東雲家の末っ子。 (水が死んでる)
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東雲瀬名について

瀬名の軽い設定集と、ある程度のキャラへの印象(原神みたいな)

本編の進み具合でこちらも更新します。


東雲瀬名

 

性別 : 女性

誕生日 : 8月14日

身長 : 149cm

髪色・髪型 : 透き通るような白色、肩甲骨辺りまで伸ばしたストレート。

学校 : 神山中学校

学年 : 3-B

趣味 : 寝ること、家族で過ごすこと

特技 : 天才肌故の吸収力の高さ

苦手なもの・こと : 長時間覚えていること

 

前世を持つ少女。バーチャル・シンガーから『特異点』と呼ばれ、セカイを持つ人たちを救うことを課せられている。

本人に記憶は無いが、どうやら何度も繰り返しているようで____。

 

 

【初音ミクについて】

なんかいっぱいいる。

セカイ毎にそれぞれの初音ミクがいるみたいだけど、その中でも私のセカイの初音ミクは異質だと思う。

時間が空いて、久しぶりにセカイに行ったら人が変わったみたいな時がある。

普段は遊んで遊んでって、子どもみたいだけど、たまにひどく大人びた時がある。

決まってその時は、大事な時であることが多い。

私が繰り返してることを知ってる、数少ない人たち。

 

【東雲彰人について】

私の兄。本人は隠してるつもりだけど、私にはバレバレなくらい、私の事を気にかけてくれてる。

夢中になれる、熱くなれることを見つけられて良かったと思う。

ただ、熱くなりすぎて仲間や周りの人と衝突しないか心配。

心の底から信頼していける仲間が出来て、私も嬉しい。

にんじん嫌いは直そう。

 

【白石杏について】

彰人と同じグループになった人。

すごい陽キャな人だけど、前に風紀委員をしてるって聞いた。

絶対に嘘。私は信じてない。

会う度に隙を見て私に歌わせようとするけど、そんなに歌わせたい理由が分からない。

聞いたら答えは帰ってくると思うけど、そしたら歌わなきゃいけなくなる気がするから聞いてない。

すごく明るいけど、その内に秘めた熱い心は彰人にも負けないと思う。

あとはもう少し勉強を頑張ったら完璧。

 

【東雲絵名について】

私の姉。他人にはツンデレ代表みたいな性格をしてるけど、なぜか私にはあんまりツンを見せてくれない。

絵のことが原因で承認欲求が強く、若干のSNS依存性になって自撮りを多くあげてるのを知ってる。

私のことをすごい可愛がってくれるのは嬉しいけど、過保護気味なのはどうにかして欲しいかもしれない。

後は、まぁ…たまになら抱き枕代わりになってもいい。

絵名が辛い時限定。

それから、にんじんは食べようね。

 

【朝比奈まふゆについて】

表は優等生。裏は甘えんぼ。そんな感じ。

定期的にセカイに来ることを要求され、抱きつかれて寝ることが多いけど、家のベッドで寝ないのだろうか。

後は、よく絵名とケンカすることが多い。

絵名が噛み付いて、それをまふゆが冷静にあしらって、っていう流れが多いけど、大抵私はまふゆに膝の上に乗せられてるから、2人の言い争いの真っ只中にいることが多い。正直うるさい。

部活のことについて聞いたら、弓道部をしてるとの事だったので、見学をした事がある。

その時のまふゆはかっこよかった。

その事をセカイで伝えたら、いつものが帰ってきた。

だから、私もよく分かんないって返した。

 

【桐谷遥について】

無自覚にカリスマをまきちらすアイドル。

お忍びでお出かけとかできないんだろうなぁ、と思うから、お出掛けができるのは良識のあるファンが多いのかな。

ペンギンが大好きみたいで、私のイヤホンもよく見てきた。欲しいならあげようかと聞いたけど、見てるだけで付けなさそうだからいい、と断られた。変人。



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第X章
東雲家のクリスマス


とんでも譜面が実装されたので、クリスマスの話を書きます。

イベントのお話は本編には全く関係ありません。多分。



クリスマス。

私個人のイメージでは、サンタという名の親からプレゼントをもらい、美味しいご飯を食べてケーキも食べて、寝る。

そんな感じの日だ。

 

まぁ簡単に言えば、私にとってのクリスマスというものは、家でゆっくりゴロゴロ、というものだ。

 

だが、東雲家の末っ子として生まれてからは変わった。

...いや、変えられた、というべきか。

 

冬休みに入って自堕落な生活をしている私は、今日がクリスマスということをスマホで認識しながら、毛布にくるまって二度寝を敢行している。

 

そんな私の毛布を、誰かがはぎ取った。

 

「瀬名、出かけるわよ!」

 

絵名だ。

こんな朝早くからテンションの高い絵名を見るのは約1年ぶり。

つまりは、クリスマスの日に毎回朝から絵名に起こされているのだけれど。

 

「...まだ眠い」

 

「そんなこと言って。『まだ眠いなら』と思ってほっといたらそのまま夜まで部屋から出てこないじゃない」

 

それは確かに。

 

「ほら、今日は瀬名の服買いに行くわよ。前に買ったものもサイズ合わなくなってるだろうし。彰人も下で待ってるんだから、ほら早く」

 

そういう絵名に体を起こされ、渋々着替えを始める私。

というか、服を買うのなんて通販じゃダメなんだろうか。

 

「ダメに決まってるでしょ」

 

そうですか。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

「やっぱり混んでるわね」

 

「まーな。まだ早い時間帯だからこの程度で済んでるけど、もう少したったら瀬名の手は離せねーだろうな」

 

ショッピングモールの大体の店がまだ開店してから10分かそこらしかたっていないというのに、辺りは人で埋まっていた。

だが彰人が言うには、まだこれでもマシな部類なのだという。

人に酔いそうだ。

 

身長の低い私を見失わない様にと、絵名と彰人の両方から手をつながれているのだが、気分はさながら捕まった宇宙人。

まぁあそこまで低くはないが、絵名とですら10cmほど離れている。彰人との差は言うまでもないだろう。

 

「まずはあそこよね」

 

「だな」

 

2人に手を引かれるまま入った店は、若干暗めの色でまとめられている、落ち着いた服の多い店だった。

 

客の数の多いというのに、入ってきた私たちに気づいた店員を絵名が慣れた様子で対応しており、その間に彰人は既に何着か手に持っていた。

 

「全身真っ白で透明感のある、っていうのもいいんだが、たまにはギャップで黒もいいよな」

 

「まぁ、そう思ったからここに連れてきたんだし。...ただ、元が良すぎてほとんどのものは似合いそうだけど」

 

2人はそう言いながら、私の体に服を当てては頷き、服を当てては頷きを繰り返す。

 

私が服を買いに行くのに反対なのは、ここだ。

私は服に対して特に興味があるわけじゃない。ぱっと目に入ったもので良さげなものがあれば、すぐそれにして買い物は終了するタイプだ。

 

昔家族総出で買い物に出かけたときは、私と父が外で待たされていた記憶がある。

もしかしたら私と彰人の性別が逆に生まれてきた説...。

 

「ひとまずこのかごの中にあるやつを順番に着てみて。試着室はあそこ。ほら行くわよ」

 

「くそ、俺のセンスがもう少し良ければ瀬名を輝かせられるのに...」

 

絵名が両腕にかごをかけながら試着室に向かい、彰人はなぜか悔しがりながらその後を追う。

店内も人の数は多い。

私は2人の後を慌てて追いかけ、試着室の前へとたどり着いた。

 

「それじゃあ、私たちはここで待ってるから」

 

「着方が分かんなかったら絵名を呼べよ」

 

そうして、私は数時間ほど、2人の着せ替え人形と化した。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

「もうお昼ね。彰人、どこかいい店ないの?」

 

「俺が行く店って言ったらそういう店なんだが...」

 

「あー...私たちだけならあれだけど...そうね、なら最近出来たっていう店にしない? 確かパスタが美味しいってSNSで噂になってたはずなのよね」

 

そろそろお腹が空腹を訴える時間帯になった頃。

絵名がスマホで何かを検索し、画面を見せてきた。

 

その画面には確かに、新店舗がこの近くにオープンしたことが書かれているが、2人とも大事な文章を見逃している。

 

「そうと決まれば、さっさと行こうぜ。混みそうだし先に連絡しておくか?」

 

「そうね...状況を聞いて、混みそうならそこら辺のファストフードで済ませても...」

 

2人がこのまま気づかずにその店に行った場合、出てきたパスタを見て顔を歪ませて、絵名は写真を撮るだけ。

彰人の至ってはそのまま私に皿を寄せるのが目に見える。

 

私はため息を1つ吐き出して、絵名の服を引っ張った。

 

「絵名。さっきのパスタのお店の画面、もう一回見せて」

 

「え? 別にいいけど...」

 

私のお願いに、絵名と彰人2人して首をかしげながら、絵名は先ほど見せていた画面をもう一度見せてくれた。

その画面の一か所に、私は指を当てた。

 

それだけで私の言いたいことを察した絵名は、画面を見て、顔を歪ませた。

 

「ん? どうしたんだよ、なんかあったのか?」

 

「これ...」

 

絵名が彰人に見せた一か所。

そこには、『にんじんペーストを混ぜた健康にも配慮した一品』との文。

 

「...ファストフードにすっか」

 

「そうしましょ」

 

真顔になった2人の後ろを追って、私たちは有名ファストフード店に入っていった。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

ファストフードの健康に悪そうな食事が大好きな私は、すっかり機嫌を良くして街中を歩いていた。

いつになく上機嫌なのが2人にも伝わっているようで、2人とも苦笑していた。

 

「瀬名のやつ、昔からファストフード好きだよな」

 

「まぁ美味しいのはわかるけど...肌に良くなさそうで進んで食べたくはないのよね...」

 

健康にいい食生活というものを一切考慮していない生活を続けても、私はこの美貌を保っているのだ。

絵名はそれらを考えてキリキリとスケジュール管理でもしないといけないだろうけど。

 

...彰人はどうなのだろう。

男なのだし、ある程度の身だしなみは考えているだろうけど、そこまで厳しくは考えていなさそうだ。

 

先ほど購入した私の服は、既に郵送を頼んでいるので私たちの目的は既に果たされたことになる。

 

あとは夜に、自宅で東雲家のクリスマスを過ごせば、イベントものは終わりだ。

 

クリスマスの度に母親が張り切って料理を作るのだけど、今回はどうだろうか。

 

「...絵名、彰人。少し寄りたいところがある」

 

「そうね、まだ帰るには余裕があるし...どこに寄るの?」

 

「この店なら、見たことあるから案内できる。行くか」

 

彰人にスマホに表示された目的地を見せて、彰人の案内の元、店へと向かう。

 

目的のものは、日頃の感謝、とでも言おうか。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

結局。

彰人に案内されて寄った店で購入したものは、父親用に万年筆。母親用にエプロン。

どちらもそこそこ値段のするものを選んでおいた。

 

物の価値なんてものは私にわかるはずもなく、彰人と絵名も同じ。

ネットで調べながらよさげなものを適当に、と言うと少し違うけれど、それでも普段の感謝を込めて選んだものだ。

 

両親の誕生日には特に何もしていないからこそ、こういうタイミングで日頃の感謝を伝えなくては。

 

そう張り切って、その日の夜に両親に渡したところ。

 

母親は大号泣して私を抱きしめ、父親は珍しく笑顔を見せていた。

特に父親の笑顔を見た絵名の反応は顕著で、ちょうどご飯を食べていたのもあり、絵名は箸を落とすほどの衝撃を受けたらしい。

 

それほどまでに父親の笑顔を見たのは衝撃だったのだろうか。

 

それからは特にいつもと変わりなく、絵名と彰人のにんじん押し付け合いバトルも始まったし、それを母親が窘めていたし。

私はそれらを無視して、マイペースで食事を進めてさっさと自室に戻ってきたし。

 

「.......」

 

そうやって、今日までのことをベッドの上で思い返して、1つ忘れていたことがあった。

 

私はスマホを取り出して、『Untitled』を再生する。

眩い光が収まって正面にいたのは、クリスマスでも変わらず真っ黒な初音ミクだった。

 

ただ、いつもと違うこともあり。

 

「...雪?」

 

「そうだよー。まぁ、別に積もりはしないから、雪だるまも雪合戦もできないけど。気分だけ味わう感じ?」

 

私のセカイにこうして影響を及ぼすほどに、今年のクリスマスは思い出に残っているのだろうか。

でも別に、今日は雪が降っていたわけでもないと思うのだが。

 

「瀬名の心の奥底では、冬と言えば。クリスマスと言えば雪が降ってるイメージがあるんじゃないかな。でも、積もるほどでもないって感じ。...これだけ降ってたら積もりそうな気がするけど」

 

そういって、初音ミクは、降り続けている雪を食べようと口を広げて、ジャンプしながらパクパク食べていく。

私も手のひらを出して、雪を手のひらに落ちるまで待ってみるが、別に冷たくはない。

見た目は雪そのもので、私の手のひらの熱に溶けるように消えていくけど、そこに残るのは水でもなんでもなく、そのまま何もなくなっていく。

 

ということは、あの初音ミクがどれだけ雪を食べようがお腹を下すことはないということだ。

 

そもそも、降ってる雪は汚くて食べるのはおすすめしないけど。

 

「じゃあ、私たちのクリスマス始めよっか」

 

「よっしきたー!」

 

私がそういうと、初音ミクはどこから取り出したのかクラッカーを出して、勢いよく鳴らした。

 

私と初音ミクのパーティは、始まったばかりだ。




イベントは私たちのリアルに合わせて書こうかな、と。

次のイベントは...年末年始かなぁ。


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あけまして! in 25時、ナイトコードで。

あけましておめでとうございます。
今年も瀬名ちゃんをよろしくです。

※この話は本編とは関係ありません。
ループしていない、ただの日常会です。


えー。

新年、あけまして、おめでとう。

今年もよろしく。

 

よし、と息を吐いた私は、先ほどまで一生懸命文字を打っていたスマホをベッドの上に投げ捨てた。

 

時刻は昼すぎ。

若干お腹が減り始めた時間帯に起きた私は、ナイトコードで来ていたメッセージを全て無視して、私からのあけおめメッセージを送っていた。

 

寝巻から手早く着替えて、リビングに顔を出す。

 

「あら、瀬名おはよう。何か食べる?」

 

リビングにのっそりと入ると、そこには寝ぼけ眼でご飯を食べている絵名と、甲斐甲斐しく世話をしているお母さんがいた。

 

非情にゆっくりと、もそもそと口を動かしながらご飯を食べている絵名は非常に小動物じみているし、普段はそういうのは叱っているお母さんも、ニコニコしている。

 

年始だし、優しいのだろう。

 

「余ってるのなら」

 

「余ってるなんて、瀬名用に準備してたんだから」

 

そういって台所へと歩いていくお母さんを見送って、絵名の正面の椅子に座る。

 

絵名は未だに頭を縦にこくりこくりさせながら、意識があるのか微妙な速度でスプーンを口に運んでいる。

絵名が食べているのは卵のおかゆだ。

量はそんなにないが、絵名のこのスピードだと食べ終わるのに30分はかかりそうだ。

 

そのままじっと見つめていると、開いているのか閉じているのか微妙なところだった絵名の瞼が、突然カッ、と開いた。

 

「あら、瀬名。おはよう...もうおそようね」

 

「...うん」

 

絵名のその起きる起きないのギミックには触れない方がいいかもしれない。

 

「はい、熱いから気を付けて食べるのよ」

 

お母さんが私の前に置いた、絵名と同じ卵のおかゆを食べて、そういえばと思い出す。

 

「彰人は?」

 

「なんか、挨拶に行ってくるとか言ってたけど」

 

すっかり起きた絵名に聞いてみると、彰人は外出とのこと。

メンバーに挨拶に行って、練習もしているのだろうな、と思いながらスプーンを口に運んだ。

 

比較的ゆっくりおかゆを食べ終わった後、自室へとは戻らずに、私は絵名の部屋に来ていた。

 

「さて。それじゃあ始めましょうか」

 

そういって、絵名は私の手をつなぎながらPCを操作した。

開くのはとある音楽ファイル。

 

私は今から、セカイに半ば強引に連れていかれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

眩しい光が収まると、既に私たち以外は集合しているようだった。

 

「あ、来た来た!あけおめ~」

 

「はいはい。昨日も集まったけど、今日は何するの?」

 

やけにテンションの高い瑞希に、奏がそう問いかけ、その後ろでまふゆが...あれ、さっきまで奏の後ろに立っていたはずなのだが。

 

「瀬名」

 

「わ」

 

「!? あ、あんたさっきまであそこに立って...!?」

 

まふゆの姿を探していると、私の後ろからまふゆの声が聞こえてきた。

後ろを振り向くと、確かにそこにはまふゆの姿が。瞬間移動でも習得したのだろうか。

 

「行こう」

 

「うん」

 

まぁいいか、と不可思議現象を理解するのを諦めると、まふゆが私の手を掴んで歩きだした。

私が首を縦に振ろうが横に振ろうが関係なさそうな行動だが、まふゆが自分で何かをするのも珍しい。

まふゆも新年ということで、テンションが上がっているのだろうか。

 

瑞希と奏のところまで合流すると、瑞希は何やら大量の荷物を持ってきているようだった。

簡易型の着替え室もある。

 

「ボクが今日みんなを集めたのは、他でもない、振袖を着てもらいたかったからなんだよ!」

 

既にテンションが高かった瑞希のテンションさらに上がり、手に持っているひらひらしている服を振り回している。

それを見た奏は、へぇ、と言いながら私と隣のまふゆを交互に見始めた。

 

「ねぇ、2人でお揃いコーデとか、しない?」

 

「...奏も一緒なら」

 

「私も? ...いいけど」

 

どうやらそこに私の意思が入り込む余地はないようです。

まぁ、着せ替え人形になるのは慣れているからまだいいのだが。

 

ため息を1つ吐き出して、設置されている簡易型着替え室を見ると、中から初音ミクが出てきた。

頬が若干赤く染まっている彼女が身に着けているのは、いつもの灰色の服ではなく、ミニスカサンタだった。

 

「...ちょっと遅いと思うけど」

 

「でも、瑞希がこれ、って」

 

なら悪いのは瑞希だろう。

 

瑞希をちらりと見てみると、楽しそうに奏に服を当てては次の服を当てている。

絵名はまふゆを見て、何やら唸っているようだ。

 

「く...顔もスタイルも...はぁ、これでいいんじゃない?」

 

「絵名、雑」

 

「だって何合わせてもあいそうなんだからしょうがないでしょ!」

 

逆切れだ。

 

まぁまふゆの方は絵名が何とかするだろう。

しばらく初音ミクと雑談をしていると、絵名と瑞希が軽い喧嘩を始めた。

 

「だーかーら、瀬名にはこの真っ白コーデが合うに決まってるでしょ!」

 

「瀬名が白いから服も白で染めようって、ちょっと安直すぎるんじゃない? だからこそ、ここはあえて紫と灰色を入れる! まふゆの色も奏も色も入ってるし、ボクたちも満足でしょ」

 

「2人を入れるなら私も入れなさいよ!」

 

くだらない話をしている間に、初音ミクと一緒に座っている場所にまふゆと奏も合流した。

 

「2人は何してたの?」

 

「今はただ話してただけ」

 

「瀬名が、絵名の弟にじゃーまんすーぷれっくすを決めた話をしてた」

 

「してないけど」

 

思わず初音ミクの方を向くと、彼女は私から顔を背けていた。

確信犯である。

 

いつの間にそんなユーモア性を身に着けたのか、とそのまま初音ミクを眺めていると、突然私のお腹に手が回って、上に持ち上げられたと思ったら何かの上に乗せられた。

 

「瀬名、あったかい」

 

「...私体温高めだから」

 

まふゆだった。

 

お腹に腕を回して、首に顔をうずめるまふゆ。

こそばゆいからやめてほしいのだが...言ってやめるようならこういうことになってはいない。

人間諦めが肝心だ。

 

まふゆの頭を撫でながら絵名と瑞希の言い合いを眺めていると、空いている左手をにぎにぎされる感覚。

 

「...確かに、あったかいね」

 

「...奏」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ~! いや~、やけにつっかかってきてさ~」

 

「あんたが邪道に手を出そうとするからで...って、なに、これ」

 

ふと気が付いた時には、私を中心にして寝転がって、全員寝ているところだった。

絵名と瑞希が近くに来て話をしているから起きたが、そのままだったら夜どころか次の日まで寝ていたかもしれない。

 

とはいえ、目が覚めたのだから、起きないと2人がかわいそうだ。

体を起こそう、としたところで、私は身動きができないことに気が付いた。

 

私の胴体はまふゆに抱き着かれながら横になっており、右手は初音ミクに、左手は奏に取られている。

どういう状況なんだこれは。

 

「...まぁ、昨日も夜遅くまで話してたし、今日ぐらいはいいか」

 

「おや~? えなな~ん、今日は優しいんだねぇ~」

 

「今日『は』って何よ。いつも優しいでしょ」

 

「え~?」

 

...何やらこのまま寝かせてくれるらしいので、私は目を閉じてもうひと眠りすることにした。

その時、まふゆの腕の力が少しだけ緩んだ気がするので、恐らくまふゆは最初から起きていて、絵名と瑞希の話を聞いていたのだろう。

 

こうしてまふゆが自分の欲望を表に出すようになっただけ、進歩だと自分を納得させて、眠りについた。



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おーばーどーず! いち!

お久しぶりです。

お気に入り800超えてました。ありがとうございます。



※この話は本編とは関係ありません。
ただの日常会です。


すぅぅぅぅぅぅ。

 

「まふゆ。もう時間」

 

「...もう少し」

 

セカイにて、私はまふゆに猫の様に吸われている。

これは最早彼女の中で日課になっているもののようで、吸っている時間に差異はあれど、吸わない日は無い。

 

恐らくだけど、これが彼女なりのストレス発散方法なのだと私は思う。

 

絵名のストレス発散方法なんかは見てわかるように、自撮りをSNSにあげていいねを貰って承認欲求を満たすし、スイーツを食べに行って幸せな気持ちで心を満たすだろう。

 

ただ、まふゆにはそれが難しい。

 

叫ぶこともできなければ、衝動的に何かを壊すこともできない。

 

まぁ、彼女の中の我慢がきかなくなれば、誰でもわかるように爆発するのだろうけど。

 

私個人としては、このまままふゆに吸われたままでもいいのだが、いかんせんまふゆに予定がある。

外では優等生として通っている彼女が、遅刻なんてするわけにいかないだろう。

 

つまりは、今の時間帯は朝なのである。

 

「...じゃあ、いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

なんとなく肌がツヤツヤしているようなまふゆがセカイから出ていくのを見送って、私も『Untitled』を止めよう、としたところで、視界に端に灰色の髪の毛が映り込んだ。

 

「...出てきていいよ」

 

「...瀬名、私もしてみたい」

 

先ほどまではまふゆに気をつかっていたのか、隠れて様子を見ていた初音ミクだが、私とまふゆがしていることを初音ミクもしたいらしい。

別にそれは構わないのだが、何をしていたのかを初音ミクは知っているのだろうか。

 

「...ぎゅ」

 

「...」

 

先ほどまふゆは、仰向けになっている私の上にかぶさって、私のお腹に顔を埋めて吸っていたわけだが、初音ミクはただまふゆの真似をして、上目遣いで私の顔を見てくるだけだ。

 

...前から気になっていたのだが、初音ミクがよく私の顔を見てくるのは、私の顔に何かついているからなのだろうか。

 

「...私の顔、何かついてる?」

 

「何も。ただ見てるだけ」

 

「...そう」

 

理由はないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

特に日中用事のない私は、その日を大半をセカイで過ごしている。

学校に行っているべき時間は、私のセカイで。

それ以外の夜と朝は、まふゆたちのセカイ。

 

時刻にして午前9時半頃。私はセカイで、バーチャル・シンガーの2人と雑談をしていた。

 

話題はその日によって変わるが、今日はまふゆのことを話していた。

 

「それ、猫吸いみたいだね」

 

「猫吸い?」

 

まふゆの中で日課となっているであろうことを話していると、初音ミクがツインテールにしている真っ黒な髪の毛をそれぞれの手にもって振り回しながら、私にそう告げた。

思わず聞き返して首をかしげると、その初音ミクの隣で眠そうな顔をしているリンが、あぁ、と思い出したような声を出した。

 

「猫を吸って幸福感を得るっていう、あれね」

 

「...なんか、麻薬みたいじゃない?」

 

「確かにそうかもしれないけど、猫は無臭なんだし、人間の脳がそういう幸せに感じる物質を出してるんじゃないの? 試しに私もリンを吸う!」

 

「は? ちょ、やめて、話を、あーもう...好きにすれば...」

 

まるで大型犬に遊んでと構われる猫のようだ、と思うような光景を見ながら、私は自分の服を引っ張って匂いを嗅いだ。

 

...分からない。

まだ今日は運動らしい運動をしていないとはいえ、人は自然と汗をかくもの。

汗臭くはないが、自分の匂いを自分で判別する、というのは難しいというか、ほとんどの人が無理だろう。

要は慣れてしまう、ということだ。

 

目の前でリン吸いを始めた初音ミクに聞いてもまともな答えは返ってこなさそうだし、リンは拘束されているからそれどころじゃなさそうだ。

 

ひとまず、今日の夜まで待つとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、みんなに確かめてもらおうと思って」

 

「そう。...変な匂いはしないけど」

 

夜。いつもの集合時間より20分程早いが、私はナイトコードに『相談したい事があるからセカイに来て』とだけ告げて、私はセカイで待機していた。

 

セカイに来た時にその場にいた初音ミクに説明して、ニーゴのメンバーが来るのを待つ。

その間に初音ミクに試しに嗅がせてみたが、首を傾げて『変な匂いはしない。良い匂い』と言うだけだ。

 

そのまま初音ミクに髪の毛で遊ばれること数分。

一番乗りはまふゆだった。

 

「瀬名。相談したいことって?」

 

「...まふゆは、私の事猫だと思ってる?」

 

「...? 人間だと思うけど」

 

まふゆにどう説明しようか迷っていた所、色々と端折って聞いてみたのだが、残念ながら望んでいたような答えは返ってこなかった。

まぁこれに関しては私が悪いのだが。

 

とはいえ、まふゆに『私って変な匂いする?』と聞いても、それも求めている答えは得られないだろう。

何せ私の悩みの原因になっているのだし。

 

後ろからまふゆに、前から初音ミクに抱き着かれながら座っていると、奏と瑞希がやってきた。

今日は絵名が最後のようだ。

 

「瀬名、相談したいことって...?」

 

「珍しいよね、いつもボクたちが聞くことはあっても、瀬名から聞かれることはあんまりないし」

 

確かに...そう言われるとそうかもしれない。

普段私がこのニーゴでしていることは主にそれぞれの進行の管理と、手助け。

『どっちがいいと思う?』と聞かれれば詳しく理由を付けて選ぶし、『どうしようか?』と言われれば、これまでの傾向とその時の世の中の流行などを加味して助言する。

 

そうしていることがほとんどだったので、私が聞く側に立つ、というのは1ヵ月に1回あるかどうかという頻度だ。

 

そのたまにしかないことを、こんなしょうもないことに使っているのだけど。

 

「実は、2人...絵名も入れたら3人に、私の匂いを嗅いでほしくて」

 

「...? 嗅いだことはあるけど、いつもいい匂いがするよ」

 

「え、ちょっと待って。どうして聞こうと思ったのか気になるし、奏も奏で気になる...もしかして、瀬名の後ろにいるまふゆっていつも嗅いでるの?」

 

「息をしてるから不可抗力だけど...いつも、猫吸いみたいに吸われる時間がある。不思議に思って」

 

「...変な臭いだけど、クセになってつい嗅いじゃう、みたいな感じかな。でも大丈夫。瀬名はいつもいい匂いがするよ。フローラルの香りに近いかな」

 

フローラルとな。

フローラルというと、花の匂いがするということなのだが、あれか、人間にしては動かなさすぎで植物にカウントされているということか。

 

「あ、それはわかるかも。服は絵名と部分的に同じ匂いがするから柔軟剤じゃなくて、フローラルは瀬名自身からの匂いってことなのかな」

 

へぇ、とスルーしかけて私の頭は動きが一瞬止まった。

瑞希も瑞希でおかしくないだろうか。

え、あれか。私がおかしいだけで、今時の子は他人の服の匂いを嗅ぐのは普通なのか。

 

まぁ他人の忘れ物に名前が書いていなければ、匂いで確認するのも手ではあるのか...。

 

「...私なら瀬名の忘れ物なら匂いを嗅がずに判断できるけど」

 

後ろからボソッと告げるのは、私のうなじに顔をうずめているまふゆ。

確かに目の前で私の匂い談義をされるのは恥ずかしいものがあるけど、『見てすぐわかる』と言われるのも少し恥ずかしい。

 

最近の若い子はすごいんだなぁ。

 

奏と瑞希の柔軟剤と本人の香り談義をぽけーっとしながら見ていると、セカイに絵名がやってきた。

 

「来たわよ瀬名。相談ってなんの...2人は何してるの?」

 

「何って、瀬名っていい匂いするよねって話だけど」

 

「絵名はどう思う?」

 

いや来たばかりの絵名にいきなりいかれた話題を振るのはやめて欲しいのだが。

 

若干奏と瑞希の2人に引きながら見ていると、絵名は何やら勝ち誇った笑みを浮かべて、鼻で笑った。

 

「私はその話は別にいい。だってもう通った道だもの」

 

「みつを」

 

「茶々を入れない。まぁ、そういうことだから、その話は私抜きでお願い」

 

絵名は茶々を入れてきた瑞希を雑にあしらいながら、こちらに向かってきて、側に座った。

 

「それで、相談したいことってまさかあれ?」

 

「似てるけど違う。まふゆに猫みたいに吸われるから、どんな匂いがするのか聞きたくて」

 

絵名はちらりとまふゆの方を見て、息を吐き出した。

 

「...なるほど。そうね、瀬名の匂いはフローラルの匂いがするけど、それと同時に落ち着く匂いがするのよね。乱れた心が落ち着く、というか」

 

「落ち着く?」

 

気分に作用する匂いと言うことか。

 

なるほど、その線が関係してそうだ。まふゆにこれだけ吸われているのも、それで説明できそうだ。

もしくは、ただ単に好みの関係かもしれないけど。

 

「私が瀬名を抱き枕にして寝るのも、それが理由の1つね。まぁ他にもちょうどいい大きさとか、あったかいとか、色々あるんだけど」

 

どうやら私を抱き枕にして眠るのはそういうことだったらしい。

ひとまず背を伸ばすことが最優先だろうか。自分の匂いなんて簡単に変えられるものでもない。

 

絵名の話に反応したのか、まふゆの顔が私のうなじから離れる感覚がした。

 

「抱き枕?」

 

「ええ、瀬名ってほどよい体温に加えて良い匂いもするから、すぐ寝られるのよね。...あんた、顔は変わってないけど何考えてるか丸わかりよ、それ」

 

「ダメ?」

 

「...2日。それ以上はダメ。前はそれでも耐えられたけど、今はもう無理」

 

何やら私を放置して2人の間で通じ合って会話をしている。

まふゆの考えていることが何となくわかる時がある、というのは私も共感できる話だ。

絵名よりもその精度は高いと自負できるが、別に誇る物でもないかもしれない。

 

「で、相談事はもう解決できたの?」

 

絵名にそう言われてはっとしたが、確かに解決したかもしれない。

別に悩んでいるわけでもなく、ただ知りたいだけだったのだ。

 

私の匂いは、『フローラル』『落ち着く匂い』。この2つがポイントだ。

別に誰かにアピールするわけでもないけど。

 

私が首を縦に頷くと、絵名は薄く微笑んで、立ち上がった。

 

「それならいいわ。そろそろ作業に戻りたいし...瀬名のこと、任せたわよ、まふゆ」

 

「わかってる」

 

はぇ?

 

「何の話?」

 

結局話についていけない私が首をかしげて絵名に問いかけると、絵名は曖昧な笑みを浮かべてスマホを取り出した。

 

「本当はもう1日も渡したくないんだけど...まぁ、こればっかりは話題を出した私の責任だし。ちょっと2日間、まふゆの抱き枕になってあげて」

 

は?

 

「よろしく」

 

は?

 

...は?




オーバードーズ=瀬名の過剰摂取=?



ちなみに当初の予定では単話の予定でした。


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おーばーどーず! に!

同時にMORE MORE JUMP!編 第18話も更新しています。
よければそちらもどうぞ。


※この話は本編とは関係ありません。
ただの日常回です。



「お母さんは夜遅くは部屋に来ないから...移動はセカイ経由して行こう」

 

「わかった」

 

いつの間にか絵名とまふゆの間で抱き枕の契約を交わされていたことにより、私は2日間まふゆの抱き枕となっていた。

 

今日はその1日目。

以前もまふゆと睡眠をとったことはあるのだが、そのどれもがセカイでの出来事。

まふゆの部屋を見たことが無いわけではないが、まふゆのベッドで横になったことは1度もない。

 

内心行きたくないなぁ、と思いつつも、時間は無情にも過ぎていく。

今はセカイで待機している最中で、時間になればまふゆがセカイに迎えに来てくれる予定だ。

 

ぼけーっとしながら灰色の空を眺めていると、座っている私の隣に初音ミクが座った。

何か用があったのか、と思いながら初音ミクを見ていると、ただ私の方を見てくるだけなので、特に用はないのだろう。

 

そうして2人で無言のまま、まふゆの到着を待っていると、誰かがセカイへとやってきた。

まぁ、このタイミングで来るのは1人しかいないと思うけど。

 

「瀬名、行こう」

 

「わかった」

 

「2人とも、またね」

 

若干名残惜しそうにしている初音ミクから離れて、私はまふゆと手をつないでセカイを出る。

いつものごとく眩しい光が止んだ時には、もう既に私はまふゆの部屋へとやってきていた。

いつ体感しても不思議現象だ。

 

「お母さんはもう寝てると思うけど...あんまり音は立てないように」

 

「うん」

 

まふゆの母にいい思い出は持っていないが、まぁ、流石にこの時間なら大丈夫だろう。でなければ、まふゆがこれまで活動出来ていたのに理由が付かない。

それに、次同じような状況になっても、()()()()()()()()()()()

 

現在の時刻は25時のちょっと前。

いつもであればそろそろナイトコードに集まる時間帯だが、今日の活動はお休みだ。

これに関しては奏が『たまに休んで、効率を上げよう』なんて言っていたのが原因だ。

 

奏がそういうのであれば、と言った感じで今日の活動はなしになったのだが、奏本人が休んでいるかは謎だ。

まぁ十中八九休んでいないだろうけど。

 

「こっち」

 

「うん」

 

まふゆに声をかけられてそちらを向けば、既にまふゆはベッドの中に入り込んでいた。

そんなに眠いのだろうか。

 

まふゆの誘いにとりあえず大人しく従い、同じベッドの中に入り込む。

まだ毛布は温かくはないが...まふゆの体温が今日は高いおかげで温かい。

 

普段は私の背中側から抱き着いてくることの多いまふゆだが、今日はどうやら違う様で、私の頭を胸に抱えるようにして眠り始めた。

 

まふゆの鼓動が聞こえる。

別に医者ではないから、鼓動を聞いたところで何が分かるわけでもないんだけれど...それでも、他人の鼓動と言うのは落ち着くもので。

 

私とまふゆは、特に会話もなく、そのまま眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

特にアラームもセットしていなかった私は、セカイで目を覚ましていた。

しかも、ここはニーゴのセカイではなく、私自身のセカイ。...いつの間に来たんだろうか。

 

「あ、起きた」

 

体を起こしてぼーっとしていると、隣から声が聞こえてきた。

声の方に体を向けると、そこには眠そうな顔で目をこすっているリンが体育座りでちょこんと座っていた。

 

「リンだけ?」

 

「あれは昨日遅くまで騒いでたから...まだ朝7時前だし」

 

幼く見えるリンが朝早くから起きていて、高校生ぐらいに見える初音ミクが少し遅れて起きてくるの、何だか妙にリアルだと思うのは私だけだろうか。

まぁ、このセカイは私しかいないんだから、私しか思ってないんだけど。

 

とにかく、朝っぱらからあのテンションに付き合わされなくて助かった、と思いながら、その場に再び寝転がり、そういえば、とリンに声を掛ける。

 

「私はなんでここに?」

 

「私が連れてきた。一緒に寝てた子の母親に見られると困るんでしょ」

 

「...なるほど、部屋に来たんだ」

 

なんの用があって部屋に来たのかは知らないが、寝ていてもこの体が自動反撃でもしてくれわけじゃないので、今回は助かった。

セカイに移動しているところをまふゆに見られていたら、少し面倒なことになっていただろうけど...恐らく、リンが強制的にセカイに連れてくる、と言うことは、まふゆが眠っていて母親を止められなかった、と言うことでもある。

 

寝転がったまま首を右左と倒して、スマホを探す。

それでは見つからなかったので、ポケットに手を突っ込んで...と思ったのだが、この服にはポケットは存在しなかった。

寝起き特有のなにもかもがめんどくさい現象に苛まれていると、リンが私の顔の前に何かを差し出した。

 

「...私のスマホ」

 

「預かっといただけ。今回みたいなのはこれっきりにしてよね」

 

リンの顔を見ながらスマホを受け取るが、リンの顔は別に嫌がっているようには見えない。

流石に頻繁に迷惑をかけるわけにはいかないけど、たまには迷惑をかけないと逆にすねるタイプの奴だ。

 

ひとまずナイトコードを起動し、まふゆに連絡を送る。

既に私がどこにいるのかとメッセージが来ていたので、『セカイに避難してた。まふゆのお母さんに見つかりそうだった』とだけ送信。

別に私はどのセカイなのかを指定してないし、まふゆからすればセカイと言えば1つしかない。

 

特に違和感もないだろうと思い、まふゆからの返信を確認する前にアプリを閉じた。

 

「じゃあ、また」

 

「うん。...今度、1人で遊ぶ道具でも持ってきてくれない?」

 

セカイから出る際にリンからそうお願いされたのだが、恐らく初音ミクからの絡みがそろそろうざくなってきたのだろう。

まるで幼い子におもちゃを与えるようだな、と思いながらそれに頷いて、私はセカイから出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

まふゆの部屋に戻り、すぐさまニーゴのセカイに移動。

そのまま自室へと戻ってきた私は、そのまま自分のベッドでごろごろする。

 

誰かの抱き枕になる、という経験が絵名でしかない。

以前セカイでまふゆと一緒に寝たような気がするが、あれはベッドの中じゃないから仮にあったとしてもノーカンだ。

 

そのことを思い出すと、なんだか妙な気分になる。

嫌なわけではないんだが、絵名と一緒に眠ると言うのとはまた違う、と言うか...。

 

言葉に表すなら、絵名は『あんたは私の』って宣言されてるような...力強い抱擁のせいでそう感じているのかもしれないが、まふゆはどちらかと言うと方向性としては反対の印象を受けた。

『どこにも行かないで』。『1人にしないで』。そんな感じ。

 

その感情が私に向けられるのは、理解はしている。

何せ、一度消えようとしていた時に、私も一緒に巻き込まれようとしていたのだから。

まぁ不可解なのは、どうしてそこまで私に固執するかなのだが...。

人の気持ちに理由を付ける方が難しいこともある。あれはそういう類なのかもしれない。

 

一旦この件に関して考えることを止めた私は、体を起こして部屋を出る。

流石にお腹が減った。最悪水だけで活動自体は出来るというものの、そのパフォーマンスは著しく落ちるだろう。それも考え事をしたいのなら特に。

 

部屋を出てリビングに出ると、自宅には既に誰もいない様で、私の足音だけが響いていた。

今だけは、誰かいてほしかったなんて、柄にもなく思った私だった。




本当ならこの日常回は2話構成だった。

おっかし~ぞ~?


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第1章 Vivid BAD SQUAD編
第1話


気晴らしに書きます。




前世というものがある。

前世と言うのは、簡単に言ってしまえば、その人生よりも前の人生の事を指す。

だがしかし、そういうものがあると信じる人と、信じない人がいるだろう。

 

私はどちらかと言うと、信じざるを得ない、という派閥だろうか。

 

私には前世の記憶がある。

まぁ20代半ばまでの記憶しかないが、それまでの記憶は保持しているわけだ。

前世の私は、それは平凡な人間だった。

学校で受けるテストはいつも60~70点台で成績は秀でたものはなし。

将来の夢も特になく、それなりの会社に入って働いていた。

 

それが、前世の私。

 

だが、今世の私はどうやら違うようだ。

 

今世の私の名前は、東雲瀬名。

前世での性別はあいにく覚えていないが、今世は女性のようだ。

見た目は非常に整っており、美人ではあるが、綺麗と言うより、可愛いの方が優先される方向性、と言うのだろうか。

身長は140台後半で、平均を下回るだろう。

髪色は何故か透き通るような白色。ストレスで色が抜けたというわけではなく、地毛で白色なのだ。

 

 

「そろそろ家でないと遅刻すんじゃねーのか」

 

考え事をしている私の後ろから、男の声がする。

 

振り返ってみればそこには、私の1個上の兄である東雲彰人が立っていた。

掛けられている時計に目をやると、確かにそろそろ出なければいけない時間だ。

 

「助かった。ありがと」

 

「気にすんな」

 

私がぶっきらぼうにそういうと、彼は薄く微笑んで玄関へと向かう。

 

東雲彰人。

現在高校1年生の私の兄だ。

髪色はオレンジだが、これで染めていないというのだから驚きだ。

とはいえ、昔の私の価値観だからそう思うのであって、今の私の価値観からすれば普通の色だ。私も白い。

そんな彼はストリート音楽の道を進んでいるらしく、それにかける情熱も相当なようで、よく熱心に練習しているらしい。

 

そんな熱い彼だが、私には甘々だ。

彼の好物であるパンケーキを、私が通りかかるとフォークにさしてこちらに差し出す。

別に私が催促しているわけでもないのだが、彼は毎回そうするのだ。

 

さて、そんなことを考えている場合ではない。私も学校に向かわなければ。

 

「これから学校? 気を付けていきなさいよね」

 

廊下でばったりと会ったのは、2個上の姉、東雲絵名だ。

彼女は画家を目指しており、その方向の高校を受験するも失敗。現在は夜間定時制の高校に通いながら夢を追いかけている。

私たち3人の父親は、所謂天才と呼ばれる部類の画家だった。

その影響を色濃く受けた絵名は画家を志すのだが、中々その道は厳しいものがあるようだ。

昔通っていた絵画教室も、全てに絶望したような顔で帰ってきてからは通っていないようだ。

 

...あの時は部屋に連れ込まれてきつく抱きしめられた。次の日もずっと抱きしめられたおかげで学校にはいけず、二度寝に入ったものだが...まぁ、過去の話だ。

 

そんな彼女もまぁ、彰人と同じように私に甘い。

彰人に対してはパシリをさせる彼女だが、私に対してはよく、私を膝の上に乗せ、頭を撫でられる。

その撫で方がまぁ絶妙に心地よくて眠く...いや待て、これは甘いというより可愛がられているだけでは。

 

「気を付ける」

 

「あんたは素直でかわいいわね。...また今度添寝してもらおうかしら」

 

私の頭を一撫でし、そんな爆弾を残していった絵名。

...撫でられるのは好きだが、添寝は勘弁してもらえないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

朝に絵名が起きているという、非常に珍しい物を見たところで、私のおかしな事を語るとしよう。

 

前世を覚えているという事がおかしなことに思えるほどの、大きなことだ。

それは。

 

「まーたサボり?」

 

「うるさい」

 

初音ミクと名乗る少女がいる、このセカイだ。

 

前提として私は既に、前世も含めれば義務教育は既に終了しているので、中学にわざわざ通う必要がない。

精神的には大人な私が、まだ体も心も未熟な子供たちの中に入って何かをする、と言うのは、聊か気が引ける。

まぁ、大部分は面倒くさい、というのが理由だが。

 

中学校は別に不登校でも卒業できる。

卒業式には出るつもりだが、まぁ問題ないだろう。多少奇異の視線で見られることは覚悟済みだ。

 

そんな私が適当に街中をぶらぶらと歩いてサボっていると、突然スマホが光ったのだ。

 

そして気づけば、先ほどまでとは打って変わった、宇宙の様な場所に。

しかも重力はちゃんとあるときた。

 

「それで、今日は何しようか?」

 

「寝る」

 

あの時は非常に驚いた。

まさか、前世でも体験したことのない謎の現象だ。

人でにぎわっていた場所にいた私が、突然別の空間に飛ばされる。

催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃないのだ。

 

とはいえ、初音ミクと名乗る少女から聞いた話を考えると、これは最強のサボりスポットだ。

最悪、彰人や絵名にばれても、ここに逃げ込むことが可能だ。

 

しかも、入り込む瞬間は他人に認識されないのだとか。

最強だ。

 

「えー。そう言って昨日も寝てたじゃん。今日は何かしようよ」

 

「...そうは言っても。ここには何もない」

 

ポニーテールの真っ黒な髪色をしたミクが髪を振り回して、私の体を打つ。

普通に邪魔くさく寝られない私は体を起こして周りを見るが、いかんせんこのセカイには何もない。

右を見ても左を見ても、地平線が続くばかり。

下は真っ白な地面。材質は不明。

上を見れば、宇宙の様な何かが広がっている。

地球から夜空を見上げているのとは少し違う、吸い込まれるような黒い空だ。

 

私は片手をあげて、端から星を数えていく。

全部で20個。これ以上の時はないし、これ以下の時もない。

非常に数えやすい数だ。

 

「今日も20個。...星座は関係なさそう」

 

「そりゃあそうだよ。この星は、瀬名と関係のある人たちの星の輝きだもん」

 

「私と関係...? それ、どういう意味?」

 

「そのうちわかるよ。そんなことより、何かして遊ぼうよ」

 

「...わかったってば」

 

私に関係する輝き、と言われてそのままオウム返しで聞いてみたものの、はぐらかされてしまった。

まぁ、最初から素直に教えてくれるとは思っていない。このセカイに来てから素直に答えてくれたのは、一度だけ。

このセカイは何? という質問だけだ。

それ以外の、例えば好きな食べ物は、と聞いても答えてはくれない。

『そんなことより遊んで』の一点張りだ。

 

そうして私は、今日も1日を無為に過ごしていく。

 

 







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第2話

評価などなど、ありがとうございます。



私がいつも通り学校をさぼってセカイで時間を過ごした後。

今日の晩御飯は何だろうかとリビングでぼーっとしていると、荒々しい足音を鳴らしながら誰かが家に帰ってきた。

 

一体何だと音の方を見てみれば、しかめっ面をした彰人がいた。

 

「...」

 

「彰人、怒ってる?」

 

「怒ってねぇよ。...ちょっと癪に障ったのと、失望しただけだ」

 

それは一般的に怒っているというのだが、彰人のニュアンス的には違うようだ。

 

とはいえ、普段は私の前では大抵穏やかな表情をしている彼にしては珍しい物を見た。

余程のことがあったらしい。

もしかしたら、最近というか昔見たストリート音楽系統でひと悶着あったのかもしれない。

 

「彰人、冷蔵庫の中に私の分のケーキが入ってる。食べていいよ」

 

「いや、それは瀬名のもんだろ。俺のじゃ...」

 

「私は別に、特段好物ってわけじゃないし、また今度一緒に美味しいお店に連れてってくれたらそれでいいよ」

 

「...あぁ、わかった。サンキューな」

 

私に気を遣われているのが分かったのだろう。

息を大きく吐き出して、私の頭を撫でた。

私の分のケーキを譲ることで多少緩和されるのであれば、もしかしたら友人との間で起きたのかもしれない。

 

これが原因で仲違いしてそれっきり、というようなことにならなければいいが。

 

...ふむ。男なのだからか、絵名に比べると少し撫で方が力強いというか、荒いというか。

だが、それでも気持ちの良いものであることに変わりはない。

 

 

私はそのまま、しばらく彰人に撫でられたままでいた。

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

リビングで食後のデザートとしてケーキを食べていた彰人が絵名に見つかり、ちょっとした騒ぎになったものの、今日も平和に1日が過ぎた。

 

ほぼ毎日外を出歩くのは疲れる。

こうして1日中ベッドの上で寝て過ごせたらいいのに、と思いつつ、私はスマホの画面に触れる。

 

ミュージックアプリの中には数多くの楽曲が入っているが、その中でも異彩を放つものが1つ。

 

「『Untitled』...気づいたら入ってた」

 

毎日ミュージックアプリを起動する私だからこそ、いつから入っているのかはわかる。

あの日、セカイに呼び込まれた日からだ。

その他に、その日にあった異常なんてない。確実にセカイと関係しているのだろう。

 

その証拠に、この楽曲を再生すれば、あのセカイへと何時でも飛び込めるし、セカイの中で曲を止めれば、現実へと戻って来れる。

 

初めてセカイに入ったときは曲を再生した記憶はないし、全くもって謎の現象だ。

いや、もしかしたら適当に曲を流した際に、と言うことも考えられるか。

 

「もうこんな時間...絵名が少しうるさいけど、寝よう」

 

耳をすませば、『あんたねぇ』と絵名の声が聞こえてくる。

大体25時ぐらいから絵名はうるさいのだ。

早いうちに寝なければ翌日に支障をきたす。

 

...彰人は平気なのだろうか。

 

そんな事を考えているうちに、私はいつの間にか眠っていた。

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

翌日。

いつも通り学校に行くふりをしてセカイで時間を潰した私は、なんとなく、真っすぐ家へと帰らずに喫茶店へと足を運んでいた。

 

考えるのは、昨日の彰人の事。

 

「心配だけど...」

 

彰人のことは彰人が解決するだろう。

私は別に、困っている人がいても、こちらに手を伸ばしていなければ助けようとも思わない。

彰人は今、助けを求めているわけではないのだ。

 

それでも、気になる。

 

...もしかしたら私は、彰人が何をしているのか気になっているのかもしれない。

 

ストリート音楽、と言うことは本人から直接語られたから知っている。

だが、彰人自身が何をどうしているのかは知らないのだ。

 

一旦息を吐き出し、思考をリセットするためにコーヒーを口に含む。

味覚には基本的には5種類あり、コーヒーは主にそのうちの2つ、『苦味』と『酸味』を感じることが出来る。

この2つがいい感じにバランスがとれていると、美味しいと感じやすいのだとか。

まぁ香りだとか、温度だとか、コーヒーを美味しく飲むためには他にもいろいろとあるようだが、特に考えて飲んでいるわけではない。

 

「やっぱりコーヒーには何も入れないのが美味しいな」

 

飲んでいたコーヒーを一気飲みし、支払いを手早く済ませた私は、スマホを取りだして地図アプリを起動した。

目的地は、ビビッドストリート。

この辺りでストリート系統で有名な場所と言えば、その辺だ。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

「うん?」

 

適当に道を歩いていた私。

そろそろ誰かに尋ねてみるのもいいかもしれない、と考えていたところで、歌声が聞こえてきた。

音楽は聞こえず、声だけ。アカペラ、という奴だろうか。

 

近くまで来ると、歌っている人の顔も見えてくる。

勝気そうな女の子と、メガネをかけた少し気の弱そうな女の子。

 

「いい声」

 

聞いていると、なんだか気分が乗ってくる、と言うのだろうか。

何の曲を歌っているのか、私は聞いたことのない曲だったが、それでもいい声だった。

 

こうして通りで歌う人がいるのだ。もしかしたら、私の兄を知る人がいるかもしれない。

そう思い、隣に立っていたツートンカラーの髪色をしている男の人に声を掛けた。

 

「あの、東雲彰人って人、知ってます?」

 

「ん?」

 

そう声をかけた男の人は、どこか昔を懐かしんでいるようで、少し悲しんでもいるような眼をしていた。

 

「君は...?」

 

「東雲彰人って人を探してるんです。この辺りで歌ってたりしません?」

 

「...彰人と会いたいのか。なら、案内しよう。ちょうどこの後会う予定がある」

 

そう告げた男の子は、先導するように歩き始める。

助かった、彰人を知る人間と偶然にも会うことが出来た。

 

駆け足で男の子に追いつくと、彼は私の歩幅に合わせて、少しゆっくり歩いてくれていることが分かった。

彼が嘘をついていることも頭によぎったが、まぁ問題ない。

何せ、私は普段運動をしていないだけで、運動神経は抜群だし、瓦ぐらいなら正拳突きで破壊することが出来る。

男の腕を折るぐらい朝飯前だ。

 

それに、この辺りは人通りも多い。

何とかなるだろう。

 

「彰人の知り合いなのか?」

 

そう考えながら後ろをついていると、彼が後ろを振り返ってそう尋ねてきた。

 

「妹です」

 

「...失礼を承知で言うが、あまり似ていないと言われないか?」

 

「まぁ言われますね」

 

なるほど、確かに失礼だが、それは本当のことだ。

 

絵名と彰人であれば、共通点を見出すのは容易い。

好きな食べ物は2人ともパンケーキとチーズケーキだし、嫌いな食べ物はにんじんだ。

にんじんに関しては、甘くてスイーツ...とまではいかないが、そこそこ美味しいと思うのだが。

 

性格面で言えば、まぁ簡単に言えばどちらもツンデレ、だろうか。

とはいえ、ツンとデレの両方が発揮されるのは、彰人と絵名のお互いが関係している時で、私との時はツンがどこかに消えて、デレだけが残るのだが。

それもまた共通点でもある。

 

さて、そんな東雲家の末っ子である私はと言えば。

好きな食べ物はジャンクフード。

嫌いな食べ物は常識外の食べ物。常識外で例を挙げるとするなら、異常に甘い、だとか。

 

自分で判断した性格は...まぁめんどくさがり、だろう。

中学を不登校で終わらせようとしているのも、中学生を演じるのがめんどくさいからが大半で、既に義務教育は終了していることなど言い訳でしかない。

やればできる、と言うのは私自身も認識しているのだが、いかんせんそのヤル気が出ない。

 

クラスに1人はいただろう。そんな奴。私はそんな奴の1人だ。

 

「あなたは、彰人と知り合いなのですか?」

 

「ああ。2人でグループを組んでいるんだ。『BAD DOGS』って聞いたことないか?」

 

「いえ、ないですね」

 

「そうか...俺たちもまだまだだな」

 

ツートンの彼は悔しさをにじませながら笑うという器用なことをしているが、申し訳ないが私が単純に無知なだけなので、許してほしい。

このストリートの世界は詳しい詳しくないどころか、何も知らないが正しいのだ。

 

と、そんな事を話していると、謎の建物にたどりつく。

店...なのだろうか。

 

「ここが、俺たちが普段練習しているライブハウスだ。中に彰人もいるはずだ」

 

「なるほど」

 

彼の後ろについていき中に入ると、確かに彰人が立っていた。

 

「時間通りだな、とう、や...なんで瀬名と一緒にいるんだ!?」

 

「彰人を探していたようで、偶然ビビッドストリートで声を掛けられたんだ」

 

「そ、そうか...瀬名、どうしたんだ?」

 

ツートンの彼に目を合わせ、次に私に目を合わせたところで、普段聞かないような声量で彰人は驚いた。

ふむ。これだけで今日来た甲斐があったというものだが...今日の目的はそうじゃない。

 

「彰人のしてることが気になった」

 

「...瀬名、いいからもう帰れ。俺たちは遅くまで練習することになってるし、瀬名が家にいなかったら絵名もうるさいだろ」

 

私を返したいがために絵名を出してきたか。

なるほど、確かに絵名はうるさくなるだろう。癇癪を起こすとまぁめんどくさい。

だが、今の私にその引出じゃあ勝てないな。

 

「絵名にはもう『遅くなる』って連絡した」

 

「...」

 

私がそう返すと、彰人は後頭部に手を当てて、目を反らした。

そこまで帰したい何かがあるのだろう。

だが、それを知るのが私の今回の目的だ。ここで『はいそうですか』と素直に家に帰るわけにはいかない。

 

「彰人、いいんじゃないのか」

 

「冬弥...」

 

「彰人のしていることを知りたがってるんだ。むしろ、理解してもらった方が今後の事を考えた時その方が良いかもしれない」

 

「...わかったよ。じゃあ、このイスに座ってみてるんだぞ」

 

「わかった」

 

「そうだ、自己紹介がまだったな。俺は青柳冬弥。よろしく頼む」

 

「東雲瀬名」

 

冬弥の助言もあり、彰人はようやく折れて私は見学を許された。

そうして用意されたイスがどこか子供用に見えるのは、私の気のせいだろうか。

いや、気のせいじゃない(反語)。

 

おのれ低身長め。

ジェットコースターも乗れない身長になんの価値があるというのだろうか。

せめて150cmは超えてほしかったのだが、世界はそう甘くないということか。

 

そんな事を考えていると、既に2人は練習モードへと移っていた。

 

「彰人。わかっているとは思うが...」

 

「2曲目の入りは走りすぎないように、だろ。...今日は完璧に決めてやる。瀬名の前で下手なところは見せられねぇ...

 

「? それならいいんだが...」

 

「...あの夜を超えたいなら、どんな奴らも、俺たちの歌で圧倒しなきゃな」

 

彰人が口にした『あの夜』。

一体、どの夜の事を指すのだろうか。

あの鐘を鳴らすのはあなただろうけれど、あの夜は皆目見当もつかない。

 

「特に...あんな半端な奴らには絶対に負けねぇ。だろ?」

 

「あぁ...」

 

そういった彰人の顔は、先日家で見せた、怒っているかのような顔だった。

彰人の『あの夜』にかける情熱は、とんでもない物なのだろう。

昔やっていたサッカーとは比べ物にならないぐらい、だ。

 

しかし、それに反して冬弥はパッとしない反応を見せていた。

乗り気ではないのだろうか。

 

「ふむ...」

 

いや、そうではないのだろう。

こうして2人でガチの雰囲気をだしながら練習するのだ。ストリート音楽をやること自体にではなさそうだ。

どちらかと言うと、『半端な奴ら』関連だろうか。

 

「今日も頼むぞ、相棒」

 

彰人はそう言い残し、歩いていく。

練習が始まるのだろう。

その後ろ姿を見つめる冬弥の顔には、戸惑いの色が浮かんでいるのが、わかってしまった。

 

「彰人、俺は...」

 

 




主人公ちゃんが歌うことはありません。
多分。


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第3話

キリのいい感じの所まで書こうとしたら長くなりました。


今日も今日とて、彰人と冬弥の歌声がライブハウスの中に響いていく。

冬弥に案内され、初めて2人の歌声を聞いたあの日から、もう1ヶ月が経とうとしている。

それでも聞き飽きないのは、兄が歌っているからなのだろうか。

 

...いや、私が2人の歌声が好きなのかもしれない。

 

最初は2人の歌をライブハウスの隅っこで静かに聞いていた私に、他の客はそれはもう驚いた顔をしていたが、今では私の顔は覚えられたのか、誰も驚かなくなった。

それどころか、今では飴をくれるぐらいだ。

 

ふむ。今日はスイカ味。...スイカ味の飴なんて、コンビニで簡単に売ってるような味ではないと思うのだが。

まぁ美味しいから良しとしよう。

 

そうして飴を堪能している私の耳に、2人の歌声と混ざって客の声が聞こえてくる。

 

客曰く、彰人は皆を引っ張る力強さがあり、冬弥はテクニカルで妙な凄味がある、のだとか。

パワータイプの彰人と、テクニカルタイプの冬弥。2人が良い具合にかみ合っている、という感じだろうか。

 

なるほど、素人の私が言うのもなんだが、しっくりくる感じがする。

...いや、素人なのだから、何を言われてもしっくりくると言いそうだが...。

 

そしてそれと同時に、こんな声も聞こえてくる。

 

「ここら辺の若手だと、謙さんの娘ぐらいか、張り合えるの」

 

「すごい世代だよ、ほんと」

 

謙さんの娘。

その謙さんというのが誰なのかは知らないが、その娘さんも相当やり手なのだろう。こうして引き合いに出されるぐらいだ。

 

しかし、それを快く思わない人もいるようで。

 

「チッ。どいつもこいつも、つまんねぇ話ばっかりしやがるな」

 

そう呟いたのは、私に比較的近い場所で彰人たちを見ている1人の男だった。

この男は確か、何度か彰人たちと仲良さげに話していたような気がするが...残念ながら名前は思い出せない。

というか、会話の中で名前が出ていたかどうかもあやふやだ。

 

それから少しして、2人のステージが終わった。

 

今日も良かった。

私は2人のステージが終わると、いつも上機嫌で2人の元へと駆け寄る。

感情が顔に出にくいことを最近知った私は、こうして動きで2人に示すのだ。

 

いつも通りに彰人の元へと寄ったのだが、今日は先客がいたようだ。

 

...先程、毒を吐いていた彼だ。

 

「最近、ここらの奴ら謙さんの娘の話ばっかじゃねぇか?」

 

「白石の? それがどうしたんだ」

 

「腹が立つって話だよ...。そういや聞いたぞ。お前ら今度同じイベントに出るんだろ。あの七光りと比べられるなんて、たまったもんじゃねえよな」

 

男がそう吐いた言葉に、冬弥は分かりやすく顔を歪めた。

冬弥が口に出していた、『白石』という名前。娘さんの名前だろう。

知り合いであろう人の事を目の前で悪く言われて、素知らぬ顔を出来ないほどにやさしすぎるのだろう、冬弥は。

 

「いや、そのイベントは...」

 

「むしろ歓迎だ。あいつらは俺たちの歌で潰すからな」

 

冬弥の言葉を遮った彰人の声色は、とても鋭い物だった。

完全に敵対視している、そんな感じの声。

 

ここ最近ほぼ毎日の練習の中で、彰人は必ず口にするワードがあった。

『あの夜』と、『半端な奴ら』の2つだ。

 

彰人が明確に潰すと口にしたのが気に入ったのか、男は喜色を浮かべて彰人の肩を叩いた。

 

「潰す? まじかよ! なら、俺もちょっとばかり『応援』しなくちゃな」

 

彼のその言葉を聞いた瞬間、彰人と冬弥の雰囲気が変わったのを感じた。

 

「『応援』...?」

 

「おい、余計なことすんじゃねえぞ。これは俺たちの問題だからな」

 

『応援』。要するに、彼が何かしらのアクションを相手側に起こす、と言うことなのだろう。

直接的に暴力を振るうわけではないのは分かる。

...何をするつもりなのかは、彼のみぞ知る、ということなのだが。

 

「ああ、わかってるって。大したことはしねぇよ」

 

男はそれだけ言うと、ニヤニヤとした顔を隠さずに、外へと歩いて行った。

 

私の上機嫌な心はもう既に、落ち着いていた。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

「機材、こっちに動かしておきましょうか?」

 

「ありがとう冬弥くん、助かるよ」

 

彰人と冬弥が片づけをしている中で、私は2人の荷物と共にイスに座って待っていた。

最初は手伝おうとしたのだ。

だが、彰人の過保護に見た目の華奢さが拍車をかけ、こうして待機命令を出されている。

まぁ、私が向こうの立場ならそうしたかもだが...納得いかない。

その気になれば機材をこの手で『粉砕☆』することも可能だというのに...。

 

「はっ、何を考えているんだ私は」

 

何やらいけないことを考えていた気がする。

頭をぶんぶんと振って悪い考えを追い払っていると、突然2人の荷物の中から声が漏れてきた。

 

「...着信音、じゃない?」

 

そう『声』が漏れてきたのだ。

音楽ではなく、まるでスピーカーモードで通話をしているかのような。

 

一体何だと考えているうちに、その声はすぐに聞こえなくなってしまった。

 

...何だったのだろうか。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

「今日は良い感じだったな」

 

「だな。だけど、これで満足してちゃいけねぇ。もっと上を目指さなきゃな」

 

3人での帰り道。

そこで話す内容は決まって、今日の振り返りだ。

基本的に話に入ることはなく、大体感想を伝えて終わりなのだが、今日はどうやら違うようだ。

 

「...明日、だな」

 

「ああ。瀬名も来るだろ?」

 

「うん」

 

明日。

そうついに明日、本番があるのだ。

これまで客の前で披露してきたのは、いわば身内の前での披露、とでも言えばいいのだろうか。

明日は、数多くの人の前で、披露する。

 

...なんだか、関係ない私がどきどきしてきた。

 

横目で2人を見ると、その顔は良い感じに気合が入っているように見えた。

ただ、彰人の顔は少し怖いような印象を覚える。

 

明日、どうなるのだろうか。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

翌日。

ついにイベント当日となり、私と彰人は2人で現地へと向かった。

途中で、彰人は冬弥と合流し最終確認をするために別行動。

 

仕方の無いことだ。

彼ら2人は出演者で、私は1観客。

 

スマホの時計を見ると、開始まではまだ時間があるようだ。

さて、どう暇をつぶそうかとあたりを見渡していると、見たことのある顔を見かけた。

 

ブロンドで、メガネをかけた女の子だ。

 

確か、前に勝気な女の子と一緒に歌っていたような、と考えていると、彼女はその勝気な女の子に呼ばれていた。

 

「このイベントに出る、のかな」

 

あの、どこか小動物を連想させるような彼女がこのイベントに出るというのはいささか想像し辛いものがあるが、1か月前にも2人で歌っていたのだ。

きっと出演者なのだろう。

 

...というか、あの小動物少女も着ていたのだが、もしかして私、浮いているだろうか。

 

黒のシャツに、白のワンピース。

私は基本的にめんどくさがりだから、複数のコーディネートなんて持っていないのだ。

彰人がよく『コーディネートさせてくれ』と言ってくるが、正直服を買いに出かけるのもめんどくさい。

一緒にパンケーキを食べに出掛けるのは、美味しそうに食べる彰人の顔を見るのが好きなだけで、一緒に服を見に行こうものなら、向こう1週間は家から出ない自信がある。

 

と、女の子2人がきゃぴきゃぴしていると、奥から彰人と冬弥がやってきた。

 

彰人は優男な対応をしている...。

あれは、外対応モードの彰人。

 

「一緒に出掛けてもあまり見ることのできないモード...」

 

せいぜい、店員に注文をしたり、席が空いているかを確認する時ぐらいだろうか。

それぐらいの時にしか聞けない外モードの彰人を、こんなところで見られるとは。

外出した甲斐があったかもしれない。

 

だが、彼女たちが店の中へと入っていくのを見届けると、途端に彰人の優しい笑顔が崩れた。

 

「ったく、へらへらしやがって...」

 

おお、いつものごとく、素早い変わり身だ。

もしかしてなのだが、彰人は二重人格なのではないだろうか。

 

「それはない...ん?」

 

突飛な事を考えて自分で否定していると、ポケットに入れていたスマホが震えた。

イベント中に音が鳴ると困ると思い、事前に消していたのだが、誰からの連絡だろう。

 

スマホを取り出すと、画面には絵名から着信が来ていることを示していた。

 

「絵名?」

 

通話のボタンを押し耳に当てると、私が何か言う前に絵名の絶叫が私の耳を貫いた。

 

『今どこにいんのよ!』

 

「うぐ...絵名うるさい。出かけるって言ったはず」

 

『あ、ごめん...じゃなくて。確かに聞いたけど、毎日毎日遅くまで出かけてると心配になるでしょ!』

 

ふむ。

絵名は心配性なのか。

 

確かに私も行き先を伝えずに約1か月間出かけたが、彰人と一緒にいるのは既に伝えているのだし、口では2人はそれほど仲良さそうには見えないが信頼しているはずなのだが。

 

「彰人では心配?」

 

『あったりまえでしょ。彰人のことなんだから、すぐに瀬名を店に連れ込んで着せ替え人形にするんだから』

 

「...」

 

なんだその心配は。

普通こういうのは、彰人では私の面倒を見きれないだろう、という流れではないのか。

私の面倒、と私自身が表現するのは少し癪だが...まぁこの際良いとしよう。

 

「彰人のやりたいことを見てるだけ。そんなことにはなってない」

 

『ふーん。コーディネートしてるわけじゃないんだ。...まぁいいわ。今度服買いに行くときに私もついていくから。じゃ、気を付けて帰ってきなさいよ』

 

「別にいい...って聞いてない。絵名はせっかち」

 

買い物の同伴を拒否しようとしたら、既にスマホのスピーカーからは無情にも通話終了の音が流れていた。

つい口に出たが、絵名は本当にせっかちというかなんというか。

他人の感情には彰人と似て機微なくせに、こういう所は気遣えないのは絵名の短所だろう。

 

かく言う私は、あまり他人の事を考えないのだが。

 

スマホをポケットにしまい視線を正面に戻すと、何やら彰人と冬弥が話し合っていた。

今回のイベントでの話し合い、とは少し違うのが、雰囲気で分かった。

 

「1回だけ、真剣に聞いてやる」

 

「...ああ、ありがとう。彰人」

 

彰人が仕方ない、と言うような感じでそういうと、冬弥が安心したかのように微笑んだ。

なんのやり取りだったのだろう。

 

...愛の告白か。

 

自分でも違うだろうと思っているのにそんな事を考えてしまうのは、もう仕方の無いことだろう。

何せ、彼ら2人は顔が良い。それはもう顔が良い。

 

とそんなふざけたことを考えていると、横から紫のパーカーを着た男が歩み寄っていた。

あの男は...。

 

「よう彰人、冬弥! 今日はあいつらを思いっきり叩き潰してくれよな!」

 

男は、これから起きることが楽しみだと言わんばかりの顔で2人に話しかけた。

だが、それとは対照的に2人の反応は冷めたもので。

 

「あぁ...お前か。ま、今日のパフォーマンス次第ってところだな。じゃあ、俺らは先にいってるぞ」

 

一瞬だけ目を合わせた彰人と、終始一度も見なかった冬弥の2人。

そのまま中へと入っていったが、男はその様子に気付いていないのかニヤニヤとしていた。

 

「『BAD DOGS』にかかっちゃ、あの七光りも終わりだな。オーディエンスの前で赤っ恥かくのが楽しみだ」

 

先日感じた嫌な予感が、確信へと変わっていく。

あの男は必ず何かしている。彰人たちの先に中に入っていった女の子2人組のどちらかの、『白石』なる人物をターゲットにしているのだ。

 

彰人たちも薄々勘付いてはいるのだろう。けれど、実際に行動に移せるかと言えば難しい。

彼らも出演者だ。他人が出ているからと言って、余計な事をしている暇があるかどうか。

 

「...まぁ、関係ないか」

 

だからと言って、私が何かするということでもない。

これが彰人に対する何かだったなら話は変わったかもしれないが...ただの他人を助けるほどお人好しでもない。

私の中の正義の心は、私の身内にしか反応しない。

 

それに、と私は考える。

 

「彰人は潰したがってる。過程や方法がどうであれ、結果があまり変わらなければそれでいい」

 

私は少しの違和感を覚えながら、自分を言い聞かせるようにそう声に出してライブハウスへと足を運んだ。

 




気づいたら評価バーが赤くなっていました。

ありがとうございます。


やったあ。


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第4話

イベントは恙無く進行していた。

その場を盛り上げるMCが進行し、それぞれの特徴を持ったグループが出てくる。

1人の時もあるし、3人や4人の時もあった。

 

「楽しい」

 

普段は感情表現が苦手なこの体も乗っているようで、今日はだいぶ素直に動いてくれている。

持ってくれよ...オラの体、3倍上げ上げだァーッ、みたいな感じだろうか。

 

いや、それだと、このイベントの後反動が来るのでは?

 

「むぅ...まぁ、後のことは後の私が考える」

 

そんな風にテンションを1人で上げ下げしていると、MCが次のグループを紹介しだした。

 

「次は『Vivids』! 結成したばかりの2人だが、何と1人はあの謙さんの娘だ! 聞き逃すなよ!」

 

「...来た」

 

MCもが『あの謙さんの』と言うぐらいだ。相当レベルが高いのだろう。

通ぶって考えてみるが、別にレベルの高さなんて認識しちゃいない。

その前にいた数グループも、楽しかったがどれくらいのレベルなのかなんてさっぱりだ。

 

ただ、楽しみなだけ。

 

周りを見てみれば、ついに、という反応が大体だった。

期待大、という感じだ。

それなりに知っているだろう人たちがこれだけ期待を寄せているのだ、否が応でも私の気分は上がる。

 

黒髪の子が、クリーム色の髪の子をちらりと見て、曲が始まる。

 

「-----♪」

 

力の入った、芯のある声だ。

それこそ、マイクの力とは関係なしに会場の端まで届いて体に響きそうな、そんな感じ。

 

ちらり、とクリーム色の髪の子を見る。

...メガネちゃん、と仮称しよう。

 

メガネちゃんを見れば、黒髪の『白石』さんを見て、マイクを力強く握っていた。

息遣いや表情を見る限り、次のパートあたりで歌いだす。

そう予想していた時だった。

 

「~~♪ーー...ッ!?」

 

音が消えた。それも突然。

まだ曲が始まって間もないし、2人の反応を見る限り、これはイレギュラー。

 

流石の私も驚きで目を見開いた。

 

遠くで彰人の声がするが、それも客の声でかき消された。

盛り上がってきたところだったのに、と口々に言う。

 

このままではいけない。だが、この空気を1番どうにかしやすいのは、今ステージに上がっているあの2人だけだ。

 

メガネちゃんは...。

 

「ダメそう...」

 

マイクを持つ手が震えて、無意識だろうが、後退りもしている。

この空気に呑まれているのだ。

 

はてさてどうなる、と考えていると、声が響いた。

 

「---!---♪」

 

声の主は探さずともすぐにわかった。

『白石』さんだ。

音楽がある時と遜色ない迫力で、彼女は声を震わせていた。

 

それを見たメガネちゃんも、後に続こうとしているのは見てわかる。

だが、一度自分の時の流れを折られた、という体験が足を引っ張っているのだろう。

ついさっきの出来事が、所謂トラウマとなって彼女を襲っている。

 

マイクを口元に持って行って、息を深く吸い込む。

だがその先が踏み出せないのだ。

 

そのままメガネちゃんは一言も発することが出来ないまま、彼女たちの出番は終わっていった。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

イベントはまだ進行している。

機材トラブルだと予想されていたものは、コードが抜けていたが故であり、機材自体には問題は見られなかった。

ライブハウス内では、今出番のグループが出演中だ。

 

ただ騒動にならずに済んでいるのは、偏に『白石』さんのおかげだろう。

 

このまま楽しむ気分ではなくなった私は、ライブハウスを出て少し離れた場所で2人が話しているのを見つけた。

 

ここからだと周りの喧騒に紛れて何を言っているのかは分からないが、恐らく慰めている、のだろうか。

 

同情したわけじゃない。

けれど私は、なんとなく私は、彼女たちに声を掛けてみたくなった。

 

声をかけて何を聞くのかなんて何も思い浮かんでいない。

それでも、なんとなく。

 

ほぼ直感だけで体を動かしていると、聞きなれた人の怒号が聞こえてきた。

 

「おい! どういうつもりだ!!」

 

「どうもこうも、お前らも目障りに思ってたんだろうが!」

 

「お前のくだらねぇ嫉妬と一緒にすんじゃねぇ! イベントが台無しになっただろうが!」

 

彰人の声と、紫のパーカーを着たいけ好かない男の声だ。

冬弥の仲裁の声も聞こえてくるが、ヒートアップしている2人には届いていないようだ。

 

私にも聞こえていたのだ。

当然、彼女たちにも聞こえているわけで。

 

「なんだろう...喧嘩かな」

 

ああ、嫌な予感がしてきた。

 

さっさと家に帰って寝たい。

このめんどくさい状況から逃げ出せるなら絵名の抱き枕になった方がマシかもしれない。

だが、彰人がいる。彼が騒動の中心に近い場所にいるだけに、見捨てて帰ることも出来ない。

 

「音を止めたって...どういうこと?」

 

考え事をしているうちに、話が進んでしまっていた。

どうやら、紫のパーカー男が音を止めた張本人らしい。

 

「なら早く帰れる」

 

犯人は分かった。

彰人とパーカー男が喧嘩していたのは、まぁ察せるだろう。

なら後はこの場で男を断罪して、ハッピーエンド。

メガネちゃんにはトラウマを残してしまったかもしれないが、まぁそれはしょうがないことだ。

いつかは起きていたかもしれないこと。

 

そう楽観的に考えていたのだが、『白石』さんは彰人たち3人がグルなのだと勘違いし、彰人たちがやったのかと問い詰めている。

冬弥が否定しようとしているが、それを遮って彰人が口を開いた。

 

「ああそうだ。俺がやった。お前らを潰してやるつもりでな」

 

おや。

 

「は...!? なんで!? どういうつもりで...わざわざ誘っておいてこんなマネ...!!」

 

彰人自身が『やった』と口にした以上、ここから真犯人がいる方向にもっていくのは難しい。

『白石』さんも目の前にいる男が犯人なのだと判断し、激高している。

 

「俺は、覚悟もねぇ奴が、『RAD WEEKEND』を超えるなんて口にするのが許せねぇんだよ。...そのチビがこれくらいで歌えなくなるってことは、しょせんその程度の覚悟だったってことだろ」

 

彰人さんや。

私よりも背の高い人をチビってバカにするのは勘弁してもらえませんか。

好きでチビじゃないんです。

 

とはいえ、物陰に隠れて様子をうかがっている私がこの場でそんなことを言い出したら雰囲気ぶち壊しだ。

もう少し隠れていて、暴力沙汰になったら間に入るとしよう。

腕っぷしには自信があるのだ。

 

「初めてのイベントでトラブルなんて起きたら、どうしようもないでしょ!」

 

「初めて。どうしようもない。だから仕方ない、ってか? 少なくともお前はそう思わなかったんだろ、白石。あそこで食い下がったのは、お前に覚悟があったからだ」

 

『白石』さんの言うこともまぁ、間違いではない。

だが、彰人には通用せず、『白石』さんも事実を言われたのか、目をそらした。

 

「『あのイベント』を超える気なら、こんなところでつまずくわけにはいかないって...思ったんじゃねぇのか」

 

「...」

 

「そこのチビにはそれがない。だから歌うことが出来なかった。...違うか?」

 

「違う! こはねは本気だった。このイベントのためにずっと一生懸命練習して...!」

 

ふむ。

話は長くなりそうだ。

 

そう判断した私は、音もなくメガネちゃんの隣に立った。

肩と肩の距離はおよそ5cm。それだけ近くに立っているのに、彼女は私に気付かない。

 

どうしたものか、と思っていると、突然彰人と『白石』さんがこちらを向いた。

 

「そこのチビ! お前は本気だって言えんの...瀬名?」

 

「えっ!?」

 

「見つかった」

 

おや、まさか突然こちらを向くとは思わなかったのだ。

とはいえ、見つかったのならやることは1つだけだ。

 

「彰人。見損なった。絵名には1人で帰るって言っといて」

 

「は、ちょっと待て。え、何?」

 

私の見損なった宣言に、彰人はダメージを受けたのか、急に呂律が怪しくなった。

以外とメンタルは弱いのかもしれない。

 

それだけ彰人に言い捨てた私は、メガネちゃんの手を取って走り出した。

 

「行こ」

 

「えっ、えぇ!?」

 

「ちょっと、こはね!?」

 

 

 

 

 

 

 

「彰人、どうして...彰人?」

 

「...終わりだ。俺はもう終わりだ」

 

「おい、彰人」

 

「瀬名に嫌われた。もう生きていけない」

 

「しっかりしろ彰人!」

 

 

 

 

 




ここにきて急な原作介入


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第5話

最近はよく冷えますね。

防寒はしっかりして過ごしてください。



「はぁ、はぁ、どこまで行くの...?」

 

勢い任せに手を掴み街を走っていると、メガネちゃんの弱々しい声が聞こえてきた。

体力の限界の様だ。

 

普段運動も何もしない私は全く息が切れていないが、メガネちゃんはもう限界の様子。

特に私は鍛えた覚えは無いが…絵名と彰人の2人と過ごしていると自然と鍛えられるのだろうか。

 

私は走っていた足を止めて、手を離した。

 

「つ、疲れた...」

 

たまたま止まった場所が公園だったため、彼女はベンチに座り、息を整える。

胸を押さえて息を整えているところを見ると、申し訳ない気持ちになりながら...なんだかえっちだな。

 

「何か飲む?」

 

おかしな思考を振り払い、私はメガネちゃんに声をかけた。

近くに自動販売機もあるし、財布も持っている。

最近使った記憶はないから幾ら入っているのかもわからないが...まぁ最悪1人分のお金ぐらいあるだろう。

 

「えっと、じゃあ...水を...」

 

「わかった」

 

ふむ。水とな。

 

私は自動販売機へと向かい、財布を取り出した。

中には500円玉が10枚...過去の私が何を思ってこんなに持っているのかは分からないが、まぁ助かった。お金は足りる。

 

私は2人分の水を買い、後ろを振り返ると、そこにはもう1人増えていた。

 

「やっと見つけた! こはね、あの人に変な事されてない!?」

 

「う、うん...すっごい疲れたけど...」

 

「そんなに疲れることをしたの...?」

 

『白石』さんに睨まれている。

何やら誤解されているようだが...その誤解は解けるだろうか。

 

私はもう一度自動販売機にお金を入れ、水を買った。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

「ごめんね、誤解してたみたい」

 

「気にしないで」

 

最初誤解を解こうとしたら、メガネちゃんの前に立ちふさがって話ができない状況だった。

買った水を渡そうとしたら、『中に何か入れてるんでしょ』と言われる始末。

 

今目の前で買い、封も開いてないというのに、どうやって入れるつもりなのだろうか。

...意外とおませさんなのかもしれない。

 

どうしたものかと困っていると、メガネちゃん改めこはねちゃんが間に入ってくれたのだ。

助かった。

 

結果的に誤解は解けたものの、肝心なことは解決していない。

 

「...大丈夫?」

 

「...まだ、手が震えてる」

 

簡単な自己紹介を済ませた後、私がこはねちゃんにそう問いかけると、眉を八の字にして俯きそう言った。

 

「私、東雲くんの言う通りで、杏ちゃんとなら大丈夫だって、心のどこかで思ってたんだと思う」

 

走って喉が渇いていたのか、既に半分ほど飲まれたペットボトルを見ながら、こはねちゃんはそう言う。

要するに、原動力が他人にあった、と言う話だろう。

 

きっと、こうしてイベントに出るに至った経緯も、『白石』さん改め杏から誘われたからで、持ちかけられることも大体は杏からの、しよう、やろう、の一言なのだと思う。

 

それを聞いた杏は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

こはねちゃんが静かに涙を流していると、突然こはねちゃんのポケットが光りだした。

何の光!?

 

「あっ、スマホが....」

 

取り出したスマホには、『Untitled』という楽曲が表示されていた。

 

「こはね...」

 

「同じ」

 

「えっ?」

 

同じだなぁ、と考えているとつい口にしてしまっていたようで、杏が驚きの表情でこちらを見ていた。

口を滑らしたなぁ、と思いながらこはねちゃんを見ていると、こはねちゃんも驚きの表情でこちらを見ていた。

だが、その指は再生ボタンをタップしており。

 

私の視界は眩しい光に包まれた。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

「あら、いらっしゃい。今日は3人ね」

 

「ミ、ミクちゃん...」

 

「あら、こはねちゃんと...特異点も来たのね」

 

「特異点...?」

 

光が収まった先は、謎のカフェの中で、目の前にはミク達が立っていた。

だが、私の知っている初音ミクとは色が違い、こちらは緑っぽい。

その初音ミクの後ろに立っているのは、確か鏡音レンと、MEIKO、だったはず。

 

あのセカイで初音ミクと自己紹介された日に現実世界で調べたのだ。エッヘン。

 

しかし、『特異点』とは一体なんだというのだ。

私の知る限り特異点とは、数学で使われるものと、宇宙で使われるものの2つしか知らないのだが。

それも、どちらも聞いたこと、見たことのあるだけのもの。

私がそれだというのか。

 

...確か、ブラックホールでも使われていたな。特異点という言葉は。

 

「まぁ、その話は後でね。それより、今日はどうしたの?」

 

「その、わ、私...」

 

こはねちゃんが初音ミク達に説明をしようとしたタイミングで、腕を引かれる感触。

なんだと振り返ってみれば、真剣な表情の杏が。

 

「なに?」

 

「ん...ちょっと、話できない?」

 

そういう杏の目線はチラチラとこはねの方を向いている。

なるほど。彼女に聞かれたくない話だろうか。

 

なんとなく彼女がいると不都合なのだと察した私は、取り敢えず店の外を指した。

 

「じゃあ、外で」

 

コク、と静かに頷く杏を見て、初音ミクたちに今日あったことを説明しているこはねを尻目に私たちは外へと出た。

その途中。やけに初音ミクに見られていることだけが気になった。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

「それで、話って?」

 

「彰人とのこと、なんだけど」

 

外に出た私は、中にいるこはねとミクたちの声が聞こえないことを確認して、単刀直入に尋ねた。

そうして帰ってきたのは、『彰人とのこと』。

 

ふむ、それは今日あった彰人との出来事を指しているのか、それとも他の事なのか。

断定はできない。回りくどいのは好きではないのだ、聞いてみるとしよう。

 

「つまり?」

 

「うーん、なんて言ったらいいのかなぁ...そもそも、瀬名って彰人と本当に兄妹なの?」

 

結局聞きたいことは私たちの血縁関係だった。

まぁ、それに関しては仕方の無いことだろう。

この世に初めて生まれた絵名と彰人が、同じ家で自我を形成していくのだ。

夢だとかは変わるだろうけれど、性格は似たようなものになる可能性は極めて高い。

 

ただ、私は最初から自我が確立されているのだ。記憶喪失にでもなっていれば話は別だったかもしれないが、一度作られた自分を変えるのはそれ相応の努力が必要だと思う。

 

ここまで長く考えたものの、返答は1つだけなのだが。

 

「当たり前」

 

「そ、そうなんだ…」

 

なんだその反応は。言外に似てないと滲ませるのはいいが、そこまで分かりやすい顔をするんじゃない。

 

「聞きたいことはそれだけ?」

 

「ううん、それだけじゃない。彰人のあれ。あの場では頭に血が上って深く考えてなかったけど、よく考えたらおかしい。何か知ってるんじゃないの?」

 

それが聞きたかったことか。

とはいえ、事実を述べるのは容易い。

この場で『実は彰人じゃなくて、やったのは紫の彼』と言うのはそれはそれは簡単だ。

だが、それを彰人の妹である私が言って信用してもらえるだろうか。

 

...いや、自分で違和感には気づいているのだから、今度は私の言うことを信じてしまう可能性もあるのか。

 

なんにせよ、私が危惧していることはただ1つ。『私が介入することは正しいことなのか』というものだ。

 

今回の事件、私はその場にいて大体のことは察しているとはいえ、本来なら当人同士で解決するべきものだろう。

それほどに『小さい出来事』だ。

 

「直接聞いたらいいと思う。その方がいい」

 

「...それもそうよね。ありがと、私が間違ってた」

 

まぁ8割の理由はめんどくさいなのだが、それも知らずに杏はとてもいい笑顔でスマホを取り出した。

 

ふむ、現実世界に帰るつもりだな。

 

「そうだ、いい機会だしさ。連絡先交換しようよ。瀬名のこと、もっと知りたいかも」

 

「...うん」

 

つい頷いてしまったが、これはめんどくさいことになったぞ。

今目の前にいるのは陽キャの塊(?)みたいな女だぞ。

夜中に行動している絵名と会ったら絵名が灰になるぐらいには眩しい女だ。

 

だがしかし。

ここで断れるわけもない。

断れば断ったでまためんどくさいことになりそうだ。

 

それこそ彰人と仲直りして同じグループでも組むものなら目も当てられないことになるだろう。

その時は絵名に何とかして...私の味方をしてくれる可能性は五分五分な気がする。

私が友達が少ないのを懸念していたからな...それは絵名も同じだろうに。

 

『ピロン♪』と軽快な音を立てて、メッセージアプリの連絡先を交換した私と杏。

家族以外では、これが初めてだ。

 

「じゃ、またね!」

 

「うん」

 

連絡先を交換して満足したのか、いい笑顔で杏はセカイから出て行った。

問題自体がまだ何も解決していないことを忘れているのだろうか。

それとも、こはねをそれだけ信用しているのだろうか。

彼女であれば、立ち上がって話をしてくれる、と。

 

「相棒、ね」

 

私はそう呟いて、スマホの流れ続けている楽曲を止めて、セカイから出て行った。

 



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第6話

詰め込んだ。


ひとまずセカイから出てきた私。

いつの間にか自室にいるのはこの際いいとして...ひとまず、自分のセカイに行くのが先決だ。

 

そう判断した私は、手に持っているスマホの画面をタップし、もう一度セカイへと飛び込んだ。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

「待ってたよ。今日は夜遅いのに来たんだね」

 

「聞きたいことがあった」

 

この私の目の前にいる真っ黒な初音ミクには、聞かなければならないことがある。

あるのだが...あぁ、来る前にメモ帳にでもまとめてきたらよかっただろうか。

 

うーんと唸っている私を見て、新しい遊びだと思ったのか、初音ミクも同じことをしだした。

ただその顔は、目をつむってはいるものの笑顔のままなので、何も考えておらずただ楽しんでいるだけなのだろうけれど。

 

「今日、このセカイと同じような場所に出入りした」

 

「ん、始まったんだね」

 

「始まった...?」

 

始まった、というのは、何が始まったのだろう。

私が別のセカイに入ることによって始まったのだろうか。

仮にそうだとして、あの2人とどう関係があるのか。

 

...あのセカイの初音ミクがやけに私のことを見ていたのは、そういうことなのか?

 

「空を見て」

 

「空って、いつも通り20個の星しか...って、あれ?」

 

空を指して意味深な笑みを浮かべる初音ミク。

これまで見せてこなかった表情だけに戸惑ったが、言うとおりに空を見上げた。

 

予想していたのは、いつも通り変わらない数、変わらない輝きを放つ星たち。

だが、そこには赤く輝く星が4つあった。

 

「赤い...え、今までは白かった」

 

「そう、あの子たちのセカイに触れたことで、このセカイは進化する」

 

「...このセカイ、一体なんなの?」

 

不気味だ。

世にも奇妙なセカイが、ここ以外にも存在しているなんて。

それだけでも鳥肌が立つというのに、別のセカイがこの私だけのセカイに干渉している。

めんどくさい予感しかしない。

 

「このセカイは、『無かったはずのセカイ』。だから色は振られてないし、何も配置されてない」

 

「無かった...棚ぼた?」

 

「ちょっと意味が違うかも。まぁ、幸運と取るか不運と取るかは瀬名次第だよ」

 

「...」

 

ああ、本当にめんどくさそうな感じだ。

厄介なネタ。まさに厄ネタ。

今年厄年なんじゃないだろうか。おみくじはめんどくさくて引きに行っていないが、仮に引いていたら凶だったに違いない。

 

「相手から動くことでこのセカイが変化する可能性は?」

 

「無いよ。だけど、それに甘えてたらどうなるかわからないね。何せ『無かったはず』なんだから」

 

予想通りで全く嫌になる。

こういう時には、回転の速い頭を憎たらしく思う。

 

私はため息を吐き出して、頭を振った。

 

「ちょっと考える」

 

「うん。あっちで遊んでるから、必要な時呼んでね」

 

初音ミクはそれだけ言うと、ポニーテールを振りながらどこかへと走っていった。

歌いながら走るのはまぁまぁ大変だと思うのだが、人間ではないのだから大した苦でもないのか。

 

さて。

 

今すべきことは、あの初音ミクを恨むことじゃない。

まずこのセカイはなぜ出来たのか、だ。

 

本来無かったはずなのであれば、今こうしてあるのはなぜ?

 

「...単純に必要だから」

 

誰に?

 

「...彰人たちに?」

 

誰かに必要だからこのセカイは生まれた。

彰人たち4人に関わることで、4つの星に変化が生まれた。

本来ならば4人だけで解決することのできた問題が、私がいなければ解決できないような状態になっている?

 

「...まずった?」

 

私が行動しなければ、彰人たちに何か起きるというのだろうか。

 

あぁ最悪だ。

他人はどうでもいいとしても、彰人は助けなければ。

 

そこまで外道には落ちていない。

 

「ミク」

 

「呼んだ?」

 

私が名前を呼べば、謎のエフェクトと共に目の前に初音ミクが現れる。

その表情は、先ほどとは変わり、なんだか慈愛に満ちた顔をしている。

 

...お前は私の母親か何かか。

 

「やることができた。また来る」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

そうして私は、セカイから飛び出した。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

走る。走る。

日本の陸上記録をどの距離でも更新できそうな勢いで、私は街中を駆けていく。

 

セカイから出た後、もう夜も遅いことを知った私は一旦睡眠をとり、翌朝シャワーだけ浴び全力疾走をしていた。

 

ものすごい勢いで家を出ていく私を見た絵名に、それはもうすごい顔で見られたが、まぁ無問題だ。

後でどうとでもごまかせ...るだろうか。

 

そうして走っていると、『WEEKWND GARAGE』の前で立ち尽くしている影を見つけた。

 

こはねだ。

 

「見つけた」

 

「へ?」

 

私は彼女の手を取り、力強く握った。

 

自分から行動に移すのは苦手だが、それ以上に苦手なのは言葉で誰かを勇気づけること。

文庫作品などで培った言葉ならすらすらと出るかもしれないが、いかんせんこの感情のあまり出ない顔だと空振りに終わる可能性もある。

 

だったら、こうして行動に出るのが一番だろう。

 

「...瀬名ちゃん」

 

「大丈夫。杏も待ってる」

 

とはいえ、これぐらいの言葉は必要か。

 

私がそう告げると、こはねの体に入っていた力がふっと抜けるのを手から感じた。

...いや冷たいなこはねの手。冷え性か。

 

「私ね、実をいうと、今の今まで怖がってて。二の足を踏んでたの。でも、瀬名ちゃんが隣にいてくれるって思ったら、なんだか勇気が出てきた」

 

これはいいことを聞いたぞ。

隣にいるだけで勇気が出る。これは要チェックや。ずっとベンチにいたあいつも言うはず...何を考えているんだ私は。

 

「私、杏ちゃんと歌いたい。この想いを杏ちゃんに聞いてもらいたい。瀬名ちゃんには、その隣にいてほしいの。ダメ、かな?」

 

はっはっは。

その程度のお願いなら喜んで聞きましょう。

最悪のケースだと『あなたも一緒に歌おう!』だったのだ。これくらいおちゃのこさいさいというやつだ。

 

「うん」

 

「よかった。...それじゃあ、開けるね」

 

よし。

ここで私が介入しなかったら、もしかしたらこはねはこのまま帰っていたかもしれない。

間に合ってよかった...あれ、こはねさんや、あなたメガネはどうしたの。

 

「え......こはね!?」

 

しまった。

聞きそびれた。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

さて。

簡単にそのあとのことをまとめるとこうだ。

まずは、こはねが昨日初音ミクたちと話したことがきっかけで髪もメガネもと、まずは形から始めたこと。

それから、彰人にああ言われて確かに、と思ったけれど、それでも杏と一緒にたくさんの人をドキドキさせたいと、杏に覚悟を語った。

 

もう迷わない、のだそうだ。

 

それを聞いた杏は目をウルウルさせながら、こはねに抱き着いていた。

 

可愛い子×可愛い子=最強

 

そういうことなのかもしれない。

 

おっと、おかしなことを考え始めたと思わないでほしい。

こうでもしないとやっていられないのだ。

 

「ね、瀬名も一緒に歌ってみようよ!」

 

「私も最初は怖かったけど、一歩踏み出したら大丈夫だよ!」

 

「むり」

 

さっきまではよかった。

2人でなんちゃらかんちゃらっていうイベントを超えようと意気込んで、その流れで練習しようって話になった。

営業中なんじゃないのか、と思ったが、まぁ客もいないしいいか、と考えていたのだが、私にお客さんになってほしいという流れに。

 

それぐらいならまぁ、あのテンションぶち上げ片手上げヘイヘイみたいなのは無理だが、肩を揺らす程度ならできるだろう。

そう考えて重い腰を上げたのだが、そこからがおかしかった。

 

『試しになんだけどさ、一曲歌ってみない?』

 

ええい悪魔白石。

己は私になんの恨みがあるというのだろうか。

 

この状況を救えるのはお客さんしかいない。

誰でもいいから来てくれ、と祈っていると、ちょうど扉が開いて来客の音を鳴らした。

 

そこから入ってきたのは、彰人と冬弥の2人だった。

 

「また謙さんいねーのか」

 

それを見た悪魔白石は好戦的な笑みを浮かべて、2人の方へと歩いて行って腕を組んだ。

 

「ちょうどいいところに来たじゃん」

 

「おいおい、店員が客睨むか? 普通...せ、瀬名!?」

 

「あれ」

 

おや。

私の予想では、ここから悪魔白石と天使こはねの2人が、彰人と冬弥の2人に喧嘩でも売るのだと思っていたのだが、彰人の関心が私に向いてしまった。

 

「ね、1回だけ。1回だけだから。ね?」

 

「しつこい」

 

未だに隣で私の肩をゆするこはね。

そろそろ正面を見たらどうだろうか。

君の因縁の相手がこちらを見ているぞ。いい加減に離さなければ天使から悪魔に懲戒処分だ。

 

まぁ、一方的に決めて処分するのは何とも言えないが。

 

「瀬名、昨日のことは違うんだ。あれはその、売り言葉に買い言葉っていうか...」

 

「? 何の話?」

 

あほなことを考えていると、何やら彰人がよくわからないことを喋りだした。

昨日、と言われても、特に何かされた覚えはないのだが。

 

私がそれを一言にまとめて首をかしげると、彰人は困惑したような顔つきになった。

 

 

「怒ってないのか?」

 

「別に怒ってない」

 

「また今度一緒にパンケーキ食べに行ってくれるか?」

 

「行く」

 

「...ッ!」

 

私がパンケーキの誘いを承諾すると、彰人はガッツポーズを決めて、凛々しい顔つきになった。

...今のは誘いだったのかと考えると、少し怪しいところもあるが、まあいいだろう。

 

「今の俺は無敵だぜ。白石」

 

「...あんたがそれでいいなら、いいケド...」

 

何やら悪魔白石に引かれているぞ、我が兄彰人。

いや待て。

もしかしたら、三すくみがとれているかもしれない。

 

私は悪魔白石と天使こはねに苦手だが、悪魔と天使は彰人に苦手かも。

私は彰人に苦手意識はないし、甘々だから有利まである。

 

名推理だ。

 

私が自分の推理力に驚いていると、冬弥がこはねを見て驚いた声を上げる。

 

「小豆沢...? その髪は...」

 

「お前、この間のチビか...?」

 

おや、彰人さんや。

私よりも背の高い人をチビと...既視感を感じる。

そうだ、このやり取り前にもやった記憶がある。

 

すまない彰人。

あなたには怒ることができてしまった。

家で絵名に相談しよう。

 

「おい、まだうろうろしてるのか。聞こえなかったのか...。この店は、お前みたいな中途半端な」

 

「中途半端じゃないよ」

 

「は?」

 

彰人の言葉を遮って、こはねの力強い声が店に響く。

これは、彼女の覚悟の表れだ。

 

「私たち、決めたの。もう一度イベントに出る」

 

「なんだと...?」

 

こはねの覚悟。

それを聞いて一番驚いた顔をしていたのは、おそらく冬弥だろう。

彼に何があるのかは全く知らないが、何か刺さるものがあったのだろうか。

 

彰人の驚いた顔を見て、杏が強気な姿勢で続ける。

 

「ねえあんたたち、次どこで歌うの? 意趣返しってわけじゃないけど、合わせようと思って」

 

「自分たちが何言ってるのか、わかってんのか? ...中途半端な覚悟しか持たないやつが俺は一番嫌いなんだ。もし、お前らがまた俺たちと同じイベントに出るなら...」

 

そこまで言うと、彰人は息を軽く吸い、厳しい目で2人を睨んだ。

 

「徹底的に潰すぞ。今度は実力でな」

 

おお、彰人がすごんでいる。

これは珍しいものが見れたぞ。

 

だが、そんな彰人のすごみにはひるまずに、こはねが一歩前に出た。

 

「してるよ。覚悟」

 

「...!」

 

まだあのイベントからまだ1日しかたっていない。

だというのにこの変わりように、彰人も驚いているようだ。

 

無意識に、半歩下がっているのを、私の目が捉えていた。

 

「まだまだここのことも、何もわかってないかもしれない。でも...私には、したいことがある。ここで杏ちゃんと一緒に、みんながドキドキする、最高のイベントを作りたい!」

 

だから絶対、もう逃げない、と言い切るこはねの姿は、後ろから見ているだけだが、恰好よかったのだと思う。

まぁ、それ以上に隣でどや顔している杏の顔の方が気になるのだが。

 

そして、彰人が気圧されているのを察したのか、冬弥が口を開いた。

 

「来週の土曜だ。次は『Mossy stone』で歌う。まだ枠は空いていたはずだ」

 

「いいね。じゃあ今度はそこでやろっか。今度は『正々堂々』と、ね」

 

それを聞いた杏は、わざわざわかりやすく単語を強めにいい、彰人へと流し目を送った。

彰人はそれから目をそらすと、舌打ちを1つ漏らして、出口へと向かっていった。

 

「勝手にしろ。帰るぞ冬弥。謙さんがいねえならな」

 

そう言い残して、彰人は先に外へと出て行った。

それに続こうと歩いていた冬弥だが、途中で振り返り、2人の方を見た。

 

「2人は、『RAD WEEKEND』を超えるイベントを、本気でやろうと思っているのか?」

 

「「もちろん!!」」

 

2人の答えは即答だった。

それを聞いた冬弥は満足そうに頷き、今度は私の方を向いた。

 

...え、なんで私?

 

「君も、同じ仲間になれるといいなと、俺は思っている」

 

最後に冬弥はそう言い残して、扉を開けて行った。

 

おい、何爆弾を残してってんだ。

 

「私もそう思う! 歌わなくてもいいからさ、一緒に活動してみない?」

 

「次のイベントも一緒に行こうね!」

 

めんどくさいことになっただろうが。

 

「...助けて」



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第7話

絶対に歌わないことを条件に、次のイベントに一緒に行くことを約束させられた私。

ぐったりしている私を置いて、2人は先ほどのやり取りでドキドキしたなどと言い合っている。

 

やはりこの2人は悪魔だ、と思っていると、後ろから頭に手を置かれた。

 

「まったく、賑やかだな、お前たちは」

 

「あ、父さん。 今の聞いてたの?」

 

「あれだけやりあってりゃ、奥にも聞こえるに決まってるだろう」

 

おっしゃる通りです。

 

というか、このオールバックにサングラスをかけたいけおじが、杏のお父さんなのか。

我が東雲家の父よりも、なんというか...活力に満ちていそうだ。

昔の同級生とたまに集まってスポーツなんかして、普段運動してないのに活躍して注目を浴びるタイプだと予想。

 

ああ、この人が謙さんなのだな。

 

「おう、似合ってるなその髪」

 

「あ、ありがとうございます」

 

謙さんに髪をほめられたこはねは、若干頬を赤くしてペコリと礼をした。

ふむ、こはねの髪をほめるのは結構なのだが、それは私の頭をなでるのをやめてからにしてもらおうか。

 

その私の意志が通じたのか、謙さんは私の頭から手を放して、コップを3つ取り出した。

 

「それに、いい目になってるな。ちょっとばかし、杏や彰人と似てきたか」

 

「ちょっと、私はともかく、彰人と似てるってどういうこと?」

 

それは私にもよくわからん。

そんなことより、そのコップ3つ。もしかして、ジュースとか出そうとしてくれてます?

無料です?

 

「そうピリピリするな。まぁ言うなら、譲れないものがあるやつの目だ」

 

謙さんはそういいながら、瓶に入っているタイプのりんごジュースを取り出し、コップに注いだ。

それぞれカウンター先に出されたので、いの一番に席に座ってジュースを飲み始める私。

 

仕方がない。喉が渇いていたのだから。

 

「譲れないもの? あんなやつにそんなものあるのかな...」

 

ひどい言われ方だが、まぁここまでの行いを考えると妥当かもしれない。

 

「さて、夜の支度をしないとな」

 

謙さんはそういうと、私たち3人に背を向けて奥へと入っていった。

ふむ、これ以上この場にいるのは邪魔になるな。お金も持ってないし。

 

「じゃあ、帰る」

 

「そうだね、練習はまた明日にしよう」

 

「それじゃあ、私から練習場所と時間、メッセージで送るからよろしくね!」

 

ああ、そういえばそうだった...。

 

りんごジュースのおいしさでは到底カバーしきれない憂鬱が、私を襲ったのだった。

おのれ悪魔白石。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

時は過ぎ、イベント当日。

神山通りのイベント会場の前にて、5人が一か所に集まっていた。

 

「あれだけの啖呵きったんだ。見せてもらおうじゃねえか」

 

「上等。私たちの最高の歌見せてあげるから、ビビんないでよ?」

 

今度は卑怯な手は使わない、というのは、こうして顔を合わせて対峙している4人全員がわかっていることだろう。

まぁ、その点に関してはどうでもいいことなのだが。

 

「今日は俺たちが先だ。今度こそ見せつけてやるぞ、冬弥...おい、冬弥?」

 

彰人が隣にいる冬弥に声をかけるも、その冬弥は何かを考えているようで、彰人の呼びかけには反応しなかった。

 

「...まぶしいな」

 

「まぶしい? 何がだよ」

 

目の前の2人を見て、冬弥は何を思っていたのだろうか。

だが、彰人に聞かれた冬弥ははぐらかして、中へと入っていった。

 

今日の夜、決着がつく。

それを予感している私は、斜め後ろでこちらを見ている例の男の存在を、確かに感じ取っていた。

 

何せ、短い練習期間中に毎日のように客役をやらされていたのだ。

鬱憤晴らしぐらいはしてもいいだろう。

 

 

 

 

<♪>

 

 

 

 

先ほど彰人が言っていた通り、先に『BAD DOGS』のステージが先だった。

2人の気合にはすさまじいものがあり、会場もテンションアゲアゲ状態だ。

 

まぁ私が気になるのは、ステージでパフォーマンス中にちらちらと決め顔でこちらを見てくる彰人なのだが。

この会場の中で何人気づけるだろうか。

...私だけか。

 

まぁそれを含めても乗れる時間だった、というのは嘘偽りのない事実だ。

 

これを見て尻込みしていなければいいけれど、と思うのは、おせっかいだろうか。

 

「...私もそろそろ」

 

動き出すとしよう。

 

ステージから、聞きなれた曲が聞こえてくる。

ここ最近毎日聞いてきた曲だ。『Vivids』の番が来たんだろう。

 

しっかり声も聞こえてくる。

トラウマは乗り越えたらしい。

 

「~♪」

 

私らしくない。鼻歌をするほど、テンションが上がっている。

ああ、今なら何でもできそうだ。

 

そうして私は扉を1つ開けて、目的地へとたどり着いた。

 

「くそっ、なんなんだよあれっ! こうなったら、もう一度引っこ抜いて...!」

 

予想通り、視界の先には紫の彼が。

今の私は気分がいい。珍しく他人のために動いている。

もう何年振りかはわからないが、たまにはこういうのもいいかも、と思えているんだ。

邪魔するなら容赦はいらない。

 

私は右腕を振りかぶって、男の脳天へと拳を振り下ろした。

 

「そうはさせるか『滅殺☆パーンチ』」

 

「ぐあぁぁぁ!?」

 

『ゴン!』と鈍い音が響き、男は気絶したようでその場に倒れ伏した。

 

...これで悪は滅んだ。

 

「ぶい」

 

今日の私はテンションアゲアゲだ。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

私が悪を成敗して会場に戻ってきた時には、彰人たちと杏たちの雰囲気は、柔らかいものになっていた。

一言二言交わした後、杏たち2人は背を向けて歩き出した。

あの方向は控室だ。

 

「彰人」

 

仲直りしたのか、と聞こうとしたタイミングで、私は冬弥とかぶってしまった。

しかもそれは最悪の内容で。

 

「俺はもう、お前と一緒にはやらない」

 

「....もうやらない? 何言ってんだ?」

 

これは1回本格的に除霊でもしに行った方がいいかもしれない。

どうしてこうタイミングが悪いんだ私は。

 

冬弥の突然のやめる宣言に、彰人も混乱しているようだった。

 

冗談だろう、と確認をとるが、冬弥も強くそれを否定した。

 

「冗談じゃない」

 

その様子を見て、彰人は本気で言っていることを理解して、眉尻を下げた。

 

「...何があった? お前の親父が、またなんか言ったのか?」

 

また、と彰人が言うように、過去にも何かあったのだろう。

それこそ、こはねの覚悟を目のあたりにして驚き、『Vivids』として歌う2人を見て眩しく思うほどには。

 

だが、それを冬弥はまたも否定する。

 

「これは、俺の意思だ。俺たちの音楽には何の意味もない。ただの子供遊びだ」

 

「...おい、本気で言ってんのか」

 

「冗談を言えるほど、俺は器用じゃないんだろう?」

 

彰人の発言を使いまわせるほどには器用だと感じるのは、私だけだろうか。

 

いや、そんなことを考えている場合じゃない。

これはまた厄ネタの気配がする。

 

「いい加減にしろよ。俺たちの音楽に意味がないなんて、それ以上ふざけたこと言うならお前でも許さねえぞ!」

 

今にも胸倉をつかみそうな手を抑えて、あくまでも理性的に言葉を投げかける彰人。

 

...やはりこれも、当人同士でのみ解決できることなのだろう。

 

「つーか、やめてどうする気だ。あれだけ嫌ってた親父の言いなりになるのか? それこそお前にとって何の意味があるんだよ!」

 

親が出てきたのだ。

これこそ、他人の家族に侵食できるのは親友ぐらいのものだろう。

 

今度こそ私には何もできない事案だ。

帰ってコーヒー飲みたい。

 

彰人が必死に問いかけるものの、冬弥は何も言わずに背を向ける。

まだ話は終わっていないとばかりに腕をつかむが、冬弥に振り払われてしまった。

 

「おい、待てよ! 冬弥!!」

 

それでも諦めずに手を伸ばすと、今度はその手を冬弥に弾かれた。

そうして、冬弥は振り返って腕を組んで言う。

 

「お前もそろそろ大人になったらどうだ。たかだかこの街だけ有名な、小さなイベントなんて追いかけていないでな」

 

随分と冷たいことを言うものだな、と私は思う。

自分を棚に上げていうのもあれだが、客観的に見て、非情と言えるだろう。

具体的な日数はわからないが、今日までこうして彰人と一緒に活動してきたはずなのに。

 

そう思うのは彰人も同じだったのか、ついに我慢の限界とばかりに手が動く。

 

...暴力沙汰は嫌いなんだ、私は。

 

彰人の拳が冬弥に触れる直前で、私はその手を掴むことに成功した。

 

「瀬名!?」

 

「ッ!?」

 

「せ、セーフ...」

 

危なかった。

2人の身長がもう少し高かった場合は、私の手が届かないところだった。

 

私に拳を止められた彰人は少し冷静になったのか、拳を下ろして、彰人に背を向けた。

 

「その顔、二度と見せんな!!」

 

「...ああ」

 

そうして背を向けて歩き出した冬弥は、その言葉通りに階段を下りて行った。

その背中は、嫌に寂しそうな背をしていたと思うのは、私だけだろうか。

 




トンデモワンダーズのfullが公開されましたね。

みんな笑顔になる演出大好きです。


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第8話

一難去ってまた一難、とはまさにこのことなのだろうか。

いやまぁ、一難去りきっているかと言われれば少し違うだろうが、後は時間が解決するだろう。

 

ただ、次に来た一難はこれまた特大級のものだ。

 

「...帰るぞ、瀬名」

 

「わかった」

 

不機嫌オーラを隠さない彰人に帰ると言われては、首を縦に頷く以外に道はないだろう。

杏にとってはこはねのような、彰人の相棒と言える存在である冬弥。

彼がいきなりやめると言い出し、ストリート音楽の道を貶していったのにはそれなりの理由があるはず。

 

先の件は私がこはねの背中を押すことでうまくいった...と思っている。

であるならば、今度も私が誰かの背中を押すことでうまくいく可能性があるというわけだ。

まぁ、手出しが必要がどうかは不明だが。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

「俺は出かけるけど、瀬名も来るか?」

 

「ん...行く」

 

翌日。

いつものごとく部屋で芋虫になろうとしていた私の部屋の扉を開けて、彰人がそう言う。

数瞬迷ったが、まぁ考えたら行かない選択肢はないだろう。

 

「...」

 

彰人の顔を見たらわかる。

昨日の一件でピリピリしていて、ふとしたきっかけで爆発する可能性がある。

 

何も起きなければいいけど、と思いながら、私は絵名&彰人コーデの服をクローゼットから取り出した。

 

服を何とか着て、玄関へと向かう。

絵名は今日は寝ている様だ。

まぁ日中起きている方が珍しくもある。単純に昼夜逆転しているような生活をしているはずなのだ。

 

朝早くであれば比較的見られる機会も...珍しいポケモンぐらいの扱いなのかもしれない。

 

「んじゃ、行くか」

 

「うん」

 

そうして彰人が玄関を開ける。

今日もいい天気だ。

 

「日焼け止めは塗ったのか?」

 

「塗った」

 

じりじりと照りつける太陽から肌を守るために、私は日焼け止めを塗ることを義務付けられている。

そう、義務付けられているのだ。2人に。

 

白い髪に白い肌。このバランスを崩すのはもったいない、と言うことで毎回塗ることを強制されている。

最初はめんどくさくて嘘を吐いていたらすぐにばれた記憶がある。

その罰として課せられたことはもう思い出したくもないのだが、それ以降嘘を吐くことはなくなった。

 

ボケーっとしながら彰人の背中について歩いていくと、いつの間にか店についていたようだ。

 

『WEEKEND GARAGE』。今日もこの店か。

いや、この店の人に会うのが目的かも知れない。

 

中に入ると、杏が暇そうにイスに座っていた。

 

「あ、いらっしゃい、2人とも!」

 

「ああ...謙さんは?」

 

「今はいないけど...どうかしたの?」

 

早速とばかりに目的の人の所在を尋ねたが、杏にいないことを告げられるとカウンター席に座り、ぶすっとした顔でジュースを1つ頼んで黙り込んだ。

 

「彰人、どうかしたの? 冬弥と一緒じゃないのは珍しいと言えば珍しいけど...」

 

「まぁ、いろいろ」

 

それからしばらく杏におもちゃにされていると、こはねが来店した。

 

「こんにちは。...あ、東雲くんも」

 

「あぁ?」

 

「ひぇっ...な、なんでもないです!」

 

勇敢に彰人に挨拶をするこはねだったが、彰人の睨みですぐにこちらへと駆け寄ってきた。

 

▼彰人のにらみつける!

 こはねはひるんで逃げてしまった!

 

うーむ、ポケモン。

 

「び、びっくりした...東雲くん、なんだかピリピリしてるね...」

 

「今日は来てからずっとあんな感じ。セカイの話をしたかったんだけど、あの状態だとね...」

 

確かに今の彰人に話しかけようものなら、触れるもの全て傷つけると言わんばかりに痛い目に...セカイの話?

 

「セカイの話って、彰人に?」

 

「そっか、瀬名もいたんだっけ。あのセカイって、私たち2人と、もう2人。彰人と冬弥も含めた4人で出来てるんだって。...あれ、それだと瀬名があのセカイにいたのはなんでなんだろ」

 

「それは知らない。けど、なんで彰人と冬弥も?」

 

私がそう問いかけると、こはねがどこからかマイクを持ってきて首を傾げた。

 

「じゃあ、教える代わりに、ね?」

 

「それいいじゃんこはね!」

 

「じゃあ聞かない」

 

聞く代わりにと、明らかに釣り合っていない等価交換条件を出されたので、すぐさまに聞くのをやめる私。

引き際は肝心だ。それこそこの悪魔2人と何かする時は。

 

「ちぇ、しょうがないか。それよりさ、近くの『SPACE』ってクラブの人に、今度うちで歌わないかって誘われてるの。どう、やらない?」

 

「うん、やってみたいな」

 

「おっけー、じゃあ返事しとくね」

 

こはねの前向きな返答に、杏は気分を良くしてスマホに文字を打ち込んでいく。

それを笑顔で見た後、心配そうにこはねは彰人の方を見た。

 

「東雲くん...」

 

こはねも杏も、未だに曲を止めたのが彰人だと勘違いしているままだというのに、その彰人の心配をしたり気に掛けたり、優しいのだと私は思う。

...いや、杏はそんなに彰人のことは心配したりしていなかったか。

あんな奴って言ってたもんな...。

 

 




みのりちゃん嘘だよね…また限定…?


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第9話

あれから1週間と少しが経った。

 

その間私は、特に悪魔2人組にイベントに呼ばれることもなく、いつもの気迫が無い彰人を横目に、絵名の抱き枕になる日々を過ごしていた。

 

絵名の体温は高くて、抱きしめられる強ささえ普通であれば眠くなる。

やはり人肌特有の何かがあるのだろうか。

それに、絵名は何となくいい匂いがする。香水...だとかとはまた違う匂いだ。

いや、決して他の人が臭いと思っているつもりはないのだが。

 

「うーん...」

 

「どうかしたの?」

 

リビングで堂々と私を後ろから抱きしめて座っている絵名が、唸っている私を見て不思議そうに首をかしげる。

それになんでもない、と返しながら、瞼を閉じる。

 

うーむ、眠くなる。

いやいや、彰人の事を考えなければ。

 

彰人にそれとなく聞いてみたところ、どうやらこの間イベントには出てきたらしい。

ただ冬弥とは会っておらず、ソロで出てきたようで、不満を隠さず顔に出して私の頭を乱雑に撫でていた。

私の頭はストレスを軽減するアイテムではないのだが...まぁいい。

 

彰人の様子がおかしいのは絵名も勘付いているようだが、あえて不干渉を貫くのだとか。

 

「だって、瀬名が何とかしてくれるでしょ? ダメそうだったら私に言ってよね」

 

と言うことらしい。

最初から手伝ってはくれまいか。

 

とはいえ、彰人のことは何とかせねばなるまい。

 

私は絵名の抱擁から何とか抜け出し、自分の部屋へと向かった。

そしてスマホを取り出し、セカイへと向かう。

 

誰にも邪魔されずに考え事をするなら、ここの他には考えられない。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

「今日も考え事~?」

 

「そう。だから少し静かにしてて」

 

「は~い。ちぇ、いっつも考え事ばっかり。たまには遊びたーい!」

 

「...」

 

セカイへとやってきた私は、仰向けに転がって、星を眺めながら思考の海に入り込む。

目に映る星たちは、変わらず4つだけ赤く光っている。

ただし、そのうち2つはひときわ強く光っている。

 

「...杏と、こはねかな」

 

セカイに触れ、困難を乗り越えた彼女たちだ。私のセカイと未だにどう関係しているかは不明だが、時期的にあの2人以外には考えられない。

 

と言うことは自動的に、残りの星は彰人と冬弥である確率が高くなるだろう。

だったら、あの2人もセカイに連れ込んでしまえばいい。

 

高確率で、彰人と冬弥の問題も解決してくれるだろう。

 

何なら、4人でグループでも組むんじゃなかろうか。

 

...それはないか。

 

手でもつないでいればセカイに連れ込むことが出来るだろうと考えた私は、スマホを取り出して曲の再生ボタンをタップした。

セカイから出る直前、初音ミクが恨めしそうに私を見ているのが目に入った。

 

...次来たときは遊んであげよう。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

目的が決まった私は、早速とばかりに出掛ける準備を済ませて、神山通りへと向かう。

彰人は家におらず、考えられる行き先と言えば、杏の店かどこかのライブハウスだ。

 

セカイで考えていた時間が長かったのか、空は紅く染まりだしている。

そんなに集中して考え込んでいたつもりはないが、人は集中した時は時間の流れが早く感じるものだし...そういうことだろう。

 

適当に歩いていると、1人で歩いている彰人を見つけた。

 

「いた」

 

何ともまぁ、寂しそうな背中で歩いていやがる。

いずれ冬弥と仲直りしてもらうつもりではあるが、しょうがない。ここは私が一肌脱ごうではないか。

 

「あきと~」

 

「『Untitled』? こんな曲入れた覚えは...おわ!?」

 

いっちょ元気づけてやろうと彰人に飛び掛かった瞬間、スマホを取りだしていた彰人が何かしらの曲を再生しようとしていたのを耳が拾った。

だが空中に浮かんだ体は止まれない。私の胸から姿勢制御のバーニアは出ない。

 

そのまま彰人にのしかかった私の視界は、見覚えのある眩しさに染まっていった。

 

「...まさか」

 

眩しさに目を細め、収まった頃に目を開けてみると、杏とこはねと共に入り込んだセカイに再び私はいた。

まさか2度も来るとは。

だがしかし、これは朗報だ。

 

杏とこはねに彰人と冬弥を連れてってもらおうと思っていたのだが、彰人が自力で来れるのであれば話は別だ。

...というか、私のセカイの星が十中八九彰人であると予想できるなら、彰人のスマホにも『Untitled』が入っている予想もできたな。

 

「ここは...どうなってるんだ? いつの間に知らない場所に...というか、なんで瀬名もいるんだ?」

 

「さぁ?」

 

いきなり見知らぬ場所に連れてこられ、困惑しきっている彰人に尋ねられるが、私はすっとぼけた。

このセカイを説明するのには、適した人物がいる。

 

彰人が頭をかきながら周囲を見渡していると、少年のような声が聞こえてきた。

 

「あー! やっと『Untitled』に気づいてくれたんだね!」

 

声の方を向けば、そこには黄色い髪の毛の男の子が立っていた。

鏡音レンだ。

 

...よかった、まだ覚えていた。

 

「あ、それとこの前杏たちと一緒に来た子もいるね」

 

「どうも」

 

「か、鏡音レン...!? バーチャル・シンガーの...!?」

 

へぇ。バーチャル・シンガーというのか、彼らは。

ボーカロイド、という名前はよく耳のするのだが...あぁいや、調べた時にそんなことも書いてあったような。

初音ミクは『電子の歌姫』の二つ名で呼ばれると書いてあったことを覚えている。

なんて厨二心をくすぐるんだ...。

 

それに比べて、私のセカイにいる初音ミクは、なぜ真っ黒なのだろう。

 

「その子は置いといて、もう1人はいないのかな。まぁ、まずは3人目だね! ミクとメイコにも教えてあげなくちゃ!」

 

そういったレンは彰人の手を取ると、引っ張ってどっかへと歩き出した。

このまま見送ってもいいのだが、いかんせん出方が分からない。前回連れてこられたときは、どうだったか。

 

ああそうだ思い出した。自分の『Untitled』も再生されており、それを止めることで出られるのだった。

自分の意志で再生していないと、止めるという発想になりずらいのは私だけだろうか。

 

「お、おい! なんなんだよここ! 引っ張るな!」

 

まぁひとまずは、彰人とレンについていく方がよさそうだ。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

見たことのある店の中まで彰人を引っ張ってきたレンは、彰人の手を離すと店の奥に向かって声を張った。

 

「ミク、メイコ! 彰人を連れてきたよ!」

 

「俺の名前、なんで知ってんだ...?」

 

ここで私が教えた、とからかってもいいだろうが、すぐに初音ミクたちに訂正されるのがオチだろうなぁ、と予想。

 

不真面目な事を考えていると、奥から初音ミクとメイコが姿を現した。

 

「いらっしゃい、2人とも。彰人は気づいてくれたんだね」

 

「あら、ようやく来てくれたのね」

 

2人の言い方からして、最初から彰人がここに来るだろうことは知っていた、という風な感じだ。

杏、こはね、彰人ときたら最後の1人は決まっている。冬弥だ。

 

...一瞬紫色のパーカー男が浮かんだが、忘れることにしよう。

 

「初音ミクまで...。疲れてるのか、俺。変な幻覚が見えて...」

 

液晶の中に存在していたバーチャル・シンガーたちが続々と目の前に現れたことで、現実逃避をしだす彰人。

こんな弱気な彰人も珍しいが、それも仕方の無いことか。

 

幻覚扱いされたことを不満に思ったのか、頬を膨らませながらレンが彰人の方を軽く睨みながら言う。

 

「もー、幻覚なんかじゃないってば。『BAD DOGS』の彰人、でしょ? それで冬弥っていう相棒がいて...」

 

レンがそう続けた瞬間、彰人は声を荒げてそれを否定した。

 

「あいつは相棒じゃねえ! あ...わ、悪い...」

 

突然大声を上げたことでレンはびっくりしてしまい、私の方に半歩寄ってきた。

今の大声でビビったのだろうか。

 

その彰人の様子に、何かあったのだろうと察した初音ミクたちは、目を合わせて首を傾げた。

 

「ねえミク。どういうことかな?」

 

「冬弥と何かあった、みたいだね」

 

うーんと考えている2人をほっといて、メイコは着席を促した。

 

「なんだか疲れてるみたいだし、とりあえず座ったら? コーヒーぐらいなら出せるけれど」

 

「誰がこんなわけわかんねえところで...」

 

「美味しいチーズケーキもあるわよ」

 

「たまには、休養も必要だよな」

 

メイコにチーズケーキを出された瞬間、心なしか柔らかな表情で席に座る彰人。

簡単に物につられおったぞ、あやつ。

 

私がそう彰人に呆れていると、メイコがこちらを振り返ってウィンクをした。

 

「美味しいコーヒーもあるわよ」

 

「ゆっくりしてこう」

 

走ってばかりではいられないのだ、人間と言うものは。

たまに休むことで、効率よく活動できる。

だからこれは、別に釣られたわけじゃないのだ。

彰人は釣られたかもしれないが、私は違う。この後の事を考えて、話が長丁場になると予想しての着席なのだ。

 

微笑ましい目をしているメイコから努めて目をそらして、私は頬杖をついた。




お気に入り登録や評価など、ありがとうございます。

前回の話で、被っている文章がありまして、そちらを削除したらかなり短くなってしまいました。
今後数話はその分長く書こうと思っています。

うえーん。


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第10話

お久しぶりです。
体調を崩していました。
また今日から更新していきます。


「はい。コーヒーとチーズケーキよ。特異点ちゃんはコーヒーだけでいいのかしら?」

 

「私の分は彰人に」

 

「わかったわ。ちなみにミルクと砂糖は?」

 

「いらない」

 

彰人がチーズケーキの魅惑にまんまと乗せられた後。

席に座って少し待っていると、メイコ...MEIKO? メイコ? どっちなんだ。

...MEIKOにしよう。彼女がケーキとコーヒーを持ってきた。

 

目の前に置かれたコーヒーの匂いを嗅ぐ。

ふむ。わからん。

 

そもそも、別にコーヒーに特段詳しいわけでもないのだ。

ただ何となく落ち着くから嗅いでいるだけだし、何となく冴えわたるから飲んでいるだけだ。

特に銘柄を気にせず飲んでいるせいか、東雲家にはいろんな種類のコーヒーがリビングにあるし、私の部屋は若干コーヒーくさいらしい。

 

絵名に部屋に入られたときはそれは嫌そうな顔をしていたのを覚えているし、鼻をつまんで変な声になった絵名の言ったことも覚えている。

 

『瀬名自身の匂いは普通なのに、なんで部屋はこんなコーヒーなの...?』

 

私に聞かれても分からん。

 

おっと、昔の事を思い出していないで、今は目の前のことに集中せねば。

 

私はコーヒーを一口飲む。

おいしい。なるほど、『美味しいコーヒーもある』と言うだけはあるようだ。

 

内心MEIKOに賛辞を送りつつ彰人を見ると、何かを考えているようだった。

 

「...」

 

なんというか、変な顔だ。若干外用の顔になりつつあるけど、それもほんの少しだけ混ざっているだけ。

...やっぱり、変な顔。彰人らしくない、と言えれば楽だけれど、彰人も考えているのだと私は思う。

 

そんな難しい顔をしている彰人の奥では、レンと初音ミクがやり取りしていた。

 

「レンはミルクと砂糖いるよね?」

 

「...今はいるけど、そのうちなくても飲めるようになるんだし、子供あつかいはやめろよー」

 

何とも微笑ましいやり取りだ。

 

その様子を見ていたのを、MEIKOも見ていたらしく、私たちに向かって微笑んだ。

 

「にぎやかね。...ここだと、少し話しづらいかしら」

 

「ねえ彰人、冬弥とケンカしちゃったの?」

 

レンの直球な問いかけに、彰人は一瞬私の方を見ると、口を開いた。

 

「ちげぇよ。...ただあいつが、俺を仲間だって思ってなかったって。それだけの話だ」

 

そういう彰人の顔は、とても悲しそうで、私どころか、初対面の他人でもすぐにわかるほどに顔に出ていた。

悲しさと一緒に、悔しさにじんでいるような。そんな顔。

 

「ふーん。よくわからないけど、彰人、悲しそうだね」

 

「...」

 

「俺にも大事な相棒がいるけどさ。いつも一緒で、2人で歌ってると楽しいんだ。それで、たまにケンカもする。だから、ちょっとはわかるよ」

 

レンの相棒と言われると、もう1人しかいないだろう。

鏡音リンだ。

とはいえまぁ。リンとレンが仲が良いのは何となくわかるし、しょっちゅうケンカしてそうなのも、何となくわかる。

絵名と彰人もよく言い合ってるけど、結構仲が良いのを知っているから、想像もしやすい。

 

「一番仲良いやつとケンカすると、寂しいよね」

 

そう続けたレンの表情も、悲しさが浮かんでいた。

どうやら彼も現在進行形でケンカ中のようだ。

 

しかし、私は知っているのだ。

こういう相棒とのケンカというのは、基本的には二択。

正面からのぶつかり合いか、些細なすれ違いから起こる勘違いのどちらかだ。

 

今回は何となく、後者のような気がする。

1週間ほどたった今でも、彰人に姿を見せるなと言われ背を向けた冬弥の姿が、嫌に焼き付いている。

 

「...そうだな...」

 

レンの話を聞いて、自分の話をする気になったのか、彰人はコーヒーカップを強く握りしめながら口を開いた。

 

「わかんねえよ。...急に『俺たちの音楽には、何の意味もない』なんて。...そんなの、わかるわけねえだろ」

 

彰人のその真剣な表情に、初音ミクたちも真剣な表情で話を聞いている。

恐らくこの中で私だけが、真面目に話を聞いていないかもしれない。

 

コーヒーカップが気になる。

 

小さくみしみし言ってないだろうか。

 

「俺はあいつとなら、『RAD WEEKEND』だって...」

 

「...大切な仲間なのね。...ねえ、ちょっと気晴らしに『とっておき』でもどう?」

 

彰人の話を聞いたMEIKOは、思いついたように、そんな事を言い出した。

その前に、コーヒーカップから力を抜くように言わないのだろうか。

それとも、金銭的な問題はセカイには存在しない?

 

「とっておき?」

 

MEIKOに言われた『とっておき』が気になるのか、彰人はコーヒーカップから手を放してMEIKOの顔を見た。

その隙を見て、素早くカップを回収したMEIKO。

 

...もしかしたら、顔に出てないだけでかなり心配だったのかもしれない。

 

そしてMEIKOが出してきたのは、ウィスキー用のグラスだった。

 

おっと。これはまた。

 

「えーと、メイコ。それってウィスキー用のグラスじゃ...?」

 

「どう見ても未成年が飲んでいいもんじゃ...おい瀬名、手を出してんじゃねえ」

 

ちっ、ばれたか。

とはいえ、確かに私たちはまだ未成年だ。セカイの住人たるレンや初音ミクがどうなのかは知らないが、私たちは飲んではいけない。

 

...いや、セカイの中でなら警察の目はないし、いくらでも飲み放題なのでは。

今度自分のセカイで試してみよう。

私の父はそれなりに私に甘い。多分買ってくれるはず。

 

彰人とレンが微妙な顔をしている中、MEIKOはまぁまぁと言い、彰人の前に進めた。

 

「ささ、グイっといってみて!」

 

「グイっとって...ん? この匂い、ウーロン茶か? ご丁寧に酒用のグラスと氷まで使って...」

 

一瞬でも彰人のことが羨ましいと思ったのがバカみたいだ。

私たち2人はMEIKOの手のひらの上で踊らされたのだ。それはもうコロコロと。

 

「こんな紛らわしいもん、なんのつもりで...」

 

彰人がそう言いながらMEIKOの方を見ると、MEIKOは嫌に優しい表情でこちらを見ていた。

その目は、見たことがある。

 

「不思議よね。自分の目の前にあるものだって、いつも見たままが本当ってわけじゃないなんて」

 

「は? それどういう...」

 

彰人は未だにピンと来ていないようだが...なるほど、私は理解したぞ。

要するに、本当にそうなのか、ってことを伝えたいのだろう。

そう見えているだけで、実はそうじゃない。世の中には多いものだ。

世の中にあまり出ないから例は出せないけど。

 

「あなたの大切な仲間も、本当の事を言っていたかどうかはまだわからないんじゃない?」

 

良い例があった。

冬弥だ。あいつは最高のサンプルだ。人間サンプル。ツートンサンプル。

 

MEIKOにそう言われた彰人は、一瞬目を見開いて、すぐに考え始めた。

 

「冬弥は冗談なんか言わねえ。だからつい、あいつの言葉をそのままの意味で考えてた。けど...もし、本心じゃなかったら...」

 

じゃなかったら、どうするのだろう。

続きが気になるところで止めた彰人は、少しの間黙ったと思ったら、勢いよく椅子から立ち上がった。

おい、まさか殴りに行くとでも言うのか。もう止めるのは無理だぞ多分。

 

私が内心焦っていると、彰人のスマホから音楽が鳴り響いた。

スマホの画面を見た彰人の顔から察するに...杏とか。

 

「謙さんから電話?」

 

ヘイファザー! ワッツアップ!

 

いや、白石父はそんな感じでもないか。あれでサングラス付けてたらぽいんだけど。

 

「はい、彰人です。どうしたんですか、謙さんが俺に電話なんて...」

 

確かに、彰人からかける用事はあるかもしれないが、その逆は珍しい。

今日は臨時休業になったとかだろうか。

 

そんな悠長なことを考えていると、一瞬で彰人の顔が険しくなった。

 

「冬弥が店に来てる?」

 

おや。

 

「今から行きます! 電話このまま、繋いでおいてください!」

 

久しぶりの2人の対面。思い出すのは殴りかけた彰人の姿だが、もうあのようなことは起きないとわかる。

何となくだけれど、わかる物なのだ。

それを察しているのか、初音ミクもMEIKOも微笑み、レンは力強く拳を握った。

 

「彰人、頑張ってね!」

 

「ああ。....あと、あれだ。ありがとな、3人とも!」

 

それだけ言い残し、彰人はセカイから出て行った。

随分さわやかな彰人だったな、とコーヒーを飲んでいると、隣に初音ミクが座った。

 

「キミはいかないの?」

 

「...私は必要ない」

 

初音ミクに尋ねられるものの、私の答えはこれだけだ。

そもそも、私はあの黒い初音ミクの言う通りならば、後押しする存在。

今回は後押しというより、殴ることで決定的な溝を作らせないようにするストッパーのような立ち位置だった気がするが、それも役割なのだろう。

 

ここから先は、今回の話の中心だ。

その中心に私がいちゃまずいだろうに。

 

「ふーん、そ。じゃあ、コーヒーおかわりいる?」

 

「いる」

 

「じゃあ、行って来たらあげる」

 

「!??!??!?!?!」

 

流れ変わったぞ。

この緑の悪魔、あろうことか、私の好物を人質に取っている...?

そんな所業、どちらかと言うと私のセカイの真っ黒初音ミクの方がやりそうだと言うのに。

 

信じられない、という目で初音ミクを見ていると、彼女は口の端を釣り上げた。

 

「...!!」

 

この女、わかってやってやがる。

私がコーヒーが好物なのを見抜き、大体のことを優先してしまうぐらいにはコーヒーホリックなのを知っていやがる。

とはいえ、今セカイから出たとしてだ。

出る場所が彰人に飛び掛かったあの場所なら、あそこから杏の店まで走ってもそこそこかかるだろう。

ついた時には全てが終わっている頃で、今更顔出せないなみたいな空気になっているはず。

 

「...ちょっと、むり...」

 

「今ならおかわり無料」

 

「行きます」

 

なぁに。今私はコーヒーを補充したばかりじゃないか。

私の原動力はチャージされた。それに、私の運動能力は他の学生と比べても飛びぬけている。

彰人を追い抜かすことなど容易だろう。したことないけど。

 

ヤル気に満ちて椅子から立ち上がった私を見た初音ミクは、満面の笑みで手を振った。

 

「いってらっしゃい。出口は彰人のスマホの近くにするからね」

 

「は?」

 

私が曲の再生を止めていないのにも関わらず、私の視界は光に染まった。




体温は40℃近くまで上がり、全身の倦怠感、頭痛、腹痛。
絶対にコロナだと確信して検査したら陰性でした。

皆さんも気を付けてくださいね。


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第11話

ちょっと冷えるとお腹が痛い


眩しい光が収まったとき、まず最初に私の顔面に固い何かがぶつかった。

 

「プギュ!?」

 

余りの顔面の痛さにその場でのた打ち回りながら、頭は状況を理解していく。

どうやら突然現実へと戻された私は、体勢のことを考慮されていない状態で戻されたらしく、彰人のスマホの傍に出されてそのまま顔面から地面に落ちたらしい。

 

「い、痛すぎる...けど、ここって」

 

見上げれば、『WEEKEND GARAGE』の前。

なるほど、彰人のスマホの傍で落ちたのがこの場所なら、まだ話は終わっていない可能性が大だ。

彰人が扉を開けて中に入ると同時に、私がセカイから出された、という感じで。

 

さっさと中に入ってしまおう、と扉を静かに開けて中に入ると、ちょうど彰人と冬弥が向かい合っているところだった。

 

「こそこそ...」

 

静かに中に入ると、彰人と冬弥の横で見守っている杏とこはねの姿が。

折角だし、2人の近くに行こう。

 

「2人とも」

 

「わ、瀬名ちゃん」

 

「瀬名も来たんだ」

 

「今どういう状況?」

 

2人に状況説明を頼むと、どうやら冬弥が『自分には覚悟がないから彰人と組むのはやめる』と言い出したようで、その最後の挨拶に謙さんに挨拶に来ていたのだそう。

なるほど、話の流れは理解できた。

 

冬弥がやめようが続けようが正直どうでもいいが、前者だと全体的に見て良くないだろう。

彰人は大きな影を抱えることになるだろうし、杏やこはねも気にする。

会話の最中に一々ワードに気を使って話さなければいけないというのは、多大なストレスを催すものだろう。

絵名で例えるとするなら...普段は甘々な私に対してすら第一声は『は?』ぐらいだろうか。

昔の荒れ具合はそれはもうすごくて...と、思考がそれた。

 

「最初のことなんてどうでもいい! クラシックから逃げ出したことも! 大事なのは、今、お前が本当はどうしたいのかってことだ!」

 

彰人は素直に、冬弥に気持ちをぶつけていく。

お前がいたからだ、と。お前がいるからこそ、こうしていられるのだ、と。

 

熱い男だ。少なくともサッカーをしていた頃の彰人では、見られなかった熱さだろう。

 

「彰人、だが俺は...」

 

「グダグダうるせぇ! わかれよ! 俺は、お前以外と組むつもりはねぇって!」

 

「...!」

 

「今の、お前の本当の想いはどうなんだよ! お前は本当に、もう俺と一緒にやりたくねぇのか!?」

 

こういっては失礼だが、一種の映画でも見てる気分だ。

体験型の映画、というか。

今はまだ夢のまた夢の話だが、フルダイブ型の映画とか発売されたらこんな感じなのだろうか。

 

「俺の隣に少しでも立ちたいって思ったんじゃねぇのかよ! だったら、お前も俺と同じ夢を...『RAD WEEKENDを超えたい』って、思ってるはずだろ!?」

 

「やりたいに決まってるだろう...!」

 

彰人の言葉に感化されたのか、冬弥の返答にも力が入っている。

握りしめられているその拳は、今にも限界が来そうだ。

 

「俺だって何度も思った! お前と純粋に夢を追いかけられればどれだけ...!」

 

「...やっと吐きやがったか」

 

冬弥のその返答を聞き、これまで鬼気迫る表情だった彰人の顔が緩んだ。

まるで、その言葉を聞きたかったかのようだ。

 

「だが...!」

 

「あーうるせえうるせえ。難しく考えてんじゃねぇよ。俺は冬弥とやりたくて、冬弥も俺とやりたいんだ」

 

元々、冬弥が何かしらに縛られてることは彰人も察していたのだろう。

それこそ、一緒に組み始めた頃からかも知れない。

それでも、冬弥から言い出さない限りはこちらからも聞かないという精神だったのか、今日まで延びてしまった。

 

そんな感じだろうか。

 

「あとは2人で夢を叶える。...それでいいだろ」

 

「彰人...いいのか、それで...」

 

「いい」

 

「こんな、中途半端な俺が...お前の隣に、立っていいのか?」

 

「お前は中途半端じゃねぇ。中途半端って自分でも思ってるだけの、俺の最高の相棒だ」

 

「...彰人」

 

彰人の想いを受けて、冬弥の顔もどこか憑き物が落ちたかのような表情だ。

まだ何も解決していない、それでも、冬弥からしたら、彰人となら何とでもなる、という気持ちになったのだろうか。

 

何となく、羨ましく思う。

 

「そうか。それくらい、単純な事だったんだな...」

 

「...お前は勉強はできるくせに、妙なところでバカだよな。...ま、いいか。明日からブランク空いた分取り戻すぞ、相棒。で、『RAD WEEKEND』を超える最高のイベントをやる。それでいいな?」

 

「...あぁ」

 

彰人のその問いかけに、冬弥は力強く答えた。

これで、一件落着、だろうか。

特に何もしていないし、これでまたコーヒーがタダで飲めると考えるとおつりが返ってくるレベルじゃないだろうか。

 

と、微笑みあっている2人に杏が腰に手を当てて聞く。

 

「で、お客さんご注文はどうします?」

 

「な...!?」

 

「あ、杏ちゃん...!」

 

杏に話しかけられた彰人は心底驚いたようで、杏の隣に立っているこはねも、口元に人差し指を立てていた。

もしかして、隠れて聞いていたのだろうか。

 

「お前らいつから...っていうか、立ち聞きしてたのかよ!」

 

「そっちがこっちのこと無視して話してただけじゃない。水差すのもなんだから今まで黙ってたのに」

 

彰人目線だと隠れて聞いてたように見えるが、杏たちからしてみれば、店に突然やってきてやり取りしだした、と言うような感じなのだろうか。

 

これは悪魔白石も微妙な表情か、と思い顔をのぞいてみると、その顔はどこか安心したような顔だった。

 

「で、でも、よかった...! 青柳くん、東雲くんとまた2人で歌えるんだね!」

 

こはねがまるで自分のことのように嬉しそうに話すその姿を見て、冬弥も嬉しそうに頬を緩ませた。

 

「小豆沢、白石。...心配をかけてすまなかったな。瀬名も」

 

まるでついでのように扱われたんだが。

...まぁ、よかったよ。これで修復不可能なほどに2人が離れていたら、面倒な事にはなっただろうから。

 

「せ、瀬名!? いたのか...!」

 

冬弥に名前を呼ばれたことで、彰人がようやく私の存在に気が付いたようで、目が飛び出るほどにこちらを見て驚いていた。

まぁ、確かに私がここにいるのは少し違和感を感じるかもしれないが、妹なのだからもう少し察して欲しいものだが。

 

これが絵名ならばいの一番に気付いて私を抱き上げて膝の上に乗せるというのに。

 

「俺はもう迷わない。彰人と2人で、『RAD WEEKEND』を超える。超えてみせる」

 

冬弥のその改めての宣誓に、杏とこはねは笑顔で顔を見合わせて、冬弥と彰人の方を向いた。

 

「ちょっとちょっと。『RAD WEEKEND』を超えるのは私たちなんだから。勝手に決めないでよね!」

 

「...ふふっ!」

 

これで今度こそ終わりだ、と息を吐いていると、隣から衝撃が襲ってきた。

 

「もちろん、瀬名も協力してくれるよね!」

 

「え」

 

「おい待てよ。瀬名は俺の妹なんだから、瀬名はこっちに協力すべきだろ」

 

「ダメダメ! 瀬名は女の子なんだし、そのうちメンバーとして出てもらうんだから、男2人のむさくるしいところには入れられないでしょ!」

 

衝撃の正体は杏が隣から抱き着いてきたからだった。

待って欲しい。その話は終わらなかっただろうか。

 

「やっぱなし!」

 

「なんで」

 

まだマネージャーみたいな立ち位置ならマシだが、流石にメンバーとなるのは勘弁願いたい。

私は基本的に家で寝ていたいのだ。

普段は学校に行っているフリをしているから仕方なく家から出ているが、そのあとはセカイで寝るだけだ。

たまに遊びに付き合わされるが...まぁ必要経費だ。

 

それに比べてこちらはどうだ。

 

「おい離せよ」

 

「今日こそは私たちの活動に加わってもらうもんね!」

 

彰人と杏はもう私を挟んでにらみ合いを始めている。

これを止められるのは冬弥とこはねぐらいのものだが...。

 

「...」

 

「仲が良いんだな」

 

止める気はない、と。

くそぅ。2人して笑顔でこちらを見やがって。

 

この場をどう収めたものかと内心頭を抱えていると、突然声が響いた。

 

「『やっと見つけられたね』」

 

「...? 今、誰かの声がしなかった?」

 

私の腕を話しながら、辺りを見渡す杏。

だが、店内には私たち5人しかいないし、聞こえてきた声は女性の様だった。謙さんではないだろう。

 

と、こはねが異変に気が付いたように声をあげた。

 

「あれ、『Untitled』が光ってる...」

 

「え!? 本当だ!」

 

こはねが取り出したスマホは、スマホの画面が光っている、と言うよりは、音楽アプリの中に入っている『Untitled』という楽曲が光っている様だった。

 

女子2人が困惑している中、彰人がその画面をのぞいて首を傾げた。

 

「『Untitled』って、お前らもそれ知ってるのか?」

 

「も、ってことは彰人...きゃっ!?」

 

まるで自分も知っているかのような言い方に引っ掛かった杏が聞き返そうとした瞬間、私たちの視界が白色に染まった。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

目を開ければ、そこはセカイの中のカフェだった。

確か私が最初にここに来たのは、こはねと杏と一緒に来たんだったか。

そのあとは彰人に飛びついたらそのまま来て...そう考えると、まだこれで3回目、か。

 

「...ここは?」

 

周りを見渡して困惑している冬弥の様子から、冬弥はセカイに来るのは初めてなのだろう。

 

「いらっしゃい」

 

「ミクちゃん...!」

 

そう私たちが困惑している中で、そう時間をおかずに、奥から初音ミクが顔を出した。

 

その顔はこうなることを予測していたかのように落ち着いた顔で、なんだか私のセカイの初音ミクを思い出す。

 

初音ミクの後ろについてきていたのか、レンが顔を出して、冬弥の顔を見て歓喜の声をあげた。

 

「あー! 冬弥がいる! よかった、仲直りできたんだね!」

 

レンと一緒に来ていたMEIKOも安心したような表情を浮かべており、彰人は2人に声を掛けた。

 

「ありがとな、2人とも」

 

「いいのよ。私たちは君たちに、本当の想いを見つけてほしかったんだから」

 

「じゃあ私たちの本当の想いって、やっぱり『最高のイベントをやりたい』ってことだったんだね」

 

恐らくだけど、その『私たち』の中には、東雲瀬名という存在は入っていないのだろう。

予想するまでもない。私は別に最高のイベントをやりたいなんて想いはない。

せいぜい想いと言えば、一日の半分は寝ていたいぐらいだ。

 

こはねのその言葉に、初音ミクは深くうなずいた。

 

「うん。それが君たち4人の、本当の想い」

 

初音ミクはそういうと、店の外へと歩き出して、振り返って言った。

 

「さあみんな、私たちと一緒に歌おう。そうすれば、想いが歌になるよ」

 

しかし、杏は不思議そうに首をかしげる。

 

「みんなって...BAD DOGSも一緒に歌うの?」

 

「なんだ? 俺たちのパフォーマンスにビビってんのか? 歌うってことなら負ける気がしねぇぞ」

 

「へ~、面白いこと言ってくれるじゃん。Vividsの出番ばっかりにならないように気を付けてよね?」

 

まさに売り言葉に買い言葉。

だが、雰囲気はとてもいいものだ。

まさに切磋琢磨しあう最高のライバル、という所だろうか。

 

そんな2人を見て、冬弥は笑みを浮かべていた。

 

「青柳くん?」

 

「いや、ずっとつっかえてたものが消えると、こんなに清々しいものなんだな」

 

喉に刺さっていた小骨が取れたぐらいの感覚だろうか。

...きっと違うだろうな。

 

「彰人。Vividsに負けないようにやるぞ」

 

「ハッ、当たり前だ。...冬弥、腕が落ちてたら承知しねぇからな」

 

この場の全員が乗り気なのを見て、こはねが初音ミクを期待の眼差しで見る。

 

「ミクちゃん!」

 

「うん。一緒に歌おう!」

 

どこからか曲が流れ始める。

 

さて私はどうしたものかと考えていると、後ろから肩に手を置かれた。

 

「特異点ちゃん、約束のコーヒー。飲むでしょ?」

 

「いただきます」

 

4人の歌とパフォーマンスを見ながらコーヒーを飲むなんて、これ以上の贅沢はないだろう。

MEIKOからコーヒーを受けとり、適当な場所に座って外を見る。

 

4人とも、とても楽しそうだ。

この間まではとても苦しそうな顔をしていたのが嘘みたいで、なんだか私まで嬉しく思う。

というか、初音ミクはあそこまでダンスが出来る物なんだな。

いや、動画投稿サイトを見たらよく歌いながら踊っているのを目にするけれども。

 

見た目は確かに踊れそうだし、もしかしたらこのセカイの初音ミクは踊れる初音ミクというだけで、私のセカイの方は踊れないかもしれない。

今度試してみよう。

 

そうしてしばらく5人の歌を聴きながらコーヒーを嗜んでいると、終わりが来たようで音が途切れ、5人とも中に戻ってきた。

 

「あー、さいっこう!」

 

「すごい、ドキドキした...!」

 

戻ってきたVividsの2人はとても笑顔だ。

余程楽しかったのだろう。

それに比べて、冬弥も笑顔だが、彰人は考え事をしているようで、顎に手を当てて考えていた。

 

「今の曲...初めてやったのに、なんだか最初から知ってたみたいに歌えた...?」

 

「その歌は、『最高のイベントをやりたい』っていう君たちの想いから生まれたものだからね。最初から君たちの中にあったんだよ」

 

こはねの疑問に、当たり前とでも言うような顔でそう答える初音ミク。

その理論を私のセカイに当てはめると、私の中にも想いがあって、そこから曲が生まれるかもしれない、ということなんだろうか。

 

と、そこで彰人がスマホの異変に気が付いた。

 

「ん? 『Untitled』の名前が...変わってる?」

 

「ほんとだ! えっと...『Ready Steady』?」

 

惜しい。

そのあとに『Go!』が続けば『位置について、よーい、ドン!』だったのに。

いや、もしかしたらそれに近い意味かも知れないけれど。

 

彰人と杏が首をかしげていると、初音ミクが答えた。

 

「君たちの想いが、歌になったんだね」

 

「これが...私たちの...」

 

なるほど、想いがまだ形に、歌になっていないからこその『Untitled』。

こうして歌として生まれたから、名前も変わったのか。

 

そうなると、私の『Untitled』もいつか曲名になるのだろうか。

私が歌っている姿はあまり想像できないが、いつかそうなる未来もあるのだろう。

本当に想像できないけれど。

 

「今日はとっても楽しかった。またこのセカイに遊びにきてよ。私たちはいつもここにいるから。君たちの想いがここにある限り、ね」

 

「うん、絶対また来てよ! 今度は俺とも歌って欲しいな!」

 

「美味しいコーヒーと紅茶を淹れて待ってるわ」

 

初音ミクに続いて、レンとMEIKOも歓迎の言葉をかけていく。

今日はこれでお開きらしい。

 

「また、一緒に歌おうね!」

 

初音ミクがそう言うと、4人は笑顔で頷いて、一斉に楽曲を止めていく。

おっと、この流れに乗らなければいつ帰ると言うのか。

 

そう思い私もスマホを取り出してロックを解除しようとすると、その手を真っ白な手が伸びてきて止めた。

 

「!?」

 

「特異点はまだ。ちょっと話があるから」

 

顔を上げると、そこには超至近距離で初音ミクの顔が。

 

顔が整っている人って離れてれば綺麗とかかわいいで済むけど、ここまで近いとただ恐怖しか感じないのはなんでだろう。

 

「話って...?」

 

「おかしいと思わない? なんで関係ないのに、あの子たち4人のセカイに入れるのか」

 

初音ミクはそれだけ言うと私から離れて、カウンター席に座った。

それを見たMEIKOは何も言わずにコーヒーの準備を始め、レンはうきうき顔で私の手を引っ張ってカウンター席に誘導する。

 

「少し長くなるから、まぁ座ってよ。彰人には私から説明しておくから」

 

初音ミクにウィンクされ、私は素直に頷いて椅子に座った。

 

確かに、私があの4人のセカイであるはずのこのセカイに干渉できるのはおかしいとは思う。

深くは考えていなかったが、そこにもちゃんとした理由があるのだろう。

あるのであれば、聞かなければ。

 

MEIKOに淹れてもらったコーヒーを口に含み、初音ミクは口を開いた。

 

「まずは、君の存在理由についてから、かな」




次でVivid BAD SQUAD編は終わりです。
次の章は25時、ナイトコードで。編を考えています。


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第12話

Vivid BAD SQUAD編はこれにて一旦終了です。


「さっきも言ったけど、そもそもなんで4人で構成されているこのセカイにいられるのか、見当ついてる?」

 

コーヒーを飲んでいる初音ミクに横目でそう問いかけられた私は、思わず黙ってしまう。

 

頭によぎったことがないと言えば嘘になるが、そのことについて深く考えたことはなかった。

そもそもセカイと言うものが私からしてみれば不思議現象だ。その不思議現象のルールなんて知ったこっちゃないし、比較対象は私のセカイだけだ。

 

改めて考えてみると、確かに違和感は感じる。

 

横でコーヒーを飲んでいる初音ミクの言う通り、このセカイは4人の想いで出来ている。

『Untitled』が4人の想いによって変化を見せることから、そのことは確定事項だ。

だが、そこに異物でしかない私が入りこめている理由。

 

「...多分だけど、1つだけ」

 

「ん?」

 

頭に浮かぶのは、私のセカイの空。

全部で20個浮かんでいるその星たちは、彰人や杏たちの変化に合わせて輝きも変わっていた。

今見に行ったら、それはもうピカピカ輝いているだろう。

 

「私のセカイに、星が浮かんでる。彰人たち4人に変化があれば、星にも変化が出た。多分そういうことなんだと思う。それと関係してそう」

 

「大体正解、かな」

 

久しぶりに長文を喋った私の予想は的外れではない様で、ひとまず安心だ。

労力が無駄にならなかったことが嬉しい。

 

私の予想がそう遠くなかったことが嬉しかったのか、初音ミクは笑顔を浮かべて私の方を向いた。

 

「キミが特異点と呼ばれている理由も、そこにある」

 

「...気になってた単語」

 

このセカイに杏たちと初めて来たときも出てきた単語、『特異点』。

私がこのセカイに入り込める理由も、そこに集約していそうだ。

 

...あぁ、何となく理解したかもしれない。

今思い出したが、目の前の初音ミクに行ってこいと命令されていたような気がする。

初音ミクたちが望んでいる正しい未来に、私が関わることで軌道修正している、というのは少しぶっ飛んだ予想だろうか。

 

「まぁ、そのうちわかるよ。キミはこれからもセカイを飛び歩くんだから」

 

「えぇ...」

 

それはあれだろうか。

この杏たち4人で構成されたセカイと、私自身のセカイ。その他にも何個かセカイがあって、それにも関与しなければならないということだろうか。

まぁ星の数からこれで終わりじゃないことは察してはいたけれど、こうして改めて言われると来るものがあるなぁ。

 

家で寝ていたい。

 

「いつか、キミの想いが歌になった時。聞かせてね」

 

「...気が向いたら」

 

雰囲気的に話はこれで終わりだというのを感じ取った私は、スマホを取り出して楽曲を止めた。

視界が白く染まっていく。

その中で、初音ミクの顔がどこか不安げな、自身の子どもを初めてのお使いにでも出すときの表情をしていたのが、気になった。

 

...なんだその顔。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

「あれっ、戻ってきてたんだ」

 

目を開けてみると、そこは杏の店の中で、既に片づけを終えていたところだった。

どうやら私はたまたまおろしてあった椅子に座っているようだ。

 

声のする方を向いてみると、モップをかけている杏が驚いた顔でこちらを見ていた。

 

「随分遅かったね。なんの話してたの?」

 

「ん...世間話」

 

「へぇ~。意外と世間知らずなのかな、ミクたちって」

 

咄嗟に嘘を吐いたが、杏は疑うこともせずにそのまま信じてしまった。

もしかしたらこの話がこはねに通って、女子2人で初音ミクたちに世間一般の常識を教えに行くかもしれないけど、私は悪くない。

 

と、責任転嫁をしている私の横に椅子を並べて、杏が座った。

 

「実はさ、ちょっと考えてることがあって」

 

「?」

 

「私たち『Vivids』と、『BAD DOGS』。向いてる方向は一緒だし、あのセカイで一緒に歌った時、今までにないくらいすっごい気持ちよかった。だから、4人で組んでイベントに出たいなって、思うんだけど...どうかな?」

 

なるほど。

それを私に聞かれても、と思うものの、逆にその4人の中に入っていなくて、なおかつある程度事情を知っている人間に聞くのも仕方の無いことだとも思う。

 

まぁ、答えは一つだ。

 

「いいと思う」

 

「ほんと!? だよね、私もそう思ってた! 早速明日3人にも提案してみよっ!」

 

少し昔に、『4人で歌うかも』なんて予想していたが、まさか現実になるとは。

私予言師の才能があるんじゃないだろうか。

 

最早明日が待ちきれない、と言わんばかりの杏は、その勢いのまま私を抱きしめてぐるぐる回りだした。

 

「よ~しっ、気合入ってきた~!」

 

「うぁ、なにを、きあい?」

 

「そ! 別にイベントが近いわけでもないけど、テンション上がってきた!」

 

「やめ、やめて」

 

周りを見ても客がいないのは、まぁ恥にならずにすんだが、それはそれとして私の三半規管が悲鳴を上げている。

早くこの回転を止めてくれ。

 

と、回る視界の中、男の声が置くから響いてきた。

 

「何やってんだ、こんな夜遅くに」

 

「父さん! 今日、私の友達泊めるから!」

 

「はっ?」

 

は?

 

「今日は徹夜で話し合おう! チーム名も決めないと!」

 

「私の意志...」

 

ようやく回転が収まったかと思うと、杏は私のスマホを取り出して、私の顔でロックを解除。

そのまま彰人へと電話をかけ始めた。

 

「あ、もしもし? 瀬名、今日私の家に泊めるから! じゃ!」

 

『あ? おいちょっと待て、絵名の相手は誰がすんd』

 

あぁ、切られた。

 

私の意志をフル無視して進めていく杏は、用事が済んだのか私のスマホを返してきた。

 

「はい、ありがと!」

 

「...うん」

 

ありがとうも何も、勝手に使ったと思うのは私だけだろうか。

というか、お父さんこと謙さんは許可するだろうか。

 

一縷の望みをかけて謙さんの方を向くと、まるで仕方ないな、とでも言わんばかりに後頭部をかいて苦笑いをした。

 

「仕方ない。悪いんだけど、杏に付き合ってやってくれ」

 

「くぇ」

 

「コーヒーかジュースなら出すからさ」

 

「いくらでも付き合う」

 

仕方がない。今日はもう腹をくくって、杏に付き合うとしよう。

私が家に帰るとしても、この元気いっぱいの杏を何とかしなければ帰れないだろう。

 

「じゃあ、一緒に片付けしながら考えよっか!」

 

「...うん」

 

早速肉体労働ですか...。

 

結局私は、この日はしたくもない肉体労働をしながら、杏と会話もするという、頭も体も疲れるという夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

翌日。

持ち前の運動能力の高さのおかげなのか、筋肉痛にはならずにすんだ私は、店の中で彰人と冬弥に、杏と一緒にセカイについて説明をしていた。

とはいえ、答えられることは少ない。あのセカイは4人の想いで出来たものだ、とか。

私は特例で、理由は不明、だとか。

 

「そういや、絵名から電話来てなかったか? すっげぇ朝ピリピリしてたんだが...」

 

「...うるさいから電源消した」

 

「その場しのぎなだけじゃねぇか、それ...」

 

店に来た時の彰人の顔はすごい疲れた顔だったが、たぶんスマホの電源をつけていたら、私の顔もそんな感じだっただろう。

 

と、そこにこはねが合流した。

 

「こんにちは! あ、青柳くん、東雲くん、瀬名ちゃん! 4人で話してたの?」

 

「ああ。...あのセカイという場所がなんなのか、白石に聞いていた。とても興味深い話だったな」

 

「『想い』なんてもんがあんな場所になるなんてな。実際に見てもまだ信じられねぇよ」

 

「あるものはあるんだから、信じるしかないでしょ?」

 

未だに信じられないというような事を言う彰人だが、ただ口に出しているだけだろう。

顔はどこかにやついている。大方、誰にも邪魔されない練習場所が確保できたとか思ってるんだろう。

 

そんな中で、杏が声を張り上げた。

 

「ところで、なんだけどさ。ちょっといいアイディアがあるんだけど、3人とも聞いてくれる?」

 

「なあに?」

 

「私たち、4人で組んでイベントやらない?」

 

既に私と計画していた通りに、みんなに提案する杏。

こはねと冬弥は驚いていたものの、彰人は驚いた様子はなかった。

 

「セカイで一緒にやった時、悔しいけど、すごく楽しかったんだ。それに、最高にいい音出せたなって思うの!」

 

4人とも目指す想いは同じみたいだし、と続けた杏は、自信満々の表情で彰人を見ていた。

 

「すごくいいと思う! 私も、東雲くんと青柳くんと一緒にやりたい!あわよくば瀬名ちゃんも...

 

喜色満面で杏に賛同するこはね。

だが、小さく何かを呟いたのまでは聞こえなかった。

何を言ったんだろう。

 

杏の視線を真正面から返している彰人。

隣にいる冬弥から、どうする、と問いかけられて、にやりと口を歪めた。

 

「あの時、俺もそう思った。...俺たちが組めば、敵なしだな」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

杏も彰人が同じような事を考えていることが既に分かっていたのだろう、予想通りと言ったような顔で頷いた。

 

これで4人のチームが完成か。

なんだかすごい時間がかかったような、あっという間だったような...そんな気分だ。

 

「じゃあ早速、私たちの名前を決めようよ!」

 

これについては、私たち2人で睡眠時間に支障が出るほどに考え抜いたものがある。

まぁ、最初に出した案が強すぎて、ただ雑談をしているだけになったのだが。

 

「『Vivids』はビビッドストリートからとってきたから、そっちのとくっつけて『Vivid BAD』ってどう?」

 

そう杏が提案すると、彰人が難色を示した。

 

「さすがにまんますぎじゃねぇか...?」

 

「えー! そういうんならアイディア出してよね! 私たちの考えた時間が無駄になっちゃうじゃない、ねー瀬名」

 

「私に振らないで」

 

「2人で考えたのかよ...くそ、なんかあるか...?」

 

確かにまんま過ぎるかもしれないが、既に疲労困憊の私にはあれぐらいしか考えられるものはなかったんだ。

それ以上のものを求めるのは昨日の私に酷だろう。

 

杏に自分で案を出せと言われ、うーんうーんと唸りだした彰人を置いといて、冬弥が挙手して案を出した。

 

「せっかくみんなでやるのなら、『Crew』や『TEAM』をつけるのはいいかもしれない」

 

おぉ、難しい単語を出すものだな、冬弥も。

『TEAM』は簡単だが、『Crew』は日常的には出てこないだろう。

所謂、客を除いた船の中の、全乗組員だとか、そういう船仲間を示すのに使われる単語だ。

 

まぁ、ただ単に仲間として使われる場合もある単語でもあるが、この場でパッと出せるのは相当頭のいい証拠だ。

 

私? 隠れてスマホで検索している。

そんな頭のいい単語は進んで覚えないと身につかないだろう。教科書にも載っていないし。

 

その冬弥の提案に、杏も乗っていく。

 

「あ、確かにそれはいいかも! え~と、まだ4人だから『Forth』とか?」

 

「ああ、それもいいな。あとは...」

 

誰も『まだ』という部分に突っ込まないまま、冬弥が他の単語を出そうとしている中で、こはねが手をあげた。

 

「『SQUAD』はどうかな? 確か、団とか小隊って意味と、それから...」

 

「『イカした連中』って意味もあるな」

 

こはねの続きを先程まで唸っていた彰人が繋げていく。

もう考えるのはやめたのだろうか。

 

「『Vivid BAD SQUAD』か。いい名前だ」

 

「さすがはこはね! 私の頼れるパートナー♪」

 

「た、頼れるなんて...私はいつも頼ってばっかりだよ」

 

冬弥が頷き、杏がこはねに抱き着いて褒める。

こうして頼れると褒められるのは慣れていないのか、赤面してもじもじしている。

こはねのような小動物感あふれるかわいい女の子がそうしていると、破壊力抜群だな。

 

「でも、私もみんなに頼ってもらえるよう、もっともっとがんばるね!!」

 

そう言って決意をあらわにし、胸の前で拳を握るこはね。

その姿に感動したのか、杏がまた強く抱き着いた。

 

「...こはね~!! いつでも私に頼っていいんだからね! 大好き!」

 

「わわっ、苦しいよ、杏ちゃん...」

 

これが百合か。

 

「はぁ...。のんきな連中だな」

 

「だが、素直に気持ちを伝えあうのはいいことだ」

 

後ろを振り向けば、呆れた顔をした彰人と、純粋な笑顔を見せている冬弥がいた。

冬弥の言うことは、きっと冬弥が一番理解しているだろう。

 

そうしてワイワイしていると、奥から謙さんが顔を出した。

 

「まったく、この街の連中は昔っから変わらねぇな」

 

昨晩は大変お世話になりました。

 

「気にすんな、店のことも手伝ってもらったしな。...お前らは、歌って、ケンカして、また歌って...ま、そうやって仲間になっていくんだよな。俺たちは」

 

そう謙さんは笑い、再び店の中へと戻っていった。

 

「期待してるぜ?」

 

それだけ言い残して。

 

謙さんにそう言われテンションが上がったのか、杏と彰人が座っていた椅子から立ち上がった。

 

「よし、早速練習しようぜ」

 

「場所はセカイでいいの?」

 

溢れる気持ちを抑えられないとばかりに話し合う2人と、それを微笑ましく眺めつつ、参加する2人。

何はともあれ、これでようやくある程度のことは丸く収まっただろうか。

 

目を閉じてため息を吐き出し、目を開くと、私の視界には4人が話し合う光景ではなく、いつもの私の家のリビングが映っていた。

 

「...?」

 

この一瞬でここまで場面が転換するのは、夢でも見ていないとおかしい。

そう思い自分の身を見下ろすと、制服を着ていた。

 

「そろそろ家出ないと遅刻すんじゃねーのか」

 

「...ありがと」

 

「おう、気にすんな」

 

後ろからかけられた声に振り向きながらそう答えると、声の主、彰人は薄く微笑んで玄関へと向かっていった。

 

1つのセカイの想いが形になった今、再び新たなセカイが動き出そうとしていた。




次回から25時、ナイトコードで。編に入ります。


やっと一区切りついたあああああ


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第2章 25時、ナイトコードで。編
第1話


ちょっと短めです。

本日は2本投稿です。


過去に戻っている。

そう判断するまでに時間はそう必要としなかった。

 

判断材料はいくつかある。

スマホの日付が過去のものになっていること。

ある程度の彰人と絵名の行動が、どこか既視感を覚える物であること。

 

他にも気になる点はいくつかあるものの、一番の大きな判断材料は、セカイでのこと。

 

『今回はうまくいったね』

 

『...は?』

 

とりあえず考えをまとめようとセカイに来て、初音ミクの開口一番がこれだ。

 

この言葉から推測できるのは、私は何度かやり直していて、ようやく今回はうまくいってループしている、と言うことだろうか。

ただ不思議なのは、どうして記憶を保持しているのか、という点と、その記憶はなぜ成功した際の記憶しかないのか。

 

何週もしているのなら、それだけの記憶があってもおかしくないというのに。

 

「????」

 

まぁ、考えても分からないものは分からない。

こうして自分のセカイの空を見上げると、煌々と赤く輝く星が4つ。

確実にあの4人だろう。

 

杏たちのセカイのミク...長いな。グループから文字を借りて、ビビバスミクとでも呼ぶとしようか。

ビビバスミクから聞いた話も合わせて考えると、恐らく『Vivid BAD SQUAD』の4人は関わらなくても大丈夫なのだろう。

この時間軸ではうまくいく。そう言った感じだ。

 

だが、別のセカイを持つグループがうまくいかない。

私は何とかそのグループを見つけて、うまくいくように頑張らなきゃいけないのだろう。

 

「...疲れそう」

 

正直敬語を使って喋るのも疲れるのだ。

どうしたものか、と考える。

 

...もしかしてだが。

 

「案外身内?」

 

『Vivid BAD SQUAD』には、彰人経由で関わった。

ならば今回は、絵名かもしれない。

 

絵名が想いを形にして歌にするというのは、少し想像がつかないが...まぁこはねの件もある。

人間どうなるかは分からないだろう。

3日会わなければ刮目せよみたいなことわざもあったはずだし、そんな感じなはずだ。

 

早速とばかりに私は寝っ転がっていた体を起こして、スマホを手に持った。

 

「じゃ、帰る」

 

「うん、頑張ってね」

 

今回は遊んで遊んでと言わずに、静かだったな、と思いながら、私はセカイから出た。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

早速家に帰って絵名に聞こうと思ったのはいいものの、スマホの時間を確認するとまだ昼過ぎであった。

いつもはお昼は食べないのだが、今日は何となく何かを食べようか。

 

「何食べよう」

 

うろうろと街中を歩いてみるが、これといってピンとくる店はない。

いつも私が外食するのは基本パンケーキが理由で、そういう方向の店ばかりだ。

それが昼飯かというのは、まぁたまに重たいパンケーキもあるからそれを昼飯代わりにするぐらいで、素直に昼!とは言えない気がする。

 

じゃあガツンとくるものかと言えば、そうでもない。

私の身長が低いのが関係しているのかは知らないが、ステーキだとか、ラーメンだとか。

ああいう系統のものは通常の1人前を食べきれたことがない。

行くのであれば、育ち盛りの学生を1人連れて行かなければ。

 

「胸が膨らむのはいいが、身長も少し欲しいところ...」

 

目下の悩み事を口にしつつ適当に歩いていると、CDショップが目に入った。

そういえば、私のお気に入りの歌手が新曲を出していた気がする。

 

「お小遣いはいっぱい余ってる。買おう」

 

画家である私の父親は、それなりにお金を持っているようで、末っ子の私にもそれなりのお小遣いを渡してくる。

別にこちらから催促したわけではないけれど、毎月渡してくるし、何かあれば渡してくるのは...彼なりの気遣いなのだろうか。

たまに顔を合わせては近況を聞き、『そうか』とだけ告げて部屋に戻っていくのだが、そこを直せないものだろうか。

 

...考えがそれた。最近それることが多い気がする。

 

何を考えていたんだったか。

そうだ、最近好きな歌手が新曲を出しているはず。

すごくはまった歌手をずっと好きなまま、というのは稀な気がする。

今回の好きは続きそうだろうか、と思いつつ、目的のCDを手に取る。

 

「...うぅ」

 

どうやら新曲の名前は食べ物の名前のようだ。

まるで放課後にティータイムをしながらバンドをしている女子高生たちのような曲名だ。

普段ならばとりあえず聞くのだが、今はちょっとやめてほしい。

 

「お腹減った...」

 

腹の虫が異議を申し立てている。

CDなんか見てないで何か口にしろ、と言われているようだ。

 

CDを元の場所に戻し、店の外に出る。

その途中ですれ違った女子2人が、話をしながら店に入って行った。

 

「え、聞いたことないの? 曲もMVも、全部自分たちで作ってるんだって。1回聞いたらはまるから、聴いてみてよ」

 

「へ~。そこまで言うなら聴いてみようかな。なんてグループ名なの?」

 

「ニーゴ、っていうの。検索したらすぐ出てくるわよ」

 

「...ふむ」

 

ニーゴ。これはいわゆる略称で、正式名称は『25時、ナイトコードで。』と言うらしい。

SNSをあまりやらない私でも目にするぐらいには、最近若者の間で人気急上昇中のグループだ。

今すれ違った女子たちが言っていたように、曲を作るにあたって、全てを自分たちで行っているという、4人組のグループ。

 

作曲や編曲、作詞、MV作成、イラスト、それぞれが得意な者たちが集まっているのだろうか。

音楽をただ聞いているだけの私には、作曲というのはちょっと想像できない話だ。

そもそも私は曲を作るということは初心者だ。それも『ド』が付くほどの。

 

ポケットからイヤホンを取り出して、スマホの音楽を再生しているのだが、聴いている時は特に何も考えていない。

好きな曲を流して、頭を空っぽにしているだけ。

 

「?」

 

コンビニで適当に腹を満たせるものでも探そうと思っていると、ちょうど目の前のコンビニから人が出てきた。

銀髪で長髪。綺麗な髪だとは思うが、上下ジャージでおしゃれのおの字も知らなさそうなのがすべてを台無しにしている。

まぁ、私に言えたことではないが。

絵名と彰人がいなければ私もあの格好に近い物だったかもしれない。

 

ただ、それ以上に気になる点が1つ。

 

「はぁ...はぁ...日陰が遠い...」

 

たった今コンビニから出てきたはずなのに、もう既に肩で息をしている所だ。

1歩足を進めるたびにそのテンポが遅くなっていくのが分かる。

あのまま放置していたら死ぬのではないだろうか。

 

流石にあれを放置してコンビニで昼ご飯を選ぶ気にはなれなかった私は、声をかけた。

 

「大丈夫?」

 

「え...あ、大丈夫...」

 

「手伝う。荷物持つ」

 

「あ、ありがとう...」

 

銀髪少女の手に持っているコンビニ袋を手に取り、彼女の隣を歩く。

驚きだ。コンビニ袋の中身はカップ麺が3つ。

まさか、この少女の見た目から想像するに、毎食これだけなのだろうか。

 

確かに私も不健康人間だとは思うが、私の数段上を行っているぞ、この少女は。

 

「家は?」

 

「このまま真っすぐいった後に、何回か曲がって...ちょっと口に表すのは長いから、私の後についてきてくれたら」

 

「わかった」

 

そこからの会話は1つもなかった。

 

別に私がコミュ障だというわけではない。

始めましての人にも、用があれば話しかけることぐらいは造作もない。

ただ、この銀髪少女が私の方をチラチラと見るものだから、話題を振ることも出来なくなってしまった。

 

...もしかして、不審者だと思われているのだろうか。

 

 




PaⅢ.SENSATIONのフル来ましたね

個人的に1番フル来てほしかったのでめちゃくちゃ嬉しいです。


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第2話

お誕生日おめでとう彰人

番外編で彰人の誕生日編を書こうと思いましたがやめました。



ついに、一言も会話が無く銀髪少女の家へとついてしまった私たち。

私としてはただ手伝っただけだから、それが終われば私の目的を果たすつもりだったのだが、物を運んだ礼をしたい、との事で、家へとあがることに。

 

「お邪魔します」

 

「どうぞ。...ちょっとちらかってるけど気にしないで」

 

「...ちょっと?」

 

玄関はまだ普通だ。

ただ、そこから彼女の部屋と思わしき部屋に入ると、ゴミが散らかっていた。

いや、まだ踏み場はある。

汚部屋とまではいかないが、それでも散らかっている。

 

「...定期的に誰か掃除しに来てる?」

 

「うん。望月さんって人が来てくれてる」

 

積み上げられている本。床に散らばっている紙。

どれを見ても、音楽関係のものばかり。それも作曲のもの。

試しに一冊手に取って読んでみたが、小難しいことばかり書いてあってちょっと頭が痛い。

出てくる単語も理解できないし。

 

「曲、作ってるの?」

 

「うん。お父さんが作曲家で。...そうだ、折角だし、まだ作ってる途中だけど、聞いてもらえないかな? お礼はするから」

 

「わかった」

 

私が承諾すると、銀髪少女は安心したように頷いてPCの前の椅子に座った。

PC付近にはキーボードやらなにやら機材が沢山あり、そのあたりだけ異様にきれいだ。

 

...そういえば、まだ自己紹介をしていなかった。

 

「私、東雲瀬名」

 

「あ、そういえばまだ名前言ってなかったっけ。宵埼奏。...じゃあ、このヘッドホンを付けて。合図してくれたら流すから」

 

奏から手渡された銀色のヘッドホンを装着し、奏にアイコンタクトを送る。

それを見た奏はうなずき、エンターキーを押した。

 

曲が流れ始める。

まだ簡素な音だ。基本のメロディーだけができていて、肉付けされていない、と言うべきか。

ただ、それでも多少は伝わるものがある。

 

「...とりあえず、ここまでなんだけど。...どう、かな」

 

「いいと思う」

 

忌々しいのは私のこの口か。

長文を喋ると疲れるからこの口調になったが、今では感想を述べるのに邪魔すぎる。

...少し頑張ろうか。

 

「まだ骨しかないから分からないことも多いけど、それでも奏が誰かの事を考えて曲を作ってるのが分かった。...多分この後はこんな感じ? ~♪」

 

「....!!」

 

とりあえず思ったことをそのまま言おうか。

それと、曲が終わった後にでも、私の頭の中を流れているこのメロディーも鼻歌で表現する。

 

一通り私の鼻歌が終わると、突然奏が私の肩を掴んだ。

 

「曲作りに、興味ある?」

 

「え」

 

「実は、私たち...あ、曲は4人で作ってるんだけど、それらの進行を管理できる人がいたらいいのかなって思ってたんだ。瀬名は曲作りにかなり詳しそうだし、やってくれたら...もちろんお礼はする。曲を公開した後に発生する金銭は瀬名にも渡す」

 

「う、うん?」

 

「ほんと? よかった。じゃあ、このアプリをインストールして。そのあと私のアカウントとフレンドになって、グループに招待するから」

 

しまった。

お腹が空きすぎて奏の言うことをあまり理解せずに相槌を打っていたし、しかもその相槌が了承と取られてしまった。

 

事態を把握しよう。

私は奏から新曲を作成中だと言われ、それを聞いた。

その感想を述べていたら、一緒に曲を作らないかと誘われた。

相槌を打っていたらそれが了承したと思われ、アプリやらなにやら説明を受けている。←いまここ

 

ええい。全ては空腹のせいではないか。

 

とはいえ、決まってしまったものはしょうがない。

元はと言えば私が話を聞いてなかったのが悪いんだ。引き受けた以上はそれなりに頑張るとしよう。

まぁ、今更撤回するのもめんどくさいというのもあるのだが。

 

「他のメンバーには私から説明しておくから。全員集まるのは基本的には25時からだけど、他の時間もボイスチャンネルは使ってても大丈夫。...瀬名は、25時って大丈夫?」

 

おお、奏ってこんなに喋る人だったんだな。

まぁ、話を聞いてる限り奏がリーダーっぽいし、喋れないとそれなりに不便か。

 

「大丈夫。寝落ちするかもしれないけど」

 

「あはは...まぁ、寝落ちは他の人もするから大丈夫。他には...まぁ、説明は後でしようか。とりあえず、荷物を持ってきてもらったお礼をするね」

 

そういって奏が取り出したのは、先ほど私が持ってきていた袋の中のカップ麺。

 

「お昼にしよっか」

 

「...うん」

 

まじですか。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

3分たった後にずるずると麺をすする私たち。

その最中も私は説明を受けていた。

 

「基本的に私が作曲を担当してて、後の3人がそれぞれ作詞、イラスト、MVの作成をしてる。瀬名には基本的に、それぞれの進行度合いを見てもらいつつ、必要に応じて私の家に来て作曲を手伝ってもらいたいんだけど...どうかな?」

 

「大丈夫」

 

なるほど、奏を含めて今まで4人で活動していたようだ。

加入した後の私の仕事は、それぞれの進行度の把握と、たまに奏の家に来て作曲の手伝い。

...うーむ、改めて考えるとめんどくさいかもしれない。

 

いや、私は一度口にしたことは曲げない主義。

言ったことはやり遂げる。...たまに曲げることもあるけれど。

 

というか、今だに説明を受けていないのだが、グループ名は何なのだろうか。

 

「あ、そうだ。まだグループ名言ってなかったね。『25時、ナイトコードで。』っていうグループなんだけど、聞いたことないかな」

 

「...ある」

 

おお、タイムリーなことで。

ちょうど今日、すれ違った女子2人組がその話をしていたのを聞いたばかりだ。

曲自体を私が聞いたことがあるわけじゃないけど。

 

「そっか。それならちょうどよかった。私たちが作ってる曲の方向性は基本的にはあんな感じだから、それを参考にしてもらえたら嬉しい」

 

「わかった」

 

...家に帰ったら曲を聴いて、ある程度まとめなければ。

おかしい。どんどんやることが増えていく。

これが働くということなのだろうか。

 

いやだなぁ、社会人。

絵名か彰人に養ってもらえないかな。家事はやるから。

 

「...ごちそうさまでした」

 

「ごちそうさまでした。...説明はこんな所かな。何か聞きたいこととか、ある?」

 

「その時に聞く。今はない」

 

「そっか、わかった。今日はこの後はどうする? 私は作曲の続きをするつもりだけど、一緒に見てても大丈夫だし、やることがあるなら帰っても大丈夫だけど」

 

「...せっかくだし、ちょっと見てから帰る」

 

奏の提案に、折角だからと私は奏の作曲風景を見てから帰ることに。

カップ麺をゴミ袋に入れた後、1秒でも時間を無駄にしたくないとでも言うかのようにすぐさまマウスを握りしめて作曲に取り掛かる奏。

途中途中でキーボードを使い、メロディーを作成していく。

 

その様子を、私はちらちらと見ながら部屋の掃除をしていた。

 

「これは...こっち。これはこっち」

 

掃除と言っても、本をカテゴリーごとに分けているだけ。

ただこれだけでも、この後の掃除が楽になるのだ。

 

そうしていること約1時間。

奏に背を向けていると、何やら異常に部屋が明るくなったことに気が付いた。

 

「...?」

 

「ミク?」

 

振り返ってみれば、そこには白髪でオッドアイの謎の美少女が、PCのモニターにドアップで映っていた。

というか、今奏がミクって言ったか。

 

「...来て」

 

モニターのミク(?)がそれだけ言うと、奏がスマホを片手に私の手を掴んだ。

何をしようとしているのかを聞く間もなく、私の視界は白く染まっていった。

 

どうやら今回のセカイを見つけたようだ。



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第3話

絵名より先に奏の家に行く妹、瀬名。


眩しさで閉じた目を開けると、そこは少し異質なセカイの中だった。

周りにあるものは、地面にぶっ刺さってる鉄骨ぐらいで、その他には何もない。

セカイの色は大体灰色に統一されている。...ビビバスのセカイとは比べ物にならないぐらい異質だ。

 

「なに、ここ」

 

「私もここに来たのはつい最近で...ただ、ミクが瀬名の方を見て、ここに来てほしいって言ってたから、来ただけなんだけど」

 

「...」

 

とりあえず私は、セカイを初めて見たかのように演技する。

こんな光景、落ち着き払っていたら疑われそうだ。

 

いや、奏は曲作り以外はあんまり注意力なさそうだし、大丈夫そうではあるが。

 

「いらっしゃい...」

 

「あ、ミク」

 

「...お邪魔します」

 

いつの間にかそばに来ていた白色の初音ミクを見て、私は会釈する。

すると、それを見た初音ミクは不思議そうに首をかしげて、私のマネをして頭を下げた。

 

「...それで、私に何か用?」

 

「特異点。お願い」

 

「...また、それ」

 

流石に2回目ならすぐに察せることが出来る。

これが何回目なのかはわからないが、私はこの『25時、ナイトコードで。』というグループを正しい方向に導かなければいけないのだろう。

 

何が正しいのかは分からないが...まぁ、なるようになるだろう。

 

というか、セーブ機能が欲しいのだが。

同じ過ちを繰り返さない保証がどこにもないのだが。

 

「...何の話?」

 

「こっちの話。それにもう終わった」

 

一瞬で置いてけぼりにされた奏が私の方を見て首をかしげるが、話せることはない。

私の事情を話しても、とは思うが、それをすると何となくダメな気がする。

このダメな予感を大事にしなければいけない気がするのだ。

 

「じゃあ、また」

 

「うん」

 

なんだか庇護欲を駆られる初音ミクに別れを告げ、私と奏はセカイから出た。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

あのセカイでのやり取りはひとまず置いといた私たちは、今日は一旦解散と言うことで玄関先で奏に別れを告げ、岐路についていた。

 

その最中で、奏から言われたことを思い出していた。

 

『もし時間があったら、OWNっていう人...調べてみて。その人も曲を作ってるんだけど、なんていうか...とにかく、聴いてみて。感想を聞きたいとかじゃないから』

 

OWN。

聞いたことのないアーティストだ。

だが、奏がわざわざ口に出すぐらいだ、これからの活動のことを考えるのならば、聴いていた方がいいということなのだろう。

 

早速とばかりにスマホにイヤホンをつなぎ、動画投稿サイトで名前を検索し、1番上に出てきた動画を再生する。

 

「...これは、何というか」

 

ひたすらに冷たい。

こうして聴いていると、あんまり聴きたくないと思うような曲だ。

この曲を一言で表現するとしたら、他人への拒絶が激しい曲というか。

 

「ついこの前投稿されてる」

 

投稿日はまだ新しい。

昔のアーティストではなく、まだ活動しているアーティストのようだ。

 

曲を停止し、スマホをポケットにしまい込む。

 

明日は流石に登校しなければいけない。

流石にテストは受ける。馬鹿だとは思われたくないのだ。

 

目的地までワープできる特殊能力とか欲しいなぁと思いつつ、私は家へと歩いていく。

 

歩くこと数十分。

ようやく家へとたどり着いた私は、静かに玄関を開けて靴を脱ぐ。

太陽が沈んで久しく思えるほどに夜遅いのだ。絵名は帰ってきているようだが部屋にこもっているからさほど警戒しなくてもいい。

だが問題は彰人だ。

彰人がこの時間に家にいるかどうかは、その日のイベントの有無に左右される。

 

「靴...ない!」

 

これで警戒すべきことはなくなった。

私は意気揚々と部屋へと向かい、部屋着に着替える。

 

身長が伸びない割には、ちょっとずつ胸は大きくなっている。

そのせいでたまに服が着れなくなるということになるのだが...まだこの服は着れそうだ。

 

基本的に私の服を買うのは彰人か絵名なのだが、『胸がきついから服買ってきて』と彰人に言った時のあの微妙な表情が面白い。

あと女物の服を見ている時に知り合いに見られた時が1番面白い。

 

まぁ今回は彰人にかまけている暇はなさそうなので、それを見て楽しむことはなさそうだが。

 

棚からカップ麺を1つ取り出し、給湯器のスイッチを入れる。

私の部屋には常にある程度のカップ麺とミネラルウォーターが常備されている。

停電になっても...給湯器は電気で動いてるな...。

 

「いただきます」

 

ぽけーっとカップ麺が出来るのを待ち、出来次第すぐに口に運ぶ。

普段はちゃんとした夜ご飯を食べるが...今日は良いだろう。

たまに夜ご飯を食べに下に降りない日もあるし、絵名も不思議には思わないはず。

 

呑気に麺を啜っていると、扉がノックされた。

 

「瀬名ー、今日パスタだけど食べないの~?」

 

「そうだった」

 

私は食べかけのカップ麺に蓋をして、すぐに扉を開ける。

扉を開けて出てきた私を笑顔で迎えた絵名だが、すぐに眉を寄せて私の肩を掴んだ。

 

「瀬名...もしかして、カップ麺食べてた?」

 

「タベテナイ」

 

「瀬名が食べたいって言ったからパスタ用意したのに、カップ麺食べたんだ?」

 

そうだった。

絵名が作ったパスタを食べてみたいと思って軽い気持ちでお願いしたのを忘れていた。

 

こればっかりは私が10割悪いので、すぐに謝る。

 

「ごめんなさい」

 

「...もう。お腹いっぱいになっちゃった?」

 

「大丈夫、食べられる」

 

「そう。...次から気をつけなさいよね」

 

素直に謝ると、絵名は私の頭を一撫でしてリビングへと向かった。

絵名は相変わらず優しい。

大抵何かをやらかすのは私なのだが...まぁその度に素直に謝れば許してくれる。

だからと言って調子に乗っているというわけではない。

なんというか...罪悪感がすごいのだ。

 

「パスタ...楽しみ」

 

リビングへと向かうと、既に絵名が用意していて、椅子に座っていた。

 

「あ、来た。さ、食べちゃお。私この後用事あるからあんまりのんびりしてらんないのよね」

 

「用事?」

 

椅子に座って箸を取ると、絵名がどこか恍惚とした顔でそう言う。

なんだその顔は。なんというか、恋をしているような...。

 

「そ。ちょっとね~」

 

それだけ言うと、絵名はパスタを食べながら「ちょっと塩が足りないかな」とか呟きながらパスタを食べていった。

 

私もパスタを食べるとしよう。

 

「いただきます」

 

今回絵名に頼み込んで作ってもらったのは、鮭とほうれん草のパスタ。

鮭...というか、魚全般が好みな私だが、中でも鮭が好きだ。

どこがどう好きなのかと言われると難しいが...回転寿司に行けば必ず最初に食べるのはサーモン。それぐらい好きだ。

 

適当に具材を絡ませながら、麺を口に入れる。

うん、美味しい。絵名は塩が足りないなんて言ってたけど、別に気にならないぐらいだ。

というか、これ以上入れたらしょっぱくなってしまう気がするのだが。

 

美味しくて普段の2倍ぐらいのスピードで食べ終わった私は、少し絵名と雑談をした後、部屋へと戻ってきていた。

 

スマホを見ると、ポコポコと通知が鳴っている。

 

「誰から...奏?」

 

スマホのロックを解除して通知欄を見ると、奏からのメッセージが来ていた。

 

『K:今日瀬名の事を紹介したいんだけど、大丈夫かな?』

 

奏とのやり取りをしているアプリはナイトコードと言い、そのアプリで25時に集まることからグループ名が決まったらしい。

なんとも安直だが、分かりやすくて私は好きだ。

 

いや、今はそんなことはどうでもよくて。

 

今日参加してくれないかっていう話があったばかりなのに、もうメンバーに話がいってるのか。

行動力の化身みたいだな、奏は。

 

『瀬名:大丈夫』

 

集まるのは25時から...とはいえ、その前にいる人はいると予想できる。

今のうちに自己紹介を考えよう...と思っていると、再び奏からメッセージが来た。

 

『K:よかった。言い忘れてたけど、ハンドルネームにしておいてね』

 

ハンドルネーム。

なるほど、私の名前をそのまま入れていたが、それだとよくないのか。

何がどうよくないのかはいまいちピンとこないが、まぁ奏はこのアプリを扱う上での先輩だ。従っておくにこしたことはないだろう。

 

しかし、何がいいだろう。

 

奏は、Kというネームはどう決めたんだろう。

 

『瀬名:どうやってKにしたの』

 

『K:私は、イニシャルで』

 

イニシャルか。考えるのめんどくさいからそれで行こう。

東雲にしろ、瀬名にしろ、Sになるから、私のハンドルネームはSで。

 

『S:決まった』

 

『K:うん。じゃあ時間になったら招待するから』

 

ああ、そういうタイプか。

なら招待されるのは25時過ぎになりそうだな。

 

それまで何をしていようか...少し音楽の勉強でもしようか。

ネットでもそれなりの知名度を有する彼女のグループに参加することになった以上、下手なことはできない。

参加するといった以上、足手まといにはなりたくないのだ。

 

「『作曲 コツ』で検索...」

 

誰か簡単に記事とかにまとめていないだろうか。

 




次回、ようやくニーゴメンバーと合流。


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第4話

今回は短め。
今日中にもう1本投稿できたらします。


『K:それじゃあ、招待するね』

 

ついにその時間が来てしまった。

ネットで作曲について調べて何も身につかないという、無駄な時間を過ごしているうちに、25時になっていたようだ。

私はあわててスマホにイヤホンをさして、対して使われていない、中学の入学祝で与えられたそこそこ優秀なノートPCを起動する。

 

全員の進行度を把握しておくのが私の仕事なのだから、スマホとデータ共有しておくにしてもPCの方が管理しやすいだろう。

 

そうして招待されたグループに入ると、既にボイスチャンネルには4人分のアイコンが。

 

奏が私のことをどう説明しているかは知らないが、とりあえず入るしかないだろう。

 

準備を終え、通話に参加するというボタンを押そう、として私の指は止まった。

 

参加しているメンバーは、『K』『雪』『Amia』『えななん』。

前3人はいいとして、最後の1人がやけに見たことのある名前をしている。

というかこれ、絵名だろう。

 

だとしたら非常にめんどくさいことになった。

このまま通話に参加して『こんばんは』なんて言ってみろ。

即『あれ、瀬名?』ってなるに違いない。

 

普段の私の地声は若干低い。

そうだな、み〇みけの千秋が分かりやすいだろうか。そこから...そうだな

、春香まで上げる。

よし、それでいこう。

 

なぁに。通話には確かミュートという機能が存在していたはず。

常に気を張っていないといけないわけではないのだ。

 

通話に参加すると、『ピロン♪』という音を鳴らした。これが入室音か。

 

「よろしくお願いします♪」

 

自分の口から出ていることは自分が一番わかっているのだが...誰だこれは。

 

私が私の声に困惑している中で、奏が仕切りだす。

 

『じゃあ、私たちから自己紹介していこうか。私は家で済ませたから...』

 

『ちょっと待って、奏の家に行ったの? その話詳しk』

 

『えななんうるさーい。じゃあボクから。Amiaです。MV作成をやってま~す』

 

『次は私かな。雪です。作詞とミックスを担当してます。よろしくね』

 

『...えななん。イラストをやってるわ』

 

ちょっとボーイッシュな印象を受ける声が、Amia。

声から優等生そうだなぁと思うのが、雪。

そしてなぜか敵対視されているようなのが、えななん。

というか絵名。間違いない。これは絵名だ。

 

なるほど、確かにこの時間からかすかに話し声が絵名の部屋から聞こえると思ったら、そういうことなのか。

 

「Sです。私はみんなの進行度合いを管理する、マネージャー的な立ち位置での参加になります。たまにKの家に行って作業を手伝うことになるので、よろしくお願いします」

 

『ん、これで大丈夫だね。あ、そうだ。その手伝ってもらう時って、遅くなっても大丈夫?』

 

「ええ、大丈夫です。1人暮らしですから」

 

奏から遅くなるけど大丈夫かという問いに、私は嘘を交えて返す。

声を変えているだけでは不安になったのだ。何となく、今の絵名にばれると史上最大の怒りが降ってきそうで怖い。

 

こういう時の勘は馬鹿にならない。素直に信じて対策を講じるのが吉。

もしばれたら...諦めよう。もしかしたら何とかなるかもしれないし。

 

『おーいK~。えななんが暴走しそうだからその辺にしといてあげてよ』

 

『誰が暴走しそうですって! いくら何でも暴れたりはしないわよ!』

 

えななん怖すぎじゃないか。

 

『まぁまぁ。Sさんに私たちの進捗を教えてあげた方がいいんじゃないかな』

 

『そうだね。じゃあ雪からお願い』

 

優等生ちゃんの雪がうまいこと会話の流れを握って、私に説明してくれるようにしてくれた。

多分クラス委員長とかやってるだろう、これは。

 

そうして、それぞれの進捗をまとめ終わったころには、もうすでに26時を回っており、さすがに私も眠くなってきたころ合いだった。

こうして25時に活動をするのであれば、今まで以上に日中はセカイで寝ていなければならないかもしれない。

 

...ああ、嫌なことを思い出した。テストがあるんだった。

 

『それじゃあ、私はちょっと早いけど先に落ちるね』

 

『うん、お疲れ』

 

ミュートにした状態で頭を抱えてうんうん唸っていると、雪が通話から落ちた。

社会人にしろ学生にしろ、私のように不真面目じゃない人は大変そうだ。

日中は活動しなくてはいけないのだから。

 

...寝不足にならないのだろうか。

 

それからは大体雑談をしていき、えななんにしろAmiaにしろ、碌に作業が進んでいなさそうだった。

ただKこと奏はたまに話に参加する程度だったので、手は止まらずに作業を続けていたのだろう。

 

とりあえず今日学んだこと。

絵名の前で奏の話題は慎重に。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

翌日。

重たい体を引きずって久方ぶりの学校へ行き、珍獣を見る目で見られながらテストを終えた私。

これはもう帰ってさっさと寝るしかないと意気込んでいると、スマホが鳴った。

 

「?」

 

スマホを取り出すと、雪からの通知だった。

何かしらのメッセージを送ってきたらしい。

 

本音を言うと、雪と名乗るあの女性と関わるのは嫌な予感がする。

面倒ごとに巻き込まれそうな、というか。ただ、そのことを考えると、どうしてもあのオッドアイ初音ミクが頭をよぎる。

何も関係していなさそうなのに...なぜだろうか。

 

こうして別の事を考えていても、どうせ夜には通話することになるのだ。

その時に確認していないなんて嘘は中々通用しないだろう。

仕方なしにスマホのロックを解除して、メッセージを開いた。

 

『雪:急に連絡してごめんなさい。昨日初めましてなのにこんなこと言うのもなんですけど、少し会ってお話したいです。時間取れる日でいいので、連絡ください』

 

厄ネタがこちらに近づいてきたぞ。

 

いや、そんなことを考えている場合じゃない。

雪の事を考えていたら彼女から連絡が来てしまった。

どうしようか。面倒事が確定で起きてしまう、逃れられないイベントなのであれば、先に消化してしまいたい。

 

少し悩んだ私は、メッセージを送った。

 

『S:大丈夫ですよ! 急ぎでしたら、今日とかはどうでしょう? 夜まではいつでも時間空いてますよ』

 

『雪:いいんですか? では、今日この後はどうでしょう。近くに安いファミレスがあるんです』

 

『S:わかりました。では、そこで』

 

さて。どうなることやら。



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第5話

そういえば、ニーゴの限定ガチャ復刻きてましたね。
なーんを求めて引きましたが200連星4が0でした。交換しました。

追記
15日朝、アンケートを追加しました。
ニーゴ編が1段落するまでの期間まで、ご希望をどうぞ
それぞれのグループだけ欲しいって人がいるかもと思ったので選択肢は多いです


「お待たせしました」

 

「こんにちは。急な連絡でごめんなさい。来てくれてありがとう」

 

「私も暇でしたから」

 

私は嘘を吐いている。

 

さて。

私は雪に呼び出され、学生御用達だというファミレスに来ていた。

まだ時間帯が遅くないこともあるのか、客はまだそんなに入っていない。

これから混むのだろう。

 

雪が座っている席の正面に座り、目を合わせる。

 

紫だ。

髪も目も、紫色をしている。

私も大概な髪と目の色をしているが、紫というのは中々見ないと思う。

希少種だ。

 

それに加えて、とんでもなく顔が整っている。

 

「今日はたまたま部活が休みで、時間が取れたので折角なら、と思いまして」

 

「敬語はいらないですよ。高校生、ですよね」

 

「...じゃあ、そうさせてもらおうかな」

 

これから一緒に活動していく仲間なのだ。敬語はいらないと言ってみると、それまでの柔らかい雰囲気が一瞬で消え去り、圧がかかるような雰囲気になった。

見間違いかと思うほど早い切り替えだが、流石に気づく。

 

「じゃあ、自己紹介しよっか。朝比奈まふゆです。宮駅坂女子学園の2年生です」

 

「か、神山中学校3年の、東雲瀬名、です」

 

雪改めまふゆから、何やら圧の強い自己紹介をされる。

学校や学年まで言う必要があったのだろうか。その圧に押されてつい私も学年まで言ってしまった。

 

というか、なんで圧をかけられているのだろう、私は。

 

「私の事、優等生ちゃんって思ってたでしょ」

 

「...正直に言えば、うん。思ってた」

 

「ふふ。よく言われる」

 

「...何か頼もっか」

 

「そうだね。何にしよっか?」

 

何となく居づらい空気になったことを感じ取った私は、取り敢えず流れを変えようとファミレスのメニューを取る。

それに頷いたまふゆは、席から立ち上がり、なぜか私の隣に座った。

 

「え」

 

「こっちの方が見やすいでしょ?」

 

「まぁ、確かに」

 

うわぁかおがちかい。

 

正面からもすごい綺麗な人だとは思ったが、横から見ても綺麗だ。

アイドルでもやってるのだろうか。

 

まふゆから距離を取りたくなるのを我慢しながら雑談をしつつ、何とか注文を決めた私。

ボタンを押して、スタッフを呼んで注文を終わらせても、まふゆは元の席に戻らなかった。

 

理由は聞きたくない。嫌な予感がする。

 

私が黙っていると、まふゆも黙って私を横から見つめてくる。

興味を持ったものをずっと見つめる。まるで赤子のようだ。

 

何か、何か話題を振らなくては。

 

「お、オッドアイの初音ミクに会ったことある?」

 

「...その話題を出すのを待ってた」

 

話題を振らなくてはという焦りと、異様なほどに見つめてくる居心地の悪さで私の脳のキャパシティは限界を迎え、つい口に出してしまった、異様に横切る光景の事。

口に出した時に、あ、と思ったのだが、慌ててまふゆの方を見るとさっきまでの笑顔が嘘のように消えて、真顔で私の顔を見ていた。

 

「ま、待ってた...?」

 

「ミクから聞いてた。『特異点』が来るって話。...この前会ったんでしょ? 特徴を聞いてたの」

 

真顔のまま私に近づいてくるまふゆ。

じりじりと下がっていくも、その分距離を詰められ、すぐに壁に追いやられてしまった。

 

「本当の瀬名が見たい」

 

「...わかった」

 

まふゆに詰められ、このまま黙っていたらキスされるぐらいの距離まで来た時、私は何とかこの場を切り抜けようとしていたのを諦めた。

どんな思いで今日の夜の通話に入ればいいんだ。

 

とはいえこれで離れてくれるだろう、と安堵していると、私の手にまふゆが重ねてきた。

本当の私が見たいと言われたのだ。ここは素直に私の反応を見せてやろう。

 

私は半眼でまふゆを見る。

 

「なに」

 

「...私、ずっとセカイにいたいって思ってるの。1人でいたい、そう思ってた。だけど、瀬名の声を聴いてから、瀬名にもいてほしいと思ってる」

 

「...それは、なるほど?」

 

「だから...」

 

段々とまた私との距離が詰まりつつある中で、店員の声が響いた。

 

「お待たせしました~」

 

「あ...ありがとうございます! 冷めないうちに食べちゃおうか」

 

「ハイ」

 

自然に私から離れ、店員に笑顔で対応するまふゆ。

私の付け焼刃の仮面では到底マネできない芸当だ。プロ。その道のプロと言っても過言ではない。

 

ひとまず休憩時間を得た私だが、この後逃れられない地獄が待っている。

 

この状況を打開する策を思いつこうと必死に考えたのだが、時間だけが無情に過ぎていき、2人とも頼んだものを食べ終わってしまった。

 

ちなみに私が頼んだのはポテトSサイズで、まふゆはパンケーキ。

ライス小でもよかったのだが、流石にやめておいた。

 

「...じゃあ、会計しようか。お金は私が出すよ」

 

「ありがと」

 

おお、おごってくれるのか。優しいなまふゆは。

 

ポテトが予想以上にさっぱりとしたもので、意外と美味しかったことに機嫌を良くした私は、まふゆと一緒にファミレスを出た私。

ファミレスの中で起きたことを思い出したのは、まふゆに手を繋がれ、スマホの画面を見せられた時だった。

 

「...」

 

「あ、『Untitled』...」

 

瞬間、私の視界は白く染まった。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

何時間たっただろうか。

まふゆにこのセカイに連れてこられてから、初音ミクに抱き着かれて身動きができないようにされてからスマホをまふゆに奪われた。

 

そしてそのまま、まふゆは自分だけこのセカイから出て行ったのだ。

 

「...そんなのまかり通るのおかしい」

 

「?」

 

そんなのありかよ、と思ったものだが、こうして私だけ取り残されているところを見ると、ありなのだろう。ふざけたセカイだ。

 

私はこのセカイに閉じ込められてから、もう出ることを半ば諦めている。

このセカイから出る方法は、私が知っている限りだと1つしかない。スマホの再生されている楽曲を止めるだけ。

もしかしたら初音ミクに強制的に出してもらう、という芸当が出来るかもしれないが...。

 

「~♪」

 

「...楽しそう」

 

「うん、楽しい。『特異点』と遊ぶの楽しい」

 

この様子だと無理そうだ。

 

...とりあえず別の事を考えようか。

 

このセカイで初音ミクと触れ合って分かったことがある。

生まれたばかりの子ども、というべきだろうか。

体だけ大きいけれど、中身は好奇心旺盛な子供で、ただ物事を知らないだけ。そんな感じだろうか。

 

だからこうして私と一緒にいるだけで楽しそうにしている。

まぁ、笑顔を浮かべているわけではないが...まぁとにかく上機嫌なのはわかる。

 

初音ミクがくるくる回りながらどこかで聞いたことのある鼻歌を歌っているのを横目に見ながら、セカイを改めて見渡す。

 

最初に見た通り、鉄骨がぶっ刺さっているぐらいしか物はない。

何ともまぁ寂しいセカイだなぁと思うと同時に、つまらなくも感じる。

暇をつぶせるものが何もない。

 

寝て時間を潰そうとその場に倒れると、それを見た初音ミクが私と同じように、私の横に来て寝転がった。

 

私の服の裾を掴みながら、こっちをただ見つめる初音ミク。

もうこの距離感にも慣れたし、見られるのも耐性がついた。

 

瞼を閉じて、何も考えないようにする。

 

そんな時、まふゆが戻ってきた。

 

「戻ってきた」

 

「まふゆ」

 

私が起き上がると、初音ミクも同じように起き上がる。

 

まふゆの顔はとんでもなく暗い。

私が好物の魚を夕食に出すと聞いていたのに、出てきたのは嫌いなきのこだったぐらい暗いかもしれない。いやそれ以上か。

 

まふゆの手を見ると、手にはお菓子の袋が握られていた。

 

「まふゆ、それは?」

 

「...お腹、空いたと思って」

 

「わあい」

 

まふゆからお菓子を受け取り、すぐに封を開ける。

中身はHARIB〇だ。H〇RIBO。

 

胃の小さい私でもある程度食べたら満腹になるだろう。

今はこれで我慢しようとひたすらに噛んでいると、まふゆが私の膝に頭を乗せて寝転がった。

 

「...」

 

「...」

 

察するに、何か嫌な事でもあったんだろう。

私はまふゆのすることをそのままに、グミを食べ続けた。

 

ある程度胃に収めて満足した後、まふゆが完全に眠っていることを確認して、まふゆのポケットをあさる。

そうして見つけた私のスマホ。ようやく私の手に帰ってきたようだ。

 

スマホには絵名と彰人から鬼のように連絡が来ていた。

心配させてしまったらしい。まぁ、朝出て行ったきり帰ってきた様子がないし部屋にもいないとなると、それなりに心配させてしまうか。

時間も確認するとそこそこ遅い時間だ。

 

私は静かにまふゆの頭を持ち上げ、初音ミクを私の場所まで移動させて、私の代わりに膝枕をさせる。

 

「今日は帰る。...また戻ってくる」

 

「うん。待ってる」

 

短くそれだけかわすと、私は曲を止めてセカイから出た。

それから1週間ほど、私は夜遅くまでまふゆのセカイにいて、まふゆが眠ってから家に帰るということを繰り返していた。



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第6話

アンケートにまだ登場していないグループがあるのは何となくです。



私がまふゆに、セカイに拉致された日から1週間が過ぎた。

まふゆとのやり取りの流れでまふゆの家を知った私は、毎日用事が終わればまふゆの家へと向かい、セカイでくっつくだけ。

 

たまにセカイに入るなり開幕腹にタックルしてきて、食べてきたものが出てきそうになったが...変わったことと言えばその程度だ。

それ以外はずっと、寝転がってる私のお腹にまふゆが顔を埋めて寝てるとか、それを見た初音ミクが私の胸の上に頭を置いて寝ようとしたりだとか。

 

...さすがに胸が苦しかったから腕枕で我慢してもらったけど。

 

セカイで遅くまで過ごしている際の言い訳は、友達の家に泊まっている、だ。

朝に1度家に顔を出しているのだから、まぁいい顔はされなかったが、それでも彰人も絵名も踏み込んでは来なかった。

 

そんな、私とまふゆと初音ミクの静かな毎日は、突然終わりを告げた。

 

何やら聞いたことのある声が2つと、知らない声が1つ。

ここには物が何もないからなのか、声が響いて聞こえてくるのだ。

 

その声が聞こえてきたとき、私の服を掴むまふゆの体が強張ったのを感じた。

私のしびれつつある腕に頭を乗せている初音ミクを見ると、不思議そうに首をかしげるだけだ。

 

これは頼れないか、と考えていると、突然初音ミクが立ち上がり私たちから離れていった。

もしかしたら、あの2人に会いに行ったのかもしれない。

 

「まふゆ、行こう」

 

「...私たちだけでいいのに」

 

「そうは言っても。...いるものは仕方ないし」

 

まだ向こうはこちらに気が付いていないが、それも時間の問題だろう。

何となくだが、あの初音ミクがこちらに連れてきそうだ。

それまでに会話をさせる気にはさせておかないと、黙ったまま進まなさそうだ。

 

「...瀬名がここにいるのなら」

 

「いつも通りいる」

 

目を伏せがちのまふゆが私にそういうが、私は即答で返す。

多分だけど、『ここ』っていうのは、このセカイにいるってことだけじゃない気がする。

ただの勘だが...それが正しいような気もする。

 

私がまふゆの望むようにすると答えると、まふゆはようやく立ち上がった。

 

私もそれに続いて立ち上がると、まふゆは私の手を掴んで初音ミクの方へと歩き出す。

 

「ミク」

 

「その声...雪?」

 

何やら初音ミクと話し込んでいる彼女たちの背後から、まふゆが声をかける。

その声に驚いて振り返る奏。どうやら1番最初に雪が目の前にいるまふゆであることに気が付いたようだ。

 

そして奏と絵名とピンクの彼女の視線は、まふゆから私へと移っていく。

 

「せ、瀬名!? え、友達の家に泊まってるって...!」

 

「嘘は言ってない」

 

絵名に心底驚いたようにそう聞かれるが、私は嘘を言っているつもりはない。

ここまで献身的にまふゆに付き合っているのだ。これはもう友達と言っても過言ではないだろう。

 

「友達...?」

 

どうやら私は嘘を吐いていたようだ。

隣で私の手を掴んだままのまふゆがこちらへ振り返り、ただ真顔でこちらを見てくる。

 

友達でなければ一体何だというのだ。私たちの関係は。

 

「...ま、まぁそのことはいいわ。よくないけど...」

 

手を繋いで見つめあってる私たちを見て、絵名は私の言う事を信じたようだ。

どうやらまふゆの呟きは聞こえていなかったようだ。

 

少しの間私のことを見つめ続けたまふゆだが、それに飽きたのか今度は奏の方を見て口を開いた。

 

「ミク。どうしてここに私たち以外の人がいるの?」

 

「...」

 

しかし、それを問われた初音ミクは表情を変えずに視線をそらした。

答えたくないみたいだが、わざわざ隠すようなことなのだろうか。

 

そこまでやり取りしてようやく、再起動したのか、固まっていたピンク髪の子が目を見開いた。

 

「えっ、雪? 確かにその声、言われてみれば...」

 

「...でも、本当に雪なの? なんかナイトコードで喋ってる時と雰囲気違くない?」

 

まふゆに直接訪ねることはせず、ピンク髪の子と絵名で2人で静かに話す。

流石にこの距離なので全て丸聞こえなのだが...それは指摘しないでおこう。

 

そして、まふゆが先程から視線をそらさずにいた奏へと問いかける。

 

「...K?」

 

「うん、そう」

 

「...本当に雪なんだ」

 

「...えななんと、Amiaまで」

 

ナイトコードでの名前を知っている人間は限られており、なおかつ奏がまふゆのことを雪と呼んだ。

この2つでようやく確信に至った絵名とAmiaと呼ばれた彼女2人は、再び驚いた顔を見せた。

 

それに比べてまふゆの顔は、呆れの色が浮かんでいる。

 

「よかった、無事だったんだね、雪! 連絡とれないから何か事件に巻き込まれたのかと心配だったんだけど、ほっとしたよ~!」

 

どちらかと言うと事件を起こした側(私を拉致した)だと思うが、まぁ余計なことは言わずに黙っていよう。

それに先程から、私の手を握る強さがだんだん増している。

 

「もしかして、ずっとここにいたの? あ、帰り方がわからなくて困ってた、とか?」

 

「.......」

 

しかし、まふゆは目を閉じて、口を開かない。

Amiaの問いかけに微動だにせず、直立不動だ。

 

「...あれ? 雪、大丈夫? もしかしていなかった間、何も食べてなかったりする?」

 

Amiaの単純な善意。

しかし、まふゆはそれらを拒絶する。

 

「...うるさい」

 

「え?」

 

「このセカイに来ないで。...2人だけに、させて」

 

目を開けたまふゆはそれだけ言うと、視線を下に下げて、私の方へ1歩寄った。

きっと彼女は、今はこれまでと同じように過ごしたいのだろう。

彼女の事を、まだ私は何も知らない。単純に何も聞かなかったのだ、情報が足りていない。

ここからの行動を間違ってはいけない。

 

まふゆの言動に、絵名は眉を寄せる。

 

「なにそれ。どういう意味? ...2人にさせてって、瀬名も巻き込んで帰りたくないって事?」

 

「今言ったでしょ。私は、ずっとここに2人でいたい」

 

「...あんたねぇ、せめて私の妹を巻き込むのは...!?」

 

絵名が我慢できないとばかりにこちらに1歩足を動かした瞬間、まふゆが私と絵名の間に立った。

まふゆの背中越しでも感じる、明確な拒絶のオーラ。

それにあてられた絵名は、足を動かそうとしているがそこから動いてはいなかった。

 

それらを聞いていた奏は、どこか苦しそうな顔で言う。

 

「2人で...ずっとなんて、それは...」

 

まふゆの視線が絵名から奏に移った瞬間、絵名は即座にAmiaの元へと駆け寄った。

 

「ちょ、ちょっと。わけわかんないんだけど」

 

「う~ん...? えっと、じゃあ、もうボクたちと一緒に曲を作る気はないってこと?」

 

「そう。何度も言わせないで。作るとしても、瀬名と2人で作るから」

 

Amiaの問いかけに、そう答えるまふゆ。

 

いやちょっと待て。

私にその気は無いんだが。

確かに今は奏に誘われて一緒に作業することにはなっているが、別に望んで参加しているわけではないのだが。

 

私がその意を込めてまふゆを見つめると、その視線に気が付いたまふゆがこちらを見て頷いた。

 

「大丈夫、私が1から教えてあげる」

 

その心配はしていません。

 

「そ、それは困る。瀬名は私と一緒に作る。瀬名と一緒なら、もっと色んな人に...!」

 

えぇ。

いや、まぁ。このグループから抜けないままならそのルートになるのか。

というか、ただの素人に何をそんなに期待しているのだろう。

 

「あー、そんな急に言われても...え、奏?」

 

突然雪がもう一緒に作らないと告げた衝撃と、奏の様子がおかしいことにダブルの衝撃を受けている様子のAmia。

大丈夫、私も二重の衝撃を受けている。これがフタエノキワミ...。

 

「じゃあ。、雪は2人で...『OWN』に瀬名を入れて、曲を作っていきたいの?」

 

OWNというと...あのOWNか。

まさか、奏が嘘を吐く理由もないし、それは真実なのだろう。

まぁ、普段のまふゆからは到底想像できないが、今のまふゆなら、なるほど、となるかも知れない。

それほどに他者への拒絶が激しい。

 

「え、OWN? 雪が? ...え?」

 

突然まふゆがOWNであることを告げられ、絵名が混乱している。

訳も分からず自分を攻撃しそうだ。

 

そんな混乱状態の絵名に、奏が告げる。

 

「雪が、OWNだよ」

 

奏が自信をもってそう言い切るのを見て、絵名とAmiaは顔を見合わせて驚く。

しかし、まふゆは首をかしげた。

 

「根拠は?」

 

「根拠はない。でもわかる。...ニーゴで作っている曲と傾向は違うけど、間違いない」

 

確か、まふゆはこのグループでは作詞とミックスを担当しているのだったか。

曲の傾向は違っても、本人の癖と言うもので見抜いたんだろうか。

と言うか、このグループの略称って本人たちも使っているのか。

 

「そうだよね、雪」

 

絶対に外さない。奏から伝わる強い自信をもってまふゆに問いかけると、まふゆは否定する理由もないとばかりにあっさりと頷いた。

 

「うん、そうだよ。OWNは私。これから私たちになる」

 

だから参加するつもりはない。

 

まふゆがそう強く明言すると、なおさら絵名とAmiaの混乱は強まったように見える。

中でも、特に絵名の方が。

 

「え、じゃあ、この間、私とAmiaがずっとOWNのこと話してるとき...なんで、あの時言ってくれなかったわけ?」

 

「別に。...言う必要がなかったから、言わなかっただけ。雪じゃない私は、あなたと話したいことなんてないから」

 

前半は私も言わないかもしれないなんて同意しかけていたのだが、後半で手のひらがくるくる回転した。

さすがに私でもそこまでではない。

 

そんな、突き放すようなまふゆの言葉に、流石の絵名もイラっと来たようだ。

 

「なにそれ。...ふざけないでよ!」

 

今にもまふゆの胸倉を掴みそうな勢いで、絵名は吐き出していく。

 

「何も知らないですごいすごいって、騒いでる私をどういう気持ちで見てたの? 馬鹿だなって、そう思ってたってわけ!?」

 

このままではケンカになるかも知れない。

それを察知したAmiaは、すぐさま2人の間に入った。

 

「ちょ、ちょっと落ち着いてよえななん! 雪も、もうちょっとちゃんと話そうよ。ね?」

 

一旦絵名をまふゆから遠ざけたAmiaは、続けてまふゆの方を向く。

 

「ねえ雪。雪がOWNだとしてもさ、どっちも続ける、っていうのは無理なの? いくら何でも急すぎるし、ボクたちも...」

 

何とか説得を試みようとするAmiaだが、その奮戦むなしくまふゆは一蹴する。

 

「私はもうニーゴにいる必要が無い」

 

「えーっ、と...?」

 

まふゆの言っていることが理解できない、とばかりにAmiaの動きが止まった。

その理由を誰かが問いかける前に、まふゆは続ける。

 

「ニーゴにいても、足りなかったから」

 

「足りなかった、って...」

 

その続きを催促するかのような奏の問いかけに、まふゆは珍しく黙り込んで、何かを迷っているような様子を見せた。

言おうか迷っている、迷うほどの何かがあるのだろうか、この2人の間に。

 

「...初めてKの曲を聴いたときは、少しだけ救われたような気がした。だからKのそばで探せば、見つけられるかもしれないって思った。でも、それじゃ足りなかった...見つけられなかった」

 

「あ...」

 

それを聞いた奏の意識が、一瞬別の何かに取られていることが分かった。

わかりやすい。きっと、昔まふゆに言われた何かを思い出しているのだろう。

 

そうして、一瞬の空白の後、奏は震える手を誤魔化すように自分の腕を掴んで、まふゆを見る。

 

「救えて、なかった...?」

 

「Kと一緒にいても見つからない。だから、自分で見つけるしかないって、思った」

 

そうしてまふゆは、奏へと向けていた視線を私に移す。

まぁ、流石に私でも察していた。

 

私が彼女に何かをした覚えはない。

ただたまたま通話することになっただけで、詳細は分からないが、奏のように何かしら活動をしていたわけでもない。

まふゆに言われるがままに流されて、1週間ほどこのセカイで初音ミクも含めたら3人で過ごしていただけ。

 

それだけが故に、私には理解できない。

なぜこうまで執着されているのか。

 

「...ミク。もうこれ以上、この人たちと話すことはない。ここから追い出して」

 

そうまふゆに告げられた初音ミクの顔は、このセカイに来てから珍しい感情の色を出していた。

顔に出していたのは、悲しさ、だろうか。

 

「...そう。あなたは、本当にそれで見つけられるの?」

 

「...ミクが、私が、まだ私を見つけられるっていうのなら、全部捨ててでも探し出す。私には、それしか残されてない。もしそれでも見つからないなら、私はもう...」

 

「...」

 

まふゆのその言葉を聞いて、初音ミクはますます悲しそうな顔をした。

 

そうして今まで置いてけぼりを食らっていた絵名がようやくまふゆの圧から立ち直り、再び噛み付く。

 

「だから、あんたさっきから何言ってるのよ! 救われる救われないって、人の妹使ってそれにすがろうなんて、バカじゃないの!」

 

「うん。1度ちゃんと話そうよ。雪もちょっと変だしさ」

 

だいぶ頭にきている様子の絵名に、Amiaも続いて話し合いを提案する。

何度あしらっても変わらず話しかけてくる2人に思うところがあったのか、まふゆは私の手を放して向き直った。

 

「変? 私が変なら、あなたたちだってそうでしょ。だって本当は、Kも、えななんも、Amiaも。誰よりも消えたがってるくせに」

 

____。それは、また。

 

「どうして私だけが変だなんて言えるの?」

 

「...ほんとに、どうしちゃったの、雪? それに、ボクが消えたいってどういうこと? ボクは毎日が楽し~いし、そんなこと...」

 

まふゆの言葉に衝撃を受け黙った絵名と奏。

唯一まふゆに変わらず反論するAmiaだったが。

 

「そういうのもういいよ。Amia。あなたはいつも楽しそうにしてるけど、私が言ってることの意味。全部わかってるんでしょ?」

 

「...へぇ」

 

それまでとは打って変わり、低い声に半眼でまふゆを見た。

 

Amiaはまふゆのことをただ見るだけだし、絵名と奏はこちらを見ているようで見ていない。

まだ心ここにあらず、という感じだ。

少しの間誰も喋らずにいると、まふゆがため息を1つ吐き出して私の手を再び掴んだ。

 

「...とにかく、もう疲れた。ミク。このセカイにこの人たちはいらない」

 

「...うん」

 

私の手を、存在を確かめるように何度も強弱をつけて握る中で、まふゆは初音ミクにそう言い放った。

今度はそれに反論することなく、初音ミクは素直に頷く。

 

そのやり取りが耳に入ったのか、ようやく起動した絵名が慌てて初音ミクを止めようとする。

 

「えっ、ミク...!? 待って、瀬名!」

 

それでも初音ミクの行為は止まらず、初音ミクが次々と触れていき、絵名と奏とAmiaの3人は、そのままセカイから消えていった。

...その時の絵名の、私の名前を呼んだ時の悲痛そうな顔が、声が、頭の中で繰り返される。

 

「これで邪魔な人はいなくなった」

 

私は、正しい道を進んでいるのだろうか。

実の姉に、あんな顔をさせたかったわけじゃない。

だけど、今まふゆの側を離れることはできない。今離れれば、まふゆはどこかに行ってしまいそうで。

 

どうしたらいいのか迷っているうちに、脳が疲れたのか、私の意識は沈んでいった。

段々と考えられなくなってくる頭の中で、誰かに手を繋がれているのだけを覚えていた。




明るい展開を差し込む隙が...隙が...


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第7話

まふゆに監禁されてるせいで、ビビバスに比べて話数が少なくなりそう。


「色、もう少し明るくする?」

 

「...このままで」

 

「わかった」

 

奏たち3人を拒絶してセカイから追い出したあの日から、私はまふゆと共に楽曲制作を行っていた。

 

3人の前で宣言した通り私と曲を作ると言い出したまふゆから、急ピッチで技術を叩き込まれている。

文字通り曲作りのきの字も知らない私なのだが、今ではある程度なら打ち込みで即興で作れるほどまで成長した。

絵もデジタルなら描けるし、MVに関してもイラストを置いて歌詞を表示させるだけで、あとは多少のエフェクトを付ける程度。

 

歌詞はまふゆが書いたものに私が感想を述べる程度。

元から完成されているまふゆの歌詞に私が介入する余地などなかったのだが、私が感想を述べる度に修正を入れている。何が引っかかっているのかはわからないが、まぁ力になれているのなら何よりだ。

 

というか、まふゆの教え方が上手なのか、案外すらすらと頭の中に教えられたことが入ってきて驚いている。

ネットで見るのと、こうして教え方が上手な人に教わるのとでは天と地ほどの差があることを身をもって知った。

 

楽曲制作はいたって順調。

では今度は私たちの関係性についてだ。

 

まず私がどこにいるのかというと、基本的にはまふゆの部屋にいる。

まふゆの両親が部屋に来る気配を感じたら、即座にセカイに逃げ込む、という手筈だ。

ただ1度、セカイに逃げずに、毛布の影に隠れてまふゆと母親のやり取りを見ていた時がある。

 

まぁなんというか。ひどく歪んだ考えを持っているのだなと思った。

これが、液晶の中で行われている育成ゲームなのであれば、少しは納得できたかもしれない。

 

『自分が育てている娘の周りに、馬鹿がいる。それでは娘に悪影響しかないだろう。

それだったら頭のいい子を置いて、お互いに切磋琢磨できる環境にしよう』

 

みたいな。

 

だがこれは現実だ。

ゲームの中では馬鹿から学ぶことはないかもしれないが、現実ならそうとも言えない。

学ぶこともある場合があるし、本人の成長に繋がる場面もあるだろう。

 

ただ、私がセカイに行かずに盗み聞きをしていることはまふゆにすぐにばれ、『仕方ないな』とでも言うかのようにため息を吐いてPCの画面を指した。

 

「投稿するよ」

 

「わかった」

 

まふゆのその問いかけに私が頷くと、すぐさまエンターキーが押され、モニターにはアップロードが開始されたことが分かる画面になっていた。

 

ようやく終わったと思い、私はベッドに座る。

結局、スマホに絵名や彰人からの連絡は来なかったなと、画面を点ける。

通知は何もない。

2人とも一言も連絡をくれないというのは...少し、来るものがある。

 

もしかしたら、絵名は私のことを諦めたのかもしれない。

まふゆにあれだけ言われて、セカイから強制的に出されて。

彰人も、奔放な私に嫌気がさして見放したのかも。

 

ついに私はそこまで堕ちてしまったのか...。

謝ったら許してくれないかなぁ。

 

私がそんなことを考えていると、正面からまふゆが私に抱き着いてきた。

 

「わ」

 

「...」

 

私はそのまま後ろに倒れ、まふゆに乗られたまま、まふゆの頭を撫でる。

 

最近はいつもこうだ。

作業が終われば、ベッドに私を座らせて、そのまま抱き着いて眠る。

セカイにこもって眠るを繰り返していた序盤に比べて、こうして現実のベッドで眠るというのは若干健康に見えるような...そうでもないかもしれない。

 

寝る体制に入ったまふゆの頭を撫でながら、ここ最近で分かったことを思い浮かべる。

 

まずはセカイについて。

 

今まで私は、ビビバスの時もそうだったのだが、誰かによってセカイに入り込んでいた。

私が自分の意志で、1人で入ったセカイは私自身のセカイだけ。だから、私は1人では別のセカイには入ることはできないと思い込んでいた。

 

ただそれだとおかしな点がある。

出るのは私1人でもしていた。セカイに入った後、私の『Untitled』は再生されていたのだ。

ビビバスの初音ミクによれば、セカイは想いで出来ているという。

であればと、あの灰色で何もないセカイを思い浮かべながら再生してみると、私の予想通りに別のセカイへと入ることに成功した。

 

ちなみに、これはビビバスのセカイでも同様だった。

たまたま入った先に初音ミクがいて、意味深な笑みを浮かべてこちらを見てくるだけで、何もせずに私はセカイから出てきたわけだけど。

 

セカイについて分かったことはこのぐらいだろうか。

 

次に、まふゆ自身について。

 

どうやらまふゆは味を感じないらしい。

それがつい最近の事ではないのは本人の口から語られた。一体何が理由なのかは、聞いたら私のお腹に顔をうずめて黙ってしまったので分からずじまいだが。

 

ただ、生まれた時から感じないわけではないようで、私の予想では精神に異常をきたして、味覚に異変が起きているのだと思う。

それこそ、両親とのこととか。

 

まふゆと毎日を過ごしていく中で、少しずつまふゆの事を知ることができている。

それは喜ばしい事なのだが、聞けば聞くほど、過去に戻れたらと思う。

だが私の能力は私の意志に関係なく行使されるものだし、記憶も保持できない。困ったものだ。

 

ネットでOWNと検索し、上げたばかりの曲を再生する。

何度もまふゆと一緒に聞いた曲だ。曲を聴いても、どんな風に作っただとか、その時の風景ばかりが出てきて曲に身が入らない。

コメント欄を除くと、既に何件もコメントが来ていた。

 

『なんだかいつものOWNとちょっと違う。けど進化したみたいな感じですごくいい』

 

『すごい心に刺さる』

 

『違う人の視点を取り入れたみたいな感じがする。似てる人なんだろうけど』

 

すごい人がいたもんだ。探偵にでもなれるんじゃないか。

 

とはいえ、似てるもの仕方ないだろう。

私の作曲の根幹はまふゆなのだから。

 

再生していたアプリを終了し、スマホを横に投げ捨てる。

明日からは何をするのだろうか。期待もなければ不安もない。

妙な感覚とともに、私は目を閉じた。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

「今日は何の話をしてるんだろう」

 

まふゆの部屋に母親が来るのを察知した私は、まふゆにアイコンタクトを飛ばしてセカイへと移動していた。

今日もまた、『友達は選びなさい』だろうか。

 

ここ最近は曲作りに曲作りを重ねているような、とんでもなく忙しい日日々だった。

1日で2曲を同時進行で作って、半分ぐらいの進行度まで進める、とか。

正直頭がパンクしそうだった。でもそれでも何も言わなかったのは、作ってるまふゆの顔が今まで以上に沈んだもので。

 

...結局私にできたことは、まふゆの負担を少しでも減らすことだけだった。

 

「瀬名」

 

「...うん、また来た」

 

私がセカイに来ると必ず、初音ミクが嬉しそうに駆け寄ってくる。

表情に変化はほとんどないが、それでもわかる。尻尾でもついていたら、ブンブンと振っていることだろう。

 

ふと思うのだが、私のセカイの初音ミクと、このセカイの初音ミクを会せたらどうなるのだろう。

私のセカイの初音ミクが、こっちのセカイの初音ミクを振り回しそうだろうか。

 

そんなことをぼーっと考えていると、初音ミクが歌を歌いだした。

それはまふゆがいない時、私と2人でいるときによく歌っている曲だ。聞いたことはない。けれど、優しい曲。

 

初音ミクは歌いながら歩いていく。

その歌をもう少し聞いていたくて、私はその背中を追いかけて歩いた。

 

すると視線の先に、青いジャージを着た人が寝転がっているのが目に入った。

 

「奏」

 

「...ミク。瀬名も。...えななん、絵名が、何度も電話してるのに、コールすら鳴らないって言ってたけど...無事だったんだね、よかった」

 

奏だ。

なんでここで寝転んでいるのだろう(現実逃避)。

確かに地面はひんやりしているような、そうでもないような、何とも言えないぐらいでちょうどいいと言う人もいるかもしれないが。

 

うん、現実を見ようか。

 

コールすら鳴らないというのは、一体どういう意味なんだろう。

もしかしたら、まふゆが私のスマホに何かしたかもしれない。

というか、その線しかないだろう。私が絵名や彰人をブロックすることなど絶対にないのだし。

 

「また、来たんだね。あの子を見つけに来てくれたの?」

 

「それは...」

 

「...そう」

 

初音ミクが若干の期待を乗せて奏に問いかけると、奏は気まずそうに眼をそらした。

別の理由でここに来たことを察した初音ミクが漏らした声は、悲しいというよりかは、寂しそうだった。

 

「なんで、私の曲を知ってるの...?」

 

「今歌っていた歌のこと? この歌は、最初からこのセカイにあって、私は知っていた。私はそれを歌っていただけ」

 

「...私の曲が、最初からこのセカイに?」

 

「そう。最初から。でも...これは、奏が作った曲だったんだね」

 

初音ミクが歌っていた曲。何度も聞く機会はあったが、ただその曲だけをループして歌っていた。

この、まふゆのセカイに最初からあって、初音ミクが歌っている理由。

理由は、きっと1つだけだ。

 

「あの子の想いでできたこのセカイは、何もなくて真っ白。それでも、この曲だけはあった。だから、奏の作った曲は...あの子の想いに届いていたんじゃないかな」

 

初音ミクがそう奏へ優しく告げるも、奏は頭を振って否定する。

 

でも、と。

私の曲では足りていなくて、届いても意味がなかったのだ、と。

 

「奏も、あの子と同じくらい苦しいんだね。...同じだから、なのかな」

 

「え?」

 

初音ミクは、奏から視線を外して、何もない場所を見る。

このセカイには、本当に何もない。

 

「この何もないセカイに奏の曲があるのは、あの子と同じ気持ちがあるからなのかもしれない」

 

「...だから、届いた?」

 

「うん、瀬名の言う通りだと思う」

 

つい口に出してしまったが、その通りだと初音ミクは頷いた。

 

「足りてなくても、ただ1つ。...届いてたんじゃないかな」

 

「...ミク」

 

「私は、あの子に、本当の想いを見つけてほしい。あの子は本当の自分を見つけたくて、ずっと曲を作ってた。苦しくても、泣きながらもがいて、作り続けてた。あの子の本当の想いは、消えたいなんてものじゃない」

 

きっと、私と曲を作るのも、その延長線上なのだろう。

『特異点』である私を感覚で察知して、私と作れば何か見つかるかもしれないとあがいている途中。

でも、私が見つけてあげられるわけじゃない。せいぜいが、心の安定を保つ程度のことだけ。

まるでアニマルセラピー。にゃー。

 

「だから、あの子を見つけてあげて。それができるのは、奏と瀬名だけだから」

 

「私の...私の曲は、雪を救えるの?」

 

「わからない。でも___あの子を見つけてあげられるとしたら。それはきっと2人の曲しかない」

 

だから、奏には頑張ってもらって...ん、ちょっと待って?

なんか聞き逃したような気がする。あれ、このセカイってログとかないのかな。

 

「曲、しか。...もし、そうなら...。...作らなくちゃ。私は、あの子を救えるような曲を、今度こそ」

 

胸の前で手を握りしめ、覚悟の決まった顔で、顔を上げて私を見た。

 

「私がやることは、ただのエゴ。そんなエゴで他人を振り回すのはいけないかもしれない。それでも、私は瀬名の力を借りたい」

 

「...わかった」

 

「...ありがとう。そうだ、ミクと瀬名って、なんだか似てるよね」

 

じゃあ、私は曲を作らなくちゃいけないから、と言い残して、奏はセカイから消えて行った。

 

今度は成り行きじゃない。私の意思で、奏の手助けをすることを決めた。

私があーだこーだ言う必要はない。私が手を貸すのはきっと、生活面になるだろう。

奏のあの様子だと、目標に突き進む中で、自分の体を顧みないで無理やり進んでいくような気がする。

それをサポートしていこう。

適切な曲作りの環境を、私が作っていく。

 

...というか、似てるだろうか。私たち。

 

「...似てる?」

 

「...そうなら、嬉しい」

 

思わず初音ミクに聞いてみたが、初音ミクは首をかしげながら嬉しそうにするという、若干高技術なことを見せるだけだ。

 

...まぁ似てる似てないはどうでもいい。

 

ひとまず、私はこのまふゆの傍にずっといる状態を何とかしないといけないだろう。

奏がアクションを起こしてくれるまで、我慢の時だ。

 

我慢の...いや、すぐにでも手伝える、かもしれない。

 

「ねぇ、私がセカイから出る場所。奏の部屋にできる?」

 

「多分」

 

「じゃあ...行ってくる」

 

「行ってらっしゃい。...がんばって」

 

奏の部屋は行ったことがある。入る先のセカイを私の想像で変更できるなら、出る先も、関係している場所なら私の想像で出られるだろう。

 

私は曲の再生を止めて、スマホを強く握りしめた。



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第8話

アズールレーンやってました。えへ。

追記
焦りすぎた瀬名ちゃん、作者も焦って誤字する
誤字報告あざます


光が収まるとそこには、驚いた表情で椅子に座る奏がいた。

周りを見ると、そこはかつて見た奏の部屋と全く同じだった。

 

『K、大丈夫!?』

 

『まだ戻ってきてないのかな...』

 

私の背後にあるモニターから聞こえてくるのは、絵名とAmiaの焦ったような声。

奏はその2人の声に反応する様子を見せずに、ただ私を見ている。

 

このまま2人を放置するのもよくないと思い、私が反応することにした。

 

「奏は無事」

 

『え、瀬名!? 今Kの家にいるの!? あいつの所から逃げ出せたのね、よかった...すぐに迎えに行くから、場所教えてちょうだい』

 

「ん...まだ帰れない」

 

『な、なんで?』

 

絵名に帰ってくるように言われるも、まだ私には帰ることはできない。

急ピッチでやらなくちゃいけないことがある。

 

こうして話している時間も惜しい。早速作業に入ろうと奏の方を向くと、正面から奏が抱き着いてきた。

 

「...力を貸してって言ったら、すぐ来てくれるなんて。...なんだか、ヒーローみたいだね」

 

「...まふゆのヒーローは、奏がなる」

 

「うん。今度こそ救ってみせる」

 

それだけ言うと、奏は私から離れて、私は奏の隣に立ってモニターに向き合った。

 

『と、とりあえず無事に戻ってこれたんだね...よかった~』

 

『何もよくないわよ。というか、私たちミクに何されたの? 触れられたらいつの間にかここに戻ってきてたけど』

 

『うん。それに、あの場所も気になるよね。セカイって言ってたけど...』

 

『...ほんと、何なのよ、あいつ。...自分がOWNってこと隠して、こっちのこと馬鹿にして...!』

 

既に作曲に入って話を聞いていない奏を置いといて、Amiaと絵名が今さっきあったことを話している。

特に絵名のイラつきは中々のものだ。ゲージに表すと70%ぐらい...かな。

 

『やっぱボイチャだけじゃ、性格わかんないもんだね~。あはは』

 

『全然笑えないんだけど』

 

『...というかもしかして、瀬名、ってえななん...絵名の妹さん?』

 

『あぁ...そういえば言ってなかったっけ。うん、まふゆの傍にいた子が、私の妹。...ていうか、なんでまふゆの所にいたわけ?』

 

絵名とAmiaが私に関してのことを話しているが...まだ説明していなかったか、そういえば。

 

「私がS。グループに入って最初の通話の後、昼間に会いたいって連絡来た。会ったら連れてかれた」

 

『連れてかれた...って、ちょっとは抵抗しなさいよ...』

 

『やっぱりボイチャじゃ性格わかんない...声だけ聞いたときは、ボクたちより確実に年上で、頼れるお姉さんだと思ったのに...』

 

別に私にだますつもりはなかったのだが、そう言われると悪いことした気分になる。

私はため息を1つ吐き出し、これからのことを説明するのに奏の肩を叩いた。

 

「ん...何?」

 

「説明」

 

「あぁ..そっか」

 

『? K、何か言った?』

 

割と小さい声量でやり取りしていたはずなのだが、絵名がしっかりと反応してきた。

絵名の耳が地獄耳なのか、奏のこのマイクが高性能なのか。

 

「...何でもない」

 

「...?」

 

奏に、『まふゆを救うために曲を作る』とでも言えばいいのに、奏は2人に何も教えずにマイクをミュートした。

 

『ま、今日はもうお開きにしようか。...色々ありすぎて疲れたし。雪のこととか、これからのことは、また明日考えればいいよ』

 

『あんなヤツのこと、もう考える必要ないでしょ。だいたい、本人が2人でやるって...瀬名! あいつ1人にやらせなさい!』

 

無理言わないで欲しい。

 

『雪は...1人でも、すごい作品、作れるんだから』

 

『まぁまぁ。その辺もまた明日、冷静になったら話そ! それじゃ、じゃーねー♪』

 

Amiaはそれだけ言うと、さっさと通話から抜けていった。

その退出音を聞いて、先ほどから黙ってる奏もマウスに手を伸ばした。

 

「...ごめん、私も落ちる」

 

『あ...』

 

通話から抜けたことを確認した奏は、これから曲作りを再開するのかと思うと、マウスから手を放して私の方を見た。

 

「『足りなかった』。『見つからなかった』。でも、私が作ったあの1曲だけは、まふゆに届いていた。なら、方向性はあの曲で進めたい。けど...」

 

「...想いをぶつけたらいい」

 

「...想い?」

 

「きっとそれは、奏にしか見つけられない。一緒に頑張ろう」

 

「...うん」

 

そうして奏は私から視線を外し、時間が惜しいとばかりにマウスを握って打ち込みを始めた。

一緒に頑張ろう、と言ったものの、私がここから先手伝えることは少ない。

奏が行き詰まるのはわかりきっている。私の予想外のひらめきをして曲を作り出すかもしれないが、大方予想通りになるだろう。

 

そこをどう促すか。

未来はわからないけど、やってみるしかない。

 

「じゃあ、また来る」

 

作業に集中していて私の声が聞こえていないのは理解しているが、一応声をかけて私はセカイに戻った。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

さて。

私がまふゆに監禁されている間の身の回りについて説明しよう。

 

まず服。

ある程度の服を私が家から持ってきている。

その際の移動方法はセカイを経由してだが、この時は私のノートPCが起動しっぱなしで助かった。

コードも差しっぱなしで、この時は私のずぼらさに感謝したものだ。これが無ければ家に帰ることは難しかっただろう。

まふゆに付き添ってもらって一旦家に帰る、という手もあったのだが、それだとまふゆの両親に見つからないようにしなければならないという余計なリスクを背負うと考えたのだ。

 

次にお風呂。

基本的にはまふゆと一緒に入っている。

ここでも、移動方法はセカイを経由...ではなく、そのまま移動だ。

セカイを経由しての移動は、セカイに入ることのできるデバイスが入口と出口に1つずつ必要だ。

だが、優等生を半ば強要されているまふゆが、スマホを風呂場に持ち込むことは出来ない。

 

なので、移動中の気分はさながらスネークだ。

 

次に、寝床。

これはまふゆと一緒の布団に入っている。

寝ている時が一番無防備だと思われるが、そこで私の体が利点になる。

まふゆが被っている毛布の中にすっぽりと納まるのだ。

多少膨らんでいると思うが...まぁ大丈夫だろう。最悪セカイに飛び込むし。

 

たまにセカイで寝ることもあるが、その時は初音ミクに近くで異様に見られながら寝なければならないので、相当の精神力が必要だ。

ちなみに私は1日でギブアップした。

 

「じゃあ、寝ようか」

 

「おやすみ」

 

今日も1日が終わる。

まふゆにばれないように奏の元へと顔を出して、両方の曲作りを手伝う。

中々にハードモードだな...と考えながら、私は瞳を閉じた。

 

...まふゆさん。苦しいのでそれ以上抱きしめないでください。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

まふゆが学校に行っている間は、私は静かに部屋で過ごしているか、セカイで暇を潰している。

それでも最近は暇を持て余すことが多かったので、今日はまふゆから作成中の曲の、Bメロをどうするか考えていてほしいと言われている。

 

Bメロ。正直最近音楽に触れ始めた私では、ちょっと考えなければどの辺りのことなのかわからない。

Aメロ、Bメロ、サビの順番で確か作られているはずなので、そのままサビ前の部分を考えなくてはいけないのだろう。

 

まふゆの起動されたままのノートPCとシンセサイザーを使って、適当に音を打ち込んでいく。

この時間はまふゆの両親は家にはいない。それは先程確認済みだ。

 

「~♪...ここはこうじゃないかも」

 

鼻歌を歌いながら打ち込み、あーでもないこーでもないと言う私。

ふと時計を見ると、作業を始めて3時間が経過していた。

 

「もう12時。まふゆは、今4時間目かな」

 

学校の時間割など、ほぼ通っていないに等しい私からしてみれば思い出すのにまず一苦労だ。

ただ、昼ご飯を食べる時間が12時ではなかった記憶があるので、多分4時間目あたりだろう。

 

まふゆは、将来の夢とかあるのだろうか。

何となく、学校でのまふゆは想像できるかもしれない。

生徒からだけでなく先生からも頼りにされて、何気なしに書いた作文とかでコンクールに出たりするんだろう。

それらのおかげで理想のまふゆ像というものが確立されてしまい、後はもうまふゆはそれに引っ張られるだけだ。

本人にその自覚があるのかはわからないが...大体そんな感じだろう。多分。

 

昼ご飯をまふゆから与えられたお菓子で乗り切り、夕方頃まで作業は続いた。

案外集中力は持つんだな...。さすが私。とはいえそろそろ限界だし、まふゆも帰ってくる頃だろう。

データを保存して、ノートPCを閉じて私はため息を吐きだした。

 

流石に疲れたと私はベッドに腰をかけて、まふゆの帰りを待つ。

 

足音が聞こえてくる。

まふゆだろうか。

 

「まふゆの部屋も掃除しておかな、いと...?」

 

「あ...」

 

ガチャリと扉を開けた先には、顔立ちがまふゆに似た、確実にまふゆの母親だろう女性が立っていた。

 

しまった。

ここに来て凡ミスだ。

 

何か、言い訳に使える何かは無いかと必死に頭を考えていると、まふゆ母の顔から表情が消えていく。

 

「か、神中3年生の東雲瀬名、です。現在の偏差値は75を超えています! 将来の夢は看護師になることです! 今は、まふゆ先輩が医者を目指していると聞いて、看護師を目指している私と一緒に勉強をしています! ただ学校で用事があるらしく、先に家に行っていてと言われて来ました!」

 

「...」

 

恐らく、この人生の中で後にも先にも一番喋っただろう。

まふゆ母を何とかするのに必要なのは、ひたすらに私の頭が良いことをアピールすること。

頭脳明晰で、既に中学の範囲はマスター。高校どころか大学レベルであることをアピールしまくれば、まふゆにとって害どころか益になる存在であることが理解できるだろう。

 

背中が汗でびっしょりなのを自覚しながら、まふゆ母の目をまっすぐ見る。

この嘘が通るか通らないかで、私の今後どころか、命が左右される。

何しろ今の私の状況は、まふゆ母から見れば、ただの不審者だ。

 

私は内心、必死に祈る。

 

「...そうだったの♪ もしかして、最近まふゆが考え事をしているのも、私たちに面白い子がいるって言っていたのも、貴女の事だったのかしら」

 

「...そー、じゃないですかね」

 

どうやらまふゆが両親に私の話をしていたらしい。

助かった、と思うけど、同時に家に隠してる存在の話をするなとも思う。

 

「そうねぇ、あ、良かったら掃除、手伝ってくれない? その代わり晩御飯はうんと美味しいもの作るから!」

 

「ええ、それぐらいでよければ」

 

こうして私は、まふゆ母とまふゆの部屋の片づけを始めた。

 

 




そういえば次イベント。予想通り、なーんバナーでしたね。

なーんの太もも、まぶしいな...。

なーんの太ももについての話を書こうか迷いました。


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第9話

ニーゴ新曲追加されましたね。
難易度31...この前もレオニの30追加されましたし、最近難易度高いの多いですね。嬉しいですけど。


「ところでなんだけれど」

 

「あへば(?)、な、なんですか?」

 

まふゆの部屋の掃除を手伝ってくれと言われて、私がすることはただ物をよけて、まふゆ母が掃除機をかけるのを見守っているだけという中で、唐突にまふゆ母が話しかけてきた。

 

掃除機の音と一緒に、まふゆ母の声が聞こえてくる。

 

「これ、まふゆにはもういらないと思うのよね。そろそろ大学受験を考えなきゃいけないし...」

 

そういいながらまふゆ母が指で示したのは、まふゆのシンセサイザーだ。

今日も私が使ったように、私やまふゆの楽曲制作には欠かせないものとなっている。

 

出来れば捨てさせたくない。だが、今日会ったばかりの私の話をどれだけ聞いてくれるだろうか。

 

...適当なことを言って、思いとどまらせることが出来たらそれで十分だ。

 

「じ、実はシンセサイザーって、曲を作るのに必要でして。医者になった後、実は彼女は患者のために曲も作れるってなれば」

 

「でも、曲を作るのも、医者になるのも楽な道ではないわ。曲作りに熱中しちゃって、勉強がおろそかになる可能性はゼロじゃない」

 

「...え、えと...」

 

私が言い訳を思いつこうと焦っていると、まふゆ母が掃除機を止めてこちらを見た。

 

「もしかして、貴女、それが狙い?」

 

「...!」

 

図星でこんな反応をしたわけじゃない。

単純に、まふゆ母に恐怖を覚えたのだ。

 

先程まで優しく微笑んでいた彼女の顔はもう見る影もなく、今にも私を排除しようとしているような雰囲気をピリピリと感じる。

ミスった、ということは嫌でも分かった。

 

「全く、まふゆにも言ったのに。友達は選びなさいよって」

 

「え、選ぶって...」

 

「まふゆにとって益にならない人は、まふゆの近くにはいらないのよ」

 

そう言いながら、彼女は掃除機を振りかぶり。

 

「いらない!いらない!いらない!」

 

私の頭めがけて何度も振り下ろしてきた。

 

右に、左にと間一髪で避けた私は、これ以上この家にとどまっていると死ぬと理解して、部屋を出て玄関へと走った。

 

まさかまふゆ母がこんなに実力行使に出る人だとは思わなかった。

恐らく普段の彼女であれば、ここまで荒れることはないのだと思う。

ただ、まふゆが絡んだ時だけ、手段を選んでいられないという事なのだろう。

 

最近激しい動きをしていなかった自分の体に鞭を入れて、まふゆと風呂に行った時を思い出しながら玄関へと急ぐ私。

 

「大体、最初に言ってたあれも嘘なんでしょ! 待ちなさい!」

 

それを追いかけるまふゆ母。

まるでホラーゲームの主人公になった気分だ。

 

玄関と思わしき扉を開けて、すぐさま閉める。

すると扉に衝撃が襲い掛かると同時に、何かが割れるような甲高い音が鳴り響いた。

 

皿なのか、軽めの壷でも投げてきたのかは知らないが、それが私の頭にでもあたっていたらと思うとぞっとする。

そのまま私の体を地中に埋められでもしたのだろう。

 

とにかく、この場を離れないと死ぬという、危険な状態の私は、すぐに靴下のまま走る。

スマホはまふゆの部屋に置いてきてしまった。セカイ間の移動は出来ない。

既に夕方になっている今の時間帯。靴下で歩いていると、不審に思われるだろう。

 

まふゆ母が面倒ごとに絡まれるのはいいが、まふゆも巻き込まれるのは避けたい。

事実を並べていけば、まふゆも警察の厄介になるだろうし。

 

「ここから1番近いのは...家、か」

 

そうして私は、自分の家を目指すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...瀬名?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

歩くこと数時間。

人目につかないように隠れながら移動していたせいで、予想以上に時間がかかってしまったものの、無事に家へとたどり着いた私。

玄関を開けると、ちょうどカバンを肩にかけた絵名が靴を脱いでいた。

 

「? だ、れ...」

 

「...ただいま」

 

後ろに立っているのが私であるのを認めた瞬間、絵名はカバンを落として、私を優しく抱きしめた。

...最近勢いがあったり、力強かったりしたから、こんなに優しくされるのは久しぶりかもしれない。

 

「...帰ってくんの遅い」

 

「...ごめんなさい」

 

「許さない」

 

「...」

 

まぁ当然かと思う。

姉である絵名を優先せずに、同じサークルメンバーを、それもまふゆを優先していたのだから、怒るのも当然だ。

 

「罰として、しばらく私のそばにいること」

 

「...それは、学校以外で、ってこと?」

 

「買い物にも付き合ってもらうし、一緒に寝てもらうし...しばらく私から離れたらだめだから」

 

「...」

 

これは、家族愛と取って良いのだろうか。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

夜。

いつもの時間通りにナイトコードに参加した絵名と私。

なお、私はノートPCがあるにはあるけれど、イヤホンをスマホと一緒に置いてきてしまったので、参加して話を聞くことは出来ても、会話に参加することが出来ないため、絵名と同時参加だ。

 

椅子に座っている絵名に抱えられて、イヤホンを左右を分け合ってPCの画面を見る。

 

「絵名、邪魔じゃない?」

 

「邪魔な訳ないでしょ。というか、そのノートPCも昔に買ってもらったやつでしょ。まだ動くの?」

 

「まぁ...少し良いものを買ったみたい」

 

「ふーん...あいつがね...」

 

絵名のPCモニターの前に、私のノートPCを置いて起動する。

ナイトコードにまふゆからのメッセージは来ていない。

恐らくスマホが部屋に置きっぱなしになっているのに気づいたんだろう。

まふゆの部屋の掃除はある程度終わった後だったし、そのままになっているはずだ。

 

「そういえば、何度も連絡したのに、どうして出なかったのよ」

 

「...? 来てなかった」

 

「...はぁ? スマホの調子が悪かったのかしら...。今度新しいの買いに行くわよ」

 

「...わかった」

 

どうやら今使っているスマホとはさよならしなくてはいけないようだ。

まぁ、古い方はWi-Fiがあればネットは出来るし、作業用にでもしよう。

 

もう少しで25時だな、と時計を見ていると、突然私の首に湿った生暖かい何かが触れた。

 

「っ!?」

 

「あ、ごめん。つい」

 

思わず振り返って絵名を見ると、絵名は全く悪いとも思っていない顔で舌を出してこちらを見ていた。

舐めたのか。私の首を。

 

「...汚いと思うけど」

 

「別に、不快には思わないわよ」

 

「...」

 

そりゃ、舐めてる本人はそうでしょうよ。

 

...まぁ、先ほどお風呂に入ってきたばかりだし、汚れは落としているはずだけれど、ただ単純に恥ずかしいというかなんというか。

 

私は恥ずかしさをごまかすように、私のお腹に回されている絵名の手をにぎにぎしながら前を向いた。

 

と、イヤホンから声が響く。

 

『やっほー! 今日もみんなでがんばろーねー! ...ってあれ、えななんだけ? Kは?』

 

「いない。ずっと離席中なのよね...。あ、そうだ。Sも戻ってきたから」

 

「ただいま」

 

『おお、おかえり! ちなみに聞きたいんだけど、今まふゆってどんな感じなの? 元気にしてる?』

 

私が帰ってきたことを告げると、Amiaも元気よさそうに返事をする。

そうして聞いてくるのは、まふゆの現状についてだ。

 

...まぁ、元気ではあったのだろうけど、ここからどうなるかわからない、と言ったところだろうか。

 

「ここからが本番」

 

『そっか。...というか、Kはもしかしてついに倒れちゃった、とかじゃないよね?』

 

『わかんない。...DMも送ったけど、返事ないし』

 

まぁあり得ない話じゃないだろう。

誰も介入しなければ3食カップ麺だし、栄養は確実に足りてないだろう。

それに運動不足。更に食事を抜く。

前にセカイを経由して部屋に行ったときは、サークルに入らないかと言われた時より片付いていたから、ヘルパーか家政婦か、誰かしらを雇っているのだろう。奏に片づけが出来るわけがない(偏見)。

 

『大丈夫かなぁ...。やっぱ、全部自分とSでやるなんて無理なんだよ~。雪がいないとさぁ』

 

Amiaがそういうものの、まだ私は奏を手伝ってはいない。

きっと、出来るだけ自分でやろうと頑張っているんだろう。

それで体を壊して、曲が完成するのが遠のけば元も子もないとは思うのだが。

 

そう考えていると、半ば不意打ち気味に私の腹が圧迫され苦しくなった。

なんだ、と思ってみれば、絵名の腕が私のお腹に手をまわしているんだった。

それが、雪の名前が出てきたことで、力が入っているらしい。

 

「雪はいなくていいでしょ」

 

『もー、えななん、まだ根に持ってるわけ? 確かに妹ちゃんのSを攫ってはいたけどさ、それもSの意思があってのことでしょ? そんな怒ってると顔シワシワになっちゃうよ~?』

 

確かに私の意思もあったにはあったが、絵名になんて事言うんだこいつは。

今の絵名にそんなことを言えば、火に油を注ぐのと同じだ。

 

「うっさいわね! 別に、怒ってなんかないわよ! ただ、雪はニーゴにいる必要がないって思っただけ」

 

『すっごい怒ってると思うのはボクだけかな...』

 

「あんなすごい曲を1人で作れるんだから」

 

『まぁ、そうかもしれないけど...』

 

そこで会話は一旦途切れた。

絵名はぷりぷりと可愛らしく怒っているし、Amiaは今の状態の絵名に触れると火傷すると思ったのか、黙った。

 

むぅ。このままではまふゆは誤解されたままだ。

何とかしなければと、私が脳内で言葉を選んでいると、再びAmiaの声が聞こえてきた。

 

『雪も、本当はずっとキツかったんだろうな』

 

「え?」

 

『前にさ、ボク、雪と雪のお母さんが話してるの、聞いちゃったんだよね。もしかしたらSも聞いたことあるかもだけど...雪のお母さんって、ナチュラルに価値観押し付ける感じの人でさ。でも、雪は全然気にしてないって感じで受け止めてたんだ』

 

そうAmiaが言う事には、共感しかない。

 

私が頷いているのが見えているであろう絵名は、微妙な声を漏らすだけだ。

 

「...それで?」

 

『雪がいいならそれでいいのかなって思ったんだけど...でも、セカイであんな感じになっちゃってたでしょ? だから、雪はお母さんのために、無理にいい子になろうとしちゃってたんじゃないのかなーって思って』

 

「...母親が原因で、あんな感じになっちゃった、ってこと?」

 

『それだけじゃないかも。雪は、周りに合わせて自分を変えてっちゃったのかもしれない。みんなに慕われて、誰にも迷惑かけない。みんなにとってのいい子にならなきゃって思って...そういうのがキツくって、全部わからなくなっちゃったんじゃないかなって。なんとなく、そんな気がするんだ』

 

確かに、Amiaの考えは私と大体同じだ。

あれだけのヒントの少なさでそこまで考えつくというAmiaの洞察力というかなんというか。

...あぁ、なるほど。Amiaも『そう』なのか。もしくは似たようななにか。

 

AmiaもAmiaで、周りの人間からの押し付けられる何かがあったのかもしれない。

 

だからこそ、似たような雪のことが...まふゆのことが、理解できるのだろうか。

 

『別にボクは、雪みたいないい子ってわけじゃないけど。...何となくわかるんだよね。みんなに合わせなきゃいけないって空気がすごく苦痛だってことはボクも知ってるし...』

 

そこまでAmiaの話を聞いた絵名は、意外そうな声を出した。

 

「Amiaでも、そういう風に思う事があるんだ」

 

ナチュラル失礼か、絵名。

 

『まぁね~。って、ちょっとちょっとー! ボクでもってどういう意味!? ボクだってキツい時はあるんですけど~!?』

 

「あ、ごめん。...でもAmiaって、割といつも自由だし、楽しそうにしてるから」

 

『え? ま、そりゃねー! 人生楽しまなきゃ損だし? いつまでもネガってちゃ楽しくないもん! えななんもSも、毎日パーッとやりたいでしょっ♪』

 

「...まぁ、楽しくはやりたいけど」

 

そして、マイクに拾われない程度で『楽しく、か』と絵名は呟いた。

今の絵名は、絵を描いても、描いてる時の大多数は苦しみながら描いている。

描き終わっても苦しいことだらけで、認められるために、自撮りをあげている。ちなみにこの自撮りの存在は最近知った。

 

『でも雪は、そういう風にできなかったんだろうね。1人で抱えて限界超えちゃって、Sを誘拐しちゃったのかも』

 

「それだけはホントに許さないんだから」

 

『まぁまぁ。...だから、思うんだよね。もし雪も苦しんでて、そのせいでああなっちゃって、それで消えちゃうっていうのは...ボクは、ちょっと寂しいなって』

 

「....」

 

『ボク、もう一度雪と話したいな。あの"Untitled"って曲を再生すればいけるんだよね。それなら...』

 

雪に会いに行く、か。

ただ今の状態だと、また門前払いだろうし、そこに私もついていこうものなら、今度こそ完全監禁だ。

あの初音ミクがセカイにいる人間を出すのを自由にできるとしたら、私は出ることが出来なくなる。

 

それを絵名も想像したのか、苦い顔をして私の頭に顎を乗せた。

 

「確かに、そういってたけど....でも、肝心の雪があんな感じじゃ、会いに行ったところで...」

 

意味がない、と続けようとしたところで、何かの通知音が鳴った。

 

「今の音、何?」

 

『あ! OWNの...雪の曲の更新通知だ!』

 

「え? また新曲出したの...? 前出してからそんなに時間たってないのに...」

 

そう言いながら、絵名は動画投稿サイトを開いて曲を再生する。

その曲は私の耳にも残っている曲で、まふゆと共同作業した時の曲だ。

これ以外にもまだ数曲一緒に作業した曲があるので、まふゆがその気になれば一気にあげることが出来るだろう。

 

相変わらず拒絶の激しい曲を聴いていると、再び通知音が連続で鳴る。

 

『え、なに、2曲連続? いや、3曲...?』

 

「どれだけ曲作ってんの? ...しかも、今までよりも...これ、もう...」

 

その曲のどれもが、聴いたことはあるけれど、手が新たに加えられている。

まふゆの精神に更に負担がかかるような事が、起きているのかもしれない。

決壊寸前のダム、みたいな感じだろうか。

 

「...本気なの?」

 

まふゆの事に何か心当たりがあるのか、絵名がそう呟いた後、イヤホンからAmiaではない別の人の声が聞こえてきた。

 

『...えななん、Amia』

 

「『K!』」

 

まふゆを救うための物語があるとしたら、動くのはきっとここからだ。

 




ニーゴのIF書いてたら瀬名ちゃんの人としての尊厳が損なわれる話が出来上がっちゃったのでボツです。
でも時間は帰ってこないので大変です。

えーん。


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第10話

Iなんですの絵名、舌出してましたね。
これでMVでの舌出しは2人目...瑞希は出してましたっけ。覚えてないですじゃ。

これで奏とえななんは猫だと言う事が立証され...。


「K、、どこ行ってたの?」

 

『セカイに』

 

絵名たちが心配していたのだと、どこに行っていたのかを聞くと、奏はあっけらかんとした声で告げた。

 

「え、セカイって...あそこに行ってたの?」

 

丁度私たちも、セカイに行く行かないの話をしていたところで、実にタイムリーな話だと思った。

 

『そう。...それで、決めた。私は雪のために曲を作る。雪を...救いたいの』

 

そういう奏に、困惑の声を漏らす絵名とAmia。

そんな2人に、奏はセカイであったことを話した。

 

ミクと話し、2人で曲を作って救うことに決めたのだと。

 

『本当は消えたいなんて思ってない...か』

 

その話を聞き始めてから、Amiaは相槌をしていたが、絵名は黙ってしまった。

ただ黙って私の頬をむにむにと触る。

気に食わないことがある、と言う事は理解したが、それで私で発散するのはやめてもらえないだろうか。

 

『ねえ、K。ボクも一緒に連れてってよ』

 

『Amiaも?』

 

『もちろん、ボクが行っても何にもなんないし、雪のことは、雪にしかわかんないけど。...でも、ボクの感じた気持ちを伝えたって、いいと思うんだよね。雪がいなくなったら、寂しいって気持ちはさ』

 

『Amia。...わかった。セカイに行く時は、連絡する。Sはなんて言ってたか、誰か聞いてたりする?』

 

私はここにいる、と私自身が答える前に、絵名がそれに答えた。

 

「Sなら、私の家にいるわ。私の妹だもの。それと、Sはセカイなんかに行かせないから。あいつがまた私から奪うってことも考えられるし...」

 

『まぁまぁ。...っていうことは、えななんは一緒には...』

 

「行くわけないでしょ。と言うか、KもAmiaも。雪のこと、構い過ぎじゃないの? しんどいのなんてみんな一緒で、雪だけ特別なわけじゃない。...他の人とは違うってとこはあるけれど...でも、だからって雪のためにあんなところに行きたいなんて、私は思わない』

 

まさに取り付く島もないといった様子の絵名。

これ以上聞いても答えは変わらなさそうだと察したのか、Amiaはすぐに身を引いてKと話し出した。

 

『わかった。なら、ボクたちだけで行こうか。K』

 

『う、うん。...S、ほんとに行かないの?』

 

「...そんな感じ」

 

言外に、Kに来てほしいと言われるも、絵名を置いて私だけセカイに行くわけにもいくまい。

行きたいのはやまやまだし、勝手に行くことも出来るが、それだと仮にまふゆの状態を何とか出来たとして、まふゆがサークルに戻ってきた際に、絵名とまふゆの間で一触即発の空気が常にできそうだ。

 

まずは、絵名の考えを変えてからになるだろう。

 

明確に行く、行かないを表現しなかった私のメッセージを、奏は察してくれなかったようだが、Amiaが察してくれたようで、どこか嬉しそうに反応した。

 

『そっかそっか。なら、よろしく頼んだよ、S』

 

「任された」

 

『?』

 

「...」

 

そうしてその日は、解散した。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

次の日の夜。

絵名が学校に行っている間、曲を作り続けている奏の様子を見に行ったり、中学時代の知り合いのアイドルだった子に街中でたまたま会ったりと、いつも椅子の上で過ごしていた私に比べてアクティブに動いて疲れた私は、うとうとしながら絵名と一緒にベッドに横になっていた。

 

まぁ、ビビバスの時と比べると、運動量は落ちるが。

 

「...瀬名は、さ。あいつと一緒にいて、どう感じたの?」

 

「...まふゆは、寂しがり。人の温もりを求めてる。自分に理想を被せてこない、そんな人の温もり」

 

「...温もり」

 

「誰かから求められている自分のしたいことはわかるけど、本当にしたいことはわからない。そんな子。絵名が言うほど、悪い子じゃない」

 

「いや、あんたを誘拐したじゃない...」

 

そう言われるとそうかもしれない。

でもまぁ、それはある意味しょうがないのかもしれない。

 

私の予想だけれど、まふゆが私を誘拐した時の感覚としては、幼い子の好きなぬいぐるみを持ってきちゃう、みたいな感覚に近いのではないかと思う。

ぬいぐるみに名前をつけて、いつでもどこでも一緒。そうしていたかったのだと。

 

あのまま私がセカイから出ずに、まふゆも全てを諦めていたら、私もまふゆも、人生の半分以上をあのセカイで過ごしていたに違いない。

 

「話してみたらわかる。絵名も、セカイに行こ...」

 

「...私はいかない、って...寝ちゃったのね。...私だって、あんたを常に手の届くところに置いてられたら、どんなに...」

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

今日も絵を描き、それを見て私が客観的なコメントをすると言う事を繰り返していると、ナイトコードにKとAmiaがいることに気が付いた。

まだ25時には少し早い。

このタイミングで集まっていると言う事は、曲が出来た可能性が高い。

 

絵名が目をつむって唸っている最中に、私は勝手にマウスを触ってナイトコードのボイスチャンネルに入室する。

 

『えななん? 起きてたの?』

 

「え、ちょ、瀬名!?」

 

「...K、曲できた?」

 

『うん。2人にも聞いてほしい』

 

そういって奏から送られてきたファイルを開き、曲を再生する。

 

...うん、良い曲だ。

 

「...やっぱり、Kの曲はあったかいね」

 

『ありがとう』

 

絵名からも好反応を得られた奏は、ひとまず、と言った様子で息を吐きながら絵名に礼を言った。

それでも、絵名はセカイに行くつもりはないようで、2人にちゃんと戻ってくるように言う。

 

『もっちろん! それじゃあ、行こう、K!』

 

『うん。会いに行こう。雪に』

 

そして、2人はナイトコードに入ってはいるものの、セカイへと行ったようで、音は聞こえてこなくなった。

 

誰の声も聞こえてこない中で、絵名は私のうなじに顔をうずめる。

迷っているのだろう。なんだかんだで絵名は見て見ぬふりは出来ないだろうし。

中学の時から変わっていない、と言うかなんというか。

 

「...私、すごい迷ってる。いや...もしかしたら、踏ん切りがつかないだけなのかも。OWNの曲が好きで、雪が消えたらもう新しい曲は聴けなくて。それは嫌だけど、また瀬名を失うのも嫌。ねぇ、どうしたらいい?」

 

「...」

 

何となくだけど、今この瞬間だけは、私は東雲家に、このセカイに生まれてこなければよかったんじゃないか、と思った。

私がいるから、絵名は迷ってる。私がいなければ、きっと遅れてもあのセカイに行って、一言でも二言でもまふゆに言いたいことを言うだろう。

 

ただそれでも、私はここにいるから。だから、絵名の背中を押さなければならない。

 

「大丈夫。あのセカイを管理してるのは、初音ミク」

 

「...ああ、1回私たちを強制的に出したの、ミクが触れたからだっけ」

 

「だけど、今度は大丈夫。絶対に出されないし、私がいなくなることもない」

 

「...なにそれ、すごい自信ね」

 

「何となく。それに、絵名は雪に何も言いたいことはないの?」

 

「...」

 

これで何の反応も示さなければ、絵名はセカイには行かない。

最悪私だけでもセカイに行くしかないだろう。

 

だが、絵名は突然立ち上がり、私を抱きしめながら力強くマウスを握った。

 

「ええ。ええ。言いたいことなんて山ほどあるわよ! いいわ、この際だから、好き勝手言わせてもらおうじゃない!」

 

絵名は半ばやけくそのような感じで、『Untitled』を再生した。

 

...まぁ、結果オーライか。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

セカイにたどり着くと、奏がまふゆに何かを喋っている所だった。

それを見つけた絵名は、私と手を繋いでずんずんと歩いていく。

 

「ここまで来たんだから、絶対に消えさせなんてしないわよ!」

 

「吹っ切れた」

 

威勢よく私を連れて歩く絵名だが、その手は震えている。

怒りで震えているわけではないだろう。多分怖いのだ。それでも、立ち向かっている。

 

ホラーはダメなのに、こういうものには立ち向かえるの、すごいと思う。

 

ようやく3人の声が聞こえてくる距離まで来た時、初音ミクだけがこちらを向く。

それに絵名が驚いたように肩を震わせるが、初音ミクは表情を変えずに頷いて、私たちに道を譲った。

 

こちらに敵意が無いことを理解した絵名は、初音ミクに会釈して横を通り過ぎた。

 

そして、息を大きく吸い込んだ。

 

「だからもういいの。放っておいて」

 

「ゆk」

 

「ふっざけんじゃないわよ!!」

 

耳がキーンとした。

 

とんでもない声量を出した絵名に、他4人も目が点になっている。

特に初音ミクは思わず耳をふさいでこちらを見ている。

先に言っておけばよかったかもしれない。

 

というか、私は手を繋がれているから、耳をふさぐことが出来なかったんだが。

 

「え、えななん!? どうしてここに...っていうかすごい大声...」

 

「そいつに...雪に、一言...二言、言いに来たの」

 

「増えた...」

 

「自分を探せないとか、消えた方がいいとか、ぐちゃぐちゃ言ってるそいつが、心底むかつくから! あと、瀬名から聞いたけど、一緒にお風呂入ったって聞いたから!」

 

後半はただの私怨だし、というか、私の名前さっきは流れたけど、言い過ぎじゃないだろうか。

一応Sって名前で入っているんだけどな。

 

「...」

 

今もなお黙ったままのまふゆに、絵名は私の手を離してツカツカと歩み寄る。

 

「なんであんたは、私の欲しいもの持ってるくせに、消えたいとか、平気で言えるわけ?」

 

「何、言ってるの。私は何も持ってない。ずっと」

 

その言い方にカチンときたのか、絵名は更にヒートアップしていく。

 

「何もない? 私にとってはそうじゃないって言ってんの!! あんたは持ってる! あんなにすごい作品が作れる! あんたの作品を待ってて、期待してくれる人だってたくさんいる!! 腹立つぐらい才能を持ってる...私が、私が欲しくてたまらないものを、あんたは持ってる」

 

「...」

 

絵名はその勢いのまままふゆの胸倉をつかむが、その腕には力が入っていないことが、少し離れたここからでも分かった。

 

「あんたの曲が頭から離れない。あんたみたいな勝手なヤツ大っ嫌いなのに、あんたの曲はもっと...もっと聴きたいって思ってる。嫌いなのに...嫌いなのに! 心のどこかで、雪に消えてほしくないって...もっと雪の曲が聴きたいって、思ってる!」

 

絵名はそこまで一気に言い放つと、まふゆの胸を押して、深呼吸を1つ挟んだ。

 

「だから...消えないで作りなさいよ。才能があるなら、才能がない人の分まで苦しんで、作りなさいよ。...消えるなんて、絶対に許さない...!」

 

「...私の曲がすごいかどうかなんて、そんなのどうだっていい。欲しいのは誰かからの賞賛じゃなくて、ただ見つけたかっただけ。...でも、そんなの無理だってわかったから、もうどうでもいいの。あなたにはわからないかもしれないけど」

 

「はいカチーン。私がここまで言ったのにあんた、そういう事言うんだ。瀬名に免じて我慢してたけどもう限界だわ...」

 

「え、えななん落ち着いて...」

 

えななんが拳を握りしめて震えているのを見て、奏が慌てて止めに入る。

非力な奏だが、半ば奏信者のような存在の絵名には効果てきめんのようで、実力行使に移れないでいる。

ふむ。今後は奏に絵名を抑えてもらうとしようか。

 

そんなことを考えていると、今度はAmiaが口を開いた。

 

「ボクは雪の気持ち、ちょっとわかるけどな。ほら、天才だろーがお金持ちだろーがカワイイ子だろうが、キツいことってあるし? 雪がどんだけすごい曲作れても、1番欲しいものが手に入らないなら、雪にとっては意味ないと思うんだよね~。...だからボクは、雪が消えたいなら好きにすればいいと思うよ」

 

Amiaがそう言い放ち、まふゆは眉を寄せる。

 

「...なら」

 

しかし、Amiaはまふゆの言葉をさえぎって、話を続ける。

 

「...でもさ。何となく、ボクたちって、似てるような気がしたんだ」

 

「...似てる?」

 

「うん。周りに少しずつ自分の形を変えられそうになってるところとかさ。それに抵抗したり、受け入れられたりして。そうやって必死になてるうちにつかれて、全部どうでもよくなっちゃう。...そんな感じが、似てるなって」

 

あんまりこの気持ちを分かってくれる人はいないからさ、とAmiaは疲れたような笑顔を浮かべて肩を落とした。

 

まぁ、そうだろうなと私も思う。

中学だから今の私が許されているだけで、高校に行くとそうもいかないのだろう。

出席日数もあるだろうし、なまじ私のスペックが高いだけに、ああした方がいい、こうした方がいいと言われるのは目に見えてる。

 

「だからボクは...雪がいなくなったら、ただ寂しいって思うよ」

 

「...勝手なことばっかり。勝手に嫉妬して、勝手に共感して、勝手に救おうとして。やめてよ。...もう十分でしょ」

 

3人がこうしてまふゆに想いをぶつけているのに、まふゆの考えはいまだに変わらない。

 

「救われるかもって、希望があるかもって思うのが。だったら。最初から見つからないって思えてた方が楽だった。だから、もう、もう救われるかもなんて、思いたくない! もう疲れたの! 探しても、探しても、探しても探しても探しても!!! 探す度に違うって、絶望して...もうこれ以上、どうしようもないじゃない...っ」

 

これまでのまふゆの苦しみを、まふゆは3人にぶつけていく。

3人はその雰囲気におされて何も言えずにいるが...まだ、奏の目は死んでない。諦めていない。

 

なら、一瞬だけでも時間が必要だろう。

 

「まふゆ」

 

「...瀬名。もしかして、一緒に消えてくれる?」

 

「それでもいい。けど、まふゆが私を攫った責任は? それでまふゆが何かを見つけられるならと付き合ってた私の時間は? どうなるの?」

 

「...それは...」

 

 

「おお、雪を追い詰めてる?」

 

「昔からスイッチ入ると怖いのよね、瀬名...あ、S」

 

「今更遅いと思うけど...」

 

私がまふゆのしたことを問い詰めていくと、まふゆの旗色が悪くなっていくのが目に見えてわかった。

微妙に罪悪感を覚えているのだろう。であれば、まだチャンスはある。

 

「少しでも悪いと思ってるなら、もう少し話を聞いて。それでも答えが変わらないのなら。私も付き合うから」

 

「...瀬名」

 

恐らくだが、ここでどうにもならずにまふゆが消えてしまえばそこでゲームオーバーだ。

なら、そのあとの私がどうなろうが、この際考える必要はない。

 

後ろを振り向けば、奏が真剣な表情でこちらを見ている。

 

「奏」

 

「うん。ありがとう」

 

奏は私の横を通り過ぎると、まっすぐまふゆの目を見て口を開いた。

 

「私が作り続ける」

 

「...え?」

 

「この曲で雪を本当に救えなかったとしても、救えるまで作り続ける。雪が自分を見つけられるまで、ずっと作る」

 

その奏の宣言は、一種の呪いのようだ。

 

「...何言ってるの?」

 

「ずっと作る。お父さんの呪いだとしても...私はもう、私の目の前で誰かが消えるのを見るのは嫌なの」

 

「でも、Kだって消えたいんでしょう!?」

 

「うん。そうだよ。だからもし、私が絶望して、消えそうになったら。その時は雪が、『まだ見つかってない』って言ってくれればいい」

 

そう穏やかな表情で告げる奏に対して、まふゆは呆れたような顔をする。

それはそうだ。これは、もう1つ呪いを、自ら増やす行為。

 

「何を言ってるかわかってるの? 私が私を見つけられるまで、Kはずっと曲を作り続けなくちゃいけない! それを...!!」

 

「うん。わかってる」

 

まふゆもそれを理解しており、奏が理解していないで言っているのではと問うが、奏はそれを理解しているという。

既に承知の上での発言なのだ。

 

「どうして...そこまで...」

 

「私の、エゴだよ。どの道私は、ずっと曲を作り続けなくちゃいけない。だから、雪の分が増えたって何でもないよ」

 

私はそういう奏の横に立ち、手を握った。

ここまで来たら一蓮托生だ。

 

「それに、瀬名もいるし」

 

「...わからない。見つかるまで、どれだけかかるかもわからない。見つからないまま終わるかもしれない。それでも...本当にやるの?」

 

「うん」

 

言い換えてしまえば、命を懸けてまふゆを救うとも言っている。

それらをどう思ったのか、まふゆは急に笑い出し、すぐにいつもの真顔に戻った。

 

「.......なら、もう少しだけ...探してみるよ...」

 

「...雪」

 

まふゆはそれだけ言うと、私を後ろから抱きしめて、後頭部に顔をうずめた。

 

「本当に、ずっと作り続けてくれるんだよね」

 

「うん。大丈夫だよ、雪。絶対にいつか、救って見せるから」

 

「...うん」

 

とりあえずこれで一旦落着、と言いたいところなのだが...まふゆさん。

私の後頭部に顔を埋めながらしゃべるの、すごいこそばゆいからやめて頂きたいのだが。

 

「瀬名も、ずっと?」

 

「え。...多分」

 

完全にまふゆが救われたとは到底言えないだろう。

ニーゴとしてのゴールはきっと、そこなのだから。

ただ今回の件がこれで終わるのであれば、私が4人といられるのもそこまでになるだろう。

次にセカイが待っている。

 

だから私は、適当にとりあえず頷いてみた。

 

「...そう」

 

何故か一瞬、寒気がしたのだが...風邪でも引いただろうか。

 

ともかくこれで、一旦肩の力を抜けるだろう。

そう思い回りを見ると、初音ミクと目が会った。

 

初音ミクは、心底安心した、と言うような雰囲気で、私たちの方を見ていた。

本当に、私も安心したよ。




次回でついに曲生成。
その次でファミレスに行って、ニーゴ編は一旦終了です。

次、どのグループにしましょ...。


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第11話

そのうち、瀬名のついてをまとめた設定集的なものや、各キャラから見た瀬名についての話と、日常回を足していきます。

各章に挿入と言うような形をとる予定なので、よろしくお願いします。

バッドエンド編をこちらに足すとタグがごちゃごちゃしそうなので、別小説に投稿予定です。


「...はぁ。これで何とかなった、ってことでいいのかな。それにしても、ほんとめんどくさいヤツ」

 

「ま~ま~。でも、良かった。えななんもそう思うでしょ?」

 

何とかまふゆを引き留めることに成功した私たちは、今後のことについて話を進めようとしていた。

そんな中、絵名とAmiaは少し離れたところで2人で話していた。

 

「...さあね。ま、瀬名を二度と攫わないって言うなら考えるけど」

 

私もご免だ。

 

「そういえば、OWNの曲...全部聴いたよ」

 

「...そう」

 

奏がそうまふゆに言い、まふゆはちらりと私を見てまふゆへと頷いた。

まぁ私も関わってはいるが、その時のものをまふゆが更に激しくアレンジをしているので、まふゆの曲と言っても過言ではないだろう。

 

「やっぱり全部、雪がいた。ちょっと別人の音もしたけど、雪の音もしたよ」

 

変態か?

 

「...そっか。...今度教えてくれる? 私の音って、どんな音か」

 

「...うん、わかった」

 

まふゆの件についてはまだ現状維持のまま、というか、現状維持に戻したという感じだが、そう悪い方向には向かないだろう。

 

奏と見つめあっているまふゆを背中越しに感じていると、そう思う。

 

「...気になってたんだけど、雪は瀬名が気に入ってるの?」

 

「...よくわからない。けど、離したくないと思う」

 

「は~?? どうせこれが終わったら離れるんだから、今のうちに離れて慣れておきなさいよ!」

 

「嫌」

 

「くっ...こいつ...!」

 

絵名の怒りゲージが限界を超えそうになっている時、それまで黙っていた初音ミクが声をかけてきた。

その表情は、先ほど目が合った時よりも嬉しそうだ。

 

「よかった。...本当の想いを見つけられたんだね。これでやっと、一緒に歌えるね」

 

「え?」

 

一緒に歌える。

そのワードを聞いて、奏は不思議そうに首を傾げ、絵名とAmiaは顔を見合わせた。

まふゆは微動だにしていない。

 

まぁ、ビビバスの時の事を考えると、曲ができるのだろう。

 

「本当の想いから、歌が生まれようとしている。ほら...」

 

初音ミクがそう言うと、どこからなのかは不明だが、音楽が聞こえてくる。

 

「...何か聴こえる?」

 

「もしかして、これがミクの言ってた...」

 

しかし、今度はそれらを聞いていたまふゆが首を傾げた。

 

「この歌が、私の本当の想い...? でも私はまだ、何も見つけられてないのに」

 

「ううん、まふゆは見つけられたんだよ。セカイが...そして歌がここにあるのが、その証拠」

 

「ここに...私の想いが」

 

「うん。...だから、一緒に歌おう」

 

聴こえ続けてくる音楽。

あれが、まふゆの想いで出来た歌なら、きっとそこから何か手掛かりが見つかるだろう。

そう考え奏を見ると、奏も同じことを考えていたようで、真剣な表情で顎に手を当てて考え込んでいた。

 

「...ミク。ありがとう」

 

「...うん。さあ、6人で歌おう」

 

初音ミクがそう言うと、絵名たちは顔を見合わせた。

 

「え、私たちも?」

 

「本当の想いは、あなたたちがいなければ見つけることが出来なかった。4人とも、ここにきてくれて、ありがとう」

 

そう言うと、初音ミクはぺこりとお辞儀をした。

なんだか小動物みたいで可愛い。

 

素直に初音ミクに感謝の言葉をぶつけられた絵名は、腰に手を当てて明後日の方向を向いた。

 

「べ、別に私は...。雪に文句を言いに来ただけで」

 

そう言いながらも、照れからなのか頬は赤い。

まさにツンデレと言った感じの絵名を見たAmiaが、悪そうな笑みを浮かべた。

 

「来てくれてありがと~。えなな~ん♪」

 

「...Amiaに言われるとイラっとくるんだけど」

 

「え~!? ひっど~い!」

 

このサークル名物と言っても過言ではない、ツンデレのえななんといじるAmiaの図。

それを見た初音ミクは、楽しそうに笑っている。

 

「さあ、歌おう。雪」

 

「...うん」

 

奏が手を伸ばし、雪がそれを掴む。

 

どうやらこれから歌うようだ。

ならば、私は特等席でそれを眺めるとしよう。

他3人の歌声は未知数なところがある物の、絵名の歌唱力は高い。本人は無自覚だろうが、努力も無しにそれだけの歌唱力を持っているというのは、何だか微妙な感じだ。

 

どこか手頃な座れる場所が無いかと探していると、初音ミクと目があった。

 

「瀬名も」

 

「え」

 

「『6人で歌おう』って言った」

 

「...」

 

頭を高速回転させ、その時の事を思い出す。

...なるほど、確かに言っている。

その時は他に考える事があって聞き逃していたのか。

 

だが、私が歌う必要はないだろう。

 

「私は別に」

 

「瀬名、歌おう」

 

「ま、まふゆ」

 

じっと見つめてくる初音ミクの視線に耐え切れず、その場を離れようとしたら、今度はまふゆに手を掴まれてしまった。

奏と手をつないだ状態でこちらまで歩いてきたので、奏が若干引きずられたような格好になっていた。

 

まふゆに掴まれたことにより、逃げ場はないことを悟った私は、諦めて大人しく頷いた。

 

「わかった」

 

「...じゃあ、行こう」

 

そうしてまふゆは、左手に奏、右手に私と手をつないだ状態のまま、絵名とAmiaの方へと合流する。

 

あぁもう本当に、なんで私も。

 

「あ、雪2人と手つないでる。まさに、両手に花?」

 

「...仕方ないわね。ほら、さっさと歌うわよ」

 

「うん。雪は準備いい?」

 

「いつでも」

 

「瀬名。ちゃんと声出してね」

 

「わかった...」

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

気付いた時には、私はセカイの中ではなく、現実へと戻ってきていた。

いつの間に戻ってきていたんだと、ナイトコードのチャット欄を表示しているモニターを見ていると、後ろから優しく抱きしめられた。

 

「あ~...よかった。私だけ戻ってきたときは『またやられた』って焦ったんだから」

 

絵名は私によりかかりながら、深く息を吐いた。

 

そういえば、椅子に2人で座りながらセカイへと向かったんだっけ。

 

「と言うか、瀬名ってあんなに歌うまかったっけ」

 

「そうかな」

 

「歌手の道でも目指してみたら? それこそ、愛莉に相談してもいいし」

 

「...よくわからないからいい」

 

「あっそ。まぁ興味が出たらでいいわよ。やりたいようにすればいい」

 

そう言って絵名は私の髪で遊び始めた。

クセが付くような髪型にはしないでほしいのだが。

 

『あ...いつの間に』

 

『戻ってきた! みんないる?』

 

「うん、ちゃんと戻ってる」

 

絵名は髪をいじるのは飽きたのか、私の頬をこねこねしつつ、奏とAmiaに反応を返す。

 

『雪は...』

 

奏が不安げな声を出す。

まふゆが戻ってきているかどうか。

3人は黙ってしまったことから確信はないのだろうが...まぁ大丈夫だろう。

 

『...いるよ』

 

『雪!』

 

『...そっか。よかった』

 

まふゆがセカイからちゃんと戻ってきていることを確認できたことで、Amiaと奏はよかったと、2人で安堵の声をこぼす。

私の後ろにいる絵名は、むすっとしているが。

 

「ったく」

 

「...あいくにのっひぇにゃい」

 

「わざとよ。わ・ざ・と」

 

いまだに頬をこねられているせいでうまく喋ることが出来ないが、声が小さくマイクに乗っていないことを絵名に伝えると、更にむすっとした顔でこねる強さが上がった。

顔面マッサージは今はいいのだが。

 

と、絵名に頬を遊ばれていると、突然Amiaが大声を上げた。

 

『あー! ねぇねぇ、共有フォルダ見てよ!』

 

「うるさっ! 急に叫ばないでってば...。共有フォルダがどうかした、って...」

 

Amiaに言われたとおりに共有フォルダを開くと、そこにあったはずの『Untitled』のフォルダ名が変わっていた。

 

『“悔やむと書いてミライ”?』

 

『ミクは、本当の想いを見つけたら、想いから歌が生まれる...って言ってた』

 

『じゃあ、これがさっきの...』

 

『...うん...』

 

まふゆが本当の想いを見つけた結果できた曲が、悔やむと書いてミライという曲。

果たしてそれがどういう想いなのかは、奏がうまく汲み取るだろう。

 

それを聞いていた絵名が、ようやくかと言った様子で体から力を抜いた。

 

「なんにしても、これで一件落着ってこと? はぁ...疲れた。雪のせいでほんとに大変だった...」

 

『とか何とか言って、わざわざ駆け付けたクセに~♪』

 

「だからそれは雪にムカついてたから! ...今もほんとムカつくけど。でもま...またよろしくね、雪」

 

『うん! おかえり、雪!』

 

『...うん』

 

絵名とAmiaが改めてまふゆを歓迎し、まふゆはそれに短く答える。

絵名はその反応に「うんって...もっと他になんかないわけ...?」と呟いているが、それもマイクには乗っていない。

多分それを指摘したら、言葉を発することも不可能なほどに頬をこねられるだろう。

賢い私は言うのを我慢した。

 

『...もう朝になるから、解散しよう。早めに休んで...また明日から、次の曲を作り始めたい』

 

確かに奏の言う通り、もういい時間だ。

いつもの作業する時間よりもだいぶ時間が経っている。

セカイと現実世界での時間の流れに違いはなさそうだし、それほど長い時間セカイにいたのだろう。

 

奏の言葉に同意するように、絵名が眠たそうな声を出した。

 

「そうだね。あと実際すっごい眠いし...ふわぁ。瀬名、今日は一緒に寝るわよ」

 

「...いいけど」

 

今日はもう解散、という空気感の中、Amiaが大きな声を出してみんなを呼び止めた。

 

『あのさ、ボクからちょっと提案があるんだけど...』

 

そうしてAmiaから提案されることに、私は自分でもわかるほどに嫌な顔をしたと思う。

 

これだけ頑張ったんだ。

しばらく家で寝ていたいなぁ...。



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第12話

久しぶりの日常会...!
楽しい話を書いてると私も楽しい。


瀬名についてを軽くまとめたページを一番最初に挿入済みです。
良ければどうぞ。


「それにしても、ファミレスでオフ会ねぇ」

 

「行きたくない」

 

「瀬名のインドア派は筋金入りね...」

 

まふゆの一件が落ち着いた翌日。

私と絵名は、Amiaの提案で、オフ会をファミレスでやるために2人で向かっていた。

その私の足取りは非常に重く、絵名に手を引っ張ってもらえなければ今すぐにでも家に帰りそうな感じだ。

 

「セカイでは会ってたけど、リアルでの姿って変わらないのかな。私から見た瀬名もいつも通りだったし、そのまんまかもしれないなぁ」

 

「多分そう」

 

リアルのAmiaに会ったことはないが、それ以外のまふゆと奏は、セカイでもリアルでもまんまだった。

 

「今日は少し日差しが強いわね...もう夕方だってのに。日焼け止めは塗ったけど、あんまり浴びるのはよくないわね」

 

「ん...」

 

絵名の先導により、私は出来るだけ太陽の直射を浴びないようにしながら、ファミレスへと向かう。

私の肌が白すぎるせいで、太陽の光を浴びすぎるとすぐに赤くなるのだ。

ビビバスの時は、基本的に屋内にいたし、建物が多かったから影に避難することが出来たのが幸運だった。

 

「あ、見えてきた」

 

絵名が見ている先を見ると、一般的なファミレスがあった。

まだ客はそう入っていないように見える。前にまふゆに集合場所に指定された場所とは、また別の店なのだろう。

 

「まだ誰も来てない、か。あ、この後3人来るので、合計5人です。はい」

 

オフ会と言えども、セカイで既にあっている私たちは、どこの席に座っているのかを探すのも比較的容易だ。

ファミレス内を見渡してもいないことを確認した絵名は、店員に伝え、角の席へと向かう。

 

「ほら、瀬名は奥に座って。私が隣に座るから」

 

そう絵名に言われ、大人しく奥へと座る私。

その横に絵名が詰めて座る。

正面に椅子が2つあるので、壁に設置された椅子にはもう1人座らなければいけないので、詰めてきたのだろう。

 

というか、私が狭いのが好きだと言うのもある。

左右どちらも空いていると落ち着かないというかなんというか。

 

それを絵名も分かっているので、あらかじめ言ってくれたようだ。

 

「先に何頼むか決めておいたら?」

 

「そうする」

 

メンバーが来るまで一眠りでもしようかと思っていると、絵名からメニュー表を渡された。

確かに時間の短縮になるなと思い、メニュー表を開く。

 

やはり無難なのはハンバーグだろうか。

自分でお好みの焼き加減にできると言う、熱い石がついている物もいいが、いちいち切って焼いてを繰り返すのも面倒だ。

 

というか、切るのもめんどくさい。

ここは一番食べやすいポテトだろうか。

 

「ちゃんとご飯を選びなさいよ」

 

「はい」

 

絵名に見透かされていた。

確かにポテトだけはご飯ではないかもしれない。

胃の容量も少ないので、最悪の場合、絵名に押し付けるとしよう。

 

頼むものを、異色のハンバーグの上にパインが乗っている奴にしようかと悩んでいると、視界の端にピンク髪が映った。

 

「やっほー。おまたせ~」

 

「そんなに待ってないわよ。今来たとこ」

 

Amiaが来たようだ。

そのまま彼女は私の対面の椅子ではなく、もう片方の椅子に座った。

 

「いや~。それにしても、こうやって見るとほんとに白いねぇ。Kといい勝負なんじゃない?」

 

「確かに2人とも外に出ないから肌白いのよね。あんたの場合は髪も真っ白だし。Kは...若干青っぽいのも混ざってるから、銀みたいな色かな」

 

「さっすが。ボクはそこまで詳しく見てなかったな~」

 

そう言いながら頬杖をついて絵名と会話するAmia。

セカイで見た時から思っていたが、よく笑っている人だ。それが嘘か本当かは別として。

多少の違和感は感じる物の、他に変なところはない。

 

まぁ髪色がピンクというのも中々見ない...いや、いたな。知り合いに1人いた。

 

「あ、来た来た。こっちこっち~!」

 

Amiaが振り返って誰か来ないかなと見ていると、奏がきょろきょろと店内を見渡しているのが目に入った。

 

「お待たせ」

 

「雪はHRが長引くって連絡あったから、もう少しで来るんじゃないかな?」

 

「そっか」

 

Amiaの言葉にうなずくと、奏は私を一瞬見て、私の正面の椅子に座った。

私はもう頼むものを決めたし、奏にメニュー表を渡すとしよう。

 

「奏、これ」

 

「ありがとう。...瀬名は、何頼むの?」

 

「ハンバーグにパインが乗ってるやつと、ウーロン茶」

 

「...じゃあ、私もそれにしようかな」

 

奏はそういうと、メニュー表を開きもせずに元の立てかけてあった場所に戻した。

何を頼むかは奏の自由だから何も言わないが、もう少し選んでも良かったのではないだろうか。

 

それを黙ってみていた絵名が、「それにしても」と口を開いた。

 

「昨日ぶりなのに、リアルで会うのは初めてなんだよね。...ちょっと変な気分かも」

 

「まぁでも、セカイで会ったのはちょっと別っていうか、3人とも実在してたんだなーってやっと実感できたよ。すっごく不思議な気分~」

 

「実在って...瑞希は私の写真見てるでしょ?」

 

ふむ。

Amiaは瑞希と言うのか。

ようやくこれでナイトコード全員の名前を知ることが出来たな。

 

「瑞希。東雲瀬名。よろしく」

 

「ん、よろしく~。と言っても、ボクは瀬名の名前を知ってたんだけどね、絵名とか奏とか、ハンドルネームじゃなくてそのまま呼んでたし」

 

確かに。

 

今思い返してみると、確かに2人ともそのまま呼んでいたと思う。

特に奏。絵名はまだハンドルネームで呼ぼうという努力は見えたが、奏は後の方はもうその気がなかったように感じる。

 

「あ、いや...瀬名はよく私の部屋に来て作業してたから、何となく癖になってて...」

 

私が奏をジト目で見つめ、奏がどんどん小さくなっていく中、起伏の無い声が聞こえてきた。

 

「ごめん、お待たせ」

 

「大丈夫、全然待ってないよ! みんな、まだ注文もしてないし」

 

「そう。よかった」

 

瑞希にそう言われたまふゆは、なぜか私をじっと見つめた後、奏の方を見た。

 

「隣、座っていい?」

 

「...できればこっちに座ってくれると」

 

空いているが絵名の隣にしかないため、絵名に確認を取っていると、奏がまふゆに提案した。

私のジト目から逃げるつもりか。

 

「? わかった」

 

それをまふゆが承諾すると、奏にしては珍しく機敏な動きで絵名の隣へと移動した。

そして、まふゆが空いた席に座る。

...なぜかまふゆにじっと見られている。

先程までの奏の気持ちが少し分かったかもしれない。私に罪悪感はないからちょっと状況は違うかもしれないけど。

 

「それじゃあまずは、自己紹介タイムからいってみよ~! ボクは暁山瑞希だよ♪ 瑞希って呼んでね! はい、次えななん!」

 

「はいはい。...東雲絵名。なんか...改まって名乗ると変な感じだね」

 

「あ、名前知った後もそっちで読んでなかったしね~。これからは名前で呼んじゃおっと♪」

 

妙に上機嫌な瑞希が、今度は奏の方を向く。

 

「宵崎奏。...雪は?」

 

「...朝比奈まふゆ」

 

まふゆの名前を聞いたとき、奏は「あぁ」と何かに思い当たったような声をあげた。

 

「だから、雪って名前だったんだね」

 

「これからもよろしくね、まふゆ」

 

「うん。...迷惑かけて、ごめん」

 

これから奏のまふゆ絶救作曲が始まるんだなぁ、と思っていると、隣の絵名がそれに嚙みついた。

 

「...ねぇ、それ、ほんとに悪いと思って言ってるわけ?」

 

「...どうなのかな。自分でもよくわからなくて」

 

「...なにそれ? 散々振り回したんだから、もうちょっと反省してほしいんだけど?」

 

「多分、反省してると思うよ」

 

どこかずれた反応をするまふゆに、勢いがそがれたのか、絵名は半眼になってまふゆを眺めた。

 

「あんた...もしかしてこれからずっとこんな感じなの...?」

 

もしかしたらそうかもしれないなぁ、と私も思うが、それはそれで面白いかもしれない。

一種のキャラ付け、みたいな。

流石に優等生キャラで通してる他の場面では難しいかもしれないが。

 

「あーはいはい。注文しよ注文。ボクもうお腹ペコペコ~。ほら、絵名は何にする?」

 

先程既に何を注文するか決めていた私と奏は良いとして、まだ決めていない絵名に話を振る瑞希。

 

「...はぁ。私、お昼遅かったから、チーズケーキとアイスティー」

 

「おっけ~。まふゆは?」

 

絵名の注文を聞いた瑞希は、今度はまふゆの方を向いて注文を聞く。

一瞬瑞希の方を見たまふゆだが、すぐに私に視線を戻し、首を傾げた。

 

「瀬名は?」

 

「パインハンバーグとウーロン茶」

 

「じゃあ私もそれで」

 

「5分の3パインハンバーグって何...? 流行りでも来てるわけ...?」

 

それを見ていた絵名が、隣で頭を抱えていた。

 

「じゃ、決まりだね! 注文して、乾杯しよ!」

 

乾杯。乾杯か...何を乾杯するんだろう。

 

絵名も同じことを思ったらしく、瑞希の言葉に首を傾げながら問いかけた。

 

「乾杯? なんの?」

 

「ニーゴの初オフ会記念に決まってるじゃん! そのためにみんなに集まってもらったんだし♪」

 

勢いよく絵名に説明していると、突然瑞希の動きが止まり、私たち3人をそれぞれ見た。

 

「あ、3人とも。こんな感じのテンションでも大丈夫?」

 

「うん。居心地は悪くない」

 

「私も」

 

「問題なし」

 

正直、通話していた時とそう大差ないと思うのだが。

 

まふゆと奏がそう思っていたかはわからないが、2人とも大丈夫との事だった。

 

「お待たせいたしました~♪」

 

とそこに、店員が私たちが頼んだものが届いた。

それを瑞希が受け取り、私たちの場所へと動かす。

 

「えっと、ウーロン茶が奏とまふゆと瀬名で、アイスティーが絵名...みんな、飲み物持ったね! それじゃあ、ニーゴ初オフ会を祝して...かんぱーいっ!」

 

それに続いて、絵名と奏もコップを持ち上げる。

 

「テンション高すぎでしょ、もう」

 

まふゆも、それを見てコップを低くだが、一応上げた。

 

私もそれをマネしてコップを上げ、すぐにおろしてウーロン茶を飲む。

...うん、久々にウーロン茶を飲んだが、美味しい。

 

飲み物と一緒の運ばれてきたハンバーグをフォークとナイフを使い、切り分けて口に運ぶ。

これも美味しい。

正直パインハンバーグは面白半分というか、怖いもの見たさで選んだところがあるが、意外にも美味しい。

ハンバーグから出る肉汁を、パインの酸味がうまく打ち消しているというか。

 

こう言った油なものが平気な人は別にいらないかもしれないが、私のようなすぐに胸焼けするようなタイプの人にはいいかもしれない。

 

どうやら奏も同じことを思っていたのか、瑞希と何やらやり取りをしている絵名を挟んで、私たちは顔を見合わせた。

 

「これ、瀬名は美味しいの知ってたの?」

 

「たまたま」

 

私がそういうと、奏は顎に手をあてて何かを呟き始めた。

何を呟いているのかは、間にいる絵名と瑞希が騒がしくて聞こえないが、どうせ曲作りの事に関してなのだろう。

このパインとハンバーグの組み合わせがどう曲作りにかかわってくるかはわからないが...まふゆにパインの被り物を付けさせて、踊らせるとか。

 

そんなわけないか、とバカな思考を振り払って、ハンバーグをもう1口食べる。

 

何やら視線を感じると思って顔を上げると、まふゆが口を動かしながらこちらを見ていた。

 

ただ黙々と口に放り込んでは、ハンバーグを噛みながら私を見ているまふゆ。

口に何かついているだろうか。

 

「何かついてる?」

 

「何もついてない」

 

違ったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

ファミレスでオフ会を済ませた夜。

私は本当に久しぶりに自分のセカイへとやってきていた。

 

「久しぶり」

 

「...ひさしぶり~」

 

しばらく来ていなかったためなのか、私のセカイの真っ黒な初音ミクは、拗ねたように膝を抱えて横に転がっていた。

 

「ごめん、忘れてた」

 

「だろうと思ったよ。...ま、来てくれたからいっか。ほら、あれ確認に来たんでしょ?」

 

そういいながら、初音ミクは寝転がりながら空を指した。

初音ミクの言う通り、それが目的でやってきた私は、初音ミクの言うとおりに空を見上げる。

 

...今回は紫か。

 

ビビバスの時は赤で、ニーゴの時は紫。

この色合いには、何か意味があるんだろうか。

 

空をぼーっと見ていると、服をくいくい、と引っ張られる感触を覚えた。

 

視線を下にずらすと、そこにはおおよそ100cmほどしかない、黄色でショートの髪型の少女が立っていた。

いつの間に私のそばに、と言うか、このセカイに存在していたのだろうか。

 

「ねぇ」

 

「...何?」

 

「暇」

 

「...あそこの真っ黒なお姉さんは?」

 

「あれはダメ。面白くない」

 

少し離れたところで寝ている初音ミクを指で示すと、少女は心底失望した顔で首を横に振った。

遠くから「私に無茶ぶりさせておいて興味なさげ...悲しい」とシクシク泣き始める初音ミクの声が聞こえてくるので、既に試した結果だったのだろう。

 

と言うか、順序が逆のような気もするが、この少女は誰なのだろう?

 

「そういえば、名前は」

 

「...鏡音リン」

 

まだ幼い、ニーゴの初音ミクのような感覚を覚える彼女は、どうやら鏡音リンと言う、ビビバスのセカイにもいた、鏡音レンの妹だか姉だかの存在だった。

 

どうしてこのセカイに出てきたのかは不明だが、恐らくニーゴでの事が原因なのだろう。

それだけ予想がつけば十分だとして、私はポケットからスマホを取り出した。

今日の活動は無い。日中オフ会と称してファミレスでしゃべり倒したのだ。正直疲れていたのでありがたい。

 

「じゃあ、帰る」

 

私がそういうと、初音ミクは起き上がってリンの頭に手を置いて、微笑んだ。

 

「うん、今度はちゃんと来てね」

 

「...また」

 

笑顔の初音ミクと、遊べなかったことが若干不服なのか、若干頬を膨らましているリン。

なんだかいい組み合わせのような気がして、私はセカイから出た。

 

 

 

 



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第3章 MORE MORE JUMP!編
第1話


今回から新章です。


朝だ。

 

窓の外から小鳥のさえずりを聞きながら目が覚めた私は、スマホで時刻を確認して、アラームが鳴る5分前に起きたことを理解する。

 

ここで『あと5分だけ』と思いながらベッドの上で寝ようものなら、そのまま何分も寝てしまい、遅刻寸前に起きるという流れがお約束だ。

 

なので私は起きる。

暖かい毛布の温もりから断固たる意志で抜け出し、今日を始めるのだ。

 

「おい瀬名、起きろ。マジで遅刻するぞ」

 

「...あい」

 

部屋にいないはずの彰人の声が聞こえてきたと思ったら、次の瞬間には私はベッドの上で寝ていて、彰人が私の体を揺らしていた。

 

...どうやら先ほどまでのは夢だったらしい。

 

「よし、二度寝すんなよ...手首、ケガしたのか?」

 

「ん?」

 

彰人に言われて手首を見れば、左手首に赤い線が横に何本も走っていた。

寝ている時にひっかいただろうか。

 

「寝ぼけてたかも」

 

「ったく、残らねぇようにしろよ」

 

彰人はそれだけ言うと、私の部屋から出て扉を閉めていった。

 

...こうして改めて傷を見ていると、爪でひっかいた際に出来る、腫れるという現象が無い。

既にこの傷自体は完治しており、跡が残ってしまったのだろう。

このような状態になるのはリスカ...略さずいえばリストカットと呼ばれているものをしたとしか思えないが、ここ最近そんなことをした記憶はない。

 

昨日もニーゴでオフ会をしたばかりで、ようやくひと段落したところなのだが。

 

「...隠さなきゃ」

 

寝間着を脱いで中学の制服に着替えた私は、絵名からかわいいからと言われて渡されたリストバンドをつけた。

多少不自然に思われるかもしれないが...仕方ない。

最近暑くなってきたとでも嘘を吐いて乗り切るしかないだろう。

 

白色に水色の線が入ったリストバンドをつけた瞬間、机の上に置いてあったスマホから、鏡音リンが映し出された。

 

「...リン?」

 

「...今回はヒントを出そうと思って」

 

そういうリンはどこか眠そうだ。

もしかしたら初音ミクに夜中遊びに付き合わされたのかもしれない。

 

瞼をこすっているリンは、ふにゃふにゃした声で私の方を見て言う。

 

「今までは兄と姉だったから自然に気付いたけど、今回は違う。出会いやすいように流れてはいるけど、すぐにはわからない。だから私が教えてあげる」

 

「...それは助かる、けど」

 

リンにそう言われ、助かると思いながらカレンダーを見る。

日付が巻き戻っている。

それほど戻っていないにしても、過去に戻ってきているのだ。

 

ここからわかるのはただ1つ。

 

ニーゴは本当にひと段落した。

今日から、新しいセカイを持つ人と関わらなければいけない。

 

「...うぅ。また初対面」

 

しかも今度は身内がいないという、取っ掛かりの無い完全初対面。

そのことに気が付いた私は、テンションを落としていった。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

スマホのカレンダーを見ると、どうやら今日は登校しなければならない日のようだった。

何に使うのかは聞いていないので知らないが、全校生徒1人1人写真を撮っているらしく、そろそろ私の写真を撮らせてくれ、との事なので、今日行く予定になっていた。

 

私が不登校なのを彰人にも絵名にも黙っている私は、彰人に遅刻するからと強制的に家から出されたが、ゆっくりと学校へと向かっていた。

どうせ写真を撮るだけだしと、ゆっくりどころか遠回りをしている。

買いたいものがあるのだ。

 

普段は必要なものがあれば神山通りで事足りるのだが、今回私が求めているものはたまたま無かった。

あるだろう、ここでは扱っていないが、隣の町なら置いてある、みたいな。

店員に扱っている場所を探してもらったところ、宮益坂に出している店にあるとの事。

 

少し遠いが、必要経費かと思い私は歩いている。

 

「イヤホン~イヤホン~」

 

今回私が求めているのは、青いイヤホン。

普段私がお気に入りのイヤホンが断線してしまい、同じタイプのものを求めてここまで来た。

ただ懸念点は、同じタイプの物はもうキャラクター仕様のものしかないらしく。

調べてみたところ、ペンギンが布団で寝ているという、よくわからない絵が描かれているものだった。

 

まぁ露骨にペンギンなのはイヤホンを入れるケースだけか、と思った私は店員に取り置きをしてもらったのだ。

偉いぞ私。

 

まだこの時間軸では出されていないだろう、ニーゴで私も携わっていた曲を鼻歌で歌いながらルンルン気分で歩いていると、突然前から明るい茶髪の女子に吹っ飛ばされた。

 

「ぐは」

 

「あ、ごごごごごめんなさい! ケガ、大丈夫ですか!?」

 

その場に仰向けに倒れた私を、オレンジのヘアピンを付けた少女が抱き起こした。

まさか約160cmの、身長差約10cm程度の少女に一方的に突き飛ばされるとは思わなかった。

私の体重が軽すぎるのだろうか。

 

「大丈夫。どこも痛くない」

 

「ほ、本当? あ、貴女もこれから学校? 急がないと遅刻しちゃうから、お互い頑張って走ろうね! じゃあ!」

 

そう言うと、ヘアピン少女は走っていった。

あの制服には見覚えがある。進学先をどうするかという学校のイベントで、進学先から代表生徒を招待して学校を紹介してもらおう、ということがあったときに見たことがある。

 

確か、共学の神高とは違い、あそこは女子高だった気がするが。

 

私だったら遅刻しそうなら、もう諦めてゆっくり歩くが、あの子は良い子なのだろう。

あんなに頑張って走るのは私には無理だ。多分死んでしまう。

 

スマホをポケットに入れていたので、倒れた衝撃で画面が割れていないかを確認しようとすると、画面にはリンが映し出されていた。

 

「今の子」

 

「...ヘアピンの子?」

 

「そう。頑張ってね」

 

リンはそれを最後に姿を消し、スマホは元のホーム画面へと戻った。

 

これは困ったことになった。

 

次のセカイの持ち主は、恐らく宮益坂女子学園の高校生で、見ず知らずの人。

これまでは学校関係なしに、彰人なり絵名なり、身内が関係していたからそう深く考えていなかったけど、こういうことになると非常に困った。

 

宮益坂に知り合いなんていない。

いっそこそこそ隠れて侵入...いや、待てよ。

 

「確か、知り合いがいたはず」

 

何年か前に絵名経由で知り合いになり、連絡先を交換してちょいちょい会ったりしている。

 

『瀬名:ちょっとお願いがあるんだけど』

 

ひとまずメッセージを送信...もう既読になった。

もう始業の時間だろうと、スマホの電源をオフにしている可能性を考えてメッセージにしたのだが、この早さで反応するなら通話でもよかったかもしれない。

 

『愛莉:瀬名から連絡してくるなんて珍しいわね。どうかしたの?』

 

確かに会話の始まりは、必ずと言っていいほど愛莉から話題が振られることの方が多い。

愛莉から話を始めなければ、この個人チャットの履歴は短いものになっていただろう。

 

『瀬名:愛莉の学校、宮益坂にちょっと入りたい』

 

『愛莉:見学ってこと?』

 

『瀬名:誰にもばれずに』

 

『愛莉:なんでばれずに入る必要があるのよ...まぁうちにも他校に放課後行ってるっていう子がいるらしいし...放課後でいいかしら。校門前で待ってるわ』

 

『瀬名:てんきゅー』

 

何とか愛莉に入れてもらうようにお願いすることが出来た。

他校に遊びに行っているらしい先人に感謝である。いなければ愛莉に怒られ、私が勝手に入ろうとしているのを警戒して見つかるかもしれない所だった。

 

危うく犯罪者...いや、愛莉に入れてもらっても犯罪者か?

 

実際どうなんだろう、とうんうん唸っていると、いつの間にか目的の店へとたどり着いていた。

 

「あの、取り置きをお願いしていた東雲です」

 

「いらっしゃいませ! ペンギンのイヤホンですよね、ありがとうございます!」

 

お値段1万6千円。ひゃー、高い。

これはお父さんにお小遣いを追加でもらわなければ。

 

財布から諭吉たちと1人ずつさよならした私は、早速箱から出してイヤホンをつける。

未使用ゆえにまだ固いが、それも味だ。

 

後は、学校に行って用事を果たせば、宮益坂女子学園の放課後まで待機するだけだ。

 

...それにしても。

 

「このペンギン、何かのキャラクター...?」

 

 




グレ1は誤差。
だから実質AP...。

「フレー」追加来ましたね。
あの曲大好きです。


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第2話

Iなんですめっちゃよかったですね。
舌出し大好きです。

あとニーゴミクちゃん可愛い


放課後。

 

宮益坂の校門前で待機していた愛莉のおかげで、中に入ることが出来た私。

愛莉が出て来るまで、帰る生徒たちを観察していたから、まだ校内にいるであろうことは分かる。

 

「それにしても、久しぶりね。まさか、こんな形で会うことになるとは思わなかったけど」

 

堂々と校内に入って行く私の隣で、腕を組んでため息を吐き出す愛莉。

確かに私もこんな形で久しぶりに会うとは思わなかったし、不法侵入することになるとも思っていなかった。

 

他校の、それも中学の制服を着ている私を物珍しそうに周りの生徒は見てくるものの、愛莉が隣にいるからなのか、見て来るだけで何も言ってはこない。

ばれずに入りたいなんて言ったが、この様子だと別にそんなことはなかったようだ。助かったような、平和過ぎて逆に心配になるような。

 

「それで、何がしたくて入ってきたの? あんまり目立つことはできないわよ」

 

「わかってる。人探しだけだから大丈夫」

 

「そう? じゃあ、私用事あるから行くわね。なんかあったらすぐに電話しなさいよ」

 

そういうと、愛莉はスマホを私に見せながらUターンして帰っていった。

人探しまでは手伝ってくれないようだ。

 

これが絵名やまふゆ辺りなら手伝ってくれるだろうなぁと考えるあたり、私もだいぶ甘やかされてきている。

このセカイではまだ自分だけだ。自分の足で探さなくては。

 

「すみません」

 

廊下をきょろきょろしながら歩いていると、ちょうど教室かどこかから出てきた青い髪の少女と目があった。

 

「...その制服、うちのじゃないよね。他校の人?」

 

「人探し中」

 

目的を短く伝えると、青髪の少女は顎に手を当てて少し考えると、私の手を取った。

 

「とりあえず、ついてきて。先生に見つかるとまずいから」

 

「...わかった」

 

確かに、生徒たちはまだ面白がってというか、まだ何も起きていないけれど、先生に見つかると面倒なことになるだろう。

それに絵名や彰人、両親にも迷惑がかかる。それは本意ではない。

 

少女に連れられて歩くこと数分。

曲がり角の前で私は待たされ、少女が先を確認して前に進むということを繰り返してたどり着いたのは、1つの扉の前だった。

 

「とりあえず、ここで話を詳しく聞こうと思って。誰を探してるの?」

 

「名前は知らない。オレンジの髪で、オレンジの髪留めをしてた。元気は有り余ってそう」

 

「...うーん。私のクラスにはいなかった気がするな...と、電話だ。ちょっとごめんね。...はい、桐谷です」

 

話しをしている最中に、少女...小さく聞こえてきたが、桐谷さんに電話がかかってきた。

だがそれでも最低限の情報は得られただろう。桐谷さんのクラスにヘアピン少女はいない。

桐谷さんのクラスがどこなのかは知らないが、この後電話が終わった後に聞けばいいし、最悪そこら辺の生徒にでも聞けばわかるだろう。

 

薄暗いこの空間の中でも、若干光っているようなオーラを感じる。

最初に会った時は意識しないようにしていたが、今こうして後ろ姿だけでも観察していると、何だか芸能人のような雰囲気を感じるのだ。

 

それを本人が自覚しているのかは分からないが、何となく感じる。

 

電話が終わった桐谷さんは、スマホをポケットにしまい込んで、申し訳なさそうな顔で私の元へと戻ってきた。

 

「ごめん。ちょっと用事が入っちゃって、もう帰らなきゃ」

 

「大丈夫。元々1人で探すつもりだった」

 

「そっか。えらいね。...あ、名前は? 私は桐谷遥」

 

「東雲瀬名」

 

「瀬名か、うん。覚えた。そうだ、連絡先交換しようよ。名前も知らない人に会うために学校に侵入って、ちょっとおもしろいし」

 

そういうと、遥はスマホをポケットから取り出して、顔の横で振った。

まぁ、宮益坂に知り合いが増える分にはプラスな要素しかないだろう。

 

私は首を縦に振って了承し、連絡先を交換した。

 

「帰ったら、無事に会えたか聞かせてね。それじゃあ」

 

無事に交換されたことを確認すると、遥は手を振りながら背を向けて歩いて行った。

 

このスマホでは、遥が久しぶりに交換した相手だ。私の記憶の中では何人も交換してきたはずなのに。

 

「...ちょっと、風に当たろう」

 

ちょっぴりセンチメンタルな気分になった私は、切り替えようとして恐らく屋上へとつながっている扉を開ける。

するとそこには、私の探している人が横になって倒れていた。

 

「...!?」

 

自ら寝ている、にしては、体が雑に放り出されているような感じの横のなりかたをしているヘアピン少女に、私はあわてて駆け寄った。

 

彼女の横に膝をついて、ひとまず体をゆすってみようかと手を伸ばした瞬間。

 

「へくちっ!」

 

「...」

 

彼女はくしゃみをした。

もう少しで私の手がくしゃみで濡れる所だった。

 

「あ、あれ!? わたし、寝てた...あ、えっと、今日の朝ぶつかっちゃった人!」

 

「...大丈夫?」

 

私がそう問いかけながら手を差し伸べると、彼女は快活な笑みを浮かべて私の手を取って立ち上がった。

 

「大丈夫! まさか屋上で寝ちゃうなんて思わなかったけど...疲れてたのかなぁ」

 

そう言いながら、彼女はそばに置いてあったスマホを手に取り、荷物に立てかけて、こちらを撮影できるような角度に調整していた。

 

「あなたの制服って、私の制服とはデザインが違うんだね。選べるならそっちでもよかったな~」

 

なんというだろう。この少女、他校という線を疑っていない。

ここで私が話を合わせるのは簡単だが、恐らくセカイはこの少女だけで構成されているわけではないだろう。

 

仕方がないので、私はここまで来る経緯を説明した。

セカイに関しては、ぼかしてだが。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

「え~!? 中学生なの!?」

 

セカイの話はせず、この宮益坂に知り合いがいるということにして、私は今日遊びに来たという設定に。

この後愛莉か遥に連絡して、そういうことだったという風に合わせてもらう必要がある。

 

無難なのは愛莉だが、既に愛莉には校内侵入の際に協力してもらっている。

かといって遥は今日知り合ったばかりだ。早速迷惑をかけるのも...。

 

私がそう内心悩んでいると、彼女は、そうだ、と手を叩いて私の方を見た。

 

「自己紹介、まだったよね。私花里みのり! あなたは?」

 

「東雲瀬名。...ところで、屋上で何してたの?」

 

簡単に自己紹介を済ませ、私は屋上での目的を尋ねる。

みのりは、『どこか行きたい』と言うラッコのシャツで胸を張りながら、堂々と答えた。

 

「私、アイドルになりたいの! だから、そのための練習中...なんだけど、うまくできなくて。オーディションも全然通んなくて...」

 

「...」

 

「うぅ...49回も不合格...」

 

「...」

 

途端に頭を抱えだした。

なるほど、ここまで聞いているだけだと、そこらへんにいるアイドル志望の女の子だ。

 

「でも、私は諦めない。ASRUNの遥ちゃんだって言ってるもん。『今日がいい日じゃなくても、明日はいい日になるかもしれない。だからみんなが、明日こそは大丈夫って信じて頑張れるように、このステージから、“明日を頑張る希望”を届けたいんです』って。だから、もっともっともーっと、頑張る!」

 

「...そっか」

 

みのりの言葉を聞いていた私は、シンプルに羨ましいと感じていた。

 

彼女の過去に何があったのかは知らないが、そこまで夢中になる出来事があったのだろう。

そして、それを心から信じて、決して折れることなく夢を叶えるべく前へ進む努力を重ねていく。

きっと私には絶対にできないことだ。

 

何かを目指すような出来事は無く。

しようと思ったことはこの体が大した苦労もなく達成していく。

まるで神様から祝福を与えられて生まれてきたようなこの体は、きっとみのりと同じような夢を持つ人たちを、折っていくことしかできない。

 

だから私は、直接は何もしない。

だけど、夢を叶えたいと頑張っている人の応援をするのは好きだ。

 

「私も手伝うよ」

 

「...えっ!? で、でも、瀬名ちゃんは中学生だし...」

 

「移動方法はある程度目星ついてるから大丈夫。それに、他人の目があった方がいいでしょ」

 

「た...確かに...。じゃあ、お願いします!」

 

そうして私は、みのりの夢を叶える手伝いをすることになった。

 

みのりに私を投影して、まるで私が夢を叶えるために頑張っている、と言う、くだらない事を頭の片隅で考えながら。

 

 




うへぇ幼年期遥ちゃん...。

石貯めたいのに無くなっちゃいそう...。


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第3話

気付いたら10万文字以上書いてました。

長く書けたのも、皆さんのおかげです。
ありがとうございます。

飽き性の私もえらい。ちょっとだけ。


それから何日かたった日。

何回も不法侵入することによって生徒も見慣れてきたのか、私もあまり気苦労せずに宮益坂に入れるようになったころ。

朝早くにみのりからメッセージが飛んできた。

 

『みのり:ダメだった~....』

 

事前に聞いていた、久しぶりに書類選考が通ったというオーディション。

みのりは、これで50回目、なんて言っていたけれど、精神的には大丈夫なのだろうか。

 

『瀬名:まだ次がある。諦めないで』

 

とはいえ、ここでそうだったんだ、なんて冷たい対応は取れない。

何が引き金でバッドエンド直行するか分からないのだ。

 

『みのり:もちろん! 今回のオーディションはだめだったけど、次はいい結果が出るかもしれないし! もっともーっと、頑張らないと!』

 

どうやら、つよつよメンタルの持ち主のようだ。

これならある程度は私が補助に回らずとも、みのり自身で全て解決していくかもしれない。

 

...もしかしたら、既にみのりは本当の想いを見つけていたりして。

 

「...さすがに、かな」

 

みのりとの会話が途絶えたことを確認した私は、スマホをぽいっと投げ捨て、ベッドの中に潜り込む。

既に彰人は学校へと向かっており、絵名はすやすやと寝ているので、私の安眠を妨げる存在はいない、ということだ。

 

彰人に1度起こされてはいるものの、起きたふりをしてこうして眠っている。

絵名に頼まれたから起こしたのに怒鳴られ、私は起こしても起きたふりでそのあと自身の知らぬ場所でまた寝ていると。

かわいそうな彰人。

 

ひとまず、私は宮益坂の放課後までおやすみなさい、だ。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

15時にアラームをセットしていた私は、今流行りだというグループの曲でスマホにたたき起こされた。

のそ、というような擬音が付きそうなほど遅い動きで起き上がった私は、スマホを手に取って通知を確認する。

 

上の方に、私が入れている数少ないゲームアプリの通知が来ておりそれ以外にみのりから何通もメッセージが来ていた。

 

『みのり:遥ちゃんが引退』

『みのり;朝バタバタしてたから気付かなかった』

『みのり:別のクラスにいるらしい』

『みのり:うぅ...認めたくない...けど、事実C組に...』

『みのり:真っ二つになりそう...』

 

その他にも、色々とメッセージが来ていた。

まぁ、とんでもなくショックを受けているということは分かった。

 

スマホでニュースを見ると、そこには『桐谷遥、引退』という文字がでかでかと表示されていた。

既に武道館に立てるほどの実力を持っているはずの彼女が、所属していたASRUNは解散し、彼女自身も引退。何があったのだろうか。とサブタイトルには表示されている。

 

桐谷遥。...どこかで聞いたことのあるような。

気のせいかな。

 

「...気のせいじゃない!?」

 

私はあわてて連絡先を表示し、上から名前を確認していく。

すると、あるではないか。

1番上に、『桐谷遥』と、堂々と。

 

「...何かが起こる予感がする...!」

 

ひとまず身支度を大慌てで整えた私は、自分の『Untitle』を再生し、セカイへと飛び込んだ。

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

「もしかしてなんだけど、みのりと遥って」

 

「...来て早々だね。うん、瀬名の想像通りだよ」

 

「キミノソーツォートーリダヨ」

 

「天気〇子でも見た?」

 

ふざけている初音ミクを適当にあしらい、リンが素直に私の問いかけに頷いてくれていることに、私は若干感動している。

何せ、このふざけている初音ミクは明確なことはあまり言ってはくれなかったのだ。

 

...というか、どうやって映画を見たんだろう。

 

ふと空を見上げると、赤、紫と光っている星に続き、緑に光り始めている星があった。

1つは既に、他の星とそう大差なく光っている星。

もう1つは、弱弱しく、今にも消えそうなほど小さく光っている星。

 

弱弱しい星は今のところ遥なのか確証は持てないが、力強く光っている星は間違いなくみのりだろう。

というか、みのりでなければ誰も当てはまらない気がする。

 

「ありがと。じゃあ、戻る」

 

「うん。...たまにでいいから、セカイで過ごして」

 

セカイを出る際に、リンは寂しそうに笑いながら私に手を振った。

そういえば、最近はセカイで寝ることが少なかったかもしれない。

なんだかんだ外で用事を済ませていることが多かった。

 

今度はセカイでリンと一緒に寝よう。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

宮益坂へと向かっている最中。

私のスマホにメッセージが届いたことを知らせる通知音が鳴った。

道の端っこで立ち止まり、スマホをポケットから取り出すと、遥からメッセージが届いていた。

 

『遥:どこかに落ち着ける場所、ないかな?』

 

『瀬名:屋上』

 

『遥:ここって屋上解放されてるんだね、ありがとう。行ってみる』

 

想像するに、この前までテレビの前にいた国民的アイドルである彼女がクラスにいることで、いろんな生徒から『そういう目』で見られていたのだろう。

落ち着ける場所を探していたので、私は屋上を勧めた。放課後はそこでみのりと練習することになっている。

 

あわよくば、遥とみのりの間で何かが起きないかと思って。

 

スマホをポケットにしまい込み、歩くペースを上げる。

これでみのりと遥の間に修復不可能な溝でも生まれようものなら大変だ。

 

というか、あれだけ遥のことが好きだと話をしていたみのりだが、いざ本人を目の前にしてあがらずに喋ることはできるだろうか。

 

みのりがパニックになる様子を頭で思い浮かべながら歩いていると、いつの間にか宮益坂についていた。

すれ違う女子生徒は、いずれも遥の話ばかりだ。

 

これは、ちょっと想像以上かもしれない。

 

若干急いで歩いていると、屋上へと向かう道の途中で、誰かが言い争っているような声が聞こえてきた。

 

恐らく人数は2人。片方は普通ぐらいの声量だが、もう片方はかなり大きい。

気持ちが抑えきれなくて、声も大きくなっているような感じだろうか。

というか、これ愛莉だ。

 

2人はそのまま屋上へと向かっていったので、私もそのあとを追う。

 

こそこそとついていくと、愛莉たち2人は屋上へと行き、更に奥へ歩いて行った。

その後姿を眺めていると、ちょうど給水塔の裏で隠れているみのりと遥を見つけた。

 

それを確認した私は、音もなく2人の元へと駆け寄る。

 

「あ、瀬名。まだ探してるの?」

 

「探し人はとなりのみのり」

 

「さ、探し人...?」

 

遥とみのりの2人と合流し、愛莉たちから隠れながらこそこそ会話する私たち。

 

どうやら遥に、未だに人を探していると思われているので、私はみのりを見ながら、探し人は見つかったことを言う。

みのりには、みのりを探して宮益坂まで来たとは言っていないので、若干混乱しているようだ。

 

「は、遥ちゃん。探し人って...?」

 

「それにしても、あの2人はどうしてここに来たんだろう?」

 

「うぅ、不思議そうな横顔の遥ちゃん、眩しい...!」

 

話を聞いていない遥と、それにすらも感動を覚えているみのりを無視して、愛莉たち2人を見る。

 

愛莉と一緒にいるのは、水色の髪色の生徒だ。。

 

口元にあるほくろが特徴的な彼女だが...どこかで見たことがあるような気がする。

 

「雫と、桃井愛莉だね。あの2人の間で何があったのか、聞いてたらわかるかな」

 

「あ、そっか。日野森先輩は『Cheerful*Days』のセンターだし、歌番組でも一緒になってましたもんね!」

 

「もう1人の、『QT』の桃井愛莉はよくバラエティ番組に出てたよね」

 

「はい。でも、半年前くらいに辞めちゃったんですよね。あんなにバラエティ番組に出てたのに...」

 

みのりはそう呟くと、悲しそうに視線を下げた。

 

それらを聞いていた遥は、納得したように何度か頷いて、私の方を見た。

 

「...この学校、私も単位制クラスが便利だから選んだけど、やっぱり芸能活動している人が多いんだね」

 

単位制クラス。

いわゆる留年があるのが学年制と呼ばれるもので、単位制クラスは高卒までに必要な単位数を取得すればいい、といったような感じだろうか。

 

単位制のメリットとしては、自分のライフスタイルに合わせて時間割を組むことができる、という点だろうか。

学年制では決まっている時間割があり、それに従って単位を取得していくが、単位制は必要な分だけ選んで、余った時間は趣味にあてるなどができる。

 

まぁ他にもいろいろとあるのだが、メリットはまぁそんなところだろうか。

 

逆にデメリットもある。

メリットでもある、自分で時間割を組める、という点が、自己管理能力を求められるという点。

それから、高校であるがゆえに、人数が少ない授業が開かれないという可能性。

 

とはいえ、日中芸能活動をしなければならない彼女たちには、こちらの方が便利ではあるのだろう。

 

「そ、そうですね、桐谷さん!」

 

私の方を見てうんうん頷いている遥に同意し、今度は嬉しそうな顔をして、頬に手を当てているみのり。

なんだかこの空間、カオスじゃないか?

 

ずっと私の方を見ていて、みのりの声が聞こえていないのではないかと思っていたのだが、遥はみのりの方を向いて、困ったような笑みを浮かべた。

 

「同級生なんだし、敬語じゃなくていいよ。私も、みのりって呼んでいい?」

 

「え!? あ、わ、わかりまし...じゃなかった! う、うん、遥ちゃん!」

 

今度は、嬉しそうな顔から一転、青ざめた表情になるみのり。

何を考えているのか、事前に遥に対する想いを聞かされている私からすればまぁ分かりやすい。

 

分かりやすいのだが...忙しい子だ。

 

「それにしても、あの2人がケンカ、ね...」

 

みのりから愛莉たちへと視線を移した遥は、その目を細めて呟く。

現役時代に何か絡みがあったんだろうか。

 

「...雫。わたし、昔の後輩から聞いたのよ。アンタがメンバーとうまくいってないとか、移籍するとか、変な噂が立ってるってこと」

 

雫、と呼ばれた生徒は、気まずそうな顔をするだけ。

 

スマホでパッと調べた限りでは、その見目麗しいというか、ビジュアル一点での記事ばかりだ。

そして、出てくる名前は日野森雫だけ。

彼女はなんちゃらデイズのセンターなのだから、グループで活動しているはずなのに、どの記事も触れていない。

恐らく原因はそこだろう。

たまにアイドルとしての彼女の記事も出てくるが、それでも軽く触れられるだけで、メインは彼女だ。

 

「...本当なの?」

 

「....それは....。..........」

 

不安げに尋ねられた彼女は、煮え切らない反応を示す。

それを見た愛莉は、右足で強く床を踏んだ。

 

「はっきりしなさいよ! 中途半端な態度が一番良くないのよ! あんたがそんなだと、ファンだって不安になるじゃない!」

 

「わかってる。わかってるけど...」

 

彼女にも考えがあるのだろう。

愛莉に強く言われても出てこないのは、迷っているからなのか、それとも。

 

とはいえ、愛莉たちよりも今の優先順位はみのりと遥だ。

今私たちがおかれている状況としては、みのりの練習場所に愛莉たちが来て、練習どころじゃなくなってしまった、という感じだろうか。

 

どこか別の場所で練習ができるならその方がいいな、と考えていると、隣に立っている遥がため息を吐き出した。

 

「なんだか長くなりそう。仕方ない。こっちから出ていこうか」

 

「え?」

 

私と遥の考えが一致しているかは分からないが、愛莉たちがいなくなるのを待つのではなく、逆に私たちから出ていこうと動き出す遥。

急に出入口へと動き出した遥に、みのりは置いてけぼりだ。

 

そして、視界の角にでも入ったのか、愛莉がこちらを見た。

 

「!! 誰かいるの!?」

 

どうしよう。猫の真似でもしようか。

 

「にゃー」

 

「...さすがに無理があるんじゃないかな...」

 

みのりに言われてしまった。

なんだか悔しく感じるのは私だけだろうか。

 

愛莉に見つかり、素直に出ていく遥。

それに続く私たち2人。

 

遥の姿を見た時、愛莉と日野森雫はひどく驚いた顔をした。

 

「ASRUNの、桐谷遥......!? あんた、この学校だったの!?」

 

「遥ちゃん...?」

 

愛莉の反応からして、そんなに親しくないような間柄のようだが、どうやら日野森雫とはそこそこ仲が良さそうだ。

 

「久しぶり、雫。去年の収録以来だね」

 

愛莉の反応を無視して、まず日野森雫と話すという図にイラついたのか、愛莉の顔の険しさは増していく。

 

「ちょっと、こっちが話してるのよ! コソコソ盗み聞きなんて、いい度胸じゃない!」

 

「盗み聞き? そっちが勝手に誰もいないって思って、大声で騒いでいただけじゃないですか」

 

しかし、遥はどこ吹く風だ。

逆に愛莉を煽るような発言。これが、実力に裏付けされた態度というやつなのだろうか。

 

「なっ....!!」

 

「安心してください。さっき聞いたことは誰にも言いません。辞めたとはいえ、それくらいの常識はありますから」

 

「な、なんて生意気な...! まったくこれだから大手のアイドルは...!」

 

愛莉と遥の間でピリピリとした空気が強くなっていく中、みのりはあたふたとしながら私の影に隠れた。

 

「せ、瀬名ちゃん! どどどど、どうしよう!」

 

「別に、悪いことはしてない。堂々としてればいい」

 

「無理だよ~!!」

 

ええい、私の肩を揺らすでない。

 

そして、遥と言い合っていた愛莉は今度はこちらを向いた。

 

「そっちのあんたも話さないでよ!? ...ま、瀬名は分かってるか」

 

「い、言いません! 誰にも言いません!」

 

まるで銃でも突きつけられて脅されているような反応だ。

映画の中だと、既に目の前で見せしめに1人は殺されている反応。

 

「それならもう行っていいわよ。私たち、まだ話をしなくちゃいけないの」

 

「あ、あの...でも...」

 

愛莉にもう行け、と言われてもみのりは困ったような顔をするだけで、動こうとはしない。

みのりの反応を見るに、ここ以外で練習のできそうな場所はないのだろう。

確かに困った。

 

そんな様子のみのりを見て、愛莉は怪訝な顔をする。

 

「何よ。まだ何か用?」

 

ここはみのりの代わりに、と私が口を開きかけた瞬間、隣の遥が素早く前に出た。

 

「後から来ておいて出ていけ、だなんて。勝手ですね。彼女の方が先に、ここでダンスの練習をしていたんですけど」

 

「はぁ? ダンス? 2人...瀬名はないか。1人で? なんでよ?」

 

遥はないとしても、私を人数に加えかけたのはなぜだろう。

私は以前にも、アイドルに興味はないと伝えたはずだけど。

 

遥に説明をされた愛莉は、一瞬遥を見てみのりに視線を移し、目で答えなさいと訴えていた。

 

「あ、えっと、私...その、アイドルを目指してて...!」

 

「アイドル? あんたが?」

 

「は、はい! 私、アイドルになることが夢なんです!」

 

アイドルである、またはアイドルであった彼女たちの前で、そう堂々と宣言したみのりの姿に、愛莉たち2人は驚いた顔をした。

そして、愛莉はまさか、といったような表情で私を見る。

 

それを受けた私は慌てて顔を横に振る。

違う違う。私はアイドルになるつもりなんてない。

 

それを見た愛莉はどこか残念そうな顔で私から視線を外した。

 

今はみのりの事だけを見ていて欲しいのだが。




今回のモアジャン限定、とりあえず70連ぐらいしたんですよね。
星4が0でした。

これで前回のニーゴ復刻限定(えなみず)から合わせて270連星4が0ということになりますね。
不運。
不運ですが...私以上の方がいると信じていますよ。
出なければやってられません。

月末のガチャの事は月末の私が考えるでしょう。


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第4話

今までの更新頻度(毎日投稿)とは、お別れをした!

ポケモンやってました。
ただ図鑑埋めたり色違い集めたりとかはしないので、ストーリー終わらせたら更新頻度上がると思います。


「アイドルになりたいって、あんた本気なの?」

 

みのりが彼女たちの前でアイドル宣言をかました後。

ここからはみのりが話すべきだと判断したのか、遥はみのりの後ろに立った。

ちょうど私の隣だ。

 

「は、はい! 今はオーディションのために練習してます!」

 

「オーディションって...どこの?」

 

「え? えっと、次はモリプロのオーディションを受けようと思ってます!」

 

みのりの口から出てきたモリプロというもの。

私ですら『なんか聞いたことあるな』という認知度を誇る、その道に興味のない人でもテレビなどで一度は聞いたことがあるような事務所だ。

 

私よりもその価値を理解している愛莉は、予想通り目を見開いた。

 

「モリプロ!? 超大手事務所じゃない! あそこの倍率何倍かわかってるわけ!? あんたみたいな素人じゃ、通ってせいぜい1次審査よ!」

 

これは厳しい。

あまりにも辛口な評価に、みのりも押され気味だ。

 

「ひょ、ひょえ......」

 

『ひょえ』なんて使う人は初めて見たけど。

 

とはいえ、今回は私も愛莉に同意だ。

愛莉は知らないが、みのりは既に50回オーディションを落ちており、書類審査を通ったのも片手で数えられる程度。

悲しくなる。

 

とはいえ、みのりには不屈のつよつよメンタルがある。

愛莉に言われたからと言って、諦めるとも思えないのだが。

 

「あんた、名前は?」

 

「は、花里みのりです...」

 

「そう。今までいくつオーディション受けたことあるの? 結果は?」

 

「お、応募は50回くらいして、書類審査を通ったのは3回で...2次審査に受かったことは、まだないです...」

 

改めて聞くと、普通に悲しくなってくる内容である。

私だったら既に挫折して、普通に公務員でも目指しているところだ。

 

そんなみのりの悲しい経歴を聞いた愛莉は、深く息を吐き出した。

 

「そんなんじゃ、モリプロに受かるわけないでしょ! 弱小事務所のアイドルすらなれるかどうか...」

 

「うっ....。で、でも! がんばります!」

 

頭に手を当ててそういう愛莉に対して、頑張る、と返すみのり。

その瞬間、愛莉の眉がピクリと動いたのを、私は見逃さなかった。

 

「もっともっともーっと頑張れば、きっと...!」

 

「頑張る...? 頑張っただけで、何とかなるわけないじゃない...!」

 

そういう愛莉の声は、複雑、と言ったような声色だった。

その声に何が込められていたのかは、きっと同業者である彼女たちにしか分からないだろう。

けれど、何かがあった、というのは、私でもわかるほど重たい言葉だった。

 

「...え?」

 

「...アイドルを目指すのはやめた方がいいわ。あんた、向いてなさそうだから」

 

それは嫌味というわけではなく、単純にアイドルという世界を知っているからこその、善意で出て来る言葉だった。

しかし、それを聞いていた雫が2人の間に入った。

 

「待って、愛莉ちゃん」

 

「...何よ」

 

「その子の夢を否定しないであげて。...愛莉ちゃんは、今はお仕事をしていないけど、みんなに希望をあげる、アイドルでしょう?」

 

「...」

 

「だから、愛莉ちゃんには、そういうことを言ってほしくないの」

 

先程までの、はっきりしない態度を見せていた雫が、今この時は、しっかりと愛莉の目を見て告げていた。

彼女には、彼女なりのアイドルへの想いがあるのだということが分かる。

 

「わかってるわよ...」

 

そして、少しの間誰も喋らなくなった。

 

空気が重い。この空気を何とかするには、私が突然笑顔で歌って踊ってアイドルしなければいけないのではと思うほどに重たい。

だがそれを、みのりが振り払っていく。

 

「私、向いてなくても頑張ります!」

 

「...だから、頑張ったからってなんとかなるわけじゃ...!」

 

「『今日が良い日じゃなくても、明日は良い日になるかもしれない』。私、この言葉を信じてるんです」

 

それは、初めてみのりに出会った日にも言っていた言葉。

この言葉を言った本人の方を見ると、予想通り驚いた顔をしていた。

 

「だから、合格するまで絶対絶対あきらめません! ダメでも頑張って頑張って、頑張り続けます!」

 

生半可なことでは、この少女の心は折れない。それをここにいる全員が理解した瞬間、みのりのポケットに入っているスマホから声が響いた。

 

『今の言葉、とっても素敵だね!』

 

この場からでは見えない6人目の声。

私だから、それが誰なのかはわかるし、音の出処もわかるが、愛莉たちはわからないようで辺りを見渡していた。

 

「だ、誰よ! まだ他に誰かいたの?」

 

「...あれ? 私のスマホが光ってる?」

 

みのりがスマホをポケットから取り出すと、突然初音ミクが映し出された。

私たちは、スマホから3Dホログラムを映し出すという、現代科学技術も顔真っ青なものを見せられている。

 

『はじめまして、みのりちゃん!』

 

「えっ!? ミクちゃんの、映像...え!?」

 

若干後ろが透けてる、と呟きながらあわあわとスマホを持ちながらパニックになるみのり。

面白いのでこのまま見ていたいのだが、一旦落ち着かせなければ話が進まなさそうだ。

 

私は遥の服を引っ張った。

 

「ん?」

 

「みのりを一旦静かにさせて」

 

「そ、そんなこと言われても...。まぁ、やってみるけど」

 

私のお願いに渋々頷いてくれた遥は、みのりの後ろまで歩いて行って、彼女の両肩を後ろから勢いよく手を置いた。

 

「みのり、ストップ」

 

「ひゃい!」

 

これでみのりは暫く静かなはずだ。

 

それを察してくれたのか、今まで黙っていた初音ミクが口を開いた。

 

『それに、遥ちゃん、愛莉ちゃん、雫ちゃんだよね。全員揃ってくれててよかった。もちろん、瀬名ちゃんも! よろしくね♪』

 

名前を出しながらそれぞれの方を向いて、最後に私の方を向いてウインクした。

この様子を見る限り、予想通り私の事を知っているのだろう。

 

「...なんでミクが話しかけてきて、私たちの名前まで知ってるの?」

 

『それは、みんなの想いで出来たセカイから来たから、だよ!』

 

「想い?」

 

『そう! 私ね、セカイのステージで、リンちゃんと一緒にアイドルとしてライブしてるの! リンちゃんはダンスがとっても上手なんだよ。私も教えてもらったりするんだ』

 

そういう初音ミクの目はキラキラと輝いていて、本心から楽しんでアイドルをしているのだろうな、と思わせるほどの物だった。

 

それを聞いていたみのりが、何かに気付いたような声を上げるも、それに誰かが気付くことはなく、初音ミクは慌てたような声を上げた。

 

『あっ! そろそろライブの時間だからいかなくちゃ!』

 

「ライブって...さっき言ってた、セカイのステージってところで?」

 

『そう! それじゃあ、セカイで待ってるね。みんな、早く来てね!』

 

初音ミクはそれだけ言うと、すぐにスマホから投影されていたホログラムを消した。

ライブに向かったのだろう。

 

それまで初音ミクとは遥だけがやり取りしていて、茫然としていた愛莉と雫が、まだ呑み込めていない声を出した。

 

「な、なに、今の。...新手の広告?」

 

「ミクちゃんとおしゃべりできちゃうなんて...とっても不思議ね」

 

愛莉はまだ普通の反応だとして、雫のその反応はいかがなものだろうか。

こういう天然が彼女の魅力なのだろうか。アイドルとしての彼女は知らないけど。

 

頭が痛い、と言った感じで頭に手を当てている愛莉と、頬に手を当ててぽわぽわしている雫。

そして、考え事をしている遥。

みのりはどうした、と思って見てみると、ちょうど彼女が大きな声を出したところだった。

 

「あ、あの、すみません!!」

 

「? 何よ?」

 

「え、え~っと、その、今の広告のミク...あ、広告じゃないかも...? とにかく、ミクが言ったことが、私、思いまして...!」

 

話が入ってこない。

慌てているというか、なんというか。

 

「大丈夫? 落ち着いて話していいのよ」

 

「あ、はい!」

 

雫に優しくそう言われたみのりは、目を閉じて数回深呼吸をして、再び目を開いて彼女たちを見た。

 

「め、迷惑じゃなければなんですけど...先輩たち、私の練習を見てくれませんか!?」

 

「はぁ!?」

 

突然のみのりのお願いに、愛莉が大きな声を出して驚き、遥と雫は目を見開いて驚きを示した。

 

「あ、もちろん瀬名ちゃんにもお願いしたいんだけど!」

 

なんでやねん。

 

「なんで私たちがあんたの練習を見なきゃいけないのよ!」

 

ただの正論を返す愛莉だが、みのりもそれはわかっているようで、自分の手を自分で握って、それでも諦めずに言う。

 

「私、ダンスも歌もずっと1人で練習してて...。ついこの前から瀬名ちゃんが手伝ってくれてるけど、それでも私、わからないことがいっぱいで...」

 

まぁ手伝うって言っても、やったことは精々スマホの中のお手本と彼女の動きを見比べて、動きの矯正をしたりしたぐらいだ。

後は柔軟の手伝い。

 

仮に愛莉たちが手伝ってくれるなら、私が手伝う必要はないと思うのだが。

...いや、まぁ完全に関わらなくなるつもりはないのだけれど。

 

「厚かましいお願いだってことはわかってます! でも、先輩たちみたいなすごいアイドルに教えてもらえたら、もっとアイドルに近づけるって思ったんです! 私もっともっともっとアイドルに近づけるように頑張りたいんです! だから...」

 

みのりの言っていることは、先人たちの知識を私に下さい、と言っているような感じだろうか。

まぁ先人と言うほど年が離れているわけじゃないからちょっとニュアンスが違うかもしれないけど。

 

ただ、みのりに協力してくれるとしたら最初に声を上げるのは彼女だと思っていたから、この展開には少し驚いた。

 

「いいわよ」

 

「雫!?」

 

「みのりちゃん...だったかしら。お仕事があるからオフの日だけになっちゃうけど、それでもいい?」

 

まさかこんなにすんなりと協力してくれると思っていなかったのだろう、みのりは一瞬ぽかんとしたような顔をした後、満面の笑みを浮かべた。

 

「も、もちろんです! ありがとうございます!」

 

その笑顔のまま、みのりは私のそばに駆け寄ってきた。

 

「瀬名ちゃん瀬名ちゃん! 日野森先輩がオフの日だけだけど、教えてくれるって! これを機に、瀬名ちゃんも一緒に頑張ろう!」

 

「え、いや私は...」

 

「うぉー! やるぞ~!」

 

聞いていない。

 

ちらりと遥に助けを求めると、遥は苦しそうな顔を浮かべながら、外を向いていた。

 

「ちょっとどういうつもり? あんた、自分の仕事...」

 

「昔、愛莉ちゃん言ってたでしょ? 『アイドルなら、アイドルを目指す子は絶対に放っておけないものよ』って」

 

雫に詰め寄った愛莉はそう返されると、肩を落として、みのりと私を見た。

 

「はぁ。...わかったわよ。私も見てあげればいいんでしょ。ただし、次のオーディションに落ちたらそこでおしまい! いい?」

 

「...!! は、はい! ありがとうございます!」

 

例え短い時間だとしても、みのりからしてみれば貴重な時間だ。

本当ならば今すぐにでも練習を始めたいところだろう。

 

そうして、雫と愛莉のオフの日だけ、みのりは2人に練習を見てもらえると言う事になった。

何故か、私は強制参加である。しかも練習に参加。なぜ。

 

そして、遥は1度も口を開くことはなく、今日はこれで解散という事になった。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

「みのり、良かったね。練習見てもらえることになって」

 

「うん!」

 

宮益坂女子学園からの帰り道。なぜか私はみのりに誘われて、遥と私とみのりの3人で帰っていた。

遥にそう笑顔で言われるも、みのりは最初笑顔で返したが、すぐに曇る。

 

「えっと、遥ちゃんごめんね。結局バタバタしちゃって...」

 

...そういえば、どこか気の休める場所を探していたのだったか。

それを考えると、屋上を勧めた私にも責任がある気がしてきた。

しかも、屋上でみのりが練習をしている、と言う事を知っていて遥を屋上へと向かわせたのだ。

 

それに今更気づいたが...まぁばれなければ問題ない。

 

「...瀬名は、どうして屋上を提案したの?」

 

そういう遥の顔は、笑っているようで笑っていなかった。

 

「そういえば、あのミクちゃんの映像は何だったんだろう?」

 

「...そうだね。とっても不思議だった。今日はなんだか変わったことがいっぱいあったな」

 

遥の私への質問が聞こえていなかったのか、みのりがそう言いだして、遥が顔を私から背けた。

助かった。素晴らしいタイミングで話題を出してくれたぞ、みのり。君は今1つの命を救ったのだ。

 

「...みのりは、アイドルになりたいんだよね」

 

「うん。...えへへ、遥ちゃんに言えるなんて、変な気分。私、遥ちゃんに憧れてアイドルになりたいって思ってたから...」

 

みのりからしてみれば、アイドルになりたいという夢の出発点たる存在だ。

そんな彼女の前で夢を語ると言うのは、変な気分になるだろう。

 

だが、みのりから憧れを向けられているはずの彼女は、苦しそうな顔をするばかり。

みのりは前を向いていて、彼女の表情には気づいていない。

 

「私も遥ちゃんにもらった分、そんな風に誰かに希望を届けられるアイドルになりたいの。だから先輩たちに見てもらって、瀬名ちゃんともっともっと、頑張らなくちゃ!」

 

私を混ぜて頑張ろうとするのはやめていただきたい。

その文面だと私もみのりレベルで頑張ることになるのではないだろうか。

 

死ぬな。このままでは。

 

「...そう」

 

それを聞いていた遥は、彼女の背中を押すような言葉をかけるでもなく、ただ頷くだけで、そのまま解散した。

 

 




何日か前にIFを更新しましたが、中々展開に悩んでいます。
恐らく、あっちは年内に更新されることはないでしょう。
えへ。


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第5話

モモジャン編になるとと言うか、この後のレオニもワンダショも、絵名と彰人をどう出そうかと悩んでいます。

今の所詐欺継続中です。




遥とみのりと別れた私は、家へとたどり着くと同時に部屋にこもり、ノートPCでアイドルの動画を検索しだした。

 

アイドル事情など1ミリもわからないので、比較的最近に作成されている、おすすめアイドルグループ、というサイトを見る。

 

「...見たことない人もいるけど、見たことある人もいる」

 

『Cheerful*Days』のセンターこと、日野森雫。

そのサイトでは、彼女の美貌と、愛嬌の良さが紹介されていて、特にアイドルらしさを紹介しているものではなかったが、それでも数多くいるアイドルを差し置いてここに入ってくると言う事は、それなりに人気なのだろう。

 

と言うか、このサイトはアイドルと言うよりかはモデルとしての彼女を推しているような気もする。

 

そのあともサイトを読み進めていくが、残念ながら『QT』の名前は出てこなかった。

みのりの話を思い返せば、確かバラエティーによく出ていたという。

 

『桃井愛莉 バラエティー』で検索すると、かなりの数が出てきた。

それも色々な番組名がある。日付を見たところ、約半年前の番組を最後に動画投稿サイトにあげられていないと言うのは、みのりたちの話を聞いていたから違和感は覚えない。

 

さて、何故私がこうしてアイドルを調べているのかと言うと、明日から本格的にみのりのアイドル指導が始まるからだ。

私は他人からあーだこーだ言われるのがあまり好きじゃない。

だから、他人から言われる前に、アイドルとしての動きをマスターしておこうという魂胆なのだ。

 

手始めに雫のライブの切り抜きを再生しようとして、手が止まる。

 

先程見たサイトでは、彼女はどちらかと言うとモデルとしての彼女が褒められていたように感じた。

彼女には失礼だが、先に他の人の映像を見た方が、余計な癖がつかなくていいかもしれない。

 

どうせ後で彼女のライブ映像は見るので、お気に入り登録して、私は『桐谷遥』の映像を見始めた。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

この時の彼女の年齢はわからないが、彼女は自身を相手にアピールする技術を、ほぼ無意識にでも実行することが出来るほどのレベルにいると思う。

 

こうしてPCのモニターで見ている限りではわからないことが多いため、実際に現地に行って彼女の技術を盗みたいところだが、生憎その本人は既に引退の身。頼んだら私の前で踊ってくれるわけでもないだろう。

 

PCで映像を繰り返し流して、たまに映像を止めて体を動かす。

鏡の前でやるだけでは限界があるものの、1時間ほどで大体様になっただろう。

 

試しにスマホのカメラをこちらに向けて、音楽を再生しながら踊ってみる。

流す曲は、みのりの練習時にも流れていて、先ほど見ていたライブでも聞いていた曲。

 

一通り踊ったら、録画を停止し再生。

そのあと、適当に最近テレビに出たアイドルたちと見比べる。

 

...まだ顔が固いか。

だが大分近づいた。

それこそ、この数10人のグループの中に入っても、多少の違和感を覚える程度の所までは。

 

些細な所での、体全体の使い方や、表情を極めることが出来れば、おおよそマスターしたと言っても過言ではないかもしれない。

まぁさすがにこの辺りは本業の人に見てもらって判断しなければならないが...。

 

「瀬名、アイドルにでもなるの?」

 

良い感じだ、と意気込んでいると、背後から絵名がアイス片手に部屋に入ってきていた。

 

「...なるなら、相談してからにしなさいよ」

 

生温かい目で、絵名はそう言いながら部屋の扉を閉めた。

 

...一気に頭が冷えた。

私は何をしていたのだろうか。

 

「...寝る」

 

もはや絵名の誤解を解く気力もなかった私は、部屋の電気を消した後、そのままベッドに倒れ伏して目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

「まふゆ~? どうかしたの、何か見つけた?」

 

「ううん。なんでもない。それより、わからないところがあるんだっけ?」

 

「ここなんだけどさ~...」

 

 

 

 

 

 

「...瀬名」

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「日野森先輩! 桃井先輩! 今日からよろしくお願いします!」

 

「よ、よろしく...」

 

約束通り、みのりは雫と愛莉に、アイドルとしての教えを請うために、頭を下げていた。

 

...なぜか、私も一緒に。

 

「ふふっ。よろしくね、みのりちゃん、瀬名ちゃん。力になれるよう頑張るわ」

 

「ストレッチは済ませてあるでしょうね?」

 

そういう雫と愛莉は既に運動用の服に着替えている。

私も、動きやすい服には着替えているが、さすがにみのりと一緒にアイドル授業を受けるつもりはない。

 

ちなみに、私の服はみのりプロデュースなので、上はみのりとおそろいのラッコシャツだ。

『どこか行きたい』がワンポイント。ださい。

でもどこか可愛い印象を受ける。これがいわゆるださかわいいか。

 

「はい! 教えてもらう時間は全部練習に使いたいので!」

 

「ふふん、いい心がけじゃない。...ところで、なんであそこで桐谷遥が本読んでるわけ?」

 

愛莉の視線を追って顔を動かせば、そこには何食わぬ顔でベンチに腰を下ろして、本を読んでいる遥の姿があった。

と言うか、それが許されるのであれば、私もあそこで遥のように座っていたいのだけれど。

 

「えっと、遥ちゃんはここが1番人が来なくて、静かだからって言ってましたけど...」

 

「ダンスの練習始まったら、どう考えても静かじゃないでしょ...」

 

呆れたように呟く愛莉だが、確かに、と私も頷く。

静かな場所を求めているのであれば、校舎の裏とか、図書室だとか、色々あるだろうに。

まぁ、図書室だと視線を感じるだろうけれど。

 

...あぁ、視線の事で、静かな場所としてここを選んでいるのだろうか。

 

そういえば、と遥から視線を外して、愛莉はみのりの方を向いた。

 

「あんた、自己PRと面接の対策は出来てるの? 1次審査はダンスじゃなくて、そっちでしょ?」

 

「は、はいっ! もちろんです!!」

 

そう勢いよく答えるみのりを見て、少し驚いたような表情をするも、すぐに安堵の表情を浮かべる愛莉。

アイドルになりたいと啖呵を彼女たちの前で切ったこともあってか、さすがにこのあたりのことは準備してあるのだろうと思っているのだろう。

 

ただ、彼女の経歴を忘れてはいけない。

 

「へぇ? じゃあ自己PR、ちょっとやってみせてよ」

 

「は、はい!! 『花里みのりですっ! 趣味は振り付けの完コピ! 特技はキャッチフレーズをつけることです!』」

 

「...」

 

愛莉の顔が真顔になった。

 

「『今日は自分にキャッチフレーズをつけてきましたっ! 夢が実って花になる♪ 花里みのりですっ☆ よろしくお願いします!』」

 

「...2点ね。100点満点中」

 

「ええーっ!? どうしてですか!?」

 

愛莉の採点に、みのりはムンクの叫びばりに両手を頬に添えて驚きをあらわにした。

だが、恐らくここにいる誰が審査員になったとしても、同じような点数をつけるだろう。

 

「あんたがどういう人間なのか全く伝わってこなかったわよ。自己PRだって言ったじゃない。クラス替えした後の自己紹介じゃないんだから。キャッチフレーズもよくわかんないし」

 

「うぅ...」

 

なるほど。

確かに、みのりの言ったことは自己紹介に近いかもしれない。

 

「自己PRは、自分の強みをもっと見せないと。私ならそうね...『バラエティに強い』とか、『どんな無茶ぶりでも応えます』とかかしら」

 

バラエティ番組に出ていた彼女ならではの強さを、並べていく。

自身が求められているものと、世間的な印象を理解しているということなのだろう。

それが、彼女のやりたいこととは少し違っていたとしても。

 

「桃井先輩、いーっぱいバラエティ出てましたもんね! 芸人さんたちとのやりとり、すっごく面白かったです!」

 

「...まぁ、視聴者からそう見えていたなら何よりだわ」

 

「私は、何が強みなんだろう?」

 

みのりの強みか。

まだ付き合いの浅い私でもわかる程度のものを挙げるとしたら、『頑張り屋』だろうか。

 

私がそう考えていると、愛莉も同じことを考えていたようだった。

 

「そうね。今のあんたなら...『頑張り屋』かしら。それをアピールした方がいいんじゃない?」

 

「『頑張り屋』...? でも、みんな頑張ってるんじゃ...」

 

「1人でも頑張れるって、案外誰にでもできることじゃないわ。十分あなたのアピールポイントになるわよ。オーディションに50回落ちても頑張っているところなんて、すごくいいエピソードだと思うわ」

 

確かに、1人でも頑張るというのは難しいことかもしれない。

今の私からは頑張るという言葉は少し遠い言葉だが、1人と言う寂しさは少しは理解しているつもりだ。

 

...このセカイを巡る旅にも、誰か一緒にいたらもう少し楽だっただろうか。

 

「た、たしかに...!」

 

「ま、今日はダンスの練習じゃなくて、自己PRを磨いた方がよさそうね。いい自己PRができるまで徹底的にやるわよ!」

 

「は、はいっ!」

 

そうして、みのりの自己PR磨きが始まった。

みのりの謎の感性にくろうしながら、ダメなところを指摘していく愛莉。

それをフォローするようにアドバイスをしていく雫。

まるで飴と鞭のような2人に教えられたみのりは、楽しそうな顔をしていた。

 

とはいえ、2人がみのりに付きっ切りということは、私が宙ぶらりんということで。

 

「...一緒に座る?」

 

「...そうしようかな」

 

私は本を読んでいる遥の隣に座って、みのりの練習風景を見ていた。

 

その間特に遥と話をしているわけでもないので、眠くなる。

うとうとしていると、隣で本を閉じる音が聞こえた。

 

「...眠いの?」

 

「...ちょっと、昨日思い出したくもないことが」

 

昨日。

絵名に踊っているところを目撃された私は、その精神的ダメージにより早々にベッドに直行したのだが、思ったよりもダメージが大きかったのか、眠れずにただベッドをごろごろしているだけの時間が過ぎていた。

 

最後に見た時間は午前4時過ぎ。

その時に『あ、セカイで練習すればよかったじゃん』と気づいて、気づいたら寝ていた。

 

ただ3、4時間ほどの睡眠で家を出たのだが、そのあとセカイでアイドルの研究をしていたので、眠ることができていない。

 

一種の深夜テンションで動いていたのだが、ここにきて限界が来たようだ。

 

「じゃあ、寝る?」

 

遥がそう言うので、遥の方を見ると、彼女は自分の膝を叩いてこちらを見ていた。

 

...膝枕で寝ろ、ということだろうか。

 

「...足、しびれない?」

 

「まぁ、正座してるわけじゃないし」

 

「...じゃあ、寝る」

 

この前まで国民的アイドルだった彼女の膝で寝る、ということが頭の片隅をよぎったのだが、今の私は眠気に勝てる気力を持っておらず。

 

「おやすみ...」

 

「うん。おやすみ」

 

私は体を横に倒して、みのりたちのやり取りを最後に瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...妹がいたら、こんな感じなのかな」

 

「アッ、遥ちゃんの膝枕! 羨ましいとも思うけど、私なんかがとも思う、やっぱり見てるだけなのが1番なのかも...瀬名ちゃんもアイドルみたいにかわいいし、そういうグループだって言われたら勘違いしそう...!」

 

「あんたは自己PRに集中しなさい!」

 

「仲良しなのね~」

 

 



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第6話

アイドルとしての指導を受けたくないがために、アイドルとしての技術を高める女、瀬名。

間違って1個先の話を投稿してました。
作者がポンコツなせいです。


宮益坂の屋上で、かつて国民的アイドルだった少女の膝枕で寝た後。

私が目覚めたときには既にその日の練習は終わっており、後はクールダウンをする、と言う所だった。

 

結局自己PRを磨く、と言うのはほどほどの所で諦めて、体を動かす方針に入ったらしい。

 

「今度お礼する」

 

「そんなのいいのに。私もしたくてしたみたいなものだし」

 

遥に頭を下げてお礼を告げるが...まぁ、確かに私がねだったわけではないけれども、実際してもらったわけだし。

 

感想でも述べた方が良いだろうか。

 

「膝枕の感想、いる?」

 

「恥ずかしいからやめて」

 

「遥ちゃんの膝枕の感想、聞かせぐえっ」

 

「あんたはまだ途中でしょ!」

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

みのりに後で感想を聞かせてほしい、と言われた後の帰り道。

今日は愛莉と雫と3人で帰っていた。

 

遥はこの後用事があるらしく、みのりは早く家に帰って練習の続きがしたいらしい。

私もさっさと家に帰って絵名の誤解を解かなければいけないのだが、まだ家にはいない上に、愛莉に用があると誘われていた。

 

今日の晩御飯は何だろうな、と考えていると、愛莉が口を開いた。

 

「ま、根性はあるみたいね、あの子。昔の雫よりはしごきがいがあるって感じ?」

 

「ふふ、研究生時代の愛莉ちゃんのこと、思い出しちゃった。とっても厳しくて...」

 

みのりの話のようだ。

確かに、みのりから根性を取ったら何が残るんだろう、と言うレベルで、彼女はとにかく『頑張る』。

まぁ、残るのは遥オタクなみのりなのだろうけれど。

 

「あんくらい、ふつーよふつー」

 

雫と言う飴がいたからなのか、ただひたすらに鞭となっていた愛莉だが、あれで普通なのだろうか。

いやまぁ、本気でアイドルを目指しているのに、甘い指導だとよくないと言うのはわかるのだけれど。

 

そこで会話は途切れ、少し歩いていると、愛莉が少し口に出しにくそうに話題を振った。

 

「...ねぇ、ところで雫。この間の話って結局......」

 

「...。..........」

 

ただ、それでも雫の口は固い。きっと、噂は大体本当の事なのだろう。

メンバーとうまくいっていない、と言うのはきっと、雫への嫉妬が原因だと思う。

どのサイトでも、『Cheerful*Days』については、他のメンバーに軽く触れただけで、基本的には雫にフォーカスが当たっている。

 

目につくサイトや、リビングで流れているテレビでも、単体で映っている回数が多いのは雫だ。

彼女自身が驕っているわけではない、と言うのは、この2日間でもわかる。

ただそれでも、人の嫉妬と言うものは向けられるものだ。

 

雫が答える気配がないことを察した愛莉は、すぐに話を切り上げて、私の手を振って立ち止まった。

 

「...はぁ。まぁ、今日は疲れたし、解散ね。また明日、学校で」

 

「...うん。それじゃあまたね。愛莉ちゃん、瀬名ちゃん」

 

それだけ言うと、雫は私たちに背を向けて歩いて行った。

 

今更なのだが、こうして変装もせずに歩いているのは大丈夫なのだろうか。

 

雫の背中を見送った愛莉は、若干寂しそうな顔をして、私の方を向いた。

 

「...少し歩きたいんだけど、どうかしら」

 

私は街中の時計を見て、まだ時間があることを確認しているような動作を見せて首を縦に振った。

別に愛莉のお願いを断るつもりはないのだが、こうして時間に余裕があるように見せることで、愛莉も気を遣わずに私を連れまわすことが出来るだろう。

 

「ん、じゃあ行きましょうか」

 

そういって愛莉と歩き出した直後、すれ違った知らない2人が、後ろで私たちを見て驚いた声を出した。

いや、正しくは私たち、と言うよりかは愛莉を見て、だが。

 

「ねえ、あれって愛莉じゃない? 桃井愛莉!」

 

「愛莉って、よくバラエティに出てた?」

 

「そ、バラエティタレントの...あれ、アイドルだっけ」

 

それ以上は聞きたくない、と言ったような顔で、愛莉は歩くスピードを早めて私の手を引いた。

 

そのまま愛莉に引っ張られるようにしてたどり着いた場所は、名も知らぬ公園。

まだ少し明るいとはいえ、既に公園で遊んでいるような人影はなかった。

 

適当なベンチに腰を下ろして、愛莉はため息を吐きだした。

 

「ごめんなさいね。あなたをここまで連れてきちゃうつもりはなかったんだけど」

 

「気にしないで」

 

感覚的には、愛莉も身内だ。

昔絵名と何かがあって仲良くなった、と言う事はわかるが、別にそのことを知りたいわけじゃない。

ただ、東雲宅に遊びに来るときは、絵名が楽しそうに笑ってくれるから、愛莉の事は出来るだけ助けてあげたい。

だから身内みたいなもの。

 

「私、何がしたかったのかしらね」

 

とことこと歩いてきた猫を見て、撫でたそうに手を上げた後固まり、所在なげに手をさまよわせた後、隣に座っている私の頭を撫で始めた。

 

私は猫ではないが。

 

「...帰りましょうか。久しぶりに絵名の顔も見たいし。最近会ってなかったのよね。忙しいみたいで」

 

そうして私たちは、東雲宅へと向かい、玄関先でちょうど絵名と会い、3人で軽く世間話をした後解散した。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

それから数日間、雫は仕事の都合で来れなかったりする中、愛莉が毎日のように付き合ってくれることにより、みのりの自己PRは劇的に改善されていた。

そして今日は、愛莉と数日ぶりに参加した雫の前で自己PRの最終審査だ。

 

それを、私は今日も運動しやすい服に着替えてはいるものの、遥と一緒に座って見ていた。

 

「...いいわね。自己PRもバッチリまとまってきたじゃない!」

 

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

愛莉に褒められ、笑顔を見せるみのり。

愛莉と一緒に頭を悩ませてPR文を考えていたのがもう昔のようだ。

 

「そういえば、書類審査用の写真は撮れた?」

 

「あ、はい! えっと、こんな感じなんですけど....」

 

雫に聞かれ、みのりはカバンの中からファイルを取り出して、1枚の写真を抜き取った。

 

それを見た愛莉は、少し意外そうに片眉を上げてほほ笑んだ。

 

「あら、ナチュラルでいい感じじゃない。写真はこれでいいと思うわ。でも、実物の方を磨くことも忘れないよーに! 写真と違いますね~、なんて、マイナスな方で言われたくないでしょ?」

 

「た、確かに...! ...でも、他の子たちはみんなかわいいんだろうなあ。写真も、実物も...」

 

そう言いながら、みのりは不安そうに手を胸の前で合わせて俯いた。

どうしてこう、夢に向かって何度落とされようとも諦めずに挑戦する意思があるのに、自信は持てないのだろうか。

それは『普通』の事なのかもしれないけど、私からすれば理解できない。

 

みのりは俯いたまま、人差し指と人差し指をつんつんと合わせながら体育座りを始めた。

 

どんどん暗くなっていくな。誰か止めてあげないのか。

 

「...日野森先輩みたいにキレイだったら、こんなに不安にならなかったのかな...」

 

「...アイドルは見た目でなれるものじゃないわ。アイドルはハートが大事なの。ファンのためを思って頑張る心。それがアイドルにとって一番大切なものよ」

 

雫にそう声をかけられたみのりは、俯いていた顔を上げて、雫を見上げた。

 

「...昔、ある人に教えてもらったの。みのりちゃんはとっても素敵だから、自信を持って。ね?」

 

「...はい! ありがとうございます!」

 

こうしてアイドルとしての先輩に教えられ、それを素直に受け取ることが出来るのは、みのりの長所だろう。

 

美人な雫に『顔じゃない』と言われても、中々納得できるものでもないだろう。

特に雫に言われるのは。

 

「よ~し! 練習頑張るぞ~! お~!」

 

みのりは勢いよく立ち上がり、手を上に突き出した。

それを見た愛莉と雫は微笑みあい、1つ頷いた。

 

「それじゃあ、次のステップに行くわよ!」

 

「はい! 瀬名ちゃんも、一緒に頑張ろう!」

 

「え」

 

愛莉の言葉に頷いた後、みのりはなぜかこちらの方に駆け寄り、私の手を引いて元の場所へと戻った。

何故私もここに連れてこられたのかはわからないが、もしかして私も練習に参加するというのが継続されているのだろうか。

 

別にアイドルになりたいわけじゃないが、ここでそういうと、『なんでいるの?』となる可能性が大なので、否定しないだけだ。

どこかのタイミングで、良い感じに修正しなければならない。

まだ何も思いついてないけど。

 

「絵名に聞いたわよ。『瀬名がPC見て踊ってたから、もしかしたらなりたいもの、見つかったのかも』って。タイミング的に間違いないわね。瀬名も気合入れなさい!」

 

「...おーまい...」

 

これもう修正不可能なのではないだろうか。

 

「さ、まずは筋トレと適度なランニングからよ。基礎が大事なんだから!」

 

「ひょ、ひょえ」

 

「瀬名ちゃんそれ私のマネ!?」

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

翌日。

未だにセカイに入ることの出来ない4人なため、私もセカイを経由して宮益坂女子学園に来ることが出来ず、自分の足で向かっている途中。

 

もう私が校内に入ってくるのを日常と認識しているのか、すれ違う生徒に頭を撫でられたりするようになった頃。

ひどく聞きなれた声が私を呼び止めた。

 

「あ、そこの白い髪の人。ちょっといいかな」

 

「...」

 

振り返るまでもなく誰かわかるが、ここで振り向かないのは不自然だろう。

私は後ろを振り向くと、そこには予想通り、まふゆが立っていた。

 

「聞きたいことがあるの。少しだけ時間をくれないかな?」

 

まふゆはそれだけ言うと、私の目をまっすぐ見つめて口を閉じた。

私の返答待ちなのだろう。

 

本音を言ってしまえば、今すぐにでも屋上に向かいたい。

まだ時間に余裕があるとはいえ、遅れれば愛莉に怒られる。別にアイドルになりたいわけでもないのに。

 

仕方なしに、私は首を縦に振った。

 

「ありがとう。ちょうど空いてる教室があるから、そこで話そう」

 

まふゆは教室の扉を開けて、奥へと進んでいく。

私もそのあとを追いかけて、扉を閉めた。

 

こうしてまふゆに話しかけられる可能性を考えなかったわけではないが、私はそれらを全てあり得ないと振り払ってきた。

私が過去の記憶を覚えていること自体が異常なのだ。ここでまふゆも覚えているとなるとなると更におかしくなる。

 

私がまふゆが話を始めてくれるのを待っていると、それを察したのかはわからないが、真顔になったまふゆが喋りだした。

 

「私、最近夢を見るの。私が入ってるサークルの中に、いるはずのないもう1人がいる夢。その子は、私がどれだけ常識のないことをしても、何も言わずに受け入れてくれる。その子の為なら、私は何でも力になれる、そう思うような、そんな子。ただ、目を覚ました世界にはその子はいなくて。でも、私の身に起きたことは夢の中とそう大差なくて。...これって、偶然かな? 夢の中に、あなたが出てくるの。偶然かな? 東雲瀬名。姉がサークルメンバーの絵名。偶然かな?」

 

「...私は、知らない」

 

まふゆの一息もつかない怒涛のマシンガントークに、私は否定する事しかできない。

ここで偶然じゃないなんて言って、まふゆに事情を説明するのは簡単だけれど、そのあとが怖い。

何が起きるのかわからないのだ。

 

私の姉や兄ですら、そのことについては覚えていないのだ。なのに、まふゆが夢を見ることでその時のことを覚えているというのは、何かとてつもないことが動いているような気がする。

 

私が首を横に振って否定したのを見ると、まふゆは数秒目を閉じた後、再び目を開いたときには笑顔になっていた。

 

「ごめんね、変なこと言って。用事があったんだよね、ありがとう、私のために時間を割いてくれて」

 

「...大丈夫。じゃあ、私は行く」

 

私は逃げるように、まふゆに背を向けて教室から出て行った。

 

早くセカイを経由して屋上へと移動したいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「驚かなかった、か」




まふゆこわ


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第7話

これが間違って投稿していた分です。

慌ててコピーして、としていたので、もしかしたら文が抜けている可能性があります。

えへ。


まふゆから逃げるように合流した屋上では、既にみのりの練習が始まっているところだった。

 

屋上の扉を開けて入ってきた私にいち早く気付いた遥は、ベンチから立ち上がってこちらに近づいてきた。

 

「遅かったね。何かあったの?」

 

「...まぁ、ちょっとだけ」

 

歯切れの悪い私の返答に、特に突っ込むこともなく、遥は1つ頷いただけで私から視線を外した。

 

「みのり、順調そう?」

 

「うーん、どうだろう。これまでのみのりの練習をしらないから何とも言えないけど、あの2人の練習がこれまでのと比べてハードだった時、ちょっと気になることはあるけど」

 

「...?」

 

遥の言う気になる事を考えても、特にぱっと思いつくものはない。

何を気にしているのかを聞くのも何だか憚られたので、私はそのまま流して制服を脱ぎ始める。

 

「...いつも思ってたんだけど、瀬名ってあんまり乗り気じゃないのに、レベル高いよね。実はアイドルだったりする?」

 

「ただの一般人」

 

私が制服を脱いで運動服に着替える最中に、遥がそんな事を聞いてくるので、私は内心ガッツポーズをしながらそれを否定していく。

 

この間までアイドルやってた遥が言うのだ、私の作戦は成功と言えるだろう。

 

着替え終わった私は、遥に荷物を任せて、3人の元へと向かう。

 

「待たせた」

 

「あら、ようやく来たわね。今日は激しくいくわよ。みのりは動きのぎこちなさを無くすのを意識すること。瀬名は自然な笑顔を浮かべることを意識しなさい!」

 

「はい!」

 

「はぃ...」

 

はっきり言おう。

自然な笑顔はもう無理だ。

 

笑顔に関しては、私の性格のせいなのか、真顔でほぼ固定されているため難しい。

ただその代わり、ジト目は得意だ。目を細めるだけでジト目になるので、彰人を問い詰めるのに重宝している。

 

「さ、やるわよ!」

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

「そうね...瀬名ちゃんは笑顔、と言うよりかは、表情を変化させるのが苦手そうだから、まずは表情筋を鍛えましょうか」

 

「表情筋?」

 

「ええ。『う』と『い』を繰り返し言うのよ。ただこの時、単純に言うだけじゃなくて、『う』の時は思い切り口をすぼめて、『い』の時は前歯が見えるようにして笑顔を作るの。変に違うところに力を入れちゃだめよ」

 

「ふむ」

 

愛莉の号令の後、いざ実際にトレーニングしましょう、となったところで、私とみのりのやるべきことが違うという話になり、愛莉はみのりを。雫は私を見るということになった。

 

雫の言うように、『う』と『い』を繰り返し言う私。

ちらりとみのりの方を見ると、みのりが愛莉に指導されていた。

だが、この間までの『鞭! 鞭! 鞭!』ではなく、今回は優しめだ。

 

「本当は全身鏡でもあったら便利なんだけど。今日はこれで我慢しましょう。内カメラで確認しながらやるわよ」

 

「はい!」

 

愛莉はそう言いながら、スマホのカメラアプリを起動し、カバンに立てかけてみのりの姿を視えるようにして指導を始めた。

 

さすがに飴担当がこちらに来ている分、配慮はしているようだ。

 

「う...い...」

 

「そうそう! 上手ね!」

 

ただ問題なのは、雫が飴担当から変われなさそうという点だろうか。

 

私の身体スペック上、このままでも上達することは間違いないだろうけど、一般人には甘すぎる環境かもしれない。

雫が他人に教えるときは要注意だ。

 

そんな事を考えていると、横から視線を感じた。

 

感じた方を見てみると、そこにはベンチに座って本を広げているのに、本を読まずに私を見つめている遥の姿があった。

 

「...」

 

「う...う...う...」

 

「どうしたの? 『う』の次は『い』よ?」

 

「い...い...い...」

 

「『い』の次は『う』よ瀬名ちゃん!?」

 

なんだ、この圧は。

プレッシャーを感じる...これが、ニュータイプだとでも言うのか。

 

そんなふざけたことを考えているうちに練習は進んでいき、太陽が沈み始めたところで、愛莉の声が飛んだ。

 

「今日はここまでにしましょうか!」

 

「うぅ...疲れた...」

 

「『う』...『い』...」

 

「瀬名ちゃん、上手!」

 

「いや、もう終わりだってば。...雫、あんた瀬名に何したのよ」

 

みのりが床に座り込み、私は虚空を見つめて言葉を繰り返す。

そんな私の異常に気が付いたのか、愛莉がジト目で雫を見た。

 

「...みのりちゃんもお疲れさま。2人とも今日も頑張ったわね」

 

しかし、雫は愛莉から顔を背けて、話をそらした。

 

おい、ちゃんと説明しろ。

私が『う』と『い』しか喋れない体になったらどうしてくれる。

 

雫の様子に若干呆れ気味の愛莉だが、すぐにため息1つ吐き出して切り替えた。

 

「...今日できなかったことの確認、ちゃんとやっておくよーに! いい?」

 

「はい! ...あ、痛たた」

 

愛莉にそう声をかけられ、立ち上がろうとしたみのりだが、バランスを崩したようにその場に再び座り込んだ。

 

見るからに怪我だろう。

それを愛莉も分かっている様で、すぐにしゃがんでみのりの足首を見た。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「あ、ちょっぴり足ひねっちゃったみたいです。でも、すぐ治ると思いますから...」

 

心配する愛莉に対して、怪我を押し通そうとするみのり。

どれだけ小さい怪我だとしても、それを無視して動けばどうなるかを知っている彼女たちは、すぐにみのりに言い聞かせようと口を開いたが、その間に遥が入ってきた。

 

「見せて、みのり」

 

「え、遥ちゃん?」

 

いつの間にかベンチからこちらまでやってきていた遥は、みのりがぼーっとしている間に軽く足を見て、安心したようなため息を吐き出した。

 

「...よかった。腫れてはいないみたい。でも、湿布を貼っておいた方がいいかも」

 

その遥の判断を聞いていた私たち3人も、安堵の息を漏らす。

ひとまずは、何ともないようで助かった。

 

そして、遥が心配そうな声でみのりに言い聞かせる。

 

「みのり、練習を頑張るのはすごくいいことだよ。でも、無理はしないでね」

 

「う、うん! ありがとう、遥ちゃん」

 

みのりの足の軽い診察を終えた遥は立ち上がり、みのりの側から離れる。

足首を痛めたみのりと言えば、彼女は遥の優しさを目の前で見て、感動し、また改めて決意しているように見えた。

 

そんな時、側に置いてあったみのりのスマホから、またもや光が溢れだし、初音ミクが映された。

 

『みのりちゃん!』

 

「ミ、ミクちゃん!? どうしてまた...」

 

『驚かせてごめんね。本当はセカイで待ってようと思ってたんだけど、みんな元気がないんじゃないかなって、気になっちゃって』

 

 

そういう初音ミクに対して、みのりは不思議そうに首を傾げた。

 

「え? 私は元気だけど...」

 

でしょうね。

 

と言うか、みのりに元気がないところを見たことが無いというのもあるけれど、多分すぐにわかるような状態だと思う。

 

詰まるところ、それはみのりのことではなく。

 

「......」

 

『みんなで私たちのライブを見に来て欲しいの! そしたらきっと、元気になれると思うから』

 

「ライブ?」

 

『後でプレイリストを見てみて! それじゃ、セカイで待ってるから!』

 

初音ミクはそれだけ告げると、姿を消し、スマホの光も消えた。

 

またしても唐突に出てきた初音ミクに対して、少し呆けていた皆も落ち着きを取り戻していく。

 

「あ、消えちゃった」

 

「やっぱりこれって、新手の広告なのかしら? 随分こってるわね」

 

これが新手の広告だとして、私たちの名前を把握していることと、勝手にスマホから映し出されること。更に、技術面とおかしな点が多すぎる。

 

今の科学技術でどれだけ再現できるだろうか、と私が考えていると、雫がそういえば、と口を開いた。

 

「セカイ。...あのミクちゃん、前もセカイって言ってたわね」

 

「あ、そういえばプレイリストを見てみてって...」

 

先程まで初音ミクが映し出されていた自身のスマホを手に取り、みのりはプレイリストを開く。

数多くあるアイドルの曲たちの中に、『Untitled』と言う曲が入っていた。

 

「あれ? なんだろう、これ。『Untitled』って曲が入ってる」

 

「『Untitled』? 無題ってこと?」

 

「うーん、もしかしたらそういう曲もあるかもしれないけど...」

 

愛莉と雫が首をかしげている中、みのりが顎に手を当てて私を見る。

 

「この曲を聴いてってことなのかな?」

 

それに、私は迷いなく頷く。

 

私が頷いたことで、みのりは『Untitled』をタップして曲を再生する。

その瞬間、思わず目を閉じてしまうほどの光がスマホから放たれた。

 

「わわっ!? す、スマホが光って...!?」

 

「...!?」

 

ようやく、私たちはセカイへと入り込んだ。




35曲目までAPしました。

動画投稿者がぽんぽんAP出していることの凄さを再確認しました。


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第8話

今月初めての1日休みを堪能していたら投稿忘れていました。

うえーん。


「え? ここ、どこ?」

 

私たち5人が飛び込んだのは、メインの色は緑で彩られているステージのあるセカイ。

下からライトが照らされていて、結構な広さがある。

 

「ステージ...? が、あっちにも、こっちにも...」

 

私たちがいるのは、ステージの横。

観客席とは少し離れた場所なので、どちらかというと、出演者がいるような場所だろうか。

 

「どうなってるの...?」

 

「私たち、さっきまで屋上にいたわよね?」

 

遥は真剣な顔でこの状況を理解しようとしている中で、雫は目をぱちぱちさせて、まだこの状況についていけてなさそうだ。

愛莉を見ると、自分で自分の頬をつねっていた。

 

「何よ、ここ...! 夢じゃないわよね...うぅ、頬が痛い」

 

3人揃って困惑していると、少し前に出てステージ近辺を見ていたみのりが、こちらに戻ってきた。

 

「あ、先輩たちも! 瀬名ちゃんもいた! よかったぁ...1人じゃなくて」

 

みのりは安堵の声を漏らして、私の手を握った。

本当に心細かったのかもしれない。

 

みのりは私の手を握ったまま、周りを見渡した。

 

「それにしても、すごい数のサイリウム。...もしかして、これからライブが始まる、のかな?」

 

緑、黄色、ピンクのサイリウムが数多くの人に振られている。

もしかしたら他の色もあるかもしれないが、私の場所から見えるのはその3色だけだ。

 

そうして周囲を観察していると、私からしてみれば聞き慣れた、でもどこか違うような声が聞こえてきた。

 

「うん! そうだよ、みのりちゃん!」

 

声のした方を振り向けば、そこにはあの時みのりのスマホから映し出されていた初音ミクがいた。

 

「ミ、ミクちゃん!?」

 

笑顔の初音ミクの後ろから、頭のリボンがトレードマークのリンが走ってきた。

 

「ミクちゃーん、もうすぐ開演だよー! ...あっ!」

 

リンはその勢いのまま、初音ミクを追い越してみのりと、手が繋がっている私を抱きしめた。

 

「みんな、来てくれたんだね~! 私たち、待ってたんだよ~!」

 

「リ、リンちゃんも!? っていうか、私今、リンちゃんと握手してる...?」

 

リンが空いているみのりの片手、右手を取ってブンブンと振り回し、そのあと、私の空いている左手を取ってブンブン振り回した。

別に私は握手を求めているわけじゃないのだが...。

あ、サインもらえますか。

 

未だにこの状況を把握しきれていない様子の遥が、思わず、といった様子で呟く。

 

「...一体どういうこと? ミクもリンもバーチャル・シンガーのはずなのに、どうして会話して、触ることもできるの?」

 

確かに、遥の疑問は最もだ。

私も最初セカイに来たときは驚いたし、初音ミクに触れられるという謎現象も、飲み込むのに少し時間がかかった。

ただまぁ、最終的には『そういうもの』だと納得したのだが。

 

「それはね、ここが、みんなの想いでできたセカイだからだよ!」

 

「想いでできた、セカイ?」

 

雫の問いに、初音ミクは元気よく頷く。

 

「うん! 4人の、アイドルへの想いでできたセカイ! 私たちは、ここでみんなが本当の想いを見つけられるよう、お手伝いするためにいるの」

 

「そう! ここでは、本当の想いを見つけられたら、その想いから歌が生まれるんだ♪」

 

初音ミクの説明に、リンが補足を入れる。

ただ、その説明を聞いていた遥が首を傾げた。

 

「4人? ここにいるのは5人だけど、数が合わないんじゃ...」

 

「ううん、数は合ってるよ。瀬名ちゃんは、みんなのお手伝いに来てくれた人だから!」

 

遥の問いに答えたリンは、私に抱き着いて頬擦りしてくる。

なんだか、私のセカイにいる初音ミクのようだ。まぁあれより可愛いからよしとするけど。

 

というか、私の特異性を、お手伝いって説明するのいいな。

今後のセカイでの私の説明は、お手伝いさんで通そうか。

 

リンの説明に納得したような、していないような遥は、とりあえず頷いた。

 

「でも、みんなはまだ、本当の想いを見つけられていないみたいだね」

 

「........」

 

「想いが歌に? えーっと、どういうこと...?」

 

リンが告げた内容に、遥は黙り込み、みのりが首を傾げた。

 

想いが歌になる。

確かに、文字にしたら意味が分からない。

 

しかし、それを今この場で説明する気は無いようで、リンと初音ミクはステージの方へと歩いて行った。

 

「詳しい説明はあと! まずは私たちのライブを見てほしいなっ♪」

 

「うん! みんなが元気になれるように、とっておきのライブを考えたんだよ! 見ててね!」

 

リンと初音ミクの説明に、みのりたち4人は顔を合わせた後、揃って首を傾げた。

 

「え、えーっと、つまり、今からミクちゃんたちのライブを見られるってこと...?」

 

『?』を浮かべているみのりの服を、後ろから愛莉が引っ張る。

その顔はやけに真剣な表情だ。

 

「みのり、顔貸して」

 

「え? いひゃひゃひゃひゃっ!?」

 

なんと愛莉は、呆けた顔をしているみのりの頬を引っ張った。

 

まさか何も言わずに引っ張るとは思わなかったが、愛莉が言わんとすることもわからないでもない。

 

愛莉に頬をつねられ、涙目のみのりは私を盾にしながら愛莉に困惑の視線を送った。

 

「な、なんでほっぺたつねるんですか!?」

 

「だって、夢でも見てるのかもって思うでしょ?」

 

「じ、自分のほっぺたでやればいいのに...瀬名ちゃんもそう思うよね?」

 

自信満々に告げられた愛莉の言葉に納得できないようで、みのりは私の後頭部に顔を埋めながら同意を得ようとしてくる。

 

まぁみのりの言いたいこともわかる。

頬をつねられることで夢かどうかを確かめると言うのは、痛みが伴うからこそだ。

夢なら痛くない、という本当なのかどうかもよくわからないことで現実かどうかを区別しようとしているのだが...それにしても自分で確かめないのは卑怯だと思う。

 

「やり返せば?」

 

「むむむむむむむりだよっ!?」

 

やられたらやり返す精神をみのりに教えてみると、みのりは涙目で首を横にぶんぶんと振った。

まぁみのりがやり返してやろうと思うような子でないことは私がよく知っているのだが。

 

私とみのりが戯れていると、雫が、あ、と声をあげた。

 

「見て、始まるみたいよ」

 

雫の声に従ってステージの方を見ると、私たちはいつの間にか特等席に来ていて、ステージの真正面から初音ミクとリンを見るような形になっていた。

 

「みんなこんにちはー! ミクです!」

 

「リンだよーっ♪ 今日は私たちのライブに来てくれてありがとう!」

 

「みんなに楽しんでもらえるように、精一杯歌うね! それではこの曲から! 聴いてください!」

 

『ー♪ ーー♪』

 

そうして歌いだした初音ミクとリンは、技術どうこうよりも、楽しさが見ている私たちにも伝わってくるようだった。

2人のアイコンタクトで、次々と息が合っているパフォーマンスをしていく。

魅せつつも、楽しさを届けるような、そんなライブだと私は感じた。

 

「わぁー! 瀬名ちゃん、今ファンサしてくれたよ!!」

 

「うむ」

 

「あんたたち、よくこんなわけわからない状況で楽しめるわね...」

 

流石にみのりのハイテンションにはついていけないが、私もこの状況を楽しんでいる。

もうよくわからない状況というのは慣れたのだ。人間誰しも慣れということだ。

 

「みんなも一緒に~?」

 

初音ミクがそういうと、観客も息の合ったコールを返す。

まるで一体になっているかのようだ。

 

それを見ていたみのりは目を輝かせて、興奮を抑えきれないように私の方を揺さぶった。

 

「お客さんもとっても楽しそう...!」

 

そうして少しの間私を揺さぶっていたのだが、それがピタリと止まり、不審に思った私がみのりの顔を見上げると、何かを決意したような顔のみのりがいた。

 

今のみのりであれば、また私を揺さぶることはないだろうが、またいつ揺さぶりを始めるともわからない。

私はみのりの側から少しだけ離れた。

 

そうすると、先ほどまで聞こえてこなかった3人の声が聞こえてくる。

 

「2人とも息がピッタリ...。きっと、お互いのことをとても信頼しているのね」

 

「...そうね」

 

そういう雫と遥は、羨ましさ半分、苦しさ半分と言った感じで。

 

「.......。.......私も、こんなステージ......」

 

愛莉の顔は見るまでもなかった。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

「次の曲は、みんなもわかってるよね?」

 

初音ミクがそういうと、一斉にステージのライトどころか、観客のペンライトも青に染まっていく。

確か、会場が無線コントロールできるタイプのペンライトを販売していると、このような芸当が可能になるというわけだ。

一斉に色を変えるだけでなく、この席にいる人はこの色、などなど。色々な事が出来ると聞いたことがある。

 

そういう科学で気になったことは覚えているんだがなぁ。

 

「わぁ、すごい...! ペンライトの色が全部青に...!」

 

そうして始まるみのりの百面相。

最初は懐かしい表情をしていたのだが、今度は寂しそうな表情を見せていた。

 

青のペンライトを見てこの顔をしているのだから、何を考えているのかは何よりもわかりやすい。

だからこそ、今まさに歩み寄っている彼女の言葉が助けになるはず。

 

「...海みたいに見えるんだよ」

 

「えっ?」

 

「ステージの上から見ると、みんなが青くしてくれたペンライトが、海みたいに。...青い光と一緒に、みんなの嬉しそうな顔が見えて、すごく...綺麗だった」

 

途中まで明るい表情で語っていた遥だが、言葉を区切り、一気に表情を暗くさせた。

 

「もう.........見られないけど」

 

「遥ちゃん...」

 

表情を落ち込ませる遥に、みのりも何と言ったらいいのかわからないようで、同じように表情を暗くさせていく。

 

遥の大ファンで、遥の言う『海』の一員にもなっていたみのりだから、人一倍悲しんでいる様子だ。

 

その後もライブは順調に進んでいき、まるでみのりたち4人が誰からも見えていないかのような盛り上がりを見せていた。

彼女たちの周りだけ、どんよりしている。

 

もうあそこには立てない。あそこに立ちたかった。立ったとしても。

言わずとも顔を見るだけで声が聞こえてくる中で、みのりだけが純粋な憧れの目でステージを見ていた。

ただ、他3人の雰囲気に飲み込まれて見えなくなっているだけで。

 

ライブが終わり、初音ミクとリンがステージから降りてこちらへとまっすぐ向かってきていた。

 

「はぁ~っ! 今日もライブ大成功っ♪」

 

「ねえねえみんな! 私たちのライブどうだった? 元気になれたかな?」

 

ライブが終わってもまだ元気いっぱい、と言った様子の2人に、みのりも同じようなテンションで駆け寄った。

 

「うん! 最高のライブだったよ! 私、まだ明日から頑張れそう!」

 

「ふふっ♪ よかった~」

 

と、そこでみのりが不思議そうに首を傾げた。

 

みのりが視線を動かし、私もそれを追うと、目に入ってくるのは未だに光っている青いペンライト。

既にライブは終了しているためか、掲げて振っている人はいないようだが、光が消えるわけでもないようだ。

 

「でも、なんでみんな青いペンライトなの? ミクちゃんとリンちゃんなら、緑と黄色なのかなって思ってたけど...」

 

確かに言われてみればそうだ。

青と言えば、KAITOのイメージが強い。

 

私とみのりが揃って首をかしげていると、初音ミクは微笑ましいものを見たような笑みを浮かべた。

 

「それはね、想いがこのセカイで形になってるからだよ」

 

「想いが、形に...?」

 

既に想いが形を成し、こうして私たちの前に姿を見せている。

これも、みのりのつよつよメンタルからくる要因なのだろうか。

 

詳しい話を聞こうと私が口を開こうとすると、それよりも先に、私たちの後ろから冷たい声が聞こえてきた。

 

「ミク、リン。ライブを見せてくれてありがとう。とても素敵だった。...でもそろそろ帰らせてくれる?」

 

「え...」

 

普段見ている遥と雰囲気が違う。

そのことを感じ取ったみのりは、見るからに困惑していた。

 

 




まふゆの限定欲しいなぁ...年末用に石貯めなきゃなぁ...運営、鬼だなぁ....。


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第9話

絵名がアイドルやってる世界線の話が書きたくなってきた。

承認欲求は今よりひどくなりそう。




突然の遥の帰らせろ宣言に、リンは大きな声を出して驚いた。

 

「えぇっ!? もう帰っちゃうの!?」

 

「うん。...帰って、明日の予習をしなきゃいけないし」

 

そういう遥からは、先ほどまで感じていた冷たさは感じられなくなっていた。

見た感じは、いつもの遥だ。

このままだと明日の勉強に支障が出る、と眉を八の字にして困ったように笑う遥は、いつも通りに見える。

 

さっき見た遥が見間違いだったと思ったのか、みのりは目をこすっていた。

 

遥の要望を聞いた初音ミクは、それじゃあ仕方ない、というような顔で、スマホを持っているような形に手を見せ、軽く手を振った。

 

「そっか。それなら、『Untitled』の再生を止めれば、元居た世界に戻れるよ」

 

「えー! ミクちゃん、教えたら帰っちゃうよ!」

 

「いいんだよ、リンちゃん。ライブを見た後は、みんなおうちに帰るでしょ?」

 

「そ、それはそうだけど~!」

 

わがままを言う妹と、それを優しく言い聞かせる姉、みたいな構図だ。

 

初音ミクに言われたとおりにスマホを取り出した遥は、理解したように頷いた。

 

「なるほど、これか。...ありがとう、ミク、リン。今日は久しぶりに...楽しかった」

 

遥はそれだけ言うと、スマホの『Untitled』の再生を止めようと指をずらす。

今まさに止める、と言ったところで、初音ミクが遥を呼び止めた。

 

「遥ちゃん!」

 

「え?」

 

「『Untitled』を再生すれば、いつでもここに来られるよ! だから、いつでも会いに来てね!」

 

それは、私が何回もしてきたこと。

遥も同じことをすることで、このセカイに自由に出入りできるようになる。

 

それを告げられた遥は、心苦しそうな顔で、スマホをタップした。

 

「...さよなら」

 

白い光に、いろんな色のガラスのような何かを飛ばしながら、消えていく遥。

 

あの顔はきっと、『もう来ることはない』という顔だろう。

私は察しがいいのだ。

 

セカイから出る方法を聞いていた愛莉も、同じようにスマホを取り出す。

 

「...私も、もう帰るわ」

 

「え、桃井先輩も?」

 

「ミクたちが言った通りよ。ライブが終わったから、帰るだけ」

 

私たちと一切目を合わせずにそういう愛莉に、雫の便乗してスマホを取り出す。

 

「そうね、私も帰らなくちゃ。ミクちゃん、リンちゃん。とても素敵なライブを見せてくれてありがとう。...みのりちゃん、また、学校でね」

 

愛莉に至っては、別れの挨拶すらせずに2人でセカイから消えていった。

 

「あっ、桃井先輩! 日野森先輩...!」

 

思わず、と言った様子で手を伸ばしたみのりだが、既に2人はセカイから帰っている。

伸ばした先にはもう、誰もいない。

 

目的を見失った腕を下ろし、みのりはため息を吐きだした。

 

「...みんな、様子がおかしかった。あんなに素敵なライブだったのに...。なんでみんな、寂しそうな顔をしてたんだろう...」

 

気分を沈めるみのりとは対照的に、元気なリンがみのりの肩を叩いた。

 

「大丈夫だよ、みのりちゃん! みんなきっと、少しだけ、アイドルへの想いを思い出してたんじゃないかな?」

 

「え...?」

 

「ねえ、みのりちゃん。このセカイは、みのりちゃんたちに本当の想いを見つけてもらうためにあるんだ」

 

初音ミクはそこで言葉を区切り、辺りを見渡した。

それにつられて私も辺りを見ると、既にあれだけいた観客は1人も残らずいなくなっており、未だにライトアップされたままのステージが異物のように感じるようになっていた。

 

...いや、リハーサルのよう、とも言えるか。

 

「だからもし、自分の想いや誰かの想いが見つけられなくて苦しくなったりしたら...いつでもセカイに来てね」

 

「本当の想い...って、そうだ! 私も今日できなかったところ、家で練習しなくっちゃ!」

 

わたわたとスマホを取り出したみのりは、急いで『Untitled』を止めようとして、初音ミクに申し訳なさそうな顔を向けた。

 

「ご、ごめんねミクちゃん、リンちゃん。私もそろそろ帰らなくちゃ」

 

「ふふ。大丈夫だよみのりちゃん。また元気になりたい時は、いつでも遊びに来てね! 私たちは、いつだってとっておきのライブを見せるから!」

 

「うん! 元気をお届けしちゃうよーっ♪」

 

「...うん! 今日は本当にありがとう! また来るね、ミクちゃん! リンちゃん! 瀬名ちゃんも、また学校で!」

 

みのりは私たち3人に笑顔を向けると、そのままセカイから消えていった。

 

後に残された私も、そろそろ帰ろうかと思いポケットに手を突っ込もうとすると、その手をリンがつかんだ。

 

「さぁ! いつでもライブ出来るように練習しよう!」

 

「え、私帰りた」

 

「よ~し、頑張るぞ~!」

 

右手をリンに、左手を初音ミクに繋がれた私は、抵抗むなしくステージの上へと連れていかれた。

 

「これ、預かっておくね」

 

「あ、私のスマホ」

 

「それじゃあ、まずは私が一通り流して踊るから、軽くでいいから覚えてね!」

 

スマホをいつの間にか初音ミクに取られ、リンが私の前で音楽を流して踊り始める。

踊り自体はそんなに難しいものじゃない。わかりやすい踊りで、サビなんかは特に人の記憶に残りやすい踊りをしている。

若者の間でこの部分だけ踊るのが流行りそうな感じ、と言えばわかりやすいか。

 

...いやちょっと待ってほしい。

流れで納得しそうになっていたけれど、これ私が踊るのか? 今から?

 

「さ、瀬名ちゃんも、行くよ!」

 

「ひょえ...」

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

あの地獄のようなライブの練習により、私は人生で右手で数えられるぐらいしかなったことのない筋肉痛になっていた。

 

自分の『無かったはずのセカイ』で、体を休めるべく横になりながら昨日のことを思い返す。

 

踊って、指導され、踊って、指導され、踊って。

初音ミクがどこから持ってきたのか、いつの間にか持っていたポ〇リで水分補給をしながら踊ること数時間。

彼女たちに合格をもらい、一緒に踊れるまでしごかれたのだ。

 

今日もみのりたちとの練習が終われば、セカイに来るように言われている。

正直に言ってしまえば面倒だ。だけど、私はセカイに行って練習をするのだろう。

 

「...私、変わったかな」

 

最初の...それこそ、まだ『Untitled』なんてものがスマホの中にないときは、すぐに行かなくなっていただろう。

行っても、何かしら理由を付けて断るとか、身体能力に物を言わせて、とか。

 

だけどこうして流されるまま、期待を寄せられるままに生活しているのは、なんでなんだろう。

 

空を見上げていた顔を横に傾けると、初音ミクがリンをおんぶして走り回っていた。

その元気を少しでもいいから分けてほしいと思いながら見ていると、リンが初音ミクの首に回している手に何か持っていることに気が付いた。

 

「リン。それ何?」

 

体を起こして私が呼びかけると、リンは初音ミクの首を腕で締めた。

 

「ぐぇ」

 

蛙がつぶれたような声を出しながらその場に倒れる初音ミクから、うまいこと離れたリンはこちらにとてとてと歩いてくる。

 

手に持っているのは、少し小さめのラジカセだった。

 

「この中に、曲が入る予定」

 

「予定?」

 

私が首をかしげると、リンも同じように首を傾げた。

 

「私もわからない。まだ何も入ってない。でも、曲が入る気がする」

 

「...そう、なんだ」

 

よくわからない答えが返ってきたが、まぁリンが気に入っているようなのでよしとしよう。

 

筋肉痛の体がゆえにのろのろと立ち上がった私は、スマホが床に転がっているのを見て、また筋肉痛がゆえにのろのろとスマホを拾い上げる。

 

「そ、それじゃあ、私は行くから」

 

「...あんまり無理しないで」

 

「今度はここでライブしてね~!」

 

私を心配するリンと、終始楽しそうな初音ミクを最後に見て、私はセカイから出た。

 

出た場所は、神山中学校の屋上。

今日は別に来る必要はなかったが、たまには顔を出さないと家に連絡がいく。

 

私が不登校と言うか、学校に行っていないことは勿論両親は知っている。

母親は私の事を気遣ってただ微笑んでいるだけで何も言ってこない。

父親は、彼の未完成の絵を完成形まで描いたら、同じく何も言ってこなくなった。

 

要するに、バカだとしても絵を描くことが出来て、将来の事には困らない道があると言う事を理解したのだろう。

それに加えて私には、東雲慎英(しんえい)の娘と言う、ネームバリューもある。スタートがその辺の素人と言う訳でもないのが幸いだ。

 

ただ、未だにクリスマスに絵の本を置いていくのはやめてほしい。

私はプレゼントじゃなくてお金で欲しい派だ。

 

今度は、私はもう1つの『Untitled』を再生する。

 

眩しい光が私を包み、光が消えたときには、目の前にステージがあるセカイだった。

 

私の想定通りなことに安心した私は、ステージの縁に座っている初音ミクとリンに近づいて声をかけた。

 

「ちょっとお願いがあるんだけど」

 

「あれ、瀬名ちゃん。まだ練習の時間には早いよ?」

 

「いや、練習じゃなくて」

 

私は、セカイを経由してみのりたちの元へと行きたいと説明する。

それを、2人は快く了承してくれた。

 

「うん、勿論いいよ!」

 

「助かった。ありがとう」

 

出来る事自体はニーゴミクの時に知っていたので、懸念点は断られることだったが...それも杞憂だったようだ。

 

「行きたい人の顔を思い浮かべれば、その人の所に出るからね!」

 

「ありがとう」

 

そう親切に説明してくれる初音ミクに軽く頭を下げて、私は『Untitled』を止めた。

まだみのりとの練習の時間には早い。

 

セカイから出た私は、ひとまず、天気の良い屋上で、寝転がった。

勿論日陰で。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

空が赤くなり始める時間帯。

今日も今日とて、私はみのりの練習を見ていた。

 

私の手拍子に合わせて、みのりがステップを踏んでいく。

 

テンポが若干遅れてる。腕が伸びきってない。目線が下に向いてるせいで顔が下向いてる。

 

...この場に愛莉がいたら、そう言われていただろうか。

 

「...ふぅ。うーん、ここ難しいなぁ...。あれ? もうこんな時間?」

 

私が正面から手拍子しながら見ているため、横からの視点も欲しいと言う事で動画を撮っていた彼女は、一旦カメラを止めるためにスマホを持つと、かなり時間が経っていたことに気が付いて驚いた声を上げた。

 

今日の練習を始めて数時間。

たまに休むものの、みのりはほぼノンストップで練習を続けていた。

時間が気にならないほどに集中していたということだ。

 

ここに雫が居れば適度な休憩を挟んでくれるだろうけど、私はあえて何も言わない。

 

誰かに言われなければ体調管理が出来ないと言うのは、正直言って変えなければいけないだろう。

 

みのりがタオルで汗を拭いている間に、私もたたき続けて赤くなった手のひらを冷やしておく。

冷やすものは、先ほど買ってきたペットボトルに入ったジュース。スポーツ選手御用達と書いてあったが、本当だろうか。

 

「...ぬるい」

 

と言うか、時間が経ってぬるくなっている。

 

私が座ってペットボトルを手で転がして遊んでいると、その隣にみのりが座り込んだ。

 

「結局、今日は誰も来なかったね。メッセージも...うん、読んでもらえてないみたい」

 

はぁ、とため息を吐きだしたみのりは、体育座りになって、自分の膝に顔を埋めた。

 

すっかり落ち込んだみのりにどう声をかけるべきかと悩んでいると、唐突に扉が開いた。

 

「ふえ? あ、遥ちゃん! 来てくれたんだね! よかったぁ...」

 

もう解散するような時間帯にようやく来たのは、遥だった。

 

来てくれたことが嬉しいみのりは、すぐに立ち上がり、安堵の息を漏らした。

 

喜んでいるみのりと、筋肉痛に耐えながらのろのろ立ち上がった私を見て、それから遥は周囲を見渡して首を傾げた。

 

「...先輩たちは?」

 

「それが、今日は桃井先輩も日野森先輩も来てないだ...」

 

「そう。...でも、ちょうどよかったかな」

 

一体何のことだと、私とみのりが顔を合わせて首をかしげていると、遥が思わず、と言った様子で笑い始めた。

 

「ごめんごめん、あまりにも同じ動きだったから。...ねえみのり。私、明日から別の場所で読書しようと思うの。やっぱり、ダンスの練習している傍だと本に集中できなくって。瀬名も、折角教えてくれたのに、ごめんね」

 

そう言いながら、私たちに申し訳なさそうな顔をする遥。

私は別に何とも思わないので、首を横に振るが、隣のみのりはちょっと衝撃を受けている顔だ。

 

ただ、すぐに遥の言っている事が納得できることだと理解し、顎に手を当てた。

 

「そうだよね...遥ちゃん、静かな場所を探してただけだもんね。...どこか他に静かな場所、あるかな...?」

 

そう言いながら、みのりは私の方を向いて首を傾げた。

 

いや私に聞かれてもな。

 

「...私、他校.......探しておく」

 

みのりの『力になりたい!』という目に屈した私は、校内の先生に見つからないようにどこか良い場所を探すことを遥に告げた。

それを見ていた遥は、苦笑して頬をかいた。

 

ひとまず遥の次なるぼっちスペースを探しておく、と言う事になり話に区切りがついたところで、みのりが遥に頭を下げた。

 

「...遥ちゃん。今までありがとう。私のこと見守ってくれてたでしょ?」

 

「.......」

 

「遥ちゃんが傍にいてくれたおかげで、もっと頑張ろうって思えたよ。...えへへ」

 

「...そっか」

 

みのりの裏表のない、純粋な気持ちをぶつけられた遥は、くすぐったそうに笑いながら腕を組んだ。

照れ隠しだろうか。

 

「またいつでも連絡してね。時間が合ったら、たまには一緒に帰ろう?」

 

「うん!」

 

「...それじゃあね、2人とも」

 

そうして遥は、私たちに背を向けて歩き出した。

 

どうやってまたみのりたちと関わらせるかを私が考えていると、突然隣のみのりが叫んだ。

 

「遥ちゃん!!!!」

 

その大声に驚いたのか、遥は肩を跳ね上がらせて振り返った。

 

ちなみに私も驚いて心臓バクバクだ。

 

「私、オーディション頑張るね! それで絶対、遥ちゃんみたいなアイドルになる! 見てくれた人たちに、明日を頑張る希望をあげられるような...そんなアイドルに!」

 

みのりの宣言を聞いていた遥は、眉尻を下げながら微笑んだ。

 

「...うん、頑張ってね」

 

今度こそ背を向けて歩き出した遥の背中を、見えなくなるまで見届けた私たちは、同時にその場に座りこんだ。

 

「遥ちゃんの本を読む場所、早く見つけてあげなきゃ! ...今日は疲れたから、明日探そう」

 

「.......うん」

 

よいしょ、と立ち上がり、荷物を置いてあるベンチまで歩き出したみのりを追いかけて、私は空を見上げる。

 

みのりは信じている。今はそうでも、と、彼女たちの事を信じている。

きっと私がここにいる理由は、みのりの信じている気持ちを無駄にしないためなんだろう。

 

「...みのり。私も、ちょっと明日用事があるから来れない」

 

「そっかぁ。じゃあ明日は、体力を作るために走り込みしようかな?」

 

私がそういうと、一瞬寂しそうな顔をするが、すぐにスマホの予定帳を見て考え始める。

 

みのりはきっと大丈夫だろう。

それこそ、遥から全て否定でもされない限り。

だからこそ、私がすべきなのは別にある。

 

宮益坂女子学園から出てみのりと別れた私は、すぐに『Untitled』を再生する。

向かうのは、あのアイドルたちのセカイだ。

 



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第10話

一応、各グループ12話構成を目指してたんですけどね。

前回の第9話時点で、本編のモモジャンメインストーリー8話分までしか進んでないみたいです。

わぁ、この調子だとモモジャンだけ22話ぐらいかかるぞぉ。


翌日。

 

早速とばかりに、私は遥に連絡を取り、放課後に会う予定を取り付けた私は、宮益坂女子学園の校門前で待機していた。

 

ただ、やけに視線を集めている気がする。

 

それもそうか。

私の服は他校の、それもわかる人が見れば中学生の物だとわかるし、周りを見ても私のような白い髪の人はいない。

 

それならなぜ校内に侵入する時は誰も止めないし、ただ笑って手を振ってくるだけなのかが理解できないのだが。

 

...あぁ、そうか。

普段はそのまま校内に入るから、今日こうして外で待っているのが珍しく見られているのか。

 

私が腕を組んで唸っていると、後ろから遥が声をかけてきた。

 

「お待たせ。行こっか」

 

「うん」

 

そこから、私が先導する形で歩き出す。

 

目的地は、私がよく行く喫茶店だ。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

私が案内する喫茶店は、私が何度も来ている喫茶店だ。

この店は私が昔考え事をしたい時によく利用しており、おしゃれな雰囲気で人気のありそうな店だが、店内の客は少なく、静かなのが良い。

 

店内に入り、私お気に入りの店の奥の角に座った私は、店内を見渡している遥に着席を促す。

向かい合うタイプの2人用の席に座った遥は、荷物を床に置いて口を開いた。

 

「おしゃれで静かな店だね。もしかして、昨日言ってた場所ってここ?」

 

「違うけど、確かにここはいい店。ここが良いなら他の場所は探さないけど」

 

メニュー表を遥に渡しながら私がそういうと、遥は首を縦に振った。

 

「うん、気に入っちゃった。いつもこの時間に来てるの?」

 

「そう。放課後なのに学生が来ないから、よく来てる。コーヒーは絶品」

 

「じゃあ、私も瀬名がいつも飲んでるのと同じものを飲もうかな」

 

メニュー表を開くことなく、元の場所に戻した遥を見て、私は店員呼び出しボタンを押す。

カチ、と言う音がボタン自体からの音はするものの、それ以外の音は、店内で流れているピアノの落ち着いた曲だけだ。

 

すぐに店員が歩いてこちらにやってきたので、目で会釈して、指を2本立てる。

 

それだけで注文内容を把握した店員は、笑顔で親指を立てて、戻っていった。

 

私が指を立てるだけで注文している事に驚いたのか、遥は目を見開いていた。

 

「...『いつもの』で注文できるよりすごいんじゃない、それ」

 

「そうかな。...そうかも」

 

改めて他人に言われると、確かにおかしな光景な気もしてきた。

ただ、私が来店するたびに同じものしか頼まないので、店員の方から『いつものですか?』って聞いてきたのだ。

そのうち目で聞いてきているような気がしたので、頷いてみたら、私の注文通りの物がやってきたので、それからはそんな感じだ。

 

「お待たせいたしました」

 

少し時間が経った後。

届いたコーヒーの匂いを嗅いだ遥は、少し力んでいた顔を緩めて呟いた。

 

「...良い匂い」

 

「ミルクと砂糖はそこ」

 

私がミルクと砂糖の場所を指した後、そのまま飲んでいるのを見た遥は、私と同じくそのままブラックで飲み始めた。

 

遥もいけるタイプか、と思っていると、しばらくした後、苦笑してカップを置いた。

 

「ちょっと苦いかも。でも、そのまま飲んでこんなに美味しいと思ったのは初めて」

 

「...それはよかった」

 

そのまましばらくコーヒーを楽しんでいると、遥が口を開いた。

 

「そういえば...今日って、何か用事があったんじゃないの? もしかしてこのお店を紹介してくれるのが用事だった?」

 

「ん...気分転換。みのりがアイドルを目指して、遥を目標にしていることに対して、苦しそうな顔をしてたから」

 

私がそういうと、遥は特に驚きもせず、コーヒーに視線を下ろして苦笑いした。

 

「気づかれてたか」

 

「別に遥の過去を聞きたいわけじゃない。...話したいなら聞くけど」

 

「ううん、大丈夫。...だけど、いつか話すかもしれないから、その時は聞いてもらってもいい?」

 

「もちろん」

 

私が顔を上げた遥の目をまっすぐ見てそう伝えると、遥は少し恥ずかしそうに「ありがと」とだけ笑った。

 

ひとまず、遥は大丈夫そうだ。

 

それから他愛ない話をして、店を出た私たち。

今回の支払いは私がしたのだが、未だに遥は納得いっていないようで、私の腕をくいくいと引っ張っている。

 

「私年上なんだし、これでも売れてた元アイドルなんだよ? 私の分どころか、瀬名の分だって私が出したいのに」

 

「紹介したのは私だし、気分転換に来てほしかったのも私。...納得できないなら、また今度でかける時におごって」

 

このままでは納得してもらえないと確信した私は、次回を口にする。

これを持ち出したら大抵断れないのを知っているし、私はその次回を一緒に来るつもりはない。

 

その時はみのりにおごってやるといい。

 

私の提案を渋々と言った様子で承諾した遥と別れ、寄り道せずに自宅についた私。

ひとまず遥は大丈夫そうだ。

問題は後の2人。

 

みのり、遥、愛莉、雫の4人が今回のキーな事は確定している。

明日以降で、カバーが必要であればすぐに行かなければいけない。

 

一体どうなるかわからない未来を考えながら、私は1日を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

翌日。

目が覚めた私は、いつも通り学校に行くふりをしてセカイに入る。

今日も私のセカイではなく、みのりたちのセカイだ。

 

「あれ? 今日も早いね。誰かの所に行きたいの?」

 

私がセカイに入り込むと、前回と違ってすぐに気が付いた初音ミクが、不思議そうに首を傾げた。

 

「ん...落ち込んでたりする時に、すぐに行こうと思ったらここがちょうどよかった」

 

今回の世界線だと、何かが起きるとしたら大抵宮益坂女子学園の中。

ならば、いちいちそのたびにセカイに入って、そこから移動して、とするより、どうせ学校はさぼるのだし、最初からセカイにいればいい。

 

私が簡潔にそう初音ミクに伝えると、初音ミクの後ろからリンがひょっこり顔を出した。

 

「頭良いね! なら、早速私たちの出番だよ!」

 

ウキウキした様子のリンに手を引かれ、そのままステージから降りていく私とリン。

後ろを振り向けば、初音ミクが嬉しそうに手を振っていた。

 

一体どこに行くんだと思いながらリンに手を引かれるまま歩いていると、控室のような場所へと入っていった。

 

テーブルにイスに、テレビ。あとは化粧をするためのでかい鏡とそれに合わせた少し小さめのイス。

 

最初はここの整理でもするのかと思って見てみるが、特に散らかっている様子もない。

一体なんだと思いリンを見ると、リンは満面の笑みで腰に手を当てて胸を張っていた。

 

「さぁ、元気づけに行こう!」

 

「は?」

 

リンの突拍子もない言葉に困惑していると、リンはでかい鏡の、真ん中の1枚に手を触れた。

 

その瞬間、鏡に映っていた私とリンの光景が、ぐにゃりと歪んでいく。

歪んだ光景は全て混ざった後真っ白になり、更に声も聞こえてくる。

 

『でも...アイドルとして必要とされなかった私が、みのりに教えてるなんて...』

 

愛莉だ。

きっと、みのりからまた連絡でも来たんだろう。

 

ただ、あのライブを見た日の様子だとそこまでの考えになる様子はなかったはずなのだが...私が遥と出かけていた間に、誰かと何かあったか。

 

それこそ、雫と。

 

「さぁ、行くよ!」

 

リンは私を一瞥した後、すぐさま鏡の中へと飛び込んでいく。

まるで鏡が別世界への入口のように、リンの姿は鏡の中へと吸い込まれていった。

 

『やっほ~! 会いに来たよ~!』

 

『な、何? 今の声、誰!?』

 

鏡の中から、リンの元気いっぱいな声と、驚いている愛莉の声が聞こえてくる。

私も、鏡の中に行かなければならないのだろう。

 

「...ええい、ままよ!」

 

鏡にぶつかって、後ろに倒れるのを想像しながら、私は鏡の中へと飛び込んだ。

 

鏡の中に入り込んだ瞬間は、特に何の感覚もなかった。

鏡の中は、正面にでかい愛莉の顔。

左には最近よく見た宮益坂女子学園の校舎。

右には、笑顔のリンがいた。

 

『な、なんでリンだけじゃなくて、瀬名まで...?』

 

多分だけど、私の状態は、みのりのスマホから初音ミクが投影されていたような感じなんだろう。

だからなのか、愛莉の声が若干響いているように聞こえる。

 

『...瀬名も、調べただろうから知ってるんでしょ? アイドルとしての私は必要とされてなかった。私が必要とされてたのは、バラエティタレントとしての私。別に、アイドルにトークスキルが全くいらないとは言わないわ。でも、それが今みのりに必要かと言われれば、そうじゃない。瀬名もそう思うでしょ?』

 

私が鏡に飛び込む前と、話が若干飛んでいる。

ちらりとリンの方を見ると、リンは申し訳なさそうな顔をして私の手を握った。

 

きっと、ここが私が必要とされている瞬間だ。

 

「それでも愛莉には、努力に裏付けされたアイドルの知識がある」

 

『...そんなの、遥だけで十分で』

 

「それに。アイドルが好きじゃなきゃ、それだけ頑張れない。私とリンがここにいるのは、愛莉がアイドルを好きだから」

 

『......』

 

普段あまり長い文書を言う事のない口をフル活用して、愛莉に何とか前を向いてもらおうと頑張る私。

目をそらした愛莉を見て、もう一息、と思いリンの方を見ると、リンは力強く頷いた。

 

「あのね、誰でも、しょんぼりしちゃうことはあると思うの。だからそんな時は、私の歌を聴いてほしいな♪ 私たちが、前向いてがんばろー!って気持ち、絶っ対に届けちゃうんだから!」

 

多分だけど、その私たちの中に、ちゃんと私も入っているのだろうな。

 

ああ、これまでの練習はこの日の為に、と私の目が死んでいく中、愛莉が小さく笑った。

 

『...ありがとう。リン、瀬名』

 

愛莉はこうしちゃいられないわ、と言ってどこかに行きたそうにしているのを見たリンが右手を軽く振ると、それまで映っていた景色が一瞬で黒く染まった。

 

あのホログラムみたいなのを消したのだろう。

 

「よっし、じゃあ戻ろっか!」

 

「...うん」

 

とりあえずは、何とかなってよかった、だろうか。




遥を書いてると、ブルリフの白井日菜子となんかすごい被るんですよね。
髪型とか...ストイックな所とか...。

...え、私だけ?



スマホから各バーチャル・シンガーが出てくるときの出方は、独自設定です。
本編で再現されていなかったので、勝手に私が考えました。

見逃してたらごめんなさい。


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第11話

今回は短いです。

こういうことをしてるから話数が重なるんですけどね。

えへ。

追記:今更ですが、頂いた感想をまとめて返信させて頂きました。
いつもありがとうございます。感想は気軽に書いちゃってください。
ニコニコしながら読んでます。


セカイからリンと共に、愛莉を元気づけたその日の夕方。

 

今日も今日とて練習するみのりのステップは、確かに成長していた。

 

「ふっ、ふっ、ほっ、と。...瀬名ちゃん! 今の、良い感じだったんじゃないかな!?」

 

私が目を離していたここ数日の間に、みのりは1つのステップであれば完璧に踊れるほどに成長していた。

その間、誰かが練習を見に来てアドバイスをしてくれているわけでもないのに、修正すべきところはきちんと修正されている。

 

「ん、これなら遥たちの前で見せても大丈夫」

 

「やったぁ! この調子で...!」

 

みのりが私に褒められ、ガッツポーズをしていると、勢い良く扉が開いた。

 

なんだなんだと思って振り返ると、そこには肩で息をしている愛莉がいた。

 

「みのり...!」

 

「桃井先輩! よかったぁ、来てくれたんですね!」

 

よかった、と言いながら私の手を振り回して、喜びを体で表現するみのり。

振り回されている私を見て、愛莉は苦笑しながらこちらへと歩いてきた。

 

「前に出来なかったところ、瀬名ちゃんのお墨付きで踊れるようになったんです! 見てもらえませんか?」

 

私を出すのはやめて頂きたいのだが。...なんというか、恥ずかしい。

 

そんな様子のみのりを見て、愛莉はその苦笑いのままため息を吐きだした。

 

「な、何かダメだったですか?」

 

「いえ、私自身に呆れてたと言うか、なんというか。...みのりって、ほんと、がんばり屋ね」

 

「え?」

 

みのりががんばり屋と言うのは、愛莉からは言われなれている単語ではある。

だが、このタイミングでその単語を出してきたことがよくわからず、みのりは首をかしげたのだが、愛莉は少し下を俯くだけだった。

 

「愛莉先輩、大丈夫ですか? 一旦座りましょう! まだ飲んでないスポドリもあります!」

 

「ふふ、ありがと。ねえ、みのり。私今からちょっと、変な事言うわね」

 

みのりにベンチまで案内され、封の開いていないスポドリを手渡された愛莉は、そう呟いた。

 

「アイドルって、楽しいだけじゃないの。デビューして有名になっても、思うようにいかない事なんて沢山。いろんな人の間で、やりたいことがどんどんできなくなっていって...。最後には、道は用意された1つしかなくなるかもしれない。____それでもみのりは、アイドルになりたい?」

 

座っている愛莉の正面に立つ、みのりに向けられたその言葉。

みのりは目を閉じて、隣に立っている私の手を強く掴んで、愛莉の事を力強く見た。

 

「なりたいです。私は...アイドルになりたいです。桃井先輩に昔どんな事があったのか、私にはわかりません。それに、この先どんな辛いことがあるのかも、全然想像つかないです。でも、自分で決めた道だから。何があっても後悔しません」

 

絶対に、と。

そう口にするみのりの顔は、これまでに見てきたみのりのどの顔とも違うものだった。

 

アイドルになりたい、と夢を口にしていた時でも、遥の事を語っていた時でもない。

過去に何かあって、決意を固めているような。

 

「みのり、あんた.....そうよね。誰がなんて言っても、それでいいのよね。私がアイドルでいたいんだから」

 

そんなみのりの雰囲気に充てられたのか、愛莉も何かを決めたような表情をしていた。

 

今の会話で決めることと言えば、アイドルをやるやらない、ぐらいのことぐらいだが。

 

「...桃井先輩?」

 

みのりはピンときていないようで、首を傾げている。

よかった、いつもの純粋で、すぐに騙されそうなみのりの顔だ。

 

「...全く、私の方が元気づけられちゃったじゃない。...私ね、前の事務所で、バラエティタレントとして売り出した方がいいって言われてたの。その方針に反発して、事務所を変えても、同じことを言われたわ」

 

「桃井先輩...」

 

「まぁ、瀬名の事を、私をダシにしてスカウトしようとしてから事務所を変えた、っていうのもあるんだけど」

 

何その怖い話。

 

「アイドルよりも、ずっと長く芸能界にいられるって話をされたの。...でも、私はアイドルでいたかったの。ステージの上から、みんなに希望を届けたかった。届けたかったんだけど...業界からアイドルとして必要とされなくなって。結果はあのざま」

 

そこで愛莉は一度区切り、ベンチから立ち上がり、スポドリを私に預けた。

 

「でも、みのりを見てて気が付いた。好きだから。なりたいから。それ以上の理由はなくて、それは、誰に邪魔されるものでもない!」

 

「...!」

 

「まぁ、事務所の事とか、これからの仕事の事とか。まだどうすればいいのかはわからないけど...それでも私は、希望を届けられるアイドルになりたい」

 

そう言いながら歩き、夕日を背に愛莉は振り返った。

 

「だからみのり、瀬名。今日からは私も一緒に練習するわ。もう一度、ゼロから。今度は同じ夢を追いかける仲間として、ね」

 

「桃井先輩...!」

 

「さ、アイドルを目指す者同士、一緒に頑張りましょ! いい? 絶対負けないわよ!」

 

「...! はいっ! 私も瀬名ちゃんも、負けません! よろしくお願いします!」

 

ナチュラルに私が含まれていることはもうこの際何も言うまい。

 

何はともあれ。

愛莉はみのりと一緒に練習することになったし、これまでのセカイでの経験上から、みのりと愛莉は一緒にアイドル活動をしていくことになるのだろう。

その時は、私はマネージャー的な立ち位置でいようか。

 

「それじゃあまずは、瀬名のライブを見せてもらおうかしら。あの、セカイってところで、リンと練習していたんでしょ?」

 

「え、そうなの!? みたいみたい!!」

 

その前に、私はこの場面を切り抜けなくてはいけないようだ。

 

ここでライブをするのは非常に嫌だ。

これに似たようなケースが、杏の歌ってに近いと言えば、この後の事は想像しやすいだろうか。

 

別に杏の時も歌ったわけではないが、どうせ1回ライブをしようものなら、またさせられるのだ。

『1回も2回も同じでしょ』なんて言って。

愛莉はすごい言いそうだし、みのりは口にはしなさそうだが、表情で訴えてきそうだ。

 

私は2人に背を向けて走り出した。

 

「あ、逃げた」

 

「みのり、捕まえるわよ!」

 

 




なんか後半の方、みのり3連続ぐらいで「桃井先輩」って言ってる気がする。


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第12話

調整平均が9の大台に乗っていました。ありがとうございます。

わあい。


クリスマスの話を投稿していたことを忘れて、投稿する場所を間違えました。
最近やらかしがち。


「じゃあ今日はここまで! かなりサマになってきたわね。みのりも、瀬名も」

 

「えへへ、ありがとうございます! これも桃井先輩と日野森先輩のおかげです!」

 

あれから大体、1週間と少しの日にちが経った。

その間、結局2人から逃げきれなかった私は、セカイでリンと初音ミクと一緒にライブをしたりしたおかげで、今もこうしてみのりと一緒に指導を受けている。

 

あの日は恥ずかしさで死ぬかと思った。

 

ついでに今は愛莉のしごきで体力的に死にそう。

 

愛莉は、みのりと私にタオルを手渡した後、心配そうな顔でみのりに話しかけた。

 

「ねえみのり、最近雫に会ったりしてない? 仕事が忙しいみたいで、学校でも見かけなくて...」

 

そう尋ねられたみのりは、少しの間顎に手を当てて悩んで、何か思い当たったような声を出した。

 

「あ、今日のお昼に来てたみたいです。日野森先輩ファンの友達がみかけたって...」

 

「え!? そ、それ本当!?」

 

「は、はい。...どうしたんですか、桃井先輩?」

 

みのりがそう問いかけると、愛莉は少し気まずそうに顔をそらした後、ベンチを指した。

 

「座りましょうか」

 

話す気が無い、と言う事じゃないのは、私もみのりもわかっている。

簡単に済む話ではないから、座ることを提案しているのだ。

 

私とみのりは、先に座っていた愛莉の両隣に腰かけて、愛莉が喋り始めるのを待った。

 

「....私、この前、雫にひどいこと言っちゃったの。雫は私の事を心配してくれたのに、私は雫に、『生まれ持ってるものだけでアイドルだって認められてるくせに』なんて言っちゃって...」

 

それは...また、何と言ったらいいのか。

 

愛莉がひらすらに努力を続けていて、今もなおそうであるのは知っているのだが、それでも羨ましいと思う事が無かったわけではないはずだ。

普段であればそれを口にすることはないのだろけど、彼女の精神が限界だった時なのか、それが雫にもれてしまった、と言った感じか。

 

「だから、雫に謝りたくって」

 

「...どうしてそんなことを言ってしまったのか、なんてことは聞きません。何となく、私もわかる気がしますから」

 

「...みのりでも、そう思う事があるのね。...最初に雫を見たときは、圧倒されたわ。私に無いものをすべて持っている。これが天性のアイドルか、なんてね。もちろん、絶対負けない!って思ったけどね?」

 

愛莉が苦笑しながらそういう中で、私はみのりをちらりと見る。

 

みのりが嫉妬をして、つい口に出る、もしくは出そうになるような状況になったことがある、と言う事なのだろうか。

例えば、オーディションで出会った人にひどく嫉妬した、みたいな。

 

「それからデビューまで一緒に練習して頑張ってきた。辛いこともあったけど、励ましあって、乗り越えてきて。...でも、私はアイドル扱いされなくなっていく中で、雫はどんどん先に進んでいって。私も雫みたいだったら、なんて。本当...最悪よね...」

 

そう言う愛莉の顔がひどく辛そうで、私はみのりの顔を見た。

みのりも私と考えていることが同じなようで、1つ頷いた後、私たちは同時に立ち上がった。

 

言ってしまったことを後悔しているなら、することは1つだけだ。

 

「じゃあ、ちゃんと謝りに行きましょう! 今から一緒に日野森先輩に会いに行きませんか?」

 

「大丈夫。しっかり正面からなら気持ちも伝わる」

 

そう言いながら差し出したみのりの手を、愛莉は少しの間見つめて、微笑んだ。

 

「ええ。ありがとう、みのり、瀬名」

 

とはいえ、雫の現在地が分かるわけでもないので、地道に聞き込みでもして情報を集めるしかないだろう。

友達の多そうなみのりに、まだ校内にいる生徒に連絡を取ってもらおうと考えてみのりを見ると、みのりのスマホから軽快な音が鳴った。

 

「何だろう。ニュースアプリの通知...?」

 

スマホのロックを解除して、ニュースの内容を確認しているみのりだったが、すぐにその顔色が真っ青になった。

 

「え!? あ、桃井先輩、大変です! ......これ!」

 

「.....?」

 

みのりのあまりの慌てように、私と愛莉は顔を見合わせながら、みのりがこちらに向けたスマホの画面を見た。

 

そこには。

 

「何よもう、そんなに慌てて。なになに?『人気グループCheerful*Daysのセンターとして活動していた日野森雫が、同グループを脱退。事務所も退所....!?」

 

元々、彼女の周りでの噂はあった。

それこそ、枕だとか、そういう類のものはなかったけれど...グループ内の、不和だとか。

 

思い起こされるのは調べた雫のことに関しての記事の内容だけど、それと同時に。

 

「.....!!」

 

「あ、愛莉先輩!?」

 

荷物もそのまま、校内へと繋がる扉を乱暴に開けて走っていく愛莉。

 

それを見て一瞬呆けていたみのりだったが、すぐさま気を持ち直して私の方を振り向いた。

 

「追いかけよう!」

 

「わかった」

 

みのりの提案にすぐさま私は頷き、みのりと一緒に愛莉を追いかける。

扉を開けて階段を降りていくと、廊下を全力でかけていく愛莉の姿が目に入った。

 

よかった、姿さえ見つけることが出来れば、追いつくことはできる。

 

私が足にぐ、と力を入れ、愛莉を止めようと動き出そうとした瞬間、扉から遥が出てきて、愛莉とぶつかりそうになっていた。

ぶつかる寸前で、遥が後ろに体を反らしたおかげで愛莉とはぶつからずに済み、愛莉に至っては遥のことが目に入っていない様だった。

 

「桃井先輩? どうしてあんなに走って...」

 

「遥」

 

「瀬名? 珍しいね、こんなところにいるなんて。それにみのりも一緒...さっきの愛莉が関係してる?」

 

「はぁ、はぁ、遥ちゃん、こ、これ!」

 

ひとまず遥にも説明しておこうと立ち止まり、みのりが持っていたスマホを遥に見せる。

 

そのニュースの内容を見て、遥も驚いたようで目を見開いていた。

 

「これ...」

 

「ごめん遥、今愛莉を追ってるから」

 

「ご、ごめんね遥ちゃん! 瀬名ちゃん行こ!」

 

何かを聞きたそうにしていた遥だったが、残念ながら私たちにはやることがあるため、遥の声を遮って、私とみのりは愛莉の後を追った。

 

すまん遥。あとでいくらでも聞くから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どこに、行っちゃったんだろう...げほっ」

 

「すれ違った人に聞いてこっちに来たけど、もしかして追い抜いた?」

 

愛莉を追うのを再開した私たちは、立ち止まっていたために愛莉の姿を見失っており、すれ違う人に聞き込みをしながら走り回っていたのだが、既に校舎内にはいないように思えた。

 

今度は敷地内ではあるが、校舎外を探そうとみのりの方を見ると、膝に手を当てて疲れ切っていた。

 

「...みのり、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫...と言うか、桃井先輩の練習を受けた後なのに、瀬名ちゃんすごいね...」

 

みのりに言われて、私は言われてみればと思う。

別に息は乱れていないのだが、それだと愛莉の練習であれだけ疲れていたことに説明がつかない。

 

少しでも休憩を挟めば大丈夫なのだろうか。聞き込みをするのに止まっていたし。

 

「とりあえず、外に行こう。歩ける?」

 

「ち、ちょっと休ませて...」

 

みのりが今すぐに動ける状態でない事を把握した私は、1秒でも時間は無駄にできないとし、みのりをおんぶした。

 

「ひゃ、せ、瀬名ちゃん!?」

 

「私の背が低いから、もしかしたら足引きずるかもだけど。我慢して」

 

そして、そのままダッシュ。

 

みのりがいたから速度をセーブしていたが、今やみのりは私の装備品の一部だ。

この体のチート能力を見せつけてやろう。

 

「せ、瀬名ちゃん、私をおんぶしてるのにはや...!?」

 

みのりを背負いながら走る事数分。

ちょうど中庭で、歩いている雫の姿を発見した。

 

これから帰宅、だろうか。

 

「みのり、雫いた」

 

「うぷ...ちょっと酔ったかも...ふぇ? ほんとだ。今すぐ話しかけ...」

 

吐くなら私の上では吐かないでくれ、と思っている中で、愛莉の声が響いた。

 

「待ちなさい、雫!」

 

「愛莉ちゃん...」

 

「はぁっ、はぁっ」

 

走り回っていたみのりが疲れ切っていたように、愛莉もかなりの疲労が蓄積している様で、膝に手を置いて肩で息をしていた。

 

そんな愛莉の姿を心配そうに見ている雫だったが、愛莉の顔が上がるのと同時に、雫は目をそらした。

 

「...やっぱり、あの噂は本当だったのね...。でも、どうして...?」

 

「..........」

 

「なんで黙るのよ! ちゃんと話してよ! 雫!」

 

愛莉の声にも、雫は目をそらしてばかりで。

 

吐き気から立ち直ったみのりも、2人の側へと歩いていく。

そのみのりの後ろに、私と遥。

 

...遥?

 

「桃井先輩の後を追ったら、ここに」

 

じゃあ私たちは無駄に走ったってこと?

 

「日野森先輩! あの、本当に辞めちゃったんですか...?」

 

雫は、みのりと遥、そして最後に私を見た後、目を伏せて口を開いた。

 

「......もう少し、伏せておいてもらえるはずだったんだけど...」

 

その言い方をするということは、このニュースの記事の内容を肯定しているようなものだった。

 

「本当なのね?」

 

遥が確認するように問いかけると、雫は否定はせずに目をそらすだけだった。

 

雫がアイドルをやめる。そのことに納得できていないのか、愛莉は声を荒げた。

 

「どうして? どうしてよ! 雫がアイドルを辞める理由なんてどこにも...! 雫は羨ましいくらいアイドルじゃない。華があって、立ってるだけで存在感があって...みんなが振り返るくらい綺麗で...!!」

 

そんな雫が辞めるなんて、と言った感じの愛莉の声を聴いて、雫はここに来て初めて愛莉と目を合わせた。

 

「どうして愛莉ちゃんまでそんな事言うの!?」

 

「....え?」

 

雫にそう言われるのは、愛莉にとっても予想外だったのだろう。

呆然とした様子の愛莉だが、私の隣に立っている遥の顔を見ると、どこか予想通り、と言ったような顔だった。

 

「愛莉ちゃんが教えてくれたんじゃない。大事なのはハートだ、って。ファンに希望を上げるために頑張るのがアイドルだって」

 

雫は、苦しそうに胸辺りの服を握りしめながらそう言う。

 

雫の心の支えは。アイドルになったばかりの彼女に投げかけられた、愛莉の教えだった。

 

「だから私はずっと、そんなアイドルになろうって頑張ってきた。なのに...。なのに、どうしてみんな、私の見た目や生まれ持ったもののことばかり言って責めるの...!?」

 

「.....もしかして、私のせい、なの....?」

 

雫の言葉を受け、力なく後ずさる愛莉。

何か、後1つ、何か彼女を揺さぶる何かを言われた瞬間、彼女の、『桃井愛莉』を保てなくなるような、そんな表情だった。

 

「......辞めることは、ずっと考えていたの。みんなと上手くいかなくなってから、ずっと....」

 

愛莉が問答を出来るような状態ではないことを察知した遥は、愛莉の代わりと言うわけではないが、話の間に入って行く。

 

「....メンバーが人気のある雫を妬んでいた、っていう噂は...本当だったの?」

 

「......初めは違ったわ。みんなで競い合って頑張れて、楽しかったの。でも私がセンターになってからは、新曲のセンター選抜も、どこか形だけになっていって...。頑張っても頑張っても、私の仕事だけが増えて、みんなはだんだん、冷たくなっていって...」

 

「...そうだったの」

 

雫の答えを聞いて、遥は噂が正しかったことに、苦しそうな顔をした。

 

「みんなと上手くやっていけるように頑張ったけど、それもダメで。...もう、アイドルが好きなのかも、わからなくなっちゃったの.....」

 

そう、後悔するような雫の声を聞いた瞬間、愛莉が地面に両膝をついて座り込んだ。

愛莉の顔は雫の方を向いているものの、その焦点はあっていないように見える。

 

「私のせいだ。私が、言って、逆のことを...雫からアイドルを...」

 

「...! せ、瀬名ちゃん、どうしよう...!」

 

「.....」

 

どうしよう、と言われても。

 

正直に言えば、こうして思考を回せているのも、どこか現実逃避しているからだ。

このパターンは初見で、どう対応したらいいのかわからない。

 

雫の問題も、愛莉の問題も、全てまとめて解決して、みのりと一緒にアイドルでもやるのが1番手っ取り早い解決方法だと思うが、じゃあどうする、と言うのが全く思いつかなない。

 

愛莉をどうにかしなければ、と思うものの、どうしたらいいのかわからず立ち尽くしている。

 

「雫は本物のアイドル...私とは違う...私とは...雫は...」

 

愛莉がそう呟いているうちに、焦点が段々と合い始め、今度は怒りを宿したような顔になっていく。

 

「雫がステージから降りる...そんなの、そんなの...! 嫌っ!!」

 

突然愛莉は立ち上がり、雫を追いかけていた時よりも更に早いスピードで、どこかへと走っていく。

 

「も、桃井先輩!?」

 

彼女がどこに向かったのか、皆目見当もつかない私とみのりは、どうしよう、と頭を混乱させた。

その中で、遥が口を開く。

 

「もしかしたら、劇場に行ったんじゃないかな。『Cheerful*Days』の」

 

「...!!」

 

本当にそこに言っているかどうかは確証はないが、ひとまずそこに向かうしかないだろう。

そこじゃなければ、他に向かいそうなところと言えば自宅ぐらいのものだし。

 

私とみのりは屋上に置いてある荷物をそのままにして、遥に位置情報を教えてもらって走り出した。

 




愛莉って1歩間違えたら心折れてもうアイドル出来なかったんじゃないかって。

そんな愛莉も好き(存在しない記憶)。


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第13話

いっけなーい! もう13話なのに本編半分しか進んでなーい!


スマホの位置情報を見ながら、みのりと、それから雫も一緒に走る私たち。

 

位置情報を遥から教えてもらう際に、遥が言っていたことを私は思い出していた。

 

『きっと、見たくないものを見ることになる。アイドルだってただの人間で、劣等感や嫉妬心も持つ。桃井先輩を追いかければ、見たくもないものを見る羽目になると思う』

 

遥のその言葉は、私たち2人に向けて、と言うよりかは、どちらかと言うとみのりに向けて言っているように聞こえた。

 

みのりが純粋な想いを持っているからこその、遥の忠告。

それを、みのりはしっかりと受け止めて、笑顔を浮かべて答えた。

 

『...心配してくれてありがとう、遥ちゃん。でも、桃井先輩は大好きな先輩だから。それに、私は乗り越えなくちゃいけないから』

 

みのりがそう言うと、遥は仕方ない、と言うような顔をして息を吐いた。

 

そのあと、遥も一緒に向かう、と言うことになったのだが、『寄るところがあるから』とだけ言い、別行動中だ。

私たちが劇場につくまでには合流できるって言っていたけど、大丈夫だろうか。

 

「大丈夫、何とかなるし、何とかする」

 

劇場へと走っている私の隣で、みのりがそう呟く。

私の不安感を感じ取ったのかは定かではないが、ここまで言い切るみのりも珍しい気がする。

 

ようやく劇場へとたどり着くと、ちょうどタクシーが止まり、遥が降りてきた。

 

「遥。タクシーで来たんだ」

 

「本当は使う予定はなかったんだけど、間に合わなさそうで。...それよりも、話は通してあるから、入ろう」

 

そう言う遥に頷き、私たちは遥の後に続いて中に入ろう、としたタイミングで足が止まった。

 

後ろを振り向けば、雫が立ち止まっていた。

 

「わ、私......」

 

「日野森先輩...」

 

ここに来て怯えているような反応を見せる雫に、みのりが心配そうな表情で、歩み寄ろうとする。

確かに、誰かが支える必要があるかもしれない。

でも、それは私でもなくみのりでもないのだと、私は思う。

 

「雫、行くよ」

 

私は、雫の反応を無視して、雫の手を掴んで少し先に進んでこちらを振り返っている遥の元へと合流する。

遥はちらりと雫の方を見た後、すぐに私と視線を合わせた。

 

「目的地はすぐそこだから。少し暗いけど、ついてきて」

 

「わかった」

 

そうして、遥の背中を追いかける事数十秒。

扉の先から、愛莉の声が響いてきた。

 

「雫のことで話がしたいの!」

 

その声で、今まさに扉を開けようとしていた私の手は止まる。

このまま開けてもいいか、と遥とみのりにアイコンタクトで問いかけると、2人とも頷きが帰ってきた。

どうせ雫に聞いても、答えが返ってくることはなさそうだ。

 

私は、意を決して扉を開け放った。

 

「愛莉ちゃん...」

 

「はぁ...はぁ...」

 

「......」

 

雫とみのりは心配そうに愛莉を見ており、遥は何も見逃さないように、といった様子で、愛莉たちを見る。

そんな愛莉は、まだ私たちが来たことに気づいていなさそうだった。

 

「...そうね。私は逃げた。私は、アイドルとして活躍できないことが嫌で逃げて、そこでもアイドルとして見てもらえなくて、逃げたわ。...本当は...もっと頑張って、理想に近づかなくちゃいけなかったのに。...でも雫は違う! 雫はセンターとして頑張ってた! あんたたちと一緒に、ファンに希望を届けるために頑張ってた。だから...!」

 

愛莉は、握っている拳から血が出るほど強く力を込めて、愛莉の先にいた彼女たちにそう言う。

しかし、彼女たちの反応は冷めたもので、ため息を吐かれ、首を傾げられた。

 

「....だから、何?」

 

「.....!」

 

彼女たちの真ん中にいる1人が、ちらりと、こちらを一瞬だけ見る。

その一瞬だけこちらを見たその目は、とてつもなく暗いもので。

 

「辞めたのは雫の意志でしょ。私たちに何の関係があるの?」

 

「別に、あの子に辞めろなんて言ってないし。...それにさぁ。雫ならアイドル辞めたって、モデル事務所とかが拾ってくれるんじゃないの?」

 

「本当、見た目がいいって得だよね。こっちは必死で頑張ってるのに。『雫がいなければ』なんて言葉を聞いた時の私たちの気持ち、わかるっての?」

 

1人が胸の内をこぼせば、それに乗っかるようにして、他の2人も口を開く。

その様子を見る限り、今まで自分たちだけで雫の悪口を言い合っていただけで、こうして部外者どころか、当の本人の前の前で言うのは初めてなのだろう。

 

たまたま聞こえて来てしまった、と言うのは別とするが。

 

「....、あんたたちの気持ち、わかっちゃうのが本当にイヤ...!」

 

最早隠す必要もない、と言わんばかりの彼女たちから雫は目をそらし、対照的に愛莉は前へと一歩足を進ませた。

 

「そうよ。私もあんたたちみたいに羨ましかった! 雫は華があって、綺麗で、特別で...! 自分の方がずっと頑張ってるのに、どうしてって思っちゃうことも確かにあった。でも、それは雫が努力していたから! 自分の才能を驕らずに、期待に応えようとしていた! ...それを、あんたたちは見たの...?」

 

「...愛莉ちゃん」

 

「ごめんなさい、雫。私、最低だった。自分のことばっかりで、雫のことずっと傷つけて。雫はずっと私の言葉を信じて、みんなに希望をあげるために、ずっとずっと頑張ってたのに...」

 

愛莉と雫は仲直り出来そうだ、と思い横を見ると、みのりも同じことを考えていたのか、安心したような表情を浮かべていた。

 

しかし、雫とメンバーだった彼女たちは、今度は雫にターゲットを変えてきた。

 

「...ていうかさ、なんでまた雫がここに来るの? あんたのせいで仕事の予定もぐちゃぐちゃなのに、よく顔出せたね」

 

「愛莉に泣きついて、代わりに文句言ってもらいに来たってわけ? そういう所がむかつくんだよね」

 

「あーあ。本当、雫がいなくなってくれてよかった」

 

その3人の言葉に、ついに我慢の限界と言わんばかりに突撃しようとする愛莉。

これはいけない、と私の体が反射的に愛莉を止めようとする前に、横から鋭い声が飛んだ。

 

「桃井先輩、ダメ!!!!」

 

「!!」

 

「ダメです。桃井先輩。...桃井先輩は『アイドル』なんです。『アイドル』は、みんなに希望をあげる存在、ですから」

 

「...ええ。そうだったわね」

 

みのりの大声で愛莉の動きを止めて、そのあと静かに優しく嗜める。

先生に向いているんじゃなかろうか。

 

そして愛莉も冷静さを取り戻し、彼女たちから1歩離れて腕を組んで息を吐き出す。

 

そんなみのりと愛莉のやり取りに、彼女たちの1人がつい、と言った様子で呟いた。

 

「...はぁ? 愛莉はとっくの間にアイドルは辞めて...」

 

そんな彼女たちの呟きを、あえて無視しているのか、愛莉はこちらに振り返った。

 

「ありがとう。みのり。頭に血がのぼってたわ。アイドルは___こんなことしちゃダメよね」

 

「よ...よかったぁ」

 

ひとまず暴力沙汰は避けられた、と言う安心感で肩の力を抜くみのり。

雫と愛莉と話すみのりから離れて、私は遥の横へと移動していく。

 

「どうしたの?」

 

「ん、私があそこにいなくても大丈夫」

 

「...そう、だね。みのりなら、大丈夫」

 

そう呟く彼女の顔から読み取れるのは、憧れ、だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

かつてのメンバーたちに感謝と別れの言葉を告げた雫。

これから練習があるから、とだけ言い放たれ、私たちは邪魔にならないために劇場から出ることになった。

 

その後ほぼ無言で1度学校まで戻り、荷物を回収。

今は着替えも済ませて、帰宅しているところだ。

 

帰り道も無言で、やや気まずい空気が流れる中で、先頭を歩いている愛莉がこちらを振り返った。

 

「悪かったね、3人とも。こんなことにつき合わせちゃって」

 

眉を八の字にして申し訳なさそうに言う愛莉に、みのりは両手を振った。

 

「いえいえ、大丈夫です! それより、誰もケガしなくてよかったです!」

 

遥と私は特に何も言わないが、まぁ私はみのりと大体気持ちは一緒だ。

 

あの勢いのまま愛莉が相手の事を殴り飛ばしていた場合、あの場にいた全員の記憶を飛ばさなければいけない所だった。

どうやってかは想像にお任せするが、身の安全は保証できないということだけ。

 

私の想像が伝わったのか、隣を歩いていた遥が顔を青くして体を小さく震わせていた。

 

「...雫、ごめん、私、自分のことだけしか考えてなかった。許してなんて言えない。でも...本当にごめんなさい」

 

「...ねぇ、愛莉ちゃんに1つ、お願いしてもいい?」

 

「え?」

 

「私、愛莉ちゃんに___もう一度、アイドルをやってほしいな」

 

「え......!?」

 

「さっきね、すごく嬉しかった。私のことをちゃんと見てくれる人がいたんだって。あの一言で、私、本当にたくさんの希望をもらえたの。愛莉ちゃんは昔も今も、ずっとアイドル。辛い時、支えになる言葉をくれたのも、それに、『本当のアイドルになる夢』を教えてくれたのも...全部、愛莉ちゃんだった」

 

そういう雫の声は、深く噛み締めるような声だった。

本当に、雫の中で愛莉の存在は大きなものだったのだろう。

 

「だから愛莉ちゃんは、きっと他の人にも、もっともっと希望をあげられると思う。そんな愛莉ちゃんを、私は見てみたいの」

 

「......」

 

雫から、正面きってそう告げられた愛莉は、困ったように、それでいて嬉しそうな顔をして、声を震わせた。

 

「...ホント、雫ってずるい。そういうところ....」

 

「え、ずるい...?」

 

「雫にそんな事言われたら...断れるわけないじゃない」

 

愛莉のその言い方は、雫のお願いを聞いてくれると同じ意味だ。

それを理解した雫は、期待を乗せて愛莉の顔を見た。

 

「じゃあ...!」

 

「でも! あんたも一緒にやるのよ!」

 

「え?」

 

「さっき、『本当のアイドルになる夢』を私が教えてくれた、って言ったわよね? ...その夢があるなら、諦めないで。雫にとってのアイドルが私なら、私にとっての理想のアイドルは、雫なんだから! ずっと追いつけなくて、悔しいのに、もっとステージの上に立ってる雫を見たいの...!」

 

「....!」

 

「そんな雫が私のせいでアイドルじゃなくなったのに、自分だけアイドルに戻るなんて...できないわよ...」

 

「愛莉ちゃん。...わかった。一緒にアイドルやろう。愛莉ちゃん」

 

愛莉の誘いに、首を縦に振った雫。

これで2人でアイドルを再び目指しながらみのりを鍛えていくのか、と私がこれからの事を考えていると、雫が実は、と話し出した。

 

「本当は、私もいつか、愛莉ちゃんと一緒にアイドルをやれたらなって、ずっと思ってた。一度は諦めちゃった夢だけど...愛莉ちゃんと一緒なら、きっとまた追いかけていけると思う」

 

「...ええ! 私こそ、今度こそ絶対にあきらめたりしないわ! ....よろしくね、雫」

 

「...うん。頑張ろうね、愛莉ちゃん!」

 

かつて描いた妄想の出来事が、こうして現実になったことに感極まったのか、雫は半泣きで愛莉に抱き着いていた。

そのあまりの勢いに愛莉はよろけながらもしっかりと受け止めて、照れながらも無理やり離れようともしていなかった。

 

今度こそ何とかなった、と言うことで、私もみのりも、安堵のため息を吐いた。

 

「よかった、桃井先輩も、日野森先輩も....」

 

「私はここから武闘派アイドルになるのかとあの時思ったけど」

 

「それエンタメとかじゃなくてガチの武闘派じゃ...」

 

私たちをすっかり置いてけぼりにして話を進めている2人は、ある程度の問題がクリアされたこともあり、これからのことについて盛り上がっている最中だ。

世界で一番、だなんて、大きく出たなぁ。

まぁ、夢は大きく、とも言うか。

 

「どこの事務所に入るかとか、2人でどうやって活動するかとか、ゆくゆくは具体的な事も考えなくちゃいけないけど...まずは、練習から、かしらね。ねえ雫。明日から放課後、屋上で練習しない?」

 

その言葉に嬉しそうに反応したのは、みのりだった。

 

「え! 本当ですか!?」

 

「それはとっても素敵ね。...お邪魔じゃないかしら? みのりちゃん、瀬名ちゃん」

 

「大歓迎です! よろしくお願いします!」

 

「よろしく」

 

まぁ、今までもみのりの指導をするために屋上で一緒に活動と言うか、一緒にいたのだし、別にあまり変わらない気もするが、そこは気の持ちようとも言うのだろう。

雫は改めてみのりに頭を下げてよろしくお願いしており、みのりは雫以上に頭を下げてこちらこそ、と反応していた。

 

そして、愛莉はこれまでずっと無口だった遥にも、声をかけた。

 

「遥。その...あんたも、たまには一緒にやらない? 正直に言うと、教えてもらいたいのよ。『ASRUN』の時から見てたけど、歌もダンスもずば抜けてたし。私、1日でも早く勘を取り戻したいから...」

 

それは、『私の為に来てくれないか』と言う、入りにくさを考慮した誘い文句なんだろう。そのことは私にも察することが出来た。

だが、遥の表情は優れない。

 

「...ごめんなさい、私はいいです」

 

その冷たさに若干涙目になる愛莉を、みのりが慌てて慰める。

若干面白い構図だ。

 

ばっさり切り捨てられた愛莉を置いといて、雫も声をかける。

 

「私からもお願いよ。遥ちゃんが教えてくれたら、きっと...」

 

「...!」

 

その雫の言葉を聞いた瞬間、遥の目が見開かれた。

そして、つい、と言った様子で遥は叫んだ。

 

「やめて!...私には、アイドルをやる資格はないの!」

 

「え...」

 

「...!!」

 

そして、今まで遥の前で遥のファンであることを公言していたみのりの言葉で、遥は我に返ったようだった。

 

先程までみのりに慰められていた愛莉も、理解できない、と言う風に首を傾げた。

 

「アイドルをやる資格がない...? それっと、どういうこと?」

 

「......いえ、深い意味はないです。ただ、言い間違えただけで」

 

「遥ちゃん?」

 

「私のことは気にしないで。...私は、今は学生として、普通の生活を送りたいの。...瀬名みたいに、そういうの抜きにして接して欲しい。...4人とも、頑張ってね。応援してる」

 

遥は、それだけ言うとさっさと歩いて行ってしまった。

 

「あ...遥ちゃん!」

 

みのりの言葉に振り向きもせず歩いていく遥。

 

遥の背中をただ見つめていた私たちは、彼女の背中が見えなくなったところで、はっとして顔を見合わせた。

 

「言い間違い...じゃ、ないわよね。あれ」

 

「遥ちゃん、何かあったのかしら...」

 

腕を組んで頭を悩ませている愛莉と雫の2人と、胸に手を当てて、悲しそうな表情で顔を伏せているみのり。

 

私には、その場でみのりにかけられるような言葉は思い浮かばなかった。

 

 




本当はリンとレンの誕生日の前に投稿するはずだったんですけどね...。

計画性の無さが露呈...前からか...。


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第14話

なんか絵名のアナボ多くないですか? 気のせいかな...。

それはそれとして、絵名のこと、えななんと呼ぶのか、なーんと呼ぶのか、意外とばらけてる印象なんですよね。

後はしののののめさんぐらいですかね。

多分この3択。


翌日。

 

早速とばかりに放課後に屋上で練習を始めている私たちだが、その練習がうまくいっているとはお世辞にも言えなかった。

 

その原因はみのりで、恐らく昨日の遥の一件で、この練習には集中できていないように見えた。

 

一緒に踊っている雫もみのりの様子が気になるようで、踊れてはいるものの身が入っていないように見えた。

 

「みのり! 雫と揃ってないわよ! 一緒にやるときは周りも見る!」

 

それでも愛莉の厳しい言葉は飛んでくるもので、雫は思わず愛莉に声をかけた。

 

「...愛莉ちゃん、少し休憩を入れた方がいいんじゃないかな? みのりちゃん、今日はあんまり集中できてないみたいだから」

 

愛莉に叱責されていることと、一緒に踊っている雫に心配をかけているということに気が付いたみのりは、弾かれたように頭を上げて2人に謝罪する。

 

「あっ、その...す、すみませんっ! せっかく先輩たちと一緒にやらせてもらっているのに...!」

 

「いいのよ、仕方ないわ。...昨日の遥ちゃんのことが気になっているんでしょう?」

 

雫がみのりと話をしだした段階で、私はタオルを取って汗を拭いておく。

風邪をひいたことはないが、だからと言って風邪をひかないためのことをしないとは限らないのだ。

 

まぁ、今までは全然、そんなこと考えもせずに過ごしてきたのだが。

 

ありがとう、お父さん、お母さん。私をこんな丈夫でハイスペックな体で産んでくれて。

 

私が両親に感謝の想いを込めて両手を胸の前で組んでいる間に、3人の会話は進んでいく。

 

「別に隠す必要ないわよ。私たちも一緒なんだから。...『アイドルをやる資格はない』。あんなこと聞いたら、嫌でも気になっちゃうわよ」

 

休憩しましょうか、と、愛莉の号令により、各々タオルで汗を拭いたり水分補給をしたりしながら、話を進めていく。

 

「ネットや週刊誌で『辞めた原因はコレだ!』みたいな記事も結構な数見かけたけど、あんまりピンとくるのはなかったのよね」

 

私も一応調べてみたのだが、出て来る内容は、ある芸能人との不仲だったり、アイドルとのケンカ、だったり。

あまり見られていない記事に私とのツーショットがすっぱ抜かれていたが、ただの友達だと思われていたようで、その記事はあまり見られることなく埋もれていた。

 

というか、『桐谷遥は同性愛者!?』なんて記事、中々に攻めていると思うのだが。

 

「だから、本当にただ学校で勉強したいのかも、って思ってたんだけど...」

 

結局、私たちだけで考えることに答えは出ず、この状態で練習しても身が入らないから、と言う理由でストレッチをして終わることに。

なぜかその際私だけ愛莉に厳しく指導されたのだが、なぜだろうか。

 

「あんたが適当にすませてるからでしょ!」

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、オーディションの書類はもう出した?」

 

「あ、はい! 宛名も切手の値段もちゃんと確認して出しました!」

 

遥に何が起きているのか。結局それ自体に検討を付けることができないまま、私たちは帰っていた。

そんな中で、雫が自身の手のひらに手を当てて、みのりに尋ねていた。

 

既に二桁台に到達している書類の出し方だ。さすがに間違えないだろう、と2人の話を聞いていると、隣を歩いている愛莉が私の事を見ていることに気が付いた。

 

「やれることはやったんだから、あとは祈るだけ...なんだけど、瀬名も出したの?」

 

「出してない」

 

「...予想通りなのがなんとも言えないわね...いつかみのりと一緒に出すのよ」

 

「...」

 

ここで適当に返事したら、そのうちそうなる未来が見えたので、私は目をそらして無言を貫く。

その私の反応が気に食わなかったのか、愛莉からジト目で見られているのがなんとなくわかるが...これはもう諦めてくれ。なぁなぁで練習に参加しているけれど、アイドルになりたいわけじゃない。

 

みのりたち4人のセカイを、正しい方向へと導きたいだけなのだ。

 

まぁ、導くためにアイドルにならなくちゃいけないようなことには、ならないで欲しいのだけれど。

 

「桃井先輩と日野森先輩に教えてもらったんだし、今回こそ...きっと...!」

 

みのりが両手を握って燃えている中で、ちょうど通り過ぎようとしていた1人が、みのりの言葉に反応した。

 

「もしかして、『QT』の桃井さんと、『Cheerful*Days』の日野森さん...?」

 

誰だこの人。と私が反応を示す前に、愛莉が1歩前に出て反応した。

 

「え? ちょっと、誰よ突然。もしかして雫の取材じゃ...って...」

 

「えっ!? ASRUNの元メンバーの...真依ちゃん!?」

 

愛莉が知り合いのような反応をしていたから、アイドルなのだろうかと検討をつけていたところに、みのりの絶叫が耳を突き破った。

ええい、落ち着けオタク。

 

「ど、どど、どうしてここに真依ちゃんが!? あ、あの! 私、アルバムで遥ちゃんと2人で歌っていた『虹色バラメータ』が大好きなんです!!」

 

大好きなグループの元メンバーが目の前にいると言う事で、テンションの上がり切っているみのりは愛莉の横をすり抜けて彼女に詰め寄っていく。

それを見ている愛莉と、寄られている彼女は引き気味だ。

みのりの愛に押されている。

 

現役だったころに、みのりのようなオタクは出てこなかったのだろうか。

 

「遥ちゃんと真依ちゃん、2人ともすっごく息ぴったりで...それに、それに...!」

 

「え、えーっと,,,あ、ありがとう...?」

 

出てきたのも困惑気味の感謝の言葉だ。

これは一度、みのりを下がらせて冷静にさせた方がいいのではないだろうか。

 

そう思いながら見つめていると、彼女の反応を見たみのりは今度は頭を抱えて2歩ほど下がり、私の隣まで戻ってきた。

 

「ど、どうしよう...困らせちゃった~...!」

 

「...少しおとなしくしてよう」

 

そんなみのりの行動を、頬をヒクつかせながら見ていた愛莉は、咳払いを1つ挟んで、彼女...真依に問いかけた。

 

「ASRUNを辞めてから、1年ぐらい見てなかったわね。どうしてここに?」

 

「...それは...」

 

愛莉にそう首を傾げられると、真依は言いづらそうに眼をそらす。

とはいえ、ASRUNの元メンバーで、1年ぐらい姿を出していなくて、今ここに現れた、ということは、もう予想できるのは1つだけだ。

 

「...もしかして、遥ちゃんに会いに来たの?」

 

雫も同じ発想をしていたようで、真依に優し気に問いかける。

 

その問いかけに、彼女は少しの時間をかけて、ゆっくりと頷いた。

 

遥か...。まだ校内にいるだろうか?

 

「とりあえず、探してみましょうか」

 

「ええ、そうね。遥ちゃんが行きそうな場所、どこかしら?」

 

「静かな場所を、って言ってたから、その辺りかも...瀬名ちゃん、どこか教えてたりしない?」

 

そうして私たちは遥を探し出したのだが、遥は既に帰宅しており、あとから遥個人の連絡先を持っていることを思い出した私は、愛莉にこめかみをグリグリされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

「桃井さん、日野森さん...それに、花里さんに東雲さん。せっかく探してもらったのに...ごめんなさい」

 

遥が既に帰宅していることを知った私たちだが、詳しい話を聞こうということになり、場所をファミレスへと移していた。

そこで、席について水を持ってきたところで、真依がおもむろに口を開いて頭を下げた。

 

「別に大丈夫よ。だから頭を上げて頂戴。...それより、どうしてわざわざ校門前で待ってたの? 辞めたとはいえ、同じグループのメンバーだったんだし、連絡先くらい知ってるんじゃないの?」

 

それは私も思っていたことだ。

事前の連絡無しで直接遥の元へと赴く理由。

まさか、私の様に忘れていた、などというわけではあるまい。

 

...まだこめかみが痛い。

 

「あ、はい...。連絡先は知ってるんですが......電話でも、メッセージでも、うまく伝えられないと思って...」

 

「伝えられない?」

 

要するに、『会って話がしたい』的な感じだろう。

ただ、彼女の場合は遥にそれすらも連絡を入れていないということだが。

 

「...何か、事情があるのかしら。私たちで良かったら、話を聞かせてもらえない?」

 

同じ『元アイドル』同士だから、と雫はそう声をかける。

そうして、真依は語りだした。

 

真依は遥に謝りたくて来たのだと言う。

遥がアイドルを辞めた理由。真依が感情的にぶつけた言葉が、遥が辞めた理由になっているのだと。

それらを聞いて思い返すのは、遥が言っていた資格の話。

 

「私に何度も希望をくれていたのに、憧れの人なのに。私は...ずっと後悔してるんです。なんであんなことを、って...」

 

「......」

 

「だから、遥ちゃんが引退するって知った時、目の前が真っ暗になりました。これきっと、私のせいなんだろう、って。謝らなくちゃいけない。謝ってもどうしようもないかもしれません。それでも私は、遥ちゃんに謝らなくちゃいけないんです」

 

そう言い切った彼女は、視線を下げて口を閉じた。

 

真依の話は理解できた。

簡単にまとめるのは申し訳ないから口には出さないけれど、『私のせいでアイドル辞めちゃった遥に謝りたい』ってことだ。

 

まぁ、伝えたいことがあるのなら直接伝えるのがいいだろう。

 

「...2人の間にどんな確執があるのか、私たちにはわからないけど...言いたいことが、伝えたいことがあるのなら、ちゃんと話した方がいいわね」

 

「...そうね。もし傷つけてしまっていたとしても、ちゃんと話せれば前に進めるかもしれないもの」

 

その言葉には、実感が伴っているためか説得感があった。

経緯を知らずとも、そのことを感じたのか真依は安心したような表情を浮かべた。

 

「桃井さん...日野森さん...ありがとうございます」

 

「そうと決まれば、まずは遥に連絡を取りましょうか。直接会うにしても、先に帰られたらその日は無駄足になっちゃうし、こっちの方が確実よね」

 

そう言いながらスマホを取り出す愛莉だが、すぐにスマホを机の上に置いた。

 

「そういえば、連絡先入ってなかったわ。雫は?」

 

「私も、遥ちゃんとは交換していなかったわ...真依ちゃんから連絡したら警戒されちゃうかもしれないし...」

 

そういったところで、愛莉と雫の目が同時に私の方を向いた。

急にグリンとこちらを見られると、恐怖心を感じるのだが。

 

「私たちは元アイドルで、この間のこともあるし警戒されるかもしれないけど、瀬名なら...?」

 

「瀬名ちゃんは、普段遥ちゃんとどんな話をしているのかしら」

 

愛莉から有無を言わせないような眼を向けられ、雫からは期待の眼差しを向けられている。

私から連絡する流れになりそうだ。

 

「私は...別に、普通の話」

 

スマホを取り出して、みんなに画面が見えるように机の上に置く。

 

やり取りしているメッセージなんて、そこら辺の友達同士がしている内容と大差ないような気がするけれど。

 

『遥:今時間ある? 20:59

 

『瀬名:平気。何かあった? 21:00

 

『遥:この間、いい雰囲気の喫茶店を見つけたんだ。この前瀬名と一緒に行ったことのあるところに雰囲気も似てたし、今度一緒にどうかな? 21:01

 

『瀬名:時間あった時に行こう。私はいつでも暇だけど。 21:01

 

『遥:じゃあ、今度の休日にでも。細かい日程はまた連絡するから 21:02

 

「...随分仲が良いのね。いや、別にダメってわけじゃないんだけど...なんていうか...うん、まぁ好都合ね!」

 

私のスマホの画面を見て微妙な顔を浮かべた愛莉は、何かを振り切るように頭を振って、拳を握った。

 

まぁ、雰囲気をぶち壊したのは否めないけれど。

 

「とっても仲が良いのね。...妹がいるんだけど、誘ってもあんまり一緒に出掛けてくれないから、羨ましいわ」

 

「遥ちゃんがコーヒーを飲んでる姿...し、写真...はダメだよね..うぐぅ...」

 

 




そろそろ、元のストーリーから少し離れた内容になってもいいかなぁなんて考えてます。
最終的に同じような感じに着地させればまぁ大丈夫でしょ...。


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第15話

久しぶりの本編更新です。

ただの日常回の第X章「おーばーどーず! いち!」も出しているので、まだの方はよければそちらもどうぞ。




2日後。

 

次の日は真依が予定が入っているということだったので、日にちをずらして遥を呼び出していた。

特に詳しい用件は伝えておらず、私はただ遥に『話があるから、この日に話せないか』とメッセージを送っていた。

 

遥も、あえて私が詳しい用件を伝えないことをなんとなく察してくれたのか、細かくは聞かずに了承してくれた。

 

そして、約束の時間まであと5分。

 

「もうそろそろね。...遥、来てくれるかしら」

 

「瀬名ちゃんには、ちゃんと来るって言っていたのでしょう? きっと大丈夫よ」

 

愛莉と雫が、遥が来るかどうかの話をしている中で、私の隣に立っているみのりが難しい顔をしていた。

 

「...みのり、どうしたの?」

 

「瀬名ちゃん...。本当に、会ってもいいのかな、って。遥ちゃんがもっと苦しむことになっちゃう。でも、会わなかったら真依ちゃんが...とも思っちゃって。私に出来ることなんてないかもしれないけど、なんだか不安で...」

 

不安気に手を胸の前で組んでいるみのりの気持ちも、わからないわけではない。

ただ、それでも前に進まなきゃ解決しないのだ。それに、もし何かあってもみのりたちが、私がいる。

 

何とでもなるさ。

 

「みのりの不安も分かる。けど、今は前に進むべき。逃げてばかりじゃ、ずっと苦しいままだよ」

 

「...瀬名ちゃん」

 

私がみのりに向けて言った言葉を他の3人も聞いていたのだろう。

愛莉と雫はお互い目を合わせて苦笑し、真依は改めて決意した表情を浮かべて、扉を見た。

 

そして、その直後、扉は開く。

 

「お待たせ、瀬名。話って...え?」

 

扉を開けて私と目があった後、その隣にも誰かがいることを確認した遥は、すぐに真依の存在に気が付いた。

 

「遥ちゃん...」

 

「真依...!? どうして、真依がここに...」

 

他校の生徒が入ってくるのは今に始まったことじゃないけど、と呟きながら驚く遥。

多分というか、その他校の生徒とは私の事を言っているのだろう。

 

想像もしていなかった人物が目の前にいると言うことに頭が追い付いていないのか、驚いて固まっている遥に対して、真依は1歩踏み出して遥に近づいた。

 

「急に押しかけてごめんなさい。でも私、遥ちゃんにどうしても謝りたくて...」

 

その真依の言葉を聞いて、遥はようやく再起動したようだった。

一瞬私の方を見てから真依を見る。

ただ、真依と目を合わせないようにしている、という感じだ。

見ているようで見ていない。

 

「遥ちゃん、本当に、ごめんなさい...! あの日、遥ちゃんに言った事...なんであんなこと言っちゃったんだろうって、ずっと思ってた。謝らなきゃ、謝らなきゃって思ってて...でも、そしたら遥ちゃんがアイドルを辞めたって聞いて...っ!」

 

頭を下げて、涙を拭うことなくそう言葉を続ける真依を見て、遥は視線を逸らす。

 

「だから...ごめんなさい...! 謝ってももう遅いって、わかってるけど...でも...っ、私のせいで、遥ちゃんが...!」

 

真依の気持ちが遥に届くかどうか、と2人を見守っていると、遥が優しく声をかける。

 

「...顔を上げて、真依。私のほうこそ、ごめんね。ずっと謝りたかった。真依を追い詰めて苦しめたのに、何もしてあげられなくて...。それに、真依は誤解してる。私がアイドルを辞めたのは、真依のせいじゃない」

 

「...じゃあ、どうして」

 

「...ただ私が、学生として勉強してみたかった。アイドルじゃない生き方もしてみたかったの。だから...」

 

遥の考えてることも、何となくわかる。そう言ってしまう気持ちも。でも、私ですらその言葉は、嘘だってわかる。

そして、私より長い間一緒に活動してきた彼女に、その嘘が伝わらないわけがなく、真依は服の裾を強く握りしめて声を荒げた。

 

「そんなの嘘だよ!! ずっと一緒にやってきたから...遥ちゃんが本当はそんなこと思ってないって...私にだって、それくらいわかるよ...!」

 

「.........」

 

「...ごめん...なさい...」

 

「...本当にそれだけだよ。だから、真依が責任を感じる必要はないよ。わざわざ会いに来てくれてありがとう、真依」

 

「遥ちゃん...」

 

真依も、これ以上遥に何を言っても暖簾に腕押しだろうと察したのか、下を向いて頷くだけだった。

後ろでその様子を見守っていた私たちも顔を見あわせる。

 

はてさて、どうしたものか。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

「...だまし討ちみたいなマネして、悪かったわね」

 

真依が屋上から出て行ったあと。少しの間無言の状態が続いた中で、愛莉が最初にそう口を開いた。

遥も何となくその理由が分かっているようで、苦笑しながら首を横に振った。

 

「...いえ。先輩たちは、私が一昨日変なことを言ったから、気にかけてくれたんですよね」

 

「まぁ、ね。...それより遥、本当にあれでよかったの?」

 

「.......」

 

あれで、というのが何を指すのか、たった今さっき起きていたことなのだし、説明する理由もない。

ただこの場から逃げたいなら『あれとは?』ととぼけて、逃げ出すことも出来る。だが遥はそれをせずに、困ったような顔をして話し出した。

 

「...確かに、アイドルをやる資格がないって思ったのは、真依のことがあったからです。でも、それは真依には言いません。絶対に。...あの子には、過去を引きずり続けてほしくないので」

 

「遥ちゃん...」

 

「実際、私はもうアイドルに未練はないんです。やれるだけのことはやりましたから。それに...私が届けられるものは、もうありません」

 

遥は目をそらすことなく、私たちに向けてそう言い放った。

 

それを聞いて、私は思う。

今回のループでは、みのりたちのセカイを何とかしなくてはならない。そのためには恐らくだが、遥の存在が、アイドルとしての遥が必要不可欠だ。

遥のアイドルに未練がない、と言うのは嘘だとわかる。でも、アイドルをやる資格がない、と心から思っているのもまた、嘘じゃない。

 

これが私たちを、真依を思っての嘘ならどうとでもなる。

だけど、ここで私たちが遥に無理を言ってアイドルをやらせたところで、何か良い方向に向かうだろうか。

 

簡単に言ってしまえば、私は不安に駆られている。

これが正しいのか、否か。

 

そんな、尻込みしている私の隣で、手のひらから血が出るほど拳を握っている彼女が、声をあげた。

 

「そんなことない」

 

「...え?」

 

「届けられるものがないなんて、そんなことないよ。遥ちゃんはたくさん希望をくれた! だから私は、こうやってアイドルを目指せてる! 何度落ちても挫けないで頑張れるのは、遥ちゃんが、明日を頑張る希望をくれたからだよ! だから、何も届けられないなんて...そんなこと言わないで!」

 

若干息があがりながらも、そう叫んだみのりのことを、遥は眩しそうに見つめて、それでも首を横に振った。

 

「...ありがとう、みのり。すごく嬉しいよ。でも私はもう、本当に何も届けられないの。だって___ステージに立ちたくても、立てないから」

 

「....!?」

 

...いけない。今は呆けている場合じゃない。

みのりのおかげで正気を取り戻せた。弱気になるのは、これっきりにしなければ。

 

「...ステージに向かおうとするとね、もう足が動かないの。事務所に相談して、病院にも行った。でも、心の問題だから、自分自身で考え方を変えるしかないって言われて。専門家に相談してみたり、本を読んだりしたけど...やっぱり同じ」

 

呻きだすように呟く遥の顔は、ひどく辛そうだった。

今もその現象に苦しんでいる彼女のそれは、彼女自身の信条も相まってひどいトラウマと化しているのだろう。

 

「それでも、私なりに頑張ったんだけどね。もう1度ステージに立てるように、頑張って、頑張って......でも、もういいの。全部受け入れて、諦めようって、そう決めたから」

 

「っ...でもっ」

 

「みのり。頑張っても、どうにもならないこともあるんだよ」

 

本人の口からそう説明されても諦められないみのりだが、ダメ押しとばかりに遥がそう告げる。

それを聞いてついに、みのりは胸の前で組んでいた手を降ろして、口を閉ざした。

 

それを見て1つ頷いた遥は、校内へと続く扉の方へと向かいながら喋る。

 

「...みんな、心配してくれてありがとう。それじゃあ...」

 

愛莉がその背中に思わずと言った様子で手を伸ばすものの、何も言葉は出てこず、遥そのまま扉を開けて行ってしまった。

 

「...まだ、無理だと思っても、わからないじゃない...」

 

力なくそう呟く愛莉の声が、やけに響いた。そんな気がした。




からくりピエロのMV来てましたね。
それぞれの表情好きなんだ...。


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第16話

ローソンコラボ、2回引きました。

B賞2つで、こはねと杏でした。

運命だ……!


宮益坂女子学園の校舎を出た帰り道。

ある程度一緒の方向へと歩いている私たちだが、その帰り道での間、会話はまだなかった。

 

非常に重たい空気の中、愛莉が口を開く。

 

「遥が、あんなことになってたなんてね...」

 

「...全然わからなかった。去年一緒に収録した時も、元気そうに見えたから...」

 

「誰にも悟られないようにしてたんでしょうね、ファンにも、仲間にも。心配かけたくなくて」

 

誰か1人が声を出せば、それに続いて喋りだすことが出来る。

愛莉に続いて雫も喋るが、それもすぐに途絶えた。

 

愛莉は空を仰ぎ見るように見て、やるせないような声を出した。

 

「...ほんと、根っからのアイドルね。あの子。...私たちに、出来ることは何もないのかしら」

 

結局それ以降、愛莉も雫も喋ることが出来ず、帰り道の都合上今日は解散となった。

その間、みのりは一言も喋ることもなく、自身の傷ついた手のひらを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

自宅のベッドの上で寝転がりながら、私はスマホの画面を見つめる。

画面に出されているのは、再生されていない『Untitled』。

これ以外にも『Ready Steady』や、『悔やむと書いてミライ』も存在している私のスマホだが、今回用事があるのはこの『Untitled』。

 

「...私のセカイも『Untitled』だけど、何となくどっちがどっちなのか、わかる」

 

まだ間違えたことは一度もないので、誤タップ以外は間違えることはこの先もないだろう。

 

「...余計なことは考えないで、これからのことを考えないと」

 

今考えるのは、遥の事。

希望を届ける存在であるアイドルだったはずの彼女が、一番側にいたはずの真依に希望を届けることが出来ていなかった。それ故に、彼女はアイドルをやる資格がないと考えている。

 

これを何とかするためのキーは恐らくセカイだ。

では、私に何が出来るのだろうか。

 

セカイで私が出来ることは、基本的にそのセカイのバーチャル・シンガーの協力が必要不可欠であるが、まず1つは、セカイを経由して相手のスマホやPCの画面から出られる事。

これの原理がどうなっているかは定かではないが、そもそも私たちがセカイに入ることすら意味不明なのだ。考えるだけ無駄だろう。

 

次に、セカイ越しに相手のスマホから、ホログラムのような形で出ること。

これも、あのアイドルのセカイでは鏡が出入り口になっていただけで、他のセカイだと違う可能性があるから、詳しくは考える必要はない。

 

1つ目は、ニーゴのセカイで得た方法。

2つ目は、今回のセカイで得た方法。これらをうまい事使って、今回の件をどうにかできないだろうか。

 

「...相談、してみようか」

 

1人で考えるのも限度がある。

私は『Untitled』を再生した。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

私は入ったセカイは、アイドルのセカイ。

私自身のセカイに入るのは、ひとまず情報を集めきってからの方がいいと感じて、こちらのセカイに足を運んでいた。

 

すると、そこには既に先客が来ているようで、みのりが初音ミクとリン話していた。

 

「あれ、瀬名ちゃん?」

 

「みのり、来てたんだ」

 

「うん。...前に、ミクちゃんが言ってくれてたことを思い出して」

 

初音ミクが前に言っていたこと、と言うと、恐らく『自分の想いや誰かの想いが見つけられなくて、苦しくなったりしたら。いつでもセカイに来てね』と言っていたやつだ。

ふと思い出した、といった感じでこのセカイへとやってきていたのだろうが、それにしても奇遇だ。

 

そんなことを考えていると、突然隣に立っていた初音ミクが私の肩に手を置いた。

 

「ねえ、みのりちゃん。今からもう一度、私たちのライブを見てみない? 特等席を用意するし、今ならスペシャルゲストもいるよ!」

 

「...スペシャルゲスト。もしかしなくてもそれって私のことじゃ」

 

「はい、瀬名ちゃんはこっちこっち~♪」

 

初音ミクに異議を唱えようとすると、リンが私の手を引っ張ってステージの袖へと連れていく。

まさか、ここでライブをさせる気か。それもみのりの前で。

 

「なんで私も踊る必要があるの」

 

「一緒に踊った方が絶対楽しいって! それに、踊りは心配ないでしょ?」

 

「...そうだけど」

 

一度スパルタで教えられている私の体は、アイドルとしての踊りを覚えている。

忘れることはできないだろう。忌々しい私の体だ。

 

私が渋々納得したのを察したのか、リンはその場で指を1つ鳴らした。

 

そうすると、なんということでしょう。私の服が一瞬で初音ミクやリンのような、アイドルのような衣装になっているではありませんか。

 

初音ミクが緑で、リンが黄色をメインにしている衣装なのに対して、私の色は青。

まぁ私の髪色が白いので、何色にしても問題はなさそうだが。

 

うへぇ、と思っていると、既にみのりはステージの舞台袖にやってきていた。

そのステージの端っこには誰が置いたのか、椅子が1つ置かれていた。

もしかしなくても、みのりの席はあそこなのだろう。

 

「え? ええっ!? こ、ここで見るの!?」

 

当然のごとく驚いている様子のみのりだが、2人はそんなみのりを笑顔で無視して、こちらへと歩いてきた。

 

「今日のセンターは瀬名ちゃんだよ! それじゃあ、元気良くいこう!」

 

「え、聞いてない...!」

 

そうして、私の地獄の初センターライブが始まった。

 

こうなればやけだ。

私に出来ることは、こうなってしまってはもう腹をくくって、みのりに元気を届けるだけ。

これまでのアイドルを模倣しているだけでは、きっとみのりの心に届かない。

 

ならば、模倣して得た技術を基にして、私としてのライブを彼女に届ける。

 

よーく見ておけみのり。これが私の、最初で最後のアイドルとしてのライブだ。

 

...この後の私が、恥ずか死しなければいいけど。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

「みんなー! 久しぶり! 今日は、私たちのお友達、みのりちゃんが来てくれてます! みのりちゃんには、特等席で楽しんでもらおうと思います! それじゃあ、ライブ、スタート!」

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

「みのりちゃん、、ただいま! ライブ、どうだった?」

 

「すっごく良かったよ! 3人とも息ぴったりで...それに、遥ちゃんの見てた景色を見られて、嬉しかったな」

 

みのりの言う、遥の見ていた景色というのは、先ほどのライブの途中、観客が持っているペンライトが一斉に青く染まっていく時間帯があったのだ。

きっとそれのことを言っているんだろう。

そして、恐らくこれが、遥を救うためのキーになるはず。

 

「それにしても、瀬名ちゃんってやっぱりアイドルやってたんじゃ...だ、大丈夫?」

 

「...しばらく今回の件には触れないでほしい」

 

「う、うん...分かった」

 

とはいえ、それとこれとは話が別だ。

まさか歌どころか、普段の私とは180度方向が違うキャラを見せることになるなんて。

 

黒歴史だ。私の中での黒歴史の1つだ、今日は。

 

「まぁまぁ。あの青い海みたいなペンライト、ここから見るとすっごくキレイだよね!」

 

あれを見てテンション上がったでしょ、とリンに言われて、私は渋々頷く。

 

確かに、あの時、視界の先にあるペンライトが一斉に青く染まっていった瞬間、私はテンションが上がっていた。

だからこそ妙に張り切って踊って歌っちゃったのであって、今こうして横になって顔を隠しているともいう。

 

まぁ私のことはどうでもいいとして。

 

流石に私が青の衣装を着ているからペンライトが青く染まっていたわけでもないだろう。

なにせ、前回私たち5人で観客側に回ってライブを見ていた時にも、青く染まっていたのだから。

 

セカイは想いで出来ている。であるならば、セカイに起きる現象も基本的には、その人の想いが作用している。

 

ならばペンライトが青に染まるのは。

 

「このセカイでライブをすると、ペンライトが一面青くなる時があるんだよ」

 

「あ、そういえば前に来た時にも...でも、どうして?」

 

「なんでだろう? でも、セカイは想いでできてるから、誰かの想いが現れてるのかもしれないね」

 

「誰かの想いって...」

 

初音ミクはみのりにそう説明すると、横に倒れている私に向かってウィンクしてきた。

初音ミクも、リンも。既に何が要因なのかわかっている。だけど、あえて明言しないのは、みのりに気付かせるため。

 

このセカイを構成している彼女たちで、前へと進んでほしいからこそだと私は思う。

 

それに、既にみのりも気づいているようだ。

 

いつまでも横になっているのもあれなので、立ち上がってみのりの事を見守る。

 

「もしかして...遥ちゃんの...もし、あの景色が遥ちゃんの想いなら...!」

 

瞳をぎゅっ、と閉じたみのりは、すぐに目を開いて、私たちを見て言った。

 

「...ミクちゃん、リンちゃん、瀬名ちゃん! このステージに、遥ちゃんを連れてきてもいい!? あの光を遥ちゃんに見せてあげたい。例えアイドルに戻れなくっても、せめてあの景色を...遥ちゃんの大事な景色を、見せてあげたいの!」

 

もちろん、それを拒否する理由どころか、こちらとしてはむしろ、と言った感じなので首を縦に振る。

私の隣にいる初音ミクもリンも、私と同じ気持ちだろう。

 

恐らくだが、ここでつまずけば遥はもう2度とアイドルとして立てないだろう。

みのりが諦めることはそうそうないと思うが、肝心の遥がダメになる。もし失敗した場合、最悪な形で遥の後押しをしてしまうということだ。

 

私たち3人が快諾したのを見て、みのりはひとまず安心したように頬を綻ばせて、すぐに表情を引き締めた。

 

「それじゃあ、遥ちゃんを連れてくるから、ミクちゃんとリンちゃん、瀬名ちゃんはその時にライブを...!」

 

しかし。

別に私たちがライブを見せることを承諾したわけじゃない。

むしろ私はもう2度と歌って踊ることは拒否したい気持ちだが、今回はそれとは別にライブする理由が無い。

 

そんな私の気持ちを代弁するかのように、初音ミクが顎に指をあてながら、みのりの言葉を遮った。

 

「でも、ライブをやるのは、私たちじゃなくて、みのりちゃんがいいんじゃないかな?」

 

「え!? わ、私がライブ!?」

 

「うん。遥ちゃんを励ましたいのは、みのりちゃんでしょ? それなら、やっぱりみのりちゃんが直接届けた方がいいと思うの」

 

ただでさえ、人の想いというのは言葉にする時に、その想いの大半を取りこぼしてしまう。

他人の想いを乗せてライブをしたところで、言葉にする以上に取りこぼしてしまうだろう。

 

初音ミクにそう提案されたみのりは、眉を八の字にしてリンの事を見た。

 

「で、でも、私ステージに立ったことなんて...」

 

「大丈夫! みのりちゃんは遥ちゃんがだーい好きでしょ? だからきっと出来るよ! それに瀬名ちゃんもついてるし!」

 

まぁ、確かにみのりの遥ラブは中々のもので...今おかしな言葉が聞こえたような。

 

「.......うん、私、頑張る。遥ちゃんの1番見たい景色を届けてみせる! 瀬名ちゃん、お願い、手伝って!」

 

「.....わかった」

 

内心渋々、と言った感じで頷いた気分なのだが、いかんせん私の表情筋が死んでいるせいで、普通に頷いているようになってしまった。

これでは前向きみたいではないか。黒歴史を作るのに前向きとは、いったいどういう...。

 

いや、よく考えてみたら、ここでいくら黒歴史を作ろうが、そのうちリセットされてみんな忘れて私の中だけの思い出になるのだから、別にいいのか。

 

そう考えたら気が楽になってきた。

こうなったら気合入れて踊ろうか。みのりを目立たせるために全神経を注ごう。

 

「みのりなら大丈夫、出来るよ」

 

「うん、届けてみせるよ!」




PCで文字を打っていると、急に「k」が「あ」に変換されるんですよね。そうなると「き」と「け」が打てなくなるわけで。

その度に再起動です。キーボード君が限界なんでしょうかね。


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第17話

コンビニでバイトしてる雫が見たい。
それを裏でサポートしてる愛莉も見たい。


翌日。

今日も今日とて宮益坂女子学園の屋上で練習をするので、その場所へと向かっている最中に、みのりから電話が来た。

 

何の連絡だと思いながら出てみれば、ランニングのお誘いだった。

 

どうやら、練習に行く前に走りたいらしい。

 

本音を言えば断りたいのだが、昨日手伝うと言ってしまった以上、断ることも出来ない。

しょうがないのでそれを了承したのだが、私はこの時の判断をしばらく悔やむだろう。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ...お、おはようございます!」

 

みのりと共に走った後、その勢いのまま屋上へと向かった私たち。

予定では10km走る予定だったのだが、なぜかそこでみのりが『いや、やっぱり15...いや、20kmいこう!』なんて言い出したので、みのりも私も顔色がだいぶ悪い。

 

さて。ここで私のハイスペックな体について軽く解説しておこう。

私の体は、1度見たことはそのまま再現できる、と言うのと、1度体験したことは忘れることはないし、ミスをすることもない。

つまりは、私のスペックを発揮するには、見ているか体験しているかのどちらかが必須になってくるわけだ。

基本的に引きこもりの私は、長距離を走る事なんてなかった。

つまりは、みのり以上に死にそうなのである。

 

疲労困憊の状態で屋上へとやってきた私たちを見て、雫も愛莉も目を丸くしていた。

 

「お、おはよう、みのりちゃん。...どうしたの? 息を切らせて」

 

「ライブ、やるならっ、体力つけなきゃって思って...20km、走って、きました!」

 

「ちょ、急に張り切りだしてどうしたわけ? いや、まぁ前から張り切ってはいたけど、今日はやけにって感じ。昨日はあんなに凹んでたのに...」

 

不思議そうな顔をして言う愛莉だが、そこで言葉を止めて雫と顔を合わせた。

 

「っていうか、ライブ?」

 

「私、遥ちゃんのために、ライブをやろうと思うんです!」

 

「え?」

 

「遥ちゃんのために...?」

 

昨日の今日でどうしてその発想になったのか、よくわかっていない2人に、みのりは話し出した。

遥にとっての大切な思い出。それをもう1度見せることが、目的なのだと。

 

「その景色は、セカイのステージでライブをやれば見せられると思うんです! だから私、セカイでライブをやろうと思うんです! それで遥ちゃんが少しでも元気になってくれれば...!」

 

そこまでみのりの話を聞いていた愛莉は、なるほど、と1つ頷いてから首を傾げた。

 

「...でもその景色って、ステージの上から見ないと意味ないのよね? 景色を見てもらうためにはステージに上がってもらう必要があるけど、遥はステージに上がれないわけで...そこはどうするつもりなの?」

 

「それに...アイドル時代に見た大切な景色なら、見たら余計に辛くなってしまうかもしれないわね...」

 

ごもっともな愛莉の指摘に、遥を思った雫の反応。

 

それらを聞いたみのりは、そういった反応をされることを予想していたのか、首を縦に頷いて、それでも、と口を開いた。

 

「...でも、今の遥ちゃんは明日はきっといい日になるって、もう信じられなくなっちゃっていて。...そんな風に前を向いて進めなくなっちゃうことは、すっごくすっごく辛いことだと思うんです。だからせめて、遥ちゃんが少しでも前を向いて進めるように、あの景色を見てもらいたい」

 

そこまで言い切ったみのりは、隣に立っていた私の手を掴んで、愛莉と雫に力強く言う。

 

「あの光は全部、遥ちゃんに希望を貰った人たちの想いの光なんです! だから、きっと届きます! 『たとえアイドルを辞めたとしても、遥ちゃんには前を向いて進んで欲しい』っていう想いが!」

 

痛いほど、みのりの気持ちが言葉から、握られている手から伝わってくる。

本当はアイドルを続けてほしい。でも、それ以前に前を向いて、希望をもって毎日を送ってほしい。

みのりの、遥を思うひたむきな想いが、まるで私にも流れてくるようで。

 

...いや、痛いほどって言ったけど、普通に痛い。私の手が握りつぶされそうだ。

涙出そう。

 

「遥ちゃんをステージに呼ぶ方法は、まだ決まってません。でも、考えてるだけじゃ、私も遥ちゃんもずっと止まったままだから...!」

 

みのりが止まらない事を悟ったのか、まだ言葉を続けていようとしていたみのりの言葉を遮って、愛莉は苦笑しながらため息を吐きだした。

 

「結局、ノープランってことじゃない。ほんと、みのりって最初からそうだったわよね。無茶なことばっかりっていうか、無鉄砲っていうか」

 

もっと言ってやってください。

無鉄砲小娘が既に暴走しているせいで、私も20km走ることになったんです。

 

絵名や彰人なら伝わるが、いかんせん私のこの顔ではこの場にいる3人には通じず、愛莉は不思議そうな顔をして首を傾げていた。

 

「そんなこと言ってるけど、愛莉ちゃんはもう答えを出してるんでしょう?」

 

「まあね。雫のとこの劇場に飛び込んでいった私が人のこと、とやかく言えないもの。だから...みのり、私たちにも、そのライブをやらせてくれない?」

 

「え?」

 

みのりからしてみれば、思わぬ申し出、だったのだろう。

目を丸くして愛莉を見て、今度は私を見た。

今回の件は全てみのり主体だ。みのりに決定権がある。

 

そうして未だにみのりが困惑している中、雫も愛莉に便乗してきた。

 

「ええ、私も手伝わせてほしいわ。...実は、私たちも遥ちゃんを励ましたくて、どうすればいいのか悩んでいたところだったのよ」

 

「つまりノープラン。お互い様」

 

「う、うるさいわね」

 

とはいえ、2人の申し出は素直にありがたい。2人と4人では、出来ることに差があるはずだ。

それに私とみのりとは違って、アイドルとしての知識がある。非常に助かることになるはず。

 

「私は、愛莉ちゃんが私の為に行動してくれたから、また前を向けるようになったわ。だから、遥ちゃんの事をいっぱい考えてるみのりちゃんとなら、遥ちゃんを励ませるかもしれない、って思うの」

 

「それに、みのりみたいな頑張り屋、応援しなくっちゃアイドルが廃るもの!」

 

「...! ありがとうございます、桃井先輩、日野森先輩!」

 

そうしてひとまず2人が協力してくれることになったのだが、結局悩むのは遥をどうやってセカイに連れていくか。

 

「うーん...無理やりセカイに連れてきて、後は何とかする、とか浮かんだけど、それだと意味が無さそうよね」

 

「やっぱり遥ちゃん自らが来てくれないと...」

 

「むむむ...」

 

彼女たちが悩んでいるのは、遥を連れてくるときに無理やり連れてきてもいいのか、と言う点だ。

正直私の考えとしては、そこまでしないと遥はセカイには来ないと思う。

言葉で説得しても、言い訳して来ない。そんな未来が見える。

 

3人が唸っているのを見ながら空を見上げていると、突然肩をがしっと掴まれた。

 

驚いて視線を前に戻すと、愛莉が笑顔で肩を掴んでいた。

その愛莉の後ろでは、みのりが『?』と言ったような顔をしているし、雫はしばらくこちらを見つめて、『あぁ!』みたいな表情をしている。

何も説明なしに、思いついたからすぐに私の所まで来たのだろうか、愛莉は。

 

「前も私が誘って、あんな感じになったけど。今回も来てくれそう?」

 

「...あ~...そういえば、そうだったわね...」

 

前、と言うと、真依がいることを隠して遥を呼び出した時のことだ。

あの時の事を警戒されて、今度は断られるのではないだろうか。

 

そのことを伝えると、愛莉は忘れていた、と言った様子で顔に手を当てて空を仰いだ。

 

「名案、って思ったのだけど、そういえばあの時は瀬名ちゃんにお願いして、遥ちゃんを呼んでもらったんだったわね...」

 

天を仰いでいる愛莉に代わって、雫が苦笑いしながらそう言う。

別にあの時だって、誰が読んでも遥は来ていたと思うが...まさかここに来て私が呼んだことによる弊害が出て来るとは。

 

そこまで話が進んでから、ようやく何の話をしていたのか理解したみのりは、遅れてリアクションを取っていた。

 

「じゃあ...どうしましょうか。本格的に遥を呼ぶ方法が無くなったような...」

 

「やっぱり無理やりしかない。言葉で説得しようとしても逃げられるだけ。なら、無理にでもセカイに連れて、みのりの想いを伝えた方が良い」

 

このまま時間が過ぎていくのが惜しいので、めんどくさくなった私はみのりの事を見ながら提案する。

結局これしかないように思うのだ。

 

私の言いたいことを理解したのか、みのりも頷いて、胸の前で拳を握った。

 

「うん。...絶対に伝えてみせるよ」

 

そんな私たちのやり取りを見ていた愛莉と雫も納得したのか、笑顔で頷いた。

 

「よし、ならまずはセカイに行きましょうか。セカイでライブをするにしても、みのりたちのことは知ってても、私たちのことは知らないでしょうし」

 

「そうね、まずは挨拶からしなきゃ」

 

そして、ほぼ全員が同時にスマホを取り出し、『Untitled』を再生した。




『Miku』の3DMVって、いつの間に来てたんでしょうね。
今日マルチでたまたま選曲されて、その時初めて知りました。

DIVAの『Weekend Girl』みたいだなぁなんて思ったり。


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第18話

自分で「あれ、あの話どこで書いたっけ」ってなるので、そのうち副題みたいなのつけるかもしれないです。

考えるのめんどくさいなぁなんて思ってたらこんなことに...。


今回はちょっと短めです。
同時刻に第X章の「おーばーどーず! に!」も更新しているので、よければどうぞ。


すっかり慣れた眩しい光が収まり、目を開けるとちょうどいいタイミングだったのか、初音ミクとリンがそこにいた。

 

「ミクちゃん! リンちゃん!」

 

みのりが手を振りながら声をかけると、それまで難しい顔をしていたリンがパッとこちらに顔を向けて、満面の笑みを浮かべた。

 

「あ! 2人とも! 今日は愛莉ちゃんと雫ちゃんもいる! 久しぶりー! 元気だった?」

 

「ええ、おかげさまでね。この間は本当にありがとう、おかげさまでまた頑張れそうだわ。リンも、瀬名も。本当にありがとう」

 

「えへへ、愛莉ちゃんが元気になってくれてよかった! やっぱりアイドルは、笑顔が1番っ♪」

 

私の名前を呼んだタイミングで、愛莉がこちらにウィンクしたので、取り敢えず頷いておく。

流石アイドル。ウィンクが上手だ。

 

「ふふっ、そうね。元気じゃない愛莉ちゃんはとっても変な感じがするもの」

 

「へ、変って...私だって落ち込むときは落ち込むんだけど?」

 

雫の若干外れた感想に愛莉が突っ込んでいるのを放置して、みのりが先程あったことを初音ミクとリンに伝えていく。

 

「ミクちゃん! リンちゃん! あのね、2人とも遥ちゃんを元気づけるために、セカイのライブに出てくれることになったの!」

 

「それで、練習のためにステージの大きさとかを確認しなきゃって思ってきたの」

 

愛莉と雫が一緒に来た事情を把握したリンは、なるほど、と頷いた後に、何かを思いついたように手のひらに拳を乗せた。

 

「あ、それなら、そのままここで練習すればいいんじゃない? ねっ、ミクちゃん!」

 

「うん! ここはみんなの想いで出来たセカイだし、私たちがライブをしていない時だったら、いつでも練習してもらって大丈夫だよ!」

 

初音ミクとリンにそう告げられた私は、ステージをちらりと見て、すぐに視線を前に戻した。

 

あれだけの広さのステージを練習場所に使えるなんて、とんでもなく幸運なのではないだろうか。

 

「本当に? それならすごく助かるわね。みのりちゃん」

 

「うん! ありがとう、ミクちゃん、リンちゃん!!」

 

そうして、非常に恵まれた環境下で、あまり時間はかけていられないような状態での練習が始まった。

 

まず指導され始めたのは、当然と言えば当然なのだが、みのりと私の2人。

アイドル経験者であるならばまだしも、私たちは素人同然。

そう考えられて愛莉の熱血指導が入ったのだが、すぐに私はそこから外されることに。

 

「瀬名って、基本が異様に出来てるのよね。多分私が教えるよりも、雫が細かいところを教えてあげた方がよさそう。...ねぇ、本当に未経験者? 海外でアイドルやってたとかじゃない?」

 

と言うことで、私は雫に。みのりは愛莉に教えてもらっている最中だ。

 

「ストーップ! 腕の振りが小さいっ! 後半になるとすぐ動きが小さくなるわよ! 1番遠くの客席にまで、みのりの想いを届けられるように意識! ハイ、もう1回!」

 

「はいっ!」

 

「音程にも気をつけなさいよ。動きを大きくしようとして体に力を入れて、音が外れたらどうにもならないわ。自分のペースは崩さないように!」

 

「は、はい!」

 

これが体育会系のあれだろうか。

 

体育会系どころか、それ以外にも知らない私からしたら珍しいものだったので、ついそちらを見ていたら、雫に頭を軽く叩かれた。

 

「こっちに集中。瀬名ちゃんは、動きだとかの細かいところはだいぶ良くなってきたわ。...気になるのは、曲の途中で何度も、瀬名ちゃんの呼吸のリズムが別人のように変わることなのだけど...」

 

「癖。うん、多分癖」

 

「そうなのね...それで体に負担が無いならいいのだけど...やっぱり直せるなら直した方が...」

 

ここにきて、色んな人の技術を盗んでいたことが裏目に出ている。

動画の中で激しく動いている人の呼吸タイミングまで把握できる私の目のせいで、同じようなステップが入ってくると、そちらに引っ張られているのだ。

 

雫の懸念はそのまま当たっており、私の体、主に肺に多大な影響を及ぼしている。

現状は雫に隠し通せる程度ではあるが、これが続いたり、もっと激しく動くようなことになったら大変かもしれない。

 

...まぁ、最悪ばれてもいい。

今こうして一生懸命教えてくれている雫には申し訳ないが、私はアイドルを続けるつもりはないのだし。

 

そんな風に考えていると、練習を見ていたリンが嬉しそうな声を上げた。

 

「あ! 愛莉ちゃんと雫ちゃんの想いも重なって、ステージがどんどんキラキラしていってるよ!」

 

その声はみのりたち3人には聞こえていない様で、止まることなく動き続けている。

 

...先程アイドルを続けるつもりはない、と思った事。それを変えるつもりはないが...みのりの想いを届けるために、出来るだけのことはして見せよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

音楽を流して、一通り踊る。

ステージの上にはみのりだけで、私と愛莉と雫の3人は、みのりを正面から見ているような形だ。

この次に私も1人で踊ることになっているのだが...絶対に踊らなきゃダメだろうか。

 

いや、出来るだけのことはしよう、とは決めたけど、私に限っては別にこのテストみたいなのはしなくても問題ないのだ。

例え骨折しても風邪ひいても寸分違わず踊れる自信がある。

 

私が羞恥心に負けて現実逃避をしている間に、曲はいつの間にか終わっていたようで、みのりが自信ありげな顔でこちらを見ていた。

 

「出来ました! 今、最後で完璧に出来たと思います!」

 

「待って、今動画も確認してるから...うん! これなら完璧ね! 遥にも見せられるレベルだわ!」

 

愛莉から太鼓判を押されたことに心底安心したような表情を浮かべたみのりは、ステージから降りてきて、私の目の前に立った。

 

「次は、瀬名ちゃんの番だね。頑張って!」

 

すごく嫌です。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

私の踊りに関しては...特筆すべきこともないだろう。

 

少し集中して踊ったから、自分がミスをしていないことが手に取るようにわかる。

自分で言うのもなんだが、まさにパーフェクト。音ゲーならAP。

 

そんな私のパフォーマンスを見ていた愛莉は、私の動きが止まった直後にこちらに駆け寄り、顎に手を当てながら私の体をじろじろ見始めた。

 

「やっぱり経験者...それも、足さばきが私の知ってるアイドルにそっくり...どういうこと?」

 

私の事情をそのまま話すことが出来たら、どんなに楽だっただろうか。

隠しているのは私が変に目立ちたくないからで、こんなことになるなら中学でハイスペックボディに物を言わせて暴れておけばよかった。

それなら、事情を説明してもすぐに納得してくれるだろうに。

 

愛莉から目をそらすと、異様に目を輝かせた雫と目があった。

 

「すごいわ瀬名ちゃん! 教えたことも全部出来てる!」

 

雫は変なことを考えずにただ褒めてくれるので、まだ対応が楽だ。

 

「...とにかく、これで2人とも大丈夫ね。ひとまずお疲れ様」

 

私から離れた愛莉がみのりと私を交互に見ながらそう言うと、雫も頷いて続いた。

 

「頑張ったわね、2人とも。最後の方はほとんど私たちのペースになっちゃってごめんなさい」

 

「いえ、先輩たちのおかげで、ここまで来られたんです。本当に、ありがとうございます!」

 

私もみのりの言う通りだとし、頷いておく。

 

これでペースを落とされていたら、みのりはまだ練習中だった可能性が高い。

これだけの時間で、ここまでのクオリティまで上げてくれたことには感謝しかない。

 

「あとは...遥ちゃんに届けるだけ...!」

 

さて。

では、このみのりの努力を無駄にしないために、まずは遥を屋上にでも呼び出す方法を考えなければ。

 

 




追加楽曲に「Hello,Worker」あるの個人的に神です。


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第19話

バレンタイン奏...破壊力...。

石ないなっちゃう...。


奏に破壊されたので今回は短めです。


みのりの技術面の問題が解決された今。続いての問題は遥をどう呼び出すか。

 

最終的にはこのセカイに連れてくることが出来ればおっけーなので、私的には過程はそこまで重要視していないのだが、愛莉たちはそうじゃないようだ。

 

まぁ、慎重になっていると言う事だろう。

 

「でも、遥ちゃんはまた呼んでも来てくれそうじゃない?」

 

「...どうかしら。ただ、その場合はもうミスは許されないわよ。恐らく遥も、その時に『もう呼び出さないように』って言ってくるだろうし...」

 

「で、でも、ミスさえしなければ...!」

 

「そこなのよね...前だけ見ることが出来たら、どんなに楽か...」

 

失敗したときに、どうしようもなくなる、という状態を避けたいのだろう。

みのりと遥はもう、呼んでしまおうか、と言ったような感じだが、愛莉がその1歩を踏み出すことが出来ずにいる。

 

最終的な判断を下すのは、この中では愛莉という事になっているようだ。

まぁ、雫に任せるのは元アイドルと言う事を加味しても、なんか不安になる。みのりは言わずもがなだ。

その点、遥がいてくれたら愛莉の負担も減るだろうし...うん、まぁひとまず連絡してしまおうか。

 

このままほっといても愛莉が決断するのにもう少し時間がかかるだろうし、その間にみのりの冴えを曇らせたくない。

...みのりの冴えに関しては、時間があれば更に進化する可能性もあるけど。

 

と言う事で、3人には黙って遥へメッセージを送る。

 

『見せたいものがある』とだけ送信すれば、ものの数秒で遥から返信が返ってきた。

『どこに行けばいい?』...割と乗り気だ。前回それで真衣が居たことを忘れているのだろうか。

 

とはいえ、遥が乗り気なのはこちらとしても助かるので、日程を...そういえば、そのあたりを決めるのを忘れていた。

 

仕方がない、とスマホから目を離して、3人の元へと歩いていく。

 

「みのりちゃんは本当に遥ちゃんのことが好きなのね~」

 

「はい! 遥ちゃんは私の未来を照らしてくれて! きっかけはたまたま見たテレビだったんですけど、それ以降見るたびに元気を貰っていて、どういう魅力なのかを言葉に起こすことができないから尊いとしか言えないんですけど!」

 

「ちょっと落ち着きなさいみのり。雫も不用意に話を振らない」

 

こいつらは何を話しているんだ。もう脱線しているじゃないか。

 

ため息を吐きたくなるのを我慢しながら、愛莉の肩を叩いてスマホを見せる。

これで話は進むだろう。

 

「? 何よ瀬名...って、遥!?」

 

「遥ちゃん来てくれるのね。日にちはどうしましょう?」

 

「明日はどうですか? 私、今日の感覚を忘れないうちにステージに立ちたくて」

 

みのりが明日を希望して、雫も首を縦に振っているので、遥に日にちと場所を伝える。

どうせ場所は屋上になるし、愛莉に確認を取らないのは愛莉なら大丈夫だから。

 

「ちょっと、私にも確認取りなさいよ!」

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

そして、翌日。

宮益坂女子学園の屋上で私たちは待機していた。

 

「...瀬名が呼んだんだし、私が喋ると変よね...よし、瀬名、頼んだわよ」

 

「え」

 

「確かに、瀬名ちゃんが呼んだように遥ちゃんからは見えてるだろうし...」

 

「遥ちゃんにダンスを披露...遥ちゃんにダンスを披露...」

 

まぁ、愛莉と雫の言い分も理解できる。

遥から見たら、私からのメッセージで来ているのだ。私が誘っているように見える、というかそうとしか考えられないだろう。

 

と言うか、みのりは練習中の姿を以前に見られているのだから、今更だろうに。

 

開幕遥に何と言おうか、と考えていると、屋上へ出る扉のドアノブがひねられた。

そこから出てきたのは予想通り遥。

若干笑顔でやってきた遥は、私の横にそれぞれ立っている3人の姿を見て、最後に私に見た。

 

口角は上がっているが、細くなった目が笑っていない。

え、私何かしたっけ。

 

「...えと、また呼び出してごめん」

 

「ううん、大丈夫。もしかしたらお出かけのお誘いかなって思ったんだけど...違ったみたい。私の早とちりだったね」

 

この会話で全てを理解した。

確かに、私が遥にする連絡と言えば、この間の真衣の件を除けば基本的にはいい感じの店を見つけた時だ。

私が忙しくて実際に行くことは出来ていないのだから、そこに『用がある』なんて連絡したらそうなるか。

 

「...遥の都合の良い日に...いこ...」

 

「うん。じゃあ今度連絡するね」

 

さらば、私の休日。お布団。

 

私が遠い目をしていると、遥が「それで、用って?」と催促してきたので、本来の目的を口に出す。

と言っても、私が言うべきことは少ないのだけれど。

 

「今日は一緒に来てもらいたい場所がある。誰かさんが遥の事を元気にしたいんだって」

 

そう言いながらちらり、とその誰かさんを見ると、その視線の先を追った遥は苦笑いを浮かべて、すぐに真顔で首を傾げた。

 

「...そっか。ちなみに、瀬名は?」

 

「...私も気持ちは同じ」

 

妙な圧を感じて思わずそう頷くと、数秒固まった後、また苦笑いをしながら頷いた。

え、今のは何だったんだ。

 

「...わかった。気を遣わせちゃってごめんね。帰りが遅くなるといけないから、あんまり遠くには行けないと思うけど...」

 

「大丈夫、すぐに行けちゃう、遠くない場所だよ!」

 

「え? ちょっとみのり、どうして手を握って...って...」

 

遥は以前にもセカイにいたことがある。本人が来たくてセカイに足を運んでいたわけではないが、実際にその目で見ている以上説明は容易いだろう、と考えていると、みのりが遥の手を取って、スマホを取り出した。

 

スマホは既に『Untitled』を再生できる状態になっており、その画面を見た遥は目を見開いた。

 

「それじゃあ、行こう、遥ちゃん! 私たちのセカイに!」

 

「この光、もしかして...!」

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

光が収まった時、私たちの行動は早かった。

セカイに来慣れているからなのか、遥が来るまでにタイムラグがあったのはラッキーだった。

その間にステージ横に向かって全力疾走をして、準備を整える。

 

「桃井先輩、日野森先輩、ミクちゃん、リンちゃん。そして、瀬名ちゃん。...練習通り、よろしくお願いします!!」

 

「「頑張りましょう!」」

 

「「任せて!」」

 

「ん」

 

衣装はそれぞれメインは一緒で、愛莉はピンクが、雫は水色、みのりはオレンジの色が入っている。

私はシルバー。なかなかアイドルでシルバーがイメージカラーはいないんじゃないだろうか。

なんちゃら48にそれぞれイメージカラーを付けたら、いそうだけれど。

 

後は遥の前に立つだけ、と言ったところで、みのりがステージの方を向いて止まった。

呼吸が浅い。ひどく緊張しているのだろう。

こういった時に先人の知恵が役立つ、と思ったのだが、愛莉と雫は2人で軽く流れを確認しているところだった。

2人を呼んでみのりを何とかしてもらおう、と考えていると、みのりはそのまま足を進めようとしていた。

 

「っ、みのり」

 

「っ! あ、せ、瀬名ちゃん?」

 

今のみのりの様な緊張というものに、私は共感こそできないものの、理解はできる。

見知らぬ人の前で何かを見せる、というのは緊張するものだとわかっているし、それが遥の前だと猶更だろう。

だから、私が言えるのは一言だけだ。

 

「1人じゃない。みんなで想いを届けるんだよ」

 

「...私、ドキドキしすぎて何も考えられなくなってた。ありがとう、瀬名ちゃん」

 

「...ん」

 

私がなんとかできるのかと思ったが...ひとまず何とかなったみたいだ。

まぁ本番はこれからなのだが、その点についてはもう何も心配していない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それでクリア条件は達成される。

 

そうして、みのりは遥の前に立つ。もう一度、ステージの上に希望を持って立ってもらうために。



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第20話

お久しぶりです。

気付いたらモアジャンイベントが終わってて、ビビバスイベントが始まってました。
と言うことで更新です。

次回でモアジャン編は終了です。

急いで書いたので誤字ひどそうです。


さて。

 

正直に言おう。

このライブは、みのりがステージに立つことさえできれば失敗の可能性はほぼ無いに等しい。

みのりの想いがダイレクトに表現されるこのセカイで、それを遥が受け取らないわけがない。

 

まぁ、考えられる失敗としては、既に遥の関心が別のものに向いているか、何をしても響かないほどに心が摩耗してしまっているかのどちらかだろう。

 

「はぁっ、はぁっ...っ、ありがとう、ございました!」

 

今今できる事を全て込めたみのりは、曲が終わり足を止めた後、肩で息をしながら深く頭を下げた。

 

そして視線は、遥の元へ。

 

「...ねえ、遥ちゃん。ステージに上がらない? 今、すっごくキレイな景色が見れるよ!」

 

「...みのり。ごめんなさい、それは無理なの...。だって、ただステージの前にいるだけでも、こんなに足が震えて...」

 

遥を足止めさせている過去の記憶は、遥1人では決して克服できるものではない。

自身がしてきたこと。それが、身を結んでいなかったと目の前でわからされてしまったこと。

きっとそれを救えるのは、遥に救われた人でしかできないんだろう。

 

遥の足が震えているのは、ステージの上からでも確認できる。

何でもいいから力になりたいという()()()()()()()()()

きっと、みのりにも伝わっているだろう。

 

「それならっ!」

 

みのりはステージの端まで小走りで寄っていき、その場で膝をついて手を伸ばした。

 

「それならっ、私の手を掴んで!」

 

「...え?」

 

「あのね、遥ちゃんは私に、沢山のものをくれたんだよ。遥ちゃんみたいになりたくて始めたダンスの練習は、運動は苦手だったけど、やってたらだんだん楽しくなって、いつの間にかダンスが大好きになってた」

 

「...」

 

「遥ちゃんに会いにライブに行ったら、友達もたくさんできた。...遠くの県に住んでてあんまり会えないけど、今でもよく連絡をとってる。それに、ライブで遥ちゃんにファンサを初めてもらった時は、ドキドキしちゃって...誰かを好きになることが、こんなに嬉しいことなんだって、初めて気づけたんだよ」

 

「みのり、私は...」

 

「それから、遥ちゃんは私に、アイドルになるっていう夢をくれた! 私ができることは、これくらいしかないけど...それでも、この景色を見て、前を向いて、思い出してほしいの! 明日はきっといい日になるって、信じてほしいの!!」

 

きっと無意識に、遥の足は前に進もうとしている。

後は、彼女の口から本心を言わせるだけ。それだけで、遥はもう前を向ける。

 

...本当なら、みのりと遥だけで完結させたかったのだけれど、仕方ない。

 

「ちょ、瀬名...?」

 

後方で見守っていた愛莉と雫から離れて、そのままみのりの横を通り抜けてステージを降りる。

困惑している遥を無視して、私は背中をぐっと押した。

 

「答えはもう、決まってるでしょ」

 

「...っ、ステージに上がりたい...!」

 

私の言葉に一瞬目を見開いた遥は、覚悟を決めて、自身の想いを口にした。

 

「よ~し、それじゃあ、ステージに上がっちゃおう!」

 

「ほら、みのりちゃんの手を取って!」

 

そのまま初音ミクとリンに背中を押され、みのりの手を掴んだ勢いのまま、ステージに上がる遥。

ステージに立てていることに驚いた声をあげた遥だが、すぐにその声はしぼんでいく。

ステージの下にいる私からでもわかるほどに、遥の足は震えていた。。

 

「...震えて、足が...」

 

そのままステージの上に尻もち、と言ったところで、いつの間にか背後に来ていた雫が、遥の体を支えた。

 

「大丈夫、何度でも支えるわ。そのために私たちがいるんだから」

 

「1人で無理なら、周りに頼りなさい。ほら、腕回して。...そんな足元ばっかり見てないで、振り返って前を見てみなさいよ!」

 

それに続いて愛莉も遥を支える体制に入り、遥は両隣から支えてもらって立っている状態に。

背中を見せたままの遥だが、愛莉に言われてゆっくり振り返って見えたその顔は、とても綺麗だった。

 

「この光は、全部遥ちゃんがくれた、希望の光なんだよ。私がアイドルを目指せているのも、ここでライブができたのも、先輩たちと瀬名ちゃんと一緒にライブができたのも、全部遥ちゃんが希望を届けてくれたから」

 

そういって、みのりは遥に向けていた視線を外して、青に染まっている観客を見渡した。

 

「遥ちゃんがいなかったら、私もこの景色は見れてない。この光の数だけ、遥ちゃんは私に希望を届けてくれたんだよ。だから...何度だって、私は伝えたいの。本当に本当に、ありがとう、遥ちゃん! 私に希望をくれて...!」

 

「私が...希望を...そっか。ちゃんと、届けられてたんだ...」

 

その光景を見届けて、私はようやく安堵の息を吐きだす。

私の予感が正しければ、この後。

 

「あれ...? スマホが...ううん、『Untitled』が光ってる...!?」

 

予想通り。

みのりの様子を見て、愛莉たちもそれぞれのスマホを取り出して、自分たちも同じ状況になっている所を確認しあっている。

この後の流れは変わらない。想いから歌が生まれる。

 

「本当の想いを見つけられたから、みんなの想いから歌が生まれようとしてるんだよ」

 

初音ミクがみんなにそう告げる中で、私もスマホを取り出す。

私のスマホは、光っていない。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

4人の想いが歌になった曲、『アイドル新鋭隊』。

その曲を4人と初音ミクで歌った後、最後に、みのりが初音ミクとリンに『また一緒にライブをしてほしい』と話した後で、4人はセカイから出て行った。

 

それを見送る側に立っていた私を見て、初音ミクとリンは不思議そうに首を傾げた。

 

「あれ? 瀬名ちゃんはいかなくていいの?」

 

「もしかして不完全燃焼? よーし、それなら今すぐ準備して」

 

「ストップ。もう疲れたからライブはいい」

 

ステージの準備をしようと走り出しかけたリンを止めて、私は初音ミクを見る。

 

「ありがとう。どれだけの時間がかかったのかは、わからないけど」

 

「...覚えてる...わけじゃないんだよね。でも、キミがいてくれたおかげで、なんとかなってる。私こそ、ありがとう」

 

私の感謝の言葉に、リンは首をかしげているが、初音ミクは一瞬驚いた顔をした後、笑顔を浮かべて頷いてそう言った。

 

気になっていたことがあったのだ。

『特異点』というワード。あれが何を意味するのかと言う事と、繰り返す時間。記憶にない傷。

初めて時間が巻き戻った時に告げられた、『今回はうまくいったね』という言葉。

 

ループしていることはわかっている。ただそのことを、それぞれのセカイの初音ミクも把握しているのかがわからなかった。

これで確信が持てた。私の知らない私を、初音ミクたちだけは知っている。

 

それだけわかれば十分だ。

今後繰り返す中で立ち回るのに、知っておいて損はない情報だろう。

 

それを確信した私は、セカイから出た。

 

「じゃあ、さようなら」

 

「うん、さようなら」

 

「またねー!」

 

恐らくもう会う事はない。

それを理解している私と初音ミクと、何も理解していないリン。

その差は挨拶ににじみ出ていた。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

それから数日後。

セカイという便利な練習場所があるにも関わらず、宮益坂女子学園の屋上という、いつも通りの環境で練習を続けていたみのりたちだが、今日はまだ練習を始めていなかった。

 

少し遅れてやってきた私の姿を見た愛莉は、準備が整ったとばかりにみのりに頷いた。

 

「さて、メンツも揃ったことだし、みのり」

 

「はい。それじゃあ...見ます!」

 

また来たばかりで何も理解できていないのだが、みのりたち3人の緊迫した表情で見つめる、みのりの手にある封筒を見て全てを理解した。

 

そういえば前に書類を出していたオーディションがあったんだったか。

 

「...ふ...ふ、不合格!? そんなぁー!」

 

みのりには申し訳ないが、まぁ予想通り...と言うか、そうでなければ困る。

 

「またダメだったー!」

 

「ぐぇ」

 

愛莉に紙を渡したみのりが、私のお腹に突撃してくる。

考え事をしていたせいで、その衝撃でお腹から空気が抜けた。

 

「...ほ、本当に落ちてる...。も~! まったく、見る目のない審査員!」

 

「残念だったわね...。そうだわ。帰りにおうどんを一緒に食べない? 駅前にとっても美味しいところがあるのよ」

 

みのりから受け取った紙を、穴が開くほど見つめていた愛莉は信じられない、と声をあげ、雫は雫なりの慰めをしていた。

 

「うぅ...ありがとうございます...先輩たちに手伝ってもらったのになぁ...」

 

今回は自分だけの力でなく、愛莉や雫たちの助言を受けたうえでの結果だ。

愛莉たちに教えてもらえれば大丈夫、と思っていたわけではなく、むしろ先輩方に申し訳なく思っているのだろう。

 

ただ、小さく呟いたつもりのその言葉は、少し離れた場所にいた愛莉と雫にも届いていた。

 

「な~にらしくなく凹んでるわけ?」

 

「え?」

 

「ふふ、そうね。なんて言ったって、みのりちゃんは私たちを励ましてくれたアイドルですもの。これくらいじゃ諦めないでしょう?」

 

思わず、と言った様子で顔を上げたみのりに、愛莉は不敵な笑みで声をかけ、雫はみのりがまた立ち上がると信じて問いかける。

 

「...はい!! 落ちた50回が、51回になっただけです! 私、希望を届けられるアイドル目指して、もっともっともーっと頑張ります!!」

 

それに応えるように、私から離れて、笑顔で立ち上がり宣言するみのり。

まぁ、希望自体は既に届けられているとは思うが、まぁ知らないのは本人だけだ。

 

眩しすぎる光は、意図せずして他人の生き方を曲げる。

それは良くも悪くも。

 

「やっぱみのりは、そうじゃなくっちゃ!! それじゃあ、今日も厳しくいくわよ!」

 

みのりの意志を見て満足気に頷いた愛莉は、みのりとなぜか私を見ながらそう言い放つ。

まさか私もまだしごかれるのだろうか。

 

声にならない声を出しそうになっていると、屋上へと入ってくる扉が突然開いた。

もしかして屋上で騒ぎすぎて誰か注意に来たのでは、と思いそちらを見てみると、そこには遥が立っていた。

 

「やっぱり、みんなここにいたんだね」

 

そう言いながら微笑を浮かべつつ歩いてくる遥の姿は、まるでCMを見ている様だった。

なんだこの女。

 

「遥ちゃん?」

 

「いいところに来たわね、遥! 今から練習するから、ちょっと見ててくれない? オーディションに落ちたみのりと瀬名を、今日はみっちりしごくわよ!」

 

私も落ちたことにされている。しかもしごくのは確定か。

 

私が心の中で涙を流していると、遥が驚いた顔で首を傾げた。

 

「...みのり、モリプロのオーディションに落ちたの?」

 

「うぐ...う、うん。でも、諦めないよ! もっともっと頑張って、遥ちゃんみたいなアイドルになる!!」

 

「...ねえ、ひとつ提案があるの」

 

みのりがオーディションに落ちたことを確認すると、そのあとの宣言を嬉しそうな顔で聞き届けた後、顎に手を当てながら、遥はこう続けた。

 

「私たちみんなで、一緒にアイドルをやらない?」

 

 




別ゲーで忙しくて、プロセカはチャレンジライブしかやってません。

\イトヨ、コウサクセヨ/

      \タケキホノオヨ!/

  \プリンセスコネクト!リダイブ!/


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第21話



最後にちょっとショッキングな描写+みのり主観の話が入ります。

〈♪〉
↑目印はこちら。

まぁ、ちょっとですから多分大丈夫だと思いますが、念のために。


「私たちみんなで、一緒にアイドルをやらない?」

 

遥の提案。それは、先ほどのみのりのようにオーディションに応募して会社のサポートのある中でアイドルになるのではなく、彼女たちだけでゼロから始めていくというものだった。

 

「...私たちで、って。...ゼロからグループを作って活動するってこと? それどういう風のふきまわし?」

 

突然の話に、思わず聞き返した愛莉だけでなく、雫もみのりも目を丸くしている。

私も驚いているが、よく考えるとこれは私からすると理想的な展開かも知れない。

 

そもそも、この4人でグループを組ませようと考えたとき、どうしてもみのりの存在がネックになっていた。

どこの会社も、名が知れている3人を組ませるならいざ知らず。ただの素人(オーディション51回落ち)の人間をそこに入れるか、と考えると難しい。

 

だが、遥の案ならそれら全てをクリアできるし、周囲の言葉は無視しようと思えば無視できる。

 

「私たちはみんな同じ夢を持ってます。ファンに希望をあげられるアイドルになりたいっていう夢を。それなら、私たちが一緒に組めば、もっとみんなに希望を届けられるって思ったんです」

 

そんな遥の提案に1番最初に賛成したのは、雫だった。

 

「...いいと思う。みんなと一緒なら、すごく心強いわ。きっと助け合って素敵なライブができそうだもの。...もちろん、愛莉ちゃんが納得してくれれば、だけど」

 

『一緒に』と決めた雫は、愛莉の賛同を得られればと彼女を見る。

そんな視線を向けられた愛莉は、複雑な表情を浮かべながら遥を見た。

 

「あんたは、それでいいの? 遥が復帰したいならどんな事務所にだって入れるだろうし、すぐに活動も」

 

恐らくだが、遥の場合は復帰するならばどこの事務所も喉から手が出るほど欲するはず。つまりは、遥が事務所を選ぶ側になれる。

それを考えての愛莉の発言だったのだが、遥はそれを遮るように首を横に振った。

 

「私はもう1度アイドルをやるなら、みんなとやりたいんです。希望をくれた、みんなと」

 

「........はぁ。テコでも動かないって顔してまぁ...でも、いいわ。あんたとやれるなんて、面白そうじゃない」

 

困った笑顔を浮かべて呟いた愛莉は、すぐに好戦的な笑みを浮かべて、遥を指した。

 

「そのかわり、『桐谷遥』が相手でも練習はビシバシ行くわよ。覚悟しときなさい!」

 

「ありがとうございます。先輩」

 

そして、その光景を見ていたアイドルの卵が1人。

 

「遥ちゃんが...桃井先輩と、日野森先輩と一緒に...!?」

 

私としては、みのりもその輪に入って一緒に活動して欲しいのだが、とみのりの横で考えていると、唐突に私の視界が右に左にと揺れ始めた。

みのりが私の肩を掴んで揺らし始めたのだ。

 

「瀬名ちゃん、私たち、伝説の始まりを目撃してるんじゃ...! もしかしたら、ファン第1号の名前をもらえるかも...!」

 

やめろ。私を揺らすな。そろそろ気持ち悪くなってきた。

 

私の三半規管が悲鳴を上げ始めた頃、遥が笑う声が聞こえてきた。

 

「ふふっ、何言ってるの? みのり。みのりたちにも一緒にやってほしいって言ってるんだよ」

 

「...へ?」

 

遥に告げられた頃が衝撃だったのか、私の肩から手を放して口に手を当てているみのり。

実際何を言われたのか、みのりに左右に揺らされていたせいで聞き取れていないけど...それなりに衝撃的な一言だったのだろう。

 

「わたしたちも一緒って...それって、遥ちゃんたちと一緒に...え?」

 

「あんた、何ポカーンとしてんのよ...当たり前でしょ?」

 

「そうね。みのりちゃんがいないと、始まらないわ」

 

呆けた顔をして呟くみのりに、仕方ないという表情で愛莉と雫がそう言い、若干吐き気を覚えた私の介護を始めた。

いや、別にそこまでしてもらうほどの物でも...え、もしかして『たち』って言った?

 

「で、でも、私はオーディションの二次審査にも通ったこと...」

 

「みのりは、希望をくれたよ。私たちに1番希望をくれた。たくさんの希望を、アイドルとして、みのりはくれたんだよ」

 

「...わ、私なんかが、本当にいいの?」

 

その遥の言葉が嘘ではないことは、みのりが1番わかっているだろう。

 

不安げにみのりが3人にそう尋ねると、全員が笑顔で頷いた。

 

「みんな...」

 

「まぁ、あんたが不安に思うのもわからなくはないわ。技術的な面でしょ。でも、それもう今更じゃない?」

 

「ふふ、足りないところはみんなでカバーしあっていきましょう。あのステージでの時みたいに」

 

「そうだよ、みのり。私みんなでまた...ううん、これからもずっと、ステージに立っていきたいの」

 

ここにいる全員は、みのりがきっかけで集まったと言っても過言ではない。だからこそ、みのりと一緒にアイドルとして活動していきたいと言っている。

 

それを感じとったのか、みのりは勢いよく頭を下げて大声をあげた。

 

「よろしくお願いします!! みんなに追いつけるように、もっともっと頑張ります!!」

 

これでこのループでの仕事は終わりだ。

そう安堵している私に、遥が視線を移した。

 

「まだ、瀬名から返事をもらってないけど」

 

「え」

 

「私、さっき『みのりたち』って言ったと思うんだけど?」

 

実際にそのセリフは、みのりに揺さぶられていて何も聞こえていなかったわけだけど、そのあとのみのりの繰り返したであろうセリフは確かに聞こえていた。

遥の言っていることにも嘘はないのだろう。

 

だが、別に私はそれを承諾したわけでもなんでもないのだけれど。

今回だってみのりが出したオーディション。私も一緒に出すみたいな流れになってはいたものの、私は出さなかったわけだし、流石に察してくれていると思っていたよ。

 

「...私、流れで練習してただけで...」

 

端的に言えば、別にアイドルを目指しているわけではない。そのことを伝えた瞬間、一瞬だけ、みのりの顔が歪んだように見えた。

 

「...?」

 

「私は、私たちは確かにみのりから希望を貰った。だけど、ためらっている私の背中を押してくれたのは、瀬名なんだよ。だから、私は瀬名とも一緒にアイドルをしたい」

 

...先程の、愛莉の発言がピンとこなかったのだけれど。

この遥の顔を見てると、確かに『テコでも動かなさそうだな』と思わされるな。

 

遥の熱意に押されるように、私は半ば本心とは関係なしに、頷いていた。

 

「よろしくね、瀬名」

 

「...うん」

 

まぁ、よく考えたら私別にループするんだし、ここでアイドル宣言しても別にいいのか。

正しい道に修正することが出来た時点で、私の存在はなくても問題ないような形に変わっていくはずなのだ。

この考察自体は、私自身、結構いい線をいっていると思う。

 

私が自分の頭の良さに震えていると、愛莉がパン、と手のひらを叩いた。

 

「よーしっ! そうと決まれば、早速グループ名を決めましょ!」

 

唐突だ。

と言うか、グループ名っていうのはそれぞれ持ち帰って、何日か後に決める物じゃないのか。

 

「え、もう決めるの?」

 

どうやら雫も同じような事を考えていたようで、首を傾げて愛莉に問いかけていた。

だが、愛莉は腕を組んで首を縦に振る。

 

「そうよ。こういうのはテンションとパッションが大事だもの。はい、みのり! 何か付けたい名前はない!?」

 

「え!? えっとえっと...! 『明日がんばる希望をあげ隊』は、どうでしょうか!?」

 

その勢いのまま振られたみのりは、視線をあっちこっちに彷徨わせながら、何とかひねり出したような名前を出した。

だが残念。愛莉の反応は芳しくない。

 

「さすがにそのまんま過ぎでしょ。...ある意味アイドルらしいっちゃアイドルらしいけど」

 

「私は好きだよ、みのりの」

 

「遥ちゃんに褒められた!」

 

どうやらみのりの案は遥に好評だったようで、みのりは褒められた(?)と喜んで両手を上にあげていた。

いや、もしかしたらだが、みのりが何言っても遥は好きっていうかもしれないけれど。

 

そのやり取りを見ていると、今度は雫がそうだ、と声をあげた。

 

「それなら、英語にしてみたらどうかしら? 明日は『TOMORROW』で、頑張るは『FIGHT』。希望は...」

 

「『FIGHT』の意味は頑張るじゃなくて戦うでしょ!」

 

完全に応援だとかで使われるファイトに引っ張られている。

あれも和製英語の一部になるのだろうか。

 

雫と愛莉の漫才を見ていると、みのりの隣に立っている遥がうーん、と考えていた。

 

「遥?」

 

「...私は、あれが好きかな。『もっともっと』って、みのりの口癖」

 

「え?」

 

「頑張ってうまくいかなくても、もっともっと頑張る。そういう諦めない気持ちが伝わるから」

 

そう遥が告げた後の雰囲気がいい感じだったので、どうやらグループ名には『もっともっと』、もしくは『MORE MORE』が入ってきそうである。

 

そのことを雫も察知して、また案を出してきた。

 

「じゃあ、『MORE MORE FIGHT!』なんてどうかしら?」

 

だがどうしても『FIGHT』は入れたい様である。

 

「まだ『FIGHT』引っ張ってる! 格闘技でも始めるつもり!?」

 

愛莉と雫の漫才パート2が始まってしまった。

 

将来的に、この5人で活動することになる際、事務所と言うバックアップが無く、芸能界への足掛かりが無い以上、配信という形で名前を売っていくことになるのだろうけど、その時にこれを映していればいいんじゃないだろうか。

 

愛莉の印象はそのままで変わらないかもしれないが、本当の雫はまだ世間には知られていないはず。

折角ゼロから自分たちでアイドルグループを作るのだ。本当の自分自身を見せていくのがいいだろう。

 

早速今のトレンドを調べよう、とスマホを取り出すと、みのりがぽつりと呟いた。

 

「...『MORE MORE JUMP!』」

 

それは隣にいた遥と私にしか聞こえていない様で、愛莉と雫のやり取りから目を外して、遥はそのまま繰り返した。

 

「『MORE MORE JUMP!』...」

 

「うん。みんなで夢見たアイドルに向かって手を伸ばそうって感じが出るかなぁって。...あと、瀬名ちゃんは本当にしたいことがまだ見つかってなさそうだったから、私たちと一緒に手を伸ばして、何かを見つけてほしいかな、とも思ったり...」

 

...みのりは、と言うか。

私の周りにいる人間は、なぜか私のことをよく見てくれているんだよな。

嬉しいような、恥ずかしいような。

 

みのりの言う通り、私はまだ何もしたいことが見つかっていない。

将来つきたい職業、なんてことを考えるのは夢のまた夢で。

それなりにいい職について、それなりの生活をして死んでいく。そう思っていたのだけれど...みのりたちと一緒にいられたら、私も何かを見つけられるだろうか。

ループせずに、このまま生きていけたとしたら。

 

「...そうね。それに私たち、いろいろな壁にぶつかってしまって、一度はアイドルを辞めてしまったけど...」

 

「いいわね! 今度は5人で、そんな壁飛び越えていきたいものね!!」

 

みのりの話を途中から聞いていたのか、いつの間にか近くに来ていた雫と愛莉も、強く頷いてみのりの案に賛同した。

 

と、言うことで。

 

「ふふ、じゃあ、決まりだね。今日から私たちは『MORE MORE JUMP!』」

 

遥の号令で、正式にグループ名が決まった。

ようやく一息つける、と思いながら息を吐き出すと、またもや愛莉がパン、と手のひらを叩いた。

 

「そうと決まれば、初練習よ! 用意はいい? みのり、瀬名!」

 

「はい! 桃井先輩!」

 

何も良くない。私は何の準備も出来ていないので、2人で練習していて欲しい。

 

「何言ってんのよ。例え瀬名の動きがプロ級でも、この間のことで見つけた弱点を克服しなきゃいけないわ。ほら準備!」

 

うえーん。

 

愛莉に言われて泣く泣く準備を進めていると、その準備を雫が手伝いながら、そうだ、と何かを思いついたような声をあげた。

 

「もう同じグループのメンバーなんだから、『先輩』をつけなくてもいいんじゃないかしら?」

 

「え? じゃ、じゃあ...愛莉ちゃんと...雫ちゃん?」

 

照れながらそういうみのり。とてもかわいい。この様子を録画しておけば、いつかの時に振り返りみたいな感じで、懐かしさを覚えるのだろうか。

こっそりと私は、隣にいる雫にも気づかれないようにスマホのカメラを起動した。

 

「えへへ、なんだか照れちゃうな...」

 

自分で照れちゃうと口にしているシーンからの録画となってしまったが、まぁ問題ない。

こういうのは身内で見るから、大抵の前後のシーンは飛んでいても脳内補完が出来る。

 

これからの『MORE MORE JUMP!』に私はいないのに、私は彼女たちの練習風景を撮っていた。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

「か、体が...」

 

「情けないわね~」

 

体感的に普段の練習の数倍はハードなトレーニングを終えた後。

私は隣を歩く愛莉ちゃんに呆れられたような、微笑ましいものを見るような視線を向けられながら、帰路を辿っていた。

 

ちらり、と後ろを見ると、雫ちゃんも遥ちゃんも、瀬名ちゃんも笑ってこっちを見ている。

現役アイドルだった3人の体が平気なのはわかるのだが、瀬名ちゃんも平気そうに歩いているのは不思議だ。

青い線のイヤホンを片耳に付けている。お気に入りなのだろうか。

 

改めて思うけれど、名前呼びだともっと距離が近づいた気がする。

遥ちゃんと瀬名ちゃんは、言われる前から名前呼びだったから、そこに変わりはないけど、それでも近づいた気がするんだ。

 

そのことを改めて考えていると、顔がだらしなく緩んでいるのが自分でもわかる。

 

そんな時、視界の隅で、泣いている子供が見えた。

 

「あっ、ごめん、先に行ってて!」

 

ちょうど後ろを振り返っていて気が付いた。

横断歩道の真ん中で、座り込んで泣いてる女の子がいる。

 

返事を待たずに駆け出したけど、後ろからみんなの優しい声がする。

とってもあたたかい。

 

「大丈夫? ころんじゃったの?」

 

しゃがみこんでそう問いかけると、少女は擦りむいたであろう膝を抑えながら、涙目のまま頷いた。

この調子だと、おんぶして歩くのがよさそうだ。

 

「じゃあ、お姉ちゃんの背中に乗って?」

 

私がしゃがんだまま背中を向けると、思いのほか少女はすんなりと、鼻をすすりながら私の背中に乗った。

 

よし、あとは、この筋肉痛の体に鞭を打って動くだけだ。

少女を安心させるように明るい声を出しながら立ち上がると、遥ちゃんのひどく焦ったような声が聞こえてきた。

 

「みのりっ」

 

「え?」

 

反射的に視線を上げると、もう既にそこまで車が迫ってきていた。

 

事故の直前に周りがスローモーションに見える、なんてことを聞いたことがあるけれど、今の私はまさにそれで。

車...トラックに乗っている男性の頭の天井がこちらを向いている、つまりは居眠りをしていることもわかったし、そのトラックにその男性と、まだ赤ちゃんの子供と、その子を抱いている女性の写真が貼られているのまで見えた。

 

私の思考はひどく早く回っている。

でも、そう感じるほどに体が重たい。

足を1cm動かすのに1分かかっているかのようだ。

 

この背中にいる女の子はどうする。

せめて向こうに、この子だけでも投げ飛ばせないか、と考えた瞬間、私の背中に強烈な力が加わり、視界は一瞬で遥ちゃんの胸元まで移動していた。

 

「きゃぁ!?」

 

その勢いのまま遥ちゃんを押し倒してしまって、なんだか分からないけど助かったのだと感じる。

 

けれど、今のはいったい何だったのだろう。

その疑問を解消するかのように、愛莉ちゃんの声が聞こえた。

 

「瀬名ぁっ!!」

 

息も絶え絶えで、先ほどとは天地の差があるような思考の遅さのせいで何も考えられない。

そんな頭のまま後ろを振り返ると、私の足元に、ひび割れたスマホと、青い線の、ペンギンのイヤホンが転がってきた。

 

一体何が起きたのかなんて、馬鹿でもわかる。

 

私、花里みのりは、東雲瀬名に命を救われたのだ。

その代償は、本来私に降りかかるはずだったものを引き受けて。

 

さび付いたように動かない首を回してトラックが通った方向を見ると、トラックは携帯ショップの店に突っ込んでいるようで、荷台部分しか見えなかった。

 

愛莉ちゃんの声も、雫ちゃんの声も、遥ちゃんの声も。

私の耳を通り抜けていく。

 

私の見えているセカイは、私だけが息をしていないように、動かなかった。

背中で泣いている少女の声が、まるで私の声のようで、他人事のように聞こえていた。




直接的な表現ないからちょっと判定。

瀬名以外の1人称の話は初めて書いたのでちょっぴり不安。


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第22話 螯ケ縺ッ繧ゅ≧縺?↑縺

ついにみんなの前で事故が起きてしまいましたね。あ~あ。

というわけで、MORE MORE JUMP!編に絵名主観の話をぶち込みます。

分かりやすくサブタイをどーん。


瀬名が死んだ。

 

それは唐突な報告だった。

その時私は夜間学校が休みだったこともあって、夜に備えてまだ呑気に寝ている時間だった。

 

自分で自分が許せなくなりそうだ。

 

「...せめて、何か口にしておけ」

 

「...」

 

「...ここに、おいておく」

 

気付いたら父親が部屋に入ってきていて、椅子に座っている私の前の机に、切られたりんごが置かれた。

 

食べる気にはなれない。

けれど、私の意志とは関係無しに、私の体は空腹を訴えている。

仕方なくりんごを口に含むと、ただ冷たいだけで、何の味もしないことに気がついた。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

瀬名が死んで1週間が経った。

その間に、愛莉が家に来て謝りに来ていた。

その時の私は、受け答えが全くできず、ただ椅子に座って、生理現象が起きたらトイレに。母親にお風呂に入れられ、椅子に座ったまま気絶したように眠る生活を繰り返していて。

流石に今はもう、自分のことは自分でできる。

 

正直、愛莉が何を言っていたか覚えていない。

辛うじて覚えているのは、私の足に縋りつくようにして、泣いていたことくらい。

 

親友の涙を見ても何も思わなくなったのは、私の心が死んだからなのだろうか。

 

まぁ、それでもいい。

世の中の何にも、心を動かされたくない。

最後に心を動かされたのが瀬名の死だったとしても、それがいい。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

瀬名の写真は、私のスマホの画像フォルダに沢山ある。

無防備な寝顔も、ジト目な顔も、何も考えていなさそうな顔も、恥ずかしそうに頬を染めている顔も、嬉しそうにはにかむ顔も、楽しそうに笑う顔も。

 

瀬名の新しい顔を見ることはもうできない。

私のスマホにある画像をずっと見ていると、唐突に画面が暗くなった。

 

故障...いや、単に充電切れか。

 

自分でもわかるほどにひどく緩慢な動きでケーブルをスマホに差し込んで、机に置く。

 

久しぶりに机に目をやると、まだ買ったばかりで数ページしか描いていないスケッチブックが目に入った。

 

そうだ。これで瀬名を描こうか。

たまたま横に転がっていた鉛筆を手に取って、真っ白なページを開く。

 

瀬名は、基本的に感情を表に出すような子ではなかった。

だからこそ、たまに漏れるように見せる表情を見ると、とても愛おしく感じる。

 

瀬名には、どんな表情が似合うだろうか。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

描いてはスケッチブックから破り取ってを繰り返して、どれくらい経ったか。

どれも私の大切な瀬名だ、丁寧に破り取って地面に置いていたはずのそれは、いつの間にか1つにまとめられて机に上に置かれていた。

その横には、新品のスケッチブックが3冊。

 

誰かが置いてくれたのだろう。

 

それが誰なのかはもうどうでもいい。彰人かもしれないし、両親かもしれないし、はたまた人間らしい生活を出来なくなった私のために雇ったヘルパーさんかもしれない。

 

これでは奏のことを笑えないな。

今の私は、栄養ゼリーとサプリを大量に飲んで生活している身だ。

それでも摂れる栄養なんてものはたかが知れているので、そのうち入院でもするかもしれない。

 

私的には、この生活を続けさせてもらいたいのだけど。

あわよくばそのままくたばるまで。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

描き続けていると、気がついた事がある。

異様に頭が冴える。昔読んだ絵の描き方の本も、全てのページを思い出すことが出来る。

すっかり使われなくなった教科書もパラパラと見るだけで、内容を理解出来る。

 

昔の私なら、飛んで喜んだだろう。

絵を描くのに有用だ、と。

 

今の私に絵自体にもう興味はない。

あれほど描きたいと、見返してやると思い続けてきた絵は、瀬名というただ1人の人間を表現する為だけの手段と化している。

 

だからこそ、この記憶能力は瀬名という人間を思い出すのに有用だ。

 

忘れた訳じゃない。

ただ、より詳しく、より鮮明に。

それだけだ。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

記憶を辿りながら描いていると、不思議と思った通りに描ける時がある。

 

最初は想像した場面と、私の手で描かれる絵に違和感を覚えていたのだけれど、最近は、想像した場面をそのままスケッチブックに出力したように描ける。

覚えがいいなんてものじゃない。思ったものをそのまま描けるなんて、この世に何人いるだろうか。

 

そういえば、瀬名も覚えがいい、と言うか、1度見たもの聞いたものはすぐにでも完璧に再現出来ていた。

愛梨に連絡した日だって、ノートPCの前で真剣な顔で何かの映像を見ていると思ったら、その次にはまるで現役アイドルのように踊っていた時があった。

 

それ以外にも、瀬名の特異性は何度も見てきたけど...私にも、その能力が備わった、ということだろうか。

 

どうして今、と思うけれど、それと同時にありがとうとも思える。

瀬名が私の傍にいてくれているような感覚がして、久しぶりに嬉しいと思った。

 

そのことが分かれば、あとは描くだけだ。

 

絵を描くのに私の感情は必要ない。

どんな感情を乗せたいのか、それらは全て技術で補って表現できるものだ。

この感覚に従って描くことができれば、私の絵は完成する。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

頭の中にある風景をただスケッチブックに出力し続ける日を続けていると、いつの間に部屋に入ってきていた父親が、私の描いた紙を眺めていた。

 

ひどくやつれた顔をしている。この男でも、こんな顔をするのだな。

 

「何?」

 

「っ...いや、何でも......絵名。この絵を元に、来週にある私の個展に出さないか。...1枚程度、無理やり入れられなくもない。それほどに、世の中に見せるべきだ」

 

「勝手にして」

 

しばらく使っていなかった私の声帯だが、思いのほか普通の声が出た。

その声で話しかけられた父親は、声を聞いただけで動揺していることがまるわかりだったが、次に聞こえてきた内容は、思わず私の耳を疑うものだった。

 

この男の個展に出す? 何を? 私の絵を?

 

ただ、自分の耳を疑う内容だったものの、考えてみれば、別にもうそれはどうでもいいものだと気が付いた。

 

私には、瀬名を完璧に描くことができるこの手が。この才能だけがあればいい。

他に、何もいらない。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

父親に言われるがままに真っ白なキャンバスに描いて、私の想像に起こした風景を完璧に出力しただけの絵。

それを父親の個展に出したところ、見に来た人が絶賛したらしい。

 

中には、私が父親の名を借りているだけだと、あの日直接会場で言われたこともあったけれど、基本的にどれも無視していたから、誰が言っていたのかは覚えていない。

 

ただ、私はどこか誇らしく思っていた。

 

これは瀬名の才能だ。私自身の才能じゃない。

世の中に、瀬名が認められている。それだけが、私の心を満たしている。

 

正直、私の名前で出すのすら躊躇った。どうにか瀬名の名前で出せないだろうか、とも思った。

さすがにやめたけれど。

 

瀬名の名前を使って、瀬名のことを知ったかぶる人が現れたら、自分で自分が何をするかわからない。

 

その日の夜。

いつも通り瀬名の絵を描いていると、数十分前から部屋の前で立ち尽くしていた父親が部屋の中に入ってきた。

 

「絵名。今回の報酬だ。...お前の絵が認められた成果だ」

 

そういって私の机の上に置いたのは、万札が何十枚か入った封筒。

 

私からしてみれば、ただ瀬名の絵を描いただけで、父親から労うような言葉をかけられて、お金を得ている。

やはり、瀬名はすごい。

 

だとするならば、私の絵はまだまだだ。この絵では、まだ瀬名の魅力を表現しきれていない。瀬名からもらったこの才能も、まだ使いこなせていない。

 

瀬名を表現するためのアイディアを考えようと、お風呂に向かっていると、男性とすれ違った。

 

「おい、絵名」

 

驚くことに、彼は私の名前を知っているらしい。

いや、当たり前か。彼が私の家に平然とした顔でいる時点で、私の名前ぐらいは知って...あぁ、そうか。彼がヘルパーだったのか。

 

娘のヘルパーに男を当てるなど、やはりあの父親は何を考えているのかわからない。

 

呼び止められたから立ち止まったものの、それ以降特に何を言われることもなかったので、私はそのまま風呂場へと足を進めた。

何かいいアイディアが浮かべばいいけど。

 

 

 

 

 

 

 

「くそ...俺も逃げられたらどんだけ楽か...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

絵を描き続けて、たまに父親の個展に、父親に言われるがままに出て。

そんな生活を続けていると、気づいたときに、『瀬名』が私の隣に立っていた。

 

初めて見たときは、瀬名が生きているのだと思った。

触れることはできない。私が生み出している幻だ。だが、その触れることができないという点を除けば、瀬名がまだ生きているかのようだった。

 

『絵名、この線の使い方、間違ってる』

 

「あ、そっか。ありがとう、瀬名」

 

まるで、本当に瀬名が私の隣にいて、絵のアドバイスをしてくれているような状況。

私が感謝の言葉を告げれば、瀬名は嬉しそうに目尻を下げる。

 

そうして瀬名が私の隣に立つようになって、私の絵は更に成長しているように感じる。

そこで私はようやくわかったのだ。

 

瀬名は、私のところに才能という形になって帰ってきたのだと。

 

「瀬名、聞きたいことがあるんだけど。私は瀬名の絵を描くことをやめたくない。だから、たまに父の個展に出て、お金をもらって。それで生活していこうと思うんだけど」

 

『...父親が生きてる間は大丈夫だと思う。まぁ死ぬときには絵名の名前も売れてるはずだから、その時はその時に考えよう』

 

「うん、ありがとう」

 

私たちは、一心同体だ。

 

瀬名は死んでない。

私の中で生きてる。だったら、瀬名が経験するはずだったものも、私が代わりに経験するべきなのではないだろうか。

 

ちらりと瀬名の方を見ると、瀬名はまるで何も気にしていないように首を横に振った。

 

『もう疲れたから』

 

「そっか」

 

なら問題ない。

 

私は死ぬまで、瀬名と一緒に絵を描き続けよう。

 

 

 




文字化けで察した方はいらっしゃるでしょうが、文字化けテスターさんなんかを使うと文字が出てきます。
まぁ完全には出てこないんですけどね。

さて。
絵名にとって瀬名は。






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第4章 Leo/need編
第1話 Can you tell me where I am?


皆様のおかげで、この作品の評価バーが端まで行きました。
嬉しい。ありがとうございます。
完全に私の趣味で書いてるものですが...これからもよろしくお願いします。



さて。今回からLeo/need編突入です。

ようやくあと2グループ...。


私の意識を覚醒させたのは、全身に走る痛みだった。

 

「っ!? う、ぐ...!」

 

脂汗を流しながら、我慢できずにのたうち回る私。

その拍子にベッドから落ちたのか、地面に落ちて更なる痛みが私を襲う。

 

...いや、待て。ベッドの上?

 

「...ここ、私のへ、や...っ?」

 

辺りを見渡すと、確かにそこは、よく見慣れた私の部屋だった。

 

立ち上がれないだろうか、と全身に力を入れるが、残念ながら痛みが我慢できない領域まで来ているせいで、横で寝転がっている状態でしかいられない。

 

首すらも満足に動かせない体で、むきだしになっている腕を見てみるが、そこには見た目でわかるような怪我はない。

けれど、確かに痛い。

 

一体どうなっているのか、痛みで回らない頭で考えていると、誰かが私の部屋に入ってきた。

 

「ちょっと瀬名、なんかすごい音がしたんだけど...ど、どうしたの?」

 

どうやら、絵名が、私がベッドから床に落ちた衝撃の音で、部屋まで様子を見に来てくれたようだ。

私がベッドの上でなく、床で転がっていることに驚いているようだが...助かった。ひとまず...どうしよう。病院にでも連れて行ってもらおうか。

 

「絵名、救急車」

 

「え?」

 

「お願い。全身が痛くて動けない」

 

「! い、今呼ぶから、絶対に死なないでよね!」

 

痛さのせいで呼吸が浅くなりながら、絵名に救急車を呼んでもらうようお願いすると、絵名は涙目になりながら、部屋を出て行った。

恐らく自分のスマホを取りに行ったと思うのだが...別にそんな動揺しなくても。今こうして元気に、ではないけれど、会話が出来ている時点で、すぐにでも死ぬようなものでもないと予想できそうだけれど。

 

スマホで救急車を呼び終わった絵名が部屋に戻ってきて、私に何かできることがないかとあわあわしている最中に、救急車が到着した。

 

隊員に優しく運び込まれて、私は突然、病院へと運ばれた。

救急車に乗って病院に行くのは、これが人生初めてである。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

結果から言おう。

私はなぜか、全身の至るところを骨折しており、入院することになった。

 

私の記憶をさかのぼっても、この時の出来事的に、私がそこまでの怪我をしそうなことがないし、そもそも、なんで私の体にぶつけたような跡がないんだ、というのも不思議だ。

 

私にしか通じない、私の予想だが。

最後の記憶では、私はトラックにひかれたはずなのだ。みのりを守って。

今こうして、鎮痛剤を打って多少は冷静になった頭で考えても、あれは最善手だったと思う。

 

もっと早くに気付いていれば、みのりを運び出すことも出来ただろうけど、あのタイミングでは、恐らく運んでいる最中に、私もみのりも子供も、まとめてこの世からさよならだ。

 

そんなことを、病院のベッドの上でぼーっと考えている。

既に、絵名も彰人も、両親も来てくれて、何をするにしても誰かの手伝いが必要、という点を除けば、充分なほどに用意を済ませてくれた。

 

多少はマシになった痛みを我慢しながら、私のスマホの電源をつける。

 

...私のスマホ、こんなにヒビが入っていただろうか。

これでも物持ちは良い方なのだが...どこかで落としただろうか。

 

さて。色々と調べようか。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

小1時間ほどネットサーフィンをしていてわかったことが何個かある。

 

まず、そもそも私はイヤホンを注文していないということ。

絵名にもってきてもらった荷物の中に入っているようだが、私が今まで使っていたイヤホンは、未だに壊れていないようだ。

 

次に、みのりが既にアイドルになっている。

それも、バラエティには全く出ずに、アイドルの路線を突っ走り、最近出したシングルの売上は常に上位に食い込んでいる。

ただ、私の知っているみのりは眩しい笑顔を浮かべていたのに対して、この世界のみのりは、クール系で売っている様で、笑顔を全く見たことが無いのだとか。

 

意味が分からん。

それだと、愛莉や雫、遥はどうなってしまうんだ、と思いながら調べてみると、3人の名前も確かに出てきた。

共通点としては、ラジオなりテレビなりの場面で、よくみのりの話題を出しているのだとか。

...これだと、意外とこの4人がグループを組むのは変わらないかもしれない。

ただその本質はかなり変わっていそうだし、セカイもあったとしても、それは私の知っているセカイではないんだろう。

 

「...『1度だけ語った、笑わない理由』...?」

 

記事を適当にタイトルだけ流し見していると、他の記事とは少し違ったタイトルのものを見つけた。

 

興味の湧くままに、私はその記事をタップした。

 

その記事には、動画が載っているタイプのもので、自動的に再生された。

そうして、私はみのりを見て、衝撃を受けた。

 

『なんで、笑わないのか、ですか』

 

『何というか、私の笑顔に嫌気がさしたんです』

 

『私なんかが笑っている価値があるのかって』

 

『だけど、アイドルにはならなくちゃいけない。死んでも』

 

『...まぁ、そういう感じです。私はパフォーマンスで魅せればいいかな、って』

 

『あの人の分まで』

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

入院生活で出て来るご飯はまずい、とよく聞くけれど、私からしたら別に、そこまでひどいものではないと思う。

患者の事を考えて作られているそれだが、確かに普段食べている母親や絵名の料理に比べると味は薄い。

ただまぁ、それだけだ。

 

そもそも私は、食べないなんて日もざらにあるので、毎日3食食べることを強制されているこの状況は、私の健康的にもいいのかもしれない。

 

とまぁ、そんなことを考えているほどに、入院生活というのは暇である。

別にアプリゲームを普段から嗜んでいるわけでもないし、他の案としてはセカイがあげられるけれど、ここは病院。

同じ部屋に私以外の人間がいないから、実質1人部屋みたいになってはいるけれど、他人が来る可能性がある場所でセカイに入っていると、入る瞬間は見えないかもしれないけど、私がそこにいないことに驚くだろう。

 

まぁ、それ以前に、私の今の怪我の状況でセカイに行く理由が無い。

 

それ以外だと...曲作りだろうか。

 

もう少し体が治るまで我慢だな、と私は息を吐き出して目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

入院から1週間が経った。

入院当初、医者から『外から何かがぶつかった様子はないのに、体の中の骨はいろんな場所で折れている。だがそれらはどれも臓器を傷つける場所ではない。...???と言われていた私だが、つい昨日『キミは異常な回復力を持っているようだ。もう既に骨が大体くっついている。化け物かな?』と笑いながら告げられた。

 

誰が化け物だ。

 

さて。ようやく体も治ってきたので、まだ様子見ではあるものの、病院の敷地内であれば歩いてよくなった。

そのことを絵名に報告すると、またもや絵名は泣きながら私を抱きしめてきた。

彰人からは、駅前の有名なチーズケーキと、頭を一撫で。

 

うーむ、彰人は変わらないように見えるが、絵名は元々こんなだっただろうか。

 

ちなみに父親からは、ギターを送られた。意味不明だ。

恐らくだが、暇つぶしが出来るようなものを送りたくて、彰人が歌をやっていることを考えた時に、音楽だ、となったのだろう。

阿呆が。

 

母親からは、タッパに詰められた手料理だった。

何が入ってるんだろうと開けると、オムライスが出てきたのには、苦笑いしたが...まぁ美味しかった。

 

たった1週間の入院でも筋肉は衰弱しているようで、広めの公園のような場所に出るまでに若干息が切れた。

まぁ、背中にあるギターのせいもまぁ、あるのだろうけれど。

 

ベンチに腰を下ろして、ケースからギターを取り出す。

ボディは黒い。ギターの対して詳しくない私なので、このギターがなんていう種類のものなのかはわからない。なので、あげられる特徴はこれだけだ。

 

後はまぁ...弦が6本あるくらいか。

確かギターと似た、ベースというものもあるらしいが...これは恐らくギターだろう。

 

セカイで弾かずに外で弾いているのは、この天気のいい日に、日向ぼっこをしながら弾きたいと思ったから。

まぁぶっちゃけ、すぐに飽きて昼寝コースに入る予感もしている。

 

スマホでギターのコードを一目みて、弦を抑える。

多少指の動かし方に違和感を感じたものの、すぐに弾けるようにはなった。

これで好きな曲を弾いて時間を潰そうか、と考えていると、私に降り注いでいた日陰が遮られた。

 

下げていた視線を上げると、私の座っている前に誰かが立っていた。

 

「すごーい! ギター、上手!」

 

誰なんだ。このピンクのグラデーション金髪ツインテール陽キャ女は。

 




一体、何天馬誰咲希なんだ~?


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第2話 This don't come with no warranty

前回、前々回と曇らせ描写を入れたからなのか、反応良かった(?)ですね。
今後の予定は内緒です。

次回の更新は私が『Booo!』をAPしたらです。
と思ってたんですが、プロセカと執筆を同時進行してたら取れてしまったので、近いうちにまた更新します。


「すっごい上手! プロみたい!」

 

「ありがと」

 

日向でぽかぽかしながらギターの弦を弾いていたら、謎の金髪美少女が現れた。

病院にいるにしては妙に元気いっぱいなので、誰かのお見舞いなのかもしれない。

 

とりあえず褒められたっぽいので感謝の言葉を口にしてギターに目を戻すと、少女も私の隣に座って、目を輝かせてこちらを見つめてきた。

もしかして、何か弾いて欲しいのだろうか。

 

「...私、まだ得意な曲とかない」

 

「え? ...あ、もしかして、なんでも弾けるってこと!? すっごーい! じゃあじゃあ、これは?」

 

私の話をあまり理解せずに、スマホのアプリで動画を再生し始める少女。

聞いた限りだと、ゴリゴリにロック...と言うよりかはポップに寄っているバンドの曲だった。

 

仕方がない。うなれ私のギフテッド。

じゃかじゃかじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

少女があれもこれも、と言い続けるままに引き続けて数十分。

ようやく満足したのか、少女は画面を消して私の指を見つめていた。

 

「本当にすごい、やっぱりプロ?」

 

「違う。今日始めたばかり」

 

「今日!?」

 

それにしても、表現が大きい。オーバーとまではいかないけれど、日本人と海外のオーバーな反応をそれぞれ混ぜて2で割ったらこんな感じだろうか。

 

そんな彼女は、私のギター歴を聞いて、心底驚いている様だった。

共感はするよ。私でもずるだと思うし。

 

何となくこの話をそらしたかった私は、今度は自分から質問をすることにした。

 

「あなたは?」

 

そもそも、名前も知らない。

 

そのことを彼女も思い至ったのか、はっとした表情で立ち上がった。

 

「そうだった! 私、天馬咲希!」

 

「東雲瀬名。...見た目元気そうだけど、なんでここに?」

 

お互い名前だけの簡易的な自己紹介を済ませると、またもや少女...咲希と名乗った少女ははっとした表情になり、慌て始めた。

 

「そうだった、私、最後の診察があったんだった。もう完治して、今日は最後の診察だったの。...せなちゃんは?」

 

「ちょっと事故にあって。でももう治りかけ」

 

事故にあって、の部分で眉根を下げて、治りかけ、と聞いた時にホッとしたような表情を浮かべる咲希。

賑やかな人だ。友達も多そう。

 

「事故にあったことを嬉しく思ってるわけじゃないけど、こうして会えたのは嬉しいかも!」

 

それからも、『診察がある』と言ったはずの彼女と雑談話をして、連絡先の交換まで済ませた私たち。

すっかり仲良くなった私たちに割り込んできたのは、咲希のスマホから鳴り響く音楽だった。

 

「あ、忘れてた...! ごめん私、いかなきゃ! また遊ぼうね~!」

 

咲希はそれだけ言うと、すぐに走ってどこかへと言ってしまった。

完治した、と言うのは本当なのだろう。今の私が走ろうものなら、まだ全身が悲鳴を上げるだろうし。

 

そろそろ私も部屋に戻らなければ。

いつもこの時間帯にやってくる絵名だが、私が部屋にいないと大変なことになる。また病院に迷惑をかけるわけにもいかないだろう。例え温かい視線を向けられていたとしても。

 

「んしょ...」

 

ギターケースを背負って、来た道を戻る。

館内案内図を一度も見たことがないせいで、自分の部屋がどのあたりにあるのかをいまいち把握できていないが...最悪リハビリ室だとか、わかる場所に行くことが出来れば、そこから逆算して私の部屋の場所は分かる。

 

来た道をたどれば、とも思ったが、適当にぶらぶら歩いていたので、道を覚えていない。

 

ようやく部屋にたどり着いた時には、私の部屋のベッドで絵名が眠っていた。

 

「なんで絵名が...あぁ、泣き疲れちゃったのか」

 

泣いた後特有の、目元が赤くなっている絵名の頭をなでて、ギターケースを壁に立てかける。

 

絵名は私が入院した日から、何というか、精神的に弱くなった。

私が入院してからほぼ毎日様子を見に来てくれているのだが、部屋にやってきた際にベッドに私がいないとそれはもう取り乱す。

看護師さんの協力もあって、その場はなんとか収まったのだが...絵名が来るであろう時間帯には、私はベッドの上にいなければならなくなった。

 

それと同時に、私が他人と関わることを異様に嫌がる。

理由を聞いても説明はしてくれず、ただ嫌がるのだ。

 

どうしたものか、と思いながらベッドの端に腰掛ける。

私がベッドにいなくても暴れたりしなくなっただけまだましになった方だが...絵名も、一度医者に診てもらった方が良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

時間も遅くなり、絵名も夜間学校に通わなくてはならないので帰った後の、1人の時間。

部屋に置かれているテレビをつけると、今日もとあるアイドルが映っている。

 

花里みのり。

デビューしてから今までソロで活動し続けており、彼女の笑う姿は、仲のいい桐谷遥でも見たことがないのだという。

ただ、彼女自身笑わないから冷たいのだというわけではなく、困っている人がいたら後先考えずに動いてしまうのだとか。

 

『優しい心の持ち主なんですね』

 

『...私としては、忌々しく思う時もありましたけど』

 

『? それはどういう...』

 

『いえ。こちらの話です。お気になさらず』

 

そうしてテレビは一旦CMに入り、そこでもみのりがCMに映る。

本当に、大人気アイドルなんだ、と思いながら、スマホでとある単語を打ち込む。

 

「....出て、来ない?」

 

検索したワードは、『25時、ナイトコードで。』だ。

奏たちが活動を始めたタイミングまでは把握していないが、さすがにこの時期にはもう名前が売れ始めていてもおかしくない時期のはず。

 

何かがずれ始めているのかもしれない。

 

私はひび割れたスマホを操作して、久しぶりに自分の『Untitled』を再生した。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

久しぶりにやってきたセカイには、いつもの真っ黒な初音ミクと、背の低いリンと、もう1人、知らない誰かがそこにいた。

 

私がセカイにやってきたことに気が付いたのはリンで、ててて、と擬音が付きそうな小走りで私の元へと駆け寄ってきた。

 

「ようやく来た。瀬名、どういう別れ方したの?」

 

「どういう、って?」

 

リンの言う事に首をかしげていると、リンは人差し指で上を見ろと示してきた。

一体なんだと思いながら上を大人しく上を見る。そこには星が変わらず20個あり、みのりたちの分が終わったからなのか、色のついていなかった星が緑に光っていた。

ただ問題は、その緑に光っている4つの星が全て、明滅している事。

 

「あれ、なんで暗くなったりしてるの?」

 

「よほど精神に異常をきたすほどの何かがあった時にしかならないはず。それこそ、個人の根底を揺るがすほどの大きな衝撃。だから、あの子たちの前でどういう別れ方したの、って聞いてるの」

 

リンのその感情の読めない目に見られながら、私は考える。

 

基本的に私がすること大体は、この私のセカイにいる住人はみんな知っていたはず。それなのに、別れ際の事を覚えていない、または知らないのは、あまりにも急だったからなのだろうか。

 

そもそも。

みのりたちの目の前で死んだから明滅しているのであれば、リセットされたはずのセカイでもおかしくなっている絵名の星は何も起きていないのがおかしく感じる。

あれも、本来の絵名だとでも言うのだろうか。

 

考えても答えは出なさそうだ、とひとまず頭の片隅に追いやって、リンに何があったのかを簡易的に話す。

 

「別に、どうあがいても間に合わなかったから、トラックにひかれるみのりを助けて、ひかれただけ」

 

「...はぁ、全く」

 

私の説明にリンは目を細めてため息を吐きだした後、私の手を引いて初音ミクたちの所へと引っ張っていった。

 

「紹介する。巡音ルカ。ちょっと事情があって声は出せないけど、悪い子じゃない」

 

私とリンが近くまで来たことに気がついた2人は、じゃれるのを止めて立ち上がってこちらを向いた。

 

「やぁやぁ、待ってたよ」

 

また変なキャラ付けをしている初音ミクの隣に立っている、ピンク髪のサイドアップにしている彼女を見る。

ルカ、と呼ばれた彼女は、リンに聞いた通り喋る様子を見せず、表情と身振り手振りでこちらに意志を伝えていた。

変なやつが増えないのは助かる。ここに来ることもあまり無くなったけれど。

 

周りを見渡しても、私のセカイには変化はない。

ルカが増えたことと、星が明滅し始めただけだ。

 

……また考え事をする時にでも来よう。

 

「じゃあ、また」

 

「うん」

 

「はいはーい。まったね〜」

 

ひとます絵名のことをどうにかしなくては、と考えながら、私は『Untitled』を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちが関与しなくても関わり始めた。引き寄せやすくなってる?」

 

「菴輔〒縺?繧阪≧縺ュ?」

 

「まぁ何とかなるでしょ」



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第3話 Why the feel for the need to replace me?

気づけばもう書き始めて5か月と言う事で。
月日が経つのは早いですね...。

次の更新は私が『Q』か『39』をAPしたらです。


結局のところ、絵名は病院には連れて行かずに様子を見ることになった。

相談に乗ってくれた彰人には異常は見られず、ますます私からしたらわからない状態になってきたわけだが、ひとまず絵名はこれ以上ひどくなるようであれば、という結論に落ち着いた。

 

絵名がおかしくなり始めていることに対する、焦りなのか、それとも申し訳なさなのか、何とも言えない気持ちを抱いている私は、紛らわすように部屋でギターに触れていた。

 

弾くのは最近流行りの曲。

どのコードがどういう音を鳴らすのかはもう理解したので、あとは耳で聞いて、聞こえてきた音楽をそのままギターで鳴らして歌うだけ。

 

正直面白さは見いだせないが、弾いていると部屋の前の廊下で絵名が聞いているようなので、一種の精神安定剤として用いている。

当初は絵名に気が付いて、部屋の扉を開けようとしたら、慌てて自身の部屋へと戻っていくのを感じた。

 

...ぶっちゃけ部屋の外の状況を把握できるようになっている自分に恐れを感じているが、もうそれは考えないことにした。

この体は必要だと少しでも感じたらすぐにでも適応してしまう。

 

流石に腕が伸びるゴム人間だとか、もう人間じゃないだろうみたいなことにはならないだろうけど。

 

そうして今日も弾いていると、動画を流しているスマホにメッセージが届いた。

咲希からだ。

 

時間を見ると、もう既に放課後の時間帯だ。

暇にでもなったのだろう。

メッセージも、『タピオカ食べに行かない!?』だ。

ずいぶんアクティブ...なのはいいんだが、タピオカはもうブームは過ぎたのでは。

 

「あぁ、戻ってるから、まだ流行ってはいるのか...どうだっけ」

 

素直に言ってしまえば、タピオカに興味はない。

けれど、何となく無視する気になれない私は、ギターをケースに入れて、ギターケースを背負って家を出た。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

「あ、来た来た!」

 

咲希から送られてきた地図を見ながらやってきた場所には、既に咲希がタピオカ店の前でこちらに手を振っていた。

その隣には、くせっけのある黒髪ロングの少女も立っていた。同年代ぐらいなので、友達なのだろう。

 

「咲希、この人は?」

 

「瀬名ちゃん! 病院でたまたま会ったんだけど、すっごいギター上手なの! プロみたい!」

 

「言い過ぎ...」

 

ただお手本通りに弾くだけなら他の追随を許さないかもしれないが、それをプロレベルと呼べるかどうかはまた別物だろう。

身に余る評価を受けながら、私は初対面の彼女に頭を下げた。

 

「東雲瀬名。咲希とは知り合い」

 

「あ、えっと。星乃一歌です。ギター、弾いてるんですね」

 

「敬語はいらない。多分私の方が年下」

 

「そ、そっか。...うん、じゃあ、ギター弾いてるんだね」

 

「暇つぶしに弾いてるだけ。咲希の評価は過大評価」

 

ギター、という単語に妙に反応する彼女、一歌にそう返していると、横から咲希が抱き着いてきた。

 

「え~!? 私はもう友達だと思ってるのに、知り合いなの~!?」

 

寂しい~、と言いながら頬擦りしてくる咲希の顔を押しのけて、一歌に顔を向ける。

 

「はいはい、友達友達。それより、目的は? タピオカ食べるんでしょ」

 

「あ、うん。咲希が行こうって」

 

「そうだった! よ~し、早速買おう!」

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

「では! ソフトテニス部に入部が決まった咲希ちゃんと、タピオカでかんぱーい!」

 

「はい、乾杯。部活決まって良かったね」

 

「うん、見学に付き合ってくれてありがと!」

 

どうやら今回のタピオカを買いに来た理由は、咲希の部活が決まったかららしい。

ソフトテニスというのと、普通のテニスの何が違うのかは、私はいまいち理解していない。

ソフト、というのだから、球が硬いか柔らかいかみたいな感じだろうか。野球も確か、硬式野球なるもものがあった記憶がある。

 

元気いっぱいにタピオカを飲んでいる咲希を、一歌は心配そうに見た。

 

「無理はしないようにね。部長さんはゆるい部活だから平気って言ってたけど、少しずつ慣れていかないと」

 

「うん! それにしても、部長も顧問の先生もみんないい人でよかった~。病気のこともあったから、運動部に入ると迷惑かけちゃうかもって、ちょっとだけ不安だったんだよね」

 

「咲希...」

 

確かに、今は元気でも昔病弱だと、体力の問題もあるだろうし、何より以前まで病気だったという先入観のようなものを覚えてしまう。

そうするとどうしても気を使ってしまうもので、本人はもうなんでもなくて全力でやりたくても、周りの人間がそれをよしとしなくなる可能性もある。

そうなってしまうと、あとは時間が解決してくれるのを待つしかないのだが、咲希と一歌の話を聞いている限りだと、そうはならなかったようだ。

 

そうして暗くなったような雰囲気を吹き飛ばすように、咲希は明るい声を出しながらタピオカを飲み込んだ。

 

「んー! 部活に入ると、高校生活の第一歩を踏み出せた、って感じするね!」

 

そしてそのまま、タピオカドリンクを持っているのとは逆の、左手で先ほど買ったタピオカドリンク店を指した。

 

「そして、第二歩目は...ここ!」

 

「ここって...さっき買ったタピオカ...えっと、ミルクティーのお店?」

 

「そう。友達と放課後にタピる! 流行には乗り遅れちゃったけど、すっごくやってみたかったんだよね!」

 

なんという事でしょう。流行にはもう乗り遅れている様です。

私の知らないうちに流行って、知らないうちに終わっている...。引きこもりの代償...。

 

「みんながタピオカタピオカ~って盛り上がってた時に、アタシはずーっと味のうす~い病院食ばかり食べてて...瀬名ちゃんも嫌だったよね!?」

 

「いや、私はそうでも...」

 

「というわけで、治ったからには美味しいものをたくさん食べちゃうんだから!」

 

咲希に話を振られたから返したのに、当の本人は私の返事を最初から求めていなかったようで、瞳に炎でも宿っているかのような勢いで、顔の前で拳を握りこんだ。

 

なんというか、美味しいものかわいいものを際限なく求めていくのは、女子って感じがするかも知れない。

いや、私も女子なんだけど、私自身は別に性別の認識が薄いというか。

 

燃えている咲希を苦笑している一歌と真顔の私で見ていると、そういえば、と咲希がこちらを振り向いた。

 

「美味しいものって言えばさ、昔みんなで食べたアップルパイも美味しかったよね」

 

「アップルパイ?」

 

「ほら、小学生の時だよ。いっちゃんがミクちゃんの歌が好きだから、みんなで演奏してみよーってなったときあったでしょ?」

 

「あ。あったね。穂波が吹奏楽部でドラムできるようになったから、みんなで咲希の家に楽器持って行って...」

 

『ミク』か。

正直、私がただの女子高生であれば聞き逃していたただの日常会話だが、私の体験してきたことのせいで、咲希と一歌がセカイを構成しているのでは、と勘繰ってしまう。

 

「で、みーんなヘトヘトになったときに、ほなちゃんがアップルパイみんなで食べようって言ってくれたんだよ。それがもうすーっごく美味しくて...美味しくて...あはは。...瀬名ちゃんにも、食べさせてあげたいぐらい美味しかったんだけどなぁ...」

 

「......」

 

重い。急に空気が重くなった。

考え事をしていて話を途中から聞いていなかった、というのもあるけれど、それでも急じゃないだろうか。

ただ、これに関しては私はまだ何も口を出せない。

彼女たちも部外者からの声を求めているわけじゃないだろうし、仮に口を出しても解決できるわけじゃない。

 

どうしたものか、と考えていると、咲希は手元を見てあ、と声を出した。

 

「飲み切っちゃった。タピオカって、飲み物自体の味はするけど、タピオカは味無いのかな?」

 

「...どうなんだろう。私もニュースぐらいでしか聞いたことないから...」

 

「普通はシロップとか、黒糖とかで味付けするらしいけど...あの店はわざとしてないみたい」

 

「へ~。瀬名ちゃん物知り!」

 

「さっき調べて頭に残ってた」

 

話がタピオカにずれたところで、咲希はゴミを捨ててくる、と私たちに告げて、その場を離れた。

 

その背中を見送る中で、隣に立っている一歌が口を開いた。

 

「私たち4人って、昔はとっても仲良かったんだ。でも、今はそうじゃなくて...咲希はまた4人一緒がいいって思ってる。私だってそう。だけど...どうにかしてあげたいけど...」

 

その先に続く言葉は、咲希が戻ってくるまでも聞こえてくることはなかった。




投稿する順番がおかしくなってましたので再投稿です。
ご指摘ありがとうございます。

睡眠って大事ですね。


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第4話 Won't forget,Can't regret.

APするのに平気で1週間ぐらいかかりそうなので、更新します。
ノーツ叩きながら頭の中でどう話を進めようかと悩むんですよね。





音楽というものは、既に一度触れている。

ただしそれは作曲でのみであって、実際に演奏する立場になって音楽に触れたことは皆無と言っていい。

 

つまりそれは、私1人で弾くだけなら他人に聞かせられるレベルになっているとしても、複数人で曲を演奏することになった場合、私が正確すぎて逆に浮く、という話だ。

 

呼吸が合わない、と言えばいいのだろうか。

 

何回か飛び入りで参加できる場所に行ってその場のグループで弾いてはみたものの、人と合わせることと演奏技術が高すぎたせいで、ひどく浮いていた自覚がある。

ほぼ私のソロギターで演奏を引っ張ったようなもので、見に来ていた観客の目もほとんど私の事を見ていた記憶がある。

そして、最後に失望した目で私のことを見ていた、他3人の目も覚えている。

 

そうして思い返すのは、これまでの事。

まふゆや奏たちと曲作りをした時も、みのりたちと一緒に踊った時も、こんな気持ちにはならなかった。

もしかしたら、楽しかったのかもしれない。あの時の私が自覚していなかっただけで。それを考えると、杏たちに誘われた時も乗っておけばよかったかもしれない、なんて後悔。

 

いや、やめよう。今はもう関係の無い話だ。

さて、仮に私が曲を演奏する場合。

他人と組むのはやめて、ギターソロでやるか、打ち込みを用意するかの2択になるのだろう。

身近にプロ級の演奏の出来る人間でもいればいいか、いかんせん私には人脈が皆無と言っていいほどない。

 

学校には行かずに適当にぶらぶらしながらギターを弾く。

そんな生活を続けていると、私のスマホの楽曲プレイリストに曲が増えていることに気が付いた。

 

5個目のセカイへの道標。

『Untitled』だ。

 

「でも、まだそれらしい人と知り合っただけ...今までは一緒に入り込んでいたはず」

 

時刻は16時過ぎ。学校には行っていない私は帰宅も早いので、この時間には既にこうして自宅でギターを弾いている。

まだ絵名は起床しておらず、彰人はまだ帰宅していない。

両親は今日は用事があるとの事なので、自宅にはいない。

 

「...再生、してみようか」

 

もしかしたら、今回のとは関係なしに、私がこんなことになっている張本人に会えるかもしれない。

黒幕がわざわざ私との関りを作ることの利点はよくわからないけど、その可能性だって無くはないはずだ。

 

そうして、私は意を決して『Untitled』を再生した。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

いつもと変わらない眩しさに目を閉じて、眩しさが止んだ後の開けた視界の先は、教室だった。

 

椅子や机は教室の端の方に寄せられており、黒板の前の教卓の上には大きくはない望遠鏡と、黒板に立てかけられている星座早見盤。このセカイは、星、天体観測がモチーフになっているのだろうか。

 

「あれ、一歌たちより早かったね」

 

眩しくて見えない、窓の外を眺めていると、後ろから声を掛けられた。

非常に聞きなれた声に後ろを振り返ってみると、そこにはツインテールの初音ミクがいた。

ただ、深い緑の髪色と、胸につけている制服のリボンの色と同じ赤のメッシュのようなものが入っている初音ミクは、初めて見るタイプだった。

 

「いらっしゃい」

 

「うん」

 

改めてそう初音ミクに言われて、取り敢えず頷いておく私。

正直、今この状態が良く分かっていない。

 

初音ミクの言葉の通りならば、このセカイを構成している人よりも先に、私がセカイにやってきていることになるのだが、それは大丈夫なのだろうか。

そして、それをこの目の前にいる初音ミクに聞いても不審に思われないだろうか。

 

私がそうして悩んでいると、初音ミクは視線を下げて、私の手元を見た。

 

「それ、ギターだよね。暇なら、一緒に演奏しない?」

 

初音ミクに言われて気づいたが、私の手には確かにギターケースが握られていた。

セカイに来る前にケースにしまった記憶はないし、手に持っていた記憶もないのだが。

 

まぁ、考えようによってはラッキーかもしれない。

相手はあの初音ミクだ。このセカイの初音ミクがどういう個体なのかはまだ不明だが、誘ってくるということはそれなりに出来るということなのだろう。

私は初音ミクに期待を寄せて、首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

一緒に弾こう、となったのはいいものの、まずはお互いが知っている曲を調べる必要があった。

 

「最近の流行りの曲なら弾ける」

 

「流行りの曲かぁ...例えば?」

 

「これとか」

 

「...う~ん、初めて聞くなぁ」

 

「じゃあ、これは?」

 

「これも」

 

「...」

 

「...」

 

結局のところ、初音ミクが知っている曲に、私が合わせることに。

PCの中で歌っている初音ミクは紛れもなく機械で、入力されれば初めて歌う曲でも入力された通りに歌ってくれるが、目の前にいる初音ミクは機械ではなく、生きていると私は思う。

短い会話の中でそう思ったので、恐らく練習と言うものが必要なのだろう。それならば、私が一度聞いてその曲を覚える方が早い。

 

まぁ、相手が機械でも同速の自身があるけれど。

 

「それじゃあ、スリーカウントから」

 

「うん」

 

そうして、初音ミクのカウントに合わせて、2人同時に弾き始める。

話し合って決めた曲は、『少女ライラと親愛なる色彩』。初音ミクが歌っているわけじゃないが、最近私が練習用に適当に流していたうちの1曲だ。

そこまで複雑という訳でもないが、細かくどちらがどう、と決めることもしない。弾く場所が被れば仕方ないと笑えるし、上手く嚙み合えば気分も上がる。

 

「ライラ ライラ 街の隅で」

 

「回る 消える 結末が」

 

「ライラ ライラ 刹那の意図」

 

「音もなく閉じてく世界を拾いたくて」

 

音を重ねていく。初音ミクの呼吸が分かる。

目を合わせなくても、一瞬もずれずに弾いていける。

 

私のセカイが、広がっていく。

 

時間がたつのは早いもので、一瞬にも思えた私と初音ミクのセッションは終わりを告げた。

そして、弾いている最中から気付いていたのだが、教室の外に4人ほど、誰かが近づいてきている。

そのことに初音ミクも気づいているようで、1つ頷いてギターをケースにしまって立ち上がった。

 

「ふぅ。楽しい時間は一瞬だね。待ち人も来たし、取り敢えず行こっか」

 

初音ミクの言葉に頷いて、私もギターをケースにしまう。

どうやら教室の外にいた4人は隣の教室に入って行ったようで、こちらから迎えに行く必要があるようだ。

 

先程まで演奏していた教室を出て、隣の開いたままになっている教室の扉を通っていく。

そこにいたのは、一歌と咲希と、知らない2人だった。

この4人がセカイを構成しているのは理解できたのだが、それにしては雰囲気が微妙ではないだろうか。

 

なんだこの空気、と考えている中で、知らない2人が、前に一歌が言っていた『仲の良かった』人たちなのだと理解が及んだ。

 

 

「やっと来てくれたんだね。待ちくたびれちゃったよ」

 

彼女たちの背中に初音ミクが声をかけると、4人は同時に驚いたように振り返り、一歌が目を見開いた。

 

「え...!?」

 

「いらっしゃい、4人とも」

 

「ミ、ミクちゃん!?」

 

まさに目が点になる、という状況なのだろう。

他の人たちも初音ミクを直接目にした時は驚いていたが、驚き具合で言えば彼女たちが1番な気がする。

 

「何これ。どういうこと?」

 

「ミクちゃんがいる...? これって映像、だよね...?」

 

銀髪と茶髪の少女も一歌たちと同様に驚いているらしく、茶髪の子は思わず、と言った様子で口に出していた。

 

映像、と言われた初音ミクは目を丸くして私の方を見た後、何か思いついたような笑みを浮かべて、4人に向けて手を出した。

 

「じゃあ握手してみる? ハイ」

 

「え...手?」

 

「やっと会えたね。一歌」

 

「さ、触れる...。ミクが、本当にいる...!」

 

初音ミクが出した手に1番最初に触れたのは、一歌。

架空の世界に存在していた初音ミクがこうして目の前で触れられると言う事に感激しているのか、笑みを我慢できないような顔で初音ミクの手をむにむにしていた。

 

むにむにされている初音ミクはくすぐったそうに困った笑顔を浮かべている。

 

そうして少しの間一歌が初音ミクの手を触っていると、唐突に一歌は初音ミクの方に顔を向けた。

 

「ねえ、もしかして夢に出てきてくれたミクなの? 私、聞きたいことがたくさん...!」

 

「私も聞きたいことがある」

 

その一歌の言葉を遮って入ってきたのは、どこか他人を寄せ付けないような雰囲気を出している銀髪の少女。

一体、過去に何があってこうなってしまったのだろうか。

 

「ここは一体、なんなの?」

 

「ここはセカイだよ。このセカイは、君たちの想いで出来た場所なんだ」

 

銀髪少女の問いに答える初音ミクの説明は、何度か聞いたことのある内容だ。

 

「想いで出来た場所?」

 

「そう。想いはあらゆるものを形に出来る。だから、こんなセカイにもなるし、歌にもなる」

 

そこで一旦言葉を止めた初音ミクは、教卓の上にある望遠鏡を触りながら、話を続ける。

 

「例えば、4人に見覚えのあるものもあるんじゃないかな」

 

ある程度把握している私だから何も言わずに聞いていられる内容だが、今初めて聞かされた彼女たちにはまだ、理解しきれていないようだ。

そして、銀髪少女が苛立ったような声をあげる。

 

「何言ってるのかさっぱりわからないんだけど。からかってるならいい加減に...?」

 

だが、その言葉は途中で勢いを失って止まった。

彼女の視線の先にあるのは、1つの楽器。恐らくベースと呼ばれるそれを見て、彼女の動きは止まった。

 

「え、もしかしてこれ、私の...? 今背負ってるのに...どうして...」

 

銀髪少女の言葉に反応して、一歌たちも周りを見て驚きの声をあげた。

 

「あ、私のギターも。...家に置いてあるはずなのに、なんで...」

 

「キーボードとドラムもある! なんだか、今からバンドの練習始めるところみたいだね」

 

そう咲希が言うのを聞いて、なるほど、と私は理解した。

 

この4人、過去にバンドを組んだことがあるのだろう。

だから、このセカイにこうやって、自分自身の道具が形になって置いてある。

個人でやっているのであれば、ここには出てこないはずなのだから。

 

となると、咲希の病気の話がますます気になるところだが、と考えていると、その本人が昔を懐かしむような声を出して、キーボードをなぞるように触れた。

 

「バンドかぁ。...ふふ、またみんなでやってみたいな」

 

だがその言葉には3人は反応することはなく、少しの間の後反応したのは初音ミク。

 

「いいよ、演奏したいなら。4人で好きに使って」

 

「え?」

 

「言ったでしょ? 一歌。バンドやってみないか、って」

 

どうやら初音ミクは既に一歌と出会っているようで、そんなことを言っていたらしい。

先程一歌本人が言っていた、夢の中の話の事かもしれない。

 

好きに使っていい、という許しが出たことで、咲希は満面の笑みを浮かべてキーボードの準備を始めるが、一歌以外の他2人が乗り気ではないようだった。

 

「ここで演奏していいの? じゃあやってみたい! やろうよ、みんな!」

 

「え? わ、私はちょっと...。この後友達と帰る約束してるし...」

 

「私もバイトあるから。大体、みんな知っててすぐあわせられる曲なんてないでしょ」

 

「でも、昔みんなで演奏した曲ならきっと弾けるよ!」

 

「あの曲は、確かに...覚えてるけど...」

 

諦めずに誘い続ける咲希の言葉に、茶髪の子は困ったような表情を。銀髪の子は気まずいような表情を見せた。

 

これなら断られない、と判断した咲希が「じゃあ___」と続けようとしたところで、銀髪少女がまたもや遮った。

 

「それより! そこにいるのは誰?」

 

彼女が指で示しているのは間違いなく私。どうやら自己紹介の時間が来たようだ。

 

「東雲瀬名。初音ミクの友達」

 

「え、ミクの友達...?」

 

「え~!? せなちゃん、いつの間にミクちゃんと友達に!?」

 

さて。今回の私だが、基本的にはこのセカイでのみ、彼女たちに触れあっていこうと思っている。

彼女たちの通っている学校は、制服を見る限り宮益坂女子学園。

そこに行くと、まふゆやみのりたちに出会う可能性がある。

みのりは現在大人気アイドルと言う事もあって学校にはいないかもしれないけど、まふゆに出会うリスクがある。

 

前回のみのりたちのセカイで、まふゆが私を覚えている可能性が...いや、あれは確定だ。私の事を覚えている。

それとまふゆの事を考えると、真面目に監禁されてしまう可能性が出てくるのだ。

 

と言う事なので、今回はセカイで彼女たちのサポート。

初音ミクと一緒に彼女たちを支えて行けば、何とかなるだろう。

 

「...日野森志歩」

 

「えっと、望月穂波です」

 

...これは驚いた。

まさか、あの日野森だろうか。

いや、恐らくそうだろうな。こんな狭い場所に日野森姓が複数もあってたまるか。

 

私が日野森に引っかかっていることに志歩も気が付いたのだろう。彼女はわかりやすく顔を歪めた。

 

そんな私たちの雰囲気を感じ取ったのか、咲希が間に入って先程の続きを話し始めた。

 

「じゃ、じゃあ、あの曲、やってみない? みんなわかるし、そんなに難しくないし、せなちゃんにも聴いてもらえるし。それに、ミクちゃんが歌ってた曲だし!」

 

「私が歌ってた曲? へえ。聴いてみたいな」

 

「ほら、ミクちゃんも聴いてみたいって言ってくれてるよ? いっちゃんは? やってみない?」

 

何とかみんなで演奏したい、という咲希の想いが伝わってくるような空気の中、一歌も首を縦に振った。

 

「私は...うん。やってみたい。みんなとあの曲演奏出来たら...いいな」

 

「ほら! いっちゃんはやるって! だからしほちゃんとほなちゃんも、やろうよ~!」

 

「私は帰る。それで、どうやって帰ればいいわけ? ミクが知ってるの?」

 

しかし、志歩は頑なに演奏をしようとしない。

一体、彼女の何がそうさせるのか。昔は仲良くて、一緒に演奏までしていたほどの仲だった彼女たちの間に、何が。

 

さっさと帰り方を教えろ、と言わんばかりに初音ミクを見る志歩だが、初音ミクは笑みを浮かべたまま、じゃあ、と提案を始めた。

 

「4人の演奏を最後まで聞かせてくれたら、帰り方を教えるっていうのはどう?」

 

「...何それ」

 

「ふふ。聴いてみたいんだよね。君たちの演奏」

 

これ以上何を言っても教えてくれないと悟ったのか、志歩は立てかけられているベースを肩にかけた。

 

「はぁ。...本当に、1曲だけだからね」

 

そうして、残る1人となった穂波も、流されるようにドラムが置かれている場所まで歩いて行った。

 

「久しぶりだから、上手く叩けないかもしれないけど...」

 

「やったー! みんなありがとう!」

 

弦を確かめるように弾き、力加減を思い出すようにスティックで叩く。

彼女たちの準備がある程度整ったタイミングで、初音ミクが口を開いた。

 

「それじゃあ聴かせてよ。4人の音」

 

一歌たちの演奏が始まる。

 

「よーっし、演奏始めよう! ...どうやって始めるんだっけ?」

 

...不安だ。




楽曲コードは検索しても出てきませんでした。悲しい。

私の大好きな曲です。
いつかプロセカに収録...望み薄...。

少女ライラと親愛なる色彩/jon-YAKITORY feat.IA


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第5話 Look inside yourself. You are more than what you have become

サブタイがどんどん長くなっていく...。

ハーメルン内でのプロセカ作品数も、もう少しで200になりそうですね。
これが多いのか少ないのかは分かりませんが。


あれほどやりたいやりたい、と気持ちを前に出していた咲希が「演奏はどうやって始めるのか」なんて言い出したおかげで、3人の肩に入っていた力がちょうどいい感じに抜けていくように見えた。

 

「はぁ...。穂波、カウントとって」

 

「う、うん。それじゃあ...ワン、ツー、スリー、フォー」

 

志歩に言われるままに、穂波がスティックを鳴らしてカウントを取る。

その音で思い出したのか、ピンと来ていなかった咲希の顔もハッとした表情になり、演奏は問題なく始まった。

 

演奏の技術に関しては、まぁ、でこぼこと言った感じだろうか。

今を向いて演奏している人が少ない。過去に思いを馳せて曲をなぞっている。

ただまぁ、彼女たちの場合は、まずはそこからなのだろう。

 

一歌と咲希が心底嬉しそうな顔をして演奏を進めていく中で、志歩が苛立ったように手を止めた。

 

「ストップ」

 

「...え?」

 

「一歌、咲希、テンポが遅い。もっと穂波の音を聴いて」

 

「ご、ごめん...」

 

楽しく弾いていたところに、水を差されたような感じだろうか。

ただ、感じ方は人それぞれだ。志歩にとっては、懐かしくはあれど、この演奏は楽しめるものではなかったのかもしれない。

 

「...こうなるから嫌だって言ったのに」

 

「で、でも、今のすごくなかった? 上手くないけど、最初は音がぴったりあってたし...!」

 

「私は、中途半端な演奏ならしたくないの。知ってるでしょ?」

 

随分とまた、空気が悪くなったと思う。

何と言うか、上手にやれることに越したことはないけど、それよりも楽しさ優先の咲希と、上昇志向の強い志歩という感じだ。

お前とやるバンド息苦しいよ、みたいな。ちょっと違うか。

 

「し、志歩ちゃん落ち着いて。もう1回頭からやってみようよ。ね?」

 

穂波のもう1回の提案に、志歩が大きくため息を吐いたところで、初音ミクが私の肩に手を乗せながら1歩前に出た。

 

「じゃあせっかくだし、私たちも一緒に演奏していい?」

 

どうしてこう、話の中心まで手を引いて連れて行くのだろうか。

確かに私の手には、父親に買ってもらったギターがある。ただ、先程の演奏で私は満足したのだが。

 

「え、ミクたちも?」

 

「うん。ダメかな?」

 

「ダメなんてそんな...。むしろ、いいの?」

 

「みんなが演奏してるの見たら、やりたくなったんだ。瀬名とも、その話をしてたの。一緒に弾かせてよ」

 

そんな話はしていない。

とはいえ、私にも空気を読むくらいのことは出来る。既に私が拒否できる空気ではないことは理解しているのだ。

初音ミクがそう提案して、一歌と咲希は嬉しそうな顔をしている。

穂波は特に拒否はしない、というような顔。志歩は何でもいいから早く終わりたいと言った感じか。

 

「...好きにして。さっさと終わらせたいから」

 

これでメンバー全員から許可を得たことになったため、私と初音ミクは4人の間に入って演奏することになった。

初音ミクの演奏のレベルが高いのは、先程合わせたから知っている。他人との合わせ方を知らない私に合わせて、楽しく弾けるレベルと言えばわかりやすいか。

ただ私の協調性の無さが問題だ。

 

「...私、あなたに合わせるから」

 

「うん、今はそれでいいよ」

 

とりあえずこの場をしのげればいいので、私の考え付いた案は、初音ミクの手元を見て私の演奏に反映させること。

どうせ初音ミクはこの4人と合わせるように弾くのだろう。なら、私もそれに乗っかれば形は私も合わせているように聞こえるはず。

 

小さな違和感はあるかもしれないが、実際にその違和感に気付くのは志歩ぐらいか。

 

「じゃあ、もう一度いくね」

 

そうして、穂波のフォーカウントでまた演奏は始まる。

 

先程初めて聞いたばかりの曲だが、頭からは離れることはなく焼き付いている。

難しいフレーズはない。彼女たちが昔に演奏した、というのが何歳くらいのことで、演奏歴はどれくらいのものだった時のことなのかは知らないが、まぁ、難易度的にはそれほどでもないということだ。

 

初音ミクに合わせるように弾く中で、ふと思い立ったことがある。

今このバンド、ギター3人いるのか。

 

これはただ初音ミクに合わせて弾いていると、一歌と被るかもしれない。ただでさえ自己主張の少ない彼女のギターだ。それを食いかねない。

なら。

 

一瞬だけ初音ミクと視線を合わせて、彼女が笑みを浮かべて頷いたのを確認する。

息を吸い込む。弦を弾く。

 

ギターを弾いていて、この曲が彼女たちにとって大切な曲なんだろう、と言うことはなんとなく伝わってきた。

なら、私がその間に入るのではなく、彼女たちを引っ張る枠まで行ってしまえば。

 

真ん中が。折れない中心部が出来上がってしまえば、微妙に合わなかった彼女たちの演奏も不思議と合うようになる。

集中しながら弾いていると、初音ミクと視線が合った。

きっと、私がいなければ、彼女がやったのだろうな、と思った。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

「一緒に弾かせてくれてありがとう。4人の大切な曲だってこと。伝わってきたよ」

 

初音ミクと私が入って弾き始めた曲は、途中で誰かがフレーズを忘れていて動きが止まる、と言ったこともなく、最後まで弾き切ることが出来ていた。

 

一歌や咲希はともかく、乗り気ではなかった穂波や志歩も演奏しきることが出来たのは、そう言うことなんだろう。

 

「すっご~い! やっぱり、せなちゃんってどこかのバンドに所属してるプロ!?」

 

「いや、違うけど」

 

この演奏技術を身に着けるまで、努力と言う努力をしていない私は、そう褒められても後ろめたさを覚えるだけだ。

前までだったら、何とも思わなかったはずなのだが。

 

いや、もしかしたら、何となく後ろめたさを覚えることを予感していて、私のこの体を使ったことはしたくなかったのかもしれない。

 

咲希の誉め言葉を右に左にと受け流していると、志歩と目があった。

やけに鋭い視線。私の演奏に不備でもあっただろうか。

 

そう思って少しの間視線を合わせていると、彼女の方から目を外された。

 

「...もういいでしょ。早く帰り方教えてよ」

 

そういえば、彼女は自分の意志でここにいて演奏をしているわけではなかった。

志歩にそう言われた初音ミクが口を開こうとすると、横から咲希が割り込んできた。

 

 

「待って。しほちゃん、ほなちゃん、いっちゃん! みんなで...みんなで、バンド、やってみない!?」

 

「バンド?」

 

「...本気?」

 

「だって、さっきのすごく楽しかったもん! しほちゃんは楽しくなかった?」

 

バンドをやろう、と提案した咲希に、私に向けていたような鋭い視線を向ける志歩だが、咲希に逆に聞き返されて答えに詰まった。

 

「...私は、あんなの...」

 

「ミクちゃんは、大切な曲だってわかったって言ってくれたでしょ? だから、2人も本当は、弾いてて楽しかったんじゃないかなって思って...!」

 

だから、バンドをやりたい。そう続けた咲希だが、帰ってきた返事は求めていたものではなかった。

 

「私はいい。やらない」

 

志歩はそういうと、ストラップを外して元あった場所に戻した。

一歌たちに背を向けたまま帰る準備を始めた彼女に、一歌が手を伸ばしかけて降ろした。

 

そして、穂波もスティックをその場に置いたまま、椅子から立ち上がった。

 

「ごめんね、私も...」

 

「...ほなちゃん...」

 

ただ、この場で強引に誘ってもいい結果にならないことを理解しているのか、それともただ嫌がるなら無理強いは出来ないと思っているのか。咲希と一歌はそれ以上何も言うことはなかった。

 

今度こそ志歩は初音ミクから帰り方を聞き出して、スマホを取り出す。

 

「じゃあね」

 

「...あ、わ、私も...」

 

返事を聞く気がないほどの早さで、志歩はセカイから出ていき、穂波もそれに続いていくように出て行った。

そうして静かになった教室に、咲希のため息は響いた。

 

「やっぱり、みんなで一緒にいるのは無理、なのかな...?」

 

「...」

 

咲希と一歌が諦めモードに入っているのを、初音ミクが不思議そうに、首を傾げていた。

 

「諦めるの?」

 

「...え?」

 

「あの2人とも一緒にいたいんじゃないの?」

 

「...うん、そうだね。諦めちゃったら、バラバラのままだもんね!」

 

絵名なんかに、同じような状況で『諦めるの?』なんて聞いたら『はぁ!?』が返ってくるだろう。

まぁ、絵名の場合はそこから奮起して立ち上がるのが恒例なのだが。

 

そして。一歌が初音ミクに『なんでここにいるの?』と質問をして、まとめてしまえば一歌たちが本当の想いを見つけられるように手伝うため、と告げたところで、今日は解散となった。

 

初音ミクたちは、基本的にはセカイを構成している人の想いを見つけられるように手助けする存在。

だとするならば、私のセカイにいる初音ミクたちは、なんなのだろうか。

 

そして、私の存在意義は。

 




次回の更新は、ライザ3が出る前に仕上がればその時に。
仕上がる前にライザ3が出た場合は、私がライザ3をトロコンした後になります。

モカの星5だぁ〜!(別ゲー)


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第6話 Wanting to start again?

お久しぶりです。



今の所、ただ真正面からぶつかっていくだけでは少し難しいと言わざるを得ないだろう。

穂波にしろ志歩にしろ、なぜ仲の良かったはずの一歌と咲希を避けるのか。それを理解しなければ何も始まらない。

 

ただ、恐らくだがそのことを咲希は知らないだろうし、度々気まずそうな顔で視線をそらす一歌だけが知っているのだろうな、とあたりをつけた。

 

セカイで演奏し解散した後、夕食を済ませ自室にこもってギターを鳴らす。

演奏に感情が乗る、と言うのを、目にしたのか耳のしたのか、記憶に残っている一文ではあるけれど、少なくとも私の演奏には何の感情も乗っていないだろう。

ただ上手なだけ。楽しくても、苦しくても、私の指は常に一定の動きを刻んでいく。

 

母親に随分と上手になった、と、たまたま自室にやってきた時にほめられはしたが、素直に受け取れなかった。

 

このまま弾いていてもいい気分にはならないな、とピックを置いてギターをスタンドにかける。

手入れを怠ったことはないおかげか、まだギターはきれいなままだ。

 

「...まぁ、まだ何年もたったわけじゃないから、それはそうか」

 

それに比べて、ピックを見ると塗装は剥げているし、角はつぶれていてボロボロだった。

買い替える時期というのはよくわかっていないが、そろそろだろう。

ギターと一緒に与えられた道具の1つだから、どのタイプのものを選んだらいいのか分からない。

まぁ、最終的にどれも一緒、と私の場合はなりそうだけど。

 

床に座って引いていたので、足を延ばそうと椅子に座って、スマホを触る。

魅せるパフォーマンスの研究をするわけでもなく、曲を作るわけでもなく、誰かを笑顔にする練習をするわけでもなく。

やることのない私が代わりに選んだのは、ライブハウスに乗り込んで、即興でバンドをすることだった。

ただ、それも少し前に比べたら億劫になったのは間違いない。

前回、ギターである私だけが目立って、メンバー全員に白い目で見られたのは記憶に新しい。

 

しばらくスマホを触っていて、この辺りのスタジオには、大体乗り込んだことが分かった。

同じ場所にもう1回乗り込む、というのは何だか嫌な感じがして、私はスマホを机に置く。

しばらく観客は、扉の向こうの絵名だけかな、と考えていると、スマホが震えた。

 

「咲希から...?」

 

メッセージアプリを開くと、内容は『一緒にバンドしない?』だった。

それに対して、『手伝うだけなら』と返信を送ろうとして、止まる。

 

「...今回は、ただ見ているだけじゃダメなのかな」

 

これまではどのグループにも、手伝いはしたものの、メインになって活動はしてこなかった。

だが、ここにきて関わる必要が出来たのかもしれない。

失敗しても、恐らくだけどループする。この週は、情報収集にあてるのが良いのかもしれない。

 

私は送信しかけていた分を消して、新しく文字を打ち込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

「あれ、また来るとしたら一歌たちだと思ったのに」

 

『Untitled』を再生してやってきたセカイにて、最初に目に入ったのは、目を丸くして驚いている初音ミクだった。

まぁ確かに、言ってしまえば部外者である私が最初に、もう1度来るとは思わなかっただろう。

 

ただ、私も自分からこのセカイに来ようと思ったわけではない。

 

「咲希に誘われて」

 

「咲希に? へぇ...面白い試みだね」

 

妙に気になる言い方をするものだ、と聞き返そうとしたところで、後ろから声が聞こえてきた。

 

「本当にまた来られた...! ていうか、また来ちゃってよかったのかな?」

 

「ミクちゃんも『また来てよ』って言ってくれたし、きっと大丈夫だよ!」

 

振り返ると、そこには一歌と咲希が来ていた。

 

「ミクちゃん、瀬名ちゃん! 昨日はありがとう! 2人のおかげですっごく楽しかったよ!」

 

「急に来ちゃったけど、大丈夫だった?」

 

私が咲希に手を握られ上下に振られている中、一歌が心配そうに初音ミクに尋ねていた。

もちろんそれに嫌な顔をしない初音ミクは快活に頷いて、首を傾げる。

 

「志歩と穂波は?」

 

「ちょっとまだ一緒には来られないけど...。きっといつか来てくれると思う!」

 

一歌が気まずそうに眼をそらす中で、咲希が初音ミクにそう言い切る。

それは、時が解決してくれるような他人任せの『きっと』ではなく、自分から動こうとする『きっと』だった。

それを初音ミクも察したのか、笑顔を浮かべた。

 

「楽しみにしてるね」

 

「でね。今日はミクちゃんに伝えたいことがあってきたの!」

 

「伝えたいこと? 何?」

 

咲希からの言葉に、初音ミクはこちらを一瞬見てから首を傾げた。

まぁ、さっき私が言っちゃったし、流石に察してはいるか。

 

咲希から告げられた時、初音ミクは知ってたと素直に言うのか、それとも演技をするのか、どっちなんだろうと考えていると、突然咲希に抱き寄せられた。

 

「なんとアタシたち、バンドを始めたの!」

 

咲希の右脇に抱えられるように急に寄せられた。

空気が音もなく口から漏れ出たが、咲希の左脇を見ると、そこには一歌も同じように抱えられていた。

 

「あはは...咲希がごめんね...」

 

「...気にしないで」

 

恐らくだが、この先咲希や一歌と行動していくたびに、こんな感じになるのだろう。

一歌もなされるがまま、と言った感じだ。今のうちに慣れておこう。

 

咲希に宣言された初音ミクは、1つ頷いて笑った。

 

「ふふっ。やっぱりそうなるんじゃないかって思ってたよ。まぁ、瀬名も巻き込んで、っていうのは予想外だけど。この前の演奏はよかったし」

 

「えへへ、ありがとう! でも、もっとちゃんと弾けるようになりたいな。あたしはピアノは弾けるけど、シンセのことはよくわからないし...」

 

電子ピアノも色々な音を出せるが、シンセサイザーは色々な音を合成して出すものだ。

普段音楽を聴いていて、ギターやドラム、ベース。それに加えて電子ピアノを想像しても、どのパートから鳴っているのか想像つかないような音は、基本的にシンセサイザーから出ていると考えても良い。

 

基本的にシンセサイザーにはある程度のプリセットが揃えられているので、合成を試して音を作り出すのは、慣れてからになるだろうか。

 

「私も、コードと簡単なメロディくらいなら弾けるけど、それくらいだな」

 

「これからいっぱい練習しなくちゃね!」

 

気合十分、と言ったような2人を見て、初音ミクがそうだ、と声をあげた。

 

「それじゃあ、今日は5人で練習しない?」

 

「5人?」

 

初音ミクの提案に、一歌が首を傾げる。

まぁ確かに、今この場には4人しかいないので、一歌の疑問ももっともだ。

 

「いち、に、さん、よん...あれ? あともう1人は?」

 

咲希も当然ながら同じ疑問に至ったようで、指差しで数えて人数を確かめている。

もちろん、5人と指定した初音ミクもここに4人しかいないのはわかっていることなので、扉の方を見た。

それと同時に、私たちの背後から声がする。

 

「ここにいるわ」

 

揃って私たち3人が振り返ると、そこには初音ミクと同じタイプの制服を着た、ピンク色の髪色が特徴的なバーチャル・シンガー、巡音ルカがいた。

 

誰かが立っているのはなんとなく把握していたが、まさかそこに立っていたのがルカだったとは。

...私のセカイにいるあいつとは、全くもって別物の気配をまとっているせいで、気づけなかった。

 

「こんにちは」

 

「ル、ルカ...!?」

 

「ミクちゃんだけじゃなくて、バーチャル・シンガーのルカさんもいたの?」

 

まさに予想もしていなかった人物の登場に、一歌も咲希も目が点だ。

咲希の問いには、初音ミクが1つ頷いて口を開いた。

 

「うん。ルカはよくここで私と一緒に演奏してくれるの。私のバンド仲間...みたいな感じかな。ギターもシンセも出来るから、2人にみっちり教えてくれるよ」

 

丁度今求めていた人材だ、と2人はテンションが上がっているが、教える対象に私が入っていないのはどういう事なのだろうか。

 

「瀬名は別に教えなくても大丈夫でしょ?」

 

さいですか。

 

「ルカに教えてもらえるなんて...!」

 

「...覚悟はいい?」

 

「ス、スパルタでも頑張ります!」

 

「フフ、冗談よ。一緒に頑張りましょうね」

 

一瞬厳しい鬼コーチ、のような雰囲気を見せておいて、へこたれなさそう、むしろどんとこいと言うような様子を見て、顔を緩めた。

 

明らかにホッとしたような表情を浮かべる咲希を見て笑いながら、辺りを見渡して口を開く。

 

「ミクから聞いてた話だと、あと2人いるはずなんだけど」

 

それを問いかけられた一歌は明言できず、ルカも複雑な事情があるのだと理解した。

 

「本当はあと2人、幼馴染がいるんです。アタシたち、昔はすっごく仲が良かったんです。毎日一緒に遊んでて。でも、アタシが病気で入院して戻ってきたら、しほちゃんとほなちゃんがあんまり話してくれなくなって...」

 

簡単な説明を咲希から受けると、ルカは顎に手を当てながら眉を八の字にして首を傾げた。

 

「...2人に、何かあったのかしら?」

 

ルカがそう考えるのは一般的だし、何かがあったのは間違いないだろうけれど、問題はその何かがわからないという事だった。

咲希から少し話は聞いていたが、取りつく島もないといった様子。どうしてそんなことになっているかは、恐らく。

 

「大事な友達だから、うまく話せないのかもね」

 

初音ミクと考えている事が同じだったが、恐らくそういう事なのではないだろうかと思っている。

ぶっちゃけ、明確に喧嘩していないのに、一方的に距離を置こうとするのなんて、後ろめたい気持ちがあるか、巻き込みたくない何かがあるかのどっちかだと思ってる。

 

細かいのであればまだあるかもしれないが...大抵はこの2択だろう。私の独断だけど。

 

「でも、2人にとって穂波と志歩が大切な友達だって言う事に変わりはないんでしょ?」

 

「それは、もちろん」

 

「それなら、いいんじゃないかな」

 

「...ふふっ。2人にそう言ってもらえるとなんだか本当にそんな気がしてくるね!」

 

どうやら初音ミクの励ましで、咲希は立ち直ってくれたようだ。

 

尚、私は一切の発言をしていない。

ここにいる意味はあるのだろうか。




ある程度投稿できるまでは進んでいたんですが、切りのいいところで、切りのいいところでと伸ばしていたら栄養失調でダウンしました。

カップ麺だけだと人は倒れます(?)。


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第7話 I don't give a damn

アッ! もう1か月...。




バーチャル・シンガーのルカも加えて、5人で練習頑張ろう、と練習を始めて1時間。

初音ミクは一歌の事を教えており、ルカは咲希の事を教えているので、私は手持無沙汰になっていた。

 

なんだこの、孤独感は。

 

仕方がないので、咲希が「難しい~...ルカさん、全然できなくてごめんなさい...」と謝っているのを聞きながら、私は誰にも気づかれないように教室を出た。

 

このセカイにも、しっかりと屋上と言うものは存在しているらしく、屋上に出れば満点の星空を拝むことが可能だ。

 

星と言えば、このセカイの星空はまだ常識の範囲内...と言うには綺麗すぎるが、まだ範囲内だろうけど、私のセカイの中にある星は、これといった変化は起きていない。

それこそ、星が落ちてくる、とか。

 

そのセカイでの問題を解決すれば、そのセカイを模しているらしい星が、それぞれの色で光るだけ。

 

「...わかるのは、全部が光った時だけ?」

 

さっさと結末を知ってしまいたい、という気持ちもあるけれど、いつまでも問題を先送りにして寝てしまいたい、という気持ちもある。

結局私はいつまでたっても、すぐ逃げる根性なしなのだ。

 

辛いことからは出来るだけ逃げたい。楽な方に進みたい。

 

1度見たことはすぐ覚えて模倣も出来て、それでいて忘れることもないという、いかにも便利な体を持っているくせして、私は持て余している。

 

気持ちに体が付いてこないような、じれったい思いをしている人にこの体をあげてしまいたい、と思うのは私の傲慢だろう。

 

つい持ってきてしまったギターを構えて、スマホで曲を検索する。

 

星空に関連している曲で有名どころを調べて、1番上に載っていた曲を頭に叩き込む。

 

曲の題名は『SPiCa』。

 

誰かと眺めた記憶はないけれど、誰かと眺めた曲を歌う。

この曲を歌っている人も大体そんな感じだろ、と私は自嘲気味に口元を歪ませて、弦を弾いた。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

そのあとも適当に弾いていると、誰かが屋上にやってくる気配を感じた。

 

「ここにいたんだ」

 

その声に振り向いてみれば、そこには初音ミクがいた。

 

「何?」

 

「もうみんな帰っちゃったよ。気づいたらいないから、一歌たちも心配してたし」

 

何も言わずに屋上に来ていたのは確かに私のミスだ。

スマホの時計を見ると、既に2時間は経過していた。

 

思ったよりも長居してしまった、とピックをギターのネックと弦の間に挟む。

 

「帰るの?」

 

「うん、まぁ」

 

後は教室に置いてあるギターカバーを回収して、セカイから出るだけ、といったところで、初音ミクがすれ違いざまに私にこう告げた。

 

「向こうのミクにも、聞かせてあげてね」

 

思わず振り返ると、既にそこに初音ミクの姿は無かった。

 

初音ミクの言う、『向こうのミク』というのが誰の事を指しているのかは不明だが、もしかしたら初めてかもしれない。

恐らく私だけが知っているであろう、別のセカイの事を言及されたのは。

 

どこか気持ちの悪さを抱えながら、私は誰もいない教室まで戻り、スマホを操作してセカイから出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

セカイから出てきた私は、そのまま自室のベッドに倒れこんだ。

現実世界へと帰って来てから、絵名が部屋にいたらどうしよう、なんて考えたけれど、さすがに絵名も人の部屋に入り込んでどうこうするような非常識な子にはなっていなかったようだ。

 

...そうだ、絵名の異常性も気になる。

 

私のこれまでの目的を優先しているせいで他の問題を無視しているような状況になってしまっているけれど、絵名の事も解決できるのならしておきたい。

 

これまでとは違う何かが起きている、そんな予感。

 

「言ってしまえば、このセカイは4つ目。計算通りなら、このセカイを含めればあと2つ。そんな中で、絵名があそこまでおかしくなった」

 

この問題を解決せずに次に進んでしまえば、更に絵名がおかしくなってしまうのではないだろうか。

もしくは、絵名だけでなく、彰人も。

 

現時点で様子のおかしいのは絵名だけ...いや、まだいる。

 

「忘れてた...なんで忘れてたんだろう。みのりも、まふゆもおかしい」

 

異変が起きていたのは、前回のみのりたちのセカイの時から、か。

私が関わった人に限って異変が起きているけれど、その点で見ると、最初に関わった4人に異変が起きていないのは妙だ。

 

顔を合わせていない、と言うか、見かけてないから気づけていないだけなのかもしれないけど。

 

気になるなら会いに行ってみようか、と一瞬思うものの、ぶっちゃけ何かあったら怖い。

 

まふゆに関しては、ぶっちゃけ私に依存しているような節が見えたから、納得できなくもないんだけど。

みのりは、恐らく私が死んだ様子を目の前で見ているのだろうし。それでおかしくなる可能性はあるだろう。

みのりはあの4人の中でも特に、多感な少女だった。

 

『Vivid BAD SQUAD』の4人に関しては、特にこれといっておかしな点はなかったと思うけど...私の考えが及んでいないだけで、何が起きていてもおかしくない。

 

「...まずは、絵名から確認してみよう」

 

そうして私は、絵名の部屋へと向かった。

 

今は昼過ぎ。

絵名の時間割を把握しているわけじゃないけど、今日は平日だ。さすがにまだ寝ているだろう。

 

そう考えながら部屋の扉をそっと開けると、絵名は楽しそうに椅子に座りながら絵を描いていた。

 

「...絵名」

 

「あ、瀬名。どうこの絵。結構自信作なんだけど」

 

絵名の背中で見えなかった立てかけられている画用紙には、恐らく私が描かれていた。

 

私を見たことがある人なら、すぐに私だとわかるような、それほど鮮明に、まるで生きているように描かれている。

一瞬、これほどの技術があるのに、父親は何を考えてあんなことを告げたんだろう、という考えが頭をよぎったが、頭を振ってその考えをどこかにやる。

 

これも異変の1つだ。

 

「...うん、上手。これ私?」

 

「瀬名の事を考えながら書いたんだけど、伝わってよかった。少し前から頭が冴えてるのよね...まるで生まれ変わったみたい」

 

絵名はそれだけ言うと、私から視線を外して筆を動かし始めた。

 

数日前までは、私の姿が見えないだけで精神が不安定になるほどだったのが、こうまで元に戻るとは。

 

「...じゃあ、頑張って」

 

「ええ。完璧に仕上げたら、また見せてあげる」

 

私は最後に絵名とそれだけ言葉を交わして、扉を閉めた。

 

これは、元に戻るというか、おかしくなっていないだろうか。

別の方向におかしくなっている、というか。

 

今の絵名を父親が見たらどう思うか、とか、ニーゴはどうなってるのか、とか。

色々と浮かぶことはあるけれど、まずは他の状況を整理しなければ。

 

自室へと戻ってきた私は、続けてスマホと取り出してメッセージアプリを開いた。

 

メッセージを送る相手は愛莉。

内容は適当に考えた、『最近どう?』。

 

この私的に何気ないフレーズから、愛莉の近況を聞き出して異変を探る。

私のスマホの連絡先には、花里みのりの名前も、桐谷遥の名前も日野森雫の名前も存在しない。

 

存在しないったらしない。

朝比奈まふゆの欄があるなんて私は信じない。

 

しばらく現実逃避をしていると、愛莉から返信があった。

 

『愛莉:瀬名から連絡なんて、珍しいじゃない。私の方は特に変わらず、アイドルとして歌って踊ってるわ。瀬名の方はどうなの?』

 

歌って踊ってる、か。

どうやらこの世界の愛莉は、バラエティに出されることなく王道の道を進めているようだ。

愛莉の事だけを考えるなら喜ぶべき、なんだろうけど、なんだか複雑な気分だ。

 

恐らくは、学校でみのりたちとグループを組むのが正しい世界線。

彼女たちのセカイと関わった時はそういうルートだったのだから、ほぼ間違いないだろう。

 

『瀬名:特には。退屈だから、愛莉の話を聞こうと思った』

 

さて。

愛莉から話が聞ければ万々歳。もっと欲を言えばみのりたちの話を聞けないかな、とスマホを見ていると、愛莉から返信がきた。

 

『愛莉:面白いかは分からないけど、そうね。最近仲のいい友達がいるんだけど、グループを組んでしまおうか、なんて話になってるわ。事務所もそれぞれ違うから、いっそ抜けてフリーで...なんて、冗談まじりだけどね』

 

...それ、冗談だろうか。

 

 




バレテナーイ...バレテナーイ...


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第8話 I never thought I would be doing something like this

今回は短めです。


『多分そうはならないと思うけど、無闇に言いふらさないでよ』と一応と言ったような注意を受けた後、愛莉との会話はいったん終了した。

 

愛莉からの情報をまとめると。

 

・みのり、愛莉、雫、遥の4人は仲がいい

・全員、アイドルを引退などはしておらず、続けたまま関係を持っている

・現状に不満があるのか、それとももっと上を目指したいのかは不明だが、4人でグループを組もうと画策している

 

と言ったところだろうか。

 

意味が分からん。

 

元の世界...と言うか、私がみのりたちと知り合った時の状態とあまりにかけ離れている。

みのりたちがおかしくなっただろう分岐点が、私が繰り返している時間帯に無い。私の仮説通りに、私自身がループしているとしても、失敗したら失敗したときの記憶は全て消えているのだから、反省を活かそうにもどうにもならないのだけれど。

 

...そうだ、ループ。

もしこの現象が私だけじゃなくて、他の人も繰り返していたら?

 

この『もし』が本当に起きている事象だとしたら、相当に面倒だ。

私は過去のループの記憶を持ち得ていないのに対して、この仮説で言えばみのりは過去の記憶を持っていることになる。

 

「...最悪」

 

だとしたら、つい口に出してしまったが状況は最悪だ。

 

これから関わる人は何とかなるかもしれない。けれど、既に解決したはずの人たちが段々とおかしくなってしまう。

みのりの目の前で親しい人が死ぬ、と言うのも、別に私が計画していたことではなく仕方なしに起きたことだが、悪手中の悪手だったというわけだ。

 

しかし、だとしたら絵名の異変に説明がつかない気がする。

別に絵名の目の前で首を吊って死んだわけでも、絶縁を言い渡したわけでもない。普通に解決したはず。

 

しばらく首を傾げていると、そういえば、と唐突に思いだした。

 

みのりたちの世界線の時だ。

宮益坂女子学園にいった時に、話したことも会ったこともないまふゆに、夢の話をされた記憶がある。

 

実際、あれも夢の話ではないのだろう。ちょっと怖くて考えないようにしていたけど、まふゆもほぼ確信していたようだし。

 

「...これは、私も動かなきゃいけない気がする」

 

私がそれぞれのセカイに関わるということは、それぞれのセカイにいる4人ではバッドエンドに行ってしまうから、それを何とかするために私がいるということになる。

ただ今のところ、私が何とかしなければいけないような雰囲気にはなっていないし、もし困りごとがあるなら咲希あたりがすぐさま連絡をくれそうなものだし。

 

私がまず連絡を取るべき相手は...。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

翌日。

疲れた頭ではこれ以上考えても何も出ないと判断し、一眠りしてすっきりした頭で情報を整理する。

 

私が連絡を取れる相手は今のところ、

 

・絵名

・彰人

・愛莉

 

の3人。この3人が、今の私が連絡を取っても違和感を持たれないリスト。

さて、ここからはオカルトな話になるのだが。

 

私の連絡先にはなぜか、『朝比奈まふゆ』と、『花里みのり』の2人の連絡先が存在している。

正直意味不明である。この2人の連絡先が存在しているのに、他の人の連絡先が消去されているのがわからない。

 

まぁ、私のスマホがこれまで新品同様に綺麗だったのが、病院で手に取った時にはひび割れた状態だった時点で、察するべきだったかもしれない。

あの時の私は他に気になることが多すぎて、スマホの損傷状態なんてスルーしていた。

 

少々リスクがあるが、ここは絵名たちではなく、まふゆかみのりに連絡を取るべきじゃないだろうか。

少なくとも、現状の把握には有用な情報を得られるはず。

 

...まふゆに連絡して監禁でもされたら、まぁそれはそれは困ることになる。ここはみのりに連絡しようか。

 

というか、今や国民的アイドルとなった彼女に、私と会うなんて時間がとれるのだろうか。

そこまで非人道的なスケジュールで働いてるとは思いたくはないが...芸能人の働くペースなんて、私みたいな一般人が想像するだけ無駄だろう。

 

咲希に『今日の練習は私用でいけない』とだけ伝えて、今度はみのりのとのトークルームを開く。

 

「...まぁ、無難にいけばいいか」

 

一瞬なんて送ろうかと悩んだが、恐らくだけど、みのりも私のことを覚えているのだろう。

 

『瀬名:元気?』

 

それだけ唐突に送っても、まぁ許してくれるはず。

後はみのりが気づいてくれた段階で連絡を返してくれるはずだから、私はその間他の人に声をかけてみよう、と。そう考えているうちに、私のスマホが振動した。

 

「...通話?」

 

画面に表示される相手は、『花里みのり』。

まさかメッセージではなく、通話をかけてくるとは思ってもいなかった私は、一瞬思考が止まった。

 

そのまま何も考えずに通話ボタンをタップして、私はスマホを耳に当てた。

 

「...もしもし?」

 

『ずっと待ってたんだよ?』

 

...なんだろう。まだまふゆに連絡したほうが良かったかもしれない。




次の更新を6月中に出来るように頑張ります。



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第9話 About the Minori of Those Days

序盤から中盤まではみのり主観。終盤は瀬名視点に戻ります。

本編での瀬名以外の主観視点、絵名とみのり以外やってないんじゃ...。



〈♪〉

 

 

それはひどい目覚めだった。

 

息が苦しい。心臓がうるさい。嫌な汗が止まらない。

自分の体であるはずなのに、自分の意志とは無関係に私の体は暴れていた。

 

混乱した頭のまま、無意識に視界を動かしていくと、どうやらここが私の部屋だと言うことが分かった。

それも、慣れ親しんだ私の部屋ではなく、どちらかと言うと『懐かしみを覚える部屋』。

 

つけっぱなしになっているテレビでは、私の夢への原動力となった少女、桐谷遥が笑顔を振りまいていた。

あの頃から時間の経った今でも覚えている。私がアイドルを目指すきっかけになった大事な思い出の1つだ。

 

この時から、私は諦めない事を決めた。

今日がダメでも、明日はよくなる。明日もダメでも、また次の日を。なんて。

 

懐かしい気分に浸っている最中、私の記憶の中で、フラッシュバックとして思い起こされるあの光景。

 

「...私は...瀬名ちゃんの命の上に立ってる...」

 

直接彼女がトラックに潰されるのを見たわけじゃない。即死だった、と言うのを聞いただけ。

私は彼女に助けられて、瀬名ちゃんのご家族に謝ることもできずにここにいる。

 

「...過去に戻っているなら、やり直せる?」

 

それは自然と私の口から出ていた。

 

そうだ、私が約50回もオーディションに落ちるなんてことがなければ、彼女に迷惑をかけることもなかっただろう。

私のような素人から見ても、東雲瀬名という少女は天才だった。アイドルの道を進まずとも、彼女は幸せになれる。

 

そうしてこの時から、私の血のにじむような努力が始まった。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

私の顔は、言ってしまえば普通だ。

遥ちゃんだとか、雫ちゃんだとか、神様から与えられたような外観を持ってはいない。

それならば、他でごまかすしかない。

 

元々の私の武器は、諦めない事。

だけどそれだけじゃ、また同じ結末を辿ることになる。それじゃあ意味がない。

ならば何を身に着けるか、という話になるのだが、そこで彼女を参考にさせてもらおう。

 

東雲瀬名だけの武器は、まるで彼女だけが浮いているような、特異性をあたりに振りまくところだ。

 

方向性で言えば桐谷遥や日野森雫に近いものになるんだろうけど、東雲瀬名という少女はそれとはまた別レベルの、所謂オーラを放つことが出来るだろう。

新人アイドルだとしても、廊下でスタッフとすれ違えば、向こうから挨拶されるような、そんなカリスマ。

 

東雲瀬名のそれは、ステージに立っている時よりも、普段の練習や立ち居振る舞いにこそ発揮されているものだった。簡単に言えば、本人的には無意識に行っているもの。それを私は意識的に出せるようにする。

本人が気づいていたかは定かではないが、彼女が宮益坂女子学園にやってくる際に、異様に視線を集めていた。

 

私のアイドル観察眼はそれなりにいいと思っている。このスキルは彼女がアイドル界にいなければ唯一無二のものになれるはず。

ならば、私がそれを身に着けられるかどうか。

 

「...どうか、じゃない。やるしかないんだ」

 

そうして、結果的にまとえたオーラは、東雲瀬名のそれと比べるとかなり劣化しているものだった。

ただ、この芸能界ではまだそれで十分だった。

 

まだ幼いこの身にはまだ分不相応な技術。それを天然のものか養殖のものか見分けられる人物は、芸能界ではほんの一握りなのだろう。

 

それを理解したのは、大きくもないが小さくもないアイドル事務所に合格した時だった。

 

私は笑わないようにした。習得したオーラとちぐはぐなものになるから。

それでも合格になった理由は、やはり審査員の目を掴んで離さない状態に出来たから。

他にもオーディションに来ていた子もいたのだろう。会場に入るまでにすれ違った子もいた。その誰もが、私と目を合わせると体が固まったように私を見続けて、私が目をそらすまで彼女たちからそらすことはできないでいた。

 

そうして、その誰もが諦めたような顔をして会場を後にしていった。

 

『今回はダメだった』と、通知が来る前に察してしまったんだろう。

私だって、逆の立場なら頭をよぎる。それでも諦めずにオーディションを受けて、結果を見て『やっぱり』と思うんだろう。

 

この時に、私は蹴落とす側にいるんだと、嫌でも実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからは怒涛の毎日だった。

 

最初こそ、事務所が小さいばかりに微妙な仕事をしていたものの、私の噂を聞いてやってきた企業の人に直接交渉され、CMに出たり。

演技力に自信なんてないため、ドラマ出演の打診も来ていたが断ったり。

 

私の印象ばかりが先行して人に知られていくものだから、それ相応のものになるように、家ではひたすら私の動画を撮ったものを見続けて研究したり。

 

休まる時間はなかったと思う。

2日に1回は、どこかのテレビスタジオで曲を披露していたし、インタビューもしょっちゅう受けていた。

事務所が大きくないが故の大人たちの経験不足もあり、打ち合わせは私が主導で進めて、ライブの進行や細かい指示も全て私が行った。

 

子どもがすることじゃない、と言われたこともあったが、それも全てこの特異のオーラで黙らせていく。

『彼女ならやってのけるか』と言ったような印象を与えられただろう。

 

そうして過ごす事数年。

私が未来からやってきたから、最低限の教養は身についているとはいえ、義務教育をほぼ学校に通わずに、ついに卒業式になってしまった。

卒業式ぐらいは出ておこうかと家族で考えたのだが、テレビをつければ映らない日はないと言われている私が来た時にどうなるかは、火を見るよりも明らかだった。クラスの学生たちに距離感を分かれ、というのも難しい話だろう。

簡単に言えば有名人になった私に、彼ら彼女らは群がり、私は卒業式をボイコットした。

 

予想がつかなかったわけではないが...それでも、私は未来を変えている実感をここにきて得ていた。

 

今更、と思うかもしれないけれど、何かを考えるほど余裕のある日々ではなかったのだ。

 

ああ、でも、ようやくここまで来た。

色々考えが浮かんでは消えていく。両親や弟には大きな迷惑をかけてしまったな、とか。友達は1人もできなかったな、とか。サモちゃんともう何年も散歩してないな、とか。

 

しかし、私の名前を売ることは成功した。ライブは1年に1回のペースに落とせるし、後は...そうだ、動画投稿サイトでチャンネルを作って、テレビを見ない層からのファン獲得を目指そう。

そうして、いつか生きている彼女にまた会いたい、と。

私は未来を夢見て日々を生きていた。

 

そんな時だった。

私のスマホに着信が来て、しかも、その着信相手が今の今まで存在していなかったはずの、東雲瀬名からの電話が来たのは。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

「私のこれまでを簡単に言えば、こんな感じだったよ。瀬名ちゃんは?」

 

「...私は、みのりを助けてすぐ入院してたけど」

 

「え? 時間は巻き戻ってるのに、怪我はそのまま...というわけじゃないけど、若干残ってるの? どういうことなんだろう?」

 

みのりに電話をした直後、私はみのりとは思えないほどの早さで直接会う約束を取り付けられ、電話した翌日に個室のある料理店にやってきていた。

 

というか。

現在進行形で国民的アイドルになっている彼女が、いきなり『明日の予定全部キャンセルする』なんて、誰が予想できただろうか。これはさすがの私にも分からなかった。

 

「瀬名ちゃんは、もうアイドルを目指してないんだよね?」

 

「うん。今はバンドマン」

 

「へぇ...ギターを弾く瀬名ちゃんも似合いそうだね」

 

...何というか、違和感がすごい。

変装用のメイクをしているとはいえ、顔はみのりのそれに近い分、今のみのりと私の知ってるみのりで誤差が生じる。

今のみのりは、なんか、『MOREMOREJUMP!』の4人を足して割った、みたいな印象を受ける。

キメラみたい、まではいかないけれど...いや、認識を改めよう。

昔は昔。今は今だ。

 

何はともあれ、これで私以外に記憶を引き継いでいる人間がいることは確定したわけだ。

絵名やまふゆみたいな、直接聞いてはいないけど、言動で確定している人間もいるわけだけど...変に関わったら火傷しそうだし。

 

そう考えると、最初はみのりじゃなくてまふゆに話しかけるべきだったか、と一瞬よぎったわけだけど、結果的には正解を引き当てたようだ。

みのりも現状に満足していそうだし。

 

「それで、みのりは今後どうするの?」

 

「...うーん。もう私の目標は達成しちゃったっていうか...達成感に浸ってる、っていうのが私の現状かも。何かを考える余裕もないほど突っ走ってきたから...あ、瀬名ちゃんのギター弾いてるところみたいかも。できればライブで」

 

「...私以外の協力が必要なんだけど」

 

...まぁ、みのりの要望はどこかで叶えることができるだろう。

それこそ、私と手でも繋いでいれば、私のセカイに来ることができるかもしれない。それができるなら私のセカイでライブをしよう。

その方がクオリティも高そうだし。

 

決して、一歌たちを馬鹿にしているわけじゃない。

ただ、私のセカイのバーチャル・シンガーたちなら、きっと私レベルの演奏をしてくれるはず。

人に、しかもみのりに聞かせるのならば、できるだけ完成度の高いものを聞かせたい。私が全力を出せる環境であるならば、私の気持ちも音に乗せやすいだろう。

 

...昔の私だったら絶対考えないことだろうな。

 

昔の私だったら、『いつかね』なんて言って、そのままやらないなんてざらだったと思うけれど、私も変わってきているのだろう。いろんな人に、セカイに関わることで。

 

少し感慨深い思いに浸っていると、私のスマホが通知音を鳴らした。

 

なんだ、と思ってスマホを見ると、咲希からの連絡だった。

 

『咲希:今度の休みに、シンセサイザーを見に行きたいんだけど、一緒に見てくれないかな! いっちゃんも誘おうと思ってる!』

 

咲希からのメッセージに、ひとまず彼女たちを何とかしないとな、と考えていると、みのりが私のスマホを見ながら首を傾げた。

 

「もしかして、用事がある中で呼び出しちゃった?」

 

「いや、これから別の日に用事が入りそう」

 

「そっか。...そっちが解決したら、少し時間取れるかな? 実は、桐谷遥ちゃんたちから、私が用事を全部飛ばして会うのを優先する人に興味を持ってるみたいで、会ってほしくて」

 

今度は首を傾げるのは、私の方だった。

 

みのりが遥の事をフルネーム呼びするのは、もしかしたら記憶の中にいる遥と実際にやり取りしている遥との差異に苦しんでいるからなのかもしれないけど、そのあとの私が会うことになる流れがよくわからない。

 

私のそんな考えが若干伝わったのか、みのりは苦笑しながら持っているカップをソーサーに戻した。

 

「これが普通の私の知り合いとかだったら別にはぐらかして終わりなんだけど、もしかしたら瀬名ちゃんと会うことで何か変化が出るかもしれないから」

 

みのりの言葉に、私はなるほど、と頷いた。会うだけなら大丈夫だろう。みのりも間に入ってくれるだろうし。

 

そうして、全てが終わった時にみのりに連絡する約束を済ませて、私は喫茶店を出た。

 

...個室の喫茶店とか、初めて入ったな。みのりも普段の私からしたら、手も届かないような人間になってしまったというわけだ。

 




瀬名と関わった人間は、良くも悪くも変質していく...。

少なくとも元のみのりではどう頑張ってもたどり着けない場所にいることは間違いないですね。



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第10話 Assignment

誰か成人済みまふえなの話書いてくれ。

本編での問題がどう動くのかわからんけど。




誤字報告ありがとうございます。


雲一つないような晴れ模様の中。

私は楽器店へとやってきていた。

 

店内は外と比べて多少涼しく、太陽に照らされて汗をかいた体が急速に冷やされるといったことはなく、私は安堵のため息を吐いた。

スマホのメッセージを確認すれば、咲希から『もう少しでつくと思う!』ときていた。

 

そう、私は咲希のシンセサイザー選びを一緒にしに来たのだ。

 

つくづく、私は変わったと実感する。ここまでアクティブであれば、もう少し私の肌も健康的な色になっていただろうか。

奏よりも白い肌というのは、引きこもって作業をしているはずの彼女よりも外に出ていないという事になるのだろう。

 

あぁ、いや。私の事はどうでもいいのだ。咲希の事だ咲希の。

 

咲希のシンセサイザーを選ぶのを手伝いに来たのは良いのだが、如何せん私が助けになれるかどうかと言う問題が出てくる。

こんなこれ見よがしなイベント、私抜きで行ったときに何か起きたら面倒だからこうして来ているのだけど...まぁ、それを考えたら一歌も力になれなさそうだから、3人揃って結局店員に聞くことになりそうだけど。

 

咲希と一歌が来るまで店内をぶらついていよう、と歩いていると、妙に見慣れた姿が目の前にやってきた。

 

「あ。...よくわかんない場所にいた人...人?」

 

もしかして:人認定されてない

 

「こんにちは」

 

「こんにちは...いや、そうじゃなくて。...もしかして、咲希とかいるの?」

 

はい。ここで問題です。

灰色の髪の少女、志歩に問われたことにどう返すのが正解でしょうか。

答えはわかりません。

 

「いや、いないけd」

 

「お待たせ~! 美味しそうなケーキ見てたら遅くなっちゃった!」

 

面倒ごとを少しでも回避しようとする私の癖が出た瞬間、後ろから咲希がやってきた。

タイミングが良かったのか、悪かったのか。

私が嘘を吐こうとしていたのに気づいたのか、志歩がジト目で私の事を見ていた。

 

これ以上見られたら私の体に穴が開いちゃう。

 

「咲希...一歌も...」

 

「しほちゃん久しぶり! あの不思議なセカイで会った後、全然あえてなかったよね。今日は何してるの? 買い物?」

 

「そうだけど...そっちは?」

 

「ふふん。こっちも買い物だよ~! 今日はシンセサイザーを買いに来たんだ!」

 

「...シンセ?」

 

咲希から買い物の目的を聞いた志歩は、シンセの名前を出しながら首を傾げて、すぐに思い至ったように目を見開いた。

 

「もしかして、バンドでも組むの?」

 

「正解! しほちゃんよくわかったね! アタシ達、バンドやります! しかもセカイにいたミクちゃん達が練習手伝ってくれるんだよ!」

 

「本気...? それに、ミクが練習をって...あんななんだかよくわからない場所でよくやる気になるね」

 

それは確かに。

この中の誰よりもセカイに触れているはずの私だけど、私もよくわからないっていうのが今の所の結論だ。

 

うん、と言う事は志歩も私と一緒か。

 

「そんなことないってば! とってもいい所だよ!」

 

まぁ、良い所なのは否定しないけど。

 

...そう考えると、それぞれのセカイって、構成している人間にとって良い所として存在している気がする。

今回の咲希や一歌たちのセカイだと、バンド練習するのに適している場所と初音ミクたち。

みのりたちで言えば、練習どころかライブの本番まで出来るような環境。

まふゆたちのあの場所が、4人にとってどう良い場所になりえるのかはよくわからないけど...まぁ、落ち着ける場所ということかもしれない。

 

そもそもあれか。セカイというのは、その人間たちの望んだ場所になるのか。

よく分からなくなってきた。

 

まとめれば、その人たちにとって嫌な場所にはなることはないってことかな。

 

じゃあ別に、よくわからない場所ではないか。

 

確かに私も、『自分以外はいらない』って、結局思っているのだし。

 

「ねえ、しほちゃんは今もベース弾いてるんだよね。バンドとか入ってる?」

 

「...その手には乗らないよ。私は誰かとバンドを組む気はないから。臨時でベースすることもあるけど...それだけ」

 

「そんな~! まだ何も言ってないのに~!」

 

「私は1人でいい」

 

「でも...アタシはもっともっと、しほちゃんと一緒にいたいよ! 一緒にバンドもやりたい! それに、ほなちゃんとも! 4人で一緒に!」

 

1人でいい、と言い張る志歩の顔を、真正面から見つめる咲希。

やがて根負けしたのは、志歩の方だった。

 

呆れたようなため息を吐きだし、眉根を下げた彼女は腰に手を当てた。

 

「咲希って、ほんと変わらないね。小学生の時からずっと同じ」

 

「え? 小学生の時って?」

 

「遊ぼうって毎日毎日しつこく言ってきたでしょ。私、ゲームしたいからって何度も追い払ったのに」

 

「そ...そんなにしつこかったかな...?」

 

「しつこい。うちのお姉ちゃんくらいしつこい。結局、私が折れるしかなかったし」

 

多分、他に姉妹が居ない限り、雫の事を言っているんだろうけど...まぁ、別に意外でもなんでもないか。

私やみのりだとか、人への触れ方を見ていれば予想もつく。

妹が大好きなんだろうなぁ、ぐらいは。

 

「う、ごめん...。でも、しほちゃんと遊びたかったんだもん」

 

だもん、なんて。さすが咲希ちゃん。なんか似合ってる。

 

「...中学の時、1度バンドに入ったの。軽音楽部の先輩に誘われて。まぁ1度も真面目に練習しなくて、ケンカになって。...結局追い出されたのは私。だから私は、誰かと一緒にバンドをやるとしても、本気でやりたい」

 

それを言い切った志歩は、肩にかけていたバッグからファイルを取り出して、咲希に手渡した。

 

「...これ、楽譜?」

 

「この曲、来週までに合わせられる?」

 

志歩のその言葉に、咲希と一歌はもしかして、という顔をして、志歩は若干顔をそらして腕を組んだ。

 

「それ一緒に弾けたら、考えてあげる」

 

「! ...うん、うん! 絶対弾けるようになる! 練習する! ね、いっちゃん!」

 

「う、うん!」

 

善は急げ、と言わんばかりに、志歩が目の前にいるのに楽譜を読み始める咲希と一歌を見て、志歩は一瞬微笑んだ後、すぐにいつもの顔に戻って背を向けた。

 

「じゃあ、私はこれで」

 

「うん! またね!」

 

志歩の背中が見えなくなるまで手を振っていた咲希は、興奮冷めやらぬまま私と一歌の手を取って上下に振り始めた。

 

「今すぐにでも練習しなきゃ! いっちゃん! 瀬名ちゃん!」

 

「うん。じゃあ、店員さん呼ぼうか」

 

「あ、そうだった! すみませ~ん!」

 

その勢いのまま、私たちの手を離した咲希は店員の元へと走りだし、あれこれと説明し始めた。

 

やれやれ、とは思うけれど、咲希のそれはこっちも元気になれるような明るさだ。

 

私の隣に立っている一歌をちらりと見ると、咲希のそれに感化されたのか、気合の入ったような顔つきをしていた。

これからの練習は、ルカのスパルタに拍車をかけることになるかも知れない。

私は多分、必要とされない限り演奏はしないけど。

 

1回くらいは、私のセカイで演奏してもいいかもしれない。




またレオニードも20話を超えそう。

そういえば、通算10万UAを超えてました。
皆様ありがとうございます。



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第11話 Solving your problems in no time!

お気に入りが1000人も...。ありがとうございます。
評価とかしてくれちゃっても...いいんですよ?(乞食)

それより、そのうちどこかの章で誰か目線を入れるかもしれません。

候補としては、彰人か杏のどっちかでしょうか。
最近彰人とか、タグにいるだけになってるんでね...。

アンケでも出来たら便利なんでしょうけど、プロセカのキャラ数がね...。多いよ...。


シンセサイザーを店員の薦めるままに購入した咲希は、一歌を連れて早速とばかりにセカイへと飛び込んでいった。

 

私は置いてけぼり、というわけではなく、『今日はありがとう! それじゃあ、ワタシといっちゃんは練習してくる!』とちゃんと告げられた上で、私はこの商店街に1人で立っている。

 

彼女たちの脳内では、まずは志歩から、ということなのだろうけど、どうしても効率を考えずにはいられない私からしたら、同時に穂波の事も、と思わずにはいられない。

 

ただまぁ、それを実際にどうこうするのは、私の役目じゃないのはさすがに分かる。

 

「幼馴染であるが故の距離感、だよね」

 

私と絵名、私とみのり。それぞれの距離感が違うように、彼女たちには彼女たちの距離感がある。

これまで関わってきた少年少女たちの中で、全員が距離の近い、というパターンは無かった。

言ってしまえば、私は未だに今回の4人との距離感を掴みかねているのだ。

 

私の今の演奏技術だけでも、志歩を唸らせることは可能だろう。

ただそれをしたからどうなるのか、という話だ。

志歩から『考える』という言葉を引き出したのも、咲希たちだからなのだろうし。

 

私がここにいるということは、私がいなければいけない理由があるということ。

ただどう考えても彼女たちだけで解決しそうな現状、私は私のことを何とかするのがいいんだろう。

もしかしたら、そのために用意された時間なのかもしれない。

 

「だったら...うん、少し予定を早めるけど、会ってみよう」

 

まずは、アイドルたちの問題を片づけてしまおう。

出来もしないのにあれこれと手を伸ばすのは良くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

「この子が、この前みのりが全予定をバックレてでも会いたかった子...って、瀬名じゃない。知り合いだったの?」

 

「うん」

 

「...アイドル、じゃないんだよね?」

 

「瀬名ちゃんはアイドルはしないよ」

 

「東雲さんも一緒にアイドルできたら、楽しそうだと思うけど...」

 

「しないよ。瀬名ちゃんは」

 

数日後。

再びみのりへと連絡を取った私は、若干懐かしさを感じるアイドルたちと会っていた。

場所は変わらず、この間の個室のある喫茶店である。

芸能人御用達なのだろうか。

 

アイドルを辞めることなく続けている彼女たちが、私の知っている1度折れたことのある彼女たちとどう違うのかは、分からないけど。

 

とりあえず、私がアイドルをやらないことを私じゃなくて、みのりが強く否定しているのがなんか面白い。

こんな語気の強いみのりが彼女たちにとっては普通なのか、他3人は特に違和感を持っているような顔じゃない。

...というか、私を覚えているのはみのりだけなのか。

 

店員が持ってきた紅茶を飲みながら彼女たちの話を聞き流していると、遥が私とみのりを見比べながら、やっぱり、と呟いた。

 

「みのりと...えっと、東雲さんだっけ。2人とも似てる気がする」

 

遥に名字呼びされるのは新鮮な気分...じゃなくて。

 

その指摘は尤もだろう。

私がその話をするのはちょっと自意識過剰みたいで恥ずかしいけど、今の世の中の『花里みのり』は、私を模倣した存在なのだから。

 

まぁ、その話をしたらますます私の存在が謎に包まれるだろうから、曖昧な笑みを浮かべて誤魔化そう...と思ったけど、私の表情筋は全然私の意志に沿って動いてくれないんだった。

 

私が真顔で遥の話を無視していると、みのりが薄く微笑みながら遥に答えた。

 

「別に姉妹とかじゃないよ。似てる者同士惹かれあったってだけ」

 

それに対する反応は、まさに三者三葉だったと思う。

 

遥はますます私に興味を持ったように見つめてくるし、愛莉は若干頬を引きつらせているし。

雫は楽しそうに「まぁ!」なんて言いながら手を合わせている。

 

「ま、まぁいいわ。あなたたちの関係をとやかく言うつもりはないもの。世間は同性の恋愛にまだ疎いし、一緒に出掛けてもただの友人で済むでしょう」

 

なんだか私とみのりの関係が、『そういう』関係だと誤解されているようだけど...もう否定するのもめんどくさいから、ほっといていいか。

誤解してそうなのは愛莉だけだし。

遥は純粋にアイドルとしての向上心から私に興味を持っているのだろうし、雫はただ仲良さそうでいいな、ぐらいだと思われる。

 

愛莉はおませさんなのだ。

 

「それで、みのりはどうして私たちと瀬名を会わせようと思ったわけ? 私は友達の妹だから会ったことあるけど...遥と雫は初めましてでしょう?」

 

「ちょっとした目的があったんだけど...まぁ、それも果たされたからいいかな」

 

みのりの返答に要領を得なかった愛莉は首を傾げるが、みのりはそれ以上説明する気もない様で紅茶に口を付けていた。

 

むやみに説明をしない、という方針なんだろう。それなら、私も別に敢えて説明する必要もない。

 

みのりの考えを予想すると、特に期待はしていなかったけど、実際に私と顔を合わせてみれば何かを思い出す人がいるんじゃないだろうか、という確認だったんだろう。

みのりと遥たちの違いがよくわからないけど...何か基準でもあるんだろうか。

 

「そっか。...じゃあ、普通に雑談でもしようか」

 

こうなったみのりは何も教えてくれないということを理解しているのか、遥たちはすぐに私の方へと向いた。

 

「東雲さんって、妹さんとかいらっしゃるのかしら」

 

「? いないけど」

 

「確かに瀬名ってしっかりしてるけど、この子は末っ子ね。姉と兄がいるわ。そのどっちかと一緒にいる所を見たら常に甲斐甲斐しく世話を焼かれてるのを見れるから、それさえ見たらすぐに妹だなってなるんじゃないかしら」

 

雫の疑問に短く答えた私の代わりに、愛莉が説明してくれる。

この中だと愛莉が1番、私の家族のことについて詳しいだろうな。

絵名は言わずもがなだし、彰人とも、どうやら昔に会って話をしたことがあるらしい。

 

愛莉が私の事を手のかかる妹なのだと説明している中で、みのりが声を上げた。

 

「でも、瀬名ちゃんは頼りになる子だよ。そういう意味では、私たちも含めても1番姉かもしれないね。こう、後ろで見守っててくれる、みたいな」

 

「へぇ、みのりがそこまで言うんだ。でも、みのりの説明と、愛莉の説明。なんだか矛盾しているような...」

 

「妹のようでもあり、姉のようでもある、ということなのかしら」

 

なぜか愛莉の説明とは逆の事をみのりが説明し始めたせいで、遥と雫が首を傾げている。

私としてはどうでもいいのだけれど、愛莉とみのりは譲れない部分があるようで、若干空気がぴりつきはじめた。

 

「でも私の方が昔から付き合いがあるんだし、やっぱり妹なんじゃない?」

 

「瀬名ちゃんの事を語るのに、時間の優劣なんてないよ。どれだけ濃い時間を過ごしたか。どれだけ濃い思いを寄せたか」

 

...なんか、流れがおかしくなり始めた。

 

ぶっちゃけ私が妹ポジか姉ポジかなんてどうでもいいのだが、それは本人だからなのだろうか。

この状況をどうにかしてもらえないだろうか、と遥と雫を見てみると、2人は珍しいものを見ているように目を見開いていた。

 

「珍しいね。愛莉はともかく、みのりが誰かと言い合いになるなんて初めてみたかも」

 

「これがこの間遥ちゃんが言っていた、『チャンスを逃さない』っていうやつね。もう見られないかもしれないし、よく見ておかないと」

 

見てないで止めて。

 

というか、今更だけど遥たち、お互いを名前で呼び合う程度には仲が深まっているようだ。

まだみのりが相手のことをどう呼んでいるのかはまだ確認できてないけど...私をトレースしているのだとしてもベースはみのりなのだし、そこは心配しなくてもいいか。

 

「桃井さんは瀬名ちゃんの魅力にほんの少し触れただけだよ。私はその奥底まで知ってる」

 

「あ、あんたねぇ...!」

 

やっぱり心配するべきだったかも。

というか、愛莉のこめかみがピクピクしだした。そろそろ止めなければいけないだろう。

 

あぁ、もう。

元の純真無垢なみのりを返して...変えたのは私か...。




やだ、うちのみのりちゃん、重すぎ...?



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第12話 Jack of all trades

前回の投稿...6/11...!?

...コッソリコウシンダ!




みのりと愛莉が若干ピリピリしだしたのをきっかけに、私は後の事を遥と雫にぶん投げて帰り道を歩いていた。

 

見知らぬ人からのただの賞賛ならば無視すればいいだけなのだけど、それなりに知った間柄、特にみのりや愛莉のような人間から褒められ合戦が始まってしまえばもう、私に取れる行動は1つだった。

 

あの状況で笑みを浮かべて受け止めることが出来るのは、『私の知ってる遥』ぐらいだろうか。

 

「切り替えよう。今回はもうみのりたちには会わないんだから」

 

知りたいことはわかった。

みのりがどれだけ私の事を想ってくれていたのかも、痛いほど知った。

ただ、私の感情と、今していることとは切り離して考えるべきだろう。

 

私がするべきなのは、それぞれのセカイで助けになること。

言ってしまえば他のセカイに来ることが出来ている時点で、みのりには悪いけれど、要求はクリアしていると言っても過言ではないのだ。

でなければ、私は今でもループを繰り返しているに違いない。私自身にそのループしている記憶がないから、あくまで予測の範囲を出ないけれど。

 

誰に要求されているのかは...あの私のセカイにいる初音ミクが1番怪しいけど、その裏に私をこの世界に転生させた神様なんて存在でもいるかもしれない。

転生ものによくある、神様との対談のようなものは、私にはなかったのだけど。

 

...すべてのセカイを何とかした後。私はどうなってしまうんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

「?」

 

一歌たちのこともあるから、ギターに全く触れないのもいかがなものかと思っていた午前中。

こはねたちが踊っていた曲や、絵名たちが作っていた曲を適当に弾いていると、まさか弦が唐突に切れるという現象にあってしまった。

 

替えの弦を私の家に置いているわけもなく、仕方なく重い...今となってはずいぶんと軽くなった腰を上げて専門店までやってきたのだが、背後から聞いたことのある声が聞こえてきた。

 

後ろを振り返るとそこにはキャップを被った志歩がいた。

彼女もこの店に何か用事だろうか。そういえば、ベースを担当していたのだったか。

 

「えと、今時間ある?」

 

そういう彼女は、親指で店外に見える喫茶店を指した。

なんだそのかっこいい指し方。

 

「ある...けど、少し待って」

 

「あ、ごめん。もしかして何か探してた?」

 

「ただ弦を買いに来ただけだから、すぐ終わる」

 

「なら、外で待ってる」

 

私の目的を告げると、志歩は安心したように頷いて店外に歩いて行った。

 

なんか、志歩の雰囲気がそう見せるのか、何をしても格好よく映る。

私があの領域に至るのは、私のチート並みの才能を使っても時間がかかりそうだな...。

 

そこまで考えて、自分が人の特徴をすぐにコピーしようとしていることに気が付いて、思考を打ち切ってレジまで弦を持って行った。

 

「お待たせ」

 

「そんなに待ってないから。...ただ、そこの店結構人いて落ち着かなさそうだから、少し歩いた場所にあるけど、そこに行こうか。そこで話がしたい」

 

「わかった」

 

最近喫茶店で話をすることが多いな、とぼんやりと考えながら、志歩の言葉に頷いて後ろをついていく。

しばらく会話もない中で歩いてると、唐突に志歩が前を向いたまま声をかけてきた。

 

「前に話をしてた、一緒に演奏するって日まで時間ないけど、どう?」

 

ぶっちゃけ私は練習にあんまりというか、ほぼ顔を出していないので進捗は全然知らないのだが...。

志歩も、本心では彼女たちと一緒にバンドを組みたいんだろう。今はほぼ会話してないけど、昔は仲の良い幼馴染だったんだし。

 

「多分大丈夫」

 

「多分って...。まぁ、いいか」

 

私の適当な返事に苦笑するのが、後ろを歩いていて表情が見えない状態でも分かった。

 

そこからまた暫く会話のない時間が続いたまま歩き続ける事数分。

ようやくたどり着いた店は、先程の人が多い喫茶店と比べると随分と寂れたというか、人気の無い喫茶店だった。

 

「マスター、いる?」

 

勝手知ったると言った様子で店内に入っていく志歩。

そのあとをついていくと、金髪オールバックの男が新聞を広げて座っていた。

 

...え、何この男。

店内にはこの男しかいないけど...まさか、この男がマスター?

 

「お~。また来たのか。...後ろのは、やっと見つけた仲間か?」

 

「ニヤニヤしてないで、仕事して。コーヒー2つ」

 

「はいよ」

 

2人のやりとりからして、それなりの関係があるようだ。

最近知り合って仲が良い、と言った感じではなさそうだ。『やっと見つけた仲間』ってワードも、少し気になるし。

 

志歩の後ろをそのままついていき、志歩の座った席の前の椅子に、私は腰を下ろした。

 

そのままコーヒーが来るまでお互い無言の時間が続き、金髪オールバックマスターがコーヒーを慣れた手つきで持ってきて、ようやく志歩は口を開いた。

 

「それじゃ、早速本題に入るけど」

 

「...ん」

 

コーヒーを一口飲みこんで、志歩の話の続きを頷いて促す。

咲希や一歌から何かしら相談事をされるのならまだわかるけど、ほぼ初対面の人間である私をここまで連れてきてする話とは一体何なのだろう。

ここまで来る道でいろんな事をかんがえたけれど、どれもピンと来なかった。

 

あの2人に金輪際関わるな、という話なら、ここまでくる必要もない。

 

「明日やる2人とあわせる演奏だけど、それが上手くいったとして。東雲さんにも入ってほしい」

 

「...え」

 

「東雲さんのギターの技術は、この間演奏した時に実感した。私は仲良しこよしでバンドをするつもりはないから、身近な位置にレベルの高い人を置いておきたい。向上心に火をつけたい。...っていうのが1番の理由。あとは...まぁ、あの2人が信用してるなら、悪い人間じゃないって思うから」

 

「...ちょっと、考えさせて」

 

「うん」

 

これはちょっと、予想外である。

 

ぶっちゃけこの後、一歌と咲希の2人に志歩を加えて、そこからどうにかして穂波を加えたとして。私の立ち位置は初音ミクたちと同じような場所にいるかな、と考えていたのだけど。

まさかそこよりも1歩近い場所で彼女たちに関わることを要求されているとは。

 

...ぶっちゃけ、私のギター歴は半年もないのだし、このレベルで高いと評されるのであれば、他の楽器も同じレベルに仕上げることは可能だ。

それこそ、志歩の言う対抗心を煽りたいというのも、難なく対応できる稀有な存在だろう。

 

ただ、それが実際に良いことなのか、という話だ。

幼馴染4人の中に入るのが、という話ではなく、彼女たちの演奏のレベルが低くても、私次第で引っ張れる、という話。

ある程度までは私と志歩だけでもいける、いけてしまう。

 

そう考えるなら...結局、私の立ち位置は1歩引いた場所の方が良いんだろう。

 

「なら、マネージャーっていうのは?」

 

「...演奏の時は私たちだけだけど、練習の時は一緒に演奏するってこと?」

 

「それだと練習の意味がないから、私が交代交代でそれぞれのパートに入る。全部出来るから」

 

「...そ、そうなんだ...うん、じゃあそれで」

 

私の全パート出来る宣言で若干引いた志歩だか、何とか、私と志歩の間で交渉が成立した。

 

というか、明日なのか...。

 

 




結局部外者を加えるのって、この位置が無難なんですよね。

ワンダショこそは、一緒に舞台に...。

実はこんな話を同時に執筆してました。
⇒https://syosetu.org/novel/320492/1.html

同時、だったんですけどね...。


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第13話 Have a clean slate

遅れを取り戻さんと1万文字ぐらい書くつもりでした(過去形)。

1万5000とか書いてる人、すごいですねぇ。


ついにやってきた、咲希と一歌と、それから志歩にとっても勝負の日。

集合場所はスクランブル交差点に指定されており、今は志歩と一緒に2人が来るのを待っているところだった。

 

「...それにしても、あの2人、本当に仕上げてきたのかな」

 

咲希たちを待っている間、お互いに黙っているのを気まずく感じたのか、志歩が唐突に話を振ってきた。

ぶっちゃけそれに関しては、この間も思ったけれどわからないというのが大きい。何せセカイで練習していたようだし。

 

「それを確かめるための、今日でしょ」

 

「それはそうなんだけど...」

 

ここ数日志歩と話したことで思ったのが、彼女もきっかけを欲しているだけなのではないか、ということ。

彼女自身の性格が災いして、直接昔のように仲良くしよう、なんて言い出すことはできずに、向こうから来てくれたのをこれ幸いとばかりに、課題を提示する。

 

私の妄想だけど、いい線いっているのではないだろうか。

 

そんなことを考えていると、人ごみの向こうで、恐らく同級生と歩いているのだろう、穂波の姿が見えた。

 

「...あー...ま、いいか」

 

「?」

 

せっかくだし、と彼女を無理やりこの場に連れてきて、この後の演奏会にも顔を出してもらおうと考えたが、やめた。

私のおかしな挙動を見ていた志歩が首をかしげていたが、これに関しては私が介入してどうこうする問題じゃない。

 

人間関係は、手遅れじゃないなら当人だけで解決するものだ。

 

「お待たせ!」

 

それ以降会話のなくなった私たちの間で妙な空気が流れること数分。

咲希の明るい声が聞こえてきた。

 

声のする方向を見てみれば、普段よりもテンションが高そうに見える咲希と、もう既に緊張しているように見える一歌がこちらに歩いてきていた。

 

「今日はよろしくね、しほちゃん!」

 

「わかってると思うけど...少しでも失敗したらバンドの話は無しだから」

 

「もちろん、わかってる」

 

「そう。...じゃあ、スタジオ行こう」

 

まるであまり親しくない間柄のような挨拶をした後、志歩はさっさと私たちに背を向けて歩き出してしまう。

慌てたようにその後ろ姿を追いかける咲希と一歌を一瞥して、私は背後を盗み見た。

 

そこには、先ほど見かけた時の時刻を考えるとそこにいるのはおかしいであろう、穂波が1人で立っていた。

 

羨ましそうで、後悔しているような顔で、穂波は3人の背中を見つめていた。

彼女たちと穂波の間には、私が立っているというのに、私の姿は視界に入っていないようだった。

 

「...」

 

そこから1歩を踏み出すだけで2人...志歩も加えて3人は歓迎してくれるだろう。

けど、その1歩がひどく重い。後ろに進むのは羽が生えたように軽いのに、前に進むのは鎖で縛りつけられたように動かない。

 

そういった経験は...今世ではなかったけど。

 

結局その数十秒、私と穂波の視線が交わることはなく、私は彼女に背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

<♪>

 

 

 

 

 

 

 

志歩がいつも使っているというレッスンスタジオ。

上昇志向の強そうな志歩が選ぶだけあって、機材がそれなりに充実している場所だった。

ここなら、この後もセカイ以外での練習場所を選ぶ必要は無さそうだ。

 

...セカイで練習できるのに、わざわざスタジオを借りる必要があるかどうかは、今後出てくるだろう。

 

各々持ち込んだ楽器の調整を終えたタイミングで、しゃがんでいた志歩が立ち上がって口を開いた。

 

「それじゃ、始めるよ」

 

「うん、よろしく」

 

「オッケー! いっちゃん、しほちゃん、やろう!」

 

2人の準備が終えていることを確認した志歩は、今度は私の方を見て1つ頷いてきた。

それを見た私は、手元に持っていたドラム用のスティックを頭上に掲げて、喉を震わせる。

 

「ワン、ツー、スリー、フォー」

 

私のカウントに合わせて、3人が一斉に音を奏でる。

 

ぶっちゃけ、驚いた。

それは志歩も同じようだったようで、少し目を見開いていた。

 

先日セカイで演奏を聞いた時と比べて、安定感が違う。音の伸び方と表現すればいいのだろうか。

ブランクを加味したとしても、身内で楽しむレベルのセカイでの演奏だったのに比べて、人に聞かせることのできるレベルにはギリギリなっているか、という具合だ。

 

これなら、と思いかけた瞬間、恐らく私だけがキーボードの異変に気が付いた。

楽器の問題じゃない。演奏者の問題だ。

咲希の演奏技術ではなく、彼女の体調。練習をどれほど頑張ったのかはわからないが、そのぶり返しがここに来ているのかもしれない。

 

「...ッ! せ、せなちゃん...?」

 

「もう少し、頑張ろう」

 

彼女の容態を考えれば、今すぐ演奏を止めさせるのが1番。だけど、彼女の気持ちもわかる。少し見せてもらった楽譜通りなら、もう少しで演奏は終わる。

 

結局私が選んだのは、咲希を後ろから支えることだった。

咲希には左手だけに集中してもらい、体を支えながら私は右手を担当する。

演奏すること自体には問題ない。まぁ、志歩にはこれまでの演奏だけで判断してもらおう。

一応、ミスしなければ問題はないのだから。

 

私が演奏に加わったことに志歩も一歌も驚いた顔をするが、すぐに咲希の表情を見て演奏に集中する。

そのまま演奏自体は何事もなく終了し、咲希は力が抜けたようにその場に座り込んだ。

 

「咲希、大丈夫っ?」

 

「もしかして、具合良くないの!?」

 

演奏を終えると同時に、志歩と一歌も慌てたように咲希に駆け寄る。

咲希はそんな2人を安心させるように、力なく微笑んだ。

 

「えへへ、アツくなりすぎちゃったみたい...でも、せなちゃんの力を借りちゃったけど、ミスは無しで演奏できたよ!」

 

「バカ、そんなことより...き、救急車...!」

 

「だ、大丈夫大丈夫。今日はただの風邪だから。.......ちょっとだけ横になっていいかな?」

 

志歩の心配性なところが見えたところで、咲希がそれを止めて、その場に横になり始める。

さすがに土足で歩き回っていた床に直接寝かせるというわけにもいかなったので、スタジオの方に椅子を借り、気休め程度のパーカーをしいて簡易的なベッドを作った。

 

先ほどまでは気合で誤魔化していた体調の悪さが一気に出てきたのか、顔を真っ赤にさせて横になっている咲希。

その姿を見て、志歩は慌てたようにスタジオの扉を開けた。

 

「ちょっと、色々買ってくる!」

 

恐らく冷えピタとか、薬だとかを買いに行ったのだろう。

一歌はその様子の志歩を見て、驚いた顔で志歩が出て行った扉を見ていた。

 

「...みんな、同じ気持ちだったってことだよ」

 

「...うん、そうだったみたい」

 

私がそういうと、一歌も優しく微笑んで、すぐに咲希の方を向く。

咲希のおでこには、タオルが乗っている。先ほど事情を説明して椅子を借りた後、スタッフが冷たい水が入った桶と、タオルを持ってきてくれたのだ。

全く、感謝してもしきれない。

 

その数分後、志歩が息を切らして帰ってきて、冷えピタや薬、飲み物などを大量に買ってきたのを、面白い人だなぁと私が眺めていると、咲希が目を開けた。

 

「咲希。...どう? 少し楽になった?」

 

「...うん、ありがとう。落ち着いてきたよ」

 

ひとまず、といった様子で大きなため息を志歩が吐き出している中で、一歌は咲希の肩付近に顔を埋めた。

 

「ずっと一緒に練習してたのに...体調のこと気づけなくて、ごめん」

 

「...最初に無理させるようなこと言った私が悪い」

 

一歌の言葉にハッとしたような志歩の顔は、すぐに罪悪感に塗りつぶされた。

 

「ううん。アタシが勝手に頑張りすぎちゃったのが悪いんだよ」

 

そこで息を1つ吸い込んだ咲希は、天井を見ていた視線を横に動かして、志歩と一歌と、最後に私を見て笑った。

 

「それに、ちょっと無理しちゃうくらい...今日は楽しかったの」

 

「咲希...」

 

一緒に合わせた時間はおよそ2分もない。

それでも楽しかったと断言できるのは、彼女たちだったからなんだろうな。

 

「うん。...私も、今日一緒にできて嬉しかった。私、志歩に嫌われたって思ってたから、もうこんな風に一緒に何かしたりできないと思ってた」

 

「...別に、嫌いになんて...」

 

街中でしていたのなら、喧騒にまぎれて届かなかったであろう志歩の言葉。

その言葉は、静かなスタジオにはやけに響いた。

 

先ほどよりかは体が楽になったのだろう。咲希は上半身を起こして、志歩の方をまっすぐ見た。

 

「ねぇ、しほちゃん。アタシが入院してた間に、何があったの?」

 

その咲希の言葉に、志歩は口を開いては閉じてを少し繰り返して。

目を閉じて数秒した後、志歩はようやく語りだした。

 

ただの、幼馴染が大切な1人の少女の、過去の話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

<♪>

 

 

 

 

 

 

1人でいるのが好きだった、と志歩は語る。

 

親しい人といるのは苦ではないけれど、そうでもない、言ってしまえばどうでもいいような他人とまで一緒にいようとは思えないのだと。

 

その性格が災いしたのは、志歩が咲希たちとクラスが離れてからすぐだったと言う。

同じクラスの子に、『一緒に帰ろう』、だとか、『一緒にお昼を食べよう』だとか。色々と誘われていた志歩。ただそれを彼女は全て断った。

ただ1人でいるのが好きだったから。

 

ただそんなことを知らないクラスの子は、それを機に志歩から距離を取る様になった。

志歩が気取っている、と評されているのを聞き流す日々。そんなある日、幼馴染である一歌も同じように悪く言われているのを聞いてしまった。

 

志歩には、我慢ができなかったのだという。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

「...私は別にいい。でも、私のせいで、一歌たちまで悪く言われるのは...イヤだから」

 

「だから、ずっと1人でいようって思ったの?」

 

咲希の言葉に、志歩はただ首を縦に振った。

 

それを見た一歌は、そんなの、と声をあげる。

 

「私にも言ってくれたら...!」

 

「...言ったら一歌は心配して、絶対様子見に来るでしょ。そしたらもっと酷くなる。だから...」

 

良くも悪くも、学生であるポイントが出ている。

大人であれば、関わらないという、割り切りができるのに対して、彼女たちはまだ精神が成熟していない子供だ。

気に入らない人間は、排除しようとする傾向にある。大多数の意見が自身と同じなら、それは猶更だ。

 

それは、私の置かれてる立場も同じだ。

 

そんな志歩の話を聞いていた咲希は、安心したように笑顔を見せた。

 

「...よかった。やっぱり、しほちゃんも変わってなかったんだ。いっちゃんたちのことが大切だから、我慢してたんだよね」

 

バツの悪そうな顔をそらす志歩を、一歌はまっすぐ見つめる。

 

「志歩。私は、誰に何言われても、志歩と友達でいたいよ」

 

本心も本心。そんな一歌の気持ちを聞いた志歩は、軽くため息を1つ吐き出して、観念したような声を出した。

 

「やっぱり、こうなるよね」

 

志歩も内心では、今日の約束を取りつけてしまった時点で、今のような状況になることは察していたんだろう。

 

志歩は苦笑しながら、自身の手のひらを見つめながら口を開く。

 

「本当に一歌たちのことを考えてるなら、セッションなんかしなきゃよかったんだ。...あぁ、本当に。でも...私はちゃんと、警告したから。もう___知らないからね」

 

その言葉は、今までのような2人を突き放すような言葉ではなく、その逆を示す意味だった。

そのことを理解した2人も、喜色を顔に出しながら、咲希が確かめるように問いかける。

 

「しほちゃん、それって...!」

 

「...一緒にバンド。...やらせてよ」

 

「...! もちろんだよ、やろう志歩!」

 

「うん」

 

「やったぁ! しほちゃんと一緒にバンドできるよ、いっちゃん!」

 

「うん、やったね!」

 

ひとまずの目標達成、ということで、咲希と一歌がハイタッチしているのを、志歩は腕を組みながら、苦笑して眺めていた。

 

「じゃあ、咲希はまず体を治すこと。...穂波のことは、そのあと考える。いい?」

 

この後すぐ咲希が興奮して穂波も、と言い出すのを察したのか、志歩が先んじてまとめていく。

 

「は~い。...ふふっ」

 

ようやく第一段階、といった感じだ。私も軽く息を吐き出すと、志歩が今度はこっちを見た。

 

「あ、それと私たちの指標になってくれる人もいるから。瀬名が私たちの目指すべきレベルを見せてくれる」

 

「それは、心強いね」

 

「せなちゃんも一緒にバンド、しよー!」

 

ぶっちゃけそのことに関しては、この3人はともかく穂波の心が折れないか心配なんだが。

...まぁ、なるようになるか。




前回のニーゴイベで、初めてPreciousの無料単発で星4出ました。

恒常だからと追わないでいた絵名の星4が出て興奮してました。
カラフルパスが3種類になってからずっとPreciousでしたが、これで2枚目の星4です。
1枚目が瑞希...2枚目は絵名...。

やはりみずえなか...。いつ出発する? 私も同行しよう。


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第14話 Thoughtful

無事志歩がバンドメンバーに加わったことにより、咲希と一歌の練習は更に充実したものとなっていった。

 

場所は変わらずセカイの中で、今日も今日とて彼女たちは練習に励む。

何のために練習を重ねるのかは、まだ彼女たちでは言語化できないだろうけど。

 

「うん! 今の、すごくいい感じ」

 

「前までここ、絶対ひっかかってたのに...ミク達が練習見てくれたおかげだね」

 

今は個人練習の時間で、これまで全体練習で合わせていた中での一歌の悩みであった、特定の場所でひっかかる、という問題を解決するための時間だった。

 

ミクが丁寧に教えている様子を、少し離れた場所から見ていた咲希と志歩は、一歌の悩みが解決したことで笑みを浮かべていた。

 

「一歌、かなり上達してる」

 

「!? し、しほちゃんがほめるなんて...!」

 

「何そのリアクション。私だってうまくなってたらほめるけど」

 

何ともまぁ失礼なリアクションだ、と思わなくもないけれど、確かに私の印象からしても、志歩が他人をほめる姿が思い浮かばない。

今まさに目の前でほめているのだから、その印象も多少薄れてただの幼馴染大好き少女になってきてはいるけれど。

 

志歩にほめられ、嬉しそうに目を細めた一歌はギターを撫でながらつぶやいた。

 

「志歩が入ってくれたから、うまくなれてるのかも。もっと頑張らなくちゃって思えて」

 

「やっぱり、一緒にやる仲間が増えると嬉しいよね」

 

一歌の言葉に志歩は恥ずかし気に、腕を組んで目をそらした。

 

「アタシもしほちゃんにほめられたい! ルカさん、今のところもう一度やってみるから、見てもらってもいい?」

 

「フフ。もちろんよ。志歩を驚かせるくらいうまくなりましょう?」

 

一歌に触発されたのか、咲希がルカに助力を求めて、キーボードの前で指の動きから練習を始めた。

一旦ギターを置いた一歌が、志歩の隣まで歩いてきて咲希を見つめた。

 

「咲希もやる気満々だね」

 

「はぁ...また無理しなきゃいいけど」

 

今の咲希が、前のように無理を押しているというわけでもないことは2人も理解している。

それでも口にしなくては落ち着かないのは、彼女たちのこれまでがそうさせている。

 

「照れ隠し?」

 

「そうじゃない。...はぁ。咲希は体弱いんだから心配するのは当然でしょ。この前みたいなことがあったら困るし」

 

私が志歩の方を向いてそう呟くと、志歩は若干頬を染めて目をそらした。

10人見ていれば10人照れ隠しだと言うだろう、模範的行動を見せている志歩を見て、初音ミクと一歌は笑みを漏らした。

 

この雰囲気に居づらくなったのか、志歩は置いてあったベースを持って、ストラップを肩にかけた。

 

「...私たちも練習戻るよ。ほら、瀬名も」

 

「...私も?」

 

「見てるだけじゃ暇でしょ。それに、一歌にはそのレベルを目指してもらうから」

 

志歩にそう言われたものの、残念ながら今日はギターを持ってきてはいない。

気合を入れている一歌と志歩には悪いが、それを理由に断ろうと口を開こうとしたところで、背後から肩に手を置かれた。

 

「私のギター、使う?」

 

「......」

 

おのれ初音ミク。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

「ふい~。今日もガッツリ練習したね~。楽しかったー!」

 

セカイから出て、その帰り道。

今日も充実した日だった、と言わんばかりに咲希が伸びながらそう言った。

 

私の仕事は全員が揃ってからだと思っていたから、寝耳に水だったよ。

 

「咲希、ルカと2人ですごく真剣に練習してたよね。声かけづらいくらいだったよ」

 

「あれ、そうだった? ごめんごめん、なんだかやる気出ちゃって」

 

志歩に褒められるぐらいに、と始まったルカとの練習は、同じ教室内で志歩と一歌と私が軽くセッションしているのにも気づかないくらいには、濃密なものだったということだろう。

まったくもっていいことである。

 

「一生懸命なのはいいけど、また倒れないでよ?」

 

「だいじょーぶ! この間は3人には迷惑かけちゃったし、その辺は気を付けてるつもり!」

 

せなちゃんと一緒に弾くのも楽しかったけど、と続けている咲希に、一歌は、つもりかぁ、と苦笑していた。

 

「まぁ、それならいいけど。じゃあ、私はここで。お疲れ様。また明日」

 

「うん、また明日」

 

帰り道の都合で最初に別の道に分かれる志歩を見送って、咲希は嬉しそうな声を出した。

 

「しほちゃん、ちょっとずつ前のしほちゃんに戻ってきてる気がするね」

 

あれで戻ってきてるなのか、と私は思わなくもないけど。

今でも大分、幼馴染バカとでもいうような志歩だけど、あれ以上があるのだろうか。

 

「志歩は昔から変わってなかったのかも。変わったのは、私や穂波の方なのかな...」

 

「え?」

 

「昨日志歩からね、私は昔、考えるよりも先に行動するタイプだって、言われたの」

 

「考えるより先に行動、か~...。うん、確かにそうだったね! なんていうんだろう? 普段は割と落ち着いてるんだけど、アタシ達のことになるとすぐ動く...みたいな?」

 

よく言えば友達思いで、悪く言えば考えなしだが...。

 

さて。

咲希と一歌が変わった変わらないという話をしているが、昔を知らない私としては、本質的には変わっていないんじゃないか、とも思う。

考えるよりも先に行動なんて、子供の頃ならおかしな話じゃない。ただ考える力がまだ育っていないだけ。

その行動自体が変わってしまっているなら、それは確かに一歌の言う通り、変わったと言えるだろう。

ただ、一歌の行動自体は何も変わっていないはず。幼馴染のために、という原点は。

 

咲希と一歌が、木乃伊取りが木乃伊になると言わんばかりの思い出話をしている横で、そんな事を考えた。

 

「アタシ達がいつも一緒にいられたのは、いっちゃんがバランスを取ってくれてたからだと思うんだよね」

 

「...そうなのかな。私はただ、みんなで仲良く一緒にいたいって思ってただけで...」

 

「いっちゃんがずっとそう思ってくれてたから、アタシ達、こうしてバンド出来てるんだよ! せなちゃんっていう素敵な友達も加えて!」

 

「そっか。...そうだといいな」

 

まさか、私も既にその輪の中に入れられている判定されているとは。

厳密にいえば、1.5のような立ち位置にいるのだろうけど、それでも悪い気はしない。

 

後は、最後のピースを埋めるだけだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

一歌と咲希と解散した後の夜。

自室でいつも通り絵名に演奏を聴かせながら、私は思考を飛ばす。

 

穂波をどう勧誘するか。

このまま何も変わらなければ。一歌や咲希、志歩の身の回りで何かが起きなければ、穂波と一緒にバンドしたいという思いを抱えたまま、彼女達はそれで終わりになってしまう。

 

普段通りであれば、何かがあるまで静観してるのが私のやり方だけど...なぜかこの時だけは、何かをしなければまずい、という直感が働いていた。

 

何かをしなければいけない。でも何をしたらいいのかわからない。

私が演奏してどうこう、というのは難しいだろう。私の体のチート性能が仇になっている。

 

...少し、発破をかけるべきだろうか。

 

ある程度演奏を終えて扉を開けると、絵名が座り込んだまま眠っているのを確認。

絵名を抱えて布団に戻した後、私はセカイへと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今となっては見慣れた景色の移り変わり方を見届ける。

放課後に、ある程度のスペースを確保するために机と椅子が端に追いやられた教室。

 

「あれ、今日は一歌たちと一緒じゃないんだね」

 

一歌たちのセカイ。校舎、と言うよりかはメインは教室だから、教室のセカイとでも呼べるこのセカイに、私は足を運んでいた。

 

「少し用事があって」

 

「用事? 珍しいね」

 

私が素直に目的を離すと、まるで分っているような顔をしながら、私の目の前の初音ミクは首を傾げた。

これだ。私がどのセカイでも初音ミクが苦手に感じる要因。私と初音ミクの1対1になった時だけ、別の本体に繋がっているかのように、多人数で話していた初音ミクではなくなる。

 

「一歌、悩んでる?」

 

「うーん、もう悩むのはほとんどやめちゃってるかな。今はほとんど諦めちゃってる」

 

「そう」

 

この時の初音ミクは苦手だが、嘘を吐かれたことはないので、ひとまず信用してもいい情報だろう。

そして私の目的の一歌だが、思っている通りの状態のようだ。

 

先日の練習の際に聞いた、志歩の話や咲希の話も合わせて考えると、恐らく一歌の一押しさえあれば、穂波は一緒にバンドをやるところまで進んでくれるだろう。

彼女と直接話をしたわけじゃないが、咲希の昔話を聞く限りは私の思惑通りの展開になるはず。

 

幼馴染のためならすぐに行動できたはずの一歌。そんな彼女が行動できていないのは、やはり幼馴染の事を思っているから。

ただ、『そう言っているから』と放置するだけが正解じゃないだろう。

 

...まぁ、面と向かって『やりたくない』と言われてしまえばおしまいなんだけど。

 

ひとまず考えをまとめて、そろそろ部屋に戻ろうとスマホを手に取った私に、初音ミクが待ったをかけた。

 

「せっかくだからさ、1曲やらない?」

 

「...楽器無いけど」

 

「私はボーカルだけでいいからさ」

 

この時の私は、心底嫌な顔をしていたと思う。

私にギターを差し出している初音ミクが苦笑しているのだから、間違いない。

まぁ、欲を言うならそのまま、差し出したままの緑のギターを引っ込めてほしかったのだけど。

 

仕方ない、とため息を1つ吐き出してギターを受け取ろうと手を出すと、ちょうどそのタイミングで誰かがセカイにやってきた。

 

「いらっしゃい、今日は一歌だけ?」

 

素早く私にギターを押し付けた初音ミクはすぐに体を一歌に向けて、笑顔を浮かべた。

仕方なしにギターのストラップを肩にかけて、チューニングを始めようとしたのだが、軽く弦を弾いて音を聞いたところ、特にズレは感じなかった。

流石と言えばいいのか、何というか。

 

一歌たちと話している時は妙に人間臭いくせに、こういうところでは機械的な面が見える。

やはり奇妙な存在だ。彼女たちは。

 

「うん。...ちょっと相談があったんだけど、瀬名もいるならちょうどいい、かな。...ねえ2人とも、少し時間、もらえるかな?」

 

特に断る理由もない私

 

一歌はそう呟くと、背負っていたギターケースを置いて、中からギターを取り出した。

セカイにもギターはある。だが、わざわざ外から自分のギターを持ってきたのには、何か理由があるのか。

 

「私、このギターは昔から使ってたやつなんだ。さすがに弦とかは変えてるけど、それ以外の大本は元々のまま。...今日でこのギターは弾き納めにしようと思って。新しいギターは...バイトして貯めようかな」

 

「...」

 

「それと、私とミクでギターしかいないから、瀬名にはドラムを触ってみてほしくて。前に咲希と一緒に即興でキーボードをやってたから、もしかしたらドラムもいけるかなって思ったんだ」

 

見るからに普段通りを取り繕っている一歌の口から出てきた言葉は、冷静に考えれば合理的な内容だった。

 

ギターを変える云々の話はまぁ置いとくとして。私をドラムに据えようという考えが出てきたのは、2つの点で驚いた。

 

志歩のテストに合格するための練習に、私はほとんど顔を出していない事。

それに加えて、彼女たちの前では私はギターしか弾いた姿を見せてない事。

それなのに、誰かと一緒に合わせてキーボードを弾くと言う、ぶっつけ本番でやったにしては志歩の満足のいく演奏を出来る技術。

これらを一歌が見抜いてきたことが、まずは1つ目の驚き。

 

2つ目の驚きは、穂波を諦める段階までが早いな、という事。

これまで一緒に練習してきた私に向かって、ドラムを練習して欲しいと告げるのはもうそういうことだろう。

穂波はどちらも選べずに苦しんでいる。だから、選ばなきゃいけない環境ではなく、選択肢を減らして選ぶ必要のない環境を作る。

そうした思考の果てが、ドラムを他人で埋める事。

 

私がここで首を縦に振るのは簡単だ。

ギターを初音ミクに返して、以前穂波が使っていた、穂波のドラムを私のものにするべく数分練習すれば、もうそれで終わりだ。私の学習速度は伊達じゃない。

 

だけど、それでいいはずもない。

だから私の答えは決まっている。

 

「お断り」

 

「...」




次の投稿はマジで遅いと思います。

8月に入ってからプロセカにログインすらできてないんですよね...。



追記:第X章の場所を頭に持っていきました。


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第15話 There's no other particular meaning to this

お久しぶりです。

誤字報告ありがとうございます。いつも助かっております。




「一応理由を聞いても...いい?」

 

「質問に質問を返すようだけど。それでいいと思ってるの?」

 

私が特に悩んだ様子もなく断ったのを、一歌も『だろうな』という顔で受け止めていた。

私が理由を離さずとも理解しているだろう。言葉にしづらくても、一歌だけじゃなく、咲希も志歩もわかっているだろうこと。

 

バンドのレベルを手っ取り早く上げるのなら、今すぐにでも全体練習を始めたいのなら、確かにその方がいいかもしれないけど...それよりも優先するべきものがあると私は思う。

 

技術を苦労もせずに身に着けてしまう私だからこそ、猶更思うのかもしれない。

 

「だけど、もう一度一歌の口から誘われたら、私は入る。ドラムも始める。だから、これが最後」

 

「...うん。わかってる。さっきの事は忘れて」

 

直接は一歌に告げていないけれど、私が言いたいことが遠回しに伝わったのか、一歌は苦笑しながらそう呟いた。

きっと、一歌にとっても『言って見ただけ』のレベルの話だったんだろう。

穂波との件だって、一歌の中では既に答えが出ている。

 

「私は、みんなと一緒にいたい。けど...。咲希は、穂波の今を尊重してバンドに誘うのをやめた。志歩は、そんな咲希を見て、今のままでいいのかと、穂波と話をしに行った。でも、私は? 私には、何が出来るんだろう...」

 

穂波の為に。ひいてはみんなのために何かしたい。だけど、何をしたらいいのかもわからず、その場に立ちすくんでしまっている。そんな一歌の想いが、痛いほど伝わってきた。

 

少し、羨ましく感じる。

 

「一歌はもう、本当の想いを見つけられてるんだね」

 

「え...?」

 

「『みんなで一緒にいたい』って。その想いを受け止めて、大切にしてあげてよ」

 

「...想いを、大切に...。うん。そう、だね。そうする」

 

それだけ呟いた一歌は、自分のギターを構えて、ピックを手に取った。

 

「私、4人で一緒にバンドしたい。また一緒に笑える日が来るならバンドじゃなくてもいいかもしれないけど、でもあの時。みんなで久しぶりに演奏した時、すごく幸せだったから。...まだその何をしたらいいかは、わからないけど」

 

「じゃあ一緒に考えようよ一歌。4人でバンドをやるためにどうすればいいのか。ここには瀬名もいるし」

 

「そうね。私たちも、何でも手伝うわ。瀬名もいるし」

 

初音ミクもルカも、私の事を頼り過ぎではないだろうか。

今パッと思いつくのだって、私がドラムをやって、穂波をあおってどうにかしようみたいな微妙な案ぐらいだし。

一歌の話を蹴っといて私がドラムをやる案を出すのもどうかと自分でも思う...。あまり期待しないでほしい。私の頭は記憶力に特化しているのだ。

 

「ルカ...そっか、瀬名もいるんだし、百人力だよね」

 

おーい。

 

「じゃあ、早速考えようか」

 

ひとまず手に持っていた楽器を置いて、一歌と初音ミクは腕を組んでうんうんと考え始めた。

この場で必要なのは、今すぐ解決策を浮かべることではなく、連鎖して考えられるようなヒントのようなもの。

つまりは。

 

「このセカイって、どんなセカイなんだっけ」

 

「えっと...確か、初めてここに来た時に、私たちの想いで出来たって...あ、そっか...!」

 

私があえて一歌に問いかけると、一歌は『そうか!』といった表情を浮かべて辺りを見渡し始めた。

ルカがその一連の流れを見てニコニコしているのはまだいいのだが、初音ミクも手のひらに拳を置いて『あ!』みたいな顔をするのはどうなんだろう。

 

一歌が辺りを探しつつ、初音ミクがその後ろをついていくこと10分。一歌が黒板の粉受*1の上に置かれている星図を手に取った。

 

「これ...穂波の...?」

 

その星図を手に取って、考え込む一歌。

その状態のまま少しの時間が過ぎた後、一歌はバッとこちらに振り向いた。

 

「何をしたらいいのか、思い浮かんだかも!」

 

「じゃあ、善は急げだね!」

 

「うん! 部屋に戻って、ノートに計画を立てるから...今日はこれで!」

 

初音ミクの言葉に頷いた一歌は、そのままの勢いでスマホを操作して、セカイから出て行った。

星図があるのは知っていたけど、それを見て即座に穂波の物だとわかるのは、さすが幼馴染と言うべきか。

彼女たちの間で夜空の星が大きな意味を持つのは、まぁこの教室にあるものからでも察することが出来るが、まさかそれが最後のピースになるとは。

 

「上手くいくかな?」

 

「ええ、もちろん」

 

一歌がセカイから出て行ったあと、途端に不安な様子を見せる初音ミク。そこはもう、どっしり構えていてほしいのだけれど...それもこのセカイの初音ミクとしての特徴なのだろうか。

 

「うぅ~...なんだか私が緊張してきちゃった。ちょっと演奏しない?」

 

「ええ、いいわよ。瀬名も一緒にどう?」

 

「...じゃあ、一歌がギターを取りに戻ってくるまでなら」

 

そう言って私は、一歌のギターを手に取った。

結局この後一歌が思い出してギターを取りに戻ってくるのは、2時間後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

『一歌がギターを取りに戻ってくるまで』なんて安請け合いをしてしまい、危うく次の日まで演奏する羽目になるところだった私は、その時に一歌から告げられたことを思い出していた。

 

『明日、穂波をここに連れてくるから』

 

ギターを恥ずかしそうに私から受け取った一歌は、最後にそれだけ言い残して再びセカイから出ていった。

 

明日...は普通に平日なので、恐らく放課後に無理やりにでも連れてくるつもりなんだろう。

こちらの押しが弱ければそのまま逃げてしまうような彼女だが、逆にこちらの押しが強ければ断り切れない彼女は確実にセカイへとやってくるだろう。

 

その際に一歌が具体的に何の話をするのかは不明だが...まぁ星図からヒントを得るのだ。それ関連だろう。

 

母親と2人寂しく夕食を済ませた後、自分のセカイで考え事でもしようかと部屋へと向かっていると、絵名とすれ違った。

 

「絵名」

 

「あ、瀬名。もうご飯食べ終わっちゃった?」

 

「うん。でも、言ったら準備してくれると思う」

 

「ホント? お母さんに聞いてみよ。ありがとね、瀬名」

 

絵名はすれ違いざまに私の頭を撫でて、廊下を歩いて行った。

 

...一瞬、別人かと思った。

ここ最近の、と言うか。この世界線の絵名は恐らく、これまでの世界線の影響を本人の意志とは関係なしに大きく受けた状態だった。

影響を受けた世界線と言うのが、恐らく私が最後の最後で事故った世界線、花里みのりたちの世界線なはず。

ひどく不安定にな精神状態だったはずなのだが...今にもスキップしそうなほどに上機嫌な絵名は久しぶりに見た。

 

「...まぁ、良いことではある、のかな」

 

状況の説明は不可能だが、悪いことではないはず。

ひとまず絵名の事を頭の片隅に追いやった私は、自室へと入りセカイへと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということなんだけど」

 

「...そう言われても、出来る事なんてない気がするけど」

 

「繝代Φ繧ア繝シ繧ュ縺碁」溘∋縺溘>繧」

 

「あ、ちょうちょ!」

 

さて。

今までの経緯を簡単に説明した後の各々の反応なのだが、これは会話に参加してくれているのは1人だけという認識でいいのだろうか。

 

上から、リン、ルカ、初音ミクの順だ。

リンはまともに会話してくれるから好ましい部類だ。見た目は9歳くらいの女の子で、この中では外見年齢は1番若いが、対応力は1番上。

ルカに関しては何を言ってるのかわからない。仮にこのセカイに存在している彼女が機械の体を持っているのなら、喉がぶっ壊れているのだろう。ラジオの音声を使って喋るバンブルビーみたいな感じ...とはまた違うか。意思疎通がひどく難しい。

 

最後の初音ミクに関してだが、こいつはリンが来てからまともに会話できなくなってしまった。

初音ミクのまともな部分が分離して出来たのがリンです、と言われても信じるほどである。

 

「まぁ、そうだよね」

 

「この後上手くいくかどうかなんて、一歌の手腕にかかってる。そこに幼馴染の残り2人が合流するならまだしも、他人の瀬名が入ってもどうにもならない...なんなら悪くなるんじゃない?」

 

ぶっちゃけリンの言う通りな気がする。

一歌がセカイに無理やり連れてきたとして、そのあと必要なのは穂波の本音を聞き出すこと。

それは親しい彼女たちの前だからこそ漏れるもので、部外者である私がいては気になってそれどころじゃないだろう。

 

杏とこはねたちのように、関係性が始まった時にその場に私もいれば話は早いのだが。

 

「だから、瀬名に出来ることは多分場を整える事。直接穂波と話すのはそのあとだね」

 

一歌と話を済ませて、自分の気持ちに整理を付けられた後なら、私とも話を出来るという...という流れかな。

 

うん、やはりリンだけが私のセカイの心のよりどころだ。

リンもいかれたら私は二度とこのセカイには来ない気がする。

 

「じゃあ、また」

 

「うん。今度ギター持ってきてね」

 

それは...聴かせろという話だろうか。

それぐらいならお安い御用だ。

 

リンの言葉に頷いて、スマホを操作してセカイを出た。

今度、リン用に胃薬でも持ってこようか。他のセカイでコーヒーを出したりする初音ミクもいたのだし、飲み食いはみんな出来るんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

さて。

私のセカイではなく、一歌たちのセカイにやってきたわけだが。

 

「リンの助言通り、ここはどこかで時間を潰しておくのが得策...」

 

となると、私が行かない方が良い場所は自然と絞られてくるな。というか、ほぼあの場所で話をするんだろうな、と察してはいるけど。

 

まずは教室。

彼女たちがセカイに移動する際に、大抵は教室にダイレクトにやってくることが多い。

穂波を連れてセカイにやってくる今回の場合も、高確率でまずは教室に姿を現すだろう。

 

次に屋上。

このセカイでと言うか、元の私たちが生まれ育った世界でもそうだけど、天然の星を見ようと思えば、学校内で場所を探した場合屋上が一番ベストな場所だ。

もしかしたらプラネタリウム、なんてことも一瞬考えたけど、黒板の前にある机の上にあったのは望遠鏡だったし、ちゃんとした星が相手だろう。

 

つまり、それ以外なら比較的大丈夫そう、という事だ。

 

「と言う訳で、どこに隠れてたらいいかな」

 

「う、うーん...」

 

「とは言っても、一歌も穂波もすぐに屋上に向かうだろうし、机の下にでも隠れてたらいいんじゃないかしら」

 

思わずルカの言葉に納得してしまった。

あの2人は意外と周りに目がいかないタイプの人だし、多少見える位置にいても気づかずに屋上に行きそうだ。

 

「じゃあ、誰か来そうな予兆があったら机の下に隠れる、と言う事で...」

 

自分で言ってて思ったのだが、セカイに誰かがくる予兆なんてあるのだろうか。

光ったと思えば、いつの間にかそこに誰かがいるので、便りは初音ミクとルカだけなのだが。

 

「あ、誰か来たみたい」

 

未だに顎に手を当てて隠れる場所を考えていた初音ミクが、唐突に顔を上げて私にそう呟いて、不思議そうに辺りを見渡した。

 

「あれ、瀬名は?」

 

「瀬名なら、『あ』の時点で机の下に隠れたわよ」

 

団長の手刀を見逃さなかった人でも、今の私の動きは見逃すのではないだろうか。それほどの速さで机の下に隠れた私は、息を殺して誰かがセカイにやってくるのを待っていた。

 

「あれ、ここって...」

 

「うん。私たちのセカイ。見せたいものはこっちにあるよ、行こう」

 

一歌はそういうと、穂波の手を取って教室を出て行った。

あの方向からして、屋上へと向かうのだろう。予想通りである。

 

「2人とも、多分屋上に行ったね」

 

「ええ。...あら、綺麗な星空。なら、みんなで見ないと」

 

いつの間にか私の隣に来て隠れていた初音ミクとルカがそう呟くと、お互いスマホを取り出し、目をつむりだした。

そのまま数秒待っていると、2人の作業が終わったのか、目を開けて笑顔を浮かべた。

 

「正直な子たちね」

 

「うん、みんな良い子で、前に進める強さを持った子だね」

 

...もしかしてだけど、今の行動で咲希と志歩のスマホに連絡を送っていたのだろうか。

私が以前、愛莉のスマホにリンと一緒にお邪魔した時は、化粧室のような場所の鏡からだったのだが...初音ミクのような存在だけなら、そのようなことしなくても十分、という事か?

 

ひとまず隠れる必要はなくなったという事で、一旦机の下から出て窓の外を眺めていると、今度は初音ミクの言葉は無しに、咲希と志歩がやってきた。

 

「ほなちゃんが来てるって、ほんと!?」

 

「今どこ!?」

 

2人とも大慌てである。

このまま2人も屋上に向かわせてもいいけれど...うん、今はとりあえず、屋上の扉の前で話を盗み聞きするとしよう。

例えどれだけ仲が良くても、話を聞く人間が1人なのと3人なのでは、話しやすさに差が出てくるだろうから。

 

「今は2人とも屋上。だけど、突入するのは少し待ってほしい。盗み聞きみたいになるけど、2人の話を少し聞いてあげてほしいから」

 

「...まぁ、いいけど」

 

「ほなちゃん...」

 

ひとまず私たち5人は、ばれないように、それでいて話を最初から聞けるように、急いで屋上の扉の前へと向かった。

 

 

*1
黒板の下の辺にある細長いトレイの事。黒板けしやチョークを置ける場所。




まさか自分が、朝7時から夜10時まで働く身になるとは。

うっひょ~!
あまりの過酷さに、思わず残業代を全てプロセカにつぎ込んでしまいました~!
○すぞ~(天井)!

なんて。
忙しさもようやく落ち着いてきましたので、ようやく更新再開できそうです。
前回の更新が8月の5日なので...まぁ約1か月お待たせしてしまったわけですね。すみません。

予定としては後3話でレオニード編を終わらせるつもりです。

多分、レオニードに後から関わらせるなら、曲を作ってる存在の方が楽でしょうね。


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第16話 Not belonging to anyone

前回の投稿が8/27…8/27!?

あまりに重い腰。
すみませんでした。
短いんですけど、よければ見てってください…。


それから扉越しに聞かされたのは、昔の話。

 

いつも遊んでいる見慣れたはずの公園なのに、星が輝くような夜だと全く違うものに見えること。

そしてそれが冒険のように思えて、より星の輝きを際立てていたこと。

 

『そういえば咲希が、あの時見たしし座流星群のこと、カニ座流星群だっけ? って言ってたよ』

 

そしてそんな話が聞こえてきて、思わずみんなで咲希の方を向いてしまっていた。

 

「あ、あはは」

 

「まったく...」

 

『えっ? もう、咲希ちゃん、あの時何回も説明したのに』

 

そうして、昔のふざけた話で穂波の笑顔を引き出した一歌は、少し息を吸って、言葉を口にした。

 

『私、やっぱり4人でバンドやりたい』

 

『一歌、ちゃん』

 

『穂波。私たち、もう一度、一緒にいられないかな』

 

そして、沈黙。

今の穂波に必要なのはきっと、一歩を踏み出す勇気。だけどそれは、今すぐに備わるものじゃない。

一度前に進んでしまえばあとは早いだろう。自転車と一緒。一度進んでしまえば大した労力は必要なくペダルを踏みこむことができる。

 

だから、後ろから押してあげることのできる存在が必要だ。

 

「いってらっしゃい」

 

「え? わぁ!」

 

「えっ!?」

 

さっさと行動に移すべきだと判断した私は、すす、と咲希と志歩の後ろに回りこみ、話を聞くために少し空いている扉をそのまま開けられるように、背中を押した。

 

その勢いのまま2人は進むから、私はギリギリ一歌と穂波からも見える場所にいる。

 

「…咲希ちゃん、志歩ちゃん!」

 

「なんで2人がここに…?」

 

いや、今の2人には私の姿は見えていない様だ。

それならそれでいい。この場に私はいらない。

 

「私も、穂波ちゃんと一緒にバンド、やりたい!」

 

「…私も、同じ気持ち」

 

2人の後ろからでもわかる。2人は変わらず、穂波の目を見て声をかけている。

 

今日までの、一歌たちと穂波との時間に比べれば短いものだけど、私が見てきた中で、そらし続けてきたのは穂波だ。

だからこそ今、穂波が2人の目を見返すことが出来るかどうかで、前に進めるかどうかが決まる。

そらせば最後、もう穂波が後ろめたさを覚えずに3人の顔を見ることはできない。

 

本当に、優しい子たちだよ。

 

「わたし、志歩ちゃんの言う通りだった。誰にも嫌われたくないって、ずっと怖がって…わたしの事を一生懸命考えてくれてるみんなのことを、傷つけてばっかりだった。…こんなわたしがみんなと一緒にいて、本当に、いいのかな…」

 

「いいんだよ。だって私たちは、穂波と一緒にいたい」

 

「ほなちゃん、ごめんね。ほなちゃんのことずっと助けられなくて…」

 

「私も、ごめん」

 

「うぅ…咲希ちゃん、志歩ちゃん…」

 

穂波が正直な想いを吐き出して、そこに咲希と志歩が駆け寄って、ようやく4人揃った。

 

ため息を1つ吐き出す。

今までのと比べても、それなりに面倒なケースだったと思う。

既に出来上がっている関係で、こじれているにしてもそれを解決するには本人たちにしかできないことで。

よそ者の私に何ができるのかと言えば後押しすることなのだけど、今回に限ってはそのあと押しも必要だったかどうか。

 

この場に私がいると言うことは、彼女たちだけではこうして4人で手を取り合う未来が来ない、もしくはかなり未来の話になってしまう、と言うことなんだろうけど、ちょっと想像できない。

 

「よかった、想いを見つけられたんだね」

 

ぼうっとしながら4人が泣きながら話しているのを眺めていると、いつの間にか横にいた初音ミクが私の方を向いて微笑んでいた。

 

「…それ、私じゃなくてあの4人にかけるべき言葉では?」

 

「うん、この後4人には声をかけるつもり。でも、まだ積もる話もあるでしょう? ある程度落ち着いてから、話をするよ。未来は逃げないから」

 

「…」

 

「だから、まずはあなたに。お疲れ様。それと、ありがとう」

 

「うん、まぁ受け取っとく」

 

「うん」

 

きっと、いや、確実に。私は心の奥底で、彼女たちのことはどうでもいいと考えている。

こうして彼女たちの助けになるように考えて動き続けてきたのも、『そうしなければいけないから』という使命感に動かされているだけ。

その使命感もきっと私の中から生まれたわけじゃなくて、後から誰かに埋められた想いだ。

 

私は基本的に、家族のこと以外はどうでもいい。

それはこれまでも思ってきたことで、絵名も彰人も、関わりがあるから、悲しい顔を見たくないから何とかしてきただけ。

 

…きっとこのセカイはこれでお別れだろう。

私のセカイの中に浮かんでいた星の数と、移動した後に光る星の数を考えると次が最後だ。

いっそのこと、次は放置してみようか。

 

ある程度考えがまとまってきた段階で意識を現実に戻してみると、ちょうど4人のスマホが光っている所だった。

 

「え…!?」

 

そうして、視界を焼く眩い光と、一歌の驚愕の声を最後に、4人は屋上から姿を消した。

 

「さて、私もセカイから___」

 

「4人は教室に戻ったよ?」

 

「…」

 

どうやら私は徒歩で教室に向かわなければいけないそうだ。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

その後の話としては、これまでとさほど変わらない流れだ。

 

屋上から教室に向かって廊下を歩いていると、耳に音楽が入ってきた。

歌っているのは、多分一歌と初音ミク。屋上から一緒に出たはずなのに、さっさと自分だけ教室に移動してしまうのは、どう思えばいいんだろう。まぁ、あの初音ミクは4人から生まれたのだから、優先するなら向こうなのは当然か。

 

想いから生まれた曲も無事命名され、彼女たちの始まりの曲になったところで、私が教室に帰還。

そこで穂波から、気になっていたんだけど、と私と一歌たち3人との関係性について尋ねられた。

 

私たちの関係性はそこまで難しいものじゃない。

穂波の頭を一瞬よぎっただろう、『自分以外のドラマーを既に見つけている』と言うことは一切ない。以前志歩と話したことをそのまま話すと、穂波は分かりやすく安堵の息を吐き出していた。

 

とはいえ。

 

私は出来ない人の気持ちを理解するのに時間がかかるので、すんなり教えることは難しいだろう。

出来ないとは言わない。けど、進んでやりたいとも思わないわけだ。

 

まぁ、もう私が彼女たちに何かを教えることもないだろうし、それ以上に考えたいことが多すぎる。

 

「ただいま…もうみんな寝てるか」

 

私がセカイに帰ってくるのになぜかラグがあり、私だけ太陽は沈み切り、お月様が淡く照らしている時間帯だった。

流石にみんな寝ているだろうから、誰にも聞こえない声量で呟きながら、足音を立てずに部屋の中に入る。

別にそこまで気を使う必要はなかったかもしれない。絵名のせいなのかおかげなのか、それなりに各部屋防音処理をされているらしく、イヤホンをしていると廊下の足音なんてものは聞こえない。

 

たまに貫通して絵名の『はぁ!?』が聞こえてくる時もあるけど。

 

「明日は…あぁ、学校にいかなきゃいけないんだった」

 

部屋着に着替えてベッドに寝転んでから、月に数回しかない、学校側から『この日は出来れば来て欲しいな』と言われている日だったことを思い出した。

何をするのかもしらない。ただ、もし明日目を開けて何も変化がなくそのまま日常が進んでいくのなら、忘れないでおかないと。

 

そうして目を閉じて、そういえば、自分のセカイに入るのを忘れていたことを頭の隅っこの方で考えていた。

 



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第17話 more then anyone

短いです。


きっと私は、本質的に後悔をしたことがない。

 

多少の振り返りはするだろう。

ただ、『あの時こうすべきだったか』という振り返りではなく、『こうしたらどうなっただろうな』ということを考えて、すぐに無駄な時間かと切り捨てる。

良くも悪くも、過去に無頓着な人間、というのが、東雲瀬名による、東雲瀬名の評価。

 

とはいえ私のそんな内面を理解している人間なんていないので、第三者から見た私は大きく違ってくるんだろう。

他人から見た私に興味はあまりないけど。

 

「やべー赤点だ」

 

「だから勉強教えるって言ったのに」

 

「いやだってワールドカップだぜ? 見るしかねぇ…いやでも後のことを考えると勉強しておくべきだったか…」

 

結局セカイは切り替わらずに次の日を迎えた私は、学校に足を運んでいた。

行事はできるだけパスの精神を貫いている私だが、テストだけは受けなければいけないようで、必然的にテスト返却日にも登校しなければいけない。

 

既に視線にはなれた。

私はどこまで行っても異物なのである。

 

「えー、次、東雲ー」

 

名前を呼ばれたので教壇まで歩いていく。

担任の前に近づくにつれて教室内の騒がしさが消えていくのが一番、居心地が悪い。

普段私が登校したときは私をいないものとして扱うのに、どうしてこの時だけは静かになるんだろう。

 

「たまに来てくれる日の授業態度も悪くないし、頭もいい。これで普通に登校してくれたら万々歳なんだけどなぁ」

 

そういった担任から手渡された数枚の紙をペラペラとめくる。

うん、まぁわかっていたけど、今回も全て満点だ。

 

担任の反応から、私がこれまで通り高得点あるいは満点を取っていることを察した周囲は、やがて騒がしくなっていった。

 

自分の席に戻るまでに横目で見えた、自分の返却された解答用紙を握りしめている生徒。

私と勝負でもしていたのかもしれないが、残念ながら私に勝つのは不可能だ。

負けることはないかもしれないが、勝つことはあり得ない。それこそ私がテストを受け続けていれば。

要は、満点を取ってくれ、ということだ。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

無事下校している中で、世界一無駄な時間を過ごしたと感じている私は、路地裏に入ってスマホを取り出す。

 

今日の朝までは何となく入る気分じゃなかったのだが、そうも言っていられないだろう。

見慣れた英単語の曲を再生し、異世界へと飛び立つ。

眩しい光が収まれば、そこではこたつに入ってリラックスしている初音ミクがいた。

 

「おんやぁ? らっしゃい、入ってく?」

 

「…そうする」

 

どこにコンセントが繋がっているわけでもなく、見た感じバッテリーで動いているわけでもないのに温かいこのこたつ。動力源は一体何なのだろう。

…いや、別に私がこのセカイに持ち込んだわけじゃないのだから、セカイ産か。なら多少現実的に考えておかしいものも、おかしくないかもしれない。

 

空を見上げて、新しく星が4つ光っているのを確認する。今回は青。

 

「残る星は4つ。もう察しがついてるよね?」

 

「…あと1回でこの旅は終わり、そうでしょ」

 

「うんうん、まぁ誰でもわかるよね」

 

こたつのテーブル部分に頬を付けたまま、私の方を向いて話を始める初音ミク。

 

それにしても、リンたちはどこに行ったのだろう。セカイの中に住宅があって、ここがただの集合場所になっているならわかるのだけど、見渡しても何も見えないし。

 

私が辺りを見渡しているのがわかったのか、初音ミクは「あぁ」と漏らした。

 

「今リンたちはちょっと旅に出てるよ」

 

「旅?」

 

「うん。まぁこのセカイにはいるから、呼べば来るよ。多少の時間はかかるだろうけどね」

 

「…別に、用事はないから呼ばなくてもいい」

 

旅。旅、ね。

 

かつての人類みたいに、このセカイの端っこでも探しに行ったのだろうか。丸ければそれで良しだが、前時代的なものがそのままあったのだとしたらどうするのだろう。

電子だから帰ってこれるんだろうか。

それとも、私のセカイだから私が何とか出来るんだろうか。

 

…私の、か。

 

ここまでくだらないことを考えて、少し気になることが出てきた。

 

これまで私以外で構成されたセカイを見てきたわけだが、それらは全て4人で構成されたものだった。

だけどここは私だけで作られたセカイ。1人と4人で違いはあるんだろうか。

それこそ、容量…というと変だが、セカイ自体の大きさ、とか。

 

初音ミクに聞いてみるか、と視線を向けてみると、ただ首を傾げるだけで何も言ってこない。

 

きっとまともな回答は返ってこないんだろうな、とため息を吐き出す。

結局私は、次のセカイに行って、全ての星を照らすしかないんだろう。

 

そうして全ての星を照らし終えた後、捨てられることになっても。

 

何となく、察している。この世界が何なのか。私のセカイが何なのか。

 

「じゃあ、帰るから」

 

「はーい。そうだ、明日は来ないから、よろしく~」

 

「……」

 

前後を全く理解していないと、ただ私が殺害予告を受けただけなのだけど…まぁ理解した。

 

明日になる前に、ここでやり残したことがないか、と言われているのだ。

 

私は初音ミクに特に反応を返さずに、スマホを操作してセカイを出た。

 

 

 

 

 

 

カウントダウンの音が、聞こえる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

とはいえ。

別に何かに思い入れもなければ、ここから離れてしまえば彼女たちは記憶をなくす可能性もあるわけで。

まふゆや、みのりは恐らく例外だろう。絵名は記憶としては覚えていない様子だし、本当に例外。

 

これは私の予想だけど、まふゆに関しては、彼女のセカイに触れすぎた、というのがあると思う。

ただそのセカイで過ごすだけではなく、奥底に触れる、と言えばいいのだろうか。

他の事に関心を見せず、消えたいと言う彼女が、唯一、一緒に、と私を誘った。

 

みのりは正直断定できない。

目の前で、恐らく死んだのだと思うけど、それだけなら他3人が覚えていなければおかしくなるわけで。

『命を救った』という点で見れば、該当者はみのりだけなのだが…それが他の何を差し置いても彼女の中で重くなっている、というのが想像できないというか。

…まぁ、仮にそうだということにしよう。

 

そのどちらも、私に異様な執着心を見せている、というのが共通点になる。

 

「…自画自賛してるみたい」

 

自室の机の前で、誰に聞かせるわけでもなくただ呟く。

 

スマホを操作して、連絡先を表示する。

そこには、存在してはいけないはずの名前が2つ並んだままだ。

 

あぁ、そうだ。まだやり残したことが残っていた。

 

「みのりに、ライブを見せなきゃ」

 

いきなり今日ライブをすることになるわけだが、逆にちょうどいいのかもしれない。

私だけが演奏して歌うということは抑えなくてもいいということだし、どうせ観客はみのりだけだ。

思いっきり弾いて、気持ちよくこの世界とおさらばしよう。

 

みのりに予定があったら…まぁ、しょうがない。できれば私の演奏を聴いてほしさもあるけど、強要はできない。

その時は動画を撮って、送りつけておこう。恐らく無駄なことになるのだけど。

 

「…意外と、楽しみかも」

 

立てかけてあったギターの弦を弾く。何となく、弾むような音だった。



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第18話 Admiration and affection

誤字報告ありがとうございます。いつも助かってます。

今回は短いです。


みのりからの返信は早かった。

距離が近いように感じるし、頭をちらつくのは若干どんくさいみのりなのだけど、この世界での彼女は実に多忙だ。

テレビに映らない日は無いと言われているほど売れている彼女なのだがら、演奏を今日披露したい、という私の我儘に即座に反応して、すぐに行く、と若干申し訳なさを覚える。

 

きっと彼女は私に申し訳なさを覚えているんだろう。

私との記憶が残っている以上、私に助けられてしまったという記憶も残っている。だから、そもそも私とみのりの接点を壊してしまえば、私が死なずにすむ、という判断になったに違いない。

 

この世界でみのりと初めて会ったとき、ひどく安心した顔を浮かべていたのを覚えている。

 

「…だから、今日でそれも終わり」

 

運よく演奏できる会場を抑える事が出来た。そこまで大きくない、本当に身内に発表するためだけにあるかのような大きさの会場。

その割には設備は古くなく、意外と最近はこういうのが流行っているのかもしれない、とスピーカーを見ながら思う。

 

準備運動を必要とする体ではないけど、手持ち無沙汰になった私が適当に弦で遊んでいると、唐突に部屋の扉が開かれた。

 

「ごめん、お待たせ」

 

「…仕事だったんじゃないの?」

 

「うん。だけど、無理言ってずらしてもらった。瀬名ちゃんが何より大事だし…それに、予感もあったから」

 

部屋に勢いよく入ってきたのは、私が呼び出したみのりだった。

慌てて変装用のサングラスや帽子を身に着けてきたからなのか、髪も若干乱れているし、息も上がっている。

それほど他より私を優先してくれたと言う事に、少しだけ嬉しく思ってしまった。

 

「じゃあ…私の準備は出来てるから、後はみのりのタイミングで」

 

「うん、わかった。…ふぅ。うん、いつでもいいよ」

 

流石はトップアイドルと言うべきか。相当に鍛えられているらしく、私が遠回しに息が整えば、と言うと、数回の深呼吸で普段通りの呼吸に戻っていた。

そんなみのりに1つ頷きを返して、私はステージにギター片手に歩いていく。

 

「多分だけど、私たちはここでおしまいなんだと思う。私の想いもみのりの想いも、全部消えてしまう。

だから、最後にみのりには感謝を伝えたかった。ここでの私の目的に何か作用したわけじゃない。けど、家族以外でそこまで私の事を想ってくれた人はいなかったから。

私の事を見てくれていたから。だから、ありがとう」

 

みのりに伝えたかったことは感謝だけ。言いたいことは伝えた。

 

私を照らしている証明を見る。

眩しさで何も見えない。

 

光に眩んだままの目で、私はここじゃない別のセカイを見てる。

 

そして、ピックを持つ腕を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

 

やっぱり、私も変わったものだと思う。

根っこはあんまり変わってない。他人に興味がないから、体の性能が良くても他人の顔を覚えるのは少しだけ苦手なまま。

だけど、他人がどうでもいい、と即座に思う事は無くなったと思う。

最終的に行きつくのはそこなんだろうけど、それでも、家族の枠には入らないにしても、みのりは私にとって近い存在だ。

 

だからこそ、きっと私が抱えてる感情は寂しいなんだと思う。

予感がある。みのりが記憶を抱えたまま別のセカイにまで、私と一緒に来てしまったのは、これで最後なんだと。

…そういえば、みのりも予感があった、って言っていたな。

今の彼女が彼女であれる時間が迫ってきていることを、理解していたんだろうか。

 

観客が1人だけのライブは、問題なく終わった。

 

特に何か起こったわけでもない。私の感謝を歌にのせて、言外にみのりと別れを済ませた。それだけの話。

みのりは最後まで笑顔のまま、部屋を出て行った。そんなみのりの感情を表すかのように、すっかり白くなってしまった拳には、見ないふりをした。

私がそれに触れるのは、みのりの想いを踏みにじるものだ。

 

耳鳴りがする。

さっきまで騒がしかったのに、今ではひどく静かだ。

 

ギターをケースに戻し、背中に確かな重さを感じて外を歩く。

もう季節は春で、すぐにでも夏になる。だと言うのに、風は冷たくて、私の体から熱を奪っていくようだった。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

今日が終わる。明日は来ない。

お風呂で体と心を癒した後、寝支度をしてベッドに寝転がって、天井を見る。

 

疲れた、と思う。

そして、あともうちょっとだ、とも思う。

 

最後のセカイ。それを乗り越えた先に____私は文字通り、解放されるんだろう。

 

達成感に浸る時間はあるんだろうか。

そのぐらいは用意してくれないとな。

 

そんなことを考えている内に、瞼は自然と閉じて行って、私は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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