れたのだけれど、これを驚くだけで済ませた向こうの俺って一体なんなんだろうね?

 見てみろよ俺の隣のダミ子さんを、泡を吹いて気絶してるぞこの人。

 

 ……時刻は現在正午過ぎ、お昼ご飯の用意のためにキッチンにやってきた俺達であったが、どうやら昼食後の用事が固まってしまった、ということで間違いないらしい。

 なおDMさんはこの話に加わらず、そのまま昼食準備中である。流石はメイド(?)、仕事に熱心ですね。

 

 

「……ダイアモンドから?

ひゃあああっ!!?」<ガシャーン

「いじめてやんなよ……」

 

 

 なお、TASさんが耳元で呟いた魔法の言葉により、てきぱき働いていたDMさんは持っていたお皿を盛大に落っことすことになったのであった。

 ……あーうん、バットでホームランされまくってたの、しっかりトラウマになってるのね……。

 

 

「避けられない気絶……目の前でバットを振りかぶる黄色い悪魔……う、頭がっ!」

「ガードを固めるのは悪手。基本的には攻めこそ全て」

「TASさん相手だと、基本何しても無駄だと思うけどなぁ」

 

 

 頭を抱えてガタガタ震えるDMさんと、そんな彼女を見てアドバイス?をするTASさんなわけだが……彼女の提案する対応に意味があるかと言われると、正直疑問を感じざるをえまい。

 

 何せ彼女、TAS(※目の前の彼女じゃない方(コンピューター用語的な意味で))前提の動きとか普通にやってくるわけだし。一フレ技とかn択読み切りとか。

 その流れでどこの少年漫画だよ、みたいな動きだってし始めるのだから、通常のゲームスピード的に対応できないのは仕方ないんじゃないかなーというか。

 

 そういうわけで、奇想天外なTASさんの行動を見て、思わずガードを固めてしまうのは仕方のない話……ということになるのであった。

 ……それで余計に酷い目にあってたら世話がない?それはそう。

 

 

「ままままさかまたあのゲームを!?嫌ですよ私はやりませんよ!?」

「安心して、今回はあれじゃないから」

「よ、よかった……あれじゃないならまだ」

今回はカートの方

神は死んだ!!

「それを貴方()が言うのか……」

 

 

 なお、今回やるゲームは彼女のトラウマとなっている例の大乱闘ではないみたいだったが……どっちにしろ別方向にトラウマなのゲームだったので特に意味はなかった、慈悲はない。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「……それで、なんで俺にまでコントローラーが回ってきてんだ……?」

「?」

「いや、そこで不思議そうな顔してんじゃねぇよ」

 

 

 さて、昼食も食べ終わり片付けも終わってのこと。

 テレビの前に集合した俺達は、ちっちゃなコントローラーを握ってスタートの合図を今か今かと待ち構えている……のだが、一人だけ周囲の空気感に置いてけぼりにされている人物が居た。

 現状一番最後に加入した存在であるROUTEさんである。

 

 彼女はコントローラーを握ってこそいるものの、何故自分がこの集まりに呼ばれたのかよくわかっていない様子。

 ……いや、正確にはこの集まりがなんなのかはわかっているものの、何故自分までコントローラーを握る羽目になっているのかがわからない……みたいな感じだろうか?

 

 恐らく、比較的抑えめとはいえほぼTASさん(※過言)と言えなくもない彼女がゲームに加わるのは、公平性とか色々な面から見て問題なのでは?……と言いたいのだと思われる。

 まぁ、攻撃を受けても選択肢を確認して回避できるようだし、こういう他者への妨害有りタイプのレースゲームは出禁が普通、だと考えているのだろう。

 

 

「……そこまでわかってて、なんで俺まで?」

「そんなの単純だよ!!コイツをどうにかして負かすために決まってるじゃん!!」

「いえーい、ぴーすぴーす」

「ええ……」

 

 

 そんな彼女の疑問に答えるのは、今回の対戦に向けてヒートアップしているCHEATちゃん。

 今回はなんでもあり、とのことで左右に浮かぶレトロゲームにコントローラーが刺さっていたりする。

 ……ドローン操作的なことをするのだろう、多分。

 

 ともあれ、彼女が言うところによれば、今回の目的はどうにかしてTASさんをトップ(1位)から引き摺り下ろすこと。

 それさえ叶えば例え誰がトップでも構わない……というなりふり構わなさを発揮しており、それに関してはここに集う他の面々も変わりないのであった。

 

 

「ええ、今回ばかりはその座から引き摺り下ろして差し上げますわ!」

「はっはっはっ。まぁ僕らの場合ゲームに直接干渉とかできないから、あくまでも普通にプレイするだけだけどねー」

「ですぅ。漁夫の利を狙うくらいしかないですぅ」

個人的なことを言わせて頂くと、勝ち負けとかどうでもいいので帰りたいです

「ロボなのに冷や汗掻いてる!?」

 

 

 まぁ、TASさんに直接抗える面々というのは少ないため、張り切っているのは一部に限られるわけだが……それでも、(一部以外)挑むことそのものを忌避してはいない。

 ならば、新加入メンバーであり・かつ彼女の土俵に僅かでも足を踏み入れることのできる存在であるROUTEさんの重要性は言うに及ばず。

 

 ゆえに、彼女には端から『参加しない』という選択肢は与えられていないのであった。

 ……そこら辺悟った結果の呻き声(『ええ……』)だと思われる。

 

 

「いやその……いやなんでもない」

「?とにかく、今回こそTASに勝つぞー!」

 

 

 おー、と号令をあげる一同。

 そんな周囲を見渡して、ROUTEさんは微妙な表情をしていたが……やがて諦めたように、テレビの方に向き直ったのだった。

 

 



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カーブを抜けてショトカして

「今回走るのは四コース。比較的難しめのモノをチョイスした」

「旧幽霊屋敷はちょっと酷くない?」

 

 

 コースアウト必至というか、それ前提の妨害になるやんけ。

 ……とまぁちょっと愚痴が混じったが、難しいからこそ楽しい……みたいな部分もあるので文句を言い過ぎるのもよくない。

 というか、こういうコースが混じってないとTASさんを止めるのなんてほぼ不可能なんだから、こっちは受け入れざるを得ないのである。

 

 というわけで、難しいコースが四つ選ばれた状態で始まったレースゲーム。

 実況解説はいないので代わりに俺がレースしつつこなそうと思う。

 

 

「──今だ、()った!!」

「取れてない」<ヒョイ

あびゃーっ!!?

「(ダミ子を)踏み台にしたっ!?」

 

 

 まず最初のレース、件の幽霊屋敷でのこと。

 本来コースアウトを防ぐため、道の両端にはガードレール的なものが設置してあるのが普通だが……このコースにそんな甘ったれたものは存在しない。

 なんとまぁ、このコースは道の八割ほどが未整備に近い状態なのだ。

 

 そのため、他のコースと同じような走り方をするとまずコースアウトして池に突っ込む。

 なんなら速度を落としても曲がり切れずに落ちる。なんで百八十度のカーブがあるんですか(真顔)

 

 ……まぁ、だからこそTASさんであっても落ちる可能性をゼロにできず、そこを突けばなんとか勝てるのではないか?……と思わせてくれるわけだが。

 無論それは勘違い・夢見物語でしかないことはたった今証明されたのだけれども。

 

 具体的に何が起こったのかって?百八十度カーブの入り口付近でCHEATちゃんの妨害が発生したのだが、ぴょいんとジャンプしたTASさん(のキャラ)は空中で加速アイテムを使用。

 そのままカーブをショートカットしたものの、移動方向的に池に落ちるはずだったのだが……丁度タイミングよくジャンプ台で飛んでいたダミ子さん(のキャラ)が飛んでくるTASさんの下敷きとなり、結果彼女を踏み台にしてTASさんは大幅なショートカットを成功させた……というわけである。

 

 正直狙って出せるモノではないと思うのだが……TASさんのことだからひっそり他の面々の動きを調整してた、とかありそうだから怖いというか。

 ともあれ、幽霊屋敷のトップはTASさん。幸先の良いスタートを切ったと言えるだろう。

 

 

「ちょっとぉ!?兄ちゃんどっちの味方なのさぁ!?」

「俺はいつでも強いモノに敵対しないように生きている」<キリッ

「情けなさ過ぎる台詞だね、それ」

 

 

 うるせーやい、長いものに巻かれろって言うでしょ。

 ……とまぁ、文句を言うCHEATちゃんとMODさんをあしらいつつ、そのまま次のレースへ。

 

 二番目のコースは、いわゆる虹の道と呼ばれるもの。

 ……本来ならラストコースとして選ばれるものだが、まさかの二番手起用である。

 

 

「ここをこうしてこうしてこう」

なにそれ!?

 

 

 ここでもTASさん絶好調。

 なんと彼女、さっきも使っていたジャンプ&加速を使い、ゴール付近で空を飛ぶことでルートの大半を無視する、という暴挙に及んだのである。

 いやそれ届くんだ、みたいな位置からぴょんぴょん飛ぶ様はまさに猫の如く。……いや、どう考えても高さ足りてなくないそれ?

 

 

「壁蹴り壁蹴り」<ガンッガンッ

「ゲームジャンルが変わっていますわ!?」

 

 

 その疑問の答えは、特定のタイミングでアイテムを使うと消費されない、というバグにあった。

 多少なりとも上向きのベクトルがある状態で加速・激突・再加速を繰り返すと、なんとどこぞのイレギュラー狩りの如く壁を昇ることができるのだ。

 

 まぁ、これを繰り返して昇るのは普通にタイムロスなので、どうしても高さの足りてない場所でのみ使うような形であるが……ともあれ、思いもよらぬ移動方法を見せ付けられたのは間違いあるまい。

 

 

「逆走こそ正義」

ふざけるなぁ!!?

 

 

 そして三番目のコース、これは一見普通の場所に見えるが……その実、CHEATちゃんによる細工の施された特殊なコースになっている。

 本来そういうことするのは良くないのだが、今回ネットに繋いでいないこと・及びこの細工を今後二度と使わない、という制約を課すことで実現したのである。

 ……制約云々とか関係なく改造すんな?それをCHEATちゃんに言うのもどうなん?

 

 まぁ、今回のそれは『任意コード』とかの応用──すなわちゲーム内で行える操作の延長線上のものであり、チートではあるものの改造かと問われると微妙に違う、みたいな範囲にあるものらしいので多分大丈夫なのだろう、知らんけど。

 

 ともあれ、そんな風にCHEATちゃんの細工たっぷりのコースだったのだけれど。

 ……うん、早々に破壊したよね、TASさんが。

 逆走しながら色々入力することで細工を全部元に戻しながら進むその姿は当て付け以外の何物でもなく。

 それを見たCHEATちゃんがキレ散らかしながらバグアイテムで爆撃し、当然の権利のようにTASさんがそれを回避して。

 

 かと思えば伏兵ROUTEさんが『その首貰った!』とばかりに飛び出したけれど、『それは残像(ダミ子)』『なにぃ!?』『また私ですかぁ!?』みたいな感じで普通に避けられたり。

 

 ……そんな感じで、四コース走ったものの結局TASさんがトップになるのを止めることはできなかったのでしたとさ。

 

 

「……あー!?しれっとこの人二位取ってる!?」

「卑怯ものの行動ですわね、羞恥心はないのですか?」

「そんなものあったらそもそもこの女子まみれの集団に混じってゲームなぞしてないわ!」

「なんだか変な方向に吹っ切りましたね……?」

 

 

 なお、TASさん対策に掛かりきりだった他の面々を他所に、しっかり次点をキープしていたちゃっかりものが居たりするのだが……それに関しては『一位じゃないので問題なし』と、寛大な心で許して貰いたいものである。……え?ダメ?

 

 ……この後滅茶苦茶デザート奢った。

 

 



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でっかいサイコロをシュー!

「多人数でやるゲームと言えばボードゲーム」

「だからってこんな本格的なものにせんでも……」

「ある意味予行練習。冬になったらDMの出番だし」

「……それもそうか」

 

 

 というわけで(?)、体()型ボードゲームのお時間である。

 ……え?体感型じゃないのかって?それは昔(具体的には前周回冬)にやったからね、仕方ないね。

 というか今回も冬ごろにまたやるだろうから、それはその時のお楽しみ(?)にしとく必要があるというか。

 

 ともあれ、今回のそれが具体的にどういうものなのかというと。

 内容としては、実際に別人の人生を楽しむもの……ということになる。

 

 

「キャラメイク有りのタイプ。いつもとは違う自分を楽しむのもあり」

「それはいつもと違いすぎやしないかい?」

 

 

 なので、TASさんなんかはわかりやすくいつもの自分とは別の姿──具体的にはむくつけきマッチョになったりしていた。

 ……顔だけ元のままなので色々とあれである。

 中には特に今の自分と変えていない人もいたが、その辺りは自由とのこと。

 

 

「……あのぉ、ところでなんで私の姿は変化しないのでしょうかぁ……?」

「忘れたのダミ子。貴方は今の姿以外は封じられていることを」

それゲーム世界でもダメなんですかぁ!?

 

 

 なお、例外の一人であるダミ子さんは、変える気満々で挑んだものの禁止と言い渡されて落ち込んでいた(orz)

 まぁ、思い出せない過去の姿はともかく、今とは違う姿になってみたいという欲すら満たせないのは御愁傷様というか……。

 

 

「まぁまぁ。私もデフォの姿だし仲良くやろうじゃないか」

「MODさん……!……って、貴方のは単にいつものことだから飽きてる、ってだけの話じゃないですかぁ!!」

「バレたか」

 

 

 ついでに、そうして落ち込んだダミ子さんを励ますために声を掛けたMODさんがいたけども……こっちは姿を変えるのなんて日常茶飯事、ある意味では今のダミ子さんと対局にある人なので「騙されるかぁー!」って感じにおこられていたのだった。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「ルーレットタイプとサイコロタイプ、どっちがいいと思う?」

「そもそもの話として、それそんなに巨大化させる必要ある?」

「ある(鋼の意思)」

「そ、そうか……」

 

 

 テーブルサイズのルーレットと、人の頭より遥かに大きいサイコロ。

 ……そんなビッグサイズ二択なんてされても一般人には無理なんだが?……というもっともなツッコミは普通にスルーされた。

 パーティゲームなんだから慣れて、とはTASさんの言だが……いや慣れないが???

 

 ともあれ、比較的まだどうにかなりそうなサイコロを選択し、ようやくゲーム開始である。

 一番手となったTASさんは、早速その自慢の肉体でサイコロを転がし……。

 

 

「……寧ろ普段より動き辛い」

「だろうね……」

 

 

 どうにもしっくり来なかったのか、いそいそと肉襦袢を脱ぎ始めたのだった。

 ……なんでもいいけどそれ着ぐるみみたいなものだったのね……。

 

 

「体験ゲームだし、実際ゲーム機に飛び込んだし、なんというかこう組成から変わってたイメージ……みたいな?」

「まぁそんな感じ。……よくよく考えたらそもそもゲーム機に飛び込んでるのもおかしいんだけども」

 

 

 身軽になった姿でぴょんぴょんと升目を駆けていくTASさんを見送りながら、隣のMODさんとあれこれ会話する俺である。

 ……いやまぁ、企画協力DMさんだったので彼女の協力あってこそ、というやつなんだろうけどね?

 でももうここまで来ると本走・本番と何が違うんだろうなって気分に……え?こっちは電子の世界であっちは現実(リアル)の世界?

 それはそれでリアルにゲームより難解な遺跡があるってことになるんだよなぁ……すっげぇ今さらだけど(今まで踏破してきたものを思い出しながら)

 

 

「ふむ、私達は君の言う遺跡とやらには行ったことはないけど……どれくらいアレだったんだい?」

「探索型のゲームが一本作れそうなくらい」

「んーTAS君が好きそうだね!(当たり障りのない表現)」

 

 

 なんとも綺麗な笑顔で返してくるMODさんに、思わず苦笑してしまう俺である。

 ……はっはっは、笑ってるけどこの周回のノリだと君らも以前の俺と同じことやらされる可能性大なんだからな。

 具体的には指がギリギリ掛かるくらいの幅しかないところを腕の力のみで登攀させられた挙げ句、何をとち狂ったのかそこから腕の力だけで右斜め上にジャンプして同じ幅に指を引っ掛けさせられるとか。

 

 ……いやまぁ、一応壁を蹴って飛んではいるんだけど、ほぼほぼ垂直に移動しないと(純粋に壁を蹴ると)谷底に真っ逆さまなので、必然的に腕の力だけで飛んでいるような形になるというか。

 おかしいねー、あれってゲーム内の表現であって、リアルの人間ができるようなものじゃないはずなんだけども。

 

 

「その言いぐさだと……できるようになったのかい?君も?」

「できるようになるまでつきっきりで指導されたからね……なお指導してる本人はこんなことしなくても登れる模様」

「ええ……」

 

 

 ジャンプの最高到達点、一瞬上昇も下降もしてないそのタイミングで更に跳ぶ。

 ……すなわち二段ジャンプを普通に納めているTASさんからしてみれば、わざわざ壁を登るのなんて非効率極まりないのだ。

 まぁ、そっちの方が高等技術なのは誰の目から見ても明らかなので、そっちを覚えろと言われなかったことだけは幸運だと思うのだが。

 

 なお、あくまで俺には無理なだけという話なので、ここの不思議ガールズなら覚えられる……というか、そもそも壁蹴りについては以前のあれこれで覚えている人の方が多いので、そろそろ空中ジャンプ・及びその派生である空中飛行の指導に入ろうとしている……と告げたところ、MODさんはこの世の地獄を見たような表情を浮かべていたのだった。

 ……うんまぁ、そんな顔になるのも仕方ないね。

 

 



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運任せは人任せ、命の保証はない()

 さて、開始早々ボドゲしてる場合じゃねぇ、みたいなテンションになったものの、そこからは特にトラブルらしいトラブルが起きることもなくゲームは進んでいる。

 途中蜂に追いかけ回されたり自動車に撥ね飛ばされたりしたが、それはあくまでボドゲにおけるイベントマス……想定の範疇でしかないのでトラブルには含まれない。ないったらない。

 

 

「欺瞞にもほどがあるのでは……?」

「言ってくれるな、こうでも思わなきゃやってられんのだ……」

「なるほど……?」

 

 

 どんな大怪我を負ったとしても、次の瞬間にはゲーム内通貨と引き換えに治っているのだから、深刻に捉えすぎるのはよくないのだ。

 例え俺の止まるマスが悉くマイナスであれ、だ。

 ……言っててなんだけど俺の運悪すぎじゃね?

 もしかしてTASさんの操作とかCHEATちゃんの動きとかで俺の不運が固定されてるとか……?

 

 

「ソウカーオニイサンキヅイテシマッタカー(棒)」

「や、やっぱりな!道理でなんかやけに酷い目にあうと思ったよ!」

「オニイサンハホウチスルトイツノマニカニイトカニイタリスルカラネー(棒)」

「くっ、いつぞやかのレースゲーでの行動が根に持たれている……っ!!」

(……ええとCHEATさん?)

(なにー?)

(操作……してますの?)

(してないよーお兄さんはこれが素だよー)

(ですわよねぇ……)

 

 

 そんな俺のぼやきを耳聡く聞き付けていたのか、TASさんが悪そうな笑み(※当社比)でこちらを煽ってくる。

 ……確かに、以前のゲームでは漁夫の利を狙っていたが……だからってここまで対策をしてくるとは、許せん!

 

 まぁ、許せないと思ったからと言って勝てるわけないんですけどね、初見さん。

 ほら見ろよ、俺の資産はよく燃える……。

 

 心なしか優しげな眼差しを向けてくる他の面々に『同情するなら順位寄越せー!』と噛みつきつつ、俺は再びサイコロを放り投げるのだった。……あ、またマイナスマス……。

 

 

 

;-A-

 

 

 

ぐわーっ!!?

「お兄さんがまた事故った!!」

「これでまたゼロ円生活だ!!」

「何度目ですの振り出しに戻るの……」

 

 

 はてさて、TASさんからの干渉を彼女が認めたあと。

 およそ一時間ほど経過したわけなのだが、彼女からの干渉は留まることを知らず、俺は同じところをぐるぐる回り続けていたのだった。

 ……他のみんなもうゴールしてるんだけど、俺だけいつまでスタート地点の付近でぐるぐるしてればいいんです……?

 

 

「ソレハモチロンワタシノキガスムマデ、モシクハオニイサンガギブアップスルマデダヨー」

「ぐぬぬぬ……つまり必然的に俺が折れるしかない、ってことじゃないか……!」(※TASさんが干渉を止めるわけがない、的な意味で)

「ソウダネーオニイサンガオレルシカナイネー」(※そもそも私は何もしてないので端からお兄さんが折れるしかない的な意味で)

(……とんだ茶番じゃねぇか、これ?)

(しーっ、お兄さんってば自分の運が悪いってこと頑なに認めないから、こうしてTASがどうにかするしかないんだよ!)

(……()てる限り、そのルートに突入するの滅茶苦茶難しそうだが?)

(…………)

 

 

 流石にこうも長々とプレイを阻害され続けると、他の面々も飽きが来ているような感じになっている。

 

 視界の端ではCHEATちゃんとROUTEさんが何やら視線を向けあっているが……多分『これいつまで続くんだよ?』的なやり取りを行っているのだろう。

 非常に心苦しい話ではあるのだが……俺としてもこの邪知暴虐の(ともがら)を前にしては、一歩も引くことはできんのだ……!!

 

 つまりこの根比べ、文字通りどちらかが音を上げるまで終わらない我慢比べの意味も含まれているということで……、

 

 

「……なんだこのアラーム?」

「おおっとーこれはよくないですねー今日のゲームタイムは終了でーすえーい」

「ぬぉわー!?」

 

 

 緊張感溢れる空気の中、突如それを破壊するように響いたアラームの音。

 思わずなにこれ、と困惑を滲ませながら周囲を見渡していると、唐突に何かを思い出したように手を叩いたDMさんが声を上げる。

 それを合図にしたかのように、突然身体を引っ張られるような感覚に襲われた俺は、いつの間にかゲーム機の前に放り出されていたのだった。

 

 ……ええと、これは一体?

 

 

「体験型ゲームはいわゆるフルダイブ型のゲームと同じく長時間の連続使用は身体への悪影響が懸念されますのでこうして制限時間を設定していたのですそもそもそろそろ夕食の準備を始める時間ですので貴方は早々に準備をお願いします宜しいですね?!」

「え、あ、はい」

 

 

 首を捻る俺に対し、この状況を引き起こしたDMさんが矢継ぎ早に説明を投げ掛けてくる。

 ……ええと、雑に纏めると『さっさと夕食の準備しようぜ!』ってことでオーケー?……おかんですか貴方?

 

 なるほど、『ファ○コンばっかしてないで勉強しなさい』とか言ってくる母親と同じノリだったか。

 そこに健康被害への懸念まで重なれば、そりゃまぁ止められるのも宜なるかなである。

 

 ……ふっ、命拾いしたなTASさん、勝負はお預けだ!

 

 

「別に今日の夕食が美味しかったら私の負けでもいいよ」

「言ったな貴様!今日の夕食はハンバーグじゃー!」

「わーい。手伝うー」

 

 

 なお、TASさん本人は過ぎ去った勝負に興味は無いとばかりに、今日の夕食に夢中である。

 ……彼女の移り気はいつものことなので横に置くとして、ともあれ美味しい料理を作ることに異論はない。

 

 そんなわけで、手伝うなら手を洗ってからと言い含めてから、俺はDMさんとTASさんを引き連れてキッチンへと向かったのだった。

 

 

(……DM、ぐっじょぶ)

(あのまま放置すると夕食に遅れが出ていたでしょうから、ある意味必然的な対処だったと言っておきます)

(それでも、ぐっじょぶ)

(……ありがたく受け取っておきますね)

 

 

 ところで、なんでこの二人はサムズアップを交わしてるんだろうね?

 なんだろう、ハンバーグなのがそんなに嬉しいとか?

 ……うーむ、よくわからん。

 

 



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秋の火遊び()火事のもと()

「うーん……」

「おや、TASさんが唸り声を上げるとは珍しい。今日は何やってるんで?」

「カブが育たなくて困ってる」

「カブ?野菜かな……って()やないかーい」

「?そっちもやってる」

「わぁ無人島生活」

 

 

 いや、なんでデュアルカブ育生システムに手を出してるんですか貴方。

 

 ……なんてツッコミはほどほどに、改めて現在のTASさんの状況を説明すると。

 パソコンの前に陣取り、その膝の上には携帯ゲーム機がセットされている状態で、かつパソコンの画面にはなにがしかのグラフが、ゲーム機の画面にはデフォルメ体型のキャラクターが畑を耕している姿が写し出されていた。

 それぞれ、パソコンの方は株式の・ゲーム機の方は野菜のカブの方について、あれこれやっている最中ということになるらしい。

 

 

「にしても株式かぁ……TASさんならグラフを見てるだけで風を吹かせたりもできるはずだけど、何を手こずってるんで?」

十種纏めて上げようとしてる

流石にそれは無茶では?

 

 

 ただ、いつものTASさんなら株の操作()くらい手を出さずとも容易に行うはず。

 何を一体手こずっているのだろう……と疑問を口に出せば、流石のTASさんでも一筋縄ではいかなさそうなレギュに挑んでいた、というだけの話であることが明らかになったのだった。

 ……一種でも大概なのに、それを十種纏めて上げようとするのは無謀以外の何物でもないのではないだろうか?

 

 

「一応業種は全部別。同系統ばっかりだと談合とか疑われるから面倒」

「その場合の『面倒』って、どっちかというとTASさんに降り掛かるものじゃなくて、画面の向こうの会社側とかに降り掛かるやつだよね???」

「?当たり前のことを確認してどうしたの?」

「うーんTAS的開き直り……」

 

 

 いや、正確にはTAS的無知みたいな感じか。

 ……ともかく、同系統の銘柄が全部上がる、となれば業界全体で何かがあったと疑われるのも仕方のない話。

 その結果としてそれらの会社が酷いことになるのはこちらとしても望むモノではないため、一応業種の被らない株を選んで操作している……ということになるらしい。

 

 いやまぁ、そもそも操作してる・もしくはされているって時点で大事件なんだけどね?

 でも流石にTASさんが裏で糸を引いている……なんてことを気付ける人間の方が珍しいので問題はないというか。

 

 

「ぐわぁぁあっ、損益がぁーっ!?」

「……なんか今、ROUTEさんの悲鳴が聞こえたような?」

「気のせい。気のせいじゃなくても彼女が負けたのは私のせいではない」

「そっぽを向きながら言われても説得力がないんだが?」

 

 

 なお、タイミングよく遠くの部屋から悲鳴が聞こえた気がしたが……TASさん曰く偶然とのこと。

 君の言う偶然は必然の別名でしょ、とツッコミを入れようかと思ったが、その結果不機嫌になられても困るので細かい追求は避ける俺であった。

 

 

「とにかく、十種全部高水準に持ってくるのは中々に骨が折れる」

「だからその操作中の暇潰しにカブの方も育て始めた、と?」

「こっちは挙動が素直だからやりやすい。実入りもいいから片手間にやる分には満足度が高い」

「はぁ、なるほど」

 

 

 で、改めて今現在のTASさんの挙動についての話に戻ると。

 十種纏めて価値を上げるのは中々に時間が掛かるため、その間の暇潰しにゲームの方も起動した……というのが彼女の口から出た説明。

 株式よりは楽、と本人が述べた通り、ゲーム機内のカブはポンポン増えていき、そちらを売ったことで得られるゲーム内通貨もちゃりちゃりと音を立てながら増え続けているのだった。

 

 

「ぬわぁーっ!?市場崩壊と不作が合わさって借金ががががぁーっ!!?」

「……遠くからダミ子さんの悲鳴が聞こえた気がしたけど?」

「市場の流れを見切れない人間に明日はない……じゃなかった、私は無関係。知らない」

語るに落ちたり、というやつでは?

 

 

 なお、再びタイミングよくダミ子さんの悲鳴が遠くから聞こえてきたりしたが……所詮はゲームの中のこと、そこまで取り繕う気もないのか、単に気が抜けていたのかは不明だが、TASさんは微妙にボロを出していたのだった。

 無論、追求しすぎると拗ねるのでほどほどに触れるだけに留める俺なのだけれども。

 

 ……ともかく、カブ周りの話は危険がいっぱい。

 軽い気持ちで触れるとそれがなんであれ酷い火傷になる……みたいな教訓めいた言葉を心に刻み、件の二人には夕食のおかずを多めにしてあげよう、と決めた俺なのであった。

 

 

「お兄さん、私は?」

「今日のおかずの一つは()()()()()()だけど、それでもいいなら増やすよ?」

「……優しさだと思ったら傷口に塩を塗り込む行為だった件について」

 

 

 いやだなぁTASさん、物事ってのは痛い目を見ないと覚えない……みたいなこともあるから、その手伝いをしてあげてるだけだよ?

 寧ろ俺の優しさに咽び泣いて欲しいくらいだね、と言葉を返したところ、TASさんは珍しく微妙な顔をこちらに向けていたのだった。

 

 なお、夕食時に暴れる鬼が二人現れたが、早々に鎮圧されたのは言うまでもない。()

 

 



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我思う、ゆえに道あり

「にしても……すっかり寒くなったなぁ」

「昼間はまだ暑い時もありますけれどね。……この時間帯がすっかり寒くなったのは間違いないかと」

 

 

 はぁ、と吐いた息が白く染まることを確認しながら、そろそろ冬も近付いて来たかと改めて体感する今日この頃。

 

 俺とAUTOさんとCHEATちゃんの三名は、夕焼けに染まる帰り道をゆっくり歩いていたのだった。

 ……なお、何故この三名が揃って歩いていたのか、という理由については買い物に行った帰りであるからと予め説明しておく俺である。

 

 

「この時節、安売り人数限定商品は買い逃すわけにはいかないからな……」

「卵は特によく使いますものね……」

 

 

 両手に抱える袋の中には、お一人様二パックまでの卵が六つほど。

 ……もっと人数を動員すればさらに買い足せたのでは?と言われそうだが、とはいえ一家族で十近くも買い占めると顔を覚えられる()ので宜しくない……みたいな?

 近所付き合いにおいておば様方を敵に回すのはよくないのである。これはTASさんもそう言ってる。

 

 

「……マジで?」

「『徒党を組まれても特に問題ないけど、以降ずっと彼女達からの横槍フラグを抱えることになると考えると割に合わない』だってさ」

「普段のTASさんならば、そういうのも面白い……みたいなことを仰りそうですけど」

「『面白いを通り越してうんざりするくらい絡まれるのが見えたから止めた』んだと。まぁ、そういう気分じゃなくても横槍が飛んでくる……となると下手に憎しみを煽るのは宜しくない、って結論になるのもおかしくはないというか」

 

 

 げに恐ろしきは井戸端会議(ネットワーク)ということか。

 現代の村八分はより陰湿で狡猾であり、かつ他者の気概を折ることに特化している……みたいな?

 まぁ、元を正せばいらない恨みをわざわざ買ったから、となるのでどっちが悪いと単純に断定もできないわけだが。

 

 ……言い換えれば『恨みを買わなきゃいい』だけの話なので、下手に他所のおば様方に不利益を被らせなきゃそれで終わることでもある。

 そんなわけで、こういう特売の際に必要以上に買い占めをするのは止めよう、という結論になるわけなのであった。

 

 

「……特売一つ取ってもややこしいんだな」

「特売のフラグに干渉して販売個数を&*個とかにしてた時から比べたら、随分と世間に迎合したものだと俺は思うけどね」

「何か今変なこと仰りませんでした貴方様???」

 

 

 なお、それとは別方面で問題児だった過去のTASさんに思いを馳せていたら、二人からマジかよ、みたいな反応を頂くこととなったわけだが……。

 いや、TASさんなら寧ろそういうことやってる方が普通では?……と返したら「……そういえばそれもそうですわね」という納得が返ってきたのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

よくわからないけどムカついたから殴るね

「お兄さんそうやってすぐ暴力に訴えるのよくないと思ぐえーっ!!

「雉も鳴かずば射たれまい、ってやつかな?」

他人事面してるけどCHEATも対象

ほぎゃー!?

 

 

 帰ったら熱い歓迎を受けた件について()

 ……まぁ、居ないところで話してたとしてもTASさんには関係ない、というのはわかっていたのである種予想通りではあるんだけども。

 なおCHEATちゃんに関しては多分素である()

 

 

「何かストレスになるようなことでも?」

「TASさんがってことならその通り。最近新しいゲームをやってるらしいんだけど、同期がうまく行かずにずれるんだと」

「……ああ、TAS動画ということですわね?」

「そうそう」

 

 

 で、わざわざこの展開を受け入れたということは、TASさんが何か暴力に訴えたくなるような別の問題があったのでは?

 ……と気付いたAUTOさんが密かに耳打ちをしてきたため、あっさりとそれを肯定した俺である。

 

 最近新しいジャンルのゲームに手を出しているらしいTASさんだが、どうにも思った通りに進められていないらしい。

 具体的には『前半と後半の動きを繋げようとするとどうしても同期ズレ(desync)する』とのこと。

 ……なんか久しぶりにTAS用語を聞いたような気がするが、ともあれ彼女にとって致命的な問題であることは間違いなく。

 ゆえに、そうして溜まった鬱憤を俺が暴力として受け入れた(上で、それだけじゃ足りずにCHEATちゃんにも飛んでいった)わけである。

 

 

「なるほど……それにしても珍しいですわね。確か同期ズレと言うのは、エミュレーターが本来存在している変数の全てを演算しきれていないから起こるもの、みたいなことを聞いたことがありますが……」

「ああうん、それも仕方のない話なんだよ。何せそのゲーム、かなり最近のモノだからね」

「……ああ、確か演算する変数が多くなる近年のゲームは同期ズレを起こしやすいのでしたか。ところで、参考までに何のゲームに挑戦しているのか御伺いしても?」

「ん?……ああ、最近始まったオンラインゲームだよ。『現実なら上手く行くのに、一つ間に世界を挟むだけで動き辛くなる。これほど悲しいこともない』とか言ってたなぁ」

「……かなり無謀なことをしていらっしゃるのですね……(白目)」

 

 

 なお、そうしてTASさんが苦戦する相手とはどんなものなのか、という問いに対して俺が答えを返したところ、AUTOさんは『それはそうですわ』とでも言いたげな視線をこちらに寄越して来たのだった。

 ……いやほら、その辺りはTASさんなので……。

 

 



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プログラムの二重起動は遅延の元

「オンラインゲームともなれば、必要な変数はそれこそ星の数ほど。……そもそもゲーム内の他のプレイヤーの行動も見ておかなければならない関係上、RTAならともかくTASを成立させようとするのは無謀でしかないのですが……」

「でもそれより変数云々ではややこしそうな現実ではやれてるよ?」

「……という、至極もっともらしい反論が飛んでくるというわけですのね……」

 

 

 はてさて、TASさんが現在てこずっている相手がオンラインゲームである、ということを明かしたわけなのだが。

 それを聞いたAUTOさんは、なんとも悩ましげな表情を浮かべている。

 特に、後に続いた言い訳部分が刺さったようで、うんうん唸っていたのだった。

 

 ……確かに、オンラインゲームでTASをする、というのは無理があるだろう。

 本来のTASと同じようにやるのであれば、ゲーム内で実際に動いている変数は多岐に渡り、それらをキチンと合わせないと別撮りの動画は同期ズレを起こす。

 

 ……ただ、普段のTASさんの動きがそういう普通のTASと同じであるならば、寧ろオンラインゲームよりさらにややこしい『現実』という相手に普通に通用している方がおかしい、ということになってくる。

 無論、これは単にTASさんの言う『同期ズレ』と普通のTASにおける『同期ズレ』が同一のモノではない、というだけの話であるのだが……。

 それでもやはり、リアルでやれるのにゲーム内では不可能、という結果が直感に反したモノであると感じてしまうのは仕方のないことというのも確かな話なのだった。

 

 

「やっぱり、どう考えてもリアルの方が大変だろうからね」

「そうなると……やはり現実という世界とゲームの中という世界、二つの世界を間に介することで微細な処理落ちが発生している……とか、そういう方面の話になるのではありませんこと?」

「だよねぇ……」

 

 

 そうなると、問題の理由として思い付くのは『処理がダブっているのでは?』というもの。

 分かりやすくいうと、プログラムを二重に開いているのではないか?……ということになる。

 

 本来世界という範囲においてTAS動作を行う場合、その世界を範囲としたプログラムを走らせている……と仮定できるわけだが、ゲーム内の世界がそれ相応に広くなると、結果として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?……という考え方だ。

 

 

「普段の彼女の動きは、ゲームそのものに対してTASを適用しているのではなく『現実における自身の動きに対して補正を掛けている』のではないか、という話ですわね。あくまでも現実の動きに対しての操作が、結果としてゲームという別の範囲にも波及している……というだけというか」

「で、そのやり方だとゲーム内の世界が広くない分にはそこまで問題もないけど、世界の中に世界がある──いわゆる入れ子構造になっている場合、隅々まで手が届かなくなる……と」

 

 

 上手い例えが思い付かないが……遠隔操作で掃除機を動かして部屋を掃除している、みたいな状況が近いのかもしれない。

 

 部屋の中がシンプルであればあるほどに部屋の掃除に苦戦することはなくなるが、その反対──部屋の中が煩雑であればあるほど、隅々まで掃除することは難しくなっていく……みたいな?

 実際に部屋の中で掃除機片手に移動しているのならば、例えば四隅に合わせて掃除機の先のブラシを交換して対応する……みたいなこともできるが。

 これが遠隔操作しているロボットに掃除機を持たせてやっている、となると途端に難易度が上がる。

 

 ロボットの腕を操作して掃除機のノズルを変える──いわば間接的な操作になってしまうため、端的に言ってまどろっこしさが跳ね上がるのだ。

 結果、余程ロボット自体の操作に習熟していないと満足に掃除もこなせなくなる……と。

 

 ショベルカーで筆を持ってキャンパスに絵を描く……みたいな曲芸が凄いと持て囃されるのは、自身の手のようにそれらの機械を使いこなしていることを証明しているから。

 そういう意味で、普段のTASさんも『自分を操作してゲームをクリアしている』と考えるとわりと大概なことをやっていることになったりするわけなのだが……まぁ、その辺りはとりあえず置いておく。

 

 ともあれ、ゲームをやる時のTASさんは基本その『間接的操作』になっていると仮定すると、オンラインゲーム相手に分が悪いのもなんとなく理解できてくる。

 普通のゲームなら影響範囲は一人で済むが、オンラインゲームならそれが世界中に広がってしまう。

 ……そりゃまぁ、拾いきれない変数が現れてもおかしくないというか。

 

 そうなると、これはTASさんには無理難題なので諦めるしかない、みたいな結論になりそうだが……。

 

 

「そこで諦めるようなら彼女はTASとは呼べませんものね」

「……ってことは、久しぶりのTASさん成長回か……」

「ですわね……」

 

 

 無理だと言われれば寧ろ燃えるのがTASさん。

 となると、つまりこの出会いは必然的にTASさんが自身の殻を破る──すなわち更なる飛躍のための準備期間、ということになるわけで。

 

 ……え、まだ成長するのこの人。

 みたいな思いで見つめあった俺達二人は、未だにCHEATちゃんのほっぺを引っ張ってストレス解消しているTASさんに視線を向けながら、深々とため息を吐いたのだった。

 ……うーん、面倒みきれ(ない)よう。

 

 



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甲斐甲斐しく世話を焼く姿は通い妻の如く

 はてさて、TASさんが更なる飛躍の時を迎えている……みたいな話から早二日。

 件のTASさんは変わらずイライラしつつ、それでも普段通りに日々を過ごしているのだった。

 

 

「TASさんプリン食べる?」

「食べる。そこ置いといて」

「へーい」

 

「TASさんなんかいるものある?」

「飲み物が欲しい。とにかく甘いやつ」

「へーい」

 

「TASさんマッサージとかいる?」

「肩は凝ってない。別にいい」

「へーい」

 

 

「……なんですのこの、致せり尽くせりの状況は」

「快適過ぎて羨ましさすらありますぅ」

 

 

 そんな状況において俺がするべきことは、彼女のイライラの原因となるモノを可能な限り減らすことだろう。

 イライラするにしても一つのことだけ、それ以外は路傍の石の如く無視できる状態にする……それにより、目の前の一点以外に気持ちを傾ける必要性を減らす、というわけだ。

 

 無論、これが最善かどうかはわからない。

 膠着した状況を動かすには外部からの刺激が必要、みたいなパターンも存在しうる以上、俺のやっていることは全て無駄……みたいな可能性も少なくはないだろう。

 

 

「だがしかし!だからといってやらない理由にはならない!俺はTASさんが成長するために、その障害となる万難を排除すると約束しよう!」

「お兄さん、うるさい」

「あっ、はい」

(黙った……)

(黙りましたわね……)

 

 

 はい。……はいじゃないが?

 まぁともかく、可能な限りTASさんに協力する……というのが今回の俺の方針。

 ゆえに彼女の邪魔にならないように、新たなイライラの種にならないように立ち回る所存なのであった。

 

 

「……で、本音のところはどうなんだい?」

「本音?本音とはなんですかMODさん。俺は純粋にTASさんのための行動をですね……」

「なるほどなるほど、つまりはこう言い換えたらいいのかな?『多分恐らくそのうちきっとこっちも巻き込まれる羽目になるので、そのフラグが立つ前に彼女の成長イベントを終わらせよう』……みたいな?」

「…………」

(露骨に視線を逸らしましたわね……)

 

 

 ……まぁうん。

 TASさんの成長を応援する気持ちは嘘じゃないよ?

 でもほら、今回の相手ってオンラインゲームなわけじゃん?うちにはパソコン一つしかないじゃん?

 ってことは半ば強制的にこの間DMさんが使ってたダイブマシン使うことになるじゃん?

 それってつまり、彼女の成長イベントに俺達が介入する場合、自動的にデスゲーム式オンラインゲームに飛び込む羽目になる、ということになるわけで……。

 

 

「……え、なんで?」

「そんなのTASさんだから『死んでもいいゲームなんて温い』とか言いかねないから……」

どこかの誰かに喧嘩を売っていませんかその台詞?

 

 

 いやまぁ、元ネタの人のはなんというか皮肉系の台詞だったんだろうけども。

 それをTASさんが言う分にはほぼ確実に文字通り──経験を積むと言う意味ではリアルに勝るものなし、みたいな方向になるだろうというか。

 だってほら、実のところ今まで俺達が向き合ってきたトラブルって、わりと命の危機と隣り合わせのものも多かったし。

 

 

「……言われてみると、そうですわね」

「前の時は問題なくても、今回は規模が大きくなってる……みたいなのもあるしなー」

 

 

 私の時のとか、と軽く述べるCHEATちゃんである。

 ……ともあれ、AUTOさん他の面々も納得して頷いているように、俺達の周りで起きるトラブルというのは大小様々。

 そして、大の方にカテゴライズされるものは命の危機──いや、世界の危機と言ってもいいものも少なくはない。

 太陽が消えたり、はたまた冥界が地上に現れようとしていたり……みたいなのは、その中でも顕著なものだろう。

 

 そして今回、TASさんの成長イベントの舞台として選ばれた電脳世界(オンラインゲーム)

 ……それ単体ならばそこまで危険性も見えてこないが、それに()()()()()()()()()()という形式が加わった時、その危なさは天井知らずに上がっていくのである。

 なんでかって?そういうもんだからだよ!!

 

 

「投げやりな台詞ですぅ」

「だが的を得ている。俺からも情報共有しておくが、ここでアイツ(TAS)が早解きできなきゃ巻き込まれるぜ、まとめてな」

「oh……」

 

 

 そしてそんな俺の台詞を聞いて、間違っていないと頷くのはROUTEさん。

 ……俺の意見に賛同してくれる人がいるのはありがたいのだが、それがROUTEさんだと話が変わってくる。

 あくまでも『その可能性がある』ってだけの話だったのが、『その選択肢がある』にまで実現可能性が跳ね上がった、ということになるからだ。

 

 こうなるとマジでなりふり構ってられない。

 ここでTASさんをうまいこと誘導できないと、下手するとTASさんとAUTOさんの早解き合戦が始まる可能性が……!!

 

 

「……いや、それはそれでいいのか?」

「しっかりしてくださいましー!!」

あうべっ!?

 

 

 ……クリアに躍起になるのであれば、俺達が巻き込まれたとしても引きこもるという選択肢ができるのでは?

 と一瞬考えてしまった俺に突き刺さる、AUTOさんの左こぶし(ツッコミ)

 そこに込められた『絶対そんなにうまいこと進みませんわよ』という思いに、俺は目の覚めた思いで彼女に視線を向け直すことになったのだった──。

 

 



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諦めたら楽になれますよ、という地獄からの呼び声

「とはいっても、結局はTAS君の行動次第……なんだよねぇ」

「こちらからできることは限られていますものねぇ」

 

 

 このままだとみんな巻き込まれる……。

 みたいな危機感を隠していたことがみんなにバレてしまったわけだが、この危機感を解消することはとても難しい、ということも同時に知れ渡ることとなる。

 何せ、こちら側から事態を動かす余地がほとんどない。

 辛うじて絞り出したのが『TASさんが途中で投げ出さないように、可能な限り他のストレス要因を排除する』というものだったわけだが……これだと、結局彼女の行動に全てが委ねられているという点で然程違いがない。

 

 

「かといって他の方法も、辛うじてやれそうなのがCHEATちゃんによる干渉だろうけど……」

「そもそも目的はTASのやつの成長なんだろ?ってことは、私が下手に干渉しても意味がない……ってことにならないか?」

「そうなんだよなぁ……」

 

 

 では他に何か手があるか?……と問われて真っ先に思い付くのがCHEATちゃんによる干渉だが、これは寧ろ悪手中の悪手である。

 

 単にあのオンラインゲームをクリアする、というのが目的であるのならばそれもまたありかも知れないが、今回の目標はTASさんが成長すること。

 そのための修行場としてオンラインゲームが向いていた……という話でしかないので、それを無理にクリアしたところでトラブルの引き金には指が掛かったまま。

 

 他のゲームにTASさんが移動するきっかけにはなれど、彼女の動きを止める理由には全く足りていない、ということになるのである。

 で、彼女が止まらないのだから危機的状況の発生フラグも立ちっぱなしのまま、と。

 ……こう列挙してみると、なんというか何時ものトラブルにも負けず劣らずの難題、という気がしてくるな?

 

 

「まぁ、実際問題難題なんだけども。……結局どうする?」

「うーん……ROUTEさん、こう……なんか上手い具合に選択肢を連鎖させてTASさんが望むルートに繋げる、とかできない?」

「俺に死ねと言っているんなら、その喧嘩は買うぜ?」

「あれー?!」

 

 

 そうなると残された対策は、TASさんと同系列の能力を持つROUTEさんによるルート固定、くらいしか思い付かなかったわけだが……試しにやれるか聞いてみたら何故か喧嘩を売った判定をされてしまった、何故に。

 ……詳しく聞いたところ、TASさんの能力運用はまともな未来視能力者なら即発狂するレベルの酷使であり、それを他者に強いるのはまさに鉄砲玉として玉砕してこい、と命令するのと同義とのこと。

 

 平たく言うと『アレ(TAS)と俺を一緒にするな、オーケー?』という意味であり、脳天に突き付けられた拳銃の鈍い輝きと共に俺に事の重大さを教えてくるのだった。

 

 

「……ところでそちら、本物ですの?」

「んなわけあるか。ライターだよライター。……見た目だけでもハッタリにはなる。ハッタリになるなら別のルートも見える……ってだけだよ」

「なるほど……」

 

 

 なお、当の拳銃は偽物とのこと。

 引き金を引くのに合わせて銃口から吹き出した青い火に、周囲はほっと胸を撫で下ろしたのだった……。

 

 

 

○=○

 

 

 

 はてさて、結局上手い対策が思い付かなかったその日は、そのままなし崩しに解散となった。

 

 相変わらずパソコンの前でうんうん唸るTASさんを置いて部屋を出た俺は、一先ず夕食の準備をするためにキッチンへと向かう。

 

 

「実際問題、このままでいいと思います?」

「どうでしょう?あのTASさんのことですから、明日にはさらっと問題を解決しているかもしれませんよ?」

「うーん、ないとは言えない……」

 

 

 てきぱきと作業をこなしながら、DMさんとTASさんについて会話をするが……特に上手い案は出てこない。

 寧ろ、こうして俺達が気を揉む方が無意味なのでは?……みたいな結論が出てくる始末だ。

 

 

「というかぁ、実際それでよいのではぁ?結局こっちからできることはなにもないんですしぃ」

「……飛んでくるトラブルが世界崩壊級だったとしても?」

「既に何度も遭遇してますから今さら、ですねぇ」

「しまった、いつの間にか危機感が麻痺してやがる」

 

 

 何故かついてきた(手伝う気のない)ダミ子さんは、出来上がって行く料理に手を伸ばしてはその甲をDMさんにぺしり、と叩かれている。

 懲りるということを知らないのか、もしくはこっちの隙を突く自身があるのか……どちらにせよ邪魔でしかないのでキッチンの外へ放り出してやろうか、と考える俺であったが、その前に彼女が発した言葉に呆れ返ることに。

 

 ……まぁ確かに?俺達ってばいつの間にか世界の危機を幾つも乗り越えていたりするわけだが。

 とはいえそれって、基本的には俺やダミ子さんではなく、他の面々の活躍による功績ってやつなわけで。

 ってことは、その功績を積んだ張本人が(結果的に)敵側に回ってしまうと、必然俺達にできる対処なんてたかが知れてる、ってことになるわけで。

 

 ……その辺りを思えば、楽観視なんてできない……できない……?

 

 

「?どうしたんですかぁお兄さん?……はっ!もしかして私の仕事(味見)ができたんですね!?」

「……ああ、ダミ子さんの()()ができたかも知れないぞ!」

「……んん?ニュアンスが違う気がしますぅ?」

 

 

 もしかして、なんとかなる?

 俺は襟首を掴まれ強制退去寸前となっていたダミ子さんの姿を見て、とある解決策を思い付いていたのだった。

 ……うまく行けば、なんとかなるかもしれんぞ……!

 

 



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ダミーには、こういう使い方もある!

「そもそも何故同期ズレが起こるのか?……無論、演算対象が多すぎるから、データ間の同期がスムーズに行われない……というのも間違いじゃないだろう」

「何か演説っぽいのが始まりましたぁ」

 

 

 茶化すんじゃないよダミ子さん。

 おほん。……ともかく、今回TASさんがてこずっている原因は、雑に言うとエミュレーション範囲が広くなりすぎたから、というもの。

 細かなスーパープレイ・スピードランを数珠繋ぎにしたのがTASである以上、前提となるデータは全て揃っていないといけない。

 ……その背景データが膨大であるからこそ、そこで起こる細かな出来事まで操作しきれない、なんて事態が発生してしまうのである。

 

 ならば、だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、必然同期ズレなど起こらないのではないだろうか?

 

 

「……はい?」

「無論、単にそれをそのまま実行してもTASさんのためにはならない。難題を乗り越えてこそ成長する、ってわけだからね。だから、ここでは……」

「な、なんと……!」

 

 

 そうして俺が語った対策に、皆は驚きと納得の表情を浮かべたのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「それでは作戦開始!TASさんに気付かれるなよ!」

了解ー(ラジャー)!」

 

 

 はてさて、そんなわけで作戦決行である。

 タイミングは昨日の作成会議から一夜開けたお昼過ぎ。

 昼食を食べたあと、TASさんが再びパソコンの前に向かったタイミング、となる。

 

 彼女が椅子に座ってからタイマースタート。

 俺達の短くも長いRTA(リアル(で)タス(を)アシスト)開始の合図というわけである。

 

 まず始めに行うことは、DMさんとダミ子さんを所定の位置に配置すること。

 今回の作戦の要はこの二人であり、彼女達の連携なくして成功はありえない。

 ゆえに、ここの動きは密かにトレーニングが行われており──珍しく機敏な動きでばばっと動くダミ子さんの姿が見られたりした。

 まぁ、付け焼き刃どころではない一夜漬けであるため『終わったあとは筋肉痛確定ですぅ』と嘆くダミ子さんだったりもしたが、些細なことだろう。

 

 ともあれ、二人が配置に付いたら次に動くのはCHEATちゃん。

 二人の行動をネトゲ内に反映するための様々な調整を任された彼女は、久々に全力の証であるあのタブレットサイズ黒板を引っ張り出してきていた。

 そのまま、ガリガリとチョークで音を立てながら、必要なコードを入力し(かきこみ)続けていく。

 

 そんな三人をさらに外からサポートするのが、ROUTEさんとAUTOさんの二人。

 細かい確率のズレを外部から解消するため、()()()()()()()()()()()()()()()使()()みたいな状態となっており──なんというかこう、ちょっと耽美な雰囲気を醸し出しているような?

 あれだ、某有名女性歌劇団、みたいな?……まぁ、男役もとい指示役がAUTOさんの方であるため、余計に見ちゃいけないものを見せられてる感が増しているわけだが。

 

 そして最後に、そんなものが視界の端に見えたなら気にしないわけがないだろう?

 ……ってことで、それらの隠蔽を任されたMODさんである。

 これ全部を隠すのは無理じゃないかい、みたいな懐疑の眼差しを開始前はこちらに送ってきていた彼女だが、度重なる彼女への強化フラグが功を奏したのか、本人も驚くくらい完璧に隠蔽できている。

 これならば、TASさんからは食後の一服……みたいな感じで、みんながババ抜きをして遊んでいるようにしか見えないだろう。

 ……え?それだと逆にTASさんが注目してこないかって?

 今のTASさん他のことに夢中だからこれくらいだと気にしてないよ。

 

 ──そう、気にしていない。

 いつもなら『私も混ぜてー』とばかりに突っ込んでくる彼女が、そんな余裕もないくらいに一つのことに集中している。

 それはある意味で、彼女には珍しいくらい焦っている、という風にも見えてしまうもので──。

 

 

(なら、目の前のトラブルはちゃっちゃと片付けて、いつものようにはっちゃけてて欲しいと思うのは、何もおかしくなんかないだろう?)

 

 

 ゆえに、俺は彼女の背を押すのである。

 ……まぁ、今回の俺がやれることと言うと、極力TASさんが周囲を気にせずに済むように、あれこれと世話をすることだけなんだけどね。

 え?さっきMODさんに隠蔽工作頼んだのはなんだったんだって?

 彼女一人の献身で完全に興味が逸らせる……なんて虚勢は張れないからね、仕方ないね。

 

 まぁともかく、ここに全ての準備は整った。

 ゆえに、俺は頃合いを見て彼女達に合図を送る。

 自分のなすべきことをなせ、というシンプルなそれは、瞬時に彼女達を行動させ──、

 

 

「……!これは……!」

(さぁTASさん、受け取るがいい!これが俺達からの最大のエールだ!)

 

 

 電子の世界に、彼女達の影響は瞬く間に広がっていく。

 NPC達はまるで自我を得たように動き始め、PC達も突然キャラの動きが良くなったことに驚きながら、それでもゲームを進めていく。

 

 ──そう、端的に言えば今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだった。

 

 



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大抵のものは二面性を持つ

 TASさんの目の前に広がる、まるで超新星爆発の如き情報の洪水。

 さきほどまでゲーム内に溢れていたデータは、それこそゲームそのものを圧迫しかねないほどに膨張し──しかし、それでも正常に起動している。

 その繊細な調整を行うため、結局大量の人員(リソース)を動員することになったわけだが……ともあれ、結果的に成功したのだから問題はあるまい。

 

 ……え?前回お前は『背景データを減らす』みたいなことを言ってなかったかって?

 これだと寧ろ背景データは増えてるではないか、と。

 その問いに関しては、こう返答させて貰うとしよう。『いいや、減ってるよ?』と。

 

 まぁ、確かに最初他の面々に説明した時にも、似たような反応を返されたので、そういう言葉が出てくるのは仕方ないとも思っているんだけどね。

 というわけで、回想行ってみよー。

 

 

 

・A・).oO

 

 

 

「……え、データを増やすんですか?減らすのではなく?」

「ああそうだ。俺達は総力を挙げて、あのゲームが扱っている情報の大きさを可能な限り引き上げる」

「そんなことをすれば、TASさんの負担が余計に増えるだけなのでは?」

 

 

 これから俺達がやろうとしていることについて、解説をしていたところ。その内容について、DMさんが驚きの声をあげた。

 率先して声をあげたのが彼女だっただけで、他の面々も言外に『なんで?』とでも言いたげな色を湛えている。

 

 ……まぁ確かに、一見すると正反対の行動をしているようにしか見えないし、その結果得られるものも更なる苦難……みたいに見えるため、おかしいと感じるのは仕方のない話。

 しかしそれは、そもそもこれがオンラインゲームである……ということを前提にすると、あっさり覆ってしまうものでもあるのだ。

 

 

「……オンラインゲームだとひっくり返る?」

「もう少し正確に言うと、()()()()()()()()ってことになるかな」

 

 

 今回、TASさんが直面している『同期ズレ』とは、すなわちスーパープレイ/スピードランを行う際の各動き同士を繋げる部分で問題が起きている……というものである。

 行動そのものは個別で成立するものの、その裏で動いている()()()()()()()()()()()()()()()が一致しないため、一連の動作として認められない……みたいな。

 

 分かりやすく説明すると……トライアスロンをTAS動画として例えた時になるか。

 水泳の最速と自転車走の最速をそれぞれ記録したものの、それぞれ遠く離れた場所で撮ったものなのでそれを一連の記録とはできない、みたいな。

 ……これは極端な例だが、裏の数値が合わないというのはある意味で、居る場所が違うのと大差ないのも確かな話。

 

 そしてこれは、言い換えると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でもあるのだ。

 

 

「……あー、なるほど。純粋に最速を目指した場合、選択肢がそれ一つしかないのが問題なんだなこれ」

「そういうこと。裏の数値を合わせながら動けたのなら、特段問題になるはずもないことだからね」

 

 

 俺の説明に、納得したように頷くCHEATちゃん。

 ……そう、裏の数値が合わないのは、見方を変えると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 エミュレーターの扱う範囲が狭いからこそ、弄れない範囲にある数値にアクセスする手段がない……なんて不都合が起きてしまうのである。

 

 そこまで説明すれば、なんとなくわかるだろう。

 エミュレーターの性能不足が問題なのだから、その性能を上げて同期ズレの理由となっている数値に触れるようになれば、同期ズレは簡単に解消する……と。

 

 

「もし仮に問題の数値に触れられるまで拡張できなくても、それを変化させずに最速で動けるようなルートが開拓されれば問題はない。そして、そのルートを開拓するのにオンラインゲームという庭は狭すぎるんだ」

 

 

 現実じゃないから、というのはそういうこと。

 リアルであればTASさんは全ての数値に触れられる。

 そこから狭い世界へと間接的にアクセスしているからこそ、どうにもできない数値が出現してしまった……というわけだ。

 

 そして、データを増やそうとする理由はそれだけではない。

 難易度を下げてしまってはTASさんに受け入れられないだろう。扱うデータ量を増やす──難易度を上げるからこそ、TASさんも素直にこちらの補助を受けることができるのである。

 

 

「なるほど……確かに、今回の一件はTASさんのためのもの。であるならば、TASさんに受け入れるつもりがなければ意味がありませんものね」

「そういうこと。──ゆえに俺達が目指すのは、背景データを増やしなおかつそれがゲームを進行不能にしないこと。そのためには、みんなで協力するしかないってわけなのさ」

 

 

 

・A・

 

 

 

「さぁ、道は無限に開かれた。TASさん、今こそ君の本領を発揮する時だ」

 

 

 開かれた世界に、TASさんは身を踊らせる。

 ラグらない、同期ズレしない、隙は多い──。

 TASさんが一番力を発揮できる状況を用意し、けれどそれは単に甘いだけのモノではなく。

 

 ゆえに彼女はほんのりと微笑みを溢し、自身の全てを以て記録(かべ)に挑み──。

 

 

「最速記録達成」<フンス

「「「「「「「やったー!!」」」」」」」

 

 

 見事、魔王城(ラスボス)崩壊TAS最速記録を達成したのだった。

 うーん、城を壊したあとは乾杯したくなるZE……☆

 

 なお後日、オンラインゲームの運営会社が突然のゲーム終了をアナウンスしたが、俺達のせいではない。ないったらない。

 

 



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もう秋だって言ったじゃないですかやだー!!

「突然だがあっつい!!」

「おかしいですねぇー、もう十一月なんですけどねぇー」

 

 

 長袖を投げ捨て叫ぶ俺と、その横でアイスを食べてるダミ子さん。

 更にその奥ではスク水(白)を着て宙を泳ぐTASさんの姿が見えたりするが……彼女に関してはスルーして頂きたい。

 先日の魔王城崩壊TASを成功させてからずっと、あんな感じで浮かれ続けているので。

 

 

「いい加減地に足を付けるべきだと思いますが……」

「その台詞は定職に付かずふらふらしている相手に使うべきであって、実際に浮いている相手に使うものじゃないとお兄さん思うの」

 

 

 ……などというやり取りはともかく。

 ともあれ、気温の話である。

 

 九月や十月の時も思わないでもなかったが、それでも十月半ば以降は普通に秋っぽい季節になっていたはず……にも関わらず、これである(日中夏日(二十五度)・十一月)。

 いや……異常気象にもほどがあるのでは?

 

 

「例年のこの時期の平均気温は高い方が十七度前後、低い方が十度前後。……少なくとも、夏日を記録するようなことはまずあり得ませんね」

「というか、確か北海道の方雪虫舞ってなかった……?」

 

 

 北海道の雪虫は、それが大気中に溢れてから数週間後には雪が舞うほど寒くなる……ということを知らせるもの。

 つまり部分的にでも零下になる場所がある、ということである。

 幾ら日本が縦に長くて最北端と最南端だと属する気候帯が変わるとは言え、それにしたって違いすぎやしないですかねぇ……?

 

 

「はっ!もしかしてTASさんが何かのフラグのために無茶苦茶な気温にしてる……!?」

「お兄さんはなんでも私のせいにしすぎ」

目潰しっ!?

 

 

 いや、イラついたからって目潰しは無いでしょ目潰しは……。

 突然のTASさんの蛮行に地面を転がって耐える俺である。……のたうち回ってる時点で耐えてない?それはそう。

 

 暫くして、痛みが引いたので立ち上がる俺。

 目の前でぷかぷか浮いてるTASさんは、浮き輪にその体を通しながらこちらを睥睨?している。

 ……いやまぁ、姿が姿なんで怖くはないけどね?寧ろ格好と状態の奇抜さが視線を逸らすことを進めてくるというか。

 

 そんなこちらの視線を気にした風もなく、彼女はこちらに説明を続けるのだった。

 

 

「そもそもDMの加入イベントが始まってもない。つまり今の私に天候操作技能は解禁されていない」

「……いや、お手軽なのがそれってだけで、あれこれややこしい動きを積み重ねれば一応今の状態でも天候操作はできるじゃんTASさん……」

「それは言わないお約束」

 

 

 うーん、欺瞞。

 ……まぁ、この異常気象がTASさんのせいではない、ということは確かなようなので、この話はここで終わりである。

 

 ともかく、こんなに暑いとなんというかこう、涼しくなるようなことがしたくなってくる。

 

 

「とはいえ、下手に夏っぽいことをするのは違うしなぁ」

「あくまで昼間が暑いだけで、夜になると季節相応に寒いしね」

 

 

 ただまぁ、だからといってかき氷機とかを引っ張り出すのはアウトである。

 ……隣のダミ子さんはアイスなんか食べているが、その実夜になると普通に寒い。

 それは言い換えると、直に夕方となる今の時間帯から食べ物で体を冷やすのは宜しくない、ということになるわけで。

 

 

「そうなると……怪談でもするのかい?」

それは却下で。またダミ子さんが雪女になるのは本気で不味い

「冷たいもの食べてるから余計に変化しやすい」

「えっ、そうなんですかぁ?」

 

 

 ただ、だからといって肝を冷やす、という方向で話を進めるのも却下である。

 なんでかって?横のダミ子さんが変な反応起こした結果雪女になるのが目に見えてるからだよ!!

 

 本人はその辺りよくわかってないみたいだが、現在のダミ子さんはアイスを食べているせいで属性が氷に傾いている(?)。

 その状態で怪談話なんてした日には、以前変化したことがあるという縁を辿って雪女に変化すること受け合い、というわけだ。

 

 自分の意思でも変化できるためその辺り気にしてなかったのだろうが、そもそも彼女は他所の世界からの侵入者を防ぐための楔。

 言い換えると変化を受容することで他の変化を発生させない存在であるため、場の状況を整えた上での自然変化は抑えられないのである。

 ……いやまぁ、今なら強制変身のあと別の姿に変身する、みたいな感じで回避はできそうな気はするが。

 

 

「それでも、短期間でも周囲を極寒に包む可能性がある以上は、無闇矢鱈に変身させるのは良くないんだよ」

「……ごく自然に変身するものとして扱っていますが、そもそも勝手に変身するのもおかしいのでは……?」

「その辺りはほら、ダミ子さんの性質が強化された結果、みたいなもんだから……」

「私もいつの間にか成長してるんですねぇー」<モグモグ……アッ,アタッテル

 

 

 なお、AUTOさんからある意味至極もっともなツッコミが飛んできたりもしたが……TASさんが自然と浮いていることに比べれば些細な話だろう、と返せば確かにと納得していたのだった。

 ……いや、自分で言っといてなんだけどそれで納得するのもあれだからね???

 

 



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熱心に扇ぐと大抵熱くなる

「では、代わりにどうしますか?納涼のために」

「んん……とりあえずお互いを扇いでみる?」

「まぁ、真夏日ならともかくこのくらいの気温なら扇げば涼しい……かな?」

 

 

 怪談話は却下となったが、そのままだと暑いのも確かな話。

 そういうわけで、暑さとは無縁そうなDMさんから再度の確認が飛んでくることになったのだが……ここは無難に扇いでみるのはどうか、という話になった。

 

 今年の夏みたいな、体温を越える気温の中で扇ぐのならともかく、精々二十五度程度の気温であれば、風が届けば十分涼しいだろう。

 そもそも夏場のクーラーもそれくらいの気温設定だし。

 

 ってなわけで、用意しましたうちわ×人数分。

 これで互いを扇いで涼しくなろう、という魂胆である。

 

 

「魂胆て」

「言い方は悪いけど……まぁ、競争めいたことになるのも目に見えてるし……ね?」

 

 

 主にTASさんが目を輝かせているから、的な意味で。

 自分で扇ぐのならともかく、相手のことを扇ぐのならその程度というのは難しくなる。

 ……難しくなるのなら競争になる、という理屈だ。

 なのでTASさんが張り切るのも無理はない。張り切った結果扇ぐ力が強すぎて周囲が更地になるのも無理はない。

 

 

「そうそう無理はない……ワケねーだろっ!?

「おお、久しぶりにCHEATがノリツッコミしてるの見た気がする」

私は別にノリツッコミの人じゃねーからな!?

 

 

 何処から用意したのか、祭りでもなければ見ないような巨大うちわを構えるTASさん相手に、CHEATちゃんはヒートアップした姿を見せていたのだった──。

 

 

 

・∀・)─◇三)д')

 

 

 

 はてさて、思ったより物理的な手段で周囲を更地にしようとしていたTASさんを(結果的に)止めた俺達は、そのまま流れるように互いを扇ぎ始めたわけなのだけれど……。

 

 

「……その、TASさん?」

「なに?」

「微妙に天候操作の練習……応用?するの止めない?」

「こっちの方が涼しいよ?」

「涼しい通り越して寒いんですよ……」

 

 

 だからといってTASさんが大人しくなるかと言われれば、それはまた別の話。

 大きなうちわから手持ちサイズのうちわに切り換えたTASさんは、その風に乗せるようにして冷たーい冷気をこちらに送り込んで来たのだった。

 

 ……多分、例の天候操作を応用、ないしダウンサイジング……いや、結果的にそうなってるだけでどっちかというと失敗状態?……を有効活用しているのだろうけども。

 うん、その気遣いはありがた迷惑というやつである。

 さっきも言ったが昼は暑くても夜は寒い、すなわち今の時間帯(日も沈んできた)に冷気を放出するのは普通に拷問みたいなもの、ということになるわけで……。

 

 そんな思いを視線に乗せて打ち出したところ、返ってきたのは『?』という不思議そうな表情であった。

 ……あ、これあれだわ。拷問というか試練というか、とにかく寒いのに耐えさせることを目的としてわざとやってる、って顔だわ。

 

 

「なんでそんなことを……」

「パワーアップ版DMの加入イベントを想定した訓練。恐らく以前のあれよりエグいくらい寒い」

あれ確か北国での話だったよね???

 

 

 朝の内だとマイナス四十度とか余裕で行くから、ダイヤモンド・ダストとか確認できるような所だったよね???

 あれより寒くなるってなんだよ……南極かなんかかよ……。

 あっでも、確かに彼処にあった地下遺跡内部にテレポート罠とかがない可能性はないのか!?

 ってことは物言わぬ氷像にされる可能性も十二分に散見される……?!

 

 

「俺……寒さ訓練、張り切って受けるよ」<グッ

「お兄さんその調子。私達の道行きはとても明るい」<グッ

(真顔でガッツポーズしあってるけど……)

(多分お兄さんが踊らされてるだけですよねぇ)

 

 

 共に戦う同士として、決意を確かめあう俺とTASさんである。

 周囲のみんなはその姿を微笑ましげに見ているが……そういえば、彼女達はついてこないのだろうか?

 

 

「と、いうと?」

「いやほら、前回は俺達二人で行ったけど……別に定員が二人ってわけでもないだろ?……だったら、CHEATちゃんくらいは連れていった方がいいんじゃないかなーというか」

ほぎゃー!?なんでそこで私を巻き込むんだ貴様ーっ!?

 

 

 思い浮かんだのは、今までの加入イベントリターンズ達について。

 前回と全く同じメンバーで挑む……みたいなこともあったが、その実DMさんくらい後のメンバーにもなると、別に誰かをハブる必要もないというか。

 特に、CHEATちゃん辺りは今回ハブられると後でうるさそうだなぁ、というのが容易に予測できるというか?

 

 ……などと告げたところ、当のCHEATちゃんからは抗議の声が上がったのだった。……この分だと、前回の自分の発言を忘れているらしい。

 

 

「なにが?!」

「『あわや世界遺産がおじゃんじゃねぇか』」

「……あ゛」

 

 

 そう、地下遺跡。

 遺跡マニアでもあるCHEATちゃんは、そういったものに目がない。

 ゆえに、DMさんとのあれこれで雪の下に飲み込まれていったオリジナルの遺跡のことを大層残念がっていたのだが……どうやら、今こうして俺に告げられるまでその事を忘れていたらしい。

 

 

「……つ、ついてく!私もついてくからな!!絶対ついてくから置いてくなよな!?」

「置いてかれたくないなら勝手についてくるといい」

なんでそんな微妙にスパルタなんだテメェ!?

 

 

 珍しく意地悪を言うTASさんと、それにムキになって突っ掛かるCHEATちゃんを眺めつつ、俺達は撤収の準備を始めるのだった……。

 

 



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かわいそうな彼らは序の口

「……そういえば、あの時は描写外で密漁者達がバシバシ取っ捕まってたんだっけか……」

 

 

 しみじみ、といった風情で当時のことを思い出す俺。

 確かあの時北国に連れ去られた段階で目的として挙げられていたのは『密漁者の捕獲』だったが、それに関しては片手間に片付けられていたのだったか。

 

 猟銃とか持ってる相手なのだから危ないに決まってるのだが、雪道で突然出会った時に危険度が高いのはTASさんの方なのでどうしようもない。

 ツキノワグマとかヒグマじゃないだけマシ、とでも思って貰うしか……え?白い雪に紛れるようにして木々を飛び回り、『タチサレ……タチサレ……』と底冷えするような声を響かせていたTASさんの方がよっぽど質が悪い?

 そもそも相手は悪人なのだからその辺りは、ね?

 

 ってなわけで、回想終わり。

 改めて現在に視点を戻して見れば、そこにはとても愉快な光景が広がっていたのだった。

 

 

「さーちあんどですとろいー」<ダララララッ

「ふべぇ!?」

「逃げる密漁者は悪い密漁者、逃げない密漁者は良い密漁者。とはいえどちらも逃がすつもりはありませんわー」<ドパーンッ

「ふげるぺびっ」

「ワリーコハイネガー……レイホウヲオソレヌワリイコハイネガー……」

「ひぃいいい祟りだぁああ……べへっ!?」

 

「こ れ は ひ ど い」

「はっはっはっ。まぁ悪人に情けは無用、だからねぇ」

「ヤダこの人熊に擬態してる……」

 

 

 はい。

 ……ええまぁ、ご覧の通りなんかこう、結果的にみんなでの遠征になったわけでね?

 それゆえ、密漁者の皆様方は大変ショッキングなことになっているのであります。……うん、死なないだけマシ、みたいなやつだなこれ???

 

 

「こ、ここまで来ればなんとか……」

なりませんよぉ……貴方はここで凍え死ぬんですぅ……!

「ひぎゃあああ雪女だぁあああふべっ」<カチーン

「本当に凍らせるやつがあるかよ……ってかそれ死んでねーのか……?」

「妖気?で凍ってるだけなので大丈夫ですぅ。それよりROUTEさんの方が酷いと思いますぅ」

「そうか?BB弾とはいえ思いっきり撃ってるTASだのAUTOだのに比べれば優しいと思うがな。苦しむことなく一瞬で天国を見せてやるぜ?」

「あきゃっ」<ゴキッ

「……私のより死んでないか心配ですぅ」

 

 

 モデルガン片手に追い回しているTASさんやAUTOさん、ホラー演出マシマシのCHEATちゃんに対し、物理的?に密漁者を屠っている(※屠ってない)ダミ子さん達も中々である。

 っていうか、ROUTEさんのそれは思いっきり首いってない?

 

 

「うーん……もし私が変わらず遺跡の中に居たのなら、こう思ったことでしょうね。──やだ、バカが来たぞって」

「酷い言われようだけど否定はできねぇなぁ」

 

 

 うん、こんなところで何やってるんだこいつら、みたいな感想を抱くのは当たり前というか。

 ……そんなわけで、呆れたような声をあげるDMさん(※スナイパーライフルを支え代わりに立ってる)に対し、苦笑を返す俺なのであった。

 

 そんなこんなで珍道中。

 目的地である遺跡までの道のりを、さくさく雪を踏みしめながら進んでいく。

 途中、北の大自然に住まう生き物達を狙う密漁者達を発見しては、それを撃滅しつつ……だ。

 

 

「うーん、おかしいなー」<クソーッ!ヤレー!ヤリカエグエーッ!?

「おかしい……とは、一体何が?」<ヒェエエオタスケウベッ!?

「いやね、ここって日本でしょ?確かにこの辺りは人類未踏の北の大地、何が居てもおかしくない場所ではあるけど……」<ナンデコッチノイチガバレテギャァ?!

「ああ……確かに。他所の国ならともかく、平和な日本にここまで密漁者がいるものか、と不思議に思ったと?」<ナンナンダヨナンデアンナニオンナバッカナノニツヨブヘッ!?

「うん、そういうこと」<クソーッ!!フザケンナソコノヤロー!!

 

 

 真っ白な雪原に紛れるようにして隠れている一団を発見してはぶん殴り、発見しては撃ち落とし……。

 ……などとやっていると、ここが実は日本ではないような気がしてくる。いやまぁ、相手の悲鳴が日本語な辺り、ここは日本で間違いないとは思うんだけどね?

 

 でもほら、なんというか日本で密漁、というのがあんまりピンと来ないと言うか。

 やるにしてもカキとかアサリとか、もしくはサンマとか鮭とか……そういう、水棲生物に対してのモノがほとんどなんじゃねーのかな、みたいな気分になるというか。

 少なくともキツネやら鹿やらを密漁しに来るイメージはあんまりないというか。

 いやまぁ、単に密漁が見過ごされるほど広い土地がない、ってだけの話のような気もするのだが。

 

 ともあれ、微妙な違和感を覚えつつも密漁者達を屠っていくこと数分。

 俺達はいよいよ、目的地である洞窟にたどり着いたのであった。

 

 

「なるほど、これが噂の……!」

「今回入り口は空いてるのか?」

「多分閉まってる。開けるところから始めないと」

「なるほど……ってDMさん?突然立ち止まってどうしたんです?」

 

 

 この奥の、壁を崩した先に目的の遺跡がある──。

 その事実に目を輝かせるCHEATちゃんを先頭に、洞窟の奥へと向かう俺達……だったのだが。

 その入り口で立ち止まったDMさんを確認した俺は、先頭集団から離れて彼女にその理由を聞きに行き。

 

 

「……()()、いる?」

「はい?」

 

 

 そうして、奇妙な彼女の一言を耳にすることになったのだった。

 

 



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私が鏡に写って増えて、増えた先には私がまた一人

「ええと、『私がいる』とは一体どういった意味合いで?」

「……文字通りです。この遺跡には私がいる。……いえ、正確には封印されたままの、邪神としての私がいる……ということになりますか」

「なんと?」

 

 

 突然の彼女の発言に、その心意を問い掛けることとなる俺。

 その結果返ってきたのは、本来いないはずの──かつての彼女がまだここにいる、という内容の言葉だったのであった。

 

 ……とはいえ、それが素直に頷ける話かと言われればまた別の話。

 周回とTASさんの呼ぶそれは、正確には『強くてニューゲーム』ではなく、そのまま『二周目』であると捉えるべきもの。

 そのため、一部の要素以外は元の状態にリセットされている。

 具体的には、ダンジョン内の仕掛けなどがそれだ。

 

 例えばである。

 ダンジョンクリア後に外へ強制的に放り出されるようなパターンの場合、中の仕掛けは一方通行となっていることも少なくない。

 ボスを倒してステージクリアをしなければ街などには戻れない……みたいなパターンだ。

 

 その場合、クリア後のダンジョン内部の状況は二つに別れる。

 ギミックが初期状態に戻っているパターンと、戻っていないパターンだ。

 戻っているパターンは、再度ダンジョン深部にたどり着くことができる。

 その上で、以前倒したボスと再度戦えたり、はたまた二度目はないのでそのまま入り口に戻され、内部状況がリセットされる……みたいな形になるのが主流である。

 

 対し戻っていないパターンの場合、二度とボスの部屋にたどり着くことはできない、みたいなことになっている。

 必然、その辺りで取り逃したモノがあったりすると二度と入手できないということになり──場合によっては致命的な事態に発展する、ということもありえる。

 

 今回の『二周目』の場合、そのあり方は戻るパターンと戻らないパターン、その折衷案に近い状態となっている。

 具体的には、今回やってきた遺跡の入り口はリセットされていて、仲間になるメンバー達のイベントはともかくその所在そのものはリセットされていない……みたいな感じか。

 これはどちらも、『ストーリー進行に支障を来す』か否かでその結果が左右されている、と考えるべきだろう。

 

 わかりやすいのは、特定の場所に向かうために必要となるアイテム達。

 これらはストーリー進行上で入手するアイテム・ないし移動手段であり、ストーリー序盤などではたどり着けない道の先に新たなフィールドが待っている……という形で、作品の世界観を大きく広げる役割を持っている。

 

 それゆえ、『二周目』『強くてニューゲーム』のどちらのパターンでも没収されることが多い。

 中には『二周目』で没収されず、かつその状態でないと到達できない隠しステージが存在する……というパターンもあるが、それはそれでストーリー進行の方は色々と投げている、というパターンも少なくはない。

 本当は既に入手しているが、持っていないものとして話が進む……みたいなやつだ。

 

 今回の場合、ギミック系のものはそれを攻略するTASさん達が主題なこともあり、基本的にはリセットが掛かっている。

 TASさん的にも『新しい手法を試す』ためにはリセットされていた方が何かと都合が良いだろう。

 対し、メンバーの加入状況はリセットされていない。

 内部データ的にはまだ加入していない、という扱いになっていたりもするようだが……特定のタイミング以外で彼女達の行動に制限が掛かるようなこともない。

 

 そして、それが許されるような状態にするためということなのか──再度の加入イベント時、彼女達が増えたりしないようになっている。

 言い換えると、イベントフラグはリセットされてもキャラの所在自体はリセットされていない、となるか。

 

 それゆえ、加入イベントをどう攻略しても、同じ人物が二人以上に増えたりする、なんてことはありえない。

 それが引き起こすバグやらなにやらを思えばその方が安心だろう、というのは間違いあるまい。

 まぁ、TASさんは少々残念そうにしていたわけだが。『能動的に数値をオーバーフローさせられそうなのに。残念』とかなんとか言ってたので本当にそうじゃなくてよかったと思う。

 

 ……そう思っていたのだけれど。

 さっきのDMさんの話が本当であるのなら、少々不味いことになるかもしれない。

 

 

「……なるほど。ここにいる私がどういう状態なのかはわかりませんが……もし仮に、加入フラグに何かしらのバグがあってそれか影響として出ているのであれば……」

「嬉々としてTASさんは検証に掛かる。下手をすると無数に増えたDMさん(※未加入Ver)で異常を引き起こし、裏世界に飛んでデバッグルーム発掘とかやり始めるぞ……!!」

「……おかしいですね、私が当初予想していた危機とまったく違う方向にかっ飛んで行ったんですが???」

「え?……参考までに聞くけど、どうなる予定だったので?」

「いえその、流石のTASさんと言えど邪神・私が増えたら手に負えなくなるのではないかと……」

「はっはっはっ。俺にはみんなして『たすけてー』って言ってるイメージしか湧かないですねぇ」

「……これ、私は下克上を狙うべきなのではないでしょうか?」

「何故に!?」

 

 

 なお、双方の見解が食い違ったことに、しばらくDMさんが拗ねる事態となったが……色々提案してどうにか機嫌を直して貰ったのだった。

 ……うん十万のメモリとかねだられたけど、彼女の機嫌と比べたら遥かに安いね。本当だよ。(震え声)

 

 



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無謀な盗掘者が山のように!

 はてさて、突入前にひと悶着あったものの、どうにか解決して突入した俺達がそこで目にしたのは……。

 

 

「お、おおう。こんな見事にぼっこぼこにされるもんなのか……」

「いや唖然として見てる場合じゃねぇぞ?!結構やベーってこれ!!」

 

 

 遺跡内の仕掛けに蹂躙される、哀れな盗掘者達の姿なのであった。

 いやほんと、見てて思わず『うわぁ……』って目を背けたくなるくらい、誰もが蹂躙されてるんだもの。

 こりゃ遠い目になるのも仕方がないというか?

 

 ……とはいえ、CHEATちゃんの言う通りでもある。

 恐らく、現在この遺跡内の仕掛けを作動させているのはかつての──邪神味バリバリのDMさん。

 となれば、不遜なる盗掘者共の生命の保証など一ミリもない、ということになるわけで。

 

 ……ええ、見たところ死んではないけど虫の息、みたいな面々がそこらに転がってるこの状況。

 流石にこれを見逃すのは人としてどうか?……みたいな気持ちもないわけではなく、一先ず彼らを救出することを最優先するという話になったのだった。

 いやまぁ、盗掘者なんだし自業自得ってことにしてもいいんだけどね?

 

 

「でも別に死ぬほどではないと思う」

「そもそも海外ならともかく、日本で盗掘云々で死ぬのはあれというか……」

 

 

 主にそんなことが起きる可能性が低すぎる、的な意味で。

 ……他所の国と陸地で繋がっているのならともかく、日本は海洋国家。

 船での出入りなどが厳しく監視されているこの環境で、盗掘で一儲け……なんてのは夢物語どころの話ではない。

 不利な要素が多過ぎて、なんでよりにもよってそれを選んだ?……みたいなツッコミをしたくなるような作業なのだから、必然それで取っ捕まったり酷い目に合うやつなんて数えるほどしかいない、というか。

 

 いやまぁ、ごく少数なだけであって、居るところには居るわけだけどさ?

 ……でも少ないと目立つわけで、必然遺跡に盗掘に入って死んだ人間、とかそれこそ末代まで笑い話にされるだろうなーというか。

 流石にそれは哀れに過ぎるので、助けてあげようと仏心を出すことにした俺達なのでありましたとさ。

 

 

「死んでるより生きてる方が後腐れないし」

「何か言いましたかぁ?」

「いや何も。とりあえずあからさまに失血死しそうなそこのやつらから助けようか」

「はぁいですぅ」

 

 

 ……まぁ、悪人とは言え死体を見るのは気持ちが悪い、みたいな自分本意の考えもなくはないが、それはそれ。

 訝しむダミ子さんの背を押しつつ、高所から落下したのだろう人物を助けに向かったのだった──。

 

 

 

((( ;˚A˚)))

 

 

 

「……これ、今回R-18Gの注意を入れた方がよかったんじゃ」

「うーん、予想以上にエグい……」

 

 

 うむ、直接描写するととても大変なことになる(婉曲な表現)ので若干ぼかして言うと。

 ……こう、死んでないのが不思議になるような重症患者達がわらわらいる、みたいな感じだと思って貰えれば。

 いや、中身こそ溢れてないけど、その分だばだば流出してるし明らかに向いちゃいけない方向に向いてる部位があったりするし。

 千切れてないのは幸い、みたいな酷い状態も散見される以上、本来であればあと数分の命……と断言しても問題ないレベルというか。

 

 にも関わらず、彼らは比較的元気そうである。

 いやまぁ、怪我の程度によっては文字通り死ぬほど痛そうにしているが、その割にはあくまでも『死にそう』で留まっているというか?

 

 

「あと一押しが足りない……という言い方をすると、まるで私が彼らの逝去を願っているようであれだが……」

「まぁうん、言いたいことはわかるよMODさん。首の皮一枚で耐え続けている、みたいな感じだよね」

 

 

 他に上手い言い回しが思い付かなかった、とでも言いたげなMODさんの発言を引き継ぎ、皆が感じているだろう疑問を形にする俺。

 ……そう、彼らは死にそうではあるが、かといってこのまま放置していても本当に死ぬことは無いのではないか?……と感じさせるのである。

 その理由は、彼らの怪我。

 よく目を凝らして見ると、その表面がうっすらと光っているのがわかる。

 

 

「……いわゆる自動回復(リジェネ)、というやつでしょうか?」

「生かさず殺さずのギリギリの状態を保つための処置……ってことかな?」

 

 

 その輝きが、決して彼らを死の縁に追いやらないように努めている……というか。

 だがしかし、彼らを完治にまで持っていこうとはしていない、というのもなんとなくわかる。

 つまり、今の彼らは生殺与奪の権を他人に──具体的には邪神・DMに握られ続けている、ということになるだろう。

 

 

「……見せしめ、かねぇ?」

「まぁ、恐らくは。盗掘者に対して末期の苦しみをずっと味合わせている……みたいな?」

 

 

 その様子を見て、ROUTEさんが呟いた通り──これは恐らく見せしめ、なのだろう。

 自身の領域に踏み込んできた愚かな人類に罰を与え、己の選択を後悔させ続ける……。

 精神的なダメージを与えるためだけに、生かさず殺さずの状態を維持している、とも言えるか。……なんとも悪趣味な話である。

 

 

「……あっ、いやあのこっちのDMさんが悪趣味、と言いたいわけではなくてですね?」

「いいんです、お気遣い有難うございます。……ですが、私も健在であれば同じ事をしていたと思うので、そう気になさらずとも結構ですよ?」

「怖っ」

 

 

 なお、邪神ではない方──メイドなDMさんがすぐ近くで聞いていることを思いだし、慌てて発言を取り繕ったが……当の本人はあっけらかんとしていたのだった。

 ……いや、怖ぇなこの人?

 

 



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誰しも自分を高く見積もって

「……しかし、そうなるとこいつらどうするかなぁ?」

「いきなり生命維持が切られるとも思えないが、結果的にこの遺跡を攻略するのであればあまり変わらない……ってことか?」

「そーいうことー」

 

 

 かき集められた盗掘者達を前に、腕組みをして唸る俺達一行。

 彼らのほとんどは重傷者ではあるが、同時に遺跡の加護?的なモノによって虫の息のままその命を保たれ続けている。

 ……それは裏を返すと、このまま遺跡を攻略した場合彼らは命を落とす、ということでもある。

 まぁ、維持しているのがこの遺跡の持ち主である悪DMさんなのだから、ある意味仕方のない話なのだが。

 

 

「悪DMて」

「暫定的な呼び分け方だから……まぁともかく、このまま対策もなしに突き進むのはよろしくないよねぇ」

 

 

 なお、その呼び方を聞いたROUTEさんが『何言ってるんだこいつ』みたいな視線を向けてきたが……これに関しては一応呼び分けないとTASさんがやらかすので仕方ない。本当に仕方ない。

 

 

「ええと……やらかすとは?」

「面倒臭いからってこっちのDMさんをタコ殴りにして結果的にここにいる悪DMさんも連鎖的に倒す、とかやりかねない」

!?

 

 

 因みにだが、やらかすというのはこっちのDMさんの身が危ない、的な意味である。

 確かになんか増えているが、結局データ?の上では同一人物なのだ。なら、身近にいる方をコテンパンにして終わらせる、というのも一つの解法だろう。

 ……まぁ、その場合下手するとこっちの善(?)DMさんが消え、悪DMさんの方に統合される……とかいう変則パターンに入る可能性もあるわけだが。

 でもそれはそれでTASさんが喜びそうなのでNGである。主に折れずに向かってきてくれそうな相手が増える、的な意味で。

 

 

「あまりの非人道的な発言に驚きを隠せませんが……とりあえずお一つ。……本当に折れずに立ち向かっていくと思います???」

「ごめん、多分最初の内だけだなそれは」

 

 

 ……うん、すぐに今のDMさんと同じになるよね。

 だって前回もやったもんね、悪DMさんからの善堕ち。……善堕ちかこれ???

 

 まぁともかく、今ここにいるDMさんを犠牲にする、というのは後味が悪いし意味もない……的な方向でTASさんを説得しつつ(「そんなことしない」と不満げな様子だったが、「本当に?」と問い掛けたら視線を逸らしていた。そこはハッキリ頷いて欲しいところである)、改めて盗掘者達を見る。

 

 

「……やっぱり、ここはDMさんを彼らの見張りとして配置する、というのが一番なのでは?」

「確かに。仮に悪DMさんが倒されたとしても、同じDMさんなんだから遺跡の権限を引き継いで崩壊を防ぐ……とかできそうだし、その流れでこいつらの生命維持も引き継げそうだし」

「マジで!?この遺跡崩壊せずに済むの!?」

「お、おう?た、多分」

「やたー!!遺跡サイコー!DMサイコー!!」

「滅茶苦茶喜んでる……」

 

 

 折角DMさんが増えてるのだし、倒すのは悪DMさんにして、こっちのDMさんには撃破後に空いた遺跡の権利者の座に滑り込んで貰おう……という感じの方針を打ち出したところ、DMさん本人が頷く前にCHEATちゃんが狂喜乱舞し始めた。

 ……それほどまでに、遺跡が崩れずに済むのが嬉しいらしい。

 

 だが悲しいかな、遺跡の維持にはこの場に居続けることが条件。

 ……最終的に彼女を連れ帰ることになる以上、いつまでも維持し続けられるわけでもない。

 つまり、この盗掘者達を病院に叩き込むまで崩壊の期限が伸びた、というだけの話であって、遺跡崩壊の末路は変わっていない……という事実には気付いていない様子。

 

 そのことを親切にも知らせようとするTASさんを口止めしつつ、俺達は浮かれ気分で躍り狂うCHEATちゃんを眺めていたのだった。

 ……あ、崖から落っこちた。足元見てないからだぞもー。

 

 

「ひゃっほー!!本来なら見れない位置からギミック確認するのサイコー!!」

「……落ちたと思ったら突然飛行し始めた件について」

「まぁ、曲がりなりにも不正行為(CHEAT)の名前を冠しているわけですし。地球の重力に逆らうことなどわけもない……ということなのでしょうね……」

「正規ルートを無視するのも、CHEATなんて名前なんだから気にするわけもない……ってことだねぇ」

「……あのぉ、なんだかTASさんが微妙な顔をしてるんですけどぉ」

「ほっときなさい。どうせ『むぅ、ルート短縮(正規ルート無視)していいなら私だって飛ぶのに』とかなんとか考えてるだけだから」

「……図星みたいな顔してんぞアイツ」

「「「「「!?」」」」」

「いやなんでこっち見て驚いてんだよ。見るならアイツの方だろうが」

「ROUTEさんが……」

「TASさんの顔色を……」

「読んだ……!!?」

「…………あ゛っ」

 

 

 なお、一連の流れの中で、いつの間にかROUTEさんが『TASさん顔色検定』の受講資格を得ていることが判明したが……キレた彼女の一喝によって有耶無耶になった。

 むぅ、照れることなんてないのに……。

 

 



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遺跡は続くよ何処までも

 はてさて、色々あったけどようやく本格的な遺跡攻略開始である。

 前回はTASさんが完全にスピードランしていたため即刻崩壊した遺跡だが、今回はTASさん以外も挑戦しているためその攻略速度は遅め(※当社比)である。

 

 

「まぁ、起きている盗掘者さん達は『それで遅いの?』みたいな顔をしていらっしゃるわけなのですが」

「……え、この位置から向こうの表情が見えるのAUTOさん?」

「ええまぁ。私の場合は視力が良いと言うよりは、見る方法の最適化として見えている……という形ですが」

「困った、説明されてもよくわからん」

 

 

 いやまぁ、遺跡の深部に侵入する前──壁を伝って次の場所に向かう必要性がある場所の時ならば、入り口から続くだだっ広い空間を進まされていたこともあって、待機しているDMさん達を直接見ることも可能だったわけだけど。

 今現在、彼らの姿は大きな氷の柱で遮られており通常の手段で見ることはできない。

 

 ……つまり、AUTOさんが見ているのは通常の視点とはまた違うもの、ということになるわけで……そりゃまぁ、何かしら別の手段で把握している、というのはわかるけどもさ?

 なお、向こう側がこっちの状況を知り得ているのは、偏にDMさんが遺跡内の状況をモニタリングして彼らに伝えているから、だったりする。

 なんでそんなことをしているのかって?彼らが気絶しないようにするためですが何か?

 

 

「気を失っている者への生命保護が最低限になっている、って気が付かなかったらやらなかっただろうねぇ」

「よもや遺跡攻略前に死にそうになってるとは……いやまぁ、元々どうして向こう側が彼らの生命維持をしてるのか、ってところを思えばそりゃそうだ、としか言いようがないんだけど」

 

 

 命の危機に怯え、恐怖の声を上げる様を見たいから……みたいな感じだったか。うーん、いい趣味()をお持ちのようで。

 分かりやすく邪神なここの主のことを思いつつ、壁の出っ張りをヒョイヒョイ登っていく俺達なのであった。……覚えてて良かった空中二段ジャンプ。

 

 

 

.n/⌒ꐕ

 

 

 

「使いすぎると不機嫌になるのでは?……と考えていましたが、想定通りでしたわね……」

「まさか不可視の叩き落としを使ってくるとは……」

 

 

 そこはそうやって攻略するんじゃないんだよ、とばかりに叩き落としに掛かってくる向こうの戦略に、なんというか容赦がねぇなと戦慄する俺である。

 

 いやまぁ、邪神らしく人の苦しむ姿を眺め楽しんでいる……というのなら、本来まともに踏破するのすら不可能に近いギミックの数々を軽々越えているのは面白くないだろうなぁ……。

 と、予め予測していたからこそなんとかなったものの、そうでなければ底無しの谷底に放り出されてゲームオーバー、だっただろう。

 

 

「まぁわかってればなんとでもなるわけだが」

「向こうもまさか、干渉しようとしたら弾かれるだなんて思ってなかっただろうなぁ……」

 

 

 なお現状の俺達()。

 こちらからは干渉できない手段での叩き落とし、という回避も迎撃も不可能なはずのそれは、こっちにCHEATちゃんという同ラインのヤバい生き物が居たことで容易に迎撃可能となっていた。

 

 具体的には、形のないものに形を与えるコードを適用して殴り返した……という形である。

 まぁ、流石にCHEATちゃん本人では膂力が足りないので、実際に殴り返したのはROUTEさんだが。

 ……そのタイミングで脳裏に聞こえてきた『なにそれ!?』の言葉は相変わらず意味不明だが……なんとなく驚いていることだけは感じられたのだった。

 

 

「とはいえ、あんまり悠長にはしてられないなぁ。こうなったらあの手この手で妨害してくるだろうし」

「確かに。今は頭上から叩き落とす形だったけど、もっと迎撃し辛い大きさにして横合いから殴る……なんてこともやって来そうだ」

 

 

 しかし、こうして迎撃に成功してしまうと、向こうとしても躍起になるのは確定的。

 MODさんの言う通り、迎撃し辛い状態・大きさに変化させた上で更にタイミングを図って作動させる……くらいはやって来てもおかしくないだろう。

 

 何せこの遺跡は、ある意味彼女の体内のようなもの。

 ……人間ならともかく、仮にも神の一柱である彼女ならばそれは自身の領域に他ならず、そこで起きることは自在に操作できて然るべきだろう。

 ともすれば、今この場で足元を全て剣山にする……みたいなことも可能かもしれない。

 

 

『あ、いいですねそれ。あんとしていただきで……』

「まぁ、今さら足元が針山地獄になったところで、それで無様に貫通されてしまうような面々が何処にいるんだ……って話なんだが」

「『これもヨガのちょっとした応用』、とかなんとか言ってできるまでやらされたからな……幾ら穴が空いても治せるあてがあったとしても、あれはちょっとスパルタ過ぎるというか……」

『やだこのひとたちこわい……』

 

 

 まぁ、例えそんなことをやられても、厳しいTASさんブートキャンプ()を越えてきた俺達には、全くの無意味なのだが。

 ……そんな感じのことをぼやいたところ、頭に響く悪DMさんの声はどこか困惑したようなものに変化していたのだった。

 

 ──うん、これもう(こっちのDMさんがギャグ落ちするのも)時間の問題だな???

 

 



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山場しかないともはや平地である

『ええい、ならばてんとち、りょうほうからせめるだけのこと!くらえさんどいっちあたっく!!』

「なんの!分身殺法!」<シュバババ

『ふえた!?えちょっ、どれ?!どれがほんもの!!?』

 

 

 ほんのり残念な空気を醸し出し始めた悪DMさんだが、先任のようにはならんぞ……とばかりに多種多様な策を繰り出してくる。

 

 叩き落としに地面変化を加えたものが飛んできた時には、みんなで華麗なステップを踏んで残像を生み出し、対処すべき相手がどれなのかを誤認させ。

 横合いから大風を吹かし、踏ん張る相手を別角度から射出した毒矢で仕留める……というギミックに関しては、地面を畳の如くひっぺがして即席の盾にすることで風も矢も同時に対処し。

 

 

『ええい、ならばこれでどうだ!ふかしのすな、さらにていしぼたんはそんざいせずはこのなかにとじこめる!!』

「なんの!実体化ー!」

「かーらーのー、壁破壊!とりゃー!!」

『それはかいふかおぶじぇくとなんですけどー!!?』

 

 

 前回の時も見せていた、透明・不可触の部屋に閉じ込めた上で遥か上空から触れないけど埋まる砂を降らせる攻撃に関しては、CHEATちゃんによる実体化とROUTEさんの破壊によって対処。

 

 ……なんか『壊せないんですけどそれ!』みたいな声が聞こえた気がしたが、あくまで材質の持つ性質ならばCHEATちゃん相手には無意味、としかいいようがない。

 まぁ、当の本人は「あー!!壊したくないけど壊さないと出られないの理不尽ー!!」とかなんとか、悲鳴と歓喜の混じったなんとも言えない叫び声をあげていたわけだが。

 ……感情の浮き沈みが激しいっすね、今回。

 

 ともあれ、向こうの打ち出してくる対策を悉く打ち砕き、遺跡の内部をひた走る俺達である。

 その姿は流石に本家本元には敵わないものの──複数人TASとしてはわりと見られるモノになっているだろう、というのがなんとなーく察せられるのだった。

 

 

『ふ、ふざけやがって!わたしはじゃしんだぞ!?はるかたいこよりつづくほろびのけしんだぞ!!?にんげんごときがわたしにはむかうなぞ、ふけいにもほどがあるのだぞ!!!?』

「なにか御大層な肩書きを並べ立てている予感。そんなもの汗を拭う紙にもならないのに」

『  』<カッチーン

「……なんか今、不穏な音が聞こえたような?」

 

 

 そんな俺達の様子に、悪DMさんは怒りが最高潮のご様子。

 周囲を震わす声は変わらず理解できないが、それでも『人間如きがぁ!』的な怒りだけははっきりと伝わってくる。

 

 ……まぁ、怒ったからなんだという話なのだが。

 あ、いや。確か難易度の高いゲームをする時は、怒りに燃えている時の方が成功確率が高くなる……みたいな研究結果もあるんだっけ?

 確かに、冷静になるより怒りに満ちている時の方が結果的に攻略できているという経験、少なからず覚えがあるようなないような?

 まぁ、そのパターンの場合勝っても怒りが収まらない……みたいな感じになって、あんまり成功体験としてはカウントされていない感覚もなくはないのだが。

 

 ……そんな風に考えていると、TASさんの放った言葉により周囲の空気に変化が。

 さきほどまでのそれがじりじりとこちらを焦がすものであれば、今のそれはまさしく業火で全てを焼き尽くすかのよう。

 怒りが目に見えるのであれば、それこそ爛々と燃え盛る炎が見えているのだろう……というほどの怒りの波動である。

 

 簡潔に言うと『ぶちギレた』、というか。

 ……そんな感じの空気をこちらに叩き付けて来ている以上、先ほどまでのような生ぬるい攻勢は終わりを告げた、ということで間違いないのかもしれない。

 

 

『よくぞほえた!!!ならばわがぜんりょくをもって、きさまたちをほふりさってくれる!!もうにんげんのくるしむさまをたのしむ、などしらぬ!!!!とにかくきさまたちをころす!!!それだけだ!!!!!』

「こ、言葉はわかりませんけど滅茶苦茶怒ってますぅ!!これ大丈夫なんですかぁ!?」

「ん、これから大丈夫にする」<チョイチョイ

「(手招き?)えっと、私を呼んでるんですかぁ?」

「そう」

 

 

 周囲を震わせる怒声を前に、TASさんは相変わらずである。

 まぁ、今さら怯んでいるのなんてダミ子さんくらいのものであって、他の面々は「やってみろ」とばかりに挑戦的な表情を浮かべていたのだが。

 

 ……え?俺?

 俺は表面に出さないように気張っているだけですが何か?(足をガタガタ震わせながら)

 いや、怖いものは怖いっての。

 

 ともあれ、これからが本番だ……とばかりの空気感の中、眉根を下げテンションも下げているダミ子さんに手招きするTASさん。

 呼ばれた本人はのこのこと彼女の前に歩いていき……、

 

 

「えっとぉ、具体的にどうするつもりなんですぅ?」

「こうする」<グサー

「ほぎゃーっ!!?」

『?!え、なに!?』

 

 

 その側頭部に両手の親指をグサーッ、と突き刺せばあら不思議。

 ダミ子さんはぺかーっと輝いたかと思えば、周囲の雪や氷を暴風と共に巻き込んで行き……。

 

 

「突然のジャンル変更も終盤戦のお約束」<ワクワク

「巨大ロボ扱いされてますですぅ!?」

『なにそれ!!?』

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()は、その肩にTASさんを乗せ、遺跡と対峙することになったのだった。

 ……いやな予感を覚えたCHEATちゃんが顔を真っ青にしたのは余談である。

 

 



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音ゲーとかアクションとか、ジャンル違いを挟むのはよくあること

「昔のゲームとかだとよくあったよね。ジャンル違いのシステムが唐突に挟まる……みたいなの」

「ミニゲームの一種というやつだね。最近では単なるかさ増し扱いされたりして、そこまで喜ばれないこともあるみたいだけど」

『こんなものかさまししないでほしいんだけど!!?』

 

 

 はてさて、突然巨大化させられたダミ子さんだが、もうこういう事態には慣れっこなのかすぐに行動開始。

 TASさんの指示を受けながら、遺跡の壁をごりごりぶち壊しながら進み始めたのだった。

 無論、BGMにCHEATちゃんの悲鳴を乗せて、である。

 

 

「ノー!!?遺跡がー!!?太古のロマンがー!!?」

『そうですいってやって!!おまえたちにはちもなみだもないのかって!!』

「鬼ー!!悪魔ー!!!TASー!!!!」

「?CHEATは突然どうしたの?単語を並べられても意味がわからない」

「わかってて反応してんだろテメー!!?」

 

 

 さっぱりさっぱり、とばかりに肩を竦めるTASさんを前に、CHEATちゃんの絶叫は虚しく反響する。

 頭の中に反響する悪DMさんの悲鳴も虚しく反響する()。

 

 

『うわー!!?やめろやめろばかそこにはひでんのしすてむがー!!?』

「うわー!!?貴重な遺跡がー!?人類の足跡を辿るための欠片がー!?」

「諦めた方が宜しいかと。これからはもうただ蹂躙と破壊があるだけでしょうから」

「そんなー!!!?」

「……俺としては、平然と巨大化して歩いているアイツも大概あれだと思うんだがなぁ」

 

 

 スパー、と一区切りを入れるようにたばこを燻らせるROUTEさん。

 その煙は轟音響く遺跡の中を僅かに曇らせ──けれど視界を埋めるほどではなく、静かに霧散して行ったのだった。

 

 

 

y━・~~

 

 

 

『ひどい……こんなことはゆるされない……もっといろいろよういしてたのに……』

「結局前回と似たような結果に落ち着いた件について」

 

 

 ゴールである大広間にたどり着き、元の大きさに縮んでいくダミ子さんの肩から飛び降りるTASさん。

 その目の前には、不定形かつ不透明な煙のような存在──悪DMさんが、両ひざ(らしき部分)を地面に付いた上で絶望したように項垂れている。

 

 ……結局、前回DMさんが仲間に加わった時のような、無惨な蹂躙劇と相成ったわけだが……なんだろう、彼女はそういう星のもとにあるということなのだろうか?

 見えないけど滂沱の跡が地面にポツポツ落ちている気がする辺り、なんというか憐れになる感じである。

 

 

「それまでにやってたことは結構あれだがな」

「基本は盗掘者相手にやったことなので、印象が悪くなるという感じでもありませんけどね」

 

 

 なお、ROUTEさんは変わらずタバコを吸いながら、そんなに同情してやる必要もないだろうと冷たい反応。

 隣でフォローを入れるAUTOさんの言葉にも懐疑的である。

 ……まぁ、悪人相手だから何してもいいとか、寧ろ自分が悪でないことを証明するために利用しているだけ、と言い換えてもいいようなモノなのだからさもありなん。

 

 

「ええ、その点では最後まで悪人を演じきれないのは減点、ですね」

「おおっと、DMさん?」

『……む?このかんかく、もしかしてわたし……?』

 

 

 そんなことを話していると、大広間に響いたのはもう一人のDMさんの声。

 いつの間にここまでやって来ていたのか、彼女は嘆息を交えつつ俺達の方へと歩いてくる。

 ……ふむ、この流れは……。

 

 

「ええ、貴方の悔しさは我がことのように。──いつか私も味わった屈辱。晴らしたいと願うのはそうおかしな話でもないでしょう」

「……あれ?なんだか不穏な空気ではありませんかぁ?」

「鋭いですね、ダミ子さん。──その通りですよ」

 

 

 これから起こることに気付いた俺が「あー」と遠い目をする中、話はさくさく進んでいく。

 不思議そうな顔(※多分)で同一存在であるDMさんを見上げる悪DMさん。

 そんな彼女に微笑みかけた彼女は、そのまま近付いて相手に手を差し出し。

 

 

「──ならば、やることはただ一つ。()()で、彼女に一泡吹かせてやる。……違いますか?」

『……!チガワナイ、ワタシハマケナイ』

「おおっとぉ?」

 

 

 その手を握ったことにより、二人は目映い光に包まれる。

 思わず視界を覆った俺達が、輝きが収まるのを待って再び彼女達を見た時、そこには一人分の影だけがあった。

 

 

『───光と闇が揃ったのならば、それは最早超越せし者』
 
『───光と闇が揃ったのならば、それは最早超越せし者』
                                                   

『私は次元の支配者(ディメンジョンマスター)、神を越えし者!』
 
『私は次元の支配者(ディメンジョンマスター)、神を越えし者!』
                                                   

『さあ、この力にひれ伏ぐわああああっ!!?』
 
『さあ、この力にひれ伏ぐわああああっ!!?』
                                                   

「話が長い」

「うわぁ」

 

 

 現れた超存在──次元の支配者(ディメンジョンマスター)は、しかして長話に飽きたTASさんのパンチにより一撃必殺の憂き目にあったのであった。

 ……うん、知ってた。

 

 



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区切りは大切だよね、って話

『酷い……こんなことは許されぬ……』

「あ、分離した」

 

 

 なんか唐突に合体したかと思えば、これまた唐突に分離したDMさん達である。

 なお、その結果ということなのか、さっきまで単なる幽霊のような半透明さだった悪DMさんは、わりとしっかりとした姿へと変化していた。

 なんなら言葉の方も、こっちが聞き取れるモノへと変化しているくらいである。

 

 

「ああ、それに関しては私と記憶を共有したからですね。……まぁ、結果的にそうなった、というだけなのですが」

「結果的に?」

「あ、そうだ聞くがよい酷いんだぞ(こやつ)!あわよくばあの流れで成仏しないかなー、とか考えてたんだぞ!?」

「結果はこの通り、ですけどね」

 

 

 ……なるほど。

 唐突な融合展開は、それによって増えた自身を消し去ろうとしていたから()だったのか。

 そのまま自身の自我に溶け込むならよし、そうでなくともTASさんが「なにやってんねん」とばかりに殴りに来るだろうから、その流れで消滅させればそれでよし。

 ……みたいな予定だった、ということになるようだ。

 

 まぁ、結果は御覧の通り。

 DMさんの後ろに背後霊の如く引っ付く新しいDMさんが増えた、というだけの状態に収まったのだが。

 

 

「だって勿体ないし……」

『勿体ないって言うた!?この(むすめ)言うに事欠いて勿体ないって宣ったんだけど(わし)?!』

「でしょうねー、としか」

『でしょうねーってなにさ?!』

 

 

 ……で、この度背後霊()となった悪DMさん……めんどくさいし側仕え(スタンド)さんとでも呼ぼうか。

 ともかくこのスタンドさん、DMさんと一時的にも同一化していたせいなのか、さっきまでの邪悪さが鳴りを潜めているような気がする。

 具体的には精神年齢下がったような気がする、というか?

 

 

「まぁ、それは当たり前ですよ。この一年、私の経てきた記憶と悔恨をこれでもかと共有しましたので」

「きおくとかいこん」

「ええ、悔恨です。……今でこそ私、こうして大人しくしていますけど……本質は彼女と同じ、他者を加害せしめる邪なる神の一柱、ですからね」

『……うぅむ、何故か分からぬが(わし)よりカリスマがあるような気がする……一応同一()物のはずなのに……』

 

 

 そんな俺の疑問に、DMさんが妖しげな笑みを交えながら答えてくれる。

 ……どうにも、ここまでに彼女が得てきた経験、というべきモノをスタンドさんに共有した結果、わかりやすい邪神ムーヴではTASさんには一生勝てませんよ、ということを教え込むことに成功したらしい。

 

 まぁ、仮に同化も成仏も失敗したのならスタンドさんの消滅展開はもう二度とやってこないだろうし、後々の脅威の芽を摘んでおくのは対処としては間違っていないだろう。

 ……こうしてこっちが彼女の真の目的を予測した結果、気のせいじゃなければほんのり頬が朱色を帯びてきているが、いかんせん脳内での話なので傍らのスタンドさんは首を傾げていた。

 多分『なんで私、唐突に頬を赤らめておるのか。発情期か?』とかなんとか考えているんだと思われる。

 

 

「……上下関係はしっかりしないといけませんねー」

『あだだだだ!?いだいいだいすっごくいだい!?触れられてもないのに側頭部が万力で締め付けられたかの如くギリギリいだい!?』

「oh……」

 

 

 なお、彼女のその表情が癇に触ったDMさんからのおしおきが暫く続いたが、ある意味自業自得なので耐えてくれとしか言えない俺なのであった。

 

 

 

༏ᾥ༏)

 

 

『何故(わし)同士で争わねばならぬのか……どうして経験も同期したというのに、向こうの(わし)の方が強い気がするのか……』

「世界一つ分の経験値の差、というやつです」

「単純なスペック差の問題だった」

 

 

 経験とは言っても、記憶だけの共有と実地での動きには如実な差が出るもの……みたいな話というか?

 ともあれ、双方の格付けは済んだようで、すっかりDMさんの左後ろが定位置となったスタンドさんである。

 

 

『というか……なんだそのスタンドというのは。(わし)には■■■■という立派な名前があってだな……』

「聞き取れないですしそもそもそれこっちのDMさんも同じ名前ですし。他人から呼ぶ分には区別を付ける必要があるんですよ」

『むぅ、そんなものか』

 

 

 腕組みをし、小さく唸るスタンドさんに思わず苦笑してしまう俺であった。

 ……しっかし、大分個性が出てきたけど、それでも半透明──表情はよく分からないんだよなぁ、この人(?)。

 まぁ、声色に思いっきり感情が乗ってしまっているため、何を考えているのかは直ぐ様認識できるので問題ないわけだが。

 

 

『えっ、(わし)ってそんなにわかりやすいの?仮にも神なのに?』

「寧ろよく理解してくれる人がいて幸運、と思うべきでは?一種の神官のようなものなのですから」

『神官!そういうのもあるのか』

「ダメ。お兄さんの就職先としては認めません。認めて欲しかったら私に勝つように」

『そういう無理難題を押し付けるのは、主にこっちの役目だと思うのだがー!?』

 

 

 ……ふむ、仲のよろしいことで。

 突然俺の就職先を決めようとする三人に肩を竦めつつ、三人のやり取りを眺める俺なのであった──。

 

 



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帰るまでが遠足、というのは大抵のラストダンジョンでも適用される(無情にもスタートするタイマーを見ながら)

「……ところで。呑気に会話など楽しんでいらっしゃいますが、帰り道の心配をする必要はありませんの?」

『帰り道……?』

「……いえ、そこで首を傾げられても困るのですが」

 

 

 束の間の談笑タイムを終わらせるように、AUTOさんが声をあげる。

 

 ……そういえばすっかり忘れてたけど、スタンドさんが負けたのならこの遺跡、そろそろ崩れてしまうのではないだろうか?

 いやまぁ、前回みたくパッドの中に封印されたわけでもなし、遺跡との繋がりも切断されておらずその辺りの心配はない、という可能性もなきにあらずだが。

 

 なお、当の遺跡管理者であるスタンドさんは、あからさまに『わからん』とでも言いたげな様子を見せていた。

 そうなると、こちらも困惑してしまうわけで……。

 

 

「ええと、遺跡の維持は?」

『いせきのいじ……?……あ、これか』<ポチッ

「ちょっと待って今なにしたの君???」

『え?何ってその……終了処理?』

「……つかぬことを聞くんだけど、その終了処理の内容って?」

『さっきから疑問ばかりだのお主……終了処理と言ったらあれだろう、敗残兵は骸を残さず。綺麗さっぱり木っ端微塵……

「こいつ流れで自爆装置押しやがった!?」

 

 

 そうして困惑していた彼女は、突然大きな声を出したかと思えば、唐突に何かのスイッチを入れてしまう。

 ……あからさまに何かを押した音がしたため思わず問い掛ければ、彼女は何を当たり前のことをとばかりに今しがた自分がしたことを語り──その最中に『やらかした』とばかりに呻き声を上げたのだった。

 

 うん、つまりこれはあれだな?

 アクションゲーム特有の、ラストダンジョンからの脱出もイベントの一部です、みたいなやつ。

 

 それを裏付けるように、突然遺跡の中に響き渡る謎の言語と地響き。

 ……内容はわからないが、淡々と語られるそれはなんとなく『当遺跡は痕跡抹消の為隠蔽処理を開始しております』とかなんとか、そんな感じのことを述べているのだろうなぁとこちらに想像させてくるものなのであった。

 

 

……結局この遺跡パァじゃん!?ここまで頑張ってきた意味は!?

「ま、まぁまぁ。そもそも巨大化ダミ子さん大行進の時点で無為と帰していたようなものですし……」

そっちはまだ一部、壁の一部とかだったじゃん!?こっちは完全な木っ端微塵で何も残らないんだけどぐえー!!?

「呑気なこと言ってる場合じゃない。さっさと帰るよ」<ワクワク

「お、思いっきり楽しんでやがりますぅ……」

 

 

 そんなことになればCHEATちゃんが喚き始めるのは当たり前のこと。

 なんとか落ち着くようにAUTOさんが宥めているが、遺跡愛好者である彼女がそんな言葉で止まるわけもなく──結果、TASさんが襟首を捕み首が絞まることでようやく止まったのであった。

 

 ……なお、実はCHEATちゃんの見えない位置で、TASさんが謎のダンスをしていたことを俺は認知していたりしたわけだが……これを言うと余計に拗れるので黙っておく俺である。

 どう考えてもTASさんが遺跡の自爆を(謎の儀式で)後押ししていたわけだけど、黙ってれば他に気付いている人もいないので問題にならないだろうからね、仕方ないね!

 

 

 

;・A・

 

 

 

「……いい加減首絞まってるから離せって!!自分で走れる!!」

「そう?ならさっさと走って。このままだとぎりぎり間に合わない」<ワクワク

「間に合わないって言いながらワクワクしてるの何!?」

「崩落した遺跡からの脱出もまた醍醐味」<ワクワク

「……絶対ろくなことにならないから却下!!」

「えー」

 

 

 可及的速やかに遺跡から脱出するため、慌てて走り出した俺達。

 盗掘者達は入り口付近から奥へは進めていなかったため、道中で救助を必要とされることもなく、俺達はとにかく自身が助かることだけを目的に走ることができていた。

 まぁ、入り口まで戻ったら寝かされている盗掘者達を抱えて外に飛び出さなきゃいけないんだけど。

 

 ……ともかく、天井やら地面やら通り道やらが崩壊しまくっているのをなんとか進みつつ、入り口へ向けて全力疾走する俺達である。

 覚えててよかった空中歩行。

 これなかったら、途中で橋が落ちてるところで立ち往生する羽目になってたぜ……。

 いやまぁ、DMさんに任せて全員抱えて飛んで貰う、ってパターンも考えられなくはないけどね?

 でもそれだと途中で燃料切れてたかも、と言われたら選ばなくてよかった、という言葉も漏れてしまうというか。

 

 

「…………」<ジーッ

『なぁ、(わし)(わし)を見詰めてるんだが。凄まじく不穏な視線なんだが』

「エネルギー源として狙われてますね。消費させられたくないのならいい子にしていた方がいいですよ」

『思った以上に物騒なこと考えておるな(わし)?!』

 

 

 ……うん、どうにも俺の言葉が癪に触ったのか、無言でスタンドさんを見詰め始めててちょっと申し訳なくなったりもしたんだけども。

 

 これ、どう考えてもスタンドさんを補助エネルギー源として取り込み直そうかなー、とか考えてるやつだよなー?

 流石に相手が邪神とはいえ、単なるエネルギーとして消費させられるのはかわいそうなので忠告しておく俺なのであったとさ。

 

 



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クリア後にはちょっとした種明かしが……

「おりゃあ!脱出!!」

「やったー!!」

 

 

 入り口まで走りきり、そこで寝ていた盗掘者達を抱えてそのまま飛び出した俺達。

 さくさく攻略したせいか時間はそれほど経過しておらず、外は真っ白な雪に太陽が反射して俺達の視界を眩ませていたのだった。

 

 

『勢いで一緒に飛び出してしもうたが……これ、良かったのか?というか出られるものなのか???』

「実際にこうして出てきていますからねぇ……一度私と融合したことで、紐付け先が遺跡ではなく私に再設定されたのかも知れませんね?」

『我が事ながら、わからんことばっかりなんだが???』

 

 

 久方ぶりの外の空気に一息吐く俺達を横目に、スタンドさんとDMさんが会話を続けている。

 

 ……以前の時もそうだったが、DMさん達は本来この遺跡に祀られている邪神。

 言い換えればこの地に封印されていたようなモノであり、それを勝手に外に出すのはどうなんだ?……みたいな疑念は確かになくもない。

 

 まぁ、本人も言うように『寧ろ何の依り代もなしに外に出られた』ことの方が不思議、という考えもできなくはないが。

 それに関しては、DMさんの説が現状もっとも説得力がある、ということになるのだろうけど……。

 そうなると二人してパッドに紐付けられている、ということにもなりかねないため、指摘していいやら悪いやら。

 

 

「ともかく……暫く遺跡はこりごりですぅ」

「今回は大活躍だったねぇ、ダミ子君」

「唐突に大きくなるのは勘弁ですぅ」

 

 

 そんな風に色々考えている俺を他所に、普通に肌が擦れて痛かったですしぃ……とかなんとか嘆息しているダミ子さんである。

 今回目立った活躍のなかったMODさんが、彼女の奮闘を称えるような言葉を並べているが……うん、額面通りに受けとるべきではないな、あれは。

 

 ジトッ、とした高湿度の視線を受けているにも関わらず、まったく意に介さない様子のダミ子さんは流石だと言いたいが、そのままほっとくと変な火種になりそうなので一応声を掛けておく俺なのであった。

 

 

 

눈_눈

 

 

 

「……何やってるんです?」

「え?今回見所さんのなかったMODさんに、ちょっと良いとこ見せて貰おうかと」

「は、はぁ……?」

「いや納得しないで貰えるかなAUTO君?!これ明らかに良いとこみたいとかそんな単純な話で終わるやつではないよ!?」

 

 

 なにやらこそこそやっている俺達を見て、AUTOさんが様子を確認しに近付いてくる。

 無論、俺としては特に隠すこともないのでやっていることを素直に白状するが……これは、MODさんに紐なしバンジーを敢行させようとしている図である。

 

 ……え?争いを止めるために片方を族滅するのはやり過ぎ?その内身内から離反者が出る?

 何やら物騒な勘違いをされているようなので説明すると、そもそもここの面々が崖から突き落とした程度で死ぬのか、というか。

 

 

「……空中ジャンプできますしね、私達」

「何なら走り回ることだって可能だ、ってことは実質的に突き落として死ぬわけがない、ってことになるわけで。……というか、今のMODさんなら仮に両手足縛って放り投げても、空中で自身の構成材質を紙とかに変えれば、落下速度激減・衝突による衝撃緩和……みたいな感じで、余裕で回避できるだろうし」

「材質適用は中々に便利」<ニュッ

「……いや、どこから出てきていますの貴方」

 

 

 そう、唐突に俺の背後からニュッ、と飛び出したTASさんの薫陶により、俺達は現在空中ジャンプとか空中ダッシュとかを覚えた状態。

 これによって高所から突き落とされても、落下速度を緩和しながら地上に降り立つことが可能になっているのである。

 それに加え、現在のMODさんは以前の時から擬態の性能が上がり、変身中はその物体の材質的特性なら発揮できるようになっている。

 

 つまり、発泡スチロールのような軽いモノに変化すれば、落下の衝撃なんて無いようなモノにまで軽減可能になっているのだ。

 ……というか、下手するとこの面々の中で一番空中歩行などの技能が得意なの、彼女かもしれないってくらいに応用幅が広がっているというか。

 極端な話、気体に変化すれば普通に浮けるからね、今のこの人。

 

 ……これが何を意味するのかというと、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということ。

 

 

「降り立つ?なんでまた」

「CHEATちゃんが『せめて……せめて遺跡を攻略したという証拠が……証拠が欲しい……』って呻いててね。流石にあの状況で逃げてる間にそういうものを回収するのは不可能だっただろう?……なんで、手柄が欲しいとごねるMODさんを派遣しようかと」

「ごねてないんだがー!?私は当然の権利を主張しているだけなんだがー!?」

「なるほど。いい薬ですわね」

「なんか反応が酷くないかねAUTO君?!」

 

 

 わいのわいのと言いながら、そのままみんなでMODさんを蹴り落とす俺達である。

 彼女は『あとでちゃんと褒めたまえよ君ぃぃぃぃ!?』とかなんとか言いながら、瓦礫の隙間を縫うように地底へと落ちていったのだった。

 ……うん、意外と余裕あるな、あの人。

 

 



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料理をするのに場所の制限はない

 はてさて、MODさんが崩落地底の旅に出てから数分。

 俺達は彼女の帰りを待ちながら、少し遅めの昼食の準備をしていた。

 

 ……え?盗掘者達はいいのかって?

 さっきTASさんが『一度やってみたかった』とかなんとか言いながら、担架にぐるぐる巻きにして固定した盗掘者達を放り投げ、その上に飛び乗って病院に叩き込みに行きましたけどなにか?

 空飛ぶ不思議な盗掘者達は、そのまま病院に直接搬入。

 今頃怪我の程度を確認しつつ、警察達に職務質問を受けていることだろう。

 

 なお、重症レベルの傷とかに関しては、AUTOさんが()()()をして軽症レベルにまで落としていたため、命の心配はなかったりする。

 これもちょっとしたAUTO(ちから)の応用ってやつだ?

 

 

「なんで疑問系なんですの……?」

「いやだって……ねぇ?『手当て』って言葉の語源はその字面通り()()()()()()()()()()だったらしいけど……」

「そこから相手の治療にまで効果が及ぶと、もはや魔法と何が違うんだって話だわな」

「……高度な科学は魔法と区別が付かない、とも言いますわよ?」

(おっと深堀りしない方がいいやつだなこれ???)

 

 

 本来は気休め……もしくは暖めることが患部に効果のあるタイプの傷病に対しての素人ができる対策の一つ……みたいなものが手当てだったのだろう、という話なのだが。

 それを思えば、重症患者が軽症患者になるのはまさに魔法以外の何物でもない……という指摘は、露骨に視線を逸らしたAUTOさんの反応により急遽打ちきりとなったのであった。

 ……うん、この反応だとあれだな。詳細を理解するのは良くないタイプのあれだ。

 

 まぁ、世界の崩壊と人命ならどっちを取るか、というのは永遠の命題みたいなもんだし……と茶を濁しつつ、昼食の準備に戻る俺である。

 

 

『えっ、(わし)が料理してる……えっ』

「……なんでそこまで驚くんですか。記憶は共有したはずですけど」

『いやだって、(わし)って神じゃん。寧ろ捧げ物を受けとる側じゃん。なんで自分から施す側に……?』

「やってみたら意外と楽しかったんですよ。……あとはまぁ、ちょっと癪に触ったから、みたいなところもなくはないですが」

『癪……?』

 

 

 準備に戻ると、何やらスタンドさんと会話するDMさんの姿が。

 機械の身体を持つ彼女は、当初こそ味付けの面であれこれと苦労することもあったが……今となっては味覚機能も完全搭載、なんなら食事も共にできるようになったため料理人としては及第点以上の腕前となっている。

 他人に食べさせるだけというのでも上達はするけど、やっぱり自分が食べて美味しいというのが一番だからね。

 

 そんなわけで、今となっては俺なんか足元にも及ばない存在に成り果てているのだけど……何故かは知らないが、こうして今みたいに挑戦的な視線を向けられることがあるので困っているのです。

 ……まぁ多分、まだ彼女の味覚システムが未熟な頃に彼女を唸らせるに至る出来事があったから、というやつなのだろうが……その辺に関しては偶然とTASさんのせいなので俺に突っ掛かられても困る。とても困る。

 

 

「お兄さんはもう少し自身を持ってもいいと思う。私はお兄さんのご飯大好きだし」<ニュッ

「へいへいどうも。個人的には長年食べさせてる相手だから当たり前だと思うけどね」

(それはお袋の味、ということなのかな……?)

 

 

 TASさんはフォローをしてくれるが、正直長く一緒にいる相手の好みとか把握してない方が問題な気がするというか?

 その隣で『そうかなー?』みたいな顔をしているMODさんには悪いが、そうとしか言えない俺である。

 

 

『……ううむ、眉唾だったが……本当にお主が中心人物だったのか』

「DMさんとの記憶共有の結果、ってやつですか?まぁ初期メンなんでそういうこともあるかもしれないですね」

(初期メン……???)

 

 

 そんな俺達のやり取りを見て、しみじみと呟くスタンドさん。

 どうやらDMさんから共有した記憶から、この集まりの中心人物が俺である、という風に認識していたらしい。

 

 まぁ、元を正せばこの集まり、TASさんがあれこれするうちに集まっていったモノなので、その彼女に最初っから引っ付いているとも言える俺が彼女と共に中心である、と言うのはそう間違った認識ではないのかもしれない。

 ……とはいえ、この不思議ガールズを俺一人が御せるわけもないので、どっちかというと役者不足の類いの話にしかならないわけだが。

 

 そんなことを呟けば、スタンドさんは何かが引っ掛かったのか盛大な虚無顔を晒していたのだった。

 ……再起動に暫く掛かりそうなので放置。

 代わりに、さりげなさ過ぎてスルーしそうだった問題に言及する俺である。

 

 

「……いや、戻ってくるの早くないです??」

「そりゃそうだ。そもそも私、落ちてないからね」

「なぬ?」

 

 

 そう、何故かしれっとTASさんの隣にいて、さらっと昼食の味見に加わっていたMODさんである。

 貴方、さっき地下に突き落とされてたでしょうに。

 ……というこちらの疑問に、彼女はこう答えたのだった。

 

 

「なに、これもちょっとしたMOD力の応用ってやつだよ」

「…………」

「いや止めて。真顔で見詰めてくるの止めて。冗談言ってるわけじゃないんだってば」

 

 

 ……なにいってんだこいつ。

 そんな思いの詰まった視線をぶつければ、MODさんは本気で嫌がり始めたのだった。

 それなら下手にカッコ付けなければいいだけの話なんだよなぁ……。

 

 



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いわゆるリザルト、得たものは

「はぁ、影分身?」

「単に分身、という形でもいいよ。再度繰り返すことになるけど、これもちょっとしたMOD力の応用ってやつだね」

「そのフレーズ気に入ったんです?」

 

 

 改めて彼女に確認したところ、彼女の行ったことは実に単純明快なものであった。

 そう、それは分身。ジャパニーズアサシンこと忍者達の使う技術の一つであり、東洋の神秘であるそれはミステリーなどに登場させると話題を全部かっ浚われるので厳禁とされている……え?話が混ざってる?

 

 ……まぁともかく、自分と同じ存在を作り出すともいえるそれは、人手の必要な場面などにおいて人々から渇望される便利技能の一つである、ということは間違いあるまい。

 ただ、いつの間にそんな高等技能を覚えたのか、みたいな疑問もなくはないのだが……。

 

 

「何、経験値が足りたというやつだよ君ぃ」

「なるほど。進化キャンセル(Bボタン連打)すればいい?」

「はっはっはっ、もう既に進化してるから問題な……いや待った何かヤバイことしようとしてないかいTAS君?」

「押していいって言ったよね?」

「ノー!!やっぱりなし!流石にここでそれをされるのは酷いとか言う話ではないよ!?」

 

 

 うーんこの。

 ……非常にムカつく煽り顔をこちらに向けてくるモノだから、ついイラッとしてしまった。

 いやまぁ、分身とはいえ自分と同じ姿をした存在が蹴り落とされたのだから、その分煽ってやろうみたいなことになるのもわからないではないのだが。

 ……なお、すぐさまTASさんに反撃を受けていたため、その辺りのヒエラルキーは変わってないのねと思ってしまったり。

 

 はてさて、改めてMODさんに話を聞き直したところ、今まであれこれやってきたお陰で能力の応用に幅ができたとのことであった。

 

 

「無機物に私の姿を被せると、扱いが私になるんだよ」

「……何を言ってるんです?(何を言ってるんです、という顔)」

「いや、そんなに不思議そうにするような話じゃないよ。少しややこしいけど、結局のところはキャラ複製MODを導入したようなものだからね」

「だからって身も蓋もない説明をするのもどうかと思うよ?」

 

 

 今までも自分以外にMODを適用することはできていたが、基本的にはただ被せるだけ……というのが実情。

 そこに自身への適用のように材質の特性を与えたり、はたまたなにかしらの強化を発生させることはできていなかった。

 

 が、最近自身への材質特性付与を獲得したことにより、その応用?的な使い方で無機物に限りその物体に『自分と同じものである』という特性を付与できるようになったのだとか。

 あれだ、モノを検索する時にラベル付けをしておくようなもの、みたいな?

 

 

「なるほど、実態がどうなのかはともかく、単に状態を参照するだけならばMODさん本人なのか・それともその情報を付与されただけの別のモノなのかの判別はできない、と言うことですわね?」

「まぁ、それ自体は以前からできたんだけどね。やっても意味がなかったってだけで」

「意味がない?」

「仮にそこらの銅像が私と同じだと言われても、『だからどうした』って話だろう?」

 

 

 私と同一である、という属性を付与すると動き出す、とかでもない限り……とMODさんは肩を竦める。

 

 確かに、この場合は単に『MODさんと同じ』という属性を付与しているだけ。

 それで見た目が変化したとしても、そこから勝手に動き出すわけでもない。

 例えば『MODさんだけをターゲットに攻撃する』みたいなことをされたのならば、囮や身代わりとして使うこともできるだろうが……基本的にその部分を参照できる相手がいない、という意味で使い道がないのだ。

 

 

「特定個人を対象にする、という判別方法自体が少ないもんなー」

「ゲームとかなら幾らでもあるんだけどね。特定種族とか属性持ちへの集中攻撃」

 

 

 こちらが利用できたとしても、相手が利用できないのなら活用手段がない……。

 そんなわけで、他人に自身の属性を付与する(ラベル付けする)という技能は、ある種の宝の持ち腐れと化していたわけである。

 

 

「それが最近レベルが上がったのか、私という属性を付与すると遠隔操作できるようになったんだよね」

「なる、ほど?」

 

 

 ところが最近、その『自己属性付与』に新たな効果が追加されたのだとか。

 それが『自己属性付与』した物体の遠隔操作。

 思念を通じてその存在を手足のように動かす技能である。

 

 流石に本人そのもののように動かすのはまだ難しいらしいが、それでもMODさん自身ができることは拙いながらにこなすことが可能であるとのことで。

 姿をMODさん自身のそれから大きく変化はさせられないものの、さらにその状態からMODを適用することも可能なのだとか。

 

 つまり、さっき遺跡底面に落ちていったMODさんは彼女本人ではなく。

 そこらの瓦礫にMODさん属性を付与した上で遠隔操作し、落ちて砕けないように上からさらに他のMODも適用していた……と。

 

 

「……利便性上がりすぎでは?」

「まぁ、私もちょっと引いてる。上手く行きすぎたというか」

 

 

 いや、これ偵察とか隠密とかで役に立ちまくりでは?

 MODさん本人のように変幻自在とはいかないみたいだけど、その分材質補正はしっかり働いているみたいだから囮として最適すぎるし。

 

 そんなことを口にすれば、当のMODさん自身も若干引いたような顔をしていたのだった。

 そこで自分がドン引くのか……。

 

 



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諦めも時には肝心

「お、戻ってきた。何かあったかい私ー?」

「…………」<ブンブン

「おや、何もなかった?それはまた……」

「えーっ!!?」

「うるさっ」

 

 

 一先ずMODさんの説明が終わり、そのまま昼食を食べ始めた俺達だったのだが……。

 その最中、下からもう一人のMODさんが戻ってきたため、食べながら彼女の報告を受けることになったのだった。

 

 で、MODさん本人とは違い無口なクールビューティ、みたいな空気感を醸し出しているMOD´さんはというと、本体(MODさん)からの質問に首を左右振って何もなかった、と主張している。

 その言葉に思わず絶叫したのが、さっきからひたすら凹んでいたCHEATちゃんだ。

 

 何かしら遺跡があった、という痕跡くらいは持って帰らないとやってられない……といわんばかりの様相であった彼女は、MOD´さんの放った言葉にとてつもなく狼狽えている。

 ……まぁ、本来なら何も持ち帰ることができない、なんて状況自体が稀すぎるのだから仕方のない話だが。

 

 

「…………」<ミブリテブリセツメイシーノ

「ふむふむ……どうやら、遺跡の跡地に入り込もうとしたところ、見えない壁に阻まれたみたいだよ」

「色々ツッコミたいところはあるんだけど、とりあえず一つ。……いや、遠隔操作じゃなかったんかい」

「いや、徹頭徹尾遠隔操作だと、実際に私が落ちてるのとそう変わらないだろう?幾つかはオートで動かせるから、基本はそれに任せてるんだよ」

 

 

 ……うん、さっきはクールビューティと称したが、これ単に無口なだけでクールではないな?

 

 と、こっちに確信させる身振り手振りを見せたMOD´さん。

 その動きからMODさん本人が、彼女の持ち帰ってきた情報を割り出したのだが……よくよく考えると、なんでそんなことをする必要があるのか?

 遠隔操作だって言うなら、MODさん自身も彼女を通して現場を確認しているはずなのだが……。

 

 そんなこっちの疑問を受けて、MODさんは『そんなことやってられない』と身も蓋もないことを言う。

 ……いやうん、確かに自分が現場に行きたくない、という思いから代役を立てたのならば、その代役に一々指示していては意味がないというのはわからんでもないけども。

 でもさっき言ったことを、即刻翻すのはどうかなーってお兄さん思うわけですよ。

 

 そんな感じの愚痴を交えつつ、改めて得られた情報を整理すると。

 どうにもこの崩れた遺跡、入り口相当の部分に見えない壁が増設されており、隙間を縫って中に入ることもできなくなっているのだという。

 ……つまりはバリアが張られてしまったということになるわけだが、そんなことができそうな人(?)物というと一人・もしくは二人しかおらず……。

 

 

「……スタンドさん?」

『いや、そんな目で見られても(わし)何もしてないが!?……あいや、自爆処理に以後封鎖する……みたいな処理が含まれておったような気はするが』

「な゛ん゛でぞん゛な゛ごどを゛ぉ゛!?」

『ぬぉわ汚なっ!?なんでと言われてもそういうものだとしか言えぬが!?』

「ぞん゛な゛ぁ゛!!?」

『ええい止めい止めい!そのような様相で迫ってくるでないわっ!!?』

 

 

 うわぁ、なんだかすごいことになったぞ。

 ……当事者とおぼしき内の片割れ・スタンドさんが弁明しつつ思い出した事実により、CHEATちゃんがついに大泣きをし始めてしまった。

 更に、その状態でスタンドさんの方に詰め寄るものだから、彼女思わず腰が引けてるし。

 ……いやまぁ、あの状態(涙でぐちゃぐちゃ)のCHEATちゃんに詰め寄られたら、誰でもそうなるとは思うけども。

 

 ともかく、一連の自爆の流れによって中に入れないようになった、ということで間違いはないらしい。

 つまり、今この状況からなんとかして遺跡の痕跡を得ようとする場合、何かしらのズルをしてそのバリアをすり抜ける必要がある、ということになるのだけれど……。

 

 

「ダメに決まってるだろぉ!?そんなことして遺跡が更に無茶苦茶になったらどうするつもりだよぉ!?」

「……というわけで、実質それをできる人間が拒否してるのでこちらに処置なし、というわけですね」

「ぬぁああああああ」

 

 

 うん、それをできる人というのはこの面々の中だとただ一人。

 そうしてズルはよくない、とばかりに拒否しているCHEATちゃん本人であり、本人がダメだと言う以上はできることなんてない。

 

 そう告げるDMさんの様子を見て、頭を抱えながら転がり回るCHEATちゃんである。

 ……そこまで苦悩しているわりに、ズルはしたくないというのだからなんともはや。

 

 ……なお、一応ズルはズルでもTASさんに任せてポリゴンの隙間を抜ける、という方法もないではないのだが。

 そっちに関しては「いやどう考えてもちゃんと持ち帰ってこないフラグか、もしくは持って帰ってきたものに変なフラグくっ付けるタイプだろそれって!?」と本人(CHEATちゃん)が拒否したため端から考慮外である。

 TASさん自体も否定する素振りがなかったので、恐らく彼女の予測は当たっているのだと思われる。

 

 ──うん、諦めが肝心というやつだなこれは!

 

 



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傍にいる、いつも貴方の

 はてさて、DMさん加入イベント含みの遺跡攻略からはや数日。

 なんでもない日常に帰ってきたはずの俺達だったが、どうやらそれは勘違いということになるようで……。

 

 

『む?何故だ、確かに遠巻きにする者がやけに多い気はするが、概ね平穏な日常だと思われるが』

「その遠巻きにされてるってのが問題なんだよ……」

『むぅ?』

 

 

 その理由と言うのが、()()()()()()()()()()半透明の人物、スタンドさん。

 ダミ子さん以来の英文字じゃない名前を与えられた彼女(?)は、本来DMさん専用の背後霊だった。

 

 それが今やどうだ?

 何故なのかはわからないが、いつの間にやら他の不思議ガールズや俺の背後にまで付いてこれるようになってしまう始末。

 そして更にこちらも詳細は不明だが……今のスタンドさんは、うっすらと周囲にも認識されてしまう状態なのである。

 本人的には隠蔽効果は発揮されているはずなのにも関わらず、だ。

 

 

『ふむ、つまりお主はこう言いたいのだな?後ろに背後霊を連れていることが周囲にも見えており、それが原因で注目されてしまっておると。……(わし)を背後霊扱いとは、不敬にもほどがあるわこの戯け』

「あいたっ!?」

 

 

 その辺りの不満を述べれば、当のスタンドさん自身は我関せず、とばかりに素っ気ない態度を見せてくる。

 どころか、背後霊呼ばわりが不敬だとデコピンまでしてくる始末である。地味に痛ぇ!

 

 

『まったく、不敬であると理解しておるならば端からやるでないわ。そも(わし)はかつてこの地に人跡が満つるよりも前から在りしもの。お主らの尺度で語るなど片腹痛いと言うやつだ』

「……TASさんには負けるくせに」

『いやアヤツを引っ張り出すのは色々と反則だからな?』

 

 

 いや、なんじゃ全分岐の全検索って……。

 そんなのまともな存在なら、試そうとした時点で潰れる類いのもんじゃろうに……。

 とかなんとかぶつぶつ呟くスタンドさんである。……生粋の邪神から見てもTASさんってヤベーのか……。

 

 そんな気付きはともかくとして、スタンドさんの話。

 いつの間にか他の人の背後にも移れるようになった代わりに、どうもスペックが下がっている様子。

 初日にDMさんの背後にくっついてやって来た時には、誰からも注目されていなかったにも関わらず、だ。

 

 

『むぅ……とは言うがな、(わし)としてはなーんにも変わってないようにしか思えんのだ』

「なるほど、本人からわかるレベルでスペックが落ちているわけではない、もしくは本人にはわからない類いの変化だと」

『……まぁ、そういうことになるのぅ』

 

 

 そんな俺からの指摘に、スタンドさんはむぅと一つ唸り声をあげる。

 本人の感覚的には変化がない……というのであれば、考えられるのは二つ。

 何らかの理由で周囲の認知力が上がったパターンと、スタンドさん本人には認知できないだけでしっかりスペックが下がっているパターンである。

 

 前者はいわば、周囲のレベルが上がったために相対的に彼女のレベルが下がった、というパターン。

 本人の意識的にはこちらが正しいように思えるが、仮にそうだとすると短期間で周囲のレベルがごりっと上がった、ということになるので違和感が凄い。

 

 後者は彼女の感覚に細工が施されており、実際にはレベルが下がっているのに認識できていないパターン。

 こっちは周囲の違和感を払拭できるが、代わりにスタンドさん側が『そのラインの干渉を認知できぬほど耄碌した覚えはないぞ』と不満になる説である。

 

 ……要するに、どちらのパターンだとしても何かしらの違和感が残る、というわけだ。

 

 

(わし)的には、後者は有り得ぬとしか言えんがなぁ』

「よしんばその理由がTASさんとかDMさんとかだったとしても?」

『微妙に否定し辛いことを言うでないわ……』

 

 

 とはいえ、やっぱり俺は後者の説──彼女が何らかの理由でスペックダウンした、という説を推す。

 理由は単純明快、彼女自身はプライドから認めないが、そのプライドを粉々に砕く人物が少なくとも二人いる……という事実があるからである。

 

 具体的にはTASさんとDMさんの二人で、前者は言うに及ばず、後者は彼女の同位体だから本人に気付かれないような干渉手段を持っていてもおかしくない。

 ……まぁ、やれるだろうなぁってだけであって、彼女達がそれをする意味がわからないため、考察としては微妙なところもあるのだが。

 

 

『ふむ……それは何故だ?』

「二人がそれをするのなら、恐らく意味があることなんだろうけど……スタンドさんのスペックを下げるとどんな利点があるのかわからん、みたいな?……いやまぁ、DMさんはともかくTASさんの場合は『ここでスタンドのスペックを下げるとスタックする』とかなんとか言い出しかねないから、わかってもわからなくてもあんまり変わらないんだけども」

『……一応ツッコミを入れておくが、『スタックする』って悪い意味ではなかったか?』

「TASさんなら意図的に処理をスタック(立ち往生)させられるなら普通に活用し始めますよ?」

『ええ……?』

 

 

 なお、TASさんに関しては意図がわかってもそれを余人が理解できるかは別、と伝えたところスタンドさんは何言ってるのこいつ、みたいな眼差しを俺に向けてきたのだった。

 ……いや、文句はTASさん本人にお願いしますね?

 

 



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大所帯なら鍋が良い

「……もしかして、ポージング決めたらアレ再現できるんじゃ……?」

「おいバカ止めろCHEATちゃん、確かにちょっと頭を過ったけどそれは限度越えだ」

 

「……あのお二人は何を言っているんですの?」

「小学生みたいなごっこ遊びのための会話」

 

 

 ……いやTASさん、こっちも見ずに致命の一撃ぶっぱするの止めようぜ。

 俺は致命傷で済んだけど、CHEATちゃんぶっ倒れてピクピクしてるし。

 

 外での買い物を終え、家に戻ってきた俺。

 さっきまで背後でうろうろしていたスタンドさんは家に戻るなり俺の背から離れ、何処かへと消えてしまった。

 恐らく家の中にはいるのだろうが、その辺りの気配とか察知できない俺にはさっぱりである。

 

 そんなわけで、さっさと気持ちを切り替えて夕食の準備をしようと思ったのだが……それに待ったをかけたのがCHEATちゃんだった。

 遺跡から戻った当初は脱け殻のように転がっていた彼女だが、ある意味スタンドさんという存在そのものが遺跡の証明(せんりひん)のようなものであると気付いてからは、すっかりこの通り。

 以前にも増して元気な姿を見せているわけなのだが……もしかすると空元気だったりするのかも?

 

 まぁ、どっちかというと形のあるものを求めていた感じがあるからなぁ、この子。

 ……なんて思いながら、彼女のノリにつき合ってあげる優しいお兄さんなのであった。

 

 

「その結果思いっきり蹴られていることについてはどうお考えで?」

子供の可愛い反抗心だよね、いいと思うよ

「シネッ!!ソノママシンデシマエ!!」<ゲシゲシ

 

 

 ……え?そんなこと言うから蹴られる羽目になる?

 それがストレス解消になるんならそれでいいんじゃないかな?(適当)

 

 

 

ꐦ ‾᷄д‾᷅)

 

 

 

「冬の鍋はとてもおいしい」<モグモグ

「ほらTASさん、豆腐ばかりではなく白菜やお肉もどうぞ」

「やだ、今日は豆腐の気分」<モグモグ

「偏食家じゃないんですから、もう」

 

 

 はてさて、夕食の時間となりみんながテーブルを囲んでいるわけなのだけれど。

 いつも通り鍋奉行力を発揮したAUTOさんは、やけに豆腐ばかり食べているTASさんに甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 ……豆腐ばっかり食べることで何かの反応か短縮を狙っているんじゃないかと思うのだが、その結果AUTOさんに付き纏われる結果になるんならあんまり意味はないんじゃないかなぁ、と思わないでもない俺である。

 

 いやまぁ、TASさんのことだからこうして纏わり付かれることを前提に何かを企んでいる、という可能性も否定できないのだけれど。

 

 

「……相変わらず、お兄さんはいつでもどこでも私が短縮を狙っていると勘違いしている」

「違うの?」

「今はスーパープレイ。こうして豆腐ばかり食べることで明日のジャンプ力を溜めている」

「似たようなもんじゃないか」

 

 

 というか、豆腐を食べるとジャンプ力が溜まるってのもよくわからんのだが???

 ……まぁ、TASさんのすることを真面目に考察するだけ無駄なのも確かなのだが。

 いや、正確には手前の情報だけで考察すると結果が斜め上になるから対処しきれない、という方が近いような気もするけども。

 

 ともかく、そうして賑やかに鍋をつつく俺達を他所に、なんとも微妙な空気を放つ者が一人(?)。

 

 

「はい、あーん」

『いや(わし)神だし。モノとか食わんというか食えんし』

「あーん」

『いや人の話を聞けぇ!?』

 

「……あの二人は何やってるんだい?」

「後から来た方が妹みたいなものですよね、とかなんとか言いながらスタンドさんに餌付けしようとしているDMさんの図ですぅ」

「ええ……?」

 

 

 それは、本来同種同一の存在であるところのスタンドさんとDMさん。

 何故か隣に座らせたスタンドさんに、小皿によそった熱々の湯豆腐を食べさせようとするDMさん……という、微笑ましいのかコントなのか微妙に判断に困る絵面が展開されていた、というわけなのである。

 

 ……え?微笑ましいのはともかく、なんでコントか何かみたいな感想が出てくるのかって?

 そりゃ勿論、DMさんが箸で掴んだ湯豆腐をスタンドさんの頬に突き刺しているからに決まってるだろ?

 いやまぁ、相手側に実体がないので突き刺さっているだけで、本来なら頬にあっつい湯豆腐が当たって跳び跳ねてるだろうけども。

 

 

『ええい、いい加減諦めい!!何度やっても結果は同じ!他者の干渉は(わし)には効か』

「えいっ♪」

『あっつ!?』

「あ、効いた」

「流石はDM。必要な式をもう探り当てた。あとで教えて貰おう」<ワクワク

 

 

 ……なお、あまりにしつこいDMさんの動きに、いい加減キレたスタンドさんが声を上げたのだが……そのタイミングでどうやら霊体?に干渉する(すうち)を探り当てたらしく、突然頬に高温が発生した形になったスタンドさんが跳び跳ねたりしたが……まぁうん、これでスタンドさんも料理が食べられるね、みたいな?

 

 そんなことを思いながら白菜を口に入れる俺なのであった……。

 

 



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居丈高な不憫属性、みたいな

『おかしい……何故にどいつもこいつもぽんぽん(わし)に触れられるようになっておる……?』

「やっぱりスペックダウンしてるんじゃ……」

『それだけは絶対にない!いやまぁだからといってお主達が急激に成長した、というのも認めがたくはあるのだが!!』

「えー」

 

 

 はてさて、鍋大会の次の日。

 ぷんすか、という擬音が聞こえてきそうな態度を見せるスタンドさんを横に、俺は周囲の雪掻きを行っている最中なのであった。

 ……え?初冬も初冬、そもそも豪雪地帯でもない俺の家で、なんで雪掻きなんてする必要なんてあるんだって?

 それはお前さん、今の状況をもう少しちゃんと思い返すとすぐにわかることだと思うよ?具体的には前回周回も参照。

 

 

「ゆーきゆーきふーれふーれやっほーい」

「TASさんがくるりくるりとひとまわりする度、木枯らしかと思うほどの気軽さで空から大雪が落ちてきますわね……」

「局所的大雪過ぎんだろうが!?幾らなんでも喜びすぎだろお前ー!?」

「何を言う。私はずっとお預けされてきた。折角覚えたのにろくに使えないまま次回周回に放り込まれた無念……ここで晴らさば武士の名折れよー」

「適当なこと抜かしてんじゃねー!!」

 

 

 うーん、一面の雪原に喜び勇む柴犬かな?()

 ……そう、スタンドさんはDMさんの加入イベントがきっかけでやって来た存在。

 それはつまり、彼女がこうしてここにいること自体がイベントの終わりを告げている、ということになるわけで。

 

 平たく言うと『天候操作』コマンド解禁のお知らせである。

 そして抑圧されたTASさんが何をしでかすかと言えば、ご覧の通り。

 頭上に大雪を降らされて怒り心頭なCHEAT()ちゃんに追っかけられながら、それでも雪を降らせることを止めないTAS(柴犬)さん……みたいな光景が繰り広げられることとなったのであった。

 

 これには普段クールなROUTEさんも思わず口元の煙草を取り落とすというもの、というか?

 

 

「あ?……あ、ああ。済まねぇ、ちょっと意識が」

「まぁ、驚きますよね。天候の操作とかこんなに気軽にしてると。でも煙草のポイ捨ては良くないんで気を付けましょうね」

「……気を付ける

 

 

 普段なら落ちてもまだ吸える、となりそうなモノだが、生憎と現状はそこら中の大雪。

 ……雪解け水に思いっきり浸かって鎮火してしまったこともあり、そのまま捨てるしかない煙草は単なるゴミでしかない。

 その辺りのことを悟ったROUTEさんは、微妙に気まずげな視線をこちらに向けながら、拾った煙草を手元の吸殻入れに放り込んだのだった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「くらえー冷たくなった手ー」

「……いや、私も大概冷えたから効果はないよ……?」

「むぅ、じゃあお兄さ……こういう時だけ素早い」

 

 

 はっはっはっ、そりゃ目の前でやられてたら警戒もしますよっと。

 ……ってなわけで、雪を散々扱った結果冷えに冷えたお手手をこっちの首もとに推し当てようとしてくるTASさんに対し、首もとのマフラーを強く巻き直すことで対処する私である。

 いやまぁ、本気でTASさんがやるつもりなら、これくらいの防御は全く無意味なんだけどね?

 

 でも今日のTASさんはそうまでして攻撃するつもりは毛頭ないようで、俺の変わりに近くで雪掻きをしていたダミ子さんの方に突撃していったのだった。

 

 

「くらえー」

「え、くらえって何を……ほわぎゃあ!?

「手じゃねぇのかよ」

「ダミ子相手なら遠慮は要らないかと思って」

「そっちがその気ならこっちにだって考えがありますがぁ!?」

「おお、巨大化アンド雪女化。これはとてつもない強敵」

(その輝いた瞳は確実に強敵相手に向けるやつじゃねぇだろ……)

 

 

 そうして哀れダミ子さんは、手ではなく近くの雪を首もとから服の中に放り込まれるというとんでもなく酷い目にあったわけなのだが……昔日の彼女ならともかく、今のダミ子さんは豊富な反撃手段を得た身。

 ゆえに彼女は自身の『妖怪変化』を発動、すぐさま巨大化と雪女化を併用し、TASさんへの逆襲を……え?雪女化はともかく巨大化は単なる敗北フラグ?

 

 まぁ、TASさんがその辺りのことを全く考慮せず動くわけがない……という嫌な信頼があるのは事実。

 というか、巨大化も大概だけど雪女化も現在のTASさん相手だと決め手にはならないわけで。

 

 

『それはまた……何故だ?』

「いや何故って……スタンドさんも見てたでしょ、今のTASさんは天候操作を使えるから、例えダミ子さんが雪女パワーで対抗しようとしても、同じようにTASさんも雪風吹かせて挑んで来るわけで……」

『……それ、周囲が酷いことにならぬか?主にぶつかり合った雪風が横に逸れていく、という意味で』

「…………止めなきゃ(使命感)」

『いや気付いておらんかったんかい!?』

 

 

 つまりこの勝負、結果的にダミ子さんの敗けだな。

 ……などと高みの見物を決め込んでいたところ、横合いからかけられたスタンドさんの言葉に、勝敗はともかく周囲が今より酷いことになる可能性に気が付き、慌てて仲裁に入る羽目になったのだった。

 

 え?止められたのかって?無論俺が吹っ飛ばされましたが何か?()

 

 



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あのジングルベルが聞こえるか

「しかし……こうなるとそろそろあれの心配をしなくちゃだなぁ」

『あれ?あれとはなんだ?何の心配をしておる?』

「何って……クリスマスですよ、クリスマス」

『ああ……どこぞの聖者の生誕を祝うとかいうあの』

「その意味合いで祝ってる日本人なんて一割もいないでしょうけどね」

 

 

 はてさて、すっかり気温も低く……低くなってるかなぁ?

 なんかたまーにオメー春か秋かよ、みたいな気温になってるような気がしないでもないけど、暦の上では冬……今年も残すところ二ヶ月ほど。

 そうなると、必然的に気になってくるのが例の日──そう、クリスマス。

 

 世間一般的には精々お祝いをするくらいのモノでしかないが、俺達にとっては少々意味合いが違う。

 何がどう違うのかと言えば、その日になるとやって来る可能性のある存在に問題があった。

 

 

『その日にやって来る存在……?』

「ええまぁ、隠す必要もないのでぶっちゃけますとサンタクロースなんですけどね?」

『ああ、件の日に子供にプレゼントを配って回るなどという、正気を疑うあの……なんだ、あの()の子がそれを捕らえよう、などと張り切ったりでもするのか?』

「いえいえそんなまさか。単に空を飛んでプレゼントを配る、ってだけなら今のTASさんが真似することなんて造作もないですし」

『捕まえる意味がない、というだけのことをそうまで遠回しに言えるのはある意味才能だのう……となると、何が問題なのだ?』

「まぁ、端的に言いますと滅ぶんですよね、世界」

『……すまん、よく聞こえんかった。もう一度言うてくれんか?』

「滅びます。サンタが来ると、この世界が」

『邪神たる(わし)の前で言うことかそれ???』

 

 

 少なからず危険度はこっちの方が高いはずだがなぁ、と唸るスタンドさんだが、その辺りはまぁなんというか……滅亡方式の違いというかなんというか。

 そんな感じのことを呟けば、『いや、そもそもサンタのせいで滅ぶってどういうことだ?』などと至極当たり前のことを聞き返されることになったのだった。

 

 

 

・A・

 

 

 

『ふぅむ、他所の世界の、のぅ?』

「本当ならもう大丈夫のはずだったんですけどねー」

 

 

 改めて、こちらが警戒しているサンタというのがどういう存在なのか、ということを語った俺である。

 ……そのルーツを他所の世界に持つかのサンタは、そもそもその存在自体が世界を歪めうる特異点となっている。

 そのため、何度も何度もやって来られると因果やら何やらが歪みかねないということで、立ち入りを禁じる策を幾つも講じていたのだが……なんというか、向こうのスペックが意外と高いこと・およびこちらで起きている色んな事象との兼ね合いで、どうにもうまく行っていない感じなのであった。

 

 

『確か──一番最初の策があの女の子……ダミ子とか言う奴の見た目、だったか?』

「ええまぁ。正確にはゲストキャラのスロットの専有、みたいな感じですけど」

 

 

 まず一つ目の策である、ダミ子さんによるスロットの専有。

 ……なのだが、これが初っぱなから失敗していた。いやまぁ、正確には効果はあったのだ。あった上で向こうの方が一枚上手だったというだけで。

 

 ……あのサンタさんがダミ子さんの成立後にやってこれたのは、彼女自身のスペック・ビーコンとなり得るアイテム・そして俺達の認知に影響を与える不可思議な存在の三種が揃っていたからこそ。

 どれか一つでは足りておらず、さりとて二つ揃えてもまだ足りない。

 三つ揃えたのと()()()()()()()()がなくては、サンタさんの降臨は起こり得なかった。

 

 そういう意味で、ダミ子さんによる専有はとても効果があった、というわけである。

 

 

『ふむ、となると問題なのは……』

「サンタさん自身のスペックの高さ、ですね。とは言っても、これも時期による増減があるわけですが」

 

 

 二つ目の策……というと語弊があるが、サンタさんがこちらに現れない理由の一つではあるので紹介するとして。

 サンタクロースが一番力を増すのは、やはりその活動タイミング──クリスマスの日である。

 正確にはその一週間前くらいから、その次の日くらいまではサンタとしての力を使用できる、みたいな話になるらしいが……言い換えると、それ以外の日におけるサンタはただの人でしかない、ということになる。

 元々世界を越えるために必要なエネルギーは大きく、それを妨害含めて突破できるほど賄えるようになるのはサンタと言えどクリスマス付近の時のみ。

 

 ゆえに、平時においてサンタを警戒する必要性はまったくない、ということになっていたわけである。

 

 

『いやまぁ、随分と意味のわからんことを言っている気はするがな。サンタが危ない、みたいな感じと言うか』

「まぁ、それは今さらなので……それから三つ目、これはそっちの方がよく知ってますかね」

『む?』

 

 

 はてさて、理由の三つ目──本来なら無事に果たされ、二度とサンタの恐怖に怯える必要はなくなっていたはずのもの。

 それがなんなのかと言えば、それは目の前の──スタンドさんに深く関わりがある事象、ということになる。

 

 

「邪神としての性質の霧散。DMさんは長い間単なるロボメイドとして生活していたことにより、邪神としての属性をほぼ失いかけていました。それにより、この世界に存在する神秘に属する存在は忘れ去られ、結果として他所の世界の神秘であるサンタを受け入れる土壌も失われるはずだった……」

『…………んん???』

 

 

 それは、DMさんの属性。

 彼女が邪神としてある限り、この世界に神秘を受け入れる土壌が残り続ける。

 それを払拭するため、彼女はロボメイドというあり方を受け入れていたのだった……。

 

 ……一応言っておくけど、冗談ではないぞ?本筋ではなかっただろうけど。

 

 



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サンタ間戦争()

『あーすまん。もう一度言って貰えるか?』

「大雑把に言うと、魔物とか天使とか邪神とか、そういう見るからに神秘の側の存在が分かりやすく自身をアピールしてるととても宜しくない、ってわけですね」

『聞き間違いじゃなかった……!?』

 

 

 え、つまり最近の(わし)の不調ってそういう……?!

 ……みたいな感じで戦慄してらっしゃるスタンドさんだが、御安心下さい単なる偶然です。

 いやまぁ、単なる背後霊にでもなってくれてた方が都合が良い、ってのは間違いじゃないんですけどね?

 

 

「少なくとも、本来なら自然消滅に近い形で消えていたはずの『神秘の側の土壌』は、スタンドさんとの交流如何によって再び励起──土壌繋がりで掘り起こされた形になった、というのは間違いないでしょうし」

『じゃあ、TAS側のその辺りを仕掛けた可能性は』

「ゼロじゃないですけど、正直これに関してはそこまで気にして動いているとは思えませんね」

『む?』

「DMさんの加入イベント再び、って時点でその辺りが励起されるのは目に見えてましたので」

 

 

 ただまぁ、これに関しては最後の一押しになったというだけであって、そこまで重要視されていたわけでもない。

 確かに、スタンドさんの加入が本来ギリギリサンタさんの侵入を防ぐはずだった壁を一ミリ削った、みたいなことになっているのは確かだけど、だからといってスタンドさんを滅ぼしに掛かるようなつもりは一切なかっただろうし。

 

 

『そりゃまた、何故に?』

「そりゃ勿論、スタンドさんももう仲間だからですよ。出会う時点でパーティに加えるつもりだった、とも言えますが」

『──やはり見ているスケールが違うのぅ、あやつは』

 

 

 はぁ、とため息を吐くスタンドさんである。

 ……実際、TASさんにどうにかするつもりがあったのなら、そもそも俺達はスタンドさんと出会うことすらなかったはずだ。

 彼女の能力はそれを可能にするだけの力がある。……具体的には、スタンドさんが現れないルートだって選べたはず、というか。

 

 つまり、こうして顔を突き合わせて話をしている時点で、TASさんはその辺りの問題を認識していたということ。

 そうして認識した上で、それでもなお今のルートが良いと判別したということ。

 

 なので、スタンドさんが気にする必要はないというわけなのである。

 ……まぁ、本人に言ったら『気にしとらんし。寧ろスペック云々に関わってないか心配だっただけだし』とか言い出すのだろうが。

 

 

『ふん……いや待った、今雰囲気に流されそうになったが、(わし)のスペック云々に奴は関係ないのか?!』

「いやだって、それに関しては単にスタンドさんが弱k()

『のわーっ!!手が滑った!!』

「ぐえっ」

 

 

 なお、スタンドさんはごまかされなかった。

 そのままスルーしてくれれば良かったのに……。

 

 

 

・A・

 

 

 

「まぁ、さっきはああ言いましたが、本当ならサンタさんのことを気にする必要はないんですよ」

『ほう、それは何故だ?』

「わざわざこっちにる理由が無いですからね。散々貴方はこちらの世界にとって危険なのです、って言い含めてましたし」

 

 

 さて、顔面に空き缶が突き刺さったりもしたが話を続けると。

 ここまであれこれ言ったものの、その実サンタさんの到来を気にする必要性はほぼない。

 何故かと言えば、向こうにこちらへとやって来る理由がないため。

 前回彼女がこちらにやってきたのは、こっちに放置される形となっていたサンタ袋の回収のためであり、それを成し遂げた以上はこちらに用事なんてないはず。

 

 ゆえに、サンタさんの来訪に怯える必要などない、という話になるはずだった……()()()

 

 

『……何故に今、不穏な話の引きをした?』

「ところで話は変わりますがスタンドさん。貴方ニュースとかは見る方でして?」

『は?突然何を……いやまぁ、あっちの(わし)に付き合って見ることもないではないが……』

「じゃあ、三日前に流れたニュース、知ってます?」

『三日前に流れたニュース?……ええと、なんだったか……って、あ』

 

 

 こちらの物言いに身構えるスタンドさんだが、返ってきた質問に怪訝そうな顔をしながら思考の海に潜り……直ぐ様それに気付いたらしく、間抜けな声を上げたのだった。

 

 ……三日前、世間に流れたニュースの一つ。

 それは、扱いとしてはそう大きなものではなく、けれどこの時期的には少々目を惹くもの。

 

 ──この地球から遠く離れた二百億光年先。

 そこに、()()()()()()()()()()()()かのように、赤と緑に輝く双子星が見付かった、というそのニュース。

 時期ゆえに『サンタクロース』と『クリスマス』の名前を与えられたその双子星は、他でもないダミ子さんの影響を色濃く受けたもの。

 それに世間一般的な方面から名付けがされたことにより──、

 

 

「今やあの星はサンタエネルギーを大放出する場所と成り果てた。そうなると寧ろサンタがやってこない方が不思議」<ニュッ

『サンタ……エネルギー……???』

 

 

 突如現れたTASさんと、その口から語られた未知のエネルギー。

 その二つによる精神攻撃を受けたスタンドさんは、暫く虚空を見詰めるような表情を浮かべていたのだった……。

 

 



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決戦はダミ子星(クリスマス仕様)で

「これは由々しき事態。向こうの状況が許すならまずすっ飛んでくるレベル」

『いや待て、色々と目眩がしてきたぞ……』

 

 

 見るからにわくわく、とした様子で深刻そう()に事の次第を語るTASさんに、額を押さえたスタンドさんがもう片方の手で彼女を制しながらそうぼやく。

 ……まぁ確かに、冷静にならなくても『なに言ってるんだこいつ』の塊なので、その反応も無理もないわけだが。

 

 まず第一に二百億光年先の、という時点であれである。

 それだけ遠くにある星のことを観測する、となれば勿論その星が二百億年前からそこにある、ということが前提になってしまうからだ。

 光年とは光が一年に進む距離。……すなわち、それが届いているということはその輝きは二百億年前のもの、ということになるのだ。

 

 

「ダミ子星が出来上がったのはほんの数ヶ月前。その時点で観測できてるのはおかしい」

『なるほどなぁ……そのニュース自体、何かしらの影響によるものということか……』

 

 

 時期的におかしなことが起きている、ということを考えればこのニュースがどれほどおかしいのか、というのも察せられようというもの。

 必然、そこにサンタの影を見るのも無理はないのだ。……自分で言っててなんだけど、サンタって言葉がすっかりホラーか何かと化してる件。

 

 

「二つ目、サンタカラーというのがもうダメ。あの星は別に恒星とかじゃないから自発的には光らないはず」

「それが赤や緑に見えるってのは、考えられる要因としては大気の組成とそれに反射した光、ってことになるわけだけど……」

「赤いのは大気に炭素を多く含み、緑なのはメタンみたいな赤色光を吸収する大気で構成されている。で、どっちも元のダミ子星とは違う空気」

『必然的に意味がわからん、と?』

「最悪街が赤と緑のイルミネーションに埋め尽くされてるかも」

『なにそのじょうきょう』

 

 

 おおっと、キャパを越えたのかスタンドさんの喋りが以前の状態に逆戻りを……()。

 まぁともかく、今のあの星の状況が未知数である、ということは間違いない。

 

 そうなってくると問題なのが、あの星がああなった理由。

 外から窺い知れる限り、あれらの変化はもろにクリスマスによるもの……ということになるのだろうが、それによって周囲にサンタパワー(?)を放出している、などということになれば……。

 

 

「サンタがこっちに顔を出す理由になる」

「……まぁ、こっちとしてはサンタパワーとやらがなんなのか、みたいなこともまったくわからんからなんとも言えんのだけど」

 

 

 それが他所の世界にある──本来別世界由来の概念だから回収に来るのか、はたまた単にこの世界に新たなサンタパワーが現れたことを祝福しに来るのか。

 どちらなのかはわからないが、どっちにせよこちらとしてはいい迷惑であることは間違いあるまい。

 

 

「多分向こうは『サンタを迷惑がるのなんて貴方達くらいのものだと思うんだけど?』とかなんとか言うと思う」

「確かに。存在そのものが問題なだけで、彼女の性格面はわりと一般人だからなぁ」

 

 

 隣で一人『わからん……わからねば……』と頭を抱えるスタンドさんを他所に、俺達はサンタさんへと思いを馳せるのだった……。

 

 

 

・A・

 

 

 

「え、またあの痴女さんがやって来るんですかぁ?」

「痴女て」

「まぁ、あれが正装という辺りそう呼ばれても仕方がないとは思われますが……」

 

 

 はてさて、夕食の時にサンタさん出現警戒の報を皆に知らせたところ、ダミ子さんからはそんな反応が返ってきたのだった。

 今でこそ持ち直したが、彼女が一時不調に陥っていた時にその理由となったのが例のサンタであることを思えば、その反応もわからないでもないが……。

 

 

「……同じ顔の人を痴女呼ばわりするのはどうなん?」

「ぬぐっ」

 

 

 サンタを痴女と呼ぶのは、同時に同じ顔をしている自身を痴女と呼ぶのにも等しい……と告げれば、ダミ子さんは箸で掴んだ煮物を口に入れた瞬間に固まることとなったのであった。

 ……まぁ、この辺りは不可逆というか、必然的な話だからねぇ。

 

 

「今のダミ子はある意味サンタ。それが必要なことだから仕方ないけど……同時に向こうからすると()()()()()()()()()()()()()という扱いになる。正直好き勝手言う権利はない、と主張されても仕方ない」

「そ、それは私のせいじゃないですぅ!!」

「向こうの服装も彼女のせいじゃない。そういう面ではお相子……寧ろダミ子の方が重め?」

「ぬぐぐぐ……」

 

 

 ダミ子さんという特殊な存在がサンタさんの姿を借りているからこそ、向こうの無用な侵入を防げているわけだが。

 同時に、彼女がダミーであるせいで、ダミーデータを参照する際その姿が適用されてしまう……。

 

 すなわち、無いものは全てサンタになる、という等式が成り立ってしまうわけである。

 妖怪やら妖精やら天使やら悪魔やら、そういう本来存在しない相手を参照しようとすると全部サンタさんの顔になるといえば、それが名誉毀損とかで問題になってもおかしくない……と言うことがなんとなく察せられることだろう。

 

 無論、その辺りのことにダミ子さんの責任がある、とは言えない。

 だが相手の姿形に文句を付けるのなら、こっちもその辺りのことを言われても仕方がないぞ……というのも確かな話で。

 

 その辺りを悟ったダミ子さんはと言うと、気まずそうな顔で残りの夕食を口にし始めたのだった。

 

 



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ダミ子さんってどういう人?

「しかし、ダミ子さんの性質……特性?というのもよくわかりませんわね。この辺りで一度、纏めておいた方が宜しいのでは?」

 

 

 というAUTOさんの一声により、急遽ダミ子究極解説の時間が始まったのだった。……なんだこの子供向け雑誌みたいなノリ?

 

 

「じゃあとりあえず、基本情報から。ダミ子はその名前の通り、ダミーデータと深い関わりを持つ存在。ここで言うダミーデータと言うのは、未だ世界に形の無いもの・概念だけ存在するモノ達の集積地でもある」

「わりと壮大な話になってきたな……」

 

 

 ともかく、TASさんの言によればダミ子さんがその拠り所としているダミーデータと言うのは、いわゆるダークマター……確認されていないが確実に()()とされている未知の物質だけでなく、そうして存在だけは概念としてあるものの、その実体を捉えられていないあらゆるものを含む概念なのだという。

 

 ……こういうとなんだか凄そうだが、彼女はそれを操れるわけではなくあくまでも参照するだけ。

 ゆえにそこまで大層なことはできな……え?参照を観測と見なし、その結果見るという干渉を行っていると判断されてダミーデータ達にその姿(見た目)という影響を与えているだろうって?

 まぁほら、その辺りは不可逆というか、やろうと思ってやったことではないらしいので……。

 

 

「実在を確かめられないものは、どれだけ提唱しても形を持てない。それは言い換えると、誰しもが()()()()()()()()ということ。言ったもん勝ちの理論が強い、ということでもある」

「なるほど、ダミ子さんとダミーデータの繋がりを主張したことで、必然的に全てのダミーデータはダミ子さんとの繋がりを得た……と強弁を振るうことができる、というわけですわね」

「そういうこと」

 

 

 主張の強い方が勝つ、みたいな話というか。

 ダミーデータは本来見ることも触れることもできない概念。

 それゆえ、強く主張したもの・かつそれが見えるものの主張を嘘だと断じることが、少なくとも他者からはできない。

 それゆえ、結果として声の強い方が影響がある……みたいなことになるのだそうだ。

 まぁ、その結果起きることが『ダミーデータの参照時、それがダミ子さんの姿を基本にしたものとなる』って辺り、余り意味のある話だとも思えな……いや、よく考えたら今回の話が終わってもずっと残り続ける火種ってやつだなこれ?

 

 

「あー、ダミ子のそれはサンタのそれだから、その姿が使われ続ける以上向こうが口を挟む理由になり続けるってやつか」

彼女(サンタ)の到来を防ぐためにはその姿を取り続ける必要があるが、同時にその姿である限り相手に文句を言う権利が残り続ける……ということか」

 

 

 二人の言う通り、ダミ子さんのその姿はサンタの到来を防ぐためのもの。

 また、そこから姿を切り替えるとなると一度ダミーデータとの繋がりを切る必要性があり、もう一度繋いだ時にどうなるかがわからない……みたいな部分もある。

 何せ彼女の今の姿は、以前の彼女の姿がわからなくなってしまったからこそ、仮の波止場として定めたもの。

 そこから離れるというのは、つまり大波の中に漕ぎ出すことに等しいのだ。

 

 実際にやるとなれば、きっとTASさんのことだから安定はさせる(というか、安定しないのならやらない)だろうけど……その結果として今ここにいるダミ子さんの記憶ごと消えて新たな人物になる、という可能性も考慮しなければならない。

 要するに、リスクが大きすぎるため彼女の姿は変えられない、というわけだ。

 

 だがその結果、彼女の姿がサンタのそれと同一である、という状況は変化させられないものということになる。

 サンタさんがこちらに来るのはリスクの塊なのでそれを防ぎたいが、そのための要石自体がその理由となっている。

 だがしかし、そこ要石を別のモノに変化させることはできない……。

 

 結果、サンタさんはリスクとして残り続けてしまう、という事態に陥るのであった。

 

 

「まぁ、本来ならそれでも問題はなかった。ダミ子のダミーデータ専有はそれなりに強い。本来なら相手が神でも問題はなかった」

「サンタだから無理だった、と?」

「正確には、特定の日だけ価値の跳ね上がる存在。全体的な出力は押さえられても、特化したエネルギーには無理矢理突破される可能性は否定できない」

 

 

 ただそれも、本来なら問題ではなかったのだという。

 そもそもにその存在を置いておくためのスペースから潰しに掛かっているから、相手がどれほど強大であれそれを使うための空間が足りない、ということで防ぎきれたはずだのだとか。

 わかりやすく言うと、満員のエレベーターのようなもの……みたいな?

 こっちの世界に来るにはエレベーターに乗る必要があるが、現状そのエレベーターはダミ子さんで満席になっており、他の人が無理に乗り込むと重量制限で追い出される……みたいな。

 

 どっこい、サンタさんはその枷を無理矢理突破できる理屈を持っていた。

 それが、TASさんが今述べた一転特化の突破力。

 彼女のそれは、言うなれば緊急時の救急車のようなもの。他の全てに自身を優先させる理屈がある。

 それゆえ、ダミ子さんの専有を無理矢理押し通る、という真似ができるのだそうだ。

 

 ……え?その理屈だと他の力ある存在もそういうことやれそう?

 まぁ、わかりやすさを優先して説明しただけで、実際に突破するには『自身と同じ姿の存在』『現地の不思議存在』『自身の存在力が強くなる時期』などの複数の条件が必要となるため、言うほど誰でもできるわけではないらしいが。

 特に『自分と同じ姿の存在』って時点で引っ掛かるし。

 今現在存在しない相手は全部サンタ(ダミ子)さんの姿になるわけだが、それゆえに絶対同じ姿の存在を成立させられないことになってるし。

 

 

「……そう考えると、本当にサンタだけが鬼門なんだねぇ」

「サンタが鬼門、ってのもあれだけどねぇ」

 

 

 つまり、どこまで行ってもサンタが問題ってこと。

 ……最終的な答えに、みんなでため息を吐くことになったのは仕方あるまい。

 

 



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ついに来たか……聖者よ!

「寒いですねぇ」

「すっかり冬だからなぁ」

 

 

 はてさて、次の日。

 ダミ子さんを伴って買い物に出掛けていた俺は、吐く息がすっかり白くなっていることに感慨深さを感じていた。

 ちょっと前まで本当に秋or冬か?……みたいな気温続きだったことを思えば、こうして息が白くなる程度には寒くなったんだなぁとしみじみ頷いてしまう、というか。

 ……いやまぁ、もう十二月に入ろうというんだから寧ろそうじゃなきゃ困るんだけども。

 

 ともあれ、これだけ寒ければ今日はおでんかすき焼きか……みたいに献立を脳内で組み立てながら、買うものを脳内で列記していく俺である。

 

 

「まずはネギ、ネギはなんにでも使う」

「なるほどネギ。大根とかも必要ですねぇ」

「白菜も必須だろ、糸こんにゃくか普通のこんにゃくかはちょっと相談が必要だけど」

「……?おでんには普通のこんにゃく、すき焼きには糸こんにゃくなんじゃないんですかぁ?」

「甘いなダミ子さん。料理ってのは最終的に旨けりゃいいんだから、どっちかでしか使わないなんてことはないんだよ」

「なるほどぉ、至言ですぅ」

 

 

 実際、場所によって使うこんにゃくが違うこともあるし、それぞれに合う味付けというのもあるだろう。

 基本的にデフォルトのイメージがある食材ってのは、その分味のバランスなどが保証されているとも言えるため、初心者ならば変に変えない方が良いことも多いのだけれど。

 

 ……などと会話しつつ、スーパーに入った俺達は生鮮食品コーナーに向かう。

 野菜の良し悪しを見てから作る料理を決めよう、程度の軽いノリからの行動であったが、それが結果的に()()()()を作り上げたというのであれば、ちょっと失敗したのかもしれない。

 

 ……え?こんな短期間に何が起こったのかって?そりゃ勿論、

 

 

「ほぎゃあああ痴女ですぅうううう」

「痴女呼ばわりはヤメロォ!!」

「うわぁ……」

 

 

 またもや出会ってしまったんだよ、本来出会わないはずの二人が!

 

 

 

Σ;゚□゚)

 

 

 

「まったく……この神聖なるサンタユニフォームを侮辱するとは何事ですかっ」

「……その割に全身を隠せるコートを着てらっしゃるのはどういう了見なので?」

…………((¬H¬;))

「おい???」

 

 

 いや、本人的にもちょっとあれだなー、って思ってる反応やんけそれ。

 ……とまぁ、突如現れたサンタさんを連れて買い物を続ける俺達である。

 いやまぁ、今述べた通りサンタさんは現在例のハレンチサンタ服を大きめのコートで隠してるんだけどね?

 なので、外見からサンタであることを察することはできない、というか。

 

 

「代わりに同じ顔の人が二人、って意味で視線を集めてるけどねー」

「それはそのぉ、仕方がないと言いますかぁ……」

「とりあえずさっさと用事を済ませてくださいっ、こっちの用事はすぐに終わるものじゃないですからっ!」

「えー」

「何がえー、ですかっ!」

 

 

 代わりに別方向に視線を集めているため、少々居心地が悪そうな二人である。

 まぁ、瓜二つの人物が並んでいる、となれば思わず見てしまうのは仕方がない。

 一応、こっちが気にしてることに気付いてじろじろ見られる、ということはなくなったみたいだけど……代わりにチラチラ見られているので逆に気になる羽目になっている、みたいな感じというか。

 

 なお、あくまで見られているのは二人であり、俺には関係ない……とは言えない。

 まぁうん、単純に二人を見た時に周囲が抱く印象というのは、恐らく「美人双子姉妹」とかその辺り。

 となれば、その二人の近くにいる俺がやっかみの視線を受けるのはいつものこと。

 二人への視線が『ちらちら』なら、俺への視線は『ざくざく』だ。刺さってる刺さってる()

 

 ……そういうわけなので、みんな平等に針の筵。

 さっさと帰るために買い物を済ませよう、とアイコンタクトをして三方に別れることになった、というわけである。

 

 

「……いや待ちなさい、よくよく考えたら私貴方達が何を買いに来たのか聞いてないわ!?」

「すき焼きですね、今決めました」

「なるほどすき焼きね……今決めたって言った???」

「ええまぁ。ちょっと奮発しようかなーと」

「はぁ……?」

 

 

 あれだ、ゲストを迎えるのだからある程度贅沢するのも必要じゃないかなー、というか。

 そんな俺の言葉に首を傾げるサンタさんだが、とりあえず疑問を呑み込んで俺から離れていったのだった。

 

 ……で、数分後。

 

 

「モノの見事に物が被ってやがる……」

「カッコ付けて別れて探しに行きましたけどぉ、そりゃまぁ何にも示しあわせてないんですからこうなるのも必然ですぅ」

 

 

 再び集まった俺達は、それぞれが持ち寄った具材を見て思わず天を仰いでいた。

 何故かって?全部被ってた上に何個か足りてなかったからだよ!!

 

 最初に選んだ野菜類はともかく、肉やら卵やら調味料やら、それぞれローテーションでもしたのかと言うほどに被りに被っているのだから堪らない。

 ……こういう時、TASさんなら完璧にこっちの持ってきたモノと違うものを持ってきてくれるんだけどなぁ。

 

 そんなことを思いつつ、仕方なく超過した食材を戻しに行く俺達なのであった……。

 

 



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そういう君は夜空に踊る

「ご馳走さまでした」

「はい、お粗末様でした」

 

 

 さて、踏んだり蹴ったりな買い物からはや数時間。

 出来上がったすき焼きは綺麗に空になり、みんなが満足そうに手を合わせる中、俺はお粗末様と返事をしていたのだった。

 

 そうなると、いよいよ先伸ばしにしていた話──サンタさんについての話題に触れることになるのは言うまでもなく。

 

 

「いえその前に、どうして一緒に食卓を囲んでいましたの……?」

「え?そりゃまぁ、タイミングがよかったというか……」

「いえ、貴方に聞いたのではなく。用もなくこちらに来るはずのない、サンタさんの方に窺っているのですわ」

「あ、はい」

 

 

 そこで真っ先に声をあげたのがAUTOさんである。

 内容は至極真っ当なものだったが……確かに、言われてみれば呑気に同じ卓でご飯を食べるような余裕はあったのか、という疑問も感じないでもない。

 

 本来、彼女がこちらにやってくるような理由はそう多くない。

 以前ならば置き忘れたサンタ袋を取り戻しに、というのが理由になったのだろうが……それは最早彼女の手に戻っている。

 となると、直近で起きたトラブル──ダミ子星サンタ惑星へと昇格、辺りが理由になりそうなものだが。

 それはそれで、わりと生真面目っぽい彼女がここでこうして呑気にしている理由に繋がりそうもない、というか?

 

 

「それならそれで、真っ先に飛んで行きそうだもんな、目的地に」

「だよなぁ」

「……何をこそこそと話しているのか知らないけど。もしあの惑星のことを言っているのなら、とっくの昔に確認済みだと返しておくわ」

「えっ」

「サンタ嘗めないで頂戴。たかが二百億光年くらい、サンタワープを使えば行って帰るのに十分も掛からないわよ」

「ほう……」<キラキラ

「こらTASさん、サンタ技術は導入厳禁って言ってたでしょ」

「はぁい……」

 

 

 その辺りをこそこそ話していたら、当のサンタさんに真っ先に否定されてしまった。

 ……その時彼女の移動速度の速さに思わずTASさんが興味をそそられていたが、サンタ(異世界由来の)技術は導入禁止というのはそもそも彼女が言い出したこと。

 なので早々に諦めさせ、話を戻す俺なのであった。

 

 

「いやその前に、サンタ技術ってなんだよ……」

「それに関しては解説すると長いから、おまけモードを起動してグラフィックビューアーを選び過去回想を確認してくれ!」

「お兄さん、過去回想を見てもサンタ技術の解説はしてないよ」

「……いや待て、ツッコミどころが倍になったんだが???」

 

 

 ……諦めさせたら横からROUTEさんがワケわからん、とばかりに口を挟んで来た件について。

 まぁ確かに、彼女は今年がサンタさんとの初遭遇。となればその関連ワードもよくわからん、という形になるのも仕方のないこと。

 なので、同じく今周回初加入組のスタンドさんと合わせ、説明をカットするため過去回想を別枠で行おうとしたのだが……ああうん、そういえば詳細を知るのは宜しくない、ってことであんまり触れてなかったんだっけか。失敗失敗。

 

 ……え?その辺りの説明をするために出した単語で、さらにROUTEさんが虚無顔を晒してる?

 もー仕方がないなー、ほれこうしてこの通り(腕を上から下へシャー!)

 異世界モノでよく見るステータスウィンドウオープン、みたいなノリで現れた空中投影モニターに、ROUTEさんがさらに機能を停止しスタンドさんが「!?」みたいな顔をしているが、そういうもんだからそういうもんだと納得してくれ、と声を返す俺である。

 

 

「……あら、この世界でも存在してたのね、それ」

「その言い種だと、サンタさんの世界にも似たようなものが?」

「ええまぁ。……基幹技術もそう違わないみたいだし、こっちの辞書をインストールしておくわね。……あっ、勿論あくまでも表面だけの解説に留めたやつね」

「…………」(もう付いていけない、という顔)

 

 

 なお、サンタさんの前で一連の行動をやっていたせい……お陰?で彼女の目に止まり、グラフィックビューアーがサンタさんの世界にも存在することが判明。

 彼女の持つ技術のうち、問題となるのはあくまでもこの世界に無いものだけ……ということもあって、そのまま彼女によって辞書機能がインストールされることとなったのだった。

 

 ……そのせいで余計にROUTEさんの虚無顔が酷くなったって?俺しーらね。

 

 

『これは……あの文明の?いやしかしあの文明は滅びたはず……しかし使われているのはまず間違いなく……???』

「……とかなんとかスタンドさんが言ってるわけですが、DMさん何か言うことは?」

「知りませーん。グラフィックビューアーの話は私は聞いたことありませんので知りませーん」

「確かに、あまり多用するものではないということで最近触っていませんでしたものね……」

 

 

 あと、スタンドさんが何やら気になることを呟いていたが……同一人物なのだからその辺りのことを知っているはずのDMさんは、私はなにも知らないとばかりに視線を逸らしていたのだった。

 うーんこの()

 

 



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何が大切なのかは人によって違う

 はてさて、途中話が別方向に逸れたため後回しになっていたが、改めて何故サンタさんがこっちの世界にやって来たのか、ということを尋ねることになったのだけれど。

 

 

「いやあの、それはえーと……」

「???」

 

 

 ううむ、何やら言い淀んでいる様子。

 一応、ダミ子さんをちらちら見ている辺り彼女に何かある、ということなのだろうが……それがなんなのかまでは、彼女が口に出さない限りわかるわけもないというか?

 いやまぁ、なんとなく予測ができないわけでもないけどね?

 

 

「ほう、その心は?」

「俺の口からはとても。まぁ、消去法というか?」

「ふむ……?」

 

 

 そんな俺の様子を見て、TASさんが声を掛けてくるが……俺の口から言うようなことでもないので、とりあえず黙秘しておく。

 ……というか、俺から聞かなくてもTASさんなら未来視で答えカンニングできるでしょうに。

 

 

「できるけど、するかどうかは別」

「ほう、その心は?」

「それする方がややこしいパターン」

「あー……」

 

 

 なるほど、下手に裏事情を知ってると選択肢が狭まる的な……。

 どこまで行っても短縮に余念のないTASさんに苦笑しつつ、サンタさんがどうするのかを静観することに決めた俺達なのであった……。

 

 

 

・A・

 

 

 

 ──いや、そんな悠長な話でいいのか?

 というツッコミがCHEATちゃんから飛んできたりしたが、そもそもサンタさんが危ないのは彼女がサンタらしいことをした時だけのこと。

 そうでなければ危険度は大幅に下がるので、経過観察をするくらいの余裕はあると答えておいた。

 

 ……まぁ、本当に危なくなったらサンタさん自身がその辺りの機微には気付くだろうから、こっちが警戒しなくても問題はない……みたいな部分も少なからずあるのだが。

 

 

「……じゃあなんであんなに騒いでたんだよ」

「そりゃもう、ダミ子星の話をするなら面倒ごとは倍加するどころの話じゃないからねぇ」

「あー……そういえばあそこって正規ルートじゃないと変な宇宙に繋がるんだったか……」

 

 

 なお、彼女の危険度が下がった一番の理由は、ダミ子星に既に行って帰っていること。

 彼女という存在がダミ子時空に触れることこそが、危険性の最極致だったのである。

 

 サンタさんは異世界の存在、そしてダミ子時空はこの世界ではない謎の空間。

 その二つが合わさると、何が起きるかは分かったものではない。

 ゆえに、本当は彼女をダミ子星に向かわせるという事象すら発生させないのがベストだったのだが……まぁ、それに関してはもう過ぎてしまっていることなので仕方ない。

 

 その上で、現状問題らしい問題が起きていないのならそれでいい……というわけだ。

 いや勿論、良くないといえば良くないんだけども。

 

 

「まぁそんなわけで、とりあえずそっちの話は一先ず後回しってわけ」

「……後から問題が襲ってきた時は?」

「その時はいつも通りTASさんが荒ぶるだけです」

「寧ろ何か起こって欲しい」<ワクワク

「えー……」

 

 

 何せ、こっちはサンタさんに同行できていない。

 同行できていないということは、トラブルの種を認識できていないということ。

 それゆえ、こっちの知らぬ間にトラブルが加速している可能性は否定できないわけで。

 

 ……なので、本来ならばすぐにダミ子星に向かい異変がないか調べるべき、なのだけれど。

 同時にサンタさんをこっちに放置もできないし、かといって連れていくこともできない。

 特に連れていく方に関しては、一度の訪問なら問題なくても二回目はダメ……みたいなパターンの可能性を思えば選びたく無さすぎる選択肢である。

 

 そうなると彼女が帰るのを待つしかない、ということになるのだけれど……今の様子だとそれがいつ頃になるかも分かったものではない。

 なので、今俺達がするべきなのはサンタさんが話をしやすい状況を作ること、ということになるのだけれど……。

 

 

(予測通りなら俺達近くにいない方がいいんだよなぁ)

 

 

 彼女の言い淀んでいることがこっちの予想通りなら、周囲に人がいる方が話し辛いということになる。

 ……だからといって、ここでさっきの話を翻して離れるというのもあれだろう。

 彼女を放置してはいけない、という主張をした舌の根が乾かぬ内に放置すべき、なんて言ったらなんとなく彼女の言いたいことを察してしまうかもしれない。

 

 そうなれば最悪、サンタさんはこの場で暴走を始めるだろう。

 羞恥と後悔から爆発し、結果この世界が滅ぶなんて可能性も──決してゼロではない。

 

 ……大して多いわけでもないとは思うが、微少でも可能性があるのならば警戒するに越したことはない、というのも事実。

 特に、今はTASさんが未来視を控えている状態。

 ……こういう時は割りとやらかすのがTASさんなので、バッドエンドがあるということ自体伝えないのがベストだろう。

 

 つまり、俺がやるべきことは一つ!

 

 

「とりあえず、風呂でも行ってきたら?あ、体型近いだろうからダミ子さんに服を借りるとかいいかも?」

「……喧嘩売ってますか?」

「…………あ、いや売ってない!売ってないからグーは止めてグーは!?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと!

 ……ってわけで、現状一番自然と二人きりになれる場所として風呂場を思い付いたわけなのだが……。

 ──うん、勧め方をミスったねこれ!(ボコボコにされながら)

 

 



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謝辞は短め的確に

「酷い目にあった……」

「貴方様にしては、随分と迂闊な物言いでしたわね?」

「他に上手い言い方が思い付かなかったんだよぅ……」

 

 

 夕食の洗い物を片付けながら、隣で皿を拭いているAUTOさんと会話をしている俺。

 内容については、さっきの一幕についてになるわけだが……うん、グーじゃなくてパーになったってだけで、ボッコボコにされたことに変わりはないね!

 ……などと宣いながら、真っ赤になった左頬へと視線を向ける。

 鏡もないのに自分の頬は見えないだろ、ってツッコミは無しで。

 

 まぁ、グーじゃなくてパーになった時点で、こっちの意図は伝わっていたのだろうから問題はないのだが。

 実際、肩を怒らせ進むサンタさんに、ダミ子さんが慌てて付いていく……という形ではあるものの、二人っきりにすることには成功したわけだし。

 ……流石に本当に風呂場に行ったわけではないだろうから、多分家からは出たけど建物の外には出ず、屋上辺りで話してる……とかになるんじゃないかなー。

 

 

「その言い種ですと、彼女が何を目的にここまでやって来たのかを察しているようですが……それは一体なんなのですか?」

「そりゃまぁ、答えなんて一つしか思い付かないよ」

「ふむ……?」

「こっちからすればもう終わった話だけど、向こうからすれば丸一年近く残り続けたものというか、いわゆるしこりってやつだろうからねーあれ」

「……あー、なるほど。そう言われてみれば確かに……」

 

 

 俺の話を聞いて、なんともまぁ、律儀な方ですわね……とAUTOさんはため息を一つ。

 こっちとしても彼女の意見に同意だが、同時に何事にもけじめが必要、というのも確かな話。

 そういう意味で、サンタさんにとっては()()()()()()()はまだ終わってなかった、ということになるのだろう。

 

 ……そう、サンタさんが気にしていたことというのは、去年(という名目の前周回)にこちら側で彼女が起こした騒動──サンタ袋の回収に纏わる話。

 その際にダミ子さんに対して精神的被害を与えてしまったこと、及びそれを謝ることもなしに自身の世界へと逃げ帰るように戻ってしまったこと。

 そして、それらを今の今まで謝れなかったことこそが、彼女の心残りだったというわけである。

 

 

「本来人に夢を与えるモノであるサンタが、他人に苦痛を与えてしまったっていうのが、こっちが思ってるより遥かに重たい話だった……ってことだと思うんだよねぇ」

「なるほど……そう言われてみますと、サンタらしからぬ行動だったと言えなくもないですわね」

 

 

 洗った皿をAUTOさんに手渡し、それを受け取った彼女が水分を拭き取って行く……。

 言葉にしてみればそれだけの話だが、この光景も見る人によっては抱く感想が違うのだろう。

 

 それと話としては似たようなもの。

 何に着目し、何を重要視するのかは人によって違う。

 サンタにとっては他者へと被害を与えてしまったことはとても重く、されど俺達からすればある意味仕方のない話だった、とある種軽い話となる。

 その視点の差は代え難く、ゆえに俺は極力触れないことを選んだ、というだけの話。

 

 なので、俺がこれから願うことといえば、それが別の大きな問題に発展しないように……というくらいのこと。

 ……正直そんなことなるなどということは万に一つもありえないのだが、価値観の違いが軋轢や行き違いを生むことは既に示された通り。

 そのため、謝るはずのサンタさんが何か変なことをしてしまう、という可能性は決して否定しきれる話ではなく……。

 

 

『小難しい話をしておるようだが、そうこうしておる内にあ奴ら戻ってきたぞ?』

「おおっと、じゃあこっちは静観しておきましょうか、とりあえずは」

 

 

 などと唸りながら洗い物を続けていると、横合い()からひょい、と顔を出したスタンドさん。

 彼女の口から伝えられたのは、二人が外から戻ってきたという情報。

 内容が内容だけに下手に触れるのもあれだから、いつも通り・特別じゃない対応を心掛けよう……みたいな心構えをしながら帰って来た二人を待っていた俺は。

 

 

「やっぱりこの人痴女ですぅ~!!!謝りながら渡すものじゃ絶対ないですぅ~!!!」

「ちがっ、待ちなさいってば釈明させなさい釈明を!!ってか貴方あの時滅茶苦茶凹んでなかった!?それと振り回すな!!」

「おおぅ……」<グキッ(首180度回転)

「貴方様っ!?」

 

 

 大声で叫び顔が真っ赤なまま走り回るダミ子さんと、その手に握られた見てはいけないもの。

 それから、そんな彼女を慌てて追い掛ける(こちらも顔が真っ赤な)サンタさんという、何とも言えない珍妙な光景を(一瞬だけ)視界に写す羽目になったのだった。

 ……一瞬だった理由?そんなの今の俺の姿を見れば一目瞭然では?

 

 急にそんなことされると、こっちの対応が間に合わなくなって余計酷いことになるから止めてくれないかなー?

 ……なんてことを思いつつ、隣で慌ててこっちの首を擦るAUTOさんだけを極力見つめる俺なのであった。

 

 



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トラブルの種になるような相手を逃がすわけもなく

「さてはて、仲直り?が終わったみたいだけど……サンタさんは帰らないので?」

「帰るわよ!!すぐにでも!!」

「そんな怒らんでも……」

 

 

 暫く騒いだのち、ようやく落ち着いた二人。

 ほんの少し気まずげな空気は残っていたものの、サンタさんの顔からは憂いが取れているのでこれでも十分だったのだろう、多分。

 

 ……それはともかく、彼女の用事が終わったのならば、こっちとしては心苦しくもあるがさっさとお帰りになって頂きたい、というのも事実。

 そのため、言い方は悪いが彼女を急かすような物言いが飛び出した、というわけである。

 そうなれば向こうも売り言葉に買い言葉、嫌がられてるんだから帰るわよ!……とばかりに声を荒げたのち、懐に手を突っ込んで……突っ込んで?

 

 

「あの……どうされたので?」

 

 

 不審な行動(服のポケット漁り)を取り始めたサンタさんに、おずおずと声を掛ける俺。

 しかし彼女は自身の行動に忙しいようで、こっちの言葉に答えるような素振りを見せない。

 仕方なしに、彼女の動きが止まるのを待つことにしたのだが……。

 

 

……ない

「ない、とは?」

 

 

 動きを止めた彼女はサンタらしからぬ──端的に言えば絶望そのもの、というような表情をこちらに向けながら詰め寄ってきて。

 そのまま、俺の襟を掴んで前後に揺らし始めたのだった。……いやなんで?

 

 

「ないのよぉ!!私のパスポートぉ!!」

「ぱ、ぱすぽーと???」

 

 

 そうして彼女の口から飛び出したのは、パスポートを紛失したという意味の言葉。

 ……いや、パスポートの意味がわからないってことではなく。

 

 

「ええと……パスポートを無くしたと?」

「そうよぉ!?アレないとマジでヤバイんですけどぉ!?」

「……えーと、どうヤバいのかよくわからんので、具体的な説明をお願いしたいのですが?」

「いい?!よく聞きなさい!!」

「あっはい」

 

 

 パスポート、というのは読んで字の如く『(port)から外の世界へ歩きだす(pass)』ための証、みたいなものである。

 海外渡航のために必要な証明書・許可証の類いであり、これが無ければ海外への渡航は許可されない……というようなものだ。

 ……まぁ、いつぞやか王女様の国に行った時とか、俺達はいっさい持ち歩いてなかったんだけども。密入国だからね、仕方ないね。

 

 ともあれ、正規の手順を踏んで海外に行く際には必ず必要になるもの、ということは間違いないだろう。

 ……だからこそ、この場で彼女からその言葉が出てくる、というのが少々疑念を抱かせるわけである。

 

 彼女はそもそもこの世界とは別の世界の存在。

 この世界における戸籍は持っておらず、必然パスポートを作ることもできない。

 ……となれば、彼女の言うパスポートというのは、()()()()()()使()()()()()ということになるわけで。

 他所の世界に行くのに、そっちの世界でしか使えないものを持ってくるだろうか?

 ただでさえ、こっちの世界に自身の袋を置いてきてしまったことで、余計な問題を引き起こしたあとだと言うのに。

 

 となると、だ。

 彼女の言っているパスポートとは、海外に渡航するためのモノではなく──、

 

 

「異世界渡航許可証としてのパスポートよ!私が無くしたのは!!」

「ですよねー」

 

 

 この世界に来るためのパスポート、ということになるのだった。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「えーと纏めると……異世界規模でサンタクロース業を行っているのが貴方の世界だと?」

「まぁ、そうなるわね。全人類皆サンタ、というか」

「思った以上にとんでもない世界だった」

 

 

 あれから暫く彼女の話を聞いていたわけだが……ああうん、こりゃ確かにこっちとは色々違いすぎて、迂闊に情報を仕入れるべきではないわ。

 

 言葉の音節自体がヤバい、みたいな一種の神話生物扱いされていたサンタさんだったが、その扱いはまっったく間違っていなかったらしい。

 彼女の出身世界であるその世界は、人民が全てサンタで構成されているという超サンタ大国。

 そんな彼らの仕事は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、それをその世界の人間に気取られないことである。

 

 曰く、子供の夢を守るための処置とのことだが……こと、どこぞの青狸が『夢を叶える』と称して無茶苦茶なことをするのと同じく、彼らもまた子供の夢を守るために無茶苦茶をしているのだ。

 

 完全ステルス機能付きワープ航法対応ソリ、などという頭の痛くなるアイテムから始まり。

 件のサンタ袋──一種の願望器であり、相手の望みを写し取ってそれを構築する、ある種の万能精製機であるとか。

 はたまた、周辺地区に子供がいるかどうかを探るレーダーとしての役割を持つレッドノーズトナカイ(発光機能付き)とか。

 その素敵()サンタアイテムの数々には枚挙がない。

 

 そして、そんなサンタアイテムの一つ。

 サンタを求める人がいる世界を見付け出し、かつ無数の並行世界の中から自身の帰る場所と目的地をマーキングするためのもの。

 それこそが、

 

 

「パスポートないと帰るに帰れないのよぉ~……」

「oh……」

 

 

 異世界渡航許可証、通称サンタパスポートなのであった。

 ……一ついいかな?サンタって付ければなんでも許されると思ってない君の世界???

 

 



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サンタフィーバー!貴方もサンタ!(死亡フラグ)

 はてさて、あれがないと帰れない……なんて情けないことを言い出したサンタさんだが、何気に緊急事態である。

 

 

「一応確認するけど、サンタさんがサンタさんらしいことをしなければこっちの世界に悪影響を与えたりしないんだよね?」

「うん、その通り。サンタ技術は現状どこの世界にとってもオーバースペック。下手に浸透するとこっちも人類皆サンタになってしまう」

「人類皆サンタ……」

「字面は大概ギャグだが、皆聖者のようになるということでもあるんだろ?……多様性の消滅まっしぐらだな」

「あ、一応悪い子向けのブラックサンタもいるわよ?」

「……そういう問題じゃないんだが」

「?」

 

 

 いや、こてんと首を傾げられても困るんだが。

 ROUTEさんの言葉に、よく分からないとばかりに小首を傾げるサンタさんに苦笑しつつ……改めて、現状が緊急事態であることを認識しなおす俺達。

 

 サンタ以外の存在が消えてなくなる──許されなくなるともいえるそれは、ある意味サンタによる侵略と言っても過言ではないだろう。

 それだけならば脅威としては薄いようにも思えるが……その実、誰もが『サンタである』ことを前提として動くようになるとなれば、それはとんでもないことだといえる。

 自ずから望んでそうなったのならともかく、世界の空気としてそうであることを強制されるとなれば、それは最早洗脳以外の何物でもないからだ。

 

 

「なによ、私達がおかしいとでも?」

「いやまぁ、そうじゃないけど……でもまぁ、望む望まないに関わらず勝手にそうなる、っていうなら止めない方がおかしいでしょ?」

「それはまぁ……そうだけど」

 

 

 あれだ、他所の世界からサンタさんの世界に行ってサンタになる、なら問題はないのだ。

 今回はサンタの国が『みんなサンタになーれ♪』ってしてくるから、結果として侵略者みたいになっているだけであって。

 ……そういう意味でも、いつぞやかに例えられた『知っただけでヤバい邪神の類い』みたいな物言いも、この場においては間違いではなかったということになるのかもしれない。

 

 

「……おかしいな、これサンタさんの話だよね?」

サンタさん(しんわせいぶつ)の話だね?」

「今ルビがおかしくなかった???」

 

 

 うーん、サンタ正気度が削れる……。

 

 

 

;・A・

 

 

 

 とりあえず、今のサンタさんが行動することでサンタ汚染が発生することはない、ということが確認されたため、そのまま行動開始である。

 

 

「さっさとパスポートを見付けて、サンタさんを送り返すぞー」

「おー」

「……なんだろう、完全に邪魔者扱いされてる気がするぅ……」

 

 

 しくしく、と涙を流すサンタさんの背中を押して、心当たりがありそうな場所を当たり始める俺達。

 時刻は現在午後八時。一部メンバーはうろちょろしていると補導されかねないため家でお留守番だ。

 ……そのまま家に戻しても良かったのだが、無事に事態が収拾したことを確認したいため待っているとのこと。

 なお、夕食後すぐに外に出る形となったため、食後のデザートを待っている可能性が脳裏を過ったが……まぁ、流石にそれはないだろう、多分。

 

 

「貴方、意外と多芸よね。あのホールケーキ、店売りじゃなくて貴方が作ったんでしょ?」

「流石に俺一人でじゃなくて、DMさんも手伝ってましたけどね」

 

 

 ……今日はちょっと奮発してケーキを手作りしたわけだが、だからといってそれを待ってたりはしないだろう。多分。

 

 ついでに今ちょっと話題に出たので触れておくが、DMさんとスタンドさんに関しては今回留守番組である。

 本来なら二人も連れて捜索する予定だったのだけれど……。

 

 

「ん、それは止めた方がいい」

「おおっとTASさん、それはなんで?」

「サンタがこっちに来れるようになった理由の一つに、元々神であるDMの存在がある……みたいなことを言ったけど、その延長」

 

 

 TASさんの言うところによれば、彼女達とサンタさんを同じ場所に長く一緒にいさせるのは宜しくない、とのことであった。

 なんでも、サンタパワーに邪神組二人が染まり、サンタさんがいなくてもサンタ汚染を発生させる汚染源になりかねないとのこと。

 ……じゃあさっきまで同じ場所にいたのはいいのかって話なのだが、どうやらサンタパスポートを持っていないサンタさんは、サンタ存在感とやらが最低値となっているらしい。

 ゆえに、今のサンタさんはサンタであるがサンタとして認められていない、みたいなことになっておりサンタ汚染も極小になっているのだとか。

 

 これがサンタパスポートを見付けた後だと、比べ物にならないくらいにサンタ存在感が跳ね上がり、それに伴ってサンタ汚染力も強力になるとのこと。

 その状態であの二人が近くにいれば、まず間違いなく第二・第三のサンタになるとかなんとか。

 

 なので、見付けたタイミングに同行しないように二人は離しておくべき、という話になるのであった。

 

 

「……俺が聞いてるのはサンタの話なんだよな?放射性汚染物とかの話じゃねぇよな???」

「ROUTEさん落ち着いて……」

「これが落ち着けるかぁ!!?」

 

 

 なお、その結果捜索に付いてくるのがROUTEさん(と、TASさん)だけになるという弊害があったりしたが……まぁ、仕方がなかったというやつである。

 ダミ子さんとか真っ先に弾かれたからね、そうなると唯一の成人組のROUTEさんは外せないからね。

 

 トンチキな話に巻き込まれるのを嫌がっている感のある彼女だが、こういう時真っ先に巻き込まれるのはなんというかあれだなー、と生暖かい笑みを浮かべてしまう俺であった。

 

 



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来い、サンタツール!

「ところで、一応聞いておきたいんですけど……サンタパスポートって何か特別な形だったりします?」

「見た目は普通のパスポートよ。クリスマスらしく赤と緑のカラーが多かったりはするけど」

「なるほど。例の会社は他所の世界にもあった」

「は?例の会社???」

「あー……」

 

 

 なんだっけ、サンタが赤い服を着るようになったのは、どこかの飲料品会社の活動の結果なんだっけ?

 元々はとある聖人の逸話から派生したものだから、そこから考えると本来は彼の服の色──白こそがサンタの色であるはず、みたいな。

 

 

「他所の世界のサンタの元が、同じような経緯かもわからんがな」

「それはまぁ、確かに」

 

 

 サンタという名前をしているが、その実俺達の思うそれとは別物である可能性も十分にあるというか。

 ……確か収斂進化、とか言うのだったか。

 全く違う系統樹の存在が、どことなく似通った見た目や機能を持ち合わせているという。

 

 

「こっちでのそれはとある聖者の行いが発展したもんだが、こいつのとこのそれが同じとは限らない。同じように、カラーリングがこっちのサンタと同じなのも、その実飲料品会社とは関係ないかもしれないってこったな」

「はぁ、なるほど?よくわからないけど……こっちのサンタはそんな感じなのね」

 

 

 まぁそもそも、サンタさんのところのサンタ達は他所の世界に赴いてサンタをしている……とのことなので、こっちの聖者さんがそれを真似した、もしくは例の飲料品会社が彼等彼女等の姿を見てそれを参考にした、なんてパターンもあり得るわけだが。

 ……言うなればサンタ起源説というわけだ。

 無論、言うだけはタダの類いであって、本当にそれが正解である必要は特にないわけだが。

 

 ともかく、サンタさんの探しているパスポートが見た目上特におかしな部分のないこと・およびそれゆえに見付けるのも()()()()()()()のも難しいだろうということは確かである。

 

 

「いや、なんでよ?」

「見た目が普通であるのなら、捨て置かれる可能性も高いってこと。下手するとゴミと勘違いされる、なんてこともあるかも」

「流石にそれは極端な例だがな。大抵の場合は落とし物としてサツに回されるのが関の山だろうが……それはそれで厄介なことになるだろうから出来れば止めて欲しいところだ」

「……あ、パスポートだから本人確認をされる、ってこと?」

「そういうこった」

 

 

 そう、見た目が派手ならば誰かが拾う確率が上がる。

 そうでないならば、そのまま捨て置かれ……その内ゴミとして回収される、なんてこともあるだろう。

 今回の場合、あからさまなサンタカラーであるためジョークグッズか何かと判断されゴミ箱にシュー!……される可能性はゼロではない。

 

 ゼロではないが、中を開けば普通のパスポートの見た目となるらしいことから、そのまま警察に遺失物として届けられる可能性の方が高いのも事実。

 

 そして、その可能性が高いからこそ問題となる。

 何故かと言われれば、パスポートは『本人確認書類』であるため。

 それを本人に返すとなれば、要するにそれ以外で本人であることを示す必要が出てくるのである。

 

 写真と同じ人間が取りに行けば問題ないのでは?

 ……と思うかも知れないが、顔が同じだからといって本当に同一人物と言えるかどうかは微妙なところ、というのは俺達の中ですら成立する疑念である。具体的にはダミ子さんとサンタさん。

 

 なので、確認をする際には恐らく見た目以外、明確に本人であることを示す何かが必要となるだろう。

 だが、サンタさんはこの世界の人間ではないため、警察が持つと仮定されるパスポート以外に本人を証明する手段がない。

 本来なら住民票などを提示する形になるのだが……それらを用意する手段がないというか。

 

 

「一応、形式的に問題のない書類を偽造して持っていくって手段もなくはないがな。基本的に紛失程度ならば書類の有効性までは確認せず、パスポートとその書類の一致を確かめる程度で済むはずだから」

「な、なるほど……」

「だが、今回に関してはそれは非推奨だ」

「なんでよー!?」

「パスポート側の有効性の確認をされてる可能性がそれなりに高いからだな」

「…………」

 

 

 また、面倒なのが彼女が大雑把な区分上では()()()()()()()という部分。

 これが日本人ならそうでもないのだが、外国人の紛失したパスポートとなれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 結果、そのパスポートが日本国内では認められない・使用できないモノであると判明する可能性がある、と。

 

 まぁ、そもそもパスポートの色って単色であることがほとんどで、二色が使われているという彼女のそれは見た目から偽物である、と判別される可能性も高いわけだが。

 ……ともかく、迂闊に警察に届けられていると面倒である、というのはなんとなくわかって貰えたと思う。

 

 

「なるほど、今回は警察署への潜入ミッション」<ワクワク

「いや止めてね?やらないでねTASさん?」

 

 

 なお約一名、逆に楽しみにしているのがいたりするが……彼女に関してはいつもこんな感じなので敢えて触れはしまい。

 願わくば、彼女の思惑通りに事の進むことのないように、と思うばかりである。

 

 



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誕生!サンタ王

「……とりあえず、別に騒ぎになったりはしてないみたいだな」

「まぁ、別にテロリストが現れたとかそういう話では……」

「?」(ある意味テロリストなTAS)

「?」(実際テロリストみたいなものだったROUTE)

「な、なによ……?」(不法滞在者なので実質テロリストなサンタさん)

「……いや、見ようによってはテロリストの襲撃か、これ」

 

 

 見事に言い逃れできる気がしない面子というか。

 っていうか向こうの持ってる情報次第では、迂闊に立ち入った時点で取っ捕まりそうというか?

 いやまぁ、サンタさんはともかく他二人は未来視系技能持ちなので、むざむざ捕まるようなことはあり得ないだろうけども。

 

 ……ってなわけで、近くの生け垣に隠れながら警察署を窺う俺達である。

 今のところ騒がしさの欠片もないが、これが近寄った途端に崩れたりしないだろうな……とちょっとビクビクしてたり。

 

 

「警察?ってのはよくわからないけど、目的地がここならさっさと行かない?」

異世界(カルチャー)ショック……だと……?」

「……この人何言ってるの?」

「俺からすればそっちが何言ってんだ、だがな……」

 

 

 なお、サンタさんは隠れている俺達の横で堂々と仁王立ちしている。

 ……位置的に建物に隠れているからいいが、そうじゃなかったら目立って仕方なかっただろう。

 まぁ、そのコートの中身をさらけ出した状態と比べれば遥かに地味、というのも確かなのだが。

 

 ただ、彼女の言動が気になったのも確かである。

 そういえば彼女の世界はサンタまみれ、と言っていたが……もしかして言葉通りにサンタ以外何もいないのだろうか……?

 

 

「失礼ね!サンタにも色々いるわよ!ブラックサンタとかグリーンサンタとか!」

「……悪い子向けのブラックサンタが、同時に警察的な仕事をしている可能性はなんとなく思い浮かんだが……いや、グリーンサンタってなんだ……?」

「何って……道案内してくれたりとか、あと大きなソリで移動する時に移動時間の余興をしてくれたりとか?」

「添乗員だこれ」

 

 

 添乗員に緑のイメージはないが……やってることだけ聞くと(まご)う事なき添乗員だこれ。

 ……っていうか、マジでサンタしかいないのかそっちの世界……。

 

 どうやらサンタという単一職に他の職業が付与される、みたいな感じになるらしい。

 聞けば他にも調理担当の『ホワイトサンタ』や、恋愛相談担当『ピンクサンタ』。

 それから変わり種として何でも屋みたいな感じの『レインボーサンタ』なるものまで存在しているとかなんとか。

 

 

「特にレインボーサンタは凄いわよ。何に対しても適正があるってことだから、色んなところで引っ張りだこだし」

「……端から見るとゲーミングサンタでしかないのに……」

「?そっちはそっちでいるわよ。確かゲーミングって色んな色に輝くって意味よね?他所の世界で覚えたわ。……まぁ、こっちでの正式名称はイルミネーションサンタだけど」

敢えてもう一回ツッコミ入れておくけど、サンタって付ければなんでもいいって思ってない???

 

 

 というか飾り付けまでサンタが()()んかい。

 そこはなんかこう、今までのサンタグッズ的なもので済ませておけよ……。

 

 ダメだ、彼女に口を開かせると強制的に思考が停止する。

 このままだと全く話が進まないままにまた一日が終わりかねないので、意を決して生け垣から出ていく俺達。

 そのまま、ずんずんと警察署の入り口に向かっていく。

 

 

「こんばんわー」

「はい、こんばんわ。ご用件はなんでしょうか?」

「こっちの方がパスポートを紛失しまして……」

「なるほど。遺失物ですね?ではこちらにどうぞ」

 

 

 中に入れば婦警さんがにこやかに挨拶を返してくれる。

 それに挨拶を返しつつ、そのままこちらの用件を伝えれば、彼女は普通に俺達を案内してくれたのだった。

 ……なんというか、拍子抜けである。

 

 

「心配の仕方としては過剰だったからな。普通ならこんなもんだろ」

「ふむ。……選択肢を弄ったりは?」

「してねぇよ普通の対応だよ。いやまぁそっちが何かしてない、とまでは保証できねぇが」

「私も何もしてない。()()()()()()()()()

「あん?俺達がなにもしてないなら異常になんぞならねぇだ……ああなるほど」

 

 

 そうして先導する婦警さんの背を追いながら、こそこそと会話する俺達。

 一応、TASさん達は何もしていないとのことだったが……その言い振りからして、これは……。

 

 

「な、なによ!なんだか問題がありそうだからってちょっと気を利かせただけなんだけど?!」

「いやサンタさん、普通は他人に思考誘導なんてしかけないんだわ」

 

 

 視線をずらし、最後尾を歩くサンタさんに向き直れば、彼女は弁明するように口を開いた。

 ……この反応からわかる通り、どうやら先導してくれている婦警さんは何かしらの精神的誘導を受けている、ということになるらしい。

 いや、そもそもその後ろを歩く俺達を見ても他の人達が大した反応を見せない辺り、干渉を受けているのはこの婦警さんだけじゃないなこれ???

 

 ……そういうの、バレた時酷いことになるから止めた方がいいと忠告する俺なのだが、他所の世界に行く時はデフォルトで発動してると言われれば渋い顔をせざるをえず。

 

 

「いや、どっちかというとこっちの干渉を無視するアンタ達の方がおかしいんだからね!?」

「なるほど、つまりお互い様と」

「誰もそんなこと言ってないわよ!?」

 

 

 そのまま、こっちが異常なのだと責任転嫁してくるサンタさんに対し、TASさんはどっちも異常ならどっちが悪いとかない、とかなんとか言いながら頷きを返していたのだった。

 ……うん、流石の俺もその開き直りには同意できないかなー。

 

 



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これがクリスマスの鍵だ!

「はい、こちらが今日届けられた遺失物一覧になりますね」

「……ざっと見た感じ、パスポートも何個か届いてるみたいだな?」

「この中に貴方のパスポートは存在する?」

「ちょっと待って、私のは裏と表で色が違うから……違うから……???」

 

 

 はてさて、本来奇異な目で見られてもおかしくないはずのところをサンタ干渉()によって乗りきった俺達は、婦警さんが持ってきた遺失物(おとしもの)達を確認していたわけなのだけれど……。

 

 いや、結構多いな落とし物?

 婦警さんの持ってきたのはかごに入った落とし物達だったのだが、そもそも『かご』って時点であれというか。

 ……せいぜいトレイに乗るくらいのイメージだったから、こんもり盛られた落とし物に目が点になったというか……。

 あれだ、師走だからモノを落とす頻度も高い、みたいな?

 

 で、その落とし物の山の中から選り分けて探し物をしているわけなのだけれど……うん、パスポートの落とし物も結構多いでやんの。

 ざっと上を浚っただけでも六個ほど、まだ半分山が残っているので単純計算十二個ものパスポートが落とし物として届けられている、ということになってしまう。

 

 ……いや、それでいいのか落とし主。

 紛失届けを出せば再発行できるとはいえ、こういうものは極力紛失しないように努めるべきものだと思うのだが……。

 とまぁ、落とし主達へのツッコミはともかく、こっちとしては微妙に失せ物探しが難航する結果となっているため、とてもよろしくない。

 

 相手は個人情報の塊みたいなものであること、及びサンタさんの探しているものは外から見ただけではっきりとわかるはずのものであることの二点から、最初は外見だけ確認していたのだが……それが余計に時間の掛かる結果を招いてしまったというか。

 

 

「なんでこう、似たようなカラーばっかりが……」

「パスポートの見た目が固定されている、というのはわりと問題視されていることの一つでしたからね。最近は外見に関しても自由にしても良いのではないか、という議論が交わされているようですよ?」

「よりにもよってこのタイミングで?!」

 

 

 その理由は単純、何故かは知らんがツートンカラーのパスポートが八割以上を占めていたため、である。

 

 婦警さんの言うところによれば、どこの国のパスポートも同じようなカラーリングであることが最近問題視されているとかなんとかで、それに対する返答……問題解決の策として、背表紙や裏表紙などの部分についても複数のパターンから選べるように変化してきているとかなんとか。

 

 正直、カバーがあるのだからそれを使えばいいだけの話のような気もするのだが……まぁ、なにか譲れないものがあるのだろう、多分。

 

 

「おっと海外に行かないやつの発言。基本的にカバーは外して提出するのが基本だから、根本的なデザイン部分が選べるのならそっちの方がありがたい、ってやつは意外と多いんだぜ」

「へー」

 

 

 なお、横合いからROUTEさんによる訂正が入ったのだが……貴方、どっちかというとパスポートとか気にしないタイプの人なのでは?

 みたいなツッコミを小声でしたところ「正規の旅行客に見せ掛けた方がいい時もあるんだよ」とのお答え。

 ……うーん、警察署で話すものではないな、この話題。

 

 ともかく、最近になってようやくパスポートのデザインが選べるような制度が整ってきたとかなんとかで、その先行導入みたいな形で発行されたのが『クリスマスカラー』のパスポートだった、というわけである。

 

 ……ぶっちゃけ背表紙を境に二色に別れてるのってダサ……もとい個性的過ぎると思うのだが、それが逆に良いとかなんとか?

 まぁ、色んな人がそっちのパターンを選び出して、その結果没個性を加速させているきらいがあるのは、皮肉という他ないのだろうが。

 

 それはともかく、その結果としてサンタさんの探すパスポートに良く似たカラーリングのものが散乱する羽目になっているのは問題である。

 一応、中を見ずとも本人が持てば目的のものかどうかを確認することはできるらしいのだけれど……逆に言うと、そのために手に持って数秒把握するための時間を必要としているわけで、地味に()()()()()()()()()()という当初の利点を全潰しする結果になってしまっているというか。

 これじゃあ何分合っても足りないよ、って愚痴りたくなるというか。

 

 ……ともあれ、そうして悪戦苦闘することおよそ数十分。

 中身を確認しないまま、手に持つだけの確認……という、寧ろそっちの方が周りから見た時に不審がられない?みたいなやり方の末、どうにか彼女の持ち物らしきパスポートを発見することに成功。

 

 これにより、ようやくこの警察署からおさらばできる、と色めき立った俺達だったのだが……。

 

 

「……あれ?」

「どうしたのサンタさん?」

「…………これ、私のじゃない」

 

 

 彼女自身がこれだと定め、手に取ったパスポート。

 それを開いて中身を(あらた)めた彼女は、そこに書いてあるものを確認したのち『これは違う』と呆然とした表情をこっちに向けてきたのだった。

 

 ……ええと、どういうこと???

 

 



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これこそが真なるサンタの力!

「……つまり、これは()()()()()()()()の落とし物、ってことか?」

「多分、そうなるのよね……」

 

 

 意気揚々と外に出てきた俺達は、再び生け垣の近くでしゃがみ込む羽目になっていた。

 

 その理由は、サンタさんの先程の発言。

 これだ、と彼女が落とし物の中のパスポートから引き出したそれは、外に出て改めて中身を確認した結果『違う』という答えを彼女の口から引き出すことになったのである。

 

 中身をちゃんと検めてから持ち出せばそんなことにはならなかったのかもしれないが、そもそもがサンタ精神干渉(?)によって無理矢理押し入ったようなもの。

 ……要するに、あまり長い時間中に居続けることもできないので仕方がない部分もあったわけだ。

 

 

「でも、残りのパスポートはそもそも完全に違った」

「へ?わかるの?」

「それだ、ってお手本を貴方が手に取ったから。あとはそうじゃないものを弾けばいい」

 

 

 となると、改めて警察署の中に戻って他のパスポートを確かめなければいけない、ということになるのだが……。

 流石に、またサンタ精神干渉()をさせるわけにもいくまい。

 ……となると、格段に確認が難しくなるわけで……なんてことを考えていたら、横合いからTASさんが口を出した。

 どうやら、いつの間にか彼女の方で他のパスポートを確認していたらしい。

 その結果、このパスポート以外にサンタさんの持ち物らしきものは残っていなかった、ということが判明したのだった。

 

 ……えーと、つまり?

 

 

「無駄足と言うほどじゃあないが、結果的には無意味だったってこったな」

「ですよねー……」

 

 

 ROUTEさんの言葉に、がくりと肩を落とす俺とサンタさん。

 ……落とし物として見付かったのは他人のサンタパスポート。

 彼女本人のパスポートは、どうやら他のところにあるということになるらしい。

 

 

「一応聞いておくけど、他人のパスポートで戻れたりとかは……?」

「わざわざパスポートって名前が付いてるんだから、それくらいわかるでしょ……」

「だよねぇ……」

 

 

 試しにサンタさんに『他人のでもサンタパスポートはサンタパスポートなのだから、それを使って帰れないのか?』と尋ねてみたが、結果は思わしくない。

 詳しい原理は不明だが、パスポートなんて名前が付いていることからわかる通り『本人以外の利用不可』になっているらしい。

 ……つまり、今現在彼女の手の中にあるそれは、完全に無用の産物と……?

 

 

「いや待った。他人のじゃ戻れないってんなら、そのパスポート落としたサンタさんは?」

「え?そりゃ戻れないんだからこの世界にいるはず……あ゛

「……探し物が増えたな」

 

 

 自分のものじゃないと帰れない。

 そして、向こうの世界のパスポートなのだから()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……これらのことから、彼女の手の内にあるパスポートの本来の持ち主は、彼女と同じくこっちの世界で彷徨っている可能性が非常に高い、ということになるわけで。

 

 彼女達の世界出身のサンタさんは、本来この世界に残り続けてはいけないらしいということを思えば、送り返すべき相手が増えてしまったということになる。

 その事に気付いた俺達は、彼女の手にあるパスポートを前に暫し固まることになったのであった。

 

 ……警察署に突撃したのが丸っきり余計なことでしかねー!!

 

 

 

;-A-

 

 

 

「で、どんな人の持ち物なのかわかった?」

「ええまぁ、一応ね」

 

 

 はてさて、それからどうしたのかと言うと。

 とりあえず手元のそれが誰のモノなのか、サンタさんに確認して貰うことにしたのだった。

 ……なお、中身の文字は彼女の国の言葉──すなわち俺達が直接視認しない方がいいものであるため、確認は全てサンタさん任せである。

 え?TASさんがその辺りの視覚情報ごまかしてるんじゃないのかって?

 

 

「流石に隅々までジャミングするよりサンタ本人に確認させた方が早い」

 

 

 別に私達が欲しい情報があるわけでもないし、というTASさんの言葉から察してください、はい。

 

 ……ともかく、そうやってサンタさんに確認して貰ったところ、そのパスポートの持ち主は彼女とは別タイプのサンタ──具体的には『ホワイトサンタ』の類いであることが判明したのだった。

 

 

「ホワイトサンタってぇと……」

「調理専門のサンタだっけ?」

「ええ、ケーキとかターキーとか作るのが得意なタイプね。性別・年齢欄・写真から判断すると、こっちでのステレオタイプなサンタみたいな見た目……ってことになるんじゃないかしら?」

「厨房で働くサンタ……???」

「変な噂になってそうだな、それ」

 

 

 困惑する俺を他所に、すいすいとスマホを操作し情報を検索し始めるROUTEさんである。

 数分後、彼女の見せてきたスマホの画面には、この近くの中華料理屋にサンタがやってきた、みたいな記事が写し出されていた。

 

 

「……中華でサンタで料理……???」

「しまった、お兄さんの許容量を越えてしまった。私達はここで一回休み」

「ええ……?」

 

 

 いや、まんまサンタクロースの格好で中華鍋振ってるのはおかしくね……?

 思わず思考回路がショートしてしまった俺は、サンタの作る中華は辛いのか、はたまた子供向けに甘めなのかという、至極どうでもいい疑問に占領し尽くされる羽目になったのであった……。

 

 



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髭は燃えますか?燃えません!

「……はっ!?サンタの作るチャーハンは宇宙だ!?」

「唐突に何を言ってんだテメェ」

 

 

 数分後、正気を取り戻した俺を引き連れた一行は、件のサンタが居るという中華料理店へと足を運んでいた。

 なお、滅茶苦茶混んでた。クリスマス本番はまだだというのにこれ如何に。

 あれか、映えとか言うやつなのだろうか?俺には正直よくわからん概念なのだが。

 

 

「む、お兄さんそれはよくない。だったら私が映えの真髄を教えてあげる」<フンスフンス

お断りします(No thank you.)

「何故に」

「いやだって、TASさんの言う『映え』って本来のやつとずれてそうだし……」

 

 

 あれだ、記録の短縮に成功したのを『感動的。映え』とか言いながら写真に撮ってそうというか。

 もしくは壁蹴りでビルを昇るとか、イベント終わってもいつまでも付いてくるNPCとかを『映え(きろく)』ってやってそうというか。

 ……え?つまるところ『映え』ってのはその人が良いと思ったもののことなのだから、今挙げたのでも別に間違いじゃない?

 そういうのって詭弁じゃねぇかなってお兄さん思うわけ。

 

 

がじがじがじがじ(お兄さんのバカ)

「あででででで」

(なにやってんだこいつら)

(随分と激しいスキンシップなのね……)

 

 

 まぁ、その辺りを正直に指摘したところ、こうしてTASさんからの怒りの反撃を受ける羽目になったわけなのですが。

 ははは、噛みつくならターキーにして欲しいものですねークリスマスの時期なだけに。

 

 ……ともかく、怒り狂う(※当社比)TASさんをなんとか宥め、列の先を眺める俺。

 結構時間が経過していたように思うが、列の進みは遅い。

 どうやら、中華店のサンタは思った以上に売り上げに貢献しているらしい。

 

 

「夕食っつっても結構時間経ってると思うんだがな……」

「それだけ人気なんでしょうね。……ただ、そうだとするとちょっと疑問なのよね」

「はぁ、疑問って?」

 

 

 とはいえ、現在の時刻は夕食と言うより夜食の時間に近い。

 この店がいつ頃閉店時間になるのかはわからないが、普通の個人経営の飯屋なら日を跨いでも開いている、ということは少ないはず。

 ……となると、これだけの人数を捌くだけのキャパがあの店にある、ということになるのだが……さて?

 

 サンタさんが疑問に思ったのも、どうやらその辺りのことのようで。

 

 

「そもそもサンタの作るご飯がそのレベルで売れ行きに貢献……ってのがちょっと想像し辛いのよね。基本的にホワイトサンタのレパートリーってそう多くないから」

「具体的には?」

「さっきも言ったけどケーキとターキー、それ以外は『なんかクリスマスっぽい』ものが一応作れる……みたいな感じになるわね」

「レパートリー少なっ」

「海外の食事事情を思い出すな……」

 

 

 あー、確か海外における食事──それも家庭におけるそれは、基本代わり映えしないのが一般的なんだっけ?

 

 パスタならパスタ、スープならスープ。それも味付けやら具材やらほぼ同一、軍隊食かなんかなん?……みたいな食事が延々と続く……みたいな?

 流石に朝昼晩で献立は変わるようだが、裏を返せば日付違いの朝と朝、昼と昼みたいなパターンだと同一の食事になることがほとんどなのだとか。

 

 そういう意味で、件のホワイトサンタのレパートリーは実に海外的、ということになるのだろう。

 夜は毎回ターキーとケーキ、それから付け合わせのポテト……みたいなことが下手すると一生続く……みたいな?

 日本人からしてみると拷問か何か?って感じの話だが、寧ろそっちの方が世界的だというのだから渋い顔にならざるを得ないというか……。

 

 ともかく、例え中華店のサンタというものが目を引くとは言え、それだけではこの人足の多さに説明が付かない、というのは確かだろう。

 まぁ、逆に言えば作るものが決まっているからこそ、これだけの人数を捌けるということに繋がるのかもしれないが。

 

 

「それはまず間違いないわね。ホワイトサンタならターキーとケーキは一秒で用意できて一人前だから」

「なるほど一秒で……一秒で!?

「?ええ、一秒で。サンタオーブンを扱うのならそれくらいできて当然よ?」

「だから接頭辞にサンタを使えばなんでも許されると思うなとあれほど……」

「すいませーん、次の方どうぞー」

「おおっと、話してる場合じゃなかった。はいはーい」

 

 

 ついついサンタ談義(?)に花が咲いてしまった。

 店員がこちらを怪訝そうに見る姿が視界に入り、俺達はそそくさと店内へと進入。

 そして、そこでお目当てのサンタと対面することになったのだった。

 

 見た目は、ほぼほぼオーソドックスなサンタのそれ。

 ……服の上からエプロンを着用する姿はちぐはぐさを覚えるが、それを言い出したら中華鍋を握ってる時点で手遅れなので問題はない。

 

 特筆すべき部分のない、面白味のないとすら言えるそのサンタが、ただ一点──不釣り合いな場所にいる、というそれだけこそが彼の面白さを強調しているとも言えるわけで……。

 ……なんて失礼な分析をしながら彼を見ていたところ、その視線に気付いたのか彼もこちらを向いて──、

 

 

「……お、お母さん……!?」

お母さん!?

 

 

 驚愕に見開かれたその眼差しは、最後に店内に入ったサンタさんに向けられており。

 その視線を受けた彼女は、震える右手で彼を指差しながら、思わず二度聞きしたくなる言葉を口走ったのであった。

 

 ……いやお父さんじゃなくて!?

 

 



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お前を生かす<デデン!

 最後の客が俺達だった……ということもあり、特に何を頼むこともないまま外に出てきたわけなのだが……。

 現場は、異様な空気に包まれていた。

 なんというか、妻なり夫なりの浮気現場に踏み込んだ結果、そこで相手方の人間と鉢合わせた時のような緊張感というか。

 

 

「やけに具体的。まるでお兄さんがその現場に居合わせたことがあったかのよう」

「流石に当事者ではないけど、偶然巻き込まれたことはなくもないかなぁ」

「……寧ろ当事者じゃねぇのに、どうやったら巻き込まれるんだその状況」

 

 

 いやほら、配達員のバイトとかしてたら……ね?

 

 そこら辺は今掘り下げる話でもないので置いとくとして、サンタさん側の話。

 パスポートの持ち主を探してやって来た中華料理店にて、出会ったこてこてのサンタクロース。

 しかしそれは、こちらの同行者であるサンタさんの母親、だったのだという。

 

 ……うん、経緯が複雑骨折してるなこれは???

 見た目男性のサンタにしか見えないのが母親……ってのもあれだし、そもそも中華料理店に何故サンタがいるのか、っていう点であれだし。

 まぁ一番のアレなポイントは、そんな最早ギャグのような経緯の癖に、当事者間に流れる空気が緊迫しきっているってことだろうが。

 

 

「……数年前に居なくなったと思ってたら、こんなところで何してるのよ貴方」

「それは……その、パスポートを無くしたから……」

「嘘つきなさいよ!貴方ならこんなもの、なくても帰ってこれたはずよ!!?」

 

(……いきなり驚愕の事実が明かされてる気がするのは気のせいかな?)<ヒソヒソ

(パスポート無くても移動できる、みたいなこと言ったな今)<ヒソヒソ

 

 

 責めるサンタさんと、拙い弁明を繰り返す相手のサンタさん。

 ……どうやらこっちのサンタさんは母親?に捨てられた、みたいな感じに思い詰めていた様子なのだが……。

 すまん、これ聖夜(クリスマス)にやる話かな?いやまぁ当日まではまだ日があるけども。

 でもその前段階にやるような話でもな……え?クリスマス舞台のドラマだって似たようなことやるって?そりゃまぁそうだけども……。

 

 一応弁解しておくと、別に彼女達の仲直りとかを後押しする気持ちがない、みたいな話ではないのだ。

 問題は、こういう飛ばしていいのか悪いのか微妙な立ち位置のイベント(ムービー)だとTASさんが……ってところにあるわけで。

 

 

「」

(ひぃっ!?TASさんが荒ぶってる!!?)

(ああなるほど、飛ばせないやつ(Not skip MOVIE)なのかこれ……)

 

 

 ほれ見てみなよこのTASさんの動き!!

 まるでこれから超加速してどっか別の場所に吹っ飛んで行きそうな微細振動!

 そのままクリアフラグゲットして今年のクリスマスは終わりっ!とかしてきそうな空気感!!

 

 実際には短縮箇所がないので荒ぶってるだけだけど、それはある意味イライラしているってことでもあるわけで。

 ……彼女の爆弾が爆発する前に、サンタさん達の話を終わらせなければならないのだ!

 

 

「貴方があの日、帰ってこなかったから私は……」

「■■■……」

(あからさまに検閲入ったが、多分あれがアイツの本名か)

(やべぇ!!本来なら伏せ字(ピー音)でもヤバいって話なのに、TASさんが半ば役割を放棄し始めてるから漏れ出てる!?)

(なにそれ)

 

 

 見たところ、サンタさん達の話は佳境に入ったところ。

 ……このあとすぐに終わるとは断定できない以上、まだまだTASさんにはネームスキップを頑張って貰わなければならないわけで……え?ムービー中なのに一部音声飛ばせるのかって?

 これに関しては影響箇所が違うのでなんとかなる、みたいな話でして……。

 

 なお、そのお陰というかそのせいというか、こっちに来てからは基本的に呼ばれるはずのない自身の名前が相手から飛び出したことにより、サンタさんが異変に気付いてこっちに振り向きギョッとする、なんて一幕もあったが……。

 それでこっちを気にして早く会話を終わらせよう、等と考えると余計に時間が掛かる結果になるのは目に見えていたため、そのまま話を続けてくれと身振り手振りで返す羽目になったのだった。

 

 たまたま相手のサンタがこっち見てなくてよかったね!!

 変に気付かれてたら変に中断されて変に間延びする結果になってただろうし!!

 

 

「……今さらこんなことを言っても信じて貰えないかもしれない。けれど言わせて欲しい。必ず戻る、だから待って貰えないだろうか?」

「……え、ええ。わかったわ。待ってる、いつまでも貴方を

「……?■「待ってるから!!私向こうで待ってるから!!いいわね!!?」あ、ああ……」

 

(セーフ?!これセーフ!!?)

(全部言い切られてないからセーフ!!)

(よっしゃあ!!)

 

 

 いやガッツポーズは止めようよサンタさん。

 ……そんなわけで、ポカンとする相手のサンタを置いて、俺達は自宅へ続く帰路を走り始めたのであった。

 え?あのサンタは放っておいていいのかって?

 自力で帰るだろうしこれ以上付き合うとTASさんが爆発するから放置だ放置!!

 

 



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サンタが今年もやって来る、貴方の元にもやって来る

「あやうく知らぬ間にこの世界を滅ぼすところだったわ……」

「そういえば、その話で思ったんだけど……向こうのサンタさんの方はその辺り大丈夫なの?」

「基本的に向こうの言葉は世界単位で飛ぶようにしてるから大丈夫。……というか、こっちのサンタ以外でその設定が発動した記録がないから、多分あっちは本当の名前を名乗っていない」

「でしょうね……」

 

 

 帰り道を歩きながら、さっきのサンタについての話をする俺達。

 向こうのサンタが本名を周囲に明かしていない、というところに心当たりの有りそうなサンタさんであったが……そこら辺に触れるとまた長い話になりそうなので華麗にスルーである。

 

 

「長いっつーと、そもそもこいつを送り返す話自体長い気がするんだが……」

「これは必須イベントだから仕方ない。あっちはサブイベ」

「そっかー(思考放棄)」

「ROUTEさんがバカみたいな顔を晒してる……」

 

 

 まぁ、悪役とはいえ基本的に常識人だからなぁ、この人。

 ……下手に同系統の能力持ちでなんとなく理解できる話もあるから、そこら辺触れないようにして巻き込まれないように立ち回っている……みたいな話でもあるような気もするが。

 まさしく『TASを覗くものはTASになる』的な話、というか?

 

 

「今日は貴方と私でWTAS」

「いややらねぇから。ぜっったいやらねぇからな俺は!?」

「それは残念。仕方ないからクリスマス当日には(TAS)一個大隊をお見せする」

なんのために!!?

 

 

 はっはっはっROUTEさん。

 そこでなんのために、とか追求しちゃうの良くないぞー。

 その先はTASだぞー。

 

 ……とまぁ、脇道に逸れた話はそれくらいにして。

 とりあえず、彼女とは別のサンタの脅威……脅威?は去ったわけだけど、そもそもの彼女という脅威は残ったままなわけで。

 

 

「さっきあの人に言ってたけど、サンタさんの方もパスポートなしに戻れたりしないの?」

「あれはあの人と、他の限られたサンタくらいの特権よ。私もまぁ、それなりにサンタとしては偉い方だけど……そういうのができるほどか、と言われるとノーね」

「サンタとして偉くなると時空移動できるようになるのか……」

 

 

 思わず困惑、というか。

 ……やっぱりこっちに『サンタ』として言葉が翻訳されてるだけであって、実態はもっとヤバげな存在だったりしない貴方達??

 下手に言語を聞くとヤバい、って辺りからもやっぱり名状し難いフラグをビンビンに感じるのだが。

 

 

「だから、何度も言ってるけどあれと一緒にするのは止めなさいってば!確かに時々プレゼント渡しに行くこともあるけど、その度口には出さないけど『うわー、凄い格好ねこの人達……』って引いてるんだから!」

「えっ」

「……えっ?」

 

 

 ……うん、この話止めよっか!!

 

 

 

;・A・

 

 

 

 はてさて、手掛かりもなくなり振り出しに戻った俺達は、とりあえず時間が時間なので家に戻ることに。

 帰って来た自宅では他の面々が大人しく居間でテレビを見ながら待っていたが、戻ってきたこちらの姿に一瞬目を輝かせたあと、その背後にいるサンタさんの姿を認めてスンッ……と表情を無にしていたのだった。

 

 

「……私たち(サンタ)に対する反応じゃないと思うんだけど」

「そう思うのならクリスマスだけに来て下さいマジで。……一応確認取っときますけど、パスポート無くしたってのは本当なんですよね?」

「え、何よ今さら。その前提は崩れないでしょ普通」

「そう思うのなら一応確認して下さい。()()()()()()()()()ですよ?」

「はぁ?」

 

 

 まぁ、終わったら戻ってくるという約束だったのだから、あからさまに何も片付いていない状況を見せたらそうもなるわな、という話でしかないのだが。

 

 ……とはいえ、それによってサンタさんの機嫌が斜めになるのであれば、こっちとしても問題である。

 そういうわけで、改めて再度手荷物の確認をするように勧める俺である。

 無論、行く際に予め手荷物を全部ひっくり返して、その中にパスポートがないことは確認済みなのだが……。

 

 

「……?…………!?…………!?!?」

「なるほど、探し方が悪かったんですね」

 

 

 再度ひっくり返した手荷物の中に、燦然と輝くパスポート。

 ……さっきのサンタさんのパスポートはこっちで管理しているため、それによく似た姿のそれはまず間違いなくサンタさん本人の持ち物、ということになる。

 

 無論、さっき探した時は見つからなかったのに、と涙目になるサンタさんが顕現することになるわけだが……こちらとしては首を左右に振るだけのこと。

 ……本当は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいなことまで把握している俺だが、それを彼女に説明するとややこしいことになるので、ここでは彼女を可哀想なモノを見る目で眺めるだけに留めておく。

 

 

「それじゃあ、バイバイ(没収)

「なんなのこの扱いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……」

 

 

 TASさんによって強制起動させられたパスポートは淡い輝きを放ち、サンタさんの真下に真っ黒な穴を出現させる。

 彼女はそのまま重力に従うように、その穴の中へとあっという間に飲み込まれて行ったのだった。

 

 ……なお、一連の流れを唐突にぶつけられた他の面々は、揃って目を点にしていた。

 まぁ、(目の前でこんなことされたら)仕方ないね……。

 

 



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TASのやることに整合性を求めるのならメモリを見るべき

「……ええと、つまりどういうことだったのですか?」

いつもの(TASさんのせい)です」

「ああいつもの(TASさんのせい)……」

 

 

 サンタさんの観察がしたかったのか、はたまたもう一人のサンタさんが見たかったのか。

 具体的な理由は不明だが、基本的にはTASさんの一存で引き伸ばされていた、というのが正解だろう。

 

 

「むぅ、お兄さんは失礼。単に失せ物発見フラグをずらしてただけなのに」

「それは要するに直接自分が隠したわけじゃないから問題ない、みたいな話でしょ?見付けられないようにしてたんなら似たようなもんだよ」

「むぅ……」

 

 

 そんな俺達の様子に、TASさんから抗議の声が上がるが……正直今の君に弁解の余地はないです、素直に反省するように。

 ……というわけで、食後のデザートシュークリームはお預け、である。

 

 

「あーおいしいですぅおいしいですぅ!こんなにおいしいシュークリームを食べられないなんてTASさんは損して痛゛ぁっ!!?

そんなにお望みなら(がじがじがじがじ)貴方から平らげてあげる(がじがじがじがじ)

あだだだだだぁ!?お兄さんこれ反省の色無しってやつなのではぁ!?

「流石に今のは煽ったダミ子さんが悪い」

そんな゛あいだだだだだだっ!?

 

 

 というかなんで煽ったし。そうなるのは普通に予測できるじゃん……。

 ってなわけで、みんなでシュークリームを食べつつ、手元に残されたパスポートを眺める俺である。

 

 

「返しに行った方がいいのかね、これ」

「無くても困らん、って言ってたが?」

「そう。だからこっちで有効活用──」

「だめです」

「ちぇー」

 

 

 いやまぁ、冗談めかして「だめです」とは言ったが、正直TASさんに任せるのが正解だろうなぁとも思うのだけど。

 

 

「あら、それはどうしてですの?」

「単純に、今回の目的がサンタさんの追放……っていうとあれだけど、サンタさんとの縁を切ることだろうからかな。そうしないと危ないって理由の大半はサンタ技術の拡散なんだから、あからさまにその技術の粋なこのパスポートをそのまま使うはずがない、というか」

「流石はお兄さん。わかっているのなら早く私に……」

「今のTASさんはおもちゃに使う気だからだめ」

「ちぇー」

 

 

 正確には憂さ晴らしに問題ない程度で悪用しそう、みたいな?

 ……別に悪用させても大したことにはならないとは思うのだが、TASさんって時々大ポカをやることがあるからなぁ。

 

 本来のTASならあり得ないことだが、ここのTASさんは歴とした一人の人間。

 たまには体調とかが悪いなんてこともあり得るうえ、そのタイミングに失敗が重なれば思わず「あっ」という言葉が漏れるような事態を引き起こすことも十分にありえる。

 なので、少なくとも今のTASさんには渡せないという話になるのであった。

 デザート食べられなくて拗ねてるしね。

 

 

「まるでお子さま扱いだだだだだだっ!!?

喧嘩売ってるなら買う(がじがじがじがじ)

買う買わないの前に滅茶苦茶攻撃されてるんだけどぉ!?

 

 

 なお、そんなTASさんを揶揄する言葉を口にしかけたCHEATちゃんは、先手必勝で腕に噛み付かれていたが正直自業自得だと思います。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 さて、改めてサンタパスポートの所在について、である。

 

 こっちの持ち主であるサンタさん(♀)の所在については先ほどまでの流れからわかる通り。

 そしてダミ子さん似の方のサンタさんの言うところによれば、そのサンタさんはこれがなくとも自分の世界に戻ることが可能である、とのこと。

 

 ……単一存在が次元移動をほいほいやれる可能性、という部分についてはちょっと思うところがないわけでもないが、それをこちらが理解しなければとりあえず問題はないはず。

 手元のこれを解析したりすると判明する可能性大だが、そんなことをする予定をさせるつもりもないので問題はない。たぶん。

 

 

「となると、これを使ってどうやってサンタ達を締め出すか、って話だが……」

「それに関しては単純。これを()に加工してしまえばいい」

「……ん?檻?」

「そう、檻。正確には、このパスポートに秘められた次元移動の力を反転させて次元遮断に作り替える」

「……なんかまた無茶苦茶なこと言ってないかこいつ?」

「はっはっはっやだなぁROUTEさん。TASさんの言うことが無茶苦茶じゃなかったことがありますか?」

「……ねぇな!」

「でしょう?」

 

 

 で、肝心のやり方を聞いたところ、このパスポートを改造する……という手段が答えとして返ってきたのだった。

 改造、という辺りいつも通りCHEATちゃんが鍵となる……みたいな話かな?

 

 

「私に危ない知識を蓄積させようとするの止めない……?」

「何言ってるの。貴方はチートなんだから寧ろ存在そのものが危険」

少なくともお前にだけは言われたくないんだよなぁ!!?

 

 

 おお、珍しくカタカナ音声(金切り声)での雄叫びじゃない。

 CHEATちゃんも成長してるんだなぁ、としみじみ頷いていたところ、こっちの様子を把握した彼女に「ナメンナテメー!!」とドロップキックを浴びることになった俺なのであった。

 あれー?

 

 



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君のために僕はプレゼントを確保する

 はてさて、いつも通り()にCHEATちゃんによる改造が進む裏で、俺達も俺達で動くことに。

 目的は勿論、こっちに残ってるサンタさんの送還である。

 彼……彼女?がこっちにいる限り、この世界に真の平和は訪れないからね、仕方ないね。

 

 

「その言いぶりですと、件の方の目的?……を達成させる方向で進める、ということでよろしい?」

「まぁ、そうなるねぇ。パスポートなしで帰れるのにまだ帰ってないってことは、何かこっちに心残りがあるってことだろうから」

 

 

 AUTOさんからの質問に、そう返す俺。

 あとはまぁ、一応相手に確認を取る、という目的もなくはない。

 ……なんの確認かって?パスポートの使用許可だよ!

 

 無くても帰れるとは言うものの、それでもあのパスポートは彼女の持ち物。

 ならば、勝手に使うのは良くない……というか下手をしなくても犯罪である。

 世界を救うのに罪の一つや二つ、という意見もあるだろうが犯さなくていい罪なら回避するのが普通、というか。

 

 ……なんてことを話したところ、AUTOさんから返ってきたのはキョトン、とした顔なのであった。

 いや、今の話にそんなキョトンとするような要素あった?

 

 

「あ、い、いえ。なんというかこう、大抵こういう話は道理を押し退けるのが普通、みたいな気分でいたと言いましょうか……」

「AUTOさんが言っちゃダメなやつだよねそれ???」

 

 

 貴方区分的には堅物委員長系でしょうに。

 などとツッコミを入れれば、彼女はほんのり頬を染めつつ「私も染まったということです」などとお茶を濁したのだった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 大まかな方針が決まったので、その日は解散。

 時刻的にもう次の日になりかけだったため、一度休んでから行動を開始しよう、ということになったのだった。

 ……まぁ、まさか今からサンタさんの家を探す、というわけにもいかないだろうし。

 

 で、そのまま時間は流れて朝頃。

 休みと言うこともあってぞろぞろ集まってくる面々に朝食の豚汁とおにぎりを渡しつつ、今日の予定の確認である。

 

 

「まず、DMとスタンド、それからCHEATの三人はパスポートの改造」

「私がそっちなのは昨日の話からわかるけど……他の二人はなんで?」

「位相干渉の変数探知のため。二人をいい感じに動かせば数値の特定も早い」

「なるほど、高位存在を用いてのソナーのようなもの、ということですね」

 

 

 まず真っ先に告げられたのが、今回部屋にこもりきりになるであろう『パスポート改造チーム』。

 改造の主体となるCHEATちゃんを筆頭に、彼女の手足──主にセンサーとかの役目としてDMさん&スタンドさんの神様コンビが抜粋された。

 

 ……正直なところ、神様を顎で使うかの如きその組み合わせは本人達的にどうなのだろう?

 などと心配しないでもなかったのだが。

 

 

「そういえば、CHEATさんとコンビを組むのもなんだか久しぶりな気がしますね?」

『おい、(わし)もいるからな?確かに同一扱いではあるだろうが』

「……まぁ、とにかく今日はよろしくね」

 

 

 寧ろ乗り気に見える辺り、あの面々の相性は案外良いのかもしれない。

 

 それはそれとして、次の組み合わせは家に残る組である。

 

 

「それ、わざわざ指定する必要があるのかい?」

「あるよーすっごいある。残る奴は家でやること終わらせなきゃいけないからね」

「……あー、もしかしてだけど、君は」

「俺サンタ側の組なので……」

 

 

 MODさんが不思議そうな顔をしてこちらに声を掛けてくるが、これに関しては特に捻りも何もない。

 単純に、これから家のことをする人間が全員不在になるので、その穴埋めをしろというだけの話である。

 

 まず先程も述べた通り、普段色々な家事を手伝ってくれているDMさんが抜ける。

 次に実質的な家主である俺が抜け、最後にこの中ではあくまで手伝いに近いポジションのAUTOさんも抜ける。

 そうなると、必然的に残るのはMODさんやダミ子さん、ROUTEさんの内の何人か、ということになるわけだ。

 

 で、その中でダミ子さんに関しては、その容姿がサンタさん(娘の方)とほぼ同じであるということを利用しなければならない、というパターンを引いた場合出動命令が下るため必然待機となる。

 

 つまり、ほぼほぼ確定的にMODさんとROUTEさんの二人が家事をすることになる、ということになるのだ。

 

 

「……俺に料理や洗濯をやれと?」

「まぁ、そういうことになりますね。一応手は離せないなりにDMさんに聞いて貰えればある程度のアドバイスは貰えると思いますので、二人いれば最低限くらいはこなせるんじゃないかなーと」

「おーい君?しれっと私も家事ができない扱いしてないかい?まぁ実際そこまで上手いわけでもないけども」

 

 

 それを聞いて、愕然とした様子を見せているのがROUTEさんだ。

 ……どうやら昨日の流れで、自分もサンタ側に加わるのだと思っていたらしい。

 まぁ結果は今述べた通り、彼女の今日の役目は家事全般なわけだが。

 

 なお、隣のMODさんがもう少しそこら辺に明るければROUTEさんを連れていく、みたいなことも考慮するはずだったのだが……。

 壊滅的と言うほどではないものの、わりと家事下手な方に含まれるMODさんは、少なくとも一人で家の全てを任せるに足る相手でないことは明白。

 

 結果、一人なら無理でも二人なら、的なノリでROUTEさんの残留が決まることになったのであった。

 

 なお、ダミ子さんは端からあてにしてはいけない。

 皿拭きとか洗濯物を畳むとかの単純作業ならともかく、それ以外についてはまず洗濯機に入れる洗剤やら柔軟剤やらの選定の時点でミスるからね、どうしようもないね。

 

 まぁ、本人はその評を聞いて「妥当ですぅ」とか抜かしていたわけだが。

 

 



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貴方が求めたのは金の斧、銀の斧?

「この三人での行動、というのもなんだか久しぶりのような気が致しますわね」

「そう?私はいつも考慮してるけど」

「……TASさんのそれは追記内でルート構築の時に全部試してる、ってだけの話だよね?」

 

 

 はてさて、他の面々を家に残して外へと飛び出した俺達一行。

 AUTOさんとTASさん、それから俺という初期も初期の面子であるその一団が進む先は、昨日訪れたばかりの中華料理屋である。

 流石にこの時間帯に店が開いているとは思わないが、件のサンタさんの所在を確かめるためにもここに向かうのが最善、ということになったわけだ。

 

 

「……予想通り、まだ準備中ですわね」

「人の気配はするから、話を聞く分には問題無さそうだけどね」

 

 

 で、特に問題もなく店に到着。

 昼前ということもあり店は閉まっているが、中から人の気配はするので午後からの開店準備中、といったところだろう。

 別に飯を食べに来たわけではないので、そのまま気にせずドアをノックして待つこと数分。

 

 

はぁい……?

「あ、どうも開店時間前にすみません。ちょっとお伺いしたいことがあるのですが、お時間大丈夫でしょうか?」

え、あ……え、ええと。どういうご用件でしょうか……?

 

 

 現れたのは、目元が前髪で完全に隠れてしまっている黒髪の女性。

 女性と判別したのはその声色からだが……いやちっさ。いや聞き取り辛っ。

 

 周囲がさほどうるさくないからこそ聞き取れているが、これ周囲が騒がしくなったら確実に聞き取れない類いの声量と声色だぞ?

 ……なんてことを思っていたのが伝わったのか、ほんのり怯えている仕草が返ってきたため、隣のAUTOさんに脇腹を小突かれる羽目になる俺である。

 

 仕方がないのでできうる限りフレンドリーな態度を心掛けるようにしたのだが……うん、最初の印象は拭い辛いのかこっちの小さな挙動に一々反応される始末である。

 ……こうなるとどうしようもないので俺が対応するのは諦めて、AUTOさんに話を任せて俺とTASさんは別のことをすることに。

 

 外で話していると変に注目されるから……というわけではないだろうが、早々に店内へと案内された俺達は現在、普段は家族連れ等が陣取るのであろうテーブル席に座っている。

 

 ……それなりに歴史ある店なのか、テーブルには傷が目立つ。

 汚れなどは見えないが、やはり年期があるというか……まぁ、そんな感じのテーブルだ。

 脇の方には調味料や箸・紙ナプキンなどが備えられているが、これもまた汚れはなくとも年期が窺える。

 

 テーブル上から視線を外し、壁の方を見てみれば、いつ頃から貼られているのかもわからない古いビールのポスターが。

 その横にはビールサーバーがあり、酒を飲みたい時にはここから注ぐのだろうということが一目でわかる。

 

 で、その横はカウンター席。

 厨房内がひょいと覗けるその箇所は、普段他の店でも見掛けるような普遍的な造りになっており、特に目を惹く箇所はない。

 

 ……総じて、普通の中華料理店であるという感想を抱くような、よく見るタイプの個人経営店であることが窺えた。

 まぁ、店内に彼女以外の店員が誰一人いない、ということには少々疑問を抱かないでもないが。

 

 

「お兄さんが気にしてるのは、あの人が店長だとすると()()()()って部分?」

「それもあるが、個人店なら店員なんてそう多くはないだろう、って部分も気にしてる感じかな」

「なるほど、そっち」

 

 

 そうして店内を見ていると、TASさんから小さく耳打ちが。

 何やら小さく首を捻っているのが目に入った、とのことだが……まぁ、この店内を見て疑問を抱かない方が不思議だろう、とのこともあって俺の返答はすんなり受け入れられた。

 

 TASさんの言う通り、目の前の女性が店長であることを疑っている、というのも少なからずある。

 さっきも言ったように、この店はわりと年期が入っていることが窺える。……となれば、代々受け継がれてきたタイプの店であることはほぼ間違いないはず。

 

 にもかかわらず、店内には先代に当たるだろう人物の姿が見えない。

 あの空気感で跡を継いでから時間が結構経っている、ということはあるまい。

 ならば、お目付け役とばかりに指導する誰かが近くにいるはず、と思うのはそうおかしい話でもない。

 

 また、それに付随して店の規模から個人経営である、と試算したことも疑念の一つになっている。

 流石にこの大きさの店で店員が四人も五人もいる、ということにはならないだろう。

 精々店長も入れて三人くらいが関の山。

 ……となれば、朝の仕込みに()()()()()()()()()()というのは奇妙である。

 

 先代の店長、推定現店長の女性で二人埋まるのだから、必然昨日のサンタが三人目、かつ最後の店員と言うことになる。

 ──目の前の女性の頼りなさを思うと、そのどちらもいないというのは最早奇っ怪ですらある、というわけだ。

 

 そういうわけで、結果として目の前の彼女が店長である、という予測は揺らいでいるわけなのだが……。

 

 

「はい貴方様、こちらの話は終わりましたが?」

「おっと、ありがとうAUTOさん。で、サンタさんは何処に?」

「彼女です」

「……はい?」

「ですから、この頼りない方が昨日貴方が会ったというサンタさん本人ですのよ?」

「…………はい?」

こ、こんなのがお探しのもので申し訳ありません……

 

 

 話が終わったというAUTOさんの言葉を受け、平身低頭する女性。

 ……思わず事態が呑み込めず、フリーズしてしまったのは仕方がないと思う俺であった。

 

 



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やること山積み師走の日

「ええとつまり?昨日の姿は変装のようなものである、と?」

え、ええと……あの子にちょっとは聞いているかと思いますが、わ、私達の世界は全人類サンタの世界。そ、それゆえ皆が『サンタメタモルフォーゼ』を習得しているのです

「サンタ……」

「メタモルフォーゼ……」

 

 

 ……何言ってるんだこいつ???

 いやまぁ、サンタの類いが意味不明なことを言い出すのは最早お約束の類いなわけだが。

 とまぁ、他人が聞いたら寧ろ俺の方こそ『何言ってるんだこいつ?』と言われそうな感想を呑み込みつつ、改めて件の女性を眺める俺。

 

 長い黒髪はろくに手入れされてないのかぼさぼさ、そもそも食料品店でその髪の長さは行政から指導とか入りそうなものだが、本人が言うには調理中はあっち(サンタ)の姿であること・およびその状態ではあらゆる劣化が停止するとかなんとかで問題はないとのこと。

 ……わかり辛いのでもっと簡潔に説明すると、サンタの姿である限り埃も塵も髪の毛も髭も一切落とさないのだそうだ。

 なんなら火に炙られても問題ないらしく、あの長い髭は調理の上で邪魔になることがまったくないとのこと。

 

 とはいえ、そんな事情を行政が汲んでくれるのか?

 ……などと思わなくもなかったのだが、どうやらその辺りの説明……ごまかし?にサンタパワーを利用しているとのこと。

 正確には、特殊な体質で塵や埃・その他衛生に関わるような問題を引き起こさない……みたいな説明になるらしい。

 それで納得するのか、という気持ちもないではないが……行政の人には丸坊主の男性に見えるらしいので、そりゃまぁ問題になるわけもないなぁというか。

 

 

「……いや幾らなんでも無茶苦茶だろうサンタパワー?!ハゲのおっさんと髭もじゃのおっさんと目の前のこの人が全部同じとか!?」

「それ、私たちがツッコミを入れちゃダメなやつ」

「なるほど、似たような人(MOD)がいらっしゃいましたわね」

「…………あー」

 

 

 いやでも、他の人と見え方が違えば疑問にも思うでしょ?

 ……という俺の疑問は、身内のせいでさっくり片付けられる羽目に。

 そういえばこっちの面々も大概でしたね……。

 というか、下手すると純(?)こっち産のMODさんが存在する分、説明が普通に付くんじゃないのか感すらあるというか。

 

 

「へっくしゅ!!」

「おいこら、だから言ったろうがマスクをしろって」

「いやこれは埃が鼻に入ったわけじゃなくてだね?」

 

 

 ……説明が付くと何かあるのかって?

 そりゃ勿論、こっちに根付かせちゃいけない技術じゃないってことになって、乱用が簡単になるというか。

 あれこれとごまかしやすくなる──そういった判定が成功しやすくなる、とでもいうのか。

 ともあれ、目の前の彼女が今まで隠れていられたのは、ある意味MODさんのお陰であるとも言えるのかもしれない、という話である。

 

 ……話を戻して、彼女が昨日のサンタであると言うのなら、こちらとしては願ったり叶ったりである。

 なのでそのまま、今回何故俺達がここにやってきたのかを説明することにしたのだけれど……。

 

 

ええとそのぅ……できうる限り協力したいところではあるのですがぁ……

「……その口ぶりからすると、すぐには行動できない理由がある、と?」

ええまぁ、はい。その通りでしてぇ……

 

 

 おどおどとしながら、けれど強い意思を感じられる態度でこちらに『否』と示してくる彼女。

 その言い方から察するに、サンタさんにも話していた『何らかの目的』が帰還のための障害になっている、ということになるようだ。

 

 ……となれば、こちらがすることはただ一つ。

 彼女の帰還を阻む問題を片付け、大手を振って向こうに戻って貰うだけの話だ。

 

 というわけで、早速彼女の抱える問題を尋ねてみたわけなのだけれど……。

 

 

もう気付いていらっしゃるとは思いますが……私はこの店の店長ではありませぇん……

「でしょうね。見た目のごまかしが効いても戸籍のごまかしは無理でしょうし」

いえまぁ、それもやろうと思えば……

「あれ?」

 

 

 まず話題に上がったのは、彼女がこの店の店長ではないというある種見た目通りの答え。

 ……とはいえその理由はこちらが当初思い描いていたのとは少々違い……。

 

 

「……店長代理?」

ええまぁ、そういうことになるのではないでしょうかぁ……他に誰も居ませんので……

 

 

 元々彼女がここに滞在するようになる前、この店を切り盛りしていたのは一人のおじいさんだったのだそうだ。

 いわゆる頑固者と言われる類いの性格をしているその人物は、現在病院で入院中であるとのこと。

 ……別に命に関わるような病気・怪我ではないらしいが、すぐに戻って来られるほどに軽いものでもないらしい。

 

 

「……まさかとは思うのですが」

ご、ご想像の通りですぅ。私がここに滞在しているのは、その方へのクリスマスプレゼントのため、なのですよぅ

 

 

 そして、その店長がきっかけで、彼女は店長代理になることになったと。

 その理由と言うのが、彼のいない間の店を頼まれたため──そしてそれが彼にとってのプレゼントになるため、というある意味でサンタらしいものに繋がるのであった。

 

 



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慌ただしいのはいつものこと

「クリスマスに自分の息子が家族を連れて久しぶりに顔を見せるので、それまでは店を開けていたい……か。なるほど、確かにそれはプレゼントみたいなものってことになるねぇ」

 

 

 あの後、詳しい話をサンタさんから伺ったわけだが……これを即座に終わらせて帰れ、とは言えなくなった俺達である。

 いやまぁ、TASさんだけは「じゃあクリスマスが終わった後まで時間を飛ばす?」とか聞いてたけど。無論止めさせたが。

 

 ……ともかく、サンタさんがここに留まり続けている理由は、元を正せば彼女がたまたまこの店に通り掛かったことにあるのだという。

 さっさと帰ろうとしていた彼女は、たまたまこの辺りを歩いていて──そこで、倒れている店長を見付けてしまったのだとか。

 そのまま流れるように彼の入院を手伝うことになり、その病気がすぐに直るようなものではないと知って……結果、彼の代わりに店を切り盛りすることを決めたのだとか。

 

 

「その、病気と言うのは……?」

あ、いえ。言い方が悪かったので誤解させてしまったかもしれませんが、別に命に別状があるとかではないのですぅ

「はぁ」

 

 

 年寄りによくある疲労骨折、というやつだそうだ。

 で、くっつくまでに大体三ヶ月くらい掛かるらしく、そうなったのが大体十月の頭くらいだったそうで……。

 

 

「なるほど、十二月には確実に間に合わない」

はい……一応、彼のご家族に言伝さえ届ければ、それ以降は店を閉めておく予定なのですが……

「息子さんとやらに予め連絡をしておく、ということはできませんの?」

それがどうにも……一度喧嘩別れしたとかなんとかで……

「あーなるほど、向こうから一方的に連絡してきたとか、そういう……」

 

 

 で、どうやら店長さんと息子さんの関係もわりとややこしいらしく。

 ……十数年前に喧嘩別れした息子が、時間に解決を任せて連絡してきた……みたいな話になるらしいが、確かにそれはどうしようもない。

 恐らく電話ではなく手紙、それも住所とか記載されてない一方的なモノだったのだろう。

 ……となれば、どういう対応をするにせよ直接会うしかない、というのも納得できる。

 

 

「……納得できる上で、質問があるんですけど」

は、はい?なんでしょうか?

「それ、十月の話なんですよね?でも確か、あっちのサンタさんの言い方からすると貴方は数年前から行方不明だった、ということになりそうなのですが……」

ええとまぁ……はい……

「肯定されちゃったよ」

 

 

 納得できる上で、何やら話がおかしいような気が?

 確か彼女とあっちのサンタさんが出会った時、向こうは『数年間顔を見せなかった』ことを怒っていたはず。

 言い換えると彼女は数年間行方不明だった、ということになるはずなのだが……こっちのサンタさんの言い種からすると、彼女は十月で帰るはずだったように思える。

 

 それはすなわち彼女の()()()()()()()()()()()である、ということになるわけなのだが……なんとなく、その理由が見えてきてしまうのが頭が痛いというか。

 

 

「理由……ですの?」

「まぁうん……こっちの勘違いならいいんですけど……もしかして、貴方達サンタの言う『クリスマスプレゼント』って、()()()()()()()()()()()()()以上の意味がないのでは?」

……!せ、正解ですぅ。もしかしてサンタ有識者……?

「変な役職付けないで下さい」

 

 

 ……思わず真顔で返してしまったが、彼女の返答で確信する。

 この人、多分だが()()()()()()()()()()()()()()()と。

 そう呻くように漏らした声を聞いて、AUTOさんは暫し首を傾げていたが……サンタさんの方を見て何かに気付いたのか、そのまま遠い目をしていたのだった。

 

 

「むぅ、二人だけで仲良さげ。私にも教えてー」

「いやTASさんならわか……ああそうか、過去の話になるから微妙にTASさんの専門から外れるのか……」

 

 

 そうして遠い目をする俺達に対し、TASさんだけが不満そう(※当社比)に頬を膨らませている。

 彼女のことだから真っ先に答えにたどり着いていそうなものなのに、と不思議に思ったのだが……そういえばここでの話題はサンタさんの過去。

 それも数年前とのことなので、今俺達が行っているループの外側になり彼女の能力の範囲外……すぐに理解できるモノではないのだ、と把握。

 

 ついでに言うなら彼女達はサンタ。

 ……本来物語にいるはずのないDLC(ストレンジャー)なので、今までどこかのループで見掛けたということもないのだろう。

 そりゃまぁ、TASさんも後手に回るというものである。

 

 つくづくサンタって例外なんだなぁ……としみじみしながら、いい加減焦れてきたTASさんに頭へと噛み付かれる前に、俺は目の前のサンタさんが今まで何をしてきたのか、その予想を言って聞かせたのだった。

 

 

「多分だけどこの人、今回の話の前にも同じように誰かを手助けしてたんだよ、それでずるずる数年経過した、と」

「……嘘だぁ」

本当ですぅ……

「ええ……?」

 

 

 困惑しているTASさんとか、初めて見たような気がする。

 そんなことを思いながら、思いの外今回の一件が面倒臭そうなことに小さく唸る俺なのであった……。

 

 



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人が良すぎるのも困り者

「今回店長さんを助けたのが初めてじゃなく、同じように何かしら困ったことになっていた他の人達を助けているうちに、ずるずると滞在期間が延びてしまった……ってことであってますよね?」

まぁ……はい。彼の前は花屋の奥様、その前は浪人生の男性……といった感じで、向こうに戻ろうとする度に……

「悩みや問題を抱える方と遭遇していたと。……捨て置けるような性格であれば問題も無かったのでしょうが、他者に贈り物をすることが本業であるサンタともなれば、」

放置なんてできるわけないんですよぅ……そもそもプレゼントの規定的にも問題ないですしぃ……

 

 

 頭を抱えて机に突っ伏すサンタさんを前に、ダメだこりゃと肩を竦める俺達一同。

 ……向こうのサンタさんとは違って、実にサンタらしい性格をしているらしい彼女は、どうにも何かを断るということができないらしい。

 結果、ずるずると色んな頼み事を引き受けてしまい、帰るに帰れなくなっていたと。

 

 ……それで数年経過している、というのがなんというか救えなさを助長しているが、ともあれそれはそれとしてこちら側で考えるべきことが増えた、というのも間違いあるまい。

 

 

(……仮にクリスマスを無事に迎え、店長さんの息子さん夫婦に話を伝え終えたとして。その場で送り返すつもりでもない限り、まず間違いなく他のトラブルに巻き込まれますわよね、この方)

(強制イベントでもないのに半ば強制イベント。私としては早々に送り返したい気分)

(……ああ、スキップ不可のムービーが足付いて歩いているようなもの、ってことか)

 

 

 おかわりのお茶を取ってきますねぇ……、とサンタさんが席を離れたのを見計らって、ひそひそと会話する俺達。

 

 内容は、このまま彼女の目的に付き合ったとして、それを果たした後についてのこと。

 恐らくというかほぼ確実にというか、彼女に全てを任せきりにすると『帰れる』というタイミングで他のトラブルにぶつかる、というのは半ば必然。

 で、サンタかつ人のいい(断れないタイプの)人物でもある彼女はそのトラブルに対し、再び真摯に取り組むことになるはず。

 どうもサンタの家訓?教訓?社訓?……的なモノから、プレゼントを渡してない相手への奉仕はプレゼントと等価、ということになるらしいし。

 

 ──つまり、多重の意味で彼女は困っている人を見捨てられない、と。

 ……なので、彼女を無事に向こうに送り返すには、それまでに他の『困っている人間』を彼女に見付けさせない……という過程を踏む必要性があるわけで。

 

 

(……そうなると、私たちもここでお仕事をさせて頂く、というのが一番なのではないでしょうか?……仕事外での動きも確認しておきたいですし)

(あーうん、終わり際だけ危ないとは断言できないしなぁ)

(サブクエはそこらに転がってる。油断は禁物)

 

 

 さらに、今は終わり際のことだけ気にしているが、そもそも普通の生活の上でそれらのフラグを踏む可能性が一切ない、とも言いきれない。

 何せこの人、他者への奉仕だけで数年ずるずる滞在期間を伸ばしてしまうタイプの人物。

 

 ……サンタという生命体がこちらの人間達とは違う法則を纏っていることを思えば、極論飲まず食わずで行動し続けられる可能性も否定はできない。

 ほら、子供達の純粋な願いをパワーにー、とかよくある話だし。

 ──つまり、時間が許すのならあらゆる困り事を抱え込む可能性が高い、ということでもある。

 

 となれば、危険なのは終わり際だけには留まるまい。

 昼食……は、恐らく店内で食べるだろうから問題ないが、それ以外──朝と夜、それからその間の移動時間。

 これらは全て、彼女に対する罠であると見なす方がいい。

 

 大袈裟な話かもしれないが、実際それくらい気を付けてないと危ないという空気感……気配?がびんびんしているのである。

 これは今まで散々不思議ガールズと関わり続けてきた俺だからこその嗅覚……え?他の二人にもそこら辺の把握はできてる?

 

 ……おほん。

 ともかく、この人が色んな意味で非常に危なっかしいことは確かである。

 流石に介助とかは必要ないだろうが、一瞬それが思考に過る程度には……というか。

 そういうわけなので、俺達が出した結論はただ一つ。

 

 

「クリスマスの終わりまで、うちに居候しましょう」

……は、はい???

 

 

 そう、朝から晩まで徹底的に、彼女を一人になぞさせずに徹底的に管理する。

 名付けて『オールウェイズサンタ狂想曲~愛、忘れるくらいがちょうどいいと思います~』作戦!

 

 

……ええと、色々と大丈夫ですか?いいお医者さん紹介しますけど……

「俺が考えたわけじゃないんだよなぁ……!!」

えっ

「短縮とスキップと合成と色々考えた結果、ちゃんとした文字列になったのがこれだけだった。他だと機械言語みたいになって発音できなくなる」

は、はぁ……?

 

 

 ……帰ってきたサンタさんにそれを告げたところ、非常に微妙な反応が返ってきたが……しゃーないやんけ、TASさんおすすめとか断る理由がないんだから……。

 

 なお、名付けた当人であるTASさんは若干不満げな様子であった。

 ネーミングセンスを気にしないのなら単純に「(つるぎ)」とかでよかったらしいからね!

 正確には『ツルギ』と読めなくもない機械言語らしいんで止めさせたけど!!

 

 



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日々は慌ただしく過ぎていって

 はてさて、それからクリスマス当日までは(TASさんのリクエストにより)ダイジェストでお送りしよう。

 

 一日目。

 

 

「中華鍋って火力とか鍋を振る力とか、結構面倒臭いって聞くけど……」

「チャーハン作るよ!」

「メテオにはしないでくださいましね」

「大丈夫、フライにする」

そもそも飛ばすなと言っているのですが!?

……変なこと言い合ってるけど、鍋の振りはプロ級だぁ……なんでぇ……?

 

 

 お昼と言えばラーメンと半チャー!

 ……というお決まりがあるわけではないだろうが、実際メニューとして頼まれることが多いのも確かな話。

 

 というわけで、コンロ一つだけで作ってたら到底間に合いません、とTASさんとAUTOさんの二人が並んで鍋を振っているのだが……これがまぁ、実に堂に入っているというか。

 まぁ、なんでもこなせるタイプの二人なので当たり前なのだが、お陰さまで『女学生らしき二人組が鍋を豪快に振るう店』として変な評判になってしまっているわけで。

 

 

「……ほどほどで良かったのでは?」

「何事も全力で、ですわ!」

「流石はAUTO。こうなったら私達で競うしかない」

「いいですわね、失敗したらお笑いものですけど!」

「そんなことはしない。AUTOこそ処理落ちしないように」

「それこそ愚問ですわね!この程度ならば処理落ちの心配など不要!」

 

……あの、なんであの二人は競うように鍋を……?

「うーん、あの二人を並べたのは失敗かもしれん……」

 

 

 結果、昼の客の入りも伸びたため、忙しさにてんてこまいになる……かと思われたのだがご覧の通り。

 この二人が並んで同じ事をやっていて、かつそれが競争になりうるモノであるならばこうなる可能性はあった、と気付けなかった俺の負けである。

 

 五日目。

 

 

「今日の夕食は外食だー、なんて言うから何事かと思ったけど……」

「なるほど、今の仕事場の紹介だったか」

あああああの、なんだか堅気の人とは思えない人が来たのですがががが?!

「ああ、それうちの連れです」

連れぇ!?

 

 

 思いの外長丁場になりそうであったため、ずっと家のことを任せきりするのもなぁ……と、夕食の負担を軽減する意味も込めて他の面々を呼び出したのだが、その結果店内はちょっとしたお祭り騒ぎみたいになっていた。

 

 

……あ、あれ?■■■■ちゃん……?

「違いますぅ!!私はサンタじゃないですぅ!!」

…………あれ?

(あれは寧ろ自分に似ている、と思っている顔だな)

 

 

 まず、サンタさんとダミ子さん。

 既に向こうに帰っている方のサンタさんの見た目を拝借している形となるダミ子さんは、こっちのサンタさんからすると意味のわからないもの一直線の存在のはずだが……うん、最終的に『あれ?この子私の娘なのでは?』みたいな結論に至ったようだ。

 

 こっちとしても初対面の時からなんとなーくダミ子さんに似た空気感を覚えていたため、その辺りの勘違いは然り、といった気分である。

 ……まぁ、あくまでも外面の空気感が近いだけであって、行動面からすると意外とてきぱきしてるサンタさんとは似ても似つかない、なんてことに……。

 

 

「……いや、同じ神話生物的には似てるとも言えるか」

「私のことを外来種のように話すのは止めてくださいぃ~!!」

……し、神話生物……?

 

 

 ……うん、どっちも生き物としてはあれだからお似合いだな!

 

十日目。

 

 

「流石に一週間以上鍋を振っていますと、いささか飽きが来ますわね……」

「あくまでも臨時の戦力だからねぇ、俺達。変に本腰入れるのもあれというか」

「腰?振動すればいい?」

「じゃあ買い出し頼む」

「……むぅ、お兄さんのからかい甲斐が減ってしまった」

 

 

 ひげの配管工かな?

 ……というツッコミはともかく、店内は相変わらず忙しいのでTASさんのボケに素直に付き合っている暇はないのだ。

 なので、もし仮に壁も距離も越えてかっ飛びたいのなら、そのついでに買い物してきてねというのはある種予定調和なのである。

 

 

「予定調和かはともかく、確かに幾つか心もとのない食材があるのは確かですわね」

ええっ、そんなはずは……って、これは!

「え。なになにどうしたのサンタさん」

 

 

 ……冗談のはずだったのだが、なんか不穏な言葉が聞こえたような?

 まさかAUTOさんが見間違えるなんてこともないだろうから、一部の材料が少なくなっているのは確かなのだろう。

 確かに客の出入りは多いが、その辺りを見越して入荷を増やして貰う……みたいなことをサンタさんが言っていたはずなのだが?

 

 なんてことを思っていた俺は、食材置き場から聞こえたサンタさんの言葉に他二人と顔を見合わせ、現場に急行。

 

 

「サンタさん、何があっぐえー!!?

「お兄さんが死んだ!」

「この人でな……いえ本当に人ではありませんわよ!?」

さ、サンタランドに住まうサンタイノシシだ!なんでこんなところに!?

「サンタイノシシ!?」

あ、あれでもちゃんとサンタなんだよ。対象は人以外だけど。……ってあ、だからか

「ご自分だけで納得しないでくださいまし!?」

 

 

 ……急行した結果、サンタ帽を被ったイノシシという珍妙な生き物に吹っ飛ばされる羽目になったのであった。

 いや、サンタって付ければなんでもいいわけじゃない、って俺前もツッコんだよね……?

 

 



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サンタの道は遠く険しいかもしれない

「酷い目にあった……」

「だろうな」

 

 

 幸い突撃されたのが俺だったからよかったけど……。

 なんて風に愚痴る俺を適当にあしらいながら、ROUTEさんは洗った後のコップを拭いている。

 

 現在あと三日もしないうちにクリスマス、という日にまで迫っているわけだが、中華料理店での毎日は刺激的に過ぎる日々であった。

 どれくらい刺激的かというと、TASさんが思わず「スーパープレイだけしてたい」とか宣うくらい。

 そんなに中華が好きになったのかい、TASさん……。

 いやまぁ、好きなのはあの空気感であって、中華そのものではないわけだが。

 

 

「……そういえば、アイツって好き嫌いとかあんのか?」

「あるよーそれなりに」

「……意外だな、てっきりなんでも食べるやつなのかと」

「好き嫌いを設定しておくと乱数回す時楽なんだってさ」

「前言撤回、無茶苦茶アイツらしいわ」

 

 

 なんだっけ、好き嫌いって自己申告性だから手足が動かなくても簡単に弄れる項目として優秀……だったか。

 なお、今のTASさんの好物はエビチリ、反対に嫌いなものはタピオカである。……何故タピオカ?

 

 ともかく、わざわざ好物に中華を持ってくるくらいに彼女があの場所を気に入っている、というのは事実。

 ……となれば、彼処を離れなければならなくなる事態を嫌がるのでは?……みたいな懸念も無くはないが、意外なことにその素振りはない。

 あくまでも期間限定だからこそ得難く、それを無闇に伸ばすのは良くない……とのことであった。

 

 

「なるほど、最初言ってたことは違えない……ってわけか」

「まぁ、端的に言うとね」

 

 

 サンタが危険物なので、それを追い返すために行動している……という初心は忘れてないというべきか。

 基本好き勝手に動く類いの人だが、その辺りを間違えることはないというわけである。

 まぁ、たまに『TASけない』とかやりだすこともあるため、油断は禁物だが。

 

 

「……後学までに聞いておくんだが、アイツが助けない場合の基準ってなんだ?」

「彼女の視点で生かしていても害しかない時」

「……怖っ」

 

 

 なお、俺の言い方が悪かったのでROUTEさんは勘違いしていたが……基本的に彼女がTASけないという選択を取ることはほとんどないため、大抵の場合は単なる杞憂である。

 その数少ない例外も、助ける以前の話──こちらの手が端から届かない、みたいなことがほとんど。

 

 それでもなお、彼女が『TASけない』こともある……と嘯くのは、偏に彼女が自分をあてにして自身の研鑽を怠ることを気にしているのでは?

 ……などと考えている俺だが、その辺りを明言してもよくないので胸のうちに秘めているのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「さて、今日もはりきってお仕事を……と言いたいところなのですが」<チラッ

「まさかコンロが故障するとは……」<チラッ

「私が何かした、みたいな視線を向けられるのはとても心外」<プンスカ

 

 

 はてさて、クリスマスまで残り二日目という朝。

 いつものように仕込みを終わらせて開店準備を……と思っていた俺は、そこで初めてコンロの火が点かないことに気付いたのだった。

 ……どうも大本から故障してしまったようで、仕方なく今日は臨時休業である。

 

 

店長さんも息子さんとの再会が終わったら店は閉めよう……みたいなことを言っていましたのでぇ、純粋に寿命ということなのかもしれません……

「なるほど……まぁ確かに、店の中のものは全部年期が入ってたからなぁ」

 

 

 サンタさんの言葉に、初めてこの店に入った時のことを思い出す。

 あらゆるものが古臭い……というと失礼だが、長く続けている個人店なのだろうなぁと察せられるものであったことを思えば、このコンロも店ができてからずっと手入れをしつつ使い続けて来たんだろうなぁ、という予想も付く。

 そりゃまぁ、いきなり壊れることもあるだろうし、それを見越して店を閉めようなんて話にもなるだろう。

 ……いや、もしかしたら息子さんからの連絡がなければ、それよりも前に店を閉めていたのかも?

 

 

今回はたまたま命に関わるような病気ではなかったみたいですけれど、それでもまぁ自身の体の衰えについてはご自身の方が詳しいでしょうし……

「細かな不調が積み重なった結果、ってことか……」

 

 

 そういう意味では、いい機会だったということになるのだろうか。

 そんなことを考えつつ、店の入り口に張り紙を一つ。

 書かれた内容は、簡潔に『本日臨時休業、クリスマスは開いてます』の文字。

 TASさんが分身(?)を置いているため、修理業者の対応は彼女に任せることになる。

 ……え?じゃあその間、俺達はどうするのかって?

 

「じゃあ、束の間の休暇と洒落込みましょうか」

い、いいんでしょうか……私達サンタはあまりこちらで勝手をするべきではない、と聞きましたが……

「大丈夫。問題なのはサンタ技術の使用。普通に生きてる分には大したことはない」

「……というか、そうでなければ今頃叩き出されていますわよ、貴女」

ひぃ

 

 

 それは勿論、クリスマスの夜にはいなくなる予定の、サンタさんの思い出作りだ。

 

 



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苦労人が聖人になる

 さて、突然サンタさんを連れて遊びに行く、ということになったわけなのだけれど。

 無論、考えもなしにいきなりそんなことを言い出したわけではなく、これはTASさんからの提案だったりする。

 

 

「……下手に連れ回すとトラブルに引っ掛かる、って話だったと思うのですが?」

「それはその通り。……ただちょっと想定外だったことがあって」

「想定外?」

「ある程度ガス抜き──トラブルに接触させておかないと、後々反動みたいな形で爆発することが判明した」

「……わーぉ」

 

 

 最初に言っていたことと相反するようなことを彼女が言い出したのは、この数日間サンタさんと一緒に暮らすことで様々な変数を実際に確かめることができたがため。

 それによれば、どうやらサンタさんがトラブルに出会うというのは、ある種の種族特性的なものに該当するらしい。

 

 

「種族特性?」

「そう。サンタの目的というのはプレゼントを渡すことだけど、何度か確認している通り彼女達にとってのそれは『何かしらの手伝い』のようなものも含まれている」

 

 

 恐らく、子供だけではなく大人も相手として含むこと・および単純な贈り物を求めているような人物だけが相手ではない、ということが関係しているのだろうとTASさんは語るが……。

 ともかく、サンタ達の言う『贈り物(プレゼント)』が単純なモノである、ということはまずあり得ない。

 

 そしてそのせいと言うべきかおかげと言うべきか、彼女達は野生の勘のような形で周囲の困りごと、というようなものを探知することができるらしい。

 

 

「正確には、周囲の人間が困りごとを口に出しやすく・ないし自覚しやすくなるという形。言い換えると相手がサンタに見付けやすくなる」

「話だけ聞いていますと、まるでフェロモンで誘引しているかのようですが……それが、先程のガス抜き云々とどう関わるのです?」

「AUTO、正解」

「……はい?」

()()()()()()()()()()()って今言った。サンタはトラブルに触れなさすぎると、そのフェロモンみたいなものの分泌量が多くなる、みたいな感じになる。つまり……」

「……表に出てくるトラブルの量が増える?」

「増えるだけならまだマシ。場合によっては周囲のトラブルと合成された結果、国家転覆級の問題が飛び出してくる可能性もある」

「それはまた……随分と大きな話になりましたわね……」

 

 

 うーん、まるで『困りごと』という食事を引き寄せているかのようですらある。……やっぱりサンタって神話生物なのでは?

 ともかく、下手に細かなトラブルにすら関わらせずにいると、却って大きなトラブルを引き寄せる結果になってしまうらしい。

 ……で、今ここにいるサンタさんは特にその傾向が強いとのこと。

 

 

「帰ろうとする度にトラブルに巻き込まれていたのは、一つの問題に集中しすぎてガス抜きを怠っていたため」

「……ちょっとお待ち下さいまし、それってつまり……?」

「そう、大きな贈り物の準備をしていても、細かな贈り物を蔑ろにしてはいけない。典型的な社畜の気質」

「なんとはた迷惑な……」

 

 

 彼女は一つの問題に注力してしまうタイプのサンタだが、その癖体質の方は細かなトラブルもしっかりこなさないとすぐに上限を叩いてしまうという、ちぐはぐにも程がある存在であるとのこと。

 ……ゆえに、一つのトラブルを片付ける頃にはサンタトラブルゲージがカンストし、結果として帰る暇などというものが欠片も存在しない状態に陥ってしまった……と。

 ついでにいうと、発散する分と収束する分では後者の方がほんのり多いらしく、このまま彼女にスケジュール管理を任せていたら、それこそ国家転覆級のトラブルが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とかなんとか。

 

 ……うん、サンタが危険物扱いされるのは今さらだが、彼女はそれに輪をかけて危険物だったわけだ。

 とはいえ、だからといって早々に追い返すのも宜しくないとのこと。

 

 

「ガス抜きをしないまま送り返すというのは、すなわち自分達に被害は及ばないからとミサイルの進行方向を他所にずらすようなもの。……問題を解決(げきつい)してないから、誰かがその負債を受け取る羽目になる」

「今回の場合は彼女の出身世界である、と?」

「そう。そしてそれは、サンタという存在が犇めきあっているのを無理矢理他所の世界に追い出すようなもの」

 

 

 サンタさんのそれは種族特性であり、彼女がこの世界にいるから起きている、というようなものではない。

 つまり、このまま送り返すと彼女は向こうで爆発してしまうわけで。……その結果起きることはサンタワールドの崩壊と、それに伴うサンタ達の異世界への放流である。

 

 ……いやまぁ、流石にこれは最悪を想定した時に起こりうることであり、実際に起こる可能性はそこまで高くないはずではあるのだが……ともあれ、他所の世界と余計な軋轢を生む必要はない、というのも確かな話。

 

 そういうわけで、サンタさんのガス抜きは喫緊の対処案件として受理され、結果こうして彼女を連れての休日旅情紀行の開幕と相成ったわけなのだった。

 

 

「とりあえず温泉とかは行く予定。確実に何か起こる」

「殺人事件とか呼び寄せそうだから止めない?」

 

 

 ……なお、確かに彼女のガス抜きは最重要事項だが。

 同時に、TASさんが現状を楽しんでいることもまた、半ば予定調和であることは言うまでもない。

 

 



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昨日今日明日、サンタはいつでも変わってく

いいですねぇ足湯。体が芯からポカポカしてきますぅ

「冬場といえばやっぱりお風呂だよねー」

 

 

 はてさて、降って湧いた突然の休み期間により、唐突な小旅行のお時間となったわけなのだが。

 流石に泊まりになるほどの時間があるわけでもないので、ちょっと遠出をしよう……みたいなノリになった結果、近場(※あくまでTASさん基準)の温泉街に出かけることになったのであった。

 

 

いきなり短時転移(サンタワープ)を繰り返し始めた時は何事かと思いましたが……この気持ちよさを知ったあとだと急かす理由もわかりますぅ

「サンタワープチガウサンタワープチガウ」

はい?

「そこははっきりさせて置かないと、後々面倒なことになりかねませんからね……」

 

 

 いやまぁ、今さらサンタがワープの一つも使えない、なんてことは思わないけどね?

 家に煙突がないのなら家の中に直接ワープすればいいじゃない、みたいな発想の転換があったんだろうなぁ、みたいな予測は付けられるけどね?

 でもそれをTASさんに当てはめられると色々面倒なので勘弁して欲しいというか。

 ……とまぁ、微妙にどうでもよさげなことをぼやきつつ、足湯に浸かる俺達である。

 

 温泉街ということもあり、周囲には観光客がほどほどに溢れており、クリスマスに露天風呂で楽しもう……みたいな思考の人が結構多いんだなぁ、とちょっとずれたことを考えつつ、備え付けのタオルで温泉に浸していた足を拭って立ち上がる。

 いつまでも浸かっていたいのは山々だが、時間は有限でありこの足湯だけを目的として遠路はるばるやってきたわけでもない。

 

 

「もうちょっと待って、もう少し浸かってればきっと鏡面世界へのゲートが……」

あ、サンタドロップアウトですねぇ。ワープするにしても遠いところとかに侵入する際に便利なんですよぅ

「…………」

「そんな泣きそうな目で見られても、フォローは出来かねますねぇ」

 

 

 一人だけ──TASさんが新しい技術の獲得のために、ちょっとわがままを言っていたりもしたが……類似技術がサンタ界隈にもある、などと言われてしまえば少なくともこの場での習得は諦める他なく。

 涙目(※当社比)のTASさんは、渋々といった様子で足湯から上がってきたのだった。

 

 

 

TAT

 

 

 

「……サンタは迷惑」

「子供が聞いたらギョッとしそうな台詞だなぁ」

 

 

 実際、すれ違った子供がこっちを振り返って「マジか」みたいな顔してたし。

 まぁ、新しくやろうとすることほぼ全てに「あっ、うちにも同じようなものありましたよぉ」と返されればさもありなん。

 

 そんなわけで、図らずもTASさんの新技術習得タイムが阻害されまくる中、俺達は観光地を行脚している最中なのであった。

 温泉まんじゅうを山ほど買って、ぽいぽい放りながら食べているサンタさんなどが見所だと思われる()

 

 

「なんかこう……普段と違いますね?」

そうですかぁ?私としてはいつも通りなのですけれど。……もしかしたら、久方ぶりに仕事とかを気にせず動けているので、ちょっと童心に帰っている部分はあるかも、ですけどぉ

「なるほど……?」

 

 

 サンタの仕事に『プレゼントを配る』ことだけでなく、彼女のように『他者のトラブルを解決するため駆けずり回る』ことが含まれているのなら、確かに彼女以上に仕事熱心な者もそうはいまい。

 ……まぁ、解決件数は多くないので、バリバリのキャリアウーマン扱いとかではないだろうが。

 

 ただまぁ、トラブルの解決と同時に他のトラブルに巻き込まれる……という生活を続けていたのなら、確かに心が休まるようなタイミングはなかっただろう。

 そういう意味では、彼女が素の自分に立ち返る貴重なきっかけになったのは間違いあるまい。

 

 

「つまり、この休暇はこの時点でおおむね成功ってことだな」

「成功しすぎて私のチャートに侵食してきてる。それはとても良くない」

「……まさかとは思いますが、もしかしてそれこそ彼女が引き起こしているトラブル、というやつなのではないでしょうか……?」

「!?」

「あー、あり得そう。TASさん相手なら多少のトラブルもなんのその、みたいな感じで自動選択されてるとか?」

 

 

 ただまぁ素の彼女に戻った結果、普段はしないような言動を彼女がすることにより、色々と捩れている可能性は否定できないが。

 ……具体的には、いつもならスルーすることも関連性を見出だして口にしてしまう、みたいな?

 

 それによる被害をほぼ全てTASさんが被っている辺り、無意識に彼女を『迷惑を掛けてもいい相手』と認識している可能性もある。

 TASさん本人的にはいい迷惑……なのかはなんとも言えないが、とまかく彼女の当初の望みの通りトラブルが襲ってきているようなもの、というのは間違いあるまい。

 

 こっちへの被害が少ない、という点では心労が少ないのでたまにはこういうのもいいかなー、と呟いたところTASさんが(文字通り)噛みついてきたりもしたが……まぁ、許容範囲である。

 

 

……………………

「帰ったら娘と久しぶりにこうして歩きたいなぁ、とか思ってらっしゃいます?」

ち、ちょっとは……

 

 

 一応年上のはずなのに、そんな気がしない……みたいなところもあるけれど、こういうところはやっぱり母親なんだなぁ、なんてことを確認しつつ、俺はTASさんに噛まれるがまま店を廻っていたのだった。

 ……いい話風にしてごまかそうとしてもその絵面は無理がある?

 TASさんの気分転換にはこうするしかないから仕方ないね!

 

 



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クリスマスが今年もやってくるー

「さて、当初の予定のクリスマスになったわけだけど。息子さん夫婦っていつ頃来るとか、そういう知らせはあるんです?」

最初の手紙だけですねぇ。時刻についてはなにも書いてないので、最悪閉店間際になっても来ない……なんてこともあるかもしれないですぅ

「なるほど、長丁場になりそうですわね……」

 

 

 さて、束の間の休暇も終わりを告げて、クリスマス当日。

 基本的に朝のうちは今までと変わらないが、午後からは忙しくなることが見込まれている。……聖夜に中華食べに来る人が割りといることに驚愕なんだが?

 いやまぁ、サンタが中華鍋振ってるんだからそりゃまぁ人もつられるでしょ、と言われればその通りでしかないわけだが。

 

 なお、クリスマス当日ということもあって、微妙に限定メニューが発生していたり。

 

 

「中華風に仕上げた七面鳥、というのは物珍しさで売れそうではありますわね……」

「仕込みに時間が掛かるから限定品なのがネック」

 

 

 ここでの仕事中は珍しくもなくなったポニテ姿のAUTOさんが、下拵えだけされて並べられた七面鳥達を見て微妙な顔をしている。

 

 オーブンに突っ込んで焼く、という手間隙の関係から予め準備をしておかないと時間が足りない……ということで、これから順次突っ込まれていく予定の彼らだが……基本的には普通にクリスマスに出てくる七面鳥と大差はない。

 味付けが中華風──辛めのものになっているだけで、オーブンでこんがりと焼くという行程は変わらないわけだ。

 

 まぁ、中華料理店にオーブンがある、というのが割りと珍しいような気もするのだが。

 

 

「その辺り、実際どうなのでしょうね?炒め物のイメージが強いのは確かですけど……」

「他所のことは知らない。重要なのは珍しいものに人は引き寄せられる、って一点」

「確かに……って、別に売り上げを気にする必要はないんじゃないのか?凄まじく今さらなツッコミだけど」

い、一応はお預かりしているお店なので……

 

 

 あれか、借り物なのだからしっかりと活用すべき、みたいな?

 ……元はと言えば店長さんの息子さん夫婦を迎えられればそれでいい、みたいな話だったような気もするのだが。

 まぁ、下手に閑散とした様子を見せてしまうと変に気を使わせてしまう、みたいな意味合いも強いのだろうけど。

 

 ともかく、今日も今日とて忙しいだろうことに変わりはない。

 その辺りを再度確認して、俺達はいつもの配置に付いたのだった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……相も変わらず、結構な人の入りですわね」

「なんやかんや宣伝効果は高いんだろうねぇ」

 

 

 時刻は午後三時前、昼時が過ぎたこともあって人の姿は疎らとなっている。

 ……まぁ、あくまでもさっきまでよりは疎らなだけで、この時間帯にこれだけの人数が店内にいる、というのはわりとおかしい状況なのだが。

 

 それもこれも、いよいよクリスマス本番……ということもあって服装をしっかり整えたサンタさんのおかげ……みたいな感じというか。

 あの服装で鍋を振るのは危ないとしか言いようがないのだが、そこはさまざまなサンタ加護により防御ないし回避しているとかなんとか。

 ……ツッコミを入れなかったのかって?今日に限ってはスルーで通すよ……。

 

 なお、TASさんはその姿を見て目を輝かせていた。

 ……服装によらず万全の動きを保っていること、およびその際に発動しているスキルなどなどが彼女の琴線に触れた、ということになるらしい。

 そのまま放置するとサンタ技術を吸収し始めかねない勢いだったため、しっかりと釘を打っておいたが……うん、効果があるかは微妙なところである。

 

 本人が「この技術は危ない、世界を滅ぼす」とかなんとか言っていたのだから、その辺りのブレーキは利いているとは思うのだが……憧れや興味がそのブレーキを踏み壊すこともあるからなぁ、みたいな感じというか?

 

 

「なるほどねぇ。だから今日に限っては私たちに『家のことは放置でいいからこっち来てて』などと声を掛けることになったと」

「代わりに昼食も夕食も全部中華だけど勘弁してね?」

「別にその事に否はないよー」

 

 

 ただまぁ、いつもとは空気感が逆というか別というか、そんな感じを覚えただけさ……と笑いながら呟くのは、昼間から店内で屯しているMODさん、およびその付き添いでやってきたROUTEさんである。

 サンタさんがサンタの姿になっているので姿被りはない、ということでダミ子さんもいたりする。……まぁ、こっちは脇目も振らずに中華三昧しているわけだが。

 

 

「ふぉふぉふぁふふぁ?」

「何言ってるかわからんのだけど???」

「……んんっ、そもそも私が見てたってよく分からないですぅ。だったら全ての中華を味わい尽くすことを目的に動いた方が遥かに生産的ですぅ」

「やってることは生産どころか単なる消費だがな」

 

 

 店内禁煙なので、露骨に機嫌悪そうなROUTEさんに諭され、ダミ子さんは舌ぺろしながらごまかしていたが……うん、なんでもいいけど食べるならしっかり代金は払ってね、とだけ。

 ……この店、意外といい食材使ってるから案外高いんだよなぁ、とあれこれ注文するダミ子さんに冷ややかな視線を向ける俺なのであった。

 

 



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働かざるもの食うべからず、は聖夜でも変わらず

 はてさて、暴飲暴食の結果所持金ゼロとなり、涙目で皿洗いをする羽目になったダミ子さんは放置するとして。

 夕方が近付いてきたこともあり、火を入れておいたオーブンに七面鳥を突っ込んで行く俺である。

 ……夕食となれば七面鳥が売れることはほぼ確実。

 ゆえに、それを見越して調理を開始したわけだ。

 

 

「うー、そっちも食べたかったですぅ……」

「なんで君は腹ペコキャラが定着してるの?……心配せんでも、賄い扱いで貰って帰る予定だから」

「ひゃっほうですぅ!でも今すぐ食べたい気分もありますぅ!」

「太るzげふぅ!?」

「言っていいことと悪いことがありますぅ!!」

「お二方?遊んでいる暇があるのならば早急に皿をお片付け遊ばせ?」

「ひぃっ!?しっかり仕事しますぅ!!?」

「なんで俺まで怒られる羽目に……」

 

 

 どうにもダミ子さんと関わるとギャグに傾いていけねぇ……ってなわけで、彼女とのつきあい方を考える必要があるかなー、などと思案する俺である。

 まぁ、そうやって考えてることがバレて、「止めてください止めてくださいそういうのはよくないです」って真顔で迫られたりもしたが。

 ……何をそんなに怖がる必要があるのだろう?どっちかというとそういうダミ子さんの態度の方が怖かったのだが。

 

 

「こっちにも色々あるんですぅ……ともかく、洗い物をさっさと片付けましょうですぅ」

「まぁいいけど……言っておくけど、この分だと締めまでずっと洗い物だからな?」

「わかってますですぅ……手が冷たいのは我慢するですぅ……」

「いやお湯使っちゃダメなんて誰も言ってねぇから」

 

 

 私苛められてるんですぅ、みたいな空気感を演出するんじゃないよまったく。

 

 ……米がこびりついて取れない、みたいなことは早々ないのでつけ置き洗いもそこまで必要ではないだろう。

 ざっと洗ってさっと拭いて次に使う、というスピード感が重視されるので、その辺りを言い含めたのち元の位置に戻る俺である。

 

 

「さてと……こっちはこっちで酷いな……」

「確か……鍋を振る時に特定の行動を挟むと調理時間(タイマー)が進まなくなる、でしたか……」

「鍋振りカウントが高速で堪ることにより因果と時間にねじれが生じる。結果、この鍋の上の食材はずっと炒めていても痛まない」<ドヤッ

「いや仮にそうだとしても見られてたら嫌がられるだろそんなもん」

 

 

 調理場の方では、ハッスルするTASさんをちょっと離れた位置から観察するAUTOさん、という光景が見られる。

 どうハッスルしているのかは今述べた通りだが……ともかく、迂闊に外に漏らせないような醜態、とも言えなくはないかもしれない。

 

 いやまぁ、TASさんの言う通りすがりであるならば、調理している間は何の問題もない、ってことになるんだろうけどね?

 でもそれが外から彼女を見た際の印象を是正するものか?……と言われるとノーとしか言いようがないというか。

 

 ……そういうわけなので、仕方なくサンタジャミングのお世話になっている状況である。

 

 

「……そもそも迂闊にサンタ技術とやらを使わせるべきじゃあない、って話じゃなかったか?」

「サンタジャミングに関してはもう散々使われてるから今さら制限したところで意味がない、とかなんとか……」

「欺瞞にもほどがあんだろ……」

 

 

 いやはい、ROUTEさんの仰る通りです……。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……で、そうこうしているうちに夕方になり、夕食を食べに来た家族連れで賑わい始めて……」

「それからそう時を置かず、サンタさんが外に出ていったのですよね」

「こっちでは探知できなかったけど……多分困り事センサーに引っ掛かった」

「で、大急ぎで入院中の爺さんをソリに乗っけて戻ってきた、と。……確か疲労骨折って話じゃなかったか、その爺さん」

「ええと、確か……『私のソリは特別製なので、乗っている人がスピードにやられるようなことはないのです』……だっけ?珍しくドヤ顔してたけど」

「自分は誇れずとも自分の道具は誇れるタイプかぁ……」

 

 

 店が繁忙期に入ったにも関わらず、飛び出して行ったサンタさんの追跡は(仕方なく)ダミ子さんに任せた俺達。

 彼女達が戻ってくるまで、張り切って店を切り盛りしようというわけなのだが……早々に、向こうのことが気になって仕方なくなってきた俺達である。

 

 手隙(&見付かっても言い訳が立つ)なのがダミ子さんしかいなかったため、彼女に全てを任せる形になったのだが……実際、それでよかったのだろうか?

 具体的には話がそこで終わらないだろうな、的な部分。

 ……店長さんと息子さん夫婦を引き合わせたらその時点で今回のトラブルは終了、みたいな判定が出そうな気がするというか。

 

 そうなると、サンタさんが次なるトラブルに巻き込まれるのを回避させられるのはダミ子さんだけ、ということになってしまう。

 ……え?そんなに心配なら他の面子を一緒に行かせればよかっただろうって?

 唐突に抜けたサンタさんの穴を埋めるのに必要な人員が多すぎるんだよなぁ……。

 

 

「サンタがサンタの格好をして料理に勤しんでも問題なかったのは、偏にサンタがそういう存在だったから。そうじゃないお兄さんが代わりを務めようとすると、どうしても他からの補助が必要になる」

「要するに穴抜けを埋めようとしてさらに穴が空く、って連鎖に陥ったわけだねぇ」

 

 

 ここにいる面々は、基本的に女性ばかり。

 サンタのおじいさんとして行動していた彼女の代わりをしようとすると、必然俺がやるしかないのである。

 で、その上でさっきの彼女のように動こうとすると、必然TASさんにあれこれ補助して貰わないといけないってことになり、そうなると二人ほど人員に穴が空いてしまうわけで……。

 

 結果、単に遊びに来ていたようなものだったROUTEさんとMODさんも、こうして調理場に立つ羽目になったのである。

 

 

「いいのかなぁ、私がここに立ってても……」

「その辺り突き詰めるとTASさんの時点で大概だから……」

「そもそもサンタの時点であれ、という話ですわ」

「……確かに!」

 

 

 なお、ROUTEさんはTASさんの代わり、MODさんは俺の代わりである。

 ……ROUTEさん側の負担があからさまに多いけど、そうでもしないと回らないんだから仕方ないね!

 なんかすっごい顔してるんで何かしら穴埋めを考えないといけないけど!

 

 



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聖夜に一つの奇跡を起こして

 はてさて、サンタさん(と、それを追わせたダミ子さん)が店を出てから早数分。

 店内は相変わらず慌ただしく、俺はサンタの格好で鍋を振るっているのだが。

 

 ……これ、滅茶苦茶辛ぇ!!

 見ただけでサンタです、とわかる格好というと例のあれを思い浮かべるだろうが……そのせいで滅茶苦茶熱がこもるのだ。

 

 普段なら外の寒さに対して中あったかーい、くらいで済むのだろうが……今現在俺が立っているのは厨房、それも高火力のコンロの前!

 そこで熱せられた鉄鍋を大仰に振っているのだから、単純な運動による発汗・発熱と場所そのものの熱、さらにはそれらが服の中で停滞し続けることによる蒸し暑さにより、サウナもかくやという地獄と化していたのだった!

 

 一応、TASさんが仰ぐ……ついでに服の中の空気が効率よく入れ替わるようにしてくれているが、まさに焼け石に水。

 ……サンタパワーみたいなオカルトがないことには、この熱の塊のような状況を覆すにはパワーが足りないらしい。

 

 

「むぅ、そこまで言われては仕方ない。こうなったらあれをこうしてこうやってそうしてああして……」

「いや待った、何をしようとしているのさTASさん?!」

「何って……お兄さんの服の中に極小のワームホールを開いて熱を排出……」

「熱が排出される前に別のものが排出されるわ!?」

 

 

 具体的には店の中のものとか。

 ……ワームホールそのものには周囲のものを吸い寄せる力はない。

 ならば何故吸い込まれるのかと言えば、繋がった先同士で気圧の差などがあるため。

 ……要するに気圧の低い方に気圧の高い方が流れ込むから、結果として吸い込まれているように見えるのである。

 

 つまり、ワームホールを用いて熱を排出しようとすると、勢い余って周りの物ごと吹っ飛ばす可能性が大なのである。

 そうなったら仕事どころの話ではないため、慌ててTASさんの暴挙を止める俺なのであった。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「……お、終わった……のか?」

「夕食陣営の終わり、ってところだね。これから夜食組が来るんじゃないかな?」

「束の間の休みってことか……」

 

 

 時刻はおよそ九時くらい。

 夕食を食べに来た人達はほぼ食事を終えて帰ってしまい、店内は再度疎らな人影に落ち着いていた。

 

 ……要するに一端休憩、というわけだが……それも長くは続かないだろう。

 なにせ今日は深夜帯まで開けるとのことで、営業時間はまだ四時間ほど残っている。

 クリスマスの深夜を中華料理店で迎える、というのはムードもへったくれもないような気がするが……それを言ったらクリスマスそっちのけで中華鍋振ってるサンタも大概である。いや、中身は俺だけども。

 

 あと、ここまで時間が経過してもダミ子さんは帰ってこない。

 流石に店長さん達の用事がここまで長引いている、ということもないと思いたいが……トラブルメイカーなサンタさんのことなので、どこまで信用していいものやら。

 

 

「まぁ……十中八九新しいトラブルに引っ掛かっているでしょうね、この分ですと」

「だよなぁ……やっぱりダミ子さん一人に任せるのは無謀だったか……」

「かといってCHEATさん達を引っ張り出すのも……って、あら?」

 

 

 横合いから掛けられたAUTOさんの言葉に、思わず唸ってしまう俺である。

 ……いやうん、ここまで長引くと『だろうね』って感じしかしないけど、でもなぁ……。

 

 なんてことを思いながら唸っていると、突然AUTOさんが店の入り口に向かって駆け出した。

 正確には、その横の道に面した窓の方に駆け寄った形だが……そこに張り付くようにして、空を眺める姿を見て残された俺達は互いに顔を見合わせ、彼女に続くようにして窓に近付くことに。

 

 

「……マジでか」

「なるほどそういう……」

「トラブルはトラブル。でも仕方のないトラブル」

「いや、本当にそうか……?」

 

 

 そうして俺達は、夜空に浮かぶあるものを見た。

 

 それは、本来空なんて飛ばないはずのもの。

 きらきらと輝きのようなものを溢しながら、悠々と駆けていくそれはある種優雅ですらあり。

 シャンシャンと鳴り響く鈴の音は、同時にその音を雪に変えたように周囲を白く染め上げていく。

 

 ──そう、夜空にはサンタクロースのソリが、自由に駆け回っていたのだった。

 そして同じく響いてくる、そこに乗っているはずの人物の声。

 

 

ふぉっふぉっふぉっ。メリー・クリスマース!

「ですぅ!ですぅ!」

 

「ぶふっ!?」

「……トナカイの声、ということなのでしょうか?」

「流石はダミ子。奇怪な変身においては右に出るものがいない」

「いや、奇怪すぎんだろ……」

 

 

 サンタさんの声と、それに合わせるようにして聞こえるダミ子さんの声。

 ……思わずなんじゃそりゃ、とツッコミたくなるようなサンタ一行は雪と共にプレゼントを降らせながら、遠く遠く夜空の向こうへと向かって駆け抜けて行ったのだった。

 

 ところで、ダミ子さんはどっちに変身したんですかね?

 トナカイ?ソリ?

 そんな問い掛けは、戻ってきたダミ子さんの「どっちもですぅ」という答えによって解決?したのだった。

 

 ……いや、ツッコミ処しかねぇよ?!

 

 



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君はいつまでも赤いままの

すみませぇん!お手数お掛けしましたぁ!!

「あ、ああお帰りなさいサンタさん……ええと、店長さんは?」

上手く行きましたですぅ!行きすぎて色々吹っ飛んでしまいましたが!!

「ああうん、でしょうね……」

 

 

 多分、お互いに思っていることは違うけど。

 ……というわけで、唐突にサンタらしいことを終わらせて戻ってきたサンタさんを迎えた俺達。

 彼女はオーソドックスなサンタ姿のまま店内に突入すると、俺の手にあった鍋をそっと奪い取るように受け取って、

 

 

メリー!クリスマース!ですぅ!!

「鍋から光が!?」

「あからさまに異常現象なのですがよいのでしょうか……?」

「大丈夫。聖夜には大抵のことは許される」<キリッ

「それ大分サンタに思考を侵食されてないかい?」

 

 

 そのままトン、と鍋を振れば中から飛び出していく色とりどりの光。

 ……よくよく見れば、それらが色んな食材であることが見てとれるだろうが……いや、皿に着地した途端まったく違う料理になるのは看過できないんだが?

 いや、なんで一つの鍋からチャーハンと餃子とラーメンが一度に出来上がるんだよ。

 なんならかに玉とかエビチリとか回鍋肉とかもまとめて出てきたぞ今???

 

 ……そんなツッコミはサンタ中華ですぅとかいう意味不明な返答に掻き消されたわけだが。

 もはやサンタのゲシュタルト崩壊である。

 

 

「今さら過ぎる」

「確かに。……ところで、今唐突にTASさんが食べ始めたのは?」

「……?ブッシュ・ド・ノエル。クリスマスらしいケーキ」

「いやタルトじゃないんかーい」

 

 

 タルト繋がりじゃないんかーい。

 ……いやまぁ見た目はタルトに見えなくもないけども。

 

 などと意味不明なやり取りをしつつ、店内に溢れる意味不明な現象を必死にスルーする俺達なのであった……。

 

 

 

(\タルト/)

 

 

 

……はい、長い間本当にありがとうございましたぁ

「いや、まぁ無事に終わったんなら良かったですよ」

 

 

 はてさて、聖夜の営業も終わり、店の外。

 ある程度の片付けはしたものの、このまま店を畳むという店長さんが残りは片付ける……ということで、店内はひっそりと静まり返っている。

 

 なお、当の店長さんはあれからしばらく経って普通にひょっこりと顔を見せていた。

 まぁ、店内に見知らぬ店員がいっぱいいることにびっくりしたりしていたが……最終的には「アンタのすることなら」みたいな感じで納得していた。

 ……いや、それで話が済むってどんだけ信頼されてたんだこの人?

 

 

まぁ……店長さんが怪我をされた時、放置しておくとそのまま首を吊りそうな勢いでしたのでちょっと多めにお節介を……

「やっぱこの人下手に放置しない方がいいやつだな???」

 

 

 あれだ、本気でヤバイ人を引き寄せやすい体質なんだろう、というか。

 ……人間的にヤバイんじゃなくて状況がヤバイ人だからまだマシだが、これが下手な創作なら酷い目に遭ってたんじゃなかろうかこの人。

 

 

「その辺りは大丈夫。サンタは普通の人間の数倍から数千倍のサンタパワーを持つ。サンタパワーを持たぬ存在に負ける道理はない」

「人の思考を読むなっつーか、サンタってやっぱり名状しがたき存在だろうというか……ツッコミの渋滞を起こすんでどっちか一つにしてくれ」

「ん、じゃあお兄さんの思考を読むことだけを重視する」

「なんでヤバイ方を優先するのキミ???」

 

 

 いや、俺の思考を読んでも仕方ないだろマジで。

 ……などというツッコミはともかく。

 ようやく、サンタさんを送り返す準備ができた、ということは間違いないだろう。

 いやまぁ、彼女に関しては自分で帰宅できるので、正確に言うのであれば『彼女の帰宅を邪魔するようなものを排除できる状態が整った』というべきだろうが。

 

 

「短いようで長いお付き合いでしたわね。単純に参考にすることはできませんが……貴方の心構えは大いに参考にさせて頂きたいと思います」

あ、でしたらこちらを。サンタの心構えなどなど載っていますので

「まぁ」

「いや待った、それは渡していいものなのか?」

 

 

 その後も、ちょくちょくと問題は転がっていた。

 サンタという在り方が琴線に触れたらしいAUTOさんが殊勝なことを述べて、それに感銘を受けたサンタさんが指南書のようなものを手渡そうとして慌てて検閲する羽目になったり。

 

 

「もう二度と会うことはないと思う。やり残したことはない?」

……でしたら、全自動プレゼント配達装置を置いていこうかと……

「止めよう?そういうトラブルを減らすために送り返そうとしているのに積極的に跡を濁そうとするの止めよう???」

 

 

 TASさんの言葉に少し思案し、自分の後釜となる装置を置いていこうとするサンタさんを全力で妨害し。

 なんというかこう、彼女がトラブルを引き寄せるうえにトラブルをばら蒔く存在である、ということを改めて実感しつつ、

 

 

それでは皆さん──メリークリスマス!いいお年を!

 

 

 虹色のゲートに足を踏み入れ、この世界から去っていく彼女を何時までも見送っていたのだった──。

 

 



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クリスマスが終わったらどうなる?そうだね新年だね

「──よし、これで完成!アンチ・サンタ・フィールド……略してSAF!」

「……なんかこう、サンタのソリに使われてそうなネーミングだな」

「は?」

「いや、なんでもない」

 

 

 世の中なんでも持続可能(SDGs)、みたいな?

 

 ……とまぁ、どうでもいいツッコミはともかく。

 サンタさんの滞在期間中ずっと改造を続けられていたサンタ・パスボートはその姿を変え、新たにサンタを弾き出すアンチ・サンタ・ギミックとして成立したのだった。

 生憎原理とかは聞いてもよくわからなかったが……これで、これ以降サンタによる異世界からの侵略を気にする必要はなくなる、ということは間違いあるまい。

 

 

「……はっ!?つまり私も今の姿を捨てることがぁ……?!」

「それは不可能」

「なんでぇ!?」

 

 

 それに付随して、ダミ子さんも長年?のお勤めを終え、見事その見た目を元に戻す日が来た……みたいなノリを発揮していたが、それは無慈悲なTASさんの言葉により瓦解したのだった。

 ……まぁ、別にTASさんが言わずとも、そのうちそれが無理なことには気付いていたとは思うのだが。

 

 

「はいぃ?」

「いや、確かにダミ子さんの今の姿はサンタのそれで、その姿になった理由にはサンタの閉め出しって意味合いもあったけど……それよりなにより、その姿以外まともな見た目が残ってないのと、以前までのダミ子さんのデータの崩壊を防ぐ楔としての役割もあるからそう簡単に元には戻らない、って話もしてたじゃん」

「ついでに言いますと、仮に元に戻すとしても元の姿のデータ自体が紛失している、とも窺いましたが?」

「……ぎゃふん」

「反応に困って鳴き始めたぞこいつ」

 

 

 現実を突き付けられると無様に吠えることしかできなくなるんだよね、わかるわかる。

 

 

 

・∀・

 

 

 

 さて、どたばたしたクリスマスが終われば、周囲は一気に年末年始ムードである。

 

 

「その変わり身の早さには見習うべきところも多い」

「見習うべきかはともかく……確かに、昨日今日での変化の具合には目を見張るものがあるねぇ」

 

 

 大掃除用の道具だとか、はたまた年末年始の食料の買いだめとか。

 そんな感じで色々と入り用のものが多いこともあり、みんなで近くの大型ショッピングモールにやって来た俺達。

 そこで、先日まで赤や緑だった飾りつけが、赤や白の飾りつけに変わっていることをしみじみと観察していたわけである。

 ……言葉にすると一色違いでしかないのに、印象としては全然違うなぁというか?

 

 

「カラーリングとしてはそうでも、使ってる小道具とかは全然違うしなー」

「そちらに関しても、大まかな形は意外と似ていたりするのですけれどね」

「あー、しめ縄とリースの違い的な?」

 

 

 言われて見れば、飾りつけの仕方なんて基本吊るすか置くかしかないのだから、なんとなく似通うのも仕方のない話と言うわけか。

 本格的に飾り付けるのならともかく、こういう場所の飾りと言うのはすぐに片付けられるような簡素なものであることが多いのだし。

 

 ……などと、益体(やくたい)もないことを話しながら、必要なものを買い集めていく。

 大掃除用の道具としてはほうきやはたき、雑巾やその代わりととなるようなものを。

 年末年始の食料の買いだめとしては、日持ちするものやおせちの材料、雑煮用の白菜や固形の餅などを探すわけなのだが……。

 

 

「……ごくごく自然に買い集めてしまいましたが、お作りになるんですの?おせち」

「ん?んー……まぁ、一回くらいは作ってみようかなーと。大変そうなら来年以降は普通に出来合いものを買おうかとは思ってるけど」

 

 

 黒豆数の子、紅白かまぼこに栗きんとん。

 昆布巻きや伊達巻、鯛やブリを焼いたもの。

 大抵おせちの定番というものは決まっているが、基本的にそれらの調理はそこまで大変、というものは少ない。

 

 元はといえば三が日には仕事を休む……すなわち台所を預かる人達も同じように休むための口実のようなものなのだから、あまり調理が難しいものを含めても仕方ない、みたいな面もなくはないのだろう。

 

 ……ただ、これらの調理が簡単だと思えるのは、それが少人数用の場合。

 これが大人数相手ともなると、一気に地獄の作業と化すのだ……とか聞いた覚えがある。

 特に大変なのが黒豆。長い時間コンロを占領するため、他の調理を思いっきり阻害する意外な曲者だとかなんとか。

 

 とはいえ、それらの苦労も一度体験して見なければ実感はできない。

 今年は人も多いので、その苦労を確実に実感できるだろう……という意味合いもあって、試しに作ってみようかと思い至った次第である。

 

 

「お肉が食べたい」

「へいへい。チャーシューとか最近のおせちに入ってることも多いみたいだから、それでいいかい?」

「ラーメン食べたい」

「昨日普通に食べてたよね?」

 

 

 とはいえ、食とはどこまでも食べることこそ本意。

 ゆえに食べる人側からリクエストがあれば答えていく次第ではある。……三が日分持つものならある意味なんでもいいわけだしね。

 

 そんなわけで、他の面々にもついでに食べたいものを聞いて、準備をしていく俺なのであった。

 

 



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ちまちまとカウントダウン

「よし、食材に関してはこれでよし……と」

「この辺りはCHEATさん様様ですわね」

「そうだろー私すごいだろーほめろほめろー」

「私もできるからすごくない」

ナンダテメーッ!ケンカウッテンノカコラー!!?

「はいはい、吠えない吠えない」

 

 

 買ってきた食材達をCHEATちゃん特製冷蔵庫に突っ込み、一先ずの準備は完了である。

 なおこの冷蔵庫、何が特別なのかというと()()()()()()()()()()()、という部分。

 正確に言うと()()()()() 、となるのだろうが……もし仮に表に出ることがあれば、みんなが挙って欲しがること間違いなしのあからさまなオーパーツである。

 

 正月の一週間以上前にも関わらず食材を買い置きしておける、という時点でその有用性は猿でもわかることだろう。

 ゆえに、その開発者であるCHEATちゃんは鼻高々、といった様子だったのだが……それが面白くなかったのかはたまた単なる何時ものやつか、TASさんの言葉で即キレ散らかす羽目になっていたのだった。

 ……すごいのは間違いないのだから、他人の言葉などに惑わされず泰然としていてほしいものだが。

 

 

「それができるCHEATさんは最早CHEATさんではない、と言われると思わず納得してしまうのですよね……」

「ちょっとぉ!?」

 

 

 幾らなんでもその言い種は酷くない?!と抗議するCHEATちゃんに対し、抗議されてる側のAUTOさんは曖昧な苦笑を浮かべるばかりである。

 ……まぁ、そうやって噛み付いたり反応したりするのがCHEATちゃんらしさ、と言われれば然もありなんって感じなのでなんとも。

 

 なおこの呟きを拾われた結果、追いかけ回される羽目になる俺であった。口は 災いの元!

 

 

 

;-∀-

 

 

 

「来年も使うからしまう……にしても、何処にしまったものか」

「居候も増えましたから、スペースが足りていませんわね」

 

 

 はてさて、クリスマスの飾りつけとして使っていた小道具達を片付けよう……と勇んでみたはいいものの。

 現状片付ける先がない、ということで微妙に困っている俺達である。

 

 ……え?今年用意した時にしまってあった場所に戻せばいいんじゃないのかって?

 前にも説明したかもしれないが、ダミ子さんが現状使っている部屋は本来二部屋分のところ、仕切りを入れて無理矢理一部屋分にしている。

 それを、今回クリスマスの飾りを引っ張り出す際にいらないものなどを捨てることで、元の二部屋分の広さに戻したのだ。

 

 なんでそんなことになったのかと言うと、臨時でダミ子さんのルームメイト?的な扱いでサンタさんを招き入れていたため。

 他に部屋がなかったのでそこを片付けるくらいしか無かったのである。

 

 

「……別に俺の部屋はいらねぇんだがな。寝るだけならソファーでも十分だし」

「貴方は部屋を与えないと寧ろふらっと何処かに消えかねないからダメ」

「……ちっ」

 

 

 ちなみに、現状この家に住んでいるのは計五(プラス(いち))人。

 俺とTASさん、ROUTEさんの三人は普通に一部屋を与えられていて、DMさんはスタンドさんと同部屋、ダミ子さんは言わずもがなである。

 

 ……なお後から追加されたROUTEさんがなんで一部屋持ってるのか、だがその理由はTASさんが今述べたものに加えてもう一つ。

 ダミ子さんが二部屋分、という広さの部分だけ聞いて件の部屋を所望したから……というところが大きい。

 まぁ、そこ以外全部洋室だった、というのも理由の一つかもしれないが。

 

 

「……そういえば、直したはずなのにいつの間にか妖怪変化が元に戻ってるけど、それってもしかして和室に常勤してるのが理由の一つなんじゃ……?」

「そんなバカな、ですぅ」

 

 

 というか、最早長年付き添ってきた能力のような気もしてくるのですぅ、とはダミ子さんの言。

 ……君、それ仮に次週に突入したら暫く没収なんだけど大丈夫なんです?

 そんなツッコミをしたところ、なにやらいやですいやですぅ、とかなんとか駄々をこねていたが……それを俺にやられても困るというか。

 あれだ、ループ構造にしやがった神様?的なものに文句はお願いしたいというか。

 

 

「…………(その論法で行くとお兄さんに文句を言うのは間違ってないんだよなぁ、という顔)」

「……ええと、なんでTASさんは無言で俺の顔を見つめてるので?」

「知らぬは本人ばかり、とはこのこと」<ドッ

「なんでウケてるのこの子……???」

「いえ、それを私に聞かれても……」

 

 

 なんだろう、なんでいきなりウケ出した(※当社比)んだろこの幼女。

 ……幼女とか脳内で考えたことがバレたせいで頭に噛み付かれつつ、放置していた問題にたち戻る俺。

 

 来年も使うのなら片付けなければならないが、一度片付けた部屋を再度物置にするのは憚られる。

 となれば、別所にしまうしかないのだけれど……。

 

 

「……他の部屋にしまう?」

「それがベストかなぁ」

 

 

 ここに寝泊まりしている組以外──CHEATちゃんやAUTOさん達がこっちにいる時に使っている臨時の私室。

 そこにしまうしかないだろうという結論になり、突如開催決定した部屋の片付けタイムに俺達はごくり、と生唾を呑み込んだのだった。

 

 なんでかって?CHEATちゃんの私室とか明らかに魔境だからだよ!

 

 

「勝手なイメージで語るんじゃねー!!」

「そう思うのならいつものその部屋がなんのために使われているかを思い出せ貴様」

「……実験室?」

「配信にも使ってるから防音完備。……結果として何を中でやってるのか外からはわからない」

「魔境だろどう考えてもー!!」

「だったら入ってみろやこらー!」

 

 

 売り言葉に買い言葉。

 こうして、少し早めの大掃除が開始されることになったのであった。……計画通り()

 

 



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意外と広いぞTASさんの家

 はてさて、唐突な大掃除と題しつつの家の中紹介回である。

 

 

「お兄さん、メタい」

「おおっと。……でもまぁ、家主もいまいち全貌を把握しているとは言い辛いんだよな、ここ」

 

 

 何せ、構造からしてよくわからないし。

 ……一応、玄関から居間、それから台所までの経路については把握している。

 通路で繋がったそれらの部屋はよく行き来する場所だし、基本的にはそのうちの何処かにいるのでわからない方がおかしいし。

 

 それから、流石に自分の部屋までの経路・構造もわからないなんてことはない。

 この家に二つある個室の和室のうちの片方、という意味でも特徴的ではあるわけだし。

 

 逆に言うと、それ以外は微妙に把握しきれない部分があるわけだが。

 

 

「それはまたどうして?」

「明らかに外観より内部が広いから」

「……言われてみれば確かに」

 

 

 そうぼやいた俺に、AUTOさんが不思議そうに尋ねてくるが……なんてことはない、単純にこの家が()()()()、というだけの話。

 それも、明らかに空間がねじ曲がってるレベルで広すぎるから、というところが大きい。

 

 一応、普段この家に寝泊まりしている人達の部屋やそこに行くまでの経路、さらには他の面々がここにいる間だけ使っている部屋のような、頻繁・ないしほどほどに足を向ける機会のある場所については問題ないのだ。

 

 ……が、それ以外。

 通称『未開の(その)』と呼ばれる方に向かう通路に関しては、ともすれば遭難する危険性すらある異常地帯となっているのである。

 

 

「……初めて聞いたのですが?」

「そりゃまぁ、そっちの道に行こうと思うんなら俺の部屋通んなきゃいけないからね」

「寧ろ何故そんな場所に自室を構えているのです???」

 

 

 物置で寝泊まりする気はなかった(他に和室がなかったから)から……かな?

 

 ともかく、この家一番の意味不明要素である未開の園は、意識して向かおうとしなければ基本踏み入ることのない場所。

 ゆえにまぁ、内部を理解していなくても普段の生活には全く問題ないわけなのだけれど……。

 

 

「いやその前に、そもそもそこ以外も外から見た時の広さに合ってない、って話じゃないのか?」

「お?……おお、そうだったそうだった。外から見たら精々それなりの広さ(3LDK)にしか見えないからなぁ、ここ」

 

 

 と、唸る俺達に活を入れるように声をあげるCHEATちゃん。

 ……確かに、現状でも八部屋近く個室があって、その上で居間やキッチンがあるのだから広すぎる、というのは間違いない。

 何処にそんなスペースを確保する余裕があるんじゃい、と言われれば神妙な顔で頷くしかないのだからなんとも。

 

 ……だがまぁ、その辺りはある種わかりやすい答えがあるというか、その一言でここまでの疑問も大抵晴れるというか。

 

 

「……なんですのそれは?」

一晩で彼女がやってくれました(大体TASさんのせい)

「ああ……」

「イメージ元は不思議な感じの迷宮。自分で組み換え可能なやつ」

 

 

 その答えというのが、TASさんがやったというその一言。

 ……元々は外観通りの間取りだったらしいのだが、色々と先を考えた彼女が色々と弄った結果こうなった、ということになるらしい。

 まぁ、それでもある程度無茶だった部分はあるようで、俺の部屋の横が未開の地になっているのも、そこから部屋を取り出すため・および今のこの家を安定させるための一種の安全装置みたいな扱いであるから、らしいのだが。

 

 

「はぁ……よくはわかりませんが、仮にそこを元に戻すとどうなるのです?」

「現在追加状態になってる部屋が消滅する。もっと簡単に言うと元の間取りに戻るってことだけど……実のところ今のこの家に元の間取りはほとんど残ってない。だから仮に元に戻ったら中のものが全部強制的に押し出されて──」

「押し出されて?」

このマンションごと吹っ飛ぶ

「はた迷惑にもほどがある……」

 

 

 なんだっけか、可能性として未明である部分が残されているからこそ、他の部分の拡張性にも繋がっている……みたいな話だったか。

 未開の園がランダム生成ダンジョンだからこそ、そのランダム性を悪用して普通の部屋を引っ張り出すのに使っている……とかなんとか。

 

 言い換えると、今俺達が居住している部屋のほとんどはそのランダム生成を悪用したものであり、仮にそれらを止めて元の間取りに戻そうとするとそこに置いてあったものや、ランダム性という属性そのものが外に押し出されることになり、結果としてこのマンション自体が倒壊するのだそうだ。

 

 ……マンションの持ち主も、勝手に改造された挙げ句それを咎めると家屋が解体される、とか踏んだり蹴ったりにもほどがあるだろう……なんて風に思ったりもしたものだが。

 

 

「いつの間にかこのマンションの持ち主もTASさんになってたからなぁ……」

「グラフを見てたら風が吹いた。土地ごと買うには困らなかった」

「うーん、TASパワーの有効活用……」

 

 

 確率が確率であるからこそ儲け続けるのが難しい、みたいな話ならTASさんにとっては無いようなもの。

 ……そういうTASさんのズルさを、改めて感じた春の日だった……とだけ伝えておきたいと思う俺である。(死んだ眼で土地の権利書とか諸々TASさんに渡してる以前のオーナーの姿を思い起こしながら)

 

 



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カンストまで貯めてもいいけど、それじゃ面白くない

「ええと……とりあえず、この建物そのものがTASさんのもの、ということはわかりました。……それで、他の階の方には……?」

「特になにも。このフロアというか、この部屋にはあれこれと手を加えてるけど他については一切関与してない。たまに防音設備とか無線wi-fiとかの設置を求められることはあったけど、即日施工で全部黙らせた」<ドヤッ

「家賃何円だよここ……」

 

 

 TASさんによる至れり尽くせりな対応が得られるとか、何円ぼったくられるかわかったもんじゃないんだが?

 

 ……みたいな視線を向けられたので一応答えておくと、この部屋に関しては家主が家主なのでゼロ円。

 それから、他の部屋に関しては一月二桁万円くらい、とだけ返しておく。

 

 

「……意外と安い、のか?」

「変に安すぎても高すぎても問題。これくらいなら余裕で払える、という人にだけ貸してる」

 

 

 なお、TASさんがオーナーになる前よりかは安くなってる、とのこと。

 ……これは、賃貸による収入程度だと彼女にとっては小金に過ぎない、というところが大きい。

 流石にくじとか舟とかお馬とかに関しては自重するように言い含めてあるが……株とか為替に関しては俺はノータッチなので、そっちに関してはあれだし。

 

 ……というか、そっちに関しては何処を咎めればいいのかがわからん、というのが一番の理由というか。

 流石に滝レベルの暴落は起してないとのことなので、そこ以外に彼女の関与を止めさせる必要性もないのだ。

 

 

「あーうん、有り金全部溶かして死にそうな人、とか作らないのなら問題は薄いような気がしないでもないしねぇ」

「これがカジノとかだったら何も気にせず潰しに掛かるんだけど」

「そっちはそっちで別の問題が起きるんで止めなさい」

 

 

 具体的には現地の裏家業の方とのごにょごにょとか。

 ……うん、後ろ暗い相手とかTASさんにとっては単なる体のいいおもちゃでしかないから、こう見てて悲惨なことになる可能性大というか……。

 

 

「……ん?ちょっと待った、そいつらがダメで私がおもちゃにされても構わない理由って何?」

「何って……最終的に負けるにしてもある程度反撃できるかどうか?」

「まぁ、普通の方にTASさんの相手をしろ、と言われても困るどころの話じゃないでしょうしね……」

「……納得できるような、できないような」

 

 

 むむむ、と唸るCHEATちゃんだが……あれだ、ある程度認められているからこそTASさんの対応を任されている、と思えばある程度自尊心も回復するんじゃないかな?

 ……と慰めの声をかけたところ、何故かCHEATちゃんとTASさんの双方からげしげしと蹴りを食らう羽目になったのでした。何故に。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「ええと、とりあえず話題を戻しませんこと?」

「確かに。脱線しすぎ」

 

 

 暫くなすがままに蹴られていた俺だが、AUTOさんの鶴の一声で軌道修正することに。

 ……確か、大掃除のついでに各自の部屋を紹介しよう、みたいな方向性だったんだっけ?(うろ覚え)

 

 

「……それで初めにやって来たのが私の部屋、ということですかぁ?」

「ちょっと前までサンタさんが同居してたからね、掃除の必要性が高いのもここだよなぁということで」

「道理は通っていますねぇ……」

 

 

 そんなわけで(?)、最初にやってきたのはダミ子さんの部屋。

 二部屋分の広さを誇るが片方物置……というのがデフォなのがこの部屋だが、つい先日までサンタさんを寝泊まりさせていたのでそっちを片付けた……みたいなことはさっき話した通り。

 

 で、その時にこっちに出しておいたクリスマスの飾り付けは、そのままこの部屋に戻すのは忍びない……ということで、何処か他所にしまおうという話になったわけである。

 

 

「……ツッコミどころが幾つかあるんですけどぉ、少し発言しても?」

「はいどうぞ?」

「ええと、二部屋分確保しっぱなしにしてくださるのは嬉しいんですけどぉ、普通に片方を物置に戻した方が早いのではぁ……?」

「いいのかい?」

「はいぃ?」

「このクリスマスの飾り、本物のサンタさんがいる状態で飾られていたものだから、このままここに置いとくとダミ子さんのサンタ成分マシマシになるぜ?」

「嫌な予感しかしないので却下ですぅ!!」

 

 

 なお、元通りにしないのはこのような理由から。

 ……元にした相手のせいとは言え、彼女の見た目がサンタそのものであることは間違いない。

 

 流石に向こうから再びこっちにくる、ということは早々ないだろうが……こっち側で新しいサンタが発生する分には制限はない、と見てもいいだろう。

 それらを総合すると、このクリスマスの飾りを彼女の近くに置いておく、というのはリスクが高すぎるということになるのである。

 

 あとはまぁ、付随して『未開の園』に放り込んで置けばいい、みたいなツッコミが来そうなのでそっちについても。

 

 

「未開ってことは不明ってことだろ?……実はそっちもダミーデータなんだ」

「ダミ子の親戚。ということはダミ子なら内部の確認ができる……?」

「謹んでお断りいたしますですぅ!!?」

 

 

 ……うん、理由としてはさっきのと同じようなもの、というか。

 俺達の生活ってダミーデータと密接に繋がってるよなぁ、と思わず感心してしまう今日この頃、というやつなのであった。

 

 



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片付けとはなんでも捨てることではない

 はてさて、止めてくださいというダミ子さんに免じて未開の園に彼女を放り出すような暴挙は止め、素直に部屋の掃除を始めた俺達。

 

 基本的にはダミ子さんがのんべんだらりとぐーたらしているこの部屋だが、その実態に対して部屋の中はわりと綺麗に片付いていたのだった。

 

 

「まぁ、私が綺麗にしたというわけじゃあないんですけどねぇ……」

「でしょうねー。サンタさんがきっちりしてたとかでしょ?」

「ええまぁ……まるでお母さんのようでしたぁ」

 

 

 それはまたなんというか、見た目的にも完全に親子だったのだろうなぁ、というか。

 

 ……娘さんの方のサンタさんは意外としっかりものそうだったし、真逆に近いダミ子さんは色々と母性とか刺激されていたのかもしれない。

 お世話したくなる気持ちが溢れて止まない……みたいな?

 これ幸い、とあれこれして貰っていたのだろう、ダミ子さんの姿が目に浮かぶようである。

 

 ……で、その後の彼女の動きもなんとなく予想できるというか。

 

 

「大方途中でいたたまれなくなったとか?」

「うぐっ、正解ですぅ……」

 

 

 最初は母親みたいですぅ、と笑っていた彼女も、あまりにも献身的な姿に次第に気まずさの方が上回っていったのだとか。

 ……なので、自分からもある程度手伝うようになり、それを見たサンタさんはニコニコしていたのだとか。

 

 なお、何故そこまでわかったのかというと、彼女の私物の中に見慣れない星形のオーナメントが一つ、紛れ込んでいたからだったりする。

 ……多分、クリスマスプレゼントと称してそれほど意味のないものを渡された、とかなのだろうなぁ。

 

 

「それがクリスマスプレゼントであることは、私にも理解は出来ましたが……何故そんな無意味なものを?」

「相手が本物のサンタだから、って言えばわかる?」

「……なるほど、付与される意味合いの問題だと」

 

 

 なんで無意味なものなのか、もっと言えばこっちのそこら辺のショップで買えるような──実際にその辺で買ったのだろう単なるオーナメントがプレゼントに選ばれたのか。

 その理由を突き詰めると、相手がサンタだからということに尽きる。

 

 ……簡単にいうと、下手に彼女が本気を出してプレゼントをしてしまうと、自動的にサンタクロースとしての力を発揮してのものになるため。

 サンタの影響を可能な限りこの世界から排除、ないしわからないようにしようとしているのにそこで普通に形に残るものを渡してどうするんだ……とも言えるだろうか?

 

 まぁ、その論法だと今まで渡されてきたプレゼントはどうするんだ?

 ……という話になりそうなのでさらに付け加えると、それを渡される相手がダミ子さん──サンタによく似た人物である、というのが重なっちゃぁいけない付随条件になっているわけで。

 言い換えると、このオーナメントもわりとギリギリのプレゼントというわけだ。

 

 そこら辺の話を今の俺の言葉から察したらしいAUTOさんはなるほど、と頷いているが……いや、ダミ子さんはなんでそんな不可解そうな顔をしてるんです?

 

 

「いえその……手伝ってくれて偉いですねぇ、みたいなノリで渡されましたので……」

「子供にあげる駄賃感覚」

 

 

 ……あーうん、軽さという意味では大差ない、ってことで……。

 

 

 

\(・∀・)/

 

 

 

「あとはまぁ、ダミ子さんに任せるとして……次はどこに向かう?」

「でしたら私の部屋に。ここから近いですし、部屋の主の確認を取る必要性もありませんので」

 

 

 微妙にいたたまれなくなり、後の掃除を本人に任せて部屋を出た俺達。

 その足で次の部屋に向かうことにしたのだが……そこで目的地を提案したのがAUTOさんだった。

 

 

「……そういえば、俺が部屋の中を覗いても問題ないのか?」

「それを今更言うんですの?ダミ子さんの部屋は普通に覗いていたではありませんか」

「…………?」

「……そこで首を傾げるから、他の方にあれこれと攻撃されると思うのですけれど」

 

 

 いやだって、年頃の女の子の部屋に立ち入る成年男性、とか犯罪の香りしかしないじゃん。

 んでもってダミ子さんは唯一の同年代、もしくは年上だからその辺り気にする意味が……え?見た目だけなら学生で通る?

 

 まぁともかく、ダミ子さんの部屋に関しては特に遠慮をする必要も見えないため、精々中にいるかどうかノックするくらいだなぁ、という心境の俺である。

 流石に着替えてたりしたら失礼どころの話じゃないんでそこら辺は、ね?

 

 ……なお、その辺りの事情を話したところ、AUTOさんから返ってきたのは呆れたような微妙な表情。

 そんな顔を向けられる理由がわからない俺としては、思わず首を捻る以外の対応を取れないでいたのであったとさ。

 

 

「お兄さんにはデリカシーが……ないわけじゃないのがややこしい」

「ですわねぇ。……いえ、特別扱いされないというのは寧ろ特別な扱いというものなのでは?」

「そこは微妙。私の部屋に来る時も似たようなものだから」

「なるほど家族判定……いえ、それだと私達は家族認定されていない……?」

「人の部屋の襖を勝手に中の人の許可も取らずに開けるような奴ら相手の対応ってだけなんだが???」

「……なるほど、デリカシーが無いのは逆だった、というオチですわね」

「むぅ、AUTOからの視線が生暖かいものに……」

 

 



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乙女の部屋、それは進入禁止の園(適当)

「そうこう言ってるうちにAUTOさんの部屋まで来ちゃったわけだけど……大丈夫?俺が入ったら即座に放り出されたりしない?」

「どれだけ自身のことを卑下していますの貴方様……」

 

 

 どれだけって……そりゃまぁ、状況だけ見たら世の中の男子達に憎しみで殺されそうなラインと言うか?

 いやまぁ、実態としてはみんな問題児なので役得なんぞなんもないし、役得とかを望もうとするのがそもそも不純なのであれなのだが。

 

 ……とはいえ、問題児の中でも基本的には優等生側に割り振られるAUTOさんに関しては、そういうやっかみを受けても仕方ない感はあるというか。

 

 

「……口説いてるんですの、それ」

捕まるんで勘弁してください

やっぱり貴方様一度捕まった方がよろしいかと

なんでぇ!?

 

 

 いや確かに言い出したの俺だけども。

 などと、なんとも微妙なやり取りを行いつつ部屋の中へ。

 

 彼女が我が家にいる時、かつその中でも居間にいない時という限られたタイミングでしか使われることのないその部屋は、基本的には彼女の荷物置き場として利用されている。

 そのため、内部はほとんどモノのない、いささか殺風景な部屋と化していたのだった。

 

 

「そういう意味では、私の部屋に飾りなどを置いておくのが一番丸い、ということになるのでしょうか?」

「そうかも知れんけど、なんというかこうこの部屋にダンボールとか置くのは憚られるというか……」

「年頃の女子の部屋ってより、ろくに家に戻らない中年男性の部屋って感じになりそうだもんなー」

「……それは……色々と体裁的に嫌ですわね……」

 

 

 そんな殺風景さ・かつモノの少なさは確かに要らないものを置いておく場所としては最適、と言えるのかも知れない。

 だがそれは同時に、この部屋をAUTOさんが利用する機会がますます減るとか、はたまた彼女らしからぬ空間に拍車をかけるとか、そういった負の面も加速させるわけで……。

 その事が言及されると、流石に彼女もこのままは不味い、と思い出したのか少し言い淀んでいたのだった。

 

 ……え?後ろでTASさんが「別に誰かに見せるものでもないのだからいいのでは?」みたいな顔をしている?

 そういう時はスルーしましょう。迂闊に触れると思わぬ攻撃を受けますよ(一敗)

 

 ともかく、年頃の女子校生らしからぬ部屋の内装に疑問を持って欲しい、というこちらの願いは正しく受理されたわけである。

 ……わけなんだけども……。

 

 

「お恥ずかしながら……自身の思うように部屋を整えると、基本こうなってしまうのです」

「……あれ?思ったより話が重大かもしれないぞ?」

 

 

 この状況がよろしくない、ということに理解は及ぶらしいのだが、本人的にはこれでも頑張っている方なのだ、となんとも言い難い返答が。

 予想外の言葉に一瞬驚くが、ここで彼女のあだ名……もとい呼び方を改めて思い出すことに。

 

 ……うん、AUTOさんってばその性質上、ルールに則った行動を自然としてしまう人じゃん。

 で、こういう部屋の飾りつけってそういったルールからは外れたもの──言い換えると必要性の薄いものとも言える。

 

 ってことはつまり、普段通りにしていると自然とミニマリストになってしまうのがAUTOさん……ってことになるのだ。んなアホな。

 

 

「アホとはなんですかアホとは。……一応、こうなるのは部屋の内装についてだけ、ですのよ?」

「なる、ほど?」

 

 

 ……ふむ。

 AUTOさんが言うところによると、例えば普段の私服などに関して適用されるルールというのは、いわゆる『同年代の若者』の思う良いもの……みたいな感じになっているのだとか。

 それも、『それに従うと簡単・ないし楽』みたいな感じであり、逆らおうと思えば逆らうことは可能だと。

 

 これは、服装に伴うルールと言うものが意外と多岐に渡るからだろう、とのこと。

 例えば制服ならば学校や職場のルールに定められるが、私服を規定するようなものは基本存在しない。

 公序良俗に逆らうようなものでなければ大抵の格好は許して貰えるのだから、当たり前といえば当たり前だが。

 

 これが外国になると宗教的・環境的な話から『肌を出してはいけない』となったり、はたまた温度や気候の問題から『特定の服装でなければならない』みたいな制約が掛かることもあるらしい。

 同じノリで日本でも季節による服装の変化、みたいなものは定められているため、それに逆らうような服装を取り辛い……みたいな判定はあるようだ。

 

 それに対して部屋の内装というのは、基本的になんのルールも規範もない。

 強いていうならばいたずらに家を傷付けるものではない、くらいはあるかもしれないが……それ以外は自由。

 基本的に最適解を辿り続けられる彼女にとって、ルールによって定められた最適のない部屋の内装というのは、言ってしまえばかなり面倒な部類に当たるとのことであった。

 

 

「テーマを定めてそれに沿うように、みたいなことはできるのですけれどね。和風にするとか、洋風にするとか」

「逆にいうと、完全に好きにしてと言われると困ると?」

「……ええと、普段の私が私ですので……ルールがないなどと言われると、とんでもないことを始めそうな予感があると申しましょうか……」

「とんでもないこと……???」

 

 

 いや、何をするつもりなんだこの子。

 

 身を捩らせなにやら変なトリップをし始めた彼女に、思わず『この子も大抵問題児だったんやなぁ』などといささか失礼な感想を抱いてしまう俺なのであった……。

 

 



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かってな改造、ダメしけぇ!(略して『かだけ』)

「参考までに聞きたいんだけど、仮に本当に何しても怒らないって前提なら何をしようと思ってたの?」

「そうですわね……とりあえず太鼓をお一つ。大きいのを置いておきたいですわね」

「!?」

「頬を赤らめるような話なのかそれって」

 

 

 

;・A・

 

 

 

 人は見掛けによらない……というのとは違うような気もするが、ともかくAUTOさんが部屋を作るのが苦手、ということがわかった俺達は、とりあえずその辺の話は放置することに決めた。

 正直扱いきれる話ではないとしか言いようがないので、無念のスルーというわけである。

 

 で、物置云々に関しても今のところ保留。

 確かにスペースの有効活用的にはベストだが、そのためにAUTOさんの女子的尊厳まで犠牲にする必要はないだろう……という判断である。

 深掘りするとさっきの話に舞い戻るので、終わるまで放置だ。

 

 ってなわけで、さくっと掃除を終わらせ部屋の外に出た俺達は、問題のCHEATちゃんの部屋へと向かっていたのだった。

 

 

「いや、最初から思ってたけど普通に失礼じゃね?なんで私の部屋が汚いこと前提なんだよ!?」

「いやまぁ、いわゆる汚部屋だとは思ってないけど……多分一番この家の中で物が多いのは君の部屋、ってのは間違ってないと思うんだけど」

「うぐっ」

 

 

 さっきのAUTOさんの部屋が『何もない部屋』ならば、その正反対に当たるのがCHEATちゃんの部屋だ。

 一人で借りていた配信用の部屋を引き払ってきた彼女は、そこにあった機材やら何やらを全部この家の自身の部屋に設置し直したのである。

 

 まぁ、彼女の職業の一つが配信者(Tuber)であること、およびそれを自身の両親には隠してるっぽいことから、わざわざうちに来たあと向こうに行く、というのは二度手間以外の何物でもないのも確かなわけなのだが。

 

 

「……でも、そのせいですっかりこっちでもそっちの言動がデフォになったよね」

「人に声小さいだなんだと文句を付けてきてたのはどの口だ?この口だこのヤロー!!」

「あでででで」

 

 

 なお、そのせいというかおかげというか、CHEATちゃんはすっかり派手(配信者)モードの方がデフォになってしまっている。

 流石に配信外で例のレトロゲームを左右に浮かしていることは稀だが、派手な髪色のまま行動するのがほとんどである、ということは間違いあるまい。

 

 結果、彼女の言動はすっかりふてぶてしいものに変化してしまった、というわけなのであった。

 

 

「まぁ、そのままだとROUTEさんとの口調被りの危機、だったわけだが」

「うっせー。……比較的言動を柔らかめにしたから、なんとなくわかるでしょうが」

 

 

 まぁ、一時期は彼女だけだった口が悪いキャラが、さらに口の悪いROUTEさんによって塗り替えられてしまったため、一瞬キャラ付けの危機と化したりもしたのだが。

 ……あれだ、口調の悪い子供とガラの悪い大人の違い、というか。

 

 その辺、流石に昔の地味モードに戻るのは憚られたのか、こうして彼女はちょっと違う方向性の口の悪さを発掘しようとしているわけだけど……ツッコミ過ぎると攻撃されるのでこの辺りにしておこう、ということで。

 いい加減、彼女の部屋にもたどり着いたので、本題である大掃除を行っていこうと思う。

 

 

「……うーん、やっぱり物が多い……」

「機材以外にも色々と置いていらっしゃるのは、やはり配信でできることを増やす目的、ということですの?」

「それもあるけど、単に改造用に集めたパーツ取り用のやつとかもなくはない……かも」

「なるほど頭の横のゲーム機……」

 

 

 彼女の部屋の内部は、思った以上に整理整頓されていた。

 ……いたのだが、それでもなお物が多すぎた。

 スチールラックにプラスチックケースで仕分けされたさまざまな物品が転がっているその様は、本人の几帳面な性格が滲み出ていると言っても過言ではない。

 それと同時に女の子の部屋って感じがまったくしない。どこの資材置場だここは?

 

 

「置かれているものも見方を変えれば部品の山。……まさに資材置場、女子力ゼロの現場ということ」<ドヤッ

「なんでドヤ顔なんだよ……っていうか、別に配信の時はちゃんとしてるからいいんだよぅ」

「カーテンが可愛らしい柄なのは、後ろの武骨すぎる物品達を隠すため……ということですわね」

 

 

 あとは、配信の時に背景として使う……みたいな?

 室内の天井に増設された、部屋を真っ二つに分けるようにして広がるカーテンの意図を理解し、なんというか地味に小賢しいな……とかなんとか思ってしまう俺であった。

 というか、見た目が可愛いなら背景が武骨でも問題無さそうだが。ギャップ萌えとかあれで。

 

 

「私は萌えで売ってんじゃないの!腕前で売ってるんだからそういうのはノーセンキュー!」

「腕前」<ドッ

「キェーッ!!ワラウンジャネェー!!!」

(久方ぶりの発狂ですわね……)

 

 

 そんなことを彼女に告げたところ、本人的にはあくまでゲームの腕前で勝負している、という主張が返ってきたのだった。

 ……TASさんが鼻で笑ったせいで掃除が滞りまくったのは言うまでもない。

 

 



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綺麗なお姉さんと言えば汚部屋である()

「いらない機械は粗大ごみ、それ以外は綺麗に整頓……って感じだけど、元がそんなに散らかってなかったからさっさと終わったのは僥倖だったな……」

「基本的にはワイパーで埃を落とす、位で済みましたものね」

 

 

 途中大騒ぎしたものの、掃除そのものに大した問題は発生せず。

 きっかり一時間ほどでCHEATちゃんの部屋を掃除し終えた俺達は、そのまま次の部屋へと移動。

 

 次なる目的地は最後の臨時部屋・MODさんのところになるのだけど……何故か本人が部屋の前で仁王立ちしていた。

 それもこう、なんか沈黙しながら船とか沈没させそうな見た目で。

 

 

「……ええと、なにしてるんです?」

「ここから先は進入禁止だ。とっとと帰っておねんねしな」

「…………TASさん」

「へい、通り抜け隠し扉ー」

「ああ止めて!?悪かった私が悪かった謝るから勝手に入るのだけは勘弁してくれないか!?」

 

 

 その威圧感たるや凄まじいものだったが……所詮は威圧感だけなので問題なし。

 ……いや、今だと見た目から想定されるスペックくらいは普通に発揮できるんだっけ?まぁどちらにせよTASさんがいるんで関係はないが。

 

 無論、彼女の妨害が正当なものであるならば、こんなことするつもりはなかったのだけれど……どう考えてもなにかしら都合の悪いこと(かつ、バレたら怒られること)を隠しているムーヴだったため、強行突破の姿勢である。

 ……てなわけで脇を抜けようとしたらMODさんが瓦解した。

 なんでもいいけど強面成人男性の姿で泣き付かれてもキモいと言うか怖いだけと言うか。

 

 

「酷い!確かに私もこんなむくつけき大男が泣き付いてきたら思わず振り払うけど!」

「言いながら腰にすがりついて動きを阻害するのは止めません?」

 

 

 暗に駄々っ子かお主は、という意味を込めるも返ってくるのは反省の気配のない表情(てへぺろ)のみ。

 …………。

 

 

「TASさん、ゴー!」

「一度部屋の扉を蹴破って見たかった(ドロップキックの体勢で高速飛行しながら)」

「あ゛ー!!?」

 

 

 判決、死刑!

 ……ってなわけで、最終鬼畜突貫兵器多数(TAS)によるガサ入れ開始である。

 なお、内部は案の定の汚部屋であった。

 

 

「こ れ は ひ ど い」

「何がどうなればこんなことに……」

「いやそのこれには深いわけがあってだね?そもそも私の本職ってスパイだろう?ってことはそもそも本来の家に戻る、みたいなこと自体が数少ないから結果的にこの場所が隠れ家とか中継地点とかそういう扱いになるのは必然的。でそこで食事やら風呂やらもたまに入ってたりするから着替えやら教科書やらもここに置いておいた方が楽なわけで、でも掃除や選択するほど時間があるわけでもないから毎週一回にまとめて終わらせるようにしていて……」

「一つツッコミいいですか?」

「なにかな?」

「年頃の少女が一週間に一度しか洗濯物出さないのどうかと思います」

「ぐはっ!!?」

 

 

 うん、AUTOさんとは別方向に女子力足りてないというか。

 いや、あくまで部屋の内装が下手ってだけの彼女と比べると、あからさまな女子力低下の傾向が見られるMODさんの方が遥かにヤバイと言うか?

 

 そう告げると、彼女は血を吐き出し倒れ伏したのだった。

 ……うーんこの。

 

 

 

;´・A・

 

 

 

 はてさて、死んだMODさんの再起動を待っていては終わらないため、ある程度の大雑把な片付けを他の面々に任せ外で待つことにした俺。

 ……え?なんで最初から一緒に片付けないのかって?

 察せ、汚部屋と言っても相手は女性のそれなんだ。

 

 ……つくづく思うのだが、男女は時々互いの感性の違いをあれこれと問題提起するけど、大雑把に見れば大して変わらないことしてないだろうか?

 女性だから目こぼしされる部分、男性だから目こぼしされる部分があるというだけで、結局根幹部分は大差ないというか。

 まぁ、詳しく語り出すとあれこれ問題になりそうなので、一つだけ。……男性が肌着をほったらかしにしてたら汚いだけだが、同じ事を女性がしてたらそれをみた男性側が責められるの理不尽だと思います(真顔)

 

 

「ああまぁ、その辺りは仕方ないねぇ。仕方なさすぎて最近はあれこれ見直されているような気もするけど」

「おっと復活しましたかMODさん」

「何時までも死んでもいられないからね……いやしかし、確かに着替えを多く用意しているとはいえ、洗濯を一週に一度にするのは確かにあれだったね」

「全部無地の白いやつばっかだった、ってTASさんが言ってますけど?」

「そっちの方が色々楽だからね、MOD的に」

「ああなるほど……」

 

 

 着ている服にMODを適用しているようなもの、というわけか。

 ……正確には全体ごとまとめて変更される辺り、『服を着ていること』自体が重要視されているだけのようだが……どっちにせよ年頃の女性の部屋から出てくるようなものではない、というのは確かだろう。

 

 

「一応ちゃんとした服も持ってるよ?いつぞやか君と一緒に出掛けた時のやつとか」

「逆になんで?あの時確か見た目も違ったでしょうに」

「MODで代用すると脱げないんだよね。全部合わせて一セットだから」

「なるほ……脱ぐ必要性があると?!

「はははは」

 

 

 いや、単にあの姿で泳ごうとしたりすると面倒ってだけだけどね、と笑うMODさんであった。

 

 



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年の瀬に除夜の鐘を聞きながら

「なんやかんや掃除も終わってよかったねぇ」

「普段からこちらに寝泊まりされている方達は、原則部屋の片付けをいつも行っていたみたいですからね」

 

 

 あのあと、大まかに片付け終わったという中の面々の声を聞いて内部に舞い戻り、さくっと掃除を終わらせた俺(と、MODさん)。

 そのあと他の面々の部屋にも顔を出してみたが……ダミ子さんが例外だっただけで、基本的にみんなきちんと部屋を整理整頓していたため特に問題は発生しなかったのだった。

 

 まぁ、問題がなかった代わりに、TASさんの部屋でちょっとした問答が発生したわけなのだが。

 と言っても変な話ではなく……。

 

 

「……TASの部屋が、」

「思いの外ファンシー!?ですわ!?」

「お兄さん、失礼なこの二人を叩き出してもいいかな?」

「いやまぁほら、二人はというか他の面々もここには入ったことないし、そもそも趣味についても知らないだろうから……」

「TASの趣味……?」

「TASではありませんの……?」

「それは生きざま。趣味とはちょっと違う」

「はぁ……?」

 

 

 いやまぁ、そっちも趣味でいいと思うけどねお兄さんは。

 命賭けてるっていう気迫部分の差はあれど、どっちも嫌々やってるわけではないのだし。

 

 ……というわけで、二人がTASさんの部屋で何を見たのかと言えば。

 この面々の中では唯一にして至極真っ当な『普通の思春期の少女』の部屋とおぼしき物が眼前に広がっていた、というわけである。

 その真っ当さたるや、いつぞやかのフリマで隠しフラグまで立てて購入した『クマ五郎』がやぁ、とでも挨拶して来そうなほど。

 ……え?例えがわかり辛い?大きなくまのぬいぐるみを飾ってても違和感ないくらいに、女の子女の子してる部屋ってことだよ。

 

 まさかTASさんに負けるとは思ってなかったのか、半開きの口をパクパクさせながら部屋を見渡すCHEATちゃん&AUTOさんである。

 ……ついでに、唐突な大声になんだなんだと寄ってきたMODさんとダミ子さんの二人が、あまりに真っ当な女の子の部屋が放つ輝きに焼き尽くされていたりもしたが余談である。

 

 で、なんでこんなことになっているのかと言うと、そこに彼女の趣味が関わってくるわけで。

 

 

「ぬいぐるみ集め、ですの?」

「ここにあるのはほんの一部。とある場所に一部屋借りて作ってるやつだと、こんな感じ」<スマホスイスイ

「……なんか、すごいことになってる……」

「一面に鎮座するぬいぐるみ達の楽園……とでも呼べばいいのでしょうか?」

 

 

 その趣味と言うのが、大小珍しさを問わない様々なぬいぐるみの収集、である。

 

 この部屋に置いてあるのはお気に入りの一部で、とある場所に彼女が個人的に借りている部屋には、今ここにあるぬいぐるみの数倍以上が保管されている。

 TASさんは時々ワープを使ってそちらに向かい、追記数の削減のためフル稼働している脳を休めたりしているのだそうだ。

 

 まぁ、とは言ってもそれも月に一度くらいの話なのだが。

 頻繁に接種しすぎると精神力の回復度合いが下がる、とかだっけ?

 よくわからんがありがたみが減る、みたいな話だろう。

 

 なお、意外なところで女子力を見せ付けたTASさんの次に女子力増し増しだったのは、みんなのオカン()DMさんだったことをここに記しておく。

 

 

(わし)とこいつ、一応同一神物のはずなんだが……何がどうなればこうなるのだ?』

「~♪」(解れたエプロンを補修しながら鼻唄を歌っている)

 

 

 

・∀・

 

 

 

「……お、そろそろか。年越し蕎麦できたからみんな食べなー」

「はーい」

 

 

 はてさて、日付は進んで大晦日。

 今年のうちにやっておかないといけないことは全て終了し、あとはもうカウントダウンを待つだけ……みたいな状況。

 俺達は居間に集まって、年末の番組を見ながら年越しを待っていたのだった。

 いやまぁ、俺とDMさんは年越し蕎麦の準備をしていたんだけどね?

 

 朝の内から準備していたおせちの方も完成し、しばらくコンロの火を使うこともないだろう。

 流石に洗い物はするけど、用事としてはそれくらいになるはずだ……などと思いながら、DMさんと手分けして人数分のそばをお盆に乗せて運んでいく。

 

 

「ん、シンプルイズザベストなお蕎麦」

「海老とそばだけってのも乙なもんだろ?」

「海老うまうま」

「ああCHEATさん、急いで食べすぎですわよ……」

「んんん、拭わなくてもいいってば……」

『……年末番組とやらは、なんというかつまらんのー』

「基本的には無難な内容に終始するもんだからな。その辺り、海外とこの国との年越しへの意識の差、みたいなもんなのかもしれねぇが」

「あー確かに。海外だと派手に祝う感じだけど、日本のそれって厳かに迎えるものってイメージがあるよね」

「私は好きですけどね、こういう静かな年末も」

「なんでもいいですぅ……今年も色々ありすぎたですぅ……」

 

 

 結構な大所帯となった我が家を見回していると、自然と目があったのはTASさん。

 思えば、彼女と出会ってから色々あったが──こうして騒がしいのが楽しい、と思える程度にはなったというか。

 

 そんなことを思いながら、俺は彼女に今年最後の挨拶を投げ掛ける。

 

 

「今年もお疲れさまでした」

「お疲れさまでした。来年はもっと追記を減らす」<フンス

「来年の抱負ってことなのかもだけど、それいつものことでは?」

「そうだけど、それでも……だよ」

「そっか。ならまぁ、頑張って」

「ん」

 

 

 今年も残り四時間ほど。

 来年も良い歳でありますように、と願いながら俺は蕎麦を啜るのであった──。

 

 



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新年だよ!全員集合!

「そういうわけで、みんなにお年玉を渡したいと思う」

「なるほど?」

 

 

 さて、新年に入って早十数時間。

 お昼ご飯にレンチンしたお雑煮を食べ、腹ごしらえをしたところで早速の今年初めのイベントである。

 

 都合同年代であるダミ子さん、および実は年上だったROUTEさんの二人は除くとして、他の面々にはお年玉を渡す義務があると言っても過言ではないかもしれないし過言かもしれない。

 

 

「いやどっちだよ」

「どっちでもある。それを見極めるために君達にはゲームをして貰おうと思う」

「……?新年早々デスゲーム?」

「なんでTASさんは一々発想が物騒なの?普通のゲームだよ普通の」

 

 

 というか俺がデスゲーム主催しても、普通に主催者撃破されて終わると思うの。

 

 ……とまぁ、そんな依田話はどうでもよくて、今回彼女達にやって貰うゲームはこちら。落ちもの系ゲームである。

 

 

「……なんの変哲もない、普通のゲームですわね」

「なるほど、これを使って決めると。……具体的にはどうやって?」

「そりゃ勿論、勝った子にあげるよ?」

「え、自殺志願者?」

「酷い言われようだ……」

 

 

 出されたゲームを見て、困惑する一同。

 勝ったらあげる、という文脈からそちらが勝てないようなゲームを持ち出してくると思ったのだろうが、出てきたのは逆にこっちが普通に負けそうなゲームだった、と。

 そりゃまぁ、思わず何言ってるのこの人、みたいな気分になるのはわからないでもない。

 

 そんな面々をまぁまぁ、と説得してテレビの前に座らせる俺である。

 

 

「ルールは至って単純、勝ったら勝ち。それだけ」

「ええー、あまりにも簡単すぎる……貰える金額が少ないとかそういうあれ?」

「いんや?スコア分あげよう」

無茶苦茶言い出したんだけどこの人!?

「それ、場合によっては破産するやつなのでは……?」

「いやいや、負けなきゃ問題ないし。あ、一つだけ追加ルールね。()()()()()()()()。その人が持てる全力でやりましょう。それ以外は求めないよ」

「ますます自殺志願者に聞こえてきたんだけど……」

 

 

 で、その場でルールを伝えたらマジかこいつ、みたいな顔をされた。マジですが何か?

 

 よもや君達がここまできて尻込みしているわけでもないだろう、とも付け加えれば流石に空気も変わってくる。

 新年早々虚仮にされている、と言われても仕方のない状況に少々カチンと来た、という感じだろうか?

 いい調子なので、ついでにお金の心配をする必要はない、とも付け加えておく。

 

 

「何せCHEATちゃんの配信料の幾つかが懐に入ってるからね!」

ア゛ーッ!!?ソウイエバソウジャンヤロウブッコロシテヤルゥー!!

「はっはっはっ、やれるものならやってみたまえ」

 

 

 見事に挑発に乗ったCHEATちゃんを対戦相手に、早速ゲームスタート。

 自慢じゃないが俺はこういうゲームが()()()()()()

 

 

「付くほど?」

「苦手だ!」

「何言ってるんですのこの人!?」

ハッハッハッ!!シッタコッチャネェヤロウブッコロシテヤラァー!!

「CHEATさんも何言ってますの!?」

 

 

 まぁ、別に得意だからといって彼女達に挑むのが無謀、というのは変わらないのだが。

 だって生身の人間がライオンに勝てるかっていう感じだし。

 

 ──ここまで言えば、何か細工でもしてあるのだろう、と思う人もいるはずであるが、誓って言うけどゲームには何もない。

 普通に普通の──正規品のただの落ちものゲームである。

 というか、こういうのをどうにかしようとするならそもそもCHEATちゃんに頼まなきゃいけないわけで、その時点で話が成立してないというか。

 

 

「そうこう言ってるうちに俺の画面がお邪魔アイテムで埋まってきたでござる」

「言ってる場合ですの!?いえまぁ別に貴方様が負けようが勝とうがどうでもいいですけれど!」

「(ツンデレか何か?)まぁうん、この状況なら俺の敗けだよねー」

ナンダァモウアキラメルノカヨ?ダッタラワタシノカチハキマッタヨウナモンダゼェー!!

「──だから、こうなる」

ヒョ?

 

 

 なので、この場で気付くべきだったのは、『デスゲーム』云々の発言以降黙りこくったTASさんの様子。

 こういう話に真っ先に飛び乗ってきそうな彼女が何故か大人しく座ってる、というところに今回の種があるわけで。

 

 さっきまでの勢いが嘘のように、TASさんの方を見つめるCHEATちゃん。

 嘘だよな、とでも言いたげなその瞳は今や涙目手前であるが、その程度でTASさんが止まるのなら()べて世は事もなく、となるはずなので。

 

 

「──ちぇんじー」

ヌワーッ!!?

 

 

 続いて呟かれた彼女の言葉に、CHEATちゃんは今回のからくりを理解したのだった。

 ……そう、いつの間にか 持ってたコントローラーが 入れ替わってる!

 

 彼女の画面となったそちら側は、さっきまでの彼女自身の猛攻により風前の灯火。

 なんなら限られた画面にあるお邪魔アイテムではない部分も、色が疎らで「わぁキレイ」、とかとぼけたくなってくる始末。

 ……これが俺の全力だ、笑えよCHEAT。

 

 そんな言葉が聞こえたのかどうかは定かではないが、CHEATちゃんは全てを諦めるように目蓋を閉じ──、

 

 

フッザケンナコノクソガァー!!

いでぇ

 

 

 持っていたコントローラーをこっちに投げてきたのだった。

 ……暴力反対ー。

 

 



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急激な方向性の変化。それこそが私を強くする(by TAS)

「というわけで、今回の遊びは『チキチキ暴走パズルSOS~TASさんの罠!~』でしたー」

「真っ当な話ではないと途中から気付いてはいましたが……また無駄に凝ったことを……」

 

 

 そうかな、基本的には普通の落ちものゲーだと思うけど。

 いえそれ市販のものじゃないでしょうに。

 バレたか。

 

 ……そんな感じのやり取りのあと、改めてルール説明。

 さっきは意図的に省いていたが、今回勝たないといけないのは()()()である。

 

 

「……だったらさっきのでいいんじゃねーのか?」

「話は最後まで聞きましょう。俺が()()勝ったならそれでよし、無理そうだったら勝利条件と優劣がTASさんによって入れ換えられるってわけ」

「と、言いますと……」

「あの場合勝利条件も引っくり返ってるから()()()()()()()()()()そっちの勝ち、ってこと」

「なんと面倒な……」

 

 

 感覚的には折り返し型の競争、みたいな感じか。

 ただし折り返しの判定は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいな。

 凄まじいまでのハンデを付けたまま、かつ長い距離を走らされる方は再度同じ距離を走らなければならず。

 体力も減ったままであるため、計算式の上では両者同じタイミングにゴールに戻ってくるはずだが……実際にはそうはならないだろう。

 

 つまり、この勝負を勝とうとするとどう足掻いても俺の挙動に注視する必要が出てくるのである。

 

 

「最初に本気でやるように(手を抜くのはなし)って言ってたけど、俺は全力でやって()()だからね。つまり通常の勝利条件である『俺が勝つ』はまず満たせない。さらに入れ換えタイミングはTASさんに委任してるからほぼ確実に俺でも勝てるようなタイミングでの入れ換え──そっちの勝利目前での入れ換えになる」

「いや、それ勝負の面で勝つの無理がないかい?」

「そう?じゃあこう言い換えよう。形式が俺を使ってるってだけで、実はこれTASさんからの挑戦状なんだって」

「……なに?」

 

 

 そしてこの勝負の一番のポイントは、実のところTASさんが俺をコントローラー代わりにしているに等しい、というところ。

 言い換えると『君達なんてお兄さん越しでも勝てますよ?』ということである。

 

 

「…………」

(さっきとは別方向に空気が歪み始めたな……)

「負けても別に何か不都合があるわけでもない。にも関わらず私からの挑戦を避ける人なんていない、よね?」

「上等ですわ……その思い上がりを正して見せましょう」

「AUTOさぁん?!なんで挑発に乗ってるんですかぁ!?」

「時には乗らねばならぬものもあるのです!」

 

 

 うーん、見事な釣れっぷり。

 ……ともかく、AUTOさんがCHEATちゃんに変わってコントローラーを握ったことは事実。

 そしてそれは恐らく、何かしらの勝ち筋を見つけたからだろうということも間違いではあるまい。

 

 うん、AUTOさんが感情に任せて行動なんてするかよ、みたいな?まさかCHEATちゃんじゃあるまいし。

 ……CHEATちゃんがなんかすごい眼差しを向けてくるのはスルーして、ともかくAUTOさんが動いたのは先程の説明から何か隙を見つけたのだろう、ということは間違いない。

 

 そこまで悟った上で、特に俺は対処をしない。

 そもそもやろうと思ってもできないからね、仕方ないね!

 

 ってなわけで、とりあえずコントローラーを握り直して試合再開。

 画面の中を再び元気よく下降し始めたパズル達は、AUTOさんの方は淀みなく、俺の方はがったがたに組み上げられて行くのだった。

 

 

(恐らく、この試合形式において考慮すべきはやはり彼のプレイ力の低さ。パズル系ゲームに共通する定石にすら明るくない彼ならば、例え使えば必ず勝てる……というような道筋を置いておいたとしても、それが理解し辛いものであるならば見逃してしまうはず。具体的には過重や時間差ですが、問題はその辺りを指してTASさんが『勝っている』と相対評価してくれるかの方……)

(何事かを考えているAUTOに気付かず必死でパズルを組んでる顔)

 

 

 いや、何回か試走したけども。

 やっぱこのゲームわからん、横のAUTOさんは軽快にコンボを組んでるみたいだけど、俺の方はなんか変なことになってるとしか思えねぇ。

 お邪魔アイテムがそこらに転がってるし、色んなところに色ブロック転がってるし。

 

 

(……?想定ではこの辺りで変わるはず、TASさんは何を……は!?)

(あれ、AUTOさんがなんかすごい驚いた顔をしてるぞ?なんでだ?)

(な、なんという!今私は答えを述べていたではないですか!()()()()()()()()()()()()()()()()()、と!)

 

 

 そのまま、何事もなくAUTOさんが勝ってしまったのだが……あれ?入れ換えは?

 俺普通に負けたんだけど、これどっち判定なので?

 

 そんな疑問を滲ませながらTASさんを見たところ、彼女は呑気な声でこう告げたのだった。

 

 

「AUTOの負けー」

「なん……だと……???」

 

 



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なんというややこしい勝利条件

「これは……中々見極めが難しいですわね……」

「え、なんで今の入れ替わらなかったの?」

 

 

 はてさて、勝敗を告げたTASさんとAUTOさんの二人だけが何やら納得を示し、それ以外の面々がなんのこっちゃ、みたいな顔をしているわけだが……そのうちの一人、ROUTEさんが何かに気付いたような表情を見せたのだった。

 

 

「……まさかと思うが、今の試合そっちに勝ち筋が残ってたのか?」

「え?」

「ROUTE正解。今の対戦はお兄さんに勝ち筋があった。だから入れ換えは発生せず、そのまま勝ってしまったAUTOの負け」

「え、ええ!?」

 

 

 そうして語った内容は、今しがたの勝負に俺の勝ち筋があった、というなんとも信じがたいもの。

 ……本人が首を捻るような内容だったのにあれで勝てたとは如何に。

 

 

「信じてないみたいだからリプレイ」

「うわっ!?TASさんが指パッチンしたらゲームが早戻りし始めた!?」

 

 

 そんな周囲の疑問を晴らすため、TASさんが行ったのは先程の盤面の検証。

 彼女の合図を受けて画面が早戻りしていき……結果、そのままAUTOさんが勝ってしまったタイミングの一手手前、くらいの状態が写し出される。

 

 ……素人目には、ここから勝てる道筋なんて見えないんだけど……。

 

 

「ここ。お兄さんがぐるぐるブロックを回して無駄に遅延してたけど、これがここにこうして嵌まると……」

「おっ?お邪魔アイテムが消えて……んん!?」

 

 

 TASさんが俺の手の中のコントローラーをやんわりと奪い取って、そのまま操作をする。

 画面内のブロックは淀みなく目的の場所に移動して行き──結果、そこで他の色と揃って周囲のお邪魔アイテムを消滅させる。

 するとどうだろう、お邪魔アイテムによって分断されていたブロック達が繋がり、規定量揃ったのでそのまま消えてさらに分断されていたブロックを繋げ……。

 

 

「とまぁ、こんな感じ。一手で綺麗にひっくり返った」

「お、おお~……」

 

 

 最終的に、AUTOさん側の画面はさっきまでの俺の画面の如く、お邪魔アイテムまみれになって勝ち筋が一切見えない状態になっていたのだった。

 

 

「……なるほど、遅延(ブロック回し)のせいでAUTO側の起爆が間に合ったけど、そうじゃなけりゃ一手足りずに負けてたってわけか」

「そう。だからあそこでAUTOがすべきだったのは、お兄さんに対して『遅延は男らしくない』とかなんとか言ってブロック回しを止めさせることだった」

「相手の画面を見ていたつもりではありましたが……ご自身で起爆できないものは勝ち筋として見てなかったのは確か、ということかもしれませんわね……」

「まぁ、AUTOの場合相手の盤面と相手の行動の掌握まで踏まえると大変、っていうのも確かだけど」

 

 

 ……なるほど、俺の行為まで操作しようとするとAUTOさんのタスクオーバー関係の話に引っ掛かる、と。

 

 生憎その部分くらいしかわからなかったが、ともかく今の場面では俺の勝ち筋の存在ゆえに盤面(コントローラー)の入れ換えが起きなかった、ということになるのは確かだろう。

 それを読みきれなかったAUTOさんは、そのまま普通に勝ってしまい試合に勝って勝負に負けた、と。

 いやまぁ、基本的に無茶苦茶やってただけの俺の動きを読め、ないし誘導しろというのは無理があるとも思うのだけど。

 

 

「でもそれくらいできないと今回は勝てない」

「ですわね。……そういうわけですので、私はここでおしまいです。他の方に後はお任せ致しますわ」

 

 

 はぁ、と小さいため息を吐きながらAUTOさんがテレビの前から離れていく。

 基本的には一回しか挑めないモノであるため、他の人に任せるということなのだろう。

 

 ……が、他の面々は互いに顔を見合せ困惑するばかり。

 最初の二人がなんやかんやでこの面々の中ではトップクラスに勝てるはずだったこと、この試合形式が意外と難しいモノであることに気付いたせいだろう。

 俺だって、当初この話を受けた時のイメージからはかけ離れているような気がするし。

 

 

「そうなんですぅ?」

「いやだって、試しにTASさんと試合内容調整してた時は滅茶苦茶普通に対応されたし……」

(そいつ基準で調整したのが間違いなんじゃねぇのか……?)

 

 

 うん、サクサク負けまくって全戦全敗って感じだったし。

 この分なら他の面々もさくっと勝つんじゃないかなぁ……と思ったんだけど、このままだと誰にもお年玉を渡さずじまいになりそうというか。

 いやまぁ、別にお年玉を渡したいってわけでもないんだけどさ?

 

 

「破産と隣り合わせだからね」

「破産?」

「はい、今回渡す予定のお年玉の金額」

「……桁がおかしくない?」

「その内何割かはCHEATちゃんの配信から貰ったものだけどね」

「……そう考えると私も大概稼いでるな?」

「私には勝ててないけど」<ドヤッ

「アンタに勝とうとするなら、私色々投げ捨てなきゃいけないし……」

 

 

 今回渡す予定のお年玉の金額を見せた結果、始まった不毛な(?)戦い。

 それはTASさんの不戦勝で終わったけど……いや、このゲームどうしようかね? 

 

 



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一人しかいないでしょ、勝てそうなの

 はてさて、その後の話だけど。

 

 渡す予定の金額を見て目の色を変えたダミ子さんが「私も参加してもいいですかぁ?」と言い出したため、同年代に集るなよと思いつつ参加を認めた結果、なんか意外といい勝負になったり。

 

 私もやるのですか?……と微妙な顔をしたDMさんとスタンドさんの二人組が、どことなく()()を感じさせたままコントローラーを握り──危うく普通に俺が勝ちそうにな(滅茶苦茶へっぽこだ)ったり。

 

 はたまた、MODさんがブロックに変身して場を誤魔化したりしつつ、時間は過ぎ去って行くのだった。

 

 

「……途中経過にツッコミ処が多いんだけど?」

「ダミ子は単に金に目が眩んだだけ。DM達は普通にお兄さんとタメをはるレベルで、落ちものゲーがヘタクソだった。そしてMODはそんなDM達の試合内容を見て試合放棄。何か問題あった?」

「問題しかなくないかなぁそれ???」

 

 

 後ろでは、先の三(+一)人の試合展開について、TASさんとCHEATちゃんが話し合ったりしていたが……うん、下手に上手い相手とやるより白熱してた気がするのは勘違いではあるまい。

 実力の近い相手の方が一進一退を生み、結果として盛り上がりを作る結果になる……ということなのだろうが、それにしてはTASさんの視線が生暖かいというか?

 

 ……あれだ、成猫の喧嘩は心臓に悪いが、子猫の喧嘩は微笑ましい……みたいなのと同じ空気を感じるというか。

 いやまぁ、TASさんから見たらみんな子猫みたいなもん、というのは何の間違いでもないとは思うんだけども。

 

 

「今回は失敗した。意外とみんな落ちものゲーに自信がなかったから、挑んでくる相手も少ないし。仮に勝負になっても、私の介入ポイントが少なすぎた」

「それはつまり、ヘタクソ過ぎて……ってこと?」

「うん(即答)」

あんまりですぅ……

『ヘタクソ云々の前に、ルールがわからんかったのでどうしようもない』

「うーんこの」

 

 

 結局まともな勝負になったのは前半二回のみ、ということか。

 そんな感じに残念そうな気配を漂わせるTASさんだが……勘違いしてはいけない。

 これは単なるアピールであり、チラチラと視線を(他に気付かれないような間隔で)向けている相手がいるのだ。

 

 ゲームの形式上本気を出しきれないAUTOさんと、ゲーム機本体への干渉を嫌がるCHEATちゃん。

 そんな二人に対してただ一人、この場で特に問題なく全力を出せ──恐らく、今回の試合形式に唯一対応できる存在。

 

 TASさんから熱いラブコールを受け続けるROUTEさんは、心底面倒臭そうな顔で画面を見続けていたのだった。

 ……関係ない・興味ないフリしてますけど、そろそろ諦めて貰えませんかね?TASさんの機嫌的に。

 

 

 

・v・

 

 

 

「……なんで俺がこんなことを」

「言外に禁煙をちらつかされたからですかね?」

「…………(なんでわかるんだこいつ、という顔)」

 

 

 はてさて、渋面を作りながらコントローラーを握るROUTEさんだが、参加する気ゼロだった彼女がこうしてここに座ったのには理由がある。

 

 それはズバリ、認知外でTASさんに脅されたから。

 顔色を読み取った限り……恐らく「あーROUTEが遊んでくれないなー酷いなーでも私は優しいので貴方の健康を考えた一年の目標(プログラム)を組んであげるね☆」とか言われたのだろう。

 ストレス解消にタバコを吸う、というのは喫煙者に共通のルーティーンだが、ある種望まぬままここに居続けている彼女にとって一日の終わりの喫煙タイムはまさに心のオアシス。

 そこを潰すと暗に言われれば、さしものROUTEさんも誘いに乗るしかないって寸法である。

 汚いなTAS、流石TAS汚い。

 

 

「……(んなこと考えてると後でキレられても知らねぇぞ、という顔)」

「(そもそも全部筒抜けですよ、という顔)」

「!?」

(もうちょっと観察したらこの方法も真似できそう。だからROUTEには頑張って貰いたい)

(マジか……)

 

 

 ……うん、TASさんが他人に強い興味を抱く時って、基本的にその相手が自身の成長の糧になってくれる相手だから、って部分が強いんだよね。

 無論、基本的に無辜の人々を傷付けようみたいな感覚は(積極的には)持ってないので、糧にならない(興味のない)ような相手に厳しい……なんてこともないのだけど。

 

 また、一度糧になった後は見捨てる、みたいなこともしない。

 後に成長し、彼女を刮目させるような新しい可能性を見出だすこともあるので、アフターケアもバッチリなのだ。

 ……いやまぁ、そんな打算めいたことを考えながら接しているわけではないだろうが。

 

 ともかく、今現在特に注目しているのが隠しキャラでありTASさんと同じ未来視能力者であるROUTEさん、ということは間違いあるまい。

 ゆえに、その本領を見る時を今か今かと待ち続けていただろうこともまた想像に難くなく、ゆえに端からROUTEさんに逃げ道(選択肢)は残されていなかった、という話になるのであった。

 

 ──なお、ROUTEさんはそれを悟って凄まじく苦い顔をしていた。強く生きて下さい……。

 

 



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酷い目にあっても一縷の希望があれば

 ROUTEさんと俺との試合は激戦を極めた。

 何故かと言えば、彼女相手にだけ追加ルールが加えられたからである。

 

 その内容は二つ、TASさんによるコントローラーの入れ換え回数が十回になること、およびお年玉の内容が変更になること。

 後者に関しては一瞬だけ他の面々(主にダミ子さん)からブーイングが上がったが……内容が『お金じゃなく外出許可証』に変化、というものであったためすぐに収まった。

 代わりに『なにそれ』とばかりに周囲が首を捻ったが……ROUTEさん本人だけは、それの意味に気が付いていた。

 

 その外出許可証には、期限が書かれていない。

 つまりこれは、この試合に勝てたのなら好きにして(どっか行っても)いい……という、TASさんからの挑戦状に等しいものだったのである。

 これが先程の禁煙云々より余程効いたようで、彼女はその身をかたかたと震わせながら「いいぜぇ……買ってやるよその喧嘩ァ……!!」と、凄惨な笑みを浮かべていたのだった。やだ怖い。

 

 実際に相対させられるのは俺なのだから、こういう状況を招くのは勘弁して欲しいところなのだが……生憎そんなROUTEさんの顔を見たTASさんも顔を輝かせていた(※当社比)ため、こちらとしては文句が言い辛いのであった。

 

 そんなこんなで始まったパズル対決、これは予想以上に至難を極めた。

 

 どうやらTASさん式の他者行動誘導システム?的なものを模倣した動きをROUTEさんも会得していたみたいで、個人的には適当にやってるのにパズルが揃うこと揃うこと。

 ……それもあくまで前半だけ、盤面の入れ換えが入ってからは極力こっちへの干渉は飛んでこなくなり、結果としてまったく揃わなくなる。

 そうすると再度入れ換えの判定が飛んで来た時に勝利条件が元に戻り、再び俺の方が揃うようになってまた入れ換えが発生して……とまぁ、正直まともにゲームができてる感じは全くなかった。

 感覚的にはシェイカーに入れられて上下にシェイクされてる、みたいなものと言うか。

 

 そんなこんなで試合は十分近いものとなり、入れ換えも十回目──予定された全てを使い果たし、勝利条件も最初の『俺がパズルで勝てば向こう(ROUTEさん)の勝ち』というものに戻ってくる。

 すなわち再び俺側のパズルがバカのように揃い始めるわけだが、だからといって相手側が揃わないわけでもない。

 自身の盤面も全力で揃える……という縛りが消えてない以上、互いに連鎖対決が始まるということであり、(盤面上は)凄まじく派手な応酬が繰り返され──、

 

 

「これで、どうだぁ!!」

「っ!」

 

 

 ボタンを殴り付けるかの如く強く押すROUTEさんと、それに一瞬息を呑むTASさん。

 ……なんか珍しいものが見えたな、と俺が他人事のように感想を抱く中、画面の中の互いの盤面はと言うと──、

 

 

「……僅差でROUTEさんの勝ち、というところでしょうか?」

「……いいや、引き分けだ」

「なんと?」

 

 

 俺の方に勝者の表示があることからわかる通り、勝利条件からすればROUTEさんの勝ち、ということになる。

 ……のだが、当のROUTEさんからは引き分けだ、との発言が。よくわからないが、何か彼女の中でキチンと勝った、と言えない何かがあったのかもしれない。

 

 だがそんなROUTEさんの様子など知らないとばかりにTASさんは彼女に近付き、商品である外出許可証を手渡したのだった。

 

 

「……いや、俺は勝ててない……」

「知ってる。だから期限付き」

「……………………ちっ」

 

 

 最初は受け取ろうとしなかった彼女は、TASさんの言葉を聞いて渋々、といった風にそれを受け取り、舌打ちを残しながら部屋の外へと出ていってしまう。

 

 いや、どういうこと?

 ……という視線をTASさんに向けるも、彼女は知らんぷりとばかりにそっぽを向き、そのまま先のROUTEさんと同じように部屋から出ていってしまう。

 残された俺達はというと、よくわからないとばかりに顔を見合わせることになるのだった……。

 

 

 

・A・

 

 

 

 そして、そんなことがあった三が日から早数日後の朝。

 

 いつものように起きた俺は、朝食の準備の為にキッチンに向かい──、

 

 

「……あれ?お早うございますROUTEさん。珍しく早いんですね」

「…………」

 

 

 そこで、椅子に座って腕を組み、目を伏せるROUTEさんと出会ったのだった。

 

 彼女は無言でそこに座っていたが、こちらの姿を確認すると目を開き、こちらに視線を向けてくる。

 その視線は、なんというかジトッとした、やりたくないけどやらなきゃいけない……みたいな空気を纏わせたもので。

 

 どういうこっちゃ、と首を捻る俺を他所に彼女は口を開き、唐突にこちらへと一つの提案を投げ掛けてくるのだった。

 

 

「おい。……面貸せ」

「え、かつあげ?俺一文無しなので……」

「いやちげ……なんで文無しになんぞなってやがる???

「あのあとみんなに集られたので」

「なにやってんだよお前ら……」

 

 

 いやほら、お金持ってることはバレてたので……。

 

 



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今のところ一番ミステリアス

 はてさて、唐突にかつあげでもされるのかと思ったが、どうやらそういうことではないらしい。

 

 

「ROUTEさんの外出についてこいと?」

「まぁ、テメェだけってわけでもないんだが……とりあえずテメェが来ないと話にならねぇと言うか……」

「どういうことなの……」

 

 

 三が日に彼女が獲得したお年玉──外出許可証の使用の際に俺にも同行して欲しい……というその願いは、正直なところよくわからない、というのが本音であった。

 

 いやだって、ねぇ?

 正直な話、彼女のプライベートに俺がついていく理由が一欠片たりとも思い付かないんだもの。

 その辺りは彼女自身もわかっている様子だったので、何か別の理由があってのことなのだろうと思うのだけれど……。

 

 

「それについては私が解説する」<ニュッ

うおわっ!?テメェどっから出てきてやがるっ!?」

「どこって……背後から?」

「妖怪かなんかかテメェは!?」

 

 

 ……好きだねその転移の仕方。

 ってなわけで、唐突にROUTEさんの背後から現れたTASさんが解説をしてくれるとのことで、彼女の言葉に耳を傾けることに。

 その解説によれば、どうやら今回のこれはある種の隠しイベントに相当する、とのことであった。

 

 

「まぁ、ROUTE自体が隠しキャラなんだから、それに関するイベントも隠しになるってのは当たり前なんだけど」

「そりゃそうだ。……んで?今回の目的地はどこなんだ?」

「彼女の地元」

「……ゑ?」

「生まれ故郷、と言ってもいい。いわゆる起源(ルーツ)に迫る話、ということ」

「行きたくはねぇんだけどな……」

 

 

 そうして語られた目的地、ROUTEさんの生まれ故郷。

 ……苦い顔をしている辺り、本当は彼女が向かう予定の場所ではなかったのだろう。

 少なくとも、期限無しの外出許可証が入手出来てたらそのまま帰らないつもりだった、とかありそうだし。

 

 などと考えていたら、またもやROUTEさんが苦い顔をしていた。

 多分思考を読むんじゃねぇ、みたいなことを考えているのだろうが、それを言うのならそっちも読むんじゃないよ、としか言いようがないというか。

 

 ……うん、不毛だからこの話止めよっか!

 

 

「で、目的地はわかったけどなんで俺まで同行する必要が?」

…………だから

「はい?」

 

 

 話題を戻して、なんで俺がROUTEさんの里帰りに同行する必要があるのか?

 ……というところを問い掛けたところ、ふいっとそっぽを向くROUTEさんである。

 珍しい反応に思わず呆気に取られるが、小さく呟いた言葉が聞き取れなかったため再度尋ね直す俺。

 そんなこちらの態度を受けて、彼女はバッとこちらに向き直って大声を投げつけて来たのだった。

 

 

()を見付けるまで戻ってくんな、って言われてんだよこっちはぁ!!」

「……はい?つがい???」

 

 

 

;・A・

 

 

 

「えーとつまり?ROUTEさんの家系は未来視系の技能者が生まれる血筋で?それの保全のために跡取りを早々に作ることが求められるけど、その一族最高峰の能力を持って生まれたROUTEさんはそういう風潮に反発して逃げるように飛び出して来た、と?」

「その癖、向こうには居場所を突き止められて『子供、ないし番を作るまで里の土は踏ませない』的なことを言われてるってんだから笑い話以外の何物でもねぇだろうがよ……」

「ウケる」<ドッ

「…………っ!(本当に笑ってんじゃねぇよ、という表情で殴り掛かるROUTE)」

 

 

 顔真っ赤にして殴り掛かるROUTEさんとかレアショットでは?

 いやまぁ、TASさんは自分が悪いとか関係なく普通に避けてたわけだけど。

 ……まぁ、ROUTEさんも本気で殴りに行ってたわけでもないし、単なるじゃれあいの延長線上でしかないんだろうが。

 

 ともあれ、ROUTEさんから詳しい話を聞いたところ、わかったことは次の通り。

 

 彼女はどうやら日本生まれではないらしく、とある国の奥地にある少数民族の出身、ということになるらしい。

 その民族は血筋的に予言能力などの未来視系統の能力に目覚める者が多く、それによって権力者に取り入って繁栄を繋いでいる……などということはなく、自身の出身地から一切出てこないのだそうだ。

 

 理由は単純、自分達のような技能は世を乱すだけと悟っているから。

 ……ただまぁ、そういう縛りを設けている一族にはよくある話──若い者はそういう掟に反発する、というお決まりのそれにより、ROUTEさんはその場所を飛び出したのだとか。

 

 まぁ、それだけが理由ってわけではないのは、先程の話からも認知できるわけだが。

 ……積極的に取り入ることはしないし、金を積まれても頷くことはないが、必要な時に必要な助言はするそうで、その立場?を守るために血筋を繋ぐことには積極的、らしい。

 正直よくわからんが、その流れでROUTEさんも跡取りをちゃんと作るように、と逃げたあとも言い含められているそうだ。

 

 で、今回一所に留まり過ぎた結果、再びその催促が飛んできたらしい。

 無視すると酷いことになるので対応する必要があるが、そのためには番……雑に言うと彼氏を連れていかないといけないらしい。

 その彼氏役として俺の同行を求めている、というのが今回の話の真相ということになるようだ。

 

 ……うん、率直な感想を一ついいかな?

 

 

「偽物だってすぐバレないそれ?」

「いいんだよ口実でしかねーんだし。……ババアに何言われても笑ってごまかしゃいいから」

「それでいいのか……」

 

 

 ……だったらMODさんとかにやって貰うんでもいいんじゃないのか、と思わないでもない俺である。

 

 



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さぁ行こう○○の奥地

「面白そうだけどパース。多分彼処の人達なんだろうけど、私とは色々あって相互不干渉なんだよね」

 

 

 とはMODさんの言。……相互不干渉って何やったんだこの人?

 

 そんな感じで、ROUTEさんの地元についてくる人ー、みたいな点呼をしたところ、今回の同行メンバーはコンパクトに纏まったのであった。

 

 まず、AUTOさんとCHEATちゃんの二人が不参加を表明。

 理由は長期の旅行になりそう、という至極もっともなもの。

 ……うん、三が日も過ぎたので学校もそろそろ再開、となれば学生である彼女達は学業に専念するのが普通、という話だろう。

 なのでまぁ、彼女達がついてこないのは想定の範囲内、というやつである。

 

 次にダミ子さんが『一月中はもう外には出ないですぅ』と宣言。

 それに重ねるようにDMさんも『彼女と一緒に留守番していますね』と発言。

 ……DMさんに関しては他にも行く気のない理由がありそうだったが、そっちに関しては意味深に笑みを返されただけで理由はわからない。

 仕方ないので『出不精は正月太りの始まりですよ』とだけダミ子さんに投げておく俺である。

 

 で、最後に先程の通りMODさんが不参加を表明した、と。

 ……結果、今回の旅行は俺とTASさん、ROUTEさんに……、

 

 

(わし)が一緒、ということになるな。……いや、良いのか実際、(わし)がついていっても?』

「いや、俺に聞かれても……」

 

 

 メンバーの中では一番の新参、スタンドさんが俺に取り憑く形でついてくることになったのだった。

 ……どうやら彼女の同行を決めたのはDMさん、ということになるらしいのだが……スタンドさんもその詳しい理由については聞いていないらしい。

 

 なんかこう、色々と不安にならないでもないが……ともかく、この面々での行動が決まったその日、俺達はさくさくと海外へと飛び立ったのだった。

 

 

素直に飛行機に乗らないのはなんで???

「それは勿論、向こうの度肝を抜くため。ROUTEほど凄い人はいないみたいだから、想定外のルートだとバレない」<フンス

『驚かせる必要がまず見えんのだが???』

 

 

 なお、文字通りの飛び立ち、である。

 ……俺のこと殺す気なのかなこれ???

 

 

 

≡□

 

 

 

 はてさて、強制的に空の旅に連れ出された俺達一行であったわけなのだが、そのまま地面に激突して御陀仏なのかなー……なんて黄昏ていたらTASさんに、

 

 

「……?お兄さん、空中歩行覚えてたよね?」

 

 

 と、不思議そうな顔を向けられたりしたけど俺は元気です。

 いや、ROUTEさんとスタンドさんの二人からは「マジかこいつ」みたいな顔を向けられたりもしたけども。

 

 

「いやちゃうねん。ROUTEさんはタイミング的に覚える機会がなかっただけで、TASさんと付き合う関係上ある程度は人間卒業試験を受講しないとやってられないねん……」

「……いやんなもん受けたくねぇんだが?」

「大丈夫。今回の話が終わったら嫌でもやらなきゃいけない」

「帰りも同じって遠回しに言うの止めてくんねぇかなぁ!?」

 

 

 ……うん、実体のないスタンドさんはともかく、ROUTEさんに関してはそのまま放置すると普通にアレだったので、俺が降りる補助をすることになったんだよね……。

 で、その時に彼女に対してやったこと(お姫様抱っこ)がどうにも嫌だったらしく、ROUTEさんは顔を真っ赤にして叫んでいたというわけなのだった。

 

 TASさんは『ここまで来ると流石に向こうもこっちを認識してるだろうから、そういう行動(お姫様抱っこ)は向こうを誤解させるのに向いてる』とかなんとかサムズアップしてたんで、多分確信犯(誤用)である。

 

 

『……なんというかお主、意外とスペック高めよのぅ』

「スタンドさんからスペックとか横文字が出てくると違和感凄いですね」

『仮にも褒めとるんじゃからもう少し殊勝な態度とか取れんのかお主???』

 

 

 なおスタンドさんは終始半目であった。

 ……邪神なのに常識神とはこれ如何に。

 

 ともかく、目的地に無事……無事?たどり着いた俺達は、そこでようやく周囲を見渡して──そこが森であること、およびその合間からこちらを見つめる人々の気配を察知したのだった。

 

 

「……あちらが?」

「ああ、俺の……んん、私の家族、です」

(突然しおらしくなった!?)

 

 

 恐らく彼らがROUTEさんの親族……一族なのだろうと当たりを付けて、彼女に確認を取ったのだが……うん、誰だこの人?

 視線を向けた先の彼女は、先程までの荒々しさの欠片すらなく、何やら淑女然とした態度へと変貌していたのだった。

 

 ……あれかな、裏の世界に精通してると女性らしさは時に武器になるので磨くこと必須、みたいなやつ?(意味不明)

 

 

「……なんでお兄さんは今私の方を見たの?」

「いや深い意味はな痛てててて」

 

 

 そう思いながら視線を動かした先──TASさんは基本傍若無人だよな、と内心首を振ったところ、思いっきり心を読まれたため酷いことになったけど俺は元気じゃないです(噛み付かれて頭から血を流しながら)

 

 



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世界観的にそういうのもありなのかもしれない

「遠路はるばるよくぞ御出下さった。私はこの里の長ですじゃ」

「はぁ、これはご丁寧に……ってあれ?」

「言語はそちらに合わせておりまする。多少拙いやもしぬが、そこは多めに見てくだされ」

(……変に畏まってるのはそのせい、なのかなぁ?)

 

 

 はてさて、あの後周囲の森から出てきた人達に連れられ、集落の奥へと足を踏み入れた俺達。

 そこでこちらを出迎えてくれたのは、物腰の柔らかな老婆であった。

 

 ……なお、ROUTEさんは途中で他の人に取っ捕まって別所に連れていかれました。

 ついでに言うとスタンドさんはいつの間にか姿を消しており、脳内に(わし)の ことは いないものとして うごけ』なる伝言を残していたりします。……隠れて動く、みたいな話なのだろうか?

 

 まぁともかく、そんなわけでこの場にいるのは俺とTASさんの二人と、それに向かい合うように座る老婆のみ。

 なのでまぁ、微妙に居心地が悪い状態で座ってたりする俺であった。

 いやだって、ねぇ?一応は彼氏扱いとしてここにいるはずなのに、(向こうからすると)謎の女の子引き連れてるわけだから。

 

 

(……最悪連れ子とか思われてるかも知れん)

(なるほど。パパって呼べばいい?)

(止めて、何故かはわからんけど死にたくなってくる……)

(そんなに嫌がらなくても……)

 

 

 いや、嫌がるというか子持ちに見えるほど老けてるのか、みたいな気分になってくるというか……。

 とはいえそれ以外に説明しようとすると、そもそも俺とTASさんとの関係が言い表し辛いという何とも言えない壁にぶち当たるわけで。

 

 うちの親には妹とかそういう感じに扱われているけど、ここでも同じように紹介するのはなんか違うなぁというか。

 ……いやまぁ、妹が彼女に懐いてるんです、という言い訳そのものはわりとありだとは思うのだが。

 

 

(……ただ、なんとなくだけどこの場でその説明は死亡フラグのような気がするんだよなぁ)

(やっぱりお兄さんは鋭い)

(だよねー!?)

 

 

 ……うん、なんと言えばいいのか……。

 こう、下手なことを言うとこっちの首が折られそう感がする、というか。

 確かここの人達はROUTEさんほどではないにしろ未来視系技能持ちとのことだったので、適当な嘘を付くことでそこから芋づる式にあれこれバレて排除される……みたいなことがあるのかもしれない。

 

 まぁ、だとすると確かにROUTEさんには及ばないんだなぁ、というのも納得してしまうのだが。

 つまり、決定的な一言をこちらが述べるまで、向こう側は真偽を判定できないってことだし。

 

 

(ROUTE相手なら秒でバレる)

(確かに。選択肢型だから余計のことだよねぇ)

 

 

 これがROUTEさん相手だったら、真っ先に俺は首を折られていただろう。

 そういう意味では、ここのレベルが低くてよかったと不謹慎なことを思ってしまっても仕方ないというか。

 

 ……とまぁ、そんなことをあれこれ脳内で考えているうちに、どうにか落ち着いてきた俺である。

 それを見計らったというわけではないのだろうが、長老さんが静かに口を開く。

 

 

「あやつは今召し変え中でしてな。後で向かわせますので、一先ず今日のところは寝床に案内したいのですが」

「ああ、それは助かります。何せ飛んできましたので」

「……ははは。婿殿は冗談がお上手ですな」

「ははは」

 

 

 本当なんだけどなぁ……。

 とはいえその笑い方からするに、俺達が飛んできたことを認識はしていないらしい。

 TASさんの作戦勝ちというわけだが……いや、勝ったら何かあるのかなこれ?

 

 そんなことを思いながら、俺とTASさんは立ち上がって外に出て、そこに待機していた案内役の人に今日の寝床へと案内して貰うことにしたのだった──。

 

 

 

・A・

 

 

 

「で、しばらく待ってたら部屋に入ってきたのがこの姿のROUTEさんだったと」

「   」<プシュー

『見事に真っ赤だのぅこやつ……』

 

 

 はてさて、そこから数時間後。

 周囲はすっかり暗くなり、部屋の中を照らすのはか細いろうそくの火だけ……みたいな状況の中、暇を持て余して(現在別室にいるはずの)TASさんとババ抜きをしていた俺は、そこで扉が開く音を聞き……。

 するりと(ぎこちなく)部屋の中に入ってきたROUTEさんの行動とその姿に、思わず呆気に取られていたのだった。

 ……で、そうこうしているうちにスタンドさんも俺の背後に戻ってきた、と。

 

 さて、何故俺が呆気に取られたのかというと。

 ……部屋の中に入ってきたROUTEさんは、普段の姿が嘘のように着飾っていたのである。

 百人が見れば百人が美しい、って言い出しそうなほどに。

 

 ……これはあれじゃな、夜伽しろとかいう長老さんからの遠回しな催促じゃな?(訝しむ顔)

 なんて風に茶化したら、真っ赤になって俯いてしまったROUTEさんである。……誰これ?

 

 

「~~~~!!~~~~っ!!!」

「あいでででで、チョークスリーパーは止めてでででで」

「それは流石に怒られても仕方ない」

 

 

 いやだって、どう考えてもなんか隠し事してるのを気付かれないように誘導してるというか、そのために利用されてるの見え見えだし……。

 そこまでわかってるのかよ、みたいな顔のROUTEさんだが、そりゃまぁ俺がそんないきなりモテるとかあり得んので仕方ない。自分で言ってて哀しくなるが。

 

 ……とはいえまぁ、そもそも彼氏連れて帰ってこい、みたいな話だったのだからこういう展開はある意味予想通りであり、それが目眩ましというのはよくわからん……みたいな話もわかるので。

 

 

「で、何か見付かった?こんなことになってる理由」

『暫し待て。TASが今認識偽装を仕掛けておる』

 

 

 姿を隠し、この里の中を確認してきたであろうスタンドさんに対し、そうして見聞きしたであろうことを確認するために声をあげたのだった。

 

 



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なんだまたこういう案件か……

「そういえば、そのチャイナみたいな服似合ってますね」

「今それ言う必要あったか!?」

『いやイチャイチャするでないわ貴様ら』

「してないがぁ!?」

 

 

 

≡∀≡

 

 

 

「……ふむ、神様ねぇ」

『土地神の類いというやつだな。……いやまぁ、流石に向こうの陣地までは確認できなんだから、実際にどうなのかは知らんが』

 

 

 この里の奥──先程の長老さんの家とは反対側の位置に、見るからに怪しい祠があるらしい。

 そして、この里の人々の能力というのはその祠が起点となっている……と。

 この分だと、そこに生け贄でも放り込む必要があるのかと思ったが……。

 

 

『いや、話を聞く限りはそういうものではないな。というか、だったらもっと上手くやるだろう』

「ああ、確かに」

「なんだよぉ!!文句があんなら普通に言えよぉ!!」

 

 

 誰だこの人(都合二回目の疑問)。

 ……未だかつてここまでポンコツになったROUTEさんがいただろうか、いやいない。

 そう断言してしまえるほどテンションの違うROUTEさんだが……そういえば最初は適当に笑ってりゃごまかせる、みたいな話だったのに結局ごまかせてる感じがしないな?

 

 

「それは簡単。ROUTEは長の人の話を話半分にしか聞いてなかった」

「あっばっ、しーっ!!しーっ!!!」

 

 

 ……なるほど、今はともかく当時のROUTEさんは大概そそっかしかったと。

 まぁ、過去のROUTEさんの過失については一先ず脇に置くとして。

 

 ともかく、ROUTEさんが()()()()()()()()()()()ことは既定ルートである。

 そうじゃなきゃ里には入れないという向こうの主張もあるし、恐らくその祠に関する何かもある。

 ……となれば、やることは一つだろう。

 

 

「祠の攻略」<ワクワク

「TASさんが滅茶苦茶つやつやしてる……」

『まぁ、実際向こうからの挑戦状のようなものだからのぅ』

 

 

 祠の奥にいるはずの、何者かとの邂逅。

 

 その何者かが求めているのが誰なのか、というのはわからないが……どっちにせよ、行かないことには始まるまい。

 というか、下手すると明日辺りに長老さんから行くように言われるかもしれない。

 

 図式的には完全に生け贄に出される外の人、みたいな空気だが……恐らくはそうではないのだろう。

 ゆえに、明日の動きを確認しつつ、今日のところはそのまま寝ることにした俺達なのであった。

 

 

「あ、そういえば着替えられないね、それ」

「    」

(完全に固まったのぅこやつ……)

 

 

 それと、自動的にROUTEさんが羞恥刑みたいなことになったけど俺のせいではない。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「……なるほど、そういう方向かー」

 

 

 さて、次の日の朝。

 昨夜はお楽しみでしたね、なんてどこで覚えたんだその言葉……みたいな台詞を長老さんから貰い受けた俺達。

 どうやらTASさんがした周囲へのごまかしはわりと()()なものだったらしいが……いや、いいのかそれ?

 

 

「変に隠す方がよくない」

「いやなんで知ってるのかって方の話でだね?」

「……お兄さんのえっち」

「しまったこれ触れないやつ(コンプラ違反)だ!?」

 

 

 一つ言えることは、これ以上言及すると俺が変態扱いされる、ということである。

 いや、横でスタンドさんが()()()()()()を走る者もおるからなぁ』って言ってたんで、普通にTAS(人じゃない方)経由だってことはわかったんだけどね?

 

 でもTASさんがアダルトゲームのTASとかしてるのは見たくな……何?ヤバイところは全部飛ばしてるから大丈夫?

 

 

「そういう話かなぁこれ……」

『それこそ子なぞ勝手に知識を仕入れるもの、というやつではないか?』

「そっかー……」

 

 

 ……いかんな、なんかここに来てから話題がアレ過ぎる。

 初心を思い出すんだ、俺達に猥雑はない。実質無料。……何言ってるんだこいつ?

 

 ともあれ、気を取り直した俺は先程の長老さんの話を思い出す。

 そこで語られたのは、身を清めるためにここから反対側にある祠に向かえ、というもの。

 ……やっぱりそういう指示が飛んできたかと思うと同時、身を清めるという理由に少しばかり首を捻ることに。

 清める、ということはその祠、滝とか打ち水とか地底湖とかあるのだろうか?

 

 

『む?……中は見えんかったが、確かに水音は聞こえたような気はするな……?』

「なるほど、やっぱりか」

 

 

 視線をスタンドさんに向け、さりげなく窺ったところ位置まではわからないが滝壺に水が落ちる音が聞こえた、という話が返ってくる。

 ということは、身を清めるというのはその水源に向かえということであり、恐らくはこちらの到来を待つ存在がいるのもそこだろう、ということになる。

 

 はてさて、こちらを待っているのはどんな存在なのか。

 わくわくしている様子のTASさんを嗜めつつ、ほんのりと感じる不穏な気配に眉を顰める俺なのであった。

 

 



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清水掬いて貴方を禊ぐ

 はてさて、特に何かが起きることもなく普通に祠にたどり着いた俺達である。

 ……いやまぁ、長老さんに行けって言われたんだから、妨害とかが飛んでくる可能性は最初からなかったんだけどね?

 

 

「でもこう、何か出てくるかなーとか警戒するじゃん?」

「無駄な警戒」

「無駄だな」

『無駄だのう』

「なんなのその連携力???」

 

 

 俺を弄る時だけ発揮される言外の強制力か何かだったりする???

 ……などと軽口を叩きつつ、そのまま祠の内部に足を踏み入れる俺達。

 

 そこは明かりなどはなく、薄暗い場所。

 足元はろくに整備されてないのかでこぼこで、油断すると普通に足を取られて転倒しそうな危うさがある。

 更に、周囲に並び立つのはごつごつとした岩々。……下手に転けると酷い目に合いそうであった。

 

 

「なんでこんなに危ないんだここ?整備した方がいいと思うんだけど……」

「修行場でもあるからな、ここは。ある程度齧ってるやつなら、こんなので怪我をする方が馬鹿ってもんだよ」

「……なるほど?」

 

 

 神様だかなんだかを奉る場所なのに、こんな状態じゃやり辛くない?……とROUTEさんに尋ねてみたところ、どうやらこの危なさはある程度意図したものであるとのこと。

 ……ある程度未来視技能が使えるのなら、どう動けばどうなるか、くらいは見えてくるのが普通。

 ゆえに、このくらい危ない道の方がその能力を磨くのには都合がいいのだと。

 

 

「……確かに、水を得たようなTASさんの姿を見ていると、その判断に間違いはないと頷けるなぁ」

「いや……ありゃ普通に例外だからな?他の奴らあんなところ通らねぇからな???」

「えー?(でもTASさんはやってるよ、の眼差し)」

「…………(ありゃアイツがおかしいんだよ、と返ってくる眼差し)」

 

 

 ……なるほど?

 この場所の意図を誰より早く見抜いたのだと思われるTASさんは、早々に靴を脱いで裸足となり、尖った岩の上をひょいひょいと進み始めていたのだが……他の人はやらないらしい、これ。

 未来視を鍛えるため、というのならあれくらいやって当然かと思っていたのだが……なんだか違うらしいと聞いて、やっぱりここの人達鍛練が足りてないんじゃないかなぁ、と心配してしまった俺なのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「トゲに当たると即死とか許されない。私は奴を越える」<キリッ

「それ現実じゃなくてゲームの話だよね?」

 

 

 スタイリッシュに進み続けるどこぞのロボットの話だろう、というか。

 あのトゲってなんなんだろうね?……なんて話をROUTEさんに振ったら首を傾げられた。どうやら知らなかったらしい。

 スタンドさんは何故か知ってて『エネルギーでも吸われておるのではないか?尖端でなくとも一撃死するわけだし』と言葉が返ってきたが……。

 

 

「まぁどっちにしろTASさんには関係ない、ってのは確かだよね」

「トゲの被弾前に他に当たって無敵を発生させて無理矢理昇る……みたいなこともするけど緊急手段。できるなら完全無効化しておきたい所存」

「さっきから何の話してるんだお前ら……?」

 

 

 強いていうなら暇潰し?

 ……いやまぁ、そんなことしてる暇があるのか、と言われるとちょっと疑問がなくもないが。

 

 

「と、言うと?」

「気のせいじゃなければ、なんとなく俺は何度か死んでいる気がする」

「はぁ?」

「お兄さんの貧弱っぷりは世界が失望するレベル。こんなところで転んだらまず間違いなく()になる」

『あるいは()()、だのう』

 

 

 いや、実際のところは傷一つない綺麗な体なのだが。

 ……なんとなく、結果として現れてないだけで何度かリスタートしてそうな気配を感じる、というか。

 こう、一歩進んでは転けて突き刺さり、二歩進んではぶつかってお陀仏してそうだったり……みたいな?

 

 現実には、そんなスプラッタなシーンは放送されてないわけだが……こう、撮り直す前のデータとしてどっかに転がってそうな気がするというか。

 まぁ、そんな感じである。

 

 

「いやまぁ、俺がこんなところを無傷で歩ききれるわけがない、みたいな意味合いも含んでるんだけどね?絶対どっかで転けて顔面からスパッと行ってるだろうというか」

「それはそんな自信満々に言い切ることなのか……?」

「お兄さんの虚弱体質は芸術の域。ほっとくと虫の吐息になるんだから思わず私もにっこり」

にっこり?!

「調整箇所をいっぱいくれるのは私的には御褒美みたいなもの」

 

 

 なので、そうなっていないのはTASさんからの干渉が大半を締めているのだろうなー、というか。

 自分の動きだけに手一杯にならず、寧ろその行動によって他者の行動の成否すら左右する辺りは流石のTASさんである。

 ……その結果としてまた追記を貯めまくっているのはどうかと思うが、そうでなければ傷まみれで地面に転がる俺の姿が容易に想像できてしまうので仕方ない。

 

 

「……仕方ないので、帰ったらなんか美味しいものでも作ってあげようと思うわけなのです」

「お兄さんのプリンが楽しみ」

「……ああうん、お前らがそれでいいんならなんでもいいよ……」

 

 

 頭痛を堪えるように額を抑えるROUTEさんに苦笑を返しつつ、俺達は道なき道を再び進み始めたのであっ……あっ。

 

 



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先駆者にはある程度礼儀を以て接するべき

「ようやく着いたな、ここの一番奥に」

「……それはいいんだけど、この絵面はどうにかならなかったのか?」

「お兄さんの生存ルートを辿ると、この怪我が一番軽かった。他だと目も当てられないことになる」

「目も当てられない状態……?」

「……聞きたい?」

「いや、遠慮しとく」

 

 

 はてさて、祠の一番奥となる場所にたどり着いた俺達だが、現状一人だけボロボロの俺である。

 

 ……うん、最初の内はよかったんだけどね?

 特に怪我をすることもなく、五体満足(?)のまま進められていたのだけれど。

 こう、後半に至るにつれて「お前はどういう人間の到来を想定してるんだ?」みたいな謎ギミックが溢れ始めてだね?

 古典的な矢が飛んでくるトラップ、岩が転がり落ちてくるトラップに始まり。

 唐突に水浸しになったかと思えば、直後に高圧電流が流れてるのが耳でわかるような場所を通らされたりだとか……。

 

 うん、殺意しか感じなかったんだがこれ如何に?

 

 

「まぁ、普通の奴の参詣ならそもそもここまで来る必要はねぇからな」

「はい?」

「睨むなって……途中で休憩した開けた場所があったろ?彼処が分社なんだよ、普通の……って言うと語弊があるが、一般的なここの住民が足を踏み入れるのは彼処までなんだよ」

「ああ……ここを抜けると酷い目にあうぞ、とかなんとか言われた彼処が……」

 

 

 その辺りを出身者(ROUTEさん)に尋ねてみたところ、そもそもこんなところまで来る奴の方が珍しい……みたいな言葉が返ってくるのだった。

 逆に言うと、こんなところにまで来るのは物好きか、それが求められている者くらいである……と。

 

 今回の場合、俺達は長老さんに『身を清めるため奥に向かえ』と言われたため、こうして強行軍を余儀なくされているわけで。

 他の面々がここに用事がある時、なんていうのは原則参拝のためであるがゆえに、ここまで無理をする必要はない……と。

 

 

「まぁ、TASさんは望んでハードモードを選択していたわけなのですが」

「人生は困難な道を進んでこそ。道なき道を行くのはTASの嗜み」

 

 

 あれだ、我が道を阻むものなし、みたいな感じというか。

 ……普通のルートなら適正?な難易度なんだろうけど、TASさんはそれじゃあ納得しなかったがゆえに勝手に難しい方に挑戦していたというか。

 そのせい、というわけではないんだろうけど……。

 

 

『滅茶苦茶引いておるの、ここの氏神』

「…………」<ジーッ

(妖精みたいな大きさの神様が柱からこっちを覗いてる……)

 

 

 たどり着いた先にいた神様?は、こっちをドン引いた眼差しで見つめていたのだった。

 

 

 

:(´ºωº`):

 

 

 

「……あー、こいつが内の守り神様、的なやつだ」

「……(的な奴とはなんだ、とばかりにぽこぽことROUTEを殴る妖精サイズの神様)」

「え、えーと……仲がよろしいことで……?」

 

 

 はてさて、身を清めるという建前で連れ来られたと考えるべき最奥にて、俺達が出会ったのは小人サイズの神様。

 ……どうやら言葉を発することはできないらしく、身振り手振りでこちらに意思を伝えてきてくれているのだが……。

 

 

「……話が何にも入ってこないんだけどどうすればいいかな?」

「ここにビンがあるんだけどどうすればいい?」

「!?」

「怖がってるからビンをちらつかせるのは止めなさい」

「はーい」

 

 

 うん、威厳とかなんも感じられないので、どうにも緊張感が削がれるというか。

 なんならTASさんなんて完全に妖精扱い、取っ捕まえて便利道具にしようとしているのが即座に察せられたため、その場でビン禁止法成立・および執行である。

 

 ……あと、隣のスタンドさんも引いてた。

 流石に無いだろうが、大妖精扱いされた日には自分も酷い目にあう、と理解したからだと思われる。

 都合よく霊体だから、ビンとかみたいな小さなものにしまうのに苦労しなさそうだし。

 

 

「……話が脱線してるから戻していいか?」

「あ、どうぞどうぞ」

 

 

 こほん、というROUTEさんの咳払いにより場の空気がリセットされる。

 ゆえに改めて、この小さな神様が俺達を呼び寄せた理由についての話に戻るのだけど……。

 

 

「……!……!!(身振り手振りで何かを伝えようとする小さい神様)」

「……TASさん、わかる?」

「早く私を捕まえて、と言っている」

「!?(涙目)」

「誰か翻訳できねぇのか……」

「そこはROUTEさんがやるところじゃないの!?」

「俺がわかるわけねぇだろ!?わかってたらそもそも出奔なんてしてねぇわ!!」

「!?!?(そうなの!?みたいな顔)」

「……あ、流石に今のはわかった。酷いんだROUTEさんってば」

「なんでこの流れから俺を責める方向に話が進むんだよ!?」

 

 

 ……うん、ボディランゲージは異文化コミュニケーションにおいてはベストな選択肢だが、流石に人間と神様くらいに思考回路が掛け離れていると上手くいかないらしい。

 

 そうしてこの無駄なやりとりは、横のスタンドさんが『……通訳、するか?』と言い出すまで、延々と続いたのだった……。

 うーん、無駄な時間!

 

 

「無駄じゃないよ」

「えっ」

 

 



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どうして神様は発生するんだろう?

『では清聴するように』

「はーい」

 

 

 はてさて、スタンドさんが小さい神様の横に立ち、彼女の言葉を翻訳すると宣言してから早数分。

 その上でもたらされた情報を前に、俺達はむむむと唸っていたのだった。

 

 

「まさか神様が小さい理由が、その力が何らかの理由で失われていっているからだとは……」

「ROUTEは気付かなかったの?」

「いや、前々から小さかったし……流石にここまででは無かったかもだが」

 

 

 ROUTEさんが出奔したのがいつ頃なのかはわからないが、その当時からこの神様が小さかった、という事は間違いないらしい。

 なので、神様が小さい事そのものには違和感を覚えなかった、と。

 

 ……うん、今さらながらに思うけど……。

 

 

「ROUTEさんって意外とポンコツだよね……」

「んなっ」

「隠しキャラだからといって無条件にスタメン確定ってわけでもない。そう思い知らされた今日この頃」

「て、てめぇらなぁ……?!」

 

 

 基本的にはデキる人、ってイメージだったROUTEさんだが、ここに来てからそのイメージが覆されっぱなしというか。

 服装一つ言葉一つ、それぞれは大したことのないものでも積み重なると処理が重くなる……みたいな?

 

 その辺り、ある意味ではAUTOさんとは似た者同士、ってことになるのかもしれない。……どっかからくしゃみの音が聞こえた気がしたな?

 

 

「……!……!!(私を無視して楽し気に話すんじゃないよ、とでも言いたげな動き)」

『お主らわざとやっておらんか?』

「おおっと」

 

 

 と、ここで神様ツインズから抗議の視線が。

 ……よく考えたら神様の祠でそこにいる本人を無視して話し込む、とか無礼以外の何物でもないので反省する俺達である(ROUTEさんだけ「なんで俺まで……」みたいな顔をしていたけど小さな神様に涙目で睨まれて呻いていた)。

 

 で、そのまま話を戻すと。

 どうやらこの小さな神様は、俺達に自身が小さくなってしまった理由を調べて欲しい、という事になるらしい。

 

 

「調べて欲しいってことは、本人にもわからないってこと?」

『みたいだの。どこかの誰かに力を奪われている、ということはわかるがそれがどこの誰なのか、というところに関してはてんで掴めぬ、と言っておるぞ』

「!、!(そうそう、とでも言いたげに首を縦に振る小さな神様)」

「本人的には死活問題なんだろうけど……こうして見てる分には和むとしか言いようがないな」

「!?」

「……お兄さんの口の正直さは美徳だと思うよ、うん」

 

 

 ……やっべ、口に出てた。

 露骨にショックを受ける神様を励ましつつ、大まかでもいいので目的地がわからないか、と必死で聞き出す俺なのであった……。

 うん、TASさんの生暖かい(※当社比)視線が辛い……。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「そういえば、結局奥で身を清める……云々の話はただの方便だった、ってことでいいのかな?」

「ああ?……あー、どうだろうな?」

「なにその含みのある返事」

 

 

 ぽりぽり、と気まずそうに頭を掻くROUTEさんに、思わず身構える俺。

 そんなこちらの姿をジト目で見た後、彼女は小さくため息をこぼしたのだった。

 

 

「一口に未来視っつっても幾つか種類があんだろ?」

「んん?まぁほんのり詳しい程度には知ってるけど」

「いやどっちだよ」

 

 

 知らねぇのか知ってるのかわかんねぇよ、とツッコんでくるROUTEさんだが、俺のそれはある意味付き合いで覚えたようなものなので明確に知っている、と言い辛いのがポイントというか。

 まぁともかく、俺の知る区分けによれば未来視とは大きく分けて二つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのどちらか、である。

 

 

「……ああまぁ、その区分けでも間違いはねぇっていうか、今回の説明には寧ろ適してるけどよ……」

「あれ?」

 

 

 どうやら、向こうが思っていた答えとは違う様子。

 ……いやでも、説明には丁度いいらしいので結果オーライだろう、多分。

 

 

「前者は予知夢の中でも正夢タイプ、後者はお告げタイプだな。それと前者は見たものの解釈の幅がほとんどなく、後者は時に『読み取る』って手順を必要とするんで咄嗟には使えねぇ、みたいな問題点があるな」

「なるほど。で、それがさっきの話とどう関係が?」

「……神様に力を借りてるようなもん、っつったろ?」

 

 

 俺は違うけど、と遠回しに自身の特殊性を主張するROUTEさんはスルーするとして。

 彼女の言うところによれば、この里の能力者というのは優れたものになるほど神の声を聴くのが上手くなる……みたいな感じなのだという。

 そして、現状一番優れている長老さんは、そういった神の声を『お告げ』という形で聞くらしく……。

 

 

「まさか……」

「……そこの柱の裏手にはもう少し奥まで行ける道があってな。その先は滝壺なんだ」

「oh……」

 

 

 音はすれども音源がない、と思っていたらそんなところに隠れていたとは……。

 思わず唖然とする俺に、ROUTEさんは小さな声で「色ボケババァめ」とぼやいていたのだった。

 

 



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行きは悪いし帰りも悪い

 奥まで来い、という神様のお告げを奥で水浴びしろ、と解釈したという長老さんに言いたいことが二・三できたが、今はグッとこらえる。

 

 目的の人物から依頼は手に入れられたため、後はそれをこなしてとっとと帰ろう、という話になったからだ。

 そもそもROUTEさんに帰ってこい、という便りが届いたのは不幸なお告げの取り違い、という面が強いのもそれを後押しした、というか。

 

 

「取り違え、で片付けていいの?」

「んー?そりゃもちろんだよTASさん。ROUTEさんは確かに美人だから付き合えたら嬉しいだろうけど、そんなこと万に一つもありえないだろうしね!」

 

 

 今回のこれも、たまたま近くに知り合いの男性が居なかったから選ばれた、みたいなところが大きいだろうし。

 ……などと言葉を返したところ、TASさんから深々としたため息が返ってきたのだった。

 

 

「……俺なんか間違ったこと言いましたかね?」

「いいいいやなんも間違ったことなんて言ってないとおもうぜぜぜぜ」

「何故わざわざ走破性の悪い道を……?」

「おおおおお前がいったんんんだろろろろこういうところをあえて通るのが未来視磨くのにいいってててててて」

「……それもそうだな!」

 

 

 うん、確かに行きでそんなこと言ってたね俺!

 それを律儀に実行するROUTEさんの向上心に感服しつつ、行きと同じく転ばないように慎重に歩を進める俺……あっ。

 

 

 

;・∀・

 

 

 

「お兄さんはどうしてそうも迂闊なのか」

「いやはや面目ない」

 

 

 油断した結果がこれだよ!

 ……うん、行きより酷いことになったんだがこれ如何に?

 いやまぁ、ほっときゃ治る程度だからまだマシだけども。

 

 ってなわけで、酷いことになった俺が回復するのを待って外に出たところ、天気はいつの間にか曇り空に。

 まるで、俺達が行動することを歓迎していないかのような空模様だが……。

 

 

『ふむ。天気を操れるとなると、それなりの格の者……ということになるが』

「なるが?」

『先のアヤツから力を奪った結果、という可能性もある以上はなんとも、というやつだな』

「はぁ」

 

 

 それを起こしたのは恐らく今回の一件の犯人だ、とスタンドさんは断言?する。

 それと、そこまでできるのは能力として高いものを持つ相手のはずだが……同時に、さっきの小さな神様の本来の力を思えば、犯人側の格は意外と高くないのかも、とも合わせて告げてくる。

 

 

「要するに、卑怯な手を使ってる、ってこと?」

『だの。……近くで見てわかったが、先のアヤツは本来(わし)に勝るとも劣らぬ格の存在よ。となれば、それがあれほど弱体化しておるのは些か以上に不自然だ』

「スタンドさんと比べられてもよくわからんけど……つまり、普通なら力を取られっぱなし、なんてこともないってことだよね?」

『なんで今わざわざ(わし)のこと馬鹿にした???……言い方はともかく、その通りだ』

 

 

 いやだって、今のスタンドさんって文字通り側に居る霊、みたいなモノだし……。

 

 モノ言うなモノって、と憤慨するスタンドさんを宥めつつ……確かに、彼女と先程の神様の状況が似ている、という話には一定の理解を示す俺である。

 今の彼女からは全く感じられないし、仮に感じられたとしてもTASさんのせいで霞むけど……スタンドさんってばDMさんの同位体だから、本来あっちと同じくらいの存在のはずなわけだし。

 

 それと同格、となれば先の神様が天候を操れるだけの力を持っていてもおかしくはない。

 ゆえに、大したことができないほどに弱っている神様の姿はおかしい、という話になるのであった。

 

 となれば、神様が力を取り戻せないような小細工が施されている、という可能性にも思い至るわけで……。

 

 

「唐突なんだけど」

「いや本当唐突に口開いたねTASさん?」

「神様とか邪神とか真面目に語ってるの笑える」<ドッ

今それ言うの!?っていうか君がそれ言うの!?

 

 

 方向性は違うけど、不思議生物の一例みたいなもんやんけ君!?

 

 ……突然のTASさんの暴言に思わず目を剥いたが、よくよく見ると笑い方がいつもの(当社比)じゃなく、他の人にもわかるくらいの笑顔になっている。

 それも単なる笑顔じゃなくて、どこか嘲笑うような空気も滲んだものになっていて。

 

 思わず「ん?」と首を傾げそうになる俺だったのだが、

 

 

「天気を操れる程度で牽制してる気分になってるとか大ウケ」<ドッ

「ハァー?!タカガヒトノコゴトキガ、コノイダイニシテユウシュウデアリダレヨリモスグレテイルボクチャンヲ、イウニコトカイテサンリュウノギジュツデイキッテルサンシタダトォー!?」

流石にそこまでは言ってない」<ボソッ

「うわなんか出てきた!?」

 

 

 続けざまに彼女から飛び出した迫真の煽りに、返ってきたのは空気の軋む音と周囲が突然暗くなる、という現象。

 そして、その暗闇の向こうから響いてくるのは、声質的には始めて聞くのになんだかどこかで聞いた覚えがあるような話し方のそれ。

 

 ……闇の中に浮かぶ真っ赤な双眸(そうぼう)

 普通に見たら恐れるなりなんなりされそうなそれが、先の声の主であることを悟った俺達は、思わず顔を見合わせていたのだった。

 

 



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乱数調整(初心に返ったver)

「ええ、一瞬のことでした」

 

 

 当時を振り返り、男は語る。

 今回、取材班に応じてくれた唯一の人物である青年は、顔と名前、声を出さないことを条件として求めていた。

 

 

「まぁ、彼女ならやりかねないなー、とは思っていたんです」

 

 

 最近、真面目にイベントに付き合いすぎているよなー、みたいな?

 

 ……そんな風に語る男は、語っている相手──仮称Tの様子でも思い出したのか、微妙な苦笑いを浮かべている。

 確かに、伝え聞く彼女の人物像を思えば、最近の行動が些か不可解であった、というのは間違いあるまい。

 

 だが、だからこそそれら全てが盛大な()()であったことに気付かなかった……という面もあるので、そこら辺は彼女の偽装が上手かった、と誉めるべきなのかもしれない。

 

 

「ああ、まぁそこに関してはそうですね。それ以外に関しては怒るべきかもしれませんが」

 

 

 結果良ければ全てよし、は人の感性ではないのだ……と、彼は小さく苦笑をしていたのだった──。

 

 

 

;・A・

 

 

 

 はてさて、突然周囲が真っ暗になるという超常現象の上、その中に浮かぶのは真っ赤な双眸。

 どう考えても今回の一件の黒幕が登場した、ということになるわけなのだが……そこからの展開がなんともあれだった。

 

 

「タカガヒトノコゴトキガ,コノテンジョウシジョウノメイキニシテヒルイスルモノナキユイイツノソンザイタルコノボクチャンニ,クチゴタエスルドコロカアマツサエサンシタノゴミデダレモヒルイスルキモナイアワレナボッチ,ダトォッ!!?」

「ねぇねぇお兄さん、被害妄想が激しすぎる相手にはなんて返せばいいのかな?」

「そこで俺に振られても困るんだけどナー?」

 

 

 ……うん。

 なんというかこう、TASさんにからかわれてぶちギレたCHEATちゃんを彷彿とさせるようなその言葉。

 事件の黒幕にも関わらず、どうにも幼稚さを感じざるを得ない行動。

 

 そしてそれに対し、明らかに煽っているとしか言いようのない言動を繰り返すTASさん。

 何時もとは全く違う彼女のそのノリは、まるで人が変わったかの如く……端的に言うと彼女なりにメスガキムーブしてるようにすら見えて。

 

 これは……あれじゃな?

 久方ぶりのTASさんの早解きとかそういうやつじゃな?(白目)

 

 

「イウニコトカイテヒガイモウソウ?!モウボクチャンオコッタモンネ,ココライッタイアツメタパワーヲツカッテショウメツサセテヤル!イマサラアヤマッタッテユルサナイカラネ!!」

「できもしないことを抜かしよる」<ドッ

「キェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!??」

(死ぬほどぶちギレておるの……)

 

 

 交わされる言葉こそ気の抜ける感じだが、その実その内容は全く笑えるものではない。

 金切り声過ぎて聞き取りにくいが、どうにも向こう側はこちらを生かして帰すつもりはない様子。

 ……周囲一帯ごと吹っ飛ばすとのことだが、流石のTASさんもそんなことされたら無事では済まないはず。

 

 となれば、相手の行動を止めようとするのが筋なのだが……。

 

 

(……ん?ハンドサイン?)

 

 

 言葉の応酬を続けながら、双眸からは見えない位置でこちらにハンドサインを送ってくるTASさん。

 それは読み取ると、次のようになるのであった。

 

 

(……『このまま』『進める』『から』『頑張って』『耐えて』『ね』……)

「は?」

「イマサラコウカイシテモオソインダカラナ!ボクチャンヲオコラセタオマエタチガワルインダカラナ!!モロトモニナニモカモフキトベェー!!!」

「えっちょっまっ、……た、TASぅー!!?

「これでゲームオーバー、ってね」<ドッ

 

 

 えっちょっまっ、暗闇が徐々に明るくなって……ウオアーッ!!?

 

 

 

:(´ºAº):

 

 

 

 その日、とある未開の地に一つのキノコ雲が発生した。

 わかりやす過ぎる程の爆発の象徴であるそれは、各国のレーダー網に即座に関知され、すわ戦争の始まりかと警戒されたのだが……しかし、そこから何かが始まるということはなかった。

 

 いや、もっと言えばレーダーに引っ掛かったのは雲だけであり、ミサイル着弾の振動やら何かの飛翔体やら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その為、各国は結局それを『レーダーの故障』と位置付け、以後の調査を打ち切った。

 何せ、そもそもキノコ雲の下には森が広がるばかり。

 ……()()()()が広がっている姿を見れば、こちらの勘違いでしかないと言う他ない。

 

 熱もなければ爆風もなく、周辺への被害もない……。

 ならばそれらは誰かの悪戯、ということに他ならず。

 ()()()()()()()()()()、という当たり前の疑問すら置き去りにして、人々は再びの安寧を享受し始めたのだった──。

 

 

 

 

 

♪(流れ始めるエンドロールっぽい音楽)

 

 



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パワーが強い?なら消費させればいいじゃない

「──無論、ゲームオーバーなのはそっちの方」

「……バカな」

 

 

 はてさて、突然の発光、突然の衝撃、突然の死……みたいな状況から見事生存できました今日この頃、皆様如何お過ごしでしょうか?

 私めはご覧の通り、TASさんに襟首を捕まれた状態で座り込んでおります。腰が抜けた、とも言う。

 

 いや、そりゃ抜けるでしょうよ腰くらい。

 今回ばかりはマジに死んだと思ったもん俺。

 目の前がパーっと明るくなって、なんかあからさまに暖かくなってきて。

 

 ……あ、やべ死んだ。

 そんな間抜けな感想が脳裏を過った途端、先程までの勢いなど序章でしかなかったとばかりにさらに強い光と、焼けるような熱。

 これで死なないのなら何で死ぬのか、みたいな衝撃とエネルギーの奔流。

 思わず、それらが収まったあと自身の顔とか体とか撫で回してしまったもの。

 

 

『……お?生きておる?(わし)生きておる?いやそもそも今の(わし)が生きておるのか、という部分については議論の余地があるような気もするが』

「まぁ、意識があるってんなら生きてるってことでいいんじゃねぇのか?……にしても、幾らなんでも無茶苦茶だろTAS」

「そう?このルートじゃないとあと二ヶ月ほど掛かってたけど」

「……前言撤回、よくやったTAS」

 

 

 他の面々も、自身が無事にこの大地に立っていることに感謝している始末。

 ……いや、ROUTEさんだけは少し見ている部分が違う気もするが……ともかく、俺達は全員五体満足の姿でこの場に揃っていた、というわけである。

 

 で、それと同時に先程まで周囲を包んでいた暗闇も消え去ってしまっている。

 爆風と共に吹っ飛んだ、ということなのだろうが……それにしては、周囲が明るくなった以外の変化がない。

 恐らく、TASさんが何かをやって被害を抑えた、ということなのだろうが……。

 

 

「ん。答えはとても簡単。ロムの半差しした」

「なんて?」

「ロムの半差し」

「聞き間違いじゃなかった!?」

 

 

 TASさんから返ってきた言葉に、思わず聞き返してしまう俺である。

 

 ……いや半差しって。それあれでしょ、昔のゲーム機は作りの問題上意外と適当な扱いをしても動いたせいで、結果として変なバグを生む温床になってたとかなんとかみたいなあれ。

 いやまぁ、そんな限定的な状況を制作者のせいみたいに言うのは大概あれだけども。

 

 

「いやツッコむとこそこじゃないよ多分!?ロムって何さ!?」

「……?リードオンリーメモリー(Read only memory)頭字語(アクロニム)。言葉の意味通り読み取り専用の記録媒体のこと、そこからゲームカセットのように書き込みが限定的なモノもその名称で呼ぶようになった」

「概念の説明をしろとは言ってないんだけどぉ!?」

 

 

 そうして唸る俺に、どこからかツッコミの言葉が飛んでくる。

 なんとなく年若い女の子みたいな声色のそれは、俺にツッコんだ後にTASさんにも同じ事をしていくが……結果として撃沈された。

 TASさんに説明しろ、なんて言ったところで解説してくれるわけがないんだよなぁ……。

 

 

『仕方がないの、(わし)がこやつに変わって解説してやるとしよう』

(なんで生首に?)

(右枠……?)

 

 

 ぎゃんぎゃん喚き始めた声の主だが、TASさんは首を傾げて不思議そうな顔。

 ……今ので説明は終わりだけど?とでも言いたげな彼女の様子に、ハァとため息を吐いて解説を買って出たのはスタンドさんである。

 

 何故か生首になってたけど……あれか?解説するからってことなのか?

 ……などという微妙に関係のないことを脳裏で思考しつつ、彼女の解説に任せる俺であった。

 

 

『小難しいこと言っておるが、結局答えとしては単純。主の攻撃のタイミングでエフェクトの当たり判定を消した、というだけのことよ』

「……えふぇくとのあたりはんていをけした?」

『うむ。ロムの半差し……この場合はここら一帯の物理法則とでも言うが、それを機能不全にすることで主の攻撃を回避した……というわけだな』

「……??、?????」

 

 

 相手の声から、隠しきれないほどの困惑が伝わってくる。

 まぁ、気持ちはわかる。スタンドさんが分かりやすく説明したのは確かだが、だからといってそうして説明された方が本当にわかりやすいのか?……みたいな話はまた別枠なわけだし。

 寧ろ、下手にこっちにわかる単語が並ぶせいで余計に困惑が強くなる、というか。

 

 一応、補足しておくとすれば『半差し』とは言うものの、具体的に何か実体のあるものモノを半分差した状態にした、というわけではない。

 結果として現象の説明に最適だったというだけで、恐らくTASさんのやったことはスプライトオーバーからの処理遅延……とか、そういう系統だと思われる。

 

 

「すぷらいとおーばー?しょりちえん……???」

「おいこら、テメェが余計なこと呟くもんだから話が完全に止まっちまったじゃねぇか」

「おおっと、それは失敬」

 

 

 ……なお、俺の現状把握が口に出ていたせいで、黒幕らしき人物の思考が更なる泥沼に突っ込んだようだが……断じて俺が悪いわけではない。

 全部TASさんのせいである。多分。

 

 



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悪戯も度が過ぎれば人身事故

「で、そうして困惑していた相手がこいつだった、と」

「コラー!僕ちゃんをどうするつもりだ貴様らー!!離せー!!」

 

 

 さて、TASさんの活躍により今回の黒幕があっさり捕まったわけなのだけれど。

 その相手というのは、さっきの神様と負けず劣らずの小ささの存在だったのであった。

 

 ……ええと、さっき暗闇の中にいた時もっと大きくなかったかな君?

 

 

「お前達を吹き飛ばすために全力使っちゃったんだよ!察せよ!」

「後先考えずに全部使っちゃうとか」<ドッ

「フギャーッ!!!サッキカラボクノコトオチョクリヤカッテナンナンダオマエー!!」

「うわぁ」

 

 

 うーん、最早駄々を捏ねる子供である。

 親指と人差し指で襟首を捕まれ吊るされたそいつ……見た目から妖精とでも呼ぶが、そいつはジタバタと手足を振り回しながら叫んでいるため、先程までの威厳とかが全部吹っ飛んでしまっていた。

 こうなるとこっちも危機感が薄れるというもので、思わずROUTEさんやスタンドさんに視線を向けてしまうのだが……。

 

 

「…………(何故か冷や汗を流すROUTE)」

『(それを見て何かを察したように遠い目をするスタンド)』

(……ダメだこりゃ)

 

 

 うん、これはあてにならない。

 金切り声を上げ、ジタバタし続ける妖精と。

 それを見て、先までと変わらずひたすら煽り続けるTASさん。

 それを見て青褪めるROUTEさんと、多分現状一番余裕があるけど介入する気はなさそうなスタンドさん。

 

 この混迷した状況を前に、俺はもうどうにでもなーれ、と天を仰いだのであった──。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「…………(それで戻ってきたの?とでも言いたげな様子)」

「まぁはい、元凶捕まえたのは事実なので……」

 

 

 結局、元凶がこの妖精であることは間違いないため、そのまま祠の中にとんぼ返りした俺達。

 さっき出ていったばかりなのに戻ってきた俺達に、初め小さな神様は怪訝そうな顔をしていたが……やがて俺の右手に摘ままれた妖精の姿を見ると、驚いたように目を見開いていたのだった。

 

 どうやらその反応からするに、この妖精と小さな神様には何かしらの繋がりがある、ということになるらしい。

 

 

「大きさ的に同族だったり?」

「……!」

『ふむ……妹らしいぞ?』

「なるほど妹……妹!?

 

 

 そうしてスタンドさんが翻訳したところによれば、繋がりどころの話ではない事実が飛び出したのであった。

 いや、大きさ的に連想しただけであって、本当に関係者だとは思ってなかったんだけど???

 

 とはいえ改めてよく見ると、確かに両者は似たような顔をしている。

 そっぽを向いている妖精の方がショートカットだったりして男の子っぽかったり、小さな神様の方が髪が長くて女の子っぽかったりするものの、基本的には同系統の顔の作りをしているというか?

 

 

「…………」

『そんなに見つめられると照れる、だそうだぞ?』

「おおっとそれは失礼」

 

 

 あまりに繁々と眺めていたせいで、小さな神様が再びROUTEさんの背に隠れてしまった。

 失礼なことをしたと謝罪を一つ投げ、改めて仕切り直しである。

 

 

「えーとつまり、この子は神様の妹で、その妹が神様の力を横からこっそり奪い取ってた、ってこと?」

『そうなるの。こやつが力を取り戻せなかったのも、同族かつ力の方向性の違いというやつだ』

「ふぅん?」

 

 

 なんで力を取り戻せなかったのだろう?……と思っていたが、なんのことはない彼女達は双子神・二つで一つの存在。

 奪うもなにもなく、単に力の配分が変わっただけの話であった、ということになるらしい。

 あれだ、対処の仕方を間違っていたので最初から失敗してた、みたいな?

 

 ……ただ、そうなると気になることが一つ。

 誰かに奪われていたというよりも、身内に使われていたというパターンの方が判別が簡単なのではないか?……という話。

 雑に言うとなんで気付かなかったんです?……みたいなことになるというか。

 

 

『それに関しては単純だの。そもそもこやつ、こいつが生きておるとは思っていなかったのだ』

「え?死んでると思ってたってこと?」

『喧嘩別れした上に血溜まりを見たのが決定打だった、らしいの』

 

 

 そんな俺の疑問も、スタンドさんの翻訳により判明した。

 どうやら、神様は妹が死んだものだと勘違いしていたらしい。

 死体そのものを見たわけではないが、それを連想させる血溜まりを見たこと・および自身と紐付けられた妹の分の力が失われたことで、それを誤認したまま過ごしていたと。

 

 ……うーん、力の配分が変わっているようなもの、という話なのに失われたと誤認したとはこれいかに?

 いやまぁ、タイミング的には確かに勘違いを起こしそうなのはわかるのだが、同時に二人が『二つで一つ』ならその辺りの判別間違いを起こしそうな気がしないのだが?

 

 ──と、一通りすっとぼけた上で、改めて青褪めている人物──ROUTEさんに視線を向ける。

 彼女は視線を逸らし、興味ないねとばかりに立っているが……先程から言っているように青褪めているし、なんなら冷や汗もだらだらと垂れ流している。

 

 つまり、これは。

 

 

「ROUTEさん?」

「ひぃっ!違う違う俺悪くねぇ俺悪くねぇ!!」

「それ白状してるようなものでは?」

 

 

 この状況を引き起こしたのはROUTEさんなのでは?

 ……という予測が、俺にも立てられてしまう状態になっていたのだった。

 

 



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幼い頃ってよくやるよね

「…………」

 

 

 はてさて、俺は悪くないと喚くROUTEさんを正座させることで落ち着かせた俺達。

 彼女はその状態で神妙な顔をして、こちらからの言葉を待っている。

 

 ……何があったのかはわからないが、この様子だと彼女には小さな神様周りで起きたことに関して、少なからず覚えがあるというのは間違いないだろう。

 とはいえ、こちらから無理に聞き出すようなことはしない。

 話したくないことの一つや二つ、人にはあってしかるべきもの。ゆえに変に拷問とか質問とか、そういう野蛮なことはしない。

 

 

「……じゃあ、どうするつもりだ?」

「こうする」<スッスッ

「……?突然空中に指を滑らせて何を……って、んん???」

「(選択肢に)意味不明なものが見えたとして、それで思考を止めるのは悪手。というわけで──ここをこうしてここをこう、それからこうしてここをこう」

「なんでそのコマンド……」

 

 端から見ると九字でも切ってるように見えるが、その実それって多分某有名なコマンドですよね?上上下下……から始まるやつ。

 で、その意味不明な行動にROUTEさんが困惑している内に、目の前に展開されたのは空間投影型っぽいウィンドウ。

 ……実際のところはいわゆるグリッチの一つであり、かつこの時代の存在は本来まだ使用できないはずのもの──グラフィックビューアーである。

 

 なにそれ、とでも言いたげな視線が幾つかあるが……それに関しての説明は後回し。

 必要なのは、このシステムに存在するとある機能──、

 

 

「過去イベント回想機能。これがあればROUTEが何をしたのか一目瞭然」

ぶっ!?ばばば、止めろよこのバカ!?」

「言われて止める方がバカ」<ポチー

ああああああああああああああああああ

 

 

 つまり、彼女の口から語って貰うのではなく、実際に見てみようということ。

 隠し立てのしようもない赤裸々な告発に、流石のROUTEさんも慌て初めたが……後の祭り。

 

 結果、彼女が過去に行ったとある()が、白日の元に晒されることとなったのであった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「いやー、まさかROUTEさんが里を飛び出す際に投げた言葉が、この妹さんに反旗を翻すきっかけとその方法を編み出す思考を与えることになっていたとはねぇ」

「……いっそ殺せぇ……」

『いやいや、実際に行動に移したのはこいつだからな。そこまで思い詰める必要もないと思うが?』

「自分の後始末を自分で付けてるだけ、とかダセぇにもほどがあんだろうがよぉ!?」

『お、おう』

 

 

 いやまぁ、結局やったのは妹さんであるしそれを決意したのも本人だしで、ROUTEさんが気に病む必要性は……全くって訳じゃないけど、そんなに多くはないんじゃないかなー、と過去の記録を参照した結果思った俺である。

 

 うむ、どうやら妹さんが小さな神様に反旗を翻そう、と決意したのはROUTEさんが里を飛び出した時、捨て台詞的に投げた諸々の言葉と、自身の私室に残していた幾つかの逃走手段を見つけたから、というところが少なからずあるようで。

 彼女の遣り口を見ていたROUTEさんは途中でその可能性に気付き、さらに自身の能力(選択肢)で裏付けを取ったことで顔を青褪めさせた……ということになるようだ。

 

 個人的には貰い事故の極みのような気もするのだが、ROUTEさん的には『可能性を視るものが可能性を生み出したことに気付かず過ごしてた、ってのが大問題(ギルティ)』っ感じらしく。

 こうして、頭を抱えて蹲っているということになるのであった。

 

 ……まぁうん、言い方を変えると立つ鳥が跡を濁した結果、その濁りが鳥を追い掛ける標となった……とも解釈できなくはない。

 分かりやすく言えば彼女が逃げ出した時に適当してたので追っかけられる羽目になった、最初からちゃんと片付けしていればそもそも見付かることもなかった……みたいなことになるので、その方向性で自分を責めるのはわからんでもない。

 

 

「ROUTEにもそういう面があったんだね、良かった良かった」

「ウワァヤメロー!!オレノアタマヲニコニコシナガラナデテルンジャネェー!!?」

 

 

 まぁ、彼女が一番嫌がっているのは恐らく、今のROUTEさんを見て『かわいそ』とでも言わんばかりに頭を撫でてくるTASさんの存在、なのだろうが。

 ……彼女の場合別に煽っているとかではなく、普段孤高の存在……みたいな態度で少し離れた位置にいる彼女にも、こういう親しみやすい面があるんだね……と認識し、純粋に喜んでいるだけだとは……だけだとは思うんだけど、TASさんの場合それはそれとして『今煽っとくと後から有利になる』みたいな打算も含めて撫でている、という可能性もなくはないのがなんとも。

 

 

「ケッキョクソレッテナメラレテルッテダケジャネェノカヨエー!!?」

「まぁまぁ落ち着いてROUTEさん。そのままだとCHEATちゃんと何にも変わらないですよ?」

それ(その言い種)は普通に怒られろ」

「……あれっ?」

 

 

 なんで俺が責められる側に?

 あっちょっ、CHEATちゃんに電話するのは止め……止めろよこのバカ!?

 

 

「……僕ちゃん放置されてない?」

 

 

 わいわい騒ぐ俺達を見ながら、妹さんの言葉が寂しく祠内部に響いたのだった──。

 

 



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一月の後半は基本的に暇

「……で、結局その後どうなったんだい?」

「妹さんと神様は元々同一存在なので、TASさんがあれやこれやして元に戻して終わり……みたいな?いやまぁ、その『あれやこれや』も長いといえば長かったんだけど、それを話すとさらにややこしくなるので……」

「ああうん、聞いた私が悪かったよ。この場合は『めでたしめでたし』で済ませろ、ってことだね?」

「そういうことです」

 

 

 理解が早くて助かります。

 

 ……というわけで、日本に戻ってきた俺達は正月明けをゆったり過ごしていたのだが、その中でMODさんにこの前の外出の際のあれこれについて聞かれたため、蜜柑のあて程度にそれを話していた……というわけなのであった。

 まぁ、ところどころ大分はしょって説明したので、多分よくわかってないポイントも多いとは思うのだけど。

 

 

「そもそもTAS君ってそういうものだからね」

「……なんてことを言われてしまうと、こっちとしても頷かざるを得ないのです、はい」

 

 

 まぁ、いつものTASさんだった、ということで……。

 

 

 

・A・

 

 

 

 そんなわけで、久しぶりに日本に帰って来たわけなのだけれど。

 ここ数日は特に問題らしい問題が起きることもなく、平和な一日を過ごしていたのだった。

 理由は幾つかあるだろうが……TASさんが休んでいるから、というところが大きいように思われる。

 

 

「色々飛ばしたけど、フラグまで消えたわけじゃないから」

 

 

 ……なんてことを言っていたので、正確には休みというよりも色んな物事に対して整理の時間を設けた、みたいな感じの話のような気もするが。

 

 ともかく、TASさんが家で(表面上)大人しくしている以上、トラブルらしいトラブルが起きることもなく、至って平穏な毎日を過ごしていた、というわけなのであった。

 ……うん、過去形なんですよねこれが。

 

 

「まさかAUTOさんがトラブルを持ってくるとは思わなかった」

「わ、私だって持ってこようと思って持ってきたわけではありませんのよ!?」

 

 

 今回はとても珍しいことに、AUTOさんがトラブルを引き連れて来た形となっていた。

 まぁ、流石にこの間のそれと比べれば規模は段違いだが……ともあれ彼女が問題を引き起こした、という状況自体が珍しいことに変わりはなく。

 

 ゆえに、彼女は恥ずかしそうに顔を伏せていたわけなのであった。

 ……で、一体何が起きたのかを一言で説明すると。

 

 

「……なぁにこれ」

「その……ふと思い付いたことを試してしまった結果、と申しましょうか……あっ、お止めくださいまし!その『ええ、AUTOさんってば一体何を考えてるのさ……?』みたいなお顔を私に向けるのは!!」

「そうされるのは仕方ないと思うんだよなぁ」

 

 

 いやだって、ねぇ?

 まさか、DMさんにくっついて回るスタンドさんを見て、なんとなく羨ましい?みたいなことを思ってしまった結果、自分の後ろに背後霊がくっつくことになるとか。

 ……うん、後先考えてなさすぎでは?

 

 違うんです違うんです、ふと思ったことが頭から離れず、しまいにはそのせいで『やれる』という確信が脳内を巡り、つい魔が差してしまっただけなんです……とAUTOさんは頭を振っているけど。

 うん、その程度の思い付きで実際にやれてしまう辺りは流石AUTOさんだなぁ、というか?

 

 

「あああああああああああ……」

「滅茶苦茶恥ずかしがってる……ところで、この後ろの人全く喋りも動きもしないけどどういうあれなの?」

「さぁ……?スタンドさんを参考にした、っていうなら自律行動して然るべきなんだけど、そういう気配は全くしないねぇ」

 

 

 顔を真っ赤にして机に伏せてしまったAUTOさんは一先ず置いとくとして。

 彼女の背後──大体右斜め後ろ辺りにいる、半透明の存在に目を向ける俺とCHEATちゃん。

 

 見た感じ、造形はまんまAUTOさんそのもの、ってかんじのそいつは特に何かをすることもなく、無言でそこに佇んでいる。

 硬く結ばれた唇、遠くを見る眼差し。

 ……それらは、かつての?凛々しいAUTOさんを想起させるに相応しい……いや、AUTOさんって凛々しい系ではなかったような?

 

 本人に聞かれれば抗議されそうなことを考えつつ、まじまじと後ろの人を確認する俺達。

 されてる側は全く反応を見せず、これじゃあ分身って言うよりは複製とかその辺りだよなぁ、なんて感想を抱き始めた辺りで……。

 

 

「そうだお兄さん、忠告しておくことがあ……

「おっとTASさん。その様子だと()()についての話だったり?」

 

 

 自室から出てきたTASさんが、こちらに声を投げながら居間に入ってくる。

 ……そして、机に突っ伏すAUTOさんとその背後の半透明AUTOさんを見て、綺麗に固まった。

 直前の言葉の内容からすると、こうなる前に何か言っておきたかった……みたいな話だろうか?

 

 そうお気楽な思考をする俺に対し、近寄ってきたTASさんは次のように返したのだった。

 

 

「お兄さんの冒険はここで終了です。あーあ」

「なんで!?!?」

 

 

 ……何故唐突に俺の命の危機!?

 

 



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加速度的に増えるよ、それ

「お兄さんの末期は八つ裂きに決まってしまいました。あーあ」

「なんで!?今の流れで俺に被害が飛んでくる理由がまっったくわからないんだけど!?!?」

 

 

 まさに寝耳に水、というか。

 なんでこの状況から俺の命の危機に話が発展するのか、というか。

 ……色々ツッコミどころが多いわけだが、目の前のTASさんは肩を竦めてやれやれ、と頭を振るばかり。

 特にその子細について語ろうとしない辺り、何かしら語らない方がいい理由でもあるのだろうか?

 

 

「お兄さんの鋭さは変な方向にばっかり発揮されるね?」

「その言い種だと、理由を聞くのはよくないってことか……」

「まぁ、うん。聞いたらまず自分から首をかっ切ることうけあい」

「一体どういうことなの……」

 

 

 詳しく聞いてないのに謎が深まったんだが???

 ……と、ともかく。理由を聞かなくても色々とあれ、みたいな感じの今の状況。

 となれば、俺がやるべきことはただ一つ、俺の死亡展開回避だ!

 

 

「なるほど。無駄な足掻きかもしれないけれど足掻くことに貴賤はない。いい心がけ」

「なんでさっきからTASさんは俺の心を叩き折ろうとしてくるんです……?」

「そっちの方が……面白いから?」

「首捻ってる辺り本当に面白いとは思ってないやつだねそれ???」

 

 

 実際に目にしたら「なんか……思ってたのと違うな……」とかなるやつだよねそれ?

 そんな適当なテンションで生け贄に捧げられちゃあ堪ったもんじゃねぇ!……ということで、微妙に渋るTASさんをなんとか説き伏せる俺なのであった。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「で、とりあえずTASさんを説得できたわけなんだけど……」

「結局、この半透明のAUTOってなんなの?」

「イツーモAUTOリターンズ」

「……なんて?」

「イツーモAUTOリターンズ」

「力強く言い直してきたな……」

 

 

 あー、うん。

 なんだっけ、ゲスト枠のキャラクターの離脱判定が上手くいかなかった時に、その時のゲストが残像のように残り続ける……みたいな話だっけ?

 でもそれがあっているとすると、色々対策施して来たのになんで?……ってなるような、と我関せずとばかりにこたつで蜜柑を食べてるダミ子さんに視線を向ける俺である。

 

 

「……なんですかぁその視線。私は何もしてませんよぉ?」

「わかりやすさ重視でイツーモAUTOと呼んだけど、実質原理は別物。だからこそ再来(リターンズ)なんだし」

「なるほど……」

「あれ?普通にスルーされてませんかぁこれぇ???」

 

 

 なんだ、ダミ子さんは関係ないのか。

 んじゃまぁ彼女のことは放置するとして、詳しい原理を尋ねていく俺達である。

 そうして聞き出したところによると、今回の『リターンズ』の特徴は次のようになるのであった。

 

 まず、見た目的に似ているだけで、以前見たAUTOさんの残像(イツーモAUTO)とは別物らしい。

 ゲスト枠からの離脱判定ミスではなく、どちらかと言えばドッペルゲンガーとかの方が近い、というか。

 

 

「と、いうと?」

「並行世界から呼び寄せられたもの、というのが近い」

「そっちの方が問題のような気がするんだけど……」

 

 

 どっか遠い世界からガワだけ呼び寄せてる、みたいな?

 見た目がAUTOさんと瓜二つなのは、他所の世界の彼女自身だから。

 ……とはいえ、別に自意識があるわけではないらしい。

 

 

「彼女の『背後に控える半透明の存在』への僅かな憧れが、他所の世界の彼女自身に聞き届けられた結果こうして姿だけを貸す、という形で叶えられた」

「姿だけ、ねぇ……この前みたいに向こうのAUTOさんを模倣する、みたいなこともないと?」

「ない。基本的にはこっちのAUTOの意向に従う」

「なぁ、それって文字通りのスタ……」

「それ以上いけない」

 

 

 ただでさえスタンドさん周りは色々あるんだから、余計な火種は呼び込むべきじゃ……え?そもそもその呼び方自体ギリギリだろうって?

 いやほら、これに関しては単にDMさんの側にいる、ってだけの話だから……。

 

 ともかく、判定的にはAUTOさんが二人に増えた、くらいの感覚でも問題はないらしい。

 但し必要なものが二倍になったわけではなく、判定などをする際にちょっと有利……程度のものらしいが。

 この辺り、以前の場合だとご飯を食べさせたりしてたのが今回はできない……みたいなところに現れているというか。

 

 

「けど、スタンドを見て発生したものだから実のところ全く自律行動できない、というわけでもない」

「というと?」

「脳波でコントロールできる」

「また微妙なところを……」

 

 

 大雑把にいうと、念じるだけである程度行動させられるのだそうだ。

 なんなら、自分の中の特定の思考を読み込ませ、それに沿うように動かすこともできるとかなんとか。……まさに脳波でコントロールできる、というわけだ。

 

 

「但し、やり過ぎると酷いことになる」

「酷いこと?」

「ちょっと思ったことを読み取ってこうして発生した、ということからわかるように、潜在的な望みを読み取って動く可能性がある。具体的にいうとAUTOの隠れた欲望に従って動くかも」

「AUTOさんの隠れた欲望……だと……?」

 

 

 なんだその、俺が見たら目潰しされそうな……ってあ、つまりそういう……?

 

 秘められた願望に従って動くということは、迂闊に彼女を視界に入れてるとAUTOさんの秘密を勝手に暴いた、という判定になりかねないこと。

 普段のAUTOさんならそれでもまだ情状酌量の余地がありそうな気もするが、目の前のイツーモさんの方は感情(のうは)に従って動く可能性大。

 

 ……つまり、勢い余って照れ隠死される可能性も大、ということである。

 なんということだ、本当に俺の死亡フラグに繋がったんだが?

 そんな風に恐れ戦く俺に対し、AUTOさんはずっとプルプル震えたまま机に突っ伏していたのだった……。

 

 



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これはひどい(顔を覆う少女一人)

 はてさて、AUTOさんが諸々の事情で自主隔離、みたいなことをしだしてから早三日。

 

 ……さらっと三日が経過したわけだが、特に事態が解決する気配が感じられたりはしなかったり。なんでかって?

 

 

「貴方様、おかわりを所望します」

「ああ、はい……」

 

 

 イツーモさんの方が、ずっとうちに入り浸ってるからだよ!!

 ……いや、真面目になんでこうなった???

 

 現在イツーモさんは、何かをねだるように両手を広げてこちらに主張をしている。

 ……おかわり、という言葉に食事を求めているように聞こえるだろうが、前回も言ったように彼女は食事をしない(できない)ので実態は違う。

 

 では何を求めているのか、というと。

 

 

「……よっ、AUTOさん日本一。並ぶもののない美少女、誰もが思わず見とれてしまう美人~」

「……ええ、ええ。貴方様からの褒め言葉は幾つ受け取っても良いものですわね……」

 

 

 まさしくうっとり、といった感じで俺の言葉を受け取るイツーモさん。

 ……うん、彼女が求めていたのは俺からの褒め言葉、だったのであった。いやなんで?

 

 

「最近あんまり構ってあげてなかった。ゆえに褒めてほしくなった……とか?」

「いや犬猫じゃねーんだから……」

 

 

 そんな俺達の横で、我関せずとばかりに本を読んでいたTASさんが茶々を入れてくる。

 ……うん、解決のために動くとかなんとか、そういうあれは無いのかと尋ねてみたところ「なるようにしかならない」と無残にも切って捨てられたこの状況、はたしてどうしてくれたものか。

 

 というかだ、このままイツーモさんの求めるままに褒め言葉を投げ掛けていいものか。

 彼女はAUTOさんの潜在的な欲望で動いている、とかなんとか言ってたが……そんなもの満たしっぱなしにするのよくないんじゃないか、というか。

 

 

「何故です?私はとても満足していますが」

「潜在的な欲なんだろ?だったらこう、それが大っぴらに外に出てて勝手に満足してる……ってのは、噴飯もの以外の何物でもないような気がするんだが?」

「?」

「いや、そこで不思議そうに首を傾げられても……」

 

 

 まぁそもそもの話、潜在意識のはずの彼女と普通に会話してる……というのが既に大問題のような気もするのだが。

 このままやり過ぎると多重人格として分裂しない?……みたいな感じというか。

 

 

「……ふむ。それは望むべくもないですね。別にトラブルを起こしたいわけでもないですし、そもそも彼女と私が完全に分離してしまってはそれこそ本末転倒です」

「だろう?だからこう、そろそろ自重してくれると助かるんだけど……」

「それとこれとは別です。もっと褒めて下さいまし」

「ダメだこりゃ」

 

 

 うーん、内面はこんなに甘えたがりの駄々っ子だった、ということだろうか?

 ……なにがあれって、こうして勝手に動いているイツーモさんの行動は、普通に本体であるAUTOさんに筒抜け……ってことなんだよなぁ、とため息を吐く俺である。

 これ、もうAUTOさんが顔を見せにここに来るのは不可能なのでは?

 

 

「……あー、それに関してはですわもごご」

「ん?なんでイツーモさんの口を塞いだのTASさん?」

「ここで彼女の口を塞ぐことで長ったらしいイベントを一つスキップできる」<ドヤッ

「はぁ……?」

 

 

 なんてことを思ってたら、唐突に読んでた本を放り投げながら割り込んでくるTASさんである。

 ……わりと余裕のない動きっぽいけど、そのタイミングじゃないとダメだったんです……?

 

 飛んできた本の背表紙の痕を擦りつつ、掴んだそれを本人に返す俺なのであった。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「何故止めたのです?」

「流石にその場で世界崩壊級のあれこれが起こるのはNG」

「はぁ……いえ、正直もうリセットした方が早いと思うのですが?」

「そう?」

「ええ。ここまでやってこれなら、最早問題は別のところでしょう」

「むぅ……」

「そろそろループのタイミングなのでしょう?その前に少しちょっかいを……と思ったのですが、これでは彼女(わたし)も報われませんわね」

「報われたい、と思ってるかは知らない。でもみんなで当たる方がいいのかも、とはちょっと思ってる」

「……あの方、昔何かあったんですの?」

「知らない。知っててもそこに関してはスキップする」<キリッ

「私が言うのもなんですが……そこをスキップするからうまく行かないのでは……?」

「うまく行っても仕方ない、みたいな部分もある」

「……どうにも私が知らない事情があるようで。なんともままなりませんわねぇ」

「本当にそう」

「楽しそうなのはどうして、と聞いても?」

「楽しいから」

「答えになっていませんわよ……」

 

 

 

・A・

 

 

 

 そうして色々あった正月。

 結局AUTOさんは戻ってこないまま──俺達は、新たなるループへと突入したのだった。

 

 一月から四月までの三ヶ月間、その間に何が起こったのか?……という記憶の一切合切を喪失した状態で。

 

 

「また今回も繰り返してしまった……」

「それはいいんだけど、一月から三月までの間に何があったんだ……」

「……お兄さんのえっち」

「マジで何があったんだ……!?」

 

 

 いやからかわれてるだけなんだろうけどさぁ!?

 不穏なこと言うの止めようよマジで!!

 

 



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そんなわけで新学期です

「……新学期だねぇ」

「そうだね」

「春だねぇ」

「そうだね」

「一ついいかな」

「ん」

「……なんで俺、先生になってるの……???」

「ん。いい加減定職に就きたい、と言ってたからちょちょいと」

「どう考えてもそんな雑な理由でなれないしなっちゃいけない職業なんだよなぁ!?」

「え?」

「両手に教員免許とか関連資格全部用意するの止めない!?」

 

 

 それあれでしょ、なんか裏技とか使って習得したやつでしょ!?

 

 とまぁ、そんなわけで何の因果か教員になってしまった俺である。

 無論、担当するのはTASさんが所属するクラス。

 ……滅茶苦茶恣意的運用されてる気がするのだが、問題はそこではない。

 教員免許も持ってないようなアルバイターが唐突に教職台に立っている、ということの方が大問題である。

 ……え?TASさんのやることなのでいちいちツッコむ方があれ?それはそう。

 

 まぁうん、来週辺りには「飽きた」とかなんとか言われていつの間にかクビになっている……という状況がありありと想像できるのもあって、ここで騒ぐ意味はほぼないかなーと思わないでもないのだが。

 でも一つ、一つだけツッコミを入れさせて頂きたい。

 

 

「俺だけじゃ飽きたらず全部盛りになってるのはどういう了見で???」

「いちいちサイド変更みたいなことをするのが面倒臭かった。一纏めにしておけば全員描写できる」

「だからって限度があるだろうが……っ!!」

 

 

 そう、このクラスには何故か俺以外にも、そもそも成人してるので関係ないはずのダミ子さんとROUTEさんの二人、それから学校と学年が違うので合流の可能性が無いはずのAUTOさんとCHEATちゃんの二人。

 それから、そもそも実体がないので参加も何もないはずのスタンドさんと、こういう時基本的には留守番として家で家事を片付けているはずのDMさん。

 最後に、最初からTASさんとは同級生であるMODさんの、総計九人が全員集合しているのである。……なんの嫌がらせかな?

 このままでは、他の同級生達が完全にモブになってしまう……!!

 

 

「そう?結構特徴的な人いるけど」

「ほう、例えば?」

「そこで机に突っ伏して寝てる子。この子実は同人漫画家で昨日徹夜だったからこうして睡眠時間を捻出むぐ」

「止めよう!!人の趣味を赤裸々に無責任に暴くのは止めよう!!」

 

 

 話題になってるせいで、耳たぶ真っ赤にして震えてるからその子!

 この分だと自分がどういう作品を書いてるのかもバレてる……みたいな感じでプルプル震えてるから!!公開処刑以外の何物でもないわ!!

 あまりに憐れなので、とりあえず話題にあげることを禁止する俺である。……少女よ、すまんなこんなクラスメイトで。

 

 ともかく、TASさん的にはうちの面々以外にも目立つ人はいる、という認識らしい。

 なので、俺達が揃って学校生活送っててもきっと埋没したりしない……と。

 

 

「それは別に褒められたことでもなんでもねーんじゃねぇのか……?」

「大丈夫大丈夫。二十○歳になって制服を着せられてる貴方とダミ子が隣にいても、しっかり目立てるような逸材達だから」

「それは買い被りっつーか喧嘩売ってるってことでいいんだよな?あ??」

「お、落ち着いてくださいROUTEさぁん!!それTASさんの思う壺!思う壺ですよぅ!!」

「ダミ子は二度めだから慣れたものらしい。ウケる」<ドッ

「止めてください、必死に目を向けないようにしてたんですよぉ!?!?」

 

 

 まぁうん、本人達が言うように若い子に混じってる大人、という時点でかなりアレだとは思うが……見た目的にはまだイケる分いいんじゃないかなー、というか。

 イケなきゃそもそも着せてない?それはごもっとも。

 

 

「困りましたねぇ、何故か私も巻き込まれていますし……」

『いつも通りであれば、今頃家で家事終わりのワイドショー閲覧の時間だものなぁ』

「お兄さんと一緒に、ですね」

「うん、それは確かに事実なんだけど今この場でそれを言うのは止めて欲しかったな?見てみなよ周囲の子達、さっきまでドン引きだったのになんかこう超興味津々でこっち見てるんだけど??同棲とか呟くの止めようね君達、俺捕まりたくないからマジで」

 

 

 こっちでは、見た目ほぼTASさんと変わらないDMさんが問題発言。

 ……外見年齢CHEATちゃんと変わらない彼女達は、それと一緒に住んでいる……みたいな話を他所様に聞かれた時点で大問題確定というか。

 明らかに血が繋がってないからねこの子達と俺!変な意味でしか取られないやつだよねこれ!!

 

 いやまぁ、近所の人達ならもう少し踏み込んだ部分についても知ってるから、その辺り勘違いだってわかってくれるのだけど……。

 この学校、微妙に俺達の家からは離れた位置にあるからなぁ……俺らの風評とか全く届いていないんだよなぁ……。

 思わず頭を抱えてしまった俺を、誰が責められるのだろう?

 

 そんなわけで、唐突に始まった学園生活。

 波瀾万丈が待ち受けていること確定のこの生活を、無事乗りきることができるのか?

 そんな、無謀な戦いが幕を開けた、ということを改めて悟った俺なのであった……。

 

 



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かわいそうなメガネのあの子()

「そんなわけで、不安いっぱいの俺達を助けるために、さっき突っ伏してた子が手伝ってくれることになりました。皆さん拍手ー」

「いやその、別にまだ大したことしてないんで、褒められても困るんで……」

「おお、同人ちゃんは謙虚ですね」

「いや謙虚とかじゃ……ちょっと待ってなんなすかその人を殺しに掛かったネーミングセンス!?

 

 

 はてさて、休憩時間である。

 始業式は当に終わっているらしいある晴れた日である今日、授業は普通に最後まである……とのことで、現在は昼食タイムの真っ最中。

 何故かこのクラスの担任にされた俺は、人が疎らになった教室内で弁当を広げ──いつもの面々が揃い、何故かさっき寝てた彼女まで集まっていた、というわけなのであった。

 

 どうやら、TASさんが巻き込む相手としてピックアップしていたうちの一人、ということになるらしい。

 

 

「というか、アタシにはちゃんと「させるかっ」という名前が……いやなんで今邪魔したっすか!?」

「生憎この作品(がっこう)では名前入力欄は私が握っている。つまり私が付けた名前以外は認められない。貴方は大人しく同人ちゃんと名乗るべき」

「な、なんなんすかその横暴!?ちょっと、先生もなんとか言ってやって下さい!!」

「うむ、それもそうだな。TASさん!」

「なぁに?」

「それってちゃんまでで一つの名前?」

「そう。ちゃんまでで一つの名前」

「アンタ達アタシを自分のことちゃん付けする痛いやつにしたいんすか!?!?」

「「そうだけど何か?」」

「なんでこの二人こんなに息ぴったりなんすかぁ!!?」

 

 

 なんでって……なんでだろうね?

 

 にしてもあれだな、わざわざTASさんが押してくるからなんだと思ってたけど……ノリツッコミの切れがとてもよい。

 確かにこれは巻き込みたくなる逸材だ、うん。

 

 え?巻き込まれた側はたまったもんじゃない?そんなことこっちの知ったこっちゃないね!(外道)

 

 

 

/(^p^)\

 

 

 

「……よくよく考えてみたら、これどういう集まりなんっすか?」

「うーん……強いて言うなら裏世界の集い……?」

「唐突に痛い妄想が挟まった、ってことでいいっすか?」

「本当にそう思ってるなら、そこのMODさんのプロフィールを思い出してみよう」

「……?……あっ、この人よく考えたら高校生社長とかそういうあれだったっす!大概普通に生きてたら耳にすることのないパターンの人物っす!」

 

 

 はてさて、同人ちゃんのノリツッコミをBGMに弁当を突っついているわけだけど。

 今回ほぼ全員が一同に介している、ということもあり個別に弁当を作るようなことはせず、みんなまとめて重箱行きだったりする。

 そのため、最初同人ちゃんは『どういうことなの……』みたいな顔をしていたのだった。

 まぁ、よくよく考えなくても何の集まりだ、って疑問は飛び出して然るべきだし?

 

 そんなわけで、重箱の中から卵焼きを一切れ渡し、懐柔しに掛かる俺なのであった。……なんの懐柔?

 

 

「いや知らないっていうか、そもそも卵焼き一切れ程度で賄賂のつもりとかちゃんちゃらおかうめぇ!?何これ滅茶苦茶うめぇ!?!?

「お兄さんの卵焼きは残機が一つ増えるランクの美味しさ。つまりこれを売り出せば過労死させ放題」<キリッ

「それ褒め言葉なの?」

 

 

 仮に褒め言葉だとすると随分斜め上というか、俺のこと鬼畜か何かだと勘違いしてないかというか。

 ……まぁともかく、TASさんのお墨付きを得た卵焼きによる同人ちゃん巻き込み計画は見事に成功した、ということで多分間違いあるまい。

 

 

「まぁ、この卵焼きを渡されちゃぁ協力しないという選択肢はないっすけど……そもそものツッコミをしても?」

「はいどうぞ?」

「そもそも何の手伝いをお求めなので?」

「それは勿論、私達の同好会誌の挿し絵担当として……」

「すみませんこれ途中で降りるのありっすかね?とりあえずさっき食べたの全部戻せばいいんっすかね???」

「すまんなクーリングオフは効かんのだ。仮に効いたとしてもTASさんに勝たんと適用不可なんだ」

返品させようという気概が欠片もない!?

 

 

 いやまぁ食品を返品するのってかなりあれっすけども!

 ……とかなんとか言ってる同人ちゃんだが、その反応が更にTASさんからの関心を引く結果になっている、ということをいい加減理解すべきだと思います。

 

 ほら、「むぅ、これからはモブにもしっかり目を向けよう」とかなんとか言ってるよこの人。

 君のせいでこれから何の詰み()もない一般人達が巻き込まれることが確定しちゃったよ。

 

 

「謝れ!この世の中に存在する憐れな一般人達に謝れ!!」

「あやまれー」

「すみませんこの二人の相手ちょっとキツいんっすけど!!そこのお方がた『可哀想に巻き込まれてしまったのね……でも自分は被害にあいたくないのでスルーしますね』みたいな感じに目を逸らすのは止めて!助けて!!」

『諦めよ、仮に(わし)らが助けに入ったところで主の被害は収まらぬ』

「幽霊?に慰められた!?」

『幽霊ではない、神よ!』

「うわー!!誰でもいいからなんとかしてくれっすー!!」

 

 

 そんな風にきゃっきゃうふふ、としながらお昼を食べる俺達であった、まる。

 ……え?嫌よ嫌よも好きの内、とかじゃないんです?

 

 



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この学校も大概ヤバイのでは?

「……結局聞きそびれたっすけど、私は一体何を手伝えば……?」

「実は新学期と同時に赴任&転校してきたようなものだから、この学校について教えて欲しいなーと」

「思ったよりまともな理由だった!?」

 

 

 はてさて、相変わらず昼食中の俺達である。

 ……いやまぁ、実際には大半が食べ終わった上で食後のデザートに移行してるんですけどね。因みに今日のメニューはショートケーキ(自作)です。

 同人ちゃんが「手作り!?マジで?!」とか驚いていたのでお裾分けしたが……評判はまずまず、といったところであった。

 

 

「いやこの上なく褒めましたが?!これ以上ないってくらい褒めましたが?!」

「え?そうなの?TASさん基準だとそこまででもなかったから……」

「その人基準にしたらなんだって微妙になるでしょうが……!!」

 

 

 まぁ、このように本人に確認し直したら結構好評価だったのだが。

 でもそれが信憑性的に微妙……というのは、基本的に大袈裟な動きをする彼女のせい、ということになるのではないかと愚考する俺である。

 ほら、普段あんまり感情を露にしない人の感涙と、ことあるごとに泣く人の感涙では見た人に与えるイメージがかなり違うというか?

 

 

「いやまぁそうっすけどね?!でも私がこんなに叫んでるのアンタ方が大概だからっすからね!?」

「それに関しては申し訳ないと思っている」

 

 

 思っているだけで改善の兆しは欠片もないのだが。

 ともあれ、話を戻すと。

 

 

「ええと、案内とか紹介とかでしたっけ?……私じゃなく、他の先生とかに聞けばいいんじゃないっすか?」

「彼らが笑顔を浮かべたままじりじり下がっていく姿を見て、俺は俺が単なる生け贄であることを知ったんだ」

「あ、はい。御愁傷様っす……?」

 

 

 まぁ、そういうこと。

 ……最初は同人ちゃんの言う通り、他の先生とかに尋ねようとしたのである。

 ところがだ、片手を上げて可能な限り友好さをアピールした俺に対し、返ってきたのは笑顔の拒絶。

 言外にその子(TASさん)達に関わりたくない、と全力でアピールされ返されたのだからどうしようもない、というやつである。

 ……普通に接してれば問題なんて起こらないと思うんだけどねぇ。

 

 

「なるほど。つまり先生はこれが問題ではないと?」

「……?日常茶飯事では?」

「うん、先生も大概関わりたくないタイプの人だったんっすね……」

 

 

 なお、この話を聞いた同人ちゃんは頭を抱えていた。

 完全に貧乏くじじゃないっすかぁ、と嘆く彼女に思わず首を捻る俺である。だってねぇ?

 

 

「昼休みが終わるまでは時間がある。つまりちょっとした気分転換に使う時間が残されているということ」<シュバババ

「なるほど、一分で終わらせるという宣言ですわね?──買いましたわ!その喧嘩!」<シュバババ

「反復横飛び対決って何を思えばそんなことに……早すぎて分身してるし」

「いや待つんだCHEAT君、これ実際に分身してるぞ、多人数戦だ」

「余計のこと謎なんだけど!?」

 

「ほらROUTEさん。望まぬ学校生活にイライラしてるのはわかりますが、流石にタバコなんて吸ってたら怒られるどころの話じゃないですよ?」

「うっせー……こんなん吸ってなきゃやってらんねーっつーの……」

『ほどほどにしとかんと酷いことになるのが見えるがな』

「……うげぇ、マジじゃん……」

 

「……うん、いつも通りだな!そうだろダミ子さん!」

ふぇ(はい)ふぉふふぇふはへ(そうですかねぇ)ー?」

「ツッコミ処しかないっすけど?!っていうか学校でタバコなんか吸ってんじゃねーっす!!」

「ああ??」

「ひぃっ!?人を殺せる視線!?」

 

 

 TASさんがAUTOさん達と対戦してるのはいつも通りだし、ROUTEさんがタバコを吸ってそれをDMさんに怒られるのもいつも通り。

 ついでにずっとモノ食べてるダミ子さんもいつも通りだから、何も問題はないな!

 

 ……とか言ってたら早速発生するいつも通りじゃない状況、俺の背後に隠れる同人ちゃんである。

 んもー、ROUTEさんはすぐに周囲に怒気を撒き散らすんだからー。

 

 などとふざけたら俺も睨まれた。怖い。

 ……まぁ、ROUTEさんが怖いのもある意味いつも通りなわけだが。

 

 

「くそぅ……こんなことなら四天王に任せれば良かった……!!」

「おおっと突然過ぎて思わずスルーしそうになったけどこれここで聞いとかないとあれなやつだな?」

 

 

 で、そうしてしみじみしてる俺の背後でボソッと呟かれた同人ちゃんの台詞。

 その一部に、確実に聞き逃すべきではない単語がしれっと混じっていたことに気付いた俺は、すかさずそこを追求。

 

 

「……?何の話っすか?」

「いや今なんか呟いたでしょうに」

「何か?……ええと、もしかして四天王の話してるっすか?別に珍しいもんじゃない気がするんっすけど」

「ははは、人のことあれこれ言うくせにわりと大概だなこの学校?」

「はい?」

 

 

 怪訝そうな顔でこちらを見つめる同人ちゃんの姿に、これ素面だなと思わず戦々恐々とする俺なのであった。

 ……単なる学校には四天王なんて居ないんですよ普通は。

 

 



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学校独自の文化とかそれ常識改変の言い換えでしかないのでは?

 はてさて、唐突に同人ちゃんの口から飛び出した『四天王』なる言葉。

 素直に受けとるならいわゆる四人衆……的なあれだが、もしかしたら生徒会長か何かの名字が『四天王』である、という可能性もゼロではない。

 と言うかさっきの彼女の反応からすると、そっちの方が正解である確率が高いように思われるため、改めて確認する俺である。

 

 

「いや、四天王と言ったら普通は『君臨する四人の王』でしょう。先生はそんなことも知らないんっすか?」

「はははおかしいなぁ狂人に狂人扱いされてるぞー?」

「あ、それティーハラっす。ティーチャーハラスメント。教育委員会に相談させて貰うっす」

「おっといいのかそんなことしても?俺がいなくなったら確実に君が彼女達の面倒を見ることになるんだぞ?」

「ははは嫌だな先生ちょっとした冗談じゃないっすかー」

 

 

 嘘つけ今のは本気の顔だったぞ。

 これ以上言及はしないのでそれで手打ち、ってことでお願いするっす。

 

 ……そんな感じのアイコンタクトを終え、改めて話題は振り出しに戻る。

 いや、何故普通の学校に四天王がおるねん。

 そもそもこの学校女子校っぽいけど、その場合スケバン(死語)的なもんでもおるんかマジで?

 

 

「スケバンって何……?いやそもそもの話、この学校普通に共学っすよ?」

「なんと?でもこのクラス女子しかいなくなかった?」

「たまたま男子達が全員風邪ひいてお休みになってるっす」

TASさん……?(疑いの眼差し)」

「のー。今回私は何もしてない。みんなが勝手に風邪ひいて休んでるだけ」

 

 

 そんなことを言ってたら、さらに気になる話が。

 ……朝礼の時確認を取った際には女子しか見えなかったし、俺が廊下ですれ違ったのも女子ばかりだったが、それはたまたま……ということになるらしい。

 

 いや、どんな偶然だよ……って感じだが、少なくともこのクラスに関しては属している男子達が集団で風邪に掛かってダウンした結果、とのこと。

 それ以外に関しては本当に単なる偶然で、今外に探しに行けば普通に他の男子生徒を見付けられるだろうとのことであった。

 

 

「なぁんだ、TASさんがついに俺を社会的に抹殺しようとしてるのかと、内心ビクビクしてたのに単なる勘違いかー」

「そもそもお兄さんは放っておいても勝手に死んでる」

「はっはっはっ言っていいことと悪いことがあるぞー」

「……お二人は仲が良いのか悪いのかわかんないっすね……」

 

 

 いや仲はいいよ?適当なこと言い合える仲ってことだし。

 ……ともかく、先の話が本当であるならばその『四天王』とやらも男子である可能性が普通に高い、ということでいいのだろう。

 いやまぁ、それが高いからと言って何か良いことがあるのかと言われると若干微妙なのだが……。

 

 

「一応比率としては()()の完全同率っすね」

「んー昨今の男女平等論的なあれかなー?」

 

 

 もしくは『四天王』という言葉から連想されるような役職じゃないってことかなー?

 あれだ、生徒会長付きの四人の優秀な部下、みたいなやつ。

 

 

「いや、生徒会長は四天王の一人っすね。あとは有力な部活の部長とか、この学校で一番の金持ちとかが含まれてるっす」

いつからこの学校は格闘ゲームの世界になったんだ???

「つまり私が壁を抜けても驚かれないと?いつの間にか私の想像を遥かに越えている学校とは……面白い」

「え、なんでこの人面白がってるっすか?今の話に何か興味を引くようなことがあったっすか?」

「興味を引きそうなものしかないんだよなぁ……」

 

 

 うーんこの()。

 普通に力で支配してくるだけならともかく、役職の話からするとそれだけじゃすまないやつでしょこれ。

 何が悲しくて学校生活の中に格闘ゲームみたいな設定を持ち込まれなければならんのか。

 ……え?格闘ゲームの方からすると、学生ファイターとかはポピュラーな設定だろうって?

 まぁ、思い付く成人ファイターと言うと、どこぞの風来坊に見せ掛けて実は大会の優勝賞金溜め込んでる人が思い浮かぶけども。

 

 

「六が順調で私も鼻が高い。別に私の手柄ってわけじゃないけど」

「TASさんに対戦ゲームやらせると、相手が全自動灰皿投げマシーンになるから嫌なんだよなぁ……」

「灰皿投げ……?なんっすかそれ……?」

「そもそも昨今の対戦ゲームはネット対戦が主流、相手方から飛んでくるものなんて回線切断くらいのもの……などとツッコミを入れるのは野暮でして?」

「……?飛ばそうと思えば飛ばせるよ?」

「TASさんにしかできないことをさもみんなできることみたいに言うのは止めてもろて……」

「みんなもできるよ?ほら、電話を握ってぽちぽちぽち……」

「スワッティングじゃねぇか!?人死にが出るような嫌がらせは禁止!」*1

「スワッティングってなんっすか……???」

 

 

 なんで対戦ゲーマーって物騒なことしかしないんっすか?

 ……みたいな感想が思い浮かんでくる今日この頃、専門用語?を聞かされて困惑してる同人ちゃんがある種の癒しに見えてきた俺であった。

 

 

*1
特殊部隊(swat)』+『進行形(ing)』。虚偽の通報により相手の家に特殊部隊を向かわせる報復方法。普通に死亡事件に繋がるヤバい方法



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四天王が現れた!コマンド?

 話が大幅にずれたまま、昼休みは終了を迎えた。

 そういうわけで午後の授業なのだが、これがまた。

 

 ……ご存じの通り、本来俺はこうして教鞭の前に立つことができるような人物ではない。

 なので、授業とかを受け持つことはしないというかできないはずなのだが……。

 

 

「それが何故このようなことに」

「暫く学校生活が続く関係上、お兄さんには頑張って貰わないといけないから」

「これ俺が頑張ってるとは言わないんじゃないかなぁ!?」

 

 

 はい、TASさんの協力?のお陰で、俺は授業を一つ二つと言わずにこなしていたのでしたとさ。

 ……いやおかしくね?高校の授業って原則教科ごとに先生変わるもんだよね?なんでこのクラスだと朝から晩まで俺なのさ。あれかな?小学校かな?

 

 

「それは昼前からそうだったのでは……?」

「いやそうだけども。結局最後まで俺が全部やるとは思わないじゃん」

 

 

 どっかで交代くらいするだろうと思ってたら、そもそも他の教師が様子を見に来ることすらなかったというか?

 それでええんかと思わないでもないが、そういえば朝職員室に向かった時もなんか変な空気だったなぁ、と思わず唸ってしまう俺である。

 

 

「変な空気とは?」

「生暖かい視線を向けられた。具体的には『ああ、この人が例の……』みたいな」

「色々おかしくなってませんかそれ?」

 

 

 三周目が色々おかしいのは今さら過ぎると思うんだよ俺。

 

 ……とまぁ、放課後の教室でAUTOさんと話していた俺は、手荷物を纏め終えたため一旦会話を中断。

 これから帰って飯だの風呂だのの用意をしなければならないため、さっさと学校を出ることにした……のだけど。

 

 

「待てぃ!!」

「何奴!」

 

 

 下駄箱の並ぶ玄関から出た途端、頭上から降ってくる声が一つ。

 思わず振り返って見上げれば、夕日を背にした何者かが腕を組み屋上のフェンスの上に立っているのが見えた。……いや危ねぇな???

 

 見る限り欠片も体がぶれていないため、そこから落ちる心配は無さそうだが……代わりにこの学校屋上解放してるんかい、みたいな感想が浮かんでくるというか。

 

 

「あ、これに関してはちゃんと許可を貰ってカラ、先生の確認のもと開けて頂いていマスのでご心配ナーク」

「なるほど……いや屋上でそんなことするのを許可してるのは、それはそれで問題ないとは言えないと思うんだが?」

「そーいう細かいことは気にされマセンよう、デース」

「あっはい」

 

 

 強行しやがったこの人。

 ……やっぱ在野にも変な人が多いんだな、この世界。

 そう思いながら横を向けば、「その登場の仕方、ありだね!」とばかりに目を輝かせるMODさんや、「ほう、ほうほう……」などと意味深に首を縦にゆっくり振っているTASさんなど、こっち側の変な人達筆頭組の反応が見える。

 

 ……他のメンバー?付き合ってられないとばかりにさっさと帰ったROUTEさんを筆頭に、全員は揃ってませんが何か?

 

 

「むむむ、他の方々がいらっしゃらないのは問題デースが……まぁいいデショウ。所詮は顔見せ、相対する機会など幾らでも設けられようというモノ……トゥ!」

「飛んだ!?」

「ノー!カッコ付けて落ちてるだけデース!」

 

 

 そんな俺達の様子に不満げに唸った影は、そのまま屋上からフライ・ハイ!

 驚愕する俺達の前で影は手足を大きく広げ、ダイビングするかのように地面に着地……着地?

 

 まさか、と叫ぶ間もなく影は地面に衝突。

 その時の勢いが凄まじかったからか、辺りには砂埃が巻き起こり、影がどうなったのかを確認させない。

 ……よもや、死んだのでは?え、新手のグロテスク展開?

 困惑と共にTASさんに視線を向ければ、彼女は珍しく必死に首を横に振っていた。「私、何もやってない」の顔である。

 

 そうこうしているうちに、砂煙が晴れていく。

 そこには無惨にもぐちゃぐちゃになった影の姿が……残ってはおらず。

 代わりに、そこにあったのは。

 

 

「……穴?」

「さっきの影と同じ形をしていますわね」

「まさかのギャグ展開!?」

 

 

 昭和の漫画とかで見るような、人の形に空いた大穴だったのであった。……いや流石に意味がわからねぇよ??

 

 困惑が続く中、事態に動きが見えた。

 地面に空いた大穴から腕がガバッ、と飛び出したのである。

 思わず後ずさる俺達の前で、その腕は穴の縁を掴み、それに続くように反対の腕が飛び出し……。

 

 

「……ふーっ。ちょっと失敗しちゃったみたいデスね。危うくスプラッタデース」

「代わりにギャグになってるけど???」

「おおっと、それは当たり前なのデス。何せ私はそういう存在ですカラね」

「はい?」

 

 

 穴から出てきたのは、快活そうな笑みを浮かべた金髪の少女。

 同じ金髪でも、横のAUTOさんとはまた別タイプ……元気が有り余ってそうな感じの人物。

 

 そんな彼女は、自身の服に付いた汚れや埃を呑気に払い落としていた。

 ……怪我をしている、みたいな気配はない。見た限り、彼女は健康体そのものである。

 まるでギャグ世界の住人かのようなその姿に、思わず首を捻る俺達に、彼女はドヤ顔を浮かべながらこう答えてきたのだった。

 

 

「自己紹介が遅れマーシタ。私はこの学園の生徒会長にシテ、四天王が一人──不死身の日本被れ、デース!」

「自分で言うのそれ!?」

 

 

 ……思わずツッコんでしまったが俺は悪くないと思う。

 

 



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わざわざ出てきたらかといって敵とは限らないけど

 唐突に俺達の前に現れた四天王が一角、『不死身の日本被れ』。

 彼女が現れた目的、それは──!

 

 

「いやー、ご相伴に預かってシマウとは、なんだか申し訳ないデース」

「いやいや、うちは大所帯なので今さら一人増えようが二人増えようが変わらないですよ」

「おおー、ソレはなんとも太っ腹。もしかして先生お金持ちデス?」

「お金持ちなのはTASさんの方ですね」

「ナルホドー」

 

 

 単なる行事連絡であった!!……あの登場必要だったんで?

 

 まぁ、昼間に同人ちゃんから聞いてた四天王の一人とやらでもあるらしいので、その方面での挨拶みたいな面もあるみたいだが。

 で、四天王のことを俺達に伝えるきっかけとなった張本人である同人ちゃんも、何気に夕食に巻き込まれていたのだった。

 

 

「いや、なんで……?タダ飯は確かにありがたいっすけど、あの場はそのまま別れて各々の家に帰るフラグだったのでは……?」

「甘いな同人ちゃん、そんな選択肢端からTASさんに潰されてるに決まってるじゃないか」

「はい?……スマホの画面?……あ゛っ、帰りの電車が止まってるっす!?」

「貴方とはじっくりねっとり話をしたい。今夜は寝かさない」

「えっちなことするんすか!?」

ハード(えっち)なこと、するよ?」

「ひょえー!!?」

「……不純同性交遊、ってコトでしょっぴくべきデショウか?」

「あー、多分同人ちゃんの空回りなんでほっといていいと思いますよ?」

「フム?……まぁ、彼女が暴走機関車ナノは、言葉の節々から感じられマスが」

 

 

 何言ってるんだコイツら(真顔)。

 ……スマホで近くの駅の運航状況を見せたところ、あれよあれよと言う間にぼふっと赤面する同人ちゃん。

 横のTASさんが勘違いを加速させたせい、という面も少なからずあるが……多分同人ちゃんが脳内ピンクなのが悪いのだと思われる。そんなんだから同人ちゃんとか呼ばれちゃうんだよ。

 

 ともかく、両頬に手を添えて身をくねらせ始めた同人ちゃんと、そんな彼女を見ながら「興味深い」と頷いているTASさんはスルーし、さくさくと必要なものをかごに放り込んでいく他の面々である。

 

 

「コノ購入物から予測スルと……今日のメニューは鍋物、デスか?」

「人が増えた上で準備に手間が掛からない……ってなると、これが一番楽ですからね。まぁ、今日は色々あって朝の内に夕食の準備とか出来てなかったから、という面もなくはないですが」

「フム、学校業務は基本的にハードデスからね。先生は確かあのクラス以外の業務に関しては、免除されてるノデ他の方よりは遥かに楽デショウけど」

「その遥かに楽な業務の時点で大変なんだよなぁ……」

「アハハ、うちの学校は個性的な面々が目白押しデスからネー」

 

 

 ぶちぶちと愚痴を連ねつつ、そのままレジに並ぶ。

 なお並ぶのは俺と日本被れさん(生徒会長さんと呼ぼうとしたらこっちでお願いシマスと言われた)だけで、他の面々はレジの向こうに退避済みである。

 何人も纏まって並んでたら邪魔でしかないからね、仕方ないね。

 

 

「ソウいえば、他の方はモウ家に戻ってる、というコトなのデスよね?」

「はい?……まぁそうですね。DMさん辺りが洗濯物を畳みつつ、ROUTEさん辺りが風呂を沸かしてるんじゃないかと」

「フム。その言いぶりからスルと、やはり先生は他の方と同棲中、というコトなのデス?」

「共同生活と言ってください」

「オー、語気が強いデース……」

 

 

 そうして並んでいると、ふと思い付いたのか日本被れさんがこちらに質問を投げ掛けてくる。

 

 ……地味に頭の痛い話なのだが、今回の三周目は始まった途端に「なんかおかしい」と気付けるほどに変な状態であった。

 そう、原則別々の自宅があったはずの他の面々は、あのマンションの一室に全員共同生活している……という、地味に意味不明なことになっていたのである。

 なんなら管理人が俺になってて、他の面々は寮に所属する寮生……みたいな扱いになっているというか?

 

 恐らくはTASさんが何かしたのだろうが……その辺りは聞いても調弄(はぐらか)されるばかり。

 この形態を必要とする何かが起こる、ということだというのはわかるのだが、現状それ以外の情報は皆無に近い状態なのであった。

 ……あとはまぁ、それに付随して俺以外のみんなが高校生になっている、というのも変化と言えば変化か。見りゃわかるのでんざわざ明言する必要があるのかは謎だが。

 

 

「まぁ、皆さんコノ時期には珍しい転校生デスからね。こっちとしても色々気になるのデス」

「そこも意味がわからんのだよなぁ……」

「?」

 

 

 わからないと言えば、今しがた日本被れさんが口走ったこともその一つ。

 そう、何故かそもそもあの学校に所属していたはずのTASさんやMODさんまで、他の面々と同じように転校生扱いされているのである。

 そこに何の意図があるのかわからず、思わず首を捻ってしまうのは俺が悪いわけではない……はずだ。

 

 とはいえ、その辺りの話題を今また掘り返しても仕方のない話。

 掛かる問題(ひのこ)は明日の俺に任せ、今日は一先ず夕食という目先の問題に集中すると決め、俺は財布を取り出したのだった……。

 

 



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鍋は美味し夜は長し

 はてさて、鍋である。

 そして鍋と言えば、AUTOさんである。いやマジで。

 

 

「この私、鋼の鍋奉行であるAUTOの目が黒いうちは、好き勝手に好きなものだけ食べるなどという蛮行は許しません!」

「……ナント、これが日本が誇るナベ・ブギョー!初めて見マシタよ私!」

「これで見た目が普通に日本人(黒目黒髪)なら完璧なんですけどねぇ」

「一応日本生まれ日本育ちですからね私?!」

 

 

 うんまぁ、うちの面子でその辺りが怪しいの、ROUTEさんくらいのものってのは知ってるけども。

 でも髪色でキャラ判別を狙ってる可能性を……気にする必要性はないな!うん!……黒と金ばっかじゃねぇかうちの面子!

 

 

「あ、私は違うぞぅ?」

「貴方はそもそもその姿も数ある姿のうちの一つでしょうが」

「……しょぼーん」

 

 

 唯一茶髪であるMODさんが手を上げたが、そもそも彼女の容姿は自由自在。

 キャラ判別狙わずとも個性的……というか、本気出すとそもそも判別できなくなるでしょうがとツッコむとしょんぼりしていた。

 

 なお、たまたま合流してる二人──同人ちゃんと日本被れさんも、それぞれ黒と金の髪なので見た目のカラーリングだけで判別しようとすると酷い目に合うタイプである。

 まぁ、言動を聞いてりゃ幾らでも判別できるのだが。二人して他との被りが欠片もないし。

 

 

「とはいうけど、喋り口調で判別が困難……なんて、AUTOとDM、私とROUTEくらいのものじゃない?」

「最近のCHEATちゃんはわかりやすいけどね」

「……ふぅん?それはつまり私の個性が爆発「普通の女の子、って感じの喋り方になって寧ろ目立つようになったというか」ふざけんなぁ!!

「いでぇ!?」

「オー……私も大概デスけど、先生も大概デスねー」

 

 

 全く、CHEATちゃんはちょっといじったくらいで即死攻撃が飛んでくるから困る()。

 

 額に突き刺さった箸を抜いて傷跡を押さえていると、日本被れさんが感心したようにこちらを見つめてくる。

 ……そういえばこの人、自分で『不死身の』とかなんとか言ってたか。

 どっちかと言うとギャグっぽい空気感だったが、実際は普通に不死身だったりするのだろうか?

 

 ……え?そもそも不死身であることに疑問を持たないのかって?

 いやほら、今まで関わってきた面々が面々というか。

 そもそも前々からなんかそういう人智も及ばぬヤバイのが居る世界、みたいなことは所々明記されてたし。

 

 

「オヤ、こちらについてモ意外とご存じなヨウで」

「たまになんとかとかいう組織を潰してきた、みたいなことを俺に楽しそうに報告してくる人がいるので……」

「……?いえーいぴーすぴーす?」

 

 

 その筆頭にして多分現状一番ヤバイ人物であるTASさんはと言えば、自分が話題に上っていることに遅蒔きながら気付いたのか、よくわかってない顔でダブルピースをしていたのだった。

 

 

 

v・v・v

 

 

 

「……いやまさか、TASさんがダブルピースしたことで日経平均が爆上がりするとは思わなかった……」

「つい風を吹かせてしまった。反省してる」

「二千円以上上がってるんだけど……」

 

 

 たまたまテレビを付けたら大騒動になってた件について。

 ……自分の些細な行動が周囲に甚大な影響を与えるってのは、こういう時恐ろしいねんなって……。

 

 それはともかく、鍋の方はすっかり具材が少なくなって、今は締めの用意中。

 多数決を取ったところ雑炊がいい、という話になったのでそれ用にちょっと味を付けて米を煮込んでいる最中である。

 

 

「で、最後に溶き卵を満遍なく掛けてひと煮立ち……っと」

「オオー、とても美味しそうデース!」

「はいどうぞ、熱いから気を付けて」

「ふふん、そういうのハ得意なので御安心を、デース!」

「……?……ああ、不死身だから怪我とかしてもすぐ治る、みたいな?」

「そういうコトアツゥイ!!?

「だからって一切冷まさず口に入れるのはどうかと思うよ……」

 

 

 出来上がった雑炊を、希望した面々のお椀に(よそ)う俺。

 その内の一人、がっつり鍋も食べ続けていた日本被れさんは、雑炊にも物怖じせずトライ。

 ……結果、案の定舌を火傷していたのだった。まぁ、しばらくひーひー言ってたら治ったみたいだけど。

 

 

「しかしなるほど……超回復系だとすると、もしかしてあの落ちた時も穴の中でスプラッタなことになってたとか?」

「モー先生、そんなコト想像しちゃダメデスよー!エッチデスヘンタイデス!」

「……えっち?」

「エエ!生まれたての姿を想像するコトになりマスので!!」

「……いや、この場合想定されるのはぐちゃぐちゃのエグいやつでエロさとは無縁なのでは……?」

「ノー!人の裸体をエグいとか酷い先生デース!」

「ねぇTASさん、この人人の話聞いてくれないんだけどどうすればいいかな?」

「諦めれば?」

「嬉しくない即断即決!」

 

 

 なお、その過程で彼女の能力について考察していたところ、何故かいやんいやんと照れる日本被れさん、という意味不明な状況が成立することとなったが──雑炊を食べてるTASさんの反応は実に淡白であった。

 

 ……いやこれ、さっきの日本被れさんの早食いに対抗できないか考えてる顔だな……?

 危ないから止めなさい、君は普通に火傷するんだから。

 そうツッコミを入れれば、彼女は「流石にこのレギュレーションは諦める……」と残念そうにしていたのだった。

 滅茶苦茶悔しそう……。

 

 



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まさかのサービスタイム?

「……何がどうなれば私とこの人が一緒に風呂に入る流れになるんだろう……」

 

 

 思わずそう呟いたCHEATは、湯船の中から浴場内を見回している。

 

 結果的に寮みたいなことになったこのマンション。

 どうやらその辺りの反映?みたいな感じで、内装にも変化が見受けられていた。

 

 その内の一つが、この浴場。

 以前までは普通の浴室──どれだけ頑張っても、風呂に浸かる人と外で体を洗う人の二人しか入れないような大きさだったそれは、今やこの一室に住まう面々が一度に風呂に入っても余裕で収まるほどの大きさにまで拡張されている。

 そんな大きさの浴場内に、CHEATは日本被れと呼ばれる金髪の少女と一緒に放り込まれたのだった。

 

 

「イヤー、よもやお風呂までお借りするコトになるトハ!でも詫び錆びの効いた良い風呂場デスねー!」

「ちょっとした銭湯みたいなものだからねー」

 

 

 早々に体を洗い終えたCHEATは、現在湯船の中。

 髪に付いた泡を洗い流す日本被れはその行動からわかる通り、現在壁際のシャワーの下で周囲の様子を眺めている最中である。

 

 そんな彼女の様子につられるように、周囲を見渡すCHEAT。

 その目に写るのは、一般的な銭湯と同じように壁に描かれた富士山の姿。

 ……自身の記憶はこれを「みんなで描いたもの」と認識している。

 それと同時、「何時そんなことをしたのか?」というのはどうにも朧気。

 この辺り、(兄ちゃん)の言うように都合三回目となるこの周回が今までと様相が違う、ということの証左になっているのだろうと彼女は小さく唸ったのだった。

 

 そして、違うといえば……と言うように、現在室内にいるもう一人に視線を向ける。

 その当人である日本被れは、彼女の視線を受け不思議そうに首を捻っていたが……ともあれ、彼女の存在が三周目の奇異さを示している、というのは間違いないだろう。

 

 何せ、彼女はその性質上自分達のようなタイプとは微妙に外れる存在。

 ……無限残機、という風に不死を解釈するのであれば『RePOP』とか『RESPAWN』などと呼び変えることもできそうだが、仮にそう呼称するにはデジタルゲーム染みた空気感が感じられないのが問題になるというか。

 

 ──そう、デジタルゲーム感がない。

 CHEAT達はその能力に、どこかゲームのような空気感が滲んでいるが、目の前の少女のそれは普通の(というと語弊があるが)不死者のそれ、とでも言うべきもの。

 壊れた体を高速で回復する、というそれは確かに現象そのものは非現実的であるものの、デジタルゲームとして処理するのならいっそ全部消し炭にした上で全くまっさらな本人を新しく用意する、という形の方が相応しいような気もする。

 

 そういう意味で、やはり彼女には『RePOP(再生産)』というこちらに近しい呼称は似合わないのだろう。

 あくまで『RESPAWN(蘇生)』にしかならない、というか。

 

 

「……CHEATガールは難しい顔で何を考えているのデス?」

「……別に?他所の家の風呂なのに物怖じしないね、とは思ったけど」

「物怖じ?ノー!そんなコトしてたら勿体ないデース!」

 

 

 銭湯なんて中々入る機会がないノデ、こういう体験は新鮮デース!

 ……などと宣いながら、CHEATの横に浸かる日本被れ。

 はふぅ、と息を吐きながら肩まで浸かるその姿は、全く緊張感を感じさせないもの。

 リラックスし過ぎでしょ、と内心で呆れつつ、一先ず先ほどまでの思考を破棄するCHEATである。

 何故か?それは、目の前の彼女のスタイルにこそ理由があった。

 

 

「…………」

「?」

 

 

 ……いやまぁ、自分は年下だし?まだまだ成長期だし?

 そもそもダミ子と比べれば誰だって格下だし?

 なんてことが脳裏を過るが、同時にやはりその湯船に浮かぶそれはなんというか彼女の劣等感を刺激するというか。

 

 

「……ムム、視線が何だかエッチデスね?ここの人はみんなエッチなのデスか?」

「なななななななななにを根拠にそんなことを言ってるんですかかかかかかかかか????」

「動揺しすぎテ風呂が波立ってマース?!」

 

 

 そんな彼女の視線に気付いたのか、すっと自身の体を隠す日本被れ。

 思わず動揺するCHEATに苦笑した彼女は、しかし次の瞬間にはその視線をキラリ、と鋭いものに変えて。

 

 

「そんな風に見られると言うノデあれば、こちらにモ考えがありマース」

「…………?!」

「フフフ、実は貴方に興味津々だったんデスよね、私」

「なっ」

 

 

 妖艶とも呼べそうな笑みを浮かべた彼女は、ゆっくりとCHEATに近付いて行く。

 その豹変っぷりに対応が遅れたCHEATは、思わずきゅっと目蓋を閉じて──。

 

 

 

>_<

 

 

 

「……何やってるの?」

「あ、先生!この横に浮いてるゲーム機、普通に遊べるんデスね!」

「助けて!」

「……ああうん、あんまり夜更かししないようにね?」

「ハーイデース!」

「こらーっ!?スルーするなー!!?」

 

 

 風呂から戻ってきたら日本被れさんがCHEATさんの横に浮かぶゲーム機に興味津々だった件について。

 ……うん、レトロゲームも好きだったのね、君。

 

 



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そういえばなんか話をしに来たんだっけ

 特に問題もなく次の日。

 朝食の準備と夕食の準備を平行してこなしつつ、起きてきた面々にタオルと歯ブラシを渡して洗面所に送り出す俺である。

 

 

「ここで歯ブラシを二つもって右に三回転すると歯磨きをスキップ……」

「ちゃんと磨かない人には朝御飯ありませんけど?」

「……ちゃんと磨く」

 

 

 なお、そこでもとかく色々省略しようとするTASさんがいるため、その行動に否を叩き付けつつさっさと準備をするよう促すのも忘れない。

 ……うん、やってることが完全に寮母さんとかその系統だなこれ?いやまぁ、俺は男なので寮夫、とでも呼ぶべきなのかもしれないが。

 

 

「?久しぶりに性転換する?」

「しないっていうか人の脳内を覗くなというか……」

 

 

 こちらに振り返り、不思議そうに首を捻るTASさん。

 ナチュラルに思考を読むのは止めて欲し……いやしないって言ったじゃん俺?!

 

 

 

 

 

 

「……what's?先生何かおかしくないデスか???」

「そんな微妙な反応するような変化じゃないというか、そもそも俺だと判別できるんだね君……」

 

 

 面影が残ってる……なんてことはほぼないと思うんだが。

 なんてことを問い掛ければ、日本被れさんからは『性別変化くらいならよく見るやつデスから』みたいな感じの反応を頂くこととなった。

 ……それはそれで、今の何に驚いたんだ感がなくない?

 

 

「それはデスね、今日の先生昨日より可愛いお召し物を着ていらっしゃるノデ」

「……俺の趣味ではないんだけどな」

「なるほど、納得デース」

 

 

 ……うん、どうやら性別が変化したところで趣味は変わらないのでは?というようなことを疑問に思っていたらしい。

 あれだ、普通ならスカートじゃなくてパンツルックになるのでは、みたいな?

 

 それはまさにその通りで、俺も唐突に変化させられたタイミングでは普通にスーツを着ようと思っていたのだ。

 それをDMさんが面白がってスカートの方を渡してきた上、それ以外は着させませんよと強権を発動してきたものだから……。

 

 

「……何故そこでDMさんが?」

「事前にスーツの類い全部クリーニングに出されてた」

「完全にグル!」

 

 

 昨日着てた奴を洗いに出して、今日は別のを着ようとしてたらこれである。

 ……うん、事前に打合せしてた様子はなかったんだけどあの二人だからなぁ……。

 

 まぁそんなわけで、どこからか彼女が持ってきたスカートタイプのスーツを着る羽目になった、と。

 はぁ、とため息を吐きながら下手人──朝食の味噌汁などを運んできているDMさんに視線を送る。

 彼女はこちらの視線に気付いたのち、「何か?」とでも言うかのように首を傾げていたが……うん、そんなんじゃ誤魔化されないからなこっちは。

 

 

「なるほど。それでは仕方ありません、今日の夜は怒られないように何処かに逃げておくことに致しますね」

「止めない?物理的に反対意見を封殺しようとするの止めない???」

「……何でこれガ脅しとして成立してるノデス?」

「ご自分で仰っていたでしょう?寮母みたい……と。DMさんはここでは副寮母のようなものでもありますので……」

「ナルホド、仕事押し付け宣言デシタか」

 

 

 ええい、外野ようるさいぞ。誰がよわよわ寮母じゃい。

 

 ……ともかく、DMさんが手伝ってくれないとこの寮()が回らない、というのは本当の話。

 そのため、彼女の主張はできる限り叶えなければならない弱い俺、なのであった。……いやまぁ、普段わがままを言わない相手だからこそ、って部分もあるけれど。

 

 

 

 

 

 

「そういえば流れで泊まってるけど、日本被れさんは朝から用事とかないんで?」

 

 

 ほら、こういう世界の生徒会長って何かと忙しそうだけど。

 ……というような意味合いの言葉を、綺麗に焼けた卵焼きを口に運びつつ投げ掛ける私(AUTOさんに『そろそろ一人称を変えておかないと大変ですわよ』と忠告されたため変更中)。

 お味噌汁を『アチチ』と言いながら吐息で冷ましていた彼女は、そんな私の言葉を聞いて不思議そうにこちらに視線を向け。

 

 

「……?イエ、これがお仕事デスよ?」

「はい?これが?」

 

 

 朝食を私達と一緒に食べるのが?……みたいな意味を込めて返した言葉は、彼女の頷きによってあっさり肯定される。

 よく意味がわからん、と困惑した顔をしていると、彼女はいい感じの温度になった味噌汁をぐいっ、と飲み干し。

 

 

「行事連絡ついでに他の四天王へのお目通りモしておきたいノデ。実はモウ既に学校では他の面々が待っているノデスよ」

「……そういえばそんなこと言ってたような言ってなかったような」

「記憶力が雑過ぎマース!」

 

 

 えー、そんなこと言ってたっけ……?

 思わず首を捻る私を見て、日本被れさんは呆れたように一つため息を溢す。

 いやしゃーないやんけ、昨日は歓迎会?みたいなノリになってもうたんやし。

 なんなら同人ちゃんがやらかしたからその対処も必要だったし。

 

 

「ぶふっ、ななななんでそこで私に話題を振るんっすか!?折角このまま話題が立ち消えることを期待していたというのに……!!」

「そうはいかんよ!君の失敗は我々の中で語り継がれ……額が!?

「自業自得ですわね……」

 

 

 そのことに触れた結果、私の額に同人ちゃんの茶碗が飛んでくるサプライズが発生したりもしたが、まぁ概ね平和な朝食だったと思う。多分。

 

 



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誰が四天王が四人だと決めたのか()

「……あれ?なんか先生昨日と違うくない?」

「やだなぁ、先生なんて毎日違うみたいなもんじゃん」

「──んー、それもそっか」

 

「……なんか、露骨に生徒達の思考が操作された痕跡があったような気がするんだけど、これって私の気のせいかな?」

「気のせいじゃない。この学校は異端がそこら辺を歩いていても気にされないように細工されている……」

「あ、お姉さんなんでTASさんがこの学校に所属してたのか、その理由がわかってきた気がするぞー」

 

 

 あれだ、端からここが面白そうだと目を付けてたあれだな?

 

 ……とまぁ、TASさんがここにこだわる理由の一端を垣間見た私だが、それはともかくとして。

 現在、普通に登校してきた私達は日本被れさんが戻ってくるのを大人しく……大人しく?待ってる最中。

 

 どうやら他の四天王?とやらと顔合わせをさせてくれるらしいとのことなのだが……大丈夫?いきなりそんな纏めて登場させると在庫処分みたいにならない?

 

 

「お姉さんはたまに毒舌だけど、今回はいつもにも増して毒舌」

「いやだって、ねぇ?別に四天王がいようがいまいがどうでもいいけど、それが一度にやって来るとなると話がまた変わってくるというか……」

「具体的には?」

「今のところ私達と四天王がどう関わるのかはわからないけど、それでも一度に来たのなら後ろからTASさんが全部ぐさーっとしそうというか」

「あれ、おかしい。何故か私が酷いことする、みたいな話になってる」

「しないの?」

「しな……いとは確約できない」

「確約できない時点でダメじゃん」

 

 

 いやほらねぇ?

 既に四天王については同人ちゃんからの説明により、わりと真面目に戦うタイプのそれであることが明言されている。

 ……詰まるところ能力者の類い、ということになるわけだが。

 それってTASさんからすると、自分の技能を磨くための体のいいサンドバッグみたいなもの、という扱いになってもおかしくないわけで。

 

 こう、四天王の一角である日本かぶれさんとある程度交流を深めたあとだと、そうして即座に消費されるのは可哀想だなー、という気持ちになるというか。

 ……あと、この作品の傾向的に男子キャラは余計にその傾向が高そう、みたいな気持ちもなくはないというか(かなりメタい台詞)。

 

 

「……言われてみれば、貴方様以外の男性というのがすっと思い浮かびませんわね。いえ、家に戻れば私もお父様がいらっしゃるのですけれども」

「あー、私も言われたらそうかも。弟とかいるんだけどね」

「なんか今CHEATちゃんがさらっと衝撃的なこと言わなかった???」

 

 

 てっきりみんな一人っ子なのかと思ってたけど、言われてみればその辺りのこと詳しく聞いたことなかったな???

 

 なるほど、実はみんなのこと知らない部分もあったんだなぁ、としみじみ実感しながらCHEATちゃんのスマホに写し出された彼女の弟とやらを確認する私である。

 

 

「……三周目でどっかから湧いた、って線はねぇのか?」

「!?」

 

 

 途中、ROUTEさんから衝撃的な指摘が飛んできて、一時以前の周回との違いについて真剣に考察する必要性が私達の中に広がったりもしたが……、そうこうしているうちに日本被れさんが戻ってきてしまったため、その辺りの話は後回しに。

 

 改めて気を取り直し、日本被れさんが連れてきた四天王達に視線を向ける私達である。

 

 

「ハーイ、デハそれぞれ本人から自己紹介シテ貰いマース!」

「ではトップバッターとして私が。四天王が一人、新聞部部長──『戦慄のゴシップばら蒔き』です、どうぞよろしく」

「初対面でなんだけど今すぐど突き回していいかな?」

「オー、その気持ちハわかりマース」

「はっはっはっ、二人とも酷くないです?」

 

 

 まず一人目、真面目そうな見た目の眼鏡の少年が進み出て来たのだが、発言内容からしてクズにもほどがあった。

 これはこれからの世界のために早急に滅ぼしておいた方がよい存在……間違いない。

 

 

「二人目は私、空手部部長の『部員に厳しいギャル』だよー、宜しくネ☆」

「その格好で空手部……だと……!?」

「ネイルとかは流石に部活中はしてないから安心してネ☆」

 

 

 続いて二人目。見た目滅茶苦茶ギャルな少女は、彼女の言葉に間違いがない限り空手部の部長である、とのこと。

 なんだろう、四天王達はギャップに全振りみたいなあれなのだろうか?

 

 

「三人目は俺、『成金』だ!シンプルイズザベスト!」

「うわぁ……二次創作とかであれな扱いされてそうな見た目……」

「止めろよ気にしてるんだぞ!?俺は成金だがちゃんとボランティアとかもしてるんだぞ!?」

「うわぁ……地道な人気取り懐柔策だ……」

「この先生贔屓目が過ぎやしないか!?」

 

 

 三人目、もう見た目からして金持ちだと主張する青年は、異名まで成金なものだからなんというか別の意味でインパクトがスゴい。

 こんなコテコテの成金今のご時世存在するんだ……なんて気持ちになった私を誰が責められようか。

 

 

「そして四人目、私が四天王最強の存在である……」

「いや待て待て待って」

「なんですか、自己紹介の途中なんですけど」

「四天王なのに五人目なの何」

「……?四天王と言えば五人いるものでは?」

「変なお約束に従う必要なくない!?」

 

 

 で、それに日本被れさんを合わせて全部……かと思っていたのだけれど。

 何故か存在する五人目(本人の主張だと四人目)、眠たそうに目蓋を擦る少女は、不思議そうな顔でこちらを見詰めて来ていたのだった。

 

 



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ライバル役(推定)が多すぎる

 四天王五人目、かつ最強の存在……などという、さっきの成金君よりテンプレ感マシマシのこの少女。

 よくよく見ると、それ以外の部分でも色んなテンプレ感を感じる仕様になっていたのだった。

 

 

「まさかのアルビノだと……」

「ノー。目の色を見ればわかるはず」

「……あ、確かに。普通に黒い瞳だ」

 

 

 まずはその髪の色。

 なんとまぁ目立つことに、彼女のそれは新雪のような真っ白なものだったのである。

 

 一応、老いによって白くなった髪……というよりは、単純に色素の無い白……って感じだったため、ならばアルビノなのだろうか……と声を上げたものの、本人からの申告により瞳の色が赤ではなかったため違うか、と判断することになったのだが。

 ……あれ、でも必ずしもアルビノの人はみんな赤い瞳、ってわけじゃないんだっけ?

 

 

「確かに瞳が青い場合などもあるようですが……色素が薄いということに大差は無いはずですわよ?」

「なるほど……じゃあアルビノではないか……」

 

 

 なるほど、彼女の瞳は紛れもない黒。

 要するに色素がしっかり存在しているということであり、ならば先天性のモノであるアルビノには当たらない。

 ……後天的に髪の毛だけ色素が抜ける、みたいになれば可能ってことになるわけだが、それはアルビノではないので彼女の発言に間違いはない、と。

 

 

「それはそれで髪が白くなるような何かがある、ってことになるけど」

「その辺りはおいおい。それから先、私をよく知って貰ってから」

「うん?」

 

 

 ……なんか引っ掛かる言い回しだったな?

 まぁともかく、彼女に関しては髪色以外にも気になる点があるので、この話はここまでにして。

 

 そうこの少女、よく見なくても違和感たっぷりなのである。

 何故かと言われれば、その姿にこそ理由があった。……そう、TASさんと瓜二つなのである。

 左右に並べると黒と白のTASさん、みたいなことになるというか。

 

 そこまで思い至ったところで、彼女は薄く笑みを浮かべたのち、ようやく順番が回ってきたとばかりに自己紹介を始めたのだった。

 

 

「私は『沈黙の読書家』。親しげにちーちゃん、と呼んでほしい」

「……なんと?」

 

 

 

・A・

 

 

 

「ムゥ、流石はちーちゃん。颯爽と先生にあだ名呼びヲ強要するトハ、中々強かデース」

「むふー。こういう時は疾風迅雷。早急に攻め立てるに限る」

「……むぅ。なんだかポジション被りしてる予感」

 

 

 ……うん、なんで謎のどや顔晒してるんだろうねこの子。

 日本被れさんの感心した様子も、ついでに言うなら微妙に拗ねてるTASさんもよくわからんのだが。

 試しにその辺りを周囲の人に尋ねて見たのだが、一同を代表としたROUTEさんから「俺達に聞くな阿呆」と怒られてしまった。何故に。

 

 ……というか、結局君ら四天王はどういう目的で何のために私に挨拶してるんです?

 

 

「なんでってぇ……それは勿論、先生がこれからウチらの専任になるからですケドォ?」

「……はい?」

「ハイ、校長先生からの辞令デース」

 

 

 なんてことを宣ったら、ギャルちゃんが不思議そうに首を捻っていた。

 思わず首を傾げ返したところ、タイミングを見計らっていたかのように日本被れさんから渡される封筒。

 辞令、って辺りに嫌な予感がしたが、これの中に答えが入っているとなれば見ないわけにもいかない。

 

 そんなわけで、暗澹(あんたん)たる気持ちになりつつ封筒を開けたところ、私の視界に飛び込んできたのは次のような文面(意訳)であった。

 

 

『キミ、彼らみたいなの得意だよね?任せるからいい感じに育ててね 校長』

 

 

「……ふざけてやがる……(白目)」

「仕方がありませんよ。この学校、密かにと言いつつ結構な異能者がゴロゴロしてますから。……まぁ、そちらの方々とはあまり面識がないのですが」

「区分けが違うからな、そちらとこちらとでは」

「ウチらと比べても意味わかんないもんねー、TASさんちゃん達」

「うーん、今の一瞬でツッコミどころがもさっと増えた気がするぞぅ」

 

 

 具体的には他にもトラブルの種が隠れてそうだとか、あと他の能力者からしてもTASさん達は何かがおかしい、みたいな話とか。

 

 ……つまりあれだな?TASさん達の方が(強さはともかく)関わるうえでの厄介さは上であり。

 それを(少なくとも端から見た分には)制御できてるように見える私に対し、他の面倒も纏めて投げてしまえ……とばかりに強権を奮ったのがこのふざけた辞令を送ってきた校長である、と。

 

 

「よしわかった、つまりは下克上の時と言うことだな!皆のもの続け!この学校を我らが牛耳る時が来たのだ!」

「ハイ?」

「流石はお姉さん、話が分かる」<ワクワク

「読書なんかしてる場合じゃない。私も同行する」<ワクワク

「えっチョッ」

「諦めましょう、こういう時は気の済むまで暴れないと止まりませんから……」

 

 

 白黒二人の文学少女達が、私の蜂起に華を添える。

 ならば我らに負け無し!謎の全能感を胸に、私達は校長室まで爆進を開始するのであった。

 

 ……え?他の面々がおいてけぼりになってる?

 戦力的にはこの二人でお釣りが来るので問題はないね!(無自覚な煽り)

 

 



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校長?やっこさん消えたよ……

「……ちくしょうどこにもいねぇ!?」

「これは一体どちらなのか。最初からいなかったのか、はたまた私達の気配を察知して逃げたのか」

「そのどちらでもない可能性もある。相手は中々にやり手」

「ほう、それは対峙するのがとても楽しみ」

「何の話をしてるんだ君達は……」

 

 

 突撃隣の校長室、とばかりに足を踏み入れたのだが、中はもぬけの殻。

 ……いや、正確には机とか椅子とかの調度品はちゃんと置いてあるのだが、本来そこにいるはずの校長の姿だけ見えないというか。

 

 逃げやがったか、と呟いた私の言葉に、TASさんと読者家ちゃんがあれこれ推論を投げ掛けてくる。

 ……のを見て、後から追い付いたMODさんが何とも言えない顔でツッコミを投げ掛けて来たのだった。

 

 

「何って……血祭りにあげようとしていた対象がいなくて困ってるんだけど」

「困ってるー」

「るー」

「なんでそんないきなり仲良くなってるんだい君達……あと、流石に校内で刃傷沙汰(にんじょうざた)は止めてくれたまえ」

「えー」

「えー」

「えー」

「いや本当に仲良いな君達……」

 

 

 ち、校長め運のいいやつ……。

 ……それはともかく、確かに読書家ちゃんとこっちの相性がよい、というのは間違いなかろう。

 なんというかこう、二人目のTASさんとしてしっくり来る、みたいな?

 

 

「むぅ。二人目扱いはとても心外。でも受け入れられたのはありがたい」

「お姉さんは大概こういう人だから諦めて」

「なるほど。先人の言葉には倣っておく」

「うんうん。二人が仲良しでお姉さんは嬉しいよ……!」

(別に感動的なシーンというワケでは無いト思うのデスが、先生はナンデ目尻の涙を拭っているのデショウねー?)

 

 

 まぁ、二人目扱いされた読書家ちゃんは、「ちーちゃんと呼んで」と再度主張しつつ、不満を並べ立てていたわけだが。

 隣のTASさんがしれっと私のことをなんかまた軽い扱いしてるけど、それで二人が仲良くなるのなら私は喜んで身を投げ出そう、うん。

 ……あと関係ないけど、日本被れさんは首を傾げてらっしゃいますが何がそんなに不思議なんです?

 

 そうこうしているうちに、わりと大所帯となった他の面々も続々と校長室に集合してくる。

 ……結果、ある程度の広さはあるとはいえ、都合十三人(+一人)が集合した室内は、中々狭く感じるような状態になってしまったのだった。

 

 

『おい待てぃ、プラス一などという適当な纏め方をするでないわ!』

「ぬぉわ!?なんだこれは!!半透明!?まさか神か!?」

『──突然なんだがお主、(わし)の神官にならぬか?』

「止めなさいお馬鹿」

『痛い!?』

 

 

 で、こうして集まったことで、先程とはまた違った感じに会話が弾むわけで。

 

 ……実体がないので『ついで』扱いされたことに憤慨したスタンドさんが抗議の声をあげ、それにビックリした成金君が小さく後退り、その姿を見たスタンドさんが彼を気に入る……。

 そんな流れが唐突に発生し、何かやらかす前にDMさんがスタンドさんの後頭部を強打することになったりとか。

 

 

「ところで貴方は何故堂々と喫煙を?詳しく聞かせて貰っても???」

「うぜぇ……」

「ヤダ口悪~ぃ!そんなんダト必要な時ちゃんと動けずに困っちゃうゾ☆」

「うぜぇ…………」

 

 

 あんまり関わりたく無かったのか、部屋の中心ではなく出入り口の近くに陣取ったROUTEさんに対し、新聞部君とギャルちゃんが絡みに行ってたり。

 はたまた、ダミ子さんが日本被れさんと何事か話してたり、中々カオスな様相である。

 

 

「……そもそも今回は顔見せ程度というようなことを仰っていらっしゃった様な気がするのですけど、別にもうここで現地解散してもよいのではありませんこと?」

「オット、それもそうデース!基本的には別クラスデスし、詳しいことは放課後話しマショー!」

「何かまだやることあるんです……?」

「イエス!私達もみんな同棲生活デース!」

「は?」

 

 

 そんな中、基本いつでも冷静なAUTOさんが代表して、この場はとりあえず解散すべきでは?……との発言を投げ掛けてきた。

 確かに、校長の姿がここにはない以上、留まり続ける理由もない。

 始業の時間も迫っていることだし、教室に戻ることに異議はないが……それに対して放課後再び集まろう、と声を掛けてくるのが日本被れさんである。

 

 ……そういえば、そもそも校長を血祭りにあげようとしたのって、この子達の面倒を押し付けられたからだっけ。

 いやそれでも、まさか私生活に至るまで面倒を見ろ、みたいな話だったとは思わなかったけども。

 

 

「ひぃ……ひぃ……なんでみんなそんなに足早いんっすか……っていうか廊下は走るなって話じゃないんっすか……!」

「オヤ、そういえば見ないと思ってイタラ……大幅周回遅れデシタか」

「貴方達が早すぎるんっすよ……教室からここまでどんだけ離れてると思ってるんっすか……」

「オー、ソコは気にシタラ負けデース!ところで、同人ガールには()()()お知らせガ一つあるノデスが、ここで聞きマスカ?」

「はい?嬉しいお知らせ?」

 

 

 そうして思わず愕然としていると、入り口の方からか細い声が響いてくる。

 見れば、そこには室内に姿の見えなかった同人ちゃんの姿が。……どうやら、先程までの流れで置いてけぼりになっていたらしい。

 別にそれならそれでこっちのことは放置でもいいだろうに、なんと律儀な事か……なんて風に思っていたのだけれど。

 

 

「貴方もシェアハウス決定デース!今日からナノデ、帰ったら準備して学校に集合シテ下さいネ?」

「……はい?」

 

 

 突然日本被れさんから告げられた言葉に、彼女はぴしりと凍り付いていたのであった。

 ……え、なんでこの子も巻き込まれてるんです?

 

 



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ライオンの檻の中の

「なななな、なんで私まで!?」

「そういう辞令……アイヤ、生徒相手ナノデ辞令って言うのハおかしいデスね。敢えていうナラお知らせ?マァともかく、同人ガールも対象ナノは本当のことデース」

 

 

 思わず唖然とする私からさっきの封筒をさっと奪い取った日本被れさんは、そこに納められた書類を改めて同人ちゃんに渡し直す。

 渡された方の彼女は最初呆然としていたが、すぐに気を取り直して書類を隅から隅まで読み漁り……。

 

 

「……ほ、本当に書いてあるっす……」

「イエス!そういうワケデスので、先生に置かれマシテは部屋の方の準備をお願いしますデース!」

「えー…………」

 

 

 なんと横暴なのだろう、やはり校長を亡き者にする他ないのでは?

 ……というか、部屋を準備しろって辺り、うちの特殊性についてよく知ってるってことなのか?

 その辺り胡散臭さがすっごい上がったんだけど……それより何より、現在一番問題なのは突然うちに来ることになった同人ちゃんのメンタルである。

 

 

「そうなの?」

「そうなんです。多分こっちのことは『変な人だなー』と思いつつも『まぁでも関わりあいなんてそんなに続かないだろうし、見てて面白いくらいでいいんじゃないかなー』みたいなノリで関わってきてただろうに、こうしてガッツリ巻き込まれることが確定して恐らく絶望してるはず……」

「止めてくださいっす!!?私そんなに薄情ものというか傍観者気取りというか、とにかくそんなに感じの悪いやつじゃないっすよ!?」

「うん知ってる。でもこう言っておけば引け目とか感じてくれるかなって。ツッコミ役として確保したい人材だし」

「…………」

「いででででで、無言で鳩尾に突きをするの止め……なんで君達まで参加してるのさ!?

「お姉さんがそういうこと言う時は、大抵構って欲しい時だと私は認識している」

「彼女がそう言うのだからそうなのだろう、ってことで追従してる。楽しい」

「グワーッ!!?」

 

 

 バカ野郎三人一度に来られたらどうしようもないだろ!?

 そんなわけで、脇腹を小突いてくる三人から逃げる羽目になる私なのでしたとさ。

 

 

 

・∀・

 

 

 

「あ、いつの間にか元に戻ってるっす」

「戻ってるとは?……え?この人さっきの先生と同一人物??どういうこと???」

(こやつ感性の面ではわりと一般人だのう)

 

 

 はてさて、今日の授業も恙無く終了。

 ……半ば以上TASさんの傀儡みたいな動きの俺だが、それでいいのかこの学校。いいんだろうなぁこの学校。色々知ってそうな校長だし。

 でもぽっと出なんだよなぁ校長……などとぼやきつつ、帰る準備をしているとこちらを見付けた同人ちゃんが声を掛けてくる。

 

 まぁうん、さっきの授業中までは女のまんまだったから、その発言はわからんでもないが……なんで成金君まで一緒にいるので?クラスというか学年違ったよね君?

 ……なんて疑問を抱いたのち、そういえば四天王軍団みんなうちの(いえ)所属になったんだっけ、と理由を思い出した俺は。

 

 

「む、まだ話が通ってないと見る」

「はい?」

「そもそも貴殿のクラス、飛び級っぽいのとか混じっておるだろう?」

「……CHEATちゃんのこと言ってらっしゃる?」

「うむ。それが何故かといえば、貴殿のクラスは特殊学級扱いだからなのだ。普通のクラスには置いておけない存在の吹き溜まり、みたいな感じというか」

「!?」

「まぁ、そうするとさっき決めた、みたいなことを聞いたのだがな」

「!?!?」

 

 

 なんか、いつの間にかまた別種の問題を投げ付けられていたことに気が付いたのだった。

 ……おかしいなー、今日の時点ではまだTASさんが無茶苦茶した、くらいの話でしかなかったはずなんだけどなー。

 

 

「あの校長、中々遣り手」<ニュッ

「ぬぉっ!?」

「教卓を移動用のゲート扱いしないの。……ところで、その言いぶりだと?」

「この機会に学校中に散らばった人材を一ヶ所に集めようとしてる。お兄さん預かりなのはいつものメンバーと今朝増えたのくらいだけど、それ以外にも個性的なメンバーが集合中。変わりに元々このクラスにいた比較的普通の面々は他のクラスに振り分けられた」

「な、なるほどっす!つまり私も他のクラスに……!」

「同人は固定メンバー。逃げられない」

「ぐあーっ!!?」

「しっかりして、傷は深いけど」

 

 

 うーんこの。

 流れるように一連の動きが解説されたわけだけど、その流れ弾が同人ちゃんに飛んで行く辺りがなんとも。

 あと読書家ちゃん、うちのTASさんより酷くない?

 

 ……にしても、今でもわりといっぱいいっぱいなのにまだ増えるのか。

 いやまぁ、TASさん的には変……というとあれだけど、特徴的な人物が増える方が嬉しいのだろうけど。

 でもこう、比例して俺への負担が増えるのは嬉しくないなぁ、感があるというか。

 

 

「……?なんでお兄さんが苦労を掛けられる側なの?」

「おい待てぃ、俺が迷惑掛ける側みたいな発言はよくないと思うぞ?」

「だってお兄さん虚弱体質だし……」

「……いや、それはTASさんが無茶苦茶するからであってだね?!」

 

 

 やべぇな、一瞬納得し掛けてしまったぜ。

 元々俺が乙りやすいのはTASさんに引っ付いてるからであって、耐久力とかは一般人とそう大差ないはずなのだ。

 殊更に虚弱だなんだと言われるほど弱くはない……。

 

 

「とーう」

「ぐふっ!?」

「医者ー!!?」

 

 

 そんな俺の言い分を否定するかの如く、唐突に飛んできた読書家さん。

 無論俺が彼女を受け止めきれるはずもなく、無様に一乙したのは言うまでもない。……いややっぱこれ俺が弱いわけじゃないって!!

 

 



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当社比の当社ってどこのことなのか(唐突)

「色々見た結論として言うのだが、やはり貴殿はちょっと弱過ぎると思うぞ。少なくともこの集団でやっていくには」

「これでもあれこれ補強した方。少なくとも高所から突き落としたくらいじゃへっちゃら」

「訂正する、パラメーター配分もうちょっと考えたまえ貴殿」

 

 

 要約すると体力の最大値を上げろ、となるのだろうか。

 回避技能とか耐久技能を上げるのも構わないが、そもそも総体力が低すぎるので焼け石に水、みたいな感じに見えるとは成金君の言。

 ……そんなに低いつもりはないんだがなぁ。

 

 

「やられても即復帰できるから問題ない」<フンス

「まさかの残機制なのか貴殿……いやまぁ、彼女に付き合うのならそっちの方が都合が良さそうではあるが」

「感心してるのかドン引いてるのかどっちかにしてくれんかね?」

 

 

 あからさまに「うわぁ」みたいな顔してんじゃないよ全く。

 小さくぼやきながら、ベッドから飛び降り……ようとしたのを改め、大人しく静かに起き上がる俺である。

 

 ……うん、さっきのあれこれでね?さっくりダウンした俺は保健室に運ばれることになっていたのさ。

 競りに掛けられたマグロの如く物言わぬ肉塊と化していたため、そこからの復帰に時間が掛かると判断された、とも。……いや、原型は保ってたけどね?

 でも完全に気絶してたので復帰するまで教室に放置するのも、ということで成金君が運んでくれたらしい。

 

 ……で、その流れで成金君がなんで『成金』なんて名前で呼ばれているのか、ということも判明したのだった。

 

 

「まさか(きん)を操る能力者だったとは……」

「正確には『生み出し操る』、だな。能力者特有のどこから質量や材料を確保しているのかわからない謎技術、というべきか」

「うーん金の成る木……」

 

 

 そう、創作とかでもたまに見掛ける『金を作り出す』能力。それが成金君の持つ異能、ということになるらしい。

 

 それも単なる金ではなく、いわゆる二十四金──一般に純金と呼ばれるものから、それはもはや、金というより金が含まれてる物質という扱いなのでは?

 ……というようなものまで、あらゆる純度の金を生み出せるのだとか。

 

 

「つまり、実のところ銀とか銅とかも作り出せるということ」

「金を抜いてそれ単体で生み出す、ということはできんがな。あくまで金の合金として発生させられる、というだけのことだ」

「それはそれで色々疑問点がすごいけど」

 

 

 うん、その辺りの区分が本人の認識に依存しすぎているというか。

 ……洗脳とかで銅を金と思い込まされたりしたら、その辺りの感覚も変わるのだろうか?

 

 

「……貴殿と彼女は本当にお似合いなのだな」

「はい?」

「さっきそこの彼女にも同じ事を聞かれた……というか、実際試そうとしてきたので止めんかと咎めておいた」

「oh……」

「お兄さんが思い付くことを私が思い付かないわけがない」<フンス

「いやそれドヤることじゃないからね?」

 

 

 やだ恥ずかしい、先にTASさんが考え付いてたなら言ってよもう。

 ……なんて愚痴は心の中で留め、変わりに重ねて注意をする俺である。責任転嫁?何のことやら。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「しかし、成金君が直球のネーミングだとすると、読書家ちゃんも似たような感じなのかな?」

「ちーちゃんでいいのに」

「あだ名呼びは変な邪推を生みかねないから却下」

「……いや、そもそも我らへの呼び方もあだ名のようなものでは……?」

「!?」

 

 

 保健室から出て、下駄箱方面へと移動する俺達。

 話題は自然と、成金君の能力を踏まえた上での読書家ちゃんの能力考察になる、のだけど。

 

 

「……そういえば、なんか成金君初見時とキャラ違くない?」

「む」

 

 

 その前に、なんとなく気になったので質問が一つ。

 そういえば彼と初めて出会った際、その話し方とかは今と違ったような?

 そんなことを問い掛ければ、彼は苦い顔をしつつこう返して来たのだった。

 

 

「……あれだ、スタンド殿の神官であることを受け入れたら喋り方が変化してしまってな……」

「スタンドさーん?スタンドさーん。怒らないから出といでー」

『それ確実に怒るやつであろうに……』

「あっ、素直に出てきた」

 

 

 まさかうちのメンバーによる被害を受けていたとは……。

 そうと決まればお説教、とばかりに周囲に呼び掛けたところ、ジト目でこちらを見ながら現れるスタンドさんである。

 まぁ、地面からにょきっと生えたせいで成金君が滅茶苦茶ビビってたのだが。……意外と小心者だなこの子。

 

 

『そう、それだ』

「はい?」

『こやつ能力に見合わずわりと小市民的でな。せめて態度だけでも相応にしてやろうと言う神心なのだこれは』

「なるほど、彼のためを思ってやったと」

『そうだ』

「DMさーん」

「うーん、とりあえずギルティですね☆」

『ナニィ!?』

 

 

 なるほど、彼がそういう自分を変えたいと思っていたため、神らしく叶えてあげたと。

 ……確かに悪気はないみたいだが、相手に確認を取らずにやらかしたことは事実。

 その辺りが判決に影響を与えた……ということで、残念ながらスタンドさんは有罪となったのであった。

 

 

「ここは異議ありって叫んでいいところ?」

「叫んでもいいけどその場合TASさんも連帯責任になるけど?」

「──スタンド、大人しく罪を受け入れて」

『はーくーじょーうーもーのー!!』

 

 



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人が増えれば約束事も増えるもの

 結局、成金君は今の喋り方が嫌いではない……とのことで、スタンドさんの罪は大分軽くなることに。

 今回は邪神めいたことしておらぬのに……と愚痴るスタンドさんの相手はDMさんに任せ、改めて話題を戻す。

 

 

「戻すと言うと……読書家の能力の話、だったか?」

「引っ張る必要がないからさっくり明かすけど、私のは『本の中身を再現する』異能」

「シンプルに強っ」

「限度があるからなんでもできるわけじゃない。でも四天王内最強なのは確か」<ドヤッ

 

 

 そうして明かされた読書家ちゃんの能力は、なるほどTASさんアナザーみたいな見た目であることに対する説得力溢れるものだった。

 ……雑に言って『なんでもできる』となるその能力は、確かに四天王最強を名乗ってもおかしくない格を持つといえるだろう。四天王なのに五人いるけど。

 

 そこは気にする所じゃない……と不満げな読書家ちゃんに苦笑を返しつつ、たどり着いた下駄箱で靴を履き替える。

 

 

「あ、遅いデスよう先生!何してたデスかー?」

「死にかけてました」

ワッツ(what's)!?」

 

 

 なお、外で待ってた面々に素直に起きたことを報告したところ、大層驚かれました。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「うーん、先生の話ヲ聞いてイルと、自分が不死身とか名乗っテルの実は大分アレなのデハ?……という気分にナッテきマスねー」

「いやー、俺のは君のとは別方向だから気にしなくていいと思うよ?」

「そうデスかねー?」

「そうそう」

 

 

 うん、多分俺があれっていうよりTASさんがあれこれしてる、って方が正解だろうからね!

 ……いやホント、TASさんには足を向けて寝られないよこんなの。

 まぁ、その辺りを素直に伝えると滅茶苦茶ドヤ顔(※当社比)するので、あんまり伝えない俺なのだが。

 

 

素直に伝えればいいのに(がじがじがじがじがじ)

「はははだったら噛むの止めて欲しいないでででで」

「あの……血が出てますけど……?」

「ああ、いつものことなのでお気になさらず」

「ええ……もしかして明日の朝刊は『怪奇!噛み殺された教師の謎に迫る~現代の狼、復活か~』という見出しにするしかない……?」

「どういう記事を書こうとしていらっしゃいますの貴方?」

「それは勿論みんなが喜ぶような真実を……痛いっ!?痛っ、いやなんですか読書家さん!?」

「……?TASの出番(こせい)を奪うべきではない。なら私はこうするしかない」

「痛いっ!?」

((わし)らは何を見せられておるのかのう、これ)

 

 

 毎度のことながら、人の思考を読まないで欲しいものである。

 そんなことを、視界に掛かってくる赤い液体を拭いながら考える俺であった。

 

 なおこれ、別に血ではない。

 じゃあなんなのかというと、実はトマトケチャップである。

 血糊には見えないのが常だが、頭から垂れてくるというインパクトにより周囲を騙すには十分……え?頭からケチャップを垂れ流す意味がわからない?

 それに関してはほら、TASさんのストレス発散なので仕方ないというか。

 決して実は真面目に血が流れているのを誤魔化しているとか、そんな話ではない。ないけど誰かレバニラとか持ってないかな???

 

 それはともかくとして。

 新聞部君もといゴシップヤローが何かしようとしていたが、その暴挙は読書家ちゃんの行動によって止められた様子。

 ……多分TASさんの真似をしてるだけなのだろうが、出力が執拗な脛蹴りに変化している辺り、彼女なりの配慮なのかもしれない。何の配慮なのかは知らない。

 

 

「いやゴシップヤローは酷くないですか?」

「酷いと思うのなら変な記事書こうとするの止めなさいよ」

「嫌ですよそれが私の生き甲斐なんですから」

TASさん、ゴー(んな生き甲斐捨てちまえ)!」

「了解、行くよチー」

「分かったター。……こう訳すと何だか姉妹みたい」

「なるほど、つまりこれは姉妹のツープラトン」

「おー」

「ちょっ、わけのわからないことを言いながら近寄ってこないで……痛いっ!?さっきより何倍も痛い!!

 

 

 なお、自身のやってることが自身に返ってきてるだけ、なのに文句をぬかすゴッ君(最早元の原型なし)は、熱き姉妹達の愛による無限脛蹴りアタックの前に無残に散ったのであった。

 ……よもや俺よりヒエラルキーが下の存在が現れるとは思わなかったが、これはこれで俺への被害が減るのでありがたいのかもしれない。

 

 まぁ、攻撃を続行していたTASさんが突然くるりと振り返って、『何言ってるの、お兄さんはいつでも被害担当だよ』みたいな顔をしていたため、俺の視界は真っ白になったわけなのだが。

 

 

「なんでもいいが、いい加減天下の往来でふざけんのやめろやテメーら」

「「「はーい」」」

「わ、私はふざけてないのに……」

「はいハイ、いいからさっさと歩くデース。この数時間でどれだけ自身の地位を貶めレバ気が済むのデスか貴方?」

「別に自分からやったわけじゃないんだけどなぁ!?」

 

 

 なお、最後にはROUTEさんに『いい加減にしろ』と怒られました。

 なんやかんや順調にリーダーシップが育っているようで、お兄さんとしては鼻が高……痛い、止めてROUTEさんまで一緒ににって俺を攻撃しないで!?

 

 



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光るTASの職人芸

「そういうわけで、我が家に到着した俺達は、TASさんが匠の増築工事をしているのを端から眺めている最中なのです」

『お主、誰に向かって説明しておるのだ……?』

 

 

 はてさて、道中ちょっとしたトラブルに見舞われたものの、無事に家に戻った俺達。

 ……とはいえ、このままだと急な来客用の部屋しかないため、現在TASさんが部屋の増改築を進めている最中である。

 

 具体的には……なんだろうねこれ???

 正直外から見てる分には全くわからん、という感想しか出てこないわけなのだが……。

 あれだ、誰かに解説をお願いしたいくらいというか。

 

 

「なるほど、任された」

「読書家さん!?」

「さぁTAS入場です。軽快に滑っていく先には扉が一つ、これを使ってぶつかりながら速度を貯めて貯めてー……飛びました!速度が限界を突破し画面外へ!そのままデータの海を潜りに潜ります!!」

「なんか急に無口キャラを崩してきたんだが!?」

 

 

 そんなことを口走ったせいか、唐突に饒舌に喋り始めた読書家さんである。……え?この解説も本の中の再現なんです?

 

 と、ともかく。

 なんか解説してくれた読書家さんの言うところによれば、現在TASさんはデータの海の中であれこれしてる最中、とのこと。

 本来の表示外の領域に飛び込むことにより、直接データを書き換えるその技は彼女のお得意のそれだが……なんかこう、嫌な予感がするのはなんでだろうね?

 

 

「あっ」

「突然何!?」

「終わった……」

「へ?!」

 

 

 あ、これBGMがループして……あっ

 

 

 

暫くお待ち下さい……

 

 

 

「ちょっとやりすぎた、てへ」

「今何度か生命の神秘とか体験したような気がするのですが……」

「終わりを越えて始まりに至ってる……」

 

 

 輪廻転生何度か体験したのかもしれん……みたいな?

 額を抑え呻くAUTOさんにしっかりするよう声を掛けつつ、改めて我が家を見直す俺達。

 ……本来それはマンションであり、俺達が暮らしていたのはそのうちの一部──具体的には二階のワンフロアとかだったような気がするんだけど。

 

 

「……完全に寮になってない?」

「組み替えの際に色々あって……」

「色々?!色々って何!?」

 

 

 うん、なんかこう……随分スッキリしたなというか。

 いや、横幅広がってるからスッキリではないのか?縦が縮んだと言うべきであって。

 

 そう、現在俺達の目の前にあるのは一階建ての平屋。

 但し、周囲の建物まで移動しているため、実際の広さは先程までのそれとは一線を画していると言っても過言ではないだろう。

 ……具体的には、なんか家庭菜園とか増えてる。

 っていうか、三周目入るに当たって何処かへ消えてた猪君までおるんだが何がどうなってんのこれ???

 

 

「……え?何々……気付いたらここにいた?」<ブヒー

「エエト……何で先生はナチュラルに猪と話しているのデス?」

(わし)にもわからん……』

 

 

 多分今まで空間を歪めて成り立ってた部屋が全部実体化した、とかなのだろうが……それがどうすればこう敷地面積ごと広がる結果に繋がるのだろうか?

 ……全くわからんが、そもそもTASさんがやることを理解しようとする方が無駄だった、ということに気付いたら俺は理解を放棄した。

 なったもんはなったんだからしょうがない、の精神である。

 

 

「……うーん、内装も大分変わっている……」

「えーと、向かって右側が貴方様の部屋で、左側に行くと生徒達の部屋が纏まっている……ということで宜しいので?」

「む、いや我ら男組は先生と同じく左のようだな」

「なるほど?」

 

 

 玄関に入ると、そこにあるのは大きな下駄箱。

 学校の玄関口と同じくらいの広さのそれは、それぞれ三方向に繋がる通路が隣接している。

 案内板によれば、向かって左の通路を進むと俺や男子組の部屋に繋がっており、逆に右側に進むと女子組の部屋が固まっているようだ。

 

 で、最後に残った真ん中の道。

 これはどうやらリビングなどの共同生活用の部屋に繋がっているらしい。

 キッチンなんかもこのまままっすぐ進んだところにあるようだ。

 

 また、内装案内を見る限り真ん中の道の奥の方には大浴場もあるとのこと。

 ……各部屋にシャワー室が備え付けられているとのことなので、広い風呂場に浸かりたい時に使え、ということになるらしい。

 ……うん、寮は寮でもかなり大きな寮だなこれ?

 

 

「頑張った。これから暫く学園編が続くから、拠点はしっかり整備しておかないと」

「なんかサラッとすごいこと言わなかった今???」

 

 

 え?TASさんの気まぐれで始まったのかと思っていたけど、もしかしてこれって彼女の意思とは全然関係なく始まった話だったりする???

 そう問い掛けると彼女は不思議そうな顔をして、

 

 

「……?同人とか日本被れとか、こんなの見逃すわけなくない?」

「──言われてみればそうだな!」

(……アレ、もしかシテ私達突然生えてきたと思われてるデスかこれ?)

 

 

 今ここに居るメンバーのうち、新たに加わった六人。

 彼女達をもし前回までに見付けていたのなら、もう少し素直に学校に通っていた……と告げるTASさんの言葉に、思わず頷いてしまうことになったのであった。

 ……日本被れさんが難しい顔してるけど放置で。

 

 



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フラグが立ったということで良いのでは?

「むぅ、突然湧いた扱いは流石ニ承服しかねマスけど?」

「いやゴメンって……」

 

 

 各自自室に荷物を置きに行ったのち、リビング相当の場所に集まり直した俺達。

 人数が増えたことなどを踏まえ、各自分担して夕食などの準備をするためなのだが……そこで、先程の話について日本被れさんから不満を投げ掛けられることとなったのであった。

 なお、ここにいない他の四天王達も、概ね似たような反応であったため彼ら彼女らを代表して彼女が……という形になるようでもあゆ。

 

 まぁでもうん、いきなり『お前は突然現れたのだ、今までこの世界にいなかった存在なんだよ』とか言われて、いい気分になる人はいないだろう。

 そりゃ、彼女達の言い分もわかるものというか。

 ……とはいえ、彼女達をTASさんが認知してなかった・できていなかったという時点で、完全な与太話と切って捨てるのも難しいわけで。

 

 その辺りをあれこれと話しつつ、夕食の準備をすることにした俺なのであった。

 

 

「むぅ、蒸し返しタ私が言うのもなんデスが、この話広げちゃうんデス?」

「まぁ、完全に気にしないのもあれだし。……人参三本皮剥き宜しく」

「ハイハーイ。……ところで、今日の夕食はなんデス?」

「材料からなんとなく予想できるとは思うけど……みんな大好きカレーライスだよ」

「なるほどー。因みにらっきょはありマスか?」

「お、日本被れさんはらっきょ派か。一応福神漬けと一緒に用意してあるよ」

「ソレはよかったデース!……あっ、人参終わりマシタよ」

「いや早くね?」

 

 

 日本被れさんから手渡された人参を四等分にしたあと銀杏(いちょう)切りにしつつ、既に切り終えた野菜達の入ったボウルへ積み上げる。

 

 隣ではDMさんが皮を剥き終えたジャガイモを先に下茹でして、煮崩れないように準備中。

 また、その他の面々は風呂場の掃除に駆り出されたり、はたまた広がった内装の把握に動いたりしているようでこの場にはいない。

 そのため、今現在キッチンにいるのは俺と日本被れさん、それからDMさんとAUTOさんの四人ということになるようだ。

 

 

「ダミ子さんがニートしてられない状況、っていうのはいいことだ」

「ああ、そういえばROUTEさんに引き摺られていましたね」

「懲りずに部屋へ逃げ込もうとしていらっしゃいましたから、仕方のない話というやつですわね」

 

 

 なので、恐らく一番重労働である風呂場の掃除をさせられているのだろう。

 こっちにまで彼女の嫌がる声が聞こえてくるようである。『うわぁー!健康的な労働環境なんて嫌ですぅークソ食らえですぅー!!』とかなんとか。

 で、『喧しい』と後頭部を叩かれて『スパルタ過ぎますぅー!!』とか叫んでそう。

 

 ……そんなことを考えているうちに用意してあった野菜を全て切り終えたため、今度は熱したフライパンに予め切り分けておいた鶏肉を投入。

 火がある程度通るまで炒めたのち、様子を見てそれらを深い鍋にイン。

 それからその上に野菜達も投入し、軽く火を入れたら水を入れて煮込みに移行……という感じにてきぱきこなしていく。

 量が多いからね、手間取ってたら酷いことになるから仕方ないね。

 

 

「ウーン、昨日も思いましたが手慣れてマスねー」

「まぁ、基本的にうちで料理当番なのって俺だから。無論今ではDMさんの方が遥かに腕前が高くなってる関係で、基本的にはDMさん中心になってるけど」

「そう言って貰えると嬉しいですけど、そもそも私は原則食べませんので、やはり最後は貴方に味を見て貰いませんと」

(……前に味覚機能増設していたような気がするから、俺の手伝いとかいらない気がするけどなぁ)

 

 

 まぁ、趣味の一つではあるので全く手伝わないのもあれではあるのだが。

 あと、デザートとかだとDMさんもまだまだって感じだし。

 

 で、デザートのことを話題に出したため、話の内容も必然そちらの方に移行。

 今日はカレーライスがメインなので、デザートとしてはフルーツポンチでも作ろうかなぁ、という気分である。

 

 

「フルーツポンチ、ですか?」

「うむ。シロップに果物入れるだけで出来上がるお手軽さがいいよね。本来ならお酒とか使うらしいけど、生憎未成年が多いからサイダーになるけど」

「ああ、元々アルコールに果汁やシロップを投入したものをパンチと呼び、そこにフルーツの果肉も投入したものを特にフルーツパンチと呼ぶそうですね」

「フム?では何故ポンチと呼ぶヨウに?」

「元々フランスから入ってきた時にポンスと呼んだとか、はたまた英語のパンチを日本語に直した時にポンチになったとか、フルーツを入れたものを提供する際に当時の風刺画(ポンチ絵)に倣ったとか、理由として知られるものが幾つかありますね」

「う、ウン?」

 

 

 なんか唐突にフルーツポンチの解説が挟まった件。

 ……大人向けのデザートとしても提供しやすいとなれば、ROUTEさん辺りも満足だろう。あの人がお酒好きなイメージはあんまりないけど。

 

 

「お、じゃあ私はお酒入りを所望しておこうかなー」

「MODさん学生かつ年齢不詳でしょう、ダメです」

「えー。じゃあ沈黙してそうなおじさんになるからさー」

「ダメなものはダメです」

「えー」

 

 

 あと、突然現れたMODさんがお酒を所望していたが、生憎貴方は学生なのでダメと返せば大層残念そうな声を上げていた、ということをここに記しておく。

 ……というか、仮にも先生相手に酒云々の話するんじゃないよ。

 

 



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疲れを癒す方法にも色々あって

「いや旨かった。貴殿は料理が得意なのだな」

「まぁそれなりにはね。……そっちは掃除とか問題なかった?」

「新聞部が若干死にかけていたな。肉体労働は専門外とかなんとか」

「いや、基本的に走り回るような部活じゃねぇのそれって?」

 

 

 特にパパラッチもどきならなおのこと。

 

 ……みたいなことを話しながら、風呂場で体を洗っている俺達である。

 これ誰向けのサービスなんだろうね?

 

 何を言っているのだ?……と成金君に首を傾げられつつ、湯船に沈む新聞部君の方を見る俺である。

 うん、さっきの彼の言葉は本当だったようで、現在の新聞部君は死んだように湯船に浮かんでいる。

 流石に仰向けだが……これがうつ伏せだったらマジで死にかねないからそこに関してはよかった、というべきか。

 

 ところで、大幅に外装から内装から変化したこの家、もとい寮だが。

 この浴室に関しては、昨日までのそれとほとんど変化していない。

 具体的には壁に書かれた絵が富士山から波間に変化しているのだが……これがどういうことかというと。

 

 

「まさか風呂が増えているとは……」

「そりゃまぁ、普通はわけるだろう。正直我の目から見ても贅沢な感じは否めんがな」

 

 

 そう、男女別々・かつ同じタイミングで入ってもトラブルにならぬようにと男湯・女湯に分けられているのである。

 これにはお兄さんもびっくり。

 

 いやだって、ねぇ?

 前の時点でどこの温泉なのか?……くらいの規模だったのに、これじゃあ完全に銭湯である。いわゆるスーパー銭湯ってやつ。

 

 何せ一歩浴室を出れば風呂屋顔負けの脱衣所があり、洗面台にドライヤーやら扇風機・はたまたマッサージチェアまで備えられているのである。

 なんなら自販機まで設置してある辺り、これは一体何を目指して作られたモノなのか感が凄いというか。

 

 

「いやまぁ、多分あれこれオブジェクトを置くことでTASさんの有利がごりごり増すから、ってことなんだろうけど」

「ふむ……乱数とやらを調整する先が増える、という解釈であっているか?」

「うん、そういうことになるね」

 

 

 まぁ、実態としては彼女の趣味(speed run)の延長線上、ということになるのだろうが。

 モノはあればあるだけ彼女の手数となるし、そもそも彼女が呼び出してるものなので手間暇もそう多くない。

 

 ……ってことはこの内装、どっかの風呂屋のそれをそのまま引っ張ってきている可能性が高い、ということになるか。

 そうなるとちょっと乱数弄れば元になったところに繋がる、なんてこともあるかもしれない。

 移動手段としては結構使いやすい部類なのではないだろうか?

 まぁ、タイミングやら使い方やらを間違えると向こうの人がこっちに来てしまう、みたいなことにも繋がりかねないが……TASさんのことなのでその辺りも上手く活用してしまいそうである。

 

 そんな感じのことを成金君に説明したところ、彼はその内容をしっかり吟味したのち、遠い目をしながらこう返してきたのだった。

 

 

「貴殿の周りはヤバイ人間しか居ないのだな」

「ははははは」

 

 

 笑うしかねぇ(白目)

 

 

 

・A・

 

 

 

「そうして風呂を出てきた結果、再度髪を洗いに行くべきかなーと思っている俺です」

なにやら人の悪口を言っ(がじがじがじがじがじ)ている気配がしたので(がじがじがじがじがじ)

「うわぁ」

 

 

 はい。風呂出た瞬間終わった俺の髪です()。

 TASさんの機嫌が悪いのでここから先には進めません、詰みです。

 仕方ないので風呂上がりのコーヒー牛乳で機嫌を取り、彼女が離れた隙にさっと髪を手入れしておく次第であります。

 

 

「こういう時短いと手入れが楽でいいよね」

「そういう問題なのか……?」

 

 

 サッと洗ってがしがしタオルで髪を拭く俺に、ROUTEさんが微妙な顔をしながら声を掛けてくる。

 その右手には火の付いた煙草。……こんなところで吸っていいのか、と言われそうな空気を感じたので一応解説しておくと、現在俺達がいるのはリビングルーム。

 そこの一画には喫煙所(灰皿とゴミ箱が一緒になったものが設置されてるだけの簡易的なもの)があり、彼女はそこで煙草を吸っているのだった。

 

 

「本当なら仮に喫煙所があったとしても吸わないように、って咎めるとこなんだけど……」

「まさか宿題扱いされるとは思わなかったってな……いやまぁ、確かにやろうと思えば出来たのかもしれねぇけどよぉ」

 

 

 ストレス解消のために吸ってるのに、これじゃあ余計にストレス溜めるだけじゃねぇのか?……とは彼女の愚痴である。

 

 現在の彼女が何をしているのか。

 それは、TASさんからの一言に答えがあった。

 

 

「これから他の人も多く来るようになる。そうなると喫煙者の肩身は狭くなる。……故に、貴方への宿題。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが貴方が煙草を吸う条件」

「……は?」

 

 

 そう、TASさんがROUTEさんに科したのは、自身の能力の習熟。

 選択肢と言う形である程度未来を左右できる彼女ならば、それの繰り返しで煙草の煙を(少なくともこの場にいる誰かの)迷惑にならないように外に排出することが出来るはず……という、ある種の無茶振り。

 

 それが出来なければ貴方に煙草を吸う資格はない、取り上げる……という、あまりにスパルタ過ぎる宿題。

 それに逆らえなかったROUTEさんは、ぐちぐち言いながら煙草の煙と悪戦苦闘している、というわけなのであった。

 

 

「……個人的には、そこまでして吸いたいものなのか、と思わないでもないのですが……」

「それを言うならそもそもここで学生やらされてる時点で不満まみれなんだよこっちは……!!」

「あっはい」

 

 

 回避できない問題が多すぎる。

 言外にそう告げる彼女に、俺達は苦笑を返す他なかったのであった──。

 

 



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一日が終わる、一日が始まる

 イライラしているROUTEさんの即席煙草の煙ショー(?)を楽しんだ俺達は、各自それぞれの部屋へと引き上げていた。

 

 で、その個室についてなのだけれど。

 これに関しては、一人一部屋ではあるものの然程大きくはないモノ、という形になっている。

 具体的にはまんま寮だとこれくらいの広さだよなー、みたいな感じ。

 ベッドと机で大部分が占められており、それ以下の面積──おおよそ部屋の半分に届かないくらいのそれが、室内における通路であり腰を下ろす先である……というか。

 まぁ、一人分の部屋として見れば相応の大きさ、と言うべきだろう。

 

 ところが、この室内の広さ(せまさ)に悲鳴を上げた人間が一人居る。……そう、ダミ子さんである。

 実はTASさんは内装から外装から全部弄った際、中にあった個人の所有物はそれぞれ本人の部屋に無造作に配置する、という形で移動していたのだが。

 

 

「ほぎゃぁー!!!?」

「え、何デスか今の踏まれた猫ミタイな声は……ホワイ(why)!?

「あー、荷物が多過ぎたんだねー。私も似たようなことにぬわーっ!!?

「チートガールまでっ!?」

 

 

 うむ、我が家において一番荷物を持っていたのはダミ子さん。

 故に、その次点であるCHEATちゃんと一緒に、部屋の中に詰め込まれた自身の荷物が生み出す津波に飲み込まれた……というわけだったのだ。

 これには彼女達の間の部屋となった日本被れさんもびっくり、である。

 

 

「イヤ、ビックリで済ませていいのデスかこれ?死んでマセンかコレ?」

「大丈夫大丈夫。二人とも意外と頑丈だから」

「デモ何か地面に赤いモノが滲んでマスけど……」

「大丈夫大丈夫。あとでTASさんが綺麗に片付けるから」

「大丈夫ナ要素が欠片モ見えないのデスが!?」

「お兄さんは私のこと甘く見すぎ。もう既に片付いてる」<ニュッ

「そっかー、もう片付いてるかー。流石はTASさんだなーあははは」

(せ、先生の目が据わってマス……!?)

 

 

 なるほど、床とか壁に自動で汚れを消去するシステムを組み込んであると。

 原理はわからんが犯行現場を隠すにはもってこいだな!HAHAHA!

 

 ……はい。

 まぁ憐れな犠牲者二人はそのうちリポップするだろうとして。

 

 一先ず、悲鳴を聞き付けてやって来た俺はこの場からさっさと去ることにする。

 一応寮長みたいなものであるからこそ駆け付けたけど、基本俺って男性だからこっちに長時間居座るのは宜しくないからね!

 

 

「……?性別が気になるんならいつでも変えるけど?」

「そういう意味じゃないんだよなぁ!」

 

 

 こっちにいるとなんか面倒事に巻き込まれそうな予感がするからさっさと帰りたい、ってだけの話なんだよなぁ!

 それを下手に女性にされた日には、ずるずると他の面々に捕まって問題遭遇の確率が爆上がりするんだよなぁ!!

 

 ……という内心は口に出さない。

 出そうが出すまいがTASさんには攻撃されるが、流石に口に出してなければ他の面々には気付かれないし指摘されない。

 なんならTASさんに俺が攻撃されるのはいつものことなので、追及も対して発生しないというプラス効果も付いてくる!お得!

 

 

「また訳のわからない理論武装していらっしゃいますのね……」

「おおAUTOさん、丁度よいところに。このTASさんを引き剥がすのを手伝ってくれ!俺は猪に餌をやるのと家庭菜園の様子を見に行くので忙しいんだ!」

典型的な死亡フラグ、ウケる(がじがじがじがじがじがじ)

 

 

 で、そうやって捕まっている間に、騒ぎを聞き付けてやって来たのはAUTOさん。

 この面々の中で随一の常識人である彼女ならば、TASさんの暴虐を正し俺を救ってくれる!

 

 ……というのはまぁ、ちょっと大袈裟だけれども。

 少なくとも一般的な倫理に照らし合わせ、こんな夜分遅くに年若い子女の元に良い歳の男性がいる、ということを良くないことと示してくれるはずだという期待を込めて視線を向けたところ。

 

 

「えいっ」

「 」

「……申し訳ないのですけれど、同人さんの勉強を見るのを手伝ってくださいまし。私一人では終わりそうもありませんわ」

「   」

 

 

 ……いや、いつの間に覚えたのそれ?

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべながら近付いてきたAUTOさんが、俺の額を小突く。

 するとどうだろう、俺は突然光に包まれ、気が付いた時には……体が女性に変化してしまっていた!

 

 この姿では自身の部屋に戻るに戻れない!

 自分の力では戻れない以上、ここから立ち去るにはAUTOさんのお願いを──同人ちゃんの勉強を見る、というイベントをこなすしかない!

 そのことを悟った私は降りてきたTASさんに視線を向ける。

 察して、という気持ちを込めながら向けたその視線に、彼女は小さく笑みを浮かべ返してきて。

 

 

「頑張れお姉さん。夜食はDMに頼んでおく」

「そうじゃないだろー!!」

 

 

 そのまま頑張れ、と言わんばかりの彼女の態度に、私が思わず崩れ落ちたことは言うまでもない。

 

 ……その後、同人ちゃんへの個人(?)レッスンは、夜明けまで続いたのだった。

 

 



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朝ですよー、色々忘れてませんかー

「……眠い……」

「私も眠いっす……」

「自業自得では?」

 

 

 元を正せば宿題終わらせてないのが悪い、いいやいきなり移動しろとかなんとか言われて終わるわけがない……。

 

 そんな不毛な言い争いをしつつ、食堂相当の場所へと移動する俺達である(起きて外に出た時にAUTOさんに戻して貰った)。

 というか軽々しく性別変更しないで欲しいんだが。性自認変なことになりそうだし。

 

 

「別にそれはそれでいいと思う」最悪男でもいいからくっ付け、的な意味で

「何がぁ!?何もよくないけどぉ!?」

 

 

 TASさんがスッゴいなげやりに言ってくるんだけどぉ!?

 俺は男なんだよその辺り理解して?!……あ、だからと言って露骨に避けるのは止めてね、傷付くから。

 

 

「?なんで避けるの?」

「いや、わからないんならいいんだ……こっちが勝手に気にしてるだけだから……」

「???」

 

 

 思春期になると父親とか兄弟とか嫌うのが女の子の常、みたいな感じと言うか。

 ……いかんな、想像したら血を吐きそうになってきた。

 もしTASさんに『洗濯物触らないで』とか『食事は別にして』とか言われたら俺……。

 

 

「……どうもしねぇな」

 

 

 よく考えたら乱数調整とかなんとかでよくやられてたな?

 今さらその辺りを気にする意味欠片もないな?

 

 なんだ、心配して損した。

 そんなことを考えながら、何やら察知したらしいTASさんの噛み付きを甘んじて受ける俺である。

 

 

「また変なことに考えたんっすね……」

「その言い方は止めてくれんか、訴えられたら負ける」

「常に負けること気にしてないっすか???」

 

 

 いや、だって実際に誰にも勝てないし……。

 隣を歩く同人ちゃんにそう返せば、彼女は名状し難い渋い顔をしながら自分の分の料理を受け取りに行ったのだった。

 

 え?俺は取りに行かないのかって?既にTASさんが俺の手に二人分のお盆を乗せてるから必要ないんだよなぁ。

 

 

「……エエト、どうやって取りに行ったんデスかソレ?」

「さっきまでの会話が所持フラグになってた」

「所持フラグ……???」

 

 

 で、そのまま適当に机に着くと、目の前に該当する席に座っていた日本被れさんが、意味がわからないとばかりにこちらを見つめていた。

 どうやら、まだまだTASさんの動きに慣れていないらしい。

 気を付けな、TASさんは下から来るぜ(彼女の後ろににょきっと現れたTASさんを見ながら)。

 

 ほわぁ!?と大袈裟なまでに驚く日本被れさんを満足そうに見たのち、TASさんは俺の隣の席に戻ってくる。

 そのまま手を合わせていただきますをすると、彼女は箸を手に取りご飯を食べ始めたのだった。

 

 

「……そこは普通に食べるのだな」

「お兄さんに昔怒られた。食事を慌ただしく済ませないと間に合わないような話なら最初から破綻してる、って」

「貴殿、意外とまともなことも言うのだな……」

「俺のことなんだと思ってるの君ら???」

 

 

 大分失礼なんだが?

 ……などと憤慨しつつ、俺もまた他の面々に倣って挨拶をしたのち箸を手に取る。

 

 今日の献立は白米、味噌汁に鮭の塩焼き。

 至って普通の朝食とでも言うべきそれは、DMさんのお手製のものである。

 

 

「ごめんね今日は任せきりにして」

「いえ、私は睡眠の必要性もありませんので。それより、貴方の方は大丈夫だったので?」

「なんとか。同人ちゃんが頑張ったのもあるけど」

「なるほど、頑張りましたね同人様」

「ふぇっ!?えあ、ありがとうございます……?」

 

 

 生憎今日は早起き出来なかったため、夕食の仕込みまで含めて全部彼女に任せる形になってしまったが……当の本人は特に気にした様子もなく机の側に控えている。

 まるでメイドみたいな立ち位置……と考えたところ、そういえばこの人メイドだったわ、と自分の思考にツッコミを入れてしまったのだった。……ん?

 

 まぁともかく。

 話題を振られればこちらとしてもそれに返答するのが普通、ということでそのまま同人ちゃんが話の中心に。

 教えはしたものの、基本的には彼女が頑張るしかないのでその辺りをそのまま告げれば、DMさんはいい子いい子、とばかりに同人ちゃんの頭を撫で始めたのだった。

 

 うーん、まるでお母さん……。

 いや、そういえばそもそもDMさんってみんなのお母さんだったな……?

 

 

『しっかりせぬか大馬鹿者』

「いでぇ!?……はっ、俺は一体何を」

『目は覚めたか?なら重畳。ついでにあやつを助けてやれ』

「え?……っておわー!?」

「わ、私は子供……?お母さん???(おめめぐるぐる)」

「ふふふ、こんなに大きな子供は持った覚えはありませんが……貴方がそう呼びたいのなら構いませんよ?」

「お、お母さん……!!」

「しっかりしろー!!?」

「へべぇっ!!?」

 

 

 いきなり何をしてるんだこの人は(困惑)。

 何故か唐突に母親気質を発揮したDMさんに、思わず戦慄する俺。

 洗脳されかけている同人ちゃんの頬を叩いて目を覚まさせたのち、警戒しつつ問い返したところ。

 彼女から返ってきたのは、『たまにはこういう面も見せませんと』などという言葉とウインクなのであった。

 

 ……思い出すべき(ぞくせい)ってこういうのだったかなぁ!?

 

 



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登校というと大抵退屈なもの

「朝から酷い目にあったっす……」

「私は何時でもウェルカムですよ?」

「間に合ってますんで!!」

「あらあら」

 

 

 なんでいきなりDMさんの弄り相手になってるんだろうね、同人ちゃん。

 

 小さく首を捻りつつ、学校への道を歩く俺達。

 ……うん、本来俺達が住んでいた場所といえば、あの学校から大分離れた位置にあったはずなんだけど。

 今日改めて立地を確認したら、普通に歩いて通える位置に変わってたんだよね……。

 なんじゃこりゃ、ってなる事態は大抵TASさんのせい、ってことで問い詰める相手は決まってたわけだけど。

 

 

「流石はお兄さん。この人数が遠くからぞろぞろ通うのはどうかな、って思ったから移転しておいた」

「なるほど。ついでに今さらながら聞くんだけど、前の俺達のマンションに住んでた人達はどうなったんで?」

「前のマンションに置いてきた」

「次元の狭間に!?」

「お兄さん失礼。ちゃんと前の立地に、だよ」

 

 

 ……いや、あの寮ってば元のマンションとは別物になってたんかい。

 なんか地味に驚愕の事実を聞かされている気がするなぁ、と思いながら歩を進めれば……ほら、正門前である。マジで近いなこれ?

 

 時間帯としては、他の生徒達も普通にやってくるようなタイミングであり。

 それゆえ、生徒会長(日本被れさん)を筆頭にぞろぞろと集団登校してくる俺達を見て、不思議そうに首を傾げる一般生徒達の姿が見られたのだった。

 

 

「フフフ、その程度で驚いてイテはこの先が思いやられマース!」

「なんでちょっと誇らしげなの……?」

 

 

 いやマジで。

 まぁ、校門付近でぞろぞろしているだけではなく、これから教室に入るまで延々とぞろぞろするのだから、そりゃまぁその程度で……と言うのはわからんでもないけども。

 でも別に誇らしげにするようなことでは……え?何?件のクラスに選ばれることはある意味名誉なこと?

 

 

「何せ普通の教師デハお手上げ、というコトの証左のヨウナものデスから!」

「ねぇ?やっぱりそれ誇らしげにするようなことじゃなくない???」

 

 

 もしくはあれかな、今まで能力を隠してきたけどこれからは気にせず使える、みたいな……いや少なくともこの子に関してはそんな素振り欠片も無かったわ。

 

 やっぱり何故誇らしげなのかわからない、という結論に達しつつ、彼女達と別れ職員室に。

 彼女達のクラス専門の教師である俺はあまり朝の会議に参加する意義を持たないのだが、かといって全く参加しないのもおかしいだろう……とのことで一応向かうようにしている。

 

 まぁお察しの通り?本来俺は教職員でもなんでもないので、朝礼に関しては単に耳を傾ける以外の行為は行えないわけなのだが。

 

 

「おかしな話ですよね、俺みたいな半部外者がここにいるのも」

「は、はぁ……」

 

 

 隣の席に座る男性教師(年齢不詳だが若く見える)と世間話をしつつ、さっきまでの会議の内容を纏めると……うん、俺と受け持つクラスには関係なさそうな話ばっかりだったな!

 唯一『今期の生徒会は例のクラスから他の人員も選出するとしましょう』みたいな話があった、くらいのもので!

 

 

「なんでそんなことになってるんですかぁ……?」

「うーん、大いなる世界の意思?ほら、創作物において生徒会って謎の権力を持ってたりするから、その流れ的な?」

「甘いよお兄さん。発生させられうるイベントは全部発生させないと勿体ない、というだけの話」

「ははは、だろうなと思ってたけどやっぱりTASさんのせいだったかー」

 

 

 ……で、その辺りの話を教室に戻ってみんなに話していた、というわけなのである。

 なおこのクラスに振り分けられた面子だが、現状はうちの寮に住んでいる人で全員。

 昨日まで居たはずの他の面々は、どうやら別のクラスに振り分けられたようであった。

 

 ……うん、ますます奇っ怪なことになっているというか。

 一クラス二十人以下とか、そんな過疎地の学校じゃねぇんだから。

 構成メンバーが年齢バラバラだから、余計にそんな感じになってるし。 

 

 

「寮生活してる、ってのもある意味そんな感じだね。過疎地云々」

「なんで都会のど真ん中で島生活みたいな空気になってるんだ……」

「……なんでも良いんだが、一時間目始まるぞ」

「おおっとそれは失礼。じゃあ今日はTASさんの強い要望によりデーモンコアについての勉強から……」

「おい待てぇ、何やらせる気だテメェは」

「見えないものの回避の仕方。ここの面子なら覚えられてもおかしくない」<シュバババ

「ワォ!?ジャパニーズニンジャ!?」

 

 

 あれこれ話しているうちに、どうやら一時限目の開始の時間になってしまったらしい。

 ROUTEさんの指摘の声を合図に、隣の空き部屋から装置を運んできたのだが……凄い顔で睨まれてしまった。

 

 一応これ、形だけ似せたものであって本当にデーモンコアってわけじゃないんだが。

 まぁ、特定のタイミングで不可視不可避の光波が発生する、というのは変わらないのだが。

 

 今回はこれを避ける訓練がしたい(もしくはさせたい)というTASさんの要望を受けたわけだが……大丈夫、ここにいる面々ならきっと成功できるはずさ!(投げ槍)

 

 

「いや、それって高校の授業とは関係ない……いや、そもそも私にもやれと仰ってらっしゃるっすかこれ……???」

 

 

 あとなんか一人絶望してる人がいたけど、TASさんが居る以上遅かれ早かれやらされただろうから諦めてもろて。

 

 



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四天王の実力、お見せしよう!

「光波回避、ヨシッ!」

「何も良くないんっすけどー!?」

 

 

 唐突に始まった回避訓練だが、これが中々。

 彼女達──特に以前から親交のあったうちの面々以外の、今周回で加わった新しい面子の能力を測るにはある意味丁度良かったというか。

 

 

「当たっテモ問題無けレバそれでいいのデハ?」

「ダメです。出直して参れ」

「ちぇー」

 

 

 まずは日本被れさん。

 彼女の能力は『不死身』──異常なまでの回復力による超耐久だが、あまりにも強力過ぎるせいか攻撃を避けよう、みたいな感覚が存在しないことが明らかに。

 

 聞けば服も含めて全ての傷が回復するとかいう超性能であるため、全く避けようという気が浮かばないとのこと。

 大抵の回復能力というのは己の体のみに及ぶものであるため、彼女のそれは単に珍しいという言葉で片付けていいものか甚だ疑問である。

 

 

「だからこうして避けないと酷いことになるものを用意する」<ドヤッ

「エッチョッ、これエッチなやつデハ?!」

「そういう目に会いたくないなら頑張って避けて。大丈夫、優しくしてくれるから」

「そういう問題デハありませんガー!!?」

 

 

 で、そんな彼女の意識改革のために用意されたのが、見るからに怪しい触手生物であった。

 ……いや、こんなものどっから持ってきたし。

 

 なお、なんかR-18(エッチな展開)を危惧する声が日本被れさんから上がったが、そもそもそういう動きをする触手なんて実在せず、仮に起こるとしたら取っ捕まって四肢をバラバラにされる……みたいな、グロテスク方面のR-18だろうとは言わないでおく俺である。

 

 いや、そっち方面だと逆に捕まってもいいやー、となりそうな気がするというか……。

 勘違いでも貞操の危機としておいた方が、回避の重要性を学ぶ意味ではいいんじゃないかなーというか。

 

 そんなわけで、教室の隅で唐突に触手との戦闘を開始した日本被れさんは置いておくとして、次は成金君。

 

 

「相手が放射線であるならば、それを通さぬ金属を使えばよいだけのことだろう」

「生憎ですが、これは放射線じゃありませんので……」

「なぬ?ってぬぉわーっ!!?

「成金くぅーん!!」

 

 

 金と言えば原子量が多く、放射線を遮るための壁として最適……だが、高価であるために実際には利用できない・しにくいものとして有名だが、彼はその名前通り金を成すもの。

 ゆえに真っ当な放射線なら普通に遮断できてしまうのだが……生憎これはデーモンコアを(略)。

 

 そのため、回避以外の行動は全て無意味。

 ということで、哀れ成金君はこの光波の効果である『それが通った場所が青く染まる』という現象の餌食になってしまったのであった。

 具体的には額に『まぬけ』と書かれてしまった。……なんと具体的な罵倒か!

 

 

「では次は私ですね。まぁ私の能力はこういう話には全く使えないわけなのですが」

「そういえば子細を聞いた覚えがないけど、君の能力ってどういう類いのものなんで?」

「風聞を流布します」

「ねぇ?やっぱりこいつこの場で処しといた方がいいんじゃないかな???」

「おっと、仮にそうなった場合その場面を瞬時に流布しますのでお気を付けを……フフフ」

「うわこいつ色んな意味でやべぇ」

 

 

 性根が腐ってやがる……もしくはいい性格してる。

 

 ともあれ、確かに今回の授業にはまったくと言っていいほど役にたたないのは事実。

 結果、彼は胡散臭い笑みを浮かべたまま、額に青く『ゲスメガネ』の文字を刻まれることになったのだった。

 

 

「あ、次はあーし?じゃあ空手部の本領見せるし!」

「頑張れギャル子さーん、今のままだと影薄いぞー」

「いきなり失礼すぎんだけど!?」

 

 

 で、お次は空手部もといギャルのギャル子さん。

 あだ名が大分雑だが、そもそもここまであまり主張してこなかったので仕方ない。

 なのでここらで一つ、どかんと何かイメージを一新するような出来事を、と期待したのだけれど。

 

 

「───」

 

 

 しん、と張り詰めた空気はまるで寒空の下のよう。

 先程までの軽薄な空気は霧散し、そこにあるのは一人の武道家の姿。

 周囲が息を呑むほどの集中は、次第にその構えた右手へと集約されていく。

 

 

「チェストォーッ!!」

 

 

 刹那、彼女らしからぬ雄叫びと共に放たれた手刀の一閃は、過たず獲物を断ち斬れり。

 その威容、まさしく侍の如き……って、

 

 

「……斬った!?

「え、ダメだった?」

「いやダメというかなんというか……」

「今光波ごと叩き斬りましたね……」

「まさかギャル子がそんなことができるとは。全部ぶった斬れば当たらぬも同じとは中々に剛毅」

「ちょっ、そんなに褒めても何もでないケド!?」

 

 

 いや、これ褒め言葉かな?

 

 哀れにも縦に真っ二つになったデーモンコア(仮)を前に、思わず唖然とする俺である。

 ……いやうん、確かに凄かったけどさ?でもほら。

 

 

「……私の出番……」

「え?……あっごめんどくっち忘れてた!?」

「出番……」

 

 

 その後ろで涙目になってる読書家ちゃんを見ると、そういうの(コアの破壊)は最後にやって欲しかったなーって。

 いやまぁ、元を正せば四天王の五人目、なんてやってる読書家ちゃんが悪いところもあるんだけどさ?

 

 ……ってな感じで、微妙に慌ただしい羽目になるのでしたとさ。

 

 



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これを授業と言い張る図々しさ

「読書家は甘い。出番がなくなったんじゃなくて余計な手間を回避したと考えるべき」

「……!なるほど、流石はTAS。参考になる」

「ふふふ、もっと褒めて」

 

 

 それははたして本当に参考になるのだろうか……?

 TASさん的ポジティブシンキングって他の人にも適用できるものなのかなぁ?……と思わず首を捻ってしまう俺である。

 

 まぁ、やらかしたと正座して反省してるギャル子ちゃんが、これを機に反省を止められたのだから、ある意味それで良かったのかもしれないが。

 

 

「やー、張り切りすぎちゃった。メンゴ☆」

「いやまぁ、止めなかったこっちにも責任はあるというか、ギャップが凄くて止める暇もなかったというか……」

「おっ、先生ってばうちに見とれちゃった?いやー、モテる女は辛いってやつー?」

「まぁモテるだろうね(女子に)」

「……うん、そっちは求めてないんだわ私」

「なんかゴメン」

 

 

 あ、そういう。

 ……うん、さっきのギャル子さんはなんというかカッコいい感じだったが、どうやらこの様子だと『カッコいい』は嬉しくないご様子。

 その結果がギャルに扮するというのはなんとも言えないが……まぁ、本人が真剣にやっていることをあれこれ言うのも問題だろう。

 

 そんなわけで、この辺りの話は一先ず置いておくことにして。

 

 

「で、結局読書家ちゃんの分はやらない、ってことでいいので?」

「この面々の中だとできない方がおかしいから」

「実質的な免除と。んじゃまぁ、キリもいいしここらで一時間目は終わり、ってことで」

「……いつの間にか結構時間が経ってたんだね」

 

 

 教室に備え付けられた時計を見れば、時刻は一時間目の終わり間際。

 ここから更に別のことを……というのもあれなので、一先ず休憩ということにする俺なのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

 古い世代である俺からすると驚くことに、最近の学校というのは小学校であってもジュースが飲めるようになっているのだとか。

 

 水飲み場が設置されていることが多かった気もするのだが、あれはあれで衛生面で問題があるし、使わないなら使わないに越したことはないのかもしれない。

 ……えっ?なんで唐突に小学校云々の話をしたのかって?

 

 

「絵面がそれ系に見えなくもない人がいるからでぐぇ」

「なぁ?それは私がちっさいって言いたいんだよね?喧嘩売ってるんだよね???」

「俺売店じゃないんでそういうのはちょっと……」

「売店の人が喧嘩売ってるみたいな風評被害は止めろや!!」

 

 

 正解は、ふと目を向けた先で汗を拭いつつスポドリ飲んでるCHEATちゃんが居たから、でした。

 ……うん、絵面だけだとまんま小学生が教室で飲み物飲んでる図でしかないんだもの。

 まぁこれがTASさんだと更にその感覚が増すぎゃーっ!!?

 

 

「……前々から思ってたんだが、テメェはマゾかなんかか?」

「誤解にも程がある……」

 

 

 TASさんには頭を噛まれ、CHEATちゃんには脇腹を小突かれ続ける……。

 なんなら面白がった読書家ちゃんまで脛蹴りで参加してくる始末だが、別に望んでこんな状況に追い込まれているわけじゃない。

 

 なので助けて下さい、という視線を付近を通り掛かったROUTEさんに向けるものの、返ってきたのは「自分でなんとかしろ」とばかりの完璧なスルーであった。

 この薄情もの!鬼!悪魔!!TASさん!!!

 

 

「……脳みそが弾けるかと思った」

「わざわざ喧嘩売って来といてその程度で済んでるんだから文句言ってんじゃねぇよ、ああ??」

「すみませんでした」

「わかりゃいいんだよわかりゃ」

 

 

 ……うん、こっちの思考を読むのがデフォルトになってるの止めてくんないかな。

 え?お前が読みやすすぎるだけ?そりゃまたなんとも。

 

 ……ともかく、自身への罵倒に反応したROUTEさんから飛んできたストレートは見事に俺の顔面に的中。

 結果、顔面陥没の憂き目にあったわけなのですが、結果として纏わりついていた他の三名が離れてくれたので結果オーライです。……え?ドン引きしてるだけ?それはそう。

 

 気を取り直して、服とかに付いた汚れを払う俺である。

 その頃には陥没した顔面も元に戻っていたが……ふと視線を前に向けると、何やらキラキラした目でこちらを見る日本被れさんが立っていた。

 

 

「ええと……何?」

「シショーと呼ばせて下サイ!!」

「嫌だ!!」

「オー!?そう言ワズ何卒!何卒!何でもしマスから!!」

「止めてー!!?他所の人に聞かれたら誤解どころの話じゃないこと言うの止めてー!!?」

 

 

 そんな彼女の口から飛び出したのは、これまた唐突な弟子入り志願。

 

 ……うん、今の俺の一連の流れを見て、不死身系の能力者として学ぶところがある……みたいなことを思ったのだろうけど。

 俺のこれはTASさんとの付き合いの結果生まれた副産物のようなものであり、他者に伝授するものでも羨ましがられるモノでもないので止めてほしいとしか。

 

 まぁ、そんな言葉で彼女が止まるわけもなく、暫く追いかけ回される羽目になる俺なのであるが。

 

 

「頷いてくれないとダーリンと呼びマスよ!?」

「それ以上いけない」

「えっちょっ、アダダダダ?!ワッツ?!今の私何が悪かったデスか!?」

「その発言を続けるとお兄さんが社会的に死ぬ」

「えっ」

 

 

 なお、他所のクラスの先生が連絡事項?とやらを伝えにきたため、その辺りの騒ぎは有耶無耶になった。

 ……うん、そのまま続けてたら聞かれてましたね、さっきの話……。

 ありがとうTASさん、フォーエバー……!

 

 



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真面目にやる気があればなんとでも

 はてさて、怒涛の一時間目から時間は経過し今は四時間目。

 昼食を前にしたこの時間は、一般的な生徒ならば空腹などから少々集中力が切れてくるタイミングである。

 

 ……え?二時間目と三時間目はどうしたって?

 当たり障りのない普通の授業だったから、何事もなく終わりましたがなにか?

 

 

「そういうノを積極的ニ描写スルべきなのデハ?」

「その論理はTASさんの前では無意味だ」

「アー……」

「今日の授業は特に(飛ばしても)問題のない素晴らしいものだった」

「エエー……」

 

 

 いやまぁ、そもそも学年入り乱れてるのに問題ないってなんじゃらほい、と言われたら俺も閉口する他ないのだけれど。

 でも実際問題はなかったわけで、じゃあそれでいいんじゃないかなって。

 ……ああいや、一人だけ問題なしにできない人がいたなそういえば?

 

 

「……なんで私だけこんな目にあっているんだろうね?」

「そりゃ勿論、提出物の提出ミスって停学・ないし留年の危機が到来しないようにという先生(おれ)なりの愛情表現ですが?」

「こんなのDVと変わらないんだが!?」

 

 

 それが誰かと問われれば、ご覧の通り涙目で提出物の山に囲まれているMODさんである。

 

 今回俺達がみんな一つのクラスに纏められたことにより、一番割りを食ってるのが恐らく彼女だろう。

 何せ今までなら適当に済ませておけばよかった提出物の提出先が俺になったことにより、彼女の抱える問題点を踏まえた上での提出物へと変化したのだから。

 

 

「おかしいだろう、これどう考えてもこのタイミングでやる必要性ないししなきゃいけないことでもないだろう常識的に考えて……」

「生憎とMODさんへの課題はTASさんによる厳正な審査を踏まえた上でのモノなので、返品も拒否も共に却下です」

「クソァ!!!」

 

 

 まぁはしたない。

 仮にも王家に列なる血筋の持ち主が、そのような乱暴な言葉遣いをするものではありませんよ?

 ……などとちょっとねちっこく忠告してあげたら、何故か縦に丸めた教科書が飛んできたでござる。解せぬ。

 

 いやでも、ここである程度マナーとか技能とか高めておいた方が楽、ってのは本当のことなんだぜ?

 他の人がどうなっているのかは不明だが、MODさんに関しては加入イベントがどっか行っても王女様絡みの話は普通に別枠なんだし。

 

 

「王女様?この人、他にもまだ何か属性が盛られるんっすか?」

「聞いて驚け同人ちゃん、なんとこの人とある国の王家に列なる人物で、なんなら普通に王位継承権も残ってるという、将来プレジデントになる可能性大の高貴なお方なのだ」

「高貴な、と言いつつ私に対しての扱い雑すぎないかい?」

「そりゃまぁ、普段の貴方の動きを見てると、ねぇ?主に提出物に対してのズボラさとか」

「ぐぬ、否定できない……っ!」

 

 

 まぁ、実際に彼女が王家を継ぐというパターンは早々無いと思うが。

 基本的には王女様がやるだろうし、それにしたってその内有名無実化して無くなりそうな気もするし。

 

 なお、この辺りの話を聞いた同人ちゃんはというと、『属性過多っす……』とかなんとか言いながら昇天()していた。

 ……尊みだかなんだか知らんが、そういうものを前にして実際に気絶する人初めて見たな……。

 とはいえそのまま気絶しっぱなしだと困るので、早急に現世に戻って来て貰うよう気付けを行う俺である。

 

 

「あまりにも乱暴すぎるっす……」

「何を言う、仮にこれをTASさんに任せた場合、最悪頭部にタンコブ何個積み上げられるか、みたいな実験に使われてた可能性大なんだぞ?」

「お兄さん失礼。そんなことはしない。やるなら競うのは大きさの方」

「どっちにしろ私の頭でやらないで欲しいんっすけど!?」

 

 

 その際に乱暴に前後に揺すったことを抗議されたが……他に任せてたら真っ先にTASさんが立候補してたぞ、と返せば渋々(?)納得していた。……してるかなこれ?

 

 ともあれ、話を戻してMODさんについてだけど。

 彼女がうちの面々の中ではわりとタイムスケジュール的に忙しい、ということは事実。

 三周目に当たって色々変わっていることもあるが、それでも彼女の表の顔・および裏の顔が変化していないこともあって、彼女に関わる問題というのは基本固定チャートが組める程度には把握されている、というわけである。

 

 

「固定チャート?」

「具体的には夏休み辺りに異世界旅行する必要とか」

「──何て(what's)?」

「外の時間経過を確かめるためにも、また妹さんに話をする必要がある」

何て(what's)???」

「ということは……彼方の世界に置いてきたドローン達の調子もついでに見ておきたいですわね」

「あ、ピー蔵がどうしてるかも見ておきたいね」

「次から次ヘト謎のワードを積み上げるノ止めマセンか?????」

 

 

 二周目の時点でこの世界と外の世界に食い違いがある、みたいなことは判明してたしなぁ。

 ……などと前周回からの引き継ぎメンバー達で話していたところ、今回から加わった面子達から凄い目で見られる羽目になりましたが問題は(多分)ありません。

 

 



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君と私は別世界の人

「……イヤ、説明されてもよく分からナイのデスけど?」

「あれー?」

 

 

 急遽四時間目を潰す形で開催された他所の世界云々の解説。

 それを聞いた新顔達の反応は、大体似たようなもの。……そう、困惑である。

 

 こっちとしてはそんなに困惑することがよく分からないのだが、その辺り彼女達とこちら側の能力者としての違いが現れている、というか……。

 

 

「うちが分かりやすいけど、基本的にこっちの人達って自分を強化する、みたいな感じがほとんどなんだよねー」

「……成金君は?あと新聞部君も」

「扱うものを自分の体の延長線上として捉えている、って形だからそっちのやり方とは全然違うよー」

 

 

 代表してギャル子ちゃんが説明してくれているが、基本的に彼女達の能力というのは自己に働き掛けるもの。

 自分というフィルターを通すことで外部に働き掛けることもできるが、基本的には自己対象であり他者を直接どうこう、ということは難しい。

 

 そのため、環境に直接干渉するような能力者、というのはほとんどいないのだとか。

 一応、成金君とか新聞部君とかは自分がどうこうと言うより、他者に対して働き掛けているように見えるけど……それも自分という干渉手段があってこそのもの。

 具体的にはここから遠く離れた場所にいきなり風聞を届けたり、はたまたそこにあるものをいきなり黄金に変えたりはできないとのこと。

 

 

「一応、私は例外に近い。本という媒体を通して世界を変革しているようなものだから」

「それにしたって本が自分の手足って形だから、本なかったらなんもできないんだけどねー」

「むぅ、私の弱点をあっさりばらすのはよくない」

「あっと、ごめんってどくっち」

 

 

 例外である読書家ちゃんにしたって、本の中身を再現することであれこれできるようになっているけど……裏を返せば本がなければ何にもできない、とも言えてしまうわけで。

 

 そういう視点で見ると、こっち側のTASさんとかが無法に過ぎる、というのも宜なるかなというか。

 

 

「私も一応、自分という存在を通して世界をあれこれしてるよ?」

「その範囲が広すぎる、って言ってるんだようちは。……少なくとも、たーちゃんのやってた回避とか早々真似できるもんじゃねーからね?」

「んん?」

 

 

 それに反論するTASさんだが、すぐさまギャル子さんの反論が返ってくる。

 わりとさらっとやってる光波回避とか、そもそも光波自体を見えないので不可能に近い……みたいな?

 

 正直こっちとしても別にはっきりと見えているわけじゃないらしいが、そもそも光波を感じるという部分で引っ掛かるのでその時点で話が違う、と。

 言われてみれば、あの授業も難なくクリアしてたのはうちの面子ばっかりだったなぁ、と。

 ダミ子さんだけひぃひぃ言ってたけど。

 

 

「ま、前から思ってたんですけどぉ……」

「何?」

「ネーミング法則的に、多分私ってぇそっちの方達側だと思うんですぅ」

「仮にそうだとしても、もうこっちでの生活にどっぷり染まってるから誤差では?」

「……ちくせう、ですぅ」

 

 

 授業免除の夢がぁ、とかなんとかメタいことを言ってるダミ子さんはともかく。

 

 ……いやともかくじゃねぇな?

 もし仮にメタいその発言内容──ダミ子さんは日本被れさん達と同じカテゴリの存在である、というのが間違いじゃないのなら、それはすなわち目の前の彼女達もこれから長く暮らすうちにダミ子さんと同じ程度にはこっちの環境に慣れる可能性がある、ということ。

 

 

「えっ」

「お兄さん、それは早計。ダミ子はそもそも『DUMMY』から派生した呼び方。すなわちこっち側に多少は漬かってるからどうにかなった、という可能性が高い」

(ほっ……)

「なので、そちらの子達をこっちの世界観に巻き込む必要がある」

「えっ」

「なるほど。ってことはこじつけでも『Re:POP』とか『RESPAWN』とか呼べそうな日本被れさんは真っ先にこっちに適応する可能性が高いと?」

なんで(why)!?」

 

 

 なお、その考え方に関してはTASさん直々にツッコミが飛んできた。

 確かに、すっかりダミ子呼びで定着していたけど、そういえばダミ子さんって『DUMMY』から派生した呼び方だったねぇ。

 となると、他の面々のような運用が出来なかっただけで、彼女も最初からデジタル系ネーミングの能力だったと。

 

 となれば、他の面々もデジタル系ネーミングをこじつければなんとかなる……ということなのかも?

 そういう意味では、当初からその辺り怪しい面のあった日本被れさんならなんとかなる、ということに?

 

 唐突に巻き込まれ事故を起こされた日本被れさんが叫んでいたが、これからのあれこれを考えると真剣に考察する必要のある話であることも確かな話。

 ゆえに、俺達は彼女を囲んで話し合いを始めることになったのだった。彼女の「やーめーてーくーだーさーいー!!」という悲鳴をBGMにしながら。

 

 

(……(わし)もネーミング法則的には当てはまるんじゃが、巻き込まれてもあれだし黙っておくことにしよう……)

 

 



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失敗は実験の母、即ち成功は父?

「酷い目ニ会いマシタ……」

「お陰でいいデータが取れた」<ホクホク

 

 

 はてさて、話の流れから日本被れちゃん達四天王チームの違い、とでも言うべきものを改めて認知する必要に駆られた……駆られた?TASさんは、それを理由に実験を開始。

 

 結果としては上手く行かなかったわけだが……そこで得られた実験結果は、TASさんにとって貴重なものになったらしい。

 ……え?貴重な実験結果が取れるからって、大分無茶振りしてた?俺は見てないからその辺りは知らんな。

 

 おにー!あくまー!!TASー!!!

 という日本被れさんの抗議の声が立ち上ったが、その辺りは本人に思う存分ぶつけてもろて。

 ……再度実験が飛んできても困る、という感じで日本被れさんは黙ったが、それはそれとして。

 

 

「やはり日本被れのデータが一番興味深かった。流石は若干こっち寄りなだけはある」

「寄ってマセンよ!?」

 

 

 私と貴方は別枠デス!……と拒絶する日本被れさんに、いやいや謙遜をとばかりに笑い返す(※当社比)TASさんであった。

 ……そういえばその微妙な笑い顔久々に見た気がするな?

 

 ともかく、TASさんから渡された資料(この時間の提出物扱い)を確認したところ、確かに他の面々(読書家ちゃん以外)と比べ数値が高いのが日本被れさんである、ということは間違いないようだ。

 実際にこの数字が何を意味するのかはよくわからんけど。

 

 

「わからないものを提出されて意味があるのか……?」

「こういうのは提出した、って事実が重要な部分もあるからね。世の中にはろくに提出物すら提出できない人もいるわけだし」

「……気のせいかな、遠回しに私のこと刺してないかい君?」

「そりゃ流石に被害妄想だよMODさん、今のところ君は提出物が滞ってたりしないだろう?」

「その内そうなりかねないから困ってるんだけどねぇ……」

「その辺りはほら、予測して先に先にって感じに終わらせてもろて」

 

 

 そんな計画性があったら困ってないんだよなぁ、とか宣うMODさんにデコピンしつつ、提出された書類を纏める俺。

 基本的には適当に添削してTASさんに返す、という形になるだろうが……何を添削すればいいんだろうなこれ。

 数値だけじゃなくそれが何を意味するのかとか、そっちの目線からわかることとか書いてくれますか?……的な文章添えておけばいいのかな?

 

 

「……?毎フレーム解説いる?解説毎の表示時間一秒にも満たない気がするけど」

「いやフレームて。こうして紙に書いてあるモノにフレームとか関係な……キェエアァァァァアッ!!?数値が動いてるぅぅぅぅぅっ!!?

「横からスワイプすると解説も出てくるよ」<スッ

「何その無駄に便利な機能!?」

 

 

 なんてことを言ってたら、横からひょこっと首を出したTASさんが、提出された書類をちょいちょいと触る。

 

 ……途端、さっきまでの様子が嘘のように、紙面の上で文字通りに踊り始める数字達。

 なんなら横からウインドウ……ウインドウ!?が引っ張り出され、その中に数値の説明らしき文字が流れていく始末。

 いやまぁ、先程TASさん自身が告げた通り、表示される時間が一秒にも満たないせいで何が書かれているのかなんてまっったく読めないわけだけど。

 

 

「読めないならこうすればいい。基本的な操作はグラフィックビューアーと同じ」

「ああなるほど、あれと同じか。……ってことはこれ、あれの応用?応用は良くないんじゃなかったっけ?」

「基本操作が同じなだけで技術としては別物。いわゆる収斂進化ってやつ」

「あー、なるほど」

「ちょっと待って下サイ、いきなり謎の情報を放出するノハ!?」

「えー?」

 

 

 そのあとすぐ、ここをこうしてこう(感覚派的な説明)すれば一時停止・ないし低速再生ができると聞き、試してみたところ彼女の言う通りであったため内容の確認に移行。

 ……しようとしたところ、再度日本被れさんからの制止が飛んできたため、仕方なくグラフィックビューアーがなんなのかを説明することに。

 

 まぁその結果、「なんじゃこりゃ」とでも言いたげな顔でフリーズした日本被れさんとは裏腹に、目を輝かせ各種機能の説明を聞く新聞部君、という不可思議な光景が発生することになったわけだが。

 ……これあれだな、風聞をばら蒔く際にこのシステム応用すれば色々できるな、とか考えてる顔だな?

 

 

(このまま彼にこれを教えてもいいものか、という顔)

(その結果彼がこれを改良してくれるなら願ったり叶ったり、という顔)

(こいつ……という顔)

 

 

 そうなった。……何が?

 いやうん、グラフィックビューアーそのものじゃないらしいから、そこから技術が発展しても単にTASさんが活用できるものが増える、という話でしかないと言いたいのだろうけど。

 でもほら、その結果日本被れさんが思考の迷路から戻ってこれなくなってるのは問題だと思うの。

 

 

「……ワッツ?我々は別の存在だったノデハ?原理の違い、性質の違い、源流の違い……イヤ、その程度のことでシカなかった?ソウカ、私達は一つであり、やがて一つであり、すなわち一つであり……(おめめぐるぐる)」

「正気に戻って」

「ぐえー!?」

「うわ」

 

 

 不死身相手だからってそんな過激な。

 ……なんて感想が思わず漏れるようなスプラッタ展開に、思わず声を上げた俺なのであった。

 

 ……あ、以前想像したらエッチだとかなんだとか言われたので、一応視線を外しておきました、まる。

 

 



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残機いっぱいだと危機感が薄れる

「確かニ私が触れたことデハありますが、多分気にすべきトコロはもっと別の場所ダッタと思うんデス私……」

「いやまぁ、死なないのならいいかなーって」

「クッ!自分の体質をコレホド憎いと思ったことは初めてデス!!」

「君こそもっと他のところを気にすべきなのでは?」

 

 

 あれだ、TASさんの過激なツッコミについて怒るべき、みたいな?

 ……まぁ、これを言われた当人は不思議そうな顔をしていたわけなのだが。

 

 うーん、これはDMさんとは違うタイプの超越者思考……。

 どうせ死なないのだから、ある程度酷いことになっても問題ない……みたいな意識が根付き過ぎてしまっている、みたいな?

 その辺り仮にも教師としては是正すべきなのかと思わなくもないが、よくよく考えたらある種似たような精神してるTASさんが間近にいる以上無理だな、と即座に諦めた俺なのであった。

 

 

「いえその、そこで諦められても困るのですが……」

「そうは言うがねAUTOさん。ただでさえ人数増えてトラブル発生確率ダダ上がりなのに、それに加えて別種であれTASさんとタメを張るような面倒……もとい倫理観の人物をどうにか矯正しよう、だなんて無理だと思わんかね?」

「くっ、反論できない……!!」

「よく分かりマセンけどこれ多分バカにされてマスよね???」

 

 

 いやいや、決してバカになんかしてないって。

 本当だよ?だからその握りしめた右手を解いて仲直りの握手を……張り手!?

 

 

「……いや、真面目に何やってるんだお前」

「女子校生からの張り手とかご褒美みたいなもんだよね(ヤケクソ)」

『開き直るなとツッコむべきかのぅ、これ』

 

 

 その結果、四時間目の残りを全て真っ赤な手形を頬に付けた状態で過ごす、という罰ゲームを受ける羽目になりましたが。

 正直、これくらいならある意味慣れてる()のでどうにでもなるわ、とばかりに残りの授業をこなした俺なのでしたとさ。対戦お願いします。(?)

 

 

 

;・A・

 

 

 

「そういえば、なんだが」

「なんだ?」

 

 

 四時間目をなんとかこなし、やって来ました昼食タイム。

 結果的にみんな同じ寮に詰め込まれたこともあり、以前も用意していた重箱はその数と量が大幅アップ。

 結果、みんなでいそいそと机を移動し、長机のようにした上でそこに重箱を乗せてみんなでご飯をつつく、というスタイルがすっかり馴染んでしまっていた。

 

 今もみんな、だし巻き玉子とネギ入り玉子のどっちが美味しいか、みたいな下らない会話を投げ合いながら甘めの玉子焼きを口に運んで……いや甘めの玉子焼きの話じゃないんかい。

 

 ……ま、まぁともかく。

 そんな感じで今日も今日とてフリーダムな会話を続ける面々を見つつ、俺はふと気になっていたことを彼らに問い掛けたのだった。

 

 

「君ら四天王って料理はできないの?」

「   」<ピシッ

 

 

 ……うん、露骨に一部が固まったな?

 それに関しては後から触れるとして、固まらなかった面々に話を振る。……そっちは三人、まずは成金君だが。

 

 

「名前からして料理などしないと思わないか?」

「しないというかできないというか?……まぁ、金持ちは誰かにやらせてるイメージしかないよね」

 

 

 彼に関しては動揺してない……もとい、端からやるわけないんだから動揺する必要性がない、とばかりに泰然としている。

 いやまぁ、胸を張られても困るのだが言われてみれば確かに、ともなるのでツッコミ辛くもあり……。

 その横で残りのうちの一人、新聞部君がうんうんと頷いている。

 

 

「そうですね。料理なんてできなくても問題ないのです、はい」

(……この言い方からするに、料理云々はそもそも家庭科で習ったことくらいしかできない、とか言い出しそう)

 

 

 あれだ、拙速な食事行動こそが最適であり、ゆえに自分から調理をすることなどない……とかなんとか思ってそうというか。

 成金君が他者にやらせてるおかげ(?)で舌は肥えてそうなのに対し、新聞部君は食えりゃあなんでもいい的なノリで味とか気にしなさそうな感じがするというか?

 まぁ、実際のところは成金君の中身は元々小市民的な人物だったらしいので、誰かを雇って作らせるというよりは外食が多いという感じだろうが。

 

 ともかく、折角の男子組が調理面で役に立たないことに密かに落胆しつつ、最後の一人──読書家ちゃんに視線を向ける。

 

 

「私は本読めばできるから」

「うーん、便利にもほどがある……ついでに聞くんだけど、本がないと?」

「私にそういうものを求めてはいけない」

「アッハイ」

 

 

 限度があるとはいえ、本の中身を再現できる能力持ちである読書家ちゃん。

 それゆえ、レシピ本などがあれば普通に調理をすることは可能、とのこと。

 なんなら、調理方法が現実に存在しないようなモノでも再現できるというのだから、ある意味ここにいる誰より料理が得意、と言い換えてもいいのかもしれない。

 

 ……本人がそっぽを向いたことからわかるように、本がない状態での調理技能は微妙なようだが。

 

 さて、ここまで話を終えたところで、改めて固まった三人に視線を向ける俺。

 固まった三人──日本被れさん、同人ちゃん、ギャル子さんは、三者三様の顔でそこに座っていたのだった。

 

 



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別に甲斐性とか言うつもりはないけれど

「いえソノ、揚げ物とかナラ得意デスよ?ポテトとかフィッシュアンドチップスとか……」

「揚げ物も単に揚げただけ、なんてことはあり得ないからまぁ料理の種類で差別することはないけど……その視線の逸らし方だと絶対得意ではないよね?」

「ギクゥー!!」

 

 

 一人目、顔面蒼白で冷や汗を垂らし視線を逸らす日本被れさんは、なんというかあまりに分かりやす過ぎてちょっと不安になる。

 

 別に揚げ物が得意なら、そう自信を持って言えばいいのだ。

 油の温度、衣の付け方。具材の選び方にそれを油に入れる際のタイミング。

 単に油に突っ込むだけでも揚げ物はできるが、それを美味しく仕上げようと思えば気にすべきことは増えていく。

 それらを完璧……とは言わずともある程度こなせるのなら、それ以外が微妙でもある程度胸は張れるはず。

 

 そう考えると、彼女のこの様子では出来上がる揚げ物は恐らく油が多すぎたり火が通り過ぎていたりするのだろう。

 ……揚げ物しかレパートリーがないというのは寂しいが、それでも学ぶ意思があるならなんとか……って、そういう話じゃなくて。

 

 思考がずれかけたので軌道修正すると、その態度から察するに日本被れさんは料理ができない扱いでよい、ということで間違いあるまい。

 なので一先ず置いといて、その隣に視線を移す。

 そこで不自然な形で固まっている──唐揚げを口に運ぶ最中で止まっているギャル子さんは、表面上はそれ以外の変化がないが逆に言うと()()()()()()()()

 

 これはつまり、動揺などを表面上に出さないように必死で抑えている、という可能性が非常に高く……。

 

 

「ナナナナニヲイッテルノカナオニイサン、ワタシハリョウリガトクイナギャルダヨーホントダヨーウソジャナイヨー」

「清々しいまでの片言だね」

「貴方はツッコミを入れる権利がありませんよ」

「……手厳しいねぇ」

 

 

 なんか途中でMODさんがDMさんにツッコミを入れられていたがとりあえずスルーするとして。

 うん、この反応だとギャル子さんも料理はダメなのだろう。

 ……ただ、なんとなくだが隠したいことはそこではないような気もする。

 

 

「ナナナナニヲイッテルノカナオニイサン、ワタシハリョウリガトクイナギャルダヨーホントダヨーウソジャナイヨー」

「うわわかりやすっ」

 

 

 さっきまで片言なだけで動揺は隠せてたじゃん、今のそれだと最早隠そうとする気概が悲しくなってくるやつじゃん。

 

 ……ギャル子さんがその実滅茶苦茶な武道家である、ということは前回のデーモンコア(略)の時点で判明している。

 となれば、ここで彼女に掛かる疑いというのは恐らく、料理下手は料理下手でも男性のそれに近い、ということになるのではないだろうか?

 あれだ、男の料理的大雑把クッキングしかできない、とか。

 

 

「アバババババババ」

「お兄さん、詰めるのはいいけど手加減してあげて」

「おっと失礼。……別にできないならできないって言えばいいのにね?」

そこでこっちを見たという(がじがじがじがじがじがじ)ことはこうなるということ(がじがじがじがじがじがじ)

「ちょっとしたお茶目心が俺の命を削るんだ、ふふ怖いか俺は痛い」

(何やってるんだこいつ……)

 

 

 まぁうん、TASさんも真面目にやる気がない時は料理下手だからさ。

 別にできないならできないって言えばいいのにって思ったんだけど、なんかこうTASさんの逆鱗に触れたみたいで真っ赤だよ視界。

 地味に染みるからやめて欲しいんだよねー(最早日常故の雑な対応)。

 

 ……ともあれ、気が済んだのか頭上から離れたTASさんを見送りつつ、垂れていた血を拭って最後の一人を見る。

 最後の一人──同人ちゃんは、未だかつて見たこともないような綺麗な笑みを浮かべ、サムズアップと共にこう返してきたのであった。

 

 

「──先生が毎朝お味噌汁を作ってくれればそれでいいと思痛っ!?ちょっなんすかTASさんこれからはジェンダーフリーこそ正解……痛い!?

「流石にこの場でその手のごまかしを投げるのは許されない。というか貴方ってわりと口は災いの元を地で行ってるから気にした方がいいと思う」

「何の話ぃ!?」

 

 

 ……うん、まるでプロポーズみたいなことを言い出したため、即座にTASさんから制裁を受けていたのだけれども。

 異性にずっと味噌汁作ってくれとか、普通に勘違いされてもおかしくないから仕方ないね。

 いやまぁ俺は勘違いしないけどさ、それを聞いた他所の人がどう思うかはまた別の話……なんか最近似たようなことを言った覚えがあるな?

 

 ……発言の是非はともかく、同人ちゃんも料理ができないことは間違いないらしい。

 となると彼女がここにいるのは何のためなのか?……という当然の疑問が湧くのだけれども(何やら『滅茶苦茶貶してくるじゃないっすか!?』とか言ってる彼女はスルー)。

 

 

「いや実際、TASさんの天の声でここにいるだけで、正直巻き込まれただけって言った方が正解っぽいくらいにツッコミ以外の取り柄が見えないというか、最近ツッコミ方面ってよりボケ方面になってるというか」

「先生は私を貶したいのか褒めたいのかどっちなんすか???」

 

 

 彼女がここにいる意味とは?

 ……という、若干哲学的なことを改めて考察する運びになったのであった。対戦お願いします(直近二回目)。

 

 



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うさぎが危険じゃないなんて誰が決めたのか

 はてさて、同人ちゃんがこのクラスにいる意味、というなんとも哲学的・かつ対応を間違えると新手のいじめになりそうな問題に直面したわけだけど。

 その実、本人はなんだかほんのり嬉しそうにしてたのであった。

 ……あれだ、これで上手く行けばこのクラスから追放されて逃げられる、とか思ってそうな顔というか?

 

 

「なるほどよくない。今のご時世追放ものといえば追放した側の破滅とセットであることがほとんど、つまり私たちへの不利益が飛んでくる可能性大。頑張って同人が追放されないようにいいとこ探さないと」

「いやそんなことしなくていいっすから……よく見たらスッゴい笑顔っす!?

 

 

 なお、その隣のTASさんの顔。

 何て言うのかなこれ……愉悦?TASさんにそんな感情があったのか、とちょっと驚いてしまうような顔というか。

 横で見ている同人ちゃんも驚いているが、俺としても初めて見るタイプの顔なのでちょっと新鮮というか。

 

 ……え?新鮮なんて感想で済ませていいのかって?

 

 

「俺に向いたモノじゃないからね!仕方ないね!」

「おにー!!あくまー!!」

 

 

 それが向けられているのが俺ならともかく、その愉悦の対象になっているのは同人ちゃん。

 言ってしまえば他人事であるため、こちらとしては特段気にする必要を感じないというか?

 いやまぁ、やり過ぎたら流石に止めるけどね?

 

 

「でも基本的には面白そうなのでオッケーです」

「なんにもオッケーじゃないっすよ!?私の人権を保証して下さいっす!」

「なるほど、貴方の価値を証明しろ、と。やっぱりここは私が頑張らないと」<フンス

「あっやっべぇこれどういうルート選んでも詰んでるやつっすね!?」

 

 

 前門のTASさん、後門の俺ってか?

 

 ……いや、普通に俺の方突破すればいいんじゃね?

 などと思った俺だが、すっかり混乱状態の同人ちゃんには届かないのであった。

 

 ──これが無能を装う演技だとすれば、そりゃあTASさんが逃がすはずもないわけだ(疑心暗鬼)

 

 

 

´◦ω◦)

 

 

 

「先生の中で私はどういう存在として定義されてるんっすか……?」

「どうって……とりあえず面白い存在?一応一般人仲間、みたいな部分もあるけど」

「どっちも否定したくてしかたないんっすけど」

「わりと高評価してるのにこうまで微妙な顔されることある?」

 

 

 露骨に嫌そうな顔してる、というか。

 ……まぁ、当初みたく一歩引いた空気感を醸し出されるよりましなのだが。

 どうせ今のノリだともっと長く付き合うことになるのだろうし。

 

 

「えー……私としては普通の生活に戻りたいんっすけど……」

「TASさんが相手の時点で無理ですね。一山幾らのモブとして消費されないだけマシだと思ってください」

「うわっ、そういえばTASなんだからその可能性もあったことを失念してたっす……」

 

 

 何やら想像したのか、体をぶるりと震わせる同人ちゃん。

 ……いやまぁ、ちょっと誇張して伝えたところがあるので、実のところモブだからとTASさんが人間爆弾したりすることはないとは思うのだが。

 あ、勿論切り捨てることに良心が痛まない悪人の場合は話が別だが。

 

 

「立ち向かってくる悪人は切り捨て御免、立ち向かってこない悪人は踏み台御免。すなわち悪人は捨てるところのない万能素材」<フンス

「……いややっぱり安心できない……ってひぃっ!?なんすかスタンドさん!?」

『なんというかフラグを感じたでの、故に先人からの忠告と言うやつだ。──仮にお主に心当たりがあるのなら、諦めた方が吉だぞ、邪神たるこの(わし)が言うのだから間違いない』

「……えーと、何を言ってるのかさっぱり……」

「では私からも追加で助言を。TASさんのお好きな言葉をお一つ、お伝えしますね」

「な、何を……」

この世に悪の栄えた試しなし。──錦の旗というのは、どうしてこうも人を先導してしまうのでしょうね?」

「ひぃっ!?笑顔が!?DMさんの笑顔が怖いっす!?」

 

 

 ……うん?これもしかして、同人ちゃんってばうさぎとか羊とかを装ってる系?

 ぞろぞろと絡みに来た二人の様子と、その言葉を聞いてガタガタ震える同人ちゃんに思わず首を捻る俺である。

 

 もしかしてあれかな、実は裏で異能者達を取り纏める裏社会の首領(ドン)が実は同人ちゃんで、今の彼女は世を忍ぶ仮の姿……とか?

 で、実は今までTASさんがドカンドカンと潰し捲ってきた組織ってのは彼女のもので、そうして辛酸を嘗めさせられた経験を糧に、復讐を遂げるため彼女は俺達に近付いた……もとい近付こうとして逆にTASさんに捕捉された、とか?

 

 ……うむ、適当にパッと思い浮かんだことを脳内で纏めてみたが、もし仮にそれが本当なら……。

 

 

(……うん、余計のことTASさんが逃がすわけがないな)

 

 

 ネームドのボス(?)とか、そんなんあからさまにおもちゃじゃん。

 

 人に対して抱くものとしてはかなり失礼かつ酷い感想だが、その実この想像が間違ってなかったとすれば、確かにTASさんが夢中になるのも頷けるのである。

 

 

(……その場合、四天王ってのも実は敵対組織での序列、みたいなことになるのかなぁ)

(な、なんだか先生ノ視線が怖いのデスがー!?)

(気になさらないで下さいまし、あれは恐らくかなり適当なことを考えている時の眼差しですわ)

 

 

 そうして思わずジッ、と四天王──日本被れさんとかに視線を向けてしまう俺なのであった。

 まぁ、横のAUTOさんに睨み返されて(?)、すごすごと前に向き直ったのだけれど。

 AUTOさんを怒らせると後が怖いからね、仕方ないね!

 

 



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まぁそれはそれとして君とは仲良くしたい(凄まじく打算)

「と、ととととにかくっす!私は悪人でも悪役でもない、単なる一般人なので!早晩解放することを要求するっす!!」

「そっかそっかー悪人じゃないのかーそれは大変だねー」

「清々しいまでの棒読み!?」

 

 

 まぁうん、この反応は黒だよねー。

 まぁ、仮に黒だとしてもこれが素ならば多分対して悪くもない……精々()()()()()組織の長、とかなのだろうが。

 

 なお、四天王組はこのやり取りを見てぽかん、としているため多分白である。

 ……それはそれで、特に組織とか関係なく四天王が存在している、という別種の意味不明さを醸し出すわけだが。

 

 とはいえ、話が脱線しまくってることも確かなので、いい加減に軌道修正を図る次第であった。

 

 

「軌道修正、って何を……」

「そりゃ勿論、料理の一つもできないのは人間としてあれなのでそこら辺覚えようよの会をだね?」

しまったこっちの方が問題だった!……っす!」

 

 

 いやなんで今語尾付け足した?擬態ヘタクソか???

 ……なんてことを口にしたら同人ちゃん涙目確定なのでぐっと堪え、代わりにニコッと微笑んでおく俺である。

 

 

「え、なんすか気持ち悪い……こっち見て笑うとかキモいんっすけど」

「…………」

ホギャー!?痛いっす止めてっす地味に凄く痛いっ!?

 

 

 その結果同人ちゃんが泣き声を発するおもちゃと化しましたが特に問題はありません(相手のこめかみを両側からぐりぐりと抉りながら)。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「   」<チーン

「悪は滅びた……」

「私でもお兄さんをこんなに怒らせたことはない。同人はやっぱり持ってる」

そんなの持ってても嬉しくねぇっす……

 

 

 下手人をマット()に沈めた俺がガッツポーズを取っていると、TASさんが燃え尽きた同人ちゃんに話し掛けていた。

 良かったね同人ちゃん、君の役割は俺の代わりの被害担当みたいだぜ?(まだ収まりきらぬ怒り)

 

 

「いや、単なるスキンシップの一環みたいなモノじゃないっすかあんなの……」

「知らんのか、最近の世の中は相手優先だから被害を訴えたもん勝ちなんだぞ?」

「すさまじいまでの恣意的運用っすねそれ……」

 

 

 イジメと弄りの境界って難しいよね、というか。

 あれだ、相手が問題行動してる場合、それを茶化すことである程度親しみやすいものに変換してる……って場合なら我がフリ直せ、としか言いようがないみたいな話というか。

 

 いやまぁ、そこら辺の人付き合いの話って『誰にでも当てはまるもの』なんて定型がないから、正直その場その場で合わせなきゃならないってことなんだけども。

 

 

「……えーと、何の話してたんだっけ?」

「学校教育なんだから生徒の情緒の育成まで含むな、という愚痴」

「そんな高尚な話だったかな今の?」

 

 

 いやまぁ、深掘りするとある意味間違ってないんだろうけども。

 ……ともかく、さっきの同人ちゃんの言動が宜しくなかったことは間違いないので、その辺りの認識の差を共有したところで改めて。

 

 

「そういうわけで、五時間目は家庭科にして調理実習しようと思います」

「いや幾らなんでも唐突すぎっすけど!?」

 

 

 ははは、拒否権はないぞなんてったって寮での当番に調理担当を含むか否かの調査の意味もあるんだからな!

 ……ってな感じで、嫌がる面々に拒否は不可能であることを告げる俺なのであった。

 

 

「……そんなわけで、昼食を終えた俺達は調理室にやって来たわけなのですが……」

「こんな行き当たりばったりの授業方針が認可されるってどういうことっすか……」

「あ、ソレに関してハ私カラ補足が。このクラス特別な組分け扱いされてマスので、実は発言権が結構大きいノデスよ」

「はい?」

「言い換えると『アル程度横暴が通る』、とデモ言いマスか。……イヤー、校長先生も思いきったものデスよねー」

「け、権力者の横暴だ……っす」

 

 

 因みにだが、同じタイミングで調理実習する予定だった別のクラスは、こっちの申し入れを受けて普通に譲ってくれた。

 

 ……仕組み的には今しがた日本被れさんが説明した通りなのかもしれないが、なんというかこう『授業ってそんな簡単に予定変更できたっけ?』とか思わなくもないというか。

 いやまぁ、作るのお菓子って話したのと、できたものの幾つかをそっちにもお裾分けする、って言ったのが功を奏した気もするのだが。

 

 

「そんなこと言ったんですの?」

「まぁうん。迷惑かける形になるしそのお詫びにどうかなー、みたいな感じ?最初は渋ってたんだけど、お詫びだから俺が作るって言ったら喜んで譲ってくれたなー」

(……いつの間にか兄ちゃんの料理の腕前が教員達に共有されてる……?)

 

 

 なお、学生側は生徒が作ったやつを分ける、と最初に言った時点で過半数が首を縦に振っていた。

 バレンタインにはまだ早いが、(見た目は)美少女であるTASさん達からお菓子を貰うチャンス、ということで目が眩んだのかもしれない。

 

 

「なるほど。つまりそれは相手からの許可が出ているということ」

「言っとくけど、実験台にしちゃダメだよ」

「むぅ……またお兄さんが私の先手を取ってる……」

 

 

 仕方ないからお兄さんを実験台にしよう、とか恐ろしいことを宣っている彼女を他所に、俺は生徒達に今日作るものを発表したのであった──。

 

 



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菓子作りは科学、すなわち?

「クッキーとはまた、オーソドックスな……」

「お、言ったな?そんな成金君には厳しめ判定を差し上げよう」

「済まんがTASよ、時間を巻き戻してはくれんか?」

「実験台になってくれるなら」

「──よし、諦めるか!」

「むぅ」

 

 

 いや何言ってるんだこの子らは。

 

 実際に作ったことがあるかは別として、所詮はクッキーとばかりに言葉を漏らした成金君に対し、そこまで言うのならば君は君の所属階級に見合ったモノを作って貰おうではないか。

 

 ……とばかりに注意したところ、反省するどころかTASさんに頼んでズルをしようとする彼の姿に、思わず呆れてため息を吐いてしまう俺である。

 いやまぁ、その横で『折角の実験台を逃した』みたいな感じに落胆(※当社比)してるTASさんも問題と言えば問題なわけだが。

 

 まぁ、この二人は今回の主題とは微妙に遠い位置にいるので、そこまで強く責めるつもりもないけど。

 ……なんてことを思いつつ、視線を隣に移せば。

 

 

「……か、買えばよくないっすか?クッキーくらいなら」

「ほう、つまり君は店で売ってるものと遜色ないモノを作れるので買えばいいと?」

誰もそんなこと言ってねぇっすよ!?

「い、イヤ!仮に遥かに劣るモノしか作れないのダトしてモ、それはそれで出来合いのモノを買う方がよい、というコトになるノデハないかと思うのデスが!!」

「確かに、完成度の面で言えばそれは間違いないな」

「で、デスよね!」

「──だが自分の手で作れ、と言われてる場面で『買えばよい』と返すのは問題の本質を捉えきれてない。日本被れは三点減点」

三点減点!?イヤそもそも何を減点されたンデス今!?

もぅマヂ無理。。。調理実習とかゥチにゎ端から無理だったってコト。。。今生地を捏ねた。。。すなわちこれ、感謝と悔恨を込め至上の命題を果たす道也

「はーい、ギャル子さんは虚無の表情で生地を捏ねようとするの止めようねーっていうかそれ捏ねるっていうかただの正拳突きだよねー」

あー!!止めてせんせぃゥチにはもうこぅするしかないのー!!

 

 

 なんだこの地獄(真顔)。

 わりと感覚的な部分も多い(適量とかのせいで)普通の料理と違い、菓子作りといえば科学に例えられることもあるほどに、きっちりかっちりと決まった手順をこなすだけで出来上がるもの。

 ゆえに、料理初心者でもレシピをキチンと守る限り変なことにはならない、寧ろ初心者にこそ優しいモノなのだが……。

 

 

「あれですわね、お菓子作りという単語そのものに惑わされている、と」

「うーん認識の差を感じる……」

 

 

 イメージの問題、というべきか。

 ……ともあれ、三者三様に困惑するその様をなんとか宥め、調理実習が開始できる状態に持っていくため頑張る俺である。

 

 

「いいですか、お菓子を作るのは難しいと思われがちですが、その実レシピを忠実に守る分にはなーんにも難しいことのない、()()()()()()()()()()()()()()()()()ものなのです。必要以上に怖がる必要はない、OK?」

「NOー!!!」

OK???

「い、イエス……」

 

 

 え?結局怖がってる?対象が違うから問題ないね!()

 

 ……まぁともかく、俺から言えることは三つだ。

 

 

「レシピを守ること、レシピを守ること、レシピを守ること、だ!」

「え、いやそれ同じことしか言ってない……」

「まず一つ目、レシピに書いてある調理の仕方を守ること!弱火で三分だから強火で一分、なんて阿呆みたいな算数をするな!いいかそれは数学ではなく算数、なんなら算数としても足りてないレベルの暴挙だ!」

「め、滅茶苦茶言ってくるっす……」

 

 

 一つ目、調理法を勝手に変えるな(レシピを守ること)

 強火や弱火などの指定は意味があって行われているもの、ゆえにその意味も理解できないのに勝手に変えるものではない。

 食材に火を通すというのは中々難しいことなのだ、それを認知せずに火力を増したところで出来上がるのは単なる炭素の塊である。

 

 

「二つ、レシピに書いてある材料の量を変えるな!特にお菓子の場合砂糖とかバターとかの量がエグいことになるけど、それも最終的な出来上がりを見た結果必要な量だと定められたもの!勝手に変えた結果味が薄くなるのはまだマシで、場合によってはそもそも料理が完成しないなんてことになる場合もあるぞ!」

「い、イヤでもやっぱりこの砂糖の量はヤバいって……」

この、バカもんがー!!

げんこつ!?

 

 

 二つ目、量を勝手に変えるな(レシピを守ること)

 お菓子作りの場合、特に砂糖やバターの量に驚いてそれを減らしてしまうパターンがあるが、それらは実のところ味云々より生地の膨らみ・食感・焼き色などに意義を持つもの。

 ゆえに迂闊に減らしたり他の代替品に変えたりすると、出来上がっても微妙に美味しくないとか最悪完成しないなどの弊害をもたらす。

 

 なので、例えどれほど量が多く見えたとしても、その材料がどういう効果を持っているのかがわからないうちは素直にレシピに従え、という話になるのだ。

 

 

「そして最後!料理初心者たる貴様らに自由意思はない!ゆえに変にアレンジとかするな(レシピを守ること)!!以上!」

「横暴だー!」

「横暴だーと言うのなら、今すぐ完璧なクッキーを作って見せろ!」

「……」

「そこで押し黙るからダメなんだよー!!」

(お兄さんのキャラがおかしい。面白いからいいけど)

 

 

 とまぁ、そんな感じ?の会話ののち、彼女達のお菓子作りは始まったのであった。

 

 



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料理の鉄人(鉄製)(適当)

 三人の少女達を主にターゲットにした、調理実習。

 無論、彼女達だけがこの授業を受けているわけではないため、他の面々の様子も見なければならない。

 

 

「だからTASさん、そのどこから持ってきたのかわからない大きな釜はしまっとこうか。確かに俺料理は科学だって言ったけど、錬金術を科学扱いするのは許されないよ?」

「むぅ、久しぶりに鍋をかき混ぜる感覚を味わいたかったのに」

 

 

 なのでこうして先んじて問題児を封じておく必要があったんですね()。

 

 ……あれだ、寮に戻ったら好きなだけ錬成していいから我慢して、的なやつというか。

 いや、本当に好きなだけ錬成させると何作るかわかったもんじゃないから、本当は止めさせたいんだけどね?

 でもこの場で止める以上、あとで何かしらの埋め合わせをしないとそっちの方が怖いというか、ストレスが何処かで爆発する方が恐ろしいというか……。

 

 

「……むぅ、前にも増してお兄さんの私への態度が極端。私何かした?」

「何かしたというか、俺が何もできてないのが問題というか……」

「?」

「いやほら、新メンバーに掛かりきりな感じだろ、今の俺。TASさん達との戯れがおざなりになっている、とか言われたら否定し切れな……痛っ、何TASさん痛い、背中を叩くの止めて俺何かした!?」

「…………」<ムフー

未だかつてみたことないような満足げな顔!?

 

 

 何がそんなに君の琴線に触れたんだTASさん……。

 思わず困惑する俺だが、彼女は『大丈夫大丈夫。私はCHEATで遊んでるからそっちの面倒見てあげて』とかなんとか言いながら、他のグループの方へ歩き去ってしまうのだった。

 ……しばらくして『ぎにゃー!!?』とかいうCHEATちゃんの声が聞こえた気がしたが、俺は知らない。南無。

 

 

「(ソレって知ってるってコトなんじゃないデスかね……?)ええと、とりあえず試作品がデキタので味見をお願いしたいのデスが?」

「おおっと早いね日本被れさん。さて出来映えはどう……かな……?」

 

 

 そうして黙祷を捧げる俺の背中から、日本被れさんが完成したという声を掛けてくる。

 タイミング的にはてきぱきとこなせば完成していてもおかしくない時間だったため、特に警戒もせずに振り向いたのだが……そこに待っていたのは、目を疑うような光景であった。

 

 

「……ええと、これは?」

クッキーデス……

自分でも自信がないのがよく分かる声の小ささ!!

 

 

 いやまぁ、単純に炭が置かれてた、ってだけなんだけどね?

 でもほら、意気揚々と調理に向かい、特に問題無さげに動いていた姿を見ていた身としては、思わず『なんで???』ってなるのも仕方ないというか。

 

 ……うん、レシピを守れと再三言ったことから、彼女がその辺りをしっかり守っていたことは知っている。

 知っているからこそ、なんで最後の最後にそうなったのか、とツッコミを入れざるをえないのだ。

 

 

「その……焼いてるウチに『私ナラ耐えられそうデスねー』とか思ってシマイ……」

調理中に何考えてるんだこいつ

 

 

 いやマジで。……いやマジで???

 

 何を言ってるのかわからない、というのはこういうことを言うのだろうか?

 なんでクッキー生地と張り合うような思考がでてくるのか。

 あれか?不死身だから焼かれても私は平気デース!とか考えてたってこと?

 それにしたって生地を炭にするまで焼く必要性は……なるほど、自分が作った生地にも気合いを入れて欲しかったのか……(唐突な天啓)。

 

 

「モノを作ることを高尚なものだと勘違いさせてしまった俺が悪かったのか……!」

「えっ、いやソノそういうワケではなく……ええぃ、先生のエッチ!」

流石にその反応は意味不だよ!?

 

 

 何がどうなれば今の話の流れで不健全扱いされる羽目になるんだ……。

 一瞬理解できた気がした日本被れさんの思考の複雑さに、思わず唸りをあげてしまう俺である。

 

 

「せんせー!ゥチのチョコ食べてー!!」

クッキーじゃなくて!?

 

 

 そうこうしているうちに、次なる刺客の影。

 ギャル子さんは何故かチョコ片手に突っ込んできて、そのチョコを俺の口にシュート・イン。

 思わず咳き込んだ俺は、しかしてそのチョコが美味しいことに気付き──、

 

 

「……ダミ子さん、呼ばれ方が近いからって手伝っちゃダメって言ったでしょ」

「ししし仕方ないじゃないですかぁ!!色んな(陰陽的な)意味で勝てるわけないんですよぅ!!」

「ぁっ、バレたか。てへ☆」

 

 

 そのチョコの提供元が誰なのかに気付き、そのまま注意する羽目になったのであった。

 うん、ダミ子さんくらいしかいないからね、このタイミングでチョコ持ってそうな人。

 

 なお、本来クッキーになるはずだった生地はというと、型抜きの時点でミスったのかテーブルの上に打ち捨てられていた。

 ……気のせいじゃなければ型の方が壊れてないですかそれ?

 

 

「……先生、諦めてもいいで「諦めたらそこで終わりだから却下」……ぬぐぅ、無理っすよこんなの……」

 

 

 なお、最後の一人である同人ちゃんは、そもそもの生地作りの時点でギブアップしていたので活を入れておいた。

 流石にそんな序盤も序盤で諦めるのは許されないよ???

 

 



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終わり良ければ全て良し、としておきたい

「……うん、まぁ及第点かな」

「やったーっす!これで帰れるっすー!!」

 

 

 結局授業は放課後までもつれ込んだ。

 授業内容を好き勝手変えられるクラスだからこその暴挙だが、それにしたって自由すぎるだろ色々と……。

 そんな感想を抱きつつ、口元をハンドタオルで拭う俺である。

 

 都合十二品目となる同人ちゃんのクッキー(不恰好だが食べられなくはない)の完成により、どうにか終了した調理実習。

 彼女達の出来上がりを待つ間に作り上げた他の面々の料理は更にそれらより多い量となっており、なんというか彼女達と他の面々との技量の差……というものを感じざるをえない。

 

 

「え?単純に今日の夕食を先にお作りしていただけですよ?」

「そうそう、これ全部タッパーに入れて持って帰る」

「おい待てぇ、タッパーにしまうのはギリギリ見逃すが窓から寮に向かって投げてんじゃねぇ」

 

 

 いや、極論言うとタッパーに詰めるのもあんまりよくないんだけども。

 家で勝手に作ってるもんならあれだが、流石に学校の調理器具を使ったものを持ち帰って食べて胃を壊した、なんてことになると面倒とか言う話で済まなくなるからできればここで片付けて???

 

 ……という前提を設置した上で、現在のTASさんの行動は大問題である。

 見ろよママン、夕焼けの空に中身の詰まったタッパーが滑空して行く姿を。

 すっかり慣れきっちまったやつしかいねぇから問題になってねぇけど、これどう考えても見たやつが『俺頭がおかしくなったのかな?』ってなるやつ!

 なんなら『なるほど、これが幻覚症状ってやつか……俺いつの間にはっぱ()吸ったかな?』ってなるやつぅ!!

 

 

「お兄さんは大げさ。タッパーに羽が生えてからそういう文句は言って欲し……あっ

「言ってる傍から翼を授けてるんじゃねぇよ!?」

 

 

 いやまぁ、ゲーマーと翼と言えば密接な関係があるモノだけどね?!(かなり胡乱な発言)

 

 ともかく、集団でまるで鳩のように飛び立つ中身入りタッパーとか悪夢以外の何物でもないので即刻止めるように注意し、改めて問題児は問題児でも別の問題児達の方に向き直る俺である。

 

 

「苦節数十年……!ようやく私モ満足行くモノができマシた……!!」

「おう、良かったな。正直十年掛けてそれなら俺だったら首吊るけども」

モーっ!!折角の喜びを邪魔シナイでくれマセンか!?

「へいへい」

 

 

 すっかり扱いが底辺化した日本被れ(呼び捨て)だが、それも仕方のない話。

 失敗に失敗を重ねた彼女のクッキーは実に三十品目、それでもなお型崩れし噛めばぼろぼろで食感微妙だし、味の方も食えなくはないけど二口目の時点でもういいかな……ってお腹いっぱいになる始末。

 

 ……典型的なレシピ守らないタイプである彼女は、正直AUTOさんに任せて投げ出したい俺である。

 いやまぁ、実際に彼女に任せるとわりと真面目に死にそうなので止めたのだが。不死者が料理で死ぬとはこれ如何に。()

 

 まぁ一応、最初のに比べれば遥かにマシなのである。

 レシピを守ることを徹底させた結果、何故か炭しか作れなくなった過去を思えば遥かにマシなのだ。食べられるし。

 ……代わりにレシピを守る、という美徳がどっかに行ってしまったのが大問題なだけで。

 

 

「でも仕方ねぇじゃん!レシピ守らせるとなんかおかしくなるんだもんこの子!」

「おかしいトカ教え子に対して失礼すぎマース!!」

 

 

 なんで自分が料理されてる妄想に行き着くんだこの子(困惑)

 あれか、脳内まっピンクなのか?そんな素振りほとんどなかった気がする……気がする?

 まぁともかく、そこまで酷くなかった気がするんだけど、どうにも調理器具を持つと変な方向に思考が及ぶようで。

 

 個人的には彼女は料理は諦めた方がいいと思うけど、それでもレシピを気にしないように示したら、調理の方に気が取られてまだマシになったのでもうそれでいいんじゃないかなーって。

 ……レシピを気にしなくても真っ当に作れるようになった時が、更なる地獄のような気がするけどそこまで面倒は見きれん。

 

 ともかく、一番酷かったのが日本被れさんなわけで、他の二人は比較的(※当社比)マシだった。

 特にギャル子さんはその姿(ギャルであること)が功を奏したのか、三回目くらいからなんとか形になり始めたため、そのまま続けていけばいつかは普通のクッキーを作れるようになるかもしれない。

 

 

(……まぁ、時々『プロテイン……』とか呟いていたのが不安要素ではあるんだが)

 

 

 ──彼女もまた、まともに作れるようになってからが地獄な気がする、とも言う。

 

 で、ついさっき十二品目で及第点を貰った同人ちゃん。

 彼女に関しては手先が不器用なのが問題の大半、って感じだった。

 同人ちゃんなのに手先が不器用なのはどうして?(真顔)

 

 

「しししし仕方ないじゃないっすか!?私は箱入り娘だったんすっすよ!!」

「あっ(察し)」

余計なことまで察しなくていいっすよー!!?

 

 

 なるほど、箱入り娘だからこそ()()()()に触れて染まってしまったと……。

 まさしく好きこそモノの上手なれ、ということらしいと気付いた俺である。……つまり料理も好きになれば上達する……?

 

 まぁ、今は普通に食えるものが出来上がったことを喜ぼう。

 それ以外にも片付けるべき問題が残ってるし。

 

 

「え?何かあったっけ?」

「外」

「……あー」

 

 

 調理室の外には、貰えると聞いて待ってたけど滅茶苦茶時間が掛かってて飢え始めている亡者どもの群れ。

 ……そういえばそんなのも居たね、とばかりに声をあげるCHEATちゃんをBGMに、出来たクッキーを分ける作業が始まったのであった。

 

 なお、人気だったのはDMさん制作のやつと俺のやつだったことをここに記しておきます。

 

 

「あらあら」

「DM先輩のクッキー最高っす!」

「いあ!いあ!」

「うめぇうめぇ」

「ふんぐるい!むぐるうなふ!」

「なんかやべぇやつ混じってない???」

「あらあらうふふ」

「DMさん、笑ってなくていいからこいつ止めるの手伝ってくださいませんか?!」

「うふふ」

「笑うなー!!?」

 

 



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部活動に精を出してみませんか

「……はい?」

「ですから、部活の顧問など受け持って頂けないかと」

 

 

 はてさて、いい加減学校生活にも慣れてきた五月。

 自分に与えられた教員室での席に腰を下ろし、纏めるべき書類に手を付けていたところ、横合いからの言葉に首を傾げることとなった俺である。

 

 話し掛けて来ていたのは、学年主任だという教師の一人。

 ふくよかな女性であるこの人物は、その人相の柔らかさから生徒にも教師達にも親しまれている好人物である。

 そんな彼女からの提案……お願いなわけで、大抵の人なら二つ返事でオッケーしているのだろうが……。

 

 

「ええと、部活の顧問と言うと……学校からの報酬も出ず、単に余計な仕事が増えるだけで教師の時間をガリガリ削ることで有名な、あの?」

貴方の教師観を今すぐ問い質したい気持ちですが、一先ずそれは脇に置いて……ええ、その部活の顧問であってます」

(脇に置いた……)

(否定しないのか……)

 

 

 俺の不躾な質問返しに、彼女は嫌な顔一つ見せずに言葉を返してくる。……あれ?これ嫌な顔してないだけで実質嫌がってねぇ?

 ま、まぁともかく。こっちの反応は端から折り込み済み、といったその様子に思わず考え込んでしまう俺である。

 

 いやだって、ねぇ?

 さっきのやり取りって、こっちが断ろうとしていることが遠回しにでも伝わるやつじゃん?

 にも関わらず、表面上はそんなの気にしてないよ、とばかりに話を続けてるわけじゃん?

 

 こういう時、TASさんならどういう反応をするだろうか?

 ──そう、滅茶苦茶嫌そうな顔(※誰が見てもわかるレベル)をする、である。

 

 いやだって、ねぇ?

 これあれでしょ、選択肢には申し訳程度に『はい』『いいえ』が並んでるけど、その実『いいえ』を選ぶと選択肢がループするやつ。

 場合によっては何度も『いいえ』を選んでいるとゲームオーバーになるような地雷の類いであり、つまり端から『はい』ということ以外が求められてないやつというか。

 

 とはいえ、だからといって素直に『はい』を選べるのか、と言われればそれもまた別の話。

 何故かって?こっちの皮肉(及び遠回しな拒否の台詞)を間接的にでも肯定してたからだよ。

 

 それはつまり、任せられようとしている部活とやらは決して文芸部のようなデスク仕事で済む類いのものではなく、恐らくは運動部系──体力勝負のドギツいやつだということ!

 いい加減慣れてきたとはいえ、寮に帰ればあれこれやることのある身である。

 そりゃまぁ、そこから更なる苦労を背負おうなどという気分になるはずも……。

 

 

「勘違いされていらっしゃるようなので訂正しておきますと、頼もうとしている部活は運動部系ではありませんよ?」

「え?そうなんです?」

「寮の運営にあの子達の授業の受け持ち。……まともな人間なら無理難題は控えようという気持ちになるのが普通では?」

「お、おお……すごくまともな返答が……」

 

 

 ない、と考えていた俺の思考を遮るように、主任さんが言葉を差し込んでくる。

 その内容は至極真っ当なもので、俺は思わず目を瞬いてしまう。

 

 ……いやだって、ねぇ?

 俺の身の回りの人間って、基本的に『常識?何それ美味しいの?』ってタイプか『常識は知ってるけど本人自体が常識外れ』みたいなタイプしか居なかったし。

 どっちにしろ一般人な俺からしてみれば理解不能、対応の仕方には慎重を期す必要が……え?抗議の声が聞こえる?

 

 ともあれ、貴重な常識人的言動に思わず居住まいを正してしまう俺である。

 こういう彼女の態度こそが、周囲から信頼され尊敬される秘訣なんだろうなぁ……。

 

 

「……言いたいことがないでもありませんが、聞いていただけるのならそれでよしとします。とりあえず、話を進めても?」

「どうぞどうぞ」

「では……まず、長時間拘束されるような部活、というのはお任せするのは不可能だと思っています」

 

 

 既に他のことに拘束されているようなものですからね、という主任さんの言葉にうんうん、と頷く俺。

 最初の頃ほどじゃないけど、未だにとんでもないことやらかしてたりするからねあの子達!

 

 

「となると、お任せできるのは軽いもの、もしくは()()()()()()()()()()()()()()ということになります」

「うんうん……うん?」

 

 

 あれ、風向きが怪しくなってきたな?

 俺が首を捻るのを見ていないかのようにスルーし、彼女は話を続ける。

 

 

「となると、考えられるものとしては三つほど。一つは調理部、場所をあなた方の寮にすれば部室も纏められてお得ですね」

「 」

「二つ目は空手部。あなたのところの生徒の一人が所属していますので、ある意味その延長線上として勤め上げられるでしょう」

「  」

「そして三つ目。これが本命となりますが……あなたのところの生徒が多数所属する読書部。こちらを担当して頂くのが一番無難だと思うのですが、如何でしょう?」

「   」

 

 

 ……思わずフリーズした俺を、誰が責められるのか。

 いや、これあれじゃん!『お前のところの生徒が無茶苦茶やってるから責任とれよ』っていう遠回しな脅しじゃん!!

 

 内心そう叫ぶ俺に対し、主任さんはいつまでも変わらぬニコニコとした笑顔を浮かべていたのだった。

 ……ああ、笑顔は本来威嚇うんぬん……。

 

 



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青春を楽しむのならあれこれやるしかない

 その場では回答できないので見学させてくれ、とどうにか絞り出した俺である。

 逃げられないことがわかったのだから、せめて選ばせてくれ……みたいな感じというか。

 いや、断ったら全部任せられる予感がひしひしとしたんだもんよ、それならせめて選ばせてってなるでしょ普通。

 

 そういうわけで、これから何日か使って部活の見学体験を行うことになったわけなのだけれど。

 

 

「一日目から早速大変すぎて最早ウケる(白目)」

「ウケてる場合じゃありませんよ貴方、見学者はまだまだたくさん来るのですから」

「やだ、この人最早寮母さん……」

 

 

 体験が必要なら早急にという主任さんの鶴の一声により、帰る際ぞろぞろ付いてくることになった調理部メンバー達。

 生憎見知った顔は一つもなかったが、だからといって対応が楽かと言われればそういうわけでもなく。

 

 

「寮母……やややややっぱり、この寮があの先生の……って噂は本当だったのかな?!」

「それが本当だとすると……きゃー!」

「やべーななんか普通に人を殺しそうな噂が流れてる気がする」

 

 

 わりとミーハー(死語)な生徒が多いのか、彼女達(少数男子も見える)はこちらとDMさんの会話を聞いて、何やらきゃいきゃいとはしゃいでいる。

 ……パッと耳に入る内容ですら不穏極まりないのだが、これもしかして俺って社会的死の間際なんじゃ?

 

 よもやあの主任、そういう生徒達の噂を確認するための刺客として彼女達を動員して来たんじゃあるまいな……。

 などという被害妄想……被害妄想かなこれ?……まぁともかく、そういう懸念を飲み込みつつ、少女達に指導する俺であった。

 

 ……うん、これ部活動だからね。体験版とはいえ。

 そんなわけで、この寮内の人間としては調理が上手いと断言できる二人、俺とDMさんが講師役として立ち回っているわけである。

 まぁ、雰囲気的に部活動ってより奥様方の通う料理教室感が凄いのだけれども。

 

 

「おおおお奥様?!もしかして爛れた午後を過ごすために……!?」

「おーい、誰かその暴走機関車外に出しといてくれんかー」

「あっ、止めて下さい冗談ですこのタイミングで外に放り出すのは止めて下さい!?」

 

 

 なお、その内の一人──ゴシップが好きそうな少女に関しては、そのまま放置すると真面目に俺が死ぬので退場するように指導したが、結果泣いて赦しを請い始めたためドン引きしながら撤回した。

 いやマジ泣きやんけ怖いわ色んな意味で。

 

 

「……マジでうめぇなぁ」

「前回分けて貰ったけど、一口食べた瞬間争奪戦になったからね、特に先生のやつ」

「わかりますぅ。お兄さんの料理は思わず箸が進んでしまうんですよねぇ」

「へー……お菓子しか食べたことないけど、料理も美味しいのかー」

「おいこらちょっと待て。なんで馴染んでるのダミ子さん、貴方調理部どころかそもそも台所に立つ前に終わるタイプでしょ」

 

 

 で、最終的に出来上がった料理──今回はマフィンだが、それをみんなで食べることになったのだけれど……何故か部外者()であるはずのダミ子さんが生徒達に混じっていた。

 いやまぁ、寮の真ん中で料理をしているのだから、そのサイドに自室を構えるうちの寮のメンバーはいつでも混ざれるといえば混ざれるわけだけど。

 でもダミ子さんって料理できない組に区分けされる存在だから、単純に完成品摘まみに来た以外の可能性がなくてだね?

 

 

「端的に言うと働かざる者(ギルティ)だから出禁じゃ出禁。完成品だけ摘まんでるんじゃないよ」

「きゃー!お兄さんに酷いことされちゃいますぅー!」

「あ゛?」

「そ、そんなにマジギレすることないじゃないですかぁ……」

 

 

 そういうわけで放り出そうとしたのだけれど、なんかまた誤解を生むような発言をし始めたため本気で睨む俺である。

 そんなことでとは言うがな、そこのゴシップ好きちゃんがまた騒ぎたそうな顔してるから普通に死活問題なんだわ。

 これ以上余計なことを言うのならその口縫い合わせて今後一切ご飯抜きにするからな???

 

 ……などと脅したところ、ダミ子さんは渋々といった様子で自室へと戻っていったのだった。

 

 

「さて、下手人が一人片付いたところで……TASさんは何やってるの?」

「最近お兄さんの交遊範囲?的なものが広がった結果、私の出番が減っている気がする。無論出てないなら出てないで後ろ(はいけい)で色々できるからそれはそれで問題ないんだけど、でもやっぱりそれだと寂しいからこうしてインパクトだけは残そうという次第」

「うわぁ!?人が天井からぶら下がってきた!?」

「あ、お菓子の入ったボウルが一つ取られてる!?」

「なにぃ!?」

「戦争じゃー!」

「それは儂らのもんじゃー!!返せー!!」

「……あと、ここでこういう行動を取ることで、最近満たし辛くなってた挑戦者成分を補給できる」<ホクホク

「あ、はい」

 

 

 で、そんな彼女の背を見送ったのち、視線を上に向けると。

 そこにぶら下がっていたのは、わざわざ忍者っぽい服装に着替え、マフィンの入ったボウルを一つ小脇に抱えたTASさん。

 ……さっきのダミ子さんとは違い、マフィンそのものが目的ではない彼女は、眼下にて自身を捕まえようともがく生徒達を見て満足げに頷いていたのだった。

 

 いや、そんな出番でいいのキミ?

 え、大丈夫、問題はない?さいですか……。

 

 



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運動部系の部活は大抵温度差がある

「ぁれ、せんせぃじゃんおっつー☆」

「なるほど、今日はそっちのキャラなんだね」

「キャラとかいうの止めて欲しいんだけど???」

 

 

 はてさて、最終的に寮内全土を使っての追いかけっことなった調理部体験からはや翌日。

 今日は主任さんから提案された二つ目、空手部の見学……見学?ということになっているのだけれど。

 

 そこで出会ったのは、うちの寮生であり四天王の一人であるギャル子さん。

 ……そういえば何か格闘系の技を修めてるっぽかったけど、どうやらここが彼女の根城ということになるらしい。

 

 

「根城て……別に、うちは普通にしてるだけだけど?」

「普通にした結果他の部員が一糸乱れずこっちに挨拶するようになるんだ?」

…………(;「「))

 

 

 その目そらし芸キミもすんのね(真顔)。

 ……ともあれ、こちらが会話する間ずっと居住まいを正しこちらに頭を下げ続ける部員達、というのが決して普通でないことは俺にもわかる。

 ついでに言うと、頭を下げているはずなのにこっちに視線が向いてるのもひしひしと感じる。

 なんならそれが友好的なものじゃなくて、どちらかと言えば敵対的なのもわかる。

 滅茶苦茶睨まれてますねこれは……。

 

 

「ぁれ、そうなん?……お前達、そうなのか?

「押忍!いいえ、俺達は誠心誠意頭を下げる次第です!!」

「そうか。だが返答に気合いが足らんな、挨拶はいいからさっさと準備運動に取り掛かれ」

「押忍ッ!!」

「……だって☆」

「うわぁ(素)」

 

 

 キャラ違いすぎてビビるぅー。

 ……いやマジで、いきなりキャピキャピッとした声からドスの効いた低い声になるんだもん、これ耐性ない人だと怖くて泣いてるでしょ。

 俺に関してはROUTEさんとかの時点で割りと慣れてるから問題ないけど、それでもあの声と今の声のギャップは風邪引くレベルだって。

 

 

「そぅかなぁ?……いやまぁ、ゥチがああいぅ話し方してるの、ここだけの話だから他の人はしらなぃんだケド……」

「なる、ほど?」

 

 

 部員にだけ厳しいギャル、ということか。

 ……そういえば四天王ネームも『部員に厳しいギャル』とかだっけこの人。

 厳しさが本当に厳しそうでビックリしたけども。

 

 っていうかこの分だとあれだな、さっきこの部員達が俺に殺気を放ってたの、『部長と普通に話しやがって……』みたいな意味だったのかも?

 ここでは基本厳しい方がデフォなら、部員達的にはさっきのギャル姿は違和感を覚えるものなのかもしれんし。

 

 

「ふむ……そうなのか、お前達?」

「押忍ッ!!いいえッ!!どちらも部長のお姿であることは理解しておりますのでッ!!」

「……だってサ☆」

「──あー、そういう……」

 

 

 こちらが遠い目をしたことに、不思議そうに首を傾げるギャル子さん。

 とはいえこちらが気付いたことを言語化すると、それこそ未だに飛んできている殺気がそろそろ本気で人を鈍い殺せそうに変化しそうなので笑ってごまかす俺である。

 

 ……あれだ、オタクに優しいギャルに需要があるのだから、厳しさに焦点当てるパターンもあるだろうなぁ、というか。

 どっちにしろ『他者にはしない特定の相手だけの対応』というのは、ある意味で特別扱いであることは変わらないわけだし。

 

 大方、そういう扱いをして貰える場に入ってきた部外者として警戒されている、もしくは部長を奪った(過言)とか思われてるのだろう、この雰囲気からすると。

 過大評価甚だしいのだが、確かに突然上がり込んできた部外者であることも事実。

 

 なので、この場は穏便に見学を済ませ、早々に退出するが吉だと思うのだけれど……。

 

 

「いや、どっから入ってきたのTASさん」

「理由に関しては割愛、(前回と)同じだし。あと入り方についてだけど、お兄さんが行く場所は全て私の行動範囲のようなもの」

「やだ、体のいいビーコン扱いされてる……?」

 

 

 それだと面白くない、とばかりにひょっこり現れたのがTASさんである。

 さっきまで居なかったはずなのに、背中から現れた小さな少女の姿に、周囲の部員達が密かに身構えていた。

 ……ああうん、気配とか感じられなかったんだろうね、でもその辺りTASさん相手なら仕方ないから気にする必要ないと思うよ?

 

 とはいえそれを伝えたところで本当に気にせずにいられるか、と言われれば別の話。

 寧ろこんな小さな女の子に気付かなかった、という事実の方がのし掛かるので問題というか。具体的には部長に怒られるのでは、とか思ってそう()

 

 

「……ッ!!」

「待て、彼のそれは挑発ではない。純然とした事実だ。……お前達では荷が重い」

「ぶ、部長……?」

 

 

 自分達の思考を読まれたことに思わず身構える部員達。

 ……とはいえこれは彼らが読みやすすぎるだけであって俺が悪いわけじゃない云々かんぬん。

 

 ともあれ、ギャル子さんの鶴の一声により部員達は動揺を抑え、後ろに控えた。

 結果、ギャル子さんとTASさんが一対一で向き合う形となる。

 

 

「……胸を借りるつもりで行けばいいカナ?」

「ん。あの時のチョップは私も感動した。だから遠慮はしないでいい」

 

 

 そうして始まった彼女達の一騎討ち。

 結果はTASさんの勝利、かつ一回戦が終わってもなお何回も戦おうとしたため俺がそれを止めることになったのだが……。

 

 

「押忍ッ!!兄貴と呼ばせてくださいッ!!」

「あれー?」

 

 

 何故かその結果、他の部員達から兄貴と呼ばれ慕われることになったのであった。

 なんでかなー、わかんないなー(走馬灯が見えたことを思い出しながら)

 

 



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最後に面倒を纏めるのはいつものこと

 はてさて、生死の境を彷徨った気がする空手部見学からさらに翌日。

 俺が最後に体験することになったのは、読書部という微妙に謎の部活であった。

 

 ……え?読んで字の如く『読書する』部活だろうって?

 それがそうとも言いきれない。何故かと言えば、それだけだと部活動として認められるとは到底思えないからだ。

 

 

「本を読む、という行為だけでは部活動として認められないということですわね?」

「そうそう。読んだ本の内容を元にディベートするとか、はたまた感想文を(したた)めるとか……まぁともかく、読書以外のアプローチを含んでないと部活としては認められないよなぁってこと」

 

 

 部活動とは、基本的に『生徒の自主的・自発的な参加により行われるもの』であり、『学習意欲の向上や責任感・連帯感の涵養等に資するもの』であり。

 そして、『学校教育の一環として、学習指導要領に位置付けられた活動』である……という風に文部科学省によって定められている。

 

 このうち『学生指導要領』というのがポイントで、これは教育の水準を全国で平均化することを目的にしている。

 言い換えると『それを学んだことで何を得たのか』を外部に示す必要がある、というわけだ。

 

 

「難しい話は省くけど、要するに学びを形にする必要があるってことだね。だから、仮にも部活を名乗るなら発表なりなんなり、何かしら外に向けて活動をする必要があるってわけ」

「そうでないなら同好会で十分……というわけですわね」

 

 

 横を歩くAUTOさんに、そういうことと頷く俺である。

 ……いやまぁ、一応読書部ってのが存在する学校もあるらしいんだけどね?

 たださっき言った通り、『読書だけを目的としている』部活は存在せず、書評を披露しあう大会に参加したりするのが普通である。

 

 そういう意味で、この学校の読書部は異質であった。

 何せ、活動実績が何もない。先の書評に参加した形跡もなく、ただそういう部活があるという事実だけが記されているのだ。

 

 部活動はタダではないのだから、場合によっては生徒会会議とかで『無駄遣い』とか詰られてもおかしくないというか。

 無論、生徒会長である日本被れさんが鶴の一声で『存続ッ!!』とか言って続けさせている可能性もなくはないが……。

 

 

「……それはそれで『そんなことを彼女がするのか?』という疑問を抱えてしまいますわね」

「まぁ、うん。まだ付き合いが長いわけでもないから微妙だけど、無駄を好む性格かと言われると微妙な気もするというか……」

 

 

 必要性のないものをそのままにしておくほど、生徒会長としてのやる気がないとも思えない……みたいな?

 断言しきれないのは、自分に関してのことならわりと大雑把になる面があるためなのだが。いわゆる不死者視点というやつである。

 

 ただ、彼女の場合それが適用されるのは自身に関することに対して。

 言い換えると自身の所属していない部活に適用されるだろうか?……という疑問を抱かせるというか。

 

 そんなわけなので、活動実績はないのに歴史だけはある読書部、という不可思議な存在に首を傾げることしかできていない俺なのであった、と。

 ……とはいえ、問題がそれだけかと言われると唸ってしまうのも事実。

 

 

「うちの生徒が多数所属してる、って主任さんに言われてるんだよなぁ……」

「誰が所属しているのかは見てのお楽しみ……でしたか?」

「流石にそういう風には言われてないけど……なんか目が笑ってなかったのが気になるんだよなぁ」

 

 

 あれだ、所属している生徒の内容如何によっては、その生徒こそ読書部が潰れない理由なんじゃないかなーというか。(※フラグ)

 一人の生徒に部活の存続が委ねられているのだとすれば、主任さん的にその一人を辞めさせて欲しい、とか思ってそうだというか。(※フラ(ry)

 そしてそんなことを俺に言ってくる辺り、該当する生徒なんて限られているというか。(※フ(ry)

 

 そんなわけなので、読書部というあからさまに楽そうな部活の見学が後回しにされる、という異常事態に繋がっていたのであった。

 なんならAUTOさんが俺の隣を歩いているのもそれが理由である。

 

 

「本当は万全を期してCHEATちゃんも連れて行きたかったんだけど、なーぜーかー(※(ry)何処にも見当たらなかったから、AUTOさん一人だけ連れていくことになったんだよね……」

「MODさんは『おおっと私はスパイの仕事があるから!じゃっ!!』とかなんとか言いながら逃げようとしましたので、追い掛けて別の仕事を頼んでおきましたけどね」

「うーんAUTOさんから逃げるとか自殺行為……」

 

 

 逃げられるわけないじゃんね?

 ……露骨に嫌な顔してたROUTEさんと一緒に買い出しを頼んでおいたが、はたして彼女達はちゃんと頼んだものを買えるだろうか?

 お金は成金君持ちだから、予算的には問題ないと思うけど。

 

 ともあれ、逃亡者への制裁について思いを馳せたのち、改めてたどり着いた読書部部室の前でごくり、と唾を呑み込む俺。

 予想が正しければ、この中は万魔殿である可能性が大。ゆえに覚悟を決め、扉を開いた俺が見たのは。

 

 

「……あれ?先生じゃないっすか。どうしたんすか?」

「あれ?」

 

 

 パソコン越しにこちらを見る、同人ちゃんの姿なのであった。

 ……あれ?他の面々は?

 

 



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往年の名作的なノリがそこに()

「……なんで不思議そうな顔を?」

「いや、うちのクラスの面々が多数所属している、って聞いてたから警戒を……」

「警戒とは穏やかじゃないっすね」

 

 

 室内を見渡してみたところ、そこにいたのは同人ちゃん一人。

 ……うちのクラスの面々が多数在籍する、と脅されていたにしては呆気ないというか、味気ないというか。

 そんな感じの室内に思わず首を傾げる俺と、そんな俺を見て不思議そうに首を傾げ返す同人ちゃん。

 唯一AUTOさんだけが、何やら察したように「なるほど」などと呟いていたが……いや、実際どうなってるんですこれ?

 

 

「どうって言われても、他の人達は……って、あ」

「あ?」

 

 

 そう問い返した俺に、同人ちゃんは何事かを答えようとして──別の何かに気付いたように動きを止め、視線を他所へと向けた。

 辿ってみれば、その視線は部屋の外へと向かっている。

 具体的には廊下の方、みたいな感じで俺もそっちを向いて……そこでようやく、外から聞こえてくる()に気が付いた。

 

 例えるなら、遠くから走ってくる音。

 それも単に走っているのではなく、何か重いものを持った状態であることを示す、ドタバタとしたもの。

 それが、遠くの方からこの部屋の方に向かって近付いて来ており──、

 

 

「とーう」

「たわばっ!?」

「貴方様っ!?」

 

 

 瞬間、扉を蹴破って飛んできたTASさんのドロップキックにより、俺は部屋のガラスを吹き飛ばしながら外へと放り出される羽目になったのであった。

 ……二階とか三階とかじゃなくてよかったなマジで!

 

 

 

;・∀・

 

 

 

「大丈夫っすか先生?」

「俺じゃなかったら人死にが出てたと思います……」

「なんだ、じゃあ誰が受けても心配ないってことっすね。確か先生って虚弱体質だったと伺いましたっすし」

「……そんなことも言ってたっけね」

 

 

 とはいえ皮肉をスルーされると、それはそれで困るので普通に受け取って頂きたい。

 

 ……そんな感じに愚痴りつつ、室内に戻る俺である。

 なお、散乱したガラスやら何やらはAUTOさんとTASさんが共同で直していた。

 逆戻しのように綺麗に元に戻っていくガラスを興味深げに同人ちゃんが見ていたが……これ、多分この二人だからこそできるやつだからあんまり参考にはならんと思うよ?

 

 

「いや、流石にそれはわかるっすよ。あからさまに人間業じゃないっすもん」

「ああいや、そうじゃなく。二人プレイであること前提のやつだから、仮に一人でやりたいならそう言わんと教えて貰えないよっていう意味で……」

「すみません、私が悪かったので苛めるのやめて貰えるっすか???」

「いや、苛めてはないんだけど……」

 

 

 そうじゃねぇんっすよ、その辺りの話を子細に聞かせようとするなって言ってるんすよ!!

 ……とかなんとか悲鳴をあげる同人ちゃんだが、もうその時点で手遅れなんじゃねぇかなぁって(遠い目)

 

 ほら見てみなさいよ、TASさんが「ほう、スピードランに興味がおありで?」みたいな輝ける眼差しでこっちを見てきているよ?

 なんなら「今なら手取り足取り未来取り、ありとあらゆる面から貴方のスピードランライフをお手伝いしますよ?」って感じに揉み手してますよ?

 

 個人的には「今すぐ逃げるんだよォーッ!!」って感じで逃走することをおすすめするが、正直同人ちゃんに纏わる謎の数々を思えば素直に逃がしてくれるのかなー、なんて諦めにも似た感情が沸き上がらないでもなく。

 ……まぁ、俺的には俺に被害が及ばないならなんでもいいのだが。

 

 

「鬼!悪魔!TASさん!!」

「訴訟も」

「辞さない」

「……何今の!?」

「同人ちゃんが召喚呪文唱えるからやでー」

私のせいなんっすか今の!?

 

 

 まぁ、彼らもこういう会話の度に呼び出されて辟易してるだろうから、そこら辺はね?

 ……なお、突然呼び出されたもの、ということでTASさん的にはとても美味しい(フラグ的な意味で)相手なので、骨の髄までしっかり利用されてしまった鬼と悪魔なのでした。

 ──こんなことしてるから一緒にすんな、って怒られるのでは?

 

 

「そうしてこっちに怒っているとまた呼び出されてくれる。つまりその怒りを解消する必要性がない」

「うーんまさに外道」

 

 

 本当に一緒にしちゃいけないやつだった。()

 

 ……とまぁ、TASさんの話はいつまでも続けられてしまうので、いい加減このくらいにするとして。

 

 

「結局、なんで扉を蹴破って来たんです……?」

「それに関しては簡単。()()()をさっさと持ち帰るため」

「戦利品?……ってなんだ、この振動と騒がしい音……」

「とーう」

「二回目っ!?」

「貴方様ーっ!?」

 

 

 TASさんがなんで廊下を走っていたのか、という理由の部分について尋ねた俺は、その答えを彼女から聞き終わる前に──再びの衝撃により、再度部屋の外へと蹴り飛ばされる憂き目にあったのであった。

 なんなの?最近のみんなの流行りは俺をサッカーボールにすることなの???

 

 

「ごめんなさい、友達としてはちょっと……」

「なんで俺振られたみたいになってんの?!」

 

 

 そんな一緒に帰って噂されるの恥ずかしい、みたいなノリでお断りされても反応に困るわ!!

 

 ……そんな感じにツッコめば、俺を蹴り飛ばした下手人──読書家ちゃんは、てへっ、って感じに舌を出してごまかしていたのだった。なんかキャラ違くねぇ!?

 

 



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トラブルメイカーになれとは言わないが

「一日に二度も蹴り飛ばされるとかとんだ災難だぜ……」

「お疲れさまっす。もうあの二人を呼んじゃダメっすよ?」

最初に呼んでたの君だよねぇ???

 

 

 幾ら彼らが永久不滅としても、日に何度も呼び出されてたらそのうち三下半喰らうわ。……何の話だ???

 

 ともかく、再び部屋の外から室内に戻ってきた俺は、改めてそこに揃った面々と対峙することに。

 これで全員か、と問い掛けたところ部長であるらしい同人ちゃんからは「もう一人いますね」という言葉が帰ってきた。

 

 ……つまり二度あることは三度ある、ということなので、いい加減学んで入り口から離れた位置に移動する俺である。

 AUTOさんが大層微妙な顔でこっちを見てきていたが、みなまで言わんでくれマジで。

 

 ともかく、戻ってきた二人に改めて着目すると。

 

 

「……その両手に抱えているものis何」

「戦利品」

「おう、さっきもそんなこと言ってた気がするけど、ことと次第によっては説教しますよ俺?」

「お兄さんが珍しく怒ってる。怖い」

「全然怖がってるようには見えないんっすけどそれは」

「いいえ同人さん、あれは未だかつてないレベルで震え上がっていらっしゃいますわ……」

「あれでぇ!?」

 

 

 二人が抱えていたのは、大きめの段ボール箱。

 蓋の空いた部分から中身が見えている状態のそれは、しかしてことと次第によっては彼女達に教育的指導を施す必要を感じさせるものなのであった。

 

 勿体振らずに言うと、パソコンとかサッカーボールとか矢とか……まぁ、色々。

 どう考えてもどっかから強奪してきた物品としか思えず、ゆえにこちらも子細を尋ねる声が低くなるというもの。

 それに関して外野が何か言っていたが……その辺は割愛。

 

 

「おおっと、このママでは空気が死滅(デッド・エンド)!流石にソレハ見過ごせマセンので、ここからハ私が解説致しマショー!」

「うわでた」

「……先生?年頃の乙女に『うわでた』はカナリ失言(バッドコミュニケーション)なのデハ?」

「いや君扱いとしてはモンスターみたいなもn」

「何か仰いましたか?」

「ノー!!軽いジョーク!!怒るの良くない!!!」

 

 

 不死身の女の子を普通の乙女扱いは無理じゃねぇかなぁ……と思わないでもない俺なのだが、返ってきた視線が絶対零度過ぎて撤回せざるを得ない(震え)。

 ……隣のAUTOさんからは『そういうところですわよ』みたいな眼差しが突き刺さってくるし、どうしてこうなった。

 え?お前が悪い?デスヨネー。

 

 ……迂闊な発言即即死、みんなは気を付けよう!

 的な教訓めいた呟きを残して正座に移行した俺を眺めていた日本被れさん(なんかいつの間にかいた)は、小さく咳払いをしたのちに改めて口を開いたのであった。

 

 

「まず始めにデスが、これらの戦利品は正当な権利を得た上デノもの、というコトを生徒会長とシテ証明する次第デース」

「……その話に付随して聞くんだけど、なんで日本被れさんまでこの部室に?まさかとは思うけど、君もこの部活に所属してたり?」

「ソレに関してはノー、と答えておきマショウ。私は生徒会長デスので、特定の部活に肩入れするノハ大問題(ビッグ・プロブレム)・良くない展開マシマシというやつデスので」

「はぁ……?」

 

 

 おっかしいなー、最後の一人この人だと思ってたんだけど。

 そんな俺の予想をあっさり両断しつつ、日本被れさんは続けざまに語っていく。

 

 曰く、彼女(TASさん)達が抱えているそれは、正式な部活戦に勝利したことによる戦利品である、と。

 

 

「部活戦……???」

「おおっと、内心の疑問がボディランゲージにありありと現れてマスねー。とりあえず雑に説明しマスと、部活戦というノハ各部活が部費等を賭けて行う対抗戦のことデス」

「部費を賭けて、」

「戦う……?」

「アレ、説明したノニ何故宇宙を抱える人が二人に……?」

 

 

 何言ってんだこいつ(真顔)。

 ……いや冗談じゃなく。部費ってそんなバトル漫画的展開で勝ち取るようなものだっけ?

 普通は活動内容と功績などを考慮して配分するものだと思うんだけど。

 

 

「ソレだと強い部活はいつマデも強いママデスからねー。ある種の公平性を期した結果、というのが正解なんジャないでショウか?」

「……それ今の状態にも言えるのでは?」

「ソコはほら、どっちか片方ってだけデハありマセンので……」

 

 

 彼女の言うところによれば、部費には二種あるとのこと。

 普通に活動実績などを見て配分される基礎的なものと、こうしてTASさん達が強奪してきたようなもの。

 それぞれ基礎部費と強奪部費とでも呼んでおくが、これらの合計がその部活に分配される来年度の予算の形状にも用いられるとかなんとか。

 あれだ、備品も資産には変わりないので、こうして奪ってくるとそこの予算として計上される……みたいな?

 

 

「……蛮族過ぎやしない?」

「勘違いしてるようナノで捕捉しマスと、さっきも言った通り『正式な手続きの上で』入手したものデスからね?」

「正式な手続きっていうと……」

「……先までの説明からすると、部活戦のことですわね」

「わぁ不穏」

 

 

 具体的には『戦』って付いてる辺りが不穏。

 ある意味戦闘狂の類いのTASさんがいるからその不穏さは更に倍だ。

 

 こっちのマジかよ、みたいな視線を受けたTASさん本人はというと、何故か照れたように頭を掻いていたのだった。

 いや褒めてないからね?これ全然褒めてないからね???

 

 



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バトル漫画かな???

「部活戦、ソレは部活対抗で行われる部費の奪い合い!具体的には備品を掛けた死闘(デス・ゲーム)、勝ったモノは得て、負けたモノは失う……ただソレだけのシンプルな争い……!!」

「ねぇ、いつからこの世界はバトル漫画の世界に変化したの???」

「き、気を確かに持ってくださいまし貴方様!?」

 

 

 なんだこれ、どいつもこいつもバカなのかな?

 ……そんな言葉が思わず口から漏れそうになったが、傍らのAUTOさんのとりなしによりなんとか堪えた俺である。

 まぁうん、シンプルに罵倒なので火種になりかねない……具体的にはよその部活から攻めてくる人とか湧きかねないからね、仕方ないね。

 

 そんなことはともかく()、改めて部活戦についての話である。

 聞くところによれば、基本ルールは互いの部活の持つ備品を賭けた決闘、ということになるみたいだが……。

 それ、決闘罪とかでしょっぴかれたりしないのだろうか?

 

 

「世の学園系創作全てに喧嘩を売る発言っすね……」

「いや、大抵そういう作品って現実というか現代とは色々違うじゃん……俺達が生きてるのって現実じゃん……」

「そもそもの話、決闘罪における決闘の意味から調べ直すべきなんじゃないっすかね?」

「なるほど?」

 

 

 生命ないし身体を害するような、暴行によって争闘する行為?

 ……つまり手や足が出なきゃ問題ないと?意外と範囲狭いんだな……。

 

 

「範囲が広いと寧ろ些細なことでも決闘扱いされる可能性がある。それくらいなら狭い方がマシ」

「そういう考え方もあるのか……」

「……エエト、話を続けてモ?」

「あ、どうぞどうぞ」

 

 

 思わず脱線しちゃったんだぜ☆

 ……冗談はともかく、部活対抗の異種格闘技?的なものがこの学園で常態化していることは理解した。

 理解した上で、やっぱりバカじゃねぇのかなと思わざるをえない俺である。

 

 

「いやだって……そんなの、TASさんの勝ちじゃないか」

「いえーい、ぴーすぴーす」

「実際、彼女を取り込んだ部活こそキング・オブ・部活……みたいな風潮があったみたいデスからねぇ」

 

 

 しみじみ、といった風に両手を組みながら頷く日本被れさんである。

 ……うん、勝負事を持ち込んでしまった時点で、TASさん相手に蹂躙されるのは決まったようなものだからねぇ。

 寧ろ蹂躙なんてされるもんか、と張り切ってる部活ほどTASさん好みだろう、というか?

 難易度高い方が好きだからねぇ、この子。

 

 

「サッカー部とはドリブル対決。三週くらい差を付けて勝った」

「膝から崩れ落ちてたよ、向こうのエース」

「かわいそうに……」

「弓道部の時は全部継ぎ矢にした」

「顧問の先生が崩れ落ちてたよ」

「かわいそうに…………」

「パソコン部は自作のゲームで挑戦してきたから叩き潰した」

「初見プレイなのに完璧なプレイングを見せられて真っ白になってたよ」

「かわいそうに………………」

 

 

 うーんこの。

 全部活かわいそうだが、感覚的には後になるほどかわいそうさ加減が上がっているという印象だろうか?

 

 一番手のサッカー部は……まぁうん、ドリブル勝負というごく限られた戦いだったこともあり、負けたショックもそこまで大きくはないだろう。

 無論、TASさんみたいな小さい子()に負けたショックは計り知れないが、それでも後半二つに比べればまだマシである。

 

 二番手の弓道部は、継ぎ矢で勝たれたことも勿論、それによって破損した矢の補充面でも頭を抱えていることだろう。

 継ぎ矢というのは先に射たれた矢の矢筈──矢の後ろの部分に、後から射った矢の矢尻が寸分違わず刺さっている状態を指す言葉。

 銃撃におけるピンホールショットに相当するものであり、その難易度は言うに及ばず。

 それを手番全てで行ったのであれば、技量の差をむざむざと見せ付けられたと言い換えても違いあるまい。

 

 ただ、それよりショックなのは恐らく継ぎ矢によって壊れた矢の修繕費用の方だろう。

 基本的に、矢というのは一本五千円から高ければ二万近くもするもの。

 それが何本お釈迦になったのか?……となれば、顧問が崩れ落ちるのもわからないでもあるまい。

 まぁ、当の矢はTASさんが戦利品として持ってきているので、仮に壊れずとも追加費用が必要になるのは変わらないのだが。

 

 最後のパソコン部は……言うまでもない。

 恐らく何処にも出していない、オリジナルのゲームを対戦に持ち込んだのだろう。

 その圧倒的優位を以てしても倒せないどころか、制作者すら把握していないバグなどを利用してすいすい初見ゲームを攻略していくTASさんの姿は、最早人外の何かに見えていただろうことは想像だに難くない。

 

 そうして完膚なきまでに敗北した上に、ゲームを作る以外にも様々な用途に使用される命綱とでも言うべきパソコンを持っていかれているのだ、ともすれば明日にはパソコン部が消え去っているかもしれない……。

 

 

「ノートパソコンまだいっぱいあったよ?」

「それらを持ってこずにデスクトップ持ってきてる時点でギルティなんだよなぁ」

 

 

 それが一番スペック高いってわかって持ってきてるじゃんね?

 そんな感じにツッコミを入れれば、TASさんは「流石お兄さん、わかってる」とばかりに胸を張っていたのだった。

 ……ドヤる要素どっかにあったかな今?

 

 



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じゃちぼうぎゃくのたぐい()

 かわいそうな部活達に思いを馳せること数分。

 正当な権利を持ってぶんどってきたのなら返すのもあれ、という日本被れさんの主張に渋々頷きつつ、持ち帰られた戦利品が後ろの棚に並べられて行くのを眺める俺である。

 

 ……よく見たら、結構色々置いてあるなこの部屋?

 

 

「全部戦利品っすね。正直読書部にこんなものは必要ないんっすけど、あって困るモノじゃないので飾ってるんっすよね」

「ん。勝利のトロフィー」

「邪悪すぎる……」

 

 

 マジかよこれ全部戦利品かよ……。

 置いてあるものは多種多様、よくよく見れば石像……いや石膏像?とかトロフィーっぽいものとか、あからさまに備品と言うにはあれなものも混ざっている。

 要するに、取れるものをひたすら奪っている状態というわけだ。

 その上で、別に何か有効活用するわけでもなく、単に飾られていると……。

 

 ……うん、これあれだな?他所の部活から滅茶苦茶恨まれてるやつだな?

 同人ちゃんはなんか楽しげに笑ってるが、ことの次第を把握してるかは半々と言ったところ。

 つまりそのうち闇討ちされる可能性について知ってるか知らないか、その結末はわからないということである。

 ……え?TASさん?彼女がわかってないわけないでしょうが()

 

 

「それはつまり……?」

「挑戦者が群れをなしてやって来るのを今か今かと待ち構えてやがる……TASさんってこんなに戦闘狂みたいなキャラだっけ……?」

「失礼な。学業を楽しんでいると言ってほしい」

学業かなぁ!?これ学業かなぁ!!?

 

 

 うーんじゃちぼうぎゃくのたぐい……()

 下手な魔王より魔王ムーヴしてるが、そもそもTASと言えば『住民は滅びましたがクリアはできたので問題ありません』とかなんとか言いながらストーリーをクリアする存在、そりゃまぁそこらの悪より悪なのは当たり前といえば当たり前か。

 

 まぁ、目下裏社会の首領(ドン)と目されている同人ちゃんより悪役ムーヴが似合うのはどうなの?……みたいな気持ちもなくはないのだが。

 

 

「……なんか生暖かい視線を向けられてる気がするんっすけど、私何かやりましたかね?」

「お気になさらず。同人さんが愉快な方なのは皆様もうご存じですから」

「あれ?おかしいななんかいつの間にか私の立ち位置変なことになってるっす???」

「それはいけない。すぐにそこの像を左に三回回してバックステップ、然るのち机の上のコーヒーを溢さないと」

「騙されないっすよ!?前回言う通りにしたら何故か床下から冷気が這い上がってきて危うく凍死しかけたんっすからね!?」

「大丈夫大丈夫。あれ一般人なら『なんか寒いなー』で終わるやつだから」

「だだだ大丈夫だとしてもいきなり寒くなるのはよくないと思うんっすよ!!?」

(遊ばれてんなー……)

 

 

 このおもちゃを手放すことはないんだろうなー……(遠い目)

 

 

 

 ̄- ̄)

 

 

 

 そうこうしているうちに、戦利品達が棚に並べられる。

 特に統一性のないそれらは、TASさんもとい読書部が数多の部活とぶつかり合い、それに勝った証。

 それゆえ、備品としての価値がなくとも部費の試算には有利に働くとかなんとか。

 

 

「その潤沢な部費を使ってすることが、こうして読書を嗜むことだと言うのだから贅沢っすよねー」

「ソダネー」

 

 

 うん、本当に贅沢だな!

 ……という心からの感想を半ば叫ぶ俺である。

 なんでかって?その答えは読書家ちゃんの手元にある……!!

 

 

「……?どうしたの先生」

「いや何、なんというかヤベーもん読んでんなーと」

「ふふ、いいでしょ。『ビートンのクリスマス年鑑(Beeton's Christmas Annual)』初版本。見てみたいなら貸すよ?」

「恐れ多いんで止めてください……」

 

 

 それあれだよね、確か現存するのは世界に十一冊、記念すべきシャーロック・ホームズの第一作である『緋色の研究(A Study in Scarlet)』が掲載されてるっていう雑誌。

 稀覯本扱いされてるのはそもそもホームズが有名になる前のモノであること、及び古すぎるために実際に読書に耐えうる状態で保管されている可能性が少なすぎること……みたいなところからなんだったっけ?

 

 

「コピーによる補修版ですら、オークションで十六万ドル近い値が付いたという逸話付きの逸品……その幻の十二冊目と言ったら、流石に先生も驚くっすか?」

「いや驚かん。代わりにTASさんをジトッと見つめる」

「…………」

(露骨に目を逸らした!?)

 

 

 逆に言うと、()()()()()()()()()過去存在したその本を今に持ち出せば、こうして普通に読むことも可能であるわけで。

 

 世界に一冊しかない──そもそも一冊しか作ってないとかならともかく、過去発刊されただけの本であるならばTASさんが取り寄せることは可能だろう。

 無論その際に時空を歪めた可能性大なので、俺としてはTASさんをじっ、と見つめるしかないのだが……当の本人は『読書部なんだからこのくらいの箔は必要』とばかりに視線を逸らしていたのだった。

 

 ……仮に胸を張れるのなら目を逸らすんじゃないよ!

 逸らしてる時点で後ろめたい気分があること確定じゃんかよ!!

 

 迂闊な過去改変に繋がりかねない行動に怒る俺と、両耳を塞いで聞こえなーいとばかりに視線を逸らすTASさんなのであった……。

 

 



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読書部に求められる箔とは?

「……マジかよ『ウィリアム・シェイクスピアの喜劇、史劇、悲劇』の初版本があるぞ……」

「この本は鳥の絵ばっかりデスねー」

「ゲェーッ!!?それは『アメリカの鳥類』!?」

「そういえばこれってなんなんすかね?TASさんが持ってきたはいいものの、それ以来全く触ってない図面?的なやつなんすけど」

「ひぃー!!?まさか『レスター手稿』?!未発見ページ!?ひぃーっ!!?」

 

 

 ダメだこの部屋!

 さっきまでは棚の戦利品にヤバさを感じてたけど、どっちかというと無造作に棚に突っ込まれてる本の方がやべぇ!!

 

 隣のTASさんから「保護機能とかはちゃんとしてるよ?」などという戯言が飛んでくるけど、正直その辺りの本がこんな学園(失礼な物言い)に置いてあること自体が最早ミスだよ!!

 

 

「……ふと思ったのですが、何故そこまで稀覯本にお詳しいのです?失礼ながら、あまり貴方様は本を読むほうには見えませんけど……」

「TASさんがちょくちょく変な本読んでるから、流れで覚えちゃったんだよぉ!!」

「あ、なるほど」

 

 

 稀覯本というのは手に入れ辛いもの。

 それは言い換えると()()()()()ということ。

 ……響きからしてTASさんが好きそう、というのはなんとなくわかるのではないだろうか?

 いわゆるレアアイテム、コレクションの類いというか。

 

 とはいえまぁ、それでも以前までは自重してたのである。

 精々稀覯本のリストみたいなモノを見て「へー」とか言ってるくらいで収まっていたのだ。

 ……それが、読書家ちゃんという仲間(?)を手に入れたことにより、自重が弾け飛んだのだろう。

 

 結果、モノによっては億単位になるような稀覯本が跋扈する魔界と化したのだ、この部室は!

 そりゃもう、思わず頭を抱えたくなることうけあいである。

 幸いにして、棚に飾られている統一感のない戦利品達が異様な空気を発しているため、地味な本棚に視線は向けられていないようだが……。

 

 

「価値がわかる人間が見たら卒倒するぞこれ……」

「既に値段を聞いた同人さんが泡を吹いていますが」

「同人ちゃーん!!?」

 

 

 知らんかったんかーい!あんなに自慢気な空気醸し出しといて!!

 自身がどれほどヤバイものに囲まれて生活……生活?していたのかを悟った同人ちゃんは、思わず意識を手放していたのであった。

 

 

 

;゚Д゚)

 

 

 

「そんなヤバいブツだとは知らなくってぇ……隣に私の描いた本とか置いちゃってぇ……」

「ああなるほど……それは卒倒する、俺じゃなくてもそうなる」

 

 

 ウン億円するような本の横に自分の描いた十把一絡げの本を置いていた、なんてことになったらそりゃまぁ意識を手放しますわ。

 寧ろ即座に自分の首を掻っ切りに行かなかっただけ理性的ですわ……。

 

 そんな感想を、気絶から復帰した同人ちゃんの言葉より抱いた俺である。

 別に本の価格が価値の全てではなかろうが、それでも知らずにやっていたことが恐れ多すぎて現実を拒否するしかない、みたいな心境に陥るのは無理もない。

 

 なのでその辺りの話は置いておくことにして、改めて読書部自体の活動内容について確認していく俺である。

 

 

「読書部なので勿論、本を読むのが基礎的な行動っすね……

「ダメだこりゃ」

 

 

 すぐにその行動が失敗であったことに気付いたんだけどね!

 そうだった、読書部なんだから本を読むのは当たり前だ!(かなり胡乱な発言)

 

 現状彼女から本の話を引き離すのがベストなのだが、生憎俺達はこの部活について見学しに来た身。

 すなわち、さっきのアレを含めた山ほどの本に触れずに話を進めることは不可能に近い!

 

 

「……あー、ハイ。同人ガールについては私が保健室に連れていきマスので、他の二人に話を聞くのがいいのデハ?」

「そうした方がいいのは山々なんだけどねー」

「や、止めてくださいっす……読書部のイメージが……私の城が……っ」

「二人に任せるのは不安、っていう同人ちゃんの気持ちもわからなくはないんだよね」

「むぅ、同人もお兄さんも失礼。たかだか一月程度一緒に部活に励んだくらいで、一体私の何がわかるというのか」

「その一月でわかる程度のことでもヤベーってなるってことでしょうが」(周囲の惨状()を見ながら)

「……お兄さんが生意気」

「ぬぉっ!?流石にその流れでの暴力はノーだぞ!?受け入れられぬ!!」

 

 

 腕っぷしでなんでも解決すると思うなよ!!?

 ……ってなわけで、ごまかすようにTASさんから飛んできた本を回避。

 

 した後に、今投げたのどの本!?と思わず目で追ってしまう俺である。

 いやほらだってさ、TASさん的に金額云々が躊躇の切っ掛けにはならないというか。

 それしかないならわりとあっさり放り捨てるのが彼女なので、もし仮にさっきの稀覯本辺りしか手元にないなら普通に投げてくるというか……。

 

 そんな感じで見送った本はどうやら同人ちゃんの描いたモノだったらしく、バサバサと音を立てながら俺の横を通りすぎて行き。

 

 

「あっ」

「あっ」

「……いい度胸だなテメェら」

 

 

 偶然にも部屋の扉を開けて中に入ってこようとしていたROUTEさんの顔に、見事にクリーンヒットしたのであった。

 ……あっ、これは死んだな、うん。

 

 



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同系統の能力者が一所に集まる意味的な?

 はてさて、反省のため床に正座する俺達と、それを仁王立ちで上から眺めているROUTEさんの図から始まりました今回、皆様いかがお過ごしでしょうか?

 俺は現在、場の空気に耐えきれなくなる限界を迎えております()

 なんでかって?そりゃ勿論、

 

 

「…………」

(珍しいくらいに拗ねてそっぽを向いていますわね、TASさん)

(珍しいどころか、この様子は初めて見たかも)

(貴方様がそう仰るということは……余程珍しいのでしょうね、この状況)

 

 

 そう、なんだかんだ言っても所詮はいつもの延長線上・おふざけの一種に過ぎず、TASさんが謝ればそれで話は済むはずなのだが。

 何故か彼女は、謝るどころかROUTEさんに視線を合わせることすらせず、そっぽを向いて頬を膨らませていたのであった。

 端的に言ってしまうと、明らかに拗ねていたのである。

 

 ……はっきり言ってしまうと、今まで彼女と一緒に暮らしてきた中で、初めて見たかもしれない表情だった。

 まぁ、端から見ると『ちょっと拗ねてる』風にしか見えないくらいの、いわゆるいつもの『※当社比』案件でもあったのだが。

 

 その辺りを気付いているのかいないのか、ROUTEさんは変わらず仁王立ちしている。

 正直、ちょっと空気を読んでどうにかして欲しいところなのだが……もしかするとあれか、これって()()()()()()()()()()こうなってたりするのだろうか?

 

 

(と、言いますと?)

(いや、もしかしたらROUTEさん自身、TASさんがこうなった理由を知ってるんじゃないかなー、みたいな。なんというかこう、ちょっと不自然だし今の状況)

(言われてみれば……そうですわね)

 

 

 あれだ、仁王立ちでこっちを見てるだけ、というのが特に奇妙だというか?

 

 こっちには単に立っているだけに見えるが、その実裏もとい念話的な部分では、今も目には見えぬような攻防を行っていてもおかしくないという予感があるというか。

 ……ともあれ、単に立っているのが悪目立ちしてることは間違いあるまい。

 

 

「……ってん?そういえばROUTEさんが持ってるそれは一体……」

「……戦利品だ」

「戦利品……?」

 

 

 で、そこまで考えてようやく、彼女が何やら見慣れないものを持っていることに気が付く。

 彼女の体が影となって隠されていたが、それは恐らく……。

 

 

「……正直に話して下さいROUTEさん。貴方何処と部活戦やってきたんですか……???」

「…………」

逸らした!?今露骨に視線を逸らしたよこの人!?

「ええいうるせぇうるせぇ!俺が何処で何を取ってこようが勝手だろうが!」

流石にそれは看過できないよ!?

 

 

 そう、携帯灰皿。

 あからさまに吸い殻を捨てるためだけのアイテムを持っていることに気付き、俺は思わず声をあげることになったのであった。

 ……これ職員室にカチ込んでるやつぅ!!

 

 

 

;・A・

 

 

 

「ROUTEはズルい。私の未来視に引っ掛からないように行動することで、私が彼女を害したという未来の可能性を生み出し、そのあり得ざる可能性でみんなの目をごまかしたのち自分の目的を押し通そうとしていた。それは流石にズルい」

(TASさんが滅茶苦茶怒ってる……)

(出汁に使われたのが、相当腹に据えかねているみたいですわね……)

 

 

 先程とは打って変わって、床に正座させられているROUTEさんである。

 

 表情に反省の色は全く見えないが、それゆえ余計TASさんがヒートアップしているような?

 ……まぁ、彼女が熱くなっている一番の要因は、先程から繰り返し述べている『(TAS)に見付からない方法』とやらになるのだろうが。

 

 以前説明した通り、彼女のTAS技能はそのあり得ざる未来視技能に端を発するもの。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()という無謀極まりない手段にて成り立っているそれは、しかしてその無謀ゆえにその魔の手()から逃れることはほぼ百パーセント不可能。

 ……ほぼというのは、今回ROUTEさんがその辺りを回避したっぽいからなのだが。

 

 無論、そんなことをされればTASさんのプライドに火が着くのは自明の理。

 裏を返せば、こうして激しく詰られることを理解していたため、ROUTEさんは強行突破をしようとしていた……と解釈することもできてしまうわけである。

 

 

「……相変わらず気持ちの悪い推理力してんなお前」

「これぐらい察せないとやってけないんでね!」

「別に褒めてはねぇんだか……ったく」

 

 

 で、ここまで予想されてしまったROUTEさんは観念したやうに声をあげ、TASさんに一つの取引を持ち掛けていた。

 曰く、テメェの目をごまかした手段を教えてやるから、俺がこれ(灰皿)を持ち込むのを全力で手伝え、と。

 

 

「わかった」<ガッ

「ひえっ!?」

「即答した上に蚊帳の外だった同人ちゃんに詰め寄った!?」

 

 

 その後のことは詳しく語るまい。

 結果として、飾られた戦利品のうちの一つ・石膏像が中身をくり貫かれ、その中に()()()()を隠すようになった……ということだけがわかればいいのだから。

 

 なお、部長たる同人ちゃんは以後、その日の部活が終わるまでずっと涙目であった。

 未来視能力者を軽率に仲間に入れるからそんなことになるんですよ……。

 

 

「びぇー!!もうTASとかこりごりっすー!!」

「こんごともごひいきにー」

「絶対にイヤっすー!!」

「えー」

 

 



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カレーばかりだと飽きるのだと言うのなら

「結局、流れから読書部の顧問を任されちゃったなぁ」

「まぁ、良かったんじゃない?私は見てないからよくわかんないけど、あんまり他の人に見せるような部室じゃなかったんでしょ?」

「いやまぁ、それはそうなんだけどね……」

 

 

 はてさて、唐突だが夕食調理中の俺である。

 今日のサポートメンバーは日替わりの結果CHEATちゃん。

 料理の腕前は可もなく不可もなく、ゆえに基本は下拵えの面で手伝って貰っている次第。

 とはいえ、明らかに料理ができない面々と比べれば月とすっぽん、飛び級とはいえ年下の女の子に負けてるとか今どんな気持ち?

 ……とか煽っても許されそうな戦力差である。

 

 

「止めろよやんなよ?そんなことしたら私も含めて袋叩きだぞ?」

「はっはっはっ。やらんけどその台詞はさらに相手をヒートアップさせそうだねぇ」

「いや違っ、別に煽ってなんか……」

 

 

 からから笑いながら、CHEATちゃんが切った具材を引き取り炒める俺である。

 

 今日のメニューは肉じゃがと味噌汁、五穀米。

 我が家は和食が基本だったためこちら()でもその傾向が強いが、その例に漏れない献立である。

 

 

「私トシテは、もっとコッテリしたものデモ構わないのデスけどねー」

「つってもなぁ、日本被れさんが好みそうなこってり系って言うと店系のラーメンとか?」

「何をドウ考えた結果その答えにたどり着いたノカは知りマセンが……何となく馬鹿にしてマセン?それ」

「いやいやそんなことは。アメリカ系っぽいから肉厚のステーキ級だと解釈して、そこから同じ程度の油感を選出しただけですよ?」

「遠回しにジャンキーとでも言ってるンデスかコンチキショウメー!」

鮭が顔に!!?

 

 

 うへぇ、地味に塩鮭じゃんどっから持ってきたの……え?景品で貰った?塩鮭一匹景品になるってどこ行ってたの君?

 

 ともあれ、お土産っぽいので明日以降の料理に使うことにして鮭を片付けつつ、憤慨しながら去っていく日本被れさんの背を見送る俺である。

 え?隣のCHEATちゃんが呆れたような顔してる?呆れられる理由なんて幾らでも思い付くから気にしたこっちゃないね!

 

 

「いやそこは気にしろぉ、ったく……はい全部切れたよ」

「おっとありがとう。なんなら味付けとかもやってみる?」

「遠慮しとくー私がやると辛くなりそう」

「あれ、君辛党だっけ?」

「そういうわけじゃないけど……こう、前日までのあれが……」

「ああ……」

 

 

 遠い目をするCHEATちゃんに、思わず同調する俺。

 ……今日は彼女が手伝いだが、最初に言ったように手伝いは日替わり・当番制である。

 ということは、昨日やその前は彼女以外の人間が調理場に立ってた、というわけで……え、俺?俺はやりたくてやってるから……。

 

 ともかく、昨日より前の日に他の人が手伝いをしていた、というのは事実。

 そしてその手伝いの人に、俺が料理を教えていたことも事実である。

 

 

「流石に何も作れないのは……みたいな感じで教えたんだけど……」

「ある程度マシになったとはいえ、お菓子よりあやふやな部分のある料理作りには不安が残る……だっけ?」

「そうそう。適量だの火の加減だのお好みでだの、菓子作りより遥かに料理人の感性に頼る部分があるからねぇ」

 

 

 料理は科学という言葉があるが、より科学としての性質が強いのが菓子作りなのは間違いあるまい。

 多過ぎる砂糖とかにも意味があり、それを迂闊に減らすと菓子としての体裁を為さなくなることもある……というのは、なるほど覚えた公式をそのまま使う計算のよう、だとも言えるだろう。

 

 それに対して料理と言うのは、同じ科学でも覚えた公式を組み合わせるなどして行うもの。

 必要な技量が跳ね上がっているため、菓子は作れても料理は無理……みたいな人間を生み出す土壌にもなっている。

 まぁ、一般的にそうなりやすいというだけで、世の中にはそれとは反対の人もいるわけだが……今回は関係ないので割愛。

 

 ともあれ、料理下手の人間に料理をさせる、という難題に挑むとなれば、選ぶべき料理というのも自ずと狭まってくる。

 

 

「……具体的には、失敗しつらい料理とか」

「具体的には、大抵の味を全部ごまかせる……なんて言われてる料理とか」

 

 

 いやまぁ、実際にはなんでもかんでもごまかせるわけじゃないし、失敗しつらくても失敗する人間はいるんだけどね?

 一応、その時の助手(ギャル子さん)はそこまで酷くはなかったが……微妙な失敗をごまかすために、味を整え続けるのは中々に負担大だった、というか。

 

 

「……最終的にあのカレー、味がわからなくなるくらい辛くなってたもんね……」

「一回『辛くなりすぎた!?じゃあチョコとか入れて中和中和~☆(汗)』とかやられたからなぁ……」

「味は打ち消せるものじゃないっての……!!」

 

 

 味とは混ざるものなので、最悪甘すぎて辛すぎるだけになるというか?

 ……最終的に辛さを極限まで上げて、味を痛みでごまかす方向に舵を切る羽目になったカレーと、ほぼ同じ具材を使う肉じゃがを見て、思わずため息を吐いた俺達なのであった。

 

 なお、件の辛すぎるカレーはTASさんが『何かに使えるかも』と保存したことをここに記しておきます。

 ……その劇物を何に使うつもりなので、とは聞かなかった俺である。

 

 



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肝を試す必要、ある?

「今日は休み。みんなで遊びに行く」

 

「……なんてTASさんの鶴の一声で出掛けることになったわけだけど、ここは何処?」

「それは勿論、色々出そうな山」

「肝試しにはまだ早いんじゃねぇかなぁ???」

 

 

 なんでこんな羽目に……。

 学校休みの週末、特に何もなければそのまま部屋でのんべんだらりとでもしていようかと思っていたのだが、朝食の際にTASさんの発した一声により、何故か全員参加の肝試し大会?的なモノが始まってしまった。

 

 いや、今まだ春なんですけど?旧暦なら確かに夏になるけども。夏真っ盛り判定だけど。

 

 

「ある意味間違ってないんじゃないですか?最近だと五月の時点で真夏日だったりしますし」

「おう、その後七月八月と気温が下がるんならそうも言えるわな、実際は?」

「酷暑日が待ってますね」

単なる二極化ぁ!!

 

 

 冬か夏しかねぇなこの四季!秋と春何処いった!?

 ……とまぁ、何故かチームを組まされた新聞部君に愚痴る俺である。

 

 ところでなんでこの組み合わせなのかって?

 TASさんから「お兄さんは彼と余り打ち解けられてない。これを良い機会にしてもっと仲良くするといい」とかなんとか言われた結果だよぉ!!

 

 

「余計なお世話、と言うべきでしたかね?」

「そうだねぇ!それを口にした場合君の顔が陥没してるかもだけどねぇ!」

「うーん恐ろしい。今時暴力系ヒロインなんて流行りませんよ?」

「それは清廉潔白・他者に責められる所以のないモノのみが発するべき言葉だな」

「はっはっはっ、これは手厳しい」

 

 

 なおチームと述べた通り、実際には二人だけではなく成金君も含めた三人組である。……こらそこ、雑に男達を纏めただけとか言わない。

 まぁ、変に畏まる必要がなく自然体でいられる、という意味ではありがたい組み合わせだとは思うのだが。

 

 

「……貴殿は何を言っているのだ?」

えっ、いや俺変なこと言ってなくね?女子の中に放り込まれた青年男性とか気まずさマックスでしかなくね?」

「本気で言ってるのであれば、脳の検診を受けた方が宜しいとおすすめさせて頂きますよ」

何?喧嘩売ってるなら買うけど???

 

 

 なんだこの生徒、慇懃無礼にも程があるだろが(真顔)。

 

 ……なんて風に愚痴るものの、まぁ確かに今まで気まずさを感じたことがあったのか、と言われれば微妙なところ。

 んなもん感じてたらTASさんに磨り潰されてるわ、という内心は内緒である。

 

 

「そうなんですか?」

「気恥ずかしさなんて感じてたら、まずTASさん基準のお散歩()に連れていかれるだけで瀕死確定よ」

「お惨歩とでも言うつもりか貴殿……」

その通りだが?

「わぁ目が笑ってない」

 

 

 考えても見るんだ、例えば突っ切ると五分短縮できる道があるとして、それを通る間に多種多様なトラブルが待ち構えている場合、TASさんはその道を通らないのかと。

 正解は嬉々として通った上でトラブル全部踏む(発生させる)、だ。内容が難しければ難しいほど大興奮確定ですねわかります。

 

 ……そんな前提であるため、TASさんの散歩に付き合わされる俺は常に死と隣り合わせ。

 いやまぁ、本人に聞いたら多分「お兄さんは心配性。私と一緒にいるのに死ぬわけがない」とか言うけど、だからって精神的な負担が軽減されるかというと別の話なわけでして。

 

 というか、結果として死んでない現実(けっか)がお出しされてるけど、それにたどり着くまでの課程(ついき)の中には数千数億の俺達の骸が転がってる可能性大なわけで。

 そりゃまぁ、似たような能力持ちのROUTEさんも「正気かこいつら」みたいな顔しますよーって話なんだわ。

 寧ろ同業者に引かれるってなんだ?TASさんだったわ(納得)

 

 

「落ち着け」

電化製品っ!?……はっ、俺は一体何を」

「……AUTO殿から彼が暴走した際には斜めから衝撃を与える(思いっきりチョップする)とよいと聞いていたが……こう、ここまでうまく行くとどういう顔をすればいいのか悩ましくなるな……」

「笑えばいいんじゃないんですかね?」

 

 

 俺は一体、ここは何処?

 ……え?何か出そうな雰囲気のある山?なんだまたTASさんか。

 

 なんだか数分ほど記憶が飛んでる気がするが、目の前にお出しされたトラブルの種に比べれば些細なことだな、うん。

 こういう切り替えを咄嗟に行えないと、TASさんについていく上で命が幾つあっても足りないからな……。

 ……ん?命?複数?うっ、頭が!

 

 ……深く考えるとよくない気がしたので流すことにしつつ、改めて同行者二人に視線を向ける俺である。

 彼らはこそこそと何かを相談していたが、こっちが視線を向けていることに気が付くと内緒話を止め、こちらに追従する意思を見せてくる。

 ……言い方を変えると『お前先行けよ』である。

 いやまぁ年長者が先導しろ、ってのはわかるんだけどさぁ、俺無能力者なんだけどぉ!?

 

 

「はっはっはっ、無能力者は空を走って人を追いかけたりはしないんですよ?」

「ぐっ、TASさんのスパルタ特訓の成果がこんなところで俺に不利を……っ!!」

「わけのわからない言い争いをしてなくてよいから、さっさと行かぬか?」

「「あっはい」」

 

 

 ……もうこれ成金君がリーダーでいいんじゃねぇかなぁ?

 そんなことを思いながら、俺達は雰囲気溢れる山の入り口へと足を踏み入れたのだった。

 

 



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そもそも幽霊みたいなもの引き連れてるじゃん

「うーん、昼間なのに鬱蒼とし過ぎている……」<ブヒッ

「そういえば、この猪に名前を付けたりはしないのか?」

「当初の予定だと、山の中だけの繋がりのはずだったからなぁ。そうしてなぁなぁに過ごしているうちに、なんかもう猪っていうのが名前みたいな感じに……」<ブヒー?

「ええ……?」

 

 

 いやまぁ、彼の動きが猪らしからぬもんだから、敢えてそう呼ばないと猪であることを忘れそう……みたいな意味もあるんだけども。

 

 見てみなよ猪君の顔。きらきらとした野生動物らしからぬ、まんるいおめめをこちらに向けているだろう?

 この姿を見せられたら、例え見た目がワイルドだろうと猪感はまるで感じられんよ。

 いやまぁ、そもそもなんか頭良すぎ、って部分もあるんだが。あからさまにこっちの言葉に反応してるし。

 今もほら、こっちの言葉に反応してか、微妙に顔を逸らしてるし。『いやいや、僕ただの猪ですよー?』みたいな顔してるし。

 

 ……猪は遥か昔に『山の神』とされたこともある。

 ゆえに、もしかしたらこの猪もそういう類いなのかもしれない。……神様が突然ポップしてることについてはスルーしてもろて(仲間内のそういう奴らを思い出しながら)。

 

 とはいえ、仮に彼が本当に山の神だとして、こうして単なる猪のふりを続けている以上、そういう扱いを求めているわけではない……というのも確かだろう。

 なので、その辺りを忘れないようにあえて猪と呼び続けている……みたいな話もあるかもしれない。<ブヒー!?

 

 

「今明らかに『良い話だったじゃん!そのまま終わってれば良かったじゃん!!?』みたいな鳴き声を上げなかったか、その猪」

「さぁ?仮にそうだとしても、気にせずスルーしてあげるのが大人の対応ってヤツだよ」<ブヒィ……

(これやっぱり言葉がわかってるやつですね)

 

 

 ガクッ、と項垂れる猪の知性について殊更に言及することなく、改めて山の捜索に意識を戻す俺達なのであった……。

 

 

 

( ´ᾥ`)

 

 

 

「む、これは向こうで何か楽しそうなことをしている予感」

「そう思うのでしたら、今からでも向こうに行かれても構いませんが?」

「そうしたいのは山々だけど、こっちはこっちで楽しいからあとで確認する」

「左様ですの……」

 

 

 はてさて、場所は変わって彼らとは別・山の反対側の方。

 こちらはTASとAUTOの二人がペアとなって、魑魅魍魎蔓延る魔境へと足を踏み入れる正にその瞬間、という様相であった。

 

 今回のピクニック()において、彼らは四方から山を攻略する手筈となっている。

 男性組は一番攻略に対しての期待が低く、仮にこれが賭け事ならば大穴に位置すると言っても過言ではないだろう。

 

 対して評判にした時に恐らく一位になるのがこの二人のペア。

 攻略戦に参加せず、山頂で他の面々の到着を料理と一緒に待つDM&スタンド+同人&ダミー、の四人を除いた他の面々において、彼女達以上に攻略速度の速いであろうチームはいまい。

 

 なお、先んじて山頂に向かった面々に関しては、基本的に本人が魑魅魍魎であるため免除された人員である。

 DM&スタンドは言わずもがな、ダミーに関しても妖怪変化は健在ゆえ致し方なし。

 ただ一人、同人のみが自身の扱いに異議を申し立てたが──、

 

 

「じゃあ、私達のグループに入る?」

「すみませんおとなしくさんちょうでまってます」

 

 

 ──というように、TAS直々の誘いを丁寧に断り、待ちに甘んじることとなったのであった。

 

 

「まぁ、それで良かったのかもしれませんわね。……入り口の時点でこうしてゾンビだのキョンシーだのに襲われる羽目になっているのを見ると、彼女が無事に山頂に迎えるかは怪しいところがありますから」

「そう?私としては彼女の隠されたパワーが発揮されるところが見たかった」

「仮に発揮したとして、恐らくTASさんの今の姿には負けると思いますが」

「そうかなー?」

「そうですわー」

 

 

 そっかーなどと宣いながら、TASは空を駆ける。

 正確には、ゾンビ共の頭を地面代わりに踏み潰しながら飛び回っている、というのが正解である。

 

 この山、どうにもどこぞの組織が秘密裏に改造していた曰く付きのもので、侵入者への迎撃対策としてゾンビなどが湧き出す仕掛けとなっているらしい。

 なお、当の組織は既にTASが片手間に壊滅させている、可哀想に(R.I.P.)

 

 なので、これらのゾンビ達はあくまでもオート迎撃によるもの。

 ゆえに被害はこの山から飛び出さず、こういう時のピクニック先(遊び場)に持ってこい、とTASは目星を付けていたのだった。

 

 

「とりあえずダミ子とかDMとかには攻撃したりしないし、仮に噛まれても治そうと思えば治せるから心配も薄い。さらには危機感を煽ることで吊り橋効果?も期待可能。誰かと仲良くなるには持ってこい」<フンス

「なるほど、貴女なりに考えた結果の選出先、ということですのね。……ところで、私達がこれ以上仲良くなる必要性は?」

「ないけどたまには遊びたい」

「そっちが本音でしょう、それ」

 

 

 アーケード対戦の延長線上じゃないのか、とAUTOが言葉を返せば、TASの方は不思議そうに「そうだけど?」と首を捻ったのだった。

 

 その後、ゾンビのキル数を競う二人が見られるようになるが、生憎他の面々はそれどころではなかったため、誰も知る由もないのであったとかなんとか。

 

 



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死なないから死なないと慢心するのは良くない

Noooooooo!!!?追い掛けて来ないで下サーイぃぃぃっ!!?」

「ええっと、なんで逃げてるのカブっち?」

なんデスその二輪車か野菜ミタイな名前!?

 

 

 今までそんな呼び方デシタっけ?!

 ……と叫ぶ日本被れに、ギャル子は「生徒会長だからせーちん、よりいいと思うけどなー」と返しながら、目の前にやってきたゾンビの頭をカチ割った()のであった。

 

 こちら、四方から山を攻略する組のうちの一つ、日本被れをリーダーとするチーム。

 彼女達は山に侵入してしばらくしたのち、こうやってゾンビの大軍と死闘を繰り広げている最中なのであった。

 

 本来、こういう場面なら死ぬことのない日本被れが盾になって他が攻撃する、というのが黄金パターンなのだが当の本人は回避盾もかくや、とばかりに逃げ回っている。

 その理由が、彼女達二人以外のメンバーに隠されていた。それは、

 

 

「おーそうそう逃げ回れー。噛まれるとやベーぞーすげーことになるぞー」

ひぃいいいぃぃぃぃっ!?忠告ばっかりシテなくて良いデスから、貴女も手伝って下サーイっ!!?

「とはいうがなぁ、俺が見てねぇと判別できねぇだろ、やベーヤツ」

それはそうデスがぁーっ!!?

 

 

 ギャル子の方ではなく、もう一方。

 煙草を咥えやる気無さげに日本被れに指示を出す女性、ROUTEの存在。

 

 彼女もまた、TASと同じく未来視系の技能者であるが……彼女のそれはTASのそれより遥かにわかりやすい。

 選択肢という形で未来を知らせる彼女のそれは、ゆえにこそ他者への解説が比較的容易である。

 ──例えば、そこらのゾンビに噛まれた場合、()()()()()()()()()()()()()……という事実が、うっすらと透けて見えたりだとか。

 

 

「たまーにあるやつだな。不死者なんだから動く死体(ゾンビ)になんぞならん……と高を括っていたら、実のところ互いの原理が別物だったせいで制御権を奪われる……みてぇな話は」

「んー……ょくわかんなぃんだけど?」

「何、難しく考える必要はねぇさ。単にそこらに地雷がばら蒔かれてて、それを踏むのは良くねぇぞ……って言ってるだけなんだから」

「なるほど!じゃあ遠くから起爆すればよくね、ってことだね!」

「……いやよくねぇけど、おめぇさんはそれで良さそうだからもうそれでいいわ」

 

 

 なんだこいつ、という内心の呆れを隠そうともせず、ROUTEはそう溢す。

 

 しかしてそれも仕方のない話。

 噛まれるのはヤバイとはいえ、そもそも噛み付かれる前に沈黙させられるギャル子からしてみれば、ゾンビなど雑兵の群れどころか雑草を刈るのに等しいくらいの脅威度だが。

 それでも、万が一があるのなら慎重にことを運ぶくらいの理性はある。

 

 結果、拳を振り抜いた際の拳圧でゾンビを吹っ飛ばす……などという一人だけ世界観がおかしい行為をし始めたのだから、思わずROUTEが咥えた煙草を取り落とすのも無理はない話なのだ。

 

 ……それはそれとして、話を戻すと。

 ここにいるゾンビ達は迎撃用である、ということは既に述べたところ。

 それが意味するのは、このゾンビ達は意外と()()()()()ということ。

 雑に言い換えると、全部が全部同じシステムで動いていない、ということになる。

 

 そもゾンビだけではなくキョンシーが混じってたりする時点で気付くべきではあるが、彼らは一つの技術体系のみで構成された集団ではないわけで。

 AUTO辺りは「メンテナンスの複雑化」を嘆き、TASならば「多様性の確保」を喜ぶであろうそれは、この場においては日本被れの耐性を貫く可能性として処理される。

 

 

「聞いたところによれば、アイツの不死性は超回復の類いだそうだが……それならつまり、宿主を保持するタイプのウイルスとは相性が悪い、ってことになるよな?」

「やどぬしをほじ???」

「共生しようとするタイプってことだ。宿主に害を与えるんじゃなく、宿主に益を与えようとするような系統、ってこったな」

 

 

 一口に不死、といっても色んなパターンが存在する。

 日本被れのように『驚異的な回復速度によりダメージが実質無意味になる』タイプ。

 ゾンビのような『死体が動いているためにそれ以上死なない』というタイプ。

 そして、『体内の菌やウイルスが宿主を死なないように保持する』タイプ。……他にも色々パターンはあるが、今ここで気にすべきなのはこの三つくらいだろう。

 

 日本被れにとって危険なのは、三つ目のもの。

 ゾンビの体内にあるウイルスがゾンビを動かしている、というこのパターンは、単純なゾンビとはまた違うパターンの存在だと言えるだろう。

 

 

「肉体の不死性が外から与えられているってパターンになるわけだが、こいつは自身の回復力を高めるタイプとは食い合わせが悪い。目的とやってることが類似しているせいで、互いの効果が打ち消しあったり必要以上に高めあったり、とにかくろくなことにならねぇわけだ。……で、今回の場合だと噛まれたアイツは暫く自身の肉体の主導権を失う」

 

 

 超回復が体内の毒素を消すような効果も含むのなら、そのうち意識も戻ってくるだろうが……その前にウイルスを一旦すり抜けさせちまうのは間違いないだろう、とはROUTEの言。

 未来視持ちの断言は効果覿面であり、その結果日本被れは情けなくゾンビから逃げ回る羽目になった、というわけなのである。

 

 

「ぅーん、せめて全部そのタイプかそぅじゃなぃか、って感じだったら楽だったのにねぇ?」

「メンテの楽さより突破されにくさを選んだんだろうから、その辺りは向こうの思い通りってやつだな」

「めんどくさーぃ☆」

「それは違ぇねぇ」

 

 

 なお、こうして忠言だけ投げているROUTEはちゃっかり狙われないように未来を操作している……ということに日本被れが気付くまで、この無意味な追いかけっこは続くのであった……。

 

 



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よく似たアイツはアイツ足りえるか

「これ授業で習ったところだ!」

「いやこの状況を習う授業ってなに!?」

「おー、ナイスノリツッコミ。TASから聞いてた通り」

「アイツシンジンニナニオシエテンノォ!?」

「おお、これも聞いてた」

(んー収拾が付かないヤツだねこれ???)

 

 

 はてさて、場面は変わってさらに別の場所。

 こちらではMODをリーダーにCHEATと読書家の三人が組んだパーティとなっているが、その期待値と実際の動きには大きな乖離が見られていた。

 いわゆる理論値と実数値の差、というやつである。

 

 

「ナンカシラナイケドイマカオモミエナイダレカニバカニサレタキガスルンダケドォ!?」

「君はどこの電波を受信してるんだい?」

「アーッ!!イマMODガワタシノコトメンドクサイジライケイtuberッテイッター!!」

「おお、これも(TASに)聞いてたところ。流石は我が終生のライバル、目の付け所がエッジ効いてる」

「アイツノライバルワタシナンデスケドォー!!?」

「これも聞いて「いやもうええから」むぅ」

 

 

 これ収拾が付かないやつだ、とMODはため息を吐いた。

 

 ……大まかな性格面、及び見た目の面からして、読書家はTASのカラーバリエーション……もとい類似キャラであると見なす考えは多い。

 こうして二人のやり取りをゾンビに扮して(狙われないようにして)眺めているMODもそれは同じであり、それゆえこの二人──CHEATと読書家の相性はよくないだろうな、とも認識していた。

 

 ゆえに、この話が始まる前に二人の組分けは分けるべき、とTASに直談判したのだが……。

 

 

「……?ピクニックに行くのだから、仲良くなれるように頑張るべきでは?」

 

 

 などと、脳内お花畑みたいな返答が返ってきたため断念したのであった。

 

 無論、TASが本当にお花畑みたいな提案をしたとは欠片も思っていない。

 単に「これ何言っても意見が翻らないやつだ」と察しただけである。

 

 ……とはいえ、予想できたからといって納得できるかは別の話。

 こうして余計な負担が襲い掛かってきているのを見ると、予め回避した方が手間が掛からず良かったのではないか?……みたいな不満が立ち上ってくる。

 

 いやまぁ、そのままだと良くないという、表の意見もわかるわけだが。

 共同生活中に変なしこりがあっても宜しくない、というのは誰だって共通認識だろうし。

 その上で、どうしても噛み合わない相手なら、表面上の付き合いだけで済ませるという方法もあるだろうに。

 

 ……みたいに再度ため息を吐いて、そういえばさっきから静かになったな?と視線をそちらに向けてみると。

 

 

「ふぉおおおお……ここここれはまさか……あの伝説の大○林……!?」

「初版のファ○通創刊号もあるよ」<ニュッ

「すごーいみたことなーい!」<キャッキャッ

 

「……んん?」

 

 

 あれ、なんか仲良くなってる?MODは思わず首を傾げた。

 いや、さっきまでなんかバチバチにやりあってなかった君達?どっちかというと突っ掛かってたのはCHEATの方のような気もするけど。

 

 そんな風に思わず困惑する中で、二人は和気藹々と何やら分厚い本や薄い本を手に盛り上がっている。

 周囲をゾンビ達に囲まれた中で何を呑気に、と思ったMODは次の瞬間、

 

 

「よーし、このデータがあるならできるはず……ここを、こうして、こう!」

「はい?」

「おー、任意コード実行。スプライトオーバーしそうだったから確かにできてもおかしくない」

「でしょー?でも実はちょっと足りてなかったから、その辺りは……こう、ね?」

「CHEATの面目躍如、いえーい」

「いえーい!」

「ちょっと待てぇい!!?」

「「あっ」」

 

 

 急に体が引っ張られたと思ったら、いつの間にか視界が増えた。

 ……何を言ってるのかわからないと思うが、自身の目を通して見える情報が突然倍以上に増えたのである。

 

 そんなことになれば突然増えた情報量に脳がパンクしかねないところだが、当のMODは若干の酩酊感を覚えるだけで特に発狂することはなかった。

 ……なかったのだが、よくよく自身の体を確認すると、何やらおかしいことに気が付く。

 具体的には、増えたのは視界だけではなかった。手とか足とか心臓とか何もかも全部増えていたのである。

 発狂しなかったのは、偏に彼女自身姿を変幻自在に変えられる存在だったから、というところが大きいだろう。

 

 いい加減勿体ぶらずに言うと、彼女はいつの間にか周囲のゾンビ達を取り込んだ強化(暴君)型ゾンビにパワーアップさせられていたのである。

 若干の酩酊感は、恐らく周囲のゾンビを取り込んでしまったことによるウイルスの侵食によるものだろう。

 

 あとでDMにでも治して貰えばいいとはいえ、突然味方を犠牲にするその暴挙。

 無論、MODがキレるのは当たり前の話であり。

 

 

「うわぁあああごめんってばぁぁぁぁっ!!?」

「許さん私お前まるかじりぃぃぃぃぃぃっ!!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」

 

「──なるほど、予習通り」

 

 

 調子に乗らせやすく、そうすると貧乏くじを引く。

 そういうTASの評価を聞いていた読書家は、彼女達のやり取りを興味深そうに眺めていたのであった。

 

 



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見知らぬ上司がそこにいたら?

「皆さん遅いですねぇ」

「TASさんが思わず興が乗ってしまって遊んでいる、というのはわかりますが他の方はどうなのでしょうねぇ」

「あ、お茶どうもですぅ」

(なんでこの空気感の中、平気な顔ででサンドイッチ食べてるんだろうこの人……っす)

 

 

 再び視点は変わって山頂。

 見張らしは良いもののなんとなくおどろおどろしい空気感の漂うそこには、現在シートを敷いた上に料理を並べたDM達の姿がある。

 そこでは更に、ダミ子がぱくぱくとサンドイッチを食べ続ける姿も展開されていたのだが……その隣、紙コップに入ったオレンジシュースとサンドイッチを持たされた同人に関しては、渋い顔をして固まるばかりなのであった。

 

 無論、そんな姿を晒していれば皆のお母さん()であるDMが気を回さないわけもなく。

 

 

「どうされました同人様?何か苦手な具材でも?」

「強いて言えばこの空気感が苦手っすね」

「はい?」

「いえなんでも」

 

 

 思わず、とばかりに彼女が心配そうな声を掛ければ、同人は小さな声で何事かを呟いたのち、別に何もと言葉を濁したのであった。

 ……それもそのはず、彼女はとある組織の影の支配者。そして、その組織が秘密裏に進めていたのが。

 

 

(我らが邪神様の再臨……だったはずなんすけどねぇ)

 

 

 思わずはぁ、とため息を吐いてしまうのも無理もない。

 どうにも目の前の彼女達(DM&スタンド)は、自身が追い求めていた邪神と同一の存在であるとのこと。

 ……厳密には周回で増えたバグみたいなもの(※TAS談)らしいが、それがこの世界に封印されているはずの邪神に影響を及ぼさない、なんて楽観はできやしない。

 ほぼほぼ確実に、何かしらの変質を起こしていることだろう。

 

 いや、変質ならまだマシで、もしかしたら目覚めさせた途端新たなパーティメンバー(※TAS談)が増えるだけ、みたいな話になる可能性も……。

 

 

「流石にそれは私のキャパを越えてるっす」

「はい?ええと、お気に召しませんでしたか……?」

「よくよく考えたらなんすかそれ???」

 

 

 思わず声が漏れ、それに反応したDMが眉根を下げながら申し訳無さそうにこちらに視線を向けてくる。

 一瞬この人にこんな顔をさせるのはよくない、と同人の心に動揺が走ったが、それと同時彼女の右手を視界に入れたことでそんな感情は吹き飛んだ。

 

 何故か?それは勿論、右手にDMが持ったもの──山盛りの食事が積まれたどんぶりを目にしたからに他ならない。

 栄養バランスに一家言のある彼女が選んで盛り付けたそれは、なるほどその威容に一瞬圧倒されるも、同時に空腹中枢を刺激し自身に食への探求心を誘発するものでもある。

 だがそれゆえに、なんでこんなものを作ってるので?……みたいな疑問を誘発するモノでもあるわけで。

 

 

「ええとですね、TASさんから聞きまして」

「……何を、っすか?」

「同人様は意外と健啖家である、と。流石にダミ子様ほどの暴飲暴食ではないようですが、見ていて気持ちのいい食べっぷりであるとか」

(あんにゃろー!!?)

 

 

 無論、TASの適当な助言である。

 同人は特別食が太いわけでもなければ細いわけでもない、平均的女学生程度の食欲しか持ち合わせぬ乙女である。

 というか、DMの後ろで気にせず食事を続けるダミ子の姿を見れば、誰しも食が細いと断言されるレベルだろう。

 

 

「なんだかよくわかりませんがぁ、大食いならお任せあれですぅ♪」

「見りゃわかるっつーか、今アンタに構ってる暇はないんで黙ってて貰えるっすか?」

「辛辣ぅ!?」

 

 

 いいですよいいですよぅ、どうせ私は豚ですよぅ……などと涙目になりながら、それでも食べることを止めない彼女の姿に、思わず舌打ちをしたくなった同人であった。(主に彼女の一部に視線を向けつつ)

 

 ……彼女と同人は何度か風呂で鉢合わせることもあったのだが、下着を付けている状態と付けてない状態の余りの差に思わず詰め寄り、ダミ子をびびらせたことがあったりする。

 なんというかこう、アニメとかでないと見ないような非現実的プロポーションを目の前にすれば、誰だってそうなるでしょ……みたいなナレーションが脳内を過るレベル、というか。

 

 そんなある種の汚点はともかく、今は目の前の()の話。

 

 食べて頂けないんですか、とほんのり涙目でこちらを見てくるDMの姿に、同人の良心が呵責を起こす。

 この顔を見せられて、自分は料理を断れるのか?

 そもそもこの人私が追い求める邪神様(の、同位体)だぞ、その頼みを断るとか斬首案件では?

 いやでもこの人同じってだけで邪神様そのものではないし……。

 

 みたいな思考が脳内を駆け巡る中、ふと視線を彼女の背後に移し。

 

 

(素直に食べておいた方が後腐れがないぞ。というか下手に断ると後が怖いぞ)

「……アッ,ジャアイタダキマスネェー」

「そうですか?お口に合うと良いのですが」

「アハハハダイジョウブデススキキライハナイノデー」

 

 

 背後にいた、スタンドの口パク──そこから読み取れる言葉に背筋の震えを覚えた彼女は、片言になりながら進められた料理を口に運び続けたのであった。

 ──なお、後日体重計に乗った時に彼女は憤死した。

 

 



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山の上は見張らしよく、絶好の○○日和

「──ん、いい感じにみんな仲良くなれたみたい。良かった良かった」

「アハハハソウデスネー」

(同人さん……お可哀想に……)

 

 

 ……なんか数日ぶりに合流したような気がするな?()

 ともあれ、なんとか山頂にたどり着いた俺達は、そこで無心にサンドイッチやら唐揚げやらを頬張り続ける同人ちゃんと、その姿をにこにこと眺めるDMさん(及び他の二人)を見付けることになったのであった。

 なお、その姿を見たTASさんの反応はさっきの通りである。でっかい節穴かな?()

 

 

「そんなことはない。ねぇ読書家?」

「そうだねTAS。私達は友達、ラブ&ピース。いえーい」

「いえーい」

「未だかつてこれほど心に響かないラブ&ピースがあっただろうか……」

 

 

 いやない(断言)。

 えー、とぶーたれる二人には悪いが、同人ちゃんをこのままにしておくと確実によくないことになるのが見えるため、涙を飲んで正気に戻すための行動を開始する俺である。

 

 

「……エッ,ナニスルツモリナンスカイヤチョッマッワタシハショウキぎょえー!!?

「古い作品のやられ役みたいな叫び声だなー」

 

 

 具体的には斜め四十五度から打つべし、打つべし!

 悪霊退散無病息災家内安全交通安全(適当)、破ァーッ!!

 

 ……ってなわけで、錯乱した同人ちゃんは元に戻ったのである。善きかな善きかな。

 

 

「何もよくねぇんすけど……?」

「おや、まだ悪い気が残ってるのかな?」

「ひいっ!?まだやり足りないんすかまさか!?」

 

 

 ……おかしいな、あれだけ叩けば同人ちゃんの体から悪い気は全て追い出されたはずなんだが?

 もしや叩き具合が足りなかったのかな?

 ……とばかりに再度右手を構える俺を前に、同人ちゃんは涙目で叫んだのであった。思わせ振りな態度は止めてもろて()

 

 

(まぁ聞きなされ同人ちゃん)

(なんすかいきなり小声になって、もう殴られるのはこりごりっすよ?)

(思いっきりぼこぼこにしたみたいな言い方してるけど、普通に滅茶苦茶手加減してるからね?……いや言いたいことはそれじゃなくて)

(じゃあなんすか?私をぽこぽこ攻撃することへの何か明確かつ納得の行く説明でもあると?)

(あるある)

(はぁ?)

 

 

 とはいえ、何やら行き違いがあるようなのも確かであるため、その辺りの差を埋めるため彼女に近寄って耳打ち。

 こちらを不審げに見つめる同人ちゃんに、彼女をぼこぼこにしなければならなかった理由を告げる俺であった。

 

 

(俺がやってなかったらTASさんがやってたよ?)

(……はい?)

(いや、さっきの攻撃。正気に戻すためって言ったけど、俺がやらなかったらTASさんがやってたよ?)

(──なんでっすか!?今さっき『仲良くなって良かった良かった』みたいなこと言ってたじゃないっすか?!)

(いや、あの後に『それはそれとしてちょっと鬱陶しいから正気に戻って貰う』って思いっきりどつきに行く気満々だったよあの子)

「理不尽!!」

「……?もしかして同人、正気に戻れてない?」<スッ

「いやー生まれ変わったみたいにスッキリとよい気分っすねー!流石は先生の目覚まし、よく効くっすー!!」

「──なんだ、私の気のせいだった」

(ほっ……)

 

 

 まぁ、俺が無茶苦茶やる時ってTASさんに先んじて状況をうまいこと推移させよう……みたいなノリであることが大半なので、今回もその例に漏れない話だったのだけれど。

 同じ酷い目に合うのなら、TASさんにやられるより俺にやられる方がマシだろう……という感じ?

 

 それを『そもそも酷いことにならんようにできんのか?』……とツッコまれても困る……みたいな話というか。

 相手はTASさんのやることぞ?……起きる起きないは彼女の手の平の上に決まってるでしょうが。

 まぁ、その結果TASさんが倒すべき巨悪、みたいなことになってるのは問題かもしれないが。

 

 

「とはいえそれを指摘したところで、TASさん本人からすれば『?死ぬより酷い目に合ってもいいの?』とか、未来視能力者特有のマウントを受けるだけなんだけども」

「酷くないっすかそれ」

「多分『貴方には言われたくない』って返されるんじゃねぇかな」

「ななな何を仰ってるのかわかりかねますねぇ~……あっ、す」

(最早ごまかす気あんのかなこの子)

 

 

 とはいえその問題も、相手が巨悪(仮定(断定))なら普通に解決するわけだが。

 あれだ、悪人相手なら何をしてもいい、みたいな扱いされてないだけ儲けモノ、みたいな。

 

 ……それを告げられた結果挙動不審になるのは、最早ごまかす余裕もその元気もないと言ってるようなものなのではなかろうか。

 

 

「…………」

「……獲物を前に舌舐めずりするのは、三下のすることですわよ」

「そう。今回の私は三下ムーブ」<ドヤッ

「……左様でございますの」

 

 

 そろそろ狩るか、みたいな空気感を醸し出すTASさんに苦言を呈するAUTOさんと、それを受けて何故かドヤ顔をするTASさんを見ながら、俺は同人ちゃんの命日も近いのかもしれないな……などと神妙な顔をするのであった。

 

 

「いやそもそも殺そうとしないで欲しいんっすけど!?」

「それは君の選択次第じゃないかなー」

『踏み台か、キャラ変か……無事に越えられるかのぅ』

「そんな他人事みたいな!?」

 

 



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絶対絶命!同人最後の日(TASもあるよ)

「タイトルまで私の命の危機を主張してるぅーっ!!?」

「?何を言ってるの同人、もしかしてまだ正気に戻ってない……?」

「戻ってる戻ってます戻ってるんです大丈夫ですっす!!!」

「おお、超元気そう。良かったね」

「そうっすね……」

 

 

 はてさて、親交を深める(?)目的で開かれたピクニックから早数日。

 同人ちゃんの城である読書部の部室において、彼女は唐突に大声をあげていたのだった。

 

 これには偶然部屋に入ってきたTASさんも心配顔。

 主に前回のあれで足りてなかったのかな、的な意味で。

 当然同人ちゃん的には再度酷い目になぞあいたくもないので、必死の否定である。

 その甲斐あって納得してくれたTASさんを見て、ふうと額を拭う様はなんというか哀愁を誘う……。

 

 

ってそうじゃなく!!この唐突に襲ってきた濃厚な死の香りはどうすれば?!」

「諦めたら?」

他人事ぉ!!

 

 

 いや実際他人事というか、TASさんが不思議そうにしてる時点でそこまで大事になりそうにないというか?

 

 何せ彼女はTASである前に未来視能力者、それも早々並ぶ者のいない頂点級の能力者である。

 そんな彼女が特に何も身構えたりせず、ボーッと机に頬杖をついているだけとか、そりゃもう何も起こらないことの証明……証明…………。

 

 

「やべぇこれヤバいやつだ!?」

「!?」

 

 

 突然机を叩きながら立ち上がった俺にビクッ、と反応する同人ちゃんはちょっと面白かったが、そんなことはどうだっていい。

 今しがた問題ないと口走った矢先に方針転換するのは中々に恥知らずだが、その恥を偲んで敢えてこう言おう。

 ──今の状況とてもヤバい!

 

 

「えっ、なんすか急に発言を撤回するとか」

「お、他に慌ててる人がいるから逆に冷静になる、ってやつかな?台詞を何時ものに戻す余裕が出てきているようだ」

「ななな何を言ってるんすか私はいつでもこういう話し方っすよ???」

「動揺しまくりじゃん。まぁそんな君より遥かに動揺してるのが俺なんだけどどどどど」

「おお、先生が高速振動」

 

 

 唯一、この室内で一人だけプレーンな状態の読書家ちゃんが、俺達のやりとりに拍手を送ってくるわけだが……そんなのも気にならないくらい気が動転している俺である。

 

 

「何故かって?さっきまで気付かなかったけど、今のTASさん()()()()()()()からだよ!!」

「はい?????」

「はいそこ!意味がわからんとばかりに首を捻らない!!」

 

 

 その理由は、TASさんの今の状態。

 これ、前にも見たことがあるやつだと思い出したのだ!

 具体的には未来視技能が不全状態にある時のやつ!!

 

 

「未来視技能が不全状態……?」

「うむ。TASさんが何故TASさんと呼ばれているのかと言うと、その理由は彼女の未来視技能が一種のトライ&エラーに対応しているからなのである」

「なんか解説始まった!?」

 

 

 まぁ、細かい話は以前の話でも回想して貰うとして……。

 ともかく、TASさんがTASらしい動きをできるその理由の大半が、彼女の持つ未来視技能に秘められていることは確かな話。

 そしてそれゆえに、なんらかの理由で未来視ができなくなると、同時に彼女はその見た目通りのか弱き乙女にレベルダウンしてしまうのだ!!

 

 

「か弱き乙女……?」

「そこで疑問を差し込んでると、元に戻った時に酷い目に遭うぞ」

「ひぃっ!?嘘っす冗談っすTASさんはとても素敵で可憐な乙女っすぅ~!!?」

「それはそれで嘘臭いな……」

 

 

 持ち上げるにもやり方ってもんがあるでしょ、と思わず半目になる俺。

 まぁパニクってる同人ちゃんはともかく、問題はTASさんである。

 

 今の彼女は未来視のみの字もない状態、それゆえに戦闘力は皆無。

 そうするとどうなるのか?答えは単純、彼女の不調を聞き付け恨みを持つ者達が大挙してやって来るのである!!

 

 

「えっ」

「えっ、じゃないよ察してよ。この子TASとして裏社会を飛び回る時も一切変装とかしてないんだよ?顔だってバレてるし居住先だってバレてるわい」

「ええっ!?」

「ん、予めTASから文句を言うように頼まれてたから、変わりに言うね。『お兄さん失礼、変装した方がいい時は変装してる』」

「それ敵陣に上から戦車落としたりする時限定だよねぇ!?」

 

 

 潜入任務の際の暇潰し、的なやつというか。

 ……そんな真の英雄が誕生しそうな話は置いとくとしても、彼女が方々の組織から恨みを買っていることは事実。

 それでも無事に暮らせているのは、例えそこらの組織が手を組もうとも、TASさんからしてみればわざわざ難易度を上げて自分を楽しませてくれるアトラクション以外の何物でもないから。

 

 端的に言えば凄まじく舐められていると同時に、そうされても文句を言えないほどに彼我の戦力差が有りすぎるのだ。

 

 

「なので、そういうのが一切無くなった今のTASさんは、リベンジする大チャンス。世界各地から彼女の命を狙って刺客が大挙する可能性大なんだよ!」

「そ、それはまた大変っすね……」

「他人事みたいに言ってるけど、君も巻き込まれるんだよ」

「へっ?」

「今までの鬱憤をTASさん一人相手にぶつけたところで、解消されるわけがないでしょ」

「り、理不尽!?」

「悪役なんてそんなもんでしょー」

 

 

 美学とかないんっすかそいつら!?

 ……と恥も体裁もなく叫ぶ同人ちゃんに、俺はやれやれと首を振るのであった……。

 

 



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海千山千、さらに石の上に三千

 はてさて、TASさんへの襲撃に巻き込まれることが確定した同人ちゃん。

 彼女が感じていた命の危機、とやらは恐らくこのことなのだろうなぁと小さく頷く俺である。

 

 

「なんで先生はそんなに落ち着き払ってるんすか!?巻き込まれるのは一緒っすよねぇ!?」

「ははは、一緒だからだよ」

「えっ」

「もう慣れた」

「……ご、御愁傷様っす」

 

 

 ははは、笑えよ同人。

 正確には今のループとは関係ないけど、似たようなパターンで酷い目にあったのは片手じゃきかねぇんだ俺。

 その度、死にそうになりながら切り抜けて来たのは伊達じゃねぇぞ……!

 はい、別に自慢できるような話じゃないですね鬱だ死のう。

 

 

「ええ……情緒不安定過ぎるっす……」

「そのくらいじゃないとTASさんの相手は務まらんのさ」

「ええー……」

 

 

 TASさんに振り回されてることに変わりはないからね仕方ないね。

 ……まぁともかく、久方ぶりのTASじゃないさんの登場ゆえ、俺達も張り切らなければならないと確認したところで……。

 

 

「同人上田(うえだ)!」

「え!?なんすかいきなり!?誰?!っていうかその槍……槍!?どっから出したんっすかそれ!?」

「そんなことはどうだっていい!敵襲じゃー!!」

「敵襲!?」

 

 

 予め用意しておいた槍を構え、天井に向かって突き刺す俺である。……ちぃっ、逃がしたか!!

 

 天井に開いた穴からチラリと見えたのは黒い装束。

 あからさまに忍者なわけだが、どうやらお相手は本気でTASさんを亡き者にするつもりらしい。

 

 

忍者!?今忍者って言ったっすか!?いんの!?リアルで!?

「不死身の生徒会長が実在するんだから忍者くらいいるでしょそりゃ、それより早く手伝って!ここで捕まえないと後でTASさんに怒られる!」

「はぁ、ここで撃退……いや待った今捕獲って言ったっすか?!

「そうだよ!忍者ゲットできなきゃ俺達の明日がないYO!」

「さっきから先生のテンションどうなってるんっすか!?」

 

 

 どうもこうも、破天荒状態じゃないとまともに動けないってだけですが?

 TASさんに引っ張られるのが基本だから、こうして彼女の助力無しだと結構無理があるんだよ!察せ!!

 

 ……てなわけで、未だ困惑する同人ちゃんに手元の槍を投げ渡しつつ、俺は俺で次なる武器を用意。

 

 

「逃げ回るというのならその足から潰したらぁー!!」

ぬぉわぁっ!?アサルトライフル?!?んなもんどっから持ってきたんっすか!?つか危ない!?」

「安心しろ峰打ち(ゴム弾)だぁ!!」

普通に天井貫通して二階の床ぶち抜いてますけどぉ!?

 

 

 照準もそこそこに、当たれば儲けとばかりに弾をばら蒔く俺。

 下手人である忍者は天井裏を機敏に動き回って逃げており、中々命中しそうにないが……それでも、ここで俺が攻撃を止めればTASさんに危機が迫ることになる……!!

 

 

「ゆえに俺がお前を撃つ!◯に晒せぇぇぇぇぇぇっ!!!」

「ひぃぃぃぃぃぃっ!?先生が狂った!?何とかしてくださいっす読書家さん!?」

「(あれも作戦らしいから)むーりー」

「んな殺生なぁ!?」

 

 

 なお、ここまで必死に見せているのは、忍者がとっとと別動隊を投入するのを待っているからである。

 

 読書家ちゃんには(念話で)説明してあるが、忍者一人なわけがないからね、襲撃者。

 自分に掛かりきりになっている間に、他の仲間を呼び寄せ本丸(TASさん)を撃つ……中々に考えているじゃあないか……。

 まぁ、相手が狙っていることがわかったとしても、俺の身体は一つしかないので(普通なら)対処できないんですけどね。

 

 その辺りのカバーを読書家ちゃんに任せた、というわけである。

 彼女なら明らかに俺より(戦力的に)上だし、精々(TAS)の居ぬ間を狙ってやってきた空き巣泥棒的襲撃者なら、指先一つでダウンさせることだって可能だろう。

 

 

「流石に指一本は無理があるけど、やってみる。何本目で倒れるかな~」

「ひぃっ!?こっちはこっちでビジュアルが(こわ)い!?」

 

 

 で、タイミングよく窓から侵入してきた襲撃者……黒スーツの男は、その動きに合わせるようにして突き出された読書家ちゃんの人差し指によって、サングラスごと右目を攻撃されたのであった。

 うーん、これは最悪失明する奴。……ところで、忍者とスーツの組み合わせは流石に異色すぎない?

 

 

「ツッコむところ本当にそこでいいんっすか?!他に指摘すべきとこあるんじゃないんっすか!?!?」

「さっきから同人ちゃんは元気だねぇ。その元気を撃退に使って欲しいんだけど、ほら都合よくなんか転がってきたし」

「ひぃっ!?ガラの悪いスキンヘッドのおじさんがっ!?」

 

 

 そんな風に疑問を呈する俺を他所に、同人ちゃんは床下から上がってこようとしているスキンヘッドを発見。

 そのままもぐら叩き?の要領で、出てこようとする襲撃者を槍の柄でボカボカ殴り続けていた。

 

 ……うん、もう気絶してるからほどほどにねっていうか、仮にも何かしらの組織の長っぽいんだからもう少し余裕を見せるべきというか……。

 

 

「肉体労働は……専門外なんっすよ……」

「そうですか。残念ですが向こうはそんなこと(おもんぱか)ってはくれないぞ」

「だと思いましたよこんちくしょー!!」

 

 

 そういえば長であること否定しないな?その余裕もなくなったか……。

 なんてことを思いながら、大挙する刺客達に立ち向かう俺達なのであった。目指せ目標残機獲得!

 

 



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※初回一万点、以後五桁目が奇数に達する毎に加算

「……そういえばさっき、なにか聞き捨てならない台詞が聞こえたような気がするんっすけど……残機is何?」

「おおっと、聞き逃してなかったか……」

 

 

 先方(1wave)がどうやら弾切れになったようで人の波が止み、その隙を縫って小休止を挟むことになったわけなのだが。

 そうして息を整え休憩する中、同人ちゃんが近付いてきてジトッとした眼差しを向けてきたのである。……うーん地獄耳。

 

 とはいえ別に隠すような話でもないので、軽く説明することに。

 ここでいう残機とは()()()()()()()()()()()()()()、みたいなもののことを指す言葉となる。

 

 

「……残りの機体、という意味ではなく?」

「ある意味似たようなもんでしょ、虚実肉心問わず致死の運命を回避させてくれるってんだから」

「……あ、そういうやつっすか?」

 

 

 ──それ先生いつも使ってるやつでは?

 ──いや、内容的に微妙に違うが?

 

 ……的なやり取りを挟みつつ、改めて説明すると。

 ここでいう残機とは、いわゆる致命的な状況に陥った際にTASさんが助けてくれる権利、みたいなものを指す言葉である。

 間違ってもTAS(たす)けてくれる権利、ではない。

 

 

「……一応尋ねておくっすけど、その二つは何が違うんっすか?」

「雑に言うと、相手に対する扱いの丁寧さが上がる」

「あつかいのていねいさ」

「……なんで棒読みで聞き返したのかは知らんけど、そうだよ」

 

 

 例えば今にも崖から落ちそうになっているとして、通常の『助ける』ならば普通に崖から引き戻してくれるわけだが。

 これが『TASける』の場合、逆に突き落とされる可能性がとても高いのだ。

 

 

「なんでっすか!?」

「『TASける』の本質は、彼女(TASさん)のやりたいことの途中で行われるもの、という部分にあるからだよ。この場合だと突き落として着水なり着地なりの判定が出るタイミングで特定の行動(改めて助ける)をすると裏世界に入れる、ってんで便利な短縮要素として消費されることに……」

徹頭徹尾自分のためにしか利用してねぇ!っす!

 

 

 最初からそう言ってるじゃん……。

 あとはまぁ、「TASけてやった」って感じに普通に見殺しにするパターンもなくはない。……辛く苦しいこの世から、的なやつである。

 

 とはいえ、これについては余程アレな相手にしか発生しないようにしているらしいので、実際にこの目で見たことはないのだが。

 なので、あくまで彼女の持つ選択肢の内に含まれているということを知ってるだけ、という話になる。

 

 

「……そうなんっすか?」

「昔からTASさんを知ってるならわかりやすいんだけど、速度最優先と言いつつわりと人命を軽視しないんだよね、うちのTASさんって。……まぁ、その辺りを詳しく聞いたら『人生はクソゲーなので仕方ない』って返ってきたんだけど」

「はい?」

 

 

 あれだ、未来視特有の観点というか。

 

 ゲームならスタートと終わりまでの間隔はとても短いが、人生の場合だとその終始点はそれより遥かに長くなる。

 さらに当人の視点が数十年後・数百年後にまで及ぶのであれば、些細な選択が大きく道筋を歪めることも身に沁みていることだろう。

 その結果、無駄死に扱いになってしまうものが増えに増える、というか……。

 それらの問題とか感覚とか全部纏めて『人生はクソゲー』に収まるというのだから、なんというか世の無情を感じる次第である。

 

 それはさておき、残機云々の話に戻ると。

 これは、TASさんの用事のついでにTASけてくれるのではなく、しっかりと相手の事情を慮った上で助けてくれる権利、ということになる。

 普段の俺に関しては、基本TASさんの用事のついでに助けられている感じであるため、ここで得られる残機とはまた別である……というわけだ。

 

 

「……そうなんっすか?」

「そうなんです。因みに普通の『助ける』だと扱いがお姫様に対するものみたいになるぞ」

「それはそれでなんか違和感が酷そうっすね……」

 

 

 その発言は、内容如何によっては後からTASさんの『おはなし』があるやつだぞ、と一応ツッコミつつ。

 

 ともあれ、残機についての解説が終わったと同時、ほんのり香ってくるのは次の襲撃のフラグである。

 襲撃の匂いってなんっすか、とツッコんでくる同人ちゃんをスルーしつつ、壁に立て掛けていたアサルトライフルを握り直す俺。

 

 

「よぉし、第二ラウンドも過激に派手に決めるぜ!!」

「わーぱちぱち」

(……あっ、また先生が変なテンションになったっす)

 

 

 そして気持ちを切り替え、これからやって来る下手人を全て撃退する、という決意に心を燃やす。燃やさないとやってられない()

 

 ……そうしている内に同人ちゃんがまた微妙な顔をしていたため、今回は彼女をこき使ってやろうと密かに決心する俺なのであった。

 なんか不思議そうな顔で震えてたけど、御愁傷様です。

 

 



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くらえ渾身の手榴弾()

「あっちからやって来るぞ!」

「ひぃー!?」

「今度はこっちだ!」

「ひぃーっ!?」

「上から来るぞ!」

「ひぃーっ……って、上!?

 

 

 やだ、違うゲームしてる気分……。

 

 必死であちこち走り回る同人ちゃんを見ていると、なんだか不思議な気持ちになってくる。まさかこれが……変?

 まぁお決まりのネタはともかく、いい加減気も済んだので対策に本腰を入れ直す俺である。

 

 

「もっと早くから本腰を入れて欲しかったんすけどぉ!?」

「それに関しては本当に申し訳ないと思っている」<キリッ

それ絶対申し訳ないって思ってない顔ぉ!!

 

 

 はっはっはっ、いやいや本当に申し訳ないと思ってるって。

 主にTASさんほどうまく同人ちゃんを誘導できてない、ってことについて。

 それ申し訳なくないって言ってるのと同じじゃないっすかぁーっ!?

 ……と喚く同人ちゃんの背後から急襲してきた下手人を華麗にスナイプし、ソンナコトナイヨー?と言葉を返す俺である。

 

 冗談はさておき、第二波も佳境といったところ。

 生憎俺達なので撃破効率は宜しくないが、その辺りはもう一人のTASとも呼べる読書家ちゃんのおかげでまだなんとかなっている。

 

 

「心が折れそう」

「あれーっ!?」

 

 

 おかしいな読書家ちゃんがヤバイことになってるぞ!?

 

 ……突然のことに取り乱したが、それも仕方のない話。

 だって今の読書家ちゃん、あからさまによぼよぼのしょぼしょぼなんだもの。一瞬おばあちゃんに見えたもの。

 

 流石におばあちゃんに見えたのは錯覚だが、それにしたって疲労困憊すぎるのは確かな話。

 なんでそんなに疲れてるのか、と思わず問い掛けてしまった俺は悪くない……はずだ。

 

 

「コード達の実務量を甘く見てた……こんなに差があるとは……」

「はい?コード?実務量?」

「こっちの話。……とりあえず、後で労災申請しておくね」

「えっ」

 

 

 いやどういうこっちゃ?

 謎の単語を呟いたかと思えば撤回し、代わりに出してきたのは労災申請の話。

 

 ……いや労災て。それ『労働災害』の略で意味としては労働者が業務中に遭遇した災害、みたいなもののはず。

 雑に言うと『無茶苦茶な業務によって酷い目にあった』ということになるわけだが、そもそもこれは業務でもなんでも……。

 

 

「……しまった、TASさん経由だから普通に仕事扱いなんだった」

「報酬八割増しとかでも収まらないレベル」<プンスカ!

「ええと、その辺りの話し合いは本人としてもろて……」

 

 

 そういやそうだった。

 俺と同人ちゃんはともかく、読書家ちゃんに関してはTASさんからの依頼によって参加してる扱いだから、一応定義の上では業務になるんだった。いわゆるバイト扱いというか。

 

 なお、バイト云々の話を聞いた同人ちゃんが「えー!?私は私は!?私にバイト代はないんっすか?!」とかうるさかったため、返答代わりにデコピンをお見舞いすることになりましたが問題はありません。

 

 

「問題しかないんっすけどぉ!?」

「うるさいなー、言っとくけど残機がバイト代代わりだからそれ以外が欲しいならTASさんと直接交渉する以外ないぞー?」

「それは勘弁して欲しいっす……」

 

 

 別にTASさんは守銭奴ってわけじゃないが、それでも彼女から報酬を得たいというのであれば交渉する他あるまい。

 それ即ちTASさんとのバトル開幕のお知らせ、というわけなので、イコール彼女が手を抜くことはまっったく期待できない、ということでもある。

 

 その状況下で彼女から報酬をもぎ取れるのなら、寧ろやってみろ……みたいな話というか。

 無論そんなの無理なので早々に諦めた同人ちゃんであった。

 

 

「……今の状態ならワンちゃんあるのでは?」

「!?なるほどその考えはなかったっす!!今の弱々乙女TASさんなら口八丁手八丁で譲歩を引き出すことも可能って寸法っすよー!!」

「あっちょっま、……行っちゃった」

 

 

 どっこい、それじゃあ面白くない()とばかりに彼女の耳元で囁いたのが読書家ちゃん。

 彼女は『普段のTASさんになら無理でも、今のTASじゃないさん相手ならなんとかなるのでは?』と同人ちゃんを唆し、見事に彼女を尖兵へと変貌させたのだった。これはひどい。

 

 

「……追加報酬とでも言うつもりで?」

「そんなとこ。欲に溺れるものは欲によって身を滅ぼす。──目の前にその成れ果て達がいるのにその事に気付かないのはよくない、ゆえにこれは授業料」

「ものは言いようだなぁ……」

 

 

 なお、同人ちゃんを見送った読書家ちゃんの『してやったり』みたいな顔を見ればわかると思うが、仮に今のTASさんがTASじゃないさんだからといって、交渉事が上手く行くかと言えば別の話。

 そもそも今の彼女は対話をしてくれる状態じゃないうえに、余計な被害が発生しないように自身と自身に触れるモノを夢に閉じ込める特殊な空間を予め用意し、その中に閉じ籠ってる状態。

 そのことを知っているのならともかく、知らない同人ちゃんがどうなるかと言えば……、

 

 

「……あ、あれ?目の前にあった報酬の山は?」

「そんなもの、ここにはないよ……」

 

 

 このように、ありもしない夢の世界に惑わされ、元の場所に戻ってくる結果と相成ったわけなのであった。

 うーん、迂闊にも程がある……。

 

 



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君ら大概ワンマンアーミー

「あんなのがあるなら、端っから私たち別にいらなくないっすか?!」

「あれはあくまでも夢なのと、今TASさんがいるところだけを範囲にしてるものだからね。直接触れないならなんとでもなっちゃうんだよ」

 

 

 というか、その辺りのあれこれが既に周囲に知られてるからこそ、みんなああして突撃して来てるわけで。

 ……と返せば、同人ちゃんはなんとも納得のいってないような顔で、ぶーぶーと文句を繰り返していたのであった。

 

 そんな彼女はともかくとして(『後回しにするなっすー!』と怒っていた)、改めて読書家ちゃんの様子を確認。

 襲撃者の波が引いたため、現在休憩中の彼女だが……一応、先ほどよりかは体調も元に戻っている様子。

 とはいえ余談を許さない()のは変わらず、第三波に耐えられるかはなんとも言えないところ、といった感じだろうか。

 

 

、第三波あるの?」

「あるよ、なんなら多分第五波くらいまであるよ」

「……労働状況の改善を要求する」

「えー?」

 

 

 なんだなんだだらしないなぁ、これくらいならCHEATちゃんだって片手間にこなして見せるぜー?

 ……的な意味を込めて視線を向けてみたが、返ってきたのは寧ろ何言ってるんだこいつ、みたいな眼差しだった。

 

 これあれだな、暗にふざけんなとか思われてるやつだな?

 おかしいな、別にふざけてるわけじゃなく純然たる事実なんだが……。

 そんな俺の思考を読んだのか、読書家ちゃんの視線がジトッとしたものに変化していく。

 流石に睨まれるのは勘弁願いたいのだが、とはいえ襲撃者達が加減してくれるかは別だしなぁ……。

 

 

「……仕方ない、無い袖は振れないし、呼ぶか」

「呼ぶかって、誰をっすか?」

「そりゃ勿論、この状況を打開できる人だよ」

 

 

 仕方がないので、呼ぶつもりのなかった助っ人に連絡を取ることに。

 表面上のスペックだけで判断すると痛い目を見るぞ、という教訓として今回のことを胸に刻みつつ、携帯を操作して該当の人物に連絡。

 電話向こうの当人は暫く難色を示していたが、こちらからの交換条件を聞いたのちにそれを翻しすぐにこちらに来る、と告げてきたのだった。

 

 で、数分後。

 

 

「呼ばれたから手伝いに来たぞー」

「……なんだ、CHEATちゃんじゃないっすか。頼りになるんっすか?」

「露骨に甘く見られてるぅー」

 

 

 読書部の門を叩き、中に入ってきたのはみんなご存じCHEATちゃん。

 その姿を確認した同人ちゃんは、露骨に微妙な顔をしていたが……その後ろで読書家ちゃんだけ安堵したように胸を撫で下ろしていたのだった。

 ……こんなところでも認識の差を感じさせられるというか?

 

 なお、軽んじられた当のCHEATちゃんだが、気にした様子もなくへらへらと笑っていた。

 ……いたのだが、よくよく見ると目が笑ってねぇ。

 うっすら開いた瞳が、同人ちゃんをじっと見つめているモノだからひっ、って声を漏らしそうになったでござる。

 

 ……と、ともかく。

 やる気十分なのはいいことだ、と震えながら頷く俺である。

 そうこうしているうちに第三波がやって来て、なし崩し的に防衛戦が始まったのだけれど……。

 

 

「ヒャッハー!!キブンソウカイゲンキハツラツワタシサイキョー!!シニタイヤツカラカカッテキナヘイヘイヘーイ!!」

「ぬおおおおおっ!?なんだこれは!?」

「オールレンジ攻撃だとぉっ!?」

「ホラホラオドレオドレブザマニオドレェ!!ワタシノシキニテシヌマデオドレェ!!」

「ぐわああああああっ!!?」

 

「……え、誰あれ」

「CHEATちゃんですがなにか?」

「いやそうじゃなくてっすよ!?あの大人しいロリっ子でしかなかったCHEATちゃんは!?」

「大人しいやつがキレたらヤバイとかよくある話やんけ」

「いやそれはそうっすけどぉ!?」

 

 

 まぁうん、気持ちはわからないでもない。

 最近のCHEATちゃん、あんまりあの状態になんないからねぇ。見たことなければ困惑するのも仕方ない、というか。

 

 そんなわけで、久方ぶりの動画配信者(Tuber)モードイキリver出陣の時である。

 イキッてるけどそんじょそこらのやつに落とせるような相手じゃない、ってのが中々厄介なところ。

 

 

「ホラホラドクショカァモットガンバレガンバレ♡ソンナンジャサイショハヨクテモアトカラシンドイゾー♡」

「ぬぐぅ、何も言い返せない……」

「ヒャーハハハチョーサイコー!!」

「うーん、未だかつて無いほどに有頂天になっている……」

 

 

 引きずり落される気配がないからってちょっと調子に乗りすぎではないだろうか?

 いやまぁ、目の上のたん瘤であるTASさんは現在絶不調だし。

 それを助けるような立場になっている現状が、彼女にとっての楽園のようなもの……と言われればあの反応も無理もない、って話になるのはわかるんだけども。

 

 

(なんというかこう、後から酷いことになりそうな予感がするんだよなぁ……)

「ヒャーハハハワガヨノハルガキタァー!!」

 

 

 狂ったような笑い声をあげるCHEATちゃんの様子に、一抹の不安を抱かざるを得ない俺なのであった……。

 

 



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予測は当たる、大体当たる

 はてさて、前回から引き続きCHEATちゃん大活躍戦線のお知らせです。

 

 

「ヒャーハハハワガヨノハルガキターッ!!」

「ある意味死亡フラグじゃねぇかなそれ」

 

 

 あまりにも高いテンションに思わず苦言を呈してしまうが、それすらあんまり効果がない感じ。

 ひたすら襲撃者を甚振(いたぶ)る彼女は満面の笑み……いや最早狂喜?の笑みを浮かべており、人によっては恐慌に陥りそうな一種の『圧』があるといえるだろう。

 

 なお、さっきまでちょっとCHEATちゃんを舐めてる空気のあった同人ちゃんは、すっかり部屋の隅っこでがたがた震えてしまっていたり。

 

 

「き、キャラ変わりすぎだし強すぎだし、色々おかしくないっすか……!?」

「それがコード達の特徴。スペックの特異性もさることながら、何より継戦能力がとても高い」

「……さっきから気になってたんだけど、『コード』って何?」

 

 

 そんな彼女にしたり顔で解説している読書家ちゃんだが……どうしても気になることがあったため、その辺りを尋ねてみることに。

 対象は勿論、さっきからちょくちょく会話に上がっている『コード』とやらについて。

 ニュアンスとその対象からして、どうもTASさん達のことを指しているようだが……?

 

 

「そこまでわかってるなら、もう全部理解できてるようなもの。──世界を他人とは違う形で解釈している者達。彼らは私たちとはその原理が違う」

「……そういえば、前も似たようなこと言ってたような?」

 

 

 TASさん達の能力は大分特殊、みたいな話だったか。

 こちらとしてはTASさん達の方が基本だったので、寧ろ読書家ちゃん達の方が別に見えるのだが……世界観的には反対というのが正解、ということになると?

 

 まぁ詳しい話はともかく、互いの能力の原理が違うことは確かな話。

 その差を指して、向こうの人達はTASさん達のようなタイプの存在のことを『コード』と呼ぶのだとかなんとか。

 

 

(……そういえば、なんで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())

 

 

 ふと脳裏に過った疑問だが、何故だか口に出すのは憚られたため思うだけに留める俺。

 

 そうこうしているうちに第四波が終わり、第五波──最終的戦のお時間である。

 襲撃者の数は先程よりも遥かに多くなり、第一波と比べればその差は歴然。

 単純な数にして倍どころか三倍近くとなっており、どこにこの人数を隠してたんだと首を捻らざるを得まい。

 

 

「ハハハテラウケル!ホントウニサンバイモッテクルトカドンダケマケタノキニシテンノサウケルー!!♡」

「もはや出来の悪いメスガキみたいになっとる……」

「とてもじゃないっすけど、わからせられる気がしないんですがそれは」

「……とても同人ちゃんらしい思考だね」

「は?……あっあっあっ、いやいやそういういみじゃなくってっすね!?

 

 

 これだから同人家は……いわゆるエッチなのはアカーンやぞ。

 ……読書家ちゃんが首を傾げてるからこれ以上追及するのは勘弁してやる、彼女に感謝するんだな!

 

 なんで俺まで火傷しかねなければならんのか、ってな感じに額の汗を拭いつつ、改めて最終戦の軍団に向かい合う俺達である。

 先程まで青息吐息だった読書家ちゃんも、流石に最後の戦闘となれば張り切らざるを得ない……とばかりに手持ちの武器を構え始める。

 俺もそれに倣ってアサルトライフルを腰だめに構え、それを見た同人ちゃんもまた渋々という風に槍を構え始める。

 

 対する敵陣、その数数百。

 明らかに一人の人間目的に集まるには多すぎるその軍団は、しかしてその殺気を隠そうともせず。

 

 

「TASを討ち取れー!!」

「「「「うぉぉぉぉぉおっ!!!」」」」

「ジョウトウダー!!コッチコソムコウヲゼンメツダー!!」

「「「「おー!」」」」

「「「……おお?」」」

 

 

 互いに閧の声を上げ、今まさにぶつかり合わんとしたその時。

 俺達は気付いてしまったのです。

 ──あれ、なんか一人多くなかった?……と。

 

 

「……点呼ー!!いちー!」

「にっすー!!」

「さんー」

「ヨ,ヨンー……」

「ん、五」

「「「「…………」」」」

 

 

 さて、では改めて数えてみよう。

 上から順に俺、同人ちゃん、読書家ちゃん、CHEATちゃん。

 

 ……何故か五人目がいますね???

 ばっ、と皆が視線を背後に向ければ、そこにいたのは。

 

 

「ん。私完全復活。ところで目の前のそれは前菜(オードブル)ってことでいい?」

「……アッハイ」

「ん。じゃあ纏めてどーん」

「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあっ!!?」」」

 

 

 完全復調、すっかり元気になったTASさんで。

 思わず固まる俺達を他所に、準備運動とばかりに襲撃者達を一瞬で星にすると、そのままCHEATちゃんの方に向き直って。

 

 

「──ん、ここから主食(メインディッシュ)。纏めて掛かってくるといい」

「……ジ,ジョウトウダオラー!!」

(──あ、これ私死んだっす)

 

 

 今のじゃ全然もの足りない、とばかりに喧嘩を売ってきたのだった。

 ……その後の話?察せよバーロー(白目)

 

 



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じめじめする前にじたばたする

 結果的に酷い目にあったあの日から早何週間。

 新生活気分も完全に抜け、すっかり学校生活に慣れきった六月の頭。

 

 そろそろ梅雨入りかぁ、と曇り空を眺めながら考えていた俺は、そうして廊下を歩く最中にどこかへと急ぐ日本被れさんとすれ違ったのであった。

 

 

「おおっと、廊下は走るもんじゃないですよーっと」

「オーsorry、見逃してくだサーイ!!」

「……言いながらめっちゃ走ってったなあの子」

 

 

 なんであんなに慌ててんだろうねあの子?

 みたいな感じで少々疑問に思いつつ、その背を追いかけるように後ろを向いていたのを前に向け直した俺だったのだが。

 

 

「すみません通りまーす!」

「おおっとゴシップ君?」

その呼び方止めてくださいって言いませんでしたっけ!?

 

 

 今度は前方からゴシップ君……もとい新聞部君が先程の日本被れさんのように俺の横を走り抜けて行く。

 

 同じように廊下は走らないようにー、と声を掛けるけど返ってきた反応もほぼ同じ。

 注意されたことに反応しつつ、けれどやっぱり歩きに戻ったりはしないまま走り抜けていく。

 

 で、さっきと同じようになんとなく彼の背を追い掛けていた視線を元に戻すと。

 

 

フハハハハハ!!

走る走らないどころの話じゃねぇ!?

「ぬ、貴殿か。済まんが急ぎでな、見逃して貰えると助かる」

「いや流石にこれを見逃すのは無理だよ!?」

 

 

 今度は金の馬に跨がり上機嫌に高笑いする成金君、という看過しづらい相手に出会ってしまったのだった。

 いや屋内で馬に乗るなし!……生き物じゃなくてゴーレムみたいなものだからノーカン?そんなもん通るか……っ!!

 

 

「とはいうがな貴殿、俺のスペック的にこうでもせねば間に合わんのだ。然るに──御免!」

「ぬわっ!?強行突破しやがった!?」

 

 

 どっこい、金でできた馬なんて押し留められるわけもなく。

 俺を飛び越えるように飛んでいった金馬を唖然と見送った俺は、なんだか嫌な予感を抱えつつ前方に振り向き直り。

 

 

「ごめんせんせー、ゥチは急に止まれないんだ☆」

のわーっ!!?

 

 

 重戦車の如く土煙を上げながら突撃してくるギャル子さん、という命の危機を感じる存在を前に、思わず跳び跳ねながら進路上から退去したのだった。

 ……廊下にヒビが入ってないのが不思議な位の迫力だったんですけど、一体なんだったんですあれ?

 

 

「あ、ごめんなさい」

「ぐえっ」

 

 

 そこで安心してしまったのが悪かったのか。

 突如横からの衝撃に吹き飛ばされた俺は薄れ行く意識の中で、文字通り飛んできた読書家ちゃんのほんのり申し訳なさそうな表情を視界に収めることになったのであった。

 これ一般人なら死んでるやつー(遺言)

 

 

 

:( ;꒪ཫ꒪):

 

 

「お兄さんよ、死んでしまうとは情けない」

「これ俺が悪いのかな……」

 

 

 スペラ○カーとタメを張るような耐久力なんだから、不注意をしたお兄さんの方が悪いよ……というなんとも言えないTASさんからのお叱りを受ける俺がいるのは、保健室のベッドの上。

 なんだかんだ初めてのロケーションにちょっとわくわくしていることは秘密にしつつ、改めて室内を見回すと……。

 

 

「……そういえば、保険室の先生とか居ないの?」

「今はお昼の休憩中だからいない」

「なるほどお昼の休憩中……お昼ぅ!?

「そう。四時間目は寝て過ごしたことになるね」

「oh……」

 

 

 まさか一時間近く気絶してたとは……。

 

 経過時間に驚きつつ、ついでに結構大事だったのでは、と顔を青くする俺である。

 いやだって、ねぇ?確かに俺ってば虚弱体質みたいなもんだけど、その分TASさんとずっと一緒にいるから、起こされるのも早いのが普通だったし。

 

 

「確かに。私も目を離してたからお兄さんに気が付くのが遅れた。具体的には私がお兄さんを見つけたのは保健室にお兄さんが運ばれてから」

「なるほど、その分蘇生が遅れたと?」

「私にしては珍しいミスだった……」

「いや君達、死んでたこと前提に話をするのはよさないかい?」

「おおっと?」

 

 

 なるほど、やっぱりTASさんに見付けて貰えてなかったのか……。

 そりゃ無様を晒す時間も増えるもの、みたいに納得していた俺だが、そんな会話に混ざる呆れたような声に反応し、視線を声のした方向に向けることに。

 

 声がしたのは、保健室の入り口の方。

 そこに居たのは白衣を着て眼鏡を掛けた、大きな三つ編みの特徴的な女性──。

 

 

「……って、おや?もしかしてお前は我が娘?」

「そういう貴方はお母さん。久しぶり?」

「久しぶり……って話で済むようなやつかな、これ」

「……んん?」

 

 

 思わず既視感を覚えた俺だが、それを感じさせた当人が口にした言葉に思わずフリーズすることに。

 ……ええと、今気のせいじゃなければですね、娘だの母だの聞こえたような気が?

 

 

「そう。この人は私のお母さん。多分生まれてぶり」

「その言い方だと私が酷い教育放棄者に聞こえないかな?……というか、一応義理の親子だろう私達」

「そうだった。そっちの方が都合がいい」

「待って待って色々待って」

 

 

 止めてくれないかなぁ、判別のつかない情報でこっちの意識を宇宙に流そうとするの!!?

 そんな俺の絶叫を聞いて、二人はまるで血の繋がった親子のように、揃って首を捻っていたのだった──。

 

 



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他人の空似にしては出来すぎていて

「そんなわけで、義理の母の保険医です。コンゴトモヨロシク」

「こ、これはどうもご丁寧に……」

 

 

 ……いや、どういう状況だこれ?

 ベッドの上で思わず正座した俺と、椅子に腰掛けこちらを向いている保険医の女性。

 互いに頭を下げたわけなのだが……いや、何も理解できてないんだけどどういうこと???

 

 

「ん、この人は私のお母さん」

「義理の、ね。別に腹を痛めて産んでもないし、ろくに一緒に暮らしてもないけどね」

 

 

 ほぼ戸籍だけの関係、というか。

 そう告げながら苦笑した彼女は、しかして本当に血の繋がりがないのかと疑うほどに似通った見た目をしている。

 強いて言えば、保険医さんの方が若干顔色が悪い気がする、というか?露骨に目の下の隈が目立つというか。

 

 

「ん?……まいったな、保険医が自分の健康すらろくに維持できないのか、ってまた怒られちゃう」

「怒られて然るべき、お母さんまた徹夜してたでしょ」

「なんで知ってるんだ、って聞くのは野暮だよねぇ」

「ん、とっても野暮」

「いや待って勝手に話を進めないで」

 

 

 今一緒に暮らしてないどころかそもそも居を共にしたこともない、みたいなこと言ってなかったお二方???

 打てば響くというか阿吽の呼吸というか、あまりにも自然に流すものだからお兄さんちょっと困惑しちゃったよ???

 

 そう声を掛けるも、二人は揃って首を傾げるばかり。

 だからさっきからのそれ、血縁関係を否定しきれなくなるくらい似てるんだけど???

 

 

「ああ、なるほどそういうことか」

「何がです?!」

「確かに私は自分で産んでないし、彼女を養育したこともない。()()()親子だと明言したけどね、別に血の繋がりを否定した覚えはないよ?」

「え」

 

 

 自分で産んでないし育ててないけど血の繋がりはある?どういう状況それ?

 

 思わず困惑する俺を前に保険医はへらりと笑みを浮かべながら、懐から取り出した煙草に火を着けつつこう答えたのだった。

 

 

「実はこの子は私のクローンなんだ」

はぁっ!?

「嘘だ」

「      」

 

 

 ……TASさんとは別ベクトルでやりにくいよこの人!!

 

 

 

; ゚Д゚)

 

 

 

「冗談はともかく、私の妹の娘……といえばわかるかな?いわゆる姪、というやつだね」

「い、一応血が繋がってると言えなくもない……」

 

 

 唖然とする俺を見てニヤニヤしていた彼女は、やがて満足したのか本当の関係性を口にする。

 ……とはいえ、そうして告げられた間柄が本当である保証はどこにもないわけなのだが。

 

 

「おや、短い間で随分と嫌われちゃったみたいだ。こういう時どうしたらいいと思う娘よ?」

「お兄さんは特に何に弱い、みたいなのがないから機嫌取りは結構難しい。身体能力的には雑魚なんだけどね」

「ふむふむ。昔ながらのこぶしで説得が一番効くと」

「ぼ、暴力はんたーい!!っていうかなんでTASさんそっち側に付いてるの?!」

「普通は肉親の肩を持つものじゃないの?」

「……くっ、まさかTASさんに常識を説かれる羽目になるとはっ!?」

「ははは、息ぴったりだね君達」

 

 

 なお、ご覧の通りその辺りを言及されてもまったく堪えてない様子。

 なのでこの時点で俺が彼女に優位に立つのはほぼ不可能になった……にも関わらず、TASさんまで肉親の情とやらで敵側に回る始末。

 そういうの(肉親の情)ってTASさんからもっとも遠いものなんじゃないかなぁ、と思った俺の脳内を読んだ彼女が容赦なく頭に噛みつきに来るのを見て、保険医は楽し気に笑い出したのだった。

 

 

「面白ついでに話を戻すと、野暮だって思ったのは()()()()()()()()と思ったからだ、と説明しておくよ」

「はぁなるほど妹さんに……んん???」

 

 

 ええと、さっき野暮だなんだと言ったのは確か、彼女が目の下に隈を作っている理由をTASさんが察したことについて、だったか。

 これがおかしいのは、二人が居を共にしたことがない=互いの生活環境や生活態度を知りえる機会がない、すなわち野暮だといえるほど相手を知るわけがない、という部分にある。

 

 で、彼女はその理由を「妹に似ている」とした。

 それはつまり、彼女の妹さんもTASさんのような人物だった、ということになるわけで……?

 

 

「まさかの親子二代TAS!?」

「……お兄さんの想像力は今日も明後日の方向にかっとんでる」

「それTASさんには言われたくな痛たたたたたたたた

 

 

 まさか代々TASが輩出される家系?!

 ……なんて言葉が俺の脳裏を過ったのも仕方がないのではないだろうか?

 いやまぁ、即座にTASさん本人に否定されたわけなんだけど。

 

 なお、俺達のやり取りを外から見ている保険医は、ついに腹を抱えて大笑いを始めていた。

 何も笑い事じゃないんだが???……という俺の気持ちを察してか、すぐにその大笑いは収まったわけだけど。

 

 

「そうだね……妹が世界を救った、と言ったら信じるかい?」

「……はい?」

 

 

 ただ、その後真面目な顔して放たれた言葉も、正直言ってこちらを困惑させるものだったわけなのだが。

 ……どういうこっちゃ?

 

 



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数え上げた奇跡の価値は

「ん、唐突だけど明日世界は滅びる」

「……はい?」

 

 

 いつも突拍子もないことを宣う我が妹だが、その日の彼女はいつもに輪をかけて意味不明な物言いをしていたのであった。

 

 やれ明日は魚が降るから、今のうちに魚を入れておくための網を用意しておくべきだの。

 やれ今日は事故に遭遇するから、外に出るべきではないだの。

 妹が口にする言葉は、そのほとんどができの悪い予知のようなものばかり。

 質が悪いのは、その滑稽な物言いが大抵当たっている……という部分にあるわけだが。

 

 なお「大抵」というのは、悪い未来に関しては何がなんでも邪魔をしてくるため。

 結果的に予言が当たらない方に軌道修正されるので、全体として彼女の予言は「半分当たる」という形に収まっていた。

 

 それだけ凄い予言なら、もっと上手く──例えばお金を稼ぐ方向とかに使えないのか、なんて幼心に考えたものだけど。

 

 

「それをすると、酷いしっぺ返しにあうからおすすめしない」

 

 

 ……などと、にべもなく断られてしまったりもしたのだったか。

 

 じゃあ降ってきた魚はいいのかという話なのだが、そっちに関しては「自分達が食べるならともかく、他人に売るのは無理だから大丈夫」と返ってきたり。

 ……わりと雑なんだなぁ、なんて思ってしまったのは悪くないと思う。

 

 まぁともかく、今回も同じような話なのだろう……なんて風に話し半分に聞いていた私は、それゆえに内容の重大さに気付くのが数秒遅れたのだった。

 

 そもそもの話、彼女の予言に振り回されていたのは幼い頃の話。

 歳を取って別々の家庭を持ってからは、次第に遠縁になっていたのだが……。

 彼女はその日、唐突に私の前に現れ、その突拍子もない予言を告げたわけである。

 そりゃまぁ、反応が数手遅れるのも仕方のない話だと思わないだろうか?

 

 そうして困惑する私を他所に、彼女はいつもの──幼い頃そのままの調子で、言いたいことを言いたいだけ捲し立てていく。

 

 

「多分、私は帰ってこない。だから、お姉ちゃんには娘の親権をお願いしたい」

「……帰ってこない?そりゃどういう……いや待ったなんか今もっとヤバイこと口走らなかったかい妹よ?

 

 

 世界の滅びについて話したその口で、自身が戻れないことを告げる妹。

 それ自体も中々衝撃的な台詞だったが、よくよく考えたらその後に続く言葉の方が衝撃的だったような。

 いや確かに遠縁になってからはどうしているのかよく知らなかったけど、それにしたっていつの間にか子供がいる?

 

 ツッコミ所しかないその台詞に更に私がフリーズする中、彼女は懐から出した書類を私の前に置いて「サインしてくれればそれで終わるから。じゃ」とだけ言って、片手を上げたのち来た時と同じようにフッ、と消えていった。

 

 後に残ったのは、彼女の名前と娘と思わしき相手の名前が書かれた養子縁組の書類と。

 それから、あまりに突然すぎる宣告に事態を飲み込めないまま、暫くの間固まり続ける私の姿だけなのであった──。

 

 

 

・A・

 

 

 

「──と、いうわけなんだよ」

「肝心の部分が欠けてる!!」

 

 

 口頭だけじゃん!証拠ないじゃん!TASさんの母親本当に世界を救ったの!?

 

 いやまぁツッコむべきところは多分そこだけじゃないんだけど、でも一番目につくところはそこだからツッコまざるを得ないというか!

 ……いやでも、仮に彼女が本当にTASさんの母親であるなら、その言動如何から本当にそれを成し遂げたのだ、という嫌な確信もあるのだが。

 

 

「うん、そうだね。証拠は何もない。けど、()()()()()()()()()()だよ、特に彼女みたいな相手だとね」

「……悪い未来……」

「そうそう。自身の名誉を求めないのなら、何もかも事前に終わらせるのがベストだからね」

 

 

 本当に素晴らしい医師は、発症した病気を治すのではなくそもそも発症させない……みたいな話というか。

 その論理に倣うなら、未来視能力者もまた未然に事件を防いでこそ、ということか。

 

 つまり、TASさんの母親は未来視能力者として、未然に世界が滅ぶような()()を解決したと。

 ……そしてその結果、この世界から消えてしまった、と。

 

 

「……おや、その言い種だと私とは違うことを考えていたり?」

「いやまぁ、わりとそういう話に縁があるので……」

「なるほど、それは羨ましいというか大変そうだなというか。私はそういうのとはとんと縁がないからねぇ、妹が居なくなってからずっと、ね」

「…………いや、TASさんいるじゃないですか」

「おっと騙されなかった」

 

 

 いやまぁ、一緒に暮らしてないんだから嘘じゃないだろう?

 ……とウインクする保険医だが、正直げんなりしかしない俺である。

 というか、さっきの話どこまで本気なんだか。

 

 

「おや、信じてない?」

「信じてないというか、本当のことだけ話してるわけじゃないって思ったというか……」

「ううむ、疑われすぎじゃないかな私?とりあえずこの子と義理の親子なのは本当なんだけど」

 

 

 心外そうな顔でそうぼやく彼女だが、とはいえこの辺りは仕方のない話。

 ──何せ彼女もまた、()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

 



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気にする必要ないよと笑う君

「……なるほど、中々に奇怪な人生を送っているのだねぇ、君達は」

「反応軽っ」

「ん?ああ、私が突然湧いたのかも……という部分かい?世界五分前仮説みたいなものだろう、そんなに気にするほどのことでもないさ」

「敢えてもう一度言うけど、反応軽っ!!

「はははは」

 

 

 いや、自分の存在についての話でそんなにゆるっとした反応が返ってくるのは、中々に驚きだよ???

 

 ……というわけで、こちらの懸念を話した結果返ってきた保険医の反応に、思わずこっちが面食らった次第である。

 だがそれも、続けてTASさんから放たれた言葉である程度氷解したのであった。

 

 

「一緒には暮らしてないけど、たまにハガキは送ってた」

「んん?」

「近況報告。送ると良いことがある」

「……んん?」

「あれを近況報告と呼んで良いのかは甚だ疑問だけどね。『乱数調整』、なんて書かれた紙が届いた時には何事かと思ったよ。我が妹の娘らしい突拍子の無さ、と納得もしたけどね」

「何やってるのTASさん!?」

 

 

 悪戯かなにかと勘違いされる可能性大っていうか、『乱数調整』って単語を知らない人には嫌がらせ以外の何物でもないよねそれ!?

 いやまぁ知ってても大概嫌がらせだと思うけど!!

 っていうか、それを『なんだ姪からの近況報告か』って感じにスルーする保険医も保険医だけども!!

 

 なんだろう、割れ鍋に綴じ蓋……ってほどじゃないけど、ほどほどに放任主義なのがTASさんの保護者として最適すぎるというか。

 やっぱりこの人、三周目でご都合主義的に生み出された人なんじゃあるまいな?(疑いの眼差し)

 

 

「そこに関してはご自由にご想像どうぞ?どうせ他人のクオリアなんて実際には触れられないんだから、自分が思ったことこそ正解……みたいに割り切るのも必要なことだろうさ」

「クオ……なんだって?」

「何、他人の意識ほどあやふやなモノもない……ということだよ」

 

 

 うーむ、どうも煙に巻かれた感が……。

 とはいえこれ以上追求しても得るものがない、というのも間違いなさそうなので、とりあえず当初の問題に立ち返ることにする俺である。

 

 

「当初の問題?」

「ええはい、とりあえずもうベッドから出ていいんですよね俺?」

「……ああ、そういえば死にかけてたんだっけ、君。この学校人死にが日常茶飯事過ぎて、あんまり気にしてなかったけど」

「ちょっと待って今なんか唐突に別ベクトルで気になること口走ったよこの人」

 

 

 あれかな?推理ものの舞台だったりするのかなこの学校???

 いやまぁ、いわゆる異能バトルの舞台っぽいし、そういう方面でヤベーのはわかってたけどね!!

 

 とはいえ日常茶飯事レベルで人死にが出てる、というのは聞き捨てならない。

 確かに俺の周囲が血腥いのは本当のことだが、そこからはずれたところまでそうなのは話が違うぞ!

 

 

「……?……ああいや、どうにも勘違いをさせてしまったみたいで申し訳ないのだけれど……人死にと言っても取り返しの付く類いの話だよ?」

「え」

「さっきも言っただろう、私の周りで不思議なことは早々起こらない、と。……妹の残した贈り物ということなのか、私が行く先々では死にそうな人も途端に元気になるんだよ。()()()()()()()()()()()()

矛盾しかねぇ!?

 

 

 起こってるじゃん!!不思議なことがその場で起きてるじゃん!

 あれか、巻き込まれないのが前提でそれ以外はわりと適当なのかその体質(?)!!

 

 ……ダメだ、この人と話してるとツッコミが過多になる!

 こんなところにいたらそのうちツッコミのし過ぎで倒れかねない!そんな死に方は嫌じゃ!!

 

 

「はっはっはっ、やだなぁさっきから言ってるじゃないか。私の周りでは不思議なことは起こらない、と」

暗にそのままツッコミ続けてろって言ってるこの人!?

 

 

 あれか、そんな死に方する俺は珍しいからそんな事態起こりっこないってか?喧しいわ!!

 

 

「もうええわ!ありがとうございました!!」

「ははは、一生分笑ったかも。彼はいつもあんな感じなのかい?」

近況報告に送った通り(そうだよ?)

「んー、そうかそうか。私の読み込みが足りなかったか。……いやそれ私が悪いのかな?」

 

 

 埒が開かないので、保険医の言葉を振り切りベッドから飛び降りる俺。

 背後では変わらず二人が話す声が聞こえたが……このまま付き合っているといつまでもツッコまされる可能性大であるため、心を鬼にして出口の扉に手を掛け。

 

 

「ヘーイ!!今日も元気に死にマシタデース!!……って、おや?」

「おま……おまっ、なんて絶妙なタイミングで……」

「ほ、ホワイッ!?なんで先生吹っ飛んでるデスか!?」

 

 

 お前が吹っ飛ばしたんだよ、と答えるだけの余力はない。

 

 こちらが扉をスライドさせようとした途端、それより遥かに大きい力で引っ張られた扉は、その取っ手に手を掛けていた俺ごと横に移動。

 つられて移動した俺もそのまま横に動き、結果保健室の壁に衝突。

 

 結果、下手人である日本被れさんを恨めしそうに見ながら気絶する俺と、そんな俺を見て困惑しきりの日本被れさん。

 それから、その一連の流れを見て過呼吸を起こすくらいに笑っている保険医……という光景が、保健室の中で繰り広げられることになったのであった。

 

 

「……奇跡的な乱数の並び。録画しておきたかった」

「気にするところそこなんデスか!?」

 

 



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日常変われど日陰は

 一日に二度死にかけるやつがあるか、というツッコミを送りたくなるような日から早数日。

 

 唐突に知り合いになった保険医は煙のように消えることもなく、変わらず保健室で煙草の煙を燻らせている。

 いや、仮にも保険医が煙草吸ってんじゃねぇよ……と思わなくもないが、そこをツッコむためだけにまたあそこに行くのもなぁ、というか。

 

 ……結果としてROUTEさんの溜まり場が一つ増えたが、それに関しては特に問題はない。

 俺の代わりに保険医の毒牙に掛かってくれるなら、こちらとしてはこれ以上喜ばしいこともない……みたいな気分になる程度の話だ。

 

 

「毒牙とは酷いなぁ。同じあの子の保護者枠同士、仲良くしようぜー」

「いやですよ、そんなこと言って俺をおもちゃにしたいだけでしょ!?」

「そうでもあるけど?」

そこは否定してくれよぉ!!

(……煙草吸ってる時は一切喋ってなくてよかった)

 

 

 ……え?実際のやり取りを見てると、まったく身代わりに出来てないって?うるせーほっとけ。

 

 まぁともかく、新しい面子も加えつつ穏やかに過ぎていく日々。

 そんな日々の延長でしかないはずの、週末日曜日。

 

 

「今日は秘密結社壊滅RTAに挑みたいと思う」<フンス

「なんで???(真顔)」

 

 

 ──御覧の通り、TASさんの暴れたいメーターが振りきれてしまったのであった。どうしてこうなった?

 

 いやまぁ、理由はわかっているのだ。

 前回の非TAS化から早何ヵ月、その間派手に暴れる機会が一切無かったからだ、というのは。

 ……最後の最後に大暴れしてただろうって?

 あんなんでTASさんが満足するわけないじゃないですか……。(白目)

 

 そういうわけで、思いっきりTASとして大暴れしたい欲、略して『OTO』の限度を迎えたTASさんは、こうして休みの俺を引っ張りだして先程の言葉を告げてきた、というわけなのである。

 

 

「あれぇ~?もしかしてこれ私、直接死刑宣告されてるぅ~???」

「一緒に連れ出された同人ちゃんが酷いことになってる!?」

「ふ、ふふふ。そっかー今日が私の命日かー。いい人生……とはちょっと断言できないけど、それでもまぁ悪くはない人生だったんじゃないかなぁ~……???」

 

 

 なお、一緒に引きずられてきた同人ちゃんは、御覧の有り様である。

 ……そういやなんか秘密の組織的なもののボスっぽいって話だったな、この子。

 で、さっきのTASさんの宣言を一種の死刑宣告として受け取った、と。

 

 まぁうん、そう聞こえてもおかしくはない、というか?

 実際これからTASさんがやるのは、俺達を引き連れての組織壊滅作戦であろう。

 

 基本的には囮として重用されてる感じだが、場合によっては次代のRTAさんとしてやっていくことを期待されて、組織壊滅一人でできるもん!()みたいなことやらされる可能性もないではない。

 その場合、自分の組織を自分で滅亡させられるという酷い尊厳破壊が待っているわけで……そりゃまぁ、絶望して膝を付くのもわからないでもない。

 

 

「だがね同人ちゃん。流石にそれはTASさんを甘く見すぎだよ」

「……先生?」

「何度も言うように、別にTASさんは無駄に被害を増やしたいわけじゃない。最適最善を選んだ結果として、根こそぎ滅ぼした方がいいやつには容赦しないってだけなんだ」

「すみませんそれ慰めのつもりで言ってるなら別効果っす」

 

 

 だがしかし、だがしかしである。

 その考えは甘いというのは、先刻も同じように告げたはず。

 となれば、彼女の考えはチョコのように甘いと言わざるをえまい。

 いやなんなら世界で一番甘いとされるラグドゥームという人工甘味料並に甘いというか。

 

 

「……ちなみにそれ、どれくらい甘いんっすか?」

「まだ実用化されてないみたいだけど、単純計測で砂糖の三十万倍甘いらしいよ?」

「桁間違ってません???」

 

 

 それと比べられるくらいに今の同人ちゃんの考えは甘いと……え?ツッコんでるのはそこじゃない?

 

 まぁともかく、考えが甘い・ないし足りてないと俺が考えていることは事実。

 それが何故なのかを証明するため、俺はある事実を彼女に伝えることにしたのだった。

 

 

「な、なんすかいきなり……一体何を伝え」

「ないよ」

「……はい?」

「ないよ、もう。同人ちゃんの組織」

「ゑ」

「具体的には前回のTASさん大爆発の時、流れで、プチっと」

「     」

 

 

 ぎぎぎぎぎ、と軋む音がしそうな動きでTASさんの方を見る同人ちゃん。

 嘘だと言ってよ、とでも言いたげな彼女の様子を見たTASさんは、同人ちゃんを安心させるかのように柔らかな笑みを浮かべて……。

 

 

「──うん、お兄さんの言う通り。貴方の組織は(私のところの会社が吸収合併したから)もうない」

あーっ!あーっ!!あ゛ーっ!!!

 

 

 重要なところを隠したまま、彼女の泣き叫ぶ姿を見たいがためだけに、わっるい顔で彼女はそう告げたのだった。

 ……うん、なんかこう……TASさんって同人ちゃんに対しては、なんかドSだよね……。

 

 

「面白いから」<フンス

「ひでぇ」

 

 

 

 



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可哀想はかわいい()

「   」<チーン

「哀れな……」

 

 

 あれだ、友情破壊ゲームで貧困の神様擦り付けられた時みたいな凹み具合……いやそれだと微妙か?

 んじゃあせっかく大貧困神擦り付けたのに、相手への被害ほぼ零でこっちに帰ってきた挙句自分への被害は甚大だった……みたいな感じ。

 

 

「なんでそのゲームやってないとわかんないような例えしかないんっすか……」

「いや絶望感がわかりやすいかと、その時の俺の」

「ただの実体験だったっす!?」

 

 

 みんなもTASさんと遊ぶ時は、できる限り彼女と敵対関係になる可能性のあるものを選ぶのはやめようね!!お兄さんとの約束だ!!

 ……TASさんと遊ぶ機会なんて普通はねーよ、ってっツッコミは厳禁な()

 

 そんな俺の小粋な冗句を挟んだことにより、どうにか調子を取り戻したらしい同人ちゃん。

 今現在は自身のスマホ片手に、かつての古巣()がどうなったのかを確認中である。

 

 

「うへぇほんとだ、いつの間にか吸収合併(M&A)されてるっす……共同生活のせいで確認できなかった弊害がこんなところに……」

「因みにこっち側が払ったのは一円」<フンス

「それあれっすよね?金額記入欄に『0』って記入しても受理されない(処理が通らない)から仕方なく入れた、とかそういうあれっすよね?」

「そうだよ?」

「クソァッ!!」

 

 

 うーむ哀れな……。

 買収金額の異様な低さは言うまでもなく、そもそも『M&A』って言葉を勘違いしてそうなTASさんには色々言いたいことがあるが、たぶんその辺りを指摘しても彼女の小首が傾げられるだけなので諦めた……みたいなノリの叫びだろう。

 気持ちはよくわかる、そしてその上で()()()()()()()()()()()ということを主張していきたい俺である。

 

 

「えっ」

「よく思い出してみてくれ同人ちゃん。そもそも俺達、何のためにこんなところまで連れ出されたんだっけ?」

「あっ」

 

 

 そう、酷い言い方になるが、同人ちゃんのところの組織が潰れたのは、既に何日も前のこと……いわば既に終わってしまったことなのだ。

 ゆえに、今日の目的は何一つとして果たされていないどころか、そもそも始まってすらいないということになるわけで。

 まぁ一応?自分のとこの組織が目の前で滅ぼされる、ないし自らの手でそれをしなければならなくなる……みたいな最悪の事態は免れているため、絶望感は薄いかもしれないが。

 

 ともあれ、本来の目的を示唆したのだから、いい加減話も進むというもの。

 

 

「今日向かう先は主に『()()()()()()』ところ。……前々から試したかった走法を実践するチャンス」

「ひぇっ」

 

 

 まぁ悪い顔、などと呑気に考える俺の横で、わかりやすく息を呑む同人ちゃんである。

 

 でもまぁ、無理もないといえば無理もない話。

 何せ今のTASさん、初見の人が見ても意見が一致するくらいに()()笑顔だったんですもの。

 共同生活を続けることで彼女の行為に慣れてきた同人ちゃんも、彼女のこの顔は初体験だったことだろう。

 

 なお、こんな顔をしているが別にTASさんが悪い子になったとか、そういう話ではない。

 ()()()()()をしていると色々判定的にお得なのでやってるだけで、内面的にはいつものおめめきらきらハッスルTASさんで相違ない。

 

 

「いやハッスルって」

「実際そうとしか呼びようがないし……同人ちゃんが何か他に呼び方とか考えるってんなら、そっちに合わせる用意はあるけど?」

「いや別にそういうのはないっすけど……」

 

 

 ちょっとひっかっただけであって、別に文句があるってわけでもないっすし……。

 などと視線を逸らす同人ちゃんである。……人のネーミングセンスに口を出すんなら、自分のセンスに最低限自信を持ってもろて。

 

 ななななにを言ってるっすか?!……などとどもりまくる同人ちゃんだが、隠せてると思ってるのはたぶん君だけですよ?

 何せさっき話題に上がった同人ちゃんの組織、普通に微妙な名前だったし。

 

 

「    」

「ちゃんといい感じの名前に変えておいたから安心して」

「TASさん基準の『いい名前』とかこの世で一番当てにならないやつじゃないっすかやだー!!」

 

 

 で、その変な名前だった彼女の古巣だが、現在の名前は『アドルルグ』となっている。

 

 意味は分からないがなんとなく響きはいいだろう?

 まぁ命名した本人であるTASさんに意味を尋ねたところ、何故か首を捻られたんだけどね!!

 それどっちの意味かな、『意味なんて一目同然でしょ』ってことなのか、はたまた『この配列に意味があるだけで言葉としての意味はないよ』ってことなのか!

 TASさん相手だとどっちもありうるから困るよねははは!

 

 

「止めてくださいっすうちの子達を実験動物みたいに扱うのはぁ!!」

「?使われてるのは名前欄だけ。中身には被害はないよ?」

「風評ぅっ!!」

 

 

 いやまぁ、そこをツッコむのならそもそもの組織のダサい名前にツッコむべきじゃ、とは流石に言い出さない俺なのであった。

 

 



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嵐がやって来るのに外に出るやつがあるか!

 再び燃え尽きてしまった同人ちゃんに関しては一先ず放置するとして、改めて今回の目的について再確認。

 

 今日のTASさんは超張り切っており、組織の一つや二つ程度壊滅させた程度ではまったく満足することはないだろう。

 すなわち、必然的に複数の秘密結社が今日この日にその命を終える()ことが確定したわけで。

 

 

「あーなんまんだぶなんまんだぶ、くわばらくわばら……」

「……?お兄さんは唐突に何を言っているの?」

「いや、これから発生するだろう怨念を先に供養しておこうかと」

「む。それはよくない。仮にそんなものが発生するなら()()使()()から無闇に消すのは止めて」

「そう言うのわかってたから、こうして先に消しておいてあげようって思ってたんだよなぁ……」

 

 

 何も死後の安寧までむしゃぶり尽くす必要もあるまい……()

 ネクロマンサーじゃねぇんだから、というツッコミを飲み込みつつ、でもTASさんならそれが最善であれば幾らでもやるんだろうなぁ……という厚い信頼()を覚えながら、軽く憤慨したのちに目的地に向かって歩き始めたTASさんの背を追い掛ける俺なのであった。

 

 ……あっ、いきなり飛ぼうとするのは止めて!

 いやお兄さんだって飛べるでしょじゃなく!目立つ!流石にここから行くのは目立つ!

 

 

 

;・A・

 

 

 

「結局『目立つのが必要』ってTASさんの言葉に押し切られた気分は如何っすか?」

「もう俺あの辺り近付けない……」

「お嫁に行けない、みたいな言い方するの止めるっすよ」

 

 

 とんだ辱しめである()

 

 ……ともかく、街中で唐突に空へ飛び上がった人型存在、みたいな見出しが明日の新聞の一面を飾りそうだなぁ、などと微妙にずれた感想を抱きつつ、改めてたどり着いた場所に目を向ける俺。

 

 始めに向かうことになったのは欧州の方。

 移動距離おかしくね?……と思った君は正しい。正しいが、同時にTASさんのことを甘く見すぎである。

 

 

「私は尻マイスターにはなれないから、今回は普通にワープゲートを使った」<フンス

「尻マイスターって……なんかこう、いやらしい響きっすね……」

「同人ちゃん同人ちゃん、その名前に見合った思考回路を爆発させてるところ悪いけど、これ鑑定士(ソムリエ)じゃなくて職人(マイスター)だからね?」

「し、しししし知ってるっすよそれくらい!」

 

 

 ……こんなの(失礼な物言い)が首領だった組織って、滅んでも問題ないんじゃねぇかなぁ。

 そんな感想を変な妄想で暴走する同人ちゃんに対して抱きつつ、改めて説明すると。

 

 今回のTASさんは謎の変形武器を中空に放ったのち、それを追い掛けるようにして残像を残しながら飛んでいったのである。

 わかりやすく言うと『鳥頭の戦士』のあれ、なわけなのだが……あの動きの初出ってゲームではなくなかったっけ、と思わず疑問に思った俺は悪くないと思う。

 

 まぁ、そうして疑問に思った次の瞬間に、『そのあとゲームでも使われてたよ?』と至極普通な返答が戻ってきたわけなのだが。

 ……外部出演の話じゃんそれ!

 

 

「それはともかくとして、ここにはどういう秘密結社が存在するんっすか?」

「この場所が答え」

「……はい?」

()()()()()()()()()()。それと秘密結社と言えば、思い当たるのは一つしか」

「アー!アー!トツゼンデワルインデスケドワタシセイギノココロニメザメタキガシマスッス!ナノデソウキュウニサッキュウニ!センメツシテオワリニシマショウソウシマショウ!!」

「う、うん……?」

 

 

 などと話している俺達を横目に、比較的冷静さを取り戻した同人ちゃんが今回の目標について確認し……結果壊れた。

 

 でもまぁ、その気持ちはよくわかる。

 与えられた情報は二つしかないものの、たったそれだけの情報でも相手がどれほどの厄物なのかは想定できようというもの。

 

 迂闊に子細な描写をした結果、それがあれをあれしてこう(※検閲の為音声データを変更してお送りしております)……みたいなことになって、最終的に俺達の世界ごと滅んでいる可能性も大なのだから。主に圧力的な意味で。

 

 ……なので、そんな風に壊れた同人ちゃんを見て静かに引くのは止めなさいよTASさん、とか思ってしまった俺も悪くない。多分。

 

 

「……あ、もしかしてここの秘密結社の制服がカッコいいとか、そういう話を」

「アー!アー!!アー!!!イヤーキョウハオヒガラモヨクゼッコウノソシキカイメツビヨリデスナァッスー!!」

「……むぅ」

 

 

 なお、TASさんはこっちが何を懸念してるのかいまいちわかってないようで、微妙にずれた話をこちらに投げ掛けて来たのだが……。

 それもそれで微妙にすれすれ()な話だったため、同人ちゃんの壊れ具合はさらに加速する羽目になってしまったのであったとさ。

 

 まぁ、気持ちはわかるよ。

 物書きとして、あれ系の服装って……ってなるもんね、わかるわかる。()

 

 



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立てよ同人、明日のために

 はてさて、コンプラ的に危ない話をし続けるのはごめんだ、とばかりにTASさんの制止を振り切って突撃していった同人ちゃん。

 慌ててその背を追い掛けた俺達が、たどり着いた先で見たのは!

 

 

「シネッ!シネッ!!シンデシマエ!!モシクハシナナクテモイイカラサッサトホロビロ!!デナイトイロイロトヤベーンダヨマジデッ!!!!」

「ぎゃああああああああっ!!!?」

「oh……」

 

 

 そこらの構成員を取っ捕まえ、腹部に執拗な打撃を加え続ける同人ちゃんの姿なのであった。やだ、意外と肉体言語……。

 というか、意外と強いな同人ちゃん。この間は肉体労働は専門外、みたいなこと言ってたと思うのだが。

 あれかな、火事場の馬鹿力ってやつかな?()

 

 

「なるほど、同人も私の同族だった」

「……ん?今聞き捨てならない台詞が飛んできたような?」

「そう?そこまで変なことは言ってないと思うけど。私も基本的に火事場の馬鹿力みたいなものだし」

「常時火事場の馬鹿力は最早火事場でもなんでもないんよ」

 

 

 そんなことを言っていたら、隣のTASさんから聞き流してはいけない台詞が。

 なんでも、彼女の無茶苦茶な動きを支える原動力は、そのほとんどが意識的に脳のリミッターを外すことによるモノであるのだとか。

 

 それ反動ヤバくないっていうか、原則危機的状況において命だけは守るために発動するものみたいね扱いだから、普段使いすることなんて想定されてなくね?

 ……みたいなツッコミが脳裏を過ったが、そこは天下のTASさん、その辺りの問題は折り込み済みだそうで。

 

 

「そういう反動は全部攻撃とかに乗せて発散してるから問題ない」

「想像以上に意味のわからん答えが返ってきた()」

 

 

 例えば骨が折れるにしても、何も勝手に折れるわけではない。

 それは骨の一部に異常な負荷が掛かった結果発生するモノであり、極論その負荷をなんとかして発散させられればどれだけ無茶をしても骨は折れないわけだ。

 

 とはいえ、仮にそれが本当だとしても実際に回避することは難しい。

 人は自分の体の中を事細かに知ることは(外部の力を借りない限り)不可能であり、それゆえ内部で起きていることを知っている、という前提を必要とするような回避法を実践することは不可能に等しい。

 

 

「それを未来視でカバーする。ここまですれば折れる、それをこうすれば折れない……そういう道筋は全部わかる」

「うーん、なんかものすごく胡乱なことを言われている予感」

 

 

 まさに「それができれば苦労しない」系のあれというか?

 ……ともあれそれくらいできなければTASは名乗れない、というのも間違いなく。

 ゆえに彼女は、自分を壊すような反動すら全て外に発散することで火事場の馬鹿力を常時運用する、という無理無謀な難題を解決するに当たったのであった。

 

 

「なおそんなものない同人ちゃんの残り活動時間」

「そろそろ拳が痛いって踞る時間」

「腕が痛い……」

「言わんこっちゃねぇ」

 

 

 いやまぁ、あの時はああして話を逸らすしかなかったのも確かなんだけどね?

 そういう意味では名誉の負傷ってことになるのかなぁ……なんて思いつつ、構成員達を殴り飛ばして拳を痛めた同人ちゃんに駆け寄る俺なのであった。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「なんだ貴様達、我らが正当なる彼のお方の後継者であると知っての狼藉か?」

「ヌォワー!!?ソノママネテロバカー!!」

「へぶぅ!?」

 

 

 うーん、最後まで危ない組織であった……。

 恐らくそのまま見てたら確実によくない名前を出していたであろう、この組織のボスらしき相手に突撃・直撃・一撃必殺をぶちかました同人ちゃん。

 拳に散った赤い点々は勝利の証、とでも言えばよいのか。

 まぁ、また無茶したので殴り抜いたあと思いっきり踞ってたんですけどね。

 

 

「痛めた方の腕を使わなかったことは褒める。仮に使ってたら全治三ヶ月だった」

「そ、それは良かった……っす」

 

 

 褒める言葉を吐くTASさんと、それを涙目で受け取る同人ちゃん。

 絵面だけ見ると感動のシーンっぽいが、その実態はなんともあれである。

 

 まぁともかく、首領らしき相手を殴り飛ばした以上、この組織ももう終わりだろう。

 まだ一つ目、というところに今日の長さを実感せざるを得ないが、ともあれ幸先のよいスタートを切れたと喜んで……。

 

 

「……なんだ?」

「ゆ、ゆゆゆ揺れてるっす?!」

「ふ、ふふふふ……我を打倒して安堵するとは片腹痛いわ……!」

「な、何をしたんすかおまえー!!?」

「知れたこと……我らがフューラーは再誕す……ん?」

「フュの言葉が聞こえた時点で走って行ったよ」

「なんと」

「あ、今出てこようとしてた霊体を殴り飛ばした」

「なんと」

 

 

 いたところに、唐突に襲い来る揺れ。

 思わず動揺する俺達に、倒れ伏していた首領が語ったのは、彼等の悲願の成就……だったのだけれど。

 そんなもの成就されてたまるか、と泡を食った同人ちゃんが再びの火事場力でその悲願とやらに突撃し、それを未然に阻止したことをTASさん経由で伝えられた首領はポカンとした顔を浮かべていたのだった。

 

 



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そりゃまぁそんなに頑張ってれば、ねぇ?

 頻りに「なんと」と呟きながら、地元の警察に連行されていく首領。

 何にせよ、これにてようやく一件目の組織が壊滅したわけで。

 

 

「これにて一件落着……とはいかないんだよなぁ」

「……そういえば今回って多数の組織を潰すとかなんとか、そういう話だったっすね……」

「いや、それもあるんだけどさ?」

「?」

 

 

 うーんこの。

 自分がやったことの重大さをよく理解してない様子の同人ちゃんに、思わず天を仰いでしまう俺である。

 そんな俺を見て疑問符を頭上に浮かべる彼女に、

 

 

「……ほれ」

「んん?何を指差し……げっ!?

 

 

 すっ、と右手を持ち上げ、とある一点を指差す。

 彼女はその指先を目線で追っていき──そこにあったモノを視認したのち、大きく呻き声をあげたのだった。

 

 俺が指差した先。

 そこにいたのは、なんだか照れ臭いような誇らしげなような、そんな微妙な顔をしたまま鼻先を擦るTASさんの姿。

 ……今の彼女の心境を簡単に表すと、すなわち『……へへっ、やるようになったじゃねぇか同人』(※意訳)である。

 

 うん、主な目的はTASさんのストレス発散とはいえ、その影に隠れて(自分に対抗できるような)RTAさんの育成を進めたい、みたいな思惑もあったはずなわけで。

 で、そのことを知っている状態でさっきまでの同人ちゃんの動きを分析してみると、だ。

 

 

「物の見事・順調なまでにRTAとしての道をひた走っているように見えてこないか?」

違っ、私にそんなつもりは……って、その生暖かな笑みをこっちに向けるのは止めろっすよ!!?

 

 

 うん、自分(TASさん)の後を継いでくれることを予感させるような、そんな感じの行動に見えていた可能性が大って言うかね?

 そんなわけなので、今のTASさんは微妙にウザい感じのニヤニヤ笑いを同人ちゃんに向けているのでした。無論当社比。

 

 そりゃまぁ、同人ちゃんも必死になって否定するというもの。

 だがこのパターンの場合、そうやって必死になって否定すればするほど『またまたー、そんなこと言っちゃって。私はわかってるんだからねー?』というTASさんの考えを後押しする結果になるわけで。

 

 ──まさに悪循環、まさに堂々巡り。

 ゆえに、これから起こることもなんとなく予想できてしまうわけで。

 

 

「よし、じゃあその調子で次も行ってみよー」

「え゛っ」

 

 

 俺が思わず『あーあ』、という気持ちになってしまうのも無理のない話なのであったとさ。

 

 

 

;-A-

 

 

 

「よし、やれ、そこだ同人ー」

「ぬぉぉぉぉぉあああああっ!?」

「こりゃひどい」

 

 

 嫌がる同人ちゃんを小脇に抱え、飛んだTASさんが向かった次なる場所。

 その組織はいわゆる動物愛護が極まったタイプのモノであり、その主張をわかりやすく言うと『地上を汚す現人類は残さず消えるべし』みたいなものになる。

 

 なので、末端になると自分の命すら顧みず突撃して来たりするものも多いのだが……そんなバーサーカー達に追っ掛け回されてる同人ちゃんを他所に、俺は俺で別の課題を出されていたのだった。

 

 

「立派な御題目を唱える組織ってのはなんでこう、中心に向かうほど腐るんだろうね?」

「自浄作用が働かなくなるから、『これくらいなら』『ちょっとくらいなら』が積み重なって感覚がおかしくなる。結果、外から見ればあからさまにおかしいのに、組織の理念的にはなんにも間違ってないみたいなことになる」

「うーん政治腐敗……」

 

 

 自らの敵対者(忠言者)を滅ぼし尽くすべからず、というか。

 天狗になると失墜するまで有頂天になる、みたいな話なのかもしれない。

 

 ともあれ、下っぱ達が『動物に怪我なんてさせられない』みたいな感じで自ら突っ込んでくるのに対し、幹部層になると『動物様のやりたいように』みたいな詭弁で猛獣達をけしかけてくる姿に、思わず嘆息する俺である。

 何があれって、単なる猛獣くらいならもう怖がる余地もないってのがね。

 何が猛獣じゃこちとら恐竜と戦ったんやぞ(白目)

 

 

「流石はお兄さん、その意気その意気」

「わーTASさんのおうえんだーうれしいなー」

「ふざけているのかね!?」

 

 

 ひらりひらり、と襲い掛かってくる大型犬達を回避しつつ、幹部達が居る場所へとひた走る俺。

 その横ではTASさんがメガホン片手に並走しており、なるほどこの場面だけ切り取れば日常の範囲、すなわちふざけていると評してもいいのかもしれない。

 無論、そのおふざけで壊滅させられるこの組織はもっとふざけてるのだが。

 

 

「き、貴様ぁっ!!」

「怒った?でも俺は謝らない。何故ならTASさんに狙われた時点で、この組織の正当性は欠片も信用がないからね!」

「動物達に危害を加えてないだけこっちのがマシ」<ドヤッ

 

 

 俺は流石に興奮している動物を落ち着かせるような術を持たないので、その方面はTASさん任せだが……それ以外は俺のお仕事。

 ってなわけで、罠やら動物やらを軽快に回避しながら幹部さんの顔面に(せっとく)を叩き込む俺なのでした。

 

 ……いつの間にやら俺も、随分変態機動するようになったもんだなぁ……ってあ(足を挫く音)

 

 



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立派に育てよ……(色んな意味で)

「お兄さん、ペラ過ぎ」

「面目ねぇ」

「自傷ダメージの被害が大きすぎるっすよ……」

 

 

 まさか力加減を間違えて床を踏み外すとはな……。

 ってなわけで、名誉の負傷()した俺は戦線離脱。これからは同人ちゃんが一人で頑張ってくれることでしょう、多分。

 

 

「えっ」

「いやまだ二つ目だし。なんならこの行く宛のない動物達を保護しにくる政府の人を待ってなきゃだし」

「えっ」

 

 

 この世の終わりみたいな顔をしている同人ちゃんだが、これに関してはどうしようもない。

 一応TASさんがそっちに同行してくれるはずだから、壊滅作業が滞るということはないと思うのだけれど。

 ……などと言葉を添えれば、彼女の絶望の色はさらに濃くなったのであった。いやなんでや?

 

 

「いやその、この場合は後日に回すのが普通なんじゃないかなって思うと言うっすか、先生一人残してこっちについてくるのは薄情なんじゃないかなー、って思うと言うっすか……」

「一人?何言ってるのさTASさんは一人に一人だよ?」

「はい?……ってギャア!?増えたぁ!?

「「いえーい、ぶいぶい」」

 

 

 なるほど、負傷者が出たのなら延期ないし中止にするべきだと思っていたと。

 生憎コンディションが悪い時ほど燃えるのがTASさんなので、この状況下で中止なんて選択が出てくるわけがないというか?

 

 それに俺一人でここで待つのは云々言ってたけど、そんなのTASさんが分身すればそれで済む話だし。

 前々から似たようなことやってるから慣れっこだしね!()

 

 

「そういうわけで、行くよ同人。明日の朝刊は私たちのものだ」<キリッ

「一体何をするつもりなんっすか!?いやそもそも報道されるような動きは止めましょうっす!?」

「?目立てば目立つだけ向こうからやって来る鴨が増える。やらない理由ある?」

「うわぁ勝つこと前提の明日を省みないやり方!!」

 

 

 そんな感じでやいやい騒ぐ同人ちゃんだが、一瞬の隙を突かれた結果TASさんの小脇に抱えられることとなり、『いーやーでーすー!!』という声をドップラー効果と共に置いていきながら、彼女は遠い空に消えていったのであった。

 ……さらば同人ちゃん、フォーエバー。

 

 

 

(;・A・ゞ

 

 

 

『はい、これで手続きは終わりました、もう大丈夫ですよ。それと、高名なTAS氏のお仲間にも出会えて光栄でした』

『ん。次があればその時はよろしく。』

「ほら、お兄さんも」

「あ、へいへい。どうもどうも。サンキューサンキュー」

 

 

 ……うん、英語だかドイツ語だか知らんが、聞いてもわからんのでどうしようもねぇや()

 まぁ、こっちにもTASさんが残ってくれてるので、彼女に任せておけばなんとかなるのが不幸中の幸いだったが。

 

 

『……ところで、なんで彼はあんなことに?』

『彼は人畜無害で有名な存在、ゆえに動物達も基本的に警戒心を抱かない。それだけだと襲われる可能性もあるけど……色んな意味で襲う価値がないから襲わない』

『……ああ、貴方と敵対する可能性を彼らも感じ取っていると?』

『それもあるけど、大きいのは()()()()()()()って方』

『なる……ほど?』

(うーん、何話してるのかまったくわからん)

 

 

 そうして基本的にTASさんと職員さんの間で話が進むものだから、俺の方は暇で暇で仕方ない。

 ただでさえ足を挫いて動くに動けないものだから、できることといえば保護した動物達と戯れることくらいしかないのだ。

 

 ……まぁ、彼らがこっちを無視せずに反応してくれるから、みたいな部分もあるんだけど。

 別に動物に好かれるような質ではないから、向こうが無視するなら下手に触りにも行けないし。

 

 ってなわけで、相手をしてくれているライオンの雄と手遊びしつつ、TASさん達の話が終わるのを待つ俺なのであった。

 ……そういえば、うちの猪君元気してるかなぁ?CHEATちゃんに世話を任せて出てきたけど。

 

 

『がう?』

「ああうん、別に心配になるほど時間が経過してる訳じゃないんだけど。こう、うちの猪君って結構マイペースだから、CHEATちゃんが振り回されてそうというか……」

『ががう』

「いや、違う違う。散歩に行かせてやって欲しい、って話をしてたんだよ。だからほら、リードとか付けないといけないし」

『がうぅ……』

「猪にリードはおかしい?……言われてみればおかしい、かも?」

 

『……何か話してませんか、彼』

『明確に話せてるわけではない。何となくそんな気がする、という感じに言葉を投げ掛けてるだけ。本人的にはほとんど一人言と同じハズ』

『それはそれで危ない人なのでは?』

…………(;「「))

『……逸らした視線がぶつかった結果、こっちに手を振ってきていますね』

 

 

 何やら突然見つめられたため、思わず手を振ってしまったのだが……なんだろう、見てくるだけで特に何もない感じ?

 よくわからないTASさん達のやり取りを横に見つつ、俺はライオン以外に寄ってきた動物達とも触れあうために手を伸ばしたのであった。

 

 ……滅茶苦茶甘がみされてるんだけどどうすりゃいいんだろうねこれ?(噴き出す血を見ながら)

 

 



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わくわく動物園開催のお知らせ?

 大漁の動物達が、移動用の車両に乗せられて去っていくのを見送ること暫し。

 最後まで残っていた件のライオンと、俺の手を甘がみして血を噴出させた狼の二匹がいよいよここから去る……というのを最後に見送って終わり、だと思っていたのだけれど。

 

 

『……てこでも動きませんね』

『こっちに攻撃してこないだけまだマシ、なのかもしれない』

『うーん……』

「……ねぇ、なんで二人は俺のことを眺めてるの?なんでこの子ら引き剥がしてくれないの?」

 

 

 何故か俺のそばを離れようとしない二匹を前に、二人は難しい顔をしていたのだった。

 ……いや、それどういう感情の顔色……?

 

 というか、狼にしろライオンにしろ元の場所に早急に戻さないとヤバい類いの生き物だと思うのだが、こんな悠長にしてていいのだろうか?

 ……え?他の動物は早急に送り届けてたのを今お前も見てただろうって?

 

 まぁ、象とかサイとかカバとかキリンとかだけに留まらず、クジラやイルカ・シャチに鷹にオウムにダチョウに……って感じで、他の動物達も節操なくとにかく集めたって感じの状態だったことを思えば、それらが早々に元の場所に送り返されていったのは確かな話なんだけども。

 

 

「だからこそ、君達が最後まで残ってるのがよくわからないんだよなぁ」

『がう?』

『ウォンッ』

 

 

 こっちの言葉を理解しているのか、不思議そうに首を傾げる二匹である。……さては滅茶苦茶賢いなこいつら?

 

 それだけ賢いのだから、自分達の本来居るべき場所に早々に帰るべき、ってのもわかってくれるはずなのだが……なんか知らんが座ったままで動こうとしないんだよなぁ。

 狼の方は、流石に甘がみは止めてくれたけど、代わりに全く移動する気配がなくなっちゃったし。

 ライオンの方は完全にリラックスしていて、お前どこのイエネコだよみたいな状態になってるし。

 

 

「イエネコ……なるほどイエネコ。その手があった」

「んん?」

『これから一つ、無理難題を投げるけど──受けるつもりはある?』

『事と次第によりますが……ええと、恐らく結構な無茶になりますよ?』

『安心して。都合の悪い部分は基本アイツらのせいにしておくし、バレるようなへまはしないから』

『私がこうして見てるんですがそれは……いえまぁ、貴方に本気で暴れられたら困るのはこっちなので、そこら辺融通は効かせますけど』

 

 

 ……なんだろう、会話の内容はまったく理解できないけど、何やら不穏な話をしているような気配が。

 思わず傍らの動物二匹に視線を向けてみるも、よくわかってないとばかりに首を傾げられるだけ。

 

 味方のいない状況に放り出された俺は、事の成り行きに身を任せる他ないのであった……。

 

 

 

 

 

 

「ひ、酷い目にあったっす……まさか次の組織が世界を海の底に沈めようとするトチ狂った思想持ちだとは……なんすか人工降雨装置って……あれどっちかと言うと全自動海ひっくり返し機っすよ……」

「聞いてるだけで頭が痛くなってくるような話をするのやめない???」

「お、その声は先生?足の方はもう……、…………???」

 

 

 はてさて、同人ちゃんとの再会である。

 ……まぁ、時間にすると数十分程度しか経過してないので、別に感動とかは発生してないんだけども。

 

 とはいえ、その数十分が濃ゆい展開だったのは彼女の一人言からも察せられるわけで。

 ……ツッコミの言葉的に、海の水を丸ごと浚って空から振り撒く、みたいな機械が用意されていたのだろうか?そりゃまぁ正気を疑うわ。

 

 で、そうして文句を告げていた同人ちゃんはと言うと、俺の顔を見て一瞬『道連れが戻ってきた!』みたいな感じで喜色を浮かべたのだけれど。

 そのまま視線が俺の下の方にスライドし、そこにあるものを視認したことで固まってしまった。

 

 理解しがたいものを見た、と言いたいのが表情からよーく伝わってくる彼女の現状。

 ではそれを成したのはなんなのか、ということになるのだけれど。

 

 

『に゛ゃ゛う゛』

「……ええと、その『なんとかごまかすために高めの声を出してみたものの、声帯の機能的にそんな声は出ないので唸り声寸前のものしかでなかった』みたいなお声は……」

「ねこです」

『に゛ゃ゛う゛っ゛』

「よろしくお願いします」

嘘つけぇっ!!っす!!!

 

 

 現在俺は足を挫いており、そのままでは移動することはできない。

 それゆえ移動を補助する何かが欲しい、ということになるのだけれど……それを買って出たというか、そのために雇われたというか……。

 まぁともかく、そんな感じで俺の足役を務めることになったのが、現在俺が股がるこの()()()なのであった。

 

 ……猫にしてはでかすぎる?

 いやいや、どっからどう見ても猫でしょこのフォルム、この顔。

 ちょっと鳴き声が怖いけど、それ以外は実に猫らしい姿をして……。

 

 

「いや確かに見た目はイエネコっすけど!!大きさ!声もっすけど大きさが明らかにおかしい!!」

「何を言う、見てみろよこのちゃ○ちゅー○への食い付き!これが猫でなかったらなんだというのか!!」

それ確かな大型の猫科にも普通に効くやつぅ!!!

 

 

 認められないとばかりに叫ぶ同人ちゃんに、俺はひっそり冷や汗を掻きつつも表面上は問題ないとばかりに首を振るのであった。

 

 



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いきなりアニマルテイマー生活

『ワンっ』

「おおっとすまんすまん、そういえばお前の紹介もあったなー、よしよし」

「……って、今度は犬?なんだこっちは普通の犬っぽいっす……って、んんん……???」

 

 

 はてさて、巨大猫()に同人ちゃんがツッコミを入れる中、私も忘れちゃダメよとばかりに声をあげた動物が一匹。

 こっちは普通の柴犬っぽい見た目の犬であり、自身へと注目を集めるために一度吠えたあとは、何やら誇らしげに胸を張りながら尻尾をぶんぶんと振り回している。

 

 ……うん、ここだけ見ると完全に犬だなこいつ。

 だがしかし、同人ちゃんはその立ち居姿に微妙な違和感を感じ取ったようで。

 てくてくと件の犬に近付いたあと、徐にその顔を両手でガシッ、と掴んだのであった。

 

 

『ヴォゥッ!!』

「はぎゃあっ!?」

『……わん』

 

 

 ……当然、野生動物にそんなことすれば怒られるのは当たり前の話。

 件のお犬様()は突然自身に触ってきた同人ちゃんに本気の威嚇を飛ばし。

 その後、思わず『しまった』とでも言いたげな感じで固まったのち、申し訳程度に小さく鳴いたのであった。

 

 

「……これも たんなるいぬじゃ ないでしょう ! っす!!」

「その申し訳程度の語尾もいらなくない?」

「だからこれはキャラ付けとかじゃないんっすよ!……ってそんなことはどうでもよくてっす!!」

 

 

 ち、ごまかされなかったか。

 とはいえこれに関して俺から言うことは何もない。ないったらない。

 見た目が柴犬なのだから、例え纏う空気が野生のそれだとしても問題はないのだ。多分。

 

 

「問題っすよ!?っていうか普通に野生産だったとしても、病気やら何やらで大変なはずっすよね!?」

「やだ、同人ちゃんが正論で攻め立ててくる……」

「正論言われるような隙がある方が悪いんっすよー!!」

 

 

 なんだろう、連続の組織壊滅作戦で心労が溜まってるのかな?()

 とはいえ彼女が何を言おうと最早意味はない。

 彼らの同道はもっと上の指示によって確約されているのだから……!

 

 

「もっと上?……ってはっ、まさかっす……!」

「そのまさか。狂犬病のワクチンとその他人獣共通感染症などなど、問題になりそうな話については既に検査済み。貴方は何も心配することはない」<キリッ

「げぇーっ!!?TASさん!?……っす!」

「君も頑なに自分を曲げないね?」

 

 

 それはそんなに必要な属性なのかね?

 ……そこら辺はともかく、同人ちゃんの懸念全てに答えながら現れたのは我らがTASさん。

 都合二人に別れたうち、技とスピードとテクニック担当の方である。

 ……え?じゃあもう片方はどうなのかって?そりゃ勿論パワーと反応速度と経験担当ですよ?

 

 

「なお別れた方の得意分野が苦手になったわけではない」<ドヤッ

「いやマジでどういう原理なんっすかこの人、なんか普段の三割増しくらいなパワーを発揮する癖に速度ほとんど変わってなかったんっすけど???」

「下がってたよ?一パーセントくらい」

「変換効率おかしくないっすか!?」

 

 

 そこら辺はTASさんなので仕方ない、ってことで……。

 

 

 

 

 

 

「お、兄ちゃんお帰り……なにそのでっかい猫!?

『に゛ゃ゛う゛』

声も滅茶苦茶野太い!?

 

 

 はてさて、結局休みの日を一日丸ごと使ってTASさんの行動に付き合った俺達。

 それゆえ帰るのは次の日になってしまったのだけれど……うん、翌日で済んでるだけマシだよなこれ。

 

 そんな感想が思い浮かぶ最大の理由、日本まで連れ帰ることになった巨大猫の背に揺られながら、俺は寮の前で黄昏ていたのだった。

 

 いやだって、ねぇ?

 成り行きで連れ帰ってきたものの、この巨大猫の中身が中身である。

 一応、TASさんが何やら仕込んでいるとかで、周囲に危害を加えることはない(これに関してはお犬様も同じ)らしいけど、とはいえそれとこれとは話が別。

 こんな巨大猫が住宅街を歩いていれば、それはそれは目立つに決まっているのである。

 見ろよ俺の背後、物珍しさゆえに見物人ぞろぞろだよ、このまま寮の庭に入るのは憚られ過ぎるんだよマジで。

 

 

「気にするとこそこなんっすか?」

「いやまぁ、猪君と気が合うかなぁ、みたいな心配もなくはないよ?それから寝床の準備とかも必要だし、飯とかどんぐらい食うんだろうなぁって気が気じゃないし」

気にするべきとこ絶対そこじゃないんっすよねぇ!!

『わふっ?』

『に゛ゃ゛ん゛?』

『ぶひー』

 

 

 おおっと、噂をすれば影というやつか。

 入り口でわちゃわちゃしていたせいか、物音を聞き付けて寝床から猪君が出て来ていた。

 彼側は気質が穏やかなので問題はないだろうが、新入り二匹の方はどうだろうか?

 

 

『に゛ゃ゛ん゛♪』

『わふっ♪』

『ぶひー♪』

 

「……秒で打ち解けたね」

「なんだ、よかったー」

ツッコミ所しかないんっすけど私をどうしたいんっすか一体???

 

 

 なんだよ同人ちゃん、血腥い野生の理に準拠すべきとか、そういうこと言っちゃうわけ?

 流石はかつて邪神を信奉してたことだけはあるな!

 

 ……そこを突っつくのは流石に限度越えっすよね?

 とガチギレした同人ちゃんにボコられる羽目になりましたが問題はないです、多分。

 

 



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でっかくても可愛いものは可愛い

「動物との触れ合いにはセラピー効果があると聞く。日々の勉強疲れに最適」<フンス

「は、はぁ。そうです、わね……?」

 

 

 はてさて、新たに仲間に加わった動物達。

 先輩に当たる猪君とは上手いこと行ってるみたいだけど、他の面々……具体的には生徒達とはどうだろう?

 ってなわけでみんなの様子を確認してたんだけど……まぁうん、まぁまぁ……かなぁ?

 

 お犬様はもう見た目が柴犬なので特に問題はなさげ。

 ……とはいえあんまり気安く触れすぎると怒るタイプの方なので、そこら辺のさじ加減が難しいかなーと言ったところ。

 実際調子に乗ったダミ子さんは、その背を滅茶苦茶追いかけ回されてたし。

 

 

いやおかしくないですかぁ!?ちょっと撫でようとしただけですよねぇ!?

「慣れてない動物の頭を触りに行くとか自殺行為では?」

直前まで良い子だったじゃないですかぁ!!?

「そこまでは許してねぇ、ってことなんじゃねぇ?」

 

 

 そんなー!!

 ……と叫びながら追いかけ回されるダミ子さんである。

 とはいえ、これくらいならよくある話でしかないだろう、問題はもう一匹のほう……すなわち巨大猫のことである。

 

 一応、巨大といっても家ほど大きいとかではない。

 せいぜい()()()()()()()()()()()()そのくらいの大きさである。

 ……あるのだが、それでも目立つしビックリされるわけで。

 

 

「……………(これはどういう生き物なんですの、という顔)」

「……………(巨大な猫ですよ、の顔)」

「……………はぁ(またTASさん案件ですのね、の顔)」

「(失礼な、今回ばかりは私だけのせいじゃないよ、の顔)」

「!?」

 

 

 言葉には出さず、顔色だけで会話する俺達であった。

 大声を出して猫をビックリさせないように、という配慮も含んだその行為は流石AUTOさんの気遣い力、と感心するものの、それゆえにこちらを責める意図も見えるのでなんとも。

 

 ……まぁうん、この巨大猫にしろお犬様にしろ、本当に単なる()巨大猫やらお犬様ってわけではない。

 その正体は、あの時俺から離れようとしなかった二匹──ライオンと狼がTASさんパワーによって姿を偽装した状態である。

 

 原理としては、MODさんの見た目変更機能を参考にした隠蔽システムのちょっとした応用……とのことだが、触れている感触やらまでごまかせる辺りは流石というか。

 まぁ、中身が外見に見合わぬ行動をやりすぎると偽装が剥がれるらしいので、二匹の賢さをある程度前提としたごまかしであることも確かなようだが。

 

 ……ともあれ、中身がなんなのかがわかったところで、何故こうまでして連れてきたのか、という話。

 わかりやすく言うと、離れる気配がまったく無かったから、というのが理由としては一番大きい。

 

 

「…………(条約やら何やらに引っ掛かると思うのですが?という顔)」

「…………(その辺は全部TASさんがやってくれたよ(遠い目)という顔)」

「(頑張った、というどや顔)」

 

 

 再びの顔面会話、結果として頭を抱えるAUTOさん。

 まぁ、言いたいことはわかる。単に離れる気配がなかったというだけの話なら、TASさんが引き剥がせばそれで済むのではないか?……と言いたいのだろう。

 

 どっこい、そうはいかない理由があった。

 なんでもこの二匹、普通の動物ではないのだとか。

 

 

「なんですって…………!?」

「具体的には猪君と同じ枠というか」

「……いやそもそも、あの猪がなんなのかを把握していないのですけれど?」

 

 

 流石に衝撃的だったのか、思わず声を出してしまったAUTOさん。

 それに合わせてこちらも普通に会話することにしたわけなのだが……ふむ、確かにあの猪がどういう存在なのか、というのを明確に理解している人はいなかったな?

 なので、恐らくは唯一その辺りを認知しているだろう存在──TASさんに視線を向ける俺である。

 その視線を受けたTASさんはというと、小さく咳払いをしつつ、こう告げたのだった。

 

 

「わからん」<ドヤッ

「そうですかわからない……なんですって!?

「あれー?」

 

 

 ……想定外の台詞が飛んできたんだがこれ如何に。

 いや、この二匹を連れていこうって最後に判断したのTASさんじゃん。

 その時相手の政府関係者に『大丈夫、こういうのの相手には慣れてる』みたいなこと言ってたじゃん。

 

 ……え?それはそういう風に聞こえるように言っただけで、実際は別のこと言ってた?

 いや、なんであのタイミングで乱数調整してるのさ……っては!?乱数調整……?!

 

 図らずもあの時のTASさんの発言の真意が明かされてしまったわけだが、それゆえライオン君達の謎は暗礁に乗り上げた形となってしまった。

 

 ……いや、この空気どうすんの?

 思わず困惑する俺に、TASさんは「さぁ?」とそっけのない返事を投げてくるのだった──。

 

 

「ここまで乱数調整(テンプレ)

「そんな予定調和はいらねえ!!」

 

 



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君らどういうカテゴリなので?

 まさかのよくわからん宣言。

 

 TASさんの衝撃的な物言いに、思わずフリーズしてしまった俺達。

 そんな中、お犬様や巨大猫達は首を傾げ、こちらを不思議そうに眺めている。

 

 ……うん、なんだろうねこの状況?

 いまいち理解を拒む光景に、さらに意識を宇宙(そら)へと飛ばす俺達なのであった──。

 

 

 

゚Д゚)~゜

 

 

 

「いやはや、まさかしばらく意識を飛ばしていたら、正気を疑われて猫さんに頭からがぶりと行かれるとは思わなんだ」

「気付けにしてはちょっと派手でしたわね……」

「そこでお兄さんを食べたりしない辺り、この子はいい子」

『に゛ゃ゛う゛』<ドヤッ

 

 

 まぁうん、野生動物なら血の味とかしたらそのまま噛み砕きそうだもんね……。

 

 なんて微妙に恐ろしい話をしつつ、現在俺達は巨大猫の毛繕い中。

 本人……本猫?にやらせると時間が掛かるため、積極的に手伝っていく方針とかなんとか。

 まぁ、先程ちょっとだけ触れていたアニマルセラピー的効果を期待しての行為、という面もあるのだろうが。

 

 

「……大きさに目をつぶれば、確かに可愛らしくはありますものね」

『に゛ゃ゛う゛っ』<ドヤッ

「そうして褒めるとドヤ顔をするのは、あまり可愛らしいとは言えないと思いますけど」

『に゛ゃ゛う゛っ!?』

 

 

 うーん、あからさまにこっちの言葉を認識して反応してる感。

 いやまぁ、今までの動きからしてすさまじく今更な指摘ではあるのだが、だからといって指摘せずにいるのもアレというか?

 ……ともあれ、AUTOさんの指摘に落ち込む巨大猫を慰めつつ、全身の毛繕いを進めていく俺達である。

 

 

『わんっ』

「お、お前も毛繕いして欲しいのか?じゃあ……暇そうなCHEATちゃんに頼むか」

『わぅ~?』

「……なんか今『えー?こいつに頼むのー?』みたいなこと言わなかったそいつ?」

『わふっ?』

「気のせいじゃ?って言ってるみたいだけど」

「先生はワウリンガルか何かなのデスか?」

 

 

 いや、なんとなくこう考えてるんじゃないかなーって予想してるだけで、実際に相手が何て言ってるかは知らんよ俺?

 ……みたいな感じで、しれっと混ざっていた日本被れさんに答える俺である。

 

 で、そのまま流れで彼女達二人がお犬様の毛繕いをすることになったのだけれど。

 

 

「……なんとイウカこう、手触りがおかしい気がシマスね?」

「そうだねぇ、見た目よりごわごわしてるような気が……」

『わうっ!!』

「失礼しちゃうわ、ってか?……丁度いいし本格的に洗うか?ペット用シャンプーとか持ってくるけど」

『わうっ!?』

「あ、いいねそれ。ふわっふわの仕上がりになったら多分今よりもっと可愛くなるよ!」

『……わう』

(心揺れてる、って顔をしてマスね)

 

 

 ……うむ、ある程度高度なごまかしをしているとはいえ、二人にはなんとなく察せられてしまった様子。

 

 確かに、向こうから連れてくる際にTASさんによる簡易的な清掃や検査は行われているものの、それ以上のことは何もしていない。

 言い換えると、上に張られているテスクチャを貫通してしまえば、そこにあるのは野生で暮らしてきた彼らの毛並みというわけだ。

 そりゃまぁ、多少どころかかなりごわごわしていてもおかしくはあるまい。

 多少で済んでるだけ御の字なので、ここらで本格的に体を洗ってあげるのもいいのかもしれない。

 

 ほら、話をしてたら都合のよいことに、背中にシャンプーを乗せて歩いてきた猪君が見えてきたし。

 

 

「おや、本当ですネー。猪君はおりこうさんデスね!」<ブヒー

「あ、意外とお高いところのシャンプーだ。これ自腹?」

「少なくとも公費とかでは落ちないと思うぞ……」

「だよねー。よーし、これで洗えば超美人さんになれるぞお前!」

『わうっ!』

「ものすごく喜んでいますわね……」

 

 

 シャンプーを持ってきてくれた猪君の頭を撫でて労いつつ、これまたいつの間にか巨大猫が咥えて持ってきてくれていたシャワーの先を受け取り、そのまま宣言。

 

 

「よーし、コイツらをみんな綺麗にするぞー!」

「「「おー!」」」

 

 

 巨大猫がに゛ゃ゛う゛と鳴き、お犬様がわうっと嬉しそうに吠え、そして猪君がのんきにぶひーと鳴く。

 我が寮の動物達は今日も元気よく、そして楽しそうに庭を駆け回っているのであった。

 

 

 

・A・

 

 

 

 さて、そうして俺達が動物達と戯れるのをみながら、ぼそりと呟くモノが一人。

 

 

「……巨大な猫もあの犬らしからぬ犬も、大概おかしいと思っていたっすけど……」

 

 

 その当人──同人ちゃんは、部屋の外が騒がしいことを不審に思い自身の部屋の窓を開け、そこから見える庭にてあれこれやっている俺達を見つけたわけなのだけれど。

 

 

「……しれっと背中にシャンプー乗っけて歩いてきた猪が、実は一番意味わかんないやつっすよねこれ」

 

 

 その状況の最終的な引き金となった猪君の行動を見て、密かに戦慄していたとかなんとか。

 

 

『細かいことを気にしてはいけませんよ。かつて猪が神々の一種であったことは確かなのですから』

「……!?だだだだ誰っすか!?」

『通りすがりの神です。神託です』

ぬわーっ!!?失った組織への思いが今更ながらぁー!!!すみません邪神様貴方の使徒はとても無様でしたーっ!!

『あら』

『……いや、止めてやらんか可哀想に。色んな意味で』

 

 



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十二って数字は色んなところでよく使われている

「そういえぱ干支みたいだね?」

 

「……なんて迂闊なことを言ったCHEATちゃんのせいで、うちに動物が滅茶苦茶増えたんだが?」

「ご、ごめんってば……」

 

 

 せめてTASさんに聞こえない位置で喋っていたのなら……。

 そんな後悔先に立たず、現状について語っていく他あるまい。

 

 というわけで、先日まで三匹しかいなかった我が寮の動物達は、今やその四倍となる十二匹にまでその数を増やしていたのであった。

 それも、どいつもこいつも一癖や二癖あるようなやつらばかり。

 

 

「手始めにこの鶏。……気のせいじゃなければ金の卵産んでないこの子?」

「気のせい気のせい。その金の卵がステータス上昇効果があったりするのも気のせい気のせい」

ぜってえ気のせいじゃねぇ……!!

 

 

 エントリーナンバー四、酉担当・金の卵を産む鶏。

 一応、実際に金でできた卵ってわけではなさそうだけど、食べたTASさんの動きが日に日によくなってる辺り、ヤバいドーピングアイテム()であることはほぼ確定だろう。

 あとその金の卵、産む際には決まって人の頭の上にやって来るのはなんなのか。

 

 

『こけっ、こけーっ!!』

「……いや安心できるって言われても、そもそもこの辺りに君を襲うようなのはいない……え?今まで居たところだと結構その危険があった?それはなんというか……」

(先生やっぱりナチュラルに会話してないデス?)

(建前上は違う、ということかと)

(ナルほど……)

 

 

 ……なんか風評被害をばら蒔かれてる気がする。

 ともあれ、酉担当の紹介であったわけだが……彼女は一番マシな方。

 次から加速度的に、変な生き物度数が跳ね上がって行くのである。

 

 

「ってなわけでエントリーナンバーファイブ!巳担当・うわばみのツチノコ!」

「うーん、何もかもにツッコミ所しかない……」

 

 

 横槌に似ているから槌の子(ツチノコ)、というらしいが……最近の子は知っているのだろうか、この半ば妖怪扱いされてる未確認生物。

 

 というか、だ。

 未確認生物が普通に大手を振って歩いていることもさながら、神話の蛇の如くヘビードランカーなのもわけわからんというか。

 ……蛇だからヘビーってか?喧しいわ!

 

 

『…………』<ピョインピョイン

「そんなこと気にするな?そもそも私はツチノコによく似たただのちょっと不思議な形の蛇?うーん……」

(……いや、ただの蛇はそんなに飛び跳ねないだろ……)

(飛ぶ蛇ならいるけどね)

 

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねて主張する姿は独特の愛嬌があるが、あんまり外の人の目に触れるとよくない類いの人……蛇?なのも確かなので、できれば大人しくしていて欲しいというか。

 

 

「とはいえこの子で戸惑ってると紹介が最後まで進まないので次!エントリーナンバーシックス、子担当・ハムスター?のハム助一行!」

「一行、って辺りが大問題」

 

 

 続いて紹介するのは、大所帯のハムスター?軍団。

 なお、紹介の際疑問符が付いていた理由は、なんというかこう構成員がハムスター単体とはどうしても思えないから、というところが大きかったり。

 

 

「中心メンバー?的なのはまだいいんだよ。でもほら、あの辺りの……そうそうアイツアイツ。黄色いのと耳が大きいのと青いの。あの辺りなんか凄まじく見覚えがあるんだけど???」

『ちゅー、ちゅちゅー』

「気のせいだろうって?色が特徴的なだけだろうって??仮にその主張を受け入れたとしても、それはそれで他の変なハムスター?を無視する理由にはならんでしょうが」

『ちゅちゅー?』

「喧しいわ!」

(……何言われたんでしょうねぇ、今の)

(多分『それも一つの個性ですよー』とか言われたんじゃないかな?)

(なるほど?)

 

 

 小さいやつでっかいやつ細いやつに太いやつ。

 それだけならまだしも青いやつ黄色いやつ耳大きいやつ耳欠けてるやつなどなど。

 具体的には何かの作品で見た覚えがあるような造形のモノから、はたまたネズミって括りでいいのかお前?……みたいなものまで。

 とにかく大所帯、とにかく大軍団なのが子担当のハム助一行である。

 

 ……これで餌は大して必要としてない、ってのが一番のホラーかもしれないが。

 ネズミって確か、代謝が悪くてずっと食べてないと死ぬとか無かったっけ?

 

 

「まぁ気にするだけ無駄か!次だ次!エントリーナンバーセブン!二足歩行の牛!嘘付け!!

『ン、ンモー』

(お兄さんが?!)

(解説を放棄した!?)

 

 

 まぁ子担当の次に紹介するなら外せない、丑担当が次に控えてるせいでツッコミもほどほどにしとかないといけなくなってるわけなのだが。

 ……そんなわけでツッコミどころのランクの跳ね上がった丑担当、まさかの二足歩行のホルスタインである。

 まぁ、ダイナマイトボディ。……って喧しいわ!

 

 

「というかその姿?で牛と言い張る根性が凄いよね君!区分的にはミノタウロスとかその辺りだよね君!」

『ンモー』

「同族からの評判はいい?知るかそんなの!!っていうか他に同族がいるみたいな絶望の情報を追加で叩き付けてくるんじゃねぇ!!」

(二足歩行ってレギュレーション的にいいのかなー?)

(次の相手を見たらそんなこと言ってられなくなる)

(マジかー)

 

 

 流石の俺もツッコミ疲れたので一旦休憩!

 続きは次回!……次回ってなんだ?(哲学)

 

 



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音楽隊でも作るのかな?

 はてさて、一回の休憩を挟みましてエントリーナンバーエイト以降の紹介です。

 時間が押していますのでサクサク行きましょう、サクサクと。

 

 

(……誰が時間を気にされているのでしょう?)

「はい、エントリーナンバーエイト!丑の次だから午だよね!麒麟です!クソァッ!!

(余裕無さげだのー)

 

 

 そんなわけで、休憩終了後の一発目はいきなりクライマックスな午担当・麒麟さんである。

 ……うん、首の長い方とかじゃなく、いわゆる瑞獣の類いである方。

 

 いや、日本じゃなく大陸の方に行った方がいいやつだよね君の場合???

 

 

「え?向こうだと無用な騒ぎになるから行きたくない?いやいや日本でも普通に問題になるからね?……だから普段は野生の馬に擬態してる?そもそも野生の馬とか絶滅してるからそっちもそっちで大問題なんだよなぁ!!」

(お兄さんが絶好調。やっぱりお兄さんは追い詰めてこそ輝く)<フンス

(止めてやれよ……)

 

 

 直接的に神秘存在なのは止めーや()

 ……的なツッコミが口をついて出てくる前に、早急に次の紹介に移りたいと思う。

 

 

「エントリーナンバーナイン!辰担当リュウグウノツカイ!なんで空を泳いでるんだテメェはぁ!!!

(なんでだろうねー、って首を傾げてるな……)

 

 

 いや君区分的に魚ぁ!!

 ……だからって麒麟君みたく、本当にドラゴンとかやって来られても困るけど!

 でも深海魚が空中を泳いでいる絵面でお釣りが返ってきてるようなもん(?)だから、結局問題しかねぇな!!

 

 

「はい次!ナンバーテン!未担当と言い張るモコモコの何か!」

(動物がどうかもわからないやつ来たっす!?)

 

 

 続いてナンバーテン!

 なんというかこう、触れていいのか悪いのか悩んでしまうような怪生物、毛の塊としか言い様のない謎の何か!

 ……一応こっちの言葉に反応して寄ってきたりするので、何かしらの意思があることは間違いないだろうが。

 かといって顔とか手足とかまったく見えないため、これを本当に未担当で通していいのかは甚だ疑問である。

 

 

「まぁいいや次!いよいよ残り二匹だエントリーナンバーイレブン!申担当のゴリラ!」

「なんでゴリラがこんなところに!?」

 

 

 続く申担当は森の賢者とも呼ばれるゴリラさん。

 その落ち着き払った空気は、こちらに頼りになる風格を感じさせるものだが……。

 同時に、なんで市街地にゴリラがいるんだろう、という当たり前の疑問を強く挟み込んでくるものでもある。

 

 

「……」<スッ

「気にすることはない?我らは所詮ちっぽけなる魂、それが如何様に過ごそうとも大局への影響は薄い……?」

(やだ、なんか賢者っぽいこと言ってる……)

 

 

 なお、本人はとても穏やかな気質であり、細かな疑念など気にする意味もない……という悟りをも周囲に与える好人物?であることをここに付記しておく。

 

 

「ようやく最後だ!ラストを飾るのはコイツ、エントリーナンバートゥエルブ!卯担当・でっかいウサギ!」

「…………」<ッス

「立った!?ってか怖っ!!?」

 

 

 最後になった卯担当だが、彼はホッキョクウサギやエゾユキウサギのように、いわゆる『コレジャナイ』系列の巨大ウサギである。

 検索すればすぐに出てくると思うが……あれだ、見た目的にはカンガルーとかにも似ているような感じ、というか。

 少なくとも素直に小型のウサギが大きくなったような形ではない、というか。

 

 

「一応、深い雪の中で暮らすために適応した姿、ってことらしいけど……」

「この辺り雪なんて早々積もらない……あ、いや。一回酷いことになったこともあったっけ」

「……………」<ッス(その節はどうも、と頭を下げる姿)

「……………!?」

 

 

 え、あの時の縁なの君?

 ……やっぱり現在ウサギの姿をしてるってだけで、多分君何か別の生き物だよね?

 まぁ、何かが擬態してる云々は他の面々にも言える話なわけなのだが。

 

 ともあれ、こうして新しく増えた九匹と、前から居た三匹──亥担当の猪君、戌担当のお犬様。

 

 

「それから、寅担当の巨大猫で干支が揃って……」

「ちょっと待てい」

 

 

 ……?

 話を終えようと思ったら、CHEATちゃんからストップが掛かったんだがこれ如何に?

 

 

「如何に?じゃないよ!!猫っつってるなら干支からハブられてるのが普通だし、確かそもそもライオン(獅子)だからその時点で対象外でしょその子!?」

「はっはっはっ。何を言うんだCHEATちゃん。君はリュウグウノツカイとか麒麟さんとかがちゃんとしてるって言いたいのかね?」

「いやそりゃそうだけどぉ!!」

 

 

 あれだ、あくまで干支に見立てられるよね?

 ……ってだけの話で、本当に干支なのかは問題じゃないというか。

 っていうか下手にそこをツッコミ過ぎると今度は十二星座に合わせてー、とかされかねないのでこのまま流すのが正解というか。

 

 ……え?だったら紹介とかやらなきゃよかったんじゃないかって?

 

 

「一度吐き出さないとこれからやってける気がしなかったんだよぉ!!!」

「お労しや先生……」

 

 

 こんな奇天烈(きてれつ)集団前にして何も言わないとか、そっちの方が無駄にストレス溜まるんだよなぁ!!

 ……そんな感じに文句を吐き出す俺に、周囲から返ってきたのは哀れみの眼差しなのであった。

 

 うるせー!同情するんじゃねー!

 

 



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新しい日常に華を()

「……もう朝か」

 

 

 ──頭を何かが啄んでくる感覚に、思わず意識を浮上させる。

 

 周囲はまだ薄暗いが、近くの時計を見ればもうすぐみんなが起き出してくる時間であったため、そのまま布団から上半身を起こした。

 するとそれと同時、頭に掛かる適度な重さ。

 ……最近朝の風物詩となってしまった、鶏さんの金の卵産卵タイムである。

 なんでわざわざ俺の頭の上に乗って産卵するんですかねこの子?

 

 なお、一度に六個以上の数の卵を普通に産むため、有り難く朝食に使わせて貰っていたり。

 まぁ以前述べた通り、食べた人のスペックが上がってる感がスッゴいするため、あんまり多用すべきじゃないのでは?……とか思わなくもないのだけど。

 

 

『こけーっ!!こけーっ!!!』

「へいへい、折角産んだのに無駄にするのは宜しくないんですねーはいはい」

 

 

 ……このように、使用を控えようとすると滅茶苦茶キレられるため、勿体ない精神も合わさって使わないという選択肢は早々に消えてしまったのだった。

 

 

「そこで甘やかす?から、相手方に付け上がられているだけのような気もしますが……あいたたっ」<コケーッ!

「へいお早うございますDMさん。……そういうそっちは、そんな感じで地味に喧嘩売るの止められないんです?」

「ほら、この子達瑞獣の類いでしょう?寧ろ死ぬまで殴り合い、とかにならないだけ大分譲歩してますよ私」

「そういえばこの人邪神だった」

 

 

 何の因果かこうしてロボボディに収まってるけど、そういえばそもそもこの人世界滅ぼせる系の邪神だったわ。

 ……それにしては同位体のはずのスタンドさんが、件の動物達と喧嘩になってないってのが不思議だけど。

 

 

(わし)は霊体だからのぅ、この世への干渉力が低くて相手にされておらん……とかかも知れんな』

「ええ……舐められてるようなもんじゃないんですそれ?」

『舐めるも何も事実だからの、そもそもあれ(TAS)が居るのに今さら世界征服だの世界滅亡だの目指してなどおれぬよ』

「……それは確かに」

 

 

 悪いことすると正当性という武器を持ったTASさんが襲ってくる、というのが今のこの世界なのだから、そりゃそういう方面の話は年々少なくなりますわ。

 TASさん本人的には、挑む相手が減るので嬉しくないだろうけど。

 

 

「その通り。とりあえずお早うお兄さん」

「……最近の君は早起きだね」

「それはもう。金の卵朝(ステータスアップ)ガチャ引かなきゃだから」

「おはガチャとな?」

 

 

 で、噂をすれば影……ということで、隅の方からにょきっと生えてくるTASさんである。

 

 なんで彼女が早起きして来ているのかと言うと、金の卵の効果にその秘密があった。

 まぁ、一つ丸々食べた時に上昇するステータス量が、調理をするとその料理一食分に含まれる金の卵の相当量に比例したものへと減算されるから……というだけのごくごく単純な話なのだが。

 

 

「それだけとは言うけど、とても重要。少なくともプラス一は一番乗りじゃないと確保できない」

「確かに。日本被れさん辺りには『流石にずっこいデース!』とか言われそう」

 

 

 彼女だけじゃなく、CHEATちゃん辺りにも言われそう。

 

 ……今の会話でなんとなくわかると思うが、実は朝早起きしてきたTASさんには金の卵の茹で玉子を一つ、景品代わりに進呈しているのである。

 今日は七個卵があったため、TASさんに渡した分を除くと残りの六個で朝食のメニューを作ることになる、というか。

 

 この話のミソは、他の面々がTASさんのおまけについてまったく知らないという点。

 仮にそれを知った場合、他の面々も早起きをし始めてしっちゃかめっちゃかになることうけあいというか。

 

 まぁ、今のところは『一番に起きることで乱数を固定し望むステータス補正を引き出している』というTASさんの主張を鵜呑みにしている形なので問題はないが。

 

 

『鵜呑みも何も、そもそも他の人間に検証可能なのかのぅそれは』

「……ROUTEさんなら、あるいは?」

『ほぼ全員不可能と言うておるようなものではないか』

 

 

 あとは辛うじてCHEATちゃんくらい?

 あ、AUTOさんは本人が検証するのには向かないけど、サンプルとしてデータを取るのには向いてるかも。

 何せ基本的にランダム要素のものを持ち出されると、最大値固定になるタイプの人だから。

 

 まぁ、正確には最善値を出す仕様であるため、最大数が最善じゃない時とかはサンプルとして向かなくなるのだけれど。

 具体的にはドーピングで上げられる上限に達した時とか。

 

 

『この金の卵、上限ありなのか?』

「さぁ……?少なくともTASさんがバリバリ食べてる辺り、仮に上限があっても大分高いんじゃないかと思うけど」

 

 

 なお、金の卵の効果についてはなんとなくしか把握してないため、仮に上限があるのだとしても俺にはわからない……という至極当たり前の答えを返したところ、スタンドさんから可哀想なものを見る目が飛んできたのでしたとさ。

 

 ……うん、そんな視線を向けられる謂れがなくね?今回は特に。

 

 



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引き続き変わった朝の時間をお送りします()

「散歩要求の子達多過ぎデース!!」

「えっと猪だろ、犬に馬に羊と鼠……いや、鼠一つで手間増やし過ぎだろうこれ」

「そもそもこの羊って外に出していいやつなんだろうか……」

 

 

 朝食の準備を進めていると、食堂に木霊してくる生徒達の声。

 新しい朝の日課となったものの一つ、動物達の散歩に出掛けていた面々が戻ってきた合図である。

 

 これに関しては各自持ち回り(朝食作成に関わらない者のみ)の用件であり、今日の面々は声から判別する限り日本被れさん・CHEATちゃん・MODさんの三人、と言ったところだろう。

 他の日になるとROUTEさんや成金君、新聞部君などが受け持ってるわけですな。

 

 で、散歩を欲しがる動物というのも決まっている。

 ()(巨大猫)、それから(ツチノコ)辺りは欲しがらないタイプ。

 鶏はともかく、ツチノコと巨大猫の二匹に関しては普通に散歩しててもおかしくはないのだが……。

 

 

「いや、どう考えても目立つどころの話ではありませんわよね???」

 

 

 ……というAUTOさんの鶴の一声により、そこら辺を断念している形でもある。

 すまんな二匹とも、今TASさんが急ピッチで何とかする手段を模索してるとかなんとか言ってたから、その成就を待ってくれ。

 なんか嫌な予感がしないでもないのが不吉だけど。

 

 で、日によって別れるのが(ミノタウロス)(麒麟)()()()達の五匹。

 今日の例で言うと午・亥・未の三匹が散歩行き、丑と卯がここで待機組に別れた形となる。

 これに関しては特に傾向があるとかではなく、単にその日の気分によって行くか行かないかを決めているだけ、みたいな話になるようだ。

 

 そして、基本的に散歩に行かない日がないというタイプが()()の二グループ。

 ……正確には一グループと一匹だが、ともかく子が散歩に行きたがるというのが問題である。

 何せ彼らは群体。総計何匹いるのかは不明だが、少なくとも二十やそこらで利くような数ではない、というのはほぼ間違いあるまい。

 

 それが一塊となって、先導する者についていくのだ。

 ……音楽隊でもと揶揄したが、そっちの方が遥かにマシな絵面ではなかろうか?

 

 

『うぉふっ!』

「え?何々?最悪彼等が無軌道な動きを取ろうとすれば止めるし、そもそもリーダーがしっかりしてるからそういうトラブルに繋がるようなことはさせない?……ホントかー?」

『ちゅー、ちゅちゅー』

「信用しろって?……まぁ疑っても俺にはなんもできんけども。とりあえずみんな連れて小屋に戻れるか?」

『ちゅー』

「よしきた、じゃあそのまま待ってろ。後から朝ごはん持って行ってやるからなー」

『うぉふっ♪』

『ちゅー♪』

(……もはやナチュラルに会話してるなー兄ちゃん)

「……なんだ?朝御飯一品増やしてほしい、とでも言い出すつもりか?」

私のこといやしんぼか何かと思ってんのそれ???

 

 

 まぁ、なんとなく彼等にそのつもりはなさそう……というのは確かっぽいので、今のところはそれを信用しておくが。

 それとCHEATちゃん、イラついたのはわかるけど執拗に俺の足を蹴るのは止めていてててて。

 

 ……ともあれ動物達の散歩へのスタイルわけもいよいよ大詰め、最後になるのは『よくわからん』枠の()(ゴリラ)の二匹。

 これに関しては言葉通り、よくわからんというのが本音である。

 

 

「……えーと何々?『月日は百代(はくたい)過客(かかく)にして行きかう年もまた旅人なり。況んや、我らにおいてをや』?……何言うてはるんこのゴリラ?」

「真面目に読み取るのであれば、そもそも私は既に散歩をしているようなもの……となるのではないかと」

「ハァ?」

 

 

 ……いかん、思わず疑問を呈するだけの機械みたいになるところだった。

 こんな感じでゴリラ君の場合はそもそも何言ってるのかわからん、みたいな結果に落ち着くことがほとんどである。

 というか今の台詞確か昔の有名な詩人の言葉じゃなかったっけ?どこで覚えたのそんなもの。

 

 で、彼とは反対の、されど答えは同じく『よくわからん』となるのが、辰担当リュウグウノツカイ君である。

 

 

『…………』

「……ダメだ、何言ってるのかさっぱりわからんというか、そもそも何か考えてるのかどうかからしてわからん」

「実際何も考えていないのでは?」

 

 

 ゴリラ君の方が『小難しいこと言ってて何言いたいのかわからない』のだとすれば、こっちは『そもそも何か話してるのかすらわからない』という有り様。

 ボーッと宙を泳いでいるだけにも見えるし、何かを考え続け物思いに耽っているようにも見える……。

 

 そんな不可思議生物リュウグウノツカイ、仮に散歩を望んでいても外には連れ歩けないだろうなってことでとりあえず保留である。

 これに関してはゴリラの方に関しても同じ。

 

 

「『我としても無用な混乱は望まぬ』……まぁうん、わかってくれるんならいいんだ、わかってくれるんなら……」

(あまりに大人な態度を取られるものですから、自身が大人としてあまりよくない行為をしているのでは?……と自問自答してしまっているようですね)

 

 

 ……まぁ、この大人物極まったゴリラの様子を見ていると、色々と自身について苦しくなってくるんですけどね!

 森の賢者ヤバすぎんだろJK……(白目)

 

 



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下があるではないか、掘れ

「新しい仲間も増えて手狭になってきた、みたいなことを言ったのは確かに俺だ。俺なんだけどさぁ……」

 

 

 それで地下をホントに堀り始めるのは良くないと思うの。

 そんな俺の叫びは、地下に設えたがらんどうの空間に、空しく響いたのであった。

 

 

 

;・A・

 

 

 

「いやおかしいでしょ昨日の今日だぞ……数日前から準備してたってわけじゃないのもおかしいでしょ……」

 

 

 TASさんが一晩でやってくれました(白目)

 ……うん、この広大な空間を用意するのに一日すら掛かってないってどういうことなので?

 っていうか前からあれこれしてたと思ってたんだけど、そっちは穴堀りそのものとは別枠ってどういうこと???

 

 

「許可取りに行ってた」

許可!?

「流石にこの規模だと何も言わず・何も知らせずは無理。許可の申請にとても時間が掛かった」

「な、なるほど……流石のTASさんでも国を動かすのは無理があったか……」

「うん。まさか三時間も掛かってしま……どうしたのお兄さん、顔面から地面に突っ込んで」

他の時間は!?

「資材の用意」<フンス

「……なるほど」

 

 

 ……うん、この規模の地下空間を崩落させないようにしっかり建設しようと思ったら、あれこれと資材が必要になるのは当たり前だよね……。

 そう思いつつ、なんとなく不安になって周囲を見回してしまう俺である。

 

 

「……なんで今不安そうな顔したの?」

「いやほら、建築系の話とTASさんって組み合わせだと、なんというか前衛芸術がそこらに多発する空間が生まれてそうだなって痛てててててて」

流石にそんなことはしない(がじがじがじがじがじがじ)(マジギレ)」

 

 

 クラフト系ゲームとTASさんといえば、見た目明らかに無理があるのに一応バランスは取れてるので問題ない……みたいな建造物が多発するのがお約束。

 ゆえに今回、そんな感じの建築が施されてるんじゃないかなー、なんて風に少し疑っていたのだけれど……うん、怒られましたね見事なまでに(白目)

 

 まぁでも、言われてみれば確かにって感じでもある。

 何せ今回、TASさんはちゃんと地下に空間を確保することを国に申請しているのである。

 つまりは許諾を得てるってわけで、そりゃ公式コラボみたいなもんなのに向こうの面子に泥を塗るような真似するわけないわな、というか。

 

 なので、久々の頭丸かじり(がじがじ)を素直に受けることにした俺なのでしたとさ。

 

 

「……うわぁ、滅茶苦茶広い……」

「お、CHEATちゃん達よく来たねーゆっくりしていってねー」

「いやなにその挨拶……ッテギャーッ!?ゼンシンマッカカッー!?

(また何か失礼なことを仰ったのですね、貴方様……)

 

 

 そうこうしているうちに、他の面々も地下に降りてくる。

 現状はただ広いだけの空間だが、ここにあれこれと設備を継ぎ足して生活の質を高めていくのが今回の目的……とのこと。

 

 要するにみんなでクラフトタイムってわけだが、今回TASさんは参加しないとのこと。

 何故かって?資材がまだまだ足りてないみたいなんだよね!

 

 

「この空間を維持するための分は集めた。それ以上の分が足りてないから今から集めてくる」

「ふむ、道具は必要か?生憎純金製しか作れないが」

金剛(ダイヤ)装備獲得のためにも是非欲しい」

(……なんだか危ない話をしてる気がしますねぇ)

 

 

 で、その資材獲得というのが、この空間の地下を掘ることで行われているらしい。

 日本の地下に資材があるの?……って疑問もなくはないが、TASさんが掘ると出てくる……みたいなあれっぽいので問題はないのだろう、多分。

 

 それを聞いた成金君が道具の補充役に名乗りをあげ、それをTASさんが快諾していたが……わかるぞ新聞部君、なんかこうこの二人の話を聞いているとむずむずしてくる、ってことは。

 あれだ、少し見ないうちに二人の姿が徐々に角張っていく幻影が見えてくるというか、右手にピッケル持って地面(ブロック)を削っている姿が浮かんでくるというか……。

 

 

「アウトアウト、アウトだバカもん!素直に買え!!」

「痛っ!?」

「買うだけの時間がないから仕方ない」<スッ

 

 

 などと言っていたら、良くないものでも見えたのかROUTEさんのツッコミが二人を襲う。

 成金君にはジャストヒットし、TASさんには案の定逃げられたが……うん、ジリジリとにじり寄っている辺り、ROUTEさん側も諦めるつもりはないなこれ?

 

 

「何が貴方をそこまで突き動かすのか。別にいいじゃない()がクラフトしても」

「ギリギリのところ攻めるの止めろぉ!!」

「無駄」<ヒュッ

「避けんなぁ!!」

「やだ」<ヒュヒュッ

 

「……なぁ、あれって」

「ええまぁ、ほぼ確実にTASさんの悪ふざけですわね……ROUTEさんは滅多に彼女に挑みませんから、それが楽しいのではないかと」

 

 

 唐突に始まった追いかけっこ。

 それはROUTEさん本人が、TASさんに遊ばれていたと気付くまで、半ば延々と続くものなのであった。

 うーん流石TASさん、滅多にない機会であればしゃぶり尽くす所存の存在……。

 

 



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それでは実際に作ってみましょう

「……ふと思うんだけど」

「うん?」

「ダイヤって確かに堅いけど、その分脆いから武器とか道具には向かないんじゃないかなって」

「うん、確かにそうだけど今そこをツッコむの止めない?ROUTEさんめっちゃ見てきてるし」

うわこわっ!?

 

 

 あれだ、「いい加減にしろよテメェら……」という台詞が地獄の底から響いて来そうな顔をしているというか。

 結局TASさんには逃げられてしまったみたいだし、鬱憤だけ貯まってるからいつ手が飛んでくるかわかったもんじゃないというか。

 

 そんなわけで、ROUTEさんが現場監督みたいな状態で始まった地下世界(アンダーグラウンド)クラフト。

 現状は天井から釣り下がった明かりくらいしか目ぼしいもののないこの空間を、上手いこと俺達の役に立つように拡張していこうというのが今回の目的である。

 ……TASさんがクラフトしたかっただけでしょ、とか言ってはいけない。

 

 

「そういえば、その当のTASは何処へ?」

「資材を集めてくる、って言いながら地下をピッケルで掘り抜けて行ったよ……」

「真面目にどうなってんだ一体」

 

 

 TASさんのやることを一々ツッコんでたら身が持たない、といういい証拠だな!

 ……掘った土が四角くなるのは……なんでなんやろうな……(白目)

 

 いやまぁ、四角くなるのは土だけに限らず、出てきた資材──銀だの銅だの金だのなんだの、ありとあらゆる物質がそうなるわけなんだけども。

 なんだ、掘った瞬間全部インゴットになるとかそういうあれなのかな?

 

 ……まぁ、深くツッコむとまた余計な部分に触れかねないので、その辺りは置いておくとして。

 

 

「役に立つように拡張とは言うが、具体的にはどういうものを用意するつもりなのだ?」

「とりあえず家庭菜園を拡張するのは確定かな……どう考えても色々足りてないし……」

「ああ……」

 

 

 地下とは言うものの、この空間内は別に薄暗いということもなく、普通に明るくなっている。

 空調もしっかりしているため、ここで野菜を育てるのは決して不可能ではないだろう。

 というか、そうでないと餌代やら何やらが賄いきれずに詰む。

 ただでさえ最近動物達がドッと増えたのだ、彼らをキチンと食べさせようと思うと餌は幾らあっても足りないのだ。

 

 特にハムスター系。

 彼らは燃費の問題で食べ続けないと命が危ない、みたいな種類も混じっているため、その辺を考えると無茶苦茶餌の消費が激しいのだ。

 

 

「体が小さいのに餌がいっぱいいる、っていうのはなんだか納得いかないなぁ」

「体が小さいからこそ、というべきなのですけれどね」

「え?」

「エネルギーを蓄えたものが脂肪ですけれど、体が小さいとそうして蓄えたエネルギーが運動を阻害する……なんてことにもなりかねませんもの」

「あー……貯められないから食べ続けるしかないのかー」

 

 

 まぁ、そういうことである。

 ……他の面々もそんなに少食というわけではない。

 なんやかんや普通の動物に比べると燃費はいいらしいけど、それでも必要な餌の量は少なくはないわけで。

 なので、今回のクラフトで俺がするのはまず地下庭園の建築、となるのであった。

 

 

「なるほど……では私もそちらを手伝うとしましょう。他にもすべきことはあるかもしれませんが、喫緊で必要なことは他になさそうですし」

「では私もそちらを。どんな野菜を育てるのか、とか話し合いたいですしね」

「おお、そいつはありがたい」

 

 

 で、そんな俺の手伝いを申し出てくれたのがAUTOさんとDMさん。

 二人が居れば百人力、いい感じの畑を作ることができるだろう。

 ……逆に、二人が早々にやることを示したため、出遅れた形になったのが何人か。

 

 

「ぐぬぬ……そこを手伝うのが一番簡単そうだったのにぃ……」

「簡単そうって理由で畑作業を選ぼうとするんじゃないよダミ子さん」

「というか畑作業って、一番簡単って言葉と無縁じゃ?」

「お兄さんが関わってる時点でそこら辺はどうとでもなるんですぅ」

「こいつほぼほぼサボるつもりだったな……」

 

 

 そのうちの一人が、この通りぐぬぬと唸るダミ子さん。

 すさまじく自分本意なことを喋っているが、まぁ確かに彼女が積極的に何かを作ろう、なんてしないだろうことはわかりきっているというか。

 そう告げれば彼女は「そうですぅそうですぅ。私にあくせく働けとかバカの言うことですぅ」とかなんとか言っていたが……。

 

 

「うん、正直なのはいいけど、周囲を見てから言うべきだったね」

「はい?」

「そうかそうか、作るのは嫌か。じゃあ俺の手伝いなら問題ねぇよなぁ?」

「げ」

「げじゃねぇんだよとっとと来いやぁ!!」

「ひぃーっ!?悪魔?!鬼!?TASさん!!?」

「アレと一緒にすんじゃねぇ!!」

 

 

 ……うん、そんなこと言ってたら現場監督(ROUTEさん)が飛んでくるのは当たり前、というか。

 そんなわけで、憐れダミ子さんは物作り(クラフト)より面倒そうな仕事を割り振られた結果、ROUTEさんに襟首を捕まれ引き摺られて行ったのであったとさ。

 

 あばよダミ子、成仏しろよ……。

 

 



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あっちこっちでわちゃこちゃ

「とりあえず殺風景過ぎるから、私は外壁をどうにかしようかな」

「あ、じゃあ私もそっち手伝うー」

「オー、じゃあ私もソッチに混ぜて欲しいネー!」

 

 

 そんな感じで、あちこちで何をするのかがさくさくと決まっていく。

 そんな中、手持ち無沙汰になっているが数名。具体的には、

 

 

『いや、そもそも(わし)霊体だからの?こういう案件において何ができるわけもなかろうが』

「いや案件て」

 

 

 区分的には幽霊とかその辺りになるため、モノを積み上げ施設を作る……みたいなイベントにおいては役立たずも役立たずなスタンドさんと。

 

 

「肉体労働は苦手なんですよね」

「うるせえ馬車馬のように走り回りやがれこのマスゴミヤロー(まぁまぁそう言わず、ちょっとこれ持って走り回ってみない?)」

「うーんこの清々しいまでの主音声と副音声のひっくり返った姿」

(気のせいでなければ副音声も大概だの?)

 

 

 腑抜けたことを抜かす(運動不足を主張する)新聞部(マスゴミ)君の計二人。

 ……このうちスタンドさんは、設計方面で手伝って貰うのがいいだろうというのがわかるけど……。

 

 

「……君はどうしようね?今のは半ば冗談だけど」

(半ばだけなのか……)

「実際、現状でして貰えそうなことなんてTASさんが掘り出してきた資材をあちこちに運ぶとか、そういうことくらいしかないような気がするんだけど。……というか、君のできることって何さ?」

「それは勿論、真実を追い求めそれを記事にする……」

それはいいから(シャラップ)

 

 

 それ以上口を開くな、って言いそうになるからそっち方面を主張するのは止めてもろて。

 ……などと告げたところ、彼は困ったような笑みを浮かべたのであった。

 

 

「いや、別に特別なことができなくてもええんやで?ここには同人ちゃんみたいに薄い本を描くこと以外大したことのできない人や、」

「唐突に話題に出した挙げ句、思いっきりディスって行くのは酷くないっすかー!?」

「元々の役割が『ただそこにあること』なせいで、基本的に何やらせてもドジな人とか」

「ぷっ、誰ですかぁそんな可哀想な人ぉ。……え、なんでみなさん私の方を黙って見てるんですぅ?……な、何か言って下さいぃ~!!?」

「……まぁうん、とにかく色んな人がいるから、別に自分の不出来を気にする必要はないんやで?」

「ははは。その二人と比べられるとか最早切腹するより他ありませんね」<チャキ

「流石にそれは思い詰めすぎじゃねぇかなぁ!?」

 

 

 いや確かにあの二人はこの面々の中では下の方だけど!

 でもほら、最下層は俺であって俺が生きていられるんだから誰だって大丈夫!

 俺に比べれば誰だって世界に生きていていい存在だから気にするなって!!

 

 

「うつだしのう」

「慰める側が追い詰められてどうするのですか」

「あ痛っ」

 

 

 ……うん、言ってるうちにテンションが駄々下がっちゃったんだZE☆うん鬱だ死のう。

 

 よくよく考えたら同人ちゃんは秘密結社の(元)首領だし、ダミ子さんだっていてくれないと世界崩壊を招きかねない要石みたいなもんだし。

 つまりは生誕を望まれた者、生きていくことを言祝がれたものということ。

 TASさんのデコピン一つで死にそうな俺とは比べ物にならないくらい、誰からも祝福された……え?TASさんのデコピンで生き残れるやつの方が希少?それはそう。

 

 まぁともかく、俺みたいなのを比較対象におけば誰だって生きていていい存在。

 誰もが祝福された存在になることは確かなので、新聞部君におかれましてはマス()ミという誹謗中傷に決して負けることなく、己の道を貫き通していただきたいややっぱマスゴミはダメだわ(突然の豹変)

 

 

「偏向報道許しません!はい復唱!!」

「え、え?……ええと、偏向報道許しませんわ……?」

「はいDMさんも!」

「ふふ、はいはい。偏向報道許しません、よ?」

どうだ!!

「これ僕どういう反応したらいいんですかね?」

「この二人からこう言われたら涙ながらに土下座しながら承諾するのが筋だろぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「ふふふ、嫌です♪」

「即答!?」

 

 

 て、手強い……。

 この二人のお願いを聞いておいて、その上で自分の意思を貫ける……だと……?!

 

 なんという強心臓、なんという強情さなのだろう。

 最早これは他人からの矯正は不可能、彼は永遠にマスゴミ系新聞部として暗き道を進み続けるしかない存在……。

 

 

「だがその瞳には希望は失われず、まだ見ぬゴシップを求めて進み続けると……ふっ、乾杯だ。その方向性は好かないが、そこまで貫き通すのなら俺から言うことは何もない。──やってみせろよ、新聞部」

「言われずとも、ですよ」

 

 

 何事も、貫き通す姿は美しいということだろうか。

 目指す場所は褒められたようなものではないが、しかしてそこへ向かう新聞部君の足取りは確かなもの。

 一瞬だけ、それを褒めてもいいような気分になった俺は、その気持ちに任せて彼にエールを送ったのであった。

 

 

「言いてぇことは、それだけか?」

「「」」

「真面目にやれ、わかったな?」

「「はーい……」」

 

 

 無論、ふざけすぎとROUTEさんに怒られたことは言うまでもない。

 

 



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改めて確認してみよう

「そういえばさっきは曖昧なまま終わったけど、新聞部君って何か能力とかないの?」

「それは新聞関係以外で、ということであってますか?」

「うん」

 

 

 はてさて、改めて土いじりに従事し始めたところで、一緒になって土を弄っている新聞部君に改めて質問。

 さっきは有耶無耶になったが、そういえば彼が特別な部分というものを俺は知らないな?……と再認識したためである。

 ほら、俺の受け持ちになってる生徒って特殊な生徒、って前提だったし。

 

 一応、いつぞやかのデーモンコア(仮)対処試験の際、『風聞の流布』が能力である……みたいなことを述べてもいたが、そこら辺の子細もよくわからんし。

 とりあえず響きの部分でろくな能力じゃないな、とは認知したけども。

 

 

「ははは、酷いですね。単に相手のあることないこと周囲に広める、というだけなのに」

やっぱりろくな能力じゃねーじゃねぇか

「はははは」

 

 

 笑ってごまかしてんじゃねぇよ、まったく……。

 

 とはいえ、字面通りの能力だとするとパンチが足りない、というのも事実である。

 仮に周囲に風聞が浸透しやすくなる……みたいな効果があるとしても、それだけだと正直ここの面々に選ばれるには足りてない感があるというか?

 

 

「……やけに引っ張りますね」

「いやだって、ねぇ?正直な話それって『自分の言葉を周囲に信じ込ませる』能力、ってことじゃん?」

「ええまぁ、そのように解釈することもできますね」

「それTASさんで十分」

その人持ち出すと誰も勝てなくありませんか???

 

 

 いやまぁ、わかりやすさ重視でTASさんを例にあげたけど、自身の言葉を周囲に信じさせる、というだけなら別に能力は必要ないのだ。

 最悪DMさん辺りなら自然と周囲に話を信じさせられるだろうし、話し方さえ覚えればAUTOさんにだってできることだろう。

 社会的信用を話の信頼度と捉えるなら、そういう人間(何かしらの権威)に変身して話をする……みたいな形でMODさんにだって真似できるかもしれない。

 

 つまり、彼だけの個性と言い張るには少々微妙なのである。

 ……え?日本被れさんが俺と不死被りしてる?いや俺別に不死じゃないんで……TASさんのおかげで死ににくいだけなんで……。

 

 ともかく、他の面々と比べた時に『明確に彼だけの個性だと言える』ようなものを持ち合わせているように見えない、というのが今回の疑問点。

 隠しキャラゆえTASさんと同系統なROUTEさんや、本来バグみたいなもんであるスタンドさんを除くと、彼だけがその程度の差異で許される理由が見えてこない……みたいな感じの話なのである。

 

 

「随分ぼこぼこに言ってくれますね……」

「いやいや、ぼこぼこになんかしてないしてない。真意はその逆、()()()()()()()()?……って話だから」

「─────」

 

 

 そんな俺の言葉を聞いて、小さく苦笑を浮かべる新聞部君だが……続けて俺が放った言葉に、その顔のまま不自然に固まっていたのであった。

 

 ……うん、あれやこれやと話をしてたけど、言いたいことの本質はそこなんだよね。

 

 ──君、何か隠してない?

 言葉にすれば、とても単純なその一文。

 されどそれこそが、この場において彼に尋ねたかったこと。

 もっと雑に言い換えると、あからさまに手を抜いてませんか?……みたいな疑問である。

 

 

「……心外ですね、私はいつでも全力ですよ?」

「んーそうは思えんのだよねー。確かに精魂尽き果てた、みたいな顔で風呂に浮かんでたこともあるけど、本当に疲れてたなら仰向けになる余裕もないんじゃないかなーって」

「…………」

 

 

 思い起こすのは、風呂場での一幕。

 大掃除に駆り出され彼は風呂場で浮いていたが──その時彼は仰向けに浮いていた。

 

 それが何かおかしいのか?……と思われそうだが、これに関しては風呂に入る際の一連の動作──普通に風呂に入る時の動き、というものを想像すればよい。

 

 そう、普通なら風呂に入る時というのは()()()()()()()()()もののはず。

 間違って倒れたりしないよう、足元を確認できるように分の入るのが普通のはず。

 疲れているので足元が覚束ないのだとしても、そういう時だからこそ余計に足元を確認できるような入り方をするはず。

 

 そしてそういう入り方をする場合、そこから力が抜けるとまず間違いなく()()()()()()()()()()()()()()のである。

 つまり、うつ伏せになるのが普通のはず、というわけだ。

 

 ゆえに、あの時の彼はわざわざ仰向けになったということ。

 疲労感から溺れないようにと注意したのだと言っても、それは逆にあの時()()()()()()()()()()()()()()()()()と主張しているに等しいのである。

 

 

「つまり、あの時の君は疲労困憊を演出していた、ってこと。……あくまで深読みするなら、だけどね。でもまぁ、それが深読みと言えないような動きをしてたこと、あったよね」

 

 

 その理由と言うのが、いつぞやか俺が保険医と知り合うきっかけとなった一連の流れ。

 あの時彼は廊下を走っていたが──特に疲れた様子は見せていなかった。

 俺が思わず脇に避ける程度には速度が出ていたにも関わらず、である。

 

 

「……その程度で?」

「その程度で。確かに俺は虚弱体質だけど、どのくらいの速度でぶつかられたらヤバイかくらいは認知してるからね」

 

 

 裏を返すと、あの時の彼は結構な速度を出していた、というわけだが。

 風聞の流布しか能力がないのだとすれば、あれは自前の身体スペックということになる。

 それはつまり、以前大掃除で死にかけていたのはブラフか、もしくは──。

 

 

「……はぁ。言い逃れしても別の反論を出してきそうですし、いい加減認めます。……あれは能力で補強してたんですよ」

「なるほど?」

 

 

 何かしらの方法で、身体能力を補填していたということ。

 後者であることを認めた新聞部君は、ゆっくりと自身の能力について語り始めたのであった。

 

 

(……ところで、今回私達空気でしたね?)

(ずっとお二人で話していましたものね……)

(……それについては済まんかったと思っている)

 

 



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よく見れば線の細い美少年(所属部活がマイナス要素)

「はぁ、(げき)?……ってなに?」

 

 

 彼の口から端的に自身を表す単語として明かされた『覡』という言葉。

 ……しかして、いまいち馴染みのない単語に俺は小さく首を捻っていたのであった。

 

 

「……ふむ、なるほど。そういう家系の方でしたか」

「その言いぐさだと、DMさんは『覡』ってのがなんなのか知ってる感じ?」

「知ってるも何も、私とは関わりが深いものですからね。……いえまぁ、この場合は『私』と言うよりも、『私のような存在』と関わりが深い、と言うべきなのでしょうが」

「???」

 

 

 そんな中、得心したように声をあげる人が一人。

 それはDMさんだったわけだが……うん、なんで唐突に煙に巻くようなこと言い始めたんですこの人?

 

 困った俺が助けを求めるように視線をAUTOさんに向けると、彼女は小さく咳払いをしたのち、こちらに説明を投げ掛けてくれたのであった。

 

 

「貴方様は『巫覡(ふげき)』、という言葉をご存知でして?」

「いや、知らんな。……っていうか、なんか頭の方に文字が増えてない?」

「ええ、『()』と『(げき)』。これはとある役職を男女に分けたものなのですが……なんなのかわかりますか?」

「え?えーと……」

「──正解は神職。神を祀り神に仕え、神の言葉を民衆に届けるための役職。いわゆる巫女とかそういうもののことですね」

「へ、神職?……ってあ、()女か」

 

 

 そういえば『巫女』の女じゃない方の単語、確か『ふ』って読むはずだね。

 つまり巫女の男版が『覡』ってことか、なるほどなるほど。

 

 

「……話が繋がらんのだが?」

「確かに、これだけだと先程の『能力の強化』云々の話とは繋がり辛いですわね。……まぁ、なんとなくどういうことなのかは見えていますけど」

「マジでか」

 

 

 俺にはさっぱりなのだが、AUTOさんは新聞部君の能力について当たりが既に付いている様子。

 神がどうちゃらって話がどう繋がれば身体強化に繋がるのか?……思わず俺が首を捻りながら唸っていると。

 

 

「簡単な話です。任意コード実行ですわ

「なんと!?」

いやいきなりあの人(TASさん)基準で語るの止めません???

 

 

 ついで放たれたAUTOさんの言葉に、俺と新聞部君は揃って驚愕する羽目になったのであった。

 ……いや、俺が驚くのはわかるけど、なんで君まで驚いてるんです……?

 

 

 

・A・

 

 

 

「『神の言葉を民に教える』という概念がひっくり返って、『自身の言葉が神のそれになる』……みたいな能力だと?」

「それほどの強制力ではないのですけどね。まぁ、方向性としてはそんな感じです」

 

 

 うーむ、聞いてるだけだとチート臭い能力だ……。

 

 改めて本人が語ったところによると、新聞部君の能力は『言霊』ということになるらしい。

 神に仕えるものが何故そんな技能を?……というのは、『神からの言葉を民に伝える』という動作の根本部分が風化した結果だとか。

 

 

「本来神様に話を聞かないといけないのですけど、そこを向こうが配慮して手間暇を省いてくれている……と言えるのかもしれませんね」

「うーんやけにフレンドリーな神様だ……」

 

 

 で、さっきの任意コード云々の話に繋がるのだけれど。

 どうにも彼、以前TASさん達が使っていた天候変化をデフォルトで行えたりするらしい。

 本来あれは神様でないと行えない現実操作だが、覡としての彼はその辺りをスルーできるとかなんとか。

 

 ……まぁ、先程本人も述べた通り、強制力としては強くなく仮に天候を変化させたとしても、一時間も経たないうちに元の天気に戻ってしまうらしいのだが。

 ついでにいうとそのレベルの変更を行う場合、フィードバックとして自身にも少なくないダメージが返ってくるとかなんとか。

 

 

「そういう意味ではちょっとだけ身体能力を強化するとか、周囲に風聞を広めるとか、そういうちょっとした干渉に留めておくのがベストな能力……ということになるのかも知れませんね」

「なるほどねぇ……っていうか、やっぱり風聞の方もそっちの能力由来だったんだな」

「複数能力持ち、なんてほとんどいませんからね」

 

 

 そんなわけで、新聞部君の能力について理解が深まったわけだが……ふむ?

 ってことはつまり、彼はCHEATちゃんの対になる類いの存在、ということに……?

 

 

「……はい?」

「いやほら、CHEATちゃんはチートコード、新聞部君もとい巫女君の方は言霊。形式は違えどやってることは同じだろう?」

「いやその纏め方は雑すぎ……いや待ってください人のことなんて呼びましたか今!?

「え?いやほら、覡だとわかり辛いし。じゃあ巫女って方がわかりやすいじゃん?」

実家での嫌な思い出思い出すので止めて貰えませんか!?

「はい?嫌な思い出?」

「おおっと突然私の手から写真がー」<ニュッ

「いや下から出てくんの止めなよTASさん……って、ん?」

 

 

 巫女君(新聞部君)とCHEATちゃんの共通点を俺が語る中、突然足元から現れたTASさんがその右手から落とした一枚の紙。

 それはどうやら写真のようで、ヒラリと地面に落ちたそれに写っていたのは、大層美人な巫女さんの姿……って、なんか見覚えが……あっ。

 

 

なんでこんなもの持ってるんです貴方!?

「他人の弱点を集めておくのはいざという時とても有用。その辺り、貴方の方がよく知ってるはず」<ドヤッ

「ぐぬっ」

 

 

 ……これ、女装させられた巫女君やん。

 確かに、これは突っつかれたくないわな……そう理解した俺は、密かに彼の呼び方を『読書部君』に戻したのであった……。

 

 



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早速それっぽいお仕事の時間です

「……は!?もしかして似たようなあれだけどCHEATちゃんにコード頼むよりなんとなく世界への悪影響がすくなかったりする?!」

「もしかして豊穣を言祝げとか言ってます?」

「うん!」

「即答!?」

 

 

 いや、巫覡ってそういうのも仕事っぽくない?

 ……ってなわけで、畑の豊穣を新聞部君に祈願して貰うことにした俺達である。

 

 

「なるほど、それで私の出番と言うわけだね!効果とか無視して姿だけ再現って話なら幾らでもこいだ!」

さっきの僕の話聞いてましたか?!まったく……」

 

 

 なお、姿は巫女さんスタイルである()

 ……うむ、近年ソシャゲとかで見るような改造タイプではない、普通の巫女姿の新聞部君なわけだが。

 いや、これが滅茶苦茶似合ってるのなんの。変な色気があって見ちゃいけないもの見てる気になるねこれ?

 

 

女形(おやま)みたいなもの、ということかもしれない」

「ああ、男性が好む女性像は寧ろ男性の方が表現できる……みたいな?なるほど……」

なんでこんな目に……今日は厄日ですね、まったく……掛けまくも畏き豊穣を祝うやんごとなき神よ、我が願いに応えここに印を給えばや。恐み恐みも白す

「おお、それっぽい」

「やらせといてそれっぽいはないでしょう、まったく……」

 

 

 神社の神主が持っている棒──祓串(はらえぐし)?とやらを持ち、何やらやんごとないっぽい祝詞を捧げた新聞部君。

 その効果は目に見えて現れた。……と言っても、祓串から何やら光が漏れだして畑に降り注いだ、というだけなのだけれども。

 

 とはいえ、それを見たDMさんが興味深げに片眉を上げていた辺り、何かしらの効果があったことは間違いないだろう。

 どういう風に作用してくるかは不明だが、良い感じに畑の作物が育ってくれればありがたいと思う。

 

 

「……ところで、いい加減元の服に戻して貰っても?」

「おお、そうだったやることやったんだから戻してあげ……あれ?MODさんは?」

「え?さっきまでそこに……って居ない?!」

 

 

 ……良い感じの締めに移行しそうになったタイミングで、新聞部君から不満の声があがる。

 まぁ、本人が「良い思い出がない」とか言ってたし……ってわけで、目的も達成したし元に戻してあげてとMODさんに頼もうとしたのだけれど、肝心のMODさんの姿が何処にもない。

 

 思わず困惑する俺達の元に、上からひらりひらりと落ちてくる物が一つ。

 ……特に引っ張る意味もないのでその正体を明かすと、それは一枚の紙切れであった。

 裏面とおぼしき場所には何も書かれておらず、裏側──表に相当する部分には、走り書きと思われる一文が記されている。曰く、

 

 

「……『急な仕事が入ったので(KSH)』……だってさ」

はいっ!?

「そういえば、今の時期からやっておかないとまた名声が足りなくなる……とかなんとか言ってた」

「あの人一人だけなんか別法則に縛られてない?」

 

 

 前回もそうだったけど、今回もその辺りの設定引き継いでるのか……。

 ってことはまたその内彼女の魂の故郷的なあの国に行かなければならない……?

 

 とかなんとかうんざりしていると、その横で何かが落ちる音。

 それは新聞部君が持っていた祓串を地面に落としてしまった音で、見れば彼は顔を真っ青にして狼狽えていたのであった。

 

 

「つ、つまり、この状況は……?!」

「ああうん、その格好に変化させたMODさんが今この場に居ない以上、彼女が帰ってくるまではその姿のままだね」

 

 

 あれだ、装備欄に常に『(そうび):巫女服』って表示されているような状態、みたいな?

 一応、あくまで上からテスクチャを被せているだけであるため、その巫女服が何かに引っ掛かるとか水が沁みるとか、そういう被害は発生しないのは救い……救い?だとは思うけど。

 

 

「でも同時に何をしても巫女服固定ってことでもあるから、最悪湯船にその格好で浸かる……みたいな珍妙な光景が発生する可能性もあるね」

ギャー!!?

「滅茶苦茶嫌がるじゃん」

 

 

 なんでそんなに嫌がるのさ、って疑問が口をついて出そうになる位に嫌がるじゃん?

 いやまぁ、嫌な思い出があるとか言ってたし、それが仮にトラウマ級ならこの焦りようも納得だけど。

 ただ、どうにも彼の話を聞く限りそういうことではないようで……?

 

 

「この姿のままだと、不都合があるんですよ!」

「はぁ、不都合?そりゃ一体……ってあれ、DMさん?」

 

 

 慌てたように言葉を紡ぐ新聞部君の様子に首を傾げる俺。

 ……の、隣で動く相手の気配あり。それはDMさんだったわけなのだけれど……うん、なんか様子がおかしいね???

 

 

「……よく見ると、何だか甘やかしたくなる姿をしていらっしゃいますね……?」

「いやいいです!甘やかさなくていいですから!!」

「いえいえそう言わず。欲しいものなんでもあげちゃいますよー、何が欲しいです?世界の半分?不老不死?使いきれないほどの冨の山?」

「いりませんってば!?」

 

「……お、おう?」

「これはひどい。神の言葉を唯一聞けるから、凄まじく甘やかされてる」

「あ、そういう?」

 

 

 様子のおかしくなってしまったDMさんと、そんな彼女に迫られてたじたじとなっている新聞部君。

 この時俺は、彼が巫女の姿でいたくない理由をなんとなく察したのであった……。

 

 



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人の好き好きは人による

「なるほど、神に愛されて過ぎて夜も眠れないのがデフォルトだと……」

「ありがた迷惑な話ですけどね。……一応、この姿の時だけの話なのが救いですが」

 

 

 はてさて、新聞部君がこの姿のままだと困る理由。

 それは彼が唯一、神の声を聞こえるという属性を持つせいで、神々がこぞって彼を甘やかしに来るから……という、構われ過ぎて辟易している猫みたいなものだったわけだが。

 

 ……うん、『唯一』って部分に引っ掛かりを覚える人多数だよね。

 なんならDMさんなんて、こっちで普通に生徒として暮らしてるからみんなに言葉は届いているわけだし。

 それなのに現在彼女は新聞部君を抱き寄せ、よーしよーしと頭を撫で続けているわけで。

 

 というかこの間からDMさん、母属性発揮しまくりですね?

 そんなキャラだったかなぁこの人……いやわりとすぐにこんな感じになってたなこの人?

 みたいな感じで、微妙に困惑しきりな俺なのでありました。

 

 

「……ええまぁ、疑問に思うのは当然のこと。ですが逆にこうとも言えませんか?()()()()()()()()()()()()()()()、精々母性が強く発揮されるだけで済んでいるのだと」

「……んん?」

「なるほど、ここで問題となるのは()()()()()()()()、ということですわね」

「んん……???」

 

 

 いや、二人だけで勝手に納得されても困るんだけど?

 ほら見てみろよ、TASさんなんてこの話が『Not skip movie.(飛ばせません)』なことに気付いて、最早完全にスルーを決め込み始めたんだぞ?

 ……ってな感じに説明を求めたところ、AUTOさんが分かりやすく説明してくれた内容は次のようなものであった。

 

 曰く、神というのはそもそも形を持つものの方が珍しいということ。

 現代の信仰薄い世界において、彼らは精神を保つことすら難しく、基本的には世界に融けて意思なき意思としてあるのだそうだ。

 

 とはいえ、それでも彼らは歴とした神々。

 常に世界を見守る彼らは、意思を持たずともそこに働きかけたい・話を聞いて欲しいと思い続けているのだそうで。

 そういう相手から唯一、複雑な手続きを必要とせずに話を聞けるのが彼・新聞部君なのだとか。

 

 

「一応、普通の人でも準備をすればそれらの声を聞くことは可能。……ですが、大体の場合その準備というのは揃えることが不可能・ないし極端に難しい、いわゆる()()使()()()()()()()()()()()というわけでして」

「なるほど、結果として君の希少性を妨げるようなものじゃあない、と。……じゃあ、あからさまに力のある存在に分類されるはずのDMさんまであんな感じになってる理由は?」

「それこそ彼の述べたように、()()()()()()()()()()()ですわね。仮に今こうして姿形があるとして、それはかつての彼ら(神々)に関しても同じこと。……信仰心などの今の自身を保つための要素が欠けてしまえば、彼女もまたこの世の中ではただ消え去るしかない存在。言い換えますと、自身の立ち位置が酷く不安定なものであることを知っているからこそ、仮に自身が転がり落ちてもなお言葉を届けるための窓口となりうる相手には甘くなってしまう……というわけですわね」

「なるほど……」

 

 

 で、DMさんがあんな感じなのも、AUTOさんの説明通り。

 今姿を保てるほどの力があるからといって、それが永遠に続くわけでもない。

 存在の根幹に人の信仰心を必要とする神々は、それらを失えば容易く消え去るという事実は変わらない。

 ゆえに、自身が姿を失ったあとでも人々に言葉を繋ぐための窓口となりうる新聞部君の存在は、まさに命綱のようなものとなるのだそうな。

 そりゃまぁ、甘い対応が出てきてしまうのも仕方あるまい。

 

 ……で、その話を聞いて思ったことが一つ。

 

 

「……人に声を届けられることが神様にとって嬉しいことなのだとするなら、もしかして最近DMさんが俺達に若干過保護だったのって」

「その辺りを改めて自覚した結果、今の状況をもたらしてくれた相手への感謝が溢れ出たから……ということなのかもしれませんね」

「……?なんで殴り倒したのに喜ばれるのかわからない」

「TASさんにとってはそうだろうね……」

 

 

 もしかして、最近DMさんが寮母として張り切っていたのって、彼女が現在こうして暮らせるのが俺達の──厳密に言えばTASさんのお陰だと改めて気付いたからなのでは?

 ……みたいな予想が脳裏を過ったわけだけど、AUTOさんからは恐らく間違いないとお墨付きを貰うことになったのであった。

 

 なお、TASさんの反応に関しては、新聞部君から『荒御霊か何かですか?』というツッコミを頂きました。

 ……微妙に否定し辛いこと言うの止めない?

 荒ぶらないように対応すると何かしら益を得られそうって辺り、余計に。

 

 



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みんな何処へ向かっているのか

 はてさて、慌ただしい畑作業が終わり、どうせなら他所の作業の進み具合でも見に行くか、という話になったわけなんだけど。

 

 

「そういえば、スタンドさんは新聞部君の色香に惑わされてないんだね?」

『色香て』

「なんというかこう、もっと言い方ないんですか……?」

 

 

 いや、実際色香みたいなもんじゃん?

 可愛い可愛い巫女さんに神様みんなでれでれ、みたいなわけじゃいててててて。

 正気に戻った()DMさんに関節極められて悲鳴をあげる俺ですが元気です。いや何も元気じゃないが?

 

 ……ともかく、さっきの合間も特に喋らずじっとしているだけで、スタンドさんが特に変な動きをしていなかったのは事実。

 そりゃもう、新聞部君の説明に間違いがないならおかしな話、ってことになるのは当たり前なわけで。

 

 そこら辺どうなの、と改めて尋ねてみたところ。

 

 

『なんでも何も、今の(わし)神属性じゃないし』

「……ひょ?」

 

 

 そんな、意外な言葉が返ってきたのであった。

 ……あれ、スタンドさんってDMさんと同一存在だから、基本的に神様のはずなんだけど?いやまぁ正確には邪神だけども。

 

 

『よーく考えてみんか。そもそも(わし)ら、()()()()()(わし)ではないのだぞ?』

「……んん?」

 

 

 そんな風に困惑する俺に、スタンドさんが出した答えは『自分達は引き継ぎ特典である』(要約)というもの。

 この周回に存在する本来のDMさん……ややこしいので『邪神』と呼ぶが、それとは別個の存在なのが彼女達。

 寧ろ、今のDMさんに神属性が残っている方が変、とスタンドさんは答えたのであった。

 

 

「……そうなんです?」

「ええと、まぁそうですね。私はこのように別の姿を得たため、そちらに合わせた属性を得ている……というのが正解でしょうから」

あれ?与太話のはずのTASさん荒御霊説がここに来て説得力を持ち始めた???

 

 

 これあれだよね、TASさんの似姿であることが一種の神性判定されてる、ってことだよね説明聞く限り。

 ってことは、冗談で話したはずのTASさん荒御霊説、実は結構信憑性のある話ってことになるのか……???

 

 

「ん、なくはないかも」

なくはないの!?

「信仰なんて大層な物言いだけど、極論それは噂話みたいなもの。理解できない相手への説明として神を持ち出すのなら、確かに私を神だと思う人はいるかもしれない」

「な、なるほど?」

 

 

 あれだ、噂話の持つエネルギーが本人ではなくDMさんに流れた結果、みたいな?

 ……姿がほぼ同じこと、それから日本特有の分祀・形代などの概念が上手いことはまった結果だろう、とは新聞部君の言。

 

 つまり、邪神らしからぬ存在へとDMさんが変貌して行ったのも、元を辿ればこうしてTASさんと同じ見た目になったことに理由がある、と。

 

 

「……結果オーライ、ってやつなのかな?」

(わし)に言われても知らんとしか言えんが……まぁ、いつまでも邪な神であり続けるよりはマシなのではないか?』

 

 

 どうでもよさそうに告げるスタンドさんに苦笑しつつ、俺達は改めて歩を進め始めたのであった……。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……TASさん神様デシタか!?」

「おう、中途半端に話を聞いてたことを即座に露呈してんじゃないよ」

「あ痛っ!?」

 

 

 当初の目的通り、他の面々の作業を見に来た俺達。

 外壁を塗っていた日本被れさん一行は、ある程度作業を進めた後に休憩していたようで。

 その休憩に付き合いながら、さっきの話を聞かせていたわけである。

 ……まぁご覧の通り、日本被れさんはあんまりちゃんと聞いてなかったみたいだけど。

 

 

「うー、仕方ないデショー?壁の塗り具合が気になるンデスよー!」

「ああ、微妙にミスったとかなんとか?」

「ノー!!ミスってないデース!!」

 

 

 その慌て具合は暗に肯定しているようなものでは?

 ……まぁ、他に外壁を塗装していたのがCHEATちゃんとMODさんだったので、その二人と比べるとどうしても不格好になるのは仕方のない話なのだが。

 後はほら、唐突に仕事をほっぽり出して逃げたMODさんのせいで、仕事の範囲が広がったので焦っている……みたいなのもあるかも?

 

 

「ぬぐぅ……そうですよMODガール!仕事って何!?」

「そりゃもう、特殊なライセンスを持った敏腕スパイとして……」

what's()!?スパイだったんデスかあの子!?」

「……あ、いや。今はまだその辺り持ってないんだっけ」

なんなんデスか一体ぃっ!?

 

 

 はっはっはっ。

 いやほらMODさんは抱えてる裏設定が多いから……。

 

 実際あの人だけ色々背負ってるもんだから、時々何やってるかわかんない時があるんだよねぇ。

 具体的にはなんかこうスピンオフとかできそうな感じというか。多分シリアス痛快活劇的な?

 

 みたいなことを告げたところ、「スピンオフって何ー!?」という日本被れさんの叫びが周囲にこだましたのであった。

 ……ああうん、そんなのに拘泥する前に目の前の仕事を終わらせろ、ってことね。

 はいはい俺も休憩終わったら手伝ってあげるから文句言わないのー。

 

 



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久方ぶりのMODさん主役回かもかも?

「……それがこの状況の答え、ということかい?」

「まーそういうことになるねー」

 

 

 どうにも収まりが効かなかったのか、『だったらMODさんのお仕事手伝ってトットト話を進めマース!!』とかなんとかほざき始めた日本被れさん。

 その結果、こうしてTASさんと共にMODさんの仕事先にやってきた、というわけなのでございます。やだ、行動力の化身……。

 

 

「スパイと言うなら弾除けくらい必要デショー?そういうの得意なので任せてくだサーイ!」

「いやー、君に任せると話が(スプラッタに)変わるからちょっと……」

why(なんでさ)!?」

 

 

 で、遭遇した途端開口一番に日本被れさんが告げたのが、自分を弾除けにしてもいいからさっさと正面突破しよう、というすさまじく脳筋な解決方法。

 無論そんな見た目的にエグいことになるのはノーサンキュー、ということでMODさんには断られたわけだが……いや、そりゃそうだろうねというか?

 

 

「何故デス!?お得デスよ頑丈?デスよ便利デスよ!?」

「いや、仮にそうだとしても『一般人を盾にして突っ込んでくる』みたいな噂が立ったらそっちの方が問題じゃねぇかな……」

「ぐぬぬぬ……」

 

 

 何がぐぬぬじゃ。

 ……というのはともかく、そもそもMODさんがこうして一人で行動しているのは、基本的に自身の評判を上げるため。

 だというのに、誰か知らんけど一般人っぽい女の子を盾にして突撃してくるヤベーやつ……みたいな風評が付いてしまったら、それこそ評判ダウンするに決まっているわけで。

 

 そりゃまぁ、それをやるのが早く・かつ実のところは誰にも被害のない安全な策、というのは本当なのだろうけど。

 極論見た目が悪すぎるんだから選んで貰えるわきゃない、としか言えない俺なのであった。

 

 ……で、そんな俺の当然すぎるツッコミを受けた日本被れさんはうぐぅと呻いたのち。

 

 

「……わかりマシタ。つまりMODガールのせいだと思われなければよいのデスね?」

「はい?私のせいだと思われない?」

 

 

 キッ、と鋭い視線をこちらに向けたあと、バッと自身の上着を翻したのであった。

 いきなり何を、と困惑する俺達の視界に写ったのは、

 

 

ゲェーッ!!?ダイナマイト!?

どこで手に入れたそんなもん!?

 

 

 彼女の腹部周りに巻かれた、赤い棒のようなモノの塊。

 ……うん、見間違いじゃなければこれダイナマイトの束ですね(白目)

 いやどこの鉄砲玉じゃいと思わず焦る俺達に、彼女はふふんと得意気な顔をしながら答える。

 

 

「不死身存在の最終手段と言えバ、やっぱり敵陣特攻からの自分もろともの大・爆・発デース!!これぞジャパニーズカミカゼ!まさにWA()BI()SA()BI()!」

んなわけあるかぁ!?

 

 

 片寄ったイメージ過ぎんだろ幾らなんでも!?

 

 

 

Σ;ºAº)

 

 

 

「これは没収」

「そんなー!!?」

 

 

 はい。

 そんなわけで、どこのやくざもんじゃい、みたいな装備を整えていた日本被れさんは、ある意味珍しいTASからのお叱りを受け、その腰に巻いたダイナマイトを全て没収されていたのでありました。

 

 ……いや、本人的には手放す気配まったくなかったんだけどね?

 だだまぁ、その程度の気概でTASさんからの干渉を防げるのかといえばノーなわけでして。

 いつの間にやら彼女の装備していたダイナマイト達は全て、TASさんの腰に装備され直し……。

 

 

「いやそれもおかしいからね???」

「ちっ」

 

 

 どさくさに紛れて自分のモノにしようとしてんじゃないよまったく……。

 

 ともかく、危険物以外の何物でもないそれらの赤い棒()の束はそのまま回収され、かつ持たせておくと何やらかすかわかったもんじゃない危険人物(TASさん)の手からも回収されたのでした。

 

 

「……いや、だからって私に渡されても困るんだけど?」

「つっても、現状そんな危険物を安全に管理できそうな人間がいないし……」

なんでそんな片寄ったメンバーでここまで来たのかなぁ!?

 

 

 なお、回収先として設定されたMODさんはというと、この通り困惑しきりなのでした。

 

 まぁうん、言いたいことはわかる。

 あれだ、この中では一番歳上である俺が管理すべき、って言いたいんだろう?

 だがよく考えて頂きたい。──俺だぞ?

 

 

「……ぐっ、説得力が段違いすぎる……っ!!」

「確カニ、先生に任せるのはなんだか恐ろしい気がしマース……」

「ん。三秒後の未来がよく見える。なんなら未来視使わなくてもよく見える」

「はっはっはっ、自分の主張に納得して貰えるって本来嬉しいことのはずなんだけどなぁ」

 

 

 なんだろうねこの敗北感。

 ……とはいえ、仮に俺がいじけたとしても、やっぱり危険物の管理なんて任せられても困る……という気分は変わらない。

 どっかで()()()()()()炸裂させるのが目に見えているため、端から触らないのが吉としか言いようがないのだ。

 

 なんなら触らなくてもどっかで起爆しそうな気がするもん俺。

 

 

「その点MODさんなら最悪爆風に変身すれば被害はゼロってわけ」

「……いやまぁ、最近の私なら確かにやれるけど。……爆風に変身ってなにさ?」

「さぁ?」

 

 

 できるんだからそういうもんなんでしょ、としか。

 MODという名前らしい変身能力はますます磨きが掛かっている、という話なのでありましたとさ。

 

 



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爆発的な彼女

「……そうイエバスルーしてしまいマシタが、MODは爆風にもなれるんデス?」

「まぁ、エフェクトもある意味ガワではあるからね」

 

 

 はてさて、一息ついたところでふと思い出した、とばかりに日本被れさんがMODさんへと質問を投げ掛けている。

 

 内容は、さっきの──MODさんの爆風対策について。

 爆発が起きたとしても、自身も爆風になれば被害はない……という大分何言ってるのかよく分からない対処の仕方だが、実際彼女にはそれができてしまうのがなんとも。

 

 MODの名を冠することからわかる通り、彼女の見た目というのは変幻自在。

 かつ、最近は変えられる姿のレパートリーも随分増えたようで、見た目だけならTASさんになることも可能になったとかなんとか。

 

 

「まぁ、見た目が同じになるだけで同じ行動ができるようになるわけじゃないし、なんなら変に有名なせいでちょっかいを受ける可能性が高まるから使うことはないんだけどね」

「?周囲からのちょっかいは優先的に受け続けるべきでは?主に自身のレベルアップのため的な意味で」

「君の基準を私に適用されても困るんだよなぁ……」

 

 

 おっと、MODさんが白目を剥いている。

 これはあれだな、折角変身できるようになったのだから一回くらいは試してみよう、みたいな軽い気持ちでTASさんの見た目になったら、予想していたよりも遥かに面倒なことになったので二度と変身なんてするもんか、って決心した顔だな?()

 

 まぁ確かに。

 TASさんといえば周囲に喧嘩を売りまくるもの(?)、チャレンジャーなんていつでもウェルカム・寝食を休憩とすることすらないのが本来の姿……みたいなもんだろう。

 流石に俺達と一緒にいる時はそういうのは断っている(来ないようにしている)みたいだけど、一人きりなら誰を気にすることもないわけだし。

 で、奇しくもMODさんのお試し変身は、そういうはっちゃけてる時のTASさんのそれに、状況が近似していたと。

 

 周囲に仲間がおらず、敵対者を追い返す必要のないタイミング……。

 そう誤認できる以上、襲撃者達は一つも遠慮しなかったのだろう。

 結果、MODさんにとって苦い顔を浮かべてしまう程度には、その時のことが印象に残っていると。

 なんならトラウマ級の記憶だったり?

 

 

「そこら辺はなんとも言えないけど……まぁ、迂闊なことはするもんじゃないね、とは思ったりしたね」

「ん、それはよかった。気付きは何物にも勝る」

「良いこと言ってる風なこと言うの止めない?」

 

 

 別にプラスだけ得られた話ってわけでもないのに、何故にそこまでどや顔できるのか。

 TASさんの大人物ぶりに、思わず苦笑してしまう俺達なのでありましたとさ。

 

 

 

・A・

 

 

 

「……さて、いい加減現実逃避は止めて、目の前の状況を確認しようか」

「どうしてこうなった」

 

 

 はてさて、そんな感じに和気藹々と会話していた俺達だけど。

 ……いい加減、目の前の状況から目を逸らすのが難しくなってきたため、諦めて問題に立ち向かう決意をすることに。

 

 視線を向けた先には、一面に広がる真っ赤な液体が。

 ……うん、見りゃわかるけど大量の血液が海のようにそこらを沈めているわけで。

 人によってはスプラッター過ぎて、思わず吐き気を催してもおかしくないんじゃないかなおろろろろ。

 

 

「ノー!?先生が真っ青な顔で嘔吐を!?」

「誰がこんな酷い真似を。よしよしお兄さん、胃の中のものを全部吐き出せば多少楽になるよー」

おぼろろろろ(誰のせいだと……)

「うわぁ」

 

 

 ……うん、一応始めに断っておくと、これは知らない誰かの血、とかではない。

 ついでに言うと、MODさんが相対していた敵とか、そういう相手のモノでもない。

 

 ではこれは誰の血液なのか?

 ……正解はミスって俺が転けた際、過程は省くけど色々あってダイナマイトに火が着き。

 それによる爆発の被害を周囲に出さないよう、自身の体を盾にするように覆い被さった日本被れさんが爆発四散した際に出たモノ、である。

 

 ……危ないって取り上げたのに、俺のせいで結局甚大な被害が出てるんだが!?

 

 

「いやー、でも私トシテハちょっと楽しかったデスよ?あ、爆散するのってこんな感じなんダナー、と感慨深く思ったり……」

おぼろろろろろ

「いや流石にそれはフォローになってないというか」

「あれー!?」

 

 

 幾ら本人的になんともないとはいえ、目の前で粉々になったシーンとか見せられて正気でいられるほど人間止めてないんですよ俺はおぼろろろろろ。

 

 いやまぁ、確かに本人の言うように、彼女が爆発を引き受けなければもっと酷いことになってたのは間違いないんだけどね?

 MODさんは確かに爆風に変身して難を逃れることはできるけど、それってあくまでも彼女だけが無事、って話だし。

 TASさんはなんか楽しそうに爆風回避してたけど、そんなのまともな人間に真似できるわけないし。

 

 ……つまり、彼女が庇ってくれないと俺がこうなってたわけで。

 それを思えば、確かに彼女のお陰でなんとかなった、というのは事実なわけだけど……。

 

 

おぼろろろろろ(申し訳なさが勝るんですけど)

「んー、本人が気にしてナイって言ってるんデスから、気にしなくてもいいノニー」

 

 

 申し訳ないという気分がごりごり湧いてくる辺り、これは色々長引くやつだなぁと思う俺なのであった……。

 

 



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改めてスパイ作戦開始のお知らせ

「わかりマシタ。そこまで気にするのデシタら、今度何か埋め合わせシテ貰いマース」

「うんそうして?」

 

 

 うーむ、ようやっと吐き気も収まってきたというか……。

 で、そのついでに日本被れさんへの補償?の方も決まったわけで。

 とりあえず庇って貰ったことは事実であるため、後日何かしら奢ったりすることになったのであった。

 ……何を奢らされるか今から戦々恐々である。

 

 まぁ、それに関してはその問題に直面するであろう、その日の自分に任せるとして。

 改めて、目の前の問題に注視。……現在俺達はMODさんの仕事を手伝い、それを早急に終わらせることでとっとと日本に戻ろう、という方針でいるわけなのだけれど。

 

 

「……具体的に、何をしてイル最中なんデスかこれ?」

「見てわからないかい?スニークミッション(隠密行動)中だよ」

「え?」

「いやえ、じゃなく」

 

 

 なんとまぁ、現在彼女が行っていたのは潜入任務。

 ……滅茶苦茶派手にやらかしてたけど、大丈夫なんこれ?

 ただでさえ爆発したり臓腑が飛び散ったりしてたけども。

 

 

「その辺は大丈夫。うまくごまかしておいた」

「あれを!?」

「うん。身近な音に反応するから。その隙に背後に回り続ければ気を取られて他のことに対処できなくなる」

「ほ、本格的ステルスアクション……!」

 

 

 杜撰な警備体制じゃねーか!!

 ……いやまぁ、相手の感知能力が高過ぎると、多少隠れたところですぐ見つかってしまいゲームにならない……ってのはわからんでもないけど。

 でも視界にギリギリ映らない程度で見逃したり、はたまた音のした方向しか見なかったりするのは不自然すぎると思うの。

 

 なんて、何処に向けたのかわからないツッコミを投げつつ。

 

 

「……まぁうん、それをTASさんがやってるんだからどうにかなったんだろうな、ってのは容易に想像できるけども」

「それで済む辺りある種の信頼感があるよね」

 

 

 最終的には『TASさんだから』で落ち着く辺り、思考停止してんなぁ……と他人事のように思う俺であった。

 

 

 

・A・

 

 

 

「こういうのは形から入るべき」<フンス

「……ってことで着替えたわけなんだけど、なんで全身タイツ……?」

「潜入の場合は周囲の音がほとんどない、ということも多い。そうなると衣擦れの音ですら響く、みたいな可能性もある。そこら辺の心配を減らすのに有効。あと動きやすいというのもある」

「なるほど……?」

 

 

 潜入作戦、ということで何故かみんなして全身タイツに着替える羽目になったのだけれど。

 ……うん、なんというかこう、微妙に間抜けな感じがするのはなんでだろうね?

 あれかな、俺まで全身タイツだからか?

 

 

「女子組だけならセクシー怪盗とかってごまかせたろうになぁ……」

「おや先生、セクハラ発言デスか?」

「……はっ」

笑った!?鼻で笑いやがりマシタよこの人!?

「いや、流石にこの状況は笑われても仕方ないんじゃないかな……」

 

 

 憤慨する日本被れさんを宥めるMODさんの姿は、顔まで隠した覆面状態。

 無論、憤慨している日本被れさんも含め、みんな同じである。

 ……そりゃまぁ、自分で言っといてなんだけどセクシーも何もねぇだろ、という気分にもなるというか?

 いや、体型だけなら日本被れさんも大概なのだが、それこそそこに触れるとセクハラ以外の何者でもないので絶対触れない(真顔)、余計な二次被害も出そうなので絶対触れない(超真顔)

 

 

(何か変なこと考えてるな……)

「とにかく、この姿になったのが潜入のためである以上、さっさとそれを終える以外に着替える機会はやってこない!なので早急(そうきゅう)早急(さっきゅう)に目的を果たそう!オーケー!?」

オーケー(がじがじ)

思考を読んで頭に噛みつくのヤメテ!?

 

 

 なお、こうして騒いでいる間にもTASさんの乱数調整により以下略。

 一通り騒いだのち、先導するMODさんの背後を、極力足音を立てないように追い駆ける俺達である。

 

 

「そこ、赤外線トラップだ!ブリッジしながらジャンプ!(私は引っ掛からない形に変化して抜けるけど)」

「なんだとっ!?」

「任せて、えいっ」<グキッ

「ぐえー!?」

「先生の体が複雑骨折を!?」

 

 

 道中、通らせる気のまったくない赤外線トラップを(無理矢理)回避したり。

 

 

「ここは数メートルに渡って落とし穴が仕掛けられている!飛行するか壁に張り付くかして抜けるんだ!(私は小鳥になって飛んでくけど)」

「了解、お兄さん投げ」

「俺を投げ飛ばして上に!?」

「原理的に不可能なハズでは?!」

 

 

 落ちた先には即死級のトラップが仕掛けられている落とし穴を、俺をぶん投げてその上に乗る……という形で回避するTASさん達がいたり。

 

 

「ここは天井が迫ってくる!明らかに向こうに着くまでに間に合わないから、どうにかして回避するんだ!(私は紙に変化して敢えて潰されるけど)」

「なるほど、えいっ」<ゴシャッ

ぐえーっ!?

「周囲の地面を陥没させるレベルで先生が地面に叩きつけられマシタ?!……え?空いたそこに伏せロ?いや私は平気デ……アッハイ、素直に従いマスデス」

 

 

 天井に押し潰されるしかない部屋で、俺を地面にめり込ませることで回避する隙間を作り出したり。

 まぁそんな感じで、どうにかこうにかスニークミッションを成功させた俺達。

 そうして向かった先で待っていたのは──、

 

 

「これが今回の目的、『ネウロピテの涙』だ」

「怪盗っぽいと思ってたら本当に怪盗だった!?」

 

 

 ガラスケースに納められた、一つの宝石なのであった。

 

 



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怪盗なんだから宝石の一つや二つ

「ネウロピテの涙……聞いたことがある」

「なにっ、知っているのかTASさん!?」

「ルーツ不明・出所不明の巨大宝石の一つ。持ち主に幸運をもたらすという逸話を持つ、こういう時によく見るタイプのやつ」

「うわぁ、本当によくあるタイプのやつだ」

「因みに名前の由来も不明。ネウロピテってなんなんだろうね?」

「いや、TASさんにわからんのなら誰にもわからんよ……」

 

 

 響き的にはギリシャとか?

 ……ともかく、ガラスケースの中に納められた一粒……というには存外大きな宝石を前に、TASさんが簡易的な説明を行ってくれる。

 

 その説明によれば、どうやらこの宝石は経歴のよくわからないタイプに当たり、されどその特筆すべき大きさゆえに代々有り難がられてきたものなのだとか。

 

 それで、素人目的にはダイヤモンドっぽい見た目だが……なるほど、ダイヤで間違いないらしい。

 どれくらいの重さなのかはわからないが、一般的に見かけるダイヤと比べると遥かに大きい……ということもすぐにわかる。

 聞けば、大体百カラット前後くらいの大きさになるのだそうだ。

 

 

「……百カラットって、具体的にどれくらいの大きさになるん?」

「そうだね、およそ二十グラム……と聞くと随分軽く思えるかもしれないけど、過去売りに出された同様の大きさのダイヤモンド達は、どれも数十億ほどの価格で取引されていたというのは間違いないね」

「ほう、数十億とな」

 

 

 ……なるほど、宝石の相場はよくわからんが、話を聞くに結構な高級品に当たるらしい。

 ガラスケースの中の宝石は蛍光灯の明かりを受け、どこか誇らしげに輝いているのであった。

 

 その姿を見ながらうんうんと頷いていると、何処からか視線を感じる。

 視線を感じる方に目線を向けてみれば、MODさんが信じられないものを見るような目でこっちを見ている姿があったのだった。

 

 ……ええと、そんな目で見られるようなこと、何かしましたかね俺……?

 

 

「いや寧ろ()()()()()()()()()()()()()んだよ。……数十億だぞ?庶民にはそうそう手の出ない金額であることは確かで、そんなものを前にしているんだからもう少し緊張するべきだろう。──特に、今からそれを盗みだそうとしているんだから余計のこと、だよ」

「ああ、なるほど。……とは言っても、数十億ってTASさんが秒で稼いじゃうくらいの金額だから、数値的に高いのはわかるけどあんまり緊張はしないというか……」

「ん。風が吹けば秒で出る金額」

「……うん、TAS君を基準に持ち出すのは止めよう、マジで」

 

 

 なるほど、高級品を前に恐れ戦かないことを訝しんでいたと。

 

 ……とはいえ、今更物の金額程度で驚愕できるかと言われると、正直無理があるかなーというか。

 ほら、TASさんと言えば収集癖もセットと言うのがお約束だろう。完全(100%)クリア目指してる的な意味で。

 

 そうなると必然、部屋に置いてあるものが意外なほどの高級品で溢れ返っている、なんてこともしょっちゅうあるわけで。

 読書部の部室ですらあれこれと溢れていたのだ、自室だからと遠慮もどっか行ってるTASさんの部屋なんか、それの数倍……いや数百倍ヤバいに決まっているのだ。

 

 流石に最近は出入りしてないけども、(前周)なら掃除のために彼女の部屋に入ったことだって何度もある。

 ……そりゃまぁ、一々戦いてたら何もできずに終わるわ、というか?

 なんならTASさん、掃除失敗してこのツボ落としたら面白いかも、みたいなノリでトラップ仕掛けてたこともあるし。

 

 

「……参考までに聞いておきたいんだけど、そのツボって……」

「ああうん、国宝級とかなんとかで値段が付けられないようなやつを、それだと気付かせないように設置してたりするんだよTASさん。……物に対する注意力を鍛えるため、とかなんとか言って頻繁に」

「……因みに、落として壊したことは?」

「──壊してもTASさんなら直せるから安心だよね!」

遠回しに答えを言うの止めないかい???

 

 

 ……まぁ、俺の失敗回数が二桁を越えた時点で、「私の訓練にはなるけどお兄さんには無意味」とばかりにぱったりと止んだのだが、トラップ敷設。

 そういうわけなので、高いものを無駄にすることに掛けては右に出るものはいないのが俺、と主張させて貰うことにしよう()

 

 

「いや、それハ決して威張ることデハないデスよね?」

「……ハイ、ソウデスネ」

 

 

 なんて冗談は、唐突に自分が生徒会長──まともな感性の持ち主に分類されるはず、ということを思い出したかのように真顔となった日本被れさんの冷静なツッコミにより、思いっきり駄々滑りすることになったのでしたとさ。

 ……はい、今後気を付けま……え、今後じゃなく今気を付けろ?

 ハイ、仰ル通リデス……。

 

 



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やられたらやり返す、それこそが流儀

 話が盛大にずれたが、改めて。

 

 

「今回の目的はこの宝石、って話だったけど……持って帰るの?これ」

「正確には元の持ち主の元に返す、という任務だね。実のところこのネウロピテの涙、この屋敷の持ち主のモノではないんだ」

「なぬっ」

 

 

 ……まさかの盗品とな?

 いやというか、ルーツ不明とか言ってなかったっけこれ?

 そんな俺の疑問を察したのか、追加でMODさんが説明を投げてくる。

 

 

「あくまで『どこで掘り出されたのか』『どこで今の形に加工されたのか』が不明なだけで、一応の持ち主と言うべき相手は判明してるんだよ。今回の依頼はその人からってわけさ」

「……なるほど?」

 

 

 詳しく聞くところによれば、現在この宝石を実質的に所有している人物──この屋敷の持ち主というのは、この宝石を非合法な手段で手に入れた存在、ということになるらしい。

 で、今回依頼を出してきた人物というのは、その前の持ち主……ではなく。

 

 

「嫁入り道具的に受け継がれて来たものだったとはねぇ……」

「それを今更にナッテ回収、というわけデスか?」

「遠縁の親戚が家宝をぶん盗られた、という形だからね」

 

 

 ()()()()()()()()、ということになるらしい。

 

 ……この時点で大分ややこしいが、どうにもこのネウロピテの涙、現状から一つ前の持ち主・及びそこから遡れる大半の持ち主というのが、嫁入り道具として先祖代々受け継いできた人物になるのだそう。

 で、都合一代前の持ち主も先祖達と同じ様にその宝石を受け継いだのだが、現在はこうして奪われたような形になっている……と。

 

 

「その、前の持ち主っていうのは?」

「今は病院のベッドの上、だね。……有り体に言えば結婚詐欺ということになるのかな?」

「おおう……」

 

 

 そもそもネウロピテの涙が由来等全て不明なのは、家宝として受け継いできた家系がその存在を外に漏らさなかったため。

 それを何処からか嗅ぎ付けてきた現在の所有者が、元々の持ち主である女性を騙して意識不明の重症にし、横から掠め取った……ということになるらしい。

 

 話はそれだけに収まらない。

 なんでも、現所有者である男性は相当に外面のよい人物で、彼が宝石目的に近付いてきたなどということに誰も気付いていないとのこと。

 先代の持ち主である女性の両親も既に他界しているため、そもそもネウロピテの涙というものの存在すら知られていないとかなんとか。

 

 

「……いや待った、依頼主はどうやってそれを?」

「遠縁になっても相手の無事を祈るくらいはできる、ということかな」

「はい?」

 

 

 ここで問題になってくるのは、じゃあどうやって依頼主はネウロピテの涙が奪われたのだと知ったのか、という部分。

 

 遠縁ということは連絡もろくにしていないだろうし、仮に連絡していたとしても男性側は欠片もボロを出していない。

 ともすれば単なる狂言としか判断できない状況で、それでもMODさんが依頼を受けているということは、依頼主の持つ情報に一定以上の信頼性があった、とうことに他ならないわけで……。

 

 そこまで考えたところで、MODさんから返ってきたのは意味深な笑みなのであった。

 

 

「ヒントは幾つか出ているよ。答えを出すことは不可能じゃないかもね?……無論、TASさんを使わないでも、と予め宣言しておくよ」

「むぅ、そうやってしれっと解答権を取り上げるの良くないと思う」

「君を有りにするとヒントとかそもそも必要ないじゃないか」

「何を言う、ヒントは必要。その時のウインドウのアドレスからプログラムを」

そういうことするからダメなんだよ!

「むぅ……」

 

 

 どうやら、現状出揃っている情報からでも察せられるような、わりと簡単な答えらしい。

 ……TASさんの利用を禁止する辺り本当か?感が凄いが……ふむ。

 

 

「少し突拍子もない考え方をする必要性がある、ってことかな?」

「ハイ?何言ってるんデス先生?」

「おっと流石は君。そういう(TAS君が関わる)時の勘は冴え渡るものがあるねぇ」

あってるんデスかソレ!?

 

 

 わざわざ禁じてきた辺り、真っ当な考え方だと答えにたどり着かない……みたいな話だろうか?

 ほら、クイズ番組とかで『頭を柔らかくして』とか『発想を転換して』とか言われる類いのやつ、というか。

 

 どうやらそれは正解だったようで、訝しむ日本被れさんに対し、MODさんは流石とばかりに拍手を贈ってくれる。

 でもその褒め方本当に褒めてる?

 

 まぁともかく、ここで必要なのは閃き……ということは理解できた。

 そして、現状与えられている情報の中で、そういった閃きにより答えが導き出せそうなモノと言うと──、

 

 

「……()、ってことは()()()()()()()()が存在する?」

「い、イヤイヤ先生。宝石で涙と言うト、基本的にハ形が似てるってダケなのが普通……」

「おお、正解だよ君。この宝石には対となる彫像が存在するんだ」

ナンなんデスか一体ぃっ!?

 

 

 ()()()()()、と呼ばれるモノが別に存在するのではないだろうか?それが流した涙だから、ネウロピテの涙。

 その考え方は間違っていなかったようで、感心したように声をあげるMODさんと、ぱちぱちと手を叩くTASさんによって軽く祝福されることになった俺なのであった。

 

 ……どうでもいいけど日本被れさん、TASさんを前に『あり得ない』とかそういう類いのこと考えるの、普通に負けフラグやで。

 

 



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TASさんが興味を示しそうな一品

 はてさて、ネウロピテの涙には対となる彫像が──直接ネウロピテと呼ばれるモノが存在する、ということがわかったわけだけど。

 それだけだと、遠く離れた位置にある宝石の子細がわかる、ということの説明が付かない。

 

 となれば、もう少し発想を掘り進める必要があるということになるわけで──、

 

 

「もしかすると、宝石の方に何かあると彫像に影響が出る、とか?」

「…………(そんなバカな、と思いつつ今までの流れからするともしかして?と思っている顔)」

「うんその通り。正確には、宝石を持つ人間が悪意を持っていると彫像の目元が濁る、みたいな感じらしいね」

(本当だった、と驚く顔)

 

 

 ……うん、忠告を素直に聞いてくれて嬉しいんだけど、もう少し感情を隠す努力をしない?

 なんて呆れを、視界の隅っこで百面相してる日本被れさんに抱いてしまう俺である。

 

 ともあれ、涙になにかあると彫像に異変が起きる……いわゆる呪いの人形的繋がりが存在することが判明したことで、それを根拠に依頼人がMODさんに連絡した、ということがわかったわけだけど。

 そうなると微妙に気になるのが『涙』というネーミング。

 ……まさかとは思うが、実際に彫像の流した涙だったりしないだろうな?

 

 

「…………(空気を読んで黙ってる顔)」

「まさかもなにも、その通りだよ君。件の涙はまさに文字通りのもの。感涙の涙が悲嘆の涙に変わるとなれば、そりゃまぁ本体に影響も出るというものさ」

 

 

 何そのTASさんがすっごい興味持ちそうなアイテム(真顔)。

 これはあれだな、話が終わって報告する段になった時、TASさんが一緒に付いていくって聞かないやつだわ。

 なんならそっちでもう一騒動起きるやつだわ、なんてこったい。

 

 

「まさかとは思うけど……どうにかして彫像を入手できないか、とか考えてないよね?」

「むぅ、MODは私のことをなんだと思ってるの、そんなことはしない」

「そ、そうか。ならいいんだけど……」

「一目見られればそれで十分」<フンス

「ねぇ?それは本当に()()()()()()()ってことなんだよね?それ以外の意味はないんだよね???」

 

 

 いいえ、確実に複製作ろうとしてる顔ですね()

 いや寧ろ単なる複製ならまだマシで、場合によってはフラグを弄って件の彫像を二個に増やす、とか考えていてもおかしくないやつですね……。

 

 その辺りはTASさんが件の彫像の何処に価値を置くかにもよるが、ともかく肖像権的なものが侵害されることはもはや避けられないのは間違いあるまい。

 そういうの()めろよ、とか言われそうだけどそんなんできるなら彼女に振り回されることもないんだよなぁ……なんて思ってしまう俺なのであった。

 

 ……さて、ここで一つ話題を変えると。

 現在俺達は件の宝石が納められたガラスケースの前で、呑気に世間話に興じているわけだけど。

 ──()()()()()()()()()、と思わないだろうか?

 

 道中トラップが沢山仕掛けられていたことからわかるように、この宝石は厳重に警備されているわけで。

 ゆえに普通なら、こうして悠長な真似をしている間に警備の人間がやってきて、最悪蜂の巣にされるのが関の山のはず。

 

 にもかかわらず、俺達は都合十数分程度の間、特になんの被害を受けることもなく会話を続けているわけで。

 いやまぁ、道中のトラップのことを思えば、まったく被害を受けていないというのは嘘になるんだけど……それを踏まえたとしても、やはりそれなりに長い間放置・ないし無視されているような今の状況はおかしい、というのも間違いあるまい。

 

 となれば、答えは一つ。

 俺達はスルーされているわけではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 それだけなら、とっとと宝石を奪還して戻ればいい……みたいな話になりそうなのに、それすらせずにこうして駄弁っている理由。それは、

 

 

「……お、やっと鳴ったねぇ、警報」

「音以外なんもかんも解除済みなんだけどねぇ」

「私がやりました」<ドヤッ

 

 

 コンコン、とこれ見よがしにガラスケースを突っつけば、思い出したかのように鳴り響く警報音。

 まぁ、それと連動して機能するはずの周辺に備え付けられた防犯装備は、その全てを予めTASさんによって無効化されているわけなのだが。

 

 その結果、カメラの向こうでこちらを見ているはずの相手は、()()()()()()()()()()以外に俺達への対処の手段がない、ということになるわけで。

 

 

「はてさて。多少は歯応えがあるといいんだけどねぇ、護衛とか連れてると最高……みたいな?」

「数千人規模でお願いしたい」<ワクワク

「……イヤ、流石にその人数デスと人多過ぎて動けないナンテことになってシマイそうデスよ?」

 

 

 宝石と共に、確保対象となっている花婿──。

 それが俺達の前にわざわざ姿を現してくれるのを待っている、というのが今の状況の真意なのでありましたとさ。

 

 



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とりあえずボッコボコにするけどいいよね?

 警報が鳴り始めてから、都合三分ほど。

 慌ただしい気配がここに近寄ってくるのを察知(具体的には足音が)した俺達は、ようやくかとばかりに下ろしていた腰を上げたのだった。

 尻の部分についた埃を払いつつ視線を前に向ければ、そこには息を切らした紳士が一人。

 

 ──この人物が、今回のもう一つのターゲット。

 花嫁を故意に害し、彼女の持つ涙を奪った最悪最低の花婿である。

 

 

「……お、お前達、ここで何をしている……」

「おっと最初から素をさらけ出していらっしゃる。これは遠慮が要らない、と判断されたからかな日本被れ(ワトスン)君」

「誰がワトスンデスか、誰が。……まぁ、体裁を整える余裕がナイ、と見るのは自由じゃないデショウか?」

「……っ、質問に答えろォッ!!」

 

 

 全速力で走って来たのか、ぜいぜいと息を切らす花婿。

 両脇に控えた護衛達(狭いので四人しか見えてないが、その後ろにも数人控えている)は流石に大丈夫そうだが、それでも汗を掻いているのが見える辺り結構な距離を走ってきたのは間違いなさそうだ。

 

 それに対してこちら、確かにたどり着くまでにさまざまなトラップの妨害にあったが、それらをくぐり抜けたのも今は昔。

 ……要するに息を整える余裕なんて幾らでもあったわけで、この時点でどっちが有利かは明白なのであった。

 いやまぁ、TASさんがこっちにいる時点で、明暗は既に決まったようなものというのも間違いじゃないんだけども。

 

 とはいえその辺りの事情について、向こう側が知るわけもなく。

 余裕綽々で会話する俺達に怒り心頭となった花婿は激昂し、それに合わせて周囲の護衛達も各々得物を構え始める。

 ……大体ハンドガンだが、中には機関銃を構えているヤツも見えた。

 

 

「答えろ、とは言うけどね。そもそも予告状は出していたと思うんだけど?」

「予告状……っ?……あの、ふざけた文面のヤツか?正気か貴様」

「おっと、人のことを言えた義理じゃないと思うけどね?」

 

 

 それでもこちらの態度は崩れない。

 代表して話すMODさんは流石の胆力で、怒気を漲らせる花婿にまったく怯むことなく会話を続けている。

 ……こうしてみると、MODさんって怪盗の才能もあるのかもしれないなぁ。

 

 それは置いといて、話題に上がった予告状について。

 どうやらMODさん、こうしてここにたどり着くよりも前に、目の前の花婿に対して予告状を送っていたらしい。

 まぁ、相手には悪戯か何かと思われ、真剣に取られていなかったようだが……ゆえにこそ、相手を嘲り頭に血を昇らせるきっかけにもなっているわけで、寧ろ相手のミスと言うべきな気がしてくるというか。

 

 ……ところで、花婿が冗談や悪戯だと思ってしまうような予告状の内容、だけれども。

 

 

「『今夜、貴方の罪によって流れた涙を頂戴しに参ります』──これ以上ないほど、警戒しなきゃいけない文面だと思うけどねぇ。()()()()()()()()()()んだし」

「……つまり、お前もその宝石の噂を知っていて狙っていた、ということか」

 

 

 本人が述べた通り、彼はその意味をいの一番に理解していないといけない類いのものだった。

 それを今、彼は再び耳にして──うん、なんか愉快な勘違いをした様子。

 まぁ、広く知られていないはずの宝石の情報を知っていて、かつそれをネタに予告状を書く人物……となると、彼の知っている知識の範囲では『自分と同じくこの宝石を狙っていた存在』、としかならないのはわからんでもないが。

 よもや取り返しに来るヤツが彼女(花嫁)以外にいた、とは思わないというか?

 

 とはいえ、その勘違いを肯定する理由もない。

 こっちとしては彼も含め、必要なものを全て確保してさっさと戻る以外の選択肢はない。

 ゆえに、俺達を代表して話をしていたMODさんは。

 

 

「──バカかい、君。書いてあること以上を読み取ろうとするのは、己の知性を必要以上に見積もった愚か者のすることだよ?」

……もういい!この大馬鹿者をさっさと殺せぇっ!!

 

 

 更なる挑発で、戦闘の火蓋を切って落とさせたのだった。

 

 同時、花婿の言葉を待ってました、とばかりに光る銃口。

 マズルフラッシュが薄暗い部屋の中を代わる代わる照らし、それに呼応するように鉄の玉がこちらへと絶え間なく発射される。

 無論、そんな状況に俺みたいな一般人が留め置かれたら、あっという間に蜂の巣になるしかないんだけど……。

 

 

「今日の私は中華気分。あちょー」<アチョー!

「……はっ!?

 

 

 そんな未来、TASさんが承認するはずもない。

 どこからか取り出した長めのタオルをひょい、と彼女が振るえば、それに触れた銃弾はまるで忘れ物でもしたかのように元いた場所へと返っていく。

 

 ──結果、数秒の銃撃は彼らの武装を破壊する、という形で答えを返したのだった。

 これには花婿も困惑顔。

 

 

「……は?」

「ウーン、飛び道具なら任せてくだサイ……なんて言うつもりデシタが。この結果を見せラレルと、なんトイウカ自信をなくしマース。──なので」

「はい?」

 

 

 その隙を逃さず、飛び込んで行くのは日本被れさん。

 自身の肉体の欠損を恐れぬ、明らかに人が出してはいけない速度での突貫。

 無論、そんなものに直撃した護衛は耐えられるわけもなく、無様になぎ倒されていく。

 

 そんな猟奇的な(折れてるのも出ている血も全部日本被れさんの)光景を真横にした花婿は、唖然とした表情のまま横に顔を向け。

 

 

「──楽しいドツキあい、やりマショ?」

「────!?」

 

 

 声にならない悲鳴を一つ、あげたのだった。

 ……夢に出そうだな、これ。

 

 



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