「ギャハハ!おいガキ!オメーがBランクの冒険者になれるわけねぇだろ!」 (へぶん99)
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1章『エクシア街編』
001:プロローグ/優しいモヒカンの冒険者


 

「おいガキ、テメー自分が今何したか分かってんのか?」

 

 静まり返るギルドの一角。その中心にいるひとりの若い冒険者と俺は、その場にいる全員の視線を一身に受け止めていた。

 

「その書類の空白の欄はキッチリ埋めてもらわないと……そこに立ってるオネーチャンも困っちまうよなぁ?」

 

 俺はDランク冒険者に向かって書類を突き返し、クエストカウンターに立つ受付嬢に視線を送る。

 無言で頷く受付嬢。そんな、と零す若い冒険者。俺はニヤニヤと笑いながら彼の隣に座り、羽根ペンを手に取って紙の空欄を一緒に埋め始めた。

 

「冒険者っつーのは野蛮人じゃねえ、今の冒険者はもうモンスター退治のプロ――れっきとした職業人として扱われてるんだよ。だから剣術も魔法も資格勉強も出来てなくちゃいけねぇし、こういう事務作業にも慣れておかなきゃなんねぇ」

 

 この紙束は、このDランク冒険者が扱う武具についての書類だ。

 改革後から定期的にギルド側から配られるその紙には、その時点で自分が扱っている武器防具の詳細を記入しなければならないのである。

 

 それは何故か?

 答えは簡単。冒険者の扱っている武具のほとんどが、国の財産たる金属を扱っているからだ。

 

 特にオーダーメイド品の武器防具は、オリハルコンみたいに希少価値の高い金属を利用していることが多い。

 国やギルド側がその金属の行方を把握しておきたいのは当然のことだろう。

 

 話を戻すと、このDランク冒険者は駆け出しのくせにオーダーメイド品を鍛冶屋に作らせた挙句、書類に「ロングソード」「甲冑」とだけ書いて提出しやがったんだ。

 

 ギャハハ、バカな野郎だぜ。素材名も量も書かないで8割白紙のまま提出しようなんてよぉ、中々見上げた根性じゃねえか!

 後で叱られるのはコイツ自身だってのに、全く可愛いガキんちょだぜ。

 

「先輩からアドバイスしておくとなぁ、こういうのは面倒くさがらず一発目できっちり済ませておくのが大切なんだ。勢いのままになァ――……クックック……ギャハハハハッ!!」

 

 事務作業が面倒臭いなら、ギルド公式の一般流通した武器防具を買うのがいいだろう。

 そうすりゃ書類はテンプレートを使用すれば問題ないからな。

 

「こういう紙束にテメーの情報を書き込むことによって、ギルド側はテメーの実力と装備に見合ったクエストを見繕ってくれるわけよ。だからペンの作業を怠るんじゃねぇ。分かったかガキ?」

 

 一通りの作業と説教を終えると、俺の言葉を受けていた冒険者が顔を上げる。

 衆目の前でキツく言いすぎたかと速攻で自省したが、屈託のない笑顔を見ると全然大丈夫だったようで……。

 

「す、すみません……今まで『何でこんなめんどくせぇ書類書かされなきゃなんねぇんだ』って思ってました。この規則にもちゃんとした理由があったんですね……ノクティスさん、マジ勉強になります」

 

 ――この通り、頭を下げて感謝されちまった。

 くすぐったいぜ、この野郎!

 俺は彼の背中をバシバシと叩きながらガハハと笑った。

 

「ギャハハ! 分かったなら良いんだよ、書き方が分かんなかったらいつでも手伝うからさぁ、これから一緒に頑張っていこうぜ!」

「あ、はい! 今日は叱ってくれてありがとうございました! しかも書類を一緒に仕上げてくれて……これからも丁寧なご指導よろしくお願いします!」

「ギャハ! オメーしっかりしてるな!」

「いえいえ、本当にありがとうございました!」

 

 こうしてDランク冒険者がギルドの受付窓口から去っていったのを見て、俺は手近な丸椅子に腰を落ち着けた。

 

 ……俺はAランク冒険者のノクティス・タッチストーン。「制度改革のため冒険者を一律で最低のDランクに降格させる」という理不尽な改革にもめげず、Dランクの再スタートから頑張ってAランクにまで上がってきた冒険者だ。

 

 そんでもってAランク冒険者にもなると、わりかし危険な依頼が多くてぽんぽこクエスト受注してたら命がいくつあっても足りねぇわけよ。

 だから暇な時間はこうしてギルドの窓口に張り付いて、受付嬢からダメ出しを食らった冒険者を捕まえて記入の手伝いをしたり説明したりしてんだ。俺もよく引っかかったからな。

 

 このボランティアのお陰でギルドからは信頼を得られたし、後進の育成が認められて俺の元に美味しい依頼が回ってきてる。

 初心者は面倒な書類の書き方を学べるし、俺は結果的に効率良く金を稼げるし、ギルド側も確認の手間が省けるし……俺達はウィンウィンウィンって寸法よ。

 

 ……でも、実際のところ俺の実力は精々Bランク程度なんだよな。

 事務的なことをきちんとやってたらAランクになってただけで、実際の戦闘能力はしょぼいもんだ。何なら俺より強ぇCランク冒険者を知ってるくらいだし。そいつは資格も書類もいい加減だから認められてないだけなんだが……。

 

 まぁ、冒険者のランク付けなんて「人類への貢献度」を可視化する〜みたいなフワッとしたものだからよ?

 正直SランクとかDランクとか飾りでしかねぇんだけどな! 愛する人を守れるならそれでいいんだよ! ギャハハ!

 

「ノクティスさん、今日もありがとうございました」

「あぁ、クレアさん! いーのいーの! 俺って学も無ェし品も無ェし、これだけが取り柄なのよ! ギャハハ!」

「そんなことありませんよ、本当に助かってます」

「ギャハ! 照れちゃうっての!」

 

 受付嬢のクレアさんに褒められて鼻高々である。

 テンション上がっちゃったし、このままクエストにでも行ってこようかなぁ。

 

「クレアさん、今Bランク相当のクエストあるかな?」

「ありますよ。2つほどですが……」

「こっちを受けるよ! よろしく!」

「分かりました。それでは同意書にサインして頂いて、持込武具並びに使用可能魔法等について記入をお願いします」

 

 ここで言う同意書というのは、簡単に言えば「死の危険があるクエストへ行くけど、人にやらされたわけじゃねぇ! 自分自身の意思で向かうんだから死んでも自業自得なんだなぁ!」という宣言をする紙だ。

 その昔、危険クエストのモンスターを利用した殺人が起こったらしい。その他にも、虚偽のクエスト達成報告をして報酬金を騙し取った輩もいたらしく――

 理由はそれだけじゃないが、そういうトラブルから自分を守るためにもこの同意書があるわけだな!

 これがありゃ詐欺られねぇし、冒険者の足取りを追えるってことだ!

 

 クエストの度に毎回書かなきゃならねぇこの紙切れだが、その内容にもしっかり目を通しておくことが必要だ。

 例えばクエスト報酬金が全部ギルドのモノになるって書いてあるのに、それにサインしちまったら最後……もうどうしようもねぇからな! 騙される方が悪いってなっちまう!

 世界を跨ぐ大組織たるギルド様が()()()()()()をするとも思えねぇけど、カモられねぇためには仕方ねぇ。

 

 で、持込武器とか使用可能魔法とかの紙は……あーー……。

 色々あって書かなきゃダメなんだってよ。管理のために。

 

「はいはい、いつものね。ギャハハ……持込武器はロングソード、使用魔法は火属性魔法一級……と。これでいいか?」

「確認いたします。……はい、……はい。不備はないようですね、それでは行ってらっしゃいませ」

 

 俺は羽根ペンを置いてギルドの外に向かった。

 腰のポーチに入った回復ポーションや包帯の備えは十分。研石や防寒具なども入っており、長丁場になった時のための準備もしてある。

 

 俺が受けたクエストは「ゴブリンキングの討伐」。たまに出没するゴブリンの親玉で、こいつが居ると周囲の村の農作物や女子供が根こそぎ奪われるという最悪なモンスターだ。

 手馴れた冒険者なら、寝込みにゴブリンの集落を襲って闇討ちすれば一晩で終わるクエストとなっている。俺にはそこまでの実力はないので、今から丸一日はかかるかもしれねぇな。

 

 とはいえ、そこまでボヤボヤしている暇はない。

 クエスト依頼者は世界中の苦しんでいる人間だ。時間をかけてクエストをクリアしても、その間に新たな被害が出てしまえば元も子もない。

 

 俺は街の外に出て、クエストの目的地である森の中へと入っていくのだった。

 



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002:モヒカン冒険者、クエストを受ける

 

 ――冒険者がこなすクエストのほとんどは「モンスターの討伐」系の依頼であり、基本的に報酬金は依頼者及びギルド側から捻出されたものである。

 高ランク帯の冒険者になればなるほどクエストに出てくるモンスターの危険度は増し、また報酬金も高くなる傾向にあるので――高ランクの冒険者同士が協力して依頼を遂行する場合もあったりする。

 

 しかし、ランクが高く実力もあるからといって、1日に何個もクエストをこなせるわけではない。

 冒険者も人間なのだ。休息は必要だし、クエストに失敗することだってある。たまにバケモンみたいな冒険者はいるが――それはまぁ置いといて。

 どれだけランクが高くても冒険者が遂行できるクエストは大体1週間に2、3個程度と言われているから、いつまで経っても達成されないクエストが生まれちまうってわけだ。

 

 例えば『3K』のクエスト。

 汚い、臭い、危険(というよりは搦め手系の厄介なヤツ)の要素をふんだんに盛り込んだクエストは不人気極まれりって感じだ。

 

 実際の事例だが、下水道を舞台にしたクエストなんか超絶不人気だし、致死率が高すぎるクエストは当然見向きもされねぇ。

 ゴブリンみたいな不潔モンスターの討伐クエストだって、比較的放置されやすいんだぜ? 難易度自体はそこまで高くねぇし報酬金も美味しいのに、「汚すぎるのはちょっと……」「誰かがやってくれるだろ……」って譲り合っちゃってさぁ。

 

 だから俺はそういうクエストを率先して受けてるわけだ。

 クエストの依頼者は対象のモンスターによる被害を現在進行形で受けていることが多いから、放置されてたら被害が拡大して可哀想じゃんって話よ。

 

 一般市民はモンスターに対抗できるだけの力を持ってねぇ。

 だから、彼らはなけなしの財産叩いてギルドに依頼出してくれてんだよな。

 冒険者も人間だし楽して金稼ぎてぇのも分かるが、そこを忘れちゃいけねぇぜ。

 困ってるヤツらを「3Kのクエストだから」って放っておくのはカッコ悪ぃだろ?

 

 助けられるモンは助けてぇ。

 それが冒険者をやってる理由よ。

 

 さて、ゴブリンキングというのは非常に厄介で、Bランク以上の冒険者じゃないと討伐の許可が下りてないくらいには強い。

 キングが強い理由として挙げられるのは、Dランク相当の配下・ゴブリンを数百匹単位で引き連れて縄張りを形成するからである。

 こいつ自体の戦闘力はそこまで高くないんだが、その性質があまりにも厄介。ゴブリンキングが引き起こした最悪の事例として、数万のゴブリンを率いて街を壊滅させた……って事件があるくらいだ。

 

 とにかくゴブリンキングを放置しすぎると無尽蔵に勢力を拡大されてやべーわけよ。

 戦闘ってのは結局、数を揃えた方が勝ちやすいからな。

 

「さて……そろそろ狩るか」

 

 街から出てしばらく。森の中に入った俺は、圧縮ポーチから取り出したトゲトゲの改造魔導バイクに跨った。

 何やかんや言って、こういうクルマに乗ってモンスター共を轢き殺すのが一番楽なんだよな。移動も早ぇし。

 

 唯一面倒なのは、魔導バイクや四輪車等の移動手段は事前に申請しておかなければ使わせてくれないことか。

 使える範囲も速度も限られているし、維持費もバカにならないので冒険者や貴族以外は手を出せないだろう。

 それでもクエストを安全かつスピーディに依頼をこなせるので、俺はこの愛車を多用している。

 

 俺は野獣の咆哮の如きエンジン音を響かせながら、夜闇の森を駆け抜けていく。

 ゴブリンキングの拠点の近くにレイン村という小規模な集落があり、とりあえず俺は村の様子を見に行こうとしている。夜中から未明にかけてゴブリンキングをぶっ殺しに行くから、家の中に隠れてるんだぞと村長に伝える予定なのだ。

 

 こうして道中で何匹かゴブリンを轢き殺しつつ、俺はレイン村に到着した。

 

「お――――い!! レイン村のみなさ――ん!! Aランク冒険者のノクティス様がやって来ましたよォ――ッ!!」

 

 魔導バイクを乗り回して、森を抜けた先にあるレイン村を駆け回る。

 ……返事はない。誰も俺の声に応えてくれず、辺りには虚しいエンジン音だけが響き渡っていた。

 

 畑を避けて、道に轍を作らないように速度を制限してレイン村の住人を探した。

 しかしライトが灯す先には人っ子ひとりおらず、俺は冷や汗を流し始める。

 

 まさか、ゴブリンキングに蹂躙され尽くした後……ってわけじゃねェだろうな。

 そうなったら何のために冒険者やって来たのか分かんねぇ。

 頼む、誰か。ひとりでもいい。

 レイン村の住人よ、誰か俺の声に応えてくれ……!

 

「安心してくださァ――い!! ここら一帯のゴブリンは全員血祭りに上げておいたのでェ!! 皆さんの安全は確ッ実に確保されてまァす!! ――おいっ! 出てこいっつってんだろぉ!!」

 

 生きてさえいれば、それだけでいいんだ。

 生きてりゃ必ず希望はある。

 

 明るい声色とは反対に、俺は焦燥感に狩られて周囲を探しまくった。

 それでも――俺の声に応えてくれる村人は誰もいなかった。

 

「……おいおい。レイン村近くのゴブリンキングって言ったら、まだ生まれたばっかだったじゃねぇか。こんなに早く村に被害が出るものなのか……?」

 

 レイン村の村人の数はおよそ30人。ゴブリンキング誕生時点では、ギルドの調査員が全員の生存を確認していたはずなのに……。

 たった数日の間に、全員根こそぎぶっ殺されて奪い尽くされちまったって言うのかよ?

 

「――有り得ねェ。どこかに隠れているのかも……」

 

 ギルドの徹底的な調査と解析により、現代ではほとんどのモンスターの生態系や生活リズムが明らかになっている。

 ゴブリンキングは詳細を紐解かれたモンスターのひとりで、誕生してから数ヶ月は群れの統制に時間を割くはずなんだが……。

 

 モンスターと言えどもイレギュラーはある。

 レイン村は運悪く変異体の襲撃を受けてしまったのかもしれない。

 

 しかし、それにしても様子が変だ。

 畑が荒らされた形跡はないし、食物倉庫がぶっ壊された……なんてこともない。倒れている人もいなければ血の跡もない。

 

 クラクションを鳴らしまくり、魔導石の燃料を蒸かしまくり、上向きライトで家屋を照らしまくり――バイクと持ち前の声量で俺の存在を知らしめてやったが、それでも誰も出てこない。

 周村の囲を捜索しても誰も居なかったくらいだし、この村では何かが起こってるぜ。

 

 俺はバイクのエンジンを止めて、村長の家らしき豪邸に向かった。

 こういう村の長の家には大抵、対モンスター用の地下シェルターがあるものだ。そこに全員隠れているのかも。

 俺は村長の家の扉を開け放ち、部屋の中を探索し始めた。

 

「……ん? ここか?」

 

 探索開始から数分、長年の勘が地下シェルターへの扉を探り当てた。

 机の裏側のレバーを試しに引いたところ、重々しい音と共に机が横移動を始めたのだ。

 机の下に隠れた扉が姿を現したので、俺はその階段を使って地下室に足を踏み入れた。

 

「――【滅炎(ファイア)】」

 

 事前に申告しておいた火属性魔法一級相当の魔法を使い、俺は指先に火を灯す。

 すると――小さな物音と共に、ガキの「ひいっ」と押し殺したような悲鳴が耳に入った。それと同時に、「シッ!」と言いながら口を塞ぐ誰かの声も。

 

 良かった、生きててくれたみたいだ。

 俺は笑い声を抑え切れず、湧き上がる喜びと共に手元の炎を増強させた。

 

「――クックック、ギャハハハッ! ギャハハハハッ!! ここに隠れてたんだなぁ、レイン村の住人共よォ!! ずっとテメーらのことを探してたんだからなァ――ッ!!」

 

 俺が炎の光量を上げて叫ぶと同時、地下室のあちこちから世紀末みたいな悲鳴と泣き声がこだました。

 確認したところ、地下室に隠れていたのはレイン村の住人である32人の老若男女。

 【滅炎(ファイア)】の光量が上がると全員の顔が浮かび上がってきて、余程怖かったんだろうな――恐怖に引きつって涙を浮かべているみんなの顔がよく見えた。

 

「怖かったか!? でも、もう大丈夫だ! 俺はAランク冒険者のノクティス・タッチストーン! ゴブリンキング討伐の依頼を受けてエクシアの街から駆けつけてきたぜ! 俺が来たからにはもう安心だ!」

「……え? 冒険者の人……?」

「盗賊じゃなくて……?」

「モヒカンなのに冒険者……?」

「と、とにかく……助かったみたいだ……!」

 

 ポーチから取り出したロウソクに火を灯し、更に周囲を明るくしてやる。

 俺の参上でいくらか雰囲気が和み、村人達の間には安心ムードが漂っていた。

 だが、俺が今気になっているのは『何故地下シェルターに隠れる必要があったのか』だ。

 

「あったけぇスープ持ってきたんだよ。ほら、ガキは遠慮せずこっち来て飲め飲め!」

 

 俺はガキ共にスープを振る舞いながら、村長らしき人を探す。

 スープを飲みに来たガキに村長がどこかを尋ねようとしたところ、村の長であるゴドーという人物が前に出てきた。

 

「どうも村長さん、これ俺の身分証明書。……さっそく本題に入りたいんだが、いいかな?」

 

 ゴドーに手のひらサイズの紙切れを手渡してやると、彼は納得したように何度か頷いて身分証明書を返してくれた。

 この紙切れは、ギルドから発行される公的に認められた身分証明書だ。今回は手早く身分を証明したかったので見せてやっただけのこと。

 

「……村長さん、何故村人全員を引き連れて地下室に逃げ込んでいたのか教えてくれ」

 

 俺の正体を確認して安心したらしい村長は、スープを飲みながら俺の質問に答えてくれた。

 

「……実は――」

 

 ――そして、俺は村長の言葉を聞いて驚愕することになる。

 

「――それ本当かよ?」

「えぇ、万が一を考えて避難していたのです……」

 

 村長はこう言った。

 ――レイン村の近くで別のクエストを遂行中だった冒険者が、数時間前にゴブリンキングの縄張りに足を踏み入れていくのを見てしまった、と……。

 しかもその冒険者達は全て若者で、恐らくは新人のDランク冒険者だときた。

 

 そりゃレイン村の人達が怯えるわけだ。

 誕生直後とはいえ、戦闘で気が大きくなったら即座に略奪を行わないとも限らないからな。はぐれたゴブリンによる被害も考えられるわけだし。

 

「……それが本当ならやべぇな。早くゴブリンキングの根城に向かわねェと」

 

 俺は村長に「地下室から出るな」と言い残して、外に置いていたバイクに跨ってゴブリンキングの本拠地を目指す。

 

 ゴブリンキング出現の報せが届いたのは4日前。

 冒険者パーティがそれに気付けなかったのは、クエスト受注後にギルド外で準備を整えていたか、クエストが難航したか、または野宿に慣れたくて時間をかけてしまったせいだろうか。

 恐らくは初心者の定番クエスト「ゴブリンの集団討伐」を受けていたのだろう。

 ……よく起こることではあるが、とにかく運のない奴らだ。

 まぁモンスターは空気を読んだり人間の都合に合わせたりできねぇからな、起こったことを悔やんでもしょうがない。

 

 しかし、後輩の尻拭いをするのは先輩の役目と決まっている。

 俺も先輩にフォローされながら育ってきたんだ。その役目が今の俺に回ってきただけのこと。

 

「待ってろよ後輩(ガキ)共――俺が守ってやるからな!」

 

 俺は深い森の中をかっ飛ばしながら、ゴブリンキングの懐に迷い込んだ後輩の安否を心配し続けるのであった。

 



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003:後輩のケツを拭くのは先輩の役目だぜ

 

 いよいよゴブリンキングの本拠地が近づいてきたのだが、俺は知りたくなかった事実に気づいてしまうことになる。

 

「……ここら一帯の地形が変わってやがる」

 

 ゴブリン共が踏み荒らしたのだろうか、森の地形はすっかり変化して荒地のようになっていた。

 Bランク以上の冒険者は踏査地の地図の調製も義務になるから、測量資格の獲得が前提となっている。つまり、第一発見者かつBランク以上の俺がこの辺の地図を作り直さないといけなくなったわけだ。

 ……面倒臭ぇ。さすがに後で代行してもらうか。

 

 それより今は後輩共の救出が先だ。

 バイクに探知機能を組み込んでいたので確認したところ、丁度進んだ先にゴブリンの群れと例の親玉の反応があった。

 

「ミンチにしてやるぜ」

 

 俺はゴブリンキングの元に向かうべくアクセルを勢い良く捻り込む。そのまま奴らの本拠地に突入すると、バリバリ轢き殺しまくっていたゴブリンとは違う2つの人影が見えた。

 恐らく人間――レイン村の村長が言っていたDランク冒険者パーティだろう。

 

 男の剣士と女の弓使い……2人ともボロボロだが、これで駆け出し冒険者パーティは全員なんだろうか。

 戦闘後にも見えるし、何が起こったのか気になるな……。

 

 俺は火属性魔法でゴブリンを焼き殺しながらその人影に近付くと、疲れ切った表情の冒険者の片割れが俺の顔を見上げてきた。

 身体のあちこちから出血しており、軽傷ではあるものの憔悴し切っている。

 

「おうテメーら、Dランクの冒険者パーティか。早くに見つかって良かったな」

「あ、あなたは……?」

「俺はAランク冒険者のノクティス・タッチストーン。……森にゴブリンキングがポップした。テメーらじゃ太刀打ちできねぇだろうから、さっさとエクシアの街まで避難してろ」

「で、でも――仲間のティーラがゴブリンに攫われて――」

「何? よりによってキングがいる時に攫われたのか?」

 

 俺は2人の途切れ途切れの言葉を聞いて愕然とする。

 通常のゴブリンに攫われたならどうにかなったが、キングのいる群れに引きずり込まれたんじゃあ……残念ながら生存の可能性は低い。

 

「何分前に攫われた?」

「つ、ついさっきです」

「おぉ、それならそいつが生きてる可能性もゼロではねぇな。テメーらバイクに乗れ。そいつを助けに行くぞ」

 

 圧縮ポーチからトゲトゲのサイドカーを取り出し、俺は2人の冒険者をそこに押し込んだ。

 サイドカーに腰を落ち着けるのを待たずにバイクを発進させ、暗がりから出てきたゴブリンを肉片に変えながら俺達は状況を整理した。

 

「もう一度言っておこう。俺はノクティス、オメーらの名前は?」

「お、オレはダイアンです」

「……あたしの名前はミーヤです」

「仲間の名前と連れ去られた方向は?」

「ティーラっていう女の子で、丁度今走ってる方角に連れ去られたと思います」

「オーケー分かった。追加で聞いとくが、ゴブリンキングの姿を見たか?」

「い、いえ。それは全く……」

「ならいい。今からティーラって女を救いに行って、そのついでにゴブリンキングをぶっ殺す。2人はそのつもりで戦闘の準備をしとけよ」

「「は、はいっ!」」

 

 普通、Bランク以上を対象に討伐許可が出されているゴブリンキングを相手に、新人の冒険者を連れていくなんて事態は滅多に起こらない。

 ギルド側がそういう規則を設定したからだ。「緊急時以外、己のランクを上回るモンスターを相手にしてはならない」……みたいな感じで。

 パーティに足でまといがいると死亡率が跳ね上がってしまうとか、ちゃんとした統計に基づく理由があったはずだ。

 とまぁそんなわけで、通常時は冒険者を格上モンスターに挑ませることが許されていないのである。

 

 今回はもちろん緊急時なので、例外のパターンになる。

 当然、Dランクの冒険者とBランクのゴブリンキング同士をガッツリ戦わせる気なんてないがな。

 こいつらに相手してもらうのは雑魚のゴブリンになる。

 

 そのことを知らないダイアンとミーヤはガタガタと震えており、ちょっと可哀想に思えてしまう。

 多分、Bランク相当のモンスターと戦わされると思って怯えてるんだろうなぁ。仲間を救いたい一心で勇み足なのかもしれんけど。

 

 温い風を切って走っていると、探知機が人間の放つ魔力の波を感じ取った。

 

「ん……近くに人間の反応がある。ティーラって奴がここにいるのかな?」

「本当ですか!?」

「どうやら生きてるみてェだ。運の良い奴だぜ」

 

 俺は生体反応に向かって一直線に走り、彼女を担ぎ上げるようにして走っていたゴブリンを丁寧に轢死させていく。

 ものの十秒ほどで完成する肉の山。残ったのは涙を流しながら首をブンブン振る青髪の魔法使い1人だけ。

 金髪モヒカンにトゲトゲ甲冑の俺をモンスターか何かと勘違いしているようで、ツタに拘束されながら芋虫のようにもがいている。

 

「ギャハハハハッ! おいコラ、テメー命拾いしたんだぜ! 自分の悪運と仲間に感謝することだな!」

 

 俺は火属性魔法でティーラを縛っていたツタを灰にすると、そのまま放り投げるようにしてサイドカーにぶち込んだ。

 ティーラはモンスターが人間語を話したことに驚愕した後、サイドカーで身を乗り出していた自分の仲間を見て更に驚いていた。呆気に取られた表情で俺を見上げてくるティーラ。澄み渡ったアメジストの双眸が俺を見つめていた。

 

「――あなたはいったい」

「俺はノクティス・タッチストーン……今日で自己紹介するのは何回目だ? 言ってみろよ」

「え? あ、何かすみません……」

「4回目だ! オラ行くぞ!」

 

 周囲は真っ暗闇なので、バイクを走らせていた方が何倍も安全だ。俺は魔導バイクのエンジンを震わせながら、ゴブリンキングの反応に向かって一直線に走った。

 その傍ら、ダイアン・ミーヤ・ティーラの3人は互いの無事を確かめ合って涙ぐんでいる。

 

 冒険者という職業は、そのキャリアに関わらず死の危険が付き纏う。世間一般で見れば高給取りの部類ではあるが、間違いなくリスクリターンの見合っていない職業のひとつだ。

 ……そんな冒険者になったってことは、こいつらにも事情があるんだろうな。人を守りたいっていう夢があるとか、金を短期で稼ぎたいとか。

 ま、1度きりの人生なんだ。死なないうちは好きにすりゃいいさ。

 

 横目で3人の新人が抱き合っているのを確認していると、速度メーターの隣にある探知機がゴブリンキングの強大な反応をピンポイントに示してきた。

 この速度で走っていれば、あと10秒もしないうちに接敵するほどの至近距離。俺はガキ共に向き直りながら、バイクの速度をゆっくりと落としていった。

 

「……おい、ガキ共。そろそろゴブリンキングのお出ましだ」

「!」

「ガキ共はここで見てろ。俺がボス格との戦い方を教えてやる」

 

 ごくり。3人の新人が生唾を呑み込む。

 ……正直な話、魔導バイクでモンスターの周囲を走りまくって、なおかつ火属性魔法をグミ打ちすれば大抵のモンスターは完封できる。

 しかし、それはあまりにも……こう……俺にしかできない戦い方だ。もうちょい分かりやすい戦い方を見せてやった方が、こいつらの将来に役立つというもの。

 

 俺は停止したバイクから降車し、背中のロングソードを抜き放つ。

 サイドカーの陰から神妙に見守る3人のDランク冒険者。そして闇の中からライトアップされた荒野に姿を現す怪物――いや、ゴブリンキング。背丈は俺の倍以上。横幅に至っては5倍くらい違う。

 生臭い吐息が肉薄して感じられるほどの威圧感に包まれ、背後でティーラが押し殺したような悲鳴を上げていた。

 

 ゴブリンキングの間合いは広い。その巨体に加えて、倒木をそのまま武器にしたような棍棒まで持ち合わせているのだ。俺が奴の懐に潜り込んで剣戟を与えるには些か苦労するだろう。

 

 エンジンの鼓動だけが響き渡る夜闇の森。互いの間合い外で歩みを止めるゴブリンキング。

 背後で3人の冒険者が見守る中、ロングソードに【炎の息吹(エンチャント)】をかけて火属性を含ませた俺は――

 

「ヒャッハァ――――ッ!!」

 

 ――そのロングソードを敵の頭に向かってぶん投げた。

 

「あぇ?」

 

 炎の剣が闇を一閃。

 誰かの素っ頓狂な声が飛んで――

 ゴブリンキングは脳天を貫かれて死んだ。

 

「――ふぅ。これでゴブリンキングの討伐は終わりだ。おいっす〜お疲れぃ〜はい解散〜」

「ちょっ、ちょっと待ってください! 本当に終わり!? もうクエストクリアですか!?」

「おう。ゴブリンもゴブリンキングも全員ぶっ殺したしな。さぁ街まで帰って上手いメシ食おうぜ! 俺が奢るからよぉ!」

「えぇ……」

「うぅ……もっとこう……ボス格との戦い方を教えてやるって言うから……何か凄いのがあると思ったのに!」

「ヒャッハ〜って何だったのかしら」

 

 3人が何か言っていたが、俺は至って真面目だ。

 英雄譚みたくバケモンと1対1なんかしたら普通の人間は死んじまうだろ? デカい奴は強いと相場が決まってる。それに人間は物をぶん投げる時が1番強ぇんだ。

 

「おう、ダイアン。コスい手を使うのは嫌か?」

「あぁいえ、全然そういうわけじゃ……」

「いやいや分かるぜ? 剣と剣をぶつけ合って好敵手との死闘――みてぇなやつを期待してたんだろ? 確かに俺も昔は憧れたんだがなぁ……死ぬのがあんまりにも怖いからよぉ、結局()()()()()に落ち着いちまった」

 

 ――残念ながら、俺は弱い人間の部類だ。ちょっと腕が立つとしても、この強さは正統派じゃねぇ。

 魔導バイクをふんだんに使って敵を轢き殺すし、火属性魔法をばら撒いて雑にぶっ殺すし、ロングソードをぶん投げて間合いの外から即死させたりする。

 俺はそういう冒険者なんだよ。死ぬのが怖いから。

 

「別に実力があればカッコイイ戦い方をしてもいいと思うぜ? だがな……人ってのはマジですぐ死ぬ。俺は死ぬのが怖ぇのさ。……ま、人生1回きりだ。ロマンを求めて生きても全然構わねぇよ。そこんとこは好きにしてくれや」

 

 自分の人生の主人公は自分だ。でも、歴史の主人公は自分じゃねぇんだよな。

 俺は歴史を作れねぇ。英雄とか王様みたいな選ばれた奴が歴史を作っていくんだ。

 

「――すみませんノクティスさん。先輩に対して過ぎた口を……」

「そんなん気にすんなよ! オラオラ、しんみりしてねぇで帰るぞ帰るぞ! ギャハハハ! 帰ってクエストクリア祝いのパーティだ!」

「は、はいっ!」

 

 俺はゴブリンキングの頭からロングソードを引っこ抜き、3人の新人をサイドカーに乗せてバイクに跨った。

 



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004:クエストクリアおめでとう!モンスターの死体処理編

 

 「帰ってクエストクリア祝いのパーティだ」……数分前、俺は確かにそう言った。

 だが、ギルドでパーティを開く前にやるべきことが残っていたのだ。ガキ共を引き連れて夜の森にUターンした俺は、彼らの前で()()に挑もうとしていた。

 

「あの」

「どうしたミーヤ」

「すみませんノクティスさん、何ですかこれ」

「ゴブリンキングの死体」

「いや知ってますけど、何で死体の前でナイフ舐めてるんですか」

「どうしてって……そりゃオメー、これからゴブリンキングをバラすからだよ」

 

 ()()とは即ち――討伐モンスターの解体・解剖、つまり死体処理のことである。

 モンスターとの戦闘後死体を速やかに保護し、解体・解剖作業のために備えておくのは、冒険者に課された重要な使命とされている。その理由として3つの事柄が挙げられるので説明しておこう。

 

 第1の理由としては、対象モンスター討伐の証明のためだ。

 かつてのギルドは、クエストクリアの報告を冒険者の報告のみによって処理していた。

 中には対象モンスターの武器や身体の一部を持ってくる冒険者もいたと言うが、基本的には申告制で処理が行われていたとか。

 

 そうなれば当然、少数ではあるが虚偽の報告をして小銭を稼ごうとする輩が現れてしまう。

 過去に虚偽の報告をしてギルドから追放されたバカがいたらしく、それからギルドは「クエストクリアの際には対象モンスターの身体の一部または所持品を提出すること」を義務付けたのである。

 モンスターの死体を持っていけば一目瞭然、ギルド側は安心して報酬金を渡すことができるからな。当然の決まりだと思う。

 

 第2の理由としては、感染症対策のためだ。

 モンスターは当然風呂に入らない。

 また、縄張り争いするために水浴びより泥浴びをして匂い付けをすることの方が多く――死ぬほど不潔なのである。

 死後に腐敗して人類の知らない未知の病原菌が発生してしまう可能性があるので、きちんと処理してやらないとダメなんだとか。

 

 第3の理由としては、モンスターの研究と素材の武具利用のためだ。

 俺達人間は魔王を討ち滅ぼすことを目標に、日々モンスターの研究を重ねている。ギルド系列の研究機関にモンスターの一部を送ることで、クエスト報酬とはまた別のインセンティブが発生する仕組みになっているのだ。

 武器利用に関してはそのままの意味である。柔らかい皮膚のゴブリンキングを素材化して道具にするのは無理だが、鋭い身体組織を持つモンスターの死骸を加工して武具にする冒険者は多いと聞く。

 

 ――以上の3つの理由から、モンスターの死体処理は超がつくほど重要な要素なのである。

 華々しいだけが冒険者じゃねぇってこった。

 

「おう、テメーら死体バラすのを見るのは初めてか?」

「はい、いつかやることにはなると思ってましたけど……こんな森の中でやっちゃうんですね」

「ギャハハ! バラせるならどこでも構わねぇよ」

 

 周囲を見回しながら俺に問いかけてくるダイアン。

 普通はモンスターを殺した後、その死体を袋に包んで圧縮ポーチに収容し――街にある専用の施設でギルドの職員と一緒にバラすのが一般的である。

 モンスターの解体中に新たなモンスターに襲われる……なんてことも無くはないため、もし現地でやる場合はしっかり周囲の安全を確認しなきゃダメだぞ。

 

 しかしまぁ、人の目がある場所で解体・解剖する必要があるのは、余程珍しいモンスターか死後も危険なモンスターだけだ。

 死後に毒を残すようなモンスターは多人数で弄り回さないとまずい。毒性のあるモンスターの解体のためには毒物取締試験に合格する必要があるので、ギルド側の「どんな危険なモンスターでも絶対に解体・解剖してやる」という強い意志が感じられるな。

 

 さて、このゴブリンキングは比較的普通のモンスターだ。

 こいつをありふれたモンスターとまで言うつもりはないけどよぉ、キングの詳細はほとんど解析され尽くしちまったからな……体表を覆う鱗も鋭い牙もないし、武器防具の素材にする価値は薄い。

 となれば、新人冒険者に死体処理作業を見せつけて今後の糧にしてもらう方がよっぽど良いはず。俺はそう考えたわけよ。

 

 こいつがゴブリンキングじゃなけりゃ焼いて食ってたところだが、ゴブリン系列はマジでクソまずいので勘弁してやることにする。

 余程食料に困った時以外は食っちゃいけねぇ味がしたのをよく覚えている。思い出したくもない。

 

「ほら、ガキ共はマスクと保護メガネをしろよ。色々飛び散るから」

 

 ……さて。俺がこれからガキ共に見せつけようとしているのは、ゴブリンキングの解体作業だ。

 Cランク以上の冒険者は定期的にギルドから呼び出しを食らって、モンスターの解体もしくは解剖を手伝わなければならない。俺はそのための予行練習をさせてやろうと言うわけである。

 別にやりたくなかったらやらなくてもいいけどな。

 

 俺はゴブリンキングのでっぷりとした腹にナイフを押し当て、力任せに柄を引いた。

 ゴリゴリという生理的にゾワゾワするような音がして、背後の新人共がドン引きしているのが分かる。

 

「モンスターの研究なんて可愛い表現だけどよ、実際はこうして()()を覗いて弄り回して知識を得てる。あんまりそういう顔で見ないでくれよ」

 

 解体や解剖作業に入る時、俺達はギルド職員の指示に従って組織を切っていかなければならない。

 指示された箇所と違う部分を切ったりしては大変だから、俺達は事前に知識を仕入れておく必要があるわけだ。つまり……死体のバラし方は習うより慣れろって感じかな。

 

「何でゴブリン共の腹が膨れ気味なのか知ってるか? 奴ら、ゲップする機能が無ぇからガスが溜まっちまうんだ。ほらコレ、胃。ここは奴らの弱点だから、剣で腹を突けば割と致命傷になる」

 

 ギルドに提出するためにゴブリンキングをバラしながら、俺はあちこちを指差してうんちくを語っていく。

 そうして気持ちよく語る俺の肩を、ミーヤが若干食い気味で叩いてきた。聞きたいことがあるのかと思って振り向くと、3人全員が真っ青な顔で首を振っていた。

 

「あのあの、ノクティスさん。そういう知識を教えてくれるのは本当に嬉しいんですけど……」

「その、臭いがあまりにも……」

「はぁあ! くっっっっっさ……ヴォエエ!」

 

 ミーヤは涙目になりながら。ダイアンは俺の手元から目を逸らしながら。ティーラは乙女らしからぬエグめのえずき方をしながら、俺の解体をストップさせようとしてきた。

 特にティーラが限界のようで、悪臭と視覚的な刺激によって激しく息を荒らげているではないか。

 

「はぁ――はぁ――ゥゥゥウォェェ! ェア!」

 

 ここを攻撃すると早く死んでくれるんだぜ〜みたいな知識を喋りたかったんだがな……新人にはあまりにもグロすぎたか。

 後輩を虐める気はないので、後はひとりでコソコソやっておこう。

 

 俺は真水を取り出してナイフを洗うと、火属性魔法でゴブリンキングをミイラ化させて圧縮ポーチに押し込んだ。

 アドバイスを兼ねた指導のつもりだったが、迷惑にしかなってなかったみてぇだ。これは大反省である。

 分からないことを聞かれたら答えてあげるとか、そんくらいの心構えでいいのかもな……。

 

「悪かったなティーラ。肉奢るから許してくれねぇか?」

「この後肉食える奴がどこにいるんですか」

「俺?」

「ふざけないでください」

「ギャハハ、ごめんよ……」

 

 俺はミンチにしたゴブリン達を魔法で焼き払って焼却処分した後、3人の新人冒険者を乗せてエクシアの街に帰るのだった。

 なお、あれだけ吐きそうになっていたティーラが1番肉を食っていた。あの細い身体のどこにそんな量を入れたのだろう。冗談交じりに「解剖したい」と言おうとしたが、全然笑えなかったので俺は愛想笑いを続けることにした。

 



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005:盗賊にただならぬ殺意を抱く商人も当然いるわけよ

 

 ――何故この世界では「冒険者」なんてちゃらんぽらんな職業が許されているのか。

 その答えは、世界を支配する怪物「魔王」の存在にあった。

 この世界に魔王が存在する限り、真の世界平和が訪れることはない。無数のモンスターを引き連れるその怪物に抵抗すべく、人類は国を跨いだ大組織“冒険者ギルド”を設立したのである。

 

 ギルド設立の報を受けて、人々は歓喜に打ち震えた。

 腕っ節の立つ者であれば富と名声を手に入れるチャンスがある上、それどころか、人間の暮らしを脅かしてきたモンスターを合法的に倒しに行ける――

 血気盛んな若者を中心とした人々が、冒険者ギルド設立の一報に夢を抱くのは無理もないことだった。

 

 世界中に希望の光が差し込み、ギルド設立を追い風に人々は立ち上がることになる。

 「冒険者になろう」――と。

 こうして人々は次々に冒険者の世界へと足を踏み入れ、世界中で「冒険者ブーム」が巻き起こったのである。

 

 しかし、冒険者ギルドで生まれたのは光の側面だけではなかった。

 

 危険生物と戦って報酬を受け取る・実績を上げるというその性質上、世界中の若者の死亡率が急増したのである。

 誰でもなれるという性質の冒険者においては、実力もないのに格上に挑んで無駄死にを遂げるという事例が相次ぐのはある意味当然の事だった。

 小銭稼ぎを目的として冒険者になった者の多くは、理想と現実のギャップに文字通り殺されてしまったのである。

 

「でさ〜、ゴブリンキングをバラす俺を見てティーラが言うわけよ。『はぁあ! くっっっっっさ……ヴォエエ!』ってさぁ」

「ガハハ! やっぱり解体作業を見る新人はそうでなくちゃなぁ!」

「んで、そのティーラが更に面白くてな。『ゥゥゥウォェェ! ェア!』ってな感じでえずき出したんだよ。俺ぁてっきり吐いちまうかと思ったね」

「んっんフフ……まぁ解体作業を初めて見るのはつれぇわな」

「そりゃつれぇでしょ」

「可哀想ではあるが、上に行くためには我慢するしかねぇよ」

「それもそうだな。早めに()()()を経験させられて良かったとは思ってるぜ」

 

 また、「農業・漁業はダサい」という新たな価値観が生まれたことにより、世界中の農業従事者及び漁業従事者がその数を大きく減らしてしまい、国によっては食糧難に見舞われる事態も発生した。

 その他にもクエストの高額な報酬金を巡る闇金・借金疑惑、モンスター過剰討伐による環境・生態系崩壊、冒険者による暴力事件、冒険者くずれの反社会勢力化、etc……とにかく黎明期は沢山の問題が生まれたものだ。

 

 もちろん、実力を付けた冒険者が国の兵士では対応できない小さな村の安全を守った――などの良い事例も聞こえてくる訳だが、冒険者ギルドはその勢力を拡大するには未熟な組織だったようで……。

 設立からしばらく。冒険者ギルドは様々な問題を解決するため、大改革を行うと発表したのである。

 

 まず若者の無駄死にを無くすため、適正なランク付けを始めるようになった。これまではふんわりとしたランク付けがされていたものの、改革後は冒険者全員に対して資格の獲得や書類提出を求めるようになったのである。

 例えば火属性の魔法を扱えるなら、その威力と種類で資格制になった試験の合格が必要だし、冒険者ランク昇格の際はそれに見合ったレベルの資格と実績が必要になったということだ。

 

 この制度が浸透すれば、冒険者ごとの実力に合ったクエストが受注できる上、多くの冒険者の情報を管理することができる。ギルド側が打ち出した改革は割と良い改革だと言えよう。

 ……ただし、ギルド側からの通告が一方的すぎた。ある日、掲示板にこのようなメッセージが張り出されたのである。

 

 ――『特別な実績を上げた冒険者以外は、全て最低級の「Dランク」に格を下げる』……と。

 つまり、改革以前に冒険者ランクを上げていた者は、ある日突然最低ランクの「Dランク」に落とされてしまったのである。

 

 ランクごとに受注可能なクエストのレベルがあり、危険なクエストであるほど報酬金も高くなる傾向があったので、唐突な格下げに当然の如く大ブーイングが巻き起こって各地では暴動が起きた。

 ギルドとしては若者の死を減らすための策だったのだが、このランクに関する大改革を起点として、冒険者はその数を大幅に減らしてしまうこととなる。

 

「んで……オメーさぁ、今その3人がどこにいるか知ってるか? ちょっと顔が見てぇと思って朝から張ってるんだが、全然見つかりゃしねぇ」

「さぁ? 流石に疲れてそうだし、今日はオフなんじゃねぇの?」

「あーそれもそうか! ギャハハ、あいつら新人だしな! 待ってて損したぜ!」

 

 まず、強引な改革を強行したギルドに不信感を募らせた多くの冒険者は、ギルドから脱退して故郷に帰ってしまった。

 ただ、改革によって一律でDランクに下げられたと言っても全体の5割はDランクだったし、何ならCランクの冒険者も3割ほどを占めていた。

 この改革で辞めた冒険者の多くはCランクの冒険者である。元々Bランク以上だった冒険者は自力でランクを上げ始めたし、変わらずDランクだった者も差程ダメージを受けていなかった。

 言ってしまえば、割を食ったのはCランクの中途半端な層だったと言えよう。

 

 また、資格や事務作業の義務化を理由にギルドを去った者もいたようだ。

 曰く――

 

『書類とか資格とかめんどくせぇ』

『ランクアップのために資格勉強とかやってらんねぇよ』

『俺は戦うために冒険者になったのに……』

『文字が書けません』

 

 ……その他諸々。

 冒険者ランク降級によって高額クエストを受けられなくなり、生活できなくなって田舎に帰った者もいたらしい。

 

 ……深読みするならば、現役冒険者の不満を誘うことで一次産業職への帰結を促したのかもしれないが――

 

 兎にも角にも、()()()()()()()()()()()()()()

 農業従事者、漁業従事者も元の数値に肉薄するまで回復した。

 その他の規制追加によって冒険者くずれは姿を消し、冒険者の人数過多により生まれていたクエスト報酬金問題も解決に向かった。

 

 ギルドの大改革は徹底的な冒険者の管理を実現し――

 結果的にギルド設立前後の良い所取りをして、世界は前に進み始めたのである。

 

 まぁ、世界情勢のことなんてよく分からん! 俺は俺の自由に生きるだけだぜ。

 今日も今日とて俺は、エクシアの街のギルド内で顔見知りとの雑談で盛り上がっていた。すると、そんな俺の元に受付嬢のクレアさんが駆け寄ってくる。

 

「ノクティスさん、こんにちは。先日はゴブリンキングの討伐に加えてDランク冒険者を救出していただき、本当にありがとうございました」

「お、クレアさぁん。どうしたんですかまたまた。緊急事態ですかぁ?」

「あはは……バレてましたか。緊急事態という程ではないのですが、ノクティスさんに名指しでの個人依頼が入っています」

「ほぉ……こりゃまた珍しい」

 

 自慢じゃないが、Aランク冒険者にもなるとギルドを通じて名指しの個人依頼が舞い込んでくることが時々ある。

 内容は多岐に渡り、お偉いさんの護衛だったり秘境の探索だったり……難易度の高い依頼になるとレアモンスターの生け捕りを頼まれたりすることも。

 

 まぁ、この俺をわざわざ頼るってことは高難易度な任務じゃないんだろう。俺より強ぇ冒険者なんてその辺にゴロゴロいるし、俺はトップクラスの実力を持ってねぇくせにそこそこ高めの報酬金を要求するからな。

 となれば……俺の知り合いか余程の物好きが依頼を出してきたのだろうか。こんなモヒカンに個人依頼する奴なんてマトモじゃねぇのは確かだ。

 

 俺はクレアさんから手紙と思しき封筒を受け取ると、ギルドの端っこの方に移動して封を切った。

 

「なになに……あぁ? 『護衛の依頼』ィ? 何だよ、至って普通の依頼じゃねぇか……」

 

 その便箋に記されていたのは、今俺のいるエクシアの街から国境線を超えるまでの間、荷馬車と依頼者を護衛して欲しいという極々一般的な依頼だった。

 エクシアの街から国境線までの距離は、馬車で丸一日走れば普通に通過できるくらいの長さである。長期の護衛任務なら俺に頼み込むのも理解できたが、護衛しなければならない距離があまりにも短すぎた。

 しかも、エクシアの街は『駆け出し冒険者の街』という異名があるほど安定した環境条件を持つ。先日のゴブリンキングは例外として、ここら一帯の出没モンスターは大抵雑魚なのである。

 

 ――つまり、Aランクの割高冒険者にわざわざ手紙を出してまで依頼するには簡単なクエストすぎた。

 ギルドの掲示板に貼ってあるような、Dランクの新人が経験積みのために利用するクエストと大して変わらないくらいだ。

 

 不思議に思って封筒をひっくり返すと、その中から2枚目の紙が顔を出す。どうやら紙はもう1枚封入されていたらしい。

 地面に落ちる前に、俺は宙を舞った紙を摘み取った。

 

「あん? 何だこりゃ」

 

 そして2枚目の便箋の内容を吟味したところ――俺は思わず手を叩いてしまった。

 何故掲示板で冒険者を募集せずに手紙を出したのか。何故俺でなくてはいけなかったのか。

 その理由が一気に理解できて、俺は思わずモヒカンの毛並みをなぞってしまった。

 

「……そういうことか」

 

 ――『最近、我々商人にとって重要な交通路に悪質な盗賊が居を構えており、私や商人仲間は彼らに大切な積荷や馬を奪われました。大変遺憾に感じております。交通路にて我々の護衛の傍ら、ぜひ彼らの討伐と生首の献上をお願いしたく存じます』。

 

 殺意の滲み出た筆跡と文面に納得しながら、俺はこのクエストの依頼人・商人ゴドーの涙ぐましい要請任務を引き受けることにした。

 

 ……ひとつ確実に言えるのは、この商人ゴドーは俺のことを殺しもやる冒険者だと思っていることか。

 盗賊共を捕まえたら、牢屋にぶち込むために普通に騎士団に引き渡すと思うけどね、俺。

 



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006:盗賊「おい、モヒカンがいるぞ。同業者かな?」

 ギルドの窓口を通じて依頼人のゴドーさんと手紙のやり取りした上で、俺は盗賊の討伐クエストを受けることになった。

 今日は彼と初顔合わせの日。ギルド前で懐中時計を確認しながら彼のことを待っていると、明らかに依頼人と分かるずんぐりむっくりなヒゲオヤジが挙動不審になりながらこちらに向かってくるのが見えた。

 

 結構な距離があったものの、彼と一瞬目が合う。

 ゴドーさんは「うわぁ、いかにもそれっぽい風貌だなぁ……」という表情だった。まぁ俺、トゲトゲアーマーにモヒカンだからね。

 

 初対面特有の「あの人が待ち合わせの人だよね?」的な感じで回りくどく接近した俺とゴドーさんは、間合いの半歩外で互いに立ち止まった。

 

「あのぉ……失礼ですが、貴方がノクティスさんでございますか?」

「そうです。あなたがゴドーさんですね?」

「えぇ。違ったらどうしようと思いましたよ」

 

 からからと笑い合った後、立ち話も何ですからと言ってゴドーさんをギルドの中の談話スペースに誘う。

 そこで受付嬢さんに飲み物を出してもらってから、俺達は簡単な自己紹介をすることにした。

 

「初めましてゴドーさん。私の名前はノクティス・タッチストーンと申します。こんな見た目ですけど勉強が好きです。よろしくお願い致します」

「これはこれはノクティスさん――ご丁寧な挨拶をありがとうございます。(わたくし)の名前はゴドー・デイフォーです。ノクティスさんはどうか普段通りにしてくださいな」

「ヒャハァ! ギャハハ! そうさせてもらうわ、ありがとよぉ!!」

「うお」

「どうかしたか?」

「いえ、見込んだ通りの人で安心しました」

 

 軽い自己紹介が終わって、俺達の間に信頼関係が生まれたように感じる。

 やっぱり敬語ってのは堅苦しくてダメだな。相手が許してくれるならもっとフレンドリーに接するべきだぜ。

 

 個人依頼ってのは依頼主と冒険者が直接やり取りをする必要があり、そこにギルドの仲介はない。つまり信頼関係を構築することが何より大切ってわけ。

 こうなりゃ後はトントン拍子にコトが進むはずだ。

 

「それでよぉゴドーさん、手紙に書いておいた例のアレ……本当に構わねぇんだな?」

「えぇ。私は盗賊を根絶やしにできれば文句はありませんから」

「ギャハ! 話が早くて助かるぜェ! お〜いテメーら集合だ! こっちに来い!」

 

 『手紙に書かれた例のアレ』とは、このクエストに将来有望なDランク冒険者を連れて行ってもいいか――というご相談であった。

 

 正直な話、たった1人で人数の分からねぇ盗賊を相手取るのはちと難しい。

 例え話だが、俺と依頼人を引き剥がす戦法を使われちまったら個人の力じゃどうにもできなくなるワケよ。護衛対象を守れなくなっちまうのは是が非でも避けたい。

 そこで俺は考えた。新人の育成も兼ねて誰かを誘って、頭数を揃えてみよう――と。

 

 運が良かったのは、手紙のやり取りを通して複数人の護衛の大切さを説いたところ、こちらのゴドーさんがガキ共の同伴をあっさり承諾してくれたことか。

 何でも、「私共は護衛の完遂と盗賊の抹殺さえしていただければ、新人を連れてくるなり好きにして頂いて構いません」とのことで……盗賊に対する殺意の高さが青天井なことがよく分かった。

 

 そして将来有望なDランクのガキ共と言ったら、当然出てくるのはこの3人だ。

 茶髪おさげの女弓使いミーヤ、黒髪ツーブロックの男剣士ダイアン、青髪ボブカットの女魔法使いティーラ。

 ゴブリンキングの縄張りに入ってなお生還したコイツらには伸びしろがあるだろうということで、このガキ共は個人的に目をつけていたのだ。

 運だけで生き残っていたとしてもそれはそれで良いことだし、俺にロックオンされた時点でテメーらは逃げられない運命だったんだよ。

 

「つーわけで、こいつらが将来有望なDランク冒険者達だ。ほらオメーら、ゴドーさんに自己紹介しろ」

「あ、はい! ミーヤです!」

「だ、ダイアンですっ!」

「ティーラです!」

「「「よろしくお願いしますっ!」」」

 

 ギルドの奥の方から走ってきた3人のDランク冒険者は、ゴドーさんに向かって元気いっぱいの挨拶をした。

 少しだけ頬が緩んだような表情になるゴドーさん。挨拶のできるガキは好印象ということなのだろう。

 

「ギャハハ! こいつら元気でしょぉ? こう見えて中々()()奴らなんすわ、ヘッヘッヘッ……」

 

 こうして俺達の会話は早速クエストの中身について触れていくことになった。

 そして、クエスト内容の最終確認は、依頼主のこんな言葉から幕を開けることになる。

 

「奴らを殺してください、何としてでも」

 

 仄暗い表情で呟くゴドーさん。

 一気に重苦しい雰囲気が漂い始め、何故か周囲の彩度が著しく低下する。

 

「え、ええと……ギャハハ。ゴドーさん、新人もいるからお手柔らかに頼むぜ?」

「おっとこれは失礼。殺意が前に出過ぎてしまいました」

 

 ミーヤ・ダイアン・ティーラの3人には既にクエスト内容を話しておいたが、依頼主がここまでの殺意を持ち合わせる人間だとは伝えていなかった。

 俺の隣に座る3人は拳を握り締めて俯き加減になっている。ゴブリンキングの時とは別ベクトルの恐怖に囚われている感じだ。

 ストレスを与えるつもりはなかったんだ、申し訳ねぇ……。まぁ悪いのは全部盗賊だから、ゴドーさんに対して文句なんか言えねぇがな。

 

「私はね、この仕事に誇りを持っているんですよ。農民の皆さんから農作物を頂いて、それを商品として世界中の人々に届けていく……人と人を繋ぐ商人という仕事は私の生き甲斐なんです」

「なるほど」

「そんな生き甲斐を奪う盗賊共が現れたのです。場所はエクシアの街と国境線の間。何としても彼らを討ち取っていただきたい」

「……ということだ。ダイアン、ミーヤ、ティーラ、分かったな?」

「「「はい!」」」

「新人の御三方。奴らは真面目に働こうとせずに犯罪を重ね続けるモンスター以下の存在です。良い歳をした大人なら胸を張れる仕事に就けよと思いませんか?」

「おぉ……とんでもない正論パンチ。異端審問官かな?」

「そういえば、ゴドーさんはどうしてノクティスさんにこのクエストの依頼を? 他にも適任の方がいたのではありませんか?」

「ノクティスさんは盗賊共を殺してくれる冒険者だと聞いていましてね。だから頼んだのですよ」

 

 ティーラの質問に答えるゴドーさん。

 おいおい、とんでもねぇ嘘の噂だな。

 俺、殺人なんかやったことないぜ。

 ダイアン達が俺を訝しむような視線を向けてきたが、首を横に振って殺しの事実を否定する。

 

「先に言っておくよゴドーさん。何故か間違われやすいんだが、俺は人殺ししたことなんぞ人生で1度もねぇ。生憎興味が無いんだ」

「えぇ!?」

 

 いや、「えぇ!?」じゃないがゴドーさん。

 そして……おいティーラ。何でテメーはゴドーさんより驚いてんだ。もう1回目の前でゴブリンキングの解体作業を見せつけてやろうか?

 

「は、話を戻すが……盗賊共を生け捕りにする分には構わねぇだろ? 煮るなり焼くなり好きにできるんだから」

「ええ、殺すも生け捕るも変わりません。好きなようにお願いしますよ」

 

 ふぅ……ゴドーさんが普通の商人で良かったぜ。最終確認の段階で「ダメです。殺してください」って言われたら、このクエストを断っていたところだ。

 生け捕りにするには丁度良い道具を持ってきているから、盗賊を捕まえてゴドーさんに引き渡した後のことは全て任せよう。生かすも殺すも彼の自由だ。

 

「出発は明日の未明と聞いてたが、変更は無いか?」

「えぇ。晴れの香りがしますから、天候的にも問題はありません」

「……よし。じゃあ、俺達はクエストのための最終準備に向かう。今日は一旦解散して、また明日この場所で会おうぜ」

「はい。お待ちしております」

 

 こうしてゴドーさんと別れ、ガキ共とクエスト出発のための準備を整えた俺達は――

 

 ――クエストの当日。馬とバイクに誘われて、遥かなる大草原へ駆け出していた。

 

「うわぁ……! 風が気持ちいいですね、ノクティスさん!」

「おう。旅するには最高の天気だ」

「ほっほっほ……盗賊さえいなければ、ですがね」

 

 ガタガタと音を立てながら走る馬車の荷台で、俺達は胡座をかいて広大な草原を眺める。

 地平線の向こうには白銀を被った山脈が構えており、そこに至るまで青々とした草原が広がっていて。大自然へと挑んでいた過去の自分が思い出されて、俺は少しだけ哀愁に浸った。

 

 ……昔、馬車の荷台に乗り過ぎたせいでケツに負担がかかって、見事な切れ痔になったことがあったなぁ。

 振動の少ない魔導バイクを愛用するようになったのはそれからだ。正直なところ馬車もバイクも目くそ鼻くそで、俺はいつ痔が再発するかビビり散らかしているんだがな。

 

 今日バイクに乗っていないのは、盗賊共に護衛がいないと誤認させるため。

 盗賊の影が見えた瞬間、馬を操るゴドーさんが合図を出して俺達が飛び出す寸法よ。

 

 広大な範囲に炎の壁を展開する火属性の魔法――【炎陣(イグ・フィールド)】を発動して奴らの逃げ場を封じ、そのままボーラや投網で捕縛するのが最良のケースだ。

 もし【炎陣(イグ・フィールド)】の範囲外に逃れた盗賊がいれば俺はそいつらを追いかけ、ダイアン達は依頼者を守り続ける。まさに磐石の態勢だ。

 

「……ギャハ! おいミーヤ、オメー緊張で背中がガチガチだぞ! 安心しろって、俺がフォローしてやっから!」

「き、緊張なんてしてません! 全然違いますから。……けど、お気遣いありがとうございます」

「ミーヤは人間を相手にするのが初めてだから、いざ戦うって時に躊躇いが生まれないか心配なんですよ」

「ちょ、ダイアン! 余計なこと言わないで!」

「あ〜、うっかりぶっ殺したりぶっ殺されちまうのが怖いってことか」

「は、はい……」

「中々切実な悩みだな。まずは悩みを素直に打ち明けてくれてありがとうミーヤ。その勇気に免じて、このノクティス様が直々にアドバイスをくれてやろう」

 

 俺はミーヤの頭を撫でて、世紀末スマイルで彼女の緊張を解きにかかった。

 

「近接戦闘をしようとするな。テメーらは3人で固まって動け。俺が用意した投網とボーラを投げまくって、催涙玉や閃光玉で撹乱しろ。テメーらが頑張ってる間に俺が全部終わらせてやる」

 

 昨日、俺は投網とボーラの投擲方法をこの3人にみっちり仕込んできた。催涙玉や閃光玉の作動方法を説き教え、ゴブリンを相手取って成功するまで何度も反復練習をさせたのだ。

 ガキ共は投擲武器の飲み込みが早く、今なら馬に乗った盗賊相手でも十分に効果を発揮できるだろう。

 

 ボーラや催涙玉などの搦め手に頼るのはダサいみたいなプライドを持っておらず、俺の言うことに素直に従ってくれたことが何より良かった。

 これだけ上手くやれるなら十分以上。Aランク冒険者のノクティス様が控えているのだ、盗賊共は1人残らず捕縛してみせるぜ。

 

「幸い、盗賊共に魔法使いはいねぇみたいだからな……まぁ、気軽に行こうや」

 

 白い歯を剥き出しにしてギャハハと笑い飛ばすと、ゴドーさんに続いてダイアンやティーラが笑い出す。

 その輪が荷馬車の中に広がった結果、ミーヤはリラックスしてくれたようだった。

 

 しばらく馬車に揺られてケツが痛くなってきた頃、外で手綱を取っていたゴドーさんが突然合図を出した。

 俺達の間に走る緊張。一瞬で思考を戦闘モードに切り替えた俺は、馬車の外に勢い良く飛び出して腰の圧縮ポーチから魔導バイクを展開する。

 それと同時に、手のひらから射出した火球を【炎陣(イグ・フィールド)】として展開していく。

 自分を中心として広大な範囲に炎の壁が湧き上がり、ゴドーさんの馬車に接近していた盗賊は動きを封じられた。

 

「ミーヤ、ダイアン、ティーラは外に出てゴドーさんを護衛! ゴドーさんは馬車を止めて荷台の中でしゃがんでろ! 外の盗賊は俺がやる!」

 

 盗賊の数は8人。全員がロングソードを片手に馬に騎乗しており、あっという間に荷台に肉薄していた。

 乗馬の技術といい立ち振る舞いといい、相当の手練と見える。ついでに全員ハゲていた。強者のオーラがプンプンするぜ。

 そんな盗賊共の前に出て懐から投網をぶん投げようとしたところ、盗賊のひとりが手を振って接近してくる。

 

「……ん!?」

 

 まさか魔法か!? と思って防御の構えを取ったが、そのリーダーらしき盗賊は何もしてこなかった。

 両手を振る動作はまるで挨拶そのもの。

 何なんだよと思って呆気に取られていると、リーダーが近くに寄ってきて武器を下ろした。

 

「そのモヒカンにトゲトゲのバイク……おいお前、まさか()()()か?」

「は?」

「このご時世に古風な盗賊スタイルとは恐れ入ったぜ」

 

 何を言ってるんだコイツは?

 同業者? 古風な盗賊スタイル?

 盗賊にも流行りのファッションがあるのかよ。

 

「お前もあの商人を追っていたんだろう? だがここはオレ達の縄張りだ。いきなり出てきた炎の壁は気になるが……とにかく盗んだ荷物とバイクを置いてここから去るんだな」

 

 盗人猛々しいとはまさにコレだな。

 俺は半ば呆れながら網を投擲し、リーダーらしきハゲを原始的な網で雁字搦(がんじがら)めにしてやった。

 この投網は身体の隅々に絡みつく。あんまり暴れるとアザになるぜ?

 

「何すんだモヒカンてめェコラァ!!」

「お前ぇ! リーダーをよくも――って、おわぁ!?」

「ちょっ――おいモヒカン! やめろ! 仲間割れのつもりか!」

「るせぇ! ハゲ共は黙ってろや!」

 

 何がムカつくって、俺のことを盗賊の同業者と勘違いしやがったこと。社会のルールも守れない奴らと同類に思われたことだ。

 俺はボーラも合わせて投げながら盗賊共を無力化し、馬から引きずり下ろして地面に転がした。

 

「な、何だコイツ! めちゃくちゃ強ぇぞ!」

「い、一旦逃げよう!」

 

 残った3人のハゲが慌て出し、馬を翻して元来た道を引き返そうとしたところ――

 

 刹那、ハゲが光り輝いた。

 

 ……あ、閃光玉か。

 

「おわっ!? 何だいきなり――」

「目が見えねぇ……!?」

「な、何が起きてるんだ!?」

 

 ダイアン達の閃光玉・催涙玉のコンボにより、盗賊共は背中を丸めて悲鳴を上げる。すかさずボーラと投網が放たれ、馬と共にハゲ共はあっという間に無力化された。

 

「ギャハハ! やるじゃねぇか新人!」

「ノクティスさんのおかげですよ!」

「サンキューな! でもテメーら油断するなよ! 炎の壁の外にまだ敵がいるかもしれねぇからな!」

 

 俺は馬を落ち着かせた後、8人の盗賊を縛り上げて1箇所に纏めて転がす。

 恨めしそうな顔で見てくる盗賊達。俺はリーダーハゲの顎を右手で持ち上げると、左手にどす黒い【滅炎(ファイア)】の火球を生み出して情報を吐かせることにした。

 

「おい、ここにいる8人でテメーらの盗賊は全員か?」

「っ……」

「ダンマリか。それならテメーの髪は1本残らず燃え尽きることになるぜ」

「……も、もう1本も無いんですけど……それは大丈夫なんですかね……?」

 

 ――そして、全員を脅すことによって得られた言葉は「盗賊は8人で全員」という異口同音の答えだった。

 こうして案外あっさりクエストは終わりを告げたのだが――

 

 それはもうとんでもない目をしたゴドーさんが、居心地悪そうに座る8人のハゲを睨んでいた。

 

「…………」

「…………」

 

 とりあえず国境線の向こうにある街まで盗賊共を運ぼうということになって、俺のサイドカーに積まれた8人のハゲ。

 誰も何も喋らず借りてきた猫のようになった彼らは、どうやら自分達がどんな目に合うかの予想が着いているらしかった。

 

「ゴドーさん。こいつらを街に連れて行ってどうするんだよ?」

「殺す」

「おぉ〜」

 

 殺す、という明確な殺意に震えるハゲ共。

 冒険者よりも覚悟が決まっててやべーなこの人。

 

「……と言うのは冗談で、騎士団に引き渡して然るべき裁きを受けてもらいますよ」

「あれ、案外冷静なんだな?」

「……復讐すればスッキリはするでしょうが、直接手を下したくないんですよ。人に商品を渡すこの手で、人を殺めたくはないのです」

「……大変結構なことで」

 

 盗賊を殺すことよりも、商人としての心が勝ったのかもしれない。

 馬の手綱を引くゴドーさんの目は、どこか優しかった。

 

 結局、ゴドーさんは宣言通り騎士団に8人の悪党を突き出した後、何事も無かったかのように笑顔を見せてくれた。

 俺達冒険者よりも、こういう普通の人の方がよっぽど強いのかもしれない。そう強く思わされるクエストだった。

 



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007:ダンジョン攻略準備

 

 出会った初めの頃は俺のことを怖がっていたガキ共だが、最近は俺の姿を見掛けると必ず声をかけてくれるようになった。

 ノクティスさんノクティスさんとくっついて離れてくれないのだ。そうして慕ってくれるのは嬉しいことだが、そろそろ独り立ちの時期なんじゃないだろうかと思ってしまう。

 他に様子を見たい後輩もいるし、ソロで挑戦したいクエストもあるし……先輩に頼りすぎというのは頂けねぇよな。

 

 特にミーヤ。理由は分からねぇが、ゴドーさんのクエストをクリアしてから彼女との距離感が妙に近くなっていた。

 弓の上手い撃ち方や立ち回り方をアドバイスしたり、頻繁にメシを奢ったりしただけなんだがな……ミーヤときたら、俺のきったねぇ家に押しかけようとするわ、服を買いに行こうと誘ってくるわで、プライベートにまで干渉しようとしてくるのだ。

 

 別に迷惑だと思ってるわけじゃねえ。全然嬉しいぜ?

 可愛い後輩と交流するのは良いリフレッシュになるし、俺自身も楽しんでるしな。

 しかし、パーティ外の人間と深く関わり過ぎるのはちょっとばかし危険なのだ。

 

 割と最近、こんな話を聞いたことがある。とある男冒険者の話だ。

 オチだけ言うと、そいつは一般人の彼女を作った結果パーティメンバーと過ごす時間が減り、戦闘での連携が取りづらくなっちまったらしい。

 最終的にクエストクリアが困難になり、パーティは解散。金を稼げなくなって彼女とも別れてしまったとか。

 

 まぁこれは極端すぎる事例なんだが、このまま行けば()()()()()()が起きないとも限らない。

 俺に入れ込み過ぎてパーティ崩壊なんてことはないだろうが、折角仲の良い奴らが揃ってるんだから友人を大切にしてほしいのだ。

 

 いずれにせよ、ダイアン達に肩入れし過ぎる期間も終わりになるはずだ。

 ガキ共はもう半人前になっているし、俺にも予定や仕事ってもんがあるからな。こいつらの面倒を見終わったら、またソロ冒険者生活に逆戻りする予定である。

 

 ある日の早朝。いつものように起床した俺は、キッチンに立って目玉焼きを作り始めた。

 

「この時間が1番落ち着くぜ」

 

 自画自賛になるが、料理の腕は結構立つ方だと思う。

 大改革の際、もし冒険者を廃業することになったら料理人になろうと真面目に計画していたくらいだ。

 

 朝飯を食って腹を膨らませた後は、鏡の前に立って身だしなみを整え始めた。

 まずはトゲ付きの甲冑を着込み、前日と変わった所がないかを軽く動いて確かめる。

 魔法のポーチに収容してある武器のロングソードも確認対象だ。刃に欠けた箇所が無いかを念入りに調べていく。

 状況によって使い分けているサブ武器――ボウガン、弓、モーニングスター、斧などのチェックも欠かさなかった。

 

 自慢じゃないが、俺は毎日この作業を欠かしたことがない。

 自分の装備管理を疎かにする者は、いつか過去の自分に殺されるだろう。頻繁に使う道具は、いつでも命を預けられる状態にしておかなければならないワケよ。

 ……よし、不具合は無し。メンテナンスも必要無いみたいだな。

 

 装備チェックが終わった俺は鏡の前に立った。

 そして獣の脂をベースにした整髪料でバリバリのモヒカンを作り上げた後、鼻の下等のムダ毛を処理して威圧感を高めていく。

 こうしてガキ共の元に扇形のモヒカンが届けられるわけだ。

 

「ふぅ……」

 

 これで朝の支度は終わり。

 さぁ、ギルドに向かおうか。

 

「おはようございますノクティスさん!」

 

 閑散としたギルドに入ると、聞き覚えのある明るい声がした。ミーヤの声だ。

 

「おー、ミーヤか。今日は随分と早いな」

「ノクティスさんに会いたかったので早起きしちゃいました!」

「ギャハ! そいつは嬉しいが、俺に絡むのも程々にしとけよ? ダイアンやティーラが寂しがるぜ」

「えへへ、すいません」

 

 Aランクの冒険者は世界中の冒険者の3%程度しか存在しないと言われており、俺はこれでも一応エリートということになる。

 ただ、モヒカンのせいでならず者やモンスターと勘違いされることの方が多いので、そもそも冒険者と気付いてくれる人は少なかったのだが――

 

 最近はミーヤを始めとする知り合いが良い噂を撒き散らしてくれたからか、この見た目を恐れずフレンドリーに話しかけてくれる人が増えた。

 そして俺がAランク冒険者だと知ってビビるまでがセットだ。

 

 一般市民や冒険者からの風当たりが良くなったのは、最近ミーヤと一緒にエクシアの街を歩き回っていたからだろう。

 傍から見れば、ミーヤと一緒にいる俺は「少女に連れ回される優しいモヒカン」に見えているはずだからな。

 

 ……優しいモヒカンってなんだ?

 まぁいいか。

 

「ところでよ。遂にオメーらもダンジョン攻略に挑むと聞いたんだが……そりゃあマジなのか?」

「はい! マジのマジです!」

「ほっほぉ……」

 

 ――ダンジョンとは、魔王が作ったとされる建築物のこと。

 そしてダンジョン攻略とは、Dランク冒険者が初めにぶつかる大きな壁である。

 

 言ってしまえば低ランク冒険者は踏破済のダンジョンを攻略するだけなので、「どこに壁要素があるのか」と思われることも多いのだが……。

 

 しかし、ダンジョン攻略は普通のクエストとは全く違うのである。

 大きな壁と言われる要素は主に2つだ。

 

 まず、特異的なモンスターが多く出現したり、自然の中では考えられない悪質トラップが存在することによる死亡率・途中撤退率の高さ。これが1番大きな理由だ。

 直下にトゲの用意された落とし穴、振り子のように襲いかかってくる鉄球、酸性の沼へと繋がるローションスライダー……ほんの僅かな例だが、ダンジョンにはこのような即死トラップが多い。

 これに引っ掛かって死んだり、引っ掛かった仲間を見て心が折れたり、そうでなくてもモンスターと戦っていくうちに消耗して撤退せざるを得なくなったり……ダンジョンで冒険者稼業を諦めた者も数多く存在するほどだ。

 

 第2の理由としては、測量の資格が必要なこと。

 ダンジョンのエリアごとに正確な地図を作っていかないと、情報が足りなくてギルドや後続の冒険者は困っちまう。そのために地図を描かされるのだ。

 

 未開のダンジョン攻略に時間がかかりやすいのはそういう理由があった。

 初見ダンジョン攻略には以下の手順が必要となる。

 測量試験をパスして、測量器具を持ち込んで、そのための書類を書いて、モンスターと戦ってトラップを避けながら測量をこなして地図を描き、やっと辿り着いたダンジョン最奥のボスを倒して、また測量して地図を描いて、最後に完成した地図をギルドに提出して再び書類を書く。

 この工程、控えめに言って地獄である。

 

 ……Dランク冒険者は踏破済のダンジョンに行くので、測量するのは序盤と終盤のエリアだけだ。

 それでも彼らは察するという。

 いつかランクが上がったら、こんな面倒臭いことをしなきゃいけねぇのか……と。

 ついでに、ダンジョン攻略前後の書類準備がアホほど面倒臭いことも示しておこう。

 

 ミーヤ達3人はその壁に挑もうとしているのだ。

 ちょっと前はモンスターの解体を見てゲロ吐きそうになってたくせに、随分とデカくなったもんだぜ。

 

「ミーヤは覚悟ができてるんだろうな?」

「ダンジョン攻略ですか? もちろんですよ!」

「しっかり準備は整えたのか?」

「はい! 今すぐ出発してもいいくらいです!」

「――バカ野郎! おいガキ、あまりダンジョン攻略をナメんじゃねぇぞ……」

 

 俺は大口を叩くミーヤを壁に追い詰め、その顔の横に手のひらを叩きつけた。

 

「……っ!? あ、あのあのっ」

「動くんじゃねぇ……今確かめてやる」

「なっ、何を――」

 

 少しだけ頬に触れる。そのままブラウン色の髪に手をやり、指先で撫でてやった。

 どんどん赤くなるミーヤの頬。翡翠の瞳が2度、3度、左右に泳ぐ。そして何を思ったのか、彼女は瞼をぎゅっと瞑って顎を持ち上げてきた。

 

 ――やっぱりだ。

 少しだけ右にズレた重心、紅潮した頬、いつもと比べて艶のない髪、極めつけは僅かな肌荒れと目の下のクマ。

 この野郎、寝不足を隠してやがったな?

 何が「今すぐ出発してもいいくらい」だ。全て万全に整えても失敗しちまうかもしれねぇ難易度なんだぜ?

 新人冒険者特有のものとはいえ……この見通しの甘さ、俺がダンジョン攻略に同行した方が良いかもしれんな。

 

「ミーヤ、テメー寝不足だろ」

「……え? あ、あー! えっとその、どうしてそれが分かったんですか!?」

「テメーの些細な変化なんて手を取るように分かっちまうんだよ。ギャハハ、ミーヤのことはずっと見てきたからなァ……」

「っ……! う、嬉しいですっ」

「……?」

 

 俺から目を逸らして両手を口に当てるミーヤ。

 何故か耳が赤い。寝不足に加えて風邪もひいてるのか?

 

「おい、おでこ触らせろや」

「え!? や、急にそんな恥ずかしいですって!」

「うわ熱っ! 何だテメェこの野郎! 体調不良抱えすぎだろ!」

 

 試しにおでこを触ってみたところ、バカみたいに熱かった。

 女や子供の体温は高いと聞くが、そういう次元の熱さじゃない。卵焼きが焼けるぜ。

 

「寝不足に加えて風邪気味の身体……いったい昨日何があったんだ?」

「あ、いや、そのそれは……ごにょごにょ」

「言いにくい事情でもあるのか? ……分かったよ、理由は深掘りしねぇ」

「ほっ……」

「だがな、今日はもう帰って休め。それか俺ん家に来てメシでも食ってけ。風邪に効く気持ち良いクスリと手料理を振舞ってやるよ」

「えっ!? 良いんですか!?」

「急に元気だな」

 

 こうして俺はミーヤを自宅に誘い、風邪に効く気持ち良いクスリと料理をご馳走してやることにした。

 ま、気持ち良いクスリと言っても大したモンじゃない。森の中から拾ってきた薬草と苔を磨り潰して乾燥させただけの物だ。

 

「ゥゥゥオェエ! これ不味すぎですよノクティスさん!」

「我慢しろ」

「ァオ! ェア! ォオェェ! ペッペッ!」

「おい、吐き出すな!」

「このクスリ全然気持ちよくないです!」

「いや、気持ちは良くなると思うんだが」

 

 ミーヤの口にクスリを無理矢理ぶち込んだ後は、俺ので申し訳ないがベッドで寝てもらうことにする。

 ミーヤは枕を抱き締めて、料理する俺の後ろ姿をボーッと見ていた。

 

「なぁミーヤ」

「はい、何ですか?」

「オメーの髪。おさげって言うんだっけ……オシャレで可愛いよな」

「……!? きゅ、急に何を……っ!?」

「……でもな、そんなテメーに言わなきゃなんねぇことがある。とても大切なことだ」

「そ、そんな――ここでするんですか!?」

 

 彼女が口走る言葉は理解しかねたが、俺はかねてより考えていた言葉を彼女にぶつけることにした。

 

「その髪をショートカットに切ってほしい」

「……はい?」

「3人でダンジョン攻略に挑むんだろ? トラップに挟まれたり、モンスターに髪を掴まれてそのまま……っていう悲劇だけは避けたいんだ。オメーらには絶対に生きてて欲しいって俺の気持ち……分かってくれるか?」

「――……」

 

 ミーヤのおさげはとっても可愛らしくて、俺も彼女と談笑している時はよく目を引かれていた。

 そんな茶髪のおさげはミーヤのチャームポイントと言えるだろう。

 

 でも、可能性の話として。

 ダンジョン攻略に挑む際、髪の毛が必要以上に長すぎると回避可能な危険を避けられない恐れがあった。

 

 百害あって一利なし。

 街を出かける際のオシャレとしてなら良いが、一瞬の判断が生死を分かつダンジョン内において長髪は邪魔でしかないのだ。

 

 髪の毛は女の命と聞いたことがある。加えて体調不良状態のミーヤにこの話題を切り出すのは心苦しかったが……彼女にはどうしても俺の気持ちを知って欲しかった。

 彼女の前に料理を差し出しながら、おずおずと視線を上げていく。

 失望されただろうか。軽蔑されたであろうか。

 そうして唇を舐めながら彼女の双眸を見上げると、ミーヤは満面の笑みを浮かべていた。

 

「分かりました。出発の日までに短く切っておきますね」

「……! そいつは良かった」

 

 返ってきたのは意外や意外、俺の言葉を呑む回答だった。

 俺はほっと胸を撫で下ろす。そんな中、ミーヤがいたずらっぽく微笑んで俺の顔を覗き込んでくる。

 

「――次は、『ショートカットになったミーヤも可愛い』って言わせちゃうんですから」

「え? あ、おう。そりゃあショートにしてもミーヤは可愛いと思うけど、そんなに言わせたいセリフなのか?」

「……もう! にぶちんなんですから!」

 

 その後も他愛のない雑談を繰り広げていると、彼女はいつの間にか俺のベッドですやすやと寝息を立てていた。

 

「……ギャハハ。可愛いガキだぜ」

 

 俺はミーヤの髪をひと撫でして、机に向き直る。

 ……こんな自分を慕ってくれるミーヤ達の存在が、俺の心の中で大きくなり続けていた。可愛くって仕方がなくて、何から何まで面倒を見たくなっちまう。

 

 朝方は「独り立ちの時期だ」なんて偉そうに思ってたが――

 後輩離れできないのは、むしろ俺の方かもしれないな。

 

 俺は新たな資格の勉強をしながら、狂ってしまった今日の予定に少し満足するのだった。

 



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008:テメーら立派な冒険者だぜ

 

「あれ、ノクティスさんは髪の毛切らないの?」

「このモヒカンは武器だ」

「え?」

「オメーらには言ってなかったが、クエスト前に毒を塗り込んでるんだ。触ると火傷じゃ済まねぇぜ」

「えぇ……」

「表面は毒で滑るから、挟まる心配も掴まれる心配もない。攻撃は最大の防御ってわけよ」

 

 結局ダイアン達のダンジョン攻略に付き添うことになった俺は、測量器具の貸し出しを受けるなどしてギルドに入り浸っていた。

 今日赴くダンジョンは森の中の遺跡で、エクシアの街の近場にあったからか改革前に攻略されていたはずだ。

 

 ダンジョンの最奥で待つボスの名前は『腐れ落ちた骸の王』、簡単に言えばスケルトンのキモい特殊個体だ。

 イカつい名前だがDランク冒険者にも討伐許可が出ており、定期的に再誕するので新人の格好の餌となっている。

 

 3人は特定のフロアの地図を製図して、なおかつダンジョンボスを討伐すればダンジョン踏破が認められる。

 今回俺が手伝うのは測量と討伐モンスターの記録だけ……つまりモンスターとの戦闘はボス含めてダイアン達のみで行ってもらうことになっていた。

 俺は後方先輩面で腕組みしてるだけでいい。

 

 ……まぁ、これでガキ共に構うのは最後にしようと思ってた頃だからな。

 俺が鍛え上げたオメーらの力、たっぷり見せてもらうとするぜェ。

 

「ここが例のダンジョン……『崩れ落ちた遺跡』だ。さぁオメーら、ここからは自分達の力で進んでくれよ」

 

 俺はサイドカーから3人を下ろすと、ガキ共を前に行かせて早速腕組みを始めた。

 俺に何度か視線を向けてくるミーヤ達だったが、俺が何も言わないで顎をしゃくると、3人は頷き合ってダンジョン内に足を踏み入れていく。

 

 ――『崩れ落ちた遺跡』の名の通り、このダンジョンは全体的に足元が悪かったり()()()()()のトラップが数多く用意されている。

 例えば地面が崩れて奈落に真っ逆さまな落とし穴とか、足元のスイッチを踏んだら岩が落ちてくるとか。死なない系のトラップであれば、催涙ガスが穴から噴出してくるとか……そんな感じの易しいダンジョンだ。

 

 ただ、トラップに引っかからないに越したことはない。

 早速3人の目の前にトラップを発見した俺は、ヒヤヒヤしながら彼らの動向を窺う。すると彼らは即座にトラップの予兆に気付き、指差し確認を行って仲間に危険を知らせ始めた。

 

「あ、あれ!」

「おぉ、紐状の障害物落下系トラップじゃん。割と遠くからでも見えるんだな」

「『ダンジョン攻略試験』で見たやつだよ! 傾向と対策バッチリじゃん!」

 

 おお、良かった良かった……。

 ダンジョン攻略の前にパスしなければならない筆記試験『ダンジョン攻略試験』を満点合格していたからか、彼らの行動には迷いがない。

 俺は深く頷き、彼らの後に続いた。

 

 3人の行動はダンジョン内でも淀みない。

 トラップを発見すれば必ず仲間に報告するし、モンスターとの戦闘も高所を陣取るか広い場所で行うなどして有利展開を作っていた。

 また、弓使いのミーヤと魔法使いのティーラが徹底して遠距離戦を繰り広げていたのが嬉しかった。

 ダイアンも正統派の剣士から俺のようなコスいタイプに鞍替えしたのか、盾を構えつつしょぼいナイフ投擲でちくちくダメージを与える戦法に変えていた。

 まぁ、死ななきゃ良い。そしてこの戦法で行き詰まったら、その時改めて考え直せばいいこと。生き残ってくれたらそれで良いじゃないか。

 トライアンドエラーが出来る戦法なだけまだマシさ。エラーした瞬間人生終わりなのは嫌すぎるもんな。

 

「ふむ、測量の方も完璧だな。誤差はあるが、既存のダンジョン地図と大差ないぜ」

「ありがとうございます!」

 

 組み立てた測量器具による座標観測、読み取った座標から作る平面地図、その両者に不備はなかった。

 Dランク冒険者としては驚異的な正確さで地図を作り上げた3人に俺は唸ってしまう。

 

 こいつら、本気で伸び代があるぜ。

 生存重視なものの戦闘はしっかりこなせる技量と度胸があるし、冒険者稼業に必要な知識・学問への姿勢も素晴らしい。

 分からないことは恥ずかしがらず・躊躇わずに聞いてくるし、熱心にメモを取って二度と同じ失敗を繰り返さない。もし二度目の失敗をした時は、3人の誰かが気付いて指摘してくれる。

 上昇志向もあるし、人付き合いも良い。人当たりが良いものだから、俺の知り合いやギルドの受付嬢はガキ共のことをすっかり気に入っているくらいだ。

 

 本当に優れたガキ共だ。

 ――環境と人材と運。これらが上手くマッチし、短期間の間に新人が急成長しているとも言えるだろう。

 

 こうして可愛い後輩がすくすく育っていく事実に、俺は喜びを覚えずにはいられなかった。

 

「ふふ、俺の出番がねぇな……」

「何言ってるんですか。もしオレ達が危なくなったら助けてくださいよ」

「ギャハハ! そうはならなさそうだから言ってんだろ?」

「そんなことありませんって、あたし達油断しまくってます!」

「それはそれでダメだろ」

 

 雑談をする余裕すらあると来た。こいつら、俺みてぇなモヒカンなんか踏み台にして大物になるぜぇ?

 

 余裕ぶちまけながらゲラゲラ笑い合って、いよいよダンジョン最後半。俺達は『崩れ落ちた遺跡』の最後の砦、『腐れ落ちた骸の王』が待つボス部屋に辿り着いた。

 そもそもダンジョンとは魔王が作り上げたモンスターの住処で、人間の戦力偵察のために生み出されたものらしい。

 少なくともボスモンスター討伐回数は数えられていると聞くし、視覚的情報が魔王の元に行き着いていないとも限らないだろう。

 

 つまり、ダンジョンを通して魔王はこれから知ることになるワケよ。

 ――将来のSランク冒険者達の誕生をな!

 

 ボス部屋の前で食事を取って仮眠した後(交代で見張りをした)、準備万端となったティーラ達は大扉を押し開けた。

 両開きの鉄扉の向こうから漂ってくる瘴気のような悪臭。俺も過去に嗅いだことのある激烈な臭い――『腐れ落ちた骸の王』の体臭だ。

 

「ヴッ」

「ォオ」

「カッ……、ンン」

 

 3人が妙なえずき方をすると同時、後ろの鉄扉が重々しい音を立ててピタリと閉じ――なかった。

 扉の隙間に置かれた小さな棒状の道具が強力な氷属性魔法を吐いて、扉を半開きのまま固定してしまったのだ。

 

 当然こういう罠があると知って来ているのだから、冒険者は扉用の突っ張り道具を持ってくるのが当たり前になっている。

 ミーヤがここぞとばかりに仕掛けていたのを俺はちゃんと見ていたし、近年じゃボス部屋に閉じ込められる冒険者も少ない。ボスと戦ってうっかり死ぬ奴はいるけどな。

 

「ダイアン、来るよ!」

「任せとけ! ガン逃げしながら盾で防御する!」

「それでいいのよ! ヘイト稼ぎよろしくぅ!」

 

 至る所に肉を残した不完全なスケルトン――腐れ落ちた骸の王との戦闘が始まった。

 まず初手。ダイアンが投げナイフによるちくちく攻撃を与え、ヘイトを稼ぐ。

 一部の界隈では「投げナイフはダメージがしょぼい」って先入観があるらしいんだが――いやいやナイフを投げられたら痛いしウザいに決まってるだろ。

 

 だってナイフだぜ? 扱い方次第じゃ人を殺せるし、手に持ったナイフを足に落としたら大惨事になるでしょ? そんなナイフをぶん投げられたら、モンスターだとしてもウザいに決まってる。

 しかも、そのナイフを投げる敵は盾を構えて防御してると来た。俺がモンスターだったら普通にウゼェからダイアンを1番に狙って倒したくなると思うわ。

 

「ヘイト稼ぎやるじゃん!」

「その調子でもっと頑張りなさい!」

 

 骸の王もそんな風に考えたのか、無尽蔵のナイフちくちく攻撃を行うダイアンを狙い始めた。

 しかし、ダイアンの盾術は俺仕込みのガチモンだ。相手が四刀流でもない限り攻撃ひとつ通さねぇ。

 手に持った斧で彼を攻撃しようとするが、ダイアンは上手く攻撃を受け流して再び距離を取って投げナイフ攻撃を繰り返すのだった。

 

 こうしてダイアンに対して完璧なヘイトが向いたところで、弓使いのミーヤと魔法使いのティーラが容赦のない攻撃を与える。

 背中からバッサリだ。弓矢に加えて氷属性魔法がスケルトンの身体を蝕んだ。

 

 すると敵は困惑して、状況確認しようと周囲を確認し始めた。全方位からの攻撃に思考が追いつかない様子。

 すかさずナイフ・弓矢・魔法攻撃が飛んできてモンスターは更に困惑し、一瞬だけ誰にもヘイトが向かない思考停止の時間が訪れる。

 

 ――そこをダイアンが最大火力で叩いた。刹那に反応したティーラの強化魔法でエンチャントされたロングソードが、骸の王の脳天に叩き付けられる。

 かくして、『腐れ落ちた骸の王』は頭をカチ割られて死亡した。

 

 ヘイト向け→全方向攻撃で注意分散→近距離から大ダメージ……この黄金コンボで反撃の隙さえ与えない、素晴らしい連携だった。

 こんな連携テク、Bランクでもそうそうお目にかかれねぇぜ。

 

「ギャハハ! ダンジョン攻略完了だ、おめでとうガキ共! これでやっと1人前だな!」

 

 俺は拍手しながら彼らを讃える。ボス扉の凍結が解かれ、ダンジョン踏破を称えるように扉が全開きになって初めて――3人は白い歯を見せた。

 

「や、やった――やったあっ!」

「うわ、やば。うれし」

「ノクティスさん、あたし達――クリアできましたよっ!」

「おう、しっかり見てたぜ。街に帰るまでがクエストだが、ひとまずはお疲れさんと言っておこう」

 

 3人の頭を代わる代わる撫でて、わしゃわしゃと髪の毛を掻き回した。ぐしゃぐしゃに乱れた髪も厭わずに飛び跳ねて喜ぶガキ共を見て、俺は何故か寂しさと嬉しさを抑えることができなかった。

 見た目は変わってねぇのに、でっかくなりやがって……。

 うっかり涙が零れそうになったので顔を背けると、俺は3人の視線を誤魔化すようにこう言った。

 

「おいガキ共! まだやることが残ってるんじゃねぇのか?」

「え……?」

「やること?」

「なんか残ってたっけ?」

「ギャハハ……忘れんじゃねぇよ! ()()()()()()()()()必要があるだろうが」

「「「あっ」」」

 

 俺が指さす必要もなく、特殊個体スケルトンに視線を移す3人。

 ダンジョン最奥ということで死体全てを持って帰る義務はないものの、討伐証明として生首ひとつくらいは持ち帰らなきゃならねぇだろう。

 

 ただ、やはりと言うべきか。

 解体作業とか死体を扱う行為はまだまだ慣れないらしく――

 ミーヤとティーラが死体に刺さったナイフを回収していたダイアンへ仕事を押し付けたのをキッカケに、泥沼の押しつけ合いが始まったのであった。

 

「オレは嫌だ! トドメ刺した俺が1番活躍したんだから、解体作業は免除されるべきで――」

「はぁ!? 私のエンチャントが無かったらボスは倒せてなかったでしょ! 私はパスで!」

「あたしも嫌だからね!? 汚れた手で弓矢を触ったら弦が切れちゃうもん!」

 

 ぎゃあぎゃあ騒いで、あーだこーだとガキみてぇに罵り合って。

 俺はそんな愉快なガキ共を眺めながら、今日いちばんの笑いを堪え切れなかった。

 

「ギャハハ! おいガキ共! そんなんじゃCランク冒険者にもなれねーぞ!」

 

 



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009:兄貴ィ!お久しぶりです!

 この世界には様々な国や土地、海洋が存在する。

 その中でも人間の暮らす土地というのは割と狭い範囲に限られており、大半が魔王やモンスターの支配下に置かれていた。

 

 そんでもって、Bランク以上の高ランク冒険者に課された最大の役目は、魔王軍に支配された土地を奪い返すことである。

 取り戻した土地の分配とかそういう拗れそうな問題はさておき、とりあえず『どの国にも属さない土地』として奪い返そうぜという感じだ。

 

 しかし、敵陣に侵攻することが最重要視されているとはいえ、緩衝地帯は魔王軍からの攻撃が絶えない。

 最前線の街には高ランク冒険者が山ほどいるのに、魔王軍の猛攻を前に前線を押し留めることで手一杯なのが実情である。

 

 Aランク冒険者の俺も最前線に行きたい気持ちはあるが、内地は内地で高ランク冒険者の人手不足が目立っており――

 俺が内地を離れる日は遠そうだ、というのが俺の率直な感想であった。

 

「ノクティスさん! そっちも耕しておいてくださいね!」

「分かってるよ! 素人は黙って見てな!」

 

 今日の俺のクエストは、とある村の畑仕事を手伝うこと。

 こんなもん冒険者じゃなくてもできるんだが、俺は土を耕すのにうってつけのバイクを持ってるからな。

 誰もやりたがらない地味〜な仕事を率先して消化しておくのも、ベテラン冒険者の仕事ってわけよ。

 

「畑仕事の素人はあんたでしょ!」

「ギャハハ!」

「ギャハハじゃないですよ! あぁもう心配だなぁ!」

 

 ゲラゲラ笑いながら、俺は魔導バイクで畑をゆっくりと耕して回る。

 バイクの速度自体は人の歩くペースよりも遅かったので、俺に指示を出してくれるオッサンはいつでも止めに入れるようになっている。

 

 しかし、こういう農作業系のクエストはたまに受けてるんだが……今回は初めて担当する村だったからかな。村人からめちゃくちゃ不安な目線が向けられているのが嫌というほど分かった。

 

 確かに今の状況は傍から見たら『畑を荒し回るならずもの』まんまだ。

 事情を知らない奴がこの光景を見たら、俺のことを犯罪者か何かと勘違いして襲いかかってくるかもしれない。

 実際、事情を知らなかった奥様にクワで脳天カチ割られそうになったしな。モヒカンがなかったら死んでた。

 

 こうして畑仕事の手伝いを終えると、帰りの支度中にクエスト依頼主と雑談する時間があった。

 そこで気になっていたことがあったので、思い切って疑問をぶつけてみることにした。

 

「そういやよぉ。馬とか牛とか、この村に家畜はいねぇのか? この村には厩舎があるんだから、冒険者に頼まなくても畑を耕すこともできたはずだろ」

「あぁ、それなんですけど……」

「?」

 

 やけに気まずそうな表情をする村人Aさん。

 なんだなんだと急かしてみると、Aさんは厩舎らしき建物を指さしながらこう言った。

 

「最近、村で飼ってる家畜が盗まれたんですよ。被害は馬1頭で済んでいるのですが、私共としては大損害です。それから家畜を迂闊に外に出すのが怖くなってしまいまして」

「おいおい、大切な家畜を……そりゃ許せねぇな。どういう手口でやられたんだよ?」

「不明です。夜にガタガタッという物音がしたかと思うと、次の日には馬が1頭消えていて……それだけです。人数も手口も何もかも分からないから、対策のしようがないんですよ」

「マジか。大変だな」

「えぇ。やけに手際の良い盗賊です」

 

 そう言いながら、Aさんは厩舎の中を案内してくれる。ごつい鎖と南京錠に封じられた扉の向こうからは、牛や馬、鶏がギャーギャー鳴きながら挨拶してきた。

 

 ここは小さな村だから、家畜1頭だろうが大損害である。盗賊(と思しき元凶)の討伐クエストではなく畑作業のお手伝いクエストを発注したのは、恐らく報酬金が払えなくなってしまうという問題があるのだろう。

 討伐クエストはどうしても報酬金が高くなる傾向にある。加えて今の時期は畑作業の忙しい時期。討伐クエストを依頼するより、畑作業を手伝ってもらう方が安く済むということなのだろうか。

 

「ふ〜ん……」

 

 手際の良い盗賊ねぇ……。ちゃちなことでも、困ったらとりあえずギルドに報告しておくか。何事も報連相だぜ。

 

「――まぁ、何かあったら迷わず呼んでくれや! ギャハハ! また来るぜェ!」

「今日はありがとうございました!」

 

 俺は魔導バイクをカチ上げながら村を後にする。どうせ村に来たんだから、もののついでに村の周りをちょっくら見て回ってやるか。

 ということで、俺はバイクを走らせながら村周辺の探索を始める。村の周囲は獣道が多く入り組んだ地形になっていて、盗賊が隠れるにはうってつけの場所だ。ギルドが発行している地図帳にも、この辺りを詳細に測量した地図は載っていない。

 

 ……実は結構厄介な一件だったりするのか? なら尚更、あんまり暗くならないうちに帰らないとな。用心を重ねて悪いことはない。

 足元が悪くなってきたので、バイクの速度を落としながら泥濘(ぬかるみ)を走る。ジメジメした空気と森独特の臭いが漂ってきたところで、俺は気になるモノを見つけてバイクを停めた。

 

「……ん? 何だあれ」

 

 視線の先にあったのは、木々に囲まれてひっそりと身を隠した古塔。誰にも発見されていない、もしくはギルドに報告されていない建物だ。

 さっきの村やエクシアの街からそう遠くなく、公的には誰も知らない場所にあって、背の高い木に囲まれて人から見つかりづらい――盗賊が拠点にするには持ってこいの古塔であった。

 

「ギルドに報告しねぇとな」

 

 地図に載せるのと載せないのでは、こういった犯罪抑制の面で劇的な違いがある。俺は地図にペンを走らせて大体の位置をマークし、苔むした塔へと接近していく。

 塔はボロボロで、今にもぶっ壊れちまいそうだった。建物自体の手入れはされてないと見える。……だが、人の出入りした形跡があるな。やっぱり誰かいるみたいだぜ。

 

「…………」

 

 片手に盾を、もう片方の手に【滅炎(ファイア)】を出現させながら塔の入口に差し掛かる。

 そこで耳を澄ますと、石壁を隔てた向こう側から微かな物音がした。

 

 ヒャハァ! ビンゴ! どうやら悪い奴がいるみたいだねェ。

 俺は【滅炎(ファイア)】の火球を拳の中で増幅させながら、足音を立てないように古塔内部の探索を始める。

 

 2階へと続く階段は崩れ落ちていた。目に入るのは薄暗い地下へと続く螺旋階段。地下から人の気配と物音がする……ような気がした。

 恐らくここが盗賊共の拠点で間違いないだろう。

 

 しかし、敵のアジトにソロで特攻するのは危険すぎるよなぁ。結果的には誰にも言わず来ちまったわけだし、ここは一旦引き返すか。俺としたことが、事前準備も無しに深く突っ込みすぎたぜ。

 盗賊共の拠点の情報を取れたことが1番デカい。場所さえ分かっていればどうとでもなる。さっさと帰ろう。

 

 ――そして、階段から目を背けた瞬間。

 俺は異常な物体を目にしてしまう。

 

 俺が古塔に侵入した時は死角にあって、運悪く視認できなかったモノ。

 そこにあったのは――石化した馬や動物達の姿だった。

 

「――っ!?」

 

 隠密行動を心がけていたことなんて、頭の中から吹っ飛んでいた。俺は一目散に古塔から逃げ出し、バイクに跨ってエクシアの街へと全速力で走った。

 人間、何が1番恐ろしいかって――()()()()()()だ。生物を石化させるモンスターや魔法なんて聞いたことがねぇ。本を読み漁ってる俺でも知らねぇことがあったなんて。

 

 俺はモヒカンを逆立てながら、あらん限りの速度でエクシアの街へ続く太い道へと合流する。ここまで来ればひとまずは安心か……マジでビビったぜ。

 状況を整理しよう。俺は森の中の古塔に入って、そこで石にされた動物達を見つけた。その中には付近の村から盗まれたであろう馬がいて、犯人は石化系の魔法もしくは能力を操る生物……ってところか。

 

 脳内で情報を整理したら落ち着いてきたが、これは存外やべぇことになってきたぞ。ギルドを通じてあの村に避難勧告を出してもらわねぇとまずいか。

 あまりにも怖かったんで村に行くこともなく逃げてきちまったが……とにかく報告だ。村に寄ってたらパニックが起きてたかもしれないから、案外これで良かったのかもしれないが。

 

 爆速でエクシアの街に帰ってきた俺は、乱れたモヒカンをサッと整えて澄まし顔でギルドへと帰還した。

 内心動揺しまくりだが、Aランク冒険者ってのはみんなの精神的支柱でもある。俺がアタフタしてたら、ガキ共も不安に思っちまうだろうからな。

 

「ノクトさん、お帰りなさい!」

「おう! ただいまァ!」

 

 若干の早歩きをしつつ、受付嬢のクレアさんに「やべぇから話聞いて」というサインを送る。

 彼女は微笑みの表情を崩さずに、いかにもクエスト終了後の手続きをするような体でカウンター奥の個室へと案内してくれた。

 

「どうされましたか? 財宝を掘り当てたとか?」

「違ぇよ、生き物を石化させる能力を持った敵がいたんだ。しかも割と近辺に」

「……えっ。え? それって相当まずいじゃないですか」

「敵の数は不明だがアジトは割れてる。村の人達に避難勧告を出してくれないか?」

「分かりました。至急上の者を連れてきますね」

 

 急に慌て出したクレアさんは、上司に報告するためか部屋から出ていく。

 恐らく今すぐにでも、俺に対して正体不明の敵を探る緊急クエストが課されるのだろう。

 

 クレアさんが上司を連れてくる間、ギルドから公式に発行されているモンスター図鑑を開いて「石化」の単語を探す。

 分厚すぎて「鈍器」と揶揄される図鑑だったが、石化という文字はひとつも見つからなかった。俺の記憶にも該当するものが無かったため、手掛かりは皆無。

 

「何てことだ……俺のデータに無ぇぞ!?」

 

 この世界は解明されていないことが多い。とはいえ、平和な街の近隣にピンポイントで現れるのは勘弁して欲しかったな。

 

「ノクティスさん、局長をお連れしました」

「はじめまして。わたくしエクシアのギルド局長を務めております、デトリタス・アルスファトと申します」

「はじめまして、ノクティス・タッチストーンと申します」

「クレアから話は窺っております。既に例の村には避難勧告を出しましたから、我々は敵勢力に対しての対策を考えましょう」

「話が早くて助かります」

「おやノクティスさん。そう堅くならず、普段通り楽にしていただいてよろしいのですよ」

「ギャハ!」

 

 デトリタスさん・クレアさんと机を囲み、俺達は早速石化系の能力を操る敵についての作戦会議を行う。

 しかし、モンスターに詳しい俺が知らないのだ。古塔へ調査に向かうまでは決定事項になったが、デトリタスさんもクレアさんも、接敵した時の対処法などは提示してくれなかった。

 

 彼らにしてみれば、とにかく何とかしてくれ! という気持ちなんだろう。無理難題を解決するのも俺の役目ってことだな。

 

「……分かった。とにかく明日調査に行けば良いんだな?」

「はい、お願いします」

「勝手に仲間を連れてくるかもしれないが、構わねぇよな?」

「え? まぁ……あなた程の冒険者が見込んだ方であれば、もちろん許可しますよ」

「柔軟な対応感謝するぜ。調査の準備があるから俺はこの辺で帰らせてもらうわ!」

「はい! 明日までに緊急クエストとして正式に依頼しておきますので、よろしくお願いします!」

 

 ギルド職員2人と別れた俺は、早速明日のための準備に取り掛かる。

 

「……覇和奮(パワフル)大連合の4人を呼ぶしかねぇ」

 

 ――覇和奮(パワフル)大連合。簡単に言えば、俺を慕ってくれている冒険者の集まりである。呼んだらいつでも駆けつけてくれる後輩達なのだが、大連合と言う割にはメンバーが4人しかいない。

 先走りやすいし尖った奴らばっかりだから、本当なら呼びたくなかったんだが……今すぐ駆けつけてくれるのはアイツらしかいねぇ。

 

 村のみんなを守るためだ。背に腹は変えられないか。

 意を決した俺は天に向かって叫んだ。

 

覇和奮(パワフル)大連合っ、みんな集え〜!」

 

 ――法定速度を遵守して、地平線の彼方から奴らがやってくる。

 トゲトゲバイクから飛び降りた4人の冒険者は、俺と向き合ってニヤリと笑った。

 

「トミー!」

「クヒヒ……」

 

 1人はナイフを舐め上げる大柄なモヒカン。

 毒の塗られていないナイフで正々堂々と戦うことが好きな男だ。

 

「レックス!」

「アハ! ねえねえ、あいつ殺していい?」

 

 1人はモーニングスターを携えたショタモヒカン。

 これはただの口癖で、今まで誰も殺したことのない心優しい少年だ。トミーの肩に乗っている。

 

「ゴン!」

「しゃあっ」

 

 1人はハルバードを背負った身軽そうなモヒカン。

 

「そしてオレ――ピピン! 兄貴ィ、時代はデータですぜ!」

 

 最後の1人は戦鎚を担いだメガネモヒカン。

 見ての通り頭の良い奴だ。

 

「「「「4人揃って――覇和奮(パワフル)大連合!!」」」」

 

 こうして地の果てから参上した心強い助っ人。いつも勝手に喋り倒して好き勝手やりまくる4人だが、覇和奮(パワフル)大連合として行動する時の戦闘能力は俺を凌駕する。

 

「兄貴ィ、お久しぶりです! 久々に呼ばれたんで張り切っちまいました!」

「ひ、久しぶりだなピピン。近所迷惑になるから大声を出すのは控えとけ」

「はいぃ!」

 

 妙に気合いの入った登場に圧倒されながら、俺は4人を宥めて本題に入る。

 

「……オメーらに集まってもらったのは他でもない。至急手伝ってほしいクエストができた。厄介な内容ではあるが、手伝ってくれるか?」

「クヒヒ……もちろんですよ兄貴」

「アハ! また新しいオモチャくれるのぉ?」

「いいスよ」

「オレにできることがあれば何なりと!」

 

 トミー、レックス、ゴン、ピピン。全員即答だった。

 俺は頼りがいのある舎弟達に感謝しながら、彼らを自宅に招いて作戦会議を始めるのだった。

 

 



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010:古塔にて事案発生

 

 覇和奮(パワフル)大連合の4人は、世界各地を放浪している時に出会った奴らだ。最前線に近しい中規模の街でこいつらを助けたんだっけ。

 確かあの時、空からワイバーンの軍勢が攻めてきたんだよな。数は覚えてないが、無我夢中になって全員まとめて叩き落として――その時後ろで見てた奴らが俺に憧れてモヒカンに堕ちちまった。それが大連合の成り行きだ。

 

 トミー、ゴン、ピピンは当時から冒険者で、サイコショタを装っているレックスだけが当時一般人。

 しかし今では4人ともBランク冒険者なので、俺を崇拝するだけではなくしっかりと鍛錬を積んでいるようで何よりだ。

 

「兄貴ィ、どうやらあの村近辺には古い言い伝えがあるらしいですよ。その情報によると、蛇頭の髪を持つ少女が人間を石に変えてしまったとかで……」

「なにっ」

 

 合流から3時間後。事情を説明した後データ屋のピピンを中心に調べていると、ピピンが早速それらしき伝承を発見してゴンがたまげる。

 データ屋と言っても圧縮ポーチに大量の本とメモ書きをぶち込んでいるだけなのだが、どうやら本と紙切れの中から有効な情報を見つけてくれたらしい。

 

 ピピンが語った伝承はこうだ。

 遥か昔、蛇頭の少女と人間が共存して暮らしていた。物質を自在に石化させることが可能だった少女は、家を建築する時や防壁作りの時その能力が大変重宝されたんだとか。

 しかしある日、能力の使い所を誤って人間を怪我させてしまった少女は、国から迫害される身となった。石化の能力が強すぎて権力者に恐れられていた背景もあって、人々は少女に対して容赦ない攻撃を行い始めたのである。

 そして、怒りと悲しみは少女の性質を変容させてしまった。石化の能力を自在に操ることはできなくなったが、その代わりに目を合わせる者全てに石化を与えるという……無尽蔵に厄災を振り撒く存在へと変わってしまったのだ。劇的な変化に為す術なく、その国は一夜にして滅んだという……。

 

「アハ! とっても怖い言い伝えだねぇノクトさん? 殺していい?」

「よくある話スね」

 

 こういう真偽不明の理不尽な言い伝えなんぞ何処にでもあるが、この蛇頭の少女の話と現実の状況は非常に似通っていた。

 未だに推測の域を出ないが、石化系の能力というだけで情報源が絞られてしまうため、これが当たりであってくれと願うばかりだ。まぁ、当たりだったとしても能力が強すぎて太刀打ちできるのか分からんが。

 

「……他の情報を当たった方が良いんじゃないか? にわかには信じがたいね」

「しかしトミー、データベースをしらみ潰しに探してやっと見つけた情報がこれなんだよ。今から新たな手掛かりを探すというのは現実的じゃない」

 

 この世界に対象を石化させるような魔法はない。であれば、蛮族が石化魔法を開発したというよりも、石化系の能力を持った新種生物が現れたと考える方が自然だろう。そういうトミーの考えもよく分かる。

 麻痺毒を持つ虫系モンスターの突然変異という線も有り得るからな。

 

 しかしそうなると、村の厩舎から馬が盗まれた事実が引っかかってくる。知性のないモンスターであれば、厩舎にいた動物達を1頭残らず食い散らかしていただろう。

 被害にあったのが馬1頭だけというのが気になるところだ。加えて、南京錠つきの扉を破壊せずに通った点も見逃せない。

 

「しかしトミー、新しいモンスターの可能性を考え出したらキリがないだろ?」

「…………」

「敵は知性と石化能力を持ち合わせる生物ですからね。何よりメドゥーサの伝承が生まれた場所とも近い。オレはメドゥーサ説を推すぜ」

「クヒヒ……じゃあ仮に古塔にいる敵がメドゥーサだとして、オレ達ゃどうすればいいのよ? 能力があまりにも危険すぎて対処しようがないだろ……」

 

 トミーの言う通り、敵がメドゥーサだったとしても「目が合った瞬間石化してしまう」または「自在に石にされる」なんて言い伝えが残っている以上、迂闊に手を出すこともできない。

 俺達は自然とピピンに視線を集中させ、彼の返答を待った。

 

「そ、そんなこと言われても。メドゥーサ攻略のヒントなんてデータにねぇですよ……」

「データに載ってること以外本当に知らないっスよね」

「お前データ屋やめろ」

「ひどいよみんな!」

「兄貴、倒すだけが“答え”じゃないっス。知性があるなら対話が可能かもしれないスよ。忌憚のない意見ってやつっス」

 

 ゴンの言う通りである。スペック的には化け物だが、メドゥーサは恐らく言葉の通じる相手なのだ。できることなら血は流したくない。

 それに、伝承が悲しい結末で終わっていたのが気に食わなかった。元々メドゥーサが人間と共存して暮らせていたと言うなら、俺達みたいな冒険者とも仲良くなれるはずだ。生まれながらのヴィランというわけじゃ無さそうだからな。もちろん向こうがその気なら躊躇なく殺すけど。

 

「方針は決まったな。明日の早朝、古塔に向けて出発するぞ」

 

 こうして準備を整えた俺達は、村を救うべく例の古塔へと向かった。

 

 昨日ぶりに見る古塔は何ら変わりない様子である。共通しているのは、生き物の気配が全く感じられないことか。

 

「クヒヒ……メドゥーサか……かわいいオネェちゃんだといいなァ」

「オレのデータによると美少女だったそうだが」

「アハ! トミー、変な考えを起こして横取りしないでよ。ボクのオモチャなんだから」

「うるせぇ、チェリーボーイ」

 

 トミーと彼の肩に乗ったレックスがじゃれ合う中、いよいよ古塔付近へと差し掛かる。敵に接近すると気楽な雑談は消え、4人の表情が真剣味を帯びていた。

 ここからは殺すか殺されるかの世界。石化系生物を巡る戦争の開幕である。

 

「ここが古塔だ。地下に敵がいる」

「……ノクトさん、これって調査クエストだよね? もし戦闘になったら殺してもいいの?」

「あぁ、戦闘になったらな」

 

 トゲトゲバイクを圧縮ポーチにしまったモヒカン5人組は、見るからにイカつい武器を担いで古塔の入口に押し入った。

 盾を構えた俺とピピンが先頭、後続にゴン、トミー、レックスと続く。まずは入口の死角にあった動物の石像を外に運び出してもらい、観察することにした。

 

「……これが石化。データに記録しておこう」

「時間を止めたみてぇな有様だな……えげつない能力だぜ」

 

 ピピンと俺とゴンが石化した動物達を観察する間、古塔の入口付近をトミーとレックスに見張ってもらう。

 石化した馬は驚いた瞬間を、小鳥は飛び立とうとする瞬間を切り取られたように固まっていた。逃げる間もなく……って感じだな。どうやらジワジワと石化するのではなく、瞬間的に石化する能力と見て良いだろう。

 

 まだ「目を合わせた瞬間に石化させられる」のか「周辺の物質や生物を自在に石化させられる」のかは不明だが、段々と能力の全貌が明らかになってきたように感じる。

 伝承によると後者から前者へと能力変化したようだが、あやふやな伝承ほど信憑性に欠けるものは無い。年月を経る度に尾ひれがついたり順序が入れ替わったりするのが伝承ってもんだからな。

 

 こうしてピピンと俺が考察を深める中、黙っていたゴンがふと呟いた。

 

「しかし変っス。盗んだ馬を石にするなんて、意味なくないっスか」

「どういうことだ?」

「わざわざ村の厩舎から牛じゃなく馬を盗んだってことは、それなりの目的があったってことじゃないスか。例えば、どこかに移動したい理由があったとか」

「確かに……オレのデータにも『馬は長距離移動に適する』と記されている」

「ピピン、ちょっと黙ってろ。……ゴン、続けてくれ」

「いやね。折角盗んできた馬をみすみす石に変えちまうってことは……メドゥーサも制御できずに苦しんでるんじゃないスか、石化の能力ってヤツに」

 

 その言葉を聞いて、俺達は口を固く閉じる。

 

「……クヒヒ。確かにこの古塔は人里近くにある。人間を襲うことなんて容易いはずなのに被害が出てないのは不思議だなぁ……」

「もしかして悪い人じゃないのかもしれないよ。殺さなくていいかも!」

「待てレックス、早まるな。その気持ちは分かるが、やはり話してみないことには分からない」

 

 俺は石化した動物から目を離し、ピピンと目を合わせる。

 

「敵の能力は恐らく『視線を合わせた生物を石化させること』だ。それなら制御できないのもある程度納得できる。……みんな、鏡は持ってないか? 古塔に突撃する際、盾にしてメドゥーサの動きを封じたい」

「鏡はないけどサングラスならあるっス」

「ならサングラスで代用しよう」

「言うほど代用できるんスか……?」

「ちょ、視線が切れないから意味ないですよ兄貴。一旦落ち着きましょう」

「アハ! なら逆の考え方をすれば良いじゃん! 敵を見なくても済むやり方で戦えばいいんだよ!」

「……なるほど、敵を見なくても有効打になる方法か。ありがとう、その手は思いつかなかった」

 

 俺は圧縮ポーチからロープと麻袋を取り出した。

 やっぱり正面突破はダメだ。敵を見なくても済む戦い方――即ちトラップで戦えということだろう? そうだよなレックス。セコい手は使ってナンボだよな。

 

「クヒヒ……流石兄貴、いいモノ持ってますなぁ」

「誘き出してこの麻袋にぶち込んで目を塞ぐんですね!? オレのデータによると作戦の成功率は9割……これは勝ったな、ガハハ!」

「そういうことだ。外でドデカい音を立ててから、ロープを使ったくくり罠に誘い込んで動きを封じる。んで、麻袋にぶち込む。そこからちょっと()()して、人間に敵対的か友好的かを判断するとしよう」

 

 俺は早速周囲の木を利用してくくり罠を作り上げ、くくり罠の〆の地点に麻袋を持ったレックスを配置させた。

 古塔に窓がないのは幸いだった。これなら外で爆音が鳴った時に入口を通って確かめに来ざるを得ない。

 

 罠が失敗した時のために、古塔の陰にトミーとゴンを。罠を見破られた時強引に視界を潰して麻袋にぶち込むため、木陰に催涙玉と閃光玉を持った俺とピピンが隠れる。

 後は爆音を鳴らしてメドゥーサを誘き出すだけ。俺は魔導バイクを取り出して、クラクションを思いっきり打ち鳴らした。

 

「……!」

 

 ガラの悪いクラクションが静かな森の中に響き渡る。ぱたぱたと打ち付けるような音を立てて、鳥が一斉に飛び立っていく。

 古塔の地下にいるメドゥーサにも、この音は聞こえたことだろう。俺達は配置について息を殺した。

 

「…………」

「…………」

 

 そして、20秒後。古塔の入り口の更に奥――地下へと続く階段から、ひたひたという湿った足音が聞こえてきた。

 俺とピピンは顔を見合せて頷き合う。奴だ。やはり地下にいたのだ。ピピンも「データ通り」と言わんばかりの納得顔である。

 

 足音と共に接近してくる気配。顔を出してはダメだ。その姿は気になるところだが、仮に目が合ってしまえば石化もとい即死が待っているのだから。

 緊張の中、辛抱に辛抱を重ねる。閃光玉と催涙玉を握り締めて、いつでも投げられるように深呼吸する。

 

 そんな中、俺達の緊張に見合わない腑抜けた女声が聞こえてきた。

 間違いない。メドゥーサの声だ。

 

「……んもう、いきなり何なんですか。こっちは静かに寝てたっていうのに……」

 

 声は近い。罠にも気づいていない様子。行ける。

 来い来い来い……。

 

 祈るような数秒の後、唐突に悲鳴が上がる。

 

「きゃあっ!? 何なのよ――うぶっ!?」

 

 それはメドゥーサが罠にかかり、麻袋を被せられた声だった。

 

「ノクトさん、やったよ! ねぇ殺していい!?」

「ダメに決まってんだろバカ! おいピピン、催涙玉を投げ込むぞ!」

「了解です兄貴ィ!」

「ちょっ、やめっ、ゲホゲホゴホッ、オェェ! 何なんですかっ、やめてくださいっ!」

「動くんじゃねぇ! 大人しくしろ! クヒヒ!」

「足持て足!」

 

 くくり罠によって足を捕まえられて逆さまにされ、その上に麻袋を被せられたメドゥーサ。俺とピピンは麻袋の口から催涙玉を投げ込み、メドゥーサを無力化しにかかるのだった。

 

 



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011:いいんスか これ

 

「……うぅ……私は、いったい……」

「おう、目が覚めたか」

「!?」

 

 ――古塔の地下にて。肩から上に袋を被せられ、両手を縛られたメドゥーサの少女を取り囲んでいたところ、やっと彼女が目覚めてくれた。

 ビクビクと震えるメドゥーサに威圧感を与えながら、俺はドスの効いた声で静かに言ってやる。

 

「早速宣言してやるが……俺達はオメーの出方によっちゃぁ友好的な関係を築くことも可能だ」

「……え?」

「話を聞きたいだけだからな」

「いや、さっき普通に罠にかけられて催涙――」

「黙れ。まずは俺達の質問に答えるんだ」

 

 催涙玉で怯んだメドゥーサを拘束することは容易かった。単純な腕力では俺達に敵わないようで、麻袋の上から首筋に手刀を当てて簡単に気絶させることができた。

 気絶した際に顔を拝もうとしたのだが、メドゥーサが蛇頭の女だということを思い出してやめておいた。蛇と目が合っても「目が合う」判定になるのか分からないし、余計なことをして石化するのはごめんだからな。

 

 椅子にガチガチに縛り付けられたメドゥーサ。少なからず俺達に怯えているようで、その怯えようには少しだけ気勢が削がれちまう。

 俺はピピンと視線を交わし、まずメドゥーサが人間の敵か味方かをハッキリさせておくことにした。

 

「ひとつめの質問だ。オメーは人間の敵か?」

「…………」

「おい、答えられないのか」

「…………」

「ギャハハ! 答えは沈黙か。――おいゴン、やれ」

「しゃあっ」

 

 ナイフを舐めまくるトミーの隣、ゴンが気合い満々の表情で近づいてくる。

 俺達の目的は古塔及び敵勢力の調査。ギルドからすれば敵勢力の排除を見込んだ緊急クエストだったのだろうが、殺すにしてもその前に情報を取っておくのは大事だからな。

 

「なめてんじゃねぇぞ! こら!」

 

 ゴンが握り締めた拳を振り上げる。どこに振り下ろすか迷った後、ゴンはその拳をメドゥーサ付近の壁に叩きつけた。

 ゴッ、と鈍い音がしたかと思うと、地下室の石壁が拳の形に抉り取られて崩壊する。どうだと言わんばかりに俺の方に振り向いてくるゴンだったが、件のメドゥーサは麻袋を被って視界ゼロなので、何が起こったのか分からず困惑していた。

 

「ゴン、違うだろ? もうちょっと良い感じの……こう……ほら……喋らせるような方法があるだろ?」

「う、うっス!」

 

 ゴンは拳を固め、次は麻袋を被ったメドゥーサに狙いを定める。

 再び振り下ろす拳に迷いが生まれたかと思うと、ゴンはメドゥーサの腹部に優しく手を置いた。ビクンと震えるメドゥーサと、それに呼応して何故かびっくりするゴン。

 

「ちょっと! おなか触らないでくださいよっ、この変態!」

「え、いや、その」

「拘束した私のことを好き勝手にするつもりでしょ!」

「えっ」

 

 ダメだ。根は優しいゴンじゃ情報は引き出せねぇ。でも全員ガチ拷問なんてやったことないしな……こうなるのも仕方ねぇか。

 労わるようにゴンの肩を叩くと、彼は力なく首を振った。

 

「兄貴……怒らないで下さいね。拷問ってバカみたいじゃないですか」

「それはそうだが……」

「どうするんですか兄貴……。いつもならナイフ舐めるだけでみんなビビって情報吐いちまうってのに、麻袋のせいで全然反応しませんよ……」

「お、オレも無抵抗の相手をガチ拷問は勘弁です……」

 

 ゴンに続いて、トミー、ピピンが泣きそうになりながら俺に懇願してくる。

 いつもなら凄んでみるだけで相手がビビって勝手に情報を吐いてくれるのに、麻袋を被せているせいでモヒカンが効力を発揮しないのだ。

 

 みんな手荒なマネはしたくないだろうし、このメドゥーサが悪い子じゃ無さそうって薄々気づいてきたし、いったいどうすりゃいいんだ……。

 

「なぁ、ほんとにさっきの質問に答えられない? 答えてもらえれば痛い目見ないで済むんだけど……」

 

 俺は縋るような気持ちでメドゥーサに頼み込む。どちらが尋問されているのか分からなくなってきた。

 しばしの沈黙の後、メドゥーサは溜め息を吐く。

 

「……あなた達、悪い人では無さそうですね」

 

 そんな言葉が聞こえたかと思うと、彼女の纏う雰囲気がどこか柔らかくなった。

 

「質問にお答えしましょう。……私は現在、魔王軍のスカウトを受けています。勧誘を受けてくれたら幹部のポストを用意するとかで……私はやんわり拒否し続けているんですが、勧誘がどうもしつこくて困っていたのです」

「おぉ……つまり、オメーは人類の味方ではないが魔王の味方でもないと」

「えぇ。あなた達は何故か知っているようですが、私のこの力は人間を不幸にします。だからこうして人里離れた古塔で隠れるように過ごしていたんです」

 

 ……やっぱり。このメドゥーサは悪いヤツじゃねぇ。

 

「じゃあ、近くの村から馬を盗んで石に変えちまった理由は?」

「……古塔を長年の住処としていることが魔王軍にバレている以上、ここに住み続ければ奴らの手から逃れることはできないでしょう。ですから、馬を使って遠くに行こうと。でも私、馬の扱いがよく分からなくて……うっかり馬を暴れさせてしまい、目を合わせてしまって……そのまま……」

「じゃ、馬が石になったのは事故だったんだな」

「はい……」

 

 俺達の考察は当たっていたのだ。続けて問うと、彼女は己の能力が「目を合わせた瞬間相手を石化させること」だと説明してくれた。

 これでメドゥーサの事情は全部分かった。彼女はあくまで静かに暮らしたいだけで、己の石化の能力を嫌っているのだ。馬を盗んだ理由も、魔王軍の追手から逃れたかっただけ……。

 

 このメドゥーサを見つけたのが俺達でよかった。結果的に1人の犠牲も出さず、メドゥーサと対話の形にまで持っていけたのだから。

 他の冒険者であれば石化して速攻で死ぬか、石化を攻略して彼女を殺していただろう。

 

「……私は質問に答えましたよ。あなた達は何者なんですか?」

「俺達は冒険者だ。古塔の調査をギルドに頼まれて来た」

「……そうですか。では、本来なら私を殺すためにここに来たんですね」

「そう早まるなよ。俺達は調()()に来ただけで、オメーを殺すかどうかは全然決めてねぇ」

「え……」

「オメーが金輪際人間に迷惑をかけないと誓うなら……条件付きだが見逃してやってもいいぜ」

「あ、兄貴! 勝手に決めちゃっていいんスか!」

「どれくらい古塔で暮らしてるのかは知らんが、長いこと近隣の村人が石化する事件が起きなかったのが答えだ。コイツは悪いヤツじゃねえよ」

「ま、薄々分かってたけどね。アハ!」

 

 そういう事実を別にしても……このメドゥーサが悪いヤツじゃないってのは、この地下室を見りゃイッパツで分かっちまうんだよ。

 ――だって、地下室の壁一面に、蛇頭の少女と人間が暮らしている絵が沢山飾られているんだから。

 

 少女と人間が手を取り合って、一緒に農作業をして汗を流す絵。石造りの家を建築する絵。かつて自在に操れた石化の能力を操り、人々を驚かせて得意気な少女の絵。

 しかし、どの絵の人間も顔がなかった。……顔を見れば石化してしまうから、分からないのだ。

 

 ……このまま逃げ続けても、このメドゥーサは人と手を取り合って暮らすことはできず孤独のままだ。どうにかして救えないだろうか。

 

「……ピピン」

「はいっ」

「このメドゥーサの石化の能力を消す方法はねぇのか」

「う〜ん……両目を潰すとかだったら思いつくんですけど、兄貴が言いたいのは多分そういうことじゃないですよね。データを漁ってみますわ」

「頼む」

 

 俺はピピンに頼んで、メドゥーサの石化能力を消す方法を探ってもらう。

 壁に飾られたように、人間に対して石化の能力を自慢することはできなくなってしまうが……孤独からは解放されるはずだ。

 

「……意図が掴めませんね。私の石化能力を消そうとするだなんて」

「勘違いするなよ。石化能力を持ったオメーを野放しにするわけにゃいかねぇってだけだ。これがさっき言った条件ってわけよ」

「…………」

「もうひとつ付け加えるなら、オメーの髪の毛の蛇をちょいと頂くぜ。ギルドに提出して『脅威をぶっ殺しました』って証拠にしなきゃなんねぇ。提出すれば少なくとも人間から追われることは無くなるはずだ」

「…………」

 

 麻袋を被ったメドゥーサは黙り込む。データ屋のピピンが紙を捲る音だけが地下室に響き渡っていた。

 

「……石化の能力を取り払ってくれるんですか?」

「あぁ、利害が一致してる」

「…………」

 

 メドゥーサは魔王軍に追われている身で、古塔から離れて暮らしたい。そして恐らく、人間と暮らすことに憧れている。

 俺達としては、()()()()()()()()()()()さえ取り払えれば良い。それで脅威は無くなるのだから。

 

 そう……メドゥーサの石化能力を無効化できたら、この一件は全て解決してしまうのだ。

 普通の少女に戻れたら、俺達のバイクで適当な村か街に送り届けて魔王軍を撒いてやればいいわけだし。魔王軍の追手に対しては、覇和奮(パワフル)大連合の護衛をつければいいわけだし……。

 

 その方法さえ見つかれば誰も傷つかずに済むとなったら、探さないわけにはいかないよなぁ?

 

 メドゥーサがやけに沈黙を作る中、ピピンが「やっぱり蛇頭を見てみないことには分からないですよぉ!」と情けない声を出す。

 モンスターの生まれ持った能力を取り払う方法は無限に存在するのだ。種族ごとに違う方法があるというのに、ただでさえデータの少ないメドゥーサでその方法を探すのは難しすぎた。ピピンには無茶ぶりばかりしてしまうな……反省しないと。

 

 モヒカンを撫でて「どうしよう」と悩んでいると、メドゥーサが「すみません」と小さな声を上げた。

 

「……そこに布があるでしょう。取ってください」

「何をする気だ」

「……両目を隠しさえすればこの能力は発動しません。両手を解放さえしてくれれば、その布で両目を塞いであげます」

「オメー……その言葉信じるからな?」

「……私の名前はカミナ。オメーでもメドゥーサでもありません」

 

 メドゥーサの少女カミナの言葉を信じてやらなければ、今の状況から抜け出すことは叶わない。

 俺はトミーのナイフを借りて、拘束した両手の縄を切断した。そのまま布を手渡すと、カミナは麻袋の下に両手を潜り込ませていく。恐らく布をハチマキのようにして目を隠すつもりなのだろう。

 

 そして、カミナは自ら麻袋を脱ぎ去った。顕になる蛇の髪。微かに息を呑む覇和奮(パワフル)大連合の面々。俺は歩み寄ってくれたカミナを迎えるべく、少女の小さな手を取って握手した。

 

「俺はノクティス・タッチストーンだ」

「クヒヒ……トミーです」

「アハ! ボクはレックス!」

「ゴンっス」

「ピピンです」

「そういうわけで……よろしくな」

 

 カミナは両目を布で隠したまま、不器用に微笑んだ。

 青い草の匂いのする少女だった。

 

 彼女を普通の少女に戻せないで、何が冒険者だ。

 俺はやるぜ。やってやるぜ。

 



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012: やっぱし怖いスね魔王軍は

 

「なぁカミナ。ここら辺にはメドゥーサが国を滅ぼしたって伝承があるんだが、それって本当なのか?」

「……私は覚えていませんけど、母が()()してしまった可能性はあります」

「そうか。変なことを聞いて悪かったな」

 

 俺達は地下室でたむろしながら、カミナの頭部で蠢く蛇とにらめっこしていた。

 見た目も大きさも普通の蛇に違いなかったが、人の頭部から生えているというのがミソである。生物として普通に興味があるのは俺も4人も同じだった。

 

「コイツらよく見ると可愛いじゃねぇか。噛まねぇのか?」

「いえ、普通に噛みます」

「あ゛ぁ゛!! 兄貴、こいつ噛みますよ!!」

「毒は無いですし、さほど気にすることでもないかと……」

 

 ピピンがガッツリ噛まれていたが、ある程度の分析が済んだ俺達は一旦作戦会議をすることにした。

 

「オレのデータによると、石化能力の原因となっているのはこの蛇共だと考えられます」

「あぁ。上手く蛇部分を処理できれば石化能力は無くなりそうだ」

 

 多数存在するモンスターの中には「寄生型」と「共存型」などと呼称される、複数生物でひとつの生命体を形成する種が存在する。

 「共存型」のモンスターはその名の通り、2種類以上のモンスターが塊になっている生物だ。そして「共存型」モンスターには、「核」となる生物部分が存在すると言われている。その「核」となるモンスターの部分を叩けば倒しやすくなるとか、○○の能力が使えなくなるとか……そんな感じだ。

 

 カミナは「共存型」のメドゥーサで、肉体をざっくり分割すると人間の部分と蛇の部分に分類できる。

 ここで問題となってくるのは、カミナの人間部分が「普通の少女」であること。俺の手刀で簡単に気絶するし、非力だし、石化能力以外は一般人と何ら変わりないのだ。

 つまりカミナをメドゥーサたらしめているのは、髪の毛に成り代わった蛇の部分。そもそも蛇自体も一般的なそれと違っているし、ピピンの解析の結果、頭部に魔力の異常な集中が見られたようで……。

 

 結局、カミナの蛇部分を殺せば石化能力を喪失させられるっしょと俺達は考えたわけよ。

 

「でも、蛇部分のみを殺して人間部分(カミナ)を傷つけないなんて結構難しいっスよね。こいつらピッタリ一体化してるんスから」

「……ナイフで1匹1匹始末するのはダメですか?」

「う〜ん……もっと根本的に分離できないと意味がないな。蛇頭に内包された魔力ごと消し去りたい」

「兄貴、オレに良い考えがあります! オレの闇属性魔法を使うんですよ! そうして、内側から……こう……ほら……ね! 上手く取り除きますんで、まぁ任せてくださいよ!」

「いや待て、不安なんだが」

 

 ピピンは闇属性魔法二級に相当する魔法を使用することができる。名前に「闇」と付いているが、決して悪役が使う魔法というわけではなく、物質を消滅させたり減少させたり、マイナスの効果を及ぼす種類の魔法が闇属性と呼ばれているだけである。

 ピピンは蛇頭目がけて闇属性魔法を撃ち込むことで、蛇部分の消滅を狙っているのだろう。しかしそう上手くいくものなんだろうか。心配でしかない。

 

「安心してください兄貴ィ、ゆっくり時間をかけてやりますんで」

「時間をかけたら何とかなるのか?」

「えぇ。実は前線にいた頃、他のモンスターで試してみてたんですよね。時間さえいただければ効果は約束しますぜ!」

「……ということらしい。カミナ、それでいいか?」

「えぇ。石化の力など百害あって一利なし……私には大きすぎる力ですから」

 

 カミナはそう言うと、椅子に深くもたれかかって脱力した。

 その様子を見たピピンは魔法名を呟いて、カミナの頭部に両手を掲げた。太い腕を伝って青黒い靄が生まれ、彼女の頭を覆い始める。あと何分かかるのかは分からないが、俺達は見守るだけで良さそうだな。

 

「ノクトさん、ボク達つまんないから外を散歩してくるね」

「……カミナさんのこと、よろしくお願いします」

 

 これから暇になることを察知したトミーとレックスが古塔の外に出ていくと、ゴンも床に寝転がっていびきをかき始めてしまう。

 こうなると、何もしていない俺が変に気まずくなってきた。何か手伝えることがあるんじゃないかとピピンの周りをうろついてみるが、真剣そのものなピピンに下手な手出しはできなかった。

 

 ギルドや家で暇な時間ができたら読書をして暇を潰すのだが、今日は緊急クエストで駆けつけたとあって何も持ってきてねぇんだよな。

 マジで暇だな……でも俺が寝るのはなんか違うし……。

 

 そう思って指先をくるくると回していると、闇属性魔法を受けているカミナが小さな声で呟いた。

 

「……ノクティスさん。暇なら私とお話しませんか」

「おいカミナ、喋っても大丈夫なのか? ピピンの気が散るかもしれねぇだろ」

「雑談するくらいなら大丈夫ですよ兄貴。任せてください」

「そ、そうか。なら適当に話でもするか……」

 

 俺は顎に手を当てて、地味に気になっていたことを質問してみる。

 

「なぁカミナ、さっき魔王軍に勧誘されてるって話をしてくれたよな」

「えぇ」

「それってどういう感じで誘われてるんだ? 手紙が何通も送られてくるとか?」

「いえ、普通に()()()()

「……え?」

「兜を抱えた……騎士? みたいな幹部の人が直接ここに来て、『お前も魔王軍にならないか』って毎回毎回聞いてくるんですよ。私の答えは決まってるのに、しつこい人ですよね」

「ちょっと待て。幹部が()()()()って……え? 魔王軍の幹部は、この古塔に直接来てるのか?」

「そうですよ。この住処は魔王軍にバレてるって、さっき言いませんでしたっけ」

 

 俺は大きな思い違いをしていたようだ。てっきり何らかの手段で連絡を取ってくるとか、そういう間接的な繋がりかと思ってたのに……カミナの話っぷりからすると、彼女は魔王軍の幹部と直接話をしていたようだ。

 しかし、ここは前線から遠く離れた内地の森。なまじ冒険者を長くやっている分、「魔王軍は前線基地で抑え込めている」というイメージが強すぎて、直接会いに来るなんて発想が無かった。

 であれば……その幹部はどうやって内地まで入り込んでるんだ? カミナのことはもちろんだが、その魔王軍幹部とやらも気になってきたぞ。

 

「幹部はどのくらいのスパンで来るんだ」

「1ヶ月に1回くらいですかね」

「前回来たのはいつだ」

「2週間前くらい……」

「……なら、今襲われるようなことはないか……」

 

 1ヶ月に1回来れるってことは、魔王軍側の土地からいちいち来ていると言うより、付近の拠点に住んでいるんだろうか。もしくは瞬間移動の魔法を持っていて、諸問題をスルーしているとか……。

 そこら辺は分からんが、その魔王軍幹部はいつでも古塔に来れる……その事実は知っておかないと。

 

「あ、待ってください。そういえば2週間前、魔王軍幹部の人に変なタリスマンを手渡されたんですよ」

「タリスマン……?」

「何となく盗撮・盗聴されるかもしれないって思って茂みの中に捨てたんですけど……もしかすると、皆さんがやって来た事実が傍受されてるかも――」

 

 おいおい、何だよそれ。それじゃあ、俺達が古塔に来たことは魔王軍幹部に筒抜けだってのか?

 うなじから背中にかけて、さっと血の気が引いていく。会話を聞いていたピピンも目を丸くして、俺とカミナを交互に見てくる。

 

 もしかしなくても、かなりまずいぜ。確かに監視対象を盗撮・盗聴したくなるのは当然の心理だ。カミナの気を引くためにタリスマンを手渡したわけじゃないだろうし、恐らく彼女の推測は当たっている。

 となれば当然、古塔周辺にトラップをかけてカミナを拉致したのも敵に筒抜けなわけで――つまりカミナに危害を加えた俺達を排除するため、幹部自ら()()()()()()()()恐れがあるわけで――

 

 恐ろしい事実に思い当たった瞬間、地上へと続く階段からトミーとレックスが降りてくる。

 その手には、不気味に光るタリスマンがしかと握り締められていた。凍りつく俺とピピン。嬉しそうなレックスの様子とは裏腹に、地下室の空気は冷え切っていた。

 

「ねぇねぇノクトさん! 適当に歩いてたら変なオモチャ見つけたんだけど、これ何かなぁ? 壊していい?」

「いっ今すぐ壊せっ!!」

「えっ、え?」

 

 俺の言葉に困惑するトミーとレックス。事情を知らないコイツらに何を言っても無駄だと感じた俺は、有無を言わせずタリスマンを取り上げる。

 ツタを模した形のタリスマンだった。不純な金属を基盤に作られたタリスマンで、その中央に丸い水晶が取り付けられている。恐らくこの水晶が監視の目。水晶が妙に光っているのは、魔力によって作動中だからだろうか。

 

 いずれにせよ、魔王軍幹部には一本取られちまった。この情報は筒抜けだ。すぐにでも敵が来るかもしれない。

 俺は火属性魔法の【滅炎(ファイア)】でタリスマンを焼き尽くすと、息を切らしながら2人に向き直った。

 

「あーあ……このオモチャ壊れちゃった」

「レックス……それはオモチャじゃねぇ。魔王軍幹部の持ち物だ」

「え?」

「そいつでカミナのことを監視してたんだよ」

「アハ! それって笑えなくない?」

「ああ、全然笑えねぇ」

 

 敵がどんなモンスターかは知らねぇが……カミナの話から推測するに、言葉を話せる適度には知能の高いモンスターなのだろう。

 それに加えて何度もこの古塔に訪れていることから、カミナの石化能力を受け付けない体質だと思われる。アンデッドか植物系か、はたまた実態のないモンスターか。

 

 うかうかしてる暇はない。敵はすぐに古塔に向かってやって来るだろう。メドゥーサの力を求めて足しげく通っていたわけだから、石化能力が無効化されるのを阻止しに来るはずだ。

 俺は床で寝ているゴンを叩き起し、盾と武器を持って立ち上がった。

 

「ゴン、いつまでも寝てねぇでさっさと起きろ!」

「な……なんだあっ」

「すぐに戦闘準備だ! ピピンは魔法を一旦中止して俺について来い!」

「了解です兄貴!」

「カミナは古塔の中に隠れてろ! 絶対出てくるんじゃねぇぞ!」

「わ、分かりました」

「テメーら行くぞ!! 魔王軍幹部がやって来る!! 外に出て臨戦態勢だ!!」

 

 おう、と野太い声があちこちから帰ってきて、俺達は視線を交わした後地上へと走り出した。防具をガチャガチャと打ち鳴らしながら階段を上って、地上に誰もいないことを確認。全員で即座に陣形を組んで、全方向のカバーができるように円陣を組みながら広がっていく。

 

「全員武器を出せ! 不意打ちに備えろ!」

 

 俺は絶叫するように指示を飛ばし、全員が掲げた武器に【炎の息吹(エンチャント)】をかけていく。

 高位のモンスターになればなるほど魔法への耐性は高くなる傾向にあるが、かと言って普通の物理武器ではまともなダメージを与えることすら叶わない。魔法と物理を効果的に組み合わせた波状攻撃が最も効果的なのだ。

 

 炎を纏った武器を構え、その時をじっと待つ。

 そこにいるのか。それとも、まだ来ないか。

 

 盾を構えて森の中を睨みつけること数分。

 風に揺れる森の奥から、軽快な蹄鉄の音が聞こえてきた。

 

「……馬?」

「人間っスか?」

「いや違う。この森は避難区域になってて人が近づけねぇようになってる」

「なら……敵っスね」

「敵は魔王軍幹部だ。みんな気をつけろよ……」

 

 迸る緊張感、接近してくる馬の足音。

 そして森の闇から姿を現したのは――首のない馬に乗った首無しの騎士(デュラハン)だった。

 



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013:ワンチャンスをモノにしろ!

 

 首の切断面から黒い靄を噴出し続ける馬と、その馬に騎乗した甲冑の首無し騎士(デュラハン)。腕に抱えられた頭蓋骨の眼窩からは、不気味な光がこちらを睨んでいる。

 ――魔王軍幹部のひとり、デュラハン。目撃情報はほとんど無いが、その存在を確認されている数少ない魔王軍幹部のひとりだ。

 

 と言っても、ピピンのデータベースにも見た目以上の情報は載っていないだろう。俺もアンデッドであること以外は全く分からん。戦いながら弱点を探っていくしかない。

 

『貴様ら何者だ』

 

 うお……やっぱり喋れるんだな。

 俺達はモヒカン。覇和奮(パワフル)大連合だ。だが名乗る義理もない。

 

「……ただの冒険者さ」

『冗談はよせ、ならずもの。貴様らは事の重大さを分かっておらん』

「何のことだ?」

『貴様らが拉致した小娘は世界最強の戦士になれる才能があるのだ』

「彼女はそんなこと望んでねぇよ。さっさと帰りな」

 

 俺はデュラハンの分析を進めながら会話を続ける。

 首無しの馬が移動手段で、一番最初に馬を潰すべきだろう。そして後生大事に抱えた頭蓋骨が奴の弱点と考えられる。少なくとも視界はあの頭蓋骨に頼っているはずだからな。

 敵の武器はランス。それと何らかの魔法を持っていてもおかしくない。アンデッドの上位個体となれば、厄介な呪文を隠していると考えた方が良いだろう。

 

 じりじりと位置取りを変えながらデュラハンを囲いこもうとする俺達に対し、奴は余裕たっぷりに溜め息を吐く。

 

『……はぁぁ……貴様らには分からんだろうな……コロコロ意見を変える上司から毎日のように無茶ぶりを要求され、下の者にはメンタルケアだの後進育成だのアンデッドチーム運営だのと気を使わなければならない、この吾輩の気持ちはな……』

 

 おい、絶妙に同情できそうなことを言うな! 倒す気が削がれちまうだろ!

 

「分かるぜ……後進の育成って大変だよな。時間はかかるし、これでいいのかって迷うことばっかりで」

『あぁ……ちゃんと立派に育ってくれると堪らなく嬉しいのだがな……』

 

 あ、ヤバい。分析の時間を稼ごうと適当に喋ったら、なんか同調してめっちゃ共感してくれたわ。魔王軍と悩みを共有できちゃいそうでヤだな。これ以上はやめておこう。

 デュラハンもそう思ったのかは分からないが、僅かな逡巡の後、奴は気合いを入れ直すように馬を嘶かせる。

 

『お喋りはここまでだ! さぁ……小娘を返してもらおうか!』

「返すもなにも、テメーのモンでもねぇだろ」

『フハハ! 言い訳無用! 死ねい、ならずもの!』

「冒険者だっつってんだろ!」

 

 馬が前足を大きく上げた瞬間、俺達は戦闘を開始した。

 

「アハ! 殺しちゃうよ〜ん」

「しゃあっ」

「クヒヒ……デュラハンがどんな声で泣き喚くのか、興味があったんだよなァ……!」

「オレ達の力とデータがありゃ怖いものなんてねぇ!」

「チームに別れて奴の足を潰すぞ!」

 

 俺はみんなに向けて叫びながら魔導バイクを展開し、サイドカーにピピンを乗せてアクセルを全開にする。視界の端では、トミーが展開したバイクにゴンとレックスが搭乗して早くも発進していた。

 

「馬を狙え! 機動力を潰して引きずり下ろせ! トミー、テメーも戦い方は分かってるな!?」

「任せてください! ガン逃げ引き撃ちですよね!」

『カス共がぁ! 死に晒せぇ!』

 

 森の中をバイクで駆け抜けながら、デュラハンの馬に向かってエンチャントした武器を投げまくる。たまにボーラや投網を投擲してワンチャンスを狙ってみる。

 

 デュラハンはランスと闇属性魔法の壁で投擲物を防いでくるが、1対5という状況では攻撃に手が回らないようであった。

 それに、敵の反応からして馬を潰されるのは嫌がってそうだぜ。この戦法は刺さりそうだ。

 

『おい、こら……ちょこまかちょこまかと――正々堂々戦わんかぁ! ならずものなりに誇りというものは無いのかぁ!!』

 

 防戦一方のデュラハンと、圧縮ポーチから武器を取り出して無限に投げ続けるモヒカン達。俺の【炎の息吹(エンチャント)】を受けた武具は半端じゃねぇ破壊力がある。デュラハンがAからSランク相当のモンスターとはいえ、防御に本気にならねぇと防ぎ切れねぇだろうよ。

 その証拠に、高速で走ってバイクを追うデュラハンだが、炎を纏ったクソデカいハルバードやハンマーをぶん投げられて、馬から転げ落ちてしまいそうになっている。

 

 物理と魔法の混じった攻撃は、ランスと闇属性魔法の両方で防がなければならないのだ。しかも全員鍛えているので、投擲の速度が半端じゃない。

 こうなると、投げつける武器の重さも相まって、馬を殺すよりも先にデュラハンを引きずり下ろせそうだ。

 

「兄貴ィ! 流石に投擲用の武器が切れそうです!」

「こっちも無くなりそうっス!」

「押せ押せの今がチャンスだ! 何としても馬から引きずり下ろせぇ!」

 

 俺はナイフや斧を投げつけながら、全員に向かって総攻撃の指示を叫ぶ。

 何かしらの文句を叫びながら体勢を崩し始めるデュラハン。文明の利器を利用しながらガン逃げし、容赦なく引き撃ちを続ける俺達。

 

『うぐ、ぬぬぬぅ……!』

 

 そして――ゴンの投げつけたロングソードが、デュラハンを乗せた馬の脚を捉えた。

 

『しまっ――! ぐはぁ!』

「よっしゃあっ」

 

 圧倒的物量の波状攻撃を前に、防御が追いつかなくなったのだ。崩れ落ちるように馬が倒れ、デュラハンは空中に放り出されて木に激突した。

 

「まだ油断するんじゃねぇぞ! 敵は魔王軍幹部だ!」

 

 騎馬戦の勝者は俺達5人だった。ただ、投げつけるための武器は弾切れだ。弓矢やボウガンなら持ち合わせているが、【炎の息吹(エンチャント)】しても先程までのインパクトはないから防がれてしまうだろう。

 俺の魔法ならともかく、コイツら4人の魔法がデュラハンに効くとも思えねぇ。これからは炎を纏った武器で直接叩きに行かないと殺せないかもしれねぇな。

 

『貴様らぁ……よくもやってくれたな……』

 

 馬から下ろされたデュラハンが、ランスを片手に立ち上がる。その威圧感は、Sランク冒険者を目の当たりにした時と同じかそれ以上。Bランクの4人は息を呑むように後ずさりしていたが、ここで敵の雰囲気に呑まれたら負けだ。

 有利状況を作っているのは俺達。敵は馬を潰され、俺達にはバイクがある。その事実を再認識させるようにエンジンを噴かせると、4人ははっとしたように武器を握り締めた。

 

「なぁに緊張してんだテメーら、俺が負けたところ見たことあるか?」

「い、いえ……ないっス」

「だよなぁ? 俺ぁどんな戦場にいても生きて帰ってきた。今日もそうだ」

 

 そう、俺は戦略的撤退こそすれど、今まで誰にも負けたことがないのだ。どんなモンスターや任務が相手だろうと、全て失敗することなくこなしてきた。

 だから俺はAランク冒険者なんだ。

 

 ……もちろん、魔王軍幹部が相手である以上、本当の心情は不安と絶望で満たされていたが――

 後輩達やカミナを守るためにも、ここは突っ張らなきゃいけねぇ場面なんだよ。

 

「ついて来い野郎共! 行くぞオラァァ!!」

「「「「うおおおおおおお!!」」」」

 

 自分を鼓舞するように叫び、4人のモヒカンがそれに呼応してデュラハンに向かって突っ込む。

 魔導バイクの機動力と、チーミングによる防御役と攻撃役の分担。それによってデュラハンの甲冑にどんどん傷がつけられていく。

 

 俺のチームは俺が防御を、ピピンが攻撃を。

 トミーのチームはトミーが防御を、レックスとゴンが攻撃を行う。

 

『ぐ、ぬぬぬぅ――』

 

 超高速のヒットアンドアウェイによる連撃で、みるみるうちにデュラハンを追い詰めていく。

 しかし、何度攻撃を与えても死なないアンデッドとは違って――俺達は生身だった。

 

『死に晒せぇ!』

「う――うあああああああ!!」

 

 無造作に振り回されたデュラハンのランスが、ゴンの防御を掻い潜ってレックスを吹き飛ばしたのだ。

 間違いなくやけくそ、()()()の一撃。されど、人間を致命傷にするには事足りた。

 

 吹っ飛んだレックスは木の幹にぶつかると、血を吹いて地面に落ちていった。

 

「レックス――ッ!!」

「馬鹿野郎、余所見してんじゃねぇ!」

 

 そして、俺達の仲間思いが祟ったのか――

 大きな隙を作ってしまったトミーのバイクが、デュラハンの魔法によって吹き飛ばされた。放り出されたトミーとレックスは、空中でデュラハンの魔法に捕まえられたかと思うと――そのまま強烈な力によって地面に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなった。

 

『ハァ、ハァ……手こずらせおって』

「あ、兄貴ィ! みんな……みんなやられちまいましたよぉ!」

「っ……お、落ち着け! 全員まだ死んじゃいねぇ。俺達がヤツをすぐに倒せば……全員助けられるはずだ」

 

 残された俺とピピンは少なからず動揺していた。チームだからこそ成り立っていた戦法だったが、致命傷を与えられずに失敗した。こうなるとバイクはただの的。白兵戦を挑まざるを得ない。

 だが――騎士のアンデッドたるデュラハンに、白兵戦を挑んで勝てるのか? 俺は生き残るために手段を選ばず何でも使ってきた。ただ今はもう、投擲もバイクも使い物にならないだろう。種が割れている上、相手が強すぎて搦手も通用しない。

 

 それに、倒れた3人を助けるために早く治療してやらないと。

 一刻も早くこのデュラハンを倒さないとダメなんだ。

 

「…………」

 

 じりじりと接近してくるデュラハン。俺の指示を待つピピン。

 首を振って何かを探すが、現状を打破してくれそうな物は見つからない。

 

『遅い』

 

 気付いた時には、デュラハンが目の前にいた。

 何の予備動作もなく、瞬間移動のように距離を詰められたのだ。

 

「兄貴、危な――」

『どけ』

「おわぁあああ!?」

 

 俺を守ろうと身体を入れ込むピピンと、ピピンの首根っこを引っ掛けて崖に放り投げるデュラハン。

 目の鼻の先で向かい合った俺とデュラハンだったが――

 

『貴様をゆっくり嬲り殺しにした後、仲間を皆殺しにしてやる』

「て、てめぇ……」

 

 俺は完全に被捕食者側だった。

 なけなしの抵抗で振ったロングソードは、闇属性魔法を纏ったランスに弾かれて意味を成さない。

 

 ――遊ばれている。抵抗すればするほど仲間を救える時間が減ると知って、デュラハンは俺を弄んでいる。

 やがて俺を弄ぶのにも飽きたのか、奴は俺の顔をランスで横殴りに薙ぎ払ってきた。

 

『はは、面白いように飛ぶな』

「……っ!」

 

 意識が飛んだかと思ったら、いつの間にか空中を吹っ飛んで地面に倒れていた。

 クソほど痛ぇ。ランスの先で突き刺せば一発でぶっ殺せるってのに、死なない程度に痛めつけてきやがる。

 

 奴が抱えた頭蓋骨を叩き潰そうと剣を突き出すが、遂に武器を弾かれてしまった。【滅炎(ファイア)】で頭蓋骨を焼き尽くそうとするが、闇属性魔法で全力の防御をされて魔法が弾け飛ぶ。

 頭蓋骨に手を出されるのを嫌っているのだ。奴の弱点はやはり頭蓋骨。それは分かっているのに、こんなにも遠い……。

 

 そうして殴られ、蹴られ、魔法で嬲られて……どれくらい経っただろうか。

 ボロ切れのようになった俺は、もはや何を考えることもできなくなっていた。

 

『そろそろ飽きたな』

 

 魔王軍幹部が強いのはよく知っていた。それでも、ワンチャンスを掴み続ければ俺達は勝てたはずだ。俺が上手くやれなかったせいだ、ちくしょう。

 懺悔に似た後悔を脳裏に浮かべていると、視線の先に古塔が見えた。ボールみたいに扱われている間に、いつの間にか戻ってきていたらしい。

 

 カミナは地下室にいるのだろうか。それとも逃げたのか。

 逃げてくれると助かるが、どうしてるかなぁ……。

 

 赤く染まる視界の中、足音が近づいてくる。

 顔を持ち上げられ、何故か抱き締められる。

 

「ノクティスさんっ、大丈夫ですか!?」

 

 ――俺を抱擁していたのは、件の少女カミナだった。

 

「お……い、バカ野郎……隠れてろって、言ったのに……」

 

 赤くて何も見えないが、恐らく目隠しを外してここに来たのだろう。

 顔の近くで彼女の啜り泣く声が聞こえる。

 

『最初から小娘を手渡していれば良かったものを。小娘の前でゆっくり死にゆくという、最も惨たらしい結果になってしまったなぁ……愚かなならずものよ』

「……ふ、はは」

 

 デュラハンが高笑いしながら俺達の様子を見ている。

 そんな状況で、俺は笑いを堪えきれずに吹き出してしまった。

 

「……あぁ……本当に愚かで笑っちまうぜ」

『何だ、おかしくなったか?』

「違ぇよ……本当に愚かなのは、テメーのことだよ……デュラハン」

『あぁ?』

「獲物の前で余裕ぶっこいて舌なめずり……ワンチャンスを与えちまうなんてヘマ、Dランク冒険者でもやらねぇよ……」

 

 ワンチャンスを掴み続けりゃ、どんな敵にも勝てる。

 その通りだったぜ。

 

 俺はカミナの頬に手を当てて、泣きじゃくる彼女を引き寄せ――

 

『えっ』

 

 ――姿勢を持ち上げると同時に、その首元に隠し持っていたナイフを当てた。

 

「おいデュラハン! コイツをぶっ殺されたくなかったら、そこで大人しくしてろや!!」

『えっ、ちょ、待って』

「おい動くな! 動いたらぶっ殺すぞ、ええ!?」

『いや――おいお前――』

「この子が死んだらテメーどうすんだ!? 任務失敗をボスに怒られてチクチク口撃されてぇ!? 部下には『ならずもののせいで任務に失敗した無能』だと嘲笑の対象になってよぉ!! 出世コースから外れた中間管理職なんてロクなことにならねぇよなぁ!! あぁ!!?」

『おっお前……おまえおまえっ、それは流石にやっちゃダメだろ!! モヒカァァァァン!!』

 

 こうして一発逆転のチャンスをモノにすると同時。

 

「兄貴ィィィ!! ただ今戻りましたァァァ!!」

 

 茂みから飛び出してきたピピンの戦鎚が――

 

『ぐはあっ!?』

 

 ――慌てて振り向いたデュラハンの頭蓋骨を、見事なまでに粉々に打ち砕いたのであった。

 

 



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014:綺麗な目ぇしてんじゃねぇか

 

「結局不意打ちが最強の戦術でしたねぇ、兄貴」

「殺し合いは勝ったモン勝ちだからな。卑怯もクソもねぇよ」

 

 応急処置を終えて軽く動けるようになった俺達は、気絶していたトミー達を古塔に連れ帰って治療を開始した。

 カミナに手伝ってもらって治療を終えると、3人は何事も無かったかのように目を覚ました。闇属性魔法に対する知見の深いピピンが率先して処置を行ってくれたおかげで、回復が早かったようだ。

 もちろん、街に帰ったらちゃんとした施設で治療を受けないとまずいけどな。

 

「にしても、オレ達本当にやっちゃったんですね……魔王軍幹部」

「……油断しまくってたんだろ。俺達のことを本気でならずものだと思ってたっぽいし、俺をすぐ殺さず痛めつけてたし。全力で向かって来てたら間違いなく負けてたな」

 

 その辺で死んでいるデュラハン。ピピンが頭蓋骨を玉砕すると同時に動かなくなった。デュラハンの甲冑なんて涎の出そうな貴重素材だから、後でちゃんとバラして持ち帰って利用してあげないとな。

 噂程度に聞いてた『死の宣告』とやらも無かったし、敵側がマジに油断してた結果だろう。それも含めてワンチャンスを掴み取ったと言えるのだが、どちらかと言うと今回は敵の失敗に助けられた側面の方が大きいかな。反省しなければならない。

 

「とにかく大変な一日だったぜ」

「そうですね」

「俺はカミナの様子を見てくる」

「了解です兄貴。石化能力についてはもう大丈夫だと思いますが、一応警戒は怠らないでくださいね」

「分かってるよ」

 

 そう言いながら、俺は傷ついた身体を引きずって古塔の地下室へと降りていった。

 地下室でひとり座っていたのは、ピピンの魔法によって処置を終えたカミナ。ピピンは瀕死の重傷を負った俺達を治療した後、ついでにカミナの石化を解いてくれたらしいのだ。本当に気の回る男である。

 

 カミナはまだ目元に布切れを巻いていた。ピピンが言うのだから石化能力は無くなっているんだろうけど、まだ心配なのだろう。

 いずれにせよ、俺は彼女に謝らなければならないことがある。

 

「カミナ、様子はどうだ?」

「……よく分かりません」

「そうか……」

「ノクティスさんこそ怪我は平気ですか? 私、あなたが死んじゃうかと思って怖かったんですから」

「冒険者に怪我はつきものだぜ。あれくらいじゃ死なねぇよ」

 

 本当のところはギリギリだったけどな。デュラハンにボコされてた最中は死ぬほどキツかった。

 雑談はこのくらいにしといて、さっき人質にしたことを謝ろう。勝つためには仕方なかった行為かもしれないが、外道な行為であることには間違いなかったのだから。

 

「……カミナ、さっきは本当にすまなかった」

「いえ、私は気にしてませんよ。ノクティスさんのナイフ、震えてましたし……あくまでアレは隠れたピピンさんを活かすための行為。私を殺す気は無かったんでしょ?」

「…………」

「私は分かってますから」

 

 頭を下げて謝罪したところ、俺の内心を嫌というほど見透かされてしまった。小っ恥ずかしいものの、これくらいなら全然可愛いもんだ。本来なら絶縁とか敵対とかそのレベルの暴挙だったし……。

 ううむと唸りながら頬を掻いていると、彼女はくすくすと笑った。

 

「うふ。ノクティスさん、結構可愛いところもあるんですね」

「う……うるせぇよ」

 

 申し訳なさがあるせいか、やりづれぇ。

 

「んなこたどうでもいいんだよ。オメーの石化能力、ピピンに直してもらったんだってな? そろそろ目隠しを取っ払ってもいいんじゃねぇのよ」

「ええ、まぁ……それはそうなんですけど」

「怖ぇのか?」

「……はい。動物達を石に変えてしまったように、あなた達も石に変えてしまうのではないか……と思ってしまって……」

 

 カミナは顔に巻いた布切れに手を当てて、僅かばかり俯いた。彼女の蛇頭は未だに元気だが、これまでに感じられたような魔力はすっかり無くなっている。その感覚的にもメドゥーサから普通の少女に戻っているのは間違いないだろうが、そこは本人の気持ちの問題だろう。

 何せ、目を合わせるだけで相手を石にして殺しちまうんだからな。魔王軍が求めるくらい強い能力のくせして、本人が望んでいない能力と来た。そりゃ「能力が無くなりましたよ」っていきなり言われても、躊躇いが生まれちまうもんだろう。

 

「いいじゃねぇかよ。ほら目隠し外してみろよ。俺、オメーの顔が見てみてぇよ」

「……ま、まぁ……その言葉に絆されたわけではありませんが、いつまで経ってもこのままじゃいけませんよね」

「お、外してくれるのか」

「はい。まだ少し、怖いですけど……」

「…………」

 

 カミナの手は震えていた。目隠しに翳した手は、いつまで経っても動かない。いや、動かせないのか。

 彼女の様子を見かねた俺は、気付いた時にはカミナの手に触れていた。どうにか彼女の勇気を後押しできないものか――その気持ちが前に出すぎたみたいだ。さっきガッツリ人質にした男が何をやってるんだと思ったが、後には引けない。

 

「大丈夫だ」

「っ……」

 

 カミナが唇を結びながらも、何とか目隠しを取り払う。

 先刻の戦闘時に駆けつけた時はほとんどの時間目を逸らしていた上、デュラハンを倒すと同時に目隠しをし直すほどの徹底ぶりだった。それが今、彼女は自ら目を開こうとしている……。何だか感動的ではないか。

 

「そう……ゆっくり目を開くんだ。自分のタイミングで良いから」

「わ、分かりました。さん、にい、いちで開いて良いですか?」

「あぁ、構わねぇよ」

 

 彼女から魔力が感じられなくなったとはいえ、実は俺もちょっと怖い。まぁ、デュラハン戦で実質死んだようなもんだし石になっても仕方ねぇか。

 

「行きますよ……」

 

 カミナが宣言すると同時、彼女の細い指が俺の手にぎゅっとしがみついてくる。

 ぎょっとして視線を下げると、俺の手が彼女の白い手によって固く拘束されていた。妙に力が強い。どんだけ怖いんだよ。俺まで怖くなってくるじゃねぇか。

 

「さん……にい……いち……」

 

 無慈悲に始まるカウントダウン。俺がカッコつけた手前、止めることもできない。

 あっという間にカウントダウンが終わると、カミナがゆっくりと瞼を開き始めた。

 

「……ぎゃあああ!! も……モヒカン!?」

 

 ――()()()()()。それでも俺の身体に変化はない。石化を乗り越えた。彼女はメドゥーサではなくなったのだ。

 その事実を認識したカミナは、俺達のモヒカンを見上げた後――喜びを噛み締めるように目を見開いた。

 

 青く澄んだ、美しい瞳だった。

 

「なんだよ……綺麗な目ぇしてんじゃねぇか」

 

 思わずそんな言葉が零れてしまう。

 とても彼女を人質に取ったゲスの放つ言葉とは思えなかった。

 

「び……ビックリしましたけど……やっと誰かの目を見ることができました……」

「おめでとうカミナ、勇気を出した結果だぜ」

「私……初めて見られた顔がノクティスさんの顔で良かった……」

 

 初めて見る顔がこんなモヒカン男で良いのかよとツッコミそうになったが、驚きと感動によって目の縁に涙を浮かべた彼女を見て、そんなことを言うのも野暮だなと思った。

 何気に彼女を治療したのもピピンなのだが、それも口にしないでおいた。リーダーの役得ということで、ここはひとつ。

 

「ノクティスさんっ」

 

 至近距離で笑顔が弾ける。溢れ出した感情のまま抱擁されるが、力加減を知らない彼女は俺の首を絞めて落としにかかってきた。

 柔らかくて温かい2つの感触と腕に挟まれて、本気で窒息死が見えてくる。

 

「く、苦し……マジで死ぬ! 怪我人だぞ俺は!」

「あ、すみません! 久々に人と触れ合ったものでつい……」

「ったく……まぁ良い。今日は記念日だ、好きなだけはしゃいでいいぞ」

 

 こうして俺達は緊急クエストをクリアし、晴れてエクシアの街に帰還することになった。

 ただ、バイクに乗って颯爽と走り出そうとしたところ、ゴン達に説得されてサイドカーに無理矢理寝かしつけられてしまった。俺の怪我が割かし重傷だったからかもしれない。

 

 というわけで、最も軽傷なピピンの運転するバイクのサイドカーに乗せられて帰路に着く。カミナは古塔を離れて俺と一緒に暮らしたくなったらしく、地下室に飾っていた絵だけを抱えてバイクに同乗していた。

 

「にしても、皆さん相当面白い見た目をしてますよね。それはファッションか何かですか?」

「あ〜……まぁ、他人に舐められねぇためのファッションだな」

「なるほどぉ、勉強になります」

 

 帰路の最中も、俺達6人の間に会話は絶えない。俺達はすっかり意気投合していた。

 カミナが街で生活するための戸籍を用意するのに随分と苦労しそうだが、当面は俺の家に匿って乗り切ることにしよう。俺がついてりゃ、少なくともギルドから疑われることはなくなるはずだ。

 

 そして、すっかり空が暗くなる頃。エクシアの街に到着した俺達は、一番最初にカミナを自宅に匿うことにした。緊急クエストから帰ってくると同時に戸籍不明の少女を連れて帰ってくるとか、いくら何でも怪しすぎるからなぁ……。と言うか、蛇頭が治らなかったんだから姿を見られたらヤバいぜ。

 カミナは「私もギルド見たいです!」と頬を膨らませていたが、その機会は後日に持ち越しだ。髪の毛を隠す手段を考えなくちゃならん。

 

 そうしてカミナを自宅に隠した後、俺達はギルドの扉をぶち開けて緊急クエストから堂々帰還。職員や冒険者達からの手荒い祝福を受けながら、緊急クエスト完了の事務作業を始めるのだった。

 

 ちなみに、クエストの原因モンスターの討伐証明としてメドゥーサことカミナの髪を提出したのだが、どちらかと言うとデュラハンを倒した事実でギルド内は騒然となった。

 俺はあんまり気にしてなかったが、Sランクに相当するモンスターだったらしい。油断してたのは間違いないが、魔王軍幹部なだけはある。

 

 そんでもって、バラして持ち帰ってきたデュラハンの死体を見せつけてやると、あまりの貴重素材に卒倒する者が現れる始末だった。

 

「ノクティスさん、これヤバイっす! 保存状態が良いうちに固定して博物館に飾りましょうよ!!」

「全財産譲るんで、デュラハンの腕だけくれませんか!? ほんと先っちょだけで良いんで!!」

「味見していいかなぁ!? デュラハンを舐められる機会なんて一生ないよぉ!」

 

 ……やっぱり冒険者ってやべーやつしかいねぇわ。

 

 



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015:誰ですかその女!

 

「いてて……まさか2日経っても傷が治らねぇとは。あのデュラハンめ、もっと痛めつけて殺してやるんだったぜ」

 

 激動の緊急クエストから2日が経過して。俺は中々回復しない傷を庇いながら、自宅で読書をしながら過ごしていた。

 ピピン曰く、闇属性魔法には対象を衰弱させる効果の魔法があるらしい。デュラハンが俺をリンチにする時使っていたのはその類の闇属性魔法で、よっぽど俺を苦しめたかったんだなぁと今更考えてしまう。

 

 覇和奮(パワフル)大連合の4人は、俺の傷に効く薬草を取りにクエストへ出かけていた。ある程度傷が治るまで面倒を見てくれるらしい。緊急クエストのためにいきなり呼び付けたというのに……本当に助かるぜ。

 彼らは「魔王軍幹部を倒したって街のあちこちで褒められて鼻高々ですよ」とエクシアの街に滞在したがっているので、まぁ本人達が良いならそれで構わないのだが……。

 

 彼らの言うように、エクシアの街は魔王軍幹部を倒したことでお祭り騒ぎだった。あれから2日経ったというのに、街のあちこちでは宴会が開かれどんちゃん騒ぎ。エクシアの街どころか国全体、或いは世界中に噂が広がっているようにも思える。

 俺がダウンしてる間に感謝状が送られてきたり、国王自ら感謝したいということで王都召集の命が下ったり……たった1日で起こった出来事のくせに、大事になりすぎだよな。

 

 デュラハンを倒した覇和奮(パワフル)大連合の4人は、Aランク冒険者昇格にグッと近づいただろう。Aランク以上の冒険者になるためには幾つかの功績を上げなきゃならんのだが、魔王軍幹部討伐以上の功績は無い。

 もちろんAランク昇格のためにはそれ相応の試験をパスする必要があるし、技能検査もある。即座に昇格ってわけじゃないのは歯痒いけど仕方ないわな。

 

 俺に関しても何らかの特別報酬が出るんだろうけど、Sランク昇格みたいな話は有り得ねぇだろう。一級相当の魔法能力、実績、勤続年数、資格、試験――どれを取っても一応Sランクの基準に達してはいるのだが、それはあくまで()()()()

 Sランク冒険者ってのは人間やめてるバケモンしかいねぇんで、俺がなれるわけないのよ。俺はせこい冒険者ってだけで、規格外のバケモンには該当しない。背伸びしてギリギリAランク程度の人間なのさ。

 

 あと、昇格うんぬんのことは置いといて、王都に行ったら昔のパーティメンバーに会えるかもしれない。アイツらどうしてるかな。昔のまんまなのかな、それともめちゃくちゃ変わってるのかな。

 王様と謁見するより、そちらの方が何倍も楽しみである。

 

「ノクトさん、お昼ご飯ができましたよ〜」

「おぉ……カミナか。ありがとな」

 

 様々なことに思いを馳せていると、キッチンからエプロン姿のカミナが料理を持ってくる。俺ん家に住むことになったコイツには家事を覚えさせており、特に料理の飲み込みが驚異的なスピードだった。

 家事を覚えていく過程で俺の呼び方が「ノクティスさん」から「ノクトさん」になっていたが、彼女なりに距離を縮めようとしているのだろう。そういうの嫌いじゃないぜ。

 

「私が冷ましましょうか?」

「自分で食う」

「え〜」

「いただきます。……お、これめちゃくちゃ美味いぜ」

「うふふ、お粗末さまです」

 

 俺が感謝すると、カミナの髪の毛がざわざわと揺れる。最近分かったのだが、コイツは感情が髪の毛に出やすいらしい。嬉しい時は特に、蛇の髪がめちゃくちゃ揺れるのだ。

 見てるといちいち面白い。何年も独りで暮らしてきたんだから、そういう所の制御ができないのかもしれない。カミナの作ってくれたスープを嗜みつつ、俺は彼女にじっと視線を向けてみた。

 

 透き通ったアメジストの瞳。病人みたいに白い肌。わしゃわしゃ動き回る蛇の髪。顔は整っていて、所謂美人顔。髪の毛以外は人間まんまなのだが……彼女を他の冒険者に見られたら、亜人ないしモンスター認定は免れないだろう。

 どこからが亜人でどこからがモンスターなんだ……という込み入った問題はあるが、いずれにしても蛇頭は隠さないとまずいと思う。カミナの振る舞い方を考えておかないとなぁ。それはそれとして飯が美味い。

 

「うんうん、本当に美味ぇ。ひょっとすると、カミナは将来料理人になれるかもな」

「えっ」

「何だよ。そんなに変なことか?」

「い、いえ……。えへへ、何だか嬉しいですっ」

 

 カミナの料理、俺の好きな味だぜ。冒険者を引退したら、コイツと一緒に飯屋を営むのも悪かねぇ未来かもしれん。大連合の4人を呼んだりしたら、きっと賑やかになるぜ。

 

「ご馳走様。さっさと身体を治してぇし、一旦昼寝するわ……」

 

 全身に巻いた包帯を少しだけ緩めながら、一直線に向かった寝室のベッドに倒れ込む。

 あ〜……照明消すの忘れたわ。今更スイッチ押しに行くのめんどくせぇ。でも消さねぇと寝つきが悪くなって後悔することになりそうだ……。

 

 ガチ寝しようとベッドに倒れたのに、再び身体を起こさないといけないのは精神的にかなり辛い。

 モヒカンを掻きながら立ち上がろうとすると、いつの間にか寝室に来ていたカミナが俺の身体をベッドに押し戻した。

 

「ノクトさん、私が明かりを消しておきますよ」

「ギャハ……ありがとう」

 

 おぉ、気の利く野郎だぜ。

 

「…………」

「…………」

 

 …………。

 おい、何で照明消した後にベッドの横に腰掛けてくるんだよ。俺の顔をじっと見るな。寝にくい。

 

「……カミナ、何の用だよ」

「あ、いえ。特に理由はないんですけど」

「テメーに見られてると寝れねぇじゃねぇか。あっちいけ、しっしっ」

「え、ヤです」

「は?」

「一緒に寝ても良いですか?」

「テメー距離の縮め方おかしいぞ。一旦落ち着けや」

 

 古塔の生活がどんだけ寂しかったんだコイツ。モヒカンに抱きついてくるカミナを引き剥がそうとしたが、何年も地下室で孤独に暮らしてきた彼女のことを思うと……どうにも無下に扱うことができなかった。

 まぁ、近所のガキを相手にするようなもんだ。実際は何歳か知らねぇけど、好きにさせときゃそのうち勝手に寝るだろ。

 

「ノクトさんのモヒカンすご〜い」

「……なぁ。隣で寝るのはこの際許すけどよぉ、テメーの蛇に噛まれそうで怖いんだが……」

「確かにそうですね……紐で縛っておきましょう」

 

 言いながら、カミナが長い蛇の髪を後ろでひとまとめに括り上げた。蛇達がギャッと悲鳴をあげているような気がしたが、細かいことを気にしすぎると疲れるので無視する。

 俺が溜め息を吐くと同時、流れる沈黙。カミナは一心不乱に俺の胸板とモヒカンを交互に揉みまくっている。そんなに気になるのだろうか。手つきが妙にいやらしくって、何かヤだ。

 つーか、怪我人を寝かせてくれねぇとか、普通にコイツ鬼畜じゃねぇか。ふざけんなよ。出会った当初からポンコツで変な奴だなとは思ってたけど、同棲始めてからいよいよ化けの皮が剥がれてきたな。古塔に置いて来れば良かったかしら。

 

「…………」

「…………」

 

 ……コイツ、本当に何を喋るでもなく胸とモヒカン揉みしだくだけなのかよ。

 ふざけやがって。普通に雑談してコミュニケーション取るのかと思ってたわ。仕方ねぇな、俺が話の種を撒いてやるか。

 

「……なぁカミナ。俺すげぇ気になってるんだけどよ。どれくらいの期間あの古塔で暮らしてたんだ」

「さ、さぁ……秘密です」

「つーかカミナって何歳なんだ?」

 

 その質問をした途端、モヒカンの毛並みを吸っていたカミナの呼吸が止まる。

 女に年齢聞くのは失礼って言われてるけど、流石にこの場合は気になりすぎるから許して欲しい。そもそも俺の身体を好き勝手に触りまくってるのが失礼だから良いだろ。

 

「もしかしてテメー、敬語使ってるけど俺より歳上なんじゃねぇの」

「…………」

「図星かよその反応。じゃあ当ててやろうか、カミナの歳」

「や……やめてください。恥ずかしいです」

「50歳」

「ちょっと」

「うお」

「いきなり随分と失礼ですね。嘘でも最初は若い数字で答えてくださいよ」

 

 結構マジトーンで言われたけどさ、普通メドゥーサの寿命とか知らねぇんだわ。

 カミナの見た目は人間の20歳より若く見える程度。エルフで言ったら100〜200歳くらいの見た目か。でも、カミナが何歳かは本当に当てずっぽうになるな。

 

「じゃあ10歳」

「ふざけないでください。もっとお姉さんですっ」

「何なんだテメーは……」

「ノクトさんはデリカシーがないですよ」

「それは否定しねぇけど……じゃあ実際のところ何歳なんだよ」

「……答えたら、ノクトさんの年齢も言ってくれます?」

「えっ」

「えっ、じゃないですよ。私も言うんだから当然じゃないですか」

「……俺、年齢言ったら絶対ビックリされるというか。全然見えないですぅ〜もっと行ってるかと思った〜みたいな反応されて、結構ヤなんだよ」

 

 そういえば、俺は自分の年齢を答えるのが嫌いだ。

 自分が蒔いた種ではあるんだが、みんながみんなカミナに言った通りの反応をするもんだから……ちょっとな。

 

「私だって人に打ち明けるのは初めてですし、ヤです」

「奇遇だな。じゃあやめとくか」

「それも嫌です! ノクトさんの年齢は知りたいので!」

「……じゃ、俺が先に当てるわ。……30歳」

「…………」

 

 僅かに首を横に振るカミナ。10歳でも30歳でも50歳でもないときた。

 

「じゃあ100歳」

「さすがにそこまでは行ってませんよ!」

 

 お、手応えアリ。カミナって思ったより年増ババアなんだな。

 

「99歳?」

「……刻まないでください」

 

 これ以上おちょくるのはやめておこう。俺もされると嫌だし。

 

「90歳」

「……ええ、まぁ……はい。90歳と4ヶ月です」

「へぇ〜! 全然見えなぁい! もっと行ってるかと思った!」

「ねえ! ぶん殴りますよ!」

「冗談だって。まぁエルフみてぇな長生き種族もいるしな、年齢なんて特に気にすることはないだろ」

 

 ババアと口に出したら石にされてしまうので、適当にフォローして寝返りを打つ。

 そんな感じで俺が丁度いい落とし所を作ってあげたのに、カミナは俺に食ってかかってくる。コイツ、怪我人に対する罪悪感とかは無いんだろうな。

 

「ねえ。ノクトさんは何歳なんですか。30歳くらいですか?」

「もっと若ぇよ」

「15歳?」

「それは若すぎ。ヒントは20代前半だ」

「……!? その風格で20代前半……!? ジジイじゃなくてお兄さん……!? 冗談は顔とモヒカンだけにしてくださいよ!」

「んだと年増ババア! テメーいい加減寝かせろや!」

「とっ年増ババ……!? ノクトさんっ! それはもうライン超えてます! 石にしちゃいますよ! 死の宣告です! 死ね!」

「いいから寝かせろっつってんだろ! まだ全身痛ぇんだから!」

「私が添い寝してあげるって言ってるでしょ!」

「その結果こうなってんだろ!」

「いたたたたた!」

「イテテテテテ!」

 

 互いに頬を抓り合ってギャーギャー騒いでいる中、遥か遠くで玄関のドアのノック音が響き渡った。ピタリと喧嘩を止める俺達。視線を交わした後、カミナはいそいそと帽子を被って蛇の髪を隠し始める。

 

「……ピピン達だったらノックなんてしねぇ。来客だ」

「さすがに私が出ましょうか?」

「……いや、俺が出る」

「何かあった時のために、ついて行きますね」

「あー……そうしてもらおうかな」

 

 一体誰だろうか。緊急クエストから帰還した直後、大体の冒険者に挨拶をして回ったはずだが……。

 有り得るセンとしては、俺のお見舞い? ギャハハ、さすがに無ぇか。

 

 俺はカミナに支えてもらいながら玄関の扉を開ける。

 扉の向こうにいたのは――フルーツ山盛りの籠を提げた茶髪おさげの少女。俺が見込んだ新人冒険者パーティのひとり、ミーヤだった。

 

「おう、久しぶりだなミーヤ。わざわざお見舞いに来てくれたのか」

 

 軽く手を上げて挨拶するが、彼女の快活な声は返ってこない。それどころか、ミーヤは籠を落としてフルーツをぶちまけていた。

 様子がおかしい。何かあったのか?

 顔面蒼白のミーヤは、震える声でぼそりと呟いた。

 

「……ノクティスさん……誰ですかその女」

 

 え? もしかして怒ってる?

 ――いや、怒ってはいない。

 驚愕……絶望……不安……?

 

 ……()()()()()()()

 ――まさか――!

 

 ――まさかミーヤのやつ、カミナの正体がメドゥーサだってことに気付きやがったのか!? 俺が騒動の原因を庇っていることに言葉を失ってやがるんだ!

 俺が見込んだガキとはいえ、いくら何でもカンが鋭すぎるぜ。ここは何とか誤魔化さないと!

 

 あたふたしながら、俺はカミナを背中に隠した。

 その行動を見て、何か信じられないものを見たかのように両目を見開くミーヤ。まずい。確実にバレてる。カミナの正体が。

 

「ち、ちが……あぁ、えと、この子は……」

「……そんな、まさか」

「っ……ミーヤ、待て。これは違うんだ。彼女を匿ってるのは深い事情があって――」

「……ノクティスさんに付き合っている女性がいたなんて。こんなの……こんなのっ、浮かれてたあたしがバカみたい!」

「!?」

 

 は?

 

「ノクティスさん、失礼しますっ! あたしのことなんて気にならさず、どうかお幸せに!」

「えっ……えっ!? まっ待てミーヤ! それはそれで誤解なんだっ!!」

 

 駆け出すミーヤを追いかけようとしたが、怪我人に運動させまいと全力で拘束してくるカミナ。

 

「待ってくれぇぇぇっっ!!」

 

 満身創痍の身体では追いかけることも叶わない。

 こうして誤解は解けぬまま、波乱の一日が過ぎていった。

 

 

 ……のだが、ピピンが泣きじゃくるミーヤを発見して誤解を解いてくれたらしい。

 ピピンによると、「あの子は兄貴が助けた一般人ですぜ。確かに兄貴には懐いてますけど、決してそういう関係じゃないと聞いてます」とミーヤに伝えたんだと。

 

 ……誤解が深まった気がするんだけど、それでいいんだろうか。

 

 

 



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016:汚物の消毒は大事

 

 カミナが古塔で暮らしていた頃、唯一犯した罪がある。

 それは、村の馬を盗んで結果的に殺してしまったことだ。結局石化した馬は元に戻らず、どうすることもできなかった。

 

 ちなみにどうやって南京錠を解錠したのか聞いたところ、ミミズを鍵穴にぶち込んだ後に石化させ、即席の鍵として使用したらしい。

 ……まぁそれは置いといて、カミナには罪を償う責任があるというもの。これから普通の暮らしをしたいのなら尚更だ。

 

 直接例の村に謝りに行ったら正体がバレてしまうから、どうやって罪を清算しようか考えたところ――

 お金を稼いで馬を買おう、と本人が提案してきたのであった。

 

 一般的に馬1頭を購入するのにかかる値段は、村人の月収数ヶ月分とされる。そのため、馬や牛などは村の共有財産として扱われる貴重な動物なのだ。

 荷馬ならまだしも、軍馬となれば更に値段は跳ね上がる。最近は魔法技術によって馬に頼ることは少なくなってきたが、それでも田舎や地方なら馬はまだまだ現役だ。

 

 その馬を買いたいとなったら、カミナのような少女に与えられた道は数少ない。リスク覚悟で手っ取り早く稼ぐか、地道に時間をかけて稼ぐかの二つに一つ。

 俺が費用をポンと出すこともできるが、それじゃ禊にはならないからな。文化的な暮らしに順応するためにも、お金を稼ぐ苦労というものを知ってもらわなければ困るのだ。

 

 そして、自らお金を稼いで馬を買うと提案した彼女は――予想通り、冒険者になりたいと言ってきたのである。

 俺がカミナの保証人になれば、即座に冒険者になることは難しくない。ただ、半端な気持ちで「副業として冒険者やります!」みたいなのはオススメしないぜ。

 

 何せ、モンスターに負けないため身体作り、武器に応じた鍛錬、魔法技術の習得、書類の書き方の習得、試験や資格のための勉強、カミナに関しては文字の習得までが必要になるんだからな。副業とするには割に合わなさすぎる。

 ガバガバだった昔なら、森から採ってきた薬草で小銭稼ぎ……みたいな主婦もいたなぁ。そういうプチブームが起きたせいで、絶滅危機に陥った野草もあったくらいだ。

 

「何だテメー、冒険者になりてぇのか」

「はい! いつまでもノクトさんの足を引っ張るわけにはいかないので!」

「そいつぁ出来た心構えだな」

 

 冒険者は甘くないと思いつつ、戸籍のないカミナが働くには冒険者になるしかないと薄々感じていた。俺の後ろ盾があれば何とでもなるという身も蓋もない理由がひとつ、もうひとつの理由としてはカミナの蛇の髪がバレるとハチャメチャにまずいからだ。

 仮にカミナがメドゥーサだったとバレたら、俺の立場も危うくなるだろう。そういうわけで、コイツの髪のことがバレないよう付きっきりになるのが正しいムーブだと考えたのである。

 

「善は急げって言うし、早速登録しに行くか」

「そんなに急に!?」

「めんどくせぇ手続きがあんだよ。勢いで終わらせた方が幸せなこともある」

 

 穀潰しになるようだったら、カミナをこの家から追い出していただろう。俺は彼女の髪を縛って帽子を被らせると、いつもの装備をしてギルドへと向かった。

 ギルドに到着すると、すっかりエクシアの街に馴染んだ覇和奮(パワフル)大連合の4人がたむろしていた。

 

「お、兄貴とカミナさんじゃないですか!」

「2人揃ってどうしたのぉ? アハ、まさかカミナさんを冒険者にしたいとか?」

「おう、そのまさかだ」

「なにっ」

「クヒヒ。物好きですねぇ兄貴」

「ギャハハ! おいテメーらついてこい! 新人に指導“キメ”るぞォ!」

「ウス!」

 

 俺はカミナに加えて4人を引き連れて受付嬢の前にやってくる。いつも俺の相手をしてくれる受付嬢のクレアさんがいなかったので、そこら辺にいた受付嬢を呼びつけた。

 

「おい、そこの受付嬢。ちょっといいか」

「はっ、はいぃ!」

 

 見ない顔の受付嬢だな。新米だろうか。

 お、よく見たら「研修中」の札つけてるじゃねえか。

 ってことはアレか? 魔王軍幹部討伐の朗報を聞いて入ってきた新入社員? そこら辺は知らねぇけど、活きの良さそうな女だな。えぇ? ギルドが活気付いてきて嬉しいなぁ!

 

 俺はカミナの肩に腕を回しながら、大連合の4人で囲むようにして新米受付嬢に事情を話す。

 

「受付嬢さん。この子カミナって言うんだけどさぁ……この俺が保証人になるってことで、ここはひとつ、新人冒険者の手続きをしてくれねぇかな?」

「は、はひ! 少々お待ちくだしゃい……」

 

 受付嬢はカウンター奥に引っ込むと、ベテランの受付嬢を呼んできて一緒に対応してくれた。

 分かる分かる、最初は何でも緊張するよな。でも大丈夫。俺達はそういうのも含めて全部分かってっからよぉ。

 

 俺達5人は微笑みを浮かべながら新米受付嬢の様子を見守る。

 ……でも、俺達が爽やかスマイルをやり始めると同時に、新米ちゃんの表情に泣きが入ったのは気のせいだろうか。体調でも悪くなったのかな?

 

「こ、こちらの空欄にご記入ください……」

「ギャハハ! 助かるぜぇ!」

 

 カミナはまだ文字の読み書きができない。俺が彼女の代わりに色々と書いていると、新米受付嬢がおずおずと話しかけてくる。

 

「あ、あの……大変失礼ではあるのですが……」

「ん?」

「そちらの方はカミナさんでよろしかったですね? 詐欺で騙されてはいませんか?」

 

 コイツ俺のこと知らねぇのかよ!

 しょうがねぇ奴だな!

 

「詐欺の心配はいりませんよ。こちらの方が全て良いようにしてくれるので」

 

 おいカミナ、その言い方は更に怪しいだろ!

 ぎょっとしてカウンター奥に引っこもうとする新米受付嬢と、それを止めるベテラン受付嬢。ベテランさんは新米ちゃんに対して、俺がAランク冒険者だってことを慌てて教えてたぜ。新米ちゃんは俺のことを知らなかったから、詐欺だと確信して通報しようとしたんだろうか。

 

「あんだよネェちゃん。俺のこと知らなかったの?」

「は、はひ! 普通に反社会的勢力かと思いました!」

「こっちこそ名乗らなかったのが悪いから、気にすんなよ! デュラハン倒して舞い上がっちまってたわ! ギャハハ!」

 

 俺のことを普通にならずものだと思っていたらしい新米受付嬢は、速攻で謝罪してくれた。どうやら「デュラハンを討伐したノクティス・タッチストーン」のことをもっとイケメンだと想像していたんだとか。モヒカンで悪かったな。

 

 その後何やかんやあって、カミナを冒険者登録することができた。

 それと同時に冒険者ギルドから発行される身分証明書をゲット。色々すっ飛ばしたものの、これでカミナはDランク冒険者だ。ひとまずの目標は馬購入の資金を稼ぐことだけど、将来のために魔法や勉強もしておかないとな。

 

「申請だけで午前が終わっちまったけど、午後クエストに行く元気はあるか?」

「はい! 何がいいですかね?」

「何でもいいぞ。……いや、初日だから簡単な納品クエストにしようか。簡単なものからこなして慣れていこう」

「兄貴、アレやらないんですか。モンスターの“解体(バラ)”し作業」

「クヒヒ……癖になってんだ。新人の解体作業見守るの。見てみたいなァ」

「初日からモンスターぶっ殺して解体作業はハードすぎるだろ」

 

 というわけで俺達は森に出かけ、山菜やキノコを採って帰路に着いた。

 途中で虫系のモンスターを見つけてカミナにやらせるか色々と迷ったが、カミナはそもそも剣すらまともに振ることができない非力な少女。俺達がちゃんと殺して解体しておいた。

 

「この虫の外骨格、結構良い鎧になるんだぜ」

「いやぁ……キツいです」

「キツいも何も、冒険者になるってのはそういうことだ」

 

 改めて、冒険者ってキツい職業だぜ。基本的に肉体労働でキツいし、臭いし汚いし。稼ぎは良いけど、勉強が必要だし自分磨きもしなくちゃいけないから割と意識高い系の分類だよな。

 

「ノクトさぁん、足が疲れました〜……」

「これも鍛えるためですよカミナさん。バイクは使いませんからね」

「本当に辛い時のための備えっス」

「アハ! 自分の身体しか頼れなくなった時、貧弱だったら困るでしょ?」

「それはそうですけど……」

「クヒヒ……カミナさんは冒険者になって日が浅いから分からねぇと思いますが、そのうち分かってきますよ。本当に追い詰められた時、頼れるのは仲間と己の身体だけ……ってね」

 

 今のカミナの貧弱っぷりは、ナイフを振るだけで手にマメが出来てしまうくらいだ。しばらくは納品クエスト兼体力作りに勤しむべきだろう。

 メドゥーサだったってことで戦闘には長けていそうなものだが、そういえば手刀一発で気絶したことを忘れてたぜ。カミナはカミナだもんな、うん。

 

 結局、今日稼いだ金額は馬1頭を購入するのに全く足りない金額――細かく言うなら100分の1程度にも満たない金額であった。

 しかしカミナはクエスト報酬金を握り締めながら、「これからも頑張ります」と頼もしい宣言をしてくれた。道のりがまだまだ長いことは明らかなのに、むしろ燃えているようにも見える。これで諦めるようなヤツだったら軽く見損なってただろうが、どうやらカミナは気持ちのいい性格をしてるようだ。

 

「そういや兄貴。技術屋に依頼したデュラハン素材の“例のアレ”、もう完成したんスか?」

「おう。今日ついでに取りに行くつもりだぜ」

「マジすか! 超楽しみっス!」

「ノクトさん、例のアレって何ですか? 武器か防具ですか?」

「おう、オーダーメイドの武器だ。折角貴重な素材を使うんだから奮発しちまったぜ」

 

 ギルドに帰って報告精算を終えた後、俺達はその足でとある施設に向かった。

 武器防具の鍛冶だけでは稼げなくなった職人が、己の生活を賭けて一念発起した結果生まれた魔法技術研究開発施設である。主な業務は冒険者の依頼に合わせた装備を作ることで、俺のバイクや装備もここで製造してもらった。

 値段は割高でも、非常に満足度の高い武器防具または道具を作ってくれるということで、顧客満足度はこの街でもナンバーワンと言っていいだろう。このレビューは参考になりましたか?

 

「お〜いジジイ、ノクティス様が来たぞ! 例のアレ、完成したんだろ? 見せてくれよ!」

「よく来たなモヒカン野郎。今までにねぇ素材が来たもんだから、テンション上がって色々とアレンジ加えちまったぜ」

「俺の指示が反映されてりゃ構わねぇよ」

「ガハハ! 流石は我が社イチバンの太客だ。こっちに完成品がある、案内するぜ」

 

 今回依頼したのは、「デュラハンの素材を使った魔法武器」の製造。闇属性魔法は使えないんで、どうにか火属性魔法を内包した逸品に仕上げて欲しくてここに頼んだ。

 ジジイに案内された部屋に向かうと、そこには大型の銃砲が沈黙していた。

 

「こ……これが……敵を殲滅することだけを目的として開発された究極の武器」

「すげぇ……何だこれ、データに無ぇ形してますよ」

「アハ! 凄いオモチャ!」

「……クヒヒ。どんな音を出すのかなぁ」

「ノクトさん、何ですかコレ」

「カミナ……これはデュラハンの特性を利用した火属性魔法噴射機――つまり火炎放射器だ」

「ふぇ?」

 

 Sランク冒険者ってのは、本気のデュラハンと真正面からやり合えるくらいのバケモンじゃないと務まらねぇ。いずれは俺もそういう冒険者になりたいと思っているが、デュラハンの素材をその()()()()()にさせてもらうことにしたのだ。

 

 ――火炎放射器。何故だろう。細かいことは置いといて、俺達モヒカンは()()が無いとダメな気がしていた。それと同時に、これさえあれば俺はSランク冒険者になれるかもしれない――そんなトキメキを感じていた。

 デュラハンの闇属性魔法を利用して俺から魔力を吸い上げ、トリガーを引くことによって爆炎を噴射する特別性の火炎放射器。これを手にすることにより、バイクに乗りながら炎を撒き散らす俺の姿が脳裏に浮かんでくる。

 

 これまでの火属性魔法よりも遥かに効率よく、広く、強烈な効果をもたらす火炎放射器。ワクワクしないわけがねぇよ。

 

「ジジイ……最高だぜ。試し打ちしていいか?」

「もちろんさ! そいつぁお前しか使えない特別製だ、最高の試し撃ちを見せてくれぃ」

「ギャハハ! テンション上がるなぁ」

 

 俺は両腕で火炎放射器を構え、トリガーに指をかける。

 そのまま遠くに置かれた藁人形に向かって照準を合わせ――

 

「ギャハハハッ! 汚物は消毒だ――っ!」

 

 口をついて出た言葉のままに、俺は汚物を消毒した。

 



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017:汚物の消毒 やってみた!

 

 一瞬で消し飛ぶ藁人形。超高温の熱に消毒されて、的は灰さえ残さず消失してしまった。

 

「す……すげぇ。想像以上のデキだぜ」

 

 熱い空気が顔の全面に押し寄せてくるこの感じ……堪らねぇぜ。

 こりゃ、ザコ敵相手には火炎放射器ひとつで事足りるかもしれんな。魔法の効かない相手には従来のエンチャント武器投擲をするとして、使い分けで大分楽になるぞ。

 

「気に入った。高い金払って良かったぜジジイ」

「ヘッヘッヘッ。お前が気に入ってくれて良かった、仕事冥利に尽きるってもんよ」

 

 しかもこの炎、普通の火じゃねぇ。延焼速度が尋常じゃなく早い。可燃物に着弾した瞬間、まるで意志を持っているかのように膨れ上がりやがった。

 これがジジイの言ってたアレンジってやつなのか。この武器だけでSランクになれるんじゃねぇの?

 

「バイクの機動力と組み合わせたら無敵じゃないですか!」

「いいんスかこれ、強すぎっスよ」

 

 ゴン達が言うように、俺が習得した一級相当の火属性魔法と組み合わせれば大抵の敵は完封できそうだ。

 例えば前にちょっと使った【炎陣(イグ・フィールド)】という火属性魔法の技。これは好きな範囲にデケェ炎の壁を焚く技なんだが、単体で使っても相当使い勝手が良くてお気に入りの技だ。実際の使い道としては、敵の逃げ道を炎の壁で塞いだり、円状に打ち立てた炎の壁を内側に狭めていくことで、逃げ場の無くなった敵を焼き殺したり……。

 

 そんな【炎陣(イグ・フィールド)】と火炎放射器を組み合わせたらどうなるか。

 【炎陣(イグ・フィールド)】で敵の逃げ場を無くして、超火力の火炎放射器で薙ぎ払う? 考えただけでも強すぎる。終わりだろ。

 

「どこかに火炎放射器受けてくれるヤツいねぇのか。生きてるヤツに試し打ちしてみてぇよ」

「……クヒヒ。ゴンは氷属性魔法の使い手ですよ」

「なにっ」

「おう、じゃあ受けてくれるか?」

「無理に決まってるでしょ! 火炎放射されたら人間は死ぬんスよ!」

「冗談だよ」

 

 まぁ、今度個人的に試し打ちをするとしよう。森の中じゃもちろん使えないし、洞窟内やダンジョン内でもおいそれと使えないから、割と限られた範囲での使用になるか。

 う〜ん……森を抜けた先に荒野があるから、そこの害虫駆除クエストで実践することにしよう。

 

「今日のところは解散だな。トミー、レックス、ゴン、ピピン……今日は付き合ってくれてありがとよ」

「お易い御用です!」

「しばらくしたら王都に行く必要があるから、そこまで自由行動だ。俺ん家に来てもいいし、クエストに誘ってくれてもいい。予定さえ合えば、俺がオメーらを誘うこともあるかもしれん。そこんとこヨロシク」

「ウス!」

 

 今日は盛り沢山だった。カミナの冒険者登録、初クエスト達成、火炎放射器の入手……家に帰って疲れを癒そう。これでも一応、怪我から回復したばかりだし。

 全員で飯を食って解散した後、俺とカミナは我が家に向かう。夕食を食って満足したのか、うとうとし始めてしまうカミナちゃん(きゅうじゅっさい)。俺の袖を摘みながら遂に船を漕ぎ始めてしまったので、仕方なくおんぶして帰路を歩く。

 

「んん……えへへ、ノクトさん……」

「何だよ」

「むにゃむにゃ……」

「寝言か」

「…………」

「90歳4ヶ月」

「…………」

「ほんとに寝てるのか。ごめんな」

 

 そんな中、俺ん家に帰るまでの道で知り合いに会った。

 

「あっ」

 

 例のガキ共――ダイアン、ティーラ、ミーヤの3人である。

 ミーヤは俺と目が合った瞬間に変な声を上げていた。ダイアンとティーラが手を上げて近づいてくるが、ミーヤはその場に立ち尽くしたまま。まだ俺とカミナのことを勘違いしたままらしい。

 

「ノクティスさん、こんばんは!」

「よぉガキ共、上手くやってるか?」

「はい! ノクティスさんのおかげで全部上手く行ってます!」

「そいつぁ嬉しいな。だが、上手くいってる時こそ油断するなよ。時には勇気を出して撤退することも大事だって教えたよな? 失敗を恐れず、とにかく生き残ることを第一に考えるんだぞ」

 

 ダイアン、ティーラの頭をわしわし撫でてやると、2人は満面の笑みで俺の懐に飛び込んできた。

 ギャハハ! でっけぇガキ共だぜ。まるで俺がパパみたいじゃねぇか。

 

「ノクティスさんっ、この前デュラハンを討伐しましたよね!? その時のお話、ぜひ聞かせてほしいです!」

「確か緊急クエストの副産物……? っておっしゃってましたよね? 私達、興味があるんですよ」

 

 ダイアンとティーラが、餌を前にした小鳥みたいに首を伸ばしてくる。そんな中、堪らなくなったミーヤが俺の裾を引っ張ってきた。

 

「……の、ノクティスさんっ!」

「どうしたミーヤ」

「ピピンさんから聞きました! その女の人とは付き合ってないんですよね!?」

「いきなり何だよ。付き合ってねぇって」

「ほんとですか!?」

「おう。誓ってもいいぜ」

「っし……良かったぁ……!」

「…………」

 

 ……ミーヤ、割と聞こえてるぞ。そんなに俺のことを好いてくれてるのか。もちろん嬉しいけど、こんなに堂々と好意を表に出されると照れくさいな。

 

「立ち話もなんだし、家に入って話そうぜ。お茶も出すからよ」

「いいんですか! 失礼しまーす!」

「お邪魔します」

「うぅ、入るの久しぶりだなぁ……」

 

 俺は3人を家に招き、寝室にカミナを置いた後客室に通した。

 その後、近況報告も兼ねて、俺達は夜が更けるまで話に花を咲かせたのだった。

 

 ――後日。覇和奮(パワフル)大連合のトミーとレックスにカミナの面倒を見てもらうことにして、俺は森を抜けた先にある荒野へと向かった。

 目的は火炎放射器の試し打ち。モンスター相手に実践的な評価を重ねてみないことには、火炎放射器の運用方法も分からないというものだ。

 クエストの内容はBランク相当。ある程度は危険性も高い方が評価しやすいと考えたからだ。今回の標的は、貴金属を好んで食べる蜘蛛である。

 

 植生の少ない激しい気候においては、草食よりも肉食・雑食である方が生存できる可能性は高い。砂漠や氷に覆われた大地にもなると、少ないリソースを巡って強烈な進化を遂げた個性溢れるモンスターが多い。

 この蜘蛛もそのうちの一例で、コイツらは「ふえぇ……植物や肉が他のモンスターに取られちゃったよぉ……そうだ! 貴金属なら誰も食べないから独占し放題だし主食にしよう!」という感じで進化してきたのだろう。

 しかし、荒野を通ろうとする人間が身につけているアクセサリーまで狙ってしまうものだから、今回は駆除の依頼が出てしまったわけだ。絶滅しない程度に数を減らさせてもらおう。

 

「カミナのやつ、トミーの熱血指導でひぃひぃ言って音を上げないといいけどな」

「……で。何でオレとゴンを連れてきたんですか兄貴」

「トミーとレックスと一緒にハルバード仕込んでみたかったっス」

 

 クエストに同行してもらうことにしたのはゴンとピピン。トミーとレックスには、身体作りの一環としてカミナにナイフ術を仕込んでもらっている。

 採取クエストなんかよりも、警備とか討伐クエストの方がよっぽど儲かるからな。最終的には単価の高い討伐クエストをこなして馬を購入して貰いたい。

 

 また、寝る前に本の読み聞かせをしてやることで、カミナは既に文字の「読み」の部分ができるようになっていた。どうやらカミナは天才らしく、1ヶ月もしないうちに文字の「書き」の部分も習得できそうな見通しだ。

 この調子で行けば、王都に行って帰ってくる頃には言語を完全習得できるのだろう。普通に考えてヤバい。その飲み込みの速さからして、恐らく勉強もできるだろうから、貧弱な身体以外は全くスキの無い少女だ。

 

「オメーらを連れてきたのは他でもねぇ」

「どんな理由ですか?」

「暇そうだったからだ」

「しょうもな!」

「たはは……ひどい言われようスね。まあ事実だからしょうがないけど」

「「「ギャハハハハ!」」」

 

 おう、オメーらはそこに居てくれるだけでいンだわ。さっさと行くぞ。

 踵を返してエクシアの街から出ていこうとすると、あることに気付いたピピンが俺を呼び止める。そしてわざとらしい会話を繰り広げながら、ピピンは意地汚い笑みを浮かべて街の一角を指差した。

 

「あ、待ってくださいよ兄貴。“アレ”やりましょうよ」

「えー。ちょいちょいピピン、やっちゃうんスか、今ここで。それはまずいっスよぉ」

「良いだろ別に、ちょっとくらいバレないって!」

 

 その場所には食べカスやゴミが溜まっており、清掃の者が来るまで放置されているようだった。

 誰かが始めたポイ捨てから、積もりに積もって汚れが蓄積しているのだろう。

 

 ピピン達はその一角を例の一言と共に「消毒」して欲しいようだ。つまり、まどろっこしい真似は壮大な前フリなのだ。

 よくある男のノリだが、嫌いじゃねぇ。

 汚物の消毒は大事だからなぁ?

 俺が綺麗にしてやらねぇと。

 

「そうは言ってもっスよ、ヘヘヘッ……ピピンも人が悪ぃぜ。そんなことしたら、清掃業者の仕事が無くなっちまうスよ?」

「この一角だけだって。大丈夫大丈夫! 騎士団にはチクらないから! ほんとに少しだけだから!」

 

 ありがちな誰かの真似をしながら、ピピンとゴンが俺の前で小芝居を続ける。

 釣られて笑いながら、俺は頬を掻いて周囲を見渡した。

 

「“アレ”をやるんだろぉ? ったく、しょうがねぇなぁ……」

「キタキタキタ……」

「来るぞ……」

「オラ行くぞ――汚物は消毒だ――っ!!」

 

 俺は街の角に溜まったゴミに向かって、火炎放射器の火力を限界まで調整した一撃をお見舞いした。

 

 ――ちょびっ。

 

 限界まで絞った蛇口から、限界まで水圧を弱めた水を噴出しているかのようだった。

 あっという間にポイ捨てされたゴミが消え、建物の陰から汚物が消毒された。そこにはかつての小綺麗な空間が生まれ、パッと見の街並みを美しく変えてくれた。

 

「近隣住民の皆さ――ん! 街の“汚れ”はオレ達が消毒するのでぇ! 困ったことがあったらこちらの御方ぁノクティス・タッチストーン様にお知らせくださァい!!」

「ギャハハ! ポイ捨てしたらぶっ殺すぞ! 流行病が怖ぇ! 衛生のために意識高めていこうぜ!」

「街の美意識高めていきましょ――!!」

「まあ消毒したから万事解決とは言わないスけどね」

 

 こうして俺達は火炎放射器の試し打ち……試し打ち? を終えた後、貴金属を主食とする蜘蛛の討伐に向かった。

 そして、俺達は荒野で強烈な刺客を相手にすることとなる。

 

 



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018:アンデッドの逆襲

 

 ――荒野。岩肌や地盤の露出した乏しい土壌と、そこを根城とするモンスター達が闊歩する危険地帯だ。

 馬やバイクなどの素早い移動手段がないと、場所によってはダンジョン内と同程度の危険度になるフィールドで、基本的に荒野のクエストはBランク以上の冒険者に開放される決まりとなっている。

 

 俺達の標的である蜘蛛は、巣を作らない地蜘蛛タイプのモンスターだ。人間の子供くらいの大きさがある上、貴金属を主食にする偏食家ということで、女性冒険者には非常に嫌われている。

 しかも、通常時は土の中に隠れていて鉱石を探しているくせに、人間が通るとアクセサリーに超反応して即座に地面から湧いて出るときた。そりゃキモくて嫌われもする。

 

 で、今回俺達はその習性を利用して、逆に蜘蛛を釣り上げる作戦を取るわけ。少し離れた所に貴金属のエサを置いて、蜘蛛を釣り出す寸法よ。

 ついでに俺達が身につけているピアスなんかに反応してくるかもしれないが、それはそれで良いとしよう。

 こうして荒野のど真ん中で火を焚いて蜘蛛が湧くのを待っていると、火から離れた場所に複数の蜘蛛が現れた。

 

「お、来たっス」

「早速やっちゃってくださいよ兄貴」

「おう、任せとけ」

 

 俺は圧縮ポーチから火炎放射器を取り出し、1箇所に集まって様子を見ている蜘蛛共に向けて銃口を向ける。

 

「下がれぇ! 道を開けろ蜘蛛共ぉ!」

 

 仁王立ちのまま引き金を引くと、直後。顔面にムワッとした熱気が押し寄せた。思わず目をすぼめて身体を仰け反らせる。

 熱風の圧のせいで、マトモに目を開くことができない。薄らと見える扇状の爆炎、その威力は言うまでもない。魔力量によっちゃぁこんな威力になるのかよ。

 他人事のように思いながら、俺はしばしの噴射を終える。すると、先程まで元気に蠢いていた蜘蛛共が、足1本のみを残して消えていた。

 

 ――Bランク相当のモンスターが、一瞬で灰になったのである。極端な金属を食べ続けた結果、コイツらにはある程度の魔法耐性が備わっていたはずだが……それでもカスすら残ってねぇ。

 この火炎放射器やべぇな。流石はデュラハン製の魔改造武器だぜ。

 

「……さっき兄貴がゴミに向かって火を噴きかけたの、実は結構危なかったんじゃ……」

「消毒の多用は禁物ってこったな。これは強ぇ敵以外には当分封印しておこう」

「賢明な判断スね」

 

 火力の調整はできるものの、やっぱり「消毒」は良くも悪くも強烈すぎるのだ。

 この武器に頼りすぎて胡座をかくようなこともしたくないし、使用は程々にしておくべきだろう。

 

 火炎放射器の性能が分かったところで、俺達は一帯の蜘蛛を駆除して死体処理を始めた。

 俺達の手馴れた動きはまるで業者のよう。しかして、死体をバラして持ち帰るのもクエストのうち。長年冒険者をやってりゃ慣れるのも当然だ。

 

 そんな折、俺達は遥か遠くの岩陰からこちらを見つめるスケルトンを発見した。荒野ではあまり見ることのないスケルトンだが、ローブを身につけている個体のようだ。

 

 何だアレと思いながらピピンに聞いてみると、どうやらスケルトンではなくワイトという種類のモンスターらしい。Aランク相当のモンスターで、目撃例はほとんどない。

 そんなレアモンスターが何故こちらを見ているのかは分からなかったが、不穏な空気を感じたので俺達は早々と荷物を纏め始めた。

 

「ん!? 兄貴、あれ!」

「な……なんだあっ」

「ワイトが魔法詠唱してやがる! アイツやる気だ!」

 

 しかし俺達がバイクを取り出して逃げようとしたその時、タイミングを見計らったかのようにワイトが魔法詠唱を開始した。奴の周囲の地面に魔法陣が出現し、大地が揺れ動く。つむじ風が巻き起こり、ワイトを中心として空気のうねりが圧縮されていく。

 風属性一級相当の魔法だ。すぐに甚大な被害を予感した俺は、サイドカーに2人を叩き込んでバイクを走らせ始めた。

 

「何なんスかあのワイト! ピピンのデータじゃ、高い知能を持ってて戦闘は好まないって……!」

「データはデータだ! 個体によっちゃ違う部分もあるってことだろ! ――兄貴、ヤツを迎え撃ちましょう! あの魔法はマズイです!」

「分かってる! ヤツが魔法を溜めてる間に電撃戦で決着をつけるぞ! テメーら魔法の準備はいいな!」

「ウス! いつでも行けるっス!」

 

 火炎放射器の射程は長いが、遥か遠くにいるワイトを仕留め切れるほど長くはない。それならと試しに【炎の息吹(エンチャント)】したロングソードを投げてみるが、既に張られていた風属性魔法の防御壁によって弾かれてしまった。

 コイツに火炎放射器を出し渋るわけにはいかねぇみたいだな。

 俺は銃のトリガーに指を添わせながら、アクセルを全開にしてバイクを走らせた。目指すはワイトの懐。

 バイク走行中にも、刻一刻と増幅する魔力。巨大化する魔法陣。それでも、ギリギリのところで間に合った。

 

『――なっ、速――!?』

 

 いよいよ火炎放射器の射程距離圏内に入ると同時、俺達は各々の武器を振りかざしてワイトに飛びかかった。

 

「しゃあっ、【水剣(ウォーター・ソード)】!」

「データが示す有効な技は――【貪喰な心(デボア・ハート)】!」

「誰に喧嘩売ったか思い知らせてやるぜ! 土下座しろワイトォ!!」

 

 ゴンは水の刃で射程を増大させたハルバードをぶん回しながら。ピピンは戦鎚を大上段に構え、敵の魔法を吸収する闇属性魔法を放ちながら。

 そして俺は、至近距離で確殺を入れるために銃口を喉元に突きつけながら――己の魔力を全て使い切る勢いで、超高温の獄炎をワイトに向かって噴射した。

 

『――う、ぉ――』

 

 全力でトリガーを引くと、俺の魔力量に応じた暴力的な炎の嵐が吹き荒れる。反動で吹っ飛んでいきそうになるが、バイクに足を引っ掛けて何とか堪える。

 しかし、すんでのところで敵の詠唱は完成していた。ワイトの風属性魔法によって、渾身の火炎放射が防がれていたのだ。それどころか、敵の魔法と衝突して、放射された炎の帯が散り散りに霧散していく。

 

 爆発四散した魔力に触れた周囲の植生が焼き尽くされ、大地がみるみるうちに干上がっていく。俺の首筋を伝った汗が一瞬で蒸発し、視界が陽炎に満たされた。

 ワイトの風属性魔法もまた激突を起点にして散らばり、周囲の岩や地面を抉りながら消えていく。火炎放射器と敵の魔法は、ほとんど互角と言っていい勝負をしていた。

 

 視界の端、強烈な魔力の衝突によってゴンが吹っ飛び、ピピンも危険を察知してか後方に飛び退く。

 それを見て「もっと押せる」と確信した俺は、トリガーを壊れんばかりに更に引き絞った。

 

 刹那、拡散していた炎が収束し始める。噴射できる全ての熱を一点に集中させて、何がなんでも敵を倒したい――そんな俺の心が伝わったかのように、紅蓮の炎が熱線の如き光芒(ビーム)となってワイトに襲いかかった。

 

『――っ!?』

「燃え尽きろ、オラァァァ!!」

 

 銃口から放出されたビームはワイトの風属性魔法を真正面から打ち砕き、遂にはワイトを吹き飛ばしてしまう。砕け散る魔法陣。吹き荒れていた風がピタリと止んだ。

 しかし、なおも暴れ狂う銃口は俺の言うことを聞かない。

 何とか反動を押さえようと渾身の力で押さえつけるが、跳ね上がった熱線が巨大岩をバターの如く焼き切ってしまう。

 熱線の熱量によって荒野のあちこちが爆発炎上し、モンスター達が炎から逃れるために逃げ惑っていく。

 かくして、荒野は地獄と化した。

 

「えぇ……」

 

 勢いに身を任せて火炎放射器を本気でぶっ放した張本人とはいえ、この状況に1番ドン引きしているのは俺だ。

 あのジジイ、なんて兵器作ってくれてんだ。……いや、デュラハンが悪い。デュラハンの素材が悪いよ。後で始末書を書こう。

 

「あ、兄貴……やれたんスか?」

「……多分な。吹っ飛んだワイトを追うぞ」

「りょ、了解です」

 

 ゴンとピピンも火炎放射器の威力にドン引きしており、やべーもん見ちゃったよみたいな表情で火炎放射器をチラチラ見てくる。

 ワイトが吹っ飛んだ先に歩いてみると、ヤツは火の海になった岩陰で苦しみもがいていた。

 

『あづぁづぁづぁ!! ああぁあああぁぁぁ!! 熱い!! 目が……目が熱い!! ああああああああぁぁぁ!!』

「ワイトってちゃんと喋れるんだな」

「えぇ、デュラハンのように知能が高いとアンデッドでも喋り出すみたいですね」

 

 このワイト、荒野を火の海に変えちまったあの熱線をマトモに食らっても生きてるのか……。流石Aランクのモンスターなだけはある。

 でもワイトって骸骨(スケルトン)なんだから、目とか無いはずだろ。そもそも痛覚があるかも怪しいのに、ずっと地面転がって痛がってるよ。

 

 いつまでも転げ回られては困るので、俺達は武器の切っ先を突きつけてワイトを黙らせた。ピピンの闇属性魔法がクリティカルヒットして、もはや魔法を撃つことも叶わない。

 これでワイトも袋のネズミというわけだ。

 

「おうワイト。テメー何モンだ」

『…………』

「話さねぇなら口の中に銃口ブチ込むが、どうする?」

『……私は仇を取りに来た! 貴様らだろう、我らが隊長を倒したのは!』

「隊長?」

「兄貴、デュラハンのことじゃないスか?」

「あぁ……確かに俺達が殺したな。それが何か?」

『っ……き、貴様らぁ……!』

 

 ぶっきらぼうに答えると、銃口を突きつけられているというのに怒りを顕にするワイト。

 そうか……魔王軍のヤツらにも、そういう人情的な部分があるんだな。

 デュラハンを隊長と呼んでいたということは、このワイトはさしずめデュラハンの部下……アンデッド部隊のひとりと言ったところか。

 カミナを盗撮盗聴していた変態のくせに、部下の求心力はそこそこあったらしい。まぁ、中間管理職として色々と苦労していたようだが……。

 

『あの人は素晴らしい方だった! 私は貴様らを絶対に許さない!』

「……俺達に言われてもなぁ?」

「困りましたねぇ」

『殺してやる……貴様らも! 貴様らが連れ去ったメドゥーサも!』

「…………」

 

 正直今の発言にはピキッと来た。どっちが上の立場が教えてやるとしよう。

 

「ワイト。まずは脱げ」

『えっ……』

「返事は『はい』だろ? いいからローブを脱げ」

『……はい』

「返事はもっとハキハキと」

『はいぃ!』

「殺されたくなかったらローブを脱いで裸になれ」

『……な、何故そんなことを――ハッ。まさか貴様ら――私を辱める気だな!? この期に及んで抵抗できない者を陵辱するなど……人間のクズめ……! くっ……私の裸を見て何をする気だ! 私をどうする気だ! ならずものめ!』

「何言ってんだこいつ」

「頭おかしくなっちゃったんですかね」

「人生の悲哀を感じるっス」

 

 意味の分からないことを叫びながら、やけに妖艶な動作でローブを脱ぎ始めるワイト。全身骨のバケモンのくせに、妙な肉感で腰をくねらせている。

 そんなワイトを見ていると、何故か視界の四隅に黒いモヤがかかり、ワイトから謎の湯気が立って見えてきた。

 新しい魔法か……!? いや、ピピンの闇魔法によって魔法は完全に封じられているはず。とにかく、早く済ませよう。不気味だ。

 

『ハァ……ハァ……っ! こ、これで良いのか! すっ全て脱いだぞ! どうだ! これが貴様らの求めていた私の裸だ! さぁ好きにしろ!』

「こいつうるせぇな」

 

 ワイトが妙に時間をかけてローブを脱ぎ終わると、ピピンがローブを、ゴンがワイトの身体を直接探り始めた。

 何故触りたくもないワイトの身体をまさぐっているかと言うと、あのデュラハンの部下なんだから、例のツタのタリスマンで会話を傍受されているかもしれないと思ったからだ。

 2人が色々と探っている間、俺は火炎放射器を眉間に突きつけてワイトを威圧するだけ。簡単なお仕事である。

 

『んあっ……き、きさまらぁ! ひゃ、ひゃめろぉぉぉ! 尾てい骨のところは……きゃぅっ……弱いんだってぇ……! それに、なんだきさまら……!? わたしが脱いだローブまで、舐めくりまわすように隅々と……っ! こんな、こんな屈辱っ……!』

 

 ゴンはめちゃくちゃ嫌そうな顔をしながら、骨を震わせて気色の悪い喘ぎ方をしている骸骨の身体を探る。「んっは……骨盤はダメぇ……!」という声を最後に、ゴンは俺に向かって首を振った。どうやら身体には隠されていないようだ。

 続いてゴンは、ヒビの入った頭蓋骨の中に手を突っ込む。

 

『あっあっあっ』

 

 ゴン、ほんとにすまん。後で肉とか酒とか色々奢ってやるからな。

 ビクンビクンと痙攣するワイトと、それによって明らかに集中を乱すゴン。ピピンはガン無視を決め込んでいる。俺はワイトを黙らせようと火炎放射器を押し付けるが、むしろグリグリと押し付けるとピクピク反応するのでマジに気色悪い。

 何なんだこいつ。思った以上にやべぇんだな、高位のアンデッドって。もしかしたらデュラハンもこんな感じだったのかな。

 

 そして「ありました!」の声と同時に、ピピンが見覚えのあるタリスマンを手渡してくる。

 やっぱり持ってたか、傍受用のタリスマン。俺は迷わずツタのタリスマンを灰にすると、脳クチュが終わったワイトに向き直る。

 ヤツは謎のアンデッド液を噴きながら、しなだれかかるように地面に倒れ伏している。ガチで何なんだコイツと俺達が困惑する中、湯気を出しながらワイトが立ち上がった。

 

『ン、ふ、……ふっ、ふ、はははっ! きっ、貴様らはもうおしまいだ! 今までの会話は全て魔王軍に傍受されているんだからな……!』

 

 それってむしろ、コイツ自身と上司の故デュラハンの評価が下がるだけなんじゃ……。

 産まれたての子鹿のように脚を震わせるワイトを前に、俺達は変な空気のまま立ち尽くしていた。

 

 

 



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019:ワイトのドキドキ!陥落ビデオ通話編

 

 ツタのタリスマンは破壊した。ワイトの魔法も封じている。今のコイツはただの貧弱なスケルトンでしかない。

 つまり、俺達は安全に敵の情報を引き出すことが出来るわけだ。

 

 情報はあればあるだけ良い。しかし少なくとも、デュラハンやワイトがどうやって人間側の土地に入り込んでいるのか……その方法だけは確かめておきたかった。

 普通に風属性魔法で飛んできたか、それとも何かしらの乗り物でやって来たのか、はたまたオーバーテクノロジーで楽々やって来たか。ワイトが吐く情報によっては今後の対策が可能かもしれないから、このまま質問を続けるべきだろう。

 

「おいワイト。テメーまだ喋れるよな?」

『ふぇ?』

「本番はこれからだ。へばるんじゃねぇぞ」

 

 ワイトに効きそうな拷問器具は「小鳥の羽」だな。先程からくすぐりに対して妙な反応を見せてくるくらいだし、相当効いてるに違いねぇ。

 俺は羽根ペンを取り出して、自分で弱いと自白していた尾てい骨をひと撫でしてやる。『ひゃん!』という声と共にアンデッド汁を撒き散らしたワイトは、崩れ落ちるように地面に乙女座りしてしまった。これ脊髄液じゃないのかな。

 

『まっ、まだ私を辱めるつもりか……!?』

「ワイト。テメーらはどうやって人間側の土地に深く入り込んだ? その手段を言え」

「言わなかったらどうなるか……分かってるよな?」

『そんなこと――できるわけが……っ! アンデッドの誇りにかけて、貴様らのような人間に屈するわけにはいかない!』

「貴重な情報たんまり溜め込んでんだろ? 魔王様には言わねぇからよ、思いっ切り出しちまおうぜ」

「兄貴、ワイトはコレを見せられたら逆らえないんですよ。ほら、羽根ペンチラつかせるだけで目ぇキラキラさせてる」

「目なくね?」

『クズどもめ……!』

「口ではそう言っても身体は正直みたいだなブヘヘヘヘ」

「やりましょう兄貴、正直気色悪いっスけど」

「まぁ、そうだな……」

 

 ゴンとピピンが羽根ペンを取り出し、ワイトの顔面の前に掲げていく。顔の半分近くを覆い隠す程の巨大羽根ペンは、強がっていたワイトを瞬く間に戦慄させた。

 あっという間に虚勢を見透かされ、ワイトは己の身体を抱きながら後ずさる。俺達は容赦なくヤツに襲いかかった。

 

『は……はひ! らめぇ! 喋りますっ! 何でもするから許してぇっ! これ以上はおかしくなっちゃうぅ!』

「人間の土地に侵入した方法だ。早く言え」

『……てっ、転送の魔法ですっッんほぉ!』

「転送魔法……?」

「え? コイツら普通にオーバーテクノロジー使ってやがるってことっスか」

「……にわかには信じ難いが、そういうことらしいな。嘘ついてねぇよな?」

『っふ、うっ……くっ……つ、ついてませんん!』

 

 ――この世に存在しない、または未開発の魔法は3つ存在する。

 瞬間移動の魔法、時間に干渉する魔法、蘇生の魔法の3つである。

 

 このワイトは、そのうちの1つを使ってると言い切りやがったんだ。瞬間移動と言うよりは転送魔法だが、まるで使えて当然だとでも言うように、あまりにもあっさり吐きやがった。

 俺も長年冒険者をやっているが、この3つの魔法の噂はほとんど聞いたことがない。仮にあっても信ぴょう性に欠ける与太話であったり、ただの嘘であったり……。

 

 つまり、この情報は大収穫だ。俺は更なる情報を掘るべく、ゴンとピピンで協力してワイトの身体を隅々まで責め立てる。

 

「転送魔法は何のために使ってる? メドゥーサの偵察のためだけじゃねぇよな?」

『んおっ! しょっ、しょれはっ、人間の機械技術を盗むためでしゅう〜!』

「他には?」

『他には単純な偵察っ、ですぅ! んんっ! そこっ! 腋だけはやめてくださいぃ! 漏れちゃうぅ!!』

 

 なるほど……人間側は機械と魔法を交えた技術が発達していて、逆にモンスター側は純粋な魔法技術が発展している代わりに機械技術が発展してねぇのか。

 ワイトやデュラハンは機械の方の技術を盗むために、こっち側に潜入して来てるわけだな。それなら理解できるぜ。

 

「おいピピン、今の話メモったか?」

「はい兄貴。バッチリですぜ」

「ありがとう。薄々分かってたことだが、敵方の魔法技術は相当進んでそうだな……」

 

 ぐったりしているワイトを立ち上がらせ、俺達は拷問を続ける。

 そして色んな意味で何もかも出し切ったワイトは、(呼吸器官がないはずなのに)ハァハァと息を荒らげて啜り泣き始めてしまった。

 

『隊長……魔王様……スコーピオン君……ごめんなさい。私、堕ちちゃいました……』

 

 ぽっかりと空いた眼窩から溢れる一筋のアンデッド汁。何がどう堕ちたのかは知らんが、コイツは魔王軍側の機密情報をもっと持ってるはずだ。まだ使える。

 魔王軍内部にここまで精通した者を完璧な形で拘束できる機会なんて二度とない。ここでワイトを殺してしまえば魔王軍との繋がりは失われ、次なる機会を待つしか無くなってしまうだろう。

 だから俺達は――ワイトを()()()()に引き込むことにした。

 魔王軍にも穴はあるんだよなぁ。

 

「おいワイト。テメー確か魔王軍に連絡を取れるんだったよな?」

『え? あ……はい、魔法を使わせていただけるなら全然取れますけどぉ……何するつもりなんですか……?』

「協議の結果、俺達はテメーを拉致監禁することに決定した。その報告の通話だよ」

『かん……きん……? そんな嬉――酷いことをするつもりなんですか……!?』

「通話中の設定はこうだ。テメーは謀反を企てて、人間と共に生きる道を選んだ。魔王軍から離れるのはあくまで合意の上っつーことさ……いいな?」

『なっ――そんなことが報告できるわけッんほぉぉぉぉぉ!!』

「分かったな?」

『はいぃ……すびばぜんん……』

 

 俺達はワイトを脅迫・拉致監禁し、強制的に魔王軍から離れさせることに決めた。情報源として生かせておく方が余程役に立つからな。

 拉致監禁先は俺ん家の地下。管理監視するのはピピンの厳重な闇属性魔法。もし抵抗するようならくすぐって黙らせる。

 

 割と非人道的なことをしようとしているが、まぁコイツはアンデッドだし人じゃないからセーフだろ。というかさっきから、全身を弄られて喜んでるんじゃないかって勘違いしそうになるんだよね。……勘違いだよな?

 実際反抗的なのは口だけで、身体はめちゃくちゃ喜んでるように思える。気のせいか。よく分かんねぇアンデッド汁を噴く上に、羽根ペンに自ら身体を擦り寄せてきたり。本当に不可解だ。このワイト、Mなんだろうか?

 

「ピピン。コイツが魔法を使えるように、闇属性魔法の束縛を少しだけ緩めてくれ」

「ウス!」

「ありがとう。……よしワイト。今から担当の者に連絡を入れろ。魔王軍を脱退しますと自分の口で言うんだ」

『うぅ……ぐすん……わかりましたぁ……』

 

 ワイトは微小な魔力を操って、俺達の前に魔法陣を形作る。拡大していく魔法陣の中央に、薄ぼんやりとした映像が映った。恐らくこれが魔王軍の諜報担当。イメージ通り薄暗い場所で仕事してるみたいだ。

 跪いたまま、ワイトが上ずった声で通話を開始する。一応俺達の顔が映らないように角度を調整してもらったが……さぁ、果たしてどうなるか。

 

『もしもし。お疲れ様です、アンデッド部隊のワイトです。諜報部隊のヴァンパイア部長はいらっしゃいますでしょうか?』

 

 うお、いきなり社会人モードになるな!

 でもコイツ、まだ小刻みに痙攣してるぞ。

 

【もしもしワイトさん!? 心配したんですよ、タリスマンからあんな会話が聞こえてきて……アンデッドに興奮する変態共に襲われたんでしょう? でも無事でよかった】

『は、はぁ……』

【とにかく任務は中止です。すぐに帰ってきてください】

『はっ、はいぃ……』

 

 すると、普通に会話を始めたワイトを見て、ピピンが何かを思いついたようだ。意地の悪い笑みを浮かべて羽根ペンを手にする。

 そして、俺の意図するタイミングではないというのに、ピピンがワイトの尾てい骨を弄り始めた。画面外で行われるイタズラに、ワイトは甘ったるい……言うほど甘ったるいか? 気色の悪い嬌声を上げた。

 

『とにかく部長をお願いしま――んあっ!?』

【……!? ワイトさん、どうされましたか?】

『いや、ちが――んっ! ふっ、ふぅぅ――なっなんでもっ! っはぁん! 何でもないですぅっ!』

【そんな風には見えないのですが】

 

 向こうからはどう見えているのだろうか。やけに画面外を気にしつつ、身体を震わせて喘ぐワイトが見えているのだろうか。それはそれでちょっと気になるが……ヴァンパイア部長とやらが来てくれないので、俺達は「そろそろ行くぞ」と目配せしながらワイトの背後に立った。

 向こうからは俺達の下半身しか映らない。突然現れた人間達の脚に、相手方は動揺を隠せないようだった。

 

【!? 人間……!? ワイトさん、これはいったい――】

「おらワイト、言え」

『フ――ッ、フ――ッ……ぶ、部長に伝えておいて、スコーピオン君……。わたくしワイトは、本日をもって魔王軍を脱退します、って……』

【ちょっと、何を言ってるんですか!? ワイトさん、まさか後ろの人間共に脅されて――!】

『ごめんねスコーピオン君……私、もう戻れないみたい……』

【……!】

 

 魔法陣の向こうのスコーピオン君が画面に食らいつくようにして接近してくる。気心の知れた仲間だったのだろうか。いずれにせよ、ふたりが二度と会うことは無い……と思う。

 敵の諜報部にスコーピオン君がいると分かったのも地味に大きいな。ごめんなスコーピオン君。俺達がワイトを貰ってくンだわ。

 

「ギャハハ! スコーピオン君見えてるゥ〜? 今からここにいるワイトさんは、人間と一緒に色々と楽しんじゃいま〜す!」

「もうソッチのモノじゃ満足できないんだって! ね〜ワイトさん!」

『うぅ……私はサキュバスですぅ……』

「それはおかしいだろボケッ」

【ワイトさんっ、すぐに助けに行きます! 場所を教えてください!】

「助けぇ? 助けも何も、俺達はワイトさんにコンセンサス取ってるんだが?」

【そんなバカな……合意形成を!? ワイトさんっ!? 嘘ですよね!?】

 

 俺達はワイトの腕を取って、同意の証拠を示すように両手でピースを作らせようとする。

 もはや抵抗する力の残っていないワイトは、あろうことか自らの意思でダブルピースを披露した。

 下顎骨ダブルピース。これでハッピーエンドだな。

 

「ほらね、これは同意のもと行われてるんで。ワイトさんご自身の意思で離反するんです。そこんとこよろしくお願いしますよ」

『あ、あへぇ……』

【あ……あぁ……そ、そんな……!】

 

 スコーピオン君の脳が破壊され、人権が踏み躙られていくのをひしひしと感じる。

 これで魔王軍に対するインパクトは十分残せただろう。トドメと言わんばかりに、俺は決定的な一言をワイトに告げた。

 

「『ワイトは魔王様に背いてならずものの元に行きます』と言え!」

『ワイトは魔王様に背いてならずものの元に行きますと言えぇ! ……はいぃ、言いましたぁ……!』

 

 コイツふざけてんのか?

 思わずゴンを見ると、「まぁ脳みそ空っぽっスから……あんまり責めないでやってください」という慈悲に満ちた視線が向けられる。そんな中、言い切ってスッキリしたワイトがバグり始め、更なる暴走が始まった。

 

『ワイトきもちぃすぎてバンザイしちゃうぅっ! バンザイっ、ばんじゃいっばんじゃい゙っ!! ぱゃんに゙ゃんじゃんじゃいぃぃっ!!』

「!?」

『気持ちいすぎて私……お国がわからなくなっちゃうッ!!』

「ヤバいっスよ兄貴! マジで壊れちまいました!」

 

 ワイトのあまりの暴走っぷりに、俺達は慌てて風呂敷を畳み始める。決定的な一言は既に伝えたのだから、ボロが出る前にさっさと通話を打ち切ろう。

 レックスに言わせりゃ、この状態こそ「アハ! このオモチャ壊れちゃった!」ってやつなのだろうか。

 

「ギャハハ! じゃあなスコーピオン君! こんなサキュバスワイトのことなんて忘れて、これからは真面目に生きていけよ!」

【ま、待て――】

 

 ――ブツン。

 そこで通話は途切れ、俺達はワイトを魔王軍から孤立させることに成功したのであった。

 

 



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020:対アンデッド部隊攻略作戦

 

『出してぇぇ! ここから出してよぉぉ!! 暗いのいやぁぁぁ!! もっといじめてぇぇぇ!!』

 

 夜間に家に帰り、人目を避けながら何とかワイトを地下室に監禁することに成功した。

 困ったなぁ、そろそろ王都に行かなくちゃならんって時に……厄介極まりない爆弾アンデッドを捕まえちまった。人類全体で見りゃ、ビッグな情報をゲットできたんだからプラスではあるんだがな……。どうも維持管理の方法に困るぜ。

 

「ノクトさん、アレ何?」

「……カミナは見ちゃダメなものだ」

「そうなんですか?」

「あぁ。デュラハンの仲間と言ったら分かるか?」

「えっ、捕まえてきたんですか。凄いですね……」

 

 デュラハンを殺した恨みで何をされるか分からないから、カミナとワイトは引き離した方が良いだろう。

 しかし、俺ん家にはイロモノしか居ねぇな。メドゥーサにワイトにモヒカン。まともな人間はいないのかしら。しかも他人にバレたら俺の立場が無くなるようなやべーやつばっかりだ。

 

 逆に考えるなら、ワイトのことは大々的に報告していいのかもしれない。「こういう奴を捕まえました」「そんでもって監禁してます」とギルドや冒険者に知ってもらうことで、良い方向にコトが転ぶかもしれないし。

 まぁ、ワイトから仕入れた情報はギルドに逐一報告するとして……情報源を公にバラすのはまた先の話だな。しばらくは放置しておくことにしよう。

 

「アハ! ノクトさん、また新しいオモチャ持ち帰ってきたの?」

「あぁ。今度のオモチャは壊していいからな」

「ほんとぉ?」

「クヒヒ……兄貴、どんなヤツ捕らえてきたん――うわっ、スケルトンだ」

「ノクトさん、ボクこのオモチャいらな〜い。何か気持ち悪いや」

「えぇ……」

 

 トミーはともかく、何とあのレックスにもドン引きされてしまった。雰囲気だけでやべーやつだって看破されてるのウケるな。

 

「……いや、待ってください。これ本当にスケルトンですか?」

「よく分かったな。こいつはワイトだ。この前倒したデュラハンの部下で、俺とカミナを殺しに来たらしいぜ」

「……ワイトと言ったらAクラスのモンスターですね。どうやって捕まえたんです?」

「転送魔法でこっちに来てたらしくてな、火炎放射器で何とかしたよ」

「なるほど……」

「アハ! 転送魔法って……やっぱり魔王軍は魔法技術が進んでるんだねぇ」

「おう。ここに監禁する理由は、その転送魔法のことを含めて情報を吐いてもらうためさ」

「なるほど、賢いですね」

 

 転送魔法と言っても、そうポンポンとワープできるような魔法ではないらしい。魔力を大幅に消耗して疲弊してしまうから、ダンジョン内に専用の中継地点を用意しているほどなんだとか。

 明日にでもその部屋を潰しに行くとして、転送魔法を使って襲撃されると休まる暇がなくて若干つれぇな。さっきの通話で、ワイトが人間サイドに無理矢理堕とされたことはバレちまっただろうし……明日明後日、ワイトの仲間が襲ってきても全然おかしくない。

 

「やることが多くて困るぜ」

 

 魔王軍の撃退、カミナの育成、王都への移動、デイリークエストの消化……人手が足りねぇんだわ。優先度が高いのは魔王軍の撃退だが、かといって他の要素を欠かすわけにゃいかん。Aランク冒険者の辛いところだぜ。

 次に襲ってくる魔王軍の手先としては、ヴァンパイア部長かスコーピオン君か……はたまた別のアンデッドか。俺の心情としては、襲われるよりも襲いに行く方が気持ちが楽だぜ。どうにかしてダンジョン内の転送部屋を潰さなきゃな。

 

「まぁいい、今日のところは解散だ。俺が色々決めておくから、今夜はしっかり休むこと!」

「ウス!」

「お疲れ様でした兄貴!」

 

 俺は覇和奮(パワフル)大連合の4人を帰らせると、ワイトを監禁した地下室の前に座って本を読み始める。

 それは魔法機械学の本だったが、正直内容は全然入ってこなかった。明日何をするべきかの取捨選択に悩んでいたのだ。

 

『放置プレイなんて酷いですよぉ! 触ってぇ! わたしのこと触ってぇ!!』

 

 まぁ、集中できないのはこの声のせいもあるけど。

 とにかく状況を整理しよう。

 

 今の俺の生きる理由は、(エクシアの街の)人々を守ること。それと仲間の成長の手助け、後押しをすることだ。もっと欲を出すなら、更に金を稼いでデケェ家に住んで肉食いてぇってところか……。

 

 で、現在の俺に立ちはだかる課題は大きく分けて4つ。

 魔王軍の撃退、カミナの育成、王都への移動、デイリークエストの消化。

 

 まず魔王軍の撃退について考えると、日常生活を送る上では最も厄介な問題である。いつ襲ってくるか分からないというのは途方もないストレスだし、襲われる場所や場面によっては最悪の結末を想定しなければならないのだから。

 個人的には、対応の優先順位は1番。これを放置するのは俺の命に関わるだろう。

 

 次にカミナの育成。これは覇和奮(パワフル)大連合に頼めばある程度は大丈夫だろう。時間をかければ、例の村の馬を買う資金だって貯まるはず。

 この問題の優先順位は低めか。もちろんカミナを蔑ろにしたいわけじゃないが、何も急ぐことはないんだ。今日のカミナの成果は手にマメができたこと。彼女なりのペースでゆっくりやっていけばいいのさ。

 

 そして王都への移動。これも優先順位は低めだ。そのための催しがあるのは2週間ほど後だからな。ちょっとした長旅にはなるが、単なる移動だし大した用事じゃねぇ。

 王室から「服装は自由です」と言われているので、服を買いに行く必要も無い。だって服装自由なんだから。裏を読めとか言われても知らん。

 ……そう思っていた時期もあった。ちゃんとTPOをわきまえて、正装を持って王都に行きましょう。

 

 最後の問題は日々積もっていくクエストの消化。これが如何ともしがたい。

 デイリークエストにも様々な種類があり、まぁ簡単に言えば緊急性の高いものとそこまで高くないものがある。本気でヤバい問題は緊急クエストとして個別に発注されたり、中にはレイドクエストとしてぶち上がったりするものだが……内容によって揺らぎがあるという話だ。

 しばらくの間、緊急性の高いクエストが湧いてこないと助かるな。優先度は日替わりになるか。

 

 そういうわけで、明日の任務は魔王軍の撃退に決定だ。ダンジョン内にあるという中継地点を潰しに行くため、今夜はワイトに場所を吐かせるとしよう。

 頭の中で状況整理が終わり、俺は本を閉じる。そのまま地下室に入ろうとすると、カミナが俺の裾を引いてきた。

 

「……ノクトさん、だいじょぶですか?」

「何がだ?」

「んや、色々と」

「しっかり寝てるし大丈夫だよ。オメーこそ手のマメは大丈夫か?」

「はい! お風呂では染みて痛かったですけど、今は全然!」

 

 カミナの小さな手を取って確かめると、彼女の右手には血豆の痕ができていた。

 初日からマメを作るとは才能ありかな? 真面目に取り組んでいるようで何より。

 

「カミナは寝てろ。ワイトの拷問は見るに堪えないだろう」

「そうみたいですね……」

「おやすみカミナ。しっかり寝るんだぞ」

「おやすみなさい、ノクトさん」

「あぁ、また明日」

 

 俺はカミナを寝室に送り届けて布団を被せると、地下室に戻ってワイトと対面した。

 

「待たせたなワイト、お触りに来たぜ」

『フ――……ッ、フ――……ッ……早く触ってくださいぃ……』

「言われなくてもそのつもりだ」

 

 椅子に拘束されながら、可能な限り大きくくねくねして肋骨をアピールするワイト。その心意気に感銘を受けて、俺は羽根ペンを身体中に這わせてやった。

 夜中になるまでワイトの嬌声は鳴り響く。完全に堕ちたワイトを弄り回して、俺は更なる情報を引き出すべく羽根ペンを動かし続けるのだった。

 

 

 ――翌日。俺は覇和奮(パワフル)大連合の4人とワイトを連れて、とあるダンジョンに向かっていた。

 その理由は2つ。ひとつはダンジョンにある中継地点を潰すため。もうひとつの理由としては、昨日の深夜にワイトがこう言ったからだ。

 

『とっ、当初の予定ではっ、んほぉ! 私の任務が失敗した時っ、スコーピオン君がこっちに来て任務を遂行するって……イッ……てましたぁん!』

 

 そう。あのスコーピオン君がこちらに来る――かもしれない――と吐いたのである。中継地点を潰しに行く際、もしも中継地点にスコーピオン君が来てたら潰してやろうと思ったわけよ。

 何故ワイトを連れてきたかと言うと、ワイトと親密な様子だったスコーピオン君なら、俺達に強く出られないはず――そう踏んでいるからだ。

 ワイトの任務は俺やカミナを殺すこと。その任務を引き継いだスコーピオン君を相手にするのであれば、最悪ワイトを盾にして脅せば楽に済むだろうということで連れてきた。

 

 仮にスコーピオン君がワイトごと俺達を殺すつもりなら、俺達5人でタコ殴りにして返り討ちだ。

 現在のメンバーは、俺、トミー、レックス、ゴン、ピピン、サイドカーで亀甲縛りされているワイト。自称サキュバス1名とモヒカン5人という大所帯のパーティで、ダンジョン攻略とスコーピオン君討伐に挑む。

 



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021:ギャハハ!よ〜く見とけよ!オメーが好きだった女の変わり果てた姿をよォ!

 

 俺達が向かうダンジョンは『死人の地底湖』。その名の通りアンデッド系統の敵が中心種族であり、地底湖とその周りの洞窟を舞台にした薄暗い閉所ダンジョンである。

 既にスタートからゴールまでの道が確立されているため、測量道具などを持ち込む必要はないのだが――本来のルートから外れた場所に中継地点が隠されているため、帰り道を知っておくために道具を持ち込んでやった。

 

 実際、トレジャーハントを生活基盤にした冒険者には人気のダンジョンだが、行方不明者が絶えない場所でもある。地底湖の中を通じて新たな通路が見つかったりするので、入り組みすぎてて道を覚えるとかそういう次元じゃないからな。

 

 ワイト達アンデッド部隊は、地下水路を抜けた先に中継地点を用意しているらしい。曰く、ものすごく見つかりにくい場所にあるんだと。

 昨日の人間堕ち通話を聞いてすぐに転移してきたなら、中継地点の隠し部屋でスコーピオン君とかち合うことになるか。

 ……まぁ、俺がヴァンパイア部長だったらすぐこっち側に転移しちゃうだろうなぁ。敵からすりゃ、一刻も早くワイトを取り返しに来たいはず。Aランク相当のモンスターを奪われて洗脳(?)されるのは、純粋に戦力の面から見てもかなり痛いだろうし。

 何なら、スコーピオン君だけじゃなく頭数を揃えてこっちに来るかもしれないな。

 

「このダンジョンは初めて来たっス」

「危ねぇダンジョンだしな、そういう奴も多いと聞いてる」

 

 ダンジョンに突入した俺達は、灯りを掲げながらバイクで進んでいく。俺のバイクのサイドカーに乗せられたワイトは、周りから見て目立つように亀甲縛りにされて磔状態だ。しかも目隠しによって視界は完全に奪われている。

 これなら魔王軍も迂闊に手は出せまい。不意打ちもできないはずだろうし、こっち有利なのは変わりないぜ。魔王軍に関係ないモンスターはバリバリ襲ってくるけどな。

 

『き、きさまらぁ……どこに向かっているんだぁ?』

 

 ワイトを連れ出したのは今日の未明のこと。何も告げずにバイクに縛り付け、ダンジョンまで直行してきたのだ。

 何も知らないワイトだったが、亀甲縛りスケルトンになりながらも「どこかに移動している」と勘づいているようだな。

 

 昨日ダンジョンの中継地点のことを中心に吐かされたんだから、もちろん薄々気づいてるとは思う。わざわざ強がって聞いてくるのは、中継地点に行くと信じたくないからかもしれない。

 

「さぁ……どこだと思う?」

『いっ、言え! 言わなかったらどうなるか……この私が教えてやる!』

「ほう。言わなかったらどうなるんだよ」

『そ、それは――』

「答えてみろ――よっ!」

 

 俺は羽根ペンで勢いよく背骨の辺りを撫でつけた。

 肋骨を極限まで膨らませ、身体全体を大きくたわませながら、ワイトはこの世ならざる甘い声を上げた。

 

『ひゃあぅんっ!』

「ギャハハハ! テメー威勢の良いこと言ってたくせに身体は正直じゃねえか! 肩甲骨もビンビンに立ってるぜ! さっきの威勢はどうしたぁ!」

『ふえ〜ん! 助けてスコーピオンくぅん! もっとくすぐってくださいぃ!』

 

 コイツは自分の快楽を追求したいのか、魔王軍の使命を全うしたいのか、一体どっちなんだよ。

 ダンジョン内をバイクで突き進みながら、俺達はエリア内最大の地底湖の前に差し掛かる。ワイトが言うには、この地底湖に潜って壁の向こうの通路に出ないと行けないらしい。そりゃ誰にも気づかれないわけだ。

 

「ゴン、レックス。水を動かしてくれ」

「アハ!」

「了解っス!」

 

 ゴンは水属性魔法の使い手で、レックスは氷属性魔法の使い手。2人が協力すれば、このダンジョンで開けない道などない。

 ゴンが地形に溜まった水を動かして、湖底が露出するまで()()()()()()。その結果、湖を縦に割るようにして新たな道が出現した。そのままではゴンの魔力が尽きてしまうから、すかさず放たれたレックスの氷属性魔法によって地底湖の水は全て凍りついた。

 

「この先に部屋があるらしい。スコーピオン君が来てるかもしれねぇから、更に気を引き締めて行くぞ」

 

 俺達は湖底をバイクで走り抜けて、ダンジョンの未開領域に足を踏み入れた。

 新しいゾーンだと言っても、これまでのダンジョンと代わり映えしない景色が続いている。ワンチャン新種モンスターが出るかもしれないから、警戒を怠るのは絶対アウトだがな。

 

「ここからはバイクじゃ行けねぇ。徒歩で行くぞ」

「ワイトはどうしましょう?」

「俺が連れていく」

「了解です!」

 

 ピピン達に地図を作ってもらいながら、俺達は道を慎重に進む。特にモンスターと出会うこともなく探索すること10分。遂に俺達は、魔王軍が転送魔法の中継地点としていた隠し部屋を発見した。

 その部屋にはキッチンとソファが備え付けられており、食料用なのかキノコが自生している。転移魔法用の魔法陣の隣には、足湯が用意してあり、実質的なチルスポットがあった。

 

 デュラハンやワイトがチルしてから俺達を襲撃しに来ていた……と考えるとむかっ腹が立ったので、俺はワイトの目の中に羽根ペンを突っ込んでかき混ぜてやった。

 

『んおぉぉぉぉ』

 

 そのまま喘いでいるワイトの首根っこを持って、圧縮ポーチから取り出した盾に括り付ける。八つ当たりの意味もあったが、この行動にはちゃんとした意味があった。

 その理由は――部屋の奥の方から僅かな物音が聞こえたからだ。

 

 もしかしたらスコーピオン君がチルしているのかもしれない。つまり、先手を打つためにワイトを盾に縛り付けてやったのである。

 

『私を盾に縛り付けてどうする気だ……!』

「あ? やることっつったら1つしかないだろ?」

『は……はぁぁ! たしかにぃぃぃ!』

 

 目隠しを外されたワイトは、盾に無抵抗で縛り付けられながら俺に運ばれていく。その最中、中継部屋の陰から飛び出してくる巨影があった。

 巨大な人外の化け物……二足歩行のサソリ形モンスター、スコーピオンその人である。背丈は俺の2倍以上。湯気を撒き散らしながら自然のサウナから出てきたところだった。

 転移魔法によって失った魔力を、サウナで調えることによって回復していたのだろうか。湯気を撒き散らしながら俺達を見つけたスコーピオン君は、盾に縛り付けられたワイトを見て触覚を吊り上げるのだった。

 

『ス――スコーピオン君!』

『ワイトさんっ!』

 

 感動の再会である。アンデッドと虫系モンスター、深い絆で結ばれた2人の絆が見て取れるな。

 だが、感動の再会はもう終わりだ。俺達モヒカンの頭部を見てならずものだと勘づいたスコーピオン君は、その身に纏ったタオルを放り投げて、触肢を含めた6本の脚に刀剣を装備した。

 そのままスコーピオン君が威嚇するように剣を擦り合わせると同時、俺達全員も臨戦態勢に入って即座に武器を取り出す。

 

『お前らがワイトさんを洗脳したならずもの……! 覚悟してもらおうか!』

「おっと待ちなよスコーピオン君! 盾にされたお仲間を前にして、その剣は振れねぇだろうよい」

『っ……』

 

 俺の構えた大盾に縛り上げられているのは、赤い縄に亀甲縛りされて変わり果てたワイトの姿。

 これを見て剣をぶん回せるほど鬼畜野郎なわけないよなぁ? スコーピオン君は優しいもんねぇ……!

 

 スコーピオン君は土属性の魔法を刀剣に纏わせていたが、ワイトの醜態を見て武器使用を躊躇している様子。

 ギャハハ! その甘さ! その甘さがテメーの足を引っ張っているんだよスコーピオン君。分からんか?

 勝ちたくば、容赦を捨ててモヒカンになれ。弱者になっちまったら、食い散らかされるぜ?

 

『スコーピオン君……ごめんね。力が入らないの。……これ以上仲間の手を煩わせるわけにはいかない。だから……私ごとモヒカン達を殺してくれないかな……?』

『そんなこと――出来るわけがないですよっ! 知らない間にそんなドスケベな姿に変わり果てて……! 許せないっ! 変えるのなら自分の手で開発したかったのにっ!!』

「ん?」

 

 開発……なんか……え? 気のせいかな? やはり魔王軍と俺達じゃ価値観が違うらしい。

 しかも俺達がワイトを狂わせたなんて勘違いしやがって……元々コイツはスケベなサキュバスだったぞ?

 

『お前ら……ワイトさんに何をした!?』

「おい、聞いたかオメーら。ナニをしたか、だってよ! ギャハハハッ! 言うまでもねぇよなぁ!」

「クヒヒ……兄貴、見せちゃいましょうよ。ワイトの“本当の姿”ってヤツを……ね」

 

 スコーピオン君は何か勘違いしてらっしゃる。

 オメーの好きだった女……女? コイツ女じゃねぇな……まあ、ほら……とにかく、オメーの好きだったワイトは既に存在しねぇんだよ。

 

「おう、なら見せてやるか。スコーピオン君の知らねぇ、ありのままの姿のワイトをよ……」

『な……んだと……』

 

 俺はワイトごと大盾を天に掲げると、4人に目配せして羽根ペンを持たせた。

 何が起こるか知らないスコーピオン君には、その羽根ペンが見せしめの呪詛攻撃にでも思えたのだろうか――

 

『や――やめろぉぉぉぉ!!』

 

 男らしい絶叫が地下洞窟に響き渡った。

 

『んお゙お゙お゙お゙お゙!! オッホ! ヤッベ! ヤベェ〜〜!! イッ……恥骨のッそこ……ッ!! スコーピオン君の前で――こんな……ギモヂィィ〜〜ッ!!』

「よく見ろぉ! コイツはもうワイトじゃねぇ! 自称サキュバスのドスケベアンデッドなんだよぉ!!」

 

 ――拷問の回数を記録するため、俺達がワイトの骨盤に刻んでおいた『正』の文字。

 そして、『モヒカン専用情報漏洩穴↑』と書かれた下顎骨。『バカ』『骨』『骨粗鬆症』――様々なメモ書きのなされた全身。

 

『う――うわああぁぁぁぁあああああああっっ!!』

 

 ワイトに刻まれたメモ書きを目の当たりにしたスコーピオン君は、絶叫しながら刀剣を取り落とすと、白目を剥いて気絶してしまった。

 

 俺達が意中のアンデッドを先に開発し尽くした結果、脳が完全に破壊されてしまったらしい。

 ――スコーピオン君。Aランク相当のモンスターだったのだが、精神的苦痛に耐えられず俺達は不戦の勝利を収めることが出来た。

 

『ごめんなさいスコーピオン君……もうこの人じゃないと満足できないの……』

 

 ワイトがそんなことを呟いていたが……本当に何なんだろうコイツ。死ねばいいのに。……アンデッドだからもう死んでるか。

 

 



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022:舌戦は得意なんだが?(なお)

 

 『精神攻撃は基本』――こんな言葉がある。

 これは高名な冒険者が死に際に残した一言だ。どれだけ高い技・体を兼ね備えていても、心が追いついていなければ意味が無い。心が弱ければそこに付け込まれ、心・技・体を整えた者に容易く敗北してしまう……そういうニュアンスの言葉らしい。

 

 今の状況にその言葉を当てはめるなら、ワイトやスコーピオン君は「心」に欠けていたと言えるだろう。だから単純な精神攻撃に容易く膝をついてしまったのだ。

 俺達は中継地点に他の敵が居ないことを確認すると、後続の者が湧いてこないように魔法陣を爆破して消し去った。

 

 後から知ることになるが、スコーピオン君の他に敵がいなかった理由は「転送魔法がそこまで便利じゃなかった」の一言に尽きる。

 ワイト曰く、場所や魔力の関係で1度に転移できる者の数が決まっているらしく、今回の転送ではスコーピオン君しか転送できなかったのかもしれない、だってさ。

 デュラハンやワイトがソロでこっちに来てたのには、多分そういう理由があったんだろうな。実は瞬間移動の魔法って効率悪かったりするのかも。

 

「――【滅炎(ファイア)】。……よし、これで転移魔法の魔法陣は木っ端微塵にできたぞ」

「お疲れ様っス兄貴!」

「トミーがこの部屋の入口を塞いでくれるらしいんで、オレ達は帰りの準備をしときましょう」

「そうだな。スコーピオン君が起きねぇうちにさっさと帰ろうぜ」

 

 俺の背丈の2倍以上、横幅で言えば4倍以上もあるスコーピオン君をピピンのサイドカーに乗せるさながら、トミーが魔法で中継部屋の入口を完璧に塞いでくれた。

 これで魔法陣もチルの場所も無くなった。今後しばらくは魔王軍の襲撃を心配しなくて済むのは間違いないぜ。

 

 後処理が終わったのを確認すると、俺達はバイクを突き動かしてダンジョン入口に向かって走り始めた。

 

「アハ! ノクトさん、スコーピオン君がそんな大きかったら、地下室に監禁できなくない?」

「……クヒヒ。……恐らくピピンの闇属性魔法じゃスコーピオン君は押さえつけられないですぜ。スコーピオン君は見るからにパワー系ですし、ひとりの闇属性魔法なんて跳ね除けちまいますよ」

「確かに……」

 

 帰り道の最中、俺達の間に至極真っ当な質問が飛び出してくる。

 地下室が狭すぎて、ワイトはともかくスコーピオン君は監禁して隠せないんじゃないか……という問題だ。

 

 先程言ったように、スコーピオン君の背丈は俺の2倍以上、横幅で言えば4倍以上もある超巨大虫系モンスターなのある。

 地下室は人間用に造られた一室なため、スコーピオン君を収納するだけのスペースは全くないと言っていい。

 しかも、スコーピオン君はパワー系。魔力を奪おうとも強靭な肉体があるため、ピピンの闇属性魔法は焼け石に水になってしまう。

 

 となれば当然、ワイトとスコーピオン君の辿る道は2つに絞られる。

 人間に殺されるか、ギルドに引き渡されて適切な管理という名の監禁を受けるか。

 

 俺としては後者が嬉しいな。ワイトからめぼしい情報をある程度引き出したとはいえ、スコーピオン君の情報は全く引き出せていないのだ。

 しかし、素の戦闘力で言えば彼はAランク相当。暴れ回る超級のモンスターを2体も捕まえて拷問できるのは極めて珍しい機会と言えよう。このチャンスを逃す手はない。

 

「……みんなはどうしたい?」

「細かいことは考えず、ギルドに任せちゃった方が良いと思うっス」

「同感です。Aランクモンスター2体は流石に手に余りますぜ。……エクシアの街の知り合いに頼んで、闇属性魔法を重ねがけしてもらいましょうよ。そうすればギルド職員でも管理できるでしょう」

「アハ! こいつ殺したいかも?」

「……クヒヒ。羽根ペンで擦ったらどんな声出すのか気になりますけど、概ねゴン・ピピンと同意見です」

「ふむ、ギルドに預ける案が多数か……」

 

 ギルドにスコーピオン君とワイトを任せるのは全然構わない。

 ただ、Aランク相当のモンスターを2体も捕まえたとなっちゃあ……「どうやって捕まえたんだ」「流石に怪しいぞ」という声が出るのは必須。そこをどう説明するかだな。

 

「オメーらの意見はよく分かった。コイツらはギルドに引き渡そう」

 

 異論のある者はいない。いつかは()()なっただろうし、渡すと決めたならさっさとギルドに帰ろう。

 魔王軍幹部の部下を捕らえたんだから、ギルドは俺に特別報酬を出してくれても良いんだぜ?

 こうして俺はウキウキしながら、落書きされたワイトと白目のスコーピオン君をギルドに搬入した。

 

 ――そして、バケモン2体を目撃した受付嬢が卒倒し騒ぎになった結果、エクシアのギルドで緊急集会が開かれることになったのだった。

 

 

 

「皆さんのような高ランク冒険者に集まってもらったのは他でもありません。ワイトとスコーピオン君の今後の扱いについて話し合ってもらいたいのです」

 

 エクシアの街のギルド関係者が一堂に会する中、モヒカン代表の俺は全員の視線を一身に受けていた。

 ギルドの大広間に持ってきた円卓と、それを囲む代表者達8人。デトリタス・アルスファト局長、受付嬢のクレアさん、当事者の俺、Bランク冒険者のレイヴン、Bランク冒険者のディーヴァ、Aランク冒険者のココン、Aランク冒険者のロンド、Aランク冒険者のシャーナイ。

 この8人が代表して、ワイトとスコーピオン君の今後の扱いについて議論することになっていた。

 

「え〜というわけで……こちらのノクティス・タッチストーンさんに経緯の説明をしていただきましたが、まだまだノクティスさんに聞きたいことがあると思いますので、何なりと質問をしていただきたい」

「おう、頼むぜ」

 

 円卓の後ろでは、CランクDランクの冒険者が詰めかけて俺達の円卓会議を見守っている。

 エクシアの街には高ランク冒険者が非常に少なく、特にAランク冒険者ともなれば今挙げた数名しかいないほど。彼らとは何度かクエストを共にした顔見知りでもあり、Aランクの連中は全員俺の後輩と言っていい間柄だ。

 Bランクの奴らにも、装備の援助をしたり飯を奢ってやったりしたことがある。Bランク冒険者はエクシアの街にそこそこいるから、コイツらに特別な思い入れとかはないけどな。まぁ知り合いってやつよ。

 

 ただ……Bランク冒険者のディーヴァ。コイツのことは全然知らん。

 軽く聞いた話だと、ソロでBランクまで駆け上がってきた実力派冒険者らしい。相当やるぜ、コイツ。

 

「…………」

 

 こうして緊急集会が幕を開けたが、誰も口を開こうとしない。

 円卓を囲む8人の後ろで数百人の冒険者が見学しているのだから無理もない……のだが、誰も喋らないなら平行線のまま。ワイト達は晴れて放置プレイを享受することになる。それでいいのかよ?

 

『はぁぁ……はぁぁ……ノクティスさん! ノクティスさん! わたしを……私をいじめてください! 子鳥のさえずりのように!』

 

 いつの間にか俺の名前を覚えてしまった骨粗鬆症のワイトが、唐突に円卓の中央で叫び始めた。スコーピオン君と一緒に縛り上げられているというのに、彼のことを心配する様子もない。

 円卓にアンデッド汁を撒き散らして皆の集中を削ぎまくって、羽根ペンが羽根ペンがと騒ぎ立てている。

 

 コイツの前で本名のやり取りをしたのは間違いだったか……この場にいる全員の疑惑の視線が痛い。

 しかし沈黙が破れたのを見て、Aランク冒険者のココンが手を挙げた。

 

「し……質問いいですか、ノクティスさん」

「おう。ココン、何なりと質問してくれ」

「その……先程の話ではワイトとスコーピオン君を捕まえた時の話を飛ばされてましたけど、実際どうやって捕まえたんですか? コイツらを殺すことはできても、生け捕りにするのはノクティスさんと言えども相当難しかったはずです」

「ココン君の言う通りだ。ノクトさんがどうやって捕まえたのか……俺っちも気になるなぁ。エクシアの街には駆け出し冒険者が多いから、普通に勉強になる小僧も多いんじゃないの、ノクトさんよ」

 

 ココンに続いて、Aランク冒険者のシャーナイが同調してくる。円卓を囲む全ての冒険者もうんうん頷いており、視界の端にいるダイアン達ガキ共も目をキラキラさせてこちらを見ていた。

 ……俺が話した内容は、メドゥーサをスカウトしに来たデュラハンを殺したこと、その後襲撃してきたワイトを捕まえたこと、最後に転送用の魔法陣を潰しに行くがてらスコーピオン君を捕まえたこと、これらをざっくり都合の良いようにって感じだ。

 

 転送魔法の発見、魔王軍幹部の討伐、幹部直属の部下の捕縛、近くにあった転送用の魔法陣の破壊、その他魔王軍の情報をギルドに流して公表するなど……これだけ見りゃ俺は英雄的冒険者だろう。

 しかし、「生け捕りの方法を説明してください」だと?

 ワイトの経緯は説明できるけど、スコーピオン君に関してはキツい。俺が変態になっちまう。

 

「……ワイトは、まぁ。……この火炎放射器で張り倒した後、仲間の闇属性魔法で魔力を封じ込めて無力化した。運が良かったよ」

 

 火炎放射器を取り出して小さな火を立てると、おぉ……と感心するような声がギルドの大広間に響く。スコーピオン君の捕縛方法も問われているようなので、俺は脳を高速回転させながら質問に答えた。

 

「スコーピオン君は出会い頭に気絶させた。Aランク冒険者だからな」

 

 すげぇ、さすがこの街を代表するAランク冒険者、かっけぇ……などという声に包まれる円卓。

 嘘はついてない。出会い頭に(堕ちたワイトを見せつけて)気絶させたのだから。

 

「ありがとうございます、ボクとしては以上です」

 

 納得顔のココンが着席する。

 同時、Aランク冒険者のロンドが控えめに手を挙げた。

 

「久しぶりだなノクトさん。質問なんだが、『モヒカン専用情報漏洩穴↑』とは何だ?」

「…………」

 

 シン……と静まり返るギルド・ホール。

 小さく呻くようなワイトの声だけが響き渡っていた。

 

 ッッ……レックスぅっ!! わざわざ説明しなきゃなんねぇのはテメェのせいだからな……!!

 ここに持ってくる時にゴンの水魔法で洗い流そうと思ってたのに……何で消せない塗料で書くんだよ! 落書きは水性でやれって相場は決まってるだろ!?

 

「……その通りの意味だ。ちょっと脅したらすぐに口を割ったんで、仲間と一緒にバカにするつもりで書いた。少し後悔してる」

 

 素直に答えてみるものだ、周囲にほっとしたような空気が流れる。

 さすがにアンデッドで興奮できるような男じゃないぜ。

 

「では、『バカ』『骨』『骨粗鬆症』とは?」

「その通りの意味だ」

「ワイトは骨粗鬆症なのか?」

「信頼できる仲間のデータがあった。ワイトは骨粗鬆症だ」

「は、はぁ……」

 

 『骨粗鬆症』のソースはピピンのデータ。暇になったピピンが分析した結果、骨粗鬆症だった……それだけの話。

 『バカ』はバカだから。

 『骨』は骨だから。以上。

 

 ……まだ聞かれていないが、『正』は拷問してアンデッド汁を噴いた回数の記録だ。

 ピピンの予想では、この汁は人間で言うところの血液らしい(ほんとか?)。そのため、あまりにも回数を重ねすぎるとワイトが死ぬのではないか……そんなリスク管理から記録された文字なのだ。

 

 簡単に言うと、ワイトが情報を言った数だな。この野郎、アンデッド汁を噴いた後の余韻でしか情報を吐かないもんだから……割とめんどくさかったのを覚えている。

 地下室で羽根ペン拷問をしてる時、何故か汁を噴くまでは口が硬かったんだよな。そこだけは鋼の意思だった。あと、『オークが』『女騎士が』とか何とかうわ言みてぇに呟いてたな。何だったんだろう。

 

「……じゃあ、『正』の文字の意味は……?」

 

 お、聞かれた。答えとくか。

 

「ワイトが言った数だ」

「えぇ!? イッ……!?」

 

 ぶったまげる円卓と野次馬達。

 何だ? もしかして、ワイトって口が堅いことで有名なのか?

 また俺何かやっちゃったか?

 

「それは……ノクティスさん自身が使()()()ということか!?」

「そりゃそうだろ」

「!?」

 

 スコーピオン君を捕まえてきたのは今さっき。情報源として使えるのはワイトしかいねぇだろ。

 

「何かおかしいところでも?」

「あ、いや……そんなに堂々と言われると、まぁ個人の趣味嗜好だから何とも……はいぃ……しかし倫理的には……うぅん……アンデッドだから逆に問題ないのかな?」

「何だ、テメーらはアンデッドだからって容赦するのかよ? コイツに殺された奴らもいるんだ、俺はヤるぜ」

「の、ノクトさん……まぁ、ボクとしては、そういうのは堂々と宣言せず、内々でやってもらえたらな〜って……」

「それもそうだな。結構人類の役に立てたとは思うが、大々的にはできないかもしれないな」

「アンデッドを使うことが人類の役に!?」

「ほ、他に質問ありませんか! 何でも良いので!」

 

 局長が何故か慌てながらロンドの言葉を遮る。円卓を仰ぎ見ると、クレアさんが俺を侮蔑するような視線でこっちを見ていた。視界の端にいるミーヤは涙目になって首を振っており、「そんなのいやぁ!」と言いながらギルドから飛び出して行ってしまった。

 まぁ……ミーヤにとっては刺激が強すぎたかもな。「ワイトが言った」と表現をボカしたが、拷問したことはバレバレなのだから。後でフォローしておこう。

 

 局長が質問者を探していると、Bランク冒険者のディーヴァが手を挙げ、最も答えにくい質問をぶちかましてきた。

 

「はじめましてノクティスさん。そこにいるワイトは虚ろな目をしながら、しきりに『この人じゃないと満足できないの』と呟いています。これは貴方と魔王軍が癒着している事実に他ならないのでは?」

 

 ……どう言ったら納得してもらえるんだよ!!

 

 



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023:監禁確定

 

「もう一度問います。『この人じゃないと満足できないの』という言葉は何ですか? 併せて、先程のワイトの発言である『わたしを……私をいじめてください! 子鳥のさえずりのように!』とはどういうことでしょう? 説明してください」

 

 Bランク冒険者のディーヴァに詰められ、俺は言葉に窮する。

 せ、説明が……説明がしにくすぎるんだよ!

 何て言えば納得してもらえるんだよ、あん?

 ワイトの個性と弱点に合わせて拷問しました……って、納得してもらえても俺の評価ガタ落ちじゃねーか!

 俺は人類のために汚れ役を買ったんだ! 信じてくれ! ちょっと楽しかったのは認めるけど!

 

「……何故沈黙しているんです? 話しづらいことでもあるんですか?」

 

 話しづらいことしかねぇよ。

 でも、言い訳するにせよ正直に打ち明けるにせよ、喋らないことには始まらないよな……。

 

「……分かった分かった。正直に話すよ」

「お願いします」

「そこのワイトとスコーピオン君は恋仲だった。だが情報を吐かせるための拷問の最中、ワイトがドMすぎてこの通り目覚めちまったんだ」

「……?」

 

 ディーヴァが首を傾げる。

 これで俺の話は終わりだ。これ以上の内容はない。

 

 いやいや、見りゃ分かるだろ。

 赤い縄で亀甲縛りにされた落書きまみれ汁まみれのワイトと、白目剥いて気絶したスコーピオン君。コイツらは恋仲だった。そしてワイトはドMだった。見たまんまじゃねぇかよ、分かってくれ。

 

 しかし、この話で納得してくれた冒険者はひとりもいなかった。

 

「黙って聞いてたが……どういうことだ?」

「さ、さぁ……」

「何言ってんだろうあの人……」

 

 くそっ、何で納得してくれないんだ。拷問してたら相手がドMすぎて喜び始めるなんて良くあることだろ。頼むから分かってくれよ。

 ……最悪だ。俺はみんなの役に立つかなぁと思ってワイトを捕まえて拷問したのに……ワイトなんて拾わなければよかった。

 

 喧騒の中、泣きそうになりながら俯いていると、円卓の1席から聞き覚えのある声が飛んできた。

 

「ちょ――ちょっと待ってください!」

 

 その声の主は、先程まで俺のことを死ぬほど冷たい目で見てきたクレアさんだった。

 まさか――俺を庇ってくれるのだろうか?

 

「ノクティスさんはみんなのために尽くしてきました! この街で彼に助けられたことのある冒険者は多いはずです!」

 

 やっぱりクレアさんがナンバーワン!

 めっちゃ庇ってくれるじゃん。このまま流れに乗って身の潔白を――

 

「少しくらい変な嗜好があっても良いじゃないですか! そんな性癖、これまでの実績を考えれば可愛いものです! ノクティスさんが人間の敵なわけありません!」

「えっ」

 

 うわ、前言撤回。落とし所を用意してこの場にいる奴らを説得しにかかりやがったな!

 しかしまぁ……俺が言い訳するよりも、他人に言ってもらう方が説得力が生まれてしまうものだ。

 円卓の周りにいる冒険者は「怖いのは見た目だけで良い人なのはみんな知ってるしな」「俺もノクティスさんに助けられた。あの時の優しさが嘘とは思えねぇ」「俺は分かってた」などと次々に手のひらを返していき、場の空気が“ノクティスは変態だけど良い人”という結論に着地点を見定めてしまった。

 

 そして、この空気を決定的なものに変えたのは――

 先程ギルドから飛び出したはずの、茶髪おさげの少女・ミーヤであった。

 

「うわぁぁぁぁん!! ノクティスさぁんっ!! あたし、ノクティスさんが変態でも構いませんっ!! 全部受け入れてみせます!! 皆さんもきっと受け入れてくれますから!! だから認めましょう!! 俺は変態モヒカンですって!!」

 

 こ……このガキ! 何てこと言いやがるんだ!

 俺は背中にしがみついたミーヤをあやしながら、困ったように円卓を一望する。全員生温かい笑顔だった。分かった分かった、もうそれでいいよ。俺は変態です。ワイトは後で殺す。

 

「……はいはい、ミーヤの言う通りです。もうそれでいいです。早くこの話を終わらせてくれないか」

「認めましたねノクティスさん。大変恥ずかしいことだったでしょう……私は貴方の勇気に敬意を表します」

「敬意なんて表さなくていいから」

「それでは魔王軍との癒着は無かったと……それでよろしいですね?」

「最初からそう言ってるだろ」

「ありがとうございます。私からは以上です」

 

 ディーヴァは満足そうに微笑むと、案外あっさり食い下がった。本当に俺が魔王軍と癒着しているかどうか気になっていただけのようである。

 俺が変態だったからって理由で満足してくれるのか……ディーヴァは真面目なのかぶっ飛んでるのか分からんな。

 

 俺への疑惑が晴れたところで、デトリタス局長が議論の方向を元の向きに戻し始める。

 

「ノクティスさんへの疑惑が晴れたようなので話を進めましょう。ワイトとスコーピオン君……この2体のモンスターはどうしますか? この話を単純化するなら……どこかに閉じ込めて監禁するか、それとも殺してしまうかこの2択になりますね」

 

 続けて局長は、監禁場所に相応しい場所と方法などがまだ不確定だと付け加えた。

 それを聞いて、円卓内外からざわざわとした声が起こる。拘束したモンスターを殺すのは簡単だ。しかし、それが魔王軍幹部の部下だったらどうだ。扱いづらいことこの上ない。

 俺としては、殺そうと言う方の意見も理解できるし、殺さず監禁しようと言う方の意見も理解できる。だからこそ議論しようという話になったんだが、みんなはどんな意見を出すんだろう。

 

「あ〜、じゃあまず俺から言うぜ。俺はコイツらから情報を吐かせるために監禁した方が良いと思う。その方法だが、手錠プラス檻は確定として、闇属性魔法と氷属性魔法を使えば楽に済むと思うぜ」

 

 ワイトとスコーピオン君を持ち込んだ俺の意見は「監禁」だ。自分の発言の通り、俺達は魔王軍の情報が欲しくて堪らない。この機会をみすみす逃してしまうのは有り得ないよという話だ。

 監禁場所は後で決めるとして、スコーピオン君には氷属性魔法を使えば何とか監禁できる説が有効だ。氷漬けにされて抵抗できるのは、火属性魔法と氷属性魔法を使えるヤツらだけだからな。

 

「う、う〜ん……私みたいな一般人からすると、Aランクモンスターは怖いから倒してほしいかなって……」

 

 クレアさんは反対か。まぁ分からんでもない。コイツら街ひとつくらいなら簡単に吹っ飛ばせるからな。

 

「俺っちは監禁に賛成」

「魔王軍の情報はあればあるだけ良いですしね、ボクも今殺すには勿体ないと思います」

「ワシも同じく」

 

 シャーナイ、ココン、ロンドは賛成。Aランク冒険者は腕っ節に自信があるからかな。

 

「私としては監禁して情報を吐かせたいですね」

「……反対。リスクが大きいように思います」

 

 ディーヴァは賛成。レイヴンは反対。

 Bランク冒険者達は意見が別れたな。問題の中心にいるのがAランクモンスターだから、監禁に失敗した時に倒せそうかどうかで判断しているのかもしれない。

 

 デトリタス局長の意見を待つまでもなく、賛成5反対2でワイト達は監禁されるべきという結論になった。

 デトリタス局長は何か言いたそうだったが、ディーヴァに「私が監禁場所を用意します」と付け加えられると、結論に渋々ながら納得してくれたようだ。野次馬の不安そうな表情が印象的なギルド・ホールで、円卓会議は終わりを迎えた。

 

 会議が終わってすぐ。円卓会議のメンバーは、ディーヴァに連れられて監禁場所を案内されていた。

 場所はギルドの2つ隣にある倉庫。今は使っていないため自由に使って良いらしい。

 

「局長には鍵を渡しておきます。上手く使ってやってください」

「お、おぉ……助かるよ」

 

 ワイトとスコーピオン君を倉庫に運び込みながら、俺達Aランク冒険者はディーヴァの手際の良さに感心していた。

 流石にソロでBランクまで登り詰めただけのことはある。俺もずっとソロでやってたけど、ここまで手際良くやれる自信はねぇ。コイツは将来的にAランク……いや、Sランクも有り得るな。

 

「氷魔法と闇属性魔法の維持はこちらでやっておきますし、拷問も仲間うちで済ませます。皆さんは帰ってもらって良いですよ」

「え?」

「いえ、拷問はギルド職員立ち会いの元行いますよ」

「おいおい、それくらい常識だろ」

「おや、そうでしたか。ならそういうことで」

 

 …………。

 このディーヴァってやつ、何か怪しいな。

 手際が良すぎるし、あまりにもトントン拍子で都合が良すぎる。しかも「仲間うち」って……オメーはソロでやってきたんじゃないのかよ?

 そう思ってAランク冒険者達を見ると――彼ら3人もそう思ったようで、俺と視線が合った。

 

 ――この冒険者、何かあるな?

 その感覚が共有された瞬間、俺達の行動は決まった。

 

「まぁいいや! 今日は解散しようぜ!」

「俺っち飲みに行くから、誰かついてくる人ー!」

「は〜い!」

「行く行くぅ!」

「ギャハハ! 俺も良いかぁ!?」

「全然構わねぇよ! よっしゃ、Aランク冒険者4人で久々に飲みに行くかぁ!」

 

 俺達4人は適当な演技をしつつ、さっさとその場を離れて酒場にしけ込む。

 酒場に入ってディーヴァの視線を切った瞬間、俺達4人の双眸には鋭い光が宿っていた。

 

 ――もしかすると。万が一の可能性ではあるが。

 有望株の冒険者ディーヴァは魔王軍の手先かもしれない。

 

 俺、シャーナイ、ロンド、ココン。エクシアの街を代表する4人の冒険者は、再び会議を開始するのだった。



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024:怪しすぎて怪しい男を追うぞ!

 

「――Bランク冒険者のディーヴァ。いくら何でも怪しすぎっしょ〜」

 

 シャーナイの言葉から始まった飲み会は、異様な様相を呈していた。

 俺達をAランクの冒険者と知ってか知らずか、周囲のテーブルからひっきりなしに好奇の視線が飛んでくる。

 

 1人は大柄なモヒカン男。冒険者ギルド大改革前の世紀末を想起させるアウトローな風貌で、我ながら近づきたくない男だなと思う。

 1人はチャラ男。

 1人はオシャレボウズ。

 1人はハイライトのない暗そうな女。

 ……こんなテーブル、見るなという方がおかしい。俺が周囲の客だったらメンツが濃すぎて絶対ガン見しちまうぜ。

 

 チャラ男こと――Aランク冒険者・シャーナイ。軽妙な雰囲気の槍使いだ。時々クエストを手伝い合う仲で、ミーヤ達ガキ共と絡む前は1番話してたかな?

 普段はトレジャーハントを主目的にダンジョン攻略系クエストを受けている他、メインルートから外れた場所の開拓を行うアクティブな冒険者だ。Bランクの冒険者3人とパーティを組んでいる。

 

 オシャレボウズこと――Aランク冒険者・ロンド。彼は大盾を担いだ甲冑の騎士で、防衛系のクエストを得意としている。

 普段は最前線で活躍しているのだが、「落ち着くから」と言って定期的にエクシアの街に帰ってくる冒険者だ。生まれ故郷を大切にしているということだろう。

 

 ハイライトのない暗そうな女こと――Aランク冒険者・ココン。目の下にクマのあるボクっ娘で、耳が見えないくらいバチバチにピアスを空けている。痛そう。

 見た目は不健康で怖そうなお姉さんだが、彼女は正統派の剣士だ。クエストは選り好みしておらず、俺と同じように後進育成に力を入れている冒険者のひとりである。

 

 ――とまぁ、メンバー紹介はこんな感じで終わりにするとして……問題はディーヴァの怪しすぎて怪しい言動だ。

 あの男、間違いなく何かを隠している。あからさますぎて逆に釣られてるのかな? と思ってしまうくらいだ。もしディーヴァに後ろめたいことが無ければ疑惑は晴れるし、あったら捕まえられるので……どっちに転んでも前に進めるからやらない手はないけどな。

 

「ボク、ディーヴァのことあんまり知らないんだけど〜。誰か知ってる人いる? ノクティスさんはどう?」

「俺は知らないな。急に台頭してきたもんだから、目をつける暇もなかったぜ」

「ですよね〜」

 

 ココンが肉にかぶりつきながらへらへらと笑う。

 俺とココンが知らないんじゃ、この場にいる誰も知らないだろうな。シャーナイは肩を竦めながら俺達に問いかけてくる。

 

「とりあえずディーヴァ君を調べることは確定として、どうやって調べる? 試しにあの倉庫に侵入して調べてみるかい?」

「いや、ディーヴァはデトリタス局長に鍵を渡したんだ。あの倉庫にやましいことは隠してないだろう……多分」

 

 エクシアの街のギルド局長であるデトリタスさんは、ディーヴァから鍵を受け取っている。それに、今はギルド職員が倉庫に出入りして監禁場所を作成しているところだ。

 倉庫には俺達の欲しがる証拠はないだろう。……情報が無さすぎるから、結局行くはめにはなりそうだけど。

 

「まずはディーヴァの言ってた『仲間』を探してみないか? そこから何か見えてくるかもしれん」

「そうですねぇ……」

「二手に別れて調査するのはどうだ。ワシとシャーナイさん、ココンさんとノクティスさんのチームで動こう」

「善は急げだ、さっさと飯食って動こうぜ」

 

 こうして俺達は二手に別れ、ディーヴァの身辺調査を始めることになった。

 ロンドとシャーナイのコンビと別れた後、俺とココンは彼らの向かった方向とは逆――倉庫の方向へと向かう。ギルドの職員に軽い会釈をしながら、俺達は人の出入りが激しい倉庫へと入った。

 

「ディーヴァはいないっぽいか〜」

「あぁ……どこ行きやがったんだ?」

「うへぇ、ロンドさん達に先越されそうだなぁ……」

 

 ココンがげんなりしながら舌をベロンと露出させる。うお、コイツ舌ピアスまで空けてんのか。痛そうだなぁ。

 

「倉庫の中は割と広いな」

 

 ギルド職員が入り乱れる中、俺とココンは既に設置済みの檻の前にやってきた。

 

「ねぇねぇギルドの職員クン、この檻って誰が設置したの?」

「あぁ、檻は既に用意されてたんですよ。確かディーヴァさんが持ってきたはずです」

「……そっかぁ。ありがとね、職員クン」

 

 今からまさに収監されようかというワイトとスコーピオン君。手頃な檻さえ既に用意していたディーヴァ……ますます怪しいぜ。

 どうあってもワイトとスコーピオン君を手元に置いておきたいという強い意志が感じられる。これ、掘れば掘るほど言い逃れができなくなるんじゃないか?

 

 しかも俺は、円卓会議の際ディーヴァがあっさり引き下がった理由に心当たりがあるのだ。

 それは――ワイトを捕らえて人間堕ち通話させた時のこと。あの時スコーピオン君は俺のことを『アンデッドに興奮する変態』だと言っていた。

 そして円卓会議の時、ディーヴァは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。普通ならあの場面はもっと詰めてきてもおかしくなかった。

 それなのに、円卓会議で俺の変態性にあっさり納得した事実――これは逆説的にディーヴァが()()()()の内容を知っていたことに他ならないのではないか。

 

 仮にディーヴァが魔王軍と癒着しているなら、彼が所有する倉庫にヤツらを監禁し続けるのはまずい。隙を窺ってワイトとスコーピオン君を逃がされるのがオチだ。

 その時は多分、「まさか檻を壊されるとは思わなかった」みたいなセリフがついてくるんだろうな。今の状況は割と超法規的な措置が取られているから、ディーヴァの失敗に対してギルド側は強く出られないはず。

 そこまで見越しての行動であれば、敵ながらあっぱれ。魔王軍側はかなり厄介な手回しをしてやがるぜ。

 

 俺は藁にもすがる思いで、相変わらず亀甲縛りされているワイトに声をかけてみる。

 

「おいワイト、ディーヴァって冒険者について何か知ってることはあるか?」

『ディーヴァ? ……知らないですね』

「……嘘ついてたら羽根ペン掻き回すところだったが、どうやら本気で知らねぇみたいだな……」

『ひ、ひえぇ……』

 

 ワイトは俺の前ではかなりの正直者だ。その点だけは信頼している。

 ……コイツが知らねぇってことは、ヴァンパイア部長が寄越してきたんだろうか。それともスコーピオン君? 少なくともワイトの所属していたデュラハン部隊に直接的な関係は無さそうだ。

 

「……困ったな。スコーピオン君はまだ脳が破壊されたままだし、ワイトも知らねぇとなったら……」

「あの2人が尾行に成功して、何かしらの情報を掴んでくるのを期待するしかない……みたいだね」

「……だな」

 

 ギルド職員が拷問用の羽根ペンを取り出したり、その他氷属性魔法や闇属性魔法の装置を設置し始めたりして、声をかけられるような雰囲気ではなくなってきた。

 お邪魔になりそうなので、俺達は倉庫から退出する。結構長い時間ディーヴァ本人と魔王軍癒着の証拠を探したものの、特に何が見つかるわけでもなく……俺とココンの収穫はゼロと言っても良かった。

 

 唯一得られた情報は、ディーヴァが檻を用意していて準備が良すぎたことか。

 まあ、シャーナイとロンドがどれだけやってくれたかに期待だな。もしかすると、俺達が疑り深すぎるだけで何も無かったりして。

 

「こっちはこれ以上やることもないし、向こうの様子でも見に行こうぜ」

「さんせ〜い」

 

 ココンのダウナーな雰囲気に絆されて、少しだけ気が緩む。そのまま俺達はシャーナイ達が歩いていった方向へ向かった。

 そんな時――風に乗って微かに血の臭いがした。臭いの源は街の路地裏。ココンと俺の視線が路地裏の薄闇を彷徨う。

 

「何か鉄臭くね?」

「気のせいっしょ……」

 

 茶化した口調だが、俺達の目は本気モード。

 鉄の臭いを探るように、俺達は自然と路地裏に足を踏み入れる。

 

 路地裏の薄闇に溢れた不穏な空気。鉄のむせ返るような香り。俺達は自然と武器を取り出しながら、背中合わせのままゆっくりと進んでいく。

 

「近い」

()()()俺が防御に回る」

「おけ、攻撃は任せて」

「ココンは俺の背中に隠れろ」

「いつでもいいよ」

 

 血の臭いが限界まで濃くなった。この先に何かいる。

 足音を消して壁に張り付く。俺は半身を捻るようにして曲がり角の先を睨んだ。

 

 すると――視線の先。

 石畳に倒れ伏し、血を流しているシャーナイとロンドの姿があった。

 

「……!!」

 

 駆け寄りたくなる気持ちをぐっと堪えて、俺は暗闇や曲がり角の死角を隅々まで確認する。

 枝分かれした道の先にも、家屋の屋根の上にも誰もいない。

 後ろからついてきたココンは眉間に皺を寄せながら、倒れた2人の首根っこを掴んだ。

 

「――ココン、退却だ!」

「はいっ!」

 

 そして俺の合図と同時、ココンが2人の男を引きずって全力ダッシュを開始した。

 路地裏で一刻も早い治療を施したかったが、襲撃者が誰か分からない以上迂闊に背中を晒せない。人目のある大通りに出るのが先決だと考えたのだ。

 

「シャーナイ! ロンド! 意識はあるか!?」

「……うぅ」

「はいはい、大丈夫だからね〜。軽傷だからね〜」

 

 俺とココンで声掛けしていると、ロンドは単純に気絶しているだけで、シャーナイの出血が酷い状況だと分かってくる。

 まずいのはシャーナイの方だ。結構ドバドバ血が出てるぜ。

 ……一体、誰にやられたんだ。

 

 大通りに出て人目に晒された瞬間、俺達は圧縮ポーチを探って回復薬と包帯を取り出して応急処置を開始した。

 ロンドの口周りには水属性魔法の形跡があり、不意打ちで窒息死寸前に追い込まれたことが分かった。いくらAランク冒険者とはいえ、突然呼吸できなくなればパニックになってあっという間に無力化されてしまう。

 奇襲を回避し、襲撃者と戦闘になったシャーナイが切り傷をつけられてしまったということか。

 

「すまん……油断したわ……」

「喋るな、安静にしてろ」

「へへ……この程度じゃ死なんから喋らせてもらうわ。……敵はディーヴァだ。俺っちもロンドさんもヤツにやられた……」

「!」

「尾行してるつもりが、誘い込まれてたみたいでさ……やられたよ」

 

 シャーナイは脇腹に刺し傷が刻まれており、シャレにならない出血具合である。

 いくら不意打ちとはいえ、実力のあるこの2人をディーヴァが倒したというのか。あまり信じたくない事実だ。

 

「2人共聞いてくれ……。あの野郎……人間じゃなかった。腕を切り飛ばしたのに生えてくるし……Bランク冒険者なんて肩書き、嘘っぱちだったっぽいぜ、ちくしょー……」

「な……何だと?」

「多分……仲間なんておらん。あいつ自身が諜報部隊の一員だったんだ……」

 

 ディーヴァが人間じゃない?

 アイツ冒険者じゃなくてモンスターだったのかよ……しかも諜報部隊の一員とは。

 今明かされる衝撃の事実に、俺とココンは固唾を飲んでシャーナイの言葉に耳を傾ける。

 

「……ヤツは好機を窺うとか……策を講じるとか……そういう回りくどいこと全部すっ飛ばして、ギルド周りを強行突破するつもりだ……!」

「強行突破……? どういうことだ」

「この街にいるAランク冒険者はたった4人……俺っちとロンドさんを潰して戦力を削いだのは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……! 俺っち達を潰せば、ヤツらを止められるのはアンタら2人だけ……戦力差はほとんどないし……仮に転送魔法が使えるとしたら、あっという間にヤツらは逃げちまうぞ……」

「……!」

「そんなの……ノクティスさんの苦労が無駄になっちゃうじゃん!」

「ああ、そうだ……。だから2人共、さっさと行け……俺っちの処置は通行人に任せて、倉庫に向かったディーヴァを止めてくれ……ワイトとスコーピオン君を逃がさないために……」

「――おいココン、今すぐ向かうぞ!」

「分かった! ごめんねシャーナイさん、後でまた見に来るから!」

「ああ……気をつけろよ。……敵は狡猾だ……」

 

 続々と集まってきた野次馬にシャーナイとロンドの手当を任せ、俺達は全力疾走で倉庫へと向かった。

 ディーヴァはあえて怪しい言動を取ったのかもしれない。円卓会議という高ランク冒険者の集いに乗じて、わざわざ俺達を釣るような発言をしたのだ。

 そして、俺達が結託してディーヴァを調べ始めれば、逆に俺達を人気のない場所に誘い込めると踏んで、強引な手段に出たのだろう。

 実際、その作戦は成功し、俺達の戦力は大きく減ってしまった。しかも、倉庫に向かうディーヴァと入れ違いになってしまった。まずいのは俺達の方だ。ヤツを野放しにすれば、ワイトとスコーピオン君を魔王軍へと逃がしてしまうことになるのだから。

 

 ワイトやスコーピオン君を敵陣に返してしまえば、エクシアの街の内部の情報がダダ漏れになってしまう。

 ……それだけは、何としても止めなければならない。

 

 俺とココンはエクシアの街を駆け抜けて、あっという間に倉庫の前にやってきた。

 

 



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025:復活する系モンスターの倒し方

 

 夕暮れ時。倉庫の周囲は先程と打って変わって静まり返っていた。ギルドの近所だというのに人っ子ひとりいない。

 認識阻害の魔法によって人払いでもされたのだろうか。俺とココン以外の通行人は、倉庫を明らかに無視するように動いていた。

 

「……助けは来ないと思った方がいいな」

 

 魔力操作が苦手な一般人は、モロに認識阻害を食らっているように思える。彼らのような人達は、倉庫に近い俺達には気付けないと考えた方が良いだろう。

 俺とココンは顔を見合せ、あまりにも静かな倉庫のドアノブに手をかけた。

 ――何故か開かない。鍵をかけられている。

 

「ボクが無理矢理開けるからどいて!」

 

 鋭い言葉と共に、ロングソードを持ったココンが扉を薙ぎ払った。バラバラに崩れ落ちていく扉。倉庫の中には職員が数名倒れている。

 遅かった。職員は気絶しているだけだが、ディーヴァが来たのは確定だな。

 

「――【炎の息吹(エンチャント)】」

 

 自分の剣とココンの剣をエンチャントして、俺達はその炎を頼りに倉庫の中を探索し始めた。

 既に陽は沈みかかっており、倉庫の中は暗闇に覆われている。暗黒に紛れてディーヴァが襲ってくるかもしれない以上、火を灯さない選択は取りにくかった。

 

「……やっぱりね。檻がぶち壊されてるよ」

「ディーヴァめ、脆い素材の檻を用意してやがったのか」

 

 倉庫内の探索を進めていると、大きくひしゃげて壊された檻を発見した。強烈な力によって歪んでいたが、標準的な檻はもっと丈夫に作られているはず。

 ……ワイトが拉致された時から、いつか俺がボロを出すと踏んで檻を用意していたのだろう。そうしてワイトの存在が公になった時、ディーヴァが場所や檻を用意して脱走させる……なるほど、良くできた作戦じゃねぇか。

 

「ココン、そっちはどうだ」

「……いない」

「くそっ、逃げられたか?」

 

 這いずるように周囲を探して回るが、ディーヴァの姿はおろか、ワイトやスコーピオン君の姿さえ見当たらない。

 もし転送魔法が魔法陣などの制約もなしに使えるんだったら、使い勝手が良すぎてバグのレベルだ。どこかに隠れていると信じたい……。

 

「お、あった」

「マジか」

 

 ココンが干し草のような塊をどかしたところ、地下に続く階段を発見する。もしかしたら地下に魔法陣が隠されているのかも。

 そう思って地下に特攻すると、今まさに魔法を唱えている最中のワイト達と目が合った。

 

『あっ』

「うお、普通にいるのかよ!」

『スコーピオン君、ドッペルゲンガーさん! 私を守ってください!』

『任せてください!』

「お任せを、ワイトさん」

 

 即興で作られたのか、地下室の床にはチョークで描かれた歪な幾何学模様があった。

 地下室の中央で魔法を念じるワイトと、全ての腕に刀剣を持ったスコーピオン君。それと、「ドッペルゲンガー」と呼ばれた冒険者のディーヴァ。全員がこちらを向いて臨戦態勢となる。

 

「ドッペルゲンガー……聞いたことがあるぜ。テメー、いつの間にか本物のディーヴァと入れ替わってたんだな……」

「ノクティスさん、どういうこと?」

「アレは人を殺して()()()()()()()()()()()()()アンデッドだ。本物のディーヴァは、ソロでクエストを受けてる時に殺されたんだろう……」

 

 ドッペルゲンガー……ピピンとデュラハン部隊の内部構成について議論していた時に話題に出たBランクモンスターだ。その他にも時々噂に上がることがあるモンスターだが、その性質から目撃情報は非常に少なかった。

 性能が諜報活動向きなので、確実に魔王軍の諜報部隊に絡んでいるとは思っていたが……これで辻褄が合ったぜ。

 

「ココン! 気をつけろよ、コイツら強ぇぞ!」

「分かってる!」

 

 閉所で火炎放射器は使えない。転移魔法の詠唱を止めて戦闘体勢に入ったワイトもまた、広範囲に及ぶ魔法は撃てないだろう。この地下室でワイトは敵じゃねぇ。

 注視すべきはスコーピオン君とドッペルゲンガーだな。スコーピオン君はもちろん、ドッペルゲンガーもAランク冒険者2人を重傷に追い込める能力を有しているのだから。

 

「――【滅炎(ファイア)】!」

「――【澎湃(ヴィグルス)】」

 

 俺とドッペルゲンガーの魔法攻撃が戦闘開始の合図だった。俺の拳から飛び出した炎がスコーピオン君の剣に弾かれ、ドッペルゲンガーが放った水の壁はココンに切り捨てられ――魔法では決着が付かないと悟った俺達は、自然と肉弾戦へと移っていく。

 ワイトは攻撃の魔法を詠唱して完成させていたが、絡み合って戦う仲間に当ててしまうことが心配で右往左往していた。

 

『はわわ……スコーピオン君、ドッペルゲンガーさん、頑張って! 私は転移魔法をもう一度唱えておきますから!』

 

 戦闘に参加できないと悟ったワイトは、手のひらの上の魔法を握り潰して、転移魔法用の魔法陣に向き直る。

 転移魔法の詠唱を阻止しようと身体を乗り出すも、俺はスコーピオン君に、ココンはディーヴァに防がれてしまう。

 

「ぐっ……」

「ノクティスさん、まずはコイツら倒さないと!」

「あぁ……!」

 

 スコーピオン君はともかく、ドッペルゲンガーについては知らないこと多すぎる。ワイトに諜報部やアンデッド部隊のメンバーのことをもっと喋ってもらうんだった。

 ……「ヴァンパイア部長」なるモンスターがいると気付いていたことで、内情を知った気になっていたのかもしれない。

 

「ココン、ドッペルゲンガーは首を刎ねても安心できねぇぞ」

「今ひしひしと感じてる! 腕切り落としてもじゃんじゃん再生してくるもん!」

 

 スコーピオン君の6刀流を盾で捌きながら、俺はドッペルゲンガーの突破口を探り始める。

 デュラハンが特別強かっただけで、もはやスコーピオン君は俺の敵ではなかった。

 

『後ろを気にする余裕があるとは、舐められたものだな……!』

「ギャハハ! 愛しのワイトさんに格好いい所を見せたくて堪らないのかなボウヤ?」

『ぬ――ぬかせ!!』

 

 俺とスコーピオン君の戦闘は完全に俺のペースだ。安い挑発に乗ってくれるバカで助かったぜぇ。

 魔王軍幹部のデュラハンが強すぎただけなのかもしれない。幹部はダテじゃなかったんだな。

 

 俺は盾を構えて敵の懐に突っ込むと、そのまま薙ぎ払ってスコーピオン君を吹き飛ばした。

 

『ぬはぁ!?』

「テメーは寝てな」

 

 スコーピオン君の体躯は俺の2倍以上。だが、フィジカルと6刀流でゴリ押そうとするだけで何の迫力もないぜ。

 ピピンに言わせるなら、そうだな……。

 

「テメーの行動、俺のデータ通りだったぜ」

 

 ――ってところだな。

 長年冒険者やってんだ、テメーみたいなフィジカル系のモンスターなんて腐るほど相手にしてるんだよ。

 

『く……そ……』

『ス……スコーピオン君っ!』

 

 盾で思いっきり吹き飛ばした結果、スコーピオン君はいとも容易く気絶してしまった。ワイトが叫んでいるのを無視して、俺はディーヴァと戦うココンの隣に立つ。

 

「スコーピオン君は倒したぞ、こっちの状況は?」

「首を1回切り落としたんだけど、それでもダメ。どういう復活のタイプか分かんないや」

 

 ディーヴァは既に細やかな肉塊に変えられていた。しかし、すぐに肉塊同士が集結してディーヴァの形を作っていく。

 なるほど、完全な復活系のモンスターだな。

 

「私は無敵だ! 何度倒そうと復活してやる!」

 

 ――身体が復活するモンスターには様々なタイプがある。

 

 まず、肉体の中に核があって、それを壊さないと無限に再生するタイプ。これは全体攻撃で核を壊せば良いので大した問題ではない。

 

 次に、細胞ひとつひとつから完全に復活するタイプ。

 こういう系への回答は、細胞の一片すら残さないほど焼き尽くすこと。もしくは氷漬けにして粉々に砕くこと。その他諸々。実はこのタイプに対しても、先人の知恵によって対処法が確立されているのだ。

 

 もう1つのタイプは、魔力依存で動く自動型の人形のような――本体が別の場所にいるタイプ。これは本体を叩かないと稼働し続けるため厄介極まりない。

 ただ、ドッペルゲンガーはこのタイプでは無いように見える。

 

 ――ならば答えはひとつ。

 最後の1タイプでないならば、俺の火炎放射器で焼き尽くして解決ではないか。

 でも死にたくないからそれは無理だな。アレは縦横無尽に広がるから、この地下室じゃ自滅行為に等しい。

 

 俺の火属性魔法は面の制圧力に欠けるし、どうしたものか。

 ディーヴァの攻撃を盾でいなしながら、俺は敵の身体を削ぎ続けるココンに話しかけてみる。

 

「おいココン! オメー何属性魔法の使い手だっけ!?」

「今この場面で質問!? 土属性だけど……!」

「ギャハハ! 使えねぇな! じゃあドッペルゲンガー倒せねぇじゃねえか!」

「酷い!?」

 

 ドッペルゲンガーをサイコロステーキのように変えても、2秒もすれば()()()()()()()元通り。コアがあるにしても滅茶苦茶小さそうだし、面の攻撃をしたいんだがな……。

 

「クハハハハ! どうだ! 私はむてッちょッ――」

 

 ココンの剣技で喋る間もなく細切れにされるディーヴァ。

 ワイトはアワアワしたまま何もしてこねぇし、スコーピオン君は完全に伸びちまってるし……こっちが圧倒的に有利なのに、ドッペルゲンガーがしつこすぎて勝ち切れないと言った状況である。

 

 ココンは何分剣を振るい続けたのだろう。

 ココンがディーヴァを細かい肉塊にしたかと思えば、数秒後に「私は無敵だ」と言いながらディーヴァが復活する――というループが長いこと続いていた。

 

 その間俺はず〜〜っと暇だ。

 ココンが強すぎて、復活してくるディーヴァが攻撃する隙が一切存在しないのである。そのため盾を構えているだけの俺は、最前線でココン様の絶技もとい剣技を鑑賞するだけの見物人と化している。

 

 時々ワイトを視線で牽制して、頭の中でディーヴァの攻略法を考え続けてみるものの……一向に良いアイデアが浮かんでこない。

 こうなったらヤケクソだ。ディーヴァだったものを踏み潰して憂さ晴らしをした俺は、ココンに向かってとある提案を持ちかけてみることにした。

 

「……良いこと思いついた」

「やっとか……ボクもう腕疲れちゃってるけど、行けそうなアイデアなの?」

「おう。この作戦なら絶対ェ勝てるぜ」

「おおっ」

「簡単なことさ」

 

 俺は復活し始めたディーヴァに向かってロングソードを振るい、再び肉塊へと変えてみせる。

 そのままゆっくりと振り向いて、俺はニチャァとモヒカンスマイルを見せつけた。

 

「――ディーヴァの心が折れるまで殺し続けりゃいいんだよ」

 

 ――そう。復活し続けるなら、殺せば良い。

 死を避けるための進化を逆手に取り、擬似的な死を与え続けてやるのだ。ドッペルゲンガーに知能があるからこそできる芸当。いくら生き返るとはいえ、死に続けるのはさぞ辛いことだろうよ。

 

「ノクティスさんって天才?」

「ギャハハ! よく言われるよ。どうだ、『復活する』んじゃなくて『何回殺しても良い』って考えたら気が楽じゃねぇか?」

「賢すぎるよノクティスさん! そう考えたらドッペルゲンガーって結構()()じゃない?」

「ああ、ホントだぜ。なんせ……どんな殺し方をしても復活するんだからな」

「ふふっ、いいねそれ天才」

 

 この作戦に同調してくれたココンだったが、気のせいか顔色が良くなっているように見えた。

 

「おい、復活し始めたぞ」

「これもう1回殺していいの?」

「おかわりもいいぞ!」

「えへ、えへ」

 

 そして――この会話を死にながら聞いていたであろうディーヴァは、絶望的な表情をしながら復活し始めるのだった。

 

 

 



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026:サキュバスの“理解”らせ方

 

「ワイト、よ〜く見とけ。これが俺達人間に逆らった魔王軍の末路だ」

『お、お……っほ、おぉ〜……』

「どっちにしても、テメーらにゃ選択権なんてないんだよ」

 

 重々しいロングソードを木の棒の如く軽々しく振るい、ドッペルゲンガーことディーヴァを殺し続けるココン。俺はワイトの首根っこを掴みながら、彼女の殺戮の様子を眺めていた。

 

 もはや、「ちょっと待って」と静止をかけることもできないディーヴァ。口が再生し切る前に肉塊にされるんだから、そりゃ無理だわ。

 喋る暇さえ与えられずに殺される気分はどうだ? まぁそれに対するコメントを頂けない凄惨たる惨状なので、殺しのループの恐ろしさがよく分かるな。

 

 えげつないことをしているのは自覚しているが、俺は構わないと思っている。何故なら、ドッペルゲンガーが本物のディーヴァを殺しているから。

 ココンの殺戮ショーはその報いと言っても良いだろう。

 こんなことなら大連合の4人も呼んでおけば良かった。アイツら今頃何してるんだろう。

 

「ノクティスさん、コイツ全然死なないよ〜」

「死ぬまで殺せ」

 

 何分経過したのかは分からないが、気絶しているスコーピオン君が復活することを心配してしまうくらいの時間は経過している。

 実はドッペルゲンガーを殺した後、核らしき塊を時々見かけることがあった。その度に壊そうと試みているものの、核が小さすぎる上に、一瞬で肉塊を再集結させて防御し始めるので破壊が難しいのだ。

 

 だったら結局殺し続けるのが丸いよねってことで、今はドッペルゲンガーの心が折れるのをじっくりゆっくり待っている状況である。

 

「おっ」

「あっ」

 

 よりどりみどりの死に方を体験させていると、突然ディーヴァだったものが形を無くして溶け始めた。肉塊がグシャグシャの液体になって床に広がり、人間の形に戻らなくなったのである。

 

「あ〜……“希望”失っちゃったかぁ」

「ギャハハ! 記録は約30分! また来世でチャレンジしてくれよな!」

 

 生きる意志を失ったドッペルゲンガー。ヤツが憎まれ口を叩くことは二度と無くなった。

 悲しいかな、知能があるばっかりに苦しみ抜いたのだろう。今すぐ楽にしてやるからな。

 

 小指の爪ほどの核部分が転がってきたので、迷わず踏み潰して破壊してやった。これでドッペルゲンガーは討伐完了。本物のディーヴァ君もさぞ無念だっただろう……これで仇は取ったぜ。

 

「ココン。ひとまず転移魔法は止まってるから、覇和奮(パワフル)大連合の4人を呼んできてくれねぇか。Bランク以上の冒険者なら誰でもいいが、なるべくそいつらがいい」

「え。コイツら逃げようとしてるんだし、誰か呼ぶ前にさっさと殺さないの?」

「いや……やっぱり生け捕りにできる機会なんて滅多にねぇだろ? わざわざ人間様の土地まで出向いてくれてんだから、丁重に監禁してやらねぇと可哀想だと思ってな」

「なるほど納得。じゃあ呼んでくるから、監視よろしく」

「おう」

 

 俺も殺すか監禁するかはまだ迷っているが、やはり今後のことを見据えるなら殺すよりも生け捕りだろう。同じ失敗を繰り返さないように、次は俺達Aランク冒険者が責任をもって監禁すりゃ良いわけだし……。

 俺の考えに納得してくれたココンは、ロングソードを背中の鞘に収めると、人を呼ぶために近所のギルドへと向かった。

 

『――【迅風刃(ウィンドカッター)】!』

「おっと……」

『…………』

 

 そしてココンが地下室から居なくなった瞬間、ワイトは俺に向かって風の刃を放ってきた。

 俺はその魔法を盾で逸らしながら、ヤツのしつこさというか鬱陶しさに溜め息を吐いてしまう。

 

「何だよワイト、まだ抵抗する意思があるんだな」

『わ、私は誇りある魔王軍アンデッド部隊の一員! 貴様のようなならずものに靡くわけがないだろう!』

「……面白ぇ。1回分からせてやろうか」

 

 俺とワイトは戦闘体勢に入る。

 だが、接近戦を仕掛けてワイトをさっさと潰そうとした矢先――俺はとあることに気づいてしまった。

 

「……ところでワイト。スコーピオン君はどこ行った?」

『――勘の良い人は嫌いですよ』

「!」

 

 部屋を見渡したところ、さっきまで完全に伸びていたはずのスコーピオン君の姿が消えていたのだ。

 まさか、ワイトのやつ。隙を突いて隠伏の魔法を念じていた? コイツは風魔法の使い手だ。空気を捻じ曲げてヤツの姿を隠しているのかも――

 

 背中から襲われたら防げねぇ。

 俺は壁まで後退して盾を構える。

 予感は当たっていたらしく、透明になったスコーピオン君に向けてワイトが叫んだ。

 

『同時に仕掛けるよスコーピオン君!』

「テメー、この――!」

 

 ワイトから飛んでくる魔法。防がないと殺られるが、避けても透明になった敵がいる。どこにいるか分からない。ワイトの魔法を暴き、スコーピオン君を可視化させねぇと――

 

『――誇り高きアンデッドの戦士は、ならずものなんかに負けないんだからっ!』

 

 避けらんねぇ……!

 

「っ――は!」

 

 ワイトの魔法を弾いた瞬間、脇腹に冷たい感触が走った。寒気が走り、全身の力が抜けていく。

 少し遅れてスコーピオン君が実体化し始め、俺の脇腹に剣が突き刺されているのが分かった。

 

『――やったのか!?』

『と、とにかく転移魔法を完成させてください! 一緒に逃げるんですよワイトさん!』

 

 剣を振って敵に距離を取らせるが、壁に貫通するまで深々と刺さった剣は致命傷だ。

 身体を巻き込んで壁に刺さった剣のせいで身動きが取れない。この場合、抜かないでじっとしているよりも剣を抜いた方が良いだろう。そう思い立って、気合を入れながら何とか剣を抜く。同時、脇腹からどっと血が溢れ出した。

 

「ぐっ……ふ、がはっ……!」

 

 音を立てながら床に落ちる刀剣。姿勢を保てなくなって、俺もまた床に倒れ伏してしまう。

 油断した……! あの時の【迅風刃(ウィンドカッター)】を防いだ時、何かボソボソ呟いてたなと思ったんだが……それが透明化の魔法だったとは……やられたぜ。

 

 もう鍔迫り合いするような力は残っていない。俺はトドメを刺そうと接近してくる敵を火炎放射器で牽制しつつ、ココンが帰ってくるまでの時間稼ぎに徹することにした。

 そして、俺が時間稼ぎしようとしていることに気付いた敵は、俺を無視して転移魔法と魔法陣に集中し始める。

 

「く……そ……」

 

 脇腹……痛すぎて痛くねぇ。つーか熱い。

 こんなにズッポシいかれたのは久々だな……なんか寒くなってきた……。

 ふと床を見ると、お漏らししたみたいに血の海が広がっていた。しょっからい鉄の味が喉の奥からせり上がってきて、四肢の末端が冷たくなっていく。

 死にたくない……が、あと少しなら動けるか? いや、やっぱり無理そう。頭ん中だけが元気だ。こんな時に限って鍛えた身体は動きそうにない。

 

『――我が令に応じよ――【転移門(トランスファー・ゲート)】! よ、よし! あと少しで開きますよ……!』

『これでならずもの共ともおさらばですね……!』

 

 ワイトが転移魔法の詠唱を完成させると、チョークで描いた魔法陣の傍に時空の狭間が生まれ落ちた。

 ダメだ……ワイト達を行かせちゃなんねぇ。足止めしなきゃ。こんなんじゃココンに申し訳が立たねぇ。

 

 俺は奥歯を噛み砕きながら、火炎放射器をつっかえ棒にして何とか立ち上がった。

 そして、開き始めた転移門に逃げ込もうとするワイト達に向かって、血を吐きながら叫んだ。

 

「待てよワイトぉ……スコーピオンくぅん……! 話はまだ終わってねぇんだが!?」

『――!?』

『まだあんな力が……!?』

 

 火炎放射器を構え、トリガーに指をかける。

 その威力を知っているワイトは動きを止めてしまう。それがヤツらを引き止める唯一のチャンスであった。

 

「いいのかワイトぉっ!! もう弄ってもらえなくなるんだぞぉ!! オメーのツボを知ってるのはスコーピオン君じゃなく、この俺だけだ!! まだ分かんねぇのかぁ!?」

『――――』

 

 精神力を振り絞って1歩前に出る。

 その気迫に慄いたワイトとスコーピオン君は、俺の姿に釘付けだった。

 

「テメー好きだったよなぁ、尾てい骨を羽根で撫でられるの! 肩甲骨も弱いし、下顎骨さすられても気持ちよくなってたよなぁ!? 忘れられるのかよ!? 俺のいねぇ生活が耐えられんのかよ!? 生粋のドスケベサキュバスのテメーがよ!!」

『な、何を言ってるんだアイツは……壊れちゃったのかな? あんなやつ無視してヴァンパイア部長の所に帰りましょうワイトさん。……ワイトさん?』

 

 俺の言葉を聞き届けたワイト。

 ヤツはスコーピオン君の言葉に応じず、動かなかった。

 

 そればかりか、ヤツの身体からは――ぴちょん、ぴちょん、と――何かに期待するかのようなアンデッド汁が滴っており。

 大腿骨はガクガクと、尾てい骨はビクビクと震えていた。

 

 ――効いている。この口撃は効果抜群なのだ。

 やはりワイトと言えどもドスケベなサキュバスの本能には抗えず、大義を見失おうとしている。

 

 困惑するスコーピオン君。震える尾てい骨。

 しばらくして、ワイトは己の前に魔法陣を形作った。

 トドメを刺される。逃れようのない死を覚悟したが、ワイトが行おうとしたのは魔法攻撃ではなく――どこかの誰かに対しての通話だった。

 

『――もしもし、こちらマゾ。ヴァンパイア部長……私、大事な報告があります』

【何を言っているんだね君は】

 

 相手方はヴァンパイア部長。何をしでかすか分からないワイトを横目に、俺とスコーピオン君は睨み合いを続ける。

 ……『負けそうです』? まさか、絶体絶命の俺にもワンチャンスが残されているのか?

 俺は失血で気絶しそうになりながら、唯一の勝ち筋を掴むために必死に意識を保つ。

 

『ヴァンパイア部長。私、好きな人ができました』

【は? 任務は?】

『運命の人です』

【これは何がどうなっているんだ? 朕に対する嫌がらせかね? それとも精神操作の魔法でも受けているのか? ワイト、任務の状況と併せて大至急報告しなさい】

『ヴァンパイア部長、今までありがとうございました』

【あ?】

 

 滴るヴァンパイア汁。きりきりと吊り上がるヴァンパイア部長の眉。

 大腿骨をガクガクと震わせながら、ワイトはスコーピオン君に向き直る。ワイト直下の床はもうビショビショの汚水溜まりができていた。

 

『さよならスコーピオン君……私、この人と一緒に暮らします……』

『はぁ!? 何言ってるんです!?』

【やっぱりな……! このワイト、元々おかしなやつだと思っていたんだ……!】

『きっとスコーピオン君にはもっといいモンスターがいるから、私のことなんて忘れて……ね?』

 

 何か……思ってたよりカオスなことになってきたぞ。

 スコーピオン君は引き止められなさそうだが、ワイトに関してはスケベなサキュバスだから何とかなりそうだ。

 

 そのワイトは、転移門をスルーして俺の隣に歩いてくる。

 そのまま腕を絡めてこようとしてきたが、普通に気持ち悪いので渾身の力で振り払った。

 

『それともスコーピオン君も一緒に来る?』

『!?』

『でも、その時はノクティスさんの2番手になっちゃうけど……それでも良いなら』

 

 良いわけねぇだろ。

 コイツ……Aランクモンスターなんて可愛いもんじゃないぜ。

 本物の“バケモン”だ。誰にも止められない。魔王よりも恐ろしい怪物。やっぱり前言撤回、コイツは魔王軍に追い返そう。俺が面倒見切れるわけねぇ。

 

 そう思ってワイトを転移門へと蹴飛ばそうとするが、失血によって力が出せない。一歩動くだけで精一杯だ。

 

【なぁスコーピオン君、朕は何を見せられているんだ?】

『と、とにかくワイトさんを連れ戻します!』

【我らの通話は魔王様にも提出しなければならない。この前の一件と言い、これ以上は魔王様に対する誤魔化しが効かなくなるぞ】

『分かってます!』

『私はもう戻りません、ノクティスさんと一生添い遂げます』

【何なのだお前は!】

『安心してください部長。私、人間堕ちしてもアンデッドの誇りだけは失いませんから……!』

 

 いや、もう誇りなんて欠片も残ってねぇだろ。

 何でいちいち女騎士みてぇなこと言ってんだこのキモ骸骨は。

 

『とにかく……お世話になりました。ヴァンパイア部長、スコーピオン君、みんなのことは忘れないから……!』

『いい加減目を覚ましてくださいボケっ』

『……私はボケじゃない! サキュバスだ!』

【いい加減に――】

 

 ワイトは通話をガチャ切りすると、自分で作り出した転移門を移動させ――ワイトに襲いかかろうとしたスコーピオン君にすっぽりと被せてしまった。

 

『うわあっ!?』

 

 強制的に始まる遠方への転移。時空の狭間が閉じ始め、向こう側に出てしまったスコーピオン君の姿が地下室の背景に塗り潰されていく。

 

『ワイトさんっ!! ワイトさぁぁぁんっ!!』

 

 そのまま転移門が閉じると同時、スコーピオン君と地下室は完全に分断され――地下室は痛いほどの静寂に包まれた。

 スコーピオン君は魔王軍の元へと強制転送され、ワイトは自ら監禁の道を選んだのだ。何か大事なモノを失ったが、ほとんど俺の策略は成功と言ってよかった。

 

「――かはっ」

 

 力を使い過ぎたのか、俺は膝をついて派手に吐血してしまう。

 そんな俺の隣で、ワイトは俺に治癒の魔法をかけながらこう言った。

 

『……これからよろしくお願いしますね、ノクティスさん。――いえ――ア・ナ・タ♪』

「――――」

 

 性別不詳、年齢不詳、生前の種族不詳、自称サキュバスのワイト。

 そんなおぞましい存在が目をハートマークに変えながら爆弾発言をぶち込んできたため、情報処理が追いつかなくなった俺は――眠るように気絶してしまった。

 

 




ワイトとかいう大人気メインヒロイン


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027:ゴミ

 

 ――目が覚めると、知らない天井が広がっていた。

 

「う゛ぇぇぇ……ひっぐ……ノクティスさぁぁん……おえぇ……」

 

 次第に聞こえてくる環境音。その中に、濁点混じりの汚い泣き声が混じっていた。

 ……ミーヤの声だな。何で泣いてんだコイツ? と言うか、ここ何処だ? そもそも何があったんだっけ。

 

「ミーヤ……何やってんだ?」

「!? ノ、ノクティスさんっ!! よ、良かったぁ、死んじゃうかと思ったんですよ!!」

「死ぬ……? この俺が?」

「そうですよ! あーほら起き上がらないで! 重傷だったんですから!」

 

 ベッドから起き上がって状況確認をしようとするが、目元を腫らしたミーヤに全力で引き止められる。

 重傷……? 俺、怪我した記憶が無いんだけど――

 

「――あ」

 

 刹那、俺の脳裏で雪崩のように記憶が蘇った。

 

『もしもし、こちらマゾ』

『私、好きな人ができました』

『ノクティスさんと一生添い遂げます』

 

『……これからよろしくお願いしますね、ノクティスさん。――いえ――ア・ナ・タ♪』

 

 ――ぞわり。デュラハンに半殺しにされた時のような寒気が俺を襲った。ずきずきと目の奥が痛くなってきて、忌々しいケダモノの記憶に苛まれてしまう。

 

「うっ――頭が……」

「頭大丈夫ですか!? そんなモヒカンしてるからですよ!」

 

 ミーヤに介抱してもらいながらベッドで休んでいると、部屋の扉を開けて見知った顔が続々と出てきた。

 覇和奮(パワフル)大連合の4人、ココン、ダイアン、ティーラ、帽子を被ったカミナ、クレアさん……いや、そんなに来る必要ある? ここってギルド近くの病院だよな。あんまり押しかけたら迷惑になるんじゃねえの?

 まぁ、緊急事態ってことでギリ黙認されてるんだろう。何せあんなことが起こった後なんだし……。

 

「兄貴ィ! 目が覚めて良かったです!」

「ピピン……あれから何日経った?」

「円卓会議からは2日経ちましたけど……」

「……そうか。そう言えばロンドとシャーナイは? アイツらも無事だといいんだが――」

「こっちにいるよ〜」

 

 ココンが横にあったカーテンを引っ張ると、俺と同じく包帯でぐるぐる巻きにされたロンドとシャーナイの姿が見えた。

 

「テメーらも何とか生きてたか」

「ハハッ、伊達にAランクやっとらんからな」

「俺っち明日で退院できるから、割と軽傷だったみたいだわ。ノクトさんが1番重傷なんだとさ」

「つまり全員無事だったってことだな」

「ガハハハ! Aランク冒険者3人がボロボロにされて無事たぁ面白いこと言ってくれるな!」

 

 2人はゲラゲラ笑っていたが、怪我に響いたのか腹を押さえて苦しみ始めた。

 元気で何より。みんな心配そうな表情だったものの、笑い合う俺達を見て少し安心してくれたようだ。

 

「ココン、ここにいるヤツらは全員事情を知ってるのか?」

「もち。ドッペルゲンガーのこともスコーピオン君のことも、諸々報告済みだよ」

「…………」

 

『ア・ナ・タ♡』

 

「ぐっ……頭痛が……」

 

 ……あのバケモンのことも報告したのか。アイツの声が脳内で反響して辛い。俺が気絶した後、帰ってきたココン達とワイトが鉢合わせたはずだから……キモ骸骨が何をくっちゃべったか考えるだけで憂鬱だ。

 今は多分監獄にでもぶち込まれてんだろうけど、俺の品性が疑われそうで……もう……本気で終わってる。ココンがワイトの名前を出さなかったのも、俺に気を遣っている感じがして嫌だ。

 

 頭を抱える俺に寄り添ってくるカミナ。そういえばコイツも元メドゥーサだったな。今は個性と言える程度の性質に過ぎないが、どうして俺の周りはいつもこうなんだ。

 

「……ノクティスさん、この人同棲してる女の子ですよね。この前は彼女じゃないって言ってたのに、やけにベタベタして……本当は付き合ってるんじゃないですか?」

「は? いきなり何ですか? ノクトさんのこと好きなんですか?」

「え、そうですけど」

「ハッ……じゃあ諦めてください。この勝負は私の完全勝利なので」

「はぁぁぁ??」

 

 何か俺の近くでミーヤとカミナが喧嘩おっぱじめてるしよぉ……カミナは90歳なんだからガキを立ててやれよ。

 

「私ノクトさんと一緒のベッドで寝たことありますぅ〜」

「!? あ、あたしだって髪の毛綺麗って言われたことあるし……!」

『――私だって!! ノクティスさんには羽根ペンで拷問プレイされたことあるし……!! 弱いところ全部暴かれちゃってるし……!! アンデッドの誇りを踏み躙られちゃったし……!! サキュバスにされちゃったし……!! 人間の女2人には負けないんだからっ!!』

「!?」

 

 そうして2人が喧嘩していると、いつの間にか病室にゴミが湧いていた。覇和奮(パワフル)大連合4人の隙間を縫うように歩いてきたワイトは、目の前でハァハァと息を荒らげ始めた。

 牢屋とかに捕まってるんじゃなかったのかよ! と突っ込みを入れようとしたが、クレアさんを始めとした周囲の大人達が静観を貫いているのが気になって口を噤む。

 憐れむような視線で俺を見る大人達。誰もワイトの身柄を確保しようとしないのを見ると、恐らくコイツは自由に放し飼いされているのだろう。しかし何故……?

 

「クレアさん……どうしてワイトに首輪つけねぇんだ!? コイツはさっさと焼き殺した方がいい!」

「そ、それが出来ない深い理由がありまして……」

『私はノクティスさんの従順なしもべですから♡ 当然です♡』

「…………」

 

 俺の視界に入るようにピースを繰り返してくるワイト。黙り込んだ人間の間を縫うように病室を走り回り、その都度目の前でブイサインを作りまくって人間を煽るような動きをしている。

 そして煽るだけ煽ったかと思えば、ワイトは寛骨をフリフリと振って“粗相”に対する羽根ペンのお仕置を求め始める。やりたい放題じゃねぇか……!

 俺はワイトをガン無視し、クレアさんにその理由を問うてみた。

 

「……その理由とは?」

「ボクから話すよ……」

 

 困り眉のクレアさんに代わって、いつも以上に不健康そうなココンが手を挙げる。

 ――曰く、覇和奮(パワフル)大連合を呼んで地下室に向かったココンは、気絶した俺を抱き抱えるワイトを見て真っ先に殺そうと思ったらしい。だが、そこでワイトはこう言った。

 “私を殺せば魔王軍の情報は手に入らないぞ”と。それと同時に、ワイトはデュラハンの席を埋める形で幹部になったヴァンパイア部長について、その内情から弱点に至るまでを全て話したのだという。

 

「ヴァンパイア部長だけじゃなく、私は全ての幹部の情報を持っているぞ。殺せば人類の損失なのではないか……みたいな感じで逆に脅されたんだよね。最前線で戦ってる冒険者のことを思えば確かにそうなるかな〜って思って牢屋にぶち込もうとしたんだけど、そしたら『私はノクティスさんの地下牢にしか入らない』と言って拒否してきたんだよねこのゴミ。その他の要求も色々拒否してきて、結局ノクティスさんが目覚めるまではエクシアの街で放し飼いすることにしてたんだ」

 

 何だそれ……。本当はいつでも殺せたはずなのに、ワイトが自分の価値に気付いたせいで殺すに殺せなくなっちまったった感じか。

 ワイトを放し飼いして被害が出てないなら良いんだが……このサキュバスは自分の快楽を追い求めるがあまり魔王軍を離脱した弩級の変態だ。判断基準が圧倒的に自分基準だから何をしてくるか分かんねぇぞ。

 ……ん? まさかコイツら、ワイトを俺に押し付けようとしてるのか? その辺の心配とか責任を体良く押し付けるために……!?

 

「つーかおい、もしかして俺がコイツの面倒見ることになってる? 冗談だよな? 俺はエクシアの英雄なんだが?」

「…………」

 

 俺の言葉には誰も答えなかった。

 

「……大丈夫ですノクティスさん、あたしはノクティスさんが変態でも、ずっと好きでいますから……」

「ミーヤ!? 誤解だ!」

「私はノクトさんがどんな人でも構いませんよ。命の恩人達のリーダーなので」

「カミナまで!」

「兄貴……ワイトを引き取ることになったのは運が悪かったですね。潔く諦めましょう」

「ピピン……! オメーに押し付けたらダメかな!?」

「そう提案しましたが、やはり本人が嫌がるので何とも……」

「ギルドとしましては、少なくとも魔王軍幹部全員の情報を吐かせたなら討伐しても良いとのことですが……」

 

 クレアさんが語尾を濁す。俺が羽根ペンで拷問してもワイトが情報を吐き切るまで殺せねぇってこと? じゃあ全部ワイトのさじ加減じゃん。

 でもワイトの世話が嫌な俺は、コイツをさっさと排除するため定期的に拷問しなきゃなんねぇ。そして拷問によって絶え間なく気持ち良くなれるワイトは一人勝ち――!

 

 まさにPDCAサイクル――負の連鎖。

 この野郎、まさか全て計算づくで己の欲求を満たそうとしてやがるのか……!? 精神力のバケモノめ!

 

 下から見下ろされる気分だった。殺せるはずなのに殺せない。ギルドの恩恵に与っている俺のような人間は、お(かみ)が下した命令には逆らえないのだ。

 自分が気持ちよくなるためだけに行動するワイトに対して何もできないもどかしさ。コイツ思ったより頭がいいのかもしれん。

 

『はぁぁぁ……! 魔王軍幹部の情報吐きたくなってきた! 吐きたくなってきたぁん! あっ、いきなりそんな強引な、ちょっとヤダぁ――!』

 

 病室の窓を開いた俺は、無言でワイトを掴んで外に放り投げた。

 

「……とにかく、俺が寝てた2日間で起こったことをまとめて教えてくれ……」

 

 要約するとこうだ。

 ワイトは殺せず、俺が飼うことになった。

 ドッペルゲンガーは討伐。スコーピオン君は撃退(ただし生存)。

 死亡者はゼロ、ギルド職員含めて重傷数十名。ただし本物の冒険者ディーヴァは死亡。

 

 ディーヴァに関しては、ギルドのデータと照会した結果、しばらく前から受注クエストが遠方へのクエストばかりになっていたらしい。

 明確な時期は特定できないが、恐らくその頃にディーヴァ本人がドッペルゲンガーに殺されたと推測されるんだと。

 

 それについては悲しい出来事だが……現実問題として、ワイトをどうにかしないことには元の生活に戻れなさそうだった。

 

 ……俺、王都に出向かないとダメなんだけど。

 どうすればいいのかな……?

 

 



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028:最近好きな人の様子がおかしいんです…

ミーヤ視点の回
時系列的には前半が20~22話辺り、後半は23~27話辺り
円卓会議前後、ワイトが暴れ始めた期間の話です


 

 最近、ノクティスさんの様子がおかしい。

 あたし達を付きっきりで見守ってくれた期間が終わって、魔王軍幹部のデュラハンを倒したかと思ったら……変な噂が飛び交い始めて、色々とおかしなことになっているのだ。

 

 ノクティスさんのお家から悲鳴? 喘ぎ声? が聞こえるとか、スケルトン? アンデッド? をお家に連れ込んでヤバいことやってるとか。

 ハテナマークが多すぎてあたしも困惑してるんだけど、とにかく意味不明で真偽不明の噂に違いない!

 

 だって有り得なくない? ノクティスさんは、あたしと同い年くらいのカミナさんをお家に住まわせてるんだから。

 カミナさんがいるなら、そんなアンデッドとかスケルトンを連れ込むのは無理でしょ〜。そもそもモンスターは恋愛対象じゃなくて討伐対象だしね常識的に考えて。

 

 あたしだけじゃなく、ダイアンとティーラもその噂に怒ってる。

 許せないよね! ノクティスさんのことをバカにする嘘っぱちの悪評だもん!

 きっと……いや絶対! モヒカンアンチの冒険者が流したんだよ!

 

 実際に最も多く聞かれる噂は、「ノクティス・タッチストーンがスケルトンに対して欲情し監禁プレイをしている」という荒唐無稽な話。

 これはあたし達みたいな新人の育成に力を入れているノクティスさんの名誉を著しく毀損するもので、誰が流したのか分からないけど本人が精神的な傷を負ってしまいそうというか、あたし達の怒りが収まらないんだよね。誰が流したのか特定して訴訟してやろうかしら。

 

「……クレアさん!」

「あら、ミーヤちゃん。ダイアン君とティーラちゃんはいないんですか?」

「今日は休養日なんです!」

「なるほど……じゃ、今日は私に用かしら?」

 

 あたしは夜のギルドに潜入すると、ノクティスさんと仲の良い受付嬢のクレアさんに話しかけてみる。

 具体的に何か用があって話しかけたわけじゃないんだけど、クレアさんはあたしの話を全て聞いてくれた。

 

「ノクティスさんの噂……かぁ。最近ちょくちょく聞かれますよね」

「何か知りませんか?」

「う〜ん……彼がそんな人とは思えませんけど、火のないところに煙は立たないと言いますし……」

「じゃあクレアさんはノクティスさんの噂を信じるんですか? 常識的に考えて、アンデッドにしか興奮できない人がいるわけないじゃないですか!」

「それはそうなんだけど……動物系のモンスターを恋愛対象にする冒険者もいるしなぁ……」

「!?」

 

 クレアさんも噂のことを知っていたらしく、物凄く微妙な顔をしつつもあたしとの会話を続けてくれる。

 どうやらクレアさんも噂の真偽に興味があるっぽい。

 でも、クレアさんは大人だから……「結局ウワサはウワサでしかないわけです」と言って会話を打ち切った。

 

「そんなに興味があるなら、覇和奮(パワフル)大連合の皆さんやシャーナイさん、あとココンさん辺りに聞けば良いんじゃないでしょうか。彼らならノクティスさんについて詳しそうですし、私よりも頼りになるかと」

「ありがとうございました! お時間取らせてすみません、それじゃあたしはこれで!」

「おやすみなさい〜」

 

 あたしはカウンターから離れると、辺りを見回してクレアさんの挙げた人物を探し始める。

 仮にシャーナイさんやココンさんがいても、ちょっと話しかけづらすぎる。だってAランク冒険者なんだよ? 格が違いすぎて怖い……。

 

 ノクティスさんもAランク冒険者だけど、それに気付いたのはある程度仲良くなった後だし。

 ほら、違うじゃん。知ってるのと知らないのとじゃ、全然さぁ。

 

 みんなもあるでしょ。相手が目上の立場だって知らなかった結果、思い返した時にヤバいくらい失礼な発言しちゃってること。

 少し違うかもしれないけど、目上の人に失礼なことしちゃうのが怖くて躊躇しているのだ。

 

 もはや「見つかりませんように」と願いながらギルド内を散策していると、視界の奥でココンさんが椅子に座っていた。

 こんなに夜が遅いと言うのに、何かしらの本を読んで……資格の勉強だろうか。お酒をちょびちょびと嗜みつつ、真剣な表情でペンを動かしている。

 ノクティスさんと一緒にいて思うけど、やっぱりAランクの人って物凄く勉強熱心だ。意識が高いというか、知識のアップデートを怠らないというか……。

 

 …………。

 いや、話しかけづらっ!

 

 お勉強の邪魔なんて絶対できないよ!

 というか、あたしも勉強しないとダメじゃん!

 クレアさんが塩対応だったのも、暗に勉強しろよって思ってたのかもしれない……!

 

 ……帰ろう。帰らなくちゃ。

 Cランク冒険者になるための勉強をしよう。

 あたしよりランクの高いココンさんが勉強してるのに、こんなことしてる場合じゃないよ。

 

 噂に踊らされていた己の行動が、急に恥ずべきことに思えてくる。

 毒にも薬にもならない愚行に走るよりも、生き残るための知識をつけるのだ。

 

 こうして踵を返して家に帰ろうとしたあたしの背中に、気だるげで甘ったるい声が飛んできた。

 

「そこの〜……ミーヤちゃんだっけ? ボクに何か用?」

「ヒュッ」

「あ〜驚かせちゃった? でもこっちチラチラ見てるのバレてるよ〜」

 

 声の主はココンさんだった。

 ハイライトのない目。目の下に黒々と表れたクマ。メッシュの入ったショートヘアの隙間から覗くピアスまみれの耳。機能性重視の軽装備と、背中に背負った正統派のロングソード。

 街で見かけたら絶対に話しかけたくない……んだけど、逆に目で追ってしまう、危うい魅力のある女の冒険者だ。

 

 ノクティスさんといいココンさんといい、見た目は個性的なのに中身がしっかり社会人してるのはカッコイイ。

 でも……やっぱり怖いよ!! 見た目が怖くて立場も上って、あたしみたいなヒラからしたら普通に怖くて堪らない人なんですけど!!

 

「あっあのあの、あはは」

「え、どしたん? 話聞こか?」

 

 しかし、ぐいぐいと距離を縮めてくるココンさんから逃れる術はなかった。

 ちょ、何か手をめっちゃ触られて――っ……!? て、手のひらの皮が厚っ……!? しかも硬い……これがAランク冒険者の手……!

 

「落ち着いた?」

「あ……はい。すみません」

 

 手を握られて落ち着いたところで、ココンさんが改めて質問してくる。あたしは導かれるままに全てを話した。

 

「いいのいいの。で、用は?」

「……あたし、ノクティスさんのことで聞きたいことがあって」

「あの人のこと? あ〜……もしかして例の噂のことかぁ」

「! そ、そうです! 本当なのかどうか確かめたくてっ」

「あはは、流石にガセっしょ。彼とはそこそこ長い付き合いだけど、普通にノクティスさんは人間とかエルフが好みだったと思う」

「……ほっ……良かったぁ〜」

「ミーヤちゃん、ノクティスさんのこと結構ラブだもんね。そりゃ気になりますよなぁ」

「……え、えぇ。まぁ……」

 

 どうしてあたしの気持ちを知ってるんだ……。

 突然の羞恥に苦しめられつつ、あたしはノクティスさんの趣味が普通なことに安心した。

 

 その後、あたしはココンさんに勉強を教えて貰いつつ意気投合し――

 

「アハ! キミ、ノクトさんが気にかけてる後輩クンだよね? もてなしちゃうよ〜ん」

「……丁度今、焼いたクッキー持ってるんですよ。クヒヒ……ミーヤさんはどんな感想(こえ)聞かせてくれるのかなァ……感想待ってます」

 

 帰り道で覇和奮(パワフル)大連合のトミーさんとレックスさんに鉢合わせ、やっぱりノクティスさんは素敵な人で、みんなに慕われているんだと再認識できた。

 そうだ。ノクティスさんが変態なわけがない。だってあのノクティスさんなんだから。

 

 あたしは彼のことを信じることができた。

 好きな人だからという盲目的な理由もあったけど、実績や素性を鑑みれば彼の誠実さは明らかじゃないか。

 

 あっさりと悩みが解消されて一晩眠った結果、あたしは噂のことをすっかり忘れていた。

 

 ――円卓会議の、あの日までは。

 

『はぁぁ……はぁぁ……ノクティスさん! ノクティスさん! わたしを……私をいじめてください! 子鳥のさえずりのように!』

 

 ――あたしの大好きな人の目の前に、訳の分からないことを喋るバケモノがいた。

 しかもそのモンスターは、先日解消したはずの“噂”と一致するアンデッドであり、あたしの中の疑念が再燃し燻り始めた。

 

 ――“ノクティス・タッチストーンはアンデッドにしか興奮しない変態である”。

 

「質問なんだが、『モヒカン専用情報漏洩穴↑』とは何だ?」

「……その通りの意味だ」

 

 ――“ノクティス・タッチストーンはスケルトンに対して欲情し監禁プレイをしている”。

 

「……じゃあ、『正』の文字の意味は……?」

「ワイトがイッた数だ」

 

 全部ぜんぶ……本当だった?

 嫌だ、嘘だ。信じたくない。

 

「や……やだ……そんなのいやぁ!」

 

 あたしは円卓会議が行われているギルドから飛び出し、夢中で街の中を走った。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 しばらく走っていると、息切れで落ち着いてきた。

 冷静になった思考が現実を突きつけてくる。後ろから追ってきたダイアンとティーラがあたしを捕まえてくれたけど、溢れ出る涙が止められない。

 

「ミーヤ……」

「……ノクティスさん、アンデッドにしか興奮できない変態だったみたい。あたし、ハナからチャンスなんてなかったんだ……あはは……」

 

 あたしは自分の見た目に結構な自信があった。

 割と可愛い方だって自負してたし、告白されたことも何度かある。

 

 モヒカンだけど、ノクティスさんは初めて会った素敵な人なんだ。絶対落としたかったのに……。

 でも……よりによってノクティスさんが……こんなこと……。

 

「ミーヤ。ノクティスさんのことは……その、諦めよう……スケベなアンデッドと真人間じゃ勝負にならないよ」

「……やだもん。あたしアンデッドになる」

「それはヤバすぎる。本当にやめとけ」

 

 ダイアンが窘めてくれる中、ティーラがあたしの背中を撫でた。そして、衝撃的な一言があたしの鼓膜を揺らす。

 

「……略奪愛よ」

「は?」

「あのアンデッドからノクティスさんを略奪するのよ。勝つにはそうするしかない」

「アンデッドからモヒカンを寝取るってコト……!?」

「そうよ」

「……?」

「?」

「?」

 

 どういうこと? どうやって?

 あ〜いや、分かった。

 なるほど……なるほど? そういうことね。

 

「つまり……まだ諦めるなって伝えたかったんだよね?」

「うん」

「ありがとう。そうだよね……たとえ性癖が終わってても、ノクティスさんはノクティスさんだもん」

「……うん!」

 

 変態でも良い。あたしは変わらず想いをぶつけていくだけ。

 そう言いたかったんだよねティーラ。凄い罵倒してたような気がするけど、あたしはポジティブに受け取るよ。

 

 あまりにも予想外なライバルが現れたけど、あたしは頑張るだけだ。

 

 その後、ワイトというアンデッドが何故かノクティスさんの仲間ヅラをし始めたので、牙城を崩すのが更に難しくなってしまうのだった。

 

 ……あたしは負けない!

 

 



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2章『王都編』
029:いざ王都へ


ワイトショックによる失踪から1ヶ月


 

 アンデッド部隊の一件がある程度落ち着き、俺の体調が回復してから数日経った日のこと。

 王都で行われるデュラハン討伐記念の祝祭に招待されていた俺は、覇和奮(パワフル)大連合の4人とカミナの正装を用意していた。

 

「オレ達の正装ってどっちなんですかね? 普通にTPOを弁えてる方なのか、それともオレ達にピッタリのアレなのか」

「実はずっと迷ってるんだが……とりあえず両方持っていくことにしよう」

「結構大々的な祝祭っスから、王室側が求めている冒険者像によって変わってくるっスね」

 

 カミナはともかく、少なくとも俺達5人は国王や民草の前に出て“魔王軍幹部の一角を倒した凄腕の冒険者”であることを見せつけなければならない。

 そう、王都の民が求めるのはまさに“ザ・冒険者”。強くてカッコよくて誠実で、みんなのヒーロー的なスタイルを期待しているわけだ。

 モヒカンスタイルの俺達が求められているわけじゃないのは何となく分かる。

 

 ただ、俺はモヒカンではない俺自身に戻れなくなってしまっていた。

 俺の格好は全て、ギルド大改革前の混沌とした世紀末の空気を引き継いでいる。短くはなかった荒廃の時代に染まった結果、俺は今風の冒険者になりきれなくなってしまったのだ。

 

 ……制度が整ってチンピラが一掃されるまでは、そりゃ酷いもんだった。

 力が全て。因縁をつけたりつけられたりしてケンカするのは日常茶飯事。力の誇示は見た目から始まっていて、ガラの悪い冒険者がテンプレだったな。

 俺はあの時代の残党……とでも言えばいいのだろうか。何年も前からモヒカンだったし。

 

 中にはその風潮に逆らって真っ当な冒険者をやっていたヤツもいたが、当時の俺はモヒカンになることを選んでいた。

 今じゃそんなヤツ俺以外ほとんどいないけどな。本気でヤバい冒険者は改革後に速攻で廃業したし、今残ってるのはちゃんとしてる人間しかいない。

 

 俺は当時から武器を投げまくってたから、こんなに変わってないのは俺くらいなもんだ。

 

「ま、昔の格好も準備しておくだけ損はないさ」

 

 俺は圧縮ポーチに色々な服をぶち込んだ後、覇和奮(パワフル)大連合の4人と一旦別れる。それぞれの家に荷物を取りに帰る形だ。

 あの4人とは王都で別れることになるだろう。そもそもデュラハンを倒すために無理言って呼びつけたわけだし。俺は彼らに迷惑をかけた原因であるワイトを睨んだ。

 

「…………」

『な……何ですか、人の裸をまじまじと……』

「黙れ」

 

 こいつ、裸なんだよな。裸ローブ。それだけならまぁギリギリ許せるのだが、王都招集に当たって最悪なことがあった。

 それは、王室から「お前デュラハンの部下を仲間にしたんだって? ちょっと見せてくれよ(意訳)」という連絡が来てしまったこと。この連絡により、俺達はどうにかこのバケモノを表舞台に露出させなければいけなくなってしまったのだ。

 

 人は第一印象で決まる。ワイトの醜態を公開する際、俺達にはふたつの選択肢が存在した。

 

 「ワイトを支配下に置いてます」という俺達の力関係とワイトの無力性をアピールするために、首輪を引いて手錠で拘束しながらヤツを登場させるか――

 それとも、いつもの格好で拘束もなく自由に出歩かせるか。ふたつにひとつ。

 

 前者は「ノクティスはサキュバスを裸にして連れ回す変態」という噂が出回りかねない。だからといって、後者の選択肢はワイトが一般人を襲うのではないかという懸念があるためやりづらい。

 エクシアの街で放し飼いにされても被害は出なかったんだが、それでも王様とか貴族がいる王都で放し飼いしろってのはちょっとな……。

 

 とにかく、ワイトが最も大きな悩みの種。

 ヤツの処遇を考えるだけですっかり板挟みの状態であった。

 

 本来であれば、この汚点を王都に連れて行くなど有り得ない話。

 俺と連合の4人がエクシアの英雄として王都に招集されているんだから、王都遠征の間ワイトを地下室に拘束しておけば事足りるはずだったのに……国王がワイトを見せろって言うから……。

 

 ……ちくしょう。王様が見たがってるんだから、断り切れないよなぁ。断ったら死刑確定だし。

 王の前でワイトが粗相したとしても、それはそれでちゃんと死刑にされるだろうけどな。ギャハハ! ワイトと関わった時点で俺の人生終わりじゃねえか!

 最近ただでさえみんなの目がちょっと軽蔑的なのに、王様に嫌われた上で処刑されることになったら……俺、耐えられねぇよ!

 

「おい、ワイト。オメーそんなんでも高位のアンデッドなんだよな」

『そ、そうですけどぉ……急に罵倒しないでくださいぃん』

「すげー魔法も使えるんだよな。実際使ってたし」

『あっはい。一応使えますよ、一番得意なのは風の属性ですけど……』

「だったらよぉ、『擬態』とか『偽装』の魔法は使えねぇのか? もし使えるんだったら人間の姿に化けてほしい」

『わ、私に人間の格好をさせたいんですか……!?』

「……まぁ、世間体のためにな……」

『あ〜』

 

 ワイトが人間の格好に化けられるんだったら、世間様からの視線もある程度柔らかくなるだろう。

 エクシアの街での俺の評価は、骸骨に興奮する変態モヒカン冒険者。エクシアの街の冒険者から密やかな信頼を得ていたはずなのに、デュラハンを倒してから全てが狂ってしまったわけだが――

 で、その俺の良くない噂が王都に伝わっていたとしよう。そんな状態で、俺がワイトの首輪を引きながら王都に堂々参上したらどうなると思う? 終わりってことだよ。

 

 人間に化けたワイトの首輪を引いて参上するなら、ある程度奇異の視線を向けられることも無いと思ったんだけど――

 ……ん? いや、待て。無い。無いわ。何を考えてんだ俺。どう考えても人間に首輪散歩させてる方がヤバいじゃねえか。俺、ワイトと関わりすぎて頭がおかしくなったのかな?

 

 ……権力者から「ワイト見せろ」って通達来た時点で詰みじゃね?

 

『急にそんなことを言われて驚きましたけど……王都を出歩く際はモンスター丸出しの見た目をやめてほしいということなんでしょう?』

「そうだ。王都に行く時、テメーの見た目が大問題なんだよ。エクシアは小さい街だからギリギリ許されてるが、王都で骸骨が走り回ってると国中が大パニックだ」

『つまり、私の見た目を変えれば良いと?』

「あぁ」

『アンデッドの誇り……とか言ってる場合じゃなさそうですね』

「よく分かってるじゃねぇか」

『まぁ、魔王軍にもそういう見た目の問題はありましたからね……結局人間の世界でも同じなのですか』

「世間体終わってるオメーが言うのか……」

『で、人間に化けて欲しいんですよね? 私できますよ、ホラこんな風に』

「うおっ!? できるのか!? す、すげぇ……」

 

 ワイトは魔法を唱えると、見目麗しい人間の女性に変身してしまった。

 金髪碧眼。抜群のプロポーション。女騎士然とした凛々しい雰囲気を纏いながら、ワイトは『変身』の説明を付け加える。

 

『分類は風の魔法です。……水に濡れたら変身が解除されますので、悪しからず』

「変身解除する前に所々骨が透けてるじゃねぇかよ!」

『すみません、乳首はデータ不足で……』

「乳首だけじゃねえよ! へそも透けてるぞ」

『えっ!? や、やだっ恥ずかしいっ』

「俺はオメーの恥の基準が分からねぇよ……」

 

 本当に裸ローブになったワイトを見て一瞬ドキッとした俺自身に絶望してしまう。見てくれだけは俺の好みの女騎士だったから、つい反応しちまったぜ。乳首が透けてて助かった。

 

「ま、まぁ……首輪付けなけりゃ済む話か……」

『?』

 

 首輪をつけてあらぬ噂を立てられては困るので、ワイトは徹底的な監視下に置くことにしよう。まぁ、俺以外の元に行く心配は今のところないしな……王都の住民に危害を加えることはないだろう……多分……。

 

「テメーの服は用意しておく。もうすぐ出発だから、それまではゆっくりしとけ」

 

 当分は俺のお古を着させて、透けてしまう部位を隠せば良いだろう。そんでもって雨と水には要警戒……と。

 ワイトの本当の姿を見せるのは王室関係者だけで良いのだ。基本的に変身は解かせないようにしよう。

 

 ワイトにそのように伝えた後、俺は家の前にバイクを出した。

 覇和奮(パワフル)大連合の4人と合流するまで「待ち」である。

 

「ノクトさん! もうそろそろ出発ですか?」

「おう、カミナ。準備しとけよ」

 

 そんな俺の元にカミナがやって来る。カミナは蛇頭を隠すように深く帽子を被り、いつでも準備オーケーのようだ。

 本当に……元モンスター同士、どうしてこうも違いが出てしまったのか。普通にしているだけでカミナが超絶良い子に見える。

 

 ちなみに、ワイトとカミナの仲は普通に険悪だ。原因を考えれば当然だが、カミナはワイトに対して心を開いていないのである。

 もちろん俺や覇和奮(パワフル)大連合もワイトを警戒しているが、カミナはぶっちぎりでキツい当たり方をしている。そもそも口を聞いてもらえるだけ有難いと思うべきだがな。

 

「……ノクトさん。家に突然入ってきたあの金髪の女騎士みたいな人……誰?」

「ワイトだよ」

「え?」

「人間の姿に変身してもらった」

「キ……何でですか?」

「いや、元の姿のまま王都をぶらつくのはヤバいかなと思ったんだが――今キモいって言いかけたよな?」

「いえ? 別に……」

 

 ほらな。カミナはワイトのことになると怖いんだ。

 しばらくすると覇和奮(パワフル)大連合の4人が帰ってきたので、俺はサイドカーにカミナとワイトを乗せて王都を目指すことにした。

 

 自宅から街の外に差し掛かる道中、ミーヤら一行を見かけたのでバイクを減速させる。そんなに長く王都に滞在するつもりはないが、少なくとも2週間はエクシアの街に帰ってこれないだろう。

 ミーヤ・ダイアン・ティーラの3人が駆け寄ってくる。事前に王都に行くことはみんな知っていたので、「いよいよ出発ですか」という軽妙な反応であった。

 

「おうガキ共。ちょっくら王都に行ってくるぜ」

「お気をつけて、ノクティスさん!」

「エクシアの代表として、王様にかっこいいところをアピールしてきてくださいね!」

「ねぇノクティスさん! いつ王都から帰ってくるんですか!?」

「さぁな。長く滞在する予定は無いぜ」

「あたし達っ、ノクティスさん達が帰ってくるまでにCランク冒険者になっておきますっ! だから楽しみにしておいて下さいね!」

「おぉ! いいじゃねえか! 良い報告待ってるぜ!」

「はいっ!」

 

 ギャハハ! ミーヤめ、すっかり頼もしくなったな!

 こいつらがいりゃエクシアの街は大丈夫そうだ。

 

「あばよ、ガキ共!」

「ヒャハァ!」

 

 俺達は法定速度を遵守して王都への道のりを走る。

 こうして俺達は一旦エクシアの街に別れを告げ、混沌の街・王都へと向かうのだった。

 



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030:旅路

 

「王都ってどんな所なんですか?」

「エクシアとはまた違った良い所があるぜ。人が多いし、みんなバカだし、毎日お祭り騒ぎって感じだな」

 

 サイドカーに乗るカミナと会話しながら、俺達一行はモヒカンの旅を楽しんでいた。

 カミナはこの世界の常識に疎い。先程「久々に王都に行くなぁ」という話をしたところ、なぜなぜ期に入った子供のように質問攻めしてきたのだ。

 

 王都って何ですか。王都ってどこにあるんですか。王都って誰のものなんですか。王都って、王都って、王都、王都、王都……。

 王都までの道中は結構暇だから、カミナの質問ラッシュは逆にありがたかった。

 

 ……ワイトも常識を知らない怪物だが、カミナと比べちゃいけないな。そう思いながら、俺はカミナに王都や王様のことを話して聞かせた。

 

「――んでな。王様が面白い御方でよぉ? 召喚魔法を使って異世界人を呼びつけたり、お忍びとか言いながら連日カジノに入り浸ったり……」

「聞いてる限りだととてつもない暴君じゃないですか……」

「実はそうでもないんですわ。オレのデータによると、国王の支持率は驚異の99%。ヤバいやつではあるんですが、政治手腕自体はあるし政策の締まりがいいと評判なんです」

「へぇ……締まりいい、がねぇ……」

「しかもイケオジって評判スよ」

「アハ! 結局人は見た目だよね〜」

「何てこと言うんだ! 否定はできねぇけど……」

 

 王都と言えば、クソでかい王城とギルドがシンボル。つまりそこにいる国王と高ランク冒険者が街の象徴と言えるだろう。

 俺の昔の仲間は最前線の街ロジハラにいるはずだから、王都にいる高ランク冒険者なんて俺の知らない人達ばっかりなんだろうなぁ。

 

『見た目と言えば、魔王様も身だしなみには気をつけろと口酸っぱく言ってましたねぇ』

「大型組織のトップともなるとやっぱり意識が高いんスねぇ」

『当然です。ちなみに私は昔からローブだけでやってきましたけど、魔王様に直接お会いした時は「頼むからパンツを穿いてくれ」と頼まれたことがあります』

「いやパンツローブはまずいだろ!」

「キモ骸骨……」

『何故私!?』

 

 カミナがチベスナ顔をしながら、同じサイドカーに乗り合わせるワイトを睨めつける。ワイトは自分が責められそうだと悟った瞬間、アンデッドの姿から例のケツの弱そうな美人女騎士の姿に変身した。

 その術は俺に対してはある程度効くけど、カミナには全く効かない。目をうるうるさせたってダメだ。肋骨が透けてる。

 

「ん? 前に馬車が走ってるぞ」

「アハ! 追い越し車線をトロい馬車が走るとかナメてるのかなぁ?」

「オメーこそ何言ってんだ?」

 

 王都に向けてバイクを突っ走らせていると、視界の奥から馬車が近付いてきた。馬とバイクじゃ、さすがにバイクの方が速い。レックスが速度を上げて(それでもなお)安全な追い抜きを試みていたので、俺達もそれに続いて会釈しながらオーバーテイクしてやる。

 

 ガタガタと揺れる荷台の先。馬に向かって鞭を振るう男を見て、俺はあっと声を上げた。

 

「ご……ゴドーさんじゃねぇか!」

「そのモヒカンとバイクは――もしやノクティスさんですか!?」

「何だよゴドーさん! 奇遇だな、アンタもこっち方向に行くのかよ!?」

 

 ゴドー・デイフォー。俺に盗賊の殺害を依頼してきた血気盛んな商人だ。ミーヤら3人のガキ共と一緒に依頼をこなしてから一度も会えていなかったが、まさかこんな場所で会えるなんて。

 いつかまたご飯一緒に食べに行きましょうって談笑して別れてから、結局メシ食べに行けてなかったんだよ! ひでぇよな社交辞令って! 俺は本当にメシ食べに行きたかったのに!

 

 え、誰っすかという反応で見てくる俺以外のメンバー。俺と一行の間のテンションに隔たりはあったが、気にせずゴドーさんとの会話を続ける。

 

(わたくし)は王都へ向かう予定なんです。ノクティスさんはどちらへ?」

「俺も王都に向かうんだよ。ってことはしばらく一緒になるな! その間盗賊から守ってやるよ!」

「ふふっ、頼もしいですねぇ」

 

 穏やかに微笑むゴドーさん。前に会った時よりも若返っている気がする。

 多分、盗賊を捕まえて投獄させたもんだから旅路がストレスフリーになったんだろう。人はストレスによって老けたり老けなかったりする。ゴドーさん、10歳くらい若返ってないか?

 

「あ、みんな。こちらは商人のゴドーさんだ」

「初めまして〜」

「おはようございまっス」

「バイクに乗りながらの挨拶ですけど、すみませんねぇ……」

 

 モヒカン達が頭を垂れて挨拶する中、俺はゴドーさんに王都に向かう理由を質問してみた。

 

「商売のためではあるんですけど……実は国王がご乱心なのです。流石にこれはと思いまして、商談の傍ら様子を見に行く予定です」

「ご乱心? 王様に何かあったのかよ」

「それが……国王は『国王でも冒険がしたい!』と駄々をこねてらっしゃるのです。やれ『吾輩は実は最強でお前ら引き止めてももう遅い、になりたい』だの、『老若男女のハーレムを作って吾輩だけ入れるダンジョンでスキルを磨きたい』だの……よく分からない若者言葉を連発しているようで……」

「いつものことじゃねぇかよ」

 

 王様がご乱心って言うから……側近をクビにしまくったとか、てっきりソッチ系の権力乱用だと思っていたが。

 冒険者願望は王様のいつもの妄言だ。異世界からのよく分からん輸入語録も健在の証拠だな。

 

『と言うか王様ならハーレム作り放題では?』

「純粋に自分の力でハーレムを作ってみたいそうです。色眼鏡にかけて欲しくない……ということなんでしょうか?」

 

 女騎士ワイ子が半透明部分を隠しながら会話に参加する。どうやら冒険に出たくて仕方ない国王に対して、側近が「国王なんだから政治しろよ!」って引き止めてるらしい。

 側近は胃が痛くて仕方ないだろうな。内容は違うけど、俺もワイトのせいで似たような目にあったから……気持ちは痛いくらい分かるぜ。

 

「あ〜俺達が王都に行く理由はな。俺達デュラハンを倒したから、それ記念の式典にお呼ばれしたんだよ。エクシアの街以外にもこの噂って伝わってるのか?」

「もちろん存じておりますとも。私、ノクティスさんに個人依頼を出したことがあったでしょう? デュラハンを討伐した後、時の人になったノクティスさんへの依頼内容で会話が盛り上がって商談が纏まる……なんてこともあったくらいです」

「なんか照れるな」

 

 商人ってのは冒険者以上にコミュニケーション能力の問われる職業だ。口が上手くなけりゃ商談を取り付けられないし、しっかりとした会話で信頼を積み重ねていかないとビジネスがスムースに運ばない恐れもある。

 それに、業界内外で交友が広い方が何かと有利だし、その交友関係から得た情報で売れ線の商品を判断しなきゃいけないし……まぁ俺には向いてない仕事だな。ゴドーさんはすげぇや。

 

 世間話に花を咲かせた後、日が暮れてきたので馬車とバイクを止めてキャンプファイヤーを燃やす。

 ゴドーさんの馬のペースに合わせていると法定速度を守れていいぜ。レックスが速度を上げたそうにやきもきしていたが、次第に会話が楽しくなってきたのか積極的に参加してくれた。

 

「ホラ見て。コレ、火炎放射器なんだけど……この通り肉も焼けちまうんだ。中までしっかり火が通るから食中毒も心配なし」

「おぉ……凄い火力ですな」

 

 肉を焼いて、シチューを作って。騒がしい夜の宴が始まる中、ゴドーさんは荷台からワインの入った瓶を持ち出した。

 

「それは……?」

「個人的に嗜む予定だった物です。いかがですか、皆さんも」

「アハ! もらうもらう!」

「綺麗ですね! それ、頂いても良いですか?」

「構いませんよ」

 

 食いつくレックスとカミナ。木製のコップに赤紫色の液体が注がれる。続いて俺、ゴン、ピピン、トミーの順番にワインが配られると、最後にワイトへコップが渡った。

 おい、そいつ骨だけど大丈夫なのか? めっちゃ凝視してる。姿形は人間だけど、中身が骨だから飲めないのかもしれない……。

 

 乾杯後、いの一番にワイン入りコップを持ち上げるレックス。するとレックスはどこぞの美食家の如くワイン入りコップを斜めに傾け、キャンプファイヤーに透かそうと顔を斜めにした。

 ……それは透けない木製のコップなんだが、何の真似なのかな?

 

 ゴドーさんがそんなレックスを見てブハッと吹き出す。俺も正直吹きそうだったがギリギリのところで我慢した。

 しかし、「ォアア! なんですかこれ!」と顔をくしゃくしゃにしながら舌を出したカミナを見て、堪えられず思いっきり吹いてしまう。

 マジでバカだこいつら。トミーはコップ1杯イッキ飲みしてぶっ倒れてるし、カミナは興味津々だったくせに口に合わないからってピピンに押し付けてるし……。

 

 レックスはワインを鼻先に近付けてクンクンと香りを嗅ぐ。その時間、たっぷり120秒。結局「?」という表情をしながら、レックスは赤紫色の液体を口に含んだ。

 多分こいつの口元の動きからして、ワインを舌の上で転がしてるんだろうな〜。なんもわかってなさそう。ちなみに俺も何やってるかは分からん。

 

 どんなコメントが聞けるのかなぁと思いながらゴドーと共にレックスの様子を見ていると、彼は穏やかな表情で深く頷いた後、大きく息を吐いた。

 

「アハ! 昨年のワインは過去50年で最高と呼ばれるほどの出来だったけど……このワインは昨年の物よりも高品質。豊満で絹のように滑らかな味だね!」

 

 急にどうした?

 ふわふわ言葉のバーゲンセールでビックリだよ。少し前の自分の行動を思い出してみてほしいわ。

 

 ゴドーさんが肩で息をしながら「美味しいですね」という震え声を振り絞る。

 確かに美味しいワインだ。エレガントで酸味と甘味のバランスが絶妙……上品で味わい深い余韻がある。マジの高級ワインだと思うんだが、レックスは分かってないんだろうな。

 

「美味しい……こんな味オレのデータに無いぞ?」

「な……なんだあっ! 視界が揺れて……敵の魔法か!?」

 

 ピピンとゴンもか……。

 本当、覇和奮(パワフル)大連合の4人って変なところで変だなぁ。

 

『…………』

 

 ほろ酔いモヒカンの観察は気が済んだので、金髪碧眼のワイトの方を見てやる。

 ワイトは静かに泣いていた。ゴドーにもらったワインや食料が顎の下の皮膚(のように見える虚像)を貫通して地面に落下していたからだ。

 

 消化器官がないから、アンデッドは飲食を一切必要としないんだったな。

 こいつと出会って初めて、ワイトのことが哀れな存在に感じられてしまった。

 

 夜は更け、笑い声と篝火が夜空へと昇っていく。

 楽しい夜はこれからだ。

 



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031:未知との遭遇

 

 楽しい夜はこれからだと言ったが、アレは嘘だ。トミーが寝ゲロしたりレックスが悪酔いしたりして最悪だった。

 ほろ酔いで寝つきは良かったが、アンデッド姿のワイトが添い寝してきたので寝起きは最低。骨粗鬆症のスカスカ骨腕枕の感触がまだ側頭部に残っている。どうして俺はいつもこうなんだ。

 

 翌日。二日酔いのレックスをピピンのサイドカーに乗せて、俺達は王都に辿り着いた。

 

 魔王軍幹部討伐によって王都にお呼ばれすることになったので、街の人間は俺達のことをご存知だったのか――

 王都の外周を守る騎士団の人達に声をかけたところ、「あっこいつは!」という反応をされた。

 

「のっ……ノクティスさんですよね!?」

「Aランク冒険者のノクティス・タッチストーンさん……!」

「魔王軍幹部を倒した英雄……!」

「すげぇ! このモヒカン本物だよ!! ガチガチに固めてある!!」

 

 羨望の混じった視線で俺達のバイクを取り囲む騎士団団員たち。こんな反応をされたのは久しぶりだ。

 そ、そうだよ……俺は魔王軍幹部を倒して諜報部隊を半壊させた人類の英雄なんだ。この反応が普通なんだよ! なんでエクシアの連中は俺を蔑んだ視線で見てくるんだ? ワイトがおかしいだけで俺は何も悪いことしてねぇのに……。

 

「……王様に呼ばれたから来たんだ。通してくれるかな?」

「あっはい! 失礼しました! 通行を許可します!」

 

 俺のモヒカンをわさわさしていた団員たちは、俺の言葉で務めに戻る。城壁を超えて街の中に入ると、イカついモヒカンとバイクを目撃した王都の住民達が集まり始めた。

 

「うぁぁぁ! モ……モヒカンが王都を練り歩いてる」

「お前知らねぇの? あれが噂のAランク冒険者、ノクティス・タッチストーンさん御一行だぜ」

「そ、そうだったのか。貫禄があるな……」

「なぁお前、さっき人を見た目で判断したよな? 今の時代古いぜ、そういうの。みっともないからやめとけよ」

「え? あ、ごめん……」

 

 最初はならずものかと思っていたのか訝しむような視線だった住人達も、俺達の正体に思い当たったらしく興奮した目付きに変わっていく。そして、「ようこそ王都へ!」という雰囲気の歓迎ムードに切り替わった。

 

「よぉ、デュラハン倒したのアンタだよな!? マジでありがとう!! 3年前ソイツに怪我させられてずっとムカついてたんだよ!!」

「うおお! 生ノクティスだ!!」

「あたしにも見せておくれよ! 『骸骨主食のノクティス』を……!」

「ちょっと待てや」

「ワイトを性技によって正義側に引き込んだ豪傑……!!」

「ウホッ! いい男……」

 

 これ本当に歓迎されてる? 俺バカにされてないか?

 しかし、こうも囲まれてしまってはバイクで走り去ることもできないな。俺達はバイクを圧縮ポーチにしまった後、ゴドーさんを先に行かせるために道を開けさせた。

 

「ここで一旦お別れだなゴドーさん。また夜に会おうぜ」

「えぇ、それでは私はここで失礼致します」

 

 ゴドーさんが王都にやって来たのは商売をするため。俺達はこの後暇潰しのために観光しようと考えていたので、一旦解散となる。夜にまた会えると言ったのは、彼が気を利かせて宿泊場所を用意してくれたからだ。

 観光前に宿を取ろうと思っていたのだが、彼のおかげでひとつ手間が省けたことになる。本当にありがたい。

 

 ゴドーさんが馬車に乗って大通りの先へと消えていく。

 ここは王都――人口も建物の数も何もかも桁違いの街だ。王都の入口で固まっていると、後ろからやってきた馬車持ちの商人にどやされてしまう。二日酔いで顔色の悪いレックスがそちらに振り向くと、商人はその強面に「すみませんでした……」としょんぼりしながら引き下がってしまったが。

 

「ここで止まってるのも申し訳ないですね。さっさと宿にしけ込んじまいましょう」

「それもそうだな……」

 

 俺達は周囲に群がった人達を押し退けて、ゴドーさんが予約してくれた宿に向かって歩き出した。

 街行く人々は練り歩く5人のモヒカン族(と帽子の少女と金髪女騎士)を見て、慄いたように道を開けてくれる。俺でも分かる。見た目が怖すぎるのだ。

 だが、すれ違った後に丁度デュラハン討伐の噂を思い出すのか――大抵俺を追いかけてサインや握手を求めてきた。道を開けてくれたかと思えば厄介な追っかけになるとか、すげぇ情緒不安定だよな!

 

 ……さて。追っかけも一段落して歩いていくと、ゴドーさんが指定した高級宿に到着した。

 

「立地が良くてリッチな宿スね〜」

「ゴン?」

「すんません」

「……お前ワイト以下の扱いを受けたいのか?」

『トミーさん? それはちょっと酷くないですか?』

 

 みんな、ワイトの扱いが分かってきたな。良かった良かった。でも下手に弄ると喜びすぎて骨の姿に戻っちまうかもしれねぇ……さっきから悦びの声を上げる度に魔法のコーティングが剥げて骨が透けるんだよ。こいつ怖すぎる。

 

 心配しつつ宿の中に入ると、レックスがわざとらしく大きな足音を立てて受付の前に躍り出た。その意図を察したトミーとゴンが続き、懐に手を忍ばせつつ受付嬢の子に満面の笑みを向ける。

 

「アハ! お姉さん、今ちょっといい〜?」

「クヒヒ……分かるよね(・・・・・)?」

「ヒイッ! お、お金はありませんよ……!」

 

 顔を真っ青にしてわなわなと震え上がる受付嬢。こいつら、強盗モヒカンのロールプレイを楽しんでやがる……まだ酒が抜けてないのかな? 後で飲酒運転の罪で騎士団に突きつけてやろうかしら。

 

「くぉら! オメーら、ワイトのせいで悪ノリが移ってるぞ」

「あいて!」「あいた!」「すんません!」

『いや痛っ! 何でぶつのぉ!? 普通に今のは私のせいじゃないんですけど!? ちょっとノクティスさん!?』

「人に迷惑かけてんじゃねえ。分かったか、レックス、トミー、ゴン、ワイト。次はねぇぞ」

『ねぇ私関係ないよ? ちょっと?』

 

 俺は3人と1体の頭に軽い拳骨を叩き込んだ。受付嬢に謝りつつ空いている部屋を訊ねると、受付嬢はほっとした様子で受け答えしてくれた。

 

「商人のゴドー・デイフォーさんから紹介してもらったノクティスという者だが、7人が泊まれる部屋はあるかな?」

「え? あ、あなたがノクティス様でしたか。てっきりならずものかと……コホン。ゴドー様の紹介ですね、承っております」

「助かるぜ」

 

 俺達はそのまま大部屋へと通される。薄々分かっていたことだが……ゴドーさん、相当すげぇ商人っぽいぜ。メンツもあるだろうが、こんな高級な部屋をポンと用意してくれるなんて金持ちじゃないと無理だろ。

 しかも費用は向こう持ちとか……太っ腹すぎるぜ! まぁゴドーさんにしてみりゃ、俺達に恩を売れる上に今大注目の冒険者と友好関係なことをアピールできるってか。未来への投資を怠らない切れ者だなぁ。

 

「兄貴! これどこに置きます?」

「適当でいい。おい荷物持てオメーら! 観光に行くぞ観光!」

「やった! ノクトさん、どこに行くんですか!?」

「カミナ、オメーカジノに行きたがってたよな? ちょっくら社会経験積みに行こうぜ」

「カジノ! やった!」

 

 カミナが帽子を押さえながら飛び跳ねる。カジノを知らないのか、ワイトは首を傾げていた。

 

『カジノって何ですか?』

「ギャンブルする所ですよ。賭け。お金を賭けてスリルを楽しむ場所です。まぁ所持金を増やそうなんて場所じゃないので勘違いしないで下さいね」

『へぇ〜、怖そうな施設ですねぇ』

 

 ピピンの説明でピンと来るのだろうか? ワイトは生返事で聞き流しながら俺達についてきた。

 それにしても、カジノを「金稼ぎする場所じゃない」と言い切るのは引き際を分かってる証拠だな。大連合の連中が破産することはないだろう。カミナも石に変えちまった馬のためにお金を貯めてるところだし大丈夫なはず。

 

 問題はワイトだ。この野郎、スリルを楽しむためにヤバい勝負して破産するんじゃねぇのか?

 そもそも現役モンスターが金持ってんのかって話だ。小銭くらいなら持ってそうだが……流石に一回も遊べないのは可哀想だし、何回か遊べるくらいの金は渡しておこう。どうせ貯金してても使い道ねぇし。

 

 遠くの方に王城の先っちょやギルドのてっぺんが見える場所にカジノがあった。血走った目のギャンブラーがたむろする一見危険な施設だが、暴力沙汰が起きれば一発で出禁になるので大丈夫だ。

 何せこのカジノは王室が認める公営ギャンブル。反社会的勢力が関わってないクリーンな施設なんだぜ。

 

「ここがカジノだ。バカラ、スロット、ルーレット、パチンコ……何でもアリの施設だ」

「待ってください兄貴。パチンコって確か異世界から伝わった遊戯ですよね? 確か異世界じゃ公営ギャンブルって認められてない――」

「ゴン。その話はやめようか」

 

 俺はゴンのモヒカンをくしゃりと撫でつけると、身体検査の後にカジノ内部に入場した。

 相変わらず何もかもが喧しい。バキバキ、ドスドス、訳の分からん音が鳴り響いている。よく言えばパワフル、悪く言えばお下品。やはりこんな場所で金を増やそうとするのは間違いだ。ストレス発散程度にしか使えねぇ。

 

「そんじゃ、しばらく自由時間とする。みんな良識の範疇で遊べよ? 間違ってもカジノで金稼ごうなんて思うなよ?」

「わぁい! ボクルーレットで遊んでくる!」

「兄貴、オレはパチンコで暇つぶししてきますわ」

「……クヒヒ。ポーカー……」

「じゃあ自分はカミナさんと一緒にいるっス」

「おぉ、頼むよ。俺はワイト(あのバカ)を見張ってようかな――ってアレ? あいつもう行きやがったな!」

 

 ワイトは既にカジノの喧騒の中に消えていた。レックス、ピピン、トミーだってそれぞれのギャンブルに向かってしまったし、ゴンとカミナも既にブラックジャックの方へと歩いていた。引き止めるわけにもいかないし、俺はひとりコインを握り締めてその場に立ち尽くしてしまう。

 ……俺ひとりでカジノ探索か。まぁいい。ワイトのことはもう知らん。知り合いでも探してみるか……。

 

 俺はトイレの近くのベンチに座り、後で適当にバカラで金を使おうかなと考えながら天井を見上げる。

 このトイレ近くのベンチは敗者の溜まり場。ギャンブルに負けた者が地面に這いつくばり、負債を抱えて帰宅するか、負けを取り返すためにもうひと勝負するかの瀬戸際にいた。

 

 頭を抱えて悩み続ける債務者たち。俺はこうなりたくねぇなぁ。カミナには一番最初にここに連れてくるべきだったかもしれん。社会経験というか社会見学というか、そういうアレのために。

 まぁ、カミナは案外「私はこんなクズ共とは違う……!」って思って前向きになっちまうタイプかもしれん。俺達も一歩間違ったら簡単にコレになれるんだよって説明しておくべきだったか?

 

「…………」

 

 なるべく目を逸らしながら時間を潰していると、新たな債務者がトイレ近くの床に座り込んで泣き始めた。

 

「えっえっ……うっ……ひっく……もう吾輩はダメだ……おしまいだぁ……」

「……ん?」

 

 「吾輩」という一人称に気付いてその男を見下ろすと――俺は彼の正体に思い当たって飲み物の容器を握り潰してしまった。

 

 ――まず目に入ったのは、金糸や銀糸、多様な色の絹糸を用いて作られた服。続いて、光の加減によって見え方を変える鮮やかな素材、華やかな刺繍。(ボタン)のひとつひとつにまで意匠が凝らされており、しかもそんな服を着ているにも関わらず強烈なこなれ感(・・・・)があって。

 並大抵の貴族じゃないのは一瞥するだけで分かった。顔だ。顔がこの国で最も有名な顔面だった。

 

「おっ……王……!!? あなたは国王ではありませんか……!!?」

「え? 何でバレたん?」

「多分この場にいる全員が気付いてます……!!」

 

 ぱっちりとした二重に、高い鼻。貫禄のあるシワに、顔の下半分を覆い尽くすような立派すぎる髭。どう考えても国王チェンザレンその人であった。

 おっ……お忍びの意味ねぇ……!!

 

 



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