ハイスクールD×B~サイヤと悪魔の体現者~ (生まれ変わった人)
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始まりと破壊のサイヤ人
全ての始まり


今回からしばらくは投稿のみが続くのでご了承ください。
それと、もう一方の小説とプロローグが被っているのもお詫びいたします。


目を開けたら時々思い出す……

 

『……ついに……ついにできた……』

 

 その声は地から聞こえてくるように暗く、歪んだ歓喜を含ませていた。

 

『体格も小さく、戦闘意識もオリジナルとは少し遠いが、戦闘力は間違いなく五分五分……』

 

 ―――これでカカロットとベジータなど……―――

 

 男の言葉の意味がよく分からない……それでもこの声が不快だった。

 

『パラガスさま。既にブロリーさまがおられるのに何故この様な者を生んだのですか?』

『アレはもう制御装置無しでは私の言うことなど聞く訳もない。だからこそ制御の効く、純情な新たな“息子”が必要なのだ』

『では、ブロリーさまは……』

『コントロールできれば兄弟で…三人で宇宙を支配する。もし、万が一のことが起きれば……この惑星は間も無く彗星を衝突させる』

 

 男は部下の科学者と思われる異星人の問いに淡々と答える。

 

『つまり、そういうことだ』

 

 男…パラガスと名乗る男は部下にそう冷たく、笑いながら言うと部下は冷や汗をかいてパラガスから目を逸らす。

 

『さあ始まるぞ……』

 

 パラガスは目の前の試験管の前で両手を広げる。

 

 まるで旋律を導く指揮者のように……

 

『私の時代……私の宇宙が……』

 

 試験管の中の尻尾を生やした赤ん坊に自分の望みを託すのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、パラガスの野望も空しく新惑星ベジータと共に砕け散った。

 

 割れた試験管も宇宙のチリとなって……

 

 

 

 ブロリーとの死闘から数日が経ったカプセルコーポレーション

 

「断る」

「そうかてえこと言うなって、頼むよベジータ」

「お断りだ」

「んなこと言ったらかわいそうじゃねえか」

「くどい!!」

 

 新惑星ベジータでの死闘から地球に辿りついた悟空とベジータは言い争っていた。

 

 その原因は悟空が抱いている赤ん坊のことだった。

 

「そいつはパラガスのガキだ。どうせロクなものじゃない」

「決めつけるなよ。こんなにちっちぇえなら何もできやしねえって」

 

 それは惑星が爆発する直前にウーロンが水の抜けた試験管の中で泣いていた赤ん坊を拾ってきた。

 

 そして、そのまま宇宙船と一緒に乗ってきた。そしてすぐに悟空に申し出た。

 

「チチが『ウチにそんな余裕はねえだ!!』っておこんだ。その分ベジータんとこなら金もいっぺえあるから子供の一人や二人なんて簡単だろ?」

「ふざけるな!! こんな得体の知れないガキを家に置いてられるか!!」

「だから大丈夫だって言ってっだろ? こんな子供ならなんもできねえって」

 

 悟空は依然として赤ん坊をベジータに預けようとして、ベジータも依然として赤ん坊を受け取ろうとはしない。

 

「預かってもいいじゃねえか!! オメエとオラの仲じゃねえか!!」

「そんな気色悪い物なんかない!! もしこいつがサイヤ人ならこいつがオレに向かってくるかもしれん!! ましてやパラガスのガキだ!!……ならばここで……」

 

 ベジータは手にエネルギーを収束し始めた。それを見た悟空は表情を一変させ、赤ん坊をかばうように構える。

 

「止めろベジータ……こいつはまだ赤ん坊だ。滅多なこと言うんじゃねえ」

「そいつはサイヤ人……少なくともブロリーとなにか繋がりがあるはずだ……」

「なら、オラとオメエで導いてやりゃいい……違うか?」

「戯言は聞き飽きた……そいつを離さなければ貴様もろともぶっ殺すぞ」

「……それがオメエの答えか……」

 

 悟空はベジータの揺るぎない瞳を見つめ、悟空は覚悟を決めた。

 

 こうなった好敵手は話し合いなどで止まるわけがない。

 

 止めたければ己が力を以て黙らせる……それしかなかった」

 

「ウ……アウ……」

 

 二人の闘気にあてられて赤ん坊がぐずり、涙が溜まっていく。

 

「わりいが今のオメエにゃあ負けるわけにはいかねえ」

「いいだろう……この際だ……決着をつけるぞ」

 

 周りの地形が二人の気に耐えられずに部屋が悲鳴をあげる。

 

「オギャア!! オギャア!!」

 

 赤ん坊は別の場所に降ろされるが、遂に泣きだしてしまった。

 

 そんな赤ん坊を無視して二人のサイヤ人は間合いを確認して牽制し合う。

 

 静寂が辺りを支配していた。

 

 そして二人が拳を固く握った。

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止めなさいアナタ達!!!!」

「ぬお!」

「おわ!」

 

 二人は第三者の怒声で決闘は止まった。

 

 思わぬ大音量に二人は耳を塞いだ。

 

「子供の前よ!! これ以上やったらタダじゃおかないから!!」

 

 その声の主こそカプセルコーポレーション会長の娘であり、地球で一、二位を争う強い妻・ブルマである。

 

 ブルマは未だに泣いている赤ん坊を抱き上げる。

 

「お〜よしよし、怖いおじちゃんでちゅね〜」

 

 などと言ってあやしてやる。彼女のいきなりの飛び入り参加に悟空はおろかベジータでさえも目を見開く。

 

「アウ……ウウ……フエェェェ……」

「ねんね〜……ころりよ〜……♪」

「……zzz」

 

 段々と泣き止み、ついには泣いて疲れたのかブルマの腕の中で眠りについた。

 

 ブルマは寝たのを確認すると、音を経てない様にゆっくりと、それでいて素早く別の部屋へと運んでやった。

 

 伊達にトランクスの子守りをやっているわけではないと言わんばかりに慣れた手つきを披露した。

 

 しばらくしてブルマは二人の元に戻ってくると、また二人に食いかかるように詰め寄った。

 

 しかもその表情は怒りに満ち満ちていた。

 

「孫くん!! いくら話が通じないからって子供の前で暴力に持っていかない!! ベジータも物騒なことは言わないの!! 相手はまだ赤ちゃんなのよ!!」

「い”〜……オラは別に……」

「何も知らんくせに……お前も奴の危険性を理解できんのか!?」

 

 参ったように委縮する悟空に対してベジータは横槍に気分を害したのか腕を組んでブルマを睨む。普通の人ならば失神してしまうほどの威圧を放って……

 

 だが、流石は最強の妻というべきかそんなベジータを相手に引かずに食い下がる。

 

「あの子がなんであろうとまだ子供なのよ!! ちゃんと面倒みれば問題ないわよ!!」

「奴がサイヤ人としてお前を殺すかもしれんぞ?」

「なら、なおさら放っておくわけにはいかないわ!! あの子は私が面倒みる!!」

「何ぃ!?」

 

 ブルマの仰天発言に流石のベジータも驚愕に目を見開く。

 

 そして、今度はブルマに詰め寄る。

 

「ふざけるな!! オレ様はお前を案じてやっているのに何をヌかしやがる!!」

「へ〜……あんたが私を心配なんて……あんたにそんな良心があったなんて知らなかったわ」

「なんだと!? それが夫に対する口の聞き方か!!」

「なによ!! トランクスの面倒も任せっきりでよくもそんな口が叩けるわね!! そんなにいい夫になりたかったらね、少しは育児に協力なさい!!」

 

 どんどんと加速していく夫婦喧嘩にもはや空気となった悟空もその光景を見つめるしかなかった。幾度も全世界を救った英雄も見る影が無いほどに……

 

「もういい!! 精々殺されるために育てるがいい!!」

「ふん! そんな子にはさせないわ! 見てなさい! 母の力を見せてやるんだから!」

 

 そんな悟空を置いてけぼりにして喧嘩を続けていたベジータも遂にブルマの勢いに屈した。

 

 そっぽを向くベジータにブルマは勝ち誇ったように続ける。

 

「あの子は立派に育てる!! 決して人に言っても恥ずかしくないような子に育ててやるわよ!!」

「サイヤ人にそんな綺麗事は通用せん!! どれだけ叱ったり矯正させようと、あのガキの本能には残虐非道なサイヤ人が眠っている!!」

 

 ベジータが言わんとしているのはこうだ。サイヤ人は血と戦闘を好む生粋の狂戦士であるがゆえに殺しを躊躇しない。それが親であってもだ。

 

 気に入らない相手であれば親であろうと殺す。

 

 つまり、サイヤ人を育てるには相応の覚悟をしなければならないということだ。

 

「お前はサイヤ人のことを分かっていない……奴は戦闘と血を好む」

 

 傍から見れば冷徹に答えているようだが、ブルマと悟空には分かった。

 

 これがベジータなりの優しさなのだ。

 

 今まで傍若無人に振る舞って、殺しに殺した彼だから普通の接し方が分からない。

 

 そんな彼だからこそ、サイヤ人のことを理解し、警告をしているのだ。

 

 そんなベジータにブルマは軽く笑って続けた。

 

「なら、なんであんたはここにいるのかしら?」

 

 その一言にベジータの肩が一瞬動く。

 

「あんたが残虐なサイヤ人なのは分かってる……けどこうして平穏に過ごし、父親になったじゃない」

「……」

「あの子とあんたが同じだって言うならきっと大丈夫よ」

 

 胸を張って言ったこの言葉に嘘はない。

 

 ベジータと過ごしてきた彼女だからこそ彼の悪いところといい所を理解している。

 

 そんな彼女だからこそ、あの赤ん坊を立派に育てたいと思ったのだ。

 

 彼女の意志の堅さをベジータは察知し……

 

「……勝手にしろ」

 

 そう言い残してベジータはブルマと顔を合わせることなく部屋を後にした。

 

 その場に残ったブルマに悟空は近付いてお得意の能天気フェイスで言った。

 

「よかったな」

 

 それに対して素直になりきれないベジータ姿を思い出しながら笑って応える。

 

「えぇ……本当に……」

 

 ブルマの顔はこれ以上にないほど輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして悟空が帰って外が暗くなった時、ブルマは気持ち良さそうに眠っている赤ん坊に笑いかけて頬をつつく。

 

「……ん〜………」

 

 赤ん坊が唸る姿に優しく微笑むブルマ

 

「あんたの母親になったからには立派に育てるわ」

 

 トランクスのように優しくてかっこいい息子に……

 

 ベジータのように誇り高い息子に育つように……

 

「私のような美人で天才が母親になったんだから覚悟しなさいよ……」

 

 そんな願いを込めて新たな命に名前を付ける……

 

「『カリフ』……私のもう一人の息子……」

 

 ありったけの愛情を籠めてもう一人の息子……カリフの頬と別の息子であるトランクスの頬にキスをして一日を終えたのであった。



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夢への一歩

 ベジータの一家に新たな家族が増えてから七年が過ぎた。

 

 あれ以来、ブルマの育児量が倍近くまで膨れた。

 

 トランクスに加えてカリフの育児に毎日を追われていた。それでも投げ出すことをしなかったのは流石だとしか言い様がない。

 

 彼女のあの時の決意が本物だったからこそ為し得た偉業だと言える。

 

 基本的にトランクスとカリフは双子として育てられた。

 

 トランクスはともかく、意外なことにカリフにはサイヤ人特有の狂暴さは見られず、比較的トランクスと同じ感じだった。多分、そこもパラガスの差し金だろう。遺伝子操作さえできればそのくらいどうにでもなる。

 

 そんな二人も乳飲み子から今では立派に育ち、トランクスは天真爛漫なやんちゃ小僧となり、カリフは冷静沈着な性格となって育った。

 

 トランクスが“動”ならカリフは“静”と言った感じだ。

 

 正反対な性格な二人だけれど、今ではカリフが兄でトランクスが弟という方程式が成り立った。

 

 もちろん、孫一家とも面識があって普通に接している。悟飯もカリフとトランクスを弟のようにかわいがった。

 

 そこへ孫一家にも新たな命が生まれ、悟天という弟ができた。

 

 それを機に両一家とも親密になったのだった。

 

 そして、カリフを危険視していたベジータはというと、今ではすっかりカリフを息子として見ていた。

 

 最初の四、五年はカリフを警戒していたのだが、ブルマの熱血教育が功を奏した。

 

 時々、問答無用で殴りかかってきたこともあったがベジータの鉄拳制裁教育もあって理性のほうもあらかた問題はない。

 

 カリフ自身もトランクスと悟天よりも頭一つ戦闘力も身長も大きく、さらさらの黒髪をなびかせ、年相応のかわいさは無く、凛々しさが目立つ。

 

「ベジータ、重力制御装置を起動させたいのだが……」

「……ついて来い」

 

 このように、普通に接したりもする。つまり今ではあまり問題ないということだ。

 

 このベジータさまにかかればそれくらい当然だからな。

 

 ただブルマとしては、少し残る残虐なサイヤ人の部分に不服を感じているそうだ。

 

 オレとしてはそれくらいがちょうどいいとは思っているし、どっちかといえばオレ様に似て育ったことが少し自慢だったりする。

 

 このことをブルマにチクりやがったら遠慮なくブチ撒けるから覚悟しやがれ。

 

 そして、オレはそんな七歳の息子にある話を持ちかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした? ベジータ」

「来たか。座れ」

 

 とても親子とは思えぬ淡白な会話だが、これがこの家の日常である。

 

 ベジータはカリフをある一室に呼びだして正座させる。

 

「……」

「……」

 

 両者とも向かい合って何も喋らず、本来なら居心地が悪いところだけど二人にとってはそんな沈黙などなんとも思わない。

 

 そんな感じで向かい合っていたのだが、その長い沈黙もベジータによって破られた。

 

「宇宙へ旅に出る気はないか?」

「旅?」

 

 ベジータからの意外な提案にカリフの眉が僅かに動く。

 

「何故そんなことを急に提案するのだ? 今までそんな素振りも話もでてこなかったというのに……」

「今さっき思いついたからだ」

 

 父親の気まぐれにカリフは少し頭を抱える。

 

 少し神経質なカリフにとってベジータや悟空の気まぐれには手を焼いているようだ。

 

「……オレがブロリーのクローンだからか? それとも……」

「御託は聞いていない。答えは?」

 

 そんなことはどうでもいいと言わんばかりにベジータは答えを催促すると、カリフは少し考え……

 

「いいだろう。どうせならすぐに行きたい」

「よし、それなら二日後にお前を飛ばしてやる。それまでに準備しろ」

 

 カリフは至極、いつも通りに返し、ベジータもあっさりと話を切り上げる。

 

 ベジータが部屋を出て、カリフが一人になると一人物思いにふける。

 

(……ベジータが急にあんな提案をするには何かしらの理由がある……あんなつまらん言い訳などしやがって……なにを考えるか……)

 

 カリフの中でのベジータは父親とは他に闘いのイロハを教えた師、同時に越えるべき相手と考えている。

 

 それ故に、ベジータが気まぐれなのと頑固なのはよく熟知しており、誇り高く、愚かな男では無いとも思っている。

 

(単にオレを強くしたいのか……もしくはオレを追い出したいのか……)

 

 カリフは基本、打算的な考えで動き、戦を好む。そして無駄だと思うことには無関心である傾向がある。

 

 どうしようもなく暇なときは鍛錬をしたり、別の娯楽をさがすことがある。

 

 事実、ハンターハンターも数少ない彼の娯楽の一つである。

 

(……まあいい)

 

 しばらく考えていたが、分からないことをいつまでも引きずりはしない性格のため、ベジータの心の内を推測するのを止めた。

 

(あっちが何を考えているにせよ、この旅はオレにとって好都合……いや、むしろ僥倖と言うべきか……)

 

 カリフのサイヤ人としての血がうずく。

 

 胸が熱くなり、衝動が段々と強くなり、抑えきれなくなる。

 

(宇宙なら修業という名目で存分に殺り合える機会も多くなる……母親のうるさい小言も聞かなくて済むと言う訳か……)

 

 銀行強盗や殺人犯やチンピラなどのゴミを一度だけ本気で殺そうとしたこともあったが、その時は悟空に止められ、母親の不本意な説教を喰らったのを覚えている……

 

 だが、あの時感じた血の匂い……高揚感も未だにオレの胸に刻まれ、記憶されている……

 

 もし、あのまま血を浴びればオレはどうなっていただろう……考えるだけで更に胸が高鳴ってくる……!!

 

 殺りたい

 

 

 

 

 

 闘りたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦りたい

 

 

 

 

 

 

 やりたい

 

 

 

 

 

 

 ヤりたい!

 

 

 

 

 

 

 ○りたい!!

 

 

 

 

 ○●たい!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(だが……)

 

 母親とベジータには育てられた恩がある故に、奴等との約束を破るわけにもいかん……

 

 あの時、オレは四つの誓約を交わされた。

 

『無闇に命を奪うな』

 

『殺す意志がない相手は殺すな』

 

『殺すにしても理由を聞いてから』

 

『むかついたら殺せ』

 

 最初の二つが母親で、あとのはベジータとの誓約である。

 

 母親は兎も角、ベジータまでもがこんな誓約を交わしたことには素直に驚いた。

 

 理由はベジータは教えてくれず、悟空に聞いてみると……

 

『本能に任せるだけでなく、ちゃんと己を律する心を持て……ベジータはそう伝えたかったんじゃないかとオラぁ思うぞ』

 

 最後のはどうかと思うが……たしかに悟空とベジータの言い分にも一理ある。

 

 本能に任せ、失敗した経験などベジータやブルマからよく聞かされた。

 

 そう思うと、この誓約を守ることにも何かしら得るものがあるのではないか?

 

 そうでなくても、オレは約束を破られるのとウソをつかれるのには我慢ができない。

 

 故に、オレも約束も破らないと内に決めた。

 

 そして、この旅はオレの試練なのかもしれない……ベジータが思いついたことなのだから一筋縄にはいかないだろう……

 

 そんな風に考えながらもオレは高揚していた。

 

 やかましい親元を離れ、退屈な地球からもようやく解放されるのだから……

 

「くくくく……はっはっはっはっは……」

 

 オレは抑えきれない興奮を抑えられず、誰もいない部屋で一人、言い表せぬ快楽に身を任せるのであった。



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いざ、宇宙へ!

 

 ベジータ公認の旅が決定してから二日経ち、遂に旅立ちの日を迎えた。

 

 カプセルコーポレーションのロケット打ち上げ台に宇宙船が設置され、宇宙船の前には悟空一家、ベジータ一家がいた。

 

 そんな光景にもカリフはいつものように仏頂面で見送りに来た人達を指差して……

 

「何故こいつ等がこんなとこに来ているのだ?」

 

 不機嫌そうにベジータに聞くも、ベジータまでもが不機嫌そうに腕を組んで応える。

 

「知るか」

 

 となれば、こいつ等を呼んだのは母上と我が愚弟のトランクスか……余計なマネを……

 

 そう思いながら鋭い目で二人を睨めつけると、トランクスはブルマの足元に逃げ、ブルマは華麗に無視してほくそ笑む。……納得いかねえ……

 

「ねえねえ……」

「?」

 

 もう諦めて頭を抱えていた時、我が二人目の愚弟の悟天がオレの足を引っ張ってきた。その顔はあと一歩で泣き崩れる寸前だ。

 

 それと同時にトランクスも悟天と一緒にオレを見上げてきた。

 

 こ奴等も最後の最後まで……

 

「なんだ?」

「……カリフはいつ帰ってくるの?」

「なに?」

 

 トランクスの一言に呆気にとられる。

 

 帰る? オレが? なんのために?

 

 そう思っていると、悟天までもが聞いてきた。

 

「次に帰ってきてもっともっと強くなったらボクたちとまた試合しようよ……」

 

 やかましいガキにしては珍しく暗く塞ぎこみやがって……調子を狂わせてくれる……

 

「そんな約束など知らん」

「「え?」」

 

 期待していた言葉とは反対に、聞きたくなかった無機質な言葉だけが帰ってきた。

 

「このまま帰ってくることはないかもしれんからその約束はしない」

「そ、そんな……」

 

 地球にはなんの未練も感慨もないからもしかしたらもう二度と地球に寄ることはないだろう。

 

 思ったことを言ったらトランクスと悟天が涙を溜めてオレを見てきた。

 

 そんなオレに見かねた母親がオレに言ってきた。

 

「本当はアンタを旅に出すのは私は反対……けど、アンタは家で一番ベジータに似ているから引きとめはしない……だけどね……」

 

 ブルマはもう諦めたかのように言うが、後でベジータを横目で睨む。睨まれたベジータは知らん顔でそっぽを向く。

 

 ここ毎晩、ベジータとブルマの口喧嘩が激しかったことと明らかに関係あるのだが、そんなことどうでもよかった。

 

 気を取り直してブルマはカリフに向き直って、まごうこと無き母親の顔で命令する。

 

「時々、疲れたら帰って来なさい……その時はウンとご馳走してあげるから」

 

 ……不覚にもその言葉にオレは少しだけ胸が軽くなった気がした。

 

 このオレがガラにも無い……これ以上いると複雑になってくる……

 

「もう行く」

 

 場の雰囲気に耐えきれなくなって宇宙船に乗り込む。

 

 そんな中でオレに声をかけてくるギャラリー

 

「じゃあな!! 修業頑張れよ!!」

「また悟天とあそんでやってけろ!」

「帰ったら試合してあげるから帰って来い」

「次に会ったらカリ兄ちゃんより強くなってやるんだ!!」

 

 悟空、チチ、悟飯、悟天のがカリフに暖かい言葉を送る。

 

「だったらオレ悟天よりも強くなって先に倒してやる!!」

「元気でやんなさいよ」

「次に会ったらミッチリと鍛えてやる。ありがたく思え」

 

 トランクス、ブルマ、ベジータからの激励。

 

 中には聞き捨てならない言葉も混ざってはいるが、あまり気にしないで乗り込む。

 

 荷物を中に放り投げてカリフは宇宙船から顔だけ出して一言言ってやる。

 

「なんだ? しおらしく別れの挨拶とは女々しい奴だ」

「黙れ」

 

 ベジータの嫌味にカリフも思わず言い返し、気を取り直す。

 

「余計なことを言う気はないけど、これだけは言わせてもらう」

 

 その顔には自信に満ち溢れていた。

 

「次に会った時は……オレがNo.1だ。だから精々足元をすくわれんように精進するがいい」

 

 そう言うとすぐに宇宙船のハッチを閉じ、宇宙船を起動させる。

 

 辿る道は最強への道、苛烈を極める獣道

 

 だけど、彼は歩みを止めない。

 

 その道こそ彼の信じる道であり、憧れ続けていた道。

 

 皆の声援を受けたカプセルコーポレーションのロゴ入り宇宙船はゆっくりと、着実に天へと登り……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光となって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消えていった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ったか……」

 

 ベジータはいつもの仏頂面で天を仰ぎ、宇宙船を見届ける。

 

「あんたが追い出したのに、なに感傷に浸ってるのよ」

「感傷? くだらん。これで生意気なガキが当分消えてくれると思って清々していたところだ」

「ふ〜ん……」

 

 ブルマは平然と辛辣なことを言うベジータを細目で睨み……

 

「じゃあなんで笑ってるのかしら? 口が上がってるわよ」

「なっ!!」

 

 ブルマの一言で顔に手を当てて顔を隠そうとするるベジータ。

 

 そんなベジータを一瞥して一言。

 

「ウソよ」

 

 その一言にベジータはハッとし、顔を赤くさせて震えながら拳を握る。

 

「こ……のぉ……夫をからかうんじゃない!!」

「じゃあ行くわよ。トランクス」

「うん!」

「おい! 無視するな!!」

 

 トランクスと手を繋いでベジータを無視するブルマに怒声を上げて追いかけるベジータ

 

 その後ろ姿を見ていた悟空だけが分かっていた。

 

 カリフはどちらかと言えばベジータに似た。

 

 だからこそ、ベジータは本人の意志を尊重し、涙を呑んで愛息子を送ったのだ。

 

 同じサイヤ人だからこそ分かるベジータなりの愛情を悟空だけが見抜いていた。

 

 誇り高い王が魅せる密やかな優しさがそこにはあった。

 

「やっぱオメエはすげえよ……ベジータ」

 

 悟空はだれにも聞こえない程の声で静かに呟いた。

 

「悟空さ! 早く帰るべー!」

「おぉ! 今行く!」

 

 チチに促された悟空は家族の元に走り寄る前にもう一度だけベジータをチラっと見て、そして笑った。

 

 悟空の視線の中に写ったのは……

 

 誰にも気付かれないように天を仰いで優しい笑顔を浮かべる……

 

 

 

 ベジータの姿だった……

 

「本当に……生意気なガキになりやがって……」

 

 ベジータの声は

 

 

 

 優しくそよぐ風に乗って

 

 

 

 

 

 

 空へと

 

 

 

 

 

 

 溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が経った青い惑星……地球。

 

 

 地球はいたって平和であり、人々の笑い声で溢れていた。

 

 

 そんな地球のとある山で、一人の人影が崩れた小屋の前で呆然と膝を着いていた。背丈から見て少年と思えた。

 

「……」

 

 その人物の瞳には生気は無く、永久の闇のごとく黒に染まっていた。

 

 その人物の手にはいくつもの風化した写真が握られていた。

 

 写真に写っているのは穏やかに笑う老婆と二人の息子と思わしき青年が二人、そして小さく、バンダナを付けた女の子と女の子と良く似ている母親と思わしき女性が……

 

 その他に老婆と楽しそうに肩を組むもう一人の老婆と、その老婆の肩に手を添える人のよさそうな紫の髪の好青年が写っていた。

 

 ここまでなら普通の集合写真である。

 

「……」

 

 だが、その中の二人の人物の存在に写真を見た少年は衝撃を与えていた。

 

「……」

 

 その存在は写真の中央に隣り合わせで座っていた。

 

 一方は仏頂面でそっぽを向く男と、もう一方はそんな隣り合う男を見て太陽のような能天気な笑顔を浮かべる男性が……

 

「……」

 

 見間違うことのない……

 

 

 

 

 

 

 

 変わらぬ姿で写真に写る

 

 

 

 

 

 

 

 

 偉大なる師である悟空と……

 

 

 

 

 

 

 

 偉大なる父であるベジータが写真の中にいたのだから……

 

 

「……」

 

 

 少年の瞳は黒に染まっていた。

 

 深い、深い、光の届かない黒に染まっていた……

 

 

 

「……」

 

 少年……カリフは絶望に打ちひしがれた。

 

「……」

 

 かつてのパオズ山の……悟空の家の跡の前でただひざまづくしかできないほどに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家族と友人達との約束通り、カリフは帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 200年の時を経て

 

 

 

 

 

 

 

 彼の知る人もいない地球へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰ってきたのだった……



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狂い始めた歯車

「来るな化け物!!」

 

 とある星、無法者が根城にする惑星があった。

 

 そこには強姦、殺人などの犯罪歴を持つ犯罪者が徒等を組んでいた。

 

 好きな時に好きな物を略奪することがこの星の日課となっていた。

 

 だが今は、そんな星に混沌が訪れていた。

 

 様々な種族の異星人がある一点に銃を乱射していた。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇ化け物ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 星の住人達の周りは凄惨たる光景が広がっていた。

 

 体を縦に引き裂かれている者、腸をぶちまけて事切れている者、上半身を引きちぎられて下半身を血に塗らす死体、首を抉られて倒れる者様々だった。

 

 爆煙と血の匂いが充満する建物での攻防線は苛烈を機分けていたかのように思われていた……が

 

「是非も無し」

「え?」

 

 そんな無機質な声が聞こえた直前、その場で銃を乱射していた住人のほとんどが腹から内臓を、頭から脳しょうをまき散らして破裂した。

 

「ぎゃあああああぁぁぁぁ!!」

「いてえ……いてえよぉ……」

 

 死に至らなかった者も手足が急に『弾き飛ばされた』

 

「ふははは……少し押しただけで壊れたな」

 

 そんな地獄の中で一人だけ楽しそうな声を上げる。

 

 その正体こそが、犯罪惑星の住人を皆殺しにし、今さっきも高速で九十人近くを絶命させた人物。

 

「心配するな。一瞬で楽にしてやる」

 

 犯罪者を追い詰めた少年・サイヤ人のカリフは爆煙の中から堂々と現れた。

 

 手に持っていた“誰かの”腕にかぶりつきながら……

 

「美味」

 

愉しそうに笑っていた。

 

「ひぃ!!」

 

 仲間と思われる腕を美味しそうに食べる少年に犯罪者は命乞いを始めた。

 

「待ってください!! 金は上げますから命だけは……!」

 

 住人は銃を捨ててカリフに命乞いをする。地面に手を置いて涙を零す。

 

 それを見下ろしていたカリフはというと……

 

「ほぅ……貴様はそんな命乞いに耳を貸したことがあるのか?」

 

 カリフは腹の虫を鳴らしながら呟いた。

 

「永久に眠れ」

「へ?」

 

 その瞬間、カリフは住人の頭を噛み砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を遡り、カリフが旅立ってから二年が経った。

 

 彼は惑星という惑星を渡り、修業を続けていた。

 

 目的は一つ、自由に生き、強くなるためだった。

 

 無人の惑星で修業し、星ぐるみで徒党を組む犯罪者を相手に切磋琢磨を続けてきた。

 

 生意気な者は片っ端から殺し、塵に変えてきた。

 

 だが、それでも弱き者と罪なき者には極力手を出してこなかった。

 

 そして、彼は未だにスーパーサイヤ人2で止まっていた。

 

 つまりは伸び悩んでいたと言う訳だ。

 

「はっ! はっ! ふっ!」

 

 宇宙船に設置されている重力制御装置を稼働させてシャドーボクシングを行っている。

 

 設定は50G

 

 仮想の相手は今までに戦ってきた自分の父。

 

「ちぇらあぁぁ!!」

 

 渾身の拳を振るうが片手で受け止められ、カウンターの拳が返ってくる。

 

「ちっ!……くそがぁ!!」

 

 舌打ちしながらカウンターを肘でガードし、ラッシュを連打する。

 

「だだだだだだだだだだだだだ……!!」

 

 それでも紙一重でかわされ続ける。

 

 だが、それでもカリフのラッシュの嵐は止むことはなく執拗に攻め続ける。

 

(反射能力、基礎体力全てがまだ奴に及ばない……なら!)

 

 カリフは一つに狙いを定めていた。

 

 防御が疎かになっている右わき腹。もちろんカリフ自身も気付いている。

 

(もっと……もっと自然にさり気なく……)

 

 戦いに長けている者であれば人体急所と隙に本能的に気付く。実力があればあるほどその傾向も顕著に表れる。

 

 相手がこの隙に気付かないわけがない。

 

(さあ、ここだ!! 来い!!)

 

 僅かに見える台風の目。だが、至って自然に、まるで攻めに夢中で疎かになっているように見せて……

 

 しばらくラッシュの嵐を相手に叩きつけるが、全て紙一重に避けられる。

 

 そんな膠着状態が続いていた時だった。

 

(来た!!)

 

 遂に自分の僅かな隙を狙ってフックを放ってきた。

 

 それに合わせ、狙っていたかのように華麗な捌きでラッシュを止めてカウンターに入る。

 

 常人なら筋肉が引きちぎれるほどの激しい攻防を僅か九歳の少年が仮想相手に繰り広げ、高い戦術を以て修業する光景はあまりに異質。

 

 そんな修業も遂に佳境に入った。

 

 カリフのカウンターが相手の顔面に吸い寄せられていく。

 

「くたばれええええええええええぇぇぇぇ!!」

 

 思いの丈を叫び、彼はその拳を振り切った。

 

 同時に飛び散る汗がキラキラと光る。

 

 やった

 

 カリフは密かにそう思っていたが、爽快な気分が一瞬で崩されることになった。

 

「なに!?」

 

 仮想相手はカウンターを顔面スレスレで空いていた片手で難なく受け止めていた。

 

――――呆ける時間があるのか?―――

「なんだ…!!」

 

 一瞬だけ聞き慣れていた上から発言が聞こえたと思った瞬間、今度は相手から拳の嵐が叩きつけられた。

 

「ちっ!!」

 

 咄嗟にガードするが、ここで自分と相手の圧倒的な差に気付かされた。

 

「疾っ!!」

 

 相手の拳が残像として残るほど速い。

 

 自分が一を繰り出せば相手は十の反撃に出るといった感じだ。

 

 しかも重さも相手が何枚も上手。

 

 圧倒的、万事休す。

 

 そう呼ぶに相応しい状況にカリフはというと……

 

「ふはははははははははは……!! そうだ!! それでこそオレが認めた男!! オレの父親であるが所以だっ!!」

 

 敗色濃い戦いに酔いしれ、歓喜した。

 

 己の目指す道はまだまだ遥か彼方に位置する。

 

 だからこそ、自分はまだまだ強くならなければならない。

 

 まだまだ強くなれる!!

 

 頭で新たな目標ができたことでガードがほんの少し緩み……

 

「しまっ!!」

 

 相手の拳がガードをこじ開け

 

 

 

 

 

 顔面に

 

 

 

 

 

 打ちこまれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前回より30秒……更新……」

 

 シャドーを終えたカリフは重力制御を普通に戻し、うつ伏せになって休んでいる。

 

 流れ出る汗は止まることを知らず、小さな水溜りを作る。

 

 その他に残るのは荒々しい呼吸音と少しの爽快感だけだった。

 

「今日はここまで……明日は……」

 

 足が言うことを効かないので寝返りまで壁まで転がると壁に貼り付けられた紙を朗読する。

 

「明日で地球だから……地球に着くまでに軽いシャドーを50本を5セットでいいか……」

 

 カリフが地球を出てから丁度二年目の日、彼は地球に帰る。

 

 理由は、そろそろ本物のベジータ、悟空、悟飯との組手で自分の実力を知るため。言いたくは無いが、この三人からなにかを得ることができればまた一つ強くなれると考えての帰還。

 

 もう一つの理由は口うるさい母親からの電話。

 

「めんどくさい」

 

 一度だけそう言って電話切ると、後からひっきりなしに電話のベルを鳴らし続けられた。

 

「帰ると言うまで止めないわよ!!」

 

 そう言われ、ウンザリしながらも帰ると約束し、イタ電を止めさせた。

 

 不本意とはいえ、約束したのだから帰らねばならなくなってしまったが、後でブルマから今の状況を聞いてみると面白いことが分かった。

 

 それは、悟空のスーパーサイヤ人3化、アルティメット悟飯、フュージョンなる技を行使した弟たち、魔神ブゥなる新たな強者、そして、レパートリーの増えた飯の数々。

 

「二年離れただけで、面白いことになっているじゃあないか」

 

 それが事実ならば帰ってくるのも一興。

 

 そう思い、地球への帰還を楽しみにしながらオレは今日の反省を纏める。

 

「やっぱオレとしたことが、隙を見せて後手に回ったのが原因か……」

 

 さっきまでのシャドーを思い出して反省をまとめていた。

 

 

 

 

 

 夢と希望に満ちた地球への帰路。

 

 少年は眠りにつこうと寝る準備をしていた。

 

 そして、忘れていたのだ……

 

 無限の宇宙には無限の数の予想外な出来事が起きるのだと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 カリフが寝静まった直後、軌道から外れて猛スピードで向かってきた小惑星に掠った宇宙船がバランスを失い、ある惑星へと墜落していった。

 

 その惑星の名はニーヴィー

 

 星全体が氷で覆われた絶対零度の星である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘックション!!」

 

 カリフは突然に感じた寒気に目を覚ました。

 

 鼻水をすすり、汗で冷えていた体に更なる冷気が叩きつけられる。

 

「さむ……」

 

 外を見ようとするが、外は吹雪で白しか見えない。

 

 なんでこんなところにいるのか分からないカリフは早めに離れようと宇宙船の電源を入れる。

 

 電源が付いて明るくなった部屋の中でコクピットをいじくる。

 

「よし、異常はないな」

 

 そう言って宇宙船の無傷な状態に安堵しながら自動操縦に切り替え、ポイントを地球に合わせる。

 

「寝不足か……」

 

 設定を終えたカリフは無理矢理起こされ、解消しきっていない眠気に負けて再びベッドに戻る。

 

 ベッドに入ってすぐに眠ると、宇宙船は浮かび、大気圏を抜けて惑星ニーヴィーから地球へと向かった。

 

 だが、カリフは知らなかった。

 

 

 ついさっきまでこの吹雪の止まない惑星では急激な火山活動が起きて、地表が少し暖まって辺りの氷が溶けていたことに……

 

 

 

 そして、カリフは気付かなかった。

 

 

 

 

 

 時間を記すコクピットの電子時計の年号に……

 

 彼が最近見た年号はエイジ774年

 

 

 

 

 もちろん今の電子時計も変わらずに時を刻んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エイジ974年と表示させて……

 

 

 

 

 

 

 彼を乗せた宇宙船は地球へと向かうのであった……



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最大の汚点

 地球へ帰還したカリフは困惑した。

 

 目の前には一人、髪を逆立てた少年が睨んでいる。

 

 そして、そんな少年は自分の父親であるベジータに酷似していた。

 

 そして、ここはカプセルコーポレーションで間違いない。

 

「なんだお前は? 人の家にズカズカと……」

 

 少年が構えを取っているが、カリフにとってそんなことはどうでもよかった。

 

(こいつ……ベジータの気とは違う……)

 

 なのに、目の前の状況はどういうことだろうか……

 

(隠し子か?)

 

 一瞬そう思ったが、そんなことをブルマが許すわけもないからその可能性は捨てた。

 

「くたばれ!!」

 

 今まで無視していたガキがオレに拳を上げてくる。

 

 しかし、今はそれどころではないからガキの拳をスレスレで首だけ動かして避ける。

 

「なに!?」

「この程度で驚くんじゃねえ……」

「!?」

「素人が…」

 

 驚愕するガキの首に気を当てて気絶程度で済ませた。

 

 ガキが崩れるのを確認してからとりあえずコーポレーションに入ろうとするが……

 

「誰だ!?」

 

 なんか警備員っぽい奴に見つかった。

 

「……別で探るか」

 

 ここではまともに話せそうもないし、こうまで喧嘩をふっかけられると殺したくなりそうだからという理由ですぐさま上空に飛んで場所を移した。

 

「速く!! 不審人物が……!」

「……どこだよ?」

「あそこに……ってあれ? どこに……!?」

 

 数分経って警備員が集まったのだが、そこには人影一つなかった。

 

「ぼっちゃん!!」

 

 気絶していたコーポレーションの御曹司だけを残してカリフは街へと降り立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カリフの不安が次第に大きくなっていく。最初は杞憂だと思っていたにも関わらずに不安が現実になったのだと思わざる得ない証言が次々と出てきたのだから。

 

 西、東、南、北の都は未だにカプセルコーポレーションのおかげで快適になってきているということ。今では『五代目』社長が切り盛りしているおかげらしい。

 

 皆が口を揃え、新聞までもが口を揃える。

 

 『今はエイジ974』だと……

 

「なんだ……これは……」

 

 冗談にしては笑えなくなってきた状況にカリフは困惑を隠せない。

 

(なにが一体……そうだ!!)

 

 カリフはもう一つ、思い出した場所がある。

 

 悟空の家。

 

 あの未開の地ならなにか情報が隠されているのではないかと思い至り、急いでパオズ山へと武空術で飛んでいった。

 

 程なくしてパオズ山の上空に辿り着いたカリフは更なる異変に気付いた。

 

(気が……悟空たちの気が感じられない……)

 

 それどころか小さい生き物の気しか感じられない……それが意味するのは一つ。

 

 人っ子一人もいない。

 

「くそっ!」

 

 不可解な出来事の連続に苛立ちながらも悟空の家へと向かった。

 

 そして見つけた。

 

 壁が崩れ、今にも崩れそうに苔も生え、生い茂った雑草に埋もれていた状態で佇んでいた。

 

 明らかに長年ほったらかしにされた状態にも関わらず、カリフは古びた小屋の中に入る。

 

 舞い上がる埃を腕の一振りで生み出した風で吹き飛ばす。

 

 そして、家のなかのボロボロになった棚や机の中をしらみつぶしに調べ、一枚の写真を見つけた。

 

 あまりに埃被ってボロボロな写真を丁寧に磨いて確認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、カリフの『なにか』が砕けた……

 

 不安が確信に、予想が残酷な現実となってカリフに突き刺さった。

 

 写真に写るベジータと悟空で確信してしまった。

 

 今はエイジ974……

 

 あれから紛れもなく……200年が経った。

 

 そんな事実を確証させる証拠は不十分だったが、直感で感じた。

 

 ここは……地球……

 

 

 

 しかし、ここは自分が住んでいた地球ではない……

 

 なにもかもが変わってしまった地球

 

 自分が知っている物など何もない。自分だけが取り残された世界

 

 自分を知る人物はもういない……

 

「痛っ!!」

 

 突如として起きる頭痛と不快感に外へ出る。

 

 新鮮な空気を吸い、小屋を見ると過去の面影が思い出される。

 

 はしゃぎ回る悪ガキたちとそれを宥める兄、楽しそうに喋り合う母親たち、飯にかぶりつく父親たち

 

「が……ぁ……」

 

 ―――痛みが取れない……

 

 だが、200年も経てば人の命など消滅する……

 

「が……はぁ……」

 

 ―――胸が焼ける……

 

 つまり、全員がこの世にはもういない

 

「あ”……あぁ……」

 

 ―――ドス黒い感情が湧きあがる……

 

 

 

 

 

 

 

 カリフの気が感情と共に昂る。

 

「あ”あ”あ”あ”……」

 

 それには絶望、悲しみ、後悔などの負の感情が溢れてくる。

 

 だが、彼の感情を圧倒的に支配する感情があった。

 

 “怒り”

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”……!」

 

 もはや理性が保てなくなってきた彼は一つの記憶が呼び起こされる。

 

『じゃあな!! 修業頑張れよ!!』

『また悟天とあそんでやってけろ!』

『帰ったら試合してあげるから帰って来い』

『次に会ったらカリ兄ちゃんより強くなってやるんだ!!』

 

 それは昔、去り際に交わした約束。

 

『だったらオレ悟天よりも強くなって先に倒してやる!!』

『元気でやんなさいよ』

『次に会ったらミッチリと鍛えてやる。ありがたく思え』

 

 そして、今は無き過ぎ去りし約束が頭の中で反芻していた。

 

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……!!!!」

 

 約束と恩だけは果たすことを信条にしたカリフにとって許し難い行為。

 

 約束を守れなかった自分の弱さに対する怒りがこみ上げる。

 

「があ”あ”あ”あ”あ”……!!!」

 

 人とは思えない絶叫と共に気が高まり、無意識的に髪が金に変わり、金色の戦士・スーパーサイヤ人へと変わる。

 

 それと共に活気あるある街が、山が、海が、地球が揺れた。

 

「………!!!!!」

 

 怒りも絶叫も気も高まり、スーパーサイヤ人2へと変わり……

 

「■■■■■■■……!!!!!!」

 

 ついには天をも突く咆哮が放たれ

 

 

 

 

 

 カリフの発する金色の光が

 

 

 

 世界へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 覆い被さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 怒りに燃え、後に胸に空虚感が支配したカリフは俯いたまま動かない。

 

 彼は強い金のオーラを覆い、眉毛も消え、金髪も足元に届くくらいに異常に長くなっていた。

 

 彼は境地に達し、限界をまた一つ越えた。

 

 選ばれし金色の戦士だけが達しえる究極の境地。

 

 スーパーサイヤ人3

 

 彼が望んでいた強さが手に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の大事な者を犠牲にして、手に入れた力がそこにあった……

 

「……」

 

 生気の消えた金色の戦士は力の余波で起きた風に長髪をなびかせて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場に力無く、涙も出さずにうなだれるだけだった……

 

 

 

 

 もはや彼の心の内を知ることは神でさえもできえないことだ。



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初めてのあの世?

 遥か銀河の彼方……

 

 その一つの暗い永久の闇を彷徨う惑星に宇宙船が降りていた。

 

 もはや長い航路でボロボロになっていた船にはカプセルコーポレーションのロゴ

 

 その船の傍で座禅を組んで精神統一をする人影

 

 カリフだった。

 

 地球に降り立ち、新たな力を得たカリフは涙も出せず、しばらくは自分の心の在り方が分からなくなった。

 

 だが、そんな時にカリフはすぐに地球から離れた。

 

 なんでもいい、地球から遠い遠い惑星へと向かった。

 

 まるで、地球から逃げるかのように……

 

 彼はもう二度と地球の地に足を踏み入れることはしないだろう……

 

 彼の自信、プライドが砕かれた地球へもう戻らまいと心に決めて……

 

 少し彼が落ち着きを取り戻し……近くにあった惑星へと降り立ったというわけだ。

 

(オレは……これからどうするべきだろうか……)

 

 一つの約束も護れず、一つの恩義も返せず……

 

(今まで一人で自由になることを求めていたはずだ……それなのに……それなのに何故……)

 

 こんなにも……胸が痛いのだ……

 

 自分の感じたこともなければ、自分の知り得ない心の揺らぎに苛立ちが募る。

 

 カリフの心は今、残虐なサイヤ人と親に甘える人の間で揺れていた。

 

 心も体も不安定なカリフなのでそうなることは至極当然と言えるのだが……

 

 そんな心を落ち着けようと精神統一を続け、深呼吸をする。

 

 そして、一つの答えに落ち着いた。

 

「……くだらん」

 

 これが自分の選んだ道……どんなことが起ころうと過去はリセットされはしない……

 

 宇宙に出た瞬間から生きるか死ぬかの戦いは始まっていたのだ。

 

「この力も使わなければ宝の持ち腐れだ……ケホ…」

 

 握りしめた拳を見つめ、もう一つの誓いを思い出した。

 

『強くなりたい』

 

 昔も今もその気持ちだけは変わらないし、嘘じゃない。自信を持って言える目標なのだから。

 

 そして、皆との最後の約束でもある。

 

 それなら、このまま突き進むのみ。

 

 今までと何ら変わりない。

 

「オレもまだまだだな……コホ……」

 

 こんな簡単なことに何故気付かなかったのか……カリフは己が未だに未熟だということを自覚して宇宙船に戻る。

 

 宇宙船に戻ったカリフは適当な位置の惑星へポイントを合わせて自動操縦へと切り替える。

 

(考えればオレにとっても奴等にとっても都合が良かったのかもしれなかったかもな)

 

―――ケホ

 

(血も繋がっていないオレは元々は根無し草……奴等も本来の運命や天寿を全うできたのだから)

 

―――コホ

 

(これでまたいつものように好きな物を食い、好きな所へ飛んで、不愉快な奴等を殺す……要はなにも変わってはいないのさ……)

 

―――ゲホ

 

(何も変わらない……)

 

―――ゴホ

 

 窓から離れ行く惑星を見下ろし、妙な気分を晴らすためにいつものトレーニングを始めようとメニューが張り付いている壁へと歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ゲボ

 

 

 ビチャ

 

「……は?」

 

 急に喉の奥からこみ上げてきた“何か”が口からスムーズに出てきた。

 

 その“何か”はカリフの口から出てきて不快な音を出して床に飛び散った。

 

 その“何か”が赤い液体だと認識し、それがなんなのか判明するのにそう時間はいらなかった。

 

「血……」

 

 それは生命を司る液体、生きとし生ける者に不可欠な命の源。

 

 それが何故、オレの口から出てくるのか……

 

 だが、呆然とするカリフを時間は待ってくれない。

 

「う……ゴホ! オエ…!!」

 

 ビチャビチャッ

 

 すぐにまた血が吹き出た。

 

 それも口からだけでなく、鼻、目、肛門など体中の穴という穴から吹き出ていた。

 

 おびただしい出血で床に紅い水溜りが形成された。

 

「ゴボ!!」

 

 バシャッ

 

 ついには意識がぐらつき、血溜まりの上に倒れる。

 

 鉄の匂いが鼻を刺激し、脳にまで達して吐き気を誘発させる。

 

「が……あ……」

 

 喋ることも困難になってきた。

 

 なんだか暖かくなってきた……

 

 彼は知らなかったのだ……彼が一時的に着陸した星の大気中に漂っていたウイルスの存在を……

 

 ただの核兵器程度の毒ならば耐えられただろうが、そのウイルスは核兵器の五千万倍もの殺傷能力を誇る。

 

 彼の中に侵入したウイルスは彼の体を蝕み、彼を○○していた。

 

(あぁ……そうか……)

 

 だが、カリフの心は落ち着いていた。

 

 今、彼を襲う苦痛は常人相手ならばたやすく恐怖させられるというのに……

 

 彼は直感した。

 

 自分の命もここまでだと……

 

 そして、命が消えかかる間際になって自分の運命と未来を悟り、彼は今までにないほど穏やかな気持ちになっていた。

 

(オレは……もう奴等と共に死んでいたのか……)

 

 思えば、地球に着いた日から全てが狂っていた。

 

 その綻びは大きくなり、世界を、自分の未来をも狂わせた。

 

 そんな世界で過去の異物であるオレが生きられる訳が無い。

 

 ゴミはゴミ箱へ……

 

 要はそういうことだった。

 

(今度は寒くなって……もうこれまでか……)

 

 もはや、目の機能も失われ、なぜこうなったのかも分からない。

 

 だけど、これもまた人生

 

 悲惨な最期、幸福な最期、短い人生、長い人生を送って死ぬ者さまざまがこの世界に点在していると言われている。

 

 だが、それは人が勝手に決めた価値観であり、今までの軌跡に価値を見出せるのは結局はその人自身が決めることだ。

 

 猛毒で死に近付く彼にそんな美徳を持ち込めば『くだらん』の一言で片づけ、こう言うだろう。

 

『好きなように生きてきた』……と……

 

 その証拠に彼は目を瞑っていた。

 

(今……そっちに………)

 

 まるで、無邪気に眠る年相応の子供のように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カリフ……享年九歳

 

 

 

 

 

 彼は九年の生涯の幕を閉じた。

 

 

 主人を失くした宇宙船はもはや船ではなく、彼の亡骸を運ぶだけの棺桶として宇宙を飛び回る。

 

 これからも

 

 

 

 

 

 ずっと……

 

 

 

 

 

 

 機能が停止し、その役目を終えるまで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん……」

 

 何やら優しい空気に触発されたカリフは目を覚ました。

 

「……」

 

 寝起きなのか、状況が掴め切れていないカリフは頭を抑えて起き上がる。そして彼は周りを見渡す。

 

「どこだ……」

 

 悠々と広がる空は白、地面には雲が地平線まで広がる奇妙な世界……こんな幻想的な景色はどこの惑星でも見たことが無い。

 

「……次から次へと…」

 

 だが、カリフにとって景色など腹の足しにもならない。彼は自己分析をしようと起き上がって散策しようとした時だった。

 

「よう」

「!!」

 

 背後からかけられた声に驚き、構えを取る。

 

 急に気配もなく忍び寄ってきた輩がいれば警戒は一瞬にして最高潮になる。

 

 だが、振り返った視線の先には予想外な人物がいた。

 

「はは……オメエ強くなったなぁ!」

 

 

 

 

 それは見間違うことのない

 

 

 

 

 

「オマケに背も伸びたんじゃねえか?」

 

 

 

 

 

 

 父が好敵手と認め、カリフが認める数少ない人物

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、なんとか言えって。カリフ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 孫悟空だった。



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この子にしてこの師あり

「……もう一度」

「だからな、オメエはあの時200年も氷漬けにされてたんだぞ?」

「なるほど……どうりで……」

「はっはっは……オメエもヌけてんなぁ!」

「貴様にだけは言われたくなかった……」

 

 現在ではカリフと悟空はあぐらをかいて互いに語り合っていた。

 

 あの後、悟空に驚きながらもカリフは落ち着かされ、話をすることになった。

 

 どうやら悟空は全て神龍を通じて見ていたため、カリフの身に起きたことを本人に伝えていた。

 

 その他にも今までのことも話した。

 

 魔神ブゥ、ベビー、超17号、そして邪悪龍との決戦を全て話した。

 

 話を聞いていたカリフはなにか壮大な物を感じ、ため息をつくしかなかった。

 

 同時に自分が眠っている間にベジータたちがまた更に強くなったのに悔しさを感じていた。

 

 そんな他愛のない話をしばらく続けていた悟空は物思いにふけるカリフに聞いてみた。

 

「……オメエ、もう一度やりなおしてみねえか?」

「なに?」

 

 悟空からの一言に目を見開く。

 

「そんなことができるのか?」

「あぁ、オメエの頭に輪っかがあるだろ?」

「ん? あぁ……何だこれ」

「それは死者の印だな。オメエは惑星の特別な病気で死んだのはもう言ったろ?」

「なるほど……だが解せんな。死者であるオレが蘇るのか?」

「オメエも聞いたことあんだろ? ドラゴンボールの話」

「……」

「まあムリねえか。見たことはねえもんな」

 

 カリフが地球にいる間、危機は全く訪れず、ドラゴンボールを使うこともなかったので少し疑ってもいる。

 

「まあ、軽く答えてくれよ。もし生き還れるとしたらどうする?」

「……」

 

 悟空からの問いにカリフはほくそ笑んで一言。

 

「愚問だな」

「へ?」

「折角、いい話を聞いたのだ。スパーサイヤ人4? 望む所ではないか」

 

 ついさっきまでの死の間際に思ったことも今や記憶には入っておらず、新たな目標に目を輝かせていた。

 

 そんな彼に悟空は呆然とし、すぐにこみ上げてくる笑いを極力堪える。

 

「なにを笑っておる……」

「わりいわりい、なんかオメエってば、ベジータに似ててよぉ」

「当然だ。奴に育てられたのだからな」

 

 当たり前かのように応えるのだが、悟空はなんだか懐かしい気分になった。

 

 なんだか、久しぶりにベジータに会えたような感覚だった。

 

「それじゃあもう一ついいか? 答えてくれたら生き還らせてやる」

「なんだ?」

 

 そして、もう一つ聞きたいことがあったから聞いてみる。

 

「オメエ……どうして強くなりてえんだ?」

「なんで……とは?」

「ん〜例えば……誰かを守るためとか……強くなったらなにがしたいかって聞いてんだよ」

 

 意外な切り返しに悟空もチグハグに説明すると、カリフは間を置かずに応える。

 

「強くなりたいから。それ以外の理由はない」

「いや、オメエ……」

「話はそれだけか?」

「いや、ちょっと待てって! え〜っとじゃあ……」

「……」

 

 悟空が自分になにを言いたいか理解できないカリフに苛立ちが募り、舌打ちをする。

 

 しばらく考えて悟空は思い至った。

 

「そうだ!! それならオラから宿題だ!」

「……」

「んな嫌な顔すんなって……そうだな……お題は……」

 

 何で強くなりたいのか……その答えを探せ。

 

 悟空の出題内容にカリフは

 

「……意味が分からん」

 

 頭を捻ることしかできなかった。

 

「もし、暇ができたら少しだけ考えるだけでいいんだ。頼むよ」

「……善処しよう」

「おう!! そうしてくれ!!」

 

 この時はとりあえずの感覚で聞いていただけだったが、それで生き還るのなら望む所だと思った。

 

「じゃあ用意はいいか?」

「できるだけ早くしてほしいがな」

「神龍ーーーーーーーー!」

 

 悟空が天に向かって声を張り上げると、上空から巨大で神々しい威圧を放つ龍が現れた。

 

「これが神龍……」

「おーい! 話聞いてたなら頼む神龍!!」

『容易いことだ……』

 

 この世界に響く声を放つ龍にしばらく見惚れるも、ある一点から光の柱が現れたのに気付いた。

 

(これが龍の神の力………興味深いな)

「その柱の中に入れば別の世界の地球に行けるぞ」

「別の世界? どういうことだ?」

「いやあ、なんかオメエ旅が好きそうだったからな」

 

 はっはっはと笑う悟空に釈然としない感じがするが、カリフとしてはその方が好都合だった。

 

 もはや、あの時の地球にはなんの未練もなかった。

 

 自分が住んでいた地球に戻るよりも何か未知なる物が溢れる面白い場所に行く方が何万倍もよかった。

 

「好都合」

 

 そう言いながら躊躇いも無く光の中へと飛び込んだ。

 

 カリフの頭にはこれからのことしか考えていない。

 

 過去を認めながら未来を受け入れる。

 

 だが、都合の悪い運命はこの手で叩き潰す。

 

 そう胸に誓いながらカリフは悟空の元から旅立って行った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜♪ これから楽しみだ♪」

『悟空よ……お前も意地が悪いな』

 

 カリフを包みこんだ光が消えた直後、悟空は笑い、神龍がカリフに同情する。

 

「ひでえこと言うなって、あいつは向上心がたけえからすぐに強くなるさ」

『それを見て楽しむのがお前の算段なのだろう?』

「にっしっし……これで退屈も紛れるな!」

『……』

 

 神龍は悟空の暇つぶしの一環で送られたカリフに本当に同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ともあれ、カリフは一度は失った人生をやり直すこととなった。

 

 この先、どんなことが彼を待っているのか……

 

 だれにも知る術は無い……



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第二の幼少期
やり過ぎた退化


いつものように時は移り行き……人は死ぬ。

 

それはどんな英雄にも、悪人にも、凡人にも等しく訪れる……

 

その時が……一人の男に訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

「悟空……」

 

消えゆく空間の中でカリフはその者の名を呼んだ。

 

もう光の彼方へ消えゆくその者は豪快に笑って見送る中、カリフは不敵に笑った。

 

「いつか……貴様もベジータも越える!!」

 

最後まで我を貫き通す様はまさに……

 

「首洗って待ってろおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!! 腐れ師匠ううううううぅぅぅぅぅぅぅ!! クソ親父いいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

サイヤ人に他ならない……

 

 

 

 

 

とある街、とある病院

 

病院は命の息吹が上がる謂わば命のゆりかご

 

一日に何人もの命が生まれてくる。

 

「ううぅぅぅぅぅぅ!! あああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

「頑張れ母さん!! あともう少しで元気な子供が生まれてくるぞ!!」

「鬼畜さん!! もっと踏ん張って!!」

「うああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

手術室で今まさに母体から頭が出かかっている赤ん坊を見て興奮する父親らしき男

 

性は鬼畜というのだが、その男は鬼畜とは無縁、簡単に人の話を信じ、困っている者を放ってはおけない底なしのお人よし。まさに名前負けである。

 

その性格のせいで会社でも出世の機会を逃してしまう一般サラリーマンの温厚で子供好きな良き父親である。

 

「うあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

母親も性は鬼畜だが、その実、夫と同じくお人よしで温厚な母親である。常に夫を愛し続ける良き母親である。

 

「そう!! そうです!! このまま力んで!!」

 

医者もそんな夫婦に檄を送る。

 

夫婦にとっては一生に一回の一大事。

 

だが、病院にとってはいつもの風景である。

 

このようなことはここでは当たり前である。

 

生まれゆく命は皆平等なのだから……

 

 

 

 

 

 

この時まではそう思っていた。

 

今日…その日までは……

 

 

 

 

 

「鬼畜さん!! 赤ちゃんの頭が出ましたよ!! 後は私たちが!!」

 

女性の恥部から出た小さな頭……それを確認した医者はその幼子の頭を引き抜こうとした……その時だった。

 

―――触るなっっ!!

 

「!!」

 

突然、医者は頭を殴られたかのような衝撃と共に誰かに命令されたような感覚を味わった。

 

立ち止まって後ろにのけ反る医者に周りの看護婦も動揺する。

 

「どうしました!?」

「……聞こえた」

「え? なにがですか?」

 

ボソリと呟くように医者が言葉を捻り出すが、看護婦は首を傾げる。

 

その様子に医者は驚愕する。

 

「き、君たちは聞こえなかったのか……? 私に命令する声が……!?」

「い、一体なんのこと……」

「先生大変です!! 子供が!!」

「!?」

 

会話の最中に起きた異変と思える看護婦の声に医者は気を取り直して今にも生まれゆく子供に目を向ける。すると、そこには信じ難い光景があった。

 

「これは!?」

「す……すごい……」

 

なんと、子供が“自分の”手で母親の体から決別しようとしていた。

 

幼くも力強く、確固たる意志を感じさせる無骨な手の動きに医者たちは驚愕する。

 

今までの医療の場では有り得ない現象だった。

 

生まれたばかりの胎児が自分の意志で以て母体から離れる。

 

まるで、生まれた瞬間にできた義務を全うするかのように。

 

あまりの光景に動けなくなった医者たちの代わりに胎児は自分で母体から決別する。

 

そして、完全に全身が出てきた所で赤ん坊が見上げると不意に医者と目が合った。

 

その瞬間、医者の体で電気が走った。

 

(こ、この感覚っ! そうだ!! これださっき感じた波動は!!…いや、これは波動や覇気なんてチャチな物じゃない!! もっと恐ろしくも強大な何かの片鱗だ!!)

 

そして理解した、さっきの命令はこの子が本能で訴えたのだと……

 

「こんな……こんなことが有り得るかぁぁぁぁぁぁ!? 産婦人科を任されて三十年!! ありとあらゆる赤ん坊を手中に取り上げてきたこの私が……プロフェッショナルが天上より賜りし生を受けて数分も経っていない赤ん坊に命令されたとでもいうのかああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「せ、先生!! どうしたのですか!?」

 

突然、今までの常識を根底から覆す未知なる存在に医者は戦慄し、看護婦はそれを抑える。

 

その中でも長いキャリアを持つ看護婦でさえも戦慄していた。

 

「吐き気をもよおす“異常”とはっ! あらゆる分野を熟知した者の知識や経験を覆されることだ……!! 私たち出産のエキスパートが何も知らぬ“乳飲み子”からっ!! てめーの意志でっ!! ありえねえっ!! この赤ん坊は私たちの常識を初めて“覆した”っ!!」

 

もはやその手術室はてんてこ舞いもいい所、このままではキャラが危ない!!

 

そんなことなどお構い無く、まるでそこらに飛んでいるハエのように医者たちを無視する存在があった。

 

「アブゥ……」

 

それはこの騒動の中心となる赤ん坊……否っ!!

 

(悟空……なんだこれは……なんだこれはああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)

 

それは別世界に送られたはずのカリフ……戦闘民族だった。

 

「あぶだぶだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!(こんなことがあってたまるかあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)」

 

悟空によってカリフは精子まで肉体を逆戻りさせられ、記憶を、DNAを、パワーを、肉体さえもそのまま受け継がされたスーパーベビーとなってこの世に甦った!!

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!」

 

赤ん坊は力の限り命の炎を燃え上がらせる。

 

「ぐああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 赤ん坊が泣いた!! いや、吼えたああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「耳がああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「先生!! 窓ガラスが、医療機器が壊れていくうううううううぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

耳を抑えて耐える医者たちは後に語る。

 

『我々はこの日……進化を見たかもしれない……』

 

今日を以て、この日に一つの命が息吹を上げた。

 

この出生がこの世界を揺るがすことも知らずに……

 

「うふふ……元気な子ね……ねぇあなた?」

「……」

「あら? 泡吹いて倒れちゃった。喜びすぎで気が舞い上がっちゃったのかしら?」

 

このかつてない赤ん坊の親になるであろう母親はベッドの上で耳を閉じて微笑ましく赤ん坊を眺めている。

 

父親は傍で泡吹きながら耳から出血して倒れている。

 

「きしゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「先生!! 今まさに生まれようとしている赤ん坊が牙を向けて威嚇してい怖いです!! ていうかもう犬歯が!?」

「ちょ……ちょっと待て!! この子噛みついてギャアアアアア!!」

 

今ここに、サイヤの子供が生まれたっ!!

 

克目せよっ!! 彼の生きざまをっ!!



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新たな生活

 

病院で波乱の出産劇を繰り広げてから一ヶ月が経った。

 

鬼畜一家は病院の前でお世話になった医者たちに頭を下げる。

 

だが、医者を始めとした看護婦軍団は既に満身創痍で入院し、医者も点滴打ちながら包帯を頭に巻いている。

 

「先生、この一ヶ月は大変お世話になりました」

「いえいえ、こちらこそ貴重な体験というか、今まで築いてきた常識を跡形も無く破壊させられるとか……やっぱり貴重な経験でした」

「私としては我が子がこんなに元気でよかったです」

「いや、元気というか完全に暴れてましたから。天下の病院で破壊活動とか元気を通り越しますから」

「育てがいがあります。ねぇ? あなた」

「……え? なんだって?」

「奥さん。旦那さまは一か月前のその子の咆哮で鼓膜破れましたからしばらくは文通で」

「うふふ…そうだったわね」

 

そういって胸の中で寝ている赤ん坊をあらかじめ買っておいたベビーカーに乗せてメモに文字を書いて文通する。

 

「あ、あぁそうだね。今日から新しい家族が増えるんだ。元気出していきまっしょい!」

「おー」

「あなた方のポジティブ精神にも脱帽です」

 

手を上げてエイエイオーする呑気な夫婦に医者が脱帽する。

 

「それにね、あなたが寝ている間に名前も決まったのよ? ねーカリフ」

「……」

「あ、ごめんなさい。文通文通……っと」

「へーそうなんだ。名前はカリフ……なんでカタカナにしたんだい?」

「ん~……この子と目が合ったら急に『オレはカリフ。その名こそが生涯たった一つだけ授けられし我が真名だ』って訴えてきたし、名前呼ぶと反応してくれたからね~?」

「奥さんにも覇気が伝わった……」

 

ノホホンと寝ている赤ん坊、カリフのほほをチョンチョンとつつく母親に戦慄する医者

 

「カリフ……うん! その子が決めたならその名前でいこうか」

「私としてはこの子には普通でいいから平和に育って欲しいわ」

「いや、もう手遅れですから。その子、もう平凡どころか大物になりますよ? 歴史に名を残しますよ? いい意味か悪い意味かは別にしても……」

「もう先生ったら、おだてても何もでませんよ?」

「カリフ~。ほらほら~って見て母さん! カリフが僕の指を掴んだぐあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 指はそっちに曲がらないんだけどおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「この夫婦パねぇ……」

 

ここまで自分の子供に動じないのならこの家族は充分にやっていけるだろう……たとえ、目の前で父親の指をへし折ろうとしている乳飲み子が咆哮だけで人を飛ばしたり周りを破壊したり、ベッドの足を掴んでジャイアントスィングして窓ガラスを突き破っていたとしても大丈夫だろう。

 

夫婦はタクシーに乗って再度先生に頭を下げる。

 

「本当にありがとうございました」

「いえいえ、私も人の進化というものを初めて見させていただきました。また何かあったらご連絡ください。個人的にこの子の将来には興味がありますから」

「はい、それではまた窺います」

「御主人はまた来週きてくださいね?」

 

その言葉を機に、夫婦を乗せた車は自宅へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タクシーの中で揺られる中、赤ん坊になってしまったカリフは冷静に分析していた。

 

(……本当に肉体は赤ん坊レベルまで低下している……気弾や舞空術は一応できるが、生まれてきたばかりなのか気のコントロールが乱れてるな……)

 

手をグッパグッパと握ったりしながら考察する。

 

(しかも腹の減り度合いが上がってる上に歯も少ないから肉も食えやしねえ……歯が生えるまでは母乳生活か……)

 

“この世界”の母親になる女性の膝の上でカリフは小さく項垂れるが、すぐに気を持ち直す。

 

(まあいい、力事態は死ぬ前とあまり変わらん……スーパーサイヤ人には当分はなれそうもないが、ここから修業すれば戦闘力も上がるだろう……修業の時間が増えたと思えばいい)

 

赤ん坊になったアドバンテージを思い出しながら一人納得するが、どうしても納得というか妙な気分にはなってしまう。

 

当分の身の振り方を考察したカリフは疲れて熟睡中の母親と父親の顔を見上げる。

 

(親……か)

 

正直言えばこの二人は本当の親ではない。

 

ベジータとブルマが自分を拾って親子となった前世をしっかりと覚えている。

 

自分は母親の中で精子となって転生したからDNA上でも親子の繋がりがない訳ではないが、何かしらの異常は見られるだろう。

 

(だが、今の時期はこの二人がいなければオレの生活どころか命に関わる……真実がバレても一歳くらいにさえなれば充分生きてゆける)

 

だから、それまでは“この世界”の子供として生活しよう。

 

本当なら五、六年くらいまでこっちで体づくりをしなければならないのだが、それも仕方ない。

 

その後からこの国を出よう。

 

(くくくくくくくく……待ってろよ悟空、ベジータ……オレは貴様等を越えていくぞ!! それまではオレの目標であり続けろ!!)

 

そんなことを思いながらカリフは着々と自分の新たな家へと向かっている。



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暇を持て余した人間の遊び

期限は一年……それまでに自分の足で立ち、歯も生えて母乳以外の食物を食せなければならない。

 

人というのは自分とは違う者、強大な者を迫害して安息を得ようとする。

 

それこそが人としても正しく、生きるための知恵だとも思っている。

 

生まれてから一週間でハイハイをすっ飛ばして二足歩行を始め、一ヶ月間は筋トレに励み、生後三カ月で歯も全て生えた。

 

おかげで喋れるようになり、離乳食、生野菜、そして肉をも食べられるようになった。

 

自分でも驚くほどの成長速度に計画を早めて半年で一人立ちしよう……と考える。

 

後の三カ月は堅実に過ごしていこう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな風に思っていた時期がオレにもありました……」

 

一歳が決別の時……その計画があっけなく頓挫した。

 

原因は今現在の親にあった。

 

本来なら人とは思えない成長に自分を恐れて捨てるのかと思っていたのだが……

 

「すごいわあなた!! この子ハイハイをすっ飛ばして二足歩行で立ったわ!!」

 

母親は何故か歓喜し……

 

「母さん!! カリフが今何か喋った!! さあ! もう一回父さんに喋っておくれ!!」

「このドグサレ野郎」

「母さん!! 今息子に罵倒された!!」

 

父親さえも自分が天才だと思って歓喜していた。

 

こいつらは馬鹿か?

 

こんな成長するガキがどの世界にいるのか目ん玉ひん剥いて世界中見て回れ。

 

そう思っていたのだが、同時に感謝もした。

 

DNAが違っていても息子だと言って喜ぶ能天気夫婦に呆れもしながら脱力してしまった。

 

ベジータともブルマとも違う親の形、自分に向けてくる嘘偽りの無い深い愛情

 

これなら理想通り六歳までは基礎修行もはかどれると狙いながらも恩も感じている。

 

自分の夢である悟空とベジータ越えの夢も捨てる気は無い。

 

この世界では自分のしようとしてることは立派な親不孝だが、立ち止まる気は毛頭ない。

 

ならせめて、残りの時間はブロリーのクローン、戦闘民族サイヤ人のカリフとしてではなく、新しい名字の鬼畜カリフのままでいよう。

 

心の中で誓いを立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、五年の時が流れた。

 

「お袋、明日も山に行ってくる」

「あらまた? 修業って奴?」

「まあな」

「またかカリフ、お前もそろそろ友達を作りなさい。父さんのように」

「ふん。ここいらの奴等は生意気なくせに身の程って奴を知らねえ奴ばっかだからやだね。それよりも早く出世しろ」

「ぐはっ!」

 

五歳のカリフは鬼畜一家のリビングでプロテイン入り牛乳を飲みながら水戸○門のテレビを見て母親に毒づく。

 

母親も苦笑しながらキッチンで夕食の皿洗いをして父親は息子に心を抉られて吐血する。

 

そんなどこにでもある幸せな家庭だが、この親二人は心配事がある。

 

それは友達のこと

 

「聞いたわよ。また近所の子を家の屋上から吊るして泣かしたんですって?」

「野郎がこのオレに喧嘩ふっかけてきたんだ。殺されなかっただけ有り難いと思われるくらいだ」

「お前、最近じゃあガキ大将じゃなくて独裁者って呼ばれてるぞ?」

 

回復した父親がカリフの頭を撫でようとするが、気付いたら瞬間移動したカリフはキッチンの方へ歩いていた。

 

「あれ? 今さっきまでソファーに……」

「それに何度も言っている。オレは友じゃなくて強さが欲しい。それだけだ」

「でも……カリフのお友達を見たいわ……そしたらご馳走も作ってあげるのに……」

「あれ? 母さんはこの異常現象を無視?」

 

父親だけが置いてけぼりを食らう中、カリフは珍しく悲しそうにする母親に調子が狂う。

 

あのノホホンとして、自分が代わりに補佐しないと簡単に他人に騙されてしまうような母親が自分のことで悩んでいる。

 

「……もう寝る。すみ~」

「えぇ、おやすみ」

「うん。おやすみ」

「あなた? さっき何か言ってなかった?」

「うん。もう気にしたら負けかなって思ってる」

 

両親の会話を背にカリフは自分の部屋へと向かう。

 

「メンド……」

 

さっきの話を思い出して一人溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、カリフは近くの山へと朝早く出かける。

 

本来なら幼稚園に行っているはずなのだが、カリフは行ってない。

 

カリフにとって乳臭い他の子供と一日の大半を過ごすなど時間の無駄であり、我慢ならないことだった。

 

両親もカリフが相手じゃ幼稚園の先生も精神を病んでしまうと判断した。

 

とは言っても、息子にはやりたいことがあり、且つ、真っ直ぐ、純粋に育っているため両親は心配していない。

 

そんな感じでカリフの朝は日の出と共に始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、今日は基礎トレでもすっかな」

 

山の中腹まで行った所でカリフは準備運動として柔軟を始める。

 

元々から身体スペックが高かったカリフは既に気の基礎を再び使えるようになっており、既に舞空術まで可能になっている。

 

握力も軽くトンは越している。

 

事実、三年前に父親とキャッチボールしたのだが、その際に力加減を間違え、野球ボールが父親の頬を掠め、トラックを貫通し、鉄筋コンクリートの建物にクレーターを作るほどだった。

 

このことはニュースとなり、しばらくの間はその公園は立ち入り禁止とされた。

 

結局はこの時はテロとされ、父親には鳩尾を喰らわせて気絶させて記憶を曖昧にさせた。

 

つまりは、カリフは五歳の時から既に強者として確立した。

 

だが、それでもカリフは満足せず、未だに気、体力、柔軟、技術の血の滲むような修業を繰り返している。

 

さらには他の生き物でさえもでき得ないような修業法もしている故に、その成長は止まることを知らない。

 

「軽くウォーミングアップとでもするか……」

 

そう言ってカリフはシャドーを開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四時間のシャドーは苛烈を極め、パンチだけでも木々が根っこから吹っ飛んだので場所を変えた。

 

場所は木々が存在しない、昔に工事現場にされた荒れ地だった。

 

その荒れ地には人も来ず、足場が悪いから常にバランス感覚も養えるという理由でカリフの秘密の場所となりつつある。

 

「ふー……」

 

現在、体中に生傷を作っているカリフはその場に腰を降ろして深呼吸している。

 

傍から見ればただ座っているだけに見れるが、その実そうではない。

 

深呼吸と共に気をゆっくり、それでいて力強く練り上げている。

 

普段なら周りに被害が出る様な余波を起こす気の量だが、カリフはまるで煙のようにゆっくりと出している。

 

気をハイペースで消費し続けて指定の時間まで耐える。

 

そして、慣れる度に気を消費する時間を伸ばしていく。

 

このようにして元々から膨大にあった気の量をさらに底上げする。

 

これが一段と疲れるのだが、これが一番手っ取り早い。

 

カリフはただ無心になって気を放出し続ける。

 

そして、しばらくの時間が過ぎようとした時だった。

 

「……来たか」

 

カリフは気の放出を一旦止める。

 

それと同時に汗が一気に湧き、呼吸も若干荒くなる。

 

カリフはそのまま横になって目を閉じる。

 

(今日はなんだ?)

 

そう思いながら眠りに付く。

 

修業の疲労からカリフはスヤスヤと寝息を立てている。

 

「……」

 

そんなカリフの近くに小さな影が近付いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぁ」

 

しばらくして気だるそうに起き上がる。

 

「夕方か……」

 

既に朱色となっている夕陽を見て呟き、辺りを見回す。

 

「お」

 

そして、カリフは見つけた。

 

若干遠い場所に置いてあるラップされた幾つかのおにぎりを……

 

手を使わず、足の反動だけで飛び起き、おにぎりの元へと近づいてラップを剥がす。

 

おもむろに匂いも嗅ぐ。

 

「鮭か」

 

中の具も匂いで確認して一つを頬張る。

 

疲れて塩分の足りなくなっていた体に沁み渡る。

 

体も心もなんとなく軽くなった気がして表情が綻ぶ。

 

「うまぁ……」

 

一言だけ言ってからまた一つ口へ運んでいく。

 

そんな間でも考察は続いていた。

 

(直前まで感じた気の質からいって人間ではないのは確かだな……他にも妙な気もあれば強い気も感じる)

 

この世界には人以外の何かがいる。

 

それに気付いたのは結構前のことだった。

 

気を取り戻して大幅な探索を行ってみたら、なんと人以外の気が見つかった。

 

それも一つ二つなんてものではなくて多数存在した。

 

中には住宅街からも妙な気と力が偶に顔を出す。

 

(流石といった所か……悟空め。味なことをしてくれる……だが!)

 

未だ知らぬ世界が目の前に広がっている。

 

そのことに歓喜しながらも同時に歯痒く思っていた。

 

今はまだ力を溜めることが先決だから動くことはできない。

 

しばらくは堅実に修業あるのみだった。

 

「だが、これはなんのつもりだ?」

 

カリフは疑問だった。

 

なぜ、人外の者が自分に毎日と言っていいほど食べ物を置いていくのか……

 

つい最近になってから起こり出したこの不可解な現象に首を傾げるが……

 

「……まあいっか」

 

気の質も覚えたから正体はいつでも割れる。

 

だが、そんなことすればこんな特典が消えてしまうだろう。

 

そう思ってカリフはおにぎりを全て平らげて修行場を後にする。

 

今日も絶好調のまま一日を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰っていくカリフの後を追う小さな影が一つ。

 

頭には白い猫の耳、お尻にからは細い猫の尻尾が生えている。

 

白い髪に幼いながらも整った可愛らしい顔が寂しさに染まる。

 

木陰からカリフの姿が見えなくなるまで見送ると、少女の背後に黒髪の女性が現れる。

 

その女性にも猫耳と猫の尻尾が付いている。

 

違いと言えばその尻尾とかが黒いことである。

 

「白音、今日もなの?」

「姉さま……」

「あなたの気持ちは分かるわ。この山には滅多に来ない同い年の子ですものね」

「……」

「友達になりたいということはいいことよ? そのためにあなたの大好きな食べ物やおやつをあの子に分け与えてるんでしょ?」

「黒歌姉さま……」

 

黒歌と呼ばれる猫は真面目な表情で白音と呼ばれる猫を見つめる。

 

「でも、あの子は人間よ?」

「そ、それは……!!」

「人間というのは自分とは違う生き物を恐れ、遠ざける……それは知っているでしょ?」

「……」

「それに、今私たちに関わればあの子の命が危ないわよ?」

「!!」

 

姉の一言に体を震わせる。

 

「私たち猫又の力を狙って堕天使の動きが活発になってる……悔しいけどまだ妖術も仙術も未熟な私じゃあ逃げるので関の山よ」

「……でも……あの子……」

「今回は運が無かったのよ……今回の堕天使は見た顔だから単独で行っている。逃げ切れば私たちの勝ちだから……その時までは我慢して……ね?」

「……はい」

 

頭では分かっているけれど、納得ができない。

 

なぜ猫又だからといってここまでされなくちゃいけないのか……

 

魔力が高いから? 妖怪だから?

 

それだけで親を亡くすのだろうか? 狙われるのだろうか? 友達も作れないのだろうか?

 

それとも、私が弱くて姉さまに迷惑かけてるから?

 

誰からも返されることのない心からの問いに白音はすすり泣きながら林の中へと戻っていく。

 

小さく嗚咽を洩らしながら今の住処に戻っていく妹の背中を見て黒歌は小さく呟いた。

 

「……ごめんね」

 

何もしてやれない自分の不甲斐無さに歯を噛みしめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ」

「どうした? 悩んでいるようだけど」

「大変だオヤジ。山に人外がいる」

「マジでか?」

 

結局、家に帰ってからも目的が分からずに悶々としていた。ソファーの上で寝そべりながら最近になって起こり始めている異変を考察していた。

 

(住宅街にも人外がいるが、山にいるのとはまた別の種族ってやつか?……この時点で二勢力がある……そう思っていたが、さらに新たな気が最近になって現れやがった)

 

時折、山の方でこれまた異質な気が二つ蠢いていた。

 

しかも飛んでいる。

 

そして、動きも上空と地上から同時に散策しているような感じだった。

 

何かを探している?

 

そう思ったが、すぐに考察をシャットダウンさせた。

 

(メンド……)

 

相手がどうであれ、こっちに危害を加えたりちょっかい出さなければ問題はない。

 

そう思いながら床につこうとした時だった。

 

「!?」

 

部屋に向かう足を止めて表情が強張る。

 

(この気……まさか……)

 

不意に感じた気の流れ

 

気の量の起伏、激しくなった動き……只事ではない

 

「……やってくれたな」

 

カリフは自分の部屋へと戻り、窓を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不味い……黒歌は思った。

 

遠い地からはるばる移動してきて逃れてきたのに……

 

「いたか!?」

「いや、だが、そう遠くへは逃げられまい」

 

木陰に隠れ、夜の闇の中で息を殺して気配を絶つ。

 

草むらの中で白音と一緒に隠れているが、白音は脅えて涙をポロポロ零しながら黒歌の服にしがみついている。

 

当然だ、妖怪とはいえまだ五歳の少女が命のやり取りに耐えられる訳が無い。

 

妹の頭を撫でて落ち着かせる。

 

「大丈夫、ここにいれば安全だし、もし見つかってもお姉ちゃんに任せなさい!」

「う……ぐず……うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん」

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

泣いてしまった妹をあやしながら頭を撫でてやると、すぐに男の声が響いた。

 

「いたぞ!! あそこだ!!」

「やばっ! 行くよ白音!!」

「!!」

 

小さい妹の手を引っ張って暗闇の林の中を全力で走る。

 

木の枝が体を引っ掻いて傷ついても立ち止まってはいられない。

 

「はぁ……はぁ……」

 

だが、そんな黒歌の体力も限界に近付いて来ていた。

 

「おっと」

「なっ!!」

「ふ…」

 

そのことを暗示するかのように二人の黒い羽の男が上空から降りて姉妹を挟みうちにする。

 

「このっ!」

「む?」

 

前方の堕天使と言われる者に対して手から閃光を放つ。

 

だが、男は手から光の槍を創り出して無造作に黒歌の閃光を弾く。

 

「くっ! やっぱり通らない!!」

「無駄だ、いくらお前が猫魈(ねこしょう)と言えどまだまだ未熟。戦闘経験も充分に積んだ我等に勝てる道理はない」

 

そう言って後ろからも前からも堕天使がジリジリと迫ってくると、黒歌にしがみついている白音が大粒の涙を流して震える。

 

それを見た後方の堕天使が思いついた。

 

「なぁ、そのちっこい奴はどっかに売っちまおうぜ?」

「なんだと?」

 

前方の男が後方の男を光る眼で睨むも、睨まれた本人は大袈裟なジェスチャーで相方を抑える。

 

「んな怖い顔すんなって、その黒い奴は予定通りコカビエルさま辺りに献上して幹部の席のために使って、ちっこい奴はまだ役に立たねえからその筋の奴に売ったほうがいいって」

「ふむ……」

「猫又のメスガキなら需要があるからそっちの方がいいと思ったんだけどな~」

「……不本意ながら貴様の言にも一理ある。良いだろう、ただしアザゼルさまにはバレないようにしろよ。我等の出世がかかっているんだ」

「任せなさいっと」

 

二人の会話を聞いて白音はさらなる恐怖に気が狂いそうになり、黒歌は毛をざわつかせて激昂する。

 

「ふざけるな!! お前たちのくだらない身の上話で私たちを好きにさせられてたまるか!!」

「おぉ!? こりゃすげえ!」

「これは……」

「堕天使に、運命にまで私たちの人生を狂わされるのはもうウンザリだよ!!」

 

黒歌の練り込む力はさっきまでとは違い、桁はずれな力を含んでいる。

 

力の余波で木々がざわつき、闇を照らすのだが、それを遮る者がいる。

 

「うあ!!」

「姉さま!!」

 

肩に光の槍が貫通して黒歌が倒れる。

 

鮮血をまき散らして後方の男から投影された光の槍の勢いで黒歌は弾き飛ばされて白音と離される。

 

「ふん!」

「あぁ!!」

 

地面に倒れる黒歌を前方の男が頭を押し付けて押さえる。

 

押さえられた衝撃に悲痛な声を上げる黒歌を楽しげに後方の男が見つめる。

 

「安心しな。すぐに妹さんも捕まえて一緒にしてやるよ。もっとも、短い間だけだがな」

「い、いや……」

「逃げなさい白音!! 今すぐ!!」

 

黒歌が必死に白音に声を張り上げるが、白音は迫りくる男に恐怖して動けない。

 

恐怖のあまり失禁する白音の様子を見て男が大声を上げて笑う。

 

「いいねその表情に挙動! やっぱそういう顔最高だわ!!」

「白音に近寄るな! 触るな!!」

「そう言いなさんなってお姉さん。できるだけ丁寧に扱ってやるから安心しなって」

 

ニヤニヤしながら白音に近付いてくる男を見て黒歌を抑えている男は「変態め……」と舌打ちしている。

 

(ぐっ! さっきので妖術も切れたから力はいんない……! このままじゃあ……!)

 

黒歌は妹に駆け寄ろうとするも、男の拘束をふりほどけない。

 

「姉さま……」

「白音……!」

 

姉妹に絶望の波が押し寄せる。

 

 

 

その時だった。

 

 

「ぐぼぁ!」

「!?」

 

突然、白音に近付いて来ていた男の頭に何かが当たって弾き飛ばされる。

 

白音もその様子に驚愕して体を震わせた。

 

「なんだ!?」

 

黒歌を押さえている男が相方にぶつかって地面に落ちたものを見ると……

 

「石?」

 

一握りくらいの石だった。

 

それが相方を弾き飛ばしたのは分かった。

 

ならどうやって飛んできた?

 

そんな疑問を頭の中に浮かべようとした時だった。

 

「こんばんわ」

「「「「!?」」」」

 

不意に聞こえてきた第三者の声

 

石が飛んできた暗闇の先から聞こえる声の主に向かって弾かれた男が立ち上がって怒声を上げる。

 

「誰だてめえは! 姿見せろ!!」

「とっくに見せている」」

 

喧嘩の売り買い言葉と共に闇から現れたのは子供

 

ラフなタンクトップ姿の幼い子供が悠々と姿を現した。

 

意外な存在の登場にその場にいる全員が目を見開いて驚く。

 

だが、その風貌はただの子供では無い。

 

滲み出る覇気、闘気、そして殺気

 

全てを孕んだ子供は不敵に笑って言った。

 

「今日はいい日だ」

 

子供……カリフはこの日、力の片鱗を見せる。

 

「死ぬには……いい日だ」

 

この日を以てカリフは新たな世界への第一歩を踏みこむ。

 

カリフの人生プランに変更は無い。

 

今宵も嵐が吹き荒れる。



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抑えていた衝動

それは突然だった。

 

長きに渡って繰り広げていた堕天使との逃走劇はいつも命懸けで、誰も助けてはくれなかった。

 

自分も姉も頼る人はおらず、頼れなかった。

 

すごく寂しくて、いつも守られる弱い自分が嫌だった。

 

だからだろう……あの子に興味を持ったのは……

 

同じ歳なのにやることに一切の迷いも後悔も見せないで生きているあの子に……

 

 

 

 

 

 

 

それは突然だった。

 

暗闇の中から現れた一人の子供。

 

見た限り、まだあどけない子供が黒い羽の男たちを睨んでいた。

 

「やぁ、どうしたのかなボク? こんな時間にこんな場所で危ないぞ?」

 

石をぶつけられた男は白々しく造った笑みを浮かべてカリフの元へと歩み寄ってくる。

 

「こんな所で一人でいるとこわーいこわーいおじさんたちに食べられちゃうぞー?」

 

露骨に目を光らせて牙をチラつかせている。

 

そんな脅しにカリフは鼻で笑う。

 

「勝手に言ってろよ。オレが用があるのはそこのちっこい奴だよ」

「白音に?」

 

押さえられている黒歌は怪訝に思う中、カリフは話を進める。

 

「今日のにぎり美味かった」

「にぎり……あ…」

 

白音自身も言われてから気付くのに時間がかかった。

 

そして、その一言が意味するのは一つ、夕方のことを知っているということだった。

 

「き、君は……」

 

黒歌がカリフに口を開けた時だった。

 

今まで無視されていた堕天使がカリフの前へとにじり寄ってくる。

 

「なに俺たちを無視して話しこんでんだ? 嘗めんじゃねえぞクソガキ」

 

石をぶつけられたにも関わらず、今度は無視されていたことを根に持っていた堕天使がカリフに蹴りを入れようとする。

 

「あぶな……!!」

 

黒歌が言い終わる前にカリフの鳩尾に蹴りが入れられる。

 

「ひっ!!」

 

白音も蹴り飛ばされて飛ばされていくカリフに息を飲んだ。

 

軽い体がある程度の距離まで飛んで地面に倒れる。

 

「ふん。たかだか人間のガキが出しゃばりやがって」

「おい、そんなのに構うよりも速くこいつ等を捕縛しろ」

「りょーかい」

 

ある程度力は入れた。相手が悪魔や天使、人外の者以外なら即死は免れない。

 

それでなくても相手はまだ子供、あれだけやれば内臓か骨くらいはオシャカになって使い物にはならないだろう。

 

「よっしゃ! じゃあ速く帰って一杯キューっとやろうぜ?」

「それなら貴様の奢りだ」

「えぇ~! そりゃないぜ~!」

 

子供を殺した後とは思えないほどの男たちの冷酷さに白音の恐怖はさらに高まる。

 

白音はまた近寄ってくる男に目を瞑ってうずくまる。

 

男も醜悪な笑みを浮かべて白音に手を出す。

 

その時だった。

 

 

 

「一回は一回だ」

「は?」

 

突然聞こえてきた声に男は白音に近寄るのを止めて声のした方向を何気なしに見る。

 

瞬間、男の手に違和感が襲った。

 

「……あ?」

 

男の手に木の枝を突き刺しているカリフ。

 

何が起こっているのか、未だ痛みを理解していない男の手を突き刺した枝で引き寄せて手刀を作り……

 

「ナイフ」

 

男の手首に振り下ろした。

 

その瞬間、男の手が鮮血をまき散らして宙に舞った。

 

「は?」

 

男は訳が分からないという表情で自分の手があった部分を見ると……そこには手首から先が消えて鮮血が噴き出る。

 

「なに!?」

 

黒歌を押さえていた男は思わず黒歌を離して驚愕する。

 

一方の男は無くなった手を押さえて悲鳴を上げる。

 

「ぐあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 手がっ! 俺の手があああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

後から襲ってきた痛みに悶えて地面を転げる。

 

その様子を見てカリフはやたらアッサリとした表情で言った。

 

「さっきの蹴り……あまりに遅くて避けていいのか迷っちまったよ……なまっちょろ過ぎてその足にキスしてやりたかったぜ」

 

チュっと愉快に唇を鳴らすと、手を切断された堕天使は体を怒りに震わせながら叫んだ。

 

「このクソガキがあああぁぁぁぁぁぁぁ!! たかだか百年くらいしか生きられない人間のガキが俺の手をおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「残念だが坊や……こいつのことはどうでもいいのだが、こいつの言う通りここで退けば我々堕天使が人間の子供に負けたなどと不名誉を背負わされるのでな。速やかに始末させてもらうよ」

 

黒歌の捕縛よりもカリフの打倒を決めた堕天使は二人で並び、相方の傷を魔力で止血する。

 

そんな光景を見てカリフは余裕そうに呟く。

 

「グッド……やっと相手する気になったか?」

「自惚れるなよガキ。こうなったらお前はもう死ぬしか道はねえんだよ!」

「知ってるか? そういうのをここでは死亡フラグっていうらしいぜ? オヤジがよく口にしてた」

「おやおや、やはりあなたは子供だな」

「は?」

 

男が静かに呟くとカリフが眉を顰める。

 

「我々はもう百年近くも妖怪狩りを生業にして生きてきた……つまり、経験でも実績でも我々に敵う道理はありませんよ」

「そういうことだ!! 俺たちに狩れねえもんはねえ!!」

 

舌を出してばか丸出しに笑うが、カリフはそれでも余裕を崩さない。

 

それどころか

 

「は」

 

完全に落胆したような声を出す。

 

「つまり言うとあれだ……お前等は百年も生きてオレは五年しか生きてないから勝てない……そういうのか?」

「えぇ」

「はん!」

 

その答えにカリフは唾を吐き捨てて続ける。

 

「貴様等が自分よりも弱い奴を捕まえて残飯漁るような惨めでくだらないような百年がオレの充実した栄光の五年間に勝てるとでも本気で思っているのか?」

「……ほぅ、言ってくれますね」

 

これを機に男も紳士的には振る舞うが、若干の怒気を放った。

 

普通なら立ちすくむような怒気であり、解放されて白音の元に戻った黒歌でさえも身を強張らせるほどだった。

 

そんな怒気にカリフは真っ向から受けて平然と立っている。

 

「正直言おう。貴様等のそのゴキブリと何ら大差ないしみったれた百年の人生を……オレの五年の人生で踏みにじり

 

 

 

 

 

 

虚仮にしてえ」

 

明らかに見下しながら笑うカリフに手の止血を終えた男がキれた。

 

「いつまでも調子こいてんじゃねーぞ人間がぁ!! そんなに死にたきゃ今すぐ殺してやるよぉ!!」

「そうですね……今回ばかりは見逃す理由はなくても討ち取る理由なら幾らでもある」

 

二人の男が臨戦態勢に羽を広げると、周りの空気が明らかに変わった。

 

歪に夜空が歪むのが目に見える。

 

だが、自分の体に影響が無いならどうでもいい。

 

「なら、お言葉に甘えさせてもらって、調子……こかせてもらうぜ!!」

 

瞬間、カリフの服がはじけ飛ぶと同時にカリフを中心に突風が吹き荒れた。

 

「ぐっ!」

「なっ!」

「にゃ!」

 

既に超常現象の連続で気絶している白音だけを除いて、三人はこの突風に飛ばされないよう踏ん張っていた。

 

だが、このとき黒歌は見た。

 

わずか五歳くらいの子供の雄大な背中を……

 

そして、背中の筋肉で形作られた鬼の顔を……

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、これと同時に奇妙な出来事が起こっていた。

 

 

カリフの家からそう遠くない家で起こった。

 

「す~……す~……おっぱい……チュウチュウ……」

 

寝言で卑猥なことを口走る少年の腕に光が灯り……

 

『Boost!!』

 

突如として赤い籠手が発動した。

 

少年は全く起きる気配がないのだが、その籠手に宿りし魂は戦慄していた。

 

『何だ今のは!?』

 

永き眠りから目覚めし赤龍帝も突然の間隔の暴走に戸惑っていた。

 

『これはこいつ……宿主からではない……だが、ハッキリと感じたぞ。これは……』

 

そう言ってまた赤い籠手の姿は薄くなり、元に戻った。

 

突然我が身に襲ってきた謎の波動

 

この異常現象に赤龍帝も……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした? 急に力など使って……なにかあったか? アルビオン」

『ヴァーリ……お前は感じなかったのか?』

「何がだ?」

『そうか……いや、いい』

 

強さを求める白龍皇も……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これは……なにが起こっている? 神さえも屠り去る神滅具(ロンギヌス)の原点……黄昏の聖槍(トウルー・ロンギヌス)が勝手に動き出しただと……?」

 

英雄の血を引く子孫が手にする独りでに震える最強の槍が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何が起こっている……神器(セイクリッド・ギア)が勝手に動き出しやがった……」

 

魔力を放出して震える神器

 

「いや、これは勝手に動いてるだけじゃねえ……何かを恐れているのか……何かを知らせているのか……」

 

堕天使の総督が創り出した神器が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔界、天界、冥界、様々な世界を問わず、確認されている神器が主の意志とは関係なく勝手に動き出すという報告が世界を賑わせた。

 

まるで、何かに恐怖するかのように……

 

また、何かを世界に知らせるかのように……

 

この出来事があったその時間

 

まさに、カリフが戦いの一歩を踏み出した時刻と同時に起こっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

山に吹き荒れる突風が止み、上半身裸となっているカリフを見据える堕天使はすぐに躍り出た。

 

「くたばれ!!」

 

光の槍を創り出して投影し、凄まじい速度でカリフへと向かってくる。

 

それに対してカリフは首だけを傾けて避けるだけだった。

 

避けられた槍は後方の木々をなぎ倒し、自然消滅するまでその威力を見せつけた。

 

「あっけなく避けるか……なら、これならどうでしょうか?」

「む」

 

後方から迫ってきていた男は光の槍を持って直接斬りかかりにくる。

 

それに対してカリフは振り向きすらもせずに後方に跳んで自ら男との間合いを詰める。

 

「!?」

「おら!」

 

意外な行動に目を見開く男にカリフは前宙の要領で体を回転させて男の顎を踵でカチ上げようとする。

 

「ぐあ!」

「反応良し」

 

重い一撃で男の顔が跳ねるように弾かれ、カリフは男の腹にパンチを叩きこもうとした時だった。

 

「後ろ!!」

「でやあぁ!」

 

黒歌の声と同時に片割れの男が背後から同じ様に光の槍を持ってこっちに向かってくる。

 

半ば狂乱になりながらも槍を大雑把に振るうと、あっけなくカリフに掴まれる。

 

「な!?」

「不意打ちで大声出す馬鹿が……ここにいたか」

 

そうとだけ言うと、カリフは光の槍に対して手刀を放った。

 

「ナイフ!!」

「!?」

 

手刀を耐えた槍だったが、そこから更なる手刀の嵐を浴びせる。

 

「ナイフナイフナイフナイフナイフナイフナイフナイフ!!」

「ば、馬鹿め! ただの腕力でこの光の槍が……!!」

 

ビシ

 

「なっ!? 罅が!!」

「ナイフぅ!!」

 

止めと言わんばかりに大振りに繰り出した刃が光の槍を断罪する。

 

「今度はこっちだ!!」

 

紳士風の男が至近距離から光の槍で止めを刺そうとした時だった。

 

カリフは流れる様な柔らかい動きで男の懐へ忍び込み、首に目がけて牙を見せた。

 

「がぼ!」

 

瞬間、男の首が抉られ、夥しい鮮血をまき散らした。

 

その光景に全員が驚愕する中、カリフが出血している男を見て言った。

 

「噛みつきは戦闘において基本の一つに過ぎない。狙いは頸動脈のみに絞るのが得策。尚、衣服の上から噛む際には布を吟味するがいい。急激に引き抜かれ、前歯を根こそぎもってかれる例は珍しくないからなぁ」

 

口周りを夥しい血で濡らして崩れる男を一瞥する。

 

「な……なにもんだよお前……」

 

黒歌はもちろん、片割れの男が震えながら聞くと、カリフは口周りの血を舐め取って無邪気な年相応の笑顔で答えた。

 

「今は人間だよ」

 

そう言いながら頸動脈を噛み千切られて動かなくなった男に手をかざすと、その男は独りでに浮く。

 

もう喋るどころか意識すらない男は上空へと浮かぶのを見てカリフはかざしていた手を握りしめた。

 

その瞬間、男の体は膨れ上がり……

 

一瞬で内部から爆発した。

 

「きたねえ花火だ」

 

カリフが舌打ちしながら上空で舞い上がっている煙を見ている。

 

その光景にもう一人の男は震えて動けなくなっていた。

 

(じょ、冗談じゃねえ!! こんな得体の知れない奴がこんな島国にいたっていうのか!?)

 

もう男にはカリフは子供としてではなく、化け物としか思えなくなっていた。

 

「あぁ……もう一匹いたな……」

「!?」

 

カリフが血に染まった微笑みを向けてきた瞬間、男は黒い翼を展開させて素早く逃げた。

 

あまりに速いスピードに男の姿は夜空の星となんら変わりないサイズにまでなっていた。

 

男としてはもうカリフの視界から一刻も速く消えたい一心だった。

 

だが、それでもカリフは見ている。

 

普通ではない視力と気の探知によって分かり切っている。

 

「堕天使……お袋から読んでもらった昔話によると、神からリストラくらって天界とやらから追い出された奴のことなんだが……合ってるか?」

「え……えぇ……」

 

突然の質問に黒歌は少し脅えながら答えると、カリフは口を三日月状に形を変えて笑む。

 

「そうか……故郷は天界か……いつかは帰れるといいなぁ」

 

呟いた瞬間

 

カリフは深紅の光の球を収束させて夜空へと投げ飛ばし……

 

赤い光が

 

夜空を盛大に照らした。

 

そんな光景に呆気に取られる黒歌を尻目にカリフは探知を行う。

 

結果、男の気が完全に絶たれた。

 

「んーふっふっふっふ……」

 

その事を理解したカリフは俯いて小さくほくそ笑み……

 

「はーっはっはっはっはっは!!」

 

感情を爆発させた。

 

「一体なにが……」

 

急に笑い出す子供からは二人の堕天使を遥かに凌駕する何かが感じられる。

 

本当ならここで逃げるべきだ……

 

だけど動かない……

 

いや、動けない。

 

黒歌はその場に座り込んで未だ気絶している白音を抱きしめながら笑い続けるカリフを見ていることしかできなかった。



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新たな家族は猫である

さっきまで自分たちは襲われていた。

 

だが、それは突然現れた。

 

黒歌は傍らの白音を抱きながらさっきまで笑い続け、今は静かになったカリフを見て呆然となる。

 

長い間の逃亡劇はこれにて終わった。

 

だけど、あの子供の真意が分からない今はとても危険だ。

 

ここは慎重に……

 

「うん……」

「白音!?」

 

こんな時に妹が起きたことに内心で酷く狼狽してしまう。

 

そして、妹に気を取られた時だった。

 

「ほう……これは珍しい傷だな」

「!?」

 

気を抜いた一瞬の隙にその子供は易々と黒歌たちのすぐ近くへと迫っていた。

 

威嚇しようにも手が痛みで上がらない。

 

この状況に歯痒さを感じているときだった。

 

「さっきの槍は光ってたのに刺し傷でしかなくて火傷とかはない……珍しいな」

 

そう言いながら私の肩に指を当てて目を瞑る。

 

何かされるのだと思って魔力を練ろうとしたその時だった。

 

「え!?」

 

驚いた。

 

カリフの指先の触れる場所から暖かく感じ、傷の痛みも消えていく。

 

「怪我したところは気が若干乱れるからそれを正しているだけだ。んな警戒すんじゃねえよ鬱陶しい」

 

もっとも、黒歌が驚いたのはカリフの使った力にあった。

 

(これは気!? それに今も気で痛みを緩和させる仙術も使った!?)

 

驚愕のまま立てた仮説だが、すぐにその可能性を否定した。

 

(でも、この子は悪魔でも天使でも堕天使でもなければ妖怪でもない……普通の人間……)

 

だからこそ疑問が尽きない。

 

見た限りたった五歳余りの子供が仙術に限りなく近い術を目の前で使ったのだから。

 

もしかして英雄の血か?

 

そう思っていた時、カリフは応急処置を終えて黒歌と向き合う。

 

「お前等……本当に運がいいな」

「え?」

「?」

 

急にカリフは意味深なことを言ったと思ったら……

 

「とりあえずうちに来い」

「……はい?」

「……?」

 

親指をクイっと背後に指して言った言葉に黒歌は呆然とし、白音は可愛らしく首を傾げるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「あら~♪」

 

しばらくして山から降りた一行はカリフの独断の元で鬼畜家にほぼ無理矢理連れて来られていた。

 

「にゅう……」

「あ、あの~……」

 

そして、勢いに身を任せてそのまま帰宅すると、両親はカリフを叱る前に呆気に取られていた。

 

ドアを開けると、そこには知らない二人の少女と上半身裸の息子

 

解釈のしかたによってはとても大変なことなのだが、両親の感性は少しずれている。

 

「あなたたちはカリフのお友達?」

「え、いや~、あの~……」

 

リビングのテーブルで出されたお茶を飲んで緊張して乾く口を潤す黒歌

 

白音はずっと黒歌の服のすそを掴んで目を潤ませている。

 

そんな二人の少女に両親は骨抜きにされていた。

 

「それで、こんな時間に何をしてたの? ご両親は心配してると思うわ」

「いえ、その、両親は結構前に亡くなって……」

 

その問いに両親はバツが悪そうに表情を歪ませた。

 

「あ……ごめんなさいね……」

「じゃあ君たちは住むところは?」

「……」

 

父親の質問に黒歌が黙りこむ。

 

それを察知した父親が急に膝を叩いて立ち上がった。

 

「今日からここに住みなさい」

 

そして、とんでもないことを言った。

 

「……は?」

 

黒歌も急な一言にキョトンとする。

 

「いやいやいや……なんでそういうことになってるのにゃ?」

「だって君たち住む所が無いんでしょ?」

「そうだけど……」

「じゃあ住もう」

「いや、だから……」

 

思わず、素の喋り方に戻ってしまった黒歌と両親は互いに芸人のような漫才を続ける中、白音は出されていたジュースを飲み干した後、近くのソファーの上で座禅を組んでいるカリフへトコトコ近付いてきた。

 

目を瞑って座禅を組むカリフは対して気にしない様子で集中する。

 

「……なにしてるの?」

「精神統一と今日の反省……一日を振りかえって己の弱さと向き合う」

「……」

 

カリフの言葉を理解できなかった様子の白音は可愛らしく首を傾げてカリフの横でじっと見つめる。

 

そんな二人を見て母親は微笑ましく思い、黒歌の説得を続ける。

 

「黒歌ちゃんでいいかしら? この申し出なんだけど、私も主人と同じで黒歌ちゃんと白音ちゃんをうちに置いて、いえ、住んでくれないかと思っているの」

「……なんでそこまでするのかが分からないのですが……」

「あれ……」

 

母親が指をさす方向には……

 

「……それって楽しい?」

「いい気分だ。一日を振りかえれば弱点、補強すべきポイントが分かるからな」

「……やっていい?」

「邪魔だけはするなよ?」

 

白音とカリフが仲良く座禅を組んでいるのを見て母親と父親が微笑む。

 

「カリフがあんなに機嫌がいいことは滅多にないの……黒歌ちゃんたちのおかげって思うの」

「いや、何もしてないし……」

「でもカリフが同い年のお友達を連れて来てくれたことが重要なんだよ。友達なんて君たちが初めてだからね」

 

夫婦二人からそう言われると、黒歌は座禅を組んで足が痺れたのかモゾモゾしている白音を見て理解した。

 

(白音のあんなに穏やかな顔……いつぶりかにゃ……)

 

今思い出せば両親が死んでからという者、すぐに堕天使二人組に追われる生活が続いていた。

 

両親の死に未だ回復してなかった時に命の危機によるストレスでずっと泣いていたか、夜もろくに眠れずに脅えていた顔しか見てなかった。

 

だけど、偶然に逃げてきたこの街で今話しているカリフって同い年の子を見ていた。

 

白音にとって同い年の子は新鮮だったのかもしれない。

 

そして、まだ堅いけど気になっていた子と知り合って少し表情が柔らかくなったように見えた。

 

(戦いの時は怖かったけど……結果的にはあの子のおかげでもう逃げ回る必要もなくなったんだね……)

 

理由はどうあれ、これで以前よりは自由になった。

 

これからの目的が無かった黒歌たちにとってこの申し出はとても有り難いものだった。

 

目の前でニコニコと笑う二人の人間を見て黒歌は決めた。

 

「それならここでお世話になってもらってもいいかにゃん?」

 

その黒歌の申し出に両親は頬を緩ませて露骨に微笑んだ。

 

「もちろん。というよりもう親子になっちゃおうかしら?」

「いや~……白音ちゃんみたいな娘も欲しかったし、黒歌ちゃんに一杯を会釈してもらえたらな~なんて思ってたんだよ。可愛いって正義だわ」

「にゃはは……」

 

両親のあまりの喜びように流石の黒歌も苦笑していると、傍からカリフが横から現れた。

 

「おい、もう寝ちまったぞ……」

「あら~……白音ちゃんはもうおねむ?」

 

カリフが鬱陶しそうに白音をだっこで運んでいた。

 

すやすやと寝息を立てて眠る白音に両親はデレデレとなり、黒歌はどこか安心したように息を吐いた。

 

「最近はずっと寝てなかったからかにゃ? よく眠ってるにゃん」

「ならさっさとこいつを連れてけ。え~っと……オレの部屋にでも連れてけ。オレはソファーで寝る」

 

その一言に黒歌は寝ている白音をカリフから優しく受け取る。

 

「そんなに気を遣わなくてもいいにゃん。ソファーでも大歓迎だにゃん」

 

黒歌がそう言うと、カリフは目を鋭くして返す。

 

「勘違いするなよ? 寝床はこうしないとお袋がうるさいからな」

 

母親がクスクス笑ってカリフを見つめる。

 

カリフは指一本立てて黒歌を指してきた。

 

「その代わり、お前からは聞きたいことがいくらでもある。明日に洗いざらい話してもらうぞ」

 

それを聞いた黒歌はそこから表情を少し引き締める。

 

「……分かったにゃ。私も君に聞きたいことがあるから丁度いいにゃ」

「話が速くて助かる。だが、今のお前等に聞いてもまともな答えは期待できないから明日にはなんでも答えられるように知っている内容はまとめておけ」

 

そう残した後、カリフはリビングの電気を消してソファーに寝転がる。

 

そんな息子の姿を見て母親はおっとりと答える。

 

「毛布くらいはかけなさいね」

「へいへい」

 

手を振ってぶっきらぼうに答えるカリフに両親は家の電気を消して寝室へ向かう。

 

そんな中で黒歌は両親に尋ねる。

 

「あの……私たちが部屋で寝てもいいのかにゃん?」

「大丈夫よ。明日には部屋は空けておくし、ああなったらもう動かないから」

 

そう言われてしまったら納得するしかない。

 

だが、これもカリフなりの優しさなのかと思い、黒歌は寝そべるカリフの耳元で呟く。

 

「今日は色々とありがとうにゃ。おやすみ」

 

そう言ってリビングから黒歌が出ていくのを確認すると、カリフは呟いた。

 

「ガラじゃねえ……」

 

今更、自分がやってきた行動に対して溜息を吐いていた。

 

反省はするけど後悔はしない。

 

今度からはこんな場面に遭遇しないように祈るしかない。

 

そう思いながらカリフは眠りについたのだった。



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平和な日常

 

「ん……」

 

朝の日差しがカーテンから漏れた時、小さな声が漏れた。

 

少女は目を覚まして目をこする。

 

「ここ……」

 

初めて見る風景に疑問を感じる。

 

そこで気付いた。自分は今、ベッドの中にいたのだと。

 

「……にゃあ」

 

初めて味わうベッドの感触の虜になったのか、白音は再びベッドの中へ入ろうとした。

 

そんな時、下から楽しそうな声が聞こえた。

 

「?」

 

笑い声に吊られて白音はベッドからヒョコっと顔を出す。

 

 

 

 

 

リビングでの朝ご飯のワンシーン

 

鬼畜家の朝は早い。

 

現在、朝の六時なのだが、そこのテーブルには父、母、カリフ、そして黒歌がいた。

 

「そうなの~……カリフがね~」

「はい……ちょっと事故に遭った所を助けられて……」

「どんな事故なんだい?」

「変質者に襲われてたのを見つけて葬った」

「あらそうなのね~」

 

向かい側で黒歌がカフェオレを吹きだすのだが、両親はそれを冗談として受け止めてただ笑うだけだった。

 

黒歌はカリフに慌てて耳打ちする。

 

「そう簡単に確信を言っちゃだめにゃ!」

「オレ、嘘つけないし、嘘は嫌いだし」

「あ~……」

 

この理屈に黒歌もなぜだか嘆息しながらコーヒーを飲み干すカリフを見つめていた。

 

そんな時、カリフは何かを耳にした。

 

「あ、やっと起きたかにゃ」

 

猫の聴力で黒歌も気付いたのか、寝室に通じるドアを見る。

 

すると、そこから小さな影がひょっこりと姿を現した。

 

「まあ♪」

「おぉ」

 

母と父は嬉しそうにその影を見ると、そこには目を擦る白音がいた。

 

「姉さま……」

「おはよう。起きるの早いのね」

 

姉妹の間で朝の挨拶をかわすと、母が新しく小皿を用意した。

 

「白音ちゃんも朝ご飯どうぞ」

「……あ」

 

ここで白音も思いだしてきた。

 

ここは急遽住むことになった場所であり、友達が招いてくれた家だということを。

 

白音はトコトコとテーブルへ向かい、姉の近くの席に座る。

 

そんな白音に母は山盛りのフルーツと暖かいココアを差し出す。

 

「はい、たくさん召し上がれ」

「うわぁ……」

 

目の前には見たことも無いような色鮮やかなフルーツの山があった。

 

色んな色の果物に白音が目を光らせて覗く。

 

「白音、早く食べちゃいなさいな」

 

姉に急かされると、白音は一口サイズにカットされたフルーツをパクパクと食べていく。

 

そんなあまりに可愛い食事に父親も顔がとろける。

 

「いいねぇ……カリフもあれくらい可愛かったらああああああああああぁぁぁぁぁぁ!! こ、小指がああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

余計な一言の直後にカリフの踵が父の足の小指をピンポイントで捉えた。

 

激痛に床を転げ回る様を一家は無視する。あまりのスルー力に黒歌もタジタジだった。

 

そんな時、白音は手を止めていたのを母は見た。

 

「あら? どうしたの?」

 

そう聞くと、白音は俯いて言った。

 

「お腹一杯……」

「こら、折角おばさんが出してくれたのに食べないとだめにゃん」

「うぅ……」

 

黒歌からお叱りを受けてシュンとなる白音。そこで姉妹の間に母が入る。

 

「あ、ごめんなさいね。うちの子が他の子よりよく食べるからいつも通り出しちゃったわ」

「でも、白音ももっと食べないと成長しませんので……」

「うぅ……」

「いいのよ。実際、その量を食べきれるのはカリフくらいだから、ね?」

 

母がカリフに振ると、カリフはおもむろにパイナップルを葉を掴んで持って来た。

 

そして、口を開けて……

 

 

ムシャ

 

トゲ付きの皮ごと食らった。

 

「……」

「おっきい口~」

 

その光景に黒歌は呆然となり、白音は別の所で驚いていた。

 

そんな二人を尻目にカリフは固い皮、芯さえも強靭な顎と乳歯で噛みちぎっていき、一分も経たない内にパイナップルは葉っぱだけしか残らなかった。

 

丸々一個のパイナップルを食べてカリフは言った。

 

「うま……」

 

そう言ってその他のパンやご飯をどう見ても二、三人分はあるであろう量を平らげていく。

 

「あんなに食べられません……」

「うん、そうだねぇ~」

 

もうカリフの出鱈目さに気付き始めた姉妹だった。

 

 

 

 

 

 

朝ご飯から数時間が経った。

 

父は仕事、母は買い物に行ってる間に黒歌とカリフは話しこんでいた。

 

なお、黒歌と一緒にいる白音は猫耳と尻尾を出している。

 

「なるほど……この世界には天使、悪魔、堕天使とかいうのが三角関係ってわけだな」

「そうにゃ。その他にも精霊とか妖怪とか神話に出てくるような生物もいるわけだにゃん」

「なるほど……道理でお前等の気は人にも猫にも似てると思ったら……」

「そうにゃ、私たちは猫又って妖怪だにゃん」

 

黒歌の膝の上で白音は難しい話に付いていけておらずにコックリコックリと眠そうにしている。

 

「それにドラゴンには不思議な……」

「力と戦を呼び寄せ……」

 

ここまで来て、白音は寝てしまった。

 

 

 

 

 

丁度、昼時

 

昼食を食べ終わり、何故かカリフが家の周辺を案内している。

 

本当は母にやらせようとしたのだが、生憎母が夕食の買い物と準備で忙しくなる。

 

それに、黒歌や白音も懇願してきた。

 

話をしてもらった礼として適当に辺りを歩くことにした。

 

「なんだか店とか少ないにゃ」

「どこもこんなもんだ」

 

話しながら歩いていると、そこで同い年くらいの子供と遭遇した。

 

そして、カリフを見た子供たちは……

 

「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!! 暴君だああぁぁぁぁぁぁ!!」

「ひいいぃぃぃぃぃ!! ごめんなさいいいいいぃぃぃぃ!!」

 

急に泣いて逃げてしまった。

 

黒歌はその光景にまたも呆気に取られて聞いてきた。

 

「……あの子たちは?」

「……生意気なクソガキどもだ」

「いや、でもあんな脅え方は……なにかしたの?」

「公園の湖で吊るして、どっか空き家のベランダから吊るして……そんくらいだな」

「あぁ……」

 

忌々しそうに唾を吐きながら言うと、黒歌は納得した。

 

そりゃ怖がるわ。

 

というかこの歳ですることか?

 

そう思っていると、白音が代わりに聞いていた。

 

「なんで仲良くしないの?」

 

純粋な質問だった。

 

今まで友達が欲しくてたまらなかった白音と友達を否定してきたカリフ。

 

対局の位置に反する二人なのだが、なにも、カリフは友達という概念を否定している訳ではない。

 

「弱い奴を相手にしか威張ることもせず、強い奴にゴマをするようなつまんねえ奴となぜ肩を並べにゃあならんのだ?」

「え? でもそれが普通じゃあ……」

 

黒歌の言葉をカリフは人差し指で制する。

 

「だから駄目なんだよ。普通に生きて退屈に生きるより周りから異常と思われても充実した生活を送りたい。それに……」

「?」

「何も理由無しに自分よりも弱い相手をいたぶり、悦に浸るようなくだらねえ野郎には絶対になりたくはない。男なら強い奴と堂々とぶつかって勝利をもぎ取る!!……これしかないだろう」

 

拳を握りながら不敵に笑うカリフに黒歌は不覚にも見惚れてしまっていた。

 

昨日の夜の残忍な姿などは既に身を潜め、今は立派な男の顔をしていたのだから。

 

すぐにいつも通りに黒歌は装う。

 

「そっか……じゃあ……白音とは友達にならないかにゃん?」

「え?」

「む?」

 

突然、黒歌が白音を前に出して言うと、白音もカリフも意外そうに洩らした。

 

「友達って奴をなぜそんなに欲しがる?」

「別にいいんじゃないかにゃ? 友達って結構役に立つんだにゃ」

「ほう?」

「友達なら気兼ねなく話せるから色んな情報も収集できるから何かと便利にゃ」

「ふむ……そういうことか……」

 

確かにそれはある。確かに黒歌という存在がいなければこういった世界の情報も知らされることはなかったし、戦うこともできなかっただろう。

 

そもそも人間全てを否定している訳ではない。なにより、自分と同じ様に全てをさらけ出して欲望のまま生きるような奴を気に入ることなど多々ある。

 

そのことを黒歌に聞いてみたらそれも『友達』という輪に入るという。

 

「それなら白音も私も友達でいいかにゃん?」

「友ね……そんな肩書はともかく、オレの邪魔さえしなければどうせもいい」

「じゃあ友達ってことで。白音は?」

「は…はい……嬉しいです……」

「……」

 

物静かにカリフを見て照れる白音の姿が今は亡き弟の片割れを思い起こされる。

 

悟天も最初は引っ込み思案だったが、いざ関わってみると分かった。あれは慣れた奴にしか素は出さないと。

 

(多分、この白音って奴も同じタイプだな……)

 

不覚とは思うが、カリフは悟天やトランクスのお守を“させられていた”ということもあって、子供は苦手だが、扱い方は心得ている。

 

そして、弱い奴相手にはムカつかない限り、手を出すことはない。

 

故に自分が子供相手だと甘いと勘違いされることもあり、そのことが我慢できない。

 

故に辟易していた。

 

「……まあいい、白音はそこいらのガキとは違うと思うからな……勝手にしやがれ」

「ついでに私も」

「ご勝手に」

 

なんだかもう訳が分からなくなっていた状況にカリフももう投げやりになっていた。

 

「次だ次。行くぞ」

「おー」

「にゃあ」

 

そうして彼女たちが別の場所に行こうとすると……

 

「やっほー!」

「?」

「にゃ?」

 

後ろから別の声が聞こえたと思って黒歌と白音が振り向く。

 

「またか……」

 

カリフはなぜか顔に手を当てて辟易してた。

 

黒歌たちが見たのは母親らしき人物に手を引かれている少女がこっちに手を振っていた。

 

「カリフくーん!」

「あら? 朱乃のお友達?」

「うん!」

 

そう言って手を振ってくるのが見なくても分かる。

 

カリフは適当に手を上げて軽く振って返すと、朱乃と呼ばれた黒髪ロングヘアーの少女は一層嬉しくなった。

 

「お母さんお母さん! あの子私よりも一歳下なんだって!」

「そうなの。じゃあ朱乃はお姉さんね」

「うん!」

 

明るく会話しながら遠ざかっていく親子にカリフは小さく洩らした。

 

「なにがお姉さんだ……返さねえとすぐ泣くくせに……」

「あの子は?」

「……前に色々と…」

 

溜息を吐くカリフはそうとだけ言って再び歩き出す。

 

まだ一日は終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼の案内は終わり、既に日は傾いていた。

 

ある程度の探索も終わり、父も既に家に帰っていた。

 

夕食は全員でテーブルを囲んで食べた。

 

もっとも、カリフだけは一人でフルコース級の料理を誰よりも速く平らげてテーブルを後にした。

 

そして、カリフは家の庭へと出た。

 

「? 何してるのにゃん?」

「あぁ、いつものことだよ。体を鍛えてるんだ」

 

黒歌の問いに父が代わりに話すと母も乗ってきた。

 

「なにやってるか分からないけど、先週は親指だけで逆立ちして家の周りを何回も周ってたわ」

「にゃあ……」

 

もう一日だけでカリフという規格外さには驚かれっぱなしだったのだ。大抵のことにはもう驚かない。

 

そうとだけ聞くと黒歌はおもむろにキッチンへと向かった。

 

何事かと思った白音が姉の後に付いていく。

 

それに気付いた黒歌は白音に何か言うと白音は小さく頷いた。

 

その後、黒歌が何かを取りだして父の元へ向かっていく。

 

「パパさ~ん」

「ん? どうしたのかな?」

 

そう言って黒歌が背中に隠していたビール瓶を出して見せる。

 

その様子に父が嬉しそうに声を洩らす。

 

「おぉ、これは……」

「昨日はお酌したいって言ってたからやってみるにゃん」

「んしょ、んしょ……」

 

後から白音がお盆に一つ大きいジョッキを乗せて運んできた。

 

そのシチュエーションに父も男泣きする。

 

「まさか、こんなに可愛らしい子たちが酌してくれるなんて……カリフだとビール瓶を無理矢理口に突っ込んで押さえつけるとか……マジ死ぬかと思った…うぅ…」

「……苦労してるのにゃん。飲んで忘れましょうぜ」

「うん……白音ちゃんもありがとう」

 

そう言って辿り着いた白音の小さい頭を撫でてやると、白音は少し驚いたようだが、すぐに小さく笑った。

 

「えへへ……」

「母さん。今ここにオアシスが見えるよ」

「うふふ……」

 

父としては感無量の一言だった。

 

明りが洩れる家の中から笑い声が聞こえてくる。

 

夜の帳に包まれた家の周りをカリフは親指逆立ちで汗を流して歩いている。

 

「あと……三十周……」

 

そう言った後、カリフはペースを速めて家の周りを回る。

 

カリフの鍛錬が始まったころに家から白音が出て来てスポーツドリンクを道に置く。

 

「……ここに置いていい?」

「あ? あぁ……わりいな」

「うん」

 

白音は嬉しそうにカリフの修業を観察してくる。

 

視線は気になるが、カリフも直接邪魔になることはないと思い、そのまま放置した。

 

こうしてカリフの修業は一時間で終わった。

 

結局、白音はずっと修業風景を見ていただけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして就寝

 

一日が終え、カリフも寝床に入る時だった。

 

「部屋がない?」

「そうにゃ。ただでさえ部屋が碌にないから今日も私たちはこの部屋で寝るにゃん」

「……またソファーの上か」

「いやいや、カリフくんもここで寝るといいにゃ」

「はぁ?」

 

なんでそうなる? とばかりに返すと白音がオズオズと出てきた。

 

「姉さまと一緒に寝ちゃだめ?」

「だから、オレは一人で……」

「だめ?」

「……」

「……うりゅう……」

 

泣くなこりゃ……これだから極力子供とは関わりたくないんだよ……まだこれが近所のクソガキなら放置してやるんだが、こいつ自身は嫌いではないし、泣かれたら後がうるさい。

 

「……寝るときは静かにしろよ」

 

そうとだけ短く言うと、嬉しそうに白音はベッドの中へ潜りこむ。

 

そんな妹の姿を見て黒歌も苦笑しながらベッドに行くが、カリフはここで言っておく。

 

「言っておくが、寝てるときは絶対にオレに触るなよ? 間違えて殴り飛ばしても知らんからな」

「えぇ~……一緒に寝ないの~?」

「同じ部屋で寝るだけでも最大の譲渡だ」

 

そう言って物置から掛け布団を持ち出してカリフは床に寝そべる。

 

その様子に黒歌は軽く溜息を吐いたものの、強くは言えずにこのままで寝る。

 

「んじゃおやすみにゃ」

「すぅ……すぅ……」

「寝るのはやっ!」

 

既に眠りに入っていたカリフに吊られてか白音も小さく寝息を立てているのを聞いた。

 

その姿に黒歌は久しぶりに微笑んだ。

 

「ま、なんというか……おやすみ」

 

白音の頭を撫でて黒歌も床についた。

 

 

 

猫又姉妹の鬼畜一家生活記録はここで一旦は終わる。

 

また明日には違った破天荒で賑やかな出来事が起こるだろうと胸に思って……



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桜の下の誓い

 

人間は自分とは違う者を差別して進歩してきた。

 

『やーい! お前んとこおっ化け屋敷~』

『違うもん! お化けなんていないもん!』

『なんまいだ~なんまいだ~』

 

姿形、生まれた場所、住んでいる場所など一つでも違えば誰よりも際立ってしまう。

 

『くんなよ呪われるからー!』

『やべぇ! 触っちまった!』

『違うもん……』

 

身に覚えのない言葉による暴力で少女は目に涙を溜めて服のすそを握りしめる。

 

何もできない、言い返そうにも圧倒的な数がそれを許してはくれない。

 

そんな時だった。

 

『よぉ……クソガキ諸君……』

 

私と同じで皆と違うのに毎日を笑って生きているあの子が……

 

『な…なんだよ……』

『よっちゃん……こいつ……まさか……』

 

皆と違うところがあってもそれを隠そうともせずに堂々としているあの子のことが……

 

『オレと遊んじゃくれねえか……なぁ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたし、姫島朱乃の朝はちょっとだけ早い。

 

今日は土曜日だから父さまと母さまとお買いものに行くの!!

 

それを思うと眠気なんてどこかに飛んじゃった!!

 

「母さま! 父さまもおはよう!」

「おはよう」

「ああ、おはよう」

 

もう母さまも父さまも朝ご飯を食べてた。

 

私もそこに混ざって朝ご飯を食べる。

 

「いただきます」

「はい、召し上がれ」

 

大事な挨拶の後にご飯を食べる。

 

「父さま!! 明日も大丈夫!?」

「あぁ、最近は珍しく休みが多く取れたから心配ないよ」

「じゃあ……!」

「あぁ、皆でお祭り……花見に行こう」

 

笑って頭を撫でてくる父さまに嬉しくなって大きく頷いた。

 

父さまは忙しいお仕事に朱乃も嬉しくなった。

 

あ、そうだ!!

 

「ねえ母さま!! 一人連れて行きたい子がいるの!」

「なに? この間のお友達?」

「うん!」

 

こう言う時は皆で楽しんだ方がいいって言ってたから!

 

「なんだ? 朱乃に友達ができたのか?」

「えぇ、その子朱乃とは一歳違いなんだけど、お姉さんになるって」

「そうかそうか……構わないよ。朱乃もその子と遊びたいならね」

「やったー♪」

 

父さまも母さまもいいって言ってくれたから後で誘っちゃおう!!

 

あ、でもその前に父さまたちと買い物しなきゃ

 

できるおんなは朝から忙しいのです!

 

 

 

 

 

 

 

朝ご飯を食べ終わって、母さまに髪をといてもらってからすぐにバスに乗って町まで買い物にきた。

 

ショッピングモールでこれから服を買ったりご飯を食べたり明日の準備をするんだけど……カリフくんには会えるかよく分からないなぁ……

 

帰ったらすぐに探さないと

 

父さまはおトイレに行ってるから母さまと買い物中なの。

 

「え~っと……明日のお弁当は……」

 

母さまと一緒に買い物をしていた時だった。

 

「あ」

 

ちょっとだけしか見えなかったけど、なんでだか分かった。

 

思わず走ってしまった。

 

「あ、朱乃?」

 

母さまが呼び止めるけど、そんな声も聞かずに走った。

 

そして、フードコーナーの試食コーナーに来た時だった。

 

「いた~♪」

 

偶然だけどその子がここにいて、見つけられたことがとても嬉しかった。

 

そして、あの時教えてもらった名前を呼んだ。

 

「カリフくーん!」

 

そう言うとその子は呼ばれた方向へと顔を向けた。

 

「……もぐ」

 

口に試食用のお肉を詰めて……

 

 

 

 

 

 

「あらあら、あなたがカリフくんで、カリフくんのお母さんでいらっしゃいますか?」

「ええ、そちらが……」

「こんにちは! 姫島朱乃です!」

「もう可愛い~! それにお母さんもお美しいですし」

「いえいえ、そちらのカリフくんも聡明でいらっしゃいますし、お母さんも魅力的ですわ」

 

完全に仲良くなったお母さんズとは別に朱乃はカリフと話していた。

 

「ねえねえ! 明日お祭りに行こうよ!」

「祭り?」

「うん! 明日から一週間ずっと桜見たりお弁当食べるの!」

「む、弁当と桜……か」

 

花より団子…本来のサイヤ人はそう思うかもしれないが、カリフは違う。

 

あちこちと別の惑星へと旅を重ねるごとにブルマから写真を撮れとか五月蠅かった。

 

最初は渋々やってたのだが、いつの間にかそれが週間となり、趣味の一つとなった。

 

桜の季節には桜餅とか期間限定の食べ物が出るように季節によって世界の風景も変化する。

 

カリフもそういう行事には興味があった。

 

とは言っても、やっぱり食べ物も魅力的だ。

 

「うん……でもそれってオレとお前……」

「朱乃!」

「……朱乃とオレが別々に行っても……」

「だめ」

「いやいいよ。こういうのは一人で……」

「だめ」

「いや、だから……」

「……だめ」

「……」

「……ふえ……」

 

やべぇ……こりゃ泣くな……

 

だからこういう奴は苦手だ。

 

己を全面的に出して主張し、何より相手に非などないから泣かれるとタチが悪くなる。

 

別にどうでもいいはずなのに、泣きわめくガキがどうしても苦手だ。

 

思わず甘くなってしまった自分に溜息が出る。

 

「分かったよ……明日だな?」

「ぐす……来る?」

「見損なうな。行くと言ったんだ。約束は破らねえよ」

「……うん!」

 

目元に涙を残して本当に嬉しそうに笑って返す。

 

「ちゃっかりしやがって……」

「えへへ~……じゃあ明日はね……」

「?」

 

なにかモジモジして恥ずかしがる朱乃にまだ何かあるのかと辟易していると……

 

「明日……お弁当作ってきてあ・げ・る。キャ! 言っちゃった!」

「弁当か……」

 

この歳で随分マセている朱乃の申し出にカリフは意外だったらしいが、これは得なことだと思って二つ返事で返した。

 

「いいぞ。弁当には興味がある」

「ただのお弁当じゃなくて、“あいさいべんとう”を作ってあげる!」

「“あいさい”ってなんだ?」

「わかんない」

 

何だか二人で盛り上がっている子供二人組を見て母親ズは微笑ましく見つめる。

 

「ふふ……よければカリフさんも来ませんか?」

「え? でも迷惑ではありません?」

「いえ、そうしたら朱乃も喜んでくれますし、私もここで会ったのも何かの縁ですから……」

「そうですか? それならお邪魔させても構いませんか?」

「はい。楽しみに待っています」

 

こうして姫島家と鬼畜家との花見が決定した。

 

その話を朱乃の父が聞いた時も快く了承して朱乃も喜んでいた。

 

だが、この二つの家族間で起こっていたことに冷や汗をかいていた者もいた。

 

「あの子……堕天使の血が混ざってる……?」

 

母親とカリフの買い物に付いて来ていた黒歌がカリフと話す朱乃を見て冷や汗をかいた。

 

朱乃の親らしき人は人間だということが分かる。

 

それなら父親が堕天使か……と。

 

「……」

 

つい最近まで堕天使に追われていた黒歌にとって、無視できない現実がすぐそこにあった。

 

 

 

 

 

 

私、朱乃の父親をしているバラキエルは堕天使の幹部を務めている。

 

 

そのため、数々の歴戦を駆け廻り、様々な戦いを勝ち抜いてきた。

 

だからこそ、予測不能な状況でも冷静に時と機を見て判断し、冷静に任務を遂行していく自負はあった。

 

あったのだが……

 

「カリフくん! 今度はあっちのお店に行こう!」

「リンゴ飴か……乗った」

 

男を連れて来るとはああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

聞いていないぞ朱乃!! まさか友達が来るとは聞いていたけど男だなんてえええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!

 

おい! 気安く朱乃と手を繋ぐな!! それにお前は朱乃と二歳違いの年下だろう!?

 

なにカップルみてえに振る舞ってんだごらああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

「カリフくん。あ~ん」

「……あぐ」

 

ブツン

 

っべぇ、マジやっべぇてこれ、なに? “あ~ん”だと?

 

百年早いわ!!

 

朱乃もそそのかされるんじゃない!!

 

こうなったらここで『雷光』の力で以て……

 

「あなた?」

 

丁度魔力を練ろうとした時、妻がニコニコ笑いながら私を見つめてきた。

 

なぜだか冷や汗が止まらないのだが……

 

「あ・な・た?」

 

これからやろうとしたことがバレてるというのか……

 

「みっともないことはしないように……ね?」

「……はい」

 

こうして私は少しの心配を抱いて桜の席に座ることとなった。

 

 

 

 

 

 

「あの~、あなたが姫島さんで?」

「はい、そちらは鬼畜さんと窺ってるのですが……」

 

現在、私は目の前の人の良さそうな鬼畜家の主人と挨拶を交わす。

 

この一家全員は堕天使でもなければ悪魔でも天使でもなく、普通の人間だということでホっとした。

 

私の職業上、こういった感じで接近することは有り得ないとは言い切れない。

 

だからこうして娘や朱璃を守る気でいたのだが、どうやら杞憂で終わったようだ。

 

私の考えすぎだと分かったら緊張も抜けた気がした。

 

それならこの花見も楽しむとしよう。

 

「あら、それじゃあ……」

「えぇ、うちのカリフはお恥ずかしながら幼稚園には行っておりませんの……」

「そうですかぁ……それでも良くできたお子さんですわ」

 

朱璃たち婦人も仲良くなっているようでなによりだ。

 

後は朱乃の方は……まあ楽しんでいるから良しとしよう。

 

最近構ってやれず、寂しい思いをさせてきてしまったのだ。

 

少し複雑だが、あのカリフって子の存在は有り難いことなのかもしれん。

 

……なにやらしょっぱい水が目から……

 

そんな時だった。

 

「それでは第一曲歌いまーす!!」

「いいぞやれやれー!」

 

遠くの一行はガラの悪い連中が酒を喰らったのか騒ぎ立てている。

 

……これでは奥ゆかしさなどあったものではない。

 

できれば小さい子には見せたくない光景なのだが……

 

「カリフくん……」

「構うな。その場の雰囲気に酔って気分が高潮しているだけだ。その場の雰囲気というのはそこにいる人間を時には癒し、時には惑わせる……基本的にああいうのはこっちから仕掛けなければどうということはない」

「……うん」

 

カリフという子が朱乃を落ち着かせていた。

 

うん、お前は何歳だ。

 

「ね、朱乃。そろそろ……」

「うん!」

 

そう言って朱璃のバッグから小さな包みを取り出した。

 

そして……

 

「うふふ…朱乃が今日朝早く起きて張りきって作ったんですのよ?」

「はい! カリフくんと父さまに!」

 

パン

 

思わず手を口に当ててしまった。

 

な、なんということだ……!! まさか……こんな早くに朱乃の手作り弁当を食べられるなんて……

 

その子にも作ったなどと気にはなるが、もうそんなことはどうでもいいさヒャッホーーーイ!!

 

「羨ましいですね~…お宅のお子さんは料理を作ってくれるんですから」

「は、はぁ……そちらのお子さんは?」

「それがですね……なんというか反抗期でして……」

 

泣きだした。そうですか……私のように幸せな父親というわけではないようだ……

 

「飲みましょう」

「はい」

 

私ができることは少しでもストレスを緩和させてあげることだな……

 

そうやって私が酒を注ごうとした時だった。

 

「うお!」

 

彼の父親の背中に人の足が当たった。

 

その当たった人はさっきの酔っ払いの団体の一人だとなんとなく分かった。

 

「おい! そんなとこにいるんじゃねえよ邪魔だよオッサン!!」

「え、いや……」

 

しかも自分の非を相手に押し付けてきたな……なんとも礼儀のなってない奴だ。

 

「こら、止めたまえ。他のお客さんにも迷惑だ」

「なんすか? この人を庇おうっていうんですかぁ?」

 

参ったな……元々から素行が悪いのに酒が入ってるから悪質なものになってる。

 

朱乃も朱璃も鬼畜さんの奥さんも不安そうにしているのにカリフくんだけは目を鋭くさせて絡んできた男を睨んでいる。

 

早めになんとかせねば……そう思っていた時、鬼畜さんの父親が立ち上がって面と向かって言った。

 

「私がここにいてあなたに迷惑をかけたのなら詫びましょう。なので、ここはどうかお引き取りねがいませんか?」

 

なぜここでこの人が謝らなければならないのか……疑問に思うも、彼の行動は父親としては立派な判断だった。

 

家族を巻き込まないように男としての意地を捨てて頭を下げる。

 

だが、そんな彼の心遣いも無碍にして男は吐き捨てた。

 

「いやいやいや……そこまで言うなら行動で見せてもらわないと分かんないっすよ。例えば土下座とか……」

 

くっ! この餓鬼が!

 

最近の餓鬼はここまで礼儀を知らぬものなのか!?

 

そこでさらなる暴挙が繰り出された。

 

「あ!」

 

酔っ払いのふらついた足が朱乃に当たって体がふらついた。

 

そして……

 

ベシャ

 

弁当箱が音を立てて地面に落ちた。

 

中身も飛び出して砂まみれになってしまった。

 

「貴様っ!」

 

私は思わず我を忘れて立ち上がった。

 

その行動に男も訝しそうに睨んできた。

 

「なんだよ。関係ねえだろ?」

 

こいつ、自分のしたことにも気付いてないのか!?

 

もう我慢の限界だ……多少はこの人間に痛い目を見させてやる。

 

魔力など使わずともたかだか十数年生きてきた人間なぞ恐れるに足りん!

 

「おい、おっさん」

 

この時、私の耳に入ってきたのは子供の声だった。

 

それも、相当な怒気を含んでいる。

 

だが、男はその声に気付かない。

 

そこで私の目に入ってきたのはなぜか冷や汗を流す鬼畜さん夫婦

 

「う……ひっく……」

「おばさん……朱乃の目と耳を塞いでもらってもいいか?」

「え、えぇ……どうして?」

 

泣きじゃくる朱乃とカリフくんに頼まれごとをされる朱璃

 

「ここからは、少し刺激が強すぎる」

 

そう言った後、カリフくんの表情が劇的に変わった。

 

額に青筋を浮かべて目は猛獣どころか魔物でさえも逃げ出すように鋭く、男を射抜く。

 

……この歳でなんて眼をするんだこの子は……

 

そう思っていると、カリフくんは未だに文句を垂れる男に近付いて

 

「おい無視するんじゃぐあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

太ももを力強くつねった。

 

だが、ここからがさらに苛烈を極めた。

 

つねっている手に力を入れたのか入れたのか相手のズボンに指を食いこませ……

 

「そら!!」

「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!」

 

ついにはつねった太ももを中心に大の男一人を投げ飛ばした。

 

投げ飛ばしたというより男が痛みから逃れるようにのけ反った結果だと言える。

 

地面に落とされた男は背中を打って悶絶する中、カリフくんはさらにその男に近付いていく。

 

「このガキ! なにしやがふっ!!」

「黙れ、この場において貴様に喋る権利があると思ってるのか? このナメクジが」

「がふ……ぐふ……!」

 

男の喉を踏みつけて見下ろして言う子供に周りの人が驚愕していた。

 

鬼畜夫婦と目と耳を閉ざされた朱乃以外の私のグループも例外ではなく……

 

男は唾液を零してカリフくんの足を掴むが、全くビクともしない。

 

一体どれだけの力が……

 

「詫びろ」

「!?」

「詫びろと言ったんだ! 嫌とは言わせんぞ、できなければ貴様を再起不能にしてやる!!」

 

そう言ってカリフくんが足を離すと、男はその場から素早く立ち上がって涎を腕で拭き取る。その姿に冷笑を浮かべて言う。

 

「はぁ……この…クソガキ……」

「まだ理解できないのか? お前がすべきことを。こりゃ参った。土下座も分からんとは頭はチンパンジー、いや、カニミソよりもスペックが低いのか? オレが土下座って奴を教えないとだめか?」

「この……!」

 

男が拳を握った瞬間、カリフくんは到底一般人では出し得ないほどのダッシュによって男の懐へ入り、睾丸にアッパーを当てる。

 

「~~~~~~~~~!!」

 

訳の分からない状況と耐え難い痛みに男は前のめりになって頭を下げる。

 

そして下げた頭を掴んでカリフくんは言った。

 

「これが“土下座”だ!」

 

そう言って男の頭を地面に叩きつける勢いで振り下ろす。

 

いかん! それはやりすぎだ!! 下は固い地面、当たれば即死もあり得る!!

 

私は咄嗟に身を乗り出して横から入ろうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

「こら」

 

カリフくんのお父さんがそうとだけ言うと、カリフくんの動きが止まる。

 

「ぁ……ぁ……」

 

男の顔が地面に後数ミリにまで迫っている所でブレなく停止している。男の涙が地面を濡らしている。

 

そんな中で、カリフくんが父親に問う。

 

「いいのか? こいつ……このまま……」

「いや、いいんだ。私たちのために怒ってくれるのは嬉しいけど、もう気にしてないから」

「……」

 

やや不服そうにしながらカリフくんは手を離すと男が地面に倒れる。

 

そして、男は涙を流して土下座した。

 

「すいませんすいません!! すいませんでしたあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

そう言って男は走って花見会場を後にしていた。

 

周りの人も皆カリフに凝視していたのだが、カリフが睨みを利かせると野次馬は目を逸らす。

 

私たちも呆然とする中、カリフくんは未だに泣きじゃくっている朱乃の元へと腰かけて頭を下げる。

 

「ひっく……ぐす……」

「悪かった。お前との約束を無碍にしてしまったよ」

 

カリフくんはさっきまでの狂暴な面を消して、ここでバツが悪そうに頭を下げていた。

 

そのことに意外さを感じ、朱璃も朱乃も目を丸くする。

 

「なんで……? 朱乃……お弁当……」

「あぁ、お前は作ってきたのにオレが食べてやれなかった……お前との約束を破ったのはオレだ。すまんかった」

 

意外な一言に私たちは呆気に取られた。

 

いくらなんでもそれは違うと思った。君はなにもしてないだろうに……

 

それでも彼は悔しそうに朱乃と真っ直ぐ向き合って言った。

 

「だからここで誓う。また何かオレに求めるのならその場限りで甘んじて受ける」

「……何でも?」

「オレが納得する範囲でのことだ」

「……うん」

 

……これが本当に五歳の子の気迫か?

 

さっきの慣れた体術と闘気、そしてこの芯のある言葉

 

声からは本当に真心しか感じられない。なにより一切の迷いも無ければ嘘があるとは到底思えないほど力強い誓いだった。

 

鬼畜夫婦はこのことに関して慣れているのか平然としていた。

 

まさか……英雄の血が流れているのか? それとも英雄の魂を受け継いだのか?

 

となれば、心苦しいが、この一家の血筋を調査せねばなるまい。

 

今度アザゼルに頼んで協力してもらおう。

 

「カリフ、今までは大目に見てたけどあれはやりすぎだよ?」

「ふん、オヤジの好意を無碍にしたのだ。あれくらいじゃ足りないくらいだ」

「いや、でもね……」

 

母も一緒に諭そうかとしていると、カリフくんは当たり前のように言った。

 

「オレはあんたら親から生まれて生を受け、これまでの一生を築いてもらったんだ。それなら子であるオレがあんたらを守らずしてどうやって礼を返すというんだ?」

「「……」」

「例えこの先あんたらがどう思おうがオレは止める気はねえ。あんたらに何か危害を加えようとする輩がいたらオレが徹底的に潰す! 誰にもあんたらに手は出させねえ! オレができるのはそれくらいなんだよ」

 

そう言ってカリフくんが食事を続けると、鬼畜夫婦が目元に涙を浮かべる。

 

当然だろう……守るべき子がそこまで自分たちを想っていたのだからな。

 

「バラキエルさん……飲みましょう!」

「……付き合いましょう」

 

この人も思わず男泣きして酒をすごい勢いで飲んでる。

 

「息子があんなことを言ったのは初めてでして……」

「……素敵な息子さんですわね」

「はい……自慢の息子です」

 

どうやら私は想い違いをしていたようだ。

 

周りとは少し違うかもしれないし、変な目で見られているのかもしれない。

 

だけど、この夫婦は息子を愛し、息子に愛されているのだから……

 

この子が変わることはないのだろう。

 

ずっと愛し愛される家族でいられるこの家族に私は羨ましいとさえ思ってしまった。

 

こうして、途中で朱乃も機嫌が直り、二つの家族間での交流は続いた。

 

だからこそ思った。

 

どうか、この方々が我等堕天使の戦いに巻き込まれないようにと……

 

「カリフくん。将来は朱乃がお嫁さんになってもいいよ?」

「肉団子ウマー」

 

……朱乃よ、そんな悲しいこと言わないでおくれ。あと、そこ! 朱乃を無視するな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花見も終わり、自宅へと帰ってきたカリフは黒歌たちに今日の出来事を伝えた。

 

なんでも、黒歌たちはこの近くの親戚の元へ行きたいと花見には行かなかった。

 

もちろん、親戚も嘘なのだが……

 

「にゃるほど、じゃあその堕天使はバラキエルって言ったのにゃん?」

「あぁ、でもまさかあれが幹部だったとは……世の中は文字通り狭いな」

「まあ、刺激さえしなければ大丈夫だにゃん」

「ふむ……あのまま一戦交えたかったんだがな……」

 

そんな感じで話を進めていると、カリフの膝の上に乗っかっていた白音は頬を膨らませてこっちを睨んでいた。

 

「ぷくー……」

「…さっきからなんだ? 言いたいことがあるならさっさと言え。あと膝から降りろ」

「今度、私と姉さまもカリフくんと花見行きたい……」

「……はぁ?」

 

最近では黒歌とは別にカリフに懐いてきた白音の言葉にカリフは素っ頓狂な声を上げると、黒歌も乗ってくる。

 

「それは私も行きたいにゃーん! カリフちんってば最近全然構ってくれないし……ヨヨヨ……」

「知るか。今日の貴様等は堕天使を避けたんだから不可抗力だ。諦めろ」

「……行きたい」

「嫌にゃ嫌にゃ! 一緒にはーなーみー!」

「……もうやだこれ」

 

カリフは耳を塞いでゲンナリしていると、キッチンから戻ってきた母が言ってきた。

 

「いいじゃない。明日にでも行って来なさい。母さんたちは用事でいないからお弁当は作っておくわね?」

 

その言葉に黒歌と白音は目に見えて大袈裟に喜ぶ。

 

「やったにゃー! おばさん大好きにゃ!」

「……ありがとうございます。おばさま」

「代わりに、これからもカリフと仲良くしてあげてね?」

「もちのろん!」

「はい……」

 

天真爛漫な黒歌と顔を赤くさせる白音とほのぼのする母との会話を背にしてカリフは溜息を吐いた。

 

「なぜこんなことに……」

 

そして翌日、彼等は本当に連続で花見に行った。

 

この時だけは何も問題は無かったことが最大の幸運だといえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

姫島家、花見の後、すぐに朱乃は花見の最中に撮った家族写真を部屋に持ってきた。

 

今さっき、寝る前になってやっとプリントしてもらった。

 

朱乃は二つの家族全員が写っている写真を写真立てに入れて嬉しそうに眺める。

 

そして、本格的に眠くなると写真立てを机に置いて布団の中に入る。

 

「おやすみ……」

 

そう言って、今日の疲れと楽しかった思い出を胸に、すぐに眠りについた。

 

少女は恐らく、今日のことを忘れはしないだろう。

 

なぜなら家族写真の中心には喜びの形が映されていたのだから。

 

いつものように仏頂面で腕を組むカリフとそんなカリフに笑って抱きつく朱乃の姿があった。

 

 

 

 

 

またこんな日があればなぁ……

 

そう思いながら眠りについたのだった。



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旅立ちの朝

朝の日差し

 

一日の始まり

 

そして、生命の始まりという様に全ての事象には“始まり”が存在する。

 

「時が来たか……」

 

ここにもう一つの“始まり”が幕を開けようとしていた。

 

「出る」

 

 

 

「にゃ……?」

「……え?」

 

この日の昼、黒歌と白音はカリフの日課の山籠りに付いて来ていた。

 

だが、そこでカリフから衝撃的な事実が伝えられた。

 

「できれば明日、もしくは明後日くらいにこの国を出る」

 

その事実を言うと、しばらく二人は固まり……

 

「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「……なんで?」

「うっせえ」

 

ショックを受ける二人を無視して演舞を続ける。

 

「いやいや、歳を考えてもそれは無謀だって! 海を出るってどんだけ!?」

「そうだな、最初はブラジルのアマゾンかどこかの密林か孤島で修業を積んでから北欧のオーディーンという奴を見てみたい」

「そういうことじゃないんだけど……」

 

幾らなんでもここまでぶっ飛んでるとは思っていなかった黒歌はいつものようにおちゃらけるような雰囲気にはなれなかった。

 

そんな中でも白音の落ちこみようは激しかった。

 

「……行っちゃうの?」

「あぁ、当初の予定通りだ」

「……もう会えないの?」

 

その一言に黒歌もカリフも少し虚を突かれた。

 

白音は涙を溜めてカリフに詰め寄っていた。

 

そんな彼女にカリフは溜息を吐いて答えた。

 

「何も一生じゃねえ。またいつか帰るつもりだ。ここにいる限りは今生の別れにはなりゃしねえよ」

 

ぶっきらぼうに返すカリフに白音は恐る恐る聞いた。

 

「…怖くないの?」

 

白音は不思議でならなかった。

 

今まで逃げるように各地を転々としてきた。それに似た生活をカリフはもっと広く、言葉の通じないような場所へ自分の意志で行こうとしているのだから。

 

自分は姉と一緒にいたのだけど、もし自分一人だけだったら……と思うと怖くなった。

 

自分だったら耐えられない……

 

だけど、目の前の人は違う。

 

「怖い? 不思議なことを聞くなお前」

「え?」

 

そんな不安を笑い飛ばすかのように清々しく答える。

 

「この日本だけじゃねえ。海の先にはさらなる強者と未知なる物があるってんだぜ? 神話、神、魔王、堕天使、オレは今、楽しみでしょうがねえんだよ。それに……」

「?」

「これがオレの人生賛歌だ! こうやってオレは正直に生きていく!」

 

本当に楽しそうに宣言するカリフは日の光を浴びる。

 

大手を一杯に広げて決して偽らないその姿を白音に見せつけた。

 

「……」

 

白音は晴れ晴れとしたカリフの姿を見て顔を赤くさせた。

 

そんな中、黒歌は溜息を吐いて言った。

 

「だけど、ママさんやパパさんはどうするにゃ? それに言葉は?」

「自宅は平凡だから問題はねえ。それに言葉なぞ一から十さえ覚えていれば生きていける」

 

あぁ、やっぱりそこらは考えてなかったのか……

 

案外無鉄砲な年下の子に苦笑を浮かべながら黒歌は二つ指を立てて提案をする。

 

「じゃあカリフちんの両親は私たちに任せて、もう一つの言葉についてなんだけど、なんとかなるにゃ」

「?」

「私、これでも京都に知り合いがいるからそこに頼んでカリフちんが世界のどこへ行っても言葉が互いに通じる様な術式のグッズを頼んでおくにゃ」

 

黒歌からの魅力的な提案にカリフも頬が緩みそうになるが、すぐに眉を顰める。

 

この黒猫がタダで親切をする訳が無い。

 

カリフは先手をとって言った。

 

「何が望みだ?」

「あら、そんなつもりで言ったんじゃないんだけどにゃ~?」

「黙れドラ猫、どっちにしてもオレはそのつもりだった」

「ありゃりゃ、拗ねちった。でもそこも可愛い~!」

 

笑いかけながらカリフに抱きつこうとするも、直前でピシュンと消えて瞬間移動されてしまう。

 

黒歌は急にいなくなった対象によろけてしまう。

 

「にゃにゃ?」

「じゃあその二つはお前たちに任せた。借りは必ず返す」

「にゃはは……相変わらずすごいスペックにゃ」

 

そう言ってカリフは腰を深く落として……

 

「しっ!」

 

一気に正拳突きを繰り出した瞬間、周りに突風を巻き起こした。

 

「ちょ!?」

 

黒歌は咄嗟に白音も入る様に術でバリアーを展開した。

 

「にゃ、にゃあ……」

 

それでもバリアーに負荷される力が凄まじいものらしく、黒歌は耐える。

 

周りの木々はまるで木の枝ように易々とへし折られていく。

 

そして、しばらく続いた突風は止み、その中心にいたカリフは息を吐いた。

 

「今日は……少し不調かな?」

「ど、どこが……?」

 

黒歌は顔を引き攣らせてカリフを人外を見る様な目で見ていた。

 

「……」

 

一方の白音は顔を赤くさせながらカリフをぼ~っと見ていた。

 

 

 

 

 

 

しばらくして、出国準備のためオレは街へ行こうとしていた時、公園からなにやら声が聞こえてきた。

 

「昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでおったそうなぁ。おじいさんは芝刈りに、おばあさんは川で洗濯しに行きましたぁ。おばあさんが川で洗濯をしていると川の上流から……」

 

なるほど、昔話の桃太郎とかいう仲間を募って鬼を○○する話だったな。

 

そのまま聞き流して行こうとすると……

 

「おっぱいが流れてきたのです」

 

……ほう

 

「どんぶらこ、ばいんばいん。どんぶらこ、ばいんばいん。どう見てもGカップの以上の爆乳が……」

 

たしかお袋が言ってたな。ここいらで子供に変な話をする変質者のこと……なるほど

 

オレはそこらで公衆電話を見つけてダイヤルを押す。

 

「110,110……国家権力への不思議な呪文~♪」

 

あのまま放置しておくのも面白いかもしれんが、立つ鳥跡を濁さず。

 

最初で最後の社会貢献とでもするか。

 

「もしもし警察ですか? 実は最近よく子供に変な話をする大人ですが……はい、ええ……多分また○○公園に来ると思うので……」

 

これで奴も終わったか……電話ボックスから出ると……

 

「「おっぱいおっぱい!!」」

 

もう一匹バカなガキと一緒に乳房を吸う仕草をしてやがった。

 

ま、どうせ明日の命なんだから精々妄想で性欲を満たしてな! 変質者ざまぁwww

 

内心でほくそ笑みながら旅に必要な物資を探しに行こうとすると……

 

「カリフくーん!」

 

……またか

 

最近になってよく会う様になってきた朱乃がオレを見つけてこっちに走ってきた。

 

このまま無視してもよかったんだが、無視するとまたうるさいからもう諦めた。

 

街中でも気の探知をしなければならんのか……?

 

「こんにちはー! あそぼー!」

「ちっす、折角だが今日は遊びじゃねえんだ。そこいらのガキ捕まえて遊びな」

「ぶー! お姉さんにその口の聞き方はどうかと思うなー!」

 

お姉さん……?

 

まあ今はどうでもいい、こいつともしばらくは別れることになるからな。

 

「これから旅の支度すんだ。これだけは外さねえから今日は遊べねえし、そもそも今まで遊んでねえ」

「え? 旅? どこどこ? 奈良とか京都?」

 

もう引っ付いてくるのも定番化してきたな……振り落としたらまた泣くからやらねえけど……

 

「いや、この国を出て色んな所を歩いていく。見ておきたいことがあるからな」

「え? じゃあいつ帰ってくるの?」

「さあな、何年、いや十数年はかかると思う」

 

そうとだけ言うと、さっきまで騒がしかった朱乃は急に静かになってオレを見てきた。

 

「……え?」

 

目を見開いて驚愕、もしくは何を言ったのか分かってないような感じだった。

 

「何年って……いつ?」

「さあな、いつ帰るのか想像もできねえ。それでこの街を改めて見て周る意味合いでこうして……」

 

そうとだけ言うと、カリフを掴んでいた朱乃の手が震え、ぎゅっと強く握られた。

 

「……やだ」

「はぁ?」

「やーだー!!」

 

さっきまで天真爛漫に笑っていた朱乃が急に泣いてカリフの体に一層しがみついてきた。

 

「おい何しやが……」

 

その行動にカリフは舌打ちをして朱乃に文句を言おうとしたが……すぐに止めた。

 

あのいつも笑っていた朱乃が目元に大粒の涙を零して鼻水も流して嗚咽を漏らしていた。

 

「なんで?……なんで行っちゃうの?」

「……」

「ヒック……朱乃のこと……が嫌いに……なったの?……グス……もうカリフくんと……もう会えないの?……グシュ……」

 

いつも泣くように泣き叫ぶのではなく、受け入れがたい事実に声も出せないような声だった。

 

「やだよぅ……もっと遊びたいよぉ……ヒック……もう抱きついたりしないから……グズ……もう迷惑かけたりしないから……ヒック……行かないでよぉ……」

 

ポロポロと零れる涙を幾ら拭っても止まることはない。

 

ずっと佇んで泣き続ける朱乃にカリフは溜息を吐いて、母に持たされていたハンカチを朱乃の顔に押し付ける。

 

「ムギュ!」

「顔拭け……」

 

押し付けられたハンカチをどかすと、カリフは朱乃の目を見据えて真摯に答えた。

 

「確かにここへはしばらく、長い間は帰るつもりはねえ……だが、オレは再びここに戻って来る。それだけは覚えてろ」

「……本当?」

「必ずだ。嘘はつくのもつかれるのも嫌いなんだよ。それに……」

 

カリフは朱乃に背を向けて言った。

 

「お前のその臆さない性格は嫌いじゃねえし……まだ約束を果たしてねえからな」

「……あ」

 

朱乃は思い出した、前の花見の日を……

 

「だから、オレは再びここへ帰る。これはオレの意志だ」

「……本当に…」

「帰る。絶対だ」

 

カリフの言葉の節々からは決してその場しのぎの出まかせとは思えない凄みを含んでいた。

 

それに対して朱乃もついに分かってくれたのか、涙を拭いた。

 

「……まだ約束決まってない……」

「そうか、じゃあ帰ってから決めろ」

「うん……ねぇ……」

「……なんだ?」

 

少し安心したカリフが返すと、突然、朱乃が自分に近付き……

 

頬に口づけした。

 

「……なにこれ?」

「……こうしたかったの」

 

若干、潤んだ赤い目でカリフを見ながら一歩下がる。

 

カリフにとってはよく分からない行動だったけれど、朱乃が落ち着き、自分に害が無いと分かったから良しとした。

 

カリフは朱乃に背を向けて手を上げる。

 

「じゃあな」

 

それに対して朱乃は遠ざかっていくカリフを追いかける訳ではなく、手を小さく振って返す。

 

「……またね」

 

少女の呟きはとても小さく……儚かった。

 

だが、それでもカリフはそのメッセージを受け取って

 

 

 

片手を高々に挙げて応えた。

 

 

 

 

自分と同じように小さい背中も……今日だけはいつもより大きく見えた。

 

 

 

遠ざかる男の子を見えなくなるまで見続ける少女は……

 

 

 

この日、また一つ大人になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある程度の準備が整って三日が経った。

 

あれからは家族と過ごす時はあまり変わらず、両親もこの五歳の船出に気付いている様子は無かった。

 

黒歌のツテがあって全世界、冥界、天界、地上の国全般の言葉に対応できる術が込められた食べ物が届いた。

 

黒歌に礼を述べ、家族のことを黒歌と白音に頼んで準備は万端。

 

 

 

出発は明日の日の出と共に……

 

 

「じゃあカリフ。おやすみ」

「おやすみ」

「すみー」

 

両親からの挨拶を受けてカリフはそのまま自室へと向かう。

 

そして、暗い部屋に入るとそこには白音の姿があった。

 

「……またか?」

「うん……」

「……はぁ」

 

トコトコとカリフの後を追うように白音はカリフと同じベッドに潜りこむ。

 

あの日、カリフの旅立ちの話を聞いてから白音は本格的にカリフに甘えるようになった。

 

特に、こうして寝るときは布団の中に潜って猫耳を出す程となった。

 

そして、明日に出発と聞かされた白音はカリフの服をキュっと握る。

 

「……本当に行っちゃうの?」

「……思い立ったが吉日、それ以外は全て凶日ってな」

「……おじさまとおばさまも悲しむよ?」

「かもな」

「……私も行って欲しくないよ……お姉さまもああやってるけど本当は……」

「だが、必ず帰ってやるよ」

 

カリフは布団の中で白音の顔をしっかり見据えると、白音は泣いていた。

 

「お前と黒歌との約束がまだだ。それらを果たすまではオレは死ぬわけにはいかねーんだ」

「……約束まだ決まってないし……忘れちゃったら……」

「嘗めんじゃねえ。オレはそんな軽い気持ちで約束を取り付けたことは一度も無い」

 

カリフは白音に言い聞かせるように言った。

 

「約束破るくらいなら死んだ方がマシだ」

「……カリフくん」

 

白音が感極まってより一層甘えようとした時だった。

 

「もちろん、私との約束もわすれないでねー?」

「……黒歌か」

 

カリフの隣には白音と挟みこむように黒歌が布団に入っていた。

 

「わーってるよ……今回は助かった。礼を言う」

「礼は帰ってからでいいにゃ。だから必ず帰ってくるにゃ」

「ふん。このオレに不可能などありはしないんだよ」

「……こんな時まで男の子の顔するんだから……ずるいにゃ……」

 

川の字になるようにカリフたちはこの日、最後の我が家のベッドを堪能した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして……朝が来た。

 

 

 

 

 

カリフは隣り合っている二人を起こさないようにベッドから降りて引き出しから巨大なバッグを持ちこむ。

 

そして、日の出で淡く光る外に出ようと玄関で靴を履いていた時、二つの気配に気付いた。

 

「カリフ……」

「どこに行くんだい?」

 

背後から知った声が響いた。

 

五年間育ててくれた両親が立っている。

 

「最近様子がおかしかったから気になってね……」

「本当はあなたから聞いて止めたかったけど……それをするとカリフがもう帰ってこないんじゃないかって怖かったから……」

 

カリフは振り向いて両親を真っ向から見据える。

 

いつだって誤魔化すこともしなければ現実から逃げることがない息子の姿がそこにあった。

 

「少し旅に出る……何年、いや、十数年経つかもしれんがな……」

「……本気かい?」

「これが夢でもある」

「そう……」

「……忘れたのか? オレはあんた等のガキだぜ?」

「「!!」」

 

カリフの一言に二人の体が震える。

 

「オレは決して悔いのない人生を送る。そこに後悔もなければ恥だと思うことは絶対にない……だからあんた等も胸を張れ。あんた等の息子は世界最強だからよぉ」

 

カリフは二人に不敵な笑みを送る。

 

「この先、どんな人生だろうとオレは胸を張って自慢してやる。あんた等の腹から生まれ、あんた等の飯を食い、あんた等と過ごしてきた過去も全て誰にも笑わせやしねえ」

 

玄関を明け、朝の光が玄関を照らす。

 

「……またいつか帰るぜ」

 

そう言ってカリフが玄関から荷物をまとめて出た。

 

「……カリフ!」

 

母親が我慢できずに寝巻のまま外へ出ると、既にカリフの姿はどこにも無かった。

 

「母さん……」

「……行っちゃったわ」

「……そうか」

 

一緒に寝巻姿の父親が母親を胸に抱きしめる。

 

「……僕たちの息子は立派に育ってくれたよ……とても勇気があってだれよりも強い子に……」

「……えぇ……」

 

父親の寝巻に顔をうずめて濡らす母はしばらくの間、二人は互いに抱きしめ合った。

 

 

 

 

「……みゃあ……」

「大丈夫……いつかは分からないけど必ず帰ってくるから……」

「……はい」

 

カリフの自室のベッドで黒歌は涙を流す白音を優しく抱いて包みこむ。

 

自分の目から流れるほんの一滴の雫を拭くことなく、二人はベッドの中で抱き合った。

 

その光景を眺めるのは、机の上の写真立てに入っている最近になって撮った鬼畜夫婦と黒歌、白音、そしてカリフをセンターとした写真だけだった。

 

 

 

 

 

「ふあぁ……」

「おはよう。朱璃」

 

姫島家ではバラキエルと妻の朱璃が起きる。

 

夫婦は朝の眠気を吹き飛ばすために毎朝恒例の愛娘の寝顔を覗きこんだ。

 

だが……

 

「あら?」

「ん?」

 

この日だけはいつもと違った。

 

いつも幸せそうにしている寝顔が……

 

「朱乃……?」

「……泣いているのか?」

 

今日だけは目から一筋の雫が流れ落ちた朱乃の寝顔だった。

 

 

 

 

 

 

この日、街から一人の少年が消えた。

 

だが、これは終わりではなく始まり。

 

いや、もしかしたら始まりでは無く序章なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

彼の人生の歯車は止まることを知らない。

 

故に

 

 

この物語は

 

 

 

終わらない

 

 

 

 

To be continued



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オーガとヴァルキリー

人類未踏の地と言えばいいのか……そんな地がこの地球上には幾らでもある。

 

例えば、狂暴な野生生物が住まう熱帯雨林の中……

 

動物も獰猛になり、なお且つ毒を持った動植物も珍しくない。

 

そして、生きるためにはその毒を喰らわねばならない時が必ず来る。

 

現地の人でも決して入ってから二度と出られないような場所も存在する。

 

“普通の人”ならば……

 

 

 

 

「腹減ったな……」

 

ある若者は呟いた。

 

誰も近付かないような密林の中で一人、ボロボロの布を纏った少年は呟いた。

 

風貌も異様ならば、今していることも充分異様である。

 

少年は今、狩りをして今しがた手に入れた。

 

全長十メートルもあろう丸太並のアナコンダを足だけで絞め殺して……

 

動かなくなったアナコンダの首に手刀を当てて皮一枚だけをはぎ取る。

 

そして、そこから全身の皮を剥いて桃色の肉が露出する。

 

「……そろそろ獣の相手も疲れたな……」

 

その肉にかぶりつき、骨の髄まで一噛み

 

「……北欧とやらに行くか」

 

少年・カリフ……八歳

 

未だ健在であった。

 

 

 

 

 

 

 

―――私は何もかもを失った……

 

―――母が殺され、父“だった”者から離れて私は身寄りを求めて探し回ったが、誰も私に見向きもしてくれなかった……

 

―――私が穢れた黒い羽を持っているから……

 

―――唯一の心の支えはあの日の写真……あの強かった子の姿が私に生きる活力を与えていた……

 

―――そして、そんな私に転機が訪れていた……

 

「あなた……行く場所が無いなら私の眷族にならない?」

「……あなたは?」

「私? 私は……」

 

―――この日、私は人の部分を完全に捨てた

 

「リアス……リアス・グレモリーよ」

 

 

 

 

 

北欧の地……そこの海岸沿いは穏やかな波が続いていた。

 

だからだろうか……その波とは別の飛沫が海の彼方から起こっていることがすぐに分かる。

 

それどころか飛沫というより津波……一際大きな津波が徐々に陸へと迫っていた。

 

「ぶはぁ! ぷはぁ!」

 

そして、その津波の発生点からはあどけなさが残る少年が……泳いでいた。

 

……随分とふざけた話だが、少年が一番体に負担のかかるバタフライでこちらへと向かってきている。

 

そして、着岸まで数十メートルまでに達した時だった。

 

「しゅっ!!」

 

一かきと共にバタフライの恰好のままイルカもビックリの特大ジャンプで以てそのまま高くジャンプして見事着岸した。

 

「ふぅ……舞空術で行くよりもちったぁマシか?」

 

この少年、カリフは二年を広大なアマゾンの中で生活し、先程になって北欧行き決めた。

 

二時間くらい前に

 

思い立ったら即行動のカリフはそのまま南米から北欧まで海の中でノンストップのバタフライ泳法を続けてきた。

 

……本当になにしているんだ?

 

カリフは耐水加工したバッグの中から服を取り出して着替える。

 

着替え終わると、岸壁の近くの道路に出て一人ごちた。

 

「……さて、どこ行こう」

 

ひとまずカリフは気の出所を探り、街と思われる場所の方角を向いて走った。

 

 

 

 

走ってから僅か三分の所に案の定、街があった。

 

そこからは美味そうな飯の匂いが漂い、カリフの脳を刺激する。

 

「……そういえば朝のアナコンダしか食ってなかったな……」

 

とりあえずは何か安くて美味い物が食べたい。

 

幸いにもアジアを横断した時、抗争中だったテロリストの駐屯場から色々と拝借してきて、金目のものならあった。

 

もちろん、その後に全て殲滅したのだが……

 

「北欧の名物は分からんな……とりあえずここにするか」

 

とりあえず、久方ぶりの人が調理した料理が食べたかったカリフは目の前の目に付いたレストランに入ろうとした時だった。

 

「……」

 

カリフは足を止めてどこか最果ての方向を見る。

 

「……妙な気だ……」

 

そう言いながらもレストランへと素早く入っていった。

 

 

 

 

 

 

カリフが気を察知した時、カリフから数百キロ先の地でたった今……爆発が起きた。

 

「くぅ!」

「大丈夫!? ロスヴァイセ!!」

「はい! なんとか!」

 

現在、何やら鎧とも見える恰好の少女たちが縦横無尽に爆発する野を駆けている。

 

そして、何も無い空間から幾つもの魔法陣が展開される。

 

「!! ロスヴァイセ! 追撃して!!」

「はい! フォローお願いします!!」

 

そう言うと、魔法陣から砲撃のような物が放たれてロスヴァイセと呼ばれる銀髪の女性へと向かってくるが、他の少女の魔法陣が盾となってそれらを防ぎ、次にロスヴァイセの魔法陣が展開される。

 

「この地に住まう精霊たちよ! 私に力を!」

 

その直後にロスヴァイセの魔法陣から夥しい量の閃光が飛び出し、その一つが魔法陣を破壊する。

 

そして、その他の閃光は各地にバラバラに散ったと思いきや各地に配置されていた不可視のトラップ魔法陣に当たる。

 

それと同時に魔法陣は次々に破壊され、野原には爆煙が充満していた。

 

その戦場のような光景に少女の一部が笑ってハイタッチをする。

 

「やった……! これでこのエリアのトラップを撃破……!」

「さっすがロスヴァイセ! 相変わらずの威力重視の魔法さまさまだね!」

「いえ、皆さんの補助があったからこその結果です。私は防御も探知系も苦手なんですから……それよりもまだ浮かれてはいけませんよ」

 

周りが喜ぶ中、ロスヴァイセだけが周りに戒めるように言うと、周りの少女からはブーイングの嵐に晒された。

 

「え~……いーじゃん別に~」

「こういう時くらい喜んでもバチは当たらないよー!」

「だから彼氏に捨てられるんだよー!」

「うるさいですよ! これが授業の一環だと忘れているでしょう!? それに今は彼氏関係無いじゃないですか~~!!」

 

急に涙目になって泣き崩れるロスヴァイセに周りがしまった的な表情に変わった。

 

「忘れてた……ロスヴァイセまた騙されて男に逃げられてたんだった……」

「この前は結構体育会系だと思ってたんだけど?」

「……あの性格だから多分、戦術とか魔術とかの話を延々繰り返して逃げられるのはデフォになってたわ」

「二人前の人は年上の人で……この前が年下の子じゃなかった?」

「あの子、勉強はできるんだけどそう言った男に対する勉強が……ねぇ?」

「というよりあの子、純情だから夢を見やすいのよ」

「「「なるほど~」」」

「うわあぁぁぁぁぁぁん!」

 

さらに泣き崩れるロスヴァイセに同僚の子たちは皆で励まし合う。

 

「まあまあ、今度は私の彼氏の男友達を紹介するから……」

「先輩たちにも協力を頼んであげるから。どんなのが好み?」

「グス……格好良くて、強くて、約束も守ってくれて、私を守ってくれるような勇者さま……」

「「「「お前より強い男はいない。諦めろ。この魔砲少女」」」」

「うわああぁぁぁぁぁぁん! 年下の子でもいいから~!」

「……もう付き合いきれない……」

 

学校面ではこれほどにない天才だと言われているのに、どこか要領の悪く、高望みをしている同僚に皆も同情を覚えている。

 

さっきまでの活躍もどこ吹く風か、同僚に慰められながら嗚咽を洩らしながら先へ進む。

 

それだから油断したのだろう……彼女たちは今が“授業中”だということを忘れていた。

 

突然、小川のほとりで密かにトラップ魔法陣が展開された。

 

それにいち早く気付いたのが少女の中の一人だった。

 

「皆!! トラップ!」

「「「「!?」」」」

 

だが、反応をするには既に遅く、魔法陣からの弾丸がグループに当たって爆発を起こした。

 

「あぁ!」

「きゃあ!」

「ぐっ!」

「わぁ!?」

 

弾丸自体にはそれほど威力は無く、ただの炸裂だけで怪我はなかったのだが、その中の一人だけは違った。

 

「いやあぁぁ!」

「ロスヴァイセ!!」

 

一番油断していたロスヴァイセが一番吹っ飛ばされて小川に放り込まれてしまった。

 

しかも、急な出来事だったから彼女は酸素が不十分のままだった。

 

故に、息継ぎが満足にできなかった。

 

「トラップを中止してください!!」

「ロスヴァイセ!! 泳いで!!」

 

同僚たちが流されるロスヴァイセを追いかけるが、ロスヴァイセはまともに声を上げることができない。

 

しかも、足まで攣ってしまって泳ぐこともできず、次第にもがく力さえも奪われていく。

 

(いや……)

 

心が折れそうになった時、ロスヴァイセは巨大な水流の中に飲み込まれた。

 

「ロスヴァイセぇ!」

 

同僚の声も空しく、一人の戦乙女の体は沈んでいく。

 

「がぼっ!…ごぼごぼ……」

 

やがては水まで飲み込んでしまい、寒さに体力も限界を迎えようとしていた。

 

(やだ……まだ彼氏も……運命の人にも出会ってないのに……)

 

朦朧とする意識の中、今までの後悔が頭の中に流れ込んでくる。

 

(もし、勇者さまがいたなら助けてく……れる……の…に……)

 

口から大量の空気が漏れて肺に水が溜まっていく。

 

少女の体は冷たく、力が抜けてくる。

 

生きるためにもがいていた体も言うことが聞かなくなってきた……

 

(たす……け……)

 

彼女は最後の力を振り絞って手を伸ばした。

 

その時だった。

 

 

 

 

 

誰かが彼女の手を掴んでいた。

 

そして、その力強い手はしっかりと離さないように彼女の手を握りしめて一気に引き上げる。

 

そして、次の瞬間、彼女は日の光の下に出た。

 

「けほ……!」

 

ロスヴァイセは少量の水を吐き出すも、動ける様な状態ではない。

 

それでも彼女の体は水には落ちない。

 

それどころか浮遊感と包容感が彼女の体を包みこんでいた。

 

朦朧としながらも彼女は荒い息使いのまま目を開ける……

 

すると、そこには人影があった。

 

日の光で顔は見えないけど確かに、今こうして自分を抱いてくれている。

 

「はぁー……はぁー……」

 

自分の呼吸音しか聞こえない。

 

だが、自分を抱きとめている人が自分に呼びかけているのが何となく分かった。

 

極限の疲労感の中に、包まれている暖かさを感じ、思わず口にしていた。

 

「勇……者さ……ま……」

 

その言葉を機にロスヴァイセは気絶したのだった。

 

 

 

 

レストランを出てカリフは憤慨していた。

 

値段の割に量が少なかったから。

 

ほとんどイラつきを抑える感じで先程感じた気を頼りに舞空術でそちらに向かう。

 

上空から気の持ち主を探していると、そこで小川を発見した。

 

カリフの腹の虫が鳴ったから降りて魚でも捕まえようと思い、小川の中に入った。

 

そして、そのまま水に浸かって熊のように魚を取っていると笑いが止まらない。

 

だが、そこで何やら魚にしては大きく、しかも小さくなっていく気を察知してその気を好奇心で辿る。

 

そして、川の深い場所でその正体を拾い上げると……

 

「……なにこいつ?」

 

なにやら銀髪の女が釣れた。

 

途中まで起きていた女は途中で意味不明なことを言って気を失ってしまった。

 

「……戻した方がいいか」

 

さすがのカリフもこれには虚を突かれ、再び水に沈めようかと思ったのだが、また別の所から大人数の気を察知した。

 

しかも、その気の一つ一つが普通の人間とは異なっていた。

 

動きを止めたカリフはグッタリとする少女を腕で抱きかかえて動きを止めた。

 

「これが……お約束って奴か?」

 

森の中で少年の声が木霊した。

 

このことが彼にとって辟易か、それとも喜ぶべきことなのか。

 

そう思うのは今後の彼次第



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勇者? の誕生

とある宮殿の近くの校舎

 

そこには戦乙女(ヴァルキリー)と呼ばれる戦士を育成する機関が存在する。

 

謂わば、戦士になるための女子専門学校というわけである。

 

そして、その中の一室では異様な光景が広がっているのであった。

 

 

 

 

 

「ん……ぅ……」

「あ! 気が付いた!」

 

医療室のベッドの上で眠っていたロスヴァイセの意識が若干だが、戻ると何やら周りから声が聞こえてくる。

 

頭はぼやけるが、状況判断のために重い体を起こして周りを見渡すと、そこにはさっきまで授業を受けていたルームメイトたちが心配そうに自分を見ていた。

 

「ここは……?」

「学校の医務室、ロスヴァイセは修業の最中に川に落ちて溺れたんだよ?」

「……あ」

 

ルームメイトの一人が状況を説明してくれたおかげでロスヴァイセはおぼろげだが、記憶の一端を思い出した。

 

「そうだ……たしかあの時、川に落とされて……その後……」

「その後、川にいた人があんたを救助してくれてここに運ばれてきたってわけ」

「あぁ……そう言えば誰かに助けられた気が……」

 

そう言って徐々に思い出してくると、他のルームメイトが言った。

 

「でね、今その子が来てるからさ、見に行かない?」

「え?」

 

意外な一言にロスヴァイセは素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

 

 

そして、そのまま言われるがままに付いて行くと、なにやらある一室の前で人だかりができていた。

 

そこには後輩、先輩、同級生の姿まで見て取れた。

 

その様子にロスヴァイセだけがさらなる混乱に首を傾げた。

 

「どうしたんですか?」

「あ、ロスヴァイセじゃん。体は?」

「えぇ、ご心配をおかけしました……」

「いやいや、その言葉はあの子にかけるべきだよ」

「……あの子?…とは?」

 

誰のことを言っているのか分からない様子のロスヴァイセにルームメイトは含みのある笑いを浮かべる。

 

「まあ、すぐに分かるよ」

「はぁ……」

 

とりあえずは皆に習って問題の部屋の閉ざされたドアに聞き耳を立てるのであった。

 

 

 

 

そして、その部屋の中では少年ともう一人の理事長と名乗る初老の厳格そうなおばあさんが部屋の中心のソファーでテーブルを挟むように向かい合っていた。

 

「なんか外がうるさいな……」

「すみません、どうにも我が校の生徒は落ち着きが無いというか……このヴァルキリー育成学校には基本的に女子のみですから」

「へぇ~……ヴァルキリーって?」

「……知らずにここへ来られたのですか?」

「散歩がてらオーディンとやらを探しに」

「散歩ついでに神に会おうとなされたんですか……?」

 

なにやら残念そうに見てくるが、すぐに持ち直して咳払いをする。

 

「つまり、あのエロジ……もとい、オーディンさまはこの学校の創設者です」

「マジでか? ならここにいれば会えるのか?」

「いえ、そういう単純な話ではないのですよ……いや、たしか五日後にこの学校の視察に来るとか……」

「おぉ……」

 

まさかの所からの好機にカリフは内心でガッツポーズを取ると、すぐに理事長が「話が逸れました」と持ち直す。

 

すぐにカリフに頭を下げた。

 

「この度は我が生徒を助けていただき、誠に感謝しております。この件につきましては全生徒を代表して私が礼に……」

「いや、そんなもんはいい」

 

頭を下げる理事長の話を遮って、カリフは大きく腰を降ろしながら言う。

 

「それよりもオレは寝床が欲しいし、オーディンも見ておきたい……できねえか?」

「……寝床と言いましても……あなたの恩に報いるためにここでしばらく滞在という形でなんとかなりますが……」

「寝る所さえあれば構わん。飯なら一人でなんとかなる」

「そうですか……それにオーディンさまのことなんですが……本当にお目にかかるだけなんですか?」

「……何やら含みがある言い方だな」

 

そう言うと、カリフ、そして理事長の間の空気がザワつき始める。

 

「最近では悪神ロキ様に不穏な動きがあると直々に申されまして、時期的にこれは都合がよすぎるのだと……」

「ほう……なにか裏でコソコソとしているのか? それは興味深いなぁおい?」

 

そう言って双方共臨戦状態に入る。

 

「ここで再度問います……あなたはなんのためにここへ来たのですか?」

「旅だ」

 

両者の間に緊張した空気が流れる。

 

そして……

 

「……分かりました。今の所は信用しましょう」

 

先に理事長の方から矛を収めてきた。

 

その様子にカリフは未だに訝しむ様子で問う。

 

「……貴様から矛を突きてておいて先に収めるか……何かおかしいんじゃねえのか?」

「わかっております。ですが、立場上ではこうしなければなりません。ロキさまのこともそうなのですが、私はこの学校の生徒を守らなければなりません」

「相手が貴様より強くともか?」

「無論です」

 

カリフの殺気にも動じないわけではない。

 

こうして相対して初めて分かる圧倒的な威圧感

 

まるで、自分が有無を言わされずに支配されてしまっているような感覚に震えと冷や汗が噴き出る。

 

だが、それでも守らねばならない物がある。

 

真に恐ろしきことは殉ずることではなく、ここの生徒に危険が降りかかること。

 

戦闘になったら刺し違えるまで。

 

そう決心していた時だった。

 

「……ふん」

 

カリフは密かに笑って気を引っ込めた。

 

「!…はぁ!……はぁ……」

「……今まで結構な偽善者を見てきた……世界中のな……」

 

突然、カリフが語り出すと、緊張で委縮していた肺が急に酸素を欲した。それと同時に理事長の人も荒く深呼吸を繰り返す。

 

それでも、カリフは姿勢をそのままに淡々と話す。

 

「大抵はこうやっておどかすだけでメッキを剥がして無様に逃げたのがほとんど……だが、お前は違うようだな。よほどここの生徒とやらが大事らしい」

「……はい。それだけは誓います」

 

落ち着きを取り戻しつつあった理事長はまたさっきのように凛として答える。

 

その姿に気丈な奴だと思いながらカリフは足の反動だけでソファーから飛んで二本足で着地する。

 

ずっとポケットに突っ込んでいた手を理事長の前に拳として突き出す。

 

「いいだろう……しばらくは世話になるんだ。ここのボディガードくらいにはなってやる」

「……え?」

 

突然のカリフの手の平がえしに理事長の眼鏡も一瞬ずり落ちる。

 

目の前で異様な殺気を放っていた人物が今度はボディガードなどと言いだしたのだから……

 

そのことに理事長は怪訝に思いながらも、適当にあしらうことに撤する。

 

「あなたの好意は非常にありがたく思います。ですが、ここの生徒は未熟なれどヴァルキリー、あなたのような子供に守ってもらわれるほど弱くは……」

「あんた、胸のボタンが取れてるぜ?」

「え?…あ、本当に……」

 

急に話に割り込んで関係無いことを言うなんだと思いながらも自分の胸のボタンを見ると確かにほつれて取れていた。

 

「ほれ」

 

そこへ、カリフが握っていた拳を開けると、そこには……

 

「……ボタン?」

 

理事長は半ば放心状態でカリフの手のボタンを見つめると、そこで気が付いた。

 

このボタン、自分の付けているのと同じ……

 

「!?」

「もう気付いたか? 流石はヴァルキリーといったところか?」

 

信じられないといった感じで気付くと、カリフが自分の反応を明らかに楽しんでいた。

 

(そんな! 有り得ない……!! だけど、これは確かにさっきまで付いていたボタン……!!)

 

自分が着替えた時のことも覚えている。あの時は全てのボタンがしっかりと付いていた。

 

それなのに今ここで自然に取れる筈が無い。

 

(“いつ”ボタンを取ったというの!? そもそも本当にこの子が……!?)

 

さっきまでの殺気といい、今の現象といい、歳不相応の子供が自分をかき乱している。

 

既に余裕が消えつつあった理事長にあどけない笑い顔を向けて話す。

 

「あんたがオレに威嚇した時にちょっとな……これはあんたの丁度胸の真ん中のボタン……つまりは心臓の真上に位置している」

「!?」

「この意味が理解できたようだな……もし、オレがボタンに止まらずにあんたの胸を全力で突いたら……」

 

この先からは恐ろしくて想像できなかった。

 

この少年の言うことが本当に正しければ、今この時、自分は生きていなかったかもしれない。

 

それどころか死んだことさえも認識できぬまま逝ってもおかしくなかった。

 

目の前にいるのはボタンを手で弄ぶ僅か八歳の少年

 

だが、この実力からして少なくともヴァルキリー以上なのはもう疑いようが無い。

 

自惚れではないが、自分もそれなりの実力者だと思っている。

 

だが、そんな自分が目の前の少年に手も足も出せなかったのだから……

 

「誇ってもいいぞ。その分析力、状況判断能力、そして覚悟からしてお前は相当の実力者だ」

 

戦慄する理事長を余所にカリフはボタンを丁寧に投げて理事長に返す。

 

それで理事長も我に戻ってボタンを受け取る。

 

その横でカリフはドアに向かっていく。

 

「あの……! まだ話が……!」

「案ずるな。お前という実力者に免じてオーディンとはできるだけ会話だけで済まそう。元々は聞きたいことがあったのと、そいつを見たかっただけだし。後、ここにいる間もここの奴等とあんたのボディガードってことで衣食住の礼は果たしてやる」

 

カラカラと笑いながらドアに手をかけると、理事長は止めるのを諦め、最後に聞いた。

 

「あなたは一体……何者ですか?」

 

その言葉にカリフは不敵な笑みに変えて答えた。

 

「ただの旅人だ」

 

そういってドアを勢いよく開けると、扉の前で聞き耳を立てていた少女たちが急にかしこまってドアから離れた。

 

それでもカリフは何の反応も変えず、不敵な笑みのまま避けていく少女たちの間から颯爽と去っていった。

 

少し達観した様子の年下の男の子にヴァルキリーたちは呆然としていたのだが、部屋の中の理事長だけは違った。

 

糸が切れた人形のように椅子に座りこんで今さっきまでの体験を頭の中で反芻していた。

 

「……世の中は広いですね」

 

同時に、瞑想してこの世の広さを再認識させられていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で、勢い良く飛び出していったカリフはキョロキョロと校舎の中を見回していた。

 

傍から見れば挙動不審な子供なので、行き交う生徒たちの視線が自然と集まる。

 

そんなこと気にせず、カリフは呟いた。

 

「どこに泊まればいいんだ?」

 

何も聞かず、ニヒルに部屋を出た割にはどこか抜けていた。

 

そもそも理事長から正式なオファーさえもらっていないというのに、既に泊まる場所を探していた。

 

「うーむ」

 

道に迷うのは決して悪いことではない。

 

今まで慣れたような道を外れて別の場所で迷うと普通は不安になる。

 

だが、生前も生後も旅を続けていた結果なのか迷う=新発見という方程式が成り立っていた。

 

しかし、今回のは生活に関わることだから気が滅入るし、周りの視線が鬱陶しくなってきた。

 

いっそのこと軽くこの立っている部分だけを気の解放でぶっ壊して威嚇しようとも思ったが、さっきの口約束の手前、そんなことはできるはずが無い。

 

故にカリフはあまり動揺もせずとも顎を押さえてどう行動するか思案する。

 

そんな時だった。

 

「あの……」

「?」

 

悩むカリフの後ろから声がかかり、そっちを振り返る。

 

すると、そこには銀髪の聡明そうな少女が立っていた。

 

「なんだ? オレに用か?」

「あ、いえ……たださっきのお礼にと……」

「礼?」

「見ず知らずの私を無償で、しかもあんな冷たく流れの激しい水の中へ危険も顧みずに私を救ってくださいました!」

「危険?」

 

首を傾げると、急に相手が頭を下げてきた。

 

「私が溺れている所を助けていただき、ありがとうございました!!」

「………あぁ、あの時の……」

 

ここまで言われてやっと思い出した。

 

あの時の流れてきた女だったか……

 

そう頭の中で思い返していると、相手が名乗ってきた。

 

「ご紹介が遅れました! 私の名はロスヴァイセ! ヴァルキリー見習いのロスヴァイセと申します!」

「あそ、オレはカリフ」

「カリフさんですね!? 覚えました!!」

「あぁはいはい。じゃ、オレは泊まるとこ探すからこれで」

 

やけにテンションが高い彼女に若干メンドくさくなるが、そのまま離れようとした時だった。

 

横に寄りそうかのようにロスヴァイセが追いかけてくると、カリフの表情が少し険しくなる。

 

「これからここに泊まるんですか?」

「ああ」

「場所は決まってないのですか?」

「ああ」

 

予想以上に深入りしてこようとするロスヴァイセにカリフの怒りが少しずつ上がってゆく。

 

しつこいと思いながら、このまま振り切ろうと足に力を入れた時だった。

 

「もしよければ私の部屋に来ませんか?」

 

この一言にカリフの足が止まる。

 

「部屋?」

「はい! 私の部屋は運良く相部屋になっている人もいませんから!」

「……なるほど」

 

棚からぼた餅……言い得て妙だな。

 

まさか思わぬ所からさっきまで自分を悩ませていた問題を解決させる糸口が現れようとは……カリフは少し笑みで口端を吊り上げていると、返事を待っていたロスヴァイセが不安そうにソワソワしていた。

 

「あの……ご迷惑じゃなかったでしょうか……?」

「いや、逆だ。ここに来て最高の女に出会ったと思ったからな」

「さい……! そんなことっ……!!」

 

全身を赤くなって煙を吹きだすロスヴァイセにカリフだったが、正直、あの時は“ついで”で助けたような物であり、それに対して相手は真心でもって自分に礼を向けた。

 

自分はどうする?

 

決まっている

 

礼は礼で返せ

 

「いいだろう。今日からしばらくお前の部屋に入ろう……って聞いてるのか?」

「最高の女って言われた……今なら言えるかも……あぁ、でも私の勘違いだったら……」

「……」

 

一人だけ自分の世界に没頭しているロスヴァイセに近付いて額にデコピンを喰らわす。

 

「いたっ!」

「聞いてるのか?」

「え? あぁはい! 聞いてましたから!!」

 

もうここまで情緒が不安定だと流石のカリフも半開きの可愛そうな物を見る目でロスヴァイセを見つめる。

 

彼女も彼女でカリフが情熱的な視線を送っているのだと勘違いしてさらに乙女モードとなる。

 

「それで、部屋に泊まるんだが、一ついいか?」

「はい、なんでしょう……」

 

どこか熱の籠もった彼女の声、普通の異性ならこれだけで悩殺されてしまうのだが、お色気など今のカリフには何の役にも立たない。

 

ロスヴァイセ=変人というカテゴリーにしてしまったカリフは多少ガラにでもないが、なるたけ優しく接してやろうと思ってしまった。

 

(これはこれで気を遣うかもな……)

 

そんな不安も今は置いて本題に入る。

 

「お前の望みを言え」

「の、のぞ……み?」

 

ここで彼女に止めの一言

 

動きが止まり、首だけを向けてくるロスヴァイセにカリフは言った。

 

「これからお前には世話になるんだ。お前が礼で迎えてきてくれるならオレも礼を返す。それだけだ」

「で、でででででででも……そんな急に……」

「大抵のことなら聞いてやる。だが、あまりに不本意だったらやらねえ」

 

それを聞いてロスヴァイセは息を飲んだ。

 

望み……願い事なら一つある。

 

だが、不本意ならこの話は無効

 

だからこそ彼女は過去のデータを頭の中で反芻させた。

 

自分を助けてくれたこと(笑)、自分を最高の女と言ったこと(笑)、そしてさっきの情熱的な眼差し(爆笑)

 

(いけるかも! いや、もうここまで来たら行くしかないのよロスヴァイセ!!)

 

心の中で開かない口を必死に開けてパクパクする。

 

「あ……あのですね……」

「決まったか?(口をパクパク……アマゾンのピラニアみたいだな)」

 

内心でさっきから失礼なことばっか考えてるカリフを余所にロスヴァイセは手をモジモジさせて赤かった顔をさらに真っ赤にさせる。

 

そして……

 

「~~!!」

 

意を決して言った。

 

「私の勇者さまになってください!!」

「別にいいけど」

 

半ば勢いで言った望み……勇者になってほしい

 

それはもうベタな告白を年下の少年に、しかも学び舎の中で大々的にぶちかましたロスヴァイセにカリフはノータイムで返す。

 

その後、音が消えた校舎の中でロスヴァイセとカリフだけが動いた。

 

「……え?」

「それが望みならいいだろう。今日からオレがお前の勇者だ」

 

呆然となるロスヴァイセにカリフは契約成立だと言わんばかりにニヒルに笑む。

 

一方のロスヴァイセは頭の中でこの状況を確認してた。

 

(告白したら勇者ができた……)

 

あまりにチープな計算だが、これだけで乙女の衝撃大きかった。

 

「……」

 

ドサ

 

「あ、死んだ」

 

カリフは心にも無く背中から倒れたロスヴァイセに洩らした瞬間だった。

 

『『『きゃああああああああぁぁぁぁぁぁ!!』』』

 

突如として周りから悲鳴にも歓喜にも似た声が響き渡った。

 

皆さんも思い出してほしい。ここは学び舎の中だということを……

 

これでロスヴァイセへの特大級のネタができたことになる。

 

「ロスヴァイセの春キターーーーーーーーーーーー!」

「大胆だわ~!」

「あの子もカッコ可愛い!」

「ていうかロスヴァイセも純情すぎない?」

 

何やら騒いでいる集団にカリフもこれは少し戸惑ってしまう。

 

そして一言

 

「……女ってのは分からん」

 

肩を落としてまたロスヴァイセを医務室に運んでやるか……そう思っていた。

 

騒ぎまくっている団体を遠目に角から覗きこむ人も呟いた。

 

「なんでそーなるの?」

 

さっきまでカリフと向かい合っていた理事長が心底不思議そうに覗いていた。

 

 

 

カリフの行く先々では平穏など簡単に壊される

 

なぜなら、彼はあの“破壊者”の血を分けた兄弟なのだから……

 

彼の血は戦い、強者を惹きつけているのかもしれない……まるでドラゴンのように……



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北欧神話と堕天使総督

 

ヴァルキリーの朝は早い。

 

朝早くに起床し、自室の片付けから入って校舎内の掃除。

 

戦闘訓練以外にも学問の勉強も必須条件なのである。

 

そんな感じで日は昇る。

 

 

 

 

 

 

それは朝会の後のことだった。

 

ロスヴァイセが朝早くにカリフを起こそうとしたのだが、既にその姿は無く、朝会から帰った時には既に帰ってきていた。

 

今のロスヴァイセは昨日の鎧とは違ってネクタイを付けたブレザー仕様……スクール制服の姿だった。

 

「あ、カリフさん! どこ行ってたんですか?」

「おぉ、ロス……ヴァイセか?」

「もう、また名前忘れそうになってませんでした?」

 

ジト目での視線にカリフは何の反応も示さず、ただ自前のタオルで汗を拭いている。

 

それを見たロスヴァイセは次の授業の準備をしながら疑問を抱く。

 

「何かやってたんですか?」

「あぁ、朝は気温が低いからいい運動日和だし……なにより修業も忘れてはならんからな」

「修業ですか? 見た所カリフさんは魔力を使役するような感じではないのですが……」

「魔法だけが力ではない。自分の力が最強だと思っているとしっぺ返しをくらうぜ?

「は、はぁ……」

 

そう言うと、カリフは汗を拭くために上半身の服を勢いよく脱いだ。

 

「ちょっ!?」

「にしても大分暖かくなってきたな……それほど寒いということはなかった」

 

急な行動にロスヴァイセは目を逸らして顔を赤くさせるが、カリフはそれに動じることもなくタオルで汗を拭く。

 

ロスヴァイセも気になってチラ見でカリフの体を見ると、それは想像以上だった。

 

見事に鍛えられ、無駄な筋肉がなく、膨らみ過ぎていないバランスのいい体つき

 

それに目を奪われてじっと見ていると、同時に気付いた。

 

(すごい傷……)

 

カリフの体中に付けられた多くの古傷

 

いずれも小さい頃に付けられたかのように、既に体の一部となっていた。

 

「その傷は……」

「? あぁ、少し修業の熱が入り過ぎたことがあってな……」

 

修業に熱が入ったとしてもそこまでの物なのだろうか?

 

ヴァルキリーの自分も訓練で体に傷を負うことはあるが、時間が経てばすぐに元に戻る。

 

だけど、こんなに古傷として残るほど大きな傷を負ったことなどない。

 

故に、ロスヴァイセは提案してみた。

 

「あの……できたらでいいんですが……」

「?」

「後で修業風景を見せてくれませんか?」

 

これほどまでになるほどの修業がどんな物か……これからヴァルキリーになる者として気になる所だった。

 

カリフは意外な内容に少し感心しながらも二つ返事で了承した。

 

「見てもいいけど邪魔だけはするなよ? てか、お前まで巻き込まれる恐れがあるからな」

「は……はぁ……」

 

言葉の真意では理解できない。

 

巻き込まれるとは一体……どういう意味なのか……

 

疑問に思いながらもカリフの上着を拾った時だった。

 

部屋のドアが開いてルームメイトが押し寄せてきた。

 

「ロスヴァイセー! そろそろ時間だよー?」

「いつも言ってますが、ノックくらいしてください。今行きますよ」

「いーじゃん同じ学び舎の下にいるんだし、何も隠すことなん……て……」

 

そこまで言うと、同級生の動きが止まってしまった。

 

その様子にロスヴァイセも怪訝に思って首を傾げる。

 

「どうしました?」

「いや……その……なんというか……」

「ごめん……私たちの方が空気読んでなかった……」

「そうよね、いくら同じ屋根の下にいるとはいえプライベートなことは尊重しないと……」

「??」

 

もう何を言っているのか訳が分からない。

 

疑問に思ったロスヴァイセはカリフと顔を見合わせた。

 

その時だった、ロスヴァイセは思い出した。

 

「あ……」

 

部屋の奥のカリフは上半身裸

 

しかも、上半身はロスヴァイセが持っている。

 

そして、トコトコやって来たカリフの一言

 

「そろそろ上着返してくんない?」

 

なんということでしょう。

 

この一言は聞き様によっては、服をはぎ取ってからのお楽しみにしか聞こえてこない。

 

しかも、ロスヴァイセ辺りの年代の女子はちょっとのことでもすぐにあっち関係に結び付けようとする。

 

言うなればアホである。

 

それを理解したロスヴァイセは顔を紅潮させて上着を投げ捨てる。

 

「わああぁぁぁぁ!! これは違うんですよ!! これはですね……!!」

「まさか……先に大人の階段を……」

「ロスヴァイセ……ショタに罪はないけどこれはやりすぎ……」

「既成事実……」

「話を聞いてくださいよおおぉぉぉぉぉ!!」

 

女が集まれば姦しいと言うように、入り口前でキャピキャピ騒いでいる生徒たちを尻目にカリフは放り投げられた上着を拾って埃を払う。

 

「さて、ここらを見て回るか」

 

そう言いながらカリフは必死に弁解するロスヴァイセを置いて窓から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ロスヴァイセの部屋を出てからカリフはそこら学校の外を散策していた。

 

ここに来て違和感を感じたからだ。

 

まず、気の探索ができなくなっていた。

 

普通ならここから数百キロも離れた街の人の一人一人の気を感じることができるのに今ではそれができない。

 

それなのに学園内の気はしっかりと理解できる。

 

そのことで気になったカリフは学園の外へと出てみると、ここで合点がいった。

 

「おぉ……これが結界と言う奴か……」

 

カリフは目に見えない壁をペタペタと触って確認していた。

 

「黒歌の言ってたのと同じタイプっぽいな……だが、気の流れまで遮断するのは何か別の力の術だからか……?」

 

興味深そうに壁を触りながら学校の周りを散策していると、急にだれかにぶつかった。

 

「あ、ごめ」

 

集中してたから気が付かなかった。

 

今のは自分の不注意だと思いながらも油断していたことに内心で毒づいていると、そのぶつかった相手はゴスロリの恰好した自分と同い年くらいの耳がとんがった少女がこっちをジーっと見つめてくる。

 

「我、このような人間、初めて」

「あぁ、オレもお前とは初めて会うけどな」

「我、お前のように強い人間初めて。ちょっと見に来た、名前、教えて欲しい」

「そういうのは自分から名乗るもんだ。そういうのは筋通してナンボだろ」

「我の名前、教えると教えてくれる?」

「当然、相手がどんな形であれ挑んでくるならばオレは向き合おう」

 

なんだかカリフと意気投合しているように見える少女は言葉足らずで答えた。

 

「我、オーフィス。周り、そう呼ぶ」

「!?」

 

頭を掻いて適当にあしらおうとしていたが、その名を聞いてカリフは驚愕した。

 

初めて見たのに少女を知っているのか?……当然だ!

 

その名前……忘れもしない黒歌が言っていたこの世で最も強いとされる最強のドラゴン

 

無限の龍神……ウロボロス・ドラゴン

 

名を……オーフィス

 

「そうか……お前が今、最も強いとされる最強の存在……二天龍をも凌ぐとされる最強のドラゴンか!!」

 

カリフは歓喜に打ち震えながらもすぐに臨戦態勢になってオーフィスから距離を置く。

 

そして、気を探索してみると、予想以上の答えが見えた。

 

(こいつ……外には人並みの気しか流れてないのに探ってみると、体の中心部でとてつもねえ力がうねりをあげてやがる!! 間違いなく今まで出会ってきた奴よりも別次元につええ!)

 

完全にここまで来ているのに気付けなかった。

 

このオレが気付けなかったのだ……こいつ、相当のやり手か……

 

「早速で悪いんだけどよぉ……オレとちょい殺し合ってみねえかぁ?」

 

少し我を忘れかけているカリフにオーフィスは動じることも無くこっちを見つめている。

 

「楽しそう、何か楽しいことがあった?」

「そりゃあなぁ!! ここに来て初めてなんだからなぁ! オレを満足させてくれる奴ってのは!」

「満足? 我、なにもしてない、それから一つ」

 

興奮して半ば狂乱状態に陥りかけているカリフにオーフィスは一本の指を立てた。

 

「我、名前教えた。だから、名前教えて欲しい」

 

ここにきてオーフィスが構えていたカリフに静かに近付いてくる。

 

そんな姿にカリフはというと……

 

「……なんだぁ?」

 

どう反応すればいいか困っていた。

 

「知りたい、教えて。名前」

「……カリフ」

「カリフ、それが名前、我、オーフィス」

「いや、今聞いた」

「カリフ、柔らかい」

 

漫才のようなかけ合いをしながらオーフィスは自分の顔をペタペタと触ってくる。

 

その様子を見てカリフはさっきまでの高揚感が見事に霧散されてしまった。

 

(な、なんだこいつ……警戒心どころか敵意も防衛行動も見せねえとか……何考えてやがるんだ?)

 

カリフの毒気が抜かれた原因はまさにそれ。

 

オーフィスには闘気も何も感じられない。

 

いくらこっちが牽制しようとしても意に返さず、ただの一人遊びにしかなっていない。

 

なにより、相手は何もしてこない、戦意がない相手ということでもし、ここで自分から戦えば自分で自分の信念を曲げることになる。

 

そんなカリフの考えとは裏腹にオーフィスはカリフの顔を触るのを止めてカリフを見上げた。

 

「どうした? さっきまで楽しそうだった。今は楽しくなさそう」

「……だれのせいだと思ってんだ…」

「?」

 

チョコンと首を傾げるオーフィスにカリフは小さく嘆息した。

 

「ったく……ちったぁ楽しもうぜ? なんだかお前と離すと妙な気分だ」

「我、妙?」

「あぁ、鏡見れば一目瞭然だ」

「後で見てみる。カリフ、我、おんぶ所望」

「なんでそんなことしなきゃなんねえんだ?」

「カリフ、ここ見て周ってた。我、カリフ、ここを見たい。おんぶ」

 

手をこっちに広げてくるロリドラゴンにカリフはもう溜息しか出ない。

 

「……勝手にしてろ」

「分かった。勝手にする」

 

そう言ってオーフィスはカリフの背中へピョンとしがみつく。

 

「……ま、いいか」

 

なぜだか振り払う気力も抜けたカリフは背中にしがみつくオーフィスと共にそのまま学園内を散策することになった。

 

だが、この後の散策の最中にオーフィスは勝手にどこかへ消えてしまった。

 

「また、会いに来る」

「げぇ」

 

口では嫌がってはいたが、カリフもそんなに嫌そうな雰囲気ではなかったというのはご愛嬌であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくしてカリフはロスヴァイセの部屋の“窓”から帰ってくると、そこで待っていたロスヴァイセはカリフの姿を見るなり詰め寄って来た。

 

「やっと来ましたねカリフさん!! ずっと待ってたんですから!」

「んだぁ? なんかしたか?」

 

そう言うとロスヴァイセは顔を真っ赤にさせながら憤慨した。

 

「なにって……! 昨日の勇者発言で私の名前が学園中に広まってもうずーっと誰かれ構わず視線を感じるわ、今日の朝も一緒に寝たとか身に覚えのない噂まで一人歩きしてるんですよ!? もう学園の中を歩けませんよ~~~!!」

「知るか」

 

泣き崩れるロスヴァイセを一刀両断するカリフにロスヴァイセは涙で濡らした目で睨んでくる。

 

「確かに勇者発言は私に落ち度はありましたけど、朝寝たというのは完全に誤解なんですよ!」

「いいじゃん別に」

「よくありません!」

 

何をそんなに騒いでいるのかは知らないが、今はどうでもいい。

 

頭を垂れてショックを受けているロスヴァイセにカリフは言った。

 

「よし、そんじゃあ行くぞ」

「……どこにですか?」

 

未だに暗いロスヴァイセにカリフは笑みを浮かべた。

 

「オレの修業だよ」

 

 

 

 

カリフの修業を一目見ようとロスヴァイセは一際広い校庭に出て体育座りで遠くでカリフが準備体操をしている様子を見ていた。

 

ちなみに、今の服装はブレザー制服から鎧に変わっている。

 

そこへ、ロスヴァイセの同僚が数人でやってきた。

 

「何やってるの? ロスヴァイセ」

「いえ、ちょっとカリフさんの修業の見学ですよ」

 

そう言って全員が校庭の中央のカリフを見つめると、そこには屈伸をしているカリフの姿があった。

 

「あら、旦那さまじゃん」

「違いますよ!」

「でも勇者じゃん」

「それは……まぁ……」

「なんだ、大分集まってるじゃないのか?」

「あ、カリフさん」

 

この場から離れたくは思うが、カリフの修業も気になるのでそのまま体育座りをしていると、準備運動を終えたカリフがいつのまにかすぐ近くにいた。

 

「おい、この際だから少し手伝え」

「え? 私がですか?」

「あぁ、それにそこのヴァルキリーズにも手伝ってもらいたい」

「わ、私たちも?」

 

急に指名されて戸惑うロスヴァイセたちだが、カリフはポケットに両手を突っ込んで言った。

 

「オレに魔法とやらを当ててみろ」

「……え?」

 

その一言に全員が呆けた。

 

目が点になった面子の中でロスヴァイセが早く正気に戻った。

 

「いやいや、そんなことできるわけないじゃないですか! 怪我しますよ!?」

「怪我するかしないかはオレの実力しだいだ。そんなくだらんことに構わずにさっさとやれ」

「ですが……無抵抗の人に魔法を仕掛けて怪我させたとあっては……」

「グダグダ言ってねえでさっさと来いっ!!」

「はいぃ!!」

 

あまりに仕掛けて来ないで躊躇っていたロスヴァイセにカリフは檄を飛ばしてけしかけると、その怒気に当てられてロスヴァイセは思わず防衛反応の感じで撃ってしまった。

 

繰り出された巨大な魔法弾を見て、同僚の一人が表情をギョっとさせる。

 

「ちょっ! ロスヴァイセ! その魔法は……!」

「え? あ!」

 

気付いたころにはもう遅い。

 

無我夢中で撃った砲撃はロスヴァイセの中でも威力が高めの魔法

 

彼女の得意魔法は魔法砲撃と威力と速さに特化した攻撃系のものである。

 

それを実証するかのようにカリフに向かってくる魔法はカリフの十倍近くの大きさを誇り、文字通り飲み込もうとしている。

 

「カリフさん! 避けてください!!」

 

そうは言うが、それなりにスピードもあるから今から回避しても体の一部が飲み込まれて怪我してしまうことは確実

 

それほどまでにやばい代物だった。

 

だが、カリフは目の前に迫ってくる光の球を前に前かがみになって腰を落とす。

 

そして、鼻先にまで近付いた時だった。

 

「へぇあ!」

 

カリフは掛け声とともに真下から弾を蹴り上げる。

 

気をクッションのように使って蹴り上げらた弾は破裂せずに真上に飛ばされた。

 

やがて、上空の遥か彼方にまで達して小さく爆ぜた。その様子はまるでロケット花火のようだった。

 

「……え?」

 

一人が信じられないような声を上げた。

 

それもそうだ、さっきの技は今習得している魔法の中でも最大級の威力を誇る技であり、ましてや使い手がロスヴァイセだ。

 

パワータイプの彼女が繰り出した魔法を足一本で弾き飛ばしたのだから。

 

カリフの蹴り上げた足は綺麗に天に掲げられ、体はブレもせずに自然体を維持している。

 

やがて真っ直ぐに伸びていた足を収めてカリフは指一本突き出してこまねいた。

 

「次はできるだけ速い連射型のを頼む。全力で来い」

「は…はい!」

 

すっかり見惚れてしまっていたロスヴァイセもカリフの一言に気を取りなおして言われたがままに複数の魔法陣を展開させる。

 

そこから超高速の矢の魔力を飛ばす。

 

さっきのパワータイプとは違ってスピードを重視した攻撃にカリフは片足を前に突き出し……

 

全てを最小限の動きで弾き飛ばした。

 

弾き飛ばされた矢はそのまま直進して斜め上空へと消えて行った。

 

「……」

「なんだ? もう終わりか?」

 

これまでも弾き返されたことにロスヴァイセもアングリと口を開けて驚愕していると、そこからカリフは悠々とした立ち姿で挑発気味に煽る。

 

すると、そこで何かに火が点いたロスヴァイセは仕掛ける。

 

「なら、これでどうです!!」

 

頭に血が昇りつつあるロスヴァイセだったが、この騒ぎを聞きつけて多くの生徒と教師陣が校庭に集まってきていた。

 

「なにをしているのですかロスヴァイセ!!」

 

その中でも理事長までもがやってきた。

 

仮にもヴァルキリーになろうとしている者が子供に向かって攻撃魔法を放とうとしている。

 

明らかに大問題となる事態に理事長が出てきたのは当然である。

 

しかし、時すでに遅くカリフの周りには多くの魔法陣が展開されてカリフに放たれた。

 

さっきの矢と同じ魔力は四方八方から襲いかかってくる。

 

カリフは360度から向かってくるのを感じて初めてアクションを見せた。

 

矢の雨の中から僅かな隙間を見つけてその合間を抜けていく。

 

柔らかい体によるしなやかな舞い、常人に非ず動体視力、そして世界をも凌駕するパワー!!

 

それらを駆使して矢の雨を全て避けるなどカリフにとっては造作も無いことだった。

 

この時はポケットの手も出して時々弾いてはいる。

 

スローモーションの世界にカリフは存在する。

 

否、逆である。

 

カリフが速すぎるだけの話だった。

 

全てを避けきったカリフは矢が集中的に殺到している場所から離れた場所に現れた。

 

「えぇ!? いきなり現れた!?」

 

周りには一連の行動が一瞬で行われたので、カリフが消えてまた現れたとしか見えていない。

 

「……!! でも、まだです!」

「む?」

 

そうすると地面の中から至近距離で向かってきた矢を頭を後ろに退いて避ける。

 

その場をバックステップで移動すると、次々と迫ってくるように矢が地面から突き抜けてくる。

 

「全てが追尾式か。おまけに速いな」

「破壊しなければ止まりません!! 威力はありませんが、当たればただじゃ済みませんよ!!」

「ほう、なら少し遊ぶか」

 

壊れないなら遊ぼう、そう考えたカリフは自慢の足を使って矢の追撃を逃れる。

 

後を追ってくる矢を引きつけておいて瞬間に避ける。

 

瞬間移動で避けると同時にカリフは思った。

 

(これなら丁度いいかもな)

 

思い浮かんだのは生前にベジータも悟空も使っていた回避技

 

速すぎず、絶妙な移動で自分の残像を残す。

 

そして、残像を幾重にも創り出す妙技

 

多重残像拳

 

「なっ!?」

「なにあれ!?」

「たくさんいる!!」

「何かの魔法!?」

 

ギャラリーから驚愕の叫びが聞こえてくる。

 

それもそのはず、今の校庭にはカリフの残像で埋め尽くされているのだから……

 

ロスヴァイセも見たことも無い技に驚愕していると、自分の魔法の変化に気付いた。

 

「矢がコントロールを失った!?」

 

矢は対象の姿を認識して動くため、この残像拳に制御を失っていた。

 

大量の対象の姿に矢が迷いを見せている。

 

そんな状況にロスヴァイセもどうすればいいのか分からずに見ているしかできていなかった。

 

そんな中でもカリフは思った。

 

(……そろそろ終わらせてもいいか)

 

そう思った時、カリフは動きを止める。

 

それによって残像は消えていき、残ったのは地面に手を置いているカリフ本人だけとなった。

 

それを確認した矢は再びカリフの姿を確認して襲いかかる。

 

今度もさっきと同じ全方向からの攻撃

 

普通に避けるのなら可能だが、これを終わらせるには全てを破壊しなければならない。

 

なら、お言葉通り全てを破壊すればいい!!

 

静かに手刀をナイフに変えて……

 

「……!!」

 

呼吸を止めて目を見開く。

 

矢の一つ一つを右手のナイフだけで破壊していく。

 

一歩も動かず、無呼吸での連続攻撃がカリフの身を守っている。

 

一本の腕だけで前、右、左、上、斜め上、後方からの猛攻を全て破壊していく。

 

凄まじいペースで矢が減っていき、カリフにも疲れの色も見えない。

 

そして……

 

最後の一本が

 

 

塵となって消えた。

 

 

『『『……』』』

 

まさに圧巻だった光景をロスヴァイセも含めた全校生徒、教師陣、理事長までもが驚愕に言葉も発することができなくなっていた。

 

その注目の的であるカリフは両腕をプラプラさせて言った。

 

「……今日もまあまあってとこだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっとできた……最高の我が子たちが……」

 

一方では影に撤する者もいた。

 

黒いローブに身を包んだ人物は地の底から聞こえてくるような笑い声を上げる。

 

そして、その前には巨大な双眼が四つも輝いている。

 

「くくく……試作品とはいっても流石はフェンリル……スペックも能力も実に優秀だ……これなら来たるべきオーディンとの一戦にも充分な戦力となろう……」

 

黒い人物は両手を大きく広げて目の前の魔獣に言い放った。

 

「我が子たちよ、これから来たるべき戦闘前の余興として遊んでおいで……なに、大抵のことなら私が口添えすればどうとでもなる……だから……」

 

その時、男は笑った。

 

「存分に遊んでおいで。悪神ロキの名の下に許可しよう……」

 

その瞬間、二体の巨大な狼は巨躯に似合わない俊足でその場から姿を消した。

 

それを見届けたロキと名乗る人物はクックと笑った。

 

「これで血の味でも覚えてくれば最高だな……」

 

 

今ここに、狂暴な魔獣が解き放たれた。

 

場所は北欧の地……嵐が吹き荒れる。

 

 

 

 

 

 

そして、別の場所でも事態は動いていた。

 

「じゃあ四日後に北欧の地に行ってくる」

「はっ!」

「大抵の問題はシェムハザがなんとかしてくれる。こっちはオーディンのクソジジイと話を付けてやる」

「お気をつけください! アザゼルさま!!」

 

今、北欧に新たな物語が刻まれようとしている……

 

そのことは誰にも知る由も無かった。



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神喰狼~フェンリル~

カリフの修業光景が全校生徒に見られてから数日が経った。

 

あの日からカリフに対する周りの目が明らかに変わった。

 

「あ、いや、その……すいません!」

「ちょっ……あの子って……」

 

完璧に畏怖する者もいれば……

 

「あ、あの子ってすっごい強い……!」

「見た見た! すごかったよね~!」

 

周りで興奮する者もいた。

 

しかも、明らかに教師陣までもが監視の目を光らせてくるようになった。

 

ただ、廊下を歩いているだけなのにそれだけでイラつきが溜まってくる。

 

「チラチラチラチラ鬱陶しい!! 言いたいことがあるならオレの前に来やがれ!!」

 

廊下に響き渡る様に叫ぶと教師陣は慌てて目を逸らし、生徒もそそくさと足早に去ってしまった。

 

「ちっ! 気分がわりい……」

 

そう言いながらこの学校で唯一の知り合いであるロスヴァイセの気を探ってそちらへと向かっていった。

 

 

 

当の本人であるロスヴァイセは非常に疲弊していた。

 

「……はぁ」

 

その原因はもちろんカリフだった。

 

あの時の修業以来、カリフとはよそよそしくなってしまった。

 

というのも、人の身でありながら半神のヴァルキリーをも遥かに凌ぐ戦闘力を垣間見たせいでカリフを普通の人間とは見れなくなっていた。

 

というのもあの強大な力に少し恐怖してしまったからだ。

 

(怖い……)

 

ここ数日暮らして分かったが、カリフは本当に破天荒だった。

 

尋問してきた教師に対して殺気をとばして気絶させたり、さらには挑発までして一触即発状態になったことさえある。

 

傍から見たら粗暴なこと限りない。

 

自分の知っているルームメイトには逆にそういったところがいいという声もあったが、自分は恐怖さえ感じている。

 

(なんであんなこと言っちゃったんだろう……)

 

そして、彼女は後悔していた。

 

カリフと初めて会った時、なんで勇者になれとか言ってしまったのか……

 

正直言ってここ数日でそんなことも忘れてしまった。

 

それほどまでに参っていたのだ。

 

事実、教師からの尋問が自分のところへ及んできたこともあったくらいだ。

 

そして、そんな彼女の気も知らずに問題の彼が現れる。

 

「ちっす」

「あ……どうも……」

 

手を上げはするも、目を合わせることも躊躇われる。

 

それと同時に自分の気も理解してくれないことからの不安さえ覚えてくる。

 

この子は本当に勇者となってくれるのか……

 

「今から修業手伝ってもらうぞ。早く支度しろ」

「……すいません。今からやることが……」

「そうか……その様子からして嘘でもなさそうだがな」

「……まるで探っているような言い方ですね」

 

相手の嘘を探るのはカリフの一種の癖となりつつある。その癖を隠そうともしない様子にロスヴァイセも怪訝な表情になる。

 

誰だってそうだ。自分が言っていることにいちいち嘘か本当かと詮索されたら嫌な気分にもなる。

 

事実、ロスヴァイセには聞きたいことがあった。

 

「……カリフさんはなんで私の勇者になったんですか?」

「は? 急にどうした?」

「いいから答えてください!」

 

カリフとしては急にムキになるロスヴァイセに疑問を抱きながらも律儀に答える。

 

「勇者……要はボディガードだろ?」

 

それはもう本音をぶちまけて

 

「この部屋を提供させてもらっているからお前を護衛する。等価交換……といったところか?」

 

故に、相手の心など構うことも無い。

 

「……勇者さまがどういう人だか分かってなかったんですか?」

「大体これで合ってるだろ? 他の奴に聞いたから間違いない。なにより……」

 

カリフは頭を掻く。

 

「それ以上でも以下でもないんだよ。オレとお前との間には」

 

その瞬間、ロスヴァイセの心が爆発した。

 

「ば…か…」

「は?」

「ばかああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

大粒の涙を流しながらカリフの横を通り過ぎて部屋を出る。

 

「うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

力強く閉められたドアは今にも壊れそうな勢いで閉められ、カリフもしばらくは部屋の中で立ちすくんでいた。

 

「……やっぱ女って分からん………」

 

そう言いながらさほど気にすることも無くカリフは再び部屋の外へと出て行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

一方では屋敷の外から地平線にまで続く森林地帯

 

その中で二人のローブを着た人物が向かい合っている。

 

「久しぶりじゃねーか。クソじじい」

「久しいの悪ガキ天使」

 

二人がそう言ってローブの頭巾を取ると、そこには隻眼の長い髭の老人と男前の中年男性の男の顔が露わになった。

 

「全く……こういった密談は美女とやりたかったのに、なぜお前のようなむさ苦しいのと……」

「そりゃこっちの台詞だ。好き好んでじじいに会う馬鹿がどこにいる」

 

二人は互いにやれやれといった感じで頭を振るが、すぐに気を取り直す。

 

「じゃが……そうやってまでわしに会いに来たんじゃろう?……のう? 堕天使の総督のアザゼル坊」

 

髭をさすりながら聞いてくると、アザゼルと呼ばれた堕天使も返す。

 

「あんたこそそう言いながらここに来たんだ……何かあるんだろ? 主神オーディン」

 

二人は互いに不敵に笑い合っていると、先にアザゼルから表情を崩した。

 

「あんたはやっとおれの応答に応じてくれたんだ。できれば答えを聞かせて欲しい」

 

アザゼルがそう返すが、オーディンは未だに髭をさすって静かに答える。

 

「ほっほっほ……若い者は答えを急ぎ過ぎじゃ。今回は答えの先送りを言いに来ただけじゃよ」

「……また先送りかよ……」

「そうじゃ、事を急ぎ過ぎれば上手くいく物も失敗に終わる。言いたいことはそれだけじゃ」

「待てよ、まさかそうとだけ言うためにここに来たのか? こんな危険までおかしてまで」

 

そう言って早々に踵を返すとアザゼルが呼び止める。

 

「そんな筈がねえ。あんたは先送りにしてるんじゃなくて答えを決断できない状態になっているんじゃねえのか?」

「……」

「仮にもあんたは主神だからな、こうも易々と外出できるもんでもねえ……そこまでして……」

「アザゼル坊」

 

アザゼルの言葉を遮ってオーディンは続ける。

 

「最近ではわしにも分からないことだらけなんじゃよ。年寄りの知恵袋でも解決できないことが増えすぎた」

「……」

「何か……ここに来てなんらかの大きな革命に似た何かが必要なんじゃよ……良きにしろ悪しきことにしろ……な」

「……まるで先の大戦だな……なにかとてつもないことが起きなけりゃあ事態は動かねえってか……」

 

アザゼルも嘆息していると、オーディンも続ける。

 

「そう……それにわしは賭けてみたいんじゃよ……」

「?」

「これからの……」

 

そこまで言った時だった。

 

 

 

 

 

 

 

―――ウオオオオオォォォォォォン

 

「「!?」」

 

遠くから狼の遠吠えが聞こえてきた。

 

ただそれだけのことなのに二人は驚愕を隠せなかった。

 

「おいおい……まさかこれがあんたの問題ってやつか……」

「……とりあえずは不味い……といっておこうかの」

 

この森林地帯にも狼は珍しくは無い。事実、ヴァルキリーの何人かは狼に出会っちゃあいるが、その都度魔法で追い払っている。

 

だが、今回は事情が違う。

 

二人はその遠吠えを聞いて戦慄した。

 

それもそのはず、普通の狼とは違う……それはどんな存在でさえも恐れを抱くには充分の咆哮

 

「参ったのう……側近に黙って来たのが仇となった……かといってこんな所で放っておくわけにもいかんからのう……」

「……一人で行くつもりか? 相手は最上級の魔物だぞ?」

 

思わずそう言うと、オーディンはいい笑顔になって答えた。

 

「おぉ、そう言ってくれると信じておったぞ。老いぼれ一人ではどうしようもないからのう」

 

そう言いながら腰をさすってやる。

 

「この狸じじい」

「はて? 聞こえんのう」

 

最初からそのつもりだったくせに……オーディンの狸っぷりに苦笑しながらもアザゼルは漆黒の羽を広げた。

 

「あ~……帰りてえ……」

「ボヤいとる暇はないぞい。さっさと行かんかい」

「るせえ!」

 

そう言ってアザゼルは上空から、オーディンはそのままノソノソと森へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、森の中では制服姿で木にもたれかかって体育座りの少女が顔を俯かせていた。

 

彼女、ロスヴァイセはこの時、相当な自己嫌悪に陥っていた。

 

原因はさっきまでのやりとりのことだった。

 

(何してるんだろ……私……カリフさんは好意で言ってくれてたのに……)

 

この数日でカリフの性格は大分分かった。

 

女性の気持ちには知識ゼロと言っていいが、その分、邪心がない。

 

故に、落ち着いて考えてみればああ言うのも仕方なかったのだと思った。

 

(でも……私はあの子に自分の願望を押し付けて……勝手に軽蔑して……)

 

それなのに自分はなんと酷いことを言ったのだろうか。

 

そう思うだけでますます自己嫌悪に落ちていく。

 

(それならなんであの子を勇者さまって呼ぼうと思ったんだっけ……)

 

あの時、初めて会った時の胸の高鳴りは覚えている。

 

だが、なぜそうなったのかは覚えていない。

 

一時のテンションに身を任せた結果がこのザマ

 

(そうですよね……こんな勝手な女だから未だに相手に恵まれないんですよね……ハハ……)

 

段々とネガティブになっていく思想のまま自問自答は続く。

 

(……帰って謝っても、もう勇者さまにはなってくれませんね……それはそうですが……)

 

そう思い、ロスヴァイセの目からん涙が出てくる。

 

そう、これもいつものことだ。

 

また自分は日常に戻るだけ……そう思いながらも日課になっている気が済むまで落ち込もうとしていた時だった。

 

 

 

茂みがザワついた。

 

「!?」

 

突然のことにロスヴァイセは制服から鎧に瞬時に変わり、涙を拭く。

 

またただの狐か野犬、はたまた人かもしれないが、油断は禁物

 

今までこの近くで授業をおこなってきたからこそ分かるこの地での生き残り方である。

 

「誰ですか?」

 

毅然としていつでも魔法を放てるように構えて呼びかける。

 

茂みのざわつきが大きくなるにつれてロスヴァイセも身を強張らせる。

 

そして、茂みの中から影が出てきた。

 

 

 

 

小さなウサギが……

 

「はぁ~……」

 

正体が分かったロスヴァイセは溜息とともに緊張をも吐き出した。

 

ウサギはしばらくそこらを歩き回っていたが、ロスヴァイセの姿を見つけるとそのまま元の茂みへと帰っていった。

 

微笑ましくその光景を眺めていた。

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

―――ウオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォン!!

 

「!!」

 

突然、近くからの狼の遠吠えにロスヴァイセは再び臨戦態勢に入る。

 

その瞬間、間髪入れずにウサギが入っていった茂みの中から巨大な狼が現れた。

 

―――グオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!

 

普通の狼とは比べ物にならないほどの唸り声を上げながらその狼はさっきのウサギの咥えていた。

 

「あ……ぁ……」

 

ロスヴァイセは狼から発せられる圧倒的な威圧の下に硬直してしまった。

 

並の狼では到底有り得ないほどの獰猛さ、威圧感、そして圧倒的な殺気

 

全てに呑まれたロスヴァイセの頭には以前に読んだ本の内容が反芻されていた。

 

目の前の灰色の狼……

 

その牙と爪は確実に神をも殺せる。

 

万が一出会ったら逃げろとまで命令された。

 

名を……フェンリル

 

今、まさにロスヴァイセの身に危機が迫りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、学校のロスヴァイセの部屋のベッドの上で仮眠をとっていたカリフ。

 

だが、突然現れたとてつもない……巨大で狂暴な気に目を覚ました。

 

「こいつぁ……」

 

しかも、その近くに一つだけ小さな気も感じられた。

 

さっきまで近くにあった気だった。

 

「!! なにしてんだあのバカは!!」

 

すぐに事の重大さに気付いたカリフは強敵出現の興奮よりも焦燥感の方が大きくなった。

 

カリフは窓を開ける動作すらもどかしく感じ、強引に窓ガラスを割りながら外へと出て行った。

 

 

 

それぞれのタイムリミットが刻々と迫ってきている。

 

追う者、追われる者、追いつこうとする者……今まさに一つの場所に集結しつつあった。



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神喰狼と戦闘民族

 

北欧、ヴァルハラのすぐ近くの森林地帯

 

ただ、一人になりたくて来ただけだった。

 

それなのに、目の前には最悪な相手が自分に牙を向けていた。

 

「なん……で……」

 

その姿は誰もが恐れる最強にして最凶の魔物・フェンリル

 

ロスヴァイセは初めてみる魔物の圧倒的威圧感、殺気に当てられ、動けなくなっていた。

 

まるで心臓を直に鷲掴みにされているような感覚……次第に唇が震えて涙まで出てきた。

 

(いや……助けて……!!)

 

直感的に分かる。

 

これは自分の手に負える相手ではない。

 

そう確信した時、フェンリルがその巨大な手を振り降ろしてきた。

 

「!!」

 

急な攻撃にも関わらず、危険を察知して回避する。

 

横へ飛んで転げまわって回避する。

 

振り下ろされた手は地面を破壊して深い爪跡を残す。

 

それを見たロスヴァイセは一心不乱になってその場から離れた。

 

フェンリルもそれを見て後を追いかける。

 

「ガアアアアァァァァァ!!」

 

フェンリルはロスヴァイセの後ろにぴったりとくっついて爪で攻撃していく。

 

「はぁ、はぁ!」

 

全力で走っているのに振り切れない。かといって追いつかれることもない。

 

明らかに遊んでいる。

 

まるで、小さい子供が動くアリを面白がって潰そうとするようなものである。

 

そんなことを思うほどロスヴァイセは余裕などない。

 

「はぁ、はぁ……くっ!」

 

たとえせき込もうとも止まれば死ぬとしか分からない。

 

そんなイタチごっこが続いていたときだった。

 

「グオオオオオオオオオオオオォォォォォ!!」

 

「!!」

 

前方の茂みからもう一匹のフェンリルが現れ、その鋭利な爪を振るってきた。

 

そんな時、ロスヴァイセは足を捻って失速してしまった。

 

「う……!」

 

幸か不幸か、その際に足ももつれてフェンリルの爪をしゃがんで避ける結果に繋がった。

 

だが、爪を振るった際の余波でロスヴァイセは地面ごと吹き飛ばされる形になった。

 

「うああああぁぁぁぁ!!」

 

地面に叩きつけられてダメージを受け、立ち上がる体力すら消えた。

 

体中が土にまみれて足首も紫に腫れている。

 

「あぁ……うぐ……」

 

体を這いつくばらせて動こうにも思うように動けず、二体のフェンリルから逃げることなど叶わない。

 

「グルルルルルルルルルルル……」

 

一匹が唸り声を上げてもう一匹がその瞬間に飛びかかって来た。

 

その時、ロスヴァイセの思考がフル回転される。

 

そして、フェンリルの動きもゆっくりに見えるが、自分は止まっている。

 

(まだ……運命の勇者さまに会ってないのに……ここで終わりなんですね……カリフさん……ごめんなさい)

 

フェンリルの牙がゆっくりと近づいてくる。

 

(いえ……こんな嫌な女なんて許されないでしょうね……勝手に都合を押し付けてあんなこと言って……)

 

泣きたくてもそんなことさえできない時間の世界

 

(私って……ほんとバカ……)

 

ここで時間が動きだす。

 

目前にまで迫って来た牙を前に、少女は静かに泣いていた。

 

「バカ……」

 

その自嘲する諦めは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロスヴァイセぇ!!」

 

一人の少年によって絶ち切られた。

 

自らの腕を盾とし、フェンリルの牙を受け流す。

 

フェンリルは自身の力をいなされ、利用されることでバランスを崩して頭から地面に突っ込んでいく。

 

「キャウウウゥゥン!」

 

犬特有の唸り声を上げて転げていくフェンリルを無視して倒れているロスヴァイセを抱きあげる。

 

「おい、死ぬにはまだはええぞ」

「……カリ……げほっ! ごほっ!」

「しゃべんな……こりゃあ派手に体打ちつけたなぁおい」

 

そう言ってロスヴァイセに言うと、彼女は朦朧とする意識の中で問う。

 

「なんで……こんな所……に……私はあなたに……」

 

自分は酷いことを言ったのにも関わらず、なんでこんな所に来たのか……

 

それを聞く前にカリフに先手を取られた。

 

「決まってんだろ……オレはお前の勇者だからなぁ」

「!!」

 

何も気にしていなかったように言った言葉

 

それだけでロスヴァイセは安心に似た暖かさが胸に宿った気がした。

 

「だから来た……約束だけは果たさせてもらうぞ?」

 

この時の不敵な笑みを見て思った。

 

(そっか……だからこの子を勇者だと思ったんですね……)

 

悠々として立派な輝き……そして誇り高き戦士はまさに憧れの勇者そのもの。

 

ロスヴァイセはカリフの顔を最後に意識を闇の中に落とした。

 

 

 

 

 

 

「さて……貴様等……ここまでやってくれたなぁ……?」

 

ロスヴァイセが気絶したのを見届けた後、カリフは二体のフェンリルを睨む。

 

フェンリルの一方は転ばされたことに相当お怒りの様子である。

 

息使いが荒く、四つのギラついた眼がこちらを射抜いてくる。

 

常人、ある程度の実力者でも圧倒し、制圧されてしまうかのような威圧感を狼から感じる。

 

ロスヴァイセもこの重圧に当てられてよく動けたものだ。

 

そう関心するカリフはフェンリルの放つ殺気の満ちた濃密な空気に笑うだけだった。

 

「うむむむ~~~んんんんんん……やはりこの空気は馴染む。この肉体に実にしっくり馴染んで、パワーが今まで以上に溢れ出そうだぁ……馴染む、実に! 馴染むぞぉ……フハハハハハ……フフフフ……フハフハフハフハ………!!」

 

異様なまでの戦闘欲に培われた肉体も歓喜でうち震えてくる。

 

「さぁ! かかって来い!! 時間はタップリあるんだ!! オレとダンスでもしゃれこもうかぁ!?」

 

その瞬間、二体同時にカリフへと襲いかかって来た。

 

二体は左右に別れてカリフを挟み打つ。

 

一方は牙、一方は爪を振るってくる。

 

どちらにせよ神を確実に殺せる代物、神速とも言える速さで振るうそれはまさに一撃必殺

 

そんな必殺の武器をカリフは……

 

「ツインナイフ!!」

「「!?」」

 

両手のナイフで迎え撃った。

 

右手は牙と、左手は爪と拮抗して止められる。

 

フェンリルもその光景に目を見開いて明らかに驚愕していた。

 

神さえも殺せる牙と爪が目の前の子供を貫くどころか真っ向から止められてしまった。

 

巨体に圧し潰されそうな形ではあるが、パワーもカリフの方が余裕を見せている。

 

爪を止めていた手を引いてフェンリルをこちらへと引き寄せる。

 

力んでいたフェンリルの体は前のめりになってカリフの所へと転倒する形になる。

 

だが、カリフは至って冷静に引き寄せた爪を引き寄せ、少ない力でフェンリルの肢体を宙に舞わせる。

 

相手の力で以て相手を制す。

 

以前にとある合気道使いから学んだ言葉である。

 

その合気によって投げ出されたフェンリルは向かい側のフェンリルとぶつかり合って飛ばされる。

 

それを見計らってカリフは手刀を一体のフェンリルへと放った。

 

「フライングナイフ!」

 

その時、フェンリルの腹部から鮮血が舞った。

 

「ギャウン!」

 

苦しそうな声と共に二体のフェンリルは砂埃を上げて倒れる。

 

カリフは舞っているフェンリルの血に向かって口を開ける。

 

「スウウゥゥゥゥゥゥ!!」

 

腹筋がベコンっと音を立ててへこみ、まるで突風のような吸引力で口の中に吸い込もうとする。

 

木の枝や別の物が口に入らないように調整しているため、血しかカリフの口に吸い込まれていくものがない。

 

やがて、血を口に含んで一気に飲み干した。

 

だが……

 

「うえっ! まっず!」

 

喉の奥から異様なほどの苦みと臭みが襲いかかって来た。

 

そして、直感した。

 

「お前等……相当不味いな……血の味で分かる……」

 

アマゾンで暮らしていた時の経験がここで発揮された。

 

口周りの血を腕で拭い取ると、カリフは思案する。

 

(くそ……食おうと思ってたのにこれじゃあ計画倒れだ……こいつ等……どうしようか?)

 

普通ならどう生き残るか……とか考える所をカリフはもう勝った後のことを思案している。

 

スピード……自分よりも半分くらい、パワー……いい線いってるなど、もうカリフは既に二体の力量を見抜き、更にはあまりにぎこちない動きで察知した。

 

(あまりに戦い方がお粗末……いや、まるで初めてという感じだ……生まれたばっかか? てことはこいつ等は……)

 

そう思い至った瞬間、カリフは思わず笑ってしまった。

 

(そうだ……こいつ等は使える……)

 

その笑みはどう見ても碌なことを考えてるとは思えなかった。

 

再び立ち上がってくるフェンリルを見据え、大手を広げる。

 

まるで、我が子を胸に迎え入れるように……

 

だが、その瞬間に予想外なところから横槍が入って来た。

 

「?」

 

カリフもそれに気付いたのかある一点を見据える。

 

すると、五歳に見た時の光の槍が強大になったバージョンともう一つの別の槍が現れた。

 

だが、カリフはよろめくフェンリルの元に向かってくる槍の一つを見てギョっとする。

 

「おいおいおい! そりゃねえぜ!」

 

ピシュンっと消え、光の槍とは別の槍を難なく足で上空に垂直に蹴り上げて逸らす。

 

フェンリルはその一部始終を見た後、光の槍に当たって爆発に呑まれた。

 

そして、蹴り上げた槍も遥か上空で大規模の大爆発を起こし、周囲の雲を吹き飛ばしていた。

 

その直後、茂みから二人の人物が現れた。

 

「ほっほっほ……なんじゃいあの童は……」

「……俺が知るかよ……グングニルに追いついただけでなくそれを弾くなんざ……手加減したのか?」

「運動がてらちょっとな……半分くらい出して一気に葬るつもりじゃったが……」

「50%……大抵はそれでオーバーキルだぞ?」

 

そこからはアザゼル、オーディンが表面上では飄々としていたが、内心では軽い混乱にあった。

 

それもその筈、神さえも殺せる魔物を相手に大立ち回りを演じ、なお且つ善戦どころか圧倒的、そしてオーディンのグングニルでさえも易々と弾いた。

 

天使、堕天使、悪魔、妖怪、はたまた神器持ちでもなければ神といった気配さえも感じない。

 

ただ、純粋な人間ということしか分からない。

 

「おいおいオッサン! さっきの槍は無し!! あんなもん投げたらあれ等死んじまうって!」

 

カリフは横槍を入れられた怒りは湧いて来ず、結構ギリギリだったために慌ててオーディンに×を腕で模って猛抗議していた。

 

そんなカリフにオーディンは苦笑しながら髭をさする。

 

「はて? 儂はこれが役目じゃからのう……」

 

その言葉にカリフが肩をすくめると、アザゼルは眉を顰めて聞いた。

 

「じゃああいつ等をどうすんだよ? 俺の槍も効かねえような奴等だぞ?」

 

そう言うと、大爆発で起きた炎の中から巨大な影が苦も無く立ち上がってくるのが見えた。

 

(ちっ……やっぱ通らねえか……)

 

内心で相手のタフさに皮肉を洩らしていると、カリフは笑いながら答える。

 

「奴等とて悪意でこんなことをしている訳ではない……ただ、満足に遊んでくれる奴がいなくて寂しがってるだけのこと……オレもさっきまで食おうかと思ったけど奴等は不味いからな」

「……あの腹の傷……お前が……ていうか食うって……」

 

余裕でフェンリルを見据えるカリフにアザゼルは戦慄し、オーディンは一部始終を見守る中、カリフは笑って言った。

 

「あいつ等を……狩猟(ハント)する」

 

その一言にアザゼルもオーディンも目を丸くして呆ける。

 

なに? 普通の人間がフェンリルを捕まえる?

 

生け捕りという殺すことよりも難しい作業を伝説の魔物相手に?

 

しかも二体同時に?

 

「……お前……本当に何考えてやがんだ?」

「はっ! いちいち頭で考えて行動してたらつまんねえだろ!! 何も考えてねえよ!!」

「……」

「それに、奴等を相手に無傷で下すことなどそう難しいことじゃない」

 

正気か? 神々でさえも恐れる様な魔物だぞ!?

 

それを人の身でやると言うのか!?

 

「ほっほっほ……! 面白い。少し見せてもらおうかのう!」

「おいジジイ!! 本気かよ!?」

「子供の夢を応援するのが大人の役目じゃ。そこまでの大口を叩くほどの実力を見せてもらうのも乙じゃろうて」

 

おいおい、それでいいのか主神!

 

そう言っている間にフェンリルの一匹がガキに向かって爪を振るってきた。

 

「まず、相当な強者であれば屈服させることは難しいが、相手がまだ生まれたばかりのガキだから余地は充分。ならどうやって主人と認めさせるかは……」

 

すると、ガキが急に大蛇のような大口を開け、フェンリルの爪を……噛みついたぁ!?

 

いや、それどころか完全にフェンリルの突進を止めやがった!! 神殺しの爪を歯だけで!!

 

傍目から見ればアリと象くらいのサイズの違いも物ともしてねえ!!

 

「がぁっ!!」

「!!」

 

それどころかフェンリルの爪を噛み砕きやがった!!

 

おいおいおい!! どうなってやがんだ!? あの爪も相当な代物のはずだろ!?

 

それを噛み砕くとかなんなんだよ!!

 

「5連!! 釘パンチ!!」

 

驚愕していた別のフェンリルの腹に一瞬で入りこんでパンチを喰らわす。

 

パンチを受けたフェンリルは文字通り“く”の字に体を曲げて若干体が浮かぶ。

 

だが、その後に時間差でフェンリルの腹部が凹んで衝撃が貫くのが分かる。

 

「ほう……超高速でパンチを繰り出して同じ個所に時間差で痛めつけるか……歳の割にえぐい技を使いよる」

「あぁ……だが、効果的かつ、実行はほぼ不可能だ」

 

だが、目の前のガキは見事にやってのけた。

 

表情からして余裕だということも分かる。

 

「キャイイィィン!」

 

五回も打ち上げられたフェンリルは口から唾液を吐き出して犬特有の悲鳴を上げる。

 

フェンリルが悲鳴を上げるなんざレアもいい所だぜ……

 

「さぁ、ここまで来れば分かるかな? オレとお前たちの差って奴を……」

 

もう一匹の爪を折られたフェンリルが立ちすくんで動けないでいる。

 

それどころか震えてやがる……仲間が一方的にやられたんだから無理もねえか……

 

今、この瞬間を天界と冥界に見せたら革命モンだぜこれ……現に俺でさえも信じられねえんだから……

 

パンチを喰らったフェンリルはその場に落ちて起き上がれないでいる。

 

相当参っている……この時点で勝負あったな……

 

「お前たちが助かる道はたった一つ……オレと共に来い」

 

そこからが本当に止めだった。

 

ガキからは途轍もない闘気が溢れだし、俺たちでさえも呑まれてしまった。

 

フェンリル二体は後ずさって逃げようにもすくんで逃げられないといった状況だった。

 

「お前等はただ遊びたかっただけだ……分かるぞ。一般人として生まれてきたオレも遊び相手だけはいなかった」

 

いや、フェンリルをペットにしようとか神の一撃を蹴り上げる一般人がどこにいるってんだ……

 

「さぞ退屈だろう? なら来い! そうすればオレが毎日遊んでやれるし、オレも遊べる!!」

 

最後の方が力入ってたからそれが本音だろうな……

 

「だから誓おう……オレは気に入った奴には愛を送る!! 女にしろ、人外にしろ!だ! それに、オレとお前等は互いにぶつかり合ったのだから……お前たちは友だ!!」

 

……多分、十年も生きてないことはなんとなく分かる……だが、あいつの言葉一つ一つには嘘が感じられなかった。

 

それを聞いた後でのこの闘気に対して恐怖から憧れになるだろう……

 

今、目の前の光景を見てるとそうとしか思えなくなる。

 

「キュウウゥゥン……」

「クウウゥゥン……」

 

二体のフェンリルがゆっくりとガキの傍にまで歩いて来て腹を見せて寝転がる。

 

動物界において最大の降伏を意味する行為をフェンリルが実行している。

 

……フェンリルは言葉を認識はできるが、まさか言葉で諭しやがった……

 

いや、違う……奴の覇気に惹かれたのか……

 

はは……どちらにせよとんでもねえ人間だ……

 

もう笑うしかねえよ……これ……

 

「アザゼル坊……」

「……なんだ?」

「……革命が起こったわい」

 

あぁ、どうやらそのようだ。

 

俺たちの間で最も弱いとされる人間が見せた可能性がそこにある。

 

「さて……これから世界はどうなるかのう……」

 

オーディンはフェンリルに顔を舐められながらも気絶していたヴァルキリーを抱き上げる人間を見据えてそう呟いた。



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また新たな新天地へ

フェンリル襲来から数時間が経った。

 

あれからアザゼルとオーディンと同伴の元、カリフはヴァルハラへと迎え入れられた。

 

尤も、オーディン自身がお忍びで抜けだしていたため、魔法によって気付かれないように転移してもらった。

 

気絶したロスヴァイセも理事長に無事に引き渡した。

 

その際、理事長にはオーディンが外出していたことを黙ってもらうよう釘も刺しておいた。

 

そして現在、オーディンの書斎にはオーディン、アザゼル、カリフが互いに向き合ってソファーに座っていた。

 

「それで聞く……お前は本当に何者なんだ?」

 

アザゼルが改めて聞くと、カリフは耳をほじりながら鬱陶しそうに返す。

 

「だーかーらー、オレはカリフ。一般人から生まれただけのガキだよ」

「カリフ……バラキエルは知っているか?」

「バラ……どっかで聞いたような聞いてないような……」

 

こんな風にアザゼルもカリフに対して相当参っている様子だった。

 

質問をしても大抵が覚えてないか、納得できない答えしか返ってこない。

 

カリフとしては正直に答えているだけであり、相手が深く聞いてこないのだからそこまで喋る義理などない。

 

聞かれたら躊躇うこともなく喋る。

 

アザゼルもそんなカリフの様子に困惑していた。

 

だが、そんな二人を見てオーディンは笑う。

 

「ほっほっほ……まあ、こちらへの損害も無く、ヴァルキリーも無事じゃったからこちらとしては儲けもんじゃよ」

「楽観的すぎんだろ……こいつの素性を明らかにしなきゃなんねえだろ……」

「ふむ……じゃあ聞こう。カリフといったな?」

「なんだオーディン」

 

テーブルに足を乗せてふてぶてしい態度を取るカリフにオーディンは気にすることなく続ける。

 

仮にも神の前での傍若無人な行動にアザゼルは顔を引き攣らせていた。

 

「お主はこの世をどうする? 何が望みじゃ?」

「戦うため」

「それは何故じゃ?」

 

その問いにカリフは首を捻って数秒くらい経って……

 

「考えたこともねえや」

 

笑いながら言った。

 

「飯を喰らうが如くだ……そんなもんなんだよ」

「まんまうちの戦闘馬鹿……いや、あれよりも重傷じゃねえか……」

 

アザゼルが頭を押さえて呟いた後、真面目な顔になって問う。

 

「それならお前は……自分のためなら周りを巻き込むのか?」

「……あ?」

 

その問いにさっきまでの笑みがカリフから消え、逆に憤慨したように不快な表情に変わる。

 

その変化にアザゼルもオーディンも意外そうに顔を見ると、カリフが低い声で言い放った。

 

「……別にオレの戦いで世界を変えようとか、平和にしようとかなんて興味もねえしどうだっていい……だがな!」

 

足を置いたテーブルから罅が入る。

 

「オレの戦いに無関係な者を巻き込むのは許さねえし、オレの流儀に反する!! その至福はオレだけの物だ!! 同時に約束でもある!!」

「約束? 誰とのだ?」

 

アザゼルの問いにカリフは親指で自分の胸を指し示す。

 

「オレ自身のだ」

 

その言葉に幾百、幾万の言葉を重ねても足りない“何か”が詰まっていた。

 

カリフの嘘偽りのない答えと真摯な態度にアザゼルは息を飲んだ。

 

ただの人間の子供がここまで澄んだ瞳で重みのある答えを出せるものか……これはただの人間という線は限りなくゼロになった。

 

それでも、それ以上追及する気は失せた。

 

アザゼルは一応はカリフに今の平和を乱す気は無いと判断した。

 

「そうか……悪い、変なこと聞いた」

「ふん」

 

鼻を鳴らすカリフにオーディンはアザゼルに続けて聞く。

 

「それで、じゃ。お主はワシに会いに来たそうじゃったな? なんのために」

「戦いたかった……だけど、あのフェンリルの後だとなぁ……」

「そりゃ良かった。この老体にはお主のような若者の相手は堪えるんでな」

 

カラカラ笑ってオーディンは一つの青い宝石のペンダントをカリフの前に浮かばせる。

 

カリフが手を添えるとペンダントは手の上に落ちた。

 

「これがそうか?」

「お主のペットはそのペンダントに入れられるようにしておいたわい。それで主の気を込めれば発動して外に出すことも出来れば再び戻すことも可能じゃ」

「ふ~ん」

「ちなみに考案者はアザゼルじゃ」

「だが気を付けろよ? それの強度は普通のペンダントと変わりねえ。もし、誤って割るようなことがあれば……」

 

アザゼルが説明していると、手で弄んでいたペンダントが……

 

パキッ

 

綺麗に割れた。

 

「「「あ」」」

 

思わず三人がそう洩らした瞬間だった。

 

「「ガアアアアアアアァァァァァァ!」」

 

オーディンの部屋の中で二匹の狼の遠吠えが木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめ」

「説明してる最中に何してんだ!? もし爺さんが防音の術式をかけてなかったら俺もお前も包囲されてたんだぞ!?」

「面白いかもな」

「うおおい!!」

 

現在、フェンリル二体は普通の犬サイズにまでなってもらっている。

 

サイズは自由自在だが、フェンリル自身は大きい方が好みらしいから戦いの時だけ巨大化するように言い付けた。

 

なにぶんカリフの言うことしか聞いてくれないというのも不安である。

 

この少年が何を教えるのか気が気ではないからだ……

 

「やっぱり若いもんは刺激を生むのう。普通はやらんよ」

「笑ってる場合かよ……なんか一人で騒いで俺が馬鹿みてえじゃねえか……」

 

心底疲弊した様子でアザゼルが頭を抱える。

 

「ほれ、新しいペンダントじゃ」

「おっす」

 

再び同じデザインのペンダントを受け取ってカリフは気を込めると、二体のフェンリルが光と化してペンダントの中へと入っていく。

 

「おぉ」

「原理はフェンリルの体にも術式を刻んだんじゃよ。これならある程度離れていても出したり引っ込めたりするのも自由じゃ」

「サンクス」

 

そう言ってオーディンに手を上げて礼を述べると、今度はアザゼルに聞く。

 

「さて、今度はこっちだが……」

「分かったよ……そいつ等もオレたちの中では『はぐれ』扱いだったからな……妖怪や魔物の非合法密売の奴等が迷惑かけたな……」

「それでうちのネコ共が襲われたんだ。…と言う訳で何か神器をくれ。気で動く奴」

「あざとい野郎だ……お前ホンット遠慮を知らねえのな」

「オレに慎みがあるとでも?」

「意外と自分のこと分かってんだな……」

「自分さえも見切れない奴に真の強さは有り得ない……鍛錬とは常に自分との戦いだ」

 

戦闘論を聞き流しながらアザゼルはとりあえず服のポケットから何か白い球を取り出す。

 

「俺の作った物質転移装置で送ってもらった完成前の神器の原型だ。後はここにお前の望む能力と制約をインプットしてお前の中に埋め込めば完成だ……だが、本気か?」

「何が?」

「試作品故に人体に埋め込むと拒絶反応を起こす……できるだけ制約はデメリットの方が埋め込んだ後での発動成功率が上がる……強力な物ほど副作用も強いからな」

「いや、もう決まってる」

「ほう……どんな?」

「えーっと……修業のための疑似空間が作れる奴で……制約とやらは『戦闘中は絶対に使えない』……これだ」

 

自信満々に言うと、アザゼルは再度頭を抱える。

 

「……神器は戦うための武器だぞ? 戦いに使えないという制約なら発動は間違いねえが、役に立つのか?」

「見損なうな。オレは今まで願いを腕力で叶えてきたんだ。これからもこの力以外で戦おうなどと思わん」

「分かった分かった……今からインプットしてやるから待ってろ」

 

そう言いながらアザゼルが神器を持って念じると、神器が光る。

 

多分、あれで作っているのだろう……そう思って事の顛末を見届けているとオーディンが話しかけてきた。

 

「それでは主はこれからどうするのじゃ?」

「うむ……これから日本に一時帰国しようと思ってる」

「なんじゃ? 帰るのか?」

「いや、そこの東京ドームと言う所の地下で世界各地の猛者が戦い合う何でもありのコロシアムがあるらしいからそこで何年かは過ごそうかと思ってる」

 

その答えにオーディンも髭をさするだけだった。

 

「お主にしては謙虚じゃのう……」

「技というのは案外大変だしよぉ……何も人間は弱いだけじゃねえからな」

「どういう意味じゃ?」

「人間は悪魔とかと違って弱い生き物だ……だからこそ人間は“技”を生みだし、生きてこれた。これこそが“最弱”が持ち得る強さだと思う」

 

カリフは中国拳法の一部を披露しながら続ける。

 

「最強と最弱を合わせた戦闘スタイルがオレの理想形だ。そして、人間は時に面白い発想をくれる……それらを物にできればオレは強くなれるからな」

「そうか……それならワシからは何も言わん」

 

その答えにオーディンも何も言わなくなった。

 

「ほらよ。できたぞ」

「ん」

 

そうしている間にアザゼルは既に儀式を終えて完成した神器を投げて渡してきた。

 

勢い良く片手で掴んでいろんな角度から見てもただの光の球にしか見えない。

 

「それはお前の中で取り込めば動くはずだ。戦闘では使えないから禁手(バランス・ブレイカー)も存在しない」

「バランス・ブレイカー?」

「要は進化ってとこだ。そう言った物を省いた分、かなり高性能に仕上げたぜ」

「どんな感じ?」

「修業のための疑似空間って言ってたように重力変化、毒の霧、生物を圧し潰すほどの大雨と言った他にもお前のリクエスト通りの天候、その他にも火山、サイクロン、ブリザードなどの自然災害を強力にしたような死の世界をイメージしたんだが……マジでそんな所で修業する気か?」

 

頬を引き攣らせながら聞くと、カリフは不敵に笑った。

 

「あんた天才だな。有り難く頂戴するぜ」

「まあ、何か異常があったら連絡よこせや。その神器は完全に動いてくれねえと俺の気が済まねえからな」

「OK」

 

笑いながら躊躇いなく神器を飲み込むと、カリフの体が淡い光に数秒だけ包まれてまた消える。

 

それを見てアザゼルも納得した。

 

「うし、やっぱ成功だな。まあ、俺に不可能なんざねえけどな」

 

笑いながら自画自賛しているアザゼルを無視してカリフは背伸びして言った。

 

「よし、これからちょっくら日本に帰りがてら中国にでも行ってみるか」

「ほう、もう行くのか? せっかちな奴じゃのう」

「ここでいい物を手に入れたんだ。目的も果たした。それならもう行くしかあるめえ」

 

そう言うと、オーディンは髭を弄びながら言う。

 

「じゃが、お主が助けたあのヴァルキリーに会わなくてもよいのか? 黙って言ったら寂しがるし、顔は将来有望じゃぞ?」

「あいつがそんなタマかよ。あれはあれで気丈な女だ。オレはああ言うのは嫌いじゃねえ」

 

カラカラ笑いながら言う。

 

そこには本当にそう信じているという自信が見て取れた。

 

「ふむ……お主に会いたがると思うのじゃがな……何か伝えたいことはあるかのう?」

 

そう言うと、カリフは少し考えて思いついた。

 

「じゃあ一言」

 

 

 

 

 

 

 

ヴァルキリー育成の学び舎

 

そこの医務室に一人の少女がベッドに眠っていたが、その後目を覚ます。

 

「ん……ふあ……」

 

眠気はあるものの、艶めかしい声を出しながら寝がえりをうった時だった。

 

「いたっ!」

 

急に体を奔る足からの痛みに眠気さえもが全て吹っ飛んだ。

 

しばらく痛みに耐えていると、医務室に理事長の姿が見えた。

 

「ロスヴァイセ、目が覚めましたか?」

「あ……理事長……あの、これは一体……」

 

突然の客に起き上がろうとするロスヴァイセだが、理事長が手だけで制した。

 

「大丈夫です。そのままで結構です」

「は、はい……あの、私は……」

 

そこまで聞くと、理事長が答える。

 

「あなたが“はぐれ”のフェンリルに襲われたところをあなたの勇者が助けてくれたんですよ?」

「……あ、カリフさんは!? カリフさんはどうなりましたか!?」

 

ロスヴァイセがそこまで聞くと、理事長はにっこりと安心させるように言った。

 

「大丈夫ですよ。すぐにオーディンさま直属のヴァルキリーが来て追い払いました。あなたの勇者さまも無事です」

「そうですか……よかったぁ……」

 

ロスヴァイセは胸に手を当てて撫で下ろし、涙を溜めて安心する。

 

理事長はなんとか色んな真実を誤魔化せたことに溜息を洩らす。

 

そこで理事長は言った。

 

「大した子です。あの子はあなたを庇いながらフェンリル相手に大立ち回りを演じて耐えたようですから……」

「そう……ですか……」

 

ロスヴァイセの顔が真っ赤になっていくのが理事長にも分かった。

 

この時、理事長はカリフがオーディンの登場まで耐えきったとしか聞かされてなかった。

 

要は真実を知らないのは理事長も同様であった。

 

「あの……それでカリフさんは……」

「大丈夫、あの子に怪我はありません。ただ……」

「何かあったんですか?」

 

理事長の困惑にロスヴァイセがうれし涙を拭いながら聞くと、理事長は意を決して答えた。

 

「彼……さきほどここから荷物をまとめて出て行きました」

「……え?」

 

突然のことにロスヴァイセは訳が分からなくなってしまう。

 

それは、全く予期してなかった早すぎる別れだった。

 

「そんな……」

「彼は既にこの地でやるべきことをやったから帰るそうです」

「私……あんなこと言って……まだ謝ってもないのに……」

 

再び目元に涙を浮かべて顔を俯かせてしまう。

 

だが、理事長は無理に慰めることはせずに代わりに伝えることがあった。

 

「それでですね、あなたに伝言があるようです」

「伝言……?」

「えぇ……『また、会う時まで勇者のままでいよう、だからお前も自分を磨け……日本で待つ』だそうです」

「!!」

 

その言葉にロスヴァイセは衝撃を受けた。

 

まだ、こんな自分を認めてくれていた、まだ勇者でいてくれた!

 

今度は決して忘れない。

 

誰よりも自信に満ち、誰よりも強い勇者だった彼を……!

 

ロスヴァイセは顔を紅潮させ、胸に手を当てて想う。

 

「はい……また会いましょう……私の勇者さま……」

 

彼女の再び流れる涙

 

それを目にしていたのは生徒を優しく見守って微笑む理事長だけだった。

 

この日、彼女は一つの別れを体験し……

 

彼女はまた一つ強くなることができた……

 

 

 

 

「ほっほっほ……今回は我等神も堕天使もすっかり人間に驚かされたのう」

「まったくだ……世界ってなあ神がいなくても神秘に満ちてるっていうかなあ……」

「まあよい。あ奴ほど真っすぐで純朴な奴はオーフィスを置いて誰も知らん。ひとまずは大丈夫じゃろうて」

「だといいがな……」

「未来へ突き進む者の心配をしても仕方あるまい……アザゼル坊」

 

オーディンがそう言うと、アザゼルは肩をすくめて笑った。

 

「そうだな……俺らも踏ん張らねえとな」

 

主神と堕天使、双方共にこれからの世界に思いを馳せた。

 

 

 

 

 

ヴァルハラとスクールをよく見渡せる丘の上

 

黒髪をたなびかせ、バッグを背負って風に包まれる。

 

彼の見据える先はヴァルハラの向こう側

 

されど、目指す先は遥か彼方

 

「まだまだ遠い……だが、進んでいる」

 

そうとだけ言うと、カリフは舞空術で一瞬にして雲よりも最果ての空へと飛んで

 

夕暮れの空へと

 

 

溶けていった。

 

 

 

 

ここでの過去がまた未来へと繋がる。

 

それがどんな結果になろうと、彼はつき進む。

 

愚直とも言える素直さと清廉とも言える純粋さを抱いて……

 

彼の物語はすぐそこまで迫ってきている。



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現る魔王少女

 

「にゃあ……今までお世話になったにゃ」

「そっか……まあ、いとこが見つかったのなら仕方ないけどね……」

 

ヴァルハラにて騒動が起きた後、鬼畜家では一つの進展があった。

 

「なんだか寂しくなるな……この家に子供がいなくなるなんて……」

「おじさま……おばさまにもまた会いに来ます。必ず帰って来ますから……」

「そう? 白音ちゃんがそう言うなら……ねぇ?」

「もう黒歌ちゃんからのお酌も減ってしまう~!」

「そんな泣かなくてもいいにゃパパさん。私もここ好きだから、またママさんの料理食べに来てパパさんと飲み明かしに来るにゃ」

「あら~、嬉しいわ~」

 

内容から察するに、黒歌は長い間世話になった鬼畜家を白音と共に出ていく様子である。

 

本当は、黒歌を眷族悪魔にしたいという悪魔が現れたからである。

 

この先、妖怪である自分たちがいることで鬼畜家に何らかの脅威が迫る可能性がある。

 

その可能性を示唆されたことで黒歌は嫌々ながらも悪魔への転生を決めた。

 

もちろん、鬼畜家と白音の保護が条件とした。

 

この真実は白音にだけ話して、鬼畜家には何一つ話していない。

 

目の前で号泣する父親とそれを宥める母親の姿に様々な想いが奔るも、これが一番の手だ。

 

白音も別れが辛いのか涙を浮かばせるも、弱音は吐かない。

 

気丈に振る舞う妹に微笑みが自然と浮かんでくる中、黒歌が時間に気付いた。

 

「じゃあそろそろ行くにゃ。時間にうるさい従妹だから……いこ、白音」

「はい……おじさま、おばさま……色々とありがとうございました」

「パパさんもママさんも元気でにゃ」

「うん。またいつでも来なさい……もし住むことになったらまた暮らそう」

「荷物はまた後で送ってあげるわ」

 

頭を下げると、父親も母親も頭を優しく撫でてくれる。

 

その温もりを愛おしく想いながらも、白音は黒歌と手を繋いで鬼畜家から離れていく。

 

その二人の後ろ姿を父と母は静かに肩を寄り添いながら見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、この頃の鬼畜家の一人息子はというと……

 

「餃子、シューマイ、春巻き、チャーハン……だぁーもう面倒だ! 全てもらう!!」

 

中国で露店巡りの旅を繰り広げていた。

 

そして、その傍らには……

 

「我……杏仁豆腐が食べたい」

 

何故かオーフィスがいた。

 

説明すると、ヴァルハラから出発した時、上空でオーフィスに会ってしまったということだった。

 

カリフはもうオーフィスに関してはどうでもよくなってしまった。

 

こいつはこいつで何を考えてるかは分からないし、なによりこいつとはどこか通じる部分がある。

 

そう思い、完全にマスコットみたいにしてるとカリフの背中にピッタリと張りつくか、服の裾をつまんでついてくるのが普通となってしまった。

 

周りからは兄妹と思われても仕方ないシチュとなっている。

 

そんな中で、カリフはまた妙な気に気がついた。

 

「……」

「気になる?」

 

オーフィスも気付いているのかカリフの顔を見上げてきた。

 

「……だが、オレにはやらねばならないことがあるんだ……」

「そう……」

 

そう言ってカリフとオーフィスは山のように買い込んだ食べ物の袋を持ってベンチに座りこみ……

 

「「いただきます」」

 

食事の時間に入った。

 

「美味」

 

オーフィスも中国の味には満足したそうな。

 

カリフは言わずもがな、全てを平らげていた。

 

 

 

 

とある一本道では人だかりができていた。

 

そして、その中心には一人のコスプレした少女が写真を撮られながらポーズをとっていた。

 

「はーい☆ 押さないでー!」

 

そう言いながら横チェキしながらノリノリの少女がはしゃいでいた。

 

周りはそんな少女に興奮が最高潮になりながらも写真を撮り続けていた。

 

そして、少女は自分の腕時計を見ると高々に腕を上げて伝える。

 

「皆ごめんねー☆ レヴィアたんはこれからもすること一杯だからここでお別れだよー!」

 

そう言って手を振って行こうとするが、その手を周りの野次馬たちに掴まれた。

 

「そんなこと言わずもう一回お願いします!!」

「すぐ済みます!!」

「お願いします!!」

 

口々にそう言って中々離してくれない野次馬に内心で困惑していた。

 

(うわ~どうしよう……これはちょっと……いえ、でもこれが冥界でも起き得ること!! これは試練なんだわ!!)

 

そう言ってファンを攻撃することを心の中で詫びながら少女はどこからかステッキを出す。

 

「人の迷惑を考えない人にはお仕置きよ~☆ マジカル……」

 

呪文と称して軽く魔力を溜めた時だった……

 

 

 

 

 

 

「退けい……」

 

その言葉と同時に重苦しい空気が辺りを覆う。

 

それと同時に周りの通行人がバタバタと倒れていく。

 

「えぇ!? みんなどうしちゃったの!?」

 

少女だけが気絶せずに倒れた人達を揺さぶったりしていると、そこへ一人の少年が歩み寄ってくる。

 

「え?……これ、キミが?」

「……」

 

少女は信じられないように言いながら徐々に近づいてくる少年に少し怖気づいて立ちすくんでしまう。

 

「……」

「……ゴク」

 

少女は近くまでやってきて自分の匂いを嗅いでいる少年になぜか緊張していると、少年が不意に口を開いた。

 

「あんた……悪魔か?」

「!?」

「それも結構強い……魔王か?」

「ギックゥ!……え~っと……」

 

ご丁寧に擬音まで口にして少女は冷や汗をかく。

 

(まっず~……仕事から抜け出したのがもうバレちゃったかな……)

 

内心で冷や汗をダラダラ流してこれからどうしようか考えていた時だった。

 

ク~

 

「……へ?」

 

どこからか可愛らしい音が聞こえてきた。

 

それの鳴った場所を目で辿っていくと、そこには自分を見上げる少年が腹を押さえていた。

 

「……腹減った」

 

その一言に少女は目を光らせ、突破口を見つけた。

 

「じゃ、じゃあお姉さんが何か食べさせてあげる!」

「……マジか?」

「マジマジ☆ その代わり、私がここにいたって言っちゃだめだよ? ね?」

「ん」

 

小さく頷く少年に保護欲を湧かせながらも二人は並んで繁華街へと進んだ。

 

その地面に気絶した人達を置いたままだったのを忘れて……

 

 

 

 

 

 

 

「へ~、じゃあカリフくんのお連れさんはまたどこかに行っちゃったの?」

「あぁ、『また会いに来る』って行っちまった。ま、オレには関係無かったからな」

「気に入られてるんだね~、大事にしなきゃお姉さんきらめいちゃうぞ☆」

 

オーフィスという不思議生命体の愚痴を言いながらカリフはセラフォルーと名乗る悪魔から買ってもらっている団子を口の中へと放り込んでいく。

 

「にしてもお前は急にオレに食い物を買うとか物好きだな」

「え? そうかな? だって困っているヒロインを颯爽と現れて助けちゃったんだよ☆ それならお姉さんもなにか返さないと☆」

「? まあ、良く分からんが、恩は恩だ。何か一つくらいは借りとしてとっておいてやる」

 

カリフが口に餡子をつけながらアムアムと食べる姿にセラフォルーは感極まって抱きつく。

 

食事中に抱きつかれたカリフもこれを何の反応を見せない。

 

「やーん可愛い! なんだかソーたんみたいにチャーミングなのにクールに振る舞うなんて健気でいい! 弟になってよ~カーくん!」

「ちょい邪魔」

 

抱きついてくるセラフォルーの顔に足を押し付けて引き剥がそうそするカリフにセラフォルーも「いけず~」と言って諦めた。

 

「そうだね~……じゃあきみには私の助手と任命しまーす☆」

 

そう言って胸に“サポート”と書かれたバッジを胸に付けさせられた。

 

それにはカリフも首を傾げていると、セラフォルーが力説してきた。

 

「魔法少女といえばサポート役も必然! 動物に化けた美少年? はたまた正体不明だけど何気に助けてくれる存在? そんな人が最近欲しいと思ってたの☆」

「ふ~ん……またボディガードってとこか?」

「そうそう! そんな感じ! 私と一緒にこの混沌と汚辱にまみれた世界できらめこう!」

 

イエーイと言いながらハイタッチを求めてくるセラフォルーにカリフも訳が分からずとも一応ノっておく。

 

放っておけば勝手に進んでいくセラフォルーのノリはカリフにとって未知な部分が多すぎる。

 

もしかして自分はとんでもないのに約束をこぎつけてしまったのか……そう思っていた時だった。

 

「セラフォルー・レヴィアタンさま!!」

「やっと見つけましたぞ!!」

「まだ手つかずの仕事が山ほど残っておりますぞ!!」

 

突如として、大層な鎧を付けた男たちが現れ……

 

「あ”……」

 

セラフォルーはその場に固まってしまった。

 

その光景にカリフは首を傾げて見ていると、セラフォルーはカリフと向き合う。

 

「カーくん! 早速お仕事だよ! あの人たちは私を無理矢理連れて行こうとするの!」

 

その言葉を聞いてカリフは団子を一飲みして好戦的な笑みを浮かべる。

 

「ふはは…悪魔とやり合うのは初めてだからな…セラフォルーの事情など壁に張り付くナメクジのようにどうでもいいが、こういったことなら大歓迎だ」

「カーくん酷い!」

 

セラフォルーの非難も口周りの餡子と一緒に舐め取ってから勢い良くイスから腰を上げて構える。

 

「三匹か……せめて一分くらいはもってくれよ?」

「いっけー☆」

 

セラフォルーがカリフをけしかけると、その瞬間にカリフは上半身を捻って生前に教わった技を……

 

「かぁ……めぇ……はぁ……めぇ……」

 

一言ごとに手から赤い光を生みだし、白い煙みたいなのが穴と言う穴から噴き出るような覇気を纏わせる。

 

この光景が錯覚だと信じたい。現在、最も魔王に近いのはカリフかもしれない。

 

そして……手の中の赤い光を充分に収束させ……

 

「波ぁ!!」

 

 

 

嵐が

 

 

 

巻き起こった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忌まわしき仮初の魔王め……」

「今ここで、我らが断罪してくれる……」

「やはり、今の魔王では真の魔王たりえぬ……」

 

裏で暗躍する者というのは時代と共にそのあり方を変化させていく。

 

従う者がいれば反発する者もいる。

 

「まずは……セラフォルー……偽りの魔王に死を……!!」



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荒ぶる戦闘民族

 

「こ…これは一体……」

 

時を遡り数分前、一人の悪魔が驚愕していた。

 

事の発端は主の魔王がいつものように仕事を放棄して出かけた所から始まる。

 

冥界から主を探し、辿り着いたのは人間界の中国という国だった。

 

そこへ先遣隊を送ってから間もない時だった。

 

『た、助けて! 子供が! 子供がぁぁぁきらめいてくるよぉぉぉぉぉ!!』

 

正気とは思えないほどの大音量で部下の悲鳴が聞こえた時は本当にビビった。

 

急いで現場に駆けつける今に至ったのだが……

 

「これはひどい……」

 

全員はギ○グ補正のようにまっ黒に焦げて倒れていた。

 

「ミラクル☆レヴィアたん」のステッカーを額に丁寧に張られていることから容易に想像できた。

 

「頼むから仕事してええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

部下の悲鳴が空しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

当の本人はと言うと……

 

「あー☆ 万里の長城だー!」

「一度でいいから全力で駆け抜けてみたかった……この迸る衝動を抑えられぬぅぅぅぅぅ!!」

 

すっかり中国を満喫していた。

 

カリフと共に空を飛び、お得意の氷魔法で……もう何も言うまい。

 

カリフが空を飛んだ時も普通なら驚くところだが……

 

「わー! すっごい飛んでるー! なんでー?」

「気合と根性」

「これはもう助手になるしかないよ☆ 百年に一人いるかいないかの逸材なの!!」

 

こんな感じで恐ろしく軽い。

 

彼女の軽さは常識を遥かに逸脱している。

 

そんなこんなで各地の名所を周った後、彼女たちは昼飯に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー楽しかったー☆ やっぱり他の人が一緒だと楽しいなー☆」

「時にお前、中々の食いっぷりだな。こちらとしても久しぶりに惚れ惚れするような猛者だな?」

「だって魔法少女だから!」

 

二人で腕一杯の紙袋をこさえてベンチに座っている。

 

カリフはモグモグとひたすらに食べ物を口に放り込んでいく。

 

ここまで買えているのも全てセラフォルー持ちだからである。

 

ひたすらに食べ続けるカリフにセラフォルーはクスっと笑う。

 

「今日は本当にありがとう☆ 人間界でここまで楽しめたのは久しぶり!」

「ふーん、冥界ってのは楽しそうではない口ぶりだな」

「そんなことはないけど……やっぱり私は魔王だからしっかりしろってソーたんもうるさくって……」

 

そう続けていると、セラフォルーは今までのテンションが嘘のように落ちこんでいった。

 

「皆は魔王ってだけで私に対する態度も変わっちゃって……お仕事も大変なのにね、魔法少女に憧れてもいるんだ……なんかおかしいでしょ?」

「……」

 

それどころか少し寂しげにセラフォルーは続ける。

 

「本当はアニメだって作りたいし、映画も作りたいの……だけど私、そこまで器用じゃないからどっちもこなせる自信なんて無くて……」

「……」

「だから今回で最後にしようって思ってたの……魔法少女もここで終わりにして魔王として働こうって……」

「……」

「だからね? 今回はカーくんと出会えて運が良かったと思ったの。最後にいい思い出のままで終えることができて……」

 

だが、そろそろカリフ自身にも限界は来ていた。

 

カリフはさっきから溜めていた疑問を出したくてしょうがなかった。

 

「それで、お前は満足なのか?」

「え?」

「やりたいこともせず、ただひたすらに自分を殺して満足かと聞いているんだ」

 

最後の肉まんを口に頬張り、一気に飲み込む。

 

「でも、周りの人が期待してくれてるから……」

「周りの目を気にして欲を抑えるのはどう考えても正気の沙汰じゃないな」

「でも、これから忙しくなるから……」

「ふん、結局はいい訳だな。それは」

「え?」

 

カリフはおもむろに立ち上がった。

 

「人は言う。自分に打ち勝てと……それ自体は大いに賛成だが、それが欲を抑えることであればそんな戯言は聞く必要も無し」

「え? 我慢しないの?」

「禁欲の果てに待ちうける未来などたかが知れてる……本当に強くなりたいのならそれらの戯言はかえって邪魔だ。やりたいことをやりたい時にする、それが欲ってもんだ」

 

カリフは再びセラフォルーの隣に座りこむ。

 

「強きとは、ただ単に敵を倒すことではないとオレは思っている」

「え? それも違うの?」

「そうだな……オレにとっての強さとは……我儘を貫き通すことだ」

「それって子供みたいだね……」

「あぁ、子供がおもちゃ屋の前で欲しいおもちゃをねだる時、子は地面に寝そべって“買うまで動かない”といった不動の構えを見せ、それでもだめなら駄々をこねる」

 

いつの間にかセラフォルーも話に聞き入っている。

 

「大抵の子は親という恐怖の下に暴れるのを止めて軍門に下るだろう……だが、オレは違う! 恐怖が迫ってくるのなら更なる抵抗を見せればいい! より一層手足を大きく振り回し、大声を張り上げ、続く限りの時間を抵抗に費やす!! そして、親がおもちゃを買う時まで抵抗すればいいのだ!!」

 

最後には力説してしまったが、もうそんなことは何とも思っていない。

 

「自らの意志を望む通りに実現させる力……それが強さの最小単位! お前にも欲があるのなら貫き通してみろ!! お前だけの我儘と言う奴を!!」

 

その最後の一言にセラフォルーは口を開いた。

 

「……できるかな~……私にそんなこと」

「そこまでは知らん。できなければそれくらい強くなればいいだけだ」

「あはは……結構大変だからそう言えるんだよ~? 時間も無いし、仕事にはまだ慣れてないし……」

 

だが、セラフォルーはカリフを包みこむように抱きしめていた。

 

「でもありがとう……少しやる気が出たよ……最初から諦めちゃってたね……」

「そんなキャラかよ。お前は」

「もー、お姉さんに向かって口悪いぞー。少しは愛想よくしないと周りから嫌われちゃうぞ☆」

 

そう互いに返していると、セラフォルーの胸に何かが戻ったような気がした。

 

これからの不安はまだ残っている。

 

だけど、自分のしたいことを一人だけでも後押ししてくれる人がいるだけで胸が軽くなる。頑張れる。

 

セラフォルーはそんなきっかけを作ってくれたカリフを優しく、昔、妹にやったような抱擁をする。

 

そして、普段ならそれを振りほどくカリフも……

 

「眠い……」

 

食後の眠りでそれどころではなくなっていた。

 

セラフォルーの柔らかい体が抱き枕のような効果を発揮し、より一層眠気が襲ってくる。

 

カリフは本能の欲には驚くほど忠実である。

 

その気になれば猛獣はびこるアマゾンのど真ん中でも眠りに入るくらいだから……

 

なぜなら、我慢する必要がないからだ。

 

「ふっふっふー☆ これがレヴィアたんの必殺、“魅惑の肉枕”なのだよ。ほらほらー眠れ眠れー☆」

「なん……だと……これも魔法か……これの修業も必要だというのか……」

 

やっといつもの調子に戻れたセラフォルーはまるで動物のブラッシングのように優しく膝に寝転がるカリフを撫でる。

 

そうしている内に、カリフの意識は闇の中へと……

 

 

 

 

 

 

「誰だ?」

 

闇の中から戻ってきていた。

 

突如として覆ったどす黒い殺気に眠気も消えた。

 

カリフはセラフォルーの膝から跳び起きて辺りの気を探っていると……

 

「おすわり!」

「え? きゃ!」

 

セラフォルーを足払いして転ばせると、セラフォルーの首があった場所を銀色の一閃が通った。

 

「気配さえも察知されない認識阻害の魔法術式を避けたか……運がよかったな」

「うそ!? 全然気付かなかった!!」

「いや、それどころか閉じこめられたっぽいな……見ろ」

 

カリフ周りを見渡すと、風景画マーブル状の背景しかなくなっていた。

 

典型的な結界の一つである。

 

「うっそー、閉じこめられちゃったー!?」

「ふっ、コソコソと悪知恵は働くネズミだ……」

「ふん、たかだかマグレでさっきのを避けたにすぎん人間風情がいい気になるなよ?」

 

カリフを見下しながらも結界内に次々と仲間を呼び寄せる。

 

そんな光景に暗殺者の男もほくそ笑む。

 

「ふっふっふ……年貢の納め時だな……セラフォルー」

「あ、あなたたちはカテレアちゃんの……」

 

セラフォルーの様子もおかしい。

 

怪訝に思うカリフを無視して事態は動く。

 

「そうです。我等はカテレアさまの忠実な下僕……貴様のような偽りの魔王になど屈さぬ」

「そんな! 私は……!」

「ここで無駄口を叩くことはしない……見た所あなたは人間の子供を連れていますな」

「!! ち、違うの! この子は!!」

「幾ら偽りの魔王といえどもあなたは驚異的だ……そんなあなたは一人を守りながら戦えますかな?」

 

そう言って子供に向けて手をかざし、魔力を練る。

 

(どうしよう…さっきのは不意打ちだったからよかったけど、カリフくんが複数相手にできるか分からないし……)

 

未だにカリフの強さの底を計りかねていたセラフォルーは止む負えずに氷の魔法を展開させる。

 

その時だった。

 

「破っ!」

 

急にカリフが正拳突きを放ったと思いきや、その拳圧が魔力を自分に向けて放とうとしていた悪魔の顔面へと突き刺さり……沈んだ。

 

「ぐぱぁ……」

 

顔の中心が深く陥没して鼻から鮮血を舞わせた。

 

『『『!!』』』

 

突然の仲間への攻撃に敵はおろかセラフォルーでさえも驚いた。

 

そして、悪魔が倒れる中、カリフはセラフォルーをまるでかばうかのように前へと躍り出る。

 

「いい、ここでこそボディガードの腕の見せ所だ」

「え……でも、カリフくん……」

「しっかり保て。オレを指名したのはあんただ……金の借りは果たさせてもらうぜ?」

「!!」

 

ここで見せた初めての男の顔

 

セラフォルーはその先から何も言えなくなった。

 

それに対して。カリフは悠々自適と言った感じで前へと躍り出る。

 

それに対して、敵軍勢も怒りを露わにする。

 

「貴様っ一体何をした!!」

「……」

 

だが、カリフは耳をほじって無視する。

 

それに対して一人の悪魔が額に青筋を浮かべる。

 

「このクソチビ……!」

 

ここまでだった。

 

カリフが瞬時に手から極太の赤い閃光を放って悪魔の一体を一瞬で消し去った。

 

断末魔を上げることすら叶わなかった悪魔の姿形が消えたことに周りの悪魔たちの反応も変わった。

 

全員が状況判断に難色を示していた時だった。

 

カリフは眉間に皺を寄せ、地面が陥没するくらいに強く片足を踏み込んだ。

 

「この蝙蝠野郎! 来るなら来い! ブッ殺してやる!」

 

カリフは徐々に現実と離れた場所へと介入していく。



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帰国準備

旧魔王派の結界に閉じこめられてしまったセラフォルーとカリフ。

 

旧魔王派と名乗る一派は人間のカリフと共にセラフォルーを閉じこめて二人まとめて始末しようとした……はずだったが……

 

「いっけー☆ カチコチコッチン!」

 

セラフォルーの氷魔法は数多くいる旧魔王派たちを凍らせていく。

 

「ぐああぁぁ!」

「くっ! なんて魔力だ!!」

「流石に現魔王を名乗るだけはある……ということか……」

「だが、あの人間のガキさえ手に入れればこちらの物だ! 奴はたかだか人間のために攻撃を止める堕落した魔王だからな!」

「それにしても奴等遅いぞ! セラフォルーとガキを引き離してやって後は捕まえるだけだというのに……!」

 

目の前の最大の障害にして強敵であるセラフォルー・レヴィアタン

 

殺すべき相手を前に旧魔王派は苦戦を強いられていた。

 

「くそっ! これが我等を力でねじ伏せた実力だというのか!?」

「あっちは何をしている!? たかが人間のガキを捕まえるだけだろう!!」

 

焦燥から困惑する者も増えてきた。

 

そんな中で、セラフォルーは珍しく怒っていた。

 

「あの子に手を出すと許さないんだからーーーーー!!」

 

その瞬間、結界内が白銀の世界と化して……

 

敵を

 

 

飲み込んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その傍らではカリフの捕獲を命じられた悪魔たちは困惑していた。

 

「おい! 奴はどこ行った!!」

「だめだ! 全然見つからねえ!!」

 

さっき、セラフォルーと分離させるところまでは成功させていた。

 

そして、魔王であるセラフォルーでさえ感知させることのない認識阻害の魔法を会得した悪魔と実戦派悪魔で以てカリフの相手をしていた……はずだった。

 

なのに、カリフは忽然と姿を消した。

 

何の前触れも無く。

 

「いたか!?」

「だめだ!! くそっ! 小細工を!!」

 

一人が地団太を踏みながら全力で悔しがっていたときだった。

 

「ぐえ!」

『『『!?』』』

 

一人の断末魔が響いた。

 

声の元を辿って見てみると、そこには同じく捕獲を担当していた悪魔が白目を向いて倒れていた。

 

「な、なにが……!」

 

脅えた声を上げた時、さらなる事態が襲ってきた。

 

「ぎえ!」

「ひぎゃ!」

 

次々と仲間が何の前触れも無く、奇声を上げて倒れていく。

 

倒れ行く者を見て他の悪魔も恐怖を表情に現す。

 

「な……なんだよこれ! 相手は人間じゃねーのか!?」

 

ヒステリック気味に見えない敵から身を守る様にうずくまると、途端に声が響いた。

 

「くくく……怖いのか? 悪魔のくせに」

「!! 貴様っ! いつの間に……!」

 

突如としてカメレオンのように現れたカリフに悪魔たちが身構える。

 

だが、その姿からはさっきまでの勢いは感じられず、虚栄しか見えない。

 

「郷に入らば郷に従え……オレの国にはそんな諺があった……だからオレは貴様等のようにアサシン戦法で迎えてやったのだ。まさかここまで効果がテキメンとは期待はずれもいいところだ」

「な!?」

「このガキぃ! たかだか人間の分際で!!」

 

案の定、カリフの挑発で悪魔は怒りに体を震わせる。

 

カリフはさっきまで、普通に歩いて相手の背後に回り込んで攻撃を加えていた。

 

それも、普通に堂々と歩き回って

 

なぜそんなことができたのか?

 

それは、悟空もベジータも知らない気の新たな使い方である。

 

(この世界にも植物、小動物などの気が空気中に微量に漂っている……空気と同じ様に気がうっすらと流れるのなら、オレもその気に同調させればいけるんじゃないかと考え……至った結果がこれだ)

 

要は周りと一体化して姿を消すのではなく、“世界と一体化”することができる。

 

それこそがカリフが見つけた新たな気の可能性である。

 

それにより、カリフは誰にも感知されることなく辺りを動き回ることができるという訳だ。

 

「安心しろ。もうこれは使わない……オレはオレの持ち味で貴様等を屠るとしよう」

「この……!」

 

大きく腕を開いて迎え入れる様なポーズをとるカリフに悪魔は怒りに拳を震わせる。

 

だが、それは表面上だけのことだった。

 

(馬鹿め! そうやって余裕こいてるといい!)

 

既に暗殺部隊がカリフの背後をとっているころだった。

 

さっきからやられているのは実戦派の悪魔だけ

 

認識阻害をかけている悪魔は全員あらかじめから姿を眩ませている。

 

先程はマグレだったが、今度は複数で襲いかかる。

 

(我々の手に余ったのは予想外だったが、気配さえもしない相手に打つ手などなかろう!)

 

勝った!!

 

周りの悪魔はカリフに近づけないという芝居をしながらも、その瞬間を心待ちにする。

 

一秒 また一秒

 

後方の暗殺者も手に魔力を溜めてカリフに振りかぶる。

 

これで、全てが終わる。

 

後はこれをダシにセラフォルーを無力化できる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とでも思っているのかぁ?」

「は!?」

 

カリフは振り返ると同時に握られた拳から繰り出される一撃必殺級のフックを姿の見えない相手にぶち込む。

 

ぶち込まれた悪魔は血ヘドを吐きながらあばらを折られ、結界へと叩きつけられる。

 

その光景を目の当たりにした他の悪魔たちは驚愕に目を剥いた。

 

「ふん、手応えは……脇腹ってとこかな?」

「貴様っ! なぜ……!?」

「なぜ? 簡単さ。周りの空気の乱れ具合で何かがいるかくらいは認識できる」

「馬鹿な! 人間にそんな芸当が……!」

「不服か? なら納得しろよ……こんな風になぁ!!」

 

そこへ、カリフはそこから何も見えない空間に向かって鋭い蹴りを放つ。

 

「ぐあ!」

 

すると、腹を蹴られた悪魔が急に現れて同じく血ヘドを吐いて吹き飛ばされた。

 

いくらカリフでも空気の乱れを感じるだけで正確な位置を把握するのは非常に難しい。

 

だからこそ、カリフは難しく考えるのは止めて勘を頼りに攻撃を加えた。

 

勘は生きる上での最も基本的なことであり、戦いにおいてこれほど重要な事柄はない。

 

カリフはこれまでのサバイバルで勘を養いに養い続け、遂には未来予知レベルにまで達していた。

 

「勘だと……後7,8人ってとこかな?」

「!!」

 

カリフが戦いの終わりを感じるのも当然だった。

 

目の前の人間に自分たちの策を全て看破されてしまった。

 

もはや、武力的に勝ち目が消えた。

 

「お、お前は一体……」

 

一人が異様な物を見る様な目でカリフを見つめると、当の本人は笑って答えた。

 

「人間だよ」

「!?」

 

ここまで言われ、本当に全員がカリフに攻めあぐねていた時だった。

 

「こらー! カーくんをいじめるなー!」

『『『!!』』』

「ちょ、おま」

 

既に敵を全滅させていたセラフォルーが怒り心頭で氷結魔法を放ってきた。

 

カリフは慌てずにそれを舞空術で避けると、敵は何も抵抗できぬまま氷漬けにされて砕け散ってしまう。

 

それと同時に敵の張っていた結界も崩壊した。

 

半ばマンネリ化してきたこの戦いに嫌気がさしてきたとはいえ、横槍を入れてくるのはよろしくない。

 

「カーくん! 大丈夫ー!?」

 

だから、カリフは瞬時に涙目で駆け寄ってくるセラフォルーの抱擁をすんでのところで瞬間移動で避ける。

 

「あ、あれ?」

 

すかしたセラフォルーは前のめりによろけ……

 

「……え?」

 

こめかみに当たる拳に気付いた。

 

そして、その拳がこまえかみにめり込んでいく。

 

「いやああーーー! 痛いーー!!」

「人の戦いに横槍とか普段からマジ何考えて生きてやがんだオイ」

「いやーーーーーーー!! 穴空く! 頭がパーンってなるよー!」

 

そう言いながらカリフはセラフォルーを解放してやる。

 

だが、彼にはまだ言うことがあった。

 

「ったく……お前よぉ、なんでオレの元から離れた?」

「う~……なんのこと~?」

「惚けるな。お前、追い詰められたフリしてオレとは別の方向に逃げていったろ……なぜあんな真似をしたかと聞いているんだ……」

 

カリフは怒気を込めてセラフォルーに言うと、彼女もその迫力に気圧されるが、すぐにシュンとなって悲しそうに答える。

 

「だって……カーくんをこんなことに巻き込んじゃって……何も関係ないのに……」

 

小さく呟いた一言

 

それは彼女なりの優しさがあったかもしれない。

 

どんなにカリフが強くても所詮は人間の子供、ましてや今日知り合ったばかりである。

 

本当ならカリフだけでも逃がそうとしていたことはこの際黙っておこう。

 

そんな彼女の心遣いにカリフは表情を引き締めながら言う。

 

「てめぇ……ここまでやっといて関係がないだと? オレとの約束を忘れたわけではあるまいな?」

「でも……」

「あのまま不覚をとってお前が死のうが元々関係無かったんだ……だが、守ると約束した以上、お前の身に何かあったとすればオレは……」

「?」

「オレは……どうにかなってしまいそうだ」

「!!」

 

この言葉にセラフォルーは顔を赤くさせて狼狽する。

 

「え、えっと……それって……」

「言葉の通りだ……お前を守ると言ったのだ。自分で自分の約束を違うことなど言語道断!! 何が何でもお前に傷一つ付けさせる気はなかった! たとえお前が強かろうとな!!」

 

カリフはセラフォルーに背を向けてそっぽを向く。

 

「オレが言いたいのはこれだけだ……お前は奔放なくせに面倒事は抱え込む節が見られる……自分に正直になれ」

「う……うん……」

 

もはや魔法少女のノリなど忘れてセラフォルーも手をモジモジさせている。

 

顔も若干赤くなってきたが、それでもセラフォルーは言いたいことがあった。

 

「……カーくん」

「あ?」

「……ありがとう」

「知らんな」

 

予想通り感謝の言葉を突っぱねてこっちを向こうともしない。

 

だが、それでいい。

 

彼は見返りも何も求めず、ただ自分のすべきことをしたと思っているのだから礼など不要

 

今日会ったばかり、だが、恩一つだけでここまで尽くしてくれたのだから、カリフは一向に気にしていない。

 

「……ねぇ、あの……」

 

セラフォルーが何か言おうとした時だった。

 

「レヴィアタンさまー!! いずこへー!」

「早く御戻りくださーい!!」

「仕事がーー!」

 

遠くから悪魔の羽を生やした軍団がこっちへと向かって来ていた。

 

その姿にセラフォルーは火照った顔も一瞬で真顔になるくらい驚いた。

 

「もうバレちゃってたんだ……」

「ほう、丁度いいな……これでお前の護衛も終えることができる」

「え!? どういうこと!?」

 

そう言うと、カリフはベンチに置いてあった荷物を肩にかける。

 

「そろそろ時間だ。オレはすぐに日本に戻ってやらねばならないことがある」

 

どこか楽しそうに言うカリフにセラフォルーも何も言えなくなってしまった。

 

「……もう言っちゃうんだ……」

「あぁ、オレには目標がある。それに果たさねばならない約束もあるが、それは後回しでもなんとかなる」

「……」

 

セラフォルーは少し悲しそうにもするが、すぐにいつもの調子に戻る。

 

「……じゃあ仕方ないね☆ 助手の気持ちを尊重するのも魔法少女の運命! 涙を飲んでお別れね☆」

「……」

「あ、あはは……」

 

少し無理があったかと横チェキのまま苦笑していると、カリフはフっと笑う。

 

「やっといつもの調子になったな」

「え?」

「お前の話し方は正直ふざけている……だが、それでいてイキイキとして活力にあふれているな。そう言う自分に忠実な奴は嫌いじゃない」

 

そこまで言われると、セラフォルーも少し呆けてから嬉しそうに返す。

 

「うんうん! だって魔王だから!」

「そうか……じゃあオレは行くぜ」

「あ! ちょっと待って!」

「?」

 

カリフはそのままセラフォルーからある程度離れて行くと、背後からセラフォルーに呼び止められる。

 

すると、セラフォルーは横チェキした。

 

「また日本に遊びに行くから、その時もご馳走するから……また守ってね?」

 

その答えにカリフは不敵に笑う。

 

「ふ……考えておく」

 

そうとだけ言うと、カリフの姿が一瞬で消えた。

 

別れはあっという間に、まるで急ぐかのようにアッサリと終わってしまったが、セラフォルーは満足だった。

 

形容し難い感情を胸に抱いてカリフがいた場所を見つめていた。

 

そんな時、セラフォルーの部下たちが到着した。

 

「やっと見つけましたぞ! セラフォルーさま」

「さ、早く仕事にお戻りください」

 

部下もできるだけ優しく仕事へ戻るように促す。

 

「うん! じゃあ戻ってパパっと終わらせちゃおう!」

 

そう言って部下に囲まれながらも仕事に戻る。

 

その光景はいつものことであり、護衛の悪魔もこのやり取りに苦笑していた。

 

だが、この時だけはいつもと違った。

 

「ねえねえ! 私って可愛い!?」

「え? いや……あの……」

 

この後……

 

「どうなの!?」

「はい……男から見て魅力的だと思います……」

「本当?」

「はい」

「……うん! それなら良かった☆」

「あの……何かありましたか?」

「え? うん……えっとねー……」

 

セラフォルーの口から……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結婚したい人ができちゃった☆」

 

特大級の核爆弾宣言がなされた。

 

 

 

 

『『『……へ?』』』

 

その宣言に護衛の悪魔の足が止まった。

 

「さーって、帰ったら仕事と一緒に探してほしい子がいるから忙しくなるよー☆ それと、アニメの企画書もつくらなきゃいけないから……これは本当に忙しくなるぞー☆」

 

護衛悪魔を置いてけぼりにしてセラフォルーがどんどんと進んでいくと、他悪魔も意識を取り戻す。

 

「え!? セラフォルーさま!! お相手は一体……!」

「このサボリ中になにがあったのですか!?」

「相手は誰なのですか!?」

 

護衛からの集中砲火も耳には入ってこず、セラフォルーは満面の笑みでその場から飛び立っていった。

 

今宵は良い夜となる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カリフは様々な想いを胸に抱いていた。

 

旅立った日のこと、各地で様々な戦争に乱入して暴れたこと、海賊船を単体で潰しまくったこと、様々な達人から技も盗んだ。

 

だが、まだまだ機は熟していない。

 

まだまだ足りない

 

「今は東京ドームの地下で天下を取る……その後は日本を拠点に各地で試したいことを実戦していくとするか……技と精神は時間をかける必要があるからな……」

 

カリフの先にあるのは水平線まで続く大海原

 

その先の“夢”に向かって高くジャンプした。

 

「待ってろよ悟空!! ベジータ!! No,1はお前等じゃない!! このオレだーー!!」

 

それと共にカリフは海の中へと飛びこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

本人の意に介さない運命の糸と絆の繋がり

 

今はまだ何も無いかもしれない。

 

だが、運命の歯車は確実に……着実に刻まれている……

 

舞台は日本へと……戻る……

 

物語は再会と共に幕を開ける……



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移りゆく時

 

世界は絶えず動き続ける。

 

それは時間と共に動き続ける。

 

そして、物語さえも……

 

 

 

 

 

 

「ねぇ……私の声が聞こえる?」

「……」

 

今、目の前にいるのは少女だ。

 

彼女は猫の耳を生やしたまま生気のない瞳を虚空に向けたまま反応しない。

 

当然か……今まで罵られ、蔑まれ、処分されかけていたのだから、保護したのも絶妙のタイミングだった。

 

だが、その代わり彼女は感情を失くしてしまった。

 

彼女の姉が力に溺れ、主の悪魔を殺してしまったことをきっかけに……

 

そして、私は彼女が手にしている写真立てが目に付いた。

 

「これは?」

「はい、その子を保護した際にずっとその写真を片時も離さずに握りしめております……それがどうなされました? リアスお嬢様」

「いえ……ありがとう」

 

使用人から話を聞いた後、私は彼女の元へと歩み寄って同じ目線にまで近付いた。

 

「ね、その写真に写ってるのはだれ? かっこいい子ね」

 

それは故意的に破ったと思われる写真だった。

 

彼女は私の言葉に初めて反応すると、虚ろに、しかししっかりと答えた。

 

「この……子……友達……まだ……帰ってこない……」

「……そう」

「でも……いつか必ず帰るって……帰って約束……守って……」

 

そうか……この写真の子を想っているからこそ今まで耐えてきたのね……

 

そう思っていると、その部屋にもう一人入って来た。

 

「リアス。お茶を持って来たわ」

「あ、ええ、ありがとう。朱乃」

 

私の眷族の一人、姫島朱乃だった。

 

朱乃は使用人に一礼しながら紅茶を私に運んできてくれた。

 

「ありがとう」

「いえ、それよりリアス……この子が……」

「ええ……」

 

朱乃もこの子の痛々しい姿に悲しさを帯びる。

 

しかし、朱乃はその子の写真を見つけた時、目を見開いていた。

 

「!! この写真!!」

「朱乃? どうしたの?」

 

珍しく驚愕していたが、私が呼びかけると朱乃はすぐに落ち着いたように振る舞った。

 

「……いえ、ごめんなさい」

「え、えぇ……」

 

あれほどまでに動揺した朱乃は見たことは無かった。

 

そのことについてはまた後で聞くとして、今は目の前の子の心を開かせよう。

 

そう思ったのだった。

 

そして、可能であれば転生させて悪魔にしよう。そうすれば周りも物騒なことは行ってこれないし、守ってあげられる。

 

猫魈の眷族は初めてだけれど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、久しぶりに北欧外での会合じゃ……楽しみじゃわい」

「オーディンさま。くれぐれも遊びすぎないようお願いします」

「第一声にそれかいのう……心配せずともお供は選ばせてもらうぞい」

「くれぐれもそうしてください……それでですね……」

 

やれやれ、どうしてヴァルキリーというのはここまで五月蠅い生き物なんじゃ?

 

まあよいわ。カタログの中からとびっきりの別嬪さんを選ばせてもらうからのう……

 

え~っと……今回の新卒は粒ぞろい……ん?

 

「のう、この銀髪のヴァルキリーなんじゃが……」

「? あぁロスヴァイセですね。彼女はすごいですよ。この中でも一番伸びている新人です。今では若手ヴァルキリーナンバー1ですが」

 

ほう……今年でこのヴァルキリーも働くのか……これは面白そうじゃのう……

 

「そうじゃな、じゃあロスヴァイセを指名させてもらうわい」

「承知しました。ですが、決してちょっかいを出してはなりませんよ?」

「分かっておるわい! この者に手を出そうものならワシは殺されてしまうわい」

「またまた……誰が貴方さまを殺すどころか傷を付けられますか?」

「そうさのう……」

 

いるんじゃよ……人の身でありながら神以上の潜在能力を宿す者が……

 

「こ奴の勇者に……かのう……」

 

はてさて……あの小童はなにをしてるのやら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉さま……またですか?」

「あ、ソーナちゃん! おっひさ~!」

「はい。ですが仕事から帰って来て早々にコスプレですか……それは少し……」

「えー、だってこれが私だもん☆」

「はぁ……」

「あ、今度の企画書もちょっと見て見て~! 今回のはインパクトをおっきくしたんだけどー……」

 

そう言ってまた私に企画書を見せてくる……内容は魔法少女のアニメですね……

 

「いやー、最近はアイディアが溢れて溢れて冴えまくりだよ☆」

「はぁ……とは言っても私じゃ評価しかねますので……」

「そういうのは考えちゃ駄目! 感じるの!! ソーたんの中に眠るシックスセンスを解放するの!!!」

「その呼びなは止めてください!! まったく……」

 

とりあえず読んでみよう。

 

なんだかんだ言ってもこの話は中々よくできていると思う。

 

ただ、気になる所があるとしたら……

 

「あの、お姉さま……前々から言おうと思ったのですが……」

「え!? どこかおかしかった!?」

「いえ、そう言う訳ではないのですが……」

「だけど?」

「……この助手がグロテスク過ぎる気が……」

 

そう、なぜだかこの作品はバランスがある意味とれている。

 

流れとしては魔法少女が人間の男の子に恋し、その男の子は実は人間界の武道を極めに極めた達人、二つ名が史上最強の生物だということ。

 

その男の子を助手にして、魔法少女と二人は互いに戦いながらも惹かれあうというラブコメ展開も入っている。

 

「いいでしょー☆ いずれ現実になるストーリーなんだから!」

「はぁ……例のお姉さまを助けてくれたという少年ですか……」

「あー、また会いたいなぁ……そうしたら天界に侵攻して私のステッキとカーくんの拳がきらめいて天使や堕天使を抹殺なんだから☆」

「ご自重ください。魔王さまにきらめかれたら小国が数分で滅ぶというのに、そんな少年も一緒になったら……て聞いていますか?」

 

もはや妹の小言も耳に入らなくなりながら、物思いにふけっていた。

 

「それにしても……日本のどこに住んでいるのか聞いておけばよかった……」

 

今更ながら自分の失態を頬に手を突きながらぼやいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ、また今日も圧勝じゃのう……」

「ふん、あれしきの相手をオレに当てるとは……何かの冗談かと思ったぞ?」

 

そう言いながら老人を睨むと、老人は冷や汗を流しながら慌てて取り繕う。

 

「そ、そうかのう……あれでも元軍人上がりじゃったんじゃが……」

「快楽に任せて同僚を、上司を撃ち殺した死刑囚を金で拾って戦わせたんだったな……よく大統領が許したものだ」

「お主を少しでも大人しくさせるための安定剤じゃ。大統領も納得してくれたわい」

「ま、新技のいい練習台になってくれたな」

 

そう言いながら思い出し笑いをする目の前の少年に老人も乾いた笑みを浮かべる。

 

「まさか、三年前に東京ドームの地下格闘技場に八歳の少年が殴りこんで格闘のプロを単身で完膚無きまでに殴り飛ばした後の言葉に皆が度肝を抜かされたわい……」

「オレをチャンピオンにして強敵と戦わせろ……だったっけか?」

「でも、あの子供が今や不動のチャンピオン……巷では都市伝説になりつつあるそうじゃのう」

 

そう言いながら老人は笑いながらお猪口に日本酒を注ぎ、カリフは自分でコップにジュースを注ぐ。

 

二人同時にそれらを一気に飲み干すと、二人の会話は続いた。

 

「この前なんて首相官邸に脅迫電話かけて単身で殴りこんだり、アメリカではホワイトハウスの警備を全員殴り飛ばして大統領と戦ったり、その他にも中国主席やローマ法王にも……」

「印象的だったのがアメリカ大統領だな……なんだか副大統領にクーデター起こされていたんだが、変な機械に乗って各地の基地を破壊し尽くしながら『何故なら私は、アメリカ合衆国大統領だからだ!』とかよく叫んでたのは傑作だった。面白かったから一緒に戦ってたらいつの間にか副大統領と大統領は宇宙でドンパチしてたな……」

「色々とツッコミ所があるが、その後の大統領とは親身にさせてもらってるらしいのう。顔パスで国に入っているとか……」

「どこもそうだけど?」

 

とんでもないことをさも当たり前のように喋る少年にもはや溜息しか出ない。

 

それでも、目の前で欠伸しながら目をこする少年の姿にやっぱり子供だと老人も複雑な気分になる。

 

「それじゃあ、今日の清算を済まそうかの」

「オレは食える金さえあればそれでいい。後はオレのオヤジの所に振りこんでおいて」

「欲がないのう……まあ、お主がお洒落などとは想像できんな」

「無駄口はいい。それでどんくらいだ?」

「ふむ……今日はまずまずじゃったな……今日は……」

 

老人はいやらしい笑いを浮かべた。

 

「三億ってところじゃな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……母さん」

「どうしたの?」

「また“例の”通帳の残高が……」

 

鬼畜家では数年前から不思議な現象が起きていた。

 

それは通帳の残高が際限なく増え続けるという怪現象だった。

 

しかも、その額は普通のサラリーマンでは一生働いても稼げないような金が通帳に入り込んでくる。

 

通帳の預金制限がオーバーする度に通帳を変えていく。

 

銀行員も有り得ない通帳の量に目を丸くしてびっくりしていた。

 

そこで、家に急にブラックカードやらプラチナカード、更には聞いたこともない、しかし、際限なく預金を預けられる豪華な通帳が“タダ”でプレゼントされた。

 

最初は興味本位で通帳の中身を見てみたら……あまりの内容に父の意識がぶっ飛んでいたのを覚えている。

 

「また増えてたの?」

「うん……普通にこの家に核シェルターを付けても一生遊んで行けそう……」

「あらあら、それじゃあ仕事を休んで世界一周の旅にいきましょうか?」

「いや、なんか怖い……」

 

それもそうだ、急に一般家庭に高額なキャッシュカード、さらにはその気になれば十個の小島を買えるくらいな莫大な利益がポンポンと生みだされていく。

 

そんなことがあれば誰だって怖がるに決まっている。

 

「そんなことよりあなた、この前植えた庭の野菜が芽生えたわよ?」

「そうだな……ひとまず正体が分かるまでは使わなければいいだけだね!」

 

母親の肝の太さに脱帽しながら父親は庭に植えた野菜の元へと向かって行った。

 

莫大な財産を記録した通帳は再び押し入れに封印される。

 

 

 

 

周りの環境も移り変わっていく。

 

時は進み、舞台は序章へと進む。

 

 

 

 

 

カリフは高校一年生と同じ年齢にまで育ち……

 

とある事件がきっかけで紡がれた絆は再び集う……



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旧校舎のディアボロス
運命の再会


そこは山の中だった。

 

生まれた瞬間からその場所を修行場として認識し、彼は己を磨き続けた。

 

山の一カ所だけが昔に木々がなぎ倒されたかのように地面が隆起し、木も傾いて一部の木の根が露出していた。

 

「す~……」

 

そんな異様な空間の中で一人の少年が姿を現した。

 

カリフの体中には生傷がついており、カリフの息も荒くなっている。

 

昔からアザゼルから貰った神器の中で修業を続け、最近では一週間もその疑似空間に入っていられるようになった。

 

カリフは止まらない汗を手で拭いながら独り言を喋った。

 

「……やっぱ体力と力が弱いな……オレ」

 

そう言いながらカリフは山の崖からおもむろに飛び降りた。

 

 

 

 

 

季節は既に春を迎えていたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春先の午前

 

鬼畜家は相変わらず平凡だった。

 

「母さん大変だ! 休みボケで仕事行きたくない!」

「それでもお仕事頑張ってね。あまりニートみたいなこと言っていると“刺すわよ?”」

「何を何で!?」

 

朝ごはんもベーコンエッグとカットフルーツと平凡な家庭だった。笑顔の母に戦慄を覚える父。

 

だが、そんな家族にも変わっていた所があった。

 

「あら? 起きたのね」

 

二回から聞こえてくる階段を下りてくる音に母親はもう一人分の皿を出した。

 

そして、リビングに少女が現れた。

 

「おはよう」

「お、おはよう」

 

二人は少女に笑って挨拶をする。

 

「おはようございます。おばさま、おじさま」

 

小さい体でお辞儀してテーブルに座る。

 

「どう? 駒王学園には慣れた?」

「はい……いい所です」

「そうだ、来週久しぶりに母さんと温泉旅行に行くんだけど、一緒にどうだい?」

「すいません、来週は部活で……」

 

少女がそう言うと、夫婦は目に見えて残念がってしまい、少女も罪悪感が湧いてくる。

 

「そうか……一度でいいから家族旅行に行きたいなぁ……」

「まあしょうがないわよね……友達ができたのはいいことなんだから…」

「すみません……」

 

そんな他愛のない話をしていると、すぐに時間がきた。

 

「そろそろ時間なので行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「おっと僕もそろそろ時間だから途中まで行こうか?」

「はい」

「いってらっしゃい」

 

そして、父親と並んで一緒にドアの前に来た。

 

「行こうか、“小猫”ちゃん」

「はい」

 

こんな平凡な家族にも変わっていた。

 

言うなれば、昔一緒に住んでいた子の名前が昔と違っていた所だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、カリフはというと……

 

「ふむ……お前さんはもう高校生じゃったな……」

「歳だけで言えばな……」

 

東京ドーム地下格闘技場オーナー、徳川財閥の首領である徳川光成の屋敷の座敷部屋で座布団敷いて胡坐をかいていた。

 

「鮭の内臓の塩辛は?」

「好物だ」

 

そう言って差し出された小皿の食べ物を箸でつまんで食べる。

 

この二人、何年もの付き合いを経てすっかり孫とおじいちゃんみたいな関係となっていた。

 

だが、今日徳川が呼んだのは別の用があったからだ。

 

しばらく二人は黙って鮭の内臓の塩辛を食べてから第一声を徳川から発した。

 

「お主……悪魔はご存じか?」

「……なるほど、そういうことか」

 

カリフは驚きもせずに嘆息を吐くだけだった。

 

「ジジイ……知っているのか?」

「悪魔というのは案外身近なもんじゃよ……ワシの昔のお得意悪魔はサーゼクスとか言う者じゃったがな」

 

そう言って懐から古びた一枚の紙を取り出してカリフの前に置いた。

 

「今はもうただの紙になってしまったが、当時、これがなかったら今の儂はここには……」

「ジジイ」

 

カリフが徳川の言葉を遮りながら腕を組んだ。

 

「本題を言え……できるだけ簡潔にな……」

「……」

 

徳川はしばらく黙って酒を煽っていたが、すぐにカリフと向き合った。

 

「お主、駒王学園に入学せい」

「ほう……」

 

徳川からの突然の返答にカリフは少し意外そうに返した。

 

それでも徳川は続けた。

 

「簡単に言うとじゃな……お主が人間の身でどこまで通用するのか見てみたいのじゃよ」

「……」

「お主は間違いなく人間の中では最強じゃ……なら、悪魔のような人外と戦ったらどうなるか見てみたいのじゃ」

 

再び酒を注ぎ足して笑う徳川を見てカリフは機嫌よさそうに言った。

 

「てめえも好きだな」

「でなきゃ東京ドームに地下はできんよ」

 

厳かなムードが続く中、日本庭園を模した庭の鹿おどしが気持ち良く鳴った。

 

「入学手続きは儂がやっておく。日程はまた後を追って話そう」

「学校か……初めてだな……」

 

互いに想う所は違えど、双方に異論は無かった。

 

徳川は興味本位、カリフはまだ見ぬ新たな戦いの予感に歓喜していた。

 

元々地元の駒王学園と言う所から妙に強い気が溢れていたのは五歳のころから把握済みだった。

 

そこはカリフにとっては遊園地に等しい場所だと思っていた。

 

「どうした? さっきから口数が少ないのう…嬉しいんか?」

 

そう言うと、カリフは黙って立ち上がって出口へと向かっていく。

 

その途中で立ち止まって言った。

 

「煽るなジジイ。心配せずともいずれはこうなることは予定済みだった……礼と言っちゃあなんだが、見せてやるよ」

 

突然振り返って畳を掌で思いっきり叩くと衝撃で一畳が勢いよく垂直に立ち上がる。

 

「人間の底力ってやつをよ」

 

その瞬間、カリフは踵落としで畳を一刀両断!!

 

二つに裂かれた畳は音を立てて倒れる。

 

「ぅおお~~~……」

 

徳川が口と目を丸く開けてポカンとしているのを見て微笑を浮かべた後、堂々とその屋敷から出て行ったのだった。

 

「それと、じゃがのう……」

「?」

「儂んちの物……勝手に壊さんでくれ」

「……あい」

 

テンションに任せた結果について素直に頭は下げたのだった。

 

 

 

 

 

ひとまずは今後の見通しが大体決まっていく。

 

黒のパーカーのフードを深く被って顔を見られないくらいになっていた。

 

傍から見れば怪しいことこの上ない恰好であり、周りの人間もカリフの恰好に周りが不審に思っていた。

 

そして同時に目を逸らした。

 

多分、カリフの感情が辺りに伝わったからなのだろう。

 

今、彼は少し高揚していた。

 

まるでテーマパークに連れて行ってもらう時の子供の気分であるように……

 

「早く行こ! 一誠くん!」

「そうだね、夕麻ちゃん!」

 

そんな時、すぐ隣を一組のカップルが通り過ぎる。

 

そこでカリフはそのカップルの女性が気になった。

 

(あれは……たしかアザゼルと同じような……堕天使だったか……)

 

別に堕天使が人間と付き合うということは世界各地で見てきたし、そこはどうでもいい。

 

だが、カリフはあの女が気に入らなかった。

 

(あれは完全に嘘を吐いている典型の奴だな……胸糞わりぃ……)

 

カリフは嘘を平気で吐く奴と、覚悟を持っていない奴が殺したいほどに嫌いだった。

 

嘘はカリフが最も忌み嫌う物だから当然だ。

 

だが、覚悟を持たない奴……あらゆることを遊び感覚で舐め切っている奴など言語道断。

 

自分より弱い者を強い立場の者が攻撃する。

 

生きるためならその行動は正解であり、咎める必要はない。

 

だが、生きるためではない……無駄な殺生は許し難い。

 

理由さえあれば復讐だろうが殺すには値する。

 

理由を掲げることは一種の覚悟を示すのだから、カリフは復讐や苛立ちを堂々と掲げて殺しを実行するだろう。

 

何故なら、それが本能であり、望むことなのだから……

 

話を戻すが、カリフはさっきの女に少しの疑問と後は苛立ちを募らせていた。

 

(あの男……よほど素直なのだろうな……憐れ)

 

舞い上がっている男に悲壮感を抱きながらもその場を通り過ぎて行ったのだった。

 

この日、カリフは気を静めて適当な橋の下で寝て、明日に行動しようと思っていた。

 

(……明日は家に帰ろうかな)

 

その日、カリフは夕方の内に眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

この日の夕方、とうとう事件が起こった。

 

その日の公園に二人の男女は向かい合い……

 

「死んでくれないかな?」

 

全てが……動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、カリフは橋の下にて目が覚めた。

 

「ふ……ああぁぁぁ……」

 

欠伸をしながら体を伸ばして朝日を拝む。

 

しばらくしてカリフは欠伸を止めた。

 

「……家に行こうかな」

 

この時、十年以上も離れていた家へと戻ることを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、思っていた時期がありました。

 

「……いねえ」

 

カリフは自宅から気を感じないことに半ば愕然としていた。

 

久しぶりに目にしたこの世界での我が家

 

十年も経っているのにあまり変わっていない。

 

いや、庭がガーデニングされているところぐらいか……

 

「……とりあえず時間でも潰すか」

 

そう呟いてカリフは誰もいないことを確認すると、自身の神器を展開させたのだった。

 

 

 

 

ある程度時間が経った時、それとは別の場所で一人の少年が今、自分に起きている事態に混乱していた。

 

「俺……たしか昨日……」

 

そうだ、確かに俺は昨日夕麻ちゃんに……この公園で殺されて……

 

「どうなってんだ……」

 

腹に何かを刺された時の痛みも覚えてる。

 

もう現実と夢の区別がつかねえよ……

 

意味不明な出来事に俺の頭が混乱しかけていたときだった……突然突風が吹いて……

 

「これは数奇なものだ。こんな都市部でもない地方の市街で貴様のような存在に会うのだからな」

「!?」

 

突然聞こえてきた声に俺、兵藤一誠が振り返ると、そこには長身のコートとハットを被った男が立っていた。

 

見た目もただでさえ怪しいのに、あの男からは嫌な予感がする。

 

そこで俺は後ろへジャンプした時、そこでも異変が起こった。

 

「な、なんだこれ!?」

 

少し退いたつもりだったが、予想以上に後方に飛び退いていたことに驚いていた。

 

そして、降り立った時、俺の常識の許容範囲は越えた。

 

「訳分かんねえよ!」

 

俺は男云々よりもこの非常識から逃げ出したかった。

 

俺は逃げた。

 

体力が、筋力が、意志が続く限り逃げ続けた。

 

逃げて、逃げて、逃げ続けた。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

さっきから男の影も何も無い。

 

まいたか!?

 

そう思っていると、上から黒い羽がヒラヒラと落ちてきた。

 

この羽……まさか!

 

「夕麻ちゃ……! うわぁ!」

 

上を見ると、上には俺を見下ろして黒い羽を羽ばたかせているさっきの男がいた。

 

そして、あっという間に先回りされてしまった。

 

「下級な存在はこれだから困る……」

 

何を言ってんのか知らねえがもうほっとけ!!

 

「また夢かよ……!」

「夢? ふん、主の気配も仲間の気配もない、消える素振りすら見せず魔方陣すら展開しない…貴様、はぐれか?」

「は、はぐれ? 主?」

 

手には昨日も見たこともあるような光の槍を出してきた!

 

「ならば殺しても問題あるまい」

「……!!」

 

嫌な予感がしたからすぐに逃げようと背中を見せた瞬間、俺の腹に何か熱い物が刺さった。

 

「ぐあっ!」

 

いてぇ……! また腹に刺さっちまった……! くそ! やっぱ夢じゃねえよこの痛み!!

 

「ほう……これで消滅しないのか。意外と頑丈だな」

「ぐ……うあぁ!」

「止めておけ、光は悪魔にとって毒だ。触れることさえも自身を傷つけるぞ」

 

くそ! 痛みが昨日のよりもひでぇ!

 

「だが、そろそろ楽にしてやろう」

 

またさっきの光の槍を作りだした!!

 

くそっ! もう動けねえぞ……!

 

掠れゆく視界の中で男が俺に光の槍を振りかぶってきた直後……

 

「そろそろ死ぐわぁ!」

 

何かが男を押しつぶした時、俺の意識が闇の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱこの神器って言う奴は少し不便だな。

 

発動はすぐにできて、周りの物や人物を巻き込むのは仕方ないとして、中は本当に充実してこの二匹も存分に遊べてやれるし……

 

だけど出るとこのようにランダムな場所に出るのはやっぱムカつく。

 

今も何か潰しちまった。

 

今では足の下にハットの変態がいる、しかも気からして堕天使か。

 

というかもうそろそろ父親と母親も帰って来てるだろうな……

 

そのままハットに足の埃を拭かせてもらってそのまま帰ろうと男から降りると……

 

「待て貴様!! 何者だ!!」

 

……まあ、これは普通か……そう思いながら謝ってみる。

 

「あ、すんません」

 

そう言って帰ろうとすると、後ろから光の槍を放ちやがった。

 

欠伸が出るほど遅かったから首を傾けるだけで避ける。

 

「ちっ、運がいい……たかだか人間風情が虚仮にしおって……貴様、どうやってこの結界に入ってきた!?」

「……」

「まさか……貴様も神器持ちか? それならここで始末させてもらおう」

「あ?」

 

今、こいつなんて言いやがった? オレを始末? このカリフを……?

 

「貴様がオレを始末……だと?」

「そう言ったのだよ。全く、これだから人間というのは……」

 

クソが……人間を見下している“失敗者”の典型か……

 

「グッド」

 

こいつなら……存分に殺しても文句はなさそうだ……でも弱いしなぁ……萎えるなぁ……

 

「そこの悪魔お共に死ぬがいい……」

 

まあいい、こいつくらいならこいつ等の“エサ”にはなるな。

 

そのままネックレスに気を送ろうとした時だった。

 

「そこまでよ」

 

突如として背後に紅の髪の美女が現れた。

 

カリフは突然現れた気にカリフは瞬間移動かなにかと思った。

 

「紅い髪…グレモリー家の者か!」

 

あれは脅えの目だな……こういう時に名声とは有り難いものだ。

 

このまま追い払ってもらおう。

 

「リアス・グレモリーよ。ごきげんよう、堕ちた天使さん。この子にちょっかい出したそうね」

 

さっさとどっちも帰れ。オレは早く帰って寝たい。

 

そう思っていると、こっちに向かってきて来る気に気付いた。

 

(二つ……堕天使よりでかいな……)

 

そんな感覚で感じていたのだが、徐々に気を感じるごとに何かに気付いた。

 

(……あれ? この二つの気……おいおい……)

 

そしてすぐにその二人が闇の中から姿を現した。

 

一人は黒いポニーテールの女性と小柄な少女だった。

 

その二人の顔を見てカリフは思い出した。

 

(こいつ等……なにがあった?)

 

あまりに変わり過ぎた状況にカリフは何とも言えない表情になって頭を掻いた。

 

「我が名はドーナシーク再び見えないことを願おう…」

「あ、もう終わった?」

 

カリフは堕天使が何かの術で撤退して行ったのを確認すると、そのまま欠伸しながらその場を離れようとする。

 

だが、そうは問屋が降ろさなかった。

 

「お待ちなさい」

「え~……」

 

予想はできてたけど呼び止められたことに嫌な声を出す。

 

「そこの子を助けてくれたことには感謝してるわ。ありがとう」

「助け?」

 

一体何を言ってるのか分からずに辺りをキョロキョロしていると、その紅い髪の女性は目を鋭くさせた。

 

「だけどね、人間であるあなたが堕天使を追い返すなんて有り得ないもの……神器を何かを持ってるのかしら?」

「いや、つうかもう帰っていい?」

 

そう軽く言って踵を返すと、さっきの二人が道を塞いだ。

 

「あらあら、怖がらなくてもいいのよ? ただ、お話を聞くだけですのよ?」

「……話を聞かせてもらいます」

 

女性はニコニコしながら金色のオーラを放ち、少女に至ってはファイティングポーズを取る。

 

その姿にカリフは溜息を吐いた。

 

とは言ってもフードを深く被っているためにその様子も彼女たちからは見えてない。

 

「……十年というのは人を簡単に変えるな……」

「あら? なんのことでしょう?」

「いつからお姉さまキャラに転職した? 朱乃」

「!?」

 

突然、自分の名前を言い当てられたことに女性…朱乃は目を大きく見開かせた。

 

それに続いてカリフは続けた。

 

「お前も随分と力を付けたじゃないか? 白音」

「!? なんで……!」

 

同じ様に驚く二人は、主に白音という昔の名を言い当てられた少女はさらに敵意と警戒心を露わにする。

 

そんな姿にカリフは頭を掻いた。

 

「なぜ、私たちの名を?」

「……オレはそこまで変わったか?……そういやフード被ってたな」

 

そう言ってフードをゆっくり上げるカリフに二人が身構える中、カリフは言った。

 

「オレは……昔、この街で生まれ、この街の両親に育ててもらった……」

 

そして、その輪郭が露わになってくる……

 

「そこで……オレは約束を果たすと誓った……」

 

その少年らしくも男らしい輪郭に二人は驚愕していった。

 

「あ、あなたは……そんな!」

「うそ……」

「朱乃? 小猫?」

 

まさか、いや、だけど、この自信に溢れた口調、守り切る自分のペース、そして……

 

「性は鬼畜……名はカリフ……約束……果たしに来たぜ?」

 

十年ぶりの再会……全てはここから始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうでもいいけどそこの男連れていかなくていいのか?」

「え? あぁ!」

 

カリフは倒れている一誠を指すと紅い髪の女性は慌てて介抱した。



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久しぶりの我が家

 

公園で堕天使と会ってから、事は結構速く進んでいった。

 

あの後にカリフはリアス・グレモリーと名前を交換し合った後、リアスはイッセーを魔法陣でどこかに連れて行った。

 

「あなたは朱乃と小猫に任せるわ……あなたとは知り合いらしいし」

 

そう言った後、二人でどこかへ行ってしまった。

 

そして、公園には三人の少年少女たちが佇むだけ

 

「「……」」

 

朱乃と小猫と呼ばれる白音はカリフを何とも言えない表情で見つめていた。

 

カリフもしばらくは何も言わなかったが、すぐに二人に不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「お前等……悪魔になったのか?」

「え、えぇ……」

「……」

 

朱乃も小猫も気まずそうに俯くと、カリフはそんな二人の様子に首を傾げる。

 

「なんだ? 変なこと言ったか?」

「……だって、私たち……悪魔になって……だから……」

「そうですわね……私たちはもっと人間からかけ離れてしまいましたの……ですから……」

 

小猫と朱乃は自嘲気味にそう言うと、カリフはそれを手で制す。

 

「それで?」

「…え?」

「悪魔になったのは分かる。だが、それで何が言いたいんだ?」

「ですから……あなたは、カリフくんは怖がらないの?」

「はぁ? 何故オレがお前等を怖がる必要がある?」

 

意外な返答に二人は動揺するが、カリフはいつものように真顔で返す。

 

「白音、お前は何故名前を変えたか……街の気を探っても黒歌もいない……」

「……」

「朱乃の母親らしき姿も気も無い……この十年で色々とあったらしいな」

「……はい、そうですわね…」

「オレはその時ここにはいなかったからそれを追究することもない、ましてやそのことを話したくないというのならそれもお前たちの勝手だ……」

 

カリフは二人に近付いて行く。

 

「だが、これだけは分かる。それら全てがお前たちの戦いだったってことが」

「……うん」

「だからこそ言わせてもらう」

「?」

「そんなお前等をなぜ否定できるというんだ?」

「「え!!」」

 

カリフの言葉に二人は驚愕する。

 

「それに言ったはずだ……オレはお前たちとの約束があったと」

「えぇ……でも、それは昔の話……」

「お前たちは忘れていたかもしれん……だが、オレは一日とてお前たちを忘れたことはない!」

「「!!」」

「そんな軽い気持ちで約束を交わそうとしたわけじゃねえんだよ……たとえお前たちが悪魔だろうが人外だろうが……オレは姫島朱乃と塔上白音に誓ったからな……」

 

そこまで言われた二人はいつの間にか泣いていた。

 

そこには、十年も想い続けて待ち焦がれた人がいた。

 

自分たちが変わってしまったというのに、全く変わらない。

 

変わらないでいてくれた。

 

そこには恐れや軽蔑ではなく、真摯に自分たちと向き合ってくれているあの日の少年が帰って来ていたのだから。

 

感極まった朱乃と小猫は二人でカリフに抱きついてきた。

 

「……私、変わってしまったわ」

「それがどうした。変わるのは罪でもなんでもない……本当に許されないことはその変化を認めずに絶望することなのだ」

「……カリフくんはやっぱり変わらないよ……いつまでも……」

「そりゃそうさ。オレは自分を間違っていないし、恥とも思っていない。これからも変わらねえよ……」

 

それを最後に二人は感激に涙を流し続けた……

 

カリフもこの時だけは何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして二人は落ち着き、街の中を歩いていた。

 

「それじゃあ二人はあのリアスとかの下僕になったってことか……」

「はい、その時に初めて知ったんですのよ? 小猫ちゃんとカリフくんがお知り合いだったって」

「……私も朱乃さんとカリフくんが知り合いだったとは思わなくて……」

 

小猫はジト目でこっちを見てくるが、それを綺麗に無視して愉快そうに笑う。

 

「世界ってなあ狭いもんだ。こうして二人がなぁ……プっ」

 

言いながら口元を抑えて笑いを堪える様子に二人は顔を見合わせて首を傾げる。

 

「十年前はこんなんちんまいであまり自己主張できなかったネコが無口クールで泣き虫がお姉さまキャラか……プっ」

「あらあら、そこまで笑うことかしら?」

「……むしろ十年経ってそこまで変わらない方が普通じゃない」

 

静かに笑うカリフに朱乃はニコニコ、小猫は黒いオーラを出しながら睨んでいると、最後の小猫の言葉に今度は不敵な笑みに変わる。

 

「そりゃそうさ。オレが目指すべき場所は普通じゃねえ……オレは普通であってはならねえんだ」

「……やっぱり変わらないね……」

 

そのまま三人は一緒に歩いていると、カリフは二人の制服が妙に気になった。

 

「そういえばそれはどこの制服だ?」

「あら? 気になりますの?」

「駒王学園……」

「……やっぱあそこはただの高校じゃなかったってことか……入って正解だったかもしれんな」

 

最後の一言に二人は心底驚いたような表情に変わる。

 

「カリフくん…あの高校に入るんですの?」

「あぁ、ツテで入ることにした。なんか面白いことが起こりそうな学園で気に入ったぜ」

「……それも夢のため?」

「もち」

「うふふ……あなたが入ってくれるなら私は嬉しいですわ……ってあら?」

「!!」

 

どさくさに紛れて背後から抱きつこうとしてくる朱乃を瞬間移動で避けると、朱乃も小猫も目を丸くして驚いた。

 

すると、塀の上から声が聞こえた。

 

「昔の抱きつき癖は治ってないようだが、今はそんな気分じゃねえんだ……それに、オレはそんな安い男でもねえ」

 

そう言いながら塀の上から跳び下りると二人は少し驚いた様子で聞いてきた。

 

「あらあら……小猫ちゃんからは強いって聞きましたけど……」

「……今の動きも見えなかった……」

「これくらいは十年前でもできる。まだまだお遊びの範疇だ」

 

そう言いながら鼻唄を歌いながら先に行くカリフを呆然と見つめていた。

 

その後に我にかえった二人はカリフの後を追いかけて追いつくと、その後も話し続けた。

 

「ほう……お前はオレの部屋を使って、親も小猫って洗脳したわけか……」

「……人聞きが悪いよ……間違ってないけど」

「私も時々お邪魔しておりますのよ?」

「ふーん……」

 

そう言っていると、朱乃はカリフと小猫とは別の道へと進んでいく。

 

「ほう、お前はそっちか」

「ええ、ですから、話の続きは明日に」

「へいへい」

 

そう言って手を振ると、あっちも嬉しそうに手を振ってきた。

 

そして帰っていく姿をしばらく見送ってから再び小猫と歩き出す。

 

「親はどうだ? 相変わらずお前を溺愛してんのか? しろ……小猫」

「うん……いい人」

「そうか……」

 

名前を間違えそうになるも、カリフは不意に言った。

 

「オレのことも忘れてそうだな……」

「そんなことないよ……おじさまとおばさま、カリフくんの誕生日の時は悲しそうだったから……」

 

小猫は徐々に不機嫌な表情に変わる。。

 

「……だって勝手に出ていって……今更だもん」

 

そう言うと、カリフは立ち止まって小猫の目を真っ直ぐに見据える。

 

「……もうここから離れることはあまりねえ……これからは日本を拠点にして滅多なことが無い限り離れはしない」

「……本当に?」

「生憎だが、嘘は嫌いなんだよ」

「……」

 

こうして二人は鬼畜家へと足を進めていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は小猫ちゃん遅いな」

「高校の部活ってそういうものよ」

 

この日、鬼畜家はいつも通りの晩餐を迎えていた。

 

そう、いつも通りの……

 

「ただいま帰りました。おじさま、おばさま」

 

そんな時、小猫が帰ってきた。

 

「おかえり」

「今日は部活関係かい?」

 

暖かく迎えてくれる一家に小猫は微笑みかけ、言った。

 

「今日は特別な人に出会って遅くなりました……それで、ここに招待したんですが……」

「あら? 特別って……もしかして……」

「はっはっは……彼氏とかふざけんなよ」

 

勝手な想像する二人に苦笑しながら誰かを手招きする。

 

すると、そこに一人の少年が現れた。

 

「ただいま」

 

何でも無いかのようにそう言うカリフに両親は……

 

「……」

「……」

 

言葉を失っていた。

 

目を見開き、二人は相当驚いていた。

 

だが、それでも二人は分かっていた。

 

目の前の少年が今まで待ちわびていた我が子だということを……

 

「……!!」

 

母親はそのまま衝動を抑えきれずにカリフに抱きついてきた。

 

カリフ自身は平静だったが……

 

「……おかえり」

「あぁ、ただいま」

 

十年来の久しぶりの会話はそんなありふれた言葉、だが、この両親はそんなありふれたことを待ち望んでいたのだから……

 

「カリフ……」

「……オヤジか」

 

カリフに近付いてきた瞬間、父親はカリフの頭を思いっきりグーで殴りつけた。

 

「!! おじさま!!」

 

小猫が驚いて叫ぶが、その時、父親の涙で濡れた表情に何も言えなくなってしまった。

 

「お前は……今までなにをしていた!? なぜ連絡の一つくらいよこさなかったんだ!? 母さんがどれだけ心配したと……くっ!」

 

カリフは甘んじて父親の鉄拳制裁を受けた。あの惚けたような父親が初めて本気でぶん殴ってきた。

 

それは、この仮とはいえ、本音でぶつかってきてくれる両親への気持ちを汲んでのことだった。この両親は本気で心配し、全力で自分に話しにきているのだと……

 

そして……

 

「あぁ……だから今帰った」

 

“前の”両親にしてやれなかった約束を忘れるわけもなかったがため……

 

だからこそカリフは“今”、帰ってきたのだ。

 

「……先に何か食べなさい。母さんの料理は久しぶりだろう」

「あぁ……楽しみだ」

「……今は簡単な物しかないけど……」

 

十年以来の再会にしてはあっけないほど、普通な家庭と同じ様な光景に戻った。

 

だけど、伝わった物は他の家族とは比較にならないほど多くのことを伝え合った。

 

(……この親子……これでいいんだよね……)

 

そこには十年以上も互いに信じ合った親と子の姿があった。

 

そんな光景を目にして、小猫はこんな普通じゃない、けれど強い家族を羨ましく思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホント変わらねえな……我が親ながらな……」

「仕方ないよ……カリフくんをずっと想ってきたんだから」

「ガラじゃねえんだよ。こういうのは……」

 

晩御飯を終えたカリフと小猫はかつてカリフが使っていた部屋で喋り合っていた。

 

カリフは部屋の隅、小猫はベッドの上にいる。

 

そして、カリフが欠伸をすると、小猫が枕を胸に抱いて聞いてきた。

 

「……なんでそんなところで寝るの?」

「ん? あぁ、今はお前がベッドを使っているだろう? それは一人分のベッドだし、このフローリング床は最近暑くなってきたオレに丁度いいからな」

 

さして気にしないカリフに小猫は顔を紅くさせて尋ねる。

 

「……ここは今は私の部屋だから……」

「だが、オレはもう疲れた動きたくないからここで寝る」

「……襲わないで」

「そういうのはもっと魅力的になってから言うもんだ。オレの眼鏡に適うくらいにな」

 

その言葉に小猫は表情を強張らせた。

 

「大きなお世話」

「まあいい。もう寝る。何言っても無視するから」

 

そう言ってカリフは目を閉じた。

 

後から寝息が聞こえ、本当に寝たことを意味している。

 

ただ、位置的には小猫とカリフは部屋の対角線上にいる。

 

この距離はまさに十数年の隔たりをも意味していた。

 

「……」

 

小猫は無言のまま床に入るのだった。



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エロい赤龍帝

 

カリフは十年以来に我が家へと帰ってきた。

 

しかし、カリフの朝は他の誰よりも早い。

 

「5006、5007……」

 

朝の七時から既に朝日を浴び、庭で逆立ちの状態で腕立て、いや、親指だけで立っている。

 

相当前に起きてやっていたのか体も汗でぐっしょりと濡れていた。

 

シャツ越しでも鍛え抜かれた肢体がくっきりと浮かび上がっている。

 

そして、黙々とこなしていくそんなカリフの前に現れたのは……

 

「あらあら、朝から張りきってますわね? うふふ……」

「……朱乃か」

 

垂れる汗でできた水溜りを見て朱乃は少し目を見開かせた後にまたいつものニコニコ顔で優雅に近付いてきた。

 

「昔からこういうことを?」

「そうだな、大体三歳くらいから始めた」

「あらあら、その頃から努力してらしたんですのね?」

「あぁ、努力は決して嘘をつかないからな」

 

筋トレを終えて腕の反動だけで宙返り、そして足を地面に付けて着地して一息吐いていると、朱乃が水筒を差し出してきた。

 

「はい、水分はこまめに取らないといけませんわ」

 

にこやかに渡してくる水筒にカリフはあまり深く考えずに受け取った。

 

「……助かった」

「いえ、これくらいは当然ですわ」

 

拭ってきらめく汗を振りまきながらカリフは水筒をある程度飲んで朱乃に返す。

 

「あらあら? それだけでいいんですの?」

「元々はお前のものだ。全て飲むわけにはいかんだろう」

「そんなこと気にしなくてもいいですのに……」

「だめだ、これはオレの気持ちの問題だ」

「そうですか……」

 

そう言って朱乃は艶っぽく顔を赤くさせて水筒の口の部分を舌で舐め取る。

 

「うふふ……これでおそろいですわね……」

 

唾液の線が朱乃の舌と水筒の口の部分を繋ぐ。

 

大抵の男なら股間を抑えて悶絶するようなシチュエーション。

 

そんな羨ましい状況を味わっている本人はといえば……

 

「なんだ? そんなに飲みたかったのか?」

 

なにも反応を見せなかった。

 

「あらあら……私なりに考えましたのに……何も反応が無いと傷つきますわ」

「む? 何かあったのか?……まあいいか、腹減ったし」

 

カリフはさっきの行動の真意にも気付かないまま家に入ろうとすると、そこから母親が現れた。

 

「あら、朱乃ちゃんおはよう」

「おはようございます」

 

双方共に挨拶を交わしているとカリフはふと思った。

 

(この二人……喋り方似てるな……)

 

多分、朱乃の喋り方は母の影響なのだと推測できた。

 

 

 

 

そのままカリフとお呼ばれされた朱乃がリビングに行くと、そこには既に制服に着替えていた小猫と母親が朝食用の皿をテーブルに出し、父親は……

 

「あら? どうなされたのですか?」

「あ、朱乃ちゃんおはよう」

「おはようございます……えっと、その手は一体……」

 

朱乃が父親の痛々しく包帯に巻かれた手を見て心配そうに言うと、父親は影を落として自嘲する。

 

「すげぇだろ……これ、息子の頭を殴っただけでこうなっちまったんだぜ?……大袈裟に見えるけど、これ……罅入ったんだぜ?」

「どれどれ」

「あぁ! 今は握らないで!! 変な音が手の中から……!!」

 

カリフが父の手に握手してわざと力を入れると、父親は情けない声を出してペキペキと変な音を出しながら悶えた。

 

「カリフったら、久しぶりだからってはしゃいじゃって……」

「おばさま……あれは……」

 

小猫がいつの間にか合気道で父に止めをさすカリフを見てどう言うべきかと悩んでいる。

 

すると、横から朱乃がニコニコフェイスで小猫に近付いてくる。

 

「おはよう小猫ちゃん」

「あ、おはようございます。朱乃さん」

 

お辞儀し合うと、すぐに朱乃が変わらない笑顔で小猫に聞いてきた。

 

「あのね、小猫ちゃん。聞きたいんですが……」

「?」

「昨日……一緒に寝たの?」

「!!」

 

その質問に小猫は顔を真っ赤にさせて煙を頭から出す。

 

そんな初々しい姿に朱乃は微笑ましくしながら小猫にしか聞こえないように耳打ちする。

 

「時々来てたから知ってるけど、あの部屋にはベッドが一つしかないから……そう思ってたんだけど……」

「そんなことしてません……」

「そうですか? てっきり久しぶりの逞しくなった幼馴染に燃え上がったのかと……」

 

だが、朱乃の言葉とは裏腹に小猫はいつもの無表情に戻って淡白に答えた。

 

「別に……ただの幼馴染です」

 

意外とドライな返答に朱乃も少し寂しげな表情に変わる。

 

「そう……ですか……」

 

自分と同じ心境……どう接すればいいのか分からなくなっていることに朱乃は小猫と共感し、少し安心した。

 

「ほーれほれ~次は握力五十キロ~」

「ギブギブ!! もうお父さんのライフはゼロだから!!」

 

そんな彼女たちの心情も知らずにカリフは父親にトドメを刺していた。

 

 

 

遊ぶのを止めてカリフは朱乃と隣り合わせに人一倍多い飯を喰らいながら今日の方針を話す。

 

「学園に来る……ですか?」

「これからオレが通う学園だからな。下見に行こうと思ってな」

「……こんな急に見学なんて大丈夫ですか? 朱乃さん」

「ん~……そこはリアスを通じて生徒会に打診しなくてはなんとも……」

 

小猫も朱乃もこの急な申し出に少し困ってしまう。

 

そんな二人にカリフはボール並の茶碗を平らげて自信満々に言った。

 

「心配するな。気付かれないようにする」

「と言われましても……でしたら今日にでも生徒会から許可をもらってからでもよろしいですの?」

「あぁ、許可されたなら“現れる”から」

「「?」」

 

カリフの言ったことに疑問を抱くが、朱乃はカリフの頬に付いている食べカスに目がいった。

 

「うふふ……」

 

カリフの変わらない子供っぽさに朱乃は微笑ましく思いながら食べカスを手で掴んでそれを……

 

口の中へ運んだ。

 

「カリフくん、食べカス付いてましたわよ」

「ん? そか」

 

あまり気にしない様子で食事を続けるカリフを朱乃は頬に赤みがかった顔で微笑み、小猫に関してはこっちを睨んでくる。

 

「朴念仁……」

「なんか言ったか? 言いたいことははっきり言え」

「……なんでもない」

 

そんなやり取りが朝に行われていた。

 

「あらあら、青春ね~」

「我が子が羨ましい……」

 

親はそんな若者たちを微笑ましく見守っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、朱乃たちは朝食を食べた後に家からカリフに見守られて学園へと向かって行った。

 

その後に旧校舎で落ち合うことを約束して……

 

 

 

 

 

 

俺こと兵藤一誠は色々な出来事に頭がパンクしようとなっています。

 

「そんな……なぜリアスお姉さまが兵藤なんかと……」

「離れてください! 汚されてしまいます!」

 

え~っと、この声は今まさに私の腕に抱きついてきている我が学園の二大お姉さまの一人! リアス・グレモリーさまにでして……!

 

こんな前置きはいりません……正直、最っ高----------------!!

 

だって今まさに俺の腕に胸が当たってるわけでありまして……!!

 

「じゃあねイッセー、後で使いを出すから教室で待っててね♪」

「あ、は、はい!!」

 

そう言いながら小悪魔的な微笑みを投げかけて行ってしまった。

 

やべぇ……今日が人生絶頂の日じゃないのか? 朝だって先輩の生乳見れたし……

 

それに、今の言葉だって“また会おうね”って意味だよな!?

 

「「くたばれえええぇぇぇぇぇぇ!!」」

 

有頂天になっていた俺の背後から悪友二人の涙の叫びと飛び蹴りが俺の頭にぶち込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、一通りの授業が終わった後、俺に待ち構えていたのは……

 

「なんでこいつが……」

 

今、俺をリアス先輩の使いとして先導するイケメン野郎の木場がいつもの爽やかなフェイスで笑いかけてきやがった。

 

「不安にならなくてもいいよ。僕がエスコートするから」

 

野郎にエスコートされても嬉しかねええんだよおおおおおぉぉぉぉぉ!! ていうかその顔イケメン過ぎてムカつく!!

 

やっぱりイケメンはこの世にいちゃいけない存在なんだ!!

 

周りからも兵藤×木場とか木場×兵藤とか訳の分からねえことまで呟かれるしよおおぉぉぉ!!

 

「ねえ、兵藤くん」

「んだよ」

 

今の俺は敵意を相当に込めた返事だろう、自分でも分かる。

 

そんな俺に木場はイケメンフェイスを崩さずに続けた。

 

「着いたよ」

 

木場に言われて初めて気付いた。

 

そこには『オカルト研究部』と書かれていた部屋があった。

 

「多分、皆揃ってると思うよ?」

 

そういってドアを開けるとそこには異様な光景が広がっていた。

 

「こ、これは……」

 

部屋中には怪しげなグッズやら仮面やら禍々しい刃物とか……ここは逃げるべきなのだろうか……

 

「やあ、早いね」

 

木場が部屋の中の誰かに手を振って挨拶する。

 

誰だろうと思ってみると、そこのソファーには我が学園のマスコットキャラの塔城小猫ちゃんが羊羹を食べていた!!

 

マジか!? この部活に小猫ちゃんが……なんてレベルの高い部活なんだ!!

 

それから次々と姫島朱乃先輩と挨拶したりシャワー上がりのリアス先輩とも挨拶したりできた!!

 

やったあああああああああぁぁぁぁぁ!! なんていい部活なんだああぁぁぁぁ!! もし、ここに入ったら俺はもうおっぱい妄想しなくても生きていけるぞおぉぉ!! ありがとうございます!!

 

「……いやらしい顔」

 

小猫ちゃんがこっちを見てそう呟いた。

 

そうか、嫌らしい顔だったか、ごめんね!!

 

そう心の中で謝っていると、リアス先輩が皆を集めて切り出した。

 

「これで悪魔全員は揃ったわね? 後は……」

「もうすぐ来ます」

 

小猫ちゃんはそういうとまた羊羹を食べ始めた。

 

やっぱり噂通り無口な子なんだ。

 

そう思っていた時だった。

 

「最初から来ている。話を続けろ」

「「「「「!!」」」」」

 

突然の見知らぬ声に全員が驚愕した直後の時だった。

 

「今のは……え!? きゃあ!!」

 

辺りを見回していたリアス先輩のソファーの下から突然に朱乃さんより首一つ小さい少年が気だるそうに出てきた。

 

どっから出てきてんだ!?

 

ソファーごと持ち上げられたリアス先輩はそのまま一緒に転ばされてしまっていた。

 

それによって先輩のパンツも見れて眼福、それに先輩の悲鳴可愛かったです、ごちそうさまです!!

 

脳内メモリーに今の光景を保存していると、その少年は不意に話を続けた。

 

「そんじゃ、始めるか」

 

 

 

 

少年によって転ばされた先輩はよろけながら立ち上がってカリフを睨んだ。

 

「あ、あなたは昨日の子……でいいかしら?」

「いかにも、オレこそがカリフだ」

 

反省してない様子のカリフと名乗る少年に先輩も額に青筋を浮かべると、そこへ朱乃先輩が落ち着いた様子で先輩を治める。

 

「部長、カリフくんに悪気はないんです。ただちょっと悪戯好きでして……」

「……朱乃がそう言うなら」

 

朱乃先輩の説得に先輩はなんとか怒りを鎮めてた。流石はお姉さまです!! 感服しました!!

 

お姉さまの手腕に脱帽していると、そのカリフと言う少年は顎をさすりながら俺の顔を覗いてきた。

 

「な、なんだよ」

「いや、綺麗に治療されてと思ってな」

「治療?……ってことは……」

 

そのワードでピンと来た。

 

そうだ、確か俺は変な男に何かで腹を……

 

「今イッセーが考えていることは正解よ……昨日のことは夢じゃないわ」

 

リアス先輩が俺の考えていることを当てると、次に朱乃先輩が続ける。

 

「お腹に光の槍を刺されて瀕しに瀕したイッセーくんを救ったのが……カリフくんなの」

「え? お前が……俺を?」

 

そんな意外な内容に俺はカリフという少年に聞くと、本人は鼻を鳴らして興味なさそうに答えた。

 

「あれはたまたまだ。お前の運がよかったとしかいえんから礼など言われる筋合いはない」

 

そう言って朱乃先輩の隣に座る。

 

そして、そこから話が進んだ……

 

 

 

 

 

正直、急に信じられるような内容では無かったことは確かだった。

 

まず、リアス先輩たちが悪魔であってこの部活はそれを隠すカモフラージュのための部室、そして俺は一度死にかけたこと……そして、天野夕麻ちゃんが俺を殺した堕天使だということ……

 

「どう? 信じてもらえた?」

「……正直、受け入れがたい部分もあります……ですが、リアス先輩が俺を助けて下さったことは分かりました。ありがとうございます!」

 

思わず大声張り上げて頭を下げると、先輩はにこやかに笑ってくれた。

 

「いいのよ、こうしてあなたを私の下僕にできたのだから……ね?」

 

やべー、リアス先輩いい人、いや、いい悪魔だよ!!

 

俺、この人の下僕になっちまったんだから……なんだか得っつーか、なんつーか……ぐふふ……

 

「さて、イッセーへの話はこれまで……後もう一つ本題が残ってるわ」

 

途端にリアス先輩の表情が引き締まり、朱乃先輩の隣の少年に目を向けると……

 

「zzz~……」

「部長……寝てしまいましたわ……」

 

部室の隅で寝てた……

 

な、なんなんだあいつは……

 

「早く起こして下さい……」

 

なんか小猫ちゃんが半目で呆れている……

 

「そうね……というよりよくもまあ、周りが悪魔だというのに寝れるわね……」

「あはは……相当に神経が図太いですね」

 

リアス先輩も木場も苦笑していると、朱乃先輩に起こされた少年は目を擦って欠伸しながら起きてきた。

 

「……なに? もう終わった?」

「終わったって……まあいいわ。次はあなたに聞きたいことがあったのよ」

 

気を取り直して少年に聞く。

 

「あなたがイッセーを堕天使から助けた結果は変わりない。まずは礼を言うわ」

「あ、ありがとな」

 

確かに聞けばこの少年がいなければ俺は今頃いなかっただろう……やっぱそれについては礼を言わないとな。

 

とりあえず、礼を言うと少年はさほど興味無さそうに呟いた。

 

「ふん、昨日はマジで偶々だったから故意はない。よって、それの礼もいらねえ」

「そう言ってもらえると助かるけど……あなたは今後からこの戦いに関わらない方がいいわ」

「……あ?」

 

リアス先輩がそう言うと、少年の顔つきが劇的に変わった。

 

それはさっきまでの寝顔からは比べ物にならないほどの変わりようだった。

 

平静を保ちながら明らかに怒ってるという一番怖い怒り方だった。

 

周りもそれに委縮してしまい、リアス先輩も怯んでしまうがすぐに持ち直す。

 

「こ、今回は運が良かったけど、次があるとは思えないわ……」

「いーや、次で終わらせてやるよ……奴はどの道ぶち殺し確定だからなぁ……」

 

そう言った瞬間、テーブルに突如として亀裂が奔った。

 

ちょっ! こんな現象初めて見た!! つーか今度は怪しい笑みを浮かべてるからマジ怖いです!!

 

とりあえず、リアス先輩は溜息を吐いて打診した。

 

「じゃあこうしましょう……私が危ういと思ったらあなたの意見に関係なく追い出すわ」

「小猫と朱乃は?」

「二人は私の眷族だから一緒に戦って……」

「なら、オレは必ずその堕天使を殺す。だれが止めようともだ……」

 

ん? なぜここで朱乃先輩と小猫ちゃんの名前が?

 

そう思っていると、当の二人は意外そうに眼を見開いていた。

 

「この二人には約束がある……それまではこの二人を死なせるわけにもいかんし、なにより両親を世話してくれた恩もある……堕天使だろうが天使だろうが神だろうが軍だろうが仇成すようならオレが直々に裁く。これだけは譲るわけにはいかねえな」

 

当然のように言った言葉に朱乃先輩は『あらあら……うふふ』と顔を紅くして満更でも無さそうに笑って、小猫ちゃんに至っては同じく顔を紅くさせて俯いていた……明らかに照れてますね……

 

「そんな恥ずかしいことよく言えるね……」

 

小猫ちゃんはそういう意味で顔を赤くさせているのか……まあ、聞き様によっては告白だしね、これ。

 

ただ、リアス先輩はそれに難色を示していた。

 

「あなたの目的は……」

「それ以外に理由などない、必要ない」

「……」

「あぁ、心配せずとも必要以上には介入はしない。もっとも、気分で動くこともあるからな」

 

そうは言うが、さっきとは一変させてソファーにもたれかかって言う。

 

その一応の打診にリアス先輩も一手先を言われたことで顔を顰めた。

 

「……分かったわ。それならいいけど……」

 

いいんだ!? でもまあ、俺を助けてくれたし、今の所は信用してもいいかな。

 

とりあえずはそんな感じで今日の話は終わった……

 

それにしても今後はリアス先輩を部長と呼ぶこと、朱乃さんと呼んでも問題はなくなった。

 

後は、今後は部長の下僕として悪魔家業を頑張っていこうと思う!!

 

なんでも、強くなればハーレムも夢じゃないっていうからさ!!

 

それなら迷う必要はねえ!! 俺は俺の道を行くだけだ!!

 

「ハーレム王に俺はなる!!」

 

決意をそのままに高らかに叫んでやった。

 

俺の人生はここから始まるぜ!!



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仕事拝見

あの時の傍から見ていた光景は滑稽というかなんというか……

 

「何日もつかな……」

 

カリフは妙に張りきっていた兵藤一誠とか言う奴のことを思い出す。

 

あれはどう見ても戦いの『た』の字も知らない様子だった。

 

あの後しばらくは傍観していたのだが、どうもあれはリアスとかいう女にのせられてたな……目的がハーレムなんて分かりやすいが、そこまでの道のりのことを全く考えていない。

 

よくいる山の山頂だけを見つめて道のりに躓く典型的だと感じた。

 

不意に自室で洩らした一言に二人が反応した。

 

「……なにが?」

「あの兵藤とか言う奴だ、聞く限り頑丈なのは分かる……だがなぁ……」

 

パジャマ姿の小猫にそう言うと、もう一人が言ってきた。

 

「うふふ、心配してますの?」

「違う。ああいうのが無闇に戦いに介入されると邪魔で仕方ねえんだよなぁ……」

 

そこには同じく寝間着姿の朱乃がシャワーから出てきていたのか艶やかな黒髪を櫛でとかしていた。

 

実は、朱乃が生徒会へカリフの見学のことを話して承諾してもらった。そのため、朱乃と小猫が学園を一日案内しようと思って鬼畜家で一泊することを選んだのだ。

 

カリフは精神統一をしながら答える。

 

「ま、ああ言った欲望に忠実な奴は嫌いじゃないし、“ハーレム”なんて典型的な絶滅危惧種は面白いと思ったぞ?」

 

思い出し笑いしながら笑うカリフに小猫はベッドの上に乗って聞いた。

 

「……意外」

「なにが?」

「カリフくん、そういったことに興味が無いのかと……」

 

小猫がそう言うと、カリフは少し心外そうに言った。

 

「今はそんな感情は芽生えてはいない……だが、性欲も生きる上で必要不可欠! いずれオレも目覚めるだろうよ」

「あらあら、目覚めるとどうなるのかしら? うふふ……」

「さあな、ただ……」

「ただ?」

 

カリフは洗面用具を探しながら続ける。

 

「そいつ等の間に“愛”さえあればたとえハーレムだろうがいいんじゃねえの?」

「でも、それって優柔不断というか……不健全とは思わないの?」

「小猫は大多数の女を抱く男を不健全と思っているのか?」

「……世間ではそうなってる」

 

その一言をカリフは鼻で盛大に笑い飛ばして言った。

 

「オレはそのハーレムという行動事態は不健全とは思わない。今まで世界を見てきてそういう状態の動物なら数多に見てきた」

「人と動物を一緒にするんですの?」

「元来は皆同じだ。命の重みに人も動物もない」

 

自分用の寝巻を小猫に投げて取ってもらう。

 

「真に不健全なことは大多数の女を抱くことじゃない、その女たちに“親愛”を抱けないことが最も愚かなことだとオレはそう思う」

 

あまりに意外なワードに二人もポカンとしていた。

 

「人や悪魔など考える生物は“愛”を感じることができる。その愛を抱く奴等は共通して人生を精一杯謳歌していた……オレも性欲が湧く時はそんな愛を欲しがるだろうよ。一時の性欲に身を任せて己をさらけ出すなど言語道断、死に値する」

「……もしカリフくんの愛する人が複数いたら……どうするの?」

 

小猫の質問に朱乃も手を止めて聞き耳を立てると、カリフはすっごくいい笑顔で答えた。

 

「手に入れるさ、オレは我慢もしなければ慎みもしない。二人だろうが三人だろうが百人だろうがそいつ等を全て愛し、そいつ等に続くガキ共も愛し、そいつ等を生涯愛し続けて抱き続ける!! そして女からは愛され、愛されながら過ごし、愛されながら抱き合い、愛されながらこの身の生涯を全うしたい! オレは愛したいし、愛されたりもしたい! オレは欲しい物は必ず手に入れる!!」

 

カリフの人生論はあまりに壮大、あまりに無謀、そして、あまりに魅力的だった。

 

カリフの人生哲学は苦悩無き人生

 

傍から見れば過酷だと思える特訓も夢に向かう布石であって苦だと思ったことは無い。

 

そこで、もし気に入った女性が現れたら?

 

決まっている……どちらも食らう。

 

両方を抱き、両方を生涯に渡って愛する。

 

誰でもいい訳じゃない、抱くのは真にいい女だけであり、あまりに厳しい条件

 

女を抱きたければ抱け。

 

しかし、互いに愛を感じない性交など人生の中で最も無駄

 

抱くなら愛し、愛され、それでも足りぬ男と女になれ。

 

これこそがカリフの考える生き方であり、人生設計である。

 

「ま、今の時期に抱く女などいるわけねえ……今は性より戦を最優先させるだけさ」

 

そう言いながら意気揚々と風呂場へと行った。

 

「あらあら……うふふ……」

「……」

 

朱乃はいつもの笑みで何かに期待していたり、小猫そっけないフリをしながらもカリフの顔をチラチラと見つめていた。

 

(カリフくんの女……か……)

 

そう思うだけで胸に違和感を覚える。だが、それを無理矢理抑えつけて小猫は就寝する。

 

こうして鬼畜家の一日が過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

そして、朝がやってきた。

 

全員は起床し、リビングのテーブルで食事する。

 

「いや~、カリフがあの学園に行くなんてな~……」

「今日は時間もありますからたっぷり案内させてあげられますわ」

「分からないことがあったら言って?」

「おーい! 卵かけご飯の卵をあと二つちょうだいな!!」

「ふふ……」

 

やっぱり朝っぱらから賑やかだったのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

そして、そのままカリフは制服に着替えた……つもりだったが……

 

「あらあら……これは困りましたわ……」

「……発注ミス」

 

以前から届いていたカリフ用の駒王学園指定の制服を頼んだつもりだったが、どこで間違えたのか制服はと言うと……

 

「これはこれでいいな」

 

黒の帽子を深く被り、なぜか鎖の付いた長ランだった。

 

うん、どこの番長だ、と見た人はそう突っ込むだろうがカリフの雰囲気がそれを許さない。

 

長ランの下はワイシャツでなく赤いアンダーシャツだけだから胸筋やら筋肉が浮かび上がっている。しかも、カリフの悪い目つきなどの特徴からとてつもない威圧感が感じられる。

 

まんまスケールを小さくした空条○太郎である。

 

「まあ、このまま行くさ。これは気に入った」

「あらあら……よろしいんですの?」

「……注目は必須」

 

結局、そんな番長スタイルで行くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえねえ、あの人……番長?」

「なんだか迫力があるね……でも朱乃お姉さまよりは年下……なのかしら?」

 

思った通り、いざ見学となると相当目立っている。

 

ただでさえ番長スタイルで目立っているというのに、そんな少年の付添はというと……

 

「な、なんで朱乃お姉さまが別の男と……」

「そんな……小猫ちゃんが~……」

「両手に華を持って登校……だと?」

「ははは……爆発してくんねえかな?」

「死ねばいいのに死ねばいいのに死ねばいいのに死ねばいいのに……」

 

学園を代表するお姉さまの朱乃とマスコットの無敵ロリの小猫と登校してきた謎の少年番長に呪詛と怨恨をぶつけていた。

 

そんな好奇な視線と陰口にカリフはイライラが溜まり……

 

「鬱陶しいぜてめえ等っ!! 言いてえことがあるなら前に出てきてはっきり言いやがれ!!」

 

Tシャツ越しでも分かる鍛えられた肉体、威嚇と言っていいほどの怒声、そして必殺の番長スタイルに野次馬は喋るのを止めて固まってしまった。

 

あまりに覇気の籠った声に委縮する生徒たちを見て小猫は溜息を吐き、朱乃はニコニコと笑うだけだった。

 

「周りの生徒を怖がらせてはいけませんよ? うふふ……」

「カリフくんは私と来て。一年の教室を案内するから」

 

そう言うと、小猫はカリフの手を取った。

 

それによって周りから様々な声が聞こえてくるが、今のカリフにとってはどうでもいいことだった。

 

黄色い声と呪詛の声に祝福されながら校舎の中へと導かれていったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが保健室で……ここが……」

 

小猫はいつもの通り物静かに深い所は話さずに簡潔に話すが、どこか楽しそうに笑っている。

 

カリフはその様子になんの疑問も持ってはいなかったが、周りの視線がより一層強くなった。

 

あまりにいい雰囲気に嫉妬のオーラが一層強くなる。

 

すると、さらなる訪問者に周りが湧いた。

 

「あらあら、やってますのね。うふふ……」

『『『おおおおぉぉぉぉ!!』』』

 

頬に手を当てて優雅にやって来た朱乃にギャラリーが湧いた。

 

本人もそれに笑顔で答えながらカリフへと近づく。

 

「うふふ、学校の様子は分かりましたか?」

「あぁ、小猫のように場所だけ教えてくれるのは助かる。余計な情報はいらねえ」

「そうですか、それじゃあお昼休みなんですが、私と小猫ちゃんと一緒に食べませんか?」

『『『な、なんだってーーーーー!?』』』

 

朱乃の一言に周りの、主に男子の悲鳴が上がった。

 

そんな声を無視してカリフは堂々と続ける。

 

「いらん、こういうのは一人でいい……オレもお袋から弁当はもらったんだ。お前等はそれぞれ好きなように食えばいい」

 

まさかの学園きってのお姉さまからの申し出を断るカリフに周りがさらにヒートアップ

 

「冗談だろ!? 姫島さんのお誘いを断りやがった!?」

「なんて野郎だ!! くそ! 爆発しろ!!」

「小猫ちゃんと姫島さんとのお昼なんて……そんな理想郷をオレたちは味わえないというのに……おのれぇ!」

 

より一層嫉妬のオーラが振り撒かれる中、小猫と朱乃が互いにアイコンタクトで頷き合った。

 

「私のお弁当は手作りですわ。久しぶりにおばさまの手料理も食べてみたいですし」

「……食べ比べ」

「……うむ」

 

カリフはその提案の後にポケットに手を入れて言った。

 

「……どこで食う?」

「屋上なんてどうですか?」

「とてもいい所」

「……やれやれだぜ」

 

長ランをたなびかせて屋上への道へと進むと、二人も笑いながら両隣になって付いて行く。

 

「二人の美女と弁当のつつき合い……」

「う、うら”やまじい!!」

「リア充死すべし!!」

 

男子からの怨恨の声が廊下を埋め尽くし……

 

「ねぇ、あの子って一年なのかな?」

「すごいクール……でも男らしい……」

「恰好いい……」

 

女子からの熱いまなざしをも全て無視してカリフは悠々と屋上へと向かって行った。

 

その中には学園を代表するエロ三人組がいたとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうですか? この学園は」

 

屋上では弁当をそれぞれ広げた小猫、朱乃、そしてあまりに場違いなカリフが腰を下ろしていた。

 

朱乃はオットリと聞くと、カリフは帽子を深く被って答えた。

 

「学校内からリアス、イッセー、祐斗の気配以外にもさっきの生徒会とやらのメンバー全員、それに誰も気付いてないようだが元から人間でない気配を宿す悪魔がちらほら……噂通りだ」

「あらあら、生徒会だけでなくギャスパーくんのことも分かりましたの?」

「ギャスパー? 誰だ」

「…へたれヴァンパイア」

 

小猫のヴァンパイアと言う所に反応はするが、今はどうでもいいと片付けて「そうか」とだけ言って小猫の弁当を箸で食べる。

 

すると、朱乃はおもむろに肉じゃがを摘まんだ箸を近付けてきた。

 

「はい、アーン」

「……どういうつもりだ? 朱乃」

「どうも何も……そんな冷たいこと言うなんて酷いですわ……」

 

そう言ってヨヨヨと涙を見せる演技

 

カリフも演技とは知っているが、別に自分の損がある訳ではない。

 

そのため、拒否する必要も無かった。

 

「あ」

 

カリフは口を開けた。

 

「あらあら……うふふ」

 

それを確認した朱乃は嬉しそうに泣き止み、その箸をカリフの口に入れた。

 

そして、ジャガイモを食べるとカリフは感心したように言った。

 

「ほう……じゃがいもにしっかりと味が染み込み、かと言って崩れるほど柔らかくない……ゆで加減も絶妙でいながら味も損ねていない……料理酒、みりん、醤油、砂糖……全てがよく混ざり合ったいい味だ」

「よかったですわ……お口に合って」

「はっきり言おう。美味かった」

 

その一言に朱乃はお姉さまのキャラを捨てて本当に嬉しそうに照れた。

 

「そんな、嫌ですわ! 急にそんなこと言われるなんて思わなかったから……」

 

そんな彼女の姿を見ればだれでもギャップ萌えを起こすだろう、それくらいに可愛らしくイヤイヤと体を振っていた。

 

だが、カリフはそんな彼女に構うこと無く弁当を食べる。

 

「……」

 

小猫はただ、無言で二人の様子を見つめるだけだった。

 

 

 

学園案内を終えたカリフは朱乃たちと別れて旧校舎の部室に一足先に来ていた。

 

「……寝よ」

 

カリフはやることが無くなったと思い、旧校舎のあの部室へと向かったのだった。

 

そして、カリフは部室の中のソファー一杯に寝転がった。

 

「ふあ……ん……」

 

そして、そのまま眠りについたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、時計の針がある程度の時間を刻んだ時だった。

 

「?」

 

カリフは何らかの音を察知して戦闘モードのまま起き上がったが、その気を理解して殺気を消した。

 

「小猫……か」

「……寝てたの?」

 

ドアをできるだけ静かに開けていた様子の小猫はまた静かにドアを閉めるとカリフのすぐ近くまで近付いて見下ろす。

 

「まだ皆が集まるのは先……まだ寝る?」

「そうさせてもらうぜ。寝起きだから今イチ目も冴えてねえ……」

 

そう言うと、小猫は頷いてカリフとは反対側のソファーに座りこんだ。

 

そして、しばらくしてカリフの寝息が部室内に広がったのだった。

 

 

 

 

「……来たか」

「うん」

 

そう言ってカリフはいきなり目覚めると同時にソファーから身を起こす。小猫も同様に姿勢を正した。

 

そこにリアスが入って来て唐突に言った。

 

「カリフ、私たちはこれから大公の依頼に行こうと思うんだけどあなたも行く?」

「……依頼?」

「えぇ……」

 

リアスは妖しく笑いながら言った。

 

「はぐれ悪魔の討伐……にね?」



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悪魔初仕事

そこは何も無いただの廃墟

 

だが、そこには邪悪な気が一つ動いている。

 

これからその廃墟に住まうはぐれ悪魔の討伐へと足を運んでいる所だ。

 

「はぐれ悪魔、爵位持ちの悪魔に下僕としてもらった物が、主を裏切り、または主を殺して主なしとなる事件が極稀に起こる。まあ、簡単に言えば野良犬よ。野良犬は害を出す……見つけ出し、主人、もしくは他の悪魔が消滅させることとなっているのが悪魔のルール……これは、他の存在でも危険視されていて、天使や堕天使側もはぐれ悪魔がいたらみつけしだい殺すよう命じられてるの。今回はそれを討伐するよう、大公から依頼が来たそうだ」

「説明ありがとさん」

「あなたはもう少し勉強する態度を見せて頂戴」

 

カリフは廃墟に向かっていると、なにやらさっきまで威勢よく睨んでいたイッセーが少し落ちこんでいる。

 

なにやら忙しい奴だと思いながらイッセーに聞きに来る。

 

「なんだ、辛気臭いツラひっさげて」

「え? あ、あぁ、カリフか……いや、ちょっと朝のことを思い出して……」

「朝?」

「うん……あのさぁ……」

 

そこからイッセーは話していった。

 

今朝に出会った傷を治す神器を持ったシスターのこと、だがそのシスターとはもう関われないということ、そして、ついでにイッセーの神器も発動したということが分かった。

 

「ふーん……アーシアってのは別にいいけど、お前の神器と言う奴か……堕天使が恐れたくらいだ。いかほどのものか見てみたい所だ」

「……」

 

自分が死ぬ原因となったことを指摘されて若干落ち込むが、その直後にリアスが口を開いた。

 

「ほら、二人共。そろそろ気を引き締めて」

 

部長の声に俺たちは廃屋の中に入り込むと、小猫ちゃんとカリフが不意に言った。

 

「……血の匂い」

「気付いたか……しかもこの匂いの中に腐食しかかっている血の匂いも混じってるな……大体一ヶ月前くらいからいたのは確かだな」

 

血の匂いって……二人共嗅覚がいいのかな……でも、カリフって人間なんじゃあ……

 

制服の袖で鼻を覆う小猫ちゃんとカリフがつまらなさそうに腕を組んで帽子の隙間から鋭い眼光を光らせる。

 

……たしかにここはとんでもない殺意と敵意がハンパじゃないし、震えてる。マジで怖い……

 

「やれやれだぜ……」

 

そんな中でも堂々としている部長や仲間たちがとても頼もしい!

 

ていうかカリフって人間だよな? なんでそんな平気でいられるんだ……?

 

「イッセー、それにカリフ、いい機会だから悪魔としての戦いを経験しなさい」

「マ、マジっすか!? 俺、戦力になりませんよ!」

「つーかちゃんと戦わせろよ」

 

カリフは別のことを言ってるが、部長はそんなこと構わずに言う。

 

「イッセーは今回見てるだけでいいの。カリフも小猫や朱乃の力も見た方がいいと思って……」

「……少しだけだ」

「ええ」

 

部長の言葉に渋々と言った感じで引き下がる番長を確認すると、そのまま続けた。

 

「今日は悪魔の戦いをよく見ておきなさい。ついでに下僕の特性も説明してあげる」

「特性? 説明?」

「ほう? 初耳だ」

 

カリフも意外そうに目を見開いた。

 

「主となる悪魔は下僕に特性を授けるの。……そうね、悪魔の歴史まで遡るんだけど……」

「昔に堕天使、天使、悪魔の三勢力が三つ巴のドンパチしてたってのは聞いた……それに関係してるのだろう?」

 

カリフが静かにそう言うと部長は意外そうにしながらも首を縦に振った。

 

「鋭いわね。その通り、その戦でそれぞれの勢力は激減、純血悪魔も結構な数を失ったの」

 

すると、そこで朱乃さんが引き継いだ。

 

「その戦争は終わりましたが、堕天使と神との睨み合いは続いてます。いくら互いが危ういとしても少しでも隙を見せれば危ういほどなんです」

 

部長が再び続ける。

 

「そこで悪魔は少数精鋭の制度を取ったの。それが悪魔の駒(イーヴィル・ピース)」

「イーヴィル・ピース……」

 

それからも話は続いた。

 

その制度は人間界のチェスをなぞらえた物であった。主が『王(キング)』であり、そこから『女王(クイーン)』、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』、『僧侶(ビショップ)』、『兵士《ポーン》』の五つの特性がある。

 

軍団を持てなくなった代わりに少数の下僕に強大な力を分け与えたのが始まり。

 

そこでは自身のアピールと共に下僕の自慢も含めて爵位持ちの悪魔に好評だった。

 

悪魔の間ではそんな下僕同士を戦わせるのを『レーティングゲーム』と呼んでいるらしい。

 

「私はまだ成熟した悪魔ではないから公式試合には出場できないの」

「え? じゃあ木場たちも参加したことないのか?」

「うん。もっと先のことになるだろうしね」

 

そっか、悪魔の世界にも色々あるんだな……

 

そこで気になるのは俺の特性だった。

 

「部長、俺の駒、役割や特性ってなんですか?」

「そうね、イッセーは……」

 

そこまで言うと部長は止めた。

 

今の俺にでも分かる。さっきまでの殺意と敵意が濃くなったからだ。

 

「不味そうな臭いがするぞ? でも美味そうな臭いもするぞ? 甘いのかな? 苦いのかな?」

 

聞いただけで分かる人ならざる声に頭が恐怖に支配されちまった……

 

「はぐれ悪魔バイサー。あなたを消滅しにきたわ」

 

部長は一切臆さずに響かせる。

 

ケタケタケタケタケタケタケタ……

 

異様な笑いに寒気が全身を奔った。

 

そして、暗がりの中からゆっくりと現れたのは上半身裸の女性だった。

 

だが、女性の巨大な獣の下半身を持ち合わせていた。

 

両手に槍らしい得物をそれぞれ一本ずつ持っている。

 

獣の部分は四足で全ての足が太い。それだけでなく鋭い爪、独立して動く蛇の尾、そして体も五メートルはありそうな巨体であった。

 

やべぇ怖い!!

 

「主のもとを逃げ、己の欲求を満たすだけに暴れ回るのは万死に値するわ。グレモリー公爵の名において、あなたを消し飛ばしてあげる!」

「こざかしいぃぃぃぃ! その紅の髪のようにお前の身を鮮血で染め上げてやるうぅぅぅぅ!」

 

吼えるバケモノに部長たちは臆しない。

 

「雑魚ほど洒落のきいた台詞を吐くものね。祐斗!」

「はい!」

 

近くにいた木場が部長の命令で飛び出した。速すぎて反応できなかったぞ!

 

「二人共、さっきの続きをレクチャーするわ」

「さっきの特性……祐斗の速さか」

「そう。祐斗は騎士で特性はスピード。文字通り速くなるの」

 

部長に応えるように木場の姿がどんどん速くなって目で追い切れなくなった。

 

「そして最大の武器は剣」

 

その手にはいつの間にか西洋剣らしきものを握り締めていた。

 

バケモノの槍も掠らせもしない。

 

「次……か」

「え?」

 

カリフの一言に俺が尋ねようとした時、木場が鞘を剣から外して抜き身にする。

 

そして再び消えた瞬間、バケモノが悲鳴を響かせた。

 

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

バケモノの両腕は槍と共に胴体から断罪されていた。傷口からの出血も激しい。

 

「これが祐斗の力。目では捉えきれない速力と、達人級の剣捌き、二つが合わさる事であの子は最速のナイトになれるの」

 

すると、バケモノの足元に小柄な人影……ってあれは小猫ちゃん!

 

「次の小猫の特性は……」

「小虫めぇぇぇぇっ!」

 

バケモノが小猫ちゃんを踏み潰しやがった!

 

ちょっと、これはヤバイ!

 

「~♪ なるほど、あれが小猫の特性か」

 

だが、隣のカリフは口笛を吹いて感嘆していた。

 

その先を見ると、バケモノの足を小猫ちゃんが持ち上げていた。

 

「戦車の特性はバカげた力と屈強な防御力。あれくらいじゃあ小猫は沈まないし、潰せないわ」

 

そして、小猫ちゃんは完全にバケモノの足をどかした。

 

「……吹っ飛べ」

 

小猫ちゃんは高くジャンプしてバケモノのどてっ腹に拳を打ち込んだ。

 

巨体が大きく吹っ飛んだのを見て思った。

 

小猫ちゃんには逆らわないようにしよう……

 

「最後に朱乃ね」

「はい部長。あらあら、どうしようかしら」

 

朱乃さんは依然としてうふふと笑いながら小猫ちゃんの一撃で倒れている元へ近づく。

 

「朱乃は女王。私の次に強い最強の者。兵士、騎士、僧侶、戦車の全ての力を備えた無敵の副部長よ」

「ぐぅぅぅぅぅ……」

 

バケモノが朱乃さんを睨めつけていると、朱乃さんは不敵に笑う。

 

「あらあら、まだ元気ですね? それならこれはどうでしょう?」

 

その時、朱乃さんが天に手をかざした刹那、天空が照り輝き、バケモノに雷が落ちた。

 

「ガガガッガッガガガガガッ!」

 

激しく感電させて焦げるバケモノ。

 

「あらあら、まだ元気そうね? ままだいけそうですわ」

 

再び雷がバケモノに直撃した。

 

「ギャァァァァァァァァァァァァァァッ!」

 

断末魔を上げて感電するバケモノ。

 

だが、朱乃さんは再び雷を落とした。

 

「ぐああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

……やばい、この人冷徹な嘲笑を浮かべてるよ……

 

「うむ……人は十年で大分変わるものだな……まだまだヌルい! もっとやれ!!」

「はい!」

 

カリフの激励に朱乃さんは振り返って乙女のような可愛らしい笑顔で返してまた雷を落とす。それでいいのかお前は!?

 

「朱乃は魔力で雷や水、炎といった自然現象を起こして攻撃するの。そして究極のSよ」

「Sってレベルじゃないですよ! まだあんなになるまで……!」

「ああなったら興奮が終わるまで止めないわね」

「……怖いっす……朱乃さん」

 

そう話していると、朱乃さんは悦に浸った顔で攻撃を止めた。

 

「うふふ……まだまだ足りないけど、カリフくんもやりたがってるからここまでにしてあげる……」

「おい、もうそいつ怪しいぞ? 大丈夫か?」

 

カリフが焦げたバケモノの近くで覗くと、朱乃さんと小猫ちゃんがカリフに近付いてきた。

 

「うふふ……どうですか? 私たち強くなりましたわ」

「昔とはもう違う……今度は私たちが守るから……」

 

昔? 二人は昔に何かあったのかな?

 

そんな二人はカリフを優しく見守りながら続けた。

 

「貴方は人間です……今まで何してたか分かりませんが……」

「できるだけ関わらない方がいい……この前は人間だと甘く見てたから次はああはいかない」

 

朱乃さんはさっきの様子と一変して心配そうにカリフの目線にまで同じになる様に屈み、小猫ちゃんも強めに言いながらも心配そうに胸で手を握る。

 

……なにやら根深いことがありそうだね……あまり詮索しない方がいいのかな?

 

美女二人に心配されるカリフはというと……

 

「……だからお前等は強くなった……と言う訳か……」

 

物静かに呟いていた時だった。

 

「この虫けらどもがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「「!?」」

 

黒焦げになっていたバケモノが急に起き上がってカリフたちになにやら黒い球を口から形成させていた。

 

「魔力の弾!?」

「危ない! あれじゃあ直撃する!!」

 

部長と木場が慌てて駆けつけようとするが……

 

「止めい!」

「「「「「!!」」」」」

 

突然の大音量のカリフの声に全員の体が硬直させてしまう。

 

そして、カリフは臆することなく片手をバケモノに添えた。

 

その瞬間、カリフの手が一瞬消えたと思った時、バケモノが後方へと吹っ飛んだ。

 

「ゴバアァァァァァァァッァァァァァァ!!」

 

口から血ヘドを吐きながら廃屋の壁を貫いてしまった。

 

……今のって、カリフが……?

 

「ぶ、部長。何かしました?」

「い、いえ……祐斗は何か見た?」

「はい……カリフくんの手が消えた後にバイザーが血を吐いて飛んでいったとしか……」

 

俺たちだけでなく、朱乃さんと小猫ちゃんも一様に驚愕していた。

 

な、これって……

 

「その心がけは殊勝だと言っておこう……確かにオレには魔力などない人間さ……」

 

カリフは拳を握ったまま話を続けた。

 

「だが、代わりにこの腕力を育て続けた……戦いのため、約束を守るためでもある……」

 

カリフはポケットに手を突っ込んで二人に向き合った。

 

「オレは守られるために帰って来たんじゃない……それだけは忘れるな」

「……はい」

「……うん」

 

戒める様な声色に二人は居心地悪そうに沈んでしまったが、後にカリフはなぜか笑った。

 

「だが、お前たちもよく成長したな……」

 

その言葉に二人は再び顔を上げる。

 

「理由はどうあれ、あの時のガキがここまで成長した……それが見れただけでもここに来た意味があったと不覚にも思ったぞ」

「あ……」

 

そう言ってカリフはフっと比較的優しく笑いながら長ランをたなびかせて廃屋から出る。

 

「先に帰る……今日は中々いいものを見れたぞ……礼を言おう。リアス・グレモリー」

 

そう言いながら闇の中へと消えていった……最後の最後まで謎の多い奴だった……

 

朱乃さんと小猫ちゃんはどこか嬉しそうにしながら俺たちに顔を見られないようにしていた。

 

「……まさかあそこまでだったなんて……あの子なら……」

「部長?」

「……いえ、何でも無いわ。祐斗、バイザーは?」

 

部長は木場に尋ねると、いつの間にかバケモノに近付いていた木場は首を横に振った。

 

「だめですね。絶命してます」

「そう……」

 

あ、あのバケモノを一撃で……カリフってもしかしたらとんでもなく強いんじゃあ……

 

「今回は私の出番は無かったからまたいつか私の力も見せてあげるわね?」

「は、はい……でも部長」

「なに?」

「……俺の特性って一体……」

 

ここまで来ると嫌な予感しかしなかった。

 

人であるカリフがあそこまで強いってことは俺がここの中で最弱ってことだよな……それでも縋りたい気持ちがあったので聞いてみると……

 

「兵士よ。イッセーは兵士なの」

 

我が部長は微笑みながら俺をどん底へと突き落としたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

(悪魔になれば力の底上げも半端じゃないな……)

 

夜道を一人、カリフが歩く。

 

(クククク……あの弱っちかった奴らがあそこまで化けたのだ……これからはもっととんでもない奴が出るだろうよ……)

 

そう言いながらカリフはオカ研メンバーを思い出す。

 

(……時間が経ったら誰か一人……つまみ食い程度なら文句ないだろう)

 

これからの成長に胸を躍らせるのであった。

 

(強くなれ……そしてオレを快楽で一杯にしてくれ! そのためだけに強くなってくれさえすればいい……)



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はぐれエクソシスト

「は? 会長?」

「えぇ、今日もまた山に行くんでしょ? だからついでにこの回覧板とおはぎを持っていって欲しいの……あの方は私たちを随分とお世話してくださったし……」

「世話? いつ?」

「幼少時代のあなたの素行を大目に見てくれてたの」

「あぁ~……」

 

鬼畜家の昼下がり、修業へと向かおうとしていたカリフに母親が言った。

 

回覧板と町会長の好きなおはぎを持っていって欲しいと……

 

小猫は登校で不在だからいない。なので持って行って欲しい。

 

「めんど……」

「今日は焼き肉バイキングに行きましょう?」

「任された」

 

母親は既に息子を知り尽くしていたのだった。

 

それでいいのか戦闘民族……

 

カリフは回覧板とおはぎの包みを持って家を離れたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、俺こと兵藤一誠は夢へと向かって走り出していた。

 

俺は駒の中で最弱の兵士だった。

 

だけど、部長の話も思い出した。

 

レーティングゲームでは活躍さえすれば注目を集める。それは兵士も例外じゃない。

 

確実に成果を上げていけば出世する。

 

「うしっ! 頑張りますか!」

 

俺は今回の依頼者の家へと辿り着いた。

 

「ごめんくださーい。グレモリーの眷属悪魔でーす」

 

ドアをノックしてみるも返事はこない。

 

怪訝に思いながらもドアノブを回すと、カギは開いていた。

 

出かけてカギを閉め忘れたのか? だけど、ここはお得意さまって聞いたし、時間忘れて出かけるのもおかしい話だよな……

 

「おじゃましま~す……」

 

とりあえずこのままじゃ危ないからとりあえず一歩だけ入った。

 

「……」

 

その瞬間、何やら嫌な予感がした。

 

何やら人の気配が無い……だけどそれだけじゃない。

 

そんな胸騒ぎを押し殺して俺は家の中へと入った。

 

そして、廊下の奥のうっすら光る部屋へと導かれるように足を運んでいった。

 

そして、その部屋に入ってみると、そこの部屋の壁には何かが貼り付けられるようにぶら下がっていた。

 

そして……俺は人間の惨殺死体を見てしまった。

 

切り刻まれ、臓物らしきものが傷口から零されて貼り付けられた……

 

「ゴボッ」

 

俺はその場で吐いてしまった。

 

それはそうだ、逆十字の恰好で手足、胴体に釘を打ちつけられているのだから……

 

異常だ……こんなこと普通の精神じゃできねえよ!

 

血でできた床の水溜りと壁に描かれた血の文字に視線がいった。

 

「な、なんだこれ……」

「『悪いことする人はおしおきよー』って、聖なるお方の言葉を借りたのさ」

 

突然聞こえてきた声に振り向くと、そこには白髪の神父らしい男がいた。

 

「んーんー。これはこれは悪魔くんではあーりませんかー」

 

ニンマリ笑いかけてくて実に嬉しそうだ……だが、こいつの神父服を見て部長の言葉を思い出した。

 

悪魔祓い(エクソシスト)

 

神の祝福を受けた悪魔の仇敵……マズい……

 

これはどう考えても最悪の状況だ……

 

「俺はフリード・セルゼン。とある悪魔祓い組織に所属中の正義の味方で~っす♪ あ、でも俺が名乗ったからってお前は名乗らなくていいから。クソ悪魔の名前なんて俺の脳内メモリの中に保存する必要ないから、止めてちょ。大丈夫すぐ死なせてあげっから、最初は痛くてもすぐに快感になるから新たな扉を開こうZE」

 

なんだよこいつ! 気持ちわりい!

 

舌をダランと垂らしながら笑ってくる神父に嫌悪感しか生まれない。

 

「あの人……お前が……」

「あそこのお人は悪魔を呼びだす常習犯で取り引きまでしちゃったんですよ? そんな奴は人間としてクズ、論外! なら殺すしかあーりませんか?」

 

そ、そんなことで人を殺すのかよ!?

 

「俺たちを殺すのがエクソシストなんだろ!? それを人を殺すってなんなんだよ!!」

「はあぁぁぁぁ? 悪魔の癖に説教ですか? 笑っちゃった笑っちゃった♪ だって人間の欲望を糧にする悪魔はクズなんですよ? さらにそんなクズに頼っちゃうんですからもう終わり、首チョンパな訳で俺の財布も潤っちゃうんですよ? 最高じゃね? 最高じゃね?」

「悪魔でもこんなことはしない!」

「クソにクソ呼ばわりされたくないのですのことよん。悪魔がクソなのは太古からの常識なわけでございまする~」

 

そう言いながら神父は懐から拳銃と刃の無い柄を出す。

 

柄からはブォンと空気の振動する音と共に光の刃が現れた。

 

「さあ! 今夜のご注文は悪魔のみじん切りだよー! 出血大サービスぅ!」

 

そう言いながらこちらへと向かってきた時だった。

 

「あーらら、こんなに汚しちまいやがってまぁ……」

 

突然に聞こえた別の声にフリードの動きが止まる。

 

「あらら? お客さんですか?」

「うん、この回覧板とおはぎをな……」

「これはこれはどうも御苦労さま~」

 

何事も無いかのよう互いに神父と挨拶する影は……

 

「カリフ!?」

「よ」

 

そこには今度後輩になるよていの番長がいた。

 

「あらら、お二人はお知り合いですか~? 事と場合によっては……」

「ふむ……今日はこれといって用はないのだけどね……しばらく見学するか」

 

そう言って欠伸しながらソファーに座り……はぁ!?

 

「待てよ! この状況見て分かるだろ!? 今危ないんだって!」

「ですよね~」

 

必死に言い聞かせてもカリフは助ける所かソファーの上で胡坐をかきやがった!!

 

「いや、助けてくれよ! 俺たち仲間だろ!?」

「知らんね。オレがいつお前たちを仲間と言った? そういった慣れ合いを求めるのは止めていただきたい」

「はぁ!?」

 

信じらんねえ! こんな状況でオレを見捨てるのかよ!

 

「あらら、随分と嫌われてますなぁ? ですよね、誰がクズ悪魔となんて好き好んで仲良くなりますか? この子はよくできた人間でございますな~」

「冗談は止めろよ! お前ならこんな奴一撃で……!」

「甘ったれるな! 青二才が!」

「!?」

 

突然としてカリフが俺に怒声を上げた。

 

「お前は悪魔になってこの世界に自分の意志で飛びこんだんだ……お前の言う夢が簡単だと思ったか? ならこの世界から消えろ!! 今すぐに離れて関わらなければいい」

「な……」

「それでも夢を諦めないというのなら自分の力だけで勝て!! そこには一切の甘えも許さん! はっきり言って浮ついた考えで戦いを繰り広げられても目障りなだけだ!」

 

あまりに非情な一言に俺は呆然としてしまった。

 

その横では神父が爆笑していた。

 

「あーっはっはっは! やべえこの子最高! マジパねぇ! そうですよクソ悪魔きゅん♪ 君が悪魔になってしまった以上はずっと狙われ続けるネバーエンディングストーリーを演じなければなりません。なお、これはフィクションではありませんし途中退席もございませんのでご注意ください! 映画の前にはトイレに行っとけよ!?」

 

そう言いながら拳銃を俺に向けた時だった。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

再び、部屋の入り口から女性の悲鳴、しかも聞き覚えのある。

 

俺はその子を知っていた。

 

「アーシア」

 

俺の声にあの時の金髪シスターがいた。

 

「かわいい悲鳴をありがとう! そういえばアーシアたんはこの手の死体は初めてですかねぇ。ならとくとご覧ください。悪魔に魅入られたダメ人間さんの末路を」

「そ……そんな……」

 

そしてアーシアがこっちを向いてくると、目を見開いて驚愕していた。

 

「フリード神父……その人は……」

「人? ノンノンノン、これはクソ悪魔くんよ」

「イッセーさんが……悪魔……?」

 

その事実が彼女の心を揺らがせる。

 

「え? 君たち知り合い? これはおったまげた! シスターと悪魔の許されざるこ・い?」

 

面白おかしそうに俺とアーシアを見る神父。

 

……知られたくなかった。

 

あのままずっと会わなきゃよかったんだ……俺はもう二度と会うつもりはなかったのに……

 

ごめんアーシア……俺は君を裏切ったんだ……

 

「ギャヒャヒャ! マジっすか!? こりゃドラマにしてはよくできすぎだろ!? こんな天然ものの映画がこんなところでやるなんてよぉ!! すぐに脚本を書かねえと!!」

 

そう言いながら再び斬りかかろうとしたが、それは意外な所で阻まれていた。

 

それは、目の前で俺を庇うように手を広げて神父と対峙する影……アーシアだった。

 

その様子に神父の表情が強張った。

 

「おいおい……マジですかアーシアたん……何してるか分かってますかぁ?」

「承知してます……ですが、この方は見逃してください……」

 

アーシア……俺を庇ってくれるのか?

 

「もう嫌です……悪魔に魅入られたといって人を裁いたり悪魔を殺したりするなんて……」

「はあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!? バカこいてんじゃねえクソアマが! 教会で習ったろうが、悪魔はクソだって! お前頭にウジが湧いてんじゃねえのか!?」

 

フリードは表情を憤怒に染めていた。

 

不味い!! あれじゃあアーシアまで殺しそうな勢いだ!!

 

どうする!?

 

誰に確認してんだ俺は!! 答えは決まってんだろ!

 

「お前は既に決めているはずだ……答えを」

 

そこへ、俺の気持ちを悟ったかのようにカリフがソファーに寝転がりながら言った。

 

「……え?」

「は?」

 

突然口を開いたカリフに神父もアーシアも呆然となる。

 

「お前とそいつでは明らかに経験が違う……そこで問題だ。そんな格上の相手にどうする? 3択―ひとつだけ選びなさい

 

答え①ハンサムイッセーは突如駄目もとで神父をぶっ飛ばしてアーシアとやらの王子さまになる

答え②仲間が来て助けてくれる

答え③確実に殺される。現実は非情である」

「ありゃりゃ? クイズですか? 僕チンそういうのだ~いすき! 答えは③でファイナルアンサー! キャモ~ン!」

 

神父……お前はカリフの言いたいことを理解してない……

 

カリフ……お前は俺の気持ちを察したからそんなこと言ったんだろ?……こんなタイミングで言ったんだから……

 

お前は覚悟の無い俺に冷たい言葉をかけて考え直す時間をくれた……おかげで決心を考える時間ができた……

 

そして……俺も覚悟……決まったぜ

 

だから見てやがれ……俺の答えは……

 

「答え……①……」

 

目の前の女の子に守られるんじゃない……俺が……

 

「答え①!……答え①ぃっ!!」

 

アーシアを守るってことだ!!

 

俺はアーシアを後ろへ突き飛ばし、神器を発動させて神父にグーのパンチを飛ばしてやった。



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触れてはいけない

 

兵藤一誠と神父の戦いの火ぶたが落ちてからそんなに時間は経っていない。

 

なぜなら、勝負は一瞬で決まってしまったのだから……

 

「ぐあ!」

「あーらあーら? あんなに意気込んでおいてまさかのリタイア!? 見かけ倒しも甚だしいっすよー!? そういうのもムカつくんでもう殺してもオーケーじゃね?」

「イッセーさん!」

 

足に銃弾を、背中に刃物傷を残して倒れるイッセーの背中を神父が踏みつける。

 

涙を流して彼の名を呼ぶアーシアにソファー越しからそれを見つめて欠伸をするカリフ

 

あまりに違いすぎる実力差の前に倒れたイッセーに神父は銃を向ける。

 

「お休み、永久に…てか?」

 

 

 

 

 

フリードが引き金を完全に引く直前

 

 

 

 

 

……それは起こった。

 

急に床が青白く光ったのだから。

 

「何事さ?」

 

イッセーに止めをさそうとしていた神父も攻撃の手を止めてその場から離れる。

 

長年の悪魔祓いの経験から何やら不穏な空気を感じたのだろうか。

 

そして、光は徐々に形を成していった。

 

―――魔法陣に

 

その光を見たイッセーは安堵の表情へと変わった。

 

何故なら、彼はこの魔法陣がなんであるかを知っていたからだ。

 

そして、魔法陣が部屋一杯に光で埋め尽くす。

 

その光の中からは見知った顔が続々と出てきた。

 

「兵藤くん、助けに来たよ」

「あらあら、これは大変ですわね」

「……神父」

 

そこから木場、朱乃、小猫が続々と現れてきた。

 

それを見た神父は満悦な表情で木場たちに斬りかかった。

 

「ひゃっほう! 悪魔の団体さんに一撃目!」

 

そう言って振られた光の剣も木場の剣に遮られる。部屋に金属音が響いた。

 

「悪いね。彼は僕らの仲間だからこんな所でやられてもらう訳にはいかないんだ!」

「おーおー! 悪魔の癖に仲間意識バリバリバリューですか? 悪魔戦隊の結集ですか? いいねぇ、熱いねぇ、萌えちゃうねぇ! 何かい? キミが攻めで彼は受けとか?」

 

剣の鍔迫り合いの中で神父の舌を出しながらベロンベロンと揺らしている姿に木場が珍しく嫌悪の表情を浮かべる。

 

「……下品な口だ。とても神父とは思えない……いや、だからこそはぐれ悪魔祓いというわけか」

「あいあい! 下品でござーますよ! サーセンね! だってはぐれなんだもん! 追い出されちゃったもん! ていうかヴァチカンなんてクソくらえだしぃ! 俺的に快楽悪魔狩りさえいつでもできれば大満足なのよ、これが!」

 

鍔迫り合いから互いに離れ、木場は鋭い眼光を放ち、神父はケタケタと笑う。

 

だが、木場の鋭い眼光は神父だけでなくソファーのカリフにまで至った。

 

「カリフくん……なぜきみはこの状況を止めなかった……?」

「知れたこと。オレは全く関係ないし、義理も理由もないからだ」

「……小猫ちゃんや朱乃さんが同じ状況になったとしてもきみは……」

「約束のため死ぬような真似はさせん。だが、それだけだ……死ななければどんな状況になろうとオレの知ったことではない」

「「……」」

 

二人はカリフの言葉に表情を曇らせる。

 

カリフにとって彼女二人は守るべき存在。

 

だからといって特別な存在とはいえない……二人が“この”世界の住人なら覚悟もできていたはず。

 

「そもそも二人は既に戦いに身を投じたのだ……どんなことがあろうと文句を言う筋合いはない」

 

ソファーから立ち上がって木場たちを見据える。

 

「これでも甘くしてやったほうだ……本来なら勝手に死なれてもどうでもいいんだよ」

 

それを聞いた木場は的を射たカリフの言葉に難色を見せていた。

 

「……きみは本当に人間なのかい?」

「そうだ。約束を守る……人間さ」

 

その時、それを聞いていた神父は下品な笑みを浮かべた。

 

「いいよ、そんなドロッドロなドラマ! クソ悪魔が軽蔑されるようなシーンなんてもう最高さ! いいな! いいな! 俺はこういうドラマの中で生きてこの身を恋に焦がしたいのよね!」

「なら、消し飛ぶがいいわ」

 

突然に現れた声と同時にリアスが現れた。

 

倒れるイッセーを介抱する。

 

「イッセーごめんなさい。まさかこの依頼主の元にはぐれ悪魔祓いがいるなんて計算外だったの……」

 

謝ると、すぐに神父の方へ向き直って低い声で言った。

 

「私の可愛い下僕をかわいがってくれたみたいね?」

 

イッセーも守られているというのに、その声にビクついてしまう。

 

「はいはい、かわいがりましたよぉ? 全身くまなくザク切りにする予定でござんしたが、どうにも邪魔が入って夢幻になってしまいましたぁ」

 

その瞬間にリアスは己の魔力の弾を飛ばしてリビングの家具を消し飛ばした。

 

「……あなたのような下品極まりない輩に自分の所有物を傷つけられることは本当に我慢ならないの……」

 

本気で怒っている様子が目に見えて分かる。

 

言い知れない迫力を前に神父はただ嫌らしく笑うだけだった。

 

「話は終わりっすか? ならそろそろグッバイして別件の仕事しなきゃなんねえんすよ。いや~、あの堕天使姉さん労働基準法を知らないのかね~?」

 

そう言いながら目の前で仕事のリストらしき紙を広げて言った。

 

その次の言葉が……状況を変えるとも知らずに……

 

「お次のクズ人間は~……なんと、今日のメインであらせられる鬼畜一家というクッソ共のお家でござんす~!」

「!?」

「なっ!!」

 

神父の言葉と共に小猫と朱乃が驚愕する。

 

「この一家は糞虫の悪魔をかくまっている超大罪人! 悪魔と契約するのではなく育て、匿うという大罪を犯しましたのです~」

「違う! その人たちは何も知らない!」

「口応えすんなよクソが、この一家が知ってようが知らないが、既に大罪人、既に姉さんのぶっ殺しリストに載っちゃったんですよ~?」

「こ、小猫ちゃん?」

 

いつもの調子を捨ててほどく狼狽した様子に木場が何事かと事情を聞く。

 

「そんな……おじさまとおばさまが……」

 

同じく朱乃も口に手を当ててショックを受けていた。

 

それを見て呆気にとられるイッセーと木場にリアスが答える。

 

「祐斗、イッセー、鬼畜家というのはね……」

 

だが、そこでリアスの言葉が言葉が途切れた。

 

リアスの目が見開かれ、冷や汗を垂れ流していた。

 

「「!?」」

 

怪訝に思う男子勢だったが、すぐに神父の方を見てその理由が分かった。

 

小猫と朱乃も同じ様子で固まってしまった。

 

「? なんですか? その熱視線は、俺ってこんなに人気が?」

 

相手のハッタリだと思い、それを皮肉を込めてお茶らけて返しているが、彼は気付いていなかった。

 

「ぁ……うし……ろ……」

「……あ?」

 

助手であるアーシアの震える声に導かれて後ろを向いた時……

 

 

 

眼前に拳が迫っていた。

 

「マジ?」

 

その瞬間、神父の顔面に重く、鋭いパンチが叩きこまれた。

 

奇声と共に神父の体が後方へと飛ばされて壁に激突する。

 

「ごぶぁ!」

 

夥しい鮮血を鼻と口から吹き出し、悶絶する。

 

「……ってー何ですか……!?」

 

愚痴を零しながら起き上がると、そこには長ランの少年が自分の顔を目がけて蹴りを放つシーンが映っていた。

 

「おわ!」

 

神父はそれを慌てて避けて距離を置くと、壁を深々とめりこませたカリフがまるでゴミを見る目で神父を見据えていた。

 

「なんすか……口ではあれだけ言っておいてやっぱり仲間ですか?」

「……」

「それなら容赦しないっすよ? あんたのことは結構気に入ってごふ!」

 

喋っている最中に神父はいつの間にか近付いていたカリフの強烈なアッパーを顎に喰らわされていた。

 

まるで人形のように異常な回転で宙を舞って、落ちてくる。

 

そんな最中にカリフは呟いた。

 

「誰が喋っていいと許可した?……この……」

 

拳を握りしめて鋼鉄の鈍器を作り上げ……

 

「無礼者がぁっ!」

 

再び神父の顔面に叩きつけた。

 

声も出せずに神父はその多大なる衝撃を受けた。

 

カリフはそのまま飛ばすのではなく、床に叩きつけるように振り抜いた。

 

「がっ!」

 

神父の悲鳴が短く唸った。

 

その後、カリフはすぐ近くのテーブルと大型テレビと棚を重ね合うように持ち上げ……

 

「ちょっ! それはマジ洒落になんねえって!!」

 

神父の悲鳴を無視して振り下ろした・

 

咄嗟に顔面に迫るその鈍器を腕でガードする。

 

「……!!」

 

だが、あまりの質量差を決して頑丈とはいえない筋肉で受けるには無理があった。

 

腕が有り得ない方向に曲がってしまい、痛みが倍増した。

 

「……はは」

 

それでもカリフは攻撃を、暴力を、笑みを止めない。

 

まるで親が子供を激しく怒るみたいに何度も何度もその武器を振り下ろした。

 

「……!!」

 

もう神父には悲鳴さえも上げられない。

 

カリフの振り回す家具がボロボロに崩壊していく。

 

「こ、これは……」

「な、なんという……」

 

これにはリアスたちも絶句していた。

 

カリフはただ強いだけでなく、行動に一つ一つに人間が持っているべき容赦というものがまるで無かった。

 

その悪魔よりも禍々しい姿に全員が震えあがっていた……

 

「げぱぁ!」

 

遂に神父の歯が何本か折れ、全身に青アザを作り、血まみれとなってその場に倒れ伏せた。

 

顔も美少年の影も形がのこらないほどに腫れあがっていた。

 

カリフは神父を見下ろしながら……

 

「~~♪」

 

鼻唄混じりに唾を吐いた。

 

いとも簡単に行われる目の前のえげつない行為に全員が言葉を失った。

 

誰も何も言えない中、カリフは一言呟いた。

 

「……もし、その鬼畜一家を狙ったり、そんな素振りを見せてみろ……こんなものでは済まさねえぞ」

 

侮蔑を込め、怒りをぶつけながら言い放った。

 

そんなカリフに神父は息絶え絶えに返した。

 

「……この……糞ガキ……」

「ふん!」

 

その瞬間、カリフは神父の顔に止めの踏みつけを放った。

 

何も言えぬまま、神父は頭部を床もろともに陥没させられた。

 

部屋の中心のクレーターの真ん中には倒れ伏す神父。

 

しかし、顔の骨格が既に別物となり果ててしまった。

 

そんな神父にカリフはというと……

 

「ふ……」

 

鼻で笑い、次にシスターを見据えた。

 

「ひっ!」

 

アーシアは涙を浮かべて震えると、カリフは機嫌の悪い、怒りを込めた声で言った。

 

「お前はオレたちと来てもらう……口答えすれば殺す、騒いでも殺す、拒否するのなら殺さずに生ける地獄を見せてやる……いいな?」

「……!」

 

学生帽子の隙間から凶悪な眼光を放ってアーシアに命令すると、アーシアは叫びたい衝動を口に手を押し当てる形で必死に殺して首を縦に振る。

 

それを確認したカリフは惨状に動けなくなっているリアスたちに向き合う。

 

「リアス……今すぐ帰って話を聞かせてもらう……」

「え、えぇ……でも何を……」

 

脅えを孕んだ質問にカリフは顔に青筋を浮かべて憤怒に表情を彩った。

 

「この街の堕天使のこと……全てだ!!」

 

この時のカリフの顔を忘れることはできない。

 

その表情は悪魔でさえも邪悪だと思うような……世界の“悪”を体現するかのような憤怒が表れていたのだから……



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怒れるオーガ

 

神父をギリギリまで生かしたままカリフたちは部室まで戻って来た。

 

アーシアとカリフは魔法陣によるワープができなかったため、そのまま徒歩で戻った……はずだった。

 

なのに、なぜかリアスたちがワープして戻ってくると、カリフたちも何事も無かったかのように戻って来ていた。

 

その時のアーシアは目を回し、カリフはそんなアーシアを担いでいたという奇妙な状況になっていた。

 

もう突っ込むのを止めた面子はとりあえず各々がすべきことに取りかかった。

 

朱乃と小猫は鬼畜家の護衛に、木場はカリフと共にアーシアから話を聞きだすため……

 

そして、リアスはイッセーの傷を癒すために部室内のシャワー室で二人一緒に裸になって入っていった。

 

そんな中、カリフと木場と対面しているアーシアといえば……

 

「……(ガタガタブルブル……)」

「……」

 

目の前で不機嫌オーラを全開で垂れ流すカリフに脅えていた。

 

体を小刻みに震わせて生まれたての仔犬みたいに涙目で必死に恐怖に耐えている。

 

だが、それでもカリフは容赦することなく、テーブルに足をドカっと乗っけて凄みを利かせる。

 

「つまり、だ……お前はあの時は何も知らず、これから鬼畜家を狙うことも知らされてなかった……と?」

「は、はい……あんなことしてるなんて知らなくて……」

「……」

「ほ、本当なんです! 信じてください!」

 

何も言わずにただ不機嫌な表情をし続けるカリフだが、分かっていた。

 

目の前のシスター・アーシアは何も知らなかったのだと……

 

こういった人の良すぎる人間はいつだって利用され、捨てられてきた。

 

そして、今回の神父も含め、あのドーナシークとかいうのしか集まっていない堕天使勢

 

いくら喧嘩っぱやいカリフでも人は見る。そして、罰する人間を選んで裁きを下す。

 

無関係な人間を痛めつけても気分は晴れないし、後味も悪くなる。なにより、生前のブルマたちとの約束でもあったのだから。

 

そして、アーシアが誤解しているのはカリフが自分に対して怒っているのではない。

 

真に怒っているのは自分の信念を乱そうとしている墜ちた天使たちにだ……

 

「カリフくん……」

「あ?」

「……彼女は何も知らなかったんだ……彼女の前だけでも少しは機嫌を治してあげなよ……脅えてる」

「……」

 

木場の言う通り、少し感情的になりすぎたと思ってカリフは少し気持ちを落ち着かせて緊張を解いた。

 

それと同時にアーシアと木場も緊張から解放されてようやく一息つけることとなった。

 

冷静を装っていた木場も実は相当に参っていたのがよく分かった。

 

少しだけ和らいだ部屋の中を魔法陣の光が照らす。

 

そして、そこから現れたのは朱乃と小猫だった。

 

「どうですか? 何か分かりました?」

「……速かったな、家は?」

「使い魔に見張らせてるから大丈夫」

「……」

 

小猫の答えにカリフはその手があったあと言わんばかりに頭を抑えた。

 

そうだ、自分には結構強めのペットがいたな……と。

 

とりあえずは二人のおかげで家の方も安心した。

 

あくまでもポーカーフェイスを決め込むのだが、木場にはバレているのか少し笑われた。

 

そのことを不服に思っていると、シャワー室からイッセーとリアスが出てきた。

 

「アーシア」

「イッセーさん!」

 

二人は嬉しそうに見つめ合うが、それをリアスが制した。

 

「感動の再会中に悪いんだけど、今後のことを決めさせてもらうわね?……あなた、アーシアといったかしら?」

「は、はい……」

 

いきなりの悪魔の親玉にあたる存在の登場によってアーシアの緊張が高まる。

 

拾い犬のように縮こまるアーシアにリアスはふっと笑った。

 

「そんな緊張しなくていいわ……なにも取って食おうって訳じゃないから」

 

微笑んでみるも、アーシアの様子は変わらず震えていた。

 

「あの……部長」

「なに?」

「……俺と話させてもらえませんか?」

 

その提案にリアスは難色を示すのも一瞬、すぐに首を縦に振った。

 

「分かったわ……だけど無理は……」

「ありがとうございます……」

 

リアスに一言礼を言ってふらつきながらもアーシアの横に座って見つめ合う。

 

「イッセーさん……よかった……」

 

アーシアはイッセーが無事だということを改めて認識して安堵する。

 

だが、そんな彼女にイッセーは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ごめんアーシア……俺、悪魔なんだ……騙すつもりはなかったんだ……だけど……」

 

何を白々しい……結局俺はアーシアの期待を裏切ったじゃないか……

 

俺が罪悪感に胸を満たしていると、そんな俺にアーシアは優しく諭してくれた。

 

「いいんです……私、イッセーさんにまた会えて嬉しいですから……」

「でも、そんな俺をアーシアは庇ってくれたのに……」

「私が堕天使だと知ってイッセーさんは私のために怒ってくれました……私、すごく嬉しかったんです」

 

まるで天使の頬笑みとも言える笑顔を向けられてイッセーは内心で自己嫌悪していた。

 

(違う……俺は何もできず、ただアーシアに守られてただけだったんだ……俺はただ皆に迷惑かけただけだ……!)

 

なんの覚悟も無くただ浮かれ、夢ばかり見て現実と向き合わずにしてきた“ツケ”がここにきて現れた。

 

それを痛感する一件でイッセーはより一層の強さを求めるようになった。

 

そんな拳を握るイッセーの手をアーシアは優しく包み込んだ。

 

「それに、私……あの人たちから離れようと思ってましたから」

「……え?」

 

その一言にイッセーだけでなく、他の面子も若干驚いたようだった。

 

「人を簡単に殺してしまう所になんかもう戻りたくありません……こう言っては失礼でしょうが、イッセーさんが勝っても負けてもこうしたんだと思います」

 

微笑みながら言うが、その瞳には悲しみも混ざっている。

 

当然だ。

 

今まで信じてきたものに裏切られたんだから……

 

「これはきっと、主の試練なんです……私は駄目な子ですから……」

 

俺では到底、アーシアの心は分からない……

 

沈痛な空気が部室を支配する中、急に立ち上がったのはカリフだった。

 

「なら、今日の所はこのくらいでいいだろ? オレはもう寝たいし」

 

呑気に欠伸しながら背伸びすると、皆の視線を集める。

 

だが、その後にカリフはオレたちに指をさしてきた。

 

「イッセー……今、お前が成すべきこと……分かってるな?」

「!?」

 

俺の考えていることを見透かしたことに驚いていると、次にアーシアに向き直った。

 

「おい、アーシアとやら……」

「は、はいぃ!」

 

完全に脅えて背筋を伸ばすアーシアだが、カリフは続けていった。

 

「お前はまるで世間知らず、不器用でトンマだ」

「……」

 

痛烈な中傷にアーシアはまた悲しそうに俯くが、カリフの言葉は終わっていなかった。

 

「だからこそお前はこれからの生き方を選択できる……一度素っ裸になって考え直してみろ。全てをかなぐり捨ててみるのもまた一つの道だ」

「は、はぁ……」

 

素っ頓狂なアーシアを見るなり薄く笑い、部室の窓を開ける。

 

冷たい夜風が入りこんできた。

 

「今日はイッセーはアーシアの面倒を見ろ。それで分かる道もあるかもしれんからな」

「え? それってどういう……」

「じゃ、オレはやることがある」

 

そうとだけ言うと俺の問いを無視してカリフは窓から一気に跳び去った。

 

「お、おい!!」

「きゃあ!」

 

跳びたった時の衝撃で窓枠が木端微塵になり、耳を貫通するような轟音に俺とアーシアは耳を塞いだ。

 

他の面子は俺たちとまではいかないが、驚愕はしているようだった。

 

部長だけを除いて……

 

「……とりあえずは彼の言う通り、そのシスターはイッセーの家で匿いましょう」

「ぶ、部長……それじゃあ堕天使が報復に来るんじゃあ……」

「大丈夫よ、そう簡単に奴らも攻めてこない……あれだけ相手の悪魔祓いを痛めつけたのだから当分はあっちも警戒するはずよ」

「そ、そうですか……」

 

とりあえずは心配事は無しか……それなら俺が拒否する理由も無いな。

 

「あの、イッセーさん?」

「あ、ごめん、ぼっとしてた……」

「いえ、それはいいんですが……なにも私を無理に家に招かなくてもよろしいんですよ?」

「大丈夫、大丈夫! これでも男だ! 女の子を守るのがお仕事ですから!」

 

それに部長もアーシア自体が害にはならないと認識してくれてるようだし、何よりカリフから言われたことだ。やらないと殺される!

 

それに……

 

(カリフの言うことが本当なら……俺の道が分かるかもしんねえからな……)

 

そう思っていたからか、横でアーシアと部長が話していたのに気付かなかった。

 

「アーシア、これを渡しておくわ」

「これは……手紙ですか?」

「ええ、イッセーの家に着いてから読んで欲しいの……あなたの宿す神器も気になってたし」

「は、はぁ……」

 

そんな感じで、今日はお開きとなった。

 

その場で皆は各々解散したのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど、鬼畜家に帰って来た小猫だけは違った。

 

「カリフ? まだ帰って来てないわよ?」

「え? ほ、本当ですか?」

「うん、全然」

 

鬼畜家にいた母と父は未だにカリフは帰ってないと言う。

 

そんな謎の事態に小猫はどこか不安がよぎった。

 

(カリフくん……)

 

結局、この日はカリフは帰ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、事はその翌日に起こった。

 

「あ~あ……暇だなぁ」

「仕方なかろう……これもあの人の命令だ。愚痴るなミッテルト」

「だがなカラワーナ、ミッテルトの言葉にも一理ある。我々が早朝にこんなことする意味が分からん」

「お前もか……ドーナシーク……」

 

朝の五時くらいだろうか……三人の黒い翼を生やした堕天使、一人はゴスロリ、もう一人は大人の女性、もう一人は一時期にイッセーとカリフに襲いかかって来た堕天使たちだった。

 

三人は古びた教会の裏口を見張っていた。

 

「あ~あ、なんで私たちがこんな……」

「文句が言うならあの白髪の悪魔祓いに言え。奴がヘマしたおかげで警備も強化させられる羽目になったんだからな」

「まったく……だから人間は嫌なんだよ……」

 

三人は不平不満を吐露し合いながら時間を過ごしていく。

 

見張りの交代までもう少しだからこのまま喋っていよう……

 

そう思っていた時だった。

 

―――カサ

 

「ん?」

「どうした? ドーナシーク」

「いや、何か音がしたような……」

 

そう思いながら三人が耳を澄ました時だった。

 

―――ガサガサ

 

何かが間違いなく聞こえてきた。

 

しかも、音も近く大きくなっている。

 

「……野良ネコか何かか?」

「分からん……だが、昨日の今日のことだ……用心はしておけ」

「大丈夫だとは思うんだけどね」

 

軽口をたたき合いながらも警戒している。

 

いつでも光の矢を出せる態勢で警戒している。

 

―――ガサガサガサガサ

 

そして、何かが三人の目の前に現れた!!

 

―――ゴロン

 

「……え?」

 

思わず、ミッテルトという堕天使が素っ頓狂に目を見開く。

 

それと同じようにカラワーナとドーナシークも思わずこけそうになったくらいだから

 

「な、なんだこれ……?」

 

三人の目の前には……未だにでんぐり返しを続ける長ランの人影だった。

 

「なにこれ? 酔っ払い?」

「……分からん」

「ていうか人間……だな」

 

三人も扱いに困っていた時だった。

 

「……ぷはぁ~」

「「「!?」」」

 

突然、その人影……少年は気持ち悪そうに急に立ち上がった。

 

「ふぅ~……前転で森を彷徨うのはやってみるもんじゃねえな……帰ったらマジ寝よ」

 

フラフラしながら、まるで酔っ払いみたいに気だるそうにしているが、目の前の人影が目に入った。

 

「?」

 

そして、その三人の黒い翼を確認すると、やる気のない表情が急に引き締まった。

 

「お~……気を探っても無いのに会っちまった……ラッキ~」

 

嫌らしく笑いながら拳をポキポキと鳴らす。

 

姓は鬼畜、名はカリフ

 

その厚き義侠の心により、親に仇成す者を探し続け

 

 

遂に見つけた。

 

 

 

さぁ、止めてみろ……

 

 

 

 

これはもう決闘ではない……

 

 

 

 

懲罰だ……



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始動の時

 

「な、なんだ貴様は!?」

 

カラワーナは警戒心を露わにして光の槍をカリフに向ける。

 

他の二人も既に臨戦態勢でカリフを囲んでいる。

 

だが、カリフはそんな状況にも関わらず……

 

「ふあぁぁぁぁぁぁ……」

 

大口を開けて欠伸をした。

 

あまりに呑気な姿に堕天使たちは怒りを燃やす。

 

「たかだか人間風情がここへ何しに来た!? それに貴様、この前私を虚仮にした奴だな!?」

「え~、ドーナシークってばこんな馬鹿っぽい奴に逃げられたの~?」

「黙れミッテルト!! お前がその気なら相手になるぞ!!」

「はいはい」

 

そう言って、ミッテルトが小馬鹿にしたように言う。

 

「あんたさぁ、よくこんなところに来れたよね? 本当に頭がおかしいとか?」

「まったくだ、人間というのはそんなことも分からないのか?」

「どうやらそのようだな……」

 

明らかにカリフを見下すようにほくそ笑んでいるが、カリフはそれを無視して三人に問う。

 

「お前等……たしか悪魔と関わる人間狩りをしてたな?」

「ん? あぁ、たしかにレイナーレさまはそんなことしてたな……」

「レイナーレ……目的は?」

 

カリフの質問に三人は笑いをこらえて震えた。

 

「くくく……そんなことするのにいちいち理由が必要か?」

「悪魔に魅入られた人間を罰するのは我等の役目。とは言っても今はもうどうでもいいことなのだがな」

「強いて言えば暇つぶしかな? きゃはははははは……!」

 

今回の人間狩り……首謀者はレイナーレとか言う奴……理由……無し

 

「もう聞きたいことはないか? それなら一気にしとめさせてもらうぞ」

 

ドーナシークが光の槍をカリフに突き立てる。

 

だが、カリフは依然として動く気配が無い。

 

そのことに彼等も不審に思う。

 

「どうした? 人間ならここで泣きわめく所だろう?」

「止めておけドーナシーク、怖くて動けんのだろう」

「何それ? ダッサー!」

 

個々にカリフを冒涜して笑うのだが、次の瞬間に状況が変わった。

 

「……」

「?」

 

無言でドーナシークの方を見て……

 

「うお!?」

 

ノータイムで何かをドーナシークに投げつけた。

 

なんだか匂いの強い、シャーベット状の物だった。

 

「……」

「……マジ?」

 

その光景を見ていたカラワーナミッテルトも絶句した。

 

そして、カリフはそんな光景に悦の表情を浮かべる。

 

「ふぅ~……」

 

ポケットからウェットティッシュを取り出して手を吹いて一息入れると、ドーナシークが怒りを露わにする。

 

「馬鹿か貴様!!」

 

額に青筋を浮かべてカリフに叫ぶが、当の本人はまったく意に介さない。

 

「くせえな、お前」

「こ、この……」

 

自身から発せられる異臭から屈辱と怒りが湧いてくる。

 

そんな中、カリフがズボンのポケットに手を突っ込む。

 

「三人を相手にして無傷で自宅に帰り、朝食をとって夜まで寝る……お前等相手にこれを実行するのはそう難しいことじゃない」

「言ってくれるじゃん、ならどうするの?」

 

ミッテルトが明らかに見下して言うと、一瞬だけカリフの姿がブレた。

 

「は?」

「え?」

「なに?」

 

本当に何の前触れもなく姿を消したカリフに三人が気の抜いた声を出す。

 

だが、直後に事は起こった。

 

―――ボギャ

 

変な音が辺り一帯に轟いた。

 

「何だ今のは!?」

「え? え?」

 

ドーナシークとミッテルトはいきなりの出来事に辺りを見渡した。

 

だが、何も無い……だがしかし……

 

そんな思考が頭をよぎる中、不意にカラワーナの姿が目に入った。

 

「「!?」」

 

そして、絶句した。

 

「カ……カ……」

「カラワーナ!!」

 

思わず叫んだ。

 

何故?

 

それは……

 

「お前等相手にオレは“殺す”と意志表示するまでもない……思うだけで充分な程度なんだよお前等は」

 

首をダランと垂らし、舌を出して白目を向いて絶命しているカラワーナ、そして、そのカラワーナに肩車のようにしがみついて彼女の首を無理矢理曲げるカリフだった。

 

その後にカリフはカラワーナを上空へと投げ出す。

 

「オレがぶっ殺すと心の中で思ったのなら、その時すでに行動は終わっているからだ!!」

 

それと同時に特大のエネルギー波を手から出してカラワーナの遺体を飲み込む。

 

飲み込まれた遺体はその後落ちてくることもなく、跡形も無く朝日と共に霧散した。

 

上空に飛ばされたエネルギーはカリフの意志ですぐに霧散する。

 

「き、貴様……一体何を……!」

「お前……随分といい匂いになったじゃねえか?」

「おい無視するんじゃない! 貴様が一体何をしたかと…!!」

 

その時、カリフを指差していたドーナシークのの右腕が

 

 

何の前触れも無く

 

 

消し飛んだ。

 

「え?」

 

傍で見ていたミッテルトが声を出して呆然とする。

 

そして、遅れて状況を判断したドーナシークは……

 

「ぎやあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!! な、なんだこれはっ!? 腕が、腕がああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

耐え難い痛みに肩を抑えて地面を這いずりまわった。

 

立っていることさえままならないドーナシークが何かの気配を察知して後方を振り返る。

 

すると、そこには……

 

「な!?……あれは……!?」

「な、なんで……?」

 

そこにはさっきまで自分に付いていた右腕を咥える一体の巨大な狼の姿……圧倒的な存在感と威圧感と殺意を孕ませた魔物がいた。

 

もちろん、二人はその魔物を知っている。なぜなら、そいつは最上級の魔物だから……

 

「フェ、フェンリル……なぜ、北欧の魔物がこんな所に……」

 

痛みを忘れさせるほどの恐怖が二人を襲う中、カリフだけが笑いながら言った。

 

「オレのペットだ……そいつは他のオスの小便の臭いが心底嫌いな奴でね、名をドッグってんだ。美味しそうでいい名前だろう?」

 

その言葉にドーナシークは彼を怯えの表情で見た。

 

こんな伝説級の魔物を従えるなど人間では成し得ない。

 

だが、この空間で堂々とする様子から嘘とも思えない。

 

もはや目の前の存在は……人間じゃない!

 

悪魔でさえも、堕天使でさえも、天使でも神でさえも畏怖してしまう別の存在だ!!

 

「お前は……お前は一体何者だ……」

 

もはや見下すことさえできずに恐れを抱くドーナシークにカリフは未だに可笑しそうに笑いながら言った。

 

「ほらほら、速く逃げないと食われるぜ? そいつは懐きやすいが、オレ以外の認めたオスには容赦ないぜ? それにこいつは食い物ならなんでも好きなグルメだ……精々あがけや」

「はっ!?」

 

その言葉にドーナシークが振り返るとドッグと名付けられたフェンリルは既に腕を喰らい尽くし、獲物に向かって態勢を整える。

 

ここにきて、自分にかけられた物がなんであるかを認識した。これはフェンリルのエサなのだと……そして自分も……

 

「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

対峙する恐怖に耐えきれずにドーナシークは翼で逃げだすも、ドッグは尋常ならざる速さで駆け出した。

 

そして、ミッテルトたちの視界まで消えたのを確認すると、次にカリフはミッテルトを見据える。

 

「ひっ!」

 

もはや怯え、腰を抜かして失禁するミッテルトをカリフの鋭い視線が襲う。

 

もしかしたら、自分たちはとんでもない存在と対峙してるのでは……

 

もはや当初の見下した態度も無く、ミッテルトはその場で土下座をした。

 

「ごめんなさい!! もう許してください!! 何でもしますから命だけは!!」

 

自分の涙と鼻水に顔が濡れるのも気にせずに額を地面にこすり合わせる。

 

顔も涙でグチャグチャになる中、カリフは静かに口を開いた。

 

「なら聞かせろ……あの変態白髪を焚きつけて人間狩りを画策した張本人の名は?」

 

意外にも近づいて来て自分の目線にまで屈んで優しげに聞いてくるカリフに少しの希望が湧いた。

 

もしや、助かるのでは…と希望を抱いた。

 

「レイナーレさ……レイナーレという堕天使がこのことを画策したんです!! 私はただそいつに利用されてただけで……!」

「ほう……そいつが……この街に堕天使を集めてると……?」

「は、はい……」

 

ビクビクしながら答えるミッテルトにカリフは顎に手をやる。

 

(堕天使が半ば強引に表舞台に介入してきてる……アザゼルでもこんなことはしねえよな……)

 

考えてもそれ以上は分からなかった。

 

だが、もとより関係などない。

 

「いいだろう……貴様に苦痛を与えるようなことはしない。オレもそこまでサドじゃねえ」

「は、はい!」

 

カリフは満面の笑みで死の恐怖から解き放たれたミッテルトを見据えて笑う。

 

そして……

 

―――ビチャ

 

ミッテルトの背後から現れたもう一匹のフェンリルがミッテルトの頭を噛み潰した。

 

何の前触れも無く司令塔を失ったミッテルトの体は首の部分から大量の血が噴出し、崩れるように倒れる。

 

頬に付いた返り血を舌で舐め取り、冷たい目で見降ろす。

 

「よかったなぁ……苦痛を感じず、笑って逝けたんだからなぁ……おいウルフ」

「ワウ?」

「残すな」

「ワウ!」

 

ウルフと呼ばれたフェンリルはそのままミッテルト“だった”死体に齧り付いた。

 

―――バキャ、ベキ、ゴキ、バリバリ

 

骨を砕くような音を鳴らしながら目の前の“エサ”を腹の中に収めていく。

 

それを見ていると、後ろからもドッグの気配を感じた。

 

振り向くと、そこには口周りを血で濡らしたドッグが佇んでいた。

 

「もうやったか? じゃあこれからオレの言うことに従って動けよ?」

「ワン!」

 

返事を返す殊勝なペットに笑みが零れる。

 

「お前たちはオレの家付近を小さくなって見張れ。小猫や朱乃……あの学園のメンツでも警戒はしてろ。堕天使なら速攻食え。だけど親は間違っても食うんじゃねえぞ」

 

その命令に二匹は首を縦に振り、すぐに魔力で体を小さくする。

 

すると、全て食べ切ったフェンリルはそのまま森の中を駆けて行った。

 

「ふむ……後はヒマだからどっかで寝るか。さすがに疲れた」

 

そう言いながら森の中でどこか寝れそうな場所を探している。

 

そして、手頃な木の上の場所を見つけると、そこに寝転がる。

 

(夜まではどうせ暇だな……準備はとっくにできたから後は待つだけ……そうだな、小猫と朱乃には死なれると困るから声くらいはかけてやるか……)

 

やがて、眠気に身を任せて眠りにつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、起きた時には既に夕焼けが光っていた時だった。

 

「ふあ~……」

 

背伸びしながら起き上がり、寝ぼけ眼で今の時間を大体把握する。

 

「……そろそろ動こうかな」

 

だけど、今は若干小腹がすいてる……部室に戻るか

 

あそこならお菓子も結構あったはずだし。

 

「……行くか」

 

そうと決まれば後は向かうだけ。

 

カリフは舞空術で夕焼の街の上空へ飛びたったのだった。

 

 

 

 

 

 

そして、あっという間に部室前に着いたのだった。

 

(腹減った)

 

とりあえず部屋に入って何か食べよう。

 

「……!」

「……!」

 

中でなんか眷族がどうとかアーシアがどうとか言ってるが、それよりもこの空腹の方が一大事だ。

 

そのまま部屋へと入った。

 

「あなたの行動が私や他の部員にも多大な影響を及ぼすの! それを自覚しなさい!」

「それなら俺を眷族から外して下さい! 俺は個人でアーシアを助けに行きます!」

「そんなことできるわけないでしょう! あなたはどうして分かってくれないの!?」

 

なにやら揉めているが、そんなこと知ったことじゃない。

 

カリフは部室のロッカーからスナックの菓子を三袋くらい取り出してもう一度戻ろうとする。

 

しかし、その部屋のソファーの上で佇む小猫の姿を見て理解した。

 

(……どうりでリアスの言葉に“真実”が見えない訳だ……イッセーを煽ってんのか?)

 

長年、嘘を毛嫌いしてきたカリフだから分かる。今のリアスからは怒りを全く感じないのだから。

 

(知らないのはイッセーだけか……わざわざ出張らなくてもオレ一人で充分だっつーの)

 

余計な物が付いてくると悟ったカリフが溜息を洩らしながら小猫の元へと近づく。

 

「……どこ行ってたの?」

「準備」

 

小猫は少し驚いてはいたが、いつものようにクールさを保つ。

 

そんな小猫の肩にカリフの手が触れた。

 

「……セクハラ」

「興味無いね」

 

両親を心配させたことに対して毒を吐くも、間髪入れずに撃退されて少し落ちこむ。

 

そんな時、カリフの言葉に驚愕した。

 

「お前等……今夜に堕天使とドンパチする気だろ?」

「!!」

 

急にこれからのプランを言い当てられたことに目を見開いて驚愕を露わにした。

 

「一段と集中してるから闘気と気合が昂ぶっているのを感じた……木場も同じ様に臨戦態勢に入ってるからすぐに分かったぞ。それに戦いに向けて体を動かしたな? 普段よりも体温も発汗量も上がっている……」

「……もう突っ込まない」

 

奇妙奇天烈すぎる幼馴染に小猫は溜息を吐いてお菓子を頬張ろうとする。

 

そんな時、カリフは何気なく言った。

 

「お前等には恨みも無いし、親の面倒を見てくれてるからな……これだけは言っておく」

 

カリフは菓子の袋の一つを開ける。

 

「オレの“前”には立つなよ? 死にたくなければな」

「……?」

 

そう言いながらカリフは悠々と部室を出て行った。

 

小猫にはその言葉の真意が分からずに首を小さく傾げたが、頭の中に留めておくことにした。

 

傍で聞き耳を立てていた木場が小猫の元へと近づく。

 

「どういう意味なのかな?」

「……分かりません」

「そうだよね……」

「ですが……」

「?」

 

木場は爽やかスマイルを崩して小猫の考えを聞いた。

 

「……カリフくんが嘘を吐くとは思えません……彼はやると言ったことは必ずしますから……」

「……そっか。一応そっちも注意しよっか?」

「はい」

 

とりあえずは木場にだけでも伝えられてよかった、後は皆にも伝えていこう。

 

 

その行動が後の戦いの分かれ目となることも知らずに……

 

「……どうやら終わったようだね」

「はい」

 

二人の視線の先には既にリアスと話を終え、一人だけとなったイッセーの姿があった。

 

だが、その瞳は燃えていた。

 

イッセーは昼に泊めていたアーシアを外に連れ出して二人で遊び回った。

 

そんな時、レイナーレと名乗る堕天使が現れてアーシアを連れ去られた。

 

イッセーも抵抗したのに全く歯が立たなかった。

 

何もできない自分が、弱い自分が、女の子一人守れない自分が嫌いになった。

 

なら、どうする?

 

(あぁ! 決まってる!!)

 

イッセーは再び誓う。

 

誰に?

 

弱い自分に

 

「復讐(リベンジ)だ!」

 

彼は……兵藤一誠は再び立ち上がる。

 

これまでの自分と決別する一歩を踏み出すために……

 

「兵藤くん」

 

そのためにも、今は仲間が必要だ。

 

「木場……お前に頼みがある……」

 

俺こと兵藤一誠……今日を以て男になってやる!



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鑑定、赤龍帝

深夜の廃教会付近

 

だれも使わなくなった教会の近くでイッセー、木場、小猫が教会の様子を窺っていた。

 

ただ、イッセーだけが教会に対する悪魔の危機的本能を働かせてるため、冷や汗をかいていた。

 

恐怖で身震いする体に鞭うってなんとか耐える。

 

「気配で分かるけど、もう堕天使は結構集まってるね」

「マジかよ……人の出入りもねえと思ってたけどよ……」

 

だが、今は数にビビってはいられない。

 

今、この瞬間にもアーシアが苦しんでいると思うと恐怖よりも怒りが湧いてくる。

 

あのレイナーレとかいう堕天使にも一発拳を叩きこまねえと気が済まねえ!

 

「これ図面」

 

木場が教会の見取り図らしきもの広げた。

 

「お前、こんなもの持ってたのか?」

「ま、相手陣地に攻め込む時のセオリーだからね」

「……ごもっとも」

 

俺……何も考えずに突撃しようとしてたな……こりゃ反省っと

 

「宿舎に聖堂……怪しいのは聖堂だね」

「なんで分かるんだ?」

「こういった手のはぐれ悪魔祓いは大抵聖堂に細工を施すものなんだ」

「? なんか聖堂でないと駄目って聞こえるけど?」

「細工の条件云々じゃなくて悪魔祓いの心の問題かな? 今まで敬ってきた聖なる場所、そこで神を否定する行為をすることで自己満足、神への冒涜に酔いしれるのさ。愛してたからこそ、捨てられたからこそ、憎悪の意味を込めてわざと聖堂の地下で邪悪な呪いをするんだ」

 

大分歪んだ考え方だな……だけど、今の俺ならその気持ち分からないでもない。

 

アーシアは子供のころに教会に拾われ、育ち、神様を必死に敬ってきた。

 

自分の神器が発動し、それを教会側は利用した。

 

アーシアの神器は傷を癒す、まさに天使に相応しい神器だったため教会はアーシアを天使と奉った。

 

だけど、アーシアは優しかった……優しすぎたんだ……

 

教会前で負傷していた悪魔をも治療してしまったことから全てが始まった。

 

今までチヤホヤしてきた神父たちのアーシアの見る目が一気に覚めたらしい。

 

彼女を……魔女呼ばわりして追い出しやがった……

 

だからアーシアはこうして堕天使側に身を置いていたと言う訳だ。

 

裏切られて当然だ、神様を今でも信じてるアーシアを助けてくれなかったんだからな……

 

俺がそう考えていると、木場が震える俺を制した。

 

「早まらないで、無闇に突っ込んだら地下への入り口を見つけ、待ち受ける刺客を退けるのは難しくなる……冷静に作戦を練ろう」

「あぁ、分かってるよ」

「それに……カリフくんがここに来るらしいから」

「カリフ? あいつもか?」

「うん、彼の前に行くと死ぬって言ってたからね……心配なんだよ」

 

木場は木場で俺を心配してくれてるんだよなぁ……性格のいいイケメンってのはなんか気に食わんが、今は感謝しかない。

 

だけどカリフか……今考えるとよく分かんねえ奴だな……俺たちとは仲間じゃないとか言って助けようともしなかったり、堕天使に相当怒りを燃やしてクソ神父をメッタ討ちにしたり……あいつの行動ベクトルが分からねえ……

 

「……カリフくんは昔から仁義に厚いですから。今回の件でカリフくんの親を狙った堕天使が憎くて仕方ないんです」

「え? あいつの親が?」

 

今まで黙っていた小猫ちゃんが開口した。

 

そういえば小猫ちゃんと朱乃さんとは幼馴染だって言ってたな……だから知ってるのか。

 

しかもそこに親が絡んでくるとは……なるほどそれなら怒るわけだ。

 

「それに、カリフくんは一度言ったことは何が何でも実行するはずです……そこに注意しましょう」

「小猫ちゃんが言うならそれもそうなんだろうな」

「だね、それに彼がなにしても不思議じゃないって最近思ってきたよ」

 

にこやかに怖いこというんじゃねえよ……でも、あいつが一向にくる気配ねえよな……早くしたいんだけどよ……

 

そう思っていると、突然、小猫ちゃんが上を見上げて呟いた。

 

「……何か上から来ます」

「!?」

「なに!?」

 

いつものようにクールに言いながらファイティングポーズをとる小猫ちゃんに吊られて木場も剣を抜き、俺も神器を展開させる。

 

まさかここで来るなんてよ……いいぜ、返り討ちにしてやる!

 

内心でそう思っていると、小猫ちゃんがまた続けた。

 

「……結構大きいです」

「大型の堕天使かな?」

「……すごいスピードで落ちてきます。このままでは地面に落下します」

「奇襲かけようとしてんじゃねーの?」

「……奇襲にしても正直すぎます……文字通り落ちてます」

 

ここまで来ると、もう小猫ちゃんも素っ頓狂な声を出して驚いている。

 

そのことに俺も木場も奇妙だとは思った。

 

そして、小猫ちゃんが目を丸くして呟いた。

 

「……教会に向かって一直線に向かってます……」

「? あれじゃないかな?」

 

木場が遥か上空を指す方向へ凝視する。

 

「あぁ、確かに何か光ってるあれか?」

 

たしかに何かあるな……音も段々と近づいてきてるし……

 

「……これはまずそうだね」

 

突然、木場が冷や汗をかいて呟いた。

 

なんだ? 目がいいからあれの正体が分かったのか?

 

「……非常識」

「え? なに? なにが見えるの?」

 

なんだか二人の反応で心配になってきた俺は注意して上空を見る。

 

大分、近付いていたから二人にも見えたんだろうな……ようやく俺にも見えたよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三台の大型車が落ちてくるのを

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

え? なにこれ? 意味がわからない

 

なんで上空からトラックが降ってくるの?

 

「トラックじゃなくてタンクローリーだね……」

 

勝手に心を読むな! だけど教えてくれてありがとう!!

 

ていうかなんで上空からタンクローリーが!?

 

「……まだ他にも降ってきます……全て教会に」

「マジかよ!?」

 

確かに何か大型車が見えて……ってえええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!? なんだよその状況!

 

なんで大型車が遥か夜空から教会にナイトダイビングしてんだよおおぉぉぉぉぉ!!

 

「驚いてる暇はないよ!! もうすぐ落ちてくる!!」

「……避難」

「あ、ちょっ! 待ってよ二人共ー!」

 

よほど余裕が無くなったのか二人は急いでその場を離れる。

 

ですよね! なんかここ危なそうだもんね!

 

俺も急いでその場を駆けた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

第一陣に落ちてきたタンクローリーが

 

 

 

 

 

 

教会を

 

 

 

 

 

 

圧し潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どわああぁぁぁぁ!!」

「くっ!」

「……!」

 

俺と木場と小猫ちゃんは落ちてきたタンクローリーの衝撃に踏ん張る。

 

辺りの木々がなぎ倒され、教会が瓦礫を飛ばして瓦解していく。

 

そんな中、他にも二台の大型車がたて続けに落ちてきた。

 

順にロードローラーとブルドーザーが地面に落ちてきた。

 

三台それぞれの形がひしゃげ、明らかに交通事故の時とは比べ物にならないほどの惨状を表していた。

 

そんな時、教会があった場所の地面が三台の重さと落下の時の衝撃に耐えきれず、地盤ごと地下へ落ちていった。

 

煙を上げて落下していった三台を俺たちはポカーンとした表情で見つめていた。

 

「……地下への入り口と、刺客についてはクリアだね……はは……なにこれ?」

 

木場は爽やかな笑顔を保とうとしていたが、既に顔面が変形しておかしな顔になってる!! もうイケメンの面影がねえ!!

 

最後については俺が聞きて―よ!! なんだよこれ!! これも悪魔の力だってのかよ!?

 

「祐斗先輩、兵藤先輩……上……」

「「え?」」

 

小猫ちゃんに言われて上を見上げた瞬間だった。

 

視線がすれ違うように俺たちのすぐ傍に何かが上空からダイナミックに落ちてきた。

 

すぐ近くで砂煙が上がり、地面が沈んだことが足から伝わってきた。

 

俺たちは冷や汗をかきながら上げていた首を目の前に向けると……

 

「いいねぇ……オレのコントロールテクニックもまだまだ捨てたもんじゃねーな」

 

悠々と不敵に笑う未来の後輩……カリフがいた。

 

「……カリフくん……いまさっき車が落ちてきたんだけど……」

「あぁ、廃車が集まってる所からギってきたのをすぐ近くに置いておいた」

「……それがなんで空から落ちてくるの?」

「投げた」

 

それなんて日本語!? てかこいつ、こんな重い三台の車を投げたってのか!? 悪魔の俺でさえもできねーよそんなこと!!

 

「てかお前、中にアーシアがいるんだぞ!?」

「問題ない。気が集中してる所を避けて投げたんだ。これからのエクササイズ前に死なれては困る」

「アーシアは殺すなよ!!」

 

本当に人間かこいつ!? てか、もう人間ってどんな生き物だっけ!? 車投げるっけ!? バケモノを片手で吹っ飛ばしたっけ!? 車ブン投げるっけ!?

 

「こ、これはまた……」

「……規格外ここに極まれり……」

 

木場も小猫ちゃんの反応が正しい! 俺も同じこと考えてたから!!

 

そんな俺たちをカリフは無視して沈んだ地下へと体を向ける。

 

「それよりも気を引き締めろよ……この中にいるのは紛れもなくオレとお前たちの共通の敵だ……」

 

……そうだ、カリフのハチャメチャには驚かされたが、これはこれで楽になった。

 

本当にアーシアが無事かどうかは分からないが、今は助けるしかない!

 

「三十秒だ……用があるなら三十秒で全て済ませろ」

「それだけあれば充分だ!!」

 

俺が走ると、木場も小猫ちゃんも一緒になって走りだした。

 

そして、そのまま地下へと降りると、案の定集まっている神父、部屋の奥にはせき込む黒い翼の女……レイナーレと磔にされているアーシアがいた。

 

「アーシア!」

 

俺の声にアーシアは俺を見て嬉しそうに笑ってくれた。

 

「イッセーさん!」

 

それと同時に近くにいるレイナーレは俺の姿を見て憤怒の表情を浮かべる。

 

「この……下級悪魔があぁぁぁぁ!! お前のせいで儀式が止まっちゃったじゃないのおおおぉぉぉぉぉ!!」

「知るか馬鹿野郎!! アーシアを返せえぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

着地すると同時にアーシアの元へと駆け寄ろうとするが、その先を神父が塞ぐ。

 

「邪魔はさせん!」

「悪魔め! 滅してくれる!!」

「どけクソ神父ども!! お前等に構ってるヒマはねえんだよ!」

 

その時、小猫ちゃんが自分の怪力を活かして神父を殴り飛ばしていた。

 

「……触れないでください」

 

続いて木場も剣を構えると、剣が黒くなっていく。

 

「最初から最大でいかせてもらうよ。僕、神父が嫌いだからさ。こんなにいるなら遠慮なく光を食わせてもらうよ」

 

あれは……まさか俺と同じ神器か?

 

気になることはあるが、今はそれどころじゃねえ!

 

すぐにアーシアの元へと走る。

 

途中で神父が邪魔してくるが、木場が光の剣を吸い込み、武器を失った神父に小猫ちゃんが殴り飛ばす。

 

二人の洗練されたコンビネーションに助けられた俺はアーシアの元へと向かう。

 

そして、すぐにアーシアの元へ辿りつけた。

 

『Boost!!』

 

俺の神器から電子音みたいな声が聞こえるが、それを確認する間も無く拘束を半ば無理矢理引きちぎる。

 

「イッセーさん!」

「アーシア!」

 

互いの無事を確認するように抱きしめ合って喜びを再確認していると、空気の読めない堕天使が怒りやがった。

 

「この腐れクソガキがあああぁぁぁぁぁ!! アーシアを返せええぇぇぇぇぇ!」

「誰が!」

 

レイナーレが光の槍を俺に振るってきた時、また神器からあの声が聞こえた。

 

『Boost!!』

 

それと同時に俺はアーシアを抱きかかえてレイナーレの攻撃を跳んで避けた!!

 

「ちぃ!」

 

悔しそうに表情を歪めてこっちを睨んでくるレイナーレに俺は内心で良い気味だと思った。

 

「レイナーレ! 本当はお前をぶん殴ってやりたかったが、また後にしてやるよ!!」

「私の名を気安く呼ぶんじゃないいいいいいぃぃぃぃ!!」

 

怒りに支配されたレイナーレだが、なんとしてもこの地下から出なければならない! そろそろ三十秒経ったか!?

 

「兵藤くん!!」

「……兵藤先輩……速く」

 

黒い翼で飛んでいる小猫ちゃんと木場が俺を待っててくれていた! ちくしょう! 嬉しいじゃないか!!

 

「木場! 小猫ちゃん! これからは俺をイッセーって呼んでくれー!」

 

木場の方が手を伸ばしてるから掴んだ。本当は小猫ちゃんの方がよかったのだが、そんなことは言ってられなかった。

 

「逃がすもんですかああぁぁぁ!!」

 

さっきの衝撃で階段を崩された神父は地下から出られず、代わりに唯一飛べるレイナーレが向かってきた。

 

「くそ! しぶてえ!」

「イッセーさん!!」

 

俺とアーシアを担いでる分、木場も体力を消耗して普段の速さが出せないのか、レイナーレに追いつかれそうになってる。

 

このままじゃ追いつかれる!

 

そう思っていた時、木場が突然に小猫ちゃんと別れて左右に逃げた。

 

「き、木場?」

「やっと……三十秒か」

 

安堵する木場の言葉に俺の疑問が氷解した……それと同時に月明かりが何かに遮られて暗くなった。

 

その上を見上げると……

 

「三十秒だ……ロードローラー!」

 

片手にロードローラー、もう片手にはブルドーザーを“持って”舞空術で浮かんでいるカリフがいた。

 

カリフはロードローラーをレイナーレに向けて全力で投げた。

 

「な、なにぃ!?」

 

咄嗟に結界を張って直撃は避けたが、その物量差にレイナーレは受けきれずに後ろへ飛ばされていく。

 

その延長線上にいる神父たちが何やら悲鳴を上げているが、それを無視してカリフが第二陣を投入した。

 

「ブル・ドーザーーー!」

 

片手で再びレイナーレに投げつけると、更なる質量差にレイナーレも苦悶の表情を浮かべ、やがては地下室へと強引に戻されてしまう。

 

「ぐあああぁぁぁぁぁ!!」

「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

潰される神父の断末魔が響き渡る。

 

そこへ、カリフは地上に戻って余っていたタンクローリーを持ち上げて空へ飛ぶ。

 

そして、レイナーレが未だに生きてることを気で確認すると、今度はタンクローリーを持ったまま突っ込んでいく。

 

「タンクローリーだぁ!」

 

再び圧倒的な質量差で圧し潰す。

 

下からロードローラー、ブルドーザー、タンクローリーとサンドイッチ状態にされた廃車の底ではレイナーレが未だに足掻いていた。

 

「こ、こんな……こんなことが……」

 

体力も限界に近付いてきた時、カリフは手を離し、拳を握ってタンクローリーを攻撃した。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄っ……!!」

 

タンクローリーのタンクが彼の拳によってひしゃげていく。

 

「URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!! ブッ潰れろぉぉ!!」

 

そして、彼の拳がタンクを貫き、中に気弾を撃ち込んだ瞬間

 

 

 

 

 

光が収束し

 

 

 

 

 

辺り一帯が爆発した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「……」」」

 

……今俺たちは目の前で教会が“あった”場所から爆風に包みこまれている。

 

目の前で燃え盛る巨大な火柱から推測して神父たちは全滅したのだろう。

 

再び嫌な予感がして離れてみれば、この有様だった……本能ってすげぇ……

 

「あわわわ……」

 

アーシアは俺の背中で震えながら涙目になっていた……俺も怖かったよ……

 

「あらあら、これはなんなのかしら?」

 

そして、後ろから聞こえた聞き覚えのある声に反応して全員が振り返ると、そこには朱乃さんがいた。

 

「朱乃さん!!」

「私もいるわよ?」

「部長!!」

 

まさかの二大お姉さまの登場に俺は体が固まってしまった。

 

そうだ! 俺は部長たちの言いつけを破って……!!

 

だが、部長たちは俺のことよりも目の前の惨状について表情をひくつかせていた。

 

「イッセー……これは?」

 

部長が俺に聞いてきたのだが……どう説明しろと?

 

「あ、ありのまま今起こったことを説明します……カリフが教会に向かってタンクローリーやロードローラーやブルドーザーを投げて、俺がアーシアを助けたらタンクローリーを殴って爆破させました……何を言ってるか分からないと思いますが俺自身もよく……」

「いや、それでいいんじゃないかな?」

「……奇妙奇天烈」

「ありがとう……もう充分よ」

 

三人の答えにリアスは表情を引き攣らせ、朱乃も「あらあら」と言いながらどう返していいのか困惑していた。

 

まさかこんな大騒動を起こすとは夢にも思っていなかったのだから対処に困る……

 

呆然とする中、炎の中から人影が勢いよく跳び出してきた。

 

皆がそこへ注目すると、一人の少年がいつもと変わらない様子で降り立った。

 

「よ」

 

そして、カリフは女性を髪の毛ごと引きずっていた。

 

「止めろ!! 至高なる私の髪をたかが人間如きが! ごはぁ!」

 

だが、カリフは女性……レイナーレの腹に蹴りを入れて集まっていたリアスたちの前に引き立てた。

 

「ごほっ! げほっ!」

「ごきげんよう、堕天使レイナーレ」

 

悶絶している中、部長が見下ろす。

 

「……グレモリー一族の娘か……」

「はじめまして、私はリアス・グレモリー。グレモリー家の時期党首よ。短い間だけどお見知りおきを」

 

笑顔の部長にレイナーレは睨めつける。

 

「貴様等がカラワーナ、ドーナシーク、ミッテルトを……!!」

 

ん? ドーナシークって俺を殺そうとした奴だったっけ?……

 

「それはあなたの想像にお任せするわ」

 

面白そうに言う部長を一層睨めつける。

 

「上にも秘密裏に計画してきたのよ……アーシアの『聖母の微笑《トワイライト・ヒーリング》』を抜き出してアザゼルさまやシェムハザさまに愛してもらおうと……」

「……言質は取れたわ……これであなたたちの独断行動ということが証明されたわ……」

 

そう言って部長は黒いオーラを手から出すと、レイナーレが途端に怯え出す。

 

「い、いや……止め……」

「消し飛びなさい」

 

そう言って部長が構えた時だった。

 

「おっと待った」

「「!?」」

 

突然、部長とレイナーレの間に現れたカリフが仲裁に入るように遮った。

 

急に現れたことに驚いた二人だが、部長は機嫌を悪くし、声を低くして問う。

 

「……なんのつもり?」

「なんでもない。ただの興味本位さ」

 

部長の怒りにも動じることなく不敵に笑って返し、俺に視線を向けて言った。

 

「イッセー、お前がやれ」

「な!?」

 

突然のことに俺も、部長も、皆も驚愕していた。

 

それについて部長が未だに問い続けた。

 

「……なんのつもりかしら? あの子とこいつの差は違う……下僕を危険に晒すようなことは……」

「それが本心か?」

「……どういう意味?」

 

疑るように部長が眉を額に寄せると、カリフは一息入れながら言った。

 

「オレは兵藤一誠の中に眠る真の力がどんなのかを見てみたいだけでね」

「!!」

 

部長が目を見開き、黒い魔力を治めた。

 

なんのことだ? 俺の真の力?

 

「……どうしてそれを?」

「認めたな? 今、お前は認めた……最初は推測だったが、これで分かった。やはりイッセーを生かして正解だったかもしれん」

「……」

 

二人は一体なんの話をしているんだ? そんなことを思っていると、カリフは俺の方へと視線を向けた。

 

「お前はどうしたい?」

「え?」

「こいつの目的のために利用されて殺されて……挙句に侮辱されてその女をラチられて……一発殴ってやろうとかそういうのはないのか?」

 

……カリフの言葉に俺の中の何かがうずいた。

 

そうだよ……俺はそれも含めてここに来たんだ……アーシアは助けた……ならやることは一つ。

 

「部長……お願いします! あいつと……レイナーレと戦わせてください!」

「イッセーさん!?」

 

傍で聞いていたアーシアが悲鳴混じりに心配してくれる。

 

それを聞いた部長はしばらく考えて……

 

「……いいわ。あなたの想いに応えてあげる」

「ありがとうございます!!」

「ただし……」

「?」

「絶対に勝つのよ? あなたはグレモリーの眷族だから」

「はい!!」

 

それが条件なら望む所だ!! 今の俺は怒りでどうかなっちまいそうだからなぁ!!

 

「カリフ……これが望みかしら?」

「あぁ、あいつを強くして力を無理矢理引き出す……本当ならあのイカレ神父の時に引き出す予定だったけどな……」

「あなたがどこで勘づいたのか聞かせてもらえる?」

「いいだろう。暇つぶしにはなる」

 

部長とカリフが話しているが、俺のことだろうな……だけど、今、俺はカリフに感謝している……こんな絶好の機会をくれたんだからな!

 

「立てレイナーレ!! 俺と戦って勝てば見逃してやる!! いいっすね部長!?」

「構わないわ。ま、どうせ見えてる結果ですもの」

 

俺の提案に部長が了承すると、レイナーレは一筋の光明を見出したかのように、それでいて狂気に染まった笑みを浮かべる。

 

「いいわ! 乗ってやろうじゃないの!! 今度こそ殺してあげるわ!!」

「逆だバカ!! 一発でいい! ぶん殴ってやる!!」

『Boost!!』

 

俺の心に呼応するかのように再び神器が啼いた。

 

覚悟しろレイナーレ!! ぜってーぶん殴ってやる!!



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初の決着

炎に包まれる教会

 

その近くではカリフの提案でイッセーとレイナーレが対峙している。

 

「喰らいなさい!」

「くっ!」

 

レイナーレの光の槍をイッセーは咄嗟に避ける。

 

「ほらほらぁ! ちょこまかと避けるだけでどうしたの!? かかってこないと勝負にならないわよ!?」

「くそ! 数が多すぎる!」

 

レイナーレは光の槍を大量にイッセーに投合し、イッセーはそれを避けていく。

 

イッセーはそれらを避けることしかできず、ただ逃げ回っているだけだった。

 

「さっさと死になさいよぉ!」

「ふざけんな誰が……!」

「お願い……そんなこと言わないで?」

「!?」

 

突如、レイナーレはイッセーの付き合っていた姿……天野夕麻の声色でイッセーの動揺を誘う。

 

目論見通り、イッセーの動きが一瞬止まったのが悪かった。

 

両足の腿を光の槍で貫かれた。

 

「ぐあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

刺されたことはもちろん、悪魔にとって毒にあたる光の力を受けたのだから。

 

肉が焼ける音と痛みがイッセーの動きを止め、レイナーレを調子づかせる。

 

「あっはっはっは! どう!? その光は痛いでしょう!? あなたのような下級悪魔では耐えられないわよ!!」

「ぐううぅぅぅぅ!」

 

イッセーはその場に膝を付いた。

 

『Dragon booster!』

 

その時、籠手の宝玉になにかの紋様が浮かんだのをレイナーレは気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを見物していたリアスたちは内心でハラハラしながら見守っていた。

 

「……イッセーくん不味いですね」

「ええ、まだ悪魔になりたての彼には荷が重すぎたのでは……」

「……このままだと死にますね」

「そんな! イッセーさん!」

 

木場、朱乃、小猫は不安を抱きながら各々の感想を口にすると、アーシアが絶望する。

 

しかし、そんな中でもカリフだけは違った。

 

「いや、あの馬鹿堕天使はイッセーを舐めきって隙だらけだ……上手くいけば寝首をかけるな」

 

たしかにそれもそうだ。しかし、それはあまりに可能性が低い。

 

三人が何故こんなにカリフが自信満々に言えるのか分からなかった。

 

「それで? それはあなたの推測からの答えなのかしら?……話を聞かせてもらうわ……あの子の力にいつ、どうして勘づいたの?」

 

リアスがカリフに問い詰めると、カリフは抵抗することも無く話した。

 

まるで、手品のタネを明かすように

 

「最初におかしいと思ったのはこいつが殺されたのを朱乃たちから聞いたときだな」

「それって、最初からってこと?」

「あぁ、イッセーはてんで戦いを知らないド素人だってな」

「それだからイッセーくんは殺されたんだよ。それが?」

 

木場が聞いてくると、カリフがそこで指を一本立てる。

 

「そこからおかしいだろうが。問題は殺されたことじゃなくて殺され方だ」

「……どういうこと?」

 

小猫が首を傾げる。

 

「イッセーが本当に一般人並の力なら誰か神父とか適当な奴に任せればいい……だけど堕天使自らがわざわざ直接殺しに来た」

「つまり、確実に殺しに来たことに疑問を持ったんですの?」

「あぁ、それに殺すだけならデートなんてまどろっこしいことせずにその場で殺せばすぐ済むし、楽だ……だけど奴はあえて面倒にも遠回りするような真似をした。周りの記憶なんてどうにでもなるはずなのに……」

 

朱乃に相づちを打ちながら答えていく。

 

「それはイッセーの神器の観察もそうだが、イッセーの性格とかを兼ねて観察してたか、それをするための時間稼ぎだったんだろうよ。神器を宿してるとはいえ、一般人相手にそこまで警戒するのもおかしな話だ……多分、上がイッセーのスペックの低さを補うだけ危険な神器だと判断したんだと思うぜ?」

 

確かに……そこまで言えば確かに……そう思っていると、今度はアーシアを見た。

 

「その点ではこいつも同じだ。こいつには何か特殊な力が眠ってると思った」

「特殊な力って……これですか?」

 

アーシアが聖母の微笑《トワイライト・ヒーリング》を発動させると、カリフはマジマジとその指輪を見た。

 

「これは生物の傷を治す物なんです……天使も悪魔も治せます」

「悪魔も……すごい能力ね」

 

リアスが感嘆していると、カリフがさっきのレイナーレの話を思い出していた。

 

「そうか……それでこの神器を抜き出そうと……」

「でもカリフくん、この子の力についてはどこで予想してたんだい?」

 

木場が聞いてくると、カリフが答えた。

 

「最初に奇妙に思ったのはあの時のイカレ神父と対抗してた時だ……正確にはイッセーの盾となろうとしたあたりだな」

「え? それも最初のころだけど……」

「そう、問題はアーシアがあそこで『殺されなかったこと』が既におかしかったんだよ」

 

そう言ってカリフは再びイッセーの方へと向く。

 

「あの神父は悪魔と関わるもの全てを殺すことに快感を感じていた。それならあそこで激昂してアーシアをすぐに殺さなかった点も奇妙になる」

「あらあら、そうなんですの?」

「敵を庇う味方など殺した方が効率がいいからだ。下手に生かして裏切られたり邪魔されたりするより百倍もマシだからな……だが、殺さずにこちらへ再び引き込むように促していた。あの快楽殺人者がな……」

「なるほど……」

 

たしかにそこもおかしい……そう思っていると、カリフが二つ目の指を立てた。

 

「ああ言った奴でも上司の命令通りに動かなければ飯も食えないと理性で我慢した……そこで問題、その上司はなぜアーシアの殺害を良しとはしなかったか……

①高名な血統だから

②都合のいい力を持ち、死なれると困るから

と思った訳よ」

「そして、的中したと?」

「あぁ、①はすぐに拒否させてもらったよ。あの神父は上司の命令を守ってたんだ……そんな奴が上司が“殺すな”と言わしめるほどの血統ならば乱暴や暴言など論外……下手に刺激して上から罰せられるのは腑に落ちないからな。だからこそ①は拒否して②に目処を立てたんだ。イヤ~、オレの勘も捨てたもんじゃないな」

 

自画自賛するカリフにリアスが再び問う。

 

「それなら何故イッセーに戦わせるの? それに私たちの仲間じゃないと言いながらイッセーに覚悟を説いたっていうじゃない?」

 

カリフは途端に不敵な笑みを浮かべて言う。

 

「奴はつい最近まで戦いとは無縁だった……だからこそ神器もろくに発動できなかったんだよ」

「……真に強い力を想像できなかったってこと?」

「そう、そして何より覚悟という精神の爆発によって奴の内に眠るポテンシャルを目覚めさせることが今回の目的だ……そして……」

 

ここでカリフはイッセーの当初よりも膨れ上がった気を感じて確信した。

 

「遂に目覚めの時かもな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、まだ消えないんだ。以外に頑丈なのね」

「こんなもの! アーシアが受けた痛みと比べたらなんだってんだよ!!」

 

イッセーは蝕まれる体に鞭打って叫ぶ。

 

「……初めての彼女だったんだ!」

「えぇ、見ていてとても初々しかったわ。女を知らない男の子はからかいがいがあったわ」

「大事にしようと思った!」

「大事にしてくれたわね。私が困ったことになったら即座にフォローしてくれた。私を傷つけないように。でも、あれ全部演技だからね? だって慌てふためくあなたの顔が可笑しいんですもの」

「初デート、念入りにプランを考えたよ……絶対にいいデートにしようって……」

「アハハハハハ! そうね! とても王道なデートで退屈だったわ!」

「……夕麻ちゃん」

「あなたを夕暮れに殺そうと思っていたからその名前にしたの。素敵でしょ?」

 

……俺はここまで外道な奴を知らない……初恋の相手がこんな奴だったなんて……

 

「レイナーレェェェェェェェェェェェェェェ!!」

 

俺は怒りのままに光の槍を無理矢理引き抜いて立ち上がる。

 

この時、俺の頭の中に部長の声がよぎった。

 

―――あなたが悪魔でも想いの力は消えない。その力が強ければ強いほど神器は応えるわ

 

『Explosion!!』

 

その機械的な声が俺に力をくれた。

 

宝玉が一層照り輝き、すさまじい光を発する。

 

それになんだろう……アーシアの光のような安らぎも感じる……

 

公園であいつと対峙した時の恐怖も消えてる……これもお前の力なのか?……神器

 

「うそ……なんで立てるの?……それにこの魔力の波……なんで私の力を越えて……上級悪魔並になってるの!? あれはただの龍の手《トウワイス・クリティカル》でしょ!?」

 

何だかレイナーレが怯えてるようだが関係ねえ! 体に流れるこの力が理解できる!

 

この力は永続じゃねえ、一発で霧散する!

 

それならこの一発、大いにぶん殴って終わらせてやる!

 

「!? いや、来るな!」

 

光の槍を投げてくるが、さっきまでの脅威を全く感じない……俺はそれを片手でなんなく弾き返した。

 

弾いた槍はそのまま消え、レイナーレも一層に顔を青くする。

 

「いや!」

 

そして、少しでも勝てないと分かると翼を生やして逃げようとする。

 

さっきまで俺を嘲笑ってたじゃねーか! 良い御身分だな!

 

俺は追いかけてレイナーレを捕まえようとした時だった。

 

「うあ!」

 

突然、レイナーレの翼が全て斬られ羽が散っていく。

 

そして、そこには手刀を出した後の態勢のカリフが俺に言った。

 

「やれ! そいつは個人的に気に食わねえ! お前が殴ったらオレにも殴らせろ!!」

 

あぁ! 言われなくてもやってやるさ!

 

カリフが翼を斬ったのだろう、落ちてくるレイナーレに腰を低く構えて……

 

「吹っ飛べクソ天使!」

「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! 下級悪魔がぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うおりゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

籠手の力全てを解放して拳に乗せる。

 

そして、憎むべき相手の顔面へ鋭く、正確に打ち込んだ。

 

「ぐああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

断末魔を上げてレイナーレは森の中へと吹っ飛ばされていった。

 

当たりも完璧だった……ざまーみろ。

 

「はぁ……はぁ……一矢報いてやったぞ……」

 

気持ちのいい一発を思い出し、俺はその場で大の字になって倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イッセーさん……大丈夫ですか?」

「平気だよ。アーシアのおかげで元気になったから」

「そうですか……」

 

アーシアも無事守ることができた……あのクソ堕天使もぶっ飛ばしてやった!

 

俺はアーシアに傷を治してもらって立ち上がると、そこへ部長が近付いてきた。

 

「やったわねイッセー」

「ははは……はい、部長」

 

苦笑しながら部長に返す。

 

すると、そこへ小猫ちゃんがやってきた。

 

「部長、持ってきました」

 

小猫ちゃんは気を失っているレイナーレを持ってきたのを確認すると、すぐに朱乃さんに命令した。

 

「ありがとう小猫。さて、早速起きてもらいましょうか。朱乃」

「はい」

 

そう言って朱乃さんが手をかざすと宙に水が生まれてくる。

 

それをそのままレイナーレの顔へ被せる。

 

「ゴホッゴホッ!」

 

咳き込みながら起き上がる堕天使はすぐに周りの状況に表情を青くする。

 

「ごきげんよう。私の下僕に負けた堕天使さん」

 

部長がにこやかに言うと、すぐに面白そうなのか話したくて堪らないのか話を続ける。

 

「今度こそ冥土の土産に教えてあげるわ……イッセーがあなたに勝てた最大の理由を。イッセー」

「は、はい」

「その神器を見せて」

「? 分かりました」

 

何でだか分からないが言われた通りにすると、部長は俺の神器をレイナーレに見せつける。

 

「これはただの神器じゃない……これは神器の中でもレア中のレア籠手に浮かぶ赤い龍が何よりの証拠」

 

そこまで言うとレイナーレは怪訝そうに眉を吊り上げる。

 

「赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)、13種の神滅具(ロンギヌス)の一つよ」

 

ここでレイナーレは驚愕する。

 

「ブ、ブーステッド・ギア……魔王や神すら越える力を得られるという……あの忌まわしき神器がこんな子供に……!」

「いい伝え通りなら人間界の時間で十秒ごとに力を倍にする能力。最初が一でも十秒ごとに力が倍になっていけばいずれは上級悪魔や堕天使幹部クラス、極めれば神すらも屠れるわ」

 

マジですか!? そんな力が俺の神器に!?

 

でも、思い返せば思い当たる節もあったな……よくブーストって鳴ったと思ったら体が軽くなったりとか……

 

俺が思い返していると、レイナーレは自棄になったのか、急に走りだした。

 

逃亡か!?……と思っていたらレイナーレの逃げる先を見て一気に身構えた皆は構えを解いた。

 

何故かって?

 

だってさ……

 

「どけえええぇぇぇぇぇぇぇぇ人間がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

この時になってまだあいつの実力が分からないのかな……いや、それが分からないほどテンパっているとか……なんにしても終わったな。

 

 

 

 

 

 

 

レイナーレがカリフに光の槍を持って特攻していた時だった。

 

「……五連……」

 

カリフの右腕の袖が急に破れて異常なまでに膨張した筋肉が露出した。

 

……とても碌なことが起こらねえと思い、やはりそこらへんの期待は裏切らなかった。

 

「釘パンチ!!」

 

レイナーレの頬に極太のパンチがめり込んで吹っ飛ばされる。

 

一発で顔の原型が壊れかけている時、さらなる衝撃がレイナーレの顔面を貫通した。

 

―――バキ! バキ! バキ! バキ!

 

「ぐべらあっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁ!!」

 

何も無い空中でレイナーレの顔がさらに見えない力で弾かれてより一層に顔面が血で濡れて瓦解していく。

 

放り出された人形のように転がりながら再び同じ場所へと戻って来たのだが……

 

「ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

握り拳の跡まで残った顔は最初の面影も見せず、本当に酷く歪に変形していた。

 

アーシアもこれにはビビりまくって俺の背中にしがみついてきた。

 

「よかったなぁ、これで顔も心も一体となったぜ……そのうすぎたねえ『嘘』にまみれた心にようによぉ……」

 

相当苛立っているのか青筋を立てていた。

 

「よくも……よくもこんな……」

「そうだ、『目には目を』って言葉は聞いたことがある。だが、俺は嘘を嘘でかえすことはしねえ……だからこそ今回は『外道には外道を』というわけだ」

「ひ、酷い……」

「いーや慈悲深いぜ。こうして殺されずに済んでいるんだからよォ……」

 

見下ろして痛みに悶えるレイナーレをカリフは嘲笑う。

 

「ま、今回は目に見えていた結果だった……お前の負けに賭けてたからな」

「嘘よそんな! 私がこんな下級悪魔に負けるなんて……ひっ!」

 

すると、カリフは再び拳を握って威嚇すると、レイナーレは酷く怯えて丸くなる。

 

「てめえの心は薄汚い『偽り』と『嘘』で形成されてるのに対し、イッセーの心は『素直』と『正直』でできてる」

「そ、それがどういう……」

「分からないか? いつだって偽りや嘘から生まれた結果はすぐに滅び、真実から生まれた結果は生き続け、滅びはしない……つまりそういうことさ」

 

そう言うと、カリフは拳を引かせた。

 

「お前のくだらない偽りのデートから全てが始まった……こいつの力を舐めきり、そこのシスターをさらってイッセーの覚悟を決定づけさせ、お前と戦うことでイッセーは真の力に目覚めた!」

「!?」

「お前は『偽り』で塗り固められた結果に導かれたのだ……あらゆる『嘘』が集まった結果だからこそ今の状況がある!」

「そ、そんなばかなことが……!!」

「つまり、お前はお前の首を自分で締めつけて破滅に向かってただけなんだよ!」

 

未だに認めようとしないレイナーレに叫ぶ。

 

「そして、お前のおかげでイッセーはここに来て初めて本当の意味での転生を迎えた……赤龍帝の兵藤一誠になぁ!」

 

レイナーレに血の気が引いていくのがありありと見て取れる。

 

「そして、俺には許せねえことが二つある……一つはきさまが裏切ったことだ」

「な、何を言って……」

「分かりやすく言おう……てめえはイッセーの気持ちを裏切った」

 

カリフ……お前、それで怒っているのか……? 俺のために……

 

思わず感激しそうになるが、そこは黙って話を聞こうと我慢した。

 

「別にイッセーを殺したのはどうでもいい……だが、お前は奴の『素直』と『正直』な心を『偽り』と『嘘』で裏切った!」

 

再び腕が肥大化していく。

 

「俺は嘘が嫌いでね……そんな『嘘』で『正直』を否定しやがった!! このクソ野郎!! ママに教わらなかったか!? 『礼は礼で返せ』と! それと同じ様に『正直を正直で返す』それが礼儀ってもんだ!!」

 

そうか……カリフは俺のために怒ってるんじゃなくて『真実』を『偽り』で返したことを怒っているんだな……

 

そして、この会話で分かったよ。

 

カリフはとことん嘘が大っ嫌いで……

 

とことん正直で素直な奴なんだって……

 

「そしてもう一つはオレの親を狙ってたってことだ……さっきのはその意味合いで殴ったが、正直言おう、あれじゃ足りねえ!!」

「ひぃっ!」

 

レイナーレも相当参っているのか顔が涙と血でグチャグチャだった。

 

「だが、これ以上やるとお前は必ず死ぬ! そして今回お前に勝ったのはオレじゃなくてイッセーだ!! お前の処分は今回の勝者のイッセーに決めてもらう!」

 

お、俺が!?

 

急な提案に混乱してしまうがカリフは俺に近付いて教えてくれた。

 

「これが力を得た者の特権だ……この光景を忘れさえしなければお前はさらに強くなれる」

 

そう言ってカリフは俺のすぐ後ろで止まった。

 

「性欲に対して愚直なほど素直……学園でも名高いエロの権化とはよく言ったものだ」

「うわ、そんな噂があるのかよ……」

「だが……その欲望を躊躇なくさらけ出すお前の正直さは結構気に入ってるぞ? 個人的にな」

 

……やっぱカリフって変わってると思うよ

 

こいつの考えはよく分からないけど、悪い奴じゃないかもな……今回の俺の気持ちを弄んだことに対して本気で怒ってくれたのは素直に嬉しかったし……

 

俺のためじゃなくても俺は嬉しかった……あの時の……デートしてた時の気持ちを嘘じゃないって言ってくれたから……

 

「さて、話はもう終わりね。さっさと逝くがいいわ」

 

部長が黒いオーラを纏ってレイナーレに凄むと、レイナーレは顔を青ざめ、俺に懇願してくる。

 

「イッセーくん! この悪魔が私を殺そうとしているの! あなたのことが好き! 愛してる! だから一緒にこの悪魔をごはぁ!」

 

夕麻ちゃんの声色で叫んでいたのをカリフはレイナーレの頭を踏みつけて黙らせた。

 

その表情には怒りで満ち溢れている。

 

「……俺を前にして未だ嘘を吐くとはな……しかも愛ってきたもんだ……マジで消してやろうかぁ!? あ”ぁ!?」

 

カリフは足をどけてレイナーレの頭を掴んで引き寄せる。

 

「オレは知っている……愛で結ばれた者がどれだけ幸福を得られたのか……毎日を幸せそうに生きてるのかを……オレを産んでくれた親が見せてくれたからなぁ……」

「あ、ぁ……」

「『愛』ってのは生物の本能に宿された真実だ……『愛』があるから太古から男と女は交わり、生命を育んできたんだ……嘘や建前で愛を語るな!!」

「同感ね。あなたの言う愛はエレガントじゃないわ」

 

先人に対するカリフのリスペクトを汚したレイナーレに凄みを利かせ、完全に心を折った。

 

もう救いようがなくて……憐れ過ぎる。

 

「駄目だ……こいつはオレに殺される資格がねえ……オレが殺したら恥かくだけじゃねえか……」

「決まりね……どうする? イッセー」

 

決まってますよ……さっきまで可愛そうだと思ってた俺がアホだった。

 

あの命乞いで完全に失望させられてしまったよ……

 

「グッバイ、俺の恋……部長、お願いします」

 

それに応えるように部長は魔力を収束させて言った。

 

「私の可愛い下僕に言いよるな。消し飛べ」

 

その瞬間、俺の背後から黒い羽が散った……

 

こうして、俺たちの長い夜が終結したのだった……



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始動、オカルト研究部

 

レイナーレが消えた今、俺たちにはもう一つやることがあった。

 

全員がアーシアの方へ向き直り、今後の方針を決める。

 

「アーシア、この前の話は考えてくれた?」

「は、はい……」

 

そう言ってアーシアはこの前に部長から預かった手紙を見せてきた。

 

たまにその手紙を見てなにやら溜息をついてたな……

 

そう思っていると、アーシアは口を開いた。

 

「私……まだどこかで迷っているんだと思います……今まで主にすがってきたんです……だから魅力的に思えるのですが、中々その一歩を踏み出せなくて……」

「まあそうよね、純粋なシスターに悪魔への転生を進めること自体が異例中の異例ですものね」

 

あ~……悪魔への転生ってええええぇぇぇぇぇぇ!?

 

そんな話が持ち上がっていたんですか!?

 

「彼女の神器はあらゆる傷を治すからね。部長もそこに魅力を感じたんじゃないかな?」

「ですが、彼女は悪魔を認めるような発言をしましたし、なにより神器を抜かれかかったんですから……今後を考えるなら堕天使の下を離れた方が賢明かと思って部長が進めているのですわ」

 

木場と朱乃さんが補足するように言ってくる。

 

なるほど……確かにそれなら俺もアーシアと一緒にいられるからな。

 

だけど、それは今まで縋ってきた物に対する決別を意味しているんだ……いくら魅力的でもそう簡単に決めることはできないんだろうな……

 

俺がそう思っていると、カリフが出てきた。

 

「いいんじゃねえの?」

「え?」

 

全員の視線がカリフへと集まる。

 

カリフは顔を俯かせて顔が見えていないが、そんなことは関係ないように続けた。

 

「オレの前では誰も隠し事はできない……お前は既に答えを決めているはず……だが、お前にはそれを決断する“勇気”と“覚悟”が無い……違うか?」

「そ、それは……」

「確かに新しいことをするには不安もあろう、悩みもあろう……だが、それこそが乗り越えなければならん試練なのだ」

「し、試練……ですか?」

 

カリフは破けた袖部分を拾いながら言う。

 

「それは『試練』だ……過去に打ち勝てという『試練』だとオレは思う。人の成長は……未熟な過去に打ち勝つことだとな……」

「……」

「そして、『試練』とは他力本願で耐えしのぶことではなく、己の力で障害を払いのけ、自分を強くしてくれる栄光への扉だ」

 

アーシアは今まで自分の不幸を神様の試練だと思っていた。

 

『思いこんで』、苦痛を誤魔化していたとカリフは思っているだろうな……

 

そして、カリフはこうも言った。

 

『未来は自分で掴み取れ』……と。

 

アーシアはここで閉ざしていた口を開こうとするが……

 

「……それは……」

「それともう一つだ……」

「?」

「もう、解き放たれてもいいんじゃないか?」

「!!」

 

アーシアの話を遮ったカリフの言葉にアーシアの体が震える。

 

「主とか言う奴に縛られ、欲望を抑えられ、住んでいた場所を与えられては捨てられる……もうそいつの操り人形になるのにも疲れたろう?」

「で、ですが……それでは……」

「いいじゃねえか……お前の考えは固すぎる……イッセーみてえに適当になってみても悪かねえさ」

「おいおい、俺ってそんなに適当かよ」

 

思わず苦笑してしまう。

 

そうさ、アーシアはもう幸せになるべきなんだ……友達も作ったり……

 

そう思っていると、カリフは再び宙へと飛んだ。

 

「ま、それはお前の人生だ。お前の好きにすりゃいい」

「え、あの……カリフさん……でしたよね?」

「ああ、そうだが?」

「その……ありがとうございます!」

 

アーシアはそう言って頭を下げるのをカリフはキョトンとし、すぐに鼻を鳴らして心外そうに言う。

 

「別に、オレはオレのために戦っただけにすぎん……お前に礼を言われる筋合いも謂われも無い」

「……これからどうするの?」

「寝る。今日はなんか疲れた」

 

小猫ちゃんに答えると、カリフはすぐにその場から飛びたって行った。

 

果てしない夜空の彼方へ……

 

どこまでも

 

どこまでも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、今まで黙ってきたけど、オレのベッドでいつまで寝てる気だ?」

「……これはずっと私が使ってきた……」

「……」

 

もうベッドで寝るのが習慣になっていたのか、なぜか自然とベッドに入ってしまう。

 

だけど、確かに今、ベッドの中に一緒に入っている小猫の言う通り、このベッドはもう小猫の物になっているのだろう。

 

「今度、新しいベッドを買うか……そろそろ暑苦しくなってきたからな」

「あらあら、そんなこと言わないで私と寝ても構わないんですのよ?」

「いや、オレは寝ているとき、すぐ近くに気配があるのが我慢できん……たとえ見知った奴でもな」

 

その場にいた朱乃の提案を突っぱねた。

 

そうとだけ言うと、朱乃は少し残念そうに俯いた。

 

「……この部屋にオレの断りなく入れるとはな、親は何を考えてやがる……くそ」

「今日はいつもの時間に起きなかったからお迎えに上がりましたわ。よっぽど疲れてたんですね」

「……マジでか?」

「はい。うふふ」

 

そう言って壁時計を見ると、確かに時間は朝の七時……寝過した。

 

昨日は色々とらしくないことしたから変な気持ちになって寝付けなかったのかもしれない……それに対して、反省していると、小猫が昨日の出来事を語り出す。

 

「あの後、アーシア先輩は転生して悪魔になったよ。そして、部長の眷族となって学園に入学するの。カリフくんと同じ時期に」

「……そうか。ま、それも道……だな」

 

頭を掻きながら言うと、朱乃がクスクス笑う。

 

「心配してましたか?」

「違うな。ああいった感じでウジウジする奴を見てるとムカつくんだよ……ま、奴の能力を少し借りたかったからよかったかもな」

「あらあら……それだけですの?」

「いや、奴自身には恨みはねえし、言いたいことを言ってやっただけってのもある」

 

そう言うと、朱乃は優しくカリフを胸に抱いた。

 

朱乃の方が身長が高いから胸のふくらみがもろに顔に当たる。

 

カリフは怪訝そうに尋ねた。

 

「……なんのつもりだ?」

「いえ、なんだか安心してしまいまして……」

「安心? なにを?」

「カリフくんが本当に変わらないでいてくれたこと……」

 

今度は小猫が服の裾を掴んできた。

 

その手は小さく震えてもいた。

 

「あの神父と戦っている時のカリフくん……すごく怖かった……まるで力に呑まれた時の姉さまみたいだった……」

「けれど、カリフくんの素直さ、真っ直ぐな心を昨日になって気付きましたの……」

 

二人がそこまで言うと、カリフは急に姿を消すようにドアを越えた場所に瞬間移動する。

 

「あ、」

「あら?」

 

急に支えが消えて小猫と朱乃は互いに体が傾いて支え合う形になる。

 

そんな二人へカリフが言った。

 

「言ったはずだ、オレは変わる気はないし、恥とも思わない……これが本当のオレであり、カリフという唯一の存在だ」

 

前にも言った答え、小猫と朱乃の二人はキョトンとした様子から互いに見合ってクスっと笑う。

 

「ニヤニヤして気持ち悪いぞ。それと、あまりオレに密着するな。寝起きで避けるのもめんどくさかったが、人前では絶対にやるんじゃねえぞ」

 

そう言いながらリビングへと向かおうとするカリフに朱乃は呼びかけた。

 

「今日は新しい部員ができた記念にパーティーをしますの。夕方の六時に部室に来ませんか?」

 

その瞬間、カリフはピタっと止まったまま動かずに聞いてきた。

 

「……飯」

「多分出る」

「行く」

 

カリフの母親から伝授してもらった通りにカリフを誘うと、簡単に引っ掛かってくれた。

 

そのことに小猫は溜息を洩らし、朱乃は結構素直だったカリフにクスクスと笑う。

 

「?」

 

この時だけは二人の反応がよく分からなくなったカリフだった。

 

 

 

 

 

こうして日々は移り変わる。

 

悪魔と天使、堕天使、そして人間

 

三つ巴の世界にまた一つ、革新が起ころうとしていた。

 

この神々の営みの中で彼は何を見出すのか……だれにも分からない……

 

 

 

 

 

 

 

 

今日を以て、サイヤと悪魔の体現者の物語が開幕ゥゥゥゥゥゥゥ!!



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戦闘校舎のフェニックス
動きだす日々


 

アーシアの入学とほぼ同じ時期に決まったカリフは今、生徒会室で話を聞かされていた。

 

「すみません。こちらの発注ミスで大分遅れそうなのですが……」

「いい。服は身を包めればなんでもいい」

「そうですか……すいませんがしばらくはそのままの格好でお願いします」

 

今、カリフと話しているのは駒王学園生徒会会長である支取 蒼那。

 

厳格そうな彼女は未だに届かないカリフの制服に謝罪するが、カリフのそれを気にしていない様子に安心するのか薄く笑った。

 

だが、一方でカリフはそんな彼女の姿にデジャヴを感じていた。

 

「……あんた、どっかで会ったこと……ないな、うん」

「? まあとりあえず、後の話は……」

 

自問自答して納得するカリフに首を傾げるが、すぐにいつも通りに戻る。

 

だが、その表情はどこか変わって瞳が妖しく光る。

 

その変化にカリフは動じることなく続ける。

 

「後は分かっている。悪魔家業のことか?」

「はい。話が早くて助かります」

 

カリフは生徒会室に来たときから既に気付いていた。

 

全員の『気』の質が既に人間の『ソレ』とは違うことに。

 

それを告げた時の生徒会メンバーの驚愕は動揺は忘れられないほど痛快だった。

 

「なに、討伐のときはオレ一人でやりてえから時々紹介してくれるだけでいいんで」

「それくらいはこちらとしてもありがたいのですが……本当にお一人で討伐を?」

「オレは他人の動きに合わせて動くことはできる。だが、『チームプレイ』など協調性を最重要視する戦法は難易度が高過ぎる。オレは独りだからこそ力を発揮できるんだ。それに、『戦い』は独り占めしたい物だ」

 

自信満々にそう言うカリフに蒼那、いや、ソーナ・シトリーは少し渋った。

 

だが、リアスたちからも事前に聞いたように実力は指折り、不足は無い。

 

「分かりました。そこについても検討します」

「よろ」

「それでは教室に案内しますね。匙」

「はい!」

 

元気よく立ち上がる一人の男にカリフは鋭い眼光を向ける。

 

匙と呼ばれた男子はその眼光に少し怯むが、また持ち直す。

 

「カリフくんを教室に案内して差し上げなさい」

「わ、分かりました! ほら、行くぞ」

 

ソーナに立派な敬礼をしてカリフに声をかけて生徒会から出て行った。

 

カリフもそれに付いて行くことにした。

 

匙たちが出ていくのを確認したソーナは一人、思考に没頭する。

 

(……以前にレヴィアタンさまがおっしゃった婿最有力候補の男の子……名前はカリフくん……)

 

アニメ製作でも度々出てくるその名前。

 

嬉々として姉が口にする名前が編入者の書類に書かれているのを見た時は本当にビックリした。

 

そして、他人の空似だと思うことにしていたのだが、すぐに確信した。

 

あの洞察力や威圧感から言って間違いなく、彼が魔王を見染めさせた人間だと。

 

だからこそ、ソーナはこのことをレヴィアタンこと、セラフォルーに言うべきではないと決めた。

 

(今は魔王である故、そんなことでお手を煩わせる訳にはいかない……なにより……)

 

ソーナは頭を抱えて溜息を吐いた。

 

(あの人なら魔王業務をほったらかして来るに違いない……)

 

破天荒な姉だからこそ予想は容易い。

 

この情報は他言無用にしなければと心の中で密かに誓うソーナであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、カリフを引率している匙といえば……

 

「……」

(……なんか背中に見えない威圧感が当たってチクチクする……)

 

カリフの無意識な迫力に絶賛圧迫されていた。

 

(こっちの発注ミスとはいえ、なんでこの番長スタイルがここまで似合ってるんだよ……長ランだしなぜか鎖付いてるし……本当に年下かよ……)

 

後ろで最強の不良が付いてきているので、匙のプレッシャーもピークに達していた。

 

「おい、あれは?」

「はい!? あぁ、あれは図書館です……だな(なんで後輩に呑まれてんだ俺はあぁぁぁぁぁぁぁ!? 相手は年下なんだぞ!? 俺が引率してんのにこっちがびびってどうすんだよ!)」

 

もう中身もテンパってきたのを自分の中で拒否する。

 

「そうか……」

 

カリフもそこから何も喋らずに帽子を深く被る。

 

(早く送り届けよう……)

 

匙は必死にこの謎の威圧感と戦い、無事に役目を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、え~っと……今日から新しいお友達が入ります……皆さんも仲良くしましょ~……」

 

朝のHRの時間、一年のある教室は静寂に包まれていた。

 

教師もその空気を感じ取ってどこか棒読みだった。

 

その原因とされる黒板前の番長カリフに教師は勇気を振り絞る。

 

「あの……それでは紹介……」

「……」

「あの、自己紹介……」

「あ?」

「ひぃ~っごめんなさいごめんなさい!」

 

学帽の隙間からの眼光に教師も悲鳴を上げるも、カリフは続ける。

 

「……鬼畜カリフ……これ以上に言うことは?」

「あ、ありません……」

「なら席はどこだ?」

「そ、それは……」

 

教師と目を合わせないように全員が目を逸らす。

 

うん、名前からして言い得て妙だ。なんだか鬼畜って響きがよく似合っている。

 

誰もこの新入生の威圧に参っているのが目に見えて分かっていた。

 

ただでさえ、共学になったばかりで女子生徒が多いとは言っても、目の前の存在はその情勢さえも塗り替えてしまうと思われるほど漢すぎる。

 

もうこのまま拮抗すると思われていた時だった。

 

「私の隣、いいですか?」

 

予想できなかったまさかの立候補に全員が目を向けると、そこにはクールに手を上げる学園のマスコットこと、小猫だった。

 

この時、クラス全員の脳裏に過去の光景が甦った。

 

マスコットの小猫と二大お姉さまの片割れである朱乃が番長を引率していた風景を

 

全校の二人のファンに衝撃を与えたあの時の光景は今や話題になっていた。

 

色んな推測が飛び交い、その度に何かの間違いだと否定し続けていた事態が急に現実味を帯びてきた。

 

色んな感情に包まれた教室の中で、教師はまるで、砂漠のオアシスを見つけたように表情を緩ませた。

 

「それでは塔城さんの隣の席でお願いします……」

「ちっ……毎朝家の中で引っ付いてるだろうがよぉ……」

『『『!?』』』

 

舌打ちして呟く爆弾発言にクラスに何らかの衝撃が奔った。

 

「それとこれとは別……それに毎朝起こしてる」

「……ま、その点は素直に感謝してる」

『『『!!??』』』

 

小猫からの更なる核爆弾宣言に全員が席をガタっと揺らした。

 

「え!? 塔城さんと鬼畜さんってどういう関係……!?」

「住んでるの!? 一つ屋根の下で!?」

「まさに美女と野獣……いや、美少女と魔獣……」

「そ、そんな……これは夢だ……悪夢なんだ……はは……」

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……」

 

半ばカオスとなりつつあるクラスを見てカリフは思った。

 

「にぱぁ……」

 

カリフは邪悪な笑みをクラスに振りまいて恐怖のどん底に落としながら小猫の席の隣に座った。

 

(……生徒じゃなくて用務員の人として入った方がよかったかな……?)

 

ポーカーフェイスの下で密かにカリフは何か道を外したのかと思った小猫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきは助かりましたぁ。ありがとうございますイッセーさん」

「いやいいよ。まあ、アーシアはこんなにも可愛いからあれだけの質問攻めもいい傾向なんだろうけどな」

「そんな、可愛いだなんて……」

 

明らかに照れながらアーシアは顔を赤くさせているのにイッセーは微笑ましく見ていると、そこへ一人の影と合流した。

 

「あ、イッセーくん、アーシアさん。こんにちは」

「おー木場、ウッス」

「こんにちは木場さん」

 

学園随一のイケメンであり、男子の敵である木場はイッセーたちに爽やかな挨拶を送る。

 

それにはイッセーもアーシアも何気なく返すと、周りからは様々な声が

 

「うそ!? 木場きゅんが兵藤なんかとお昼を!?」

「そんな!? 木場くん×兵藤は実在してたなんて……うそよ!!」

「くそっ! なんで兵藤がアーシアちゃんと……爆発しろ!」

「死ね!!」

 

なんだか俺に対する怨嗟の声しかないんですけど!? て言うか女子はそんな話してて楽しいか!? そんな気持ち悪いこというんじゃねーよ!!

 

実は俺たちは部員全員集まってお昼を食べようと集まっている訳だ。

 

さっきまでアーシアに質問攻めの嵐が巻き起こって対応に困って慌ててたアーシアを半ば強引に脱出させた。

 

まあ、なんとか悪友の松田、元浜、桐生の三人から離せたことは不幸中の幸いだった。

 

そんな感じでさっきまでの光景を思い出していると、前方から二人の好奇なオーラを発する二大お姉さまの部長と朱乃さんがいた。

 

「部長! 朱乃さん!」

「あら、イッセーも今終わったの?」

「あらあら、丁度いいタイミングでよかったですわ。うふふ……」

 

優雅に挨拶してくるお二人もお弁当片手に挨拶してきた。

 

「ま・た・あのエロ後輩がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「リアスお姉さまから離れろエロ猿!!」

「朱乃お姉さまが汚されるわ!!」

 

うん! もう罵倒の嵐がめっさハンパなくて泣きそう!!

 

「あの、イッセーさん、私はどんなことがあってもイッセーさんの味方ですから!」

「ありがとう……君が救いだよ……」

 

傷ついた心にアーシアの優しさが沁み渡る。

 

「これで大体揃ったわね、後は小猫とカリフだけ……と……」

 

部長は待ち合わせ場所であるこの場所でキョロキョロと辺りを探すが、二人の姿が見えない。

 

まあ、まだ時間じゃないし授業も真っ最中なのかな?

 

「はうぅ……今日こそカリフくんと仲良くできればいいのですが……」

「そっか、アーシアはカリフのこと嫌いだったよな」

「いえ、嫌いじゃないですし、むしろ感謝してるんです……けど……なんだか怖くて……」

 

ウチのアーシアちゃんはちょっとしたカリフアレルギー……というか苦手な様子です。

 

そりゃあ、あの変態神父や大型車を教会に突っ込ませたり、レイナーレの時の戦いを見たら普通の人はトラウマになるわな……ありゃ怖い。

 

「イッセーくんもシゴくってお誘い受けてたよね?」

「木場ぁぁぁぁぁぁぁ!! 嫌なこと思い出させるんじゃねぇぇぇぇ! 俺がブーステッド・ギアの持ち主だからって鍛えてやるとか言ってんだぞ!! あの時の目は本当に今でも夢に出てるから!!」

 

そう、レイナーレの件が終わった後、カリフが俺の神器に興味持っちゃったのが運の尽き……俺を鍛えるとかマジな目つきで詰め寄って来てたのは一生忘れられない悪夢となるだろうな……ヘビに睨まれたカエルの気持ちが分かったよ……

 

「あら、素敵な申し出じゃない。彼、どうやら戦闘のプロらしいから鍛えてもらって強くおなりなさいな」

「イッセーくんが羨ましいですわ。彼を独り占めなんて、うふふ……」

「洒落にならないから止めてください! そんなことになろうものなら真っ先に殺されますよ俺!!」

 

というかカリフの投げた大型車三台で教会を爆破した件……見事にニュース沙汰となり、新聞の一面を飾っちゃいました~♪

 

どうも、世間ではテロの線が強いということで事件は終結しそうなんだけど……それを引き起こした張本人に俺は狙われています……

 

「やべぇ……俺、生きてハーレム作れるかな……」

「ふふ…頑張りなさい。強くなったら私が御褒美あげるから」

「マジっすか!?」

 

も、もしかしてあ~んなことやこ~んなことなご褒美かな~?……ゲヘヘ、これは頑張るっきゃねえ!

 

「む~……!」

 

アーシアが可愛らしく頬を膨らませて涙目になって俺を睨んでいる。

 

そんな感じで穏やかな昼食が始まる……

 

 

そう思っていたのだが……現実は……『あいつ』が大人しくしている訳がなかった。

 

俺たちがダベっている間、突然に近くの生徒が急に倒れ込んだ。

 

「え!?」

「!?」

 

突然のことにアーシアと俺は驚いてしまうが、部長たちはすかさずに臨戦態勢に入る。

 

すげぇ、そこんところは経験の違いを感じるぜ……

 

だが、その瞬間に襲ってきた殺気の波は素人である俺やアーシアでも気付けるほどに濃かった。

 

「こ、これは……」

「イッセーくん。離れないようにね」

「……あぁ、アーシアもな」

「は、はい……」

 

まずは気配を探っていると、どうやらこの空気はこの先の廊下から……しかも一年のクラスへと繋がっている所から出ている。

 

「まさか……小猫とカリフの身に何かが……」

 

部長の一言に全員が嫌な予感を感じさせた。

 

「でも、二人は強いから……」

「ですが、部長の言う通り、万が一という可能性も……」

「そ、それでも……」

「静かに! 誰か来るよ!!」

 

木場が何かを察知したのか表情を引き締めた。

 

「……来ますわ」

 

朱乃さんと部長が金色と黒い魔力を纏わせて戦闘態勢に入る。

 

―――カツーン、カツーン

 

そして、俺でも聞こえるくらいに足音が近づき、先の曲がり角から影が見える。

 

全身から冷や汗を出して俺は神器を展開させようとした時……遂に姿を現した。

 

「……ちわ」

 

両手にとてつもなくでかい昼食を持ったカリフに……

 

「あらあら……」

 

朱乃さんを除いた俺たちは無言でその場に突っ伏した。

 

「……ドリフ?」

 

カリフの後からやってきた小猫ちゃんも絶妙な疑問を口にした。

 

違うからね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? なんであなたは殺気を学園中にばらまいたの?」

「なんでって、そりゃ決まってるだろ?」

「いや、あなたの中でしか決まってないから」

 

現在、部室でみんなとお弁当食べる中、部長がカリフに尋問していた。

 

ちなみに、皆のお弁当は普通の高校生とさほど変わりなく、小猫ちゃんのは女の子のような小さい弁当箱ではなく、普通の男子が使うようなサイズの大きい弁当箱を持っている。

 

そして、一際おかしいのはカリフのやつだ……

 

ご飯→炊飯ジャー、おかず→十段重ねの重箱

 

一体どれだけ食べるの? と、言いたいところですが、もう驚かなくなりましたよ……何が起こっても不思議じゃない。

 

それよか、驚くのは部長との会話のことだ。

 

「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。周りの視線が鬱陶しいからつい……な」

「つい、で自分のクラスとすれ違う生徒を気絶させるほどの殺気を振り撒かないの。私たち悪魔はそういう耐性はついたからいい物の……」

 

そう、あの殺気はカリフが人避けのために本人曰く『軽く』やったらしい……『軽く』……

 

「まさか、ここまで日本人が脆くなってるとは夢にも思ってなくてな……嘆かわしいぜ……」

「全世界共通であなたの殺気は耐えられないわよ……どうするのよ? 今日はもう休校になっちゃったじゃないの……」

 

溜息出しながらガッカリする部長。そう、今日の学校は謎の気絶者が半数を越えたので授業は続行不能……昼食の後に速やかなる早退を放送で指示された。

 

「通夜が一気に葬式に変わりました」

 

小猫ちゃん曰く、カリフのクラスはまさに通夜みたいに静まり返り、物音出すだけでクラスの情勢が変わるような緊張状態だったらしい。

 

もっとも、カリフの殺気によって通夜が完全な葬式場になったらしい……クラス全員が気絶したという……

 

「か、カリフさん……やっぱり怖いです……」

「だよね~。俺もめっさ怖くてガクブルすっぞ!」

「あはは……」

 

木場が苦笑してるのに反応するのも疲れそうだ……

 

「いい? これからは殺気を出さないの。面倒になるから」

「ふむ……学園生活ってのも難しいな……いいだろう、どんな困難にも受けてたってやる」

 

五人分くらいの弁当を十数分でペロリと平らげ、愉快そうに笑うカリフに不安がよぎる。

 

……マジ大丈夫か?……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、この後の事件でそんな問題はすぐに霧散した。

 

 

 

 

「人間界か……あそこは好きじゃないが行くか……必ず連れ帰って結婚するからな? 愛しのリ~ア~ス」

 

そんな声が呟いた後、業火が辺りに飛び散って一人の影を包みこんだ……

 

 

 

一難去ってまた一難……新たなる事件はすぐにやってくる。



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不死鳥現る!

やあ皆! 最近じゃあ赤龍帝を宿した神器・ブーステッド・ギアの現持ち主である兵藤一誠だよ!!

 

なんでこんなにハイテンションになってるの!?

 

それはね……!!

 

「私の処女をもらってちょうだい……至急頼むわ」

 

急に俺の部屋に魔法陣で入ってきた部長が刺激的な日本語を言い放ったからだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~……なんかやつれてるじゃねーか?」

「まあな……色々あってな……」

「大丈夫ですか? 今日の早朝トレーニングしてなかったからお体を壊されたんじゃないかと思いまして……」

 

今、俺とカリフとアーシアは三人で登校している。

 

なぜカリフとアーシアが一緒かと言うと、アーシアの方は俺の家に住んでいるからだ。

 

アーシアとはホームステイという形で一緒に住んでおり、父も母も快諾してくれた。

 

そんでもって一緒に登校していると言う訳だ。

 

それで、カリフはというと……ヒマだったかららしい。

 

朝起きたら小猫ちゃんは既に先に学校に行ったという……なにか部長から連絡あったかな?

 

いつものカリフなら朱乃さんも一緒にいるはずなのに、朱乃さんもいない……

 

それらを踏まえて、やっぱり昨日の部長の行動が関係しているのか……

 

そう思っている。

 

「早朝トレーニング? ほう、殊勝なことだな」

「まあな。前回の件で俺の力不足さが顕著だったし、部長も力を使いこなせるようにとまずは筋トレから……」

「イッセーさん頑張ってるんですよ!」

 

自分のことじゃないのにアーシアが嬉しそうに言ってくれる。やべぇ……マジいい子だわ……

 

「ふむ、今度は俺のトレーニングの一割程度の量も加えてやろうか? 腕立て5000回三セットとか」

「遠慮します!!」

 

冗談じゃねえ! こいつのメニューなんか地獄に決まってる!!

 

部長たちから聞いたけど、カリフは戦闘力だけいえば既に最上級悪魔と渡り合えるくらいの強さらしい。しかも、特筆すべきはカリフは人間であり、僅か16歳くらいでその境地に至ったという前代未聞の異例を引き起こした。

 

人の身でありながら既に神の力にまで達する日が近いんじゃないかと言う予想は俺たちを驚愕させた。

 

そんな奴の練習メニューをしようものなら消滅は確定だと本気で思った。

 

そして、もう一つの変化が俺を襲っていた。

 

「そんな……アルジェントさんが兵藤と番長と一緒に……」

「ど……どんな状況だ……!?」

「アーシアさんは兵藤の毒牙に、兵藤は番長のパシリ……こういうことか」

「兵藤……エロい奴だったが、惜しい人物を亡くした……無事眠れ。南無……」

 

いや、全く違うから。俺はアーシアに毒牙をかけたり、カリフにパシられてる訳でもない……いつか殺されそうなのは確かだが……ていうか最後のはマジ洒落にならないから止めてくれ……

 

こういう時は大体、嫉妬か怨嗟の声だったんだけど、今回は完全な畏怖の念が籠っている。

 

こういうのは慣れないな……

 

松田と元浜が畏怖と嫉妬を交えた視線に包まれた俺たちは学校まで他愛のない会話を続けていた。

 

俺の学園生活がおかしい方向へと向かっている。

 

とりあえず、皆がカリフに慣れるまではこのままかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の授業はカリフの暴走なく無事に終わった。

 

カリフは多分、寝てるか頭の中で戦いのシミュレーションしたり、電子ジャー持ってクラスを驚愕させたりとしているのだろう。どんだけ戦が好きなんだよ。

 

そう思いながら俺、アーシア、そしてさっき出会った木場と旧校舎に向かっている。

 

そして、木場に部長が今、何か悩んでないかを聞いてみた。

 

「部長のお悩みか……多分、グレモリー家に関わることじゃないかな?」

 

最近、部長が「こころここにあらず」って様子だったし、この前に行った爆弾発言をする経緯に疑問があった。

 

俺やアーシアよりも部長と行動しているのだから何か知ってるんじゃないかと思ったけど、木場も知らないのか。

 

「朱乃さんなら知ってるよな?」

「あの人は部長の懐刀だから知ってると思うよ?」

 

うーん、本人に聞くのも少しなあ、と思っていたけど、やっぱ朱乃さんか……

 

何を悩んでるのかは知らないけど、何かあったら俺も何か頑張りますか!!

 

そう思っていると、木場が歩みを止めた。

 

「……ここまで来て初めて気配に気付くなんて……」

 

木場が鋭く目つきを変えて言った。

 

なんだ? 何事?

 

不思議に思いながらも俺は部室へと入ると、そこには部長、朱乃さん、小猫ちゃん、そして昨晩出会ったグレイフィアさんがクールな様相を保っていた。

 

ただ、部長は機嫌が悪く、いつもより冷たいオーラを発したニコニコフェイスを放っている。

 

小猫ちゃんは隅っこの椅子に黙って座っていた。

 

できるだけ関わりたくないって様子だな。

 

木場も「まいったね」と小さく洩らし、アーシアもこの緊迫した空気に気圧されて俺の袖口を握ってきた。

 

安心させようと頭を撫でていると、部長が口を開いた。

 

「全員揃ったわね。では、部活前に話したいことがあるの」

「お嬢様、私がお話しましょうか?」

 

グレイフィアさんの申し出を手を振っていなす。

 

「実はね……」

 

これから話が始まる時、床が激しい光を放ち、描かれていた魔法陣が光る。

 

! これは転移現象!? 何度も見てるから知識の浅い俺でも覚えたが、ここには眷族全員がいる。

 

じゃあ誰が!?

 

そう思っていると、魔法陣のグレモリーのマークから別のマークに変わった。

 

―――っ! これはグレモリーじゃない!?

 

「フェニックス……」

 

木場の呟きが俺の考えを肯定させた。

 

やっぱりこれは……!!

 

そう思っていると、突然に魔法陣から凄まじい炎が撒き上がった。

 

「熱っ!」

 

飛び散る火の粉が俺の肌を焼いていると、炎の中から男性のシルエットが現れた。

 

そして、腕を横に薙ぐと炎が霧散して治まった。

 

そして、そこには赤いスーツの男がいた。シーツを着崩し、ネクタイもせずに胸にシャツをワイルドに開けたワル系イケメンだった。

 

「ふぅ、人間界は久しぶりだ」

 

そう言って髪をかき上げながら部屋を見渡して部長を見つけると、口元をにやけさせた。

 

「探したぜ、愛しのリアス」

 

そう言って部長の元へと近づいて行き、部長は半眼で睨んで歓迎しているとは思えない。

 

何が何だか訳が分からなくなっていた俺に、さらなる事態が動きだした。

 

「う~……あちぃ……」

「あらあら、起きてしまいましたの?」

 

目を擦りながら寝ぼけ眼で起きてくるカリフがソファーの影から現れた。

 

そこにいたんだ……ってか朱乃さんに介抱されながら起き上がる姿は姉弟に見えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから話がどんどんと進んでいった。

 

どうも、あのいけすかねえ男の名はライザー・フェニックスと以前に木場から聞いた『七十二柱』を存続させるために選ばれたフェニックス家の末っ子らしい。

 

七十二柱……大戦以前に存在した純血の上級悪魔が連なる名門の家系であり、部長の家もその一つ。

 

そして、ライザーがここに来たのはその挙式のためらしいのだが……

 

「ライザー! 以前にも言ったはずよ! 私はあなたと結婚なんてしないわ!!」

「そんなこと以前にも聞いたな。だが、そんな我儘が通用しないほど君のお家も切羽詰まってるはずだ」

 

どうやら部長はこいつとの婚約を嫌がっている様子だ。

 

ずっとこんな話が延々と繰り返していた。

 

「家を潰す気は無いわ。婿養子も迎え入れる」

「おお! 流石リアス! じゃあ早速……!」

「でもあなたじゃないわ。私が認めた者と結婚する。古い家柄の悪魔にだってそれくらいの権利はあるわ」

 

満面の笑みだったライザーは表情を一変させて、不機嫌に目を細めてあからさまに舌打ちする。

 

「……俺もなリアス。フェニックス家の看板を背負ってんだよ。この名前に泥をかけられるわけにもいかないんだよ。こんな狭くてぼろい人間界の建物なんかに来たくなかったし、俺は人間界があまり好きじゃない。この世界の炎と風は汚くてなぁ、炎と風を司る悪魔としては耐え難いんだよ!」

 

その瞬間、ライザーの周りで炎が駆け巡った!

 

「キミの下僕を全員燃やし尽くしてでもキミを冥界に連れて帰るぞ!」

 

殺意と敵意が部屋中に広がると、アーシアの体は震えて俺の体に抱きついてきた。

 

かく言う俺もこのプレッシャーに耐えられずに震えている。

 

そして、木場と小猫ちゃんは震えることなく臨戦態勢に入る空気を作り、部長と朱乃さんも紅い魔力と金色の魔力を発し始めている。

 

一触即発の空気の中、一人だけ物申した。

 

「止めろ」

「あ?」

「カ、カリフ」

 

いつのまにか部長とライザーの横にいたカリフが間に入る様に制した。

 

気配を消していたカリフに驚く部長に対してライザーはさらに不機嫌になった様子だった。

 

「なんだ貴様。これは貴様のような人間如きが口を出していいことじゃない。今すぐに立ち去らねば痛い目見るぞ?」

 

侮蔑と脅しを兼ねてカリフの眼前にまで顔を近付ける不良みたいな脅しをかける。

 

だが、カリフは顔色を変えずに言う。

 

「別に悪魔同士の婚約になぞ興味は無い。結婚でもなんでも勝手にすればいい……だが……お前の行動は目に余る」

「はぁ?」

 

怪訝そうにライザーが眉を顰めると。カリフも負けじとライザーの目に視線を投げつけて言った。

 

「お前の実力は小猫や朱乃やリアスを凌ぐのが殺気で分かる……それに攻撃に対する挙動からしてフェニックスの特性か何かか? ある程度の攻撃は受け流せると見た……違うか?」

 

カリフの言葉にライザーは勝ち誇ったように、しかし、多少驚いたように答えた。

 

「ほう、人間にしてはいい勘してるじゃないか。正解と言ってもいい」

「本当のようだな。これならリアスたちに勝ち目はねえ」

「その通りだ。物分かりのいい奴は嫌いじゃない」

 

二人の会話に皆が悔しそうに表情を崩す。

 

皆でも勝てないって肯定したってことは……カリフの言うことは本当だろうな。

 

マジかよ……

 

得意気に笑って気分をよくしているライザーだが、次のカリフの言葉に表情をまた変えるのだった。

 

「だから、オレが来たんだ」

「は? 何言ってんだお前」

「言葉の通りだ。親父とお袋の初めての約束でね、オレは朱乃と小猫を死なすわけにはいかねえんでな」

 

胸に手を当ててカリフが不敵に言う姿はどこか頼もしかった。

 

「奴らが戦うことになってもオレはあまり手を貸す気は無い……だが、朱乃も小猫も両親を守ってくれた……だが、そいつ等はお前には勝てない。なら、オレが守るしかねえだろ?」

 

自信満々に、言うカリフの告白とも取れる会話に二人は顔を紅く染めて顔を俯かせている。

 

なんだよこれ……あんなことを平然と言えるなんて男すぎる!!

 

だが、そんなカリフにライザーは冷笑を浮かべる。

 

「はっ! 人間風情が二人を守る? 夢物語も大概にするんだな。それに、お前……あの二人のことあまり知らないだろ? あの異端児のクイーンとはぐれの姉を持つルークに限らず、リアスの眷族のことも知らんのだろう?」

「知らねえな。それが?」

 

その会話に朱乃さんと小猫ちゃん、木場までもが表情に影を落とした。

 

な、なんなんだ?

 

それを聞いた部長も怒りに顔を真っ赤にさせる

 

「ライザー! 朱乃たちは関係ないでしょ!!」

「リアス、キミもどうかしてるな。こんな無知な人間を悪魔家業に関わらせるなんて……俺が現実って奴を教えてやるさ……おい聞け人間!!」

「「「!?」」」

 

構わずに続けるライザーが宣言するように言うと、皆が体を震わせる。

 

「こいつらはな! 俺たち悪魔の中では……!!」

 

嘲笑うかのように続けるライザー。

 

「秘拳……鞭打……」

 

そして次に開いたライザーの口は……

 

「異端中のいたぐぼっ!!」

 

言葉を遮られ、カリフの張り手を体に受けた苦悶の声を吐きだした。

 

「ぐあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ライザーはカリフに叩かれた個所を抑えて床を転げまわったり体を有り得ない角度へ逸らしたりと尋常じゃない痛みを俺たちに伝えてくる。

 

その行動に皆が呆然としていると、独特の構えを解いたカリフがライザーを見下ろす。

 

「言ってみろよ……こいつらが異端だからどうした? 朱乃が、小猫がなんだって? お?」

「ぐあああああああぁぁぁぁぁぁ! ぶっ!」

 

転げまわっていたライザーの頭を掴んで床に叩きつける。

 

「こいつ等が多少違っても関係ねえよ。どんなに他の奴と違ってもオレの『守るという約束』だけは違えないさ……」

「ぶぐっ!」

「それにこいつ等の過去を笑ったな? こいつらの『積み重ねてきた真実』を貴様は笑い話にしようとしやがった……そこだけは許す訳にはいかねえ!!」

 

急にカリフは激昂してライザーの頭をさらに床に叩きつける。

 

カリフは真実を汚すことを最も嫌っている……ライザーはその禁を犯したんだ。

 

「こいつ等には人に言うことさえできない過去があるかもしれない……だが、その過去が今、ここにいるこいつ等を作り上げた……その過去を笑う権利など誰も持っちゃいねえんだよ!! この……」

「ちょっやめ……」

「ド低能がーーーー!!」

 

止めと言わんばかりにライザーの頭を思いっきり踏み潰した。

 

それによってライザーは耐え難い痛みに相乗した痛みに気を失ってしまった。

 

それを確認したカリフは倒れているライザーに中指を立てて吐き捨てるように言った。

 

「おととい来やがれ。次はサシでやってやるよ……クソガキ」

 

長ランに渋いことを言うカリフ……!!

 

不覚にもかっけえと思ったよ……

 

部長も呆然としていたが、満足そうだった。

 

「カリフくん……」

「あらあら……」

「……」

 

木場も朱乃さんも小猫ちゃんもカリフの言葉に満足そうに笑いながらどこか嬉しそうだった。

 

特に朱乃さんと小猫ちゃんは目を潤ませていた。

 

「か、かっけ~……」

「す、凄いですぅ……」

 

木場やライザーとは違うイケメン……いや、漢と書く“おとこ”に俺は興奮してしまった。

 

アーシアも色んな意味で驚かせられているが、特に顕著だったのがグレイフィアさんだった。

 

カリフの実力が予想以上だったのか、クールだった表情が今では違った。

 

目を丸くしてただただ驚いていたが、すぐに気持ちを切り替えた。

 

「こ、この話はライザーさまが目覚めた後に続けましょう……」

 

上ずった声が合図だったみたいに、カリフはまたソファーの上で寝転がり、皆もライザーが起きるまでは自由に過ごすこととなった。

 

ライザーは誰にも気にかけられることなく、代わりにグレイフィアさんが介抱していたのだった。



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女の誇り

 

ライザーの意識はすぐに戻った。

 

グレイフィアの優秀な介抱と応急手当が功を奏して大事には至らなかった。

 

それどころか、事態は結構深刻なものだった。

 

「オレ……なにがあったんだっけ?」

「OH……」

 

なんと、頭を強く打ちつけた後遺症で数分間の記憶が綺麗に消えてしまっていた。

 

さすがのリアスでもこれには冷や汗をかいたが、すぐにライザーによって婚約の話に戻った。

 

「キミの家も我儘で……」

 

またさっきの話を得意気に話すライザーに全員が辟易していた。

 

まるでビデオを再生しているかのような感じだが、もう無視するしかないと思って放っておく。

 

そして、やっとさっきまでの話に辿り着いた。

 

「実はですね、この件にて一つ提案しにきました」

「提案?」

 

ここに来てやっとグレイフィアが口を開いた。

 

「これは最終手段でしたが、この状況なので提案させてもらいます。……『レーティングゲーム』で決着をつけさせてもらうというのはいかがでしょう?」

「!?」

「レーティングゲーム……たしか前にも聞いたな……」

 

驚愕する部長とは別にイッセーがボソリと呟くと、木場が何気なくフォローしてくれた。

 

「爵位持ちの悪魔たちが行う下僕同士を戦わせるゲームだよ」

「あぁ、前にチェス方式に戦うって言ってたっけ……」

 

二人で話していると、グレイフィアさんが続けるように説明する。

 

「公式なレーティングゲームは成熟した悪魔しか参加できません。しかし、非公式の純血悪魔同士のゲームならば半人前悪魔でも参加できます。その大半が」

「身内同士、または御家同士のいがみ合いよね」

 

嘆息しながら言う。

 

「つまり、お父様方は最終的にはこれで婚約を決めさせるハラなのね?……どこまで私の生き方をいじれば気が済むのかしら……っ!!」

 

相当な苛立ちを見せて拳を作るリアスにグレイフィアさんが冷静に続ける。

 

「それでは拒否すると?」

「いえ、こんな好機はないわ。いいわよ。ゲームで決着をつけましょう。ライザー」

 

挑戦的なリアスの口上にライザーは口元をにやけさせた。

 

「へー、受けちゃううのか? 俺は別に問題は無いし、むしろ大歓迎。成熟して公式なゲームも何度かやっていて勝ち星も多いが、本当にいいのかい?」

「いいわ。あなたを消し飛ばしてあげる!」

「いいだろう。そちらが勝てば好きにすればいい。だが、俺が勝てば即結婚だ」

 

睨み合い、他者の横入りを許さないようなムードを作りだす。

 

「承知いたしました。お二方のご意思は私、グレイフィアが確認させていただきました。ご両家の立会人として私がこのゲームの指揮を執らせていただきます。よろしいですね?」

「ええ」

「ああ」

 

グレイフィアの提案に二人も了承する。

 

「分かりました。ご両家の皆さんには私がお伝えします」

 

グレイフィアが頭を下げると、途端にライザーは当惑しているイッセーを見て嘲笑する。

 

「ところでリアス。キミの下僕はそれで全員かい?」

 

その一言にリアスも片眉を吊り上げる。

 

「そうよ。カリフだけは違うけど、それがなに?」

 

そう言うと、ライザーはクスクスとおかしそうに笑う。

 

「これじゃあ話にならないんじゃないか? キミのクイーンである『雷の巫女』でしか俺の可愛い下僕に対抗できそうにないな」

 

そう言ってライザーが指をパチンと鳴らすと、部室の魔法陣が光り、そこからまた多数の人影が現れる。

 

そこから出てきたのは十五人の女性であった。

 

チャイナ服、ターバン、踊り子など様々な様相の女性がライザーの周りを囲った。

 

イッセーはそれを見て驚愕しているが、カリフに至っては拍子抜けという感じだった。

 

(なんだ……どいつもこいつも並ってとこか……)

 

気と出で立ちやその他色々の挙動で強さを計ったカリフはくだらないと言わんばかりに無視を決め込む。

 

だが、イッセーはライザーに怒りと嫉妬を交えた視線をぶつけ、同時に涙する。

 

「な、なぁリアス……この下僕くん俺を見て大号泣してるんだが……」

 

引き気味のライザーにリアスも困り顔で額に手を当てる。

 

「その子の夢はハーレムなの……多分、ライザーの眷族の子を見て感動したんだと思うわ」

 

そう言うと、周りから非難の声が上がる。

 

「キモーイ」

「ライザーさまー。このヒト気持ちわるーい」

 

容赦無い台詞にイッセーは唇を噛みしめて堪えるが、ライザーは女性の体を撫でまわして慰める。

 

「そう言ってやるな。上流階級の者を羨望の目で見てくるのは下賤な輩の常さ。あいつ等に俺とお前たちが熱々なところを見せつけてやろう」

 

そう言ってライザーが眷族の一人の女性と濃厚なディープキスを始めた。

 

それにはイッセーは興奮に股間を押さえ、木場は顔を紅くし、小猫は顔を紅くさせながら目を逸らし、朱乃はニコニコしながら不愉快そうな雰囲気を醸し出す。

 

「あぅあぅあぅあぅあぅあぅ……」

 

アーシアも既にグロッキー寸前。

 

その中でもリアスはおもむろに嫌悪の表情を浮かべる。

 

グレイフィアとカリフだけが表情一つ変えなかった。

 

部室にクチュクチュと音を出してキスを終えると、唾液の線がライザーと眷族の子の口を繋ぐ。

 

そして、また別の女性を呼び寄せて体を弄びながらイッセーと、何故かカリフに嘲笑的な視線を送る。

 

「お前たち下級悪魔くんや人間にはこんなこと一生できまい」

「るっせぇ! 余計な御世話だ! ブーステッド・ギア!!」

 

イッセーは挑発に乗って神器を解放するが、すぐにカリフから制止の声がかかる。

 

「止めろ。お前が行った所で眷族の女一人には勝てねえよ」

「なんだと!?」

 

流石のイッセーもこれには納得いかなかったようでカリフを睨むが、カリフは更なる怒気と威圧で以てイッセーを黙らせた。

 

「う……」

「そもそもなぜそんな簡単に挑発に乗る? 奴が何かしたか?」

「何かって……お前は悔しくないのか!? あんな濃厚なシーンを見せつけられて何も感じないのか!?」

「カリフくんは変態先輩とは違います」

 

小猫からの痛烈な突っ込みを受けるイッセーに心底不思議そうに首を傾げた後、カリフはすぐに侮蔑の視線をライザーに向ける。

 

「んなこと言われてもねえ……こんな所で唾液と唾液を交換し合って舌を舐め合って……気持ち悪いし、胸糞もわりいだけだ」

「……なんだ? 負け惜しみか?」

 

少し苛立った様子を見せたライザーの挑発。というか、本当に記憶が消えてるらしく、カリフから受けた屈辱を忘れている様子だった。

 

「いや、だってそんな『愛』の『あ』の字も見えない性行為見せられて感想言えって言われても気持ち悪いとしか言いようがない。これならまだ汚物にまみれた下水道で行われるドブネズミの交尾の方が神秘的で健全に思えるぜ」

 

見下した態度にさらに見下した態度で挑むカリフにライザーや他の眷族たちが怒りを見せる。

 

「俺がドブネズミだと!? この聖なる不死鳥の俺のことを言ったのか!?」

「あぁ、そうだ。そのトリ頭でも理解してもらえて正直ホっとしてるぜ」

 

喧嘩腰で言うカリフに眷族の女性たちの非難が飛び交う。

 

「ライザーさま! あのヒト嫌い!」

「やっつけましょうよ!」

 

だが、それすらもカリフは鼻で笑う。

 

「貴様等も貴様らだ。よくそんな簡単に自身の体を捧げられるものだ……どうやら貴様等の『女性のプライド』も墜ちに墜ちて便器にこびりつくクソみたいに低俗のようだな」

『『『なっ!?』』』

 

あまりの暴言に眷族一同は怒りを燃やす。

 

それによって全員が魔力を練って臨戦態勢に入る。

 

「ほう、貴様等にも『プライド』を貶められて怒るだけの気概があったのだな」

「当たり前だ!! そこまで言われて黙ってられはせん!!」

「なら、今の自分を鏡で見たことはあるのか? なぜお前たちはそいつに体を好きなようにさせられている?」

「ぐ……っ!」

 

仮面の女性が歯を食いしばり、言い返せない自分に苛立ちを見せる。

 

だが、カリフは腕を組んで、相手の敵意を一身に受けて堂々と見据える。

 

「悪魔でも、天使でも、堕天使でも、人間など種族は問わず、オレは女には比較的乱暴なことはしないと決めている……フェミニストだからな」

(((((いや、どこが……)))))

 

レイナーレ戦の光景を目の当たりにしていたオカ研メンバーは内心で突っ込みを入れるが、そんなことは気にしない。

 

「そりゃそうだ、女の体は新たな命を生み出すゆりかご……未来の強者を生み出すかもしれない無限の可能性だ……だからこそオレはムカつく女を除いては見てくれが悪かろうが、人見知りだろうが、バカだろうが女に本気で手を上げたことはねぇ! 何故ならオレは女を尊敬しているからだ!!」

 

いつのまにか胸に手を当てながら声を荒げて激白しているカリフに全員が気圧される。

 

「だからこそ女は自分で自分の体を死ぬ気で守らなくてはならない! その可能性を秘めた自分の体を! 愛を授けるに値する男に会うまで守り抜かなければならない! 女の素晴らしさは恵まれた体型や顔の形で決まるのではない……自分や新たな命を必死に守り抜き、愛した男を愛し続けようとする崇高で侵し難い『自尊心』で女の価値は決まるのだ!!」

 

その言葉はまさしく、カリフ自身が切に思う女の『最高条件』

 

命を宿す体だからこそ、女はそれを守り、未来を作らなければならない。

 

そうやって命は出来上がってきたのだから。

 

『『『……』』』

 

カリフの言葉に誰一人何も言えなくなってしまい、敵意も僅かに薄れていく。

 

中には思い当たる節があるのか、悔しそうに歯を噛みしめる者もいた。

 

「誇りを取り戻せ。女たちよ……お前たちはいつからそんなことも忘れたのだ?」

「そ、それは……」

 

甲冑を着た女性が顔を俯かせていた時だった。

 

 

 

 

 

「貴様ぁ!! 俺の眷族に妙なこと吹きこむんじゃねえっ!」

 

今まで無視されていたのが気に入らなかったのか、ライザーは尋常でない熱量の炎を集めていた。

 

「ライザーさま!!」

 

甲冑の女性が制止しようとし、リアスたちも再び臨戦態勢に入るが、カリフは溜息を吐いて片手を動かした。

 

その動きは優しく、柔らかな挙動であり、まるで傷つけずに包みこむようなしなやかさと繊細さを帯びていた。

 

そして、手の形はまるで水をすくい取る時の形だった。

 

「食儀……『スプーン』」

 

静かに、それでいて俊敏に腕を動かした瞬間

 

 

 

 

 

 

部屋を燃やさんとする業火が

 

 

 

 

 

 

一瞬で消えた。

 

 

 

 

「こ、これは……!」

 

リアスたちを含めた全員が驚愕した。

 

その中でもライザーの反応が顕著だった。

 

「バ……バカなぁ……!!」

 

ライザーはさっきまで炎と風で以て縮小の太陽を作り上げていたはずだった。

 

だが、それが自分の元から消えた。

 

そして、その行き先も全員の目に見えて明らかだった。

 

「お、俺の炎が……我が業火がなぜ貴様のような人間に……!!」

 

それはカリフの掌の上で盛る……

 

「“奪われる”んだ!?」

 

小さくコンパクトに圧縮された疑似太陽があった。

 

カリフは優しくフっと息を吹きかけて炎を消して言った。

 

「そんなことはどうでもいい……今、一番許せないのはお前だ……このトリ頭がっ!」

 

今度は手を添えてライザーに手の平を向けながら怒気を放った。

 

「貴様はこいつ等の『女としてのプライド』を奪い去り、さらには『男としてのプライド』まで忘れた性欲の権化にまで墜ちた!! これ以上フェニックスの、聖獣の名を汚すんじゃねえよゴラァ!!」

「な、俺がいつ誇りを忘れたなどと……!!」

「なら、今回のゲームで思い知らせてやろう!」

「!?」

 

眼前から急に消え、背後からの声にライザーも振り向くと、その瞬間に手の平を向けられた。

 

「十日だ。十日の期限を以てオレたちはお前を完膚無きまでに叩き潰す……格下相手にちょうどいいハンデだと思うだろ? お前のその家の名誉を守らんとする『反発心』さえなければここでもう一度『土の味』を堪能させてやるんだがなぁ……どうだ?」

「あ、あぁ。いいだろう!! 後悔しても知らんぞ!!」

 

完全にカリフに呑まれているが、それを悟られないように反発すると、不意にカリフの手の平がライザーの顔面を覆った。

 

「このゲーム……やるからには勝たせてもらう……首を洗って待っていろ!! このママっ子野郎!!」

 

そう言った瞬間、ライザーは白目を剥き、その場に倒れた。

 

――ゴキッ

 

頭を打って鈍い音を部室内に響かせるライザーにまたもや全員が驚く。

 

「な!?」

「こ、これは……!」

「一体……」

 

部屋が混沌に包まれる中、カリフはグレイフィアに声をかける。

 

「おい、日程は分かってるな?」

「は、はい……先程言質はいただきました……」

「なら、今日はこれで終わりだ。そいつ連れてさっさと帰れ!」

「で、でも……ライザーさまは……」

 

グレイフィアの一言にカリフは鼻息を鳴らして言った。

 

「こいつが散々バカにした人間の使う武術、『空道』と呼ばれる技を試しに使っただけだ。心配せずとも死んでねえよ」

「そ、そうですか……」

 

グレイフィアの常識さえも上回るカリフの言動にグレイフィアは思っていた。

 

(人間にしてこの豪胆さに、この威圧感……そして達観した物の考え方……彼は一体……)

 

そう思いながらもグレイフィアは目の前の仕事をやり遂げようと眷族の女性にライザーを任せた。

 

「それでは、今日から十日後、ライザーさまとリアスさまとレーティングゲームを行います。双方共に万全に整えてくださるよう」

 

お辞儀して魔法陣の光で消えていくグレイフィアやライザー一同を見送る。

 

光が止むと、そこにはオカ研メンバーしかいなくなっており、静かな状況が続いた。

 

そんな時、カリフはゆっくりと皆の方へと振り返った。

 

「さぁ……今すぐ支度しな……」

 

目を光らせて獣のような歓喜を見せるカリフに全員が引き、イッセーが恐る恐る聞いた。

 

「あの……ちなみに俺たちに拒否権は?」

「特にない」

「ですよねー」

 

こうして、何故かカリフが締めるムードで部活はお開きとなったのだった。



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前途多難の修業開始

 

ライザーの訪問から一日が明けた。

 

あの後、それぞれ解散してその翌日はリアスから召集をかけられた。

 

元々、リアス自身もライザー戦に向けて特訓はするつもりだったのが準備の速さから窺える。

 

そして、全員が集まって修業が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、俺ことイッセーはひーひー言って尋常じゃない量の荷物を背負って山を登っていた。

 

「ひーひー……」

 

既に虫の息となっている俺を坂の上から部長たちが檄を飛ばす。

 

「ほら、イッセー。早くなさい」

 

その隣ではアーシアが俺を心配そうに俺を見ている。

 

「あの……私も手伝いますから……」

「いいのよ、あれくらいできなければ強く、この合宿を生き残れないわ」

「え、いくらなんでも死ぬなんて……」

「今回の修業の計画はカリフが自分から申し出たの……それはもう張り切ってね」

「……」

 

意外な答えにアーシアは驚きながらも黙ってしまった。

 

ていうか俺も前途多難っつうか不安しかないんですけど! もう前半から死にそうなんすけど!

 

カリフにこんなことさせちゃ駄目ですって!

 

そう思っていると、後ろから俺よりも重そうな荷物を背負って木場が俺を追い越した。

 

「部長、山菜を摘んできました。夜の食材にしましょう」

 

俺は苦もなく追い抜かしていく木場に言葉を失っていると、さらに後ろから一番重いんじゃないかと言わんばかりの荷物を背負った小猫ちゃんにも追い抜かされた。

 

「……お先に」

 

横からの一言に俺の先輩としての意地に火が付いた。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

全力で山を駆け上る!! 死ぬ!! もうだめっ!

 

こんなことを繰り返して俺たちはカリフが先で待っている待ち合わせ場所へ辿り着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ? 遅かったじゃないか?」

 

木造の別荘の前でカリフが逆立ちして足に近くでくり抜いた目測で100キロはあろう地面の塊を乗せて片手で腕立てをやっていたのを見て思った。

 

俺、十日後まで生き残れるかな……?

 

 

 

 

 

カリフは考えていた。

 

イッセーのことについて。

 

初めて別荘に辿り着いた時のイッセーを見つけた時に彼は結論に至った。

 

(……どうやら“あの”メニューをさせるしかねえか……)

 

そう思いながら、宛がわれたのベッドに寝転がる。

 

そして、個室の天井を見上げて呟いた。

 

「まさかこの別荘が普段、魔力で風景と同化して人目を避けているとはな……魔力の方が気よりも用途が多いな……」

 

そう呟きながら着替えている面子を待っていると、部屋に朱乃が入ってきた。

 

山を登る時の私服でなく、学園の体操服だった。

 

「もう皆さんの準備はできましたわ」

「あぁ、さて、それじゃあひよっこ共を鍛えてやるとするか」

 

カリフはベッドから跳び起きて立つ。

 

「張り切ってますわね」

「最近はずっと退屈だったんでね、鍛えがいがあるぜ」

 

そう言って朱乃の後に付いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が着替え終わって、庭に集合していると、そこへやってきたカリフが勢いよく瞬間移動で現れた。

 

「うわ!」

「!!」

 

イッセーとアーシアは急に現れたカリフに驚愕するも、他の面子は案外普通にしている。

 

「さて、じゃあこれから修業だが……リアスの計画をちょい見して」

「ええ、流石に全員分の修業は計画できなかったけど、イッセーのはできてるわ」

「え? 俺のだけっすか?」

 

不思議そうにするイッセーだが、カリフはリアスから貰った計画表を見ながら呟いた。

 

「そりゃそうだ。お前は他の奴よりも圧倒的に経験が足りないからな……何でもやらせて戦いの感じを掴まなければ始まらん。アーシアもな」

「そ、そうだよな……!」

「が、頑張ります!」

 

イッセーとアーシアは戸惑いながらも強く返すと、カリフがリアスに計画表を返す。

 

「まあ、これが正攻法だな……ひとまずはこれでいいだろう」

「そう? ありがとう……それじゃあ……」

「ああ、戦いに関してはオレが指揮させてもらうぜ」

 

ひとまず返した後、カリフは全員の前に出て普通に言う。

 

「そうだな……まずは個人の実力判定のために木場、小猫、朱乃はオレと軽く戦うぞ。修業前だから怪我はさせねえ程度にする」

「うん」

「……(コク)」

「あらあら、個人レッスンですか? うふふ……」

 

三者三様に気合を入れて望む。

 

「イッセーとアーシアは見学だ。見るだけでも盗める物はあるからな」

「あぁ!」

「はい!」

「んじゃ、まずは木場!」

 

カリフが木場を呼びながら庭の中央にまで歩み寄ると、木場もカリフと相対するように庭の中央へ出る。

 

皆は離れた場所で観戦するために距離をとる。

 

「ふふ……君とは一度戦ってみたかったんだ……よろしく頼むよ」

「あ~ら、そっちからデートの誘いとは嬉しいね~……そんじゃ、これから一緒にダンスとしゃれこもうや」

 

そう言ってカリフは上着のパーカーを勢いよく脱ぐと、辺りに旋風が巻き起こった。

 

「あれは……」

「……あらあら……」

「……すごい」

「はわ~……」

「す、すげえ……」

 

カリフの無駄な筋肉のないスラっとした体に全員が感心すると同時に、驚愕していた。

 

体に残る幾つもの古傷がイッセーたちを驚かせていた。

 

昔に深く負ったであろう消えない傷を見る限り、どれだけの修羅場を駆け抜けてきたのかを垣間見た気がした。

 

木場も生唾を飲み込みながら剣を強く握る。

 

それを見たカリフは腰を低くして構えた。

 

「……来い」

「それじゃあ……お言葉に甘えて!」

 

その瞬間、木場の姿が一瞬にして消えた。

 

イッセーたちには捉えきれない速度だったが、カリフは目でしっかりと捉え、手だけを動かして指二本で木場の剣を受け止める。

 

「!?」

 

指で受け止められたことに驚愕する木場にカリフは剣をチョキで挟みこんで投げ飛ばす。

 

「くっ!」

 

空中で態勢を立て直して再びその場から消える木場だが、そこでカリフは嘆息した。

 

「速いし、斬れ味も悪くない……だが、スピードなら……」

 

そう言った瞬間、カリフもその場から消え……

 

「なっ!?」

 

高速移動していた木場の背後をとってしがみ付き、動きを封じた。

 

「オレも少し自信がある」

「ぐっ!」

 

そう言った瞬間、皆に目視できるくらいに減速した木場は地面に倒れ伏し、カリフは直前に飛び退いて木場から距離をとった。

 

「祐斗先輩がスピードで負けた……」

 

小猫が小さく、皆の気持ちを代弁するかのように驚いていた。

 

スピードが最大の特性であるナイト……そのナイトがスピード勝負で完全に圧倒されていたのだからリアスのショックも大きかった。

 

だが、カリフは起き上がってくる木場を見て言った。

 

「今の内に教えてやろう! お前の弱点を!! まず一つ!」

 

カリフは手を手刀に変えて再び木場の前から姿を消す。

 

「!?」

 

目にも止まらぬ早業で木場の眼前にまで近付く。

 

木場も咄嗟剣で防御するが、カリフは防御の隙間を狙って木場の服を掴む。

 

「腕力というものがまるでねえ! なさすぎる! 今回みたいに捕まったらスピードもクソもねえ! まずは最低でもスピードに見合うだけのパワーを身に付けろ!!」

「うわ!」

 

一本背負いの要領で木場を投げ飛ばした!

 

木場も力強く投げ飛ばされ、態勢も整えられないまま地面を転げる。

 

「そこまで!!」

 

ここで部長が試合終了の合図を出した。

 

カリフは構えを解き、木場も苦笑しながら立ち上がる。

 

「今は様子見だ。修業の時は投げ以外も使うからそのつもりで」

「うん……そうでなきゃ意味が無いからね……ありがとう」

「いや、こっちも少しは楽しめたぞ? 礼にこれからは祐斗と呼ぼう」

「はは、それは光栄だね」

 

爽やかに笑ってギャラリーに戻っていくと、次は小猫がカリフの前にまで来た。

 

「よろしく……」

「ん」

 

そう言って小猫がファイティングポーズを取ると、カリフも口笛を吹いて感心する。

 

「ボクシングか……どっかで習ったか?」

「冥界のジムで……」

「上等! さぁ~て、そんじゃあこっちから行くか」

「!!」

 

軽く、緊張感のない声で近付いてくるが、俊敏な動きに小猫も後ろに引いた。

 

さっきの木場との一戦で見せたような速さでなく、まるでヘビのように自在な動きであるためにどこから来るのか予想が難しくなる。

 

そして、カリフが攻撃した……ジャブで

 

「!!」

 

小猫はなんとか防御するが、予想以上の衝撃に腕が痺れた。

 

(こ、これがジャブ……まるで大振りのストレートみたい……!)

 

カリフはあくまで左のジャブを放っただけであり、あまり腰を入れたつもりも無かった。

 

故に小猫も踏ん張って負けじと高速のジャブをカリフに仕掛けるが、上半身の柔らかい動きだけで避けられる。

 

「ボクシングを習ったのはグレートだ。突きに関してボクシングは最強と言っても過言ではない」

「くっ!」

 

避けながら褒めてくるカリフにムキになった小猫は足に蹴りを繰り出してカリフの腿に当たる。

 

(良し!)

 

綺麗に入った蹴りに顔に出さずに確信した。

 

しかし、

 

「腿を狙うとは通で上策だな……」

「!?」

 

カリフに効いた様子は無く、むしろ肥大化して丸太のような腿を見て驚愕する。

 

「だが、安心したな? 『当てたから終わった』などと堕落したな?」

「しまっ!?」

 

その隙にカリフは小猫の胸倉を掴んで足払いをかける。

 

直前に小猫が振り払おうとするが、時すでに遅く投げられた。

 

「…っ!!」

 

正確には投げられたのではなく、“一回転”させられて再び足を地面に付けさせられた。

 

あまりに繊細で豪快な柔術に小猫は一瞬味わった衝撃に生唾を飲み込んで戦慄していると、急に頭を撫でられた。

 

「にゃ…!」

「振り払おうとした時に分かった、あの振り払いは柔道に似ていた……てことは寝技も習得するとは中々やる……だが、今のお前には“油断”に加えてまだまだ粗い……やることも多々ある」

「にゃう!」

 

撫でていたと思ったら急に額にデコピンを喰らって小猫が可愛らしく声を上げる。

 

「“また”油断したな?」

「……こんなやり方は好きじゃない」

「だが、世の中はそんなに甘くないぜ?」

 

額をさすりながらの皮肉をアッサリと返されて不服そうにするも、仕方ないと思って帰る。

 

「小猫でさえも簡単にあしらうなんて……」

「す、凄いです……」

「つえぇ……」

「だね、だけど凄いのはそこだけじゃないよ」

「どういうことだよ?」

 

木場の一言にイッセーが尋ねると、爽やかな笑顔で返す。

 

「彼は僕たちの癖を瞬時に見抜いて対処してる……傍から見てそれを感じるよ」

「そ、そんなことが……」

「よく分かったな祐斗、そして、イッセー。これがお前の覚えるべき点だ」

 

話を聞いていたカリフがイッセーに言ってきた。

 

「お、俺にそんなことができるのか……?」

「できる、できないじゃない……やれ。でなければお前は負ける」

 

そうとだけ言うと、イッセーは何か言いたそうだが、何も言わずに黙った。

 

そして、続けて朱乃を誘う。

 

「カモ~ン、オレと付き合ってくれや」

「あらあら、随分と張り切ってますわね」

「少しテンション上がってきたからな」

 

朱乃は金色のオーラを全開にしてきた。

 

「いきなりフルスロットルか……主体は雷の遠隔攻撃だな?」

「うふふ……こういうデートは苦手ですか?」

「グッド……刺激的で熱いじゃねえか……俺に弾幕合戦とは恐れ入るぜ」

 

カリフは奇妙なポーズを取って宣言した。

 

「オレはお前に……近付かない!」

「あらあら、それでは容赦なくいかせてもらいますわ……あなたはお強いので」

「む?」

 

気付いた時には既にカリフの頭上に雷が轟いていた。

 

それに気付くと、バックステップで難なく避けた。

 

雷は地面を削って土埃を巻き上げるが、カリフも負けじと手に気弾を出す。

 

「!?」

 

咄嗟に結界を出して気弾を防御して耐えきった。

 

「気を弾にできますの?」

「まあな、一歳くらいでできた」

「うふふ、それはすごいですわ」

 

そう言いながら朱乃は無数の雷を繰り出し、カリフも気弾で応戦する。

 

互いが相殺しあって打ち消し合う中、カリフは口を開いた。

 

「いい塩梅の攻撃だ……威力も中々で連射も可能か……並の奴では瞬殺だろうな」

「うふふ、ありがとうございます」

「だが……燃費が悪いようだな。僅かだが精度も落ちてきてる」

「……」

 

言い当てられたことに無言の肯定をする朱乃だが、カリフはここで戦法を変えた。

 

二、三個の弾だけを作り出して投げた。

 

「無駄ですわ!」

 

そう言って雷を広範囲に展開させて弾ごとカリフを飲み込もうとするが、カリフは笑って返した。

 

「その攻撃は強力だが、その分無駄も多い!! それこそがスタミナ切れに繋がるのだ!! もっと攻撃をコントロールしろ!」

 

例を見せるかのように弾は急に意思を持ったかのように攻撃を避けるように動き出して朱乃の元へと向かっていく。

 

「!?」

 

またも、結界を出して防ぐが、その隙にカリフも仕掛ける。

 

「スプーン!」

 

ライザーの時に見せた動きで朱乃の雷を手中に治める。

 

そして、それを朱乃に向けて投げて朱乃の結界へぶつける。

 

「あぁ!」

 

遂に結界は壊され、最後にカリフは中腰になった。

 

「最小限の動きで最高のパフォーマンスだ……まずは集中力を高めな」

「くっ!!」

 

そう言ってカリフの手から強大なエネルギーが現れ、収束していく。

 

危機的に感じた朱乃は特大の雷をカリフに放ったが、遅かった。

 

「ギャリック……」

 

猛スピードで向かってくる雷を……

 

「砲!!」

 

赤いエネルギーが一瞬にして飲み込んだ!!

 

「これは!!」

 

明らかな質量差に朱乃は駄目押しで結界を張るが、感じる威圧に耐えきれないと判断した。

 

だが、直撃はさらに不味いと思って全力を結界に注ぎこもうとした時だった。

 

「ちょい」

 

カリフの指の動きに連動してエネルギー波が上空へと進路を変えて遥か彼方へ消え去っていった。

 

「……」

 

ポカンとする朱乃の前にまで来てカリフは手をパンパンと叩いて正気に戻す。

 

「よし、全て終わったぞ。戻っていい」

「え、えぇ……」

 

呆然とする面子の中へ朱乃が戻るのを確認すると、カリフは腕を組んで言った。

 

「正直、お前等が奴と戦うために必要な準備期間だが……正攻法で言っても十日は絶望的だ」

「「「「「「はっ!?」」」」」」

 

まさかの一言に全員が驚愕し、リアスが噛みついた。

 

「ちょっ、じゃあなんで十日に設定したのよ!?」

「いや、危機感を持たせるためだよ」

「えぇ!?」

 

まさかの策にイッセーも驚愕した。

 

ここに来てまさかの“背水の陣”戦法

 

あまりの無茶苦茶な作戦に対してカリフは再び続ける。

 

「監修はオレがするから……最長で五日で万全の状態を作るぞ。その後はリアスの訓練で疲れを溜めずに調整していく」

「い、五日……」

「そうだ。そして、その五日で……」

 

イッセーを見据えてとんでもないことを言い放った。

 

「イッセーを禁手(バランスブレイカー)に至る寸前、もしくはいつ至っても一分くらい維持できるくらいにシゴキあげる。そして、実力も最低は生身で中級悪魔くらいに底上げさせる」

「「「「!!」」」」

「えっと……バラン……何だって?」

 

まさかの修羅の道に全員が驚愕し、当の本人は状況を全く分かっていなかった。

 

こうして、地獄の合宿が始まったのだった……



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イッセーの意志

グレモリー御用達の別荘前で凄まじい特訓が開始された。

 

基本的には木場からは剣術を習うために木刀で木場に対抗するが、全然当たらない!

 

「いいかい、何も剣だけを見るんじゃなくて視野を広げて相手と相手の周囲を見るんだ」

 

そう言いながら俺に最速の剣を振ってきやがった……サドめ……

 

 

 

そして、朱乃さんからは魔力の修業を行った。

 

ここはアーシアの方が才能があったらしく、俺よりも先に魔力使用のステップを踏んだ。

 

「魔力は体全体を覆うオーラから流れるように集めるのです。意識を集中させて魔力の波動を感じるのです」

 

そう言われてもどうやれば分かりません……だけど大きな収穫はあった。

 

何か、好きなことを想像すれば具現化できるとは言ったけど……多分、俺が思っていることを実戦で使えれば……そう思えた。

 

 

 

 

そして、次は小猫ちゃんとは組手をした。

 

だけど全く容赦がない!!

 

何故なら立ち技、寝技などが明らかに素人の技ではなく、生半可な力や技術じゃ全然太刀打ちできない上に小柄ですばしっこいからマジで強い!!

 

「……打撃は体の中心線に的確かつ抉りこむように打つんです」

 

そんな簡単に言われても……

 

拳を俺のほうへと向けてきた

 

……加減頼みます……

 

 

 

 

 

 

 

そして一番辛いのがここからだった。

 

ここで部長の筋トレが入るのだが、ここで更なる地獄メニューが追加された。

 

それは全員が一丸となってやるトレーニングであり……

 

「イッセー! 速くしないと追いつかれるわよ!」

「ちょっ! 体に鉄アレイとかくくり付けられてるのでそう言った無茶ぶりは無理そうです!!」

「部長、結界張ります?」

「僕はもう少し動いた方がいいと思いますが」

「……音が猛スピードで近付いて……え?」

「どうしたの? 小猫」

「すいません……カリフくんが音を消したので……どこにいるか分からなくなりました」

「えぇ!?」

 

ただ今、部長やアーシアを含めた全員で森の中で疾走している。

 

ちなみに、俺だけが全身に重りを付けているのだ。

 

駒の中で一番動き回るのが兵士なので、俺は人一倍体力が無ければならないらしい。

 

そのためとはいえ、よりにもよってこんなトレーニングを……

 

「って……部長後ろ!!」

「え!?」

 

俺は木の向こう側から部長に迫る手を察知して声を出すと、部長はその場を去って手から退いた。

 

すると、その手は木をまるで綿か何かを掴むみたいに“握りつぶした”

 

「はわわわ……」

 

涙目になっているアーシアはメキメキと倒れる木を前に言葉を失う。

 

「ははは……この中で勘がいいのはイッセーのようだ……そら、お前等が戦う意志を見せなければここいら一体を破壊し尽くすだけだ」

 

倒れた木の影からは全身を迷彩柄に色を付けたカリフが笑って見てきた。

 

既に夕闇だからカリフの両目が猫のような妖しい眼光を放っていた。

 

……あいつは本当にヒト科の生物か?

 

だが、そうも言ってられない。

 

「どうだ? 辺りを警戒しながら歩み、油断さえできずに疲れと緊張が体を蝕み、強烈な疲労が伝わるだろう?……それが“戦”だ」

 

この修業は……“実戦訓練”

 

練習とは違う雰囲気で俺たちの体力が予想以上に消耗し、思考力も鈍る。

 

いつも“死”に晒される感覚の中で俺でも自分の感覚が研ぎ澄まされていくのがよく分かる。

 

「さて、ノルマは後二十分逃げ切るか、オレに一発ぶち込むか……忘れちゃいないな?」

 

そう、この訓練から逃れる方法は二つ。

 

三十分逃げ切るか、カリフに一発でも攻撃を当てるかによる。

 

しかし、途中でカリフも攻撃してくる。

 

もちろん殺されはしないけど捕まった時、そいつだけ地獄のようなメニューをカリフ自身が提案して無理矢理やらされる。

 

もう逃げるしかねえ。

 

部長はカリフに一発当てるのを諦めて、全員の力を合わせて逃げようとしている。

 

かれこれもう十分は経ったのだが……

 

「URYYY……」

 

この迫ってくる魔物から逃げ切る自身がねえ……もうムリポ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、俺だけが捕まってカリフ直伝のトレーニングを受けることとなった。

 

「ひー……ひー……ごほ……」

「はい、十分な」

「お、おー……」

 

現在、俺とカリフはマンツーマンでグランドのような庭を走らされている。

 

その途中で嫌ってほど思い知らされる。

 

俺がこの面子の中で弱い……分かってたことだけど……

 

アーシアはチーム内で回復を担うから絶対に守られなきゃいけない……今回のトレーニングで生き残ったのも部長たちが守ってくれたからである。

 

それは分かってたことだし、俺だってそうした。

 

アーシアは守らなきゃいけねえ。

 

だけど、俺が一番に脱落して……守れなかった。

 

それに、俺に力があれば部長が望まないような結婚を強いらせずに済んだかもしれないのに……

 

俺がこの中で一番……

 

「はい止めー、これから飯だ」

「あ、あぁ……」

 

考えてたらいつの間にか終わってた……だけど、気分が晴れない。

 

俺は皆と同じようなペースでいいのか……?

 

「……おい、イッセー」

「な、どうした?」

 

そこへカリフが急に話しかけてきたから普通どおりに返すが、カリフの表情は真剣そのものだった。

 

「お前……男のプライドって何だと思う?」

「お、男のプライド……急になんだよ?」

「いいから答えな。お前にとって男とはなんだ?」

 

突然の質問に不思議に思ったけどすぐに考えてみる。

 

「……女を守る……ってことかな?」

「……お前がそう思うならそれもそうなんだろう……だけどオレはのとは違うな」

「カリフの……プライド……」

 

俺はなんとなく興味を持った。

 

もしかしたらそれがカリフの強さの源なんじゃないかと思って。

 

「聞いた話だがな、女ってのは男よりも優れてるらしい……頭脳、認識能力など……男が勝っているとしたらせいぜい腕力とか力だけだ」

「……」

「だが、男はそれで満足か? 相手が勝ってると分かっても自分を大きく見せたい……守りたいなどと不相応なことを考える」

「じゃあ、カリフは男は女に勝てないと……?」

 

それに対してカリフは首を横に振る。

 

「そこが男のプライドって奴さ……自分じゃできないって分かってもそれを乗り越えようとする『挑戦心』と弱さを乗り越えようとする『意地』の強さが男の価値を決める……障害を乗り越える強さだ」

「挑戦と……意地」

「そうだ、そしてこんな諺もあった。『小市民はいつも挑戦者を笑う』……今の状況に最も合っているのではないか?」

 

そう言われればそうだ……今は俺が挑戦者だ……

 

「生物はどんな些細なことでも簡単に化ける。たった一勝するだけで蚊がライオンになるのと同じようになぁ……」

「……」

「今のお前は今まさにその節目にある……そこで提案だ。俺の独自メニューを受けるか?」

「ど、独自……?」

 

カリフの設定するメニューはちょっと不安だけど……

 

「これさえやってのければもしかしたら禁手寸前にまで行けるか、最低でも中級悪魔くらいにはなるかもな」

「!!」

 

そう言えば、あの後に部長から聞いた。

 

禁手(バランスブレイカー)……神器所有者が強くなり、ある領域に達した者がなる究極系。

 

とんでもないほどの力を得るのだが、その分至ることがとても難しい。

 

多分、下級悪魔では至ることさえ難しいという。

 

「でも、俺がそんなに強くなるなんて……」

「できないと? 自分で壁を作ってどうする。限界があるならそれをはねのけろ。お前にはそれを成せると期待はしている」

「でも……俺はこいつの性能を碌に引き出しきれない半端者だ……ライザーの奴と向かい合った時、怖かった……そして今でもあんな奴と戦うと思うと怖くて……情けなくて……」

 

気付いたら涙が出ていた。

 

自分がこの面子の中で一番弱い、足手まとい。

 

そう認識させられる度に悔しさがにじみ出た。

 

「俺……部長が好きなのに……その部長のために何かしてえのに……俺は……よええ……」

 

後輩であるはずのカリフに情けない姿を見せて俺は泣いた。

 

自分の不甲斐無さを激白する俺にカリフは意外にも笑った。

 

「そうだ、お前は弱く、臆病だ……だからこそお前はあのトリ頭には持ちえない『最大の武器』を手に入れているんだ」

「最大の……武器……」

「……奴は方法は知らんが、攻撃に対して受け流せることは奴の立ち会い方で分かった……だが、それでは決して得ることのできない物がある……“恐怖”だ」

「で、でも……怖がってたら弱くなるだけだろ?」

「そうだ、恐怖は足元をすくませ、感覚を鈍らせる……だからこそ“恐怖”を理解し、支配してこそ真の実力を発揮できる……だが、奴はその『恐怖』も知らず、それを乗り越える『勇気』を知らん」

 

カリフは一息入れて続ける。

 

「人間賛歌は『勇気』の賛歌、人間の素晴らしさは勇気の素晴らしさ……恐怖を理解する勇気をあのトリは知らず、お前は知る直前にまで来ている!」

「勇気……」

「いつだって時代を切り開いてきたのは伝統に縛られるような輩でもなければ今の立場に満足して下の奴らを見下してきた奴じゃない……恐怖を乗り越えて『勇気』を振り絞った奴だけだ!!」

 

俺に向き直って言う。

 

「お前は恐怖しながらもそれを乗り越えようとする『兆候』を見せ始めている……今は弱いだろう、怖いだろう……だが、それは恥ではない!! 『成功』の歴史を作り出すのは『失敗』だ!!」

「……俺、そこまで強くなれんのかな……?」

「卑下するなよ? まずは自分を認めなければ全て始まらん……そして、お前がお前を卑下することは貴様を評価しているオレに対する侮辱に値する……それを忘れるな!」

 

それに対して俺は疑問に思った。

 

「……なんで俺を評価してんだよ」

「お前は愚直なほど素直で、正直で、臆病なくせに壁にぶつかっていきやがる……安全な道ばかり辿るおりこうさんよりも、そんな救いようのないバカの方が個人的に好感が持てる……」

「……」

「今のお前の涙は俺たちを照らす夕陽よりも輝いて見えるぜ……」

 

カリフはその場から別荘へと向かって行った。

 

「俺の提案を受けるも受けないのも手だ!……だが、お前が望むなら今日の夜、オレの部屋に来い!」

 

そう言ってカリフははっきりとそう言って別荘へと帰って行った。

 

その後ろ姿からは自信しか見えない……まるで全てを予想出来ているかのように……

 

「……俺は……」

 

この時から答えは決まっていたのかもしれない……

 

俺は……部長に……

 

 

 

 

 

 

 

カリフは廊下で腕を組んで壁にもたれかかっていた。

 

そこへ一人の影が通り過ぎた時、カリフは動いた。

 

「よ」

「あ、カリフ」

 

リアスに軽い会釈を交わし、壁から身を離すと悪戯そうに笑った。

 

「今日の修業は中々楽しかったぞ。偶には一方的というのも悪くない」

「偶に? どの口が言うんだか……」

 

頭を押さえて呟くリアスにカリフは一通り笑った後、すぐに表情を引き締めてリアスに問う。

 

「リアスよぉ……イッセーのことなんだけど……」

「?……イッセーがどうしたの?」

「もう気付いてるんじゃないのか?……奴に足りない物が……」

「……」

 

リアスは何も言わずにただ頷くだけだった。

 

「奴には自信が無い……自分の力を信じることができなければできることもできなくなる……劣等感は自分の動きを抑制させるからな」

「そうね……ここに来てから周りとの差を見せびらかせたかもしれないわね……私のミスだわ」

「いや、周りの実力を見せるのは少なかれ必要なことだ……問題はその差がでかすぎたということだ」

 

そう言って二人は思案すると、カリフが言った。

 

「ま、そこんところは関係ないからお前たちが勝手にやってくれや」

「え? そこまで言っておいて何もしてくれないの?」

 

そう言うと、カリフは心外そうに言った。

 

「勘違いするなよ? オレはお前の下僕などではない。オレはオレのために動いてるにすぎないのだ……悪魔同士の都合は知ったことじゃねえ」

「……まあ、そうよね。今回は関係の無いあなたの力を全面的に頼っているのは事実……これ以上は流石に欲が大きすぎたわ」

「ま、悪魔だしな」

「そうよね」

 

会話の内容はなんであれ、二人は互いにニヒルに笑い合うとカリフは何気なく言った。

 

「そう言えば今日は月がまぁるくていい夜じゃねえか……そう思わんか?」

「えぇ……それもそうね……」

 

急な話の展開にリアスも首を傾げると、カリフはそのまま夕食のために食堂へと向かった。

 

「こういう夜は外に出て風に当たってみな……案外すっきりするぜ」

「え、えぇ……」

 

そうとだけ残すカリフにリアスはただ曖昧に返すしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

食事中が終わり、風呂に入っている時もイッセーはどこか上の空だった。

 

そんなイッセーを見て木場は不安そうに表情を歪める。

 

「イッセーくん大丈夫かな……女性の裸が壁越しに広がっているから反応すると思ってたけど」

「お前もそう見えるか、やっぱあいつはエロの権化だな。エロがなければ只の抜け殻ってわけだな」

「君も相当口が悪いよ?」

 

そんな話をする中、カリフはイッセーの後方へと忍び寄り、イッセーの頭を無理矢理お湯の中へ突っ込む。

 

「ごぶっ!……ブクブク……ぶはぁ!」

「よし、意識が戻ったから言う。今日この後に外へ出てうろついてろ。誰かに会うまで帰ってくるんじゃねえぞ」

「はぁ、はぁ、いきなり何すんだよ! それに意味分かんねえよそれ!」

「返事は『はい』『yes』『サーイエッサー』しかねえんだよ! とにかく言う通りにしねえと訓練中に事故に見せかけて殺すぞ!!」

「ちょっ! そんな無茶苦茶もががががががが……!!」

「あはは……程々にね……」

 

カリフがイッセーの頭を足で踏んでお湯の中へ突っ込み、イッセーも溺れてもがき苦しむ傍から見れば拷問のような光景を前に木場は苦笑してできるだけ関わらないように距離を開けたのだった。

 

 

 

 

 

風呂場での交流が一段落し、カリフは暗い部屋の中でベッドに寝転がっていた。

 

月明かりが部屋を照らす中、静かにベッドの上で胡坐をかいていた。

 

(リアスとイッセーの気が接近した……あとはこれでイッセーの心になんらかの動きがあれば充分だ……動機さえ見つけてもらえばオレが楽になる)

 

呑気にそう考えながら全てを悟っていた。

 

今、自分の部屋に近付いてきている気を感知してそのままにしておく。

 

そして、自分の部屋に入ってくる人影を見て小さく呟いた。

 

「ふん……それなりに覚悟は決めてきたってわけか」

 

面白そうに言うカリフに対して返した。

 

「……俺を鍛えて欲しい……それで強くなるなら何でもする」

「ヒュ~~♪」

 

その答えにカリフは口笛を吹いた。

 

「下手すると死ぬかもよ?」

「ああ」

「後悔はしないな?」

「ああ」

 

これ以上聞くのはもう相手への侮辱としかなり得ない。

 

カリフはベッドから降りて一言呟いた。

 

「神器(セイクリッド・ギア)……永遠の素晴らしき世界《ワンダフル・パラダイス》」

 

その瞬間、部屋を淡い光が部屋を包んだ。



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お出まし、元・赤龍帝

イッセーがカリフの部屋を尋ねる前、別荘の外では二人の人影が月光に照らされていた。

 

「あら、イッセーじゃない」

「あ、部長……」

 

イッセーはカリフの言う通り外へ出ていたら、そこにリアスに出会ったというわけだった。

 

ネグリジェ姿で眼鏡をかけてレーティングゲームのルールブックと独自の戦法を思案してできた戦術ノートを広げていた。

 

「昼間にあれだけ訓練したのに戦術も考えてるんですか?

「まあ、気休めだけど、こうして探っていれば何かの糸口が見つかるかもしれないから……しないよりはマシよ」

「……やっぱり凄いっすよ……部長は」

「……イッセー?」

 

儚げにリアスを見つめるイッセーにリアスはなんだと思って見つめるが、イッセーは笑って誤魔化した。

 

「……イッセー……少し話しましょう?」

「……はい」

 

そこから二人は語り合った。

 

リアスの『グレモリー』の呪縛のこと……

 

リアスは『リアス』として愛した人と共に歩んで行きたいと思っていること……

 

そして、イッセーは『グレモリー』に関係なくリアスのことが好きだということを……

 

「……」

「ど、どうしました部長? 顔が赤いですが……」

「え!? いや、なんでもないわ!! うん……そうなんでも……」

 

すごくうろたえて返す姿に少し笑いがこみ上げるも、イッセーはその後に改まって言った。

 

「部長……俺が部長を勝たせるんじゃ駄目……ですか?」

「え?」

 

意外な一言にリアスも目が点になる。

 

「今はこんな神器も碌に扱えない素人です。弱いです。部長たちの足手まといです……ですが、この合宿で強くなります……強くなって部長を勝たせるのは俺じゃ駄目ですか?」

 

弱々しく、自信なさげなその一言にリアスは不思議そうに聞いた。

 

「なんで?……あなたはそこまで……」

 

そう言うと、イッセーは少し恥ずかしそうに頭をかきながら言った。

 

「それは……部長のことが好きだからです……」

「ふえっ!?」

 

リアスは顔をこれまでにないくらいに赤くさせた。

 

それでもイッセーの独白は続いた。

 

「何て言うか……部長が悲しんでる所なんて見たくないんです……部長はいつでも堂々としてて、笑ってると俺も、皆も嬉しくなるから……では駄目ですか?」

「あ、えと……その……」

 

真剣にそう言われると恥ずかしい……そう思っているリアスがイッセーになんて言えばいいか迷っていた時、イッセーは満足したように頭を下げた。

 

「いきなりのことに混乱させてしまったようですみません!……でも、これだけ言えただけでよかったです!」

「い、イッセー?」

 

突然、しかしどこかすっきりとした様子のイッセーは下げていた顔を上げて堂々として、引き締まった表情をリアスに向けた。

 

そして、また頭を下げて続けた。

 

「ありがとうございます! 俺、今ここで部長に会って話してよかったです!……これで勇気が湧きました!」

「う、ううん……それほどでも……」

「それでは、おやすみなさい! 部長も早めに休んでください!」

「あ、ちょっ、イッセー!!」

 

そのまま走り去っていくイッセーを呼び止めようとするも、そのまま別荘の中へと消えてしまう。

 

「どうしたのかしら……」

 

自信を失くしていたと思っていたら、意外とそうでもなかった。

 

それは喜ばしいことなのだが、今、リアスが気にしている所はそこではなかった。

 

―――好きです

「~っ!!」

 

その一言がフラッシュバックして顔を赤くさせ、胸が高まる。

 

「……イッセー…」

 

切なくなる胸に手を当てて、乙女は走り去る男の背中を見つめるのだった。

 

 

こうして、イッセーはカリフの部屋へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は既に夜中……カリフの部屋が淡く光り、その場でイッセーが倒れていた。

 

「うん……行ったか……」

 

目を閉じて倒れているイッセーを丁寧に彼の部屋にまで運んでいた。

 

暗くなった部屋の中のベッドを見据えてカリフはイッセーを

 

「ふん」

 

わざわざベッドでなく、壁に叩きつけた。

 

メキャ

 

なにやら聞こえたが、そんなことには構っていられない。

 

壁に赤い線を残して崩れ落ちるイッセーにも目も向けずに部屋を出て行った。

 

「さて、オレも行くかな」

 

 

 

 

 

俺が目を開けると、そこは限りなく白い世界だった。

 

雲も、空も、地面もただ白いだけだった。

 

なんでここにいるのか分からない……確かオレはカリフの部屋に行って……

 

「よぉ、来てやったぜ」

「カ、カリフ……」

 

突然、白い所から現れたカリフに驚くも、カリフは顎に手を当てて感心したように言った。

 

「オレの神器に入ってこられたとなると、動作は問題なかったようだな」

「え? これってお前の神器……ていうかお前も神器持ってたのか?」

 

おっかなびっくりのイッセーの質問に丁寧に答える。

 

「そう、これこそオレの“もらい物の”神器、永遠の素晴らしき世界《ワンダフル・パラダイス》だ。もっとも、お前のように戦いの最中では使えないし、今回はお前の修行用に重力とかそういった負荷はないから安心しな」

「は~……」

 

大して話を聞いていない様子のイッセーを放ってそのまま話を続ける。

 

「この神器は戦いでは使えんが、中の環境は調節していじくり放題! 今は何も変化しないように設定している。そして、起きている時はもちろん、寝ている最中なら“精神だけを”ここへ移して修業できる! いわばここは夢の世界だ」

「え? でも、夢の中で鍛えても意味ないんじゃないか?」

「心配せずとも体はここで訓練した分だけちゃんと鍛えられるし、なにより肉体の方も休んでいるから朝まで修業しても万全な体調で朝を迎えられる」

「へぇ……すごいな」

 

感心しながら辺りを見回すイッセーだが、そこで奇妙な声が聞こえてきた。

 

『その神器……まさか俺の意識までも引きずり込むとはな……恐れ入る』

「!?」

「む?」

 

白い空間に響き渡る声にカリフもイッセーも驚愕していると、声は笑いながら響いた。

 

『ここだここ! 貴様等の上だ!』

 

その声に二人が頭上を見上げると、そこには巨大なドラゴンが悠々と見下ろしていた。

 

「なっ!?」

「ほう……イッセーの神器……赤い龍……まさか、イッセーの神器の……」

 

カリフは推測を立てると、意外にもその赤く、強大な龍が肯定した。

 

『そうだとも! 我こそが赤龍帝! 赤龍帝のドライグだ!』

「赤龍帝……ってこいつ……なんで……」

 

自分の籠手を展開させてイッセーは思案すると、カリフは可笑しそうに疑問に答えた。

 

「多分、オレの神器の副作用みてえなもんだろ……イッセーと神器……ドライグとやらの意識は一心同体。イッセーの魂に金魚のフンみてえにへばりついてたんだろうよ」

『金魚……まあそんな所だ。もっとも、この宿主があまりに弱かったからこうして話すこと認知もできなかったがな』

 

不満そうに、そしてバカにしたような口調のドラゴンにイッセーはムっとなるが、自分が弱いことは承知の上だから何も言えずに聞き入れた。

 

『まあ、ここで強くなってくれるならこれからも話くらいはできるだろうよ。でなければ白い奴に笑われてしまう』

「ま、それはともかく……予想以上だが、これは嬉しいサプライズだ。伝説の強い龍である赤龍帝に会えたのだ……挨拶くらいはしておくか」

『ふん、宿主を通してお前を見ていたぞ。人を越えし人間よ』

「伝説のドラゴンに知ってもらえたなら光栄と言っておくか……とりあえず……」

 

カリフの姿が一瞬にして消えて……

 

「え!?」

『ぬ!? どこに……!』

「人と話す時は……」

『上!?』

 

気付けば、ドライグの頭上にカリフは瞬間移動しており……

 

「同じ目線で話せやぁ!」

『グボォ!!』

「え!? なんで!?」

 

ドライグの脳天に踵落としを喰らわせて地面へと落とした。

 

見下ろされることが気に食わなかったが故の行動にイッセーも唖然とした。

 

苦悶の声を上げて地面に落下してきたドライグは背中から地面に叩きつけられてしまい、その際に生じた爆風によってイッセーは転がされていきそうになったが、なんとか耐えていた。

 

「……あれ?」

 

当の蹴った本人はあまりにあっけない伝説の龍に逆に呆気に取られた。

 

『む、むおおぉぉぉぉぉ……』

 

苦悶の声を上げて起き上がろうともがく龍に着地と同時に近付いて行って無言で拳をふりかぶる。

 

『おい待て! そこで拳を握って構えるな! 何の恨みがあって俺にこんなことを……!』

「え? お前弱くね? それで伝説を名乗ってんの? ふざけんなよコラ」

『なんでお前が怒る!? 待て! 少し話そう! 話せば分かる!』

「早くしろ。せめて納得できる理由くらいはその足りない頭から振り絞れよ?」

 

まさかの弱さに内心でいい戦いを期待していたカリフは悪い意味で裏切られていた。

 

その苛立ちを懇願するドライグにぶつけようとするが、ドライグも必死に抗う。

 

『今の俺は肉体を持たない思念体だ! 故に全盛期の力は十分の一にも満たせないんだ!』

「……」

『仕方ないだろ!! 俺だって不本意に思ってる!! だけどこればかりはどうしようもないくらい分かってくれ!! それとなんで俺が謝らなくちゃいけないんだ!? 俺の方が泣きたいんだよ!!』

 

たしかに、それなら仕方ないかと思って拳を治める。

 

ドライグも内心でホっと一息吐いているが、横からのイッセーからの質問で気持ちを切り替える。

 

「えっと……ドライグ……でいいんだな?」

『あ、あぁ……何用だ?』

 

また厳かな雰囲気を醸し出してイッセーと対面するが、今度はイッセーがドライグに呑まれてしまう。

 

(で、でけぇ……なんだよこれ……迫力が半端じゃねえ……)

 

目を見つめ合って分かる目の前の存在の圧倒的な圧力にイッセーは何も言えなくなってしまう。

 

あまりに強大、圧倒的な存在を前に、イッセーはヘビに睨まれたカエルの気分を味わっていた。

 

『ふん』

 

そんなイッセーをドライグは鼻で笑った。

 

『そんな調子でお前の訓練に耐えられるのか?』

「まあ、そうだな……この際だ、一つ言っておく」

 

イッセーに言い聞かせると、そこから信じ難い答えを発する。

 

「これから五日間、オレはお前を生死の境目の所まで追い込む……ただし、生きるか死ぬかはお前次第だ」

「な!?」

 

あまりの爆弾発言にイッセーは言葉を失ってしまった。

 

「この神器は体も精神も鍛え、本来の体を癒す優れ物……それでも精神が死ねば現実のお前も死ぬ。要は『鍛えた結果』を残すと同時に『苦痛』も現実のお前に返ってくるぞ!」

 

さらなる死刑判決に似た回答にイッセーはもう頭の中が真っ白となっていた。

 

「五日で戦闘経験のないお前に濃密な経験を与えてやる! ついでだ、ドライグ。お前はイッセーに攻撃できるか?」

『あぁ、可能だ』

「なら、お前もイッセーを攻撃しろ。殺さず、だけど生かさずだ」

『なんだそれは……』

「要は攻撃しろということだ……当てられる時は遠慮なく当てろ……とは言っても奴はお前の宿主だ。無理にとは言わんがな……」

 

あまりにスパルタな要求にドライグは大口を開けて笑いだした。

 

『はっはっは!! ここでこいつを育てるのもいい暇つぶしかもな!……いいだろう、こいつを四六時中追い回せばいいんだな!?』

「それでいい」

「え、ちょ、おい……待っ……」

 

ようやく、状況を理解しかけてきたイッセーは嬉々として話し合う二人に待ったをかけようとした時、腹部に衝撃が奔った。

 

「がはぁ!」

 

肺の空気と胃液がイッセーの口から吐き出される中、イッセーの腹にはカリフの蹴りが深々と入りこんでいた。

 

体を『く』の字に曲げてイッセーは遠くへ弾き飛ばされた。

 

『こぉぉぉぉぉ……』

「!?」

 

そこへ、ドライグが口の中で炎を滾らせているのを見た。

 

体が地面に叩きつけられて転げ回る動作さえも回避に利用するように、鮮やかな動きで立ち上がって飛び退いた瞬間、イッセーのいた場所が炎に包まれた。

 

「はぁ! はぁ!」

 

開始から僅かな時間で死の局面を体験したイッセーはただ息を整えるだけが関の山。

 

そんな時、爆煙の中から人影がゆったりと現れて……

 

「本能を全開にして朝まで『逃げ惑え』……死を回避しようとする本能がお前をより一層進化させる」

「うわ!」

 

喋り終わると同時にまたも瞬間移動でイッセーの前に立って顔面に蹴りを放つ。

 

咄嗟に避け、髪の毛を鋭く絶ち切る見事な蹴りに戦慄していると、カリフがその場から退いた。

 

そして、その瞬間に巨大な赤いドラゴンが頭上から降りてきて……

 

『ずぁ!!』

 

掛け声と共に鋭い爪の生えた手でイッセーを薙ぐ。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

激痛が走り、無情に吹き飛ばされるイッセー

 

しかし、そんな彼に容赦なくカリフは手に気弾を

 

ドライグは口から炎のブレスを

 

「そら! 行ったぞ!」

『グオオオォォ!!』

 

放ったのだった。

 

飛ばされていったイッセーの着地先に放たれた二つのエネルギーは互いに地面にぶつかり……

 

 

 

 

白い空間を爆風と共に

 

 

 

 

赤く照らしたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄の鬼ごっこ……終了まであと六時間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の日差しが部屋を部屋を照らす。

 

カーテンの隙間から洩れる日差しの線がカリフの目に重なった時、彼の眼は覚めた。

 

「ふあ……」

 

カリフは欠伸しながら目を擦り、ベッドから起きようとモゾモゾ動き、昨日のことを思い返していた。

 

(……イッセーは昨日のトレーニングを慣れない内は思い出すことはできまい……だが、確実に体には生死体験を刻み込んだ!)

 

これが、カリフの神器、永遠の素晴らしき世界《ワンダフル・パラダイス》の効果の一つ。

 

寝ても覚めても修業できる設計を施し、寝てる時の修業の記憶は曖昧である。

 

慣れない内はその本人は眠るときに起きた苦痛を思い出すことなく再び眠りに付く。

 

そして、体を休めながら強くなっていくと同時に『眠りながら味わう恐怖』をも忘れてしまう。

 

故に、本人は自分が恐怖に晒されていたことを忘れて再び地獄の修業に戻されるために眠りに付く。

 

『恐怖』も『苦しみ』も度を過ぎれば毒にしかならない。

 

度を過ぎた『恐怖』も『苦しみ』も忘れさせる神器

 

故に、永遠の素晴らしき世界《ワンダフル・パラダイス》!!

 

もっとも、カリフとしては寝てる時も強くなれるということから名付けられたのが根源の名であるのだが……

 

(こりゃ面白くなってきたな……)

 

これからのイッセーと赤龍帝の成長に少し興味が湧き、機嫌がよくなったカリフはしばらくの間はまた眠りに付いたのだった。



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修業の果てにある物

 

「うぅ……いてて……」

「大丈夫ですか? イッセーさん」

「あぁ、ありがとなアーシア……だけどなんでこんなに体が痛むんだ?」

 

修業が始まってから既に一日目の朝は経過した。

 

なぜだか知らんが、俺、兵藤一誠の中で昨日とは明らかに違う感覚が動いていた。

 

なんというか……周りのあらゆる存在を敏感に察知することができている……

 

まあ、修業する分には進歩があっていいことなんだけど、なんだか思い出したくないって気もするんだけど……

 

ていうか結局、カリフに独自メニューを受講しに行ったのは覚えてるんだけど、その後にどこかで俺は寝てしまったらしい……朝起きたらベッドの中に入っていた。

 

なにやら後頭部に赤い液体がうっすらと滲んでいたから包帯は軽く巻いて朝食を食べている今に至るという訳だ。

 

「あ、部長。カリフが来たようです」

「え? どこに?」

「ここだよ」

「きゃっ! もう! いきなり背後に現れないでちょうだい!」

 

今、やっと食堂に全員が揃ってテーブルに座った。

 

カリフはさっきまでなんか用があって部屋にいたらしくて遅れていた。

 

いの一番に朝食に来なかった時は珍しいと思っていたんだけど……

 

そう思いながらシリアルを食べていると、部長や木場、それに朱乃さんや小猫ちゃんが俺を見て驚いていた。

 

「どうした?」

「あ、いや、イッセーくんって成長が早いんだなって思って」

「は?」

 

木場の嘆息しながらの言葉に首を捻るが、すぐに小猫ちゃんが補足に入った。

 

「……カリフくんは気配を殺してこの部屋に入って来たんです。それなのにイッセー先輩は気付くことができました」

「しかも、私たちの中で一番早く認識しましたもの。やっぱり勘はこの中でもダントツかもしれませんわね。うふふ……」

「そ、そうすかね……はは」

「すごいわイッセー。あなた、伸びしろがあるんじゃないかしら」

 

そんなに実感は湧かないけど、褒められてるって思っていいんだよな?

 

昨日は全然いい所なかったからまたここから挽回していきますか!

 

「三回の心肺停止から蘇生させてまで苛め抜いたんだ。それくらいできなきゃ修業の意味はないだろ」

「え? なんか言った?」

「別に」

 

う~ん、やっぱカリフにとっては幼稚なことなのかな……なんだか出来て当然って感じで何か呟いてたな。

 

「す、すごいですイッセーさん! 私も頑張りませんと!」

「ははは、なら、このまま強くなってアーシアを完全に守れるようにしないとな」

「イッセーさん……」

 

顔を赤くさせて微笑みかけてくるアーシアに骨抜きにされてしまう俺。だれもアーシアの上目遣いを見たら頭がとろけること間違いなしだって!

 

「それなら今日は何回殺せばいいかな? 逃げの訓練から今日は防衛の訓練に変えるか」

「あらあら、何の話ですの?」

「めんどいから言いたくない」

 

以前変わりなく、朱乃さんと話すカリフの意味不明な言葉……なぜだろう、背筋がキリキリと凍るように痛いんだけど……

 

「さ、午前は皆で授業よ。講師はアーシアとカリフで参考のために悪魔祓いの知識とカリフの戦闘スタイルを学ぶわ。イッセーは後で悪魔、堕天使、天使に関する授業を行うわ」

「はい! 頑張ります!」

「やる気があってよろしい」

 

部長からの笑顔に今日からのやる気を振り絞りながら謎の悪寒を振り払う。

 

よし! 今日もとことんやってやる!

 

 

 

 

 

 

午前中の授業は体を動かす修業とは違う疲労が凄まじかった。

 

というより、頭脳労働は元々苦手なのだから三大勢力の幹部や魔王さまを覚えるのだって結構骨が折れるのに……

 

ひとまず、俺の授業が終わると、次にアーシアの講座の時間に入った。

 

「コホン。それでは僭越ながら私、アーシア・アルジェントが悪魔祓い(エクソシスト)の基本をお教えます」

 

皆の前に出て話を始めるアーシアに拍手のエールを送る。

 

その瞬間に赤面してしまった。可愛い反応ありがとう。

 

「え、えっとですね。私が属していた所では二種類の悪魔祓いがありました」

「二種類?」

「一つはテレビや映画にも出てくるように、聖書を読んで聖水を使って人々の体に入り込んだ悪魔を追い払う『表』のエクソシストです。そして、悪魔にとって脅威になるのが『裏』のエクソシストとなっています」

 

そこから部長が続けた。

 

「イッセーも出会っているけど、最悪の敵は神、あるいは堕天使に祝福された悪魔祓い師よ。彼等とは歴史の裏舞台で長きに渡って争ってきたわ。天使の持つ光の力を借りて常人離れした身体能力を駆使して全力で私たちを滅ぼしにくる」

 

脳裏にあの時のイカレ神父を思い出した。

 

悪魔はもちろん、悪魔と関わった人でさえ簡単に殺す。もう、関わり合いたくない。

 

そう思っているとアーシアはバッグから小瓶やら何やらたくさん出してきた。

 

その小瓶を汚い物のように摘まむ部長と指で小瓶をクルクル回すカリフ。

 

「これが聖水か……」

「はい、これから聖水と聖書の特徴を教えたいと思います。まずは聖水ですが、悪魔が触ると大変なことになります」

「ならばお前も持つとやばいんじゃないのか?」

 

カリフの言葉にアーシアはショックを受ける。

 

「作り方も後で教えます。カリフくんなら聖水もへっちゃらですし、使う時があるかもしれませんから。製法はいくつかあります」

「それはいいな……いくつかあの白髪神父からギってきたのもあるし、役に立ちそうだな」

 

満足そうにカリフが言う。お前、あの神父から盗んでたんだ……抜け目のない奴……

 

ハキハキと答えるアーシアを心の中で応援して次に進む。

 

「次は聖書です。小さいときから読んでいたのですが、今は一節でも読むと頭痛が凄まじくて困っています」

「悪魔だもの」

「悪魔ですもんね」

「……悪魔」

「うふふ、悪魔は大ダメージ」

「そろそろ独り立ちしな」

「うぅぅ、私……もう聖書も読めません!」

 

部員全員とカリフの辛辣な一言に涙目のアーシア。

 

というか読んでたの!? 危ないから止めなさい! メッ!

 

「でもでも、この一節は私の好きな部分なんですよ……ああ、主よ。聖書を読めなくなった罪深き私を……あう!」

 

おーい! もう止めなさい! 今の君は悪魔なんだから!!

 

「さて、次はオレの講座かいね……」

 

頭痛でふらつきながらも場所を譲るアーシアに代わってその場に立つと、カリフは堂々と告げた。

 

「そうだな、オレはあまり教えるのは得意じゃねえがやってみっか……まず、なにが聞きてえ?」

 

頭をかきながらそう言うと、部長が手を上げた。

 

「早速だけど、前に部室でライザーを倒した時のことを教えてもらいたいわ。あそこに今回の勝敗を決めるきっかけがあるかもしれないし」

 

そう言うと、全員が興味津々にカリフに視線を向けてきた。

 

カリフは「あぁ……あれね」と呟きながらアーシアを呼んだ。

 

「よぉ、アーシア……なんかいらねえでかい瓶ってねえか?」

「え? あ、はい。どうぞ」

 

アーシアから空の瓶を受け取ると、瓶をテーブルの上においてレクチャーが始まった。

 

「今回のフェニックスのことは聞いた……傷は一瞬で治り、再生する……聞くだけならそいつは不死身なのかもしれねえ……だが、今回はそいつを『倒す』のが目的であって、『殺す』ことじゃない。そう考えれば今回のゲームで勝つ見込みは……充分にある」

 

はっきりと言い放つカリフに部長たちも生唾を飲み込んだ。

 

「まず、奴の傷も一瞬で治すようだが……ならばそこを突けばいい」

 

そう言いながらカリフは奇妙な動きを見せた。

 

まるで、力を抜いた時のように全身をプラプラさせて……

 

「力んで駄目なら力を緩めればいい……柔らかい筋肉は殺傷能力を落とし、相手に名状しがたき『痛み』を与える……」

 

完全に脱力した瞬間、

 

思いっきり自分の腕を振るって瓶を切り裂いた。

 

「……え?」

 

俺は何が起こったのかと思い、声に出していた。

 

それは皆も思っていたことだったのか同じ様にして瓶を凝視した。

 

そして、皆は言葉を失った。

 

その瓶はまるで鋭い刃にスッパリと切られていたのだから……

 

「くくく……どうだ? 見ても分かる通り、この圧倒的な鋭さが相手に想像を絶する『痛み』を植え付ける……表情からも緊張感が消え失せて相手を油断させる秘拳……鞭打という技だ」

 

そう言うと、カリフは先程振った手から瓶の斬り抜いた部分をテーブルの上に戻すと、さらに瓶を細かく切り刻んだ。

 

瓶はまるでダルマ落としのように綺麗に切れていき、壁にぶつかっていく。

 

そして、瓶が全て終わった時、カリフは首やら手首やらをコキコキと鳴らして言った。

 

「傷が治り続けるが故に、痛みは際限なく襲ってくる……オレにとっては女子供の護身技でしかないが、不死の奴にとっては際限なく鋼の鞭を振るわれる拷問みてえなもんだ」

「たしかに……未だに拷問方には鞭打ちなんてあるほどらしいし……」

「命に別状がない傷でもショック死する可能性も高いって聞くわ……たしかにこれならライザーの精神を折ることはできるかもしれないけど……」

 

部長と木場の言う通りだとしたらこれほど見事な技はないだろう……素人目でも今のは達人級だということが分かる。

 

だけど、これを実際に扱えるのだろうか……答えはNOである。

 

いや、いくらなんでも後四日でそんな高度な技術を使える様にはなれないだろ!?

 

部長も皆も逆にお前の規格外さに表情を引き攣らせているからね!?

 

「え、えっと……じゃあライザーさんを気絶させたのは……」

「あぁ、あれはオレも教えてもらったばかりの『空道』って暗殺拳だ……とは言っても聞いてある程度見よう見まねでやった技だからな~……」

 

おお! 見よう見まねでできる技もあるのか!? それならまだ小猫ちゃんのような格闘技のスペシャリストに教えてモノにできるんじゃないのか!?

 

 

 

 

 

 

と、そう思っていた時期が私にはありました。

 

カリフは適当な小さな紙を取り出してテーブルの上においてそこに手をかざす。

 

すると、カリフの手に紙が吸いついてきた。

 

傍目からどれだけ凄いことか分からないけど、構わずにカリフは続けた。

 

「人は酸素無しでは生きられない……多分悪魔もだろ?」

「えぇ、それは当然よ」

「だからこそ、人も悪魔も酸素がいかに重要かということが分かる……酸素が少なくなれば体から不調が現れ、人によっては意識が混濁することもある……下水道で呼吸し続けると気分が悪くなるような状態のことだな」

 

分かりやすい例を上げながら、今度は壁の方へと歩いて行く。

 

「そして、人は最低でも6パーセントの酸素がなければ嘔吐や吐き気を催す……なら、その比率が下回った場合、それを吸うとどうなるか……」

 

壁に手を当てる。

 

「答えは単純、一呼吸するだけでたちまち意識を失ってその場に崩れる。ビニール袋で呼吸できないようにするのとは違う『真空』……酸素の量をとことん少なくした『真空』だ……例えるなら宇宙空間で呼吸しようとするようなものだろうな。やったことないけど」

 

それだけでなんとなくだが、相当に危険で、高度な技だということを思い知らされた。

 

「そして、原理は吸盤みたいなものだ。中を真空にすれば物に吸いついて簡単に引き抜けない……それを一気に引き抜けば……」

 

そう言って触っていた手を壁から離した時……

 

ボコ

 

鈍い音と同時にカリフの手が覆っていた部分の『壁』だけがくっきりと穴を空けた。

 

まるで、吸盤を無理矢理引張って壊れたように……

 

「どんな固い物でもこれで簡単に穴くらいは空けられる……もちろん、これは難しいから説明もし辛いし、習得にも一日はかかったからな」

 

……いや待て、今何て言った?

 

一日!? 一日で暗殺拳なんて物騒なもんを習得したのかよ!!

 

つーか説明しなくても一目瞭然だよ!! つまりは手の中の酸素を限りなく少なくした空気をライザーに嗅がせたってわけだろ!?

 

「どんだけー!?」

「いや、これは流石に……」

「もう、ここまで来るとどう言っていいのやら……」

「会得は困難ですわね」

「……もう人間を越えてます」

「カリフくんってすごいんですね~……」

 

アーシアさん!? そう言うレベルの話じゃないんですよ!?

 

もうアーシア以外の全員が呆れたような絶句したような感じでカリフを見ていた。

 

そんな視線にカリフは満面の笑みで言った。

 

「どうだ、簡単だろう? お前たちも練習するか?」

「無理!!」

 

俺は手を×に交差させて叫んだ。

 

そんなことしてたら修業が終わっちまうだろうが!!

 

「まあ、どっちにしろ今回の合宿はイッセーの強化を七割にして進めてるんだ。そんな時間は正直ないのは知ってる。冗談だ」

「俺の練習量に力入れ過ぎだろ!! もっと木場や小猫ちゃんたちの方も見ろって!」

「今回の合宿はほとんどお前の強化がメインだ。今回ばかりはお前を徹底的に鍛えてやるから覚悟しな。木場や小猫たちのほうはその後からでも遅くないし、欠点さえ治せば遅れはとらんだろう。とにかく、一番弱いお前を徹底的に鍛えるだけだ」

「うわぁぁぁぁん! 部長~!!」

 

やっぱり一番弱いのは俺かよ……もう分かった!! それなら徹底的に耐えきってやる!!

 

生き残ってライザー戦でこのフラストレーションを解消させてやる!

 

今考えている新必殺技も喰らわせてやるからな!!

 

「おぉ、なんだかイッセーくんにやる気が湧いているね」

「……ほとんどやけくそ」

 

ああ、その通りだ木場、小猫ちゃん! 俺の場合はその両方だ!!

 

「いいだろう! なら存分に相手してやる!! 早速だから飯までにみっちりしごいてやる!」

「ちくしょー!! やってやんよー!!」

 

訳の分からないテンションに身を任せて俺は再びカリフの特訓に励むこととなった。

 

こんな生活が後四日か……

 

その時までに俺は強くなれるかな……

 

 

 

 

 

そう思っていたことももう過去の話……

 

今、再びベッドの中に入るのだが……この日だけは少し俺の気分も違っていた。

 

 

 

なぜなら、明日でようやく五日目の朝を迎えるのだから……



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ゲーム開始の合図

強化合宿も終盤戦に入った。

 

現在、俺は剣を構える木場と相対している。

 

「はっ!」

 

先に俺が仕掛けて突出してきた。

 

木場も同時にぶつかり合おうと剣を振るうが、イッセーは横に跳躍して避けた。

 

「!?」

「そこだ!」

 

がら空きになった脇腹に拳をねじ込ませようとするも、木場のお得意のスピードで逃げられてしまった。

 

それどころか姿までどこかへ消して……

 

だけど、それはあいつが高速で動いただけに過ぎない。

 

それに……

 

「おっと!」

「!?」

 

急に現れた木場の攻撃も僅かだが見える! 後は勘頼りで逃げてまんまと攻撃をかわすと、木場がまた驚愕していたように見えた。

 

「行くぞ!!」

 

手を前に出して魔力を捻り出してみるが、やっぱり今は豆粒程度のサイズしか出せない。

 

だが、それでも手はある。

 

「知ってるか木場! 水鉄砲の口が小さい方が勢いがあるんだぜ!」

「なにを……!」

「喰らいやがれぇぇ!!」

 

なぜだか分からないが、俺はこの攻撃法を体で知っている。

 

豆粒みたいな魔力に拳を叩きつけて相手へ飛ばす!!

 

ここで重要なのはただ魔力を前にぶつけるんじゃなくて、一本の線のようにして打ち込む。

 

要はレーザーをイメージして撃ち込むんだ!

 

放たれた魔力の線は細く、まるで糸みたいに細い。

 

「!? これは……!!」

 

だが、木場もその魔力の糸の威力に気付いたのか受け止めようとした剣を引くも、遅かった。

 

ピシ

 

木場の木刀を貫通して俺の魔力は山の方へと向かって行ったが、途中で霧散して消えてしまった。

 

「あちゃー……やっぱ魔力の放出は練習しねえとな……」

 

魔力量が少ないから途中で消えてしまったんだろうな……そこの所も反省しないと……

 

そう思っていると、木場が爽やかな笑顔を振りまいてこっちへやって来た。

 

「凄いじゃないかイッセーくん! まさか五日でここまで強くなるなんて!」

「え? そう……なのか?」

 

半ば興奮してくるのはちと不気味なんだけど……そう思っていると、俺たちの模擬戦を見ていた部長たちも嬉しそうに駆け寄って来た。

 

「すごいじゃない! たった五日でブーステッド・ギアも使わずに祐斗に食い下がれるなんて! さすがは私の兵士だわ!」

「しかも、少ない魔力で最高の攻撃力を生み出す……中々できることではありませんわ」

「祐斗先輩の動きにも対応できていました……流石です」

「凄いですイッセーさん! 私感動しました!!」

 

部長、朱乃さん、小猫ちゃん、アーシアからもお褒めいただいて実感が湧いた。

 

やべぇ! 俺ってすげぇ強くなってる!!

 

なんだか努力が一気に報われたような感じだ!!

 

そう思っていると、カリフは少し面を喰らったように賞賛してくれた。

 

「驚いたな……夢で少し教えた程度の魔力を使ったか……貫通力を徹底させた攻撃だな」

「うん、この木刀にも僕の魔力をこめたからそう簡単に破壊できないはずだったんだけど……腹に穴が空いててこれ以上使えば確実に折れるね」

「へへ! どうだ!」

 

木場も関心してくれたようで感無量だった。この時ばかりは野郎の賞賛も素直に嬉しかった。

 

「まぁ、五日で逃げ、防御、攻撃、魔力運用、実戦訓練をすれば自ずとそうなる……計二十回も心臓が止まって何も無かったら逆にオレが泣く」

「え? 何か言った?」

「別に」

 

部長の問いにカリフは何気もなく返すと、カリフは改まって言った。

 

「まあ、これにてイッセーを鍛え上げることには成功だ……後は小猫と朱乃と祐斗の方を見たいんだが……実力的には急に鍛える必要もないから三人には課題でも出すか」

「課題?」

「ま、これはトリ頭の後でも構わん。気が向いたらでいいからやってみろ」

 

小猫ちゃんが首を傾げると、カリフはまず木場の方へ指をさした。

 

「祐斗はまず、一つのスピードを覚えてもらう」

「一つ?」

「ああ、最初は……」

         「これだ」

「!?」

 

突如として俺たちの後ろから声が聞こえ、振り返るとそこにはカリフがいた。

 

あれ!? 今でも俺たちの前に……!

 

「残像だ。実体の影を置き去りにする秘技だ。理解したか?」

「す、すげぇ……初めて見た……」

 

こ、これが残像って訳か……アニメでしか見れないことを実践できる奴がいたなんて……

 

「気か魔力か何かで面影をその場に止まらせる……できるか?」

「そうだね……やってみるよ」

「よし、後は体力面が弱い節が見られる。今回はそこを重点的に修業だ」

「分かった」

 

次に小猫ちゃんに向いた。

 

「小猫はそうだな……これを使え」

「これって……生卵?」

「ああ、生卵だ」

 

そう言いながらどこからか出してきた卵を落として足に乗せる。

 

「力があるのはとてもいいこと……だが、それに繊細なコントロールも加われば使い勝手も覚えられる技のレパートリーも増える」

 

そう言いながら、カリフは足だけでその卵をリフティングする。

 

まるで、プロサッカー選手のように簡単そうにリフティングしているが、それがどれだけ難しいかくらい俺でも分かる。

 

こいつ……マジで規格外だ。

 

「まあ、卵じゃもったいんねえからお前は水風船でやれ」

 

そういいながらアクロバティックに卵を高く蹴り上げて指を軽く振るった。

 

それだけで空中の卵は真っ二つに殻が割れ、中身が無傷で出てきた。

 

落ちてきた中身は大口を空けたカリフの口の中に収まって飲み込まれた。

 

「美味……後、お前の打撃は重くて威力はあるが、鋭さが足りない。外を破壊し、ダメージを残す重い打撃に切れ味のあり、意識を絶ち切る鋭さを身に付ければ理想的だ。後、お前は油断する癖もあるからそこを矯正させる」

「うん」

 

小猫ちゃんは気合を入れて返すのを満足そうに見て朱乃さんの方を向く。

 

「朱乃にはさっきのイッセーのような魔力の応用を覚えてもらおう」

 

そう言ってカリフはいつの間にか指先に赤いオーラを纏わせ、力を蓄えていた。

 

「お前の攻撃は確かに強力だが、その後の攻撃が続かない……なら、一撃必殺の爆発系の他に牽制用の攻撃も覚えておけ……こんな風のな!」

 

そう言と、カリフは赤く細長いエネルギーを指先から出した。

 

だが、俺とは違って若干太いし、回転も加わってる。

 

それにより、貫通した岩は綺麗に突き抜けた。

 

さらに、カリフが指先を動かすと、あの赤い光線がUターンして戻り、その後に二つに分裂してそれぞれが別の動きを見せた。

 

「再利用ってやつだ。一発一発を脅威として認識させるために貫通に特化させてみた。これなら相手に数回のダメージは見込めるだろうと思う」

「あらあら、これは難しそうですわね……」

 

そう言って、赤い光線を爆破させてから続ける。

 

「後は魔力のスタミナを高めろ。そうそう何度も息切れしてたらそう長くは持たんぞ」

「はい」

 

優雅に返す朱乃さんを見た後に部長とアーシアたちを見る。

 

「リアスとアーシアは引き続き逃げる訓練だ。とは言ってもリアスにもそれなりに実戦訓練は施す」

「ええ、それでいいわ」

「頑張ります!」

 

二人もいい返事で返すと、カリフは早速ファイティングポーズを構えた。

 

「じゃ、早速お前等をシゴイてやる。面倒だからいつものように全員でかかってくるなりなんなりしてきな」

 

カモ~ンと言いながら挑発してくるカリフに先程の三人はやる気を見せていた。

 

「じゃ、早速体力づくりかな」

「重い打撃と鋭い打撃……」

「雷の巫女……とくと堪能させてあげますわ……うふふ」

 

そう言いながら各々魔力を漂わせる。

 

もちろん、部長も不敵に笑って紅い魔力を身にまとい、アーシアも逃げる準備をしている。

 

まあ、部長もアーシアも逃げることが仕事なんだけどな……

 

「よっしゃ! 行くか!」

 

俺もやる気を奮い立たせて全員でカリフに向かって行った。

 

「オラオラ行くぜ!」

 

カリフも手を大きく広げ、まるで迎え入れるようなスタンスで俺たちと相対した。

 

レーティングゲームまであと五日。

 

それまでに俺だけの力も手に入れないとな……

 

俺の頭には二つの考えがあった。

 

一つは、野菜の皮むきで鍛えているイメージした必殺技

 

そして、もう一つは……俺は自分の神器をただじっと見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

各々の修業も終えてやっと決戦当日を迎えた決戦は悪魔の実力を最も発揮する夜中に行うこととなった。

 

そして、カリフにも出場の権利を与えられたので、どうライザーを料理してやろうかと部屋のベッドの上で考えている。

 

カリフの出場もライザー自身からの要望だった。自分への復讐を考えているだろうが。

 

だが、カリフはそう簡単に復讐されようとは微塵も思っていない。

 

その前に『完全な』勝利を画策していた時だった。

 

一人がカリフの部屋へと入って来た。

 

「……小猫か……あと朱乃もいるな?」

「あらあら、分かりましたか」

 

無言で入ってくる小猫と微笑みながら入ってくる朱乃は学園の制服姿だった。そして、カリフもあの長ラン姿でベッドから身を起こした。

 

二人は何も言わずにカリフの両サイドを陣取る。

 

そこから何も言わなくなってしまったが、カリフは察した。

 

「怖いか?」

「「……」」

 

図星だったのか二人は何も言わずにカリフのそれぞれの手に自分の手を重ねる。

 

二人の手は微かに震えていた。

 

そんな二人の心情を悟ったカリフは少しやれやれといった様子で笑った。

 

「それでいい……主人の未来が決まる一戦だ……不安も恐怖もあるだろう……だけど必要なことは何かって合宿の時教えただろう?」

「……恐怖を理解して乗り越える……」

「そうだ。難しいかもしれんが、今がまさにこの時だ」

 

そう言うと、カリフは握られた手を振り払い、今度は強く握り返した。

 

「え……」

「あ……」

「オレは成長する命と生まれたがる命は全て祝福し、手助けくらいはする……さっきオレの手を握った時、お前等の気持ちが安らいだのを感じた。恐怖を忘れるでもない、何か別の感情が後押ししているのが分かった」

 

淀みない答えと共に二人の自分より冷えた手を握る。

 

「これくらいで『勇気』が湧くというのなら幾らでもしてやる……だから落ち着け」

「……うん」

「あらあら、大胆なアプローチですわね」

 

二人の表情には笑顔が浮かんでいた。

 

二人は頬をほんのりと紅に染めながら無骨でゴツゴツした頼もしい手から『勇気』を貰っていた。

 

それを見届けたカリフは手を離し、勢い良くベッドから立ち上がった。

 

「まあ、オレがいるんだ。どんな理由があっても負けはねえ……今回のテーマは『完全なる勝利』だ」

「流石に大きくですぎ……もっと落ち着いた方がいい」

「そうかしら? このほうがカリフくんって感じがするわ」

 

いつも通り、自信しか醸し出していないカリフに二人も苦笑している。

 

もっとも、そこが何よりも頼もしい所なのだけれど。

 

「それに、ただ順当に勝つだけじゃあ面白くない……オレはどんな意味にしろ人を驚かせるのが大好きでね。今回もやらせていただくぜ……」

 

不敵に笑うその姿に二人は首を傾げる。

 

その視線の先にはなにやら大がかりな荷物が目に入った。

 

 

 

 

 

 

そして、同じ頃のイッセーの家では……

 

「……アーシアはいないよな」

 

冴えわたる勘で部屋に一人しかいないことを確認すると、神器を展開させた。

 

「おい、聞こえているんだろ?……返事しろ」

 

神器に向かって話しかけると、神器の宝玉が光った。

 

『ほう、俺の存在に気付いていたか』

 

宝玉からの声にも動じずにイッセーは続けた。

 

「なんとなくだけど、お前の姿が何度か頭の中でチラついてたよ。多分、カリフの独自メニューと言う所に関係したんだろうな。五日であそこまで強くなったのも可笑しな話だったし」

『認識まではいかないにしろ覚えはしてるか……最初の頃と比べてめざましい進歩を果たしたものだ……それで何用か?』

 

声の主、ドライグの問いにイッセーは間髪入れずに言った。

 

「俺と取引しろ」



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ゲーム開始

遂にやってきたライザーと一戦を交える日、レーティングゲーム。

 

未だに両家が来ていない状況の中、既に両家の縁談を心待ちにしていている貴族たちの面々が集まりつつあった。

 

「今回のレーティングゲームは楽しみですなぁ」

「なんたって両家の縁談がかかっているのですから気合も入りますなぁ…」

「でも、今回のゲームには人間の助っ人がグレモリー陣に入るとか」

「おやおや、捨て駒を雇うとは次期党首も人が悪い、いや、悪魔が悪いってとこですかな?」

「それは悪魔ですからな! はっはっは!」

 

貴族同士の洒落を言い合う様子から、既にライザーに軍配が上がっているものだと考えている。

 

そんな中で、部屋の片隅に陣取るグループが一つ。

 

シトリー眷族一同だった。

 

「たく……今回は分が悪いっすね。フェニックス家とあたるなんて」

 

その中で、以前にカリフを案内した匙がこの空気にウンザリしながらも今回のくじ運の悪かったグレモリー一同に同情していた。

 

他の面子も同じことを考えていたようで、匙の言葉も咎めずにいたのだが、一人、ソーナだけは違った。

 

(魔王さまの一人が目にかけた人間……果たしてこのままスンナリと終わってくれるでしょうか……)

「会長?」

 

黙って思案するソーナに匙が心配そうに声をかけると、何事もないかのように振る舞った。

 

「なんでもありません。それよりもよく見ておきなさい。レーティングゲームとは何が起こっても不思議ではありません……最初から風聞だけでかかると痛い目に遭いますよ?」

「そ、それは分かってるつもりなんですが……でも、グレモリー眷族の助っ人の人間ってカリフって奴ですよね? 大丈夫なんですか?」

 

人間がレーティングゲームに参加することは前代未聞のこと。

 

これが非公式のゲームだからこそカリフの参加が叶ったのだ。

 

人間と悪魔の地力は明らかに絶望的だ。

 

そう思っての匙なりの後輩の心配に対して、顔色一つ変えずにソーナは言った。

 

「それはこれから分かります」

 

 

 

 

 

 

さらに別の席では三つの影がこれからの戦場となるフィールドを眺めていた。

 

「それにしても、妹が勝てないのを知っててゲームをやらせるか……お前こそ生粋の悪魔だよ。サーゼクス」

「まあいいじゃないかアジュカ。悪魔の社会とはそういうものだよ」

「どうでもいいけど寝ていいかい? 勝敗が決まってる勝負を見るなんてなによりもめんどくさいんだから……」

「そう言うなファルビウム。今回の勝負は一転、二転も戦況が変わるかもしれない世紀の一戦……もしかしたら我々の予想を越えるかもしれない」

「ほう……お前がそこまで言う根拠があるのか?」

 

そう言ってサーゼクスと呼ばれる男性はリアスたちの陣に映像を変えて一人、欠伸する長ラン高校生に焦点を当てる。

 

「へぇ、例の助っ人人間か~……」

「あぁ、グレイフィアが言っていたよ……底が知れない子供だって」

「ほう、確かに人間は可能性の塊だが……そう簡単にこのゲームを制することができるかな……少し楽しみになってきたよ」

 

三者共、興味が湧いたのかそのモニターに映るカリフを見つめる。

 

だが、その中でもサーゼクスだけは違う意味で気分が高揚していた。

 

(一度だけセラフォルーが婿に迎えたいと言っていた人間……どうもグレイフィアから外見を聞いた時は少し驚かされたからねぇ……こりゃ楽しみだ)

 

ニコニコしながらセラフォルーを学園の安心のために呼ばなかった判断が正解だと考えていると、すぐ近くで魔法陣が現れ、そこからはグレイフィアが現れた。

 

「どうした? リアスたちの陣営へ行ったんじゃないのか?」

「いえ、ここでカリフさまからの提案といいますか、確認したいことがあるようです」

「確認?」

 

アジュカと呼ばれる男がそう言うと、グレイフィアはいつものような凛とした態度で振る舞った。

 

「『ルール上の反則行為以外の行動は全て許されるんだな?』と申されまして、その是非を魔王さまたちに取りに来ました」

 

その質問に三人は間髪入れずに答えた。

 

「もちろんだ。それで一向に構わない」

「あぁ、反則行為さえしなければ退場など無いからな。構わんよ」

「いいんじゃない? 規則の隙を突くのも戦略ってもんだし~……」

 

三人は肯定の意を示すと、グレイフィアは一度頷いた。

 

「では、貴族悪魔の多数決と魔王さまの満場の一致により、カリフさまの申し出を認めさせていただきます」

 

口の近くに小さな魔法陣を形成して、そこに声を吹きこむとモニター越しでカリフが拳を握ったのが見えた。

 

そして、大がかりな荷物を肩にかける。

 

ゲームへのアイテムの持ち込みはある程度は許可される。

 

しかし、回復アイテムのような物には回数制限を設けているのだが。

 

とにかく、カリフの荷物はゲームに持ち込むことができる。

 

そして、ここでカリフの申し出は許可された。

 

誰の反対も無く、満場の一致で……

 

 

 

 

 

 

グレイフィアさんのアナウンスが部室にも聞こえてくると、カリフの不敵な笑みが一気にどす黒い、明らかな悪人面の笑みへと変わった。

 

それを見て、俺たちは思った。

 

ライザー……お前のことは忘れないよ……嫌な奴だったけど。

 

部長はおろか小猫ちゃんや朱乃さんにもカリフはこれから何をするかなんて聞かされていない。

 

まあ、多分だけど常識なんて考えずに無茶苦茶するんだろうな……それだけは分かる。

 

「それでは皆、準備はいいわね?」

 

部長の一言にカリフ以外の全員が首を縦に振った。

 

「作戦はあっちに着いたら説明するからいいとして……私が言いたいことは一つ」

 

部長は握り拳を作った。

 

「あの合宿を通して私たちは強くなった……それを証明するには今日は絶好の機会よ! 今こそ私たちの力を存分に見せつけて差し上げましょう!」

「「「「はい!」」」」

 

俺たちは部長の激励に返事を返した瞬間、俺たち全員は魔法陣の光に包まれたのだった。



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迷走するゲーム

駒王学園を模したフィールド

 

その中でゆっくりと歩む影があった。

 

「自由……か、リアスも気が利くじゃないか」

 

カリフはゲーム開始の直後にもう単独行動を取っていた。

 

意気揚々とフィールド内を歩き回っている。

 

この行動に関してはリアス承知済みだし、むしろ派手に動いてもらった方が注意の眼を引きつける役として担ってくれるだろうとのことだった。

 

だが、それではあまりに腑に落ちない。

 

カリフは色んな意味で他者を驚かせることが大好きなのだから、どう行動するかと迷っていた。

 

そんな中、体育館の前にまで来ると上空から声が聞こえた。

 

「あらあら、こんな所にいましたのね」

「……朱乃か。大分恰好が変わったんじゃないのか?」

 

上空に悪魔の羽を広げた巫女装束の朱乃が魔力のオーラを練っていた。

 

「うふふ、もうすぐで小猫ちゃんとイッセーくんが出てきますから……その時に」

「おぉ……じゃあちょっと見てこようかね」

「あらあら……」

 

そう言ってカリフは体育館へと入って行った。

 

普通に中から騒音が聞こえてきたから覗いてみると、そこには予想を越えた光景が広がっていた。

 

「だれだ!?……ってカリフか……」

「……なんだこれは?」

 

流石のカリフも困惑していた。

 

小猫は相手のチャイナドレスの女性を押さえつけている図からして勝ったということは分かる。

 

だが、イッセーの傍では真っ裸にされた双子のチェンソーを持った姉妹と小猫みたいに小柄な少女が恥部を隠してうずくまっていた。

 

それと同様にイッセーは嫌らしい顔しながら高笑いした。

 

「どうだ! これが俺の魔力の少ない才能を全て費やして編み出した洋服崩壊(ドレス・ブレイク)! しかも神器の力倍増に加えて部長から八つの駒の五つ分の力を解放してもらったんだ! 果てしない時を妄想し続けた俺に剥ぎ取れない服は無い!」

 

それを聞くや否や女性陣からの非難が凄まじいものだった。

 

「最低! 女の敵!」

「ケダモノ! 性欲の権化!」

「……見損ないました」

 

味方の小猫からも非難される一方でカリフは割とマジメに評価した。

 

「なるほど……相手の装備を全て剥ぎ取って防御力をゼロにする……お前の欲望を純粋な力にして魔力資質の低さをカバーしたいい技だな」

「あ、それはどうも……」

 

普通に非難されると思って開き直っていたイッセーは賞賛され、普通に返す。

 

そして小猫もジト目でカリフを睨む。

 

「カリフくんも裸にするの?」

「戦いの中ではどんなことをされようと文句は言えまい。弱い奴は何をされても文句も言えるはずが無い……こいつ等がこうなっているのはイッセーよりも弱いがためだ」

 

若干、ドスが利いた声にも怯むことなくカリフは続ける。

 

「だが、こんなに見事に装飾を剥ぐとはな……効果的ではあるが、なぜそこまで性欲が湧くのか理解に苦しむ」

「おいおい、それはひどすぎるだろ。男は誰でも女体が好きってもんだ」

「状況を考えろ。戦の最中で女の裸見て興奮するほど物好きじゃない。真っ裸なメスなどサルやオラウータンで見飽きた……俺としてはそいつらに早く服を着せてやりたい所だ。時と場所をわきまえろ」

 

それを聞いた真っ裸の三人は酷く落ちこんだ。

 

「さ、サル……」

「「オラウータン……」」

 

まさか、裸にさせられた上に類人猿扱いされて乙女の自信が粉みじんに砕かれたのだから。

 

その様子に相手の戦車も小猫とイッセーもカリフの冷徹さに身震いしていた時だった。

 

『イッセー、小猫。聞こえる?』

 

あらかじめ耳に付けておいた通信機からリアスの声が届いた。

 

それに対してイッセーも小猫も耳を傾ける。

 

「はい! 小猫ちゃんと俺も問題ありません! それにカリフも傍にいます!」

『あら、そんなところにいたのね。じゃあ話は早いわ。今すぐに予定通りに行動して』

 

途中でカリフにも繋いだのかカリフも首を傾げてイッセーと小猫を見ると、二人は頷き返して外へ出る。

 

外で朱乃の姿を見たカリフも次に何をするのかと予想は容易にできていたため、その場から離れる。

 

「ここを放棄する気!? 重要拠点なのに!」

 

ライザー眷族の一人が声を荒げても皆は無視して体育館を出る。

 

そして、体育館を脱出した瞬間、後方の体育館が爆ぜたのを感じた。

 

後ろを見ると体育館が見事に吹っ飛ばされていたのが見える。

 

そして、上空を見ると朱乃が舌舐めずりしながら恍惚の表情で体育館を見つめているのが見えた。

 

「こ、こえ~……」

「いい性格してるぜホント……あいつはSなのかMなのかまったく分からん」

 

イッセーとそんな話をしていると、グレイフィアのアナウンスがフィールドに響き渡った。

 

『ライザー・フェニックスさまの「兵士」三名、「戦車」一名、戦闘不能!』

「よし、小猫ちゃん」

 

イッセーはすぐさま気を取り直して小猫の肩をポンと叩こうとする。

 

だが、ヒラリと避けられてしまう。

 

「……触れないでください」

 

目一杯の蔑みを込めた眼差しをイッセーに投げつけたままカリフの背中に隠れる。

 

「ハハハ。大丈夫だよ。味方には使わないから」

「……それでも最低な技です」

 

そう言ってイッセーに背中を向けてカリフの裾を握って一緒に歩くと、イッセーも苦笑してしまう。

 

多分、次は木場と合流する為に運動場へと向かうのだろうな。

 

そう思って俺は小猫ちゃんから離れたカリフと共に小猫ちゃんの後を追おうとした時だった。

 

「撃破(テイク)」

 

その一言と共にカリフの足元が突然に爆破した。

 

「「!?」」

 

俺と小猫ちゃんは爆風に体を吹き飛ばされ、すぐに起きる。

 

そして、すぐに上を見上げるとそこにはフードを被った魔導師の女性……ライザーの『女王』がいた! いきなり最強の下僕登場かよ!

 

「ふふふ……獲物を狩るときは餌を捕らえた時が一番油断する。こっちは多少の『犠牲(サクリファイス)』にして駒の少ないあなたたちの一人を狩れれば充分……あの子の女性に対する気持ちは気に入っていたのだけれど、あの子はこのゲームにてライザーさまを倒す手段を持っている。こんな早くに撃破できて心底ホっとしているわ」

 

やっぱり、あの部室でカリフの力を見せつけてしまったのが仇となったか……ライザーは頭打って記憶が消えているだろうけどよ……

 

そう冷静に思っているが、正直カリフの心配はしていない。

 

むしろ無駄なことだ……合宿でもこんな場面は幾度もあった。

 

「お前の弁は理に適っている……タイミングも手加減の無さも別格だ」

「なっ!!」

 

相手の女王が声の聞こえる上空を見上げると、そこには体を捻って跳躍しているカリフがいた。

 

俺も小猫ちゃんもカリフが一瞬だけ避けたのを見たのだから。

 

「それはお前にも言えることだった。相手が勝ち誇った時、そいつは既に敗北している……中々洒落てるとは思うだろ?」

「ぐっ!」

 

女王が急いで魔法陣を展開させるが、カリフはそれを逃さない。

 

「オラァ!」

 

強固な拳を固めて女王に放つが、その直前に女王の体を魔法陣から出た光が包みこみ、その場から消えた。

 

カリフの拳は空を切り、そのまま地上に落下するも猫のように軽やかに着地した。

 

「ふん、掠っただけか……まあ、あれくらいの奴が一人くらいいなければつまらんからな。結果オーライってとこか」

「おいおい、それでいいのかよ」

 

俺は苦笑してカリフに言うと、本人は俺の意に介さずに鼻唄を歌って先へと進む。

 

その姿に俺たちはカリフがやらかさないかと場違いな心配をしてしまう。

 

頼むからジっとしててくれ……

 

 

 

そう思っていたのは無理だった。

 

「あ、そうだ」

 

突然、カリフが思い出したかのように何か呟き……

 

「今日の深夜に『カ○ジ』やるんだったな……予定変更」

 

カリフは小さく「フォーク」と言って地面に自分の手を突き刺し、「ナイフ」と言ってその手の周りの地面をくり抜いた。

 

すると、あーら不思議、途轍もなく巨大なブロック状に大地が持ちあが……持ち上げたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?

 

決して巨体とは言えない、むしろ小柄なカリフの片腕には三階ビルのように細長いブロックをそのまま上空へと投合!!

 

「カ、カリフくん……何を……」

「時間短縮だ……雑魚などオレの前に立ちはだかる資格なし。一人一人相手しようと思っていたが、んなすっとろいことやってられるか。今日のアニメは特別なんだぞ」

 

さっきまでドS全開だった朱乃も声を震わせる。ていうかアニメって完全にお前の趣味だろうが!! 意外な趣味で少し可愛げが出てきたな!

 

「それに、オレが直々に出向いてやっているんだ……なのにトリ頭は室内でぬくぬくと観戦とはいい御身分だクソッタレ」

 

もう逆恨み!? いや、相手は大将なんだから安全な場所で待機すんのは当然だろうが!!

 

「おいカリフ! 止め……!」

「と言う訳だ……死んでも恨むんじゃねえぞ!! オラァ!」

 

そう言って拳を握った瞬間、その高く投げられたブロックが木端微塵になり、巨大な瓦礫が運動場に降り注ぐ。

 

「駄目押しだ!」

 

カリフが片手に特大の気弾を生成して上空へと投げた。

 

あ、あれ? 何やら本当に嫌な予感が……

 

ま さ か そ ん な

 

「おい待て!! あそこにはこれから木場も……」

「止めてカリフくん!」

「このフィールドごと貴様等をゴミにしてやるわぁぁぁぁぁぁ!!」

「お前はどこのラスボスだよぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

そうしている間に小猫ちゃんと俺の制止も聞かずに、

 

 

 

その特大な気弾を

 

 

 

爆破させた。

 

 

まるで花火のように光の粒となって辺りに降り注ぐ光景は幻想的と言える。

 

ただ、花火と違う所は妙に光の粒が容赦なく落下地点の土を抉り、破壊していく狂暴な物だということ。

 

それは敵本陣までもアッサリと飲み込み、容赦無く破壊していく。

 

俺たちは塞がらない口を開けて呆然とその光景を見て数十秒が経った時だった。

 

 

 

 

 

 

『ラ……ライザーさまの『兵士』二名、『騎士』一名、『僧侶』一名……リタイア……です』

 

グレイフィアさんの何とも言い難い声色のアナウンスで俺たちの頭の中が一気に真っ白となった。

 

おい……これはやりすぎだ……

 

『ちょっとイッセー! 小猫! 何があったの!?』

「ぶ、部長……」

 

我が主の遺憾そうな声に小猫ちゃんと一緒に意識が戻った。

 

「あの、これはですね……その……」

 

俺は小猫ちゃんとアイコンタクトを取り合ってどう説明すべきかを思案していた時だった。

 

『さっきので祐斗が腕をやられて重傷なの!! ライザーもさっき怒り心頭で運動場へと向かったわ!! 至急、祐斗の安全を確保してちょうだい! 私もすぐそこへ行くから!!』

 

もう、頭が真っ白になった。

 

なんだか、ある意味では俺たちの計画通りに事は進み、仲間一人やられていない順調そのものだった。

 

だが、木場までもが負傷した……

 

「なに状況を悪化させてんだよぉぉぉぉぉぉ!!」

「行くぞ。グズグズするな」

「せめて謝れ!!」

 

駄目だ、部長……やっぱりこいつだけはどんな運命でも関係無しに進んでいきますよ……

 

俺たちは部長と木場を救うことだけに専念して全力疾走を始める。

 

「あーらら、張りきっちゃって」

 

この状況を作った本人はノンビリと歩いていたから普通に追い越した。

 

早く! 早くこのゲームを終わらせないとトンでもないことが起こり続けるぞ!!

 

俺たちは決戦の地、運動場へと走るのだった。



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不死の弱点

 

レーティングゲームが始まってから十分くらいが経っただろうか。

 

その短時間の中で運動場は変わり果て、無残な光景となっていた。

 

地面は割れ、瓦礫が散らばっている廃墟のような場所で火花がぶつかり合っている。

 

「やるな! その怪我でここまで立ち回れるとはな!」

「こっちだって十日間も遊んでいたわけじゃないさ。こっちもこっちで命賭けてきたからね」

「だが、だからこそこちらも手加減する訳にはいかなくなった」

 

現在、木場は甲冑を付けた『騎士』のカーラマインと仮面で顔面の半分を覆った『戦車』のイザベラが片腕から血を出している木場に襲いかかっていた。

 

「無駄だよ。君たちじゃあカリフくんと違って遅すぎる」

 

木場は無駄のない動きで攻撃を全てかわし、イザベラの拳を剣の腹で受け流してカーラマインの剣を受け止める。

 

しかも、片手だけで成し得るところも凄いという訳だが

 

「よくぞここまで鍛え上げたものだ……だが、それもここまでのようだな」

 

そう言ってイザベラの視線を辿っていくと、そこにはリアスと相対しているライザーの姿があった。

 

リアスの傍ではアーシアが寄り添っていた。

 

「お兄様。私もうそろそろ帰りたいですわ」

「まあ、そう言うな。俺はまだまだこのゲームを終わらせるわけにはいかないんだよ」

「はぁ!」

 

ポケットに手を突っ込んで立っているライザーを兄と呼ぶ一人の少女がいる。

 

そんな中、リアスは魔力をライザーの顔へぶつけるも本人はまるで何も無いかのように避けることなく当たり、普通にリアスに話す。

 

「リアス……早く投了すればお前やお前の下僕たちにも危害は与えない。それで全て丸く収まるんだ。だから……」

「だから投了しろですって? 分かってない様ねライザー。『今そこにいる』あなとの最強の下僕の『女王』は任務に失敗してここに来たのよ?」

 

不敵に笑って遠くで腕に包帯を巻いて魔法陣を展開させているユーベルーナがいた。

 

今、カリフにやられた傷の出血を押さえながらアーシアの力を封じているので戦いにはしばらく参加できない。

 

そのリアスの間接的な指摘に対してライザーも一変して不機嫌になる。

 

「たしかに、お前の下僕も人間も強いのは認める……だが、俺には『不死』がある! たかだか下級悪魔や人間風情にやられるような生っちょろいもんじゃないんだよ! それはお前も体験しているはずだ! 今ここで!」

 

確かに、ライザーの言い分にも一理ある。

 

今の状況でライザーを倒せるのはカリフだけなのだろう。

 

カリフ以外ではまだライザーは倒せない。

 

「それに、奴のおかげで随分と恥をかかされたようだからな。ここで奴にも同じ様な屈辱を与えてやる。そのために奴の参加を認めたんだ!」

 

高笑いするライザーにリアスももう呆れるしかなかった。

 

そんな我儘が通用する相手だと思っているのか……と。

 

そんな感じでリアスが見ていると、後方からある意味待ち侘びた声が聞こえてきた。

 

「なら、さっさと終わらせてやるか? トリ頭よぉ」

「「!?」」

 

その声にライザーとリアス、それどころか全員が目を向けると、そこには薄ら笑いを浮かべて宙に浮いているカリフが見下ろしていた。

 

「貴様!」

「カリフ!」

 

二人が一斉に叫んだ。

 

「あなた、ある程度自由にしていいとは言ったけど、ここまでするなんて聞いてないわよ!」

「人間風情がここまで虚仮にしてくれたものだ! 我が業火で焼き尽くす!!」

「味方はおろか自分の『王』まで攻撃するなんて非常識にもホドがありますわよ!!」

「できれば前もって言ってくれればよかったんだけどね……」

 

リアス、ライザー、レイヴェル、木場が各々の言いたいことを主張するが、カリフはそれを鼻で一笑する。

 

「知るか。オレはさっさと終わらせたくなったのだ。だから終わらせてやる」

 

そこでカリフは何かを持参していた巨大なバッグから高速で取り出して指で弾いてライザーにぶつける。

 

「ぐお!?」

 

ライザーもその衝撃を体を『く』の字に曲げて受けた。

 

だが、すぐにほくそ笑んで立ち上がる。

 

「そうか……なんだかんだ口で言っても所詮は人間……こうやって不意打ちするために散々挑発してきたつもり……」

 

そこまで言うと、ライザーの口が止まった。

 

「お兄さま?」

 

レイヴェルが怪訝に思ってライザーを見上げると、その口が……いや、口だけでなく体までもが震えていた。

 

「が……あぁ……」

 

それどころか冷や汗も滲みだし、胸の奥からとてつもない感覚が湧きあがり……

 

「ぐああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

その感情を一気に吐きだした。

 

『『『!?』』』

 

突然のライザーの尋常じゃない苦しみぶりに全員が目を見開いた。

 

だが、対するカリフは口を三日月状に変えて笑みを浮かべていた。

 

深淵の闇から蔓延るような闇を含むような笑みを浮かべて……

 

「き、貴様ぁ……何を……づぁ!」

 

ライザーは苦しみのあまりに腹に刺さっている『何か』を無理矢理引き抜き、触れて痛む手で『それ』を投げ飛ばした。

 

「こ、これは……」

「じゅ、十字架!?」

 

リアスの驚愕の声に全員が息を飲み、同時に戦慄した。

 

地面には銀光りする十字架が転がっていた。

 

「き、貴様ぁ……これは一体……」

「察しが悪いようだから教えてやる……オレは色んな意味で他者を驚かせるのが大好きだから少し考えた……前に使った鞭打や毒を使っても面白みに欠ける……」

 

得意気に語りながらライザーの周りをコツコツ歩くカリフに全員は冷や汗を流す。

 

「お前は不死ゆえに、どんな生半可な攻撃も通用しなければダメージも与えられない……これではオレの気が済まない……はて、どうしたものか……とな」

 

カリフは持っていた巨大なバッグを無造作に落として中身をまさぐり……

 

「そこでこれの出番というわけだ! 貴様が不死だろうが関係の無い刑を思いついた!」

「なっ!?」

 

瞬時にありったけの十字架を取り出したカリフにライザーが目を見開いた。

 

「青ざめたな? 貴様が不死でも……いや、『不死だからこそ』効果的なやり方だ……これから起こる結末に気付いたようだな?」

 

その一言に全員がカリフの真意に気付き、ライザー眷族が非難した。

 

「そ、そんなことさせられるか!! 今すぐその手を降ろせ!」

「そんなの、反則でしてよ!!」

 

しかし、カリフは鼻唄を歌いながらも十字架をジャグリングのように弄ぶ。

 

「反則? 違うな。これは足りない頭で考えた『ルールの節目』と言ってもらおう。このゲームにおいて『十字架及び、聖水などの道具持ちこみの禁止』なんて無かったぜ♪」

 

それはそう、なぜなら悪魔はそんなもの持参できるわけがない。持って行くにしろ相当な危険を要するのだから、誰もしないことだとルールによって規制するのを怠っていたのだから……

 

それを理解していたカリフはさらに得意気になって未だ苦しむライザーに指をさす。

 

「今からお前は『この人間風情が調子に乗るな』と言う」

「この人間風情が調子に乗るんじゃねぇぇ!!……ハッ!」

「その言葉の通りだ……既にお前の考えていることは承知済み……お前はオレの掌の上で躍っているだけだと理解したか?」

 

そう言うと、すぐにカリフはまたカバンの中から十字架を掴んで投げた。

 

「がぁ! この猿……なっ!?」

 

ライザーは痛みに叫びながら無造作に炎をカリフにぶつけようとするが、既にそこにはカリフはいなかった。

 

「き、消え……っ! おぐぁ!」

 

カリフは周囲に漂う微小な気と同化し、誰にも認知されないままライザーを襲う。

 

「はぁ……はぁ……! ど、どこに……あが!」

 

十字架が顔面に当たり、のけ反りながら態勢を整える。

 

あまりの極限状態に過呼吸状態に陥っているライザーと以下数名の眷族はリアスたちと戦い、ライザーの『女王』は魔法でカリフを必死に辿っている最中。

 

だが、それでも攻撃は執拗に続く。

 

「がぁ!」

 

手に十字架が刺さり、嫌な音が聞こえた。

 

それでも傷はすぐに完治する。

 

だが、ダメージは確実にライザーの『心』を蝕んでいく。

 

「姿が……見えない!……次はどこからだ!? い……いつ襲ってくるんだ……何回耐えればいいんだ……俺は……俺は……」

 

膝を付き、冷や汗が流れ、涎が垂れていることにさえ気付かないほどの緊迫状態。

 

それを人知れず、ライザーの目前でカリフがほくそ笑んでいるのにも気づかずに、ライザーは一心不乱に叫んだ。

 

「俺のそばに近寄るなァァァァァァァァァァァッ!!」

 

戦いは……ここまで来て最終局面に入った。

 

 

さぁ、この甘美なる時間を共に過ごそうではないか……



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ゲームの幕引き

モニターの向こうでは予想以上のことが起きている。

 

カリフという人間が不死鳥のフェニックスを追いこんでいるのだから。

 

だが、問題はそのやり方である。

 

悪魔が最も忌み嫌う十字架を大量に所持し、それらを使ってライザーを執拗に追い詰めているのだから。

 

「おい! なんだあれは! 反則じゃないのか!?」

「十字架だと!? ふざけているのか!?」

「今すぐにあの人間を退場させろ!!」

 

ライザーと懇意にさせてもらっている貴族陣の怒りは最高潮に達し、シトリー眷族は呆気に取られ、このブーイングの嵐の中に取り残されていた。

 

「これはこれは……」

「すごいね~……やることなすこと全部戦術のせの字もないよ」

「いやはや、これはこれで爽快でいいじゃないか」

 

さっきからの人間とは思えないまさかの破天荒行動と悪魔でさえも考えもしない豪胆さに魔王たちはおろか、いつも寝ているファルビモウスでさえも今回ばかりは最後まで見てしまった。

 

そして、ゲームを作ったアジュカ自信も意外な盲点を突いてきたカリフに関心していた。

 

そして、それを躊躇なく行える遠慮の無さもまた人間にしては新鮮だった。

 

モニターに映されるカリフの笑顔を観戦しながらグレイフィアが淹れてくれたコーヒーを飲むのだった。

 

 

運動場のあちこちで爆発が起こる中、ライザーがいるところだけは違った。

 

辺りには十字架が散らばっており、その中心には腕を交差させて防御の姿勢をとっているライザーがいる。

 

傷は見られないのに息も上がり、疲労困憊に顔色も悪くなっている。

 

そんなライザーを鋭い眼光で見つめるカリフ、そしてライザーも『女王』であるユーベルーナと『僧侶』兼、実の妹であるレイヴェル・フェニックスがカリフと睨み合っていた。

 

「残念ですわ。あの時のあなたの言葉には素直に尊敬できましたのに……まさかこんな卑怯者だったなんて……」

 

レイヴェルが怒りを満たした声で言うと、カリフは淡々と返した。

 

「バカか貴様?」

「なっ……なんですって!?」

 

明らかにバカにしてるような声色で言った一言にレイヴェルも怒りを露わにする。

 

憤慨しているレイヴェルにカリフがたたみかける。

 

「戦いでは何が起こるか分からない。自分たちが不利になったからといって駄々をこねる…」

「くっ……!」

「こんなことになるくらい想定してなかったのか? これだから『覚悟した気になっている』輩ってのは泣きじゃくるガキよりもタチが悪くて嫌なんだ」

 

そう言いながらカリフは隠し持っていた十字架を全て取り出した。

 

「「!?」」

 

ユーベルーナもレイヴェルも警戒心を露わにするが、それは意外な形で裏切られた。

 

それらを全て捨て、踏みつけて粉々に砕いてやった。

 

「そろそろ、これには飽きてきたからな、オレはもうお前たちには進んで攻撃はしない」

「……それは余裕のつもりでして?」

「核心だ。考えてみればお前たちを倒す手立てなど頭の中で湧いて出てくる……後は好きにやってくれって話だ」

「なら、ここでお仲間を見殺しにすると?」

 

ユーベルーナが聞くと、カリフは再び不敵に笑う。

 

「だから貴様等はいつまで経ってもうだつが上がらねえんだよ。ババァ」

「なに?」

「本気でこいつ等が有象無象だと……本気で思っているとしたらもう勝負は決している」

 

カリフは二人によって隔離された膝を付くライザーに近付く影を見逃さなかった。

 

「竜ってのは最強のシンボルだぜ?」

 

後の仕事は?

 

決まっている。

 

竜の成長を静かに見守ることだった。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

ライザーは既にボロボロだった。

 

体では無く、精神の方が追いこまれていた。

 

もう止めたい、戦いたくないという感情が胸の中でざわついている。

 

そんな彼をかろうじて保っているのは『貴族』としての威厳と尊厳と誇りだった。

 

ライザーは既にカリフに敗北を認めた……だが、もう認めざる得ない状況にまで追い詰められた。

 

たとえそれが下級悪魔だとしても……

 

「分かっているぞ……ブーステッド・ギアの宿主……」

「やっぱり……分かってたか」

「貴様くらいの気配など察知するまでもない……大人げないようだが、もうお前が下級悪魔だとしても関係無い。ここまで恥を晒させてしまったのだ……全力で貴様だけでも叩く!!」

 

その瞬間、ライザーの背から巨大な炎の翼が現れた。

 

十メートル以上のサイズ、別次元な熱量からして本当に本気だということが分かる。

 

状況が悪化したにも関わらず、イッセーは恐怖よりも感謝が最初に浮かんだ。

 

自分を本当に敵とみなしてくれた……たとえそれがどんな経緯だとしても全力でぶつかってきてくれるのだから……

 

「あぁ……見せてやるよ……赤龍帝の力を!! ドライグ!! 契約だ!!」

 

イッセーの言葉の後に神器の宝玉が光り、声が出てきた。

 

『いいのか? カリフがあそこまで弱らせたから今のお前でも勝てるぞ?』

「駄目だ……確かにそっちの方が楽かもしれねえ……だけど、この役だけは誰にも譲りたくねえ!! 俺は部長の兵士だ!! オレが部長を守りたい!!」

『……それでいいんだな?』

「その言葉は聞き飽きたぜ!! 俺が聞きたいのはお前の『yes』の言葉だけだ!!」

 

自惚れでも何でも、自分の好きな女は自分で守りたい。

 

愚直ながら、真っすぐでシンプルな動機にドライグは笑った。

 

『ククク。お前もカリフのイカれ具合が少し染み込んだか……いいだろう! それでこそ我が宿主だ!!』

 

その瞬間、神器が赤い輝きを放った。

 

『Welsh Dragon over booster!!!』

 

力が体に沁み渡っていくのが分かる。

 

『今のお前なら十分はいけるはずだ……あの特訓の成果……といっても覚えてはいないか……』

 

紅いオーラが消えると、そこにはドラゴンを模した全身鎧のイッセーが立っていた。

 

深紅の鎧姿にライザーも驚愕した。

 

「鎧……まさか、赤龍帝の力を具現化させたものか!?」

「そうだ! これが龍帝の力! バランスブレイカー、『赤龍帝の鎧《ブーステッド・ギア・スケイルメイル》』だ!!」

「禁じられた忌々しい外法……揃いもそろってこのバケモノどもが!!」

「なんとでも言えよ……だが、俺はバケモノ以上のバケモノに鍛えられたんだ……ここで一分以内にお前を倒さなきゃあいつに怒られちまう」

 

本当は自分だけ力じゃない……これは契約……力を得る代わりに支払った物もある……

 

それでも、この力はオレなりに考えた力だ!

 

今だけでも手に入る力ならこれほど安い物はねえ!!

 

「火の鳥と鳳凰! そして不死鳥フェニックスと称えられた我が一族の業火! その身で受けて燃え尽きろ!!」

 

有り得ない質量の火炎を纏ったライザーが迫ってきた。

 

こいつの力はとんでもねえ!!

 

幾ら強くなったとはいえ、実力は俺よりも上だ!!

 

すぐさまにパンチで受け止めるも一瞬、受け流してやった。

 

「そんなスピードなんて屁でもねえ!! それよりも強くて速くて恐ろしい一撃を俺は知ってんだ!!」

 

忌々しそうに睨んでくるライザー。もう、こいつ相手に手段を選んではいられねえ!

 

汚いかもしれねえが、カリフに習ってみるか!!

 

「見てろ! これがブーステッド・ギアのもう一つの力!! ブーステッド・ギア・ギフト!!」

『Transfer!!』

 

俺がさっき拾った『物』に力を注ぐ。

 

これがブーステッド・ギアのもう一つの能力……『ブーステッド・ギア・ギフト』

 

どこでみにつけたかは覚えてないけど、気付いたら使い方さえも覚えていた。

 

これはあらゆる物に溜めた力を譲渡する援護に適した能力だ。

 

そして、それは人物に譲渡することもできれば、物にも譲渡できる!!

 

「うおおおぉぉぉぉぉ!!」

「バカが! そんな攻撃などさっきの苦しみに比べれば大したことないぞ!!」

 

ライザーも捨て身覚悟で俺の攻撃を受け、至近距離で焼くつもりだ。

 

だが、これは違うぞライザー。

 

さっきまでとは違うんだよ……これはな……

 

「くらえぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

俺のパンチがライザーのボディを捕らえた……

 

その時……

 

「ゴホォォォォォォォォォ!! グアアァァァァァァァァァ!!」

 

ライザーは血ヘドと共に唾液と胃液を吐き出した。

 

そう、一味、違うんだよ……

 

これは『痛い』んじゃない……『死ぬほど痛い』一撃だ!!

 

俺は握った拳を開けると、そこから出てきた物にライザーは苦悶の声ながら驚愕した。

 

「そ、それは……十字架……」

「あぁ、これに宿る聖なる力を強化させた……効果を見る限り、威力はとんでもないようだな」

 

イッセーが見せてきたロザリオにライザーは困惑した。

 

(バカな! 悪魔が十字架を持って無傷なはずが……! それが赤龍帝の力で強化されたなら尚更……)

 

だが、ここで思い至った。

 

(赤龍帝の力で……強化……そのことが本当なら……奴は!!)

 

項垂れていた頭を上げた。

 

「まさか小僧!! その手は!!」

「どうした! 考え事とは余裕じゃねえか!!」

「!!」

 

目にしたのは、イッセーがバカでかい魔力弾を練っているとこだった。

 

そして、浮いている魔力に拳を叩きこんだ。

 

「ドラゴンショット!!」

 

その時、とてつもない破壊の波動がライザーに直撃した。

 

「ぐああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

咄嗟にライザーは間一髪で体を捻って避けるも、十字架の力も乗っていた一撃に体の一部が焦げた。

 

そして、痛みに体がよろけているとイッセーが間髪入れずにライザーの眼前に現れた、

 

その手は固く、堅く握りしめられていた。

 

「アーシアが言っていた! 十字架のような聖なる力は悪魔が苦手だって!」

『Transfer!!』

 

再び十字架に力を譲渡する。

 

「朱乃さんが言っていた! 魔力は体全体を覆うオーラから流れるように集め、意識を集中させて波動を感じろと!」

 

態勢を整える。

 

「木場が言っていた! 視野を広げて相手も周囲も見ろと!」

 

拳を構え、ライザーに向ける。

 

「小猫ちゃんが言っていた! 打撃は体の中心線を狙って的確かつ抉るように打つんだと!!」

 

修業で習ってきたことを全て使い、今ここに、ライザーを追い詰める!!

 

皆の想いを確かにイッセーは……受け継いでいた。

 

「待て! 分かっているのか!? この婚約は悪魔の未来のために必要で大事なことなんだ!! お前たちのような小僧悪魔や何も知らぬ人間がどうこうするもんだいじゃないんだぞ!!」

 

慌てふためくライザーだが、俺には退けぬ理由があった……それを教えてくれた人もいる!!

 

「カリフが言っていた……非力な男は『意地』で女を守り、『度胸』で苦難に挑んで『勇気』で恐怖に乗り越えてこそナンボだと!! 我儘を最後まで曲げぬ心が『強さ』に繋がると!! これは俺の我儘だ!! あの人の嫌がる婚約を破棄させることだけで充分すぎるんだぁぁぁぁぁぁ!!」

 

イッセーの放った拳は

 

 

ライザーの中心を

 

 

 

深く抉った。

 

 

 

「ぐはぁ……」

 

痛みに叫ぶことすらできず、ライザーはその場で倒れ伏した。

 

そして、この時になって約束の一分が過ぎた。

 

『ライザー・フェニックスさま戦闘不能。このゲーム……』

 

グレイフィアさんが告げた言葉は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『リアス・グレモリーさまの勝利となります』

 

俺たちが心待ちにしていた言葉だった。

 

俺はその言葉を聞いた後、禁手のあとの消耗からか、はたまた十日間の合宿疲れからなのかその場に倒れ伏した。

 

「や、やった……」

 

ただ、疲労と共に俺の心の中には嬉しさが広がっていた。

 

拳を天に掲げ、俺は遠くで聞こえる仲間たちの声をBGMにしてこの余韻に浸るのだった。



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決着の後は……

ライザーとの一戦を終えたイッセーたちの功績は大きかった。

 

不利と思われていた状況からの大逆転劇。

 

たったの十日でライザーを倒すまでに至ったその成長力も注目の的となった。

 

そして、なによりアジュカ・ベルゼブブが一番絶賛したのはカリフであった。

 

自分の作ったルールを打ち破ったのだ、そして、ルールの裏を付いてライザー側を敗北をさせるに至った。

 

まさか、悪魔相手にここまで大立ち回りを演じた人間は流石といえよう。

 

そして、カリフに対して一つの確約が決まった

 

 

 

 

 

 

鬼畜カリフ……今後のレーティングゲーム参加を一部規制!!

 

 

「フェニックス卿。今回の婚約、こんな形になってしまい、大変申し訳ない。無礼承知で悪いのだが、今回の件は……」

「みなまで言わないでくださいグレモリー卿。純血悪魔同士のいい縁談だったが、どうやら互いの欲が強すぎたようだ。私もあなたも……やはり私たちは悪魔なのですかな」

「兵藤くんとカリフくんといいましたか……彼等には礼を言いたかった。息子の敗因は一族の才能の過信によるものです。フェニックスの力は絶対じゃないということが分からせただけでもこのゲームは意義があった」

「フェニックス卿……」

「ですが、今回のことで我々は驚かされてばっかりだった」

「えぇ、赤龍帝の力を受け継ぐ少年がまさかこちらの側にいる……そして、フェニックスの力さえも関係無く、いや、むしろ不死の特性を利用して息子を倒す人間の子……」

「……今まで表舞台に出ることも無かった二つの存在が同時に現れた……これらは何かの予兆かと思ってしまいます」

「同時に、冥界での一波乱が予想できますな」

 

 

冥界の空ってのは不思議だ。

 

空一面が紫っぽい色で覆われ、なんだか昼か夜かも分からないような空だ。

 

「イッセー……納得のいく言い訳はもちろんあるのよねぇ?」

 

こんな時、空が青かったら部長も許してくれるだろうか……いや、皆か……

 

今、俺は現在進行形で部長の前で正座させられながら必死に胃からこみ上げてくる痛みと戦っていた。

 

他の皆は別の場所へと魔法陣で移されていた。

 

多分、部長がゆっくりと俺から話を聞くためなんだろうけどさ……

 

そして、部長は話の大元である俺の変貌した手を握った。

 

そう……これこそが『強さ』代わりに支払った『代償』だ。

 

腕一本をドラゴンの腕に変えて得たのがさっきの『バランス・ブレイカー』だ。

 

「なんで……こんなバカなこと……」

「い、いやぁ……こうすれば強くなれるかなって思い至った結果ですよ」

 

おどけて言ったつもりだったが、部長は悲しみの色を出していた。部長の体温がドラゴンの手に伝わる。

 

「こんなことして……もうあなたの腕は戻ってこないのよ……?」

「それで部長の婚約は破談にできたからお得です」

「ずっとこのままなのよ?」

「それはちょっと困りますね。学校じゃコスプレなんて聞いてもらえそうにありませんから」

「アーシアも泣いてたわよ……」

 

てゆーかマジでどうするかな……最近じゃあアーシアを泣かせてばっかだしな……

 

「今回は破談にできたけど、また婚約の話が来るかもしれない。その時あなたは……」

「そうなったら次は右腕、次は目ですかね」

「イッセー!」

 

咎めるように部長が怒ってくれる。すいません、この気持ちにだけは嘘は吐けないし、吐きたくないですから。

 

「何度でも何度でも止めてやりますよ……こう言ってしまえば俺の我儘かもしれないけど、それで構いません。部長が幸せになるならこの我儘を通させていただきます」

「……どうしてそこまで……」

 

部長が聞いてきたから、俺は迷わずに答えた。

 

 

 

 

―――あなたの『兵士』であり、意地を張り通す『男』だからです。

 

 

 

 

そう言った瞬間だった。

 

俺の唇が何かに塞がれた。

 

その塞いだ物に目を向けると、それは部長の柔らかな唇だった。

 

ただ、俺と部長の唇が数秒触れ合うだけだった。

 

その後に部長は唇を離し、フっと優しい笑顔を俺に向けた。

 

……

 

 

えええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!?

 

い、今のって……! まさかキスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?

 

突然の出来事に俺は困惑していると、部長は少し顔を紅くさせて言った。

 

「日本の女の子が大切にしてるものでしょ? ファーストキスというのは」

「そ、そうですけど! ってファーストキス!? それを俺なんかに!?」

 

あっという間に起こった人生最大の臨界点に部長は依然として微笑みながら言った。

 

「あなたは『なんか』じゃないわ。少なくとも、私から見たら今のあなたは世界中のどんな男よりも強く、たくましく見えたから」

「で、でも……カリフなんか俺よりも強くて、男らしくて、それから……」

「……そう言う意味じゃないのに……鈍感……」

「え? 何か言いました?」

「何でも無いわよ……はぁ……」

 

部長の小声は耳に入らなかったが、後になって込み上がってくる。

 

俺……俺は今、最高に舞い上がってるぜ!!

 

やった! やった! やったぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

もうこの気持ちを抑えることなんてできねえ!

 

それくらい俺は幸せだということが自覚できる!

 

「まあいいわ…早く戻ってその腕のことを考えましょう」

「はい!! 分かりました! どこまでもあなたに付いて行きます!!」

 

本心からの俺の言葉に部長は笑顔を浮かべた。

 

そうだ、俺はこの笑顔を取り戻せたんだ! これだけでも腕を払った価値はそこにある。

 

下心が無いと言えば嘘になる。

 

だけど、俺は部長と……好きな女性をあらゆる災厄から守っていきたい。

 

これからもずっと……

 

そのためにも強くなってやりますよ……部長

 

 

 

(ここから大分盛り上がってきそうだな)

 

一方で、カリフは気配を消して一人思っていた。

 

(この件でイッセーはまた一段階の覚醒を経た……あれくらいの気概なら木場や小猫に追いつくのもそう遠い話ではなくなってきた……)

 

そして、カリフは再び笑う。

 

(そして、悪魔の伝統を多少なりとも踏みにじったこともプラスになる日が必ず来る! 悪魔特有の高いプライドが俺という『人間』が『悪魔』の上に君臨するのを許す訳がない……)

 

これも全て暇つぶしの延長戦

 

こうして自分に試練を課すことも目的の一つだった。

 

(楽しみだ……強まる龍の力で戦いは加速する……いずれ白龍皇とやらも鍛えてやるのも悪くない……)

 

こうやって試練は強くなっていく。

 

そのままカリフはリアスたちの元へと帰って帰る準備をしに歩き始めた時だった。

 

「ちょっとお時間よろしくて?」

「?」

 

気が抜けてたのか声の主の接近を許していたカリフは振り返ると、そこには日傘を優雅にさしたレイヴェル・フェニックスがいた。

 

「帰れハゲ」

「その返しは失礼ではありませんか!? というよりハゲてません!!」

 

ウンザリとした様子で辛辣な一言を告げるカリフにレイヴェルは叫んだ後、すぐに咳払いして気丈に振る舞う。

 

「心配しなくてもそう時間は取りませんわ。こっちは伝言だけですので」

「なら早くしろ。さっさと今日は帰りたいんだけど」

「えっとですね、『息子に色んなことを教えてくれたことに感謝している。またいつか息子を鍛えに家に招待しよう』と、お父様からですわ」

「……」

 

その内容にカリフの表情がいつもの感じに戻った。

 

何も言わずにカリフはレイヴェルの話を聞く。

 

「お父様から聞きましたわ。あの十字架は悪魔を殺す効力が薄い奴だと……あなたは最初からお兄さまを消滅させる気などなかったのでは?」

 

後から聞いて少し意外だった。

 

あの鬼畜に相応しいカリフなら兄の消滅もしかねないくらいの勢いだった。

 

それなのに、カリフにはライザーを消す意志が見られなかった。

 

なぜ?

 

その事実をレイヴェルが聞いた時だった。

 

「……お前たちフェニックスの才能は戦闘においては遥かに優勢……まさに反則級だと言えるほどに……だからこそ惜しい」

「惜しい……とは?」

「才能とはその持ち主に絶大な力をもたらす代わりに、時として毒ともなり得る……才能はそいつの目を曇らせ、またある時はそいつ自身の生き方さえも束縛する鎖ともなり得る……才能を持っていることはそれ相応のリスクにもなる」

「……まさかそれを兄に……」

「奴は心が弱かった……戦闘においては心を折るだけでも死に直結する……今回は奴の心を折るだけで済んだが、これが敵だったら間違いなく奴は死んでいただろうよ」

 

レイヴェルは意外そうにしながらも多少驚いていた。

 

まさか、こんな所でゲーム中の残忍な表情の他にも目の前の見守るような目をしていたのだから。

 

「奴もまた強くなれる逸材だ……ここで亡くすにはちと惜しいからな」

「……そういうことでしたの」

 

どうやら、自分を含めた悪魔たちは目の前の人間を誤解していたようだ。

 

意味の無い殺生はしない、ちゃんと芯の通った人物なんだと再確認した。

 

「話は終わりか? それならオレはこれで帰る」

「えぇ、もう結構ですわよ。時間を取らせましたね」

 

フフと優雅に笑うレイヴェルに背を向けて帰っていった。

 

そして、レイヴェルからは見えない建物の影では……

 

「…………」

 

カリフと存外、楽しそうに話していたレイヴェルに黒い感情を抱く小猫が拳を握っていた。

 

(なんで……なんだか嫌な感じ……)

 

それは今までに味わったことのない胸の痛み。

 

そして、不快な痛みだった。

 

(……なんなんだろう……これ……)

 

悲しさと怒り、切なさがブレンドしたかのような感覚。

 

小猫は胸をキュっと押さえてしばらくはその場に佇むだけだった。

 

こんなこともあったが、無事、ゲームは幕を下ろした。

 

これにより、カリフの存在、カリフの一部のゲーム参加規制が悪魔の間で知られていくこととなるのはそう遠くない話ではないかもしれない。



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閑話休題・物乞いシスターズ

ライザーとの一件以来なんの変化もなく、カリフも手持無沙汰に黙々と修業をこなしていた。

 

小猫と朱乃の修業も案外順調に進んでいき、今度はイッセーと木場をも鍛え直すつもりなのだが……

 

「つまらん……」

 

一言だけ自宅のリビングで呟いた。

 

最近、目立った事件もなければライザーの一件のようなゲームのお声もかかってこない。

 

もはや、退屈であり、無駄な時間だった。

 

かといって、今は修業も終えて一段落しているのだが、小猫と朱乃は部活で行ってしまった。

 

両親と妹もショッピングに行ってしまったから正真正銘一人だった。

 

「……出るか」

 

なんだか腹も減ってきた。

 

そう思ったカリフはソファーから立ち上がり、何かを食べに行くために家から出たのだった。

 

 

 

都心部の商店街を歩いている最中、目の前からガラの悪い不良集団がこちらへと歩いてきた。

 

ただでさえ狭い道を大幅に占領しながら向かってきた。

 

周りの人たちは恐れるかのように道を避けていく。

 

だが、カリフは?

 

決まっている。彼は進んで道を譲ろうなどの精神など持ち合わせていない。

 

カリフは何も考えることも無くそのまま通り過ぎようとした時だった。

 

「……おいそこのお前」

 

急に不良の界隈がカリフに因縁をふっかけてきた。

 

それに連なって他の不良も止まってカリフを囲む。

 

そして、不良たちがニヤニヤ笑う中、リーダー格の男がサムズアップしてきた。

 

「お前……さっきオレを睨んでなかったか?」

 

これである。カリフの目つきは生まれつき鋭く、周りに誤解されることもしばしばある。

 

こうして絡まれるのも珍しいことじゃなかった。

 

周りの人も気の毒そうにしながらも通り過ぎて関わらないようにする。

 

そんな中、絡まれているカリフはというと……

 

「どけ、邪魔だ。オレの前から失せろ」

 

率直な意見を通した。

 

それに対し、周りの取り巻きの空気が一変したのを肌で感じた。

 

「あ?」

 

集団の中で最も鼻ピアスやらイアリングやら鬱陶しいくらいにアクセサリーを付けまくっているガラの悪い男の表情が不機嫌に歪む。

 

「は? 今なんつったよ?」

「『消えろ』と言ったんだ。この言葉が理解できなかったとは……とことん愚かな奴だな」

 

シレっと答えて男を肩でどかす。

 

強引に突き飛ばされた男は怒りに身を震わせて拳を固く握った。

 

周りの取り巻きも「あ~あ」と嫌らしい笑みを浮かべている。

 

「おいこらぁ!」

「……」

「聞こえてねえのかこのチビっ!」

 

男は無視を決め込むカリフの背後から拳を握って振り抜いた。

 

このままでは当たるという単純な『未来』を感じた周りの通行人は軽い悲鳴を上げる。

 

そして、カリフの後頭部と拳の距離が数十センチの所まで近付いた時だった。

 

「……?」

 

突然、『ペキョ』という今まで聞いたことのない音と共に自分の拳が『ブレて』見えた。

 

まるで、残像にでもなったようだったが、すぐに手のボヤケさは消えた。

 

そこでカリフは男にしか聞こえないように呟いた。

 

「体中に付けている趣味の悪いアクセサリーもこれでマッチしたな……その『趣味の悪い形の手』とよく似合っている」

 

カリフはそう言って男の手をゆっくりみやる。

 

背景から『ドドド……!』という効果音が聞こえてくるような緊張感が男を襲い、ゆっくりと手を見つめる。

 

すると、そこには男の『手』があっただけだった。

 

 

 

 

歪に、まるで絞られたままの雑巾のような形になり果てた『手』だけがそこにあった。

 

「お……おぉ……」

 

傍から見たら、殴りにかかった男が急に攻撃を止めて手首を押さえてへたり込んだようにしか見えなかった。

 

だが、その実カリフは後ろ向きの状態で男の手首に合気道の要領で捻った『だけ』だった。

 

その際、カリフの手も一緒に『ブレた』ことなど見えていなかった。

 

「おい? どうした?」

「手押さえてねえか?」

「何してんだよお前……」

 

流石に変だと思った取り巻きも不審に思ったのか集まって急に苦しむ男に群がる。

 

「きゅ……救急車……」

 

そうとだけしか言わない……言えない友人に従う。

 

「お、おぉ……あれ? 俺の携帯は?」

 

しかし、ポケットをまさぐっても携帯がないことにここで気付いた。

 

「おい! 俺の携帯もねえ!」

「携帯だけじゃなくて財布もねえじゃねえか!!」

 

次第に、携帯どころか財布さえも無くなっていることに気付いて慌てふためいていく。

 

不安が伝染する中、しばらくの間不良たちは道路の真ん中で立ち往生していたのだった。

 

 

 

「邪魔くさ……」

 

後ろでサイレンの音が鳴り響く中、カリフは不良どもから早業で『スった』携帯やらサイフを両手一杯に抱えていた。

 

ムシャクシャしてやったこととはいえ、現在、置き場に困っていた。

 

流石に捨てるとまた奴等に回収される、それはなんだか癪だと思って捨てることはしない。

 

もう誰かあげてしまおうかと思いながら歩き続けていると……

 

「えー、迷える子羊にお恵みを~」

「憐れな私たちにお慈悲をぉぉぉぉぉ!」

 

白いローブを被った女性二人が商店街の道の隅で祈りを捧げながら白い箱を置いて物乞いしていた。

 

その光景もさることながら、一方の緑のメッシュを入れた青髪の女性と栗毛のツインテールの女性の容姿はローブ越しでも分かるほど華麗だった。

 

だからこそ、そんな二人が道の端で物乞いする様子はシュールであり、周りから奇異の視線を集めた。

 

そして、カリフは思った。ちょうどいいゴミ箱見つけた……と。

 

「く……これが超先進国の日本の現実か……これだから信仰の匂いが無い国は嫌なんだ」

「毒づかないのゼノヴィア。これも任務のため、今は路銀集めに集中して」

「ていうかここは物価も高いじゃないか。だからこんなところに来たくなかったんだ」

「ブツブツ言わないの。すぐにそう陰気になるから皆離れていくのよ」

「うるさい。イリナはやかましいだけだ。私と一緒にしないでくれ」

「ちょっと! その物言いは聞き捨てならないわ! 陰気よりはマシでしょ!?」

「性格で信仰が広まるものか。お前の国なのだからもう少し……」

 

不審人物が勝手に空腹での苛立ちで内輪揉めを開始し、さらに近寄り難い結果を作ってしまった。

 

睨み合う二人だったが、その後で二人は静かになった。

 

なにやら箱の中で『ボトッ』と何かが入ったような音だったからだ。

 

飢えていた二人が反射的に箱を見ると、そこには財布と携帯がまるごと入っていた。

 

そして、二人が前を見ると……

 

大量に持ち込んでいた財布と携帯を無造作に突っ込むカリフが自分たちを見下ろしていた。

 

「え……あの……」

 

イリナという女性が何か言おうとするも、カリフは財布と携帯を箱の中に全て落とし入れた。

 

「こ、これを……寄付するのか……?」

 

流石のゼノヴィアも突然なカリフの奇行に若干の高揚と戸惑いを隠せない。

 

「……」

 

カリフは二人を無視し、その場を離れる。

 

その後ろ姿を二人は放心状態で見やることしばらく、ゼノヴィアが真っ先に気が付いた。

 

「待て! 気持ちは嬉しいがこれは困る!」

 

いくら寄付とは言っても度が過ぎる。そう思ったゼノヴィアは曲がり角を曲がって見えなくなったカリフを追い掛けた。

 

だが、ゼノヴィアも曲がり角を曲がった時には既にカリフはいなかった。

 

「き、消えた……」

 

辺りを見回してもあの小柄な男子が見当たらない。

 

しばらく探していると、続いてやって来たイリナがゼノヴィアに問いかけてきた。

 

「ねえ、ゼノヴィア……まさかあの子って……神を名乗る異教徒に騙された子なの?」

「……そういえば紛い物の宗教をふりかざす詐欺集団が日本にいると言っていたな……多分だけど、それは有り得ないよ」

「なんでそう言えるの?」

 

それにしたってさっきの行動は常軌を逸している。

 

そう思っている二人であったが、ゼノヴィアだけはイリナとは別の見解をカリフに抱いていた。

 

「彼からは信仰の匂いもなければ悪魔の気配もしない無神論者って感じだった……いや、どっちかと言えば欲望の匂いが感じたから若干悪魔よりかもしれない」

「あ、悪魔に魅入られたってこと?」

 

イリナとしてはどんな形であれ自分たちに救いの手を差し伸べたカリフを疑いたくはなかったが、話を聞く限りではそうとしか考えられなかった。

 

だが、予想に反してゼノヴィアは頭を捻った。

 

「う~ん……何て言うのかな……私は悪魔と似ているけど、実は悪魔とは『逆』だと思うんだよ」

「? なんか要領を得ないわね」

「なんていうのかな……悪魔は快楽のために欲望を求める。だけど、彼は『何か遠い物』……夢のために生きている感じだと思う……今までにあまり会ったことのない匂いを発していたからよく分からないけど」

 

かなり混乱してるかもしれない。ゼノヴィア自身も自分の言葉に自信が消えていき、何も言わなくなった。

 

そんな微妙な空気が続く中、それを打ち破ったのは……

 

「とりあえず……何か食べようか」

「そうね……」

 

辺りに響き渡った彼女たちの腹の虫だった。

 

 

 

 

カリフはさっきの女性たちから別れた後、何気なしに行きつけのバイキングへと足を運んだ。

 

値段はともかく、使う素材は中々にいい物を使っていると思う。

 

ちゃんと地下格闘技場でオプションとしてもらった無限ブラックカードで店側にも不利益は出さない。

 

なにより、食べ放題で食べた肉分の金を支払わないと簡単にツブれてしまう。

 

カリフなりの配慮によって生き延びてこられた店も相当に潤っている状況だった。

 

そんな事情はあまり考えていないカリフはいつものように一人で席に座って店員から手渡される皿を受け取る。

 

いつものことであり、なんら変わりない食事風景。

 

カリフは皿に食べ物を乗せようと席を立って向かっていく時だった。

 

「やっぱり一定の値段で食べ放題のバイキング! 懐かしいわ~!」

「これもあの子からの慈悲のおかげだね。日本も捨てたものじゃないね」

 

白いローブを着こんでいる奇異な二人組が募金箱から財布の一つをまさぐって取り出し、店員に金を払っている。

 

店員は困惑しているようだが、客と分かっているので比較的問題なく通した。

 

そして、案内されている時、カリフと彼女たちは目が合った。

 

「あ」

「「あ……」」

 

一度あることは二度ある。

 

彼女たちとカリフは再び出会ったのだった。



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閑話休題・新たな興味

先程出会った者同士が出会うというようなことは案外あるかもしれないしないかもしれないかもしれない。

 

莫大な募金をくれた少年は神へのお召し物をゴミ箱と認識している。

 

神への奉仕を人生の至上の喜びとして認識する女性は目の前の少年を神の使いとも考える半面、不安も感じる。

 

相対する考えの双方が今、都内のバイキングレストランの中で向かい合っている。

 

「奇遇……いや、君と出会ったのは主のお導きなのだろうな」

「救いの道を示してくれたあなたとの出会いは運命ね。あぁ、迷える子羊に手を差し伸べる心優しき日本人に祝福あれ。アーメン」

「食事の邪魔するな」

 

テーブルの向かい側で勝手に居座って手を十字に切ったりお祈りを捧げる二人の美女にイラっとする。

 

「なんで勝手にこっち来た? 食事の邪魔なら丁重にお断りしようか。失せてくれません?」

「出会い頭に辛辣だね。私たちが何かしたかい?」

「そんなに怒っては幸運が逃げていくわ。笑顔で生きましょう」

「良いこと思いついたぞ。今すぐお前等が外で腹おどりすればオレも笑っちまうよ」

「私たちは笑えないんですけど。すぐお巡りさん来ちゃうから」

 

ツインテールの女性がツッコむと、カリフはここで溜息を吐いて思いっきり睨む。

 

「調子にのってんじゃねえぞテメー等ぁ……オレは嘘をつかれるのがいっちばん嫌いなんだよ……」

「……なんのことか分からないね」

「ここまで来て惚けるのか……いい度胸だなコラ」

 

カリフの髪がザワザワし始め、周りの空気が重くなる。

 

血管を浮かばせて睨まれ、二人の女性はたじろぐ。

 

「こうして向かい側にしたら気付かれないと思ったのか? 腰に携えている業物を構えて飯でも食うのか?」

「業物? なんのことかしら?」

「こっちに近付いてきたときの歩く時の姿勢でピンと来たぜ。大抵は気付かないが、相手が悪かったなぁ?」

「……こうして話して分かるよ。君は普通じゃないってところがね」

 

二人の女性がローブの中に隠した布を巻いて隠した棒状の物に手をかけようとした時だった。

 

 

 

 

 

「止めておけ」

「「!?」」

 

カリフの目から瞳の黒が消えた白目で睨み、威圧された。

 

その威圧だけで二人は体が硬直し、同時にカリフの背後にいるはずのない鬼のような幻を見た気がした。

 

怒りの形相の化物に対し、カリフは薄ら笑いを浮かべて威圧だけで二人を牽制している。

 

レストランの柱がバキッと立てた音で青髪の女性が恐怖から正気に戻った。

 

「はっ!! イリナ!」

「!!……ゼノ……ヴィア……」

 

冷や汗をかき、息が荒くなった二人を見てカリフは余裕を崩さずに言った。

 

「正気に戻るまで三秒……今ので三十回は死んだな貴様等」

「……」

「日本には『仏の三度目』という言葉はあるが、オレはそんなに甘くは無い。大人しくしていろ」

「……」

「まだやる気なら獲物を手に取れ。痛みも感じさせぬまま送ってやろう」

「ぐっ!」

 

二対一という不利な状況を楽しんでいるカリフを見て確信した。

 

(次元が違いすぎる……)

 

ゼノヴィアと呼ばれた女性はここでカリフの底力に観念したのか、一息吐いた。

 

「イリナ、ここらへんにしよう」

「え、でも……」

「あまり彼を怒らせない方がいい。あの目は本気の目だ。言ったことを絶対にやるという凄みが伝わってこないか?」

「……分かったわ」

 

二人は大人しくテーブルに手を置いて敵対の意志がないことを示す。

 

そのことで少しはカリフの機嫌も治ったが、未だに半目で警戒している。

 

「貴様等、どこの手のものだ? 堕天使、神、悪魔……または英雄の血筋か……と言っても恰好からして神陣営か」

「そんな所だよ。まあ、内容は教えられないけどね」

 

ゼノヴィアはドリンクバーから持ってきたコーヒーを飲みながら話す。

 

その時、イリナは何気なく聞いてみた。

 

「ねえ、あなたって何者なの? 明らかに一般人じゃないでしょ?」

「それは私も聞きたいな。あれだけの殺気は今まで初めてだ。どんなエクソシストも悪魔や堕天使でもこんなに強い波動を発する者はいない」

「年季が違うんだよ……戦いに戦い抜いてきたオレに勝てるとでも?」

「……多分無理だろうね」

 

カリフは出された食事を食べて空腹を満たしていると、またゼノヴィアから話しかけてきた。

 

「ねえ、一つ聞いてもいいかな?」

「なんだ?」

 

大分機嫌も治って来ていたので比較的素直に返すと、安心して聞いてきた。

 

「君は悪魔と関わっているのかい?」

「まあな」

 

一秒も間を置くことなく返すカリフに二人は眉間に皺を寄せる。

 

「それなら悪いことは言わない。悪魔と縁を切れ」

「はぁ?」

 

突然の一言にカリフは意味が分からなかった。

 

「今日会ったばかりの奴に何故指図されねばならんのだ?」

「奴等は欲望に身を任せる獣みたいな存在だ。自分の欲のためなら殺しさえ平気で行う」

「そうよ、主への愛に生きる私たちとは絶対に相容れないの」

「愛……ねぇ」

 

くくく……と腰かけて笑うカリフに二人は首を傾げていると、カリフは二人を見据えた。

 

「お前等神陣営の口癖だな……愛だと何かに付けて口にする」

「そうだよ。我等にとっての幸福は主への愛を胸に生きること。決して悪魔のように欲望に溺れたりはしないさ」

 

そう言われ、すぐに質問を変える。

 

「そうだな……じゃあ愛のことについて聞くとしよう」

「?」

「例えば……二人の新婚カップルが幸せに一生を暮らすことと、前から好きだった女性を無理矢理拉致して監禁し、欲しい物を何でも買ってやって死ぬまで居続ける男と女……それぞれ『愛』か『欲望』かで答えろ」

 

明らかに差が開くような内容で、二人は迷いなく答えた。

 

「簡単だ。二人で幸せに暮らすのが『愛』だ」

「相手の気持ちを無視して一緒に住もうだなんて『欲望』剥き出しの悪魔みたいだわ!」

「ふん、まあそう答えるんだな」

 

カリフは店員が持ってきていたドリンクを一気飲みした後続ける。

 

「オレは少し違う。このどっちもが等しく『愛』であり、『欲望』であると思う」

「何故だ? この答えは一目瞭然だろう」

「じゃあ聞くが、後者の男の心情を考えてみろ。その男は何を願ったが故に女を拉致したと思う?」

「ん~……その人のことが好きだったからとか?」

「だとしたら歪んだ愛だな」

 

イリナの答えにゼノヴィアがバッサリ切り捨てると、カリフが指をさして笑った。

 

「そう。その男は女を愛した。愛したが故の奇行……『愛』は『欲望』へと変わる」

「……何が言いたい」

「全ては同じなのだ。個人の考え方で言葉の意味も行動原理も何もかも全て変わる」

 

カリフは全て平らげた皿を乱暴に横へどけて毅然と言い放った。

 

「この世に実在する命だけが世界を変える権利を持っている」

 

すると、ゼノヴィアはカリフをローブ越しに睨めつけた。

 

「つまり、君は主は不要だと……そう言いたいのか?」

 

まるで自分の信じる物を否定されたと思ったゼノヴィアは再び懐の獲物に手を出そうとするが、次のカリフの一言で一旦は止まる。

 

「神を信じるのは大いに結構。元々から否定する気は無い」

「じゃあ、あなたは何が言いたいの?」

 

イリナが聞くと、カリフは伝票を探す。

 

「まあ、偏見に囚われずに物事を見ろってことだ。神とやらの教えだけに従っていくのも勿体ないことだ」

「それは……」

 

どう返したらいいのか、もっともらしいことを言うカリフにイリナとゼノヴィアが返答に困っていた時だった。

 

 

 

 

 

「おらぁ! 近付くんじゃねえ!」

「「!?」」

「?」

 

店の外から野太く、狂暴な怒号が響いた。

 

二人は勿論、気が抜けていたカリフも窓の外を見てみる。

 

すると、道の真ん中には女性を人質にしてコンビニから出てくるヘルメットを被った男が出てきた。

 

典型的なコンビニ強盗である。

 

なんともありきたりなシチュエーションでこの場から逃走しようとしているのが分かる。

 

「イリナ!」

「えぇ!」

 

二人で目配せして店から勢いよく出て行く。

 

横目で見ていたカリフは溜息を洩らす。

 

「正義感ってやつか……恋は盲目というけれど、似たり寄ったりだな」

 

呆れはするものの、女性を見た時からカリフは思っていた。

 

「……まあ、今回はちと見過ごしはしないがな」

 

自分にも戦う理由ができた……と

 

 

 

 

店の外へ出た信者二人組はすぐさま野次馬をかき分けて最前列の方へとやってきた。

 

視界に捉えたのは男に拘束されて苦しそうにしている女性だった。

 

「ちっ! どの国にもこういう輩は必ずいるものだ」

「あぁ、主よ。どうかあの憐れな子羊を貴方さまの深き懐へ……」

 

勝手に物騒なことを言いながらすぐにでも犯人に飛びかかろうとしたときだった。

 

「チョイ待て馬鹿共」

「「うぐ!」」

 

いつの間にか後ろにいたカリフにローブを掴まれて後ろに二人揃って転ばされた。

 

「な、何してんだテメェ等!」

「いえ、別に」

 

強盗をスラリと言いくるめて今度はローブを引っ張って引き寄せる。

 

二人も引きずられるように引き寄せられる最中に頭を地面にすっていた。

 

「お前……何を……」

「いきなり出て行って人質を無闇に危険に晒す気かバカ」

「でも、私たちが速めに勝負を仕掛けた方が……」

「はい残念アホ丸出し。お前等、あの女が普通の女に見えるか? あのでかい腹見て」

 

人質にされている女性……非常にお腹が出ていたのは野次馬たちも承知だった。

 

そう、人質は妊婦だった。

 

「あの妊婦……あの汗の量は多すぎだ」

「犯人に掴まって怖がっているからだ! それよりも速く奴を……!」

「いや違う。事態はさらに深刻なことだ」

「どういうこと!?」

 

全ての状況を踏まえてカリフは真実に至った。

 

「もうじき生まれる」

「え!?」

「な、なんで!?」

 

驚愕する二人を横目に答える。

 

「尋常じゃない発汗量、目に見える体力の消耗、そして、体内からの微弱な気……相当に不味いな」

「だ、だったら尚のこと……!」

「だから作戦が必要だつってんだろ。闇雲に出て母体か子供かどっちかに傷を付けでもしたらどっちかが死ぬ」

「じゃあどうしろと!」

「救急車呼べ。大袈裟にすればするほど状況は悪化する。実力行使は最後の手段だ」

 

そう言いながらカリフは犯人の元へ二、三歩寄っていく。

 

「おい! なにを……!」

「おいお前! なに近付いてきてんだ!」

 

後ろからはゼノヴィア、前からは強盗犯に呼びかけられたカリフは両手を上に上げて無抵抗の意志を見せる。

 

「その人、具合悪そうだから離した方がいい。代わりにオレが人質を努めよう」

「はぁ!? 何言ってんだてめぇ! 頭おかしいんじゃねぇぇのかぁ!?」

 

当然、強盗犯も不審に思って女性の拘束を強めると、カリフの表情は険しくなる。

 

「それ以上は止めるんだな。出産間近の子供は母体の些細な不良でも影響する……その生まれてくる命を巻きこみたくはないんだが?」

「ガキがどうなろうと知ったことじゃねえぇぇぇぇ! 俺が逃げられればどうでもいいんだよおぉぉぉ!!」

 

もはや発狂している男にカリフの額に血管が浮かび上がってくる。

 

「……もう一度言う。その人を離せ。これが最終通告だ」

「るせぇぇぇぇ! そんなに言うならてめぇから殺してやろうかあぁぁぁぁぁ!」

 

遂に、男は緊迫状態とカリフの言い分に怒り、ナイフを持って向かってきた。

 

妊婦を突き飛ばして向かってきた男に対してカリフはほくそ笑んだ。

 

「やっぱバカじゃん」

 

その瞬間、カリフの姿が一瞬消えた。

 

 

 

 

「がぼ……ぐふ……」

 

男のナイフをくぐり抜け、顔面に深々と拳を突き刺したカリフ

 

野次馬からして次に見たシーンは予想を大幅に裏切った。

 

男の顔面から血が噴き出て崩れるように倒れる。

 

そして、突き飛ばされた妊婦はゼノヴィアが救出していた。

 

「君のも無茶としかいいようがないんだが?」

「ごめ、こういうのやっぱ苦手だった」

 

軽く言ってくるカリフに溜息を洩らしながら妊婦を優しく介抱してやる。

 

すると、背後からサイレンの音が聞こえてきた。

 

「ふむ、やっぱ都心は来るのが速いな。後は専門家にでも任せておけ」

「いいのか? 名乗り出れば功労者として評価されるぞ?」

「知るか。そんな取るに足らないことのためにわざわざこんなことをしたと思っているのか?」

 

カリフはゼノヴィアと向き合い、指をさして言った。

 

「これから生まれてくる命は謂わば無限の可能性だ。生まれてこようとする命ならば、オレは祝福し、孵してやりたい」

「へぇ……そんなこと言うとは流石に思っていなかったよ」

 

そう言うと、カリフは笑いながら言った。

 

「お前が思っているようなセンチになっているのではない。ただ、この方が面白いと思っただけだ」

「……君がそう言うんならそうなんだろうね」

「そういうことだ。人はだれしも同じ考え方では生きてはいないってことは頭のどっかにでも入れておけ」

「そうか? ならお言葉に甘えるとしよう」

 

そう言いながらカリフが背を向けて歩くのを気になり、聞いてみる。

 

「もうお帰りかい?」

「あぁ、もうある程度は時間も経ったし、誰かは帰って来てるだろうってな」

「そうか。私としては君の話をもう少し聞いてみたかったんだけどね」

 

ゼノヴィアの一言にカリフは立ち止まる。

 

「君からは悪魔のような混じりっ気のない欲望でも天使さまのような愛とも取れない不思議な感じがした。もう少し話くらい聞けば分かったかもしれないからね」

「このオレがそう簡単に見透かされると? 片腹痛いな」

 

ゼノヴィアの言葉に不敵な笑みが浮かぶ。

 

それに対してゼノヴィアも悪戯そうな笑みで返す。

 

「とことん天の邪鬼だな君も。そうだ、この際だから自己紹介でもしようか」

「ゼノヴィアー! 妊婦さんはもう大丈夫……ってどうしたの二人で笑って?」

 

手を振って戻って来たイリナは疑問符を浮かべる。

 

「なに、遅れた自己紹介でもしようと思ってね。この子は悪魔ではないし、結構な手練だけどそう悪い奴ではないと思うんだ。だから今後のためにね」

「え~。だったら私も混ぜてよ」

 

そう言うと、二人は咳払いし、畏まった。

 

「私はゼノヴィア。知ってると思うが、エクソシストだ。よろしく」

「私は紫藤イリナよ。元は日本生まれだけど、今は現役のエクソシストだから。よろしくね」

 

好意的な二人に対してカリフは鼻を鳴らしながら笑みを崩さない。

 

「名乗られたからには逃げずに名乗ってやろう。オレは鬼畜カリフ。今はしがない一般人さ」

「エクソシスト二人を怯ませた君がしがないと?」

 

嫌みか謙遜かの二つに取れる回答にゼノヴィアがツッコむ。

 

それを無視してカリフは問う。

 

「そんなエクソシストが態々こんな街に来たのだから……何かやらかしたな?」

「……すまないがそこは今は聞かないでくれ。行き詰ったら君にも応援を頼めたら心強いと思っている」

 

そう言うと、カリフは少し考えてニンマリと笑う。

 

「ま、面白そうなら聞いてやらんことも無い。内容によるけどな」

「そうか。そう言ってもらえると助かるよ」

 

柔らかい笑顔で答えると、カリフは再び踵を返した。

 

「何か面白いことがあれば近くの駒王学園のオカルト研究部に来い。話はそれからだ」

 

そう言うと、彼は野次馬の中へと姿を消したのだった。

 

それを見送った二人は互いに顔を見合わせた。

 

「なんだか……よく分からない子だったわ」

「うん……ただ一つを除いてはね……」

「え? 何か分かったの?」

 

イリナの問いにゼノヴィアは何気なく感じたことだけを言った。

 

「彼は誰よりも純粋ということだよ。私たちのような主に尽くすわけでもなければ悪魔のように立場重視の考え方でもない。ただ、自分に忠実なだけだよ」

「へ~……て言うかよく分かるわね」

「私の頭は信仰心のように柔軟に対応できるんだよ」

「やっぱりあなたもどこかおかしいわよ」

「失礼な」

 

二人は空腹時よりは比較的おとなしい口論をしながらカリフとは反対側の道へと歩いて行く。

 

その時にゼノヴィアはカリフのことが気になっていた。

 

(あの少年……カリフだっけか)

 

この時、ゼノヴィアはある計画を頭の中で張り巡らせていた。

 

その思想が後にオカ研を震撼させるのも知らずに……



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月光校庭のエクスカリバー
シスターズ再び


「さて、シエスタっと……」

「部室を何だと思っているのかしら? あなたは」

 

礼の如く、カリフは退屈な授業を終えてオカルト研究室に来る。

 

欠伸するカリフにリアスは若干、イラっとして返す。

 

だが、そんな声は届かずにソファーの上で眠ろうとすると、リアスが改まってカリフに頼みごとをする。

 

ちなみに、部室にはリアスとカリフしかいない。

 

とは言っても、あらかじめに部活は休みといってあるのだから。

 

「ところでカリフ、一つお願いいいかしら?」

「なんだ? また結婚式潰せ? 焼き鳥滅殺? それともイッセーと人生の墓場へゴールイン?」

「なんて黒い思想を……違うわよ。今度、部員全員であなたの家でミーティングしたいから許可が欲しいのよ」

 

すると、カリフは苦い顔を浮かべる。

 

「騒がしいのは苦手だ。てか、お前はイッセーの家に引っ越したんだから引っ越し祝いって言ってやればいいだろ」

「これ以上は図々しくてあの家に申し訳ないもの」

「今更ですか?」

「どう言う意味かしら? よく分からなかったわね~?」

「頭に行く養分まで胸に吸収されているのか? 頭大丈夫か?」

「あはは。今、無性にこの後輩を殴りたい」

 

必死に怒りを抑えるリアスにカリフはソファーから起き上がる。

 

「まあ、対価を払えば入れてやらんことも無い」

「5ホールのケーキでどう? 味は各種揃えて」

「明日の昼に来い」

 

あっさりと懐柔されたカリフにリアスも拍子抜けする。

 

最近、カリフのツボが分かりかけてきた。

 

やっぱり学習することも力の一つだ、と実感できてきたリアスだった。

 

なにはともあれ、カリフの許可もいただいたことだし、リアスは言った。

 

「それじゃあ週末の昼にあなたの家へお邪魔するわ。部員にも後で私から報告しておくから」

 

こうして、鬼畜家でミーティングが行われることとなった。

 

 

 

そして、約束の週末が来た。

 

リアス一向はカリフの家の前にまで来ていた。

 

どこにでもあるような一軒家

 

全員の目から見ても感想はこの一言に尽きた。

 

「い、意外と普通なんですね……」

「イッセーさんはどんな家を想像してたんですか?……」

 

アーシアがツッコんでくるも、本人も相当意外だったのかマジマジと見ている。

 

「まあ、流石にそう思うのも無理ないよね。僕も思ってたから」

 

木場が爽やかに答えると、家の中から小猫が出てきた。

 

私服姿の可愛らしい小猫がお出迎えしてきた。

 

「よく来てくださいました。今日はゆっくりしていってください」

 

イッセーはマジマジとほっこり顔で見つめていた。

 

「カリフの奴、こんな可愛い子と朱乃さんとも一つ屋根の下で暮らしてやがるんだもんな~。羨ましいぜ」

「あら、イッセーはアーシアと私じゃ不満なのかしら?」

「イッセーさん……」

「そういうんじゃないよ! アーシアも部長と一緒に住めて幸せっすよ!」

 

力説するイッセーに二人は満足そうに笑みが浮かんでくる。

 

そんな中で木場がキョロキョロと見渡しながら小猫に聞く。

 

「朱乃さんとカリフくんは家にはいないのかな?」

「朱乃さんはおもてなしのお菓子をおばさまと作ってます。カリフくんは修業に行ってますけどすぐに帰ってくるようです」

「それでか……荒々しい雰囲気が感じられないから不思議に思ったけど、納得だね」

「ていうかおばさんって……まさかカリフのお母さんですか? ちょっと怖いような……」

「大丈夫よ。朱乃のこともあって面識はあるけど、良識が合ってとてもいい人よ」

 

緊張しまくってるイッセーと頷くアーシアに言い聞かせて宥めるリアス

 

こうして穏やかな生活は続いていた。

 

 

 

 

「ちなみに、イッセーの昔のアルバムでも見て楽しみましょ?」

「リアス部長! それはいい考えです!」

「何してんすか部長ぅ! アーシアも乗っかっちゃだめぇ!」

 

そして、イッセーの尻に敷かれる生活の始まりでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方でカリフは修業の一段落として朱乃に作ってもらったおにぎりを食っていた。

 

だが、そこでカリフは困惑していた。

 

「……何してんのお前?」

「……気が向いた。だから来た」

 

隣でカリフをジっと見上げるオーフィスがいた。

 

カリフにとっては最もとっつきにくい相手でありながら気配を微塵も感じさせない厄介な相手。

 

しかし、嫌いでもなければどうとも言えないカリフにとって複雑な心境にさせる相手だった。

 

「カリフに会いに来た。それ以外ない」

「なんて暇な奴だ」

「でも、我は会いたかった」

 

腰かけているカリフの膝の上にポスっと座ってきた。

 

オーフィスはカリフに向かい合って変わらず顔を眺めてくる。

 

(こいつ……体重がない? 軽すぎる)

「……我、カリフに聞きたい。そのためにも来た」

 

違うことを考えていたカリフにオーフィスが問いかけてきた。

 

「なんだ? あと邪魔だからどけ」

「ここがいい。我……聞きたい……カリフは静寂が嫌い?」

「静寂?」

 

カリフが初めて見るような真摯なオーフィスに首を傾げる。

 

そして話を聞く。

 

「最初見て思った、カリフは静寂をもたらす力を秘めてる……だから近付いた」

「……」

「だけどカリフといると我、ここがあったかくなる。とても気持ち良くなる」

 

オーフィスは自分の胸を指差す。

 

「だから、我と一緒に静寂の中に連れて行きたい。だけど、カリフはいつも騒がしい、楽しい?」

「今日はよく喋るんじゃねえか?」

 

カリフが率直な意見を述べる中、オーフィスは続けた。

 

「我、頼まれた。力を分けたら静寂をくれる、だから力与えた」

「は? 誰がんなことを」

「誰かは興味無かった、だから知らない。だけど、約束してくれた。その代わり、我、今までのようにカリフに会えなくなる」

 

ここでカリフはさらに疑問に思った。

 

今のオーフィスにはもちろん感情が見られない。

 

だが、神がかった観察眼を持つカリフにはオーフィスが後悔しているように思えた。

 

「我、カリフだけは特別。だから一緒に来てほしい。そうしたら我とずっと一緒」

 

服の裾を掴んでクイクイ引張って駄々をこねる無限の力を持つ幼児にカリフは嘆息する。

 

「なんでオレにこだわる。他の奴見繕って適当に生贄でもなんでも作れよ」

 

疲れた様子で言うカリフにオーフィスはジっと見つめてくる。

 

「カリフは人間、なのに我以上の力を秘める。我、何もすること無い。だから静寂欲しい」

「……」

「カリフは楽しそう。なんで楽しめる? だから興味持った」

 

つまりは同族愛に似たような物か……

 

そう思っていながらカリフは話した。

 

「別に、オレは目標に向かっているだけだ」

「目標?」

「あぁ、追い越したい奴が二人いる。そのためだ」

 

カリフはどこまでも続く青空を眺めると、オーフィスも一緒に眺める。

 

「? 我よりも強い?」

「オレの力と同等くらいってんならお前よりも遥かに強い。だけど、オレはそいつ等以上に強くなりたい」

 

拳を握るカリフをオーフィスはただ見つめるだけ。

 

そんなオーフィスに気付いてカリフは自分の拳を引っ込めた。

 

「はぁ……何を話してるんだかな」

「でも、二つだけ分かった」

 

オーフィスは二本の指を立てる。

 

「カリフは自由、そして、我はカリフをまだ理解できないこと」

「そう簡単にオレを理解しようなんざ無駄無駄……覇を握る物はいつだって凡人とは違うのさ」

 

自画自賛のカリフの上から降りてオーフィスは服を払う。

 

「また来る。我、帰らないと周りうるさい」

「もう勝手にしろ。邪魔さえしなければお前の人生でも全うするんだな」

「そうする、我、カリフと一緒にいたい、知りたい。会いたいからまた来る」

「またそれか、今度は修業……っていねえ……」

 

空を見上げてから首を下ろしたのにもういなかった。

 

どこまでも掴みどころのない相手に戦慄ではなく奔放さに対しての尊敬というか同調の念まで湧いてくる。

 

「……帰るか」

 

時間からしてリアスたちも来て菓子を振る舞っていることだろう。

 

さんさんと照り輝く太陽を見つめて呟いた。

 

 

 

 

 

それからあっという間に我が家に帰ってきたカリフは少し表情を強張らせた。

 

帰ってみれば、朱乃と小猫のいつもの面子しかいなかった。

 

しかし、予定の時間からあまり時間も経っていないはず……

 

「なんだ? 今日は来てなかったのか?」

「いえ、家に来ておもてなししたまではよかったのですが……」

「?」

 

朱乃の物言いに要領を得ない。

 

一度来ていたのなら何故……そう思っていた時だった。

 

ソファーに座っていた小猫が答えてくれた。

 

「祐斗先輩が……突然……」

 

言葉から察するに木場が何かしたようだな……

 

「珍しいこともあるもんだ」

 

そう言いながらも、小猫の方を見ると、悲しそうな表情で俯いていた。

 

カリフは溜息を吐き、朱乃に向かい合う。

 

「朱乃よう……祐斗に何かあったか?」

「……まだ何とも……」

 

ただ、苦い顔しながら答えようとしない朱乃に少し疑問を持つ。

 

「……そうか」

 

だが、ここは素直に退く。

 

ここで探ってもどうしようもないことくらいは分かっていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの祐斗の様子はおかしかった。

 

学校ではいつも上の空でボーっとしているらしい。

 

その姿が女子の間では物思いにふける王子と囁かれ、人気に火を付けているらしい。

 

そして、ここに来てカリフの学園生活にも変化していた。

 

「あの……ちょっといいかな?」

「?」

 

相も変わらず場違いな番長スタイルのカリフに数人の女子が遠慮がちに話しかけてきた。

 

カリフは帽子の切れ目の間から鋭い眼光を投げて怯ませる。

 

「え、えっと……カリフくんにお願い……だめかな?」

「なぜオレに?」

「あの、カリフくんって格闘技やってるって小猫さんから……」

「まあ、一応」

 

面倒くさいので返しだけは適当にしていると、女子たちは頭を下げてきた。

 

「あの! 次の体育前の着替えの時なんですけど……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

今、俺たちの目の前には楽園が広がっている。

 

松田と元浜の誘いで今は女子更衣室のロッカーの中に潜んでいる。

 

一年、つまりは小猫ちゃんと大勢の後輩の芸術を拝めるということだ。

 

「想像するだけで待ち遠しいぜ」

「おうとも、神々しいパンツにブラジャーの共演……まるで神と女神のワルツ……」

 

神は俺たち悪魔の敵だけど、今回はその神様にも感謝だな!

 

「さあ、そろそろ来るぞ! 公演中は静かにしてろよ!」

「分かってるとも、マナーは最低限のルールであり、礼儀だ」

「パンツを軽んじる物はパンツに泣く……それも真理だ」

 

なんて熱き仲間たち!

 

「俺の刻んだ言葉がある。『欲望は未来を創る』と」

「「いい言葉だ」」

 

とはいってもカリフからの受け売りだけどな。

 

こういう時に使い勝手がいい言葉だぜ。

 

「おい、来たぞ」

 

松田の声と共にロッカーの隙間から俺たちは食い入るように……あれ?

 

なんだか後輩&sがまるでモーゼの十戒みたいに並んでいる?

 

あれ? なんで小猫ちゃんまで……

 

て言うか……合掌?

 

ますます分からない……小猫ちゃんなら問答無用で殴りかかって来るかと思ったんだけど……

 

「なんだあれ?」

「まさか……バレたとでも……」

「いや、でもこの反応は……」

 

俺たちが不審に思っていた時だった。

 

「ほう……そこにいるのか? 松田と元浜とやらは……」

 

突如、底冷えするような声に俺は嫌な予感しかしなかった。

 

「いつぞやか知らんが……随分とやってくれたみたいだねぇ?」

 

俺たちは冷や汗を流しながら動けなくなっていた。

 

完全なる死亡フラグが今ここに建築されてしまった。

 

「おい松田、元浜……あいつ、お前らに用があるようだけど?」

「「……」」

「……なんかしたんだな?」

 

なんて命知らずなことを……俺は内心でこのアホ二人に呪詛を唱えていると、二人は口を開いた。

 

「……あまりある体力を全て喧嘩につぎ込んできた番長はこの学園きってのお姉さまである姫島先輩の弱みを握り、強引に共同生活を強いる。同じ手口で学園のアイドルである塔上小猫ちゃんさえも野獣の巣窟へ放り込んだ」

「抵抗しても圧倒的な力にひれ伏され、『もう……許して……』『いや……もう止め……』と懇願する二人に執拗に続く蹂躙。燃え上がる性欲で成熟し切った花弁を散らし、成長しきっていない果実を貪る―――と言うウワサを……」

「……流したんだな?」

 

成程……こいつ等の運命は決まった。

 

来世で会う時も友達でいような。

 

「頼むイッセー……先輩として番長を止めてくれ!」

「ただ魔がさしただけなんだよ! だって木場に並ぶほどのモテっぷりだぞ!?」

 

くっ! 悔しいが二人の気持ちは分かる。

 

前までは常軌を逸した格好と雰囲気に女子はおろか男子さえも近付かせなかったカリフは最近になって女子から人気が出始めた。

 

木場とは違う『男気』の強さとワイルドさが女子からはウケがいいらしい。

 

あいつ、この前も俺の目の前で三年生からラブレター貰ってたのを見た時は発狂しそうになった。

 

「無駄だよ。カリフは決心したら最後までやり遂げる男であり、筋も通す奴だ。この前だって告白してきた先輩に『異性としては光栄だが、あんたのその感情は別の誰かに授けるといい。オレはまだ女を作るなど考えられないからこの手紙は読まない。開けない。手紙を開き、あんたの気持ちを見たらオレはあんたを裏切れなくなるから……』ってラブレターを封も開けずに本人に返すくらいだからな」

「なんて贅沢な奴だ! 死ね!」

「死ね!」

「ほ~う? どうやら本気で死にたいようだな……ちょっと理科室から硫酸を持ってきてくれ」

「あ、はい!」

「ごめんなさい! 嘘です! 今のはただのお茶目なんです!」

「この法治国家でそんなことしてはいけません! 命はもっと大事にしましょう!」

 

松田と元浜は外での会話に先輩としての見栄を捨てて後輩に泣きついている。

 

バカだなこいつら……

 

とりあえず俺はあいつには何もしてないし、今なら小猫ちゃんを含めた女子からの袋叩きで済むと思うから速めに出よう。

 

カリフからのエンドレスリンチはこいつ等だけで充分!

 

「松田、元浜……頑張れよ!」

「「おいこら待て!」」

 

俺は脱兎の如くロッカーを出ようとした時だった。

 

二人が俺を逃がさんと掴まってきた。

 

「おいこら離せ! 俺はまだ死にたくは無い! 死ぬなら二人で仲良く逝きやがれ!」

「そう言うな同志よ! 死ぬときは皆一緒だって誓いあったじゃないか!」

「お前にとっての友達ってのはこの程度の物なのか!?」

 

好き勝手言いやがるアホどもめ……そろそろここらで真実を話そう。

 

「お前等は俺にとって友と書いて“生贄”と書く。しからばごめん!」

「そうはいかずんば!」

「俺たちと旅立とうじゃないか~!」

 

鬱陶しい離れろ! このままだと俺までもが……!

 

「さっきからコソコソと何を話してるんだぁ?」

 

手遅れでした~……既にカリフがロッカーをホールドしたのかメキメキと音を立ててロッカーが潰されていく!

 

「ちょっと待て! 俺だけの無罪を宣言する! 全ての元凶はこの二人だから俺だけは助けてくれ!」

「ふざけんな! 俺たちを見捨てる気か!? 裏切り者!!」

「考えなしにライオンにちょっかい出したと思って成仏でも勝手にしてくれ!」

「納得できん!」

「このまま逃がす気は無い……全力でやってやろう」

 

やらなくていい! やらなくていいからまずは落ちついてくれ!

 

ていうか段々と壁が迫って来てマジでやばいんですけど!?

 

「今すぐ開けてくれ! これはマジシャレにゲホッ! なんだ……この煙……!」

「慌てるなイッセー! これはただのゴキジェットの煙だ! 現在進行形で番長がかけてるだけだ!」

「嫌だー! こんな所でムサイ奴等と死にたくないから! 優しい先輩からのお願いーー!」

 

イッセーの訴えも空しくひしゃげてドアの変形した開かずのロッカーを揺らす程度だった。

 

そんな様子に周りの女子たちも少し気の毒に思う。

 

「ねえ、流石にやりすぎじゃあ……」

「うん、もう……ねぇ?」

 

カリフにお願いする女子たちに対し、カリフは空になったゴキジェットを捨てて言い放った。

 

「法治国家って面倒だな、全く」

「えっと、冗談……だよね?」

「あ、硫酸はまだかな?」

「冗談だよね!?」

 

真顔で不吉なことを言ってくるカリフに戦慄する女子たち

 

「……やり過ぎ」

 

小猫は溜息を洩らしながら呟くのだった。

 

 

 

「……」

「イ、イッセーさん……」

「イッセー?」

「はっ! あれ? どうかしました?」

 

明らかに意識が飛んでいた様子のイッセーにリアスたちは心配する。

 

「あらあら、気分が優れませんの?」

 

朱乃が紅茶を差し出しながら気遣ってくれる。

 

「ありがとうございます。ただ、殺虫剤吸わされてから時々意識が飛びそうなんですよね……俺、悪魔だったから気絶で済んだけど悪友二人がお亡くなりに……」

 

言いながら目の前のソファーで眠るカリフを半目で睨んでいると、その瞬間に小猫が注意する。

 

「……イッセー先輩、危ないです」

「へ?」

 

その直後だった。

 

カリフは眠りながらにして机にのせていた足を勢いよくイッセーに振るった。

 

飲んだ紅茶のティーカップがイッセーの眼前で綺麗に空間ごと削り取られた。

 

「……」

 

一発で終わったものの、その凄まじさは充分に伝わってきた。

 

イッセーは取っ手しかなくなったカップを冷や汗を出しながら見つめた。

 

切り取られたように抉れたカップは宙に舞って地面に落ちて割れる。

 

「あらあら……」

 

朱乃が苦笑しながら呟くと、続いて小猫が羊羹を食べながら補足をした。

 

「カリフくんは敵意に敏感ですから、寝ている時は体が勝手に動くそうです」

「そういうことは早めに言おうよ小猫ちゃん!」

「私も最近知りました」

「な、なんて難易度の高い後輩なんだ……」

 

依然として眠りこけるカリフにイッセーは不安を覚えたが、すぐに別のことに頭を切り替える。

 

最近は悪魔関連で色々とあった。

 

カリフがバイトの最中に生徒会の面々の悪魔勢と出会い、匙とか言う奴と出会って喧嘩したりもした。

 

事の発端は俺たちオカルト研究部で学園の球技大会に出た時だった。

 

皆はノリノリで相手を蹴散らしていたのだが、木場だけが集中できておらずにずっと上の空だった。

 

その結果、部長にも怒られ、木場はその日以来部活には来ていない。

 

「復讐……か……」

 

そして思い出した。

 

木場は昔、教会で聖剣の実験のために毎日地獄を見たらしい。

 

消えていく仲間たち、励まし合った友たちも最後には殺処分された。

 

その中を脱走したのが木場であり、結局死んでしまった。しかし、そこで部長と出会って悪魔に転生してもらったとのことである。

 

正直、俺じゃああいつの苦しみは理解できそうにねえな……

 

そんなことを思っていると、アーシアが心配そうに呟いた。

 

「でも……復讐なんてしても死んでいった人たちは喜ぶんでしょうか……たとえ聖剣を破壊しても死んでしまった人たちは……」

「でも、それが祐斗と交わした契約でもあるの。聖剣への復讐心があったからこそあの子は私に付いてきただけなのよ……思い返すと、あの子の苦しみに付け込んで従わせている私もロクな物じゃないわね……」

 

部長……そんなに自分を卑下しないでくださいよ……

 

だけど、部長は眷族を大事にするからこそ木場を見守ることしかできない自分に苛立ってるのは俺でも分かる。

 

アーシアも俯いて木場を心配していた。

 

「主は仰ってました……たとえどんなことがあっても人を愛せと。だから私、復讐なんて……」

「そんなことが簡単にできるのか?」

 

そこで寝ていたカリフが目を擦って目覚めた。

 

どうやら俺たちの会話で起きたっぽいな。

 

「復讐……世間ではなぜマイナスに取られるのかがオレにはイマイチ良く分からん。何故だ?」

「それは、えと……そんなことをしても恨みを買うだけですし、なにより死んだ人はもう戻ってこないから意味が無いと……」

「なんだそれは?」

 

アーシアの持論を一蹴したよこの子! ああもう、アーシアも困ってるじゃないか!

 

そんなことはお構いなしにカリフは事も無く続けた。

 

「一見温厚そうに見えた奴にもそれほどの気概があったことは喜ばしい。復讐は無意味? そんなことを復讐を誓ったあいつに言えるか?」

「うぅ……できそうにありません」

「だろ? たしかに復讐は新たな恨みも買えば死んだ奴も生き返ることは無い。だが、オレにとっては決して無意味じゃない。決して無意味じゃない」

 

アーシアが首を傾げると依然としてソファーに座ったまま続ける。

 

「オレなら想っていた奴を忘れて生きていくことは絶対にできないし有り得ない。オレから言わしてもらえば、復讐とは過去との決着だ」

 

決着……か。まあ確かに俺も部長やアーシア、他の皆が殺されたらそうするかもしれないしな。

 

大事なことほど忘れられないもんな。

 

「それじゃあ祐斗くんのことは放っておくんですの? それはあまりに……」

「それこそ奴自身が決めることだ。独りでケリつけるか、お前たちとケリを付けるかは奴自身が決めることだ」

 

心配そうに尋ねる朱乃さんにカリフは意外にも木場を尊重した提案を掲げた。

 

「今はそれしか無い……か」

 

俺は小さく呟いていると、部長は深刻な面持ちで告げた。

 

「実はね……貴方たちに話しておくことがあるの。イッセー、昨日貴方の家に聖剣使いが来てたって言ってたわよね?」

「あ……はい」

「?」

 

何やら自分の知らない所で話が進んでいるって顔だな。

 

ていうかカリフ、お前は球技大会もバイトで休んでてて最近オカ研にあまり顔出してないからだろ。

 

そんな感じでいると、部長から重い口を開けた。

 

「実は今朝方、二人の聖剣使いが私たちと交渉がしたいそうよ?」

「は!? 聖剣使いって……教会の!?」

 

え!? なんでそんな奴らが悪魔の俺たちに!?

 

「しかも、どこかで聞いたのかは分からないけど祐斗ももうじき来るわ」

「ちょっと待って下さい! 木場が来るんですか!? つかもうじきって……!」

「えぇ、もうすぐここに来るのよ」

 

あまりに進み過ぎた展開に俺たちはただ驚愕し、不安を感じるのだった。

 

 

 

 

それから数分もしない内に木場がやってきたが、俺たちには目もくれずに鋭い眼光のまま座りこんだままだった。

 

部長を含めた皆もそんな木場には何も言えなかった。

 

だが、そんな暇も無く、すぐに例の二人組がやってきた。

 

一人は目つきの悪い青い髪に緑のメッシュを施した女性と俺の昔の幼馴染、紫藤イリナがやってきた。

 

そして、あからさまに腰に携えている剣から嫌な感じがする。

 

以前に部長から教えられた悪魔を滅する剣、そして木場の人生を狂わせた元凶……か

 

「お初にかかるね。私はゼノヴィア。こっちは紫藤イリナだ」

「初めまして。悪魔の皆さん」

 

淡々と進めるゼノヴィアと名乗る女性に対してイリナは笑顔で頭を下げる。

 

それに対し、木場は敵意を丸出しにして睨みつける。

 

そりゃあ信徒が嫌いって言ってたっけな。現役の信徒に対する感情は俺には分からないんだろうなぁ……

 

そんなことを思っていると、ゼノヴィアは今度はカリフの方へ向いてフっと優しく微笑んだ。

 

「やあ、来たよ」

「ふん」

 

素っ気ないカリフの態度も気にしていない様子の二人だった。

 

と言うかこの二人と知り合いだったのか!?

 

「あらあら、これはどういうことかしら?」

「……説明求む」

「やだよメンドイ」

 

朱乃さんと小猫ちゃんの追及も一蹴する相変わらずの後輩

 

そんな中でゼノヴィアは再び無表情に戻った。

 

「それじゃあ本題に入ろうか」

 

また何か起こらなきゃいいけど……多分無理なんだろうなぁ……



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悪魔と聖剣の激突

これでストック分の投稿は終わりです! これからは新鮮な話を投稿していくのでお楽しみに!


駒王学園の旧校舎の一室

 

そこだけが青春をしているような放課後の部活風景が広がっていると言えば決してそうではない。

 

俺、兵藤一誠の前の教会関係者の醸し出す敵意と警戒心のせいかな?

 

うん、すごくいづれえ……

 

「先日、カトリック教会本部及び、プロテスタント側、正教会側に管理、保管されていた聖剣エクスカリバーが奪われました」

 

そんな重い空気の中で紫藤イリナ、俺の幼馴染が口を開いた。

 

カトリック、プロテスタント、正教会のエクスカリバーって……聖剣って一つだけじゃないのか?

 

そんな中、部長が俺の心を読んだかのように答えてくれた。

 

「聖剣エクスカリバーは現存してないのよ」

 

その言葉を聞くとカリフがあからさまに反応した。

 

「そう言えば聞いたことあったっけな……先の大戦で大破、その破片がいくつかの剣として生まれ変わったのが今の聖剣……だとか」

「そう。そしてこれがその聖剣だよ」

 

ゼノヴィアがテーブルの上に巻いていた布を取って見せてきた。

 

「!!」

 

見ただけで分かった。

 

畏怖、恐怖などが俺の中を駆け巡った。

 

ヤバイ……これはヤバ過ぎる。

 

悪魔歴の少ない俺でさえも目の前の剣の恐怖くらいは分かる。

 

「ほう、中々の業物だ。これが元の一本に戻った剣も見たかったのだが、これはこれで……」

 

俺の恐怖もお構いなしにカリフは目の前の聖剣を手にとってマジマジと見つめる。

 

それに対してゼノヴィアは軽く注意する。

 

「気を付けてくれ。その破壊の聖剣(エクスカリバー・デストラクション)は破壊力もダントツだから素手でなんて……」

「知ってるよ」

 

尚もお構いなしにカリフは色々と弄んで観察した後、テーブルに戻す。

 

「通りでこの威圧があまり感じられないと思ったら……その布の効果のようだな。それらしい呪印もあるし」

「話が速くて助かるよ。この際だから単刀直入に言うよ。私たちの注文は二つ、今回の件に関わらないこと……そして……」

 

ゼノヴィアたちはカリフを見つめた。

 

「そちらの人間の身柄を私たち教会側に預けてもらいたい」

「「「「「「!?」」」」」」

 

その要求は部長を含めた全員を驚愕させるのに充分だった。

 

部長は比較的に静かに返していた。

 

「……前者の要求は私たち悪魔との牽制なのは分かるわ……だけど後者はどういうつもりかしら?」

 

部長は静かだが、すっげえ怒ってるのが分かるぜ!

 

そりゃあ今じゃあカリフも俺たちの中ではいなくちゃならないような存在にもなってるもんな。そんな奴を急に教会側にやるなんて俺だって納得できねえよ!

 

俺だって心中は穏やかじゃねえ。

 

「前者はその認識でいいとして、後者の方だが……正直、カリフは君たち悪魔のような欲望の権化の中に置いておくのは信徒として見捨て難い」

「どういうことだよ」

 

強めに返したのだが、イリナが淡々と答える。

 

「その子は今の教会に必要な素直で正直な心の持ち主なの。だけどその子の純粋さが悪魔側に流されたらそれこそ後戻りはできないの」

「それに、昨日一目見てまさかとは思ったが、『魔女』アーシア・アルジェントまでいるようだね」

 

ゼノヴィアの一言にアーシアは体を震わせた。

 

魔女、それはアーシアにとって辛い思い出しかない言葉だ。

 

「あなたが一時期噂になっていた『魔女』になった元『聖女』さん? 悪魔や堕天使をも癒す能力を持っていると……追放され、どこかに流れたと聞いていたけど、悪魔になっていたなんて思わなかったわ」

「……」

 

アーシアは複雑そうな表情を浮かべる。

 

「そんな『魔女』と一緒にいるなんて悪影響を加速させるようなものだ。その子は未だに神を信じている様子だしね」

「悪魔になった彼女が主を信仰なんてしてるわけないでしょ」

 

呆れるイリナだが、ゼノヴィアは当然のように言う。

 

「いや、この子からは微かに信仰の匂いがする。こういうのには敏感でね、背徳心や罪の意識が感じられる」

「アーシアさん、貴女は悪魔になった今でも主を信じているの?」

「……捨てきれないだけです。今まで信じてきたのですから」

「そうか……なら」

 

ゼノヴィアは聖剣の切っ先をアーシアに向けた。

 

「今すぐ斬られるといい。我等が神ならたとえ罪深くとも深き懐に迎え入れてくれるはずだ」

 

―――っ!

 

その瞬間、俺の中でゼノヴィアに対する激しい怒りが湧いたのを感じた。

 

そして、アーシアの前に立って思いのままに言った。

 

「触るな」

 

ただそれだけ言ってゼノヴィアと対峙する。

 

向けられた聖剣からの威圧は消えないが、俺の中の怒りが逃げることを拒んでいる。

 

俺たちは睨み合いながらしばらく対峙していると、あちらが聖剣を下ろした。

 

「心配せずとも私たちは問題を起こしに来たわけではない。ましてや魔王の妹の眷族を滅して戦争になるなんて望んではいないよ」

「じゃあなんでアーシアのことを引き合いにだしたんだよ!」

 

もしこれで何の理由も無くアーシアの辛い過去を引きずり出して悲しませ、怖い思いをさせたのに理由も無かったら間違いなく俺はブチ切れただろう。

 

ゼノヴィアは聖剣をしまいながら言う。

 

「かつては神に忠誠を誓った少女のなれの果て……そんなのは正直、カリフの悪影響になると思ってね。もちろん、そこは本人の意志を尊重するよ」

 

その言葉に俺を含めた全員の視線はソファーで寝転がっているカリフに向けられ、それに気付いたカリフは寝転がりながら言った。

 

「そうだな……貴様等の勧誘云々はどうでもいいが、聖剣のことについてはある条件をクリアしたら話しに乗ってやる」

「カリフ!? あなた……!」

 

部長は思わず疑問のあまり叫ぶが、人差し指を立てて有無なく黙らされた。

 

「条件は一つ! そこの『騎士』である祐斗と『兵士』のイッセーに二人が勝てば乗ってやろう」

「はぁ!?」

 

突然の人任せに俺はおろか部長たちも含めて驚いた。

 

いや、だってこいつが自分のことを人任せにするなんて……

 

「じゃ、今すぐ準備するぞ」

「ちょっ! 待てよ! なんで自分でやらねえんだよ!」

「たまには流されるままってのも楽でいい。俺個人としては今はどう転んでも変わらん」

 

カリフは勢い良く上半身だけの力でソファーから跳び上がって着地する。

 

「この件、よく見極めてから判断したい」

「だ、だからと言って……」

 

自分たちの行動がもしかしたらカリフの今後に影響するかもしれない。

 

そう思うとなんだかプレッシャーのかかることだが、この中で一人だけ反応は違っていた。

 

「いいんじゃないかな? それで」

 

突然、いつものような笑みでありながらも冷たい威圧を発する木場が立ち上がった。

 

そんな木場にゼノヴィアが反応した。

 

「誰だ君は?」

「君の先輩……とでも言えばいいかな? 失敗作らしいけどね」

 

その瞬間、木場は部室に無数の魔剣を咲かせたのだった。

 

 

 

 

しばらく後に俺と木場はこの前の野球の練習した広場に着いた。

 

何故か俺と木場はゼノヴィアとイリナと相対している。

 

さっき、木場の一触即発ムードに俺たちがなんとか対処しようとしていた時だった。

 

ゼノヴィアが俺たちの力を試したい、などと言ったためこうなった。

 

二人は白いローブを脱いだ。

 

特にゼノヴィアの方のボンテージ姿には少しそそられる物があるな……うん。

 

「イッセー、殺し合いではないとはいえ聖剣には充分に気を付けなさい」

「は、はい!」

 

そうなんだよなぁ……さっきビデオで聖剣に斬られた悪魔の末路を見せられたばっかりだった……

 

だけど、あれよりも濃い恐怖を後輩から浴びせられているのか、いつも通りの調子で戦えそうだ。

 

これってどうよ? 言いかえれば毎日後輩から命狙われてんだぜ?

 

「イッセーくん」

 

少し自分に不安を覚えていると、そこへイリナが声をかけてきた。

 

……なんだか悲哀の眼差しで見ているのだが……

 

「イリナ……でいいかな? やっぱ戦わなきゃだめかな?」

 

正直、昔のこともあるし、可愛くなったイリナとは戦いたくないんだけどなぁ……

 

だが、そんな心情もお構いなしに急に涙を一筋流し始めた。

 

「可哀そうなイッセーくん。なんて運命のイタズラ! 聖剣の適正があってイギリスに渡り、晴れて主のお役に立てる代行者になれたと思ったのに! ああ、これも試練なんだわ! 久しぶりに帰ってきた故郷の地! 懐かしのお友達が悪魔になっていた過酷な運命! それでもこれを乗り越えなければ真の信仰には至れないのね! さあ、イッセーくん! 私がこのエクスカリバーで裁いてあげる!」

「なんか難易度高くなってない!?」

 

やべぇ! 昔はこんなにも常軌を逸していなかったのに!

 

マジで時間の流れって残酷だよ!

 

俺は世知辛い世の中を変わり果て、危なくなった幼馴染を通して痛感させられたのだった。

 

 

二体二の勝負を観戦しているリアスたちやカリフは席に座って観戦している。

 

そんな中で小猫がカリフに疑問を投げつけた。

 

「……なんで戦わせたの?」

「暇だったからな。偶には見てるだけってのも悪くねえだろ?」

「……本当?」

「冗談だ」

 

あっさりとはぐらかしたのを認めたカリフに一同が溜息を洩らしていると、カリフは楽しそうに足を組んだ。

 

「見てみろ。祐斗のあの怨恨と切望が浮かぶ表情……あのやる気だけ見ても奴はこれから先伸びるのが手に取るように分かる」

「……あんな祐斗くんの表情は初めてですわ」

 

朱乃でさえも戦慄するような冷たい笑みに冷や汗をかかされる。

 

「これは分岐だ。この時期、奴の進化が試される。上手くいけば強くなり、間違えた進化なら破滅だけだ」

「あなた……それを見極めるために?」

「それもあるが、今の奴等には足りない所がある。それをこの戦いで知ってもらう」

 

カリフは鼻を鳴らして言った。

 

「目的の前で敗北を喫する……その後に残る屈辱が必要なのだ……」

 

カリフの言葉に全員が生唾を飲み込んだのだった。

 

 

「剥ぎ取りゴメン!」

「卑猥な!」

 

現在、イッセーはイリナと組み合っている最中だが、ほぼ動きは互角とも言えるほどだった。

 

イリナのエクスカリバーを避けながらイッセーはドレスブレイクを使おうとする。

 

しかし、イリナも嫌な予感を感じたのか必死に避けていた。

 

「なんなのそれ!? なんだか卑猥な予感がするんだけど!」

「おっぱい見せてください!」

「あぁ、主よ! このエロ悪魔を断ずる力をお貸しください! アーメン」

「こっちだって少ない魔力の才能を全てつぎ込んだんだ! 見ただけで相手の服を脱がすのが俺の理想形だぁぁ!」

「なんて性欲の持ち主なの!?」

「性欲は力だ! 正義なんだよぉぉぉ!!」

「主よ! この罪深き変態をお許しにならないでください!」

 

アホなことを口走りながら両者は常人には目で追いきれないほどのスピードで交戦している。

 

「……極東の神滅具のブーステッド・ギアに魅入られし現赤龍帝……随分と悪魔らしいね」

「ごめん」

「聞こえてるぞ木場ぁ! おめえは謝んなくていいんだよぉぉぉ!!」

 

ガチで謝る木場に突っ込みを入れるも、すぐに気を取り直す。

 

「気を取り直して行くぞ! 燃え尽きて凍れ! 『炎熱剣(フレア・ブランド)』! 『氷空剣(フリーズ・ミスト)』!」

 

炎渦巻く魔剣と冷気と氷霧を帯びる魔剣が木場の両手に現れ、ゼノヴィアに斬りかかる。

 

『騎士』の特性のスピードを駆使して四方から斬りかかってもゼノヴィアは最小限の動きだけで避けていく。

 

「なるほど、流石は『ソード・バース』の使い手だ。これなら並の相手なら何もできずに嬲り殺される所だが……」

 

ゼノヴィアはまるで予知していたかのようにエクスカリバーを振るって木場の魔剣を破壊した。

 

「っ!」

「怒りで動きが単調、故にどんなに目で追えなくても予想くらいできる」

 

そしてゼノヴィアが木場にエクスカリバーを振り上げた。

 

「しまっ!」

「もう少し冷静になってから向かってきなよ。『先輩』」

 

冷たい言葉の次に聞こえたのはエクスカリバーが木場ごと地面をたたき割った轟音だった。

 

 

 

「うおおぉぉぉぉ!」

「くっ! 速い!」

 

現在、イッセーは土埃にも目をくれずにイリナと接戦を繰り広げている。

 

「木場くんだっけ!? 友達がやられたのに随分と冷静ね!」

 

イリナの精神動揺を図る挑発もイッセーには無意味だった。

 

「へっ! 木場があれしきで倒れるタマじゃねえよ! あんなのよりもこええ奴とガチでやりあっている俺たちグレモリー眷族は伊達じゃねえんだよぉ!」

 

イッセーのアッパーはイリナの顎をかすめ、イッセーから距離を置く。

 

「ていうかブーステッド・ギアも使わないでなんて身体能力なの!? タフネスも並じゃないわ!?」

「今まで鬼後輩とドラゴンの地獄を味わってきた俺は強いぞぉぉぉ!」

「なにそれ怖い!」

『相棒……なんかすまん』

 

中からドライグが半狂気味のイッセーへ謝罪したような声がしたが、イッセーの頭の中には最早今までの命の危機とエロが混ざった極限状態の精神が蠢くだけだった。

 

「もう、何も怖くない!」

「しまっ!」

 

イリナが遂にイッセーに追いつかれ、驚愕する。

 

「もらったー! ドレス・ブレイクぅぅぅ!」

 

チャンスとみたイッセーは手に魔力を溜めてイリナに迫る。

 

最早このスピードは誰にも止められまい!

 

そう思っていた時だった。

 

「はっ!」

 

イリナが突然、剣を遠くへ伸ばして地面に突き刺し、そのまま元に戻す。

 

イリナも一緒に剣に引き寄せられるように移動した。

 

ってんなのありか!?

 

「はっ!? なんだそれ!?」

「これが私の『擬態の聖剣』(エクスカリバー・ミミック)の能力、形も変えることができれば長さも変えることができるの」

 

聖剣にも色んな種類があるとは言ってたけど、こんな使い方もあるのか!

 

こりゃ勝つのも至難だぜ!

 

 

 

 

 

ここからは俺の覚えていることを話そう。

 

この直後、俺はとんでもないことをしでかすことに気付いた。

 

最後のチャンスに全力を込めて繰り出したばかりのスピードはもう自分でも止められない。

 

故に、俺は勢い良く突っ込んでいった。

 

「イッセー!?」

「イッセーさん!」

 

部長たちのいる所へ勢い良く……

 

「え、あ!? どわぁ!」

 

そのまま部長たちに衝突してしまった。

 

たちまち勢い良く砂煙が上がる中、痛む体の悲鳴を我慢して俺は立ち上がろうとした。

 

「いてて……」

 

俺はその時、力を入れたせいで気付いた。

 

 

 

ムニュっと柔らかい物を掴んでいたことに。

 

「?」

 

これがなんだか砂煙のせいで見えない。

 

だけど、比較的速く砂煙が晴れていくと周りから信じられないと言った声が上がっていった。

 

「イ、イッセー……今すぐそこを離れなさい……」

「はわわわ……」

「あらあら……これは……」

 

なんだか部長、アーシア、朱乃さんが俺から遠ざかりながら忠告している。

 

え? なんだなんだ?

 

そんなこと思っていると、砂煙はようやく晴れて俺の握っている者が露わとなった。

 

 

 

 

 

なんとも柔らかい二つの……カリフのゴールデン玉が……

 

「へ?」

「イッセー先輩、骨は拾います」

 

ようやく見えてきた小猫ちゃんが合掌する姿と一緒に視界に捉えた。

 

「……ほほ~う」

 

なんともいい笑顔で血管を浮かべたカリフの姿

 

その瞬間、俺の視界が暗くなり、同時に頭をしめつけられえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!

 

「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!」

「そんなにも飢えていたのか? 男の玉にまで欲情するほどに……あぁ?」

「ちょっとちょっと待ってえぇぇぇぇぇ! 潰れる! 味噌がはみ出るうぅぅぅ!」

 

カリフの五指がどんどん頭の中に食い込み、頭蓋骨が悲鳴を上げる!

 

ま、不味い! ここで弁明を!

 

「とりあえず落ち着いてくれ! お前のキ○タマは確かに握ってしまったのは謝る! だって未だになんだかホカホカしてるんですもの! だけどそれはわざとじゃない! 俺だって男のになんて興味ねえし、握りたくも無かったんだけど事故って握っちまったんだよおぉぉぉぉ! もういやだあぁぁぁ! 普通ここで部長のおっぱいとかラッキースケベがいいよおぉぉぉ! うわあぁぁぁぁぁん! 部長うぅぅぅぅ!」

 

途中から懺悔から後悔と世の不条理さに涙を流すが、それもだめだった。

 

「とりあえず、一発いくぞ」

 

そう言いながら殴るの止めてよ……

 

強烈な痛みに俺の意識は涙と共にブラックアウトしたのだった。

 

 

 

 

筋肉の浮かぶ逞しい極太の腕

 

その剛腕がイッセーの顔面に勢い良く突き刺さった瞬間、イッセーの身体がミサイルのように勢い良くイリナの元へ向かって行った。

 

「きゃあ!」

 

咄嗟に避けると、イッセーの体は成すすべなく地面に鋭角に突き刺さる。

 

あまりにもシュールすぎる絵がここにでき上がった。

 

「イッセー!?」

「うえ~ん! イッセーさん!」

 

リアスとアーシアは慌ててイッセーの元へと駆けつける横で、カリフは拳をポキポキ鳴らしながらゼノヴィアたちに近付いて行った。

 

「惨敗に次ぐ惨敗か……情けないにもほどがある」

「いや、赤龍帝は君が……」

「なにか?」

「……いや、なんでも……」

 

有無を言わせないカリフにゼノヴィアたちもこれ以上は止めた。

 

自分たちまで被害は被りたくないのだから。

 

「それじゃあ約束だ。エクスカリバーの件は少し手を出してやる。寝床もある程度は提供してやろう」

「あ、あぁ……今更だけどなんだか悪いね……」

「気にするな。オレは宗教に入る気はないから。借り作って何も言わせないようにするのもある」

「なんて黒いのかしら! もっと清らかに生きましょう! ほら、一緒にせーの……」

「バルス」

「ぐぎゃああぁぁぁぁぁ!」

 

いい加減五月蠅くなってきたカリフはイリナに目潰しを喰らわせる。

 

喰らった側は痛そうに両目を押さえながら悶える。

 

「速くしろ。迷子になったら一生放っておくからな」

「ていうか些細なことで相方の目を破壊の呪文と共に破壊しないでほしいよ。こんなのと組んでると思うと恥ずかしくなるから」

「ゼ、ゼノヴィアぁ……今の言葉忘れないわよ……絶対に……」

 

二人のコントが繰り広げられているのを鼻で笑い、カリフはその場を後にする。

 

そうしようとした時だった。

 

「ま、待て……」

 

満身創痍で制服もボロボロ、頭やら腕から血を垂れ流して折れた魔剣を構える木場が立ち塞がった。

 

そんな木場にゼノヴィアは嘆息した。

 

「尚も挑んでくる気概は認めるけど、もう少し冷静になってから挑んでくるといい。今の君では赤龍帝にも劣る」

 

ゼノヴィアたちはリアスたちに引っこ抜かれようとしている埋もれたイッセーを見る。

 

「とは言っても今の赤龍帝でもまだまだ実力は不足している……彼が起きたら伝えるといい。『白い龍(バニシング・ドラゴン)』は既に目覚めているってね」

「ま、待て……」

 

遠ざかっていくゼノヴィアに手を伸ばしながら木場はその場に倒れたのだった。



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イカれ神父と皆殺しの大司教

今回で相当話が進んだと思いますので、ご覧ください。



学園での戦いが終わり、カリフは教会側の二人と一緒に去って行った。

 

そのことに帰りながら朱乃と小猫は通学路の最中に心配していた。

 

「カリフくん……どうするんでしょうか……」

「……」

「教会へ行ってしまうのでしょうか……」

 

いつもは素っ気ない小猫もこの時ばかりは不安を隠せずに弱音を吐いていた。

 

久しぶりに返ってきた幼馴染がまたいなくなる怖さはもう経験した。

 

「それはあの子が決めることですわ……私たちはいつも置いてかれてばかり……」

「朱乃さん……」

「ごめんなさい……ちょっと疲れただけですわ」

「……」

「心配しなくてもカリフくんは教会には行きませんわ。あの子が節制だとかお祈りだとかするような子かしら?」

 

その言葉に小猫も笑顔を浮かべる。

 

「そう……ですね。好き勝手してこそのカリフくんですから」

「うふふ」

 

二人で話しながらも鬼畜家のドアを開ける。

 

「ただいま帰りました」

「おじゃましますわ」

 

帰った挨拶を交わすも返事が返ってこない。

 

そのことに朱乃は疑問に思う。

 

「あらあら、どこかにお出かけでしょうか?」

 

頬に手を当てて困ったように言うと、小猫が代わりに答えた。

 

「遠くで声も聞こえます。別の声もあるので多分お客かもしれません」

「では、気付いてないだけですのね?」

 

そのまま明りの点いているリビングの部屋へと入ったのだった。

 

 

 

「これが日本の『すきやき』というものなのか……肉が甘いのに美味い……」

「あぁ主よ。この懐深き家族を貴方様の懐へお導きください……アーメン」

「へぇ、きみたちはキリスト教なのかい? 宗教のことは良く分からないけど」

「大体はそんな感じです」

「ゼノヴィアちゃんは日本の食べ物は初めてかしら?」

「あぁ、あっちではあまり進んで食べようとは思わなくて。まさかジャパンの食文化がここまでの進化を遂げていたなんて……」

「甘いわね。こっちの『寿司』も中々の物よ? あれこそまさに故郷の味だわ」

「野菜も食え。ていうかオレが買ってきた肉ですから敬意を持って食え」

 

さっきまで敵対していた信徒二人が幼馴染とその家族と一緒に鍋を突いていたのにはマジメに驚いたものだ。

 

「あら? 二人共おかえりなさい」

「「はい……」」

 

数少ない安らぎの空間がまたカオスに塗り替えられてしまった。

 

 

 

 

 

そんなこともあり、リビングのテーブルにはゼノヴィアとイリナに対して朱乃と小猫が向かい合っている。

 

食事も終わったまではよかったのだが、ゼノヴィアたちも小猫たちが住んでいることは知らされていなかった。

 

互いに立場もあり、緊迫した空気が流れている。

 

そんな中、ゼノヴィアが第一に開口した。

 

「まさか悪魔さえもここに住まわせているとは……あの子も人が悪い」

「あらあら、そんなに嫌なら出ていけばいいのですわ……あなたたちが」

「いえ、ここの人たちには恩があるの。だからここの人たちの安全を守らせてもらうわ。悪魔からも堕天使からも」

「……」

 

互いに笑顔ながらも水面下で果てしない何かの攻防戦が続く中、カリフが話題に入ってきた。

 

「早速でこの調子か。幸先がいいな」

「カリフ、悪魔と同じ屋根の下で住むなんて聞いてないんだが?」

「聞かれなかったからな」

「……」

 

シレっと答えながらカリフはゼノヴィアに指をさす。

 

「そもそも『寝床が欲しい』って言ったから住まわすんだ。文句あるなら路上なり土手なり洞窟なりに行くがいい」

「そ、それは……困るわね」

 

イリナが仕方ないと言った感じで諦めていると、カリフは釘を刺すように教会組だけに囁いた。

 

「もし、この家で面倒を起こしたらお前等を消す」

 

突然の警告に二人は緊張を隠せない。

 

「この家の中ではオレたちがお前たちの言う『法』だ。オレの強さはある程度把握できるお利口さんならそんな真似はしないと思うがな……」

「き……肝に銘じておくよ」

「それでいい……一般家庭から身元不明のミンチ死体が二つ出た、なんて面白くないか?」

 

明らかな脅迫に二人は冷や汗をダラダラ流して首を横に振る。

 

近付いている顔がまたさらに恐怖を際立たせている。

 

カリフは確認した後、二人から顔を離した後、洗面用具を手に持って鼻唄を歌う。

 

「どこに行くの?」

「近くに銭湯があるらしいじゃないか? 一度でいいから行ってみたいと思っていた」

 

仕方ないから付いて行くと言った口調だが、声自体は中々楽しそうだった。

 

「あらあら、お気を付けて」

 

朱乃に手を上げて返しながらリビングを出ていく。

 

彼が完全に出て行ったのを朱乃と小猫が見送ってお茶をすする。

 

そんな平然とした二人を信徒二人はある意味尊敬までした。

 

「まだまだ修行が足りないな……」

「そう……かもね」

「あらあら、うふふ……」

 

辟易とする二人に朱乃は微笑みながらそう零したのだった。

 

 

 

信徒二人組を泊めてから一夜が明けた。

 

カリフはいつも通りの番長スタイルである一室の前に立ち、思いっきりドアを開けた。

 

そこには『生徒会室』と立派に装飾された立て札が取り付けてあった。

 

ドアを開けた先には生徒会メンバー全員の視線が集まった。

 

「あら、あなたからここに来るのは珍しいですね」

 

現、生徒会長のソーナがそう言うと、カリフはソーナの前にまでやって来て単刀直入に言った。

 

「早速だが、匙を貸しちゃくんねえか? ちょっと手伝って欲しいことがある」

 

その言葉にソーナを含めた生徒会メンバーと本人である匙が反応した。

 

「お前が俺に? 本当に珍しいな」

「手伝い……と言っても補佐というか修業の一環って感じだな。それで?」

 

ソーナに聞くと、彼女は溜息を吐いた。

 

「正直、今の生徒会は匙に抜けられるだけでも滞ってしまいます。それに、我が会員を無闇に危険な目には会わせたくありませんので」

「か、会長……感激っす……」

 

ソーナの一言に匙は男泣きを見せていたが、カリフはそれでも笑みは絶やさずに続ける。

 

「安心しろ。命の危険はない上に匙にとってはでかい経験にもなる」

「内容は?」

「今後の状況次第。場合によっては匙は役目ごめんにもなる」

「……」

 

ソーナはしばらく考えたが、すぐに答えを出す。

 

「分かりました。匙の身の安全を確保してくれているなら構いません。今の匙にとって経験は大切な時ですから」

「わりいね」

「あなたは『やる』と言ったら必ず成し遂げる実績と不死鳥を一蹴する実力があります。それくらいの信用が無ければ任せませんよ」

「後は本人のやる気次第だけど……」

 

そう言いながら匙を見ると、本人は得意気に笑っていた。

 

「行くに決まってるだろ? ここで後輩の頼みを断るほど俺は薄情じゃないからな」

 

自信満々に言う匙にカリフは一呼吸入れた。

 

「なら、すぐに行くぞ。内容は大まかな内容はこの後伝える」

「おう! では会長、行ってきます!」

「ええ、しっかりと励むんですよ?」

「はい!」

 

匙はそのまま生徒会全員に挨拶を交わして生徒会室を後にして一足先に出て行ったカリフの後を追いかける。

 

 

 

 

 

「て言うかなんで俺を指名したんだよ?」

 

付いて行く内にだんだんと気になったから聞いてみた。

 

今は私服に着替えてミーティング場所とやらに向かっている最中である。

 

その問いに対してカリフは真顔で言った。

 

「そうだな、お前もまたドラゴンに魅せられた一人……とでも言えばいいか?」

「まあな!」

 

胸を張ってふんぞり返る匙に続けて言った。

 

「ドラゴンは力の象徴であり、無限の可能性を秘める生物だ。だからお前を鍛え、その強さを見てみたいのだ」

「ふーん」

 

そこは素っ気なく匙が相づちを打つ中、カリフが聞く。

 

「同類としてイッセーはどう思う? 前に顔合わせしたって聞いたがな」

 

聞いた瞬間、匙は不機嫌になって吐露した。

 

「あんなのと一緒にすんな! エロ三人組の一人と同類だなんてこっちから願い下げだ!」

「だが、実力はそこらの中堅よりは上だ」

「は!? あんなのが!?」

 

匙ですらそこは初耳だった。

 

聞いたのは転生の際に八個の駒を使ったことと、ライザーを倒したってところだけだったのだが。

 

学校ではエロとバカの代名詞となっている奴が自分よりも強いだなんて到底信じ難いことだった。

 

「奴はお前と違って場数が桁違いだからな、そうなるのは当然だ」

「だ、だけど……!」

「お前じゃあ勝てんよ」

「!?」

 

核心を付くように告げる言葉は匙の声さえも奪った。

 

それはカリフの強さを垣間見て、目の前の人物の言うことが信用で来てしまうことも関係している。

 

「……そりゃあ少しは気付いていたさ。俺も神器を持っているけど、あっちはロンギヌスのブーステッド・ギアだから……」

 

悔しさからつい愚痴を零してしまった。

 

カリフはそんな匙を笑って見やる。

 

「ま、そのための今回の依頼だ。同じドラゴンならお前もイッセー同様に伸びしろはある」

「随分とあいつと俺を買ってるんだな」

「まあ、興味本位だ」

 

街中を歩いていると人ごみが多くなってきた。

 

「この件なら相当な刺激と濃い経験ができるぞ」

「おぉ! 早速男の見せどころってか!?」

「あぁ、普通の悪魔じゃちょい難しいな」

「構わねえぜ! それくらいしねえと生徒会員としても男としても悪魔としてもハクが付くってもんだ!」

 

胸を叩いて宣言する匙にカリフは無言で紙を渡す。

 

四重に折られた紙を訝しげに見る匙。

 

「これは?」

「今回の内容だ。口頭はめんどくさいから紙に書いた」

「へ~……」

 

折られた紙を開くとそこには簡単に書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『堕天使コカビエル&エクスカリバーを破壊する』

 

ダッ! ←匙は逃げだした

 

ガシッ ←カリフは匙の首筋を片手で掴む

 

「離してくれ! こんなことに俺を巻き込まないでくれ!」

「美味しい話じゃないか。普通じゃ絶対にできない経験だぞ?」

「そりゃ普通じゃないよね!? だって下級悪魔のやることじゃないもん! ていうか堕天使幹部と戦うとかエクスカリバーとか戦争させる気か!?」

 

その言葉を無視して匙を引きずる。

 

「まあ、これが終わればお前は一皮剥けるぞ」

「一皮どころか全身の皮を剥がされて殺されるうぅぅぅぅ!」

 

匙の悲鳴にも耳を貸さずにカリフは待ち合わせ場所のファミレスの中へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

そこで待っていたのはゼノヴィアとイリナ、そしてイッセーと小猫に木場だった。

 

「あれ? 匙?」

「ひょ、兵藤? なんで……」

「いや、こっちの台詞だっての。お前、別件があるって俺の誘い断ってたじゃん」

「お、おい……まさふげぇ!」

 

聞きたくなかった事実に匙はカリフを見るが、カリフに空いている席に投げ込まれる。

 

カリフは小猫の隣に座る。

 

「意外と多く集まったな。まあ、こんなもんだろ」

「まあ、お前が俺たちの誘いに乗ってくれるってのも珍しいけどな」

「待て兵藤……お前の頼みってまさか……」

 

イッセーと話す内容に匙は痛みを我慢して聞いてみる。

 

「俺たちはエクスカリバーを破壊するために教会側と手を組むことにしたんだ」

 

また別の所でとんでもないことが起こっていたのと、自分はとんでもないことに首を突っ込んでしまったことに深く頭をうなだれた。

 

そこで、小猫が問いかける。

 

「匙先輩、他にカリフくんに何かするか聞きました?」

「え、えぇと……エクスカリバーとコカビエルを敵に回すなんて……」

 

小猫は頭を抱えながらも淡々と答える。

 

「匙先輩……一ついいですか?」

「な、なんだい? 塔上小猫ちゃん……」

「私たちはエクスカリバーを見つけて祐斗先輩に壊してもらうだけなんです……コカビエルとは絶対に組しないことにはしているんです」

「だって、聞く限り相当やばいんだろ? 死ぬと分かってて行くほど俺たちも酔狂じゃないよ」

 

小猫とイッセーの言葉でだんだんと二人の言いたいことを理解してしまった。

 

要は『鬼と血の契約を交わしてしまった』と言いたいらしい。

 

匙は涙を流してイッセーに縋りついた。

 

「助けろください! コカビエルとなんて冗談じゃねえよ!」

「心配するな三分くらい奴と組手するだけだ。逃げるだけでもいい。放棄したら後ろから聖水付きのナイフでザックリといかせてもらう」

「いやだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

匙もテンパっておかしい日本語を使って懇願してくる。

 

イッセーも匙のことが気の毒になってきたのか、今度から気を付けるように助言してやろうと思った。

 

「もちろん、イッセーもだ。お前は五分いけるだろうな」

「ははは……もうやだこの人……」

 

このとばっちりも何とかしてほしいと願うだけだ。

 

そんな中、ゼノヴィアはカリフに言った。

 

「話を聞く限り、君はコカビエルと一戦交えようとしているようだが、悪いことは言わない。止めておけ」

「何故?」

「何故って……聖書にも記される大昔の大戦を生き抜いた堕天使なのよ? いくらあなたでも……」

 

イリナの忠告にもカリフはどこ吹く風と言った感じだった。

 

「オレの辞書に敗北はない。あるのは『勝って支配する』生き方だけだ」

「だからと言って……」

「実際はコカビエルが出てくることはそうないだろう。そこはまた後にして、今回は互いの情報提供のために集まったからな。そっちを進めよう」

 

カリフに構っていると、色々と脱線しそうなのでそこらで終わらせる。

 

そして、ここからはカリフは注文した料理に舌鼓を打つだけで会話はしなかった。

 

まず、ゼノヴィアたちは元神父であり現堕天使勢のバルパー・ガリレイという『皆殺しの大司教』の二つ名の人物のことを教えた。

 

バルパー・ガリレイ、かつて、木場の人生を狂わせた『聖剣計画』の責任者であり、処分を下した張本人であることを明かす。

 

そして、木場からはこの街でフリード・セルゼンというはぐれ神父が聖剣で神父たちを殺しまわっている旨を伝えた。

 

情報は多くないが、有益な情報に双方共に進展があったことから彼等は悪魔と教会側としてではなく、ドラゴンと人間と教会側として手を貸すらしい。

 

そこまで話がまとまった時、食べ終わったカリフが言う。

 

「とりあえずはその白髪神父を見つけるまでは各々自由に行動でいいな?」

「あぁ、そうなるな。それが?」

 

そこまで聞くと、カリフは口周りを拭きながらゼノヴィアたちに指を刺した。

 

「俺は独自ルートで情報を集めてコカビエルを炙り出す。後はいつも通りだ」

「大丈夫なのか?」

「あぁ、既に白髪が一定周期で公園近く、南の住宅街外れ辺りに目撃されていることも分かっている」

「え? 今話したことをなんで?」

 

イリナが聞くと、携帯を見せる。

 

全員がそこを覗き込むと、そこに送信済みのメール内容が書かれてあった。

 

『長髪白髪のバカそうな奴見た奴は連絡。入れなければ消す』

 

これだけで一分足らずで既に十件くらいは届いていた。

 

「こ、これは……」

「街の奴隷にん……もとい、チンピラとかにも知り合いはいるから要請しておいたぞ?」

「今、なにか物騒なワードを……」

 

カリフはその場から立って悠々と店を出ていく。

 

「まあ、匙は極力オレと行動するように」

「あ、やっぱり……」

 

後ろからの落胆の声にも耳をかすことは無かった。

 

ここから、カリフは再び別行動をとるようになる。

 

 

 

ファミレスで別れて以来からカリフは一点の場所へと向かって行った。

 

そこは郊外に構えられている変哲もない縦長の建物

 

だが、看板には『花山組』と簡素に書かれているだけ。

 

カリフはズンズンと臆することも無くある一室を蹴り破った。

 

部屋の中にいたのは強面でポン刀を手入れしている男だけだった。

 

「なんだ兄ちゃん? 来るとこ間違えたんか?」

「いや、ここで合っているんだがね……なんだお前等新人か?」

「お?」

 

カリフの言葉に二人はポン刀を携えながら表情を歪ませた。

 

「耳にクソが溜まってるってんならここで見逃してやるがよぉ……あまり“暴力団”ナメんじゃねえぞ」

「クソはお前等だ。てめえ等はさっさと花山出せばいいんだよ。下っ端風情が調子に乗るな」

「このガキぃ!」

 

一人がメリケンサックを付けて殴りかかってもカリフは動揺すらせずに不敵に笑うだけ。

 

拳がカリフに当たる直前、一人の人物が奥の部屋から出てきた。

 

「何してんだテメェ等はよぉ~~~!」

「え?」

 

その男は殴る素振りで止まった男の前にズカズカと詰め寄ってくると、ツバを飛ばしながら怒鳴る。

 

「歯ぁ食いしばれぇっ!」

「おごっ!」

「ぶっ!」

 

その瞬間、男は二人の部下に力強くビンタを喰らわせて張り倒した。

 

二人はカリフの前で倒れると、再び男のヤジを受ける。

 

「テメェ等組長の顔潰す気かコラッ! その方は組長と盃を交わし合った旧知の……!」

「いや、いい。お前の説教を聞かされると日が暮れる」

 

カリフ二人を叱責する男を手で制すと、男はカリフに頭を下げる。

 

「申し訳ございやせん! なにぶんこいつ等は入ったばかりでして教育が行き届いてねえんです! ですからこの責任は……!」

「だからいい。それより花山は?」

「こちらです!」

 

その男の言われるがままにカリフは奥の部屋へと進んで行く途中に振り返った。

 

「出世したじゃないか? いい銀バッチだ」

「ありがとうございます!」

 

綺麗にお辞儀してカリフを見届けると、起き上がる部下は血を拭きながら男に聞く。

 

「あの……さっきのお方……は一体……」

「組長のご友人か何かなんですか?」

 

男はお辞儀を解いて真摯に部下に言い聞かせる。

 

「……それはまた後で教えてやる。だが気を付けろよ? あの人は組長と盃を交わしたが、誰に対しても容赦はしねえ……俺がああでもしねえと今頃お前等は良くて骨折、最悪、二度と歩けねえ体になってたろうよ」

「そ、それほどすか?」

 

生唾を飲んで緊張する二人の前で冷や汗が吹き出す。

 

「あの人は組長でさえも喧嘩で負かす実力の上に世界中のネットワークも半端じゃねえ……鶴の一声でマフィアがゾロゾロ集まるって話だ」

 

嘘のような途方も無い話を幹部が臆しながら話す姿に戦慄し、部下二人はカリフの入って行った部屋を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

外で密かに説教されている中、奥の部屋でカリフはソファーに座って男と対面していた。

 

体長はパっと見て二メートルは越えていそうな巨漢、体中の生傷、そして胸の金バッジ

 

もうカタギの人間じゃないことは一目瞭然であった。

 

「それじゃあ、ウチは白髪のイカれたような男を探せばいいのか?」

「ああ、お前のシマでやらかしてるからな。だからこうして来たんだよ。花山」

 

花山と呼ばれた男はカリフと相対する。

 

「確かに最近ではそう言った目撃例も報告されているが、何一つ見つかってないってのも事実だ……心当たりが?」

「まあね。聞くか?」

「止めておく。余計なことで組の奴等を危険には晒したくない」

「そうかい。護る物があるってのも難儀だね。お、サンキュ」

 

花山に無言で酒をグラスの四分の一にまで注がされ、カリフはそれを受け取って飲み干そうとするもすぐにむせてしまう。

 

「ゲホ、ゴホ!」

「まだアルコールは慣れてないのか? 唯一の弱点の克服にはまだ時間がかかりそうだな」

「やかましい。その内にお前と飲み比べてやるわ」

「そうならないように願うぞ。これだけがお前に勝てる唯一のことだからな」

「フン!」

 

密かに笑いながら言う花山に不機嫌そうに鼻を鳴らしてグラスを置き、カリフは部屋を出ていこうとする。

 

「もう行くのか?」

「ああ、その白髪を探さなくてはならないんでな」

「そうか、まあお前には『気を付けろ』なんて余計なことだから言わん」

「お前のそう言う所好きだよオレは」

 

二人で軽口叩き合いながら話す。

 

「じゃあ何か妙なことがあったら連絡する。母親大切にしてやれよ」

「恩にきる。後、最後のは余計だ」

 

そう言いながら部屋を出て事務所を出る。

 

背後から聞こえる幹部の挨拶も無言で手だけで応じ、建物を後にする。

 

その途中でカリフはすっかり日が暮れたのを確認した。

 

「……今日は帰るか」

 

そうしてカリフはまた騒がしい家へと戻って行く。

 

 

ゼノヴィアたちとイッセーたちが疑似同盟を結んだ数日にカリフは再び生徒会室の前にまでやって来た。

 

理由としては後ろ向きで後進的な匙を連れ出すことと、今のオカ研のムードなど胸糞が悪くなる事であった。

 

小猫と朱乃は教会関係者と一緒に寝食を共にしているためか緊張と警戒で碌に眠れもせずにストレスが溜まっている。

 

リアスたちもそんな二人にはほとほと参っているようだ。

 

そんなこと知ったことではないのだが、関わると碌なことにもならないから最近は生徒会室によく顔を出している。

 

そしていつものように入るのだが、そこには珍しく匙がいない。

 

「あれ?」

「こんにちは、早速で悪いのですが匙は兵藤くんたちと用事らしいです」

「用事?」

 

テーブルに座りながらのソーナの説明にカリフは首を傾げる。

 

(どんな風の吹きまわしだ?)

「どうしましたか? 不思議な顔をして」

「いや、あいつにしては行動が早いなと……」

 

不思議がっていると、ソーナはまた不思議そうに聞いてきた。

 

「何があったのですか? 匙は兵藤くんとは相性が悪いと思ってたのにさっきときたらまるで旧知の仲のようでしたが……仲良くしてくれるに越したことはないのですがどうも……」

「男が女を理解できないように男にも女には到底理解できないことがある、ということだ」

「そういうものですか?」

「そういうものだ」

 

納得してなさそうなソーナを余所にカリフも思う所があった。

 

「まあいいか。そんじゃあ時間とらせたな」

「はい」

 

カリフは悠々と生徒会室から出て行った。

 

何もすることないから何で暇を潰そうか悩んでいた所だった。

 

~~♪

 

携帯の着信が鳴ったのを感じてポケットから取り出して開く。

 

しばらく眺めているとカリフはほくそ笑んだ。

 

「ほう……やっと尻尾を出したか……」

 

まるで玩具を見つけた子供のような無邪気な笑顔を浮かべ、その場から瞬間移動で消えた。

 

カリフがいた廊下には窓から入る冷たい風が吹き渡っていたのだった。

 

 

時同じくして街中の人気のない場所

 

そこでは既に戦闘が行われていた。

 

「フリード!」

「あらら~? イッセーくんではあ~りませんか~? へぇぇぇぇこの件にも関わってるんですか~? あの時よりもドラゴンパゥワ~も高まってるか~い?」

「気色わりい奴だな!」

 

聖剣で木場と鍔迫り合いしているフリードにブーステッド・ギアを装備して相対する。

 

小猫も匙も囮として来ていた修道服を脱ぎ捨てていた。

 

「伸びろ! ライン!」

 

匙の手の甲にはトカゲの頭のような物が装着されており、その口から黒く長い舌を伸ばしているようだった。

 

ラインがフリードの足に絡みつくと、フリードも不快な表情を浮かべる。

 

「しゃあんなろー!」

 

エクスカリバーで切ろうとしてもまるで実体が無いかのようにすり抜ける。

 

「これでお前は逃げられねえ! 木場! 後はお前の番だ!」

 

この勝負、目的は木場によるエクスカリバーの破壊となっている。

 

彼が憎しみのあまり『はぐれ』にならないようにイッセーたちが考案したことである。

 

もちろん、イッセーも譲渡しか使わないサポートとしてその場にいる。

 

「ありがたい!」

 

木場は匙に感謝しながらフリードに斬りかかる。

 

だが、ここでフリードはさらに笑みを浮かべる。

 

「ところがどっこい。そんな剣じゃこのエクスカリバーは……」

 

フリードの斬撃が木場の魔剣を砕いた。

 

「!!」

「無駄なんすよ」

 

その場でよろける木場にフリードは次なる斬撃を加えようとしていた。

 

「死・ね」

 

イッセーたちはなんとかしようと体を動かしたときだった。

 

 

 

 

「お前か? この辺を荒らしてるって奴は」

『!!』

 

全員に聞きおぼえがあり、心の底から響くような声にイッセーたちはおろかフリードでさえも固まった。

 

全員が向くと、塀の上に座っているカリフの姿があった。

 

「よう」

「カリフ!」

 

軽く会釈していると、フリードは狂ったような笑みをカリフに向ける。

 

「あららのら~。またもや数奇な運命でござんすな~。誰かと思えば憎たらしいぼっちゃんでしたか~?」

 

軽口を叩くが、フリードの目には明らかな殺意が放たれていた。

 

その殺意に気付くと、カリフは立ってお辞儀する。

 

「いや“初めまして”。早速だけど一回ボコるから」

 

その言葉に匙以外の全員が違和感を覚える。

 

「初めまして? バカじゃねえの? 俺っちのことお忘れでぃすか~?」

「……お前誰だ?」

「は?」

 

ここでフリードも違和感を覚えた。

 

明らかに態度も違いすぎる。

 

本当に忘れているかのような……

 

「……冗談だよな? このフリード・セルゼンをお忘れだと?」

「フリード……イッセーも言ってたが……まさかお前……か?」

 

どう見ても反応がおかしすぎる。

 

首を傾げてらしくもなく唸っている。

 

「……初めて会った場所は?」

「え、え~……と……」

 

最後の質問にさえも言い淀んだカリフを見てフリードは確信した。

 

「……マジで忘れちった? 俺と君の熱い物語を……」

 

この直後にカリフはさも当然のように答えた。

 

「今まで食べてきたパンを覚えるとでも?」

 

もう確実だった。

 

カリフは完全にフリードのことを

 

 

あれだけボコボコにしたり、トラックで潰したことも全部

 

 

 

忘れていた。

 

そのことに気付いたフリードは手で顔を覆う。

 

「は……はっははははははははははははは……ざけんなテメエぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

笑ったかと思えば突然に止めてカリフへと勢い良く飛び出して行った。

 

もうそこには下品なジョークを言う余裕が無いほどにフリードは怒っていた。

 

斬りかかろうとするも、カリフはその場から一瞬で消え、代わりに塀を叩き斬ることになった。

 

一瞬で背後を取ると、フリードがさらに怒り狂っていた。

 

「このクソガキがああぁぁぁぁぁぁ! あれだけやってくれて俺を忘れたと言いてえのかああぁぁぁぁ!?」

「弱い奴を覚えて何の得が?」

「ぶっ殺す!!」

 

カリフはひたすらフリードの攻撃を紙一重で避けるだけ。

 

「逃げんなコラァァァァァァァァァァァ!」

 

避けるだけ

 

「いい加減死にやがれやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

避けて避けて避けて避けまくるだけ。

 

イッセーたちから見たらカリフもフリードも目に映らないスピードで攻防を繰り広げているとしか思えなかった。

 

唖然としていると、大振りを外してこけたフリードと余裕でコサックダンスを披露しているカリフだけが残った。

 

フリードは起き上がり、顔面に血管を浮き立たせて怒りを体現していた。

 

「っんで当たんねんだよぉぉぉぉぉ! 今の俺っちはエクスカリバー・ラピッドレイで最高速度に達してるってのによぉぉぉぉ!」

「お前が間抜けなだけでは?」

「うがああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

もはや人の言葉を怒りで忘れたフリードの嵐のような斬撃をカリフは余裕で避け続け、軽く足払いでコケさせる。

 

もはや圧倒的としか言いようが無かった。

 

「すげぇ……あいつってあんな強いのか……」

 

匙は初めて見るカリフの生の戦いに開いた口が塞がらなくなっていた。

 

ライザー戦を見てたけどここまで来ると予想以上だった。

 

イッセーも改めてカリフの底力に驚愕している所に第三の刺客の声が割り込んだ。

 

「フリード。何をしている」

 

声のした方向には神父姿の初老の男がいた。

 

「んだよバルパーのじいさんよぉぉぉぉ!」

 

その出された名にイッセーたちは驚愕と共に男を見る。

 

「バルパー……ガリレイっ!」

「いかにも」

 

木場の憎しみの視線に頷き、すぐにフリードの方へ視線を向ける。

 

「そろそろ報告の時間だと思って迎えに来てみれば……人間相手の子供相手に何を手間取っている」

「こいつただの人間じゃねえんだよぉ! ついでに言えば足になんか絡まって逃げらんねえし!」

 

フリードの半ば八つ当たりにバルパーは溜息を吐く。

 

「聖剣の使い方が不十分ではないか。お前に渡した『因子』を有効に使え。お前の体に流れる聖なる因子を聖剣の刀身に込めろ」

「へいへい」

 

エクスカリバーの刀身が光り出す。

 

「こうか、よっと!」

 

フリードがエクスカリバーで匙のラインを絶つと、すぐにフリードはバルパーの近くまで退く。

 

「待て!」

 

木場が叫ぶが、フリードは舌を出して小馬鹿にしたような態度を取る。

 

「君には興味なんかありましぇ~ん! だから次回は大人しく殺されてくだちゃいね~」

「それと君はカリフと言ったな……聖剣使い相手によく耐えたと褒めてあげよう」

「能書きはいいからさっさと親玉出しな。下っ端の言葉などオレの心には響かない」

 

指で挑発してくるカリフにバルパーは笑うだけだった。

 

「たしかに君は強い……だが、君の親御さんはどうだろうか?」

「……あ?」

 

表情を歪ませるとバルパーは意味ありげな笑みを浮かべただけだった。

 

「それではここは撤退といこう」

「仕方ねえ!」

 

そう言いながらフリードは懐から玉を取り出して地面に投げつけた瞬間、光が爆ぜた。

 

誰もがその光に視界を奪われ、光が治まった頃には既にフリードたちの姿は無かった。

 

木場は必死になってフリードたちの気配を追う。

 

「逃がすか! バルパー・ガリレイ!」

「あ、おい木場!」

 

イッセーの声にも耳を貸さずに木場は行ってしまう中、背後からイッセーたちを追い越す姿があった。

 

聖剣を携えたイリナだった。

 

「やっほ。イッセーくん」

「イリナ! なんで……!」

「悪いけど説明している暇はないの! 今、鬼畜さんの家が襲撃されて……!」

「!! それはどういうことですか!?」

 

小猫がイリナに詰め寄るも、イリナは必死に謝る。

 

「ごめん! 取り合えずあなたたちはすぐに帰って! ゼノヴィアが今抑えているから!」

「イリナはどうすんだよ!」

「このまま追跡を始めるわ!」

「おい! ちょっと……!」

 

イッセーの声も聞かずにイリナもその場から離れていく。

 

そこへカリフも振り返って自宅の方角を見据えて走ろうと構えると、服の裾を小猫に掴まれる。

 

「私も……!」

「……掴まってろ」

 

時間が惜しいのか小猫を振り落とさないように抱きかかえ、その場から瞬間移動で消える。

 

「ちょ! 小猫ちゃんたちまで!」

「おい兵藤! これってマズくないか!?」

 

もはやその場にはイッセーと匙しか残っていなかったが、そこへ更なる乱入者が現れた。

 

「力の流れが不規則になってると思ったら……」

「最近、急に仲良くなったと思ったら……」

 

その二つの声にイッセーと匙は体を震わせて振り返る。

 

そこには、決して逆らえないそれぞれの主人たちが仁王立ちで待ち構えていた。

 

「「これはどういうことかしら? イッセー|匙」」

「部長……」

「会長……」

 

重なる声に二人は抱き合って戦慄と恐怖を分かち合っていたのだった。



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バランス・ブレイカーと騎士の決意

今更ですが、良ければ誤字脱字の指摘をお願いします。

自分では調べきれないので


フリードたちの襲撃から間もない頃、カリフと小猫が鬼畜家へと向かっていた。

 

「カリフくん……」

「……」

「……」

 

小猫の呼びかけにも何も答えないまますぐに鬼畜家に到着した。

 

だが、鬼畜家の周りには想像絶する光景が広がっていた。

 

「これは……」

「……」

 

鬼畜家の周りを何やらゾンビの群れのように取り囲み、物量差で突破しようとしている人がいた。

 

その量はもう百人はくだらなかった。

 

鬼畜家のドアを叩いたりして押し破ろうとする光景に小猫は手を口に当てて驚愕し、カリフは無言のままだった。

 

「とりあえず入るぞ」

「……うん」

 

再びカリフは小猫を運んで二階の窓から帰還する。

 

何事も無く自室へ入って小猫を降ろし、共に一階へ戻る。

 

「なにがどうなってんだこれ?」

「……多分、堕天使の仕業だと……!」

「そこか!」

 

突然、物陰からカリフたちは攻撃を仕掛けられ、小猫が咄嗟にガードする。

 

「くっ……!」

「ちぃ!」

 

互いに苦悶の声を洩らしながら相手を見据える。

 

小猫に攻撃したのはゼノヴィアだった。

 

「やはりお前か」

「なんだ君たちか……すまないね。また奴等かと思って」

「それはいい。それよりこの状況はなんだ?」

 

軽く謝罪しながら小猫に放った蹴りを引っ込める。

 

その際のカリフの質問にも答える。

 

「この家の周りの人たちはここいら近所の一般人……バルパー・ガリレイに洗脳されているようだよ」

「……事前に調べてたか……考えたな……畜生の分際で……っ!」

「何か手立てはありますか?」

 

小猫が聞くとゼノヴィアはリビングで縛りつけている一般人とソファーの上で丁重に寝かせている両親を見やる。

 

「どうやら気絶……脳に衝撃を与えてやれば洗脳は解けるらしい。長時間かける丁寧な洗脳じゃないことが唯一の救いだよ」

 

どうやら交戦したのか少し疲労を感じさせて溜息を吐く。

 

「あなたはさっきの人とエクスカリバーを追わなくていいんですか?」

「イリナか? いや、さすがに見知らぬ輩をここまで歓迎してくれた人たちを見捨てられるほど薄情じゃないさ」

 

小猫の問いに答えながら体を起こして戦闘体型に入る。

 

今までは修道服を着ていたが、それを脱ぎ捨ててボンテージ姿になる。

 

「さあ、まだまだ数は多い。悪魔は勝手にやっててくれ」

「……あくまで“協力”は無しですか。いいでしょう」

 

教会側としては悪魔にお願いや協力などもってのほか。

 

小猫とゼノヴィアも互いに似たような状況から二人は“協力”などせずにあくまで“各個撃退”の方針で行く予定。

 

満を持して二人は外の暴徒たちに向かおうとした時だった。

 

「ただいま」

 

固く閉ざしていたドアからさっきまで傍にいたはずのカリフが入って来た。

 

「……え?」

「あれ、何をして……」

 

ポカンとした様子の二人に対してカリフは拳を解いてフルフルと手首をほぐす。

 

「なにって……外のは気絶だけでいいのだろう? だから……」

 

ドアを開けてありのままを見せてやった。

 

「仰せのままに」

 

百人以上の洗脳された兵隊は全て気絶させられていた。

 

しかも、一人一人が丁寧に縄で特殊な縛られ方で放置させられていた。

 

「……いや、もう驚かないとは決めてたけど……」

「ばかな……一分すらも経ってないというのに……」

「単純な洗脳だけあって行動も単純だったからな、割と早く片付いた」

 

信じ難い物を見ている二人を置いてカリフは呑気に寝ている両親の元へと向かった。

 

そこでは二人が寄り添って気持ち良さそうに眠っている。

 

「ふん、こっちの気も知らねえで……」

 

思わず愚痴を零していると、母親の方がフワフワとしたいつもの雰囲気でカリフにハグしてきた。

 

「カリフ~♪」

「……こういうのは寝言だけにして欲しかったぜ」

「カリフ~♪」

「親父に抱きつかれるって誰得?」

 

二人共寝ても覚めてもお変わりない様子だった。

 

普段の両親は十年以上も断絶していた息子の交流がついに叶ったのでしょっちゅう息子のカリフに甘えてくる。

 

母に関しては叱るどころかカリフの成すこと全てを微笑ましく思い、愛おしく思っているほど。

 

両親は小猫にも朱乃にもそんな感じで愛でている。

 

要は極度の親バカである。

 

その親バカが寝言にまで現れるのだから流石のカリフも認めるしかなかった。

 

―――これは筋金入りだ

 

そう思っていると、部屋の中で二つの魔法陣が出現した。

 

一つはグレモリーのだと分かるが、もう一つは初めて見る物

 

両方から現れたのはオカ研メンバーとソーナと匙の二人だった。

 

「やっと追いついたわ」

 

リアスが溜息混じりにカリフに詰め寄る。

 

「おじさま! おばさま!」

 

その間に朱乃はカリフの両親へと駆けよる。

 

二人の容体を確認し、異常がないと分かって胸をなで下ろす。

 

「良かった……何も無くて……」

「堕天使にここまでの勝手を許すなど……不覚!」

 

自分の失態と責任を感じるソーナだが、その間にもカリフは両親を起こさないように担ぐ。

 

「よくもまあここまで寝れるもんだ……よいしょ」

 

二人をそのまま担いで寝室へと運んでやる。

 

そんな姿を見てイッセーと匙は豆鉄砲を喰らった鳩のような顔になった。

 

「いくら鬼でもあんな一面があるんだな」

「親にはやっぱ勝てないってことか?」

 

二人はリアスとソーナに叩かれた尻の痛みでペンギン歩きになっていた。

 

「全く……匙も騙されたならそう報告しなさい」

「うぅ……すみません会長……」

「まったく……彼にもこういうことは控えるように言っておかないと」

「悪いわね。ソーナ」

 

ソ-ナが匙を叱っていると、カリフは何事も無く戻って来た。

 

朱乃が聞いてくる。

 

「お二人は?」

「な~んも、いつも通り呑気なものさ」

 

その答えにひとまずは安心だと朱乃と小猫とゼノヴィアが胸を撫で下ろす中、ソーナがカリフを睨む。

 

「カリフくん。今回の件ですが、あなたの行動には見過ごせない点があります。あなたの行為が匙を殺し、三竦みの関係を壊すかもしれなかったのですよ?」

「それくらいは知っている」

「知っているって……本当に反省しているの?」

 

カリフの答えに流石のリアスも雰囲気を一転させて怒気を帯びる。

 

二人の姿にイッセーも匙もその他のメンツも固唾を飲む。

 

だが、当の本人はどこ吹く風かいつも通りである。

 

「オレは人間だから、そっちがどうなろうとあまり関係の無いことでね。ただ、一つ言えることがある」

 

雰囲気が変わった。

 

 

カリフは歯茎を露出するくらいに歯軋りし、その鋭利な牙を露わにする。

 

表情もさきほどの両親に向けられるような柔らかな物ではなく、明らかに敵意、殺意をありったけ込めた表情へと変貌する。

 

『『『!?』』』

 

カリフの“鬼”とも呼べる“野性”を幻視した一同は戦慄を覚えた。

 

(なんて威圧! この子本当に人間なの!?)

(純粋な怒りが私たちにダイレクトに伝わってくるっ! 不味い! この殺気に当てられたら聖剣がっ!)

 

初めて見るカリフの力の一端に悪魔としての本能が“逃げろ”と警鐘を鳴らし、聖剣までもが独りでにカタカタと震えだす。

 

『これほどの殺気……こんなもの人間を越えてるぞ』

『あぁ……やっぱこいつ規格外だろ……』

 

恐怖に耐えながらドライグと話すことで精神を保っている。

 

カリフは周りの重圧に耐える面子にも目もくれない。

 

 

 

「殺す……」

 

日常的にも悪ふざけで使われるような陳腐な言葉ではなく、本気で実行しようとする“凄み”を含ませていた。

 

一同はそんなカリフに戦慄し、次にかける言葉を失った。

 

「……とりあえず各々で奴等が尻尾出すまで待機しよう」

「そ、それならあなたも……」

「いや、オレは一人でいい……今はそんな気分じゃない」

 

明らかに怒気を隠そうとせずにソファーの上で横になる。

 

「少し寝る……」

 

カリフは顔の上にそこらへんの本を取って乗っける。

 

明らかに苛立った場面を自分たちに見られたくないのと少しでも落ちつこうとしているのが丸分かりである。

 

「で、ですが話は終わっては……!」

 

ソーナはそんなカリフに物申そうとした時だった。

 

カリフは鋭い眼を少しだけ開けて凄む。

 

「話は終わった……心配せずともこの件はオレの手でカタ付けてやる」

「……」

「これ以上文句があるなら実力で話聞かせてみろ。これ以上は余程でもない限りは話は受け付けん」

 

そう言ってカリフは頑として耳を貸さない。

 

こんなカリフにリアスたちは溜息を吐く。

 

「はぁ……これはもう何言っても無駄ね」

「まったく……困ったものです」

「でも、今回は堕天使側の問題と言うことは明らかだから、今回はそれで良しとしましょう……しょうがなくだけど……」

「はぁ……こんなことしてたらいつか戦争になるわね……」

 

リアスとソーナはこれ以上の追究は無駄だと感じたようで頭を抱える。

 

だが、今は愚痴を言っている場合じゃない。

 

二人は部員たちに向き直る。

 

「小猫と朱乃、イッセーは私と待機、堕天使が動いたらこの街で好き勝手やったことの報いを与えてやるのよ」

「「「はい」」」

「匙、我々生徒会も関わった以上は全力を尽くします。すぐに動けるよう部員に通達をお願いします」

「分かりました!」

 

各々はそれぞれの魔法陣で帰還していく。

 

そこの部屋には残されたゼノヴィアとカリフだけとなった。

 

悪魔の会話に入ってこなかったのだが、カリフ相手となると口を開く。

 

「私も個別で待機しておくよ。君も気を付けて」

 

そう言い残して鬼畜家を後にした。

 

「……バルパー・ガリレイ……か。覚えたぞ」

 

そう呟いて少しの浅い眠りに着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして、夜を迎えるような時間になった。

 

突如として、堕天使の気が活性化した。

 

「!!」

 

カリフはソファーから跳び上がるように起きて時計を見る。

 

多分、三、四時間は寝ていたのだろう。

 

待ちに待った瞬間がやってきた! 自分の信念を舐めくさった堕天使の気を感知して起きた!

 

眠っていた頭にありったけの脳内麻薬をブチこんで覚醒する!!

 

カリフは何を言うでもなくその場から瞬間移動で消えた。

 

 

 

 

 

 

 

カリフが辿りついた所は駒王学園

 

いつもは生徒で賑わっている学園も今回は重苦しい重圧で包まれている。

 

しかも、大がかりな結界が張られて中にはいるのが少しめんどくさい。

 

「めんどくせぇ……一気にぶっ壊して……」

 

はやる気持ちを抑えずに破壊で結界を破ろうとした時だった。

 

「待て待て! 壊すのストップ!」

 

突如として匙がカリフの前に躍り出て体を張って止める。

 

匙の姿を目にしてカリフが一言

 

「どけ」

「う……いや、こればかりは駄目だ!」

 

怒気と殺気と覇気をブレンドし、おどかす程度の通告も匙にとっては失神寸前に追い込まれるくらい怖い。

 

それでも恐怖に耐えて両手を大きく広げて制止を図る。

 

「……」

「た、頼む……抑えてくれ」

 

頑として動きそうもない匙にカリフは拳を治める。

 

それに匙は溜息を吐いて安堵していると、そこへソーナがやってくる。

 

「すみません。この結界は中の堕天使を出さないための処置なのですよ」

「ふ~ん、臭い物には蓋ってわけか」

「言い得て妙です。中には堕天使幹部のコカビエルが力を解放しようとしています。そんなことがあればこの地方地区なんて容易く破壊されるでしょう」

「ほう……」

 

言われてみれば確かに気を探るとでかい気配を感じる。

 

それに、中には木場とゼノヴィアの気までもが紛れている。

 

そして、あの今にも殺してやりたいバルパーの気も捉えた。

 

「……オレも入るのだが?」

「……よろしいのですか? ここからは人間の住む世界が違います。相手は太古の戦争を生き抜いた堕天使、たとえあなたでも……」

「尚更戦ってみたいものだ。今までで強い部類には入りそうだ」

「既に魔王さまにも打診はしましたが?」

「キャンセルしておけ。その前に間違いなくカタが付く」

 

あくまでカリフは勝つ気満々でいる。

 

本気で行くようであり、もうソーナも止められないと考えに至った。

 

「分かりました。それではあなたを送ります」

「よし」

 

カリフは腕を組んで結界を見守る。

 

中では気の変動がまたおかしくなったのを感じてウズウズしていた。

 

「気が増え……いや、気にしては薄い……だけど存在感はある。幽霊に似たような……」

 

ただ、中で何が起こっているのか、そんな好奇心を胸に開いた結界の中へ入る。

 

 

 

 

 

 

一方、結界内では様々な力が渦を巻いていた。

 

フリードは新たに統合したエクスカリバー、バルパーの投げつけてきた白い球、集まったグレモリー眷族、そして堕天使コカビエル

 

学園は既に戦場と化し、イッセーたちはゼノヴィアを加えてバルパーから真実を聞かされていた。

 

途中で現れたケルベロスも全て葬り去った所だった。

 

「私はね、エクスカリバーが好きなのだよ。エクスカリバー伝説にも胸を躍らせるほどに。だからこそ自分に聖剣使いの適性が無いと知った時の絶望と言ったらなかった」

 

バルパーは首を横に振りながら続ける。

 

「それでも私は聖剣使いに憧れ……至ったのだよ。それなら私が聖剣使いを造ろうとね……そして完成した」

「完成? あれは失敗したから殺したのだと……」

 

木場が怪訝そうに眉を吊り上げて問いただすと、愉快そうにバルパーは続ける。

 

「表向きはな……だが、研究を続けるにつれて私は聖剣を扱うのに必要な因子を発見した。だが、その因子は個人差で聖剣を扱うに達する量があまりに不足した。足りない物はどうすればいいのかと問われれば簡単だ。『集め』ればいい」

「なるほど読めたぞ……聖剣使いになるときに神からの祝福と共に体に入れられる物をこいつは……」

 

ゼノヴィアは忌々しそうに歯噛みすると、バルパーはより一層嘲笑する。

 

「正解だ聖剣使いの少女。因子を抜き取って一つに固めた結果がこれだ」

 

そういって懐から光輝く結晶……聖剣の因子を見せつける。

 

それを見た木場は目を鋭くさせる。

 

「それは……殺した同志たちのっ……!」

「そゆこと! ちなみにこの因子を色んなエクソシストに入れたんだけど俺っち以外の奴は皆死んじゃってね! そう思うとやっぱ俺はスペシャルでございますわぁぁ!」

「よりにもよってお前が生き残ったのかよっ!」

 

イッセーの忌々しそうな声も無視して笑い続けるフリード

 

「……そうやって自分の研究や欲望のためにどれだけの命を弄んだんだ……」

「だが、それで神側の聖剣の研究も大幅に進んだ。ミカエル共によって研究資料を奪われたがな」

 

木場は手を震わせ、憎悪の念と魔力を魔剣に込める。

 

「そんなに言うならこの因子はくれてやる。後は環境さえ整えれば量産できる。そしてその因子で聖剣使いを量産し、各地のエクスカリバーを集めて私を断罪した天使やヴァチカンに戦争を仕掛けてやる! そのためにコカビエルと手を組んだんだ!」

 

狂気の手本とも言える形相で歓喜しながら因子を放り投げる。。

 

そんなバルパーを皆が睨んでいたときだった。

 

「なんかややこしいことになってると思ったら……思い出話は近所付き合いでやれってんだコノヤロー」

 

そこには頭を掻いて面倒くさそうに登場するカリフがいた。

 

「カリフ!」

 

リアスがその名を叫ぶと、バルパーが興味深そうに呟いた。

 

「ほう、来たか。少年」

「ふん」

 

鼻を鳴らしてカリフは構える。

 

「何も問わず、聞かずに臨戦態勢か……せっかちなものよ」

「貴様なぞただの肩ならしに過ぎん。さっさと死ぬがいい」

 

そう言いながらゆっくりと歩いて近付いていたが、ここで何かの気を感じ取った。

 

「? これは……」

 

カリフの感じていた謎の幽霊の正体

 

木場が泣きながら抱いていた因子から現れた数多の魂

 

それらはすぐに人の姿となって木場を囲む。

 

これを見てだれもが予想できた。

 

「聖剣計画……統合された因子にひっついいてた魂が具現化したか……」

 

こういった魔法に関しては少し齧ったカリフでも分かる。

 

その中で木場は涙を流していた。

 

「皆……僕は思っていたんだ。僕だけが……生きてていいのかって……僕よりも夢を持った子もいて……僕よりも生きたかった子がいて……それなのに僕だけが生きててもよかったのかって……」

 

懺悔に近い木場の言葉を遮るかのように霊体の子の一人は木場に微笑みかける。

 

耳では直接聞こえないが、口の動きでなんとなく理解する。

 

「『僕たちのことはいいから君だけでも生きて』と言っています……」

 

朱乃も理解したようで、イッセーに通訳してやる。

 

そこから魂の少年少女はリズミカルに、それでいて優しく歌い始めた。

 

カリフは歌詞は分かっても何の歌か分からなかったが、アーシアには覚えがあった。

 

「―――聖歌」

 

木場は昔の日に戻ったように涙を流しながら聖歌を一緒に歌う。

 

幼き頃の唯一の楽しみであり、希望を保つ物。

 

そして過酷な生活の中で得た糧

 

悪魔である木場は聖歌を歌っているというのにダメージはなく、むしろイッセーたちですらその聖歌を心地よく思っている。

 

それに対してはカリフも同じだった。

 

(魂の安らぎ……これが人の為せる力……)

 

想像力、感受性が高いカリフはまるで緑に包まれた大自然に囲まれているような錯覚すら覚えた。

 

(……綺麗ではないか)

 

これほどにカリフを感動させる少年少女たちが殺された。

 

ただ、個人的な理由で……

 

(もしかしたらこの中にオレを楽しませるほどの可能性を秘めていたかもしれぬ奴がいたかもしれない……)

 

カリフは胸に手を置いて黙祷を捧げる。

 

(死んだのは仕方ない……可哀そうなんて慰めもしないし気の毒には思わない……だが、この感動をくれたお前たちに敬意を表す)

 

心の中で彼らを見送っていたとき、魂の子供たちがカリフを見て嬉しそうに微笑んだ。

 

『ありがとう―――』

『僕たちを弔ってくれたのは君で二人目だよ―――』

『見知らぬ僕たちに―――』

『最後の感謝をしてくれて―――』

『僕たちの仲間を守ってくれて―――』

『『『ありがとう―――』』』

 

今度は感覚に響くように声が届いた。

 

魂の子たちは木場とも向き直る。

 

『僕らは一人じゃない―――』

『聖剣を受け入れるんだ―――』

『怖くなんてない―――』

『たとえ神がいなくても―――』

『神が見ていなくても―――』

『僕たちの心はいつだって―――』

『一つだから―――』

『それでも不安だったら―――』

『僕たちを思い出して―――』

 

魂はやがて集まって一つとなり、木場を包みこむ。

 

ここでカリフは感じ取った。

 

木場の飛躍、進化を

 

「なんだ!? 何が起こっている!」

 

バルパーが驚愕する中、カリフは声に反応して向き直る。

 

「『心』ってのはいつもオレを楽しませてくれる……その躍動によってその『心』の持ち主を強くさせてくれる」

「何が言いたい!?」

 

カリフは溜息を吐いてバルパーを失望した目で見つめる。

 

「悲しく、つまらん奴だ……お前には『心』を理解できないようだな」

「そんな偶像的で非科学的な物など私の研究や計算には必要ない! 『心』などただのまやかしだ!」

「人は……生きとし生ける物は計算で生きてんじゃねえんだ。タンパク質とかレントゲンとか因子とかデータとか……『机上の空論』で図れると思うな!! 阿呆がっ!」

「!!」

 

カリフの威圧にバルパーは息を呑む。

 

「これが木場の『心』であり、得た『力』だ!」

 

カリフが宣言した瞬間、木場を包んでいた光が

 

 

 

闇夜を裂き

 

 

 

 

木場を祝福した。

 

 

 

 

それを見たバルパーは愕然とした。

 

「バ、バランス……ブレイカー……」



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宇宙最強の戦士

今回、妹の小鳩ちゃんという設定が破綻してしまったので新たに別作品からのヒロインを用意しようと思います。
そうでないと原作ばっかに忠実過ぎたら原作に追いついてしまうので……


本当は忘れたかったのかもしれない……復讐を忘れてこのままの日々を過ごすことに不満は無かった。

 

むしろ満たされていた。このままでいいんじゃないか?……て

 

だけど、同志たちが復讐を願っているのなら僕も憎悪の剣を振らなければならないんじゃないかって……

 

だが、そんな呪縛も解き放たれた。

 

同志たちは復讐なんて望んでいなかった。

 

ただ自分の分まで生きて欲しいって……!

 

「だが、全てが終わったわけじゃない」

 

そう、目の前の邪悪を滅しない限り悲劇は続く。

 

「バルパー・ガリレイ。あなたを滅ぼさない限り第二、第三の僕たちが生まれる」

「ふん、研究に犠牲はつきものだというものだ。昔からそういうものだ」

 

やはりあなたは危険過ぎる!

 

「木場ぁぁぁぁぁぁぁぁ! フリードの野郎とエクスカリバーをぶっ叩けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

―――イッセーくん

 

「お前はグレモリー眷族の『騎士』で俺の仲間だ! ダチなんだよ! あいつ等の無念晴らしてやれぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

キミは……少しスケベだけど、誰よりも熱くて誰よりも優しいね……自分のことを省みずに僕を見捨てなかった……

 

「祐斗! 決着を付けなさい! あなたは私の『騎士』だからエクスカリバーごときに遅れは取らないはずよ!」

「祐斗くん! 信じてますわ!」

 

リアス部長……朱乃さん……

 

「……祐斗先輩!」

「ファイトです!」

 

小猫ちゃん……アーシアさん……

 

そして、一番意外な人からも激励をもらう。

 

「祐斗ぉ! ここがお前の分岐点だ! ここでケリ付けられねばこの先は地獄でしかない! ここで死んで楽になるか、生き延びて奴らの想いと共に生きて戦い抜くか! 決めるのはお前だ!! もしその気があるなら……勝ってオレに一歩近づいて見せろ!!」

 

カリフくん……君は普段から僕らと同調はしないけど僕たちを信じてくれている。

 

ならば応えよう……君の、皆の期待に!!

 

「うぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 折角良い気持ちだったのにダイッキライな歌なんて歌われて玉のお肌がガサガサになっちったよぉぉぉぉ!! もう決めた! お前等刻んで落ち着くことにしますわ!!」

 

フリード・セルゼン……この者の中にある同志たちの魂をこれ以上悪用させるわけにはいかない!

 

「僕は皆の剣になるっ! 想いに答えてくれ! ソード・バースッ!!」

 

僕のセイクリッド・ギアと同志たちの魂が融合されていく。

 

そしてその想いは形を成し、一本の剣を創った。

 

神々しい輝きと禍々しいオーラ放つ一本の剣が『騎士』の前に現れる。

 

皆……これが皆との力を合わせた形……ついにできたよ。

 

「バランス・ブレイカー、『双覇の聖魔剣』(ソード・オブ・ビトレイヤー)。聖と魔を宿す剣の力、その身に味わえ」

 

僕は『騎士』のスピードを活かしてフリードへ走り、何度もフェイントを入れて真横から斬りかかる。

 

だが、フリードはそんな一撃さえも受け止めた。

 

流石に手強い……

 

だが、そのエクスカリバーのオーラは僕の魔剣にかき消させてもらったよ!

 

「ッ!? 本家本元の聖剣が駄剣に凌駕されたってのか!?」

「偽りの聖剣に僕たちの想いは砕けないっ!」

「そんならこれならどうですかい!!」

 

フリードは大きく離れて僕に剣を伸ばす。

 

これはエクスカリバー・ミミックの形を変える効果か!?

 

イリナさんがイッセーくんから逃れるために使った方法だな!

 

しかもあの時よりも速い!

 

これは……『天閃の聖剣(エクスカリバー・ラピッドリィ』か!

 

やがては枝分かれして四方八方から最速で向かってくるが、今の僕には通用しないよ!

 

フリードの殺気を辿っていけば自ずと道は開かれる!!

 

僕はそれらを全て聖魔剣でいなすと、フリードは驚愕の表情を浮かべる。

 

「―――っ!? そんなのアリですかぁぁ!? ならばこれも使っちゃうよぉぉぉ!」

 

今度は剣の刀身が消えた。

 

透過現象……これは『透明の聖剣(エクスカリバー・トランスペアレンシー)』の刀を透明にする力

 

だけど無駄だよ……その無駄な殺気が全てを吐露して僕に進むべき道を教えてくれてるのだから。

 

透明の枝分かれした刀身を聖魔剣で捌き続ける。

 

「なんでっさぁぁぁぁぁ!?」

「いいぞ、そのままだ」

 

驚愕するフリードと僕の間に横殴りでゼノヴィアが割り込む。

 

左手に聖剣を持ったまま空いた右手を宙に仰ぐ。

 

「ペトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ。我が声に耳を傾けてくれ」

 

彼女は言霊を発して集中しているが一体……と、思っていると彼女の周りの空気が歪む。

 

その歪みに彼女は手を突っ込んで無造作にまさぐる。

 

遂にその歪みから一本の剣を取り出した。

 

「この刃に宿りしセイントの御名において我は解放する―――デュランダル!」

 

デュランダル!?

 

エクスカリバーに並ぶ伝説の聖剣じゃないか! しかも斬れ味だけなら最強クラスだと言われている。

 

「デュランダルだと!?」

「貴様、エクスカリバーの使い手ではないのか!?」

 

これにはバルパーもコカビエルも驚愕する。

 

「残念ながら私は元々からデュランダルの使い手でね。エクスカリバーを兼任してただけだよ」

「だが、私の研究ではデュランダルの域には達していないはず!」

「だろうね。ヴァチカンでも人工デュランダル使いはいない」

「なら何故……!」

「私は人工的ではなく、デュランダルに祝福された天然物さ」

 

それにはバルパーは愚か僕たちでも驚いた。

 

「デュランダルは想像を遥かに超えた暴君で触れた物は問答無用に斬り刻む。私の言うことも聞いてくれない故に異空間へ閉じこめておかないと危険極まりない代物だ」

 

そう言いながらゼノヴィアはデュランダルをフリードに向ける。

 

「さて、フリード・セルゼン。お前のおかげでエクスカリバーとデュランダルの頂上決戦が実現する。一太刀で死んでくれるなよ? そうなっては面白くないからな」

 

デュランダルから膨大な聖のオーラが放たれた。

 

僕の聖魔剣のオーラを上回っている!?

 

「そんなのアリですかぁぁぁぁぁ!? ここにきてのチョー展開! んな設定いらねえんだよクソビッチがっぁぁぁぁぁぁ!」

 

フリードが成長せずに殺気を剥き出しにゼノヴィアに高速で透明の枝分かれした聖剣を放つ。

 

だが、ゼノヴィアはデュランダルを片手で一振りするだけで金属の砕ける音が響いた。

 

折れた枝別れのエクスカリバーが姿を現し、デュランダルからの剣風で校庭の地面が深く抉れる。

 

この威力、エクスカリバー・デストラクションを上回っている!

 

「所詮は愚か者の扱う聖剣……デュランダルの相手にもならなかったよ」

 

ガッカリしたようにゼノヴィアが呟く。

 

「マジかよマジかよマジかよ! 伝説の聖剣ちゃんが木端微塵の四散霧散かよっ! こいつぁひでえっ! やっぱ折れた物を再利用するのがいけなかったんでしょうか!? 人間の浅はかさと教会の愚かさを垣間見た俺様は成長していきたい!」

 

さっきまでの殺気も消え失せたフリードと距離を詰める。

 

フリードも僕の動きに対応できていない。

 

僕の聖魔剣をエクスカリバーで受け止めようとする。

 

だが、金属の砕ける儚い音を断末魔にエクスカリバーは砕け散った。

 

「見ていてくれたかい? 僕らの力はエクスカリバーを越えたよ」

 

フリードは斬られた箇所から鮮血を撒いてその場に倒れた。

 

 

―――勝った

 

そんな達成感と共に虚脱感が体を崩した。

 

これで僕の生きる目的が一つ……

 

「なに安心しきってんだゴラァッ! 戦いの最中に腰下ろして殺されてえのかこのマヌケがっ!」

「ハイッ!」

 

カリフくんの怒りに体が震えて反射的に構える。

 

危なかった……なんだかんだで彼の恐怖はイッセーくん同様に僕にも染み込んでるようだ。

 

だけど、それもいい喝になったのは確かだ。

 

「聖魔剣だと……? 反発し合う二つが合わさるなど……」

 

まだバルパー・ガリレイがいた。

 

彼を滅ぼさぬ限り第二、第三の僕たちが生まれてくる。

 

それだけはあってはならない!

 

「バルパー・ガリレイ。覚悟を決めてもらおう」

 

聖魔剣を向けてバルパーに斬りかかる。

 

同志たち、これで終わるよ。

 

「……そうか分かったぞ! 聖と魔、それらを司る存在のバランスが大きく崩れているのなら説明はつく! つまりは魔王だけでなく神も―――」

 

何かに思考が達した彼に異変が起こった。

 

彼の体が縮んだ。

 

「ぐぎゃあぁぁぁぁ!」

 

いや、違う!

 

彼の両足がいつの間にか切断されて崩れ落ちたんだ!

 

バルパーが崩れたと同時に背後から光の槍が飛んできた。

 

この槍、コカビエルか!

 

部長たちやイッセーくんたちがコカビエルに構えるが、コカビエルだけは僕らを見ていない。

 

「……何故だ?」

 

嘗めているのかと思っていたのだけれど、視線は堂々と腕を組んで不敵に笑うカリフくんに向いていた。

 

コカビエルの謎の質問にカリフくんは不満そうに答える。

 

「そいつは生かさず、殺さずにジワジワとぶち殺すと決めた物だ……だれに断って手ぇ出してんだコラ」

 

―――!

 

静かな口調だけど確実に怒りを燃やしている。

 

純粋な怒りはダイレクトに僕たちにさえ伝わってくるほどだ。

 

「ふん、堕天使の俺を前に尻ごみせんか……勇敢か、ただのバカか……」

 

対するコカビエルも小馬鹿にした口調で返す。

 

コカビエルは再び僕たちに向き直ると片手を添えてカリフくんに向ける。

 

すると、カリフくんを囲むように光の檻が現れた。

 

「魔力も無ければ気も特別なエネルギーもない人間は黙って見ていてくれたまえ。さっきのバルパーになにかしたトリックは使わん事だ」

「……」

 

カリフくんも動じる様子は見られない。

 

……コカビエルがカリフくんの実力を見誤っている?

 

そんなことがあるのか? 歴戦の堕天使に限って

 

そう思っていたが、ここで気付いた。

 

カリフくんの怒りは伝わってくるけど……それだけだ

 

なんだか普段の威圧感がすっかり身を潜めている。

 

一体なにがあったんだ!?

 

「……赤龍帝の力を最大限まで上げて誰かに譲渡しろ」

 

僕が思考に耽っている間にコカビエルは挑発的に猶予を与えてきた。

 

それには部長が激昂する。

 

「私たちに猶予を与えるというの!? ふざけないで!」

「ふざけないで? それはこっちの台詞だ。この俺に勝てると思っているのか?」

 

眼光で凄まれるだけで全身を射抜かれるような恐怖を覚えた。

 

―――これが聖書に記される古の堕天使の力……

 

こんなプレッシャーはライザー戦でも今まででも味わったことが無い。

 

こんなのにどうやって勝てば……

 

コカビエルに威圧される中、一人だけがいつも通りだった。

 

「イッセー……譲渡してやれ」

「カ、カリフ……」

 

カリフくんは光の檻の中で悠々と腕を組んで言った言葉

 

それにコカビエルも鼻を鳴らす。

 

「そういうことだ。そうでもしなければ勝負になるはずがない」

「あぁ、だからイッセー。ハンデくらい与えてやれ………全ての力をコカビエルに譲渡だ」

 

―――へ?

 

カリフくんが何を言った……?

 

イッセーくんは愚か部長たちまで全員が呆気に取られた。

 

唯一、コカビエルだけがカリフに反応した。

 

「……今、何て言った?」

「その耳は飾りか? 力をお前に渡してハンデやるっていってんだよボゲが」

 

……うん、つまりパワーアップはコカビエルに……

 

 

 

『『『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』』』

 

突如としてその場の全員の驚愕が一つに合わさった。

 

それはそうだ! 相手は伝説の堕天使だというのにさらにパワーアップって!

 

「何考えてんだカリフ! そいつは俺でもわかるほどやばいんだぞ! そんなことしたら俺たちの勝ち目が……!」

「なに勘違いしてやがる。やるのはオレだけだ」

「なっ!」

 

あまりに無茶な申し出にゼノヴィアでさえも驚愕する。

 

「止めなさい! 歴史に名を刻む古の堕天使なのよ! あなたが勝てるわけないじゃない!」

「いけませんわ! いくらあなたが強くても相手が悪すぎます!」

「……冷静になって!」

 

言葉さえ出ないアーシアさんを除いた部員全員がカリフくんに呼びかけるが、カリフくんはいつもの様子で言い放つ。

 

「冷静になるのはお前たちだ。仮にお前等のだれかに譲渡してそいつに勝てるとでも?」

「そ、それは……」

「こいつはオレの家を好き勝手してくれたんだ……これで朱乃か小猫にまで手ぇ出すってんなら……どうなっても知らんぞ?」

 

カリフは冷たい目でコカビエルを見据える。

 

「奴等に許可なく手出してみな。オレの弟子はオレの所有物……それを奪うってんならオレが直々にぶち殺す」

「カリフくん……」

「……」

 

カリフくんの言葉に呆然とする朱乃さんと小猫ちゃんだが、癪に障ったのかコカビエルは小刻みに体を震わせる。

 

「そうか……そんなに死にたいなら今すぐ殺してやろう!」

 

コカビエルは右手に特大の光の槍を投合してカリフくんに向かう。

 

不味い! 今の彼では逃げられない!

 

そう思うや否や僕よりも先にコカビエルの頭上に雷ができた。

 

「雷よ!」

 

朱乃さんが急いで繰り出した雷は轟音を轟かせてコカビエルに向かうもコカビエルは黒い羽を羽ばたかせるだけでかき消した。

 

「俺の邪魔をするか!? バラキエルの力を宿す者よ!」

「私をあの者と一緒にするな!」

 

朱乃さんの繰り出す雷の嵐も全てコカビエルの羽ばたきにかき消されてゆく。

 

そこへ横にゼノヴィアが後ろから通り過ぎる時に呟いた。

 

「同時に仕掛けるぞ」

 

それを引き金に僕も聖魔剣を握って駆け出す。

 

雷に対抗していたコカビエルに先に仕掛けたのはゼノヴィアだった。

 

コカビエルはデュランダルに対抗すべく片手に光の剣を投合して迎え撃った。

 

「デュランダルとは恐れ入った。こちらの輝きは本物のようだが、しかぁぁぁぁし!」

 

コカビエルの蹴りが彼女の腹部を捉えた。

 

「ぐふ!」

 

苦悶の声を洩らして彼女は吹き飛ばされた。

 

「武器を活かすも殺すも使い手次第! お前ではまだまだデュランダルの真の力を引き出すには遠いぞ!」

 

ゼノヴィアは空中で態勢を立て直し、再び斬りかかる。

 

僕はそれと同時にしかける。

 

「コカビエル! この聖魔剣であなたを滅ぼす! これ以上僕の仲間に手は出させない!」

「聖魔剣と聖剣の同時攻撃か!? ハーッハッハ! いいぞ、それでいい!!」

 

歓喜しながらもう片方の手に光の剣を創造して僕たちと迎え撃つ。

 

両手の光の剣に比べて手数は僕たちが圧倒的有利だというのに、ゼノヴィアのデュランダルとエクスカリバー、僕の聖魔剣を難無くいなしていく。

 

剣の技量でさえも僕たちより上か!

 

そんなコカビエルの死角に紛れて小猫ちゃんが拳を撃ち込んでくる。

 

「やらせない!」

「嘗めるな!」

 

普通なら直撃の怪力の一撃を避け、コカビエルは翼を刃に変えて小猫ちゃんを斬り裂こうとする。

 

「!?」

「小猫ちゃん!」

 

スピードを司る僕だからこそその状況に戦慄した。

 

刃の羽が小猫ちゃんを斬り裂こうと迫っている。

 

小猫ちゃんも直前で理解したように驚愕するももう退けない。

 

「させるかぁぁぁぁ!」

 

僕は動く体を無理矢理止めて軌道を変えようとするも間に合わない!

 

そんな僕を嘲笑うかのようにコカビエルの羽は小猫ちゃんの体を一閃した。

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

だが、小猫ちゃんの体からは血など噴かなかった。

 

それどころか僕たちの予想を越える光景があった。

 

「なっ!?」

「っ!?」

 

なんと、コカビエルと小猫ちゃんの間に割って入って刃の羽を指だけで受け止めるカリフくんだった。

 

僕が慌ててカリフくんのいた光の檻に向く。

 

そこにあったのは無理矢理引きちぎったように砕かれた檻だけが残っていた。

 

「きさっ……! 何をした!? あそこでの距離を俺に気取られることなく……!」

 

流石のコカビエルも驚愕を露わにしてがなりたてると、カリフくんは上目でコカビエルを睨み……

 

「ふっ」

 

たった一呼吸に間に繰り出したパンチがコカビエルの腹部を捉えた。

 

「オゴォ!」

 

今度はコカビエルが苦悶の声を洩らして吹き飛んだ。

 

だが、その後にコカビエルの様子が変わる。

 

「オゴ! グハッ! ゲボ! ガハ!……」

 

吹き飛んでいただけのコカビエルの体が独りでに衝撃音を轟かせて弾けた。

 

これはイッセーくんから聞いたことがあるカリフくんの『釘パンチ』という技か!?

 

一見したら一発しか出していないパンチでも本当は小刻みに十発以上の打撃を与えて時間差攻撃する神業だと聞いた。

 

「ガッ! ゲッ! ウグッ! ゴハッ!……」

 

だが見ていても確実に十以上も繰り出されており、二十など既に達しているだろう。

 

コカビエルの体が宙を舞ったり地面に見えない力で押さえつけられたりする様は異様に思えた。

 

「……」

「小猫」

 

呆然と見ていた小猫ちゃんがカリフくんに呼ばれて向き直る。

 

その瞬間にカリフくんの拳が小猫ちゃんの頭を小突いた。

 

「~~~っ! 痛いよ!」

「さっきの喰らったらそれでは済まなかったんだが?」

 

涙目の小猫ちゃんだが、カリフくんの一言で言葉を詰まらせる。

 

「さっきの無茶な突貫はなんだ? 相手は遥かに格上だってのになんの工夫も無く馬鹿正直に突っ込んで自殺してたようなものだが?」

「……でも、」

「言い訳は結構だ。今度そういうのやったら本気でぶん殴る」

 

威圧的に、一方的に諌める言葉は小猫ちゃんから元気を奪った。

 

いつもの毒舌も出せずに俯く様子の彼女を見ていると心が痛む。

 

そんな彼女に呆れたかのようにカリフくんは嘆息した。

 

「……お前になんかあったらオレもが困る」

「え?」

 

小猫ちゃんが不思議そうな表情を浮かべる。

 

「お前はもう鬼畜家の人間みてえだからな。お前や朱乃は親父たちにとって必要不可欠な存在だ」

「え……あ……あの……」

「それに、お前をここで失うわけにはいかんのでな」

「え、あぅ……」

 

いつの間にか小猫ちゃんの頬がほんのりと紅に染まりながら何て言えばいいのか戸惑っている。

 

まさかカリフくんって小猫ちゃんのこと……

 

それにも気付いていないかのようにカリフくんは気だるく言う。

 

「まあ、これからもオレのストレスの捌け口くらいにはなってもらうからな、そこが一番重要だしな」

 

……うん、まあそっちの方が彼らしい……かな?

 

見た感じでも聞いた感じでもそう言った気ではなくて純粋に人材を失うのが惜しいとしか言ってないように聞こえる。

 

「………」

 

いつの間にか小猫ちゃんの頬も元に戻ってムスっとカリフくんをジト目で睨んでいた。

 

確かに女性の気持ちをある意味で裏切られたんだからね。

 

「何だその目?」

「別に」

「それはなによりで」

 

小猫ちゃんなりの拗ねた八つ当たりもカリフくんは笑って受け流す。

 

カリフくんって相手をからかうのが好きなのかな?

 

僕たちが呑気に緊張感を忘れていた時だった。

 

遠くで攻撃を受けきったコカビエルがこっちを睨んできた。

 

「がはっ!……貴様、何者だ……」

「ほう、受けきっても内臓はおろか脱臼で済ませたか。それなら二、三倍のパンチをもうちょい力入れても問題なかったな」

 

その言葉からして彼が手を抜いたことを彷彿させる。

 

あれだけの猛攻を出しておいて手を抜いたって……まだまだ彼の底は計り知れないな。

 

「今のパンチを受けて把握した……あれだけの実力を潜めるのを見て納得できた! この面子の中で最も強いのは貴様だな!?」

「隠した? 気付かないのが悪いんでは?」

 

カリフくんの言葉にコカビエルはその口角を吊り上げた。

 

「ふははははははは! まさか貴様のような人間が存在したとはな! 純粋な身体能力だけで俺に傷を付けたのはお前が初めてだ!」

「じゃあ貴重な体験もこれで最初で最後だな……構えろ」

「ククク……それでは悪魔たちが暇になるだろう……この子たちを遊ばせよう」

 

コカビエルが指を鳴らすと僕らの周りの空間が歪み、そこから数多のケルベロスが顔を出す。

 

「な、なんだよこれ!!」

「こんなに多くのケルベロスを学園に放つ気だったのね!!」

「ケルベロスだけではありません! ヒュドラや他の魔獣もいますわ!」

「ふははははは! 今のお前たちにとっては丁度いい相手ではないのか!? 精々可愛がってもらうがいい!」

 

100は下らない数のケルベロスなどの様々な魔獣が僕たちを捉える。

 

部長や朱乃さんとイッセーくんは臨戦態勢でアーシアさんを守るように四方を睨む。

 

「くそっ! この物量は手に負えんぞ」

「だが、やるしかないよ」

「ああ」

「……!」

 

僕とゼノヴィア、そして小猫ちゃんも構える。

 

「グルルル……ガオゥ!」

「シャーッ!」

 

獣の唸り声で空気がヒシヒシと揺れるのが感じられる。

 

だけど、このまま無抵抗で殺られるわけにはいかない!

 

僕は同志の分まで生きて仲間を助ける剣とならなければならない!

 

「最高の見世物ではないか! こういうのはお好きかな? 異端の人間よ」

「ちっ、面倒なことを……」

 

吐き捨てるようにカリフくんは溜息を吐いたところで最初の一匹目が牙を見せて向かってきた。

 

このまま迎え撃とうと足に力を入れた時だった。

 

 

 

 

―――ザワッ

 

『『『!?』』』

 

突如として悪寒が走り、体中の力が抜けた。

 

そして悪寒は不安となり、恐怖となった。

 

「な……ぁ……」

 

僕はその場に剣を落として膝を地面に付いた。

 

周りを見ると僕と同じように全員が大量の脂汗を流して恐怖に耐えている。

 

痛みで悶えていたバルパーに至ってはあまりの恐怖に泡を拭いて失神し、倒れているフリードは体を痙攣させている。

 

そして、それは僕たちだけでなく魔獣たちにも同様の事が起こっていた。

 

だが、僕たちと違ったのは魔獣たちの視線の先

 

狂暴な魔獣たちが足を止め、見て分かるように怯えていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

落ち着いてきた僕はゆっくりと悪寒の出所を恐怖と戦いながら振り向く。

 

「こ、こんなことが……!」

 

なんと、そこには悠々と魔獣たちを見据えるカリフくんがいた。

 

だが、様子は一転して見えていた。

 

なぜなら、彼の背後からは巨大な鬼のような化物が僕たちを見下ろしていたのだから。

 

「な、なんだこいつは……」

 

ゼノヴィアもその化物を見上げて威圧に耐える。

 

「良い子たちだぁ……そのまま帰れ」

 

そんな中でカリフくんが小さな腕を伸ばすと化物も一緒に手を伸ばす。

 

その言葉を理解したのか、囲っていた魔獣たちは躊躇いも無く背中を見せて空間の歪みの中へと一目散に逃げて行った。

 

カリフくんと一心同体の動きを見せる化物の手は僕たちの頭上の所で止まった。。

 

『あ、相棒……これは……』

「わ、分からねえ……だけどカリフがまた何かやったとしか思えねえ……」

『あぁ、俺でも足がすくむようなこの重圧……他のセイクリッド・ギアも怯えている……』

 

どこからか漏れてきた声を確認して僕の聖魔剣を見ると、確かにカタカタと震えている。

 

それどころか隣のゼノヴィアまでもが驚愕していた。

 

「デュ、デュランダルが聖のオーラを潜めた……だと?」

 

見ると、たしかにあの強力なデュランダルの力の波動が感じられなくなった。

 

それどころか全く反応も見せず、彼女のエクスカリバーもその輝きが弱くなっている。

 

「まるで、調子乗り過ぎた子が親に怒られて静かになったような……そんな感じだ」

「随分と日常的ですね……ですが適切です」

 

震えている小猫ちゃんから例えの賞賛を貰った。

 

こんな時でもブレないね。

 

「その化物……いや、それがお前の『オーラ』か?」

「いや……『野性』だよ」

 

目を鋭くさせたコカビエルに答えると、その化物は姿を消し、重苦しい空気が元に戻った。

 

「パントマイムというものまねの芸と同じか……一流のパフォーマーは重みの無いバッグを持ち上げる演技で他人に存在しない『バッグ』を錯覚させる。お前はそれを威圧だけで実現させたのか……」

「……どういうことだよ?」

 

少し回復したイッセーくんがコカビエルに聞くと、愉快そうに笑う。

 

「つまり、さっきの化物はお前たちの『想像』そのものだ。そこの人間の圧倒的な威圧のクオリティーの高さにあの化物を連想させられ、ダイレクトに伝わって来たのだ」

 

その真実に僕たちは絶句する。

 

じゃあさっきの化物はカリフくんの威圧が形になった『僕たちの想像』だったというのか!?

 

鮮明に姿を見せ、具現化するほどのクオリティーの殺気が見せた幻は僕たちに衝撃を与えた。

 

まさか殺気だけでここまで表現力を伝えるなんて、どんな強者でも不可能に近い!

 

それをカリフくんが易々と実現させたと言うのか!?

 

「しかもさっきの威嚇……本気を出してないな?」

「あれ以上はこいつ等が耐えられん。それにあの犬どもも生きるためにやってることだからな。あれ以上怒ったら可哀そうだろ?」

 

もう言葉が出ない。

 

二人の会話は僕たちが介入できないほどの高次元のものだ。

 

あれに耐えるコカビエルもだが、あれで本気を出していないカリフくんの強さに戦慄さえ覚える。

 

僕たち悪魔が数百年かけてやっと辿りつける境地にカリフくんはたったの十六年で至った。

 

それと同時に理解した。

 

コカビエルと対峙できるのはカリフくんだけだと……

 

「ふははははははは! これは素晴らしい! 技術、パワー、スピード、威圧においても超一級品! もはや魔王、いや、神クラスではないか!」

「まだまだ修行不足よ」

 

カリフくんはコカビエルに対して無手で構え、手招きして挑発する。

 

「来なよ」

「いいだろう! お前なら俺を楽しませてくれよう!!」

 

向かってくるコカビエルに対してカリフくんは両足を広げて迎え撃つ姿勢を見せる。

 

その際にもカリフくんの『野性』となる鬼が現れ、両手にフォークとナイフを持っているのが見えた。

 

まるでコカビエルを食事するかのように……

 

コカビエルは構わずに光の剣を出してカリフくんに斬りかかるが、カリフくんは右手に手刀に変えてナイフのイメージを創り出す。

 

「……」

「ぬぅ!」

 

無言でナイフでコカビエルの光の剣を受けきった。

 

それどころか突進を加えたコカビエルの力を無にする所か若干圧倒しているようで、コカビエルの体位が下がった。

 

「素手で聖の力を受け止めた……なんてデタラメな……」

 

ゼノヴィアが信じられない物を見るように凝視している。

 

その気持ち良く分かるよ……

 

「そら!」

「おろ?」

 

コカビエルが空いた片手で光の剣をもう一本創ってカリフくんに斬りかかるが、焦ることなくカリフくんも迎え撃つ。

 

同様にカリフくんも空いた手で今度はフォークを創った。

 

「フォーク!」

 

付き出した手は光の剣を止め、指で剣を絡ませる。

 

「ご開帳ぅ!」

「なに!?」

 

フォークを捻ってコカビエルから剣を弾き、態勢を崩す。

 

そこへ間髪入れずにカリフくんの膝が突き刺さった。

 

「うごぉ!」

 

コカビエルは口から唾液を零し、目玉が飛び出さんばかりに目を見開く。

 

少し吹っ飛んだコカビエルに対し、カリフくんは両手をズボンのポケットに入れる。

 

「こっち見ろ」

「!!」

 

吹っ飛んでいくコカビエルに追いつき、そのまま足蹴りを叩きつける。

 

コカビエルを追いながら前蹴り、横蹴り、回し蹴りをなんとか僕の視界に入るくらいの速度でコカビエルに入れたのが分かった。

 

「ぐああぁぁぁぁぁ!」

 

彼方へ飛ばされていくコカビエルを見据えると、突然にカリフくんの姿が消えた。

 

僕でも目に見えないほどの速度だったのか、コカビエルの飛んでくる場所へ先回りして蹴りを喰らわせる。

 

成すすべなくコカビエルは上空へ飛ばされるも、カリフくんは今度は紅いオーラを纏って飛び上がり、コカビエルの元へ向かう。

 

そして追いつく頃には頭上で手と手を組んで鈍器を創り出す。

 

「せいやあぁぁぁ!」

「―――っ!」

 

素手でできた鈍器をコカビエルに振り降ろし、地に勢い良く落とす!

 

猛スピードでコカビエルが墜落すると、途端に砂煙の柱ができる。

 

辺りの地面が地震のように振動する。

 

カリフくんが降りてきて威嚇に当てられて気絶していたバルパーの足を乱暴に掴む。

 

何をする気だ?

 

「このぉぉぉぉぉ!」

 

埃まみれになったコカビエルが両手の光の剣と共に自身の黒い翼を刃に変えて向かってきた。

 

それを見たカリフくんはここで僕たちの予想を大きく超える行動をした。

 

「いくぞ!」

 

その瞬間にバルパーは姿がブレるほど高速で振り回された。

 

バルパーの服は瞬間に起きた風圧で斬り裂かれ、上半身が露わになる。

 

「う、うぐ……」

 

バルパーは意識を取り戻すと同時に目と鼻から出血を起こす。

 

姿勢も背中を反り返されて呼吸も苦しそうだ。

 

そして、気になったのは迎え撃とうとするカリフくんの態勢だった。

 

「ヌンチャク……」

 

部長の言う通りバルパーをヌンチャクに置き換えると、カリフくんの構えはそれほどまでに似合っていた。

 

「秘技・『ドレス』」

「うおおおおおぉぉぉぉ!」

 

向かってきたコカビエルの光の剣と振るったバルパーがぶつかり合った。

 

「がぁぁぁ……」

 

唯一、光に焼かれ、衝撃による痛みにバルパーが血に濡れていた。

 

カリフくんは大きく後退し、魅せつけるかのようなヌンチャクパフォーマンスをバルパーで演じる。

 

ヌンチャクの軌跡を描く度にバルパーの血でなぞられていく。

 

「面白い! 面白過ぎるぞ! 数百年も生きてきたが、貴様のように突飛のなく、豪快で御し難い戦い方をするイカれた奴など見たことも無いわ!!」

 

コカビエルも歓喜しながら黒い翼で斬りかかる。

 

「よもや人をそこまで本物の武器のように扱うとはな! センスはもちろん、人の関節、武器での立ち回り方、そして人智を越えた腕力と俊敏さと器用さなどの全ての要素がなければこんな芸当などできぬ! 貴様、場数を踏んでいるな!?」

「さてねっ!」

 

翼と光の剣の四つの刃を全てバルパーの体をぶつけて相殺し、いなし続けていいる。

 

もうこれは才能だとか経験なんてものでは済まされないぞ!

 

「げはぁ!」

 

だが、打ち合っているとバルパーの全身から骨の折れる音、きしむ音、捩れる音といった不快な音が響いてきた。

 

そのまま続けられれば間違いなく死ぬだろう。

 

「た、助け……て……」

 

振り回されて脳の中に血が溜まっているはずなのに振り回されながらも命乞いをしてきた。

 

穴という穴から血を拭き出して命乞いするバルパーに同情すら覚える。

 

このまま痛めつけられながら、裏切られて死んでいくのだから。

 

だけど、そんな必死の命乞いも無駄に終わる。

 

カリフくんはバルパーの折れた腕を掴んで……

 

「ふん!」

 

一気に引きちぎってコカビエルに投げつけた。

 

痛みも感じなくなったバルパーは小さい声で命乞いを止めることはない。

 

「くだらんな!」

 

投げられたバルパーの腕を光の剣で叩き落とそうとするコカビエルにカリフくんは余裕の笑みを浮かべる。

 

「いいのかな? そんなことして」

「む!?」

 

その言葉と同時にバルパーの腕が沸騰するかのように膨らみ始め、コカビエルの傍で大爆発を起こした。

 

「ぐぅぅぅ!」

 

カリフくんは一歩下がってやり過ごし、コカビエルは二つの翼でガードしたが、ガード越しに伝わるダメージに苦悶の声を洩らす。

 

それでも耐えきったコカビエルはボロボロになった翼をしまって着地する。

 

「GYAAAAAAAAAAAAAAA!!」

「こいつっ!」

 

そこへカリフくんが息もつかぬ、目を不気味に光らせて野性本能剥き出しの形相でバルパーの顔を掴んでコカビエルにぶつけようとする。

 

だが、バルパーの頭を光の剣で突き刺すことで止めた。

 

―――これが長年の仇の呆気ない最期となった。

 

ただの肉塊となったバルパーを残し、カリフくんは空いていた片手をコカビエルたちに向けてエネルギーを溜める。

 

 

「!! しまっ……!」

 

反応が一瞬遅れて逃げようとするコカビエルだったが、既に軍配はカリフくんにあった。

 

「クレイムハザード!」

 

カリフくんの手から莫大な、コカビエルの特大の光のエネルギーとは比べ物にならないほどに大きいエネルギーが放たれた。

 

エネルギー波はコカビエルを、バルパーの亡骸をも呑みこみながら校庭の土を抉り進んで結界の手前で大爆発を起こした!

 

「うわああぁぁぁぁぁ!」

「う……く……」

 

皆がそれぞれ爆発の衝撃に耐えて飛ばされないように踏ん張っている。

 

心配のアーシアさんは!……イッセーくんが支えてくれていたようだから良かった。

 

しばらくして爆発の余波も弱まり、僕たちがその着火点を見据えると、圧倒的な光景が広がっていた。

 

「が……あぁ……」

 

もはや満身創痍といった様子で全身を焦がし、傷だらけになったコカビエル

 

「そう、殺さない程度に抑えたんだ。死んでもらっては困る」

 

そして、悠々と腕を組んでコカビエルを見据えるカリフくんだった。

 

―――すごい

 

だれがこんな結果を予想できたというのだろうか……

 

相手は伝説に名を残す堕天使の幹部だというのに……それを圧倒しているのは僅か十六歳の人間なのだ。

 

気と腕力と戦闘センスだけでコカビエルを圧倒してしまった。

 

「凄いわ……まさかこんなことが……」

「おいおい……マジかよ……」

 

部長もイッセーくんも驚くのも無理はない。

 

さっきまで皆が束になっても足元にも及ばなかった相手にカリフくんは一人で、しかも本気を出さぬままに追い詰めてしまった。

 

本当にすごい……僕たちはこんなに強い人と修業してたのか……

 

だが、コカビエルは未だに息がある。

 

「あ、侮っていた……まさかこんな人間が……」

 

息絶え絶えになって足を引きずる。

 

未だに抗おうとするコカビエルの形相に僕たちは底冷えを覚える。

 

奴には未だに抗おうとする精神と執念が見られる。

 

「なんだ? まだ殴られ足りないってか? まだまだやってもいいんだぞ? 時間ならたっぷりあるからな」

 

カリフくんの挑発も大したものだね。彼は自分を表現して相手に伝えるのが美味い分、相手への怒りも容易く呼び起こしてしまう。

 

「ま・さ・か、十数年しか生きていないガキ相手にもうお疲れか? そんなことで続くかぁ~? 続くかぁ~? 続ぅ・くぅ・かぁ・なぁ~?」

『『『……』』』

 

この必要以上にわざとらしい言い回しもコカビエルの怒りを買うためなんだろうね……うん、そう信じたい。

 

でも、なんだか彼が本気で楽しんでいるようにしか思えなくなってきた。

 

さっきまで小猫ちゃんを励ましていたカリフくんはどこ行った!?

 

心の中で突っ込んでいると、コカビエルは流れる鮮血が撒き散るのも構わずに怒声を上げる。

 

「なぜ、お前はそこまで戦える!? 貴様等が崇める主人を無くしてまで信徒と悪魔やお前のような人間はなぜ戦う!?」

「……どういうこと?」

 

部長が怪訝な表情で問うと、コカビエルは僕たちの無知に苛立つかのようにまくし立てる。

 

「お前たち下々の者は知らんだろうがこの際教えてやる! 先の大戦で死んだのは四大魔王だけでなく神も死んだのさ!」

 

……な、なんて……今、彼は何と……

 

この場の全員は信じられないと言った様子だった。

 

「知らなくて当然だ! 戦争の後に残ったのは幹部以外のほとんどを失った堕天使、魔王と上級悪魔の大半を失った悪魔、神を失った天使の弱りきった勢力だ! 三勢力はもはや人間の手を借りねば種を存続できないほどに酷い状況だった!」

 

コカビエルの口から衝撃的な事実が発せられてくる。

 

「そんな……主は……もういないのですか? それでは私たちに与えられる愛は……」

「あるわけなかろう! 今ではミカエルが神の使っていた『システム』を代わりに使っているが、それは神本人が使ってこそ真価を発揮する! どんなに信仰しても貴様のように切られる信徒など腐るほどいるわ!」

 

アーシアさんの嘆きをコカビエルはバッサリと絶ち切る。アーシアさんはその場に崩れ落ちた。

 

「アーシア! おいしっかりしろ!」

 

イッセーくんが介抱するが、別の離れた場所ではゼノヴィアが力無く項垂れていた。

 

「嘘だ……そんなことがあるなんて……」

 

現役の信徒にとって最高の喜びとは神に仕え、その代わりに愛を頂くこと。彼女はそれを生きがいにしていたのだろう……

 

だけど、その神が死んでいた事実は彼女に生きる気力さえも奪っていた。

 

アーシアさんだってそうだ。彼女は悪魔になってしまったけれど、生まれた時から神のために生きてきたのだから今でも捨て切れていなかった。だからこそ、ゼノヴィアと同様に心の均衡を失ったのだろうね。

 

僕だってそうさ。僕の、同志たちの生きてきた意味は何だったのかと考えてしまう。

 

コカビエル傷だらけの体を引きずって叫ぶ。

 

「人間もそうだ! 奴等は弱いからこそ、怖いからこそ強大な物に追いすがる! たとえ姿が見えない偶像でも愛にあやかろうとする弱い生き物だ!」

 

カリフくんに向かって指をさす。もうコカビエルの目にはカリフくんしか写っていない。

 

「分かったか!? これが歴史の真実だ! お前がすがる者はもういない! それでもお前は戦うか!?」

「……」

「そうさ、できるわけなかろう! 戦う理由が無ければ貴様等人間は最も無力なのだからなぁ! はーっははははははははははははは!」

 

無言のカリフくんに狂乱気味にコカビエルは笑い声を上げる。

 

「生きる意味が無いというなら俺と来い! 俺と来ればお前の望みなどいくらでも叶えてやる! 女だろうが金だろうが何でも手中に入れることができるぞ! 俺が神の代わりになって……!」

「こっちを……見ろ」

「!?」

 

コカビエルの勧誘の最中だった。カリフくんはまたしても僕たちの目に写らないスピードでコカビエルの目前にまで迫っていた。コカビエル自身は驚愕に目を見開かせていた。

 

「こっちを見ろぉ!」

 

カリフくんの力強い一言と共に彼の剛腕がコカビエルの顔面に深く突き刺さった。

 

ブチュッと鮮血がコカビエルの顔面とカリフくんの拳の間から飛び出たのが見えた。

 

「オオオオオォォォォォォォォォォォォォォォッ!」

 

あまりに大きいモーションからのパンチは全身の力を総動員させている証拠。カリフくんの今日一番の攻撃がコカビエルの体を拳で浮かせて……

 

「ラアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

 

勢いを落とすことなく地面に叩きつけた。

 

「グボラァァァ!」

 

地面に叩きつけられたバウンドで十数メートルもコカビエルの身体が鮮血を撒き散らせて回った。

 

地面に叩きつけられたコカビルは倒れたまま動かない。だが、カリフくんはいつもの、何も変わっちゃいない様子で不敵に笑う。

 

「神が死んだ? それはそれで結構だが、それが生きる希望を失う理由になるのか?」

 

まるで憤慨しているような口ぶりで続ける。

 

「確かに人は弱い生き物さ。時には裏切り、時には強者の影に隠れるようになぁ……だがよぉ、弱いことは悪いことではない」

 

コカビエルの体が一瞬だけ反応する。

 

「人に限らず、弱いことを自覚している奴の中には恐怖を理解し、受け入れようとする奴もいる」

「それが……人の弱者たる所以……」

「人間賛歌は『勇気』の賛歌、人間の素晴らしさは勇気の素晴らしさ……いつぞや誰かに言った使い回しだがね」

 

その言葉にイッセーくんが驚いてカリフくんを見つめる。そうか、彼にそんなことを……

 

「少なくともオレは神ではなく、いつだって自分を信じて生き延びてきた! 分かるか? 人間はとっくに自分の足で立って生きている! 違うか!?」

 

カリフくんの言葉にコカビエルは言葉を詰まらせた。

 

……そう、だね

 

確かにそうかもしれない。人間の大半は悪魔、天使、堕天使の存在を知らずに生きてきた。

 

だけど、それでも人間は前に進み続けて今の時代を作り上げてきた。確かに最も弱い種族かもしれないけど、人間は諦めるということをしなかったからだ。

 

「そうだ! だから俺はのし上がってハーレム王を目指してる! お前の勝手な都合で部長や仲間たちを傷つけさせねえ! 元・人間の底力見せてやるよ!」

 

イッセーくんもカリフくんに倣ってコカビエルに物申していた。

 

そうか、彼等はまだ諦めていない……それなら僕もここで『生きる』ことを放棄してはならない。

 

思う所があったのか、部長たちや朱乃さん、小猫ちゃん、少しではあるが項垂れていたアーシアさんにさえもの目には戦う意志が感じられた。

 

相手が強大でも『勝つ意思』を見せつけるため、僕たちは立ち上がった。

 

そんな僕たちに思惑が外れたコカビエルは怒りのままに叫んだ。

 

「いつまでも調子にのるんじゃないぞ人間があぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

突如として激昂したコカビエルは力を解放して光の力を周りに発生させた。

 

「くっ! 見えない!」

 

僕たちはあまりの眩しさに腕で顔を覆い、何とかやり過ごした。

 

しばらくして光が止み、目を開ける。

 

「……カリフくん?」

 

だが、そこにはカリフくんとコカビエルの姿が消えている。

 

何処捜しても見つからず、辺りを見回していた時だった。

 

「あれは……」

「どうしたアーシア? 見つかったのか?」

「いえ、ですが空に……」

「空?」

 

アーシアさんの上空を指差す方向を見ると、そこには巨大な光の球が浮いていた。

 

「なんだ……あれ……」

 

イッセーくんの呟きにも誰も答えられない。

 

だが、あの光の球からは僕たち悪魔にとっての教会や十字架を彷彿させるほどの悪寒を感じさせる。

 

もしかしたら、戦いはまだ終わってないのかもしれない……

 

 

 

 

白く淡い輝きを放つ空間内は見渡しても白ばっかりだった。

 

光の球の中、カリフとコカビエルが対峙する中、カリフが珍しそうに辺りを見回す。

 

「なんだここ?」

 

素直にどこだと聞かれると、コカビエルは答えた。

 

「ここは……我が光で創ったコロシアムだ」

「コロシアム?」

 

なぜだか目を吊り上げて興味深そうに反応する。

 

「そうだ、堕天使特有の固有結界といえば分かるか? この結界は外部からの侵略はおろかここから出ることさえもこの結界を創った本人の許可が無ければ互いの干渉も許されない、謂わば堕天使の世界……」

「(オレのワンダフル・パラダイスみたいなものか……)なるほど、どうりで口ほどにも無いと思っていたらこれを創るために力を蓄えていたな? 貴様」

 

あれは夢の世界でもできるけど……とか思っていると、なんだか体がチクチクしてきたのを感じる。

 

全身が微妙な痛みに襲われ始めた。

 

「ん~……痒い。なんだこれ?」

「それも結界の効力。この中を照らす光は主に相乗の力を与え、敵には光の力で徐々に体を焼く。並の相手なら入ってからすぐに立ってられないほどに光の密度を高めたのだが……これで確信した。やはり貴様は危険過ぎる」

 

コカビエルは戦いを好み、楽しむような戦闘狂である。だが、それでも自分の種族が一番とも考える自民族主義でもある。

 

堕天使が至高だという考えだからこそ起きたのがこの事件

 

「まさか人間相手に上級堕天使の奥義を使うとは思わなかったぞ……光栄に思うがいい」

 

コカビエルは重傷のはずなのに悠々と立ち上がり、あまつさえ強大で強力なオーラを発する光の剣を創りだした」

 

「おぉ、さっきより強そうだ」

「そんな軽口がいつまで続くかな? この光は確実に俺に力を、お前に衰退をもたらしている。形勢は逆転したぞ」

 

クックと笑みを浮かべるコカビエルにカリフに含み笑いを浮かべる。

 

「たしかにお前は強くなった……だが、それでもお前の弱点は変わらない」

「ふん、負け惜しみを……」

 

コカビエルが鼻を鳴らしていると、カリフは思わず呆れてしまう。

 

「それが駄目だな。思慮が浅はか、大した見聞もなく自分の能力を過信している」

「……何が言いたい?」

 

怪訝そうに睨むコカビエルにカリフは再度構える。

 

「この世には自分を遥かに凌ぐ奴がまだまだたくさんいる……力や才能で勝てるほどこの世は甘くないぞ!」

 

カリフの体から紅のオーラがうねりを上げた。

 

「冥土の土産だ。貴様が出会ったことのない……格の違いを見せてやる!」

 

さらにカリフのオーラが強くなる。

 

「くっ! まだ上がるのか!」

 

コカビエルは改めてカリフが厄介、いや、危険な相手だと認識を改めた。

 

いつでも迎撃できるように光の剣にさらなる力を込める。

 

だが、カリフの雰囲気がここで変わった。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

咆哮を上げて、さらなる力を捻りだす。際限なく溢れてくる力にコカビエルは焦りを覚える。

 

「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

そして、カリフのオーラが変色し、段々と輝きを見せてきた。

 

「オーラの質が変わった!?」

 

普通なら有り得ない状況にコカビエルは驚愕するが、カリフの力は未だに上がり続ける。

 

「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

髪がざわつき、瞳の色が点滅して変色しかけている様子を見てコカビエルは決心した。

 

(今、ここで殺らねば!)

 

何か不吉なざわめきを覚えてコカビエルは手に持った光の剣をカリフに向けて投げつけた。

 

「死ねぇ!」

 

力一杯フルスイングした剣は真っ直ぐとカリフに向かっていく。周りの光を集めて剣は力を集め続ける。

 

「どうだ! これが堕天使の力よ! 俺の施しを蹴ったことを悔いてあの世に逝くがいい!」

 

コカビエルはここで自分の勝利を確信した。あの光の剣は普段の自分では出し得ないほどのパワーを得てできた必殺の剣。威力だけなら魔王クラスでも一溜まりも無いはず!

 

勝った! コカビエルが名乗りを上げて勝利宣言をした時だった。

 

 

 

 

「だああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

突如としてカリフの雄叫びが光の結界を揺るがし、体から眩い光を発した。

 

「な、なんだ!? くっ!」

 

勝ちを確信していたコカビエルも突然の現象に目を見開いていたが、すぐに眩い光に目を閉じる。

 

カリフからの光は極太の光の剣を飲み込みながら広がり、光の結界を内側から乗っ取ってゆく。

 

光の結界の中で

 

 

 

金色の光が

 

 

 

 

瞬いた。

 

 

 

しばらくして、光が止んだことをコカビエルは薄眼で確認して覆っていた腕を治める。

 

自分の体に異常が無いか、光の結界はなんともないかも確認してからゆっくりと目を開ける。

 

「奴め……今度は何をした……」

 

しばらく目を瞑ってた故に自分の光の結界でさえも眩しく感じ、あまり視界がハッキリとしない。徐々に視力が回復させながら前の一点を見つめる。

 

ぼやけた視界の中でなんとなくだが一カ所だけ色が違うことに気付いた。

 

(あれはなんだ?)

 

もしものためにカリフの不意打ちを警戒しながら前を見据える。

 

だんだん視界がクリアになってきた時、ふと気付いた。

 

一カ所だけ色の違う部分、それは光だった。周りの光とは出力がズレて明るさが違っているからあまり見えてなくても確認はできていた。

 

(今ので結界の構築部に異常をきたしただけか……治すまでも無い)

 

結界よりも厄介なカリフに集中し、いつでも瞬時に動けるように態勢を整える。

 

まだか、まだかと待っているコカビエルの緊張はピークに達し、肉体の疲労にまで繋がる。

 

だが、それによって感覚が研ぎ澄まされ、過敏になった。

 

 

だからこそ気付いたのだろう。

 

目の前の光が全くの別物だということに。

 

(あの光……俺の結界の光よりも輝いている?)

 

ゆっっっくりと、まるでカタツムリの速度で回復していく視界に苛立ちを、妙な光っている部分への警戒を高める。

 

それでも確実に視界が回復するにつれて正体も見えてくる。ただそれが遅いだけ。

 

(中になにかある……なんだ!?)

 

光の中からボンヤリと見えてくる黒い者にコカビエルはさらなる苛立ちを露わにする。

 

「いつまで隠れているつもりだ! 正々堂々と戦え!」

 

八つ当たりと挑発による炙り出しとして怒声を上げた時、返事が返ってきた。

 

「いるぞ? さっきから」

「!?」

 

コカビエルは愕然とした。なぜなら声の出所はそんなに遠くないことが分かった。

 

 

 

 

同時に自分の正面にあることも……分かってしまった。

 

コカビエルの視界がようやく全快した時、彼は信じ難い物を目の当たりにする。

 

「な、なんだそれは!?」

 

謎の光の中にあった謎の影は徐々に人の形を帯び、その輪郭さえも写し出す。

 

 

(こ、こいつ……どこかで!!)

 

 

 

 

 

光よりいでし者、天に背いて自らを称え照らすような逆立った金の髪と全てを見据えるかのような曇りなき碧眼

 

 

 

(そうだ!……俺はこの男を……この感覚を知っている!)

 

 

 

記憶より思い出されるは三つ巴の大戦にて現れた絶対的強者の記憶

 

 

 

(奴が……奴の血族がこの世にいたのかぁっ!!)

 

 

 

 

神さえも、魔王さえも、ドラゴンさえも凌駕するこの世の頂点が頭の中をよぎった。

 

「精々気を付けろ。さっきよりは優しくは無いぞ……」

 

光の中から現れたのは神々しい光を発する金髪碧眼の全宇宙最強の究極戦士

 

「時間が無い。早く済ませよう」

 

スーパーサイヤ人、カリフ

 

 

 

 

 

今ここに、新たな歴史が刻まれる。



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現れた白龍皇と新たな眷族

今回はストック降ろしなので感想の返事はできませんが、感想やらは何でも来てください!
それと、次の章ではフラグがバンバンと立ちまくってしばらくは鬼畜なカリフとはお別れになってしまいます。ですが、見捨てずにお願いいたします。

次章では小鳩ちゃんに代わり、他作品からオリジナルのヒロインを投入させます。納得できない方もいますでしょうが、こうでもしないとオリジナル物語のアイディアとか閑話休題が浮かばないので……ヒントは『決闘者の初恋』です。今後の戦いでイッセーたちが瞬殺されないようなキーパーソンがいないとこの小説で主人公勢が全滅してしまうので……

それではどうぞ!


校庭の上空に浮かぶ光の球体

 

そこからはとてつもないほどの光のエネルギーが感じられ、イッセーたちは近付けないでいた。

 

今、この場には学園を覆う結界が安定したために駆けつけてきたソーナもいる。

 

「なんすか、これ?」

 

イッセーが眩しさに耐えながら光の球体を指差すと、それにはソーナが答える。

 

「……不確定ですが、昔の文献で似たような技を出した堕天使がいました」

「それはどういった技なの?」

 

部長が聞くと、ソーナも思い出しながら説明する。

 

「上級堕天使が時間をかけて入念に練った光のエネルギーを瞬間的に膨張させてできる光のエネルギーに満ちた結界……カリフくんはそこに閉じこめられたと考えるべきね」

「閉じこめられたらどうなるんですか?」

 

イッセーが息を飲んで聞くと、ソーナは眉間に皺を寄せて重い口を開く。

 

「悪魔なら中の光のエネルギーですぐにやられるほど……並の人間なら時間をかけてゆっくりと焼かれるわ」

「そんな……っ!」

 

朱乃さんが口を抑えて信じられないと言った表情を浮かべる。

 

「しかも、その光は堕天使に無類の力を与えます……言いにくいですが、もはや……」

「そんな……」

 

木場が苦しげな表情を浮かべて上空の球体を見上げる。

 

こんな時に何もできない自分たちの非力を恨みながら一同は時を待つしかない。

 

 

 

 

そんな中、光の球体の向こう側……イッセーたちと対極側に浮遊している白の鎧が見下ろしていた。

 

「アザゼルの命令でつまらない任務を請け負ってしまったかと思ったら……随分と面白いことになっているじゃないか」

 

白い鎧の中から聞こえる声は一種の喜びを含んでいた。

 

 

 

光の球体の中

 

コカビエルは恐怖していた。

 

目の前の金色の支配者に自分の末路を見ていた。

 

「金髪に碧眼の姿……貴様、『神殺しの一族』か!?」

「……なんだそれ?」

 

カリフはスーパーサイヤ人の状態を維持するのに苦悶の表情を浮かべる。

 

「『奴』の血族だというのか!? いや、有り得ん! 『奴』は今でも『無間地獄』の中で永久冷凍されているはず! 当時の『奴』と繋がっている疑いがあった者はことごとく調査されていたはずだ!」

「ゴチャゴチャと騒がしい奴だ。この姿は三十秒が限界だからな。一撃で終わらせてやる」

 

そう言って両手をクロスさせてニヤリと笑う。

 

その瞬間だった、

 

―――!?

 

コカビエルはうすら寒い雰囲気と同時に錯覚した。

 

 

自分が巨大なまな板の上に立ち、自分よりも遥かにでかい鬼が包丁やら様々な調理機器を持って見下ろしている錯覚を……

 

コカビエルの万策は尽きた。

 

もはやこれは戦いでもなければ抵抗にさえもならない。

 

自分は既に

 

 

 

『食材』にされていたということに……

 

 

 

光の結界が出現してから五分くらいが経っただろうか。

 

リアスは待つことに耐えられなくなっていた。

 

「もう限界だわ! 滅びの魔力であの結界を消し去ってやるわ」

「落ち着いてくださいリアス。あの結界は生半可な魔力じゃビクともしないわ」

 

ソーナになだめられるが、リアスは唇を噛んで悔しさに耐える。

 

「だけど、このまま仲間を信じることしかできない『王』なんて……」

「それが王たるあなたの最も重要な役目です」

「……」

 

ソーナに諭され、リアスは言葉を失う。

 

「冷静になってくださいリアス。彼なら魔王さまの援軍まで耐えられる可能性がこの面子の中でダントツに高いはず。彼の戦闘センスを信じましょう」

「……そうね。分かったわ……」

 

口では言うが、やはりどこかやりきれない心情があるのか声にいつもの威厳が感じられない。

 

そんなリアスを見ていられなくなったのかイッセーがなるたけ明るく励ます。

 

「大丈夫っすよ! あいつは俺たち全員よりもぶっちぎりで強いんですよ?」

「イッセー……」

「それに、あいつならこの後コカビエルをボッコボコにして俺たちの前に現れたり……」

「……」

「なんて……ハハ……」

 

なんだか空ぶってしまった空気にイッセーは委縮し、代わりにソーナが窘める。

 

「リアスを励ますにしてもそれは楽観しすぎです。あの結界を張られたら神、魔王クラスに及ばずともそれに近い力を得ます。その中で生き残り、ましてや勝つなどとは相当の手練にしかできません」

「あの……もう少し希望を持ってもいいと思うんですが……」

 

辛辣のようだがソーナの見解の方がよっぽど現実味が含んでいる。

 

どっちにしろ中の様子が分からない今、部員たちは焦燥に似たやるせなさを発散できずにいた。

 

誰にも軽々しい励ましが通用しないこの状況。その元凶である光の球体を誰もが睨んでいた。

 

そんな時だった。

 

「ぐあああぁぁぁぁぁ!!」

『『『!?』』』

 

光の中から苦悶の声と共に何かが光の結界の中から飛び出し、地面に叩きつけられていた。

 

『それ』は地面を転げながら血を辺りにバラ撒く。不規則にバウンドする体が止まった時、全員がその光景に目を見開いた。

 

「あれは……コカビエル!?」

 

木場の言うコカビエルがさっきよりもさらに出血に身体を濡らして戻ってきた。それはつまり、一つの答えを示していた。

 

それは……

 

 

「まだ生きていたな……危なかった」

「!?」

 

上空から聞こえる声に皆の視線が集まると、そこには光の結界があった。もちろんそれだけではなかった。

 

「少し大人げなかった。許せ」

 

光の結界を両手でこじ開けながらまるで余裕そうにコカビエルに会釈するカリフが再び姿を現した。

 

「ッ! うわぁ! うわああぁぁぁぁぁぁ!」

 

カリフの姿を捉えただけでコカビエルは尻もちを付いて後ずさる。あまりに変わり果ててしまったコカビエルにリアスたちは驚愕を隠せない。

 

「まさか……本当に……」

「な、なんとなく予想はしてましたけど、これは……」

 

イッセーと木場が皆の気持ちを代弁するように冷や汗を流す横でソーナは普段のポーカーフェイスを粉微塵に砕けて目を見開いていた。

 

「あの堕天使の絶対領域の中で……コカビエルを打ち負かしたというのですか……こんなことが……」

 

しかも、あれだけの怯えようからするに相当の力の差を示されたのだろう。そうでなければあの戦争狂があそこまで取り乱すはずが無い。

 

それに結論づけるかのように、カリフが空から着地するとコカビエルの顔が一気に青くなった。

 

「そんなことがあるはずが無い……! お前が『奴』なのか!? お前は一体……!」

「そうだ、知っていることは話せ。果実の果汁を一滴残らず絞り出すように記憶を思い出して言え。その“一族”とやらの話を……」

「ヒィッ!」

 

ゆっくりと迫るカリフにコカビエルは光の剣を創造しようと光を結集させるが、その間にカリフが何事も無く言った。

 

「次にお前は『あっち行け、このバケモノ!』と言う」

「あっち行け、このバケモノ!」

 

余裕すら残されていないのか心を読まれていることもお構い無く光の剣を振るうが、カリフはそれをしゃがんで回避した。

 

「そう来るなら仕方ない。無理矢理にでも思い出してもらうとしよう」

 

そうとだけ言うと、カリフは上半身を∞の軌跡に動かす。

 

その速さだけでも相当なスピードで行っているからか上半身が全く見えなくなっている。

 

「ボクシング……?」

 

多彩な武術を噛んだ小猫にはその動きに見覚えがあった。あれはボクシングの回避テクニックの一つであると……

 

カリフは体を振るいながらコカビエルの眼前にまで近付き、その反動に身を任せて顔面にパンチを入れる。

 

「ぶはっ!」

 

固い拳がコカビエルの顔を跳ね上げるように弾くが、∞の軌跡にそってカリフの上半身が戻ってくる。もちろん、固い拳も一緒に……

 

「がはっ!」

 

そんな動きを高速で喰らっているため、コカビエルの顔に左右から息を吐く暇がないほどのパンチの嵐が襲ってくる。

 

殴られているコカビエルの頭にはもはや闘争心など微塵も無く、後悔しか無かった。

 

(手を出すべきでは無かった……)

 

右頬が殴られる。

 

(こいつ等に……こいつに関わるべきではなかった……)

 

左頬が砕ける。

 

もはや抵抗の動きも見せることなくカリフの猛攻を受けて弾けるだけとなってしまった。その勢いや首が千切れるかもしれないと錯覚するほどに……

 

「存外、しぶといものだ……なら、これで終わりだ」

 

動きを止めると崩れ落ちるコカビエル、それを目にしても何も感じていないように淡々と実行に移す。

 

利き手に力を込め、腕が有り得ないほどに膨張する。

 

その部分だけ異様なサイズとなり、イッセーたちは息を飲んで動けなくなった。

 

カリフももはや生気のない相手に痛恨の一撃を叩きこもうと拳を振り降ろした。

 

 

 

「……」

 

カリフは拳をコカビエルの顔面直前で止まる。

 

その直後、コカビエルの姿が消えた。

 

「へ?」

 

誰かが洩らした疑問の声が焦土と化した校庭に響く。誰も状況を把握しきれなかった。

 

「コカビエルは!?」

「あんな手負いで動けないはず……!」

 

皆が辺りを見回していた時だった。

 

「悪いけど、ここまでにしてくれないか?」

 

声のした方に視線を向けると、そこにいた。

 

白い全身鎧。体の各所に宝玉みたいな物を埋め込み、背中からは八枚の翼を輝かせて……

 

そして、全員がその姿に見覚えがあった。まさに、ブーステッド・ギアのバランスブレイカー、赤龍帝の鎧《ブーステッド・ギア・スケイルメイル》にそっくりの物だと……

 

「お前……『白い龍』《バニシング・ドラゴン》だな?」

「いかにも、さっきまで君の戦いぶりを見せてもらったよ」

 

バニシング・ドラゴン

 

その昔、イッセーのブーステッド・ギアに潜む赤龍帝ドライグと派手に戦った白龍皇のセイクリッド・ギア

 

顔まで鎧に包んだその所有者は死にかけのコカビエルを担いで地面スレスレの所まで降りてきた。

 

「確か……白い龍の……名前……あの……時間ごとに相手の力減らすって奴……」

「『白龍皇の光翼《ディバイン・ディバイディング》のことかい?」

「そうそう、それそれ! へぇ~……白いとも戦ってみたいと思ってたけど、これは僥倖だな」

「君から誘いを受けるなんて光栄なことだ。是非とも俺もそうしたい」

 

両者の間の空気が歪む。ただ、その様子を見ていただけのイッセーたちでさえそんな一触即発の空気に身体が震える。

 

カリフと白龍皇はしばらく無言で睨み合っていたのだが、先に威圧を解いたのは白龍皇だった。

 

「実に魅力的な誘いだが……今回は止めておく。俺は今回コカビエルとフリードの回収に来ただけ。それに……」

 

白龍皇は言葉を一旦切ってから続けた。

 

「……向かい合ったけど、君に勝てる想像が全くできない。見えたのは一方的な試合展開だけだ」

「相手の力を一定時間ごとに減らす野郎が一方的にやられるってか? やってみねえと分かんねえだろうが」

 

指でチョイチョイと挑発するカリフに白龍皇はヤレヤレと肩を竦む。

 

「コカビエルごときとはいえ、光の結界を発動させた堕天使幹部を余力を残して完勝した君を相手にかい? いくらなんでも“今の”俺を買いかぶり過ぎだ」

「そうでもねえさ。中でちょいとはしゃいで今は体力を結構使ったからな」

 

カリフは自分に呆れた感じで言うが、カリフは嘘は吐いていない。

 

事実、誰も気付いてないがカリフの息が荒く、汗もかいているのが確認できる。

 

(今の状態でスーパーサイヤ人は三十秒が限界か……悟空のクソ野郎! ここまでオレを弱体化させやがって!)

 

今でも自分の最期を勝手にいじくられたことを思い出してむかっ腹が立ってくる。傍から見れば何故か勝手にイライラして足をカツカツとステップさせているように見えた。

 

「何だかイライラしてないかい?」

「別に」

 

白龍皇の問いに舌打ちしながらとりあえず返事すると白龍皇は手で宥める。そんなことも露知らずにカリフはイライラの捌け口に向いた。

 

「とりあえずそいつをよこしてもらおう。そいつには色々と聞かなければならないことがあるからな」

「コカビエルか? 残念だけど、もうこの有様だ」

 

担いでいたコカビエルを首ぐらを掴んで見せると、目には光が無かった。まるでうわ言のようにブツブツと何か呟いて話を聞けるような状態じゃない。

 

カリフはバツが悪そうになった。

 

「しまった……やりすぎたか」

「そういうことだ。もうこいつは再起不能だ」

 

そこまで言われると、流石のカリフも今回ばかりは諦めた。

 

「そうか、それならそいつなど勝手にどこへなりとも持って処分しとけ」

「ああ、そうするよ」

 

そう言ってフリードも回収し、光の翼を展開した時だった。

 

『無視か白いの』

 

突然響いた声に皆が反応する。

 

だが、他の皆とは違ってイッセーとカリフはブーステッド・ギアに目を向ける。

 

チカチカ光りながら会話は進む。

 

『起きていたか赤いの』

『折角出会ったのに殺り合わんというのは珍しい。まあ、そんな状況ではないがな』

『時間は充分ある。いずれ戦うだろうがな』

『随分と敵意が薄くなったのではないか?』

『それを言うならそっちもではないか。互いに興味対象を見つけたということか』

『そういうことだ。こっちはこっちで楽しませてもらうぞ。また会おうドライグ』

『それも一興か。じゃあなアルビオン』

 

赤龍帝と白龍皇の会話が終わると、コカビエルたちを担いだまま白い閃光と化してその場を飛び去った。

 

急に現れた未来のイッセーのライバルはイッセーに目もくれることなくこの事態を収束していった。

 

まさに嵐の後の静けさということだった。

 

そんな中でカリフはスーパーサイヤ人になった疲労で校庭の真ん中で仰向けになってその場に倒れた。

 

「っ! カリフ!」

 

急に倒れたカリフにイッセーは驚愕し、カリフの元へと走る。

 

他の部員も走ってカリフの周りに囲むように集まる。

 

「カリフさん! すぐに回復……して……」

 

アーシアがトワイライト・ヒーリングを出して叫ぶが、カリフの顔を見て言葉を失った。

 

なぜなら、そこには足を組み、腕を後頭部に組んで目を瞑っているカリフだった。明らかに寝るような態勢だった。

 

「なんか疲れた……もう帰りたいんだけど……」

 

いつもより気だるそうに言うが、周りの皆はなんだか気まずそうだった。

 

コカビエルとの戦いで垣間見た残虐性溢れた彼の姿を思い出してしまったからだ。

 

そんな感じで緊迫した空気が流れ始めた時だった。

 

「……なんちゃって」

 

その瞬間、カリフは嫌な笑みを浮かべて身体を水面に一回転して全員に足払いをかける。

 

「へ!?」

「きゃ!」

「やっ!」

「わ!」

「ひゃうん!」

「あう!」

 

その瞬間にイッセー、リアス、朱乃、木場、アーシア、小猫がそれぞれらしくない声を出してその場にこけた。

 

一人残らず尻もちを付いて地面に横たわると、カリフは交点から逆立ちし、そのまま跳ねて足から着地する。機敏な動きで着地した後、彼は鼻を鳴らして言った。

 

「ふん! なんだそのマヌケな姿は! 今のお前たちが堕天使に挑んでいった奴とは思えんほどアホっぽいぞ!」

「いてて……お前何を急に……」

 

イッセーが頭を抑えて起き上がると、カリフは不敵な笑みを浮かべる。

 

「いつまでもさっきみたいにされるとオレとしても調子が狂うからな。貴様等がシリアスになっても無駄だってことを教えたくてな」

「は、はぁ!? それどういう意味よ!」

 

その言葉にリアスは抗議の声を上げるが、カリフは何食わぬ顔でそれを無視する。

 

「まあ、何はともあれ全て終わったことだ。オレはもう帰って寝る」

「なによそれ……まだ納得できないところがあるのだけど?」

「自分で考えろ」

 

リアスの言葉にめんどくさそうに返していることから、もう詳しい話を聞くことは無理だろう。

 

なんだかさっきまでこんな気まぐれな後輩に恐れていたことが馬鹿馬鹿しくなるくらい今のカリフは適当だった。

 

だが、そんな何気ない会話だけでさっきまでの不穏な空気がどこかに消えたのもまた事実。

 

まあ、カリフに強引に話をすりかえられた部分が大きいのだが……

 

ともあれ、皆もこれで一件落着なのだと一息つけるようになった。

 

「オレは今日は別の所で寝るわ。少し気になることもあるし……」

 

そう言いながら横目で虚ろの表情のまま立ちつくすゼノヴィアを見る。

 

それに気付かないで朱乃と小猫はカリフに近付く。

 

「それなら私たちは家の前の人たちをなんとかしますわ」

「あのままだと大変……」

「それなら速く行った方がいい。夜明けまでもう時間ないからな」

 

後始末なんてカリフには到底無理なんてことは自覚もしてるし周知の事実でもある。

 

「それでは、私たちはこれから取りかかりますわ」

「そか、ならオレは邪魔んなんないようにどっか行くか」

 

そう言い残し、カリフはゼノヴィアの元へ向かう。

 

「じゃあ行くぞ。ここにいても邪魔なだけだ」

「……」

「ここで悪魔と朝を迎えるか、オレんとこで寝泊まるかどっちか決めろ」

 

ゼノヴィアは依然として無言だが、聞こえているのかフラフラとおぼつかない足取りで校庭を離れていく。

 

「あ~あ、ありゃ重症ってか」

 

カリフとしてはなぜ神の死だけであれほどにまで心の均衡を失うのかが疑問である。

 

カリフにとっての神なんていないと同じであると同時に、前世の上空の神殿にいる小さなナメック星人のことを思い出していた。

 

(神=デンデだからそんなに威厳が感じられもしないな……どっちかと言うとピッコロの方がまだ愛着はあるな。なんだかんだで一番教え方上手かったし、オレを良く見てたし……あれ?)

 

ここでカリフは思い出した。それまた重要なことに……

 

(良く考えたらピッコロの方が父として良い部類だったんじゃないのか……?)

 

なぜだかそう言った記憶では悟空やベジータよりもピッコロの方が先に思い出される。しかも心当たりはいくらでもある。

 

ピッコロは戦いにおいての技術や立ち回り、トレーニング方を教えてくれていたのに、サイヤ人二人に関しては殺されかけた思い出しかない。

 

今となっては貴重な体験でありながら強くなるきっかけだからいいのだが、なんだかこの違いに苛立ちを覚えてきた。

 

(あ~駄目だっ、なんで今日に限ってこんなこと思い出してんだ!)

 

過去をついつい遡っては苛立ってしまう自分にまたさらに苛立って頭を振ってその場を離れる。その姿を見て木場は疑問に思う。

 

「何してんだろ? 彼」

「さぁな、それよりも話逸らすな木場。部長! 捕まえてるんで思いっきりやってください!」

「そうね、そのまま離さないでね」

「あはは……こんなことしなくても甘んじて受けるけどさ……」

 

笑いながらイッセーに羽交い締めにされる木場はリアスの手に宿る紅いオーラに顔が引きつる。

 

だが、そこには笑顔もあった。

 

 

帰るべき場所に帰れたという安心感がそこにあった。

 

 

 

校庭で大円満に満ちているころカリフは公園にいた。

 

うす暗く電灯に照らされたベンチに座り込むゼノヴィアの横に……

 

まだ寒さが続くにも関わらず、ゼノヴィアはボンテージ姿のまま微動だにしない。カリフから溜息が漏れる。

 

「いつまでウジウジと腐ってる気だ? いい加減ハラがたってくるぞ」

「……」

「そんなに神が良かったか? 今まで姿も見なければ会話もしたこともない相手だったのだろう?」

 

普段のゼノヴィアならここで怒声の一つも上げそうなものだが、その代わりに身体が小刻みに震えていた。

 

「君には分からないだろうね。生まれてきた時から信じていた存在を失った絶望なんて……」

「……」

「姿や声を聞いたことがなくても……主は我等信徒の生きる希望だったんだ……愛を授けてくれると信じてきた……」

 

段々と弱くなっていく声色にカリフは参ったように頭を掻いた。

 

(そういえば、オレも人のこと言えなかったな……)

 

思い出されるのは、全てを失ったあの日のこと。カリフの人生にして約束を違えた最大の汚点であり、運命の分岐点の日

 

あの時の記憶は……正直言ってあまり覚えていない。

 

ただ無意識に動いていたら、あの毒の星に辿りついていたことしか記憶にない。

 

あの日、自分はトコトン腐っていたのか無意識に死に場所を探していたのかもしれない。

 

そんな自分の姿が今、目の前にいた。

 

「それでもお前は生きている。これからのことはお前が決めろ」

 

率直に言うが、この後のゼノヴィアの言葉で事態は急変した。

 

 

 

 

「そんなこと……簡単に決められるものか。もう何をしても無駄だよ……いっそここで死んで主の懐へ召されるのも悪くは……」

「っ!!」

 

その瞬間、カリフは瞳孔を開いてゼノヴィアの首を掴んで持ち上げる。

 

突然のことにゼノヴィアも混乱する。

 

「な、何を……」

「『死』さえも知らねえ小娘……糞餓鬼がいっぱしな口叩くんじゃねえ……そんなに言うならオレが殺してやる」

 

カリフの血管浮き出る静かな怒りにゼノヴィアは何も言えなくなった。

 

「死んであの世に行って何があると思う? 神? 閻魔? 救い?……勘違いも甚だしい限りだ。死んだら何も残らない!」

「……」

「死んだらこれまでのことが全て無に還るということだ……貴様の一つしかない命もまた……消えて終わりだ」

 

カリフはゼノヴィアの目と逸らさないように真摯に向き合う。

 

「夢を追って死ぬ、最後まで寿命全うして死ぬならまだいい。だが、自分で命を絶つということは今まで信じてきた物全てを裏切ることにしかならん。どれだけてめえが真面目に生きようが、最期に自害したらそれだけで人生が全て黒く、薄汚い色に成り果てる……それこそが命に対する最大限の侮辱だっ!」

 

命は一つしかなく、ゲームのように代えなんてきかない。だからこそ人は精一杯生きて天寿を全うする。

 

生きようと必死に困難に立ち向かう姿こそが至高の姿であり、カリフの求める究極の強さが隠されている。

 

だが、その可能性を捨てるなど凡愚にも劣る負け犬が選ぶ“逃げ”

 

カリフは“自殺”も酷く嫌悪している。

 

そして、それくらいゼノヴィアにも分かるはずだった。

 

だが、首ぐらを掴まれているゼノヴィアは嗚咽を漏らし、溢れ出る涙で顔を濡らす。

 

「だけど、今まで主に縋って生きてきたんだ! それ以外に生き方なんて……私は知らない!」

「……」

「教えてくれ! これからは何に縋って生きていけばいいんだ!? なぁ!」

 

涙や鼻水をかけられようとカリフは動じることもなく、静かにゼノヴィアを降ろした。

 

「んなもんオレが知るか」

 

手を離し、ゼノヴィアをベンチに置いた。

 

「そろそろ誰かに縋らずに自分の足で歩く時が来たんだ。どんなに小さくてもいい。まずは歩いてみろ」

 

カリフはゼノヴィアの隣に座って腰を深く降ろす。

 

「お前にとっては地図も持たず荒野を旅するようなものかもしれねえがよぉ……立ち止まらなければオアシスっつうもんは必ずある」

「……見つけられるだろうか? こんな私に……」

「まずは神の前に自分を信じてみろ。自分も信じられない奴は何しても上手くいくわけねえだろ」

「自分……」

 

カリフは立ち上がって首だけ振り返って不敵に笑う。

 

「お前には普通の女には無い豪胆さと常識に囚われず、独自のルールに従って生きるジャジャ馬だがなぁ、そこがまた良い女だとも思うが?」

「え?」

 

一瞬、カリフが何を言ったのか分からなかったが、落ち着いて考えてみると自分が告白まがいなことを言われたことに気付いて顔を紅くしてアタフタする。

 

「な、な、何をいきなり……! こんな所で……!」

「ふん、生憎とオレはお前等のように禁欲なんてしなければ嘘も言わんからな。思いついたことは全て言わせてもらう」

「だ、だから私が言いたいのは話を逸らすなと……っておい!」

 

少し元気になったゼノヴィアを見ると、また首を戻してその場から離れようとする。それを察知したゼノヴィアは慌ててカリフを引き止めた。

 

「あの! 一つだけいいか!?」

「?」

「なんで私なんかにこんなことを? そんなことしてもお前には何の得もないだろうに……」

 

それだけ聞くと、振り返りはしないが返事はする。

 

「損や得だけで動くのは味気ないからと、強いて言うならウジウジしてんのを見るとムカつくからだ」

 

そうとだけ言うと、その場から瞬間移動で消えてその場から消えた。

 

公園にはゼノヴィア一人が残される形となったが、彼女の眼にはすでに光が宿っていた。

 

「自分で歩く……か……」

 

感慨深そうに呟いた後、彼女は少し柔らかい表情で涙を拭いたのだった。

 

 

 

 

事件が収束した数日後、イッセーが部室の中に入るとソファーの上で腰を降ろしていた。

 

「やあ、赤龍帝」

 

そこにはゼノヴィアが堂々と居座っていた。しかも駒王学園の制服まで身に付けて……

 

「お、お前! 何でこんな所に!?」

 

イッセーが聞くと、ゼノヴィアの背中から悪魔の羽が生えた。

 

その様子にイッセーもアーシアも驚愕した。

 

「え!? どういうこと!?」

「あっちに神の不在を伝えたら異端視されてね、行き場所がなくなったから悪魔になったんだよ。堕天使の所は先の件があるから快く歓迎されるとは思えなかったし」

 

呆然としているイッセーたちだが、後にカリフが遅れてやって来た。

 

「ほう、感じたことのある気が変質したと思ったら……これは意外だな」

「カリフか?」

 

カリフに気付いたゼノヴィアの表情は柔らかくなり、自分の隣に手招きする。

 

それに乗りながらカリフは近付いて行く。

 

「それがお前の答えか?」

「まあね、たまに悔やむこともあるけど。結局はこっちの方がよかったかもしれない」

 

その答えにカリフは一息吐いて「そうか」と返す。

 

「で、エクスカリバーとかはどうした?」

「エクスカリバーは砕けた欠片をイリナが持って帰ったよ。バルパーの遺体は綺麗に消えてしまったからその証明としてね」

「……イリナには何も言わなかったのか?」

 

イッセーが言うと、ゼノヴィアは神妙に答える。

 

「彼女は重症で前線離脱していたから神の不在は知らないよ。私以上に神を信仰していたのだから、その方が幸せなのだろうな……」

「良かったのか? こんなんで」

「その時の私にとって最善手を尽くしたつもりだったんだけどね。それでも忘れられないよ。私が神の不在を問いただしたらあっちも何も言わなくなって有無を言わさず異端の烙印を押してきたこととか信者の私の見る目や態度が変わったこととか……」

 

若干の悲しみを含ませていると、横からカリフがデコピンを額にかます。

 

「んな金魚のフンみてえな奴等なんてもう忘れてしまえ。土壇場になって強者に頼り、都合がよくなれば態度変えるような調子に乗った奴等のことなんて放っても構わんだろう? 中にはそうでもない奴もいるが、大半はクソみたいなバカばっかだったな」

「会ったことあるのか?」

「急に人外なんて襲ってきやがったことあるから顎砕いてそいつの頭……ヘッド……まあリーダーあぶり出して口をホッチキスで止めたかな? 覚えてる限りだけど……」

「何してんのお前!?」

 

全くブレないカリフクオリティーに全員は苦笑する中、ゼノヴィアは口を引くつかせていた。

 

「君の話はさておき……これから悪魔になったわけだからここの部員にもなった。今後ともよろしくしてほしい」

「はいはい」

「ふふ……君らしいね」

 

仕方なさげに握手を返すカリフは目を合わせようともせず適当に済ませてるつもりだが、ゼノヴィアは少し艶っぽい頬笑みを頬を紅くしてカリフに向けていた。

 

その様子に朱乃と小猫がいち早く察知する。

 

「あらあら……モテモテですわねぇ……本当に……」

「……(なんかイライラしてくる……)」

 

なんだかいつも通り装っている姿が余計に雰囲気を重くしていることを本人たちは気付かず、イッセーとアーシアは威圧にあてられて怯えていた。

 

本人たちにも自覚が無い厄介な苛立ちが部室を覆う中、リアスが気を紛らわせるように手を叩いた。

 

「と、とにかく話を続けるわね。今回のことで近い内に天使代表、悪魔代表、堕天使代表のアザゼルが会談を開いて話したいことがあるらしいからそれだけは胸に秘めておいてちょうだい」

「それってとんでもないことなんじゃないですか……?」

 

なんだか信じられない感じで聞くイッセーに頷く。

 

「イッセーの言う通り、この三大勢力での会談はとてつもない事件と言っても過言じゃないわ。その会談に事件に関わった私たちも呼ばれたわ」

「マジっすか!?」

 

全員が驚愕する中、リアスはカリフへ向いて念を押す。

 

「あなたの参加が絶対条件だと三大勢力から共通で指名されたわ。絶対に来て!」

「えぇ~……」

「お願いだから来て! あなたが来なかったら会談も中止! 三すくみの関係をさらに悪化させるかもしれないのよ!? 自分の立場自覚してる!?」

「あぁしてるとも……今、このオレが世界の命運を握っているということを!」

「なにそれ怖い!」

 

よりにもよって一番の危険人物にこの世界の未来が託されていた。

 

部員たちはアイコンタクトでの意思疎通と、部活動初めてのチームワークが成功した。

 

―――どんな手使っても会談に顔を出させる!

 

でないと色々とリアスの立場も危うくなりそうだということも事実。

 

その証拠に最近のリアスは胃をよく傷める。

 

その気配を察知してかイッセーは部長の手を握ってやる。

 

「イ、イッセー?」

 

突然の行動に狼狽していると、イッセーは目を見て力説する。

 

「部長、一人で抱え込まずにオレやアーシアを頼ってください。そうしていただければオレも幸せですよ」

「イッセー……」

「まあ、オレじゃあ足手纏いかもしれませんけど……そうしてくれたら嬉しいなぁ……なんて」

「いいえ、あなたのその気持ち……それだけで私も幸せ……」

「部長……」

 

二人で見つめ、手を握り合うようなピンクの空間が部室に充満するのを木場が苦笑する。

 

「むぅ~……」

 

そんな二人をアーシアは涙目で頬をプクっと膨らませて嫉妬を含ませて見ているとそこへゼノヴィアが近付いてきた。

 

「え、えっと……」

「……」

 

表情を変えずに見つめてくる姿に委縮する。

 

だが、すぐにゼノヴィアの方が頭を下げた。

 

その様子にアーシアも驚く。

 

「ゼノヴィアさん!?」

「君には一言謝ろうと思っていた。主がいないなら救いも愛もなかったわけだからね。だから謝ろうアーシア・アルジェント」

 

垂直に身体を倒して謝る姿にアーシアはゼノヴィアの目線に合わせる。

 

「そんなこと気にしてません。私は今の生活に満足していますし、大切な人―――大切な方々に出会えたのですから。これが運命だとしたら私はすごく幸せなんだって思ってます」

 

偽りのない明るい笑顔にゼノヴィアは一瞬驚きはしたが、すぐに笑みへと変わる。

 

「そうか……ありがとう」

「いいですって。それよりも今度、皆で遊びに行くのですが、ゼノヴィアさんもどうですか?」

「いや、残念ながらしばらくは勉強しなければならないことがたくさんあるから厳しい」

「そうですか。残念です……」

 

少し残念そうに俯くアーシアだったが、そんな彼女を見てゼノヴィアは笑みを浮かべる。

 

「だけど、今度学校を案内してくれないか?」

「はい!」

 

かつてはクリスチャンであった二人は悪魔になったけれど、まるでそんなことを気にさせないくらいに清々しく、互いに挨拶を交わしていた。

 

「これからよろしく。アーシア・アルジェント」

「アーシアでいいですよ」

「そうか。なら今後もよろしく“アーシア”」

「はい!」

 

二人で笑いあっていると、なんだか隣が騒がしくなっていることに気付き、向いてみるとそこにはカリフにサソリ固めを喰らって悶絶しているイッセーがいた。

 

「ぎゃああぁぁぁぁ! 折れる! これ確実に折れるって!」

「頑張れイッセー、負けるなイッセー、お前ならできるはずだイッセー」

「そう思うならせめて感情を込めてくれ!」

 

何故そんな流れになったのか……そう思わせるくらいの珍妙な光景に部員全員が笑顔になっていた。

 

アーシアはオロオロしていたが、そんな光景にゼノヴィアは思わず笑ってしまう。

 

「はは、ここも賑やかだね」

 

そう言いながら彼女はその輪に“自分の足で”進んで入った。

 

 

こうして一つの事件は幕を閉じ、代わりに新たな時代への幕開けがすぐ目の前にまで迫っていた。

 

天使、悪魔、堕天使

 

そして、神を越えし戦闘民族

 

 

この先、何が起こってもおかしくはない状況にまでなっていたことは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

久しぶりに部員全員が揃ったということで本日は談笑しているのだが……

 

「いいか、アーシア。イッセーはエロくて女好きだが、君とて魅力的には変わりない。だから諦めるな」

「はい! ゼノヴィアさんも頑張ってください! カリフくんの方が手強いでしょうが、私は応援します!」

「ああ、ここは元・クリスチャン同士で情報を共有し、頑張ろう!」

「はい!」

 

ゼノヴィアとアーシアは互いに励まし合いながら友情を深め……

 

「……カリフくん? あの後ゼノヴィア先輩と何してたの?」

「あらあら、私も混ぜてくれません小猫ちゃん?」

「もう忘れた」

 

迫りくる小猫と朱乃の追究をのらりくらりとかわして徹底無視するカリフ。

 

「部長! あの、乳首吸わせてくれる約束は……」

「残念だけど、カリフが片付けちゃったからお・あ・ず・け♪」

「そんなー!」

 

嘆くイッセーをからかって楽しむリアス

 

そんな光景を見て木場はやっぱり苦笑していた。

 

「なんだかより一層騒がしくなったような……」

 

今更なことを改めて認識し、この先のことを若干不安に思う木場がそこにいたのだった。



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閑話休題・生意気黒猫と堕天使巫女

今回はフラグだけ立てる話です。
そろそろオリレギュラーキャラを投入させようと思います。オリキャラは他作品から引っ張ってきますので。
そして最後に……主人公の性格と持ち味を戦闘描写で思い出してあげて下さい。



 

 

コカビエル襲撃事件から数日が経った。

 

カリフはいつもの修業を終えて街中を散策していた。

 

「暇……か……」

 

しばらくは色々あったからのんびりしていなかったが、こうして歩いてみると昔からあまり変わってない。

 

「変わってないというより進歩が無いというか……」

 

口ではそう言いながらも少し、昔に戻った気がして色々とホっとさせられていた。

 

とは言っても、今では状況も大分変わって小猫、朱乃自体も家庭環境も変わっていた。

 

散策し続けていると、その昔に朱乃と最後に行った花見会場の公園

 

桜も散り、夏に向けて葉桜となっている。

 

「コカビエル……ね。帰ったらはっきりさせるか」

 

あのとき、コカビエルの言った言葉でカリフもあることを決心した。

 

この散策の後で“あること”をやろうと思いながら再び散策しようとした時だった。

 

「……」

 

そのことを胸に秘めてまた散策しようとした時だった。

 

カリフは足を止めた。

 

少し目を瞑って再び目を開けると、そこは既に異次元だった。

 

周りの懐かしい風景はそのままだが、代わりに雰囲気が変わり果てた。

 

「にゃー……」

 

そして後ろから黒猫が一匹現れたが、その尻尾は二つに別れていた。

 

カリフは振り返ることなく感慨深そうに口を開いた。

 

「面白い技を覚えたなぁ……えっと……黒歌だっけ?」

「にゃはは、覚えててくれたんかにゃ♪」

 

猫が笑うと猫の姿から人の姿へと成り変わってくる。

 

やがて、猫は胸元を惜しげなく露出する着物を着た妖艶な美女へと姿を変えた。

 

「あ~あ……ひっでぇ服。もっと己をベールに包んだ服を着ろ。ピチっと決めて来い」

「え~、君を喜ばそうと思って選んだ服にゃのに~。私も気に入ってるんだけど駄目かにゃん?」

「決めるのはお前だ。お前がいいならそれでいい。つーかどうでもいい」

「つれないのは変わらないにゃ~」

 

親しげに二人は近付いて話こむ。カリフと黒歌が並ぶと若干、カリフの背が低いのは些細なことだ。

 

「ふふ……にゃふふふ……」

「……なんだその笑みは? 気持ち悪っ」

 

しばらくはにやけていた黒歌カリフに満面の笑みでカリフに跳び付いた。

 

「にゃふふ~! だっこにゃ~!」

 

そのまま豊満な胸を押し付けて抱きつこうと思っていたのだが、カリフは反射的にその抱擁を綺麗に避け、逆に足払いを仕掛ける。

 

「え? にゃ!」

 

気付いた時は既に遅く、黒歌はバランスを外して頭から地面に転んだ。

 

「ヘブっ!」

 

アスファルトに鈍い音を奏でながら黒歌は涙目で訴える。

 

「なんで避けるのよぉ! 久しぶりなんだからハグしてもいいじゃない!」

「これは反射的だから百歩譲って詫びはいれるが、こんな外界とも離されたとこに無理矢理連れてきた奴がナマ言ってんじゃねえ! 何が目的だてめえ!」

 

カリフは怒気を込めて黒歌に凄むと、黒歌は体を震わせた。

 

「貴様……オレの問いに正直に答えろ……少しでも嘘吐いてみな? たとえ小猫の姉だろうが昔のよしみだから殺しはしないが、五体満足でいれると思うな?」

 

明らかにこの空間を操る術は外法そのもの。昔とは違って雰囲気も気も変わった黒歌にカリフは殺気を叩きつける。

 

だが、黒歌はカリフの殺気に脅えるどころか悲しみの表情を浮かべる。

 

「だって……二人で……せっかく二人になれたんだからゆっくり話したかっただけなのに……」

「だからってこんな外法使うか? オレの目ぇ見ろ!」

「え? にゃん!」

 

俯く黒歌の顔を無理矢理自分の眼前にまで近付けてじっと眼を見る。

 

黒歌は自分でも対応できないほど力強く、素早い行動に戸惑うと同時に互いの吐息がかかるまでアップされて顔を紅くさせる。

 

「にゃ……にゃあ……」

「……確かに嘘は無さそうだが……」

「ひぅ……」

 

じっと光を含んだ真っ直ぐで力強い眼に見つめられている黒歌の鼓動は段々と速くなっていく。

 

そして、しばらく見つめ合った後にカリフは少し警戒を解いて離れる。

 

「確かに、嘘を付いている眼では無い……どうやら少し神経質になりすぎたようだ……」

「にゃあ……だ、だからそう言ってるにゃん……」

 

なんだか妙に色っぽい深呼吸で胸を抑えながらも気丈に返そうとしている黒歌だったが、様子がおかしい。

 

(やっばい! 今のやっばいにゃ! あんな不意打ちは反則もいいとこにゃ! 平常心よ黒歌! 術を使う時みたいに平常心で、いつもの大人な私を思い出すのよ黒歌! そう! 相手はただ気に入ってるにゃ! しかも私の方が年上! 余裕を見せるんだにゃ!)

 

黒歌の荒い息使いで深呼吸を続ける姿にカリフは冷めた目で見ている。

 

(時間って人をアホにするんだな……あ、妖怪だった)

 

心の中でも遠慮の知らないカリフに、黒歌は未だに頬を染めながらも話を続ける。

 

「それで、本当に久しぶりだからちょっと昔話しようかって思ったからこうして術で二人だけの世界を創ったんだにゃ」

「ふ~ん……まあそれくらいはいいだろう」

「にゃはは……」

 

黒歌はやっと平常に戻り、カリフを肩を掴んで座らせてカリフの膝枕を……

 

「何してる? コラ」

「こうした方が楽なんにゃ。しばらくお願いにゃ」

「なんでオレが……」

「さっき意味も無く疑ったからこれくらい当然にゃ」

 

プンスカと擬音を上げながらそっぽ向く黒歌に毒気を抜かれると同時に正論を言われて溜息を吐く。

 

「それに、旅立ちで色々と手伝ってくれたのは誰かにゃ~?」

「……くそったれ、あまり動くんじゃねえぞ」

「やった♪」

 

あまりに自分らしくなく甘い自分に嫌気がさしながらも黒歌の頭を膝の上にのせてやると黒歌の黒い猫耳がピコピコと動く。

 

「にゃはは~……これはいいにゃ~」

「で、何話に来たんだ? さっさと用済ませろ」

「いや、今日は時間までこのままでいいにゃ~」

「寝言は寝て言え。長時間もこんなこと耐えられるか」

「そんな心配しなくてもいいにゃ。残念だけど長い時間はここにいるわけにもいかないのにゃ。もうすぐ離れるにゃ」

「あっそ……何しに来たんだお前は……」

 

女の考えることは本当に分からない……そんな思いとは別にこんなことしている自分にも若干の頭痛を覚えて仕方ない。

 

どこでこんなに自分は変わってしまったのか、本気で過去を振り返ろうかと思っていると、黒歌は上目遣いでカリフを見上げていた。

 

「今度は何だ……」

「うんにゃ。ただ昔よりも男らしくなったって思っただけにゃ」

「ふん、当然のことだ」

「にゃはは。やっぱり変わってないにゃ」

 

ケラケラ笑う黒歌にカリフはもう考えるのを止めてそれからは適当に話を聞いてそれとなく返すだけとなった。

 

その間もずっと黒歌はカリフの膝枕を受けてご満悦な様子だったが、カリフはさっさと黒歌をどけたくて仕方ないと言った様子だった。

 

そんな黒歌も不意に声のトーンを落として聞いた。

 

「ね、白音はどうしてる?」

「白音ね……今じゃ小猫ってなってるとこを見るとなんかやったなお前……」

「ん……まあ色々と事情があるんだにゃ。話すにはちょっと長くなるから次回のお楽しみってことで」

「あまり詮索をする気はないがな……一応世話になったんだ。少しくらいは話は聞いてやる。で、話だが、まあ元気っちゃあ元気だな」

「うん……それならいいにゃ」

 

カリフは何も詮索することもなくそのまま黒歌が満足するまで無言で膝枕を続けてやった。対する黒歌もそれに甘んじて心地よい雰囲気に身を任せて眠ってしまいそうになるが、そうもしてられない。

 

「う~ん……残念だけどもう時間だにゃ」

「やっとか、急いでるならはよ帰れ」

「そんな邪険にしないでほしいにゃ」

 

背伸びする黒歌をシッシと手で追い払おうとするカリフに少し拗ねながら何やら術を行使する。

 

黒歌が帰り支度する中、カリフは声をかける。

 

「なぁ」

「? なに?」

「……一度だけ親に会わないか? 今は記憶は改ざんされているけどお前のことは忘れたわけじゃなさそうなんだが……」

 

ここで分かる通り、実はカリフの現・両親は黒歌のことを覚えている。

 

理由は聞いても聞かなくてもどっちでも良かったからとりあえず聞いてはいないが、今では『小猫の姉である黒歌は一度だけ養子に送りだされたが、引き取り手が死亡。そのため黒歌は出稼ぎに出て小猫だけ止むなく戻ってきた』と、両親の中ではそうなっている。

 

本当なら全部忘れた方がいいはずなのに、わざわざ複雑な設定に書き換えて……

 

「う~ん、関係者全員の記憶は消せるんだけど……下手に全て消して悪魔関係者に怪しまれないためだと思うにゃ。忘却術は普通の人間に使う程度にしか普通使わないにゃ」

「ふ~ん……まあいいけど、返事はどうする?」

 

黒歌はにゃはは……と苦笑しながら頬をポリポリと掻く。

 

「知ってるかにゃ? 私の今の立場……」

「SSランクのはぐれ悪魔だろ? 旅先で結構、その名を聞いた」

「……私が行ったらあそこは色々と面倒になるにゃ……それに白音も……」

「タイミングは合わせてやる。ただ予定を横流しするだけだから手間はない」

 

俯く黒歌だが、誘い続けるカリフに疑問が湧く。

 

「私をなんとも思わないの? 私は主を殺してはぐれになったって言うのに……」

「……」

「その上私は白音を君に任せて好き勝手やって……白音でさえも私を憎んでるのに……どうして昔みたいに接することができるの?」

「……」

「ねぇ……どうなの?」

 

不安を孕ませ、黒歌は非難を覚悟していたがカリフはまるで呆れたかのように溜息を吐く。

 

「聞きたいことはそれだけか?」

「え? うん……」

「オレがどう思ってるだと? 簡単だ。昔からあまり変わってねえじゃじゃ馬……じゃじゃ猫ってとこだ」

「……それだけ? 他には……」

「なんだお前、そんなに卑下されたかったのか? とんだドMに成り果てたな」

「違うの! もっと真面目に……!」

「オレはいつだって真面目だ。オレがお前を怖がる理由も卑下する理由も持っていないということだ」

「……え?」

 

憤慨する黒歌を制して放った言葉は黒歌を黙らせるのに充分だった。それだけカリフの考えは異質だった。

 

「十年以上前に初めて出会ったときのことを今でも覚えてるさ。ボロボロになったお前の目に宿っていた“生きる”ことと小猫を“守る”と言った言葉に信じさせるに値する輝き……」

 

黒歌に近付いてはグルグルと周りを歩く。

 

「今会って見せてもらった。多少、何らかの血気も含んでいるようだが、お前の中の輝きは未だに生きている」

「輝き……」

「本物の外道に落ちたならそんな目などできはしない。十年前の小猫守って戦っていたお前はまだ死んでいないんだよ」

 

カリフの言葉に黒歌は目を丸くする。

 

「そんなお前と出会い、お前は一時的だがあそこの家で育った。大層な悪名を被ってもその事実は変わらんよ」

「それで、いいの?」

「良いも何も、これだけは変えられない事実だ。お前は間違いなく今でも鬼畜家の一員だ」

 

恐る恐る聞く黒歌にカリフはフっと笑って夕陽をバックに宣言した。

 

「親もお前に会いたがってるから一度来い。オレがいる限りはお前も、親には神だろうが魔王だろうが邪魔する奴を家に敷居をまたがせはさせねえよ」

 

昔、一度も見せてくれなかったような不敵な笑みが黒歌の心を揺さぶった。十年前にはほんのちょっとの淡い気持ちが熟し、ここで一気に開花した。

 

もう認めざる得ない感情と共に、想い人に今でも信じられていた事実に嬉しさが湧いてきた。

 

「来いって……まさか……これって……そういうこと……!?」

「ん?」

 

体を震わせる黒歌にカリフが様子を見ようと一歩近づこうとした時だった。

 

「にゃああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「!? 急に叫ぶんじゃねえコラァ!」

 

急に鳴き出してきた黒歌にカリフは珍しく気圧された。

 

「にゃああぁぁぁぁ! にゃああぁぁぁぁ!」

 

そんなことはお構いなしに黒歌はそのまま用意していた術を使ってその場から逃げるように消えて行った。

 

それと同時に周りの空間の雰囲気も元に戻っていたが、カリフだけは顔を引くつかせて思わず呟いた。

 

「……なに? 今の……」

 

しばらくは突拍子のない行動に少し不気味に思ったが、深く考えないようにしてその場から去る。

 

「かえろ……」

 

しばらくは少し放心しながらもカリフは帰路に付いたのだった。

 

まだまだ世の中には分からないことばかり……そう思い知らされた一日だった。

 

 

 

その日の夜、黒歌の様子はおかしかった。

 

「にゃふふ~……にへ……」

 

言葉の通り、本当にとろけているような顔で一人ニヤニヤして頬杖を付いていた。

 

そんな彼女の様子に周りは少し引いていた。

 

「何かあったんですか? 彼女」

「俺っちが知るかよ。女ってのは古代文字よりも難しい存在だろうが。こういう時はお前の出番だルフェイ」

「いやいや、あの様子は間違いなく恋だって言ってるじゃないですか。兄さまも美侯さまも少しは女心を理解して……無理ですね、はい」

「む、妹にそこまで言われるとは心外ですね。ということで聞いてきて下さい美侯」

「は!? 言いだしっぺのお前がいけよアーサー! なんか下手こいたら毒吸わされるか空間ごとどっか飛ばされるから嫌だぜい!」

「私だって嫌ですよ」

「自分が嫌なことを他人に押し付けんな! どう言う性格してんだおい!」

 

ギャーギャー騒ぐ男二人にルフェイと呼ばれた少女は頭を抱えた。

 

「変人と戦闘マニアに女心求めるのは無理がありましたか……」

 

騒がしい面子の騒ぎなどまるで耳に入っていないかのように黒歌は未だににやけ続ける。

 

ルフェイは人知れず黒歌のイメージを変えた。

 

(案外ウブだったんですね。黒歌さま)

 

そう思いながらも彼女を応援しようと人知れず心に決めたのだった。

 

「また来いだなんて……にゃふふ……もっと大胆になってもいいのに♪」

 

どこもかしこも本日は実に平和だった。

 

 

 

ここでもカリフの一日は終わっていない。

 

街の散策を終えて帰ってきたカリフは自宅に帰ってきた。

 

「おいっす」

「あらあら、お帰りなさい」

 

リビングで優雅に迎えてくれたのは朱乃だった。

 

多分、自分で入れたであろうティーカップに入っている紅茶を優雅に飲んでいた。

 

「小猫は?」

「おじさまたちの護衛ついでにお買いものですわ。ここで三大勢力の会談が行われるのですから何が起こっても不思議ではないので……」

「な~る」

 

納得するカリフに朱乃は立ち上がってキッチンへ向かう。

 

「カリフくんも紅茶いります? ただ今、西洋のお菓子もありますわ」

「いただこう」

「はい」

 

ニコニコ笑いながら紅茶を慣れた手つきで淹れる。しばらくしてカリフの前に紅茶と手頃サイズにカットされたロールケーキが置かれた。

 

「どうぞ」

「サンキュ」

 

軽く礼を言われて微笑みながらその場を離れようと朱乃が背中を見せた時だった。

 

カリフが呼び止める。

 

「待て朱乃。少し話さんか?」

「私と……ですか? 珍しいですわね。いいですわ」

 

意外そうにしながらも優雅な微笑みを維持してカリフの隣に座る。

 

カリフは丁寧にフォークを使ってケーキを食べながら話す。

 

「今日なぁ、修業の帰りに暇だから街散策したわけだ。昔行った場所とかな……」

「あらあら……」

「そこで行ったよ。お前と行った花見会場跡に。花は散って葉桜になってたがな」

「……」

 

ここで微笑んでいた朱乃の表情も次第に影を帯びてくるが、ケーキを食べ終わったカリフは口直しに紅茶を一口含んでから言った。

 

「昔のことで忘れてたがよぉ……コカビエルのを聞いて思い出したよ……」

「な、何を……」

 

弱々しく聞いて返ってきた答えに朱乃は身を震わせた。

 

「バラキエル……お前の父親の名を……」

「!! そ、それは……」

「あまり人の過去は詮索しない方なんだがなぁ……オレの親と関わりがある以上、そこらへんはハッキリさせたいと思ってな……」

 

飲み終わったティーカップを受け皿の上に置いて互いに向き合う。

 

思わず目を背ける朱乃に強く言い聞かせる。

 

「こっち見て話せ。お前のこと……今、知る必要がある」

 

真正面から逃がさないと言わんばかりの眼力に朱乃はしばらく硬直したが、すぐに観念したように口を開いた。

 

「……あなたの考えている通り、私はコカビエルと同じ堕天使幹部バラキエルの血と人間の血受け継いでいます」

「それがあの時のお前の両親か……」

 

意味深そうに思い出していると、朱乃は見つめ返してきた。

 

「母はとある神社の娘でした。ある日、傷ついて倒れていたバラキエルを介抱したことがきっかけで二人の仲は進展、そのときに宿した子が私です」

 

そう言って朱乃は背中から翼を生やす。

 

だが、それはいつもの悪魔の両翼とは違って片方が悪魔の、そしてもう一方の翼は堕天使の物だった。

 

「墜ちた証である黒く濁った翼……悪魔の翼と堕天使の翼を私は持っています」

 

朱乃は憎々しげに堕天使の翼を掴む。

 

「この翼が嫌でリアスと出会って悪魔になったの……だけど生まれたのは堕天使と悪魔の翼を持ったおぞましい生き物……ふふ、汚れた血を持つ私にはお似合いかもしれないわ」

「……」

 

朱乃の自虐をカリフは黙って聞いている。

 

「カリフくんは堕天使に良い思いなんて持ってないでしょ? レイナーレにしろコカビエルにしろ……」

「ああ、レイナーレとかにはヘドが出るほど胸糞が悪くなるほどにな。コカビエルや特にバルパーに関しては奴らはやってはならないことをしてくれた」

 

その言葉を聞いて朱乃はその場から立ち上がった。

 

「私は堕天使の血を継いでいるのに図々しくもこの家に居座って……子供の時から隠し通して……あなたに嫌われたくないからといって誤魔化して……きっと私って最低な女だわ……」

「そうだな今のお前は見るに堪えないほど最低だ」

「……!!」

 

カリフから言われる辛辣な一言に朱乃は唇を噛みしめる。

 

もちろん、あのコカビエルの件からこうなることは覚悟していた。非難され、追い出されることくらい覚悟していたはずだった。

 

だが、実際に言われると想像以上に悲しみが大きかった。

 

朱乃は瞳から涙を流さないように耐えていたとき、カリフは続けた。

 

「自分のありのままを認められん奴はどこまでいこうと最低以下の存在だ。いつものお前はそこまで弱くないはずだ」

 

カリフの率直な意見に朱乃は訳が分からなかった。

 

「それってどういう……」

「お前が自分のことを最低だなんだとか言う前に自分を振り返れ。お前が何かしたか? 違うだろ?」

「で、でも……私は堕天使でもあるの……もしかしたらあなたの両親を利用しようとしているかもしれないのよ?」

「それなら、お前の目的はオレの家庭を壊すこと。そういうことだな?」

 

カリフの問い詰めると、朱乃は心外だとばかりに叫ぶ。

 

「そんなことない! あの人たちは……行き場の無い私を迎えてくれた大切な人たち……大好きな人たちなんですもの……」

 

普段見せないような弱々しい表情で声も小さくなっていくが、カリフはそれらを聞き逃さなかった。

 

フっと笑ってソファーに身体を沈ませる。

 

「なら、そんなに負い目感じる必要ねえじゃねえか。これからもあの二人の傍にいてやりゃあよぉ……」

「……あなたは堕天使のことが憎くないの? なんで私をそこまで受け入れられるの?」

「オレが嫌いなのは堕天使全般じゃない。血筋や種族でそいつらの良し悪しを判断して、個人を見ないっていうのが一番嫌いなんだよ。それに……」

 

カリフは朱乃に身体が密着するまで近付いてくる。それには朱乃もドキっとなる。

 

「お前が『堕天使』だからなんだ? 堕天使には堕天使の事情があるかもしれんが、オレが今見ているのは『姫島朱乃』という女一人だけだ」

「!!」

 

カリフの答えに朱乃は衝撃を受けた。

 

それは、朱乃が『堕天使だから嫌われても仕方ない』と思っていた心の裏で思っていた『望んでいた答え』だったのだから無理も無い。

 

「オレが『朱乃』という人物しか見てねえがよぉ……それでもこの家にいることを容認してきたのはお前なら問題が無いということだ。オレや親はお前を信用に足る奴だと思っているのにお前が自分を信じられなくてどうする。お前は……もっと自分を知るべきだ」

 

カリフとしては見ていて煮え切らない部分があったから自分の意見を押し付ける言い方になったのだろう。

 

だが、今の朱乃にはそれくらいが丁度よかった。それらの言葉が朱乃の心に染み込んでいく。

 

「私のこと……見てくれてたの……? ずっと……」

「本当は誰よりも感情豊かだったお前だから分かりやすかったぞ。お前は『堕天使』の自分に負い目を感じて、その感情を抑えて口調を変えたりしてたがオレには通用はしなかったな。やっぱりお前はガキのころから根本的に何も変わって無かった騒がしい奴だよ」

 

カリフは続けた。

 

「今回、話せて良かったと思ったぜ。いつものニコニコ顔で本気で感情が欠落してると思ってたが、お前の泣く顔とか色んな表情見れて安心はできた。あの頃のオレを追いまわしていた時の素直なお前が見れて……」

 

カリフが話し終わる頃には朱乃は涙を流して嗚咽を漏らしていた。

 

突然の変化にカリフはギョっとするも、朱乃が悲しみで泣いてるのではないと気付いて息を吐いた。

 

「……ずるいわ。そんなこと言うなんて……そんなこと言われたら……私……」

 

泣きながら何やら呟く朱乃にカリフは若干、とっつきにくくなった。こんなところを親に見られる訳にはいかない。

 

「本当に……私、ここにいていいの?」

「くどい。オレが追い出す気ならとっくにやっている」

 

朱乃は涙を拭きながらカリフと向き合う。

 

「ねえ……ちょっとだけ胸借りていい……?」

「……親帰る前にはその顔なんとかするならな」

「嬉しい……ありがとう。『カリフ』」

 

初めて、朱乃がカリフとの間の溝を埋めた瞬間だった。

 

カリフは何を言うでもなく、ただ胸に顔をうずめてくる朱乃の成すがままにされるだけだった。

 

黒歌に続いて朱乃にも好き勝手されたことに納得はいかないが、同時に自分をここまで甘くさせる女の力に感心することにした。

 

リビングのソファーで抱き、抱かれる者が二人

 

こんなところを見られたら間違いなく面倒なことになるのは確かだとカリフは内心で危惧していた。

 

「ねえ……二人っきりの時は『カリフ』って呼んでいい?」

「名前なんて個々を識別できるなら何でもいい。好きにしろ」

「うん……やっぱりあなたのこと……」

 

それから、朱乃はずっとカリフの胸に抱きついてから数分が経った時だった。

 

廊下から何やら足音が聞こえてきた。

 

「……おいおい、マジで?」

 

廊下から感じる足音と気を感じ取ってカリフはゲンナリとした。

 

もう誰かが帰ってきたのは分かったとき、朱乃を無理矢理剥がすような気力も失せた。

 

要は『もうどうにでもなれ』とのことだった。

 

やがて、そんな色々とやばい態勢の二人しかいなかったリビングに小さな影が入ってきた。

 

「ただ今帰りました朱乃さん。おばさまたちもすぐ帰ってきますから夕飯の支度……を……」

 

小猫が要件をリビングに入りながら伝え、そして目にした。

 

リビングの真ん中で抱き合う(ように見えている)二人の姿を……

 

「……何してるの?」

 

小猫が顔を伏せてこっちに向かってくる中、カリフは少しでも状況を変えようかと思ってありのまま自分の思っていることを小猫に告げてみた。

 

「まぁ、なんつーか……」

「……」

「意外と良い匂いだな。このシャンプー」

「この……スケベ!」

 

小猫の突然のストレートをカリフは足を上げて受け止めた。

 

『戦車』の重い打撃を足で軽々と受け止められたことも流石だが、小猫も怯まずにパンチやキックを繰り返す。

 

「随分と手荒いな」

「……当たって」

「やだね。オレはそこまでMじゃない」

「……絶対当てる」

「その意気やよし。だが、ここでは場所が悪い。庭で修業がてら見てやる」

 

カリフは朱乃を降ろして挑発すると、小猫もそれに応じて庭へと出る。

 

出ていく二人を見送っていた朱乃は既に笑顔だった。

 

「あらあら、素直にならなきゃいけないのは私だけじゃないのね……もっと頑張らなきゃ」

 

意味深なことを攻防を始めた二人を見て言っていると、ここでカリフの両親が帰ってきた。

 

朱乃が両親を手伝い、夕食ができるまでカリフと小猫の修業は続いていた。

 

「さっきの小猫、威圧が半端なくて攻撃も普段より切れて重かった。あいつの感情の爆発は素晴らしい物を持っている」

 

後日、カリフはその時の小猫を絶賛していたが、しばらくの間、小猫の機嫌は治らなかった。

 

それとは別に朱乃のカリフに向ける目が艶っぽく変わり、同時に朱乃が色々とカリフに何か画策するようになったのはまた別の話



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停止教室のヴァンパイア
黒の魔法使いと堕天使総督


今回は、オリジナルヒロインの登場ですので生温かく見守ってください。

それと、後書きで聞きたいことがあるので見てくれたら嬉しいです!

それではどうぞ!


閑静な住宅街

 

夕暮れ時の静かな時間にカリフは学園からの帰路についていた。

 

小猫、朱乃の居候組は部活に残って夜のお仕事に駆り出されている。

 

ゼノヴィアも慣れるために研修を受けると言ってカリフは一人だけヒマを持て余すこととなった。

 

イッセーも匙もいなかったから諦めて一人で帰ることにしたと言う訳だった。

 

「どうするかな……特訓用のロザリオと聖水の補充に教会に乗り込もうかな……」

 

もしここに教会関係者がいたら有無を言わさずに弾圧されるような危ない発言をしながら学ランをたなびかせていると、急に立ち止まった。

 

何か、特殊な気をこの近くで感じ取った。

 

「この気……悪魔でも天使でも堕天使でもない……人間にしても変な感じだ。まるでココアの入った牛乳みてえに何かが混ざっている感じだが……」

 

カリフはそれと同時に奇妙に思う所もあった。

 

「小さい……気がブレて安定してない上に『張り』というものがないが、命には別状も無い。相当な疲労と苦悩を抱えているってとこか?」

 

気だけでここまでプロファイリングなどと超高度なテクニックを簡単にやってのけてからカリフは興味が湧いてその場へ足を運ぶ。

 

「中々面白い気の“気”じゃないか。こんなは初めてだ」

 

ルンルンと目を光らせながらその場へたった一回の跳躍で向かう。

 

住宅街を遥か雲の手前の上空から見下ろして散策していると、それらしき影を見つけた。

 

人並み外れた視力で雲の上からその人物を観察してみる。

 

―――場所、閑静な住宅街の道端

 

―――性別は女、年齢はたぶん同い年、恰好は年頃の女性が着るようなワンピースとスカート姿、そして金髪

 

―――歩き方からして全く周りを警戒していない、重い足取りからして精神と肉体の疲労があると見られる

 

―――だが……やはり気がどこかおかしい

 

「ふむ……気からして悪意は感じられない……だが、どこか哀愁があるな……それに行ったり来たりしてるから目的も目的地も無し……害は無さそうだが……」

 

それでも普通の人間でないので注意はしなくてはならない。

 

そこでカリフの体はまるで計ったかのように重力に従って下に落ちていく。

 

高さ五千メートルのエベレストもビックリな高さから落ちていく学ランの男の子の姿が見て取れる。

 

そして、舞空術もホバリング程度に抑えて宙に浮くことはなく、そのまま一定のスピードで落ちていく。

 

 

私はすごく後悔している。

 

今、私がやっていることは多くの人たちを不幸にしかねないことだって分かってる。

 

だけど、こうでもしないと私が生きていけないってことも分かってる……

 

『ね、マナっち……本当にいいの……?』

 

私の気持ちを察してくれたのは生まれてからの私の親友でもあり、家族でもある娘の声だった。

 

こうしている時も『私の中』で励ましてくれる。

 

「うん、平気平気だよ?」

『……そうは見えないよ? やっぱり私がやろっか?』

「いいよ、こういうのは私がやるのが常識だし、ガっちゃんだってこんなことしたくないでしょ? 他の皆だって……」

 

空元気のつもりで皆に明るく振る舞おうとするけど、どこか違う。自分でも分かってしまうから『ガっちゃん』にだって気付かれるよ、これ……

 

はぁ……鬱だよぉ……

 

いつもよりも重い足を引きずるように進めていた時だった。突然、『私の中』でガっちゃん以外の『あの人』が何か伝えてきた。

 

『マナ、ここで止まって』

「え? ヴァルさんどうしたの?」

『索敵魔法が反応を示したわ。あなたの元に何かが向かってきてる』

「え!?」

 

『ヴァルさん』の言葉に私は魔力を解放して瞬時に戦闘服に着替え、周りを警戒する。

 

まさかこんな狭い所で戦うことになるなんて……

 

『まだ遠いからどこから来るか分からないわ。気を抜かないで』

『でも、本当にバレたんすか? それって本当に私らんとこに来てるんすか?』

『ヴァルの補助魔法を信じなさい。と言っても、どこでバレたかっていう疑問も確かに気になるわね』

 

私の中でヴァルさん、ガっちゃん、マジさんの『意識』同士が話し合ってるけど、今の私はそれに耳を傾ける余裕などない。

 

どうしよう……やっぱり戦うのかな……

 

「でも、まだ敵って決まったわけじゃあ……」

『そうだけど、油断は禁物ね。向かってきている速度も……あれ?』

「なになに? どうかしたんすか? ヴァルさん』

『いや、相手が大分近付いてきたから分かるんだけど……何が何だか状況が……』

 

なんだか歯切れの悪いヴァルさんに皆が首を傾げている。あれ? なんだろう……

 

『なんか……来る方向が……いや、でもこれって人しか認識しないはずだしここらに高層ビルだってないし……』

『どうしたってのよ? あんたにしては歯切れ悪いじゃない?』

『ええ……ただ気になることがあって……私たちに向かってきてる対象なんですが……』

 

全員がヴァルさんの言葉に聞き耳を立てている時だった。

 

私が立ち止まったまさにその時だった……

 

『えっと、空から落ちてきてるような……』

 

ヴァルさんが言ったその直後だった。

 

 

 

 

閑静な住宅街に

 

 

 

 

強烈な落下音と砂煙を立てて

 

 

 

 

私の前に何かが落ちてきた。

 

 

「………」

 

私は突然のことに臨戦態勢のまま固まってしまった。

 

それもそうなる、なんせ、こんな街中で隕石か何かがが自分の目の前に落ちてきたんだから……

 

何かが墜落した地点からの煙の中からさらに人影が現れた。

 

「きみ、ちょっとお話いいかなぁ?」

 

眼光を光らせ、ジャパニーズのスクール制服を風になびかせて現れた。

 

 

 

 

 

―――お星様になった師匠へ

 

―――生きるためとはいえ、テロリストに入って道を踏み外してしまった短い人生はここで終わります。

 

―――どうか、この不肖の弟子を迎え入れてください。

 

 

 

 

「とりあえず公園に行くぞ。話はそこからだ」

 

訳が分からないまま私は引きずられていくだけでした。

 

『ちょっ! 呆けてないで逃げなさい!』

『駄目です! 完全に相手の登場シーンに度肝抜かれて放心してます! 全然声が届いていません!』

『マナっちカムバーーック!』

 

頭の中の家族の声にさえもう虚ろにしか聞こえません。

 

だけど、この時、何を考えていたかってことだけは分かります。

 

 

ヘビに睨まれたカエルの気持ちだったとだけしか……

 

 

 

近くの公園まで半ば拉致してきたカリフは威圧感タップリと目の前の少女に叩きつけて動きを封じている。

 

対する少女は未だに戦闘服のままカリフに奢ってもらった缶ジュースを震える手で握っている。

 

「あはは……」

 

目の前の怖い存在に少女は苦笑して見せるが、カリフはというと……

 

「……」

 

背後に『ドドドド……』と擬音が付いてもおかしくないほど威圧感を醸し出してこっちを見てくる。

 

こんな硬直状態に少女の心は限界に近かった。

 

『どうしよう~! あの人怖いよぉ!』

『堪えてください。まずはこっちから弱みを見せないように毅然としてください』

『そんなこと言われても~……』

 

少女が頭の中で話し合っていると、カリフの方から話を振ってきた。

 

「よぉ、随分と物静かだな」

「え、いや、そう言う訳ではなくてですね……」

「ジュースはお嫌いかな? 日本のジュースは結構良いと思うんだがなぁ……」

「……いえ、ジュースは好きですけど……」

「そうか? そうだよなぁ、何より、美味くて安いところがまた『良い』」

「ははは……そうですね……」

 

饒舌に語るカリフに少女はそれとなく返すが、不安と警戒心はより強くなっていく。

 

少女はカリフに恐る恐る問いかける。

 

「あの……私にどのような用で……」

 

相手を刺激しないように聞いた瞬間だった。

 

カリフは先程までの世間話を切り上げ、変わらぬいつもの調子で答える。

 

「お前からは人間とは違う感じがしたからそれを調べに来た。お前は『敵』かどうかを調べにな」

「っ!」

 

その一言に少女は体を震わせて何も言えなくなっている。

 

『み、皆……』

『大丈夫、それは相手の推測よ。惑わされちゃだめ』

『そっすよ。平常心平常心!』

『セイクリッド・ギアの用意しとくわ』

 

励ましを受けてもこの不安はどうしても拭えない。

 

目の前の少年には虚勢も通用しないんじゃないかと思わせるほどの『何か』があった。

 

言葉にするのには困難な『何か』が……

 

「大抵の奴ならその瞳孔とか汗のかき方、挙動とかを見て判断するが……お前、今汗をかいているだろう?」

「こ、これは……」

 

少女が弁明しようとするが、カリフはそれを許さない。

 

「その汗のテカリ具合に汗のにおい、そしてその目は何かを隠しているということを『認めている』ぜ!」

 

傍から見れば証拠もなければ確証もない憶測だけの暴論でしかない。

 

だが、目の前の彼はその暴論に絶大な『確信』を持っている上に、実際にその通りなのだからもう彼女は限界だった。

 

『だ、大丈夫よ……そんな理屈通る訳……』

『でも、当たってますよ? これ……』

『気にしないで、これはただの揺さぶりだから……多分……』

 

皆からも不安が伝わってくる中、その人は続ける。

 

「そして、その目には怯えが見える……例えるなら望んでも無い殺しを強要されているとか……」

「っ!?」

「その反応は図星だな? 今までいろんな人種を見てきたが、お前の眼はまさに紛争地帯で迷い込み、極限の状況の中で選択を迫られた奴……そいつに似ていた。今ならこのことは伏せるし、大目に見てもらえるかも知れんぞ?……白状するならな……」

 

無言の相手から挙動だけで全てを見通してしまった目の前の少年に少女は恐ろしさを抱いた。

 

だが、そんな『奇妙な恐怖』とは同時に心の底で『禁断の安堵』を覚えていた!

 

『やりたくない』『自分のしたいことはこんなことじゃない』という目に見えぬ自身の心の蓋を目の前の少年が易々と解き放ってくれたことに緊張よりも感動を覚えた。

 

(さっきまで怖い人だと思ってたのに、今では困っている人に手を差し伸べてくれる『厳しい人生の教師』に見える……)

 

無意識とはすなわち、真の心の内を表したもの! もう彼女は自分の心に逆らえなくなっていた!

 

「……あの、お話いいですか?」

「あぁ……なんだか興味あるぜ」

 

罪の意識から逃れるために少女は思いの丈を吐露することにした。

 

『ちょっ! やばいって! 止めた方が……!』

「でも、この人に誤魔化しはもう……」

『そうだけど……まだ相手を知らずに全部言うのは止めた方がいいって!』

「……分かってます。自分の浅はかさくらい。だけど、多くの人を殺すよりもこっちの方が正しいって思うんです。だから……」

 

カリフには少女が独り言を言っているようにしか見えてないが、それについては聞こうとは思わない。

 

「ま、そこんとこはこれから話すとして、まずやることがあるからそっちを済ませよう」

「何か予定でも?」

 

少女が聞くと、カリフは改まって少女に向く。

 

「オレから話し振ったのだから名乗ろう。オレから名乗ろう。オレはカリフ、この近くに住む鬼畜家の誇る最強の人類だ」

「さ、最強……ですか?」

 

丁寧だがどこかブっ飛んだ名乗りに少女“たち”は苦笑する。

 

『すっごい自信っすね。マジさんみたい』

『ちょっと! 私はあんなに尊大じゃないわよ!』

『……いささか不安があるのですが……』

「あはは……まあ、自信があるのはいいことですよ……」

 

目の前で胸を張っているカリフにひとしきり苦笑したあと、例に倣って自分も名乗る。

 

「私はマナって言います。主に魔法使いって呼ばれてます」

 

行儀よく挨拶を交わす少女のマナ。

 

そんなマナにカリフは早速質問する。

 

「ふむ……それでこの妙な気……だが、しかしこいつは珍しい……」

「あ、あの……何か?」

 

ジロジロ観察されてたじろぐマナにカリフは首を傾げる。

 

「いや、お前の気が少し特殊でね……面白い体質だと思ってね」

「気って……仙術の心得が?」

「オレのは我流だがね。それで分かるんだよ。まるでお前の中にさらに『誰か』いることが……」

「え!? 分かるんですか!?」

 

カリフの推測にマナは素直に驚いた。

 

「まあ、気は人によって質とか違うからな。お前の中には少なくとも三、四つの気が中途半端に混ざっているような……多分だけど体という器は一つでその器の中サラダ、スープ、デザートが混ざり合っているって感じがする」

『私ら食べ物ですか!?』

『だけど、的を射ているわ。なんなのこの子?』

 

『ガっちゃん』と『ヴァルさん』とやらはカリフの技量と観察眼に驚きを通り越して呆れさえ覚えていた。

 

マナも口を半開きで絶句していたが、すぐに気を取り直す。

 

「す、すごいです……そんなに分かるなんて……」

「だが、オレは相手の過去や素性は読めん。もっと教えてくれないか?」

 

言い方から何を聞かれているのかすぐに理解したマナはコホンと咳払いして続ける。

 

「私は魔法使いですが、ただの魔法使いではありません……ブラック・マジシャンって知ってます?」

 

その言葉にカリフは見分の旅で培った自分の記憶を掘り起こしてみる。

 

「確か、どっかの一部の魔法使いの家系から輩出された優れた魔法使いの称号……だったな」

「そうなんですよ! それが私の師匠のマハードこと、ブラック・マジシャンなんです!」

「お、おおう……」

 

急に元気になって力説し始めるマナにカリフはたじろぐ。急に近付けてきた輝いた笑顔はすぐに離れるが、既に彼女は過去の話に酔っていた。

 

「魔法の中で上位の難易度と破壊力と多様性を極める師匠の黒魔法はまさに一族始まって以来の最高傑作! 遥か昔に火、土、水、風の四つのエレメントだけを組み合わせて生み出された黒魔法も今や進歩を続け、未だに進化し続ける神秘の技術! 分かりますか!? このロマンを!」

「ん、うん……」

「黒魔術とは『黄金の夜明け団(ゴールデンドーン)』という近代西洋儀式魔術の秘密結社の一員であった『アレイスター・クロウリー』も活用していた呪術であるの」

 

急にマナがどこからかステッキを取り出し、ステッキで文字や関係図を書いて説明する。

 

「基本、呪術や悪霊の力を頼った魔法なんだけど、基本的に呪術は儀式のような手間があるし、悪霊の力を借りると何らかの副作用や代価を支払う必要がある危険な魔法なの」

「ふんふん……」

「でも、それらの危険性を最小限に抑えて執行されるのが黒魔法!」

 

マナがステッキを一振りすると、『呪術』と『悪霊』の文字が溶けて一緒に混ざりあい、混ざり合った文字が空中で『黒魔法』と現れた。

 

「だけど、そんな黒魔法も色んなコストが大きくて、命までは取られないにしろ課題はあった。そんな黒魔法研究の第一人者が師匠のブラック・マジシャンって訳です!」

 

今度は全身を黒の衣と帽子で身を固めた男性の絵が現れた。

 

「師匠は黒魔法の適性が充分だったから研究は順調に進め、黒魔法のコストを大幅に削ることに成功したんです!」

「……それがお前の師ってわけか……」

 

目の前で嬉しそうに語るマナにカリフは昔を思い出す。

 

(師……か……)

 

自分はあの時、悟空とベジータ、ピッコロに尊敬を抱いていただろうか……

 

悟空やベジータからは戦いを教わり、ピッコロからは心の指導を受けていた。

 

あの時はまさしく地獄だったが、今となっては感謝すべきなのだろう……

 

だが、自分はそんな師たちを越えようと生き永らえている。

 

それがあの三人に対する礼儀と信じて……

 

(ノスタルジーか……らしくもないな……)

 

妙な気分になりながらも今に集中しようとマナを見るが、既に彼女はヒートアップしていた。

 

眼をキラキラさせて何やら黒魔法は芸術だとか独白している。

 

『ごめんなさいね。あの子ってば魔法と神器には目が無いの』

 

突然、カリフの頭の中に誰かの声が響いた。

 

そのことにカリフは目を吊り上げる。

 

「お前……マナの中にいる別人格か?」

『えぇ、あなたの言う通り三つの人格の中の一人って所ね』

『私もその一人です! よろしくね!』

『そして、私たちは同じ存在でもあるのです。ベースはマナですが、私たちもまた『マナ』という存在です』

 

なんだかややこしかったマナという少女の本質も段々と見えてきた。

 

「要は多重人格か」

『それでいいと思います。とはいっても元は私たちはそれぞれ別の魔法使いの家系での生まれですが』

『今はその家系の名前で呼び合って名前代わりにしてるしね』

「家系?」

 

カリフが聞くと、カリフの前に三人の美女が思念体として現れる。

 

一人はどこか落ちついた雰囲気の茶髪のロングヘアー、もう一人は胸を強調するような大胆な大人の雰囲気の金髪ロングヘアー、最後の一人は今時の女の子といった雰囲気の金髪のセミロングの女性だった。

 

だが、共通して全員がマナと恰好も容姿もどこか似ていた。

 

「始めまして。私は主に『ヴァル』って呼ばれてるけど生きてた頃の二つ名は『マジシャンズ・ヴァルキリア』だからヴァル。よろしく」

「んで、私は『ガガ』って呼んで。昔は『ガガガ』一門の魔法使い家系から『ガガガガール』って呼ばれてました!」

「私の名は『マジ』ってなってるわ。起源は……昔にからかわれて定着させられた『マジマジ☆マジシャンギャル』って所から……」

「最後だけ恥ずかしくね? これはひどい……」

「うるさいわね! 私だってこんな名前から変わらないまま儀式でマナの魂と統合させられちゃったんだから、これしか思いつかなかったのよ! 私だって恰好いい二つ名くらい欲しかったわよぉ!」

 

カリフの失礼な回答にマジは涙目で訴えるマジにガガもヴァルも苦笑するしかない。

 

「マジさんをからかうのも程々にしてください。私たちの紹介としてはこんな所です」

「なんで全員はマナに似てんだ?」

「私たちがマナっちの魂に引っ付く形になったから、それの影響っすよ」

 

ガガの答えにカリフもなんとか納得する。

 

「それで、あの子はさっき聞いた通り、黒魔法第一人者である『ブラックマジシャン』ことマハードの弟子、『ブラックマジシャンガール』のマナっていうの」

 

マジの指差す方向には未だに心酔しているお気楽なマナが一人演説していた。

 

一連の説明を聞いたカリフはここで話の通じる三人に問いかけてみる。

 

「お前等の生い立ちはこの際、気にしない。だが、お前たちはここで何をしようとしていた?」

「え、あ、その……」

「……」

「えっと……」

 

その問いに三人は黙ってしまった。

 

この沈黙からして言い辛いことなのだろう。三人は口ごもるだけだった。

 

「やはり、只事でないか? ここでのドンパチを見過ごしたらオレの親に火の粉が降りかかるだろう……だが、答えてもらうぞ」

 

急かすような言葉に三人は顔を見合わせるが、いち早くガガは意を決したようにカリフに懇願する

 

「あの、全部話したらマナっちを見逃してくれないですか?」

「ほう……」

 

ガガの言葉にカリフは眉を吊り上げる。

 

「マナっちとは感覚や感情をリンクさせてるから分かるんっす。どれだけ罪の意識に悩まされたか……」

「……」

「言えた義理じゃないけど私からもお願い。あの優しいマナだからこのままだと……」

「……待ってろ」

 

ガガとマジの説得にカリフは後頭部を掻き、その後に額に指を当てて目を閉じる。

 

そこでカリフはしばらくの間だけ集中し、数十秒くらい経った後でまたいつもの感じに戻る。

 

「……普段なら、大量殺人の未遂でこの場でオレがお前等を葬るってのが定石なんだぜ~? そんな状況で命乞いかぁ?」

「……償いならいくらでもします。ですから……」

「無茶を承知で頼みたいの。あの子を見て分かるでしょ? 本当は素直で優しい子なのよ……あんな子に後悔して欲しくないの……」

 

ヴァルとマジまで頭を下げる始末

 

だが、カリフは元からこの四人をどうこうする気は全く無い。

 

理由としては手を上げる理由がないからだ。いくら何らかの理由でこの街に災いを運ぼうとしていたとしてもそれは過去の話であり、何より彼女は既にそんな気が無いくらい知っている。

 

「……その言葉に嘘偽りは無いな?」

「「「……」」」

 

三人は無言で頷くのを確認すると、カリフは彼女たちに背を向けた。

 

「一つ心当たりがある。話しはそれからだ。それと……」

 

カリフはマナに向いて大口を開けた。

 

「オイ!」

「ひゃい!? な、なんですか!?」

「いつまでくっちゃべってねえで行くぞ! このままブタ箱にぶちこまれたくなきゃあな!」

 

黒魔法に心酔していたマナを大声で呼び起こし、手招きして付いて来るように合図を送るとカリフは一人で先に公園から出ていく。

 

一人と三人の人格たちは顔を見合わせて首を傾げ、マナは戦闘服から魔法で私服へと着替える。

 

三人の人格の姿が消えた所でマナはカリフの後を追っていく。

 

カリフに追いついたマナはその隣に並ぶ。

 

「あの、これからどこに……」

「オレの知り合いんとこで匿ってもらえ。奴のとこなら安全度は高いからな」

「ご迷惑にならないでしょうか?」

「なろうがならまいが話しは付ける。正直、最近のあいつにイラっとしてるからな。お前引き取るのはただの嫌がらせだ」

「私は嫌がらせの種!?」

 

まさか自分がそこまで腫れもののように扱われていたことに少しショックを受けるが、どっちにしろ助けてくれるのだから感謝しなくちゃならない所だけどやっぱり複雑な心境だった。

 

「あの、おいくつですか?」

「十六」

「え!? 私よりも下!?……なの?」

 

あまりに衝撃な事実!

 

それもそのはず、カリフは普段でもその風貌と影の深い輪郭から歳上に見られるのも無理はない。

 

マナは意外にも年下だということが分かっていつも通りの口調に直る。

 

「えっと、カリフ……でいいかな?」

「あぁ」

「あの、君の知り合いってどんな……」

「付いたぞ」

「え? もう?」

 

公園から歩いて数分歩いた内に着いた場所はマンションだった。

 

一見すると、ただのマンションにしか見えない。

 

そんなマンションの中に迷いなく入っていくカリフにマナたちは疑問に思いながらもカリフに付いて行く。

 

「ここか……」

 

三階くらい上がって行くとその一室の前で止まり、ノックもチャイムも鳴らさずにドアを開ける。

 

「ちょっ……」

「シッ……」

 

呼び止めようとするマナをカリフは人差し指を口の前に持って行って静かにするようジェスチャーで表すと、なんとか応えてくれた。

 

それに満足し、堂々と、それでいて足音立てずに入っていく。

 

マナも入ろうとするが、カリフは手で待つように合図してその場に残る。

 

「流石はゲーム大国日本のゲームだ。一味違うな……」

 

カリフの前には黒髪のワルの風貌をしたイケメンの男がゲームコントローラを持って画面を食い入るように見ている。

 

「シェムハザの野郎にゲーム取り上げられた時はヒヤヒヤしたが、今回の三勢力会談でのセッティング押し付けて俺の楽しみ奪還成功だ! ザマァミロ!」

 

浴衣姿のイケメンは格闘ゲームに夢中で後ろに気付いていない。

 

「まあ、こうしてあいつ等から自由の時間を取り戻したんだ。精々この自由の時間を……! できた必殺波動拳! やった勝った!」

 

天高く、コントローラを持った手を掲げてガッツポーズした瞬間、カリフは遂に動いた。

 

「それはようござんしたね」

「スト2ーーーー!」

 

ここで限界が来たのかカリフはイケメンの顔を蹴ってブラウン管に顔をぶち込ませた。

 

ブラウン管を壊して顔が押しこまれると、強烈な破断音と小規模爆発がリビングに鳴り響いた。

 

「おーい、入っていいぞ!」

「え、っと……お邪魔しまーす……」

 

遠慮がちにマナが家に入り、リビングに辿りつく。

 

「あの、さっき何かすごい音……って何これえぇぇぇぇぇ!?」

 

入ってきたマナは大口開けて驚愕した。中に入ってみたらその家主と思しき人がテレビに顔突っ込んでいるのだから普通はそうなる。むしろ、これは卒倒ものだと言っても過言ではない。

 

「騒ぐな。まだ説得中だ」

「説得!? 脅迫とか殴りこみとかじゃなくて!?」

 

無茶苦茶な暴論にマナは驚愕し、冷や汗を流す。

 

そんな中、ブラウン管に突っ込んだ頭を引っこ抜きながら激怒する。

 

「人の家に勝手に入り込んで随分と嘗めたことしてんじゃねえ……か……」

 

カリフの顔を見たイケメンの顔色が変わった。

 

怒りに赤くなっていた顔が一瞬の内に血の気が失せた白へと変わる。

 

「カ……カリフ……?」

「よぉ、アザゼル。随分と良い身分じゃねえか?」

 

驚愕するイケメン……アザゼルはすぐにカリフに光の剣を創り出して襲いかかった。

 

対するカリフはアザゼルの光の剣を二本指で挟んで止める。

 

「ご挨拶だねまったく」

「だったら普通に来れねえのかおめえは! 何だ! 今日は何しに来た!」

「これから話そう。だから茶と菓子用意しな」

「俺も来たばっかだからねえよ! 相変わらず図々しい奴だなオイ!」

 

急に喧嘩を始めた二人にマナは焦りながら両者へ視線を右往左往していると、それにアザゼルが気付いた。

 

「おい、こいつは魔法使いか?」

「あぁ、今日はこいつのことで来たんだ。堕天使総督の権限で何とかしやがれ」

「その前に事情くらい話せ。何が何だかサッパリ分からん」

「堕天使……総督?」

 

ここでマナが二人の会話からとても気になる言葉を聞く。

 

「あの……総督って……」

 

マナが聞くと、アザゼルはカリフとの鍔迫り合いを止めて飄々とした態度に戻る。

 

「お前、その魔力の質からして黒魔法の使い手だろ? 珍しいな。名前は?」

「マナですが……あなたは?」

「俺か? 俺は何を隠そう、堕天使の頭やってるアザゼルだ。よろしく」

 

そう言って光の力と一緒に黒い十二枚の羽が解き放たれた。

 

――――――

 

 

 

――――

 

 

 

―――

 

 

 

――

 

 

 

 

「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? ア、ア、ア、、アアアアアアアザゼルってあの堕天使総督のアザゼル!?」

 

まさかの超ド級大物との対面にマナは目を飛び出させて驚愕する。

 

その様子にアザゼルはカリフに問う。

 

「なんだ? 何も言ってなかったのか?」

「近くにいたから説明は後でいいと思っただけだ」

「しかもタメ口!?」

 

まさかの伝説の堕天使・アザゼルと相当な大物と親しげに話すカリフにマナたちは大混乱だった。

 

『アザゼルって、相当な大物じゃないの!? まさかこんな所で会うなんて!』

『ていうかあの子は本当に何者なんですか!?』

『ヤバイっすよ! 本当にヤバイっすよ! どんぐらいヤバイかというとマジヤバイ!』

「みみみみみみみみ皆落ちつこう! 皆が落ち着いてくれないと私も不安になっちゃうから!」

 

マナはカリフに詰め寄らんばかりに近付いて問い詰める。

 

「えっとこれどういうことかな!? 全く理解できないけど!?」

「それをこれから話すんだろーが。まあ、真実言えばアザゼルも分かってくれるさきっと」

「ここまでお膳立てして本番フワフワしてない!?」

 

緊張で胃が痛くなってきたマナにアザゼルは頭をボリボリ掻いて溜息を吐く。

 

「まあ、お前がわざわざ連れてきたような奴だ。相当に奥が深いんだろ?」

「そういうことだ」

「面倒事を押しつけやがって……だが、このタイミングで魔法使いの登場だ。心当たりはある」

「!?」

 

アザゼルの言葉にマナが過剰に反応を示す。

 

「? どゆこと?」

「最近、魔法使いが各地で出没するようになった。何をするわけでもなくただ天使領、堕天使領、悪魔領どこでも構わずに現れては去っていくんだ。それだけならまだいいんだがな、その魔法使いが去った数日後にはその街は必ず襲撃される」

「そういうことね……はいはい……」

 

そう言ってカリフはマナを見ると、マナは沈んだ表情で俯くだけだった。

 

それに合点がいったカリフはアザゼルに聞く。

 

「末端の奴に街の構造、内部情報などを探らせてからの襲撃ね……テロ組織の常套手段だなまるで……」

「『まるで』じゃなくて『いる』んだよ。今の状態に不満タラタラ漏らして戦争ふっかけるテロ集団が……」

 

アザゼルが続けようとした時、その先をマナが代わりに告げた。

 

「禍の団(カオス・ブリゲート)……それが正式な名前です」

「やっぱり……お前はその中の魔法使いの末端か。ブラックマジシャンガール」

 

アザゼルの言葉にマナは大層驚く。

 

「知ってたんですか!?」

「お前の魔力、攻撃魔法最強の『黒魔法』を使うのに適している魔力の持ち主は特定の家系しか生まれねえ、そして、最近まで噂されていた今は亡きブラックマジシャンの弟子しかこの世で黒魔法を完全に扱うのは困難だ。それらとお前さんの魔力を見ればすぐ分かる」

「そう……ですよね」

「だが、お前さんが魔法使いとして成熟しない内にブラックマジシャンは死んだ。その御家が弱まった隙を狙って黒魔法を良く思ってない他の魔法使い勢力がブラックマジシャンを輩出した家系を断絶させて廃れたって聞いたんだが……生き残りがいたとはな……」

 

珍しそうにマナを見つめるアザゼルにマナは自嘲する。

 

「……元々最底辺の地位だった私の家系が師匠のおかげで成り上がったことと、魔法をもっと幅広く、多くの人のために使ってもらうって師匠の考えに敵は大勢いました。師匠が逝ってから程なくして家系が廃れた私は捕虜となってカオス・ブリゲートに売られたのが始まりです……」

「あの家は魔法使いには珍しい『世のため』としたスローガンを掲げた家だったことで有名だったからな。弾圧にはおあつらえ向きだったんだろうよ」

 

真面目にアザゼルもマナの心境を察するようになる。

 

「でも、私は生きたかった……カオス・ブリゲートの捨て駒として生きていく以外に道は無かったんです。今までは大したことのない兵力の場所を担当してましたが、今回は魔王、天使、堕天使の集まるこの街の担当にされて……耐えられなくて……」

「捨て駒って訳か……古くせえ考え方で気に入らねえな……」

 

アザゼルもカオス・ブリゲートのやり口に気に入らないと言った感じで吐き捨てる。

 

「もし、私が死んだら私の魔力を奪って黒魔法を悪用するに違いありません! そんなことしたらもっと恐ろしいことになってしまうんです!」

 

マナは目に涙を溜めて思いを吐き出す。

 

「師匠が……家族が人のためにと思って研究してきた黒魔法が殺人の道具にされようとしてるんです! それだけは絶対に阻止しないと駄目なんです!」

「……黒魔法の研究は注目と期待が半端じゃなかった、もし研究が成功したらこれからの世界が変わるとまで言われたほどだしな」

 

アザゼルは憎々しげに舌打ちする。

 

「黒魔法の進歩で害のなく天候を操って地球を潤す環境問題対策、四つのエレメントを基礎とした魔術、技術進歩の足がかりとなるはずだった……だが、尊い技術も悪用されるもんよ……」

 

同じ技術者として、自分の受け継いだ技術を悪用されようとしているマナの気持ちが痛いほど分かる。

 

それと同時にカオス・ブリゲートへの怒りをも覚える。

 

「そのカオス・ブリゲートの戦力は?」

「三大勢力の危険分子、バランス・ブレイカーに至った人間たちもワンサカだ」

「ほう……」

 

妖しく笑うカリフだが、アザゼルは溜息を吐いて警告する。

 

「お前とは波長が合わない奴ばっかだから止めとけ」

「残念」

 

鼻を鳴らすカリフは置いておき、アザゼルは再びマナに向き直る。

 

「事情は分かった。お前のことも情状酌量の余地は充分だろうな」

「あ、ありがとうございます!」

「詳しくは『神の子を見張る者(グリゴリ)』で調書取ってやる」

「グ、グリゴリ……あの有名な所に……」

 

深く頭を下げるマナを見届け、カリフはその場を去ろうとする。

 

それにマナが気付いて呼び止める。

 

「あの、カリフ! その、ありがとう!」

「ふん、あの街で何か起こって親が被害を受けるのが捨て置けなかっただけだ。別にお前のためじゃない」

「それでも言わせて。ありがとう!」

 

最初に見かけた時とは違う晴れやかな笑顔にカリフは表情を変えることなく一瞥して部屋から出ようとする。

 

「あぁ、ちょっと待った。お前、今はグレモリーの所に身を置いてるんだろ?」

「既に知ってるはずだが?」

「それならそっちの赤龍帝に伝えてくれや。『今日のゲームは面白かったぜ』って」

 

それにはカリフの方が呆れた。

 

「お前、ちょっかい出してたのか? この悪魔領で?」

「退屈だったんだよ。仕方ねえだろ?」

「それなら仕方ないな」

「仕方ないんだ!?」

 

さっきから二人のとんでもない会話にマナも突っ込みに慣れてしまった。

 

ハハハと笑い合う二人を見ていると、人間と堕天使総督とはとても思えなくなってくる。

 

苦笑しながら、カリフの不敵な笑みを見てマナは不思議な気持ちを覚える。

 

だが、それは不快とかいった負の感情ではない。どちらかと言えばその逆だ。

 

さっきまでの仏頂面が柔らかくなったギャップからくるものなのだろうか?

 

『あんな顔もできるのね。あの子』

『年下なんだからもっと笑った方がいいのになぁ』

『そこは人それぞれですよ。ですよね? マナ』

「は、はい。そう……ですよね……」

『……マナ?』

 

ヴァルが少し様子の違うマナを気にしていると、カリフは既に玄関に来ていて帰る所だった。

 

「じゃ、後は任せた」

「おう、また会ったときはお前のセイクリッド・ギアの調整くらいはしてやる」

「助かる」

 

互いに別れの挨拶を交わしている時だった。マナはカリフに慌てながら問いかけた。

 

「えと、カリフって駒王学園にいるんだよね!?」

「ん? まあそんな感じだ」

「そこに行けば……また……会えるかな?」

 

マナの声が段々と消え入りそうになるもカリフの耳には届いていた。仏頂面のまま返す。

 

「まあ、大抵はいると思うからやろうとすれば難しいことじゃない」

「そ、そっか! うん、そうだよね!」

 

マナは嬉しそうに笑い、カリフに手を振って別れる。

 

「じゃあね。また会おうよ」

「どうかな。ただの偶然で出会っただけだ。そう何度も会うようなことは……」

「そんなこと言わないで……また会おうよ……ね?」

 

マナの切望に似た別れのあいさつにカリフも溜息を洩らすも、適当に手を振って返す。

 

「……次があればな」

「うん!」

 

そう残し、カリフはアザゼルの部屋から出て帰って行った。

 

外から聞こえる足音が次第に小さくなり、やがては消えていく。

 

マナはカリフが出て行ったドアをずっと見つめ続けていた。

 

そんなマナの様子にアザゼルはニヤニヤしながら人知れず見ていた。

 

「あの小僧……恋愛興味ねえくせにやることはやりやがる……俺以上に厄介で罪深い野郎だぜ」

 

そんな呟きも耳に入らないほどマナは呆けていた。

 

そう遠くない未来に意外な形で出会うなどと……知る由も無かった。




知っている人は知っている、この作品のオリヒロインは遊戯王のブラックマジシャンガールです。これからもどんどん登場させていきたいと思います。

ここで皆さんに質問ですが、この中で見たいオリジナルストーリーを考えていますが、どれが見たいですか?

1.カリフからのお土産~学外旅行のソウルキャリバーとソウルエッジ~
2.カリフの我が家徹底防御計画~通学路のフェンリルとドラゴン~
3.原作の短編集

この中でいち早く読みたい物がありましたら感想にドシドシお書きください。

その他にも感想、指摘などは作者の原動力になりますので、お願いします。


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プール後、白龍皇

「冗談じゃないわ」

「?」

 

部室に入ってきたカリフが最初に聞いた一声はリアスのものだった。

 

見れば、イッセーがリアスに抱きかかえられ、胸で窒息寸前だった。

 

「むがー! ふがー!」

 

入ってきたカリフにいち早く気付いたのが木場とゼノヴィアだった。

 

「やあ」

「また会えて嬉しいよ」

「ちゃっす。早速だけどなにこれ?」

 

カリフがイッセーたちに指差して聞くと、それにはリアスが憤慨しながら答える。

 

「ここの所、イッセーを指名して何度も呼び付けていたのよ。内容の割には代価が大きすぎるからおかしいと思っていたのだけれど」

「良いじゃん別に」

 

カリフの一言にリアスはさらにイッセーを強く抱きしめる。

 

「大問題よこれは! 悪魔、天使、堕天使の三すくみのトップの会談がこの街で執り行われるとはいえ、私の縄張りに侵入して営業妨害していたなんて……! しかも私のかわいいイッセーにまで手を出そうなんて万死に値するわ! アザゼルは自他共に認めるセイクリッド・ギアの収集家、きっとブーステッド・ギアが目的ね」

「いや、暇だっただけだから」

「暇で会談前に不謹慎過ぎ……」

 

カリフの事実に小猫が突っ込みを入れるもそれが真実だから深くは言わない。どうせ、イメージ悪くなるのはアザゼルだし、庇う理由も無いし。

 

「大丈夫よイッセー。私がイッセーを絶対に守ってあげるわ」

「犬の扱いだな。それ」

「思ってても口にしないで。なんだか微妙な気分になるから……」

 

イッセーの頭を撫でながら抱きしめられながらもイッセーはカリフに傷を抉らないように懇願する。

 

「モテるじゃないかイッセー。ハーレムの夢が近付いてるんじゃないか?」

「人のこと言えねえだろ……やっぱり俺と木場、カリフのセイクリッド・ギアが目的なのかな……」

 

イッセーは不安げに洩らした。

 

その呟きにリアスたちは首を傾げた。

 

「? イッセー。イッセーと祐斗なら分かるけど、カリフのセイクリッド・ギアって?」

「え? 知らなかったんですか?」

「えぇ、私たちも初耳ですわ」

 

全員の視線がカリフに向かうと、当の本人はシレっと答える。

 

「だって聞かれなかったし」

「あ、あなたねぇ……」

 

リアスとしてもカリフの行動理念やらを把握しかけてきたのだが、未だに彼女の手に負えない気まぐれな性質がある。

 

彼の人並み外れた非常識さに頭を抱えていると、ゼノヴィアが豪語する。

 

「大丈夫だよ。イッセーくんは僕が守るから」

 

イッセーを落とすような木場の言葉にイッセーは嫌悪の表情を露わにする。

 

「いや、気持ちは嬉しいんだけど、真顔で男にそんなこと言われても反応に困る……」

「真顔で言うに決まってるじゃないか。君は僕を助けてくれた。君は僕の仲間であり、僕の守るべき人だ」

「おい、発言に気を付けろって……!」

 

イッセーが木場に何らかの危機を感じ取る中、木場は顔を紅潮させながら続ける。

 

「僕のバランス・ブレイカーに至ったセイクリッド・ギアとイッセーくんのブーステッド・ギアが力を合わせればどんな危機でも乗り越えられると思うんだ。ふふ……少し前まではこんな暑苦しいこと言うタイプじゃなかったのに、君に影響されているのかな? それでも嫌じゃないのは何故だろうか? 君のことを考えると胸の辺りが熱くなるんだ」

「ち、近寄るな! 触れるな!」

 

迫ってくる木場を一心不乱に振り払おうと躍起になるイッセーに木場もしゅんと気落ちする。

 

「そんな、イッセーくん……」

 

だが、その横では朱乃がカリフの肩に手を置いた。

 

「じゃあ私はカリフくんをお守りしますわ」

「む、朱乃さん。その役は私の役でもある。たとえアザゼルだろうがカリフと私を引き離そうものなら私とデュランダルが黙っては無いからな」

 

ヒートアップする強き女たちにカリフは鼻を鳴らし、イッセーは泣きながらカリフを羨ましがっている。

 

「カリフくんならアザゼルでも撃退できそうです」

 

小猫が小さく呟いた言葉に部員全員がその光景を容易く想像している中、カリフは朱乃の手を振りきって立ち上がる。

 

「オレより自分の心配をしたらどうだ? コカビエルに手も足もできなかったお前らじゃあアザゼルなどに返り討ちされんのがオチだ」

「いや、でもあれは昔の堕天使なんだぞ? いきなり勝てだなんて……」

「今からそんなんでは話しにならん。戦って分かったが、奴は堕天使幹部の中でも実力は下の下、幹部の中ではあまり実力はない」

「いやいやいやいや、あれで下の下って……」

 

イッセーが突っ込むが、カリフは耳をかさない。

 

「どっちにしろ、だ。この前の戦いは100点中60点、これからアザゼルに勝とうと思っているなら論外だ」

「あ、あんな死ぬ思いで修業したのに……」

「一般人だったイッセーをあのトリ戦で使い物にする程度で修業だと思ったのか? この機会だまたお前等をミッチリ鍛えてやる」

「お、おおぅ……」

 

あまりに正直な意見にイッセーたちの胃がキリキリと締めつけられてくる。

 

また何度も夢の中で殺されるのかと……

 

「だけど、アザゼルの動向には注意しないと……相手が相手だし下手に手を出すのも……」

「アザゼルは昔からそう言う男だよ。リアス」

 

堕天使総督という肩書だけあってリアスも対応に困っているようだが、それを明るく笑い飛ばす者が現れた。

 

全員が声のした方向を見ると、そこには紅髪の男性が微笑んでいた。

 

すると、イッセー、アーシア、ゼノヴィア以外の眷族たちは跪き、先の三人は疑問符を浮かべ、カリフは笑いながら再びソファーに深く座る。

 

リアスはイスから慌てて立ち上がる。

 

「お、お、お兄さま!?」

 

リアスがイッセーの頭を落として驚愕してい中、カリフは男の巨大な気と別の強大な『何か』を察知していた。

 

もちろん、その後方のグレイフィアの気も無視するようなカリフではなかった。

 

そして、名前くらいは聞いていた。

 

ルシファーの名を冠する現・魔王の『サーゼクス・ルシファー』のことを……

 

「コカビエルのようなことはしない。ただ悪戯が好きな総督さまだよ」

 

サーゼクスのことを思い出してか、イッセーとアーシアが跪くのを見てサーゼクスは手を上げる。

 

「楽にしたまえ。今日はプライベートで来た」

 

そうとだけ言うと他の面子も姿勢を楽にする。

 

その中でもカリフだけは姿勢も態度も一ミリとも変えていない。

 

欠伸をしながらサーゼクスの話しを耳に入れる。

 

「お、お兄さま、どうしてここへ?」

「何を言っているんだ? 授業参観が近いのだろう? 未来のために頑張る妹の姿を一目見ようと思ってね」

「グ、グレイフィアァ?」

「これも女王の務めですので」

 

授業参観のある数少ない高校の機会を使って妹を見に来た妹バカの話にカリフはというと……

 

「……」

 

無言で学ランのあちこちのポケットをまさぐっていると、奥から何かを掴んだ。

 

「……」

 

見てみると、洗濯機と一緒に回されてクシャクシャになった紙の塊が一つ。広げてみると、大抵は分からなかったが、かろうじて見て取れる字があった。

 

『授……参観……』

 

その三文字だけ何とも言えない表情で見ていると、ソファーの後ろから小猫が現れてカリフの髪を覗き込んで呟く。

 

「……私たちの授業は体育だから」

「うい」

「今度からもらったプリントはその日の内におばさまたちに見せること」

 

特に気にした様子も無く返すカリフに溜息が漏れる。

 

そして、横では自分とは対照的に驚愕したり文句垂れているリアスを一瞥する。

 

「魔王たるお兄さまがいち悪魔を特別視してはなりません! 魔王の仕事を休むなどもってのほかです!」」

 

本音か武装理論とも言える言い分にサーゼクスは首を横に振る。

 

「いやいや、これは仕事でもあるんだよリアス。実はこの学園で三すくみの会談を執り行われることになってね。その下見も含めてね」

 

サーゼクスの言葉に部員全員がまさに驚愕の表情を浮かべる。

 

「ほう……楽しそうじゃん」

 

その中でもカリフだけ、悪魔、天使、堕天使の未来のあり方が決まるかもしれない会談の話しに興味を示す。

 

「本当に……ここで……?」

「ああ、この学園とは何かしら縁があるようでね。魔王ルシファーの妹であるお前とレヴィアタンの妹、伝説の赤龍帝、聖魔剣使い、聖剣デュランダル使いに加えてコカビエルと白龍皇の襲来があった場所。偶然で片付けるには無理がある事象ばっかりだ。様々な力が入り混じってうねりとなっているのだろう。そのうねりを加速度的に増しているのが兵藤一誠くん……赤龍帝と……忘れてはならない存在がいる」

 

サーゼクスとグレイフィアの視線に眷族全員の視線が追う。

 

「それらの異常な力の更に上位の位置に存在し、うねりの起爆剤ともなっているのが君だ。史上最強の人間……鬼畜カリフくん」

「ふ……」

 

全員の視線にも関わらず未だにソファーで横になっていると、サーゼクスがおもむろに近付いてきた。

 

「人間でありながら常識を逸脱した行動力と精神力、そして腕力も闘気までもが既に上級悪魔クラスだと聞いたが、実際は違う」

「そ、そうだよな……いくらなんでも魔力無しで上級悪魔とか……」

 

イッセーが苦笑交じりに呟いている横でサーゼクスは不敵な笑みに変えてカリフを見る。

 

「私は既に君は神、魔王クラスではないかと踏んでいるのだよ」

 

その言葉に眷族全員が驚愕に目を見開かせる。

 

対するカリフは依然変わりなく。

 

「君の言う通りコカビエルは幹部の中では下位にランク付けされてはいるが、それでも大戦を生き残った上級堕天使には変わりない。しかも、彼らの光の結界から生還だ」

「あの結界ってそれほどのものだったのか?」

 

ゼノヴィアが聞くと、サーゼクスは気付いたように微笑み返す。

 

「君が聖剣デュランダル使いかい?」

「あぁ、ゼノヴィアという。始めまして」

「こちらこそ、新たな眷族としてリアスや皆を支えてやってくれ」

 

軽い自己紹介を二人で交わすと、サーゼクスは気を取り直す意味合いで咳払いする。

 

「質問の答えだが、幹部クラスの堕天使の光の結界に捕まれば悪魔は一瞬で蒸発、天使でさえもあまりに強すぎる光の力に身を焦がすほどだ。魔力の無い人間が閉じこめられたらまず、無傷では済まないはずなんだ。その証拠にその結界から生きて出られる確率は1%以下となっているからね」

「え、でもカリフは……」

「そう、だからこそこの時点で彼が神クラスでないと個人的には納得できないんだ。このことは既に天使、堕天使勢でも似たような見解が出るだろうね。いずれは彼の名も瞬く間に全世界の神話体系に通ずるだろうね」

 

その答えに皆が呆然とカリフを見る。

 

今まではこの駒王学園のいち生徒であり、友であり、後輩でもあった同級生がそこまでの力を有していたことに驚きを隠せない。

 

「それ以前にカリフくんは過去に色んな所でやらかしている節が見られる。例えば今から数年前に狂信的な神の信徒の歯を全て折って顎を砕いた後、素っ裸にして真冬の街中の街灯に鎖で逆さまに吊り上げたとか……」

「あわわわ……」

「思い出したぞ。行き過ぎた信仰で神の意志を履き違え、罪のない人々に圧力をかけていた信徒が見るも無残に攻撃を受けたとか……上級のエクソシストだっただけに結構有名にはなったが、まさかカリフが……」

 

教会組二人はカリフを見て体を震わせていると、サーゼクスが続ける。

 

 

「あのライザーの一件以来、アジュカは君に興味を持ってね、レーティングゲームの話をしたがっていたよ。あのファルビモウスでさえ君を雇う様に眷族に奔走させている。なによりセラフォルーは……」

「まだ諦めてないの? 懲りないねホント」

「そう言ってやるな。彼女なりに君のことを……」

「レヴィアタンさまがどうかなさったんですか?」

「実はね、セラフォルーは彼に……」

 

突如、リアスの問いにサーゼクスが可笑しそうに話そうとしている所をグレイフィアが頭を叩いて粛清する。

 

「他の魔王さまのプライベート事情を面白おかしく話すのは感心できかねます。おふざけも大概にしてください」

「あ、あぁ……愛が痛いよグレイフィア」

 

頭を押さえながら苦笑するも、すぐに取り直してカリフに向き直る。

 

「ともかく、君は既に普通の一般人では周りも納得できないんだ。だから今度の会談は君の出席がなければ執り行われることは無い。是非、出てくれないか?」

「……なら条件を一つ、会談でも提案する条件を飲むなら出よう」

「何かな?」

 

すると、カリフは指一本立ててサーゼクスに突きつける。

 

「オレもあんたの強さが知りたい。今度手合わせ願おう」

「カリフ!?」

 

その提案にイッセーとグレイフィアを含めた他全員が驚愕し、サーゼクスだけが面白そうに豪快に笑う。

 

「はっはっは! まさか褒美とかじゃなくて戦えときたか! 君も物好きだね!」

「……で?」

「それくらいなら構わないよ。いや、むしろこちらから願おうとしていた所だったよ。セラフォルーに頼まれてね」

「OH……あいつの差し金かよ……」

 

初めて会った時もそうだが、やはりセラフォルーだけはどこか頭のねじが抜けてるんじゃないかと疑うほど自分に固執している。

 

だが、そう言う女も嫌いじゃないのでそれほど邪険にすることはしてないのだが。

 

「その時にはアジュカも呼んでパーティーしようと思っている。私の眷族とも手合わせも計画しているのだが、どうかな?」

「うむ、そそる話じゃないか?」

 

二人の会話にイッセーが気になってリアスに聞いてみる。

 

「あの、魔王さまの眷族ってやっぱり強いんですよね?」

「ええ、中には神獣、歴史に名を残す者や英雄の子孫もいるわ。一人一人が私以上の実力を伴っているんだけど、全員が集まるなんてことは大抵、有り得ないことなのよ」

「部長以上ってマジですか!?」

 

もはや規模の違いにイッセーはとてつもなく大きな壁を感じてしまった。カリフに殺されながら続けた特訓が世界ではまだ通用しないということも彼にとっては落胆する理由となっていたのに、目の前で自分よりも一個年下の後輩が自分たちとは及びもつかない領域の中で戦おうとする姿勢に嫉妬さえ覚える。

 

横では木場も同じ心境なのか決心したように表情を引き締めていた。

 

一方で、リアスは意外にも円滑にカリフの会話が終わりそうで安堵していた。

 

だが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「なんだ、魔王といっても予想以上に好青年じゃんか」

「それは光栄だね。以前はどう思っていたんだい?」

「妹を食い物にして不死鳥の家に取り入る様はまさに外道だと思った」

 

その瞬間、部室内の気温が一気に下がったのを感じた。

 

リアスが持っていたティーカップを落として割ろうともこの空気だけは変わらなかった。

 

後方のグレイフィアがすかさず口を挟んだ。

 

「あなたさまが幾ら人間であろうとも口にはお気を付け下さい。魔王さまの御前です」

「だから何? 魔王だからといって妹との約束を反故にしたあげく望まない相手との交尾を推し進めることも許されるの?」

「そこには込み入った事情が……」

「カ、カリフ……それはもういいわよ……」

 

リアスが場を鎮めようと宥めるが、カリフは真顔で続ける。

 

「第一、悪魔は契約を重んじると聞いていたが、魔王自身がそれを破って詫びも無し、ズカズカと話勝手に進めて……何様のつもりだ?」

「カリフさま、それ以上の侮辱は……」

 

たまらずグレイフィアがカリフの向かおうとする所をサーゼクスは手を添えて制す。

 

「魔王さま?」

「いや、これはいずれ私の口から伝えなければと思っていたことだ」

 

そうとだけ言うと、サーゼクスはカリフに臆することなく続ける。

 

「その件に関しては私も父上も急ぎ過ぎた節は感じている。だが、魔王には強大な力と同時に大きな責任を持っている。その魔王が……魔王だからこそ約束を……種の信念さえも曲げなければならぬ時もあるのだよ」

「権力ね……めんどくせえ」

「君には君の信念があるように私たちにはそれぞれの信念がある。たとえ脅されようとも殺されようとも曲げてはならぬ信念があったのだよ」

「……」

 

互いに強いまなざしを交差し合う二人に周りの眷族やグレイフィアも生唾を飲み込んでその光景に見入る。

 

だが、先にカリフが以外にも先にカリフが笑うのだった。

 

「臆さず言う所から嘘は無さそうだ……」

「そう言ってもらえると助かる」

「別に許しが欲しくてやっている訳ではない。もし、あの時のことに見合う言い訳が無かったらこの場で痛めつけようとは思っていたがな」

「はははは! これは手厳しいね!」

 

笑い合う二人だが、どこがそんなに面白かったのだろうか、周りの皆は生きた心地が全くしなかった。

 

危うく魔王と人間最強が潰し合う寸前だったというのに……

 

「と、とりあえずここまで来たのですからお茶でもいかがでしょうか?」

「うむ、じゃあそうしようか」

 

この空気を変えるべく、リアスの合図で朱乃は二人分の紅茶を淹れてテーブルの上に置いたのだった。

 

 

 

その夜、カリフはベッドの上で物思っていた。

 

それは会談で提示する条件の考察

 

そして、もう一つは……

 

(会談中はこの家どうするかな……)

 

一番の懸念である『両親の身の安全確保』

 

正直言えば、世界がどうなろうとまず、第一に考えるのは両親の身の安全である。

 

必要とあればアザゼルとかを身代りにするくらいは考えているが、それだと後でテロリストのカオス・ブリゲートが調子に乗って町を攻撃しないとは限らない。

 

(ドッグとウルフに任せるにしても逆にこの家に『何かあります』って教えるようなもんだしな。ペットということで家に置くなら話はまた別だがな、二匹か……)

 

マナは街の下調べもしていたから少なからずここにも来るだろうと睨むカリフは悩んだ。

 

フェンリルのあの大きい力を隠しながら家の傍に置いておける良い方法は無いかと……

 

そう思っていると、部屋のドアがノックされ、小猫が入ってきた。

 

「何だ?」

「……明日はプールの日だから」

「あぁ、一番に使わせる条件のだったな。そう言えば明日かぁ……」

 

自分としても珍しく真面目に掃除したのに、忘れていた。

 

あの時はなんであんなに『一番』の言葉に魅かれて掃除を承諾したのか思い出せなかった。

 

「まだまだオレも若いね~」

「?」

 

少し自分が若いことへの未熟さと嬉しさが混ざってしまって苦笑する。そんな珍しいカリフに小猫が首を傾げていると、カリフは思い立った様に小猫に聞く。

 

「小猫は泳げんのか?」

「……ちょっと苦手だけど」

「それはいかんなぁ、泳ぎは調子でない時には効果的なトレーニングでもある。スポーツ選手の大半がリハビリで水泳を推すくらいにな」

「……だから明日には泳げるようにするの」

「それなら教えてやろう」

 

まさかのカリフからの提案に一瞬だけ驚くも、すぐに微妙な表情になって返す。

 

「……私を溺れさせるのが目的?」

「いやいや、普通の特訓なら殺す気でやるとこだけど、下手に恐怖を植え付けるとできることも一生できなくなるからな。ただ顔を水に付けてバタ足程度で慣れさせてから自由にやらせる程度だ」

「……本当?」

「オレが嘘吐くと?」

「思わない」

 

小猫も今回は特訓のようなことをしないと分かってどこかホっと安堵したような表情になる。

 

「あ、でもこれイッセーでも簡単に教えられるか、ならイッセーにでも……」

「……(フルフル)」

 

無言で首を横に振って否定すると、今度はカリフが意外そうな表情になる。

 

「オレがいいと?」

「……イッセー先輩は何かありそうだから怖いけどカリフくんならその点なら問題ない。それに……偶にはこういうのもいいかなって……」

「良いのか? まあいいならオレも別にいいけど」

 

そう言いながらカリフはタンスの中から様々な水着やゴーグルを嬉々としてカバンに詰めていく。

 

無意識に鳴らす鼻唄も相まって小猫はカリフの意外な一面を見た。

 

(案外、楽しみなんだ……)

 

昼に聞いた神クラスの強さを誇る幼馴染がなんだか自分たちと同じような子供だと認識することができてどこか安心できた。

 

そんな安堵感からかカリフを見て思わず優しい微笑みを浮かべながら見ていた。

 

(それにしても、以外に可愛い所もあるんだね……)

 

幼馴染を理解するにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

 

そしてやってきたプール開き。

 

暑さを取り戻してきた最近では嬉しい行事でもある。

 

「本日快晴! 絶好調なプール日和だ」

 

カリフはテンションを上げて目の前の輝くプールを前に準備体操していると、そこへ朱乃がカリフの顔を覗き込むように現れる。

 

「うふふ、張り切ってらっしゃるわね」

「そりゃそうだろ。泳ぐなんて日本に帰ってからオホーツク海から日本海まで泳いだのが最後だったしな。ちったあ楽しまねえと。オレは今日、世界新記録を塗り替える!」

「ふふ、応援してますわ」

 

朱乃はまるで子供の愛らしさを前にして微笑む母親のような微笑みをカリフに向けるが、その前にカリフが突っ込んだ。

 

「というよりその恰好すげえなオイ」

「昨日、選りすぐりのを選びましたの」

「通りで昨日いなかった訳か……露出多すぎだろ」

 

朱乃の水着はとても布面積が小さく、そのはち切れんばかりの胸やヒップラインをこの水泳が終わるまで支えられるのかどうかが気になる所である。本当にはち切れたらこの水泳の時間も全て台無しとなる心配があった。

 

「うふふ、似合いますか?」

「にあってるにあってる」

 

何を言っても無駄だと気付いているのか素っ気なく返すカリフに朱乃はカリフに後ろから抱きつく。

 

「そんな心の籠っていない返事は悲しいですわ……もっと私を見て……」

「っ!」

 

美人の柔らかい双丘を押し当てられるという男なら泣いて歓喜するシチュエーションをカリフは朱乃をプールに『投げる』という選択肢で放棄した。

 

男として信じられない行動に木場も朱乃の官能攻撃に耐えていたイッセーやリアスですらもポカンとした。

 

水飛沫を上げてプールに投げられた朱乃はすぐに水面から顔を出して這い上がる。

 

「どこかお気に召しませんでしたの……?」

「すまん、今のは癖だ。後ろから羽交い締めにされるとついつい投げ飛ばすか反撃してしまうんだ」

 

長年、死線に立ち続けてきたカリフに沁みついた癖は厄介で、決して治ることのない戦う者の本能。

 

「今のは悪かった」

「いえ、私こそさしでがましいことして、ごめんなさい……」

 

朱乃はやっぱり自分たちとは住む世界が違うんじゃないかと思ってしまうが、そんな彼女にカリフは続けた。

 

「まあ、これもオレの課題みてえなもんだ。気にすんな。お前のように積極的な女は好きな方だし」

「本当ですか!? じゃあこれからも……! その……」

 

だが、恋する乙女には一つや二つの障害などどうということも無かった。

 

カリフからの讃辞に朱乃は舞い上がってつい素に戻ってしまう。

 

しどろもどろの彼女にカリフはタイムウォッチを投げて渡す。

 

「じゃあオレは泳ぐときはタイム計測よろしく」

「はい! うふふ……今日は役得ですわ」

 

すぐにいつものお姉さま口調に戻るが、イッセーはさっきの素の女の子に戻った朱乃に放心していた。

 

「朱乃さんって、あんなにはしゃぐんですか?」

「あれが本来の朱乃よ。友達に冗談言って笑い合ったり、普通に恋する女の子よ?」

「何と言いますか……お姉さまキャラだったので少し驚きました……」

「朱乃のこともいいけど、こっちも見て」

「え? ってぶちょ……!」

 

無理矢理イッセーと向き直って首に腕を絡ませてホールドするリアス。

 

あまりに官能的なシチュエーションにイッセーは顔を赤くさせ、舌も回らなくなる。

 

「あ、あのですね部長! こ、これは流石に刺激的といいますか何と言いますか……!」

「あら? イッセーはこういうのお嫌い?」

「大好物です!」

「素直で結構」

 

楽しそうに笑いながらイッセーという想い人をからかうリアスにとってこの時間はまさに至高の一時に違いない。

 

「ほらほら、そんなに固くならないで。もっと一歩を踏み出して?」

「良いんですか!?」

「この前のコカビエルのときに頑張った御褒美って言えば納得するかしら?」

「いただきます!」

 

体を互いに引き寄せてゆっくりと密着する寸前のことだった。

 

突然、イッセーの体がスクール水着のアーシアによってリアスから引き剥がされた。

 

「部長さんだけずるいです! 私もイッセーさんと……」

「あの、アーシア?」

「私の数少ない楽しみを掠め取るなんて随分じゃない? この子は私の眷族で下僕なのよ?」

「あの、部長?」

 

頬を膨らませて怒るアーシアと余裕たっぷりのリアスの間で飛び散る火花! その間に挟まれ、委縮するイッセー!

 

早くもプールサイドでカリフの大好物な『修羅場』が繰り広げられていた。

 

「はははは! 本当にあいつはオレより年上か!? ヘタレもいいとこだな!」

「その割には楽しそうだね……」

「もっとやれ! オレが許す!」

「ははは……!」

 

カリフのねじ曲がった性格に木場も苦笑しながら準備運動を続ける。

 

カリフはアーシア同様のスクール水着の小猫に向いた。

 

「じゃ、軽く始めるか」

「……うん」

 

 

そこからしばらくの間はカリフが率先して小猫の水泳指導を行っていた。

 

今は小猫の両手を掴んでバタ足でゆっくり泳がせている。

 

最初は不安がっていた小猫もカリフの対応に安心して着実に初心者用のメニューをこなしている。

 

「ぷはー。ぷはー」

「息は深く吸って肺の空気を全て出すような感じでやってみろあまり息継ぎしない方が速く泳げるぞ」

「うん……」

 

サイズの差もあってか傍から見れば兄妹の微笑ましいワンシーンと思わせるほどのどかだった。

 

そんな光景にイッセーから泳ぎを教えてもらっていたアーシアたちも無意識に笑顔になる。

 

「教えるときは教えてくれるんだよな~。こんな一面知ってんのってオカルト部員だけかもな」

「本当は優しい子なんですよ」

 

学園では番長やら世紀末覇者やらで恐れられているカリフの優しい一面に皆は微笑みを浮かべる。

 

その一面を見ていたゼノヴィアに至っては意外そうにしながらもなんだか嬉しそうに笑って見つめていた。

 

「ほれ、25メートルついたぞ」

 

ここで壁に着いたのだが、熱心に泳いでいた小猫は勢い余ってカリフの体にぶつかって腕で掴んできた。

 

見た所、小猫がカリフに抱きついている姿になり、イッセーは羨ましがっていたが、アーシアはその光景から自分もやってみようかと画策していた。

 

そんな中で小猫はカリフの固い体に抱きついたまま顔を上げた。

 

「たったこれだけでも疲れるだろう?」

「うん、だけど気持ちいい」

「泳ぎのいい所だ。後は自分で精進しろよ?」

 

いつもと違って丁寧に教えてくれるカリフに小猫は珍しく控えめな笑顔をカリフに向ける。

 

「……今日はごめんね? 迷惑かけて……」

「別にいい。教えることはそんなに嫌いじゃないし、参観日も近いからな」

「……時々だけど、君は本当は優しいかもって思う時があるよ」

「オレは優しさでできてるんだ。それが何か?」

 

相も変わらずの様子に小猫はいつものように呆れるもすぐにお礼を言って休むべくプールサイドに上がろうとするが、そこでカリフに止められる。

 

「あのよぉ、後でオレのタイム測ってくれねえ?」

「タイム? それくらいならいいけど……」

「それならよかった。そんじゃあ少し休んでから測定ヨロ」

 

そう言い残してカリフはプールから勢いよく出て、休憩室に入り、そこのイスを使って寝転がる。

 

そのままカリフは横になってしばらく休む。

 

「今いいかい?」

 

そこへ、ゼノヴィアが顔だけ見せて遠慮がちに聞いてきた。

 

別に休んでいただけでそれほどやることもなかったカリフはそのまま手招きする。

 

カリフの傍に来て朱乃には劣るが、魅了のプロポーションを強調するようなポーズを披露してくる。

 

それに対し、カリフから一言

 

「流行ってんのそれ?」

「う~ん、何だか反応がイマイチだね。このやり方は気に入らなかったかな?」

 

見るにゼノヴィアは不満そうだが、カリフは片目だけ開けて一瞥するだけ。

 

「で、何しに来た? お前がそれだけ言いに来たわけではあるまい?」

「うん、じゃあ早速だけどこれから子作りしようと思ってね」

「……は?」

 

信じられるだろうか? 急に日常会話の如くゼノヴィアから子供を作ろうなどという画期的なプロポーズを受けた。

 

カリフも普通に会話していたつもりがなぜかプロポーズを受けたことには目を丸くして驚く。

 

すぐに理解すると、カリフは面白そうに笑う。

 

「はっ! 何の前触れも無く急じゃないか!」

「回りくどいことは嫌うと思ってね。それなら正攻法で正面からアタックしてみたけどどうかな?」

「いい線はいっているが……お前がどう思ってそう至ったのかが知りたい」

 

カリフがそう言うと、ゼノヴィアは顎に手を置いて語る。

 

「どうって……今まで教会暮らしだった私は今度は悪魔になったから女の欲望を解放して……」

「それがオレとの子作りって訳か……確かに子作りは男にとっても女にとっても大事なことだ。オレはそれを否定するつもりは毛頭ない」

「そうか、それなら……」

 

ゼノヴィアは寝ているカリフに覆いかぶさるようにカリフと体を密着させようとするが、カリフは両目を見開いてゼノヴィアを射止める。

 

「だが、オレはまだ作る気はない」

「え?」

「今、子供なんて産んだら自分の時間が消えるからな。今はまだその時ではないと思う」

 

ゼノヴィアもその場で動きを止めた。

 

「それに、ガキ産んでからお前はどうする? オレもお前も幸せになれるのか?」

「どうなんだろうね……」

「オレはお前のことを知らんが、お前もオレのことをあまり知らんだろう。まずは互いを知ることだ」

「そういうものかな?」

「親の受け売りだけど」

 

この世界の親から教えられた円満家庭の築き方なることを食事中とかによく父親とイチャついて話している。

 

正直、食事中にあれは参ってしまうから止めて欲しい。

 

(散々注意してんのになぁ……)

 

人の家庭に茶々入れるほど無粋では無いし、ましてや親なのだから中がいいのはいいことだと分かる。

 

だが、息子(仮)としては流石に知りたくなかった点も多々あったのは事実だった。

 

「なるほど、確かにあの夫婦が言うのなら確実か……いや、だからと言ってここで退いていいのか? 女性の体は効果無し。朱乃さんという強敵に勝つには先手を打つくらいしか……」

「なにブツブツ言ってやがる。さっさと降りろ。でないと後がうるさく……」

 

そこまで言った時、言葉を止めた。

 

なぜなら、そこまできて今頃気配に気付いたのだから。

 

多分、プールに入る前の高揚で油断していた部分はあったのだろう。この部屋に何人かが入ってきた。

 

「あらあら、これは何事ですの? うふふ……」

「……油断も隙も無い!」

 

そこではニコニコ顔の朱乃と額に皺を寄せている小猫が不機嫌のオーラと魔力を纏って対峙していた。その後ろでは木場、イッセー、リアス、アーシアが巻き込まれないようにと後ろを向いていた。

 

朱乃たちには迫りくるゼノヴィアをカリフが迎え入れているようにしか見えない。普段のカリフなら今頃ゼノヴィアを投げ飛ばしているはずなのだが、朱乃のこともあって反省していたことと無駄な体力を使いたくないと思ったが故の一時的な行動に誤解をするのも無理はない。

 

それに対してゼノヴィアは何を言っているのかと首を傾げて答える。

 

「? 子作りしようとしてただけだが?」

「こ……ども? 本当ですの?」

「ん~、そうなるな。まあ今は自重させはしてるけど」

「“今”……は?」

 

だが、もう少し言葉を選ぶべきだった。朱乃と小猫はより一層に濃い魔力を放出させる。それに対してリアスは不味いと思ったのか朱乃を制す。

 

「お止めなさい朱乃! あなたが本気で暴れたら今度はプールを治す手間がかかるのよ!?」

「離してリアス、ここは先輩らしく後輩に教え込まなければならないの」

「素に戻ってるあなたが一番恐ろしいのよ! あなたのその周りが見えなくなることは悪い所だわ! ただでさえあなたは狂暴で性欲が強すぎて……」

「……それはどういう意味かしら? リアス」

「あ……」

 

ここでリアスは自分が言ったことを理解した。喋り過ぎた……と。

 

朱乃は振り返ってリアスと真正面から対峙する。

 

「私のことは関係無いのになんでそんな酷いこと言えるのかしら?」

「え、いや、あの……ごめんなさい。ただちょっと熱くなりすぎて……」

 

明らかに自分の失態だと理解できる。言ったことは間違いないのだが、あまりにタイミングが悪すぎたせいもあって朱乃は見て分かるように不機嫌だった。

 

なぜか必死になるといらんことまで言ってしまう性を呪う。

 

「まあ、それは昔から言われていたことだから聞き流すわ。あなたもイッセーくんで上手くいってないが故の過ちよね。ここはイーブンにしましょ」

「……待ちなさい朱乃。それは聞き捨てならないわ」

 

だが、ここで急展開となる。朱乃からのささやかな反撃に今度はリアスの方が表情を強張らせて朱乃の前に回り込む。

 

「上手くいっていない? それはどういう意味かしら?」

「分からない? あなたはイッセーくんというごちそうを前にうろたえているということよ」

「違うわよ! まず相手を攻める時には対策を立てて……!」

「恋愛はゲームじゃないのよ? 本なんかで恋や愛を語るだなんて冒涜もいい所だわ」

「目の前の相手を考えなしに貪るよりはマシだと思うけど?」

「何か言ったかしら? 紅髪の処女姫さま?」

「もう一回言ってあげましょうか? 雷の痴女」

「あの……部長? 朱乃さん?」

 

いつの間にか脱線しまくって学園二大お姉さまのバトルまでもが多方面で勃発する。イッセーとアーシアは新たな戦いの火ぶたに恐怖を感じて泣き出し、木場に至っては遠くから騎士のスピードを活かしてその場を離脱していた。

 

雷の魔力、滅びの魔力、デュランダルの聖のオーラ、小猫の闘気とが混ざり合ったプールの休憩室の中の位置的に最も不利な場所にいるカリフは未だに呑気に寝ている。

 

ゼノヴィアはカリフの前に守るかのように立って小猫を遮る。

 

「待て小猫。カリフの体は将来、私と一つになる大事な体だ。そんな物騒な拳を向けるのは止めてもらおう」

「どいてください。彼の性格は知っていますが、これを機に一発だけでも叩きこみたいんです」

「はは、中々威勢がいい幼馴染だ」

 

小猫とゼノヴィアもヒートアップする中でカリフは楽しそうに笑いながらイッセーの前にやってくる。

 

「そんじゃ、とりあえずタイム測ってよ。ほいタイムウォッチ」

「いやいやいや、部長たちを放っておいていいのかよ!? ていうかスルー!?」

「ああいうのには何言っても無駄だ。それならトコトンやらせるのが後腐れがなくていいからな」

「原因作った奴とは思えない発言……」

 

カリフのあまりにスルースキルにイッセーやアーシアも対応に困りながらもとりあえずカリフの言う通りにする。

 

逆らって怒りを買うのもからかわれるのも相手が相手だけに慎重に対応せねばならない。

 

その後、カリフは普通にウォーミングアップとしてクロールやバタフライを軽めに楽しんでいた。

 

その最中に休憩室から紅のオーラやら雷やら聖剣のオーラやらが飛び出したりしていた。

 

(聞こえない、俺は何も聞いてません!)

 

イッセーは聞こえないふりしてやり過ごそうとしたり、木場は苦笑し、アーシアに至ってはこの状況に対応しきれずオロオロしている。

 

「よーし、行くぞー」

「いやあ待って! まずこの状況にだけは突っ込ませて! おわぁ!」

 

様々な力がプールを破壊していく中、カリフは無邪気に飛び込み台からイッセーに呼びかけて合図する。

 

火の粉のように飛んでくる魔力の弾幕を避けて計測どころでは無いのだが、カリフにとっては知ったことではないらしい。お構いなしに跳びこむ構えを取るのを確認した時、なんとかストップウォッチを構える。

 

(後で「測れなかった」なんて言ったら間違いなく殺される!)

 

イッセーは脅迫概念に駆られながら構える。

 

たかが後輩のタイム計測なのに自分の命がかかっているのだ。

 

「位置について……ヨーイ……」

 

イッセーの合図の最中にも魔力の弾幕でプールが焼け焦げていく。

 

イッセーも必死にアーシアをかばいながら避け、タイムウォッチに手をかけた。

 

「ドン!」

 

この時、カリフは魔力の雨の中でジャンプ台からプールに飛翔したのだった。

 

 

「あ~……疲れた~……」

 

結局、俺ことイッセーは今日の昼のことはあまり覚えていない。

 

あの後、カリフが泳いでいる最中に俺は魔力に当たって気絶させられたらしい。

 

気絶した俺は魔力の雨の中に晒されていて絶望的だったようだが、木場が救出してアーシアが治療してくれたらしい。

 

そして、荒ぶる部長たちを治めたのが意外にもカリフとのこと。

 

その経緯に至ってはアーシアも木場も中々離してはくれなかった。

 

「知らない方が幸せなこともあるんだよ」

 

木場の言葉に何か引っかかるが、あまり深入りしない方が賢明だということは良く分かった。

 

部長たちの怯えた表情も気になったが、泣きながら壊れたプールの修復している姿に何も聞かないであげよう。

 

とりあえず一番重傷だったオレは一足早くプールから上がって待つことになった。

 

丁度校門の前辺りだろうか、一人の校舎を見上げる美少年を見つけた。

 

男なのに銀髪と良く合う顔立ちに一瞬だけ幻想的な何かを感じた。

 

俺が見つめていると男はこっちに気付いて笑いかけてきた。

 

「いい学校だね」

「え、まあね……」

 

急に話しかけてきたのだから反応に困って微妙な返事しかできなかった。

 

きっと留学生なのだろう。じゃあ次に来るのは学園の質問かな?

 

そう思っていると、男の方からてを差し伸べられた。

 

「俺はヴァーリ。よろしく」

「あぁ、こちらこそ……」

 

握手だと分かって俺はヴァーリという男の手を握ろうと近付いた時だった。

 

 

―――ザワッ

 

「!?」

 

突然、俺の身体を悪寒が包み、男の手を払いのけて後ろにさがる。

 

こ、この感じ……カリフの夢の中でも何度か味わった……死への危険の予兆に似ている!!

 

男は払いのけられた手を見つめた後で俺に向き直って面白そうに笑う。

 

「いい勘と反応だ。危機対応能力は優秀だな」

「な……何者だよお前!」

 

自惚れと言われるかもしれないがカリフとのマンツーマン特訓と今までの戦闘で相当鍛えられたと思っている。目の前の敵のやばさが俺を刺激する。

 

それに加えて俺のセイクリッド・ギア……ドライグが反応しているってことは……まさか……

 

「そうだな、俺がここで兵藤一誠に魔術的な何かをかけたら……」

 

尚も俺に近付いて来る奴にブーステッド・ギアを出して構える。

 

その時―――

 

「何しに来たか知らないけど、冗談が過ぎるんじゃないかな?」

「ここで赤龍帝との決戦を始めさせるわけにはいかないな。白龍皇」

 

騎士のスピードで俺が木場とゼノヴィアを確認する頃には既に二人で剣を男の喉に突きつけていた。

 

やっぱりこいつ、白龍皇だったのか!

 

木場もゼノヴィアもドスを利かせて剣を握る手に力を入れるも、白龍皇は動じない。

 

「止めておいた方がいい。手が震えているぞ?」

 

聖魔剣と聖剣の強大なオーラを持ってしても木場とゼノヴィアの手は震えたままだった。その気持ち、俺にも痛いほど分かる。目の前の奴の危険度がピリピリと肌に伝わってくるぜ!

 

「誇ってもいい。相手との実力差が分かるということは強い証拠だ。コカビエルごときに苦戦を強いられた君たちと俺では決定的に実力差がありすぎる」

 

俺たちを簡単に追い詰めたコカビエルを『ごとき』と見下せるこいつはどれだけ強いんだよ! 悔しいけどこいつから感じる力はコカビエル以上かもしれねえ!

 

「兵藤一誠。君は自分がどれだけ強いと思う?」

「なんだよ急に……」

「ただ聞いてみたかっただけさ。君がどれだ自覚しているかをね」

「……相当下だろうな。ブーステッド・ギアがあってもそれを使いこなせていない俺は弱い」

「どうやら自覚はできているようで安心したよ。これなら将来有望だ、大切に育てるといい。リアス・グレモリー」

 

白龍皇の目線を辿ると、そこには不機嫌そうに仁王立ちして腕を組む部長の姿があった。

 

部長の後ろではアーシアが対応に困っているようだが、その傍らには小猫ちゃんと朱乃さんが臨戦態勢に入っている。そのまま半目で白龍皇を睨みつける。

 

「白龍皇。堕天使側あなたなら必要以上の接触は……」

「心配しなくてもいい。今回は俺のライバルになるであろう男の観察と……彼だ」

 

その瞬間、俺たちの前にカリフが颯爽と現れた。

 

「よお、昼間っからご苦労なこって」

「校門をくぐろうとすれば威圧してきた君がそれを言うか……今は君を相手に嬲り殺される訳にはいかないんでね」

 

やっぱり白龍皇でさえもカリフを相手にしたくない口ぶりのようだ。

 

カリフはズカズカと近づいてガン飛ばすように顔を相手の顔に近付けて目を見る。

 

「今まで待ってもらったんだ。茶くらい飲んで行けよ。なぁ?」

「残念だけど俺にもやることがあるからまたの機会に頼むよ」

 

あの威圧タップリのガン飛ばしに白龍皇は毅然としていることに驚愕させられる。

 

カリフ自身もその反応に面白そうに笑った後、白龍皇から一歩だけバックステップで離れる。白龍皇も俺たちから踵を返した。

 

「やはり君が一番面白い。アザゼルから話を聞くだけだったが、実際に会って納得したよ。君は俺の想像以上の存在だ。一日でも早く君に追いつきたいな」

 

そう言い残して奴はその場を去って行った。

 

木場たちは剣を仕舞うも、緊張の糸は切れずに険しい表情のままだ。

 

アーシアは俺の汗ばんだ手を握ってくれることで少し緊張が解けた気がした。ありがとう。

 

そして、カリフはというと……

 

「この街も随分と賑やかになったものだ。これも龍の加護って奴か?」

 

意味深なことを口ずさんで好戦的な笑みを浮かべていた。俺たちには及びもしない気配や力を感じているんだろう。

 

この街に力が集まりつつあった。




次回、遂に魔王少女と引きこもりヴァンパイア登場です!


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授業参観、求婚の魔王少女と引きこもりヴァンパイア

やってきた授業参観の日。

 

その日の学校は我が子の晴れ姿を一目見ようと期待する親たちで溢れかえっていた。

 

そんな中でカリフと小猫の授業は体育のプール授業だった。

 

イッセーたちは英語で教室にいるが、カリフたちはプールの方にいる。

 

「なぜこんなにも集まるのだ? ただ淡々と授業をこなすだけなのに」

 

ストレッチしながらプールサイドを埋め尽くす親たちに零すと、近くの小猫が答える。

 

「自分の子供たちを愛しているから来るんだと思う……おじさまもおばさまもそう言ってた。血が繋がっているでもない私や朱乃さんにも……」

「あの能天気二人が血とかそんなの気にするタマじゃねえことは既に承知済みだろ? まあよかったな、と言っておこう」

「……その中には君も含まれているんだよ?」

「そう言うのはあまり分からん」

 

突っ込まれながらビデオカメラを持って嬉しそうにしている二人を見つけてカリフも溜息を吐く。

 

ダルそうにしていても授業は始まる。体育の教師が現れると、プールサイドで話こんでいた生徒たちが一斉に集まってきた。

 

「よーし! 今日は授業参観なので、ありのままの自分を見せる意味合いで50メートルクロールのタイムを測ろうと思う!」

「せんせー、それが何でありのままの自分なんですかー?」

「他人と競う時の闘争本能こそが普段から抑えられた自分なのだ」

「僕たちはサバンナの動物じゃありませーん」

「人は皆、社会という名のジャングルで命懸けで生きる野獣さ」

「先生はありのままを出し過ぎだと思いまーす」

 

本当にありのままの姿を見せる面子に保護者たちの笑い声が聞こえる。

 

そこで先生はジャージを脱ぎ捨てて皆に宣言する。

 

「今日は軽く自由に泳ごう……なんて生ぬるいことは無しにしてタイムアタックだぁ!」

「何言ってんだこの人……」

 

一人の生徒の突っ込みも突っ切るほどハイテンションな先生は構わず続ける。

 

「実はな、先生の知り合いには日本水泳連盟のお偉いさんがいてな、言われたんだよ。『高校の教諭はあまりやりがいがないだろう?』と……」

 

急に語り出した先生に疑問を抱きまくる生徒たちと保護者の皆さん。

 

それにも関わらずに先生は苦悶の表情を浮かべる。

 

「確かに見劣りはするかもしれないが、私はな……この教師の道を望んで歩んだんだよ」

「とりあえず授業しませんかー?」

「そこで先生はこの人たちを連れてきた!」

「「よろしく」」

「ぶほっ!」

 

そう言うや否や、颯爽と現れたこれまたマッチョな四人組がマントを羽織って現れた。

 

急にざわつくギャラリー

 

「こちらにお越しいただいたのは将来有望の水泳選手の卵となる方々だ」

「そんな人集めて何する気ですか!?」

「レースだ。この中の誰でもいいから一人に勝って高校生の底力を見せて欲しい」

「全く意味が分からんぞ……?」

「要は馬鹿にされた先生の汚名を晴らしてほしいのだ」

「お前に教師の資格はねええええぇ!」

 

あまりに自分をさらけ出す教師に皆はまさかの展開に困惑する。

 

「さあ、誰か行く奴はいないのか?」

「先生は行かないんですか?」

「私は泳げん。ついでに言えば先生は数学の教師になりたかったんだ」

「聞きたくなかったです……そんな逸話……」

 

なんだか妙な展開になった授業に保護者も生徒も困惑する。

 

そりゃだって急に日本屈指の選手と水泳しなければならないのか……

 

しかも負けて恥かくことくらい誰にでも分かる。

 

こんな勝負を受ける物好きがいるだろうか……

 

「面白そうだ。出よう」

(((物好きいたああぁぁぁぁぁぁ!)))

 

クラスで一番どんな意味でも浮いているカリフの挙手にクラス全員が驚愕したが、逆に期待もしていた。

 

彼等クラスメートはカリフは運動神経はいいと噂で聞いてはいるが、実際にはその光景を見たことが無い。

 

これはこれで見物だと思ったのは生徒だけでなく先生もだった。

 

「さあさあ! ここで出るは『駒王学園の番長』こと鬼畜カリフ! 謎が多い転校生だが期待性は充分! さあ、まずは千円から始めるぞ!」

「鬼畜くんに千五百!」

「日ごろから羨ましいことしやがって! 水泳選手に二千!」

 

何故か競泳が始まってしまったプールで現金が行き交う。

 

そんなカオスとなった状況をカリフは大いに楽しんでいた。

 

「はっはっは! ここまで大事になったからには仕方ない! 精々儲けさせてもらおう!」

「……手加減、しないよね?」

「手を抜く? 有り得んな! そのまま捻ってやる」

 

そう笑うカリフと溜息を吐く小猫に二人の人影が近付く。

 

「ほう、私たち日本ランカーを相手に捻る……とな?」

 

カリフの前に四人のランカーが腕を組んで現れた。

 

「私は東島孝介」

「フィッシュ竹中」

「ふん、数は揃えたようだが、果たして上手くいくかな?」

 

睨み合う高校生と日本選手は飛びこみ台に向かう中、カリフは小猫に向き直った。

 

「設けた金で新しくできたスイーツカフェに行くぞ。今日は面白い日だ大いに笑ってやる!」

「……ガンバ」

 

あっさりとスイーツに釣られた小猫はどこからか出したのか、両手に小さな旗を持って応援する。

 

「これでも日本を背負う身だ。遠慮無くいかせてもらう」

「殊勝な心構えだ。だが、これ以上の言葉は必要ない。そっちの頭にヒレが付いている訳の分からない人類を見習ったらどうだ?」

「彼は三十文字以上話すと噛んで会話ができなくなる」

「ただのバカかよ……」

 

軽く話しながら台に上がり、お互いに集中を高めている中、生徒たちの声は聞こえてこない。

 

「位置について……ヨーイ……」

 

聞こえるのは心地よい緊張でリズムを刻む自分の胸の鼓動と……

 

「ドン!」

 

勝負開始のホイッスルの音だけだった。

 

 

 

この日の出来事が日本の水泳の未来を大きく変えるだろうとはだれも予想できなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳で私たちのクラスは競泳でした」

「こ、小猫ちゃんの所も? 俺たちは英語の授業なのに粘土捏ねさせられて、気付いたらオークションになってた。なんなのこの学校?」

「気にしたら負けです。イッセー先輩」

「それにしてもこの私、よくできているわね」

「はい、部長のことを考えてたら自然と……ただそれが原因でオークションになったわけですが……」

「こっちはカリフくんが潜水だけで五十、百メートルを潜水で圧勝してました。ほら」

 

小猫はカリフの勝った戦利品の十万円を部員全員に見せると、全員から嘆息の声が上がる。

 

「流石は私の夫。世界に通用するのは戦いだけでは無い」

「夫だなんて本妻の私をさし置くのは遺憾ですが、カリフくんが自慢だというのは同意ですわ」

 

ゼノヴィアと朱乃はどこか嬉しそうにしている。

 

現在、体育の教師と今後の話し合いをしている合間に部員全員は昼休みを堪能していた。

 

「今度、稼いだお金でクラス単位で焼き肉に行くことになりました。カリフくんプロデュースで」

「あら、楽しそうじゃない。行って来なさいな」

「ありがとうございます」

 

そんな話をしていると、外野が騒がしくなっているのに気付く。全員の関心がそっちに向く。

 

「何かあったのかしら?」

「確か、魔法少女の撮影会があるとか何とかで……」

 

木場の答えにイッセーたちは首を傾げ、気になって見に行くことにしたのだった。

 

 

 

先程の体育教師から今後とも御贔屓にと、互いに得をする取引を済ませたカリフは悠々と昼休みの学校を闊歩する。

 

弁当は朱乃に預けていたのでそれを取りに行ったのだが、朱乃はクラスにいなかった。

 

「まあ、大体行くとこなんて決まって……え?」

 

歩いていたカリフはお目当ての朱乃を廊下で見つけた。他の部員も全員で固まっている。

 

意外な場所で見つけたことはもちろん、何だかカメラのシャッター音で賑わしかった場所。気になってカリフはイッセーに近付く。

 

「おい、なんだこの取り巻きは?」

「いや、それが……魔王さまが……」

「サーゼクスか? 何やら騒がしいようだが……」

 

そう言ってカリフがその場所をチラっと一目見た時、そこで一人の少女と目が合った。

 

「あ☆」

「……はい?」

 

少女はカリフと目が合って嬉しそうに笑い、カリフは素っ頓狂な声と共に目を丸くする。

 

「カリフ、この方は……」

 

そこへ、リアスが紹介しようとした時、カリフの表情が一気に歪んだ。

 

「セ、セ、セラフォルー! お前、なんでこんな所に……!」

「愛に不可能は無いの☆ 今日こそ熱いヴェーゼを受け取ってー!」

 

急にカリフへ飛びかかってくる魔法少女にカリフの行動は神速で動いていた。

 

向かってくるセラフォルーの首の襟を掴んで停止させた。

 

ぶら下がるセラフォルーはプリプリと頬を膨らませてカリフを怒る。

 

「もー! いっつもいっつも意地張ってー!」

「こういうのはオレが奪うならまだいいが、奪われるのは俺の性に合わんからな」

「積極的なのが好みって言ったー!」

「それとこれとは話は別だ」

 

なんだか親しげに話す二人にイッセーたちは疑問符を浮かべる。

 

「あの、カリフはレヴィアタンさまと知り合いなんですか?」

「そう……みたいね。これは私も初めて知ったわ」

 

降ろしたカリフが抱きつこうとするセラフォルーを抑える姿に誰もが疑問に思うが、ソーナとその場にいたサーゼクスとグレモリー卿……リアスの父親の様子が違った。

 

「ソーナ、何か知ってるのね?」

「会長?」

 

リアスと匙の問いに同意するように全員がソーナに視線を向ける。

 

ここでソーナはいつもの厳格さもどこか影に潜めて疲れた感じで眼鏡をかけ直す。

 

「……他言無用でお願いします」

「構わないけど……」

 

全員が頷くのを確認してソーナは意を決した。

 

「……お姉さまが今でも婚姻を拒否しているのは知ってますね?」

「ええ、対して好きな人がいないって理由だと聞いているのだけれど……」

「あれは印象を悪くしないためのデタラメな噂です。本来はお姉さまには想い人がおられるのです」

 

そこまで聞かされると、イッセーとゼノヴィア、アーシア、匙以外の面子が眼を丸くして驚愕する。

 

「え、まさか、あのレヴィアタンさまが……」

「気持ちは察しますが、事実なのです」

「え、でも、この流れだと……まさかそんな……」

「あの、一体何の話を……」

 

ここでイッセーが割り込んで聞いてくると、そこにサーゼクスがにこやかに答える。

 

「簡単な話、彼女は彼に惚れているのだよ。それも重度にね」

 

―――

 

――

 

 

 

『『『はいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?』』』

 

ここでイッセーたちの絶叫が廊下に響いた。

 

それもそのはず、まさか自分たちのトップが同級生にゾッコンだと聞かされれば驚かない方がおかしい。

 

「ま、ま、ま、魔王さまがカリフに!? なんでまたそんな……!」

「そこは『二人だけの秘密』らしいです。だけどお姉さまは間違いなくカリフくんを溺愛しています……そう言い張って断って来た縁談は数知れず……」

 

ソーナから放たれる苦労人オーラにイッセーたちもなんて声をかけていいか分からない。そんな最中に今度はセラフォルーがソーナに抱きついて来た。

 

「そんなに心配しなくてもお姉ちゃんはいつでもソーたんのお姉ちゃんだよー☆」

「『たん』はお止めください! それになんで今日のことを……!」

「ふっふっふ……魔法少女に不可能はないんだよ? カリフくんを追って三千里、ソーナちゃんの同行も全てマルっとお見通し。だけど、もし授業参観に来れなかったらショックできらめくステッキがより一層……」

「ご自重ください。魔王であるお姉さまにきらめかれたら小国が数分で滅びます」

 

そんな会話の横ではサーゼクスとグレモリー卿は面白おかしく事の顛末をイッセーたちに暴露していく。

 

「セラフォルーは独自でカリフくんの動向を何年も前に追っていたらしくてね、何度もその度にプロポーズを繰り返しているらしくてね」

「いやはや、若いというのは羨ましい限り。見ていたら母さんと出会った頃を思い出して……」

「あ~……それはまた大物に惚れられましたね。彼……」

 

木場は苦笑、イッセーは乾いた笑みを浮かべ、匙に至っては……

 

「ちょっと待て……もしレヴィアタンさまとカリフが結婚して俺と会長のできちゃった婚が完成したら、カリフは俺の義兄になるのか!? 後輩を『にいさん』って!? しかも最強で最凶で最狂で最恐の兄が誕生かよ!?」

 

そして、朱乃、ゼノヴィアともなれば……

 

「あらあら……これはどういうことかしら? どういう経緯でセラフォルーさまと?」

「お前、恋愛事には興味無いみたいなこと言ってなかったか?」

「ほう……いつにもまして威圧感がすげえなオイ」

 

カリフ相手にどこか迫力を醸しながら詰め寄って行く。カリフも思わず『女の力』に生唾を飲み込みながら面白そうに笑っていた。

 

「うぅ……もう耐えられません!」

「あぁんソーナちゃん! お姉ちゃんを置いて行かないで!」

 

あの冷静沈着なソーナが涙を潤ませてその場を去っていく。

 

「付いてこないでください!」

「お姉ちゃんを見捨てないでええぇぇぇぇぇぇ! ソーたああぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

「『たん』付けは止めてくださいとあれほど……!」

 

自棄になった愛すべき妹を追って行こうとしたセラフォルーは途中で気付いたようにカリフに振り返ってニッコリと微笑む。

 

「じゃ、また会おうね☆ 今度こそ認めさせるんだから!」

「いつ、いかなる挑戦でも受けて立とう。セラフォルー・レヴィアタン」

「じゃあね! チュ♪」

 

投げキッスと共に魔力で作られたハートが真っ直ぐとカリフに飛ばしてセラフォルーはソーナを追って行く。

 

カリフは向かってきたハートに腕を伸ばして……

 

「ふん」

 

ペシっとまるでハエを叩き落とすかのように弾いた。

 

そして、弾かれたハートはイッセーと匙の元へと向かい……

 

「イッセー! 避けて!」

「匙先輩!」

「「へ?」」

 

突如、ハートが二人の前で眩い光を発したと思った瞬間!

 

 

 

 

校舎の中が爆ぜた。

 

「なんで……」

「こう……なるの?」

 

爆発に呑まれた二人は爆煙と共に黒く焦げ、その場に倒れる。

 

「イッセー!?」

「匙! しっかり!」

 

生徒会メンバーとオカ研メンバーが二人を介抱する横でカリフはサーゼクスの横に移動して話しこんでいた。

 

「やれやれ、愛ってのは重いぜ」

「それほど彼女に愛されているのだよ。光栄に思わないと」

「男の冥利に尽きる……てところかな? はっはっはっは!」

「いや、笑い事じゃないんですが……」

 

グレモリー卿の大笑いに木場の突っ込みも空しく慌ただしい空気の中に消えていくのだった。

 

 

ドタバタの授業参観から翌日が経った。

 

一同は昨日の喧騒から気持ちを切り替えて旧校舎に集まる。

 

全員は旧校舎の一階のとある部屋の前にいた。

 

「こ、ここは一体……」

「昨日言ったもう一人の『僧侶』の封印場所よ」

 

部屋の前を『KEEP OUT!!』のテープで幾重に、頑丈に塞がれている危なそうな部屋にイッセーたち新人悪魔たちは緊張を隠せない。その上、何やら封印の術式まであるのだから一層不気味だ。

 

「昨日、サーゼクスが来たのはこのためだったか……」

「ええ。夜には封印が解けて旧校舎の中を自由に歩き回れるのだけど本人が拒否しちゃって……」

「重傷じゃないですか? それ……」

 

イッセーと同じく、カリフも中にいるまだ見ぬ眷族に不安を覚える。

 

「契約はどうしてんだ? ただ引きこもってるだけじゃあただのお荷物だ。『義務』あっての『権利』じゃなかったっけ?」

「そこなんですが、意外にも眷族の中でも一番の稼ぎ頭なんですよ?」

 

カリフの問いに朱乃が答えると、イッセーとカリフは意外そうな表情を浮かべる。

 

「依頼者の中には直接悪魔には会いたくないって人もいるからこういったパソコンを介して契約を結ぶこともあるにはあるの。中の子はその方法でダントツの契約数を結んでいるのよ」

「ふん、取り柄の一つはあったようだな……いや、一つだけでは済まないってとこか」

「理解が早くて助かるわ。それが封印されている理由なのよ」

「それはどういう……」

「会ってみたら分かるわ」

 

話しながらも朱乃と二人で封印を解き、封印の刻印を消し去る。

 

「開けるわよ」

 

リアスがドアを開けた時だった。

 

 

「いやあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

部屋の中から絶叫が聞こえ、イッセーたちは驚愕する。

 

リアスは溜息を吐いて朱乃とともに中へ入って行く。

 

『ごきげんよう。元気そうでよかったわ』

『な、な、何事なんですかぁぁぁぁぁぁ?』

 

中から酷く狼狽した声とリアスの安堵した声が聞こえてくる。

 

『あらあら、封印が解けたのですよ? もうお外に出られるんです。さ、一緒に出ましょう?』

 

まるで怯える小さな子供に優しく語りかけるような声で朱乃が促すが、新しく聞いた中性的な声の主は頑なに拒否する。

 

『やですぅぅぅぅぅぅぅぅ! 外に出たくない! 人が怖いぃぃぃぃぃぃぃ!』

 

イッセーはその様子に顔を引き攣らせていた。

 

「これは……引き篭もりって聞いてたけど重症なんじゃあ……」

 

イッセー、アーシア、ゼノヴィア、カリフは首を傾げているも、木場は苦笑し、小猫は溜息を吐くだけ。

 

一種の好奇心に突き動かされたイッセーはドアを恐る恐る覗いていたが、それに業を煮やしたのがカリフだった。

 

「どけイッセー」

「へ? うお!!」

 

振り返ると、顔面に靴底が迫って来ていた。危険を感じて反射的に避けることはできた。

 

その代わり、その蹴りは封印のドアを容赦なく破壊した。

 

「「!?」」

「ひいいいいいぃぃぃぃぃ! 何ですかああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

突然の出来事にリアスと朱乃は驚愕し、中の金髪の美少女が怯えている。

 

「待て待て! お前、それは強引過ぎるだろ!」

「知るか」

 

イッセーの一言を無視してギャスパーの前へとズンズンと進んでいく。

 

「カリフくん。あまり手荒なことは……」

「安心しろ。今は顔合わせ程度で済ませる。“今は”な……」

「そんな強調して言わないで。本当に恐ろしくなるから……」

 

二人は最も懸念していた事態が初っ端に起きて狼狽する中、カリフは怯えてへたり込む美少女の目線にまで合わせる。

 

「だ、だ、誰なんですかあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「初めまして。オレは鬼畜カリフってんだ。以後、よろしくギャスパーとやらよぉ」

「ひいいぃぃぃぃ! 眼が血走ってて怖いよおぉぉぉぉ!」

「カリフ!」

 

物凄い形相を近付けてくるカリフに朱乃とリアスは二人でやんわりとカリフを引き離す。

 

可愛らしく装飾され、部屋の一角に棺桶が置かれていること以外は案外女の子っぽい部屋にイッセーたちは入る。

 

「おぉ! 金髪美少女と……迫る強姦っぽいぞお前……」

「ひいぃぃぃ! また新しい人たちが来たあぁぁぁぁぁ! 誰なんですかあぁぁぁぁぁ!?」

「あ、新しく入った『兵士』の兵藤一誠だ。君がギャスパーだね?」

「ビ、『僧侶』のアーシア・アルジェントです。よろしくお願いします」

「『騎士』のゼノヴィアだ」

 

ともあれ、自己紹介を済ませたイッセーは新たに紹介された眷族が美少女だということに歓喜を見せる。

 

「イッセー、一見は女の子っぽいけど実は男なの」

 

意外にも二人に押さえられているカリフが衝撃的なことを口にした。

 

「男って……こんな美少女がそんな……マジで?」

「いいえ、この子は趣味で女装してるのであって本当は男の子なのよ」

「そ、そんなああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ひいいいぃぃぃぃぃぃ! ごめんなさいごめんなさいいいぃぃぃぃ!」

 

ここで、イッセーの絶叫にびっくりしたギャスパーも悲鳴を上げていたが、イッセーの憤りは止まらなかった。

 

「なんでこんなことが……! 一瞬だけアーシアとお前のダブル金髪美少女の『僧侶』タッグを期待したんだぞ! それを……」

「もういい黙れ」

「へぶぅ!」

 

そろそろ鬱陶しく感じたカリフはイッセーをジャーマンスープレックスで床に頭を叩きつけ黙らせる。その過程で部屋のテーブルに叩きつけるのも忘れない。

 

「ひいいぃぃぃぃ! テーブルがぁぁぁぁぁぁ!」

 

見事に大破したテーブルに頭を突っ込んで煙を出すイッセーにカリフは構うことは無かった。

 

「見た目女に球と棒が生えてるくらいで喚くな。話が続かん」

「……下品な単語禁止」

 

いつの間にか部屋に来ていた小猫から突っ込みをもらいながらポケットや学ランのポケットをまさぐる。

 

「今日の要件は簡単だ。要はこいつを……」

 

そして、カリフは取り出した。

 

「部屋から出せばよいのだろう?」

 

大量の聖水を染み込ませたロザリオを……

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやああああああぁぁぁぁぁ! 殺されるううぅぅぅぅぅぅぅ!」

「さあ選べ。恐怖から逃げてこの部屋の中で串刺しになるか、恐怖を克服して『生』の道を進むか……」

「お止めなさい!」

「あらあら、これは……」

「祐斗! 小猫とゼノヴィアもカリフを抑えて! できるなら取り押さえて!」

 

そろそろ悪ノリを通り越して危なくなってきた後輩を抑えて眷族を守ろうと必死にカリフを抑えるリアスと朱乃とイッセー以外の他の面子。

 

それでもカリフはジリジリとギャスパーへと近付いて行く。

 

「さぁ……こっちにおいで。外には楽しいことが一杯だよぉ……」

「ヒィィィィィ!」

 

その瞬間、目の前が真っ白に―――

 

「む?」

 

気付いた時には目の前にギャスパーが後ずさっているのが見えたが、ここで異常を感じる。

 

「体が……動かん」

「う、動けるんですかあぁぁぁぁぁ!?」

「いや、喋るのが限界だが……なるほど、これがお前の能力か……」

 

部屋を瞳だけ動かして見回すと、一見、変わっていないようだが、異常はすぐに見つかった。

 

―――カーテンが風にたなびいたまま動かない

 

それに動かない体には感覚があるが、まるで動けない状況に思案する。

 

(体にはどこの異常も無いし、神経回路がやられた訳では無い……体組織が止まった訳ではない? それにあのカーテンだ……まさかこいつ……能力面ではオレより遥か上か!?)

「ふええぇぇぇぇ……」

 

目の前で体を丸めて震えるギャスパーの得体のしれない能力に流石のカリフも戦慄を覚え、体が底冷えする感覚に襲われた。

 

(こいつはオレをまた一つ強くしてくれるかもしれん……)

 

目の前の新たな運命の歯車

 

 

戦乱を望む戦闘民族は彼に何を思うのか。

 

それは誰にも分からない……




前回のアンケート結果ですが、キャラをある程度出してから短編として「通学路のフェンリルズとドラゴンズ」を実施したいと思います。
題名は『通学路のフェンリルズとドラゴンズ』
是非お楽しみください!

それと、後もう二章で原作キャラを出してみようかと思っています。その時もお楽しみに!

感想と指摘、要望があればお願いします!


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人生相談

遅くなりましたが投稿します!
この章が落ち着いたらリリカルなのはと火拳の投稿を再開しますので長い目で見てください。


「停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)?」

「そう、それがギャスパーの持つセイクリッド・ギアであり、時間を止める能力を持つのよ」

「そんな反則な……」

「あなたの倍加の力も白龍皇の半減の力も充分反則よ?」

「もっと反則級なのが後輩にいますが……」

「それは……」

 

現在、ギャスパーからの術から解き放たれた俺たちは部長からギャスパー・ヴラディの真実を告げられていた。

 

ここまで説明させられた項目は以下の通りだ。

 

・ギャスパーは人間とヴァンパイアのハーフである

 

・人間の部分でセイクリッド・ギアを受け継ぎ、人間の魔術に秀でている

 

・人間のハーフなので血は十日に一度くらいの補給で済む

 

・そんなギャスパーを眷族にできたのは『変異の駒(ミューテーション・ピース)』という複数の駒を使う場面を一つの駒だけで済ませるバグのようなものによる

 

・そして、ギャスパーは日中でも活動できる『デイ・ウォーカー』と呼ばれるヴァンパイアだということ

 

そして……

 

「日の光は嫌いですぅぅぅぅぅぅぅ! 太陽なんて無くなっちゃえばいいんだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

日中は動けるのに日の光は嫌いだわ……

 

「僕はこのダンボールの中で結構です! 外界の空気と光は外敵なんだあぁぁぁぁぁ!」

 

とんでもない引き篭もりだわ……

 

「血なんて嫌いですぅぅぅぅぅぅ! 生臭いのもレバーも嫌いですぅぅぅぅ!」

 

血が嫌いなヴァンパイアってこれは酷過ぎる……

 

そんなダメダメ引きこもりヴァンパイアに最も業を煮やしているのが……

 

「なんでもかんでも駄々こねてんじゃねえこのスカタン! その腐りきった根性を叩き直してやるぞボゲェ!」

「いやああぁぁぁぁぁ! この人怖いぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

ギャスパーの駄目っぷりにカリフもイライラが溜まっていたのか怒りで詰め寄ろうとするも何とか俺たちで抑えて宥めている。だけど、今回ばかりはしゃーないと思っている。

 

「……へたれヴァンパイア」

「うわぁぁぁぁぁん! 小猫ちゃんもいじめるぅぅぅぅぅ!」

 

吐き捨てるような小猫ちゃんの一言に大泣きするギャスパーに部長も苦笑してしまっている。それでも部長は行く所があるようでカリフが少し落ち着いたのを確認して話を続ける。

 

「私はこれから朱乃と一緒に三すくみトップ会談の会場打ち合わせに行ってくるわ。それと祐斗はお兄さまからバランス・ブレイカーのことについて話を聞かせて欲しいそうよ」

「はい部長」

 

そういえば木場の聖魔剣だっけ? あれって相当なイレギュラーだから魔王さまも調べたいんかな?

 

「それじゃあ後の皆はギャスパーくんの教育だっけ? 後はお願いイッセーくん」

「任せとけ!……って言いたい所だけどあいつがどう出るか……」

 

言わずもがなカリフのことを口にすると木場も苦笑する。ちくしょう! 苦笑まで爽やかな上に最も厳しい仕事から抜けやがって!

 

まあ、今回は事情が事情なだけに仕方ないのだけど、問題児“二人”の制御から逃れた木場が羨ましい。

 

「ギャスパーくん。そろそろお外に慣れないといけませんわよ?」

「朱乃お姉さまあぁぁぁぁぁ! そんなこと言わないでくださいいいいいぃぃぃぃぃぃ!」

「あらあら、困ったわね。カリフくん、イッセーくんもお願いね?」

「任せてください! 朱乃さんの頼みとあらば!」

 

とは言うものの、背後で拳をポキポキ鳴らすカリフに不安しか感じない。

 

「まあ、とりあえずはこいつを鍛えるとしよう。軟弱な男はだめだ。まずはカリフみたいな益荒男に仕上げたいと思う」

「いや、あれは無理があるかな~。スポーツ選手でもそれは無理じゃないかな~」

 

ひもを括りつけたダンボールを引きずってゼノヴィアはデュランダルを担いでノリノリのようだ。

 

「いやぁぁぁぁぁん! 聖剣デュランダルの使い手だなんて嫌ですぅぅぅぅ! 滅せられるよぉぉぉぉぉぉぉ!」

「悲鳴をあげるな。なんなら十字架と聖水にニンニクも付けてあげようか?」

「ガーリックはらめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

おい、悪魔のきみが悪魔祓いしてどうする、ダメージ受けるぞ?

 

う~ん、今回はカリフとゼノヴィアに出会ったことがこいつにとって最も不幸なことなのかもしれないな。

 

 

 

「ほら、走れ。デイウォーカーなら日中でも走れるはずだ」

「ひぃぃぃぃぃぃ! 殺されるよぉぉぉぉぉぉ!」

「……ギャーくん。ニンニクは体にいい」

「いやああぁぁぁん! 小猫ちゃんまでえぇぇぇぇぇぇ!」

 

現在、夕陽に染まる旧校舎の近くでギャスパーはゼノヴィアと小猫に追い回されていた。まるでチェンソーのように音を立てて聖のオーラを放出するデュランダルはギャスパーにとって何よりも怖いんだろうな。必死で逃げてるし。

 

ゼノヴィアもどこか生き生きしているように見えるのは気のせいじゃないと思う。

 

「普段の欲求がここにきて爆発してるなありゃ。ああいうのは止まらんぞ?」

「それに小猫ちゃんまでニンニクを持って……部の中で一番イジられてるのかな?」

「それよりも助けませんか!? ギャスパーくん本当に死んじゃいますよ!?」

 

アーシアがノホホンと眺めるイッセーとカリフに抗議するも、なんだかそんな気は全く起きない。カリフに至っては後もう少しで鬼ごっこに参加しようとも思っているほどなのだから。

 

「おー、やってるな」

「お、匙か?」

 

背後から匙が暴れ回るゼノヴィアたちを見据えて洩らす。

 

「よう兵藤、最近に解禁された引き篭もり眷族ってのを見に来たぜ」

「あぁギャスパーか。今、ゼノヴィアに追いかけられてるのがそうだ」

「おいおい、ゼノヴィア嬢、伝説の聖剣を振り回してるぞ。大丈夫か? ってか女の子か! しかも金髪!」

 

嬉しそうだね匙。だけど残念だよ。

 

「残念だけど、あれは女装野郎だそうです」

 

それを聞くと頭を項垂れて落胆する匙と苦笑するアーシア。

 

「さ、詐欺だ……ていうか引き篭もりで女装癖って……なんの需要があるんだよ……」

「だよなぁ、誰かに見てもらいたい女装ならまだ分かるんだが……」

 

そんな感じで二人でトークしている中、アーシアは置いてけぼりって感じだったのかカリフに話を振っていた。

 

「あの、今日はお静かですね……」

「あぁ、今日は珍しい、昔馴染みの客が来てるからな……」

「客……ですか?」

「ほら、そこの校舎の角の影の奴だよ」

 

寝転びながら示す言葉に俺たちの視線が集まる。

 

そこにいたのは―――

 

「相も変わらずバケモノしてんな。気配消したっつーのによ」

 

和服姿のワルそうな男……俺はその姿に戦慄した。

 

「アザゼル……っ!」

「よー、赤龍帝。あの夜以来だな」

 

怪訝そうに第三者を見ていた皆の目が瞬時に鋭くなり、空気も変わる。

 

ゼノヴィアはデュランダルを構え、小猫ちゃんもファイティングポーズをとる。アーシアも俺の後ろに隠れ、匙も驚愕しながらデフォルメ化したトカゲの頭のセイクリッド・ギアを右手の甲に出す。

 

「兵藤! アザゼルって……!」

「マジだよ。何度も接触したから分かる!」

 

俺のマジの反応に匙も戦闘態勢に入る。

 

だが、アザゼル自身は苦笑しながら手をフルフルと振るだけだった。

 

「やる気はねえよ。構えを解けって下級悪魔くんたち。俺には弱い者いじめする気はねえし、この中で俺に勝てる奴なんざ限られてるくらい分かるだろ? ちょっと散歩がてらに約束解消と聖魔剣使いを見に来ただけだ」

 

確かに殺気は無いし、隙だらけだから敵意も無いように見えるけど……だからといってそう簡単に信用できるわけねえだろ! ってか木場狙いか!

 

「木場ならいねえし、いてもお前に渡すか!」

 

そんな俺の叫びにアザゼルは終始笑顔を向けたままだった。

 

「その気迫はとても素晴らしいことだ。だが、力の差くらいは感じているはずだ……」

『『『!!』』』

 

その瞬間、アザゼルから発せられる膨大で、しかも強烈なオーラに俺たちは動けなくなってしまった。

 

「もし、俺が最初から聖魔剣使いを力づくで奪いに来るなら……この今頃お前たちは学園ごとオダブツだぜ?」

 

そう笑いかけてくるアザゼルにうすら寒いものを感じた! それは俺たちの『勝てる』自信を根こそぎ刈り取り、力の差を誇張するには充分過ぎるほどだった。

 

やべえ! こいつの言ってることは冗談なんかじゃねえ! 何となくだがあいつにはそれが呼吸するくらい容易く、それができることくらい分かってしまう。

 

周りを見れば完全に皆も体を強張らせて委縮してしまっている様子より、俺と同じ結論に至ったようだと分かる。

 

言い知れぬ恐怖で震える俺たちを見てアザゼルは悪戯っぽい笑みを向けてきた。

 

「まあ、そんな訳だから今日は何もしねえっていうのは本当だ。今日は聖魔剣使いがいないから別の用事を済ませに来ただけだ。お前も寝てないで何か言えよ」

「早くしろ」

「人呼び出しといてその言い草かテメェ……」

 

なんだ? アザゼルとカリフは互いに知り合っている雰囲気で喋っているんだけど……

 

「今日はお前のセイクリッド・ギアのメンテの日だ」

「へいへい」

 

気だるそうにアザゼルはカリフの胸に手を添えると、そこから光る球みたいなのが出てきた。おい、まさかそれってセイクリッド・ギアか!?

 

「何してんだお前! それはカリフのセイクリッド・ギアだぞ!」

「だからメンテだっつってんだろ。それに、元々は俺の作ったセイクリッド・ギアだ。こいつのメンテは俺の役だ。つーかお前が事前に話してばここまでややこしいことにはならなかったんだぞ」

「ふん」

 

混乱する俺たちを余所に二人は親しげに話し、アザゼルはセイクリッド・ギアをいじくりながら木の木陰に指差す。

 

「そこのヴァンパイア」

 

いつの間にか木陰に隠れていたギャスパーは体を震わせる。

 

目を合わせずに話しているとはいえ相手は堕天使の幹部だ。たとえ人見知りじゃなくてもあの反応は当然だ。

 

「停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)か。強力なセイクリッド・ギアだが、コントロールできずに暴走させると危険極まりない代物だ。かといって悪魔はセイクリッド・ギアの研究が進んでいないから補助具で制御もできてねえのか……おいそこの! 黒い龍脈(アブソーブション・ライン)の所有者!」

 

匙は自分に振られてその身を震わせた。

 

「練習するならそいつを使ってみろ。それでセイクリッド・ギアの余分な力を吸い取らせながら発動させれば暴走も少なくなるだろう」

「お、俺のセイクリッドギアって相手のセイクリッド・ギアの力も吸えるのか?……ただ相手の力を吸って弱らせるのかと……」

 

アザゼルが溜息を吐いていたが代わりに答えたのは意外にも寝込んでいるカリフだった。

 

「お前のそれは五大竜王の一匹の『黒邪の龍王(プリズン・ドラゴン)』と悪名高い龍の王、そんなチャチなもんで済むかよ」

「それに、短時間の条件付きでなら他の奴や物体にもラインを繋げてパワーを流し込むこともできる。レベルも上がればラインの本数も増えて吸い取る出力も倍々ってわけだ。試すなら赤龍帝の血を飲ませてみろ一番手っ取り早くパワーアップできるぞ……よし、できたぞ」

 

律儀に説明する中でアザゼルはカリフのセイクリッド・ギアを離して体に戻している。寝ていたカリフは起き上がって体を柔軟体操でほぐしていた。

 

すっかり置いて行かれている俺たちをよそに二人は話しこんでいた。

 

「お前のセイクリッド・ギアの調整は終わったぞ」

「うむ、毎度ながら良い仕事してくれる。昔と違って稼働時間も長くなったのも流石だ」

「それならもう少し敬意を払え」

 

あまりに親しげに話すものだから俺は気になったというのもあって聞いてみた。

 

「お前、カリフのセイクリッド・ギアを奪いに来たんじゃないのかよ?」

「は、んな命知らずなことするほど酔狂じゃねえよ。親心って奴だ」

「親心?」

「俺がこいつにやったセイクリッド・ギアだからな、整備も俺にしかできねえ。まあここまでセイクリッド・ギアの可能性を見ているのも面白いからな。息子を育ててるみてえなもんだ」

 

その答えにその場の全員が目を見開いて驚愕していた。アザゼルからもらったセイクリッド・ギア……相当な物じゃねーか!

 

つーかカリフってアザゼルとも知り合いだったのか!? レヴィアタンさまだけでも驚きだってのに……

 

「じゃあ俺はもう行くけどよ、その前にお前に悪いニュースがある」

「ほう? それは?」

「……マナが拉致されちまった」

「!?」

 

二人の会話は分からないけど重要なことなのかカリフは驚愕を露わにする。

 

「お前とあろう者が、随分と下手をうったものだな」

「返す言葉もねえ……言い訳に聞こえるが、この地区はグレモリーとシトリーの管轄だから俺の行動範囲も行動も制限されちまうんだ。その隙を突かれた」

 

俺の仕事の邪魔はいいのかよ、と色々と思うことはあるけど話の腰を折ると後が怖そうだから黙っておく。

 

それにアザゼルも切に謝罪している様子に皆も驚きを隠せない。

 

そんな中でカリフは溜息を吐いてた。

 

「……まあいい、奴とて諜報部員として来ていたんだ。情報さえ洩らさん限りまだ殺されはしないだろう」

「それまではどうすることもできねえがな……マナについてはシェムハザに任せている。だが、対策は多い方がいい」

「何かあるのか?」

「また後で連絡してやる。そろそろ悪魔くんたちの主が戻って来てめんどくさそうなことになるからな」

 

そう言いながらアザゼルは踵を返しながら俺たちに告げた。

 

「ヴァーリ、うちの白龍皇が勝手に接触して悪かったな。まあかなり変わった奴だが今すぐに赤白ライバル対決するような奴じゃないさ」

「正体明かさずに俺に接触してたのは謝らないのかよ」

 

それに対してアザゼルはニっと笑った。

 

「謝らねえよ。ありゃあ俺の趣味だ」

 

そう言い残してアザゼルは去って行った。

 

一連の流れの中で呆然としていた俺たちだったが、匙の一言で動き出した。

 

「と、とりあえず俺のセイクリッド・ギアをそこの新顔くんにとりつけてやってみっか。その代わり、お前らには花壇の手伝いしてもらうからな」

 

皆もそれに頷き、ギャスパーのセイクリッド・ギアの特訓が開始された。

 

匙の黒い龍脈(アブソーション・ライン)をギャスパーに付けてみた所、マジでセイクリッド・ギアの力を吸っていた。あの総督、俺たちよりセイクリッド・ギアに詳しいな。

 

そこでギャスパーの能力で分かったことがある。

 

まず、投げたボールを停めてもらった後で色んな事を試してみた。

 

・ボールは宙に浮かんだまま停まった。

・生物ならその格好のままで停められる。

・視界に映る対象が近ければ近いほど停める時間が長くなる。

・逆に遠ざかれば遠ざかるほど捉える範囲は大きくなるが、停める時間が短くなる。

 

そして、俺たちでは分からなかったが……

 

「はっはっはっははははははは! 遂に克服したぞ!! もはや時間と言えどオレを縛ることなどできんのだぁ!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 停まった時間の中で動いてますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

カリフだけだが、時間が止まるタイミングに合わせて力を解放させればセイクリッド・ギアの力の影響を受けることは無くなるとのこと。

 

ただ、そのタイミングは今の所、体で覚えたカリフにしかできない。

 

それに無意識の発動があってカリフ以外の俺たちを停めることもたまにあった。

 

その度に逃げようとするギャスパーを何度も捕まえて特訓を続けるといった繰り返しの中、部長が帰って来た。

 

「お疲れ様。頑張っているようね」

 

手にはサンドイッチを持ってきてくれた部長の言葉に俺たちは特訓を一時中断して部長のサンドイッチに舌鼓を打つ。

 

木場と朱乃さんも魔王さまとの用事さえ終わっていれば一緒に食べられたんだけどな……

 

まあ、今はこの味を堪能したいからサンドイッチをがっつく。

 

「材料も少なかったから簡単にしかつくれなかったけど……」

 

いや、それでも部長の作った物は最高っすよ! 絶妙にスパイスも効いてて最高です!

 

匙もカリフも絶賛してるし。

 

そんな中で部長にアザゼルのことを話したら部長は当然ながら大変驚いた。

 

「確かにアザゼルはセイクリッド・ギアに詳しいから信憑性はあるから試してみる価値はあるわね。それと……もうこの辺で聞きたいんだけど……カリフ」

「?」

「あなた、どれだけの人物とパイプ繋いでるのよ。それだけは聞かせて欲しいわね。主に三大勢力とセイクリッド・ギアの使用者も含めて」

 

部長も気になっていたことを聞いてみるとカリフはサンドイッチを食べながら答える。

 

「知ってるのはアザゼル、バラキエル、セラフォルーとオーディン、後の覚えているのといえば……『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』の使い手と……デュリオ・ジェズアルドとかいうエクソシストだな。奴等には随分と遊ばせてもらったからな」

 

その名前に部長とゼノヴィアは吹きだして驚き、匙と小猫ちゃんに至っては固まってしまった。

 

いや、つーかアザゼルの他にもバラキエルとオーディンって……どっちも最近勉強したから分かる超大物じゃん!

 

「ほ、北欧の主神とも繋がりが……」

「デュリオさまとも面識があったのか……」

「なあゼノヴィア、デュリオって一体……」

 

最後の名前だけは分からなかったから聞いてみる。

 

「デュリオ・ジェズアルド……今、この世界の中では間違いなく最強のエクソシストと呼ばれているミカエルさま直属の部下だよ。二番目に強いロンギヌスの『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』の使い手でもある」

「に、二番目!?」

 

と、とんでもねえ奴じゃねえか! このブーステッド・ギアを凌ぐかもしれないセイクリッド・ギアを持つ最強のエクソシスト!

 

あのフリードですら敵わねえって意味だよなそれ!

 

「それに『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』……とんでもない人物とも関わっていたのね……」

「イエスを貫く絶対の槍……カリフ、君はその使い手とデュリオさまとはどういう関係なんだ?」

 

ゼノヴィアが興味深そうに聞くと、カリフも当時を思い出すかのように物思いに耽っていた。

 

「そうだなぁ……最初はオレを人外と思って襲って来たんだが、どっちも最初は弱っちくてちっぽけな奴らだったのは確かだ。筋はあったがいっちょ揉んでやった」

「ロ、ロンギヌスを相手に生き残る所か圧倒したというの?」

「まあ、それからしばらくは面白そうな奴らだったからみっちり鍛えてやったりもした。あの時はガチで楽しかったなぁ」

 

遠い目で思うカリフにどんな表情をすればいいか分からない。

 

カリフには魔力なんてない人間だけど、強さだけ言えば既に神の領域……その経歴だけ見ても俺たちよりも遥かに格上だということを感じさせられた。

 

一応、カリフを目標にしていた俺としてはどんどん壁が険しく、高くなっていくのを感じさせられたりもしている。

 

部長たちも同じことを思ったのかサンドイッチの手を止めて溜息を吐いていた。

 

「……まあ、薄々はこういう予想はしていたけど、事実だと知ると笑えないわね。うん」

「ははははは……! そんなオレが直々に鍛えてやってんだ! 普通なら感謝されてもおかしくないのだぞ?」

「逆に考えればそうだけど……」

 

言い方に引っ掛かりを覚える俺たちだけど下手な反論は災いの元を生むから止めておこう。

 

「じゃあ、この後はギャスパーを徹底的に鍛えてやる。ある程度は匙に力抜いてもらってすっきりしたはずだからな」

「が、頑張りますぅぅ……」

「はわわ……あまり無茶しないでくださいね……?」

 

アーシアは同じ僧侶としてかギャスパーを気遣うもカリフは火が点いてテンションが上がっているのかギャスパーをダンボールに詰めて引きずって行った。

 

この後、匙とも別れた俺たちはギャスパー強化プロジェクトに勤しんだのだった。

 

 

ある日まではギャスパーの修業は順調に進んでいた。

 

匙の協力もあれば木場たちも手伝ってくれたこともあってギャスパーも最初の頃よりはイッセーたちと向き合ってくれていたかもしれない。

 

意外にもカリフもがギャスパーの特訓に協力するどころか全面的なバックアップをしてくれた。これで順調に進まない訳が無い。

 

そう思ってリアスはイッセーと一緒に悪魔家業に向かわせたのだが……

 

『ふえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!』

 

取引先で怖い目にあったことと力を暴走させたことのショックによって再び部屋に閉じこもってしまった。

 

リアスは部屋の前でギャスパーに声をかけ続けていた。

 

「泣き止んでちょうだいギャスパー。無理してイッセーと同行させた私が悪かったわ」

 

だが、ギャスパーは泣き止むことを知らずに泣き続ける。

 

あまりに重すぎるギャスパーの問題にリアスも悲しげに表情を曇らせる。

 

「またあの子を引きこもらせるなんて……王失格だわ……」

「部長は悪くないですよ……俺がいながらあいつに怖い思いさせたんですから……」

「イッセー……それでも……」

 

互いに罪悪感を引きずる中、それに見かねたカリフが溜息を吐く。

 

「これは明らかにギャスパー自身の問題だ。こればかりは奴が自分で乗り越えんとならん」

「そうは言うけど……」

 

それも分かっている。ギャスパーの問題は心にあるということ。

 

だけど、それは本人にとって相当の重荷となっているからこそ今を苦しんでいる。

 

とてもじゃないが誰かのバックアップが無いと自立できないほどらしい。

 

『こんなセイクリッド・ギアなんていらない! だ、だって皆停まっちゃうんだ! 停めると皆僕を怖がる! 嫌がる! 僕だって嫌だ! もう仲間を停めたくないよ……停まった友達の顔を見るのは……もう嫌だ……』

 

人間とヴァンパイアのハーフとして生まれたギャスパーの過去は凄惨たるものだと言える。混血以外を侮蔑するヴァンパイアにとってギャスパーはまさにその対象に他ならず、しかも強大なセイクリッド・ギアと類まれな才能を秘めて産まれたのだからギャスパーへの扱いも酷くなる一方だった。

 

ついには居場所を失って路頭に迷っていた所にヴァンパイアハンターに狩られて一度は生涯の幕を閉じた。

 

そこへリアスに転生させてもらったのだが、大きすぎる力に翻弄されることとなった。そして上から封印の命令を下され、再び解禁された今に至る。

 

強いが故の苦悩をギャスパーは短い生涯の中で嫌というほど経験してきた。

 

それが分かっているからこそこの問題の解決は難しい。

 

 

 

 

 

 

 

―――だが、動かなければ何も起きない。

 

業を煮やしたカリフは少し溜息を吐いてギャスパーの部屋の前に立つ。

 

「……見えない力というのはよぉ……てめえの知らねえ所で勝手に膨らんでいくもんさ。まるで風船みてえによぉ……」

『そんなこと言ったって……』

「だけど、このまま放っておいたらいつかパンクしちまうぞ?」

『でも、こんな力を制御するなんて……』

「やるしかないいんだよ。このまま引きずればお前は後悔する。必ずな」

『え?』

 

その言葉にギャスパーはおろかイッセーもリアスも驚く。

 

「カリフ、それってどういう……」

「これがこいつの心の問題なら何でもいい、きっかけが必要だ。そのきっかけを作ってやってるんだ」

 

カリフはリアスと向き合い、強い眼差しを向ける。

 

「ここはオレに任せて欲しい。ここで終わらせるには勿体ない逸材でありながら使いこなせないでいる半端者だ。見ているとイライラするんだよ」

「……信じてもいいのね?」

「誰に物を言っている? オレが一度でも失敗したことが?」

 

それだけで強い説得力と安心感が生まれたリアスはフっと笑った。

 

「……分かったわ。これからお兄さまと仕事があったの……」

「部長はそっちに行ってください。俺も今回のことには責任がありますから」

「ええ、頼りにしてるわ」

 

そう言ってその場を去っていくリアスを見送った二人は静かになった部屋の前で仁王立ちする。

 

「さあ、ゆっくりと話そうじゃねえか……」

 

そう言って部屋の前で座り込む二人だが、先に口を開いたのはカリフだった。

 

「さっきの話の続きだが、原因はお前がセイクリッド・ギアを拒絶しているから“それ”も反発してんじゃねえのか?」

『……』

「力とはそいつ自身の強さを表すものだ。紛れも無くそのセイクリッド・ギアはお前自身でもある。ならお前が“それ”を支配できない道理などない」

『でも、そんな急に言われても……』

 

弱々しく答えるギャスパーにカリフは優しく、まるであやすように優しい口調で答える。

 

「力が怖いなら強くなれ。強くなって力を支配しろ」

 

力強く言った言葉にイッセーもしばらくは口を挟まずに聞き、ギャスパーも少し考えてから口を開いた。

 

『……カリフさん』

「?」

『できますでしょうか……こんな僕に……いつも皆さんに迷惑かけている僕なんかが制御だなんて……』

 

その言葉にカリフは少しの進展を感じたのか静かに笑いながら答える。

 

「それもお前次第だ。人ってのは少しのきっかけで化けるもんさ。明日にお前が女になってようともマッチョになってようともおかしい所は無い」

「いや、それは無理あり過ぎ」

 

堪らずイッセーが素で突っ込むと、中からギャスパーのクスクスとした声が聞こえてきた。

 

「どうした?」

『あ、すいません……今のは極端すぎた話がちょっと……』

 

どうやらイッセーとの漫才が面白かったらしい、部屋から出て来ない辺りからまだ自信は無いにしても気持ち、目標だけは定まった感じだった。

 

「じゃあオレはもう帰る。お前らと違って夜は眠くなるからな」

「おう、後は俺に任せておけ」

 

そう交わしながら帰ろうとすると、今度は意外にもギャスパーから声をかけてきた。

 

『あの……カリフさんに一つ聞いていいですか?』

「ん?」

『カリフさんは人間なのに堕天使の幹部を圧倒するほど強いって聞きました……しかも産まれつきでそんな力を持っているとも……』

「ああ、まあ、幼少のころに色々と揉まれたからなぁ……」

 

自分の小さい頃(元の世界)を思い出してしみじみとしているカリフにギャスパーは気になっていることを問いかけてきた。

 

『怖くなかったんですか?……自分だけ他の人と違うことが……』

 

そうとだけ聞かれたカリフは考える間もなく満面の笑みを見えていないはずのギャスパーに向けた。

 

「愚問だな。もしそうならオレは今の自分を殴り飛ばしていただろうよ」

 

その言葉を最後にその場を去って行った。

 

あまりにド直球な答えにイッセーも苦笑する。

 

「ああ言う奴なんだよ。信じた道はとことん突き進んで止まらない。たとえ時間を停められようともな」

『あはは……凄い人でした……初めてですよ。こんな僕に強くなれって言ってくれた人なんて』

「じゃあ散々言われてる俺と同じだな。俺とお前は仲間ってことだ」

『仲間……』

 

ギャスパーの呟きを聞き、イッセーは立ち上がって部屋に入る。

 

「そうさ。俺だけじゃない、部長にアーシア、朱乃さんや木場や小猫ちゃんやゼノヴィアだってお前の仲間さ。だから俺たちに頼ってもいいんだよ」

「でも、それじゃあ皆さんに迷惑を……」

「それが仲間だよ。迷惑かけられて、かけ合って……そういうもんだろ? 友達ってのも同じさ」

 

俺の人並みな説得にもギャスパーはダンボールの中から(つーか入ってたんだな……)顔をひょっこり出してきた。

 

それを確認した俺はギャスパーとうち解けるために俺は思い切って言ってみた。

 

「よし! それじゃあ今夜はとことん話そうぜ! お前の好きな女の子のタイプまで赤裸々にさらけ出したやる!」

「いやぁぁぁぁ! イッセー先輩に全てさらけ出されるぅぅ!」

「誤解されるようなこというんじゃねえ! じゃあ俺からな! 俺は……」

 

そこからは高校男子は皆やるであろうエロ談話で途中からやって来た木場も巻き込んで盛り上がった。

 

口では恥ずかしがっていたギャスパーだったが、始終笑顔だったのはいい兆候だったと思う。

 

―――カリフが率先したからこその結果だった。

 

だから俺は一刻も早く強くなってあいつに追いつきたい!

 

あいつみたいに後悔もなく堂々と前を見て生きていけるような悪魔になりたい。

 

俺は改めて目標を認識してその日を過ごしたのだった。

 

 

 

 

~おまけ~

 

「そういえばギャスパーくんってカリフくんに敬称付けてるよね?」

「はいぃ、だって先輩ですし、逆にあそこまでフランクに話せるイッセー先輩たちが凄いです」

「ギャスパーくん。言っておくけど彼は君と同じ一年だから」

「えぇ!? ぼ、僕と同じなんですか!?」

「おう、やっぱりあいつのほうが威厳があるのかなぁ……」

「なんだかねぇ……」

「が、頑張ってください……」

 

猥談中に肩を落とす先輩二人を慰める女装後輩の図が夜中の校舎の中で実現していたのはまた愛嬌である。

 

ちなみに初めて分かったことだが、木場はスケベだということも今回の猥談で明らかとなった。



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三勢力の歩み

ギャスパーと話しこんでから翌日が経った。

 

朱乃さんに呼ばれたので約束の場所へと向かっている。

 

部長も用事を済ませたら後から来るって言ってたけどなんだろう?

 

向かっている最中に個人レッスンの妄想を膨らませているが……

 

「それは無いよなぁ……」

 

理由はもちろん、カリフのことだ。

 

朱乃さんは誰からどう見ても完全にカリフにベタ惚れ、というより依存しかけている。

 

コカビエルの件の後に何があったのかは分からないが、朱乃さんの様子が変わったのは覚えている。

 

今までは俺と同じように後輩を可愛がるような少しエッチなスキンシップだったのが行動的なアプローチに変わった。

 

それからは朱乃さんの表情が年相応の女の子の顔によく変わる。

 

それを言うならゼノヴィアもそうだし、俺的には小猫ちゃんも結構怪しいと睨んでいる。

 

「くっそ~! なんであんな狂暴なのにモテんだよ! 狂暴なのにーーーー!」

 

口でそうは言うが、原因は何となく分かっている。

 

口でも行動でも誤解されがちだけど、あいつは義理堅い。まさに『男』という同性でも憧れる、男にとって理想形の男だった。

 

それにあいつは何故だろうか、弱い者の気持ちをよく理解してくれるところも何となく魅力に感じる所だろうな。

 

外道だけど……

 

「あ~、あいつみてえにモテてぇな~……なんで俺の周りにはハイスペックな奴しかいないんだよ」

「あらあら、恋する男の子もお悩みですわね。うふふ……」

「おわぁ!」

 

急に艶っぽい声が聞こえたと思ったら背後に朱乃さんがいた。

 

「あ、朱乃さん?」

「うふふ……驚かせてごめんなさいね?」

 

優雅に笑う所はいつも通りだが今回、違う所は服装だった。

 

いつもの制服姿ではなく巫女姿の朱乃さんはすげえ色っぽい! 脳内保存脳内保存っと……

 

俺が凝視してくる様子に朱乃さんは頬に手を当てて微笑みかける。

 

「どうかなさいました? この恰好似合ってませんか?」

「いえ! そんなことあるわけないじゃないですか! とっっっっても似合ってますよ!」

「そうですか? それならわざわざ着替えたかいがありました。うふふ」

 

優雅に笑ってはいるが、照れているのか頬を紅くしてマンザラではない様子のお姉さま。ああもう! こんな朱乃さんも可愛らしくていいぜ!

 

率直に答えると、朱乃さんは未だに少し照れながら続ける。

 

「うふふ、リアスが羨ましいわ、こんなに素直で可愛いイッセーくんを好きになれて……カリフくんもイッセーくんを見習ってほしいですわ」

「何かあったんですか?」

 

そう聞くと今度は少し拗ねたように頬を膨らませる。

 

「彼、ひどいんですよ? この恰好で膝枕したり耳かきしてあげたりしてるのに何の反応も無く『サンキュ』だけで終わり。少しは反応してくれてもいいと思いませんか?」

 

朱乃さんの愚痴に俺は一瞬にして頭の中が真っ白になった。

 

なん……だと?

 

学園で一、二位に入るほどの美貌を持つお姉さまが膝枕……だと?

 

そんな美味しい想いしてそっけない態度とってんのかあいつは!? これは見過ごせん!!

 

てかそこ代われ! 嫌なら俺が請け負う!

 

そう言いたいが、この場にはカリフはいないし言ったら言ったでまた何されるか分からん。

 

あいつ、自分への悪口には罵声&鉄拳制裁で仕返しするからな~……

 

「やっぱり、魅力が無いのかしら……」

 

物思いにふけっていると朱乃さんが不安そうに俯いていた。

 

悲しげな表情を窺わせる様子に何故か俺が焦ってしまった。

 

「そんなことないですって! 朱乃さんの美貌は学園一、いや、世界一ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! それはなびかないカリフが悪い!」

「そ、そうですか?」

「そうですよ! 女性としての魅力は充分ですよ! それに……」

 

俺もパターンは違えども似たような経験はしている。

 

「多分、カリフもそういった時にどう反応すればいいのか、分からないかもしれませんよ?」

 

俺も家では部長やアーシアから傍目から見れば似たような経験をしている。風呂を一緒に入ったり、裸の主人に抱き枕にされたり……

 

「あらあらイッセーくん。鼻」

 

おっと、思い出していると鼻血がでいたようだ。朱乃さんにポケットティッシュで鼻を拭いてくれた。

 

このままだと恰好がつかないから続ける。

 

「朱乃さんは誰から見ても素敵な女性です。だから自信持って下さい」

「イッセーくん……」

「カリフは人の気持ちには敏感ですから朱乃さんの気持ちにも気付いてます。ただ、それがどんな感情なのか分かってないだけというか……」

 

俺も未だに女の子の気持ちなんて分からないけどね……

 

ただ、俺とカリフもそんな感じなのだろう。スラスラとカリフの代弁もできた気がする。

 

「そう……でしょうか?」

「大丈夫ですよ! 同じ男として言い切ります!」

 

なぜかそこだけは自信を持って言えた。

 

胸を叩いて自己表現すると、朱乃さんは年相応な女の子の笑顔を浮かべた。

 

「そうね……そうですわね。こんなことで諦めたらそれこそ本末転倒ですわね」

 

いいなぁ~……俺もこんなこと言われたいなぁ~……

 

内心で羨ましがっていると、朱乃さんは意味ありげな笑みを浮かべて俺に可愛らしく指差して言った。

 

「私のような女の子が周りにいるってこと……あなたも自覚してね?」

「あ、はい……」

 

上機嫌になったからなのか意味深なことを言ってきたのだけど、俺にはよく分からなかった。

 

う~ん、確かに恋している女の子は周りにいてもおかしくないしね。まあ、相手が相手だけど……

 

はぁ……女の子って難しい……こんなんじゃあハーレムなんて夢のまた夢だよなぁ……

 

思わず頭を項垂れてしまう俺に朱乃さんはクスクスと笑っていた。

 

「あらあら、リアスたちも大変ですわね。うふふ……」

 

うわ、恥ずかしぃ! 変な所見られた!

 

ていうかなんで部長の名前が出るんだ?

 

そう思いながらも笑い堪える朱乃さんの後を追って神社へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……遅いですね。二人共」

 

イッセーたちが話しこんでいる中、神社の中では頭の上に光る輪っかを浮かべた優雅な端正な顔立ちの青年・天界のトップであるミカエルはお茶をすすりながらスタンバっていた。

 

 

 

 

イッセーが神社で用事を終えてから幾日かがたった。

 

部員プラスにカリフが皆、制服姿で職員会議室を臨む。

 

今日はやってきた三すくみ会議の日であり、会談場所は目の前の職員会議室である。

 

「気を付けてねイッセーくん。中は一触即発状態だから」

「まあ、今までいがみ合っていたからな。そうなるだろう」

「いや、それもあるんだけど大元はカリフくんなんだ」

「へ?」

 

木場の言葉にイッセーが疑問符を浮かべると、リアスが簡単に答える。

 

「堕天使幹部を圧倒した人間ということもあり、過去にやってきた経歴が響いたのでしょうね。あなたの参加には反対意見もあってそれぞれの勢力内で揉めたそうよ」

 

リアスの言葉にカリフは黙って聞きいれていたと思っていたのだが、急に片足を振り上げて……

 

「ほっ!」

 

会議室のドアを足蹴で勢い良く開けた。

 

『『『!!』』』

 

それにはリアスたちを含めて中にいた天使勢、アザゼル以外の堕天使勢、悪魔勢の面々が驚愕していた。

 

荒々しい登場と共に中の緊張状態が一気に高まったことを感じ取った。

 

だが、当の本人はポケットに手を入れて悠々と言い放った。

 

「くっちゃべるなら早くしな。俺は帰って夜食とって寝てえんだ」

 

煽り挑発を投げながら会議室で今後の未来が決まる会談が始まったのだった。

 

 

カリフの尊大な態度はアザゼルの介入もあってなんとか治まった。

 

その場には神の不在を知っているミカエル勢、アザゼル勢と白龍皇、そして悪魔の所ではサーゼクスとセラフォルー勢、そしてグレモリー眷族とソーナ、そしてカリフが出席している。

 

「今回の件は本当にお礼を申し上げます」

「いや~、コカビエルが迷惑かけたな」

 

ミカエルとアザゼルのコカビエル鎮静の件について礼を述べられて少しは緊張が解けたかと思ったら、ミカエルがカリフに視線を向けた。

 

「会談の前に一つの不安要項を解消したいと思います」

 

その一言に全勢力の目がカリフに向けられたにも関わらずカリフは鼻を鳴らして笑うだけ。

 

「失礼だとは思いましたが、過去の経歴をそれぞれの勢力内で調べさせてもらいました。まずは天使勢からですが、過去に狂信の部類に入る信徒を一人残らず暴力で制圧し、中には整形手術が必要なほどの重症人や精神を崩壊させた信徒を出したこと、私の弟子のデュリオを一時期は骨折、そして最近では使われなくなった教会とは言え、教会の聖水や祓魔弾を持ち出し、聖人の偶像を破壊して持ち出しているとの情報を得ました」

「堕天使勢だが、グリゴリが確保しようとしていたセイクリッド・ギア所有者を『ムカつく』の理由で股を裂いて事実上としては再起不能にしたり、あちこちで堕天使を追撃しているとの報告を受けている。ミカエルんとこと同じ様なもんだ」

「悪魔の所では何人かの上級悪魔を殴り倒しただけでなく、動けなくなっていた上級悪魔の顔を聖水で溶かした上に舌にロザリオを針と糸で縫い付けて精神と肉体を追い詰めたりとしているとのことだね」

 

それぞれの代表からカリフの過去の悪行の一部、あくまでも“一部”の残虐な悪行を暴露されてからリアスとその眷族は全員、とんでもない冷や汗を噴き出している。

 

白龍皇のヴァーリに至っては必死に笑いを堪えている様子だった。

 

「それに加え、戦闘力は凄まじいものを感じさせます。幾年も前のことですが煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)を所有するデュリオを退けたことは大きいですね」

「事を起こしたのは少なくても五歳からだと思われる。この時期から謎の少年の報告が現れ始めた。それに彼は人間社会でも既に多大なパイプを有している」

「世界中で過激派テロ集団が非公式で壊滅させられ、アメリカ大統領とは個人的な不可侵条約を結んでいるって話だ」

 

さらに続く話から会議場がザワザワと「信じられん」とか「本当なのか?」とかまるで嘘のような大きい事例に悩む声が出てきている。

 

それに対してアザゼルは言い放った。

 

「今までの報告は裏を取って、検証の結果から確実な事例だけを抜粋した物だ。嘘偽りない事実ということになる」

 

その言葉にその場のざわめきは最高潮に達し、図々しくふんぞり返って笑うカリフに視線を向ける。

 

不穏な空気にリアスたちは生唾を飲んだ。

 

「この報告に相違はありませんか?」

「多分、間違ってはない。ただ覚えていない」

「覚えていない、ですか」

 

全く悪びれた様子の見られないカリフに対して周りの雰囲気が緊張が高まる中、ミカエルたちは本題に入る。

 

「あなたには私たちに危害を与える意思があるかどうか……その真意が知りたいのです」

 

話をふられたカリフはいつもの様子でさも当然のように話す。

 

「オレは生きるためにしてきた殺しもあっただろうが、反省する気もなければ変える気も無い」

 

その一言と共に会場の緊張が一気に高まって一触即発の空気が生まれる。

 

『『『!?』』』

 

グレモリー眷属たちはカリフの前に庇うように立ち塞がるが、カリフは気にせずに続ける。

 

「貴様等はオレを何か勘違いしているようだが言っておく。オレは無関係な者は絶対に巻き込んだ覚えはないし、恩は通す。そこいらの欲に目を眩ませるカスと一緒にされては不愉快だ」

 

嫌悪感を剥き出しにミカエルたちに『凄み』を利かせただけで会場内の三勢力を怖気つかせた。

 

その中でもミカエル、アザゼル、サーゼクスとセラフォルーは退かずに問いただす。

 

「その言葉……信じてもよろしいでしょうか?」

「戦士の誇りと命に誓って」

 

曇りなき眼と呼ぶに相応しい、磨き上げられたダイヤモンドでさえも及ばない輝きをカリフの目の中で光り、会議場全員を照らした。

 

言葉よりも説得力のある無言の訴えがほとんどの人物の心を動かした。『彼は約束を破らない』と確信させる凄みが確かにあった。

 

簡単に掌を変えさせてしまうほどの説得力に会場の空気が和らぐ。

 

それには遂にはミカエルたちも……

 

「アザゼル……あなたのおっしゃる通りのお方のようだ」

「だから言ってんじゃねえか。そんなに俺の信用低いか?」

「ええ」

「ああ」

「そうね☆」

「けっ! 結局セラフォルーが言わなきゃこんなことしなかったてのかよ!」

 

天使長とサーゼクス、セラフォルーからのキッつい一言にアザゼルは面白くなさそうに不貞腐れる。

 

そんな中で、傍観に撤していたソーナが口を開いた。

 

「どういうことです? お姉さま」

「えっとね、カリフくんが皆に受け入れられるように皆の前でカリフくんという人物を見て欲しかったから☆」

 

そこからサーゼクスが続ける。

 

「彼は聞いたように前科は山のようにあるのだが、同様に三勢力での功績も多々ある」

「ヴァンパイア鎮静や数々の呪いの品の破壊、日本で言う『祟り場』のように呪われた地の鎮静……」

「危険思想のセイクリッド・ギア所有者や悪魔、天使、堕天使、はたまた未曾有のハルマゲドンを未然に防いだこともありました」

「その他にも大戦の傷跡として残る冥界、天界、地上の生態系を崩す外来魔物の討伐、先走った人間界に影響を及ぼすほどの大規模な人間拉致を繰り返していた上級悪魔、はぐれ悪魔の討伐も大きい功績として挙げられているよ」

「更には人間の社会では数々のテロリストの潜入、壊滅と大統領やローマ法王に対する貢献度もたけえんだよ。知らなかったろ?」

 

その数々の偉業にイッセーたちの予想以上に驚愕の表情を見せる表情を楽しむかのようにアザゼルはニヤニヤする。

 

「分かるか? 今やこいつは実力、腕力、暴力に加えて権力、財力を腕っ節で手に入れた最強の人間だ。そんな奴をそう簡単に受け入れられるほど単純じゃあねえんだよ。神々の世界ってのもな」

 

そうなのだろうか、とイッセーは納得するしかなかったが、改めて驚かされたことが大きかった。

 

これ以上、何をしても不思議じゃないカリフの隠されていた真実にもう乾いた笑みしか浮かんでこない。

 

「いくらなんでもブっ飛びすぎだろ……」

「“力”と付く物はどんな物でも持っていて損はねえってことだ。お分かりかな?」

 

カリフが得意気に言い放つと、会議場からあは苦笑が響いた。

 

その中でもヴァーリだけは興味深そうにカリフを見つめている。

 

「それで、この子どうだった?」

 

セラフォルーがサーゼクスたちに聞くと、ミカエルとサーゼクスはやんわりと笑みを浮かべた。

 

「ああ、流石は君の婚約者(フィアンセ)候補ってところかな? この子は大丈夫だと思う」

「そうですね、やや反社会的ですが人の道は外れていないようです」

 

そのコメントにセラフォルーも上機嫌になってカリフの元にやってくる。

 

「やったー☆ これで世界公認の最強夫婦誕生ー☆」

「お姉さま! はしたないから自重してください!」

「だれが夫婦だ、だれが」

 

魔王少女を諌める生徒会長と先程まで話題となっていた人間の絡みを見てイッセーたちは苦笑するだけだった。

 

「はははははは! お前、とんだジゴロじゃねえか!? 遂には魔王さままで落としたのか!」

「知るか」

 

笑うアザゼルを無視して部屋のイスにドカっと座りこむとミカエルは少し賑わった場を手を鳴らしてパンパンと治める。

 

「静粛に、一つの懸念事項が片付いただけですがまだ終わってはいません。引き続き会談を続行いたします」

 

ミカエルの一言により三勢力会議は再会され、世界の未来を決めると言っても過言ではない会談が交わされた。

 

 

 

 

それから会議は順調に進み、カリフが飽きて寝た所である条約が結ばれようとしていた。

 

『天使、堕天使、悪魔との和平』

 

今までに交わることのなかった三勢力がこれから手を取り合って歩んで行こうという新たな試み

 

アザゼル、ミカエル、サーゼクスやセラフォルーも元々から検討していたらしく何の抵抗も無く締結された。

 

それでも、だからこそ気になること、不安事項を明らかにせねばならなかった。

 

ミカエルはアザゼルと向き合った。

 

「なぜあなたはセイクリッド・ギアを集めていたのですか? 我々も恐らく悪魔も次の戦争を画策しているのだと思っていましたよ」

 

聞かれたアザゼルは神妙な表情に戻り、会議場に響く声で言った。

 

「備えていたのさ」

「備えていた? 和平を申したばかりで不安を煽る物言いですね」

 

ミカエルが更に言及しようとした時だった。

 

 

 

 

 

会場全体を力の波動が飲みこんだ。

 

それはまさに、世界が止まる……ギャスパーの力と酷似したものだった。



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囚われのヴァンパイア

「あれ?」

 

俺はいつの間にか意識を失っていたのか気が付いて起きたらミカエルさんは窓の外を覗き、サーゼクスさまとグレイフィアさんがなにやら真剣に話し合っている。

 

「お、赤龍帝のお目覚めか」

 

アザゼルが俺に気付くと同時に皆も俺に気付いたようだ。

 

見渡すとサーゼクスさま、レヴィアタンさま、グレイフィアさん、ミカエルさん、アザゼル、白龍皇以外の皆が動きを停めていた。

 

部員では―――

 

「眷族では祐斗、ゼノヴィア、イッセーと私しか動けそうにないわね」

 

周りを見回すと朱乃さん、小猫ちゃんにアーシア、さらには会長まで停止させられている! あの朱乃さんまで停められているなんて……

 

「イッセーは赤龍帝の力、祐斗はイレギュラーなバランスブレイカー、ゼノヴィアはデュランダルの力を解放して停止の力を相殺したのよ」

「力の逃れ方はカリフのを参考にさせてもらった。停止のタイミングに合わせてデュランダルを出現させたのだが、上手くいってよかった」

 

あんな神業を実現なんてこの娘もスペック高いな……あれ? でもそうしたらカリフは?

 

「どうだ? 外は」

 

探し回っていると、会議室にカリフが入って来た。外へでも行ってきたのだろうか?

 

そう思っていると、カリフは何かを引きずり、部屋の中へ放り込んできた。

 

「うわ! だれだこれ!?」

 

床に血みどろになったローブを被った人物が俺たちの前に転がって来た。

 

それも一人じゃなくて二人か、いや、三人も

 

状況が分かっていない俺にミカエルさんが答えてくれた。

 

「単刀直入に言えば我々は攻撃を受けています。相手は魔法使いです」

「攻撃!?」

「分かりやすく言えばテロだ」

「テロォォォォォ!?」

 

なんだか俺が寝ている間にとんでもないことが起こっていたようだ! するとこのローブ姿の人たちは……

 

「魔法使いだよ。三人とも実力で言えば中級悪魔級の強さだから気を付けて」

 

木場が魔聖剣を構えて警戒する。マジか! こいつら素の俺よりも強いのかよ!

 

皆が警戒する中、カリフはズカズカと近付いて三人を気で掴んで壁に叩きつけた!

 

「ぐは!」

「げほ!」

「ごぼっ!」

 

ショックで起きたと同時に三人は吐血して床に血を撒き散らした。

 

「これは、なんですか?」

「カリフ曰く、捕虜だそうだ。さっきまであいつは隠密に拉致ってきたんだ」

 

アザゼルの言葉に俺はなんとなく納得できた。まあ情報は大事だけど、ちょっとノリノリじゃないか? カリフの奴……

 

苦悶の声を上げながら魔法使いたちは見えない力で壁に押し付けられてもがいている所へカリフが近付いて来る。

 

「初めまして。オレはカリフだ」

「な、なんだきさグハァ!」

 

噛みついてきた魔法使いの顔を何食わぬ顔で殴って黙らせる。殴る瞬間、顔色をまるで変えないカリフに部長たちと一緒に寒気を覚えた。

 

「必要なこと以外は喋るな。素直に喋るというならすぐに解放してやる。どうだ?」

「ふん! だれがそんな真似を……!」

「そうか、じゃあもういいわ」

「……へ?」

 

その瞬間、カリフはポケットから取り出したのはどこにでもあるようなホッチキス。そのホッチキスで魔法使いの唇を……閉じた。

 

「むぐううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「カ、カリフ!」

 

突然の行動に俺は思わず叫んでしまった。そりゃそうだ……俺もあんな生々しい……身近な物でも凶器にするカリフの冷徹さを垣間見た瞬間だった。

 

「悪いが急いでいる。何も喋らない口はいらないんだよ」

「その残忍な行動……貴様、まさか『神殺し』のカリフ……」

 

魔法使いの一人が恐怖からかそう言った瞬間、カリフは喋った相手を頭突きを繰り出した。

 

「ぶはっ!」

 

鼻血を噴き出す男の額に指を突き刺して怒りをこめて叫んだ。

 

「だれが呼び捨てでいいつったあぁぁ! 『さん』を付けろこのデコ助野郎ぅぅぅぅぅ!!」

「は、はひいいぃぃ!」

 

魔法使いたちが恐怖で表情を歪ませたのを満足そうに見届けた後、カリフはまたポケットから注射器を三本取り出した。

 

中には透明な液体が入っているのが見えた。

 

不穏な雰囲気を纏うその物質に魔法使いたちも俺たちも固唾を飲みこんだ。

 

「ヘビは毒を持つ個体がいればそうでないものもいる。そして毒には主に三種類……たとえば出血毒という血液の凝固作用を妨げる毒とか……どの毒にしろ大抵は十分で死にいたる」

 

その瞬間、校内に曲が流れ始めた。

 

なんだ! 敵か!?

 

「これ……お前か?」

「ああ、サンバだ。ブラジル、チリといった南国のエネルギッシュな音楽は好みだ。ボサノバも捨てがたい」

「うがああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

アザゼルに答えた通りなら、カリフは放送室に行ってCDを流したに違いない。

 

何気に答えながらカリフは三人に注射を刺した!

 

中の液体をうち終わった後、空の注射器を捨てて割った。魔法使いたちは身をよじって恐怖と葛藤している。

 

「あひひいいいいいいいぃぃぃぃ!」

「助けてえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「むがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

三人の命乞いを無視してカリフは曲に合わせて軽やかなダンスと共にステップを披露する。

 

「むがああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

一人が絶叫を上げる中、カリフはポーズを決めて一言

 

「ギャスパーとマナを盾に人質紛いなことした目的、親玉を吐かねーっつうならよぉ~……『十分』経ってオレのダンスも終わっちまうぜぇぇぇぇ? 『何もかも』な」

 

あの人を見るというより動物を憐れむ目は魔法使いたちにも相当に堪えているのだろう。

 

直接に『十分以内に答えなければ死ぬ』よりも不気味さを増す遠回しな言い方も神経をすり減らしているのかもしれない。

 

魔法使いたちはホッチキスで口を塞がれた奴以外が我先にと口を開いた。

 

「き、吸血鬼とブラックマジシャンガールはセイクリッド・ギアを使う兵器として旧校舎に監禁している! 指揮しているのは旧魔王派のカテレア・レヴィアタンだ! 頼む! 助けて!」

 

早く解放されたいが故に率直に、簡単に自白した内容に皆が驚愕した。

 

「そんな……カテレアちゃん……」

「冥界での確執も本格的になったな。悪魔も大変なことだ」

 

旧魔王派? 新参の俺には分からない話だけどセラフォルーさまがショックを受けている限り奥が深い問題なんだろうな。

 

それにギャスパーと他の人質は旧校舎か……速く助けに行かねえと!

 

「は、早く解毒剤を!」

 

カリフに命乞いする魔法使いたちにカリフは笑いながら言った。

 

「解毒? なんのことだ?」

「私たちに打った毒を取ってくれ! もう知っていることは吐いた! これ以上は知らない!」

 

カリフはしばらく考えて思い出した後、普通に言い放った。

 

「ああ、あの注射の中はただの水だけど?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「……え?」」」

『『『はい?』』』

 

え? ここでなんかしょぼい答えが帰って来たんだけど……

 

「お前たちの体に何か異常を感じるのか? 本物だったら今頃は呼吸が止まっているか痛みで悶えているはずだ。そもそも十分経ってれば『とっくに』死んでいるってことだぜ?」

「た、たしかに……何も感じは……」

「たりめーだろ? 毒みてえな高ぇモンを……」

「「「ハッ(ムグッ)!?」」」

 

カリフは魔法使いの顔面に足の裏を向けて……

 

「てめえ等に使うわけねーだろボゲ!!」

「「「レゲェ!!」」」

 

魔法使いの頭を蹴って壁にめり込ませた……最後の最後まで容赦ない尋問がここで終わった。

 

壁に張り付いたまま床に倒れる男たちを見て股間がスーっと冷めていく恐ろしさを感じたけどなんとか耐えた。

 

うちのアーシアちゃんが見てたら卒倒するか泣くかの酷い光景だったしな。アーシアが停められたことは幸いだったかもな。

 

倒れた魔法使いに目もくれずにカリフは鼻を鳴らした。

 

「イッセー、お前のことだ。どうせギャスパーの所に行こうと言うのだろう?」

「あ、あぁ! 当たり前だ!」

「じゃあオレも付いて行こう。今回の奴は気に喰わんからな」

「私も行くわ! 私の眷族が兵器として利用されているのよ……こんな侮辱は他に無いわ!!」

 

我がお姉さまも愛する眷族を利用されてお冠らしい。今回もカリフが全面的に味方になってくれるっぽいから頼もしい!

 

だけど俺だってそろそろ活躍したい! こいつにさんざんリンチみたいな地獄特訓を受けたんだ、力試しってことで暴れてやる!

 

意気込んでいる俺たちにサーゼクスさまも同意を見せる。

 

「我が妹ながら言うと思っていたよ。して、どうやって行く気だい?」

「部室に未使用の『戦車』の駒が残っているのでそれを使おうかと……」

「なるほど『キャスリング』か。それなら相手の虚を付けるな」

 

キャスリング……たしか瞬間的に『王』と『戦車』の位置を変えるレーティングゲーム特有のルールだったな。流石部長、全てにおいて無駄な部分がねえ!

 

内心で感心していると、カリフが急かし始めた。

 

「案が決まったなら早くしろ。早く奴らに地獄見せてやりたい」

 

明らかにイラついてるカリフにアザゼルが珍しそうにしている。

 

「へぇ、お前も感情的になってんのか?」

「ギャスパーか……本来なら奴が死んでも問題はねえんだがよぉ……『人質』などと三流まがいなやり口がまったくもって気に入らんし、あそこまで手塩にかけて育てたんだ、簡単に死なれたら目覚めが悪くなるしな」

 

やっぱこいつって基本的に世話好きな所もあるし、卑怯な手を嫌っているから怒っているのか。

 

まあ、こんなことカリフじゃなくても怒るけどな……

 

「すぐに送ろう。リアスもギャスパーくんが心配だろう?」

「はい、お願いします!」

「リアスちゃんもカリフくんも赤いドラゴンくんも気を付けてね!」

 

セラフォルーさまから激励された。これは何が何でも勝たなきゃ申し訳ないな!

 

俺たちは頷いて転移しようとした時だった。

 

「おい赤龍帝」

 

突然、アザゼルが俺に手にはめるリングのような物を投げて渡してきた。

 

 

 

旧校舎の一室、そこにギャスパーはイスにロープで括りつけられていた。

 

その周りを魔法使いが取り囲んでいた。

 

恐怖と自分が部員に迷惑をかけたことを自覚し、震えて涙を流している。

 

「うぅ~……部長~……先輩……」

「プッ」

「クスクス……」

 

泣いているギャスパーを周りの魔女たちは笑みを浮かべる。

 

友達と笑い合うような『微笑み』などではなく、人間の汚い一面を如実に表した『嘲笑』を浮かべるかの違いではあったが……

 

「うく……ひぐ……」

 

泣いているギャスパーの元に何やら足音が近づいてきた。

 

「座りな」

「あぁっ!」

 

魔女たちに手足を拘束された金髪の美少女がギャスパーの前に突き飛ばされた。

 

地面に叩きつけられた美少女はギャスパーと同じように魔女たちに見下ろされる。

 

「まさかあなたが内部告発なんて馬鹿なことするなんて……とんだ恥さらしだわ。マナ」

「……無理矢理に私をテロリストに入れた人がそんなこと言えるの?」

 

カリフが以前に保護した美少女のマナ

 

稀代の天才魔法使い『ブラックマジシャン』の素質と二つ名を受け継ぐ『ブラックマジシャンガール』

 

アザゼルに保護されていたはずのマナはギャスパーと共に拘束されていたのだ。

 

「あなたがアザゼルに捕まったと聞いた時は冷や汗をかかされたけど、堕天使の包囲網をくぐって救出できたのだからよかったのだけど」

「……」

「あなたの力が必要なのよ……魔法使いが再び返り咲くためにもあなた力が……」

「必要なのは私じゃなくて私のセイクリッド・ギアだけでしょう?」

 

マナが睨み上げると、魔女の一人は態度を一変させて侮蔑の表情を浮かべる。

 

「四つもセイクリッド・ギアを有しておきながら碌に御しきれない。そんな中途半端な使い手よりも上手く使ってあげられるのよ? 嬉しくないのかしら?」

 

マナは上目遣いで睨むのを止めない。

 

「それで罪も無い人たちを傷つけるくらいなら使いたくないのよ」

「ふん、まだそんなくだらないこと言ってるのかしら? 魔法は自分たちを押し上げる至高の力なの。どうして分かってくれないの?」

「違う! 魔法はそんな邪なことに使っていいものじゃない! これ以上魔法を汚してはいけないんだ!」

 

その瞬間、マナに魔力の球がぶつけられた。

 

「うぐっ!」

 

爆発はせず、まるで固い鉄球を当てられたような痛みがマナを襲った。

 

「う……が……」

「いつまでそんな綺麗事言っているのかしら? 耳障りよ」

「あぁ!」

 

倒れていたマナのアゴを掴んで無理矢理見上げる姿にした。

 

「魔法は人間が人外を倒すために与えられた力そのもの。守るなんてことはできないわ」

「そんなこと……ゲホッ!」

「あなたたちは魔法使いの中でも愚かな師弟だわ」

「ッ!」

 

マナは痛みも忘れ、怒りを目の前の魔女にぶつける。

 

「何も知らないお前が師匠を悪く言うな! お前みたいに自分のことしか考えない奴がいるから魔法使いはっ……う!?」

 

言葉はそこまで

 

マナは髪を掴まれ、振り回されてまた投げ飛ばされた。

 

部室の家具に身体を打ちつけられ、床に崩れた。

 

「己の可愛さに寝返った裏切り者が言うじゃない。少し躾ける必要があるようね」

 

マナに杖を付きつけて魔女は薄ら笑いを浮かべて見下している。

 

(酷い……人ってこんなに汚かったの?)

 

マナは恐怖と共に見下してくる魔女の醜さに絶望していた。

 

もう今の魔法使いに誇りもあったものじゃない……マナは何も出来ぬまま嬲られる。

 

そう思って次に来たる痛みに耐えようと目を瞑った時だった。

 

 

部室の中に転移魔法陣が展開されたのだった。

 

 

そこからリアス、イッセー、カリフが現れた。

 

突然の出来事に魔法使いの面子は驚愕する。

 

「悪魔め!」

「こんなところにまで来たのか!」

 

杖や術式に魔力を溜める魔法使いの面子を気にすることなくリアスはギャスパーに呼びかける。

 

「ギャスパー! 良かった、無事だったのね」

 

カリフはボロボロにされたマナを見つけても無言を貫く。

 

「あ、カリフ……」

 

マナはさっきまでの暴力から解放され、会いたがっていた人との再会に感極まって涙を流していた。

 

それを余所にギャスパーも涙を流していた。

 

「部長……僕、もう嫌です……もう死にたいです……今もこうして操られて皆さんを苦しめる兵器にされて……」

「馬鹿なこと言わないで。あなたを見捨てられる訳ないでしょ。言ったじゃない、私の眷族になった以上、自分が満足できる生き方を見つけて生涯を全うしなさいって」

「結局見つけられませんでした……皆さんに迷惑かけるくらいなら……」

 

そこまで言うと、カリフが口を出した。

 

「それ以上言ったら首をねじ切るぞ。ギャスパー・ヴラディ」

 

静かに透き通る声が部室に響いた。リアスもイッセーも何事かとカリフを見据えるも、イッセーだけはカリフの意志を理解した。

 

「カリフ、幾らあなたでもそんなこと……イッセー?」

「部長……待ってください」

 

真剣な表情のイッセーにリアスは引き下がった。

 

以前、イッセーがコンプレックスを吐露したときに見せた瞳

 

今のカリフはただ弱気なギャスパーに苛立っている訳ではなく、真剣に怒っている時の表情そのものだった。

 

「お前が今までどんな人生を歩んできたかは知らねえがよぉ……どんな形であれ授かった命を投げ捨てることはしてはならない……生きているなら、自分の力くらい制御してやる気概くらい持て!」

 

その瞬間、魔力の弾がカリフ目がけて飛ばされたのだが、カリフは首を捻って避けるだけだった。

 

「あら避けられちゃった……訳の分からない事を言う口を塞ぎたかったのに。こんな危なっかしくて碌に扱えないハーフヴァンパイアなんて洗脳して操ればもっと評価も上がったでしょうに。旧魔王派の言う通りだったわ。グレモリー家は情愛が深くて強いけど頭が悪いって」

「この……っ!」

「イッセー……ダメ……」

 

首を横に振って諌めるリアスに納得できていない様子のイッセーだが、ギャスパーと見知らぬカリフの知り合いが人質にされているために抑えた。

 

だが、カリフはその魔女を侮蔑するような目で睨む。

 

「それがマナも殺さずに生かしている理由か?」

「ええ、この子は素質は充分だけど精神に難があるわ。だから私たちが代わりにその力を有効に使って魔法使いの繁栄に貢献するのよ」

 

それを聞いたカリフはすぐにニヤニヤし出し、魔女はその意図が分からなかった。

 

「何が可笑しいのかしら?」

「そりゃ可笑しくなるさ。お前みたいな三下が魔法使い繁栄? 伴っていない実力しかない金魚がサメに勝とうとするほど滑稽としか思えん」

「あら? ただの人間風情が言ってくれるじゃない?」

 

平静を装うにも明らかに声音は怒りに染まっている。それを確信したカリフは内心でほくそ笑んでいた。

 

「大事なのは強大な力を手に入れることではない! その『力』を恐れ、逃げ出したいという『本能』をも凌駕する『覚悟』を宿すことだ! 『力』に支配されずに夢を信じるマナの足元にも及ばねえんだよてめえ等は!」

「っ……!」

 

カリフの一言に部室の家具が全て吹き飛び、イッセーたちもギャスパーに呼びかける。

 

「ギャスパー! お前のことは誰も見捨てねえからなぁ! 今弱いならこれから皆で強くなればいい! お前にはヴァンパイアの才能と人間の勇気があるだろ!」

「やっと解放させてあげられたんだから見捨てなんてしないわ! だからもっと迷惑かけてちょうだい!」

 

イッセーがブーステッド・ギア手の甲から一つの剣が現れた。

 

その剣から発せられる特殊な気配にカリフも舌を巻き、魔法使いも警戒を露わにする。

 

その剣でイッセーは自分の掌を斬って血を滴らせる。

 

腕を振りかぶって高らかに説いた。

 

「お前の覚悟で暗闇の荒野を照らせぇ!」

 

血をギャスパーに飛ばした。その際に別の方向へ飛び散った血をカリフはスプーンで軌道を変える。

 

そしてギャスパーの口の中に入った。

 

「飲めよ。最強のドラゴンの血だ。それで男見せてみろ!」

 

鉄の味をした赤い液体を飲みこんだ。

 

その瞬間だった。ギャスパーの姿が霧散し、その場から姿を消した。

 

「なっ!? あのヴァンパイアがいない!?」

 

魔法使いたちが消えたギャスパーを探していると……天井を無数の蝙蝠が飛び交っていた。

 

「なにこれ!?」

「まさか、あのヴァンパイアの能力か!?」

 

魔法使いは大量の蝙蝠に魔法を放とうとするが、その直前に能力で停止させられる。

 

これには残った魔法使いも狼狽する。

 

「くっ! まさか蝙蝠の目で停められた!?」

「それなら撃ち落とす!」

 

そう言って蝙蝠に魔法を放つが、その攻撃は蝙蝠に当たる直前で霧散して消える。ギャスパーにはダメージはない。

 

「これは!……またヴァンパイアの……!」

「いいえ、これは私のセイクリッド・ギア『触らずの魔法(ドント・タッチ・マジック)の能力を発動させてもらいました』

「お前は……! ブラック……いや、マジシャンズヴァルキリア!」

 

魔法使いの前には拘束から解放されたマナが既にカリフ側に移動していた。

 

だが、姿形はいつものマナの容姿ではなくヴァルの姿だった。

 

「さっきの魔法使いの女の子!? 姿が変わってる!?」

「驚いたわね……この子、黒魔法の使い手だわ」

 

イッセーとリアスが驚愕する中、魔法使いは苦虫を噛んだような表情を見せた。

 

「くっ! 魔法使いが悪魔に寝返るなど恥を知れ!」

「人の心を忘れた人に言われたくありません!」

 

そんな中、マナ以外の魔法使いの体から魔力が放出されていく。その行き先は蝙蝠たちだった。

 

「これは、魔力が吸われてる!」

「不味い!」

 

魔法使いが魔力を吸われながら抵抗を見せる中、カリフはイッセーに耳打ちする。

 

「オレの話しに割り込んだあいつだけには手ぇ出すな。代わりに他の奴らの服を全て剥がせ」

「マジで!? いいのか!?」

「やれ。許す」

 

親指を反転させて下に向けるのを確認したイッセーは歓喜した。女関係に少し慎重気味なカリフから許しが出たのならもう我慢する必要は無い!

 

「唸れ煩悩! 弾けろ妄想!! その身にまとう衣を弾かせたまえ!」

『Boost! Boost! Boost!』

 

力をチャージしたイッセーは溜める間も無く魔法使いの衣服に魔法陣を設置させて……

 

「くらえ! 洋服崩壊(ドレスブレイク)!!」

 

高らかにポーズを決めた瞬間に魔法使いの身ぐるみが弾け飛んだ!

 

「いやああぁぁぁぁぁぁっ!」

「きゃあああああああぁぁぁぁ!」

 

色っぽい悲鳴が部室に響く中、リアスは呆れ、初めて破廉恥な技を目にしたヴァル形態のマナは愕然とした。

 

「な、な、なんですかこれ……」

 

顔を紅くさせてカリフの背中に隠れるマナ。

 

だが、カリフは裸を必死に隠す魔法使いたちの間を縫って一人の魔法使いの元へ歩み寄る。

 

カリフに攻撃した魔法使いに……

 

「さて、何か言うことは?」

 

カリフが楽しげに見下す中、その魔法使いは空元気のような焦った笑みを見せる。

 

「ざ、残念だったわね! 後もう少しで私たちよりも上級の魔法使いや悪魔が押し寄せてくる! ここで私たちを相手にしてもあなたたちの敗北には変わりない!」

 

勝ち誇ったように宣言するが、既に異常は起こっていた。

 

本来ならもっと早くに人員も外から増えてくるはずなのに時間が経ってもその気配がない。

 

それどころか窓から外を見ても明らかにおかしい。既に魔法使い陣営が全滅しつつあるのだから。

 

(私たち魔法使いの兵力はこんなものじゃないはず! なのに何故……!?)

「外からの救援が来ないのか?」

『『『!?』』』

 

焦りを募らせているのがバレたのかカリフが面白がっているように魔法使いを促す。

 

「マナに街を散策させた時点で少し気になってたからな、手は打たせてもらった」

「なっ!?」

 

そこまで深くはネタバレする気もないから簡潔に済ませたが、外ではとんでもないことが起こっていた。

 

 

結界の外

 

認識阻害の結界を張っているために街の住人には魔法使いを認識できない。

 

それが凶となったのだろう。

 

「な、なんだよこれ……」

「全員離れるな! この陣形だけは死んでも崩すな!」

 

周りには魔法使いの死屍累々に赤い血で彩られた地面、その中心で生き残った僅かな魔法使い

 

この魔法使い、実力だけ言えば上級悪魔とも渡り合えるほどの実力を備えている。

 

そのため、今回の三勢力のクーデターに加わることとなったのだが……

 

「なんで……北欧の化物がこんな所に……」

「呑まれるな! 精神を乱すと魔法が荒れるぞ!」

 

だが、平静を装えという方が無理な話なのだ。

 

目の前には仲間の死体を喰らい、口を血で濡らす巨大な狼の姿が映る。

 

白い毛皮で覆われた白いフェンリルのドッグ。

 

魔法使いの死体を一通り食べ終えた所でドッグは生き残っている魔法使いに狙いを定める。

 

「く、来るぞ!」

「くそおぉぉぉぉ!」

 

次に殺される恐怖に発狂して魔法をドッグに撃つが、ドッグは全てを置き去りにするほどのスピードで弾幕を避ける。

 

その場から消えたドッグに再び警戒を高める。

 

どこから襲われても円陣の連携なら最悪な事態は多少防げると思っていた。

 

―――グオオオォォォォォ!

「来た!」

 

前方に姿を現したドッグに戦闘態勢を取った。

 

しかし……

 

「任せろ! これでもくら……ギャッ!」

『『『!?』』』

 

突如、後方に控えていた仲間が巨大な足に踏み潰されて絶命した。

 

生き残りがその方向に目を向けると、そこにはもう一匹のフェンリルのウルフが見下ろしていた。

 

―――グルルルルルルルルルル……

「あ……ぁ……」

「二匹……」

 

絶望に染まる魔法使いたちを両眼で捉える。

 

「助け……喰われ……」

 

双方の狼はそれぞれ主の命をこなしているだけに過ぎない。魔法使いの命乞いに耳を貸すことなく唸る。

 

―――オオォォォォォォォォン!

「ひいぃぃ! あぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!」

 

二匹同時に吼え、魔法使いの元へ駆け出し、牙を突きたてた。

 

魔法使いの恐怖の悲鳴はやがて絶命の断末魔へと変貌した。

 

圧倒的な魔力と体格差に抵抗は虚しく終わり、逃げることさえできない。

 

「ああぁぁっ! あひいいいぃぃぃゃぁぁぁぁ!」

「いだっ!……たしゅけ……っゲボッ!」

「ひぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

肉が噛み千切られて骨が折れる音と共に悲鳴が響く。

 

その悲鳴が消える頃になっても二匹の狼は獲物にかぶりつき、その見事な毛皮を血飛沫で赤く染めても捕食を止めることは無かった。

 

 

「馬鹿な……一体何が……」

「分かったか? 自分の状況が……」

「!?」

 

旧校舎の一室でテレパシーを試みた魔女が一部だけ外の状況を理解した。

 

仲間が正体不明の化物に殺されたとしか分からない。

 

「お前は既に孤立無援の袋の鼠……残念でした」

「ま、待って! 取引しましょう! カオス・ブリゲートならあなたの望む物はなんでも……!」

 

遂に後ずさって命乞いを始めた魔女にカリフは感慨深そうに笑みを止めて神妙な表情に変わる。

 

「弱ったな……お前のような奴の命乞いを見ると……」

 

一縷の希望が湧いた。もしかしたら女である自分の命乞いが情けを湧き起こしたのか。

 

それならこれ以上に泣きながら体でも差し出して性欲を刺激すれば助かるかもしれない。

 

そう思うや否や魔女が口を開いた瞬間―――顔面を掴まれた。

 

「?」

 

何が起こってるのか分からない状況の中、何やらカリフが邪悪な笑みを浮かべて何か呟いたのが見えた。

 

 

―――お前みたいな奴を見ると

 

 

 

 

―――非常に殴りたくなる

 

読唇が終わったころには既に掴まれた顔の力が強まり、体が浮遊した。

 

ある程度、振り回された直後に

 

 

部室の食器棚の中に魔女の顔面を力一杯突っ込んだ。

 

棚のガラスが破片を撒き散らした。



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浅知恵の旧魔王

今回はあまり話は進んでおりません。
最近、勉強とかパズドラに夢中になっておりましたゆえ投稿頻度が落ちたことをお許しください。


食器棚が無残に破壊される中、魔女は顔面を血で濡らして倒れた。

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 顔がっ! 私の顔があぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

顔にガラスの破片が刺さり、床にのたうち回る魔女を無視してカリフは少しスッキリとした表情に戻る。

 

「ふぅ……まあこんなもんだろう」

「ひっ!」

 

他の魔女たちは裸にされた羞恥心よりも容赦も情けも無い惨い仕打ちに脅えるばかり。

 

そこでカリフが辺りを見回すと魔女たちは体を震わせる。

 

「まだ続ける?」

「い、いえ……滅相もございません!」

「よろしい。行くぞギャスパー」

「は、はいぃぃ……」

 

女の裸にも興味を示さず、抵抗の意がないことを確認するとアッサリと見逃し、ギャスパーを引き連れる。

 

おっかない感じのギャスパーとその場に佇むリアスたちも魔法使いは無力と判断し、一瞥してその場を去る。イッセーだけは裸女性を名残惜しそうに見ている。

 

「……」

 

そんな中、マナだけが一人立ちすくんでいた。

 

自分は裏切ったとはいえ元は魔法使いに変わりは無い。そんな自分がカリフに付いて行っても大丈夫なのか?

 

「あ~……どうしよう……」

 

だが、そんな焦燥しているマナにカリフは戻って来て腕を掴んだ。

 

「どうした? こんな所で。来ないのか?」

「え、でも……私、敵って思われたりすると……迷惑かけるから……」

「オレが直接口添えしてやる」

「きゃっ!」

 

有無を言わさずにマナの手を取り、旧校舎を出て皆と合流する為に階段を下りる。

 

だが、ここでカリフに気になることが一つあった。

 

「……さっきと恰好が違うな」

「あ、うん……さっきはヴァルさんのセイクリッド・ギアを使ったから」

「? なんで人格を変える必要がある?」

「それは……」

 

説明しようとした時、旧校舎の出口の前で止まった。

 

出口の先に待っていた光景は残党と化した魔法使いを相手に戦うよう命じられた木場とゼノヴィア、そこに加わるリアスとイッセーにギャスパー

 

時間停止から解放された朱乃や小猫も加わっていた。

 

今やグランドは三勢力とカオスブリゲートの乱戦が繰り広げられていた。

 

「ほう……随分と賑やかになったな」

「そんな悠長な……」

 

外からの援軍が無いとは言えまだまだ兵力は劣っている。

 

それでも余裕を絶やさないカリフに呆れるが、同時にその強きには『頼もしさ』も感じられる。

 

このカオスな状況の中、一発の流れ弾がカリフの顔の寸前にまで飛んできたのだが、間一髪でこれを止める。

 

「!?」

 

マナが驚愕する中、カリフは魔法弾を片手に魔法使いサイドを睨む。

 

「このオレに牙を向くか……」

 

そう言うと、強力な魔力の弾を難なく握りつぶし、直後に気で特大の弾を作り上げる。

 

その大きさ、まさに小規模太陽というのに相応しいほどだった。

 

「こ、これは……」

「なんて力の波動だ……」

「闘気でここまでの錬度を誇るとは……」

「これが……コカビエルを倒した人間最強の力なのか……」

 

悪魔、天使、堕天使の面々はカリフの実力に疑問を持っていたが故、この力を目の当たりにした衝撃は大きかった。

 

そして、矛先である魔法使いたちは絶望の表情を浮かべて後退していた。

 

「喧嘩売っておいて……タダで済ますわきゃねーだろ。このスッタコがああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

気合と共に巨大なエネルギー弾を魔法使いたちに投げつけようとした時だった。

 

「?」

 

妙に大きい気がぶつかり合っているのを感じ、カリフはエネルギー弾の軌道を大幅に変えて上空に投げ飛ばしたのだった。

 

 

「はぁ……こんなときに反旗か? ヴァーリ」

 

上空の結界のぎりぎりの所でアザゼルは息を上げていた。

 

その見つめる先には派手な露出度の高い服を纏った女性と白い鎧をまとう男……ヴァーリがそこにいた。

 

「ええ、ハーフヴァンパイアのセイクリッド・ギアを発動後、テロを実行して頃合いを見た所で二人で暴れる……というのが筋書きでしたが……少々手違いがあったようですね」

 

女性が問題なさそうに呟いているとヴァーリがアザゼルを見つめる。

 

「コカビエル回収のときにこのカテレア・レヴィアタンに勧誘されてね、『アースガルズと戦わないか?』と魅力的な提案をされたからね」

「お前には『強くなれ』とは言ったが『世界を滅ぼす要因にはなるな』と教えたはずだが?」

「さあな、だけどこんな平和な世界に漬かっていたらそれこそ俺は死んでしまう。戦うことを忘れ、呆然と毎日を生きるだけなら人形にだってできるからな」

「だからって旧魔王派の『世界の革新』だとか三文芝居にのったというわけか?」

「いや、ただテロリストになれば強い奴と戦えるからさ」

 

まるで子供だ……とアザゼルはもうヴァーリに見切りを付けて戦闘態勢に入る。

 

「ヴァーリの本質を知っていながら放置したのはあなたらしくない。結果、自分の首を絞めることとなりましたね」

「あぁ……全くだ……」

 

嘲笑するカテレアの言葉に意外にも同意するアザゼル。

 

溜息を吐いた後、アザゼルは一変させて笑みを浮かべる。

 

「こんな甘い性格故に、お前よりも厄介な奴と関わっちまったんだからな!」

 

そう言い残した直後にアザゼルは空から急降下で地面に戻る。

 

「? 敵前逃亡などとヤキが回りましたか? いいでしょう。それなら望み通り風穴を……」

「待てカテレア……どうやらそんな場合ではなさそうだ」

「どう言う意味かしら?」

「何か……迫ってくる」

 

ヴァーリには感じた。

 

地上から何か“巨大な何か”がこっちに向かってきていることに……

 

「な、なんだあれは……っ!?」

「物凄い力の波動だ……しかもこれは衝突型ではなく爆破型だ!」

「くっ!」

 

巨大な球体に向けて魔法弾を放つカテレアの攻撃もまるで意味が無い。

 

巨大な鉄球に綿をぶつけるくらいに意味が無い行動であり、抗いようのない行為でもあった。

 

「不味いな……この規模の爆弾が爆破されれば結界はおろか俺たちも粉微塵だ」

「魔力が利かない……三勢力の中にこれほどの実力者がいたというのか!?」

 

その言葉にヴァーリは真っ先に思いついた。神に抗うこともできる人物がいることを……

 

答えに行きついたヴァーリは狂気とよべるほどの歓喜の表情を鎧の中で表す。

 

「いたじゃないか! 俺を満たしてくれるとびっきりの奴が一人!」

「ヴァーリ? 一体何を……」

「自分の目で確かめろカテレア。まずは逃れる!」

 

そう言ってヴァーリはエネルギー弾の裏側に回り込んだ。

 

後からカテレアが付いて来るのを確認し、その光る翼を広げた。

 

『Divide!』

 

その瞬間、ヴァーリとカテレアの“何か”が半減された。

 

「ヴァーリ! 何を……!?」

「いや、これでいい。今から全力で逃げても間に合わない……衝撃の方が速いだろう。なら!」

「うぐっ!」

 

その瞬間、エネルギーは爆発してできた衝撃が二人を包んだ。

 

爆発による爆風だった。

 

その台風以上の爆風にヴァーリとカテレアは成す術も無く吹き飛ばされてしまう。

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁ! た、耐えられ……」

「抗うな!」

「!?」

「少しでも止まれば爆炎に飲まれて終わりだ! だから俺たちの“体重”を半減させて爆風に乗った! 死にたくなければ動くな!」

 

ヴァーリの逃げ道。事前にやってくる爆風で軽くした体を運んでもらう体を張った策だった。

 

咄嗟のことで転移魔法も使えなかった刹那の瞬間の中では適確と言えた。

 

それ故に苦策は幸を奏したのだった。

 

まるで隕石爆発のような衝撃風に乗って後ろから迫ってくる爆炎に追いつかれることなく

 

 

 

 

 

地上へと

 

 

 

 

 

激突したのだった。

 

 

地上、魔法使いと戦っていた三勢力は全員で戦いを止めていた。

 

原因としては超巨大な爆発の観測……原因はカリフの放った巨大な爆弾だった。

 

そしてもう一つは……

 

「まあ、これくらいは当然か」

 

地面の中から這いつくばるようにして起き上がってくる白い鎧は土に汚れていた。

 

そしてカテレアも息を切らせながら陥没した地面の中から這い上がって来た。

 

「ふう……魔力で体を防御していなかったら臓器の一つは潰れていたかもしれないな……」

『ああ……あの小僧……只者ではない!』

「今更だぞ。アルビオン」

 

苦しくも楽しい。

 

自分をここまで、しかもほんのちょっぴりの力だけで戦局を左右させる力に興奮が止まらない。

 

ヴァーリが前に出てカリフの前にやって来た。

 

「やはり……君こそが今の世界に必要な存在なんだ! 感じたよ! 神共……帝釈天やシヴァ神、そして他の神話体系は君の実力を認めたがらずに自分が最強だと謳っているがとんだピエロにも思える! 三勢力は君を神クラスだとのたまっているがそうじゃない! もう神すらも越えている!!」

 

まるでおもちゃを目の前にはしゃぐ子供のようにヴァーリは笑っていた。

 

「人でありながら世界を揺るがす究極生命体! すごいよ君は!!」

 

カリフは耳をほじって呆けるだけ。

 

「な、何言ってんだあいつ……」

「怖いですぅ……」

 

半ば狂信的なヴァーリに恐れを抱いてしまう。

 

この三勢力の中でも今の興奮しきっているヴァーリに口を挟める者などいない。

 

 

「さあ一緒に行こう! こんなつまらない世界を抜けだして新しい世界に……!?」

 

 

その瞬間だった。

 

ヴァーリの腹部に鋭い蹴り(アイスピック)が突き刺さっていた。

 

この場全員に見えるほどのリアリティを持ったアイスピックに目を見開かせた。

 

「おいおい……マジで殺す気かよ……」

 

アザゼルのその問いに答えられる者はいなかった。

 

「……!?」

 

ヴァーリもセイクリッド・ギアの鎧越しとはいえ言葉とは言い難い、悲鳴を撒き散らせて結界の際へと吹き飛ばされていった。

 

遠くで地響きと共に激突音が響き、結界が揺れた。

 

優雅に足を降ろしたカリフは邪悪な笑みを浮かべた。

 

「口上が長いんだよ……萎えた」

 

カリフはつまらなさそうにヴァーリの場所を見据えてイッセーを呼んだ。

 

「おい、あの白いのと戦ってみろ」

「お、俺が?」

「ああ、今のお前なら結構いい線いくんじゃねえか?」

 

面白そうに言うカリフだが、イッセーは生唾を飲む。

 

「だけど……」

「それに、今回のことはお前が倒さなければならない理由がある」

「り、理由?」

 

カリフの言葉に全員はイッセーと白龍皇、二人に特別な因縁があるのだと思った。

 

 

 

「あいつの能力はあらゆる物を半減させる。対してお前は増大だ」

 

 

二人の因縁が明かされる……

 

 

 

「その“半減”をもし……もしリアスの胸に使われたら?」

「な……!?」

 

 

 

明かされ………

 

 

 

「お前が“倍増”を持っているのに対してあいつはあの豊満な胸を消す能力を持っている」

「なん……だと?」

 

 

―――ん?

 

 

 

「あの……彼は何をイッセーくんに吹き込んでいるんでしょうか?」

「……さあ……あまり聞きたくないわ……」

 

まさか自分をネタにして強敵にけしかけているなどとは想像したくも無い。しかもイッセーなだけにそれでパワーアップしてしまうから余計に複雑な気分になってしまう。

 

羞恥で顔を紅くさせて投げやりになっていた。

 

周りの朱乃たちもネタ要員にされているリアスに同情してしまうほどだった。

 

そんなリアスの気持ちも知らず、イッセーはというと……

 

 

 

「どうする? 胸か!? 世界か!? どっちを取る!?」

「部長のおっぱいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

『Boost!!』

 

 

 

臨界点を越えたのかイッセーは少ない魔力を増大させて唸った。

 

それどころか最悪な未来を想像して威圧まで上がっていた。

 

『『『これはひでぇ……』』』

 

アホなことを感情丸出しに叫ぶサマは周りを呆れさせ、ミカエルやガブリエルに関してはポカンとなっている。

 

 

アホな理由で魔力が異常に高まったこともそうだが、やっぱり現在の赤龍帝がこんなアホな理由で士気を上げるなどとはとてもじゃないが想定外だった。

 

 

「あ、あれが現赤龍帝かよ!? ひひ……はははははははははははは! 話には聞いていたけどマジで馬鹿な奴だ! 女の胸でドラゴンの力を解放させやがった!」

「流石は我が義弟だ! リアスとの愛が彼の魔力となり、力となっている! いいぞー!」

「これが愛! カーく-ん! 私たちも愛の力を解放させてーーーー!」

「恥ずかしいから止めてくださいお姉さまっ!」

 

アホによる連鎖的にアホ(アザゼル、サーゼクス、セラフォルー)がイッセーを囃し立て音頭を取り、セラフォルーに至っては自分の服を脱ごうとしている。

 

セラフォルーとリアスも自分たちの身内が恥を晒す様に身を引き裂かれるような想いまでしている。

 

「気に入った! おい赤龍帝!」

「ああん!?」

 

そんな中、興奮しているイッセーにアザゼルは何か腕輪らしい物を投げて渡してきた。

 

「これは?」

「セイクリッド・ギアを制御する装置だ! 今のお前じゃあ代価無しにバランス・ブレイカーは無理だろう! それはお前がブーステッド・ギアをコントロールできてねえからだ!」

「わ、分かってるよ!」

「だが、それがあれば代価無しにバランス・ブレイカーに至れる! 時間は短いがな!」

「マジで!?」

 

短時間とは言え代価無しでバランス・ブレイカーになれる。

 

あまりに破格な条件にイッセーに希望が湧いた。

 

だが、それを制したのはカリフだった。

 

「どうせ一時的なドーピングみてえねもんだろ。調子乗って『駒』の力を解放させすぎてバテるってパターンだろ」

 

プレッシャーをかけてみるが、イッセーは笑みを浮かべてカリフと向き合う。

 

「なら体力で乗り切ってやる! お前との修業の成果と部長の名誉にかけて!」

「ふん! いっぱしの口を聞くようになったな……ならさっさと逝ってこい!」

「字がちげえ!」

 

最後まで軽口を叩く辺り、イッセーも大分戦士として目覚めつつあることを感じて笑みが零れた。

 

 

 

理由が理由だけに素直に喜べるかどうかは別として……

 

「まあ、お前のそういうところは結構好きだがな」

 

欲に素直な奴はとことんバカであり、成長の限度を知らない。

 

人は欲望に進む時が最も強くなれるのだと知っているからだ。

 

カリフは向かって行ったイッセーを見送っていると、アザゼルが笑みを浮かべながら近付いてきた。

 

「あれが今の赤龍帝か……確かにひどい奴だ」

「ああ、だが伸びしろはある」

「まあ欲で強くなることろはさすが悪魔って感じだな……だけど今回は相手が悪かったな」

「ふむ……」

 

今考えてみると確かにヴァーリは不味かったか? と思ってしまう。

 

「予想では死にはしないだろうが勝てもしないだろうな……」

「まああいつは今の赤龍帝・兵藤一誠には興味なさげだったからな。油断を突けば勝機はあるぜ?」

「だが、それは一回限りの手だ」

「だな。ん?」

 

二人で呑気に眺めていると、後方から何か土が零れる音がしたから振り返る。

 

そこには土まみれになったカテレア・レヴィアタンが怒りの表情を浮かべていた。

 

「き、貴様か……この私に手を上げた無礼者は……!」

 

まさに殺す気でカリフを睨めつける。

 

殺気と共に魔力も高まり、魔王クラスにまで昇華する。

 

「ぐっ!」

「これが……旧魔王の力……!」

 

現在の魔王に力で追いやられたとはいえ、その実力たるや上級悪魔と同等、もしくはそれ以上である。

 

今回の主導者であるカテレア自らが先陣をきることで魔法使いの士気が上がっていく。

 

そして、そのカテレアの視線の先にはカリフがいた。

 

「止めておけカテレア。ドーピングしなければ俺と互角に戦えねえお前がこいつに敵う訳ねえだろ」

「どこまで愚弄すれば気が済むのですアザゼル。我等旧魔王派がたかだか人間に毛が生えた程度のサルに劣ると思いか?」

「お前たちにも伝わっているはずだ。こいつはコカビエルを倒したってな」

「そんなまやかしに我々が踊らされるとでも? 大方、あなたが我々を翻弄する為に流したデマでしょう。それなら思い知らせてあげます。我々旧魔王派が一番だと」

「……」

 

もうアザゼルには言葉も無かった。

 

この三勢力でも世界中のどこにでもあるような重度の自民族主義だった。

 

我々は~だ、だから負けない……自分の種族を一番と考え、他者を見下す典型的なタイプだった。

 

カテレアを憐れに思いながら自分が片付けようとし、ポケットから短剣を取り出そうとした時だった。

 

「ぷ」

 

カリフが隠そうとせず、笑いを噴き出した。

 

その様子に周りはもちろん、カテレアも怪訝な表情を浮かべた。

 

「何がおかしいのです? 恐怖で狂いましたか?」

「いや、すまんな。あまりにもお決まり過ぎてまるで役者みたいだなってね」

「役者?」

「ああ、お前みたいな奴には腐るほど会ってきたよ。ヴァンパイアに国家権力者……自分が一番と高をくくっている奴は決まってこう言うんだ『我々が一番だ』『お前みたいな奴に負けない』だとか同じことを言ったから笑ったのだ」

 

その瞬間、溢れんばかりの魔力が溢れだした。

 

周りのも魔力の余波に晒されて吹き飛ばされていく。

 

「あなたも我々を愚弄するのですね?……たかだか人間風情が……」

「それ以上言わない方がいい。後で恥をかくのは本望ではあるまい? オレとて鬼では無いからな」

「……あくまで反抗的に振る舞いますか……いいでしょうそれなら……」

 

散々に言われ続けたカテレアが魔法陣を展開させて戦闘態勢に入った時だった。

 

 

 

 

 

「この……」

「『至高にして本物の魔王の血の力を味わうがいい』と言う」

「至高にして本物の魔王の血の力を味わうがいい……ハッ!?」

 

自分の台詞を先回り感覚で予測されたことにカテレアは驚愕の表情を浮かべる。

 

一方でカリフはニヤニヤと笑っている。

 

「言っただろ? お前みたいな単純脳みそのパターンなんて知りつくしてんだよ。ボゲが」

 

舌を出して憎たらしく挑発するカリフにカテレアは額に血管を浮かばせながらもさもいつもの様子で問う。

 

「……だから何だというのです? 私の台詞を先読みしたからなんだというのです?」

 

冷たい目でカリフを見下すが、カリフには分かっていた。

 

 

―――この女はあと一押しで“キれる”

 

「意味は大きいぜ? お前の言うこんな“サル”にさえお前の考えを先読みできたんだ」

「……」

「もう一度言う。お前はサルみたいな奴に行動パターンを……理解し、先読みされたんだよ!」

「……こ……す」

「今から予測してやろう! 五分後、お前は『お願い! 命だけは!』と泣き叫ぶ! 鼻水と涙で濡れた貴様の無様なマヌケ面が楽しみだ! このサル以下の脳足りん蝙蝠ババァ!!」

「殺すッッ!」

 

カリフの嘲笑にカテレアの我慢の限界を越えた。

 

 

大量の魔力が波となってカリフに襲いかかる。

 

―――約束の予言まで……残り五分

 

 

 

 

 

赤龍帝と白龍皇

 

人間最強と旧魔王派

 

怒涛の第二ラウンドが始まった。



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テロの終焉、新たな世界のあり方

今回でこの章は終わりです!

次回からは小休止を挟んで小猫回に進みたいと思います!

それではどうぞ!


「……いきなり酷いことするな。彼も……」

 

未だに痛む腹部を押さえて立ち上がるヴァーリはどこか楽しそうだった。

 

直前に感じたあの濃厚な殺気、威圧、凄みを垣間見たとき、確かに自分は“恐怖”した。

 

あんな強者と手合わせできるなんて自分はとても幸運なのかもしれない。

 

「こんな時代に生まれたのは失敗だと思っていたけど、とんでもない。彼に出会えたんだ。俺は運がいい」

 

どこまでも戦いを求める戦闘狂だった。

 

こんどこそ手合わせしたいと思いながら再び砕かれた白い鎧を魔力で修復したときだった。

 

「……君か」

「よぉ、相手しに来たぜ」

 

そこには早速アザゼルから送られたアイテムを発動してバランス・ブレイカーを発動させたイッセーが悠然と歩み寄っていく。

 

だが、ヴァーリは溜息を吐いてテンションを下げる。

 

「正直、普通の人間である君にはあまり興味がない。今回の紅白対決は無い物として考えていたし」

「……」

「俺はカリフに用がある。そこをどいてくれたら君には出さないんだが……」

「俺には用がある……」

 

ここでイッセーが口を開いた。それを訝しげにヴァーリは聞き入れる。

 

「お前には半減の力がある。どんなことでも本来の半分にしてしまう厄介な能力が……」

「そうだ。そして全てを無に帰すこともできる。これがディバイン・ディバイングの能力」

「だからこそ……てめぇを止める!」

 

その瞬間、イッセーの底知れぬ気合がヴァーリを撃ち抜いた。

 

それに対してヴァーリも面を喰らって構えた。

 

「へぇ、まさか君がこんな闘志を出せるなんて思っていなかった。だけどまだ俺には遠い」

「そんなに寝言が言いてえなら寝かしつけてやろうか!」

 

あらかじめ『女王』にプロモーションをしていたゆえに魔力を放出した。

 

しかもその闘志と相まって途轍もない力の波動を感じることができた。

 

ヴァーリも口を緩ませる。

 

「これは嬉しい誤算だ……これは思ったより楽しめそうだ」

 

そう言いながら輝く翼を展開させる。

 

「いいだろう。カリフの前の前哨戦としてお相手しよう」

「ナメんな! 今の俺は神でも止められねえよ!」

 

二人の龍がぶつかり合った瞬間だった。

 

 

 

二天龍がぶつかり合ったのが遠くで確認できた。

 

だが、こっちでも戦いは始まっていた。

 

カテレアの魔法がグランドを破壊していく中、カリフは軽やかな動きで避けていく。

 

以前にフリードの猛攻を軽くあしらっていたカリフとしては魔法弾の回避などお手の物だった。

 

それでもその攻防はハイレベルなものである。

 

「凄い……あんな魔力の弾丸を全て受け流してる……」

「……当然です。カリフくんのスピードはこんなものではありませんから」

 

マナの驚愕によく知る小猫が答える。

 

それについてマナもギャスパーも驚愕する。

 

「あれで本気じゃないなんて……強いって本当だったんだ……」

「ぼ、僕と同じ歳なのに凄いです……あんな堂々と怖い人に立ち向かえるなんて……」

 

思うことがあったのか二人が息を呑む。

 

皆に見守られている中、カリフは折を見て地面を『ナイフ』で切り取って『フォーク』で取りだした。

 

切り出した地面を盾代わりにして攻撃を防ぐ。

 

そしてその地面を押し出してカテレアに突貫していく。

 

「そんなのが通用すると思っているんですか!?」

「その通りだ」

 

盾代わりにしていたカテレアの直前で砕き、目を眩ませる。

 

「つまらない陽動ですね。こんな小細工で私に渡り合えると……」

「だから三流なんだよ貴様は」

「!?」

 

その瞬間、真横から声が聞こえた。釣られるように向くと、拳をふりかぶるカリフがいた。

 

岩を砕いた後の一秒未満の時間で回りこみ、拳に闘気を纏わせていた。

 

「は、はやっ!」

「三連……釘パンチ!」

 

咄嗟に障壁を展開させるもカリフの拳が結界を叩く。

 

高度な障壁も予想以上の衝撃にあえなく大破させられていた。その衝撃は障壁だけでなくカテレア自身にも降りかかる。

 

「ぐっ!」

「おっと」

 

上空に衝撃波を利用しながら逃げるカテレア。だが、逃がさんとばかりにポケットから小さな金属の球を取り出した。

 

親指で軽く弾いて宙に舞わせ、球をまた指で弾く。

 

「ベアリング弾!」

「こんなもの!」

 

今度は受けることなく避けようとするが、それが誤りだった。

 

ベアリング弾に込められた気は膨張し、球もその力に耐えられずに罅が入る。

 

そして破裂した。

 

気の爆発によって破裂したベアリングは破片を撒き散らせて破裂した。

 

「うぐっ! このっ! 小賢しい……!」

 

高熱に達したベアリングの破片がカテレアの顔に触れ、痛みに目を瞑った。

 

「ちょろいな。あんた」

 

その瞬間だった。ベアリングの破片とは比べ物にならないほどの痛みがカテレアの顔面を覆った。

 

「オブォ!」

 

顔面に拳をぶち込まれ、鼻がつぶれて鮮血が散る。

 

容赦無い鉄拳に見舞われたカテレアは地面に倒れ、カリフに目を向ける。

 

「これはよぉ~、マジに『王手』か『チェックメイト』って場面でいいんだよなぁ~?」

 

見下ろしながら向かってくるカリフにカテレアは未だ諦めの色を見せることは無かった。

 

「ま、まだよ……まだオーフィスの『蛇』がある!」

「? オーフィスがなんだって?」

 

カリフが聞くも、カテレアには話を聞く余裕も無かったのか勝手に話を進める。

 

「たかが人間相手だと思って『蛇』は使いませんでしたが、もう認めましょう。あなたのような人間に『退魔』の術を覚えられでもしたらもう手の打ちようが無くなる……故に、全力を出しましょう」

 

カテレアの周囲からどこからともなく『蛇』が現れた。

 

だが、見た目からしても普通の蛇では無く、そこの感じられない力の片鱗を木場たちは味わった。

 

「す、凄い魔力だ……こんなのは初めてだ」

「あぁ、途方も無いくらいの魔力……それも余計な感情の籠っていない純度の高い魔力だ」

 

リアスたちが戦慄する中、アザゼルも少し面を喰らった様子で舌打ちをした。

 

「ありゃ、オーフィスの力が蛇として具現化されたもんだ。あれ一つで下級悪魔も上級悪魔クラスの強さを宿せるドーピング剤ってとこだ」

「そんな! あれをカリフに使うの!?」

 

近くにいたマナが驚愕し、杖を構えて加勢しようとするが、アザゼルに手で制される。

 

「止めとけ。お前が行った所であいつの邪魔にしかならねえ」

「でも……このままじゃあ……!」

 

同じ頃、ギャスパーもリアスの近くで震えていた。

 

「もう無理ですよぉ……このままじゃあカリフくんが死んじゃいます……早く助けないと……」

 

だが、カテレアと蛇の膨大な魔力を感じて恐怖が呼び起こされる。

 

今まで会ったことのない強大な相手にも関わらず、リアスたちは冷静だった。

 

「大丈夫よ。あの子はこの場にいる誰よりも強いの。負けるなんて考えられないわ」

「で、でも相手は旧魔王なんですよ!? 魔力もないのに無謀過ぎます! ぼ、僕だけでも……!」

 

ギャスパーがリアスに加勢するように打診するが、それを朱乃が制す。

 

「心配なさらなくても大丈夫ですわ。あの子は負けませんもの」

「そ、そんな……」

「カリフくんは約束を重んじる、だからこの戦いも勝って私の元に帰って来てくれますわ」

「心配するだけ余計なお世話って言われるかもね」

「だね。今の僕の戦いの先生でもあるんだよ」

「私が惚れた男だ。これくらいは当然」

「……むしろカリフくんを敵に回した相手のほうが不憫です」

「こ、小猫ちゃん……でも確かに……」

 

朱乃の他にもリアス、木場、ゼノヴィア、小猫、アーシアもどこか安心しているように相対するカリフを見守る。

 

それにはギャスパーも、偶然聞いていたマナもその信頼の厚さに唖然となる。

 

それを耳にしたアザゼルは意外そうに聞き耳を立てていた。

 

(あんな態度で力を有しているからどうかと思えば……あいつを受け入れる奴はいるもんだな)

 

そう言いながら不敵に、だが楽しそうに笑うカリフに目を配る。

 

(不思議な奴だ。敵を作りやすい性格のくせに、周りの奴を自分のペースに引き込んじまう……つくづく不思議な奴だよ。お前は)

 

どことなく呆れたような心の愚痴だが、表情は笑っていた。

 

彼もその巻き込まれた側なのだからそれも致し方ないのだ。

 

そんな時、カテレアの声が響いた。

 

「ふふ……もう少しで約束の五分ですね。どっちが地を這いつくばるか楽しみです」

「ほざけ、時間まで後一分だ。その思い上がった性根、ふざけた幻想をブチ殺す」

「減らず口もこれまでです。さあ蛇よ! 私に力を与えなさい!」

 

大手を振ってカテレアは蛇を受け入れるように懐を露わにした。

 

蛇はカテレアの元に向き直った。

 

そして、ゆっくりと近付いて――――――首筋に噛みついた。

 

「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「シュロロロロロロロロロロロロ!」

 

噛まれたカテレアは耐え難い痛みにのたうち回り、蛇は噛みつく力を一向に弱めようとしない。

 

カテレアの首から夥しい血が舞う。

 

「そんな……なぜ……! きゃああああぁぁぁぁぁ!」

 

蛇を払おうにも力が足りずに振り払うこともできない。

 

一方的に襲われているカテレアに敵サイドはもちろん、リアスたちもアザゼルも混乱している。

 

「何が起こっているの?」

「分からん。だが、あの蛇、特殊な環境下でしか正常に働かないようだ」

「? どういうこと?」

「俺にも分からん。だが、あの様子だと敵には知られていないオーフィスの意図があるかもな」

 

詳しいことは定かではないが、この状況はまさに好都合だった。

 

それどころか蛇はカテレアを投げ飛ばし、カリフの元へとやってくる。

 

周りも警戒するが、蛇はカリフの体の周りを周った後、カリフを守るように前に出る。

 

カテレアに牙を向ける蛇にカテレアは憤慨する。

 

「ば、馬鹿な! これはどういうことだ! なぜ持ち主の私に背く! オーフィス! これは一体……!」

「んなもんはどうでもいい……」

 

カテレアの前には膨大な気と蛇の魔力を孕んだ力の塊。

 

四つの輝く眼に睨まれたカテレアはまさに『蛇に睨まれた蛙』の気持ちを味わっていた。

 

カテレアは体を震わせる。

 

「わ、分かっているのですか!? ここで私を滅するということはつまり、カオス・ブリゲートを敵に回すということですよ!?」

「へ~」

「い、今なら私の計らいであなたにそれ相応の地位を与えましょう!」

「ふ~ん」

「欲しい物は思いのまま! なんなら慰み物の女も用意させましょう! あなたの望む物は全て手に入る!」

 

カテレアの必死の命乞いにカリフは嘆息した。呆れて物も言えないとはこのことだった。

 

「欲しい物はこの腕力で幾らでも手に入る。女に関しては……あいつ等で充分だ」

「そ、それなら……!」

「いい加減にしろよ?」

「!?」

 

カリフの濃密な怒りと殺気にカテレアは口を止め、呼吸さえも止める。

 

「黙って聞いていればずいぶんと都合がいいのう……金や名誉で命を保証されると本気で思い上がりも甚だしい……」

「あ、あぁ……」

 

リアスからはカリフの表情は窺いしれない。だが、カリフの表情を目にしているカテレアだけが蛇の痛みさえも忘れてこの世の恐ろしい物と向き合っている。

 

歯をカチカチと鳴らし、恐怖で体が動けないだけでなく、ショックで顔が『老けている』

 

「白髪が増えている……いや、脱毛までしている……」

「中性的な顔立ちだったのが、今じゃあ皺も増えて80代のお婆さんのようだ……」

 

一体、どんな顔をすればそんな老化現象が起こるのだろうか……いつも一緒にいるリアスたちの気持ちは一つだった。

 

「「「「「「「味方でよかった……」」」」」」」

 

自分たちといるときは相当に容赦してくれているのだろう。アザゼルもその点に関しては同感だった。

 

やがて、全ての髪が抜けきったカテレアは既に老人の風貌となっていた。

 

「お願い! 命だけは!」

 

ここでタイムリミットの五分が経過した。

 

カリフは自分の予言に満足したのか口を三日月のように緩ませ、牙を見せる。

 

それに応じるように蛇もカテレアの肉を抉った牙を剥き出しにする。

 

「じゃあな。全くもってつまらん幕引きだった」

 

その瞬間、カリフは地面に這いつくばっているカテレアに拳を構えて腕に力を込める。

 

異様に膨れ上がる筋肉はもはや丸太のようだった。

 

「いくぜ、オイ……」

 

掛け声と共に気が周りに溢れて嵐を起こす。

 

「……」

 

もう声さえ出せずにいるカテレアの意識は朦朧としていた。

 

だが、それでも別のことを考えていた。

 

(……ニンゲン、コワイ……)

 

この瞬間、カテレアは意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 

「とりあえず言うが、酷い戦いだったな」

「ほっとけ」

 

カテレアが気絶した後、カリフは拍子抜けして攻撃を止めた。

 

今はアザゼルと談笑しているが、その場にいる者は観念した魔法使い捕縛と老いたカテレアを捕縛、搬送していた。

 

リアスたちは見る影もなくなったカテレアを見てぞっとした。

 

「どれだけのストレスを与えればあんなにできるのよ……」

「す、少し見てみたいな……その時のカリフの顔……」

「……怖いもの見たさは分かるけど止めた方がいいんじゃないかな? 何事にもタブーはあるし……」

「え? 見たいの?」

『『『あ、いや……なんでもないです』』』

 

話を聞きつけたカリフが聞くも、全員は真面目に、丁寧に断る。

 

その様子に面白くないと思いつつもカリフは別の場所に目をやる。

 

「さて、次は龍の戦いでも見に行くか」

「そうね、イッセーのことも気がかりね」

「その割には随分と余裕じゃないか?」

「誰かさんの地獄のリンチを毎日こなしているもの。そう簡単に可愛いイッセーはやられないわ」

 

どこか自信満々に自負するリアスに感動するアーシアたちだが、事実、カリフも同じだった。

 

「その通り、奴にはウナギ登りのテンションがある。それさえ発揮できればセイクリッド・ギアも応えるだろうよ」

「その通りよ。それじゃあイッセーの雄姿を見に行きましょう」

『『『はい!』』』

 

リアスの号令で皆はイッセーの戦いの元へと足を運ぶのだった。

 

 

 

一方のイッセーとヴァーリの攻防は続いていた。

 

ヴァーリの魔力弾は舞い、イッセーの拳が空を切る。

 

アウトレンジ、ミドルレンジの間合いを互いに奪い合う形で拮抗している。

 

(やべえ、鎧を維持する分体力がごっそりと持って行かれちまう! しかもあいつの魔力弾威力つええ!)

(不味いな……兵藤一誠が俺の動きに付いてこられるなんて予想外だった。しかも肉弾戦になれば勢いで押されかねない!)

 

イッセーが近付くのに必死ならヴァーリは距離を取るのに必死になっている。

 

イッセーがしかけるもヴァーリは受け流して離れるの繰り返しである。

 

(だけどこの魔力弾のスピードはカリフに比べれば遅いし弱い!)

(経験が浅いな。いくら腕力が強かろうと洗練されていなければただのこけおどし!)

((お前の動きは見えている!))

 

イッセーはカリフからの地獄の特訓を一身に受けているために回避術や攻撃の受け流しに特化され、さらには小猫やカリフにボッコボコにされながらも格闘術も齧っている。

 

対するヴァーリは元々受け継いでいた魔王の力に加え、幼少から鍛えていた経験を有している。

 

スペック、実力ともまさに拮抗状態なのだ。

 

だが、両者には決定的な違いがある。

 

「そら!」

「!? あぶねっ!」

 

ヴァーリの拳がアザゼルから送られたリングに掠った。イッセーはリングを庇うようにその場を離れる。

 

「アザゼルの差し金だな。そのリングさえなければきみは俺と渡り合うどころか同じ土俵にも上がれない」

「うるせえなイチイチ!」

「俺がそのリングを破壊すれば君のバランス・ブレイカーは消えて勝負は決する」

「ならその前にお前を倒す!」

「やってみろ!」

 

再び力と力がぶつかり合い、その余波がグランドを削る。

 

その際に打ち合いながらヴァーリが言う。

 

「だが、君は悪魔になって間もないというのに大したものだ。素人とはいえ体術もそれなりに使えている! なにより俺と渡り合っている!」

「俺の後輩がお前より強いんでね! ご教授してもらってんだよ!」

「彼には教導の心得もあるのかい!? 俺も賜りたいものだ!」

「だが、断る!」

『Divide!!』

 

その瞬間、イッセーの力が半減させられてしまった。

 

動きが鈍った所へヴァーリの一撃が腹部を襲った。

 

「うげ……」

「だが、やっぱり勝つのは俺だよ」

「がっ!」

 

下がった頭にさらにひざ蹴りを喰らってしまったイッセーにヴァーリが言った。

 

「かと言って君にも興味が湧いてきた。恐らく彼との訓練が教導であり、死闘となっているんだろうね。このまま続ければさらなる進化も見られる」

「がはっ!」

 

追い討ちを喰らい、イッセーはあえなく墜落していく。

 

(やべえ……やっぱ付焼き刃じゃあ敵わねえ……)

 

ヴァーリは一度言葉を区切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「このディバイン・ディバイディングの真の力を見せよう。あらゆる物を半分にする力を!」

 

 

この瞬間、項垂れていたイッセーの心が動いた。

 

(半分……あれ? そういえばカリフもそんなこと……)

 

―――あいつは豊満な胸を消す

 

(胸……一体誰の……)

「イッセー!」

 

墜落する最中、聞こえてきたのは自分が惚れた女の声だった。

 

その先にはリアスや、朱乃たちが心配そうに見守っていた。

 

目に映ったのは皆の顔―――否、胸だった。

 

(あの胸が消える……消える?)

 

―――胸を消す

 

(あのたわわに実った果実が……人類の神秘が消える……だと?)

 

―――胸は……消える

 

(あの……手触り抜群のお姉さまおっぱいが……この世から……)

 

―――消える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ……」

「!?」

「ふざけんなあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

突如、息を吹き返したイッセーは崩れかかっていた鎧を魔力で回復させ、再び空へ舞い戻る。

 

その後、イッセーからは死に体とは思えないほどの魔力とドラゴンの力が噴き出た。流石のヴァーリも心底驚愕する。

 

「驚いた……タフネスも俺の予想を上回るか」

 

だが、イッセーにはそんな呟きは耳に入らず、ブーステッド・ギアを発動させた。

 

『Boost!!』

 

ここでおかしいことに気付いた。それは倍増の力を自分には使っていない。

 

ましてや魔法アイテムも持ち合わせていない。それならどこの力を倍増させたのか。

 

それは……

 

「……俺の力を倍増とは、何を考える?」

『おい相棒! 敵を強くさせてどうする!』

「そうだな……まだまだ足りねえぜ!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!!』

 

イッセーはヴァーリに力を与え、与え、与えまくった。その光景にリアスたちは驚愕する。

 

「あいつ……何考えてんだ?」

 

その真意はカリフにさえ分かっていなかった。

 

一方、力を与えられたヴァーリはというと……

 

「この力……体からはち切れんばかりだ!!」

 

半ば興奮気味にイッセーに突出すると、カウンターのようにイッセーも迎え撃つ。

 

だが、強くなったヴァーリはそれを全て避けた。

 

「止まって見えるぞ!! 相手に力を与えるなどマヌケもいいとこだ! 気でも触れたのか!!」

 

ヴァーリの動きはもはや高次元の物と化す。

 

比較すれば、乳母車とF1カーくらいの違いだと一目瞭然である。

 

「自分の馬鹿さを恨むんだな! 死ね兵藤一誠!」

 

そう言いながらイッセーのがら空きの頭部に強く握りしめた拳を叩きこみ……

 

 

 

 

 

 

兜と脳漿を

 

 

 

 

 

 

鮮血を撒き散らせた

 

 

 

 

 

 

筈だった。

 

「なっ!?」

 

異変に気付いたのはヴァーリだった。

 

命を絶つはずの拳がすり抜けた。もちろんイッセーにダメージなどあるはずが無い。

 

それどころかイッセーも自分には気付いていない様子だった。

 

そして、そのイッセーの向かう先にも驚かされる。

 

「あれは……俺がもう一人!?」

 

そこには空中に動いて微動だにしない自分の姿があった。

 

『ヴァーリ!! 何故動かん! このままでは袋の鼠だ!』

「アルビオンも気付いていない!? 俺がここにいるのが! まるで魂だけが抜けたみたいに……はっ!?」

 

だが、ここで一つの過程に至る。ただの推測ではあるが。

 

「まさか……俺の『感覚』だけが暴走して俺の体から意識が抜けちまったということか!?」

 

あまりに恐ろしい結果、だが、それしか考えられない!

 

「兵藤一誠が強化させたのは俺の『感覚』だというのか!? 感覚が暴走して一人歩きするほどに!」

 

イッセーは未だ動けないヴァーリに拳を振るった。

 

「ゆっくりな動きだが体が動かせない!! 動きがノロマなのに俺の体は動けないでいる!」

 

イッセーの拳がヴァーリの顔面にめり込んだ。非常にゆっくりであるが、徐々にスローで血が鎧の隙間から出てくる。

 

(い、いてえ! 突き刺さるような痛みがスローで襲いかかってきやがる! しかもまだ拳を振りきっていないというのに痛みが続く! 『痛覚』さえも強化されている!!)

 

スローな動きに加え、倍増された痛みがヴァーリの体力と神経をすり減らしていく。

 

「オーバーワークの度に『何事も度が過ぎれば毒』だってカリフに散々教えられて来たんだ! このまま止まってやがれ!!」

 

再びカリフの拳がヴァーリを捉えた。

 

「これが部長のおっぱいの分!」

 

イッセーの中ではリアスのおっぱいが喜んだ。

 

「これは朱乃さんのおっぱいの分!」

 

朱乃のおっぱいが弾んだ

 

「これは成長中のアーシアのおっぱいの分!」

 

アーシアのおっぱいが育つ。

 

ここら辺からヴァーリの兜は完全に破壊され、力を吸っていた光の翼も消えていた。

 

「これがゼノヴィアおっぱいの分!!」

 

ゼノヴィアのおっぱいが揺れる。

 

「そしてこれが、半分にされたら丸っきり無くなっちまう小猫ちゃんのロリおっぱいの分だぁ!」

 

小猫のおっぱいが……泣いた。

 

『ま、不味い! これ以上のダメージは!!』

 

だが、それでもイッセーは止まらなかった。無我夢中でパンチのラッシュを見舞う。

 

「これも! これも! これも! これも! これも! これも! これも! これも! これも! これも! これも! これも! これも!」

 

成すがままに殴られるヴァーリ。怒涛に殴るイッセー

 

形勢は逆転した戦いだが、本人は気付いてなかった。

 

下からの殺気には……

 

「ロリ……おっぱい……無くなる……っ!」

「どうどう……後で殴らせてやるから今は辛抱しろ」

 

拳をゴキゴキと尋常じゃない音を出して鳴らす小猫をカリフは頭を撫でて宥めている。流石に個人のコンプレックスは止めろ。好きでそんな風に生まれたわけじゃないんだから。

 

それにも気付かずにイッセーは全ての力を振り絞る。

 

「これで最後だぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うぐぅぅぅぅ!」

 

感覚を取り戻したヴァーリを殴り飛ばし、地面に叩きつけた。

 

「小猫ちゃんはなー! 小さいおっぱいをきにしてんだぞ!? それを半分!? 許さん! あの子からこれ以上おっぱいを奪うんじゃねえ!!」

 

高らかに言い放ったことだが、これによって酷く傷ついた者もいた。

 

「……」

「気にすんな。女の価値は胸じゃない。見てくれだけが魅力じゃねえ」

「分かってる……分かってるけど……」

「後日、オレが手ぇ回してやる。存分にやっちまえ」

「……ありがとう」

 

さすがに今回のことは看破できない物としてイッセーを小猫に売った。

 

個人的にも言いたいことがあるので好都合だった。

 

そんな時、倒されたヴァーリは血まみれのまま立ち上がって来た。

 

「面白い! 基礎体力もそうだが能力の応用も見事だ! どうやら君を見くびっていたようだ」

 

まだ動けるのかと舌打ちしていると、ヴァーリは愉快そうに笑っていた。

 

「アルビオン、この赤龍帝になら『覇龍(ジャガーノート・ドライブ』を見せる価値があると思わないか?」

『ヴァーリ、その場では得策ではない。それによってドライグが覚醒するのかも知れんのだぞ?」

「願ったりだアルビオン―――我、目覚めるは、覇の理に―――」

『自重しろヴァーリっ! 我が力に翻弄されるのがお前の本懐か!?』

 

なにやら詠唱を始めたヴァーリにイッセーとカリフ、他の部員も緊迫した表情へ変える。

 

詠唱を続ける中、ヴァーリに一つの影が近付いてきた。

 

それは三国武将の将軍が着るような衣服をまとった男だった。

 

「ヴァーリ、迎えに来たぜぃ」

 

爽やかにヴァーリに近付くが、本人は詠唱を止めて血を拭った。

 

「何しに来た? 美侯」

「それは酷いんじゃねえかぃ? 相方のピンチに駆けつけてきたんだしよぉ。それともうお開きだってよ。アザゼル、ミカエル、サーゼクスの暗殺も失敗してカテレアも捕縛されたんだから監視役の俺っちたちの役目も終わりだぜぃ。北のアース神族と一戦交えるらしいからな」

 

それに対し、ヴァーリも落ち着いたのか口元の血を拭う。

 

「そうか、そんな時間か」

「おう、にしても結構突かれてねえかい? ダメージか?」

「いや、体ならまだいけるが精神的に疲れた。普通ならショックで死ぬ痛みを赤龍帝から味わった」

「へぇ、あの俺っちたちに殺気送ってる反則級の化物じゃなくてあっちの赤龍帝にねぇ……」

 

どうやら退却していきそうな二人にイッセーが噛みつく。

 

「お前誰だよ! そいつの仲間か!?」

「俺っちか? よくぞ聞いてくれたぜぃ。俺っちは闘仙勝仏の末裔、美侯っつうんだ。よろしくな赤龍帝」

「闘仙勝仏?」

「分かりやすく言えば孫悟空だぜぃ」

 

その言葉にイッセーは驚愕して目が飛び出るが、カリフに至ってはその名前におもむろな反応を示す。

 

「そ、孫悟空ってあの西遊記のあれか!?」

「おう、まあ俺っちは仏になった先代とはちげえんだけどよ」

 

二人はイッセーたちに背を向けて亜空間を開ける。

 

「本当はそっちの人間と戦ってみたかったんだけどよ。直に気を感じてみたけどあんた、異常すぎるほど強くねえか?」

「……試してみるか? お前が『孫悟空』の名を冠すに相応しいかどうか見定めてやるか?」

「じょ、冗談キツいぜ。あんたに万全のヴァーリと組み合っても間違いなく勝負にすらならねえって。あんた、気配も気も消した俺っちにずっと気付いてたろ?」

「……」

 

焦りながらカリフを制すと、カリフもこの場を治める。

 

美侯を潔い男だと判断したからであろう。

 

「少なくともあんたとは300年はまともにやり合いたくねえぜ。死なないようにするってんならそりゃいくらでもやるけどよ」

「おい、時間じゃなかったのか?」

「あ、そうだった。じゃあなー」

 

そう言ってそそくさと亜空間に入ると入口は閉じてしまった。

 

イッセーは既にバランス・ブレイカーを解いていた。

 

「おい! 待て!」

「無駄だ赤龍帝。奴らは亜空間に逃げた。こうなってしまっては追跡は不可能だ」

「でも……!」

「お前の体力はもう限界のはずだ。ここで追って見つけたとしても返り討ちだ。だから今回はこれでいいのさ。赤龍帝」

 

アザゼルにそこまで諭されると、改めて自分の非力さを実感してしまう。俯いてなんとか納得した。

 

「……分かった」

「それでいい。お前は白龍皇相手に善戦したんだ。大金星だ」

 

堕天使総督に褒められるのも複雑な気分なのだろうが、とにかく皆が無事だということにイッセーはとりあえず安心して一息吐いたのだった。

 

 

 

 

 

戦闘が終わってからしばらくして三勢力総出で戦闘の後処理を行っていた。

 

魔法使いの死体を片付けたり生きた敵を捕虜として捕縛して連行したりと対応に追われていた。

 

そんな中で天使たちを指揮しているミカエルさんを見つけた。

 

体の節々が痛いけどミカエルさんと出会える機会なんてこれからそうあるとは思えないから急ぎ足で向かう。

 

そして、ミカエルさんの近くまで来て声をかけた。

 

「「ミカエル(さん)……ん?」」

「?」

 

俺と同じタイミングでミカエルさんに声をかけた奴がいたそいつは意外にもカリフだった。

 

俺とカリフ、ミカエルさんは疑問符を浮かべ、周りにいた部長たちやサーゼクスさまたちも何事かと注目している。

 

「あれ? カリフもミカエルさんに?」

「お前もか……どっちを先にする?」

 

まさかダブるとはね……でもミカエルさんにも都合があるから手短に済ませたいんだけど……

 

悩んでいるとミカエルさんが俺たちに微笑んで聞いてきた。

 

「なんでしょうか?」

「ちょっとお前に直談判だ。こうしてオレが直接出向いたのだから要件くらいは聞いてもらうぞ」

「おい! 失礼すぎだろ!」

 

カリフの態度に先輩として注意すると、気にしない風に続けてくれた。

 

「二人同時に話してくれても結構です。聞き入れられるよう尽力しましょう」

 

おぉ、意外な特技だ! でも聖徳太子でも十人の話を聞いたって話もあるからそれくらいは可能なのかな?

 

そしてなんとも心が広い! さすがは大天使さまだ!

 

じゃあ遠慮なく……

 

「あの……件というのはですね……」

「オレの要望は……」

「「二人の祈りのことなんだが(ですが)」」

「……」

「「……」」

 

ハモった!? カリフとなんだか同じワードが綺麗にハモった!

 

ミカエルさんもポカンと目を丸くしているようだけど。

 

でも、まさかと思って一気に話すことにした。

 

「「ゼノヴィア(アーシア)たちのお祈りのダメージを無くしてもらえないか(ませんか)?」」

 

やっぱり同じだった! 俺はアーシアでカリフはゼノヴィアの名前を上げてはいたが俺たち二人は二人のお祈りをなんとかしようとしたらしい。

 

毎日お祈りでダメージを受ける二人に思う所もあったし、お祈りだけでも普通にさせてあげたいとは思っていた。

 

だけど、カリフまで同じことを考えてたなんてな

 

「毎日祈りを失敗しては凹む、そんなもの見せられて気が滅入って仕方ねえからに過ぎん。あんなもの見せられるならこれくらいはする」

 

俺の考えを悟ったようにそう言うが、少し顔が紅いぞ。

 

こいつからしたら本心かもしれないけど、少しらしくないという自覚はあったんだな。

 

現に聞いていた元・教会組の二人も驚いていた。

 

そんな要望にミカエルさんは微笑んで返す。

 

「二人分ならなんとかできるかもしれません。二人は既に悪魔ですから教会に近付くのも苦労するでしょうが。二人に問います。今の神は不在ですがそれでも祈りを捧げますか?」

 

その問いにアーシアたちはかしこまって姿勢を正す。

 

「はい。主がいなくてもお祈りは捧げたいです」

「同じく、主への感謝とミカエルさまへの感謝を込めて」

 

その問いにミカエルさんも頷いて答えてくれた。

 

「分かりました。天界に帰ったらすぐに調整しましょう。悪魔なのにお祈りでダメージを受けないというのも面白い話ですね」

 

おお! やっぱり言ってみるもんだな!

 

「良かったなアーシア! これでもうお祈りで痛むことなんてないぞ!」

 

神様いないけどね。でもアーシアが幸せになるんならこれくらいはしてやりたいしな。

 

アーシアが薄く涙を浮かべて俺の胸に抱きついてきた。

 

「イッセーさん……ありがとうございます……」

「いいって、それに俺一人のことじゃないんだしさ」

「いや、礼を言うよイッセー。ありがとう」

「カリフにも言ってやれよ二人共」

「ああ、もちろんだ」

「はい!」

 

二人は頷く中、カリフの方から俺たちに寄ってきた。

 

何かと思っていたら急に立ち止まって指をさしてきた。

 

「言っておくが、これはオレのためにやったに過ぎん! 決して『可哀そうだった』だとかセンチに流されたわけじゃない! ただお前らの沈んだ表情を見るとこっちまで調子が狂うから手を打っただけだ! それを忘れるな!」

 

強くは言うが、やっぱり恥ずかしいのか顔を紅くさせても説得力ねえぞ。

 

そう言うと、ゼノヴィアは頬を紅く染めてカリフの前に来た。

 

「ふふ……君のそう言う所も好きだよ」

「はい! ありがとうございます!」

「ふん!」

 

やっぱりらしくないことしたからなのか恥ずかしそうにその場をズカズカと去って行った。

 

あ~あ、結構可愛い所もあるじゃん。

 

カリフの意外な一面に苦笑していると、ミカエルさんは安心しきった表情で洩らした。

 

「ふふ……戦いのとき、彼については不安もありましたが、どうやら杞憂だったようですね」

 

そう思うのも納得だよな。会合中にカリフの経歴を赤裸々に暴露してたからな。

 

中身はとんでもないし、エグかったけど事の顛末を聞いてみればちゃんと理由はあったしなにも私欲だけで動いていたという訳では無かった。あいつは何の罪のない人には決して手を上げないし、巻き込むこともしない。

 

ただ少し遠慮と容赦がないけどあいつのことはそんな心配は無いと思ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回、凄く不安だった三勢力会合も無事に終えることができた。

 

その後、木場がミカエルさんに自分のような不幸な子供を作らないことを頼んでそれを了承してくれたり、カリフの家とかでは三勢力や様々な勢力に対して『不可侵条約』を結んだり、カリフの行動も少し目を瞑る代わりに緊急時には手を貸すという条約を結んでいた。

 

それでも全ては無事に終わり、また何も変わらぬ日常に戻っていったのだけど……

 

 

 

 

 

現在、そのイッセーは部室の中で宙づりに縛られて顔をボコボコ二殴られていた。

 

その横ではすっきりしたようにご機嫌な小猫がフィンガーグローブを手入れしていた。

 

学校内でイッセーを拉致したカリフは縛り上げ、小猫に差し出した結果がこれである。相当、白龍皇の戦闘時に貧乳と連呼されたことに頭にきていたのかが分かる。

 

そして、今日になって分かったこともある。

 

それは……

 

「アザゼル……なんであなたがこの学園で教鞭とっているの?」

「いやあ、セラフォルーの妹に役職聞いたらこれになった! まあ俺にとっては天職かもな! 女生徒もオとせるし」

「止めなさい!」

 

まず一つ、アザゼルがイッセーたちの指導係としてしばらくはイッセーたちを鍛えることにしたらしい。相当ガチなのかオカ研の顧問にまでなっていた。

 

そしてもう一つはというと……

 

「あの……本当にここに入ってもいいのでしょうか?」

「何言ってやがる。お前のおかげでカオス・ブリゲートの襲撃も予想して最小限の被害で抑えられたんだ。もう三勢力からは罪に問われないってことになったんだろ?」

「う、うん……」

「自分からここに志望して今更泣き言いってんじゃねえ。諦めんなら当たってからにしろ。マナ」

 

それはブラック・マジシャンの弟子であるマナの駒王学園への入学、及びオカ研への入部が速攻で決まった。

 

役職は魔法使い、多重人格であり、それぞれの人格にセイクリッド・ギアを有している。

 

しかもそれらは強力なものであるため、アザゼルの元で保護観察を受けていることとなった。

 

「まあ、俺が保護者代わりってだけで実質はフリーだ。だからお前も学生生活をエンジョイしとけ」

「はい! あの……日本の文化に疎くてご迷惑をおかけするでしょうがよろしくお願いします! 悪魔じゃありませんけど」

「えぇ、ギャスパーの恩人であるあなたなら大歓迎よ。こちらこそよろしくね」

 

部員(-1人)の拍手に迎えられて照れるマナは顔を紅くしながらもはにかんでいた。

 

そんな中、カリフと目が合うとさらに頬を紅くさせて目を逸らしてしまうが、すぐに気を取り直して手を振る。

 

他人格もマナの中でニヤニヤしている。

 

「あの、ホームステイということなんだけど、迷惑じゃなかったかな?」

「もう何人来ようが同じだ。明日からゼノヴィアも来るっていうから面倒みてやるよまったく……親も人数考えて考えろよ……」

「すまないな。君のご両親から誘われてしまってね。魅力的だったからその日に了承してしまった」

 

ゼノヴィアも淡々と謝罪する中、カリフは指折りで今の入居者を思い返していた。

 

「朱乃、小猫、ゼノヴィア、マナか……流石にあの家も限界だな……」

「そこはまた後々考えましょう。ところで……」

 

朱乃はニコニコしながらどこか威圧のあるオーラを発し、ゼノヴィア、小猫も複雑そうな表情を浮かべて迫って来た。

 

「マナちゃんとはどういった関係なのかしら?」

「そこは私も聞いておきたい。出る杭は早めに打つのがいいからな」

「……説明求む」

「だから、知り合いって言ってんだろ。それ以上でもそれ以下でもねえ」

 

三人の美少女に囲まれるカリフはいつもとは変わらないけど、マナとしては複雑な心境だった。

 

「はぅぅ~……なんでこんなにいるの~?」

 

あまりのライバルの多さに気が滅入ってしまいそうになるが、気を持ち直していくしかないと決意を固めていた。

 

「イッセー、そろそろ目を覚ましなさい!」

「うえ~ん! 死んぢゃ嫌です~!」

「アーシアも泣かないで回復してあげなさい! そうすれば帰って来てくれるわ!」

「はいっ!」

 

より一層に賑やかになって来た部室の中で若干取り残された木場、ギャスパー、アザゼルは女の子に詰め寄られるホープ二人に苦笑していた。

 

「あはは……イッセーくんも僕のこと言えなくなってきたよね」

「二人共すごくモテモテです! 引き篭もりの僕は憧れるばかりですぅー!」

「はっはっは……! 魔王の妹、聖魔剣使い、デュランダル、ブラックマジシャンに加えて赤龍帝と人間最強のイレギュラーが集まる場所じゃあカオスに溢れてんな! これは俺も楽しめそうだな!」

 

こうして新たな部員と顧問が加わり、駒王学園オカルト研究部はより一層に賑やかになっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

西暦20XX年 七月

 

天使代表天使長ミカエル、堕天使中枢組織『神の子を見張るもの(グリゴリ)』総督アザゼル、冥界代表魔王サーゼクス・ルシファーの三大勢力格代表のもと和平協定が調印された。

 

以降、三大勢力間での争いは禁止事項とされ、協調体制へ移る―――。

 

その和平協定は舞台となった駒王学園の名から『駒王協定』と称されることとなり、今までの世界のあり方を変えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼らも、テロ集団も、ドラゴンたちも、この世の生きとし生ける者でさえも気付いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

それはまたさらなる戦いへのカウントダウンに過ぎないということ―――

 

 

 

 

 

 

 

―――神々でさえも……銀河の力でさえも足元に及ばぬ、最悪の敵が現れつつあることを……

 

 

 

 

 

 

―――この世界の真実というものを……

 

 

 

 

 

 

 

―――誰一人として知る由も無い……



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閑話休題・我が家の偉大さ

今回のお題は『戦闘民族も休日はエンジョイしていた』ですのでそんな感じで軽く見てください。



アザゼルの教師赴任した一週間は終わり、週末の休日をエンジョイしようと考えていた俺たち。

 

だが、彼らは休むでもなく、居候のリアスとアーシアとともにある場所へと向かっていた。

 

「あの~……これは部長の企画ですか?」

「いえ、カリフが私たちも家に招くように号令を出したらしいって朱乃から聞いたのだけど……具体的なことは朱乃や小猫でも知らされてないみたい」

「なんだかドキドキします~……」

 

あの破天荒で傍若無人なカリフから家に招かれたのだ……当然、小心者のアーシアちゃんは小動物のようにカタカタと可愛らしく震えている。

 

まあ、気持ちは痛いほど分かる。玄関で特訓と称して聖水に浸したナイフが飛んできた! なんてことだって想定しておかないと危ないからな~……

 

「大丈夫よ。今日は特訓は休みだって本人から言質は取ってあるから」

 

俺の考えを見抜くように部長は微笑みながら俺の頭を撫でてくれる。

 

くぅ~! そういうことなら今日は久々に穏やかな一日に……なるとは限らないけどまあ普段よりはマシかも。

 

最近結ばれた駒王協定に至るまで俺はそれなりの死闘を演じてきたのだが、正直あの狂暴な後輩を相手にしている方が経験値が高い。

 

普通の特訓でも下手すれば死ぬ仕様とか……スパルタを通り越して何て言うの?

 

まあそのおかげで白龍皇とも善戦できたんだから結果オーライってことかな? うん、そうなんだろうなきっと。

 

「さあ、見えてきたわよ」

 

部長の声に意識を戻すと、一度行ったことのある鬼畜家は目と鼻の先にまで近付いていた。

 

見た目は普通の一軒家なのだが、あそこだけ異空間な気がして仕方ない。

 

だってあの家に関しては三勢力やいかなる神話さえも介入を許さないっちゅー中立場なんだぜ?

 

要約すれば『世界の神々が荒ぶるような事件』とかが起きてもあの家だけは普段と同じように変わらず居続けるって解釈もできる。

 

そのため三勢力からは『世界の影響を受けない中間地点』なんて呼ばれている。見た目は普通の一軒家なのに……

 

「すごいですね~……この普通の家が神様だとか悪魔だとかさえも無闇に手が出せない場所だなんて……」

「でも、中にいるのは永きに渡って確立してきたこの世の力関係を根本から覆す人が生まれ、住んでいるもの。そう思えば当然の反応ね」

「ふわ~……」

 

なんだかギャップが激しい気もするんだけど……そう思いながらインターフォンを押すとほどなくして私服姿の朱乃さんが出てきた。

 

「あらあら、いらっしゃい。リアス、アーシアちゃん、イッセーくん。歓迎しますわ」

 

お淑やかな言い回しで招待してくれる朱乃さんは鮮やかな色のワンピースにフリルを付けたような本当におしゃれした女子校生らしい可愛らしい恰好をしていた。

 

「あら朱乃。随分と気合入っているじゃない?」

「うふふ。お客様をもてなすんですもの。これくらいはね? イッセーくんはこういうのはお好きかしら? 殿方の意見が聞きたいですわ」

「すっごくいいと思います!!」

 

俺が即答すると、部長とアーシアは拗ねた表情で俺の頬を引っ張ってきた。

 

「うふふ。それならよかったですわ。さあ上がって」

「ふゎい。ほら、ぶひょうもあーひあも」

「うう~、誤魔化されました……」

「こうなったらイッセーの家に帰った時に朱乃のような……いえ、それだとインパクトが足りないからもうちょっと露出させるべきなのかしらね……」

「はっはっは。何の話ですか?」

 

な、なんだか小声であまり聞こえないけどとんでもない話が進行しているような気がしてならない……

 

まあ、カリフの特訓に比べたら遥かにマシなことだろう、うん、そうに違いない。

 

「おじゃましまーす」

「失礼します」

「お世話になりますね」

 

頬を離してくれた二人と一緒に玄関に上がる。

 

「心配なさらずともおじさまとおばさまは旅行に出ていないから悪魔関連の話でも問題ないですわ」

「あ、そうですか。でも、途中で帰ってきたらまずくありません?」

 

そう言うと朱乃さんは変わらない笑顔で答えた。

 

「大丈夫ですわ。カリフくんの自腹で一週間の沖縄旅行ですから」

「あ、そうですか……ってカリフ、随分と金持ってるんですね……」

「ええ、総資産で言えば戦車くらいは普通に買えるとか……」

「OH……」

 

もはやどこからどこまでが冗談なのか本気なのか全く分からないが、相手はカリフ……充分に有り得る話だ。

 

思い返せば普段の食生活でも小猫ちゃんと一緒に尋常ならざる量を腹に納めているのだから何気に納得するしかないかもしれない。

 

「でも、ご両親のために旅行をプレゼントだなんて何だか素敵です」

 

そういえばアーシアも俺の親父とお袋に何かお礼したいっていつも口にしてたっけ。確かに旅行ってのはスケールが大きすぎて一般学生では無理だからこそアーシアとしてはカリフを羨ましがっているんだね。

 

そう思っていると近くから別の声が聞こえてきた。

 

「ああ、普段はあんな風貌で行動もあれだけどご両親にはすごく感謝しているって聞いた。今の時代、親のためにそこまでできる高校生ってそうはいないよ」

「ゼノヴィアさん」

「やあアーシア。部長もイッセーもこんにちは」

 

鬼畜家の階段の上から降りながら俺たちに挨拶するゼノヴィアに俺たちも返す。

 

「そういえばゼノヴィア。お前はいつ引っ越してきたんだ?」

「今日の朝方にマナと一緒に引っ越してきた。今は物置に泊めてもらってるけどこれからが楽しみだよ」

 

そういえばここにはカリフとカリフのおじさんとおばさん、小猫ちゃん、朱乃さん、ゼノヴィアにマナって子も一緒に住むことになったんだっけ?

 

確かに一般家庭でこの人数だとちょっときついかもね……俺も人のこと言えなくなってきてるけど……

 

「カリフのご両親が嬉々として物置を片付けてくれてね。すごく申し訳ないと思ったんだけど、私たちが来ると楽しみにしてくれていたみたいでね……」

「断れなくなっったと……」

「マナと同様、私自身の希望だったからお言葉に甘えたんだけど……すごくいい人たちで本当によかったよ」

 

うん、ゼノヴィアの言うことはすっごく分かる。カリフの両親に少し会っただけだけど本当に幸せそうな御家族でした。将来、家庭を持つとするならあれがまさしく最上級の理想の家族だと言ってもいいほどに。

 

ていうかカリフのご両親もゼノヴィアとマナのホームステイに賛成だったんだ!? いい人すぎる!!

 

そんな穏やかでほっこりした人たちからどうしてあんなに狂暴で最強の人類が生まれたのかは謎だ……世界の七不思議に認定しても問題ないと思う。

 

「あら? ということはマナも来てるのね?」

「うん。後は木場とギャスパー、先生とかはカリフと一緒に押し入れを物色しているから私も手伝おうと思って居間に行く予定なんだ」

「押し入れ?」

「なんでも、探し物らしい」

 

う~む、今回呼ばれたことに関係しているのかも……でも、これで今日は物騒なことにはならないと分かったので胸のつかえが取れた気がした。

 

「それじゃあ私たちも行きましょう?」

「はい」

 

俺たちはカリフたちのいる居間へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでいいかな? カリフくん」

「ん~……そうだったような違うような……とりあえずアザゼルんとこ行ってみな」

「うん、分かった」

 

俺たちが居間に来てみると確かに皆揃って物置を物色していた。

 

木場が物色し続けるカリフに声をかけてからすぐ近くでなにやら機械みたいな物をいじっているアザゼルに向かって行った。

 

「先生、これもです」

「おう、どれどれ……」

 

木場が持っていたのはカード。そのカードをアザゼルに渡すとそのカードを例の機械でスキャンしていた。

 

「けほっ! こほっ!……すごく煙たいです~……」

「マスク貸そうか? 小猫ちゃんもいる?」

「……ありがとうございます。マナ先輩」

 

別の押し入れにもギャスパー、マナ、小猫ちゃんが押し入れを総動員で物色していた。しかも皆は私服を汚さないように割烹着を着ていたのはなんだか凄い光景だった。

 

状況が分かりかねるので一番暇そうな先生に聞いてみる。

 

「あの、なにやってんすか?」

「おう、イッセー一向が来たか。おいカリフ、もうこの辺でいいだろ」

 

先生の言葉に皆は俺たちの方に向いて集まって来た。

 

にしても木場の野郎……割烹着姿でも爽やかイケメンオーラを垂れ流しやがって! イケメン死ね!

 

「何で睨んでいるんだい?」

「お前がイケメンだからだよ!」

「あはは……」

 

この野郎! 苦笑まで爽やかにこなしやがって!!

 

「おい、くだらねえことやってねえでそこら辺に適当に座ってろい」

「くだらないって……てかこれから何すんだよ?」

 

皆もジっとカリフに視線を向けると、アザゼルもカリフの横に移動していた。先生もグルなのか?

 

少しもったいつけてからカリフは自信満々に言い切った。

 

「我が家のリフォームだ」

「え?」

 

 

 

やっぱこいつのすることって常人には到底できえないことだね……って皆も思ったのか驚愕に目を丸くしていた。

 

 

 

 

 

 

「要約すると、こいつん家がホームステイの人数に対応できないと判断してな。唐突にリフォームってわけよ。いや~ビックリしたぜ。マナの保護者代わりにこいつん家に尋ねたら『狭いな。じゃあリフォームだ』とか二つ返事で決まっちまった!」

 

アザゼルが面白そうに笑っている中、イッセーたちはあまりのスケールの大きい話に驚愕と呆れを見せていた。

 

「ていうか決めたの昨日って……計画性も何もあった物じゃないわね……」

「決めたら即行動! それがオレの理念でね。文句ある?」

「いや、そこはいいんだけど……ていうかお前、金はどうすんだよ?」

 

イッセーに問いていると代わりに隣から木場が耳打ちしてきた。

 

「実はね……さっき僕たちが探してたのってクレジットカードなんだ」

「クレジット?」

「うん。朱乃さんたちから聞いたと思うけど、カリフくんって10歳越えない内に世界を一人旅してたって聞いたよね?」

「ああ、うん」

 

木場の解説にそんな逸話を初めて聞いたゼノヴィア、マナ、ギャスパーの三人は驚きのあまり一緒に噴き出した。

 

「10って……さ、流石というべきか豪胆な子供だと感心すればいいのか……」

「す、凄すぎます……引き篭もりの僕にはとても真似できません……でも、男らしいです~」

「うわぁ……本当……なのかな?」

『う~ん……ちょっと突飛すぎて嘘臭いかな~……』

 

マナの別人格・ガガガは半信半疑のようだが周りの面子の反応を見る限り本当のことなのかな?……って思ってしまう。

 

「はい……」

「え? これは?」

「さっき押し入れから見つけた……見てごらん」

 

マナが疑っていることに気付いた木場が数枚の写真をマナに渡す。

 

それに釣られてイッセー、ギャスパー、ゼノヴィアも一緒に覗いてきたので写真を覗くと……

 

 

「「「「……」」」」

 

銃やらマスクやらで武装した兵士と思しき十数人が一人残らず縛り上げられて地面に転がっている写真の中でカリフだけがピースして満面の笑みを浮かべていた。チンマイとした見た目からして小学生の頃であろう。

 

何だか無邪気な笑顔と一緒に写る死屍累々の映像に皆は言葉を失っていた。

 

その写真をアザゼルは背後から取り上げ、眺めながら言った。

 

「俺はこの頃からカリフと関わっていたからある程度の金の動きなら分かる。確かこの頃は紛争地帯に赴いたカリフがテロ組織を根絶やしにした挙句に再起不能を狙って金品類を全て没収、兵器を強制解体させて市場に競りに出して稼いでたとか……後はそこら辺の紛争地帯の軍に自分の武力を売り出して有り得ないほど儲けてたっけな」

「マ、マジすか?」

「大事なことだから言っておくけど、当時は九歳だ」

 

子供なのにどんだけシビアな生活を送ってたんだよ……心の中でツッコんでいるとアザゼルの追憶は続く。

 

「確かどっかの国では今でも軍内部で『軍神』として恐れられたりとか、ローマ法王、中国主席、アメリカ大統領、総理大臣相手に不可侵条約を個人的に結ばせたとか……多分確実だ」

「ろ、ろ、ろ、ローマ法王!? 主席? 大統領ぅ!? え!? なにそれ初めて聞いたんですけど!?」

 

皆もさらに面白い顔で驚愕しているとニヤニヤとイッセーたちの反応を楽しんでいるカリフの代わりにアザゼルが真相を話す。

 

「いや~、こいつ、日本の国会だとか国の中心地に侵入してはボディガードやらを挑発しては全員ブチかまして自分の力を誇示してたらしいんだよ。それを世界中でやってな」

「あの頃はちょっとヤンチャだっただけだ。思いつきで百人組手だとかやってみてね~」

「え……っと……そうなんですか……?」

「まあ、こいつは国のトップの間では有名人だぜ? ボディガードとしては優秀どころか天職なんじゃないかと思わせるほどのレベルだ」

『『『……』』』

 

もう何も知っても驚かないとカリフに対する耐性を見に付けてきたと思ったであろうがとんだ大違い。

 

カリフのさらなる真実にリアスたちはどっと疲れていた。

 

「ま、そんなこともあってこいつは超が何十個も付くほど金を稼いでいるのは間違いない。設けた秘匿回線で首脳陣やら軍関係者やら警察機構からカリフの勧誘が半端じゃねえしな。そこで超高額バイトとして日本に換算すれば時給一億円なんて珍しくねえからな」

 

トドメと言わんばかりにアザゼルが告げるともはや納得するしか無かった。

 

そんな経歴があるなら金なんて腐るほどあるのも頷ける。ただ、普通の人に言っても到底信じてもらえないだろうが……

 

「てことは、俺たちの特訓って……」

「一時間一億円のめっちゃ有り難い教導だよ。充分に味わっておきな」

「あはは……」

 

カラカラ笑うアザゼルにもう笑うしかなかった。

 

一時間に一億円払ってでも手元に置いておきたい最高戦力……カリフ

 

そんな大物がこんな身近にいるなどとだれが予想できようか……

 

「あらあら……私でもそんな逸話は初めてですわね……」

「……やっぱり存在そのものが規格外……」

 

古参の同居人にも少しヒかれるほどの逸話であるが、ここで皆の心は一つになった。

 

(((逆に考えるんだ。カリフだから仕方ないさ……と)))

 

皆はこれ以上考えるのを止め、本来の目的であるリフォームの話に入ろうとする。これ以上非現実的な事の連続で目的を見失いたくはなかったからである。

 

「それなら俺やアーシアや部長をなんで呼んだんだよ? お前の家に住んでるってわけでもないのに」

「まあ、ただのアンケートだ。正直、どう改築すればいい家になるだとかオレにはよく分からんからな。皆の希望に沿えばそれなりにいい家になるだろう」

「なんて安直な……でも、そういうことなら別にいいんだけどよ……親の意見の方が有力じゃないか?」

 

イッセーがそう言うと、カリフはポケットの中から紙を一枚取り出した。

 

「読んでみ」

「?」

 

渡された紙を広げてみると、たった一言だけ書いてあった。

 

『息子や朱乃ちゃんたちが幸せになれる家 by母』

『息子がいなかった空白の十年間を埋め合わせるこれから皆で歩む人生 by父』

 

 

「どう思う?」

「ええ話や……」

 

リアルでイッセーも切実であり、愛情深い要求に涙した。本当に世界一幸せなカップルでなによりです。ごちそうさま。

 

「ふわぁ……いいですねこういうの……」

「えぇ、素晴らしい家族ね……私もこういう家族を作りたいわ……ねえイッセー」

「そうですね……でも感動に間をさすようで申し訳ないのですが、これ、息子の冗談と思われている可能性が大ですよ?」

 

一般人の親からしたらこれもカリフとのじゃれ合いのつもりで書いたのだろう……結果、リフォームに行きついた原因の一つなのかもしれない。

 

(鬼畜家のおじさん、おばさん……もっと息子のことを把握した方がいいですよ……幸せならそれで問題ないのですが……)

 

心の中でイッセーが物思いに耽っていた。

 

「まあ、風呂を少し大きく、最新鋭の設備にしてキッチンも設備を増やしてマッサージチェアと長野の温泉旅行チケットということにしよう。それで、次はオレの要望だが、例としてはこんな感じで書いてくれや」

 

カリフの取り出した紙をテーブルに広げ、皆が覗き込む。

 

『拷問部屋』

『おしおき部屋』

『解体部屋』

『火葬部屋』

『培養室』

『地下牢獄』

『イッセーを惨たらしくボコボコにする部屋』

 

「こんな感じで」

「お前は自宅をモンスターハウスにする気かあっ! さっきのご両親の要望聞いてた!?」

 

イッセーが鋭くシャウトしてカリフに詰め寄る。

 

「要は皆が安心するアットホームを望んでるのにお前はここでなにしようとしてんの!?」

「オレにだってやりたいことはいくらでもある」

「やりたいことって何!? 拷問部屋とおしおき部屋って何!? 解体って何を解体すんの!? 火葬部屋で何を火葬すんの!? 培養室で何を育てんの!? 地下牢獄で何を幽閉すんの!? そして最後の要望なにこれ!? 俺だけを標的にしてんの!?」

「どうせ気付いてんだろ!?」

「いやだー!! こんな連想ゲームしたくねーよ! 明らかに一定の人物をボコボコにして監禁して怪しげな実験やって、拷問やおしおき喰らって解体されて火葬されるーー!」

 

最悪のシナリオしか浮かんでこない地獄にイッセーは悶えていると小猫がさり気にカリフの服を掴む。

 

「……そんなのあったらおじさまたちが怖がるよ。だからイッセー先輩の部屋以外は変えた方がいい」

「小猫ちゃん? それって俺に死ねって言ってんの? 皆聞いた? この子俺に死ねって言ってるよ?」

「うむ……それもそうか……」

 

二人の冗談(?)にイッセーが騒ぐ中、朱乃が手を上げた。

 

「あの……これでいいでしょうか?」

「ん? どれどれ……」

 

『ピンク部屋』

 

「朱乃さーーーーーーーーーーーん!」

 

イッセーの腹からのシャウトに関わらず朱乃は顔を紅くさせる。

 

「もちろん、普通の部屋で誰かに見られるかも……って緊張感を持ったままの秘め事も魅力的ですが、やっぱり二人だけの空間も欲しいので……」

「じゃあ一応採用ね『談話室・盗撮、盗聴電波をシャットダウン様式(二人用)』っと」

「お前朱乃さんの要望を全っ然理解してないだろ!?」

「ふふ……それでも二人だけになれる部屋ができただけでも良しとしましょう。うふふ……」

 

朱乃は艶やかに笑っていると次にゼノヴィアとアーシアが手を上げた。

 

「こういうのはどうだろう。『簡易型の教会仕様』」

 

それにはイッセーは少し意外そうにする。

 

「アーシアも同じなのか?」

「はい! 何も教会そのものではなくて、中身を教会の宿舎みたいにして欲しいというのがあります」

「私たち元・信徒は昔馴染みだから落ち着くんだよ」

「へ~、なんだか面白いな」

 

イッセーが少し面白そうにしている中、カリフはこれもメモしていた。

 

本気で作るつもりなのか?

 

そうやって皆との意見交換は正午にまで及んだ。

 

 

 

 

 

正午、意見を出し尽くし、協議に協議を重ねた結果、以下の項目を建築することとなった。

 

『イッセーの家を転移魔法で繋ぐ魔法陣部屋 byリアス』

『ゲーム、マンガ部屋 byイッセー』

『稽古部屋 by木場』

『一人になれるダンボールのぎっしり詰まった安らぎの部屋 byギャスパー』

『談笑部屋 by朱乃&アーシア』

『開発・解析・実験部屋 byアザゼル』

『それなりに広い部屋 by小猫&ゼノヴィア』

『魔術本の書斎、魔法の実験部屋 byマナ』

『核シェルター、広い風呂、拷問部屋、処刑場 byカリフ』

 

 

でかでかとひとまとめにした紙に書き込み、皆で見つめる。

 

『『『おぉ~……』』』

「じゃあこんなんでいいか」

 

最後の方は色々と突っ込みたい所もあるけど、なんだか本気でゴージャス感溢れる家が目に浮かぶ。

 

皆で協議しまくった結果、なんともカオスな構造になるのは間違いない。

 

「アザゼル、こんな設備だが費用は足りるか?」

「足りるも何も……充分余るレベルだな。まだまだ一割にもとどかねえよ。あ、あと近辺住民のことなら既に平和に解決済みだから安心しな」

「マジでどんだけ蓄財してんだよ……もう色々と突っ込んだら負けかなって思うし……」

 

もう放っておくのが一番……そう思ってイッセーは平和に事が解決したことに安堵の息を吐いた。

 

「そうは言うけど僕は結構楽しみだよ? 皆で決めた希望がそのまま形になるって言うのもいいんじゃないかな?」

「はい! それでリフォームはいつやるんですか?」

 

嬉々としてギャスパーがカリフに向き直る。だが、全員はその先の光景に絶句してしまった。

 

「あれ?」

「あら?」

 

疑問の声が上がるのも無理は無い。

 

なぜならさっきまで普通の一般家庭に置かれているような家財道具の全てが姿を消していたのだから……

 

「あ、あれ? 先生……なんだかこの家、スッキリしてません? さっきまでテレビとか色々あったと思うんですが……って何してんすか?」

 

イッセーが突然、前触れも無く起こった超常現象に顔を引き攣らせてアザゼルに向き直る。

 

すると、そこには既に自分の荷物をまとめていたアザゼルとカリフがさも当たり前のように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何って……これからリフォームだろ?」

『『『……は?』』』

「てな訳で、お願いしまーす!」

 

未だに状況に追いつけていない面子を放ってカリフがだれかに叫んだ。

 

その瞬間、地響きが鬼畜家を襲った。

 

「な、なな何ですかこれ!?」

「あらあら……なんでしょう……」

「ひぃぃ~! 何ですか~!?」

 

朱乃は困り顔で少し狼狽する中、イッセーとギャスパーは抱き合って恐怖に耐えていた。

 

周りの皆が警戒し、己の武器を展開させようと椅子から立ち上がった時だった。

 

 

 

 

天井を突き破って『何か』がイッセーたちの背後に落ちた。

 

『『『……』』』

 

突然、後ろから轟音とミシミシと床を破壊する音に皆固まる中、アザゼルとカリフだけが比較的冷静だった。

 

「ほら、んなとこに突っ立ってると工事の邪魔だぞ?」

「こ、工事って……まさか……!?」

 

リアスの驚愕に二人がニヤっと笑う。

 

「これからこの家は生まれ変わるんだ」

 

楽しみにしていたリフォームが予期していなかった時期に開始された。

 

 

 

リフォーム計画立てたその直後、工事開始

 

 

 

 

 

「はい! オーライ! オーライ!」

「ほら! そこに移転魔法陣作って!」

「発注品の蓬莱木の柱届きましたーーー!」

 

今まさに急ピッチでカリフの家のリフォームが進んでいるのだが、皆はその光景を呆然と見つめていた。

 

「皆の意見をまとめてすぐって……あなた随分と急ぎ過ぎじゃないかしら?」

「そうか? セラフォルーが経営するこの建築会社にかかればどんな豪邸だろうと一日でできると聞いたから親が帰る前にやっちまおうと思っただけだよ」

「……それでも、こんな大事なことは話してもらいたかったよ」

 

小猫が訝しげにカリフを睨むが、どこか物思うカリフの表情に目を丸くした。

 

「……事前にシトリー建設会社の奴らが下見に来たんだけどよぉ……この家、あと何年かで倒壊する恐れがあったってよ」

「「え?」」

 

まさかの一言に今まで住んでいた朱乃と小猫が驚愕する中、カリフはショベルカーで壊されていく我が家を見つめる。

 

「当時の建設会社は度重なる欠陥工事の発覚が基で倒産しちまって、顧客データも処分されちまってたから謎だったらしいんだがうちもそうだったらしい」

「でも、そんな不便なことはありませんでしたわよ?」

「オレも最近まで気付けなかったからそう思うのも無理ねえかもしんねえが、柱から若干の腐敗臭が匂ったあたりからちょっとな……」

「……そう……でしたの」

 

朱乃と小猫は十年も住んでいた思い出深い家が倒壊する光景に少し寂しさを覚えた。

 

事情を聞いてからは仕方ないと思うも、やっぱり見慣れた家が形を変えていくというのも複雑な気分になってしまう。

 

「でも、十年もお前らや親共を雨風、雪、台風、地震から守ってくれてたんだよな……」

「……うん」

「あんな酷い手抜き住宅にも関わらず十年も耐えたんだからな……もう休ませてもいいだろ」

「そう……ですわね」

 

朱乃、小猫、カリフは目の前で崩れていく思い出の詰まった我が家を目に焼き付けて昔のことを思い出していた。

 

カリフはそんなに住んではいなかったが、この世に転生した直後にこの家に連れて来られた。

 

 

 

 

 

 

『ほ~ら、今日からここが私たちのお家でちゅよー』

 

 

 

『母さん! カリフがもう立ったぞ! しかもバク転までして荒ぶってる!』

『ふふ……将来はオリンピック選手にでもなるのかしらね』

 

 

 

『やあ、おはよう小猫ちゃん』

『……おはようございますおじさま』

『ねね、今日スーパーで小猫ちゃんに似合いそうな服を見つけてきたの。着てみて! 絶対に可愛いと思うから』

『え、でも悪いです……』

『遠慮はいらないよ小猫ちゃん。親子で遠慮するのはおかしいじゃないか?』

『で、ですが……』

『いいのよ。あなたのお姉さん……黒歌ちゃんも小猫ちゃんも、夢に向かっているカリフも皆みんっな私たちの家族なんだから』

 

 

 

 

『そうか……君が昔に引っ越してからバラキエルさんと朱里さんが転勤で朱乃ちゃん一人で……』

『はは……お恥ずかしいお話です。またこの街に私だけ戻ってくることとなったのでご挨拶に来ました……』

『まさか朱乃ちゃんがこんなに美人になって戻ってくるなんて……カリフもいたらさぞ喜んだでしょうに……』

『いやいや、あの時の朱里さんの遺伝子を忠実に受け継いで美人になったね』

『うふふ……ありがとうございます』

『それで、ここで住む場所決まったのかい? もし決まってないのなら家に来なさい』

『え、でもそれは……』

『お父さん。朱乃ちゃんには住む場所はもう決まってるって言ったばかりですよ……だけど、私もたまに遊びに来てほしいわ』

『その……ご迷惑では……』

『いいんだよ。僕たちは全力で君を歓迎するよ』

『むしろ謝るのは私たちの方。一緒に息子の帰りを待ってて欲しいっていう私たちの我儘になっちゃうわね』

 

 

 

 

 

 

 

 

『母さん。カリフってやっぱり他の子たちと違って元気すぎるって』

『いいじゃないですか。皆が変な顔しても私たちの息子は自慢の息子だって決めたじゃないですか?』

『もちろん、分かってるよ。ただ、これだけ元気だと将来何になるんだろう……てね。はっはっは……』

『ふふ……そうですね。この子がどれだけ人と違っても、この子が元気で、道を外さなければ私たちの自慢よ……』

 

 

 

 

 

『愛してるわ』

『強い子に育つんだぞ~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なってやるさ……世界一の息子に……」

「?」

「……何か言った?」

「いや、ただの独り言だ」

 

昔を思い出しながら立ち上がると、カリフは再び決意を胸に固める。

 

ゼノヴィアとマナに向き直る。

 

「明日からはお前らも正式に鬼畜家の一員となる。長い付き合いになるだろうが……まあよろしくっことだ」

「あぁ、こちらこそ。明日からお世話になるゼノヴィアだ」

「こんな無茶な申し出を受けてくれたことに感謝します。私はマナと言います」

 

カリフは二人の改まった自己紹介に不敵の笑みを浮かべる。

 

そして、イッセーたちに向き直った。

 

「よし! 今日はイッセーの家で寝泊まり決定だ! すでに荷物は魔法陣で送っておいた!」

「って、おい! お前最初は今日はホテルで泊まるみたいなとか言ってなかった!?」

「考えてみれば明日は休みだからな。今日くらいは羽を伸ばしてやる」

「あらあら、面白そうですわね」

「……お邪魔します」

「カリフが行くなら私も行こうかな」

「お、お邪魔してもいいかな? 兵藤くん」

「あら、面白そうじゃない。ねえ? アーシア」

「はい。これがお友達でやるお泊まり会斗言うものですね! 感激です!」

 

美女軍団は全員決定

 

「あはは、面白そうだから僕たちも行こうっか」

「あわわ……僕もイッセー先輩の家には興味があります~」

「じゃあ俺もお邪魔しちまおうっかな?」

 

木場、ギャスパーにアザゼルもイッセー宅に突撃決定

 

 

「うええ~!? 俺んちこんなに入らねえんだけど!?」

「床に布団でも敷けばいける! 問題ない!」

「問題ありまくりなんだけど!?」

 

 

辺りはすっかり日が沈んで暗くなっている中、オカ研メンバーは騒がしくも楽しいひと時を満喫していた。

 

 

 

今日も世界は平和に過ぎていった。



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閑話休題・身体測定

今回はテスト空けということで遅くなってしまった上に終わり方も微妙になってしまいましたことをあらかじめお詫び申し上げます。
こんな作品でも楽しむことができたら皆さん凄いです


『悪魔だ……』

 

違う……

 

『宇宙の悪魔だ!』

 

違う……!

 

『制御の利かなくなったお前は足手纏いだ』

 

……止めろ

 

『可哀そうだが……よ…………』

 

止めろ

 

それはオレじゃない!

 

 

その先を……言うな……

 

黙れよ……

 

『お前もこの星と共に……』

 

耳障りだ……黙れよ……!

 

止めてくれ……それはオレじゃない……!

 

 

 

 

『死ぬのだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れぇっ!!」

 

ベッドの上から大音量の叫びを上げてカリフは起きた。

 

汗でびっしょりに濡れた顔はいつもよりも真っ青に変色していた。

 

「はぁ……はぁ……くそ……いてぇ……」

 

朝っぱらから嫌な夢を見たせいか、偏頭痛に頭を垂れた。

 

これがカリフのコンプレックスの一つでもある。

 

半年、いや、三か月に一回のペースで自分の記憶にない夢を見てしまう。この偏頭痛は元の世界にいた時から全く変わることなく、十年以上も続いている。

 

原因は言わずもがな、『オリジナル』の影響がカリフに流れていることである。どう言う訳か分からないが、クローンであるカリフの遺伝子にブロリーの情報さえも受け継がれたのではないか……そういった仮定でしかこの病気は説明できなかった。

 

明確な治療術も無いまま今に至り、この治らないでいた。

 

「今……やべ……九時か……」

 

時計をチラっとだけ見ると、休日の時間としては大寝坊だった。

 

生活リズムを崩すのはトレーニングのスケジュールとしては痛恨のミスであり、客観的に見ても不自然なことだった。

 

頭痛自体は朝飯と時間が治してくれるのだが、その間がもう苦行である。

 

いつもより重い足取りで自分の部屋を出て行く。と、ここでいつもと家の構造が違うことを思い出した。

 

「……あ、そういえば昨日リフォーム終わったんだった……」

 

気だるそうに広い豪邸の中をトボトボと歩いて行く。今思ったことだが、所々にセラフォルーのセクシーショットを模した石造があるのがとても憎らしい。

 

色々といつもの姿、はたまたメイド服やチャイナ服、セーラー服にブレザー制服やスーツ姿、果てにはきわどいV字型のブラジル水着や手で胸と秘部を隠すセクシーショットの全裸姿を模ったセラフォルー石造の並ぶ通りまであるくらいだ。

 

「……」

 

カリフは果てまで続く馬鹿丸出しロードを一瞥した後、何も無かったかのようにその通りを露骨に避けた。頭痛が一層増したのは絶対に気のせいじゃない。

 

何も見なかったようにまた別の場所を歩いていると、やっと知っている気を察知した。

 

複数集まっている上に、我が家に同棲していない者……つまりはオカ研全員の気配を察知していた。

 

(……まだいるのか……)

 

しかも、今日に限ってはさらに大人数で我が家に集結しているのを感じる。

 

気配はソーナ率いる生徒会メンバーだった。

 

休日とはいえ、豪華メンバーが家に集結しているこの状況にカリフは首を傾げた。

 

食卓を後回しにカリフは玄関前のホールの二階テラスから一階を見下ろすと、そこには全員が集結していた。

 

休日とはいえ、もう全員私服姿でそれぞれ談笑していた。

 

遠巻きに眺めていると、アザゼルがカリフに気が付いて呼びかける。

 

「よぉ! 今日は随分と寝坊だな!」

 

アザゼルに釣られて皆の視線が未だ寝巻姿のカリフに集まる。

 

「あらあら、おはようございます。今日はどうなさいましたの?」

 

いつもの生活リズムを乱したカリフに朱乃が心配そうに聞くと、カリフはそれほど気の入らない声で返す。

 

「今日は……まあ調子が悪かっただけだ」

「風邪か? お前が?」

 

イッセーが訝しげに聞く反応にカリフは手を振ってそれを否定する。

 

やっぱり様子がおかしい……いつもより勢いが無い。

 

皆はどこか拍子抜けするような感じに囚われる中、アザゼルが呆れた様子で聞いてきた。

 

「おいおい……お前、今日の測定は大丈夫かよ?」

「測定?」

 

カリフが訝しげに聞くと、アザゼルは呆れて溜息を吐く。

 

「お前……今日はお前の身体能力を計る日だろうが」

「…………あ」

 

そこまで言われてやっと思い出した。そういえば放浪時代に自分の成長を客観的に見ようとアザゼルと一緒にそんなこともしてたな……と

 

だが、腑に落ちない点もあった。

 

「なんでオカ研と生徒会がいるんだよ? 巻き込まれても知らねーぞ」

「それは私たちからの希望よ」

 

アザゼルの代わりにリアスとソーナが豊満な胸を張って前に出てきた。

 

「人間でありながら強靭な体と戦闘力を誇るあなたの身体能力の数値化には興味があったの」

「私もリアスと同様です」

 

淡々と話す二人に表情も変えず、アザゼルに目配せすると、その意思を読み取ったアザゼルは再び語る。

 

「まあ、要は少しでもお前の実力の一部を把握したいってことだ。なにせ、お前たちの学園は今や超常現象と様々な力のオンパレード、更に言えば三勢力の同盟を結んだ聖地とも言える。そんな校舎で今後戦闘が起きた時、学園を渦巻く力の波動が暴走する恐れがある」

「……それを防ぐためにオレの強さを数値化するってか?」

「そうだ。場合によっちゃあ学園の力がお前の力に触発されて暴走するってのもあり得るからな。その対策として今日の測定がある」

 

そんなことを聞かされては受けるしかないと思い、カリフは気だるそうに返す。

 

「あ~分かった……飯食えば頭痛は消えるからその後で……」

「おう、早くしろよ。あ、それと……!」

 

アザゼルが途中まで何か言いかけたと思いきや、カリフにとって捨て置けないことを言った。

 

 

 

「お前の部屋の前の石造……どうだ?」

「……やっぱてめえか」

 

ニヤケ声に反応してカリフがアザゼルを鋭い視線で射抜く。

 

迫力ある睨みにイッセーたち生徒組は震えあがるが、アザゼルだけは揺るがずにニヤニヤしながら続ける。

 

「セラフォルーにはお前の好みを教えといた。その様子から察するにあったようだな~♪」

「……なんのことだ?」

「ま~たまた~……本当は嬉しいんだろ? この制服萌え」

 

アザゼルの言葉に周りの皆は大いに驚き、あのソーナでさえも目を丸くして驚愕していた。

 

「え? 先生……カリフが……その、制服って……」

「あ? あぁ、お前たちは知らなかったんだな」

 

未だに面白そうに話すアザゼル。本来なら一気に距離を詰めて一発捻り潰す所だが、今は頭痛のせいでそんな気も起きない。

 

別に知られてもそんなやましいことは無いとカリフは溜息を吐いて食堂に向かう。

 

それを了承したと捉えたアザゼルはニヤついてイッセーたちを集める。

 

「あいつな、実はスクール制服とチャイナ服とかに萌えるんだと」

「マ、マジっすか!?」

 

イッセーと同じ気持ちなのか皆は意外そうに息を吐く。その中でもオカ研の反応が特に顕著だった。

 

それもそのはず、あの恋愛に興味所か女と男をも容赦なく殴っては制圧する残虐非道な後輩に性欲があったとは……そう思わざる得なかった。

 

「は、初めてだわ。そんな攻略法があったなんて……」

「これはひょっとしなくてもチャンスじゃないか?」

「えっと、スクール制服とチャイナ服……」

「ちなみにあいつは軍服とかスーツとかブラウスとかブレザーネクタイとかの傾向が顕著だな。できる女系かおしとやかで上品な女のような格好、もしくはラインがくっきり表れるタイト系も好きだな」

「え? 本人はあんな狂暴で我儘なのにおしとやかで上品な人好み?」

 

なんだかあまりにギャップの大きすぎるぶっちゃけ話に恋する乙女は一字一句洩らすことなく話しを聞いてメモを取る。イッセーや匙は無言で握手を力強く交わす。

 

(結構可愛いところもあるんだね。彼……)

 

唯一、木場だけが苦笑しながらも意外と自分たちと同じような趣味を持ってたことに安堵する。

 

(憎しみや野望だけの人生だなんて寂しいからね……)

 

一度は外れかかった自分を見つめ直し、いかに自分が愚かだったか思い知ったのも最近の話。

 

確かにカリフは強い野望と欲望を持ってはいるが、彼はこの世界を充分に楽しんでいる。仲間が灰色の人生を歩んではいないことに安堵できた。

 

「……なんでそんなことが分かるんですか?」

「だってあいつ自分からベラベラと喋ってくるんだもん」

「『もん』って……よく喋らせることができましたね」

 

イッセーがそう言うと、アザゼルは得意気にイッセーたちの知らない情報を教えてくる。

 

「頭の回転速くて驚異の身体能力を誇るあいつだが、実はアルコールはめっっっちゃ弱いんだぜ?」

「え?」

「いや~、俺も初めて知った時はマジで驚いたぜ。あいつチューハイ一杯目からグデングデンになって絡み上戸になるから笑いが止まらなかったのなんのって」

「ええぇぇぇぇ!? あのカリフが絡み上戸!?」

 

いくらなんでもその情報は難易度が高すぎた。

 

あの無愛想で無骨なカリフが酒の席では他人に絡んではお喋りキャラになってしまうという事実は驚愕的だった。

 

「今度やってみろよ。お前ら相手になら甘えてくるかもよ?」

「先生。生徒に飲酒を勧めないでください」

 

キラっと目を光らせるソーナの傍では朱乃、ゼノヴィア、マナが肩を組んで会議していた。

 

「今回の成果はあまりに大きかったですわ……だけど……」

「ああ、だがそんなファッションのことなど私は無知に近い。すまない……」

「……一応は制服やバニーガールの衣装までは持っているんだけど……どうでしょうか?」

「あらあら、マナちゃんはなんでそういうのを持っているのかしら?」

「アニメコスプレは魔法使いの嗜みですが……何か問題でも?」

「「いや、GJ(です)」」

 

ビシ、バシ、グッグと息の合ったハイタッチを三人で交わす。

 

小猫はそんな三人の輪をチラチラと横目で見つめながら気になっている様子。

 

そんな三人が面白かったのかイッセーも面白がって口を吊り上げる。

 

「先生! カリフってエッチの拘りとか持ってるんですか!? 好みはおっぱいだとかどうとか!」

 

元気よく挙手するイッセーにアザゼルは表情を引き締めてイッセーを視線で射抜く。

 

「俺がそんなベラベラとあいつの情報を喋ると思うのか? 本人が嫌がるかもしれないことを……」

「そ、それは……すいません」

 

アザゼルは項垂れるイッセーを一瞥して溜息を吐いた後、真顔で言い放った。

 

 

 

 

 

「あいつは着衣プレイが好みだ」

「マジっすかwwwwww」

 

アザゼルもキリっと悪ノリに走り、イッセーと共に大きく笑い声を上げる。もはや最低で下劣だった。

 

「しかも、聞けよ。あいつってばあの時も……!」

「え? なんすか? 落ち着いて喋ってくださいよ」

 

中学二年生のノリで面白がってカリフの暴露話に花を咲かせる二人に周りもジト目で見つめる。

 

「イッセー。その辺にしないと後が恐いわ……よ……」

 

止めに入ったリアスだったが、すぐに方向転回してアザゼルたちから露骨に離れていく。

 

「……遅かった……」

「ひいいぃぃぃぃぃ……先輩~……」

「……残酷かもしれませんが一つ言わせて下さい。―――自業自得です」

 

他のメンツもリアスと同様に冷や汗を流してその場から後ずさって離れていく。

 

そんな周りのことも知らずにアザゼルたちの悪ノリは未だに続く。

 

「あいつなぁ……ああ見えても実はな……」

「ほうほう、それでそれで?」

 

二人は知らなかった。

 

今まさに自分たちの背後に『静かに怒れる般若』が自分たちをロックオンしていることに……

 

その般若、気配を殺しながら小柄な体を筋肉で膨張させて異形と化していた。体が肥大化し、全身くまなく浮きあがる血管の筋と怒りに震える体。

 

その全てを要約、理解したリアスたちにはもう彼らを救うことなどできない。

 

朝食を終えて頭痛が治ったかと思ったら玄関先で必要以上の個人情報を暴露するだけに飽き足らず笑いの種にまでしている。

 

普通の人でもこれは許し難い行為だということはバカでも知っている。そして、今回の相手が最悪だということも……

 

そんなバカ共にカリフの堪忍袋の緒はもう限界を迎えてしまった。

 

 

 

 

プチッ

 

マヌケで呆気ない音だったが、これが彼の我慢の限界を突破とバカ二人の地獄行きが決定した瞬間だった。

 

確かに耳にしたリアスたちはもう考えるのを止めた……

 

ゴキ、バキャ、メリ……

 

「「?」」

 

後ろからの異音にアザゼルとイッセーは何事かと後ろを見た瞬間、本当にあっという間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の目の前に硬く、硬く握られた拳が迫って来た光景を最後に何かが潰される音と激痛と共に二人は意識を手放した。

 

 

「で、これどうするのよ……」

「知るか」

 

見事に顔面が陥没したアザゼルとイッセーを縄で縛りあげているカリフは苛立ちを隠さずに吐き捨てる。

 

先程の弱々しい姿は身を潜め、いつものカリフに戻ったのだと安堵した。

 

がっちりとイッセーたちを拘束したカリフは縄を持って家の中へとアザゼルたちを引きずっていく。

 

「……兵藤っていつもあんな感じなんですか? よく死ぬ~、てボヤいてたのは知ってるんっすけど」

「……今日はまだ序の口かしらね……いつもは十字架を溶かして加工したナイフや聖水を用いるよりはマシな気がするわ……」

 

リアスの返しに匙たち生徒会メンバーは血の気が引いたのを感じた。幾らなんでも悪魔相手に……なんて思いこみがいかに甘っちょろいかを悟られた。

 

だが、普段の彼の素行から充分に有り得ることだと納得もできる。

 

しばらく進んでいくと、豪邸の地下に入っていくこととなった。

 

階段を下りていつまでも続く細い道を歩いて行く。

 

しばらく歩き、痺れを切らした匙がカリフに尋ねる。

 

「なあ、今日はお前の能力測定って聞いたんだけど、なんでこんなとこに……」

 

訝しげに聞く匙。と、ここでカリフ一行は大きくポッカリと空いた空間に出た。

 

今までの細く狭い道とは違って広々とした空間とドーム状の空間に出た。

 

「多分、設計図ではここでいいと思うんだけどな……」

「ここで何をするの?」

 

リアスが聞くと、カリフは笑みを浮かべて答える。

 

「ここはセイクリッド・ギアの力を倍増させる機能を備えた部屋だ。ここでオレのセイクリッド・ギアを使う」

 

その答えに全員が目を見開くも、リアスたちはどことなく嬉しそうだった。

 

「そう言えばあなたもセイクリッド・ギアを保有してたんだったわね。今日でやっとお披露目と考えていいのね?」

「まあな。これは実戦で使わないということで後天的にアザゼルからもらった物だから機能も若干の不備があるんだよ。オレの結界具現化系は最大人数はオレを含めた二人だけ、だとか」

 

それで今まで披露することはしなかったのか……要は見せないということもあるけど一気に見せられないから今日までカリフのセイクリッド・ギアを体験することがなかったのだとリアスは考える。

 

一通りの説明を終えた所でカリフは縛り上げていたアザゼルとイッセーを地面に置いて……

 

「おらァァァァァァァァァいつまでも寝てんじゃねえぇぇ! さっさと起きろこのハナクソ野郎どもぉぉぉぉぉ!」

 

怒声を上げながら気絶していた二人の顔を蹴り上げた。これには他の面子もビックリ仰天して体を震わせた。

 

「ちょっ! おま……!」

 

いきなりの凶行に匙は情けない声を出してカリフを諌めた。

 

「おおぉぉぉ……」

「ぬおおぉぉぉぉお……」

 

当然、アザゼルとイッセーは痛みで意識を取り戻したものの苦痛に悶える。そんなアザゼルの首根っこを摘まみ上げて互いに向き合う。

 

「おら、早くセイクリッド・ギアの発動方法吐け」

「その前に謝罪とかはねえのかよ……制服萌え」

「そんなこと言わねいで教えてくれてもいいじゃないかぁ」

「だぁぁぁぁぁぁぁ! ち、千切れるっ! 鼻、鼻、……止めてそれだけはっ!」

 

申し訳なさそうに返すカリフだが、反対にアザゼルの鼻に二本指を無理矢理突っ込んで体を持ち上げようとしている。鼻に自重量がかかる痛みにアザゼルはカリフの腕を掴んでもがいている。

 

流石にこれ以上は見ていられなくなったのか木場はそろそろ暴走気味のカリフを諌める。

 

「と、とりあえず僕は早くカリフくんのセイクリッド・ギアを見たいな~……ねえ部長?」

「え、えぇそうね……カリフ……」

「……まあいい。とにかくさっさとやっちまおう」

「ぐおっ!」

 

急かされて渋々だがアザゼルをぶら下げていた手を治めると、解放されたアザゼルは痛む鼻を抑えて起き上がる。

 

「くそ……俺のセクシーな鼻になんとことしやがる……」

 

憎々しげに携帯してあった鏡で大きく広げられたと思われる鼻を眺めていた。

 

そんなアザゼルをよそにカリフは部屋を見渡してアザゼルに説明を促す。

 

「ここで発動させるだけでいいのか?」

「ああ、基本的に特殊な操作は必要とはしねえ。セイクリッド・ギアの展開と呼応してこの部屋も一緒にお前の心情世界を映し出すってことさ」

「ということは……この部屋もセイクリッド・ギアの一つ……と考えてもよいのですね」

「正解だ。理解が早くて助かる」

 

ソーナの答えに周りの皆が興味本位の眼差しで部屋とカリフを見渡す。部屋はもちろんのこと、カリフの未知のセイクリッド・ギアにも興味が湧いた感じである。

 

「じゃあ行くか」

「おう、俺も早めに終わらせたいからな」

 

そう言って部屋の真ん中にまで歩み、皆が見守る中でカリフは深呼吸をしてからセイクリッド・ギアを発動させた。

 

「永遠の素晴らしき世界《ワンダフル・パラダイス》……発動!」

 

その瞬間、カリフを中心に眩い光が辺りを照らし、リアスたちはあまりの眩しさに目を瞑った。

 

 

「お、どうやら上手くいったようだな」

「これはいい……これで訓練場所の解決にも繋がった」

 

カリフとアザゼルの比較的嬉しそうな声が聞こえてくる。

 

気になってリアスたちは目を開いた。するとどうだろう、目の前に広がっていたのは予想以上の光景だった。

 

「すっげぇ……ここって……」

「グランド……キャニオン……?」

 

リアスたちの目の前に広がるのは視界いっぱいに広がる雄大な谷だった。アメリカのグランドキャニオンを彷彿させるほどの圧倒的光景が目の前に広がっていた。ほとんどがそんな圧倒的な光景に心を奪われていた。

 

「うわぁ……さっきまで部屋の中にいたのに……」

「しかも少し暑いし、ジメジメもしていない。環境まで違う」

 

生徒会メンバーも初めて見る結界創造系のセイクリッド・ギアに感嘆の声を洩らしていた。そして、リアスたちはグランドキャニオンの中に場違いに佇む場違いな宮殿を模した休憩所、社の中に佇む。

 

そして、その社の中にはベッド、そして栄養食だけの冷蔵庫と無味簡素でありながら必要最低限の生きるためのスペースが設けられていた。

 

「この中は随分と簡素ね……なんだか異世界に飛ばされた気分だわ」

「無駄な設備を省くことで性能向上に成功したんだ。しかも、使い続けるうちに妙な機能が追加されてた」

「機能? 環境変化の他に?」

「謂わば突然変異みたいなものさ。そして、その機能にちなんでこのセイクリッド・ギア……またの名を……」

 

実を言えば、このセイクリッド・ギアはカリフの記憶から具現化された代物だった。

 

生前の世界で一度は味わった修業するだけの空間。

 

悟空たちが今までの地球の危機を切り抜けてきたのもその部屋の役割が大きい。

 

「“精神と時の部屋”とも言う」

「精神……時……? それが新しい機能という奴なのか?」

 

ゼノヴィアが疑問を口にすると、代わりにアザゼルが答える。

 

「言葉の通り、ここは心身とも鍛える……というのはもう知っているな?」

「たしかにこの環境であればカリフくん思いっきり動き回れますね」

「あぁ、知っての通りこいつの身体能力は無敵を通り越してもはや異常だ。そんなこいつが気兼ねなく動き回れるという点でこれは充分優れているが、もう一つの最も大きな利点がある」

「もう一つ?」

 

首を傾げる皆にアザゼルは笑って続けた。

 

「この中での三秒が外で一秒になる……と言えば分かるか?」

 

アザゼルの説明によって全員が相当に驚いている。

 

何せ、時間の概念を捻じ曲げるような極めてレアなセイクリッド・ギアの上、中の環境まで再現してくれるような追加機能も備えている。

 

「す、凄いですねそれ……」

「時間操作まであるなんて……レア中のレアセイクリッド・ギアじゃない……」

「というかこの中で過ごしたら他の人より歳を取るんじゃあ」

「実際にはあっちでの一秒がこっちの三秒になるように俺たちの体感速度が速く研ぎ澄まされてるってわけだ。だからこっちで一日過ごした気になっても実際は半日しか経ってないとかそんな感じだ。まだそこまで時間の理念を狂わせる技術は無理だ」

 

それでも結界系で考えれば絶霧(ディメンジョン・ロスト)には及ばないにしろロンギヌスの一つと見てもいいのではないかと思う。

 

この結界に不特定の相手を閉じこめてしまえばどうとでもできるはずだった。

 

一対一であれば間違いなく最強を誇るカリフと干渉不可能の結界内に閉じ込められる……分かりやすく言ってしまえば人間が猛獣の檻に迷い込むのと同義である。

 

連鎖的に悪寒が奔ったのを機に皆は話題を変えようと本題に入るよう促す。

 

「と、ところでここで身体測定ってどうやってやるのですか?」

「そう慌てんな。このフィールドは社に設置されているコンピュータみたいな制御装置で制御されているから調節しねえとお前らは外に出ることさえできなくなるぞ」

 

また意味深なことを言っているようだが、また後で聞けばいいかと思って皆はスルーしている中、カリフだけが柔軟運動を始めていた。

 

手首を曲げて上下に180度折り曲げたり開脚でも地面に股まで密着させて180度綺麗に足を開く。

 

オカ研メンバーには見慣れた光景だが、マナやギャスパー含め生徒会メンバーは何気なく作り上げられた柔軟性に感嘆していた。

 

その様子に気付いたアザゼルがメンバーに教鞭をとる。

 

「あいつの筋肉はたしかに力強いが、同時に柔らかくもある。柔らかい筋肉は外からの力を最大で八割にまで緩和させる。悪魔では駒の役割に関係なく重要な要素だ」

「うわ~……間近で見るとやっぱり違うな……」

 

カリフの雰囲気に匙も舌を巻き、他メンバーもカリフの気にあてられて少し緊張している中、アザゼルは言った。

 

「丁度いいからお前らもやってみねえか? 測定」

「え?」

 

アザゼルのこの言葉をきっかけに急遽としてオカ研と生徒会メンバーを加えた身体測定が開催されることになった。

 

 

 

突然のことだったので着替えはアザゼルがこういうことを見越して持ってきて置いた体操服で済ませた。

 

今回、測定してもらう面子はオカ研からは先程復活したイッセーや木場、小猫とゼノヴィア

 

生徒会からは匙とルークの由良の二人だけの参加となった。

 

後のメンバーは社の中で待機という形となった。

 

同じくストレッチも済んで体を温めている……と言っても外気温が元々高いため体をほぐす程度に動かしていた。

 

「にしても、カリフのセイクリッド・ギアだろ? ドライグや匙と木場のセイクリッド・ギアも出てくるんじゃあ……」

 

イッセーが心配している中、急にブーステッド・ギアが現れ、宝玉が光る。

 

『その心配はしなくていい。今回のこのワンダフル・パラダイス……少なくとも無理矢理具現化させられるような不備は見受けられなかった』

「そうなのか?」

『あぁ、これは推測だが、前回はお前の夢の中での発動だったから重量ある思念体となって出ることができたが、今回は現実世界での発動だからな。当然、現実世界で俺の体はもう存在しない。そこらの違いだろうな』

「へぇ~……お前にも色々あるんだな~……」

 

イッセーが呑気そうに呟いているとドライグが再び喋る。

 

『まあ今回は相棒にとっていい機会だと思うぞ?……奴を目指してるんだろ?』

 

奴……誰とは言わないが、イッセーはその意図を理解した。

 

「あぁ、全然追いつくどころか背中すら見えてないけどよ……」

『それはこの場にいる全員が同じだ。だからこそどんなに差を見せつけられても落ちこんでテンションが下がることはないだろう』

「もう充分に味わったからなぁ……俺にできることはただ昇っていくだけだよ」

『そう思っているならそれで充分だ。だが、一つ言っておくぞ相棒……』

 

急に強張った声にイッセーが疑問に思っていると、少し間を置いた時に言った。

 

『お前は仮にも赤龍帝の名を背負った者なのだ……ここいらでお前の成長を見せてやろうじゃないか』

 

ドライグが不敵そうな声で言うと、イッセーもそれに答えるように力強く返す。

 

「あぁ! でなければハーレムなんて夢のまた夢になっちまうからな!」

「それなら、僕も混ぜて欲しいかな?」

 

そう言って木場が背後からブーステッド・ギアに手をのせてきた。

 

イッセーが何か言う間もなく今度はゼノヴィアが木場の手の上にさらに手をのせてきた。

 

「これは試合前とかに『行くぞー! オー!』とか掛け声を出して気合を入れる奴か? それなら私も混ぜて欲しいな」

「……先輩だけでは空周りしてしまいそうですから私もやります」

 

そこに小猫も加わり、その様子を見ていたであろう匙と由良も加わって手をのせてきた。

 

「あれ? なんで匙に由良さんも加わるんだ?」

「硬いこと言うなよ兵藤。たまには会長に恰好いいとこみせたくてな」

「まあ、私は面白そうだからかな。こういうノリは結構好きだからね」

 

そんな二人にイッセーたちに触発された形ではあるが、笑みを浮かべた。

 

「よっしゃあ! それじゃああいつには遠く及ばねえけどせめてあいつが驚くくらいの成長を見せてやろうぜ!」

「「「おうっ!」」」

 

やる気と共に円陣での号令を響かせる面々を遠くでリアスたちは微笑んで見ていた。

 

「あらあら……青春ですわね」

「えぇ……あれならいい結果も出せそうだわ」

「ふふ……匙や由良も負けてはいませんよ?」

「あら、うちのイッセーたちも最近は凄いわよ?」

 

何やら熱くなっているリアスとソーナの間に火花のような物が弾けている。少し近寄りがたい雰囲気の所へカリフがイッセーたちとは違ういつもの恰好でアザゼルと一緒に見ていた。

 

「何だか面白いことになってきたな」

「まぁ、オレの邪魔さえしなきゃ別に構わねえよ。まぁ、あれくらいの馬鹿さがねえとこれからがきついからな」

 

そう言うカリフの脳裏には新たに現れたテロ集団のカオス・ブリゲートと白龍皇のことが思い浮かぶ。

 

これからは今までとはケタ違いの強敵と必然的にぶつかっていくのだろうと容易に想像できる。しかもここにいる悪魔や魔法使いのスペックだけ見ても相当に逸脱している。狙われる可能性は絶対にある。

 

「新たな世界のあり方に今までくすぶっていた危険因子も大手を振って暴れ出すかもな……」

「何も嫌なことだけじゃない。これを機にダークエルフと虐げられてきた被差別種族の人種差別政策の廃止……奴隷制度解体といった暗部に追いやって来た問題にも大手を振って着手できる。悪いことの次には必ずいいこともある……あいつ等見てるとそう思えてくる」

 

アザゼルがそう言うと、カリフも少し表情をフっと緩ませる。

 

「それもそうだな……だからこそ今日の身体測定には最高の価値がある」

「?……まあお前が前向きな姿勢なら助かる。今日の結果次第でこのセイクリッド・ギアもバージョンアップさせられる」

「ふ、元よりそのつもりだ……オレの新技でも一気に消化してやる」

 

そう言いながらカリフはイッセーたちと同じ場所へ向かって行った。その後ろ姿にアザゼルは呟く。

 

「じじくせえこと言いやがって……」

 

その声にはどこか希望とも期待とも取れる声色が含まれていたのだった。

 

 

 

ようやく始まった身体測定

 

測定するのは今回は単純なパワー、スピードだけとなった。今回はカリフだけの予定だったのでイッセーが『耐えられる』程度の設備などまだ装備されていないのが理由である。

 

後の要素も大事なのだが、今回はセイクリッド・ギアの実験とイッセーたちの安全を考慮して力比べ以外は普通の学校方式となった。

 

スピードは50メートル走、そして、パワーの採点法はというと……

 

 

 

「この岩を力一杯殴ってこれが凹んだ距離で採点する。簡単だろ?」

「そんな簡単に言わんで下さい……なんすかこのサイズ……」

 

イッセーたちの目の前には全長30メートルくらいの巨大な大岩を見上げて絶句した。

 

人が豆粒にしか見えないほどの巨大な大岩に皆も驚いていた。

 

「じゃあ最初にゼノヴィア、デュランダルを使ってみろ」

 

アザゼルの指示に全員が驚いた。

 

「いいの? 多分だけどゼノヴィアのデュランダルがこの面子の中で最大の攻撃力を誇るわよ?」

「いいんだよ。ここの環境はちょっとの衝撃じゃあ壊れやしねえよ。だから全力でやっちまえ」

 

社の中からそそのかすアザゼルにゼノヴィアは応えるように亜空間からデュランダルを取り出した。

 

「うん、それなら思いっきりやっても構わないね」

「おいおい、いきなり全力か?」

「ここで少しでもポイントは稼いでおきたいからね。スピード勝負ではあまり目立てそうにない」

 

イッセーと話しながらゼノヴィアは力一杯デュランダルを振りかぶり、莫大な聖のオーラを溜める。

 

「おわっ!」

「くっ!」

 

オーラがイッセーたちを吹き飛ばす中、ゼノヴィアだけがオーラの嵐の中心で力を溜め続ける。

 

そして……

 

「はぁっ!」

 

力一杯にデュランダルのオーラを大岩に叩きつけると同時にとてつもない爆音と爆風が辺りの土ぼこりを吹き飛ばした。

 

だが、それらの衝撃波は結界の代わりとなる社には届かず、それどころか避けるように枝分かれしていった。

 

あらかじめ社には影響は無いと聞いていたリアスたちは安心して観戦を続ける。

 

「これが聖剣デュランダルの力……まだ成長過程とはいえ凄まじい威力ね……」

 

ソーナが感嘆を洩らし、リアスも誇らしげに腕を組みながら晴れていく砂嵐を見つめる。このカリフを除いた面子の中で最高の攻撃力を誇るゼノヴィアの一撃だ。たとえ大岩だろうと一たまりも無いはず。

 

(貰ったわ! この勝負!)

 

いつの間にかソーナと競っていたであろうリアスは晴れてきた大岩を目にして……絶句した。

 

「なっ!?」

 

なぜなら、その巨大な大岩は砕ける所か、少しの穴を空けただけで悠々とそびえ立っていた。

 

穴は空いているものの、大岩のサイズと比較したら、まるで卵の一部が欠けたくらいに微々たるものだった。

 

「そんな……デュランダルでも破壊できなかっただなんて……」

「先生! これ硬すぎじゃないですか!」

 

ゼノヴィアは最高の技を放ったにも関わらず全然砕けていない様子に自信を喪失してしまった。イッセーもあまりに非常識な設定に抗議の声を上げると、アザゼルは全く気にすることなく普通に言った。

 

「いや、その岩を大体5メートルくらいは削れたんだ! 中々いい結果だと思うぜ!」

「えぇ!? これがですか!? ゼノヴィアで五メートルのくぼみしか作れないんなら俺たちのなんてもっと取るに足りませんよ!」

「そりゃそうだろ。その大岩を一撃で破壊するには最低でも上級悪魔級のパワーが必要になってくるからな。今のお前らでは精々削り取るくらいが限界だ」

 

そんなアザゼルの答えに全員が目を丸くして驚いた。自分たちが考えていた以上に硬い岩盤を見上げる。

 

「でも判定は岩の窪みの深さで測定するんでしょ? 正直、サジはこういったパワータイプではないので砕くなどとは……」

「砕けなければその時の衝撃で力を測定するさ」

 

それなら一応、パワーは測れるだろう、そう思ったイッセーたちはとりあえずベストを尽くすことにした。

 

 

 

 

 

五人の結果が集計されたデータを見てアザゼルとカリフは意外そうに舌を巻いた。

 

まず、ゼノヴィアの記録は5m40cmとやはりパワーではトップであった。

 

その次にカリフ直々に訓練を見てもらっていた小猫が4m20cmとカリフも予想以上に小猫が成長していたことに驚く。

 

その次に由良が4mジャストと大健闘した。そして次にはなんとイッセーが3m50cmでランクインしていた。

 

「うぅ……夢と現実世界で後輩に馬車馬のように苛め抜かれて苦節二ヶ月……イケメン野郎に何でもいいから勝つことができた。

「あはは……泣くほど苦労してたんだね……」

「何爽やかに笑ってんだこの野郎! 今度お前も直々に訓練してやるってあいつ言ってたからな! お前も死ぬのだからなぁ!」

 

過去を思い返して半ばヤケクソになったイッセーに木場も頬に汗をかいて困惑している。

 

ちなみに、木場は重量系の聖魔剣を使ったのだが、本来のスタイルに合っていないことで剣を扱いきれずに健闘むなしく3m20cmと四位となってしまった。

 

「何言ってんだよ……お前らなんて岩砕けただけでも大したもんじゃねえか……どうせ俺なんて欠片すら壊れなかったよ……」

「壊れたのわ自分の拳だね……」

「あの、大丈夫ですか?」

 

そして普通の男子学生より力強いだけの結果を出した最下位の匙は今、砕けた拳をアーシアに治してもらってすすり泣いて不貞腐れる。

 

そんな匙をイッセーたちも一緒に慰めている時だった。

 

「サジ、悔しがるのは後になさい……やっと出てきましたね」

「えぇ、少しでもあの子の力の程を理解しなくちゃね。イッセーたちもしっかり見ておきなさい」

「私たちもこのことをよく見ておきましょう」

『『『はい!』』』

 

ここで本日本命のカリフが社の中から出て来た。

 

コキコキと拳を鳴らしてイッセーたちが空けた穴でボコボコになった計測用の大岩をペシペシと軽くたたいた後、大岩に指一本を軽く添えて……

 

ただ“押した”だけ。

 

もう一度言う。指一本で岩を押しただけだった。それなのに大岩には指を中心に罅が瞬時に入り、爆ぜるように大岩が砕け散った。

 

「!?」

「え!?」

『『『はぁ!?』』』

 

あまりに圧倒的過ぎる力量差にまともな言葉を発する者はいなかった。

 

だが、そんな叫びも無視してカリフは指を鳴らした。

 

「そうだな……これのサイズと硬度は最低でも二倍は欲しい」

「じゃあ硬度も五倍増にしておく」

 

そう言いながらアザゼルが手元のリモコンらしき物で操作すると、十秒も経たない内に新たな大岩がカリフの前に構築されてでき上がる。

 

そして皆は息を飲んだ。その大岩は先程の岩よりも倍のサイズがあり、もうカリフと比較しても恐竜とアリといったサイズの差が見て分かる。

 

だが、カリフはそのサイズ差に臆することも無くカリフは拳を鳴らして岩の前に腰を下ろし、腕を振りかぶる。その途中で異様に肥大化する筋肉を見てリアスたちはその光景に見覚えがあったのか感嘆する。

 

「あの構え……いきなり釘パンチ!?」

「釘? なんですかそれは?」

 

ソーナを筆頭に生徒会メンバーとまだ技を目にしていないギャスパーとマナも首を傾げる。

 

それに対してアザゼルが「見てりゃ分かる」とだけ言ってギャラリーをカリフに集中させた。

 

初めての技を目にしようと皆がカリフを見つめる中、アザゼルは面白そうに言った。

 

「あいつの持ち技である釘パンチってのは一秒未満に出せる限りのパンチを連続で繰りだし、時間差で釘を打ちつけるイメージで相手を破壊するえげつねえ技だ……去年の測定であいつは何発かましたと思う?」

「え……三……五発くらいじゃないんですか?」

「それはお前等が本気で打ちこんだ時を見てねえからだ。その時の結果じゃああいつは片手だけで……五十はいってたかな?」

 

アザゼルが説明する中で、カリフは腕に蓄えた力を目の前の大岩に……叩きつけた。

 

その瞬間、大岩を中心にとてつもない衝撃波が発生し、周りの断崖絶壁が衝撃波に耐えきれずに崩壊していった。

 

社の中ではアザゼルのおっかなびっくりの答えと目の前の突発的災害に皆は顔を引き攣らせていた。

 

「ぎゃー! なんだあれえぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「ひいいぃぃぃぃぃぃ!」

 

轟音にびっくりしたのか匙とギャスパーがパニックを起こし、ギャスパーが慌ててダンボールの中に入ろうとするもダンボールは突風に煽られてあえなく飛ばされていった。

 

「いやあぁぁぁぁぁん! 僕のオアシスぅぅぅぅぅぅぅ!」

「ほら、目を背けんな。これはこれで勉強になるぞ?」

 

パニクるギャスパーを抑えて面白そうに首を固定させて目を背けさせないようするアザゼルだが、彼以外の面子にとって目の前の現象は衝撃的過ぎた。

 

「1……2……3……」

 

目の前で聖剣デュランダルでも削るのがやっとだった大岩が巨大な窪みを作りながら形を歪ませていく。

 

カリフが目の前でカウントする中、その大岩はついに釘パンチの衝撃で独りでに宙に浮いた。

 

「すげぇ……まだ続いてる……」

「しかも一発一発がデュランダルの一撃を大きく上回っている。あんな芸当滅多にできないよ」

「はは……」

 

何気に驚きながらも普段から見ていて慣れているイッセーと木場はそれに感心に近い感想を洩らし、ゼノヴィアに関しては乾いた笑みを浮かべるしかない。

 

その間にも巨大な地球儀見たいに整っていた球の形は宙に浮いたままひしゃげ、面積の半分が凹んで潰れてしまっている。もうここまでくると釘パンチの回数には頭が回らなくなっている。

 

やがて、十五メートルくらい浮いた所で大岩は轟音と共に木端微塵に砕け散った。降りかかる大岩の破片も気にしない様子でカリフはパンチを放った腕をさすっている。

 

あまりに衝撃的過ぎた光景に生徒会メンバーはソーナを含めて絶句する中、その後ろではアザゼルが空間に浮かぶディスプレイのような物に目を向けて嘆息した。

 

「何かあったの?」

「あぁ、はっきりとあいつの成長が見れた。去年の最高記録を大きく上回った96発だ」

 

そう言ってアザゼルがデータを見せるとリアスたちは仰天してしまった。一秒未満に高速でパンチを繰り出すことやその一発の莫大な破壊力を考えて肝が冷えた。

 

デュランダルを遥かに凌ぐ一撃が高速、しかも連続で90以上も喰らったりしたら……そこまで考えてリアスたちは首を振った。

 

アザゼルはすぐに素に戻ってカリフの結果を紙にまとめた後、アザゼルはカリフに叫んだ。

 

「カリフ! じゃあ新技とやらの測定に入るぞ!」

「うし、どんとこい」

 

拳を上げてOKサインを出すカリフと再び大岩を作り出すアザゼルにリアスたちは意外そうに首を傾げた。

 

「新技? どういうこと?」

「あいつ、思いつきで考えた技があるらしいからそれの強さも見て欲しいんだと」

「へぇ……あいつの新技か~」

「ま、またさっきのように凄いのがあるんですか~?」

「さっきのもトンデモ無かったのにね……」

「……ギャーくん、マナ先輩もカリフくんはデタラメと規格外を体現した存在だと思った方がいいです」

 

その言葉にイッセーたちは興味津々なのか全員がカリフに視線を向ける。そんな中、カリフはリラックスしたように深呼吸を二、三度繰り返す。

 

しばらくストレッチをした後、カリフは既にモーションに移っていた。

 

両手の関節を自分で外し、気を腕に集中させていた。

 

ブランとぶら下がった両腕に朱乃は思わず口を手で押さえた。

 

「腕が……!?」

「あんな腕で一体なにを……!?」

 

ソーナやアザゼルでさえも予測できなかった行動の真意が次の瞬間に明らかになる。

 

関節を外した両腕をそれぞれ回転、二回転くらい腕を回し続けた。

 

限界まで捻った腕を大岩に向け、そして大きく足を踏み出して叫んだ。

 

「これが歯車的嵐の小宇宙……ミキサーテンペスト!」

 

ねじ曲がった両方の腕をそれぞれ逆方向に回転させながら両腕を付きだした。

 

その瞬間、出現した嵐は周りの砂埃や砂利を巻き込んで一つの竜巻として大岩に向かって行く。

 

大岩と竜巻が拮抗するのも一瞬、竜巻が大岩に喰いこみ、ドリルのように大岩を掘り下げていく。

 

そして、そのまま大岩を削り、貫いた。

 

だが、竜巻は止むことなく、大岩を貫通させた後も縦横無尽に砂利を巻き込みながら遠くの崖さえも削り取りながら突き進み、それを阻む崖さえも掘り進んでしまう。

 

やがて自然消滅することなく彼方にまで消えた嵐を見てカリフは舌打ちした。

 

「威力は申し分ないが、制御が難しいしモーションも長いな……改善の余地は充分」

 

そう呟くカリフを余所に皆は呆気に取られていた。

 

カリフの謎の行動が急に無差別的破壊を生みだしたことが最大の原因であり、その技の原理も分かりかねていた。

 

だが、アザゼルとマナはカリフの技を記録映像でリプレイしていた。

 

「す、凄い……本当に腕が回った……」

「恐らく気で関節を外す時の痛みを緩和しているからできた芸当だ。だが、この技の正体はなんとなく分かった」

 

アザゼルの答えに全員が目を見開くとアザゼルはどこからかホワイトボードを出して説明する。

 

「あいつはこんな風に腕を捻じ曲げることでこの筋肉の強靭さと弾力の特性を最大限に引き出し、それによって生み出された回転力をぶつけるのが今の技だ」

「え、でもあの突風はなんなんですか?」

「あれはあいつの回転する両腕から生まれた真空波から生み出された副産物と言っていいだろう。こんな感じで右腕を左回転、左腕を右回転させて噛み合う歯車みたいな動きから生まれる気流を発生させているんだ」

「な、なんて横暴な理論……」

「その横暴をやってのけるのがあいつの馬鹿力だ」

 

あまりに非現実的な無茶苦茶にソーナは頭痛を起こしかけていた。痛む頭を抑えながらアザゼルの話に耳を傾ける。

 

「あいつはあいつの持ち味を活かして日々努力を怠ることはいない。それがあの強さの源だと言っても過言じゃねえ」

「ま、まぁそれはあれ見たら分かるけど……」

 

言いたいことは分かるけど何だか今回の身体測定は一部のプレッシャーを植え付けられた感は否めない。

 

 

そんな感じでスピード測定もしたのだが……測定事態がもう圧倒的過ぎた。

 

あの木場でさえもカリフの素のスピードには追いつけずに二位という苦汁を飲まされてしまった。

 

たった二つの測定だったのに匙たちやイッセーたちは途方も無いほどの力の差に肩を落としてしまった。

 

「ル、ルークなのに素の人間に負けた……」

「はは……分かってていてもスピードで負けるとなにか来るものがあるよね……はぁ……」

「俺……良いとこなかった……兵藤にすら負けた……」

 

由良、木場はある程度覚悟はしていたのかイッセーにスピードとパワー負けで本気で落ちこむ匙よりは軽傷だった。

 

「はぁ……部長……」

「ほらイッセー。分かったから落ちこまないの」

「だけど、愛する男の背中すら見えないなんて……これも天の試練なのだろうか……アーメン」

「あらあら、ゼノヴィアちゃんも重症ですこと」

「で、でも先生とカリフくん仰ってましたよ! ゼノヴィアさんもイッセーさんも中々いい結果だって!」

「アーシアぁ……」

「ド、ドンマイですぅ……」

 

こっちも何気に心のケアが必要なイッセーとゼノヴィアを部員が総出で慰めていた。

 

だが、そんな輪の中に入らずに遠くで立ちつくす影が一つ。無言で拳を硬く握りしめて震わせる小猫だった。

 

「……これじゃあ……駄目だ……!」

 

自分の不甲斐無さを吐き捨て、焦りが心を包んでいく。ギリっと歯を食いしばる小猫の拳は白く変色していった。

 

「……」

 

そんな小猫をカリフは腕を組んで見つめるくらいしかできなかった。




今回の新技のミキサーテンペストはジョジョのワムウを真似てみました。これで楽しんでくれたら幸いです。
さあ! 次は小猫中心のエピソードとなります! そして遂にあの人が……!

また見てね~!


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冥界合宿のヘルキャット
強化合宿とちょっとした昔話


テストも終わって早々なのですが今度は二週間くらい合宿免許なので更新速度は遅くなります。そこの所は御了承ください。


朝焼けの日差しがうっすらと照らすだけなのに外は暑い。

 

夏特有の猛暑が始まったこの時期、駒王学園は夏休みに入った。

 

蝉の鳴き声が響く外とは違い、カリフの屋敷の中は快適に冷房まで効いていた。

 

リビングでは早朝の特訓を終えた面々が何やら荷造りしていた。

 

「冥界か……この前までの私なら絶対に行かざるべき所だと思っていたが……」

「ですが、仕方ありませんわ。今回は冥界で強化合宿とレーティングゲームがありますから」

「まさか私も冥界にお邪魔できるなんて……凄いなぁ……」

 

実はこれから悪魔として一大イベントが夏休みに開かれるという。

 

~今年の夏は冥界で過ごすわよ~

 

このリアスの一言で今回の夏の予定は埋まった。本当ならカリフは来なくてもいいのだが面白そうなので付いて行くことにした。

 

そのためにも今回、若手悪魔たちは冥界へ行かなければならなくなったので、ついでにリアスたちの敷地内で強化合宿しようとの話になったのである。

 

ゼノヴィアとマナが初めての冥界に胸を躍らせているのだが、鬼畜家に厄介になっている面子の中では小猫、そしてカリフがいなかった。

 

小猫は未だに地下に籠って特訓、カリフはというと……

 

「全く、たかだか冥界に行くだけでこの浮かれようは何だ? あそこでするのは強化合宿なんだが?」

 

少し遅れてカリフがリビングにやって来た。ついでに言えばその後ろに特訓を終え、合流していた小猫もそこにいた。

 

小猫は既に整えていた自分の荷物を持ってきていた。

 

そしてカリフはというと……

 

「いや、君が一番浮かれてないかい? そのアロハシャツとかカメラとか……」

「何を言う? ちゃんとおやつは千円までとレートで決めてきたから問題は無い! ただバナナはおやつとした!」

「遠足!?」

 

サングラスをかけ、派手なアロハシャツとデジタルカメラを構える辺り、本当に合宿だと認識しているのかと疑いたくもなる。いつもの言動からしてまず忘れてるってことはないだろうけどやっぱり不安だった。

 

「そう言えばお義母さんとお義父さんとはちゃんと話したのかい? この家のリフォームのこと」

「あぁ、最初父親は泡吹いて倒れたっけな。母親はビックリした程度にしか見えなかったけど話したら納得した」

「それよりもいつあなたの義父と義母になったんですの? ゼノヴィアちゃん」

「こういうのはまず形からですよ。朱乃さん」

「いや、ツッコましょうよ! こんな劇的ビフォーアフターをよく納得したよね!?」

 

ゼノヴィアと朱乃の間に何やら見えない戦いが繰り広げている間に入ってカリフは話を進める。マナだけがツッコミを入れて頑張っていた。

 

だが、そんな輪にも入らずに小猫だけが黙々とトランクに荷物をしまっていくだけだった。

 

周りは少し旅行気分で浮かれている中、小猫だけがどこかやる気に満ち溢れている様子だった。

 

そして、カリフだけがいつもより気負う小猫に気付きながらも何も言わない。今はまだこれでいい……

 

「冥界ね……」

 

それよりもカリフはこれからの旅行のことで頭が一杯になっていたのだった。

 

荷物をまとめながらこれからの悪魔+人間の夏休み合宿に想いを馳せるのだった。

 

 

真昼間の地元の駅で部員たちと待ち合わせて集合する。

 

皆は学園の夏服姿で集まっていたのだが……カリフだけは逞しい腕を剥きだしたタンクトップ姿で来ていた。ちなみにアロハシャツもちゃんと持参している。

 

「あなた……こういう時くらいは強調性くらい見せてもよくて?」

 

リアスがどうせ無駄なんだろうな、と思いながらもカリフに言ってみるが、予想通りの答えが帰ってくる。

 

「ふん、折角の休みくらいフリーでも問題は無いはずだ。それに言うが、確かにオレは女の制服姿には一目置く。だが! オレが制服を着るというのはあまり好きじゃない。制服はその名の通り“制す服”だからな、オレが制御されている気がしてムカムカする」

「そんな深く考えることでもないでしょうに……」

「ていうかお前の口から衣服萌え発言を聞くとは……」

 

カリフのドS持論に皆が苦笑しているとリアスは気を取り直して皆にそれぞれの予定を確認する。

 

「じゃあ私たちは普通に行くとして、イッセー、アーシア、ゼノヴィアの新人悪魔組は入国審査、アザゼルとカリフとマナはまた別ルートで入国審査をしてきてちょうだい」

「んで、カリフとマナは審査が終わり次第にリアスとは宿泊先の屋敷で合流させる。オレはまたサーゼクスたちと会合があるからそっちに顔を出す」

 

一通り説明し、全員で予定を確認してから駅の中へと向かう。

 

それがイッセーたちには不思議だったらしく疑問符を上げていた。

 

「おい、なんで駅直行? まさか電車で行こうなんてじゃねえだろうな?」

 

カリフにしたらただの冗談のつもりで聞いたのだろう。次の言葉には驚かされた。

 

「ええ、この地区ではこの駅が冥界への入り口よ」

「え? 何それ?」

「百聞は一見に如かずって所よ」

 

要はその目で確かめろ、ということ。カリフは素直にリアスの後を付いて行くことにした。

 

だが、リアスが辿りついた場所は何の変哲もないエレベーターの前。通路の脇で柱の物影となっているので利用者が少ないという点を除いてはごくごく普通のエレベーターである。

 

リアスたちはエレベーターに乗り込んだが、だれもボタンを押そうとはしない。

 

その様子にイッセーは疑問を抱きながらボタンに手を伸ばす。

 

「あの何階に行くんですか?」

「あぁイッセー、ボタンはそれじゃなくてこれよ」

 

リアスはどこからか出したカードをエレベーターに備え付けられている電子パネルに添えた。

 

すると、電子音と共にエレベーターが動き出したのを感じる。

 

上にしか行かないはずのエレベーターが下に向かうのを重力で感じる。

 

「今までこの街に住んでたけどこんなのは知らなかった……」

「これが冥界へのルート?」

「えぇ、悪魔専用のルートだから普通の人間は一生辿りつけないわ。こんなルートと同じようにこの街にはまだまだ隠し通路が備えられているのよ?」

「あぁ~、それでね……」

 

カリフが何となく納得している様子に今度はリアスが首を傾げると律儀に答えてやる。

 

「この街で時々異様な力や雰囲気が漂うパワースポットを見かけるな~……なんて思ってたんだけどそれなら納得かもな」

 

カリフは前々からこの街から放たれる異質な力と雰囲気を感じ、謎に思っていた。力を感じる場所は大抵人気のない所でありながら堂々と点在する建物、もしくは何も無いような路地裏からも感じることがあった。それでもいつものことだったから放置していたとのこと。

 

それを聞いたリアスたちはその答えに納得しているとエレベーターが停止して扉が開いた。

 

そこは地下深くに作られたシェルターと言っても過言じゃないほどのスペース、そして中央に待ち構えていたのは一台の列車だった。

 

「俺の街にこんなスペースがあったなんて……」

「これまた溜めこんだものだ。これで直接家に向かえと?」

「えぇ、ここから大体一時間で行けるわ」

 

カリフもこれには少し驚きを隠せずに話しているとイッセーがキョロキョロと辺りを窺っている。

 

木場がそんなイッセーに疑問を浮かべていた。

 

「どうしたの?」

「いや、大事な行事だっていうから他の悪魔も来てると思ったんだけど……」

 

そこで木場は合点がいったのか面白そうに笑い、イッセーが笑われていることに顔を顰める。

 

「何がおかしいんだよ」

「ふふ、ごめんごめん。だって最初の頃の僕と同じだったからつい……ここを使うのは僕たちだけだよ」

「はぁ!? でもこれ結構豪華そうな列車だぞ!? 俺たちだけで使っていいのか!?」

「問題ないよ。ほら」

 

木場が列車に指をさし、イッセーが釣られてそこへ視線を追う。

 

「え”?」

 

その先は本当に驚かされた。同時に頭の中にグレモリー家の知名度と財力を思い出して目の前の結論と結び付けられた。

 

「グレモリー家マジパネェ……」

 

若干及び腰になったイッセーの視線の先でグレモリーの紋章を模られたエンブレムがほくそ笑むかのように金属光沢で輝いた。

 

 

 

列車に乗った俺たちは各々の時間を過ごしていた俺の隣にはアーシアとギャスパーが両隣で、そして対面するように木場と小猫ちゃんが座っている。

 

俺たちの後ろの席では先生が一人で眠りに入っている。部長も主が故に前の車両に行ってしまった。

 

そして、俺の隣の席といえば……

 

「……」

「うふふ……」

「む~……」

「……」

 

ぼんやりと外を眺めるカリフの肩に頭を置いて思いっきり甘えている朱乃さん。その対面席では不服そうに二人の様子を眺めている不機嫌なマナとゼノヴィアだった。

 

隣の方が女子率が高いのにその中の男一人が女そっちのけで外の冥界の景色に集中しているのは気に入らない!

 

そんな中、朱乃さんがカリフの手を取る。

 

「うふふ……」

「ちょっ! 何してるんですか!?」

 

朱乃さんがカリフの手をスカートの中に誘導しようとしていた所でマナが朱乃さんの手を制止する。

 

「あらあら、どうして止めるのかしら?」

「だ、だってハレンチですよこんなの!! が、学生のうちにこんな……」

『マナはこう見えても純情な所がありますからそういうのは控えてください。朱乃さん』

 

マナの人格の一つのヴァルさんが念話で俺たちにも聞こえるように朱乃さんに注意を促すが、当の本人はいたずらっぽく笑って返した。

 

「それは違うわ。こういった殿方はこれくらい積極的でないといけませんわ」

「で、でも……」

「それに互いのスキンシップは大事ですわ。これから合宿で互いに会えるのも難しくなってしまいますから今の内にカリフくん分を補充してますの」

「それはスキンシップじゃあありませんよー!」

 

朱乃さんの一方的な持論にマナは堪らず大声を張り上げた。だが、そんな朱乃さんの手を掴んだカリフはやんわりと離す。

 

「マナの言う通りだ。最近のお前は少しこういったことには軽すぎると思う」

「こういうのはお嫌い……ですか?」

 

目に見えて朱乃さんはしおらしく怯えたように委縮してしまった。だけどカリフは朱乃さんの手を握った。

 

「そういうことじゃない。お前は自分の操を軽く考えている。そういうのは……相応しい相手にしろと言っているんだ」

 

カリフは途中で恥ずかしくなったのか顔を紅くして言い聞かせてやると、朱乃さんは少し怒った感じで反論した。

 

「そう言ってくれるのはとても嬉しいです……だけど私だって誰でもいい訳じゃないって知っているはずですよね?」

「……」

「私はあなただからこうやって歩み寄れるの……あなたじゃないとダメ……」

 

カリフに対しての言葉だろうけど不覚にも聞いていただけの俺がドキっとなってしまった。朱乃さんの素の少女のような反応はそれほどまでに破壊力が高かった。カリフもそんな朱乃さんに頬を掻いて反応に困っていた。

 

「だが、今のオレはそんなことに現を抜かしている場合では無い。今は兎に角強くなる。少なくとも二十までは女を抱く気はない」

 

カリフは外を見つめながらいつもよりも強い眼差しで冥界の景色を眺めるカリフに疑問が浮かぶ。皆も俺と同じことを思ったのか不思議そうにしていると意外な人が俺たちの代わりに聞いてくれた。

 

「どうしてそれ以上に強くなりたいの?」

 

前の車両から戻って来た部長が通路を歩きながら聞いてきた。話も前から聞いていたようで聞かせる必要も無いって感じだった。

 

でも確かに部長の疑問も尤もだ。今のカリフは間違いなく人類最強なのは誰もが認めざる得ない。

 

その上、未来予知の域にまで達する動物的第六感に加えて上級悪魔を越えると言われるほどの腕力を持っている。

 

その強さは既に神クラス、もしくはそれ以上だと先生でさえ太鼓判を押すほどなのにまだそんなに強さを求めるカリフが不思議だった。

 

そんな俺たちにカリフはようやく景色から目を離して俺たちの方を見てきた。

 

「いえ、ごめんなさい。少し突っ込み過ぎたわ……」

「……昔、オレには師と呼べる存在がいた……二人、正確には三人か……」

 

部長の言葉を遮ってカリフが口にしたのは意外な内容だった。初めて本人から聞かされるであろう過去の話に俺たちは耳を傾ける。

 

「そいつらに戦いの全てを、武術の何たるかを、人としての礼儀を叩きこまれる内に思い知らされた圧倒的な力の差……オレはそいつらを越えたい」

「……」

「越えたいと思っていてもそいつ等の強さは無敵を通り越して明らかに異常だった……オレは稽古中でも屈辱的なハンデを背負い、手加減していた師には手も足も出せずオレを徹底的に打ちのめした。一番オレが荒れて、寝込みを襲ったり暗殺まがいに襲ってもそいつらはまるで昼休みにコーヒーを飲んで一呼吸するかのようにオレをいなし、歯牙にもかけてもらえなかった」

「―――っ」

 

全員が息を飲んだ。今、目の前にいる後輩はこの世界で最も強いと思っていた。

 

そんな後輩から直接聞かされた弱気にも自虐にも聞こえる昔話に圧倒されてしまった。

 

コカビエルや白龍皇にドライグ、堕天使総督でさえ凌駕するカリフにそこまで言わしめる師匠はどんだけ強いんだよ!

 

皆もあまりに壮大な話に息を飲んでいた。

 

「今でも奴らの一割には全然及びもしない……だけどオレはそいつ等を越えたい……越えて、初めてオレは一人の男として高みに登れると信じているからだ」

 

無意識の内に硬く握りしめた拳を握りしめて見つめる。だが、その表情はいつもよりも穏やかで優しい表情になっていた。

 

朱乃さんたちがそんなカリフに見とれていた時、別の声が車両内に聞こえてきた。

 

「いやはや、今の時代にそのような覚悟をお持ちの御仁に出会えるとは……やはり長生きはしてみるものですな」

 

そこで白いあごひげの初老のおじさんが朗らかに笑いかけてきた。恰好からして車掌さんなのだろうけど。

 

オレやゼノヴィア、アーシア以外の皆は知っているのか頭を下げて挨拶を交わす。

 

「あの、この人は……」

「彼はレイナルド。グレモリー専用列車の車掌をしているレイナルドよ」

「あ、ぶちょ―――リアス・グレモリー様の兵士、兵藤一誠と申します! よろしくお願いします!」

「アーシア・アルジェントです。僧侶をやらせていただいております! よろしくお願いします!」

「ゼノヴィアです。騎士、今後ともよろしくお願いします」

「マ、マナです! 眷族ではありませんが部員として、魔法使いとして来ています! よろしくお願いします!」

「……カリフ」

「以後、お見知りおきを。と、ここでついでですが皆さんの入国許可を確認させてもらってもよろしいでしょうか?」

 

レイナルドが懐から金属探知機みたいな機械を取り出して俺たちに向けてきた。

 

こうして俺たちは入国審査を受けている間に目的地に着いていたのだった。



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入国審査と意外な再会

『『『リアスお嬢様、おかえりなさいませ!』』』

 

列車が駅のホームに着いた瞬間、花火が上がり、大勢のメイドや執事が手旗を振ってリアスたちを迎える。

 

初めてグレモリー家に来たイッセーたちは口を空けてポカンとし、ギャスパーは怯えてイッセーの後ろに隠れる。

 

その様子を列車の中から頭を出して見ていたカリフもこれには舌を巻いて驚いた。

 

「これはまた壮観だな。オレたちには関係ないけど」

「そういえばお前は悪魔じゃないから別の所で入国審査だっけ?」

「別にいらねえだろメンドくせえ」

 

カリフが不機嫌そうに吐くと朱乃がなだめるように言い聞かせる。

 

「仕方ありませんわ。折角のセラフォルーさまの御好意なのですから受けないというのも失礼ということです」

「ぐ……」

 

流石にそこを突かれると何も言えなくなってしまう。普段は騒がしくてやかましいだけなのだが、カリフはそこまで嫌っていることはない。むしろ感謝すべき場面が何度もあったくらいだ。

 

ここだけの話、カリフは従来の義理堅さゆえに物事に深く干渉しすぎてしまうコンプレックスを抱いている。

 

なんか自分がどんどん甘くなってきたとゲンナリするくらいに

 

言葉に詰まった朱乃はそれが面白かったのか、または可愛らしく思ったのかカリフのほっぺをつんと突いて笑っていた。

 

「ふふ……あなたのそういう所も大好きですよ」

「うっせぇ。速く行け」

 

シッシと指を払いながら追い返すと、朱乃はいつもの様子で笑いながら手を振って別れた。

 

「後は……入国審査か……」

「さっきのイッセーたちみたいにそう時間はかからないと思うよ? えっと隣……いいかな?」

「どうぞ御勝手に」

 

全員が豪邸に向かって行くのを見送ったマナとカリフは互いに同じ席に座る。とはいっても対面席ではなくマナはカリフの横にたどたどしくも腰かけてきた。

 

「……おい、近いぞ」

「……迷惑……かな?」

 

赤面しながらも彼の腕に朱乃やリアスほどではないが、充分に豊満といえる胸を押し付ける。だが、今まで男経験のないマナはいかに自分が恥ずかしいことをしているかを自覚して顔が照れと羞恥でより一層紅くなる。

 

『おぉ、前の晩に言ったことを本当に実現させるとは……やるようになったねえマナっちも』

『だけどこれってあざとすぎない?』

『普通の男ならともかく、今の相手にはそんなに通用しないと思います。残念でしたね』

「一人くらいは応援くらいしてよ!!」

 

自分の頭の中で好き勝手言ってくる人格者たちに思いっきり怒鳴りつける横でカリフは大きくあくびをかいた。

 

昨日まで何気にテンションが上がって眠れなくなっていた反動が今になってきたらしい、ということは本人だけの秘密である。

 

カリフはそのまま座席と水平の横方向に身体を向けて体を倒した。

 

だが、今はマナと隣り合って座っていることもあるので……

 

「え?」

 

念話で喧嘩していたマナは自分の太ももの感触に気付いて目を向ける。

 

そして見たのは自分の太ももをを枕代わりにして眠っていた。俗に言う膝枕状態である。

 

「え、えと……何を……」

 

急なことで狼狽するマナにカリフは目を閉じながら小さく告げた。

 

「この感触は中々にいい……邪魔だと思うならどかしてもらっても構わん」

「あ、そういうんじゃなくて、ちょっとびっくりしただけだから気にしないで?」

「そうか……なら……着いたら起こし……て……」

 

カリフは眠気に負けて完全な眠りに着いた。

 

スヤスヤと穏やかな寝息を立ててマナの上で眠るカリフの寝顔に思わず生唾を飲み込む。

 

(ちょっと……可愛いかも……)

 

いつもはたくましく、力強い印象を受けるカリフの顔も今ではまるで寝息をたてる赤ん坊みたいに安らいでいる顔で眠っている。純粋無垢な彼の姿にマナの気持ちが膨れ上がる。

 

(……ちょっと覗くだけなら……)

 

自分でも疑ってしまうような言い訳を心の中で繰り返しながらゆっくりと互いの顔の距離を縮まらせる。

 

ゆっくりと無防備な愛しい寝顔が眼前に近付いて来る。

 

「……ん……あん……」

 

彼の寝息が濡れた唇に敏感に反応して艶めかしい声を洩らしてしまう。それと同時に自分が何をやっているのか自覚させられるような羞恥といつアザゼルとカリフが起きてしまうか、といったスリルを味わっていた。

 

「はぁ……はぁ……ん……」

 

なぜか自分の動悸が激しくなるのを波打つ胸の鼓動で感じ、余計にマナの心に加速を付ける。

 

イケない気持ちに歯止めが利かず、マナはその一歩を踏み出そうと顔をより一層近付ける。

 

一線を越えてしまう二……一ミリの所で頭の中に声が響いた。

 

「………」

『あら、意外と可愛い寝顔ね』

「ひゃっ!」

 

急に静かだった別人格のマジが念話で声をかけてきたおかげで一気に目が覚めた。いや、覚めたというかどちらかと言えばショック療法で本来の理性に引きずり戻されたということだった。

 

「ふぅー……ふぅー……!」

『あら~? お楽しみの途中だった~?』

『いや~、マナっちエロかった……なんだかこっちまで変な気持ちになってきちゃった……』

「し、知りませんよそんなこと!」

 

顔を紅くさせてからかってくるマジにマナは顔を紅くさせて照れ隠しに大声を張り上げる。

 

だが、マジとガガのからかいはエスカレートしていき、本格的に羞恥で泣きそうになるマナにヴァルが救いの手を差し伸べる。

 

『止めなさいみっともない。二人だってマナとの精神リンクで嫌らしい顔してましたから人のこと言えません』

『あら? そういうあなただって蕩けた顔で悦に浸ってたじゃないの』

『し、仕方ないでしょう! マナと私たちは皆で一つの存在。精神でリンクされるのはと、当然なのですから!』

『でもヴァルさんが一番欲情してましたよね。息使い荒かったし』

『そんなこと……!』

『ねえ、なんか下に垂れて……』

『嘘!? さっき拭いた……あ……』

『…………え?』

『まさか本当に………あ~あ……』

『な、なんですか……』

『あなたとマナのエロさは同等だということが』

「『そんなことない!』」

 

なにやらヒートアップしていく念話はやがて外部からでもまる聞こえになるほどの口論になってもカリフは起きる気配は無い。

 

「おやおや、お若いですね」

 

レイナルドは年寄り独特の穏やかな笑い声を上げる。

 

(バレバレだっつーの。こりゃ面白いこと聞いたわ)

 

すぐそこで途中から起きてタヌキ寝入りをこいていたアザゼルが笑いを堪えながらもマナのやり取りを念話ジャックで聞いていた。

 

だが、その他にもアザゼルは気になったこともあった。

 

マナの膝に頭を乗せて眠るカリフを見る。

 

(まさかお前が他人の前で“眠る”なんてな……以前のお前だったら考えらんねえよ)

 

思い起こされるのはまだ過去のカリフの光景

 

 

 

誰も信じず、誰にも頼らず、やることといえば誰かを利用するのみだった狂気

 

 

その狂気を帯びた笑みは当時のアザゼルでさえも戦慄し、本能的に“勝てない”と痛感させられるには充分過ぎた。

 

(随分と大人しく……いや、優しくなったものだな)

 

狂気に満ちていたあのカリフに現れた明らかな変化。周りから見たら普通のことかもしれないけどカリフにとってはとても大きな意味であり、同時に致命傷とも言えた。

 

だが、それが逆にアザゼルを不安にさせることにもなる。

 

今まで他人を頼らなかったのに今ではその“他人”に頭を密接させて眠りこけている。それはつまり、その人物に対する“信頼”と同時に“油断”とも取れる。

 

―――戦いの記憶が薄れている?

 

本来なら喜ぶべきなのだろうが、カリフの事情を多少なりと知っているアザゼルは嬉しい半面、どこか危惧を抱かざる得ない。

 

しかし、今の自分ではどうしようもなく、今の場面では必要なことだと割り切って目的地に着くまでずっと目を閉じていたのだった。

 

 

しばらくして列車は目的地に着いたのを確認したカリフは列車の揺れ具合で察知してその場から起きた。

 

目覚めはいきなり目が開くほど快眠だったようだ。ただ、目が覚めた最初の視界でマナがゲンナリとして心なしかやつれていたようにも見えた。

 

「……なんだその酷いツラは?」

「いや、ちょっとね……」

 

これ以上深入りしてもメンドクサそうだからそれだけ聞くと頭を上げてマナの膝枕から離れる。

 

そして、外を見るとすぐ目の前に城とも言えるほどの屋敷がそびえ立っているのが見える。列車の窓から見上げただけでは城の天井部さえも見えないほどに。

 

「ここでお前らの入国審査をしてもらう。悪魔以外で冥界の入国が厳しい中でのお前等は人間(笑)と魔法使いとして稀なケースだから厳重に審査させてもらうってことだ」

「ふん、入口も分かったのにこんなことをしなければならんのか? 本当に入国というのは面倒だな」

「そう言うな、パスポートがないだけ気楽だと思え。……あまりやらかさなければ、な……」

「いちいちうるさいなテメーは!」

 

そうは言うが、アザゼルはもちろん、マナもこの超ド級の問題児が何かしでかさないかと内心ではドキドキしている。何せモンスターがそのまま人間の皮を被ったような存在なのだからだれもその思考もこれからの行動も理解できないのだから不安に思うのも無理は無い。

 

何度も母親が子に言い聞かせるように二人はカリフに「静かにしていろ」と何度も繰り返して手痛い苛立ちをぶつかられるのは入国審査五分前だということは御愛嬌である。

 

 

 

 

「ふん、本当にあっさりと終わったな」

 

入国審査は十分どころか一分くらいですぐに終わった。内容は人間であるかの有無を確かめる質疑応答とイッセーたちと同じように機械を用いた方法だったので予想していたよりも時間が空きが出たのは嬉しい誤算と言える。

 

アザゼルは堕天使の代表ということでそのまま会合に直行し後ほど、リアスたちと合流ということになっている。その間、マナと二人っきりで冥界の観光で時間を潰すこととなった。それにはマナも鼻唄混じりで浮かれるほど機嫌が良かった。

 

「あ、カリフ」

「やっぱ終わってたか。よし、どこ行くか?」

「そ、そうだね……一緒に決めない?」

 

平然を装うもやっぱり嬉しいものは嬉しい。頬も少し染めながら観光用のパンフレットを広げてカリフの横に寄り添う。

 

当の本人も思惑通りパンフを見ようとマナに密着するようにパンフを見つめていた。

 

「ほう、貴族街とやらはあまりめぼしいものは無いが、一般の街だと色々ありそうだ」

「あ、ここの広場の写真もかわいい~……ここも行こうよ」

「それもあるが、三勢力の戦争時に造られたこの宮殿にも行ってみたい。近くに美味いものもあるそうだからな」

「ここでは人間界では扱わないような食べ物ばかりではなさそうだね……」

「戦乱時代の記録館もあるのか? ここも行ってみたいものだ」

 

期待が膨らむ二人は互いに寄り添いながら駅のホームに向かって行く途中で列車はやってきた。

 

いいタイミングだと思ってそのまま乗り込もうとしていた時だった。

 

(ん?)

 

列車の中の気に気付いてその場で足を止めてしまった。

 

「? どうしたの?」

 

その場に止まったカリフに疑問を抱いて声をかけるもカリフは首を傾げるだけで返してこなかった。

 

前方の列車が停車し、プシュー、と音を立てて扉が開くとそこから一人の女性が降りてきた。

 

「これが冥界の国交省ですね……全く、オーディンさまのヴァルキリーも楽ではありませんね……」

 

スーツ姿で長い銀髪のサラサラなロングヘアー、容姿端麗のキャリアウーマン風の女性が降りてきた。

 

(綺麗な髪……)

 

まるで絹のような髪と相まった容姿のおかげでマナも見とれるような美女と言っても過言ではない。

 

マナは容姿に見とれているようだったが、カリフは別の理由でその女性に見とれていた。何せドッグとウルフが相棒になったきっかけともなった女性であり……約束は忘れることは無いカリフには分かっていた。

 

すぐに女性の前に躍り出て声をかける。その女性もいきなり前を塞ぐ少年に怪訝そうな表情を作る。

 

「よぉ、オレを御存じだろ?」

「……あの……急になんのことやら……(これって……ナンパ?)」

 

ナンパされたことに上機嫌ながらも今は仕事のためクールに装って断ろうと髪をかきあげながら改まって少年の顔を見てみた。

 

「!?」

 

すると、何か電撃を受けたかのような衝撃と共に曖昧な記憶が中途半端に呼び起こされたのを感じた。

 

(あれ……この子どこかで……)

「おら、まさかいい歳して難聴なんてねえよなぁ?」

「ちょ、カリフ!」

 

マナからしてみればカリフが一方的にお姉さんにいちゃもんをつけているとしか思えず止めようと諌める。だが、銀髪の女性は思い出すのに必死でカリフの暴言など耳に入っていない。

 

もどかしく思ったカリフが溜息を吐いた。

 

「自分の“勇者”のことも忘れたのか?……ロスヴァイセ」

「……!? ま、まさか……こんな……」

 

銀髪の女性は“勇者”の単語に反応して手に口を驚愕と共に抑え、同時に一筋の涙を浮かべる。

 

長年の憧れの男(ひと)を一度でも忘れたことはない。だが、もはや会えるのかどうかさえ曖昧になっていた人物が前触れも無く現れたのだ。溢れてくる感情を隠すことなく恐れながら、期待を抱いているように名を呼んだ。

 

「カリフ……くん?」

「ふん、今頃か」

 

過去に紡いだ数々の絆という繋がり

 

 

 

まるで二人の再会を祝福するかのように列車の発車音が辺りに響いたのだった。



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魔王さまの心労

今回、ロスヴァイセさんの登場に深い意味はございません。ロスヴァイセファンの人にはお詫び申し上げます。
それとこれからもまだまだ忙しくなっていくので投稿頻度は落ちていくのでお許しください。
それとですが、なぜ映画版「神と神」のベジータは一体どうしたのか……あれはきっとビルスの洗脳かなにかなんですよ。


憧れの勇者と長い年月を経て出会ったカリフとロスヴァイセと再会したのはつい一時間も前のこと。

 

そんな二人は昔の思い出話に華を咲かせている

 

 

 

……はずだった。

 

「だから言ってるじゃないですかー! あなたが私を置いて行った後は本当に大変だったんですよぉ!?……聞いてます?」

「あー聞いてる聞いてるー」

 

思い出話……

 

「散々周りから『昔は昔ー』とか『引きずる女ー』とか挙句の果てにはオーディンのじじい専属の『介護ヴァルキリー』だなんて言われてるんですよー!? どうしてこうなんったんですかー!?……って聞いてます?」

「あー聞いてる聞いてるー」

 

現在、カリフは冥界の個室付きの防音加工された料亭の一室でマナとロスヴァイセと一緒に食事を採っていた。

 

来た最初の頃はというと……

 

『ここではなんだ、これから冥界散策するけどお前はどうする?』

『え? でも……』

『オーバーな奴だ。大分雰囲気も変わったようだし、そこら辺の話なら暇つぶし程度にはなるからな』

『じゃ、じゃあ御一緒……させてください』

 

最初は嬉々として恥ずかしながらもカリフたちと同行し、途中まで二人だけで昔話から今に至る話で盛り上がっていた。

 

だが、その横でマナは面白くなさそうに顔を顰め続け、そっぽを向きながら二人に付いて周っていたことは本人しか知らない。

 

そして、小休止としてグレモリー系列の料亭で腰を降ろした時、このカリフの何気ない一言がきっかけで今に至る。

 

『お前、最近になってストレスを感じてないか? どこか疲れている感じがするし肌のハリが若干弱い。しかも白髪が一本光ってる』

『なん……だと……?』

 

そこからのロスヴァイセの崩れようは凄まじく、急にキャリアウーマンが大声張り上げて泣きながらテーブルに突っ伏した。そのギャップにマナは目を丸くしてびっくりし、カリフでさえもここまでストレスが溜まっていたなどとは予想していなかったのか泣き崩れた瞬間は流石に引いた。

 

他人のフリをしようと思っていたけれどもロスヴァイセに捕まり、名前を連呼してきたので逃げ場を無くし、止む無く防音仕様の個室に移してもらったのだ。

 

まさにダムが崩壊し、流れ出る洪水のような感情の捌け口としてカリフは捉えられてしまった。

 

もうメンドくさくなったカリフは思い切ってロスヴァイセの水に軽くアルコールを“盛った”のが最大のミスだったといえる。

 

徐々にアルコールを増やして酔いつぶれるかと期待していたギャンブルは裏目に出てしまい、たった一滴ていどのアルコールで絡み酒モードになってしまった。

 

思わぬ悪手に悩まされて今に至る訳だ。今回のことはマナでさえカリフを簡単に見捨てていた。

 

本人は頬杖を付いて上の空だというのに酔いが回ったロスヴァイセは悩みを独白していく。完全にストレス社会の被害者へと変貌してしまったということだ。

 

マナはそんな彼女に諭すように言い聞かせる。

 

「あの~……お仕事に戻らなくて大丈夫……ですか?」

「ふえ? いいんれすよー! どうせ明後日までフリーなんですから好き勝手させてもらいますー! あっちも私がいなくなって羽を伸ばしているでしょうし!」

 

完全にやさぐれた酔いどれ状態のままカリフの膝の上に頭をのせて……膝枕状態となった。

 

「おい、何してんだコラ」

「ん~……これもすごくいいですね~……もう、このままずっと……」

 

トーンが小さくなっていったと思っていたら既に深い眠りに着いていた。スウスウと寝息を立てるキャリアウーマンの姿にカリフとマナは溜息を吐いた。

 

「なんだか不思議な人だったね……」

「大分溜まってたようだな……まるでオヤジだな。オヤジヴァルキリー」

「本人の前でそういうのは言わない方がいいんじゃないかな?」

 

苦笑しながらロスヴァイセを起こして背中に担いでやる。

 

「その人はどうするの?」

「今日はグレモリー邸の出入りは無理っぽいしセラフォルーから少し興味深い案件預かってるからこのままどっかのホテルに泊まれれば都合がいい。朝一ならこの酔いどれもすぐに帰れるだろう」

「そっか。じゃあホテルはどうするの?」

「レヴィアタン系列の指定ホテルを取りつけてもらったから問題はねえ」

「じゃあ……今日はもう……」

 

二人は頷き合って渡された地図を片手に印の着けられたホテルへと向かったのだった。

 

 

 

 

途中でシトリー眷属と鉢合わせながら

 

「む」

「お前、カリフとマナさん……だよな?」

 

匙の問いにカリフはすぐに納得したかのように聞き返す。

 

「お前らもこのホテルか?」

「はい。明日の会合場所だと実家では遠いですから。そういうあなたたちはリアスたちと一緒じゃないんですね?」

「悪魔じゃないから入国も大変でね」

 

困った、と仕草で表すとソーナは納得して話題を切り上げた。だが、匙はカリフの背中にしがみついているロスヴァイセがどうしても気になっていた。

 

「えっと、そのおぶさっているお姉さんは誰?」

「信じられない様ですが……オーディンさまのお付きのヴァルキリーだそうです」

「はぁ!? 超重要な人じゃん! なんでお前と、しかもそんな酔いつぶれてんの!?」

「五月蠅いからアルコール盛っただけだ。別に問題は無かろう?」

「大アリだよ!」

 

相変わらず言葉が足りないカリフの会話を捕捉するかのようにマナが事情を説明するといった感じで雑談し、同じホテルに入っていった。

 

今日だけシトリー眷族と過ごすこととなった。

 

 

 

 

とはいった物の基本的にシトリーとカリフたちは別の団体なので部屋まで一緒ということはない。

 

マナとカリフ、そしてベッドに放り投げたロスヴァイセと同室となっている。

 

「なんだかあっという間に今日という日が過ぎたな……大半はこいつの愚痴と接待になっちまったけどな」

「うん……相当に溜まってたみたい……」

 

二人は気持ち良さそうにベッドにくるまって眠るロスヴァイセに苦笑しながら幸せそうな寝顔を見つめる。ちなみに彼女は日帰りだと考えていたのか着替えは持ってきておらず、出会った当初のスーツ姿で眠っていた。

 

このまま朝まで寝てればいいのだが、寝たのが夕方だったから早めに起きそうな予感がしていた。その前にカリフにはやりたいことがあった。

 

「ふぅ……もうこのまま風呂に入るか」

「え、でもここって……」

 

そういうマナだが、実はこのホテルには大浴場が無い。しかし、代わりに各個室に備えられているプライベート露天風呂が備え付けられている。捕捉だが、セラフォルーがカリフに進めたホテルだけあって内装はとても豪華である。個室にシャンデリアは常識、広さも改築前の自宅以上の広さだった。

 

「もちろんオレとお前は別の所で入る。ソーナの所なら入れてもらえるだろう?」

 

遠回しに出て行けと言うカリフの提案にマナは項垂れながらもどこか納得してしまう。

 

最近、知ったことだが、カリフはこういった性関係の事例に関しては意外とキッチリしている。

 

雰囲気に流されることや無理矢理手篭にするような方法はもってのほか。そう言う点では“暴力以外の力”でしかどうにもならないことと考えている。

 

野性的なカリフは生物の持つ生理的欲求が飛び抜けて強い。

 

食欲、睡眠欲、排泄欲、そして征服欲と性欲も例外ではない。

 

そんな彼だからこそこういったルールを敷かなければ“余計”な関係を作ってしまうからだ。

 

もちろん、マナはそんなことなど考えもつかずに単に自分に興味が無いと思われてしまって凹んでいる。

 

少し沈んだ表情で頷いた。

 

「うん……」

 

抑揚のない声にカリフは不思議に思いながらも対して深く考えることなく洗面具を持っていくマナを見送る。

 

そして、ドアが完全に閉じたことと足音が遠ざかっていくのを感じてから自分の洗面具を持った。

 

「オレも入るか」

 

そう言って服を無造作に脱ぎ捨てて露天風呂へと向かったのだった。

 

 

 

 

「ん……」

 

ベッドの中のロスヴァイセの意識が戻ったことに気付かないまま……

 

 

「はぁ~♪ こりゃいい……非常にいい湯だ」

 

湯気が立ち上る露天風呂の真ん中でカリフはじっくりと風呂を堪能していた。手ぬぐいを頭にのせ、おもちゃのアヒルを浮かばせるほどシチュエーションにも凝っていた。

 

意外にも雰囲気を楽しんでいるカリフは鼻唄を歌いながら湯に浸かっている。しばらくの間、様々な事件に巻き込まれ続けて身も心も少し疲れていたこの時に温泉はまさに救いそのものだった。

 

「このまま宿泊も延期して泊まろうかな……」

 

その場で思ったことを口にした瞬間、カリフはすぐに表情を引き締めた……と思ったら今度は呆れた様子で溜息を吐いた。

 

カリフにだけ分かる。この宿泊施設に大物の珍客が来ていたこと。

 

そして、すぐ傍でシトリー家の紋章の魔法陣が出現してそこから一人の影が現れた。

 

「やっほー☆ あなたの通い妻のセラフォフォルーでーす☆」

「来たな珍獣め」

 

光と共に横チェキで現れた美少女のセラフォルーが姿を表した。

 

いつものツインテールを下ろし、朱乃やリアスくらいではないにしろ魅力的なスタイルをタオル一枚で前だけ隠して顔を赤らめながら微笑んでくる姿を披露していた。並の、いや、大抵の男ならその姿でノックアウトされていただろうがカリフは並ではなかった。

 

「何の用だ? 重役がこんな所までバックれて」

「もちろん、疲れた夫の御奉仕だよ☆」

 

出た……満面の笑みで言ってくるセラフォルーに頭を押さえて一番に思った感想がこれである。

 

セラフォルーが苦手な理由……素直な気持ちを自分にぶつけてくる姿勢そのものだった。

 

嘘も無く自分だけにどんな姿も見せてくれることには好感は持てたが、いつもの騒がしい様子も従来のものであることも事実。

 

決して嫌いではないのだが、同時に苦手意識も持っているということで対応に困ることがたまにある。

 

だけど普段は普通に返しているので苦痛になることはなく、むしろ“らしくない”行動までしてしまうことが稀にある。

 

“今の”時点ではカリフの中で最も手強い相手と認識されている。

 

セラフォルーは風呂用の椅子と桶をもう一つずつ持ってきて微笑む。

 

「ほら、体洗ってあげるよ☆」

「いらん。それくらい自分でできる」

「背中なんて一人じゃやりずらいでしょ? ほら」

「……」

 

こうなったセラフォルーは頑固だと知っているカリフは折れて風呂から上がる。以前にも素っ裸のときに訪問してきたときがあったのだがその時に“ムスコ”も見られたこともあった。その時に歓喜した魔王少女を思い出したので前だけはタオルで隠す。

 

「あーん。カリフくんの立派だから隠さなくていいのに~」

「お前喜ぶだろ? 絶対に嫌だ」

「ぶー。イジワル……」

 

不機嫌そうに呟くセラフォルーにカリフは構うことなく椅子に座って背中を見せる。

 

セラフォルーはボディソープで手ぬぐいを泡立たせ、カリフの背中を洗ってやる。

 

ゴシゴシと背中を流してやるとカリフは少し意外そうに驚く。

 

「随分と手慣れたものだな」

「えっへん! これでも魔王だからね、作法くらいバッチリだよ! それに昔はソーナちゃんと背中の流し合いもやってたからね」

「だったらオレじゃなくてだな……」

「いいの! 今は今! カリフくんとのお風呂のほうがレアなんだよ☆ それに……」

「?」

 

急に声のトーンが落ちたことに疑問に思っているとセラフォルーの手が止まった。

 

「今日くらいソーナちゃんとも一緒にいたかったんだけど……ソーナちゃん、お姉ちゃんと一緒ていうのは恥ずかしいのかな……って」

「授業参観の日のこと忘れたのか?」

 

本人に自覚が無いことにカリフは若干引いてしまっているのだが、セラフォルーは気落ちしているのか背中を流す動きがゆっくりであった。

 

「『魔王』になってからソーナちゃんと会える時間も少なくなっちゃったし、会っても怒られることの方が多いから……嫌われちゃったのかなって……」

「……」

 

桶をゆっくりと置く音が響く以外に何も聞こえてこない。裸の男女二人が並んだ光景が永遠に続く、そう思わせる間があった。

 

「え? きゃっ!」

 

だが、カリフは唐突にセラフォルー腕を掴んで引き寄せて椅子に座らせる。

 

「えっと……」

「座ってろ。今度はオレがやってやる」

 

そう言って今度はカリフが手ぬぐいをボディソープで泡立たせる。

 

「いや、いいよそんなこと。帰ったらお付きの人がやってくれるから……」

「ふん、やられたことは倍にして返すってオレの主義を果たすだけだ。このままされっぱなしってのも何か納得しがたいからな。ほれ、背中」

「……」

 

セラフォルーもカリフが頑固だってことくらい分かっているのか長く綺麗な髪を手でかき集めて背中を披露する。

 

滑らかなガラス細工のように艶がある小さい背中に手ぬぐいを押し当てる。

 

「ふわぁ……あったかい……」

「ふ~ん」

 

それ以降、カリフは黙々とセラフォルーの背中を洗う。しばらく続いた時、カリフから切り出した。

 

「本当に小さい背中だ。しかも柔らかくて少しでも力を入れると壊れそうだ。ガラス細工のように……」

「そう? これでも頑丈なほうなんだよね~」

「こんな小さい背中で背負っている物はあまりにでかすぎるかもしれんな……」

「……そうかも」

「その上さらには妹が不安か? 相変わらず忙しい奴だな」

「そんなこと言わなくたって……」

 

心外そうにカリフを睨むが、以外にもカリフが口元を吊り上げて笑っていたことに少し疑問を覚える。

 

「いつものお前なら笑い飛ばしていると思うんだがな」

「む~……」

「お前はこれと決めたことにはとことん我を貫くからな。そんなお前がらしくないこと言うと不気味なだけだ」

「一言多い~。この威張りん坊」

「厨二病」

「……」

「……」

 

互いに悪態を吐いて少しの間睨み合うも、すぐに二人の表情は緩み……

 

「……ふふ……」

「ふん」

 

セラフォルーは思わず吹いてしまい、カリフはぶっきらぼうに返すも表情を緩くなっていた。

 

気の抜けた二人はまたいつもの口調に戻った。

 

「あの妹はお前と違ってお堅いかもしんねえけど、本気で嫌っている気配なんてあの時は微塵も無かった……ていうか考えたらお前が姉だからな……こんな姉がいたら憎しみとかどうでもよさそうな天然な奴が育つと思うんだがね」

「あ~、それすっごい失礼~」

「そんなありもしない仮定に悩まされるお前が悪い。過去の自分が間違ったと思っているのか?」

「そんなことないもん! ソーナちゃんは私の麗しの悪魔だもん☆」

 

やっといつもの調子に戻ったことで少し表情を緩みながら「そうかよ」と返した。

 

穏やかな声を聞き逃さなかったセラフォルーは嬉しそうに振り向いて咄嗟にカリフの顔をじっと見つめた。

 

「何だ?」

「ふふ……知ってる? これでも色んな人からアプローチされたりお誘い受けてきたんだよ☆ 今ならタダでこのレヴィアたんが君の物になるよ?」

「いや、すいません。いいです」

「いいのかな~? そんなこと言ってたら他の人の物になっちゃうよ~? 残念でしょ~?」

「ふ~ん」

「もう! こういう時は『オレが幸せにしてやる!』って言うものなんだよ☆ きゃっ!」

 

もう対応がメンドくさくなったカリフはセラフォルーに桶を使ってお湯をぶっかけるとその勢いに負けてセラフォルーが床に転ぶ。

 

倒れたセラフォルーはびっちりと体のラインに沿って手ぬぐいを引っ付かせながら打った頭を押さえて涙目になる。

 

「いった~~~い!」

「アホ抜かすなコノヤロー」

 

悪態吐きながら湯船に入っていくカリフに付いて行くようにセラフォルーもその中に入っていく。

 

隣り合う二人だが、セラフォルーはさらに接近してカリフの肩に頭を載せて寄り添う。

 

「は~……誘惑しに来たつもりなのにまた愚痴になっちゃった……いつもごめんね?」

「全くだ。ストレスの掃け口くらい他で見繕ってほしいんだけど」

 

そう言うカリフだが、セラフォルーはクスっと笑った。

 

「君だから言えるんだよ……君は人の夢とか悩みを絶対に馬鹿にしないで聞いてくれるからかな……だからあんなにモテちゃうんだよね……」

「知るか。オレには女の考えることが分からんからな」

「朱乃ちゃんやあのデュランダル使いの子とも付き合うっていうなら何も言わないし文句も言わない。だけど一番はこのレヴィアたんだからね!」

 

セラフォルーが立ち上がってカリフに指を指して物申す。

 

カリフにある種の宣戦布告を告げると対するカリフも不敵に笑って返した。

 

「主張は個人の勝手……だが、オレを落とす最低条件は忘れたわけではあるまい?」

 

すると、カリフは独特の動きと共に拳法の構えを取る。

 

対し、セラフォルーは膨大な魔力を解放させていつも持っている魔法のステッキを異空間から取り出す。

 

「強い子が好きなんでしょ? それならこのきらめくステッキであなたのハートを鷲掴みにしてあげるんだから☆」

 

暖かな温泉がセラフォルーの魔力で冷えていき、熱かった温泉の湯は瞬く間に冷えて氷を張ってしまう。

 

氷の魔力がカリフの体を冷やしていくにも関わらずカリフは素っ裸のまま冷気に当たっても余裕を崩さない。

 

露天風呂の真ん中で睨み合う二人。

 

「ギャリック砲!」

「くらえー!」

 

そんな二人の気と魔力がぶつかり合うのはそう時間がかかることではなかった。

 

 

露天風呂の真ん中で二つの力がぶつかり合ったのだった。

 

 

 

「はぁ……オレだけハブられて一人か~……」

 

同時刻、別の部屋の露天風呂では匙が一人で涙を流しながら湯に浸かっていた。

 

生徒会員の中で唯一の男子である匙は見事にソーナの男女分離の煽りを受けて孤独の一夜を過ごそうとしていた。

 

匙自身も仕方ないことだと理解しているのだが、これはどう考えても好機としか言えなかった。

 

憧れの会長と同じ屋根の下で一夜を明かす……まさにうってつけのシチュなのだが、それをソーナが許すはずないことも理解しているのでやるせない気分で湯船に浸かる。

 

「兵藤じゃないけど……花園ってのを見てみたいなぁ……」

 

馬鹿なことを言っていると自覚しているので余計に切なくなってしまい溜息が止まらない。

 

「もう寝よう……」

 

そう言いながら風呂から上がる時、匙は異変に気付いた。

 

「ん?」

 

桶の中に入ったままのお湯が少し波打っていることに疑問を覚えて桶の波紋をガン見する。

 

「地震か?」

 

この時はまだ感知できないほど小さい地震だと思ってあまり考えずにすっと眺め続けた。

 

ただ少し波紋が段々と大きくなっていく様子を見ていたら突然波紋が消えた。

 

「?」

 

何が起こっているのか訳も分からずに辺りを見回していた時だった。

 

 

 

背後の壁が派手に大破し、壁を突き破った津波が匙の背中から覆い被さった。

 

「ふぐっ!?」

 

瞬く間に津波に飲みこまれた匙は濁流の中に身体がさらわれて姿を消した。

 

そして、連鎖的にいくつもの露天風呂を貫通させた津波の元の場所では気と魔力のぶつかり合いが続いていた。

 

力の奔流の中から現れたカリフとセラフォルーは未だに暴れ回っていた。

 

「はっはっはっはっは! どうしたどうしたぁ!?」

「まだまだ―☆」

 

カリフは手加減しているとはいえ、相当に二人はハイになってバトルを止めようともしていない。

 

セラフォルーがホテルを貸し切り状態にしていたおかげで他の客に被害がなかったものの、ホテルの損害は既に度を越していた。

 

拳とステッキがぶつかり合う中、二人の元に次々と人が集まって来た。

 

「ちょっ! なにこれ!?」

「お姉さま! カリフくん! 何をなさっているのですか!?」

 

そこには慌てて来たのか、タオルで体を覆い隠したマナやソーナを筆頭とした生徒会メンバーが集まって来た。

 

「ねえ! これは一体きゃあ!」

「ぐ……分かりません。ですが二人共私たちに気付いてもらわねば」

「は、はい!」

 

力の奔流に耐えながらも二人を呼びかけようと大声を出して二人に呼びかける。

 

「カリフー! 聞こえるー!」

「お止めくださいお姉さま! 御自分のホテルを粉々にする気ですか!?」

 

そこからマナと生徒会メンバーが呼びかけていると、セラフォルーとカリフがそれに気付いた。

 

「む」

「あ……」

 

すぐに二人の動きは止まり、気と魔力を引っ込めると暴走していた温泉や氷はその場に崩れ落ちていった。

 

改めてみると始め風流な露天風呂が見るも無残に木端微塵と言えるほど大破していた。

 

佇む二人にソーナはズカズカと近付いてきて大声を張り上げる。

 

「何を考えているのですか!? こんな所で戦闘なんてどうかしてます!」

「あ、あのソーナちゃん……これはね、じゃれ合いというかなんというか……」

「そうだとしてもあなたたちは御自分の力の大きさを自覚してください! それよりも何でお姉さまがこんな所にいるのですか!? また抜けだしたんですね!?」

「あぅぅ……」

 

魔王と名高いセラフォルーも愛する妹には弱いのか、それとも図星を突かれたのか、間違いなく両方の理由から反論もできずに黙りこくってしまう。

 

「全く、お戯れが過ぎます。そしてカリフくん! あなたもどういうことですか! こんな……」

 

まだまだ言いたいことはあるが、それを後に回してカリフに言及しようとするソーナが彼に視線を向けた時だった。

 

「こんな………」

 

ソーナの口調が段々と小さくなり、それどころか顔を紅くさせて体を震わせていく。

 

他のメンバーはソーナよりも早くに理由に気付いてから何も言えなくなり、むしろ話すことさえ躊躇われてしまった。

 

なぜなら……

 

「あれ? 前を隠してた手ぬぐいは?」

「無くした」

 

さてみなさん、カリフのように体の一部を覆う手ぬぐいかタオル……それらを無くしてしまったら何が見えるか。

 

至極簡単……カリフは“生まれた当時の恰好”で堂々と佇んでいた。

 

カリフの立派な“ナニ”を彼女たち全員にバッチリと見られていた。

 

『『『……』』』

 

カリフの全身を放心状態で全員が上半身、そして下半身へと視線を行ったり来たりとしている中、視線に耐えきれなくなったカリフが一言」

 

「これどう思う?」

「すごく……黒光してます……」

 

その言葉を最後にソーナはその場で意識を手放して崩れ落ちた。

 

 

 

 

その頃、ロスヴァイセはというと……

 

「zzz……勇者さま~……ムニャムニャ……」

 

スーツ姿のくたびれた二度寝姿をベッドの上で晒していたのだった。



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若手悪魔たちの会合

映画『神と神』見に行きました! ある意味ベジータさん注目の回でもありました。

それにしても最初はビルスを見て『何? この……え?』と思いましたが、キャラ的には結構好きでした。充分にカリフとも相性よさそうなので暇があれば出してみたいと思っています!
今回はあまり進みませんがそれでも見てください!


波乱の混浴騒動から一日が明けた。

 

「ん……」

 

ホテルのある一室のベッドでロスヴァイセが寝ぼけ眼を擦ってベッドから起きた。

 

(あれ……私はなんでこんな所に……)

 

なんで、どうして、ここは一体……カリフと会って夕飯を食べた辺りから記憶が曖昧になっていることに疑問を抱きながら少し考える。

 

(えっと……確かカリフくんとマナさんとご飯を食べて……そうだ! あの時から鬱憤を吐きだして……!)

 

自分のタガが外れて荒れる自分の光景を思い出して恥ずかしくなってしまった。

 

彼と話していると不思議と隠し事や素の自分を出してしまう。こういう点ではまさに相談相手としては適任者と言えるのだが、今回はそれでロスヴァイセは墓穴を掘ってしまった。

 

あまりに女らしくない一面を晒してしまった羞恥心がロスヴァイセの心を覆った。

 

(うぅ……折角……折角会えたのに変な所見せちゃった……)

 

後悔で頭を項垂れるほどの後悔を見せるロスヴァイセはここでまた気付いたことがある。

 

スーツ姿でベッドにくるまって眠っていたこと。

 

寝巻にも着替えずに眠りこけていたであろう自分の姿を思い返して思った。

 

―――だらしがない

 

多分、仕事の疲れが溜まっていたであろう、あの後眠りについた自分はここまで介抱された……益々だらしがない。

 

「いや……お嫁に行けない……」

 

自分の醜態に呆れを通り越して悲しくなってくる……周りを見渡すとカリフは少し離れたソファーの上で眠っている。ソファーの下にはツインテールの女性が弾き落とされながらも眠っている。そして自分と同じベッドでは自分の隣にマナが可愛らしい寝息を立てて眠っている。

 

見覚えのない女性は気になるが、今はそんなことどうでもいい。今は早くこの場から離れたい。

 

ロスヴァイセは一人も起こさないようにゆっくりと起きてベッドを降りる。

 

適当な紙を見つけ、持参していたボールペンを用いてスラスラと書いていく。

 

―――御迷惑をお掛けいたしました。私は仕事の関係で先に行きます。このような形で別れの挨拶を交わすことをお許しください。それと、皆さんには大変な御迷惑をおかけしました。すみません

 

そうとだけ書くとロスヴァイセはそのまま部屋のドアを開ける。オートロック式なので一度出ればもう入ることはできない……また会う機会はあるかもしれないが、今は気まずくてとてもじゃないが話すことは無いし、話したくない。

 

「……」

 

切なさを秘めた表情を浮かべてソファーの上で眠るカリフを一瞥し、ロスヴァイセは部屋から一歩出た。

 

 

ドアが……

 

 

ゆっくりと閉まった……

 

廊下からコツコツと足音が聞こえるも、音は遠ざかって小さくなっていく。

 

それを確認した時、カリフは目を開けた。

 

「……」

 

ロスヴァイセが起き上がった時のベッドの布擦れの音で起きていたカリフはロスヴァイセを静かに送っていた。

 

わざわざ眠ったフリまでして……

 

今のロスヴァイセの心情を理解した上での行為だということは言うまでも無かった。

 

 

それから間もなく、セラフォルーたちも次々と目を覚ましていくのだった。

 

 

 

ホテルの玄関前でカリフはマナと一緒にセラフォルーを見送りに外に出ていた。

 

ソーナたちは既に新人悪魔の会合向かい、セラフォルーは悪魔の集まりの主賓として今から向かう予定である。

 

「じゃあね。一晩だけだったけど楽しかったよ☆」

「また顔合わせることになるけどな……」

「マナちゃんもありがとう☆ 新しい仲間として頑張ろうね☆」

「は、はい……」

 

セラフォルーの言葉を理解したマナは顔を紅くさせてカリフから顔を背ける姿にセラフォルーは笑って見届ける。

 

その後はすぐに詠唱で魔法陣を展開させ、始終笑顔で手を振りながら魔法陣の中へと姿を消した。

 

セラフォルーの転移が完全に終了し、マナと二人きりになった所でカリフは気付いた。

 

「なんで姿が変わってるんだ? 確かガガガだっけ?」

「え、前に皆に話したと思うんだけど……」

 

首を傾げるカリフに呆れていたマナの姿はいつものような姿とは違っていた。

 

以前、ギャスパーと共に魔法使いたちを追い詰めた際にセイクリッド・ギアの『触らずの魔法(ドント・タッチ・マジック)』を使った時のマジシャンズ・ヴァルキリアことヴァルの姿となっていたことと同じ状況となっている。

 

ただ、今度はヴァルではなくて姿形は思念体で姿を表したガガガガールことガガの姿となっていた。

 

いつもの金髪ロングはセミロングとなっており、いつもより露出度は少ないものの体のラインにフィットした格好もすごくエロくて可愛いものだった。

 

だが性格はそのままのマナの人格のままとなっている。

 

「いつ?」

「……この前の部活の時なんだけど……はぁ……」

 

人の話を聞いていなかったと溜息を吐いて目的地へ向かいながら説明する。

 

「元々私は一人の『マナ』という存在、ただの魔法使いだったけどいつかに話した魔法使い同士の魂の共鳴・融合の実験が行われた」

「そこでお前、いや、お前たちはマナの体をベースに融合を果たしたが故にマナの体に四つの人格が住みついた……容姿もベースであるお前に似たんだっけ」

(そこまで分かってるのにどうして聞かないのよ)

 

心の中でマジシャンギャルことマジが突っ込むのに対してマナは同意しながらも説明を続ける。

 

「条件としては魔力量がほぼ同値だということ……それを満たした私たちの融合は成功したんだけどね……」

「全員がセイクリッド・ギアの持ち主だったということも覚えているぞ」

 

それに対してガガ(の姿をしたマナ)は頷いた。

 

「そう。しかも全部が凄く強力な物であって、定義としてはロンギヌスじゃないんだけど充分に使いこなせれば神をも倒せるほどに」

「そこからだな。オレが分からんことは。どんなセイクリッド・ギアだ?」

「うん、私は『聖なる鏡(ミラー・フォース)』といかなる攻撃もそのままの威力で返すカウンター系、ヴァルさんが前に見せたように『触らずの魔法(ドント・タッチ・マジック)』という任意の魔法をメインに戦う人への攻撃を受け流す、これについてはガっちゃんの『零の受信(ゼロ・ゼロ・テレフォン)』と同じだね」

「どんな攻撃も威力を無くす……とんでもない代物だな」

「確かに強いけどこれらは一度使うのに膨大な魔力が必要になるから乱発はできないんだけどね」

 

それはそれで面白い物だとカリフが思っている間もマナは続ける。

 

「そしてマジさんのは『魔性の脳(ブレイン・コントロール)』と相手を短時間だけど操ることのできる操作系のセイクリッド・ギアだね」

「恐ろしい物を持ってやがるな……オレを操ることは?」

「結論から言えば無理だよ。これは相手の実力差が均衡、もしくは自分より弱い相手にしか発動できないんだ」

「やっぱ美味しいもんばかりじゃないってことか」

 

歩きながらも嘆息するカリフだが、やっぱりどう考えてもそのセイクリッド・ギアは強大だと思わざる得ない。

 

洗脳、反射、攻撃の無力化……たとえ戦闘で使える回数は限られていても使い方を間違えなければ一発逆転が可能となる。

 

(こいつも光る原石……ということか)

 

正直、ドラゴンの特性とか言い伝えなんて鵜呑みにしてはいなかった。

 

もう伝説にでも何でも縋らなければ強者には出会えなくなるだろうと思っていた……『退屈』は『忘却』へと変貌して生きる意味さえも奪っていく……『退屈』は『敵』だった。

 

だが、マナにしろ朱乃やリアス、ゼノヴィアや木場に小猫といった逸材が次々と現れてくる。

 

やっぱり平穏よりもこういった混沌の生活の方が自分に合っていると自覚させられることとなった。

 

「どうかしたの? なんかシミジミしてたようだけど」

「気のせいだ」

 

人に言うほどのことでもないから自分の胸の内にだけ留めておくことにした。

 

「そろそろ時間だ。少し飛ばしていくぞ」

「ちょ、ちょっと! 速い速い! 私が走るスピードにまで抑えてよ!」

「オレに付いて来れるか?」

「無理だから言ってんでしょう!」

 

結局、本当に時間が危なかったのでマナはそのまま担いで一気に目的地へと向かうこととなった。

 

生身でマッハを軽く超える超スピードを体験したマナはしばらくの間意識が混濁していたとかいなかったとか……

 

 

 

「意外と速かったな……ほらマナちゃんと歩け」

「うぅ~……目が回って気持ち悪い……」

「まったく……そもそもなんで勝手に目なんか回してんだ?」

「君のせいですが!?」

 

漫才を続けながらカリフは辿りついた立派な屋敷の中を練り歩いていた。

 

そんな中、マナはカリフにもたれる形で同行している。

 

「て言うか今日は何しにここに?」

「ん? まぁ、魔王たちからゲストとして呼ばれただけだ。若手悪魔ってのも見たかったから黙って同席する条件でな」

「へぇ~……」

 

意外そうにカリフを見下ろしてくるマナの視線に少しムっとしながら返す。

 

「なんだ」

「え? いや、なんて言うか……カリフってこういうことはマメだなって思って……」

「?」

「あのね、カリフってすっごい強いから若手とかじゃなくて魔王とか神とかそういうのにしか目を向けないと思ってて……」

 

言葉を選びながら話すマナにカリフは溜息を吐いて仕方なさげに答える。

 

「分かってねえな。相手が若かろうと風評だけでそいつを測れるものじゃない。こういうのは自分の目と耳で確かめることが大事なんだよ」

「噂は信じないってこと?」

「少なくとも鵜呑みにはしない。そういった先入観は視野を狭くするからオレは嫌いだな。今のお前だって傍目からしたらただのチャラいJKにしか見えてないぞ?」

「それとこれとは違うと思うけど……ていうかJKって……」

『でも分かりやすい先入観だよね……』

 

自分のスカートや髪を弄るマナやガガにも気にせずにカリフは続ける。

 

「先入観なんてそんなもんだ。本当のお前はそこらの女たちよりもお人好しで穏やかなのにな」

『「ぶっ!」』

 

まさかの不意打ち。マナとガガは思わぬ優しい言葉に吹いてしまった。

 

「甘っちょろい考えだけどお前は自分なりの善悪をはっきり分けて行動できていると思う」

「え、あの……どうしたの?」

「おっちょこちょいでトロいけど悪い子ことすれば反省できる物分かりがある、そう言う所は好感持てるんだが」

『いや、ちょ……やめて……このギャップはやばいから……』

『鈍感もここまで来ると見事ですね……変な感じになってきました……』

『あら、女には興味ないって思ってたけど嬉しいこと言ってくれるじゃない……ほら! マナも照れない!』

 

普段は憎まれ口か罵声しか言わないカリフからの真っ直ぐな好意にマナは内心で恥ずかしさで顔を真っ赤っかにしていた。そしてその感覚はマナの人格者にも伝わり、他の三人も恥ずかしくなっていた。

 

やっぱり気になる男から褒められると嬉しいと思うのが女の子である。

 

そんな彼女が笑っていいのか恥ずかしがっていいのか混乱している中、カリフの後ろから近付いて来る影があった。もちろんカリフも気付いてはいたし、気付かれるのを承知して近付いていたのだが。

 

「もし、そこの御仁」

「ふん……もしかしなくてもオレだな?」

「やっぱり気付いていたか。流石は人間最強だ」

 

マナがその声に気付き、近付いてきた人物を見上げる。

 

長い体躯に逞しい体つき、瞳は紫の野性的なイケメンは好意的に近付いてきた。

 

その様子にカリフもようやくその人物の顔を見上げるとすぐに思ったことがあった。

 

「サーゼクス?」

 

率直に言いながら首を傾げるとその人物は少し目を丸くした後で大いに笑う。

 

「はっはっは! 中々愉快な奴だ! 天然で核心を突かれてしまった」

「あぁ、やっぱ従兄とかか」

「その通りだ。こうもすぐに自分のことを看破されるとは思ってなかった」

 

感じ良さそうに笑いかけてくる青年は握手を求めると、対するカリフも少し笑って返す。

 

「ふん、今時珍しく清々しそうな奴だ。お前みたいなのは嫌いじゃない」

「それは嬉しい限りだ」

「あの……あなたは……?」

 

マナが訝しげに聞くと青年は頭を掻きながら笑顔で応じる。

 

「あぁ、これは失礼した。俺はサイラオーグ・バアル。バアル家の次期頭首だ」

「バアル……!」

「ほう」

 

バアル……魔王の次に権威がある大王家の子息の紹介に二人はそれぞれの反応を示す。

 

それほどまでにその名が知られているということもあるが、カリフは別の意味で関心を示していた。大元はリアスから事前に聞いていたホープの情報からだった。

 

「そうか、通りでそこいらのバ金持ちとは違う気配を漂わせている訳だ」

「ほう、俺のことを知っている口ぶりだな」

「リアスの従兄でありながら滅びの魔力はおろか戦闘で役に立つとは思えない魔力量しか受け継ぐことができなかった所謂典型的な“落ちこぼれ”むぐぐ……」

「カリフっ! いえ、その、すいません! この子はあまり世間を知らないばかりにこんなこと言ってしまうんですが決して悪気とかじゃなくて正直すぎるだけで……」

 

カリフの口を塞いで必死にサイラオーグに頭を下げるマナだが、以外にもサイラオーグは気にしていないように笑いながら咎めることはしなかった。

 

「いや、本当のことだから気にしてはいない。むしろお前の遠慮のなさには清々しささえ感じる」

「ほう、随分と余裕だな」

「こんなことで目くじらを立てていてはキリがないからな。魔王になろうものならなおさらだ」

 

それでも握手を求めてくるサイラオーグにカリフは認識を改める。

 

見た目もそうだが、纏っている気合からして既に周りとは別格ということは明らか。しかも物腰からして落ちついている。

 

 

 

悪戯心に火が点いた。

 

「ほう、そんな大口叩けると?」

『『!?』』

 

その瞬間、カリフからの威圧にサイラオーグとマナはカリフの覇気に身体を強張らせた。マナは腰を抜かしてへたり込み、サイラオーグは一瞬で立ち直って同じ様に威圧で返す。

 

「うわ!」

「ひぃ!」

「は、柱が!」

 

覇気と覇気のぶつかり合いで二人を中心に発せられた衝撃が周りに伝わっていく。

 

大理石の柱や床がひとりでに亀裂を刻む中でカリフはいつもと変わらない調子で言った。

 

「臨戦態勢に入るのに0.5秒かそのくらいか……15回は死んでいたな」

「く……これはまた手荒い挨拶だな……鬼畜カリフ……確かに最強を謳うことはある……」

 

笑って平常に返そうとしているが、今の自分がどれだけ腰を引かせているのか想像もつかない。

 

このサイラオーグは本来持っているはずの滅びの魔力も無ければその魔力さえもそんなに持っていない。周りからは“落ちこぼれ”と呼ばれ、よく折檻を受け、母にも迷惑をかけてきた。

 

その母は自分が打ちのめされて帰って来る度にこう言った。

 

「あなたには魔力なんて無くてもその体があるではないですか」

 

それからこの体を鍛えに鍛え、負けに負けてきた。そして勝負というものを知り、魔力に変わる闘気も増やして強くなっていった。

 

やがては周りから若手ナンバーワンと呼ばせるほどにまでなっていた。

 

自惚れてはいないが、ある程度の修羅場などこの身と気合で切り抜けられる。

 

 

さっきまではそう思っていたが、再び思い知らされた。

 

―――才能の壁

 

今、自分の目の前の小さい少年は自分に握手を求めて差し伸べてきた。だが、同時に感じる彼からの威圧は次元その物が違っていた。

 

今までこれほどの覇気や迫力を持ち合わせた相手などいなかったし、これほどまでの力の差があるのだと知らなかった。彼の手は実際よりも遥かに重く、それでいて大きい。

 

そんな手から造られる拳は一体どれほどの物か、今の自分がこの手にどこまで通用するのか……

 

握手に応じるのがこれほど恐れ多いこととは知らなかった。

 

(なんて奴だ……この俺を雰囲気だけで威圧するか……)

 

サイラオーグはそれでもカリフから差し出された手を握って握手に応じる。その手から伝わる体温は人間では考えられないほどのエネルギーだが、そんなことも気にしている余裕も無い。

 

背丈的には見下ろしているはずなのになぜだろう……彼の“野性”の舌の上に放り込まれている気分だ。

 

そんな緊張が数秒間続いた時、カリフの方から威圧を解いた。

 

「普通ならショックで気絶するくらいにおどかしたつもりだったんだけど、刺激が弱かったか?」

 

突然の解放にサイラオーグとマナは体が軽くなったのをハッキリと感じ、サイラオーグも覇気を止めた。マナは立ち上がり、サイラオーグは冷や汗を流しながら苦笑して握手を続ける。

 

「いやいや、あんなにビビらされたのは本当に久しぶりだ……ずっと続けられていたらこっちが参ってしまうとこだった」

「どうせしばらくは暇なんだ。これくらいの遊びくらい勘弁してもらいたい」

「あれが遊びで出せる殺気か……リアスからはちょくちょく聞いてはいたが本物の規格外のようだ」

 

サイラオーグが頭を抱えて苦笑していると満面の笑みを浮かべてきた。先程とは違い、年相応の笑みとのギャップにサイラオーグは少し引き攣ってしまう。

 

そんな時だった。

 

「サイラオーグ!」

 

こちらに向かって呼びかける主……リアスが向かってきた。その後ろにはよく見知ったオカ研メンバーも勢ぞろいだった。

 

「リアスか。懐かしいな」

「ええ、時々連絡し合っていたけど直接会うのは久しぶりね」

「カリフくん。君もここへ?」

 

木場の問いにカリフは腕を組んで答える。

 

「まあ、魔王たちからゲストとして呼ばれてしまった……まあ適当に飯食って寝るだけだな」

「できるならそうしてくれ。お前が口を開くとあらゆる方面を敵に回しそうだから」

「……問題発言のオンパレード」

「失敬な。まるでオレが毎回他人を罵っているような口ぶりじゃないのか?」

『『『……』』』

 

イッセーと小猫の指摘で心外そうに顔を顰め、誰もが言葉を無くす。

 

リアスはそれに苦笑しながらもサイラオーグと話を続ける。

 

「それでどうしてここに?」

「あぁ、大半の若手悪魔は集まっているんだが、くだらなくて出てきたのだが……この二人と会ってな」

「くだらない? 他のメンバーも来ているの?」

「アガレスにアスタロト、挙句にゼファードルだ。着いた早々ゼファードルとアガレスがやり合い始めてな」

 

心底嫌そうにサイラオーグさんが溜息を吐く中、別の部屋から爆発が鳴り響いた。全員が身構える中、爆発した所へサイラオーグが向かっていく。

 

「だから顔合わせなど必要ないと言ったんだ……面倒だな……」

 

全員がサイラオーグに付いていくと、爆発の中心地で睨み合う二人の影があった。

 

「ゼファードル、こんな所でやり合っても仕方なくて? 死ぬの? 殺しても問題ないかしら?」

「ハッ! 言ってろクソアマ! これだからアガレスの女どもはガードが固くて嫌になるんだよ! せっかく別室で開通式してやろうと思ったのによぉ!」

 

片方は眼鏡をかけた冷たい雰囲気の同年代に見える女性であり、もう片方は派手にアクセサリーをちりばめたヤンキー系の男だった。

 

その片方を見たカリフは一言。

 

「Xジャポン?」

「……そういうの禁止」

 

小猫からさり気なく突っ込みをもらった所でも関わらず双方の睨み合いと魔力のぶつかり合いは続く。

 

そんな状況に耐えられずにギャスパーが服の裾を掴んできた。

 

「うぅぅ~……アニキ~……」

「引っ付くなみっともない……つか、今なんつった?」

 

何やら妙な呼ばれ方をされたのでカリフが問い詰めようとした時だった。サイラオーグが二人の元へと向かっていった。

 

「ちょっ! 危ないって!」

 

イッセーが慌てて止めようとした時、リアスがイッセーを制す。

 

「大丈夫よ。心配しないで見ていなさい。若手悪魔ナンバーワンの実力を」

「ナ、ナンバーワン!?」

 

驚くイッセーはサイラオーグに視線を向けると既に双方の間に割り込んで仲裁していた。

 

「いきなりのことだと思うが双方共静まれ。これが最初で最後の通告だ。これ以上面倒を起こすなら容赦なく拳を振るうぞ」

 

サイラオーグから大量の闘気が放出される中、カリフは予想以上のポテンシャルに舌を巻いた。

 

(そこいらの奴よりもエネルギー量が極めて大きい。それでいて立ち振る舞いには何の迷いも無い……)

 

まさに大物を釣り上げたかのように心が弾むのを感じた。

 

(これで無能? 落ちこぼれ? とんでもない! こいつはまさしく原石だ。磨けばとびっきりの代物になれるほどに)

 

そんな中でヤンキーの悪魔が青筋を立てて怒りを露わにした。

 

「バアル家の無能……!」

 

全てを言い終わる頃にはサイラオーグの拳がヤンキー悪魔の顔に叩きこまれていた。

 

悪魔でも強いと判断できるくらいの魔力を持っていた上級悪魔を一撃の拳で沈めたのだ。その力量は底知らずだと周りに思わせるには充分過ぎた。

 

『『『よくも……!』』』

 

ヤンキー悪魔の眷族がサイラオーグに向かってこようとするが、サイラオーグがもう一度拳を握って見せつける。

 

「言ったはずだ。これが最終警告だと……」

『『『……』』』

 

全員がサイラオーグを恐れ、動けなくなった。一部始終を見届けたカリフは踵を返して部屋から出ていく。

 

「どこ行くんだ?」

「これからゲストとして魔王たちと見物さ。オレはあまり発言しなくていいとのこととタダ飯食わせてもらうからこれで」

 

ゼノヴィアの質問も簡潔に答えてその場をあまり目立たないようにその場から離れていった。

 

この後の予定はしばらく悪魔同士で自己紹介してから挨拶、その後はグレモリー家に向かう。マナは一足先にアザゼルと合流ということだった。

 

カリフはセラフォルーたちのいる場所へ気を辿って向かうのだった。

 

 

「おぉ、来てくれたか」

「やっほー☆」

「おぉ、これは珍しい客だな」

「いらっさーい」

 

しばらく経った頃、カリフはVIPルームに一足先に着いていたサーゼクスとセラフォルー、そしてアジュカとファルビモウスから挨拶を交わされた。それに軽く手を上げて返すと用意された椅子の上に座って胡坐をかく。

 

「おいおい、久しぶりの再会なんだから少しくらい話しててくれないか?」

「ダメ、食ってきて眠い……」

「だから遅くなったの? 折角ゼクスちゃんと一緒にお喋りしようとしていたのに! もうすぐで式典始まっちゃうんだから!」

 

セラフォルーがプンスカと怒っている中、カリフは欠伸をして聞き流す。

 

その後すぐに式開始の音楽が式場に流れて若手悪魔たちが入場してくる。

 

サーゼクスたちの反対側の席には初老の上級悪魔たちが高そうなワインを飲んでいるのが見て取れる。

 

(どうせ抱負を聞いて終わるだけか……なんで呼ばれたんだオレ?)

 

胡坐をかいて考えるカリフには分かるはずもなくすぐに考えるのを止めた時、遂に式が始まった。

 

「よく集まってくれた。次世代を……」

 

初老の悪魔たちの声は単調でつまらなく、眠気を誘ううものであったためカリフはここらで話を聞くふりをして眠りに着いていた。

 

というのも座りながらであるためうたた寝くらいではあったが話は全く聞いていなかった。

 

「我々もいずれ……」

「サイラオーグ、確かに……」

 

言葉の断片は分かっても詳しくは聞いていない。

 

ここらで本当に眠ってもいいかなと思っていた時、サーゼクスのある言葉で少し興味を持った。

 

「最後に……目標を……きたい」

 

言葉からすぐ推測できるくらいに耳に届いたのでカリフは目を開けてそれぞれの主張に耳を傾けようとする。

 

目を開けていかにも“聞いてました”という格好でいすから身を乗り出す。

 

サイラオーグが最初なので一歩前に出て堂々と宣言した。

 

「私は魔王になることです」

『『『ほう……』』』

 

最初から飛ばしていく若手悪魔に上級悪魔たちは静かに呟いた。

 

「大王家から魔王とは前代未聞だな」

「俺が魔王になることに民が賛成するならそうするしかないでしょう」

 

迷いなく言い切ったサイラオーグのおかげでカリフの眠気はどこへやら、面白い物を見つけたかのように興味が湧いてきた。

 

「私はグレモリー家時期頭首として生き、レーティングゲームに勝っていくことです」

 

リアスは比較的保守的……いや、堅実的だった。

 

その他にも各々の目標を発表し、最後にはソーナたちの出番となった。

 

隣ではセラフォルーが鼻唄で御機嫌ムード全開にしていた。

 

「私の目標はレーティングゲームの学校を開くことです」

 

これには少し意外だったのかカリフも耳を傾ける。

 

「しかしゲームの学校なら既にあるのだが?」

「それは上級悪魔と一部特権階級の悪魔にしか許されてはいません。私は一般悪魔や転生悪魔も通えるような学校を創りたいのです」

 

……面白い

 

最初に浮かんだ言葉はまさにそれだった。

 

もしそれが実現すればもっと多くの原石が多く生み出されることだろう。

 

生まれや血でのみ判断され、有望な者が損をするなどとは正気の沙汰とは思えない。

 

少なくとも学ばせるということは現代において最も重要なプロセスだと思っている。

 

「ふっ……っ!?」

 

思わず笑みを浮かべてしまったのをセラフォルーに見られてしまった。

 

「……ふん」

「……クス」

 

慌てて表情を強張らせるも、かえって微笑ましくなってしまいセラフォルーに笑われてしまった。

 

それには恥ずかしくなってしまい狸寝入りをかまそうとしたときだった。

 

『『『はははははははははははははは!』』』

 

突然、上級悪魔たちがいっせいに大口を開けて笑った。

 

その声にはユニークに笑うなどとは程遠い、嘲るような感情が含まれている。

 

これだけで何故笑っているのかなんて推理するのにそんな時間はいらなかった。

 

「これは傑作だ!」

「無理だ!」

 

笑いながらの罵倒に苛立ちを隠さないままサーゼクスたちを見据えると、視線に気付いたサーゼクスたちが首を横に振る。

 

「おい……セラフォルーくらいは知っていると思ったんだがな……オレはこういうのには胸糞悪くなるってなぁ……」

「それは私とて同じだ。だが、今の私たちでは無闇に彼らに反発することも止める力も無いんだ……」

 

サーゼクスも悔しそうに歯噛みする所を見て気付く。

 

まだ魔王になったばかりのサーゼクスたちは不本意ながら旧悪魔派の力が必要である。そのため不用意な注意ができないでいる。

 

「なるほど! 夢見る乙女ということですな!」

「若いというのはいい! しかしシトリー家次期当主ともあろう者が……」

 

ここらで殺そうかと本気で考えていたのが読まれたのかセラフォルーに手を握られていた。気付けば自分が身を乗り出していたことに気付いた。

 

ここで振りほどくこともできたかもしれないが、ここでは状況が違う。どんな形であれセラフォルーには借りがあるのでここで暴れてしまっては色々と面倒になることは確かだ。

 

もっとも、セラフォルーとかがこの場にいなければ激情に身を任せて血を撒き散らせていたかもしれない。

 

(老害どもを社会的に抹殺するには今の所サーゼクスたちが必要か……)

 

なら話は簡単……どこかの諺にあったかもしれない。

 

―――イカサマはバレなければイカサマにはならない

 

カリフは密かにポケットから消しゴムを取り出し、角を千切る。

 

「下級悪魔は上級悪魔に仕え、才能を見いだされるのが……」

 

偉そうに語るその耳障りな口を……

 

「たかが下級悪魔程度に……」

 

塞いでやる

 

遠目で老害どもの気の流れを把握、注目すべきは脳の働きを司る気脈

 

脳は最も精密な働きを果たす脳に一つでも異常を来たせば当然異常が起こって動きを止める。

 

消しゴムを気で硬質化させて機動隊のゴム弾くらいの威力に調節する。後はその消しゴムで気脈を突いて失神なり昏睡させるなりどうにでもなる。

 

スナイパースタイルでのノッキング

 

一人一人の気脈はそれぞれ位置が違うので集中力を高める。

 

普通は手が震える場面でも対象のマヌケ面が闘志を湧き立たせる。

 

その薄ら笑いを浮かべた面にゴム弾を放った。

 

高速で指で弾いて初老の悪魔たちに飛ばす。

 

数回に渡って放った弾丸は目標の気脈に当たって消しゴムに纏わせた気が連鎖的に反応して反発を起こす。

 

その結果……

 

『『『う……!』』』

 

ソーナを嘲っていた悪魔たちは苦悶の声を上げた後に気を失い、手元に置かれていた料理に顔を突っ込んだ。

 

「……え?」

「ん?……」

「なんだ?」

 

異常に気付いた悪魔たちが初老の悪魔たちに近付き、状態を確認すると一気に雰囲気が変わった。

 

「あぁ……申し訳ございません。ただ昏睡状態に陥っただけです」

「それは緊急ではないのですか?」

「いえ、今皆さま方が食べていたのは『マンドラゴラのソテー』ですな。マンドラゴラは薬品として重宝されるのですが料理として熱を加えると睡眠作用を催す個体もありますので運悪く当たってしまったのでしょう」

 

一瞬だけ張りつめた空気はまた戻った。偶然に偶然が重なった結果にカリフも一息吐いた。

 

「あとカリフくん。後でお話があるので残ってもらえないだろうか?」

 

訂正、サーゼクスからのお叱りコースが決定したのを知って頭を項垂れることとなった。

 

結局、上級悪魔たちのまさかの退場により会合式は予定より早く切り上げて解散となった。カリフは本当に最後まで何も喋らずに座りっぱなしだった。

 

と、いうのもカリフが魔王たちと一緒にいることで世間で話題の“最強の人間”が悪魔サイドだと来賓客に思わせることで協定の真実性を見せつけるといった策略であったことはカリフに知られることはなくホっと一息吐いた魔王たちであった。

 

((((なんとか繋ぐことはできた……))))

 

ちなみに魔王全員にはカリフの消しゴム飛ばしは見えていたのだが、彼らの考えは同じだったのか上機嫌でそれを見過ごすことにしていた。元々から無理があった襲撃なのだから仕方ないとしか言いようが無いのだが……

 

 

会合での謎の出来事が起こった後、サーゼクスの注意を受けたカリフがグレモリー家にお邪魔しているのだが……

 

「カリフ? あなたよね? 会合でのことは……」

「……」

「本当に図星と解釈していいのね?……その様子では……」

 

再びリアスから説教を喰らっていたのだが、これは目線を逸らしてガン無視を決め込んでいる。

 

その態度がリアスの追究を肯定しているようなものだと分かっているのだろうが。

 

「ちなみにイッセーたちも全員あなたが何かしたんだと薄々は感じていたのよ? 普段の自分の行いを改めるいい機会だとは思わない?」

「……」

(落ち着くのよリアス・グレモリー……王は感情に任せて無様な姿を見せてはいけないわ……彼は冥界で右も左も分からない後輩。だから早く認めるなりやってないならやってないって言うなり反応くらいしてくれないかしら? でないとそろそろ私の理性がががががががが)

 

あくまで無視を決め込むカリフにリアスの我慢は限界を迎えようとしているのか体を小刻みに震わせて溢れそうな魔力を必死に抑える。

 

「ひいぃぃ~! 部長さんが怖いですよイッセーせんぱ~い!」

「俺に振るなよ……できれば関わりたくない」

「あれほど怒っている部長も珍しいね。無視されれば当然かもしれないけど……」

 

朱乃でさえも二人の間に入らないように距離を取っている。更に言えばグレモリー家のグレイフィアを除く執事やメイドたちがリアスから発せられる怒気と魔力に身体を震わせているのが分かる。

 

いつまでも進展しなさそうなこの状況にアザゼルが割って入っていった。

 

「まあいいじゃねえか。こいつが何も問題さえ起こさなきゃいいってぼやいてたのはお前だろ?」

「それはそうだけど……だけどこの子ってばバレなきゃいいなんて言ってるのよ!? 到底身過ごせることでは無いわよ!」

「いや、俺から言わせてもらえば相当に成長したもんだ。少し前までのこいつならあの瞬間に会場の全員が木端微塵になってたんだからな」

 

笑いながら言うアザゼルに頭痛を感じながらも今回は引き下がるしかないと歯噛みする。

 

色々と言ってやりたいことはあるのだが、今回の件は原因もリアス自身が納得してしまったためこれ以上怒れる自信が無い。それにサーゼクスたちの面目を潰さない配慮に免じてこれで終わろうと考えていた。

 

ちょうどその時、今まで控えていたグレイフィアがタイミングよく割って来た。

 

「今日はこの辺でもいいでしょう。皆さんもお疲れの様子なので温泉に入ってもらうのがよろしいかと」

「お、温泉あるんですか!?」

 

イッセーの嬉しそうな問いにグレイフィアは笑いかけながら頷く。

 

アザゼルもその報告に嬉しそうにしていた。

 

「グレモリーの温泉を堪能しとけ? 結構評判いいからな」

「って先生嬉しそうですね」

 

子供みたいにはしゃぐアザゼルに全員が苦笑していると、アザゼルがカリフの背中を叩いて呼びかけている。

 

それに気付いたかのようにアザゼルに向き直るカリフ

 

「これから温泉だってよ! さっさと入ろうぜ!」

「……?」

「あ、そうか」

 

首を傾げるカリフにアザゼルが耳を指差してカリフに何かを伝えようとしている、そんな光景に部員たちが不思議に思っているとカリフは自分の耳に指を突っ込んで取り出した。

 

 

耳栓を

 

「なんだって?」

「これから温泉だ。行くぞ」

「なんだと?……すぐ済む」

 

唖然とする部員を余所にカリフはアザゼルと一緒に風呂に向かう。

 

「あいつ……ずいぶんと大人しいと思ってたら耳栓かよ……まああいつらしいっちゃあらしいよなぁ……ひぃ!?」

 

恐る恐る愛する部長を見やるイッセーはすぐに恐怖に身を震わせた。紅髪をゆらゆらと逆立て、滅びの魔力を溢れさせて怒気を撒き散らすリアスにイッセーだけでなく全員がその身を震わせた。

 

「あ、あの、ぶちょ……」

「行かない方がいいイッセー。もう彼女は部長じゃない。今の彼女は怒りに身を任せた本物の悪魔そのものだ」

「いや、なんだかそれ以上の存在にも見えるんだけど……」

「ふふふ……そう……私の話、そんなにつまらなかったかしら?……それとも本当に馬鹿にしているのかしらねぇ?」

 

もう色々と限界なのかリアスの声のトーンが一気に下がった。

 

「こっちは年上として指導してあげようとしていたのにそういう態度? えぇいいわよ。そっちがそういう方法でくるならこっちにも考えはあるわよ?」

 

そう言って去っていく二人の後ろ姿目がけて手を添えて魔力を解放、狙いを定めて……

 

「待ちなさいこの問題児! 今日こそ先輩の威厳を見せてあげるわ!」

「おぉ怖い怖い」

「俺も巻き込むなよ」

 

魔力を撃ちながらカリフたちを全力疾走で追いかける部長に対し、カリフたちは余裕そうに魔力を避けながら逃げて行った。

 

しばらくして三人の姿を見送ったイッセーたちは何だか微妙な空気が流れていたのを感じていた。そんな状況を打破しようとイッセーはとりあえず言った。

 

「と、とりあえず温泉に行きましょうか?」

『『『……』』』

 

黙って頷いた後、先の方で騒音やら爆発やら怒っている混沌の通路に向かっていったのだった。

 

 

しばらく時が経った時、部員全員はグレモリー私有地内の温泉に浸かっていた。

 

その中でアザゼルは黒い羽を広げてご満悦の様子だった。

 

「旅ゆけば~♪」

 

その一方でカリフたちは頭に手ぬぐいをのせてくつろいでいた。

 

「あのアマぁ、ばかすかと魔力撃ちまくりやがって王の素質って器量じゃなかったか?……そこんとこどうなんですか王さんよぉ!」

『あんなの容認するのは器量とは呼ばないわよ!』

「ていうか話くらい聞けよ」

「大体怒ってる理由なんて分かる」

「そういう問題じゃないと思うんだけど……」

 

聞こえていたのか女風呂のほうからリアスに怒鳴られるカリフはさして気にしていなさそうな様子だった。

 

そんな中、カリフの目にチラチラ写る姿が気になっていた。

 

入口付近でギャスパーがうろうろするだけで入ってこようとしてこない。それを煩わしく思ったイッセーはギャスパーの元へ向かって腕を掴む。

 

「何してんだよ。温泉なんだから入らなきゃダメだろ?」

「キャッ!」

 

タオルで胸を覆った女の子っぽい姿と女の子っぽい悲鳴にイッセーは思わず意識してしまう。

 

(だ、ダメだ! こいつは男なんだ……! 意識すんな!)

 

じっくり見てしまう。本人の中ではギャスパ=男の定理を思い出して理性を保っているとギャスパーはその視線に気付いて顔を紅くする。

 

「あの……そんなに見られると恥ずかしいです……」

「し、仕方ないだろ! お前普段から女装してんだから意識しちまうんだよ! ていうか男なら胸なんか隠すな!」

「イッセー先輩は普段から僕をそんな目で見てたんですか!? 身の危険を感じちゃいますうぅぅぅぅぅぅ~!」

「うっさい!」

 

何かを誤魔化すようにイッセーはギャスパーを抱きよせて風呂の中に放り込んだ。

 

いきなり熱湯に晒されたギャスパーは湯から顔を出して絶叫する。

 

「いやぁぁぁん! あっついよぉぉぉぉ! イッセー先輩のエッチぃぃぃぃ! うわぁぁぁぁんアニキぃぃぃ!」

『イッセー、あまりギャスパーにセクハラしちゃだめよ?』

「止めて部長! 俺にそんな趣味はありませんから!」

 

女子風呂から聞こえるからかいと周囲の笑い声にイッセーは羞恥に顔を隠す中でギャスパーは涙目でカリフの元へ向かおうとするも顔面をホールドされて進もうにも辿りつくことは無い。

 

そんな様子に木場は疑問に思っていたことを聞いてみた。

 

「ねえギャスパーくん。その“アニキ”っていうのは?」

「そういえば今日も言ってたが、いつからオレがお前のアニキになったんだ?」

「そう言えばそうだな」

 

イッセーは何とかさっきまでのことを忘れようと便乗し、落ちついたギャスパーもそれに応える。

 

「だ、だってア、アニキは誰よりも男らしくて強くて……女性の方にも人気ですし……」

「まあ気持ちは分かるけど……お前ら同学年だぞ?」

「だけどクラスの中でも一番男らしさが伝わってくるんです。女々しい僕にしてみれば憧れちゃいます……それに……」

 

ギャスパーの表情が少し緩んだことにカリフたちは首を傾げる。

 

「クラスでも僕によく着き添ってくれたり小猫ちゃんや僕の悩みも聞いてくれて……なんだかお、お兄ちゃんみたいだなーって……」

「傍でお前が絡まれてナヨナヨしてんのがムカつくだけだ。勘違いするな」

「いやん! そんなこと言わないで! これでも頑張ってるんですよ! 『アニキ』のほうが男っぽいし」

「発想が安易だな」

 

口では否定するもいつもより口調が優しいことから本心では無いと容易に想像できる。

 

イッセーも木場もそれには頬を緩める。

 

「へぇ、意外だな。お前結構良い所あるじゃん」

「そういえば知り合いの女子も君に相談したりしてる子がいるっけ。最近カリフくんの風当たりがよくなったのもそれが原因かも」

「最近になって増えたんだよクソ……誰かが広めてんのは確か……」

「あぁ、それは俺だよ」

「先生?」

 

一人でくつろいでいたアザゼルも会話の輪に入って来た。だがカリフは恨めしそうにアザゼルを睨む。

 

「てめえか……何のつもりだ?」

「お前学園で結構なレッテル張られてたからそれを払拭する意味合いでな。悩める生徒を救済するのも教師の役目だからな」

「余計な……」

「それに相談とか結構お前向きじゃねえか。お前なんだかんだ言って悩みとか聞いたりアドバイスもするって評判いいぞ?」

「ふん!」

 

どこか面白くなさそうにそっぽを向くカリフにアザゼルは表情を緩める。

 

「それにお前の前ではなーんか隠し事なんてできないんだよなー……全て話して楽になろうって思っちまうくらいだしな……魅力の一つなんだろうよ」

 

それにはギャスパーも同意だったのかうんうんとカリフの横に寄り添っていた。

 

「はぁ……意外な一面だな。今度はオレの悩みを聞いてくれよ」

「それじゃあ僕のも頼むよ。ね?」

「はぁ……」

 

イッセーと木場の依頼にカリフは頭を押さえて溜息を吐く。だが、それでも否定しない限り本人も一人や二人増えても一緒だと考えて無理矢理納得する。

 

「イッセーは女にもてたいってだけだろ? それならもうすべきことは決まっている」

「な、なんだと!? 俺はどうしたら……!」

「簡単だ」

 

すると、後ろからアザゼルがイッセーの腕を掴んで……

 

「先生? 何を……」

「お前は次のステージに進め。カリフと同じ舞台にな!」

「え、ちょっ、まさか!」

「男は黙って混浴だぁ!」

「だああああぁぁぁぁぁ!」

 

イッセーの体はいとも容易く投げ飛ばされて女子風呂のを隔てる壁の向こうへと落ちていった。

 

絶叫が向こうの湯に落ちる音と共に消えたと思ったら、その直後に悲鳴が聞こえてきた。

 

「きゃあああぁぁぁぁぁ!」

「ぎゃああああぁぁぁぁ!」

 

声からしてマナだろう、魔力が爆発したと同時にイッセーの悲鳴も木霊した。その後から女子風呂が慌ただしくなる。

 

『イ、イッセー! 大丈夫!?』

『イッセーさん!? 待っててください! 私が治しますから!』

『ご、ごめん! つい……!』

『あらあら、マナちゃんは純情ですわね。うふふ……』

『うん、イッセーも来たんだ。カリフ! 君もこっちに来ないか!?』

「うっせぇぇぇ! 大人しく風呂に入らせろやぁぁ!」

 

ゼノヴィアからの誘いと五月蠅くなってきた騒ぎを逃れるように温泉から出ていく。

 

「もういいの?」

「こんな五月蠅い中で入ってられるか……部屋で休む……」

「あはは……お休み」

「お休みなさい。アニキ」

「相変わらずノリ悪い奴だな」

 

なんだか今日一日中色々とあって疲労が溜まる一方だと思わせられた。

 

(問題も山積みだな……はぁ……)

 

この合宿中での課題の多さもプラスしてカリフの疲労は増えていく。

 

また明日から苦労する日になるだろうと思いながら温泉を後にしたのだった。



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乗り越えるべき壁

今回の設定はもう一つの作品にも起用している設定なのでご了承ください。

それではどうぞ!


若手悪魔の会合から一晩が経った朝、皆はグレモリー家の庭に集合していた。

 

今回は会合のこともあるが、同時に強化合宿に来たのだから当然だろうな。

 

カリフ以外の皆は既にジャージに着替えて待機している。捕捉ではあるがマナもこの合宿に参加している。

 

「いいか、今度は非公式ではあるがシトリーとグレモリーがゲームで親善試合をすることになった。今回の目標はそれに勝つつもりで修行するぞ」

 

先生は資料やデータらしきものを取り出して言った。

 

「あらかじめ言っておくが、これから渡すメニューは将来を見据えたものだからすぐに効果が出る奴がいれば長期的に見なければならない奴もいる。だがお前等は成長中の若手だからな。方向性を見誤らなければいい成長を見せるだろう。まずはリアス、お前だ」

 

そう言うと部長にメニューらしきものを渡しながら付け加える。

 

「お前は最初から最初から才能、身体能力、魔力ともにハイスペックな悪魔だ。このまま普通に暮らしていれば将来上級悪魔と任命されるのは確実だが、今強くなりたいそうだな?」

「えぇ、正直、これまでの戦いでの勝ち星は全て私の力じゃないわ……だから強くなりたいの」

 

部長の言う通りだ。本来、俺たち悪魔がカリフ……人間と言った第三者の手を借りるということはあまりないことらしい。そもそも俺たちは少しカリフという存在に依存してきているというのも部員全体としての反省でもある。

 

いつもカリフが一緒という訳ではないし、何より彼は眷属ですらないからな。前のレーティングゲームもライザーからの逆指名と言っても過言じゃなかったし。

 

「そういうことなら了解した。これがお前のやってもらうトレーニングだ」

 

先生も納得したのか部長にトレーニングメニューが書かれているであろう紙を広げて眺めていると部長は首を傾げる。

 

「それほど凄いメニューとは思えないのだけれど?」

「それはカリフと俺が共同でこしらえたメニューだ。王であるお前は基本的な練習だけで能力を高められる。だが、王は力だけでなく頭も必要となってくる。レーティングゲームは喧嘩じゃねえ。力が弱くても『知』で昇りつめた悪魔がいることくらい知っているはずだ。お前は期限までにゲームの記録映像やデータ、ルールを頭に叩きこんで来い。お前…すなわち王に必要なことはどんな状況も打破できる機転と思考、そして判断力だ」

「そして王はネガティブ思想を持ってはならない。眷属に実力はあろうが上に立つものが少しでも不安に駆られればその不安はたちまち眷属にも伝染するはずだ。馬術でも乗り手の気持ちが馬に伝わるくらいだからな」

「つまり、勝つと信じていればいいのね?」

「後は自分を信じた行動を取れれば一級品と言えるだろう。王は部下のやる気を起こすことも強みの一つだ」

 

先生とカリフの説明には根拠があり、思わず『やろう』とかじゃなくて、『やらなければ』と思わせるくらい説得力がある。

 

「次は朱乃」

「……はい」

 

先生に呼ばれる朱乃さんはなんだか不機嫌だ。朱乃さんは自分に流れる堕天使の血にコンプレックスを感じているようだから先生が苦手なのもそれが原因なのかな?

 

「お前は自分に流れる血を受け入れろ」

「!?」

 

ストレートに言う先生に顔を顰める朱乃さんだが先生は構わずに続ける。

 

「ライザー戦でのお前と相手の女王との戦いを見せてもらったが、一度も堕天使の力を使わなかったな? あれさえあればもっと効率よく、かつライザーにも有効だったというのになぜ使わなかった?」

「あんな力に頼らなくても……」

「自分の力を否定してどうする。その否定がお前を弱くしている。自分自身を認めることができない奴は強くなんかなれない。雷に光を加えろ。この合宿で『雷の巫女』から『雷光の巫女』になってみせろよ」

「……」

「でないとこの先ずっとお前はリアスの……カリフのお荷物になっちまうぞ?」

「!? いやっ! それだけは……!」

「それが嫌なら俺の言ったこと忘れるな」

「ぅ……」

 

複雑そうな表情を浮かべていた朱乃さんもカリフの名前が出た瞬間に普段では考えられないほどに動揺を見せた。多分、先生も朱乃さんの気持ちを分かってこんな風に誘導したのだろう。

 

カリフはこれに対して黙認を続ける辺り先生と同じ意見なんだろうな、とすぐに分かってしまう。あいつはそう言う奴だ。

 

朱乃さんが渋々だが分かってくれたようで俺たちの列に重い足取りで戻って来た。

 

「次は木場」

「はい」

「お前はバランス・ブレイカーの持続時間を一日にまで伸ばしてみろ。それができたら実戦の中でバランス・ブレイカーを一日持続させるんだ。剣術系のセイクリッド・ギアの扱いについては俺がマンツーマンで教えてやる」

 

流石、自称セイクリッド・ギアマニアと呼ぶだけあってそこら辺のアドバイスは得意なのか?

 

「剣術については師匠にもう一度習うんだっけか?」

「えぇ、昨日カリフくんに相談してみたら『基礎を怠りがちだ』と言われまして……この際だから師匠に一から鍛え直してもらおうと思いまして」

「あぁ、それなら俺も同じ意見だ」

 

お、早速カリフに相談したのか。やっぱ木場はマジメだからなぁ~。また強くなるんだろうな。

 

「次はゼノヴィア」

「はい」

「お前はもちろん、デュランダルを使いこなすことが一番の近道だ。だから今までの修業を続けてもらいたい。その代わり、今回からはもう一本の聖剣にも慣れてもらおうと思う」

「もう一本の聖剣?」

 

ゼノヴィアは首を傾げて先生に聞き返すが、先生は笑って返すだけで済ませると次はギャスパーに向き直る。

 

「次はギャスパー」

「は、はいぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

おいおい、まだ修業が始まってすらいないのにそんなに緊張して大丈夫か?

 

「そんなに緊張すんな。これからお前にはその引き篭もり癖を治してもらう。元々からセイクリッド・ギアとヴァンパイアの魔法共に僧侶としての能力は相当なものだ。だが、それらは全て『心』に左右される。お前のその弱気がセイクリッド・ギアと魔法の力を押さえつけちまってるんだよ。専用の『脱・引き篭もり計画』を立ててやったからそれを基に心身ともに強くなれ。少なくとも人前でアがって動きが鈍らなくなる程度に仕上げて来い」

 

確かにギャスパーはいい物を持っているのにそれを使いこなせてない所が目立つからな。それはそれでいい特訓だと思う。

 

「で、でも僕なんかができますでしょうか……?」

「安心しろ。お前はカリフと話すことができたんだ。あの猛獣と話せて他の奴らと話せない道理なんてグボォッ!」

「ひいぃぃぃ!」

 

ギャスパーを励まそうとしていた先生はカリフの拳に顔面を殴られて宙に吹っ飛んだ。ギャスパーもそれには悲鳴を上げてダンボールの中に入ってしまう。この中で最も不安な奴だ……大丈夫か?

 

なんとか正気を保っていた先生はすぐに起き上がって頬を腫らしながら何事も無かったかのように続ける。

 

「次はアーシア」

「はい!」

 

ウチのアーシアちゃんは気合が入っているようで先生のシュールな姿を気にすることなく返事する。

 

最近、戦いで役に立っていないなんて相談されたけどそんなことは無いと思う。ゲームでの怪我を治せるのはアーシアだけだし、そもそもそんなことにならないように戦っているのだからアーシアの出番が少ないのも当然だ。それが一番いいんだと思う。

 

回復役が後方に付いているってだけで皆は安心して存分に戦えるんだから役立たずってことは間違っても有り得ないんだ。

 

「お前は体力と魔力、それとセイクリッド・ギアの強化に励め」

「アーシアのセイクリッド・ギアをさらに強化ですか? 今の時点でもアーシアの回復は速くて凄いと思うんですが……」

 

率直な感想を言うと、そこでカリフが先生の説明を引き継ぐ。

 

「確かにアーシアの回復力には目を見張る物があるのは確かだ。だが、そのことを当然の如く敵が理解してないはずが無い。もっとも、回復役というのは敵からしてみれば真っ先に潰したい対象なのさ。この中で最もリスクが大きいのは言わずもがなアーシアだ。何よりアーシアの回復は『怪我するのを確認→アーシア近付く→患部に触れる→治す』と言った手間がある」

「えーっと、つまりアーシアが接近しないと回復できないという危険性がある……ってことか?」

「そうだ。ただでさえリスクが大きいアーシアを前線に立たせるのは危険極まりないからな」

 

確かにそうだよなぁ。この面子の中でアーシアが一番運動能力が低いからいざって時に逃げ遅れる可能性も高いしな。

 

「だから、俺の言うアーシアの強化とは回復速度のことじゃなくて『回復範囲』の拡大のことだ」

「そんなことが可能なの?」

 

部長の疑問ももっともだ。それが本当に可能ならアーシアのポジションはとんでもなく重要になるんじゃないの?

 

「理論上はな。アーシアの全身から回復のオーラを発することができれば周囲の味方をまとめて回復することも可能なはずだ。グリゴリのシミュレーションでも想定済みだからな」

 

す、すげえぇ! それが本当なら俺たちの戦力も格段に上がるんじゃねえか! 一人一人回復する手間も省けて反撃のチャンスも増える! にしても相変わらずグリゴリのデータベースってすげえな。

 

「だけどその方法には不安もある。アーシアの生来の問題がある」

「問題?」

「“やさしさ”と書いて“甘さ”だな。シスターとして育ったアーシアは本来戦いに向く性格じゃない。傷ついた奴を見たら無自覚に“治してあげたい”と思うような所があるからな。戦場においての甘さは致命的だ。正直、こいつが戦いに出るってのはどうかと思うがね」

 

うぐ……そんなアーシアを戦いに巻き込んだ俺には重い言葉だぜ……! だから俺がアーシアを守ってやるんだ!

 

ぜってーこの合宿中に何倍も強くなってやる!

 

「そこで、もう一つのプランとしては回復のオーラを飛ばすことだ」

「飛ばすってボールを投げるような感じですか?」

 

アーシアのボールを投げる仕草は可愛くて癒されるなぁ……

 

「そうだ。そうなったら回復力は落ちるかもしれんが無差別的な回復も避けられるから魔力の操作を鍛えて体力も鍛えるんだ」

「すげえじゃんアーシア! アーシアの能力でチームの戦力も格段に上がるんだ!」

 

俺は嬉しさのあまりアーシアを抱き上げてクルクルと回るとアーシアも困惑するがそれでも嬉しさで笑っている。そんな俺たちを置いて再び説明が続く。

 

「次にマナだが、お前は魔力の向上と魔法の研究、セイクリッド・ギアの研究を俺の監修の下で行う」

「そう言えば黒魔法だったわね。確か門外不出の魔法として扱われてきたから私もあまり知らないのよね。黒魔法の実態」

 

そういやマナの黒魔法ってのも相当に珍しい部類であまり知られなかったんだっけな。だけどその一族が今となってはマナだけとなったため、マナの協力の下で研究が進んでるって状況だったよな。

 

「マナの黒魔法は破壊力に関してはトップクラスだ。さらに言えば相手に毒をかけたり燃やしたり凍らせたり、または防御系もあれば相手の魔力を奪って自分で使用するパターンもあるらしい。それに加えて強力なセイクリッド・ギアまで持ち合わせているから魔法使いの中でも別格と言えるな」

 

珍しく強力な魔法に加えて強力なセイクリッド・ギアを四つか。もう反則ってレベルだと思うのは俺だけじゃないと思う。

 

「だけど黒魔法を習得するには術者本人が魔法を構築し、魔法陣を設計しなきゃならねえ上に魔法の習得も特殊だからな」

「それは?」

 

先生が球のような物を取り出し、部長が聞くとマナ本人が答える。

 

「これは『マテリアル』という特殊な技術で造られた魔法の球です。黒魔法はあまりの種類の多さに全てを扱うことが困難であるため、このマテリアルに術式をインプットさせて術者に取り込むんです。そうすれば簡単な魔力の解放でその魔法を使うことができるんです。言うなれば魔法のカートリッジみたいな感じで覚えてください」

「そのマテリアルに全ての魔法を取り込めないの?」

「それは無理です。マテリアル一つに付き魔法は一つ。マテリアルも術者のキャパシティによって取り込める数も限られてしまうんです。取り外しは可能なんですが、実戦で使うとなると時間がかかってしまうんですよね……」

 

確かに黒魔法のバリエーションが豊かでも全て頭で覚えられないほど多いってことか。しかも魔法の条件が拳銃に弾丸をこめるみたいなことしなきゃならないってなると確かに厄介だよね。

 

「だからマナは俺と一緒に凡庸性に富んだ魔法を選出、できれば作り出すことを目標とする。こういう分野はまさに俺の分野だからな」

 

先生は子供のように笑っていた。造るのが好きな先生だからこういうことが得意なんだろうな。そう思っていると、ここで先生は小猫ちゃんの方を見る。

 

「次は小猫」

「……はい」

 

いつものように無表情だけど声にはやる気で満ち溢れている。最近、小猫ちゃんは修業に精を出しているってよく聞くからこの合宿に力入れてるんだろうな。

 

「お前には戦車としてオフェンス、ディフェンス共に申し分ない素質を持っているが、グレモリー眷属にはお前以上にオフェンスが上なのがいる」

「……分かっています」

 

小猫ちゃんは悔しそうに表情を歪める。もしかしてそれがコンプレックス?

 

「ゼノヴィアのデュランダル、木場のソード・バースが現在のトップだ。さらにここにイッセーのバランス・ブレイカーが加われば……」

 

確かに今の時点カリフを除けば木場とゼノヴィアが抜きんでてるのかもな。たとえ俺がバランス・ブレイカーになっても木場たちに勝てるかどうかも微妙だし……

 

「今回、お前のメニューはカリフの監修の下で行ってもらう。メニューはカリフに従い、後はお前も自分の力を受け入れろ、とのことだ」

「……」

 

先生の一言に小猫ちゃんは意気消沈して落ちこんでしまった。

 

自分の力……てことは朱乃さん同様に小猫ちゃんにも何かあるんだな……励まそうと小猫ちゃんの頭を撫でようとした時、誰かが俺の手を掴んだ。

 

「カリフ?」

「……今は何もするな。惨めにするだけだ」

 

俺の手を止めたカリフはいつになく真剣な表情で俺を制止してきた。しかも気になる言葉でもあるけどこいつが言うのならそう……なんだろうか?

 

ここは小猫ちゃんの幼馴染であるカリフに従ったほうがいいってことかな。俺は手を引っ込めた。

 

ここで先生はカリフを見る。

 

「次はカリフ」

「よし」

「お前は……」

「……」

「……」

「……」

「……適当に自主練でもボグハァ!」

 

散々引っ張ったと思ったら普通に匙投げちゃった! 適当な答えにカリフは先生の顔に再度拳をねじ込んだ。

 

「え? なに? まさか俺だけ無し?」

「いてて……しょうがねえだろうが。オフェンス、ディフェンス、テクニックにパワーに加えて集中力も精神力も類稀なほどにスペックが高いお前に何するってんだ。弱点なんてねえだろうが……」

 

うん、まあ気持ちは分かる。カリフお前は誰がどう見てもチートの塊だ。これ以上強くなるっていうかこれ以上強くなる気なのかよ……

 

「弱点は把握している。だがまだ確信は無いからこの合宿中にそれを見つけていきたい。そのための教導だ。教える立場になって初めて分かることがあるからな」

「まったく、よくもまあこんな世の中にお前みたいなハングリーな奴が生まれたもんだな」

 

先生に同意するような眼差しを皆でカリフに向けるが、当の本人は決意に満ちた表情で言い放つ。

 

「『飢える』ことの何が悪い? いや、むしろ『飢え』なきゃ勝てない……気高く飢えなければ……」

 

木場のマジメさも凄いけどもっと凄いのはカリフの飽くなき向上心のほうかもしれない。昔からこんな性格だと聞くし、どんだけの努力をしてきたんだよ。

 

いや、その果てしない修業が今のカリフを作り上げたのであれば納得のいく話でもある。

 

でも、だからといって世界各地で女の子と知り合うなんてうらやまけしからん奴だ。俺と代われ!

 

「最後にイッセーだが……あともう少し待ってろ」

 

そう言って先生は時計を気にして空を見上げている。何を待っているのだろうか。つーか何が来るの?

 

俺や眷属たちも気になって空を見上げていた時だった。何かとてつもなくでかい影がいきなり現れた!

 

何だ!? 慌ててその影の全貌を確認すると、それには巨大な口と翼に四本足と生物の体を表していた。

 

ぎゃー! 怪物じゃねーかぁぁ! そう思っていた俺だが次第にシルエットが明かされていく度にその正体が明らかになった。

 

きめ細やかでありながら頑強そうな鱗で全身が覆われ、鋭い牙を持った生物を俺は『夢』の中で見ていた俺にはすぐに分かった。

 

「―――ドラゴン!?」

「そうだドラゴンだ」

 

驚く俺をよそに先生は冷静に答える。おいおい、こんなにでかいドラゴンとまた修業かよ! ライザー前の修業でもドライグに殺されかけたってのに!

 

「まあ今回はよろしくやってくれやタンニーン」

「ふっ、まさか堕天使総督から赤龍帝を宿す小僧の修業を依頼されるとは……この世の中分からんことばかりだな」

「時代ってのは変わってくもんなんだよ」

 

互いに知り合いらしいのか話しこんでいたようだが、タンニーンと呼ばれたドラゴンが俺を見下ろしてきた。

 

「今回の俺の相手はお前らしいな小僧。どんな修業か分かってての指名か?」

「え”?」

 

何だか嫌な予感しかしない……俺は先生の方に恐る恐る視線を移すと先生は親指を立てて言った。

 

「古来よりドラゴンの修業は実戦で行われる。そのため相手は強ければ強いほど修業としては精度を増すのさ」

「えっと……つまりはこのドラゴンに美味しくいただかれちゃうってことですか……?」

「まあその通りだ」

「いやあぁぁぁぁぁ!」

 

またこのパターンかよぉぉぉぉ! 修業で死にかけるなんて前の時だけでいいんだよぉぉぉぉぉ!

 

そんなこと思っていると、ドラゴンの大きな手が俺を鷲掴みにしてきた。やべぇぇぇ捕まった!

 

「それではリアス嬢。あそこに見える山を使わせてもらいたいのだが」

「ええ、よろしく頼むわね」

「もちろんだ。死なない程度に鍛えてやる」

 

しかも部長とドラゴンの商談が成立してるうぅぅぅぅぅ! 逃げたいけど全然掴んでる手が緩まることがねえ! ひぃっ! まだ心の準備ができない間に空を飛び始めた!

 

「イッセー! ちゃんと強くなるのよー!」

 

離れていく主様が死にゆく下僕を笑顔で手を振って見送る。いやだぁぁ! せめて死ぬなら部長のその胸の中で圧迫死したいよぉぉぉぉ!

 

眷属全員の姿がどんどん遠ざかって見えなくなるころには皆の姿は見えなくなっていた。

 

『言っておくがこいつはタンニーンというドラゴンでな。元龍王だ。悪魔になる前は『六大龍王』の一匹でもあり、聖書に記されているドラゴンがそいつだ。別名は『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』とも呼ばれ、その火の息は隕石の衝撃にも匹敵するとさえ言われている。現役の上級悪魔の中ではトップクラスの強さだ』

「止めろドライグ! そんなに俺を追い詰めて楽しいか!? お前は俺の相棒なんだろ!」

『お前は既に俺との修業を経験しているだろう? 今回も似たようなものだ』

「それならこっちとしてもやりやすい。多少は手加減しようとも思っていたが少しくらい厳しくしても大丈夫そうだな」

 

俺をドラゴンの常識で当てはめるな! 俺は弱っちい弱小の悪魔なんだよ、生まれたてのバンビなんだよ美味しくもねえんだよ! だから見逃して!

 

「あぁ、それから補足だが、お前を鍛えるのは俺だけじゃない。あそこにいた始終腕を組んでアザゼルの隣にいた小僧もたまに加わるそうだ」

 

―――

 

――

 

 

なん……だと?

 

「アザゼル曰く天界、冥界で話題の最強の人間らしいな。奴の立ち振る舞いだけでは何とも言えんが中々いい目をした奴だったな……って赤龍帝の小僧は気絶したか」

『それは見逃してやってくれ。再びあの外道に何度も地獄見せられる死のコースが確定したんだ。俺はそんな死地に向かう相棒を攻めはしない。いや、攻められるものか』

「お前がそこまで言うとはな。アザゼルやサーゼクスからは確かに問題児とは聞いていたんだが」

『奴を甘く見ない方がいい。奴に限っては最初から殺す気で向かわないと何も知らぬまま死んでいることなんて有り得ない話じゃない。いや、むしろ奴相手に勝負になりえるのかさえ怪しいものだ」

「……そ、そうか……まあ肝には銘じておこう」

 

ここまで緊迫したドライグなど初めて見たのかタンニーンも少し冷や汗をかきながら大空を飛ぶ。

 

その言葉の意味を深く身に沁みることになるのは修業が始まってしばらく経った時のことだとこの時のタンニーンに知る由も無い

 

 

 

皆でイッセーを見送った後、アザゼルは皆に向き直って告げる。

 

「それじゃあゼノヴィアと木場もそれぞれの場所で修業に励め」

「はい」

「あぁ」

「小猫たちはこの屋敷で引き続き自分の修業を行う」

「えぇ」

「……分かっていますわ」

「は、はいぃぃぃ!」

「よし、頑張るかな」

「……」

 

各々返事を返す中、小猫だけがカリフに聞いた。

 

「……なんで私の監修に?」

「お前は将来的に魔力と気を扱う戦いがメインになってくる。魔力はともかく気、そして体術を使うオレたちの相性は抜群ってことだ」

「……私にはあんな力必要ないよ……それなら体術を教えてもらった方が……」

「それならお前に教えることは何も無い。荷物まとめて冥界から去れ」

『『『!?』』』

 

突然のカリフの宣言に小猫だけでなく眷属全員が驚愕した。

 

「言っておくが冗談とか思うなよ? これでもお前らのことは誰よりも贔屓にしてやってんだ。本来ならお前らに肩入れする義理なんざねえんだからな」

「で、でもそんないきなり……」

「少なくとも自分を偽っている奴に教えることは何も無い。オレのやり方が気に入らないなら好きにやっても構わんがね」

「……」

 

小猫はカリフを今までにないくらいに睨めつけるが、本人はさして気にすることも無い様子だった。

 

「まあ、そこは自分との戦いという奴だな。お前にその気があるなら多少のアドバイスくらいはしてやるよ。まあ、自分の力に見切りを付けてるってんならそれで勝ってみろよ……話になるとは思えんからな」

 

冷たく、突き放すように言いながら屋敷に戻っていくカリフに皆は何も言えなくなっている。

 

その中でも小猫の様子が目立つ。

 

「……私の気も知らないで……偉そうに……」

 

小猫はやりきれない感情を残しながら誰にも聞こえないように吐き捨てる。

 

 

 

 

小猫を突き放した後、皆から離れた場所を歩いている中、ずっと思い続けていた。

 

(小猫と朱乃のことなんか言えねえよなぁ……)

 

自分の胸に手を当てて物思いに耽るカリフ。

 

さっきの一言は小猫や朱乃に対するカリフなりの荒っぽいアドバイスだったのだが、同時にそれは自分への決意として自分に言い聞かせた物である。

 

―――ここがお前の死に場所だ……

 

「……っ!」

 

嫌な記憶……自分にとって最大の元凶となる人物が頭の中で笑っている。

 

ただ純粋に破壊を楽しみ、他者を……自分をまるでゴミを見るかのような目で見てくる。

 

前世からの因縁、その血の運命、はたまたDNAが繋げた因果関係とでも言えばいいのか……

 

本来、カリフはその人物のコピーとして生み出された人工生命体

 

その人物と血や魂が似通っていたから当時のカリフに起こった不運は人間として生み出されて力が減った今でも根強く残っている。

 

前世でカリフの全てが始まった日、カリフの兄とも呼べる存在は消滅したのは確かだが魂は違っていた。体から放り出された魂の一部は当時、中途半端に生かされていたカリフの未成熟な魂に引き寄せられてしまった。魂の大半は彼自身の物であるが、その魂の一部にはカリフの兄……ブロリーの魂が紛れこんでいた。

 

偶にカリフの夢の中でブロリーが出てくるのもその魂が原因なのではないかとブルマたちは結論付けていたのを今でも覚えている。カリフはその夢を見るたびに自分という存在が乗っ取られてしまうのではないかと怒り、同時に恐れていた。

 

しかし、皮肉なことにその忌々しい記憶がこの生まれ変わった世界の中で生きていく上で自分の前世の記憶が偽物じゃないと自覚させてくれる。

 

だからといってこのまま放っておいていいものじゃない。カリフは今の小猫と朱乃を今の自分と重ねて見ているのだ。

 

「お前らにもいずれ分かる……」

 

 

 

心には光と闇が存在する

 

それらの確執を解決しない限り前には進めないのと……

 

 

 

鬼畜カリフ、十六歳の夏

 

 

新たな一歩を踏み出そうと試みる。



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苦悶の夏合宿×ロリ&ショタ最強説×堕落の戦闘民族

冥界での合宿がスタートしたのだが、好調なスタートとは言えなかった。

 

「……おし……」

「駄目だ。今のお前には教えることなど無い」

 

グレモリー家から少し離れた場所で小猫とカリフは二人っきりでいるのだが雰囲気は良好などとは言えず、むしろ最悪だと言える。

 

小猫はカリフからの指示を待つが、そんな小猫に目もくれず木の下で胡坐をかく。

 

「そうやってもオレは何もしねえ。お前が真の力に目覚めることができないのならそのまま基礎と今までの復習だけだ」

「……」

「オレにも都合あるんだよ。イッセーや他の奴にもちょっかい出したいし修業したいし調べなくちゃいけねえこともある。お前だけに時間割いてるわけじゃねえんだ」

 

それほどまでに力を使いたくないのか……カリフは苛立ちを通り越して少し参った口調になってしまった。それに対して小猫がやっと口を開く。

 

「……じゃあなんで私を監修に?」

「今のお前が一番弱く、精神的にも危ういからだ」

「……」

 

分かっていた……だけどこうして改めて人から指摘されると複雑な気分になるのか小猫は悔しそうに唇を噛みしめる。

 

だが、それでもカリフは冷静に言い放っていく。

 

「お前の向上心は確かに評価に値する。だが、お前は焦って無理を課している……ゲーム前に身体壊すってのも笑えると思わないか?」

「……私のやり方にいけないて言うの?」

「そうだ」

「……っ!?」

 

この瞬間、小猫は魔力を放ちながらカリフを睨めつけてきた。その目は到底人間の目とは呼べない。瞳は縦に長いひし形となり興奮した猫のような目だった。

 

そんな怒気をぶつけられたカリフは予想に反して鼻で笑った。

 

「なんだそんな表情もできるのか? 今まで無表情だったから感情が欠落したのかと心配していたぞ?」

「五月蠅い!!」

「そうだ。その調子だ。その怒りと共に自分というものをさらけ出せ」

「この……くっ……!」

 

危うく飛びかかってしまう所だったが、僅かな理性が小猫を止めた。ここで怒ってしまったら本当に全てを出してしまいそうだったから……

 

それほどまでに小猫は自分の力を嫌い、恐れている。

 

カリフは挑発の嘲笑を止めて鼻を鳴らす。

 

「ふん……この調子じゃあ時間がかかりそうだ……これ以上は時間の無駄だ。今日はさっき渡した自主練メニューだけやっていろ。オレはもう行く」

 

立ち上がって気を解放し、少し舞空術で浮く。小猫は少し離れた場所で精神統一しているように動かない。

 

全く反応を見せない小猫にカリフは振り返りすらしない。

 

「そんなにアドバイスが欲しいなら一つだけ教えてやろう」

「……」

「LESSON1……『オレに妙な期待はするな』。今はオレが教えてやるが、最後になって頼れるのは自分だけだ……自分の力で切り開いて見せろ」

「……」

「質問が無いなら今日はこれで解散。また明日に来る」

 

すっかり無言になった小猫を歯牙にかけることなくカリフは舞空術で大空に飛び立った。残された小猫はしばらく動くことも無かった。

 

「……くっ!」

 

それほどまでに小猫の闇が深い

 

今後、どのようになってしまうのか……まだ何とも言えない。

 

 

 

 

一方、カリフは広大なグレモリー領のどこかに降り立った。

 

周りには動物や悪魔がいないことを確認して特訓に入る。

 

イッセーの特訓はまた明日にしようと考え、カリフは今後の課題に取りかかる。

 

新技の発明

 

「やっぱ接近戦も大事だよな……」

 

カリフは生前にベジータたちから鍛えられたり教わったこともした。だが、ほとんどが気のコントロールと気功砲だけだった。

 

その後の実戦は自分で旅しながら様々な組織たちと戦って身に付けてきた。

 

そんな中で生まれたのがスプーン、フォーク、ナイフの攻撃法だった。

 

いつしかカリフはその三つを基盤に技を増やしてきた。

 

そして今回もアイディアが浮かびかかっているところまできているという訳だ。

 

「う~む……ミキサーパンチは肉体の負担が大きいからまずはそこの矯正か……」

 

カリフはその大地に佇む巨大な岩や崖が集まっている場所へと歩いていく。

 

「この夏は忙しくなりそうだな……」

 

一人で愚痴を零しながら片腕を捻じり、もう片方の手で気功砲を溜める。

 

「こぉ~……」

 

深呼吸をし、そして放つ。

 

「シッ!」

 

その瞬間、カリフの居た地点を中心とした大規模な爆発が起こったのだった。

 

 

 

 

時は正午、一時的に皆は修業を中断させて昼食を取る時間となった。

 

グレモリー邸の大広間の長テーブルではリアス、朱乃、小猫、ギャスパー、マナ、アザゼルが既に食事を取っていた。そこに遅れてカリフもやってくる。

 

「おう、遅かったな。その様子だと修業に集中してたようだな」

「ジャージに着替えてきた。これ以外に服持ってこなくてもいいと思ったのが間違いだった」

「何で服にはそう無頓着なのよ……」

 

リアスが呆れているとそこにもう一人食堂に入って来た。亜麻色の髪であり、見た目がリアスそっくりの女性だった。

 

「あら、今日はお客様がもう一人増えましたのね」

「む、リアスか」

「いや、私はこっちだから」

「冗談だ」

 

軽い漫才を織り交ぜる二人にその女性は気品ある笑みを浮かべる。

 

「私はそこのリアスの母、ヴェネラナ・グレモリーと申します。以後、お見知りおきを」

「オレは鬼畜カリフ。今日から世話になる」

「えぇ、聞けば幾度もリアスたちを助けていただいたそうで……あなたもここを自分の家と思ってくつろいでも構いませんよ?」

 

中々物腰が柔らかい印象にカリフはヴェネラナを結構上の人物と見なした。

 

礼を礼で返すカリフとは意外と相性の良い人物であった。

 

カリフは頭を下げて礼を示すとヴェネラナは少し目を丸くする。

 

「あら、中々どうして……噂では無礼で粗暴で野蛮だとは聞いておりましたがそれは間違いなのでしたか……」

「初対面でいきなり心外だな。オレでも礼の返し方くらい弁えている。失礼な輩にはそれなりの対応で返しているだけだ」

「いえ、そういう意味で言ったわけではございませんのよ。誤解されたのであればお詫び申し上げます」

 

けなしたと思ったヴェネラナは頭を下げるもカリフが制止する。

 

「いい。別に何とも思わんし、今更だ」

「ですが……」

「これ以上の謝罪は本当にオレを侮辱したことと真実を歪めることになる。本当に悪いと思うなら何も言わないことだ」

 

それを聞くや否やヴェネラナは謝罪を止めてカリフに優しく微笑みかける。

 

「分かりました。貴方の心遣い感謝いたします」

「ふぅ……あんたみたいなタイプは久しぶりだから対応に困る」

「ふふ……貴方も言いますね」

「ふっ……」

 

笑い合う二人を見るに互いに気に入った様子だった。それを確認したギャラリーは意外そうにしながらもカリフが素直に打ち解けてくれたこと安堵し、食事を続ける。

 

「それではお食事になさいましょう。貴方の分もご用意させましたので」

「よし、じゃあ食うか」

 

表情をあまり変えなくても今のカリフは少し機嫌がいいのだとリアスは分かるほどに声が弾んでいた。

 

嬉々として席に座ったカリフとヴェネラナだが、ここでアザゼルが気付いた。

 

「そういえばお前、テーブルマナーは心得ているのか?」

「……」

 

一言でカリフの動きは止まった。テーブルのフォークとスプーン、ナイフを目の前に硬直した。

 

その様子に全員がある意味予想通りだと思ったことは間違っても口には出さない。

 

「あら、カリフさんはこういうの苦手なのかしら? 私が教授致しましょうか?」

「箸持ってきてくだせえ」

「うふふ、ステーキに箸は使いませんわよ?」

「……」

「あの、本気で言ってたのですか?」

 

急に口数が少なくなったカリフに全員が訝しげに見てくる。

 

正直、この空間から離れたい。変な視線で見られている上に目の前の御馳走にありつけないというのが耐えられない。

 

「そういえば……あなた箸を使っている所しか見たことが無いわね」

「あらあら、いけませんわそれは……」

 

リアスと朱乃の指摘になんだか惨めになってくる。そんなカリフにヴェネラナは優しく問いかける。

 

「それじゃあここにいる間にマナーを教えましょう。今までの生い立ちはリアスたちから聞いたので仕方ないと言えますがそのままというのも問題ですね……」

「……」

 

グゥの音も出ないカリフを見たヴェネラナはそれを沈黙の肯定と見なす。

 

「グレイフィア」

「ここに」

 

気配すら感じさせることなくヴェネラナの横に瞬間移動で現れるベテランの最強メイドのグレイフィアが現れる。

 

「今後から私と共に彼にマナーをご教授します。よろしいですね?」

「はい。ではカリフさま、まずはあなたのやり方で構いませんので食事をなさってみてください」

 

楽しみな食事の時間がいつからこんな羞恥プレイになってしまったのか……興味津々に見てくる仲間たちはともかく笑いながら見てくるアザゼルだけは後でぶん殴ると心に決めながらも必死に思案する。

 

(落ち着け! 今まで組織の潜入でこう言う場面もあったはずだ! よく思い出せ!)

 

必死に生前とこれまでの経験を活かして葛藤する。

 

(目の前には食事の皿と皿を中心に右側にはそれぞれ外側から前菜用が二つ、魚介用、肉用のナイフが四つ。その左には同じ様に外側から前菜、魚介、肉用のフォークも四つ……)

 

まずは皿の左右の情報を確認した後で皿の上側を確認する。

 

(左斜め上のはバターナイフで上方は外側からデザートナイフ、デザートフォーク、コーヒースプーン……だっけ?)

 

半信半疑ながらも次はそのナイフの更に外側の四つの淹れ物を確認する。

 

(で、後は一番上の外側にあるゴブレットには水……その右に赤ワイン用のグラス……後はその下には白ワインでシャンパングラスだ!)

 

復習を忠実にこなしながらもカリフはさり気なくヴェネラナがナプキンを膝にかけているのを確認してから自分もナプキンをかける。

 

「あら」

「なるほど……」

 

主催者であるヴェネラナを確認する視線もあったことからカリフには最低限のマナーがあることが分かった。その後も二人は静かに見守る。

 

(ステーキだから……一番皿に近いフォークとナイフを……)

 

ゆっくりだが、肉用のステーキとナイフに伸びる手を見て二人は関心したと同時に疑問に思った。

 

―――何が問題なのだろう……

 

二人は……皆は知らなかったのだ。カリフの今の技のルーツを……

 

カリフはその身を武器に変える手段として最も模倣しやすい食器をイメージしたこと、そしてその模倣のために一時は食器で遊んだり、齧ったり、弄ったり、または自分のん身を食器で突いたりとしてきた。

 

そのため、いつしかカリフの体は食器はただの道具ではない。

 

“兵器”として認識してしまったことに……

 

その“兵器”を手に掴んだ瞬間、カリフの“スイッチ”が入った時はもう遅かった。

 

「っ!」

「あら?」

「え?」

 

間の抜けた声をリアスたちが出した時には既にカリフがフォークとナイフを振りかぶっていた。

 

「うおおおぉぉぉぉ!」

 

身体が勝手にフォークとナイフに反応して目の前のステーキを標的と認識、同時にあらん限りの力をステーキに向けた。

 

その直後、グレモリーの誇る長テーブルが煙を上げて破壊、切断された。

 

その衝撃は食堂に止まらずにグレモリー邸を……辺りの土地さえも震わせた。

 

本日二度目の爆発を起こったのだった。

 

 

 

食事が終わった後、カリフは軽い説教を喰らった後に昼食を個室で、自分流の食べ方で済ませていた。

 

その直前にヴェネラナとグレイフィアによるマナー教室が決定されたことが何よりショックだった。

 

『マナーは悪くありません。ですが、これはマナー以前の問題です』

『カリフさまの深層心理のせいでフォークやナイフ、スプーンといった物が臨戦態勢の引き金となっており、身体が食器を兵器として見なしている兆候があります。まずはそれを治しましょう』

 

この合宿は自分の思ってた以上に辛いものになるのかと少し気後れしながらも、歩んでいく場所はグレモリー家の広大な庭だった。

 

図書館からいくつもの本を持ち出して外である案件を調べようとしていた。

 

―――精神と身体との相互関係

 

カリフの身体には、もう一人のブロリーの魂が宿っており、それが身体に定着している。

 

朱乃、小猫にも指摘したのだから自分も己と向き合おうとカリフなりに考えた結果である。そのために、今回は力でどうこうできる問題でもなく、カリフは苦悶の“学問”の力を借りようと至った訳である。

 

先程の失敗を頭の隅に追いやり、適当な場所を探していると自分の方に近付いて来る気配がある。

 

その方向に目をやると自分よりも小さな少年がこっちに向かってきている。髪は紅であり、格好も貴族を思わせるほど上品である。

 

大方グレモリーの血縁者だと考えているとその少年は遠慮がちに近付いてきた。

 

「あの……突然で申し訳ありませんが、あなたはカリフさま……でよろしいでしょうか?」

「ん、まあそうだな」

 

不安げだった少年の顔は少し柔らかくなった。

 

「は~、よかったです~。もし違う人だったらどうしようかと……」

「ふむ、そう言うお前は何者だ?」

 

カリフが名を聞くとその少年は姿勢を正してお辞儀をする。

 

「すみません。こちらが名乗り出ないままお名前を聞いてしまって。僕はミリキャス・グレモリーと申します」

「あぁ、やっぱ血縁者ね。リアスの弟か?」

「いえ、私の父さまは魔王さまで母さまはここでメイド長をされています」

「あぁ、サーゼクスとメイド……長?」

「はい!」

 

人懐っこい笑みのミリキャスにカリフは意外そうに舌を巻いた。

 

「はぁ……まあサーゼクスなら分かるが……グレイフィアか……魔王とメイドね……あぁ~そういう関係ね……」

「どうかしましたか?」

「いや、まあ意外だって話だ。そんなに深く考えなくていい」

「はい!」

 

人懐っこい笑みを浮かべるミリキャスにカリフは生前の義弟たちの姿を照らし合わせる。

 

―――カリ兄ちゃん!

 

天真爛漫な悟天

 

―――カリフー!

 

少し生意気だったトランクス

 

二人と似ているとは言えないミリキャスだが、そんな幼子がカリフを一時的に過去へ戻らせていた。

 

(懐かしい……そういえばこんな風に小さい奴らだっけか……)

 

散々二人に振り回されてきた当時は鬱陶しいと思っていたのだが、同時にカリフの心を癒していたのだと今になって分かる。

 

そんなこともあってかカリフの子供の扱い方には意外にも定評があった。

 

ミリキャスの視線に合わせるように膝を付いて話しかける。

 

「それで、オレに何か用があったのか?」

「あ、いえ、用と言うほどではないのですが……ちょっと話を聞きたくて……」

「? それなら構わんが?」

「でも、今は修業中ですよね?……それではご迷惑かと……」

 

遠慮する少年にカリフは溜息を吐いて少し軽やかな口調で言い聞かせる。

 

「ガキにそんな心配されるほどじゃねえよ。ガキなら遠慮しねえで言ってみろ」

「ほ、本当ですか?」

「いくらオレでもガキに当たるほど落ちた覚えはねえ。それに、これから修業じゃなくて調べ物だから大丈夫だ」

「調べ物……ですか?」

「あぁ、正直言えばこう言うのは得意じゃない。ここで会ったのも何かの縁だ。ギブ・アンド・テイクとして提案があるんだが?」

「つまり交渉という訳ですね? 分かりました! 何でもお手伝い致します!」

 

年相応の子供みたいに目をキラキラさせて喜ぶミリキャスに何故だかカリフは滅多に見せない苦笑を浮かべる。

 

「オレはこういった悪魔の文字が読めねえからお前がオレに教えてくれ」

「はい。それくらいなら」

「その代わりオレはお前の希望を聞いてやる」

「そ、それじゃあお話してくれるんですか!?」

「嘘は言わねえよ」

 

そう言うと、ミリキャスは体一杯にお辞儀して嬉しさを体現した。

 

「ありがとうございます! 僕ずっと楽しみにしてたんです!」

「本当に話だけでいいのか?」

「大丈夫です! だってこの世界で一番強いとされる人間と呼ばれるあなたがグレモリー家まで遠路はるばる来て下さったのですから! そんな人の話を直に聞けること自体幸運です!」

「はぁ~……これが英才教育の賜物って訳ね……」

 

ニコニコと自分を見てくるミリキャスの頭をカリフは思わず撫でてしまう。何だか愛玩動物を撫でたくなったような保護欲に駆られてやったことなのだが、ここ最近、撫でたと言えばフェンリルの頑強な身体くらい。

 

思わず強く撫でたせいでミリキャスの綺麗に整った髪はグシャグシャになってしまった。

 

「わっ! ちょっと強いです!」

「わ、悪い。普段からこんな感じで……」

「あはは……大丈夫ですよこれくらい」

 

普段のカリフを知っている人物が今の彼の姿を見たら何と思うだろう。あの年中威張りまくって毒と暴言しか吐かない暴君が小さな少年を目の前に狼狽しているこの姿に。

 

これは本人も分かっていないことだが、カリフは無意識的に年下の子供にはどうしても甘くなってしまう。

 

その原因となったのが生前のヤンチャボーイズである義弟たちだということは言うまでも無い。暴君は意外と子煩悩であった。

 

気を取り直そうとカリフは咳払いをしながらグレモリーの所有するテラスを指差す。

 

「じゃああそこで研究するぞ」

「はい! 僕の知識もお貸しいたします!」

「うむ、オレに尽くせ」

 

そう言うとカリフはこれまた無意識的にミリキャスの手を握って向かおうとしていた。

 

「あ」

「ん? うお!?」

 

自分でも気付かなかったようで、ミリキャスの声が聞こえなければ気付かなかった事態に思わず手を離して引っ込めようとするが、その前にミリキャスがカリフの手を握り返す。

 

「えへへ、大丈夫ですよ。カリフさまの手は暖かくて好きです」

「う、うむ……」

「じゃあ行きましょう」

 

ミリキャスがカリフをエスコートするみたいにカリフの手を引っ張る中でカリフは自分に呆れていた。

 

(何やってんだ……オレ……)

 

悟天たちのことを思い出してから何だか自分が自分じゃないかのような奇妙な感覚に呆れるしかなかった。ましてや自分より小さな男の子に主導権を握られている感じがして一層に情けなくなる。

 

リアスたちは知らなかった。

 

まさかすぐそこの庭先で最も恐れるべき暴君が無垢で素直な小さな甥っ子と思わずニヤけてしまうようなやり取りがあったことに……

 

 

 

 

夕食の時間、壊れた広間の代わりに広い客室を代用したこれまたゴージャスな部屋に長テーブルを移動させて皆で食事を取っていた。

 

『『『……』』』

 

だが、そのアザゼルでさえもある人物の意外な姿に言葉を失っている。

 

「……」

「お、おい……」

 

ドヨ~ンと聞こえてきそうなくらい頭を項垂れて食卓につくカリフにアザゼルも心配してしまう。

 

「カリフさん。何があったのかは分かりませんが、ここは食卓です。厳しいようですがそのような格好は……」

「母さま。カリフ兄さまを怒らないであげてください。私が悪いのです」

「ミリキャス? それは一体……」

 

申し訳なさそうに話すミリキャスにリアスが聞くとポツリポツリと話していく。

 

「今日、カリ兄さまに悪魔の文字を教える代わりにお話を聞かせてもらったんです……でも、僕……あまりに嬉しくなってしまって、どんどん質問ばっかりして……」

「それで時間を使い果たしたということなのね?」

「はい……そのせいでカリフ兄さまの研究の邪魔しちゃって……」

 

シュンと申し訳なさそうに頭を下げるミリキャスに対して誰もが信じられない話を聞いた感じで何も言えなかったのだが、その沈黙を破ったのはカリフだった。

 

少し慌てた口調で

 

「べ、別にそれくらいなら後で取り戻せるし、何はともあれ前半はお前から教わったのは事実だから気にするな」

「でも……ご迷惑じゃないかって……」

「いやぁ……子供はあれくらい好奇心旺盛な方が健全なんじゃない……かな? 子供の何でも知りたがることは大事なことだし……」

「本当……ですか?」

「オレは嘘言わないよ!? むしろ子供の探究心を侮っていたオレにも責任が無いとは言えないし……」

 

信じられない……あのカリフがミリキャスに対して圧されているように見える。

 

今まで見せたことも無いような狼狽し、上ずった声のカリフにリアスたちは目を丸くしていた。

 

その一方ではカリフは今にも泣きそうなミリキャスに自分でも分かるほどに混乱しながらも慰める。

 

その成果があってかミリキャスも暗い顔から安心したような笑顔を浮かべる。

 

「あはは……ありがとうございます」

「あ、あぁ……分かればいいんだ分かれば」

「はい! お次は僕もお役に立つように頑張ります!」

 

泣かれる事態を避けられたことにカリフは安堵のため息を吐く中、隣のアザゼルに膝を突かれて呼ばれた。

 

「なんだよお前、結構可愛い所あるじゃねえか? ん?」

 

この瞬間、カリフの中で何かがキれる音がはっきりと聞こえた。

 

―――ほざけこの腐れカラスがぁぁぁぁぁぁぁ!!

―――ほぎゃああぁぁぁぁぁぁ! 的確に足の小指をテメェェェェェェ!!

 

無言で交わされた会話はカリフが力一杯アザゼルの足の小指を踏むことで行われた。

 

目の前で機嫌が良くなったミリキャスには悟られないような攻撃を終えたカリフはフラフラとテーブルから立ち上がる。

 

「あら、食事はもう済みましたの?」

「あぁ……何だか今日は疲れた……風呂入って寝たい……」

「そ、そう……お疲れ様……」

 

食事はとっくに済ませてあったカリフは本当に疲れた様子で部屋から出ようとする。リアスたちも何とも言えない感じで挨拶を交わす。

 

そんなカリフにリアスが戸惑いながら挨拶する。

 

「お、お休みなさい……きっと疲れているのよ……ね?」

「あ~……お休み……」

 

おぼつかない足取りのカリフを全員で見送る中、ミリキャスが輝く純粋無垢な笑顔をカリフに向ける。

 

「お休みなさい! カリフお兄さま!」

「そんな綺麗な目でオレを見るんじゃねえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「あぁ! カリフお兄さま!」

「オレはお前が思うような奴じゃねぇぇぇぇぇ!」

 

普段は向けられないような純粋な眼差しに耐えられなくなったカリフはその場から走って去った。その真偽は誰にも分かるはずが無い。

 

完全に姿が見えなくなった所でリアスたちは感嘆ともいえる溜息を吐く。

 

「あんなカリフ……初めて……」

「えぇ……何と言えばいいのか……新鮮でしたわ」

「……ギャップ」

「子供が苦手なのかな?」

「何だか別人です……」

 

率直に驚くリアスたちに対し、ミリキャスは満面の笑みを浮かべる。

 

「何だか噂と違って本当にいい人でしたカリフ兄さま。僕の質問にもちゃんと答えてくれたり相談してくれたり、それにすごく面白い方です!」

「へ、へぇ~……それにしても兄さまって呼ぶようになったのね?」

「はい、何だか逞しくて優しくて……すごくお兄さんって感じがして……」

「あぁ……分かります……普段は当たりがきついのにいざとなると助言してくれたりクラスの人たちに質問攻めされたときもさり気に助けてくれたこともあって……ミリキャスさまのお気持ち分かります~」

 

ギャスパーとミリキャスが幸せそうにホッコリしている様子をリアスたちは微笑ましくなった。

 

カリフにも意外な弱点があったことに。

 

そんな中、さっきまでの光景を見ていた小猫は複雑な気持ちになる。

 

(……昼に見せたカリフくんはあんな顔しない……)

 

本当は分かっている。カリフは意味も無くあんな憎まれ口を叩くような人物ではないと言うことを……

 

そして、いつまでも自分の力から逃げることなんてできるはずもないことに……

 

だけど、頭では分かっているのに気持ちが拒否する。

 

そんな自分がもどかしい。

 

(私……どうすれば……)

 

心と身体が上手くかみ合わないのはカリフと同じだった。

 

小猫は考えても仕方のない途方も無い悩みをこの夏の間に解決しなければならない。

 

 

こうして様々な想いが行き交う合宿一日目が終了した。




新たな主人公の弱点を露呈……というか主人公が人間くさいということを表した回でした。思いきった人格ブレイクだったのですがどうでした?

それではまた次をお楽しみください


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揺らぐ心と愚行

はい……今回は……事態が一転、二転と結構チグハグになってきます。

明らかに無理矢理治した感が出ていますが、それでもご覧ください!

それと、後書きの方には今後のオリ展開の告知をしますので興味があれば見に来てください。

それでは駄文をお楽しみください!


夏の合宿二日目

 

昨日の失態を取り戻すかのようにカリフは朝一にグレモリー家を出て行った。

 

イッセーたちが向かった山へ

 

「うわああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

山の中を全力で疾走する影が一つあった。髪はボサボサ、服はボロボロとなって涙を流しながら走っている少年がいた。

 

そんな彼の名はイッセーというブーステッド・ギアに選ばれた少年が何故こんなにも悲惨な状態で走っているのか。

 

それは修業だから

 

その修業内容は単にタンニーンという龍王との実戦サバイバルである。

 

そのサバイバル中ではいついかなる時であってもタンニーンはイッセーを見つけたらブレスなり殴るなり襲撃をしても構わないとのこと。

 

そのせいか修行場として選ばれた山の表面は既に焼け野原と化している。それだけでこの修業の過酷さがお分かりになるだろう。

 

だが、今回は条件が違っていた。

 

そのイッセーは別の大きな生物と並んで生きるために走っていた。

 

「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

それは意外にもイッセーに稽古を付けていたタンニーンだったのだが、その姿にはもう龍王としての威厳は感じられないほどだった。

 

鱗は砂埃で汚れたり、所々に切り傷が見られる。

 

そんな一匹と一人は一体何から逃げているのか

 

「死ぬ! 死にたくないぃぃぃぃぃぃ!」

「仕方あるまい! もう一度しかけるぞ!」

「マジで!? このままどこかに身を隠そうぜ!」

「このまま逃げても何も変わらん! それに……」

 

タンニーンがチラっと後ろを振り返るとそこには……

 

「UGYAAAAAAAAAAAAAA!!」

「“あれ”から逃げられると思うのか?」

「ぎゃあぁぁぁぁ!」

「くそ! 俺の火炎も妙なフォークで防がれる……あそこまで鮮明にイメージが他者に伝わるクオリティの技を繰り出すなど普通では無い!」

 

獲物を求める捕食者(カリフ)が黒いオーラを垂れ流してイッセーたちを執拗に追いかけ回していた。

 

これでもカリフがやって来たのはかれこれ一時間くらい前のこと、急に現れたと思ったら有無を言わさずイッセーとタンニーン一発の顔面を殴ったのをきっかけに命をかけた追いかけっこは始まった。

 

『うお! カリフ! なんでここにグヘェ!』

『ほう、いい塩梅の殺気だな! お前くらいの相手ならこのタンニーンも本気に……!』

『頭が高いんだよ! このウスノロがあぁぁぁぁぁ!』

『ゴバァ!』

 

イッセーはともかく、あのタンニーンが豆粒程度の人間の踵落とし一発で倒された光景を見せられたイッセーはもはや恐怖と生存本能しか頭になかった。

 

しかも、厄介なことにカリフという人間は教え子を殺さない程度ならばどんな手段も厭わない。

 

そして、今回のカリフは初っ端から“無差別”攻撃を開始した。

 

正確に言えばイッセーにはそう見えただけなのだが……

 

流れ的に危険を感じたタンニーンもイッセーと共に逃げることとなっていた。

 

「アザゼルめ! こんなバケモノを俺たちにけしかけたのか! おい、兵藤一誠! こいつに弱点は無いのか!?」

「知らねえよ! あるんだったらとっくに逃げてるっての!」

「あいつ、木々を避けずに走りながらなぎ倒して来ているな! これではかく乱すら難しい! おい、あいつの特徴か何かはないのか!?」

「特徴はとりあえず『強い』『酷い』『無敵』くらいってことしか!」

「お前の友人なのだろう!? 友のことさえ分からんのか!?」

「知るかぁぁぁ! あいつは俺をボコボコにして楽しむ後輩なんだよ! 仲間とはギリギリ言えるけど絶対に友達じゃねえぇぇぇぇ!」

 

話だけ聞けば余裕そうな一人と一匹だが、内心では既に一杯一杯だった。死の淵に立たされる過度の緊張もあってか予想以上に体力を消耗し、逃げ切ることは不可能と判断したタンニーンはイッセーにある作戦を伝える。

 

「おい兵藤一誠! どうやら体力がそろそろ限界のようだが?」

「話かけんな! 今は逃げることで精一杯なんだよ!」

「俺だって辛いんだ我慢しろ! 今からあのバケモノを止めるから貴様も手を貸せ!」

「ファッ!?」

 

突然の無謀な提案にイッセーは仰天する。

 

「無理無理! あんな殺戮マシーンを相手に逃げるだけで精一杯なんだぞ!? おっさんのブレスも効かなかったのに!」

「あくまで足止めした後にあいつを撒くだけだ。正直、俺のブレスがああも防がれたのを見れば奴を仕留めるなど到底無理だ」

「で、でもあいつを止められる攻撃なんか……」

「できる。この元龍王と赤龍帝の力が合わさればな」

 

自信満々とは言わないが、覚悟を決めた様子のタンニーンにイッセーは言葉を失う。

 

「今のお前の攻撃では期待できんから俺が最大級のブレスを喰らわせてやる。お前は俺のブレスを最大限の威力に底上げくらいはできるだろう!」

「そりゃできるけど……おっさんの最大級の威力はどれくらいだ!?」

「威力だけは魔王級と言われる。そんじょそこらの悪魔とは鍛え方が違うわ!」

 

目の前の崖を飛翔して降りて着地、再び逃走する。

 

何とか付いていけているイッセーの体力も流石と言うべきだが、肝心のイッセーは未だに顔が青ざめている。

 

「何をしている兵藤一誠! さっさと倍加の準備を……!」

「無理だ……」

「なに?」

 

突然の諦めの言葉にタンニーンは表情を歪める。その変化にイッセーは気付かずに弱音を吐く。

 

「あいつのタフさは人並み外れている上に俺たちの考えも見越しているはずだ……そんなシンプルな攻撃は通用する訳がねえ……攻撃するより逃げることに専念した方がいい」

「速度を全く落とさずに我々にピッタリ付いて来るような奴からか? 聞けば俺たちの気を察知できるらしいじゃないか。それならここで奴の足を止めるに越したことは無い」

「だけど……もう少し工夫しなきゃどうしようもねえよ! 俺はいつもそうしてあいつから逃げて……」

 

その時だった、タンニーンの雰囲気が変わった。

 

「もういい」

「え?」

 

タンニーンの冷めた声と同時に尻尾を振り上げてイッセーにぶつける。

 

「ふん!」

「ぐあぁ!」

 

突然、タンニーンの尻尾はイッセーの身体を叩きつけて吹っ飛ばした。吹っ飛ばされたイッセーは崖の壁にぶつかると崖は崩れてイッセーを埋もれさせる。

 

だが、それしきのことでダウンしては普段のカリフとの特訓を生きていけるわけも無い。

 

「だぁ!」

 

当然の如くドラゴンショットで瓦礫を吹っ飛ばして復活するイッセーだがすぐにタンニーンに怒りをぶつける。

 

「なにすんだよおっさん!」

「今回の赤龍帝はどんな奴かと思えば……とんだ腰抜けのようだったな。時間を無駄にした」

「なっ! なんだ……!」

 

突然の失望の言葉にイッセーは怒りを通り越して一瞬だけ言葉を失った。しばらくして気を持ち直したイッセーが抗議しようと声を荒げた瞬間、崖から荒ぶるカリフが降りてきた。

 

「ひゃっはー! 汚物は消毒だぁ!」

「若造が! 元龍王が相手をしてくれるわ!」

 

逃げるそぶりも見せず、むしろ迎え撃とうとカリフに真っ向からブレスを放ったタンニーンにカリフは拳を振りかぶって迎え撃った。

 

その瞬間、辺りに炎の衝撃波が生まれ、辺りの木々が根っこごと吹き飛ばされる事態になった。

 

「うわぁぁ!」

 

イッセーは地面に這いつくばって踏ん張ったおかげで飛ばされることは無かった。その間にタンニーンとカリフが爆風から揃って飛び出してきた。

 

「ぶあぁ!」

「なんだそれはぁ!?」

 

互いに空中に止まり、タンニーンはイッセーに放っていた時とは比べ物にならないほどの大火力でカリフを迎え撃とうとするも、隕石の弾幕とも言えるブレスの猛攻をカリフは問題とはしない。

 

軽々と避け続け、当たったと思えば手で弾く。あまりの力技にタンニーンも驚愕しかなかった。

 

「なんて奴だ! 俺のブレスを余裕で弾くとは!」

「弾くだけではないぞ?」

「!?」

 

ほんの一瞬、気を抜いただけで既にカリフの接近を許してしまった。気が点いた時にはタンニーンの頭上でカリフは踵を目一杯に上げていた。その構えからして次の攻撃など分かり切っていた。

 

だが……

 

「オラァ!」

「うぐぉぉ!」

 

単純な話、カリフは移動とモーションにおいて全てが“速かった”

 

避けようと思ったときには既に追撃され、硬いドラゴンの鱗さえも貫通させる衝撃でタンニーンは地面に落とされた。

 

「おっさん!」

 

墜落したタンニーンに駆け寄るイッセーだったが、それを阻止したのは意外にもタンニーンだった。

 

「邪魔だぁぁぁぁぁぁ!」

「ぐあぁ!」

 

ただ吼えただけで起きた衝撃がイッセーの軽い身体を易々と吹き飛ばした。

 

「がは!」

 

気に背中を打ちつけることで吹き飛ばされずに済んだイッセーは安堵したが、そこへタンニーンの檄がイッセーの心を締めつけた。

 

「臆病者など戦場にはいらん! いるだけ邪魔だ消え失せろ!」

「お、おっさん……」

「逆に安心したぞ! 今回の赤龍帝は白龍皇とまともに闘う気概も無いただの腰ぬけだからなぁ!」

 

明らかなタンニーンからの否定にイッセーは何とも言えなくなってしまった。

 

何故、タンニーンが起こっているのかが分からない……ただそれしか考えられなかった。

 

「ち、ちが……」

「オラオラオラオラオラオラオラァ!」

「ぬおぉぉ!」

 

イッセーの言葉に耳を貸す者はいない。カリフの拳のラッシュをタンニーンは巨体に似合わないスピードで避けて上空に離脱するも地面を破壊しながら再び白いオーラを纏って上空に飛び、易々とタンニーンを追い越す。

 

「くそ! バケモノか!?」

「バケモノ? 違う。オレは人間だぁ……」

「抜かせ!」

 

再び上空で連続的に炎が爆ぜる激しい戦いの中、イッセーは一人だけ地上で項垂れていた。

 

「な、なんなんだよ……敵う訳ねえよ……」

 

戦いの経験が浅い自分でも分かるほどカリフのエネルギーは自分たちを大きく上回っていた。それは元龍王ですらも相手にならないほどに

 

あまつさえ戦いに身を投じるドラゴンならそんなことも百も承知である。今まさに戦っているタンニーンも間違いなく……

 

「や、止めろよ……なんで……なんでそこまでして戦うんだよ……」

 

イッセーには分からなかった。自分は戦いは好きじゃないし、そもそも戦うこと自体よくないというのにどうしてそこまでするのか……

 

(俺は……ただハーレムを作って部長と……なのに……)

 

自分の夢が今の状況を作ってしまったのか……イッセーは混乱し、錯乱する一歩手前の状態に陥っていた。

 

そんな時、声が聞こえた。

 

一緒に戦ってくれる相棒の声が……

 

『それは違うぞ相棒』

「ドライグ……」

『タンニーンならカリフに勝てないことくらい覚悟している……本気を出したらここら一帯を焦土に変えてしまうくらいの威力はあるが、本気を出しても奴には敵わないことくらいな……』

 

それならなんでそんな無謀な戦いを続けるのか……そう思っているとドライグは再び語る。

 

『相棒よ。いずれカリフは本気でタンニーンを殺すかもしれん』

「! そんな!」

『だが、お前なら……未だかつてない成長を続ける赤龍帝が加われば少しは好転するかもしれんぞ?』

「そんな訳ねえだろ! 俺がいたっておっさんの邪魔にしかなんねえよ! おっさんだって……!」

『じゃあお前はいざという時に仲間を……グレモリー眷属たちを見捨てて後ろに逃げるのか?』

「なっ!?」

 

聞き捨てならない―――ドライグからの突然の質疑にイッセーは不安の表情を一変させて怒りに表情を変える。

 

「ふざけんな! 俺はそんなことしねえ! 『兵士』ってのはな! 『騎士』や『戦車』や他の駒よりも前に出て皆を守るんだ! 俺は最強の『兵士』に……!」

 

ここでイッセーは自分で気付いた。

 

なら今の自分はどこにいる?

 

戦いから遠ざかって、見上げているだけの自分は何をしている?

 

(お、俺……は……)

『気付いたようだな相棒……今のお前が何をしているのかを……』

 

心が繋がっているからか、ドライグはイッセーの心を呼んで現状を突き付ける。

 

『今のお前は自分の本分を見失い、怯えているだけだ。教えてやろう。お前は“甘ったれ”ているんだ』

「ち、ちが……」

『違わないな。お前は無意識にカリフに……敵に甘ったれていたんだよ。“また助けてくれる”とか“あいつがいれば怖くない”ってな……』

「あ……ぁ……」

 

ドライグはもう感情を隠すことができず、その思いの丈をイッセーにぶつける。

 

明らかにドライグは怒っていた。

 

『昨日までの味方が敵になったからといって貴様は仲間を見捨てるのか!? この悪魔や天使の世界では裏切りなんて日常茶飯事だ! 誰がいつ、裏切ってもおかしくない世界にお前たちが踏み言っていることを忘れるな!!』

「!!」

『最初の頃のお前も絶望したはずだ! お前だけが弱くて、絶望したはずだ……思い出せあの時を……あの夕焼の時に言った言葉は嘘だったのか?』

「夕焼……」

 

絶望と夕焼……そんな場面が一度だけあったことを思い出した。

 

ライザーと事を構える直前での特訓の時、自分はカリフに泣きながら言った。

 

『部長のために何かしてえのに……俺は……よええ……』

 

確かにそう言った……そして、そんな俺を命懸けの特訓に駆り立て、強くしてくれた言葉があった。

 

―――いつだって時代を切り開いてきたのは伝統に縛られるような輩でもなければ今の立場に満足して下の奴らを見下してきた奴じゃない

 

「……そうだ」

 

―――人間賛歌は『勇気』の賛歌、人間の素晴らしさは勇気の素晴らしさ

 

『思い出したか……相棒……』

「あぁ……そうだよ……俺……本当に馬鹿だった……」

 

 

 

―――弱かろうが、怖かろうが、それは恥ではない

『大事なのは恐怖を理解し―――』

「恐怖を支配して初めて振り絞ることができる!」

『「“勇気”!!」』

 

イッセーは激しい戦いの中へと身を投じようと項垂れるのを止めて走った。

 

『Boost!!』

 

ブーステッド・ギアと“勇気”と言う名の武器をその身に宿して……

 

 

「これはどうだ!」

 

今でも空中戦を続けるタンニーンだが、既に身体の鱗は歪んで少しフラつきが見られる。

 

それでもタンニーンは高速で動き回り、まるで四方から放たれるように隕石のようなブレスがカリフに迫ってくるが、カリフは動揺することは無く両手を突き出して叫んだ。

 

「はぁっ!」

 

だが、カリフは気合を四方に飛ばしてブレスをかき消す。それどころか全身から出した気合砲は巨体のタンニーンさえも容易く吹き飛ばす。

 

「ぐおおぉぉぉぉぉ!」

 

翼の制御が狂ったタンニーンは落ちながら自分を見下ろすカリフに頭を悩ませる。

 

(なんて奴だ! 気合さえもが別次元とは……!)

 

態勢を立て直し、地響きを響かせながら着地したタンニーンは息を整えながら考えを張り巡らせていた。

 

パワー、テクニック、スピードのいずれもが自分と比べても上だった。

 

万事休す―――そう思っていた時、自分に呼びかけてくる声が聞こえた。

 

「おっさーーーん!」

 

振り返ると、そこにはブーステッド・ギアを装備したイッセーがこっちに走ってくるではないか。

 

タンニーンは目を見開き、近付いてきたイッセーとは目を合わせようとはしなかった。

 

「今更何しに来た? 去りたいのならさっさと去ればいい」

 

冷たく言い放たれたイッセーは僅かに身体を震わせながらもタンニーンと並んで構える。

 

「俺……この前まで普通の学生だった……戦いも知らなかったから命懸けの戦いもよく分からなかった……だから死ぬ覚悟なんて今の俺にはまだできない……」

「……なら何故戻って来た。俺に任せて逃げればよかったんじゃないか?」

 

タンニーンの言葉にイッセーは今までよりも力強く言う。

 

「違う……俺は死ぬ覚悟なんかできないから生きるために頑張るんだ」

「……」

「確かにあいつは怖い。だけど、恐怖からいつまでも逃げてちゃ強くもなれない。今頃は部員の皆が頑張っているから……俺も“生きる”ことを頑張りたい!」

「お前……」

「『兵士』は王や皆を守り、戦術の幅を広げる駒だ! 俺は最強の『兵士』になるって決めたんだ! 『兵士』は後退なんてできねえ! ただ前に進むだけだぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

タンニーンはイッセーの身体が少し震えているのを見落とさなかった。

 

それでもイッセーはここまで自分の足で、自分の答えを持って戻って来た。

 

それならもう何も言うことは無い。

 

「ふん……もし次にヘタレたら今度こそ見限ってやるからな」

「はは……まあ努力するよ」

「まあ、さっきまでよりはいい顔にはなったな。これで少しは可能性が……」

「その前におっさん。ちょっと俺に考えがあるんだけど」

「なに?」

 

訝しげにするタンニーンにイッセーは耳打ちで何かを話す。

 

それを聞いたタンニーンは微妙な表情に変わる。

 

「だ、大丈夫なのかそれ?」

「た、多分だけどこれしか……」

「しかしだな……」

 

これには発案者のイッセーもタンニーンも難色を示すが、ここでドライグが宝玉を光らせて喋る。

 

『タンニーン。ここはカリフと特訓を繰り返している相棒の作戦で言ってみよう。それ以外に有効な手も浮かばんのだろう?』

「……それもそう……だな」

「じゃあ……」

「あぁ、お前の策を実行してみよう。お前の勘を信じる」

「あ、あぁ! ありがとう!」

 

意見がまとまった時、上空からカリフがゆっくりと降りてきた。

 

「ようやく二匹の龍が揃ったか……逃げれば生存率が高くなるかもしれんぞ?」

「お前から逃げようってことが無理な話だよ。なら、お前を吹っ飛ばしてやる!」

「ほう? ちょろちょろ逃げ回っていたトカゲが言う様になったのではないか?」

「うるせえ! あれは戦略的撤退だ! だけどこっちにはとっておきの必殺技があんだよ!」

「ほう? この俺に通用するのかぁ?」

『「「!!」」』

 

何やら背後から鬼のオーラが飛び出してくるが、イッセーたちは逃げたい衝動を抑えて言い放つ。

 

「あぁ、そしてお前自身が気付いていない弱点だ」

「あ”ぁ!?」

 

イッセーの言葉に若干の苛立ちを覚えてカリフは額に血管を浮き立たせて更に威嚇を強める。

 

冷や汗を流しながらイッセーは決して弱みを見せない。

 

その姿が余計にカリフを煽る。

 

「いいだろう……そこまで言うなら見せてもらおうか……」

「来るか……っ!」

 

タンニーンたちと互いに構え、膠着状態へと持ちこんだ。

 

普通なら互いの隙を探るはずだが、カリフは逆に考えに耽っていた。

 

(イッセーの目……この数分間で何があった? 明らかに目の色が変わった。さっきまでは受け身の『対応者』だったのに今は完全に『狩人』の目……何かを悟ったか?)

 

それにまだまだ気になることはある。

 

(目に迷いは無い……あれは『命を捨てた』のではなく『命を賭ける』目だ。今のあいつからは気高い『生への執着』が感じられる……)

 

だからこそカリフは得意の電光石火の攻撃も躊躇うこととなった。今まで逃げることが主流だったイッセーが今、自分と対峙して戦うことを決意していた。

 

生きるために死力を尽くす、そんな相手ほど怖いものは無い。

 

しかもそんな相手が弱点の指摘……明らかに誘っている。

 

(どうやらこれ以上嘗めるのは止めた方がよさそうだ……認めてやる)

「む?」

「……」

 

カリフは片手をイッセーたちに向ける。

 

いつでも気合砲を撃てるように構えた……その時だった。

 

「はぁ!」

 

手から気合砲を飛ばして一直線上のイッセーたちを吹き飛ばそうとするも、地面の抉れる場所が近付いて来るのを見て左右に避ける。

 

「うおおぉぉぉぉぉ!」

 

すぐにカリフに接近してきたのは意外にもイッセーだった。

 

そのことにカリフは少し戸惑いはしたが戦闘に何ら影響はなく迎え撃つ。

 

「フライングフォーク!」

「ちょっ! 多!」

 

連射型のナイフがイッセーの元に集中的に襲いかかってくるが、それを後方にいたタンニーンがブレスで追撃する。

 

「俺も忘れてくれるなよ!」

「ちっ」

 

意外な援護にカリフは舌打ちを打つ中でカリフは向かってくるイッセーに目を向ける。

 

今回の攻撃の要はイッセーということは間違いなく倍加の能力を使うつもりだ。

 

それなら対処法は決めるまでも無い。カリフは瞬間移動でイッセーの懐に入り込んだ。

 

「!?」

「まだ遅い!」

「がはぁ!」

 

カリフの拳がイッセーの懐を抉るように打ちこまれた。

 

イッセーは肺の空気と唾液を口から出して悶絶する中、首を掴まれる。

 

「ふん、今日、初めてお前から仕掛けてきたな……随分と成長したようだが……」

「が、げほ……」

「まだ甘い!」

 

イッセーの首を締めあげる力が強まり、気管が潰される苦しみの中で横からカリフに向かって炎のブレスガ飛んでくる。

 

「……」

 

空いた手でブレスを薙ぎ払って炎を飛散させる。どうやらタンニーンが援護射撃をくりだしたようだがカリフには全く効かない。

 

策とは何だったのかが気になる所だったが、これはこれで満足のいく結果だった。

 

イッセーがまた一皮むけただけでも喜ばしいことだがまだまだ詰めが甘い。

 

そうほくそ笑んだ時だった。

 

「ふっ」

 

イッセーは口元を緩ませてポケットから何かを出した。

 

一瞬だけ警戒したが、意外な物にカリフは動きを止めた。

 

「石? いや、鉄?」

 

それは到底武器にはなり得ない物だった。倍加を使ってもとても役に立つとは思えない。

 

イッセーの意図が分からずにいたその時だった。

 

タンニーンの炎を分散させた時の小さな炎がイッセーの石に触れ合った時、ブーステッド・ギアが唸った。

 

『Transfer!』

 

その瞬間、手の平サイズの石からとてつもない光が溢れだして

 

 

 

小規模の閃光が輝いた。

 

 

 

 

「や、やったか……」

 

タンニーンは閉じていた目を恐る恐る開けると、そこには待ち望んでいた光景が広がっていた。

 

「が……目がぁぁぁぁぁぁ……」

「はぁ……はぁ……」

 

なんとそこにはイッセーの首を掴んでいたカリフが目を抑えて悶え苦しみ、イッセーはカリフの手を逃れていた。

 

呼吸を整えるイッセーに対してカリフは目を抑えて苦悶の声を上げていたのを確認してイッセーはガッツポーズを取った。

 

「よし! クソ野郎!」

 

満面の笑みを浮かべるイッセーはタンニーンの元へと逃れることに成功した。

 

「やったな兵藤一誠」

「いや、ほんと……運が良かっただけで……」

 

賞賛するタンニーンの言葉に息を切らしながら謙虚に返す。それほど今の戦法は不安だらけだったということだった。

 

「イッセェェェェェ……貴様ぁ……今のは……」

「はぁ……はぁ……ここらグレモリー領には……鉱山もあるんだよ!」

「ふん、意外に抜け目ない小僧だ。そんな物をいつの間にか拝借してたんだからな」

 

鉱山……金属……炎……この三つのワードはカリフをすぐに答えへ導きだした。

 

「まさか……金属の“炎色反応”か!」

「そうさ! ここには俺たちの知らない金属を含む鉱山があったから使えると思って持ち歩いてたんだよ!」

「貴様……その白光をブーステッド・ギアで……!」

「おっさんとの特訓で逃げ込んだ鉱山の一角が燃やされた時にその石を見つけた時に照明弾代わりに使おうと思ったんだよ」

 

イッセーはこれ以上は言わないが、実質、カリフが至近距離にまで来てよかったと思っている。

 

好奇心旺盛なカリフが意味深な言葉に興味を示さないはずが無い。

 

そして、ここで遠距離攻撃にするのもカリフのプライドが許さないだろう。至近距離の攻撃が来ることは何となく予想はできていた。

 

作戦通りカリフが近付き、反撃し辛い至近距離の態勢を保つだろうとも経験則でなんとなく予想した。その後、タンニーンのブレスが出てくる。

 

「炎のブレスはイッセーへの援護だけだったのか……!」

「余裕こいてその場で打ち消したのは間違いだったな」

「動物の本能を優先的に考えるお前なら必ずさっきの石を凝視すると信じてたよ……他人の視線に釣られるっていうのは仕方ねえ本能だよな?」

 

少し目の痛みが取れてきたが、未だにまともに目が開けられない。

 

だが、それよりもカリフにとっては心のダメージの方が深刻だった。

 

「至近距離にまでイッセーを近付けたのも……鉱石を見せつけるようにしたのもこれまでのブラフ……っ! もしオレがあの炎をジャンプで避けたらどうする気だった!?」

「お前は普段の戦いでも無駄を嫌うからジャンプとかで避けないだろう……って思ったよ。結構自信なかったけど」

「っ……!?」

 

やられた……完全に自分の癖を見抜かれた。

 

否、本来でもこんな癖は解析されていたはず……これはまさに油断だった。

 

(こ、心のどこかでイッセーの……手塩にかけた弟子の成長を喜び、同時に嘗めてかかっていた……いつまでも格下と見下して……!)

 

まさか自分がこんな苦汁を舐めさせるとは……そう思っていた時、イッセーの言葉に更に驚愕する。

 

「そして、これがお前の弱点だぁ!」

『Transfer!』

 

そう言ってイッセーが再び力を譲渡する声を聞き、カリフは気でイッセーの位置を探って追撃しようとした時だった。

 

「が……」

 

突然、身体に違和感を覚えてふら付く。最初は立ち眩みのレベルだったのがだんだん酷くなってくる。

 

そして……

 

 

 

 

 

「が……げ……」

 

カリフは膝を着いた。

 

腹を抑えてその場に立てなくなるほどの苦しみがカリフを襲う。

 

それを見たタンニーンは声を荒げて歓喜した。

 

「成功だ! これで動きが止まった!」

「あぁ! まさか本当に効くなんてな……しかも効果はとんでもないくらいに……」

 

予想以上の結果にイッセーは少したじろぎはしたが、今が絶好のチャンスだった。

 

「おま……これは……」

「普段のお前ならここに至ることはなかったけど……俺だってやられてばっかじゃねえんだよ」

「何を……何をしたぁ!?」

 

襲いかかってくる言い難い苦痛に耐えながらもカリフはおぼつかない足で立ち上がろうとするが、明らかに弱っている。いや、もはや瀕死と言ってもおかしくないほどに。

 

怒り混じりの質疑に答えたのは意外にもドライグだった。

 

『簡単なことだ。相棒はここに来るまでに力を溜めて、今それを使っただけだ』

「な、何をどうしたらこんな……」

『『食欲』と『睡眠欲』』

「!?」

 

意外な答えにカリフは愕然とした。まさか……自分の強みだった“欲求”そのものが以前に増して強くなっただけでこんな事態になろうとは考えたことも無かった。

 

「お前、昔から強かったんだと聞いたよ。だからこういう“我慢”はあまりしたことないんじゃないかと思ってよ」

「な、なぜ……」

「お前は普段からどんな時でも自分の都合で“寝る”こと、食事も毎回の食事量が多いことを思ったよ。もし、そんな奴から“自由”を取ったらどうなるんだろうかと……」

 

それで実行したのが“眠気”と“空腹”の倍加……聞くだけでは到底意味のない行為だが、カリフは全てが普通ではない。

 

もしかしたら弱点も普通では無いんじゃないか……と

 

まさに機転を利かせた結果が大変な事態を呼び起こした。

 

(や、野郎……なんて正確に……恐ろしいことを……!)

 

カリフは食事と睡眠の重要性を理解していた。

 

空腹と眠気は謂わば病気の兆候とも言える。その“病気”を倍加してきたのだ。これを恐ろしいと言わずに何と言う?

 

(空腹時に胃酸が濃くなって起きる吐き気と睡眠不足による頭痛と眩暈……オレの頭が混乱させられて……)

 

やられた。完全に自分の驕りが招いた結果だった。今回、自分はイッセーの成長を見定めようと放置したツケが周って来た。

 

本当なら焦らすことなく有無を言わさずに一撃で仕留めるべきだった。

 

「おっさん! 頼む! あれは本当に眠くしたり空腹になってるんじゃなくてそう思っているだけだからすぐに回復してくる!」

「よし、俺に譲渡だ! 速攻で決める!」

『Transfer!』

 

ここでタンニーンに貯めていた全ての力を譲渡し、最大級のブレスを作り出す。

 

「こ、この……やろ……」

 

あまりの苦しみにおぼつかない足取りで立ち上がってくるカリフの表情は普段よりも強張り、迫力を増していた。

 

苦痛に歪む表情が鬼の形相に見えても仕方ないくらいだった。

 

だが、そんなカリフを自分たちは追い詰めた。

 

「これが最初で最後になるけど……言わせてもらうぜ!」

 

 

 

この日、この時、カリフはこの言葉を一生忘れない。

 

「俺の……勝ちだ!」

 

その直後、ようやく開きかけた目で見えた物は向かってくる真っ赤に燃えた炎だった。

 

 

 

 

カリフがおっさんの炎で遠くへ飛ばされるのをこの目ではっきりと目に焼き付けた。

 

そして、脅威が炎とともに遥か彼方の山の影に消えたのを確認した俺たちはというと……

 

「「はぁ~……」」

 

一気に気が抜けてその場に仰向けに倒れた。

 

おっさんも相当に疲れたのか巨体をねっ転がせて俺の横で仰向けになる。

 

「やった……なんとか、凌いだ……」

「はぁ……まさかあそこまでとは……はぁ……今回は……肝が冷えた……」

 

山の静寂の中におっさんと俺の呼吸の音だけが響く中、俺はおっさんと目が合った。突然のことだったから互いに目を丸くしたけど、それが次第に可笑しくなって……

 

「ふっ」

「はは……」

 

何だか笑ってしまった。

 

「おい兵藤一誠……」

「ん?」

「今日の特訓はこれくらいにしよう……これ以上は無理そうだ」

「分かった……」

「それと、少しお前のことも知りたくなった」

 

あれ? 何だかおっさんいつもより口調が優しくない?

 

それはつまり……認められたってことかな? まあ、それは光栄なことなんだろうな……素直に喜んでおこう。

 

「今日は寝かせんぞ?」

「そういうのは女の子からの方が嬉しいんだけど……」

『やっぱお前はお前だよ。相棒』

 

何やらドライグが突っ込んだのだが今は気にしない。

 

しばらく、俺とおっさんは生存できた喜びと達成感を胸に疲れを癒すのだった。

 

 

 

 

 

一方、弾き飛ばされたカリフといえば……

 

「こ、この……」

 

イッセーたちから離れた地点で炎にしがみつく形で飛ばされていたカリフは力任せに炎の弾を上空に蹴り上げる。

 

「クソがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

蹴り上げられた炎は遥か上空の彼方に飛ばされて消えていく。

 

全てが鎮火したのを見届けたカリフは果てしない空腹と眠気によって舞空術を止めて地上に降り立った。

 

「か……はぁ……はぁ……」

 

まさかここまで手痛い目に会うとは思っていなかったカリフは冷静になることで空腹と眠気を凌駕する一つの気持ちが生まれた。

 

「オレは……負けた……のか……!」

 

その瞬間、カリフの心の中で何やらドス黒い感情が込み上げるのを感じた。

 

 

(コロす……潰してやる……オレをコケにしやがってぇぇぇぇぇぇ!)

 

この世界に転生し、初めてだった。ここまで屈辱を覚えたのは

 

たかだか数カ月しか修業していない戦いの素人にここまで完全なる負けを喫したのは多分初めてのことだろう。

 

(イッセェェェェェェェェェェェェ!)

 

空腹で言葉もまともに喋れなくても憎悪は消えることなく、濃くなってくる。カリフの怒りに周りの鳥や獣たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

そんな怒りを抱いたままイッセーの後を追おうとした一歩手前だった。

 

 

 

自分の額を力任せに殴った。

 

「っはぁ! はぁ……はぁ……くぅぅぅぅぅぅ……!」

 

残り少ない理性で自分を戒め、何とか憎悪を抑えることはできた。急かす身体も自分の爪を食いこませることで痛みを思い出させて律する。

 

感情のままに動こうとした身体は自分で血を流すことによって動きを封じ、血の気を減らすことに成功した。

 

「落ちつけ……これでは……ただの八つ当たりだ……!」

 

これ以上本能のままに行動すればそれはただの獣の殺戮と変わらなくなる。相手は悪魔だが、“勇気”を以て自分に立ち向かってきた“勇者”だ。そんな相手を感情のままに怒りでねじ伏せることは相手への冒涜であり、完全な負けを認めることとなる。

 

(今回はオレの油断と驕りが招いた結果……納得こそすれ相手を恨む道理など無い!)

 

本人がそれを一番理解していた。

 

 

サイヤ人として慢心し、戦いに負けたことへの自分への怒り

 

 

 

 

そして、弟子が成長してくれたことへの師としての喜び

 

 

 

 

そして……僅かな可能性を信じ、光を見出したときの高揚感

 

さっきまでのカリフは精神的に混乱し、何が何だか分からない状況だったが、時間が彼の怒りと苦痛を癒してくれたおかげでやっと受け入れることができた。

 

―――お前も成長したんだな……

 

 

 

「は……はは……」

 

むしろ怒るよりもどこか晴れ晴れとした気分だった。カリフは静かだが、嬉しそうに笑っていた。

 

「やられた……全く……昔を思い出したよ……」

 

自分にもそんな時期があった。

 

ピッコロやベジータ、悟空に加えて悟飯にも何度も向かっては打ちのめされてばっかだった幼少時代。

 

同時に思い出した。ブルマや女性陣が自分に色んな教育を施してくれたことも……

 

最低限の文字の読み書きや一般常識も全部……

 

「あ~……何で最近思い出すかな~……」

 

自分でも不思議な気分だった。

 

まるで最も充実していたあの頃に戻ったような錯覚が……

 

だが、再び自分のあり方を見直すと言う点では大きな成果とも言えた。

 

「……はぁ」

 

久々に忘れていた原点回帰の心が再びこみ上げてきた。

 

この合宿を境に、カリフは……後に予想以上の成果と発見をすることになるだろうとはこの時に予想もしていなかった。

 

 

当面のカリフの目標が定まったことはいいのだが、それでもカリフは先程の敗北のことを引きずってしまっていた。

 

この世界に来てから敗北を味わっていなかったので反省はした。だが、その反省はだんだんと大きくなっていたのが現状だった。

 

今は再びミリキャスと共に本を読んでいる所だが、カリフは上の空の状態でペンでノートに書いていた。

 

―――驕り、昂りが激しい

 

―――コストが悪い

 

―――極限状態での精神面が貧弱

 

ノートに書いたそれらの文は何度も線で囲っているところからして相当重要な所だったのだ。それもその筈、これらは自分の弱点を想定した物なのだから。

 

(イッセーのブーステッド・ギアでオレの食欲と睡魔を倍加させられた所はいい……問題はその後の有様だったな)

 

イッセーとの勝負から既に数時間が経った清々しい昼上がり時にも拘わらずにカリフは苦悩していた。

 

(あの時の空腹に耐えられなかったのは……過度のエネルギー消費……いざという時のエネルギーを普段から大量に消費していたことだ……)

 

カリフの戦闘は必要以上に身体からエネルギーを奪っていく。それは普段の生活でも同じこと。

 

本人はまだ気付いていないようだが、身体の中では摂取したエネルギーはフル稼働している。

 

普通の人とは違ってカリフの身体はいつでも戦えるように筋肉を保温状態にして硬直するのを防いでいる。それは本人の知らない所で寝るとき以外で行われていた。

 

しかも、厄介なことにカリフは他のサイヤ人が決してやるはずもない特訓を続けているために身体が他の人よりも“変異”していた。

 

それは後に明かされることとなるのは言うまでも無い。

 

それらの事情もあって、普段から大量の食事を取らなければならないカリフにとってこれらは大きな穴と言える。

 

(どうする……課題が多すぎる……今回はブロリーの魂は断念してそっちに集中するか……あ、でも……)

 

行き詰った。完全に優先すべき課題が増えて何から手を出せばいいのか分からなくなってきた。

 

テラスの机に突っ伏していると、心配そうにミリキャスが声をかけてくれる。

 

「どうかなさいましたか?」

「いや……ただ行き詰っただけだ……」

「そうですか……えと……」

 

その答えにはミリキャスもどうフォローしていいのか分からなくなっていた。

 

「……よし」

 

だけど目の前で困っているカリフを放っておけるわけがなく、ミリキャスは何かを決めたように椅子から立ち上がった。

 

「そう言う時は一度運動しましょう! ここに座ってばかりじゃあ息も詰まりますよ!」

「……あ?」

「これは母さまには内緒ですけど……僕も息が詰まったら父さまと身体伸ばしたりしたりちょっとだけ遊んでもらったり……」

 

エヘヘ……と笑って照れながらカリフの近くにまで積極的に誘ってくるショタっ子にカリフも力無く返した。

 

「いや、そういう問題じゃねえんだけど……」

 

確かに身体を動かすと言うのはいい考えだとは思うが、今はそんな気分ではない。ここはやんわりと断ろうと思うカリフは断ろうとして寝ようとしていた。

 

「やるならお前一人でやりなさい。オレはここで少し休んでから……」

 

そこまで言って気が付いた。ミリキャスがさっきとは違って落ちこんで俯いていることに……

 

「そうですか……いえ、すみません。カリフ兄さまの気も知らないで……」

「いや、そう言う訳じゃ……」

「あの、今のは忘れてください。僕はそこらで少し散歩してきますから……何か用があれば呼んでもらって大丈夫です……」

 

明らかに作った笑顔の子供の何とも言えない表情に身体が硬直する。

 

ミリキャスほど聡明で可愛げのある子供は最近では珍しい。だからこそ、こう言う時の辛そうな表情は破壊力が凄まじかった。

 

カリフとしては悟天のように泣きわめいてくれた方が気が楽だったのかもしれない。これはこれでザックリと心を抉られる気がする。

 

理由は並べた物の、結局の所カリフの従来の面倒見の良さが災い(?)したのかトボトボと遠ざかっていたミリキャスにすぐに追いついて頭に手を乗せた。

 

「わっ!」

「全く……別の意味で厄介なガキだなお前は……」

 

ガシガシと撫でているつもりだが、実際は乱暴に頭をかき乱しているだけだった

 

「あうあうあうあう……」

「ガキが変な気を遣うな。一人が嫌ならそう言えっつの」

 

ウンザリした口調だが、頭を揺らされているミリキャスにはなんだか優しく聞こえた。聡明だからこそ分かっている。

 

カリフは自分を気にかけているということが。

 

しばらくすると、カリフは頭から手を離してミリキャスの横に並ぶ。何をしているのか髪を整えながら考えているとすぐに答えが分かった。

 

「おら、早く運動して続きするぞ。オレもここにいられるのは夏休み中だけだからな」

「はい! 分かりました!」

「じゃあお前が先導しろよ? その運動ってのはオレは初めてだからな」

 

ミリキャスは嬉しそうに人懐っこく笑いながらカリフの横で身体を動かす。

 

横のショタっ子の機嫌が治ったことを確認したカリフは安堵しながらも情けなくなった。

 

(なんで子守りするはめに……)

 

運動自体はいいことだが、何だか自分が情けなくて仕方が無い。数日前まではここで地獄の特訓を予定していたのに……今じゃどうだ?

 

年端もいかない子供と一緒にラジオ体操とか……何だこれ?

 

だけど子供に本気で泣かれるよかはまだマシだと言い聞かせながらミリキャスに倣って身体を伸ばしたりする。

 

やっていることは間違っていないからこのまま本気でやらせてもらおう……カリフはそう考えて深く気にすることを止めた。

 

「じゃあ深呼吸して身体を十秒間伸ばして下さい」

 

嬉々として体操するミリキャスに倣っていると、ここでミリキャスは補足する。

 

「ここでの深呼吸は全身に行き渡るようにイメージしてください。イメージするのとしないのでは効果は違いますから」

「まあ……確かにな。毎回イメージしてんのか?」

「はい。呼吸のしかたによっては身体の調子がよくなるらしいですよ」

「そりゃそうだろ。酸素は赤血球に乗って動脈を渡って使い終わった空気は静脈……今吸った空気だってあらゆる臓器に……」

 

 

 

 

 

 

 

ここで何かが引っ掛かった。

 

(……あれ?)

 

それは普段のように忘れていたことを思い出させるような物じゃない。

 

何か、新しい物を発見したときの感じだった。

 

(まさか……いや、でも……)

 

それは難くてもできないことではない。また、少し考えれば誰もができそうな考えだった。

 

ある意味では逆転の発想でありながら、当然のこととも言えるアイディア。

 

まだ可能性は未知数だが、実現は不可能ではない。

 

(……試す価値は……あるかもしれん)

「あの……どうかしましたか?」

「……」

 

突然黙りこんだカリフを心配してミリキャスが見上げてカリフの顔をじっと見つめてきた。

 

(どうしよう……何か失礼なこと……)

 

返事が返ってこないことにミリキャスは自分の行いで機嫌を損なわせてしまったのかと不安に駆られていた時だった。カリフは少し軽い笑みを向けた。

 

「ミリキャス……礼を言う」

「え?」

 

突然の感謝にミリキャスも戸惑う中、カリフはテーブルの本とかを持って屋敷へ向かって行った。

 

「?」

 

それを見送りながらもミリキャスはただ可愛らしく首を傾げていたのだった。

 

 

 

冥界での合宿は数日が経っていた。

 

カリフはイッセーに敗北した時から生活が少し変わったことがあった。

 

まず、カリフは皆と一緒に食事することがなくなった。理由としてはカリフは“新たな可能性”を研究し、それを実践する特訓をしていたことによる。そのため、一人で遅めの晩御飯を済ませていたのでまともに女子勢とは顔を合わせていない。

 

そして空いた時間でグレイフィアとヴェネラナによるお料理マナーを教わっている。理由は……確かに一生、食器を手にしただけで発狂する状態は困るから

 

ここまではカリフも心身共に心機一転させて合宿に励んでいた。

 

今回の合宿は本当に豊作だったと満足することができていた。

 

 

 

 

あのような“事件”が起こるまでは……

 

 

合宿から幾日が経った。

 

カリフの特訓は全てが順調だった。身体も鍛え、グレイフィアたちのマナー教室もやっと実を結び始めた頃だった。

 

カリフはふと思い出した。

 

「そういえば……小猫の鍛錬とかあまり見てねえな……」

 

気がかりがあるとしたら小猫のことだった。ここ最近、自分のことに没頭しすぎて小猫の様子など朝と夜にどんな鍛錬をしているかを見ているくらいだった。

 

アザゼルはともかく、自分から小猫の監修を名乗り出たのに本分を忘れてしまっていた。

 

「あ~……これは完全にオレの責任……だよなぁ……」

 

約束を守ることを信条にするカリフにとってこれは痛恨のミスとも言えた。自分は小猫を安心、かつ確実に強くすることだった。

 

それなのに、ここ最近は会う時間も一時間未満と全然であり、それどころか会話もまともにしておらず、『おはよう』と『お休み』くらいしか言ってなかった。

 

以前のカリフならそれでも全く問題は無かっただろう……

 

 

 

だが、イッセーとの戦いの時からカリフはずっと考え、至った結論があった。

 

そして、自分で導きだした結論はカリフの考えを少しだけ変えてしまっていた。

 

「……」

 

カリフは自分の胸の内に秘めていたことがあり、正直言えば今までの自分の行動としてはかなり逸脱するので恥ずかしさがある。

 

だが、そんな『恥ずかしい』などの理由でカリフは立ち止まることは無い。

 

「行くしかねえな! 『言わざるは一生の恥』って誰かが言ってたし!」

 

現在は夜であり、夕食はとっくに終わっていた。

 

カリフは寝るまでの時間を使って小猫に『ある話』をするために小猫が使っている部屋へと向かっていた。

 

グレモリー家から直接発注された寝巻用のローブ姿で小猫の部屋の前で立ち止まってノックする。

 

「小猫! オレだ!」

 

ノックしながらいつものように堂々と声を張り上げる。

 

だが、耳を澄ませても返事はおろか物音一つ返ってこないことからして小猫の不在は確実だった。

 

「はぁ……どーこ行ったんだ?」

 

カリフは気を解放して徐々に索敵範囲を広げていく。

 

やがて気は巨大な屋敷全体を覆ったが、それでも小猫の気は全く感じられない。

 

(外か? こんな時間に何を……)

 

疑問に思いながらもそこから慎重に索敵範囲を広大な庭へと広げていく。

 

東京ドームくらいの庭の半分当たりにまで探っていた時、やっと目的の気が見つかった。

 

(こんなとこにいたか……)

 

内心で安堵しながらそこへ向かおうとした時だった。

 

 

 

(おかしい……気が小さい。小さすぎる)

 

ここで嫌な予感が頭の中をよぎった。

 

それもそのはず、確かに小猫の気には違いなく、屋敷内に健在なのは間違いない。

 

ただ、その気が“小さすぎる”のだ。

 

(あいつ、仙術を……いや、そんな気配は今朝から無かった……!)

 

知らずに足を速めて小猫の姿を確認しようと屋敷の窓を覗いていく。

 

そんな最中でも嫌な感じは消えることなく、むしろ増大していくばかりだった。

 

(それに気が乱れて……! まさか……!)

 

とある窓に差し掛かり、窓を全開にして身を乗り出したその瞬間だった。

 

 

 

 

カリフの頭の中で思い描いてしまった最悪のシナリオを現実で確認してしまった。

 

その瞬間、カリフの頭の中は真っ白ととなり、思考が飛んだ。

 

 

 

視線の先に広がる広大な庭の真ん中地点で倒れ伏す少女を目にして……

 

―――ダレダ……アレハ……?

 

 

―――マサカ……ソンナコトガ……

 

 

―――コレハ……ゲンジツナノカ?

 

―――コレガ……ゲンジツデアッテハナラナイ……

 

 

 

 

 

「小猫ぉぉぉぉぉぉ!」

 

夜中のグレモリー家に必死の叫び声が響いた。

 

それから間もなく、所々の部屋から明かりが付き、慌ただしくなっていった。

 

『なんだ!?』

『どうしました!?』

『テロの攻撃か!?』

 

だが、カリフにそんなことを気にしている余裕もなければ時間も無い。

 

考えるよりも先にカリフは窓から身を乗り出し、強靭な足のバネで窓枠を蹴った。

 

数百メートル離れた地点へと一直線に向かい、ジャージ姿の小柄な少女……小猫の前へと到着した。

 

「おい小猫! 聞こえてるか!?」

 

呼びかけながらも丁寧に抱きかかえながら身体を暖める。

 

だが、カリフの呼びかけには応じない……いや、応じることができないくらいに小猫は弱っていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

顔色が悪いことから貧血と予測できた。

 

しかもよく見れば小猫の本来の姿……猫耳と尻尾が出ていた。

 

(くそ……! 体力だけじゃなくて姿を維持する魔力も無いのか!?)

 

カリフは歯を噛みしめ、すぐに小猫の胸に手を当てた。すると、小猫の胸が優しい光に包まれる。

 

「ん……はぁ……はぁ……」

「オレの気を分けているから休め!」

「ぁ……っ……」

「喋らなくていい! 今は自分のことだけ考えろ!」

 

小猫は意識を戻したのか口を開こうとするが、カリフに抑えられる。だけどそれでも小猫は何かを喋ろうとする姿にカリフは考えた。

 

何かを伝えようとしている。それなら聞き出すしかない。

 

「オレはここにいるから喋らなくてもいい! オレが質問するから“yes”なら一回だけオレの手を握れ! “no”なら二回握れ! しんどいならしなくてもいい!」

「ん……はぁ……はぁ……」

 

小猫の手を掴んで手を握らせると、早速一回だけ握ってきた。どうやら人の話を聞くくらいはできるのだと安堵する。

 

「お前、毎晩ここで自主トレしてたのか!?」

 

一回握る

 

「これを……毎日か!?」

 

一回

 

「お前……まさか寝る間も食事も割いてだなんて言わねえよな!?」

 

 

 

 

一回

 

「……っ! この……馬鹿野郎っ!」

 

一瞬にして頭の中が沸騰し、爆発するかと思った。

 

食事も睡眠も割いて課されたトレーニングを過剰にこなして……無茶にも程がある。

 

それどころか今までよく保ったものだと言うべきであろう。

 

そんな不相応な無茶に対してカリフが怒りを小猫にぶつけようと口を開いた時だった。

 

 

 

 

「……ないで……さい……」

「……!?」

 

爆発寸前の頭が一瞬にして冷やされ、それどころか驚愕さえもした。

 

抱える腕の中で小猫は自分の顔を腕で覆って隠し、呟いていた。

 

「すて……ないで……ください……」

「こね……こ……」

 

悲痛な姿だった。今まで見せたことも無いような弱々しい姿で吐露し、縋るような声にカリフは衝撃を受けた。

 

「……もっと……ヒグ……強くなりますがら……ヒクッ……捨てないで……」

 

痛々しかった……覆っていた腕の隙間から一筋の雫が頬を伝い、カリフの衣服を濡らしていく。

 

「小猫……おい……」

「やだ……やだぁ……怖いよ……助けてよぉ……」

 

抱きかかえる腕が震える。

 

怯える子供みたいに震えて泣きじゃくってしまう小猫にある感情が湧き起こってきた。

 

―――怒り

 

ただし、それはに小猫に対してではない。

 

小猫をこんなになるまで追い詰め、放置した自分に対する果てしない怒りだった。

 

自分の持論を押し付けた挙句に起こった悲劇

 

(オレは……こいつの本心と向き合わなかった……! この国に帰って来てからもずっと……! 話す機会はあった! それを怠ったツケが……!)

 

カリフはただ小猫に気を与えることしかできなかった。

 

ここでようやく、グレモリー家から何人かの人影が見えた。

 

先導していたのはグレイフィアとアザゼルだった。

 

「カリフさま! 一体何が……!?」

「小猫!」

 

二人がパニックになって泣き喚く小猫の姿を見て唖然とする中、カリフは自分に対する怒りを後回しにし、素早く行動に移った。

 

「小猫の体力はある程度回復させた! 後は……点滴で水分と栄養をやってくれ! 早く!」

「っ! 分かりました! それではこちらに」

 

グレイフィアに小猫を任せ、ゆっくりと離れる。

 

「では、私は一足先に戻りますので……」

「あぁ、俺は他の奴らへの連絡は俺に任せろ。時間も時間だから朝イチになるが」

「はい」

 

アザゼルとグレイフィアが互いに役割を確認して頷き、それぞれが動こうとした時だった。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

最後に聞こえたうわ言のように泣きながら繰り返される小猫からの謝罪

 

誰に言っているのかも分からない謝罪はカリフの心に突き刺さり、その傷を抉る。

 

グレイフィアが小猫を抱えて魔法陣で転移する。その姿が見えなくなった瞬間にカリフの理性は弾け飛んだ。

 

 

「くそったれぇぇぇぇ!!」

「っ!?」

 

獣のような叫びと共に力任せに自分の頭を地面に叩きつける。

 

その瞬間、カリフを中心に爆発が起こり、半径百メートルくらいの巨大なクレーターができた。

 

それでもクレーターの中からカリフはうなだれたまま動く気配が無い。

 

「カリフ……お前……」

 

アザゼルは頭を項垂れて身体を震わせるカリフに声などかけられなかった。

 

それほどまでにカリフは追い詰められていた。

 

地面にぶつけた額は土で汚れるだけで傷などつかない。

 

だが、彼が力一杯握りしめていた拳は紅い液体で真っ赤に染められていた。

 

「……」

 

そんな彼の姿に、アザゼルは彼を一人にしてやることしかなかった。

 

今夜の一層に冷え切った風は獣の心を冷やし、責め立てる。




はい、何だかキャラ崩壊が激しい回でしたが、楽しんでくれたら幸いです。よく見かけるのは中々踏み出せない小猫を叱責して奮い立たせる表現が多いですが、ここでは別の方向で攻めていきたいと思います。
次回は何か覚悟を決めるのでお楽しみにしてください。

さて、次は前書きに書いたオリ話ですが、イリナを加えたメンバーで前回に提案した『通学路のドラゴンズ』をやっていきたいと思います。とは言うもののオリジナルなので話自体は短いので過度に期待はしないでください。

それと、オリジナルの話を『通学路のガーディアンズ』に変更いたします。同時に『学外体罰へのジャッジメント』なる話を予定しておりますのでお楽しみに! その章で原作の敵をちょろっと出そう……かと思っていますので。

これからもこの駄作をご覧になってください。

それではまた次回をお楽しみに!


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番外編、母の日

大変遅くなって申し訳ございません! リアルの方が忙しくなってきたので最近は一日に書ける量が少なくなってしまいました……

この忙しさはしばらく続くのでその間、更新が遅れることをお許しください!

今回は本編とは全く関係ありません


「母の日?」

「はい。五月の第二日曜日は母に日ごろの感謝を表す日なんですよ?」

 

ある日の昼下がり、朱乃の一言で全てが始まった。両親は買い物に言っており、リビングには朱乃や小猫、そしてゼノヴィアを始めとした面々がその話に食い付いた。

 

「日本にはそんな風習があるのか?」

「私も知りませんでした」

 

外国暮らし……元より親がいないゼノヴィアとマナは感心するように相槌を打っているとカリフもバツの悪そうな顔をする。

 

(母……そういえばブルマには一度もそんなことしたことなかったな……)

 

他の者には気付かれないように昔のことに想いを馳せている中、話題は続く。

 

「小猫ちゃんは何をするか決まりましたの?」

「……おばさまは花が好きですから花を贈ろうと思ってます」

「そういえばここの庭は花や木で一杯だよね? あれって……」

「マナちゃんとゼノヴィアちゃんははまだ知らないと思うけどおばさまはすごく植物が好きで家庭菜園が趣味なんですの。だから私も花を贈ろうと思ってたんですが……」

「小猫と朱乃さんが花か……それなら私も何か世話にもなっているし何か贈らねば……」

「大丈夫ですわ。おばさまの家庭菜園はどんな植物も拒まない……この世の花をコンプリートしたいとか前にも言ってましたわ」

「……こだわりが違うね」

 

女の子のトークはより一層に盛り上がり、流石に全員が花というのも味気ないから普段の様子から推理して各々欲しいものを買おうと話が纏まってきた頃、蚊帳の外のカリフは一人思案する。

 

(花……いや、何か植物か……)

 

考えを巡らせている中、カリフは前にアザゼルからちらっと聞いた伝説の花のことを……

 

その名前を思い出したカリフの行動は誰よりも速かった。

 

「カリフくんはどう……あら?」

「……いない?」

「さっきまでいたのに……」

「どこか行ったのかな?」

 

女子勢が気が付く頃には既にさっきまで一緒にいたカリフの姿が忽然と消えていたのだった。

 

 

 

 

~~ここからはダイジェストで~~

 

「なんだカリフ? 今日は何の用ブガッ!」

「アザゼル。単刀直入に聞くが、『蓬莱の木』はどこだ? 言わねばこの頭を■■す」

「うごおおおぉぉ!」

 

彼の一日だけの冒険は唐突に始まり……

 

 

「よう白龍皇……お前、ユグドラシルの木に生える花について教えろ」

「……急にやって来ていきなりだな……何か目的でも……ていうか俺の気を日本から辿ったのか……?」

「ただ質問に答えろ。■■されたいのか?」

「……」

 

 

周囲の人物を巻き込んでいく

 

 

 

「な、なんだ貴様は!?」

「カオス・ブリゲートが『シーブ・イッサヒル・アメル』というギルガメッシュが発見したとされる伝説の植物の残骸を手に入れたというのは確かなようだ。渡せ」

「これは長年生きて力の大半を失った物を偶然見つけた物だ! これを持ち帰って研究すれば我等は不死の力を得ることができる! 何があっても貴様にだけは……!」

「このクソ■■■が!」

「ぐぎゃああぁぁぁぁぁ!」

 

 

 

世界はまた一人の少年に振り回される結果となった。

 

 

 

母の日も後、数時間で終わろうとしていた。

 

朝から出て行ったカリフ以外、皆は食事の準備をしていた。

 

「それじゃあプレゼントは……」

「折角だから食べる前に渡しましょう」

「「「はい」」」

 

お皿を出したりと手伝いの最中に彼女たちはそれぞれプレゼントの包みをスタンバイさせる。

 

そんな時、いつも以上にそわそわする鬼畜家の父親の姿がよく目立つ。

 

「あなた、どうかしました?」

「い、いや”!? な”、なんでも……」

「? そうですか?」

『『『おじさま/お義父さま……』』』

 

これでもかってくらいに自分から墓穴を掘る大黒柱に皆も苦笑してしまう。それに本気で気付かない母親もまた大物と言えばかなりの大物だと言える。

 

そんな分かりやす過ぎる愛情表現も呆れと同時に微笑ましくも羨ましくも想うのが女の子というものだ。

 

「そういえばカリフはどこに行ったのかしら? 朱乃ちゃん知らない?」

「え、えぇ……申し訳ございません……」

「そう……まぁ仕方ないわ。カリフにだって用があるかもしれないし……あの年の男の子は親とあまり居たがらないって言うし……」

 

朗らかにそうは言うものの、どこか寂しそうなのがよく分かる。少し動きがぎこちなくなったのもそれのせいなのだろうか……

 

どこかいたたまれない気持ちになりながらも全員は卓に着く。

 

「そ、その内帰ってきますよ。カリフのことだから多分、また山とかに行って時間を忘れてるだけかもしれませんよ?」

「ふふ……確かにあの子らしいわね」

 

何とかフォローして少し空気も軽くなった所で皆は安堵した。そんな時、父親が唐突に口を開いた。

 

「ちょ……ちょっと待って!」

「? あなた?」

「君に……わた……渡したい物があるんだけど……」

 

さっきからテンパって汗ばむ手をポケットに入れてまさぐり、何か小さな箱みたいな物を急いで取り出すと汗で滑らせて床に落とす。

 

「あ……!」

 

情けない姿を見せたことに恥ずかしく感じながらも小さな包みを取ろうとすると、それを代わりに小猫が拾って手渡してくれた。

 

「……どうぞ」

「あぁ、ありがとう」

「少し落ちついてからの方がいいと思います」

「……そうだね。ありがとう」

「頑張ってください」

 

小猫からのエールをもらった父親は深呼吸をし、母親に改まって向き直る。

 

「あ、えっと……これ……」

「これ……」

「今日は……母の日だから……」

「あ……」

 

小さなお洒落な箱を渡されながら今日がどういう日だったのかを思い出す。そんな母親が握る箱を父親が開けると、そこには指輪が入っていた。

 

「これ……」

「あの……君って派手な装飾は苦手だったから……」

 

口ではそう言うが、本当はそんなに高くて立派な物が買えなかったというのが本音だった。いくら豪邸に住もうが、カリフの父親は一介のサラリーマン……そんなに贅沢な物は買えないのが現実だ。

 

指輪も宝石などは付いていないスタンダードな指輪だった。

 

そんなプレゼントに母親はうっとりとした表情で夫に微笑む。

 

「ありがとう……嬉しい……」

「そ、そう? 本当はもっと立派な物買いたかった……あ」

 

またやってしまった……慌てて自分の口を塞ぐも、既に墓穴を掘ってしまった故にその行動も全く意味が無い。夫の本音に妻は気にすることなく夫の胸に飛び込む。

 

「え、ちょ……」

「ありがとう……あなたがくれる物ならなんでも私に似合うに決まってる……これ、好きよ」

「本当……?」

「ふふ……初めてプロポーズした時もこんな感じだったわね。あなた……あの時から変わってない……」

「仕方ないだろ……僕は君のこと………好き……だから……」

「そう……よかった……あなたで本当に……」

「それなら僕も……」

 

互いの腰に手を回して見つめ合う二人はうっとりとしながら互いを想い合う。

 

カリフの改築した豪邸の内装と相まって二人はロマンチックな雰囲気にも酔いしれる。

 

夫の顔が妻の顔に近付いて来る。二人の情熱は燃え上がり、鎮火することを知らない。

 

そしてそのまま互いの唇が触れ合う……まさにその時だった。

 

 

ガチャン!

 

「うわ!」

「「!!」」

 

突然、グラスが割れた音に二人が驚くとそこにはグラスを落として慌てるマナの姿があった。

 

何とも初々しく、ロマンンチックな二人に見惚れてグラスを落としたマナは慌てて処理するが既に後の祭りだ。

 

自分たちの姿を子供たちに見られた恥ずかしさから万年幸せ夫婦は恥ずかしくなって席に戻る。

 

「……マナ先輩」

「マナ……今のは駄目だろう」

「……ごめんなさい……」

 

マナを責める小猫とゼノヴィアだが、二人の顔も若干紅いのは気のせいじゃない。

 

少し微妙な空気になる前に朱乃が動いた。

 

「あの、ついでかもしれませんが……」

「あら、綺麗……」

 

朱乃に手渡された花束に母親は嬉しそうに受け取る。それに続いて小猫も同じく花を渡す。

 

「これ……どうぞ」

「これも綺麗……とてもいい花……」

「……ちょっと単純かもしれませんが」

「そんなことないわ。こんな綺麗な花を貰えて嬉しいわ。ありがとう二人とも」

 

そう言いながら朱乃と小猫を抱きよせて礼を言うと二人は嬉しそうに目を瞑って母の温もりを堪能する。

 

そこへゼノヴィアとマナも続く。

 

「あの、私はこういうのは初めてだからよく分からないけど……どうぞ」

「私も、ちょっと地味かもしれませんけど……」

 

ゼノヴィアは洋服、マナはスカーフを渡すと母親は小猫たちをゆっくりと離して二人の包装された服を受け取る。

 

「これ……あなたたちが?」

「えっと……学生なのでそんなに高価じゃないですけどよかったら……」

「ここに住まわせてるお礼もあるので……」

 

そう言う二人に微笑むと、今度は二人を抱き寄せる。

 

「「あ……」」

「ありがとう……なんだか娘が二人増えたみたいで嬉しいわ……」

「娘だなんてそんな……」

「そんなことないわ。もうあなたたちは家族なんだから偶にはこうして甘えてもいいのよ?」

 

幼少から両親がいないゼノヴィアとマナは少し戸惑いはしたが、それが心地よかった。

 

初めてか、それとも久々か……これまでに味わうことのなかった“母の匂い”というものが鼻腔を優しく撫でた。

 

(良い匂い……)

(何だか気持ちいい……聖母マリアに包まれたらこんな感じなのだろうか?)

 

ゼノヴィアはどこか見当は違う物の、なんだか安心した様子だった。

 

二人はあまりの気持ち良さにそのまま身体をしばらくの間預ける。

 

皆が微笑ましくそんな光景を見つめた後で二人は母から離れた。

 

「それじゃ、ご飯にしましょう」

「カリフくんは待たなくてもいいんですか?」

「でも、早く食べないとご飯冷めるから……」

「そうですか。じゃあ……」

 

皆が合掌して食卓に着いた。

 

 

 

まさにその時だった。

 

「どわ!」

 

突然、上のフロアを突き破って“何か”が食卓の近くに落ちてきた。とてつもない轟音に全員が驚く。

 

両親はそれに放心する中、朱乃たちは警戒して魔力を練っていると、何かが落ちてきた落下地点から人が立ち上がってきた。

 

「ま、間に合った……のか?」

「カリフくん!?」

 

頭を抑え、片手で何かを持っているカリフに全員の気が抜ける。そんなカリフにゼノヴィアが聞く。

 

「お前今までどこに……」

「どこって、今日は母の日なのだろう?」

「それはそうだけど……」

「だから集めてきた」

「え?」

 

そう言うとカリフは立ち上がって母の前に寄って手に持っていた物……三輪の花を渡す。

 

「これ……私に?」

「まぁ……今まで世話になったからこれくらいは……」

 

頭を掻きながら渡す……明らかに照れている様子の息子を愛おしく想いながら茎を包装した花を受け取る。

 

一つは葉は光り輝き、茎が金、鮮やかに少し光る桃色の花

 

二つ目は少し控えめながらも純真な白く光沢を発する花

 

三つ目は一見して普通の花のように見えるが、バラのように高貴で見事な花弁、鮮やかな紫の花

 

 

三つともそれぞれ魅力を備えた花……見ているだけで命の輝きを感じさせるくらいに美しい花だった。

 

「綺麗……こんなに綺麗な花見たことない……」

「当然だ。そんじょそこらのとは訳が違う外国の花だ」

「じゃあ……今日はずっとこれを……」

「仕方ねえだろ……それ、意外と手間がかかる物だったからよぉ……」

 

顔を背けてぶっきらぼうに返すカリフの身体は汚れていた。口ではどうということは無かったように話すけど実際は違うのだろう。

 

今日という日のために一日を費やしたのだから本当に苦労したのかもしれない。

 

 

他の子供とは違うと周りから言われ続けてきたこともあった。そんな息子に不安を覚えなかったといえば嘘である。

 

突然、この家を飛び出して生きているか死んだのかも分からずに不安にもなった。

 

ただ、健康で元気な子供であればいいと思った時もあった。

 

 

こうして帰ってきた息子のこともまだ分からない所もある。

 

 

 

だけど……

 

「お腹すいたでしょ? 先にご飯食べようか? その後、お風呂にしよう?」

「そうだな……もう腹減って死にそうだ」

 

ちょっと怒りっぽくて友達を作るのが下手で親を心配させるどうしようもない息子だけど……

 

「カリフ……」

「?」

「おかえり」

 

 

今ならはっきりと言えることがあります。

 

 

「ただいま」

 

 

この子が生まれてきて……私たちの息子になってくれてありがとう……

 

「じゃあ皆も一緒に……」

『『『いただきます/アーメン』』』

 

この日のことを忘れない……そう言うかのように翌日、花壇にはそれは美しい三輪の花と母の日に貰った花が花壇をより一層輝かせた。

 

 

 

「そういえばあの花は? 朱乃たちの花とは違うような……」

「あれ? あれは何だか懸賞と一緒に母の日キャンペーンとして付いてきた物なんだけど……懸賞に応募した覚えがなくて……でも綺麗だから飾っちゃった」

「宛先は?」

「名前とかは言ってなかったの……それになんだか配達の人も“歌う黒猫”って言ってたような……

「……なんだそれ?」」

 

 

 

 

「くしゅん!」

「どうしたい? 黒歌」

「いや、誰かが私の美貌を羨んでるのかもしれないにゃ♪」

「いや~……それは……」

 

世界のどこかで恋する黒猫が何かを感じ取ったとかいないとか……それはまた別の話



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戒め

すいません、どうやら今回は相当に疲れているみたいです……

なお、先程も言いましたがあと数話くらいでドラゴンボールキャラのフラグを立たせます。

色々と忙しいので感想の返しも滞るかもしれませんが、要望、意見、誤字指摘はチェックするのでお願いします。それと、誤字があればどの話かを教えてください。


小猫が過労で倒れてから一晩があっという間に過ぎた。

 

そんな大事件が起こった朝でもカリフは普通にグレイフィアたちとレッスンに勤しんでいた。

 

「……」

 

はずだったが、カリフは一言もしゃべらずに黙々と食器を掴んではへし折り、再び新たな食器をへし折る行為を繰り返していた。

 

グレイフィアもヴェネラナもあまりの酷さに止めさせようと思い、止める。

 

「はい、手を止めてください」

「あー聞いてる聞いてるー」

「どうやら完全に上の空の様子ですね」

 

カリフはよく口にする『あー聞いてる聞いてる』は完全に意識がここにあらずという証だということは既に皆の常識となりつつある。

 

いつものように集中しすぎて逆に声をかけづらくなってしまうカリフの影はどこにも無く、明らかに気が抜けているどころかなんだかやる気さえもが消えて行っている印象さえ感じる。そこでヴェネラナが気になっていることを聞いてみた。

 

「やっぱり彼女が心配?」

 

その言葉に上の空だったカリフも反応し、普通に会話を交わす。

 

「……容体は?」

「大分回復して今はぐっすり眠ってます。“どこかの誰かさん”が夜通しで気を分けてくれたので体力的には完治、いや、もしくは以前よりも体力面は向上されたくらいです」

「なんのことかな?」

 

その惚け方からして自白しているようなものだ、と苦笑しながらも「はいはい。不思議ですね」と顔を立ててやる。

 

だが、それでもカリフの表情は晴れなかった。

 

「あいつは若いから身体の面では全く問題は無い……問題は……」

「精神……ですか」

 

グレイフィアの言葉に頷き、カリフは自嘲する。

 

「本来なら心身ともに健全な状態になるようサポートするのがオレの役目だった……なのにオレはあいつには向いていない指導方針を押し付けて放置した挙句に暴走させて……」

「優れた選手を作ろうと無理難題を押し付けるという指導者はよくいます。今回のあなたのように」

「返す言葉も無い。そんな正直な所結構好きだよオレぁ」

 

あまりに耳の痛い言葉だが、カリフはそれをすんなり受け入れる。普段の彼なら皮肉をさらに返すと言うのに今回は相当に堪えている様子だった。

 

「今回の合宿で分かったことがたくさんあったさ。いかに自分が矮小でちっぽけで愚かなガキだったってな……あいつ等よりもオレの方が実力的に高次元にいるということは今でも変わらない。だけど、それが“強さ”かと言われればまた別の話だ」

 

二人は黙って話に耳を傾けてやる。

 

「イッセーに負けた時からずっと思っていた……一人一人、生きとし生けるものがそれぞれ無限の可能性を持っている。奴らやシトリーの匙、それに他の奴らでも本気を出せばオレを倒す策など幾らでもある……オレだけが特別じゃない」

「……」

「それにオレはあいつの“力に負けた”んじゃない。ただ、“心がオレに勝った”んだ。だから奴は肉を切らせ、オレの骨を絶ってきた」

「ご自分の心が弱かった……それが敗因だと?」

「周りから最強だなんだとさんざん謳われてきたんだ。知らずに感化されていたんだ……!」

 

再び怒りの表情を浮かべるが、今回のことは事情が事情なだけに“ここでは”なんとか理性を保つ。

 

「イッセーとの戦いで分かった。あいつ等は少しずつだけど、オレの知らない所で成長してオレに近付いている! それにオレは気付かなかったが故の過失……! あいつ等の本質を見抜けなかった弱さなのだ!」

「それがあなたの答え……なのですね?」

 

ヴェネラナに向き合うカリフは堂々としていた。仕事で重大なミスをした社員のように過ぎたことを悔いて引きずっているような悲壮感などない。むしろ、這い上がろうと覚悟を決めた物の目そのものだった。

 

(この歳でそこまで自分を客観的に見れるとは……大した子です)

 

ヴェネラナは顔には出さないが、この目の前の少年の決心、そして“強さ”と責任感には感服させられていた。だが、同時にある不安も大きかった。

 

「オレはもう逃げねえさ。こうなったら進むしかない」

「それでは……行くのですね?」

「生憎、“待つ”なんてまどろっこしいことは嫌いなんでね」

 

そう言いながらレッスン道具の食器を片づけ、テーブルから降りてゲストルームの出口へまっすぐと向かう。

 

普段ならなんとも逞しいはずなのに、逆にヴェネラナはその姿に不安を覚える。

 

(心身ともにここまで充実しているわね……だけど、あまりに心が強すぎる……)

 

子供ならば怖いことだって多いはず。だが、この少年からはそんな恐怖など欠片も感じない。むしろ自信と覚悟を感じさせるほどに……

 

(その一度決めたら最後まで貫き通す心が……悪い方向へ向かなければいいのだけれど……)

 

いつだって強すぎる力は妬まれ、蔑まされてきた。過去に起こった魔女裁判がまさにそれの典型的な例だと言ってもいい。生きている物は自分よりも優れている者を恐れるからこそ攻撃する。それは悪魔でも堕天使でも同じこと。

 

そしてその謂れのない悪意が戦いを生みだしていく……彼がその争いの引き金となる可能性は充分過ぎるほどにある。

 

彼の噂には多少の尾ヒレも付いて畏怖されており、同時に上級悪魔にとっては面白くないことであろう。いずれは命を狙われるかもしれない。

 

彼は既にそんな過酷な運命を背負っている。そして、それを受け入れて戦うだろう。

 

どんなに過酷な戦いだろうと迷うことなくその渦中に飛び込んでいくのだろう……そうとしか考えられない。

 

(あまり、無茶をしなければいいのだけれど……)

 

種族は違えども、子供を心配せずにはいられなかった。

 

そして、ヴェネラナの不安は間も無く的中することとなるとは思ってもみてなかった。

 

 

 

医務室の前、カリフは小猫の気を辿ってここまで来た。

 

気で少し中の様子を探り、小猫だけとなっているこの状況だけを見計らってきたのだ。

 

これから自分がやろうとしていることを誰かに知られればたちまち大騒ぎとなるのだろう。だから医者たちも休憩に入るこの時を見計らってきた。

 

(これからオレは自分でも卑怯だと思っていることを“あえて”やろうとしている……こんなことすれば幾らあいつ等でもオレをまともに見ることなどないことと知って……)

 

密かに覚悟を決めるカリフだが、その歩みを止めることなど彼の中では有り得なかった。

 

(だが、自分の体面を気にして……約束を違えちまったら恰好悪いだろうが! 両親と……あいつ等と誓ったことだけは果たしてやる! 必ずだ!)

 

自分に喝を入れながらドアノブを掴み、扉を開ける。

 

(オレはもうあいつ等から逃げるわけにはいかない! どんな手を使ってでもここで決着を付ける理由がある!)

 

部屋に入ると、大きなベッドに横たわる小猫の姿を捉えた。

 

部屋の装飾には目もくれず、来賓客用の椅子とテーブルを一つずつ持ち出してベッドの横に据え付ける。このタイミングでゆっくりと閉じていたドアが大きな音を立てて閉じた。

 

「……ん…」

 

その音にやっと小猫が目を覚ました。

 

小さく、可憐な声と共にゆっくりと目を覚まして起き上がる小猫にカリフは内心でガッツポーズを取る。

 

(顔色は良好、起き上がりも悪くは無い……気の譲渡と悪魔の医療のおかげで全快に近い状態にまでコンディションはクリアだな)

 

その方が何かと都合がいい。そう思っていると小猫が部屋を見渡していた時にカリフの姿を捉えた。

 

「あ……」

「よう、大分お疲れだったようだな」

「え?……え?」

 

イスに座るカリフの姿を捉えた小猫に手を上げて会釈するカリフだが、当の小猫には状況が分かっていないのかキョロキョロと部屋の様子とカリフの顔を交互に見合わせていた。

 

(ここは部屋じゃない……それに何でカリフくんが……いや、そもそも昨日は何を……)

 

この様子からして自分に何が起こったのだろうとも覚えていないだろう。混乱している様子の小猫に腕を組んでその旨を伝える。

 

「その様子だと覚えていないようだな。お前、昨日の夜遅くに過労でぶっ倒れたんだが?」

「過労……あ……」

 

ここで初めて小猫は全てを思い出した様子を表し、同時に小猫は委縮してしまう。

 

今回のことはメニューを過剰に取り組んだことが原因で起こった不祥事。カリフからの言いつけを破っただけでなく色んな人に迷惑をかけてしまった。

 

「あ……の……これ……」

 

ずっと自分を見つめてくるカリフが恐ろしかった。怒られること、呆れられること、そして失望させられることを小猫は恐れ、身体を震わせた。

 

今までカリフと過ごしてきた小猫はある程度の行動が読めていた。

 

こんな時、カリフは自分に深い失望を覚えて見捨てるのだろうと……

 

「……っ!」

 

小猫は一気に溢れ出る涙をベッドの毛布に顔をうずめて必死に隠す。

 

(絶対怒ってる! もう私のことなんてどうでもよく思ってる! 私が無茶やって何もかもをぶち壊しにして……!)

 

きっとこれから口汚く罵られて見捨てられて捨てられる……不意に昔のことを思い出してしまう。

 

―――この猫又は早急に処分すべきだ!

―――汚れた血め! 貴様の姉は主に対しての恩義を無視したのだ!

―――貴様もあの女の血縁者だ! ここで殺してやる!

 

「! いやぁっ!」

 

当時のことを思い出し、光景が鮮明に蘇ってしまった小猫は悲鳴を上げてベッドの隅に逃げるように離れてしまった。

 

この行動は流石のカリフでも予想外の出来事だった。

 

「お、おい……」

「違う……違う……私はそんなことしない……あんな力だって使わないから……許して……ください……姉さまはただ……力に飲みこまれただけで……」

 

明らかに自分と会話をしているとは思えない。

 

なら一体誰と?

 

それを考えている内にカリフは思い当たる節に辿りついた。

 

小猫が最も辛かった時期……黒歌が主を殺して“はぐれ”となった日のこと。

 

ヴェネラナからは少ししか聞かされてはいないのだが、当時のまだまだ小さい小猫は黒歌の件で相当に責められた。

 

責めに責められて小猫の心は一度は廃人直前にまで追い詰められたとか……

 

そして、小猫自身も真剣に考えていたのだろう。昔と今がごちゃ混ぜになっている。

 

(くそ……これは厄介すぎんだろうが!)

 

内心で事の重大さに舌打ちをしながら小猫を必死に抑えようとする。

 

「おい! しっかりしろ!」―――殺せ!―――

「やだ……やだ……」

 

自分に駆け寄ってくる幼馴染でさえも当時の恐怖の対象にしか見えていない。

 

意識のタイムスリップに合わせて姿形さえもが当時の猫又の姿に戻るほどに事態は悪化していた。もうカリフの言葉さえも届かない。

 

(仕方ねぇ……)

 

カリフは覚悟を決めた。

 

その瞬間のカリフの行動は落ちついており、素早いものだった。まるでその行動が必然であったかのように自然に行われる。

 

「ひっ!」

 

その前にカリフは暴れる小猫の顔を自分に向けさせて一言だけ言った。

 

「これから多少卑怯なことするから先に言っておく……悪い。そして気にするな」

 

真意の分かりかねる言葉に暴れていた小猫も動きを止めてカリフを見る。一番有り得ない言葉。謝罪の言葉に固まる小猫が少し静かになるや否やカリフは自分で置いた丸テーブルの元へ戻っていく。

 

だが、そこからの行動に違和感を覚える。その違和感の原因は……ポケットから出したペンの束

 

目の前には病人、だが、ペンを使う必要が無い。小猫はちゃんと喋れるし筆談の必要が無い。あまりに場違いな道具に誰もがこの後の行動を予想できるはずも無かった。

 

「どうしたの小猫!?」

「小猫ちゃん!」

 

小猫の悲鳴にリアスや木場、朱乃といったイッセーを除くオカ研メンバーが部屋になだれ込んだその瞬間だった。

 

誰にもその光景を推測さえする時間も与えることなく

 

 

 

カリフは自分の左手を……目一杯にテーブルに置いて

 

 

ペンの束で自分の手を貫いた。

 

それはそれは赤い血しぶきを巻き上げて……

 

 

 

何が起こったのか分からなかった。

 

僕の横にいる部長でさえもが言葉を失って身を固めてしまった。

 

当然だ。だって部屋の中でカリフくんが……自分の手をペンの束で刺し貫いていたのだから……

 

「か……く……っ」

「……え?……え?」

 

カリフくんは血が溢れてくる手をまるで小猫ちゃんに示すかのようにペンを引き抜こうともせず、力強く激痛を我慢している。だが、小猫ちゃん自身がカリフくんの奇行を理解できていない。

 

当然だ。今までの彼から考えて絶対にあり得ない自傷行為だ。見ていてとても痛々しい。

 

「何してるのあなたは!!」

「アーシア! 治療を!」

「はい!」

 

部長、ゼノヴィア、アーシアさんが気を取り戻し、行動しようとするが、それはカリフくんが怒号を轟かせた。

 

「誰も近寄るんじゃねえぇぇぇ! 邪魔したら頭吹っ飛ばすぞオラァ!」

『『『!?』』』

 

皆が鬼気迫るカリフくんの怒号で動きが止まった。

 

離れていても彼の気迫が届いて来るのだ。僕たちはその場から全く動けなくなってしまった。

 

そして、彼は溢れる血を気にも止めずに小猫ちゃんへと向き直る。

 

「な……にを……」

「オレが勝手にこうしただけだ……お前は何一つ気にすることは無い……何も無いんだ……」

 

小猫ちゃんが首を振って同様する中、カリフくんは汗をかきながらも小猫ちゃんに優しく言い聞かせる。けれど、心優しい小猫ちゃんがこんな状況で黙っていられることなんてできなかった。

 

「治療……治して……血がたくさん……」

「だからいいって言ってんだ! オレは……相当に頭にキてんだ……お前にじゃない……思慮が浅はかで短絡的だったこのオレが腹立たしくて仕方が無い……」

 

彼の口から出た言葉は今までから考えられなかった自虐と悔しさを帯びた感情だった。僕も未だに彼が何を言いたいのかが分からない。

 

小猫ちゃんが身を乗り出そうとしてカリフくんに手を伸ばす。

 

「意味が分からないよ! こんな馬鹿なことするなんて……おかしいよ!」

「確かに……可笑しいを通り越して滑稽かもな。だからこれは馬鹿な自分への“罰”であり、お前に見せてやれるオレの精一杯の“反省”だ……」

「反省……何を?」

 

すると、カリフくんが唐突に……頭を下げた。

 

「お前をここまで追い詰めたのはこのオレだ……オレの自論をお前に押し付けてお前に無理を押し付けたオレの責だ……だからこの怪我は“戒め”でもあるんだ……」

「え……そんな……こと……」

 

目の前の謝罪しているカリフくんに驚きながらも小猫ちゃんは言葉を失っていた。無理も無い……僕らだってこんなカリフくんは初めてだから……

 

「お前はお前だった……人はそれぞれが違う……それぞれに考えがあり、それぞれに個性があるのと同じようにお前にはお前の道がある……気持ちの整理もさせないままにお前に難題ふっかけて……なんでそんなことに気付いてやれなかったのか……間抜けな話だぜ……」

 

この数日の内に何があったのか分からない……だけど彼は本気で自分の行いを後悔している。ただそれだけは皆にも伝わっている。

 

血が失われ、顔色が悪くなっていくのにも構わずに彼は続ける。

 

「オレはよぉ……この前にイッセーと戦って……負けちまったんだ……」

『『『!?』』』

 

この言葉には皆が驚かされた。あのカリフくんが負けた……? しかも相手はイッセーくんと確かに言った……一体何が起こったんだ……

 

「オレは自分でも気付かずに有頂天になってお前らを軽く見ていた……実力ではお前らよりは強いのだと……だけどオレは……負けちまったよ……」

 

自分の負けを連呼しているにしては表情がどこか穏やかだ……君は何を思っているんだ……

 

「それで……どうなったの?」

「負けた時はそりゃムカついたぜ……怒って山ごとイッセーを本気で殺そうとしてた……」

「……」

「だけど……途中で思ったんだ。『それじゃあ何も変わらない……あいつを殺しちまったら決着を付けることもできなくなる』ってな……その時だ。昔のこと思い出してよぉ……お前らみたいな時期があったってことを思い出した」

 

……彼も僕たちのように強さのことで悩み、苦しんだ時期があったんだね……もちろんそれが当然だ。彼は人間でありながら僕たちや上級悪魔、もしかしたら魔王さまや神さえも越えるほどの実力者だ。

 

だが、生まれたころは僕らと変わらないこの上なく弱い存在だったはず……そんな彼が得た力は天の恩恵では済ませられない。その領域に至るまでに彼は多分、僕らが考えもできないほどの苦しみを背負い、耐え、そして勝ち取った。

 

そして、彼は『知らずにそのことを忘れていた』と言っているのだと僕は思う。

 

「そしてオレはお前らのことを理解しようともしなかった……この国に帰ってきてから話すくらいの時間など幾らでもあったはずなのに……」

「……」

「くそ……これじゃあ下級悪魔だとか見下しているジジイ共と変わらねえじゃねえか……お前を……他の奴らのことも理解せずに自分の常識だけで考えてよぉ……」

 

声が段々と弱ってきている……本当は止めるべきなのに、僕はこの場を見守ろうと静観している。

 

 

止められるわけがない! 僕たちが知らない所で……あのカリフくんが変わろうとしているんだ! 今だって想像を絶する痛みと出血で疲労がピークのはずなのに……彼は初めて僕たちと向き合おうとしている……敬意を示してくれているんだ! これを止める訳にはいかない!

 

「今までお前らから逃げてきたオレだから信用できるとは思わないし、しなくてもいい……」

「……」

「だけど、もうお前からは逃げない。もうお前らを格下だとは思わない。お前等はオレと同じように生きる者だ……苦しみに耐え、無限の可能性を抱く生物としてお前たちを見下すことはもうしない……同じ立場でお前たちと向き合っていこうと思う」

「あ……」

 

優しく、まるで愛でるように彼は小猫ちゃんの頬を撫でる。小猫ちゃんは驚きはしたけど払いのけることはせず、むしろ涙を流しながらそれを快く受け入れたかのように見えた。

 

「手……冷たいよ……」

「こうでもしねえと……お前と同じ土俵には上がれねえだろうが……お前からしたらオレのこと……イカレてるって思ってるだろうがな……」

「……本当だよ……こんなに大けがして……でも、それは私も同じ……君は私を鍛えてくれるって言ったのに……二人して倒れて……」

「……かもな……まだまだ……オレも……しゅぎょ……」

「カリフ!?」

 

テーブルから転げ落ちた。どうやらもう限界が来たらしい! テーブル一面に広がった血の海を見てよくもここまでの出血で耐えてこれたのかと息を飲んでしまった。量からしても出血多量だ。彼の顔色も青い。

 

「カリフくん!」

「アーシア! 治療を!」

「はい!」

 

僕たちはカリフくんの元へ駆け寄り、介抱しようとした。

 

だが、彼は僕たちを手で制して壁にもたれながら立ち上がった。

 

「こんなもん……食えば治る」

「そんな訳ないでしょう! 馬鹿なこと言ってないで治療受けなさい!」

「そんなに喚くな……頭に響くから……」

「それ見たことか!」

 

さすがに部長のお咎めに言い返す気力が無いのか、はたまた本人も悪いと思っているのか知らないがいつものように突っぱねるようなことはしない。

 

まだこれだけ見ると彼も案外余裕なんじゃないか……とも思ってしまう。

 

「ほら、早く来なさい!」

「いやだ……今日の昼はステーキ……ミノタウロスの豪華なお肉……」

「なに自分の命とお昼を天秤にかけてるのよ!」

「後生だ……昨日からあまり食ってねえんだよぉ……頭でもなんでも下げるからよぉ……」

「下がってるのはあなたの血圧ー! 普段から碌に下げない頭をこんな時だけ下げるのね!?」

 

部長が頑なに彼の手を引っ張っても彼は地面に這いつくばって動こうとはしない……なんだか駄々をこねる子供を無理矢理立たせるお母さんのような構図だ……

 

彼、変な所で意固地になるからなぁ……

 

しばらくそんなやり取りが続いたころ、遂にカリフくんが倒れた。

 

「……(カク)」

「ちょっ! カリフ! カムバーック!」

「あぁ! すぐにベッドに行くわよリアス!」

「……(パクパク)」

「アーシア! 放心しないでくれ!」

「はっ!? ゼノヴィアさん……私は一体……」

 

血をダラダラと流して痙攣まで起こし始めたカリフくんに皆はてんやわんやな状態だった。

 

「はぁ……」

 

こんな状況に病人の小猫ちゃんが溜息を洩らす。気持ちは分かるよ!

 

「小猫ちゃん! だいじょう……ってなんだこれ!?」

「うお! カリフ今度は何やったんだ!?」

 

遅れてイッセーくんと先生もやって来た。戦力は増強された! 何日かぶりにグレモリー眷属が団結している!

 

 

悪い意味で

 

「「……」」

 

マナさんとギャスパーくんはさっきから何も言わないと思っていたら二人して顔を青ざめてフラフラしていた。今にも倒れそう!?

 

「二人共、今まで耐えたんだからもう少し耐えて! ここで君たちも倒れたら収拾がつかなくなる!」

「いや、だから何があったんだよー!」

 

結局、僕たちは久々に集まってはカリフくんに振り回されていた。



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白猫の悩み

そろそろと思って新たなオリ展開のフラグも何気に立ててみました。

そろそろ作者自体が混乱している様子になっていますが、それでも見てくれたら嬉しいです!

そして感想返さなくてすみません! この前の誤投稿で皆さんからの数多くの報告に恥ずかしくも嬉しくなってしまいました! 皆さんからの声でモチベが上がった所でまたリアルに戻ります! 亀更新ですがこれからもこの作品をよろしくお願いします!

カリフのスタイル=グロ→デレ→大暴れ→デレのように、目標はベジータ系男子に育てることです!


「全く、貴方ときたら……」

「いやー反省反省(棒)」

 

グレモリーの誇る最高の技術と最高の設備が揃った医務室の中で目が覚めたカリフはヴェネラナのお叱りを受けていた。

 

だが、カリフは反省することもせずに棒読みで耳をほじりながら聞き流す。あからさまな態度にヴェネラナも溜息を吐く。

 

「お見舞いに行ってなんで怪我人になるのですか……リアスからは相当な問題児だって聞いてたけど予想以上でしたよ……」

「オレを常識で測ろうとするからこうなる」

「何で嬉しそうなんですか? 褒めてませんよ」

 

口調が少し怪しくなってきた辺りでカリフは冗談を止める。

 

「奴らは?」

「居間で修業の成果の発表の後にそれぞれのお部屋に……」

「そうか。暇だから……散歩するか」

「瀕死の状態でお昼を食べただけで回復する人は初めてですよ……しかも数時間で意識を取り戻すくらいの回復なんてのもおかしい“はず”ですが……」

「何を言う。寝すぎたくらいだ」

「その回復速度で言いますか? ポテンシャルは人間のそれを大きく超えていますよ……」

 

ヴェネラナはカリフのことをある程度理解し始めていた。簡単に言えば“お前本当に人間?”としか思えない。

 

目の前のデタラメな存在に苦笑を浮かべる中、本人は平常運転でマイペースだった。

 

「流石は悪魔の技術、手の孔も塞がってやがる」

「一応はレーティングゲームのこともあるので医療技術は元・人間でも妖怪でも治療可能です」

「じゃあ行っても問題は無かろう?」

 

口で要求しながらも身体は既にベッドから降りる。脳と身体がそれぞれ別の生き物のように同一したいないカリフの行動に今日で何度目かも分からない溜息を吐くしかない。

 

「少しなら構いませんが、あなたも小猫さんも一応は患者なんですよ? “一応”は」

「分かったよ全く、五月蠅いな……」

 

ヴェネラナはとりあえずは少しの外出を許可する。カリフも手を上げて応えながら部屋を出る。

 

 

 

 

夜の屋敷を歩いてみてもさっきから誰とも合わない。

 

さっきまで寝ていたせいで時間間隔も曖昧になっている。本当はもう皆寝てる時間かもしれないのに……

 

後が五月蠅くなるかもしれないが、少し修業して疲れてから寝ようと屋敷の外へ出ようとしたときだった。

 

「カリフくん?」

「? あ」

 

振り向いてみるとそこには小猫が立っていた。流石のカリフも寝起きとかで気を張っていなかったために気付かなかった。

 

今の小猫は普段の制服姿ではなくて猫耳フードの付いた可愛らしいパジャマ、普通の人からしたらとても愛くるしい姿なのは間違いない。

 

だが、カリフは特別な劣情さえも抱くこと無く軽く手を上げる。

 

「よぉ、お前寝ねえの?」

「……私もちょっと眠れなくて歩いてたらカリフくん見かけて……ダメ?」

 

上目遣いで見上げてくる可愛らしい小猫にカリフは少し考えて再び向き合う。

 

「丁度いい。少し話そうぜ」

「え?」

「言ったろ? オレはもうお前……いや、お前らからは逃げないってな……」

 

少しバツが悪そうに話してくるカリフに少し胸が締め付けられるような感覚を覚えながらも、小猫は嬉しく思った。

 

「うん……私も話したかったから……」

「よし、じゃあ外に行くぞ。風に当たりたい気分だ」

 

その提案に頷き、カリフの後を追ってミリキャスと一緒に勉強していた庭のオープンテラスに二人は座る。

 

この時、二人のテーブルだけが月光に照らされてロマンチックな雰囲気ができ上がる。デートなら満点のシチュだが、今の二人にはそんなことは考えていない。

 

「……」

 

カリフは夜風に当たってのんびりとしているが、小猫はいつもと違ってモジモジしていた。

 

「あの……私……」

「……」

「この合宿中はどうかしてた……カリフくんのメジューを無視して……勝手に倒れて……」

「全くだ。お前も何も感じなかった訳じゃあるまい? 倒れるまでやるなど普通はしない」

「……」

 

返す言葉もなかったのか小猫は黙るも、対するカリフが口を開く。

 

「だけど……まぁ……なんだ……」

「?」

「オレのやり方を一方的に押し付けすぎた自覚はある……今回はバカ二人が勝手にバカやって起こった……要は運が無かったというか……」

「……」

「だから互いに今回は反省するってことで終わらそう。それが一番だ」

「うん……」

 

二人は見つめ合いながら今回のことを胸に刻み込む。二度と同じ過ちを起こさないように……

 

そして、反省の次にすることくらいは分かっていた。

 

「そう言えばお前、仙術……猫又になりたくない理由だが……なんでだ?」

「……」

「多分だけど、仙術は普通の気の他にもこの世の悪意も吸ってしまう……こんなとこだろ?」

「うん……」

「やっぱり……」

 

シュンとして肯定する小猫に少し考え、口を開く。

 

「とは言っても紛れも無く猫又の血はお前の中に宿っている。仙術もお前の個性だと思うんだが」

「でも……お姉さまはそのせいでおかしくなって……それが怖いの……」

 

小猫の目から涙が流れる。

 

「本当は私も分かってるよ……このままじゃあ足手纏いだって……変わらなきゃいけないって……」

「……そこは気の持ちようとしか言えねぇな」

「でも……でもだよ? 私が力に溺れて……部長や仲間を……壊したらって……そう思ったら怖くて……恐ろしくて……」

 

ポタポタと涙を零しながら独白していく小猫

 

昔のトラウマ……小猫は自分が変わってしまうことを恐れて仙術を使うことを恐れた。

 

「昔は黒歌姉さまも優しくて……皆が何の不安も無かったのに……仙術が全てを狂わせた……」

「そうか……」

「あの時は本当に怖かった……皆が私に『死ね』だとか言って……殺されるかと思って……」

「そうか……」

「ヒク……もし、私が暴走したら……グス……皆が私を……きっと嫌いになる……そう思うと身体が震えて……何もできなくなって……」

 

そして自分で“今”を壊してしまうことを一番恐れた。

 

予想以上に小猫の闇は大きく、強引な精神論は無理だとカリフはここで思い知った。

 

嗚咽を漏らす小猫にカリフは考えていた。

 

(こう言う時……どうすんだっけ?)

 

カリフは誰かに泣かれるのが一番苦手だった。故に今は小猫を泣き止ますことを必死に考えていた。

 

(ブルマが昔やったやり方……効くか?)

 

微かに覚えている知識を引っ張り出し、不安に思いながらもカリフは状況打破のために小猫に近付き、抱きしめてやる。

 

「……え?」

 

予想外な行動に小猫は涙を止める。

 

そして、滅多に口にしないような優しい口調で語りかける。

 

「怖いことは誰にでもある……お前のこれからの長い人生、こんなことの繰り返しかもしれない。オレは人生そのものを『試練』の繰り返しだと思っている」

「試練……」

「そうだ。そして時にはリアスたちに助けてもらうこともあれば自分で解決しなきゃならないこともある……そんな時、頼れるのは自分だけだ」

「……」

「こんなことを招いたオレを信じなくてもいい。だけど自分だけは信じてやれ」

 

彼の言いたいことを受け止めながら小猫はカリフの無骨な腕に手を添える。

 

「これは朱乃にも言おうと思ってるけどよ……自分を信じられなければ後が辛いだけだ……それだけは覚えて欲しい」

 

これは彼だからこそ分かること。彼の魂は半分、ブロリーの魂が定着している。そのため、時折記憶が飛んだり意図しない破壊衝動までもが発作的に襲いかかってくることもあった。今は昔ほど頻度は低くなり、理性で抑えることができたが時々夢にまで出てくる時もある。

 

まさに地獄としか言えない。何せ、今まで誰よりも多く敵を作るような壮絶な人生を送って来た彼はよく襲われることもある。

 

前世でもサイヤ人に蹂躙された種族からも怨恨をぶつけられたこともあった。

 

敵しかいない世界の中で、さらには『自分自身』までもが牙を向いて来る。

 

朝起きたら自分ではなくなっているかもしれない……それどころか次の日の朝日を拝めるかどうかも怪しい……そんな不安との戦いでもあった。

 

だからこそ、カリフはたとえ他人でもそんな人生を目の当たりにすることが我慢ならなかった。感受性の高い彼だからこそ“苦しみ”まで共感してしまうのだから。

 

「……きっと私が暴走したらきっと化物になって君まで……」

「バケモノぉ? お前が? お前はただ、今の日常を愛し、主人に尽くす飼い猫だ。飼い猫なら暴れるくらい当然だろ。お前じゃあ本物の化物には一生なれねえよ」

「だけど……!」

「もし暴走でもしたらオレが叩きのめして目ぇ覚まさせてやる」

「!?」

 

なんでもない。小猫の抱える闇をカリフは何でも無いかのように返す。

 

予想もしていない返しに小猫は目を見開いた。

 

「お前が暗黒面に落ちようもんならオレだけじゃなくてあいつらとて黙ってねえだろうがな。なーんも心配することなんてねえな」

「……」

「ま、お前のトラウマの元はカス共から脅されたことにあるんだな……まあ、これ以上は起きねえから気にすんな」

「どういうこと?」

「どう、って……決まってんだろ?」

 

カリフはそのまま、何も考えず、“当然のように”言い放った。

 

「次にお前を謂われの無いことで責めてくるような奴がいたらオレがブッ倒す……そういうことだ」

「……え?」

 

その瞬間、小猫は何を言われたのか分からなかった。と言うより予想より斜め上の回答にその情報を処理することができなかった……普通に聞き違いだとは思った。

 

だって、急に、唐突に口説かれるとは夢にも思っていなかったから防御もクソもない。完全に不意打ちで口説かれてしまった。

 

「……あ、ちょっと待て。やっぱ正確に言い直すとだな……」

 

カリフも自分で言ったことを理解したのか、今更になって恥ずかしくなって顔を紅くさせて弁明を測る。

 

しかし、時間が過ぎていくことによってその言葉が現実のものと認識できた小猫の頭の中は一気にオーバーヒートを迎えた。

 

「にゃ……にゃ……にゃあムグ!」

「お前……! こんな時に大声出すんじゃねえぞ!? 分かったか?」

「……(コクコク)」

「……よし……」

 

慌てて胸に顔を押し当てることで塞いでいた小猫の口を解放させるも、何とも微妙な空気が流れる。こんな所をアザゼルにでも見られようものならまくし立てられることは必須……殴って記憶喪失にでもしようかと思うも、小猫の恥ずかしさと気分の昂りが原因で現した猫又の姿を捉えて落ちつこうと咳払いする。

 

「オホン!……オ、オレが言いたいのはだな……何の根拠も無く因縁付けてくるような奴は個人的に腹立つからブチ殺したい、決してお前への礼だとか母親がお前たちを守ってやれと言われたとかそんな浮ついたからではない!」

「え、えっと……」

「分かったか!?」

「う、うん!」

「よーし、じゃあ次の話だ! オレばっか喋るのも何かアレだから次はお前からな!」

 

無理矢理この手の話題を終わらせたカリフに少し戸惑いながらも小猫はさっき、ふと思ったことを聞いてみる。

 

「……じゃあ一つ」

「なんだ?」

「……カリフくんにも怖いものって……ある?」

 

単純でありながら最大の疑問を遂に小猫が聞いた。カリフの性格からして聞いて欲しくないのだと思って誰も触れなかった、と言うよりも誰も思わなかった疑問を小猫は聞いた。

 

普段の彼なら嫌な顔をするだろうとは予想していたのだが、彼は意外にもあっさりと答えた。

 

「ある……それはもう色々とな……」

「……聞いてもいい?」

「……」

 

プライドの高いカリフは少し口を閉ざすが、言った手前、もう道は一つだけだった。

 

「……」

「言いたくないなら……」

「怖いってより……不安なことがある……お前らのことだ」

 

やっと話してくれた内容は小猫には分かりかねた。そこでカリフは続けて話していく。

 

「最近じゃあ忘れがちかもしれねえけどオレは人間でお前らは悪魔だ。当然、オレの方がお前らよりもずっと早く死ぬ」

「そんな……!!」

 

この瞬間、小猫はカリフの腕を強く握り、半ば抱きしめる。

 

確かに失念だったかもしれない。カリフは自分たちが束になっても到底敵わない、それどころか神と魔王を相手取っても圧倒的だと言えるらしい、だからこそ忘れていた。

 

だが、そんな彼も所詮は“人間”なのだ。数百も数千年でも生きる悪魔に対し、彼の寿命は最大でもたったの百くらいしかない。

 

つまり、彼はどう足掻いても自分たちとは一緒にいられない……別れの時間などすぐにやって来るのだ。

 

「オレは……確かに約束した。お前らや……あの家に住む奴らを“家主”として守る約束が……そんなお前らを残して逝くことが怖い。今のお前らはまだまだ未熟な所があるから尚更だ」

 

彼は悲観した様子では無く、少し困った程度にしか表現していない。小猫だから良かったものの、これが朱乃だったら彼女はどんな反応をするか……それを思うと小猫は切なくなった。

 

「……悪魔に転生しようと思わないの?」

「悪魔……か」

 

小猫の提案にカリフも考え込む。

 

小猫だって彼には死んでほしくない。むしろ心情的には朱乃と共感だってできる。

 

それに小猫でなくてもオカ研メンバーなら誰だって提案するだろう。

 

小猫は縋る想いで提案し、考え込むカリフに少し希望さえ湧いた。

 

だが、次の言葉でその希望も砕かれる。

 

「確かに永遠の命……力さえあれば上にランクアップする……それを差し引いてもここでの生活は悪くないとは思った……それでもオレは転生はしない」

「なんで……なんでそんなこと……!」

 

小猫はカリフの腕を払いのけ、振り向き、普段は出さないような大声で問い詰める。

 

そんな小猫にカリフは目を丸くする。

 

「おぉ、お前のシャウトは久しぶりな気がするぜ。何だか新鮮だな」

「茶化さないでよ! またそうやって逃げるの!? そうやって自分の意見だけ言って私たちの言葉には耳も貸さないで……勝手なことばっかり……」

 

許せなかった。カリフは分かっていない。自分では自覚してないけどどれほどの人たちを導いているのか……

 

どれほどの人が期待を……希望を抱いているのか……

 

どれほどの人が慕っているのか……彼は分かっていない。自覚していない。

 

そんな人たちの期待を裏切ることに……何より自分の命を捨てているような気がした。

 

「確かに……オレの人生は自分勝手の連続だった……多分、これからもそうするだろう……分かってくれとは言わないし、そもそも言えねえ……お前の気持ちを強要はできねえからな」

「だったら……!」

「だけど……オレは自分の生き方に嘘は吐きたくない。オレは人間として生まれてきたんだからな」

「……」

 

自分の気持ちを話すカリフの眼光から強い意思を感じ、何も言えなくなる。

 

「今まで周りの意見を寄せ付けないで自分のために生きてきた……今の親もお前らも……何も言わないでくれた……それがお前らに迷惑をかけたことも自覚してるつもりだ……オレは人の力を……落ちこぼれの力を証明したいんだ」

 

 

 

「たとえ生まれた時がどんなに弱くても努力すれば天才だって越えられる」

 

 

 

「どんなに身体に恵まれなくても生きてさえいれば幾らでも強くなれる」

 

 

 

「原石のように最初は綺麗じゃなくても磨き続ければ輝きだす……オレはそれを証明してやりたいから……オレはそれを見せてやりたい」

 

 

何も言えなかった。カリフの目的はあまりにスケールが大きすぎて口を挟むどころか割りこめる余地さえないほど次元が違う。

 

確かに悪魔や堕天使、そして天使は基本的に人間とは違って長生きもするし魔力もある。そして何より力が強い。

 

それに比べて人間は寿命からしても力にしても全てが人外の存在に劣る……カリフ風に言えば“劣悪種”だ。

 

だが、カリフはそんな中で宣言した。『弱い者が強い者を制す』と……

 

それがどれほどに困難で過酷なのだろう……たしかに人間の中には陰陽師だとか神器保持者もいる。しかし、それらの力があったとしても更に強い悪魔や堕天使がいる。

 

それを目の前の幼馴染は覆そうとしている。そのために人間でいなければならないのだと言う。

 

「……そんなこと、できるか分からないよ?」

「かもな、これはオレの夢へのちょっとした余興みてえなもんさ。成功するかは分からねえ」

「ちなみにその余興をどうやって達成させるの?」

「戦って勝つ! できれば世界の神々を全員殴り倒す!」

「……野蛮」

 

夢は壮大、されど行動はあまりに野蛮……小猫は決してブレないカリフの行動に溜息を洩らす。ここが冥界だからいいものの、少しでも場所を間違えれば即座に斬りかかられること間違いない。

 

「まあ、余興はどう転んでも結局は余興……大事なのは結果より“過程”だ。人間、いや、誰でも死ぬ気になれば何でもできるってことを分かってもらえればそれでいい」

「……多少強引なところもあるけど、確かにそうかもしれない」

「しっかり強くなれ。でないとオレが退屈で仕方ない。新しい玩具が欲しいんだよ」

「それが本音?」

 

カリフはカリフで戦いを求める様子に小猫は少しでも見直したことを後悔する。結局の所、あまり変わってはいない。

 

いや、以前よりは口調は柔らかいかもしれないがそれでも充分に自分勝手だった。

 

でも、そこまで変わることが無いカリフに逆に安心できた。

 

「……今でも自分の血のことが怖い」

「まあ……それは自分で解決しろ」

「うん……だけど、逃げてばかりじゃダメだとも今分かった」

「……」

「だから、もっと仙術のこと……気のこと教えて」

 

人生は試練の連続……今回の合宿でそのことを思い知らされた小猫は逃げるのを止める。問題を引きのばしてもいつかその代償が戻って来る。

 

それならカリフみたいに逃げずに現実を受け止めて立ち向かおう。

 

そんな姿勢を見せた小猫にカリフは鼻を鳴らした。

 

「大見え切った手前だ。多少はマシになるまでなら見てやる」

「うん……ありがとう」

 

小猫は未だにカリフのことを完全には理解していない。この先、どんなことをするのか不安な所がある。

 

だけど、決して根っからの悪人と言う訳ではない。

 

自分に厳しく、プライドが高いけれど人の弱さを全て受け止めてくれる。

 

こうして二人でいると何だか昔に戻ったような懐かしさと安心が少しだけ甦る。

 

もう姉はいない……だけどあの時、助けてくれた少年はここにいる。

 

「……」

「なんだ? 顔が紅いぞ?」

「えっと、その……」

「……あ、そうか。ほれ」

「にゃ!?」

 

何を思ったのかカリフは小猫の手を突然握ってきた。そのおかげで小猫も身体を震わせて驚いた。

 

「な、なに……?」

「お前、昔から怖いこととか感情が昂ぶるとこうやって手握ってきたろ? 心配せずともそれくらいの癖くらいは許容してるつもりだ」

「それは昔の話……」

「じゃあ止めるか?」

 

その手は自分よりも少し大きいくらいで普通の男性よりも若干小さいと言える。だけど、そんな手が今はどんな手よりも大きく見えた。彼は今までこんなにも小さい手に勇気を込めて困難に立ち向かってきたのだろう……本当に暖かくて大きな手だった。

 

「ううん……少し勇気が欲しいから……私、弱いから」

「……それはお前次第だ」

 

小猫は今まで胸に漂っていた胸のモヤモヤが取れた気がした。

 

どんな悩みでさえもそれらを全て包み込むような抱擁感……安心を与えてくれた。

 

昔に堕天使に襲われて怖かった時も、親が死に、友達が欲しくて泣いていた苦しい日々を壊してくれた

 

そして“家族”と“帰る場所”という安心をくれた

 

 

塔上小猫はカリフに対する気持ちを今日、初めて認識することとなった。

 

 

 

 

「よぉセラフォルー。こんな夜分にどうした?」

『アザゼルちゃんこんばんわー☆ カリフくんいる?』

「いるけど、今は止めとけ。あいつはそれどころじゃない」

 

暗い夜の中、小猫と密着するカリフを部屋から見て薄く笑う。

 

『そっかー、じゃあまたレーティングゲームの時に会おうって言っといて☆』

「わーったよ……それだけなら切るぞ」

 

本当に些細なことだと思って通信機を切ろうとするとセラフォルーから制止される。

 

『あーちょっと待って! ついでなんだけどもう一つ大事な案件があるの』

「案件?」

『うん。最近、種族を問わず無差別的な誘拐事件が起こってるのは知ってるよね?』

「あぁ、特にダークエルフ、エルフ、セイレーン、ハーピィに妖怪……果てには悪魔や堕天使、天使はおろか人間さえも被害が及んでいる事件だったな。主に被害者は女子供が七割だとか……」

『そのことでオーディンさまから要請があったの。この事件の解決に力を貸してほしいって』

「!? まさかヴァルキリーもか!?」

『事件の調査に向かった魔法使い、ヴァルキリーや女騎士たちも……』

「おいおい……本当に見境なしかよ。しかも女子供なんていい予感がしねえぞ」

 

最近、カオス・ブリゲートの登場に合わせたかのように発生している大量失踪事件。被害にあっている種族は人間社会に見つからないように部族単位で構成されているような種族がメインだ。当初はカオス・ブリゲートの仕業かと思われたが、構成員を幾人か尋問しても『知らない』の一点張りしかない。そのため、世界で問題視されている事案の一つとしてアザゼルたちの頭を悩ませていた。

 

『それでね……カリフくんに協力を……と思ったんだけど……』

「あいつか……間違いなく受けるだろうが、そうなるとしたら誰も手が付けられなくなるぞ? あいつ、そういう類のことは毛嫌いしてるからなぁ……」

『そう言う所も格好いいんだけどね☆』

「まあ伝えておく。それで、何か特徴はないのか?」

『残党を調べたんだけど未だに知らないの一点張り……裏も取ったから間違いないよ』

「新たな勢力かもしれねえってか……また厄介なことになってきやがった……」

『あ、そう言えば特徴になるかもしれない証言もあるの。何とか逃げ延びた目撃者からの情報なんだけど……』

「どうなんだ?」

『何か……全員が青いタイツに白い胸当てを付けた戦闘服を付けて片目だけの眼鏡で『スカウター』というのを付けてた人もいたり……』

「まだあるのか?」

 

 

 

 

 

 

『『しんせいじゅ』の苗床……とかって連呼してたんだって』

「しんせいじゅ? 苗床……名前からして樹か何かか?」

『分からない……またサーゼクスちゃんと話してみるね』

「おう、相手の戦力はまだ未知数だ。くれぐれも気を付けるようにな」

『うん、カリフくんやリアスちゃんたちにもよろしく言っておいて☆ お休みー☆』

「お休み」

 

アザゼルはグレモリー低の宛がわれた部屋の中で通信機を切り、夜の寝室の中で一人物思いに耽る。

 

「何が起こってやがんだ……」

 

この世界はどうなってしまうのか……謎の敵の出現によりこの世界が荒れることをアザゼルは暗い部屋の中で月を見上げながら思い耽る。

 

 

そして、これから起こる壮絶な戦いのことをこの時、アザゼルでも想像できていなかった……

 

 

 

決して交わることのなかった二つの世界の歯車がゆっくりと崩壊していく……『運命』と『因縁』の牙が彼らに向けられていることさえ知らずに、世界の夜は明けていく




ここで主人公無双が長引く気がしたのでここで新勢力をほのめかせてみました。

しんせいじゅ……知っている人なら知っている。

それでは次回もお楽しみに!


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黒猫襲来、そして覚醒の時

遅くなった上に感想返信が中々できなくてすみません!
ですが、大学もこれで最後の年なので四苦八苦しながらも僅かな時間を使って少しずつ書いております。

なのでおかしな箇所やトリコやジョジョ色が強くなってしまっているかもしれません。大変に申し訳ありませんが、それでも見捨てずに見て下されば私も嬉しいです。

なのはもハイスクよりは遅いですがちゃんと執筆しているのでご安心ください!

それではチグハグな作品をご覧あれ!


遂に夏休みを不意にして過ごした修業期間が終わった。俺たちは部長の家に集まって先生の提案の下、修業の報告をしようとたった今向かっていた。

 

「はぁ……屋根に大理石の床かぁ……一気に天国にまで昇った気分だぁ……」

「ふふ、僕たち悪魔は天国には行けないからね」

「おぉ! 木場! 久しぶりじゃねーか!」

 

俺が久々の安息の地に一息吐いていると木場が後ろから声をかけてきた。着ているジャージもボロボロで顔付もいくらか引き締まったようにも見える。

 

対する木場も俺を見てきてはうっとりとした表情で呟いた。

 

「いい身体になったね」

「こっちに来るな! そんな目で俺をみるんじゃねえ!」

「酷いな……僕は純粋に筋肉質になったなぁって……」

「それでもお前だとなぁ……」

「おー、イッセーと木場か」

 

俺たちが話しているとそこにはゼノヴィアの声が……した方向には包帯グルグルのミイラがいた。

 

「出た! ミイラ女!」

「失敬な。私は永久保存される趣味はないぞ?」

「そうじゃなくて!」

 

包帯を取りながら相変わらずの様子でゼノヴィアの整った顔を露わにする。

 

「でも、何だかオーラが濃くなったような気がするな。木場もだけど」

「そう? そう言うイッセーくんこそ雰囲気が変わったよ」

「あぁ、全員共強くなれたようだな」

「あぁ、そうだといいけどな」

 

三人で話していると集合場所のリビングの扉が開いてアーシアが嬉しそうに出てきた。

 

「イッセーさん! ゼノヴィアさんに木場さんもお疲れ様です!」

 

アーシアの人懐っこい声で今までのストレスが全て吹っ飛んだ! やっぱうちのアーシアちゃんマジでアーシアちゃん!

 

一人癒されているとアーシアに続いて部長まで俺たちを迎えてくれた。

 

「イッセー! 祐斗もゼノヴィアもよく頑張ったわね」

「ただ今戻りました」

「私も強くなったから期待して欲しい」

「部長ぅぅぅ!」

 

部長の御尊顔に俺は思わずうれし涙を流してしまった。

 

それを見て部長が苦笑しながら俺を抱きしめてくれる。

 

「あぁ、会いたかったのは私も同じよ。あなたがいない間はずっとイッセーの温もりが恋しくて……私、あなたがいないとここまで駄目になるなんて……」

 

部長の有り難いお言葉と豊満な胸の感触に俺は悪魔なのに天国に昇った気分になってしまった。近くで木場が苦笑し、ゼノヴィアは食い入るように見ながらメモを取り、アーシアは涙を浮かべながら頬を膨らませていた。

 

やっぱこういう光景がグレモリー眷属に帰って来たって感じがするよなぁ……

 

「おーい! そこでイチャついてねーで速く来い! カリフは今は来ねえから俺たちでミーティングするぞ!」

 

先生の声を聞いて気を取り直した俺たちは部長に導かれてリビングに入っていった。

 

 

 

 

一方、グレモリー家にいないカリフはその日の朝にサーゼクスとセラフォルーに招かれてプライベートレストランで食事をしていた。

 

都会から離れ、ウェイターも厳しい審査を通過した一流の悪魔たち、料理も食材も全てが一流であるシャンデリアの光る豪華なレストランだった。

 

目の前の肉をカリフは少しおぼつかない様子ながらも何とかフォークやナイフを使うカリフの前にはサーゼクスとセラフォルーが笑顔で対面している。

 

「おいしい?」

「中々に美味いな」

「気に入ってもらえて良かった」

 

魔王たちは気の良い笑顔を向けている中、カリフは食べ終わった皿と食器を横にどかしてナフキンで口周りを吹く。

 

「本当ならこれで終わりたい物だがそうはいかんのだろう?」

「ははは、本当に直接聞くね。実はそうなんだよ」

「白々しい……魔王ともあろうものが激務の時間を割いてこんな人気のない場所に呼びだしたのだ……警戒するなと言う方が怪しい」

「えっとね、私たちはそんなつもりじゃあ……」

 

セラフォルーが代弁する言葉を手で遮ってカリフはナフキンを畳んだ。

 

「そうビクビクするな。お前らは普通の嫌な奴ではない。お前らだからこそこうして話“だけ”聞きに来た。話“だけ”は聞いてやる」

「そうか! やはり君は器が大きい!」

「ありがとう! そう言ってもらえるとお姉ちゃんキスしちゃう!」

「話聞いてねえの? 内容によってはってことだ」

 

一緒にいると本当に魔王なのかと疑いたくなるような能天気な魔王たちにあらかじめ断りを入れてから気を取り直したセラフォルーから話を切り出される。

 

「あのね、最近起こっている連続失踪事件を知ってる?」

 

 

 

場所は戻り、皆で顔を合わせたイッセーたちはそれぞれ修業の成果を報告し合っていた。その中でもイッセーの訓練だけが他よりも過酷だったことが判明してイッセーが憤りを感じたりと色々あった。

 

「ひどいっすよ先生! 俺だけ、俺だけがこんなワイルドな修業にして~!」

「いや、お前がそんなに逞しいとは思ってなかったよ。途中で逃げかえって来ると思ってたからな」

「ひでえ!」

 

憤慨するイッセーにリアスは豊満な胸元に抱きよせて慰める。

 

「かわいそうにイッセー、この一ヶ月でそんなことしてたなんて……あの山には名前が無かったけどあなたの逞しさの象徴として『イッセー山』と名付けるわ」

 

リアスがそう言う中、アザゼルだけはイッセーを意外そうに見ていた。

 

「それにしてもお前がサバイバル生活を送ったこともそうだけど、お前があのカリフに勝ったってのが驚きだ」

 

その言葉にその場の全員がイッセーを見つめた。

 

突然の話題に当の本人も困惑を隠せなかった。

 

「あれは……本当にたまたまっすよ……あいつが油断していたこととタンニーンのおっさんがいなかったらできなかったし……」

「いや、それでも“あの”カリフに負けを認めさせたんだ。それだけでもお前の成長が凄く顕著だと思う」

「それで、そのカリフはどうしたんです? 私たちはあの後、カリフが出血多量で運ばれた後のことは聞かされてないんだが」

 

ゼノヴィアの問いにアザゼルは呆れ口調で溜息を吐く。

 

「あいつな、致死量分の出血をしたのに一日で起きてその翌日にはちゃんと復帰した。人間じゃあ有り得ねえ回復力だって医者を驚かせてた」

「それじゃあまた修業を?」

「まあ、目立つようなことはしてねえな。あいつ、意外にも本とか読んでたしな。どちらにしてもあいつが強くなってももう俺らからしたら遠い存在だし俺でも変化が分からん」

「あの、俺のことは何か言ってました?」

 

まさか、自分を恨んでいるのか……不安に思ったイッセーは顔を青くして震えているとアザゼルは笑いながら言った。

 

「いや、一時はお前を本当にあの山ごと消そうとしてたらしいけど自分を見直すいい機会になったって言ってたから少なくとも恨んではないと思うが」

「それでも殺されようとはしてたんですね……」

「そんな塞ぎこむな。あいつもそんな小さいこと気にするような奴じゃねえだろ。それに……」

 

小猫を一瞥してニヤニヤする。

 

「そう嫌なことばっかではなかったようだしな」

「……」

 

小猫が顔を紅くさせて俯く姿にイッセーは首を傾げるも一部の女子勢は何やらただならぬオーラを発していたのですぐに察しがついた。

 

そんな時、リビングを急に扉が開いた。

 

そこには話の渦中のカリフがいつもの様子で現れた。

 

「やっぱ集まってたか」

「噂をすれば……だな。お前の方はどうだった?」

「ふん、こっちの方は後で話す。それよりも噂とはどういう意味だ?」

 

若干、睨みながら言うと、アザゼルはのらりくらりで話題をすり替えた。

 

「修業の話だよ。お前、この合宿で何か掴んだか?」

「まあそれなりだな……まだ想像の域は出てないが実践してみたいことが二つくらいだが。それらの確認さえもできなかった」

「何か掴んだんですの?」

 

朱乃の問いにカリフは深く息を吐いた。

 

「これでも手探り状態だからな。安易に使ってここら一帯を廃墟にしたら元も子も無いだろう?」

「なにそれこわい」

 

とにかく、何だか凄い発見なのだろう……そう認識した後にアザゼルが手をパンパンと叩いた。

 

「じゃあ明日はパーティだ! 今日はここで解散だ」

 

それを区切りに今回の波乱の合宿生活は幕を降りた。

 

 

その夜

 

カリフはその日の晩はベッドに入って考えていた。

 

頭の中で昼のサーゼクスたちの話を思い出していた。

 

『件の失踪事件……受けてはくれないかな?』

(確かに事件性としては反吐が出るような話……だが、これでいいのか?)

 

カリフはどこか恐れとも戸惑いとも取れる感情が渦巻いていた。

 

(まるで使われているような……二人からは邪気など感じなかったが、オレはこんな奴じゃなかったはずだ……)

 

人からの指図など絶対に受けない……受けたら何かに負ける気がするから……

 

そうやって他人を突っぱねて今まで生きてきた。

 

だけど、いつからだろうか……自分がここまで他人と共に生きるようになったのは……

 

本当に守りたかった物はとっくの昔に……既に……

 

(それに、何故小猫にあんな……いや、小猫だけじゃねえ、朱乃にも、ゼノヴィアにも、マナにもイッセーにも……どいつもこいつも……!)

 

―――ただ、赤龍帝といれば戦いがやってくる……それだけのはずだ

 

(なら、白龍皇側でも、いや、あっちの方がもっと戦う機会もあるはずだ……! なのに何故……!)

 

―――じゃあ、お前は何故そこにいる? 不必要なら捨てるなりなんなりすればいい……昔ならそうした

 

(いや……だが約束だ……この世にオレを生んでくれた親との……)

 

―――そうやって言い訳か? お前にとっての約束は足枷でしかない……そうやって体よく使われているのが分からないのか?

 

(違う! これはオレのケジメ……ただ……オレが……)

 

―――……そうやって逃げたいのなら逃げればいい……その方が……

 

 

「じゃあどうしろってんだ!」

 

誰かも分からない姿なき人物からの罵倒にカリフは乱暴に枕を扉に向かって投げつける。それと同時だった。

 

「!」

 

投げつけた枕が開きかけの扉に当たり、その間から悲鳴が聞こえた。

 

声の主はそのまま恐る恐る扉から顔を覗かせた。

 

「カリフくん……」

「えっと、邪魔だったかな?」

 

それはパジャマ姿の朱乃とゼノヴィアだった。カリフの苛立ちに少し遠慮しながらも尋ねるとカリフは頭を掻きながら弁明する。

 

「いや……お前らは違う……ただ、ちょっとな……」

「あまり無理をなさらないでください……少し疲れているのですから」

「てか、お前らは何しに来たんだよ?」

「なに、私はこのような広いベッドで一人というのも慣れなくて……どうせだったらカリフと一緒に寝て気を紛らわせようかと……」

「なんでそこでアーシアに発想がいかない? 親友だろうが」

「アーシアはイッセーの所に行ってるから邪魔しちゃ悪いと思ってね」

「オレの体質は知ってるはずだが?」

 

カリフの体質……それは朱乃たちにとって深刻な病気とも言える。カリフは長い間孤独な旅を続けてきたことと今まで狙われてきた生活を送っている。

 

これだけで分かるだろう……他の者と一緒には眠れないのだ。

 

信用に足る人物の前でなら浅い眠りにつくことはあるが、深い眠りにつく際にカリフは他人に近寄られることを極端に嫌う。

 

そもそも仮眠以外の深い眠りの時には人がいない所でしか眠れない……このことは朱乃たちはおろかリアスでも知っていることだ。

 

「いいじゃないか。何事も経験だと私は思う」

「殿方が女と一緒に眠れない……だなんて駄目ですわ。ですから私たちが……ね?」

「……」

「言っておくけど今日は意地でも一緒に眠ろうと思ってきたんだ。こうでもしないと君はずっと私たちを避けそうだからね」

 

言い訳を考えたのがバレたのか、ゼノヴィアに釘を刺されたカリフはもう観念した。眠い中で口論するような気力も無いカリフは力無く言った。

 

「邪魔すんじゃねえぞ」

 

間接的なOKに出してくれたカリフに二人は嬉しそうに表情を緩ませる。

 

「やった。カリフくんとの一夜一番乗りですわ」

「おっと朱乃さん。私もいるんだが?」

 

そう言いながらカリフの両側から挟むようにベッドに入って来る。

 

「うふふ、いつもよりも何だか気持ちいいですわ」

「おぉぉ……これが男と寝る感覚なのか……何だか暖かいな……」

 

両サイドから聞こえてくる声は紛れも無く歓喜そのもの。テンションが上がっている二人はカリフの顔を艶っぽく見つめる。

 

「お前ら……そんなに喜ぶことか?」

「えぇ、だってこうやってあなたと身体を合わせられるんですもの……安心するんですの……」

「私も……嬉しいぞ? だが、これはこれで緊張するものだな……」

 

分からなかった……ただ一緒の床で寝るだけでそんなに嬉しそうにできるのか……

 

何が彼女たちを輝かせるのか……

 

カリフは聞かざる得なかった。

 

「お前らさぁ……なんでそんなにオレのこと気にする?……オレはお前らの思うような奴じゃねえのに……」

 

二人は驚いた。カリフの零した言葉に驚く。

 

その内容もそうだが、その口調は今まで誰にも聞かせたことが無いほどに沈んでいた。

 

「どうしましたの? 急にそんなこと……」

「……」

「昨日は小猫と話したんだってな……内容は聞いてないけど。それと関係あるのかい?」

「違う……ただ……」

 

ゼノヴィアの言葉にカリフは強く歯を噛みしめる。

 

「オレは……お前らが羨ましいよ……」

「カリフ……?」

 

カリフはゼノヴィアたちから顔を背けるように枕に顔を押し付ける。

 

「朱乃……お前、堕天使のことはどうするんだ?」

「私……ですか? また急に……」

「頼む……聞かせてくれ……お前は……自分の血を受け入れたのか?」

 

カリフの問いに何やら深い想いを感じ取った朱乃は答える。

 

「……私、本当はまだ怖いんです……あの忌まわしい力を使うのは……」

「……だけど、最近では小猫ちゃんと一緒に相談し合って思ったんです。この力が仲間の力になるのなら私はそれを受け入れようって……」

 

朱乃はカリフの手を握る。

 

「だから、次のゲームで使おうと思います」

 

強い……目の前の女性はここまで強かったのか……昔は自分を泣いて追いかけてきた子供だったと言うのに……

 

イッセーたちは確実に強くなっている……なのに自分はどうだ?

 

自分は……自分を見失いつつあったことを恥ずかしく思った。

 

「驚いたな……昔の泣いていた子供とは思えねえ」

「ふふ……私も変わったんですわ」

「そうなってくれないと歯ごたえが無い。これで修業も暇つぶしから腹ごなし程度にこなしてくれれば万々歳なのだがな」

 

いつものようなカリフの強き口調に二人は見合ってクスっと笑う。

 

「あらあら、うふふ……」

「イッセーに負けたって聞いたから悔しがっていると思ってたけど、やっぱり変わらないな」

「確かにムカついたけどいつまでも根に持っても仕方ねえだろう。逆恨みしてる暇があるなら修業してた方が有意義だ。それに今回は弟子の成長と発見があったから今回は良しとしただけだ」

「ふふ、タダではやられない……ということかな?」

「Exactly」

 

カリフは少し嬉しそうに肯定しながら再び仰向けになる。その横ではゼノヴィアが嘆息する。

 

「全く、こうも引き離されてはこちらとしても滅入ってしまうな」

「残念だったな。これを機にお前らにはもう油断はしない。お前等が進歩する間にもオレも進歩……もとい進化しているのだ。これでお前等がオレに勝てる機会は巡ってこない」

「あらあら、女は守られるだけじゃ満足しないのですわ」

「……オレはそういうのは柄じゃない」

 

屈辱を味わわされたのだからしっかりと気を引き締める……そのことを反芻させながらカリフは静かになった時を過ごす。

 

そろそろ目を閉じて寝ようかと思った時、最後に一つだけ言いたいことを朱乃に二人に伝える。

 

「……一つ言っていいか?」

「はい」

「なんだ? 何でも答えてやる」

「……朱乃もそうだが、ゼノヴィア……お前、神が死んだことを知った時のこと覚えてるか?」

「……あぁ、今でも少し思い出す時がある。君の説教がなければ私は命を捨ててたかもしれないからな」

 

少し沈んだゼノヴィアの返事を聞くと、カリフはどうしても聞いておきたかった。

 

「お前……あの日から神に縋らずに自分の意思で生きることを選ばせたオレが聞くのは筋違いだと思う……答えたくないならこのまま寝てくれても構わん」

「……」

 

ゼノヴィアと朱乃は黙って耳を傾ける。

 

そんな二人にゆっくりと口を開いた。

 

「お前らは今が楽しいか?」

 

カリフにしては意外すぎる言葉……だけど、カリフの真剣な言葉に二人はそのことを胸に刻みつける。

 

「そうだね。君やイッセーがミカエルさまに直談判してくれたおかげで私もアーシアもお祈りができるようになった。何より君がいなかったら私は……絶望に押しつぶされてたかもしれない」

「私も堕天使の血が流れることを関係無く私、『姫島朱乃』を見てくれてたことを知ったときは嬉しかったですわ。今まで隠していたことなのにアッサリと許してくれたんですもの」

 

二人は当時のことを思い出しながらカリフの横顔を見つめる。

 

「こんな日々を送れるのも、今こうして生きていられるのも君のおかげだ。好きな男がくれた今が楽しくない訳が無い」

「私も、こうしてあなたと一緒にいれることが誇らしいの……だから……」

 

二人の反応を見て

 

朱乃は自分の血を

 

ゼノヴィアには自分の存在を

 

認めてくれた気がした。

 

「……別にオレは下らん親切心でやったことじゃない……ただの……」

「ううん……こんな私を受け入れてくれてありがとう……」

「ふふ、私の惚れた男として誇りに思うよ」

「……もういい。さっさと寝ろ。ゲームまでは体調をくずすなんてヘマすんじゃねーぞ。後味が悪くなるからな」

「うん……おやすみカリフ……」

「おやすみ」

 

二人の声は小さくなり、やがては整った寝息が両サイドから聞こえてくる。ある程度の時間が経った時にカリフは呟いた。

 

「オレはまだまだ強くねえんだよ……」

 

自分に何らかの変化が現れ始めている……そして、少なからずともその身に起こっている変化に不安を感じてならない。

 

もし、自分のことを強いと思っているならそれはとんだ間違いだ……

 

(お前等がまだ弱過ぎんだよ……)

 

真の強者は強く、自分に厳しくなければならない。彼女たちにはそれがまだ分からない。

 

 

誰よりも笑い、誰よりも怒り、誰よりも強欲でなければならない

 

 

そして、強くなる事とは独りであり続けること

 

山の頂に立てるのはいつでも一人だけなのだから……

 

 

 

最近は一人の時間が短くなってきた。だけどそれが苦痛だとは思わなくなってきた。さらにさっき朱乃に言いかけた言葉の先のことを考える。

 

(『ただの』……なんだ? オレは何がしたいんだ……?)

 

 

悩める戦闘民族は自分の向かう先を想いながら目を閉じた。

 

 

 

次の日の夕方、イッセーたちは学園の夏服に着替えてパーティーへと向かおうとしていた。

 

女子勢(ギャスパー含む)の着替えが終わるまで客間で待たされることとなった。

 

イッセーはただひたすら時間を潰す中、意外な人物から声をかけられた。

 

「兵藤」

「匙!? お前、どうしてここに!?」

 

まさかグレモリー家で匙と出会うとは思っていなかったイッセーは驚愕する。

 

「どうしてここに?」

「会長とリアス先輩の会場入りが同じ時間だと言うことでここで合流しに来たんだ。会長は先輩と会ってるから俺たちはここを散策してたらここに出た、と言う訳だ」

 

グレモリー家の広大さは群を抜いている。そのことを分かっているイッセーは納得している所で匙はイッセーと離れた場所に座った。

 

「兵藤、もうすぐゲームだな」

「あぁ」

「俺、お前等が相手でも手加減はしねえからな」

「こっちも同じだ」

 

真剣な面持ちで向かい合う二人

 

ここにギャスパーがいれば震えあがることは確実、それ以外の人物でもとても横槍を入れられる気にはなれない緊迫したムードが広がっていく。

 

ここで忘れてはならない。

 

そんなムードでもお構いなしに突撃する“あの”男のことを……

 

「ははははは! いい塩梅のムードではないか! オレも混ぜて欲しいぜ!」

「!?」

「この声……カリフ!?」

 

方向は真上、二人が一斉に見上げると、そこには舞空術でゆっくりと降りてくるカリフが笑いながら向かってくる。

 

見上げるほどに高い所から降りてきたカリフは居心地がよさそうに深呼吸をした。

 

「ん~……意地と意地がぶつかり合ういい緊張した空気だ。今のオレではこんなシーンは再現できん。少しおどかすだけで大抵の奴らが戦意を喪失してしまうからな」

「はは、お前も相変わらず変わらねえな」

 

久しぶりに見た後輩の姿に匙も笑ってしまうが、そんなこともお構いなしにカリフは腕を組んで匙たちとは別の席へドカっと座る。

 

「それで、お前らはこのゲームに何を想う?」

「何……とは?」

「抱負でも何でもいい。二人はそうだが特に匙、お前から放たれる圧力は前の会合の時より数倍増したな。何らかの覚悟……が感じられる」

「そ、そうかな?」

 

照れながら聞く匙にカリフが無言でうなずくと嬉しそうに頭を掻く。

 

「ま、まあな。俺……このゲームに夢賭けてるからかな……」

「夢? それって前の会合での……」

「あぁ、俺……その……せ、先生になりたくて……」

 

匙は顔を紅くしてそう洩らした。

 

「先生? 何か教えるのか?」

「まだ現実味はないけど、俺たちはレーティングゲームを下級悪魔に教えたいんだ……」

「そう言ってたっけな……確か皆平等って宣言されたのにまだ差別が残ってるって……」

 

イッセーの言葉に匙はやるせない口調で声を荒げてしまう。

 

「そうなんだよ……だから会長はそんなスポットの当たらない下級悪魔にもチャンスを与えたいって……ほんの一%しか可能性が無くても彼らの才能を開かせてやりたいって思ってる!」

 

匙の覚悟が空気に伝わってくる。対するイッセーはそんなプレッシャーを受けても背けることは無い。全てを受け止めて匙と向き合っている。

 

そんな厳かな静寂の中、カリフは匙に聞いた。

 

「てことは……つまりお前は『そんなくだらねえ差別する暇あったらさっさと引退しろこの老害共!』ってことだな?」

「待て待て待て! そんな物騒なこと言ってねえだろうが! なに色々と捏造して凶悪にしてんだよ!」

「オレなら大いに笑って言ってやるぞハハハハ!」

「鋼鉄の心臓だ……神経図太いな」

「それにしても先生か……そう言えばこれは先生の受け売りなんだけどさ。胸ってブザーらしいぞ?」

「な、なんだよ急に、先生ってアザゼル先生のことか?」

 

急に真剣な表情になるイッセーに匙は生唾を飲みこんで聞き入る。指二本出して突く動作を繰り返す。

 

「こうポチっと乳首を押すと『イヤン』ってなるらしいんだ。それを聞いて俺の中の何かが疼いた気がしたんだ……多分、これが俺の正念場だと思う」

「なぁ兵藤……俺、いつになったら主さまの乳を揉めるんだろうな」

 

真剣に相談されるイッセーは少し頭を捻る。

 

「そうだな……幸運に幸運が重なれば可能になると思うぞ?」

「そんな幸運なんていつだよ! 俺なんて全然そんな機会ねえぞ!」

 

二人でアホな話を始めたのをカリフは溜息を吐き、そのまま二人に近付く。

 

「ブザーか。オレも些か興味はあるぞ?」

「おぉ! 分かってくれるのか!? そうだよ! それが男の浪漫だ!」

 

イッセーは号泣しながらもどこか安心した様子にカリフは首を傾げる。

 

「どうした?」

「だってお前、朱乃さんやゼノヴィアやマナや小猫ちゃんと住んでいるのにそういった話題が出ないからさ」

「……」

「俺、怖かったんだ。お前……本当は……」

 

イッセーは涙を浮かべて言い放った時、カリフの指が迫って来た。

 

「ホモじゃないかって心配だったんだ!」

「ポチっとな」

「うがぁっ!」

「兵藤ぅぅぅ!!」

 

カリフは人差し指でイッセーの目を容赦なくぶっ刺す。

 

彼なりの心配が引き起こしたのにまさかの仕打ちがこれだ。

 

イッセーは立派な大理石の床の上で悶絶する無様な姿を晒した。

 

「目が! 目がぁぁぁぁぁ!」

「本当だ。何だかウザエロい台詞とウザエロい顔が見えたから思わず突いてみたけど、中々にいいブザー音だな」

「ブザーっつうか断末魔だよ! しかも俺たちの言うブザーは女性の胸であって断じて男の目じゃねえから!」

「アーシア! アーシアぁぁ!」

 

床で激痛のあまり転げ回るイッセーに悪びれも無く話すカリフに匙が叫ぶ。イッセーは床を転げながら癒しの聖女の名前を呼んで助けを求めた。

 

「イッセー!? 何してるの!?」

「アーシアぁぁ! 俺の目に穴空いちゃったぁぁぁ!」

「そ、そんな! だ、大丈夫です! 桐生さん言ってました! 三秒以内なら大丈夫って!」

「アーシア、それ落ちた食べ物に使われるデマよ?」

「兵藤を残飯みたいに言わないであげてください!」

 

リアスを筆頭にドレスアップした姫たちが登場……なんて幻想的なシチュはこの場では本当に幻想となってしまった。

 

ドレスアップしたリアスとアーシアが止まること無い涙を流すイッセーを介抱する横でソーナが溜息を吐く。

 

「疑うようで申し訳ありませんが……カリフくん?」

「良いブザーだろ?」

「あ、悪魔だ……」

「匙、悪魔は私たちの方です。彼は悪鬼と呼びなさい」

 

またカリフか……そう思う面々を無視してカリフはマイペース道を突き進む。

 

「お前、男のくせにこの恰好はねえだろ……」

「え、でも、着たかったんだもん……」

 

響くイッセーの悲鳴に気を取られて曖昧な返事を返すしかないギャスパー。

 

パーティーまでもう間も無く。

 

 

 

冥界の空にドラゴンが空を飛ぶ。

 

それも一体だけではなく数頭単位でその空を支配していた。

 

その中の一体はイッセーが大変お世話になったドラゴン……タンニーンの姿もあった。

 

「すげー……ドラゴンの上から見る景色ってのも何だか感じが違うな」

『俺がドラゴンの上に乗ると言うのも変な話だがな』

「ははは! ドライグにそう言ってもらえるのも不思議な感じだな!」

 

イッセーはタンニーンとドライグの三人で他愛のない話をしていた。

 

将来の夢であるハーレムを目指すのも悪くないが、その先のことを考えること。タンニーンが絶滅に瀕しているドラゴンのために悪魔となってドラゴンアップルという林檎を研究して育て、他のドラゴンを養っていること。

 

様々な話をしてパーティーまでの暇を潰させてもらっていた。

 

そんな時にタンニーンがふと気になっていたことを聞いてみた。

 

「そう言えばあの人間の子供のことで聞きたいことがある」

「人間? カリフのこと?」

「あぁ、あの修業をかき乱したあいつだ。あいつについて何か知っていることはあるか? 出来れば生い立ちが聞きたい」

 

突然、タンニーンがカリフに興味を示したことに疑問を抱きながら考えてみるも、イッセーも返答に困る。

 

「そう言えば俺もあまり知らないんだ……あいつ自分のことはあまり自分から話さないような奴だから同居してるゼノヴィアたちはおろか幼馴染の朱乃さんたちでさえもカリフの十年は知らないんだって」

『奴は若干五歳の時に旅に出たとは聞いているだけだな』

「まぁ、それでも物凄い経歴だけど」

 

表情を引き攣らせるイッセーとドライグの答えにタンニーンは少し唸ってからドライグに話す。

 

「そうか……だが、あの鬼畜カリフ……何だか奇妙な雰囲気を感じた」

「まあ、あいつの威圧感は自然体でも半端ないからなぁ……」

「いや、そう言う訳ではない。もっと人間離れした……本当に奇妙なことだが奴からはドラゴンの雰囲気を感じたのだ」

「ドラゴン? あいつが?」

 

意外な答えにイッセーは確認する。

 

確かにカリフは人間の力を越えてもう神どころかこの世界での強者として十位以内に入っているのではないか……アザゼルの見解が一番に頭に浮かんだ。

 

そんなカリフだからドラゴンの力があってもおかしくない、とも意外と納得してしまった。

 

「確かに有り得るかもしれないな」

『相棒には黙っていたが、それは俺も感じた。しかもそんじょそこらのドラゴンのそれではなく、もっと高位の……まるで神とドラゴンが合わさったような感じだった』

「ドラゴンと神!? それってとんでもねえ組み合わせじゃないのか?」

「やはりドライグも感じたか……奴、カリフのことはアザゼルから問題児としてしか聞いてはいなかったが、初めてあいつを見た時、不覚にも畏怖してしまった……思わず頭を下げる所であった。ある程度は覚悟を決めたつもりだったが奴から発せられるオーラはただの力の塊だとかそんな単純な物では無い……もっと別の“何か”だ」

 

タンニーンの壮絶な答えにイッセーも冷や汗を流す。

 

「まあ、俺は元々からあいつのオーラはすげえ怖いと思ってるからそんなに気にするようなものじゃなかったな……違いなんて分からないし。部長たちでさえも気付いてないようだし」

『相棒、それはまだお前のドラゴンの力が弱いからかもしれん。強くなっていけば鬼畜カリフの異常性が分かって来るだろう』

「でも、あいつは既に色んな意味で異常だし、もう何があっても驚かないっていうか……」

『……』

 

的を射た答えにドライグも黙り込んだ。そんな相棒に苦笑しているとイッセーにタンニーンが真剣な口調で言った。

 

「何とか奴の過去とか調べられんのか?」

「ん~……あいつ結構天の邪鬼気質だけど聞いたらすんなりと教えてくれると思う。あいつ、どんな行為でも恥じることは無い、って豪語してるし」

「それなら一度でもいいから聞いてみることを薦める。もしかしたら普通の人間……の突然変異体であるには違いないが、もしかしたら龍の加護を受けた存在かもしれんからな」

「そうだなぁ……そうしてみる」

 

何だか仲間を疑うような気分になるのだが、確かにそういった経歴も知っておいた方がいいかもしれない。アザゼルからも同じことを言われたこともあった。

 

『俺が聞こうとすると裏がありそうと思われてはぐらかしやがる……と言うよりあいつはそう簡単に他人に心を許すような奴じゃない。十年来の付き合いの俺ですら未だに真の信用は得た訳じゃねえ……』

 

もしかしたら自分は最も困難なことを請け負ってしまったのでは……そう思った。

 

「まあ、あいつが自分から話したくなったときをもう少し待ってみるよ。やっぱりあいつにも言いたくないことだって本当はあるかもしれないからさ」

「ふ……今回の赤龍帝は本当に甘い……いや、今までとは違うからこそお前の成長に期待してしまうのかもな」

「あ、うん。ありがとう」

 

タンニーンの顔は見えないけれど何となく、イッセーにはタンニーンが笑っているように思えた。

 

今までの赤龍帝は力に魅入られて破滅していった。

 

だが、もし力に魅入られず、自分の力と向き合うような赤龍帝が現れたら?

 

平和を愛する優しい赤龍帝が現れたとしたら?

 

今までとは違う赤龍帝……その先に待ちうける物は一体何か……

 

タンニーンはそのことを考えながらグレモリー、シトリー眷属をパーティー会場に送るのだった。

 

 

 

 

 

そして、その会話を人知れずに聞いている影があった。

 

(くくく……このオレを差し置いてパーティーとは頂けんなぁ……パーティーある所にオレがいると言うことだ)

 

さっき知ったことだが、カリフは人間なので悪魔のパーティーには行けません! ということを知らされたのでグレモリー家に残ったはず……だが、カリフはだれにも気付かれないようにタンニーンの背中に乗っていた。

 

誰にも察知されないカリフが編み出した迷彩術の使用である。

 

地球上の人や動物はいつでも気を知らぬ間に発している。そして、それは虫や植物も同様である。

 

カリフは主に植物や虫、果てには微生物レベルで放出される気を感じ取り、それに同調させているだけのこと。

 

つまりは自然……ざっくばらんに言えば地球そのものと一体化することのできる迷彩術をつかっているのだ。その影響でカリフの姿はおろか声さえもリアスたちに届くことは無い。

 

カリフはその技を駆使してイッセーたちに付いてきたのだ。

 

そして、カリフはタンニーンたちの会話をバッチリと聞いていた。

 

(にしても、オレにドラゴンと神の雰囲気……ねぇ)

 

過去を思い出してもこの世界ではドラゴンと直接関わったことが無い。あるとしたらオーフィスくらいなものだ。

 

(まさかオーフィスがオレにくっ付いて来るのもそれが原因……だとしたらそれ以前にドラゴンなんて……)

 

過去を遡り、思い出した。

 

いた。神みたいな能力を兼ね備えたドラゴンの中では最強の部類にいるあの存在を……

 

この世界に来るきっかけとなった“あの”龍と関わっていた。

 

(……“神龍”ね……字的にもこいつの可能性……つか、もうこいつで確定だ)

 

新たな疑問もすぐに答えを導き出せてカリフも少しスッキリした様子だが、そのことはもう少し自分の胸の中にしまっておこう。

 

(聞かれたら答えるくらいでいいか)

 

自分から話すのも少しめんどくさいからのようだから。

 

 

やっと着いたパーティー会場は大勢の正装した悪魔たちで溢れていた。

 

パーティー会場に送ってもらったイッセーたちは大広間に行き、リアスと一緒に他の悪魔たちへの挨拶回りに出ていた。

 

タンニーンは大型悪魔専用の広間へと向かったのでそこにはもういない。

 

しばらくしてイッセーたちは会場の隅のイスの上でグッタリとしていた。

 

「やべぇ……疲れた……」

「緊張しました~……」

「あう~……」

 

イッセー、ギャスパー、アーシアの三人は相当に揉まれたのか全く元気が無い。リアスや朱乃といった古参の眷族たちは今なお他の悪魔と話をしているのを見て如何に慣れているかが分かる。

 

そして意外だったのが“あの”引き篭もりで人見知りするギャスパーだが、多少物怖じはしたものの前みたいにイッセーの後ろに隠れたりはしなかった。そこの所の成長が見られてイッセーも内心喜んではいた。

 

それでも、こういった厳かな雰囲気や挨拶回りなどの貴族の行事には慣れないイッセーたちにとっては酷なことなのかもしれない。

 

そんな三人に遠くからゼノヴィアが大量に盛りつけた大皿を大量に持ってきた。

 

「イッセー、アーシア、ギャスパー。料理持って来たぞ。食え」

「ありがとうございます。こう言うの慣れてないから喉がカラカラで……」

 

イッセーたちに料理を分け与え、皆が料理に気を取られているのを確認する。

 

イッセーは少し挙動不審になったゼノヴィアの姿を見逃しはしなかった。

 

「……」

「どうした? そんなキョロキョロして」

「!? いや、お手洗いはどこかなって……」

「それならあの出口から行けるぞ。さっき俺も行ってきた」

「そうか。ありがとう。私は少し外す」

「おう」

 

手を上げて三人に束の間の別れを言いながら大皿を持って会場の外れのテラスへと向かう。

 

星空が一望できるテラスに着いたゼノヴィアはこの場に一人しかいないことを確認すると溜息を吐いて口を開く。

 

「ここなら誰もいないから大丈夫だ」

「……」

「……いるか?」

「……すま……な……ここに……」

 

何も無い空間が少し歪み、その歪みはやがて人の形へと変貌する。声もじょじょに聞こえてきた次はやっと全身の姿を現した。

 

その姿は言わずもがな、お忍びでやってきたカリフだった。

 

徐々に姿を現してきたカリフに対してゼノヴィアが嘆息する。

 

「あまり無茶なことはしないでくれ。最初に姿現して『ご飯』なんて言われた時は本当に心臓が止まるかと思った」

「よいではないか、よいではないか。こうして聞いてくれたのだ。感謝くらいはしてる」

「まあね……君のマイペースは今に始まったことじゃない。それに……」

 

頬を紅く染めてモジモジするゼノヴィアにカリフが疑問符を浮かべると、照れくさそうに呟いた。

 

「好いた男の頼みなら……な?」

 

滅多に魅せない乙女チックなゼノヴィアの変貌にカリフも目を丸くする。

 

勇気を出した女からの告白に驚かれた様子にゼノヴィアは不満そうに表情を歪める。

 

「その意外そうな顔はなんだ?」

「いやぁ、お前もそんな乙女だったっけ? と」

「失敬な。今の私は悪魔らしく好いた男と交わりたいと思っている」

「お前らがオレにどんなことを想おうが一向に構わん。だが、これだけは覚えておけ」

 

カリフの真剣な眼差しにゼノヴィアも気を引き締める中、口を開く。

 

「オレはお前らの思っているほど強くは無い。間違いも犯す。その上、相当な人数を殺してきた」

「……」

「お前らからしたらオレという存在は碌でもねえことこの上ないはずだ。なのに何故お前らはオレに尽くす? オレを好きになれる?」

 

カリフの過去は誰も知らない。分かることと言えば彼は“人間”としてのカテゴリーを大きく逸脱した異端児だ。

 

人は異端を嫌う。それは古来からの歴史を振り返れば一目瞭然

 

それなのに何故目の前の少女はおろか同居人は自分に取り入ろうとするのか

 

「確かに君の手は血に濡れているのだろうね」

 

訳が分からなくなっていたカリフにゼノヴィアが話す。

 

「聞いているよ。君は五歳のころから堕天使を二人殺したこと」

「……」

「そんな君のことだ。その強さを得るためにたくさんの物を壊し、奪ってきたと思う」

「その通りだ。オレの手は血に濡れている。それが事実」

 

それが自嘲かも愉悦かも分からない笑みを浮かべるカリフ

 

これまでの彼の人生は略奪や殺人の連続だったといえる。その有り余る力を容赦なく振りまき、敵を作っては排除してきた。

 

十人殺せば犯罪者、されど百万人殺せば英雄

 

その言葉が事実なら、カリフはまさに英雄王とさえ呼べるほど。

 

だから彼は“仲間”や“家族”などいなくて当たり前だと本気で思っていた。

 

だが、その考えも最近になって揺らぎ始めてきた。

 

「だけど君は……本当はそんなに邪悪な存在じゃない。初めて会ったときのことを覚えているかい?」

「……たしかお前等が物乞いしてた時だったな」

「私とイリナが路銀集めをしていた時に財布ごと寄付なんてされてね、あの時は二人で驚いたよ」

「その金でファミレス行って会ったな」

「そう、その後に店の外で強盗が妊婦さんを人質にして……」

 

二人は昔のことを思い出しながら星空を見上げる。

 

「あの時、君は言ってたな。『生まれてこようとする命ならば、オレは祝福し、孵してやりたい』って」

「あぁ、まあな」

 

思い返すカリフに微笑みかけながらゼノヴィアは続ける。

 

「壊したり殺したりしたかもしれない。だけどカリフはその分だけ弱い人たちの“何か”を守り、救ってきたんじゃないか?」

 

その言葉にまたも目を丸くして驚く。確かに戦いを望まない者に対しては何もすることもなかったし、力を振るったのも弱い者をいたぶって強者面する気に食わない奴らや犯罪を犯した者に対してだけだった。

 

ゼノヴィアの言うような発想はなかった。今まで壊してきた思い出しか無かったから。

 

「あまり人を殺さない方が良いのかもしれないけど、カリフは信じたことにはそれに向かって真っ直ぐ突き進む……そんな所が好きだからかな」

「理由としては曖昧だな」

「それじゃあもっと言おうか? ミカエル様への直談判も嬉しかったからかな?」

「……」

「君は少し自分に厳しすぎる。もう少し自分を褒めてやってもバチは当たらないと思うぞ」

 

余計なお世話……そう言おうかと思ったけど言葉に出なかった。

 

というよりそんな余裕が無かった。

 

まさかゼノヴィアが自分をそんな風に見ていたのかと驚いていたのだから。

 

そうなると益々分からなくなってくる。ゼノヴィアはそれでいいとしても他の皆は?

 

カリフの謎は益々深まるばかりだ。

 

「女って分かんね」

「徐々に分かってきてくれればそれでいいよ」

「……善処したほうがいいのか?」

「そうだね。そのためにもこの合宿が終わったらデートに行こうか」

 

本人としても冗談のつもりなのか軽く言うだけだった。普段暮らしているから分かるが、カリフは基本的に誰かと遊ぶなんてことはしない。

 

もちろん、同居人たちもそのことは既にそのことを知っている。

 

 

次の発言を聞くまでは……

 

「……まあそれくらいなら時間もある。別に構わんが?」

「はは、まだ冗談としか思われて……え?」

 

目を丸くして驚くゼノヴィア……それほどまでに誰もが予想できなかったような返事だった。

 

そんな彼女にカリフは首を傾げる。

 

「なんだ?」

「ほ、本気で言ってるのか? デ、デ、デートって……」

「オレのオツムがそんなに弱いと思っているのか? 受けてやると言ったんだ」

「!?」

 

まさかの大逆転! 絶対に有り得ないと思われた展開にゼノヴィアは思わずガッツポーズを高らかに挙げた。

 

「やった! 勝った!」

「何にだ……あらかじめ言ってはおくがお前の想像しているような物じゃないぞ」

「いや、それでもいい! にしてもどう言う風の吹きまわしだい? まさかベッドとか……よし!」

 

嬉しそうに髪を整えたり、何やらドレスをずらして何らかのアピールするゼノヴィアをスルーして背中越しに答えた。

 

「そうだな……強いて言えば小猫にも言ったように、お前らとも話してみようと思ってな……」

 

夜空を見上げながらの言葉はどこか自嘲に聞こえたゼノヴィアは動きを止める。

 

「良い機会だとは思ってるからな……デートなんてオレには無理だけど、こういう方法でしかお前らとの付き合い方が分かんねえからよ」

「……やっぱりそう簡単に人って変わる訳じゃないね」

「幻滅か?」

「拍子抜けだったほうが近いかな? だけど、そんな真面目さも君らしいかな」

 

自分の思っていたこととは違っていたけど、自分の好きになった男は何だか自分たちに対して一歩踏み込んできてくれたような感じがした。

 

今までは冷たい一言で発破をかけていただけの男が何だか雰囲気が変わった気がした。そのことが何だか嬉しかった。

 

「そうかそうか。まさかこんな日がこんな早く来るとは……」

 

腕を組んで何やら納得しながら頬を緩ませるゼノヴィアを無視してテラスに肘をのせてある一点を見下ろしていた。

 

「ふん……念願の姉妹再会……って訳か?」

 

眼前に黒い猫の後を追う小猫の姿を捉えたその後、カリフの姿は徐々に姿を消してその場から気配と共に消えた。

 

その間にもゼノヴィアは顔を紅くして何やら話している。

 

「そうだ。今度一緒に遊園地にでも行こう。カップルといえば……あれ?」

 

ゼノヴィアが気付いた頃には既にカリフはその場にはいなかった。

 

 

小猫は林の中に入った。

 

パーティーで黒い猫を見かけたときは心臓が破裂するかと思った。今まで封印していたトラウマが弾けたように甦ってしまった。

 

最初は行きたくなかったが、これは自分の問題だと一人で向かうことを決意した。

 

黒い猫に付いて行くこと数分程度で会場周りの森の中へと誘導されてきてみたらとある地点で立ち止まった。

 

その直後、どこからか声が聞こえてきた。

 

「久しぶり」

 

聞き覚えのある声に小猫は声の聞こえた木の上を見上げ、震え上がった。

 

そこには過去の恐怖の対象……同時に唯一の肉親の姿があった。

 

「……何の用ですか? 黒歌姉さま」

 

怒気を含ませた声を向けられた本人は気にする様子も見せずに笑むだけ。

 

「あぁん。折角の再会にそんなに怒ったらあの子に嫌われちゃうにゃ」

 

ウィンクしながら言う黒歌に小猫はなおも黒歌に怒りを向けるが、同時に恐怖を覚えていた。

 

自分の人生を狂わせた猫又であることには違いない。現に黒歌の実力は今のグレモリー眷属の誰よりも凌いでいる。“ある一人”を除けばだが

 

小猫は次の行動を決めかねていた時だった。黒歌の横に美侯が突然現れた。

 

「おぉ! そいつはグレモリー眷属じゃねえか! どうしたい!?」

「にゃはは。ちょっと野暮用ついでに白音もいただこうと思ってね」

 

以前のテロに現れた美侯と親しげに話す黒歌の姿に小猫の緊張は一層濃くなった。

 

「姉さま! まさかテロ集団に!? てことはここに来たのも!」

「その理由はこれから教えるからそこの二人も出てくるにゃん!」

 

黒歌と美侯の視線を追うと、その先の茂みからイッセーとリアスが出てきたことに小猫は驚愕する。

 

「……部長、イッセー先輩」

「よぉクソ猿。これからここを襲撃すんのかよ?」

 

イッセーの問いに美侯はカラカラ笑って答える。

 

「違う違う。俺っちと黒歌は今日非番だったから退屈してたんだけど冥界で悪魔の大きなパーティーがあるっつうんだから来てみたってこった」

「パーティーと言えば料理……もしかしたらって思ったわけにゃ」

「? あなたたちはそれ目的だけで危険を冒してここまで来たって言いたいの?」

 

リアスとイッセーが納得できないように表情を歪める中、小猫だけが黒歌たちの思惑に気付いたように目を見開かせた。

 

「姉さま! 狙いはカリフくんですね!?」

「さっすが私の妹にゃ!」

「小猫ちゃん? 何で分かるの!?」

 

これも姉妹の成せる業なのか……イッセーは姉妹の力に心の中で関心している所を小猫が丁寧に説明してくれる。

 

「昔から姉さまとの間では『楽しいこと+ご馳走=カリフくん』という常識があったので」

「1+1=2と同じくらいに当然のことにゃ! ここ、テストに出るから覚えとくにゃ」

「ねえよそんなもん!」

 

イッセーは心の中で今はいないカリフに叫んでいた。『お前の評価はこんなんでいいのか!?』と

 

そんな中でリアスは口を開く。

 

「あなたがカリフを? あの子の実力を分かってて言ってるのかしら?」

「にゃはは。確かに実力的にはすぐには無理だけどいずれ手に入れる。その前に私はもう一つの目的を済ますにゃ♪」

 

挑戦的なリアスに対して黒歌は笑いながら邪気を発する。

 

「めんどいから殺すにゃ♪ 白音をいただくのもその後でも遅くないにゃ」

 

その瞬間、周りの雰囲気が劇的に変わったのを肌で感じた。その証拠に夜空までもが紫のマーブル状へと変化した。

 

「あなた、魔力や仙術、妖術に加えて空間系の術まで!」

「時間操作はまだ無理だけど空間系は結界術を覚えてたから割かし楽だったにゃ。これならここでド派手にやっても外には絶対にバレないのにゃ」

 

つまりは増援は期待しない方がいいとの警告に似た脅迫

 

イッセーたちも覚悟を決めていたときだった。

 

「リアス嬢と赤龍帝が森に入ったとの報告を受けたと思って来てみたら招かれざる客がいるようだな」

「おっさん!」

 

突如として現れたタンニーンにイッセーが驚愕する中、龍王の姿に美侯が騒ぎ出す。

 

「うおぉぉ! ありゃあタンニーンじゃねえかい! こりゃあやるっきゃねえって黒歌!」

「嬉しそうねお猿さん。いいわよ。龍王クラスの首二つ持っていけばヴァーリも白音のことは不問にしてくれそうだし」

「俺もカウントかよ! やるしかねえってことか!」

「金斗雲っ!」

 

美侯は足元に金の雲を呼びだして雲に乗ってタンニーンの元に飛んでいく。

 

「ふん! パーティーに似つかわしくない邪悪なゲストだ」

「あんたは未来の黒歌の旦那との試合の調整相手になってもらうぜい! 今ここにあいつがいなくてよかったぜ!」

「このタンニーンをウォーミングアップだと? 嘗めるのも大概にするんだな!」

 

互いに売り買い言葉を交わしながら炎のブレスと如意棒が炸裂して大爆発を起こす。

 

その下では黒歌がイッセーたち三人と向かい合っていた。

 

「どうするにゃ? お姉ちゃんの力は白音。あんたがよく知ってるはずだにゃ」

「……」

 

確かにそうだ。今のままではイッセーとリアスの身が危ないと言うことは小猫がよく知っている。

 

だけど、自分が従ったからと言って黒歌が素直にイッセーたちを見逃す保証もない。

 

「小猫……バカなことを考えるのは止めなさい!」

「小猫ちゃん!」

 

自分の思うままに進めばいいのか……

 

「ほらほら、お姉ちゃんがその力の有効な使い方を教えてあげるにゃ」

 

蛇の道へ進むべきか……

 

考えるまでも無い。自分が姉の元へ進めば可能性が低くても見逃してもらえるかもしれない。

 

そうでなくても気を許した一瞬の隙に逃げてくれればそれでいい。

 

「小猫!」

「小猫ちゃん!」

 

小猫は黒歌の元へと足を進めようとしたその時だった。

 

初めてカリフと語った時の夜を思い出した。

 

 

 

 

 

『小猫、最後に先輩からの別にありがたいと言われればそうでもないアドバイスを一つ授けよう』

『……それってアドバイス?』

『そんな目で見るな照れる』

『……』

『冗談だ。そんな邪険にすんなよ。っと言っても今から教えるのはオレがよく心がけていることだ。これができればちょっとやそっとの仙術程度なら正気は保てる』

『そんなことが……』

『簡単なことだ。人並みの言葉で言うとだな……』

 

 

 

 

 

「姉さま」

「どうしたにゃ?」

「……聞いてもいいですか?」

 

その言葉に黒歌が首を傾げる中、小猫は黒歌と向き合った。

 

「あの時……どうして私を迎えに来てくれなかったのですか?」

 

その質問が意外だったのか黒歌やイッセーたちは目を見開かせた。

 

「あの日……姉さまが『はぐれ』になったとき……姉さまは何を想ったのですか? どうして一人になるようなことをしたのですか?」

「……」

「どうして……私を置いて行ってしまったのですか……?」

 

一筋の涙を流しながら小猫は黒歌の目を見て言った。そこには何か大きい意思が見られる。

 

向かい合っている黒歌はそれに気付かないはずは無い。だから黒歌は顔を俯かせた。

 

「聞きたいのはそれだけかにゃ?」

「……」

 

無言で頷く小猫。その表情は悲観でもなければ哀愁に満ちた顔でもない。それは紛れも無く『前へ進む』意思を抱いた者の目そのもの。

 

 

 

そんな白音を前に黒歌は……勢い良く顔を上げて嘲笑を浮かべる。

 

「妖怪が他の妖怪助けるなんてあるわけないじゃん? あんたは足手纏いになりそうだったから置いてっただけ!」

 

非情な言葉が小猫を突き刺す横でイッセーたちも激昂する。大事な仲間を目の前の存在は虫けら程度にしか見てないのだから。

 

「ふざけんな! お前の勝手な行動で小猫ちゃんがどれだけ苦しんだと思ってんだ! 大体なんで今頃になって小猫ちゃんを奪う!?」

「今回、もう一人の仙術使える人材が欲しくなったからにゃ♪」

 

顔は可愛い、イッセーに言わせればそうかもしれないが中身は歪んだ邪悪そのもの。そう感じたリアスは小猫の前に立ち塞がる。

 

「黒歌。あなたはこの世でたった一人の妹を見捨てて力を選んだ……この子は地獄を見たの。他の悪魔には処分されかかった。だから私はこの子に夢を見させてあげたい! この子はグレモリー眷属の戦車の塔上小猫! この子には指一本触れさせないわ!」

 

リアスの言葉にイッセーが感銘を受ける中、小猫はリアスたちの隣へ出てきて姉に告げた。

 

「姉さまがどうして力に溺れたのか……分かった気がします」

「へぇ~……何だって言うの?」

「姉さま……あなたは

 

 

 

大切な物はありましたか?」

「!?」

 

ここで初めて黒歌の顔が歪む。

 

「私は……いっぱいできました。優しい部員の人も皆が好き……だから私は戦える!」

 

 

 

 

『思い出せ。お前が何をしたいのか』

『思い出す?』

『そうだ。気持ちの問題ならその気持ちを強く持てばいい……お前が望むなら可能なはずだ』

『……私のしたいこと……』

『お前は既に答えを持っている。決して疑うな。自分を……自分のしたいことをすればいい。お前は手に入れるんじゃない……それはもうお前の中にある!』

 

 

 

「私は……皆と生きる! 生きたいの!」

 

小猫の心からの叫び。その言葉は互いの心に響いた。

 

イッセーたちには結託を

 

 

そして、黒歌には

 

「じゃあ死ね」

 

絶縁を伝えた瞬間だった。

 

この瞬間、小猫は猫耳と尻尾を展開させ、対する黒歌は薄い霧らしきものを周りに噴き出した。

 

同時にリアスは小猫の変化に驚いた。

 

「小猫! あなたまさか!」

「リアス部長……私はもう逃げません……自分の血を受け入れます……だからこの力で……」

 

小猫は拳を構えて黒歌と対峙して言った。

 

「皆を守ります!」

 

この瞬間、一人の戦士が新たに産声を上げる。

 

自らの血を受け入れし戦士は自分の意思で歩み始めた瞬間であった。



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心に光を……

たいっへん! お待たせいたしました! 最近はリアルの方での試験が忙しくてあまりインできなくなっていたのが原因となっています!

今回の事情は将来に関することなので今回の投稿もできて奇跡というくらいです。なので、皆さまに申し訳ありませんが、もうしばらく作品の投稿は滞りますのでご了承ください!

誠に申し訳ありません!


小猫が猫又としての姿を現す。

 

それはまさに過去との決着を意味する。小猫の真意を知ったリアスたちは小猫に叫ぶ。

 

「小猫! あなた……!」

「大丈夫です! 何とか……何とかしてみます!」

 

口ではそういうものの、やはり怖いのだろうか身体を震わせている。

 

仙術は小猫だけでなく黒歌の人生を狂わせた元凶そのもの。それを使う代償は確かに怖い。

 

だけど、それから逃げても何も始まらない。

 

それが小猫の答えだった。

 

「へぇ……我が妹のことだから使わずに封印していたかと思っていたにゃ」

 

黒歌が面白そうに黒い霧を出しながら呟くと小猫は黒歌を見上げる。

 

「……確かにこんな力はいらない……なんでこんなに怖い物が私の中にあるんだろうって思いました……皮肉ですね。姉さまや私を狂わせたこの力を使わないと私は……グレモリー眷族のお荷物になってしまうんですから……」

「小猫……」

「小猫ちゃん……」

 

自嘲する小猫にリアスとイッセーは複雑な心境の小猫に何も言えないでいる。だが、黒歌だけは小猫の考えていることが分かった。

 

自嘲しているはずなのにどこか悟ったように雰囲気が穏やかだったから……そしてその疑問はすぐに解けた。

 

「姉さま……私は悪魔の戦車……戦車の特性は極限にまで攻撃力と防御力を高めること」

「……」

「なら私はこの力をねじ伏せます! 考えるよりも使ってから後悔します!」

 

黒歌は淡々と返す。

 

「もし暴走したらどうするにゃ? 威勢がいいのは良いけど弱けりゃそれまでにゃ」

「大丈夫です」

 

黒歌の言うことももっともだ。少なくともリアスは黒歌の言葉に衝撃を受けたが、小猫本人は小さく笑う。黒歌やリアスたちはその表情に首を傾げる。

 

「何でそう言い切れる?」

「言われました……私が暴走したら殴ってでも正気に戻してくれる……この世の悪意なんか吹っ飛ばすような規格外な人がいますから」

 

言われた……内容は横暴で現実味のない苦し紛れな慰めにしか聞こえない。

 

だが、黒歌は知っていた。そんな横暴をどんな困難があろうと押し通す人物がいると。それはリアスたちも思い至った。

 

不可能を容易く可能にしてしまう、摩訶不思議でありながら雄大な存在感を兼ね備えた超戦士のことを……

 

黒歌は乾いた笑みを浮かべる。

 

「にゃはは……やっぱりあの子の無茶苦茶は健在かにゃ……通りであの小さかった妹がこんなにも好戦的になるわけだにゃ」

「……好戦的というのは不本意です」

 

気を練り上げていく小猫に対して黒歌は再び邪悪な笑みを浮かべる。

 

「だ・け・ど、ビギナーがしゃしゃった所で仙術を使いこなせる訳がにゃいのよ? いや、それですらも私との力量差は埋まらないにゃ」

「それは……」

「俺を忘れんなよ!」

 

小猫に並ぶようにイッセーがブーステッド・ギアを装着しながら臨戦態勢に入る中、黒歌は目を丸くした。

 

「その神器……あ~、もしかして君がヴァーリを退けた赤龍帝にゃ?」

「そうだ! これでこっちは二人だ!」

 

小猫はイッセーを意外そうに見つめながら声をかける。

 

「イッセー先輩……これは私の……」

「いいや、これはもう小猫ちゃんだけの問題じゃない。君がいなくなったら今のグレモリー眷族はグレモリー眷属じゃなくなっちまう。そんなこと俺は我慢できない!」

「でも、先輩にご迷惑を……」

「いいさ。嫌がる後輩を守るのは先輩の努めだからね!」

「……ありがとうございます」

 

自分は恵まれている。嫌なこと、怖かったこともたくさんあったけど、それがあったからこそ今の仲間に出会えた……

 

姉と自分との違いはそこにあるのだろう。

 

小猫は一人じゃない、だからこそ困った時に助けてくれる人がいる。

 

自分だけじゃどうにもできない時、頼れる人がいてくれる心強さが今の小猫の原動力となっていた。

 

「それに、俺は小猫ちゃんのお姉さんに気になることがあるんだ!」

「何か掴んだの!? イッセー!」

 

リアスと小猫が気になってイッセーの顔を見つめる。そしてイッセーは黒歌を指差して

 

「あの人を是非ドレス・ブレイクで生まれた時の姿を拝みたい!」

 

 

 

 

 

 

 

「何言ってるのかしら?」

「部長! その黒いオーラを閉まってください!」

「……変態の駆逐作業を開始いたします」

「小猫ちゃんも拳を鳴らしながらこっち来ないで!」

 

緊張したムードを壊されたリアスたちは笑顔から一変、己の力を介抱してイッセーへとジリジリ詰め寄る。

 

イッセーはそれでも命乞いの格好しながら弁明する。

 

「お言葉ですが、相手が女の子であれば俺はパワーアップできます! ブーステッド・ギアも俺のイメージで進化してきたのを見てきたなら分かるはずです!」

『その度に俺がどんなに惨めな想いをしてるのか分かってるのか……? あははは……』

「愚痴なら後で聞いてやるから今は黙っててくれ! 本当ごめんね!」

「にゃははは! ヴァーリの言う通り赤龍帝は聞いてたより面白いにゃ!」

 

壊れかけるドライグに謝っているイッセーの姿に腹を抱えて笑う黒歌。そんな黒歌に現実に引き戻されたリアスたちは身構えるも黒歌は妖しく笑って余裕を見せる。

 

「だけど、もう手遅れにゃ」

「なんだと!? 手遅れって……」

「あ……」

「くっ……身体が……」

 

黒歌の真意が分からないイッセーの傍では小猫とリアスがよろめきながら地面に倒れる。

 

「部長! 小猫ちゃん!?」

「あらあら、赤龍帝だから効果が無いのかしら? さっき出してた霧は妖怪と悪魔に聞く毒の霧にゃ」

「なんてことをしやがる! それならお前を倒して小猫ちゃんと部長を!」

「……いえ、私も……いきます……」

 

よろめきながら立ち上がる小猫にイッセーは驚愕し、黒歌は面を喰らったような顔へと変わる。

 

「小猫ちゃん! 大丈夫かい?」

「はい、何とか今は気でエネルギーを保っている状態です。私は行けます。ただ……」

「へぇ……初心者にしてはいいスジだにゃん。だけど、魔力は使えないはずだから戦力とは呼べないにゃ」

 

カラカラ笑う黒歌の言葉に歯を噛みしめるが、すぐに気を取り直してイッセーに耳打ちする。

 

「姉さまの言う通りですが、身体は動きます。ですから先輩は私が姉さまを引きつけている間に力を……」

「だ、だったら俺が……」

「いいえ、これが今の最善策です。部長は逃がそうにも動けない。なら私が……」

「どっちでもいいから速く来ない? 退屈にゃ~」

 

退屈そうに欠伸する黒歌に視線を向ける二人。それに小猫がいち早く動いた。

 

「小猫ちゃん!」

「近接格闘なら鍛えられています!」

 

イッセーの制止の声も聞かずに小猫は木の上の黒歌に向かいながら気を拳に宿す。鍛えられた剛拳と相まってとてつもない凶器と化し、黒歌に振るう。

 

それに対して黒歌は笑いながら軽々と木の枝から跳躍で降りて小猫の一撃を避ける。

 

小猫の拳で枝は折れ、地面に着地して黒歌と向き合う。

 

「驚いた、主さまはあの様なのに赤龍帝と白音は動けるのね? 一応、悪魔と妖怪に効く術にゃんだけど」

「……イッセー先輩は恐らく赤龍帝の力で効かないんでしょう。ですが、私は気で身体を活性化させてるだけです」

「へ~、怖がっていた割には中々味なことができてるにゃん」

「身近に気のスペシャリストがいます。その人がやりそうなことをやっているだけです」

「にゃはは、白音もお年頃ねん♪ 姉としてはとても喜ばしいにゃ」

 

驚いたり笑ったりとコロコロと表情を変えながらも毒の霧を出す黒歌の姿に小猫とイッセーは寒気をを覚える。二人が戦慄する中、黒歌は笑いを止めて怪しい眼光を光らせる。

 

「で・も……赤龍帝はともかく、妖怪と悪魔の両方の力を持った白音にとってこの毒は最も相性が悪いはず……」

「……」

「しかも仙術は長い鍛錬があってこそ真価を発揮する。今の白音じゃもって後数分て所かにゃ」

「く……!」

 

そんなことは百も承知、小猫は少しずつだるくなってくる身体、内側から這いずりまわされるような気持ち悪い感覚を覚え始めていた。

 

(気持ち悪い……これが仙術の副作用……世界の悪意……)

 

身体を弄ばれるような不快感と力を得る高揚……これこそが自分の姉を狂わせた狂気。小猫はそれを必死に抑えながら黒歌と睨み合っていると、後方のイッセーが慌てた口調で叫んだ。

 

「不味い……!」

「どうしました!?」

 

小猫の問いにイッセーの顔は青ざめている。そして最悪の一言が発せられた。

 

「セイクリッド・ギアが動かない! ウンともスンとも言わねえ!」

「なっ!?」

 

その答えに小猫は動揺を隠せなかった。

 

「原因は分からないんですか!?」

「ドライグの話だと今がバランス・ブレイカーの予兆らしいんだ! なにかきっかけさえあれば……!」

 

幸か不幸か、イッセーはバランス・ブレイカー間際にさし当ったとのこと。今回の合宿の最大の課題を迎えることができたのだ。本来は喜ぶべきなのだろうが、今の状況ではそんなに素直に喜べない。

 

それを聞いた黒歌は大声上げて笑った。

 

「厄介な赤龍帝は動けずじまい、チャンスだから撃つにゃ♪」

「!? 危ない!」

 

小猫の横を黒歌の魔力弾がすり抜け、イッセーへと突っ込んでいく。イッセーも小猫も一瞬の動揺のため動けていなかったのか、小猫は魔力弾を見逃し、イッセーは直撃を喰らった。

 

「がはっ!」

「イッセー先輩!」

「く……気にすんな! これくらい屁でもねえ!」

 

直撃して煙を上げているにも関わらずイッセーはガッツポーズで無事を伝える姿に黒歌は眉を顰める。

 

「む、案外頑丈だにゃ。結構、魔力を込めたつもりだけど」

「こちとらそれだけが取り柄なもんでね! 部長だけは死守してやるぜ!」

 

売り買い言葉を互いにぶつけ合う中、間の小猫は今でも増してきている疲労と仙術の弊害に呼吸が若干荒くなりながらも悟られないように構える。

 

「お? 今度はそっちから来るのね?」

「……行きます!」

「!?」

 

小猫の強靭なダッシュで地面が割りながら小猫は真っ直ぐと黒歌に突っ込んで拳を繰り出す。黒歌はそれに虚を突かれたように咄嗟に避ける。空ぶった小猫の拳からは途轍もないほどの風切り音が響いた。

 

「にゃ……」

「まだまだです」

「うにゃ!? ちょっ! まっ!」

 

高速で繰りだされていく拳をギリギリで慌てたように避けていく黒歌との攻防にイッセーは驚愕していた。

 

(すげぇ、合宿前と比べて攻撃が速くなってキレもよくなってる……)

 

見てるだけでも拳の一つ一つから伝わる圧力を感じて傍観する。

 

「……えい」

「どっひゃあ!」

 

静かな一言とは裏腹に地面にクレーターを形成するほどのパンチに黒歌は大袈裟に避けて回避する。その光景を見ていたイッセーは静かに決心した。

 

(……小猫ちゃんを怒らせるのは本当に止めよう……)

 

一通り避けた黒歌は態勢を立て直して小猫の魔力弾を撃つ。

 

「これでおねんねにゃ!」

「!?」

 

黒歌の速い弾には小猫も避ける暇は無く、腕をクロスさせて弾幕を受ける。小猫を中心に爆発が起きた。

 

「小猫ちゃん!」

 

イッセーから悲痛な声を張り上げて後輩の安否を気にしていると、煙越しから人影が見えてきた。

 

「……大丈夫です」

「小猫ちゃん……よかった……」

 

服は焼けてボロボロになっているが、ダメージはないのかいつものようにピンピンしている。後輩の無事を確認したイッセーとは対照的に黒歌は独りでに舌打ちする。

 

「なるほど、ルークの防御力ってわけね……こりゃ骨が折れるのにゃ」

 

苦しそうな黒歌に好機を見出した小猫はここで魔力を高めて黒歌に再び近接戦闘を仕掛ける。それでも数多に繰り出される小猫の拳を避け、受け流したりと黒歌は決定打を許してはくれない。

 

逃げる黒歌を追い掛けながら乱打する繰り返しとなり、その都度に木々や地面を破壊していく。

 

そんな凄まじい戦闘の中でも黒歌は笑みを絶やさない。

 

「にゃはは! 思ってたより強くなってるにゃ! こりゃお姉さんもビックリ!」

「そうですか。それならもっと良い物を見せましょう」

「良い物?」

 

小猫の意味深な一言に首を傾げる暇は無い物の疑問に思っていると、ここで小猫の様子が変わった。というよりも攻撃が少し変わってきた。

 

「おろ!?」

「……!」

 

パンチがメインだった攻撃に蹴りが加わってきた。下段、中断、上段どこからでも向かってくる蹴りに少し意表を突かれたものの慣れてしまえば受け流すことくらいはできる。

 

「甘い甘い♪」

「……」

 

挑発するように笑みを向けられても小猫は動じることは無い。それどころか少し速度が上がってきた。

 

「お、よ、よ、とっと……! 速いのねっ!」

「なら、もっと行きます」

「へ?」

 

その時、小猫のスピードがまた上がった。しかも蹴りまでもが速くなってきて捌くこと自体が困難となりつつあった。

 

「くっ! この!」

「まだです!」

「にゃ!?」

 

また速く……

 

「くぅ!」

 

段々と速くなっていくパンチと蹴りの嵐が黒歌の体力と精神を確実に削っていく。パワーの籠ったパンチと蹴りが嵐のように襲いかかって来るどころか一瞬の隙までも見つからない。

 

パンチと蹴りの引きを狙おうにもその速度さえもが既に常識を逸脱するほどだった。

 

(ちょ! こんなんやばい!)

 

黒歌にはもはや挑発する余裕は無く、高速で襲いかかって来る乱打を防ぐことに精一杯な状況となっている。

 

全ての攻撃が高速で敵を殴りつくす様はまさに拳と蹴りが群れで獲物を狩る獣……

 

これこそがカリフより教わった拳法……狼牙風風拳

 

小猫の小回りの効く小柄な体格と怪力で真価を発揮するとカリフが伝授させた拳法は黒歌を追い詰めていた。

 

だが、小猫が使うにはまだ修業が足りなかったのかもしれない。

 

「……つっ!」

 

拳と蹴りを高速で、しかも連続で繰りだすために筋肉、関節の節々が悲鳴を上げる。得意のポーカーフェイスも崩れかかっていることは自分でもよく感じ取れる。

 

(このままじゃ続かない……! 普段でもまだ一分でも使い続けるだけでしばらく動けなくなるのに……!)

 

危なっかしく避ける黒歌に渋い顔を向けながらも苦悶をできるだけ隠そうとする。故に、勝負を仕掛けるときはすぐにきた。

 

小猫は乱打を止めて黒歌を見据える。

 

(止まった? やっぱり限界が来たのか……)

 

黒歌が分析していると、その考えを改めさせることが起こる。

 

小猫の身体がゆっくりと傾き、前のめりに倒れているようにも見えた。

 

だが、近くの黒歌は違った。小猫の態勢は疲労だとかそんなものを感じさせない……屈んで力を溜めている……ようにしか見えない。

 

「やばっ!」

「すいませんが、打ち込ませていただきます」

「!?」

 

小猫は両の手に魔力と気をブレンドさせたオーラを溜める。

 

「す、すげぇオーラだ……なんだか不思議だけど力強い……」

「小猫……」

 

イッセーとリアスが見つめる先で遂に小猫の準備は整った。だが、いつもの小猫の姿勢とは少し違う。

 

互いの手首を合わせ、掌を黒歌に向けて構えるは、いつも身近で見てきた構えだった。

 

「かぁ……」

 

武術は模倣から始まる

 

「めぇ……」

 

一番最初に教えられた教えを忠実に守り、小猫は何も無い空間からエネルギーを作り出す。

 

「はぁ……」

 

作り上げたエネルギーを止まらせて力が溜まるまで維持するイメージ

 

「めぇ………」

 

そして、技を使う人と自分の姿をシンクロさせるイメージで……

 

 

滅多にみることのない全てを薙ぎ払う必殺の砲撃

 

その名も……

 

「波ぁ!」

 

亀仙流奥義……『かめはめ波』

 

「うあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

小猫の両手から放出された巨大なオーラをあっという間に黒歌を飲みこんだ。

 

それどころか木々を焼き払い、地面を抉りながら猛威を振るう。

 

その姿やまさにエネルギーの暴風雨

 

カリフに比べたら威力もサイズも口ほどにはないかもしれないが、それでも絶大な威力には違いない。

 

やがてエネルギーはエネルギーを失って自然消滅した。

 

「はぁ……はぁ……」

「小猫ちゃん!」

 

体力を消耗しきった小猫は息切れを起こしてその場に倒れた。

 

イッセーが小猫の身体を起こして介抱してやる。

 

「小猫ちゃん……!」

「やった……やりました。先輩……」

「あぁ……凄かったよ! 本当に……!」

 

笑いかけてくるイッセーに釣られて笑みを浮かべる。

 

だが、その後にイッセーの表情が沈むのを見て小猫は訝しげに思う。

 

「ごめん……俺、何もできなかった」

「イッセー先輩……?」

 

悲しそうに俯くイッセーを見上げる小猫は黙って聞いている。

 

「今でもバランス・ブレイカーになれるかどうかの瀬戸際だっていうのになんの変化も無いんだ……タンニーンのおっさんの修業でも、カリフとの戦いでも俺は……強くなれなかった……」

「……」

「歴戦の赤龍帝は皆早くにバランス・ブレイカーに至ったんだ……俺だけなんだよ……こんなにももたついてる奴は……ダメなんだよ、俺は……」

 

後輩を守れなかったイッセーは小猫に謝罪するかのように泣き崩れる。

 

いつものエロくて賑やかな一面とは程遠い弱々しい姿……

 

だけど、それは違う。

 

「それは違いますよ……」

「え?」

 

疲労でいつもよりも小さい声だったが、それはたしかにイッセーの耳に届いた。

 

「だって……」

 

小猫が慈愛に満ちた表情を浮かべてイッセーの涙を拭こうと手を差し伸べた。

 

 

ドクン

 

「!!」

 

まさにその時だった。

 

小猫は自分の鼓動を感じ、それと連なるように強い不快感を感じた。

 

「小猫ちゃん?」

 

胸を抑えた小猫を心配するイッセーの返事に答える余裕までもが一瞬で消え去った。

 

 

それは突然のことだった。

 

小猫ちゃんが仙術でお姉さんを倒し、介抱している最中に小猫ちゃんの容体が急変した。

 

「はぁ……あ……あぁ……」

 

胸を抑えて息も荒くなっている!

 

「小猫ちゃん!? どうしたんだよ!?」

「小猫!?」

 

まともな呼吸もできずに俺の胸の中で苦しむ小猫ちゃんに呼びかけてもただ苦しむだけ。一体どうしちまったんだよ!

 

そう思っていると、未だに毒に苦しむ部長が何か分かったかのように目を見開いた。

 

「まさか……仙術の副作用が」

「大あたりだにゃー♪」

「「!?」」

 

部長の声の途中で別の声が紛れこんだ。そんな、だってあいつはさっきので……!

 

俺が周囲を見回している時、俺の背中に強い衝撃が襲った。

 

「がはっ!」

「イッセー!」

 

い、いてぇ……なんだよこれ……

 

小猫ちゃんを離してしまい、何かがぶつかった衝撃に前方の木に当たるまで吹っ飛ばされた。

 

激痛を感じながら地面に倒れると、視界には苦しむ小猫ちゃん……そして……

 

「あ~あ、訓練も何もしないままであんな攻撃するからこうなるんだにゃ」

 

小猫を眼前に見下ろすお姉さんがいた。目が据わってさっきまでの笑みも浮かべていない。

 

しかも上半身の着物はボロボロなのにダメージが無い。そんな、今の攻撃で無傷ってどういうことなんだよ!?

 

俺の視線に気が付いたお姉さんは少し笑みを浮かべながら口を開く。

 

まるで手品の種明かしをするように……

 

「ふふん、簡単なことだにゃ。魔力と仙術のミックスオーラを扱えるのは白音だけじゃないってこと」

「そ、それが一体……」

「仙術に関しては私が圧倒的に経験積んでるからさっきの破壊力だけの攻撃なんて防ぐことなら朝飯前にや。こんな風に全身にオーラ纏わせて防御することなんか訳ないにゃ」

 

全身から感じるオーラ……それで小猫ちゃんの攻撃を……!

 

ここで部長が口を開く。

 

「黒歌……まさか小猫は……」

「御明察。白音は加減もせずに周囲の気を取りこんだ……俗に言う悪の気ってやつもね」

 

や、やっぱりか……なんて無茶なことを、小猫ちゃんっ……!

 

俺は小猫ちゃんに対しても、また、そこまで追い詰めた自分の非力さを恨む。

 

今、小猫ちゃんは悪の気に身体を浸食されている。このままじゃあ自分さえも見失ってしまうほどに……!

 

(ドライグ! バランス・ブレイカーは……!)

(まだだ! 何かきっかけさえあればすぐにでも!)

 

きっかけって何だよ!? 仲間が苦しんでんだ! これ以上のきっかけなんて必要なのかよ!?

 

「あ~でも安心するにゃ♪ 私たちの元にさえ来れば白音も力を覚えて苦しむ必要もなくなる。あんたらも見逃してあげる。それで皆ハッピーだにゃ」

 

な、なんだと!?

 

俺は黒歌のふざけた提案に怒ろうとしたとき、真っ先に部長が俺の行動を追い抜かした。

 

「ふざけないで! そんなことさせるものですか!」

「にゃはは! そんな格好で吠えても滑稽なだけだにゃん」

 

部長の激昂にも意を介さず黒歌は苦しむ小猫ちゃんに屈んだ。

 

「白音いこ? ここにいてもなあんにも良いことなんかないにゃ。私たちとくれば私があなたを強くしてあげる」

「あぐ……! おえ! あが……!」

 

止めろ! 小猫ちゃんはそんなこと望んではないんだ!

 

その子は無口で毒舌で怪力で小柄だけど、仲間や皆に優しい……今を幸せに生きている女の子なんだ!

 

なんだよクソッ! 何で俺だけが皆よりも遅れてるんだよ!? アーシアの時も、フェニックスの時も……俺は一人じゃ何もできねえじゃねえか!

 

誰かの助けが無けりゃ仲間も守れねえ……! その子を好きな人と……あいつと一緒に居させてやる力もねえのか!?

 

悔しさで溢れる涙で歪む視界では小猫ちゃんに手が迫っていく。

 

もう駄目だ……

 

 

 

俺も

 

 

 

部長も

 

 

そう思った。

 

 

 

 

 

 

「イラつく野郎だ……いつまでもダラダラウジウジとよぉ……!」

 

そんな時だった。

 

俺の耳にこの場にはいないはずの声が……

 

あの聞き慣れた力強い声が聞こえてきた。

 

 

 

気持ち悪い……

 

何かが身体の中に入って来る感じ……何かが身体の周りに纏わりついて蠢いている感じ……

 

生物だとしてもここまで気分を害させる物はそういない……それほどまでに気持ちが悪い……

 

それと同時にこのまま眠ってしまいたい欲求にも駆られてしまう。

 

それが駄目なことは頭じゃ分かってるのに……!

 

(あぁ……ひゃ……!)

 

不快な感覚と共に生じる新鮮な感触に身を委ねたい……そうとさえ感じてしまう。

 

(や……だ……こんなの……)

 

もし、この快楽に負けてしまったら私はもう“戻れない”だろう。

 

もう皆で笑い合うような日常にはもう戻って来れなくなるかもしれない……

 

(怖い……怖いよぉ……)

 

様々な負の感情が頭の中を駆け巡り、思考を犯してくる。

 

それなのに抗えど抗えどもこの悪の気は私の身体を弄ぶ。

 

弄ばれる私の身体と頭ももう限界に近付いて来る。

 

(…………フ)

 

だからだろうか……もう頭の中にはあの人の姿しか写らないよ……

 

(……リ……)

 

私の全てが始まったあの日

 

(カ…………)

 

私の全てが始まったあの場所

 

 

(カリフ……くん……)

 

こんな私に真剣に向かい合ってくれた人の姿が頭の中に浮かんで……

 

 

 

 

 

 

「おい、寝てる暇なんかねえぜ? しっかり気を保てよ!」

 

いつものように力強い声と共に暖かい手が闇に沈みゆく私の手を掴んだ……

 

「これが世界の悪ってか? ちっちぇえなぁ」

 

夢か現かも判断できないほどに意識が朦朧としている私の耳には何も声が聞こえてこない。

 

「今までサイヤ人ってだけで向けられた“宇宙の悪”ってんならこんなもん、屁でもねえ。まるで子守唄の心地だ」

 

……いつものような不敵な笑顔……だけどそれでいて安心させてくれる不思議な人……

 

「にしても、しょっぱなから“かめはめ波”とは流石のオレも恐れ入った……お前のセンスも中々なものだったんだな」

 

彼は片手に光を放ち、暗闇の世界そのものを光で飲みこんだ。

 

「だから、さっさと戻って何もかも片付けるぜ。今日だけはオレからの出血大サービスだ!」

 

それは悪魔に害する“光”とは違う

 

 

私の全てを、私の身体に巣食った“悪”を滅ぼし、私を包むような暖かさを持った“光”

 

 

心のもやは晴れ、再び湧きあがる情熱が甦る。

 

これならもう一度戻れる!

 

どこへかって?

 

 

決まっている

 

 

私の戦う場所へ……私が行きたい所に

 

 

仲間の、あの人の……元へ!



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バランス・ブレイカー(改定)

すいません! 手違いで消してしまいましたのでもう一回アップします!

それと内容も少し増やしたのでまた見てください。


皆諦めていた。

もう何もできない所だった。

 

「まったく……手のかかることで」

 

だけど、目の前に突然、本当にどこからともなく現れた後輩にこの場の全員が目を見開いた。

 

「カリフ……なんで……」

 

部長が苦しげに闖入者……カリフに聞いた。

本人は小猫ちゃんの肩を掴んだまま俺たちを油断なく見据えていた。

 

「カ、カリ……」

「おいおい、普通はお涙頂戴のシーンのはずだろ?……なーにしてんだこの泥棒猫ぉ」

 

小猫ちゃんの姉であり、第一級はぐれ悪魔である黒歌がさっきまでとは違って驚愕して目を見開いている。

黒歌も突然のカリフの出現と共に小猫ちゃんから距離をとったにも拘らず明らかに空気が変えたのが俺でも分かる。

 

「あ……ぅ……」

 

カリフに身を任せていた小猫ちゃんが目を覚ました!

よかった……何だか落ちついているようだ。

黒歌が更なる驚愕を隠さずに聞いた。

 

「意識が戻ってる!? あの大量の悪の気を一瞬で!?」

「気は長年オレとともにある力でね……小猫の内に渦巻く不純物を探って排出させるくらい容易い」

 

やっぱり、さっきまでの小猫ちゃんの異常は仙術の副作用……それを取り除いたのはカリフだったのか。

そこまで聞いた黒歌は再び笑みを見せるが、それは皮肉を込めるように挑戦的な笑みだった。

 

「まさか私と本当に戦うのにゃ? その子の姉である私と……」

「そうさ殺しはしない……曲がりにもお前には一時的でも世話になった恩があるし」

 

恩? そういえば小猫ちゃんは昔からカリフの家で世話になってるって言ってたっけ……まさか黒歌ともその時に。

考えていると、カリフが仕返しと言わんばかりに挑戦的な笑みを見せる。

 

「だが、お前如きなら殺さずとも無力化なり黙らせるなりどうとでもできるんだぜ?……それを知らんお前ではあるまい?」

「くっ!」

 

黒歌が歯ぎしりして悔しがる。

その後、黒歌が悲しそうに表情を歪ませる。

 

「これはかな~りマズいにゃ……」

 

あの黒歌が悲愴を漂わせる姿に俺たちはまた驚かされる。

力に魅入られてはぐれ悪魔たちは皆、狂気しか見せてこなかった。

だけど、黒歌は今までのはぐれ悪魔とは違う……何だか人間らしいとさえ思った。

悲しそうに訴える黒歌にカリフは笑みを止めて真剣な表情で返す。

 

「悪いがこれはオレの意地だ……小猫はお前と共に行くことを拒んだ。今のオレはこいつの監督なんでね、教え子をむざむざ渡すこともなければ最大限にこいつの意思を尊重してやるのさ」

「……それが答えなの?」

「あぁ……これでもお前には罪悪感を覚えているよ」

 

互いに睨み合う二人

そこで、小猫ちゃんが目を覚ました。

 

「う……ん……」

「おはよう。随分と無理をしたものだ」

 

カリフの姿を捉えた小猫ちゃんは驚いて目を見開いた。

 

「あれ……私……え? カリフくん何でここに……?」

「……まあそこは後でいいだろ。うん」

 

何だ? 急にカリフの様子が変わって目を逸らした……

まさかとは思うけど……

 

「お前……そういえば部長の宅に待機だったはずだったと思うけど……」

「あなた……もしかし」

「さて、とりあえず大体の事情は分かった」

 

誤魔化した!? 部長の言葉を遮って状況分析を始めやがった!

 

「何してんのお前!? いくらなんでもこれは無茶苦茶すぎんだろ!」

「……すんなりと引き下がったと思ってたら……」

「カリフ……あなたって人は……」

 

俺たちから総スカンを喰らわされているにも拘わらずにカリフは腕を組んで我関せずだった。

 

「それにしても前に一度だけしか見せたことのないかめはめ波をいきなり使うとはな……もう随分と弱っただろうに」

「いや、まずはこっちの話をだな……!」

 

俺たちの方は見ようともせずに淡々と話していく。

分かりやすい棒読みで

 

「そして無様に転がっている王(笑)と成長の止まった変態ドラゴンか……マジワロす」

「……後で覚えておきなさい……」

 

毒に苦しみながらもカリフに対して怒気を含んだ声を投げかけるもカリフは無視して俺の方を向き直った。

 

「で、お前は何してんだ? 小猫一人に戦わせて……」

「い、いや、それが……」

 

俺は今までのことを簡単に説明した。

神器が動かなくなった訳を話す。

話し終えるとカリフは溜息を吐いた。

 

「お前ねぇ……神器の本質を忘れてねえのか?」

「本質……?」

 

首を傾げる俺に呆れてさっきよりも深い溜息を吐く。

 

「今お前がすることは何だ? ウジウジと戦えないことを悔やむことか? それともいらん義務に押しつぶされることをいうのか? どうせ『後輩が戦ってるから俺が~』とか思ってんだろうが」

 

自分でも充分に自覚していることを責められて叫び返す。

 

「じゃあどうしろってんだ!」

「簡単だろ! ヒーローにもなれねえお前ができることが一つあることを忘れたのか!? 『何をしなけれならないか』なんて考えんな! 『自分がどうしたいか』を考えろ!」

「!?」

 

自分が……どうしたいか……

 

「神器は持ち主の欲望に呼応して姿形を変える代物だ……なら、お前はお前のしたいことをしてみろ!」

 

俺の……したいこと……

押し付けや義務じゃない、俺がやりたいこと……

そうか! そういうことなら!

 

「おら、さっさとしろ。あのロンギヌスで名高いブーステッド・ギアのバランス・ブレイクを一目見てみたいからな」

「……あぁ、言われるまでもねえ! 見せてやるよ!」

 

俺は欲望に身を任せることにして部長の元へと駆け寄った。

 

 

走っていったイッセーを見送り、カリフは再び黒歌と向かい合う。

だが、再び顔を合わせてみると黒歌は先程までの悲観した表情は消え、どこか納得したかのように見えた。

 

「どうかしたか?」

「いんや、すっごい久しぶりだったから忘れてたんだけど、さっきのやり取りを見て思い出したにゃ」

「あ、そう?」

 

カリフはよろめく小猫をゆっくり立たせてから離す。

 

「お前はイッセーんとこに行ってろ。このじゃじゃ猫の見張りは受けてやるよ仕方なく」

「で、でも……」

「オレ以外でこいつを見張れる奴はいねえだろうが。ほら、さっさと行った行った」

「……気を付けて」

 

小猫にもそんなことは分かっている。

それでも不安になってしまうのは仕方が無いことだ。

カリフは敵にはとことん容赦がないのだが、身内に少し甘い面が見られるから黒歌相手に油断とかしないかどうかが不安だった。

だけど、ここはカリフの戦士としての素質を信じるしかないと思ってイッセーたちの元へ向かう。

 

「あ、そうだ。一つ言っておくことがある」

「……なに?」

「えぇ……まぁ……さっきのは訓練もせずにいきなり仙術っつーのは関心しねえけど、まあ、センスはそれなりにあるっつーか……なんだ……」

「? 何が言いたいの?」

 

疲労でおぼつかない足取りで戻る小猫を呼び止め、目を合わせずに背中合わせで要領得ない口ぶりに可愛らしく首を傾げている。

不思議に思っていると、苛立ったのか自分の髪をボサボサと掻き乱す。

 

「要するにだな! お前にしてはよくやったってことだ……」

 

大きい声がだんだんと小さい声になっていくが、小猫にははっきりと聞こえた。

多少乱暴ではあるが、あのカリフが認めてくれた……

 

「用はそれだけだ! 速く去れ!」

「う、うん!」

 

再び一際大きい声を出して追い返すカリフだが、小猫、いや、周りからしたら照れ隠しにしか聞こえないほど声が慌てている。

不謹慎と思いながらも小猫はそのことを嬉しく思いながらもこの場を去っていった。

その様子を見ていた黒歌が優しく笑いかける。

 

「にゃはは……ちゃんとお兄ちゃんしてるようで安心したにゃ」

「ナマ言ってんじゃねえ……」

 

鼻を鳴らしてそっぽを向くカリフに黒歌は安心した笑みを浮かべる。

それを見たカリフはいつもの調子に戻って黒歌と向かい合う。

 

「ふん、そうやってまた本性を隠すのか?」

「なんのことかにゃ?」

「白々しいんだよ。お前如きがオレを欺けられる訳が無い」

「……」

 

俯く黒歌にカリフは今日で何度目かの溜息を吐く。

 

「これじゃあどっちが年上か分からねえな……」

「にゃはは……カリフが他の子より達観してるだけにゃ」

「でなければお前らとも生活なんてできなかっただろうが」

 

二人は昔を思い返しながら話を続ける。

すると、カリフから思わぬ提案を受ける。

 

「またいつか家にでも来いや。親たちが会いたがってるからな」

「またそれはいつかの機会にゃ。今の立場は複雑で」

「長引くようなら無理矢理首根っこ掴んで行くから心配するな」

 

カリフは戦意を引っ込め、目を瞑っ近くの木にもたれかかる。

 

「偽りの仮面を外して、素っ裸になって全部さらけ出せるような場所なんてうちしかねえからな」

「にゃはは。何それ口説いてんの?」

「口説けば来るのか?」

 

さっきまで敵対していたはずなのに二人の間の空気がどことなく優しい。

傍から見れば良い雰囲気なのだが、そんな空気はこの後すぐに壊されることになる。

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!』

『至った! 本当に至りやがったぁぁ!』

 

後方から凄まじい光と共にドライグの歓喜の声が響いた。

それを聞いたカリフはフっと笑う。

 

「で、どうする? 教え子が強くなっちまったけど?」

「最初からそれを狙ってたんでしょうが……まあ、不利になったのは事実だからもう帰るにゃ」

「随分とあっさり帰るんだな。小猫はどうするよ?」

 

そこまで聞くと、黒歌は身を翻しながら言う。

 

「白音はそこにいた方が何かと都合がいいから預けるにゃ」

「ま、そういうことにしてやるよ」

 

素直に引きさがっていく黒歌にカリフはつまらなさそうに口を尖らせていた。

そんなカリフに黒歌は振り向いて気持ちいい笑顔を見せる。

その笑顔が逆にカリフの神経に障った。

 

「……なんだ?」

「さっき白音を褒めてた時の照れ顔は可愛かったにゃん」

「帰れ! クソ猫!」

「にゃん♪」

 

カリフの砲撃を軽口混じりに転移の術で避ける。

軽めとはいえ、カリフの砲撃は木々をなぎ倒して林を見事に禿げさせた。

 

「加勢にきたぞ!ってあれ? 黒歌は?」

「知るかあんな馬鹿猫!」

「?」

 

赤い鎧を着けたイッセーが何のこっちゃ?……と首を傾げていると、カリフはイッセーに振り向く。

 

「つーかおせえんだよ! このノロマぁ!」

「ぐぼぉ!」

 

八つ当たり殴られた顔面の兜にヒビが入り、イッセーは地面に大の字に倒れた。

カリフは少し気が晴れたのか倒れるイッセーを放置する。

 

「ふぅ……少しは気が済んだ」

「お……俺が何したんだよ……」

「何でもかんでもやることが遅いんだよ。本当に人生ナメとんのかテメェは」

「えぇ~……そんな理屈ってアリか……よ……」

 

殴られたイッセーはダウンして気を失う。

それを確認したカリフは少し気が済んだのか踵を返す。

 

「さーてと、五月蠅くなってきたしそろそろ……」

「帰れると思ってるのかしら?」

「チッ!」

 

後ろから肩に手を置いて引き止めるリアスに盛大な舌打ちを鳴らす。

それと同時にリアスの手も震え、力が強くなる。

 

「あれ? さっきまで弱ってたのに……」

「イッセーのバランス・ブレイクに至った魔力の爆発で毒の霧は全て吹っ飛んだのよ」

「あぁ、道理でさっきより視界がよくなったと思ったら、あぁ、なるほど……」

 

ブツブツ呟いてその場から帰ろうとするも、リアスの手はガッチリとホールドしている。

流石は上級悪魔、回復速度も逸脱している。

 

「私たちを助けてくれたことには感謝しているけれど、私たちの決まりを破ったことに関しては言わせてもらうわ。今夜は私とお母様、グレイフィアのありがたいお説教を上げるから」

「はっはっは! それなら耳栓を買っていこう! 雑音があっては快適な夜も気分が悪くなるからな」

 

誰もが恐れる女性たちを恐れる様子も見せずに高笑いを見せる。

普段のリアスならそれだけで激怒する所だが、今回は幾らなんでも勝手が過ぎる。

それ故に彼女は普段は考えださないような策をすんなりと引っ張り出してきた。

 

「ミリキャスともお話するのよ♪」

「はっはっは……はい?」

 

この時、満面な笑みのリアスに対し、カリフの得意気な表情はすぐに瓦解し、目を丸くしてキョトンとする。

 

 

結局、パーティー襲撃のことが原因でパーティー自体が中止となり、予定よりも早めにグレモリー眷属たちは戻って来た。

戻って来たイッセー達を出迎えるようにヴェネラナ自身が入口の前にまで来ていた。

 

「良く無事に戻ってきましたね」

「ただ今帰りましたお母様」

 

にこやかに親子の挨拶を交わした後、ヴェネラナは真剣な表情に引き締める。

 

「それで、黒歌が来たということだけれど」

「はい。彼女の狙いは小猫でしたが、小猫自身やイッセーの活躍、そしてカリフの協力の下に危機を脱しました」

「そう……それなら良かったわ」

 

最悪の事態が無かったことを知るとヴェネラナの表情は安堵から緩む。

実娘のリアスが襲われた、と報告を聞けばどんな親だろうと心配はするだろう。

その反応は当然と言える。

 

「ですがまだ気を引き締めた方がいいでしょう。お母様もお気を付け下さい」

「それくらい百も承知です。あなたが心配するようなことではありません」

「ふふ。そうでしたわ」

 

互いに不敵な笑みを浮かべて笑うリアスとヴェネラナ

それを眺めていたグレモリー眷属は誰もがこう思った。

何とも強く、頼もしい親子だろう……と

そう思っていると、リアスは思い出したかのように問いかける。

 

「そう言えばカリフはどうしていますか? 先に帰らせたのですからもう着いている……はずですが」

 

リアスはパーティー中止の前にカリフをグレモリー邸に帰していた。

強く言い聞かせていたのでとっくに帰っているはずだ。

むしろ帰って無かったら本気でキれていたのかもしれないが。

 

「彼ですか? 彼ならとっくにミリキャスからお説教貰って部屋で休んでいますよ」

 

ヴェネラナはその時の光景を思い出しながらクスクス笑う。

自分よりも一回り小さい子供からお叱りを受けるカリフがよほどシュールだったのだろう。

普段の彼を知るイッセーたちも苦笑する。

 

「あらあら、流石の彼もミリキャス様には敵いませんね。うふふ」

「うむ。子供に優しいのは良いことだな」

 

朱乃とゼノヴィアが想像しながら笑みを浮かべる姿に全員がその意見に同意する。

 

本人が聞けば怒るだろうけど。

 

「ふふ……あの子もこれで少しは懲りればいいのだけどね」

「……我が強いからそう簡単にはいかないと思うのですが」

 

小猫の言うことに皆が納得する中、皆の傍から魔法陣が出現して中からグレイフィアが現れた。

 

「積もるお話があるでしょうが、屋敷にお戻りください。このような所にいつまでもいたら疲れも取れませんよ」

「そうだったわね。ベッドもお風呂も準備は済ませているので明日に備えてください」

「「「はい!」」」

 

ヴェネラナとグレイフィアの好意に全員が気持ち良く挨拶を交わし、屋敷へと戻っていく。

 

こうして、彼らは一晩を明かして明日のゲームに備えるのだった。

 

 

襲撃があったその夜、アザゼルは自室でサーゼクスと連絡を取っていた。

要件は例の無差別誘拐事件についてのこと。

そしてカリフが一応の形でその案件を受けたことについての報告だった。

 

「じゃあその事件はカリフをメインに進めるってことでいいんだな?」

『そういうことになるね。上層部も天界も賛同してくれた』

 

カリフが老害と称した上級悪魔までもがカリフの行動を容認した……これはこれで一つの障害が消えたと言える。

恐らくはセラフォルー辺りが強く勧めたのだろう。

 

もっとも、未だに襲われているのはエルフやダークエルフ、もしくは下流層の悪魔とかが被害の対象となっていることも原因の一つだろう。

それに上級悪魔もいたら面子を気にして余計なことをしてたかもしれない。

 

『基本的には彼とリアス、そしてシトリー眷属が動くかもしれないな』

「そうか……何か変わったなあいつは」

 

基本的に今のカリフはシトリー、グレモリーなどにはそれなりの信用を見せている。

その姿は当時、旅に出ていた頃のカリフをよく知る者たちからしたら想像もつかないのだろう。

 

「今のカリフを見たらオーディンのじいさんは目を疑うのが頭に浮かぶぜ」

『今よりも凄かったのかい?』

 

サーゼクスが興味本位で聞く半面、アザゼルは眉をしかめながら口を開いた。

 

「昔のあいつなら『お前らのイヌではない』といって突っぱねるのが当然だった。だけど、あいつは割と素直に受け入れた。それに、さっきもミリキャスから黙って説教を喰らっていた」

『はは。彼は子供が苦手だとグレイフィアから聞いたよ』

「確かにあいつは子供には比較的甘い方だ。だが、最近のあいつはなんだか大人しすぎる……」

 

微笑ましいサーゼクスとは別にアザゼルは今のカリフの事態をどこか複雑な心境で思っている。

小さい頃からのカリフを知るアザゼルとしては今のカリフの姿はあまりに弱々しかった。

 

「多分、あいつは宙に浮いたまんまだ。有り余る力を吐き出せずに鬱憤だけが溜まっていってるんだろうよ」

『この前はカテレア、さらにはコカビエルとも戦ったのにかい?』

 

アザゼルはサーゼクスの質問を鼻で笑う。

 

「あいつにとってはそれ等は戦いですらなかった。いや、もしかしたら暇つぶしにもなって無かったんだろうな」

『……』

「この前にイッセーに負けたことを聞いて少しは変わると思ってたけどなぁ……結局それも空周りってやつだ。あいつはこれで油断することも無くなっただろうけど」

 

通信機を持ったまま自分のベッドに横たわる。

 

「生まれた時から既に生物の頂点……十年ちょっとでこの世の命運さえも帰られるような強大な力を手に入れた代わりにあいつは『目標』を失った」

『だが、聞けば彼には勝ちたい相手がいると……』

「俺の推測だけどよ、そいつ等はカリフにとってとても大きい……大きすぎる相手だろうな。目標が大きすぎて逆に虚無感に入っちまった。いつぞやのヴァーリみてえにな。いや、まだヴァーリの方がマシだな。あいつにはちゃんとライバルがいる」

 

昔を想い浮かべながらまるで思い出のように話していく。

 

「学校のテストみてえに絶妙な目標が無いあいつはやる気を……牙を失いかけた獣にしか見えねえ。宙ぶらりんだ」

『だがアザゼル……』

「分かってるよ。本当はあいつみたいな敵が現れないことが一番いいことだ。あいつにとっては苦痛かもしれねえが」

 

戦いがあるから生きた心地がする……以前にカリフから聞いた言葉だった。

だが、今のカリフはその生きがいに滅多に巡ってこない。

 

三勢力が協定を結んでからというもの、戦意を維持させるような戦いがあまり起こらない。

 

その現状がカリフにとっては苦痛であるのだろうとアザゼルは考えていた。

 

「まあ、あいつのことは俺に任せてくれ」

『あぁ、それじゃあまた仕事に戻るとするかな』

「おう、こんな時間までご苦労だったな」

『それじゃあ』

 

ブツッと切れた通信機を寝台の横にある小さなテーブルの上に置き、暗い部屋の中でこれからのことについて考える。

 

「お前はどこまで行っても問題児……てか。どうするかなぁ……」

 

とりあえず、なるようにするしかない。

そう無理矢理自分を納得させた後、目を閉じて眠りに入ったのだった。

 

~後書き~

 

次回もまた遅くなりますが、試験が終わればまた再びアップします!

 

書いてて分かりますが、最近の主人公の心情の変化を書かないと読み手の人も誤解したままになってしまいますので。

 

それではまた会いましょう!



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夏の終わり……新たな影

長い間お待たせして申し訳ありませんでした!

やっと……やっと大学院の試験が終わったぁ!
これで来年ニートになる心配はなくなったのでひとまずは安心できます!

ですが、未だに大学のテストも控えているので油断はできません。これからすぐに続きを書くのは時間がかかってしまいます。

とりあえず、今回の章はこれで無・理・矢・理終わらせることにしました!

今日久しぶりに執筆したので場面が飛んでいるとか勘弁ください……

知っている人もいるでしょうが再度通知させていただきます。

今現在、なのはの小説では『前半部が特定の作者の人とダブっている』という声が多くありましたので急遽、改めて書き直そうと非公開状態にさせていただきました。

その件はその作者さまご本人とお話しさせていただいていたのですが、やはり私はオリジナルと自作小説のお決まりパターンを壊す方向で現在進めております。

よってもうしばらくお待ちください。

長くなってしまいましたが、それではどうぞ!


パーティーが終わった次の日はなんとなくだが気分が乗らなかった。

 

理由は分かっている。

 

中途半端な怠惰、言わば不完全燃焼という奴だ。

 

今まではイッセーたちの稽古、サーゼクスたちの依頼、そしてリアスやソーナからの仕事の依頼で保ってきたテンションも尽きかけていた。

 

黒歌の襲撃が一時の興奮を目覚めさせたのも束の間、事情を知るや否や戦意が失せた。

 

何故こんなにも倦怠感を抱いているのか……

 

「カリフ。そろそろ」

 

自室のノックと共に聞こえてくるゼノヴィアの声に思考が現実に戻る。

 

ベッドに寝転がっていた身体を起こして返す。

 

「分かった。先に行っててくれ」

「あぁ、では待っているぞ」

 

遠ざかっていく足音を確認していつもより重い体を動かす。

 

「……ダリぃ」

 

だが、こんな表情を見せるのはこれから戦おうというリアスたちにはさすがに失礼だと分かっている。

 

頬を叩いて表情を引き締める。

 

これによって表情は引き締まったが、同時に新たな疑問が浮かんだ。

 

 

 

何故、ここまで他人に気を遣わなければならないのか……

 

「……ちっ、朝から最悪だ」

 

いつになく迷っている自分を嘲笑しながらイッセーたちの元へと向かう。

 

 

 

本日は晴天、グレモリーとシトリーのレーティングゲームには絶好のゲーム日和だ。

 

 

カリフたちが試合会場に着いた直後、カリフは欠伸しながらリアスたちと別れる。

 

「随分と急いでるのね。私たちに激励とかは無いのかしら?」

 

リアスが茶化すような口調で言ってくる。

 

黒歌襲撃の時の軽口を根に持っているのか。

 

「お前はオレが暇に見えんのか?」

「「「……」」」

「おうコラ。言いたいことは言っても良いのよ? ん?」

 

こいつらは普段からオレをどう見ているのか。

 

失礼極まりない。

 

優しく問いかけているのに目を逸らす行為も頂けない。

 

減点だ。

 

「今から席取っとかねえと立ったままの観賞になっちまうからできるだけ早めに行きたいんだよ」

「あら? 魔王様と一緒にVIPルームで観戦の筈じゃあ……」

「断った。つまみが出るのは良いが、こういう泥臭い試合を見るには違和感があり過ぎる」

「はは……君が言うと今回の試合が本当に荒れそうに思えるんだけど……」

「縁起悪いですぅ……」

 

木場とギャスパーが苦笑したり脅えもするが、それくらいは当然だろう。

 

むしろお節介というものだ。

 

「いい気になっているようだが忠告しといてやる。お前らは仲間同士のスペックが高いアタッカータイプだが、ソーナは察するに知略で弱点を補うテクニックタイプだ。となると、パワーの使い所を考えながら戦え。ただしゼノヴィア、テメーはダメだ」

「予想はしてたけど失礼だね」

「どうせいつものように振り回してのゴリ押し狙ってんだろ? 深く考えて動きが悪くなるよりは初っ端からカマした方がマシだ」

 

ゼノヴィアならそう考えて行動したほうがいい。

 

そんな考え方はお前とイッセーだけで十分だ。

 

「パワーの使いどころを考えろってことだ。既に相手側の情報は掴んでいるのだろう? オレは全く知らんからそこは何とも言えん」

「えぇ、一人一人の実力は私たちのほうが上……ですが、相手側には特異な神器もあるので……」

 

朱乃が再び思案するが、この先は本人次第。

 

時間が長引きそうだから占めの有難い激励を送ってやる。

 

「まあ、お前らは夏休み前よか大分マシになった。だが、それは相手も同じ。油断してっと手痛いもん喰らうから、ま、頑張れや」

 

取り敢えず言ってみると、こういうのは性に合わない。

 

慣れないことはするものじゃない。

 

そう思っていると、イッセーたちからも返された。

 

「ふふ、ありがとね」

「見てろよ! 今回に備えての新技もあるんだ! 見て驚けよな!」

「じゃあ行ってくるよ」

「ここで良いとこ見せてポイントを稼げばデートも充実するのかな?」

「が、頑張りますぅぅ!」

 

笑って行く辺り、リラックスしてると言えばいいか、どこか自信が過ぎるのか、悩むところだがここは黙っておく。

 

深い意味のないため息とともに会場に向かっていくリアスたちを見送るのだが、この場にはオレの他にも朱乃と小猫だけが残っていた。

 

表情は俯いているが、どうせ考えていることは手に取るように分かる。

 

そう思っていると朱乃が手を、小猫が背中から体を密着させてきた。

 

「あの……」

「……」

「今回……光の力を使ってみせます……」

「ふ~ん」

「あなたが見てくれるのなら……きっと、ううん、絶対使えるようになるから……だから今だけは勇気を頂戴……あなたの温もりから……」

 

握られた手から体温と震えが伝わってくる。

 

対する小猫も小さい身体を震わせている。

 

「……私も……猫又の力をもう一度だけ使おうと思う」

「昨日の今日で急だな」

「……今回は昨日より無茶するつもりはないから最悪の事態もある程度は回避できる筈……だけど……」

「ま、そりゃあ怖いだろうな」

 

二人がしばらく無言で引っ付いた後、オレから離れる。

 

「もう良いのか?」

「……うん。もう大丈夫」

「お時間取らせて頂いてありがとうございます」

「お前らはこういうジンクスを重んじるのだろう? それでさっきのような辛気臭い顔を消せるなら安いものだ」

 

近頃、こいつ等の表情一つ一つにオレの気分までもが左右され始めてくるようになった。

 

それが妙にオレを苛立たせる。

 

自分でも分からない感情を抱くというのはここまで苛立つことなのか……

 

その苛立ちをこいつ等には見せないようにさっさと送り出そう。

 

「これで満足か? だったらさっさと行ってしまえ。んでもって、あんま無様な姿を見せんな」

「あらあら、私たちを応援してくださるんですか?」

「スカタン。これでもオレ自らが態々教導してやったのだ。オレの庇護を受けた奴等が負けるってのはつまり、オレの顔に泥を塗るということだ。それ以外に他意はない」

 

そうとだけ言うと、朱乃はもちろん、小猫までもが笑みを浮かべた。

 

そういう所も気に食わない。

 

「もう行く。精々見てやる」

「えぇ、それじゃあ試合の後に」

「……また後で」

 

オレたちは別の方向へと向き直って別れる。

 

そして、オレはそのまままだ余裕のある会場の観客席へと向かう。

 

試合でも見たらこの苛立ちも紛れるだろう。

 

 

中に入ってみるとやはりというか、まだ人は少なかった。

 

広いドーム状の席であるが、今の時間は誰もいない。

 

朝早くから来てみたのだが、やっぱり客の入りはチマチマだった。

 

「カリフー! こっちこっち!」

 

ここで遠くの小さい人影がピョンピョン跳ねながら手を振っている。

 

普段の長く反り返った後ろ髪が特徴の金髪がダークブラウンの短髪となっている。

 

そして肌も褐色になっているが、見間違えることはない

 

本来の姿のマナだった。

 

ランダムに変わる姿も、今回は別人格の姿にはならなかったようなので、少し珍しい現象だとも言えた。

 

「年甲斐もなくはしゃぐな。席が奪われるってことはねーからな」

「年言うなー! 乙女に向かってなんたる口の聞き方! 成敗してくれる!」

 

学園でのマナを見比べたら誰もがギャップを感じるだろう。

 

クラスでは年相応におしゃべり好きな女子高生という平凡な顔を持ち合わせている。

 

可愛らしい容姿とサバサバした性格の彼女も学園の活発系アイドルとして人気が高い。

 

だが、そんな彼女にも欠点はある。

 

「買い溜めしておいた飲料水は?」

「いや~、それがあそこでひっくり返しちゃってあ痛い!」

 

窺うように恐る恐ると液体が漏れるボロボロのビニール袋を出した瞬間に軽く握った拳で優しくゴツンしてやった。

 

「普段から歩くときは気をつけろと言ったろうに……」

「うぅ~……ゴメン……」

 

シュンと謝ってくるマナに力なく嘆息した。

 

恐らく足に躓いて中身を自身の身体で潰したのだろう。

 

さっきからマナの衣服が濡れて体にピッタリと張り付いているのが気になっていたが、その理由が分かった。

 

「相変わらずの運動音痴だな……流石に同情しちまった……」

「好きで音痴になったんじゃないやい……」

「拗ねるな。取り敢えずそのびしょ濡れの姿は一部の物好きには目の毒だ」

「!? きゃあ!」

 

ピッタリ衣服が張り付いて体のラインがクッキリと表した自分の姿に気づき、顔を紅くさせて腕でブラジャーまで透けている胸を隠す。

 

「も、もうっ! 見たでしょ!?」

「白のブラなど今は問題じゃない。とりあえず近くのコンビニで拭くもの買ってくる。同伴者があまりにみすぼらしいと流石のオレでも恥ずかしくなってくる」

「白って言うな! みすぼらしい言うな! 迷惑かけてゴメン!」

「よろしい。ここで待ってろ。またこけて埃まみれにでもなられたら迷惑だ」

 

辛辣な言葉に多少の優しさもあるから何とも言えない。

 

マナは頬を膨らませて座席に座る。

 

それを確認したカリフは再び外へ出る。

 

そして、何気なく呟いた。

 

「……濡れた服もやぶさかではない」

 

 

「いらっさーせー」

 

朝早くで何でも売っているコンビニは素晴らしい。

 

カリフはコンビニでタオルやら代わりの飲料水を探そうとコンビニに入った時だった。

 

「ふむふむ、悪魔の雑誌も中々いい線いっとるのう……」

 

快適な涼しさに身を委ねていたというのに、今度は暑さとは別の嫌な汗をかくこととなった。

 

聞き覚えのあるこの声の主は間違いない。

 

「やはりこうして見るといかにヴァルキリーが堅物か思わされるのう……一度だけ発行したオリジナルの薄い本も発禁喰らったし……とりあえずこの本は今後のヴァルハラの創作文化の礎として……」

「何してんだエロジジィ」

「うごぉ!」

 

懐に本を忍ばせようとした隻眼の老いぼれの頭を掴んでダンクシュートをかます。

 

アダルティーな本棚は音を立てて崩壊し、老人は散乱した本の中に顔を突っ込んで気絶している。

 

その情けない姿を一瞥して黙々と目当ての物をカゴに詰めていった。

 

目当ての物はありふれた物だったからすぐに目的を達成し、コンビニから出ようとした時、老いぼれが足を掴んできた。

 

「これこれ、こんな年寄りに乱暴していくのは感心せんのう……あいたた! いかん、腰の持病が……」

「ほーら、マッサージ」

「いだだだだだ! 年寄りの腰を足蹴にするでない!」

 

カリフは眩暈がしたせいか目頭を押さえて溜息を漏らす。

 

それもその筈、今目の前で足蹴にされている老人こそが北欧神話の主神、オーディンだと誰が思うだろうか?

 

「まったく……年寄りに平気で暴力を振るう若者が出てくるとは世も末じゃな」

「コンビニのエロ本漁る神が出るとは世も末だ」

 

皮肉を返し合いながらオーディンは指を鳴らす。

 

指の鳴らす音が響いた後、散乱した本や本棚がひとりでに動き出して元の陳列された本来の姿に戻る。

 

服の埃を払っていると、今度はロスヴァイセが入ってきた。

 

「オーディンさま! またこのような所で道草喰っていらしたのですか!」

「店の中ぐらい静かにせんかい。少しくらい構わんじゃろ」

「三度目です! 少しは主神としての自覚をですね……」

「あ~あ~、小言は年寄りには毒じゃから遠慮願いたいわい。そういうのは客人の前ではしないものじゃ」

 

オーディンの含みのある言葉に首をかしげると、その後ろに立っていたカリフに気が付いた。

 

「え!? なんで!?」

「いや、こっちの台詞……ってそう言えばジジイの介護してるって言ってたっけ?」

「その言い方は非常に遺憾です!」

 

軽い冗談の後に買い物カゴを見せつける。

 

「これから知り合いが試合するからその観戦に来てんだよ」

「そ、そうですか……」

 

ロスヴァイセのどこか気まずそうな雰囲気に少し首を傾げていると、オーディンがわざとらしく咳払いする。

 

「ここではなんじゃからそろそろ行こうかの。年寄りは冷えすぎるのはよくないからのう」

「それならこんな所で一人にならないでください」

「それじゃあわし等はこれで失礼するぞ」

 

こめかみを押さえながら自分勝手な主神に怒りを抑えるロスヴァイセをスルーしてオーディンはコンビニを出る。

その様子をカリフは呆れながら見ていると、傍にいたロスヴァイセはカリフに頭を下げる。

 

「すみませんでした! オーディンさまがご迷惑をおかけ致しました」

「ま、そこは別にいい。あういうジジイだということはよく知ってる。それよりも早く行っとけ。また見失うぞ」

「そうですね……それではまたの機会にお会いしましょう!」

 

そう言い残したロスヴァイセはオーディンの後を追ってコンビニを後にした。

 

嵐のように急に現れては去って行った知り合いの後ろ姿を呆然と見つめては一言。

 

「いいねぇ、充実してる奴って……」

 

自覚できる程にテンションが下がっている自分に言い聞かせるように呟いたカリフはすぐにスタジアムへと戻って行った。

 

 

其れからというもの、オレにはそこから先の記憶があまりない。

 

別に記憶喪失だとか意識を失ったからとかそういう意味ではない。

 

「あ、もう始まるんだ!」

「嬉しそうだな」

「うん! 悪魔のやっているレーティングゲームって話に聞いてただけだからちょっと楽しみ!」

 

マナは何だか楽しそうだった。

 

両親がサッカー試合を楽しみにするようなそんな感覚なのだろう。

 

こいつの何でも楽しめる性分はこの時だけ羨ましくなってくる。

 

「……」

 

買い物に行った後から大分人も集まり、オレ等のような見学者への注意事項やお知らせのアナウンスが終わり、遂に巨大なスクリーンの向こう側でゲームが始まった。

 

そして、そのフィールドは駒王学園の近くのデパートだと分かった。

 

「あ、あれって近くのデパートだよね?」

「見りゃ分かる。互いに地の利を発生させるための平等な考慮なんだろうよ。強さを競うには良い判断だな」

 

多分、サーゼクス辺りが提供したのだろう。

 

「それと特別ルールがどうって言ってたけど……何だろう?」

 

特別ルールか……そのルール如何によってはシトリーかグレモリーのどちらかは必ず損害を被るだろう。

 

しかし、ルールとは一体何だ?

 

そう考えていると突如として後ろから声をかけられた。

 

「ルールは至ってシンプル! 『デパートの中を破壊しつくさないこと』、『兵士のプロモーションは敵陣にのみ可能』、そして『フェニックスの涙は一つずつの配給』らしいわ」

「へ?」

「む?」

 

振り返ってみると全身ボンテージ姿のツインテール痴女がドヤ顔で喋っていた。

 

何だこいつ?

 

「カリフくんだったわね! 久しぶり!」

 

無駄に高いテンションで何か言っている。

 

オレの知り合いにこんなのいたっけ?

 

「えっと……カリフのお知り合いですか?」

「えぇ! 前に一度だけ共に協力してエクスカリバーを使った陰謀を止めた仲間よ! でしょ?」

 

エクスカリバー……ちょっと待て、そう言えば……

 

「……ゼノヴィアの相方だっけ?」

 

口に出すとそのツインテールが不思議そうに見つめてくる。

 

「そうだけど……えっと、名前覚えてる?」

「いや全然」

「ひどっ!」

 

そう言えばいたなそんな奴。

 

ゼノヴィアのキャラの方が濃かったし、戦い方も奴の方が派手だったから印象としてはあいつの方が濃い。

 

それに二度と会わないと思ってたから名前と一緒に存在そのものがオレの頭から消えてた。

 

「私は紫藤イリナ! イッセーくんの幼馴染!」

「……少し思い出したぞ。確かその幼馴染を信仰がどうとか言いながらエクスカリバーで笑顔で斬りかかった危ない女だな?」

「い、嫌な覚え方しないで! そりゃあの頃の私はちょっとおかしかったかもしれないけど!」

「おまけにコカなんとかって雑魚に早々にリタイヤさせられてたから正直忘れてた」

「あの頃よりも強くなったもん! そうやって私を舐めてられるのも今の内よ!」

 

確かにコイツ……もとい紫藤イリナの気は人間とは別物になっていた。

 

しかもこの気はミカエルとかの物に似ている。

 

強くなったというのは確かに本当のようだな。

 

まあ、それでも目を見張るほど強いって訳でもなさそうだ。

 

「で? お前はここに何しに来た?」

「えへへ、実はミカエルさまの付添で来たんだけど、そのミカエルさまが魔王さまや各国の首脳の方々と一緒にVIPルームで観戦することになっちゃって。そこには付添の人たちは入れなかったからこうして客席で見ようとしてた時にカリフくんと初めて見るそちらの人を見かけたってこと!」

「ふ~ん。で?」

「一緒に観戦してもいい? 一人で見るよりも皆で見た方が楽しそうだし!」

「……好きにしろ」

 

見るだけなら構わんか……こいつのことだから追い返そうとすると喧しそうだし。

 

「あなたが黒魔法を使う魔法使いの人でしょ? 私は紫藤イリナ。イッセーくんやゼノヴィアがお世話になってます!」

「えっと、こちらこそよろしく。紫藤さん」

 

流石のマナでも紫藤のテンションに押されているか。

 

隣で握手しているのを見た後に再び試合に意識を向けようとした時だった。

 

『リアス・グレモリーさまの「僧侶」一名、リタイヤ』

 

……は?

 

ちょっと待て、今さっき始まったゲーム……え?

 

「え、今見てなかった……」

「イッセーくんの所がやられたの!?」

 

二人も見てなかったのか状況が分からない様子だった。

 

状況を整理すると、開始直後に小猫とイッセー、木場とゼノヴィアが二手に分かれて進撃。

 

リアス、朱乃、アーシアは本陣で待機しているのがスクリーンに映されている。

 

考えに耽っていると、また新たな声が聞こえた。

 

「ここ、よろしいですか?」

 

全員が振り返るとそこにはスーツ姿のロスヴァイセが立っていた。

 

「ロスヴァイセさん? なんで?」

 

意外な訪問者にマナが反応すると、ロスヴァイセは微笑んで返す。

 

「オーディンさまの護衛だったのですが、各勢力の指導者が集うVIPルームに入られました。私は入れてはもらえませんでしたので客席からゲームを見ようとしていたのですが」

「そこで私たちを見つけたんですね?」

「はい。こういうのは独りよりも知っている顔があれば楽しくなりますしから。辛いですよ……独り身……フフ……」

「あ、あの……」

 

突然に自嘲するロスヴァイセにマナはどう反応すればいいかオタオタしている所にカリフが聞いた。

 

「ロスヴァイセはゲーム見てたのか? 急にリタイヤが出たんだが……」

「あぁ、見てましたよ。確か、グレモリー眷属のギャスパー・ヴラディが食品売り場で索敵していたら何やらニンニクの匂いに怯んだ、という具合でした」

「酷い……」

 

思わず頭を抱えてしまった……あの引きこもりめ。

 

少なからず目をかけてやったのに、あまりにも残念な醜態だ。

 

「てか、んなもんでやられてんじゃねえよ! ニンニク美味しいだろ!」

「何だか的が外れてるわ!」

 

紫藤が何か言ってるが気にすることなく試合に意識を向ける。

 

ギャスパーの処遇についてはまた後で考えよう。

 

「そういえば貴女は?」

「あぁ、初めまして! 私は大天使ミカエルさまのお付きとして今回のゲームを観戦させていただいております! 紫藤イリナと申します!」

「私はオーディンさまの護衛を承っている戦乙女のロスヴァイセと申します。その様子ですと貴女も私と同じ事情のようですね」

「はい。カリフくんとは知り合いだったので一緒に観戦させて頂いておりました。それとイリナでいいですよ。マナさんも」

 

静かに観戦したいのに……

 

女三人集まると『姦しい』と言われるが、本当だった。

 

隣の女たちの世間話などどうでもいいから離れて観戦に徹する。

 

すると、事態は二面同時に動いていた。

 

「ほう、定石過ぎるカードだ」

 

一方のデパート内のイッセーと小猫が匙と生徒会の一年。

 

そして別働隊として動いていた木場とゼノヴィアが生徒会の目つき悪い副会長と戦車と騎士。

 

パンフで名前を確認するも、やはり定石過ぎる。

 

「イッセーくんたちの方は兵士と戦車対決で、ゼノヴィアたちに人数を多く投入したのね」

「バランスの取れた割り振りだね」

「ですが、シトリー眷属の戦闘能力は申し分ないとは思いますが、少々分が悪いですね。というよりグレモリー眷属のスペックが高すぎるということがあるのですが」

「ソーナならそれくらい理解してるのが当然だ。何か罠張ってるな」

 

女たちはお喋りを止めて試合に集中していた。

 

力は劣るが、特殊な能力と連携でジワジワと追い詰めていくトリッキータイプのシトリー眷属に対し、リアスたちは一人一人のパワーを駆使して突っ込むパワータイプ。

 

純粋な強さならリアスたちの方が圧倒的に上だが、これは実戦ではなくゲームだ。

 

ゲームなら殺さなくても方法次第では勝ち方など好きにできる。

 

正直、リアスたちとはこの場において分が悪い。

 

「あれがブーステッド・ギアのバランスブレイカー!?」

「ゼノヴィアたちが押してるわね! それに新しい聖剣にデュランダルのオーラを纏わせるなんて凄いわ!」

「ですが、シトリーの罠もいつ出るのか気になりますね」

 

紫藤とマナは知り合いとしてグレモリーを応援し、ロスヴァイセは冷静に分析している。

 

だが、オレはこの状況からして何となく分かってしまった。

 

「いや、罠は既に敷かれた。グレモリーの一人ぐらいはリタイヤするだろうな」

 

オレの一言に三人は目を見開いて驚いた。

 

「でも、イッセーくんとゼノヴィアたちが押してるよ? それに小猫ちゃんだっけ? その子も相手に勝ったし」

「小猫はな。問題はイッセーと木場、ゼノヴィアだ。予想ではゼノヴィアが一番危険だ」

「何故ですか?」

「経験則」

 

流石にこの推測は経験から導いたことだし、可能性としての話にはなるがな。

 

「最初に匙の方だが、あいつは神器なり魔力なりを吸い出して弱らせるのが奴の戦法となる。予想では最初の一撃でラインを繋げたんだろう。腹部への攻撃は最初しかやってねえが、今じゃあ腹部への攻撃が見るからに減っている。ラインを付けた場所へ注意を向けないための囮だろうがな」

「なら遠くに逃げて力を奪って行った方が効率的なんじゃあ……」

「近くにいた方が魔力つぎ込んで硬化させたり、その間の透明化といった操作がしやすいんだろうよ。情に任せて殴り合いしてるように見えるが、わざわざソーナがそんな無謀させる訳がねえ。サクリファイスの精神でイッセーの力をこのゲームの間だけ力を奪い続けるラインを完成させたら最後、イッセーは間接的に強制リタイヤだろうな」

 

あのバカが……本来なら匙のような奴に近付くのが危険だと散々教えてやったのに。

 

情に任せて不利になっているのは、現在、匙を圧倒しているお前自身だ。

 

「じゃあゼノヴィアは? 今さっき相手に聖のオーラを魔のオーラに反転させられたことぐらいにしか見えないんだけど……」

「確かに聖のオーラが封じられたのは痛いけど、それでも木場くんたちの方が依然として有利だと思うけど」

「マナの言う通りだが、問題は反転じゃない……多分だがもっと別のがあると思う……」

 

そういっている間にゼノヴィアが女王である副会長に精一杯のオーラを込めてアスカロンとやらを振り下ろそうと向かっていた。

 

だが、それに対して嫌な予感しかしなかった。

 

 

 

 

 

 

「それは止めろ」

 

思わず出てしまった言葉の後にゼノヴィアは散った。

 

女王が何やら鏡を出してゼノヴィアの攻撃を受け止めた直後、ゼノヴィアが血みどろになって吹き飛ばされた。

 

「なんで!? 今、ゼノヴィアが攻撃したのに!」

「まさか、あの鏡が何かしたの!? あれも神器!?」

 

イリナとマナがまさかの事態に驚いている中、傍のロスヴァイセだけはゼノヴィアにではなくてオレに対して驚きを見せていた。

 

「カリフくん……このことを知っていたんですか? さっきも止めろって」

 

聞こえてたか……

 

残りの二人も驚いていたから種明かしでもしてみる。

 

「疑問に思ったのが地下駐車場だ。奴らがなぜその場所で迎え撃ったのか考えてみた」

 

まだ三人は分かってないようだった。

 

「バランス・ブレイカーの木場とデュランダルのゼノヴィアに対して生半可な戦力で足止めなんてできると思うか? 密閉された空間なら罠はかけやすいが、あまりに危険すぎる。逆にその危険を冒す行為自体があからさま過ぎる」

「相手に有利な状況にしておいて油断させる……ということですか?」

「そして、その場所がこの戦いに限り有利な場所とも言えた訳だ」

「『大規模な破壊』ですか?」

 

やはりロスヴァイセが気づいたか。

 

残念だが、聡明な奴だ。

 

 

「そう。ルールの中には『大規模な破壊は禁止』という項目がある。ゼノヴィアの攻撃力を受け流すことができれば判定勝ちを拾うことが可能だ。むしろそっちの方が可能性が高いからな」

「無意識の油断とルール活用……まさに策略ですね」

「で、でも、何で女王が危ないって分かったの!?」

 

紫藤の言葉に全員も同じ反応をするが、こればかりはこう言うしかない。

 

「勘」

「あぁ、勘……って勘!?」

 

マナは根拠のない答えに不服そうに返すが、そんなことは知らん。

 

「こればかりはそう言うしかない。あの女王、ゼノヴィアに対して突く程度の攻撃しかしてねえ。あからさまな挑発だと嫌でも思ってしまう」

「最初は分からなかったのに、今までの判断から考えれば確かに不自然だったね……」

 

始まってから数分の間にこれだけの罠を仕掛けるソーナ。

 

言葉の通りに言えば悪魔の頭脳と言えよう。

 

(楽しそうだ……)

 

知略とパワーがぶつかり合う緊迫した戦い。

 

画面の向こうではリアスたちが接戦を繰り広げている。

 

 

だけど、オレにはそれが叶わない。

 

本人たちには悪いが、オレにとってはこれはお遊戯でしかない。

 

決して死なず、ルールに守られたゲーム。

 

奴らはそんなゲームにすら全力をぶつけ合える。

 

 

 

 

オレもそんな戦いがしたい。

 

 

 

突っかかってくるのはどいつもこいつも弱い奴等ばかり。

 

 

 

 

誰もオレを本気にしてはくれない。

 

 

 

 

悟空もベジータもいないこの世界は苦痛だ。

 

 

 

「朱乃さん。堕天使の力使えるようになったんだ。よかったぁ……」

 

 

 

リアスも、イッセーも、木場も、朱乃も、アーシアも、ゼノヴィアも、小猫も……

 

他の奴等もどいつもこいつもが着実に強くなっていっている。

 

さぞ充実した一時なのだろう。

 

こんな気持ちの昂ぶりなんてもう長い間味わえていない。

 

オレ自身が戦場から離れてしまっている……

 

 

 

それからと言うもの、オレの頭には試合の結果と断片的な転機があったとしか覚えていない。

 

頭に残っているのは虚無感と無気力な苛立ち……そして羨望だけだった。

 

何もかもが思い通りになってしまう張りの無い人生……

 

何が楽しくて生きているのか……何を相手に戦いたいのか……

 

たった百年余りの人生をただ枯れて終わっていくだけなのか。

 

もっと短い人生をただ終えるだけか

 

結局、試合が終わるまでずっと空しい気分は晴れることなく……

 

それどころか朝よりも陰鬱な気分が深くなっていた。

 

 

 

試合が終わった後、カリフたち一行は来た時と同じようにグレモリー所有の列車で帰ることとなった。

 

試合の結果自体は周りが予想していた通りリアスたちの勝利を飾ることができた。

 

だが、その勝利は決して快勝とは言えず、どちらかと言えば辛勝という他なかった。

 

チームの攻撃の要であるゼノヴィアとイッセー、アーシアの脱落がリアスたちに対する評価を落としていた。

 

そのため、リアスたちの評価は結果とは裏腹に芳しいものではなかった。

 

それに対してシトリー側の評価は敗退したにも関わらず上がったとのこと。

 

北のオーディンからは匙に対して良い評価を下し、イッセーたちに対しても精進するよう助言しに行ったくらいうだった。

 

試合が終わった直後にロスヴァイセはオーディンの護衛のために再びカリフたちと別れ、イリナもミカエルと共に帰って行った。

 

新人悪魔初の公式レーティングゲームは様々な波乱を生み出してその幕を閉じた。

 

そして、またしばらくゆっくりしてから地上へ帰る今へと繋がっている。

 

今はグレモリー邸の前で眷属たちがリアスの家族たちと別れの挨拶を交わしている。

 

それをカリフは列車の中から一人眺めている。

 

一人だけボーっとしていると、カリフの前に小さな影が駆け寄ってきた。

 

「ミリキャスか……」

「はい! カリフお兄さまと最後にお話ししたくて来ました!」

「はぁ……子供ってのは物好きな奴が多くて困る。オレは特に話すことは何もないぞ?」

 

溜息を吐くカリフにミリキャスは満面の笑みを浮かべて見上げてくる。

 

「僕はもっとカリフ兄さまに挨拶したくて来ました! よろしいですか?」

「そんなこといちいち……もういい疲れた。勝手にしろ」

「はい!」

 

特別好かれるようなことは何もした覚えは無いというのに……どうも子供相手だと無意識の内というか、非情になりきれないせいか懐かれてしまう。

 

この自覚できていない『子供に懐かれる』才能というのは本当に面倒だ。

 

叶うならそれを捨て去りたいというのに意識しない所で同じことを繰り返す。

 

もはやこれを本能として片付けようと諦めている自分が情けなくなってくる。

 

そんな中、カリフが再びミリキャスへと視線を落とした。

 

「えへへ……」

 

 

その瞬間だった。

 

ミリキャスの笑顔を見た瞬間、自分の中の“何か”が脈動を始めた。

 

それと同時に形容し難い嫌悪が彼を襲った。

 

「はっ!」

 

カリフは我慢できずに頭を押さえてうずくまった。

 

突然の異常な様子にミリキャスは表情を一変させて心配を露わにする。

 

「どうかしましたか!? 兄さま!」

 

ミリキャスの声にカリフはすぐにいつもの調子を取り戻してミリキャスに言う。

 

「あ、あぁ……前の怪我が尾を引いていたようでな……血が足りないかもな……」

「だ、大丈夫ですか?」

「と、当然だ。不意に感じたような微々たる物だ。時間かければ何とかなる」

「そうですか……悪魔と人間では治療の結果が違ってしまうものなのかもしれませんね」

「まあな……お前は気が済んだろ? ならさっさと帰りな。お前の本当の相手はリアスたちだからな」

「え、でも……」

「オレはこの通りだ……ガキに心配されるほど落ちぶれたつもりはない」

「そ、そういうことなら……分かりました……」

 

最後は少し棘が含まれていたからかミリキャスは少し気を落としながらもお辞儀をてその場から離れる。

 

時折、チラチラと遠ざかりながらもこっちを見てくるミリキャスに対してカリフは怒りではなくてどこかもどかしさを感じた。

 

「……」

「あ……」

 

遂にカリフはミリキャスの様子に見かねたのか背中を向けて一本の親指を立てて見せつける。

 

その手振りは人間や悪魔などの種族問わず知られている“グッドラック”のサインだった。

 

それを確認したミリキャスは年相応の可愛らしい笑顔を浮かべた後、急いでリアスたちの元へと向かって行った。

 

「あらミリキャス。どこに行ってたの?」

「えへへ……」

 

リアスの問いにミリキャスは笑った後、遠くから再度カリフの方を見て叫んだ。

 

「カリフ兄さまー! またここに来てくださーい! 僕、兄さまのこと大好きですからー!」

「ああもう、分かったから! そういうことデカい声で叫ぶんじゃねーよ!」

 

叫んだ後、カリフは窓と一緒にカーテンを閉めて断固受付拒否の姿勢を見せた。

 

傍から見たら逃げたようにしか見えないカリフの行動にヴェネラナたちは微笑ましさを覚えるが、その横ではリアスたちが呆然としていた。

 

(あのカリフの僅かなデレを引きずり出すなんて……流石は魔王さまのご子息……恐ろしい子!)

(これが桐生の言っていたショタコンという奴か……!?)

(カリフくんは小さい子に無意識的に甘い……チャンスは有りだ……)

 

各々、カリフが聞いていたら問答無用でグーで殴られるような考察をするが、間違っても口には出さない。

 

今ここに、子供の底力を見たとそう思った。

 

だが、現実はそんなに楽観的な物ではなかった。

 

―――カリフが彼らから見えない角度で小刻みに震える腕を必死に押さえている場面があったことを

 

 

 

 

―――その押さえている腕がまるで別の生き物のように脈動していたことなど

 

彼らは知らなかった。

 

 

帰りの電車の俺は部長たちとこれまでの合宿を思い返していた。

 

「イッセー、今回の合宿はどうだった?」

「そうっすね。やっぱり色々と考えさせられる所もありました」

「私もよ。今回はソーナには勝ったけど、私からすればほとんど負けたと言ってもいい内容だった。優秀な貴方たちをリタイヤさせてしまったのだから……」

「ですが部長は最善を尽くしてくれましたよ」

「そうかしら……私じゃなくてカリフだったならもっと上手く立ち回れたと思うの……」

 

やっぱり気にしてたんだな部長……

 

後からマナから聞いたことなんだけど、カリフはある程度ソーナ会長たちの動きを先読みできていた様子だったという。

 

それを聞いた部長はそれから少し自信を失ってしまった。

 

「そんなことないですよ。俺だってチーム戦だということを忘れて勝手な行動を取って匙に負けてしまいました」

「イッセー……」

「俺は部長が主で良かったと思っています。皆もそう思っているから部長だからこそ着いて来るんですよ。まだまだ俺たちは未熟なんですから乗り越えていきましょうって」

 

そう言うと、部長が満面の笑みを浮かべてくれた。

 

「そうね。私も貴方もまだまだ修行不足……今回の合宿はそのための物だったのに。それに今回の合宿でそれ以上に貴重な物を得ることもできた。あなたや朱乃、それに小猫だって自分の壁を越えてくれた。私の予想以上の結果だわ」

「はい! これからも部長のためにどこまでも尽くしていきます!」

 

部長の笑顔を見ながら自分の思いの丈を宣言する。

 

こうして自分の決意を新たにしていると、部長の後方で小猫ちゃんが席を立ってキョロキョロと何かを探していた。

 

「にゃ~……」

 

シュンとゲーム中では立っていた猫耳を畳ませて寂しそうに鳴いていた。

 

まるで母猫を探す仔猫の気がして愛おしく思う。

 

可愛いは正義だな!

 

「あらあら、小猫ちゃんってばカリフくんがいなくて寂しいのですね? 小猫ちゃん。こちらへいらっしゃい」

「にゃ……」

「朱乃さん、小猫ちゃんの言葉が分かるんですか?」

 

朱乃さんに招かれて寂しそうに膝枕をしてもらう小猫ちゃんを見ながら聞くと、同じように朱乃さんが憂いの笑顔を浮かべる。

 

「うふふ……分かってしまうんですの。私もあの子……いえ、あの方の手前、勇気を出して力を使ったのですから、それくらいのご褒美があってもいいですのに……」

 

朱乃さんに言われるまでカリフがこの車両にいないことに気付かなかった……

 

普段なら遠慮もなく座席を大きく使って眠っているはずなのに、どこいったんだ?

 

「カリフくんならトイレに行くのを見ましたよ? 何やら調子が悪いのかもしれません」

 

話を聞いていた木場が朱乃さんたちに言う。

 

「そうでしたの……調子が悪いのでしたら仕方のないことですわ」

「にゃあ」

 

とりあえず、朱乃さんに同意するように小猫ちゃんも鳴く姿は可愛らしい!

 

こんな可愛い子たちのイベントをみすみす逃すとは、カリフも災難だな。

 

 

 

列車のトイレの中、カリフは便座の上で荒い呼吸をしていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

腹を下したわけではない……ただ気分が悪いだけ。

 

汗だくとなったこんな弱り切った姿を見られたくなかった。

 

 

 

―――いつまでこんなママゴトを続けているつもりだぁ?

 

 

 

頭の中にこの世で最も忌むべき声が響く。

 

精神を、魂をかき乱すような様々な感情が湧いてくる。

 

 

 

―――自分という存在を思い出せ。“そこ”はお前のような奴が住める世界じゃない

 

―――黙れクソ野郎! 金魚のフンのように人の魂にへばり付くだけの存在が……!

 

―――その存在から生まれたのはどこのどいつだ?

 

 

 

頭の中で響いてくる声に対して頭の中で罵声を唱える。

 

ブロリーの魂からの交信はまるで酔った感じに頭の中がゴチャゴチャし、吐き気さえも催すほどだ。

 

苦し紛れの暴言にもう一つの魂が鼻で笑う。

 

 

 

―――ふん、何もお前を苦しめようとしている訳じゃない……お前は数少ない血の通った兄弟だ……

 

―――……

 

―――お前の目的は俺の目的……共にカカロットとベジータを倒す目的を持った仲ではないか……

 

 

 

白々しい……本能的に口先だけだと分かるこの口上にカリフの我慢も限界を向かえようとしていた。

 

 

 

 

―――分かるか? お前が死ぬということは俺も死ぬということ……困ったことがあれば力になるぞ?

 

―――そこまで落ちぶれた覚えはねえ……さっさと消え失せろ

 

―――そうカッカするな……何かあれば力くらいは貸してやるぞ?

 

―――消えろッ!

 

 

 

 

そうとだけ言うと、これ以降から声は聞こえなくなり、頭痛も収まってきた。

 

残ったのは大量の汗と疲労感だけだった。

 

(ここまでの干渉は今までに無かった……こりゃ笑えなくなってきたか……)

 

呼吸を整えながら覚悟を決める。

 

(とりあえず……早いとこケリつけんとやっぱヤバいだろうねぇ……)

 

この状態は地上に帰ってくるまで続いた。

 

 

とある世界のとある場所

 

 

冥界とも天界とは違った“どこかの世界”

 

 

不気味に光る怪しげな光に包まれた夜の世界

 

 

そんな世界に一つだけそびえたつ巨大な岩の城

 

 

その中の玉座の間に“そいつら”はいた。

 

 

一人は玉座に座り、もう一人は玉座の前に跪く。

 

 

「今月の収穫は如何ほどで?」

「エルフとドワーフを捕獲後、すぐに武器製造の部門へ移しました。開発部曰く、それでもまだ人手が足りないとのことです」

「あれほど連れて来たというのにまだ催促しますか……困った人たちですね」

 

玉座に座る人物はもたれかかって嘆息する中、目の前の男は続ける。

 

「そして、パトロンへの玩具として人間とエルフの女子供を確保……抵抗する者と年寄りは勝手ながら処置致しました」

「人数的にもノルマを達成できているというのなら問題はありません。いつも通り、最低でも一人につき500万を基準に価格を付けてくださいね」

「かしこまりました」

 

話の内容からしてこの者たちが碌な人物ではないことが伝わってくる。

 

あまりに人道からかけ離れたこの会話は続く。

 

「人間とは実に便利な生き物です。普段は役に立たないような女子供でもこの星でならどうとでも使える……ひょっとしたら一番の稼ぎ頭なのかもしれませんよ?」

「メスを目当てに我が軍団も潤ってきます。この星の連中の性欲は天井知らず……中には子供にしか発情しないようなのもいますから」

「この星の言葉にもありましたね……“馬鹿とハサミは使いよう”だとね。ホッホッホッホ……」

 

小さく笑うその人物……身も心も人ではない。

 

「今はカオスなんとかと言うテロリスト風情にでも私たちの煙幕となってもらいましょう。各部署にお伝えください。現時点はまだ私たちが出る時ではありません、と」

「仰せのままに」

 

男が再び跪くと、玉座の人物は音もなく玉座ごとその場から霧のように消えた。

 

 

 

「そうやってふんぞり返っているのも今の内だ」

 

主が消えたと確認するや、男の口調は先ほどまでの丁寧な物とは打って変わって乱暴で、苛立ちが表れていた。

 

そして、ほの暗い暗闇の中で一瞬の間だけ男の顔が露わとなる。

 

「いずれ貴様を……この組織ごと俺の手中に収めてやる……」

 

邪悪な笑みを浮かべたその人物の腰からヒュルンと伸びる一本の尻尾

 

「神精樹さえ実るまでの辛抱だ……なんとしても今だけは隠し通さねば」

 

 

新たなる巨悪がすぐそこにまで伸びようとしていた。

 

 

 

~後書き~

 

分かっています……ですがせめて言わせてください。

 

本当に久しぶりすぎて丁寧に書けなかったんです! 朱乃の覚醒シーンとか……原作を読んでください的な丸投げだということは重々承知です! そこは自覚もしております!

 

そして本音を言わせてもらえば次回のオリジナル章に早めに入りたかったのです……

 

なので、次回から前々から予告していた『通学路のドラゴンズ』という章を敢行させていただきます。名前と内容は実質あんまり関わりはなく、どっちかと言えばスーパーバトルタイムを予定しております。

 

そろそろ主人公無双もネタ切れ&マンネリ化&主人公一般オリ主化しそうになってきたので思い切った確変をしようと思います。

 

それではまた次回、テストが終わった後に更新しようと思います!

 

さようなら!



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通学路のドラゴンズ
間劇~旧き魔王と帝王~


やっとテストも終盤を迎えて余裕が出てきたのでアップしました。

とは言っても今回は幕間のような物なので見ても見なくても問題はありません。

今回で黒幕の一部がネタバレとなるのでご注意ください。

それではどうぞ!


「ぐはっ!」

 

イッセーたちがソーナたちとゲームをしている時、事は起こっていた。

 

とある場所、誰も近づかないような世界

 

天界でも冥界でもない無限に続く更地に血飛沫が吹いた。

 

「あ……がぁ……」

 

血まみれの男は地面に這いつくばって何かから逃げようと体を引きずる。

 

だが、死に体の男の傍に小さな人影が突然現れて男を踏みつける。

 

「ぐあああぁぁぁぁぁぁ!」

「おやおや……旧魔王の末裔と偉そうにふんぞり返っていた割には随分とあっけないものですね」

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

悲鳴を上げる男の背中を踏みつける足にさらに力と体重をこめて踏みつける。

 

その人影には角が生え、全体的にアルビノのように白い身体の異形の生物なのは明白だった。

 

そして、その異形の生物は男をいたぶり、満足そうな笑みを浮かべる。

 

「な、何故だ……真のベルゼブブの血を引く私が……オーフィスの蛇で旧魔王に同格の力を手に入れたこの私が貴様のような下等な存在に……ガハッ!」

「まだまだお元気で何よりですね」

「グアッ!」

 

白い生物が男の腹に蹴りを入れる度に侮蔑の言葉を吐き出した男の口から血が吐き出される。

 

踏みつけていた足がどかれたはずなのに男は逃げるどころか防御することもしない。

 

もはや虫の息とも言えるその男に執拗にいたぶり尽くす。

 

ある程度いたぶって満足したのか、蹴りを止めて男の髪を乱暴に掴んで自分の目線と無理矢理合わせる。

 

「あなたのような人を幹部に仕立て上げるカオス・ブリゲートとやらも大したことなさそうですね……まあ、期待はしてはなかったのですが、これはあまりにも酷い」

「はぁ……はぁ……」

「それではもう一度聞きますよシャルバさん。私たちに協力してくれませんか?」

 

邪悪

 

丁寧な言葉と眼前の笑顔にシャルバと呼ばれた男は寒気と吐き気を覚えた。

 

外見では測れないほどの悪意を垣間見たシャルバにとって目の前の存在は恐怖でしかなかった。

 

だが、まだシャルバには策があった。

 

そもそも、冥界で工作活動していた最中に何らかの方法かは分からないが、無理矢理異次元に連れてこられたのだ。

 

当然、部下たちも自分が消えたことに不審を感じて探しに来るはず。

 

バレるのも時間の問題

 

部下が来たところで目の前の存在には勝てるとは思えない。

 

オーフィスの力を使っても掠り傷さえ付けられなかったのだ。

 

この存在が部下たちに気を取られている隙に逃げて転移で逃げればそれでいい。

 

頭の中で逃げる算段を立てている時だった。

 

「いつまで遊んでいる。フリーザ」

 

突如として知らない存在が上空から現れた。

 

最初は援軍かと思ったシャルバの期待は見事に裏切られてしまった。

 

現れた人影は目の前で自分を見下ろすフリーザと呼ばれた人外と容姿が酷似している。

 

ガラス体のような頭部、白が強調された身体、そして長い尻尾

 

それだけで状況の悪さを思い知らされた。

 

一方でフリーザは肩をすかして溜息を吐いた。

 

「これは兄さん。最近ずっと座りっぱなしでね。体がなまってきそうだったから旧魔王とやらの力を試してみたのさ」

 

シャルバは言葉を失った。

 

「ひ、一つ聞く……私を、襲ったのは……」

 

息絶え絶えに言葉を吐き出すと、フリーザはウンザリしたように首を振った。

 

「先ほどの言葉を聞いていなかったのですか? 私の遠征中に偶々、強い戦闘力を見つけたので運動がてらちょっかいを出してみたのです

 

耳を疑った。

 

さっきまで自分は現魔王派を幾らか始末してアジトへ帰っている最中だった。

 

暇つぶしの運動……それだけの理由で自分は異次元に引きずり込まれ、今ではボロ雑巾のように転がされ、踏みつけられている。

 

口の中に広がる血と砂利を噛みしめるほどの屈辱が湧いてくる。

 

「……ざけるな」

「はい?」

 

足元シャルバにフリーザは目を向けると、そこには怨恨を込めた目で見上げてくるシャルバの顔が目に映った。

 

「ふざけるなあぁぁぁぁぁぁぁぁ! 貴様らぁ! 私をどこの誰だと思っている! 真の魔王ベルゼブブの血を引く正統な後継者だ! 貴様らとは格が違うのだぁ!」

「……何ですかこの人……いや、悪魔ですか。気持ち悪い……」

 

フリーザが気持ち悪そうに引きながらも踏みつける足を強くするが、シャルバを血を噴き散らせて怒号を上げる。

 

「どこの馬の骨とも知らん貴様らがベルゼブブを見下ろすなど愚の骨頂! 立場を弁えろ!」

「おやおや……まだこんな元気がありましたか。案外しぶといですね。さっきまで死にかけていたはずなのに」

「……」

 

生き返ったように自己がいかに各上か……明らかに状況を見失っているシャルバに呆れるフリーザと沈黙を貫くもう一方の影。

 

その二人を余所にシャルバは体中に魔力を溜める。

 

「薄汚いアルビノ風情が! この私をコケにしたことを後悔するがいい!」

「お?」

「ん?」

「うおおおおぉ!」

 

その瞬間、シャルバの身体を覆っていた魔力が徐々に強くなり、やがては強い魔のオーラと化してフリーザたち二人を飲み込む。

 

魔のオーラはフリーザたちを飲み込むだけでは飽き足らず、さらに大きく広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

魔のオーラを使い果たしたシャルバは起き上がれない体を精一杯這いずって周りを見渡す。

 

砂煙で遠くは見えないが、自分を中心に広がるクレーターくらいの魔力の爆発の跡を確認して確信した。

 

この広範囲の魔力爆発……たとえ魔力があるものでも塵一つ残すことはない。

 

ましてやさっきのアルビノ共からは魔力の欠片も感じなかった。

 

仕留めた。

 

「は……はは……」

 

シャルバは口を歪めて安堵の笑みを浮かべる。

 

殺される寸前だった状況での緊張から解放された安堵が見られる。

 

「ふはははははは! 見たか! これが私の真の力だ! これが、魔王の力だぁ!」

 

誰もいない空間で一人叫ぶ。

 

「私は誰にも負けん! この世にベルゼブブ以上の力も、ベルゼブブを敬わん存在などいらん! そうだ! 私が真の……」

 

 

その瞬間、シャルバはの右腕から血飛沫が噴いた。

 

「こうけい……しゃ……?」

 

信じられないものを見るかのように自分の腕を見る。

 

暖かい……だけど濡れている。

 

何故……腕が血まみれなのだ?

 

それは高潔なベルゼブブの血だ……その血が自分の腕から止めどなく噴射されていいいはずがない……

 

頭上に影が舞う。

 

見上げると、そこには右腕“だけ”が宙を舞っていた。

 

血をまき散らせて舞う腕がやがて地面に落ちるまで、シャルバはただ呆然としていた。

 

思考を止めたシャルバの脳はやがて、別の方向へと働き始めた。

 

本能の赴くままに……余計な思考を排した純粋な“痛み”を……

 

 

「う……があ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!」

 

血が止まらない腕を残った腕で締め付けながら痛みに悶える。

 

「腕ぇ! ベルゼブブの血がぁ!」

 

痛みと残った僅かな自尊心のままに叫び続けていたシャルバ

 

だが、その叫びも後に聞こえてきた声がかぶさってくる

 

「これが旧魔王の力……だとしたら拍子抜けです」

「ここまで惰弱な奴があの猿共以外にもいたとはな……とことんムカつく野郎だぁ!」

「がぁ!」

 

フリーザとは別の個体はシャルバの顔を蹴り上げ、遠くへと飛ばす。

 

遠くへ落ちたシャルバにもう痛みはない。

 

あるのは死への恐怖だけ

 

今さっき爆発させたのは残りの保有していた魔力をオーフィスの蛇で強化したもの

 

間違いなく現時点での奥の手であり、最強の一撃だった。

 

だが、それでもあの二体は喰らって平然と生きている。

 

傷さえ付いていない!

 

「く、来るな……」

 

支えとなっていた自尊心とプライドさえも目の前の化け物には通じない。

 

こっちに向かってくる二つの影が意識と共にぼやけてくる。

 

意識さえも失えば今度こそ自分は全てを失う。

 

「き、貴殿等のことは誰にも口外しない!……ここであったことは何もなかったのだ……!」

 

何を置いても生き残るだけを考える。

 

自分が何を口走っているのかさえも疑問に思わない。

 

ただ生きたいだけだから。

 

「私の財産をやろう……部下もだ!……私の財力と貴殿等の力さえあれば世界など一瞬で手中に収められる……」

 

身体は力を失い、倒れる。

 

「それに私の口添えさえあれば貴殿等を新たな世界の支配者に……」

 

そして、二体の影が自分を見下ろす光景を最後に彼は確かに、力なく口にした。

 

「頼む……何でもするから……」

 

 

 

 

 

 

 

―――助けてくれぇ……

 

~後書き~

 

次回はちょっとした学園生活&新たな事件へと突入!

 

そして、カリフとオカ研との距離感に変化が!

 

乞うご期待!



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新入生、新任教師を出迎えろ

今回から新章&オリジナル展開となっておりますので我慢して見てください。


ベッドと妙に片付けられた机と本棚に並ぶ格闘マンガの詰まった

 

簡素な部屋に差し込む朝日が顔に当たる。

 

「ん……」

 

日差しの暑さに休んでいた身体を上半身だけ起こす。

 

だが、その直後に自分の身体が重いことに気付く。

 

というより掛けているタオルケットがより一層膨らんでいる。

 

「……まさか」

 

バっとタオルケットをどけると顔にモフモフの猫耳がヒョコっと現れる。

 

「うにゃ……」

 

カリフの身体の上で猫耳と猫の尻尾を生やした小猫がいた。

 

寝ぼけ眼をさすりながら胸元にまで這ってはまた眠りにつく。

 

冥界での修行で小猫は気の使い方を覚えた。

 

気での身体強化や気脈への直接ダメージなどカリフが何気にやっている戦闘を少しずつ模倣できるようになっていた。

 

元々から猫又とは気に長けていたこともあるから小猫の上達も早い。

 

だが、そんな特訓の成果を別の目的で使用してきている。

 

自らの気を消すことでカリフの索敵を?い潜って深夜の部屋に入り、ベッドに入るといったことが起こるようになった。

 

当初は寝ていたとはいえ、自分に気付かれずに侵入してきた小猫の成長には感心してそのことを伝えた。

 

 

 

それがいけなかったのか味を占めた小猫の侵入は加速していった。

 

こうやってベッドに忍び込むのも数日連続になった。

 

だけど、小猫には敵意は無く、その逆の感情しかないので敵意に敏感で好意に鈍感なカリフにとって小猫の感知は困難を極めている。

 

「起きたなら寝るな。ていうかワイシャツ一枚って……どういう神経してんだ」

「にゃあ……」

 

ワイシャツの襟を掴んで未だ寝る小猫を吊り下げると部屋を出る。

 

早く顔を洗いたいのに前を見据えると、そこには果てしなく長い階段とセラフォルーのセクシーポーズの銅像が連なって見える。

 

「侵入者を混乱させる造りもここまで来るとムカツク……」

「にゃ~……」

「勝手に背中に乗るな……クソっ! 人の気も知らねえで……」

 

背中でゴロゴロと鳴く小猫には何だか怒気が失せてくる。

 

オーフィスとはまた違った雰囲気のせいだ。

 

下ろす作業さえも億劫になったカリフは背中に小猫を乗せたまま洗面台へと向かおうとした。

 

その時、通りかかった扉が開いた。

 

そこからは寝間着姿の朱乃が出てきた。

 

目が合うと嬉しそうに挨拶してきた。

 

「おはようございます」

「あぁ」

「うふふ、朝から良いことがありましたわ。あら?」

 

嬉しそうに笑うと、カリフの背中の小猫に気付いて手を口にやる。

 

「あらあら、またですの?」

「ネコってのは目を離すとすぐこれだ。躾ができないだけに厄介だ」

「いいじゃありませんか。ずっと頑張ってきたのですからご褒美ということで」

「……それについては否定しない。仕方ねえから黙認してやる」

 

事務的な言葉に笑みが零しながら先に洗面台へと向かっていく二人を見送る。

 

「まるで兄妹ですわね」

 

今日から駒王学園も夏休みを終え、普段の日常が始まる。

 

 

色々と変わったことを除けばの話だが……

 

 

今日が新学期の始めということもあって学園は九月の行事である体育祭の準備に追われていた。

 

どこもかしこも慌ただしい学校の中を進んでカリフと小猫、さらにはギャスパーと並んでクラスへ向かっている。

 

新学期に伴ってギャスパーの長期休校は家庭の事情が解決したと誤魔化した。

 

晴れてこの学期でギャスパーもカリフたちと同じクラスとなった。

 

「う~……人が一杯ですぅぅ!」

「……ギャーくん。くっつき過ぎ」

「というかくっ付くなお前ら」

 

ギャスパーは周りの生徒に脅えてカリフの服を掴んでしがみつき、小猫は理由もなくカリフに抱き着いてくる。

 

両サイドからしがみ付いてくる二人にカリフはそう注意するだけで最早振り払うことさえ面倒臭がっている。

 

そんな様子も周りからしたら良いネタにしかならなかった。

 

「こ、これは! 男の娘と益荒男とのカップリング!?」

「儚い系男の子と『漢』と書いた男子とのあり得なさそうでその実ギャップ萌えが深い組み合わせ!」

「カリフくん×ギャスパーくんの美女と野獣タイプも良い!」

 

腐ったバカ女子共が騒ぐ反対側の方では違うタイプのバカが騒いでいる。

 

「ふざけんなあぁぁぁぁぁ! 我が校のアイドル塔上小猫ちゃんが野獣に食われたあぁぁブゲラァ!」

「くそ! なんでこんな凶暴な奴がこんなゴハァ!」

「うおおぉぉぉ! くたばれヒデブッ!」

「こんブゲェ! まだ何も……」

 

ほとんどが自分に対する罵声だったので一人残らず鉄拳制裁で沈めたり顔面を掴んで投げ飛ばしたりと廊下の右サイドの女子側と違って左サイドの男子側の惨状があまりに酷い。

 

そんな彼に男の友達はいないのか?

 

そんなことはなかった。

 

「おはよう鬼畜。幾らなんでもやりすぎだろ……」

 

前方から軽く会釈して惨状に引いているツンツン頭の男。

 

「だったら上条お得意の説教でこのカス共を黙らせろ」

「説教が得意ってどんなキャラ付けになってるんでせうか?」

「おっす上やん。それと鬼畜じゃねえかい。この組み合わせも久しぶりだにゃー」

「そりゃあ休み挟んだからそう思うんもしゃーないわ」

「出たな。バカのデルタフォース」

 

カリフにしては珍しく嫌悪な顔を見せる。

 

それに対して新しく出てきた金髪グラサンと青髪

 

「おいおい、上条さんはそんな不名誉な称号を持った覚えはねえ!」

「どっちにしろバカには変わりねえ」

「ひでえ!」

 

そんな他愛もない話をしながらクラスへと入っていく。

 

意外と学生らしい生活を送っているカリフの日常はまた変わらず始まっていく。

 

 

 

「えー、早速ですが今日から新しくこのクラスを受け持つ先生が来ますので紹介しちゃいますね!」

 

まるで幼女というか正に幼女のようなルックスの持ち主であり、カリフのクラスの請け負う小萌先生は朝のホームルームから元気よく通知する。

 

転校生より少し衝撃的な報告にも関わらずカリフは頬杖を突いて我関せずといった様子だった。

 

「こんな中途半端な時期に教師の赴任?」

「転校生なら分かるけどな。また随分と急な話だにゃー」

「先生! その人はどんな人ですか!? スレンダー? それともグラマー?」

「もう女の人だと期待している辺り流石とですね♪ 後で生徒指導室にきてお説教してやるのですよ。上条ちゃんもね?」

「ありがとうございます!」

「俺関係ないじゃないですか! 何で青髪と一緒に……」

「上やんは成績の方じゃないのかにゃー? 進級がどうとかって職員会議の議題に上がってるらしいぜ?」

「マジかよ……不幸だ」

 

朝っぱらから騒がしいクラスの後ろの隅っこではカリフやギャスパー、小猫たちが無視したり、苦笑したり、我関せずといった様子で事の成り行きを見守る。

 

「ちなみに、新しい先生は外国で飛び級して学業を終えている十代のお姉さんなので皆とも仲良くできると思います」

「よっしゃああぁぁ! 大勝利やぁぁ!」

 

青髪がバカ言う間にもより一層騒がしくなっていく生徒を小萌先生が制す。

 

「はーい静かに! こうしている間にも先生にはお外で待たせているのでご紹介しますね。 どうぞ入ってきてくださーい!」

 

クラスの全員の視線がガラっと開く入口に注目し、呆ける。

 

スラっとしたボディーに綺麗にたなびく銀髪

 

端正な顔立ちと相まってパンツスーツを着こなす姿はまさしくキャリアウーマン

 

あまりに予想外な展開にクラス中が見惚れる。

 

「綺麗……」

「若いわ……大学生かな?」

「お、大人のお姉さん……」

「あぁ……あんな人に冷徹に言葉責めされたいわ~。なあ上やん」

「上条さんにそんな奇特な趣味はありませんのことよ。でも、確かに綺麗だな」

「また上やんフラグか? 毎度毎度飽きないにゃー」

「変な誤解を招く言い方は止めろ土御門!」

 

各々思ったこともあるようでいつもの騒がしさがどこかへ消えていた。

 

そして、カリフもその一人だった。

 

「……」

 

目を見開いて入ってきた新米教師の姿に驚いている様子を見せる。

 

それには両サイドの小猫とギャスパーに衝撃を与えた。

 

「だ、大丈夫?」

「……知ってる人?」

 

その問いに答える間もなく新米教師は教卓の前にまで来て挨拶を始める。

 

「それではお名前からよろしくお願いしますね?」

「はい。皆さん初めまして。突然のことで驚いているかもしれませんが、今後ともよろしくお願いします」

 

もう色々と訳が分からない。

 

「本日より短期間の教育実習としてこのクラスを請け負うことになりました」

 

カリフにとっては久しぶりと言うべきなのだろうけど……

 

 

また会うだろうとは思っていたけど……

 

 

 

 

「ロスヴァイセと申します。まだまだ至らない部分があると思いますが、どうかよろしくお願いします」

 

 

どういうことだ?……これ

 

 

 

 

「どういうことだ? こんなことオレは一言も聞いていないんだが?」

 

その日の放課後、カリフはオカ研の部室にいたアザゼルを本棚の所へ押しつけて尋問している。

 

現在、部室にはオカ研を始めとしたシトリー眷属も集まっていた。

 

「そうね。今回はアザゼルの独断だったようだからその辺をきっちり話してもらうわ」

 

対するリアスもカリフと一緒になってアザゼルに尋問していた。

 

「なんか部長怒ってねえか?」

「この学園は会長と部長の管轄だから何も報告が無かった上にアザゼル先生しか知らなかったことだから」

「責任感が強いのですよ」

 

木場と朱乃の言葉にイッセーが納得していると、その横ではこの騒ぎの中心が“二人”もいた。

 

一人は言わずもがなロスヴァイセ

 

そして、もう一人はというと……

 

「あの……元はと言えば私のせいですから……」

 

そこには最近会ったばかりのイリナがリアスたちを止めようとしていた。

 

実を言えば、ここにいる駒王学園の制服を着た紫藤イリナはイッセーのクラスに引っ越してきた。

 

本人からの話によれば天使側からの使者とのことである。

 

「それにしたって……せめてその前に一言でも伝言か何か残していたらいいのに……」

「なに、ミカエルとオーディンのじいさんからの客ってことでな。ちょいとサプライズをと思ってな」

「いらないわよそんなの」

 

悪びれる様子もなく笑うアザゼルの頬をつまんで引っ張り上げると、ここでほとんど初対面のロスヴァイセが自己紹介をする。

 

「カリフくんの知り合いとして会うのはイリナさん以外は初めてでしたね。私は北欧の主神・オーディンの命にて日本に派遣されたヴァルキリー、ロスヴァイセと申します。以後、お見知りおきを」

「私と会ったことのある人がほとんどでしょうが、会っていない人もいるのでこの場で自己紹介させていただきます。天使さまの使者として来ました紫藤イリナと申します!」

 

二人に対して暖かい拍手を送っていると途中からイッセーが手を挙げる。

 

「あの、ロスヴァイセさんはカリフを知っているようですけど知り合いなんですか?」

「はい。十年くらいも前に初めてお会いして助けてもらった日からですね……面影があるからすぐに分かりました」

 

馴れ初めを思い出す、ただそれだけのことでロスヴァイセの様子がおかしくなった。

 

それだけで女の勘は働くものだ。

 

定位置に座っていた朱乃、ゼノヴィア、小猫、マナの様子が変わってジト目になる。

 

「何があったのか知りたいですわ……うふふ」

「私も興味があるな」

「私も知りたいです」

「そこの所詳しく」

「え? あの……えっと?」

 

一部女子たちのハッスルにイッセーと匙は本気で嫉妬してカリフを睨んだりそれを顔面掴んで部室塔から投げ捨てたりリアスたちは苦笑したりした。

 

「急な準備で申し訳ないけど、これから二人の歓迎会をしましょう。私たちはあなた方の入学を歓迎するわ」

「悪魔としても生徒会長としてもお二方を歓迎いたします」

 

リアスとソーナの挨拶と机の上の魔方陣から大量のケーキやお菓子が現れるのを皮切りにイリナとロスヴァイセの歓迎会が始まった。

 

 

イリナとロスヴァイセの歓迎会が終わったその日の夜

 

カリフは大騒ぎし、ロスヴァイセとの仲を詰め寄ってきた朱乃たちの追及を全部スルーして疲れも溜まっているが、どうしようもなく疲れている訳でもない。

 

夜は悪魔の仕事の時間ということで家には寝静まった家族とカリフしかいない。

 

そんな中でカリフは自分の部屋のベッドの上で束になった書類に目を通している。

 

その途中でカリフの携帯の画面が光って着信が鳴る。

 

着信に出てみるといつも通りの声が聞こえてきた。

 

『まだ起きてるか?』

「……時間を考えろアザゼル」

『ハハ……悪いな。すぐに終わるからよ』

 

電話越しでおちゃらけているいる声が引き締まった緊張の声に変わる。

 

『今回の仕事でリアスたちを同行させてみないか?』

 

今回の仕事……その言葉にカリフは眉を寄せて電話を握る力を強くする。

 

「本気で言っているのか?」

『じゃなかったら言わねえよ。あいつ等はこの夏で大きく飛躍して強くなったと思っている。実力的には充分だと踏んでいる』

「そういうことじゃねえ」

 

カリフは怒りのままにアザゼルを責める。

 

「困るんだよ……そうやって貴様らの勝手をオレに押し付けるのは……」

『……』

「オレは貴様らと利害が一致しているからこうやって依頼を受けてこなしてやってるんだよ……決して貴様らと慣れ合ったり下に着いたつもりはない」

『そこまでは言ってねえだろうが……でも、あいつ等は助手としては最適だと思うぜ? 赤龍帝、聖魔剣、デュランダルといったパワーの強いグレモリー眷属、ヴリトラを始めとしたシトリー眷属、そして光の力を使うイリナと北欧のヴァルキリーのロスヴァイセ。並の奴等じゃあまず相手にならねえ。オールスターじゃねえか』

 

やけにリアスたちを推してくるアザゼルの言葉に少し考えた後、カリフは話す。

 

「確かに珍しい力を使わん手はないな……なら、試しにテストをしてみよう」

『テスト? 試すのか?』

「当たり前だ。こうでもしなければ奴らが本当に使えるかどうかも分からんからな。これでも寛大すぎる慈悲だ」

『……疑っているのか? あいつ等を』

「こっちは命かけてんだ。重要なのは奴等が役に立つか立たないか、それしか興味はない」

 

アザゼルの溜息が電話から聞こえたあと、しばらくしてから返事が返ってきた。

 

『分かったよ……お前の好きにしろ』

「選別方法は阿呆でも分かるくらいに単純にしてやる」

 

そう言って電話を切ろうとしたが、最後にアザゼルにこう残した。

 

 

 

「もしこの件で奴等が役立たずと判断したら、もうオレは任務では今後一切こんなくだらない提案には乗らん。そのことをよく覚えておけ」

 

返事は聞かず、電話を切って床に入る。

 

また休む間もなく波乱の幕が開けようとしていた。

 

 

 

~後書き~

 

やっと試験モロモロ終わって今では研究のみとなっています。暇になったらまた更新していく予定です。

 

ハイスクールD×Dのアニメが終わってしまいましたね~……まだ小猫がデレてないので第三期もやってほしいです!

 

余談ですがゴッドイーター2楽しみにしてます。女主人公可愛すぎです。



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不信感

2~3日以内に『なのは』も投稿させていただきますのでそちらもどうぞ

今回は割と短いです。


「なるほど、つまり黒魔法とは自然界のエレメントをさらなる攻撃力に費やした魔法ということですか」

「そう。そしてそのエレメントを合成、もしくは接触作用の結果を利用するのが黒魔法です」

 

現在、俺たちはオカ研の 部室に集合している。

 

授業が終わった後、先生に呼び出されて今日の悪魔営業は全て休んで関係者は全員この部屋に集められた。

 

もちろん、イリナやロスヴァイセさんはもちろん生徒会メンバーも揃ってる。

 

「いいかアーシア。桐生が言うには日本には女同士で胸のマッサージをし合って胸の発育を促す儀式があるらしい。これをこの国では『乳繰り合う』とのことだ」

「そ、そんな儀式が!? もしそうだとしたら部長さんみたいになってイッセーさんを……」

「イッセーならすぐに振り向くはずさ。私は来たるべきカリフとの子作りのためにこの胸を発育させてお乳が出るようにしないといけないな」

「自らの身体を作り変えて新たな命を育む……なんという自己犠牲! 主よ! この迷える子羊に慈悲をください。アーメン」

「「アーメン」」

 

というのも、呼び出されてからしばらくの時間が経ち、軽く緊張していた皆もいつの間にか普段の様子でトークを始めていた。

 

マナとロスヴァイセさんは魔法のことについて議論していたり協会三人組は何やら間違ったガールズトークを繰り広げていた。

 

こんな感じで俺たちは先生が来るまでの間は各々自由に過ごしていた。

 

そして、魔方陣が現れると皆は作業を中断して注目する。

 

「よぉ、待たせて悪かった」

 

魔方陣から出てきたのはいつもの砕けた口調のアザゼル先生。

 

片手には山ほどの資料が整頓されてない状態で抱えられていることから急いで来たのだとすぐに分かった。

 

それに対してリアスとソーナは特に咎めることなく尋ねる。

 

「何があったの? そんなに慌てて」

「いやなに……少し資料を整理してただけだ。結構ギリギリまで粘ったけどな」

 

何だか慌ただしい様子のアザゼルに容量を得ることができない。

 

「時間もそんなにねえから手短に話す。お前たちに解決してほしい事件があるんだ」

 

その言葉に全員の表情が引き締まる。

 

「はぐれ悪魔が出たんすか? それともカオス・ブリゲートが何か起こしたとか」

 

気になって俺が聞いてみると、先生はどちらの答えに対しても首を横に振った。

 

どちらも違う? じゃあ事件と言うのは……

 

悩んでいると、ロスヴァイセさんが心当たりがある口調で言った。

 

「そう言えば北欧の神々の中には三大勢力の和平に非協力的だったという報告があります。オーディンさまは和平には協力的ですが、他の神さまたちは北欧神話の介入に反対していたとか……」

「どこの神々も自分の神話体系が一番だと考えているのですから仕方がありませんね」

「もしかしたらヴァンパイアかしら?」

 

ソーナ会長と部長は溜息を吐きながらアザゼル先生に目配せをして確認するが、予想外にもその答えにも首を横に振った。

 

「残念ながらその線も薄い。そもそも今回の任務はそんな単純な話じゃねえんだ」

「何が起こっているんですか?」

 

木場が聞くと、先生は俺たちに資料を渡してきた。

 

この資料……行方不明者のリスト?

 

そこには種族別の行方不明者のリストと俺たち人間社会で出回っている新聞の見出しだった。

 

俺と同じように皆も訳が分からない様子で首を捻っていたが、先生がここで説明をくれた。

 

「今、世界各地に生息している人型の異種族、又は人間が謎の集団失踪をしている。女子供とか関係なしの無差別失踪だ」

「失踪って……どこかに住処を変えたのではなくて? オークやエルフといった種族は少しの環境の変化でも住処を移し替えて生きながらえてきたのよ?」

「いなくなった……だけで済めばよかったんだがな。問題はその失踪した種族の死体が大量に発見されたことだ」

『『『!?』』』

 

死体って、ただ事じゃねえじゃねえか!

 

匙が緊張した声で質問を投げた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! その言い方だとまるで……!」

「あぁ、はっきりと殺された形跡まであった」

 

ま、マジかよ!

 

そんな大事が俺たちの知らない所で起きてたなんて!

 

でも、それが本当だとしたらカオス・ブリゲートしか……

 

「それならカオス・ブリゲートの線が強いはずですが、それを否定した根拠はなんですか?」

 

朱乃さんの言う通り、そこの所だけが分からない。

 

種族の失踪だなんて大がかりなことは組織くらいしかできないはずじゃあないのか!?

 

「いや、この一連の犯行はカオス・ブリゲートとは手口が全く違うんだ」

「手口? どんなことですか?」

「話は変わるが、何度かカオス・ブリゲートと手合せしたお前らなら分かるかもしれんが聞くぞ。奴らはどんなタイプが多かった?」

 

そういえば最近この町に襲ってくるテロリストも増えてきてたっけ……共通点か……

 

「自己中心……とか?」

 

何となく思ったことを言ってみる。

 

ヴァーリが裏切った時のことを振り返ってみると、ギャスパーを人質にした魔法使いも急魔王派のレヴィアタンも自分の血筋のことしか考えていないイメージが強い。

 

俺の中ではカオス・ブリゲートはそういう集まりなのだと固定されたからだ。

 

すると先生は頷いた。

 

え? こんな単純なことでいいんだ

 

「少し言い方はアレだが間違っちゃあいねえ。奴らは自分の種族が最強だと妄信してる奴等ばっかだ。そんな奴らが人間なんて相手にすると思うか?」

「確かに……我々三勢力及び、カオス・ブリゲートは『表側』には絶対な隠密を心がけています。人間が『裏側』を知ってしまえばたちまち未曾有のパニックが起きます」

「どんなに弱い種族でも人間は俺たちにとってはなくてはならない存在だ。そして、その人間たちが混乱してしまえばあっという間に戦乱の火が広がるのは当たり前……カオス・ブリゲートでさえもそうなったら面倒臭いということくらい承知済みなのさ」

「カオス・ブリゲートには人間を生かすメリットは無い……ということですね? だけど一連の事件では……」

「そう。一連の事件では死体も出ているが、圧倒的に行方不明者の方が多い。奴らは無差別なのさ」

 

何のためにそんなことを?

 

考えていると先生は続けた。

 

「しかもこの誘拐は特定の日に、しかも同時に行われている。世界各国の地から希少種族を見つけて交戦、そして拉致を成功させている……大規模な拉致事件を起こせちまう意味が分かるか?」

 

部長が冷や汗を流して答えた。

 

「巨大な組織絡み……ってこと?」

「恐らく新たなテロ組織と考えてもいい」

『『『!!』』』

 

俺たちは言葉を失った。

 

また新たな危険因子の集まり……そんなのアリかよ!?

 

衝撃の事実にも関わらずソーナ会長は比較的冷静に問う。

 

「その事実は確かなんですか?」

「この前生存者から何とか話を聞いただけだ……確証はないが可能性は大きい」

「それで私たちを集めた……という訳ね」

「あぁ、だがなぁ……ちと問題があってな」

 

参ったように頭を掻く先生に怪訝な表情を浮かべる。

 

「……何かあったんですか?」

「いやな、実はお前たちと一緒に着いてほしい奴がいるんだがよぉ……気難しい奴でな。お前たちとは組みたくないって聞かねえんだ」

「はぁ……」

 

こりゃ先生も参ってるなぁ……さっきから溜息しかついてないや。

 

「組みたくない……理由でもあるんですか?」

「……ハッキリ言うとお前らが弱いから足引っ張るのが目に見えてる……だそうだ」

 

その瞬間、部室全体の気温が一気に下がった気がした。

 

いや、それよりも部長とソーナ会長が怒りに身を震わせていた。

 

「私たちが弱い……ここまでの侮辱は久しぶりですね」

「えぇ、どうやら相手は私たちの力量を見極めていないか、相当の自信過剰ね」

 

穏やかな口調だけど主二人は声に怒気が籠っている。

 

そしてそれは部長たちに限った話じゃない。

 

「そこまでハッキリと言うのだからよほどデュランダルの一撃が食らいたいと見た」

「いい度胸ですね。分からせてあげます」

「あらあら、ゼノヴィアちゃんも小猫ちゃんも張り切ってますわね。うふふ……」

 

そういう朱乃さんも笑顔が怖いですって……

 

「誰だか知らないけどここまで言われては黙っていられないわ! ミカエルさまのA(エース)の力を見せるんだから!」

「実力も碌に見ずに判断されるのは遺憾です」

「私だって戦えるんだから!」

 

イリナ、ロスヴァイセさん、マナも相当にご立腹な様子だ。

 

でも、今回は俺も皆と同じ気持ちだ。

 

夏休みを返上して地獄の特訓をしてきた俺たちは強くなった。

 

それを『大したことない』の一言で見限られるのは俺じゃなくても腸が煮えたぎるくらいだ!

 

「そんなお前たちに提案なんだが、そいつを見返してみねえか?」

 

先生の提案に全員の視線を集める。

 

「今日呼び出したのは他でもねえ。相手側がお前たちの全力を見て同行するか否かを決めるそうだ」

「どんな風に?」

「そいつと戦うんだよ」

 

た、戦うって……そのために全員を集めたんですか?

 

「まさか全員で一気に袋叩き……なんてことは」

「多分それは無理だ。相手はこの任務を魔王直々に請け負う奴だぞ」

「強敵……ということですね」

「どんな奴なんですか?」

「お前らもよく知ってる奴さ」

 

俺たちが知ってる?

 

色々と思い出そうとしていると先生が魔方陣を展開させた。

 

「戦い方はあっちに行ってから決める。既に相手も待っていることだしな。やる気がある奴だけ来い」

 

そう言うと、部長とソーナ会長を筆頭に魔方陣の中へと入っていく。

 

そして、俺たちは光に包まれていった。

 

 

 

 

「ここは?」

 

皆が転移してきた場所は何もない荒野のど真ん中

 

水平線まで広がる途方もない大地と雲のない青い空

 

「今は夜なのに……ここは一体……」

「それもすぐに分かる……そら、お見えになったぜ」

 

皆が先生の視線を辿ると、そこには見知った顔があった。

 

「カ、カリフ?」

 

そこには最強の後輩であるカリフが首や手首を回してストレッチしながらこっちへ向かってくる。

 

部長がカリフに呼びかけてもストレッチを止める気配がない。

 

「先生……まさか……」

「もうお前らも分かってるんじゃないのか?」

 

先生は冷や汗をかきながら欠伸しているカリフを見据えていると、当の本人が涼しい表情で言ってきた。

 

 

 

 

「これからオレと戦ってもらおう。役立たずだと判断すれば同行は認めん。だが、戦ってみて腑抜けた様を見せるようであれば……命の保証は無いと思え」

 

急遽始まったこの模擬戦

 

俺たちが思っていたよりも衝撃的で……過酷な戦いになろうとしていた。



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次元の違い

突然の発言に皆は目を見開いて固まる。その視線の先にはラフな格好で拳をポキポキと鳴らすカリフがいた。

 

「本気なの?」

 

リアスもさっきまでの怒りは彼方に飛び去って完全に険しい表情へと変わっている。それはソーナも同様だった。

 

主の緊張が下僕にも伝わっているようで、この中で誰一人さっきまでの余裕を維持している者はいなかった。

 

「なに、最近気の張っているお前たちの緊張をほぐそうとオレが考案したレクリエーション……」

「そ、そうですよね! 凄く真に迫った演技だったからビックリしたよ~!」

「はっはっは!」

「あはは……!」

 

カリフとアーシア、そしてギャスパーが互いに朗らかに笑い合い、異空間に浸透して響いていた時、目つきが瞬時に鋭く尖った。

 

「そんな訳ないだろ」

「え?」

 

ギャスパーが間の抜けた声と共にまるで自分の時間だけが止まるように固まる。ただでさえ臆病なギャスパーに満面の笑顔から眉間に皺を寄せた睨みのシフトチェンジにギャスパーは笑顔のまま顔を青くさせた。

 

イッセーが訴えるかのように叫ぶ。

 

「お前、俺たちが信用できないってどういうことだよ!」

「そこから説明しないと駄目なのか?」

 

うんざりした様子で溜息を吐くと鋭い目つきでリアスたちを射抜いた。

 

「この夏休みはここにいる全員のレベルが上がり、有意義なものになったのは確かだ。イッセーはバランス・ブレイカーに至り、小猫と朱乃もまたありのままの自分を受け入れて本来の実力を遺憾なく発揮できるようになった。シトリーに至っても戦術を駆使すれば強敵相手にもかなり善戦できるものだと素人目でも見て分かる……ゲームに限ってはな」

 

前半での褒め称えにリアスたちはある程度覚悟はしていたが、後半になってからの一言に全ても持って行かれた。

 

カリフは半目で見据える。

 

「まだまだお遊びの範疇を超えていない、実力も伴ってない、成長途中のお前等を連れて行けなんて言われた。正直言って責任は持てないし、持つ気など毛頭にない!」

「なんだとこの野郎!」

 

そこまで言い切った所で匙が我慢できずに怒鳴る。

 

ソーナはこれに注意を促す。

 

「匙、お止めなさい」

「すいませんが聞けません! あいつ、俺たちを見下してるんですよ!? ここまで言われて黙ってなんかいられませんよ!」

「ほう? やけに自信があるようだが?」

「決まってんだろ! こっちはいつだって死ぬ覚悟はできてる!」

 

匙の威勢のいい言葉にカリフの口の端が吊り上った。

 

「そこまで言うなら。今日はお前の“覚悟”とやらを見せてもらおう。そのつもりで来てもらったのだからな」

「見せてもらう……て」

「戦うんじゃないのか!?」

 

イッセーの問いかけにカリフはヒラヒラと手を振る。力を抜いてリラックスしているのがよく分かる。

 

「戦う? アザゼルがどう伝えたのかは知らんがそんなことはする気はない。お前ら相手じゃあ勝負にならないからな。もし万が一にもお前らを同行させることを考えれば無駄な怪我をしてもらっても困る。時間もそんなに無いからな」

「じゃあどのように覚悟を査定するつもりですか?」

「オレに誰でもいいから攻撃して見ろよ」

 

ロスヴァイセの問いに意外な答えで返す。

 

リアス、ソーナ共に驚愕して目を見開かせる。イッセーたちもその提案に驚愕を表す。

 

「それだけかよ!」

「それだけだ。時間的に五分、オレに傷を付けることができたら合格とする」

 

イッセーたちに関しては拍子抜けしこともあって少し安堵してしまった。肉弾戦を予想していたので肩すかしになることは無理が無かった。

 

それに伴って嘗められてると思うに至る。

 

「流石に私たちを侮り過ぎだ。私たちがいつまでも君の後ろでくすぶっている訳ではない」

 

流石のゼノヴィアもカリフの物言いに素直に従う気にはなれなかった。

 

そんなゼノヴィアにカリフは少し吹き出した。

 

「じゃあ受けてみるか?」

「当然だ!」

「ゼノヴィア!?」

 

デュランダルを異空間から出して構える……なんてすることなく意表を突かんとカリフに迫った。

 

騎士の特性で強化されたスピードで一秒の間にカリフとの遠い距離を詰めてデュランダルを振るった。聖のオーラを纏ったゼノヴィア渾身の一撃をスピードに乗せてカリフに当てる。

 

オーラが大爆発を起こし、突風が吹き荒れるのをイッセーたちは驚きを見せた。

 

「ゼノヴィアの奴、デュランダルの威力が段違いに上がってねえか!?」

「まずはデュランダルのパワーを最大限に引き上げる修行を始めてたんだよ。そのおかげで真羅先輩にリタイアさせられてしまったんだけどね」

 

木場がゲームのことを思い出して頭を抱えた。苦い経験を味わったというのに相変わらずのゼノヴィアの愚かともとれる素直さに苦労している様子だということが分かる。

 

だが、その豪胆さが彼女の強みだということも知っているので対応に困っている……と言いたげだった。

 

「短時間であの威力のオーラを練るなんてやるじゃねーか。こりゃ上級悪魔でも致命傷は間違いねーぞ」

「でもあんな攻撃じゃあまずいですよ! いえ、もしかしたら死んじまったのかも!」

「ひいぃぃぃ!」

 

イッセーとギャスパーはあまりの爆発の規模にカリフの身を心配してしまうが、アザゼルだけはこの場の全員に比べて慌てず達観している。

 

「お前等はまだまだカリフを分かっていない。あいつは……人外蔓延る裏の世界をたった一人で生きてきた奴だぞ?」

「それは一体……」

「!? 部長! あそこ!」

 

リアスの疑問を遮って小猫が叫んだ。気が付けば彼女は既に猫耳と尻尾を生やした猫又状態となっていた。

 

そんな小猫が爆心地を指差した時、爆炎が突風によってかき消された。

 

『『『!?』』』

「馬鹿な!」

 

強大なオーラを纏ったデュランダルは確かにカリフの顔面に届いていた。

 

だが、そこには血の一滴すらも流さずに悠々と立ち尽くすカリフの姿

 

「ほんなほのは(そんなものか)?」

 

全てを切り裂くと伝えられるデュランダルの刃を口に咥えて受け止めている姿に誰もが衝撃を覚えた。

 

服だけが爆炎で燃やされたにも関わらず本人にはダメージさえ通っていない。最大出力を用いた攻撃が粗末なやり方で防がれたのにはゼノヴィアの動揺が大きすぎた。

 

動揺のまま後方に退こうとしたが体が動かない。

 

「この!」

 

正確には噛まれているデュランダルが動かない。ゼノヴィアは動かせないデュランダルを両手持ちに変えて腰を低く、思いっきり引っ張る。

 

それでもデュランダルは離れない。

 

(噛む力が私の全力を上回っているというのか!? カリフといえどもそんなこと……!)

 

焦りを振り払うかのようにゼノヴィアは歯を食いしばり、目を瞑ってデュランダルを引っ張る。

 

「うあああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ゼノヴィアの足場の土が盛り上がっていくのに対してカリフの足元には何の反応も無い。明らかに異様な光景だった。

 

「うそ!? ゼノヴィアの馬鹿力が効いてない!?」

「ゼノヴィアの悪魔になった身体能力ではルークに引けをとらないのよ……こんなのって!?」

 

イリナとリアスの驚愕が木霊する。シスターだった頃と悪魔になったゼノヴィアをそれぞれ知っている彼女たちもゼノヴィアのパワーの凄さは理解している。

 

周りが信頼を寄せるパワーがただの歯によって阻まれたのはあまりに衝撃的過ぎた。

 

デュランダルを咥えたままのカリフが鋭い視線でゼノヴィアを捉えた。

 

「っ!!?」

 

睨まれた……ただそれだけでゼノヴィアの全身が強張った。

 

ゼノヴィアはカリフの瞳の中に宿る様々な力を感じ取った。

 

 

覇気と殺気

 

 

至ってシンプルであり、ましてや幼少からヴァンパイアハンターや悪魔祓いを執行してきた彼女にとってはいつもと変わらぬプレッシャーそのもののはず。

 

だが、カリフの殺気は今まで感じたことのない程濃密で、リアリティに富んでいた。

 

「づっ!!」

 

やる気が一瞬にして恐怖と言う名の『黒』に塗りつぶされたゼノヴィアはデュランダルを引っ込めて後ろに下がった。

 

「はぁっ! はぁっ!……」

「ゼノヴィア……っ!?」

 

まだ一分もかかっていない短時間でゼノヴィアの全てが壊された気がした。

 

意地、根気、怒り、覇気

 

そのどれもが一睨みで折られたゼノヴィアは腰を落としてその場に尻餅をついた。精神ダメージは確実に深いことをリアスたちは悟った。

 

そんなリアスたちを一瞥した後にカリフは余裕を見せながら一人一人指名していく。

 

「イッセー、ギャスパー、マナ、紫藤イリナ、ロスヴァイセ、匙元士郎、真羅椿姫……ってとこか」

 

指名された面々は呼ばれることに反応し、カリフの対応に緊張を見せる。

 

「名前を呼んだ奴ならオレとの相性は抜群だ。だから一気に来い」

「俺たちを一気に相手にするってのか!?」

「そうしてもらっても構わん」

 

その一言に指名された面々は一瞬だけ顔を強張らせる。自分たちなら確かにパワータイプと組しやすいが、それでも力の差は歴然……先ほど感じた威圧感だけで感じてしまったのだから。

 

指名されなかったメンバーも気持ちは同じだった。指名されなかったということは敵にならない、と見なされたのだと自覚する。

 

それを自覚しているからこそより一層悔しさが増す。

 

「イッセー、ギャスパー、マナ……いけるかしら?」

「分かりません……ですがやれるだけやってみます!」

「ふふ、その意気よ」

 

本当は不安で一杯なはずなのにいつもの笑顔で応えるイッセーに励まされる。

 

主としては複雑な気持ちだが、それがリアスの不安さえもかき消した。

 

「ぼ、僕も怖いけどやってみます……」

「私も言われっぱなしじゃあ納得できないからやってみます!……ちょっとおっかないけど」

「えぇ……期待しているわ!」

 

ギャスパーを眷属として、マナを同じ部員として毅然とする二人を誇らしく思う。

 

ソーナも隣で匙たちに激励を送っていた。

 

「匙、椿姫、相手はコカビエルや白龍皇を退けるほどの実力です。ですが、彼は最も相性の良いあなた方を指名しました。それがどういう意味なのか分かっていますね?」

「嘗められている、ってことですよね」

「えぇ、確かに相手は格上です。ですが、初のグレモリー眷属との合同戦闘ということなので存分に力を発揮しなさい……一泡吹かせてやりましょう」

「「はい!」」

 

二人は一斉に長刀と神器を構える。その顔にはやる気が満ち溢れている。

 

「私も成長したということを見せましょう」

「私を遣わせてくださったミカエル様の名誉にかけて負けはしないわ!」

 

イリナとロスヴァイセも指名されたこともあるのか妙に張り切って換装する。

 

瞬時に戦乙女の鎧、エクソシストのボンテージ姿となって聖剣を構える。

 

「こっちも行くぞ!」

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!』

 

イッセーも禁手に至って鎧姿となって構える。

 

全員の準備が整ったのを見たカリフは笑いながら手招きをする。

 

「カモーン! 一人一発で落としてやる! それまでに力の程を見せてみろ!」

「耳を貸さないで! あなたたちのペースで戦うのよ!」

 

リアスの指示に全員は承知したかのようにバラバラに散らばってカリフを囲む。

 

「む?」

「へへ! 余裕こいてるからだ!」

 

背後から繋がれた黒いラインの先で匙が挑発で注意を引いている間にギャスパーが目を光らせた。

 

「おぉ?」

「できるだけ止めてみせます! あまり時間はかけれませんので後はお願いします!」

「いいぞギャスパー!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!』

 

イッセーは禁手によって瞬時に力を最大限にまで溜めてイリナとロスヴァイセに向ける。

 

「イリナ! ロスヴァイセさん! すぐに撃てる準備をしておいてください!」

『Transfer!』

 

力の譲渡を行った瞬間に二人の纏うオーラが力強くなる。

 

「凄い、力が漲ってくる……」

「なるほど、これでカリフくんに集中砲火という訳ですか」

「手加減抜きで、一発で決めるようお願いします!」

 

イッセーの指示に二人は驚いた様子であったが、カリフと修行してきた面々はその作戦に感心する。

 

「なるほど、時間をかけずに一瞬で沈めることを選びましたか。良い判断です」

「えぇ、彼相手に時間をかけては不利になるだけ。だから短期決戦に持ち込む、私たちが前から考えていた作戦よ」

「奇遇ですね。私も前々から考えておりました」

 

二人は顔を見合わせて不敵に笑う。

 

「お互い考えていることは同じ……それなら」

「メンバーが違っても行きつく形は同じ、ということですね」

 

カリフに追いつきたい、その信念の元で二人の主は眷属全員で考察していた戦闘パターンがある。

 

いつまでも自分たちがイジられて終わるはずがないという思いが今、信念となっている。

 

そんなことを想っている余所で戦闘は続く。

 

「まだまだぁ!」

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!』

 

譲渡によって自身の力を底上げした後、すぐに魔力を溜める。

 

「もう、止められません!」

「もう少しだけ堪えてくれギャスパー!」

「はいぃ!」

 

全力でカリフを停めているギャスパーに早くも疲労の色が見え始めた。全力を出し続けて大量の汗を流している。

 

イッセーの激励に健気に応えるギャスパーに感謝しながら指示を飛ばす。

 

「匙! カリフをラインで雁字搦めに縛り付けろ!」

「残念だが、もう終わってるぜ!」

 

匙が残った手でサムズアップして応えると、すぐにイッセーは指示を飛ばした。

 

「このままイリナたちはフルパワーでカリフに遠距離攻撃を当ててください! 近距離攻撃で倒そうだなんて思わないでください!」

「なんだか卑怯な感じはするけど……デュランダルを歯で受け止める人に聖剣は効きそうにないわ!」

「相も変わらずデタラメな人ですね……それならフルバーストでも大丈夫なのでしょう」

 

特大の光の槍と北欧魔方陣にエネルギーが集まって力の奔流が奔る。

 

周りが衝撃で荒れ狂う中、カリフの身体は匙によって全身をラインに拘束されていた。

 

ギャスパーによって時間が停められているというのに体の一部が既に動き始めている。

 

「このまま合図したらギャスパーは目を止めて、俺とマナとロスヴァイセさんで打ち抜く! 5……!」

 

残された時間は後僅か

 

「4……」

 

数分の内に実行された全てを賭けた作戦

 

「3……」

 

このまま勝てなくても、自分たちの長所を見せつける

 

「2……1……!」

 

倒れなくてもいい……せめて

 

「ドラゴン……」

 

一泡くらい吹かせる!!

 

 

「ショット!」

「はああぁぁぁぁ!」

「喰らってください!」

 

それぞれ強化された膨大なドラゴンパワー、光、魔力が大砲となってラインに絡め取られたカリフに向かってくる。その途中でやっとギャスパーの停止の力が解けたのか一瞬で何重にも巻きつかれたラインの束を力任せに引きちぎった。

 

「ちぃ!」

「なけなしの魔力をできるだけ込めて頑丈にしたはずだったんだがな……流石だよ」

 

匙はラインを引きちぎったカリフを讃頌する。まるでそうなると分かっていたように。

 

そして視界が開いた先には三つの巨大なエネルギー波が迫って来ていた。

 

「ふ」

 

だが、これを慌てることなく手からエネルギー弾を放って迎え撃つ。

 

ノータイムで放ったにもかかわらずエネルギーは巨大で、力強かった。

 

その証拠に三つのエネルギー弾を全て受け切って拮抗したのも一瞬、三つのエネルギーをかき消してイッセーたちの元へと向かっていく。

 

「うそ!?」

「やっぱり強い!」

 

カリフの実力を初めて目の当たりにしたイリナと昔からの実力を知っていたロスヴァイセはそれぞれ戦慄し、歯を噛みしめる。

 

イッセーが叫んだ。

 

「マナ! 頼む!」

「副会長! 今です!」

 

呼ばれた二人の前にそれぞれバリアが現れた。それこそがこの作戦の目玉と言える。

 

どうあがいても今の実力ではカリフに立ち向かって勝てる見込みは全くと言って皆無。

 

ならどうするか……そう考えれば自ずと答えは出てくる。

 

「聖なるバリア、反逆の鏡(ミラー・フォース)!」

「!」

 

マナの一つ目の神器、『聖なるバリア・反逆の鏡(ミラー・フォース)』。相手からの衝撃をその威力のまま跳ね返すカウンター系神器。

 

そして先のゲームでゼノヴィアを倒した真羅椿姫『追憶の鏡(ミラー・アリス)

 

自分たちの力で倒せないなら相手の力を利用して勝つ。

 

巨大なエネルギー波を二つの鏡が受け止めて拮抗する。

 

「これで!」

「いっけええぇぇぇ!」

 

そしてカリフのエネルギー波がそのまま跳ね返された。

 

「なに!?」

 

これにはカリフも驚愕の顔を示し、避けようとするが足に違和感。目を向けると自分の足に黒いラインが巻きつかれていた。

 

「こんなもの!」

「ほどいている暇なんてあんのかよ!」

 

匙の言う通り眼前には自分の跳ね返ってきたエネルギー波が迫って来ていた。

 

気付いた時には遅く、カリフの身体はその巨大なエネルギーの中に消えていった。

 

 

 

 

 

「やったのか?」

 

遠くで見ていたゼノヴィアの問いに答えられる者はいない。

 

だが、リアスたちは内心でこれほどにない手応えを感じていた。自分たちの思い描いていた最高の反撃を入れることができたのだから。

 

外面は平静を装っていても内心では期待が膨れ上がりつつあった。

 

もしや……と

 

そして、爆心地が晴れたその地には。

 

『『『!!?』』』

 

服だけがボロボロになったカリフが直立不動で佇んでいた。

 

服がボロボロでも本人自体にはダメージが全く通っていない様子だということが見て分かる。

 

「これで倒れるとは思ってなかったが……まさかここまでタフだとはな」

 

アザゼルでさえもノーダメージに歯噛みする。

 

今回の手応えはそれくらいに完璧なタイミングで入っていたのだ。

 

「……部長、カリフくんは明らかに手を抜いています」

「小猫?」

「いえ、もしかしたら私たちは彼の力を見くびっていたのかもしれません……」

「何か感じたのね?」

「……」

 

小猫は戦慄による汗を流していると、カリフは余裕の表情を浮かべて拍手を送る。

 

「いや、またまたいきなりだったから面を喰らってしまった。動きは悪くなかった」

 

送ってくる讃頌が皮肉に聞こえるのは自分たちが捻くれているのか、それとも驚きが大きすぎて感性がおかしくなっているのか……今の彼女たちにはそんなことどうでもいいことだった。

 

「オレに気功弾を撃たせるために全力での殲滅攻撃を全力で撃ったのは良かった……ただ、お前たちは運が悪かった」

「運?」

「1の力を2にして、1の力を1のままに返した所で100の力には勝てない」

「!!? まさか……!」

「今回は普段の二倍の実力を出させてもらった。全体で5%ってとこかな?」

「なっ!?」

「ばっ!」

 

何気なく話した内容はあまりに現実離れした内容だった。

 

「全力の5%……あれで5%……」

「……冗談であってほしい所ですね」

 

リアスもソーナも呆然とカリフを遠目で見つめる。

 

天使とヴァルキリーとイッセーの全力をかき消すほどの砲撃、匙のラインを無理矢理引きちぎる出鱈目な腕力

 

それらを全て思い返し、それらが5%にも満たない力だった……もはや才能がどうとかの問題を逸脱している。

 

「どうやら彼は私たちが及びもできなかった以上にとんでもない力を秘めているようだ……」

「うん。格どころじゃない。次元そのものが違うのか……」

 

ゼノヴィアも木場も改めてカリフの実力を再認識する中、当の本人は飄々としていた。

 

「まあ、お前等ならオレのカウンターで来ると思ってたから防ぐのは容易だったぜ。それでもまだやるか?」

「くっ!」

 

イッセーは目の前の少年のタフさに苦悶の表情を浮かべる。

 

マナと真羅椿姫はバリアーで防いだけれどあまりの衝撃の大きさにバリア越しに突き抜けてきたダメージで身動きが取れていない。

 

ギャスパーも体力的に限界のようで倒れて肩で息をしている。それはイリナもロスヴァイセも同じだ。

 

残っているイッセーと匙ではどう頑張っても負けることしか見えてこない。

 

逃げることも勝つこともできない。実質、八方ふさがりだと実感せざる得なかった。

 

「いや、もうオレたちに手はねえよ」

「だろうな」

「兵藤!」

 

正直に手が無いことを口にするイッセーに匙が非難の声を上げる。

 

「まだ俺たちが残ってるだろ! 俺が力を吸い出してお前が……!」

「ラインを刺す前にお前が倒される……仮に力を吸い出しながら俺が戦ったとしても勝てない。それほどに力の差があるんだ……」

「で、でも……!」

「兵藤くんの言う通りです。もう充分です匙」

「会長……」

 

イッセーからもソーナからも、そして無自覚的に自分がカリフに敵わないということを悟っているからこそその場に立ち尽くした。

 

そんな彼らを差し置いてカリフはアザゼルに向く。

 

「アザゼル、やっぱこいつ等とは同行は無理だ」

「……そうか」

「そんな! アザ……!」

「駄目だ。今回はあいつに従え」

「!?」

 

アザゼルはどこか諦めたように溜息を吐きながらカリフの言葉を容認する。

 

それに異を唱えようとするリアスだが、その前にアザゼルが静かに言う。

 

「今回の任務は多大な危険が伴うかもしれねえ……カリフがお前等に合わせて実力を抑えるようなことがあっちゃならねえのさ」

「それは……」

 

何も言えない。事実だと理解しているが、自分の眷属が足手纏いだと間接的に言われているように思える。

 

眷属に対して愛情が強い所為だというのもあるが、眷属を誇りに思っている分やるせなくなる。それはきっとソーナも同じだと思う。

 

「だから今回の任務はカリフ一人に任せる……これは堕天使総督としての決定でもある」

「……分かりました」

「今回は仕方ありませんね」

 

卑怯だと思いながら自分の肩書を使って納得させられるなら、とアザゼルは命令口調にリアスに念を押す。リアスも立場上納得せねばならない物だと素直に従う。

 

リアスもソーナも説得した所でアザゼルはカリフに向き合う。

 

「それじゃあ、少し休んでからにするか? それとも……」

「できれば早めに行きたい」

「だと思ったよ。なら準備ができ次第送ってやる」

 

アザゼルとカリフはそのまま異空間の部屋から出ていく。

 

「……」

 

退室する際にカリフはリアスたちを横切りながら彼女たちの悔しそうな顔を目にしていく。

 

今のリアスたちに何を言うでもなく、そのまま振り返ることもせずに部屋を出ていった。

 

 

 

 

遥か遠い地

 

そこは薄暗い夜空と広大なる森林に覆われた世界だった。

 

そんな地の中で動き回る影

 

「おい、あのドラゴンは見つかったのか?」

「まだだ。この森に逃げ込んだんは確からしいからもう少し探索を続ける」

「急げよ。仕事が遅れればあの方に殺される……既に俺の部下が何人も消されたからな」

 

自然が広がる森には似合わない機械的なアーマーとヘルメットで全身を覆っている人影が何人も慌ただしく走り回っては報告を行っている。

 

「だが、そっちもしくじるなよ。もし『あの木』を枯らそうものならお前だけじゃない、俺たちがまとめて消されるって話だからな」

「そんなことは分かっている!」

 

声を荒げる人影は別の方向を見上げるように呟く。

 

「“あれ”が何なのか分からない……だが、何としてでも任務を遂行させねば……」

「……本当に何なんだろうな? あの『神精樹(しんせいじゅ)』ってのは……気味がわりいぜ……」

「さあな。あまり知り過ぎても碌な事なんかねえ」

「確かに」

 

“あれ”の差す方向

 

 

そこには悠然とそびえ立つ巨大な大樹がそびえ立っていた。

 

 

大樹の根の周りの森は枯れ果て、生物すら存在しない更地となっている。

 

 

まるでその大樹が周りの生命を吸い尽くしているように……

 

 

 

 

また別の場所

 

シンプルな部屋の中で食べ物を手掴みで乱暴に貪る人影とその男の前に跪く影の二つがあった。

 

食べ物を頬張る口が不気味に吊り上る。

 

「やっと収穫の日が来たか……ちゃんと育っているんだな?」

「はっ! 報告ですと開発部の薬が効いているようで発育の速度は遅くなりましたが、しっかりと根付いたようです。木の実の確認もとれております!」

「そうか」

「ただ、別件で追っているドラゴンも同じ場所に逃げたとのことですが」

 

食事する男に指示を仰ぐ部下が見上げると、そこには邪悪な笑みがあった。

 

「お前等で片付けろ。俺はすぐに神精樹の実を収穫に向かう」

「『ターレス様』自らですか?」

「当たり前だ。お前らが勝手に変な気を起こして実を食べられでもしたら面倒だからな」

 

笑いながら言う男から醸し出される威圧感に部下の額から汗が噴き出る。

 

「俺もたまに身体を動かしたいからな」

「そ、それではそのように準備いたします」

 

 

 

 

三勢力友好条約

 

これを機に各地でくすぶっていた危険な勢力を目覚めさせてきたのは事実

 

世界情勢は既に傾きつつある。

 

 

 

だが、それらはただの序章でしかなかった

 

この世には決して目覚めさせてはならない存在があるということを未だにこの世界は認識していない。

 

 

そして、これから起こる事件がこの先の未来を大きく左右する引き金でしかない。

 

 

運命の刻はすぐそこにまで迫っている。

 

 

~後書き~

 

今回はリアスたちの自信をへし折ってみました。

 

ここからリアスたちがどのように行動し、成長していき、DBキャラとどう関わっていくかを書いていきたいと思っています。

 

そしてこの章がその一歩としていこうと思っています。ここからが本当の戦いとなり、主人公の激闘の始まりとなります。

 

 

一応の報告も終わったことですので、今回はこの辺にて。

 

また次にお楽しみください!



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悩みと答え(タイトルにはそんなに意味は無い)

イッセーたちと戦った翌日の朝

 

カリフは広い自宅を闊歩していた。寝ぼけ眼を擦りながら。

 

「腹減った……」

 

眠気はそんなに感じはしないけれど起きた時の空腹に意識を乗っ取られたような感覚を覚えていた。

 

結構歩いてキッチンに来てみても、今日が休みだからか誰も起きていないのかキッチンは薄暗いままで誰も居なかった。

 

キッチン周りの棚を漁っても昨晩の残りもなければインスタント食品さえもない。朱乃たちの同居が始まってからは母と主に朱乃がローテーションで料理を作っていたのだから仕方のない話かもしれない。

 

何だかここで朱乃か母のどちらかを起こすのはプライドが許さない。何もできない、と思われたくないというのが本音である。

 

カリフはカリフなりに料理の心得くらい持っている。そのため料理はできないわけではない。

 

「えっと……味噌と、出汁、油揚げか……これでいいか」

 

冷蔵庫を漁って無難に味噌汁を作ることにした後に行動に移す。

 

袋に入っていた油揚げを手刀で程よいサイズにカットした後にそれを置いて鍋に水を入れて出汁の元を入れて火をつける。沸騰した所へ油揚げを全部入れる。

 

ある程度にまで温まってきたらお玉に味噌を入れて菜箸で少しずつ溶かしていく。

 

「ふぅ」

 

簡単に作った後に油揚げを入れて弱火にしてしばらく温める。

 

その間何をして時間を潰そうかと考えていた時、気配を感じた。

 

「昨日の今日でよくやる」

 

そのまま気配を追って屋敷を歩き、たどり着いた先は修行用の部屋だった。

 

ドアを開けてみると、そこには案の定といったように竹刀を構えたゼノヴィアがいた。既に朝早くから相当に鍛錬していたのか汗の飛沫がキラキラと光っていたのが見えた。

 

しばらく素振りしている様子を見ているとゼノヴィアがカリフに気付く。

 

「カリフか、おはよう。早いね」

「お前の方がな。邪魔したか?」

「いや、私も素振りだけで少し物足りなかった所だ。軽く打ち合ってくれないか?」

「ん~……飯作ったから五分だけな」

「充分だ」

 

ゼノヴィアからの誘いによって軽く打ち合うことになったカリフはゼノヴィアの前にまで出る。軽やかに構えるカリフに比べて対するゼノヴィアは竹刀を構えて対峙する。

 

「せやあ!」

「ふっ」

 

先にゼノヴィアが仕掛けるがカリフは手刀で容易に受け止めて弾く。

 

そこから二人は手刀と竹刀で軽く打ち合って互いに身体を温めている。

 

「ほう、前に修行した時よりは鋭くなったんじゃないのか?」

「そうか? これでも合宿の時以来からずっと朝に鍛錬を続けてきたんだ」

「なるほど」

 

そのまま打ち合っているとゼノヴィアの表情に影が指すのが見えた。

 

「私は木場よりも弱いからな」

 

自嘲するゼノヴィアにカリフは手を止めて頭を掻いた。ゼノヴィアは落ちる時はとことん落ちるということをここで思い出させられた。

 

ゼノヴィアは木場がゲームの時に自分よりデュランダルを上手く扱えていたことを知った時は表面には出さなかったが悔しがっていたのは知っている。多分、それから鍛錬を積んできたということくらいすぐに分かる。

 

「それだけじゃないんだけどね」

「……だろうな」

 

そして予想通り昨日のことを多少は引きずっていたのだとこの言葉で確信する。

 

「自惚れかもしれないけどこの合宿で君に少しでも近づけたのだと思ったよ」

「……どう思った?」

「遠いな……いや、背中すら見えてなかった」

 

一介の戦士であるゼノヴィアにも多少の自信があったに違いない。それを夏休みの間に疑問を持ち、止めは昨日のカリフとの一戦

 

全力の一撃をたった5%の力で一蹴されたという事実は予想以上にゼノヴィアに付きまとっていた。

 

「当たり前だ。お前等は確かに強くなっている。だが、オレは更に早く強くなっているのだからな」

「そうだね……」

 

やっぱり自分たちはただのお荷物なのか……カリフの一言でさらに気落ちする時、別の言葉が返ってきた。

 

「でも、お前はこうやって鍛錬しているのだろう? 何故だ?」

「な、何故……」

 

急に質問で返されたゼノヴィアは咄嗟には答えられなかった。

 

「オレに追いつくことか? それとも仲間のためか?」

「それは……」

 

しばらく考えた後ですんなりと答えを出した。

 

「どっちもかな」

 

あっけらかんと答えるゼノヴィアにカリフは思わず噴き出した。それに対してゼノヴィアは意外そうにしながらも困惑した。

 

「? 何か可笑しかったか?」

「いや、考えなしのお前らしいとな……」

「馬鹿にしてないか?」

「してるに決まってんだろ」

 

心外そうに頬を膨らませるゼノヴィアの問いにカリフは高々と笑いながら答える。だが、その後に穏やかな笑みに戻る。

 

「だけどそれでいい。しばらくはそのテンションを維持してれば嫌でも強くなる」

「君が言うと馬鹿にしているようにしか聞こえないけど」

「そう言うなよ。折角の有難いアドバイスだからな」

(自分で言うことなのか?)

「しっかりと強くなれや」

 

やけに自信満々なカリフにゼノヴィアは溜息を吐く。そんなゼノヴィアにカリフは向き合う。

 

「お前らは当分、禍の団(カオス・ブリゲート)のことだけ考えろ」

「え?」

 

再びカリフと向き合うが、カリフが視線を外して周りを歩き回る。

 

「多分、その組織とお前等はぶつかり合う機会が多くなる。その度にオレがいるとは限らねえからな」

「……」

「もしかしたら避けられない格上相手との戦闘もあるかもしれないからな」

「まさか、私たちにその時のために昨日……」

 

ゼノヴィアの言葉を最後まで聞かずに出口に向かう。

 

「今はこれで上がりだ。オレはこれから使い魔の森に行くために体力を使う訳にはいかんからな。それに飯もできてることだろう」

「あ、あぁ……」

 

いつもこうだ、彼はそうやって何かを伝えようとしているのに肝心な所だけは教えてはくれない。

 

その所為で人から誤解されることもあるだろう。

 

天邪鬼ではあるけれど、しっかりと自分たちに残す物は残そうとしている。

 

この中でも先を見越し、自分たちを戦える状態にまで仕上げようとしてくれている。

 

「全く……私よりも不器用なのではないのか?」

 

溜息を吐いて呆れるところだろうが、ゼノヴィアは意に反して笑ってしまった。

 

カリフと自分たちの差は天と地の差まであるのは明らかであろう……それでも彼は最低限、自分たちを見捨てるようなことはしていない。

 

聞いても恐らくは適当にはぐらかされるくらい予想できている。

 

それでも彼ははるか後方にいる自分たちを見てくれている。

 

「……よし!」

 

それなら勝手に『自分にはまだ見込みがある』とでも思っていよう。それでもその差は一生埋まることは無いのかもしれない。

 

それでも……後方から向かってくる敵は代わりに私たちが打ち滅ぼす。

 

君に救われた命……それくらいに使ってもいいだろう?

 

自分の頬を勢いよく叩いて気合を入れ直し、先を行くカリフの横に並ぶ。

 

「カリフ」

「?」

「きっと、いや、絶対に強くなる。絶対にだ」

「……そうか」

 

さっきまでの暗い気分は消えはしないけど、先程よりも気分は軽くなった気がした。

 

「そういえばまだ朱乃副部長は寝てる時間だね」

「あぁ」

「君が料理したのかい?」

「一人の時が多かったからな。嫌でも調理しなければならない時があったんだよ」

「興味あるね。食べてもいいかい?」

「……朱乃と違って味はただ食えればいいってくらいだ。それに中々思い通りの物も作れてるって訳でも……」

「いいじゃないか。今日は全員でその朝食にしよう」

「……後で文句垂れるなよ」

 

カリフは少し恥ずかしいのかゼノヴィアから視線を外して呟く。

 

その行動に普段からみせない可愛さが滲み出て一瞬だけ抱きしめようと思ったが、理性で抑え込んだ。

 

「それじゃあ皆に知らせよう。皆も喜ぶと思うぞ(結婚しよ)」

 

表面ではクールに言うが内では欲望に塗れた思考を秘めていた。

 

 

 

そして皆が起き始める時間にゼノヴィアがそれぞれの部屋に行って朝食のことを伝えた瞬間、この家の住人が目の色変えてパジャマのままキッチンへと向かって行った。

 

「こ、ここここここここれは収めねば……普段九割ツンの貴重なエプロン姿ーー!」

「あらあら……後でそのカメラの焼き回しを私にお願いいたしますね。これで多少は夜の寂しさも紛れますわ」

「……マナ先輩。私にもその焼き回しをください」

「待て待て。このことを伝えた私に最も有用な利益を与えるべきだ。とりあえず抱き枕を」

「お前等出ていけ。でないと頭を吹っ飛ばすぞ」

 

キッチンに集まってくる変態を相手にしたくないのかカリフは必死に苛立ちを抑えながら考える。もっと精神的に追い詰めてやるべきだったか……と。

 

そうこうしている内にカリフの料理は完成し、食卓に並ぶことになった。

 

入れ物の中に温かい料理が注がれて全員の口に入った。

 

「うふふ、美味しいですわ」

「……意外な特技」

「美味しい……美味しいよ!」

「うん、これはいい味だ。流石は私の夫になる男」

「ほう、息子にこんな特技があったなんてな」

「ふふ、美味しいわ。ありがとう」

 

家族を含めた全員が絶賛する中、作った本人だけが目が死んでいる。

 

そんな彼を置いて全員は称賛の声を並べる。

 

「にしてもこんな物も作れるなんてね」

「えぇ、美味しいですわ」

『『『このコーンポタージュ』』』

「味噌汁にしたかったのに……」

 

転生前から治らなかった数少ない自分の弱点が変わらないことに頭を押さえてしまう。

 

格段料理が得意でもなければ下手ということでもない。

 

ただ、狙った料理が作れない(料理下手と言う名の錬金術)だけである。

 

こうして思い描いたのとは違った朝を送り、彼は夜まで待つこととなった。

 

 

 

朝食以降は特に目立った修行をすることはせずに体を休めるためにほとんど寝て過ごした。

 

使い魔の森は案内人は夜にしか行動しないとのことで夜まで待たされる羽目になった。悪魔ではないカリフにとってはこれほどきついことはないだろう。

 

朱乃たちもそれを理解してか、静かにカリフを寝かせてやったのだった。

 

そして、夜の22時に学校の校庭に全員は集合した。ロスヴァイセやイリナ、シトリー眷属も含めた学校関係者が集まった。

 

「よし、そろそろ時間だ。さっさと送ってくれ」

「へいへい。相変わらずせっかちな野郎だな」

 

軽口を漏らしながらアザゼルは転移魔方陣を出すとそのまま上に乗っかる。

 

「あなたなら大丈夫でしょう」

「しっかりやってこいよ!」

「成功を祈って……悪魔ですから祈るというのもおかしいですわね」

「いや、私は祈っているぞ」

「怪我した時は私が治しますから!」

「……油断は禁物」

「が、頑張ってくださいぃ!」

「僕たちの分までしっかりやってきてね」

「行ってらっしゃーい!」

 

オカ研からの激励には静かに手を上げただけで応えるカリフ

 

そして、カリフは魔方陣の光と共にその場から姿を消した。

 

「はぁ~、俺たちは待機かぁ。今回はあいつ一人でも全部片付けちまうかもなー」

「そうなったらそうなったで良しとしようよ」

「そりゃあな」

 

カリフの転送を見送った後のグレモリー眷属はいつもの様子で悪魔の仕事に戻ろうとするが、匙たちの様子がおかしいことにイッセーは気付く。

 

「どうした匙? なんか暗いな」

「いやさ、昨日のことでちょっとな……」

 

匙の声が聞こえたのか周りの空気が重くなった。

 

「自惚れてた訳じゃなかったんだけどよ……この合宿で俺たちやお前の所だってすげえ力付けだろ? お前なんかバランス・ブレイカーにまで至ったし、俺だって神器の使い方をある程度までマスターしてたからもしかしたら、って思ってたんだけどよ……」

「予想以上にカリフが強かったってとこか?」

 

そこでアザゼルが横から加わった。その答えに匙は頷いた。

 

「勝てるとは思ってなかったけど、まさか遊ばれて終わるとちょっと……」

 

乾いた笑みを浮かべる匙に対してイッセーは肩に手を置いて何度も頷く。

 

「うんうん、分かるぞ。オレたちだってあいつを目指してはいたからさ、思い知らされちまった」

「……そうには見えないけどな」

 

疑いの目で見てくることに対してイッセーは清々しそうに笑う。

 

「最初はさ、すげえ悔しかったさ。負けることに慣れるなんてことはできねえ。それならもっと強くなるしかねえじゃん?」

「……そ、そうだな!」

 

イッセーの言葉に匙は何かを感じ取ったのかいつもの調子に戻った。少なくとも周りにはそう見えた。

 

だけど本当は自分が置いて行かれているような焦燥感は少なくとも残っている。

 

だけどそれを気にしてばかりでは前に進めない、だからそれを乗り越えて強くなる必要がある。

 

自分の実力と向き合い、いかに成長をしていくかが試されている。

 

グレモリー眷属もシトリー眷属にとって重要なことだとアザゼルは思った。

 

「グレモリー眷属もシトリー眷属も苦労してんな」

「他人事だと思って……」

「でも、ある意味ではお互いの眷属のパワーアップに必要なことなのかもしれませんね」

「ああ、今のお前たちはカリフの足元には及ばない。だけど、その悔しさをバネにしてさらに力を付けるよう指揮を上げるか、このまま遠すぎる目標にダレるか。王としての腕の見せ所だぜ?」

 

アザゼルの言葉にリアスとソーナは頭を抱えて溜息を吐く。

 

「本当……何者なのかしらね。カリフって」

「分かっていることは、彼が誰よりもしたたかで厳しいということくらいですね。敵に回したくない相手とも言えます」

 

この時期で最大の問題である『能力の成長』という点を間接的、かつ強烈に突きつけたカリフの出鱈目さを改めて思い知ったのだった。

 

「イリナもロスヴァイセさんも彼に関わるならこれくらいのショックには慣れていただかないとこの先辛いぞ?」

「だ、大丈夫よ! 天使の底力を見せてやるわ!」

「予感はしていましたが、これくらいの障害は付き物なのですね……」

 

新人二人も辟易しながら皆と一緒に校舎へと戻って行ったのだった。

 

 

「グギャアアアアァァァァ!」

「ガアアアアアアアァァァァ!!」

「くそ! いい加減くたばれドラゴン共め!」

「ドラゴンの幼体を探せ! あの二体を逃がしたら俺たちの命は無いと思え!」

 

使い魔の森

 

様々な魔獣や幻獣がそれぞれの生態を築く魔の森の一角で二体のドラゴンが暴れている。

 

一体は白銀に輝く身体にサファイアブルーの瞳を持った巨大なドラゴン

 

もう一方は黒の身体に紅い瞳を有した巨大なドラゴン

 

二体ともそれぞれの美しさを持ったドラゴンであり、森に響き渡る鳴き声から如何に上等なドラゴンであるかが窺える。

 

だが、今の二匹からそのような美しさが奪われようとしていた。

 

「撃てー! このまま仔ドラゴンの元に向かわれても面倒だ!」

「これ以上攻撃すればこの二体は息絶えます!」

「構わん! このドラゴン共は死ぬ間際にしか子を産まないと聞く! それならここで死んでも同じだ!」

「わ、分かりました!」

 

二体のドラゴンの首にはワイヤーのような物で繋がれており、縛られている首からは血が垂れている。

 

「グオオオオオオオォォォ!!」

「うわあああああぁぁぁぁ!」

「ぎゃああああああああああぁぁぁぁ!」

「あちい! あちいよぉ!」

 

ワイヤーを掴む構成員に向かって炎を吐いて森林ごと燃やし尽くす。ドラゴンの必死の抵抗に阿鼻叫喚が森の中に響き渡るも数は一向に減る気配がない。

 

「殺せ―!! このままだとこっちが全滅だー!」

「さっさとくたばれトカゲ風情がっ!」

 

魔力弾による攻撃と徐々に体の各部に巻き付いてくる丈夫なワイヤーに二体のドラゴンも体力の限界が近付いている。

 

「キュイイイイイィィ!!」

「グオオオオオオォォン!!」

 

最初の頃の怒りに満ちた二体の咆哮はいつしか痛みによる苦痛のそれへと変化していた。

 

二匹のドラゴンが息絶えるのも時間の問題なのは誰の目にも明らかだ。

 

どこからともなく湧いてくる構成員が自分たちの勝利を確信していたその時だった。

 

 

 

 

「なんだ貴様等は?」

 

小さく、しかし周りに響くような声がどこからともなく響いてきた。構成員たちが声の方向に反応して視線を向けた。

 

「な、何だ貴様は!?」

 

そこにいたのは少々小柄な青年……カリフがこちらを睨んでいた。

 

カリフは自分に投げられた質問に頭をポリポリと掻きながらこう告げた。

 

 

 

「今夜、貴様等を地獄に叩き落とす男と覚えてもらおう」

 

拳を握りしめて鈍器を作りながら誰の目にも移ることのない速度で

 

 

 

構成員の群れに突っ込んでいった。

 

 

 

~後書き~

 

イッセーたちは気持ちの切り替えを覚えた!……という話というだけで時間かけた割にはそんなに進みませんでした。すみません

 

最後はカリフが使い魔の森に入ってからの話です。この流れに至るまでの話はまた次回にやっていきたいと思っています。

 

いきなりピンチなドラゴンは身体的特徴から『青眼の白龍』と『真紅眼の黒龍』です。もう分かるようにカードゲームのモンスターとなっております。

 

そして、次回からはあの原作敵キャラ……隠さずとも分かる通りターレスのお目見えとなりますのでお楽しみください!

 

それではまた会いましょう! さようなら!



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悪夢の始まり

最近はゴッドイーター2と卒論で更新が遅れてしまい申し訳ございません!

ですが、何とか書き上げました。

そして、若干、ネタバレですが残りのオリヒロイン(他作品からの登場)を決めました! この世界観に充分馴染めるキャラだと思っています。

詳細が知りたいという人だけは活動報告をご覧になってください!

それでは今回もどうぞ!


時は数分前に遡る。

 

駒王学園から使い魔の森へと転送されたカリフは転移の光が消えると周りの不気味な森の風景を見回す。

 

「ここが使い魔の森……なるほど、色んな気が渦巻いている。人外魔境ってやつか」

 

従来から自然が好きなカリフにとってここが獰猛な猛獣や魔獣、幻獣の住処であろうとこの場所を気に入った様子で散策しようとした時だった。

 

「ゲットだぜ!」

「?」

 

突如として頭上を見上げると、そこには中年男性が枝の上に立っていた。格好としてはいい年してタンクトップに短パン、そしてキャップを反対側にして被るなど少年心を忘れないスタイルと言えた。

 

「なんだ貴様?」

「ここは使い魔の森! 使い魔にするにはうってつけな魔物がウジャウジャだぜぃ!」

「おい、無視してんじゃ……」

「今日のお客さんはワルそうな兄ちゃん一人かい? しかも丸腰! そんなんじゃあ一撃で殺されちまうぜ! サバイバルを舐めてるんじゃねえ!」

「……」

「そこで今ならこの魔物を収納して服従させるボールを販売中だぜ! こいつの使い方は簡単、この野球ボ-ルみたいな球を魔物に当てて……!」

 

急に現れてはマシンガントークを繰り出すオヤジに青筋を浮かばせる。

 

人の話聞かない、人をけなす、遂には怪しげなグッズの押し売りときたものだ。カリフを凶行に至らせるには充分過ぎた。

 

「はぁっ」

「ポピィィィ!」

 

気功波を放ってオヤジに当てると奇声を上げながら木の枝から落ちてきた。

 

全身が焼け焦げて煙を上げているオヤジに近付いて肩を掴み、無理矢理身体を起こす。

 

「おめえよぉ……人の話聞く気あんのか?」

「ほがががががが!」

 

常人よりも掴む力が強いカリフに鼻をつままれたオヤジは悲鳴を上げる。カリフの手をタップしてはいるが、その意思が届くことは無い。

 

「こっちは魔王共の使いっ走りみてえに来たっていうのによぉ! これが人を出迎える態度かああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」

いひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ(いたたたたたたたたたたたたた)! ひゃなはにゃめてぇぇぇぇ(鼻は止めてぇぇぇぇ)!」

 

ぶん回すように掴んだ鼻を振り回すとオヤジもそれに合わせて振り子のように動き回る。

 

「初対面の人には礼儀正しくしろってお母さんから学ばなかったのかぁ!? このド低能がああぁぁぁぁぁ!!」

「あ、ちょ! まっ! やめっ! いやあああああああぁぁぁぁぁ!」

 

この後、オヤジは鼻を解放された代わりに地べたに顔を押し付けられて頭から地面に埋もれた。

 

 

 

 

「いや、あの、手持ちはこれしかないんで……すいません……」

「……ジャンプしてみ」

「勘弁してください! 最近は本当に稼ぎが少なくて……っ!」

 

土下座して財布を差し出すボロボロのオヤジにカリフは悠々と眼光を光らせて見下す。まさに家畜を見るような目だった。

 

「そんで? それで人の話も聞かずに勝手にペチャクチャペチャクチャ……えっと名は?」

「ザトゥージです……」

「よし、ザトゥージ。本来ならここで躾の一つでも施す所だが、今回は緊急事態とのことで不問にする。それでいいな?」

「あ、ありがとうございます……」

「腹の底から復唱ぅ!!」

「ありがとうございますっ!!」

「よし! いいだろう!!」

 

弱々しかった声に喝を入れたカリフはザトゥージを土下座から解放して立たせる。勿論、財布からは何も盗っていない。それでも最初の頃のテンションはどこか影を潜めてしまっている。

 

「んで? この森で一体何が起こっている? そのために魔王に稟議書を提出したはずだ」

「はい。実は、最近のこの森で色んなことがあって……」

「普通に話せ」

 

どこかぎこちない口調に業を煮やしたカリフが本来の口調に戻すよう勧めるとザトゥージもそれに習う。

 

「う、ごほん! そうだな、まず最初に目立った変化ってのはだな……」

「怪しい奴らが出歩いているってとこか?」

 

自分が言おうとしたことを最初に言い当てられたことにザトゥージは目に見えて驚愕する。

 

「なんでおめえ知ってんだ!?」

「最初は動物の気かと思って放っておいたんだけどよぉ……こりゃあ人間の気配だぜ」

「え?」

 

カリフは使い魔の森に転移されたその時から何かの気配を察知していた。対するザトゥージはカリフの言うことに?を浮かべている。

 

そんな彼にカリフは短く言った。

 

「付いて来い」

「え? あ、おーい! どこ行くんだよぉ!」

 

後ろへ遠ざかっていくザトゥージには眼もくれることも無く走り去る。疾風の如き速さに森の中に強風を起こしながら集まっている気配の元へと走り去っていく。

 

この数分後、二体のドラゴンと大量の構成員に出会った場面に続く。

 

 

 

 

「でかいな……」

 

そして現在、カリフは二体のドラゴンの真正面に立って見上げている。対するドラゴンはもはや虫の息に近く呼吸も深く、そして活力が感じられなかった。

 

「グルル……」

「……」

 

二体のドラゴンは息絶え絶えになりながらも眼下に広がる血に濡れた大勢の構成員を見渡す。

 

さしずめ、カリフの意図を測りかねていることと体力の限界が近付いていることが原因だと思われる。

 

「……」

 

無言で手刀を構えるカリフに一瞬の警戒を表す二匹だが、そんな警戒はすぐに瓦解されることとなる。

 

「ペティナイフ」

 

手刀がぶれるほど高速で小さく動かしたその瞬間、二匹を雁字搦めに縛り付けていたワイヤーが切れた。

 

「!?」

「キュルッ!?」

 

突然の開放に二匹は見た目からして驚いていることが分かる。

 

そんな二匹に対してカリフは何を言うでもなく背を向けた時、茂みの向こう側からザトゥージが現れる。

 

「ひぃ……ひぃ……この歳で、全力疾走は、きついんだから、急に走るなって……」

 

全力でカリフを追いかけたのが分かるくらいにザトゥージはタンクトップを汗で濡らし、呼吸も荒くなっていた。膝に手を置いて半身を支えながらカリフの元へと首を上げる。

 

その時、背後の巨大なドラゴンの姿が目に入った。

 

「な、な、な、なんだこいつはあぁぁぁ!?」

「ドラゴンだろ?」

「分かってるよ! そういうことじゃねえ!」

 

オーバーに驚愕するのに鬱陶しく思いながら何気なく答えるが、当のザトゥージは疲労も忘れて全力のつっこみをいれる。

 

それどころかまるでコレクターが宝を見つけた時のように目を輝かせていた。

 

「青い目に白い身体、紅の目に黒い身体! 間違いねえ、青眼の白龍(ブルーアイズホワイトドラゴン)真紅眼の黒龍(レッドアイズ・ブラックドラゴン)だぜぃ!」

「すごいのか? 珍しいのか?」

「どっちもだ! この二体はフェンリルに並ぶ最上級ドラゴンにして五大龍王にも引けをとらねえ実力、更には個体数も限られた美しく、強いドラゴンだ!」

「お、おう……」

「はぁー、すっげえ……」

 

マニア心全開に語ってくるザトゥージに若干引くカリフだが、話を聞いて一つ疑問が浮かんだ。

 

「ちょっと待て、こいつ等が強いならなんでこんな雑魚共にやられてる?」

「雑魚? うおぉ!? こいつ等、最近現れる奴等じゃねーか!?」

「まずそっちに気付かないのか?」

 

ここまで魔物に興奮するザトゥージに呆れ、再びドラゴンと向き合う。

 

すると、ザトゥージが気付く。

 

「この二匹は他のドラゴンと違って卵じゃなくてそのまま子供を産み落とすんだぜ。そのため体力が落ちるという情報があるんだぜ」

「産卵じゃない……そういえばこの匂い……」

「あぁ、二匹のドラゴンから溢れてる水は羊水だぜ」

 

よく見れば二体の足元には血以外にかすかに透明な液体が溜まっていた。

 

「間違いねえ。この二体は子供を産んだ瞬間に狙われたんだ」

「子供は? 奴らに捕われたのか?」

「いや、このドラゴンは一日で親離れするんだ。多分、子供は逃がした結果が……」

「そうか……」

 

自分の子を逃がすために身体と命を張った二体のドラゴン

 

「でも、なんで急にこんな希少種が……詳しい生態さえ解明できていないっていうのに。何かこの森にこいつらの習性を解読できるものが……いや、まさかあの木が?……あ!」

「今度は何だ?」

 

そこまで自分の世界に入っていると、途中で思い出したかのように表情をまた変えて慌て始めた。

 

「そうだ! お前さん、相当に強いんだろ!? その腕を見込んで頼みがあるんだぜ!」

「?」

 

急に頭を下げたザトゥージに首を傾げるカリフに話しを進める。

 

「実は、最近になって変な大樹が生えて困ってるんだぜ!」

「? 別に不思議ではないはずだが? こんな森だからな」

 

使い魔の森という特殊な環境の中で別に特殊変異で生まれてくる生命体など不思議ではないのでは?、と思うのだがザトゥージが憤慨する。

 

「確かにそうかもしれねえけど、明らかにおかしいんだぜ! 俺でも見たことも無いうえに手当たり次第にここらの生態を狂わしちまって……」

「駆除しようとは思わなかったのか?」

「何人かの悪魔に依頼したけど誰一人帰っては来なかった……どうしようもないんだぜ」

「(成程……確かにこれはくせえ……)その木ってのはどこだ?」

「あっちだぜ」

 

ザトゥージが指をさす方向に視線を向けると、一際大きくそびえ立つ大樹が目に入る。

 

「あれか……普通にここの大樹だとばかり……」

「あの木を中心に最近じゃあ自然が荒らされてるんだぜい。俺が行って調べてえんだけどよ、こいつ等が現れたのも」

「同時期って訳か……」

 

ここに来る前に浮かんでいた疑念がいよいよ真実味を帯びてきた瞬間だった。

 

今回は今回で大きな収穫があるとカリフは経験則と当事者の証言、そして何となくだが希少種のドラゴンの突然の来襲……どれもこれも『あり得ない』ことが起こり過ぎている。それに加えて怪しげな集団とくれば疑う余地はもはやない。

 

「案内できるか?」

「引き受けてくれるのか!?」

「念のためだ……あの木をへし折りでもすれば何か状況が動くかもしれん」

 

しばらく考えるだけでは仕方ないと判断したカリフはザトゥージに案内を求める。

 

その提案にはザトゥージも喜びを隠さずに手を握って喜ぶ。

 

「ありがたいぜ! あの木のせいでこの森にくる上位の魔物がめっきり減っちまって使い魔求めてくる悪魔のニーズも低下してたんだよ! おかげで自作のグッズを売らないと俺っちが生活できなくて!」

「あぁ、だから冒頭で押し売りみたいなことしてたのか」

 

完全にザトゥージの事情などどうでもいいと言わんばかりに流して聞いていた。これ以上聞くつもりはないので一人で怒りに燃えるザトゥージに声をかける。

 

「じゃあ案内……つーか、悪いけどオレと同行してもらいたい。この森に詳しいのはお前だからな」

「任せろ! この森は俺の庭みてえなもんだ!」

「そいつは良かった」

 

互いの利害が一致したと分かればすぐに高くそびえる大樹の元へと向かおうとする二人。

 

そんな中、カリフはドラゴンを軽く一瞥する。

 

「行くなら行っちまいな。今逃げても追わねえよ」

 

戦いにおいて他者を巻き込むことを嫌う。それは何も人間だけではない。

 

自分が好きなことは全て自分の物。

 

戦いも、苦楽も、死でさえも……自分が独占したい

 

それは快楽のため、そして強くなるため、後悔しないための戦いでもあるから。

 

考え方としては普通より歪で危険な思考が目の前のドラゴンを、目に映る全ての生命を自分の戦いで危険にさらしたくないと思わせる。

 

故に、彼はドラゴンを逃がす。

 

「じゃあ着いて来いよ! あそこに行くための近道は俺にしか分からねえからな!」

「上等だ」

 

ザトゥージの呼びかけにカリフは二匹のドラゴンに背を向けて大樹へと向かう。

 

「……」

「グルル……」

 

そして、カリフの後ろ姿が見えなくなるまで二体のドラゴンが目を離すことはなかったのだった。

 

 

 

大樹の元へと向かうザトゥージとカリフ

 

彼の先導のおかげで危険な猛獣とは数十分の間だけど遭遇はしていない。これもレンジャーである彼の手腕なのだろう。

 

(ほう、中々の腕だな)

 

獣道を状況で判断して避けている。仕事人としては一級品なものだとカリフは少しだけ彼への評価を改める。

 

「はぁ……はぁ……もうちょいだ……」

(これさえ無ければよかったんだがな……)

 

ただ、体力が無い所為か先導しているザトゥージが少し走っただけでグロッキー寸前にまで追い詰められている。この深刻な体力不足が祟って数十分と時間を浪費してしまったことへの怒りはこの時だけは抑えてやる。

 

そのまま遅いザトゥージの横にまで並んで走る。

 

「担いでやる」

「ひぃ、ひぃ……な、なんのこれしき……」

「このままだと日が暮れるんだが?」

「はひぃ……はぁ……」

「おい」

 

割と本気でドスを利かせるが、ザトゥージは走るのを止めない。

 

この様子に少し気になっていると、走りながらザトゥージが息絶え絶えになって話し始める。

 

「絶対、絶対に捕まえてやる……この森を勝手に荒らしやがった、奴を、自然を壊しやがって……」

「……」

「この森にはなぁ、はぁ、生き物がたくさん、げほっ、住んで、いるんだよっ! 命の営みだ!」

「……」

「それを、どこの誰かも分からねえ、けほっ、奴らが、勝手な都合で、壊しちゃならねえんだ……この森は、俺が、護って……」

 

まるで自分に言い聞かせているように独り言を呟いて走る。顔は真っ青になり、呼吸も荒い。

 

もはや人目から見ても限界だと分かる彼にカリフは何も言わない。

 

「……どうぞお先に」

 

ザトゥージには彼なりのポリシーを持っている。

 

今の彼は疲労でぶっ倒れそうな状態に間違いはないが、眼は死んではいない。それどころか困難に立ち向かう目をしていると確信できた。

 

覚悟を決めた者を無理矢理引き留めるなどカリフにできようか?

 

無論、できる訳が無かった。

 

何故なら、彼もまた『護るため』に立ち上がった一人の戦士に変わりないのだから。

 

この後はずっと、カリフは彼には何を言うことも無く歩幅を縮めて後ろに着いて行くことにした。

 

今、必死になって『戦っている』のは彼なのだから

 

 

 

それから更に数十分の時が過ぎた時、二人は既に走るのを止めていた。

 

「はぁ、はぁっ!」

「……」

 

一際大きく盛り上がった丘の上で寝転がって息を整えるザトゥージと丘の上に立って一転方向を見据えるカリフ

 

「あれが……」

「そうだ、この森を蝕んでいる大樹さ」

 

寝転がるザトゥージの案内は既に完了していた。

 

カリフの眼前には天をも突く大樹が悠々とそびえ立っていた。

 

遠くからじゃ分からなかったが、近付いてみると重い雰囲気がのしかかってくるような感じがする。

 

しかも露出している根本付近の木々は枯れ果て、ここに住んでいただろう魔物たちが骸骨となって転がっている。

 

「マジかよ……ここまで薄気味わりいとは……」

 

生態を崩す……明らかにそんなレベルを超えているであろう被害をもたらしつつある。

 

あまりに危険な状態の大樹からは瘴気すら感じるようだ。僅かながら寒気を覚える。

 

「……おい」

「はぁ、何だ?」

「お前はすぐに帰れ」

「え!? なんだよ急に!?」

 

冷や汗を流して目の前の大樹の不気味さに戦慄するカリフの一言にザトゥージが抗議しようとする。

 

だが、その前にカリフの只ならぬ雰囲気を感じ取ってか静かになる。

 

「お前はすぐに魔方陣の元に向かってアザゼルたちに報告して来い。こいつはクロだってなぁ」

「本当か!? まさか本当に……」

「早くしろ……オレはこの樹を調べてみる」

「だ、大丈夫かよ。兄ちゃん?」

「分からねえ……だから早くしろ。もしかしたらこいつは……!?」

 

 

 

 

この瞬間、カリフの身体は無意識的に動いた。

 

「げはぁっ!」

 

ザトゥージを森の茂みの中へと押し戻すように気合砲で吹っ飛ばす。

 

吹っ飛ばされたザトゥージはすぐに森の中へと消えていった。

 

だがもう一度言うようだが、この一連の動きは無意識的な物だった。

 

(こ、この気は……ば、馬鹿なっ!?)

 

突如として現れた気

 

恐らく転移魔法の類なのだろう……それだけなら問題にすらならない。

 

問題は『気の種類』だった。

 

「お前……この樹を見たな?」

 

上空から聞こえてくる声

 

突然現れた気の主はまさしくその声本人のものだ。

 

上を恐る恐る見上げるカリフに対して人影はゆっくりと空から降りてくる。

 

「ここまで来たってことは部下の監視から逃れてきたのか?」

「はぁっ……はぁっ……!!」

 

目の前に降りてきた男……間違いなく察知したのはこの男だ。

 

その男の気は自分より高い物じゃない……普通なら勝てる相手だろう。

 

だが、普段の彼からは考えられないほど狼狽え、過呼吸寸前にまで陥っている。

 

目の前の男の風貌が理性を狂わせる。

 

「戦闘力……5か。ゴミめ」

 

男の側頭部に付けている機械、肩パッドの戦闘服、そして巻き付かれている茶色の長い尻尾

 

その一つ一つが彼から『冷静さ』を奪っていく。

 

「見られたからには仕方ない」

「!?」

 

混乱している彼にとって目の前の男が自分に掌を向けている挙動さえ一瞬の出来事だった。

 

その挙動に嫌な予感を感じ、彼も反射的にエネルギー弾を集めた瞬間だった。

 

「死ねぇ!!」

「しまっ!」

 

一瞬の出来事と過度の緊張、衝撃の光景によるショック

 

原因を上げてしまえばキリはないが、目の前の光が自分の全身を包み、焼かれるような痛みを感じながら思った。

 

“最悪だ”

 

一瞬の油断が生んだ参事に見舞われ、薄れていく意識の中で確かに見た。

 

 

 

かつて自分に戦いを教えてくれた師に瓜二つの風貌の男が自分に向かって邪悪な笑みを浮かべていたことに……

 

(カカロット……じゃ……な……い……?)

 

カリフの意識はここで途絶えた。

 

 

 

黒い褐色の男が手をかざしてエネルギー弾を放った先を強張った表情で見つめる。

 

「まさか、こんな辺境にまで探りに来るやつがいたとはな……」

 

茶色の尻尾を腰に巻きつけながら憎々しげに呟く。

 

「まさか魔王共にバレたか? くそっ!」

 

その男の視線の先……全身から煙を上げて倒れるカリフを一瞥した後視線を外す。

 

そして側頭部に付けている機械が爆発した。

 

「あのガキ……俺の攻撃を喰らいながら反撃してきやがった。おかげでスカウターも使えねえ」

 

カリフが攻撃を喰らった瞬間に放たれた気功砲に壊されたスカウターを外すと地面に叩きつけて踏み潰す。乱暴な言動からは明確化された『怒り』を感じる。

 

だが、そんな男もカリフの姿をもう一度見た所でまた落ち着きを取り戻す。

 

「まあいい。バレたらバレたで殺せばいい……この神精樹さえあれば俺は無敵だからな」

 

笑いながらとんでもない凶行を言ってのける。

 

だが、この男にはそれができる。

 

「さて、今夜でフィナーレだ」

 

かつて、あらゆる星々を“苗床”にして滅ぼしてきた悪の首領

 

一族の中では使い捨ての“下級戦士”ではあるが、それは彼らの一族のみでの話だ。

 

 

 

あらゆる手を使っても欲しい物を手に入れる

 

 

 

略奪を生業としてきた恐怖の一族の生き残り

 

 

 

同時に存在し得ないとされていたカリフの同族

 

 

 

 

 

復讐の戦闘民族・ターレス

 

 

星を喰らって成長する神以外に食すことを許されない禁断の果実・神精樹の実

 

 

 

 

今まさに、地球が最大の危機に直面しようとしていた。

 

~後書き~

 

はい、やっとある程度カリフという主人公にも強敵が出すことができました!

 

今後の戦闘もより一層激しく、そして展開も真っ黒にしていく予定ですのでよろしくお願いします!

 

そして前書きに書いた通り、最後の『ヒロイン枠』が自分の中で決まりました! 自分が思っていたよりも大所帯になってしまったので批判の声が上がることは覚悟の上です。

 

それに関しましての愚痴というか自分の意見を吐露する形で活動報告に載せたいと思っています!

 

要するに、『海に向かってバカヤローッ』理論、要は自分なりの不安解消です。これについては見ても見なくても構いません。持論を並べたばかりですから見る人によっては感想はチマチマになるかもしれないので。

 

内容は『最後のオリヒロイン枠、『ハーレム』というジャンルの魔力』です!

 

そんなこんなでも物語を当初の設定で書いていきたいと思っています。

 

それではまたお会いしましょう!



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先の見えぬ闇との邂逅

久々で本当に申し訳ありませんでした!
何だか中途半端でストップさせていましたが、久しぶりに更新します!
久しぶりで書き方とか変わってると思いますが、ご了承ください!


ザトゥージは戦慄していた。目の前の起こった風景に悪寒が止まらなかった。

 

(まさか……! まずいぜ!)

 

急に見えない力に吹き飛ばされ、急いで戻ってきたら事態は思わぬ方向へ進んでいた。カリフが突如現れた謎の男によってエネルギーの波で吹き飛ばされた。

 

男から発せられたエネルギー波の威力で森の広大な大地が乱暴に抉られている。その威力にザトゥージは恐怖しか湧かなかった。

 

(地平線の向こうまで抉れてる! あんなの上級悪魔でも出せねー!)

 

歯がガチガチとなって震えるのが分かる。だけどここにいたらいずれ見つかってしまう。送ってもらった助っ人も殺られた以上、恐怖を抑えてやるしかない。

 

(と、とにかく、ここから誰かに連絡を……!)

 

恐怖で固まる身体を無理させながら、ザトゥージは茂みの中に潜みながらターレスから慎重に、されど素早く離れるのだった。

 

 

森に紛れて走り去っていくザトゥージ。

その姿は森に隠されて見えないはずだが、その姿を上空から見送るターレス。

 

「そういえば一匹隠れていたな」

 

スカウターが壊される前に反撃してきたカリフの他にももう一つの反応を探知されていた。

実際には感じてはいないが、おおよそ来た道を戻りに行ったのだろう、そんな予想はできていた。

 

(このまま潰してやろうか……)

 

わざわざネズミを見つけて始末するより森ごと焼き払うか、そう思いながらエネルギー弾を手に集中させる。

ある程度力が溜まったことを確認し、放とうとした時、ふと考え直す。

 

(このまま泳がせるか?)

 

自分たちの“組織”は未だに表舞台には出ておらず、他の者にバレているとは思えない。

今では“禍の団”とやらが隠れ蓑になっている。

一応、万全の布陣は強いているのだが、結局のところは可能性での話でしかない。

 

既に勘のいい者が探るためだけにここに来ただけという可能性もある。

 

それはつまり魔王側にて違和感程度に察知されたと見てもいいだろう。

 

それなら、逃がしたネズミは次に仲間を呼ぶ可能性が高い。

全員を連れて来た所を一気に潰せばいいだけのこと。

 

どの道、ばれる可能性を留意しての作戦だったのだ、少々の退屈しのぎも問題はないと、ターレスは判断した。

 

(どうせ最後には全員、“俺たち”に首を垂れることになるのだからな)

 

手に集めたエネルギーを霧散させてザトゥージを見送る。

まるでミツバチの巣を突き止め、最後に蜂蜜を捕獲しようとする狩人のように。

 

ターレスは獰猛に、それでいて愉快そうに口角を吊り上げた。

 

「今夜は退屈せずに済みそうだ」

 

愉快そうな声音を響かせ、狩人はザトゥージと同じ方向へ飛んで行った。

 

 

 

駒王学園のオカルト研究部を月光が照らす。

比較的新人であるイッセーたちでも人間の望みを叶え、契約する業務には慣れてきた。

 

未だにイッセーには変な契約者からお呼びがかかるという悩みもある。

時代錯誤の鎧武者な内気な女性と西洋の鎧騎士のカップル、見た目は新生物と恐れられている強面でありながら内面は超乙女な魔法少女の女性?

 

思い出したらキリがない、そう思い至るイッセーは本日もまたそういう類の契約者に当たってしまったのだろう。

 

「いやー、終わったぁ!」

「お疲れイッセー。皆もよく頑張ってくれたわ」

 

主からの労いに皆の表情が和らぐ。

特にイッセーは敬愛する主であると同時に想い人でもあるリアスからの優しさに感無量とさえ思える。

始終、変な契約者に翻弄されていた疲れも吹っ飛ぶものだと。

 

「随分と慣れたよね。最初の頃は凄く苦労していたのにね」

 

木場が懐かしむように過去のイッセーを引き合いに出す。

イッセーは春の時よりも格段に強くなった、そして頼もしくもなった。

悪魔として、下僕として、そういうつもりで言ったのだが、直後にイッセーが恨めしそうに見せる表情に動揺した。

 

「な、なんだい?」

「別に~? 綺麗なお姉さんを契約者に持ったり、俺よりも強かった奴に言われてもって思っただけだよ」

「そんな意地悪言わないでよ……」

 

イッセーには別の意味で捉えられてしまったことに気付き、苦笑する。

 

「それにほら、元は一般人だったイッセーくんだって今では冥界でも一目置かれるほどに成長したんだし。過去は過去だよ」

「でもよお、そのきっかけになった合宿は酷かったんだぞ? 俺だけ山の中で勝ち目のない戦いを繰り返してたんだぞ!」

「それは、まぁ……」

「ちくしょう! 分かってる、分かってるんだけどよぉ!」

 

本人は気付いていないだろうが、イッセーの行動力と我慢強さ、いわゆる根性は充分に眷属たちに良い影響を及ぼしている。

そのおかげで眷属たちのテンションも高くあることができる。

地力が弱かった彼がメキメキと強くなる姿は自分たちのいい発破になったとも思っている。

 

そのために厳しい鍛錬を詰めに詰め込んだメニューには同情を覚えてしまう。

それは神滅具所有者、戦いを呼ぶドラゴンに魅入られた者の宿命だと思って諦めてもらうしかなさそうだ。

 

それを踏まえてもイッセーは自身の能力と影響力は目を見張るものがあると木場は思っている。

本人に言えば舞い上がってしまいそうだから口には出さないけど。

 

そう思っていると、ふと思い出したようにイッセーが呟いた。

 

「そう言えば俺が悪魔となったと同時にカリフに会ったんだよなぁ」

 

その名が出た瞬間、部屋中の誰もが動きを止めた。

 

「結局、あいつは色々と分からないことばっかりだし、俺としては助けてもらったこともあるから何かしてやりたいんだよな」

 

イッセーはイッセーなりにカリフのことを考え、恩も感じている。

今までに散々なことを言われたり容赦のない言葉で打ちのめされたこともあった。

 

あの傍若無人ぶりに振り回されたこともあったけど、それでも結果的には助けられた。

でなければとっくに死んでいたのかもしれない。

 

「確かに色々と無茶したりさせたり、容赦も無いようなことばっかあったけど、あいつは本当はそんなに悪い奴って訳じゃないんですよね」

 

そのことは部室にいる誰もがそのことを理解していることである。

 

仮にカリフと数か月過ごしてきたのだ、彼のことを何一つ理解できていないなどあり得ない。

学園生活を通し、彼の人となりを見たまま、感じたままに捉えている。

 

個人個人の認識は違えど、抱いている認識のなかで共通していることがある。

それがイッセーの言う通り、カリフにある優しさの有無であろうことは間違いない。

 

「彼は偶に厳しいことは言いますけど、あれはあくまで素直に伝えただけだと思います」

「私も気の利いたことなんて言えないのは知っての通りですからね。ただ彼は人より無神経なだけですから」

 

カリフは善くも悪くも純粋であり、素直であること。

 

それは朱乃、小猫、ゼノヴィアが心の中で想う。

それは幼なじみとしてか、はたまた命を救われた者としてか、それとも己が力を認めてくれた者としてか。

今更分かっているからこそ言わんばかりに黙して語らず。

 

見る限り、部員の皆は少なくとも悪い感情を抱いてはいないのがよく分かる。

 

まだ模擬戦と称して完膚なきまでに負かされたこと、辛言されたことについては既に皆もよく受け止められている。

そう思えたイッセーは今まで自分が考えていたことを皆に提案する。

 

「あの、部長も、皆も少し聞いてくれません?」

 

立ち上がったイッセーに視線が集まり、意識的に集中されていることに気付くとイッセーは続ける。

 

「もうすぐ体育祭が近いから皆も練習もするし悪魔稼業も鍛錬も忙しいと思うんだけどさ、もう一つイベントあるんですよ」

「あら? そうなの?」

 

部長であるリアスでさえ知らないイベント。

イッセーの様子からそんなに悪いものではないと理解し、興味深そうに聴き入っている。

 

「俺も知ったの最近ですけど、カリフの誕生日が近いんですよ」

「そうなのか?」

「あらあら、それは大変ですわ」

「初耳……」

「あ、あれ?」

 

同居している部員なら知っているだろうと思って勿体付けることも無く言ったのだが、ゼノヴィア、朱乃、小猫が初めて聞いたことのように驚いていた。

ゼノヴィアはともかく小さい頃から見知っていた朱乃と小猫さえもカリフの誕生日のことは知らないのは意外だった。

 

「朱乃さんたちは知らなかったんですか?」

「えぇ、まだ私たちは同居して間もないですし、そう言ったことは……」

「そうだったんですか。てっきり小さい頃から知ってるからそういうことも知ってるものだと……」

「私は小さい頃に何回か会っただけで、付き合い自体は短いので……」

「……私もあの家で引き取られたと言っても、彼は私達が同居した頃すぐに出て行ったので」

 

つまり、小猫も朱乃もカリフの誕生日を知ることなくすぐに別れたということ。

しかも今年にようやく帰ってきたから両親も直に誕生日を祝うのも久しぶりなのだろう。

 

「よく知ってたわねイッセー」

「いやぁ、それほどでも……と言いたいんですけど、本当はもっとあいつのこと知りたくて調べてただけなんですけど」

 

恥ずかしそうに謙遜する。

 

実際の所、イッセーは色々と礼替わりのために何かできないかと模索していた。

仕事とかそう言う面では口惜しいけどカリフほどの器量も腕力も無いから力になれない。

 

そう思ってささやかながらも彼の喜びそうなことを調べるに至り、彼の両親から誕生日のことを偶然聞き出せたのだ。

 

本来なら両親から小猫たちを通じて呼びかけようとも思っていたけれど、イッセーが先に誕生日のことを知ったので彼の方から伝える話になったという。

 

その話を聞いた後、リアスは腰を上げた。

 

「その話、いいと思うわ」

 

前向きな答えにイッセーは破顔する。

知らぬ間に緊張してしまっていたようで、今更ながら気付いた。

そしてイッセーだけでなく他の部員もどこかホっとしたように一息吐いた。

 

「確かに彼には色々と、結果的に助けられているのも確かね。契約において貸し借りは重要だもの」

 

立ち上がった際に靡いた真紅の髪が凛と輝く。

 

「それに、私としても友人を祝いたいという気持ちはあるわ」

 

そして、優しい眼差しを眷属に向ける。

眷属を愛するという家訓と同時にリアスは同じくらい友に優しい。

それが人間だとしても自身の心情は変わらない。

 

リアスとしてもカリフには色々と言いたいことは多々ある。

その中には幾何かの感謝も含まれている。

色々と諌めたい所はあるのだが、それを理由に遠ざけ、都合よく彼を利用しようと企むほど彼女は恥知らずではない。

 

今までは持ちつ持たれつの関係でいっていたのは確かだ。

 

だが、本音を言ってしまえばもはや彼は只の他人ではない。

ここで、契約とは関係の無い、眷属でもない友人関係を純粋に結びたがっている。

 

故に、今回の報せはまさに棚からぼた餅だった。

 

「勉強や悪魔稼業、鍛錬の両立は厳しいと思うけれど、しばらくはカリフの誕生日の準備もよろしく頼むわ」

「「「はい!」」」

 

素直で真摯な眷属の返事にリアスは微笑む。

改めて優しい眷属と力不足な(自分)に愚直なまでに素直な関係を結べた家訓に感謝する。

自分がしてきたことが間違っていなかった、そういう自身がこみ上げてくる。

 

話題を皮切りに皆が彼を祝う催し物について話し合う姿に微笑ましさを覚えながら帰り支度をしようとカバンに手を伸ばした―――

 

 

 

 

『リアス、急な連絡で悪いが緊急事態だ。すまないが全員集めて部室で待機しててくれ』

 

リアスたちに飛び込んだアザゼルの通信に楽しい時間は終わりを迎えた。

 

 

 

広大な使い魔の森にて魔方陣が表れる。

幾何学模様の陣から光が溢れると同時にリアスたちが現れる。

 

しかし、先程と違うのはその人数にある。

 

火急の知らせを受けたリアスたちと一緒にシトリー眷属の面々、イリナやロスヴァイセ、マナ、アザゼルの姿もそこにある。

一度は訪れた使い魔の森には色んな思い出があるだろうが、今のリアスたちにはそんな余裕も暇も無い。

 

広大な森の中の獣道に転移した彼らの姿を確認し、すぐ傍で待ち構えていた影が走り寄って来た。

 

「やっと来てくれたか、待ってたぜい!」

 

相も変わらず少年っぽい恰好のザトゥージは最初に対面した時と違って憔悴し、声も抑えながらもリアスたちに近付く。

 

「悪いけど挨拶している暇はないわ。詳しい状況を聞きたいのだけれど」

 

リアスは急かすようにザトゥージから事の詳細を聞こうと問い質す。

その場にいる全員が一刻も早い状況の理解を求めているのか身体を小刻みに震わせている。

 

(無理もねえか、いきなりの不意打ちで現実を理解できてねえんだからな)

 

後方で待機しているアザゼルも彼等の心境に同情する。

 

事の発端は、ザトゥージの通報から始まった。

 

彼はカリフが駒王学園の関係者だと知っていたため、学園に連絡した。

その時、特別顧問としてアザゼルが報告を受けたのだが、内容は彼を以てしても驚愕を隠せない物であった。

 

 

『カリフがやられた』

 

カリフの底力やおおよその実力を知っている彼がそう簡単にやられるはずがない、疑心に駆られるまま否定したかったが、自分が取り乱してはどうしようもないと思いとどまった。

信じられない、こみ上げるそんな思いを理性で抑えつけながらもザトゥージから状況を事細やかに聞き、推測する。

 

偶に彼も恐怖心からかチグハグな内容もあったが、話している雰囲気と具体的な内容から起こったことが事実であると思った。

 

勿論、そのことはサーゼクスたち悪魔サイドやミカエルたち天界サイドにも伝わった。

二天龍さえも凌駕するカリフの敗北は彼等にも大きな衝撃を与えたことは通信越しでも手に取るように理解できた。

その中でセラフォルーの反応が一際大きかったことはアザゼルも知らなかった。

 

しかし、彼等は既に禍の団と事を構えるに当たって大多数の戦力を既に投入している。

その中でもカリフすら打ち倒す戦力を投入するなど現状では無理な話だった。

そのため、今回の正体不明な敵に対して様々な武功を挙げ、成長株として期待されているグレモリーとシトリー眷属にお鉢が回って来た。

 

そして同じ駒王学園関係者として悪魔とは関係ないイリナたちも戦力として投入されたという。

 

 

そんな事情と経過を踏まえた上で直接、使い魔の森にまで赴いてザトゥージに話しを聞きにきた。

 

そして、事の全てを話した瞬間、イッセーの我慢が切れた。

 

「そんなはずねえよ!! あいつがそう簡単にやられるかよ!」

「でも、(やっこさん)に撃ち落とされてから今までずっと現れねえんだよ! 今更、もう……」

「見間違いだよ! そんなのある訳ねえ!! あいつは俺たちよりもはるかに強いから!」

「イッセー!!」

「落ち着いてください兵藤くん!」

 

今にもザトゥージに飛びかかりそうなイッセーをリアスとソーナが諌める。

 

明らかに熱くなっているイッセーを責めるものはこの場にいない。

イッセーの言葉は全員の総意である。

皆が疑いようも無い、それでいて信じられない話の内容に瞑目し、こみ上げる身体を震わせる。

イッセーが飛び出していなかったら自分たちが代わりにああなっていただろう、かろうじてそう自覚している。

 

正気を失いかけているイッセーを諌めるリアスとソーナも例外ではない。

カリフの強さはこの場の誰もが目にし、経験済みであるが故に信頼している。

 

 

だからこそ今回の件に失敗は許されない。

 

 

信じられない、そんなありもしない根拠が覆された今となっては迅速な行動と解決が望まれている。

カリフのような手練を打ち負かす存在……心の奥底で微かに思案していた可能性が現実のものとなってしまった。

 

禍の団、もしくは別の組織か、単独犯か……どちらにせよ世界を滅ぼす可能性を孕むその存在を無視できる訳がない。

 

ようやく落ち着きつつあるイッセーを引き離したリアスたちが皆に向き直る。

 

「皆、思う所はあるでしょうけど今は気持ちを切り替えましょう。今回の件は失敗など許されないわ」

「私もリアスと同意見です。この際、正体不明の第三者は忘れましょう。今はカリフくんの救出を最優先に考えます」

 

荒ぶる感情を抑えつけて二人の王は最適解を導き出す。

情報を元に推理すると、カリフは不意打ちに合ったものと考えられる。

 

つまり、一対一で戦えばまだ可能性は十分にある。

彼の強さは何に於いても重要であり、信用に値する。

 

不意打ちとはいえ、自分たちが束になっても勝てない彼を撃ち落とす実力者を相手にすれば無事に済むなど思えない。

正体不明の敵の情報と正体を知るためにはどちらにせよカリフの力に頼るほかない。

 

それにあの強さだ、生命力を考えても上級悪魔、あるいはドラゴン以上のものだと考えられる。

彼の情報からすれば彼は五体満足で落ちて行ったらしい。

そこで持参してきたフェニックスの涙、あるいはアーシアの能力で治さねばならない。

 

その考えを眷属たちに伝える。

 

「ここまでの話を聞いて異論はあるかしら? 他に何か案が無いのならこの方法で行こうと思うのだけれど」

 

皆に是非を問うが、それに反対する者はアザゼルを含めてこの場にいない。

皆も今できることを理解しているのだろう。

成すべきことを具体的に示された彼等にもはや動揺など無かった。

自分たちにできることを全力を持って成し遂げる、その覚悟を新たに場の空気が熱を帯びる。

 

戦闘経験から鍛えられた気持ちの切り替えに教え子の成長を感じながらアザゼルも動き出す。

 

「それじゃあ方針は決めておこう。フェニックスの涙は急ごしらえで四本しかない。できれば涙はカリフに使いたいから事実上、使える本数は三本だ」

「涙は先生が持っていてください。その方がまだ安全ですから」

「気休めかもしれねえがな……戦力は分散しないほうがいいだろう。手分けした所を狙われたら間違いなく殺られる。それに幸いにも撃墜された場所は分かっているからな」

 

テクニックのシトリーとパワーのグレモリー眷属が一丸となれば大抵の相手くらい対応できる。

戦力が未知数な相手であるならばこの布陣は絶対に必要である。

 

おおよその方針が決まり、やる気が最高潮に達した眷属たちに号令を発する。

 

「今回の敵は私達より強いかもしれない、その強大な力を前に私たちは成す術がないかもしれない……情けないけれど、今回はカリフに頼るしかないわ」

 

弱気な発言であるが、その声は凛としており、不思議と皆の胸の中に染み渡る。

これが自分たちの唯一できることだと、自分たちにしかできないことだと確かな誇りを持って続ける。

 

「でも、この力に屈してはいけないわ。今だ姿も見せない卑怯な相手に思い知らせてやりましょう。誰に愚かな牙を剥けたか、何より、眷属を、友を愛するグレモリー眷属に手を出したことを後悔させてあげましょう!」

「はい!」

 

友のために静かに怒れる眷属たちはリアスの号令に溢れる感情を滲ませる。

その号令は眷属ではないイリナたちのやる気にも火を点ける。

 

ソーナたちは号令はなくとも、主のやる気に感化されて準備も万端である。

『学園の生徒に手を出した相手』に対抗するために。

 

威勢のいい、覇気に満ちた声を震わせた。

 

その時―――

 

 

 

 

 

 

 

「なら、見せてもらおうか」

 

場を満たしていた覇気を

 

熱気を押しつぶす冷ややかな声が上空から届いた。

 

 

焚き付けていた自身とやる気が言い知れない冷気によって冷まされ、その場の全員の身体を圧迫して震わせる。

それほどまでに強い邪悪を含んだ声だった。

 

 

「お前たちの言う卑怯者に示して見せろ」

 

 

上空に浮かぶ黒い影。

全員の視線が集まるのを感じ、口角を吊り上げる。

 

 

「お前たちの無駄な足掻きをな」

 

全てを見下し、無慈悲を振り降ろすために態々この場に赴いた。

 

サイヤ人・ターレスによる悪夢がこの時を以て幕を開けた。




長い間待たせた挙句に戦闘は次回からという引き伸ばしは本当にすみません。
またチマチマ書こうと思います。
情けないことに少し設定もあやふやな所もあるのでおかしい所もあると思います。

それではまたお会いしましょう!


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戦いの幕開け

今年最後の投稿と活動報告で言ったが……すまん、あれは嘘だ。

とはいうものの、内容はあまり進まず、開幕ゴングを鳴らすだけの回になりました。
あまり書けてやれず、キリのいい所で終わらせたのを投稿します。


「貴様等、さっきのガキの仲間か?」

 

猿のように長い、毛の生えた尻尾をうねらせながら“そいつ”は俺たちを見下ろしながら冷たく言い放ってきた。

部長が高めてくれた指揮が、熱気が全てそいつの声だけで無慈悲に払われてしまったのがよく分かる。

 

『相棒! こいつっ、得体が知れんぞ!! 絶対に真正面から事を構えるなっ!!』

「……分かってるよ……分かっちまうんだよ、ドライグ」

 

ドライグの声からしても目の前の存在……明らかな殺意を向けてくる敵に慄いているのが分かる。

でも、お前に言われなくても分かっちまうんだ。

俺には小猫ちゃんのように仙術で強さは測れないし木場たちの様に経験も無いから佇まいで具体的な強さなんて測れない。

 

 

それでも分かっちまうんだ!!

宙にういている男を見た瞬間、俺の身体が一瞬で萎縮しちまったんだよ!

俺の本能が“逃げろ”と今でも警鐘を鳴らしてる!

 

身体が震えて、今にも逃げ出したい!!

 

「冗談じゃねえよ……タンニーンのオッサンでもここまで“怖い”なんて思わなかったぞ……」

 

ヴァーリのような強い奴の独特な雰囲気だとかサイラオーグさんの闘気なんてちっぽけに思っちまう!

周りに部長たちがいなければ、カリフという希望がいなかったら今頃背中を向けて逃げてた。

皆も身体を震わせてその場から動けずにいる。

 

しかし、敵はそんな俺たちを面白そうに、馬鹿にしたような笑みを浮かべながら再び訪ねる。

 

「喋ることもできないか……少しは歯ごたえがあると思ったんだが、さっきのガキの方がまだマシだったな」

 

俺たちを汚い物を見るような目で見ながら溜息を吐いた。

 

しかし、敵の言葉の中に気になることがあり、ここで初めて俺を縛り付けていた恐怖を押し退けた。

 

「お前、どこのどいつだよ! カリフをどうしたってんだよ!」

『Boost!!』

 

怒鳴りながら勢いに任せてブーステッド・ギアを出して力を溜める。

しかし、敵はそんな俺の言葉を無視し、俺を見てくる。

 

いや違う、俺の神器を興味深そうに見ている。

 

「ほう、それがブーステッド・ギアか……随分と中々の物を持っているそうじゃないか」

 

まるで俺がいない物だと思っているようにブーステッド・ギアにしか興味を示さない。

 

ば、馬鹿にしやがって!!

 

「俺のことはどうでもいいだろ!! 質問に答えろ!! でないと……っ!」

 

無視された怒りに頭が熱くなったことと敵が余裕そうに何もしてこないことに我慢の限界を迎えて激情をぶつけようとした。

 

 

「でないと、どうするんだ?」

「!?」

 

今まで邪悪な笑みを浮かべていた表情が一変した。

 

己の力も弁えぬ下等な存在が自分と同じ土俵に立っていると勘違いしている。

男にとってはイッセーなど顔の近くで飛び回る虫程度にしか映っていない。

逆に言えばまだ逆鱗に触れなかったことがイッセー最大の幸運と言えよう。

 

敵の顔は怒りに顔を歪ませ、内包するエネルギーを放出させた。

ただの苛立ちによる威圧程度かもしれないが、リアスたちにとっては苛立ちだとか、そう言う次元を遥かに超えていた。

 

「何だこいつ、神クラスと同レベルかよ……っ!!」

 

アザゼルの悲痛な声が響く。

 

決して油断してた訳じゃない、万全の布陣を用意していたつもりだった。

カリフを撃ち落とした、それだけで気付くべきだったのだ。

 

 

敵は遥か格上だということを。

 

万全の準備をしてきたにも関わらず、アザゼルたちは目の前の敵を前にして敵の戦力を過小評価(・・・・)していたと思わずにはいられなかった。

 

しかし、強大な敵を前に別の感情に支配されている者がいた。

 

「……カリフはどこ?」

 

溢れる感情を抑えきれず、恐怖よりも怒りに支配されているのは朱乃だった。

感情と共に内包している魔力を解放させ、雷光が迸る中でポニーテールが狂ったようにうねる。

駒王学園の制服ではなく、戦闘時の巫女服を着用している。

 

完全な戦闘態勢であることは疑いようがない。

 

「朱乃っ……!」

 

奇しくも、怒れる雷光の巫女の姿にその主は冷静を取り戻す。

いつもの優美な口調はナリを潜め、想いを寄せる男の名を呼び捨てにしている。

 

堕天使との混血によって受けている光の魔力の恩恵と雷の魔力を複合させた彼女の最大の武器をこれみよがしに見せつけている。

通常の相手なら今の朱乃の反応は充分に威嚇となり、牽制にもなるのだが相手が悪すぎる。

 

一定の感情を超えると周りの状況が見えなくなり、感情のままに暴走する朱乃の悪癖が最悪の形で表れてしまった。

しかも想い人を傷つけられたのだ、彼女の暴走はそう簡単には解けない。

 

据わった視線を向けてくる朱乃に対し、面白そうに、滑稽そうに男は再び口角を吊り上げた。

 

「そのカリフって奴は誰だか知らんし興味はないが……さっき目付きの悪いガキなら片付けてやったぞ? 随分と腕の立つようだったが、所詮はゴミみたいな奴だったがな」

 

朱乃を焚き付けるように、腕を組みながら答えた。

本当にカリフのことは知らなかったようだが、ターレスの言った特徴を聞いただけで朱乃の臨界点が突破した。

 

これ以上聞く必要は無いと言わんばかりに、朱乃の攻撃は速かった。

 

「雷光よっ!!」

 

掲げた手から眩い雷を繰り出す。

合宿とレーティングゲームを経て鋭さと苛烈さを極めた一撃は迷うことなくターレスへ放った。

 

「朱乃、止めっ―――!」

 

リアスは朱乃の行動に叫ぶ。

衝動的に自分の指示なく攻撃をした朱乃を諌めるため、冷静さを戻すため。

幾ら何でも短絡的な行動に一瞬、組み立てていた作戦が全て水泡に帰した。

 

だが、ここはアクの強い眷属を束ねるリアスの本領が発揮される。

全てが無駄になった作戦を捨て、一瞬にして作戦を立て直す。

 

目の前の相手では決定打にはなりえない。

それでも勢いを取り戻す策にはなる。

 

「ゼノヴィア! 最大の一撃を叩き付けなさい!」

「!? 了解した!」

 

リアスの命令に放心していたゼノヴィアが我に返り、デュランダルを取り出す。

デュランダルに聖なるオーラを溜め、空中に佇むターレスに狙いを定める。

 

「喰らえええぇぇぇ!!」

 

暗い森を照らすほどに眩い光が宿る。

短時間とはいえ、溜められたデュランダルの聖なるオーラは必殺の一撃を持つ。

上級悪魔なら一瞬で消滅させ、人間であるなら肉片を残さず蒸発させる。

 

その一撃をターレスに向けて放ち、雷光と合わさって爆発させた。

 

「やったか!?」

「いや……これは……」

 

凄まじい魔力の爆発。

離れているとはいえ、目が開けられないほどの閃光と焼けるような熱から凄まじい力を感じる。

それ故に期待してしまうが、すぐにそんな淡い希望を捨てる。

 

「まだ、嫌な感じがします」

 

猫又モードになった小猫がターレスの気を感じ取る。

あまりにも邪悪な気に立ち眩みさえ覚えるが、それを踏み止まって我慢する。

 

皆も既に各々の力を解放させて臨戦態勢に入っている。

 

それもカリフという圧倒的超越者との仕合の賜物であるのは間違いない。

 

そして、直ちにリアスたちが指示を出す。

 

「小猫と朱乃、アーシアにギャスパーは私とカリフの捜索! イッセーと裕斗、ゼノヴィアは奴の足止めをお願い!」

「椿姫も共に足止めをお願いします。私を含めた他の皆はリアスたちの護衛を兼ねてカリフくんの捜索に尽力してください。イリナさんは捜索、ロスヴァイセさんとマナさんは足止めをお願いできますか?」

「はい!」

「任されました!」

 

リアスとソーナの指示に異を発する者はいない。

 

この場では戦闘経験に富み、パワーとスピードに特化したイッセーたちを殿とし、小猫はカリフの気を追うため、アーシアはカリフが重傷であると見越して同行させる。

朱乃とギャスパーはもしものための保持戦力として連れて行く。

 

それを察知し、ソーナは自分の眷属から役割と個人の力量をプロファイリングする。

中でも付き合いが長く、戦力的に信用のおける椿姫を残す方法を取った。

それに、彼女の神器ならばもしかしたら、この状況を打破できる物だと信じて。

 

同時に眷属でもないロスヴァイセたちにはお願いと言う手で支持するが、抵抗されることなく協力させてもらえることに。

そんな中、残ったアザゼルが黄金の鎧を装着しながらイッセーたちの傍で宙に浮く。

 

「流石に今回は本腰を上げなきゃならんしな。俺も足止めをするぜ」

「アザゼル……勝機はあるかしら?」

 

リアスが不安をにじませ、色よい返事を期待するが、返ってきたのは予想通りの絶望的な見解である。

 

「ハッキリ言っておくが、間違いなく俺たちではあいつには勝てん。そもそもこうして俺たちが生きているのは奴さんの気まぐれ、強者としての余裕というやつだ」

 

それは言い返せない現実。

一縷の望みがあるとすれば、強大な力故の敵の油断しかありえない。

ターレスが本気になればオカルト研究部も生徒会も既にこの世にいない。

 

そして、セイクリッド・ギアに興味がある素振りからして、恐らくは神器保有者から神器を取り出すためにいたぶるくらいはするだろう。

それもまた、自分たちが今も生きている所以だということを踏まえ、アザゼルはそこに残る。

 

今回のカギはカリフだ。

カリフの生命力なら小猫の仙術で発見できる可能性が高い。

 

時間との勝負。

それは敵が自分たちを舐めている間にしかできない最後にして唯一の一手である。

 

「行け! ここは俺たちが死守する!」

「えぇ、皆も耐えて、絶対に生き残ってちょうだい!」

 

リアスの号令と共に全員が動いた。

一糸乱れぬその動き、生きるために全力を尽くすことを重視した行動はまさしく光そのものだった。

オカルト研究部と生徒会との垣根を感じさせない息の合った今だけが双方100%以上の実力を発揮する。

 

(200%でも届かねえがな)

 

生徒たちの息の合った動きをこの時だけは素直に喜べない。

煙が晴れ、変わらぬ姿で佇む怨敵は遥か化物。

油断の一つ、いや、雑念さえも抱こうものなら間違いなく、全てが終わる。

 

「思い出した。お前たちはグレモリーとシトリー、そしてお前がアザゼルだな?」

 

こうしてすぐに襲ってくることなく、対話で時間を稼げるならこっちとしても万々歳だ。

舐められてる不快感よりも話を引き延ばして時間を稼ぐことが目的のアザゼルたちにとってはありがたい。

 

「俺たちを知ってるのか? そいつは光栄なこった」

「ふ、最近は随分と世界を騒がせている注目馬だ。知ってて当然だ」

「そうかい。高く買ってくれてるようだな」

 

引き伸ばしながら、同時に相手を無暗に触発させないように言葉を選ぶ。

朱乃の感情に任せた攻撃は肝を冷やしたが、あれでもターレスがキレない辺り、線引きは意外と甘く見積もってもいいかもしれない。

 

ターレスは愉快そうに笑う。

 

「そこのガキのブーステッド・ギアを筆頭にした珍しい神器に加えて伝説級の剣や希少種族、その全てが俺たちにとって珍しく、その力も魅力的だからな」

 

愉快そうにイッセーたちを品定めする視線に本人たちは冷や汗を滲ませ、さらに緊張を強いられる。

 

しかし、アザゼルはターレスの何気ない一言の中で一際大きく、耳に残る。

 

―――俺たち(・・)、と。

 

「お前は、禍の団の一員か?」

 

最近、猛威を振るうテロリスト集団であればこんな無謀な襲撃にも納得はいく。

それにターレスほどの強者が今まで誰にも知られることなく、くすぶっていたことも不可解だ。

 

強大な力はどんな場所からでも目立ち、注目され、危険視される。

それは既にカリフがありありと証明している。

 

そして、考えられるとしたら、どこか大規模な組織に紛れ、その身を隠していた可能性の方が高い。

だとしたら、神器も聖剣も稀有な力も欲しがるのも納得がいく。

 

できれば間違っていてほしい、そんな希望は悪い意味で叶えられることとなった。

ターレスの不愉快に満ちた顔で。

 

「俺たちをあんなゴミ共と一緒にするとはいい度胸だな? え? 堕天使総督アザゼル」

 

不快感を目一杯込め、特大級の殺気を漏らした。

 

「っ!?」

 

その瞬間、アザゼルは苦虫を噛みしめたような後悔と共に、改めてその恐ろしさを理解した。

目の前の化物の底知れぬ威圧、殺気、滲み出るエネルギーを前に悟る。

 

―――奴にかかれば自分たちなど等しく、塵にしかならない。

 

「あ、が……」

「う、くっ!」

 

自分でさえも一瞬、逃げ出したい衝動に駆られるのだから、生徒がまともに耐えられる訳がなかった。

木場やゼノヴィアはもちろん、椿姫は一歩下がる。

イッセーに至っては足が笑い、立ってるのもやっとだと見てわかる。

 

他の面子も既に瓦解寸前だった。

 

殺気一つで戦意を根から引き抜かれた気分だ。

それを見たターレスは面白いものを見るかのようにククっと笑う。

 

「おいおい、そんな簡単に壊れてくれるなよ? お前たちには知る権利があるんだからな」

「知る……だと?」

 

柔らかくなった雰囲気に軽くなったが、殺気に怯える身体を立たせる。

今にも崩れそうな体を精神で支えながらターレスの言葉を待つ。

 

強者の余裕、それを期待して真実を聞けるとアザゼルは全神経を次の台詞に集中させ―――

 

 

 

「お前たちの知らない、本物の生き地獄と絶望をその身に知らしめてやろう」

「っ!?」

 

 

その死刑宣告にアザゼルは咄嗟に叫んだ。

 

 

「お前ら呆けるんじゃねえ!! 動かねえと死ぬぞ!!」

 

アザゼルは怯える生徒たちに檄を送りながらターレスへ突貫する。

無謀でありながら、一番槍を演じることで自分たちの戦意をその身を投げ打って奮い立たせる教師の姿に逃げ出す寸前のイッセーたちは正気に戻り、各々の武器を構えた。

 

「ドライグ!! 行けるか!?」

『時間は経過した!! すぐにフルパワーも出せる!!』

「よし!!」

 

開幕前から展開させていたブーステッド・ギアを展開させ、左右から木場とゼノヴィアが飛び出し、後方では幾つもの魔法陣が形成される。

既に全員が戦いの準備ができてると把握し、腹を括る。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

何重にも強化を重ね、オカルト研究部と生徒会連合は死地に入る。

 

 

対する敵は自分に挑んでくる小虫たちを余裕の笑みで見据え、腰に巻き付けてた尻尾を、組んでいた腕を解いて迎え入れるように広げる。

 

 

 

 

「せいぜい楽しませてくれよ? ホープ共」

 

邪悪な笑みを浮かべ、その身に叩き込まれる力の一切合切を向かえ入れ、大爆発の中に消えていった。

 

 

 

獣もめったに寄り付かない程の森の奥地

 

生命の気配すら感じない閑静な森林の柔らかな地面に少年の姿が横たわっている。

 

「う、く……」

 

衣服は黒く焼き焦げ、全身に鈍い痛みが奔る身体を僅かに震わせるカリフ。

不意打ちにとはいえ、その身に負ったダメージは少なくない。

敵の姿に動揺し、一撃をもらった代償はあまりに大きい。

 

 

 

 

それがターレスの最大の、痛恨のミス

 

ここで、スカウターに頼らずに油断せず止めを刺すべきだった。

草の根をかき分けてでも始末すべきだった。

 

 

今も倒れる超絶者はやがて目覚める。

自身の未熟さに、敵に怒れる怒りをバネに強くなる。

 

 

本物の、手も付けられない『怪物』の存在を

 

 

その身をもって知ることとなるだろう。




次回は本当に新年になります。
更新速度は遅いですが、ちょくちょく書いていく予定です。

また来年にお会いしましょう!
さようなら!


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短編:ブラックブレットにサイヤ人を突っ込んでみた①

しめやかに本編執筆中……に間がさして書いた短編です。
ちょっとした息抜きに幼女の味方(無自覚外道)を書いてみました。
ただの短編なのでざっくりで、カリフの性格も変わってます。


「はぁっ! はぁっ!」

 

少女たちは森の中を走る。

まだ幼さを残した、見た目10歳くらいの少女が息を切らして走っている。

先頭を走る犬耳の少女が頭一つ小さい少女の手を掴んで走り続ける。

 

木の枝に引っ掛けて生傷が増えようと、小石を踏んで裸足から血が溢れようと逃げることを止めない。

 

「お姉ちゃん……うえぇ……」

「泣いちゃダメ! 泣くくらいなら走って!!」

「足が痛い……痛いよ……」

「止まったら食べられるんだよ!? 死んじゃうんだよ!? それでいいの!?」

「やだ、やだぁ……!」

 

檄を飛ばす少女も本音を言えば泣き言の一つも吐きたいところだが、痛みと疲労で泣き出す年下の少女をなけなしの理性で奮い立たせる。

それでも、気の許せる仲間を見捨てるという気はサラサラ無かった。

 

今まで自分と同じような心境の少女が死んでいくのを見送ってきた。

明日は自分が死ぬかもしれない、その現実が色濃く自分の背後に迫っているのだ。

 

 

 

生きたい

 

 

 

生きてても辛いことしかなかった人生だけど、それでもこの命を終わらせたくないと心から思う。

そして、自分が死んだら今もこうして握っている手はどこに行ってしまうだろうか。

涙で顔を濡らした年端もいかない少女はどうなってしまうだろうか。

 

 

死にたくない

 

 

必死に自分に言い聞かせながら、既に限界が近づいている身体に鞭を打つ。

しかし、何時間も走ったかのような疲労は無情にも少女に牙を剥いた。

 

「あっ!」

 

あまりの疲労に足がもつれ、その場に倒れる。

 

足場は草に覆われており、打ち付けもそんなに深刻なものではなかった。

もっと深刻なのは転んでしまったことにある。

 

(起き……れないっ!)

 

一度倒れたら最後、疲弊しきった体では立ち上がることさえ叶わない。

どんなに力を振り絞っても、身体が言うことを聞いてくれない。

後方からは自分たちに迫ってくる足音が迫ってきている。

 

(このままじゃあこの子まで……!)

「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

 

必死に自分の手を掴んで引っ張ろうとする姿に情けなさがこみ上げてくる。

自分が護らなくちゃいけない、分かっているのに体が動かない。

 

あぁ、この世はなんて理不尽なんだろう

望みはただ一つ、ただ静かに生きたいだけなのに。

少女は迫りくる死の影を背に、自分の人生を振り返った。

 

実の親から蔑まれ、寒い外の世界に放り出され、人目のつかない所でゴミを漁っても石をぶつけられて殴られる毎日。

居場所を求める内に自分と同じ境遇の少女たちと出会い、優しいおじいちゃんとも出会った。

 

マンホールの中で臭い場所だけど、仲間と寄り添う時だけが居心地もよく、温かかった。

 

はぐれ者だというならそれでいい、誰の邪魔しないからそっとして。

自分たちが都市で生活することが邪魔なら、もう誰にも迷惑かけないから関わらないでほしい。

 

やっと、やっと自分の居場所を見つけたというのに、これから自分の人生が始まろうとしていたのに……!!

 

「なんで、私たちを嫌うの……神様ぁ……」

 

この世に存在することもない無慈悲な神に問うた。

 

なぜ、なぜこんな仕打ちを私たちにするの。

いや、この不幸が私たちだけならよかった……でも、今も自分の手を引っ張る幼い子供にまでこんな苦しい運命を課すのだろうか。

 

自分が死んだら、この子はどうなってしまうのだろう。

答えなんて分かりきっている……でも、この子が死んでしまうことは私も辛い。

だって、この子だってようやく見つけた私の仲間(家族)だから……!!

 

生きてても苦しい。

死んでも苦しい。

 

自分はどうやってこの世を生きていけばよかったのか。

今となってはその答えさえ分からない。

 

 

ただ、今更に願うことはただ一つ。

どうか、目の前の子には苦しませることなく、天国に送ってください。

 

 

居もしない神様への祈り

 

 

何もできない少女の最後の希望

 

今までも抱いた希望に裏切られてきたというのに、少女は願う。

 

「……」

 

安らかな最期を願い、目を瞑る。

いずれ事切れるだろう、それとは別に少女は思った。

 

最期に家族の姿を目に焼き付けたい、そう思って再び目を開けた。

最期の光景に映ったのは大好きな家族の姿と少年(・・)の姿だった。

 

「―――っ!?」

 

死を覚悟し、悟りを開いた思考が一気に覚醒させられた。

さっきまで影も形も匂いも感じなかったというのに、その少年は自分たちに気付かれることなく自分の視界に入り込んでいた。

 

「ん?」

 

鋭い感覚を以てしても察知できなかった少年は目を丸くして自分たちを見ている。

 

 

見た限り、呪われた子供じゃない。

こんな危険地帯に追われるようには見えないが、今はそんなことどうでもいいとさえ感じた。

 

呪われた子供以外の人なんて信じられない……でも、今だけはそんな苦手意識を心の隅に追いやって懇願した。

 

「お願い……この子を連れて逃げてください……何でも、しますから……!」

 

断られるかもしれない。

そうと分かってていても懇願せずにはいられなかった。

居もしない神に頼むより、目の前の少年に助けを求める方がよっぽど有意義だ。

 

既に覚悟はできている。

だから、せめてもの救いに目の前の妹ともいえる子を救ってほしい。

 

宝物なのだ、少女の。

 

血は繋がってないけれど、それでも辛い人生の中で初めて得た仲間なのだ。

辛い思い出も、過酷な運命も、今まで味わってきた不幸も分け合える、掛け替えのない、宝物なのだ。

 

だから、目の前の少年がたとえ自分たちを蔑む敵であろうとも求めずにはいられなかった。

 

しかし、そんな淡い希望も少年の言葉で霧散する。

 

「何だあれ?」

 

助けを求め、返事を待ってていた時、自分の背後に視線を向ける少年の言葉に、絶望した。

 

来た、来てしまった。

 

少女と少女の手を引っ張っていたもう一人は体を震わせ、大粒の涙をこぼす。

逃げることさえ叶わない死の影は少女たちの前に姿を現し、大地を震わせた。

 

茂みの中から現れた四足歩行の巨大な化物が見下ろしてくる。

 

「ガストレアっ!」

 

自分たちを殺す仇敵を睨め付ける。

ここまで近づかれた以上、もはや救いも何もない。

自分に残されたのは、これから自分たちを食い殺すであろう敵を憎むだけ。

 

舌なめずりをして汚く唾液を垂らす醜悪な敵を前に少女は憎み、絶望した。

 

「ぁ」

 

大口を開けて自分たちを飲み込まんとする最期の光景に少女は不思議そうに、呆気なく凝視し続けた。

 

最期なんて本当に呆気ない。

周りがスローになった世界で少女はのんきにそう思った。

 

何と滑稽だろう。

最期の最期に稚拙な言葉しか浮かばない自分に自嘲してしまった。

 

向かってくる牙は自分の頭を噛み砕くだろう。

ただ、少女は死の瞬間を待ち続けた。

 

 

 

そして、少女が見た光景は自分に対して向かってくる化物―――が血を吐いてふっ飛ばされる光景だった。

 

 

「は?」

 

突然の急転直下に頭が付いていかない。

ただ目の前で自分たちを散々追い回し、挙句に食おうとしていた化物の歯が粉々になって降り注いだ。

そして、私たちの前には拳を振り下ろした態勢で少年……男の子がいたことだ。

 

「何でもしてくれるなら、まずはこの星の話を聞かせてもらおうか」

 

男の子が言っている意味が分からない。

確かに何でもするとは言ったけど、ちょっと待って正直言って頭が付いて行けてない。

 

男の子が「もしも~し」と私の頭をポンポン叩いているけど、普通に接してくる彼の姿に自分がおかしいとさえ不安になった。

でも、泣きじゃくっていたこの子も今では口を丸く開けてポカンとしている辺り、私の認識が正常だということを知らせてくれる。

 

「えっと……あなた、民警なの?」

「いや、サイヤ人」

「アッハイ」

 

やばい、何言ってるか分からない。

少女が軽い現実逃避をしていると、巨大な化物は立ち上がり、再び自分たちを見据えてくる。

死んでいなかった化物に対し、再び少女たちに恐怖が戻る。

 

「まだ……っ!」

「お姉ちゃん……」

 

再び起き上がり、少女たちを震え上がらせるほどの形相で見据えてくる。

違う、あれは怒りだ。

 

たかだか餌の分際で、まるでそう訴えているかのように元から醜悪だった化物の形相がより一層歪んでいる。

それに怖がるなと言う方が無理な話だ。

 

万事休すか、そう思っていた時、男の子が呟いた。

 

 

「力の差を理解できないとは、ゴミめが」

「……ひぃ」

 

静かで、冷たく吐き捨てた台詞に小さく悲鳴を上げた。

舌打ちしながら自分より遥かに大きい化物を睨め付ける光景は第三者からして異様だった。

まるでアリと象ぐらいの差があるというのに、男の子は一歩も引かない。

 

それどころか、ガストレアの方が一歩後ろに下がったことに言葉を失う。

 

そんな、あり得ない。

 

まるでどこかのアニメのような光景をただ何も言えずに見ていた時、男の子の身体が突然光った。

その瞬間に消えた(・・・)

 

 

 

一瞬だった。

 

男の子が姿を消したと思った瞬間、ガストレアが血を吐いて遥か上空に放り出されていた。

 

 

「え」

「え」

 

私も、一緒に怯えていたこの子も無意識に声を漏らした。

 

何が起こったのか分からない。

ただ一つ分かっているのは、ガストレアのいた場所でさっきまで私たちの近くにいた男の子がその場にいたことだ。

高く、足を振り上げた状態で。

 

まるで、一瞬でガストレアの近くまで近寄って蹴り上げたかのように……

 

不規則に回転しながら上空へ舞い上げられたガストレアがまき散らす血飛沫を浴びながら、男の子は身体の光を手に集め、手から光の玉を出した。

 

「不味そうだしな。精々派手に葬ってやる」

 

上空のガストレアに向けて光の球を投げた。

一直線にガストレアの下へ吸い込まれるように目標に向けて向かっていく。

 

高く、高く

 

やがてガストレアと光の球がぶつかった瞬間

 

 

 

 

 

世界が凄まじい地震に見舞われ、上空から爆ぜた光に目を瞑った。

 

 

まるで台風の中にいるような強い衝撃に私たちの身体は成すすべなく吹き飛ばされていく。

衝撃が強すぎて踏ん張ることはおろか喋ることさえできない。

何の抵抗もできないまま飛ばされる直前、誰かに腹部を掴まれる感触を覚えた。

 

周りでは凄まじい爆音とメキメキと木々が折れる音しか聞こえないというのに、そんな中でも自分たちを支える何かには安定感があった。

その支えに必死に捕まり、衝撃が止むまで耐えた。

 

 

 

やがて爆発が収まり、私たちは恐る恐る目を開けると、そこには世紀末の世界だった。

 

木々は折れ、草木が生えていた地面にクレーターができている。

元から何もなかった光景が更に色彩を失った。

 

「え、は、あれ……え?」

 

突然のことに何も言えず、ただ狼狽していると頭上から声をかけられた。

 

「おい」

「はい!」

 

びっくりしてしまい、声の方向へ見上げると、そこには男の子の顔がさっきよりも近い場所にあった。

男の子の済んだ瞳に映る私の瞳は赤かった。

ここで私たちが男の子に抱えられていることを自覚した。

 

「邪魔者は消えた。それじゃあ話を聞かせてもらおうか?」

 

異常事態が起こったにも関わらず、まるで何もなかったかのように振る舞う異常な男の子に対し、ただ茫然と問いかけた。

 

「あ、あなたは一体……」

 

言った後に後悔した。

助けてもらったんだからお礼言えよ、とか。

それだけ今の私は何も考えられなくなっていたのだろう。

 

でも、男の子は私の場違いな質問に律儀に答えてくれた。

 

 

 

「俺はカリフ。この星に不時着しちまったサイヤ人さ」

 

 

 

 

これが、後に意図せず世界を変えてしまう超人とのファーストコンタクトだった。




次回から再びターレス戦です。


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