百鬼夜行は音の夢を唱えるか (絞りカス)
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対話その1 未来の名役者

お初にお目にかかりやす。
衝動的なものですのでぴたりと更新が止まることもあると思いますがトロトロと書いていこうと思います。


 我々日本国民には知る権利が保証されている。

 

 芸能人のゴシップから国の昔の秘密まで、知ろうと思って請求する事で情報は見ること聞くことが出来る。

 優しい世界だ、とはいかない。

知られる側にはプライバシーの権利が発生する。

 政治・経済・倫理の時間の政治分野で勉強することだが、諸々の説明を省く。

 基本はプライバシーの権利が優先され、知る権利は大抵志半ばで消滅する事となる。

 

 だが、知る側としては何としても知りたい物がある場合の救済として人の秘密の場合は興信所が存在する。

 

 某掲示板スレッドの復讐板の住人やスレッドのまとめを見た者はよく聞く施設だろう。

 社会では人の秘密を他人に探らせることが出来る仕組みが設置されている。

 

 では社会の準備段階である学校ではどうだろうか。

 基本は人の噂がその代わりだ。

 尾びれ背びれの付いた話が真偽を問わず、小分けされた閉鎖的空間で飛び交う。噂の矛先は無条件で臓器くじのように誰にでも向き、アフターケアもないのでよりタチが悪い。

 

 神山高校にはこのような部が密かに設立されている。

 探究部

 

人の営みを探究し、人の成り立ち 存在する意味を思考する部活として成り立った。

有難いことに私はその部活に席を置いている。

 同時に神山高校で新たに都市伝説が生まれた。

 

人のありとあらゆる秘密を知ることの出来る場所がある。

 しかしてその秘密を人の不幸に使ってはならない。

使えば 百鬼か韋駄天か亡霊か 正体不明が罰する。

知るな。見るな。聞こえるな。

そんな噂の人外は理科準備室の隣の空き教室を根城にしている。

 

 迷惑な事に私の部室だ。

 

「敦也よ。今日も来たぞ!」

 

「部室を堂々と自由に出入りできる身分なのは部員だけなんですが?」

 

「普段敦也が何をしているのか、という秘密を貰う為だ!」

 

「会話になっていませんよ。」

バタンと勢いよく扉が開き、大きく響く声が室内に響き渡る。

 

「今日ここに来た目的はそれだぞ?

そして、敦也とも話がしたいのがあるがな。」

「...分かりましたよ。報酬としてクリームパンを後で請求しておくので忘れずに。」

 

部屋の主である黒の混じった白髪のサングラス男、瀬文敦也の友人の1人である天馬 司

変人扱いを受けている人間の1人でもある。

 

「しかし、これで何回目ですかね。君が私の部室に駆け込んでくるのは。」

 

「さぁな。5回を超えた辺りから数えるのは辞めた。」

「5回を超えた辺りで観念してもらいたかった所です。」

 

「面と向かって会えるのはこの場位だからな。」

「もう茶も菓子も出しませんよ。」

「それでいい。」

 

バイプ椅子に腰掛けた人間は部屋をぐるりと1周見渡して、敦也の行動を探そうとしている。

 

「...司。ゲームをしましょう。」

「ゲーム?ポーカーか?」

「正解です。何度も押しかけているだけあって察しが早いですね。」

 

「敦也とのゲームは合計で38回目で、全て負けている...」

 

「なんで来訪回数を覚えていないで勝敗だけ細かな回数覚えているんですかね」

敦也の

「今日こそ勝ってみせる!」

「本日の私発言権奪われてます?」

 

そんな些細なやり取りをしながらも、敦也は束になって置いてある未開封のトランプを準備した。

 

「毎度思うが、必ず1度も空いていないカードを使うんだな。」

「1度ここに来た人にイカサマを疑われまして、それ以来私が言い逃れ出来ないよう買いだめて置いてます。」

「そうか。」

 

周りに見せている振る舞いは一切無くなり、ただこの場のカードに集中している。

 

セキュリティーシールを剥がし、中のトランプを司に確認させた。

 

「欠品は?」

「無いな。」

 

カードの束は双方確認され、手際よくシャッフルされていく。

カードは1枚を司の元へ。もう1枚を敦也の元へ。

手札を5枚揃え、カードの確認が始まる。

始まるのはインディアンポーカーでは無く、ごく普通の一般的なポーカー。

司の手札は

♠2 ♥2 ♠7 ♣4 ♣13

と初手の時点でワンペアのある状態だ。

「3枚交換だ。」

「私も3枚です。」

しかし、それでは勝てないと踏んだ司はカードの交換を切り出し、7 4 13を捨て、スリーカード、フォーカード、フルハウスを狙いに行った。

 

「では、」

「勝負!」

司の手札は2が3枚、5が2枚のフルハウスとなった。

 

対する敦也は、

 

7のフォーカードだ。

 

「ま、また負けた...ッ!」

内心勝てるかはギリギリではあった敦也。

最初の時点での敦也の手札は

役のないブタ。見事なまでに運が悪い配布札だった。

しかし、そこは幾度も挑まれた勝負人。見事に引いた札を揃え、役を完成させたのだった。

 

「...正味貴方との勝負が1番神経使いますよ。

何度も勝敗をつけている間柄ですし、こちらの癖やら何やらまで観察されて、まぁとにかくやりにくい。」

「フッ ...俺はスターとなる男だ!何度でもお前と戦うのさ!」

「この読めなさと諦めの悪さですよホントに」

 

負けたはずの司はすぐさま再戦の方向で次を考えている。敦也はふぅと息を吐き戦いの疲れを出した。

 

「結局、探究部で探究しているものは何なんだ?」

 

「色々ですよ。歴史に思想に宗教に、人が普段から身近にあるものが故に考えたことの無い事象まで。探究する物としては有り余っています。」

 

「1人でか?」

 

「ええ。面白いことに訪問者は次から次へと来ますから、退屈しませんよ。

知れましたか?私の部活動内容。」

 

「…まるで分からん!お前と一緒に探究した方が分かるかもしれん。」

胸を張って言うことではないと敦也は思うが、ここで1つ閃いた。

「なら...1つ一緒に考えてみます?」

「いいぞ!敦也と何がするのは久々だからな。」

 

司は自身の友と行う探究に胸を踊らせた。

 

「そうですね。

...スワンプマンという思考実験にしましょう。」

 

紙とペンを机に置いた敦也は司に問題を出すことにした。

 

「スワンプマン?…聞いた事がないな。」

敦也はさらさらと人と穴と雷の絵を紙に描いていく。

「男がハイキングの途中で雷にうたれて亡くなります。

この時に近場の沼と雷が化学反応を起こして

沼の泥から死んだ男と全く同じ見た目で、同じ記憶をもつ存在が生まれます。

これをスワンプマンと呼ぶ事にしましょう。」

 

「...中々ぶっとんだ話だな。」

「思考実験なんてそんなものです。

...話を続けますよ。」

敦也の話は続く。

 

 スワンプマンは脳や心の状態も死んだ男と変わらずに生まれ、記憶や知識、感性も全く同じ生物。

 趣味嗜好や癖、体質まで、スワンプマンと死んだ男と違うところは何一つない。

 スワンプマンは死んだ男と同じ自我と記憶を持っているため、「自分は雷にあたったが奇跡的に生きていた」と認識している。

 死んだ男とスワンプマンが入れ替わって生活していても周囲にもバレず、スワンプマンすらも自分が泥から生まれたことに気が付いていない。

 スワンプマンと男の違いは何一つ無いため、誰も気が付かず、スワンプマンも周囲の人も、誰も困ることはない。

 

 

「...ここで司君に質問です。」

 

「この場合スワンプマンは死んだ男と同一人物と言えるのでしょうか?」

 

 

 

「うーむ...なかなか難しい質問だな...」

「初めに私も聞かれた時は頭を悩ませましたよ。

答えの導き方は人それぞれ千差万別です。」

 

 敦也は自身の手元に置いた清涼飲料水のキャップを開けて、少し飲んだ。

 

「...俺は男と泥人間は同一ではないと言いたい。」

 

「探究において最も重要なのは答えを導いた道筋...理由が大切です。聞かせて頂きます。」

 

 敦也は元々座っていたパイプ椅子に、より更に深く座って司の考えを待った。

 

「仮に男が俺A。雷に打たれて出来た泥男を俺Bとする。

俺自身の人生がその雷によって奪われたとしても、

天馬 司という男の人生を歩むのは雷に撃たれる前のAの俺ではない雷に撃たれて生成されたBの俺だ。」

「そうですね。」

 

「その時点で、元々の俺であるAは居なくなったのだろう?ならば、全てが同一であろうともBの泥男が同一とは考えない。」

 

 あくまでも自分の人生における天馬 司 というAは、全てが同一の存在のBにも変えられない存在だというのがこの男の考えであった。

 

 

「...成程。」

「ただ、俺は居なくなり泥から出た俺はが自覚が無くとも、天馬司としての人生を歩むのならば、俺はそれを応援したい。」

 

「...貴重な考えをありがとうございます。」

 

「これも正解は無いだろ?」

 

「ええ。思考実験に答えはありません。今回のスワンプマン問題における考え方の焦点は自分と他人を分ける境界線です。」

 

 この死んだ男を自身に投影した時、または自分ではない他の人間がそうなった時の投影が前提条件とする。

 この時、何を主体に考えるかは大体3パターンに分かれる。

  肉体を構成する物体の違い

  心や意識の違い

  時間の流れ

「肉体の違いで考えた場合、スワンプマンと打たれた男の肉体は脳から細胞が原子レベルで同一です。」

 

「構造上は全くの同一だから男とスワンプマンは同じ...という事か。」

 

「理解が早い。

次は心や意識の違いで考えた場合です。」

 

 自分の意識はそこで一生失われたが、全く同じ意識を持った生物が次に生まれる。ではそこでの記憶は完全だろうか。

 片方は打たれて死んだ認識をして生涯を終えている

もう片方はその時死ぬところだったという認識をしてその後を生きて行く。

 この場合、男とスワンプマンには「死んだという認識」と「その後の意識や感覚」の有無に差がある。

 

「死んだ男とスワンプマンは認識の違いがあるから2人は同一ではない...」

 

「正解です。

もう1つは...ほかの2つ以上にややこしいので省きますが、まぁこんな答えが帰ってくると思っていましたが...」

 

「今ある自分が盤上から降りた時点でそれは同一ではないですか。良い考えを聞きましたよ。」

紙を片付け、ペンを机にしまった敦也は司の考えを尊重した。

 

「スターたる者考え方もスターでなければな!」

「その考えがスターであるかは関係ないと思いますが...このように何かの事に理由づけした結論を出す。これが探求部の活動内容です。」

 

「俺には性にあわないが...敦也と話ができる場だ。やはり良い部活だな!」

 

「内容云々よりも目的が私ですか...まぁ訪問者に飽きませんので良いですよ。」

 

そんな事を話していれば当然時間は過ぎ、昼休み終了のチャイムがなった。

 

「さ、授業に遅れますよ。」

「そうかもうそんなに時間が経ったのか。」

 

「遅れて責任転換で私まで類の実験台行きは嫌ですからね。」

「俺は歓迎するぞ!」

「何実験台行き確定させてるんですか。」

「この間類に敦也が実験に協力的だと話したら是非とも実験台にと言っていてだな...」

「はっ倒しますよ?」

 

本人の預かり知らぬ場所で司の友人の実験台が確定した敦也だった。

 

 ☆

 

 

 

 瀬文 敦也という人間は、不思議な人間だ。

気づいた時には俺の近くにいて、俺と事あるごとに対話という名のトランプ勝負をする。

 のらりくらりとしながらへにゃりと笑うアイツの真剣な顔が見れる俺にとって唯一の機会でもある。

 

 俺はアイツを一度、ショーキャストとして誘った事がある。

 面白そうだと乗ってくれるかと思ったが、やんわりと断られた。

 

「確かに私は貴方のショーの夢に興味があります。」

「でもせっかく盛り上がった場所を鎮めてしまっては元も子もありませんよ。」

 その時のアイツは今みたいにサングラスじゃなく布で目を隠していて、話したこともわからなかったが、聞こえた声は、とても寂しそうな声だった。

 

 「ええい!お前には何か叶えたい夢とか無いのか?」

「夢...夢ですか。」

まるで今まで考えたこともないと言わんばかりに呆けた声を上げ、少し悩んだ敦也は俺に

「生きる事。」

 

 なんでもない日に笑える仲間と環境を過ごす事、ですかね。

 

へにゃりと物腰柔らかく笑う敦也の姿は今でも忘れない。

 その言葉と姿は、どこかに消えてしまいそうなほど色の薄い煙。朝露のように溢れ出た透明な夢だった。 

 瀬文敦也という人間が、誰の夢を見届けるのかは解らない。だけど、アイツが見届けるのが俺の夢なのだとしたら、

 

 俺はアイツを心の底から楽しませたいと思った。





瀬文 敦也(せぶみ あつや)
 癖を見抜くカードゲーマー。
天馬 司(てんま つかさ)
 皆さまご存知のスター。

アホほどどうでもいいけど私ことクソボケ作者は心と聞いて一番最初に思い浮かんだのゲームがキングダムハーツだったりします。


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対話その2 錬金術師

ほんとにすんませんでした


「やぁ敦也君」

「部室でロマンの塊を構えながらいう台詞ではないのは確かです。」

 

「そうかい?敦也君ならわかってくれると思ったんだけど。」

「どこに兵器構えられて理解出来る人間が存在するんですか。」

 

 ここは空き教室に構えられた探究部部室。

 今日の来訪者は、昨日冗談だと思っていた天馬司の発言通りに実験台にしに来た神代類という男。この時ばかりは敦也も1度あの名優の顔を陥没させなければならない所まで一瞬考えた。

 

「...貴方のテストに付き合うかわりに後でクリームパンを所望します。」

「分かったよ。君の居場所も大体分かってきたからね。」

 

「僕来たり来なかったりするのになーんで場所理解されてるんですかね。」

 

「あー...言わなくてもいいです。どうせ司辺りが教えてるのでしょう。それで、どの噂の正誤をご所望で?」

 

「あぁ、情報は要らないよ。僕のテストに付き合って欲しいだけだよ。」

「今すぐ行う訳では無いでしょう?」

「君が承諾してくれれば今でもするよ?」

「よし探究部としての活動をしましょう。」

 

 両者は共に笑みを浮かべながら軽く言葉を交わし合い、敦也は司には人間性の濃い人が集まる事を遅ばせながら理解した。

 

 

「さて...何から話したものでしょう...。貴方の好奇心を埋められるものかは分かりませんが、探究の議題が思いつきませんのでゲームでもしましょう。」

 

 そう言った敦也はどこからともなくカードを出して、類の机の前にカードを投げた。

「トランプかい?」

「ご察しが良い。隣に未開封の束が置いてあればそうなりますか。」

 

「無難にポーカーにしましょう。開けて欠品の確認をお願いします。」

「本格的だね。」

 

 類はセキュリティーシールを剥がし、中のトランプを確認した。

「中身は揃っているね。」

「分かりました。確認ありがとうございます。」

 

 双方がの様にカードを確認し、互いにシャッフルをしていく。

 

「配りますよ。」

 類に 敦也に とシャッフルされたカードが1枚ずつ配られていく。

 5枚が配られ、昨日の司との対戦の様に静かに始まった。

 

 類の手札は

 ♠9 ♠1 ♥3 ♣3 ♢1。

 交換が無ければツーペアではあるが、勝利にはまだ少し心許ない。

 

 敦也の手札は

 ♠6 ♢2 ♢6 ♣2 ♥13

 此方もツーペアではあるが、相手の手札次第では負けは充分にありうる。

 

「僕は1枚交換するよ。」

 類は♠9を放出し、カードを新たに1枚引く

 互いが互いの手札を知らない為、

 ポーカーにおいて確実の勝ちは配布の時点では存在しない。

 この場合1枚交換によって得られるのはフルハウスの成立。

 勝ちに近づけるためには充分と言える。

 

「では、私は3枚交換します。」

 

 敦也はここで♠6 ♣2 ♥13を放出した。

 

 互いの手札は交換され、後は公開を待つのみ。

 

「「勝負」」

 決着は 早かった。

 

「フルハウスだね。」

 類 ♣1 ♠1 ♥3 ♣3 ♢1、

 一方敦也は

「...ノーペアです。」

 ♢2 ♢6 ♢8 ♢9 ♠3

 類の勝利だ。

 

 ポーカーにおいて同じ役の場合、次の判定基準は数の大きさにある。最弱の数は2であり、そこから数が増えて最強が1という数え方をする。先程の類と敦也の手はツーペア同士ではあるが、敦也のペアの最大は6であり、類の1のペアに勝つことの出来る札は存在せず、加えて敦也最弱の2のペアを揃えてしまっている。

 この場合フルハウスを引いたとしても相手側が3のスリーカードを揃え、敦也が6のスリーカードを揃えなければ勝利はない。

 

 今回の敦也は賭けに出た。

 手札に揃っていた♢を用いたフラッシュを目指したが、時の運を手繰り寄せることはできずブタ...つまりは役無しとなった。

 

「分かっちゃ居ましたけど...賭けて負けたので何も言えませんね。」

 ふぅと息をついて、敦也は身体を伸ばした。

「分かっていたって言うのは?」

 

 

 

 

「貴方を観察して、ある程度のクセ見抜いて何を持っているかを予想しました。」

 

 あろう事か類の目の前の男はクセを見抜いて手を予想する離れ業をなんでもない様に言った。結果は負けなのだが。

 

「負けは負け。勝負の敗者に栄光はありません。」

 

 常人離れした事を言ってのけた人間は、手をヒラヒラさせて降参の意を示し椅子に深く座り込んだ。

 

「まぁ何となくあなたの来訪理由も分かりますし。」

「...へぇ。」

 

 類の目は細いものに変わる。

「いやぁ久々でしたよ。ここまで腹の探り合いで対抗してくる方は。逆に情報取寄せやすかったんでありがたいんですけどね。」

「...初めて会った時から思ってはいたけれど、君に向かって物事を隠すことは出来ないみたいだね。」

「えぇ。残念ながら、見えちゃうものですので。」

 

 へにゃりと敦也は見えぬ目元と口元を緩ませた。

 

「貴方から見て、私の事、どう見えます?」

「...」

 

 神代類という人間は、客観的に見ても天才である。

 喜怒哀楽の感情を見るまでは行かないが、感情の機微を読み取り相手が次に何を言うかの予測がつく。それらによって相手との対話を優位に持っていくこともできる人間である。

 

「そこの見えない人間...かな?」

「底が見えないですか...見えないんじゃなくて底が割れてないんじゃないですかね。」

 

 からからと笑う敦也に類は自身の心中を出すこと無く、微笑むしか無かった。

 

「どうして君は噂の確かめ屋なんてやっているんだい?」

「そこに噂が跋扈して、気に入らない理不尽が罷り通っているのが癪だったからですよ。」

 

 既に対話とトランプ勝負にかけた時間によって、互いの机に置かれたコップのコーヒーは既に温度を失いつつある。

 

「もし度が越えたり、私の噂で誰かに害が及んだら、灸を吸えてます。それが今では学校の怪談扱いです。」

「結局たかが都市伝説一個で人の噂なんて止まりませんよ。」

「人間は基本脳と腕と口があれば他者の攻撃を考えることができます。チンケな理性や感傷で止まるようなものじゃないんでしょう。」

 カーッと酒を飲んだ中年のように、敦也が一気にぼろぼろと不満が出し切った後、ふぅとため息をつく。

 

「そもそもここに本当に来る生徒なんて大抵がろく出なし案件です。残りのちょっとが暇潰しか善意100%の人間か悪意で来るアホです。」

 

 善意100%で来る人間の具体例を上げる間もなく、類はどういう人間が来るのか予想がついていた。

「司くんは、いつ頃からここに来るようになったんだい?」

「最初期からですよ。初めのうちは来訪者が彼しかいなかったんですが、彼のおかげで度々キチンとした話のできると人達が来てくれるようになりましたよ。」

 そこまで話した時、スピーカーから昼休み終了のチャイムが鳴った。

 

「...時間のようです。実験には手伝います。議題はその時また話しましょう。」

「そうだね。またね。」

 

 そう言って扉をキチンと閉めて類は自身の教室へと帰って行った。

 それから間もなく、休日に響くフェニックスワンダーランドでの実験の被験者の断末魔は2人に増えたのは別の話。

 

 

 類side

 

 

 

 僕にとって瀬文 敦也という人間は、興味を引く存在であった。学校の全ての噂の正誤を確認できる異常な人間。そして、人間離れしたイメージのついた部。

 僕が彼を知った時は探究部の噂を聞き、どのような人間なのかの興味本位で覗きに行った。

 

『...私を見に来ましたか。今の私は疲れてます。

 貴方のご希望に答えられませんよ。』

 第一印象は胡散臭く、どれだけの探りを入れようともあれよこれよと避けられそうな雰囲気を纏っていた。

『...胡散臭い。煙臭い。そう思ったでしょう。』

 

 そう観察した矢先、目の前の彼は瞬時に心の声を見抜かれた。

『どうしてだい?まだ何も言っていないのに。』

 その後の僕が言葉にしようとした疑問すらも彼に見抜かれる。まるで、頭の中そのものを覗かれているようで、常軌を逸した彼の行動に背筋が凍ったような寒気がした。

『...ここまでにしておきましょう。』

 

 僕は胡散臭いという評価は変えざるを得なかった。

 

『申し訳ありません。初見の方なのに振るいに落とすような真似をして。』

 そう言って僕の分の茶と菓子を用意した彼は、先の思考の窃盗を侘びるように

『私は瀬文 敦也。ようこそ探究部へ。』

 サングラス越しに笑いかけながら、僕の来訪を歓迎してくれた。

 そこからは早かった。

 彼の人となりも知れ、見た目にそぐわず意外と茶目っ気旺盛だったり、人並みにロマンを持っていることも分かった。

 ある日司くんが敦也君にショーメンバーとして参加しないかと、勧誘した事があった。彼は誘いを断ったが、その時に彼は自身の夢を口にした。

 その時の夢を僕は司君経由で聞き、言葉には出さなかったが何か引っかかるものを感じた。思い立ったが吉日とは言うもので、次に彼に会った時にこの疑問を問いてみた。

 

「君は、生きる事を夢...と言ったけど、具体的にはどういう事なんだい?」

 僕の質問に面食らったような顔をした後、少し考えるそぶりをする。

『私、ここら一帯の都市生まれじゃないんです。』

『地図にも載らない森のずっと奥の集落。』

 唐突に彼は自身の出自を話し始めた。

 

『私の役割は、笛を吹いて、見送るものでした。』

 

 そう言って、彼は自分の懐から小さな笛を取り出した。

 

『確かに、私は人を笑顔にすることが出来ます。』

『だけど、同じ人の笑顔は二度と見れない音楽です。』

 

 吹いて聞けば終わる。まるでギャラルホルンですね。と、そう語る彼の顔は下に向いて、見ることは出来ない。声色からも察せられない。

 

『私を含めて、3人。一緒に集落から長い家出をしてます。』

『家出の途中で2人とは逸れ、1人で流れ着き逸れた彼らとは集合の合図だけを共有し、散り散りのままです。』

 

 サングラス越しに見えるその視線はどこか寂しい目をしていた。

 

『彼らから再び集う合図があるまで、私は『誰かの夢を見守る』というやりたいことをやろうと思うのです。』

 

 そう語る彼の顔は、園児が秘密基地で内緒話をする様に無邪気な顔をしていた。

 でも僕はその言葉への違和感を拭い取れなかった。しかし、胸に生じたこの疑問だけは、口に出せなかった。

 頑丈に封鎖された幾つもの心の錠前を、砕けさせてしまうかもしれないと思ったからだ。

 だから僕は、彼のことをどう見えるかと聞かれた時、少しだけ躊躇した。

 

「底が見えない...僕としても少し違ったことを言ってしまったかな。」

「煙に巻かれている...の方が正しかったかもしれないね。」





瀬文 敦也(せぶみ あつや)
特技は見抜くこと
待ち人は2人いる。
神代 類(かみしろ るい)
ご存知変人ワンツーの片割れ
敦也の心に何か抱えていると気付いて踏み込まなかった天才

初回から毎日投稿が重要なのにゼミナール選択面接と課題レポート提出とプレゼン発表を抱えたバカは私です。
ゼミはスーツで意欲を見せてどうにかしましたがプレゼン資料データを提出した所教授側のミスでデータが吹き飛びました。fu○k!


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遊戯その3 歌姫

ノロマ投稿


 瀬文 敦也は特別探究部の部室にしか存在しない訳ではない。

 彼だって人並みに生活し、好物のクリームパンをルイボスティーと共に味わい、人並みの娯楽を嗜み、待ち人を待ち続け、夢を見守る日々を過ごす。

 そんな彼は今、

「彼はやはり興味深い。」

地面に顔だけを残し、突き刺さっていた。

「…大丈夫?」

「最近後輩からは頭が大丈夫ではないと言われましたね」

「うん。…そっちじゃなくて」

 

 話は数刻前に遡る。

前回の類の来訪時に、装置の実験の被験者をクリームパン1個を条件に頼まれていたが、敦也は行くのに渋っていた。

そこに上乗せされるようにクリームパン3つを類が提案した所、悩んでいたのが嘘のように快く快諾し、現在に至っている。

 

「そういう趣味?」

「埋まって晒し首の状態を嬉々として受け入れるほど私って変に見えてます?」

「...割と。」

「...そっ、かぁ...」

 敦也はどこか達観したように返した。ただ、寧々の反応にショックを受けているだけなのかもしれないが。

 

「本日はお開きになりましたが...私の家...事務所が空くのにまだ時間あるんですよ。」

「住んでるの家じゃないんだ。」

「えぇ。閑古鳥が鳴き続ける事務所に間借り...というか住み込みさせてもらってます。」

「住み込み...」

「だって私もう9年程家出してますし。」

「…」

「信用してませんねぇその目は。」

「敦也を信用できると思える出来事ある?」

「ありませんねぇ。」

即答である。

 探究部は、他の生徒からすれば触ることすら躊躇する蜂の巣もといパンドラの箱の様なもの。触れれば最後余計なものまで自身にプレゼントされる有り難迷惑の部活だ。

 そんな場所にただ一人所属する男が信用に足る人物かと言われれば、街頭インタビューで100人の内全員が否定するだろう。敦也本人もそんな事は自覚している。

どうでもいい事か。と敦也は物理的に下に嵌って見えぬ身体を動かす。

 

「それはそれとして、草薙様は格ゲーが得意との事ですね?」

「待って誰から」

「類が教えてくれましたよ。」

「類...」

1度、類に痛い目を合わせなければならないかもしれない、と寧々が心で誓うまで、そう時間はかからなかった。

 

「いつもなら親睦を深めるためにトランプを扱うのですが...残念ながら今は持っていませんし、時間もあります。手合わせ願えますか?」

「なんでトランプを持ち歩く前提で話してるの?」

「必需品では?」

何を言っているんだコイツは?

寧々の頭に?が浮かぶ。

「別に良いけど、どうやって抜けるのそれ。」

 了承の返事を寧々がすると、敦也はなんでもない様に地面から両腕を捻り出しその手を使い、顔だけの状態からするりと抜け出た。

「...出れるならさっさと出ればよかったのに」

「はいそこ正論パンチしない。

それでは近場のゲームセンターに行きましょう。」

 先程まで甘んじて地中に埋まっていた人間と思えない切り替えの早さで土埃を払いながら寧々を連れてゲームセンターへと向かった。

 

 

 そうして敦也達はゲームセンターに訪れる事となった。

 2人は空いていた格闘ゲームの台に座って、銭を入れる。

「では、お手柔らかに。」

「そういうのいいから。」

 何回やります?と台越しに聞く敦也に寧々は敦也が飽きるまで、と答え彼らの電子上での殴り合いが始まった。

それから1分後。

  K.O!

 寧々の画面に勝利の演出が映る。

「...」

「いやはやお強い。」

 再び、銭を入れる。

  K.O!

 寧々の画面に勝利の演出が映る。

 再び、銭を入れる

「...」

「うーむ...」

  K.O!

 寧々の画面に勝利の演出が映る。

...嘘だろう?

「いやはやまた負けですか。」

 既に4回繰り返し、寧々は幾度も対戦して気付いてしまった。

  この男、格ゲーが恐ろしい程に弱い。

 舐めているとかそういうレベルの話では無く、絶望的に、コンボが繋がっていないのである。

 

「やはりお強いですねぇ...少しくらい抵抗できるとは考えてましたが、手も足も出ないとは思いませんでしたよ。」

「あんまり褒めないで。」

良くもまぁ嘘をつく。

「やはり、畑違いのゲームはてんでダメかぁ。」

そう独り言をボヤいた敦也の言葉に引っ掛かりを覚えた。流石に勝ちが続くと寧々でさえ飽きは多少なりともし始めた。

 

「恐らく私が弱過ぎて、草薙様も退屈してらっしゃいますでしょう。」

「自分で言ってて悲しくならないのそれ。」

台を挟んでいるにも関わらず、寧々の多少心で思った事すら向かいの男は見抜いてくる。

「ですから、ジャンルを変えましょう。

こちらで勝負しませんか?」

 そう言って敦也が指さしたのは、古い機体だった。画面表記には戦闘機が敵の殺意の塊とも呼べる弾幕に立ち向かっている映像が流れている。

 

「シューティング...?」

 シューティングゲーム。それはアーケードで設置されている場所は少なかなってきているが、人気のあるゲームの種類だった。

「勝敗は簡単です。

ワンプレイのステージのスコアの高い方が勝ち。

褒美は...まぁ無くても良いでしょう。

私の部室で紅茶を飲める権利位しか差し上げられません。」

「いや要らない。」

「そうキッパリ言われると私でも傷つきますよ?嘘ですけど。」

 

やはり掴めないと寧々がため息を吐きかけた時、

「まぁ初めての私でも出来るでしょう。」

と聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「...初めて?」

「えぇ。だって私のやってたゲーム。1種類ですもの」

それで勝負するのか?

 

 また自分が一方的な差をつけて勝つのでは無いかと内心寧々は思っていたが、まあまぁ見てて下さいよと敦也は100円を握り、台の前に座った。

「難易度は...これでいっか」

 

 1番上の難易度であるHARDCOREを何度も連打したかと思えば画面の難易度が暗転し、FRANTIC(狂気的)と表記された難易度を選択した。

「...うわ。」

 

 軽快な音楽が始まったかと思えば、すぐさまにおびただしい程の弾が画面を埋めつくした。

 台に座っている男は、手元のスティックを慣れた手つきで動かし、弾幕の穴を縫いながら避けていき、敵を撃退している。

 

「少しばかり目に悪いですが、3分ほどお付き合い下さい。」

 

 そう言いながら、彼の操る画面の自機はするりするりと弾幕を避けている。

 ブーンブーンと警告音の鳴った画面中央にはボスらしきキャラクターの周りから、それはそれは美しい程の初見殺しが巻かれている。

 

「はいはい慣れてますよこんなの。」

 

しかし、それもこの男には通用していない。

 

「ボムは使わんでも行けるか...」

 

 残機の下のボムの数字表記も減ることなく増加し、画面上部に記された時間は、ボスが現れてからの初めの60秒から既に1桁秒まで経っている。

 

「俺を乙らせるには」

 

 時間耐久を耐え切った敦也は、即座にボスキャラの真ん前に張り付いて、自機の弾をゼロ距離射撃し続ける。

 

「2万年早い」

 

 盛大な爆発エフェクトを散らして、ボスキャラを倒した。そのステージリザルトのスコアには綺麗に理論値と呼ばれるそのステージで獲得出来る最大のスコア数字が並んでいた。

「さて、次は草薙様の番です。」

 そう清々しい顔で微笑んだ敦也に向かって寧々は放った。

「性格悪。」

「ご最も!」

 

 寧々の対戦拒否(リタイア)の答えに瀬文敦也(ハイスコアボーイ)は楽しそうに笑った。

 

 

 

わたしは、瀬文 敦也をあまり良く知らない。

 印象は司と類に続いて…いやそれ以上に変なやつで、胡散臭いのが先にくる、とにかく学校じゃ関わりたくない人間の一位に来るヤツだった。

 それでもいざ会って話してみると、サングラスをかけている以外は司と類に比べれば、よっぽど常識的な人間だった。

「噂なんて、当てにならない...。」

「人を悲しませる様な噂なんて、蔓延るだけ毒ですよ。」

 視線の分からない敦也はそうぼやく。

「それを取りまとめるんでしょ?」

「はい。」

「わけがわからない。」

「貴女そっくりのメカが存在している事の方がより意味不明だとは思いますよ。」

 

 ああ言えばこう返す。のらりくらりとものを返すからわたしが辛辣な言葉をぶつけても効いてるのか聴いてるのかも分からない奴だった。

「しかし、最初は司の周辺に貴方がいるのは少し意外な光景でしたよ」

「多少なりともわたしだって思ってる。」

 最初こそ、奇妙なものだとは思った。

 司達とショーをやることになった事も。その末に目の前の人間に出会ったことも。

 

「縁とは不思議なものですね。

無関係の私でさえ、巧みな話術で時たまあなた方のショーに組み込まれているんですから。」

それもちゃんと一々断っていますけどと、敦也はボヤく。

「なんで断ってるの?」

「ショーに出るようなツラじゃ有りませんし。」

 司は、夢を見届けるためにと断られたと言っていた。

 矛盾した言葉に引っ掛かりを覚えたが踏み込む事はしない。

「...そういえばさ、サングラスつけてる理由ってなんなの?」

「これですか?」

 これと言い、自身の目を覆うレンズを指差す。

 

「...見たくもないものをずらしておくには最適でしょう?」

 

 いつもののらりくらりと掴みどころのない声とは違い、その敦也の声は何かを諦めたような低い声だった。

「...え?」

「嘘ですよ。単純に目が定まらないから付けてるんですよ。」

「目が定まらないって?」

見ます?と言ってサングラスを外し、内側のレンズを指さすと、レンズの中心に白い点が打ってある事に気付いた。

「これがないと目が節操なくぎょろぎょろと無意識に動いてしまうんですよ。」

敦也は自身の目を私に見せないように、目を瞑りながら語った。

「...そんなに?」

「はい。見た方がしばらく焼き魚の目すら怖くなったと言って賠償請求したきたレベルです。」

「...絶対に見ない。」

「賢明な判断ですよ。」

そう言って静かにまた目元をサングラスで覆う。

 うっすらと見えるサングラスの下では、少し目元に皺を寄せ、記憶の中で何かを思い出しているような顔をしていた。

「...聞いてごめん。」

「別に構いませんよ。私だってずけずけと他人の事を聞いてるらしいですので。」

「自分がやってる事が他人からやられるのは嫌なんて、ダメでしょ?」

 

 これ以上何かを聞き出すのは、まずいのかもしれないのだと私でも分かった。気まずい雰囲気の中でも頭だけは回せていた。

 

「そうですね。ウミガメのスープでもやります?」

「それ1人にぶつけるゲームじゃないでしょ?」

 

 胡散臭くて、言葉巧みに掌からすり抜ける男。

わたしは、未だにこの魔術師の人間性を理解出来ていない。

 

 

 




瀬文 敦也
得意ゲームはトランプと弾幕ゲーム
「私は誠心誠意嘘偽りなく過ごしているんですけどねぇ」
草薙 寧々
得意ゲームは格ゲー
「やっぱり胡散臭い」

作者はゲームジャンルのほとんどがてんでダメです
某有名弾幕STRは基本ハード5面ボスで詰まります。
弟はルナシューターです。うーん才能。
私情で馬鹿ほど忙しくてめっさ遅くなりました
プロセカ要素がキャラ以外0ですね。私のミスですね馬鹿なんですかね?
足らない能力で描写していきますので良ければ感想と評価も是非お願いします。


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対戦その4 鳳

帰省したのに実家から片道五時間の旅を出される奴いる?
いねぇよなぁ!
いるさ!ここにひとり!()
年末年始に何してるんだろ僕。


 ジリジリと、暑い太陽の日差しが肌を焼く季節。

 ジリジリと木に止まった蝉が1週間の命を燃やす季節。

 窓に垂れた風情を感じる為の風鈴は、硝子同士がぶつかる事なく静かに佇んでいる。

 敦也は伝う汗を拭い、少し錆びた水道から出た鉄分の滲み出た水を流し込む。

「もうこんな時期ですか。」

 季節は夏。カレンダーは4から二枚剥がれ、春の終わりを否が応でもわかってしまう。

「換気したって風が吹かないんじゃどうしようもないですよこんなの。」

 

 1人蒸し暑い探究室の中で愚痴がこぼれる。

 扉も開けて風通しもよくしようと思い、扉の取っ手に手を伸ばした。

 

 

 

 

「敦也くーん!」

「は?」

 取っ手に手が届く前に扉は顔面に迫り、固定する金属を吹き飛ばしながら敦也にダイレクトアタックを仕掛けてきた。

 ぶつかった敦也のサングラスは綺麗に舞い、10点満点の点数を付けられる着地を机の上に行った。

 

「敦也くん!おはよう!」

「鳳様それは私のサングラスです。」

異なる学校からの突如の来訪者。

ワンダーランズ×ショウタイムのメンバー。

鳳えむが扉の先にいた。

 

 

「鳳様。本日はどのようなご要件で?」

「えむでいいって言ってるのに!」

「失礼。えむ嬢はどのようなご要件で?」

「あんまり変わってないよ〜...」

 わかりやすく、明るく表情がコロコロ変わるえむを尻目に机のサングラスを回収し、再び目元を隠す。

「うーん...」

「どうかいたしました?」

「敦也くんサングラスばっかりでちゃんと顔を見れた事ないなって。」

「さっき私をサングラスと認識した上での発言?」

 

 確かに敦也のサングラスは、鳳えむが、天馬司が、神代類が、草薙寧々が、彼等が瀬文 敦也という人間を認識する上で自ずと必要となるピースである。

 胡散臭く、掴めず、目元を覆うサングラスが特徴的な男。

「見ない方が得ですよ?」

「でも1回くらい見たって」

「えむ。」

えむの肩が少し跳ねる。

 えむは、司や類の声の怒った時のような声とは違う、無感情に冷たく呼ばれる様な声が敦也から聞こえることに驚いた。

「...申し訳ありません。色々あって見せられないんですよこれが。」

「...ごめんなさい。」

「いいんです。探究部の人間がひた隠しにすること自体がちゃんちゃらおかしいだけです。」

 えむからは決して見えない敦也の瞳は、しっかりとえむの目を見て謝罪した。

「そのかわりです。司も類も寧々嬢も知らない秘密を私とのゲームに勝ったら教えちゃいます。」

 

「ほんと?!」

「えぇ。私は約束は違えませんとも。」

えむの表情に再び明るさが戻る。

 

「さ、探究部の活動を始めますよ。

準備は宜しくて?えむ。」

「もっちろん!」

 本日の部室は風通しも日当たりも雰囲気も良好の様だった。

 

 

 

 

「それで!なんのゲームで遊ぶの?」

「ボードゲームやテレビゲームもありますが、手っ取り早いのはコイツですね。」

 そう言って敦也は手からマジックのように突然カードを取り出した。

「わっ!手品だ!」

「宴会芸程度の実力ですよ。」

 敦也はカードを伏せ、机の上に掌ごと置き、手を離せばカードは54枚の束に増えている。

 

「トランプですが、最近ポーカーばかりで疲れたので別のゲームにしましょう。」

 

 表面のデザインをカード1枚を使ってひっくり返し、パラパラと崩れるドミノのような速度で数字の描かれた面に変えていく。

「『スピード』というゲームはご存知ですか?」

 

スピード。

 対戦人数は2人で勝負可能の反射神経がものを言うゲーム。

 山を分け、4枚を開示し、互いの山札の一枚目を捲れば勝負が始まる。

 出た数字の階段になるように山を捲り切れれば勝ち。至ってシンプルなゲーム。

 ジョーカーを抜き52枚の束を27枚に分け、対面のえむの方に準備された。

「やります?やりません?」

「やりたい!」

「元気なお返事ありがとうございます。

天切りは済ませてありますので、4枚捲れば勝負ができますよ。」

 

「OK! Open the game!

楽しい一騎打ちを始めましょう。」

 

そうして彼らの勝負は始まった。

 

 

 パラパラとカードを捲り、始めに提示されたカードを1秒だけ見て互いに状況把握し、5枚のカードから火蓋を切った。

 始まってしまえば、もう止まらない。

 互いのカードが置けない状況に幾度かなったが、その度に山を捲り、新たな数字に連なるカードを互いに置いていく。

 27枚の山はあっという間に無くなり、残るは自分の目の前に見えている4枚のカードと山だった場所に残っていた1枚となっていた。

 

「やはり貴方凄いですね...」

「そうかな?」

「30秒かからず札が尽きたんですからそりゃもう。」

 ここまでの出来事、彼らの会話を含めて僅か30秒を切っている。

 

「じゃ、ケリつけますよ?」

「うん。」

「「スピード!」」

掛け声と共に互いの1枚を裏返す。

 敦也は捲ったカードの数字は5で自身の元に対応する数字は無かったが、えむの捲った8の上に乗る9があった為、手を伸ばし、カードを叩きつける。

しかし、置いたと思った時には遅かった。

「これでおしまい!」

既にえむは手札を使い切り、満足そうに笑顔で敦也を見ていた。

「...見事。」

トランプを使った文字通りスピード対決。

勝者はえむだった。

 

 

「敦也くんに勝ったよ!」

「そうか!奴に勝てたか!」

「目の前で勝利自慢するとは驚きです。

というかいつの間に来たんですか司。」

「えむが走り去っていくのを見たからな。」

「あぁ...」

敦也は納得の声を上げた。

 

「秘密を教えてくれるって言ってたけど...」

「そうですね。サングラスを外すことは出来ませんが、それくらいならお教えしますよ。」

「敦也のことで分かっておきたいもの...」

何故か司が頭を抱え、敦也への秘密の開示内容を考え始めた。

「いや、あなたには...もういいや。司も込みで一つだけです。えむと話し合って決めてくださいね。」

「じゃあ敦也くんの楽しかったことについて!」

「話聞いてました?

ホントに私の楽しかったことでいいんですか?」

少々特急列車が過ぎると頭を抱えかけたが、敦也は教える秘密の再確認を行った。

「ダメ...かな?」

「いえ、そうではなく...私の楽しかったことですか...」

そう言った敦也は顎に手を添えて、少しだけ自身の記憶を遡る為に考え込んだ。

 

「そういえば私都会生まれではなく、森の奥の方にぽつんとある村出身なんですけど知りませんよね?」

「えっ?そうなの?」

「そうだったのか?てっきりこの近辺で育ったのかと...」

「まぁほとんど言ってませんでしたし、聞かれませんでしたからね。」

備え付けの机にある回転椅子に座り直し、敦也は天井を見上げた。

「まぁ私、そこの悪ガキ3人組の1人みたいなやつだったんですよ」

 

「1人はイタズラをして

1人は木々を飛び回って

私がどっちにもついて行って、

逃げ道を見つけてくる。」

 

「そんな子供のごっこ遊びの繋がりの日々が私のいちばん楽しかったことですよ。」

 

「もっと聞きたい!」

「うーんどうしましょう...」

「何か聞いちゃ不味いことがあるのか?」

「いえどこまで話そうかと。

単純に悪ガキとしてやった事が多過ぎるので...」

 どこかバツが悪そうに敦也は自身の行いを口にすることを躊躇っている。

 

「例えば?」

「寺の坊主のカツラを祭りの日に一番目立つところに祀ったり。」

「待って?」

想定していないタイプのイタズラだったからなのか、えむからイタズラ内容の暴露にストップがかかった。

「いやぁもうちょっとできたんだよなぁこれ。」

「いや、イタズラの規模がおかしいだろ!」

?と敦也は首を傾げ、何がそんなにおかしいのかがわかっていないようだった。

「え?イタズラってこれくらいしません?」

「「しない。」」

「えぇ?...なんだミツねぇの感覚がおかしかっただけか。」

「みつねぇ?」

「イタズラの考案者ですよ。

本名 櫛野宮 密芽 (くしのみや みつめ)

悪ガキの1人です。」

後は、と顎に手を添えてまた考え始める。

「神社の賽銭が軒並みカラスに取られたから奪い返したり。」

「カラスから?」

「えぇ」

「それってヒーローみたい!」

えむは敦也の話に目を輝かせる。

 

「それもその密芽って人の考えでか?」

「いえ、これは違う奴が見つけたのに便乗してヒーローごっこしただけです。」

「それもその3人の中の1人か?」

 

「当たりです。

海野 龍介 (うんの りゅうすけ)

よくタツ坊で呼ばれてました。」

「私と、タツ坊と、ミツねぇ。

何やるにしろ集まらなきゃ形になりません。」

 

キンコンカンと、最早対談と呼べるかは不明だが対談終了を告げるチャイムがなった。

 

「さ、今日はこれでおしまいです。えむも気をつけて帰るんですよ?」

「うん!じゃあ敦也くん!司くん!またね!」

「あぁ!」

「えぇ。また。」

そうして訪問者は嵐のように現れ、去っていった。

「...そういや、手品は何処で学んだんだ?」

「見様見真似の猿真似ですよ。ここで学んだんですよ。」

そう言って、敦也は1枚のビラを見せた。

 そこには、アルシロイチザと大々的に書かれた銘打たれ、1人の老人と5人の長帽子を被ったマジシャンが描かれていた。

 

「或城一座か。俺も知ってるぞ!」

「そうですか。公演を見に来たりしました?」

「あぁ。咲希...妹が見たいと言ってな。共に見に行った事がある。」

「成程。もしかしたらそこで私のことを見たかもしれませんね。」

 ふぅ、と椅子に再度座り直した敦也はそう言った。

「どういうことだ?」

「これの灰色の帽子の奴いるでしょう?」

「あぁ。」

「これ私。」

 

「なるほど!

 

 

 

 

 

 

な、なにィィィィィ!?

 

突然のカミングアウトを聞いた司の絶叫が学校中に響き渡った。

 

 

 

 




瀬文敦也
えむの来訪後、泣く泣く1人で扉を打ち直した。
「来るのはいいんですが扉ぶっ壊すのだけはやめて(涙目)」
鳳えむ
嵐を呼ぶご令嬢。
「敦也くんのサングラス無しバージョン...見てみたいなぁ。」
天馬司
絶叫により、後で校内放送で呼び出された。
「俺は悪くない。」

最近、カードゲームの大会でボコボコにされました。
天門ル○プ滅べマジで()
どうでも良いとして、
見切り発車だったのでこれから先また更新がカタツムリ並のウスノロになるかもしれませんが、皆様のお気に入りした小説の更新の合間にでもまた読んでいただけると幸いです。

感想と評価の程お待ちしております。











「...ふぅ。」
 司の絶叫により鼓膜が破壊されかけ、職員室に司がドナドナされていってから時間が経ち、敦也は1人、昼にえむ達に語った思い出達の事を浮かべる。
 夏の日差しが肌を焼いたあの日のこと。
 ジリジリと蝉の音が五月蝿く耳奥這いずり回る風物詩の事。
 硝子がぶつかり、割れる事を想起させる程揺れた風鈴の事。

 滴り落ちる汗を雨のように流れ出しながら、3人で駆けずり回ったあの日のこと。
ーこの妖怪共が!ー
ー貴様らのせいで!ー
ー貴様らが!ー
 そして、掴み損ねた█████████のこと。

そこまで脳の海馬の奥に手を伸ばしかけた所で中断した。
 邪心を振り払うように頭を横に振り、自身のスマホの音楽アプリに追加されている楽曲を再生する。眩い光と共に意識が暗転する感覚を身に浴び、目を閉じる。
そこに一切の戸惑いは無かった。
 目を開けば、そこは真夏の昼。
 先の学校と暑さ日差しは変わらないが、致命的に違う点は景色だった。
 灰色の壁に覆われた校舎と辺り一面の緑と木々の間から差し込んでくる熱い木漏れ日。
 1週間の命を燃やし続ける必死こいた蝉の音。
「ここに来るのも何時ぶりだ?」
 彼の目の前には1本の御神木とも呼べる程の大樹を前にしながら、彼は呟いた。

「いるんでしょう?











ミク。」


『...久しぶり、アツヤ。』
から傘を指し、和服に身を包んだミクと呼ばれた少女が、大樹の上から降りる様に現れた。

「賭けに負けて思い出しちまったもんでな。」
『そっか。』
「...ミク。
ヨルまでどれくらいもつ?」

『ごめん。あんまり時間は残ってないかもしれない。』
「...そうけ。」
その答えになんとなくの察しがついていたように敦也は返した。

 この景色は、瀬文敦也が作り出したセカイ。
観客は創造主唯一人。


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5. 探究 処理 買い出し

レポートを5つ抱えました。
馬鹿ですね。


 夏の日差しもよりいっそう強く感じ、人々の肌を変色させにくる太陽を尻目に、本日も探究部は平常通り1人の人間によって始まる。

 同時にもう1つの面としての活動も始まる。

 

「なぁ頼む...それについて教えてくれるだけでいいんだ...」

 

「出来ないと言っているでしょう?その耳はどうやら皮膚につながっているだけの飾りのようですね。」

 

「なんだと?信用ならないって言うのか!」

 

「飲酒強要の常習犯が何を言う。」

 

「...なんで...その事を。」

 

「ここどこだとお思いで?君らが好き勝手に作った都市伝説がある探究部ですよ?」

 

「クソ野郎...」

「中々のお前が言うな発言ですね。」

自身の汚点が知られていた男子生徒は椅子を乱暴に立ち上がり、苛立ちを吐き捨てた。

 

「あぁそうだ。」と敦也は男を呼び止めた。

未だ苛立ちの収まらぬ男は振り返る。

「██████の忠告破るべからずですよ。」

 

鈍い痛みが走り、そこで男の意識は途切れた。

 

処理を施した事で時間が無くなり敦也はじっくりと活動する事が出来なくなった為、この日はそのまま帰ることした。

しかし、来訪者は止まらない。

次の日も、

「貴方も他人への飲酒を棚に上げて人の追求ですか。」

「うるせぇ!お前には」

「目障り。」

鈍い音で男子生徒の意識を刈り取る。

時間切れの為、帰宅。

次の日も、

「二股の調査て。人のこと追求出来る立場じゃないのに貴女素晴らしいですね」

「アンタに何がわかるの!?」

「喧しい。」

パン!と目の前で手を叩き、女子生徒の意識を落とす。

丁寧な運搬による時間切れの為、帰宅。

 

「いいから教えて頂戴?」

「姦しい。」

意識を落とす。帰宅。

 

「教えろ。」

「浅ましい。」

意識を落とす。帰宅。

「教えろ。」

「耳障り。」

意識を落とす。帰宅。

「ヒャッハー!!」

「世紀末に帰れ。」

入念にセットされたモヒカン頭に踵を落とし、意識を落とす。運搬の際に帽子をモヒカンに被せ、帰宅。

 

 

「なんなんですかね。馬鹿しか来ません。」

 

いつの日か噂を求めてくる者はろくでなししか来なくなっていた。

敦也のこめかみの皺は来訪者が来るたびに増やし続けている。

 

「棚上げの才能があるなら品卸でもやってろ。」

 

最近、明らかに噂を求める者が増えていた。

その度に敦也は処理を行い、保健室に運び込む。

その影響は噂にもよく出ており、

噂を求めた生徒が次々に『その直前までの記憶と確かめたかった噂』について気がつけば忘れ、いつの間にかに保健室にいる事から

、探究部が人の記憶を操り始めたなんて噂が流れた。

 

「頭に衝撃与えりゃ記憶なんてそりゃ飛ぶだろうに。」

 

内心阿呆かと思いながら敦也は深く椅子に座り直した。

 噂が流れる事で噂を欲した愚か者が来ることは無くなると思っていたが、逆効果だったのかもしれないと敦也頭を悩ませていた。

 探究部での活動。

 都市伝説としての行い。

 その2つから、敦也は人の行いを観察し続けている。

「本当に何してるんですかね...」

 結局、両手で数えられる人数ほどしか、心の底からの対話を望める者はおらず、大半が話を聞く気にもならない、噂に踊らされる愚か者だった。

 愚か者からはああはならないという戒めの教訓しか得られず、当然ながら敦也自身の望む結論ではなかった。

ー夢を探るべし。ー

ー支えたいと思うなら手を貸すべしー

ー見たいと思うなら見届けるべし。ー

ー叶えたいなら、夢を探すところから始めるべし。ー

 恩人の言葉通りに探究を通して探しはするが、どいつもこいつも敦也の目に映ったソレは濁っていた。大自然の鬱陶しくも感じた緑の鮮やかさが恋しくなる程に。

結局、敦也の見た中で一番輝かしく光っていたのは1番初めに見た友人の夢だった。

「ま、どうでもいい。」

 気分をコロりと切り替え、探究部としての、思考を始める。

 議題を決め、過程を書き連ね、自身の主張を書いた所で、敦也の手は止まった。

 ホワイトボードに書き連ねる手が止まってから数分が経ち、何も頭で進展しないことに敦也は頭を抱えた。

 頭の中でぽこぽこと浮き上がる仮定と結論はどれも自分の意思であり、意思ではない。そこに心からそう考えられる筋が通っていない。

「...ダメか。」

 他人の探究の末の道筋を聞く事はしてきたが、1人で考え、結論を導き出す事は、好意的な来訪者が増えてからは、久しく行っていなかった。

 故に発想から結論付けの全ての過程で行き詰まった。

「早々に切り上げて帰りますか。」

 ホワイトボードに結論部分を未到達と書きボードを裏返した時、バタンといきなり扉が開いた。

 

「敦也!来たぞ!」

「ちょうど良かった。帰りますよ。」

「急だな...しかし!俺もお前を誘って帰ろうしていた!都合がいいな!」

「貴方から誘ってくるなんて明日は雷親父と槍でも降ってくるんですかね。」

「天候に関係ないものを降らせるな!」

 そうやり取りする敦也と司の顔は、双方共に笑顔だった。

 

 

「で?何が目的で?」

「何故俺が目論みあっての誘い前提なんだ?」

下校通路を歩きながら、敦也は司に問いかけた。

「馬鹿言わないでくださいよ。

貴方、私から何を抜こうとしてます?」

司はサングラス越しの敦也の追求の目に晒される。

司はその視線を、お高い人形の硝子細工の目玉に見られている様な、見ているはずなのに何もかもを見ていない様な、得体の知れない視線のように感じた。

 

「仮にそうだとしてなぜ俺が目論見を持っていると?」

司はすかさず反応するが、敦也の結論づけは甘くない。

 

「クセですよ。貴方は嘘や隠し事をする時に左手の親指と人差し指を擦り合わせる。」

それ、貴方自身も気づいてないでしょうけど。

 

敦也は、司自身ですら気付いていない己のサインを言い当てられて、固まった。当てた本人は、「これ言うと次対策...しないか司ですし。」と追求先関係なしにクセの対策をされる事を危惧している。

笑みを浮かべた司は、敦也からの追求に答えを出す。

 

「やはり、隠し事は出来ないか。」

「当たり前でしょう。貴方私とポーカーして何度見抜かれたと思ってるんですか。」

 司は観念し、己の負けを認めた。

 

 

 

司は己の目的を話すことにした。

「実は、お前のことを知りたくてな。」

「生憎求婚は受け付けていません。」

そう茶化すが、今度は逆に司の目が敦也を離さない。

「俺は、お前を友として信頼できると思っている。」

「光栄な事です。」

「だが、俺はお前の事を何も知らない。」

「そうですね。」

「だから、俺はお前の事を知りに来た。」

「うーん唐突。で?それが私と帰る事と?」

 即決即断とはよく言ったものだ。

敦也は司の驚異の行動力に感銘を受けつつも、まぁ司だからやってもおかしくないとも納得した。

 

「ま、人と帰るなんて探究部の看板背負ってる限り少ない機会です。ちょいと寄り道と買い出しだけして帰りますけど、よろしくて?」

「構わん。知れるからな。」

「グイグイ来ますね。知識Botにでも転生しました?」

「ボット...?なんだそれは。」

「オーケーこの話はやめましょう。」

 

 帰路の途中、くだらない談笑と棘の投げ合いをしながら、司と敦也は、 買い出しの為にショッピングモールに来た。

 

「買うものはトランプと...なんだっけ?あぁそうだクッキーと...」

「紅茶は要らんのか?」

「あぁそれも。感謝しますよ司。」

 

「敦也。お前は俺や類が来ない時、お前は何をしているんだ?」

「探究ですけど。」

「いや、そのだな...」

 

「...あぁ。【都市伝説】の方ですか。」

「...すまん。」

敦也からの簡素な返答に司が戸惑う姿に、敦也はそっちの方かと結論を出した。

 

「別に構いませんって。怖ーい噂のどれを聞きたくて?」

指を折り、幾つものある噂でどれを知りたいのか司の要望を答えるように待っている。

「俺は、お前が何故都市伝説として居続けるのか、それを知りたい。」

しかし、予想していたものから程遠い疑問をぶつけられて敦也はずるりと転びかけた。

 

「何故、ですか。」

敦也は、手に下げる買い物カゴを整理しながら、司の問いを考える。

都市伝説で居続ける事。

 敦也にとって、その肩書は心のどこかでどうでも良く思っていた。探究部の活動をする中で、来訪者がいない時は1人黙々と、議題→過程→結論と導き出し、自分一人で納得する。

 邪魔者は実力行使で追っ払い、再び思考に明け暮れる。精々、都市伝説の肩書で思考の時間が増えるだけのメリットしかない。そこまで至った上で目を瞑り、溜息を吐いて敦也は結論を口にした。

 

「ありません。」

「...ない?」

「えぇ。よく良く考えれば勝手にそうなってるだけでしたねコレ。」

「...都市伝説としての探究部を否定しないのか?」

「貴方は花子さんが『ワタシ都市伝説なんかじゃないんですぅ。』なんて言って信じます?」

「信じないな。」

「私神高で最も信頼のない男を断言出来ます。

それがコレを言って信じます?」

「…すまん。」

 

でも、と続ける。

「探究部としての活動が続けられるなら、私にとって都市伝説は有益な物ですよ。」

そう敦也は司からの疑問の回答を締め括った。

 

「なぁ敦也。お前はどうしてそんなに考え続けるんだ?」

「今日は欲張りですねぇ。」

 

「私に2人程、仲間がいることは話しましたよね?」

「あぁ。」

「そのうちの一人に言われたんですよ。

『アンタは素直すぎるから、物事考えてもっと賢くなりなさい』って。」

「考えて、人の裏かけるまで見れるようになりなさいって。」

それのせいで性格曲がったんだと思います。なんて敦也は冗談混じりに自虐した。

 

「まだ時間もあります。貴方と散策したい場所は他にもありますから。あなたの疑問には目いっぱい答えますよ。」

「そうか!」

 

そう言って、彼らの下校は騒がしく続いた。

 

 

 

 

「ミク。今日はお菓子を持ってきました。」

「ホントに?」

そう言って、がさりと置かれた袋には水飴に煎餅、羊羹に練り切りと、茶の欲しくなるような菓子だった。

「ホントだ...ありがとう!」

「おや、どうしてとか聞かれるかと思いましたが、聞かないんですね。」

 

そこは、前に来た夏の日差しの差し込む森の中では無く、提灯の並んだ祭りの会場のような世界だった。だが、その足元は常に真っ白く濃い霧が覆っている。

 

「...私に新しく夢を持つなんてできるんでしょうかね。」

 

「わからない。それを決めるのは私たちじゃなく、アツヤ自身だから。」

 

「...やっぱり霧、増えてますね。」

「私もここにいつまでいることが出来るか分からない。」

「...すみません、勝手に作っておいて、こないな場所になってしまい。」

「アツヤが悪い事は1つもない。」

そう言って、敦也の後ろからミクとは異なる薄紫の着物を来て、扇子を持った少女が現れた。

「...IAですか。」

「私達は貴方の想いから生まれた存在。」

「アツヤが思った物語を語るのが私の役目。」

「アツヤが強く想ったから、出来たセカイ。」

「だから、ここがどんな姿に変わっても、私は受け入れる。」

 

IAと呼ばれた少女は扇子で口元を隠しながらそう言った。

「...ありがとうございます。

仲良くお菓子食べて下さいね。」

2人に励まされた敦也はそう言い、そのセカイから去っていった。

 

 

 セカイから去った次の日、買い出しによって増えた備品をしまいに帰ってきた部室の中で、敦也は暫く椅子に座っていた。

 引き出しを見れば、言質を取る度に増えていったSDカードの入った段ボール。

 手元の机には、それらを録音する為のボイスレコーダー。扉前のゴミ箱には、毎日のように貼られる罵詈雑言の呪詛がこもった無数の紙キレ。

 自身の後ろには裏に未回答の議題の書かれたホワイトボード。

それら全てがこの探究部を作り出していた。

 

ー妖怪なんぞの名を継ぎよって!ー

ー正気の沙汰では無い!ー

ー櫛野宮の娘を誑かした罪は重いぞ!ー

ーこの妖怪が!ー

 

「喧しい...」

セカイの景色を見たことで否応なしに這い出てくる地元の記憶に蓋を閉じ、敦也はホワイトボードの議題を消していた。

 

【夢を否定するには】

そんな議題を抹消し、ため息をつく。

「一体どっちが人でなしなんだか。」

 

愚民か自分か、或いは両方か。

久しぶりに誰も邪魔のしない時間の中で、敦也は別の議題を立て、思考を始める事にした。




瀬文 敦也(せぶみ あつや)
最後のモヒカン姿の世紀末来訪者は普通に不審者て頭を抱えた。
「北◯の拳に影響されたとして...えぇそっち?」
天馬 司(てんま つかさ)
敦也の事を知るかどうかを相談した相手は類。
「類に相談してな、そこで決心をつけた。」

多分修正箇所全然あるんでどっか修正入ります。
癖バトルしましょう
私の癖はダウナー系ヤニカスお姉さんです。
貴方の癖も素晴らしいですね投了します対戦ありがとうございました。
ここまで音楽要素1つもないってマ?バカだろこの作者(正解)


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6.突撃 恩返し 大自然

Q.何してたの?
A.課題やり終えた後に仕事入った。
仕事やめようかな


 その日、敦也の目に広がっていたのは、自信の知るものとは違う、澄み渡る青天井の空。

 そして、アトラクションの数々が立ち並ぶ。ピンク色の雲、空飛ぶメリーゴーランド、陽気に歌う花達。

 その光景は全て、サングラスで視点をずらしていてもわかる程に、どれもが楽しげに、笑っている世界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 空中を勢いよく滑空する自分の光景でなければの話である。

 

「...参りましたね。」

 

何故こうなったのか。空に浮いた体で空気抵抗を感じながら、思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 いつものように司達の行うショーを観覧しに1ファンとして敦也は彼らの元へ訪れた時の事だった。司に呼び止められ、何かと思えば招待すると言っていたことは覚えている。

 彼から楽曲の共有をされ、何か引き寄せられるように音楽を再生し、気付けば自分の見知った景色ではなく何もかもがどこかファンシーな雰囲気を持つ景色に変わっていた。そこがセカイであることに気付いたことも覚えている。

 敦也は、それらが司の想いから形成されていることを直感的に感じることが出来ていた。

 詳しい事を思い出すために目を瞑り頭に浮かべる。

 

 

 次に思い出した事は、衝突の記憶。

 不思議なセカイに入国し、光景を一瞥しながら司を待っていると、

 

「わーい!新しい人だー!」

 

 どこかで聞いたことがある声が聞こえ、くるりと振り返ってみれば、目を星に輝かせた水色が猛スピードで突進をかけてきている姿を捉えた。

 

「oh my god...」

 

 天を仰いだコンマ数秒後、避けることも出来ず腹に届いた衝撃とともに、サングラスは翼を広げて空を飛んだ。

 これが1度目の少飛行。

 

「...貴方は、ミクなんですね。」

 

 サングラスを再びかけ直し、水色の衝突物を再び見ると、やはりそれは見た目こそ違うが敦也のよく知る人物だった。

 

「うん!私はミク!初音ミク!」

「えぇ。よく知ってます。

ここは?」

 

「ここは、ワンダーランドのセカイ!

ショーをいーっぱいできるセカイだよ!」

 

「ワンダーランド...成程。司らしい。」

「あなたはだーれ?」

 

「瀬文 敦也(せぶみ あつや)って言います。」

 

「...?うん!アツヤだね!みんなにも紹介しなくっちゃ!」

 

「みんなとは?」

「れっつごー!」

 

 敦也の問答などお構い無しに、ミクは敦也の腕を引っ張りながら駆け抜けていくが、少しばかり敦也を引きずった後、ミクは足を止めた。

 

「そうそうこれこれ!アツヤ!これに入って?」

 

 そう言ってミクが見せてきたものは黒黒とした人1人分は入りそうな程に大きな砲身をした大砲だった。

 

「ねぇコレ大砲ですよね?」

「これでひとっ飛びだよ!」

「お話を」

「そーれ!」

「はははこりゃダメだ」

 

 砲身に突っ込まれた敦也はすかさずミクが引っ張った紐により大砲の玉としての役割を担う事になり、ボカンという音と共に空へと舞うことになった。

 これが、地に足ついていた時の最後の記憶である。

 

「十字でも切ってお祈りしておきましょう。」

 空を飛びながら敦也はそう呟いた。

残念ながら敦也は仏教信仰である。

 

 

 

 

「司君。話があるって聞いて来たけど」

「うむ...おかしい。ここに来ているはずなんだが...。」

 

所変わって、別の場所。

 類、えむ 寧々は司に呼ばれ、詳しい事はセカイで話すと言われた。

しかし、司は何かを待っているのか、なにか手違いが発生したのか話を切り出さない。

 

「司くん。もしかして、彼のことかい?」

「あぁ。ここに来ていない訳では無いだろう?」

「うん。君の言う彼は、どうやら少し遠くの方に居るみたいだね。」

 

 司、KAITOの2人にしか通じない事を話し、時間が経つと遠くの方でボカンと爆発の音が聞こえた。

 

「何?今の音。」

「...大砲?」

 

 音の方向を向くと、その方角からはこちらに向かって何かが飛んできていた。

 遠くから飛んでくるそれは、司達の見知った姿の投擲物。

 投擲物は首を地面に埋め、角度30度に直線上にズドン!と突き刺さった。

 地面にカシャンと特徴的なサングラスが傷一つなく数秒待たずに突き刺さった穴の目の前に落ちる。

 

「高い木から落ちておいてよかったとこれほどまでに思うことはこれ以上起きないで欲しいですね。」

「敦也君?」

 

なんてぐぐもった声が土煙の下から聞こえた所でそれが、本当に類達の見知った人物であった事がわかった。

 

「どうしてここに?」

「司に聞いてください。」

「やはりお前なら来れると信じていた!」

「貴方私に全面の信頼を置き過ぎでは?」

「友だろう?」

「そうですけど。」

類の疑問を置き去りに、漫才のようにスピード感溢れるやり取りを敦也と司は行う。

「で、司。私を招待して頂いたのは嬉しいのですが、理由は何か?」

「お前に見て欲しくてな!」

「簡潔的ですね将来のスター。」

「当然だ!スターの振る舞いは常に誰にでもわかるものでなくてはな!」

「スターがそうであるかはしばらく調査期間を貰わないと断言できませんが、とにかく善意の招待だという事ですね。ありがとうございます。」

敦也は司に礼を言った。

 

「所で、誰か手伝っていただけます?」

 

ここまで、敦也は地面から角度30°に突き刺さったままでの会話である。

 

「こんにちは。ボクはKAITO。君は?」

「申し遅れました。私は瀬文 敦也。

探究部員と言っても伝わらないでしょうし...都市伝説は意味不明ですし...マジシャンでもないしなぁ...まぁ、しがない学生です。」

 色々ありすぎるんでこれで、と地面から救出された敦也は手を差し出しKAITOと握手をする。

 

「君のことは、司くんから聞いてるよ。

司くんにとって大事な友達だってね。」

「オレを応援するファンであると同時に替えのきかない大切な友だからな。」

「うーんむず痒いですね。」

 頬を赤らめ、恥ずかしそうに敦也は照れた。

 

 

「でも、どうして敦也がここに来れたの?」

「司に、話したい事があると切り出され、何かと思い行ってみると、そこで楽曲の共有を受けました。」

「それが、このセカイへの招待だった...というわけかい?」

「ええ。来て早々にミクに突撃を受け、そのまま連れられたかと思えば大砲詰めでここまでひとっ飛びが、私の経緯ですね。」

 寧々や類の疑問に答えつつ、中々に貴重な体験でしたと敦也は語った。

「物理的に飛んできたわけですので、景色もそこまで見れた訳でもありません。

図々しいかもしれませんが、このセカイの案内とかお願い出来ないでしょうか...?」

「成程!ならばオレが案内しよう!」

「あたしもしたい!」

「わたしもー!」

 司、えむの声に続き、遠くからこちらへ近づく声が聞こえ、敦也には嫌な予感が走る。

 こちらに向かってミクが突進やむなしの勢いで迫ってきていた。

 

「...安全祈願のお守りでも買いましょうかね。」

 

 セカイにてサングラスは3度目の飛翔を成し遂げる事となった。

 

 

 

ある程度の場所の紹介を終え、ひと段落がついた頃。

「ありがとうございます。私の為にここまでしてもらいまして。」

敦也はセカイについて、案内されたことにお礼を言った。

「...思うけど、敦也って肯定感低いよね。」

「そうですか?」

「なんか、言う度自分なんかの為にみたいな...結構見る。」

「あれまぁそんなに。自分の事ですが中々気づけないものですね。

今後は気を付けてみますね。」

「それで直せるものなの...?」

 敦也は寧々の指摘を受け止めるが、寧々はなんとも言えない気分となった。

 あははと笑った敦也は、自身の中である事を決める。

 

「少しばかりのお返しとして、あるものを見せたくなりました。」

 敦也は何か意を決した様な顔で、自身を招待した事に報いようと告げた。

「どういうことだい?」

 類は突如として言い出した敦也の言葉に疑問を投げる。

 

「私はあなた方の営みを、一観客として見させていただけました。」

「星々のように輝き、時に人々の心を魅了し、楽しませるその内容に、私は心を動かされています。」

 

 類の疑問などお構い無しに、狂言回しの様に自身の言葉を敦也は並べ立てた。

 

「そんな貴方から受けた施しを無下にするほど、私は愚かでも無い。」

「施しを受けたなら施し返す。

そんな心情で、お返しをするだけの事です。」

そう語った敦也はコツリコツリと靴音を鳴らし、広い部分へと移動する。

「うーん...どういうこと?」

「簡単に言えば、お礼をしたいって事ですよ。申し訳ありませんぶつくさと言って。」

へにゃりと顔を緩ませて、えむに笑みを向ける。

 

「ちんけな演目の1つになりますが、少しだけ下準備をさせて下さい。」

 

そう言うと、懐にしまっていた笛を取り出す。

 

「呼びますのであまりびっくりしないであげて下さいね。」

そう言って、ゆっくりと敦也は笛を吹き始めた。

 

 その笛は、聞くものを鎮める様に心にのしかかる。どれだけ荒んだ獣であろうと、その音色一つで沈黙し、聞き入るだろうと遠い誰かに称されたその音色は、するりと風鈴に吹く風のように穏やかなものだった。

 

 

 やがて吹いていた敦也の体からゆらゆらと緑色の丸いナニカが飛び出た。

 丸いナニカは、人魂のように明るく燃えており、笛の音色につられて、敦也の周りをふよふよと浮いている。

 

「出番ですよ。カワタロウ。」

 カワタロウと呼ばれたそれは声に呼応するように揺れ、施す演者の方に向かって眩しく光った。

「此より魅せるは一つの情景。

我が故郷の大自然。」

「まだまだ暑いでしょうから涼しくなりましょう。私もやるだけ表現しますので。」

 そんな敦也の言葉を聞きながら、司達は眩しさに目を細めた。

 

 

 

 司達が目を開ければ、そこは緑だった。

青々とした木々の葉の間から漏れる木漏れ日。

程良く影になった先に見える澄んだ水の流れる川。

 自然の緑を体現するような景色が、そこにはあった。

 しかし、不思議なことにそこには「音」がない。

 川のせせらぎの音。風により木々が揺れ動き、葉っぱ同士が擦れる音。自らの命を削った蝉達の大合唱。

 聞こえるはずのそれらが何も聞こえない。

 

 

「中々風情のある場所でしょう?」

 そう言いながら再び現れた敦也の姿は、先程までの服装とは違い、白く渦の巻いた柄の入った灰色の着物を着ている。全て両目にかかっているサングラスで彼自身の風情は大きく損なわれているが、今更のことだ。

 

「和の装いか!」

「うん!すごく似合ってる!」

「ありがとうございます。

格好は気にしないで下さい。」

司とえむが格好にいち早く感想を零し、敦也は照れくさそうに話を切りあげる。

 

「これが敦也くんの見せる演目なのかい?」

「まさか。ここまでが下準備です。」

類の疑問に敦也は否と答えた。

敦也はこれほどの光景を映しながら、下準備と言った。

 

「この景色はただの絵です。

カワタロウが頑張って巻いた霧に私の心にある景色を映しているだけ。」

映しのタネ明かしは御法度ということで、と敦也は舌を出して誤魔化す。

 

「音がないのは、私がまだ表現していないから。

この景色は、私が手を加えて初めて光景として完成します。」

パチンと敦也が指を鳴らせば、

カワタロウは、ぽんと水素が軽く爆発する音と共に姿を変え、ラジカセの形になった。

 

 

「明るく涼しく奏でましょう。」

 

 ラジカセはカチリと独りでに操作され、敦也の表現は始まった。

ピアノ音から始まり、先程聞いた笛の音色が後に入る。その後ろで、少しノイズがかった楽曲の合いの手が小さく入る。

 

その音色は所々に散りばめられたビット音。

それらに混じりながらも聞こえてくる祭囃子のような笛の音色。

『魔法が解けたようにあからさま』

『何度目の夏だったけ...』

 

 敦也は子供の記憶にある景色と想いを曲に込めて、喉を動かす。

 

『あちゃちゃ煌びやかな時を駆ける』

『そぉっとゆるやかに 空を見上げて川流れ』

『急がず回ろうか』

 

 その曲は、紡がれる言葉と化学反応を起こし、聞くもの全てに存在するはずのないノスタルジーを思い出させる。

 

 気付けば、辺りに音が増えていた。

 公聴者の足をちろちろと流れる水音。ざあさぁと木々の揺れによる葉同士の摺れる音。木々に張り付く虫達の大合唱。

 敦也が歌う事で、夏の音達は自らのいるべき景色に還ってきていた。

 

『にとりとみっく弍 此にて。』

 

そうして、彼の恩返しは締め括られた。

 

 

 

「...凄い。」

 寧々は心に思った事を吟味することなくそのまま呟いた。

「本当に、凄いね。」

KAITOもまた、言葉を零す。

 自然に彩られた異色の舞台で『恩返し』を行う敦也の姿は、主役そのままであった。

 紡がれた言葉は、敦也自身が過ごした自然の思い出であり、それらは言いようの無いほどに輝きを放っていた。

 

「さて、片付けますか。カワタロウ行けます?」

【OK.Brother!Are you ready?】

「えっ何その特技私知りませんけど?」

 ラジカセはカチリと音を立て、どこかからの電波を受信し、安っぽい洋楽の音声を使い回して了承を発した。

「じゃ、大仕事。頼みますよ。」

 そう頼んだ敦也の言葉と共にラジカセは再びポンと音を立て、人魂の形に戻る。

 

 そうしてまた光を放ち、全員が目を瞑り再び見えた景色は、彼らにとっての普通の景色に戻っていた。

「敦也君。さっきのあの光景は、」

「私の故郷の景色です。私が育ち、私を形成した村です。」

 

「わたし、敦也くんの村に行ってみたい!」

 

「うーん辞めといた方が良いですよ。」

「えーなんでー?」

 

「だって、あの景色はもう見れませんので。」

「え?」

「いえ、場所がないわけじゃありませんよ?

ただ、今はもう色々と変わっちゃって、100%同じものは見れないってだけです。」

村ごと消えたとかそういうのじゃないんで、と敦也はえむの要望に対してやんわりと語った。

 

「敦也、何度目を数えることも忘れたが、一緒にやらないか?」

司は勧誘の言葉を再び敦也に投げかけ、敦也はよっこらせと仰向けの形になり、数秒黙り込んだ後に、息を吐いた。

「...もう決めどきなのかもしれませんね。」

 

 

 

「以前、私他に2人の大切な友がいる事をお話しましたよね。」

「龍介って人と」

「密芽っていうお姉さんの事だよね。」

「いい記憶力ですよ草薙嬢にえむ。はなまるあげちゃいます。」

「...なんで嬢呼び?」

起き上がり、胡座をかいて遠い何かを思い出すように敦也は話す。

「私はその2人と、村から遠く離れたこの場所で再び会うことを夢に見ています。」

 

「最近、私は思い始めてもいるんです。

この夢が、私の足を引き止めているのでないのかと。」

「ほかの夢を手にできるのに、何時まで後生大事に埃塗れの夢を抱えているのだと。」

 

「...こんな話して申し訳ありません。

どうします?もっかい景色見ます?」

 

「敦也...」

「...自分で誤魔化すつもりもありません。返答ですね。」

人の気分を降下させてしまったと言い、敦也は話を切り替えようとするが、無理があった。

 

「貴方からの勧誘にYESを首を縦に振りたいが、もう少しだけ、待ってくれませんか。」

 

「自分の心に、折り合いをつけるだけです。

そんなに時間は取らせません。」

 

また来ますと、敦也はセカイから出ようとする。

 

「俺は、待っているからな。」

司のその言葉に、敦也は笑みで返す。

そうしてその日は、双方共に暖かい気持ちに包まれながら、帰宅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、瀬文敦也は何処にも姿を見せることは無かった。




胃と片耳が抱えたストレスでぶっ壊れたので投稿頻度が更に落ちます
バカタレか?
気か向いたら感想評価の方をお願いします

















 カツンカツンと、人気のない道を歩く音が響く。
 カァカァと、鴉が鳴く声が耳を震わせる。
ここは街の誰からも忘れられた名も無い路地。
 夢も無く、思いすら抱くことも無いゴミの溜まり場。そんな路地を、敦也は歩いていた。
 司からのセカイへの招待。
 そして、敦也はそんな司の『夢』に携わる為の招待を受けた。敦也にとって、それは特急券にも等しいものであった。
 しかし、敦也の中の██がそれを拒んでいる。
 それは、理性による警告なのか、自身の未練による否定なのか、敦也には分からない。
だから、敦也はそれを『夢』とした。
『夢』だからと結論づける事を先送りにしていた。
だが、敦也は自身を信じてくれている司に報いる為に向き合うことに決めた。
 そんな自らの『夢』にケリをつける為に、敦也はセカイから帰宅したその足で、誰も寄り付かない暗い細道を進んでいた。
 きっかけはなんて事の無い日常の隅に置かれていた。事務所の近くの住人達が、こぞってとある言葉を口にした。
『近くの路地を木々のように飛び移る黒いナニカがいる。』
 あるホームレスは
『この都会に天狗が現れた。』
なんて噂を口にしていたことを敦也は聞いた。
 普通の人間ならば、天狗だなんだと言われた所で鼻で笑って噂を一蹴するだろう。
しかし、敦也は違った。
 現実味のない笑い話にもならない様なその噂に、心当たりがあった。
 手入れなんて微塵もされていない路地を進み、ぽつんと空いた1坪の何も無い場所で、敦也は立ち止まった。

「...いるんでしょう?










龍介。」

「なんだ、ちゃんと分かってたか。」
 ガタンと上空から何かが落ちる音と共に、黒のフードがついたコートに身を包んだ人間が落ちてきた。


「見ない間に随分小賢しくなったな。アツ坊。」

「...龍介。」

 自らの記憶にある姿よりも、何周りも大きくなった自身の友が9年越しに、そこにはいた。
「積もる話もあるだろうが、俺に何の用だ。」

「決まっているでしょう。我々についての話ですよ。」
サングラスを外し、フィルター越しではない2つの瞳で、友を捉える。


誰も彼もが目の止めることもない暗がりの路地。
誰にも知られなかった者たちの押し問答は、そんな舞台で幕を開けた。

だが、その問答は誰も幸福にならないものである。
結末は、誰も知らない。


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閑話 胡散臭いサングラス

キャラ崩壊のパーティーです許してください
敦也失踪前のちょっとした日常です
ワンダショ目線で事進むんで。


case 寧々

「敦也、いる?」

私が探究部を訪れた時のこと。

 あんまり行きたくないけど、借りたゲームを返しに行きに、直で会いに行った時の事。

 扉の前で返事を待つが帰ってこなかったので入ってみれば、敦也は突っ伏していた。

 初めは何かあったのかと思って少しだけ焦ったけれど、すぅすぅと寝息が聞こえてきたから、寝ていると分かって少し疲れた。

「寝てるだけ...」

 敦也の後ろのホワイトボードは真っ黒に染まっている。

 よく見れば、その黒は全部細かく書かれたマッキーの文字。

テセウスの船、水槽の脳にトロッコ問題。どこかで聞いたことのある思考実験の過程を余白を残すことなくびっしりと敦也自身の考えを書き連ねられていた。

 私は、やっぱりこの男の事がよく分からない。

 

頭の回転が早いだろうこと。

時々少年心が顔を出すこと。

全く異なる印象の2つを敦也は魅せる。

私には、それが別人のようにも見える。

 

探究部として、都市伝説であり続ける敦也。

私たちのファンとして、見守り続ける敦也。

...私には、どうしても同じ人には見れなかった。

どちらにも嘘が無い。

どちらにも躊躇がない。

瀬文敦也という人間と接すれば接する程に、疑問が増えていく。

まるで、空洞に手を突っ込んでいるような。

本当に、そんな感覚。

 

ねぇ、あんたの顔は何処にあるの?

 

眠る敦也を傍らに私は、そんな事をずっと考えていた。

「...手帳?」

 

敦也の寝ている机の手元には、直前までその手に掴んでいたであろう黒い手帳が開かれた状態で置かれていた。

私は中身をそっと見てみた。

 

中身は敦也の予定や走り書き程度のメモが当然ながら綴られていた。

「そっか。言ってたっけ。」

敦也は、或城一座というマジックショー集団の元で、働いている。

或城一座は、マジックに重きを置いたショーを行う集団だ。

時に遊園地、時に船の上でショーを行い、

頑丈な檻からの脱出から人体切断、挙句の果てには海に浮かぶ豪華客船を消すなど、その手法は様々。

しかし、そのメンバーは全員不明。

全国で出没するその一座に共通する事は、全員が必ずシルクハットを被ること。

そんな緩い共通項で、記憶に残る大魔術を繰り出す事から、名前だけは誰もが聞いたことがあるという所まで認知されている。

手帳の中身には、そんな半分都市伝説じみた一座の一員としての予定がまばらに散っている。

パラパラと捲り、同じような内容が続いていく中、ある場所で私の手は止まる。

手帳のある所に栞代わりに材質の違う紙が挟まっていた。

「...和紙?」

ザラザラとしたその特徴的な手触りは、昔授業で使った半紙のようなもの。

小さく折りたたまったその紙をそっと開く。

 

【百鬼夜行団員はっと】

 

なんて題名が墨で大きく崩れた字で書かれたものから始まった。

 

【大きなイタズラは3人でそうだんすること。】

【ひみつきちは誰にもバレないこと。】

【できたしゃていは大切にすること。】

【かならず集まること。】

【死ぬまであばれること。】

 

 

【以上をまもるべし】

 

【百鬼夜行 そう大しょう 櫛野宮 密芽】

【百鬼夜行 筆頭 海野 龍介 】

【百鬼夜行 頭領 瀬文 敦也】

 

そうやって締められた名前の横にはそれぞれの褪せた血印と、人魂のような独特の模様の判子が押されていた。

 

「...なんで全部偉い?」

並んだ名前の称号は等しく1番上の人間に付く称号。

 

『あ、それ見ちゃったんですね。』

「...びっくりした。」

いつの間にかに、敦也は起きていた。

というかサングラスしたまま突っ伏してたの?

『意外とこれ柔い素材で出来てるんです。』

「心を読まないで。」

普通に怖いから。

 

 

『これはまだ村にいた時のやつです。』

「そうだとは思ったけど...」

『子どもの私たちの定めたちょっとした決まりごとですよ。』

 

『長々と項目書いてますけど、要は

【俺たちズッ友だぜ!】みたいな事です』

「多分違う。」

 

 あれま、とコケる振りをする今の敦也は、印象で言うなら後者の少年心の見えた方だ。

 

「これ、全部序列が同じだけど...」

『あぁそれですか?私たちは全員が百鬼夜行なんです。』

 

...さらりと決めた風に言っているが、何も分からない。

『...要は、上なんて居ないんです。

私たちが決めて、私たちが暴れて、

私たちが目を引きつける。

そこに上下なんて作らなかったんです。』

...ちょっとだけ、わかった。

 

百鬼夜行という組織は、敦也の中で大切なものなのだ。

 褪せた紙にかかれる項目を眺める敦也の顔は、思い出の写真を純粋に懐かしむ顔をしていた。

「敦也でもそんな顔するんだ。」

『?私変な顔してます?』

「ううん、違う。普通の顔。」

 

敦也のそれは、目という重要な情報が欠けていたとしても分かるほどに、無邪気な少年の顔だった。

 

 その日、私は少しだけこの胡散臭い男を理解出来た。

 どれだけ不気味でも、どれだけ胡散臭くても、この人は、年頃の青少年に変わりは無いのだと。

 見えたその素顔は、司や類と大差ない。

 なんてことのない、普通の少年なんだ。

『良いものを思い出しました。

お礼と言っては何ですが、これを。』

 

 そう言って敦也が渡してきたのは、緑色の勾玉だった。

『勾玉は私の村でのちょっとしたお守りの様なものです。持っといて下さい。』

 

『あ、そうだ。ところで本日はどのような要件で?』

「ゲーム。クリアしたから返しに来た。」

『クリアしたんですか?え?ノーコンで?』

「当然。次、貸して。」

 

『じゃあこれですね。ノーコンクリアしたなら行けますよきっと。』

「また弾幕ゲーム?」

『なぁに、月が攻めてくるだけです。

弾幕も最狂難易度を誇りますよ?』

 

 

...1週間かけて1番簡単な難易度をクリアした。

 

 

 

case 類

 

『【見えない人】という話はご存知でしょうか。』

 

「唐突だね。」

 

トランプ勝負をした後幾度か訪れた探究部の部室で、敦也君から聞かれた課題だ。

 

「透明人間の話かい?」

 

『いえいえ。貴方ならもしかしたら実現できるかもしれませんが違いますね。』

「僕のことをなんだと思っているんだい?」

『ドリル片手に来訪するグレーゾーンの人間。』

「よよよ...」

 

冗談ですよと敦也君は仕切り直し、

『平たく言えば、ちょっとした教訓めいた実例ですよ。』

 

敦也君から話される『見えない人』の概要はこうだった。

 イギリスの作家であるチェスタトンが綴った小説、『ブラウン神父』シリーズのある一作の『見えない人』は、簡単に言えば起こった密室殺人事件を神父が解決する推理小説である。

 

 中身を解説するならば、4人とも全員にアリバイがあり、誰も家を出入りしていることは無いと証言する。誰が犯人なのか分からず、透明人間が犯人なのかと想像されたが、神父が犯人をこう言うのだ。

 

『犯人は、郵便配達人だ』

 そうして、誰もの認識外の立場にあった人間は犯行に及んだ事を看破され、推理小説の幕は閉じた。

 

「その小説がどうしたんだい?」

『まぁまぁ、ここまでは前提条件ですよ。』

 

 小説は大人気。日本を代表する推理作家からもお墨付きの内容となり、こぞって人々は読んだ。

 

しかし、ここで良くないことも起こった。

ある所で、空き巣が発生した。

盗まれたものは、小説のみ。

金品には一切手をつけられていなかった。

近所の住人は、誰も怪しい言動をしていない。

 

『この事件。誰が捕まったと思います?』

 

 敦也君はそこまでの状況をボードに書き上げ、感情の読み取れない笑顔で、僕に問いを投げて来た。

 

 彼の口振りからして、近所の住人が捕まった訳では無い。そうだとしたら、こんな話を僕にしないだろう。

 盗まれたものは恐らく例として出した小説なのだろう。

 

「住人では無いのだろう?」

『そりゃあそうですね』

 

「うーん...犯人が捕まった、なんてのは駄目かい?」

『残念。最初に捕まったのは犯人じゃないんですよ。』

 

 

『警察は、空き巣捜査のために、まず事情聴取をしますよね?』

 

『その時に、住人が口を揃えてこう言ったんですよ。』

 

『手口が一緒だから、郵便配達人が怪しい。』

『小説で悪人だったのだから、きっとやったに違いない。』

 

『偏見っていうのは怖いものですねぇ。』

 

『たった1冊の本を読んだだけで勝手に悪人にされて、仕舞いには冤罪で捕まえるんですから。』

 

「...その郵便配達員さんは、」

 

 敦也君はホワイトボードを書く手を止めて、こちらに向き直した。

『事情聴取の末しっかり釈放されましたよ。』

『まぁそこの住人からの謝罪なんてありませんでしたけど。』

 

 

『結局、一連の教訓としては人の認識なんて当てにならないって事ですよ。』

『小説の仮設透明人間なんて、実現できそうなの貴方位ですし。』

「敦也君たまに僕の事ドラ〇もんのように考える時あるよね?」

『いえいえまさか。』

 

「...本当に、君は読めないな。」

『お互い様でしょう。結局、ポーカーしようがババ抜きしようがブラックジャックしようが、貴方の癖なんてほんのわずかしか読み取れませんでしたし。』

 

 僕は、ちょくちょく彼の部室に足を運んでは彼とトランプを用いて勝負をするが、司君と対面している時のようにしっかりと思考が読める訳では無いらしい。

 

 

 

「敦也君。君は、人の癖から思考を見抜くじゃないか。」

『はい。貴方相手には効きにくいですが。』

 

「君のその技術は、何時から出来るようになったんだい?」

『何時から...?何時からだろう...』

 

『気付いたら...ですね。

意識的に出来るようになったのは高校生になってからですかね。』

サングラスになったのもそれからですよ。なんて結論づけた後のホワイトボードを消しながら敦也君は言った。

『...あぁ。どうやら、欲しかった答えではなかった様で。』

 

「そんなに顔に出ていたかい?」

『いえいえ、これも【何となく】感じただけですよ。』

 

『ご期待の答えの代わりと言っては何ですが、こちらをどうぞ。。』

 

そう言うと、敦也君はある物を手渡した。

 

「勾玉...?」

『ちょっとしたお守りってヤツです。私との他愛のない探究の会話に付き合って頂いた報酬のようなものです。』

 

 手渡された勾玉は、紫色の石でできており、一般的なキーホルダーより少し大きい程のサイズのもの。陽の当たる方にかざして見ると、微かに勾玉の中を日差しは鈍く照らした。

 

『近々の災いから守ってくれると思いますよ?』

「災いね。」

『災いって言ったところで、大したものじゃなかったりしますよ?例えば、』

「例えば?」

『嫌いな食べ物が食卓に並ばないとか。』

 

 この後僕の家の夜ご飯には野菜が並んだ。

『流石に範囲が大雑把過ぎません?』

 お守りの効果を報告した所敦也君にはそう言われてしまった。

このお守り意味無いんじゃないかな敦也君?

『おっ、あと1時間小言延長します?』

何でもないよ。

 

case えむ

『おや、鳳嬢「えむ!」...本日はどのようなご要件で?』

 

「遊びに来た!」

『元気な返事でよろしい。』

敦也くんは、そう言ってアタシに紅茶と菓子を用意してくれた。

『紅茶とブリュレです。手作りですよ?』

「敦也くんってお菓子づくりできるんだ!」

『出来ますよ。出来ないものは恋だけですので。』

「恋?」

『そもそもの出会いなんてありませんし、会ってもこれですよ?見た目サングラスの人間に話しかけようと思います?まぁ私なんですけど。』

 

なんだか難しい事を言っているが、

 

「敦也くんでしょ?アタシは行くよ?」

『お優しい事何よりです。

はい。ブリュレと紅茶です。』

お熱いうちに一緒に召し上がれ、と言っていつの間にかアタシの前のテーブルにはブリュレと氷の入ったアイスティーが置かれていた。

 

「...美味しい!」

『それは良かった。用意しておいたかいがありました。』

 

「敦也くんって、いつからこうなの?」

『何時からこうなの?と言いますと?』

「探究部で、こうやって考え事たくさんして、あたしや司くん、類くんとここに居るって

何時からしてるの?」

『何時から...何時から?』

 敦也くんは、まるで聞いた事のない言葉を吟味し、何か考えられるものは無いのかと言うようにあたしの言葉をオウム返しで返した。

 

『参りましたね。糖が不足してきているようです...私も何か食しても宜しいでしょうか?』

「うん!一緒に食べよう!」

 

 あたしがそう答えると、少々お待ちをと言い、入口とは違う隣の教室に隣接するドアを蹴破り、中からあるものを取ってきた。

 

「クリームパン?」

『ええ。著名な店の限定品を買って置いたんですよ。誰も使ってない理科準備室でしたのでありがたく冷蔵庫の中に入れさせて頂きました。』

「多分それって」

『あ、内緒ですよ?』

 

 ちょっぴり舌を出して敦也くんは誤魔化した。多分やっちゃダメなやつだと思う。

 

 

『それで、いつからという質問でしたね。』

「うん。」

 

『この学校に入ってからずっと、ですよ。』

 

 回転椅子に腰掛け、アイスティーを飲みながら敦也くんはそう言った。

 

『多くの人間を知れる場所はどこかと探しましたが、そんな場所が見つからなかったので作ったんですよ。』

『忘れられた空き教室を見つけ、噂という噂を聞き集め、浸透するかも分からない都市伝説をほざき続けて。』

 

『そうして後に人々の思考の範囲外になることをじっと待って。』

 

『気付けば、【Nobody】(存在しない)な部活の完成ですってハナシです。』

 

「じゃあもういっこ聞いていい?」

『はい。なんでもどうぞ。』

 敦也くんはアイスティーのお代わりを一口つける。

 

「敦也くん、ウソついてるよね。」

 私は、敦也くんに感じているモヤモヤしたものを解きに行くことした。

 

 

ある時のこと。

アタシが敦也くんの雰囲気を初めて見た時の事。

 

『ウソ...ですか?』

「...気付いてる?敦也くん。」

 

 あたしは、敦也くんをみんなが言っている『大人びている』とか、『胡散臭い』の言葉で印象がつかなかった。

ううん、それらが最初に印象づかなかった訳じゃない。

 そんな印象の裏に、ずっと隠れている事があるのをあたしは気付いた。

「敦也くんのね、ちょっとした時に見えたの。」

「何もかもが興味のない様な、そんな顔が。」

 

 身近にそうやって、自分の顔を出さない人がいるのを見ているから余計にわかってしまった。

 敦也くんのその『違和感』は少しだけ綻びが見えた事から分かってしまったことだから、あの人のよりも深刻なものかもしれない。

 笑っている。喜んでいる。

 その筈なのに、ふとした時にそれら全てが作りものの様に抜け落ちる。

 誰よりも少年の心を持っている敦也くんの、そんな瞬間を、アタシは見てしまった。

 

「敦也くん。無理してる?」

 

 敦也くんは、ずっと背伸びをしている。

 地に足つかない振る舞いを、いとも容易く受け入れて、ずっとどこかで無理をしている。

 あたしには、そう見えた。

 

 

 カランと、アイスティーに入った氷の落ちる音がする。

 

『...無理を、しているですか。』

「敦也くん、ホントはもっと幼いんじゃないのかな。」

2つ、カランと氷が溶けて落ちる。

 

「敦也くんのホントの顔は、あたしたちに向けるそれとは多分違う。」

 

重なっていたカップの氷が、全て水に付く。

 風鈴の鈴が揺れる音だけが響き、少しの間敦也くんは何も言わなかった。

 アイスティーを1口含んだ所で、ようやく話し出した。

 

『いやはや恐ろしい。』

『直感というものも中々馬鹿にできません。』

 

『なんせ、私に違和感を覚え、それを根拠とした結論まで辿り着けるのですから。』

 

「やっぱり敦也くんは」

 

 そこまであたしが言葉にした所で、一瞬時が止まった気がした。

 どうしてかは分からないけど、何故か敦也くんの前に鎖が伸びるような錯覚を覚える。

 ジャラジャラと伸びてきたに見えるその鎖は、鉄格子に絡まるように重なり、ガシャンと5つ、色さまざまな錠前を付けて敦也くんの前を封鎖した様に感じた。

 

 

『しかし、その解答に満点はつけられません。』

 そう敦也くんが言うと、いつの間にか先程まで伸びていた鎖と錠前は見えなくなり、敦也くんは静かに微笑んだ。

 

『別に貴女の導いた解が不正解とも言ってません。』

 

『いやはや私も情けない。

対話をして頂ける方に回答を用意出来ていないのですから。』

テレビ企画なら炎上ものですなんて、冗談を交えながらアタシの言葉に対して返答をする。

「...そっか。」

 

『申し訳ありませんね。

お詫びと言ってはなんですが、こちらを。』

 

 そう言って敦也くんは机の中からある物を取り出し、アタシにくれた。

 

 

「なにこれ...?」

『勾玉って奴です。私の村での万能なお守りみたいな物ですよ。』

 敦也くんが私にくれた小さな勾玉はピンク色の石で出来ている。ちょっとだけ冷たい。

 

「万能?」

『自分にとってなんでも起きて欲しくない事から守ってくれるちょっと勇気づけです。』

 勾玉の事を話し終えた敦也くんはアイスティーを置いて、また回転椅子に座り直した。

 

『貴女の導いたその解答に、いつかの私が答えられるまで、貴女のお守りになってくれるはずです。』

『貴女の答えに必ず合否を渡します。』

 

 敦也くんは、サングラス越しにアタシの目をしっかり見て、そう言いきった。

 

「...そっか。今はダメなんだよね?」

『長々言いましたが、身も蓋もなければそういう事です。』

 

「いつか、話してくれるんだよね。」

『ええ。私はよく物事を有耶無耶にしますが、

人との約束だけは絶対に違えません。』

 

「じゃあ、待つよ。」

『ありがとうございます。』

 

『...』

「...」

 

『お茶、おかわりいります?』

「うん!」

 

暑い日差しを緩和する為か、2杯目は麦茶を持ってきてくれた。

お茶は、冷えていてとっても美味しかった。

 

 

 

 

case 司

 

 敦也と初めて会ったのは、3年前の事だ。

『なんだか面白いですね。あなた。』

 

 そう言って、片目を眼帯で隠した敦也はオレに話しかけて来たのがキッカケだった。

 

「...何がだ?」

『薄いのに、埋もれているのに、目指せている。』

『不思議ですねぇ。全くもって興味深い。』

そんな事を言いながら、オレの後ろで話しかけて来た。

『いや、申し訳ない。私は瀬文敦也。ペテン師でも不審者でも何度でもお呼びください。』

 

無論、胡散臭かった。

 

「胡散臭いなお前。」

『うーん初対面でこれ言います?私は言います。』

 その時の敦也は、今のようにサングラスはしていなかったが、今のように取っ掛りはあった。

 

『貴方、余程疲れていますね?』

 

 ニコニコと、得体の知れないその目で、体の不調を言い当ててきた事は今でも覚えている。

 

「何処がだ?オレはピンピンしているぞ!」

『ハッハッハ。中々面白い事を言いますね。』

 

 得体の知れなかった片目は、真っ白の瞳の中で、黒く濁っていた気がした。

『貴方、ココ最近まともに休めてないでしょう?』

『無意識にでしょうが自分の体に出ている不調の震えを止めようと体に力が入っている。』

『それ以上動けば病院のベッドですやすやと眠らなければ行けなくなる。』

 スイッチで人が入れ替わったかのように、オレの体の不調を淡々と言い当てた。

正直、ゾッとした。

 自分の思考が、不気味な男に全て見透かされていた。

 

『震えを抑えようと力が入ってる分、クセも見やすいんですよ貴方。』

 

『腰を下ろして、話でもしましょうや。』

 自分の思考を見抜いた敦也は、俺を人の居ない落ち着いた場所へと連れていった。

 

『なぁるほど?見舞いを続けて...』

「...オレは妹の笑顔が見たいんだ。」

 俺は、たった今そこで鉢合わせた同年代の不審な男に、自分のことを喋っていた。

不審な男...敦也は黙って俺の話を聞いてくれた。

 

『勝手に暴いた手前なんですが...兄としては100点かもしれませんね。』

「そうか...」

『貴方の選択にぽっと出の私がとやかく言うつもりもありません。お好きにして下さい。』

 

『ただ、貴方が倒れた時、その理由を知った時、誰が1番傷付くのかをその脳みそで考えてから行動した方が宜しいですよ。』

 

そう咎めて、敦也はその場を去った。

 

 

それが、オレと敦也の最初の出会いだった。

それからだ。

『や、司。』

「...何故ここにいる?」

『人のあれこれ聞いといて、そのまま他人ってのも後味が悪いんで...はいこれ。』

「...クリームパンか?」

『えぇ。先生には内緒ですよ。』

 

 

 

『司、テストは大丈夫でしたか?』

「無論だ。」

『その割にはギリギリなものばっかですね。

...ご丁寧に私の教えたところだけは合ってますね貴方。』

「友から教えられたものを間違えるほどオレはバカては無い!」

『友ですか。...そうですか。』

 

 

 

 オレたちはそうして互いを知り、遠慮のない言葉を言い合える程の関係を築く事が出来ていた。

 

「敦也。俺はスターになる!」

『スター...ですか。

いいんじゃないですか?貴方らしい。』

 

「...否定しないんだな。」

『夢を持たずに生きているのは死んでいるのと同義である。...恩人の言葉です。』

「...死んでいるのと同じ、か。」

『故に、夢の否定は人を殺める事と何ら等しいと、私は教えられたのでね。』

『どれだけ荒唐無稽な夢だとして、どれほど遠い夢だとしても』

『私は見届け、肯定し続けるんですよ。』

 

 アイツはガリガリと口に加えた棒付きキャンディを口の中で砕きながら、俺の夢を肯定した。

 

「...なら、お前はファン第2号だな!」

『あらま、1号じゃないんですね。』

「...不思議だがオレもふと1号と出なくてな。

ならば2号で良いだろう!」

『そいじゃ、貴方の夢を見届けさせてもらいますよ。』

「ああ!オレのスター街道をとくと見ていけ!」

『じゃ、スターの証としてちょっとしたものを差し上げますよ。』

 

 そう言って、敦也は俺にほらと言ってある物を投げて渡してきた。

 

「これは...何だ?」

『勾玉ってやつですよ。ちょっとしたお守りです。』

『基本何からも守ってくれるお祈りが付いてる便利なお守りですよ。』

「ありがたいが...なぜ俺に?」

 

『推しのスターが不幸な目になんてあって欲しくないですし。』

 

 敦也は照れくさそうに、顔を覆った事でこの贈り物はヤツの心からのプレゼントなのだと分かった。

 

 ともあれオレはこの日、ファン第2号を獲得した。

 

 そこから色々とあり、敦也はいつの間にか目元全てをサングラスで覆うようになり、より胡散臭さに溢れて遂には学校の都市伝説になっていた。

 

 それでも敦也は、オレの夢を応援...というか観客でいてくれている。

だから、どこか勝手に思っていた。

コイツはずっとオレの道を見続けてくれると。

だけど、同時に俺はこの友と一緒にやりたいという気持ちもあった。

だから、しつこいと思われているのかもしれないが、俺は敦也を勧誘し続けた。

アイツもやれやれといった顔で、俺の手を掴んでくれた。

 

 

 

その次の日、敦也が消えた。

たった1つ、荒れた部室に贈り物を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.1月近く放置して何してたん?
A.生徒会みたいなの辞めて病院行ってた
後WBC見てた
感想と評価お待ちしております。











case██
三者三様に、向けられた敦也の築いた関係を高目に見る。
縁とは複雑怪奇な物らしい。

 どうやら、俺の知っている後ろを着いていくのに精一杯の泣き虫は、見ないうちに幾分成長したようだ。



 だが、アレを俺は瀬文敦也だとは認めない。
『理性』で全てをひた隠しにし、今にも息の詰まりそうな奴を俺は瀬文敦也だとは認めない。
『理性』で自らを殺し続ける奴を瀬文敦也だとは認めない。
賢しい村の大人と同じ様に成った瀬文敦也を俺は認めない。
『理性』から弾き出される答えに期待などしていない。

 自ら目を覆って隠した夕暮れに否応無しに気付かされる時。自ら蓋をした苦い記憶と再び対峙した時。
 理性の鎧を捨てた時、再び愉快な演芸集団を選ぶのか。
 それとも、もう一度実現不可能の妄言を選ぶのか。
 行き着く結論がどうであれ、どちらかには必ず句点が付けられる。
 伸ばす手が、空に浮かぶ月なのか水面に映る月なのか。
 空がどちらで水面がどちらかかを当てはめるつもりも無い。
 どちらを選ぼうととうでもいい。
俺は、自身の成すべきことを成すだけである。

別れて9年。
夢に出るほど悔いてからもう9年。
『決まっているでしょう?我々の話ですよ。』

 その言葉が『理性』によって弾き出された言葉であろうが無かろうが、結論として、俺たちにとって手のかかる泣き虫坊主は意志を固め始めた。
 後追いで足跡を消すだけの妖が、目まで眩ませる程に成長する。
 大変喜ばしい事だと、俺たちの総大将が見れば褒めるのだろう。
 脳裏には、もう何度目かも分からなくなった村での日常がコマ送りのフィルムのように再生される。
 振り払おうと高く飛んでも、忘れようとビル街を駆けようと、
どうしたって忘れることのできない日々。

 無理やり記憶の投影を止める為に、コンクリートに頭を打つ。フィルムは鈍い痛みに掻き消され、映写機を破壊してくれた。
 顔に流れる血にももう慣れた。
 打ち付けたコンクリートにヒビが入ろうが知ったことでは無い。
 とっくの間に俺たちの物語には句点が付けられている。
 だがその後を締めるのか、読点続きに書き続けるのかの筆は俺に与えられていない。

やるならやるでさっさとしろ。


天狗(オレ)の気はそんなに長くない。

そうして、俺はまた立ち並んだコンクリートの木々を踏みつけた。




 ビルを駈ける天狗の噂の流れる範囲が、少しだけ広がり中身が変わったという。
 天狗の飛び立ったビルの後には、大きく赤い三叉の足跡が付いたという。
 ある学校にはこんな噂も流れた。

『噂の確かめ屋は、妖怪である。』

それが同一のものかは分からない。

 だが、誰かの肯定したものというのは、必ず何者かが言っていたという免罪符を持つことになる。
 免罪符を持った愚者がある部員が語った通り。

 次の日、探究部の部室は見るも無惨に荒らされていた。


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閑話 一炊之夢 (いっすいのゆめ)

一回データごと消えたので文がちょっとおかしいところあるかもしれない。

敦也のちょっとした一幕です。
いわゆる幼少時の敦也ってやつです。
プロセカ要素ほぼありませんが許してください。


 虫共の叫びがうるさい夏の昼。

 大きな街から遥か彼方遠い場所にある、森に囲まれた小さな村。

その代わり、自然と共に子供は育つ。

 

 身体にめいっぱいの日差しを浴びながら子供達は野をかけている。

 

「へへんだ!きっかりあんのクソぼーずの所から抜け出してやったわ!」

幼い少女は、集まった2人に鼻を擦りながら自慢する。

「みつ姉。けが、してないか?」

「あったり前よ!アタシを誰だと思ってんの?

村のいちばん大事な『くしのみや』の娘よ!」

「なら、いい。」

『みつ姉』は自分の事を後に、2人の事を聞いた。

 

「そういうタツは?どこもやられてないわよね?」

「ない。おれはがんじょーと速さがうりのてんぐの子だぞ。」

「知ってるわ。」

言葉数少なく少女を心配する『タツ坊』は、自身の身体を自慢する。

「アツ坊?まーたボコボコにされたの?」

「ちがう...!わしは」

「そうね。あんたが泣くのはいつもアタシらのことをバカにされたときだもんね。」

「...わしはなきむしじゃ。」

「そうじゃない。おまえは1ばん優しいおとこだ。」

メソメソと涙を流しながら、目元を拭う『アツ坊』を2人が励ます。

「タツ。準備はできてる?」

「むろん。」

「わしもいく!」

「よし!バカにしたヤツらをギャフンと言わせにいくわよ!」

 

 

 これは、遠い過去の話。

櫛野宮 密芽が

海野 龍介が

瀬文 敦也が

 手の付けられない村の悪ガキ三人衆になった時の話。

 

 

 

大木に作られたひみつ基地の中で、3人は敦也をいじめた者に対する報復の方法を考えていた。

「どうやりかえすんじゃ?」

「こぶしだ。」

「バカねイタズラに決まってるでしょ。」

「イタズラいうても何するんじゃ?

クソじじいの頭に落書きする?」

「あれアタシやれって言ってないんだけど?」

「「おもしろそうだったからやった。」」

「流石アタシの団員ね。」

 密芽は内心頭を抱えそうになったが、大事な同胞に言えるわけも無く、同胞の仕業を褒める事にした。

「じゃあ、また書くか?」

「同じイタズラは面白くないでしょ。」

 龍介の提案を却下し、3人はどのようにイタズラをするかを考える。

 

「ほかのヤツらはみんなして祭りの準備しとるせいではなしにならん。」

「霊木祭り。まいどまいどやるけど、行けたことない。」

「アタシら子供を置いて、楽しそうしてるのは毎年腹が立つわね。」

「...祭りにイタズラはどうじゃ」

「「ダメ」」

「そうけ...あ〜祭り行きたいのぅ。」

 

 彼らの興味は段々と報復から村の祭りへと移っていく。

「わしにはただのでっかい木になんであんな拝むんかわからん。」

「ごっつい桜が咲くから、いい。」

「綺麗よねぇ...ま、景色で腹が脹れるかって言われたらそれまでだけど。」

「そうじゃ。見たって腹いっぱいにはならん。

じゃから大人たちが見ながら食うんじゃろ。」

 

「...」

「なんじゃみつ姉いきなりだまってニヤニヤしよってからに。」

 

「思いついちゃったのよ。アタシらがスッキリして、周りに立つ鳥跡を濁しまくるイタズラが。」

「なんぞそれ。」

「祭りよ!」

 密芽はザッと足元の草木を踏み締め、2つのお面を2人に差し出しながら立ち上がった。

 

 

 

 それから数日経ち、村はとある祭りの準備で活気立っていた。

 開けた場所には櫓が立ち、櫓を中心に提灯が吊るされ、提灯達は自らが照らす騒がしい夜を待っている。

 

 あくせくと櫓にものを運ぶ大人も入れば、ひと足早く酒を汲んで呑み交わす大人もいる。

 しかして、大人達の『祭り』を行う事という目的は達成されつつあった。

 

 既に日は傾き、肌を焼く日差しは空を橙色に染める事に収まった時間。

 これから数刻すれば、太鼓の音と共に祭囃子を鳴らしながら開催されるだろう。

 大人は祭りの準備を行う中、子ども達は退屈そうに歩く。

 この祭りの参加者はどれだけいっても大人であり、子供にはただのつまらない時間でしかなかった。

 

そこにあるのは櫓の対面に大きく伸び佇む『木を祀った』という名目。

子供たちにとってはそんな名目は退屈の一言に尽きる。

子供達には許されぬ本日限りの無秩序無礼講。

大人達の霊木祭は、行われようとしている。

 しかし、大人達がザワザワと何かが違う事に気づきざわめき経ち始めた。

 祭りの始まりを告げる花火が上がらずに、自分たちの気分の羽目を外すタイミングを測りかねているのだ。少人数はそんなことお構い無しに酒を浴びているが気の所為だ。

 

 

 

 

「大人って馬鹿だよねぇ。周りのことなーんにも見てないんだもの。」

「自分たちの祭りが、既にハチャメチャになってることに気づいてないんだからな。」

「ワシらの事もなーんもわかっちょらん。」

 

 ざわめく大人たちは無邪気に煽る子供の声の聞こえる方へと顔を向ける。

 全ての顔は櫓の屋根の上を向き、天から伸びる3つの影の姿を捉えた。

 

「こんばんは暇で退屈な大人たち!

今日は祭りで皆ウハウハなんでしょ?」

「その割にはそこまで楽しんでいそうにないぞ。」

「ほんまじゃ。皆してつまらんシケたツラしちょる。」

 その子供達は少女らしき子が小面の面を2人の少年は天狗の面と童子の面を口元部分を隠さずに付けていた。

 

 村の大人も子供の頃にその親や住民に教わった御伽噺にもならない伝承。

 多くの者が与太話と笑い話と一蹴し、恐れることすら忘れた者たち。

 

一様にその伝承を頭から思い出し、

妖だ。

 そう皆が想像した。

 

「あたしは腹が立つの!アンタ達だけがお酒とつまみで気分良くイベントに参加してる事!」

「大人のお楽しみを子供は指くわえて見てろってか。」

「心底腹の立つ行事じゃ!」

 

「だからね、アタシらちょっとした遊びを仕掛けることにしたの。」

 

「山の神社の神主の宝物を俺たちはちょろまかしてきた。」

 

「わしらは、それをちょいとしたところに祀ってきたんじゃ。」

 

「そう。祀ったのよ。」

祀った。その一言で、大人の村人達の顔色がみるみるうちに変わっていった。

 

「大人の皆さまは大変よねぇ?

本来祀られるべき木を祀る儀式は出来ずに、別のものか祀られちゃったんだから。」

「見ろ。既に顔真っ赤なのと真っ青なのと真っ白なのに別れた。」

「ほー不細工な蓮の花じゃけぇ。笑えてしゃあないきに。」

 

 1連の話を聞いた大人達のざわつきは、

なんて事を、このバチあたりめ!

などという悲鳴と怒号に変わっていく。

 櫓に向かって、盃や石が投げ込まれコツンコツンと屋根に当たる音が悲鳴怒号の裏拍のように打ち込まれた。

 

「さて、退屈な貴方達にいい勝負を作ってあげる。」

「俺たちの祀った神主の宝物。」

「誰が見つけるかの競走じゃ!」

 ドドンと効果音がつきそうな宣言に、村人達は困惑した。

 何が目的なのかを誰も彼もが理解出来ず、投げ入れる手頃なものもなくなり、櫓の妖共の言葉を聞くしか無かった。

 

「大人のお前らは金策かけた大競走。」

「子供のわしらは、おもちゃかもしれんお宝探しの参加者じゃ。」

「大人も子供もキチンと平等な公平な勝負よ?」

クスクスと笑う妖達は、高らかに村民を宝探しを宣言し、

「「「妖からの挑戦状。しかとその身で受け付けたまえ。」」」

 

 妖怪達の笑い声をきっかけに半ばパニック気味に人々が宝探しへと駆り立てていった。

 

 

 

 

 

 大人も子供も狂乱しながらの宝探しは、辺りを汚し散らかしながらも進み、宝は見つかった。

 

 

そう。器用に飾り付けられ、大木の真ん中で

提灯に照らされながら、神主のヅラがあった。

 

 村の全てを巻き込んで行われた宝探しの宝は、ただのヅラだった。

 

話は少し遡る。

祭りの喧騒から少し上にある神社。

 そこは、櫛野宮の娘の住処でもあり、悪ガキ達の出没場所のひとつでもあった。

『...今日くらいはあのクソガキ共は来んじゃろう...』

 

箒を片手に喧騒を上から眺める老人。

『毎度毎度荒らしていきおって...お嬢様もなぜあのような低俗な者共と...』

 ブツブツと1人で小言を吐いていると、少女が歩いてきた。

「...おお。蜜芽様!何様でございますか?」

「ねぇ?祭りに持っていきたいものがあるの!」

「はい。なんなりと。蜜芽様のお願いならばなんでも聞きますとも!」

 

老人は蜜芽のおねだりを笑顔で受け入れている。

 

「ありがとう!」

 

 

 

「じゃ、それ貰ってくね!」

 そう言って、蜜芽は老人の頭に手を伸ばし、髪を引っ張る。髪は抵抗もなくさらりと頭から離れ、蜜芽は、老人のヅラを手に入れたのだった。

 

「...蜜芽さま?」

「じゃーねー!クソジジイ!」

 

「...あんのクソガキ共の仕業かァァァ!」

 

 鏡のように光を頭部で反射しながら、老人は激高した。

 

時は戻り、神主の宝がヅラだった。

その事実に気付いた村人達は口を揃えて、

『この妖共め!』

と憤慨し、怒りを爆発させた。

 宝探しに参加した子供達は、宝の中身に怒りはしたが、大人ほど苛烈なものではなかった。

 大半の子供たちは寧ろ、楽しみを与えてくれた彼らをありがたく思っていた。

 

 3匹の妖は大人たちをおちょくりながら、子供たちに楽しみを与えることを成功させたのだった。

 

「宝は見つけてくれたみたいね。」

「酒の入ったおぼつかない足で必死こいて駆け回る大人を見るのは中々に面白かった。」

「カカカッ!ヒーッ!ダメじゃ!笑い過ぎて腹が痛うてしゃあない!」

三者三様の反応をしながら彼らは再び現れた。

「あなたたちにアタシ達は何に見える?

子供?それとも妖?」

「子供と思うなら残念。」

「妖と思うてくれるなら万々歳ちゅうやつじゃ。」

 

妖を模した子供の後ろで、霊木祭の開始を告げる花火が上がる。

彼らは全てを

「それじゃ、祭りは返すわよ。

アタシらはさっさとどっかに消えるわ。」

「見つめて心をさらけ出す」

「飛んで散って目を散らす」

「煙で包んで目を眩ませる」

「アタシらの怖さ思い出してくれたかしら?」

クスクス笑いながら彼らは怒りに燃えた人々を煽る。

 

「「「我らは百鬼夜行の妖に候。」」」

 

そう彼らは宣言し木々から木々へ飛び交い、気付けば物音ひとつもせずに、たった1つの紙切れを残して消えていった。

 

紙切れには、3つの色が混ざった人魂のような不気味な落書き。

覚えたての筆書きのように拙く少々崩れた字で、

「百鬼夜行」

そう書かれていた。

 

 

 

「どうよ!今回のイタズラは!」

「なんだかやりすぎた様にも感じるが...」

「ええんじゃええんじゃ!大人達が泡吹いとるのを見れたんじゃ!」

 

 お面をズラし、蜜芽、龍介、敦也達は成功させたイタズラの余韻を各々で大いに話し合う。

普段、気に入らない大人相手にからかい続けた大立ち回り。

そうして成した、退屈盗み。

3人の気分は、清々しいほどに晴れていた。

こうして、彼らの初陣は大成功を収めた。

笛を吹き、三味を鳴らして、少女が舞う。

そこに大人も酒も不要。

彼らの宴は、その夜の間中、どこまでも響き渡っていった。

 

 

 

記憶の再生は、そこで途切れる。

景色は暗転し、次に目を開いた時には、先ほどまでの自分の目線と地面との距離離れていた。

敦也は夢を見ていた様だった。

辺りはもう日が沈み、敦也自身の目の前には大きな大きな生命力溢れる大樹が、少量の月明かりに照らされながら、ただ風に揺られて佇んでいた。

そこに、誰の賑わいも感じない。

 

 霊木祭の一件。

それ以外にも行った数々のいたずら達が脳裏で瞬間的に過ぎていく。

自らが周囲を考えずに暴れれば暴れるほど、敦也たちを見る目は増えていった。

奇異の目、羨望の目。形は何であれ、存在を認識する者が増えた。

同じくらいの子供たちからはヒーローのように見られ、何故か後を付いて来るようになったりもした。

 その行いが良いか悪いかの判別を付けられる人間はもう限られているが、敦也にとってはどうでもいい事だった。

 その行いによって、作られた夢。

 その時間によって、作られた夢。

 その仲間によって、作られた夢。

「随分、懐かしいものを見せてくれますね。」

ため息交じりに、敦也は呟く。

 

「おまんは、どこまでわしに、夢を見せるつもりなんじゃ。」

 

 自然と口から零れた敦也の問いを、真正面の大樹は葉の擦れる音でかき消す。

まるで答えることを拒否するかのように。

 

「…黙って続きをみてろ。ちゅうことかい。」

 

木々の揺れは、一層激しくなる。

その音は、さらなる夢への子守歌。

ほんの少し冷える風を感じながら、敦也は再び夢に堕ちた。

敦也達の初陣の時のと同じ月の光を、狂おしいほどに、美しい月の木漏れ日を浴びながら。

 

 

 

 

 




 
櫛野宮 密芽
3人組の一番上。
当時7歳の白髪赤目の活発な女の子。
いい着物を着ながら裸足で駆け回る。
明るい、いいとこの家のちょっと我の強い女の子。
小面の面を手に取ったのはこの娘。

海野 龍介
当時7歳の次男坊的立ち位置。
密芽のいたずらをやり切ろうとするしっかり者。
木登りが一番得意で、早い登り方を2人に教えたうえで木の上で一番俊敏。
天狗の面を手に取ったのはこの少年。

瀬文 敦也
当時7歳の悪ガキ3人組の一番下。
話し方が幼く、めちゃくちゃ訛っている。
ほぼどっかのイゾーさんになっちゃった。
童子の面を手に取ったのはこの少年。

神社の老人
ハゲた。
櫛野宮に仕えるジジイ。
ヅラを祀り上げられた。かわいそう。

この百鬼夜行のこの3人、年の違わない子供です。
噓みたいだろ?この時点で全員7歳なんだぜ。
どうでもいいけど、小説書いていらっしゃる他の方々
自分のマイページにTwitterリンクとか貼ってないけど、自分の方が異端なんすかね。
評価と感想お待ちしております。
気軽に書いていいと思ってるんであれ。


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7. 捜索 美学 八咫坊主(やたぼうず)

何やかんや閑話を合わせて9話目です。
7話なのに8なんてつけちゃった分かりずらいですね。
失踪した敦也の手がかりを探す話です。
今回は短めです。どうぞ。


 瀬文敦也という人間は、高校二年生16歳の少年である。

 

 普段保健室登校を繰り返すが、成績に傷のない不思議な生徒である。

 瀬文敦也とはサングラスをかけていること以外、学校生活において特に目立つ行動をとることのない普通の生徒である。

 よく笑い、よく食べ、よく寝るいたって普通の成長中の少年でである。

 

 

 探究部という部活がある。

 

 曰く、探究部とは、高校の噂を纏め上げる怪物である。

 曰く、探究部とは、人の秘密を抜き取る悪魔である。

 曰く、探究部とは、噂の正誤を確かめることのできる万能である。

 曰く、探究部とは、秘密を悪用するものに制裁を下す番人である。

 曰く、曰く、曰く。

探究部の噂は、良くも悪くも種類がある。

 しかし、その部活を運営する正体については、不気味なほどに何の噂もたつことがない。

 運営する人間の努力の賜物で、自身に関する噂のみ流れることのないように管理しているのか、流れる噂通りに人外故に成せる技なのか。

 どちらにしろ、運営する人間について何もわからない。

故に、探究部は都市伝説として君臨している。

 

 これからも、ソレは【正体不明】として存在するはずであった。

 ある日、学校に摩訶不思議な噂が蔓延った。

都心を飛び交う天狗についての噂。

 その正体が、探究部の人間であるという噂だった。

 生徒たちは、そんなことあるはずがないだろうと一蹴した。

 どうせ、その日のうちに都市伝説がそんな噂を食べに来るだろうと思い、特に気に留めなかった。

 1日、2日、3日。

 どれ程経とうが、その噂が消えることはなく、換気されることなく残り続ける黒煙のように残り続けた。

 いつもなら、影も形もなく消える噂のはずなのに、なぜか消えない荒唐無稽な噂に生徒たちは当然疑問に思った。

 探究部の扉まで、勇敢にも足を運んだ者が何人かおり、その者たちの前に立つ扉には、このようなことが書かれた札がかけられていた。

『其の噂、事実。無論、来客以外立ち入り禁止。』

その扉の鍵は、開いていた。

 

 

 

 

『私、最近聞いた美学なるものを調べ始めたんです。』

 

「美学?」

 

『えぇ美学。』

いつかの日常。

夕方近く、俺は敦也の部室に行き、いつものようにトランプ勝負を仕掛け、負けた時に敦也はそう言った。

『あぁ、別に広めようって訳じゃないんです。

ただ、今まで手の出してこなかった範囲の分野ですので。』

「意外だな。お前ならなんでも知っているものだと思っていたぞ。」

『私にだって知らない事くらいありますよ。

一応、人間なんで。』

いつも通り、目元の分からない顔ではあるが、口元は緩み笑みを浮かべている。

 

 

『いやぁ、中々色々とあるものですね。

滅びの美学に悪の美学』

「偏っているな。」

『だって主役の美学とか英雄の美学とか

そう言ったポジティブ方向の本、図書室に見当たらなかったんで。』

「それは探せていないだけだと思うがな。」

 

随分と暗い方向の本ばかり目に付いたようだ。

 

『とりわけ目を引いたのは、これですね。

破壊の美学ってヤツです。』

 そう言って、敦也の持っていた薄い本を指さした。

 

『他と比べてあまりしっかりとした定義はありませんが...というか滅びの美学の派生みたいなものですがね。』

「何故暗いものばかり目につけるんだろうなお前。」

『性格悪いからじゃないですか?』

「自分で言ってて悲しくならんのか?」

『めっちゃ悲しい。』

 

意外と、気にしているようだ。

 

『まぁ話を戻します。

例として、例えば巨大ロボットの中でロボ同士の戦いが起きているとしますよ。』

「あぁ。」

『戦いという事ですのでそれはまぁどっちかが倒れるわけじゃないですか。』

『この時、ロボットはどうなっていると思います?』

 

「...?ロボットが倒れているんじゃないのか?」

 

敦也から投げかけられた疑問に、俺はすんなりと答えることが出来た。

 

『そうですね。殴りあって、ボロボロになったロボットが立っています。』

「...何?」

『このロボの話が放送されてから、店にあるプラモが展示されたんです。

そのプラモは子供たちだけでなく多くの人間の心を掴みました。』

 

『先程の殴りあってロボットがボロボロ塗装されたものです。』

 

『長々と語りましたが、元々カッコイイものが激戦の末にボロボロになってたらよりカッコイイねって話です。』

 

「...破壊の美学というよりはそれはロボの美学なのでは無いか?」

『多分そうですね。』

『人は新品の綺麗な状態であるよりも、ある程度古く汚れていた方が良いって言う方もいるってことらしいです。それも多様性ってヤツなのかもしれませんね。』

 

「そうか。」

 

 どうやら俺の友はまた一つ、知識を身につけたようだ。

『という事で、車1台壊しに行きません?』

「絶対に嫌だ。」

 

...時たま勢い任せの行動をしかけることはあるが。

 

 

 

「…酷い。」

 

 

 司、類、寧々、そして不法侵入のえむが、校内の噂の動向を奇妙に感じ、探究部を訪れた時には、その部室は見るも無残に荒らされていた。

 

 噂の声を録音していた棚の箱はひっくり返され、音声データのSDカードやUSBメモリーは水に浸されており、その記録が未来永劫復元不可能にされていた。

 窓には暴言の数々が羅列した紙がビッシリと張られ、床にはもはや中身も見れないほどに塗りつぶされたプリントや普段敦也が活用していたトランプがくしゃくしゃになって散乱していた。

 

 

敦也の記録は、文字通り抹消されていたも同然だった。

 記録、というよりも敦也の痕跡は敦也の身につけていたサングラスの予備が、机の中に入っているだけで、それ以外に見つかることはなかった。

 

 

それ以外に、瀬文敦也の存在を確定させるものは、残っていなかった。

 

 

通話アプリでいくら連絡を取ろうと敦也に通話を繋げようとしようが、メッセージを送ろうが、返答はない。

 

『自分の心に、折り合いをつけるだけです。』

 

そう言ったのを最後に、敦也は姿を消した。

学校からも、司たちの前からも消した。

「折り合いをつける…いったい何にだ?」

 

 

「敦也くんに、前に聞いたことがあるの。」

 

えむは敦也と対面し、敦也について聞こうとしたときのことを話す。

「アタシね、敦也くんが無理をしているんじゃないのかなって聞いてみたの。」

「敦也が?一体何にだ?」

「敦也くんが、探究部で居続けること。」

「なっ…」

司は、えむから語られた敦也の言葉に絶句した。

普段の敦也からは想像のつかない事に

 

「…敦也君は、その時なんて言ったんだい?」

「『貴女の答えに必ず答える。

だから、それまで待っていてほしい』って。」

 

敦也の頼みを待つことにした。

その直後にこの惨状である。

だが、誰も責めるものはいなかった。

 

「司君。敦也くんは自分の心に折り合いをつけるって言っていたね?」

「あぁ。」

「多分だけど、敦也君は自分の過去を振り返ることにしたんじゃないかな。」

 

 類は、敦也の行動についての推測を語った。

 

「自分の、過去に?」

「敦也君には、過去に約束した2人との約束があるっていうのは、知っているかい?」

 

「【櫛野宮密芽】と、【海野 龍介】…」

司は、その2人の名前を口にした。

 他の者達もその名前を知っている。

 敦也が皆に語ってくれた、敦也が大事にしている者達だ。

 

「彼にとって、その二人との約束と、僕らとの約束、どちらを取るべきなのかを、

彼は見極めるために、どこかに消えたんじゃないのかな?」

その結論は、残酷なものだった。

 

「…俺は、結局何も知らないままでいなくてはならないのか…?」

「司…。」

 悔しさを滲ませる司の表情に、寧々は名前を呼ぶことしかできなかった。

「とりあえず、片づけてみようか。敦也くんにつながる手がかりのようなものが出てくるかもしれない。」

 類がそう言い、床に散乱したプリントを片付け始めた。

「…そうだな。」

 司も散乱した紙を纏め始めた。

 どこかに敦也につながる何かが残っていることを信じて。

 

 

 

「あったね、敦也の痕跡。」

寧々はぽつりと言葉を溢す。

 プリントを粗方片づけ、部室の床が見えてきたところで司たちは、敦也の残した痕跡を発見することが出来た。

「うん…でもこれって、」

 その痕跡は、プリントの下で静かに眠っていた瀬文敦也にしか、残すことのできないオーダーメイド。

 その正体にえむは言葉を失っている。

「敦也の、なのか。」

 時間が経ち、少し黒みがかった赤い線。

 司はその正体を分かってしまった。

「…恐らく、だけどね。」

 類がその正体を言葉にする。

 

 

 

 それは、瀬文敦也の血液によって書かれたメッセージだった。

 

 

【鶴を折れ。正体はその手の中に】

 敦也の残した言葉は、それだけだった。

 

「暗号、なんだろうが…」

「つるをおる…折鶴を作るってわけじゃないよね。」

 

 床に散らばっていたプリントはよく見れば折り目がついており、ここに来た者が血文字を読み実行しようとしたが、それを行ったところで何も起こらないことに気づき、どうでもよくなったのだろう。

 

 残された言葉よりも、この血を敦也が流したことに、4人は笑顔を忘れ、胸を痛ませた。

 敦也はこの言葉を文字通り身を削って自身の血を用いてまでして記した。

 なのに、その言葉の意味を汲み取ることが出来ない。

 敦也の決死の思いにこたえることが出来ない。

 友一人の言葉のをくみ取ることが出来ない。

 それが天馬司にとって、スターである以前に、信頼を置いてくれた友として、司は、たまらなく悔しかった。

他の3人もである。

 結局、全員煙に巻かれていたのだ。

 自分たちは、敦也のことについて何も知らない。

 知っていたとしても、それは敦也の吐いた夢幻と よく似た心地の良い虚構。

 後悔にも似た無力感が、辺りを漂った。

 

 司は、敦也の残したサングラスを手にしながら、無意識化に強く手を握りしめていた。

 片手だけではなく、両手ともにだ。

 

 

「司君!手、」

「っ!、」

 

 気付いた時には、手遅れになっていた。

当然、サングラスはピシリと音を立てて、レンズにヒビが入った。

「しまった、敦也のが、」

 敦也の残したサングラスは、視界を暗くするだけでなく、ひび割れによって出来た大量の稲妻を視界に走らせる機能が追加された。

 だが、誰もそれを喜ぶことはしなかった。

 その事に司が後悔や謝罪することよりも先に、寧々はある事に気づいた。

 

「ねぇ、そのサングラス、変じゃない?」

「何?」

 司が握りつぶした敦也のサングラスは、レンズはひび割れているが、それ以外の部分に外傷はない。

 寧々の指摘の通り、何処か違和感だけはあった。

「司君。ちょっと見せてくれないかい?」

 そう言って類が司の持つ壊れたサングラスよく観察し少しだけ考え込むような素振りの後、

 

「そういうことなのかい?」

 

何かの結論に至った。

 

「何かわかったの?」

「今から僕のいう考えを、聞いてくれるかい?」

 

 寧々が類に聞けば、類が含みのある言葉を他の3人に向けるが、3人は当然その言葉を信じた。

 

 その言葉をもって、類は自身の考えを言い始めた。

「眼鏡には部品ごとに名前があるんだ。」

「レンズや曲げる部分のヒンジとか。」

その中で眼鏡を支える棒の部分のことを、テンプルと言う。

この部分は、言い方を変えれば、【つる】になるんだ。」

 

「…まさか、」

「司君。そのサングラスを壊してみてくれないか。」

 

 そこまで言われ、司は指示の通りサングラスの片側のヒンジから【つる】と呼ばれた棒部分を外し、軽く力を入れて、棒を曲げた。

 司がそのまま力を入れて曲げ続けると、つるは意外にも簡単にパキンと音を立てて折れる。

 中には、小さな紙が入っていた。

 

 

 

 そこからしばらくして、場所は変わる。

 そこは敦也の住む事務所の前。

 司たちは、全員でそこに集まっていた。

 敦也のサングラスから出てきた紙には、この事務所の住所と一言が小さく添えられていた。

 

【友に託す】

 敦也の言葉にどんな意図があるのか、もう考える時間はなかった。

 考えるまでもない。そこに何を考えて書いたのかを考えるよりも、直接、会って話せばいい。

 

 ワンダーランズ×ショウタイムは、瀬文敦也が必要だと伝えるために。

 敦也の事務所のドアを開けるのだった。

 

 事務所の中には部室に続いて、またしても淡白なものだった。

 真っ白な部屋に人として最低限の衣類の入ったタンスが隅に置かれ、その横に布団がたたまれているだけ。

 人が生活していた跡が微かにしか見られない。

 そして、何よりも異常だったのは、

 

 

「案外、遅いもんだな。」

 

 

4階の事務所。

 窓に、下駄をはいた仮面の何者かが立っていた。相当な高さから、ひとっ飛びして登ってきたと言うのだろう。

 その仮面は、赤い天狗の仮面をかぶっており、格好は大きめの黒コートを着ており、窓の外側から吹く風に揺れて、まるでコートの余った部分が背中から翼が生えているかのように揺らめいていた。

 

「まずは、自己紹介からだ。」

 

「百鬼夜行筆頭 海野龍介。」

 

 仮面を外し、青黒い髪をかき上げながら、その不審者は名乗った。

 

 海野 龍介。

 過去に瀬文敦也と、夢を誓い合ったうちの一人だ。




うだうだと書いていたらアホみたいな文字数行ったので途中で切りました。

感想 評価の程良ければお願いします


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8.天狗からの挑戦状 又は侘び証文


中身はペラペラです。
ホントなら7話にくっつけるはずだったものです。
しかもそんなに長くないです。



「あんたたちを、待っていた。」

 その男は、窓の外側から吹く風に揺れて、コートを羽のように揺らめかせながら、そう言った。

海野 龍介。

 かつて敦也と村を駆け回り、数々のイタズラを敦也と共に行った、瀬文敦也という男の過去をこの中の誰よりも知る人物。

 その男が、司たちを待っていた。

 

 

「スターの卵にからくり技師、トラウマ持ちの歌姫にご令嬢か。中々の奇天烈集団だな。はちゃめちゃさという点だけは、俺らと同等の。」

 

 奇天烈なやつとは言われたくない。

 全員が目の前の男にだけは言われたくないと、喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 

 海野龍介のおかしなところは格好だけではない。

  どこまでも底冷えした、熱を持った言葉を発しているはずなのに、その言葉全てに温度がない。

 本性の掴めなさは敦也にだって共通していたが、此方はそれとはまた違う。

 こちらの海野龍介は此方に只々、興味がない。ハナから眼中にない。

 道端の石ころと同等に認識されているような、冷たさ。

 血の通っていないような冷たさ。

 どちらにせよ、この海野龍介という男も敦也と同じく、異常な部分があることには変わりなかった。

 

「そう身構えるな。あんた等と大して歳は違わない。」

「今のお前の恰好を警戒しない人間はいないと思うぞ。」

「そうか。なら体勢くらいは変えておこう。」

 

司の指摘に龍介を名乗った男は、そういうと窓の縁から降りて、床にあぐらをかいて座り込む。

その行動は一瞬。突風のように素早く、それでいて、一切無駄のない動き。

 まさしく、天狗の速さだった。

 

 

「これで、話位は出来るだろう。」

 第一印象から動作まで、全てがわからない。

何も見ていないように振る舞うし何も分からないように扱われる。

 それが、司たちから見た海野龍介という男だった。

 

「あなたは、敦也くんについて何か知っているんですか。」

「知っている。」

 

 えむの疑問に龍介は一切の顔色声色を変えずに答える。 

 

「お前たち、俺たちの頭領に用があるんだろう。」

 龍介はこの場所に来た司たちのことを見透かすように、否、すでに知っているかのように言った。

 

「残念ながらここにはいない。」

「なにせここまでのことは【決まって】いる。」

「部外者による部室の破壊。失踪後にお前たちがどうするか。

そうして繋いだ痕跡を頼りにここに来ること。

全部、うちの頭領の掌の上だ。」

 

 かき上げた髪と同じ青い目に一切の光を灯さず、目の前の来訪者に次の言葉を紡がせる前に、龍介の知る事実のみを突き付ける。

 

「なん」

「アンタは今何でそんな事が分かるんだ?

そう言おうとしたな。ヤツは全部俺に話してさっさとこの近辺から出ていった。」

 な、簡単だろ?と驚く間もなく、次々と龍介は息を吐くように事実という名の爆弾を軽く放り投げていく。

 

 

「予測でどこまで見通しているのか。

 理性による計算された予測なのか、本心による信頼で構築された予測なのか、そこの解釈は各々勝手にやれ。

俺は、打算の方だと思っている。」

 

大人である事にあそこまで突き抜けようとしているなら、それが妥当な結論だからな。」

 

 人間的な顔を一切見せずにただ淡々と己の考えを述べ終わると、

龍介はため息をはき、呆れたように持論をぼやいた。

 

 

「...あなたは、敦也くんとはどのような関係で?」

「盃交わした兄弟分。村を駆け抜けた同胞。過去を共有できる人間。これで充分か?」

 

 

類が畳み掛けるような龍介の言葉の合間を縫ってそう質問するが、すかさずに重い事実が返ってきた。

彼の言葉の羅列に、隙はない。

 

「さて、意味の無い問答はここまでにする。」

敦也は、ふわふわとして読めない人間であった。

掴めずとも、そこにはある程度の意図が見えていた。

それ故に、司たちは瀬文敦也という人間をその周りに留めておくことが出来ていた。

 

しかし、この海野 龍介という男は違う。

敦也とは違い、全ての言動に無駄がない。まるで歯車仕掛けの機械のように動いている。

 その有様は、意思なき人形のようにも見えた。

 

 

「俺は死人に等しい。

夢を持たない 心空っぽ伽藍堂で生きてるもんでな。」

 温度は相変わらず無いが、人間らしい台詞を吐きながら自虐を入れる。その瞳は何かを諦めた様な色が現れていた。

 

「それでも役目くらいはある。

ここでの俺の役目は1つ。

お前らを案内することだったが...事情が変わった。」

 

 「全部アツ坊の掌なのも癪なんでな。意地悪いことをさせてもらう。」

 

 今まで光の灯っていなかった龍介の瞳にギラリと光が灯った。死人の瞳に、空っぽの夜の心に、篝火が焚べられた。

 

「お前らに問う。お前達は何故瀬文敦也を求める?」

 

 

その質問は意外にも簡単なものだった。

 

「何故って...俺たちの友」

「違うな。」

司の言葉は、龍介によって遮られる。

「俺はあいつと違って、無意識だろうと、嘘をつかれるのは嫌いでな。」

 

はぁ、と一息ため息か、肺から漏れ出た空気の音のどちらかが室内に静かに響いた。

どちらにせよ、その音に込められた意味は、「落胆」だった。

 

「ここまで来て気付いていないとは言わせねぇぞ。」

 龍介の言葉に圧が加わった。

 

「お前らは、瀬文敦也という人間を何も知らない。客観的に見れば、お前達は他人に等しい。

だがお前達は親しき友だという。」

 

「お前たちのショーのメンバーでもない【他人】を、お前たちは何故追える?」

 

龍介の疑問は再び問われる。

その言葉には様々なモノが詰まっていた。

怒り、蔑み、恐れ、マイナスなものばかりではなく、期待も混ざっている。

 

俺から仲間を奪うのならば、それ相応の言葉を用意しろ。

 

そんな意が、込められていると4人は読み取れた。

 

 

「俺の言葉に答えるまで、お前たちに語ることは、一つもない。」

 その様子は、宝を守る番人。否、秘宝を守る天狗だった。

「僕は、」

「からくり技師か。」

類が、少し顔を曇らせながらも龍介の問いに対して、前に出た。

「僕も敦也君の真意をまだ読み取ることは出来ていません。」

 

 神代 類は、瀬文敦也の心の全てを正確には測り損ねた。

 しかし、瀬文敦也の心に表面だけであれど確かに触れている。

 

「だからと言って、僕は彼を【他人】として見て見ぬふりで終わらせるつもりは毛頭ない。」

 

類の考えが、龍介の視線を惹く。

その考えは敦也の奥底を触れかけた者だからこそ辿り着けた結論。

「私も、」

「歌姫。」

トラウマを抱えた歌姫が、言葉を紡ぐ。

 

「わたしだって、アレの事が一回でも100%分かったことはない。」

 

「でも、アイツが見せてくれた子どもの顔と景色まで嘘だなんて、私は思いたくない。」

草薙 寧々は敦也の事を隅から隅まで知っているつもりはない。

それでも、中身には多少なりとも少年の心を持つことぐらいは、見つけることが出来た。

 

 歌姫の声が 妖怪の耳を傾けさせる。

その言葉は、時折見せた敦也の無邪気さを知っている者だからこそ紡ぐことのできる言葉。

 

「ご令嬢。」

 「アタシね、敦也くんと約束したことがあるの。」

鳳 えむは、瀬文敦也の歪さに気付きながらも留まった。

だが、そうして悟れたからこそ、敦也と彼自身が自らのことをいつか話す事を約束した。

「敦也くんは約束を破らないって、私は信じてる。」

 

 令嬢の約束が、妖怪の興味を惹き付ける。

その約束は、敦也の事を見抜きながらも信じることのできる者だからこそ守れる誓い。

 

 「確かに、お前の言う通り俺たちは、敦也のことを何も知らないのかもしれない。」

 

 

 最後に口を開いた司の言葉を、冷えた目線で、しっかりと見据えながらも龍介は司の言葉を聞いた。

 「卵。」

 

「アイツが何かを隠して、俺たち全員に何もつかませないように嘘をついていたのかもしれない。」

 

「そうだっつってんだろ。」

「それでもだ。」

今度は司が、龍介の言葉を遮った。

 

「俺は、アイツと過ごした日々の全てが、ファン第2号の行いが嘘だとは、俺は思わない。」

 

天馬 司にとって瀬文敦也との初めての出会いは、良いものとは言えないものかもしれない。

 それでも、そこから積み重ねた日常の中で、行方不明の友人は司の事を知り、スターである司のファン2号として見守ることを決めた。

 そして、彼の口から、隣に立ちたいと言わせるまで、惚れこませた。

「俺は、敦也の嘘偽りない姿を知るために、信頼する友のために、俺のファンのために

瀬文 敦也という正体不明の妖怪を、仲間にする。」

気味の悪かった妖怪の目を奪ったスターの言葉が、龍介の心を動かした。

 

 

 裏に何があろうとも、誰に何を思われていようと、瀬文敦也という人間を信頼する。

だから我々には瀬文敦也が必要だと、手を伸ばしに行く。

 それが、ワンダーランズ×ショウタイム(奇天烈集団)の導き出した、答えであった。

 

 

彼らの答えに龍介は黙り込む。

 その表情は相変わらず類をもってしても読み取ることが出来ないが、司たちの答えに面食らっていることは確かだと言うのは何故かわかった。

 

「…カッ。」

 

一笑い。

 

カカカ…

 

大笑い。

 

カーカッカッカッカ!!!

 

高笑い。

 

 

 

司たちの理想じみた答えに、天狗(龍介)は嗤った。

「そうか!そうか!!

お前たちはそこまで信頼するか!!!!」

「嘘で塗り固まった男を!!そこまで信頼するか!!!」

 それでも、その答えは確かに、

全くもって、面白い。

 

番人の心を納得させるものだった。

 

先程までの高笑いが突如なりを潜めて無音になる。

「随分と輝かしいこと言うのだな。

奴の新たな友は。」

どこか羨むように、司たちを見た。

 

「ならば結構。俺はお前たちを認めよう。」

 

 

「これをやる約束でな。」

そう言って龍介は4枚のチケットと古びた紙を机に置いた。

「奴が大切というならば、さっさと向かう事をおすすめする。何せ時間は有限なものでな。

刻限は大体後3日程度。」

 

「どこまでも星であり続ける者達よ。

瀬文敦也を知ることがお前たちの知る瀬文敦也を取り戻す方法だ。」

「清濁併せ呑んで認めてこそ真なる仲間といえるんだな。」

「どこへ行くんだ?」

司が動き出した龍介に問いかける。

 

「役目を全うすることは村にいた時からとっくにもう飽きていてな。

こっからは自由に飛ばせてもらう。」

 

そう言って龍介は、再び窓を開け、縁に立つ。

 

「縁があれば再び会おう。

さらば、狼煙の火元を探す者たちよ。

我らが頭領は、朧の月夜で待っている。」

 

龍介は、飛び降りた。

4階の窓から、地に向かって。

 「な?!」

 司たちは当然驚き、窓の下を見るが龍介の姿は何処にもない。

 何処に行ったのか 何処に落ちてしまったのか、飛び降りた龍介を数秒探し、窓から顔を突き出して天を少し仰いだところで、

 

 

 

 

上空で風音混じりの声が聞こえた。

 

 

 

 

「阿呆が。天狗とは、空を翔ける妖だ。」

 

「地球さんを見たところで俺はいないんだよ。」

 

 

 

 

そこには翼を広げ、ビルを翔ける天狗の姿があった。

 

残された部屋には、チケット以外に一つあるものが増えていた。

 

子どもの書いたような崩れた字、しかし読めないわけではない。

そんな発展途上の字で、書かれた紙。

 

【しょーたい状 そう大しょう櫛野宮 密芽 代理一同】

 

敦也を辿る得体の知れない片道切符だった。

 

 

 

 

「お前の言う通り、道筋は与えたぞ。」

空飛ぶ妖怪は、携帯に向かって言葉を投げる。

通話の先の音は飛んで起こった風音で部外者に聞き取ることは出来ない。

 

「随分 信頼されているんだな。」

それほどないって。』

 

「お前があれらに惹かれるのも納得した。」

でしょう?』

 

「ここまでお膳立てしておいてやったが、お前に聞きたいことが増えた。」

何さ。

「とぼけるなよ。お前、迎えに来てもらうことが目的じゃねぇだろ。」

『…』

 

「お前、村で何するつもりだ?」

「俺はな、今のところお前が語った通りに事が進んでいて、正直恐ろしく感じている。」

「だから、ここでハッキリさせたい。お前、」

 

そんなに気になるならこればいいじゃん。

 

その言葉だけは、誰にでも聞こえるような声であっけらかんとした声で、はっきりと聞こえた。

次の言葉を言い返す前に、プツン、と通話は切れた。

 

空を翔ける足を止めた龍介は、怒りも呆れもできなかった。

 

「アツ坊。何がお前をそこまで変えた?」

 

路地裏で再会してから、今の電話まで、かつての兄弟分に感じた最大の疑問を口にした。

その言葉は、街にも、ましてや切れた通話越しにも、誰の耳にも届かず、静かに肌を冷やす風音に溶けていく。

風にたなびく翼の下から見える背中には、

 

大きなやけど跡と、小さく不格好な歪な人魂の印が入っていた。

 

 

 

舞台は変わって、別の場所。

「ねぇ。IA。」

「うん。ミク。」

 

祭囃子の鳴り止まぬ騒々しい夜の中、2人の少女が名前を呼び合う。

 

「そろそろだね。」

「もうすぐだよ。」

 

2人の少女は待ちわびていた。

 

「敦也の想いが、ようやく伝わるね」

「敦也の心が、ようやく見られる。」

 

騒々しさの中に消えては紡がれる言葉。

 

「大人で隠した自由な心。」

「理性で覆った敦也の心。」

 

「あの子が前を向ける夢。」

「あの子が苦しむことのない物語。」

 

バタン、何かの倒れる音。

カチリと何かの押される音。

その直後、先ほどまで響いていた騒々しい音がピタリと止んだ。

 

「頑張って。IA。」

「わかってるってば。ミク。」

 

セカイの様子はガラリと変わった。

自然も提灯の明かりもない暗いセカイ。

暗い暗い夜の訪れたセカイ。

そのセカイは決して現れることの無いセカイ。

 

そのセカイに新たに表れたのは、ただ一つの扉。

錠前のかかった扉一つ。

 

 

扉の鍵は、既にあるべきものの元に。

 




Q.お前なにしてたん?
A.メンタルブレイクと免許取りに行ってた。

それと次回から架空イベントってやつをやります。
底辺小説のくせに何言うてんの?
と、思うかもしれませんでしょうが、お許しください。

感想、評価、お気に入りのほどよろしくお願いします。
ホントに気軽に色々押したり書いたりしてみてください。


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煙る縁(えにし)の先までも 前編

架空イベントです
オリ展開のバーゲンセールです
どうぞ


ガサリ、ガサリと、木漏れ日を身に受けながら、1人の少年が木々を抜けていく。

 

ツタの伸びた廃墟、草木の生い茂った民家。

途中まで掴みやすく枝を切られている木々。

 

その少年は、その全てに心当たりがあった。

 

それらが機能していたのもはるか昔の記憶の中。

 

今、少年にとってこの場所に限っては、まったく意味のなさない記憶だ。

 

1歩踏みしめる度に浮かんでくる思い出の残滓。

二度と追体験出来ることが無い思い出。

 

これからの話は夢も希望のへったくれもない話。

 

私の、 思い出(呪い)の話だ。

 

煙る縁の先までも 

 

 

 

1話 ようこそ ふるさとむら

 

 

 

 

鬱蒼と生い茂り、伸びきった木々が風で揺れる。

その風が自然特有の青い匂いを涼しさと共に届けに来る。

都会に住む彼等にとっては、中々感じることの出来ない感覚だ。

 

「ここが、敦也のいる場所。」

 

司達は電車で揺られバスで揺られ、長い時間をかけて、この場所に辿り着いた。

 

 

自分たちの知らない敦也の過ごした時間が残っている村。

その村の入り口に、彼らは立っていた。

 

「いるんだよね。ここに敦也くんが。」

えむがどこか据わった視線で入り口を見つめる。

「龍介君の話を信じるなら、そうだね。」

「…言っちゃ悪いけど、不気味…。」

日差しは照り付けているのになぜか涼しい。

そんな状況に、寧々はどこかなれない様子だった。

 

「不気味で悪かったな。」

 

不意に後ろから声が掛かった。

その声はつい最近圧をかけられながらも全員が聞いたことのある声。

 

「海野、龍介。」

「龍介でいい。」

敦也の隠した秘密の番人であった、龍介だった。

だが、その恰好は事務所で会った時とは違っている。

前回は黒コートで身を包み、コートの余りを翼のようにたなびかせていたが、今回はがらりと変わった。

その身体は、前とは打って変わり露草色(つゆくさいろ)の薄い着物で仕立てられ、どこか幕末を駆け抜けた集団を彷彿とさせた。

 

「後ろダサっ。」

「それを言うな。」

 

背中には黒い翼の刺繍が施されている為、台無しではあるが。

 

「で、何故ここにいるんだ。」

「アツ坊も里帰りしているのに俺がしないわけないだろう。」

「ホントは?」

 

「俺が、お前らの案内人だ。」

龍介は自分を指さし、そう名乗った。

「案内人?龍介さんが?」

 

「おや?いいのかい?盛大に送りだしてくれた手前だけれども」

「別に。対価が自らの尊厳程度ならそれは俺に対して対価にならん。」

「何言ってんの?」

 

「別にどうでもいいことだ。覚えておくことはお前たちを送ってやるってことだけだ。理解したか?歌姫。」

「…なんか腹立つ。」

 

寧々のぼやきに返事をした後、司たちの前にある入り口に龍介は進んでいった。

 

「さっさと来い。置いていくぞ。」

司も類もえむも寧々も、その背中を見失わないようにその後を追うように開いた入り口に向かう。

奇天烈集団に限定的だが、同行人が加わり、不思議な道のりになった。

 

「海野君は、どうしてそんな恰好を?」

「百鬼夜行の面子が、何かしらの節目を迎えようとしている。

それに対して礼服で迎えるのは、変か?」

「少なくとも僕の知る中でそんな礼服はないよ。」

「子気味良いな錬金術師。」

道中の会話は意外と弾んでる。

 

「龍介さんはどうして天狗って言ってるの?」

「親しい人が自分をよくそう言ってくれてな。ご令嬢も、大切な人からの贈り物は大切にするだろう?」

 

「結局、何故百鬼夜行を名乗ったんだ?」

「うちの総大将がな、自分の家の蔵からよくわからん絵巻を持ってきて見せてくれてな。

それを俺たちみんな目を輝かせて解読したよ。」

「そこに乗ってた昔いたって生き物を俺たちみんなして気に入ってよ。

そこで、俺たちはその絵巻に載っていた生き物を名乗るようになったのが始まりだな。」

 

「運命の出会いみたいだな。」

「なんもかんも排除して娯楽なんてない中で見つけたものだから、そうとも言えるな。」

龍介は、相変わらず温度のない声色で類、えむ、司の問いに答えていく。

寧々はその様子を黙って聞きながら、龍介の背中をじっと見ていた。

5人は都会のコンクリートの地面ではなく、土の地面を踏みながら奥へ奥へと進む。

そうして進んでいくと、あるものが目前に現れた。

 

白い縄が絞められた大きな木。

しかし道を囲うように生えていた木とは違い、どこか涼しいものが首筋を突き抜けるような雰囲気を感じさせる。

 

「待たせたな。待ち焦がれた感動のご対面だ。」

大木の下には、自分たちの見知った姿があった。

 

「「「「敦也(くん)(君)!!!」」」」

サングラスを外し、眼を瞑り、静かに正座で佇んでいた。

「安心しろ。死んではいない。深ーく寝てるだけだ。」

龍介は敦也の元に向かおうとする4人を静止し、そう言った 

「でも!」

「下手に動かせば一生このままだ。手遅れになる一歩手前にお前らは間に合った。

それに気付け。」

「俺に、これ以上何かを失わせる気か。」

 

龍介の言葉は今までのどの言葉よりも冷たく重く4人にのしかかってきた。

 

「じゃあどうするんですか?」

「ここまでは目録通り。奴もここからは賭けだ。」

 

類が最大限言いたい事喉に絞り込んだ言葉を龍介にぶつけるが龍介はこれに答える。

「言っただろう。俺が案内人だと。」

 

「百鬼夜行頭領 瀬文敦也の案内人としての仕事を始めさせてもらう。」

 

突然、大木の前で龍介はそう宣言し、自身の肩に背負っていた袋を下げ、あるものを取り出す。

 

「…三味線?」

「密芽の商売道具が舞。アツ坊は笛。俺のはこいつだ。」

えむの言葉に龍介は詳しく答えた。

その三味線は漆の深い紅で塗られており、天神から伸びた紐にはくすんだ蒼の勾玉と、月白の勾玉が括り付けられている。

 

「では、改めて、ようこそ我らが故郷に。

そして、歓迎しよう頭領の友よ。

百鬼夜行筆頭海野龍介。夢の果てまでお供しよう。」

 

三味を構えた龍介は、司たちにそう宣言する。

「此れより鳴らすは夢の鍵。」

 

べん、と一音弦を弾く。

「我等の夢見た景色の鍵。」

 

べべん、と二つ鳴らして旋律を起こす。

「即ち【セカイ】」

「!?」

 

 龍介が司たちにとって思いもしなかった単語を口にした。

「セカイ?まさかお前は」

 

 ふぅ、と肺の空気を一つ残らず龍介は吐き出す。

 

「奏でよう。この心砕けるまで。

捧げよう。この身朽ち果てるまで。」

 

 そして3つ。妖怪の心が暴れだした。

そこからは、妖怪の独奏だった。

 繋げた音は旋律に。紡いだ旋律は曲に化けていく。

音が空気に触れるたび、風がざらつく。

風が吹くたび、木々がガサガサと音色に相槌を打つ。

 弾いた弦に呼応するように風が吹き、落ちた木の葉と桃色の花びらが宙を舞う。

 気付けばその葉は、龍介と司たちを、皆と自分を隔てるように舞い始めた。

まるで風を操っているその姿。

まさしく、山を司る大天狗そのものだった。

 

 次第にかき鳴らされている三味の音は大きくなる。

 鳴らされる音色に、いつか聞いた笛の音色と同じく、どこか懐かしさを感じる音色。

 音に比例して徐々に司たちの視界が白く塗りつぶされていく。

 その感覚は、セカイに行く時と同じ感覚をしていた。

 

 

 

2話 ここは夢見のうちょうてん

 

「…ここは?」

先ほどまで一緒にいた3人は居らず、いるのは司だけだった。

 

「…あの感覚…セカイに入った時のようだった…。」

 

 司は龍介の独奏から、今に至るまでで感じた感覚の既視感に気づいたようだった。

次に導き出される疑問は、ここはセカイなのか?ということ。

 司が目にしている光景は、先ほどまでいた場所とさほど変化のない光景である。

 

 しかし、さっきよりも明るい。

 

 雲一つない肌を焦がす日照りの日差し。

どこか現実みのない空。

 まるで誰かの記憶から引っ張り出されたような青の澄む淡い色の空。

変わらず青々と並ぶ木々。

 

 どこか、先ほどまでの景色とは感覚的に何かが違うことを司は感じた。

 

そして、一番の違和感は、

 

「目線が下がっている…?」

 自分の視点が下がっていることだった。

いや、まさか、そんなことが?

 司の頭に一つの考えが浮かんでいる。

近くの川で自分の姿を見てみる。

 

 

 

「オレが小さくなっている…??」

 

 そこには、幼い自らの姿が映っていた。

 状況が次々に変わっていく中、ガサリと川沿いの木々が揺れ、人影が落ちてきた。

 その人影は、黒い髪の少年だった。

 ぶかぶかの羽織を地面に引きずりながら、こちらを見た。

 

 

「ん?なんじゃおまん。ここらじゃ見んやっちゃの。」

 

 声変わりのしていないその黒い髪の少年は、不思議そうに此方に声をかけてくる。

 

「なんじゃおまん。道に迷うたんか?」

「俺の他にもいたんだが、はぐれてしまった。」

「そうけ。んじゃ、わかりやすい所まで行くきに!」

 

 少年は少し唸って集合場所を考える。

 

「木に行けば分かるけ。おまん名前は?」

「当たりまえじゃろ。これから送るやつの名前がわからんのはなんかもやもやするんじゃ。」

「天馬 司だ。」

「司け。よう覚えとくわ。」

「君は?」

 

「ワシはアツヤ。百鬼夜行とうりょうの

瀬文 敦也じゃ。よろしゅうたのむわ。」

 

 小さな少年は、司にとって馴染みのある名を言った。

「敦也?!」

「なんじゃ。わしのことを知っとるんか。」

 

 しかし、言葉遣いも見た目のなにもが記憶の中の敦也に結びつかない。

 不思議に司が頭を捻っていると、

「つかさぁ!置いてかれたいんか!」

いつの間にか敦也と名乗る子は遠くに行っている。

 

「おまんまた迷子になるんか?さっさとついてきぃ!」

司はとにかく、その子の背中を追うことにしたのだった。

 

 

 

 

 4人は龍介の演舞によって不思議な場所へと迷い込むことになった。

 司はその場所で、敦也を名乗る少年と出会い、彼に連れられることになった。

 

他の3人も同じだった。

 

類が目を開けると、そこは先ほどと同じような景色ではあったが類の前にあるべきものがなかった。

「大木と敦也くんがいない…?」

 そのことに気づき、類が辺りを見渡すと、そこから見える景色は先ほどまでいた場所から少し移動していることが分かった。

「でも、ここは一体?」

龍介の儀式めいた言葉の中にセカイ、という単語が入ったことに引っかかりを覚える。

 セカイについての考察をするために自らの携帯で自分たちのセカイとの連絡を取るために、ポケットに手を入れようとしたところで自分の身体の異変に気付く。

 

「…おや?」

自分の身体が縮んでいる。

格好も、来ていた服ではなく、幼少期に来ていた服になっている。

 

「だれだ。」

 

 不意に、自分より上から声がした。

 類が上を向くと、そこには赤い天狗の面をした今の自分と背丈の変わらぬ少年が木の枝の上に立っていた。

類はその姿、というよりもその面に見覚えがあった。

 

「…龍介君?」

「おれを知っているようだな。だけど、おれはお前のことを知らない。」

 面越しの声は、くぐもっているが自分たちが聞いた声よりも幼い。

 しかし、目の前にある情報は上の少年が龍介であることは真実であると言っている。

 

「どういうことなんだ…?」

「こっちが言いたい。なぜ俺を知っている?…待て、お前、クビにかけているそれだ。見せろ。」

そう言うと、ちび龍介は木から降り、類の首にかかったものを見る。

それは、かつて敦也が類に渡した紫の勾玉が、ネックレスのようにかかっていた。

 

「アツ坊のきゃくじんだったか。おそらくまよったんだろう?」

「う、うん。そうなんだ。」

手がかりのない状態で、この場に放置されるのはよろしくないと考え、類は龍介の話に合わせることにした。

 

「ついてこい。どうせあいつは木の近くにいる。そこまで連れて行ってやる。」

「ありがとう。」

こうして、類は龍介に連れられ、自らのいる不思議な場所を歩くことになった。

司君は、えむ君は、寧々は大丈夫だろうか。

類の心は穏やかなものではなかった。

 

 

 

「ここって、さっきの場所…?」

 

 寧々は、龍介の演舞の後、目の前に広がった光景にほんの少しだけ既視感を覚えた。

 緑生い茂る光景ではあるものの、先ほどまで通ってきた道の名残がこの場所にはあった。

 

「さっき龍介はセカイって、言ってたから、ここって。」

 そこまで思考が回ったところで後ろの草むらがガサリ!と大きく揺れた。

 何が来るのかと身構え、もう一度草むらが大きく揺れ、その正体が明らかになる。

 

「あっ!人に会えた!」

 

そこから現れたのは、桃色の髪に葉をのせた自分の見知った姿より少し幼い人物だった。

 

「…えむ?」

「寧々ちゃん!?寧々ちゃん小さくなってるよ?」

「え?」

 

 そうして自分の身体を見てみると、そこで自分も幼い姿になっていることに気づいた。

「…どういうこと?」

 

「龍介さんの三味線を聞いてたら葉っぱがぶわー!ってなったよね?

それで気づいたらみんないなくなってるし、ちっちゃくなっちゃったから、いろんなところに行ってみんなの事探してみたの!」

 

「そしたらね!女の子に会ったの!」

 

「アンタねぇ、人探しだからって速すぎるわ。うちのタツ坊といい勝負よ?」

 

 そうして次に草むらから現れたのは小面を被った今の自分たちと同じ程の背丈をした白い髪の女の子だった。

 

「…あなたは?」

「この人ね?敦也くんのことも知ってたよ!」

「…もしかして、」

 

「なに?アンタもアツ坊の友だち?あたしにだまってこんな友だち作っちゃうんだから、あいつもたらしだねぇ。」

「いや、そういうのじゃ」

 

面の少女は腰に紐で括り付けられた月白の勾玉を揺らしながら、仮面を外してニヤついた。

 

「アタシの名前を言ってなかったね。アタシは櫛野宮 密芽。

大人も黙る百鬼夜行 総だいしょう 櫛野宮 密芽よ!」

 

 そうして放たれた言葉は、二人がここ最近で2度も3度も聞いた団体名。

 その少女が名乗った名前は、瀬文敦也の3人目の友の名前だった。

「密芽…ちゃん?」

 

「敦也くんのお友達の?!」

「そうよ!なんだ、アツ坊から聞いてたのね。」

 

「敦也くんが大変なの!会えたと思ったら、木の下でぐったりしてて!」

 えむが、先ほど見た敦也の状態を密芽に急いで話始めた。

「それで、そっちに行こうとしたら、いきなり場所が変わってここに…」

「…アンタ達、アツ坊が寝てた木ってでっかくて白い縄ついてたりした?」

 

 それらの事を聞いた密芽の言葉に二人はうなずく。

 すると、密芽の赤い瞳が少し見開かれる。

 

「だったらこっから遠いね…案内する。というかアタシも行くよ。」

「大事な友達が死にかけてんのに救いに行かない薄情者になるつもりはないのよ!

ほらついてきなさい!」

 そうして密芽は走り出す。二人はその後を遅れてだが、追いかけることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っていたよ。あなた達が敦也の言っていた人たちだね。」

 こうして、不思議な場所に誘われた4人は、再び集まる。

その脇には、この場においては小さな頼れる妖怪を連れて。

 その木の前には自分たちの知る瀬文敦也の姿はない。

そこにいたのは、着物を着たベージュがかった灰色の髪の少女。

「まわりくどい事をしてごめんなさい。」

灰色の少女は小さな4人に頭を下げる。

 

 

「夢の主は、子供が遊ぶ姿が好きみたい。だからあなた達を小さい姿にしたの。」

「あなた達を連れてきた子たちはも、夢が見せる幻。」

気付けば、自分たちを案内した妖怪の3人はそこから消えている。

 

「私は、IA。このセカイ、ううん。この夢の語り手よ。」

その少女は微笑む。

その笑顔に様々なものを含ませながら。

 謀を仕組んだ者は未だ眠る。

その真意を自らと共に心の奥底に沈めたまま。

 

 

 

 

case ?

 

 

 私の生まれ育った村は、都心から離れた辺鄙な田舎村だ。

農地があり、木々に囲まれ、根付いた人々が営みを続ける、ごく普通の村だ。

私の記憶の始まりは、そんな村での出会いから始まる。

幼い私の村での役割は、亡くなった方の看取り。

命の最期を、笛の音色で見送る役割。

命の終わりを安らかに、後悔せずに三途の川を渡らせる。

人々は皆、満足して渡っていく(逝っていく)

 

 そんな夢のない暗い平坦な日常が壊れた瞬間は、よく覚えている。

6歳の頃の夏だ。

いつものように、人の死に目に立っては笛を吹く。役割が終われば、あとは残された家族の時間。

 部外者の自分は、森で一人見送るのみ。

そうして、その日も自らの役割を終え、森の中で一人で見送っている時に、彼女は現われた。

 

『くらい顔しちゃってさ、こっちまでくらくなっちゃいそうよ。』

 

傍らには、自分と同じくらいの男の子を連れて、木の上からこっちに向かって話してきた。

 

『だれじゃおまんら。』

『こいつあれだ。笛吹きの。』

『あぁ!おじさまの死んじゃう時に来たあの能面つらの子ね!』

 

 どうしてこう、私のファーストコンタクトってこう良いものにならないんでしょうね。司の時もですけれども。

 何かしらの偏見から入るのはもうこの時からの運命みたいなものだったのかもしれませんが。

それはそれとして、その時の彼らには見覚えなんてありませんでした。

 正直毎日のように笛を吹きまわっているものですから、いちいち一家庭の事なんか覚えていられないので、当然こちらも覚えていません。

 だけど、会って早々能面呼ばわりされるとは思いませんでしたよ。

 

『ようがないなら向こういけ。ひとりがええんじゃ。』

『なによ。つまらなさそうな顔しておいて。』

『かってにみよって、なんなんじゃおまんら。』

 

『知ってるわよ。アンタ、ずっとこれやってるって。』

『うちで吹いてたときから、ずーっと、アンタ』

 

『アンタ、ヒマでしかたないんでしょ?いっしょに遊ばない?』

 

 彼女からのあの口説きは、多分、永遠に忘れられませんよ。

 

case out.

 

 

「此れでいいんだろう?馬鹿野郎。」

龍介が三味打つ手を止めずに独り言を呟く。

目の前の男は、その言葉に答えることなく眼を瞑っている。

「言っても聞いてねぇか。」

 

『貴方、木に夢は見せられますか?』

 

「無理難題を言いやがる。」

三味の音が一瞬だけ歪む。

「チイッ!!!」

即座にその音をかき消すように三味の音を更にかき鳴らす。

 

(こっから体力勝負か)

 

滴る汗をだらだらと落としながら、心の中でぼやく。

「まだまだいける。」

既に4人を送ってから1時間以上は経っている。

彼は音楽を止めることはない。

 

「奴らの帰還まで、俺が繋ぐ。」

 

「なにがなんでも、やってやる。」

 

龍介の言葉は誰にも聞かれる事なく、音に圧し潰され消えていった。




散らかってますね。すみません。
オリキャラぱっと出てきてすぐ消えたけど、また出てきます。
あと二つ位書いてイベント終了です。
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煙る縁(えにし)の先までも 中編

杏ちゃんバナー走ってました。
3500位まで行って4000の称号もらいました

1月空く前に更新できました
多分自分書くの向いてないですヘタクソです
イベント話数的には3~5です


3.周り道の答案合わせ

 

「...全部話さなきゃ行けないわね。」

「まず、ココはセカイ...なのか?」

「いいえ。ココはセカイとは少し違うわ。」

司の問いに、IAは首を振る。

 

「あなた達はアツヤとリュウスケが繋いだ事でここに来れるようになったの。普通なら来ることは無い。」

どうにも煮え切らない少し外れた返答がIAからは返ってきた。

 

 

「...色々と聞きたいことがあるんだけれど、いいかい?」

 

司たちはIAに、問わなきゃいけないことがあった。

 

「ここはセカイでは無いと言ったね。

そうして、ここは夢に近いとも。」

 

類が、IAに向かって、一つ疑問を投げかける。

 

「コレは、敦也くんの夢なのかい?」

 

当然の事だが、類はいつになく真剣な視線でIAの方を見やる。

 

「半分は正解。」

「半分は...?」

 

IAの返答を類が反復するように呟く。

 

「ここは、この村に住んだ者たちの大小含めての思いによって形作られているの。」

「だけど、それだけじゃ足りない。」

 

IAは一呼吸ついて、意を決するように言葉を紡ぐ。

 

「...ここはね、あの子のセカイ。」

「...敦也か?」

「違う。」

 

司の答えにノータイムでIAは否定の返答をする。

 

「あの子はずっと、木と一緒に夢を見てるの。」

 

そう言ってIAは、木の前に立ち、ある物を取り出した。

「勾玉...?」

「この中には、あの子達の記憶が詰まっているの。」

「いわば、この勾玉はアツヤの想いの欠片。」

「アツヤはこれを切り離すことで、自分を保っていたわ。」

 

「切り離す...?」

「アツヤにとって、認めたくないものが詰まったもの。自分の後悔が詰まっている。」

 

司たちからはよく見えないが、手際良く勾玉に何かを行っている。

 

「アツヤはアソコにいる。」

そう言って、何かしらの準備のし終えた勾玉を手にIAは不自然に扉の付けられた木に向けて指を指す。

 

瞬間、奴空間が白黒に止まったかのような感覚を錯覚する。

えむだけはこの感覚に見覚えがあった。

その感覚は、いつだったか敦也の本心に手を触れかけた時のこと。

そうして、木の幹にジャラジャラと鎖が伸びていく。

木を一周囲むように巻かれた鎖は、ガシャン!と音を立てて錠前がかかった。

錠前は様々な色をしている。

金に近い黄色、薄い紫、薄く白みがかった黄緑、そして、桃色。

それらの錠前の色は、図らずか彼らの与えられた勾玉の色と、一致していた。

 

「...アタシ、これ知ってる。」

「あつや君に聞いた時に、出てきたやつと一緒の」

 

「この錠前は、貴方達にしか開けない。」

 

えむが自らの既視感を言葉にすると、IAは静かに語り出す。

 

「これは、アツヤが貴方達に用意した心の壁。」

「来て欲しい、だけど知られたくない。」

 

「矛盾したアツヤの想いが形になったもの。」

錠前は、敦也のどうしようもない矛盾で作られた彼ら来訪者に対しての壁。

 

「...どうすれば、開けるの?」

寧々が、作られてしまった錠前の開け方を聴く。

「本来は開けられない。」

 

「でも、ここまで来たってことは、貴方達は、見る覚悟があるのね。」

 

 

「だから、私がいる。」

えへん、と少し誇らしげに胸を張るIA。

 

「私が認めれば、錠前に対応する鍵は現れる。」

「ちょっと強引な手段なんだけれども、私もアツヤをそのままにはしておけない。」

「だから、これを知って欲しい。」

 

そう言い終えた所で、不意に自分達の持っていたあるものが光り始める。

それは、自分たちが敦也から貰った勾玉。

 

「万一の為にアツヤは貴方達にソレを渡した。」

「それは、貴方達の4つと私の1つ 合わせてひとつの記憶になる。」

「鍵は、アツヤとのつながり。」

 

「だから、この記憶を見て。」

 

光っていた各々の勾玉が更に光り輝く。

 

「大丈夫。私が責任もって、伝えるから。」

 

眩い光が大きく視界を覆う前に、IAは最後に誰かに対して、そう言ったのだった。

 

 

 

 

 4.クソガキ達の最悪な一日

 

 その日もなんてことの無い、いつも通りの強い日差しの中だった。

いつものようにミツ姉が突拍子も無い提案をして、タツ坊が止める。

わしはソレを止めながら、面白そうな方に着く。

 

わしは、この日常に引き込んだ二人に感謝している。

 きっと、わしがこの二人に引き込まれていなければ、今も何も感じずに笛を吹いて、見送っていただろう。

子どもとして、一つの楽しみも知らずに、ただ機械的に、つまらなく過ごしていた。

 二人に連れられるまで、わしは、かけっこなんて知らなかった。

 かくれんぼなんて知らなかった。祭りのひっかきまわし方なんて知らなかった。

 

 それらが、楽しいなんて、一切知らなかった。

 自分の役割の笛吹きをやることを嫌とは思っていない。

 だけど、わしは、二人に教えられた楽しみもやりたかった。

 

わしは、どうしたらよいのか。

 そんなことをミツ姉に零したこともあった。

『アンタバカね。そんなことでウジウジ悩んでたの?』

 こっちは真剣にどうしたらいいのかを決められないのに、鼻で笑われた。

『そんなの、その気持ちでやればいいのよ。』

 なんてことのないように、結論を出した。

『人生ってのは、その時の自分の気分や気持ちの優先の選択の連続なのよ。』

『難しく考えることなく、今のアンタがやりたいことやればいいのよ。』

 その言葉が、すんなりとわしの何かにストン、と落ちた気がした。

『で、アンタの気分はどうしたいのよ。』

 

わしの心は、決まっていた。

『笛を吹く。』

『そう。』

『じゃけど、ミツ姉たちともっと好き勝手もしたい。』

 

『わしゃ欲張りじゃろうか。ミツ姉。』

『そうね。最高の欲張り者よ。流石あたし達の弟分なだけはあるわ。』

 

 こうやって、ささいな悩みも解決した。

わしはどっちもやるように欲張ることに決めたんじゃ。

 ある時は、死に際の者を安らかに旅立たせる笛吹き人。

 ある時は2人の後を付いて、村のアレコレをかきまわす妖怪。

どっちもわしじゃ。それでいいんじゃ。

そう決めることが出来た。

 だから、こうやって、わしら3人がかけまわることがずっと出来ると思っとった。

 

 

 

 

『あ、アタシ今年の霊木の生贄だから。』

 

この世で1番聞きたくなかった、どうしようもない事実を、ミツ姉が明かすまでは。

 

 

 

4.クソガキ達の最悪な一日

 

 

 

『『...は?』』

当然、わしらは耳を疑った。

 

突然、じゃあ明日死ぬから。と言ったら誰だって反応できんじゃろ?

 

直前までミツ姉のやることにあーだこーだと反論していた龍介でさえ、言葉を失った。

 

『冗談にしては度がすぎるぞ。』

『...なんじゃ、ミツ姉。機嫌悪いんか?』

 

突然のカミングアウトに、どうやったって頭の処理は追いついてくれない。

追いついたところで、ミツ姉が今年の贄だという事を言った事を理解してしまうため、もう頭を使うことなんてしたくなかった。

 

『冗談でも、なんでもないわ。』

『明日の霊木の鎮魂、アタシが下に埋まるのよ。』

 

ミツ姉の言うことは、どこまでも残酷な真実だった。

 村の祀っている木は毎年その神秘なるものを保つ為に、ある程度の捧げ物が必要になっている。

 その年の作物、限界まで濾過され透明以上に透明な水、

 

 そして、その年の人柱だ。

 

 この人柱を知ったのは、昨年の事。

今年もやるのかななんて呑気に話していたら、ミツ姉が泣き出した。

 ミツ姉が泣く事なんて無かったからどうしたのかと思って聞けば、その年の贄は自分たちも世話になった近所のあねさんだった。

 

わしはそこで、村のおぞましさを知った気でいた。

 

 だが、どうすることも出来なかった。

わしらがそれを知ったのは、既に贄の儀が終わった後だったからだ。

気の毒だけど、仕方ない犠牲なんだ。

そう言い聞かせるしか、出来ることはなかった。

 

だが、それは間違いだった。

都合のいいことだとわし自身でも思うが、

初めてそこで、わしは怒りを覚えた。

誰が言い始めたのかもわからん得体の知れない木の為にミツ姉が犠牲になる?

わしらに百鬼夜行として、妖としての自分を与えてくれたミツ姉が犠牲になる?

わしの恩人が、犠牲になる?

ふざけるのも大概にしろ。

どこまで大人は勝手なんじゃ。

頭を回せば回すほど、これらを決定した大人に怒りの罵詈雑言が湧いてくる。

恥ずかしい事に、身内に牙を向かれて初めて反抗の気持ちが湧いたのだ。

そして、わしも龍介も立ち上がったはいいが、やる事は1つじゃった。

村の催事を執り行っている場所にカチコミをかけて、暴れ散らかすことしか無かった。

 

じゃが、結局それも上手くいかなかった。

そりゃそうじゃ。

 祭事の直前のなんだから警備だってガタイのいい大人が警備しているのは当たり前のことだ。

 何度も続けた祭事を子供の癇癪程度でどうにか出来るほど、甘くなかった。

 ガキの1人や2人が何を喚こうが、大人からすれば、蚊が飛んでいるようなもの。

それでもやることはした。

 腕が折れようが、足が折れようが、みっともなく泣き喚こうが、暴れる事だけは止めなかった。

 タツ坊なんて、不意打ちで股蹴り上げて大人1人倒しとるからな。

ワシもボロボロになりながら、大人のようわからん部分に噛みついた。

 

長くは続けられなかった。

 龍介もわしも、色の変わるほど熱された焼きごてでぶん殴られ、背中に当てられたり、その後は村の儀式が終わるまで牢にぶち込まれた。

 正直、やられたことの内容は覚えてない。

 

そうして、気が付いて、外に出てボロボロのわしらの目に一番最初に飛び込んできたのは、

クソったれな儀式がとうに終わり、霊木に捧げられた四角い木箱だった。

うそじゃ。嫌じゃ。嫌だ。そんなの嘘だ。嘘じゃ。

いいわけがない。そないなことあっていいわけがない。

 

わしは、その中身をわかってしまう。

わかって、しまった。

 

大事な事ってのは失ってから気付く。

わしらはその日、自分達の導を失った。

 龍介はその背に消えない罪の跡を背負い。

 わしは、その目で二度と恩人の姿を拝めぬ罪を背負い。 

総大将は、この世から奪われた。

 

 それが百鬼夜行の、たった1回の、失敗した祭りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もくもく。

 

 喉からどうにもならない怒りと悲しみと悔しさのぐちゃぐちゃが込み上げる。

 

わしに何が足りなかった?

何もかも、わしにはミツ姉のように見通す目が足りんかった。

 

じゃあ、今必要なものは?

 

『アンタはバカっぽいからね。色々知って賢くなりなさい。』

 

ミツ姉の言葉が頭をよぎる。

 

賢くなろう。

 

誰にも騙されず、誰にも見透かされることの無いように。

 

もくもく。

 

誰も信用するな。誰にも気を許すな。

 

『アタシ?アタシは見えちゃうから大人を出し抜けるのよ。』

 

全てを知れ。その上で大人より有利になれ。

 

自らの心を悟られるな。

 

もくもく。

 

アンタもちょっとは素直になりなさいよ。

 

本心を仕舞え。理性をつけろ。常識をつけろ。

 

もくもく。

 

必ず、理性が本心だと思わせろ。

 

もくもく。

 もくもく。

 

本心さえも利用しろ。

 

理性でさえも利用しろ。

 

大事なものは煙の中の奥の奥の奥に隠せ。

 

本心なんて、誰にも分からないように。

 

もくもく。

 

 モクモク

 

  黙々と。

 

種火の想いも覆うほどに立ちこめる煙は、地を這い、積み上がり、自らすらも覆い隠す。

 

わしの意識は、そうして再び離れた。

 

そうして、私は生まれた。

ほら、どうにもできない、惨めな妖怪。

否、醜いバケモノの誕生だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そう思っていたのに。

そう在れれば良かったのに。

 

あの日、見つけてしまった。

手を、引いてくれる人たちを見つけてしまった。

出会えてしまった。

 

 

あぁ、私は、どうなろうとしたんでしたっけ。

 

 

 

 

5.覚悟、並びに白煙(しろけむり)

 

勾玉に詰まった記憶、IAによる再生が終わった。

「これが、アツヤが見た全て。」

 

IAが静かに、再生の終了を皆に伝えた。

 

誰も、口を開けなかった。

 

何かはあるとは皆思っていた。

 

しかし、これは酷すぎるだろう。

 

 

 

敦也...否、彼らの運命は余りにも非情な理不尽によって潰れていた。

そうして、4人は気付いてしまった。

 

『自分の心に折り合いをつけるだけです。』

 

敦也の返したその言葉が、どれだけ彼にとって重く辛いことなのかを。

 

 

 

「アツヤは、あなた達に知ってほしかった。」

 

「自分の辿ってしまった運命を。」

 

「自分がどうして、こうなったのかを。」

 

 

 

「...何故だ?」

「...?」

 

 

 

「どうして敦也はここに、辛いものしかないはずの故郷に、戻ってきたんだ?」

「...」

 

IAは、絞り出された司の、その疑問に口を噤む。

少女は、少し悩み、視線を下に向けて、首を横に振った。

 

「...私が言うよりも、本人から聞いた方がいい。」

 

「...何故だ?」

 

「あの子の決意は、あの子の口から紡がれなきゃダメ。」

 

 

 

「あの子が泣いて、悩んで、蹲って、それでも決めた事を、私が語っていいわけないじゃない。」

 

 

 

「あの子の決意は、あの子だけしか言葉にしちゃいけないもの。」

 

 

 

「だから、私はこうするの。」

 

 

 

そういうと、IAは先程まで持っていた記憶の勾玉を錠前の近くに持っていく。

すると錠前は、カタカタと音を立てて震え出し、パリン、と次々に解錠されて散っていく。

 

「鎖も錠前も、全てはアツヤがあなた達を拒否するためのもの。」

「でも、全てを知ったあなた達ならもうこの拘束に意味はない。」

 

その鎖は、次々と木から離れていく。ジャラジャラと音を立てて解かれていく中で、

 

 

『あぁ、私は、どうなろうとしたんでしたっけ。』

 

不意に、微かに敦也の声がどこからともなく聞こえた。

 

その言葉は、悲鳴にも等しい誰かに向けての嘆きの叫び。

 

聴いているだけで、胸が締め付けられるような出涸らしのように絞り出されたか細い声。

 

 

 

「「「「敦也(君)!!!」」」」

 

彼らの足は、扉に向かって走っていた。

 

 

 

 

扉が勢いよく開く。

中は白い煙が立ち込めて何も見えない。

幸いなことに吸っても害のないものが充満している事に気が付くが、単純に酸素が足りない。

 だが、扉が開いたことにより行き場のなかった白煙はたちまち外に出ていき、ある程度出切った所で、1つ、黒い塊が白煙の中に見える。

次第にそれが人影という事に気付き、4人がその人影の傍に行く。

 

 

「...どうしてでしょうね。」

 

「自分でここまで来るように誘導して、貴方達に来て欲しかったのに、ここに来れないように回りくどく面倒に妨害をする。」

 

「私は、いや、わしは、どうしたかったんじゃろう。」

 

言葉の節々からは憔悴した様子が見て取れる。

 

 日々の生活の中で見ていた白黒半々か一部黒の混じった髪は、今はもうその色が失われ、全てが先程まで部屋に充満していた白煙と同じく、真っ白に染まっている。

格好は、いつか礼として見せた景色と曲の時のような時とは違い、白い薄着物の上に前回の煙の渦の巻いた着物を羽織った形だ。

下の薄い着物は、まるで、白装束のように一切の色が抜け落ちている。

 

「...ばかだよなぁ。わしは。」

充満していた煙は、既に足元近くまでに密度を散らしている。

 

そこには、悲しみを抱える友がいた。

 

 たった一人で、胸の内にその身に余る悲劇を抱え、背を丸めて体を縮こませ、弱気な言葉を吐く。

理性も本心もひっちゃかめっちゃかになった、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右目の赤い、瀬文敦也その人がいた。





瀬文敦也
生き残ってしまった。

海野龍介
どうするかは、お前が決めろ。

櫛野宮密芽
享年8歳

ワンダーランズ×ショウタイム

これでいいなんて、言ってたまるものか。

感想、評価、お気に入りのほどよろしくお願いします。


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煙る縁(えにし)の先までも 後編

Q.4か月近く小説放置して何してた?
A.免許の卒検落ちた。一番大事な講義の単位を落とした。
被らないであろうと思ってた妖怪モチーフのイベントが公式からお出しされて、勝手に筆が折れてた。
杏ちゃんのバナーを走って2700位辺りになったので私は元気です。
3周年おめでとうございます(大遅刻)
架空イベント6~8話です。


6.夜空の月、湖面の月

 

「...」

 真っ白。

 今の敦也を表現するに、これ以上合致する言葉が見当たらない。

 敦也を含めて5人のいるこの空間が寒々しいまでの黒で包まれている為、余計に敦也の異常な『白』が引き立つ。

 病的なまでに白くなった肌。

 色の抜け落ちたような髪の白さ。

 どこか燃え尽きているような、燃え滓のような。

 どこか立ち上る煙のような、不純物の無い白煙の様な。

 彼ら4人の知る男が、姿形の変わった友が、そんな様子で佇んでいる。

 

「お守り、役に立ったじゃろ。」

 口調はいつものように丁寧口調の物ではなく、先程の記憶の小さな敦也のように、訛った口調で、4人の姿を敦也は捉えた。

 

「あれは、うちの村のまじないでの、物事の打開の為にまじないが込められたりするんじゃ。」

 

 敦也は自分の顔を隠すように、過去に被っていた童子の仮面を被る。

 童子の面の片面は、右側を覆うように手の跡がついている。

「なんや、人の心を見えるようするだの。

 万能なお守り。荒御魂もびっくりじゃ。」

 その跡の色は、荒れた空き教室に広がっていた海の色と同じ色。

 

 何もかもが異なる友人の姿に、4人は言葉が出なかった。

「…人間不思議なもんじゃな。

 おまんらなら見つけてくれるっちゅう信頼が当たったことへの嬉しさと、

 おまんたちには見られとうないっちゅう言いようのない後ろめたさが、わしの中に渦まいちょる。」

 4人ならば、気付いてくれる。

 4人には、知ってほしくない。

 気付いてくれるように策を講じておきながら、その策通りに動いて欲しくない。

 敦也は、自身の中にある相反する矛盾の感情を口にする。

 その場の足先に白煙が再び這いずり始め、もくもくと煙が出てくる。

 

 ここから出て行ってくれ。

 ここからいなくならないでくれ。

 相反する二つの意志が、4人の来訪者の足元を這いずるその煙には寸分狂わず等しく乗せられている。

 その意志が誰のものなのかも、無論四人にはよく分かっていた。

 

「随分、気分悪うなるもんをみせてしもうたのぅ。」

 

「嫌なもの?」

「ワシらの末路じゃ。」

 司の言葉に、敦也は顔を下にして、俯きながら4人が扉の前で見たであろう自分たちの悲劇をそう揶揄した。

「見られたく、無いものか。」

「そら、そうじゃ。わしの苦々しい経験じゃき。

 ぽっぷこーんむーびぃー映画のように作られとうわけとちゃう。」

 

「伏線も何もない、ただの胸糞悪ぅなる、三流映画じゃ。」

 

 そう言い、敦也は左右で異なる瞳を細めて寂しく笑った。

 

 

 

「わしはの、阿呆なことをしちょるとおもうとる。」

 

 

 足元に未だ燻り続ける煙の白と、漆で塗り潰された深い黒のコントラストの上で、彼らは再び再会した。

 その思いは様々だ。何故

「腹切って、周りくどうヒント書き散らして、勝手に消えよって。」

「殴られても、おかしゅうないめんへらむーぶ? ってやつじゃの。改まって振りかえってみると。」

 自虐的な笑みで、司たちに対しての自分のこれまでの行いをどこか自虐的に客観視して話す。

 

「敦也くん、なんだよね?」

「……おおむねそうじゃ。」

「おおむね?」

 

「わしは外の『私』が必死に押し殺した本心。まぁもう一人のぼくみたいなもんじゃ。」

「……一人称が多い。簡潔にして。」

「相も変わらずわしにはつんけんしてくるの。草薙の嬢ちゃんは。」

 寧々に向けるその言葉は、場所も口調も何もかもが違っているが、瀬文敦也から紡がれる言葉に違っていない。

 

「……普段の話し方じゃないから違和感が凄いな。」

「わしは大人ぶって、胡散臭くて煙たい、おまんらの知る瀬文敦也っちゅう男の

 一切の飾りのないまんまの姿。」

 

 敦也は四人の姿をじっくりとらえたかと思えば、そのまま背中を向けて胡坐をかいて座り込む。その姿はどうしてか、何もかもに疲れ切った人の縮こまった寂しい背中にも見えた。

 何に疲れたのか、4人は考える間もなく、先ほど見た敦也の記憶という、一つの解答が頭に浮かぶ。

「わしは、ここに来てあの地獄を、もう一度体験した。」

 

「は?」

 司が思わず口から言葉が漏れる。

 

 今、この男は何と言った? 

 もう一度、体験した? 

 見ていただけでも、心が張り裂けそうになる出来事を、もう一度体験した? 

 

「扉の前に引っ付けたのは、そん時のわしの想い……まぁわし視点の映像じゃ。」

 何を言っているのか、理解が出来ない。したくない。

 

「どうして? どうして敦也くんは自分からそうやって行っちゃったの?」

 えむが悲痛な面持ちで、異常な敦也の言動の意味を聞こうとする。

「そないな顔をするもんじゃないきにえむ嬢。」

「……わしはの、おまんらに大層幸せにしてもらったんじゃ。」

「幸せに?」

「そうじゃ。」

 えむのオウム返しに敦也は肯定する。

「おまんらと過ごして、こんなに笑えたのは村にいた時以来じゃ。あんがとの。みんな。」

 

「じゃけどな、わしは、償わなきゃならん。」

 

「わしはミツ姉が死ぬことを止められなかった。」

「わしは幸せになった分、自分が本来の受けるはずだったマイナスも受け入れなダメなんじゃ。」

 

「自分の心を痛めつける程度で、恩人の命に対する贖罪なんぞ、秤の分銅と砂粒みたいなもんじゃ。」

 

「それでも、砂粒の心を潰し続けて増やせば、つり合いは取れる。」

 敦也は過去に自らの被っていた童子のお面を再び被る。

 

「こればっかりには背を向けられん。」

 自分の顔を抑えるように、深く、深く面を被る。

 

「ここまで言えば、わかるじゃろ。」

「まだ6週目じゃ。まだ償い足りん。」

 顔は見えないが、明るく気さくな声は聞こえる。

 

「そういうことじゃ。わしはおまんらとは行けん。」

 

 

「おまんらのの元には、」

 

「ふざけるな。」

 

 敦也の追い返そうとする言葉を、遮った。

 

「ふざけるな……ふざけるな!」

 

 その言葉には、今まで見たことのないほどの怒りが滲み出ている。

 

「お前は、約束しただろう!!」

「一緒にやるかどうか、必ず返答しに来るんじゃなかったのか!」

 

「その返答すらせずに、一方的に俺たちから去るつもりか?」

 

「お前の返答が何であれ、俺はお前の返答を聞くまでお前を手放すつもりなどない!!!」

 

 

 妖の友である座長が、醜く擦れた目の前の男にそう宣言する。

 

「敦也くん。それは悪手だよ。」

 錬金術師は将来のスターからの突然の宣言で揺れる少年にそう投げかける。

「君が罪だというそれを抱えて沈んでいくことを、僕たちが黙って見ていると思っていたのかい?」

 

「僕は、そんなことを許すつもりはないよ。」

 

 類は、信念の込められた瞳と言葉で、罪と沈もうとする敦也を打ち抜いた。

 

「アンタがどう納得したいかなんて分からない。」

寧々は交流の末に見つけた、少し頑固だが、なんてことのない普通の少年たる妖怪を見据える。

「でも、アンタが傷ついていくのを、私は見ていたくなんてない。」

 寧々の言葉がズタズタの妖怪の心を揺らす。

「敦也くんは、いっぱい辛いことにあってるんだよ。」

「もう、悲しい方に進もうとしなくてもいいんだよ?」

 

 半泣きのえむの言葉が擦り切れた■■の事を包もうとする。

 

「...本当におまんらは、真っ直ぐじゃ。」

「わしゃ、そんなおまんらが好きじゃ。」

俯き、表情の見えない角度で、敦也は少しだけ笑いながら、彼らの言葉を飲み込む。

 

「じゃがの、司。こればっかりは言わせぇ。」

 

「こんなに汚れたわしを、おまんらの元に置くことを、わし自身が許すわけなかろうが!!!」

 

 敦也は怒号を飛ばした。

 それは4人も聞いたことも見た事もない敦也だった。

 何年もの間換気もされることなく残り続けた、黒々しい、汚れの様な煙が溢れ出る。

「何全部ほっぽり出して幸せなろうとしとんじゃ!!! 

 ふざけるのも大概にせぇ!!!」

 

「わしゃ自分を許せん!!見殺しにした自分を!!!のうのうと生きる自分を!!!!」

「自分で失ったくせに!! 懲りずに新しいもんに手を伸ばそうとする自分を!!!」

 

 

「そう簡単に!! 許してたまるかじゃ!!!」

 

 それは、ようやく聞き出すことのできた敦也の本音。

 瀬文敦也という少年が、妖怪の名を名乗り続けた少年が、大切なものを取りこぼしてからずっと隠してきた本音を4人は引っ張り出した。

 それは、どうしようもない後悔と憤怒の汚濁だ。

 

 

「あぁそうじゃ!!! 

 わしは! 私は! 隠そうとしたさ!!」

「きっとコイツらは違うって!!」

「みつ姉やタツ坊との関係とは違うって!!」

 

「でも違った!!!」

 

「おまんらはお前たちは一緒だった!!」

「私の中で大切な奴らだって認識してしまった!!!」

 

「そうしたらもう私は耐えられない!!」

 

「大切な人にこないなこと隠して顔なんぞつきあわせられん!!!」

 

「わしの心を照らしてくれた太陽を!! 似つかわしくないほどに汚れた私で貴方達を汚したくないんです!! 

 

「もうわかったじゃろ!! 

 ここでやってることはただの私の独りよがりなワガママなんです!!!」

 

「だから、もう、帰ってくれ……

 かえって……ください……」

「わたしに…あなたたちをきずつけさせないで…」

 

「かえって、くれよ…」

 

 か細い声を絞り出し、瞳に大粒の涙を抱え、嗚咽と共に煙の床に零す。

 

 これが、敦也の本心なのだろう。

 どうしようもなく、わがままに矛盾して、

 どうしようもなく、意地を張り続けて我慢してきた

 不器用な泣き虫の、心の叫びだ。

 

「……あーあ。言っちゃたなぁ。」

 

涙をぬぐい、息を吐き、不燃物は笑う。

 

「全部取りこぼしたくせに、いっちょまえに悩むんじゃないよって話か。」

 

 仮面の破片を全て床に散らした、敦也の何もかもをやめたような笑いと共に、床の煙は立ち込める体積を広げ、敦也を覆い隠すように濃さを増していく。

「やっぱり、私は謝り続けなきゃ」

 

『なーにぐちぐち悩んでんのよ。』

 

 泣き続け、結論付けようとした敦也に、突如その少年にとって聞き覚えのある声が聞こえた。

 少年にとっては、随分前に直で二度と聞くことのないと思っていた少女の声。

 その声を知る少女達にとっては、先ほど自分たちの手を引いた少女の声。

 

『もういいんじゃない? 今まで抱え込んでたの、吐いちゃったんでしょ?』

 

 その場にいる4人でもなければ、龍介の声でもない。

 全てを吐き出した妖には、その恩人の声が認識できる。

 

 もう、聞くことのないと思っていた、自分が救えなかった声。

 

『バカね。また辛気臭い顔してんじゃない。』

 

「……みつ姉。」

 

『アンタまだ泣き虫なの?』

 

 櫛野宮 密芽その人が、煙の毛布にに包っていた泣き虫の煙を薙ぎ払い、その後ろに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 7.煙散飛翔(うさんひしょう)

「……やっぱり、いるじゃないか。」

『そりゃ、寝床で長い時間泣かれたら目も覚めるわよ。』

「ずっと、待ってたんです。」

『そうでしょうね。』

 

 

 二人の会話は、どこかぎこちないものだ。

 敦也は、もう会えないと思っていた、絶対に合えないはずの償いの相手が目の前に現れたことで、全ての言葉が喉の奥に詰まらせている。

 

 方や、突如現われた彼の恩人且つ死人のはずの密芽は、彼がどうにかして吐き出す言葉に淡白に返していく。

 どこかかみ合っているようで噛み合いの悪い光景は、自らの想いをぶつけ敦也の動きを待つ司たちを観客として、続いていた。

 

「……言いたいことは、たくさんあります。」

『そう。』

 

 

 顔を俯かせる敦也を見下ろす密芽の顔は、微笑みも嫌悪もせず、ただただ何も浮かべることがない。

「すまんかった。」

『何に対してよ、その謝罪。』

 

「あの日、わしらが救えなかったことに決まっとるじゃろうが!!!!!!」

 冷ややかに言葉を返した密芽に、少年は瞳に再び大粒を抱えながら、喉を搔き毟りとったようなボロボロの声で、そう叫んだ。

 

「わしらが悪かったんじゃ……わしらがみつ姉を助けられんかったんじゃ……」

 

密芽は、敦也の謝罪に反応すること無く、ただ黙って彼を見つめる。

 

「...恨んどるじゃろ。わしはあんたの宝物としての役目を全う出来んかった。」

 

「聞きたくもないでしょう。貴方を見殺しにしたやつの、言葉なんて。」

 

 そういって、後ろに倒れこみ、体を大の字の形に動かす。

 

『いや、そういうわけじゃないわよ。』

 

『アタシ、本人じゃないからどう返したらいいか分からないのよ。』

 

「……はい?」

 

敦也は、密芽の意味の分からない発言に空気のような一文字が漏れ出す。

 

『アタシ、木が作り出した想像の存在ってところ。』

『でもだからといって、一から全部が違うわけじゃないわ。アタシ、木の下に全部埋まってるでしょ?』

『そこでアタシが残したものから木が夢やら幻覚やらを見て、その時に少し取り入れられたアタシを補強する形で今ここにいるってわけ。』

 

『ものすっごくバッサリ言えば、霊木が吐き出した幻ってことよ。

 当然、ここを出ればアタシは消えるし、ほとんど覚えてない。』

 

 

「なんじゃ、そりゃ。」

 

目の前の人物が幻であり、本人では無いことを告げられ、敦也は愕然とする。

「なんだよ、それ。」

密芽の言葉に飛び起きた敦也は、再びそのまま力なく項垂れる。

「けっきょく、わたしは許されないんですね。」

 

『話聞いてなかったのアンタ?』

「だって、あなたは」

『3割本物の幻覚よ。それでもちょっとした奇跡でここにいるのよ。

だから、これからいうことよーく聞きなさい?』

 

 ゆらゆらと揺らめきながら、密芽は人差し指を敦也の頭に向けて念押しした。

 

『確かにアタシはアンタが望む本人じゃないかもしれない。

 アンタが償いたい大切な人まんまじゃないかもしれない。』

 

『それでも、アンタが償いたいと思っている人がどうしたかったのかは、ハッキリアタシは覚えている。』

少しだけ、息を吸って、準備をする。

『あの日、アタシは村の取り決めで贄として選ばれて、木の下に埋まることを選んだ。』

 

『アタシは、あの時、ホントは泣くほどうれしかったのよ。』

「……なん、で」

 

 衝撃の言葉の数々を投げ付けられ続ける敦也は、かすれた声で聞き返す。

 

『そりゃあアタシのために動いてくれたからよ。』

 密芽は、さも当然かのように、泣きじゃくった少年の疑問に答えを返す。

 

『アタシは、村のお嬢様。大切に扱われることはあっても、誰かに大切に思われることはなかったの。』

『だから、あの時、アタシのために全てをかけて動いてくれたのが、たまらなく嬉しかった。』

 

『だからね、アタシはその気持ちに答えたいって思ったの。』

『アンタ達だけは、あんなイカれた風習なんかに奪われてたまるかって。』

 

『アンタらが体張ってくれたんだもの。自分の宝物をアタシだって守って見せるって。』

『そうして、アタシの出来ること全部やって、アタシの命を使った。

それで、村も因習も全部まとめて神さまに大掃除してもらって、おしまい。

 そのお釣りとして、アンタ達を守ってやることが出来たんだからそれで充分よ。』

 敦也にはその言葉に未練の一つも感じられなかった。

『……アタシはね、アンタ達にありがとうって思えたのよ。』

 

「は、は。」

 敦也は、爪が皮膚に食い込む程に握っていた拳が緩み、力が抜けるように膝をつく。

「なんだ、わたしは、とっくの間に、許されていたんですか。」

『バカね。言ってるじゃない。』

 

「……わたしは、怖いんです。」

『怖い? 泣き虫ではあるけど、ビビりじゃないでしょアンタ。』

「そうじゃないんです。」

 密芽の言葉に首を小さくふるふると横に振り、止まらぬ嗚咽の中、息を整える。

 

 

「……また、なくなっちゃうんじゃ、ないかって。」

 敦也の目から、雨のようにとめどなく再び静かに涙が毀れ落ちていく。

 

「また、みつ姉みたいに、わしのせいで不幸にしてしまうのが怖い。」

 

「わしがあいつらについていって、また同じようにバカみたいな話につぶされて、

 アイツらを不幸にしてまた自分だけのうのうと生きのこりたくない。」

 

「楽しかったことを、私だけしか覚えてないなんてことにもうなりたくない。」

「また、わしだけのこりとうない。」

 

「わしは、おかしいんかの。」

「進むことに、怖くなってるのは、ダメなんかの。」

 ぽつりぽつりと、本音が零れていく。

 恐らく、昔から知るものでなければ、吐き出させることのできない奥の奥にしまわれていた言葉たち。

 

『そうね。あんたは優しいんだものね。』

『でも、アンタの後ろを見てみなさい?』

 振り返れば、先ほどまでの贖罪の言葉も密芽に起こったこともすべて聞いていた4人がこちらを見ている。その目は皆が瀬文敦也という人間を信じている目だった。

 

『アンタの手を取りたいあの子たちが、そんな理不尽に踏みにじられるほど弱いと思う?』

『あの子たちのもつ強さを、アンタは信じられない?』

 

 後ろの観客たちは、黙って見つめてはいるが、その目には、決して折れることのない決意の炎が揺らめいている。

密芽の言葉に、なってたまるか、といった決意の眼差しで無言で訴える。

「……そんなわけ、ない。」

「あいつらの、たくましさは、わしが良くわかっちゅう。」

 

『でしょ? だったらいっしょに行ってきなさい。』

 

『アタシの宝物にふさわしい生き様を、見せてきなさい。』

『百鬼夜行頭領としての、アタシも龍介も、誰も知らない生き様を、貫きなさい。』

 

 それは、敦也に与えられる最後の指令。

 櫛野宮密芽の残滓が、確かに与えた、最後の約束。

 

「……わかり、ましたよ。」

 その言葉は、充満するだけの有害有毒な煙に確かに役目を与えた。

 煙羅の存在を、再び確立できる程の、火種として、再び燃え始めた。

「もう一度、私の煙を。あなたどころか、世界中の誰も知らないような、大きな大きなお祭りを。

私は、やり続けて見せます。」

 そう言って立ち上がった、かつて泣き虫だった少年の顔に、懺悔の涙も、贖罪の意志も既にない。

 ここに再び、煙の妖怪は現われた。

 贖罪の灯を火種とするのではなく、前へ向かうための狼煙の煙を立ち昇らせる者として。

 

『ようやくイイ顔になったじゃないの。』

 決意の決まった顔つきになった敦也の顔を見て、密芽はようやく敦也に優しい微笑みを浮かべた。

 

『こんなとこまでごめんなさいね? こんな内輪の話ばっかしちゃって。』

 敦也の後ろで成り行きを見守っていた司たちに、密芽は少々の申し訳なさを滲ませながら対面する。

 

「俺たちは、友の手を引っ張りに来ただけだ。」

 

『あら、そうなの?寧々ちゃんとえむちゃんもごめんなさいね? 

 ただの案内人だったのが実は死んでましたーなんておかしなオチ見せちゃって。』

 

「ほえ?」

『ずーっと重たい話してたけど、おしまいにしたから、違うお話しようとも思ってたけど…そんな時間もなさそうね。そういや、貴方達はどうやってここに?』

 

「龍介君が、勾玉のついた三味線を弾いて、それを聞いたらここに…」

 えむが来た方法を密芽に告げると、密芽は少し驚いた顔をした。

『龍介……あの子ったら変わらないのね。』

『敦也のこと頼んだって約束、ずっと守っちゃって。』

 少し誇らしいような笑みを、密芽は浮かべた。

 

『あと、一個だけお願いしてもいいかしら。』

 

 

『うちの宝物のこと、色々と迷惑かけちゃうでしょうけど、お願いね?』

 

『敦也は色々と違って困っちゃうこともあるけど、その分頼れることもたくさんあるから。』

 

『うちの大事な妖怪のこと、頼んだわよ。』

 

 その言葉には、確かに重みが存在していた。

自分にはできないことを託すような、未練とも言い難い、さわやかな言葉。 

 

「あぁ! 敦也の事を、俺たちは絶対に悲しませたりしない!」

「もう彼の事を、ただ煙らせるだけになんてさせません。」

「敦也の夢も、私の夢も、どっちも叶えて見せるから。」

「敦也くんも、龍介くんも、密芽ちゃんも! 笑顔にして見せるからね!」

 4人は宙に浮いた密芽に向かって、決意やこれからを口にする。

 

『……そうね。』

 密芽は流れそうになる涙をこらえながら、彼らの言葉を噛み占める。

 

『じゃ、敦也をつれて帰んなさい。長くいると、タツ坊がぶっ倒れそうになるわ』

 あの子、変なところで律儀だから、と踵を返して敦也たちに背を向ける。

 

「みつ姉。」

 

 密芽は再び深い眠りに戻るため、再び奥の方へと足を進めていると、目元をぬぐい、いつの間にかに立ち上がった敦也に呼び止められた。

『……なによ。』

「あの日、私を救い上げてくれて、ありがとうございました。」

「このご恩は、生涯忘れずに、貴方の越えられなかった夏の先を、私は止まらずに生きていきます。」

 

 敦也は、最後に人生分の感謝を告げた。

 その目に、もう過去に後悔し、苦痛の涙が流れることはない。

 

『……アンタも、生意気な口言えるようになったのね。』

『もうこっちに呼ばないように、アンタ達頼んだわよ。』

 

 密芽は笑う。

 

「そりゃ、私も成長しましたから。」

 

 煙が、全員の体を包むように優しく煙ってくる。

 

「じゃあね。みつ姉。」

 

『じゃあね。アタシの大事な宝物。』

 

 上に上がるような感覚を覚えながら、視界が白く染まる。

 

 小さな箱庭のような、淡い色をもった夏の世界が静かに離れていく。

 もう誰も、この時間に溺れるような時がくることはない。

 

 そうして、4人は、大事な妖怪(ともだち)の手をつかんで、泡沫の夢から離脱したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8.

 

 木の下で、奏でられていた音楽が止まる。

 彼の持つ三味は、既に弦も胴も元の色が分からない程にボロボロに。

 弦を弾く木製のバチは、持ち手が赤く染まり、素材の木が流れ出る血を吸ったように歪な模様をつけ、奏者の文字通り血の滲む献身を物語る。

 

 雨風に晒されたのか、彼の羽織る露草色の着物は、泥に濡れたように所々が黒く汚れている。

 彼の目の前に吹き続けていた木枯しの渦たちは役目を終えたように、どこか遠くに過ぎ去っていく。

 木枯しの渦の中に吸い込まれた者たちは、風に落ちた先で目覚めるだろう。

「賭けには、勝ったか」

 

 ボロボロの男は、汚れることを気にせず、自らの後方に倒れこんだ。

 辺りを見渡せば、既に陽は傾くどころか姿を消しており、虫の涼しげな鳴き声が辺りを満たす。

 どうやら彼は、その手に握った三味線を一度も絶えずに、弾き続けていたようだ。

「あー……つっかれた」

「あいつら、危ねぇな。ギリギリまで粘ったし、戻ってきてるからいいがな」

 ようやく、龍介は実感と温度の感じられる言葉を吐く。

 周りにはだれもおらず、彼の温度を受け止める人間はいるはずはなかった。

 しかしその温度をただ一人だけ、聞いていた。

 

「…よぉ。遅かったな」

 

「えぇ。随分待たせました」

 

 永い眠りから目覚めた男が一人、その言葉(ぬくもり)を聞いていた。

 倒れ込んだ疲弊困憊の龍介に敦也は労いの言葉をかける。

 

「…他の4人は? 置き去りにしてきたりしてないだろうな」

 

「寝起きの人間に散々なことを言いますね。

 木の反対側の茂みでぐっすり寝てますよ。流石にここの意味の分からない話ばかり見せられて疲れていたのでしょう。

起きてきても、ここに灯りでもつけていれば来ると思いますよ。」

「マッチなんて持ってない」

「…」

「…」

 

 敦也はシュボッ、と、かき集めた草木にライターで火を落とし、焚火を燃やし始めた。

 パチパチと、燃え落ちる音が草木を揺らす風に溶けていく。

 

 全ての計画は、敦也がビル街の天狗を取り込むところから始まった。

 

 敦也は天狗としてビル街を飛び交う龍介に接触し、再会することであることを頼んだ。

 

『木に、夢を観させることは可能ですか』

『は?』

 当然ながら、再会の喜びよりも先に困惑が勝つ龍介。

 何を言っているのかを問おうとする前に敦也はこう続けた。

 

『私は、自分の罪に落とし前をつけたいんです』

 その言葉は彼を導き手とするには十分な言葉だった。

 敦也はその後、自らが村を出てから今日までをざっくりと述べ、敦也は自分のこれからの行動にある保険をかけておいた。

 これから、自分の家に来た者がいた場合、その者を見極めて、我々の故郷に案内すること。

 そのことを、念入りに龍介に頼んだ。

 この保険により、敦也は自らが新たに紡いだ縁により、再び眠りから覚め、この場所に立っていることが出来ている。

 敦也は、霊木と心を重ねることで、自分の行いを振り返り、自らの過去に折り合いをつけようとした。

 そうすることで、司たち4人に初めて真摯な心で返事をしに行くという、敦也なりのケジメのつけ方だった。

 しかし、過去を振り返れば、過去に引きずり込もうと足をつかんでくる。

 だんだんと敦也は過去に毒されていき、目的が過去に贖罪し続ける事にすり替わってしまった。

 敦也の心は木の深く、黒い記憶に流されていき、あと一歩で完全に心が木に取り込まれるところで、彼らが扉を蹴破って手を引っぱりに来た。

 敦也がかけていた保険が機能し、最悪の事態を回避した。

 そうして、引き戻される過程で本来の目的であるけじめをつけ、今に至るのだった。

 

 

「話は、出来たか」

「えぇ。おかげで踏ん切りも付きました」

 

 二人の会話は、とても短いものだ。

 

「龍介」

「なんだ」

 

「ありがとうございます。

 私の結末を見届けてくれて」

 敦也は、約束を守ってくれた龍介に感謝を告げた。

 

「…交わした、約束だからな」

 

 龍介は敦也の方から顔を背け、ぶっきらぼうにそう答えた。

 

「何か言っていたか?」

 

「律儀な奴だなって、アンタ達は自慢の宝物だからなって、宣言されちゃいましたよ。私たち」

 

「そうか、そうか…」

「宝物か…俺たちはまだ、あの人の宝物でいられているんだな…」

 顔を覆うように手で隠し、噛み締めるように声を絞り出した。

「あの人の宝で居ることを、忘れずにいましょう」

「きっとそれが、私たちに出来るあの人への恩返しです」

 

「…そうだな」

 

 共に地面と平行になりながら、空に浮かぶ月を見上げた。

 今宵は満月。

 月の顔もハッキリ見えるほど輝く珍しい日。

 誰もこの景色を邪魔出来ない。

 そんな雰囲気が漂っていた。

 

「そら、これやってみろ」

 不意にそう言って龍介はある物を敦也に投げた。

 

「俺は天狗、お前は煙羅だ」

「それの起源位、味わってみろ」

 そうして投げられたのは簡素な作りの煙管だった。

 敦也は否定も躊躇いもせず、流されるままに吸ってみる事にした。

 

「…ふぅー…」

 浅く、煙を肺に入れ、到底慣れることのない異物感を覚えながら、敦也は煙を吐き出した。

 

「えぇ。不味いです」

「そこは嘘でも美味いとか言うだろう」

「不健康なものはダメですよ、やっぱり。」

「馬鹿みたいな時間寝腐ってた奴が良く言う。」

 

 からから、ゆらゆら、もくもくと、妖怪たちの笑い声は静かに木霊していく。

 

「今のお前」

「はい?」

「煙羅なんてもんじゃないな。今のお前は。」

 双方ボロボロではあるが、着物に袖を通している。

「そうですか?」

「後喋り方。煙管もってそんな回りくどい言い方してるの見てると、あれみたいに見える。」

「アレ?」

 

「妖怪の総大将。」

「…」

 

 総大将。

 その称号は敦也たちにとって馴染み深く、そしてたった1人を指す称号。

「嫌ですよ。ぬらりひょんなんて呼ばれるの」

「…何故だ?」

「私、他人の家に勝手に転がり込んで茶を啜るなんてしませんし」

「何より、ぬらりひょんなんて柄じゃないでしょう?」

 

「…それもそうだな」

 

 龍介は仰向けの身体を伸ばし、大きく伸びをする。

「お前はそうやって、目的なく上に立ち上る煙のままでいいさ」

 

「酷いこと言いますね。猪突猛進だと言うんです?」

「何か違うか?」

 

「…いいえ。反論の何もございません」

 龍介の言葉に敦也は静かに瞳を閉じ、微笑む。

 

「さて、あとは」

「見送るか」

「えぇ。もうゆっくり別の場所で自由に旅してもらいましょう」

 

 やることは、2人とも既に分かっているようだった。

 片方は色褪せたボロボロの横笛を。

 片方は弦も撥もボロボロな三味線を準備する。

 双方共に肉体は限界。

 それでも、与えられた役目は果たす。

 

 踊り手の役目を終わらせる為に。

 

 村を、静かに眠らせる為に。

 

 

 夜風に木々が揺れる。

 葉の擦れた音がざわざわと辺りに響く。

 スポットライトは月からこぼれた微かな光。

 

 その中に、静かに音が入門する。

 

 初めは三味の音。

 静かに旋律が歩き出す。

 そうして舗装された旋律に、笛の音色が後から付いてくる。

 舗装された道を彩る様に。

 別れを惜しむ、三途の川のように。

 

 

 音たちは、舞うように風に溶けていく。

 かつて、役割を担っていた者たちの荷を下ろすように。

 彼らは、静かに奏でていく。

 時に、草木が揺れて、蛍の光が浮いてくる。

 蛍火はゆらゆらと揺れて、空へと上がっていく。

 それは、霊木に留まっていた魂が還っていくように、上へ上へと昇っていく。

 蛍火は、そうして至る場所から現れては昇っていく。

 それは、今まで村が溜め込んでいた無垢の魂の表れなのかはわからない。

 それでも、彼らの演奏に呼応するように飛んでいくその光景は、

 

 浄化、鎮魂の儀式のようだった。

 

 

 

 そうして、彼らが続けていると、他の火に比べて一周り大きい蛍火が現われる。

 

 彼らは、音色を絶やさずに、静かにその火を見つめる。

 

 火は、少しの間静止したが、その後ゆっくりと上に昇っていく。

 奏者の脳裏には、数えきれない程の、思い出がよみがえる。

 だが、それを言葉にすることはない。

 それは夏の、未熟で、愚かで、笑えるほどの彼らにしかない宝物。

 彼らの間に、最早言葉は必要ない。

 

 笛の妖怪は、最後に礼をするように。

 三味線の妖怪は、最後に義理を果たすように。

 

 旋律の音色と共に、その魂を見送った。

 

 

 こうして、クソガキだった者たちの祭りの後始末は、様々な因果と縁が絡まり合い、

 村だったものの人々と共に、静かに、そして確かに、句読点をその文の末につけるのだった。

 

 

 

 

 

「…終わったな」

 どさり、と龍介は最後の踏ん張りを成り立たせた糸がプツリと切れるように倒れ込んだ。

 

 

「…時間を、かけすぎましたね」

 

 敦也も、霊木と繋がり続けたことによる疲労で、倒れ込む。共に疲労の量は計り知れないほど大きいだろう。

 

「…お前、どうする気だ」

「…私は、私の狼煙を上げますよ」

 

「誰のためでも無く、あの日無愛想なガキンチョの事を、宝物と呼んでくれるあの人に、私はここにいるって胸を張って言えるように」

 その瞳には、すでに過去に対する後悔も迷いも見かけられない。

 煙の妖怪は、独り立ちを成し遂げた。

「…そうか。それがお前の結末か」

 

 義理堅い天狗は、確かに覚の妖怪との約束を見届けたのだった。

 

「結末なんて大層なものじゃありません。

 ちょっとした見栄ですよ」

 

「見栄…見栄か。そうだな」

 

 

「それで? そっちはどうするんです?」

「生憎約束を守ることに注力してきたものでな、どうするかなんてまっさらだ」

 龍介は、大きく一伸びし、

 

「遠くに飛んで行ったみたいだが、来たぞ」

 

「今度は、逃げるなよ」

 

「えぇ。そのつもりですよ」

 

 そう言って敦也が振り向けば、草木を服につけながら息を切らした4人がいた。

 彼らも、眠りから覚め、再び敦也を探したのだろう。

 眼前に立っている、その男に、4人は再び相対する。

 

「…答えを聞きに来たぞ」

 座長は、静かに再び彼の言葉を聞きに来る。

 本音はすでに書振れの本心に触れて、わかっている。

 

「えぇ。今度は応えますよ」

 

 もう、返答をぷかぷかと浮かべて掴ませなかった妖怪はここにはいない。

 

「私は、今まで百鬼夜行としての泣き虫な自分でしかありませんでした。」

 

「自分の本心を取り返しがつかないまで背伸びして、不格好な生き物になって、過去のまんまで生きてきました。」

 結局のところ、泣き虫な妖怪は、勘違いをしていた。

 悲惨な過去が頭の片隅をよぎったとしても、過去と今は違う。

 

「ですが、あなた方は、そんなおかしい私の事を信じてくれて、こんなところまで追いかけてくれました。」

「そんな手を払いのけるなんて、私は出来ない。」

 

 

「百鬼夜行の妖怪としてだけでなく、瀬文敦也という一人の人間として、私は貴方達と夢に向かいたい。」

 彼らは、この言葉のためにどれだけ待っていただろう。

 

「その言葉を、待っていた。」

「回り道をしたけれど、ようやく言ってくれたね。」

「それ聞けて、良かった。」

「これから、たーくさんいろんなことしようね!」

 4人がその言葉を拒む理由もなく、各々が肯定する。

 

 

「そうですね…では改めて」

「百鬼夜行頭領、或城一座所属、瀬文敦也です。

 人の目を欺き、人の嘘を見抜く芸は持ち合わせています故、上手に使ってください。

 …なんてね、とっくに知ってますね皆さま。」

 火種は、次の焚火へと確かに継承され、煙は再び、月の夢を目指して立ち昇り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはそれとして、皆さん、お祭りをしません?」

「は?」「ほえ?」

 いい感じに締めくくれそうな雰囲気をなかったことにするかのように、敦也は提案を口にした。

「一応聞くのだけど、何故お祭りを?」

 

「私たちは、何か大きなことを終えた時、必ず締めとしてお祭りをやるんです。」

 いきなりの祭り開催宣言の理由に、4人とも戸惑いを隠せない。

「…バカだな。お前。」

 先ほどまで黙っていた龍介も、流石に呆れた顔をする。

「でもやりたいでしょ? 祭り。」

 その曇りのない笑顔は、龍介が過去に見た悪ガキとして暴れ回ったときの敦也と同じ笑顔。

「…やるか、久しぶりに。」

 

 その顔を見て、龍介は断るような気力をなくし、敦也の祭りに乗っかることにしたのだった。

「だが、どうやるんだ? もう夜だし、二人ともつかれているのではないか?」

 司の指摘も最もの事。

 方や先ほどまで眠り続け、精神を削り続けた者。

 方や、先ほどまでひたすらに三味を弾き続け、肉体を酷使し続けた者。

 そんなものが今から準備を行い、ある程度形となったお祭りを行うのは無理なのではと誰もが思っている。

「まぁまぁ、そう思われるだろうと思ってましたよ。」

「だから、こうするんですよ。」

 そういい、彼はいつか彼らの産んだ別の場所へ行く時のように、悪辣な顔で手にある端末を操作する。

 すると、再び辺りは眩い光に包まれる。

 そうして、次に目を開けば、そこは先ほどとさほど変わらぬ夜の景色だった。

「ここは…さっきの夢の場所?」

 

『残念だけど違うわ。』

 寧々が不思議そうに聞くが、不意に聞こえた声に否定される。

「ミク? それにIAも?」

『さっきぶり。4人とも。』

 

 声の方向を向けば、自分たちの知るミクとは様相の違うミクと、敦也を連れ戻すときに会ったIAが着物姿で立っていた。

「ココは私個人のセカイらしいです。名前は…そうですね、まだありません。」

 再び声の方向を向けば、先程までボロボロだった敦也と龍介が元気な状態で立っている。

 

「…祭りの会場だ。準備もしっかりされている。

 一体何処まで考えて準備していたのかは知らんがな。」

「嫌ですねぇ。初めっからですよ。」

 

「私は色んなことを知って、色んな準備をしたんですから。何から何まで全部が大当たりって訳ではありませんが。」

 はぁ、とため息をついた後、龍介は再び準備を始める。

 

「なんでもいい。景気づけに一曲やりに行くぞ。」

「せっかちですねぇ。貴方祭りのことになるといっつもこうなんですから。」

「前はお前が1番はしゃいでいただろ。」

「はいそこ、言わないお約束。」

 そう言って自分達の着物を天にするりと投げ捨て、いそいそと組まれている中央の櫓に足をかける。

 

 

「さぁさぁ皆様お立ち会い!」

「待たせに待たせて早8年。」

 櫓をよじ登りながら、二人は辺りに声を響かせる。

 

「百鬼夜行の生まれし我が村名物大祭り!」

『歌い踊ってどんちゃん騒ぎ。』

「祭りはそれらが許される!」

『今宵はアナタも仲間入り』

「神輿を担げ!」

「囃子を立てろ!」

『『さぁさぁ皆様集まって!!』』

「「今日は、祭だ!!」」

 

 2人が櫓の頂点でそう言い終えると、セカイの様子がガラリと変わる。

 先程まで夕方のように橙色の空模様だったものが、パチリとスイッチが入ったように暗くなる。

 それと同じくして、バタバタと人魂のようなものが現れては駆け抜ける。

 ある者は櫓の前に。ある者は提灯の中に。一つ一つ、スイッチが入っていくように、提灯たちが光っていく。

 そうして揺らめく人魂達が、思い思いの場所に着くと、辺りが人魂たちのゆらめきによって照らされる。

 

 

「世にも珍しい妖怪たちの大騒ぎ」

「これが俺たちの」

「「百鬼夜行だ!!」」

 

 ババン!! 

 太鼓の音がなり始める。篠笛の音が聞こえ始める。

 人々の手拍子が鳴り止まぬ。

 気づけば櫓の上の2人の格好は、ボロボロの着物姿だったものから白黒模様の羽織姿に変わり、扇子を軍配のように掴んでいる。

 敦也の背には煙管と煙の刺繍が。

 龍介の背には翼と葉団扇の刺繍が。

 ミクとIAの羽織には人魂を模した音符の刺繍が。

 なんなら気づけば4人も甚兵衛姿に変わっていた。

 そうして、招かれた4人は、2人の妖怪と、二人の見守り人によって開かれた祭りを堪能したのだった。

「さぁて景気のいい曲、行こやないけ!」

「久々のクソガキ口調。もうやらんのかと。」

「アホ抜かせぇ! 気分良うならこうなるきに!」

「全く変わらんな。お前は。」

 

「じゃ、タツ坊、発破は頼んだ!」

「あいよ、それ祭りだ祭りだ!!」

【マツリダマツリダ!】

 龍介の音頭に、櫓の周りから誰のものでもない声が響く。

「祭りだ祭りだ!!」

【マツリダマツリダ!】

 人魂たちが、掛け声に応じるように、応え続ける。

 

『貴方達も、一緒にやろう?』

「お、俺たちもか?」

 IAが司たちに向かって、手をこまねく。

「遠慮はいりません。良いも悪いも祭りの喧騒の前では、関係ありません。」

「それに、こんな言葉があるらしいからな。」

『今夜は無礼講、なんてね。』

 他のお祭り姿の3人も4人に手を伸ばす。

 

「誘われているようだし、素直に参加してみないかい?」

 

「なんだか、見たことない敦也も見れそう。」

「ねぇ! いってみようよ!」

「…ああ! 行こう!」

 そうして、4人は敦也のいる櫓まで近づき、人魂たちの復唱に紛れていった。

 

 

「祭りだ祭りだ!」

【祭りだ祭りだ!】

 人魂及び会場のボルテージがどんどんと上がっていく。

 上がるとともに、太鼓の音は電子的なビートへと変わっていく。

 

 

『祭りだ祭りだヘイカモン ハッハー!!』

 そうして祭りの参加者は、この喧騒を形にした歌で暴れ始めた。

 

《ねえ 馬鹿でもさ 馬鹿にも 種類はあるよな》

《ねえ わかるかな わかる人だけ寄っといで》

 

 その曲は、文字通り祭りの曲。

 

《祭りだ 祭りだヘイカモン

 人も猫も犬も ちゃんと持ち場につけ》

 彼らの喧騒を余すことなく形にした、今この場のための曲。

《祭りだ 祭りだヘイカモン

 寝ても覚めても ずっと問題抱えて》

 今度の主役は妖にあらず。

 

《祭りだ 祭りだ 祭りだ 祭りだ 祭りだ 祭りだ 踊れや 踊れ》

《祭りだ 祭りだ ヘイカモン 生きづらい世界に ちょいと華添えて》

 

《ハレハレハレハレハレ ハレハレハレハレになったら》

《それもしんどい どっちらけ》

 煙の妖怪として、種火を一新し舞い戻った彼がこれからどのような道を歩んでいくのか、それは誰にだって分からない。

 

 だが確かに、煙の妖怪は、はちゃめちゃなショーユニットの元で、彼を照らした夢が突き進む中で確かに煙り続けるだろう。

《祭りだ 祭りだ 祭りだ 祭りだ 祭りだ 祭りだ ヘイカモン 》

 その煙が、夜空に浮かぶ月に届くまで。

《ハッハー!!!!》

 煙が絡めとった縁と共に。

 かつて彼らが目を輝かせて見ていた絵巻には、様々な妖怪の絵と共にその妖怪が目指した目標のような言葉がつづられていた。

 その絵巻にある、煙の妖怪の欄には、こう書かれている。

 

 

 

 8.月まで届け、妖の狼煙。 




瀬文敦也
色々あったけど、当初の目的通り、しっかり自分の過去にけじめをつけて4人の元に戻ってきた。
先はまだ見えないが、彼らの元で夢に向けてどこまでも狼煙を上げ続けていく。
担当妖怪は煙々羅。

ワンダーランズ×ショウタイム
説得ロールでクリティカル出したことで、底から引っ張り上げることに成功し、敦也のいるハッピーエンドを勝ち取った。
なお、ここで説得ロールに成功できなければ、罪の方に秤が傾いて敦也はお亡くなりになっていたのでしっかり決めた。

海野 龍介
4時間近く三味を根性で弾き続ける男。MVP。
自らの恩人から託された約束をしっかり遂行し、自由になったのでこの後彼なりの日常に戻っていった。
時たま、敦也のセカイにいたり、彼らのショーを見に行ったりしているらしい。
担当妖怪は天狗。

櫛野宮密芽
故人、だったが霊木の下で眠っていたのと、ワンダショのクリチケによって、彼女の残滓が奇跡の降臨。
久々に見た自分の宝物の姿に喝を入れ、新たな物語へ進むための背中を押した。
その後、宝物たちによって元気に後悔なく歴代の生贄の人々と共に成仏。
担当妖怪は覚。

IA
瀬文敦也の、百鬼夜行としての生きた記憶と、そこにある悲しみかの思いから顕現した。
伝えたいことを伝えられて満足。お祭りも楽しめた。
彼のこれからが幸せであることを。


はい。架空イベントこれにて終了です。
締めの曲は『祭りだヘイカモン』と、『このふざけた素晴らしき世界は、僕の為にある』
の二つで悩みましたが、こっちにしました。
東方ボーカル歌わせてぇとかから始めた小説だった気がするけれど、プロセカである以上、終着点はボカロじゃないとダメだと勝手に思ったからです。

ついでにこの小説も、ひとまずの区切りとなります。
こんな意味の分からない小説をここまで読んでいただきありがとうございました。
気が向いたら、彼らの話を書くかもしれませんし、全然関係のない新作を書いているかもしれません。

感想と評価、お気に入りの程よろしくお願いします。


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