ようこそ(勘違い)大和撫子の学校生活へ (エカテリーナ)
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4月~入学編~
オープニングムービー~厳選失敗~


ハーメルン初投稿です。
妄想ネタなので続くかわかりません。
こうしたほうがいいよとかあったらコメントお願い致します。


はい、スタート!

全クラスメインキャラクター逆ハーレムENDを目指すRTA、はーじまーりまーす。

 

計測開始は毎度お馴染みのバスイベント発生…ではなく、掲示板のクラス分け確認画面が表示されてから。終了はメイン男性キャラクター全員の個別イベントを完了後に発生する固有ED、通称『ようこそ逆ハー教室へ』が発生した時点とします。

 

はい、本来ですと2学年の学期末~3年の中旬頃にようやく達成となる本ルートですが、なんと別の走者によりバグによって大きく短縮できるルートが発見されましたので走って参ります。

 

では、名前はランダムで決定。性別は女を選択!自由度が売りのこのゲームですが、もちろん男を選択してもこのルートを進むことは出来ます。

ただ必要になる能力値やお助けキャラとの絡みのハードルが爆上がりするので今回は勘弁な!

 

ではバスに揺られるムービーをバックに、主人公の厳選をしていきましょう!

今回はスタート前に能力は厳選済みです!RTA?こまけえことはいいんだよ!!どうせやり直すんだから!

めちゃめちゃ長い幼少期育成パートなんかやってられっか!育成は優秀な知り合いに任せてあるからでーじょーぶだ。

えーと、あ、このデータを読み込んで、よし。読み込み完了しました。

 

ただステータスは完璧でもスキルはランダムなので、ここを厳選していくことになります。主人公には経歴や能力のスキルが付与されています。ガチャのチャンスは3回!

 

ここで強力なスキルをつければ逆ハーエンドも楽にクリアできます!

…なんて甘ちゃんはここにはいないですよね?

 

はい、上手い話には当然裏があります。

この属性、wikiに掲載されている通りA+~D-でランク付けされていますがA+相当のスキルにはデメリットのスキルが付くことが確認されています。

厳選厨の方や解析班の情報では、内部で帳尻が合うような組み合わせになっている様です。

 

例えば原作キャラの鬼畜幼女こと坂柳さん。彼女は超分析力と才女、カリスマや他にもいくつもの良スキルを持っている反面、心疾患や貧乳などのバッドスキル(一部フェチを除く)を持つキャラクターです。

 

今回の攻略キャラクターの一人、おもしれー男こと翔君も独裁者、カリスマ、暴君などのリーダー向けスキルに対して、勉強▲や素直さ▲といったお出かけイベントや勉強イベントでマイナス補正のかかるスキルを抱えています。

 

つまり、スキルについてはコミュ力全振りでええやろ!なんて厳選をしていたらどんなデメリットがつくか分かった物じゃないんですね!

 

今回のRTAで必要になるのは友好度に補正がかかるコミュ力系と、メインキャラクターとの好感度が最初から高い幼馴染設定などが引ければ〇です。

一番いいのは○○の姉、妹設定です。これがあると原作キャラと関係を築きやすくなります。

 

では、早速いってみましょう!1回目…ポチっとな!

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―――バスの景色が流れていく。初めて見る景色だが、この景色を次に見るのは三年後になるだろう。

【テストや面接では全く何も問題なかった】けれど、新しい生活に不安を覚える自分が居た。

【まだ体の調子は良くはない】が、【日常生活に支障がない様に】気をつけなくては。

 

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うわ…いきなりヤヴァそうなマイナスがつきましたね。解説すると、テストと面接。これはそのまま学力とコミュ力に直結します。

ここが弱いとテストは不安だったが、や全然上手く行かなかった、緊張してなどになってきます。

今回学力や体力等の数値面はカンストしてますが、面接も上手く行ったのは◎ですね。たまにマイナスで自信×などが付くとカンストキャラでも普通にDクラス配属を食らったりしますので、今回はかなり期待が高そうなキャラです。

面接問題なかったコミュ障?何北さんの話ですかね?(すっとぼけ)

 

ただ、その後の体の調子と日常生活。これはマイナスです。日常生活に支障が~となるとそこそこ大きな怪我や病気をしている可能性があります。ぶっちゃけ、最悪四肢欠損レベルです。

唯一の救いは“まだ”体の調子は~となっている為、完治する可能性がある事です。(7敗)

 

続けてみて行きましょう。2回目、ポチっとな!

 

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―――【家で待っているあの子】を思うと少し心配で憂鬱になるけれど、

この学校へ進学をさせて下さった【おじい様の為】に、恥ずかしくない学生生活を送らなければ。

―――窓の外を見ながらため息をつく彼女の姿に、【全ての乗客の目】が奪われてしまう。

 

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これは…容姿にかなり強いスキルがついてるみたいですね。ここは結構分岐していて、髪を払う仕草とか、目が合った相手が赤面するとか色々あるみたいですが、全員のっていうのはかなり強力なスキルですね。孤高(笑)の堀北さんすら主人公ちゃんの姿に見惚れている訳ですから。

 

出自の所は良いのを引けなかったみたいですね。家で待っているあの子…は、2年目以降に身内キャラの入学のフラグが立っていますが、ほぼ1年の時には特に影響はありません。

 

あと〇〇の為に、はこれは幼馴染枠のはずなので外れっぽいですね…。父親じゃなくて祖父なのはなんか複雑な家庭系のなんかかもしれませんので、要確認ですね。

 

あ、主人公ちゃんは流石のコミュ力を発揮しておばあさんが乗車した際に席を譲りましたね。バスイベント回避。流石のコミュ力です。おばあさんもきょどってますね…。天使か?

 

んー、容姿以外あんまりいいのが引けてないですねぇ~↓。これ動画的にどうなんだ?

ま、まあ3回目で神引きすればいいだけの話ですからね!問題ないです。ポチっとな!

 

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―――「ぁんっ…!」不意に思わず声が漏れる。臀部に伝わる感覚に、【体が反応してしまった】為だ。

 

公共機関を使うといつもこうだ。【いったい何が楽しいのか分からない】のに、お尻に触りたがる人の多いこと。

 

思いの他大きな声が出てしまい、注目を集めてしまう。

羞恥心に、顔が赤くなる。

 

間もなくバスがバス停に着くと、スーツの男性が慌てて降りていく様子が見えた。

首をかしげていると、周りの女性たちが大丈夫かと不安げに聞いてくるので

大丈夫だと返した。

 

OL風のスーツの女性から「【そんな身体】しているんだから、もっと気を付けないとだめよ」と忠告を貰った。好きで胸が大きくなった訳ではないので、少々不満だった。

 

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おっと…これは初見ですね。痴漢イベント?どっか書いてないかな…?見つからん。

マイナススキルは多分敏感とか性知識×とかですかね?やっぱフェチに刺さりそうなスキル多いねこのゲーム。無知シチュとか制作陣の業の深さが垣間見えますね。

 

あとはスタイルがかなり良さげですね。特に胸(重要)バスを降りるときに主人公のキャラデザがやっと見えるので期待大です。

 

えーっと、この時点でわかってるプラスはコミュ力と学力と容姿とスタイル。勝ちましたね。(114敗)

マイナスは怪我?体調不良なのと、敏感と無知シチュ。これなんてエロゲ?

 

んー多分いい感じなんですが、ちょっと物足りないかな?あとはクラス分け後のステータス画面で見て決定ですね。

 

はい、バスを降りました。主人公ちゃんは~っと、

ふぁ!?すごい巨乳…いや、爆乳未亡人系儚げ人妻です。絶対年齢詐称してますねこれ。

髪もつやつやで腰まで伸ばしていてタレ目のぱっつん前髪とか男の理想の大和撫子ですねこれ…。うわ、名前も本当に撫子だ。絶対制作陣の理想の嫁でしょこれ。

 

学校の門から入るときも滅茶苦茶視線を集めてますね…撫子ちゃん。視聴率150%~180%くらい(男性生徒と貧乳女子が2度見)行ってますねこれ。スケベだ。

 

クラスは…Aですね。実は今回のRTAだと一番やり易いのは幼馴染だった場合を除いてCクラススタートなんですよね…。

まあ資金力や腹黒ロリのおかげで立ち回りやすいので良しとしましょう。

 

翔君からおもしれ―奴認定をされる為には一定以上の注目度や能力が必要になるんですが、悪目立ちしすぎるとれ〇ーぷ脅迫ENDになる可能性があるんですよね。

今回の逆ハーエンドの為には、男性と性交渉をしないが条件としてある為その時点で再走待ったなしなので立ち回りに注意が必要になります。(514敗)

 

では、肝心のステータスを確認しましょう!

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【ステータス】

学力A+:99

身体能力C(A):60(95)

機転思考力B:79

社会貢献性A:97

総合力A:93

 

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ステータスはほぼカンスト、文句なしですね。()の中がデバフ無しステなので、回復後は外れるはずですので問題なし。

問題のスキルは…と。

 

 

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【学力◎】

【献身◎】

【絶世の美貌】

【女神の体躯】

 

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うわぁ…APP全振り+アイドル並みコミュ力+能力値カンストの化け物ですねクォレハ…。初めて見ますよこんなん。

容姿とスタイルは世界レベルですね。いくら食っても太らんとか裏山。勝ったな。風呂入ってくる。(フラグ)

 

こんなん積もるとマイナスが怖すぎて画面見たくないんですが…指震えてきた…。変なの出るな変なの出るな変なの出るな…!

 

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《敏感》

《危機感×》

《産褥婦》

 

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良かったぁ!!3個!3個ですよ!めっちゃ少ない。正直5.6個は覚悟してました…。(冷汗)危機感は立ち回り次第で何とでもなるので大丈夫です。むしろ無自覚えちえち未亡人ロールプレイで勘違いボーイたちを量産してやりますよ。

3個目のは何ですかね?読めん。まあ大丈夫ですかね。じゃ出自のとこもチェックしますねー。

幼馴染さーん、いらっしゃーい!(懇願)

 

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[親愛-娘]

[親愛-祖父]

[旧華族]

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…。

 

 

 

……ん?。

 

 

 

………。

 

 

 

…………え、娘?マ?

 

え?バグじゃね?マジで未亡人なの撫子ちゃん。年齢は15歳、え?養子とか?えーっと?wiki見てきます。

 

…。

 

 

……。

 

 

………あー(クソデカ溜息)、マジで撫子ちゃんの子供が居るのね。え?親誰だよ…。産褥婦って産後の事なのね。読めんかったわ。

 

 

あー↑、あー↓だからか。はいはいはい…。体の調子は良くなくてもいずれ治るからこの言い方か。え?産後どの位なん?

 

 

あー、あー!!折角、せっっっかく!!神引きしたのに!

何なんだよ!またかよぉ!!

処女じゃないとダメなんだよぉ!(処女厨)

 

マジ無理。リスカしよ…。えーまことに残念ながら、撫子ちゃんは今回のレギュレーションに引っ掛かる為、リセとなりまーす。

 

はい解散!かい!さーん!笑うな!もー見てろよ!

クサヴァーさーん↑↑見て↑いて↑くれ↓よぉ↑↑!!?

 

次は逆ハー正統派令嬢引いてやるからなーはい、お疲れっした―!!

 

ーーザーー《このチザザザッーャンネルはーーーザザッ終ーーー

 

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…。

 

 

……。

 

 

………っ…!。みっ!

 

 

「き、君…!、新入生だね?そろそろ教室に行きなさい…」

 

 

「あれ?私…どうしたのでしたっけ…?」

 

 

とろんとした瞳で心ここにあらずな佇まいの新入生に、教師が移動を促す。

 

既に他の生徒の姿は無く、その場には教師と彼女しかいない。

 

首を傾げながら、体のあちこちを触って支障がないか確かめる。唐突に不審な行動をする彼女に再び教師が声をかけようとするが、

「…ん…ぁぅ…!」と我慢したような声を出しながら、腹部や胸を揉む様に思わずガン見している。

 

満足したのか、首を傾げつつも教師にしっかり向き合い、お礼をする。ぶんぶん首を縦に振る教師(目線は固定)を背に、案内に従って歩む彼女ーーー撫子は初めて自分の意志で動き始めた。

 

「なんでしょう…ええと、私は…殿方と仲良くなれば良い…はず?ええ、そのはず、です?」

 

ーーー閲覧者ゼロのRTA実況、始まるよー。(ぼそっ)




RTA描写はこの一話で終わりです。
次回からは撫子ちゃん目線と何話かに一度他目線を書くつもりです。
感想などあればお願い致します。


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登校初日編①:養護教諭との接触

気分が乗ったので2話も作成&投稿。
撫子ちゃんの苗字はどうしましょう…。大和はあまりにも安直ですよね?

※今回、第一話の撫子ちゃんの激重デメリットに触れる内容となっております。
その辺でもう見たくない!という方はブラウザバックでお願いします。


校内廊下に撫子の姿はあった。

 

「1-A…1-A…は…と、ここですね」

 

教師に礼を言ってから教室を目指す撫子。目的の教室に辿り着き、ガラリと戸を開けると40の視線が彼女を貫いた。

内心、身を捩りたくなるほどの羞恥を感じるも、おくびにも出さない。綺麗な礼を持って遅れたことを詫びる。

 

担任?の教師からは荷物を自分の席において入学式の為に移動すること、まだ時間に余裕はあるので、体調に問題があれば落ち着いてからでも欠席しても良いことを説明される。

 

内心、「流石、国が支援する学校」「生徒の体調面への気遣いも一流のものだ」と感じ入った撫子。体調面は今は大事無いので参加できることを伝えるとホッとした態度を感じ取ることが出来、「なんていい先生なんだろうか…!」と感動していた。

 

この時点で学校への評価は鰻登りだった。

 

―――――この時点では。

 

 

 

その後、教師が先導して入学式会場へと案内すると、各クラスごとに整列し、

先生方や生徒会長の話などを清聴し、式は粛々と進んでいった。

 

…突然だが皆さんは学校で学年集会や学校集会でヒソヒソ話をしたことがあるだろうか?スピーチをする側はマイクを使い声を拡声する為、前後の人となら割とバレずに会話することが可能なのだ。

 

そしてここで2つ、撫子のスペックについて説明しなくてはならない。

 

 

第一にその姿勢!

 

 

撫子は茶道や華道など、習い事や躾を通して人からの見られ方について叩き込まれている。模範にしたいほど綺麗な背筋。レントゲンで取れば背骨は真っすぐになっているだろう。

 

ただし、人の視覚はレントゲンや白眼の様に骨を見通すことは出来ないのでそのガワを見ることになる。

 

 

ズバリ、胸!バスト!!

 

 

某ファンタジー麻雀漫画原作の巫女さん並みの巨峰は、生徒だけでなく教職員達を以てしても到底太刀打ちできない戦闘力を誇っている。

それが真っすぐな背筋に支えられ、自己主張をすればもう…。歩く〇〇禁である。ワイシャツの第三ボタン?あいつは良いやつだったよ。

 

第二に、聴力!

 

現在は不調とはいえ、視力聴力その他ハイスペックな撫子は他の追随を許さない。

当然、ほんの3、4列。人で数えたら5人分の距離もない間隔でのヒソヒソ話もしっかり撫子イヤーは捕えていた。

 

 

「はぁ…」

 

 

頭の位置は動かさず、しかしほんの少しだけ目線を下げて溜息を零してしまう。その時視界に入ってしまう原因に対してだ。

 

 

男と男が声を抑えてする会話---猥談だ。

「デカい」「大きい」「揉みたい」「胸」「〇ロい」等等…。

 

 

今までも無かった訳ではないが、決して気にならない訳ではない。性欲に正直な男子生徒の視線や声は、撫子のメンタルをガリガリ削っていく。

幸いなのはAクラスではそういった目線が(比較的。あくまで比較的!)多くない事。

 

 

―――――撫子は内心めちゃめちゃ落ち込んだ。

 

 

その後、式がお開きになると教室に戻り学校についての説明を受ける。

現金は無く、全てポイントで管理すること。

電子生徒手帳の使い方や学校施設やカリキュラム、学生寮や周辺施設について生活するにあたって必要な事の説明がされる。

そして全ての学生に、今月分の10万ポイントが振り込まれている事を告げられると、ざわ…と驚きを孕んだ雰囲気がクラスを包む。

 

 

「支給額に驚いたか?この学校では生徒の価値を実力で測る。この学校に入学した諸君らには、それだけの価値があるという事だ」

 

 

他に、質問は?と担任―――自己紹介をされた真嶋先生―――はクラスを見回す。

はい、と異口同音に3つの声と手が上がる。

 

 

綺麗にハモった為、(内心)羞恥に身を捩る撫子だが、ぱっと見なに事もなかった様に微笑みを浮かべて手を上げたクラスメイトに目を移す。

 

手を挙げたのはスキンヘッドの男子生徒と小柄な銀髪の少女だった。

真嶋が先に少女、坂柳へ促すと彼女は落ち着き払った態度でポイントについて質問を重ねる。

 

「真嶋先生は先ほど、10万ポイントの支給についてこうおっしゃいました。生徒の価値は実力で測る、入学した私たちにはその価値があると答えました。間違いありませんね?」

 

「ああ、間違いない。」

 

「そうですか…では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…ふむ。先ほど伝えた通りだ。当校は、生徒の実力をもって価値を決める。そしてそれは、10万ポイント―――」

 

「真嶋先生、それでは答えになっていません。来月の、と私はお聞きしました」

 

「………」

 

 

その後も何度も言葉尻を捕え、ピシャリと担任相手でも物怖じせずに質問する坂柳の姿は、Aクラスの中でも注目を集める。浮ついた雰囲気が徐々に重々しくなり、気弱な生徒は真嶋と坂柳を見つめ右往左往している。

 

 

「先生、お答え下さい」

 

「…坂柳、その質問に答えることは出来ない。何故なら、お前たちはまだ1日に満たない時間しかこの学校生活を送ってはいない。にも拘らず、今ここで一月先の未来の価値をこうだと、伝えることは出来ない。

…これが今できる限りの答えだ。満足いったか?」

 

「…はい、()()()()()()()()。お答え頂いてありがとうございます」

 

 

一触即発に感じた一幕だったが、真嶋の回答で坂柳も矛を収め席に着く。誰かの息をつく声が耳に入る。

気を取り直して真嶋が男子生徒、葛城を指名すると彼は生徒会や部活動の参加について質問し、後日説明会があることを説明され席に着いた。

 

最後に真嶋は撫子を指名する。それに応えはい。と音を立てないように立ち上がり、真嶋と目を合わせる。

 

 

「真嶋先生、授業の見学の権利は何ポイントでしょうか?」

 

「…見学の、権利?」

 

「はい、先ほど先生は、この学校では全てのものがポイントで買えると…。ですので、仮に体育や水泳を見学する場合は何ポイントになりますでしょうか?」

 

「…」

 

 

真嶋は少し待つように言うと、自身の端末でどこかにメッセージを送っている。

 

 

(…指の動きからメッセージを予想すると、真嶋先生より偉い人でしょうか?)

 

 

街ながらもハイスペックな眼力で読タップ術をする撫子だが、撫子の質問へのクラス反応はバラバラだった。

興味なさげにしているもの、鼻の下を伸ばさぬように気を付けながら撫子の胸部装甲に目を向けるもの、(女子にはバレてる)自分の胸元を見て虚無の表情を浮かべるもの。

案外あっさり教えてくれると思っていた質問なだけに、長く感じた2,3分だが真嶋曰く時価との事だ。納得を見せて席に着く撫子。

そして理由を聞こうとして「いや!何でもない!気にするな!!」と食い気味に否定する真嶋。決して女子たちの目力に負けた訳ではない。ないったらない。

 

その後、チャイムと共に逃げる様に教室を後にする真嶋。それを尻目に、教室に残った面々は自己紹介をしようとするグループと早々に帰宅するグループに分かれる。

 

本当は自己紹介をしたかった撫子だが、初日は用事がある為後日必ずと約束をして教室を後にする。

 

 

 

向かった先は保健室。まだ誰もいない為、持ってきた荷物から準備して待っていると、五分もせずに部屋の主が戻ってきた。

 

 

 

「あれ~お客さん?」

 

「はい、養護教諭の星之宮先生ですか?」

 

「うん、そうだよ。1-Bの担任の星之宮 知恵で~す。貴女が撫子ちゃん?あ、名前で呼んで良かったよね?」

 

 

教師というより、近所のお姉さんの様な態度で距離を詰めてくる。名前についても噂になっていた撫子について知っていたらしく、グイグイ来る。今まで周りに居なかったタイプなだけに、押されっぱなしになる撫子。

 

 

「でも噂に違わぬ立派なのを持ってるよね~私もそこそこ自信があったのに、これを見るとね~」

 

「あはは…」

 

 

これには苦笑いするしかない。生んでくれた親に感謝はあっても、決して望んで得たものではなかったからだ。

恨みがましく生徒の胸をねめつける教師。すると後ろに回りガバッと手を伸ばして後ろから抱きしめる様にする。目標は当然二つの山だ。

慌てて逃れようとするが、相手の方が早い。本気で抵抗すれば兎も角、それでは教師に怪我をさせてしまう恐れがある。その為、()()()()()()()()()()

 

 

「えい!捕まえた~!」

 

「っ!ひ、んぅ…!」

 

 

弱弱しい身動ぎをする撫子を背後から覆い被さり胸に手を伸ばす。

むにゅん、と指が、掌がその双峰に沈む。

 

 

「ほれほれ~一体―――」

何を食べたらこんなに大きく、そう続ける()()()()()()

悪意は無かった。スキンシップの一環だった。

 

 

 

しかしそれは―――崩れ落ちる撫子の体を支える為に言うことは出来なかった。

 

 

 

「っ~~!!~~~~~~~っんんんんん……!!」

 

「え…!?な、撫子ちゃん?ど、うしたの…?…っ!」

 

 

口から漏れそうなはしたない声(きょうせい)を噛み殺し、呼吸を落ち着ける。顔は朱に染まり、瞳から頬に一筋の雫が伝う。

身体をがくがくと痙攣させる撫子に愕然とした星乃宮は思わず両の手を見る。

 

湿っている。両手が。何故?思わず、といった具合で胸を見ると、そこだけが透けて淡い水色の下着が見えてしまっている。

 

 

胸を、触ったら、濡れてシミが―――。

 

 

そこまで認識した養護教諭(ほしのみやちえ)はハッとして動き出す。すぐに立ち上がり、撫子を開いているベッドに座らせる様に肩を貸す。

保健室に外出中の表示をかけ、鍵も閉める。カーテンも、あとはタオルと他にも―――。

 

 

「…ふーふ…ぁ…はぁ…!ん…」

 

「ごめんなさい…本当に…。本当にごめんなさい!こんなことするつもりじゃなかったの…!!」

 

 

その後、まだ震える撫子に恐る恐る近づくと、着替えの用意をする。(もちろんサイズに合うものは無い為、撫子の荷物から)

汗ばんだせいか胸元だけだったシミは上半身全体に広がっていた。

「ゴクリ」…思わず生唾を飲み込む。学生らしからぬ美貌の持ち主が、体に押し寄せる情動に耐え肩を震わせている。

 

 

部屋は、閉まっている。誰も見ていない。自分と二人だけ。フタリ、ダケ…。

 

 

ドッドッ…と心臓の鼓動が早まっている。どうにかなってしまいそうだった。震える手を肩に置こうとすると、俯いていた撫子が目を合わせてきて、慌てて手を隠す。

―――今度は血の気が引いてどうにかなりそうだった。

 

 

「星之宮、先生。申し訳ございません…ご迷惑をおかけしてしまって…」

 

「いいえ!違うの…!私が悪いの…!本当にごめんなさい、撫子ちゃん…」

 

 

謝罪合戦は物量で星之宮に軍配が上がり、荷物を持ってきてほしいと頼むとまるで飼い犬のように取ってこいをする。

鞄から大切に分けてある白い封筒を取り出し、封を開ける。その中のもう一つの封筒を星乃宮に渡す。恐る恐る読んでいく内に顔色が悪くなる。

 

読み終わった後、真っ白になった顔色でごめんなさいを連呼する介護教諭(ほしのみやせんせい)。慌ててそれを肩を掴んでやめさせる撫子(せいと)

中々会わない目を合わせて、逸らせなくなってから自分の気持ちを伝える。

 

 

「星之宮先生には、これから助けて欲しいんです。でないと…私…」

 

「撫子ちゃん…分かったわ。私なら、何でも力になる…!大丈夫よ!あなたは一人じゃないわ!先生に任せなさい…!」

 

 

やっと明るい顔に戻った星之宮(なんなら頬を赤らめている)に、撫子も笑顔が戻る。

―――ぶっちゃけ撫子的には苦労を掛けて申し訳ない気持ちで焼き土下座が出来るレベルだったが、星乃宮はSAN値が激減して一時的狂気を発症したようなイベントだっただけだ。

 

その後、症状の説明や質問を返しながら今後の生活についての助言を貰ったり予定を組んだりする。まだ顔色は悪いが、覚悟を決めた星乃宮は撫子の為になんでもする覚悟がガンギマリしていた。

 

それをハイスペック分析力で理解した撫子は荷物から器具を取り出した。普段の生活ではまず目にしないそれを見た星乃宮の脳は、理解を拒んでいた。存在は知っている。知ってはいるが聞かざるを得なかった。

 

 

「えっと、撫子ちゃん?それは…?」

 

「はい、どうしても一人だと上手く出来なくて…こういうものを使った方が早く済むと持たされました」

 

 

満面の笑みでそれを渡す撫子。

 

引き攣った笑顔でそれを受け取る星之宮。

 

妊婦の出産後不良に利用する機器。―――搾乳機が、星乃宮の手にあった。

 




撫子さん:星乃宮先生優しいな(素直)

星之宮先生:再びSANチェック失敗!不定の狂気を発症!!


これなんか追加した方が良いタグありますかね?


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登校初日編②:一人目との接触

アンケート回答ありがとうございました。
一年生が多いようですので、初日はそれで進めます!

またよろしくお願い致します!
※最新刊の情報が一行だけ出ますが、ネタバレにはならないと思います!気にされる方はご注意ください!


夕焼けの光がカーテン越しに保健室を淡く照らす。外出中と誤魔化す為に薄暗くなった保健室には、身悶えする生徒と息を荒げながら胸元に手を伸ばす教師の二人。

―――どう見ても事案です。本当にありがとうございました。

 

 

最初こそたどたどしかったが一度コツを掴めば養護教諭。BGM(あ〇ぎごえ)を意識して聞こえない振りをしてテキパキと処置を終える。今度のは口を抑えてある為、声は押し殺しているがそれでも目の前でされると全然隠せていない喘ぎに理性を削られる。生徒と教師、女性同士という2つの障壁も既にボロボロで陥落寸前だった。

天国と地獄の時間の後、二度目のSANチェック(さ〇にゅう)のお願いをした後の保健室。スッキリした表情の撫子と、肩で息をする星乃宮。

まるで先ほどの撫子と同じような顔色に、心配そうにするも「だだだ大丈夫、大丈夫だから!本当に!撫子ちゃんもそろそろ服を着ないとホラ!下校時刻だから!ね!ね!?」

…と、教師の勧めもあり服装を整える。

―――ちなみにまだ完全下校までは1時間以上ある気がするが、今日入学した撫子は知る由もない。

 

 

「では失礼します星之宮先生、ありがとうございました」

 

「はぁ…はぁ…ぁ…うん、オツカレ…サマデシタ…」

 

 

保健室を後にする際もきちんとした礼をする撫子に、まだ荒い呼吸と熱が残る表情で見送る星之宮。

その手には治療に使った機器があるが、またこの場で処置に使うかもしれないと(なぜか熱心に)説得された為、()()の処分も含め保管をお願いしたのだ。

丁度()()()()()苦しかった体調を整えてくれた上に、生徒の事を熱心に心配してくれる教師に再び学校の(教職員への)評価が鰻登りな撫子。正直めちゃめちゃチョロい子である。

 

 

―――彼女が去った後の保健室では、処分する()()を凝視し生唾を飲む教師がいたとかいなかったとか…。

 

 

夕焼けの廊下を一人で進む撫子。

初日の放課後で、生徒はほとんどが遊びに行ったのかシン…としている校舎内。ハイスペックな聴力のせいで近くに誰も来ていない事が解ってしまい、気持ちしょんぼりしながら校内を巡り歩いている。

 

校内を回っている理由は、確認の為だった。朝の質問のやり取りや天井のカメラ、教師の方の態度や、クラス毎の雰囲気の違い。

(危機感がお菓子を貰った子供以下なこと以外)ハイスペックな撫子は、この学校は生徒へ何かをテストしているのでは無いかと疑問を持った。しかし、坂柳(せいと)真嶋(きょうし)のやり取りから察するに、抜き打ちテストのように内緒で進行している見当をつけていた。早すぎィ!

 

新しいクラスメイトと仲良くする方法はなにか。―――ズバリ、共通の話題を持つ事!突然、話したことのない人と話が出来るかどうかで、コミュニケーション能力の強弱が分かる。

もちろんこの撫子、面接や試験の結果Aクラスに配属される社会貢献度から、コミュニケーション能力は問題ない。ただそれは周りから見た場合に限る!!

 

なんと撫子は誰かと話す際、ハイスペックな脳内で一瞬の間に会話ロープレを行い、最低十から数十パターンの会話を重ねた上で返事を取捨選択している!才能の無駄遣い!

勿論、話している最中も相手の目の動き、声の強弱からこちらへの好感度や距離感なども図った上での理想的な会話を出来るように(パーフェクトコミュニケーション)している。

 

元々、厳しい躾や教育の一環で会話術や友好関係を持つ為の手管も後付けで学んだ撫子。ぶっちゃけ彼女から何も考えずに声をかければ最高の容姿&コミュ力で友達100人など3日で達成できるだけのノウハウと能力は問題なくある。

 

ただ、それはそれとして才能に胡坐をかかず、努力を欠かさない撫子は模範生の鑑。

なので今もこうしてクラスメイトが遊んでいる放課後も、皆の為になる活動を進んで行っていく。

 

監視カメラの位置、各教室の場所、無人でも鍵がかかっているのか、廊下の距離、移動時間、トイレの個室の数、机の消耗具合、備品のロッカーの中身、etc、etc…。完全記憶出来る為、メモなどを取らず手当たり次第に探索を進める彼女。

 

―――後日、生徒の採点チェックをする職員は生徒の素行チェックの為、カメラチェックすると絶対に気付いている様に微笑み+お辞儀をする撫子を見ることになり「ふぁ!?」と驚愕の声を上げることになる。

 

そこそこの収穫があった為、ルンルン気分で帰ろうと進む撫子だったが、前方の階段から降りてくる足音を聞き留め足を止める。丁度こちらに曲がってきた男子生徒は、人がいるとは思っておらず、ぶつかりそうになる所を慌てて身を引く。

 

残念…!ラッキース〇ベチャンス…、失敗…!

 

 

「お…っと…!す、すまない…失礼した…!」

 

「いいえ、こちらこそ失礼しまし…あら?隆二君ですか?お久しぶりです」

 

「…初対面、だと、思うが。その通りだ。俺を知っているのか?」

 

 

他クラスの生徒にも(ある意味で)有名な撫子から名前で呼ばれた男子生徒、神崎隆二は首を傾げる。…お辞儀される際にこちらに強調される()()に目がいくものの、顔を上げた時にはしっかりアイキャッチをしてる。流石は今月にも作成されるイケメンランキング上位の貫禄である。

 

これには撫子の好感度も上方修正。その後、親の都合で出席したパーティ。神崎エンジニアの社長にも父と一緒に挨拶をした時の事を伝え、自分が旧華族の人間であることと、名字も告げると神崎も驚きと共に納得を返す。

 

 

「ありがとう。…それにしてもよく覚えていてくれたな…10年近く前に、それも1度、パーティの間だけの短い時間だったのに」

 

「昔から、記憶力はいい方なんです。隆二君の事はずっと覚えていましたよ♪」

※完全記憶持ちです。

 

「そ…そうか、すまない…俺は君の事を…」

 

 

ウィンクをしながら、少し自慢げな笑みを浮かべる撫子に対して、罪悪感を感じてしまう神崎。申し訳なさそうな声色にフォローを入れ、「名前で呼ぶのは馴れ馴れしかったでしょうか…?」と寂しげに聞けば、慌てて返事を返す。

 

 

「いや!そんなことは無い。…好きに、呼んでもらって構わない」

 

「ありがとうございます。では、私の事も撫子と呼んで下さい!」

 

「…いや、それは…い、いや!何でもない。…撫子」

 

 

断られそうになりしゅん…とした顔の直後、ぱあぁ…と擬音が付きそうな、花の咲くような笑顔で手を取って「はい!」と返事をする危機感/Zeroな撫子。

初めての友人が出来て、しかもそれが旧知の仲でもあり喜びも2倍だ。

 

神崎も、淡い思い出として件のパーティの日の事は覚えていた。小さかった頃の自分の手を握って、ついてきてくれた女の子が居たことを。ただその彼女と会うことは今日までなく、胸に仕舞われていた大切なものだった。…初恋、だったのかもしれない。背が伸びたこと、昔はやんちゃだった、等々そんな昔話に花を咲かせていると、高校生になったからか名前呼びに気恥ずかしさを感じてしまう。(ただし、撫子はまったく気にしていない)

その後、数分間の交渉の末、憧れの彼女に周囲に人がいるときは苗字で呼び合うことを約束させる神崎。彼の日常はなんとか保たれた。…多分、しばらくは。

 

 

「それで、撫子は何故校舎に残っていたんだ?」

 

「私は保健室に用事があって…さっきまで校舎を見て回っていたの。隆二君は?」

 

「俺は…いや、それより保健室…?大丈夫なのか?」

 

「はい、星之宮先生に良くしてもらって、もう大丈夫です」

 

「そうか。それは良かった。…俺たちのクラスの担任なんだが、正直初見では少し頼りになりそうには見えなくてな。…しっかり養護教諭として仕事は出来たんだな…」

 

「ふふっ…それは星之宮先生に失礼ですよ…」

 

 

薄暗くなりつつある通学路を進む二人。学生寮が近くなり他の生徒の姿もちらほら見えてくる。名残惜しく感じながらも、またいつでも会えると思うと楽しみに感じる撫子。

 

自販機近くの街灯が明かりを照らすと、撫子は足を止める。どうしたのかと振り返る神崎に、畏まって向き合い真剣な表情を向ける。

 

 

「どうした?撫―――」

 

「隆二君。その…今日、突然会ったばかりでこんな事を言われて困ると思うのですが…お願い、が、ありまして…」

 

「…お願い?」

 

 

俯きながら顔を赤らめ、もじもじし始める。胸の前で掌を重ねてすりすりしてる。あざとい。

神崎も先ほどと違う様子に、真剣な表情を浮かべる。イケメンである。

 

 

「その…私と…」

 

「………」

 

「ぅぅ…わ、私と……」

 

「大丈夫だ。落ち着てゆっくりでいい」

 

 

落ち着いてというものの、当の神崎自身もかなり落ち着ていない。内心で素数を数えようとして既に5,6回失敗している。

淡い思い出の彼女が等身大で目の前にいる。落ち着いていられる訳がない。何なら再会した瞬間から内なる神崎隆二はキャラ崩壊するほど叫んでいる。

 

夕焼け、二人きり、真剣な表情。

―――どうみても、告白現場です。本当にありがとうございました。

 

 

やがて顔を上げ、覚悟を決めた目で合わせる撫子。それに向き合う真剣な神崎。

 

 

「すぅ…、私と…!私と、---お友達になって下さいませんか…!」

 

「…友達?」

 

 

キョトンとする神崎。思ったよりもお願いというほどの内容でなくオウム返しになってしまう。

「はい…!」と返す撫子。言ってしまった以上は、返事を待つのみ。

 

 

「…」ドキドキ…

 

「……」

 

「……」ソワソワ…

 

「………」

 

「………っ…!」ウル…

 

「あ、あぁ、そうか!友達だな!?…分かった、これからよろしく頼む」

 

 

思わずフリーズするが、断られると思ったのか涙目で俯いた撫子に慌てて返事を返す。握手の為の右手を差し出すと、満面の笑顔で手を取り、腕ごと引き寄せての胸元に寄せて抱きしめる。

 

本当ですか!?や、ありがとうございます、これからもよろしく云々と言われていたが、神崎は全ての返事に「ああ…」と空返事をするしかなかった。

 

 

何故なら、彼は握られた掌の柔らかさと、腕が埋まるほどの二つの山(おっ〇い)に意識の全てを持っていかれていてそれどころではなかったからだ。

 

 

その後、手を繋いでエレベーターへと上がる二人。もちろん、学生寮は男女で別フロアに分けられ、降りる階に制限を設けている。

その為、降りる階こそ違うものの、手を繋いで帰る男女がどういった風にみえるのかといえば、どう見てもカップルにしか見えない。

当然、撫子は無自覚である。(本日X回目)

 

神崎の受難の日々は始まったばかりだ…!

 




撫子「男性のお友達が出来ました!嬉しいです!」
(ニッコニコ)
神崎「柔らかかったな…(連絡先を交換するのを忘れた)…」
(本音と建て前が逆)
〇〇〇「あれって?神崎君?隣に居るのって…」
(委員長(予定)は見た…!?)

――――――――――――――――――――


第三話、お読みいただきありがとうございました。

補足ですが、撫子は演技というか相手に気に入られる、好意を持たれる見え方の教育を施されています。
つまり無自覚であざとい行動を取っていますが悪意や騙しているつもりはありません。
その上で、相手との距離を測ってどの位の反応を返すのが良いかを決定しています。
恥ずかしいとも思ってますし、緊張もしていますがポーカーフェイスで分からないようにして居たりと、
性能は最高ですが本人の精神年齢や危機感が低い為、悪用できるほど賢くないです。


次に会う個人イベントは、3年→教師→2年で進めて行こうと思います。
気長にお待ちください…。


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登校初日編③:寮での一幕+α

第四話です。

正直、登校→入学式→学校説明→保健室で夕方は急すぎる気がしましたが、
その辺はご都合主義で申し訳ないですがお願いします。登校時間が午後からだったとか、
まあそんな感じで。うまく表現できるようになりたいです…。


今回は夜のみ。短めになります。
週末にもう一話作れるといいな…。

では、どうぞ。


夜の自室。シンプルなベッドと机、郵送された荷物のみの部屋。撫子は荷解きをしながら、今日の出来事に思いをはせる。

 

新しいクラスメイト達の事。親切な教師の方たちの事。再開して、友人になった神崎隆二の事。そういった事を脳内ノートに記しながら、鼻歌交じりに荷解きに一区切りつける。

少しぶりに()()をしてしまった為、鞄からビニールに入れて貰った()()()()()()()()を取り出し洗濯の用意をする。

入学前ならともかく、今はオーダーメイドのサイズの衣類を用意するのにも時間もポイントもかかる以上、節約を心掛けようとする撫子。

 

「くぅ…」と自己主張する空腹に、よし、と夕飯の支度をしよう備え付けの冷蔵庫を開けると、―――もちろん、何もない。むしろあったら怖い。

 

 

完璧に忘れていた買い物の為、仕方なく上着を羽織り、近くのスーパーで夕飯の材料を買いに向かう。道中、同じように買い物目的で外出した帰りなのか、ビニール袋を持つ生徒とすれ違う。その生徒たちを道しるべに、―――横切る際にも様々な視線を感じ(胸を見られ)ながら―――目的地のスーパーにたどり着く。

 

すると商品の中に無料のものがあることに気が付く。冷凍の合い挽き細切れ肉や、カット野菜のフリーズドライ、パックに詰められた白米。袋に詰められた少々小ぶりなジャガイモや玉ねぎ、販売されている量の半分でカットされている食パン等々。その他にも沢山の食材が唸っている。

 

賞味期限が間近なのかと手に取ってみるも、別段そんなことは無い。首を傾げつつも、先ほど節約を心掛ける事を誓った撫子の手は淀みなくそれらを掴む。買い物かごが半分ほど埋まり、ルンルン気分でレジに向かおうとするとある看板が目に映る。

 

[無料食品!一人3点まで!]

 

 

…。

 

ちょっと顔を赤くしながら商品を戻す撫子だった。

 

 

その後、最初につかみ取った合い挽き細切れ肉と食パン、玉ねぎや実費で購入した卵や調味料でハンバーグを作り、初日の夕飯を終える撫子。当然、(花嫁修業として)料理のスキルもカンストしている。

最初にタネを複数つくり、後日の弁当用に冷凍保管するのも忘れない。夕飯を終え、皿を洗うとようやく一息付けた。

 

明日の授業に必要なものを纏め、着ていく制服の支度をし、寝間着と朝用の着替えを用意する。歯を磨き、トイレにも行き、一番大きなボディタオルをリビングに敷いて、傍にタオルと()()()()()()を用意してから浴室へ向かう。

 

―――撫子が入浴するのは、その日の就寝直前だ。現在の習慣になったのは今年の初めだったか、末だったか、それとももっと最近だったのか。いつまで経っても慣れないが、日課をした後に体が汚れてしまったり、汗をかいてしまう為にそういった習慣を取るようになった。

 

お試しサイズのシャンプーやコンディショナー、ボディーソープの3点セットで780ポイント。実は自分で選んで買ったのは初めてだったが使ってみて特に違和感や抵抗は無い。強いて言うなら、パッケージに書いてあった回数分よりももっと早く使い切ってしまいそうで、これが虚偽広告かと戦慄する撫子だった。

―――ただ単に贅沢に多く使っているだけです。※旧華族クオリティ:節約とは無縁。

 

その後しっかりと肌を拭い、髪を乾かす。一糸纏わぬ姿でリビングに戻ると、敷いていたタオルの上に座り、一呼吸。

その上で()()を終える。荒い息を整えながら、汗を拭うとそのままベッドに入り毛布に包まる。

撫子は寝るときに何も身に着けない。そのスタイルから、着る服を選び大体が窮屈な思いをする反動から寝る時は大抵生まれたままの姿(バースデイスーツ)だ。一番リラックスモードになった撫子は、部屋の明かりを消し、目を閉じる。

 

まだ九時を過ぎた位で寝るには早い時間だったが、入学の疲れからか、直ぐに寝入ってしまう撫子。荒かった息も次第に収まり、規則的な呼吸音になる。今まで夢を見たことがない撫子だったが、その日は何故か、初めて夢を見ることができたのだった。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

※撫子と別れた後の神崎の部屋。

 

荷物は雑に放り投げ、ベッドにうつ伏せに倒れこむ。寝転がり、天井を見上げると未だに熱を感じる右手に目を向けてしまう。

 

 

「…ふー…」

 

 

手を開いたり閉じたり、握ったりしながら天井の明かりに再開した少女の姿を想像してしまう。思い出よりも表情豊かで、非常に成長した姿だった。

 

 

「…柔らかかった、な…。…?」

 

…ピロンッ!…ピロンッ!…

 

 

ポケットの中の端末が小刻みに震えている。継続する音では=電話の呼び出しでない為、メッセージの受信音が複数回届いている様だった。

Bクラスは早い段階で、中心となる生徒が仕切ってくれた為、クラス全員+(何故か)担任のチャットグループを作ってくれた。

 

誰かがそのグループにコメントを打ち込んだのだと思った神崎だが、出る気にはなれず無視をする。…しかし、その音は鳴りやむ様子がなく、次第に頻度は多くなるばかりだった。

 

 

「…」

 

ピロンッ…ピロピロンッ……

 

「……」

 

ピロピロンッピロピロンッ、ピピピピピピピピピピピピロピロンッ!!

 

「っ…なんだ!…一体…。……っ!?未読、112件…だと?なにが…」

 

 

余りにもしつこい為、乱暴気に端末を取り出し《Bクラス+ちえ先生!》のチャットを開こうとするが、あまりのコメントの多さに一瞬フリーズする。軽く息を飲み込み、落ち着く様に息を吐いてチャットを開く。

 

 

『さっきのって本当なの!?神崎君が告白されたって!』

『マジだって!あのAクラスの―――』

『―――あ、私も見たよ!仲良さげに―――』

『手を繋いで―――』

『あ、私も見たよ。―――』

 

「………………………………、なっ…ぁ………………にぃ…?」

 

 

神崎、もう何度目かのフリーズ。書いてある文字の意味を理解すると、キャラ崩壊するほど神崎は混乱した。見られた?いつ?とプチパニックを起こすが、当然である。

あんな寮の近くの目立つところで、クラスメイト(女子)に見られながら、少女漫画ばりにラブコメをすればこうなる。

 

震える手で画面を【未読から読む】をタップし、流し読みをする。最初は少人数のみだったが、手を繋いで帰る写真やそれを見たという生徒が書き込んでから一気に加速した。すぐさま誤解を解こうと読み進める神崎だったが、最新のコメントを見て今度こそ完全に凍り付く。大人のメダルゲーム店なら万枚間違いなしだろう。

 

 

『神崎くん、少し話があります』ちえ 既読:40

 

「…………終わった…」

 

 

このコメント以降、クラスメイトのコメントが来ることは無かったが、返信のコメントを考えている最中にインターフォンが鳴る。恐る恐る扉の覗き穴を見ると、我らが担任が満面の笑みで立っていた。

 

 

―――神崎はめちゃめちゃ誤解を解いた。

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

※初日の夜、どこかの部屋の隣の住人と来客の会話。

 

 

『んっ…あぁ…んっっ!ふ、ふぁぁっっ!』

 

 

「「…………///」」

 

 

『ふー…!ふー…!ん、んんぅ…!』

 

 

「あ、あの…一之瀬さん…これって…」

 

 

「…にゃー…///」

 

 

『んっ、ふっ、ぁんんっ……あぁ…!!』

 

 

 

次の日、相談を受けた担任の目が死んだ。

 

 

 




読了ありがとうございました。

次回の5話投稿時に、3話のアンケート結果を苗字に反映して書き進めていきますね。

また次回をお楽しみにしていてください。
次回は、そろそろ我らが坂柳さんとも対面できると良いな…。


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2日目①:登校、自己紹介、クラスメイト編

第五話です。
アンケート結果から、苗字は西園寺で確定と致します。
ご回答いただきました皆様、ありがとうございました。

さて、今回の被害者は…!?お楽しみに!


朝、カーテンの下から明かりが差し込み、小鳥の鳴き声が聞こえ出す時間帯。

もぞり、と毛布から生まれたままの姿で身を起こし、軽く欠伸をする撫子。

 

 

その後、朝のシャワーをして意識を完全に起こすと身支度を制服を身に纏い、昨日買った食パンとヨーグルト、ミルクをグラスに注ぎ朝食タイムを迎える。

 

食事の際はきちんとした姿勢で頂きます、と誰もいなくとも挨拶をして食べ始める。

自分で作ったものを食べるのは新鮮で、専ら作ってもらうことが多かった撫子は料理への関心をぐぐっと上方修正する。

 

実家で作った際は自分の口に入ることはなく、先生方の口に入りアドバイスを貰うことが主だった為、昨日の晩御飯が初めての自炊だった。

なんなら、昨日スーパーに入ったのも初めてのお買い物。ポイントを使うときなど内心大丈夫かな?とかなり緊張していた。

 

未だ2日目にも関わらず、撫子は一人暮らし学園ライフをエンジョイし始めていた。この学校には初めての経験が溢れて、それをするたびに充実感が溢れる。

 

ーーーに言われた男性の友人も1人目が出来て、そう思った撫子は頭に靄がかかった様な気持ちになるも、軽く頭を振るい、施錠して部屋を出る。

 

 

「「あ…」」

 

 

偶然、隣の部屋の生徒と出る時間が被ったのか目を合わせ会釈をする。

相手の女生徒ーーーピンクブロンドの長髪で、青い瞳を大きく見開くーーーに向き合い、綺麗なフォームで挨拶をする。もちろん、通学の時間よりかなり早い時間である為、遅刻など起こさないのは確認済みの行動だ。

 

 

「おはようございます。私は西園寺 撫子と申します。昨日より、お隣の部屋に入室しました。よろしくお願い致します」

 

「………//」フリーズ

 

「…?あの…?もし…?…!」

 

 

何故か顔を真っ赤にしてあわあわしている隣人に失礼します、と声をかけ顔を近付ける。「ふぁ!?」と声が聞こえ、身を仰け反られるもしっかりと肩を確保。廊下の壁に優しく押さえつけると、薄紫と青い瞳が見つめ合うことになる。

 

 

「少しだけ、動かないで下さい…」

 

「あ、ああの私、初めてで初めては…あう…」

 

「私もするのは初めてです。上手くできるか分かりませんが、任せてください」

 

「は…初めて…」

 

 

「でも…」や「神…君のかの…」など、何か言い淀んでいるも、構わずに真剣な表情で顔を寄せる。

 

 

ちなみにこの至近距離、当然学年トップクラスと敷地内ナンバーワンのお山が無事な訳はなく、それはそれは立派に押し付けあっている。

間に入ると男は死ぬ。入ろうとしても殺される。百合は尊い。

 

 

壁から背中に伝わる冷たさもかき消すほどの熱。左心房から発せられる鼓動は、ドクンドクンと緊張状態をリアルタイムで発している。

数秒か、数十秒かの沈黙の後、潤ませた瞳を閉じて「ん…」コクリと頷く。

 

 

未だ誰もいない朝の廊下。壁ドンされた美少女、一之瀬帆波の顔を独り占めに撫子はそのまま距離を近づける。

それを心臓が飛び出そうな程の、胸の高鳴りを感じながら待つ一之瀬。

ーーーギャルゲーや乙女ゲー、○○ゲーを嗜む諸兄ならよく見る表情、通称キ〇顔で待つ。

 

 

そして、二人の距離はゼロになる。

「(ごめん…神崎君…)」

 

 

一之瀬は、内心で(何故か)クラスメイトの神崎に謝罪しながらその時を待っていた。もちろん、一之瀬と神崎にそういう関係はない。単なるクラスメイトである。

…が、違和感を感じる。待ち構えていた唇ではなく、額に熱を感じる。

 

 

「…」

 

「……?」

 

「……」

 

「………ぁ、あの…?」

 

「やはり、熱いですね…」

 

「ぇ…?」

 

 

パチパチ、とまぶたを瞬かせると眼前にはコツンッ、と()を合わせ、目を閉じている撫子の顔が。人外レベルの美貌を至近距離で直視した一之瀬は、内心―――、否、完全にテンパっていて上手く返事が出来ない。

 

 

「(睫毛…長い…)あ、あぁ、(うわぁ…近、近い…!)熱?、にゃあ…?」アワアワ…

 

「熱が…あるのではないですか?春先とはいえ、夜はまだ冷えます。お身体は大切になさってくださいね?」

 

「…にゃ、ああぁぁぁあぁ…!」

 

 

ちなみにここまで撫子は完全に善意100%で行っている。隣人に挨拶→顔が赤い→風邪かも?→熱を測ろう。当然の流れである。※多分当然ではない。

完全に勘違いに勘違いを重ねて〇ス顔をして晒してしまった一之瀬は、頭から湯気が出るほどの羞恥にかられ、目をぐるぐるさせている。

 

この後、何とか体調の誤解を解いて一緒に登校することになった一之瀬と撫子。当然、手は繋いだままだ。

方や顔が赤い相手を気遣っての善意。方やニコニコしている撫子(げんいん)の手を手を払うことが出来ず、なし崩し的に。

 

朝早くとはいえ、通学路は、当然他の生徒の姿もちらほら見える。(あらあら)と口元を手で隠しながら見守る上級生や、目が合ったのに声をかけようとしないクラスメイト達。キマシ…という声が聞こえた気がする。

 

なんとか手を離せないかともにょもにょしながら手汗が出ていないか手の握りを確かめていると、すっ…と手が離れる。

 

 

「あっ…」

 

 

少し残念そうな声が思わず出てしまう。気付かれないように手を引こうとすると、今度は指も絡めてぎゅっと繋がれてしまう。

―――恋人繋ぎだ。

 

 

周囲から悲鳴のような声が飛ぶ。「…きゃっ!」ザワザワ…「お姉さまと一之瀬さんが、そんな…私なんかじゃ…」…「尊い…」

今度は気のせいではない。普通に耳に届く。というか昨日部屋に来たクラスメイトがショックを受けていた気がする。

 

 

「にゃぁー…(にゃー…!にゃー!!)」

 

「…♪にゃー?」ニコニコ…

 

 

既に猫語のみの思考力まで落ちた一之瀬と、猫ごっこかと思い鳴き声で返事をする撫子。

幸い二人は気付いていないが、鼻を抑えて蹲る犠牲者が割と出ている。寝不足な養護教諭(ほしのみやせんせい)のいる保健室まで、貧血気味な生徒が多数駆け込んでくるまで―――あと10分。

 

 

 

―――――――――――――――――――

猫語交じりに自己紹介を交わした一之瀬とも分かれ、Aクラスに入り来ている生徒へ挨拶をして、席に着く。遠巻きに何人かのグループが出来ているのを目の端で捕えさてどうするかと思考を沈ませる撫子だが、幸いにも声をかけてくるクラスメイトが居た。

 

 

「おはようございます。西園寺さん」

 

「坂柳さん。ごきげんよう、昨日はお誘い頂いたのに、お断りしてしまって申し訳ない事を…」

 

「いいえ、用事があったなら仕方ないですよ。私も、昨日は偶然いい出会いがあって…ふふ…。友達も出来たことですし、結果オーライというやつですね」

 

「…?そうですか…。それは何より、です…?」

 

 

この場に居ない誰かの事だろうか、思い出し笑いをする坂柳に不思議そうな顔をするが、クラスメイトが嬉しそうなのでOKだ。何の問題もない。一瞬窓際の女生徒が顔を顰めた気がするが、此方に興味をなさそうな様子なので意識から外す。

 

 

「…ところで撫子さん、昨日の今日で申し訳ないのですが、…()()()()()()()?」

 

「…という事は、坂柳さんも…?」

 

「えぇ、きっと同じことを…」

 

「…!」「…?」ザワザワ…

 

 

クスリと笑いながら意味深な表情で撫子に質問をする坂柳。周囲のクラスメイトは何のことかと不思議がる大半と、驚きを見せる少数に分類された。その少数の内()()()()は、昨日坂柳と放課後に懇親会を行った面々だった。

 

 

「…流石ですね、西園寺さん。昨日の質問からお気付きになったのでしょう?あの質問の意味も…違いますか?」

 

 

()()()()()()()()()()。そういって撫子からイニシアチブを取り、自分のクラスでの信用や地位を確立しようとする坂柳だったが、献身系精神年齢6歳児は格が違った。

 

 

「はい。他にも監視カメラや上級生のクラスの席の数、そして各クラスの雰囲気や無料の学食や販売商品があって―――」

他にもあれやこれや、(そんなことまで…)(え?昨日のうちにそんなに調べたの?)と坂柳や()()()が戦慄したり、若干引くほどの情報をクラスに共有する。予鈴が鳴ったことで口を閉じる撫子だが、考察や相談、今後のクラスでの動き方などを議論する坂柳や葛城などの生徒を中心としたAクラスは気付かずヒートアップしていく。

 

(あれ…?真嶋先生は…?)と首を傾げて、お口ミッフィーで席に行儀よく座る撫子を中心に、「西園寺はどう思う?」「西園寺さん…?あの…」「西園寺お姉様…」とかなり大きな輪でHRの時間は過ぎていくのだった。

 

 

※Aクラスの外の廊下

 

 

「ちょっと…!真嶋君、なんでもうSシステムについて―――」小声

 

「…」首ブンブン

 

「いくら自分のクラスだからって贔屓は…」小声

 

「これは流石に、ちょっと問題だと…」小声

 

「いや…俺は何も…」ダラダラ…

 

 

その日、1年の全てのクラスのHRが半分ほど遅れた。




週末更新に間に合わなかった…。申し訳ありません。

また2,3日に一件ペースでの投稿になりそうです。
次回に期待ください。

感想と評価があると、励みになります。よろしくお願いいたします。


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2日目②:好敵手、そして養護教諭

第六話。更新いたします。


今回は坂柳視点も入れてみます。
中々進んでませんが、気長にご覧下さい。

また、アンケートは次回登校時に反映したいと思っています。
ご協力、ありがとうございます。


その後、いつもより遅めに(なぜか疲れた顔で)来た担任を合図に、ひとまずの落ち着きを見せるAクラス。真嶋からHRで伝達事項を聞き、授業の支度を進める。休憩時間では先ほどの様な雰囲気ではないものの、各々が密やかに―――小声で、あるいはスマホを介してチャット―――相談を重ねていく。

 

そんな雰囲気とは裏腹に窓際の席で微笑む、このクラスの特異点―――西園寺撫子はスマホを見ながらタン、タン…と画面をタップしている。それを坂柳や葛城、一部の生徒たちは一挙手一投足を注視し警戒を強める。

 

クラスの大半の生徒は初日の一幕から、彼女が非常に優秀で、またいかなる手段かこの短期間の内に情報収集を重ねそれ共有する寛容さ。あるいは、能力の高さに惹かれていた。

 

坂柳有栖は自他ともに認める天才だ。そんな彼女がAクラス(自分の手駒)を掌握する為に障害と考えていた生徒は2人。葛城康平と西園寺撫子だ。昨日の質問からその後の動きで感じたものは、葛城にはクラスを纏める力(リーダーシップ)を感じ、西園寺撫子からは底知れない実力を―――あるいはもしや、自分を超えるほどの分析力となにか(特典)を感じた。

 

もちろん、自分が信じた予想が外れる事は無く、葛城はクラスメイトを率いて派閥を作り出した。逆に、西園寺はその行動が不明だった。ほとんどの生徒があの日は遊びにモールへ出向いていた。

昨日()()()なったお友達からも目撃証言は無かった。彼女が次に姿を見えたのは夜。スーパーで買い物をする姿で、誰とも一緒ではなかった。そして部屋に帰っただけかと思えば朝は隣のBクラスの女生徒と登校。その後も情報収集をさせてみたらBクラスの男子生徒とも()()()友人という事だ。つまり、彼女の行動は自派閥を外部に作る為―――そう推測される。

 

―――彼女には自信があるのだ。自クラスを後回ししても、坂柳有栖と葛城洋平を上回れる自信が。既にクラスメイト達の心に植え付けた実力という才と、それを無償で与えようとする献身(アメ)。来月になればより堅固な信頼という名の石垣が築かれるだろう。

 

…なんということだ。私や、私よりは劣るとはいえリーダーの才を持った葛城が考えた事はクラスの掌握だった。いざというときに信用できない、あるいは、実力が分からない駒を使う打ち手はいない。特にクラス間での争いが必須となるであろう事まで予測した上での行動。

 

彼女にはあるのだろう。他クラスの生徒にクラスを裏切ってでも、自分の味方をさせる自信が。能力が。もちろん他クラスと友好を持つなんてことをすればクラスでの立場を失うだろう。

ただそれは、()()()()の話だ。今は未だ、それが判明する前なのだ。当然私と彼女は確信しているだろうが、末端の末端まで行けばこのクラスですら信じていない生徒(ふりょうひん)がいるだろう。彼らはきっと、来月も再来月も今と変わらない不自由のない生活が来ることを信じているんだろう。

 

 

…認めよう、西園寺撫子。彼女は私が、坂柳有栖が全力を以て見据え、挑み、そして超えるべき存在であることを。

―――偽りの天才を葬る。それ以外にも出来た新たな目的に、自らの胸の高鳴りを感じる。ガタリ、とあえて音を立てて椅子を後ろに押し立ち上がる。クラス中の視線が集まるのを感じながら、坂柳は好敵手(なでこ)の元へ向かう。

息を飲む者、口元を抑えるもの、目を見開くもの様々だが二人の様子を静観している。

 

 

「………西園寺さん、少し、よろしいでしょうか?」

 

「坂柳さん。…えぇ、なんでしょうか?」

 

 

スマホを見るのを止め、机に仕舞ってからこちらを見据える。…丁寧なのか、それともスマホを盗み見られるのを防ぐためか?一瞬考察するも、目的を優先させる。胸に手を当て、相手に見られたときに信頼を最も得られる表情、仕草で彼女へと話しかける。

 

 

「せっかく同じクラスになったのに、いつまでも苗字で呼び合うのは少し寂しいです…ですので…」

 

「…!では、私の事はどうぞ、撫子と呼んで下さい」

 

「ありがとうございます。では、私の事も有栖と。これからも、よろしくお願いしますね」

 

 

にこやかに挨拶を交わす二人。傍から見たらそれは、友達になった微笑ましい光景だろう。しかし、このクラスの情勢をつぶさに掴もうとする者たちには別の目的を感じさせる一幕だった。

 

 

坂柳有栖と、西園寺撫子の()()

 

 

未だ友好の輪が狭い生徒も、どちらに着くべきか考える風見鶏にも、その光景は深く、強く印象に残るのだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

突然、名前呼びを求められて驚いている撫子だったが、丁度良いとばかりに椅子から腰を浮かし、有栖へと近づく。

 

 

「…!…あ、出来ればお願いがあるんですが…」

 

「?」

 

 

そういうと撫子は有栖の耳元に顔を寄せ、彼女だけに聞こえる様に小声で囁く。

―――当然、抱き寄せられるような姿勢になり胸元がぶつかってくる。かなり一方的に。通学途中の騒ぎの規模ではないが、軽く声が上がる。キャーキャーと控えめな声が耳に届く有栖だったが、そんな事よりも彼女の視線の先は自分に押し付けられる二つの無駄な脂肪(おっ〇い)だった。有栖が窓側に顔を向けている為、若干悔しそうな顔を見た生徒が居ないのは彼女にとって救いだった…はず。

 

 

「実は、相談したい事がございまして。お時間がある時で構いませんので…」

 

「…はい、分かりました。それでは、次の週末の休みの日に。時間は、後日にでも」

 

「ゃ、休みの日…はい、ではよろしくお願いいたしますね」

 

 

そして離れると、不敵な笑みを向け、流し目を使って席に戻る有栖。さっきよりもざわめきが大きくなったクラスで、再び撫子はスマホを取り出す。

その画面に出ている文字を眼で追い、ポーカーフェイスを保ち落ち着いてタップをする。

 

 

 

【指紋認証が設定されていません。操作を有効化するには指紋の設定を行って下さい】

 

「(指紋認証とは…一体…?すまーとふぉん?の使い方を聞こうと思ったのですが…)」

―――彼女は2日目にして最大の困難と直面していた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

その後、昼休みとなり彼女は昼食の弁当を取り出し、一人で食事を始める。有栖から学食へ誘われたが、あまり人が多い処へは行きたくない()()がある撫子は、教室での食事を選んだ。

 

弁当用に解凍したハンバーグに80点の自己採点をしていると、クラスのスピーカーから部活動の説明会が放課後に開催される旨の伝達がされる。

食事をしたことにより、睡魔との闘いに挑むクラスメイトにクスリとしながら授業を受ける。目と手は真剣に動かしつつも、部活についてどうすべきかを考える撫子。

 

体調が万全とは言えない今は、運動系の部活は難しいだろう。そうなると文科系の部活になるが、そうなると入ってまでやりたいものはあまりなかった。男子生徒と友達になる為に入った方が良いかも、と漠然と考えてはいるものの部活に入るという事はどうしても衆目に晒(視〇)される事となる。

どうすべきかと悩むものの、まずは説明を聞いてから、次いで見学後に決めればよいと結論付ける。

 

その後何事もなく授業を終え、部活説明会の為に第一体育館に移動―――する前に、保健室へ向かう。

 

そろそろ()()()なってきた為、星之宮先生に()()を頼む為だ。幸いBクラスのHRも早く終わったのか、保健室への道中で合流できた。

 

なんでも、疲れた顔で言われたのはこれから夜の日課も星之宮が部屋に来ること。そして毎日来ることは難しい為、部屋を別の所に移動する可能性がある事、いけない日は連絡をする為、絶対に自分一人で日課(さく〇ゅう)をしないようにと注意を受けた。

その理由(生徒の相談)については特に何も言われず、体質の事への素早い対処に撫子は感激していた。

 

 

鍵をかけ、カーテンをして更にベッドカーテンも引いてベッドに腰かける。正面から「ゴクリ」と声が聞こえ、上目遣いで見ると顔が赤い。指摘するも大丈夫だと言われ、脱衣を再開する。しゅるり、プチ、プチ…と一つずつ(撫子にその意図はないが)焦らしながら脱衣(スト〇ップ)していく。

 

汚れては困るからと、膝立ちになりスカートにも手を伸ばす。「ヒュッ」と今度は喉から音が漏れる。手を止めて。再び目を向ける。一秒、二秒と目が合い、撫子は星之宮の様子を伺うが問題なさそうなのでゆっくりとスカートを下げていく。いよいよ下着姿のみとなり、ブラを外す為に両手を背中に回す。当然、胸が前に出ると星乃宮からは「フー、フー、」と荒い息と見開いた目をそれに向ける。

 

そしていよいよ、パチ、と背中から金具の外れる音が聞こえ、特注サイズ(オーダーメイド)とはいえ負荷のかかっていた肩のヒモ部分が緩むとスルリと二の腕に流れる。慣性と乳房の()()のみでかかっている下着を両手で抑え、外すのを留めると、「ぇ…な、んで…」と呟きお預けをされた星之宮と目が合う。

 

 

「先生…あの…」

 

「ど、どうしたの?撫子ちゃん…?下着、邪魔になっちゃうよ…?あ…あぁ!ずっと見てて…あはは、は…。は、恥ずかしかったかしら!?でもでも、先生相手だから、だだ大丈夫でしょ?」

 

 

焦った声で何かを誤魔化す様に早くになる星之宮。それに微笑みながら撫子は首を傾げて見当たらない()()について聞く。

 

 

「先生…昨日お預けしたものは?」

 

「え…あ、…あぁ!そう!そうだったわね!ごめんなさいね!今すぐ持ってくるわね!!」

 

 

バタバタと駆ける音と、戸を開く音。そして「も、も、持ってきたよ!はい、これ!」と()()になった機器を持ってくる星之宮。さあこれで出来るわよね!?と言わんばかり張り切っている。見えない耳や尻尾がパタパタを動いているような姿を幻視しそうなほどだ。その様子にクスリと笑みを零し、下着をポトリ、と外す。

 

 

「あ…あぁ…あぁぁぁぁ……!」

 

「それでは先生…本日はこの後予定があるので、お早く済ませて頂きたいです。…手早く、よろしくお願い致しますね?」

 

「はい…!早く…早く…!」

 

 

羞恥を誤魔化す為、足を組み、両手を上半身を支える様にベッドへ「ギシ…」と沈ませる。その姿は妖艶で、APP18の対抗ロールに失敗した星之宮は、口からは絶えず意図せぬ喘ぎとよだれが零れてしまう。―――どう見ても、人から性を搾り取り、堕落させる淫魔(サ〇ュバス)とペットそのものだった。

 

 

※この後めっちゃ喘ぐのを噛み殺した。なんなら搾り取られた(物理)のは淫魔(サ〇ュバス)の方だった。

 

 

―――――――――――

 

その後、荒い息を落ち着ける為にベッドに横に合っていると、星之宮からタオルで汗を拭われる。玉のような汗と潤んだ瞳から溢れた雫は、純白のシーツに薄いシミを作る。それに申し訳ない気持ちを抱くが、星之宮は文句ひとつ言わずに後始末を手伝ってくれている。(と、思っている撫子)

 

たまに「ん…」や「ちゅ…」と声が聞こえるが、撫子はその巨峰が邪魔で、枕なしに仰向けになると向こう側が見えなくなってしまう。敏感になり、汗や()()拭いて貰っている時も反応する体を呪い、声を押し殺しながら心の中で星乃宮に謝罪をする。

 

口を塞いでいない方の手でシーツにぎゅっ…と、シワを作っている撫子は気付かない。タオルで誤魔化しながら、()()()()()()ではバレない様に「ん、…勿体、ない…よね…っちゅ…」となるべく音を立てないように()()()()()()()星之宮の痴態を。その瞳にはハートマークが浮かんでいる気がする。

 

「ごくん…」という声を共に、汗をぬぐい終わった星之宮から着替えを手伝ってもらう。着替えを終えて、身支度を整え時計を見ると16:42。スマホの使い方を聞いている暇はない。撫子は星之宮へお礼を言うと少しだけ速足で保健室を去るのであった。

 

 

―――撫子が去った保健室。星之宮は内側から再び施錠をする。その後のベッドにダイブし、口で、鼻で、全身で全力全霊の深呼吸をするのであった。

 

 

「すぅぅぅぅ………!!あぁ、あ”あ”ああぁ…ぁぁ…ぁ…!!き、っっったぁぁぁ…………!!きたきたきた、あぁぁぁぁぁ…!!!」

(ダメなのに…生徒の、生徒なのに生徒生徒生徒の、汗…匂い…うぅぅうぅ…溶けちゃうぅ頭、頭溶けちゃう…!)

 

 

足をバタバタさせ、脳の裏側に今日の五感で感じた全ての記憶を焼き付ける。今日はこれで終わりではない。夜にも、会える。そう考えた星之宮は、この後やる仕事の事が一瞬よぎるも―――ベッドから()()飼い主(なでこ)の匂いに、鼻頭ぐりぐりと押し付けるのであった。

 




星乃宮先生、キャラ崩壊回でした。(一日ぶり、2回目)
お気に入り登録がすごい増えていてうれしかったです。

また励みになるので、ご意見ご感想お待ちしております。
では次は、部活説明会。お楽しみに。


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2日目③:部活説明会と、生徒会

2,3日の更新に間に合いました。
7話です。


UA10000ありがとうございますー
誤字修正もありがとうございます。

今回は3年生と会ったり、アンケート結果を反映したりします。
では、お楽しみくださいませ。


 

 

第一体育館についた撫子は、大勢集まった同級生達を見て出遅れた事を察する。

ただ、声はマイクで拡散され、視力も両目共2.0()()の撫子は入口近くの壁近くでステージ壇上に注目する。

 

あと数分で会は始まる。そんな最中、チラチラと撫子の様子を見て話す声。

「あ!あれ見ろよ…!」「Aクラスの…」「………」ザワザワ

 

 

一人が気付くと(男子の)大凡の生徒がバレバレの様子でこちらを覗き見るのを感じる。

これだ。正に入学式の一幕の再開だ。あの時とは違い、咎める教師が居るわけではないのに、近寄っては来ない。

 

 

撫子は直接声をかけらないのに此方の事を話されるのがあまり好きではなかった。こういった反応をする男性の反応は大体決まっている。

1、目が合うと、逸らされる。

2、話しかけると、挙動不審になり逃げる。

人類皆友人な撫子にとって、(本当に)数少ない辟易としてしまう存在が、遠巻きに見ている他人(かれら)だった。

 

 

つまり彼らは私と仲良くなりたくない方々なのだと、撫子は幼い頃にあの人に教わっていた。

 

悲しいとも思うし、残念とも思う。ただ、撫子はその時は撫でてくれた大きな掌と、忘れない言葉を思い出す。

『撫子、全ての人と仲良くすることは出来ない。人はそういう生き物だ。

だから、撫子と仲良くなってくれる人とは、仲良くしてあげなさい』

 

『はい、あなた様』

 

 

どんなことでも覚えている筈なのに、どうしても顔を思い出せない記憶。耳に残ったその言葉に撫子は今日も縛られている。

 

 

 

暫く壁の花として、貰ったパンフレットをパラパラと見ている撫子。既に100余名ほどの人が集まって、1年の半分以上の生徒がこの場にいることになる。一人で来る男子生徒、集団で来る女生徒、暇つぶしに話しているグループの顔ぶれを覚えていると、バスで見たような…?男女のペアで入ってくる生徒も入ってくる。チラリと見られたようだが、他の生徒よりも関心が薄いのか、自分と少し離れた壁側で会の始まりを待つようだった。

 

その後、説明会の開始を告げる放送と共に、檀上には各部活の部長だろうか。上級生と見られる生徒たちが各々の部活の紹介をしていく。胴着姿で初心者歓迎と紹介する柔道部の先輩、着物姿で活動内容を伝え、体験だけでもと勧める茶道部の先輩。

一つずつ部の説明が進むにつれて、会場の雰囲気は和気藹々としたものに変わっていく。生徒たちは、周囲の生徒とのあれが良い、ここに入りたいと相談していた。

 

撫子も茶道部に興味があったが、時間ギリギリに入ってきた二人組。男女の生徒の漫才の様な掛け合いにクスクスと上品に笑いが漏れる。

ハッとしてパンフレットで口元を隠して誤魔化そうとしたが、周りの生徒の視線を集めていることに気付き顔を赤らめて俯く。横目でこちらを見て目が合ったカップル(?)にもペコリとお辞儀をすると、撫子は目を閉じ説明に耳を傾けるのだった。

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

「―――我が校の生徒会には、規律を変えるだけの権利と使命が、学校側に認められ、期待されている。

そのことを理解できる者のみ、歓迎しよう」

 

 

そういって、最後の案内となった生徒会長の話が終わり、部活の入部勧誘が始まる。先ほどまでの静寂も、徐々に解け始めている。

 

目的の部活が決まっている生徒はその受付に向かっているが、大半の生徒がざわざわとその場に立ち尽くしている。

茶道部に興味があった撫子だが、この人波に飛び込む勇気はない。仕方なく待っていると、入部は後日で用紙の提出でも良いというアナウンスが流れた為、その場を離れる。

 

 

撫子が立ち去った後の第一体育館では―――。

 

 

「あの子が入る部活に入部しようと思ってたのに…」「…部のマネージャーとか…やってくれねえかな」ザワザワ

 

「茶道部とか…弓道部とかか?」「ばっか!テニス部に決まってんだろ!」

 

「お、おい…もしも…もしもだぞ?水泳部だったら、俺、俺…!」

 

 

そんな会話があって、女子や教師からの冷たい眼差しを向けられる男子生徒達の姿があった。

 

奥の机で受付を待つ上級生たちは気を取り直して新入生たちの手前、優し気な声で呼び込みをしている。

しかし、その目は共通して「ぜひ彼女を我が部に!」と爛々とした輝きを宿していた…。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

体育館から比較的早めに出ることになった撫子は、夕飯はどうしようかと考えながら帰路につこうとする。

しかし、校舎側から「きゃあ!」という声と、『バサバサ』となにか落としたような音を捕え、方向を変える。

 

校舎の中は人気がなく、音の発生源へは直ぐ辿り着いた。階段から下へ書類か何かを落としたのか、広範囲に散らばったそれを集める女性生徒―――。恐らく、先輩。

それに「先輩、お手伝いします」と声をかけ、書類を拾うためにしゃがむ。

 

 

「ふぇ?あ、ありがとう…ございます?」

 

「いえいえ、お仕事お疲れ様です」

 

 

自然に手伝いを申し出た撫子に、上の空な返事を返す―――()()()()の先輩。書類の中を断片的に目で捉えると、意見書や何かの発注書などが散見された。恐らく、学校の運営に関わる業務に就いている相手との推理だ。

 

その後、集め終わった書類だが、女性が持つにはそこそこキツイ量だ。どこまで運ぶかと手伝いを申し出ると、あわあわしながら遠慮される。

その後に何度かの説得(おねがい)で、書類の半分(+気持ち多め)を受け取ると目的地―――生徒会室へと入室をする。

入室前に、一度止まる。先に入った先輩は不思議そうに振り返るが、撫子は丁寧にお辞儀をして入室の挨拶をする。

 

「失礼いたします。1年Aクラス、西園寺です。入室致します」

 

「ふふっ、どうぞ。生徒会室へ」

 

 

礼儀正しい態度にほっこりする先輩。その後、お礼と一緒に自己紹介をした先輩、橘茜は飲み物を用意する。

むん、と意気込んで紅茶を入れる橘を微笑ましく見守っていると、ドアが開く音でそちらに目を向ける。

 

先ほど部活説明会で壇上にした生徒会長、堀北学の姿があった。あちらも、部外者のそれも一年生が居るとは思わずかすかに瞠目するも、直ぐに気を持ち直す。

 

 

「あ、会長。お帰りなさい!説明会お疲れ様でした」

 

「いや、これも生徒会長の役目だ。気にするな、橘。それよりも…」

 

 

何故ここに一年生(ぶがいしゃ)が?と目を向ける堀北学。それに応える様に立ち上がると、改めて生徒会長に向き合い丁寧な礼と挨拶をする。

 

 

「お邪魔しております、1年Aクラス、西園寺撫子と申します。本日は橘先輩にお招き頂きました」

 

「あ、会長。彼女は書類を運ぶのを手伝ってくれたんですよ!本日は生徒会はお休みですし、なのでお礼にお茶でもご馳走しようと…不味かったでしょうか?」

 

「…そうか。いや、構わない。西園寺も礼を言う」

 

 

ホッとした表情で「会長は何を飲みますか?」と飲み物を入れに行く橘。それに応え、堀北は撫子に鋭い表情を向ける。

生徒会長、その権限は非常に大きく、通常の生徒が閲覧できない情報や教師からの非公開情報にも触れることが出来る。それ故、目の前の後輩の姿に奇妙なものを感じる。

 

 

西園寺撫子。家族構成、祖父一人、公職についていたそうだ。両親は死別済。実家は地元で有名な旧華族。小中は地元で有名な一貫校で優秀な成績を残し、授業態度や人柄、社会貢献など特別問題という問題はない。

しかし彼女には不審な経歴がある。中学の途中で突然の転校をしたのだ、理由は病気の治療、そして家庭の事情とだけ記載があった。

その後の転校先での登校日数はなし。その後、この学校へ()()()から願書を提出した。病気の症状は不明。

 

―――これらの経歴は、彼女の評価を高く見積もってもBクラス相当にするに十分な理由となる。

()()()()()()()()()()()()()()()と疑問が首をもたげるのは、当然の流れだ。

この生徒会室に来たのも、何か目的あっての事では? ※ありません。

 

疑問を疑問のままにしない。当校では優等生(Aクラス)どころか欠陥品(Dクラス)の1年生の内に()()()()()()()学ぶことだ。

 

 

「西園寺。少し聞きたいことがある」

 

「…?はい、なんでしょう?」

 

「お前の、過去についてだ」

 

「会長…?」

 

 

不思議そうにこちらを見る橘。それをあえて無視して堀北は言葉を重ねる。まるで普段、学級裁判をする時のように厳かに、

私情を挟まない様に。しかし誤魔化しや虚偽は認めないと、鋭い眼差しで問いかける。

転校の理由の不明瞭さ、空白期間、不自然な病。特殊な家柄というなら、有数な大企業の生徒がAクラス以外に入学した例が過去にも、なんなら今年にもある。

そのことを一つ、一つと追及するも、撫子の表情に後ろめたさの影はかけらもは無い。

 

 

「―――これが、俺の知る西園寺撫子という生徒の情報だ。お前の経歴には、いささか不審な点が多すぎる」

 

「確かにそう客観的に事実を告げられると、少々恥ずかしいものですね」

 

「あの…会長、まだ彼女が入学して2日目です。あまり込み入った話をするのは…」

 

 

どこか申し訳無さそうに咎める様に口を出す橘だが、堀北から「西園寺と彼女のAクラスはSシステムについておおよそ掴んでいる」事を告げられ、驚きの声を上げて撫子を見てしまう。

 

 

「これは来月知る情報だ。誰かに伝える事は許可できないが、Aクラスから順に入学までの評価の高い順に配属される。一部例外はあるがな」

 

「かしこまりました。誰にも言わない事を約束します。…そして、このお話をして頂けるという事は、つまり…?」

 

「話が早いな。西園寺、お前の過去について教えて貰いたい。お前の存在は、入学2日目の時点で、いささか目に余る。この学校に相応しいのか、見極める必要を感じるほどにな…」

 

 

「会長…!」今度こそ、咎める為に声を荒げる橘。その様子を黙殺し、撫子から目を外さない堀北。険悪になりそうだった生徒会室の空気を破ったのは、渦中の撫子だった。

 

 

「構いません。絶対に言うなと止められている訳ではありませんので」

 

「西園寺さん…では、私は退出を―――」

 

「いえ、橘先輩もいて下さって結構ですよ」

 

 

席を立とうとする橘に、「あまり、広めてはいけない、信用できる人にだけ伝えて助けて貰うように」と言われています。そういわれ、不安そうな、どことなく誇らしく、少しこそばゆい表情で座りなおす橘。

 

入口の近くの棚に置かれた鞄から、撫子は白い封筒を取り出す。封は切れているようだが、大切そうに抱えたそれを堀北に差し出す。

 

 

「どうぞ」

 

「…これは?」

 

「私の祖父からです。お渡しする人は、養護教諭と、自分の信用できる人へ見せる様にと。あ、それと…」

 

「?なんだ…?」

 

 

―――私には、決して見るなと言われています。

 

 

「…どういうことだ?」

 

「……。申し訳ございません、私にも分かりかねます。ただ、私の病気について知りたい方へ見せる様にと、そう、聞いています」

 

「………拝見する」

 

眉をひそめた撫子は白い封筒に焦がれるような視線を送るものの、それを奪い返すなどの様子は見られない。

 

カサ、と数枚の手紙を取り出し、背後に回り、此方を覗き込む橘と一緒に手紙を読む。

 

 

これを読んでいる方へ。まずは、お礼を言いたい。撫子の理解者、友人、そういった存在になってくれたことを。

彼女を支えてくれようとしていることを。

まず初めに、――――――――――、――。

――――――――――。

――――――――――。――――――――、――――――――

 

――――――、―――、――――――――――。―――――――

 

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―――――――、―――――――――――。

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――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――

撫子を、よろしく頼みます。 西園寺 大和

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

生徒会長として、俺は様々な案件に関わってきた。クラス間の諍いの仲裁、トラブルの解決、教師だけでなく、外部の業者や企業との連絡、手続き。果ては、男女の不純異性交遊などの問題の解決にもこの学校の生徒会は関わることがある。

 

だが、西園寺の話を聞いて、俺は所詮ただの高校生の子供なのだと分からせられた。

校内の秩序を守り、運営するために生徒会はあるのだと俺は考え、全てのクラスの全ての生徒が、将来の為の努力を邁進することができる、この学校が好きだった。

その生徒たちを守る生徒会の存在を、非常に大切に思っていた。()()()だった。

 

―――俺の大切なこの学校(そんなもの)は、大人の世界の、それも一般家庭とは遠く離れた家の一族の常識には何も通じなかった。

 

俺には何もできない。怒りや憤りに身を任せる事も、自分がどんな理不尽に遭ってたのか解らない迷子を抱きしめる事も。…今の彼女には、何を言っても伝わらないだろう。

 

それは眼の前の歪な光景が物語っている。泣きながら抱きしめる橘を、西園寺撫子(ひがいしゃ)がオロオロと慰めている。

 

夕焼けが注ぐ生徒会室で、艷やかに輝く黒髪に、一人の少女を幻視する。自分の、血の繋がった妹の姿を。

 

この学校に入ってから疎遠になったーーー否、遠ざけた妹が。

アレが兄に向ける感情は、親愛には行き過ぎていた。自らの世界を内に内にと狭めていく妹を、兄として無視する程には無関心になれず、兄として支えるには自分は若すぎた。

 

結局、この学校に追いついてきてしまった妹。

生徒会の勧誘に立った壇上から、こちらを見つめた愚かな妹。

自らが置いてきた問題(ツケ)は、何時かは自らが解決しなければならないと自分は学んだ筈だったのに、想像よりも衝撃は強かった。

 

そんなことを夢想してしまうほど、自分は彼女へ重い感情を抱いていた。義憤というには私情に塗れ、憐憫を抱くには彼女は無知だった。

 

彼女は何も知らぬ子供なのだ。愛も情も好意も嫌悪も知らぬ幼子。

何故、橘が泣くのかも分からない。何故、慰められるのが自分だと理解していない姿は、歪だった。悔しかった。悲しかった。

 

才に溢れ、容姿に恵まれ、人に愛される。すべてを持って生まれてきたのにそれを享受する事が叶わない。そんな不条理があってたまるか。

 

 

「泣くのをやめろ。橘」

 

「ほり、ぎたくん…でも…!」

 

「会長、だ。橘。西園寺も困っているだろう」

 

「生徒会長?私は別に…」

 

「いや、こちらの役員が失礼した。それよりも、西園寺。提案がある。…生徒会に、入らないか?」

 

 

驚きを見せる二人。前者は、突然の誘いに。後者は、3年で培った付き合いから自分が急に勧誘(こんなこと)をする事へ。

 

涙を拭い、赤くなった目元をそのままに、何度も頷き「歓迎します!」「でも…私は…」とやりとりを重ねる橘と西園寺。突然の話で混乱もあるのか、両手を重ねて祈るように握っている西園寺。少し強引に間に入ると、しかと目を見て右手を差し出す。

 

その手を見て、そして期待を向ける橘の顔を見て不安げに結んでいた両の手を解く。

少しでも心が傾いているのならと、畳みかける様に勧誘理由を重ねていく。

 

 

「今年の一年の募集枠は埋まってない。会長枠の推薦があれば席は問題なく用意できるだろう。…むしろ、お前が入れない生徒会では、他の生徒を入れるわけにもいかなくなるな…」

 

「凄く…!凄く良い考えです!良いと思います!」

 

「あの…私は…」

 

 

おずおずと、こちらに伸ばそうとして止まるその手を伸ばして掴む。()()()()()()に握りしめる。

 

「きゃっ」と驚きに肩をビクリと震わせる。その手に重ねる様に、橘が両手で包み込む。

 

 

「生徒会に入れ、西園寺。俺達と共に来い」

 

「あの…よろしく、お願い致します…?」

 

「歓迎しますよ!歓迎会とか、やりましょう!これからたくさん楽しいことをするんです!」

 

「よろしく頼む。西園寺。改めて、言わせて貰おう。―――歓迎しよう、生徒会にようこそ」

 

 

 

俺はもう、全てを置き去りにはしない。したくない。妹も、後輩も、この学校生活もだ。

 

堀北学(幼かった自分)は、堀北鈴音(置いてきた少女)を、今度こそ見捨てない。

 

 

 

 




堀北(兄)「優秀な後輩ゲット!」

橘「守護るべき後輩ゲット!」

撫子「私は茶道部に入りたかったのですが…」


勘違いが広がりますね。また感想とかあると、
励みになります。よろしくお願いいたします。


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2日目④:レストランと、日課

3日以内更新間に合いましたかね…?
お待たせしました。第8話です。次回からはまた原作イベントでの間が空くので、スムーズに進むと良いなと考えています。
アンケートも用意しましたので、回答お願い致します。

それでは、どうぞ。


その後、落ち着いた撫子は堀北会長と、腕に抱きついて離れない橘書記に連行され、簡単な歓迎会に招かれた。

 

慌てて辞退しようとするも、「個室で周りの目も気にならない(牽制球)」「生徒会の仕事についても話がしたい(変化球)」と言われ、最後には先ほど何故か泣いていた先輩から上目遣いで「一緒に居たい(直球)」と言われ頷くことになる撫子。チョロい。

 

伊達にエリート(Aクラス)、歴代最高の生徒会長様とそのパートナー(自称)ではない。

 

放課後の帰路、周囲の目は普段の2倍は多いが、視線が何時ものものと違い驚き・唖然としたものが大半の為、いつもよりもストレスを感じることは無い。何より先頭を歩く生徒会長の目力と、橘書記によってガードされ大分緩和されていて気が楽だった。

 

 

着いた店は確かに落ち着いたレストランのイメージで、ちらほら見える姿も上級生が多いようだ。

慣れた様子で席に入ると、店員へ「予約を入れていた堀北ですが―――」と伝え、スムーズに席へ誘導される。

元々予定があったのでは?と顔を不安げにする撫子だが、橘からは「会長、あの後すぐに予約入れたみたいなんですよ…本当、エスコート上手ですよね…!」と小声で聞いて一安心。

 

その後、「ここは俺が持とう。好きなものを頼め」と会長から奢り宣言。慌てて固辞しようと(略)×2名。各々が卓上のタッチパネルで注文する。橘の提案でウェルカムドリンク(ノンアル)を頼んで乾杯。ほのぼのとした会話を楽しむこと数分、橘はビーフシチューのセットが届き、堀北はビーフステーキのセットが。そして撫子にはお子様ランチが目の前に置かれた。

 

 

「ほう…面白いものを頼むんだな」

 

「ふふ…ちょっとイメージと違っていて、可愛らしいですね…。あ!別にダメって訳じゃないんですよ!?」

 

「そうですか…?写真を見て、ちょっと食べてみたいなって思いまして…」

 

 

プレートに様々なおかずと一緒に旗まで立ててあるチキンライス。THE・お子様ランチ(990P)とも言えるソレを見ている後輩。思わぬ一面に微笑む先輩二人。

少しだけ気恥ずかしそうに「名前は知っていたのですが、初めて食べるので、少し、楽しみで。…すいません、世間知らずで…」と儚げに笑う撫子。真顔に戻る生徒会長。泣きそうになる書記。完全に地雷案件(かんちがい)である。

 

 

「あ、あー!撫子さん、ここのビーフシチュー!すごく煮込まれていて、お口に入れると本当、溶けちゃうみたいなんですよ!一口!一口食べてみて下さい!」

 

「…これも食べろ。この店の肉は上手い。俺もたまに一人来る」

 

 

まさかの「あーん」(デート)イベント。これには撫子もびっくり。無事()間接キスまで済ませて食事を終える撫子。

その後、実は茶道部に興味があった事を伝えると、生徒会との兼部が推奨されていないのはあくまで原則なので、体験入部やそれこそ兼部が出来るかは茶道部()試しに入って判断していいと生徒会長にお墨付きを貰った。

 

今日何回か目の感謝を告げる撫子。下げる頭を見てあわあわする橘書記。内心で生徒会に入ることを確定させた事実に机の下で握り拳を作る堀北会長。

無論、この後各部活の知り合いへ牽制のメールを送ることも忘れない。

 

その後、「体験入部の段取りも連絡しておこう」とスマホを取り出す頼りになる先輩に、

「実は…」とスマホの使い方が分からなかったことを伝える撫子。

 

今まで電源を切っていた撫子の端末に光が灯る。守護る系書記が指紋認証の説明や、アプリやプロフィールの設定を一緒に教えている。その様子を見ながら新人生徒会役員(なでこ)の獲得に暴走しそうなクラスメイトや他クラス部長に連絡を爆速タップしていると、スマホ設定をしていた二人の声が途切れる。

方や首を傾げており、もう片方は顔を青くしてこちらへ画面を見せてくる。

 

 

『メッセ―ジ:64件』

『不在通知:42件』

 

「…あの、会長…これって…」

 

「…誰からだ」

 

「ええっと、名前…名前は、」

 

 

星之宮先生ですね…と呟く1年生。思わず目を合わせる3年生。…星之宮知恵は養護教諭でおそらく西園寺撫子の事態を把握しているだろう教師の一人だ。他の教師については誰にも伝えていないという事から、その関係の連絡かと危惧する二人。

 

 

~♪

 

「あ、また連絡が来たみたいですね。名前が出ました」

 

 

ほら!と画面を見せてくる撫子に顔を引きつらせる橘。想像していたリアクションと違う表情に首を傾げると、堀北が手を出して「電話の出方を教えてやろう。少し、貸してくれるか?」と聞いてくる。もちろん渡す撫子。

画面の『出る』ボタンともう一つのメガホンマーク(スピーカーモード)を押す。するとスマートフォンから聞き覚えのある教師の声が聞こえる。

 

 

『あ!繋がった…撫子ちゃん!今、どこに居るの!?』

 

「星之宮先生、ごきげんよう、です」

 

 

卓上に()()()()スマホからの返事に、恐る恐るスマホに声をかける撫子。「これ声伝わってます?」と小声で聞くと、不安げな表所の橘がかすかに頷く。真剣な眼差しの堀北が要件を問うべく口を開く、その間際に向こうからの声が続く。

 

 

「撫子ちゃん!撫子ちゃん今日の夜の日課なんだけどごめんね今日は私の方で仕事が長引いちゃって今終わったから向かったら部屋が閉まっていてインターフォンを鳴らしても反応が無くて撫子ちゃんが大丈夫かなって先生不安になって管理人さんに言って扉を開けて貰おうと1階に行ってその時待っているときに外から見たら部屋の明かりがついてなかったから倒れちゃっていたらどうしようかと思って鍵を貰って直ぐに中を確認したのにまだ帰ってなくて連絡しても繋がらなくて一之瀬さんにも神崎君にも真嶋君にも確認したのに誰も知らなくて位置情報が出ていなかったから誘拐されたんじゃないかと先生心配で監視カメラを調べて貰える様に真嶋君にお願いしたから私は撫子ちゃんの部屋で待ってたのよ!?今何処にいるのねえ心配で心配心配心配―――」

 

「先生?私は大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ございません。」

 

「「―――」」

 

 

言葉を失う二人。ドン引きである。これまで勝手知ったる教師の、ノンブレスで粘着質なストーカーの様な発言に、上級生とはいえ今日初めて社会の闇の一端に触れた二人はフリーズするしかない。叫び声や鳴き声も混じったそれを、歯牙にも掛けない様子で返事をする撫子。改めてその傷跡の深さを感じてしまう。

 

その後、2,3度のやり取りの後に落ち着いたのか電話の切り方を聞いてくる撫子。「あ、その電話機に斜め線が入った…」と伝える橘。その時に「今の声!ねえ!誰かと一緒な―――」と切れる間際に声が聞こえた。

「あ…」となる撫子。直後に鳴るコール音。出ようとする撫子の手からスマホを奪う様に通話に出る堀北。

 

 

「撫子ちゃん!さっきの声の女は―――」

 

「星之宮先生、堀北です」

 

「だれ…、って、え?堀北君?なんで、撫子ちゃんの電話に生徒会長の君が?」

 

 

その後、堀北からこれまでの経緯が説明される。生徒会に入った事、歓迎会で拘束したこと。そして、手紙を読んだこと。途中まで「そう…」「そうなの…」と落ち着いた返事だったが手紙の事に触れると「はぁ!?」とかなり大きな反応があった。その後、個室から出ることを橘にジェスチャーで伝えると、目と目で頷き合う。後輩は首を傾げていたが、仕方ない。

 

 

「星之宮先生。先生に協力して欲しいことがあります―――」

 

 

電話を終えて戻ってきたのは、橘が間を繋ぐために頼んだデザートが届いた頃だった。

この後、ケーキを餌付け(あーん)されている後輩の写真を待ち受けにする生徒会役員の姿があった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

1年生の学生寮まで送って貰った撫子は、入口で待っていた星之宮知恵に抱きしめられると、堀北生徒会長と橘書記、二人の先輩に改めてお礼をした。二人は何度も、「何かあったら連絡して」「困ったら頼れ」「あなたは一人じゃない」「何もなくても連絡して構わない」等等。

デフォルト登録されている学校や緊急、教師などを除けば初の連絡先交換だ。

 

―――もしや、これって友人なのでは?手を握られる、一緒に下校、あーんする。連絡先の交換。…間違いない。そう思い至る撫子は、立ち去ろうとする堀北へ声をかけようとする。しかし、それよりも先に星乃宮に腕を引かれる。

 

「もう行くよ!撫子ちゃん!」と少しだけ息の荒い恩人(メンヘラストーカー)に手を引かれ、二人へ「ごきげんよう~」と手を振りながら寮へと消える撫子。その様子に微かな危機感を覚えるも、心配している教師相手なら大丈夫かと自分を誤魔化し、三年寮へと足を向ける。※大丈夫ではない。

 

 

エレベーターに乗り、寮の自室へと向かう撫子。昨日との違いは、手を引く星乃宮が居ることだ。チン、とエレベーターが到着を告げ、()()()()()()()()()取り出した鍵で部屋の鍵を開ける星乃宮。

 

玄関の明かりをつける間もなく、俯きながら「上がって」と押し殺したような小声で手を引かれる。慌てて、土足にならないように靴を脱ぐと、そのまま部屋のベッドへ放られる様に腕を引かれ、腰を落とす。

 

 

「…あの…星之宮、先生?」

 

「…っ…!」

 

 

そして正面から抱きしめられる。部屋は暗いままで、表情は伺えないが肩が震えているのが分かる。何故、泣いているのかは分からない。ただ、多分自分が原因なのだろうという事は分かる。今日の生徒会室での橘先輩もそうだ。()()()()()()()()。少しだけ憂鬱になりながら、背中をトントンと撫でてあげると少しずつ震えが収まっていく。

 

その後、電話で聞いた内容を今度はゆっくりと聞き、連絡が取れなかった理由については使い方が分からなかったことを伝えた。一瞬、凄い顔で「真嶋君…」と言っていた様な…?担任にも迷惑をかけてしまったのかと不安になる。

対策として、連絡が取れるようにとおそらく私用プライベートの番号も登録させて貰い、位置情報機能について聞くと、自分がどこに居ても駆けつけてくれる機能だった。「私がどこにいても、先生には解っちゃうんですね…」と尊敬を込めた眼差しで伝える。…目を逸らされたが、何かあったのだろうか。

 

先ほど泣いた事を誤魔化す為だろうか?日課の相談をされた。空気を読める撫子は急な話の方向転換にも突っ込まないのだ。

 

来れない日はこれで連絡が来るようになった。今日は問題ないとの事なので、支度を手伝って貰いながら脱衣所で服を脱ぐ。

視線を感じて振り返ると、目を逸らされ星之宮先生から「そ、そういえばパジャマはどこにあるのかな?エアコンつけてるけど、女の子が体冷やしちゃだめよ?」と言われる。

 

 

「…?いえ、お気遣いありがとうございます。寝る時、私は寝間着を身につける習慣がなくて…」

 

「んん゛…!そっか!じゃ、じゃあ仕方ないよね!し、下着だけ…準備、準備しておくね…」

 

「あ、下着もつけないので…お気遣いなく…」

 

「ん゛ん゛ん゛……!!」

 

 

…なんだろう、風邪だろうか。鼻頭を抑えることが今日は多い様子だ。しかし、以前の様子から体調が悪くてもこちらを優先することは目に見えている。自分の為に時間を割いて貰うのは心苦しい撫子は、いつもよりも気持ち早めに入浴を終え、体に張り付く水滴を拭ってリビングへ戻ことにする。

 

 

――――――――――――――――――――――――――

ほんの数分が、体感で何十分にも何時間にも感じた。シャワーの音にが耳に入り、鼓膜を通り抜けて脳裏を貫く。もう私の頭は彼女に壊されているのかもしれない。でも、それでもよかった。彼女に触れるなら、もうなんでもいい。

浴室の扉の空く音。体を拭う音。ドライヤーの音。この厭わしい、待っているだけの時間も、全てがこの後の時間(ごほうび)へのスパイスだ。

 

 

「お待たせしました…」

 

「ヒュィ……!!!、だ、だだだだだだいじょうぶ、ダイジョブ、大丈夫。まってないよ…」

 

 

湯上りで上気肌となり、寝間着も下着もつけていない、バスタオルを巻いた姿。布一枚を剥がした先には、一糸纏わぬ女神の身体がある。

 

先ほどの恐慌状態とは180度逆の感情から胸の鼓動を感じる。まだ水気を帯びた黒髪、頬に張り付いた髪を耳にかける仕草が色気を発し、床に敷かれたバスタオルに膝をつきこちらを見る瞳は冀う様に淫蕩な光を宿している様だった。

 

もはや確信犯なのか、挑発的な彼女に保健室とは違い、此方から手を伸ばしバスタオルを奪う。「あ…」と頬を更に朱に染める撫子。目の前の女神の裸体に、一度だけ分からないように生唾を飲み込む。

 

「ゴクン…」と自分にだけ聞こえた音は、自分の理性と欲望のスイッチを切り替える音の様だった。まだ湯気が立っているような乳房を右手で触る。円を描く様に、肌触りを確かめたり、あえてお腹のあたりから人差し指だけを這わせて、反応を確かめたりした。

 

「あ…!」「ん…」とびくりとしながら、文句ひとつ言わずに声を押し殺す撫子。十全の信頼を向けている事がいじらしく、確信犯的な誘い受けならなお愛おしく、こちらの理性の焼き切れそうになる。荒い吐息と熱っぽい視線が交錯する。

 

 

「…ごめん、今日は、優しく出来ないかも」

 

「…構いません、(私のせいでこんな時間になってしまったので)先生(が早く終えられる)なら…良いです」

 

「…!」

 

 

身体ごと、彼女を抱きしめ押し倒す。彼女が手で口を閉じようとするのを纏めて右手で押さえ、左手は彼女の体に伸びる。誰も見ていない寮の一室で、今日もまた、一人の少女の嬌声が零れるのであった。

 

―――この後めちゃめちゃ日課をした。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

『ンん…!あ!…あぅ…!んんぅ…!』

 

「……~//」

 

『いっ!あっ!…あぅ、はぁ、ああぁ…!』

 

「…にゃ~…//」

 

『ぃ、やぁん、も、ふぁあぁぁぁあ…!!』

 

「………にゃあ…撫子ちゃん、二日連続……。//」

 

 

隣室、ベッド側に撫子の部屋がある。ついつい、壁に耳を当てて聞き入ってしまう一之瀬帆波。

二日目も一之瀬はちょっと寝不足になった。

 

 




読了ありがとうございました。ちなみに撫子ちゃんのサキュバス誘い受けは半分無自覚、半分は魅了された星之宮先生の深読みの結果です。
当然、健全な治療行為なので何の問題もないと思います。
一之瀬さんに迷惑かかるのは、いずれ何とかしないとですね…。

次回以降は、ついにプールイベントとまた個人イベントになるかなと。
アンケートで方向性は決めることになるので、またよろしくお願いいたします。


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学校生活編①:初めてのプール

当日2投目!ネタが抑えられませんでした。
ちょっと普段より長いかも。
そして登場キャラクターのノルマ達成。次は2年生ですね。

では、お楽しみください。


 

「おはようございます、帆波さん」

 

「にゃー…、撫子ちゃん、おはよぅ…」

 

ここ数日、朝に出る時間を合わせて通学する約束をした隣人との一幕。

美少女同士が並んで通う姿は、朝練で走り込みをしている運動部と()()()()()()()()()に非常に人気だった。

 

寝不足気味なのか、口元を抑えて欠伸をする帆波。※理由は教えてくれなかった。

すると、帆波の胸元に目が行く。あら、とネクタイが曲がっているのに気が付き、整えるようと近付く撫子。

 

 

「帆波さん、ちょっと…」

 

「にゃにゃにゃ、にゃでこちゃん…!?」

 

 

噛んで名前を呼べていない帆波に、「動かないで…任せて下さい、にゃー?」と囁く撫子。当然フリーズする帆波。沸き立つ親衛隊(ギャラリー)---もう一つのグループだ。

 

至近距離から身だしなみを直(タイが曲がっていてよ?)される。当然、眠気など吹き飛ぶ。なんならこの危機感0(なでこ)から被害と奉仕(コミュニケーション)を最も受けているのが、帆波だった。

 

廊下で出会えば転んで抱きとめられ、(当然、周囲は盛り上がる)

保健室で仮眠を取ろうとすれば何故か半裸の撫子に出会い、(その後担任が来て何故が追い出された。眠気も吹き飛んだが…)

生徒会に入ろうと入室をすれば撫子だけがいて取次を頼むことに。(何故か頭をナデナデされた)

また撫子が既に生徒会役員と聞いて、変な声(「にゃー!?」)も出た。撫子曰く猫語らしい。

 

閑話休題。

 

「はい、これでいいですにゃー?」と真っすぐに整ったネクタイを満足そうに、頷いて離れる撫子。

何度目かの少女漫画(百合)のようなシーンに、ノーマルのはずだった一之瀬帆波の恋愛感が揺らぎつつあるが、本人は何のそのである。

 

その後も遠巻きに見守る親衛隊(※全員女生徒)を伴い、恋人繋ぎで登校する二人。

既に注目を集めているが、男子生徒(見てるだけの彼ら)とは違い声をかけてくる彼女たちを撫子は不快には思っていなかった。何故か、帆波と一緒の時は除く(百合の間には挟まれない)

 

 

「そういえば、帆波さん。今日は初めての水泳の授業ですね」

 

「そ、そうだね…撫子ちゃん。撫子ちゃんは水泳が得意なの?」

 

 

丁度、話題を振ってくれた撫子にこれ幸いと話を続ける帆波。帆波自身は、とても得意な訳ではないが、割と好きな方だった。

撫子が良ければ、夏になれば一緒にプールに行くのも良いかもしれない…。そう、聞こうとすると少し暗い表情を浮かべている。

 

 

「水泳は大丈夫なのですが、私は水着が…ちょっと…」

 

「あっ…」

 

 

思わず、という風にお互いの目が二つの山に向く。大きい。学校指定のスクール水着が果たして着れるのか。帆波はゴクリと息を飲む。

 

 

「…水着のサイズについては、学校に伝えてあるんだよね?」

 

「はい…1年半前から急に大きくなって…。その前はまだ小さかったので、水泳も得意だったんですけど…」

 

「そうなの…私も成長期だったのか、急に大きくなっちゃったから気持ちは分かるよ」

 

 

善性の塊と警戒心ゼロ(てんねん)な二人が、衆目の中でバストサイズ(えっちい)話を無警戒に発展させる。共通の悩みを持つ二人だからこそ、不満が出てくる出てくる。もはやテロである。

当然周囲も耳をすませる。顔を赤らめる者、虚無の目をする女生徒、前かがみになる男子生徒。一部流れ弾が当たった生徒もいたが、親衛隊の壁で気付かない二人。

 

「その時…サイ……だったの?身…は?」「背は変……てなくて…前…E…」とざわざわするギャラリーにも微かに聞こえた会話。もう止まらない。それはそれとして、夏の約束をしつつ、今日も隣のクラスの友達と友情を育む撫子だった。

 

 

「…ふっ…」

 

「…どうかしましたか?神室さん?」

 

「な、なんでもない…ふふ…」プルプル…

 

「………っ…!」キッ!

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

チャイムが鳴った昼休みのAクラス。お昼を食べようと弁当箱を取り出す撫子の所に、坂柳有栖が声をかける。その手には、食堂近くの購買で買ったらしいパンが入ったビニール袋がある。

 

 

「撫子さん、本日はお食事を一緒にしてもよいでしょうか?」

 

「有栖さん…はい、もちろんです。是非―――」

 

 

ご一緒させてください、と伝えようとした声を遮り、教室に入る女生徒の姿が。クラスメイトが不思議そうな目を向ける中、「失礼します、西園寺さんはいらっしゃいますか?」とよく通る声がクラスに響く。

部活説明会で茶道部について説明していた、着物姿の先輩だった。今日は制服姿だが、頬を赤らめる男子生徒もおり、その視線を受けて物怖じしない度胸も兼ね備えている様子だった。

 

突然の訪問者に、有栖へ「少し失礼します…」と声をかけ、先輩の元へ向かう。

 

 

「初めまして、私が西園寺撫子です。本日はどういった御用でしょうか?」

 

「いえ、こちらこそお昼時にごめんなさい。すぐ終わるから、お友達との食事の邪魔はしないわ」

 

「お友達…!」※小声

 

 

ピントがずれた所で感動する撫子だったが、簡単な自己紹介をされ、部活の体験入部の話をされる。予定日の相談をして、先輩はお礼を言って帰ろうと踵を返す。

 

 

「先輩、ご丁寧にありがとうございました。クラスまで来て頂けるなんて…」

 

「いいえ、体験入部の件は堀北くんから頼まれたのもあるけど、こっちにも()()()()はちゃんとあるから安心して。是非、入部して欲しいわ」

 

 

楽しみにしてる。そういってウインクをして去る茶道部の部長へ丁寧な礼で見送ると、有栖へ待たせたことを詫びて席に着く。

先ほどよりも増えた―――何なら、クラス中が注目する中で食事を開始する撫子と有栖、そして有栖の後ろにいる女生徒。

 

 

「お待たせしました、有栖さん」

 

「いいえ、こちらからお願いしたのですから、気にしないで下さい。それよりもお昼ご飯を進めましょう?…私もう、()()()()()()なってしまって…」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

席についた3人。撫子が自分の後ろの生徒へ自己紹介をすると、こちらもお友達の神室真澄(コマ)を紹介をする。

彼女は興味なさ気に総菜パンを食べているが、今回は特別何か頼んだわけではない。ここに居るのが仕事の様なものなのだから、何も言うまい。

 

数日前の西園寺撫子からの週末のお誘い。その予定を詰めようと、昼を一緒にしようと声をかけたら思わぬ来客に興味と感心、そして警戒心が跳ね上がる。

 

隣のクラス(1-B)に続いて上級生が何故?堀北会長とも面識が?いつ?部活説明会では姿が見えたがどの部にも入ったとの情報は無かったはず。一瞬で脳内を駆け巡る疑問と情報。それを一端保留し、正面で食前の挨拶(いただきます)をする撫子に出来るだけ自然に話題を振る。

 

今日のおかずは、先ほどの授業は、最近、別クラスの生徒の授業の様子が、等々と傍から見たら和気藹々とした話をしながら、核心に触れる。

 

「そういえば、撫子さん。先ほどの方は?それに、堀北、というのは生徒会長の名前でしたよね?」

 

「はい、この前お会いする機会があって、生徒会に入ることになったんです」

 

「…撫子さんが、生徒会に?」

 

 

ざわ…とまたクラスが騒めく。当然、目線の事を有栖は気が付いているがクラスへの影響力の拡大も目的の一つだ。あえて言及はしない。

 

 

「…生徒会って、他の部活はできないんじゃなかったの?」

 

「はい、そうみたいです。…でも、本当は茶道部に入りたかったと伝えたら、兼部できるか試しに体験入部しても良いと、堀北会長からお許しを得ました」

 

「…ふーん、意外とあの顔で優しいんだね、生徒会長」

 

「はい、一緒に(橘書記と3人で)お食事に行った時もスマートにエスコートしてくれて、(飲食店に入るのは)初めてでしたが、とても楽しかったです」

 

 

ぽつりと疑問を投げかける神室にも丁寧に(頬を赤らめながら)話す撫子。その様子をなんとか表情を崩さずに耐える有栖。ざわめきが大きくなるクラス。評価が急激に下がる生徒会長。

※冤罪です。

 

買ってきた紙パックのミルクティーに、小刻みに震える手でストローを刺して飲む。糖分は脳への栄養素、常人の数倍の性能をしている有栖の脳は、得た情報を処理するべく全力で回転していた。

 

(…早すぎる!!一体…いつから…まさか、私が声をかけたあの時から?あの時点でこの状況を?仮初めの同盟を申し込んだのは、お互いのクラスでの地位の確立。葛城勢力への示威行為的な役割。それが建て前、時間稼ぎと看破されるのは良い。いや、良くは無いが少なくとも今月は効力を発揮するはずでした…。今月いっぱい、高められたAクラスの評価とそれ以外のクラスの評価、その差は撫子さん陣営の信用基盤にヒビを入れるはずだった…。その為の手を、部活でBクラスと一緒になったクラスメイト(コマ)には指示しておいたのに…今度は生徒会!?この様子では、他の部活の上級生との関係も考えなくては…)

 

思考を止めない有栖。何とか表情を保っていると思っているも、俯きがちな姿勢となりその視線は撫子の胸部装甲(おっ〇い)へ向いていた。考え事に集中する有栖は気付かない。その様子に気付いた一部の生徒は微笑ましい眼差しを向けている事を。

 

もはや一刻の猶予もない。自分の派閥、引いてはAクラスの支配を早める為の協力。つまり、敵の手を借りて敵と戦う行為(将棋)だ。

得意なボードゲーム(チェス)とは違うゲーム性に有栖は急ぎ行動を起こそうとする。

 

「…なで…こ、さん」

 

「?有栖さん、どうしましたか?」

 

 

囁く様に聞くと、相手も気を使ってか小声で、神室にも聞こえないくらいの声で返してくれる。先日と同じ場面だ。相手もすぐ察してくれるだろう。

 

 

「週末の、お誘いの件なのですが…」小声

 

「あぁ…申し訳ございません、有栖さんその件なのですが、もう大丈夫です」小声

 

「…ぇ…?」小声

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()」小声

 

 

 

「お願いしてあったのに、こちらの都合で申し訳ございません」、そう続けた声は、有栖の耳には入ったがその脳が意味を理解する事は無かった。時間にして数秒だが、有栖は全ての思考を放棄して放心(フリーズ)していた。

 

―――しかし、自他共に認める天才。坂柳有栖は直ぐに再起動を果たす。少し、間違った方向に。

 

 

(カイケツ…かいけつ、解決、解決、大丈夫、なにが、何が大丈夫なのですか…!?一体…。既にもう、彼女が手を打った後だというの…!?まだ数日…そんな期間で、此方に勝利する準備が整ったというの…!?まだ何か…彼女には隠し玉が…!?…はっ!)

 

 

有栖に自覚は無かったが、それは恐怖だった。それも()()()()()()()()()()()()()()()恐怖は、有栖には未知の領域だった。今まで分野を選ばなければ、自分に勝る実力や才能を持った相手はいくらでもいた。しかしそれを自分の支配下に置いて、操り人形のように出来た。それは、体に不自由がある坂柳有栖だったから芽生えた歪な欲望だったのかもしれない。

 

 

(まさか、西園寺撫子は教師を味方につけたとでも…!?保健室に通っているのは聞いている。それも毎日…!始めはBクラス支配の為の情報収集と思ったのに…あり得る!彼女なら!西園寺撫子はこちらの予想を超えてくる…!考えろ考えろ考えろ…彼女に、()()()()()()()()()()()()

 

 

生まれて初めての恐怖を感じた有栖が、冷静に考えを纏めることなど出来はしなかった。

 

自身の父が運営する学校で、その父が監督する教師の不正を疑う。---そんな矛盾した考えすら、今の有栖には疑心暗鬼の芽に水をかける行為同然だったのだ。

 

結局有栖は、昼休みの終わりを告げる予鈴チャイムが鳴るまでショックを受けた表情で撫子(の胸を)を見て固まっているのであった。

※クラスメイト目線

 

 

「あの…?有栖さん?」手を顔の前で振る。

 

「そっとしておいてあげて…」←勘違いその②

 

「??」首傾げ

 

「…ふふっ(あんなにショックを受けるなんて…そんなに胸を大きくしたかったのかしら)」

プルプル…

 

「神室さん?」キョトン

 

「…真澄で良いわ。そっちの事も、撫子って呼ぶから」

 

「…!はい、よろしくお願いいたします。真澄さん…!」パァ…

 

 

一方の二人。Aクラスで二人目の友人が出来てご満悦の撫子。気に食わない飼い主の醜態が見れて、バレないように動画に取るべきか真剣に考える神室真澄。

午後の授業が始まる。

 

 

――――――――――――――

 

 

学校初の水泳の授業。直線で50Mあるプールは、ガラス越しに日の光が差し綺麗に反射している。屋内プール完備で天候に左右されずに水泳部も練習に使用できるのは、流石国営の学校の設備と言えるだろう。

 

男女混合で行うプールの授業は、男子たちも表立っては誰も態度に出さないように心掛けているが―――Aクラスとは言え思春期の男子生徒。

楽しみにしていない生徒は殆どおらず、午前中の授業が進むにつれて高まる期待に、更衣室での着替えは非常に速やかだった。

 

その際、「西園寺は参加するのかな…」という呟きに、一瞬とはいえ男子生徒全員の着替えが止まった。

中には、一度着替えを止めて退室する生徒もいたが、誰も引き留める事は無かった。

 

その後、着替えを終えた生徒から水泳の体育教師が待つプールへ出る。怪我を防止するための簡単な体操でもして待っているように言われ、体を解す生徒たち。

 

ちなみに過度な体操は、体を傷つける為あまり推奨はされていない。いないが、煩悩を打ち破る為に全力体操をする生徒もおり、早めに着替えを終えた女生徒からは変な目で見られるのだった。

 

 

授業開始の時間が近づき、多くの生徒が着替えを終えてプールサイドに集まる。教師は生徒の数を数え、数人足りない事に気が付き2F観戦席を見上げる。1人しかいない。

 

「?お前たち、まだ着替えている生徒が居るのか?そろそろ授業の開始時間だが、―――後、5人、か。残りは見学なのか?」

 

「それが…先生、ちょっと耳を」

 

「なんだ…?」

 

体育教師の下へ顔を赤らめた女生徒が駆け寄り、耳打ちをする。2,3伝えると、「は?」とその生徒を見て固まる教師。

言った女生徒も恥ずかしいのか、「じゃあ来てください!」といって女子更衣室の方へ腕を引く。

ざわざわとする男子生徒。顔を赤らめて俯く女子生徒。顔を真っ青にする体育教師。

 

「まてまてまて!分かった!分かったから!それについては別の女性の先生を呼ぶから、いったんお前たちは更衣室で待機していてくれ。後、一人は説明をする為に付いてきてくれ。もちろん、説明の時に俺は少し離れるから…いいな?」

 

「分かりました、じゃあ、私が…」

 

 

社会的に殺されかけた男性教師は、内線電話で職員室へ発信する。今のコマに授業がない女性教諭に変わってほしい旨を伝えると、丁度授業が無かった1年の教師、茶柱佐枝が電話口に出る。

 

 

「はい、茶柱ですがどうされましたか?今は、1-Aクラスの授業のはずだったかと思いますが…」

 

「それが、少し問題が発生したようで。男性である俺では確認する訳にもいかず…とにかく、事情を説明できる生徒に変わるので聞いてみて、来て貰いたいんですが…」

 

「…?分かりました、では、その生徒に変わってください」

 

 

「じゃあ内容の説明を」「はい、お借りします」と内線電話の受話器を受け渡した様子。茶柱は問題ごとの気配に少し気だるげな表情となり、椅子にもたれ掛かり電話を待つ。

 

 

「変わりました、えっと…」

 

「1-D、担任の茶柱だ。Aクラスの生徒だな?何があった?」

 

「はい、それが、ウチのクラスの西園寺、撫子さんなんですが」

 

「西園寺…彼女がどうした?」

 

 

有名な生徒だ。特に、1年生の担任教師陣では。わずか2日目からSシステムの根幹をクラスに情報共有したのは前代未聞だ。

もちろん、情報漏洩を疑われた真嶋だったが、Aクラスの監視カメラと真嶋自身のスマホからの履歴を確認させてシロと判明した。今年のAクラスの異常さに、強い焦りを感じていた。

 

…そんな彼女に何かトラブルが発生した様子。教師として半分、敵クラスの担任として半分の心配と期待を持って生徒からの答えに耳を澄ます。

 

 

「西園寺さん、学校の水着に着替えたんですけど、全然収まらなくて…」

 

「…収まらない?」

 

「その、胸が…」

 

「………あー、…」

 

 

納得した。というか納得しかない。彼女の容姿を語る上で、必ず上がるのが胸だ。もちろん、茶柱自身もスタイルには自信があり、日々のケアを欠かしていない。まだまだ青い生徒たちには負けないと自負していたが、彼女は別だった。

体のラインを為すスタイル全ての次元が違うが、その中でも胸は天からの授かりを感じるほど豊満だった。

 

少し詳しく聞くと、()()()()()()()は収まっているにはいるが、とても男子生徒や教師に見せていい状態ではなく、しかし西園寺撫子は気にせず授業を受けようとして、慌ててそれを食い止めているのが現在の状況らしい。

 

「分かった、直ぐに向かう。さっきの先生に変わってくれ」と告げると、再び体育教師へ。

 

 

「―――先生、どうやらAクラス生徒の西園寺なんですが、水着のサイズが合っていないらしく、それをどうにかしようと何人かが更衣室から出て来れない様なんです。私が様子を見に行きますので、ひとまず授業を進めていてくれますか?」

 

「わ、分かりました。それではお願いします」

 

 

若干、口調が震えていた気がするが気のせいと割り切り、屋内プールの更衣室に向かう茶柱。念のためノックをして、返事を待ってから更衣室に入る。

先ほどの生徒から事情は通じていたのか、教師に縋るような眼差しを向ける生徒達について更衣室の奥に進む。

 

女子更衣室はカタカナの「コ」の字のようになっており、奥の脱衣スペースが入ってすぐには見えない構造になっている。

その為、奥で何やら話す声が少しずつ大きく聞こえる。ちょっとした口論?の様になっているようだが、感情的で大きな声が無いのは、流石Aクラスと自クラスとの違いに、逐次たる思いを感じるのだった。

 

 

「西園寺さん、この格好で授業は無理だって…!//」カオマッカ…

 

「しかし…体調に問題はありませんし、水着のサイズも、学校が送ってきたもので間違いないのですから…」

 

「でもでも、これじゃあ横から見えちゃうよ…!//」アワアワ…

 

 

「お前たち、どう―――」言葉が途切れる。

 

 

デカい。それしか言えない。

 

健康的な肉付きの太ももや脹脛、引き締まったくびれの上に鎮座する二つの果実。青い布切れ1枚がはち切れそうになっていて、明らかにサイズが合っていない。というか、ワンピースタイプの水着(普通のスク水)ではどうしても胸の大きさで布面積が引っ張られて果実の上半分(上乳)側面(横乳)が布から零れかけている。

 

どう見ても不健全。歩くR-〇8。直視したら男は(社会的に)死ぬ。視覚の暴力だった。思わず敗北感に膝を付きそうになる茶柱を支えたのは、肩を揺すり、此方に助けを求める(他クラスの)教え子たちの声だった。

 

その声に立ち上がった茶柱は、ひとまず西園寺に残るように伝えると、更衣室に残る生徒を連れてプールサイドへ連れて体育教師に話をつける。

「西園寺撫子の対応はこちらでする事」「水着についてはこちらの不手際の可能性がある為、欠席の評価は保留にする事」を話し更衣室に戻る。

 

 

「待たせたな、西園寺…」

 

「茶柱先生、申し訳ございません、私が…ご迷惑をおかけしてしまって…」

 

「いや、お前は悪くない。気にするな、とは言わんがこちらも配慮不足だったのは事実だ」

 

 

肩に手を置いて慰める様に微笑む茶柱。クールなイメージが先行する彼女だが、必要以上に生徒に冷たく当たる事は無く、慰めるべき場面では優しさを見せることが出来るのであった。

 

その後、諦めきれない撫子に協力する形で茶柱も何度か水着に収めるようにするが、布面積が明らかに足りず、上に寄せようとすると臀部が足りなくなり(お尻に食い込んで)よっぽど人に見せられる着方にはならなかった。

10分弱の健闘虚しく、諦めて水着を脱ぐ撫子。(内心)楽しみにしていたプールに自分だけ参加できない事に涙目で落ち込み、すん、すんと鼻を鳴らしている。それに寄り添い、肩をかき抱いて慰める茶柱。

 

子供などいないが、幼子の様な撫子に庇護欲を掻き立てられる。「授業は今日だけじゃない」「水着はまた頼めばいい。先生も手伝う」「あと3ヵ月もすれば、あっという間に夏だ、水着を友達と選びに行けばいい」と慰め、コクリと頷く撫子に「いい子だ」と微笑む。

 

普段の茶柱を知っている教師、特に真嶋や星之宮(元、同級生)なら「誰だお前」と言うほど優しさに溢れていた。

自覚は無いが、担当(D)クラスの生徒の質に疲れており民度というべきか、素直で教師に尊敬の眼差しを向ける(Aクラスの)生徒達へ態度が軟化していたのだ。

 

茶柱に連れられ、2Fの見学席に着く頃には撫子は泣き止んでおり、茶柱のスーツの裾を掴んで着いていく。見学席に先に居た坂柳の近くに座り、心配そうにこちらを見上げるクラスメイトに手を振ると胸を撫でおろしたり、茶柱の方にお辞儀をする生徒達。

「もう大丈夫か?」と聞くと上目遣いで頷いて手を放す撫子に、「強い子だ。また終わったら来なさい」と軽く頭を撫で、後ろ手に手を振って立ち去る茶柱佐枝。

 

それに、熱っぽい視線を向ける撫子。(なんて素敵な先生なんだろう…!)

洗脳された被検体を見る目で見送る坂柳。(可哀そうに…もう手遅れ…1学年の…半分の教職員が…)

 

こうして、1-A初の水泳の授業は幕を閉じた。

 

 

 

「ところで、撫子さん…更衣室でなにがあったのですか…?茶柱先生と一緒に来ていましたが…」

 

「あ、上手く水着を着れなくて…」

 

「…」

 

「何とか着れたんですが、クラスの皆さんが出てはいけないって…」

 

「……」

 

「茶柱先生にも手伝って貰ったんですが、今度はお尻が、その…」

 

「………」

 

 

「なあ、神室」

 

「…なに」

 

「なんか姫さん、目が死んでね?」

 

「き、気のせいじゃない?」プルプル

 

「そうかぁ?」

 




ほにゃみさん「…にゃぁ…」猫語でマリみてされた。

あにきた「?」1-Aクラスの評価が下がった。

ありす「………」知恵熱でショートした。

さえちゃん「西園寺、か…」見た目と内面のギャップに殺された。保護者まであと一歩。

なでこ「茶柱先生…」ポッ…



また次回はお楽しみに!アンケートも予定しています。
感想もあると励みになります。よろしくお願いいたします。


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学校生活編②:初めての生徒会

更新しました!10話にして未だに5月入りしていない本作ですが、
なにとぞ今暫しお付き合いいただければと思います。

では、どうぞ。今回はリクエストキャラが一瞬出ますが、しっかりした回はいずれ。
お楽しみにしていてください。

では、どうぞ。


水泳授業(あわや痴女)事件からまた数日。

 

あの事件から様々な生徒に軽く挨拶をされたり、買い物に誘われたりと学生生活をエンジョイしている撫子。

時には取り合いになり、「撫子さんは私達とお買い物に行くのよ!」「撫子お姉様は私と」「撫子ちゃんは」と自分を綱に称した綱引きが発生したりとあらあらとお姉様然としながら内心はスキップする程に喜びを感じている撫子。

 

最終的には、方派閥のリーダー(かつらぎ)坂柳の片腕?(かむろ)が仲裁に入って鎮火する。

その双方と折衷案を提示して、「みんなで行けば楽しいですよね?」(私のために争わないで)と微笑み和解させる(APP判定:自動成功)に至る。

勿論、両派閥の主は自陣営への取り組みに尽力している訳だが、そんなことに気が付かない撫子は無駄にコミュ力を発揮して双方をやきもきさせている。

…一部、目をハートにして第三勢力に与している生徒もいるが、その派閥のリーダーは現状、完全無自覚である。

 

そんな日の休み時間、AクラスへDクラスの生徒が入ってきた。

曰く、「全てのクラスの生徒と仲良くしたいので、連絡先の交換をしたい」と。

 

これがイヤらしい眼差しの男子生徒なら誰も相手にしなかっただろう。

しかし入ってきたのは女子で、それもかなりの美少女ももなれば一気に歓迎ムードとなる。通常、そんな同性の媚びを売るようなムーブを見れば嫉妬のようなネガティブな感情を抱くのが当たり前だ。

 

しかし、このクラスには女神が居た。彼女の周囲に集まっていた生徒は、既に太陽に目を焼かれ、彼女以外はどんな生徒もそれ以下であると洗脳(インプット)されている。

彼女以下の存在に、嫉妬をするのも可哀想と失笑する生徒すら居た。

 

その後、何人かの男子生徒たちと連絡先を交換して挨拶を終えたのか女子の固まる撫子のそばで自己紹介をする。

 

 

「初めまして!Dクラスの櫛田桔梗って言います、西園寺さん…だよね?私と友達になってくれませんか?」

 

「友…?達…?えぇ、喜ん…で?よろしく…お願いしますね…?」

 

「わぁ…ありがとう!()()()()()()から聞いていたけど、凄く綺麗で驚いちゃった!Aクラスの皆が羨ましいな〜」

 

 

撫子と両手で握手した櫛田は、矛先を周囲で面白くなさそうに見ていた生徒へ向ける。その目は玩具をねだるような子供のようで、演技には見えない可愛らしい嫉妬はAクラスの生徒の自尊心を満足させる。

 

 

「え、えぇ…」

 

「…そうね。()()()()()()の撫子お姉様だもの。噂になっていて当然よね…」

 

「櫛田さんでしたね?彼女分かってるじゃない…」

 

 

一瞬で集団に溶け込み、連絡先を交換する櫛田。目端が利くものは櫛田のコミュニケーション能力に舌を巻く。決して友好的でない相手の最も好んだものをまずは褒め、それを羨み、相手の心を擽る。あとはあっという間に友達関係に。

 

その後、予鈴と共にクラスを出る櫛田には多くの見送りの声がかかり、彼女も笑顔で手を振りながらAクラスを去るのだった。

 

ざわざわと囁く声は、櫛田を認めるものや、褒めるものが多くを占めていた。

一部のリーダー格とその側近、そして握手した掌をみて首を傾げる西園寺撫子を除いて。

 

―――――――――――――――――――――

 

ところ変わって放課後、生徒会室。生徒会長直々の連絡で自分の紹介をとの事で生徒会には知っている2人以外にも多数の役員たちが集まっていた。

 

その視線を集めながら、撫子は物怖じせず落ち着いた様子で自己紹介をしていた。

 

 

「西園寺 撫子と申します。この度は、私ごときの為にお時間を頂きましたこと、誠にありがとうございます。そして、私にお声をかけて頂き、この場を設けて頂きました堀北生徒会長に、改めて感謝を。

…少しでも早く先輩の方々のように生徒の皆様への献身や奉仕の心を育み、勤めを果たしたいと思います。若輩のみでありますが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

 

「「「………」」」

 

「(撫子さん…)」

 

「(…やりすぎだ)」

 

 

誰がどう見ても完全無欠な挨拶だった。内心、全力全霊の自己紹介をして満足げな撫子に対して会長と書記の二人は冷や汗をかいて凍り付いていた。

何を隠そう、生徒会への軽い挨拶についてアドバイスはしたのだが、ここまで格式張った挨拶をするとは思っていなかった。新人らしい初々しさなど微塵もない。何なら、「え?奉仕?献身??」「いや、…そんな…(自クラスの事ばかり考えてて)…ごめんなさい…」と上級生と先輩の心の良心が悲鳴を上げている。

 

挨拶を終えて先輩たちのリアクションを待つ新人役員(なでこ)。その目の先輩を見る目に期待と希望に満ちている。そんなものはとっくに置いてきた過去な上級生らの眼は死んだ。

なんとか(いつもより引き攣った)笑顔で拍手をした副会長を皮切りに、何とか歓迎ムードを作ることに成功する生徒会一同。流石、生徒達を牽引する生徒の代表は一味も二味も違うのだ。

 

メガネの位置を指で直し(自分を落ち着けながら)、撫子用に新設された席へ着席を進める生徒会長。撫子は「ありがとうございます」と礼を返し、綺麗な姿勢で座るが付け焼刃ではなく、育ちの良さが伝わる態度と姿勢だった。

 

そして、会長から順繰りに簡単な自己紹介と挨拶をしていく。各々の名前とクラス、特徴を記憶している。最後に副会長の自己紹介が終わると、「何か気になる事や質問はあるか?せっかくの機会だ。遠慮せず質問して構わない」と会長直々の質疑応答の場を得る。

 

 

「あ、じゃあ新人ちゃんから質問を受けた人は、逆に一つ質問をするっていうのはどうですか?」

 

「南雲…」

 

「いや、堀北先輩。今回はこの子の為の集まりなんでしょ?お互いの相互理解にもつながりますし、さっきの…ほら、ね?…これから上手くやるのに遠慮がちになるのはちょっと違うじゃないですか」

 

「…いいだろう、ただし、あまりプライベートな事を聞くのは禁止だ。良識を持った態度を心掛けろ」

 

 

構わないか?という視線に頷きを返す撫子。その後、南雲が仕切り自己紹介の時の順番で一人一つずつ質問をして返すことになり、答えたくないものは答えなくても良いとなった。(というか堀北がそうした)

 

 

Q:撫子→

生徒会の方々は別のクラスの方もいますが、クラス単位の試験やテストの時にどうしているのですか?

 

A:堀北会長→

その学年ごとへの試験の場合、原則別の学年の生徒が対応することとなる、全学年共通で行う場合は、学年主任などが主導となり生徒会は補助に徹する。

 

 

第一の質問の際、ピシリと生徒会の空気が凍った。それに巻き込まれなかったのは、事前に知っていた二人と質問者の撫子だけ。

咎めるような視線に会長から、「既に彼女のAクラスは実態について掴んでいる」「彼女が二日目で解明し、クラス全体に共有した」「5月のポイントの減少考課も歴代最小になる見通し」と話し、ほぼ全員が驚愕と警戒の眼差しを撫子に向ける。

 

 

特に質問が無かった堀北は、次の質問は?と撫子に促す。

 

 

Q:撫子→

生徒会の任期はどのくらいなのか?

 

A:橘書記→

3年生は秋季~初冬の引退、1年生~2年生は本人の希望や問題が起きない限り継続して生徒会の運営に携わります。

 

 

Q:橘書記→

なにか習い事をされていましたか?

 

A:撫子→

茶道に華道、琴に習字に日本舞踊に―――(略)

※途中、生徒会長と副会長が止めた。距離を縮める為の催しで距離を離してどうするのかと、橘書記はプチ落ち込みをした。

 

 

Q:撫子→

生徒会役員として、普段の日常生活で気を付けていることは?

 

A:3年生役員→

(爆上がりしたハードルに、周囲のプレッシャーを跳ね除け、しどろもどろになりながらなんとか)模範解答。

 

 

Q:3年生役員→

付き合っている人います?

※隣の席の女性役員に足を踏まれた。

 

A:撫子→

居ません。

※男性役員の一部が机の下でガッツポーズをした。

 

 

 

Q:撫子→

外部との連絡が出来ないとのことですが、生徒会の運営で外部との手続きがある場合はどうしているのか?

 

A:二年生役員→

対面での業者対応では立ち合いに教師が付いたり、書類は教師の承認印が必要で、メールの場合は生徒会専用のメールサーバーがある。

 

 

Q:二年生役員→

この学校に入ってどう?楽しんでる?

※いい質問が思いつかなかった。隣の役員に肘で脇を突かれている。

 

 

A:撫子→

良くしてくれるお友達やクラスメイトの方々、丁寧にしてくれる先生方。そして、助けて下さる先輩方の御蔭で、毎日充実感に溢れています。私は…本当に、この学校に来れて良かったです。ありがとうございます。

※おめめキラキラ。二年生役員の心に大ダメージ!

 

 

その後も一部の先輩を机の上に突っ伏す原因となったり、鼻を抑えて悶え(ん゛ん゛ん゛…!)させたりとしながら質問は進み、抜群のコミュ力で関係値を爆上げしていく撫子。

 

最初の「住む世界が違う人だこれーーー!」な一般家庭の生徒会役員も、かなり撫子に心を許していた。

質問によって時に優しさや誠実さに絆され、世間知らずさや天然さに庇護欲を感じ、その能力や思考の回転の高さに高い価値を見出した。

 

そして最後に、副会長の南雲の番となった。撫子は部活の兼部について質問し、南雲は自分も、元サッカー部で、今は離れているが時に顔を出すこともあると引き合いに出し生徒会の活動に支障が出ないなら特に問題ない事を伝えた。

 

 

「ご回答、ありがとうございます。南雲先輩」

 

「いや、構わないさ。じゃあこっちからも質問なんだけど、撫子ちゃん今フリーなんだよね?」

 

「Free?…生徒会の、仕事が決まっていない、という事でしょうか?」

 

「いや、そっちのフリーじゃなくて、お付き合いしている彼氏がいないって意味さ」

 

 

天然から意味が分からず首を傾げる撫子に、南雲が解説をすると「はい、私がお付き合いしている方はおりません」と返す撫子。

男性の役員を中心に眉を顰め、「おい…!」「南雲…お前まさか」と鋭い視線を向けられるも南雲は一切を気にせず質問を重ねる。

視線を鋭くする生徒会長と書記の二人。

 

 

「質問って訳じゃないんだけど、撫子ちゃん、俺と付き合わない?」

 

「南雲副会長と私が…ですか?」

 

「そう、もちろん、どこかに行く付き合うじゃなくて、男女の関係としての付き合うって意味で―――」

 

 

言葉を言い切るか切らないかという所で、橘が立ち上がり「南雲君!」と声を荒げる。それをからかうように応酬を重ねる南雲。

 

撫子の事情について理解している堀北としても、橘の味方をしたかったが、自分と張り合う事を望んでいる南雲(こうはい)の手前あからさまな牽制は今後の撫子の学校生活に支障をきたす。

 

最後のストッパーになる事は覚悟しながらも、机に肘を置き、両手の指を組ませやり取りの推移を見守る。趨勢はやや橘不利で、「それなら本人に聞いてみましょうよ」との南雲の返しに歯噛みをしていた。

 

 

「どうかな?撫子ちゃん。学校生活も、彼氏がいるともっと楽しいものになると思うよ。…ひとまず、お試しに夏頃まで、さ。…そこから先は撫子ちゃん次第ってことで…」

 

 

あくまで無理強いはせず、お試しであることを強調して誘いをする。衆目の中で女性を誘う様は女衒の様で、ただし優し気な物腰は信頼を感じさせる先輩のそれだった。

それに対して撫子の回答は―――。

 

 

「申し訳ございません、南雲先輩。先輩とお付き合いすることは出来ません」

 

 

丁寧なお断りだった。それに「あちゃー、振られちゃったかー」とおどける様に笑う南雲だった。それを見た橘は、断った撫子にホッとするも動じていない南雲に自分が揶揄われて釣られたのかとハッとし堀北と目を合わせる。

それに頷きで返され、憮然とした表情で椅子に座りなおすのだった。

 

 

「ちなみに質問はしちゃったんだけど、もうひとつ良い?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「振られちゃったけど、俺って脈無しなのかな?…あ、俺がお付き合い出来る可能性があるかって意味ね?」

 

 

追加の質問に思わず止めようとする他の男子役員だったが、南雲の「撫子ちゃんの好みってどんな男なのかなーって」の一言に浮かせかけた腰を落とすのだった。

(Freeな)男性の熱い視線を受けて撫子は「お付き合い…」と呟くと、少しは儚げな表情を浮かべて南雲の質問に答える。

 

 

「…重ねて申し訳ございません、南雲先輩。お付き合い出来る可能性は、無いと思います。ただ、南雲先輩が何かという訳ではないのです」

 

「そっかー、…あ、もしかして婚約者とかいたり!?」

 

「はい」

 

 

冗談交じりに返した返事に天然発言された南雲の表情が固まる。「…え」「マジで?」「そうなんですか!?撫子さん!?」と阿鼻叫喚となる生徒会室。何とか生徒会長としての意地でメガネを直しながら堀北は「皆、落ち着け。後輩の前だぞ。先輩役員としての態度を忘れるな」と諭すも、顔を赤くした女子役員や、(内心)血涙を流す男子役員に収集が付かない可能性を危惧していた。

 

尽きかけた湯呑に気付き、橘がお茶を入れようと提案すると一も二もなく頷く。手伝おうとする撫子を手で制し、「今日はお前の為の集まりだ。素直に甘えろ」と言われペコリとお辞儀をして席に戻る。

 

思わぬ反撃を受けた南雲は気を取り直し、会話のイニシアチブを握る為に再び質問を重ねる。

 

 

「いや~婚約者か…。流石お嬢様って感じだな…。どんな人なんだ?やっぱり、昔からの幼馴染とか?」

 

「いえ、実は詳しくは…(思い出せなくて)」

 

 

地雷炸裂。表情が消える生徒会長。目のハイライトが消える書記。顔の引きつる副会長。今度こそ凍り付く生徒会室。「ガシャン!」と湯呑の落とした音が響くが、撫子以外、気にも留めない。

「橘先輩、大丈夫ですか?」と駆け寄ると青い顔の橘は「え、えぇ…」と空返事を返す。否、撫子以外の時は止まったままだ。

 

 

「…なでこさん、婚約者って、誰が、いつ、決めたんですか?」

 

「………?…橘先輩?…え…と、おじい様がお決めになったとお伺いしています」

 

「…撫子さんは、お相手の事は、詳しく…(知らないんですか)?」

 

「はい、3つか4つの時に会ったことはあるそうなんですが、」

 

 

「名前は知っていても顔に靄がかかっていて誰だったか思い出せない」、そう言おうとした撫子だったが、頭ごと抱きしめられた。

力強く、絶対に離さないとばかりに橘の胸元に頭部を押し付けられくぐもった声しか出せなくなる。

 

他の生徒会員も机に握り拳を「ダン!」と叩きつける者や、撫子に駆け寄り肩に手を置いて泣いたりと感情の発露を止められないでいた。

軽率な質問をした副会長は、生徒会長に胸倉を掴み上げられて何か会話をしているようだが、抱きしめられている撫子からは見えなかった。

 

 

その後、堀北から「片付けはこちらでやるので今日は早めに帰るように」と言われ、何故か橘書記+女子役員達が寮まで送ろうとしてくれた。その中の一人が「せっかく早く終わったんだから、寄り道をしよう!」と提案。先輩の全員が同意した為、撫子も着いていくことに。

 

道中、おススメのショッピングモールの店の紹介をされたり、夕食を一緒にしようと穴場らしいカフェに向かう。

その最中で「…ふ…ふふ…知っていました。私はそのことをもう知っていましたよ、なでこさん…」とクラスメイトの虚ろな目で呟く所(ヤバい様子)を見かけた。

 

心配になり声をかけようとするが、友人となった真澄が「私が付いてるから気にしないで先輩とお茶して来な」と言われ、彼女にお礼を言って見送ることにした。

 

 

その後、おススメのパスタに舌鼓を打ち、全員と連絡先を交換した。

「いつでも力になる」「卒業した後も何かあったら家に来て良いから」「困ったことがあったら何でも相談して」となにやら住所が書いてある紙まで渡されるのだった。

 

頼れる先輩たちとの出会いを得て、満足感を胸に毛布に包まる撫子。今日は今までで初めての星之宮先生が来れない日だ。※代わりに朝イチに来ます。

胸が少しだけキツかった撫子だが、生徒会室での緊張から程よい疲れを感じており、その日もぐっすりと快眠するのであった。

 

 




生徒会長「西園寺の家庭の事情への言及は禁止だ。分かったな…?」ビキビキ…
副会長「ウス…」
男子役員「「「ウス…」」」

虚ろな目のクラスメイト「恐らく生徒会の上級生…!私の睨んだ通り、西園寺撫子は上級生へ協力者を作ろうとして」ブツブツ…
撫子の友達「(コイツ、大丈夫かしら…)」

書記「守護らねば!」
女子役員「「「守護らねば!!!」」」

撫子「今日も良い日だったな…!」スヤスヤ…

?「なんなのよ…あのおっ〇いオバケ…!しかもあんな人気で…!」ガンッ!ガンッ!


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学校生活編③:修羅場と、初めての部活動

11話。今回の修羅場はちょっと重めなのでおなしゃす…。
(先に言っておきます)次の話以降で和解…ではなく、示談するのでご安心くださいぃ。

では、どうぞ。


その日の朝、一之瀬帆波は久し振りの快眠と早起きをした。

隣の部屋から聴こえるいつもの声が...しなかったのだ。

 

ドキドキしながら壁に耳を当てて身構えているも、聴こえない。

5分、10分と驚かないように生唾を飲んで待つもののアクションがない。

 

そのうちウトウトしていた帆波も羊が夢の中を駆け回り次の朝を迎えた。

 

眩しい朝日、「う〜ん…!」と背伸びをして寝間着のボタンを虐めると、テキパキと身支度を整えて朝食をとる。

いつもより丁寧に整えた制服や髪を制服で確かめると、気持ち早めに隣の部屋の撫子を待とうと部屋を出る。

 

 

時計を見ると、まだ15分は早い。思わず苦笑して、朝の一緒の登校を心待ちにしている自分に胸の鼓動と紅潮した頬を治めるべく手でパタパタさせる。

 

時間潰すためにスマホを出そうとしたが、部屋に忘れた事に気付き部屋に戻る。

 

 

「危ない…気づけてよかった…ぇ…?」

 

 

幸いスマホはベッドの枕元に見つかり、安心する帆波。しかし、ベッドに近付く為、壁側に寄った時に聴こえる何時もの声...に身体を固める。

 

 

『んん…、ふ、ぁぁ…!!』

 

「…っ!//」

 

『だ…んぅ……です……あぁ…!』

 

「…(撫子ちゃん…朝から…?)//」

 

 

昨夜は聞こえなかった声。油断もあり、つい耳を澄ませてしまう帆波だが、次の声に思わず口を抑えてしまう。

 

 

『…ちゃん、…ぇ……抑えて……ちゃうよ…?』

 

『……ん…そ…、な…ふぅー、…ふ…!!』

 

「………っ!!!」

 

 

誰か居る。誰だ。一人ではない。自分でもその時の感情が分からぬまま、撫子の親友を自認する帆波は駆け出して撫子の部屋を強くノックしようとして―――、思い留まる。

 

ここで、自分が撫子の為に出来ることは?事を大きくしては、撫子を傷つけてしまうのでは?もしかして合意?嫌、嫌々…彼女が騙されているのかも?

 

グルグル、混沌(ぐるぐる)と考えを沈ませた一之瀬が選んだのは、助けを呼ぶことだった。廊下では目を引くと部屋に戻り、部屋に届く嬌声に唇を噛みしめながら、その思考を撫子の為に回転させる。

クラスメイト?ダメだ、撫子が知らない人を呼んであられもない(えっ〇い)姿を見られて傷つくかもしれない。それに、撫子の身体を()()()()()()()()()()()()()()()

 

自覚をしていない独占欲に焦がされながら帆波が電話をかけようとした相手は、自分の担任の星之宮知恵だった。

養護教諭で少しだらしがない姉のような雰囲気だが、優しさに溢れててなにより他のクラスでなくとも生徒のプライベートを遵守してくれると信頼があったからだ。

 

早朝から申し訳ないと思いつつも、これまでもあんな声を上げるような()()()に耐えてきた親友のために、帆波は担任の電話をコールする。

 

 

トゥルルルルル…1コール、2コール、出ない。

 

内心焦ってため息を零しそうになるがなんとか堪える。

親友のためだと、担任の電話に出るのを待つべく耳をコール音に澄ませる。

 

 

トゥルルルルル…。

『トゥルルルルル…トゥルルルルル…』

 

…音が二重に聴こえる気がする。それも、()()()()から。ふと壁側に意識を向けると、先程まで聴こえてきていた声が途切れている。

 

 

「………」

 

『あ、おはよう一之瀬さん!ど、どうかしたのかな?こんな朝早くから…』

 

「………すみません、先生。()()()()()()

 

『え?、あ、そうなの?それならー』

 

 

プッ、と電話を切る一之瀬。こんなに雑に電話を切ることなんて生まれて初めての経験だった。しかし、一之瀬の心は別のことに囚われていた。

目のハイライトは消えている(レ〇プ目の)まま、少し間を開けて再び電話のコールを鳴らす。すると、壁の向こうでも少し遅れのコール音がして、それが止まるとこちらの電話に担任(強〇魔)の通話が繋がる。()()()()()()()()()()()

 

都合4回目の電話をかけながら、一之瀬は無表情で撫子の部屋のインターフォンを押す。

 

電話先で担任(クズ)が『え?撫子ちゃん、待っー』と聞こえるが、撫子(しんゆう)は無警戒に扉を開けてくれた。その姿に、喉から漏れそうになる悲鳴を押し殺す。

 

 

「おはようございます、帆波さん。すみません、今日は少し()()()が遅れてしまっていて…」

 

「…ううん、大丈夫だよ撫子ちゃん。まだまだ時間はあるんだから、落ち着いてね。それと―――」

 

ゴメンね、今まで気付かなくて。そう言って撫子の部屋へ踏み込み、ぎゅっと抱きしめる帆波。

 

扉の鍵を後ろ目で閉め、「ん…っ!」と声を漏らす撫子の首筋に頬を寄せる様に絡みつく。

汗ばんだ肌、紅潮した頬。着崩してネクタイもボタンも外れて辛うじて()()を隠しているだけのYシャツ(布切れ)、下着すら身に着けていない撫子に聞こえぬように「ギリッ」と歯を噛み締めて部屋の奥を見据える。

 

扉を開けた瞬間確認した。明らかに撫子のではない女性物のヒールがあり、それが毎日()()()()()()()()()()と確信をした。

 

その後、抱きしめていた撫子を開放して、「もう大丈夫だよ」「私に任せて」と伝えると額に口づけをする。「ひゃ…!」と目を瞬かせる彼女へ微笑むと、奥で()()()()()()()の元へと足を進める。

 

 

「い、いい一之瀬さん、こ、ここれは違ちが―――」

 

星之宮先生(どろぼうねこ)、説明、してくれますね?」

 

『ひゃ、ひゃい…』

 

 

※この後めちゃめちゃ誤解を解いた。解けなかった。

なんなら3人まとめて遅刻した。

 

 

―――――――――

 

 

その日の昼休み、なんとか午前中最後の授業には間に合った撫子と一之瀬は、心配するクラスメイトの声に無事を伝えると、薬を貰うために保健室へ向かうと席を立つのだった。

 

※二人の遅刻の報告は星之宮から渾身の訴えにより事前連絡済み(星之宮の報告漏れ)として、査定には響かない結果となった。

 

その必死さ伝わる訴えに、同僚の心配をするAクラス担任真嶋だったが、

「ダイジョウブ…デス。私は大丈夫です…」と壊れたラジオの様に繰り返す星之宮。何か薄ら寒いものを感じたのか他クラスの担任も口を噤むのだった。

 

 

 

 

体調不良の為と保健室に来た二人と、濃い目の化粧で朝の詰問の跡を消した星之宮は改めて事情のすり合わせをした。

 

曰く、夜や朝、寮の自室で行っていたのは医療行為で疚しいことはなかった点、

 

曰く、撫子自身の体質によりあの様な事後の様相(えっちいなこと)になった点、

 

曰く、曰く…。

 

その言い訳を聞かせる度に、教え子の視線が冷めていくのを感じる星之宮。完全に性犯罪者をみる眼差しだ。

なんとか犯行現場(撫子の自室)での通報は回避出来たが、自分の人生をかかっている星之宮は釈明(いいわけ)を続けるしかない。

その都度、「そうだよね!?撫子ちゃん!」と加害者(オトナ)が聞き「はい、星之宮先生の言う通りです」と返す被害者(コドモ)

 

半ば、性知識に疎い子供に自身の所業を隠蔽しようと答えを誘導しているようにも見えてしまう。

既に一之瀬帆波の中で星之宮知恵は完全にクロだ。二度と撫子の目に触れるべきではないとすら考えていた。

()()()()()()()が大人への第一歩だとするのなら、この日、一之瀬帆波は間違いなく大人の階段を登った。

 

 

「言いたいことは終わりですか?この、性犯罪者…!」

 

 

撫子をかき抱いて絶対零度の眼差しを向ける帆波。既に、彼女の中の元担任は、【教師の立場を利用して性知識の浅い女子生徒へ()()()()()をしたクズ】と成り果てていた。高かった信用と信頼は、崩れた時に大きな痛みを伴う事を帆波は()()()()()()()

 

自身の未来に絶望し、悲壮な表情で膝をついて項垂れる星之宮。

その彼女(かがいしゃ)を見下ろし、通報しよう(トドメを刺そう)とする帆波を止めたのは、帆波の親友で、彼女の被害者だった。

 

スマホを持つ手を両手に包み、「撫子ちゃん…なんで…!」と泣きそうな瞳を向ける帆波。震える唇からいかに、撫子が傷つけられたのか、酷いことをされたのかを語る。

 

それを静かに受け止めた撫子は、虚ろな目で俯く星之宮に近付いて「星之宮先生」と声をかける。

ビクリ、と肩を震わせる星之宮に、撫子は失望も、怒りも、何一つ負の感情を感じさせない(いつも通りの)声色で問いかける。

 

 

「先生は、私に酷いことがしたかったのですか?」

 

「違う!そんな…そんなことない!ない!」

 

「先生は、私を好きだったのですか?」

 

「それは…そう。好き。好きなの。撫子ちゃんの事が好きで、好きが溢れて…自分が自分じゃなくなってて…我慢出来なくて…ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

「…自分勝手な欲望で撫子ちゃんのことを穢して!!今更被害者面するな!!」

 

「ひぅぅ…!!」

 

 

激高する帆波に、撫子は微笑んで形に手をおいて首を振る。「任せてほしい」と正確に意味を捉えた帆波は、逡巡するも、撫子を庇う位置取りのまま、頷き返す。

 

 

「…ぐす、ごべんなさい…ごべん…」

 

「星之宮先生。先生は、」

 

 

―――何故、私を助けてくれたのですか?

 

 

その言葉を聞いて、泣きじゃくっていた星之宮ははた、と息を呑む。何故?なぜ、ナゼ、何故、自分が西園寺撫子を助けたのか?

養護教諭だったから?同じ女同士で不憫に思ったから?罪悪感から?

 

 

数分無言の時が過ぎ、涙が乾き薄赤い線が目尻に跡を残した頃に、星之宮は自分の返事を待ってくれている撫子を見上げる。

 

 

「わ、私は」

 

「はい」

 

「せ、生徒が、困ってて、」

 

「はい、」

 

「そ、ぞれで、たすけなきゃって」

 

「はい。」

 

「それで、それでそれで、ごめんなさい…ごめんなさい」

 

「許します」

 

「…っ!撫子ちゃん!!」

 

 

声を上げる帆波。「いいの!?」と眦を決し、星之宮の断罪を訴える帆波。それに首を振り、泣きじゃくる星之宮を抱き締める撫子。

 

 

「星之宮先生の心は分かりました。彼女の助けが無くては、私はこの学校での出会いに感謝と喜びを得ることなく、諦めてしまっていたかもしれません」

 

「でも…」

 

「先生のお陰で、私は帆波さん会って、友達になりました。クラスの皆さんと知り合って、生徒会の先輩たちと縁を得ることができました」

 

 

私は、星之宮知恵先生に会えて良かった。心から、感謝してます。

そう締め括った撫子に、抱きしめられたまま幼子の様に泣き出す星之宮。

その光景を、傷付いた様な、裏切られた様な、しかし羨望を感じさせる視線を向ける帆波。

 

その後、泣き疲れたのか撫子によりかかり泣き顔のまま眠る星之宮をベッドに寝かせると、立ち上がった撫子の背中へトン、と帆波が抱き着く。思わず「帆波、さん?」と振り向くも顔を背中に埋める様に俯く様子からは彼女の表情は分からない。

 

少しだけ震える帆波に、「どうしましたか?」と問いかけると、

決意を秘めた様な、あるいは罪を告白する様な眼差しで帆波は「なんで、先生の事を赦したの?」と返す。

 

 

「先生は、私の為に治療行為をしてくれました。誰の為でもない、自らの良心に従って秘密を守ってくれました。最後は帆波さんの言う通り、()()()()になっていたとしても、始まりの一歩は彼女の善意で、私はその一歩に救われたのです」

 

 

だから、赦します。と。

 

 

「そう…」と返す帆波は、「自分はまだ先生の事を許せない」「私も撫子ちゃんの為に出来ることをする」「絶対に、撫子ちゃんを裏切らない」

その3つを撫子に告げて、撫子の背中から離れ、保健室の出口へと向かう。

 

その時に一度立ち止まり、顔を見られないような角度のまま「もしも、私が悪い子で、撫子ちゃんの―――」

 

そう言いかけた帆波への返事は、先程自分がしたのと同じ背中への衝撃だった。

 

 

「赦します。帆波さんは、私の友達なんですから、何度でも赦します」

 

「―――にゃはは、ありがとう。撫子ちゃん」

 

 

その日、初めてお互いに笑顔で笑い合う。ガラリ、と保健室の戸を開け廊下側に出ると、悪戯を思いついた表情で「そうだ!」と撫子へ顔を近づける。

 

 

「私は撫子ちゃんの事、親友だと思ってるよ!呼び捨てで呼んでくれると嬉しいな!」

 

「帆波さ「帆波!」…帆波、さ「ほ、な、み!」…ほにゃみ…」

 

 

「先は長そうだなぁ〜」と笑う帆波に、クスリと笑いを取る返す撫子。「あ!笑ったなぁ〜!」とギュッ、正面から抱き着く帆波。腕も回し、顔も耳に吐息が届くほど密着している。

 

「…ん、ほにゃ、み、…息がかかって…こそばゆい…です」

 

「ダメだよ。撫子が、私のこと帆波って呼び捨てにできるまで会うたびこの挨拶は継続しま〜す!…だから、」

 

私以外の事、呼び捨てで呼んじゃだめだよ?

 

「…ひゃい…」ゾクゾク

 

「にゃふふ~。それじゃあ、()()!午後の授業も頑張ろうね!」

 

 

手をぶんぶん振りながら遠くに行く帆波を、ぽーっとした眼差しで惚けながら手を振り返し見送る撫子。

それを偶然みた親衛隊の一人は思った。

 

 

(……リバ…ですって…!?…………………帆波(ペット)×撫子(飼い主)……!?)

 

 

この後めちゃめちゃ親衛隊の活動(もうそう)が捗った。

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

放課後、予定していた茶道部の見学。合わせてくれたのか、丁度入部希望の生徒達と一緒に部活の説明を受けた。

 

茶道とは、お茶を飲むという一事。それに関わる礼儀や姿勢、日本語の言葉遣いや季節の花、あらゆる物事を礼節と共に学び、時に和菓子を楽しんで人との会話を楽しむ。学校では教えない心の教育とも言えます―――。

 

そう言葉を締めた部長。緊張気味に固まる一年生を前に、厳かな態度で歓迎をする―――と、思いきや。

 

 

「…ふふふ、さて、冗談はこのくらいにして、皆様、本日はようこそ、茶道部へ。お茶菓子とお茶を用意してありますので、今日はひとまず体験していってね♪」

 

 

急激なキャラ路線の変更に、「え?」と言葉を漏らしたりポカーンとした表情で固まる一年生たち。上手く行ったとばかりにニコニコしながら、上級生たちに配膳を任せ、自分はホストとして道具や和菓子の解説をしていく。

 

人間は緊張状態からそれが解けた時が、最も心を許しやすいという。また某国の独裁者は、自身の演説の時間を夕方、帰宅間際の労働者が帰る時間を選んで演説を行ったそうだ。人は、疲れている時の方がネガティブを感じにくく、ポジティブを受け入れやすくなる。

 

始まりの厳かな雰囲気を求めて入る経験者はもちろん、興味本位で来た生徒の心もガッシリと掴んだ部長はなるほど、やり手の()()()()を修めていると感じた撫子だった。

 

その後、部長から「西園寺さんって、多分経験あるよね?ホスト側のお手伝いとして、入れる側も体験してみない?」と言われるも()()()()()、「稚拙な腕前ではございますが…」と念押しするも「大丈夫だよ!気にせずにやってみて」との言に、頷く。

 

釜、水指、茶入、棗…、使う道具を一つずつ検めているといつの間にか目を集めていた。

期待と少しだけ罪悪感を込めた部長の視線に頷きで返し、撫子は()()()()に腕を振るうのだった。

 

その後、大盛況で終わった体験入部を終えた撫子。見学に来た全ての生徒が入部を決めたり、部長から抱きしめられて喜ばれたり、銀髪の同級生と仲良くなったりと、大満足した撫子だった。

 

部活を終えた帰り道、茶道部のある建物から帰路へ向かう最中、校舎の日陰の部分から「ズルリ…」という何かがこすれ、倒れる音がした。

様子を見ていると息を荒げ、足を引きずりながら歩くサングラスの外国籍?の生徒が出てくる。彼は撫子に気付かなかったのか、そのまま帰路に向かっているようだ。数秒だけどうするか思案した撫子だが、校舎の影の部分に目を向ける。

 

 

「…大丈夫、ですか?」

 

「なんだテメェ…。失せろ」

 

 

吐き捨てるような粗雑な態度の、ボロボロな男子生徒。

長髪に適当に結んだようなネクタイ。顔や腕に青あざを作り、校舎を背に座り込んでいる。

満身創痍という言葉を身体で表しているが、その目だけは生気に満ちて、ギラギラと怪しい光を宿していた。

 

西園寺撫子と、龍園翔のファーストコンタクトだった。

 




読了ありがとうございます。
また、リクエストアンケート回答も感謝です。いったん締め切り、プロットを組んで5/1を迎えたいと思います。
また感想があるとすごく嬉しいです。よろしくお願いいたします。

――――――――――――

撫子が最後、茶道部部長の心象操作に気付けたのは意図して行っていた所が大きかった為です。自分への教育で学んだ分野なだけあり、一発で気付きました。
逆に、(自身への好意や罪悪感、庇護欲など問わず)自らの根っこの部分からの行動へは自分の精神年齢の幼さから雑魚レベルの理解力に落ちます。
※某WR生レベルのポンコツ人間力。

…あ、ちなみに星之宮先生のSAN値は残り一桁です。今回の撫子の精神分析がなかったら発狂してました。
実はシークレットダイスを振っていて、マイルド:1~49、ダーク:50~95、96~00で修羅場だったのですが、100ファンしました。もうサイコロなんかに絶対負けない(フラグ)様にストーリー作っていきます。これからもよろしくお願いいたします。


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学校生活編:【番外】友人関係相談編

更新お待たせしました。UVもお気に入りも増えて嬉しかったです。
今回は短め。相変わらず、進まない今作ですが、
次回で五月入りさせたいです。

そのため今回は、番外の位置づけとなってます。
では、どうぞ!


 

「それで、その二人が…」

 

「それはお前は、悪くねえだろ…」

 

 

龍園翔は困惑していた。…何故、自分は見ず知らず(会って数分)の女から友人関係?の相談を受けているのか。

 

 

 

 

Cクラスに配属された当初、彼は退屈していた。

政府主導の学校と聞いてどんなものかと思えば緩い授業に面白くもないクラスメイト、オマケに虐めは厳罰だの、カツアゲは退学がどうのと純粋培養のエリート君(あまちゃん)を育てるような幼稚園に紛れ込んでしまったのかと、本気で退学すべきか考えるほどだった。

 

それが少し、興味を向けることになったのは1、2週間経ってからのことだ。

元々、暴力と恐れ知らずの恐怖で他人を打ちのめしてのし上がってきた男だ。人の機微にはそれなり以上に気がついて、弱みを的確についてきた。

その洞察力が警鐘を鳴らす。

何故、同級生の間であんなに雰囲気が違う?エリート風を吹かせる奴らに、お友達集団、群れを嫌っているきらいのある自分クラスに、どこで見かけてもバカをやっている落ちこぼれ共。

 

なにか、ある。そう感じた龍園は動き出した。

何故、上級生の連中の表情はああも違う?なんで常にあいつは無料の定食を食ってる?何故?何故?何故!?

 

そうしてこの学校の()()に気がついた龍園はほくそ笑む。

自分の渇きを癒やしてくれる、争いを、敵を、満足を与えてくれる箱庭。

 

疑問が確信に変わると、龍園は動き出した。まずは自分のクラス。その王になると。

難癖をつけ、呼び出し、待ち伏せして一人ずつ、あるいは何人か同時に暴力で屈服させていく。

当然、無敗などではない。

 

報復されることも何度もあった。散々痛めつけられ、胃の中のものを吐き出し切って胃液しか出ないことにもなった。

 

だが、彼はやめなかった。やられたならやり返し、嵌められたなら嵌め返した。

そうして、何人も何人ものクラスメイトを地に伏せていった。

 

蛇は、退屈を忘れていった(脱皮を終えた)

 

そして4月も終わりが見えかける頃、彼は学年一の体躯を持つであろう山田アルベルトに喧嘩を売った。

見た目に似合わず、温和な彼を呼び出すのは手間だったが、それに見合う実力を彼は見せつけた。

 

海外の血が見せる、フィジカルによる圧倒的暴力。力はいくつあってもいい。何度も叩きのめされた。

3回、4回と幾度も挑み続ける内にサングラス越しにも彼の目に恐怖が宿るようになった。

 

もはや手加減もされない暴力に晒され、意識が失いかけても相手を蹴り返し、龍園は地に伏した。都合、7回目の敗北だった。

 

 

Why… don't you give up?(何故、諦めない?)

 

「クク…ごこは日本だぞ、日本語話せよ、…()()

 

 

ボロボロでも、

 

胸ぐらを掴み上げられても、

 

彼は()()()()を止めなかった。

 

 

crazy guy…!(イカレ野郎め)

 

嘲笑(わら)ってな。最後に勝づのは、俺だ」

 

 

バキリ、と今日一番の打撃音が校舎裏に響き、冷たい校舎の壁が背中にぶつかる。荒い息で殴った男と、ボロボロでも笑みを崩さぬ殴られた男の視線が交わる。

 

―――先に、目を切っ(逃げ)たのは山田だった。鼻を鳴らし足早に立ちさる。動きがぎこちないのは、連日の出来事(龍園の襲撃)のせいだろう。

 

 

彼が立ち去った後ズルズルと崩れ落ちる龍園。意思の力だけで保っていた膝は崩れ落ち、苦痛に耐えていた臓腑が悲鳴を上げ、荒い息でゲホゴホと酸素を求め喘ぐ。

 

 

(次だ…!次は勝てる。山田アルベルトを配下にすれば、Cクラスの暴力は俺が支配できる。俺が、王になる…!)

 

 

満身創痍のまま、未来に考えを巡らせ嗤う蛇。しかし体を動かすには一時の休息を必要とするのは彼とて同じだった。

夕焼け空で呼吸を整えていると、微かな足音と共に陽射しを背にこちらに覗き込む女子生徒の姿があった。逆光になり顔は見えない。しかし、自分の思考に邪魔(ノイズ)が入り舌打ちをしようとするも、口内が切れていた為諦めて「うせろ」と追い返す。

 

逡巡していた相手が、身を翻して消えるのをみて「ふぅ…」と息をつく。

 

 

「……?あ゛…?」

 

 

軽く気を失っていたのか、傷に痛みを感じて目を開くと目の前には(多分)先ほどの女が居た。

消毒液とガーゼで頬を拭いている様だった。視線をずらすと足元には救急箱のようなものもあった。

 

 

「あ、目が覚めたのですね?」

 

「…何の真似だ」

 

「…?何って…」

 

 

疑問と一緒に睨みつけると「治療、です」と絆創膏を貼りながら微笑んでくる。

…なんだコイツは、と眉間に皺が寄るのが分かる。その後も的確に頭部、腕、腹の裂傷や痣、鬱血などテキパキと治療行為をしていく。

「やめろ」「失せろ」と声を荒げて見せるも「はい、動いちゃだめですよ」と相手にされない。5,6回の言い続けても、暖簾に腕押し。もう好きにやらせることにした。

※流石にベルトに手をかけてきた時は本気で抵抗した。

 

 

「これで、いいですね。あとはご自分でお確かめして下さい。下半身には大切な血管も多いですし、関節を痛めると歩くのが大変になったりします。それから―――」

 

「ああああ分かった。分かった。もういい。…で?」

 

「?」キョトン

 

 

首を傾げ、不思議そうな顔をする女。よくよく見ると、否。普通にいい女だった。極上といっても良い。上級生か、他クラスか。今まで抱いてきた女の誰よりも容姿もスタイルも良い。クラスの支配なんて餌が無ければ、この女を手に入れる為にどんな手でも…そう思う程だった。

 

クラスでもなんでも、引く手数多だろう。この身なりでなんか性格に難でもあるのか。察しの悪い女が何かに気が付いたように笑顔で両手をパン、と叩くとしゃがみ込んだ。距離が縮まり、強調された胸に思わず目が向くが、女は自分に対して両膝を地につけて目線を合わせる。

 

 

「初めまして、私は西園寺撫子と申します。1年のAクラスに在籍しております」

 

「…そうじゃねぇよ」小声

 

「…?」キョトン

 

「龍園、翔だ…」

 

「はい、龍園君ですね。これからよろしくお願い致します」

 

 

呆気にとられるが、もうそれでいいかとため息を零して名前を名乗る。治療(せわ)を(一方的とはいえ)して貰って何もしない程、自分は恩知らずではないのだ。なにか、自分に声をかける理由があったのかと先を促した矢先、自己紹介(これ)だ。肩の力も抜ける。

 

諦めて「なんの用で治療したのか」「失せろと言ったろ」と聞くと、「はい、手に持っていた使えそうなものはハンカチしかなくて…」と返される。

…今気が付いたが、一番痛みを感じていた左腕に白いレースのハンカチが巻いてある。自分の血が滲み、もう使えないだろう汚れが付いている。

 

 

「ですので、お怪我を手当てできるものを保健室からお借りして来ました」

 

「…そうか。で?」

 

 

なんのつもりなのかと、都合3回目の疑問を聞く。それに眉を顰めて「実は…」と声を抑えて話す西園寺に、漸く本題かと耳を澄ませる。

 

 

「これが、()()()というものかと初めて目にしまして…。私には荷が勝ちすぎた問題なので、まずはお話を聞いてみようと思い、治療を始めました」

 

「そうじゃねえだろ…!」

 

「…??」

 

 

話が進まねえ…。そう感じるが、身振りでパタパタと「イジメは放置すると」云々、「自分は生徒会の一員だから生徒の味方である」云々…。どうにも会話が成立しない。

このまま放っておいたら自分がイジメの被害者として死ぬほど面倒な事が起きるのは火を見るより明らかだった。せっかく進んでるクラスの支配への遠回りなんてやってられるか。

 

一瞬、自分の支配を邪魔する為に善人面をして問題へ介入しようとしてるのかと危惧するも、目の前の女からはそんな裏を感じない。重ねて口外するなと言うと、なにやら意思を秘めた表情で「分かりました。何かあれば、いつでも相談して下さい」と返される。…本当に分かってんのかコイツ。てかコイツ生徒会役員なのか。

 

 

「…で、生徒会役員様はイジメを受けてたと思って俺に治療をしたと、そういうことか?」

 

「はい、龍園君の怪我を診断すると最中に意識があったのも分かりましたし、目の動きや受け答えから頭を打ったという事も無さそうなので応急処置をしました。あとから気分が悪くなったり、症状の悪化があると良くないので必ず病院にかかってくださいね?」

 

「お前、保健委員とかじゃねえよな?」

 

「…?…生徒会の役員、ですよ?」

 

 

その後もくどくどと言われるが「あぁ、分かった」とから返事を返す。…もう少し休めば動けるようになる。これまでも経験からそれを察すると、ニコニコしながらこちらを見ている西園寺にため息を吐いて今度こそ質問をする。

 

 

「それで、お前は俺に何をしてほしいんだ?」

 

「?別に龍園君に、お願いしたいことは…」

 

「それじゃ俺の気が済まねえんだよ。貸しを作るのは好きだが、借りはすぐ返したい性質なんだ。…なんかあんだろ」

 

 

「なにか…」と上を向く西園寺。少しだけ考えた後に、真剣な表情で「これは、私の知り合いの話なんですが」と前置きをされ、「あぁ…」と返す。

―――これ絶対にコイツの話だろ。

 

 

西園寺の話を纏めると、こうだ。

曰く、東園(コイツの事だろ)の事を慕ってくれる友人、調()()(つきのみや)という奴と()()(ねこみ)が喧嘩をしてしまったそうだ。それも、東園が原因らしい。

東園の事を助けてくれた調宮という奴、東園と調宮のやり取り?を見た猫波が調宮に怒りを向け、東園が調宮に何も悪感情を持っていない事、助けてくれた事を伝えても猫波は調宮への怒りを持っているそうだ。

このままでは仲の良かった調宮と猫波が険悪になってしまい、これをどうにかするにはどうしたらいいかと相談された。

 

 

「…で、お前はどうしたいんだ?」

 

「はい、わた―――えと、東園、さんは以前は仲が良かった調宮さんと猫波さんが元の関係になってほしいんです。二人は仲が良くっ―――良いと聞いています。そんな二人が仲違いしたままのは悲しいと思っています」

 

「………」

 

 

誤魔化せると思っていたのか、一部ボロが出ていたが要するに友人関係の修復だ。まあコイツの容姿ならコイツを争って、というのは納得できる。

悲し気に眉を顰める姿も儚げで庇護欲を煽られ、世の男なら手に入れたくなるのも当然だろう。

 

 

「…その調宮と、猫波って野郎は…」

 

「あ、二人は女性ですよ?」

 

「…」

 

「………?」

 

「……そうか」

 

 

一瞬宇宙猫(スペキャ)のような表情で爆弾発言をする相手を見るも、首を傾げられそれ以上の追及を諦める。もう「お前、同性愛者(レズ)なのか?」とか聞くに聞けない雰囲気だった。

 

その後も、相づちを打ったり、毒にも薬にもならないような助言や、「一緒に食事(メシ)に行くなり遊びに行く(デート)なりして関係を回復させろ」と伝えると、何故か感極まった様にペコペコと礼を言われる。

 

体が起こせるようになると、西園寺が肩を貸してきて立ち上がる介助をされる。押し付けられる胸に離れるのが少し惜しくなるがこんな姿(なり)を見られる方が事だ。「離せ、歩ける」と肩を押しのけると、強がりではないと理解したのか上から下までを見て、綺麗な礼をされる。

 

 

「龍園君、相談に乗ってくれてありがとうございました。今度、私から二人を誘ってみますね」

 

「…(やっぱお前の話じゃねえか…)治療の件は世話になった。その礼だ。気にするな」

 

 

後ろ手で手を振り、西園寺に返事を返す。もう薄暗くなった校舎で女に見送られて帰るのはまあ、悪くない。

暴力による支配、今の目標をクリアして、クラス間での争いが起きて、それに勝利する。その目標を達成したのなら、次は―――。

 

 

次は、あの女を手に入れる。その位のクリア後特典(トロフィー)を強請っても悪くないだろう。

 

 

再びクラスの支配へ思いを強く抱いた蛇は、ニヤリとした表情で帰路への曲がり路を曲がる。

すると、グイッと引っ張られる感覚。闇討ちかと、身構えようとする龍園。普段なら、逆にカウンターを打ち込むほどの力量だが、ケガを負って膝に力が入らない自分では抵抗もなく物陰に引き込まれる。

 

間違いなく不利な状況だが、龍園は嗤っていた。何度負けても、負けても、最後に勝つのは自分だと絶対の自信があったからだ。そうしてそんな襲撃者みて嘲笑う表情を向けると、相手はやはりクラスメイトだった。しかし、龍園は相手とは話したことは勿論、襲撃をかけたこともなかった。呆気にとられる龍園に、相手は能面のような表情でブツブツと呪いのような言葉を重ねてくる。

 

「お前は…」

 

「龍園君…?撫子お姉様と何を、何を何を何をしていたのですか?物陰で校舎で隠れてあ、これは撫子お姉さまのハンカチ…いい匂いがするのに龍園君の血で台無しになって…」ブツブツ

 

 

若干、口を引きつらせる龍園。彼のクラス支配計画は、始まったばかりだ…!

 




龍園「宇宙猫顔」

?「撫子お姉さまお姉さまお姉さま…」



東園?「猫波さん!今度の週末遊びに行きませんか?」

猫波?「(ねこみ?)うん、いいよ!じゃあ朝の―――」


プルルルル...

東園『調宮先生、今度の週末---』

調宮?『え?(つき?之宮?それよりこれは―――お誘い!)…うん!うん、うん行く!!行くよ!誘ってくれてありがとうね!』


――――――――――――
読了ありがとうございます。また次にお会いしましょう!なるだけ早く仕上げますね。


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学校生活編④:和解と、小テスト。そして

更新オマタセシマシタ!
次はきっと、多分早くアップできます。
アンケートも用意しました。

よろしくお願い致します!
では、ご覧下さいませ。


親切な男子生徒との邂逅。その後、思い立ったが吉日とばかりに週末に帆波と星之宮にお出かけ(デート)の誘いをかける撫子。

()()()()即OKを貰え、ルンルン気分でその日を迎えた。

 

 

もう間もなく四月が終わるとはいえ、少し肌寒い季節。白いワンピースの上から青いカーディガンを羽織り、待ち合わせ場所へと10分前に着く様に部屋を出る。

エレベーターや道中で他のクラスだろうか、男子生徒からの熱い視線を集めながら少し足早にモール近くの公園へと向かう。

 

誰かを誘って遊びに行くのは初めての経験だが、既にクラスメイト達に何度か機会あり、話題や有名なお店などを脳内でピックアップしながら脳内シミュレーションは24通り完了している。

 

「よし…!」と意気込みも新たに公園が見えてくると、「撫子~!」と手を振ってくる帆波の姿が。どうやら先についていた様だ。

少しだけ駆け足で帆波の元に向かうと、「申し訳ご…、んん、ご、ごめん?待たせましたか?」とぎこちない常語を話す撫子。

 

その様子に、日々の()()()()が効果を示してきたと頷きながら「全然!今来た所だよ~」と返す帆波。ホッとする撫子だったが、少しだけ意地悪な(ニヤリしとした)表情で抱き着いてくる帆波に「あぅ…」と体を固くする。

 

 

「あの、帆波…外でするのは…少し恥ずかしいです」

 

「大丈夫だよ、女の子同士のスキンシップなんだからこれくらい、普通普通♪それに…」

 

 

「敬語、使っちゃったから、()()()()…ね?」と耳元で囁かれると、抱き着く帆波の満足するまでそのままでいる撫子だった。

キャーキャー(キマシタワー)と周りからの声を耳にしながら、撫子は件の日(修羅場)の翌日、部屋に来た帆波との決め事だった。

 

曰く、「撫子には危機感が足りない」との事だった。貞操観念について話すと頭痛を感じるようなポーズをされたが、全然ダメダメらしい。解せぬ…。

そこで、少しずつ羞恥心(恥ずかしさ)や年相応の性的な(えっちい)アレコレについても教育すると帆波からビシッと指を刺されながら宣言されたのだ。

このハグもその一環だ。本当に危機感と関係があるのか分からないが、帆波には二人きりの時は敬語禁止で、親友らしくしないとダメらしい。破ると情状酌量を測った上で有罪無罪を帆波裁判長が決める。

 

その後、満足したのか離れた帆波と恋人結びで手を繋ぐと、今日の目的であるデートに向かうのだった。

 

ウインドウショッピングや、小物などを見て時間を潰し、お昼ご飯をシェアしたり、予定していた新作の恋愛映画に行き、初めての映画館にわくわくしていると男女の恋愛(結構際どい)シーンが入り隣の帆波から手を握られたり、休みの週末を満喫する二人。

道中、上級生の男子生徒が声をかけてくる事が1度あったが生徒会の先輩が声をかけて連れて行った。「お邪魔したわね、二人で楽しんで来てね」と声をかけて去る先輩。それっきりで遠巻きに見られる事はあっても声をかけられることはなくデートを楽しむことが出来た。

 

 

そして夕方5時過ぎの、もう日が暮れそうな頃に「大切な話がある」と切り出して、人気も無くなった公園へと帆波を連れて行く。帆波も「うん…」と少し緊張気味だが黙って着いてきてくれた。

朝の待ち合わせ場所、()()()()()()()()に着くと既に相手の姿があった。近づく最中、園内の電灯が光を照らしてお互いの姿が鮮明になると、二人の表情が驚愕で固まる。

 

 

「お待たせしました、星之宮先生」

 

「あ…!一之瀬、さん…?」

 

「星之宮…!先生…」

 

 

先ほどの雰囲気とは打って変わって、チリチリと緊迫した空気になる。帆波は担任に刺々しい視線を向け、星之宮はそれから目を逸らして助けを求める様に撫子をチラチラ見て、その様子に帆波は更に表情を険しくする。

 

 

「…どういうことかな、撫子。星之宮先生を呼んで、大切な話って」

 

「そのことなんですが、帆波。…これを読んで下さい」

 

「それって…!」

 

 

取り出した白い封筒に、星之宮が声を上げる。自分が知らず、星之宮が知っているような態度に、ささくれ立つ心を意識して抑える帆波。真剣な表情でこちらを向く撫子に手を差し出して、その手紙を受取ろうとすると、横から手が伸びる。

 

 

「…待って!撫子ちゃん!」

 

「…!星之宮先生、何のつもりですか…手を、手を離して下さい!」

 

 

手紙を掴んだ手を抑えて、手紙を読むことを邪魔する星之宮。皺が寄る封筒。それに抵抗しようとするも、かなり強い力で乱暴にしたら封筒が破れてしまいそうで出来ない。

肩を掴んで押しのけようとすると、撫子が双方の肩に手を置いて落ち着かせるように宥める。

 

いったん、冷戦状態になった状況で星之宮は撫子に「撫子ちゃん…、いいの?一之瀬さんに知られても…本当に?しっかり考えた?」と何度も確認をする。それに頷きと視線で応えると、星之宮は真剣な表情で帆波に向かい合う。

 

 

「…撫子ちゃん、少しだけ、二人で話させて頂戴」

 

「え?」

 

「…私も大丈夫だよ、撫子…少しだけ待ってて欲しいな」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

二人の様子に争わないと判ったのか、「分かりました…」と少し離れたベンチへと向かう撫子。それを見送った二人は、口を開く。

 

 

「一之瀬さん、私の事は嫌ってしまっても仕方がないと思うの。でも、撫子ちゃんの味方でいるって…約束して」

 

「…何のことですか。私が撫子の…。あの子を裏切る事は絶対にありません」

 

 

貴女とは違う、と一之瀬は告げるが星之宮の表情は変わらない。ゆっくりと、封筒を握っていた手を解く。

 

 

「…この手紙を読んだのは、私と、あとは生徒会長と書記の橘さんだけ。貴女は四人目だけど、多分、撫子ちゃんと一番近い関係(ともだち)でいるからこそ辛いと思う」

 

「………」

 

「でも、その手紙を読むようにと撫子ちゃんが一之瀬さんを信じるなら、私はそれを信じるわ」

 

「…先生に信じられても、もう私は…先生を100%信じることは出来ません」

 

「それでいいわ。でも、私はもう先生としてだけじゃなくて、星之宮知恵として西園寺撫子さんの味方であると誓ったの。…ピュアな気持ちだけじゃなかったのは、事実だけど」

 

「…っ!私だって…」

 

 

撫子の親友だという言葉は告げずに、視線だけで覚悟を伝えると。「じゃあ読みなさい。…覚悟してね…」と助言をして、先に撫子の元へ向かう。

それを見送って、カサリと手紙を取り出して読む。書いてある内容を理解して、理解理解して――――。

 

―――――――――――――――――。

―――――――――――――――――――――――――。

――――――――――――――――――――――――――――――――。

 

 

 

「撫子ちゃん…!」

 

 

手紙を読んだ後、泣きながら抱きしめて来る帆波の背中をトントンと叩いて落ち着かせる。

あぁ、やっぱりこうなった。泣かせてしまったと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

 

「ごめんなさい、帆波。悲しませてしまって…」

 

「良いの…!私なんて良い!だって、私、私何も知らずにずっと酷いことしてた…!最低だ…!私、私なんかが…」

 

「良いのです。私は帆波の良い所、たくさん知っています。帆波は最低なんかじゃありません。私の、大切な親友です」

 

 

その後も何度も謝ったり、友達になんて言えないと首を振る帆波を慰めて落ち着かせる。懇々と、帆波が皆にとって必要だと伝えさせると目元を赤くして、気恥ずかしくなったのか漸く身を離す帆波。

 

 

「帆波…もう、大丈夫ですね?」

 

「撫子ちゃん…うん、ありがとう。それに、私…星之宮先生にも酷いこと言っちゃった…」

 

「…ううん、良いの。先生も悪かったし、一之瀬さんが怒るのも、当然だと思う。…それだけ、撫子ちゃんの事が大好きだったんだよね?」

 

「ぅ…はい…」

 

「なら良し!」

 

 

二人を纏めて抱き寄せて、「先生もごめんなさい…()()に悲しい思いをさせちゃった。教師失格ね」「そんな…私が勝手に…本当にごめんなさい」「そもそも私が原因で…」と三者三様の謝罪をすると、一瞬後に噴出して笑い合う。

もう三人の間に、以前のような緊迫した雰囲気は無かった。あるのは、新しく関係を築いていこうとする明るい微笑みの団欒だった。

 

 

「よし、それじゃあこれからディナーに行きましょうか!先生、奢っちゃうわよ!」

 

「わぁ…本当ですか?楽しみにしてますね、どんなお店なんですか?」

 

「あ、その後で良いのでお願いがあるんですが、星之宮先生♪」

 

「?なに、一之瀬さん」

 

 

先導する星之宮に近づいて、耳打ちをする帆波。わざわざ撫子に聞こえない様にする理由に首を傾げつつ、耳を傾ける。

 

 

「………私にも、撫子にシテいる事を教えて下さい」

 

「……………………………………………………え?」

 

 

※この夜めちゃめちゃ教わった。なんなら二人で撫子の日課を手伝った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

4月の最後の登校日、その午後の授業。

担任の真嶋から抜き打ちテストが配布される。訝し気な表情をするAクラスの面々だが、一部は来るものが来たかと覚悟を決めた表情で教師を一瞥する。

生徒からの無言の反応を受けて、意識した表情で「このテストは成績に反映することは無い、一切の悪影響は無い」「ただし、カンニングだけは認めない。厳罰がある為注意するように」と指示が飛び、しっかりとテストの為の雰囲気となるAクラス。

全員の机にテスト用紙が配られ、裏面のまま予鈴を待つ。コチ、コチと秒針の音が大きく感じるも、時計は1秒のズレもなく頂点を指した瞬間に開始の合図がクラスに響く。

 

 

「始め」

 

「…っ!」

 

「……」

 

 

一斉に用紙を裏返して問題に挑む生徒達。学校始まって最初の試験だと意気込みや恐れを抱いていたが、それも一瞬のこと。

問題が、易しいのだ。入学入試、あるいは中学の時の復習や、授業で軽く触れた内容の選択問題。これなら過半数の点数(50点以上)()()()()()()。そう感じたクラスの中に弛緩した空気が漂う。

※Aクラスの生徒視点での話。

 

しかし、スイスイと答えを書き、止まるとしても数秒の間の問題を終え、最後の3問になると手が止まる。明らかに難度が可笑しい。問題の意味が分からない。解いた事も無い問題で、しかし選択式でもなく自分での記述と回答を求められるのに配点は他の問題と同じ。

結局、()()()()の生徒たちを除いて、大半は他の問題のケアレスミスをしない様に、目を皿にして問題文を時間いっぱいまで追うことになるのだった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「やめ。筆記用具を机の上に置き、用紙を後ろから前に回す様に…まだ私語はするな。今日の授業はこれで終わりだ。HRも連絡事項は無い下校や部活動に行って構わない」

 

 

そう言いテストを集めた後に教室を立ち去る真嶋。その後ようやくざわざわとクラスに声が戻り、部活に行く者やテストについて相談するものなど様々だった。

 

撫子も放課後の日課に行こうとすると、此方を見ている坂柳に挨拶しようと近寄る。…一瞬、ビクリとされたが最近は目の隈も無くなってきたようで安心する撫子だった。

 

 

「では、有栖さん。ごきげんよう。明日も、よろしくお願い致しますね」

 

「撫子さん…ふふ、()()()…そうですね、いよいよ明日から…本番ですからね。こちらこそ、()()()()()()()()()()

 

 

何故か手を出す坂柳に、キョトンとしながらも返し握手をする二人。その様子を見守るクラスメイト。神室にも手を振られたのでペコリと返し、葛城にも声をかけられたので挨拶し、その後クラスメイトの、、、割と時間がかかった。

―――Aクラスでも当然、撫子は()()()人気者なのだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

次の日の朝、(もちろん)帆波と一緒に登校をする撫子。普段よりも視線が少なく感じる。ざわざわ声がしており、同学年の生徒が端末を見ながら歩いている様子が見受けられる。

 

 

「…ポイントが先月より入ってない…」「…どうなってるの?」

 

 

それを見て、一之瀬も端末を取り出すと首を傾げて撫子にも端末を確認してみてと言うのでポイントの受け取り履歴を表示させる。

 

 

【5/1:+99,900 PP】

 

 

最終振込日は当然今日、そして増えているポイントは殆ど先月のままだった。

 

 

「んん~?撫子は、あんまり変わってないんだね?」

 

「…その辺りも、きっと朝のHRで先生方からご説明があると()()()()

 

「あ…!なんか知ってるの…!?」スリスリ

 

「にゃ…!ちょ、ちょっと待って…今、登校中、遅れちゃう…!」

 

 

「敬語使ったからお仕置きだー」といって後ろからかき抱く様に抱きしめながら歩く帆波。それに頬を赤くして(周りの親衛隊の頬も赤くさせながら)何とか言及を逃れて校舎までたどり着く撫子。

 

 

その後、クラス前で別れてAクラスに入ると中には一人の女子生徒が腕を組みながら待ち受けていた。

撫子が来た事に他のクラスメイトが気付くと、それまで静寂に満ちていたクラスにざわざわと雑音が混じる。

 

それに気がついてか、閉じていた瞳を見開き、薄紫の視線が交錯する。

 

 

「待っていましたよ…!撫子さん…!」とこちらに近寄る坂柳。   

 

 

「やはり、()()の予想通り」「他クラスの情報も」「上級生への働きかけは」と若干ハイになっているような、マシンガントークを発する坂柳。若干キャラ崩壊してる。

尻尾と耳を幻視出来るような坂柳に微笑ましくなり頭を撫でる。

 

それに子ども扱いされたのかと不満げな坂柳を「流石、有栖ですね」「私の知らないことも」「凄いですね」と褒めるちぎると、一転。上機嫌になりパアアァァと花が咲いたような表情で微笑む坂柳。

社会貢献性Aと【献身◎】は伊達ではない。

 

そのやり取りに、先程まで諍いの気配を感じていたクラスも「あらあら」「坂柳さん、嬉しそう」と囁く女子の声が大半になる。

 

しかし、その雰囲気も始業まで。予鈴と共に、白い筒を持って入ってくる真嶋。その表情は真剣で、空気も自然と緊張感のあるものになる。

 

 

「では、HRを始める。…先に聞くが、皆からなにか、質問はあるか?」

 

 

 

シン…とするAクラス。そこには疑問や不安といった負の表情ではなく、確信や達成感の正の表情に満ちていた。

 

その様子に「ふっ…」と笑ったような表情を浮かべた後、真嶋は白い筒、丸めてあった大きい用紙を黒板に張り付ける。

 

 

「その様子では、既に確信している様だな。まずは素直に言わせてもらおう。」

 

―――本当に優秀だな、お前たちは。

 

 

Aクラス 999CP

Bクラス 650CP

Cクラス 490CP

Dクラス 0CP

 

 

歴代最高のAクラス。圧倒的な評価をたたき出した教え子に向けるその表情は、きっと真嶋の心からの賞賛だった。

 




調宮?「守護らねば!(R-〇8?)」
猫波?「守護らねば!(健全?)」
撫子「二人が仲直りを…!(龍園君、ありがとうございます…!)」
龍園「は?(なんで同時に誘って関係回復してんだ…?)」


有栖「撫子さん!撫子さん!」
撫子「はい♪、有栖さん」

Aクラス「てぇてぇ…」

真嶋「俺のAクラスは最強なんだ…!」
※他クラスのリアクションは次以降で。

アンケートも、お願い致します!感想高評価あると、やる気が爆上がりします!


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5月~クラス間 闘争開始編~
①:真実と、プチパニック


お待たせしました。
ランキング乗っていて驚きました。
今回からよう実スタートになりますね。

アンケートのご回答もありがとうございます。
作成のプロットに有効活用致します。

それでは、どうぞ。


その後、Aクラスーーー、もとい、すべての一学年の教室でこの高度育成高等学校の実体(しんじつ)を説明される。

 

クラスポイント、全てはクラス単位で評価がなされ、一人の成績がクラスに齎され、全員の価値に直結される。

 

プライベートポイントは、説明のとありとあらゆることに活用できる。食事や権利、場合によっては罰則の打ち消しも叶う。

※初日の水泳の見学の権利も説明された。

 

そして、この学校の校是は【実力主義】であること。

クラス対抗。これからの3年間を共にするクラスメイト達が、文字通り運命共同体であることを説明される。

 

『この学校が将来を約束するのは、最も優秀な1(A)クラスのみ』

 

その宣言を聞き、あるものは愕然と、あるものは当然とそれを受け取り、あるものは将来…とは?と首を傾げた。

 

 

その後に真嶋はもう一つの用紙を黒板に張り出す。生徒の一覧の名前と順位、そして点数が書いてある。

 

 

「これは先のテストの点数表だが、みんな見事な成績だ。平均点も4クラストップ。…特に満点が二人もいて、これは満点(コレ)はAクラスのみの快挙だ。先生も、鼻が高いぞ」

 

 

その言葉に自分の順位を下から探していた生徒たちは一番上を見る。…すると、上には西園寺撫子、坂柳有栖の二人の天才の名前がある。

 

 

誰からともなく拍手が起き、二人もそれに応える。「こらこら、ホームルーム中だぞ?」と真嶋も窘めるが歓声などあげてはいないので考課には影響はない。

真嶋も教師としてのポーズで言っている節がある。それを、HRの始めとの温度差から理解した生徒達は朗らかな雰囲気だ。

 

その後も、真嶋はAクラスのことを歴代最高の点数であること、次回の期末テストで赤点を取ると退学であること。(流石に一瞬ざわりとした)

そして「Aクラスのお前たちなら問題なく達成できると()()しているので、体調に気を付ける様に」と話し、質問を受け付ける。

 

すると葛城から挙手があり、ポイントの増加をするにはどうしたら良いか聞く。

今更そんなことを聞くのかと、一部の生徒達(坂柳陣営)から失笑が起きるが機嫌の良い真嶋は特に気にせずに「部活動やテスト、試験等で優れた成績を残す」等を例に上げ、思い出したように西園寺を見る。

 

 

「ちなみに、このクラスでいうと西園寺が生徒会に所属となった事でクラスポイントが50ほど追加されていた筈だ。皆も、部活などで高い成績を残すことを目標に頑張ってくれ」

 

 

ざわざわと囁きが大きくなるが、本人は曖昧に微笑むだけだ。

(半ば強引な入会だったが)生徒会に入った実力と、今回のテストでの満点。既に撫子の評価はAクラスで間違いなく()()()()No1といっても過言ではない。

 

その後、HRを終える予鈴が響くと真嶋は貼っていた紙を片付けてクラスを去る。

途端に、坂柳と葛城の周りに集まるクラスメイト達。

それを座ってみている撫子と、数人の生徒たち。

 

既に、Aクラスでは実力至上主義の闘争が起きているのだ。坂柳と葛城、Aクラスを二分する程の勢力となったそれを止められるのは第三勢力(なでこ)だけだったが、

撫子は何なら別のことに頭を悩ませていた。

その視線の先にはスマホがあり、先程から結構な頻度でメッセージを受信している。

 

 

『あなたはこれからどうするのですか?』

 

『これからのクラスについて―――』

 

『少し話せるか?朝の―――』

 

『撫子、聞いたよ!これから―――』

 

『―――について、相談したいことがある、放課後―――』

 

『この前の件で―――』

 

「………」ポチポチ…

 

 

Aクラスからは坂柳と葛城が、Bからは帆波と神崎から。生徒会メンバーからは南雲副会長と、堀北生徒会長から。

 

それぞれが内容に細かな差があれど、メッセージや電話、直接など様々だが話をしたいことを主目的としている。

いくつか隣のクラスから聞こえる怒号や悲鳴をBGMに、撫子は爆速でスマホのメッセージに返信を繰り返すのだった。

 

 

この後めちゃめちゃ忙しかった。

 

結果だけ言うと、昼休みの時点で撫子のプライベートポイントが()()()追加された。

撫子はよく理由を分かっていなかったが、(まだ)誰も不幸にはなっていない。つまり無問題だ。

 

 

ーーーーーーーーー

 

その日の午後、真嶋が書類仕事をしていた職員室に一人の生徒が来た。

次の授業が本日最後のコマの為か、結構な数の教師が居たが、礼儀正しくお辞儀とよく通る声で入室の許可を取り、担任の真嶋に会いに来たこと伝える。

どこからともなく「ほぅ…」「今年のAクラスは…」と感嘆の声が漏れる。

 

一部、苦い顔をする教師も居たがそれを生徒に向けるような真似はしない。意識して真剣な顔を作る。ここにいるのは、皆、生徒に尊敬される大人たちなのだから。

※例外もいます。

 

 

「…西園寺か、どうした?」

 

「真嶋先生、お忙しい所、申し訳ございません。予約もなく来たことも…」

 

「いやいや、気にするな。生徒の相談に乗ることも、教師の仕事の内だからな。要件を聞こうか」

 

 

突然来た教え子。自分の要件の前に先に失礼した事を詫びる姿に(本当によくできた子だ)と鼻高々になりながらも、

次の授業まで10分もない。生徒指導室に行くか迷うが、「ここでいい話か?」と聞くと「大丈夫です」と言われるので、湯呑みのコーヒーに口をつけながら先を促す。…残り半分と少しで冷めてしまっていたので一気に煽る。

 

 

「実は、真嶋先生…」

 

「あぁ」ズズ…

 

「昨年度の、中間の期末試験の問題を頂きたいのですが…」

 

「ブブッ…!!」

 

 

むせた。なんとか眼の前の教え子にかけぬよう顔を背けるが、卓上の書類は全滅だろう。

 

 

「ゴホ!ゲホ!!」「真嶋先生!大丈夫ですか…!?」

 

ざわざわ…

 

「馬鹿な…早すぎる…」「おい、今年の…って…」「ああ、まだ決まって…」

 

 

そんなことに気が付かない程、咳込んで呼吸を整えようとする真嶋。

むせる教師、背中を撫でる生徒、ざわめく教師陣。職員室がプチパニックに陥った。

 

 

その後、なんとか落ち着いた真嶋が職員室中の視線を集めながら西園寺に先程の質問の意図を聞く。

教師陣の注目に首を傾げながら、彼女は落ち着いた様子で返事を返す。

 

 

「?…真嶋先生は朝に、()()()()()()という言葉を仰っていました。ですので、試験を合格するための()は生徒が思いつく範囲内にあると考えました」

 

「それで、過去問か」

 

「はい…ここが学校で、先輩がいる以上過去問があると思いまして」

 

「まさか今日の時点で、過去問の存在にたどり着くとはな…流石、歴代最高のAクラスだな」

 

「??…ありがとう、ございます?」

 

 

更にざわざわする職員室。過去問。一年生最初のテスト問題は()()()()()()()()()()()()()

つまり、その存在に気がつけば退学のリスクは大幅に軽減できる。

例年、察しのいい生徒や他の学年との交流がある部活の先輩後輩経由で気がついて利用される。

 

 

―――そして、この件は上級生にもルールが制定される。

 

 

『1年生に売ってもいいテストの()()について』だ。

それぞれ、A〜Dの保有クラスポイント、所持プライベートポイントによって大凡の範囲が決められる。

 

今日はまだ5月初日で、この後に2年3年の学年主任とも相談して決める予定だった。

 

その数字の範囲で、話を持ちかけられた上級生が「〇〇ポイントで」「誰にも言うなよな」と言って契約を交わし、

クラスの担任などに「〇〇クラスの☓☓と契約をしました。過去問を送ります」と話すことで契約を完了する。

 

―――このような形になったのは、以前に詐欺行為を働いた生徒がいた為だ。

所謂、暗黙のルールだ。契約などに不安がある下級生を教師が保護する為にそういうお達しが各2年、3年に送られている。

 

 

話を戻すと、真嶋も、そしてその場にいる誰もが、まだ過去問の金額について決めていない状態だったのだ。

これには内心、真嶋も唸る。例年通りの金額を提示しようにも、相手はAクラス。金額面でDクラスが払えるような金額では即払ってしまうだろうし、

逆にAクラス相当の金額を指定すると金欠なDクラス生徒は手が届かなくなる。

 

自分の教え子に手助けをしたい気持ちを抑え、やむを得ず様子を見守っていた3年の学年主任に視線を向ける。

(直接この場で聞かなければ先輩の所へ行くようにといくらでもアドバイスを言えたが、仕方ない)

相手も、首を左右に振った。つまり、()()という事だろうが、過去問が無いとは言えないので、上手く誤魔化す方向に。

 

 

「…西園寺、過去問は確かに保管がある。ただ、その問題を一年生が()()手にするにはいささか問題があるのだ」

 

「問題…ですか?」

 

「そうだ。過去問とはすなわち、前年度に実際に行われたテスト問題。お前たちが受けることの出来なかった、本来()()()()()()()()()()()()()()()()シロモノなのだ。…当然、高額になる」

 

「はい、先生のおっしゃる通りだと思います」

 

 

コクリと頷きながら相槌を打ってくれる教え子に、周囲の教師も「うんうん」と頷いてくれる。素直な子で良かった。心からそう思う。…決して、理事長のお子様(坂柳有栖)の事を論っている訳ではない。…ないったらない。

 

 

「その金額は…100万ポイントだ」

 

「100万ポイント…ですか」

 

「そうだ。我々()()()()()()()、この金額になる」

 

 

あまり驚いたようには見えない曖昧な表情の西園寺。恐らく、彼女自身が必要としたわけではないのだろう。そして、あまりに()()だったのか、隣の坂上先生から「ん゛ん゛…」と咳払いと共に視線を貰う。

それにコクリと頷き、「少々失礼します」と一言かけてからスマホを取り出す西園寺に返事をして周囲を見渡す。学年主任の教師が頷いていたり、事態の着地を予期して観戦していた教師陣も次の授業の支度へ戻っている。

 

 

「真嶋先生」

 

「ん、ああ、すまない、よそ見をしていた。過去問の件、どうする?」

 

「はい、それなんですが…」

 

 

少し意地の悪い質問だったか。端正な眉を顰める西園寺に罪悪感が向く。こんな時期に、100万どころか50万ポイントすら持っている生徒など居たことが無い。そろそろ時間もないと退出を促そうとすると、西園寺から端末が差し出される。

 

 

「ん?西園寺?」

 

「100万ポイント、お支払します」

 

「……………………………は…?」

 

 

真嶋は、思わずポカンと差し出された端末を見て呆然としてしまう。なんなら周囲の教師たちもほとんど同じような表情でフリーズしている。

 

キーンコーンカーンコーン♪

 

 

「……な、なに!?も、もう一度、言って貰っていいか!?西園寺!」

 

「…?はい、100万ポイントで過去問を売って頂きたいです」

 

 

予鈴と共に再起動する職員室。周囲の関係のない教師も思わず、という雰囲気で差し出された端末を凝視する。

 

《PP:1,140,061》

 

114万ポイント…。思わず二度見するが、数字が変わることは無い。

 

 

「………」ポカーン…

 

「………?」

 

「………」汗ダラダラ…

 

「…あの、真嶋先生?」

 

「………………あ、ああ…」

 

「…大丈夫、ですか?」

 

「あぁ………大丈夫、だ…」

 

 

なんとか「少し待て」と言葉を絞り出し、来賓用のスペース(パーテーションで覆われている)に行くと、察して来てくれた学年主任で打ち合わせをする。

Aクラスとはいえ、過去問を100万ポイントなんて金額設定をしたら、どんなに調整してもDクラスの生徒すら20万ポイント以下で配布することが出来なくなる。

 

赤点生徒、終了の危機だ。流石に学校としても、救済要素を潰して退学者を量産したい訳ではない。三者の意見は一致していた。

結論、何とか過去問の料金を()()するしかない。

 

三人で西園寺の元に戻り、青い顔をしている茶柱先生や坂上先生(D・Cクラス担任)に頷きで返し、衆目監視の中で教師3人対Aクラス生徒1名の値切り合戦が始まった。

 

※この後めちゃめちゃ値引きをした。だいぶ苦戦した。

なんなら午後の最後の授業開始が遅れたり、自習になったりした。

 

――――――――――――――――――――――――

その日の放課後

 

「あ、有栖さん、少しよろしいですか?」

 

「は、はい、どうしました?撫子さん…」肩ビクッ

 

「こちら、昨年のテストの過去問らしいです」

 

「はぁ…過去問、ですか…」キョトン…

 

「はい、真嶋先生から()()しましたので、()()()()()()()()()()()()()。」

 

「…」ポク…ポク…ポク…

 

「…」ニコニコ

 

「………!!」チーン…♪

 

「………?」首傾げ

 

「ふ、ふふふふふふ…!分かりました、ええ、お任せ下さい。必ず、結果に出して御覧に入れましょう」

 

「は、はい…。よろしくお願いしますね…?」

 

「ふふ…流石、撫子さんですね。撫子さんは、またご自由に動いて下さい。Aクラスの事は、()()、私にお任せを…」

 

「(上機嫌だから良いのでしょうか…?)はい、それではごきげんよう」

 

「ええ、またよろしくお願いいたしますね、好敵手(なでこ)さん」

 

 

この後めちゃめちゃ神室に頼んでコピーした。そして両リーダー主導の元、他クラスへの情報規制を徹底させた。

Aクラス、初の期末テスト合格内定の瞬間である。

 

 




次回は番外編です。
各クラスの知り合い視点を番外編で投稿予定です。
現在、予定しているのはBクラス、坂柳、葛城、堀北生徒会長、南雲副会長の視点を予定して1話を作成しています。

割と進んでいるので、また明日にでも出せると思います。
少しだけお待ちください。

またご感想、高評価あると嬉しいです。よろしくお願いいたします。


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番外①:好敵手、受け皿、お隣さん、先輩と会長

お待たせしました。何とか予定日に間に合いました。

次は月曜か火曜にお願いします。

誤字脱字は助かってます。
では、どうぞ。


ーーーーーーーーー

side.坂柳

 

『私は、Aクラスの皆さんと()()()卒業できれば良いと考えています。その為に、有栖さん()葛城君の力が必要になると思います。私でも力になれることがあれば、何なりと相談下さい。

春先なので、お体を大切になさって下さいね』

 

 

こちらへの派閥への参加を求めるべく、

「あなたはこれからどうするのですか?」とメッセージを送った返事が、これだ。…()()()卓越している。

 

 

彼女は恐らく、同じようなメッセージを葛城君にも送っていることだろう。

彼女と、彼女に追随する生徒達。数こそ少ないが、キャスティングボードを握るには十分な第三勢力。勿論、こちらにもあちらにも彼女の()がいることを考えると、最悪三つ巴でもこちらが数の暴力で負ける可能性がある。

それを理解しての、静観。

 

逆に言うなら、()()()()()()()彼女はこちらに付くと言っているのだ。

恐らく、派閥間の争いがクラス戦の不利益となることを嫌ったか。しかし、葛城君(保守派)の様な変化や傷つく事を恐れたという訳ではない。

それなら4月からあそこまで外クラスでの()()をせずにさっさとAクラスを支配にかかればいい。

()()()()()()()()()。圧倒的実力と、他を惹きつけるカリスマ。その美貌、その才能。

 

それをしなかった理由は、恐らく2つ。

1つは情報収集。勝ち切れるか分からないまま戦いを起こした場合、結果どうなるかは歴史が多くの国々で証明している。

その為に最低限の自派閥(ポスト)を作った後は他クラスや他学年と関係を築いたのだろう。

2つ目は…()()()だろう。恐らく、彼女は自らが率いる女王ではなく、裏から上から、もっと(たか)い所から見据える事を望んでいるのだろう。

坂柳陣営(わたしたち)葛城勢力(おくびょうもの)か、どちらが自分の住まう城に相応しいかを見極めているのだ。

 

…屈辱的だ。そう、屈辱的な、()()()()()。しかし、自分の胸に冀求するのは、()()だった。

 

西園寺撫子が、坂柳陣営(わたしたち)に興味を向けている。坂柳有栖(わたし)を見てくれている。

私を必要と、求めてくれている…!

 

 

西園寺撫子の、彼女の寵愛を受けるのは私でなくてはならない。その為なら、いいだろう、政敵(かつらぎ)とも手を繋いでやる。

 

そうしてクラスを手にしたその時は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

誰の目にも届かせない。彼女だけの檻を用意して、永遠に私と遊んで貰うのだ。

 

坂柳有栖は生まれて初めて、欲しいものを見つけて妖艶に微笑む。

 

丁度、自らの送ったメッセージにも再度の返事が来ていた。

 

 

『撫子さんが皆さんを率いては?』

 

『私が表に立つのは荷が勝ちすぎています。有栖さんのことを()()してますよ』

 

 

"()()してますよ"

 

「ふ、ふふふふふふ…」

 

 

もう堪えられなかった。近くの自派閥(コマたち)が驚いているのを感じるも、笑いが零れてしまう。口元に手で隠すが、笑みは歪なものになっているだろう。

あぁ、私は、必ずこのクラスの頂点に立つ。もう少しだけ、待っていて下さいね、撫子さん。

 

 

※この後の放課後に、過去問を貰って再びフルフルニィする予定。

ーーーーーーーーー

side.葛城

 

『これからのクラスについて、力を貸してくれないか?』

 

 

そうメッセージを送った相手は、このクラスのーーー否、この学年、もしくは学校でも注目を集める女子生徒だった。

西園寺撫子。その見た目の美しさ、性格から羨望を一身に集めている、俺のクラスメイトだ。

 

初めて彼女と話したのは、2日目の朝、HRでの事。杖をついていたので身体について(内心)気をつけていた生徒、坂柳有栖とのこの学校に関わる重要な会話。

 

あの時はよもや、と思わなくもなかった。15年過ごしてきた常識ではあり得ない、騙し討ちのような事をまさか政府主導のこの学校がするとは夢にも思っていなかったのだ。

 

 

クラスでも親しくなった友人達も、まさか、という気持ちが強かったが、日に日に疑問は恐怖に変わり、恐怖は俺たちの意識を徹底的に変えた。

 

部活の先輩方に聞いたら、教えてくれなかった。

上級生のクラスの席が少なかった、ずっと無料の定食を列をなして食べている先輩方が居た。

 

かくいう俺も、生徒会への入会を希望した際は、「来月改めて来るように」と判断を保留にされた。

その際に、堀北生徒会長に学校のことを聞くと「答えられない。…意味は、自分で考えることだ」…そう、応えら(こうていさ)れた。

 

そこから俺は、自分を慕ってくれるクラスメイト達へ意識改善を促した。生活態度を改める事、部活では全力で尽くすこと、それに注力して勉強を疎かにしないこと。

 

横目で、「今更気がついたのか」と冷たい目で見てくるクラスメイトを見てやっと俺は()()()()事に気が回った。

 

そうして訪れた5月1日。明かされた学校の真実に、驚きがなかった訳ではない。ただそれ以上に、その存在に気付き、100%信じて対策を取った西園寺や坂柳に驚きなのか、あるいは尊敬なのか大きな衝撃を受けた。

 

今、Aクラスは内部に危険を抱えている。2つの勢力がお互いを敵対視している為だ。1つは俺たち。そして坂柳の陣営だ。彼女たちは2日目の時点で今日の状況を予期して生活態度だけでなく、自信がある部活に所属したり他クラスとの友好を広げたりと非常に戦略的に手を伸ばしている。

内部への信頼と絆は決して劣っているつもりはない。ないが、これから他クラスとの争いになることを考えるとこのままではいけない。Aクラスは纏まるべきなのだ。

 

―――正直、俺の本心だけ話すなら坂柳に仕切って貰っても構わないと思っている。彼女だけなら、体の事もあるだろう、無理はさせられないと思っただろうが、西園寺の存在が救いとなった。

彼女が居るなら、坂柳は、このクラスは大丈夫だと思ったのだ。あのカリスマは、能力は、俺にはないもので羨む気持ちよりもついていきたいと感じさせる強すぎる魅力を周囲に与えている。

 

恐らく坂柳も同じように勧誘をかけているだろうが、この俺個人としてはどちらのというよりもクラスの味方で居てくれるなら何も問題ない。

坂柳のやり方を好まないクラスメイトもいるだろうと、陣頭に立つ事を受け入れたがこのまま結果を出して行くなら、俺の存在はクラスに必須ではなくなる。その気が来たのなら、甘んじてリーダーの地位を坂柳、あるいは西園寺に託すのも悪くはないだろう。

 

 

…この学校の試験、決して甘くはないはずだ。周囲で坂柳の陣営へ敵愾心を向けるクラスメイトを宥めながら、クラスでの協力の必要性を説き、出来るだけ円満に軋轢を取り除く。

零れ落ちる奴らの受け皿になる。それが、俺がなすべき役割なのだろう。

 

―――そういうことだよな?西園寺。

 

 

『もちろんです。坂柳さんの力も、葛城君の力もクラスには必要なもの。()()()()()()があれば、きっと()が笑顔で学校生活を―――』

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

Side.Bクラス

 

 

「ーーーという訳で、私達Bクラスのポイントは650cpとなり、来月からの、支給ポイントはーーー」

 

Bクラスで星之宮がSシステムの詳細を話す。それをざわざわとした雰囲気で聞く生徒達。

卒業特典がAクラスのみとなり、また赤点を取ると即退学と言われて情報の多さに受け止めきれなくなる。

騙し討ちのような学校のスタンスに、弱々しく俯く生徒もいる。

 

それを見て、星之宮が動く。いつもの明るい表情で点数を上げる方法もあること、クラスが一丸となって挑む試験などもあると励ます担任に、徐々に顔を上げる生徒たちに満足そうに頷いて「大丈夫そうだね…!このBクラスのみんなで、Aクラスを目指していこう!」と纏めると、元気な返事がクラス中から聞こえる。

 

 

「あ!それと皆に言っておかないといけないことがあります!…特に、一之瀬さんはしっかり聞いてね!」

 

「…?はい!」

 

 

少し真剣そうな顔で星之宮が言ったのは、この情報についての()()だ。

曰く、5月に入るより前にこの情報を偶然か自力かで掴んだ生徒は教師から口止めされるらしい。

 

それを聞き、ハッとした皆の視線が再び黒板のクラスポイント一覧を見る。

圧倒的なポイントを誇るAクラス。そのカラクリの一端が暗に明かされた。

 

居たのだ。最速でクラスにシステムを解明し、信じさせる実行力と信頼を持った生徒の存在が。

 

それに思い至ったBクラスの生徒に、特に一之瀬と神崎の脳裏にはある生徒が鮮明に思い浮かぶ。

 

何人かの生徒が一之瀬を心配そうに見ているが、それに頷きで返す。

 

HRが終わると、ざわざわとするクラスメイトをまとめるべく教壇に立ち「これからの事について放課後に作戦会議をします!…部活動や、予定がない人は参加してほしいな」と伝える。

 

 

「了解!委員長!」

 

「わかった、空けておくね」

 

「俺は部活だけど、先輩からなんか聞けないか当たってみるよ!」

 

「あ、じゃあクラスチャットのグループに議事録残しておくね」

 

 

一気に纏まりを取り戻すBクラスに、内心ホッとしていると「一之瀬」といつの間にか横まで来ていた神崎が一之瀬に耳打ちをする。

 

 

「…なで、……西園寺の事だ。時間を取れないだろうか?」

 

「…そうだね、行かないといけないかも」

 

 

そういってお互いにメッセージでアポを取る。…明日の昼休みなら時間をしっかり取れるらしい。こちらも忙しい身空だ。我が儘は言えない。

 

先に一之瀬が連絡がついた為、神崎も同席する許可を取り、お互いに頷きクラスメイトへ向き合う。

 

これから戦う相手()()西園寺撫子が()()()Aクラスなのだ。

気が抜けない相手に、クラスの力を一つにするべく、二人進んでいく。

 

 

(撫子と会ったあの日…あの日から、一体いつ、彼女は学校の秘密に気がついていたんだ…?そうであれば…)

 

(撫子…、寂しがってないかな?あんまりAクラスの人の事は言ってなかったから、…もし、そうなら私が…)

 

 

…若干懸念(おもわく)は違うが、警戒を向ける対象は同じなので問題はない。ないったらない。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

Side.副会長

 

最近、あまり眠れていない。

()()生徒会での新人歓迎の日、生徒会長にマジトーンで詰められた。それに関してはまあこちらの質問が地雷を踏み抜いたのが原因だと理解しているから仕方ない。

詳しい事情については開示されていないし、今こちらから彼女へアプローチをかけて聞き出すのは更に状況を悪くするだろう。

 

西園寺撫子。見た目も能力も最上の女だ。実は、堀北会長が懇意にしているのかとも思ったが、あの距離感では違うか、()()違うのだろう。

ファーストコンタクトは失敗したが、人は評価が悪い、あるいは嫌いな相手が見せた好意や好成績に強い衝撃を受けるものだ。この立ち位置からでも十分彼女と()()()やれる可能性はある。

 

そう自分を宥め、次の日に学校に登校すると下駄箱に手紙があった。…別にこういうのは初めてではない。すれ違ったクラスメイト達に冷やかされながらもクラスで読んでみる。

時期的には1年生か、あるいは3年か?同学年での支配は終わっている。そう考察しながら、水色の便箋に目を走らせる。

 

 

【お前を見ているぞ】

 

「―――」

 

 

絶句である。単刀直入な一行の文字。脅迫文にしては、達筆でしかも肉筆だ。何なら丁寧に自分のクラスと名前まで書いてある。自分の知らない1年生の女子生徒だろう。本名なのかまた本人なのかは調べないと分からないが、ここまでハッキリとストーカー宣言されたことは無い。

 

クラスメイトから「ラブレターか?下級生なら優しくしないと後を引くぞ?」と声をかけられるが、引き攣りながら「あ、あぁ…」としか返せない。

その日はサッカー部のヘルプもそこそこに、足早に自室へと帰るのだった。…途中、振り替えるも自分を見ている生徒の姿はない。

 

ところが、次の日も手紙が入っていた。今度は3通。クラスメイトからの歓声も嫉妬交じりの視線にも、「は、ははは、まあな」と、引き攣っていないか不安な笑みしか返せなかった。

…なずなの訝しげな表情が目に入るが、こんなこと頼れん。恐る恐る便箋を開ける。

 

 

【撫子お姉さまに近づく害虫め】

 

【百合の園に立ち入る狼藉は万死に値する】

 

【西園寺さんを悲しませるなんて絶対に許さない】

 

 

やはり、脅迫文だった。…というか、生徒会の新人の関係者だと判明した。今度もしっかりと名前が書いてあり、今度は上級生からも来ていた。思い当たるのは先日の一件。彼女の婚約者絡みの地雷を踏み抜いた件だ。

 

どこから漏れた?…いや、生徒会の中の誰かだろうが、俺の失脚を望んでいる誰かの陰謀かもしれない。配下を使って探ってみるも、備品()たちの反応が芳しくない。何とか聞き出した内容を聞くと、()()()()()()()生徒会での出来事が親衛隊とかいう団体によって流布されているらしい。

 

何とか2年の連中の誤解は解けたはずだが、他の学年からの認識がこのままなのは不味い。堀北会長との()()にも影響が出る。連日の脅迫文(ラブレター)に寝不足気味になりながらその日(5/1)を待つ。

 

そして5月1日。朝のHRでこの学校のSシステムについて公開される。HRの終わるのと同時に送信予約をしていたメッセージで彼女を生徒会室に呼び出した。

 

 

「1-A、西園寺です。入室致します」

 

「ああ、待っていたぞ西()()()。急に呼び出してすまなかったな」

 

「いいえ、南雲副会長。とんでもございません。それで―――」

 

 

「ご用件は…」と続ける彼女の声が徐々に小さくなる。急に頭を下げた事で、意表はつけただろう。

慌てた様子で頭を上げる様に言ってくるが、被せる様に前回の件の詫びをする。

 

「非常にデリカシーのないことをした」「しっかりとした謝罪をしないと、俺は自分を許せない」「お前が俺を許せないなら、副会長の役職を辞しても構わない」

そう矢継ぎに捲し立てると、少しの沈黙の後にしっかりと謝罪を受け取った事を告げられ、「ありがとう、本当にすまなかった」と言い頭を上げる。表情を見るに、不信感やそういった感情は無さそうに見える。()()()()()()必要はあるが、一先ずは解決と見るべきだろう。

 

その後は急に呼び立てた件と、謝罪の意味も込めてプライベートポイントを振り込む。当然、固辞されたがこれは()()()()()()()()()()()()。いざという時。糾弾された時に"あの時に示談は済んでいた"と言えないとお互いに()()()が残り、此方としても心苦しい事をそれっぽく伝える事10分。何とか受け取って貰えた。

 

 

「こちらからのお願いばかりで悪かったな。そっちからも、なんか相談があったら何時でも頼ってくれ」

 

「ありがとうございます、南雲副---」

 

「雅、って呼んでくれないか?南雲だと少し余所余所しく感じてな。…俺は来期、生徒会長になる」

 

 

真剣な表情で西園寺の、…撫子の目を見ながら目標を告げる。コクリと頷く撫子に一転、朗らかな表情を作って「そうなったら、生徒会の役員同士は下の名前か、あだ名で呼び合うようにする。フレンドリーだろ?」と聞くと、クスクス笑いながら「分かりました、雅副会長」と返される。

大分打ち解けた雰囲気は作れた。おおよその()()は達成された。「急な呼び出しで迷惑だっただろう、飯でも奢るか?」と聞くと、なんと堀北会長とも約束があったらしい。

 

若干素で慌てて時間を聞くが、まだ余裕をもって間に合うらしい。来た時と同様に、綺麗な礼で退出する撫子に手を振って見送る。

 

 

 

……

 

………

 

「ふぅ…」

 

 

一人きりになった生徒会室で、マナーモードで振動するスマホに出る。

 

 

「どうだった?」

 

「―――」

 

「そうか、ご苦労だったな」

 

「―――」

 

「あぁ」

 

 

ピ、と通話を終える。内容は親衛隊の目に今回の呼び出し謝罪(イベント)が届いたかどうか、だ。

生徒会室に向かう廊下、その廊下に繋がる階段全ての踊り場と空き教室に()を設置していた。

 

西園寺撫子の後にその廊下に向かう生徒(親衛隊)が居たかどうかについて。

取り纏めていた奴からの電話では、2人居たらしい。その2人が速足で去った後に、撫子も廊下を通って移動したらしく、ほぼ確定だろう。

 

 

今回の一件、俺は2年生を中心に今日この場所に西園寺を呼ぶことを仄めかして拡散した。それにより、親衛隊をそれとなくこの場に誘導し、俺からの謝罪現場を(気付かれない振りをして)目撃させる。

これにより、事態の鎮火を狙ったのだ。

 

撫子の事は欲しいと思うが、それは今じゃなくてもいい。完全勝利を決めて、3年となりウィニングランを走る際に《目をかけて》やればいい。

 

計画通りに進んだことに、南雲は隈が出来た表情で一安心だと微笑む。

 

 

※そんな彼がまた撫子から爆弾を投げられるまで、後、--日。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

Side.生徒会長

 

 

「会長、お待たせいたしました」

 

「いや、急に呼び出したのは俺だ。気にするな」

 

 

屋上に、新しい生徒会の仲間を呼び出したのはある事を相談する為だ。

生徒会室では他の役員や教師、生徒の急な訪問が邪魔になる。生徒の模範たる俺達がそれをいちいち邪険にする訳にも行かず、結局は人気のない個室か特別棟、そして屋上のような、邪魔の入らない場所が一番都合がいい。

 

別件から少し遅れたことを詫びられるが、これから頼む事は生徒会の中では彼女にしか頼めない。

…もし、アレがこの学校で成長を望むなら、この頼みは生徒会長として出来る最高の手助けになるだろう。

…だがもしも、もしもこの眼の前の少女の属する歴代最高のAクラスの打倒を目指すのなら、これは兄として最低の裏切りになるだろう。

 

実は彼女が来るまで、らしくもなく考え続けた。気にかけてやってくれと、単純な言葉一つで済ませても西園寺なら嫌な顔一つせず手助けをするだろう。…しかし、それでは何も変わらない。俺も、鈴音もあの頃の幼いままになってしまう。

 

少し、心配そうにこちらを見ている西園寺に正面から見据え、静かに告げる。

 

 

「西園寺、お前に頼みがある」

 

「はい。何でしょうか?」

 

「俺の、…妹のことだ」

 

「妹…?」

 

 

そうして俺は眼の前の年下の少女に赤心を吐露する。妹が心配な事。兄の背を追うばかりで、他をなにも見ない、他者を見下す傲慢な生徒になっている事。このままではこの学校の試験で傷付き、立ち上がれなくなってしまうのではないかと不安な事。

 

…もっと恥ずかしい事を言ってしまったかもしれないが、西園寺は一度も笑わずに俺の話を聞いてくれた。最後に兄として、頭を下げて妹の事を頼む。自分ではダメなのだと。突き放して傷付き合うしかできないのだと赤の他人に希う。

 

言葉を尽くしたのを皮切りに、ガバリと頭を下げる。驚く彼女が何かを言う前に被せるように自分勝手な頼みを後輩にする。みっともなくて、泥臭くても妹の事を思えば、なんでも出来る。なんだって、してみせる。

 

 

…間に合わなかった後輩に、まだ助けられる妹を助けてくれと、どんな面で言っているのか、自分でも分からないが言葉と誠意を尽くすしかない。

膝をついて、目を見開く彼女に懇願する。

 

 

「頼む…!西園寺!妹を、鈴音のことを助けてやってほしい。ポイントでもなんでも、俺ができることなら何でもする!…俺は、俺ではダメなんだ…!俺が会えば、鈴音は駄目になる!!…そうなる前にーーー」

 

「………っ!」

 

「!?」

 

 

むにゅん。

 

 

……

 

………なにが、起こっている?

 

 

頭部を覆う柔らかい肌感に、先程までのすべてが頭からかき消えている。

感じるのは熱と、規則的な心音。頭を抱きしめている両の腕に、かすかに震える様な、耐えるような彼女の息遣い。

 

抱きしめられている。無様に年下の女子生徒へ土下座をする男を抱きしめて泣いている。「大丈夫、大丈夫です。…大丈夫…っ」と頭を撫でられながらいると、不思議と不安や恐怖が薄れていく。

 

その後、数分間だったのだろうが「大丈夫だ、西園寺…もう、」とくぐもった声で伝えると開放され、妹のことを伝えてから見ていなかった彼女と目が合う。

彼女は、泣いていた。しんしんと、泣き声を上げずに泣いていた。

 

 

「何故、お前が泣く?」

 

「…会長が、泣かないから、…かもしれません」

 

「…俺は生徒会長だぞ。後輩の前で泣く訳がないだろう」

 

「そう、ですね…そうかもしれません」

 

 

儚げに笑う西園寺に、ハンカチを差し出す。「ありがとうございます」と言い涙を拭うと、「妹さんの件ですが…」と本題を切り出され、身を正す。

お互いに屋上で座り込んでいるのは滑稽だったが、しかし大切な妹の為の話し合いだ。真剣に向き合う。

 

 

「妹さんは、私と同じ新入生としていらっしゃるのですね?」

 

「あぁ、…Dクラス、堀北鈴音。不肖のふぃもふとだーーー、何をする」

 

 

抱きつかれる距離だから、当然相手の顔に手が届く。突然手を伸ばして頬を引っ張る西園寺に苦情を言うと、珍しく不満げな表情で「大切な妹さんのことを、不肖の。なんておっしゃらないで下さい」と叱ってくる。

 

思わずメガネの位置を直そう(落ち着こうとする)とすると、今度は手を掴まれてぐいっと身を引かれる。

立っているならともかく、胡座をかいて座る今は踏ん張りが効かない。文字通り、目と鼻の先。否、間くらいの距離で見つめ合う。

根負けして目を逸らすと、額を指で弾き飛ば(デコピン)される。

 

思わず非難混じりの目を向けると、口を尖らせて「大切な、妹、です」と言ってくる。

 

諦めてため息混じりに、「そうだ。俺の大切な、妹の鈴音のことを助けて欲しい。頼めるか?」と伝えると、満足げに微笑んで頷いてくれる。

 

 

「かしこまりました。全身全霊で望みます」

 

「いや、そこまで本気じゃなくていい。彼女がこの学校で挫けぬように、適度に目を向けてやってほしい。…出来るなら、彼女と友達になってやってくれ」

※中学時代、妹が友達を一人も家に連れて遊ばないのを本気で心配した兄。

 

 

「そうですか…?では、適度に助けますね」

 

「そうしてくれると助かる。…すまない、俺たち3年生もこれからよりハードな試験に挑むことになる。頼みきりになってしまい申し訳ないが…」

 

「いえ、どうぞ、お気になさらないで下さい」

 

「そうもいかん。これは、多分に私情が入っている頼みだ。…心付け程度だが、受け取れ」

 

 

ピロン、と通知音が彼女と俺の端末から鳴る。確認した西園寺が慌てたように返そうとするが、速攻で端末の設定を変えて受け取りを拒否する。

2、3回は固辞されるがこちらが譲らないと分かると渋々受け取ってくれた。「ポイントを貰うのは今回で最後にして下さい」と言われたが、今日初めて彼女に我を通しせたことに満足感を覚え、「わかった、わかった」と適当に返す。

 

その後、彼女と軽く相談をして屋上を去る。廊下で見送られながらクラスに戻る帰路。

鈴音を見たその日から続く憂鬱が、少しだけ晴れるような気分だった。西園寺撫子。彼女との出会いは、きっと天佑だったのだろう。

 

妹と後輩、二人の事を考えながら学は歩を進めるのだった。

 

 

※金で妹の世話を頼む最低な先輩だと気付き、生徒会長がかつてなく落ち込むまであと5分。

 

 

 

 

 




番外編、ありがとうございました。
真嶋「胃が…」
星之宮「大好き!(性的)」
茶柱「見守らねば」
坂柳「欲しい(意味深)」
葛城「欲しい仲間的な意味)」
神崎「気になっている」
一之瀬「大好き!(親愛?)」
白波「撫×帆…?いや、帆×撫…?」
龍園「俺が手に入れる」
?「お姉さまお姉さまお姉さま」
堀北学「柔らかかった」
橘「守護らねば…」
南雲「いずれ自分のものに…」

また次回から進んでいくので、気長にお待ちください。
感想待ちしております。


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②:意外な面と、生徒会室

わー!申し訳ございません、
遅刻です。なんの言い訳もできませぬ。
次回から気をつけます!
では、よろしくお願い致します!


放課後、有栖に過去問を渡した撫子は職員室へ向かおうとする。

つい先ほどの騒ぎ―――目にした教師曰く『過去問事件』---の件での謝罪だ。

授業前の時間をかなり割いて貰い、挙句こちらの都合であったのに他の学年の授業などにも支障を与えた。

正直、あそこまで多数の教師が残って騒動の収拾まで付き合ってくれる理由は分からなかったが、自分のせいでは?という不安もあり、早々に謝罪に向かう事にしたのだ。

 

先に、生徒会室へ向かいその場に居た先輩に遅れることを伝えて職員室へ。すると、丁度角を曲がる際に1-Dの担任、茶柱佐枝と一緒になり、談話しながら一緒に向かう事に。

 

―――この二人、先の授業の一件から知り合い方や教師の当番、方や生徒会の手伝いとして水やりをするなど、担当しているDクラスの生徒よりも関係を築いて(親しくなって)いる。

 

 

「それにして、お前たちは凄いな…」

 

「…?茶柱先生?」

 

 

「あぁ、いや…」と、意図せぬ漏れた心の声だったのか誤魔化す様に口を閉じるも、つぶらな目で首を傾げる撫子に観念したのかぽつぽつと零す。

 

 

「…Aクラスのこと、そしてお前のことだ」

 

「私たちクラスと、…また私が…なにか?」

 

「…、なにも、心配も謙遜も必要ない。…お前たちはたった1ヶ月で歴代最高の成績を叩き出し、学校にその評価を示した。クラス分けの結果とはいえ、どうして比べてしまうと…な」

 

「…先生…」

 

「結局私は、……去…、A……ない…」

 

 

暗い表情で、撫子ではなく自分へだろう、自嘲気味に哂う茶柱。優等生(Aクラス)欠陥品(Dクラス)、その差と任された担任の立場、葛藤、過去の傷。そういった諸々が茶柱の心を苛んでいた。

撫子が注意深く茶柱の顔を見え上げると、メイクで隠してあるが薄っすらと隈が浮かんでいる。

 

今日という日が来ることに喜びを感じる生徒がいると同時に、悲しみや覚悟を抱いていた教師もいたのだ。

それについて「先生」と足を止めた撫子に、振り替える様にして向き合う茶柱。

 

 

「…どうした?、西園寺」

 

「私は、茶柱先生に会えて良かったです」

 

「…さいおん、」

 

 

ハッと息を飲む茶柱の胸元に抱き着く。身長差から胸元に顔を埋める様になり表情が見えない生徒(なでこ)に身体が固まる教師

微かに震える撫子を、以前より弱弱しい腕で抱きとめる。

 

 

「先生のおかげなんです」

 

「先生が水泳の授業で慰めてくれたおかげで、私はクラスメイトと仲良くなれました」

 

「先生がいなかったら、私はこの学校の不安で押しつぶされてしまったかもしれません」

 

「先生を、お慕いしています。…ですから、」

 

 

悲しそうな(そのような)顔を、しないで下さい。

 

 

そういって泣きそうな顔で見上げて来る撫子に、今度は強く抱きしめる。教師なのに、生徒に弱音を吐くなんてそれこそ失格だと思うが、それを言ったら今度こそ教え子(この子)は泣いてしまう。

 

 

「すまない…西園寺。先生が間違っていた。…つい、弱音を吐いてしまったようだ。許してくれ…」

 

「いいんです、私で良ければなんでも言って下さい…!それで、それで先生の気が晴れるなら…なんでもしますから…!」

 

「ありがとう…もう、大丈夫だ。私は、()()()()()()()()頑張れるから…」

 

「はい…!」

 

 

ポンポンと頭を撫でて、教師然とした態度で落ち着かせようとする茶柱。大丈夫だと思い涙目で微笑む撫子。

※陰からそれを見て鼻から尊みが出るのを抑える親衛隊。

 

 

二人だけの世界(+α)を構成するが、ハッとした茶柱が何かを思い出したのか職員室へ向かおうと促すと、恥ずかしくなったのか赤い顔で俯き、「はい…」と答える撫子。

それに腕を---正確には袖を強調する様に差し出す茶柱に、キョトンとした後に思い出し、また赤い顔でしっかりとそれを掴む撫子。

 

それにクスリと微笑み、寄り添って職員室に向かう2人。偶然とはいえ幸いなことに、目的地までの道中で誰かに出会う事はなかった。

親衛隊(ギャラリー)の見守りは除く。

 

 

――――――――――――――――――――――

Side.綾小路

 

覚えのない放送に呼び出されて職員室に着くと、呼び出した当人がおらず何故かBクラスの担任(星之宮知恵)が絡んできた。廊下で待つと言うと、後ろからは着いてくる気配を感じた。

ちょうど職員室から出た所で、仲睦まじい様子の担任教師と少し見覚えがある生徒が向かって来るのに気が付く。あちらも少し遅れて気が付いたようだが、生徒を追いかけて揶揄おうとする女教師は気付かずこちらの頬を突いている。

それをやんわりと止めようとしていると、担任が助け船なのかクリップボードを振り上げながら声をかけて来る。

 

 

「何をしているんだ、星之宮」

 

「うきゃ!サエちゃんなにするのよ~」

 

「お前が馬鹿な事をしているから止めただけだ。生徒との過度な―――」

 

 

知己なのか親し気?に頭に一撃を与えた我らが担任は急に言い淀み、袖を掴んでいる生徒へ振り返り、言葉を止める。「ゴホン」と咳ばらいをして「誤解を与えるような異性間の接触は控えろ」と言った。

 

 

「な~に?もしかして、佐枝ちゃん、嫉妬でも―――」

 

「星之宮先生、ごきげんよう、です?」

 

「―――」ヒュイ

 

「…?」

 

 

パキリ、と固まった星之宮女史。目の前の生徒と何かあるのか?そう思い顔を合わせるとやはり見覚えがある。自分のクラスの生徒ではないはずだが…?相手が分からない、妙な心苦しさを感じていると察してくれたのか自己紹介をされる。

 

 

「初めまして、1-Aの西園寺撫子と申します。よろしくお願い致しますね」

 

「あぁ…こちらこそ…。ご丁寧に、どうも…綾小路清隆だ、です」

 

 

思わず返事がぎこちないものになってしまった。変に思われていないだろうか。内心不安だったが、相手からは「綾小路君ですね、よろしくお願い致しますね」と丁寧に返された為、問題なかったのだろう。そう自分を納得させていると担任が「西園寺」と声をかけ、胸元に―――違う、(つい目が行ったが)首元に手を伸ばして少しだけ潰されたように崩れているネクタイを直している。

 

 

「あ、茶柱先生…ありがとうございます。…お手数をおかけして、」

 

「構わんとも。悪いことをしていないお前が謝ることではない」

 

「…」

 

「これでいいな、私は行くがまた放課後に会うこともあるだろうその時は…」

 

「はい、此方こそです。楽しみにしていますね♪」

 

「………」

 

「ああ、生徒会も頑張りなさい」

 

「はい!」

 

「……………」

 

 

思わず目が点になる(ダレダコノキョウシハ)。まるで別人。この教師、朝一で「本当に愚かだな、お前たちは…!」とかラスボスみたいなこと言ってたぞ。目の前で西園寺の頭を撫でている姿はこの一か月で一度も目にしたことも想像もできない茶柱の一面だった。

 

 

「待たせたな、綾小路。生徒指導室に来て貰おうか」

 

「えぇ…はい…」

 

「…なんだ」

 

 

歯切れが悪いことを咎めるような口調で詰められるが、無理いわないでくれ。アンタのキャラが全然違うのが原因だぞ…。

去る際に軽く挨拶をすると丁寧なお辞儀を返され、それに後ろ髪を引かれる思いで茶柱の背を追う。

…めちゃくちゃいい匂いがした。後ろ姿は若干堀北に似ていると感じたが、全然違う。あれがAクラスの生徒なのかと感慨深くなる。

 

何やら背後から「撫子ちゃんここここれれは違うのよ~」と星之宮女史の悲鳴が聞こえた気がするが、此方から茶柱が視線を外さないからには振り返る訳にはいかない。

階を移ってもこちらを気にしている様子に観念して、先ほどの態度の事を指摘する。

 

 

「なんというか、()()でした」

 

「…」

 

 

何が、とは言わない。相手も何のことだ?とは言ってこなかったから、意味は通じたのだろう。数秒の見つめ合いの後、つい、と目線を前に戻す茶柱。

 

 

「そうか?欠陥品(Dクラス)優等生(Aクラス)では叩いて直すか、褒めて伸ばすか、教育方針に違いが出るのは当然のことだ」

 

「…そういうものですか」

 

()()()()()()()

 

 

キッパリと、言い切られる。少し速足になり生徒指導室に進む茶柱。表情からは分からないが、耳が少し赤かったのは気のせいだったのか…それは分からない。

 

その後、給湯室に追いやられて「飲み物でも入れて待つ様に」と言われた俺は、この後に訪れる面倒ごとなど全く知らず、やかんに水を注ぐのであった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

その後、星之宮先生から何やら慌てた様子で捲し立てられたが、屋上で生徒会長にしたこと(胸元に抱き寄せてよしよし)をすると、あわあわした後に落ち着きを取り戻してくれた。

※撫子はこれが年上に有効な落ち着かせ方だと学んだ。

 

咳払いの後に、どうしたかと聞いてくるので改めて職員室で各学年の先生方に謝りたい事を伝える。

 

その時、現場に居なかった星之宮に改めて話すと頬を引きつらせながら「そ、そうだったんだーへぇー」と曖昧な笑いを返される。

 

 

「そういえば先ほど、星之宮先生が―――」

 

 

話していた生徒と用事があったのでは?と聞こうとすると、食い気味に星之宮が声を被せてくる。

 

「あ、あー!じゃあ私が横についていてあげるね!ね!?先生たちの名前とかも分かんないから、横で紹介するね!任せて!」

 

「あ、はい…、よろしくお願いします…?」

 

 

ガララ、と扉を元気よく開き、「行こう、撫子ちゃんー!」と手を引かれながら職員室に入ることに。なんとか「失礼いたします~…!」という事が出来たのは幸いだった。

 

 

※この後、めちゃめちゃ丁寧に謝った。職員室のほぼ全ての教師の評価が爆上がりした。

 

 

 

―――――

本日、3度目の生徒会室。雅副会長に昼休み、遅れる連絡で放課後、そして今。自分以外が揃っている為、遅れたことを詫びるが堀北会長からは「遅刻の件は聞いている。理由もな」と返され、着席を促されて席に着く。

 

 

「撫子ちゃんの分も、お茶入れますね~」

 

「あ、先輩、今度こそ教えて下さい!」

 

「いいよ~じゃあこっちの…」

 

 

2年の女性役員に教えられて各々のコーヒーカップや湯呑、茶葉の入った缶やティーバックなどを聞く撫子。先輩も素直に頷く撫子に気を良くしたのか自慢げに教えている。

本日は急ぎの会議などではなくスケジュール調整などで集まって役割を振り分ける為の予備日だ。その為、役員全体もある程度ゆるい雰囲気を保っていた。この瞬間までは。

 

 

「…そういえば、()()。教師に謝罪を言いに行ったとの事だが、何があったんだ?」

 

「あ、()副会長。実は過去問を頂きたくて、それを先生に相談しに行ったんです」

 

「へぇ…!もう過去問に気が付いたのか…。本当、今年の1-Aは優秀だな…」

 

「恐縮です」

 

「「「………」」」

 

 

いつの間にか、手の早いと噂の副会長の呼び方が下の名前になっている。生徒会長ですら苗字呼びなのに。部屋の役員たちの「お前()()した…?」(一部ビキビキ)な視線に気付かない撫子と、気付いて無視している副会長。

 

自分だけが得ている優越感に浸っていると、堀北会長から「それで?」と話の続きを促す声がかかる。

 

 

「はい、最初に聞いた金額は高かったのですが、その後に先生方が安くなるように苦心して下さって…。かなりお時間を頂いてしまい、授業に間に合わなくなった方もいたので、それを謝りに行ったんです」

 

「そいつは良かったな。普段から、撫子の頑張りを先生方はちゃんと見ているって事だな…」

 

「そうであれば、良いのですが…生徒会の一員として、まだまだ足りないと思う事ばかりですので…」

 

「謙虚だな、撫子は…」

 

「「「………」」」

 

「西園寺、俺にもコーヒーの替えを貰えるか」

 

「あ、はい、ただいま…!」

 

 

会長が飲み干したカップを撫子に渡すと、彼女はテキパキと新たなコーヒーを入れるべく動く。その間に回りからの視線や小声が副会長を貫くが、彼はどこ吹く風だ。

 

その後、「どうぞ…」と音も立てずに会長の元へコーヒーを提供(サーブ)する。それに満足げに頷き、香りを楽しみながら一口飲むと「上手い…、な」と自然に漏れる。

 

不安げな表情でトレイを胸元で抱える撫子も、「良かった…」と呟き礼を返す。咳払いをしつつも「…それで、過去問の目途は立ったのか?」と誤魔化す様に撫子に聞く。

 

 

「はい、無事に買うことが出来ました」

 

「…()()()?」

 

「ええ。ただ、過去問そのものは他のクラスの生徒に手渡してはいけないと言われました」

 

「…まあ、それくらいの制限が無いと、試験の意味がないからな…」

 

 

疑問に思う会長。「雅副会長のおかげです」と感謝する撫子。「…?そうか何よりだ」と頷き距離を縮めているアピールを欠かさない副会長。既に肩が触れ合いそうな程だったが、それ以上は詰めない様にする副会長。

 

流石、女性の扱い方は、生徒会で一番の男である。

※賛否両論。

 

しかし、生徒会長の疑問は撫子の()()()という反応にあった。まだ2()()()の副会長や役員はピンと来ていないが、例年ごとの過去問の販売レートがまだ告知されていない。つまり、年平均10万~2万プラスマイナス1万の例年のレートが適用されていない。にも拘らず、撫子が()()()とはどういう事だと3()()()の役員はざわめきと視線を交錯させる。

 

 

「撫子ちゃん、過去問は…、いくらしたの…?」

 

「はい、34万ポイントでした」

 

「さっ―――」

 

 

絶句である。聞いた3年生役員は口を押えて固まっている。頭を抱える3年生たちと、ギョッとして撫子を凝視する2年生たち。撫子は「()()()お安くして頂いて…」と教師への感謝を伝えているが事情を知る3年生は気が気じゃない。

 

ようやく2年生も金額が可笑しいことに気が付く。しかし、試験の本番前にその試験を受ける生徒がいる以上、相談など出来るわけがない。やむを得ず、話題をもう一つの疑問へと向ける。

 

 

「そ、それにしても西園寺、34万ポイントなんて持っていたのか…クラスメイトから借りたのか?それに、南雲副会長のおかげって…?」

 

「(…ん?)」

 

「?いえ、雅副会長にこの前の件でとポイントを頂きまして―――」

 

「「「南雲ォ!!(副会長!!)」」」

 

 

役員の質問に不穏な気配を感じる副会長だが、天然に疑問に答える撫子のせいで導火線へと火が付く。修羅場、再び。

※ぶっちゃけ口止めしてない南雲が悪い。

 

 

今日も、生徒会室は賑やかだった。

 

 

 




副会長:この後めちゃめちゃ誤解を解いた。なんとか解けた。
会長:金額によっては自分の名前も出たので詰めには参加せず震えていた。
撫子:よく分かっていないが、隣の部屋で橘に「大丈夫?なにもされてない?」とカウンセリングを受けた。コクコク頷いた。

二年生役員「副会長への信頼度が5下がった!」
三年生役員「副会長への信頼度が15下がった!!」

ーーーーーーーーー


読了ありがとうございました。
またアンケートも感謝です。
今回はちらっとしか出てない主人公ですが、次回は初期北さん視点で登場予定です。

また少しお待ちくださいませ。


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番外②:不良品と、初めてのふたり〇っち

お待たせしました。
今回は少し早かったですかね?

アンケートも回答、ありがとうございました。
できる限り頑張っていきますね。ご感想も、力になっています。

ではでは、どうぞ。


Side.堀北

 

「失礼します」

 

「…来たか、堀北。まあ入れ」

 

 

そういって入室を促されると、率直に用件を尋ねられる。…そう、私はこの担任教師―――茶柱先生にクラス分けの正当性を確認するために事前に連絡をしていた。すると放課後のこの生徒指導室で聞くとのことだったので、時間の通りにこの場へ来ていた。

 

朝のHR―――学校のルール、Sシステムについて説明を受けて、自分がDクラスと聞いてショックではなかったと言えば噓になる。しかし、それよりも先に思ったのは「何故?」という疑問だった。

 

茶柱先生の言葉に虚偽が無ければ、Aクラスには成績優秀な生徒が。そして私の所属するDクラスには()()()不良品が配属される、最後の砦なのだと。

少なくとも、私は朝のHRで悲鳴を上げて、混乱の最中にあったクラスメイトの誰よりも現状把握に努めようとした。先日のテストだって、何より入学試験や面接でも全く問題ない回答を示したと自負している。

その事を指摘すると、茶柱先生は手に持っていたクリップボードからA4サイズの茶封筒を取り外し、中の書類を机の上に滑らせる。視線を落とすと、自分の入学時の成績表?のような資料だ。『持出厳禁』の文字は見なかったことにして斜め読みするも、やはり採点に問題は無さそうだった。非難交じりな眼差しを改めて向けると、茶柱先生はため息をついて、視線を天井に向けながら問いかける。

 

 

「………なあ、堀北。お前は、本当に自分がA()()()()()()()()()()()だと自信を持って言えるのか?」

 

 

「…当然です。その資料、点数において評価は同率4位となっています。面接でも、特に問題ある受け答えをした覚えはありません」

 

「そうだな、その点も特に指摘を受けるような問題は無かった」

 

「でしたら…!」

 

「だが、お前がDクラスである事は間違いない事実だ」

 

 

カっと頭に血が上るのが分かる。感情的になってはいけないと思いながらも、こうもやる気がない態度で自分の事を否定され続けると来るものがある。…私は、私には()()()()()()()()()()()()()()()()()のに。

 

脳裏に過る存在―――あの日、置いて行かれて以来、2年ぶりに会った兄。部活説明会で、それも一方的に見たその顔は、離れた時の分だけ大人になっていた。

兄は私には気が付いていないだろう。この1ヶ月、声をかけられることを期待していたのもあったのに、それもない。…自分が子供のまま取り残されたようで、言葉にできない不安を抱えていた。

兄が家を出て、この学校に入るその日に私はかつてない程に兄から叱責された。どれだけボロボロと泣いても、声を張り上げても兄が振り返ってくれることは無かった。

 

その陰鬱な日々に止めを刺したのが、今日のクラス分けの真意だ。

兄に認められたい。兄に、また自分を見て欲しい。認めて欲しい。褒めて欲しい。ただ、それだけなのに…!

 

思わず唇を噛んで、「では学校側に確認をします」と負け惜しみのような言葉と共に踵を返す。…実際負け惜しみだ。そんな事、私が一番分かっている。

扉を開けようとした間際に、「待て、堀北」と茶柱先生から声をかけられ足を止める。

 

 

「…まだ何か?」

 

「…おい、出てきていいぞ」

 

「っ…!まさか、に―――」

 

 

茶柱先生の声と共に部屋にある給湯室だろうか、隣に繋がる扉が向こう側から開けられる。まさか、と思い今一番会いたくて、会いたくない相手の名前を呼ぼうとしてしまう。

期待と絶望、そのどちらか…多分両方の感情を浮かべて扉を凝視していると、向こう側からはトレイに3つ紙コップを乗せた隣の席の綾小路君(クラスメイト)の姿が出て来る。

 

 

「私の分も入れたのか…」ヒョイ

 

「いや、こんなに時間かかるものとは思ってなくて…」

 

「…私の話を、聞いていたの?」

 

「いいや、全く聞こえなかったぞ」

 

「隣の部屋との壁は薄い。確り聞こえていたはずだ」ズズー

 

「………」

 

「…どういうつもりですか?茶柱先生」

 

 

突然の部外者の介入に怒りを覚えていると「温いな…」と言いながら飲み物を飲む教師に怒気を飛ばす。(こっちに紙コップを差し出したまま固まっているクラスメイトは当然、無視だ)

不満げに飲み物を飲み干した茶柱先生は、「お前の問題を片付けるのに必要と感じた為に綾小路を呼んだ」と言い切った。その答えにハッと視線を移すが、そこには普段のクラスでの様子と何も変わらない彼の姿がある。彼に何が出来るのかと、そんな疑問を感じていると机の茶封筒からもう一人分の資料を取り出して苦笑交じりに話しだす。

 

 

「…綾小路、これはお前の入学時のテストと先日の小テストの回答用紙のコピーなんだが、全教科50点ってお前…」

 

「偶然って凄いっすね」

 

「………全教科、50点?」

 

 

偶然にしても酷い。…いや、小テストは確かに配点があった。しかし、入学テストにはそんなもの書いていない。やはり偶然かと思い二人のやり取りを聞いていると、自分が解けなかった難解な問題を解いて、最初の3問を間違えるなど()()()()()()をもって点数を落としているのは明白だった。

 

 

「貴方、どういうつもりなの?」

 

「いや、本当にただの偶然だ。隠れた天才とか、そんな設定はないからな?」

 

「流石に無理があるだろ…もう少し手を抜くにしても自然に点数を散らさなければ、意図的なのは一発で分かるぞ」

 

「次からそうします」

 

「そうしろ」

 

「………っ」プルプル…

 

 

下らない漫才のような掛け合いに、声を荒げなかったのは奇跡だった。しかし、茶柱先生の言った「問題を片付けるのに必要」の意味を考えると、ここで帰るのは得策ではないだろう。

 

 

「茶柱先生」

 

「ゴホン、…綾小路を呼んだ件は以上だ。それで、堀北。()()()()()?」

 

「…」

 

「先生は、Aクラスに行くのに()()()()()()が必要だとそれを私に教えようとしてこんなことを?」

 

「………」

 

 

最初から意図はハッキリしていた。何故、自分の用事で呼ばれたこの場に綾小路君がいたのか。何故、隠そうとしていた彼の実力の一端を私の前で明かしたのか。彼と一緒に、上のクラスを目指す様にと担任の教師からの激励なのではないかと思いそれをほぼ確信を持って伝える。

 

目と目が交わる数秒。ため息と共に、先に目を逸らしたのは茶柱の方だった。

―――しかし、そのため息は諦観のような、失望にも似た冷たさを感じてしまい思わず息を飲んで一歩後退る。

 

 

…はりA…スとは…違……撫……か…

 

「…?先生、今なんと?」

 

「気にするな。それよりも、だ。堀北、それに答える前にお前に聞きたいことがある」

 

「…なんでしょうか」

 

 

思わず身構えると、「そんなに固くなるな。あくまでお前にかみ砕いて理解して貰う為には、回りくどい説明が必要と理解しただけだ」と備え付けの椅子に座り、足を組んでこちらを見据える。先ほどよりも重々しい雰囲気にチラリと視線を友達がいない隣人(あやのこうじくん)に向けるも、全くこちらを見向きもせずお茶を飲んでいる。…コンパスを忘れたのが悔やまれる。

 

 

「お前、将棋はやったことはあるか?」

 

「…は?」

 

「将棋だよ。あるいはチェス。…やったことは?」

 

「ゼロではありませんが、あまり経験はないです」

 

「いや、十分だ。では堀北、確認したい。将棋の駒で、初めから自分の駒はいくつある?」

 

「…20個、ですよね?それが何だっていうんですか?」

 

「その通りだ。では、お前がプロの棋士だったとしよう。お前は()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「っ…!」

 

 

その答えに、思わず息を吞む。ようやく自分が思い違いをしていたことに気が付く。つまり、この質問の意図は―――

 

 

「どうなんだ?」

 

「…いいえ、全て並べてから始めます」

 

「ふむ。当然だな。では改めて―――いや、回りくどく聞こう。堀北、今、お前の将棋盤には駒は何個あるんだ?」

 

「それは…」

 

 

思わず、言い淀む。憐れむ様な眼差しでこちらを見ている茶柱先生に、なにも返すことが出来なかった。

何故なら、私の将棋盤に置ける()なんて一つもないのだから。

 

 

「これがお前たち不良品と優等生たるAクラスとの違いだ」

 

「…」

 

「…」

 

「誤解がない様に伝えておくが、堀北。お前の実力が劣っているだとか、他の生徒の実力が勝っているだとか、それだけでこの学校はクラス分けしているのではない」

 

「…では、どうやってこの学校は―――」

 

「それはお前たちが答えを出さなくてはならない」

 

 

そう、ハッキリと言い切られる。…どうすればいいのだろう。正直、途方に暮れそうだった。Aクラスに、兄に認められる存在になる為に行動しようとした矢先にコレだ。

正直、梯子を外された気分だった。俯かずに担任を睨むのは、せめてもの意地だった。数秒か、もう少し長かったかもしれない時間の見つめ合いを先に終えたのは茶柱先生からだった。

 

 

「ふっ…本当にお前たちは…いや、なんでもない」

 

「…先ほどから、何の話なんですか…!」

 

「すまないな、()()()()()だ。そして、ここからが()()()()()()だ」

 

「っ…」

 

「…」

 

 

書類を仕舞い、指導室を出るのかと思ったら私に、私と綾小路君に向き合うと少しだけ優し気な表情で先生は続けた。

 

 

「Aクラスを目指したいのか?」

 

「…なります。Aクラスに」

 

「綾小路、お前はどうだ?」

 

「いえ、俺は事なかれ主義なので…」

 

「そうか。…()()()()()。だが、お前のクラスメイトの堀北はAクラスになりたいそうだぞ?」

 

「…」

 

ムスっとした表情で茶柱先生に、いつもの気の抜けたような表情で軽く睨んでいる綾小路君。…彼の本当の実力は、どの位あるのだろうか。それに、故意に実力を抜く理由って…。

考えに頭を回していると、此方に視線を向けられたので、一度中断する。

 

 

「堀北、聞いての通りだ。お前のAクラスになりたいという渇望を聞いた一人目のクラスメイト(将棋のコマ)は、あまり興味は無いらしい」

 

「…別に、彼に助けて貰えなくとも…」

 

「そうやって、()()3()8()()のコマもすり減らすのか?」

 

「…!」

 

 

無言で、()()()()()()D()()()()()()()()()()()と咎めるような視線を受ける。

 

 

「この学校は、生徒の実力で評価するが入学する際にクラス分けは全て決定している。今までの来歴、経験、賞罰、性格や成績、全てを総合的に判断している」

 

「…」

 

「…」

 

「もしも、お前がAクラスだとしたらDクラスの幸村輝彦はどうだ?成績ではお前に劣るものではない。高円寺は?櫛田や平田はどうなんだ?」

 

「それは…」

 

「お前()()は揃って落ちこぼれの欠陥品だ。()()その評価を甘んじて受け止めて、()()()()上を目指すしかない」

 

「…」

 

「話は以上だ。…これから会議があるのでな、退室して貰おう」

 

 

 

そうして、先生から追い出されるように廊下へ出ると、施錠してさっさと立ち去ってしまう。

それを呆然と見ていると、背後から遠のく気配を感じて声をかける。

 

 

「待って」

 

「…なんだ」

 

「綾小路君、あの成績は故意に取ったの?」

 

()()()()()()()

 

 

絶対に故意だ。白々しくすらある物言いに、コンパスを忘れたことを本当に悔やむ。

コツコツと早足で追いつくと、逃さないように強い視線で彼を縫いつけてAクラスの為の協力を取り付ける。不満げな態度だが、まあいい。

 

まずは一人、この調子で目下の問題である赤点を取りそうな生徒を救済する。その為に声をかけるのは、誰を対象に、そう考えながら放課後の廊下を進む。

もう、立ち止まっている時間はない。そんな焦燥感だけが自分の背中を焦がしながらも強く、強く押していた。

 

 

ーーーそんな背中を綾小路君がどんな目で見ていたのかも知らずに。

結論から言うと、私は()()、間違えてしまったのだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

Side.一之瀬

 

 

「……///」

 

 

夜の九時、私は撫子の部屋に居た。ここの所、星之宮先生に教わった撫子の()()の為だ。普段とは違うのは、今日は私一人だということ。

 

これまでの数日は教わりながら恐る恐るだったが、昨日はついに見られながらとはいえ一人で出来た。

「そう、上手ね…一之瀬さん」と先生から褒められたのも嬉しかったが、完全に()()()()()()姿の撫子に、撫子に息も絶え絶えに感想を言われるのは、何というか背徳感が凄かった。

 

「…ふー、ふぅ、ん…ほな、み…ありがとう、ございました。とっても、良かったです…」

 

「にゃー…、撫子もよく声、我慢したね」

 

「帆波が、優しくシテくれたからです」

 

 

えらい、えらいと頬や頭を撫でると嬉しそうに目を細める。撫子に、ドロドロとした感情が溢れそうになるが表には出さないようにする。

 

 

それが、昨日のことだ。今日は星之宮先生は用事で来られないと撫子から聞くと驚きと喜びと、不安がぐじゅぐじゅと混ざりながら自分から漏れるのを感じる。

 

 

今日はそっちの部屋で寝ていいかと聞くと、快諾してくれたので寝巻き一式を持って撫子の部屋に行く。

夕飯や雑談をして、(クラス間に関わる話は、明日の放課後に時間を取ろうと先にお願いした)後は日課と寝るだけになる。

 

家主が先か、お客様が先か抗争は無事私が勝ち、こうして考える時間を得ることができた。撫子の座る定位置に厚いタオルを敷いて、自分の寝間着や下着を用意して正座して待つ。シャワーの音を聞いているはかなり落ち着かない。視線を部屋のあちこちに向けるが、一向にドキドキは止まらないままだ。

 

悶々としていた時間は体感よりもあっという間に過ぎて、お風呂が空いたことを告げる声に脱衣所へ向かう。

 

そこには()()()()()()()にバスローブを羽織り、汗と雫を拭う撫子が居て思わず持っていた寝間着を落としてしまう。

 

 

「?帆波、どうしました?」

 

「にゃ、にゃー、大丈夫、何でも…!」

 

 

慌ててしゃがみ、拾いながら見上げると何も隠していない彼女の裸体がある。シミ一つない、水滴を弾く肌が湯上がりで血行がよく火照っているのは同性でも目に毒だ。「ゴクリ」と息を呑むのが自分でもわかる。

不安げな撫子にパタパタと身振り手振り大丈夫と伝え、慌てて離れる。首を傾げる彼女へ背を向けてできるだけ早く脱衣、浴室に飛び込む。

 

少しだけ冷たいシャワーを浴びながら頭を冷やすと、自分の頭の中の悪魔が天使の3人に負けて目を回している姿を幻視する。大丈夫、大丈夫…私は欲望に勝った。

 

ブツブツとつぶやきながら体を洗っていると、脱衣所からはブオー、というドライヤーの音がする。どうやら髪を乾かしているようだった。

 

「〜♪〜〜♫」

 

「………にゃー//」

 

風の音にかき消されているが、なにやら歌のようなものも聞こえる。誰も知らない撫子を私だけが知っているようで、身悶えしそうになる。…絶対に、撫子には見せられない顔になっている。

 

 

「〜♪、帆波、湯加減は大丈夫でしたか〜?」

 

「にゃ!?だ、ダイジョウブダヨナデコー…」

 

 

急に声がかかり、棒読みのような返事になったが、気づかれてはいないだろうか…。

思い出したかのように身に纏う泡を流して湯船に浸かる。

 

…「さっきまでここに、撫子が…!」「撫子の…残り湯…」

 

 

また頭上の悪魔が私に囁いてきた。今度は…増えてる!?2匹居た。

ザバン、と少しだけ強く顔にお湯をぶつけて首をぶんぶんと振る。

 

そうするとまたなんとか悪魔を倒したのか、ボロボロでハイタッチしている天使が2匹。…あれ?減ってる…?

 

リラックス効果のある入浴なのに、より緊張というか期待…?不安かも、が強くなり顔はきっと赤くなっている。

早く出よう、そう思い湯船から立ち上がると、脱衣所からドライヤーの音が聞こえなくなっている。扉を開けると既に撫子の姿はなく、待たせないようにとテキパキと寝間着を着てリビングに向かうーーーその間際、見てしまう。

 

「っっっ…!!!スゥ~ふう…!」

 

 

洗濯かごに、脱ぎ捨てられたバスローブ。着ていた本人は居ない。()()()()()()()()まだぬくもりが感じられ、()()()()()()シャンプーやボディーソープの匂いに混じった撫子の匂いを感じーーー。

 

ここまでして、慌ててバスローブをかごに戻す。

今、自分は何をしていた?「チッ」と舌打ちする悪魔が頭上で1匹、たむろしている。…天使の姿は、もうない。

 

ドッ、ドッ、ドッと音を立てる胸の高鳴りを抑えながら、生まれたままの姿で待つ撫子を脳裏に浮かべながら伏魔殿へ向かう。

 

 

撫子が一矢纏わず就寝するのは、星之宮先生との仲直りの日に聞いた。思わず聞き返してしまったが、夜にはその実態がわかり、朝早くに合鍵で部屋に行くと()()()な姿でシーツに包まる彼女が居た。

何時間でも見ていられたが、身動ぎと寝言にハッとなり起こし、強制的に分からせられた。…そう、自分には既に耐性がある。その自信を嘲笑うように、「待ってるよ」「早く早くー」と悪魔が囁いてくる。

 

明かりは、就寝時のモードになり部屋を薄暗く照らしているだけだ。

覚悟を決めて、一気に扉を開ける。すると、そこには裸の撫子の姿がーーー。…?

 

ーーーーーーーー

 

 

「な、な…なで、こ。その、格好は?」

 

「はい、星之宮先生に頂いたんです…」

 

 

これなら、胸も苦しくないだろうって。そういってくるりと一周りする撫子の姿に、目を離せない。

薄い生地に、淡い紫がかかったソレは、一之瀬が名前を知らないのに()()()()()()で使われているのではと思い至るのに十分な破壊力を秘めていた。

 

肩にかかる紐も、胸元から体の横に走るラインも全てレースで編まれており、

身体を隠すよりも身に着けやすさと、後ろの紐を引くだけで各部位があっけなく分離出来る、脱がせやすさを両立していた。

ベビードール。それは、20年にも満たない一之瀬の理解の範疇を大きく超えていた。

 

「あ…ぁぁあ……ニャアァァ、ァ…!!」

 

「ねえ、帆波」

 

 

似合いますか?

 

 

気恥ずかしい様に、頬を赤らめながらこちらを上目遣いに見つめる撫子に帆波は「プツン…」と何かが切れる音を確かに聞いた。

 

もう淫魔の身体から目を逸らせない一之瀬には見れないだろうが、その頭上では()()()()()をハサミで両断して、ワイワイと盛り上がる悪魔たちの姿があった。

 

「なでこ…!!」

 

「あっ…、帆波…?」

 

ベッドに押し倒すと、豊満な胸が揺れる。薄い布一枚に透ける大切なところも見えてしまっている。

不思議そうに、そして不安げに見上げる撫子の表情に、一之瀬は荒い呼吸のまま「良く、似合ってるよ…!」と返す。

 

それににっこりと、しかし帆波から見て淫靡な、()()()()()()()()()()()()微笑みに、帆波はようやく、さっきまでの悪魔の正体に気がついた。

※勘違いです。

 

 

「撫、子…!なでこぉ…!!」

 

「ぁん…!…ほな、待っーーー」

 

 

※この後めちゃめちゃ撫子に襲いかかった。

次の日に泣きながら謝った。許された。




初期北「私は…必ずAクラスに…!」
事勿れ小路「がんばえー」
マイルド茶「がんばえー」

ーーーーーーーー

撫子「先生♪帆波に褒められました!ありがとうございます♪」
先生?「撫子ちゃん…アレを着て見せたの…?私以外の人に…?」目のハイライトオフ
ほにゃみ「私…私、撫子になんてことを…ブツブツ…」レ〇プ目

…この温度差よ(戦慄)また帰ったら書いて週末2回は上げたいな!
お待ちくださいませ!アンケートはとりあえず継続で、
また次回に貼ります!ご参加よろしくお願いしますね!

ちなみに、タイトルは初めてのふたりぼっち、です。
間違えた方はいないですよね?


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③:朝チュンと、お昼ご飯と、弾劾(?)裁判

更新しました!
今回は上手く意図が伝わるといいなぁ…。過去一、修正必要になるかも?
ご都合主義には目をつぶってください。

まあここを叩き台に、上手くやっていこうと思います。
では、よろしくどうぞです。



次の日の朝、自分にもたれかかるように寝息を漏らす帆波にクスリと笑みを零す。

チラリと時計を見ると、普段の起床時間より20分は早い。少々汚れてしまっているベッドに彼女を置いて行くのは少し気に病むが、自分の身なりを整える事を優先しよう行動に移す。

帆波を起こさない様にゆっくりと枕や掛布団を上手く使いベッドから脱出すると、シャワーを浴びる。熱い雫が体を這うと、胸や首元に赤い痕があるのが目につく。幸い、自分の髪や制服を着れば隠れる位置の為に気にせず湯を止めて身支度を進める。

 

少しはしたないと思いながら、下着を着けて上はワイシャツだけ、まだネクタイはせずに朝食の支度をする。簡単なサラダを作り、食パンに乗せる卵とベーコンを焼いているとベッド側からもそりと身動ぎの音と「う~ん」と眠り姫の声が聞こえた。

 

苦笑しながら、火を止めると「帆波、起きて下さい。朝ですよ?」と耳元で囁く。すると寝ぼけたように「撫子~」と抱き着いてくる帆波に驚きつつもハグを返す。

昨日のように項のあたりにスリスリと頬ずりされ、「くすぐったいですよ、帆波…。顔を洗って、サッパリして来てください」と伝えると、いつもの猫語交じりの返事と共に、覚束ない足取りで洗面台へと向かう。

 

それを見送ると、再び台所でコンロに火をつけ、パンを焼くためにトースターに入れて電源をつける。ジジ…と音と共に赤くなるトースターに食パンを詰め、フォークとサラダを机に。牛乳をグラスに注ぎ、大きめの皿に目玉焼きとベーコンを乗せて、後はパンの焼けるのを待つ。

 

 

パンの焼ける音が途切れてチン♪とすると、取り出そうとトースターを開ける。と、同時にガタガタ!と洗面所から音がする。盛り付けた皿を机に運ぶも、まだ帆波が戻ってこない。寝ぼけているのかと思い、洗面所に行くとしゃがみ込んでブツブツと言っている帆波の背中が見えた。

 

 

「最低だ…私………子に…無………り…乱…………スマーク…………つけて…」ブツブツ…

 

「…?…帆波~そろそろ、朝食にしましょう…?」

 

 

肩をポン、と叩くとビクリと身動ぎをして、ギギギ…と擬音が付くほどゆっくりとこちらに振り替える帆波。顔は洗ったようなので、「な、撫子…わ、わた…私…」「ほら、姫様、早くご飯にしましょう、ね?」とやり取りの後に手を引いて席に着かせる。

 

 

「頂きます」

 

「…イタダキマス」メ、ウツロ…

 

 

様子が変な帆波だったが、どうしたのかと聞くとアワアワしながら最終的には「御免なさい…」と言ってくる。流石に何のことか、なんてことは無い。帆波は昨日、自分にシタことを悔やんでいるのだろう。

しかし、ああいう事は星之宮先生から聞いている。日課の効率を上げる為には時にキツイ体位やツボを押す事、変な気持ちになったり粗相をしてしまう事もあるのだと聞いている。つまり、帆波が後悔したり落ち込んだりする必要はないのだ。

 

食後にもじもじしている彼女にそれが伝わるようにぎゅっとハグしながら、

「私の為にしてくれたことで謝らないで下さい」「帆波を信じています」「親友だと言ってくれた私の事は信じてくれないのですか?」等等+上目遣いの説得により、無事に持ち直してくれた。

 

朝に登校する時には、「手を繋いだら変な気持ちになっちゃうかも…」と俯き加減に言われた為、昨日も手を引いてくれた尊敬する教師に用に袖を示し、「じゃあここを掴んで…離しちゃダメですよ?」というと顔を赤くしながら、しっかりと掴んで着いてきてくれた。

 

登校中はいつもよりも視線を集めた気がする。俯いている帆波との会話が無い分、何故か女子生徒の同級生や先輩が声をかけてくれたので寂しかったり沈黙が痛いなんてことは無かったのが良かった。幸い、校舎に着く頃には俯いていた帆波もこちらを見てくれるようになった。

 

 

「では、帆波…昼休みに食堂で」

 

「う、うん…それじゃあ…」

 

「はい。また♪」

 

 

そういって別れ、Aクラスに向かうと背中から「な、撫子!」と声がかかり、振り替える。

 

 

「?…どうしましたか?」

 

「あ…あの、…ありがとうね?」

 

 

そういって手を振ると、タッとBクラスに飛び込んでいく。クスクスと笑いながら、見えなくなった帆波に「私の方こそ、ですよ…」と呟いて、自分もAクラスへと入っていくのだった。

 

 

 

その後、昼休みに約束のお昼を食べたり、いつものメンタルまで回復させたり、Dクラスの友達?と会って相談したりされたり、また会う約束をしたり、保健室で日課をしたりと過ごしているうちに、時間は過ぎていく。

 

 

放課後になり有栖に見送られながらBクラスに向かう撫子。廊下で待っていてくれたのか、帆波と合流して教室に入る。

※意味深な笑みで応援されたが、首を傾げながらお礼を言っておく。

 

 

「失礼致します、1-A西園寺です。入室致します」

 

「にゃはは、撫子、固いよ~」

 

 

もっと気軽に~と言われるがこういうのは確りしないといけないと伝えると、拗ねたような顔で「撫子ならいつでも歓迎なのに…」と聞こえた。頭を撫でようとする腕を意識してなんとか抑える。今日の来た目的はこれではない。

 

その後、神崎に空き席にかける様に言われ周囲を見渡しながら丁寧にお礼を言ってから座る。…Bクラス40人全員がいる。そして、教室の出口の近くには2,3人が前後の両方に張り付いて廊下側を気にしているのを眼で捉える。…それだけ真剣な話なのだろうか。ポーカーフェイスの裏側で警戒をする撫子。

 

その後、神崎と帆波から来てくれたことへの感謝と、今回の用件を伝えられる。

単刀直入に言えば、情報共有だった。今回のAクラスのクラスポイントは999CP。1ポイントしか減少が無かった為、どういった生活態度や授業態度を取っているのか?と当たり障りのない事(※撫子視点)から相談を受けた。

 

それに対して一つ一つ、撫子は丁寧に説明を返していく。

生活・授業態度→基本的に授業中に寝ない、遅刻や欠席、授業の見学の際は理由を確りと報告を入れれば減点は無く、ポイントなどでも代用できるとの事。

 

ポイントの件→実際に減少はあったものの、早い時点での働きかけ(二日目に共有した事)と生徒会加入によるポイントの増加があった事。部活の成績如何で云々。

 

他にも聞かれればなんでも応えてくれる撫子に、周囲の視線も段々と柔らかいものに変わっていく。

 

 

「ありがとう、西園寺。お前のおかげで助かった」

 

「いいえ、とんでもないです。りゅ、…、神崎君の役に立ったなら何よりです」

 

「にゃ~、私からもありがとうね。撫子♪」

 

 

友好的な3人の様子に、徐々に「俺からもいいか?」「あ、私も…」と生徒会の事や、その繋がりでポイントの事、上級生の事など和気藹々とした雰囲気で()()()は進んでいく。

そうして、2、30分も経った頃だろうか。

 

 

「でも、65000ポイントも大金だけど、先月までは100000ポイントあったんだよね…」小声

 

「仕方ないよ、減点された私たちが悪いんだし…」小声

 

でもなぁ…ねえ!西園寺さん。()()()()()()()って聞いたけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()もう少し早く(クラスポイントについて)教えるのってダメだったの?」

 

 

その生徒から言われた「口止め」という単語に首を傾げる撫子。

最近聞いたような…、ハッと思い出す。Bクラス()一之瀬さんに関係していて、先月、口止めされた事。

呼び出し、クラス全員がいる、口止め、不満げな生徒、一之瀬帆波。彼女との縁。…点と点が線で繋がる。

 

―――即ち、自分の身体の事(手紙の件)だと。

※勘違い。Sシステムのことです。

 

知っているのは、星之宮先生、堀北会長、橘書記、最後に一之瀬帆波さん。

 

特に帆波さんには教えるのは4人で最後だった。登校から昼休みも時には放課後も、4()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もっと早くに教えていれば、帆波とBクラスの方々の時間を奪う事は無かったはずなのに…。いや、別に帆波との仲は別に彼女に身体の事を頼む相手として求めた訳ではないが…。…もうそんな言い訳が出来ない程、帆波とBクラスの皆の時間を奪ってしまっている。

 

Bクラスの生徒を見渡すと、全員ではないものの不信感や責めるような眼差しを感じて確信する。帆波の時間を奪った私への、ここは、()()の場なのだと。その時に帆波と目が合うも、彼女はこの件を知らないようだ。今も、その発言をした生徒へ軽く窘めるようなスタンスを取っている。表立ってはなくとも、このままでは、帆波は…。

 

撫子の脳内で一瞬の間で帆波の今後が想像される。

(…このままでは帆波がクラスでの居場所を失ってしまうのでは…?)(その前に…。もう、帆波との関係は控えないと)(その方が、彼女の為に…)(これ以上、私の為に彼女に負担を強いる訳には行かない…)(彼女だけは、不幸な目に合わせる訳には…)

 

自分を助けてくれた帆波を救わなくては。たとえ、自分が嫌われることになろうとも…!

悲痛な覚悟を胸に、撫子は糾弾の場へ歩を進める。

 

 

――――――――――――――――――

Side.Bクラス生徒

 

 

 

クラスメイトの子の発言から、何か一瞬考えていた彼女―――西園寺さんが「お答えします」と声を発する。綺麗な声だ。居心地が悪いだろうに、それを感じさせない様にはっきりとした声色で周囲を見渡す。

クラス中の視線を集めた西園寺さんが、少しだけ寂しげな表情で質問に答える。

 

 

「その件については絶対に、という訳ではありませんでした。…正確には、信用できる人にだけならと。()()()()()()()()()()()()()()()()は話させて頂きました」

 

 

チラリと伺うと驚く様子の周囲と、()()()()()、目を見開き驚いた表情を((え?)とキョトンと)した委員長。―――Bクラスの生徒たちはその様子に、漸く合点がいった。

 

 

…何故、委員長が4月の最初の頃から他のクラスの生徒と友諠を結んでいたのか。

 

……何故、一之瀬帆波が委員長となり、クラスを纏めようと動き出したのか。

 

………何故、別け隔て無く仲良くしてくれて―――。何故、何故、何故。

 

()()()()()()()()。このクラスを守る為に、委員長は4月の内から身を粉にして動いてくれていたのだ。

口止めされていたのは、西園寺さん(Aクラス)だけじゃなくて一之瀬さん(私たちのクラス)も同じだった。ずっと言えない辛さを抱えながら皆の為に頑張っていたのだ。

 

気付けば一之瀬さんの手をAクラスの西園寺さんが包み込む様に手を重ねている。

 

 

「…え?え?撫子?何のこと?」ヒソヒソ…

 

ごめんなさい、帆波。―――皆さんにも、謝罪を。一之瀬帆波さんに伝える以前から、生徒会長や星之宮先生から他言はしない様に言われていたのです。彼女が本当の内容を知ったのは先月も終わりかけの頃でした。…真実を伝える事で負担をかけてしまうとは思っていました」

 

 

本当に申し訳ないような、儚げな表情で詫びる西園寺さんに、誰しもが糾弾など出来なかった。怒りはある。()()()()()()()()()()()に。結果を上げられなかった、自分たちのリーダーへの自責の念がその身を苛んでいた。

 

 

「…それでも、彼女の好意に甘えてしまった、私の咎です。真実を伝えたのは4月の下旬です、それまでも、そして今日も彼女には迷惑と負担をかけてしまっていました。本当に申し訳ございません。―――これ以上、一之瀬さんとは…」

 

 

「もう会わない」と言おうとしたのだろう。頭を下げようとする西園寺さんを白波さんが肩を抑える形で「謝らないで下さい…!撫子お姉さまが謝る必要なんて…!」「そうです!私たちがもっと早く気付いていたら…」「お二人がお会いにならないなんて…世界の損失です!」と矢継ぎ早に泣きつく。

 

他にも、「そうだ、西園寺は何も悪くない…俺たちも、授業中に寝たり…」「委員長も、ごめんなさい!私たち、全然頼りにならなかった…!」「気付けなかった僕も…」沢山の声がBクラス中を飛び交っている。

 

 

「昨日言っていた星之宮先生の口止めって…」ざわざわ…

 

「きっとそうだよ…西園寺さんと、帆波ちゃん自身の事だったんだ…」ざわざわ…

 

「え?ちが―――」

 

「一之瀬、すまなかった。俺は、お前の葛藤や苦しみに気付いてやれなかった。―――これからは、俺たちもお前に頼るばかりにはならない。安心してくれ、なんて言えない。俺たちにも、少しでも手伝わせてくれ…!」

 

 

神崎君が真剣な表情で一之瀬さんに決意表明をすると、他の男子たちも「俺も!」「僕ももっと!」と結束を強くしている。

 

 

「二人が会わなくなる理由なんてないよ!」

 

「そうだよ…!そんな悲しいこと言わないで下さい!」

 

 

女生徒からも別離を止めるべく、男子生徒並みに声を出して二人の花園を守ろうとする。

※親衛隊所属

 

 

「ふええ…?」オロオロ

 

「帆波…皆さんは、とってもお優しいのですね…。本当に、ありがとうございます…!」ニッコリ

 

 

目を回している委員長と、涙ぐんで笑う西園寺さんに一同も胸が熱くなる。

不安や疑問、誤解が解けてBクラスはこれからもっと強くなる。皆も同じ気持ちなのだろう。明るい表情で頷き合っている。

 

その後、委員長と西園寺さんが抱き合って歓声が上がったり、Bクラスの試験勉強の手伝いに西園寺さんが来ると提案されたり(※ざわついたが、神崎が上手く話を纏めていた)と色々あった。

 

 

この後めちゃめちゃBクラスの試験対策会議(+1名)は捗った。

 

 

 

―――――――――――

 

 

 




Bクラス「西園寺さんへの好感度が10上がった!!」
Bクラス「一之瀬委員長への好感度はもう上がらない!!」

イベント:『西園寺先生のテスト勉強会①』が選択できるようになりました。


大勢『オォーー!!』部屋越しの声

?「…なんか隣のクラス、盛り上がってない?」

?「ふふふ…なるほど、そういう事ですか…!」フルフルニィ

?「…(相変わらず、何考えてるか分かんない奴)はぁ…」

――――――――――――――――――――――――――
読了ありがとうございました!

ちなみに、撫子が直接BクラスにSシステムの事などを助言しなかったのは何故かというと、
今更かもしれませんが、撫子は別にクラス間での争いに決してネガティブではありません。
お互いに全霊をかけて競い合い、高め合うこの学校を素晴らしいと思っています。
※主に教師と生徒会長のおかげ(せい?)です。

また、Aクラスの特典も特には魅力を感じておらず、多くの良くしてくれる教師、クラスメイト、先輩や部活生徒会のおかげで多分、原作主人公並みにエンジョイしてます。(現在進行系)

また、それとは別にもしも帆波が生活態度がDクラスの金髪女子並みに悪ければやんわりと指摘しましたが、問題が殆どなかったので伝えることはなかったです。
そしてクラスへの意見=内政干渉的な認識を持っていた為、“Bクラスの神崎君と一之瀬さんとAクラスの自分”という接点はあっても、クラス間での契約や相談が出来るような権限を持っていないと認識していました。

今回の一件は、前々回のクラスのリーダー格の坂柳から「好きに動いて下さい」という言葉を真に受けて好きに動こうとしているのが大きいです。
※帆波との友諠を続けても良いことへのBクラスへのお礼があるのも事実です。

次回は昼休み、Dクラスの友達視点から進められるかなと。お楽しみに!


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番外③:膝枕と、放課後ティータイム。

遅れてしまって申し訳ございません!
今回はリクエストの多かった二人!

また、次回も作成中です。
よろしくお願いします!


Side.櫛田桔梗

 

昼休みを過ぎた、保健室。何故か私は膝枕してくるこの女、西園寺撫子に連れられて授業をサボっていた。

いや、訳が分かんない。本当にだ。昼休みに、Bクラスの一之瀬さんと一緒に居るこの女と目を合わせたと思ったらズイッと近づかれ、なんやかんやとしてたら保健室で抱きしめられたり慰められたり、挙句の果てにはこうして膝枕だ。しかも、なんか周りに仮面を作っていることも気付いているような態度で心配された。

その時点で、もう私にはどうしようもないと諦めをつけて、ポスン、と柔らかい膝に頭を埋めるのだった。

 

 

…ねえ、なんで私にこんな事まで、してくれるの?

 

…。

 

…ふーん、まあ、いいよ。もうバレてるみたいだし、教えてあげる。どうせ、あんたがいるなら私は一番にはなれないんだろうし、もう疲れたかな。

 

…。

 

そういうのいいから、あんたもどうせ、聞いたら私の事なんか嫌いになるよ。それじゃ~、櫛田桔梗ちゃんの頑張り物語、始まり始まり~。

 

………。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――今日も、私は私を、演じる。皆の櫛田桔梗を。

 

「あ、桔梗ちゃん、こんにちは〜」

 

「櫛田さん、また今度ーーー」

 

「櫛田ちゃん」「櫛田さん」「櫛田」

「桔梗ちゃん」「きょーちゃん」

何人も、何人も何人も何人人人人人。

 

皆が憧れて、声をかけてくるのは本当の私じゃない。それでも、私は私を続けるのだ。誰からも愛されて、必要とされて、求められる偶像(アイドル)らしいの私を。

 

 

「うん!私で良ければ!」

 

 

そう。ニッコリと笑って今日もオールオッケー。皆の櫛田桔梗ちゃんが微笑む。…もう100人は優に超える1年生の連絡先へ片手間に返事を返しながら、

自分の築いてきた関係に満足感を覚える。

私はもう中学のような失敗はしない。あんな惨めで、なんの価値もない存在にはもう成らない。

 

私は一番が好きだ。でも、いうじゃない?子供の頃は神童でも、大人になるとただの人って。

私はそれに早く気がついただけ。だからって、勉強もスポーツも手を抜いた訳じゃない。最初は色々と挑戦した。…ある程度までは上手くやれたんだよ?順位をつけるなら中の上、あるいは上の下くらい?までは出来てもそれ以上には成れなかった。

 

私の挫折は、そこから始まった。それでも、私は諦めたくなかった。

 

だって一番(そこ)は、とっても居心地が良さそうでキラキラしていたから。

そうして次に考えたのは、()()()()になるんじゃなくて、()()()()に私がなることだった。

 

仲良くなって、仲良くなって仲良くなる。言葉にすればそれだけだけど、そうして築いた私の城はとっても居心地が良かった…!

誰も彼もが私の気を引くために、面白おかしい事をしたり、媚びたり贈り物をしてくれたり…!短い間だったけど、私は私を中心とした世界を作れた。

 

私の、私による私の為の私の世界が出来たんだ…!

 

―――――――――――――――――――――

 

 

…。

 

……。そう、短い間、()()()んだ。キッカケはつまんない愚痴だった。

それを、ネットの掲示板に書き込んだんだ。それがバレて、そこからはあっという間だった。皆の偶像(アイドル)から、もうなに?悪役令嬢の様な急転直下。

 

…。

 

あ、わかんない?まあ良くある王子様と恋に落ちるヒロインの、ライバルキャラクターみたいな奴の事よ。大抵、ろくな終わりを迎えない、無残な末路でしょ?そういうこと。

 

昨日まで嫌らしい目で、媚びた目でこちらを見ていた奴らの怒りや哀れみや、嘲笑うあの目!

こっちがどれだけのストレスとスケジュールと戦ってるのかお前らは誰も知らないだろう!どんなに下らない話でも聞いてやっただろう!あいつが嫌い、あの人が好き!ああ下らない下らない!どうでもいい話を嫌な顔一つせずに私は、私は!私が!!

 

 

そう思ったら、自然と口は開いてた。

 

 

「でも、☓☓さん、〇〇ちゃんの事、嫌いって言ってたよね?」

 

 

沈黙、否定、泣き声に罵声に怒号に暴力に混乱に、色々。

 

気付いたら、私のクラスは崩壊してた。

 

…いや、実際あんなにあっさりとは思っていなかったんだよる最後のは破れかぶれで「もういいや!私、知らない!」くらいの気持ちで言ったら、ああも炎上するなんて…。

 

その後は、男子生徒に殴られたら堪らないと、ソイツの悪口をしていた連中を生贄に捧げて、こちらを罵倒してくるやつを嫌っている連中の事。教えてやる。それだけで、私を大好きな世界はあっと言う間に崩壊しましたとさ、おしまい、おしまい。

 

…。

 

…これで、私の話は全部だよ。あースッキリした。全部話したら、もうかなりスッキリした。

てか、なんでこんな話になったんだっけ?…あー。そう、あんたが「辛くありませんか?」なんて言うからだよ。正直、血の気が引いたよ。こんな人が沢山いるところで何言ってるんだって。あの場は誤魔化して保健室に一緒に来たけど、これ絶対に明日…あー、放課後かな。色んなやつに聞かれるやつじゃん。面倒くさ…。

 

…。

 

大丈夫よ。あんたのおかげで、少し楽になったから。また放課後から皆の櫛田桔梗をやってやれるからさ。てか今更…、ホント今更だけど、なんで他のクラスで、そんなに接点なかったでしょ?なんで気づいたの?…握手したとき?…何あんた、エスパーかなんかなの?…冗談よ、真面目に受け取るんじゃないわよ。調子狂うわね。

 

 

ま、感謝してるわ。多分、このままだとまた狂うんじゃ無いかってくらいストレス感じてたし、この年でハゲる心配してるのなんて、私くらいなもんよね。…あ、そっちのクラスの葛城君のは持病だから別もんなのよね?まあどうでもいいけど。…うん。ありがとう。

 

…。

 

そういえば、今って授業中じゃない?サボってよかったの?こっちはポイントなんて0だから失うものなんてないらしいけど。…へぇ。ポイントでサボりの権利なんて買えるんだ。知らなかった。やっぱAクラスって使い方がリッチね。…え?あぁ、そう。こっちなんて酷いもんよ?昨日なんて、ポイントがないからって恐喝気味にポイントを集めるクズがいたし、私もみんなの桔梗ちゃんでしょ?仕方ないからって貸したけど、あれ絶対に帰ってこないよね。はぁ…、今月から節約しないとダメだよね。

 

…。

 

え?いや、そんなのいいわよ。…やめてよ、そんなつもりで言った訳じゃないんだから。あんたには感謝してるんだから。…恥ずかしいこと言わないでよ。私はいいのよ!それよりも、私があんたからポイントを貰ったらあいつらと同類になるって言ってるの。…そんなの、フェアじゃないでしょ?

 

…。

 

…うん。ありがとう。でも、もう少しだけ、こうしてて欲しいな。うん。大丈夫?足、痺れてたりしない?…へぇ、少しだけ?…えい!って、凄い声出すね。あはは!ごめんごめん、もうやらないから!あ、ほんとごめんって!

 

…。

 

あはは…。なんか、久しぶりに素で笑ったかも。…ねえ、またちょっと辛くなったらこうして膝枕してくれない?…え?いつでもって…。…もう…。ありがとうね。

 

…。

 

……。

 

…。

 

………。

 

…。

 

…………。

 

…~♪

 

…………。ねえ。

 

…?

 

私、もう少しだけこの学校にいても、いいのかな?あんな酷いこと、あんたに言った。ごめん。本当に謝る。

 

…。

 

…あんた、優しいね。ねえ、撫子って呼んでもいい?

 

…。

 

ありがと。でも、周りに人がいるときはちゃん付けするから安心して。そうしないと、一之瀬さん怖そうだし…。

 

…?

 

気にしなくていいよ。あんたは、そのままでいれば。

 

…。

 

ちょっと眠くなってきた…。もう、少しだけ、おやすみ…。

 

…。

 

―――――――――――

 

 

「すぅ…すぅ…」スヤスヤ

 

「おやすみなさい、桔梗さん」ナデナデ

 

 

膝枕された少女を撫でながら、撫子は子守唄を唄う。ほんの少しでも、彼女が休める様に、と。

 

※この後めちゃめちゃ仲良くなった。

なんなら試験が終わったら遊びに行く約束までした。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

Side.綾小路

 

一体どういうことだ…?

 

今は、放課後のカフェ。以前、クラスメイトの大天使櫛田に、邪智暴虐の化身、堀北を討伐…じゃない、

友達になりたいから協力して欲しいと言われて来た場所に俺は再び来ていた。

 

今回も発端は櫛田。

『忙しいときにごめん!綾小路君に会いたいって人がいて、少しだけ時間貰えないかな!?

都合が良ければ、今日の放課後、ダメそうなら綾小路君の都合に合わせてくれるらしいから、連絡待ってます!』

そうメッセージが届き、思わず半目で隣の席の堀北を盗み見る。昨日、なんの嬉しくもない異性に壁際に追いやられて(中間期末テストの手伝いに)付き合って(貰うこれは、強制だ)と言われたが、この温度差だ。

 

「なに?」「…なんでもありません」と振り返ってツッコミを入れてくる感の良さはともかく、これがコミュ力かと感動する。

 

ジーンと感動しながら、OKの返事を返して放課後に掘北を振り切って約束の場所へ向かう。

店内にはやはり女性客が多く、男性客はカップルのみ…、いや、今日に限っては女性客しかいない。若干、刺すような視線はきっと気の所為ではないが入店に気付いたクラスメイトが「綾小路くーん!」と手を振ってくるので退路がなくなる。だが可愛いから許す。

 

適当にホットコーヒーを頼んで席に向かうと、パタパタと席を立ち「どうぞどうぞ♪」と座るように促してくるので若干慌てながら座る。

 

 

「急に本当にごめんね?なんか予定とか大丈夫だった?」

 

「いや、大丈夫だ。今日は(堀北に拉致される前に来たから)予定はなかった」

 

心配そうな表情の櫛田に手を振って問題ないこと伝えると、良かったと安心した表情を浮かべる。…可愛い。この櫛田の半分…。いや、10分の1も優しさや柔らかさが堀北にあれば…。ないな。それはもう堀北ではない。

 

脳内からコンパス使いのアサシンを追い出して、目の前の天使の用件を聞く。すると、その用事はまるで先月の焼き増しのようなものだった。驚いて確認するも、櫛田も「私も本当、ビックリしたよ」と身振り手振りで驚きを伝えて来る。

 

 

「…まさか、また堀北と仲良くなりたいなんて人が居るなんてな…」

 

「あはは…、あ、綾小路君。普段、いつも話しているんだから…」

 

 

しみじみと言うと、フォローのようなそうではないような事を言う櫛田。もう彼女の塩対応はクラスでも周知の事実だ。その後、先月の成果から難しいだろうと言うと、櫛田もしゅん…。とした表情で「そうだよね…」と俯いてします。

 

…周囲からの視線の温度が体感で5度は下がった気がする。慌ててフォローを入れながら、誰がそんなことを?と聞くと、もうこの店に向かっているらしい。用事を済ませてから来る為、この店で待ち合わせをしていたそうなのだ。

丁度、入口の自動ドアが開く音。笑顔で手を振る櫛田に、俺も振り返る。

 

 

「あ、撫子ちゃん、こっちこっち~!」

 

「すいません、桔梗さん…!こちらの都合でお呼び立てして…綾小路君も、お待たせしてしまいまして、申し訳ございません」

 

「ああ、いや…」

 

 

丁寧なお辞儀をしてくる彼女に、何とか返事を返す。急いできたのだろう、少しだけ汗ばんだ様子で、胸に手を当て息を整える様子に店内の時が止まる。女性店員も、「いらっしゃ…」と言ってフリーズしている。女性の来店客も口に手を当てていたり、飲み物を手で持ったまま飲むのでもなく、固まっていたりする。

 

ーーー彼女を初めてみたのは、この学校に向かうバスの中だった。その容姿は老若男女問わず視線を集め、悩まし気な、憂いを帯びたため息一つで生唾を飲ませた。その時の感情が何だったのか、()()()()では終ぞ教わることはなかった。

次に、耳に入ったのはクラスで仲良くなった池や山内、クラスメイト達の噂話だった。

 

 

「すごい巨乳」「美人!嫁にしたい!〇ッチしたい!」ざわざわ「〇〇ランキングでは絶対…」ざわざわ

 

周りの視線が絶対零度となり、珍しく担任からもお怒りの言葉を貰うほど大きな声で容姿の事を話しており、それが彼女の事だとはすぐ気付く事ができた。

 

次にあったのは、部活説明会の時。

壁際で堀北と話し込んでいると偶然こちらを見ていた彼女がクスクスと笑っていた。その後、恥ずかしそうに顔を赤らめて目を閉じる様子に堀北と一緒に思わず閉口した。

その後、噂では彼女は生徒会と茶道部に入ったらしい。当然、入部の声が殺到したらしいが部長の一存で入部が却下されたケースも多いらしい。

(※いかに自分の茶の入れ方が、経験がと言っていた山内は当然却下されたらしい)

 

直接、言葉を交わしたのは本当に最近の話だ。5/1の放課後の職員室前。そこで担任の茶柱と仲睦まじくしている生徒が彼女で、非常に驚いたのを覚えている。

 

そこで簡単な自己紹介をしたが、その声や態度、物腰に癒やされたような、感動したような余韻もそこそこに堀北事件(俺、命名)が起き、俺の自由時間は激減した。近く勉強会とやらもやるらしい。

 

そこまでフッと回想していると、彼女が堀北と仲良くなりたい相手なのだと察するもその理由が分からない。

…まあ、彼女と話せるのは偶然とはいえ()()だろう。決してクラスメイトにはバレないようにしなくては。そう思い、息を整え終わったのか櫛田の頭を撫でている西園寺に思わず見惚れてしまう。(拗ねているようだが、櫛田自身まんざらではない様子だ)

………多分、店の全員が同じ気持ちだったようだ。

 

 

 

その後、飲み物を頼みに行くと慌てた様子で作る従業員や、同じものを頼もうとして列を作る客たちでバタバタと活気が戻ってきた店内。改めて3人で俺:櫛田&西園寺の三人で向き合う形になる。幸い、背中を入り口側に向けている為に他の客の視線は視界に入らない。…逆だったら、絶対に明日の朝日は拝めなかっただろう圧を感じる。

 

 

「それで、この前も簡単に挨拶だけしたが綾小路清隆だ。よろしく頼む」

 

「はい、私は西園寺撫子と申します、この度は、私の急なお願いで貴重なお時間を頂き、誠にありがとうございます」

 

「ふふ…撫子ちゃん、固いなぁ。綾小路君は優しいから、もっと敬語も崩して大丈夫だよ」

 

 

「ね…?綾小路君」と言われ、なんとか「おう…」と返す。それに困ったような顔で返され、「ではその…徐々に、という事でご容赦下さい」と言われる。暗に『お前と仲良くなるつもりはない…!』と言われたのかと思ったが、その後に「頼みがある手前、今回はしっかりとした態度を取らせて欲しい」と言われては否は無い。

 

…むしろ、気遣いも丁寧すぎて泣きそうだ。普段の塩&塩にまみれた対応で、俺の心は枯れてしまっている様だった。彼女の気遣いが本当に沁みる。

 

 

「それで…西園寺さ「西園寺、で結構ですよ…?」…西園寺、はDクラスの堀北と仲良くなりたい、という事でよかったのか?それでその繋ぎというか、仲介を俺に頼みたい、と」

 

「はい、誠に勝手ながらその通りです」

 

「「…」」

 

 

思わず櫛田をチラリと見る(「…マジか?」)と、同じように困ったような顔(「…マジみたい」)をしている。…正直、絶望的に無理だろう。あの孤高の狼のような堀北が、見ず知らずの、しかも他クラスの生徒と仲良くなれるとは思えない。

西園寺の容姿だったら、男子ならほぼ100%、女子でも9割以上は誘いを断らないだろうが、堀北はどういう反応をするか分からない。キッパリと断るならいいが、もしも拗れて致命的な亀裂が入るとクラス間対抗だけでなく、学校全体で1-Dクラスの排斥運動が始まりそうである。

…この短い時間での店内での影響を見ると、マジでありえそうな未来だ。

 

しかもまだCやBならともかく、現在進行形のAクラスコンプレックスの堀北では冷静にはなれないだろうと個人的にも思う。どうやって断ろうかと思考を傾けるも、まずは理由や経緯を聞こうと話を進める。

 

 

「肝心な事なんだが、西園寺はなんで堀北と?何か理由があるのか?」

 

「…申し訳ございません、詳しくお話しすることは出来ません。ただ…」

 

「ただ…?」

 

「彼女が今のままで居てはいけないと、そう考えている方もこの学校に居て、そして私は、その方の力になりたいと思い、堀北さんとお会いしたいと…そう、考えています」

 

「………」

 

 

少しだけ思案するも、真剣な表情でこちらしっかり見て自分の意思を伝えてくる西園寺。内容は不明確な点が多いが、堀北の孤立主義はDクラス内に収まるレベルではなかったらしい。若干引き攣りながら、「そうか…」と返し、ふと気づいた事を思って櫛田を見る。

 

 

「…(仲介の頼み(コレ)、櫛田でも出来たんじゃ…?)」ジー…

 

「…」プイッ

 

「…?」キョトン

 

 

目を逸らされた。ちょっとだけ申し訳なさそうなのがあざといが、それはそれとしてどうするべきかと腕組みをして考える。

 

1.堀北を呼ぶ。

 

=試験対策とすれば来てくれるだろう。ただし、この前の櫛田の一件もある為に警戒される可能性あり。2回目は更に態度を硬化させるだろう。Aクラス生徒と会ってくれなんて、裏切り扱いされるかもしれない。当然、破局による被害も受けるリスク付きだ。

 

2.堀北を呼ばない。

 

=西園寺は残念がるだろうが、実際はこれがベターかもしれない。出来ない事を伝えれば、今までの彼女の態度的には特に怒ったり敵対的な反応が返ってくる事はなさそうだ。しかし、問題は偶然などの要因で西園寺と堀北がエンカウントしてしまうと、危惧していたDクラス最後の日を迎える可能性もある。

 

3.西園寺を説得する。

 

堀北との出会いの仲介(爆弾処理)を延期させる。「今月は色々あって、まだ時ではない」と先延ばしに出来れば堀北の態度や周りの環境によっては上手く出来るかもしれない。

これ、3が良いんじゃないか…?そう思って口を開こうとすると、櫛田が首をぶんぶん振ってくる。櫛田のコミュ力がずば抜けているからか、今のは「言ったけどそれでも会いたいって…」と正確に俺に伝わった気がする。

 

4.堀北を説得する。

 

=…。一番、難易度が高い気がするがこれが一番リスクが少ないかもしれない。1,2は受け身、3は実行不可ならこれしかない。堀北に西園寺を傷つけるとDクラスが終わることを懇切丁寧に教えて、ほどほどに受け答えして貰う。それも断られたなら、俺はもう知らん。…仮にもAクラスを目指す以上、敵を増やして2正面、3正面で戦う事の困難さは理解して貰えると信じるが…不安だ。

 

 

「西園寺、時間をくれないか?俺から堀北に相談をしてみる」

 

「…!よろしいのですか?お願いしている手前、こちらから向かうのが礼儀と言うもの。私の事でしたら…」

 

「いや、そうじゃない。堀北側で少し問題があってな…」

 

「?」

 

 

不思議そうな顔をする西園寺に、オブラートにオブラートを重ねた建て前を話す。即ち、試験対策で頭がいっぱいである事。今すぐに他のクラスの生徒が接触するのは彼女の負担になってしまうので、折を見てこちらからまたアプローチしたいという事。時間が少しかかるかもしれないが、俺たちも堀北が一人でいることは心配をしていることを。それを伝えるとコクコクと頷きながら、賛成してくれる。

一緒に居る櫛田も目をキラキラさせて「流石、堀北さんといつも一緒にいるだけあるね!綾小路君に頼って良かったよ…!」

とお礼をされる。悪い気はしないが、誤解に満ちている返事は正直して欲しくなかった。西園寺の目が信頼に溢れていて痛い。

 

 

その後、タイミングを知らせる為にも連絡先を交換して(周囲からの視線に殺意が混じった様に感じる)席を立つ。空の容器を片付けて、店の外に出ると夕焼け空だった。こちらに向き合って、丁寧にお礼を言われる。それにまた曖昧に返事をする。

 

 

「それじゃ、またね!撫子ちゃん♪」

 

「はい、桔梗さん。…綾小路君も、ありがとうございました」

 

「いや、俺は…」

 

 

大したことはしていない、そう言おうとすると驚いた表情の櫛田に思わず振り返ってしまう。夕日が逆光になり、しっかり表情は見えないが愉快そうではないのが分かる。黒髪を靡かせ、腕組をしながらこちらを見るクラスメイトに、口の中の言葉は溶けて消えた。

 

 

「…まさか、Aクラスを目指すための試験対策をサボってまで女の子と会っているだなんて。しかも他のクラスの生徒…随分と余裕があるのね?綾小路君」

 

「…堀北」

 

 

今、最も会いたくない相手が、そこに立っていた。

 

 




読了ありがとうございました!

ストレスフリーな櫛田と人間味マシマシ綾小路でした。
次回は初期北さんの登場予定です!
アンケートも実施予定。よろしくお願い致します。


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④:喫茶店、茶室、また喫茶店

お待たせしました。
今回は堀北さんとの初の会話回です。

あんまり進んでいないので、次回から飛ばして行きたいと思います。
それではどうぞ!


「それで、綾小路君。そこの生徒と何の話をしていたのかしら?」

 

「堀北…」

 

「堀北さん…」

 

 

夕日に染まったショッピングモールの一角、カフェの前で3人と独りが邂逅した。

 

先程まで相談していた二人の口ぶりや、相手の()を見るにこの人が堀北鈴音さん。生徒会長の妹だと推理する撫子。二人の態度から、この出会いは望ましいタイミングでは無かったのを察して一歩、前に出る。

 

 

「申し訳ございません、この二人は私がお呼び立てしたのです」

 

「………あなたが?」

 

 

訝しげにこちらに見る妹さんに自己紹介をしようと綺麗な礼をして微笑む撫子。

 

 

「はい。1-A,西園寺撫子と申します」

 

Aクラス…

 

 

ぼそり、となにか呟いた様子だが反応が芳しくない。弁解を待っているのかと思い、言葉を続ける撫子だが強い言葉で遮られる。

 

 

「私から、ご説明させて頂きます。今回、お二人をお「結構よ。」………」

 

「っ…!」

 

「………」

 

 

ピシリ、と沈黙がその場に訪れた。言葉をピシャリと切った後には「綾小路君、私はあなたに聞いたのよ?」と念押しをする。一歩前に出ている撫子のことは視界に入れないように(無視)して、一歩、一歩と詰め寄る様子を一人はポカンと、一人は顔を顰め、もうひとりは無表情で見つめている。

 

 

「…どうしたのかしら?普段の言い訳のキレが無いようだけれど」

 

「………」

 

「なにか言ったらどうなの?それとも、またいつもみたいに誤魔化すのかしら?櫛田さんと、まさかAクラスの生徒と密会だなんて、一体いつから「堀北さん!」…っ!なにかしら…?」

 

 

つらつらと綾小路を詰める彼女を止めたのは、今日この場所をセッティングしてくれた桔梗だった。存外()()()()が出たので思わず、といった様に全員がそちらを見る。

 

 

「二人に謝って…!」

 

「…何故、私が謝らなければいけないのかしら?それに、貴女は関係ないでしょう?これは、私と綾小路君の問題よ」

 

「堀北さんこそ何を言っているの…?」

 

「………なんの話かしら…?」

 

 

その場の雰囲気が、語気を強める二人を中心に剣呑となる。さっきまでの和気藹々とした雰囲気など見る影もない。

 

 

「私達が誰と、いつ、話していたってそれは私達の自由でしょ…!?それを、撫子ちゃんを無視して!綾小路君をまるで物みたいに…!いつも堀北さんに振り回されて、たまには一人で居たい時だって、息抜きをしたい時だって、あるのに…可哀そうだよ…!」

 

「櫛田…」

 

「桔梗さん…」

 

 

クラスでもあまりない、()()()()で誰かを批難する桔梗に綾小路や堀北は瞠目する。

※撫子は素の桔梗を知っているのでノーダメだった。

 

そして、目端が効く綾小路と冷静な撫子は周囲に気付く。その喧嘩のような一幕、既に()()()()注目を集めていると。

 

ざわざわしている野次馬や、なによりカフェはガラス張りだ。先程まで撫子を目で追っていた生徒たちにはやり取りの一部始終が見られている。

 

 

「貴女には、関係のないことよ…それに、他のクラスの生徒と話すことなんて「それこそ堀北さんには関係のないことだよ!」…っ!」

 

「く、櫛田…」

 

「桔梗?」

 

 

感情的に言葉を荒げる桔梗に思わず、(そのくらいで…)というつもりで肩に手を置くとガバっと抱きついてくる。「きゃっ…!」と声が思わず漏れるも、なんとか倒れないように彼女を抱きとめる。

心配そうな目を向ける綾小路に大丈夫だと目配せし、ふるふると小刻みに感情を押し殺す桔梗をあやそうと背中を撫でる。

 

 

「大丈夫、大丈夫です…桔梗」ポンポン…

 

「撫子ちゃん…!うぅ……!」ギュゥゥ…

 

…泣かせた…?」「…なに?あの子…」「さっきまでお姉様が…笑顔で…」ざわざわ…

 

「…堀北、一先ず帰ったほうが良いんじゃないか?話なら明日でもいいだろ」

 

「…っ!失礼するわ…!」

 

 

周囲の雰囲気をから、自分の劣勢を感じたのか足早に去る彼女―――堀北鈴音さんを追いたい気持ちもあるが、()()()()()()()桔梗を落ち着かせるのが先だ。どこか、落ち着ける場所はないかと周囲を見渡すとこちらに駆け寄ってくる二人の生徒の姿がある。Bクラスの帆波と隆二…神崎君だ。

 

 

「撫子〜!…桔梗ちゃん…!?どうしたの?何があったの…?」

 

 

慌てて駆け寄ってくる帆波に、神崎も目が厳しくなり唯一の男子生徒である綾小路ににじり寄る。

 

 

「帆波…これは、その…」アワアワ

 

「桔梗ちゃん、泣いて…もしかして、誰かに酷いことをされたの…!?」フルフル

 

「…お前が?」ジロリ

 

「誤解だ。…いや、俺が、やった、ということではないという意味の誤解だ」オロオロ

 

「帆波ちゃん…うぅ…堀北さんが、堀北さんが酷いこと言って…私、私の事じゃないのに私、我慢出来なくて…」ウルウル

 

 

ちょっとしたパニックだった。とりあえず場所を移そうと神崎君が言った為、一同も移動をしようとなる。

近くにどこかないかと見渡すと、野次馬の数人が駆け寄ってくる。…何故か、撫子の元に。

「この先の曲がり角、半地下みたいな隠れ家な個室の喫茶店があります」「お姉様、こちらコーヒー券です」「席のご予約は取ってあります、ご友人もどうぞ」とわらわら出てきた。ありがたく貰う事にする。感謝を告げると、ピシッと礼をして颯爽と去っていく。…誰だったんだろうか。

 

※その様子を見て、これが噂に聞く撫子の親衛隊かと思う神崎。…クラスメイト(しら…なみ…?)が居た気がするが気の所為と思うことにした。…気づいたら姿が消えていた。あいつらプロかよ。

 

 

その後、完全個室喫茶店、『花園』に入る5人。入口で「初めてのお客様は…」と断られそうになるが、さっき貰ったコーヒー券を見せると「失礼いたしました、承っております。此方のお席へどうぞ…」と案内される。

席に着き、飲み物を頼んで届く頃には桔梗も落ち着いて話せるようになった。…しかし、雰囲気が良くなるかと言えばそんなことはなく、何なら経緯を話していく毎にBクラスの面々の表情が険しくなっていく。

 

Dクラス視点での説明は一方的な視点ではなくキチンと客観視されたもので、「現場を見ていなかったとはいえ、本当なら酷い話だ」と神崎をして、感情を口にするほどだった。所々、撫子もフォローというかなんともないことを伝えようとするも「撫子は優しいから」「西園寺はもっと怒ってもいいと思う」とやんわり咎められた。

 

 

―――この後めちゃめちゃ堀北さんのフォローをした。あんまり効果は無かった。むしろ逆効果だった…?

 

 

 

―――――――――――――――――――――

Side.椎名ひより

 

 

今日は待ちに待った日だった。5月を迎え、この高度育成高等学校の真のルールが明かされ、私たちが()()劣っていると告げられたあの日から、早1週間程だろうか。確かにテストの赤点=即退学のルールは厳しいと思ったが、自分は勉強の成績については特に問題はない。

一点、不安が過ったのはテストの対策で講師役にされないかという懸念だった。が、クラスの王?と名乗りリーダーをしている龍園君曰く、作戦があるらしいので一先ず自分の(読書)時間は確保できている。良い噂は聞かないが、放っておいてくれるのなら大歓迎だ。

 

…脱線した。今日は木曜日、すなわち()()が茶道部に来る日なのだ。1-A、生徒会役員、西園寺撫子()()()だ。彼女の存在は、一目で強い憧れと、心を奪う危うい魅力を秘めていた。かく言う私も、茶道部に入部をした後に彼女が入ると聞いて、持っていた本を学校に忘れて帰る程、茫然自失に陥っていたのだ。

 

その後、後続組で入部を希望した生徒たちはそのほとんどがお姉様目的だったらしく、部長にお茶漬けを出されて退散したらしい。当然だと部活の全員が憤慨していた。少なくともあの日、彼女が初めて来た時の新1年生は誰一人として彼女を目的に部活に来た生徒は居なかったのだから。(※喜んでないとは言っていない)

 

 

その日の授業も終わり、Cクラスを出て茶道部のある和テイストの部活棟に向かおうとする。するとそこで、珍しく龍園君から声をかけられ足を止める。…用件は分かっているだけに、憂鬱になる。

 

 

「おい、椎名。今日は部活か?精が出るな…」

 

「龍園君…私、先を急いでいるのですが…」

 

 

ざわり…とクラスに一瞬不穏な空気が流れるが、「ククク…そりゃ悪かったな」と特徴的な笑い声で謝罪をする龍園君に、その声は一瞬で立ち消える。…あんまり悪いとは思っていなさそうだが、指摘するのも時間が余計にかかりそうだからやめることにする。

 

 

「そんなに時間は取らせねえよ。…廊下に出ろ」

 

「…はい」

 

 

帰りの荷物も抱えて廊下に出る。まだ早めに終わったHRの為か生徒の姿は他にはない。密会なら、人気がある所は避けるべきかと思うが、龍園君がいいならそれでいいのだろう。早速とばかりに用件を告げられる。

 

 

「西園寺撫子の様子は、どうだ?」

 

「…お姉様は、特に変わった様子はないです。近づく1年生の姿も、茶道部ではないです。少なくとも、今は…まだ」

 

「そうか。…それで、お前はなにか貸し(コネ)接点(パイプ)を作るなり、友達(ツレ)になれたのか?」

 

「…まだ、です………撫子お姉様は、とても人気で慕われていて中々近づけなくて…」

 

「チッ…そうか…意外とガードが堅いんだな…」

 

 

『西園寺撫子と()()()()()を持て。手段は問わない、…最低でも敵対的な関係にならない位には奴の懐に入れ』…それが、龍園君から私だけに知らされた命令(オーダー)でした。

しかし、龍園君に言った通り、彼女は部のメンバーでも引っ張りだこだ。先輩たちは自分の知識や教えたい事が多々あり、また素直に習って慕ってくれる後輩(しかも絶世の美少女。嫉妬する気すら起きない)が自分を頼りにしてくれる。

こんなに教え甲斐、先輩冥利に尽きることはないだろう。

※コミュ力◎

 

 

お互いに別のことに頭を回していると、先に呼び止めた側が険のある表情で念押ししてくる。

 

 

「…おい、話を聞いてんのか?」

 

「はい…。撫子お姉様を…お姉様お姉様…」ブツブツ

 

「チッ…仕方ねぇ」

 

 

こちらが今日こそはと脳内で計画を立てているとそれを打ち切るように舌打ちをされる。彼はポケットから少しだけシミの痕のある白いレースのハンカチを取り出す。男子生徒の彼が持つには違和感のあるソレに、私は見覚えがある。

 

()()()のハンカチ…!

 

ガバリと手を伸ばすが、予想していたのか高く掲げられ、ぴょんぴょんと跳ねて取ろうとするが届かない。

 

 

「次の手だ。()()をダシにアイツを呼び出せ。俺の名前と、これは()()だと言えばあのお人好しなら首を縦に振るだろう…いいな?」

 

「分かりました!」ピョンッピョンッ!

 

「…おい、お前、ガメるんじゃねぇだろうな?」

 

「そんなことしません!わかりましたから、それを下さい!」ピョンッピョンッ!

 

「…(ホントに大丈夫かコイツ…)ほらよ」

 

「………っ!!!」パァァァァ…!!

 

 

思わぬ幸運に、一層部活が待ち遠しく感じる。否、今日はもしかするともしかして、撫子お姉様とお話ができるかもしれない…!も、もしかすると…!その先も…!!

※健全な内容の妄想です。

 

ーーークラスでも見たことのない笑顔を浮かべる目の前の女子生徒に、不安を覚えるが彼女以上のメッセンジャーはいないと、龍園は自分を納得させる。…正直、かなり不安だが不思議と彼女相手なら悪い結果にはならないだろうと()()があった。

 

 

その後、龍園君になにか言われた気がするが気付いたら茶道部の部室でその日の活動をしていた。…いつか読んだSF小説の主人公のように、自分以外の時が飛んだのではないかと思うほど、「あっ」という間に時間が進んでいたのだ。

ハンカチはポケットにあるのを確かめ安堵の息を着くと、前から「いかがしましたか?」と声がかかり、顔を上げる。

 

 

「…ぁ…」

 

 

女神が居た。濡羽色の長髪、菫の瞳、和服に着替えている為か豊満な胸が帯で強調され、男女問わず思わず目を奪われてしまう。「大丈夫です」と、「何でもありません」と口にしようとするも、言葉が喉から漏れず「はくはく」と空気の零れる音しかしない。

 

 

「…?()()()()、大丈夫ですか?」

 

ひゅい…。あの……」

 

「?」キョトン

 

「…なんで…わ、わたしの名前知って…」

 

 

西園寺さんが、撫子()()()(そう直接呼んだことは無いが)が私の名前を呼んでくれていた。それだけでどっ、どっ、と鼓動が激しくなる。ぼそぼそと何故知っているかともう少しなんかあっただろうと思うような質問をすると、お姉様はこちらの声が聞こえていたのか明るい顔で、(部活中な為か)密やかな声で囁いてくる。

 

 

「同じ学年の方は、全員名前を憶えているんです♪椎名、ひよりさん?」

 

「ふあぁ……!」

 

 

変な声が出た。顔が熱い。…絶対、顔は真っ赤だと思うのに、お姉様から、目が離せない。その時、「コホン」と咳払いが聞こえる。「ハッ」となり周囲を見ると、今は部活中だ。

上級生と下級生がペアでお茶の入れ方を見て教わる…そう、何とか思い出すと目の前に撫子お姉様がいる理由も明確だ。

教え手の数の調整の為に、和服を着て上級生側に回っていたことを思い出す。

 

ペコリと丁寧なお辞儀を全体の様子を見ていた部長にする撫子お姉様に、申し訳ない気持ちで部活に専念する。

道具の使い方、持ち方。今日入れるお茶の種類。その量、湯の注ぎ方、飲み方。そして相手への()()()。その後も一通り習うと、先輩から立てたお茶を頂く流れになる。

 

…茶道では、諸説あるがお茶を点てると1人で飲むことなく次の人へ次の人へと回し飲みをする事が多い。時間がかかる、あるいは同じものを口にすることで心の結びつきを強くする等が理由らしい。

そう、だからこれは()()()()ことなのだ。ルールなのだから仕方ない。覚える為に自分の横の席で、お茶を頂いている撫子お姉様からお茶を頂くのも…!

 

 

―――その後、恍惚とした表情で部活を終えるひよりの姿があったとか無かったとか。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

部活の終わり頃に、人に囲まれる撫子になんとか近づくひより。その積極的な様子からは、クラス内での文学少女然とした雰囲気はない。

 

「西園寺さん…!この後」「撫子さん、本日もありがとうございました!」ざわざわ…

「西園寺ー来週の部活なんだけど、」「…お姉様…」

 

「申し訳ございません、この後は」「こちらこそです、本日もありがとうございました」「来週はこのお茶を」「はい、お姉様ですよ♪」

 

 

人に囲まれながらも、笑顔で一人一人に応えていく撫子。だが、こちらを熱っぽい目で見ている同級生に気が付く。手には、見覚えのあるハンカチを持っていて、それを以前ある生徒に使った日を思い出す。

 

 

「(まさか…龍園君になにか…?)皆さん、申し訳ございません、今日は彼女と先約がありまして…」

 

「ぇ…?」

 

「まぁ、残念ですね」「わ、分かりました!また次回の部活の時に…」「お疲れ様です、西園寺さん」ざわざわ

 

 

部の仲間たちに詫びると、先ほど一緒に部長のお点前を頂いた椎名ひよりさんと一緒に部室を出ようと手を引く。

…先ほどから、何かこちらに伝えたいような雰囲気はあった。しかし、()()()()()()()()()()()()()感じてしまい、SOSに気付かないなんて…。内心撫子は臍を嚙むような思いだった。

 

自体は急を要するかもしれない。手早く和服から制服に着替えると、待っていてもらった椎名さんの手を引く。

 

 

「あの…お姉…西園寺さん、どちらへ向かっているのでしょうか…?」

 

「あ、説明がまだでしたね…()()()()で、お話しできるお店に向かっています」

 

………ふ、…ふたり…きり…//」

 

 

何故か俯いてしまう椎名さんの手を離さない様に握って歩く事5分。落ち着ける様に個室のある喫茶店に入ると、飲み物をタッチパネルで頼んで早速ハンカチについて聞く。

彼女の話では、曰く「同じクラスの龍園君から再びのお礼を伝えたいので、その場を設けてほしい」との事だった。彼のその後のクラスでの様子を聞くと、何人ものクラスメイトと仲良くなり、既にクラスのリーダーとしてその辣腕を振るっているらしい。

 

先日の校舎裏での様子からの躍進に、クスリと笑みを零すと目の前のCクラスの生徒、ひよりさん(彼女から下の名前で呼ぶように言われ、此方も撫子と呼ぶように応えた)から「龍園君とはどういった関係なんですか…?」と不安そうな表情で聞かれる。

 

 

「龍園君と…ですか。それは、どういう意味なんでしょうか?」

 

「…ご不快に感じたら申し訳ありません。でも、龍園君と撫子お姉様が接点を持つなんて…彼は、少し荒っぽいというか…その…どうしてもそれが不思議で」

※お姉様呼びは断ろうとすると泣きそうな顔をされたので許可した。

 

「…なるほど」

 

 

ここで真実を言う事は、龍園君の信頼を裏切ることになる。しかし、目の前のひよりさんはこちらを心配した様子で聞いてきてくれた。ほんの少し、板挟みのような感覚に陥るが心配することは無い為、彼女の懸念を解きほぐす事を優先する。

 

 

「…ひより、少し…横に失礼しますね」

 

「ふぇ…!?」

 

 

四人掛けの椅子と机のある個室。対面する形で座っていた椅子から立ち、彼女の横に腰かける。間髪入れずに、肩を抱き寄せて「心配してくれて、ありがとうございます」と伝える。

 

 

「あぁぁの、あのあの」

 

「彼とは少し縁があって、その時にハンカチをお貸ししたんです」ギュウゥ…

 

「は、はぃぃ…」

 

「ひよりが心配するようなことはないですよ」ナデナデ

 

 

喫茶店の一室。百合の花が見えるような光景がそこにあった。…その後に女性従業員が飲み物を持ってきてひよりが慌てたり、全く動じずに提供する店員(プロ)とお礼を言う撫子(天然)だったりと有耶無耶なままその日の会談は(撫子視点)成功裏に終わった。

何とか誤魔化せた(納得させられた?)と胸を撫でおろす撫子の元に、「また会いたい」とのメッセージが届いたので、笑顔で返信をする。

 

 

―――この後ひよりは連絡先に追加された西園寺撫子の名前をニコニコしながら見ていた。

夜に来た「例の件はどうなった?」との連絡に少し慌てた。メッセージを送ってOKを貰えたので、それを伝えた。

当然、ハンカチはひよりのポケットにそのままになっていた。

 

 

 




その後の一部の方々

〇〇「計画通り…!」

帆波「Dクラスの…堀北…鈴音…!」

椎名「お姉さま…」

撫子「明日は、Bクラス勉強会ですね…。準備をしっかりしないと…」

プロ店員「…(シマシタワー)」


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【番外④】:勉強会と勉強会?と兄妹秘話(+ステータス紹介あり)

更新しました!
今回はBクラス視点、綾小路視点と兄北視点です。

ちょい長いですが、ストーリーに関わるので是非ご覧ください!
それではどうぞ!アンケートもあるのでお願いしますね!!



――――――――――――――――

Side.Bクラス視点

 

「―――となりますので、この問題の公式は…」カッカッカッ…!

 

「「「………」」」カリカリ…

 

 

クラスに、西園寺さん―――()()の良く通る声が響く。

 

金曜日の放課後。予定していた勉強会はBクラスの生徒全員が参加を希望した為、教室には40人のBクラス生徒と西園寺撫子の姿があった。

対する生徒たちは、流石Bクラスと言うべきかしっかりとノートに残したり(許可を取った上で)動画で取っているビデオカメラ(写真部の備品からレンタルした)の調子を確かめたりと真剣()な様子だ。

 

しかし、全員が同じ疑問を抱いていた。入ってきた瞬間、「え?」となっていただろう。

一之瀬さんも「な、撫子?」と惚け気味で首を傾げていたが西園寺さんは「私語は禁止、です…!授業を始めますよ!」と指示棒を伸ばしながら、メガネの位置を直しつつ、着席を促した。

 

ガタリ、ガタガタと席に着くクラスメイト達。教壇に立つ西園寺さんは「では、教科書の34Pを開いて下さい」と、普段よりも意識して固い言葉を使っているような印象を受けた。…というか、何故。

 

 

「「「(何故、女教師風な恰好(スーツにメガネ)なんだ…?)」」」

 

 

彼女は制服ではなく、タイトスカートに薄い黒フレームのメガネ、ハイソックスもガーターベルトとタイツに。普段ストレートの黒髪は後ろで一つに纏めている。

スーツのジャケットは、どうやら袖は余っているようだが胸部がキツかったのか羽織るような形で着こなし、それがまたアンバランスさを強調している。最後に指示棒を片手に黒板の公式の解説をするその姿は―――どう見ても、理想の女教師そのものだった。

…もちろんネクタイは外しており、首元近くのボタンを外している為チラリと除くうなじは男女問わず視線を集めている。

 

 

「…(ごくり)」

 

「…//」カァァ…

 

 

正直、半分くらいの生徒は集中できていない。皆の期待はこの空気を解決できる男へと注がれた。

 

 

「…(神崎)」コソコソ

 

「……(神崎君)」ボソリ

 

「ハァ…。…な、なぁ、西園寺…」

 

 

無言の圧力に負けたのか、挙手して疑問を呈そうとするがピシリと指揮棒を教壇に当て「西園寺先生、です!神崎君!」と返す西園寺さん。威厳を保つ為のポーズなのだろう。指揮棒の音もそこまで大きくないし、なによりもその姿が秀逸だった。

 

 

「…(可愛い…)」

 

「…(西園寺…先生…)//」

 

「…(アリよりのアリだな…)」

 

「西園寺、先生…」

 

「はい♪なんですか?神崎()

 

 

意外とノリノリな様子の西園寺先生だったが、神崎君が「何故、スーツ姿なんですか?」と一応敬語で聞くので思わず笑いそうになるクラスメイト達。

それに不思議そうな顔で、「?女性の教員はこの格好が正装と伺っていたのですが…」と返される。まさに「え?なに言っているんですか?」くらいの温度感に思わず神崎君も「そ、そう…、ですか…」としか返せない。

というか大体の生徒、特に男子生徒は殆どが(誰だか知らないが良くやった!)と内心沸いていた。

 

※もしかして?:Bクラス担任

 

 

「あ、もうひとつ良いですか?西園寺先生!」

 

「はい、一之瀬さんどうぞ♪」

 

「えっとやっている問題なんですけど、ここって今回のテストの範囲外なんじゃ…?」

 

 

若干、気まずい表情で指摘をする委員長一之瀬。その声に、「そういえば…」となる生徒や「確かに」と納得する声も上がる。…この公式の出る問題は、今回の試験外だ。教えるところを間違えてしまったのでは?そんな雰囲気がBクラスを覆うも、西園寺先生は「ふふ…良い質問ですね、一之瀬さん…」と微笑みながらメガネを直すポーズをする。

…かわいい。でも西園寺さん、レンズ越しにゆがみがないから絶対に伊達メガネだと近くの生徒は気付いて更にエモーションを感じていた。

 

 

「一之瀬さんの質問への答えですが、今やっているこの問題、そしてこの時間の趣旨は、()()()()()()()()()()()()()()

 

「…?」

 

「え?え?どういう事?」

 

「…テスト対策…って、でも範囲じゃ…」

 

 

ざわつくクラスに、今度は西園寺さんは指示棒を鳴らさずクラスの様子を見守っている様だった。それに思案気な表情の一之瀬さんと、神崎君。

 

 

「………西園寺、先生…」

 

「はい、なんですか神崎君?」

 

「これは、つまり次の期末で出る問題範囲が―――」

 

 

ぴとり、と細い指が言葉を遮った。言葉を続けようとした神崎君の唇を、西園寺さんは指先で止めていたのだ。真剣そうな視線が交錯し、シン…とBクラスを沈黙が包む。

無言で見上げる神崎君、意味深な笑みを浮かべる西園寺さん。その様子にカメラを向けている白波さん。…なにやってるんだ。

ざわめきはもう収まっていて、クラスの皆が期待と信頼、そして確信を持って()()を見据えていた。つまり、()()()()()()()()、と。

 

 

「…はい、私語はここまで!黒板にある①から④の問題を解いて下さいね。5分後、当てていきますよ?」

 

 

ピシ、ピシと指示棒を鳴らす西園寺さんに、みんな揃って「はい!」と返事をする。一同の満足げな表情で、第一回の勉強会は大成功で終わりを告げたのだった。

 

 

この後の勉強会は捗った。ただし、成績が不安な生徒は()()()()()覗き込んで教えて来る撫子にもっと集中力が持って行かれることになった。

※一部の生徒はその後に鬼詰めされた模様。

 

―――――――――――――――――――――――――――

※その後の職員室

 

 

「失礼致します。1-A、西園寺です。入室致します。星之宮先生は―――」

 

「な、撫子ちゃん!?その恰好は…!?」←元凶

 

「西園寺!?なにを…」←Aクラス担任

 

「…?星之宮先生が言っていた正装で、たった今Bクラスでの勉強会が終わりましたので、その後報告に…」

 

「…え?誰?新人の先生…?」「いや、今、1-Aって…」ざわざわ…「ほらあの、過去問の…」ざわざわ…「前、閉じられないんじゃ…?」「あのおっ〇いで生徒は無理でしょ…」ざわざわ…

 

「…星之宮先生」

 

「…ハイ」←嘘を教えた教師

 

「このあと少し、お話があります。…茶柱先生、あなたも」

 

「…はい」←服を貸した教師

 

「………(うちのクラスもやってくれないかな…)」←Cクラス担任

 

 

その後星之宮は真嶋にプチ説教をされた。

 

茶柱も怒られたが、撫子と並ぶと姉妹、または後輩のようでご満悦だった。

 

※前のめりになり立ち上がれなくなる教師も居たとかいないとか。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

Side.綾小路

 

昨日の今日で、クラス内の堀北の評判は()()()悪化していた。以前からクラスのアイドル的な櫛田にそっけない態度を取っていたのもあるが、なによりAクラスの()()西園寺に堀北節で接してしまったのが不味かった。

 

西園寺撫子の事は、クラスが違う俺でもよく耳にする。品行方正で、早くも生徒会入り。茶道部も特別に兼部する許可を貰い、早くも次世代の会長候補筆頭と言われる程の才女だ。

また、直接話した所感では性格がキツイとか、人を見下す言動があるだとかそんなこともない。エリート気質のAクラスの中でも他のクラスへ広く露出している(決していやらしい意味ではなく)彼女は、学年性別問わずかなり好意的に受け入れられている。

 

そんな彼女の事を、堀北が手酷く()()()。…噂なんて、2,3人が間に入れば事実無根でもいくらでも()()()がつく。

 

俺が入っているメッセージグループ内でもそれが広められる程だ。クラスの大きなグループ内でも噂は駆け巡っているだろう。

 

…朝、登校してきた堀北に櫛田は謝罪をした。昨日、()()()()()()()()()()()()をだ。返事をしようとした堀北に被せるように、

「撫子ちゃんに謝罪するまで、私は堀北さんと仲良く出来ない。勉強会は、須藤くんや池くん達の為に参加するけど許した訳じゃない」とはっきり口にした。

 

これには、クラスのざわめきも大きくなった。櫛田が、クラス全員と友達になりたいといった櫛田が()()()()()()()とはっきり言ったのだ。

 

表面上、特に変化は無いものの内心は茶柱先生の話―――将棋の駒がまた減った事―――を思い出しているのかいつも以上に不機嫌そうな面持ちだった。

 

そして、第一回の勉強会。

メンツは須藤や池、山内、沖谷と俺。講師陣に堀北と櫛田の二人だ。

 

結果は…予想の通り、崩壊した。

 

教える側の堀北の我慢の限界を超えるような回答を連発し、あっさり堀北節、再び。

容赦なく、今までの須藤を全否定して、性格も態度も夢も完全に否定した。

捨て台詞とともに去る須藤と、それに続いてしまう池、山内。

それを見送る俺と、沖谷。櫛田はもうため息をついていた。

 

 

「「……」」

 

「はぁ…」

 

「…なにかしら?櫛田さん。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうなの?」

 

 

堀北の問いかけには応えず、筆記用具などを片付けて席を立つ櫛田。最後に振り返り、「()()が、堀北さんのやりたかったことなの?」と言い残し、足早に図書室を去る。沖谷もこちらの顔色を伺っていたので頷きを返して退室を促してやる。

 

 

「…僕も、今日は失礼します」

 

「あぁ、参加してくれてありがとうな」

 

「………」

 

「じゃ、じゃあ、堀北さんもありがとうございました…」

 

 

タタタ、と早足に居なくなり、席には俺と堀北だけが残される。

 

 

「…」

 

「…」

 

「…貴方は…貴方も、なにか言いたいことがあるのかしら?」

 

「いや…別に?今日はもう終わりでいいのか?」

 

「ええ…もういいわ。彼らは、もうダメね」

 

「…そうか」

 

「貴方も結構よ。…櫛田さんのところにでも行ってきたらどうなの?」

 

「…そうするよ」

 

 

筆記用具を片付けて席を立つ。最後に堀北の方を向くと、偶然か帰る所を見送るつもりだったのか目が合う。多分、前者だろう。

不機嫌そうな表情からは、今日の勉強会の失敗や須藤たちを切り捨てることへの申し訳の無さ、そういった負の感情は浮かんでなかった。

 

堀北は、これが今までの当たり前なのだろう。()()()()()()()()()()()が、周りを傷付けて、突き放して、たった一人でいる。…もうどうでもいいかと思うが、一つだけ言っておかないといけない()()を思い出し、口を開く。

 

 

「堀北、昨日の(Aクラスの生徒に呼ばれた)件だが、偶然にも先月の櫛田と同じく理由だったぞ」

 

「…意味がわからないわね。私は西()()()()()のことなんて、話したことも無いわ。…他のクラスと仲良くしようだなんて、どこか可笑しいんじゃないかしら?」

 

「…はぁ…」

 

 

折角、名前を出さないように気を使ったのに台無しにされたようだ。気付いていないのかもしれないが、先程の騒動から()()()()()()()。そんな中で、噂の中心人物が被害者を詰るようなことを言ってどう思われるか、気付かないのだろうか…気付いても気にしないんだろうな。

 

 

「貴方も…なんなの?…言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうなのかしら?」

 

「…そうか。じゃあ言うが、西園寺は()()に頼まれてお前に会いたがっていたみたいだぞ」

 

「……………………………ぇ?」

 

 

ポカンと、呆然としたような、見たことのない表情で固まる掘北に、もう言ってしまえと思い、言葉を続ける。

 

 

「お前と仲良くなって欲しいなんて、誰が頼んだんだろうな。…もちろん、俺でも櫛田でもないぞ」

 

「……………………………」

 

「西園寺は学校に知り合いも多いから、生徒会とか教師、同級生や先輩、どれでもありそうだが、お前が知っている()()じゃないのか?」

 

「……………………………」

 

「まあ、もう言ってしまうが…俺は。俺と櫛田は、今のお前が西園寺と会ったら絶対にお前が拒否すると思ってた。…事実、その通りだったしな」

 

「……………………………」

 

「だから、もしまた西園寺と会うときは適当に謝るなり、表面上だけで良いから仲良い態度でいてくれよ。…()()()()()()D()()()()()()()()()()になるかもな。」

 

「…………………………っ」

 

「話は終わりだ。…じゃあな、堀北」

 

 

もう振り返らずに図書室を後にする。堀北がこの後どうしようが、俺にはもう、関係のないことだ。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

Side.堀北学

 

 

俺は、ある日の夜に妹の鈴音を呼び出すことにした。…あの屋上で西園寺に懇願しておいて何を今更と自分でも思うが、耳にした噂では西園寺にアイツが噛み付いたらしい。

直接確認をすると、「誤解があり」「他の生徒を巻き込み」「騒ぎになってしまい」「申し訳ない」との旨の謝罪がかなりのボリュームでされた。(絶対に妹のせいだとは思うが…)

更には()()()()()()()()()したのを慌てて止めた。

…正直かなり滅入ったが、最善を尽くしてくれた後輩に頼り切りでいるわけにも行かず、結局は直接会うことにした。

 

一年寮の管理人室で依頼し場所と時間を書いた手紙を届ける。後は、鈴音が来た後に話し始めればいい。

 

 

…何を話せばいいか。どうすれば、あいつはこの学校でやっていけるのか。俺がするべきなのは、鈴音を慰める事じゃない。鈴音を進ませる事をしなくてはならない。

兄として、この学校の生徒会長として。

 

薄暗い街灯の下、気がつけばあっと言う間に約束の時間が近づいていた。気の抜けていた自分を叱責しようと拳を握りしめていると自分のスマホの振動音が伝わる。

 

…誰だと思い液晶画面を見ると、この件に関わらせた後輩からだった。なにかあったのかと思い、時計を見るがまだ時間はある。周囲を見回し、誰もいないことを確認して電話に出る。

 

 

「もしもし、西園寺か」

 

『夜分に失礼いたします、堀北会長。申し訳ございません、今、お時間よろしいでしょうか?お忙しいのであれば、かけ直させて頂きますが…』

 

「手短であれば構わないとも。どうした?」

 

『はい、実は…』

 

 

要件は纏めると、自分が()()()()()からお礼をしたいと言われ呼び出されると、その後の流れで何人かの生徒と一緒に遊びに行くことになったらしい。

 

その際に、部活や生徒会の内実をそれとなく探られている雰囲気を感じたらしく、どの程度まで開示してよいかとの確認だった。

 

…たしかにこれは生徒会の人間に指示を仰ぐべき案件だと納得する。手始めにそれが他のクラスか?学年かと聞くと1-Cの生徒達らしい。教職員間の噂では、今年の生徒たちは()()やんちゃらしく担任の坂上先生も手を焼いているそうだ。

 

そんな生徒たちに囲まれて大丈夫かと聞くと不思議そう『同じ部活の椎名さんも一緒にいるので大丈夫ですよ?』と返される。…何が大丈夫なんだ。その生徒も他の(C)クラスの奴だろうに。

西園寺の危機感の無さにため息をつくも、その無邪気さや純真さ、素直さで様々な関係を築く後輩には、ついつい甘くなってしまう自覚がある。

 

その才能の邪魔を、せっかく頼ってくれた生徒会長(オレ)がする訳にはいかない。差し当たって問題にはならないが、聞き手によっては有効活用できる範囲の情報を西園寺に伝える。しっかりと相づちを打って『〜の場合は』『〇〇と言われたら』、など理解度を共有してくるのはかなり助かった。やはり()()だと、思わず電話先の相手を思い口元が緩むのを感じる。

 

 

『…かしこまりました。お時間、ありがとうございました』

 

「いや、構わん。先輩として当然のことだ」

 

『とんでもございません、お礼はまた今度、しっかりとさせて下さいませ』

 

「構わんと言ったぞ?西園寺。俺はお前には()()が多すぎる。その一つを返したに過ぎん」

 

『……っ、ありがとうございます。堀北会長』

 

「ふっ…お前の健闘を祈っている」

 

『こちらこそ、感謝を。堀北会長も、()()()()()()、ご健闘をお祈りしています』

 

「―――」

 

 

…しまった。電話に集中していて鈴音との待ち合わせを失念していた。『では、失礼します』と返事をする西園寺に悪いと思いながら通話を切り周囲を見渡すと………いた。こちらの様子を伺う妹の姿に、眼鏡を直しながら「呼び立てて悪かったな、鈴音」と声をかける。それに息をのみながら「いいえ、大丈夫です」と返してくる。

 

…少し痩せたか。顔色も疲れを滲ませておりここに来た事。そして()()()()()ことに一息ついて安心する。

その様子にビクついている鈴音に、できるだけ落ち着いた態度で接する。「最近、しっかり食べているのか」「この学校には慣れたか」「クラスで仲のいい生徒は出来たのか」など、差し当りのないことを聞く。…が、あまり返事が芳しく無い。

 

一言「はい」か「いえ」、「大丈夫です」、「問題ないです」と端的な返事が返ってくる。

このままでは以前のままだと思い、近付いて目を合わせようとすると、じりじりと下がられて距離が縮まらない。―――恐れに揺れる表情に、これが今の兄と妹の距離かと諦めて質問に移る。

 

 

「鈴音。…なぜ、俺が会いに来たのか分かるか?」

 

「…それは…、…。………。」

 

「それは?」

 

 

もごもごと口籠る様子に、続きを促すが言葉が続くことは無かった。…その様子に、鈴音が自信や寄りかかる()()を失して居るのを感じた。彼女に感じていた危機感は現実のものだったと、手遅れになる前で良かったと安堵する。

―――やはり鈴音の成長には、()()が必要なのだと。

 

 

「…鈴音、俺の後を追うのはもう止めにしろ」

 

「…兄さん!私は、私は絶対にAクラスになって見せます…!私は、兄さんに()()()()()()この学校に来ました…!」

 

「…やはり、か…」

 

 

真剣な、あるいは迷子のような必死さを感じる鈴音は、予想していた通りの言葉を俺に突き付けてきた。…以前の俺だったら、間違いなく鈴音に痛い目に合わせて、もしかすると暴力を振るってでもこの学校から出る事を命令しただろう。だが今の俺には西園寺との約束がある。もう、この妹を置いて行かないのだと、彼女にそう誓ったのだ。

 

 

「…鈴音、何故お前がDクラスに配属されたのか、理由は分かるか?」

 

「…分かりません。担任の茶柱先生に聞いても、間違いは無かったとだけ…。も、もちろん!入試や面接は問題ないと言っていました!」

 

「そうか…。成績については、兄としても鼻が高いぞ」

 

「…っ!…兄さ「だが」…!」

 

 

これから俺は、鈴音に非情な事を言う。しかしそれは、彼女を厭わしく思っているからではない。彼女の成長を思ってその背中を叱咤し、激励するのだ。

 

 

「だが、お前はやはり未熟だ。堀北鈴音という一個人という意味の人として。この学校と言う小さな社会の1つの歯車として。そして、Dクラスという団体の一員として、その自覚と責任が欠如している」

 

「私が…未熟…」

 

「お前はこの一月と半ば、何をしていた?5月に入ってからは中間テストという初めての退学が絡む試験がある。クラスの一員として貢献できる何かをしたのか?」

 

「し、しました!Dクラスの赤点を取りそうな生徒に、勉強会を「無事最後まで終わったのか?」…っ!そ…れは…」

 

「答えろ、鈴音。それはお前が自発的にやったのか?誰かに頼まれたのか?それはお前ひとりが行動して人を集めたのか?それで教えたやつらは赤点を回避できそうなのか?それをお前に任せた奴、心配している奴にも説明をしたのだろうな?…どうなんだ?」

 

「………」

 

 

俯いて震える姿に、罪悪感を覚えない訳ではない。しかし、このままでは()()()()、鈴音は成長できないという事が、この学校を生き残ってきた俺の勘が告げている。

 

 

「…お前は、お前には確かに実力があるのだろう。それを研ぎ澄まし、怠けることなく磨くことが出来るのを俺は知っている…3年前からな」

 

「…………兄…さん…」

 

「だが、この学校は、現実の社会で使()()()人間の成長と育成を担う政府主導の高校だ。…社会に出た人間が、()()()()()()()()()()()()と。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと、そういって結果を出すことが出来ると思うか?」

 

「…いいえ、思いません………」

 

「…そうか。なら、お前がこれからやることも分かるな?」

 

「…っ…!…はい!」

 

 

ようやく顔を上げ、目と目が合う妹に頷きを返す。急に色々な事を言ったからか、まだすべては呑み込めてはいないだろう。…だが、それでもいい。ここから鈴音が成長をして行ってくれるなら、兄としてこうして空白だった時間を埋めた甲斐があったというものだ。

いつか西園寺が放課後に茶柱教諭にされていたように頭を撫でてやると、顔を赤くしながらも笑顔を見せてくれた。

 

 

「に…兄さん、その…恥ずかしいです…」

 

「…そうか、だが、ここからが大変だぞ」

 

「…明日、クラスメイトにちゃんと謝ります。酷いこと言ってしまった事。彼の目標を、夢を貶してしまったこと…」

 

「一度口に出してしまったことは取り返しが効かない。…あとは、行動で反省(それ)を示していくしかない」

 

「はい…!」

 

 

もう、鈴音は大丈夫だろう。会うまではあんなにも不安だった関係も、こうして腹を割って話せばいくらでも解き解す事が出来た。…こんなこと、西園寺と出会うまでは思ってもみなかった。思わず零れる笑みに、鈴音は不思議そうにこちらを見ている。「ああいや…」、そういって誤魔化そうとする。

しかしジッとこちらを見て不安げな表情を浮かべる鈴音に、先ほどまで思っていたことをつい教えてしまう。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…お前と向き合う切欠をくれた、彼女に感謝せねばと思って、な…」

 

「兄さんと向き合う、切欠…ですか?」

 

「あぁ…西()()()という新人が生徒会に入ったのだがな」

 

「西…園寺、…さん?」

 

 

西園寺と衝突したことは知っているが、努めて知らない振りをして(若干ぼかしながら)屋上で妹の事で相談に乗ってくれた事を話す。「そうなんですね…」「兄さんの…」と段々口数が少なくなっていく鈴音に、西園寺から恩を受けたことをしっかりと伝えていく。…自分に似て、融通の利かないところがある鈴音でも、きっと西園寺なら仲良くなれるという皮算用が無い訳ではない。

これを切欠に、彼女たちが友人になってくれればこれほど心強いこともない。1年後も、安心して自分は卒業することが出来るだろう。

 

 

「…彼女は非常に優秀な生徒だ。いずれ、お前も会ったら話してみると良い」

 

「……………………はい、兄さん。……………」

 

 

随分と話し込んでいた様で、気付けばいい時間になっていた。1年生の寮へ鈴音を送り届けると、入口で振り返り微笑んでいる鈴音と向き合う形になる。「今日は会ってくれてありがとう、ございました」と頭を下げてくる妹に「お前の活躍を期待しているぞ」と言葉をかけて、3年生の寮へ帰宅する。

 

帰宅後にスマホで西園寺に礼のメッセージを送る。おかげで、鈴音の事が一歩前進したこと。お前の話が出来たこと。これから成長していく妹のことを、どうかよろしく頼むと。あまり間を置かずピロン、と通知音が鳴りメッセージボックスを開くと、頼りになる後輩からの返信のメッセージが届いていた。

 

 

『私ではなく、妹さんと向き合った堀北会長の意志と行動が、最善の結果を導いたのだと思います。私で良ければ、またいつでもお頼り下さいませ。本日もお疲れ様でした』

 

「ふっ…本当に、謙虚で出来た後輩だな。西園寺。…ところで、」

 

 

―――どうしてメイド服を着ているんだ?

 

 

※添付された写真を見た堀北学は、背景に宇宙を背負った猫のような表情を浮かべるのであった。

 

Bクラス「女教師って…いいよね」「いい…」「てか星之宮先生より――」ボソッ

 

茶柱「…西園寺、先生…か…。ふっ…」

 

―――

 

櫛田「私、あなたの事嫌いです!(本心)」

 

堀北「( ゚д゚)…。…(゚д゚)…」

 

綾小路「( ˘ω˘)スヤァ...」

 

―――

 

〇〇「この場所ではこの服を着るのが正装らしいぜ。制服が汚れない様に、な…」ククッ…

 

撫子「そうなんですね!(素直)」

 

△△「(こいつ、マジで信じてるの…?)

 

ひより「お姉様お姉様お姉様…」パシャパシャ

 

兄北「西園寺と仲良くなれると良いな…鈴音」

 

鈴音「西園寺…撫子…!」ギリィ…

 

―――――――――――――――――――

おまけ。

 

西園寺撫子

誕生日: 7月23日

 

【ステータス】

 

学力A+:99

 

身体能力C:60

 

機転思考力B:79

 

社会貢献性A:97

 

【総合力】A-:84

生徒会、及び茶道部に所属

 

『ええと…様々な(ごにょごにょ)…と友達になる?のが私の学校生活の第一義です。何卒宜しくお願い致します』

 

Aクラスでリーダーを二分する坂柳、葛城に一目置かれる第三勢力のリーダーと目される生徒。旧華族の一族の出で、世間ズレしている所が多々ある。Aクラス以外にも広い関係を持っているらしいが…。

 

黒髪ロングで学年どころか敷地内でも屈指のスタイルを持ち、落ち着いた様子の大和撫子なのだが、実際は天然で話す相手に敬遠されることを内心気にしている。

 

持病があるらしく、保健室に通っている姿をよくみかける。

 

―――――――――――――――――――――――――






割と進めましたかね?最後のメイド服事件については、また幕間でおなしゃす!
次回もお楽しみに!


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⑤:試験の終わりと慰労会。

お待たせしました!一先ず、撫子視点1巻最後になります。

ここから番外編でイベントを埋めて、2巻へと行きたいと思います。
よろしくお願いいたしますね!


5月中頃。生徒会長の依頼でDクラス所属の妹に会おうとしたり、(結局あの日以来会えていない。桔梗曰くーーー。

「堀北さんが会う準備が出来ていないから、向こうから声がかかるまで待って欲しい」

ーーーとの旨)

Bクラスの勉強会(西園寺先生事件)やCクラスとの息抜き(メイド服事件)で様々な生徒と友諠を深めたりと、撫子は充実した学園ライフを送っていた。

 

そして、その日の朝のHR。連絡として()()()()()()()()()()()()()()()()。担任の真嶋からそれを聞いたAクラスの反応は―――()()予想通りという落ち着き払った様子だった。

 

月初めに撫子から有栖に渡された過去問は、速やかにAクラスへと浸透されそれを中心に自習が為されていた。元々、勉強への苦手意識が少ないAクラスだ。勉強会など特別必要もない。満足そうに頷いてHRを終え、教室を去る真嶋。ガラリと開いた教室の扉の向こうから、おそらくDクラスだろうか。離れた教室から悲鳴のような怨嗟の声が響いているのが一瞬Aクラスまで届いた。

その音も、直ぐに閉じられた戸によって遮られる。それが合図という訳ではなかったが、Aクラスでも簡易ミーティングが実施される。

「各々が、各々の実力を発揮すれば問題ない」…というのが有栖の談だ。…もちろん、それでついていけない生徒(コマ)を取りこぼすような事はない。

「体調面でも気を付ける様に」とクラスを見渡して告げる葛城には、派閥だけでなくおおよその生徒も頷きで返す。

挑戦的(坂柳派)好意的(葛城派)は問わずその安定感や管理能力での能力は、間違いなく随一だと買われているのが葛城 康平という男だった。

 

しかし、それとは別件でもAクラス生徒は緊張を迫られていた。

理由は過去問の秘匿。他クラスとの接触や悟られるような態度をせぬ様に警戒を払っていた為だ。部活の最中や校内・校外問わず自習の際も他クラスからの目線を避ける様に過ごす日々は絶対的に不安や緊張を強いる。クラスや自室以外では気も休まらない日々もあと半分ほど。気を抜かない様に両派閥でも厳戒態勢が敷かれている。

 

では何故、過去問を秘匿するのか?知っている体で聞き取りをするとこれは例年も使われているそうだ。しかし、今年度の1年生はAクラス以外の生徒が未だに誰も手にしていない。…理由は過去問の()()だ(※学校闘争編②参照)

 

 

過去問が配られた次の日、登校してきた撫子に始めは有栖が、話す内に葛城も近付いてきて過去問の代金の肩代わりを申し出てきたのだ。

二人は当然、なんならクラス中が撫子が過去問を必要としていないのはわかり切っている。それにも関わらずそれを手にした理由は他ならない。()()()()()()

 

明確な敵ではない撫子が単独で派閥を伸ばすのは兎も角、結果、自分への求心力が低下するのは避けたい。二人の方針は一致していた。

(※葛城は自分の陣営が撫子への反感や暴走を防ぐ目的が主だったが…)

 

そして、340,000PPと金額を聞いてクラスメイトの表情を引き攣らせた。

 

 

「…は?」「どうやって払ったのですか…まさか…ブツブツ」ざわざわ…

ざわざわ…「34万…?」「高っ…!」「…(またあいつ、処理落ちしてる…)」

 

 

その後、5万~10万くらいならポンと出すつもりだった二人も流石に即金でそんなPPは用意がない。「私が勝手にやった事ですし、クラスの皆様のお役に立てたなら何よりです」「普段、クラスの方々にはお世話になっているのに何も返せませんので」「()()()()()()()()、お気になさらないで下さいませ♪」との撫子談で収拾がついた。

※ついでに親衛隊ファンが増えた。坂柳、葛城の派閥にダメージ!

 

そうして改めて、他クラスには絶対にバレないようにと念押しをされる生徒達。コピーをした神室は誰かに見られていないかを半ば詰問され、時間やすれ違った教師や生徒まで聞き取りをされていた。

1限目の授業が始まるまでの間、Aクラスでは情報統制会議が取り行われた。

 

…思えば今月も中々、イベントが盛り沢山だった。 

ある日の放課後に時間があった為に日課を終えたら、茶柱先生に会って保健室で抱きしめられたので逆に何時もの(よしよし)をして落ち着かせたり、名前呼びになったり。

 

また別の日の放課後にはDクラスの旧知の男子生徒(高円寺六助)と遭遇して挨拶をしたり、手に口づけをされて悲鳴が上がったり。

 

ちなみに今日は、図書室でDとCの騒動を収めた帆波に部屋で抱き着かれたりと、忙しない。ただ充実した日々を送るのだった。

 

………。

 

……。

 

…。

 

そして時は過ぎ、テスト当日のHR。

 

緊張した表情の面々を前に、定刻を告げる真嶋。予鈴の音と共に、一斉にテスト用紙を捲ると表情を和らげる。

淀みなく進む筆記音に、真嶋は生徒には見えぬ様に後ろ手で握り拳をしかと作る。

 

 

全員の出席(アクシデントなし)

過去問(ウラワザ)の確保。

そして充実した表情の教え子たち。

 

贔屓目なしに、真嶋はAクラスの勝利を確信するのだった。

 

 

※この後めちゃめちゃ試験を受けた!次の日の発表では当然、退学者は誰も出なかった!!

なんなら平均点は4クラス一位だった!!

 

 

 

―――――――――――――――――

薄暗い一室。お互いの顔が確認できる程度の明かりの元、Aクラスの大半の生徒達は集まっていた。手にはグラス、壇上にはAクラスの双璧、その片翼を担う葛城が立っていた。

 

 

「それでは僭越ながら、俺が音頭を取らせて貰う。…今日は未だ初めての1つ目の試験に過ぎない。これに慢心することなく、学年で最も優れたクラスという自覚と誇りを持って、来月からも頑張っていこう。…では、乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

 

試験後の慰労会。坂柳と葛城両名から別々に誘われた撫子。「一緒にやりませんか?いいお店を知っているんです…!」という誘いに即堕ちした二人とクラスメイトを伴って、()()知ったカラオケ店の大きなパーティールームに集合するAクラス。

 

全員ではないが大体の生徒が集まり、グラスを音立てて鳴らしてお互いの健闘を称え合う。

派閥ごとに分かれていても、一部のどちらでもない生徒はこれを機に交流を深めている。勧誘目的(ヘッドハント)で声をかけるの半分、純粋に明日からも誰一人欠けずにいること半分だ。

 

 

「…坂柳さん、良かったんですか?葛城君に挨拶させて…」

 

「構いません。今回のこの集まりは、本当の意味で慰労会。1ヶ月疲れを労う為に、そして来月からは更に()()となって試験に臨む。それが()()の目的です」

 

「…西園寺さん、ですか…」

 

………」「…撫子…

 

 

自分の派閥生徒から「葛城に好きにさせていいのか」と不満を零されるも、今回の()()とも言える生徒の名を出して黙らせる。派閥は勿論、側近。果てには聞き耳を立てていた他の生徒も思わず閉口する。

実際、坂柳は慌てていなかった。こんなオープンな場では口にはしないが、今回のテストは仮に完全に実力勝負だったとしてもAクラスに退学する生徒は出なかっただろう。それは学力が高い生徒がいたからというのもあるにはあるが、何より()()()()()()ではなかったからだ。

自己の研鑽だけで得られる勝利など、たかが知れている。

保守的に勝ち続けられるには限度がある。

専守防衛、実に素晴らしい。好きなだけやると良い。ただ防衛が許されるのは私たちが頂点Aクラスだからであり、

これがBクラスに()()するようなことがあれば攻めるしかない。

 

 

―――その時こそ自分が、坂柳有栖がこのクラスを牛耳るのだと未来図に笑みを深くする。

 

 

全く動じていないその様子に、坂柳を頂点とする生徒達はは更に信用と信仰、畏敬を重ねていく。

華奢で、病弱な坂柳は生徒達から幻想的な、浮世離れした偶像として慕われている。その実力が万全に発揮される日は、そう遠くは無いだろう。

 

静かに楽しむ雰囲気の坂柳の派閥とは反対に、葛城派の生徒達は喜びを露わにして飲めや歌えやと盛大な盛り上がりを見せていた。

メニュー注文や選曲用のタブレットを使って新しい食べ物や好きな歌を歌ったりと正に学生らしい楽しみ方をしていた。

 

 

「葛城さん!これ美味しいですよ!どうぞ!」「葛城君、一緒に歌いますか?」「何飲みますか?」ざわざわ

 

「ありがとう、十分満喫しているとも。お前たちも楽しんでくれ。今回は、皆の努力が結んだ結果を祝う会なんだからな」

 

「ありがとうございます!」「分かりました!」

 

 

明るい表情を浮かべる学友たちに頷きながらドリンクを飲む葛城。Aクラスのおおよそが集まったこの会はまさに理想の展開で、望外の喜びだった。

正直、教室の時点では自分たちの派閥での集まりも止む無しと思っていた。しかし、西園寺が2つの派閥を誘っての慰労会を企画してくれたため、少なからず派閥以外の生徒とも接触の機会が増えてきている。

 

…こういった機会を習慣化して、2台巨頭体制から徐々に3()()()()の共和制になるでも、陣営の生徒間の()()()()()でも良い。今のAクラスに必要なのはお互いに寛容になる為の信頼と時間だ。このクラスが、心を一つに出来れば敵はいないだろう。

 

その事を相談できればと思い、今日の幹事を捜すが姿が見当たらない。坂柳の所かと思いチラリと探すも、坂柳も同じことを思っていたのか本人と目が合う。

 

 

「…西園寺は席を外しているのか?」

 

「あれ?そういえば…」「いないですね?」

 

 

キョロキョロと探すが西園寺は部屋にいなかった。普段は絶対に人目を引く彼女だが、薄暗いカラオケルームで30余名もいるのだ。1人欠けていても気が付かないのも仕方ない。その後、誰かが入力した曲が始まり、1人で、2人でと曲を歌っていく。それに合わせて室内のライトも回転して、Aクラスの生徒達も徐々に雰囲気が盛り上がりをみせる。今度は金髪の男子生徒―――坂柳の近くに良くいる、橋本がマイク片手に席を立つ。

 

 

「もしも、君が、一人なら~♪」

 

「へえ、橋本の奴歌上手いんだな…」「以外でもないけどね」

 

ガチャ「…お食事とお飲み物お待たせしました~

 

「あ、ありが―――」「…え…なんで?…」

 

 

曲が終わり、次は隣の戸塚が入れた曲が流れていた。マイクを手渡すと良い笑顔で立ち上がり、大型モニタの前で周囲を巻き込みながら声を出している。クラスもそれに合いの手を入れて盛り上がり、曲の終盤を歌い切っていた。

その様子に、満足げにグラスを煽ると中身を飲み干す。すると空食器やグラスを片付ける従業員から声をかけられるので、そちらを向く。向いて、()()()()()

 

 

「…お飲み物、新しいものをお持ちしますね?」

 

「ああ、ありがとうござ、…!?」

 

 

ガシャン、とグラスを落とす。丁度、曲の切れ目だったのか大きな音がカラオケルームに響く。

一同どうしたのかと顔を向けると、信じられないものを見たように固まる。

 

()()()()()()

 

カチューシャを頭部に、濃紺のワンピースタイプのメイド服。ロングスカートに純白のエプロン、フリルが肩から胸、腰のあたりを飾り、()()()()()()黒髪、サーブ用のトレイを持っている。

そして、最も視線を釘付けにするのは()()()()()()()凶器をエプロンが何とか押し留めている。清楚と妖艶さが両立したその姿に、一同は思わずフリーズする。

 

未だに固まっている葛城の足元のグラスを拾うと、「どこか濡れていませんか?」と心配げな声をかける。

 

 

―――どう見てもメイド服を着た西園寺撫子(クラスメイト)でした、本当にありがとうございます。

 

 

~♪♪~♪

 

歌い手がいなくても流れる曲を皮切りに、再起動するパーティールーム。

 

 

「え!?お姉様!?」「西園寺さん、何を!?」

 

「ブッ…!」「うわ、お前鼻血やべぇぞ…」

 

「ん゛ん゛ぅ…!」「てぇてぇ」

 

「どういうことなの…」「ほわあぁ…」

 

 

一瞬で室内の雰囲気や盛り上がっていた空気が持っていかれた。その後、なんとか大丈夫な事を伝えて丸椅子に彼女を座らせると、事情聴取を始める。

一体、何故メイド服で給仕をしている(どうしてこうなった)のかと。

 

 

「それで…西園寺、その恰好はどういう事なんだ?」

 

「はい、このめいど服というのは女中が着る正装でして、このお店では無料でレンタルが出来るのとの事でご厚意に甘えております」

 

「いや、そういう、事、ではなくてだな…」

 

「?」

 

 

思わず頭を抱える。不思議そうな表情で首を傾げている西園寺に神室が思わず、という表情で質問の補足をする。

 

 

「撫子、それがメイド服っていうのは分かるんだけど…それを、なんで今、着てるのかを知りたいんでしょ、葛城は」

 

「…成る程、そういう事だったのですね」

 

 

ていうか私も知りたいわ。そうボソリと呟く神室に、得心が行ったとうんうんと頷く西園寺。白い皮手袋に包まれた手を頬に当てながら「実は…」と語りだす姿も、普段とは違った色気のような、普段との違いにノックダウンしている生徒もチラホラいた。

 

 

「以前、お世話に会った方にこのお店を紹介されまして…」

 

「…紹介されて?」

 

「その際に、こう伺ったのです。『この服はお世話になった人へ奉仕をする際に纏う正装』だと」

 

「「「………」」」

 

 

絶対騙されてる。図らずもクラスの心が一つになる。(葛城もこんなに早く纏まるとは思っていなかった)

しかし明るい表情でその相手を絶賛してるのに水を差すことは出来なかった。未だに挙動が不審気味な葛城にため息をつきながら先を促す神室。

 

 

「まあ経緯は分かったけど、お世話っていうなら私たちは違うんじゃない?逆でしょ?」

 

「本日は皆様が試験を乗り越えた記念すべき日。是非、お祝いしたいと思い、再びめいど服を着た次第です…!」

 

「あ…そ…」ハァ

 

 

胸の前で両手を祈るように組む西園寺に、神室も諦めるようなジェスチャーで主人の元へ戻る。

各々もとりあえず理解はしたのか、女子生徒はなんとか思い直す様にいうが抱きしめられて耳元で囁かれるとあっさりと撃沈していく。結局、このままで進行することになった。

※もともと男子生徒は誰も反対していない。

 

 

「では皆様、この後もお楽しみ下さいませ♪」

 

 

この後めちゃめちゃ盛り上がった!慰労会は大成功だった!!

※一部、というか大半の性癖にメイド萌えが追加された!!

 




読了ありがとうございました!

この後は堀北さんの勉強会その②、茶柱先生の一幕、高円寺との出会い等を行う予定です。
アンケートは行いますが、是非皆様が刺さるものを選んでくれると登場させるかもしれません。

よろしくお願い致します!


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番外⑤:その頃のDクラス。(+担任)

おまたせしました!
今回はアンケート結果に応えられたと思います。
次か、その次で1巻を終えられるといいなと思います。

また、誤字修正やお気に入り、感想、本当にありがとうございます!
日々の励みになってます。
今回時系列がごちゃごちゃしてるので前話を少し修正しました。イベントは起きるので、場所や時間だけ変わってますがご了承下さいませ!申し訳…。

※※※注意※※※
今回、勘違いとはいえ曇らせ描写があります。
“そういう事”です。一応、閲覧注意です。勘違いですけどね!

それでは、どうぞ!!


Side.綾小路

 

「それでは本日の伝達事項を伝える。急で悪いが、テストの範囲が大幅に変更になった」

 

「えぇ!」「そんな急に…!」ざわざわ…

 

「先生、そんな事を突然言われても僕たちは最初に指定されていた範囲の勉強に注力していました!それを…!」

 

 

クラスで最もクラスメイト救済に動いていた平田が挙手し、ギリギリ丁寧さを残した強い姿勢で茶柱に訴える。

これには普段と同じように熱っぽい視線を向ける女子生徒だけでなく、目の敵にしているような男子生徒も期待を向ける。

 

しかし、無常にも茶柱からは冷たい視線で否を突きつけられる。

 

 

「これは学校の決定だ。お前たちだけではない。他のクラスにも同じように本日のHRで伝達がされている。そもそも、普段の授業の範囲を超えている訳では無い。諦めて()()()()()()()()()()()んだな」

 

「っ…!」

 

「………」

 

 

平田の反論を説き伏せると、黒板へ変更になった範囲を黒板へ記して「お前たちが知恵を絞り、下らんプライドを捨てるのであれば()()()この試験、乗り越えられると信じている。以上だ。…残り時間は好きに使う様に」

 

 

そう言うと足早に立ち去る茶柱を皮切りに、クラス中から不安や焦りを言葉にして漏らす生徒達がポツポツ出始める。

 

 

「おい…どうするんだよ…」「範囲が違う…間に合うのか…これ?」

 

「わたし…退学したくないよ…」「平田くん…」

 

「やっぱり、みんなで抗議しに行こうぜ!」「無理だって!絶対に…」ざわざわ…

 

 

まさに阿鼻叫喚、ざわめきが支配するクラスを統率すべく声を上げたのはやはり平田だった。教壇に立ち、再び勉強会を開くことを提案する。

今度は前回テストの赤点組はほぼ半強制。50点以下のも参加を努力義務で来てほしい旨を頭を下げて懇願する。

 

その様子に普段、平田を敵視している生徒も瞠目し周囲の女子の視線に負ける形で参加を表明する。

その中には既にクラスの三バカと言われている須藤、池、山内も居る。

 

 

「…分かった、俺も今日から部活を休むから、よろしく頼む」「お、俺も参加する…!」「俺も」

 

 

思わず「誰だお前」的な視線が須藤を貫くが、その眼力にすぐ視線を戻すクラスメイト。

横目で面白いものを見た様な高円寺のニヤケ顔が印象的だった。

 

その後に須藤にも、そして全員にもお礼を言った平田は好成績の生徒へ講師役を打診する。

高円寺は早々に拒否、櫛田は快諾。後は意外にも幸村が承諾した。彼自身も須藤の態度の変化や、茶柱からの煽るような叱咤激励には思うところがあったのかも知れない。

 

…そうすると、残る問題は()()()なんだが…。

 

そう思いチラリと隣人を横目で見ると普段通りの無表情〜仏頂面の間で教壇に立つ平田に目を向けている。

 

ーーーーーーーー

 

()()()()()()知らないが、以前の図書室での事件の後で堀北から勉強会参加メンバーに謝罪があった。

「Aクラスを目指すに当たって焦りがあった」「上のクラスに上がるには、クラス全員の協力が必要」「もう一度、あなた達の勉強を見させてほしい」と本気で別人を疑うような発言を真剣な表情でしてきた。

 

これには池、山内も驚きを隠せずにいて、それでも睨みつけていた須藤には「夢を侮辱して申し訳なかった」「自分にも目標があり、その為には須藤君の協力が要る」と伝える。

 

ここまで真摯に言われて、反省した様子の異性に免疫がない須藤は「…結局はお前の目標の為なのかよ」と無愛想に返すが、その声には既に険は無かった。

 

 

「そうよ。私は、必ずAクラスに上がる。そして、認めてほしい人がいる。その為に貴方を、Dクラスを利用する」

 

「…」

 

「だから貴方も私を利用しなさい。夢の為に、貴方がどれだけ努力してるかは、少しだけどバスケ部の先輩達に聞いたわ」

 

「…お前」

 

「先輩たちは言っていたわよ。『須藤(アナタ)は才能はあるけどこの学校はバスケ(それ)だけではダメだから、クラスメイトが支えてやってくれ』って。…随分、クラスでの様子とは違って信頼されているのね」

 

「…っ、恥ずいことを…一体誰だ…問い詰めてやる…!」

 

 

顔を赤くしてガジガジと頭をかく須藤と、クスクスと笑う櫛田、ニヤニヤとからかう池や山内。その様子に安心した様子の池谷や遠巻きに心配していた平田もほっと息をついている。

 

ーーーーーーーー

時は戻り教室。堀北は平田から元々担当していた生徒たちの講師役を頼まれている。

 

 

「じゃあ堀北さんは、須藤君たちのことを頼めるかい?」

 

「ええ、任せて頂戴。…綾小路君、貴方も強制参加よ」

 

「え?俺もか…?」

 

「当然でしょう。50点以下とは、つまり50点も含まれるわ。図書室での席取りは任せたわよ。私は放課後までにテストを作って、それを印刷したら行くわ。()()()()?」

 

「了解…」

 

 

以前よりは若干、柔らかくなったというのか言葉尻に相手を責めるようなものでなく、頼むような言葉が着くようになった。

元々、かなりの美少女なのが堀北鈴音だ。その言動が台無しにしていたが、初期とのギャップというのか、チャットでは堀北が可愛くなったと早速コメントが乱舞している。

 

それはそれとして、面倒に感じながらも俺は放課後の自由を奪われるのだった。なぜか、不思議と()()()()と、そう感じながら。

 

 

ーーーーーーー

 

 

図書室での勉強会は、途中まで順調だった。

小テストの採点結果が良かったのか大きな声で騒いでしまった池にCクラスの生徒が注意を飛ばしたのだ。

軽い謝罪を返すも、それをきっかけにDクラスを馬鹿にする相手に、他クラスへはキレッキレな()()をする堀北。逆上して手が出かける相手を威圧するべく拳をボキボキと鳴らす須藤。

一触即発になった空気を止めたのは、Bクラスの一之瀬だった。

先日の喫茶店で接点のあった彼女は自分のクラスとは無関係に、「色々な生徒が使う場所で喧嘩をしないで!」と仲裁する。

 

自分たちよりも上位のクラスの登場に尻込みするCクラスの男子生徒と、「須藤君、ありがとう。大丈夫だから落ち着いて。時間の無駄よ」と堀北に宥められる須藤。

 

その後、「い、いや、Dクラスのバカが騒いでたから俺たちは注意を…」「ならなんで、相手の生徒に掴みかかってたの?」と論破され、立ち去るCクラスとその場に残る一之瀬と俺たち。

 

 

「…ふぅ、大丈夫だった?桔梗ちゃん、あと綾小路君…と、Dクラスの皆?」

 

「あぁ、俺は何もしてないしな」

 

「帆波ちゃん、…うん、助かったよ。…今のって?」

 

「あぁ…うん、Cクラスの生徒って荒っぽいらしいんだよね。こっちのクラスの子もたまに絡まれるらしくって…」

 

にゃはは、と特徴的な笑い声を漏らしながらちょっかいを出されている知り合いを助けに来た事を伝える一之瀬。

池たちに小声で(おい綾小路、俺たち友達だよなぁ…?)(どこで知り合ったんだよあんな巨〇美少女…!)と詰められるが知らぬ存ぜぬで通す。

…不審に思ったのか、「改めて、」と言葉を切り自己紹介を始める。

 

 

「Bクラスの一之瀬帆波です。一応、委員長、なんて言われています。よろしくね?」

 

「よ、よろしく」「はい…」「あぁ…」「よろしくお願いします…」

 

タジタジになりながらも挨拶を返す男性陣。そしてチラッと堀北の方を向くと、口を開く前に「待って」と手のひらを堀北に向けてそれを留める。

 

 

「貴方のことは、ちょっと又聞きだけど聞いているの。…申し訳ないとは思うけど、()()貴女とは仲良くなれないと思う。…理由は、なんとなく解るんじゃないかな?」

 

「…ええ、()()ね」

 

「うん、勉強会を開いてたと思うけど、貴女が先生役…?だよね、…うん、きっと、貴女は良い人だと思うんだけど、だからこそ()()なんだ。また機会があったら、その時にお話しよう」

 

「分かったわ。…一言だけ。ありがとう、助かったわ」

 

「………うん、またね!」

 

 

そう言って少しだけギクシャクした勉強会は、本日は不完全燃焼ながら終了となった。

…ちなみに、時間が取れなかった小テストその2〜その4は宿題となり、三バカの悲鳴が帰路で響くことになった。

 

「(それにしても、茶柱先生()()言っていたな…。もしかすると、()()()()()のか?)」

 

5/1と、そして今日。繰り返し伝えられた()()という言葉に、俺は明日の予定を決めて()()にメールで協力を仰ぐのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

Side.茶柱

 

生徒達の悲鳴を背に、職員室へと向かうと先にいた先生方に労いの言葉を貰った。

毎年のこととはいえ、今日は一学期の中で2番目に精神的に辛い日だ。…もちろん、一学年に限った話だか。

 

1番は当然、5/1のSシステムの真相を話す時だが、まるで賽の河原の様に生徒達が積み上げたものを蹴飛ばすのは非常に()()が悪いとは思うが、納期の短縮や命令の変更など、社会に出ればザラだ。そう思うことで、なんとかため息を呑み込んで席につく。

 

自分が一番早かったのだろう、順に坂上先生、星之宮、真島とクラス順に来るがその表情は正に、結果を予感させる様に三者三様だった。

私ほどではないが、顔色の悪い坂上先生。既に軽口をついてくる星之宮と、その返事に笑みすら零している真嶋。特に、今年のAクラスは最速で裏技にたどり着いた西園ーーー撫子が居る。

クラスの統率を取れる生徒も坂柳と葛城が対立気味だが、撫子が居る以上、他クラスにつけ込まれるスキは見せないだろう。

思わずタバコが恋しくなるがグッと我慢をする。

 

()()した以上、先生として生徒との約束は護らなくてはならない。

口寂しさの慰みにと買った飴を口に放り込み、次の授業の支度にかかる。

 

口の中に広がるレモンの風味に、つい先日の撫子とのやり取りを思い出す。ガリ、と思わず噛んで砕いてしまう。 

…いつもなら「イライラしてるの〜?」と軽口を叩く星之宮…、知恵も口を噤んでいる。そんなに私の表情は険しいのだろうか。否、コイツも知っているのだったと思い出して、努めて何でも無い、と首を振ってみせる。

 

…おい、やめろ。「な、何かあったら力になるからね…」ってお前のキャラじゃないだろ。真嶋と坂上先生が変な目で見てるのに気付け。

 

適当に茶を濁し、教材を持って授業のために廊下に出る。今日の最初の授業は1-Aだった。

扉の前で深呼吸をする。…折りたたみの手鏡を出して、表情も確かめる。…いつも通りの表情を確認して、クラスに入る。

 

流石は学年一の優等生のクラス、速やかに私語をやめて席について、日直が号令をかける。

 

いつも通り、私はいつも通りに授業を始める。今は一教師と一生徒。なんにも思うことはなくのだと、自分に訴え続けるが自然と()()()を目で追ってしまう。

 

目と目が合う。一瞬にも満たない時間なのに、自分の脳裏を焼き切るような感情が駆け巡る。

怒りや、哀れみや、言語化できない絶望、不条理。教師として学校側として、

常に生徒の成長のために働きかける事はあっても、ただただ()()()()()()()()()を押し付けたことはない。

まるで、学生の時のあの試験の様な絶望だった。今考えれば、合っているのか間違っていたのか、私は答を、出さないままあの時を置いてきてしまった。

その結果が愛する相手を失い、旧友との関係に深い傷を残した。

 

あの時に、決めることができればどれだけ良かったのだろうか。

きっと知恵が私を許さないのは、答えが悪かったのではなく、答えを()()()()()()私を赦せないからなのだろう。

 

 

…ダメだな、どうしてもセンチな気分になる。あの日、撫子に保健室で会ったのが理由だろう。

 

 

――――――――――――――――――――

 

あの日、私はなんだったか。生徒の部活関係の提出書類だったか、あるいは教職員での提出期限の迫った書類だったか、どちらでもいいが星之宮を探していた。

スマホで呼び出そうとしたら、職員室のやつの席で鳴る着信音に苛立ちが沸き立ったのは覚えている。

 

校内を探して、もう最後の当ての保健室に居なければ校内放送で呼び出そうと心に決めると戸を開けようとする。

ガチ、と鍵が閉まっている音がする。…保健室は通常、開放してある。養護教諭のアイツが居なくとも、急な部活での怪我や事故で生徒が運び込まれる可能性があるからだ。

つまり、ここに鍵が掛かっているのは非常に不自然な状況だった。

 

…ここで、諦めて職員室に帰っていれば、私はこんな葛藤にかられたり禁煙など始めなかったのだが、詮無きことだ。

 

その後、私が軽く乱暴に戸を叩き星之宮を呼ぶと中からは何故か西園寺の声がした。

 

「はい、どうされましたか?」

 

「ん?、西園寺か?…そこに星之宮先生がいるだろう?いや、取り敢えずドアを開けてくれないか?」

 

「あ、ええと…それは…」

 

「?」

 

彼女曰く、「星之宮先生は留守にしていて、本人が戻るまで誰も入れないように」と言付かっているそうだ。

 

思わずため息をついて、事情を聞こうとしたのをやめる。どうせサボりの嘘だろうと当たりをつけたからだ。

今も寝ているのかとため息をつき、西園寺に鍵を開けるように伝えた。

 

 

「…茶…生なら……他に誰もいませんか?」

 

 

そう、彼女は聞いてきた。が、若干苛立っていた私はそうだと言い、開けるように繰り返す。

ガチャリ、その音を聞いて戸を開けるとソコには、

 

 

「茶柱先生、()()()姿()で失礼致します…」

 

「は、………………なに、を……して、何があったんだ、お前は…!?」

 

そこには、下着姿で、それも上は何もつけていない西園寺が居た。肌は紅潮し、熱っぽい表情で上目遣いに、こちらを見上げている。、胸元や首筋には赤く()が点々と咲いており、どう見ても情事の後のような出で立ちだ。

校内でのあり得ない状況に数秒固まるが、我に返り、慌てて保健室に入るとドアの鍵を閉める。

 

 

一先ずは、上着を貸そうと脱いで渡そうとするが「汚れてしまいます」と固辞される。

 

()()の想像を浮かべ、「構わないから着なさい!」と強い言葉になってしまう。

しかし、傷ついている、…まして未成年の少女なのだ。大人が慌ててはダメだと、冷静になる。少なくとも、冷静になろうとしていると強く意識する。

 

 

「茶柱…先生、その」

 

「…いや、すまない、言い過ぎた…。着たくないのなら、そのままでいい」

 

 

一先ずは落ち着かせようと開いているベッドへ腰掛けさせる。その後、ゆっくりと「辛いなら何も言わなくていい」「私はお前の味方だ」「誰にも他言はしない。担任の真島先生にも、お前のクラスメイトにもだ」も出来るだけ優しく語りかける。

 

その様子に西園寺も落ち着いたのか、先程まで赤くなっていた顔も熱が引いている様子だった。

口癖のようになっている「申し訳ございません」という謝罪は、彼女を抱き竦める事で最後まで言わせないようした。

 

汗か、それとも()()()の雫が胸元を湿らせるのもそのままに、身じろぎをする西園寺を抱きしめる。

 

 

「せんせ…ダメです、汚れてしまいます…!」

 

「汚れてなんかない!お前は、綺麗なままだ…!」

 

「でも…」

 

「私が断言してやる!お前は、何も汚れてなんかない!」

 

「…」

 

 

強く、強く抱きしめる。辛いのは西園寺のハズなのに、ぽろぽろと涙が零れてしまう。

何故、何故こんないい子がこんな目に遭わなくてならないんだ?

 

そうしていると、頭に熱を感じて、思わず目を開く。西園寺が、自分の頭を撫でていた。

辛いはずなのに、もっと泣いても、怒ってもいいはずなのにこちらを気遣っている。

教師なのに、慰めなければならないのに泣いている自分を恥ずかしく思い、「お前がそんなこと、しなくていい」と言う。

 

 

「でも、先生が悲しむと、私も悲しいです…。こうすると、皆落ち着いて笑顔になってくれたんです」

 

「西園寺…。お前は、大丈夫なのか…?」

 

「はい。この学校には、優しい人がたくさんいます。茶柱先生も、その一人なんです。だから、先生が笑顔になれないと、私も笑顔になれないんです」

 

「…っ!!」

 

儚げに微笑む彼女に、悲鳴なのか、怒声なのかを押し殺して強く抱きしめる。

放課後の保健室。二人だけの夕暮れ時に、大人のような幼子と、大人になってしまった子供が抱きしめ合っていた。

 

その後、戻ってきたのだろう星之宮が入口をノックするまで西園寺を抱擁し続け、私は彼女に頭を撫でられ続けた。

…今考えると、かなり恥ずかしいことをしていたと思わず叫びたくなるような羞恥に駆られるが、あの時はそれしか出来なかったのだ。仕方ない。本当に、仕方ない。

 

2,3分待たせた後に保健室に入ってきた星之宮は、こちらを見て悲鳴を上げた。…まあ、ことが()()なだけに分からんでもない。

一刻も早く事態の解決をと協力を仰ぐと、西園寺に服を着る様にと持ってきた着替えを渡して距離を取るように合図をされる。

 

 

「どうした…知恵」

 

「サエちゃんこそ、どうして保健室にいたの…!?それに、撫、西園寺さんのことも…()()()()?」

 

「いや、詳しい話は未だだが。…お前は聞いたのか?そうであれば、速やかに警備に協力を…あとは、あまり口外は出来ないが―――」

 

「そ、その件だけどちょっと待って!落ち着いて欲しいの…!」

 

「…どういう事だ?」

 

 

ひそひそと話している様子を不審がっていないかと目を向けるも、西園寺はまだ身綺麗にしている様子だったので先を促す。

 

知恵の要領を得ない話を聞くと、「この件は内密にすべき」という事だった。当然、ふざけるなと声を荒げそうになるも直ぐに口を塞がれる。目で「西園寺に気付かれる」と伝えられ、追及を弱めるが納得は全くしていない。しかし、話を聞くとそうせざるを得ない理由に握る拳がギシリと音を立てる。

 

 

「まず、認識のすり合わせからしましょう。サエちゃんは、西園寺さんの様子を見てどう思ったの?」

 

「どうって…。…恐らくだが、生徒か教師か、最悪入っている外部の業者に、()()…を受けたものだと…」

 

「そう…そうなのね…。それなら…まだ…

 

「なんだ?良く聞こえなかったが…」

 

「いえ、何でもない。まず結論から言うと、ええと、()()行為の症状は()()で確認したけど、無かったわ。養護教諭として、それは間違いない」

 

「…っ、スゥ……!…そうか、不幸中の、幸いと言ったところだろうな…」ギリッ

 

 

努めて怒りを抑える。本人を置いてきぼりで私が感情任せになる訳にはいかない。普段から適当な知恵(コイツ)が冷静でいてくれるおかげで、少し冷静になれた。

それで、と話を続ける前にまた近づいて、耳打ちするような距離で()()が明かされる。

 

 

「えぇと、西園寺さんの実家なんだけど、その…かなり格式を重んじる家みたいで、箱入りの娘さんみたいな…で、撫子ちゃん自身の性知識もかなり程度が浅いみたいなの」

 

「…それは確かに(※水泳事件の際も)感じたが、それが今回の件とどう関係あるんだ?」

 

「…か、彼女には()()()()()()()()()が居るみたいの…!」

 

「なんだと…!?」

 

 

つまり、今回の件が表に出ると西園寺の実家まで巻き込んだ問題に発展すると知恵は危険視しているのだ。それを伝えると、知恵は首をぶんぶんと頷かせ、「そ、そうなのよ〜私もそれが心配で…」と肯定してくる。…何てことだ。

そして、今回の被害については彼女が不審者を敷地内で見たことにして、学校側に警備の強化を依頼すると真剣な顔で告げて来る。

 

 

「そ、それに、西園寺さんは相手のことを知らない人って言っていたし…!彼女、学校の人達の顔はほとんど覚えてるみたいだし、外部の人間の仕業に違いないわ!」

 

「しかしそれでは…彼女の意志はどうなる…!」

 

「それについてだけど、彼女には徐々に私がカウンセリングをする。今すぐに、()()話してしまったら彼女の心が…」

 

「心…」

 

「サエちゃん、西園寺さん今は落ち着いてるけどさっきまでもっと取り乱してたの。…貴女には、心配かけまいと気丈に振る舞ってるけど、きっと辛いと思うの。…だから………」

 

「っ…そうか…そうだな…頼めるか、知恵」

 

「任せて…!」

 

 

知恵と頷き合うと、丁度着替えが終わった西園寺がこちらの様子を伺ってきていたので「すまない、待たせたな。こちらの話は終わった」と言うと申し訳なさそうに謝ろうとするのを慌てて止める。

 

 

「西園寺、謝るのは私の方だ。取り乱してしまい悪かったな…」

 

「いえ、私もごか「西園寺さん、ちょっと良い!?」…わ、星之宮先生…?」

 

 

目で「少し待ってて!」だろうか?そう伝えてるとすぐさまベッドへ西園寺を寝かせて診断をする知恵に、普段とは違う頼もしさを感じる。

やはり、おそらく最初に迅速に救いの手を差し伸べた星之宮だけに言えることもあるのだろう。少しだけ、養護教諭の立場を羨ましく感じるが、頭を振って思考を止める。被害あった西園寺のことを思うと、あまりに不謹慎だと思ったからだ。

 

…待つ間が長く感じ、煙草を恋しく思い思わず貧乏ゆすりをしてしまう。これではいかんと気を引き締めて手鏡を見ると涙の跡でメイクが崩れていた。とりあえずの応急処置をして、不安がらせないようにと表情を確かめる。そうして暫く待っていると、「サエちゃん」と声をかけられる。

 

 

「ごめん、お待たせ」

 

「お待たせ致しました、茶柱先生」

 

「…いいや、何も気にすることは無いぞ」

 

 

知恵の視線から「とりあえず問題ない」と察して、話を再開する。どうやら今度は表面上だけでなく内面のケアも少しはできたのだろう。先程よりは良い顔色をしている。

それでも表情には不安というか、申し訳無さのようなものが浮かんでいるが…。それはもう私達がケアしてやらないと行けない部分だと腹をくくる。

 

 

「お前は何も心配するな。もう決して…いや、なんでもない。私か…頼りにならないかも知れないが、星之宮先生を頼れ。担任の真嶋先生には言い辛いことあるだろうからな」ギュッ

 

「わふ、…先生、少し苦しいです」

 

「あぁ。済まない西園「どうぞ、撫子と呼んでください」…しかし、それ…否、わかった。よろしくな、撫子…」

 

断ろうとすると、シュンとした表情の西…撫子と、首を横に振る知恵が視界に入る。慌てて認めると、嬉しそうな顔とホッとする顔に正解を選べたと安堵する。

 

ーーー今は、ギリギリの所で耐えているのかもしれない。あるいは、全然気にしていないのかも。何れにせよ、彼女がこれからの学校生活を健やかに過ごせるように出来るのかは私達、教師にかかっている。

 

もう、他クラスだとかどうとかは言っていられない。自分を信じて、こうして頼ってくれている生徒のことを私は裏切られない。見捨てられない。

 

西園寺撫子の事は、私が護る。()()()()、私は選んでそう決めた。

 

※その後、抱きしめられた撫子にタバコの香りを指摘され、「お身体を大切になさって下さいね…?」と言われなし崩し的に禁煙を約束することになった。

…代わりにレモンの味の飴を貰ったので、舐めることにする。…意外と美味かった。もうしばらくは、続けてみようと思う。

 

 

 

 




須藤「テスト頑張る」

Dクラス「(誰だお前…)」

掘北「赤点の生徒は私が救ってみせる…!」

綾小路「(どうした掘北…!?)」

櫛田「須藤君…堀北さん…!みんな、がんばろう!(それはそれとして堀北は嫌い。まだ謝ってないじゃん…)」ポチポチ…

ピロン♪

一之瀬「あ、桔梗ちゃんから…(ふーん、まだ撫子に謝ってないんだ)…へぇ…」ハイライトオフ

ーーー

茶柱「私が…護ってみせる!」ギュッ

撫子「茶柱先生…//」トゥンク…

ーーー

?「しゃあ!!乗り切った!!」
※ガッツポーズ。一体、なんの之宮先生なんだ…!?


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番外⑥:B、D、そしてC+d

お待たせしました(土下座)

遅れに遅れて、本日投稿です。
申し訳ございません、リアル事情で遅れました。

とりあえず、これにて1巻は完了。これからも本作をゆっくり待っていただけると幸いです。
では、どうぞ!


Side.Bクラス

 

「はい、今日のHRを始めま~す」

 

「あ、知恵先生来た」「席つこ~」ざわざわ

 

 

いつものBクラスのHR風景。…いや、いつもよりも担任の星之宮先生が来るのが早い。普段はギリギリか。思いっきり遅刻して酔っぱらっていたような顔をしているあの先生がもう来ている。

何か連絡があるのかと思い速やかに席に着くと、パン、と手を合わせ音を立てて注目を集める様に合図をする。

 

 

「皆にお知らせがあります。え~、今回行う中間テストですが、急遽、範囲が変更になりました!」

 

「え…!」「…!」ざわざわ

 

「新しい範囲を書くから、皆、メモに取っておいてね~」カキカキ…

 

 

黒板に範囲を書いていく先生に驚きが無かったとは言えないが、それよりも別の驚きに顔を見合わせる。その範囲が()()()()()()()()()()()()()したことに思わずといった声が漏れたり、口元を抑えて目を瞬かせている。

疑っていたわけではないが、これで西園寺先生の授業が正しかったことが証明された。予習も復習もばっちりだ。小テストでやった内容も網羅されており、自信や確信に繋がっている。Bクラス中の表情がテスト範囲が変わったのに非常に明るく、星之宮先生もうんうんと頷いている。

 

 

「まあ、()()()()()()()()()()子もいるかもしれないけど、今日すべてのクラスにこれが通知されているわ。皆なら、確実にテストで赤点を取らない方法があるって信じてる!あと半月ぐらいだけど、頑張ってね!」

 

「「「はい!」」」

 

 

機嫌よくクラスを去る星之宮先生。それを見送ると、今後の勉強範囲の再確認、クラスでの勉強会の再確認。勉強のグループ再編などやることは沢山あった。しかし、一之瀬委員長や神崎君の主導で決まっていく。幸いなことに揉めることなく進んでいったのは勉強範囲を教えて貰ったのが大きい。

クラス内から口々に西園寺さんを称える声が聞こえる。他のクラスとは言え、彼女はもうBクラス全体の大恩人だった。彼女の助けを無駄にしない為にも、結果を残さなくては…!

 

 

 

※西園寺先生の授業の結果、Bクラスは万全の状態で試験に臨んだ!

全員が赤点を大きく超える成績で、無事試験を乗り切った!!

 

…それはそれとして、西園寺先生の勉強会の動画は誰が持っているか騒動になったが、

(鬼気迫る表情の)親衛隊(白波さん)が責任を持って管理することになった!!

 

 

※某別日の放課後。

 

 

「あ、星之宮先生」

 

「一之瀬さん、どうしたの?」

 

「ちょっとお願いがあって…。えっと、この日と…この日。放課後からみっちりBクラスで勉強会で集まることになって…」

 

「うんうん、それでそれで?あ、集まるのは全然オッケーよ?部屋で集まるとかだと、女子部屋は男子に門限あるから注意ね!」

 

「はい!了解です。…で、その日だけ…撫子との…()()()()、先生にお願いしたいんですけど…」

 

「アッ…(察し)」

 

「くれぐれも、撫子に…その…(もにょもにょ)…しないで下さいね!」

 

「うん!先生に任せて!」

 

 

※なお、(もにょもにょ)した模様。

 

----------

 

Side.綾小路

 

 

テスト範囲の変更があってから、クラスは騒然となったが勉強会の開催が規模を拡大した。

これにより、個人個人で勉強をしていた点数が準赤点~半ばのDクラス生徒達も勉強会へ参加、または複数人で固まっての自習に励むこととなり、

後の須藤の「人生で一番勉強をした」―――を、実践する様に大勉強ブームが訪れた。

 

当然、堀北勉強会も機能を果たしており授業中も眠る位ならとその授業と同じ科目の小テストや内職?を進める生徒が増えた。時には授業後に問題を聞きに行き、先生方からもたまに激励の言葉を貰うほどだ。

(※なお、担任を除く)

 

 

そして、ある日の昼休み。俺は約束していた相手―――()()を呼び出して、ある疑問の解消に動いていた。

二つ返事で手伝いを申し出てくれた櫛田には感謝に堪えない。道中、他の生徒にバレない様に声を抑えながら理由を明かして行くと「…綾小路君て、結構、凄い?」と首を傾げながら尊敬したような視線を向けて来る。

そんなことないと、少し気恥ずかしさを感じながら食堂で一人で()()()()を食べている先輩を捜すと―――いた。櫛田と目を合わせ、無言で頷いてその先輩に声をかける。

 

 

「お食事中にすいません、先輩―――ですよね?」

 

「…そうだけど、なにかな?」

 

「…それ、美味しいですか?」

 

「…」

 

 

むす、とした視線を向けて来るので慌てて(いる振りをして)誤魔化す様に謝り、自分のクラスと名前を名乗る。櫛田も続ける。…やはり俺には怪訝な表情だが、櫛田には鼻の下を伸ばすような表情を浮かべており連れてきて正解だったと確信する。櫛田が緊張をほぐす為か、少し談笑をしてお互いに空気が程よくなった後に俺から本題を切り出す。

 

 

「それで、先輩。単調直入にお願いをします。次の中間テストの過去問…売って貰えませんか?」

 

「…君たち、クラスは?」

 

「…俺たちはDクラスです。15,000ポイントが限界です」

 

「…D…まあ、そうだよね…」ハァ…

 

「?」

 

 

過去問の話題を出してから、最初の陰鬱な雰囲気を更に増した先輩はため息をつくとスマホを取り出しつつも、残った定食をかき込んでいく。お茶を飲んで一息つくと、スマホの画面をこちらに見せて来る。そこには、メモで打ち込まれたメッセージがあり櫛田と一緒に覗き込むことになる。

…横からシャンプーのいい匂いがするが、何とか表情には出さない様に気を付ける。

 

 

「……(テストの金額は…65,000ポイント…?)」

 

「あの…先輩、これって…もう少し安くは…」

 

「僕もそう思うんだけど、ごめん。()()()()()()。でも、これが()()()で間違いない。…他の奴らに聞いて貰っても良い」

 

「………」

 

「…綾小路君、どうする…?」

 

「…連絡先やるから、またでも良いよ?…マジで、今年はどうなってんだか…」ハァ…

 

 

状況を整理しよう。

俺は以前から言っていた担任の茶柱の確実に試験を合格できるような旨の発言から、この試験には必勝法のようなものがあると考えた。

そこで、思い至ったのが過去問だ。文句なく赤点の須藤でも確実に合格となると、もう答えは殆ど限られる。テストで合格するか、赤点でも退学しないか。そのどちらかが出来るはず。

 

…現実的なものだと、それは過去問や回答になる。過去問なら、2年か3年の先輩から手にできると思った。ただし、そう言ったものの売買では値段交渉が肝心になる。

そこで、見た目やコミュニケーション能力に優れる櫛田に同行して貰い、男子生徒。それも一人でいる、無料定食を食べている恐らくDクラスのポイントに困窮している先輩に狙いを絞った。

 

ここまでは問題なかったが、ポイントの金額については少々予想外だった。払えない事は無いが、ここで高額の出費は来月に響く。

出来るだけ値切りたいのもあったが、相手の態度。…嘘は無い。なんとしてもポイントが欲しいこの先輩が、()()()()()()()()()()()なんて言葉が出る時点で本当にこれが最安なのだろう。

 

クラスを伝えた上で足元も見るような設定。そして、最後の()()()

殊更、今年の、という事は例年はここまで高額ではないのだろう。であれば、最後に()()をして間違いなければ無理にでもここで買っておくべきだろう。…おそらく、俺たちは()()()出遅れたのかもしれない。

 

 

「先輩、決める前に一つ聞きたいことがあります。もしも、購入を決めた場合は先輩から間違いなく買うのでお答え頂けませんか?」

 

「…まあそれならいいけど、なに?」

 

「過去問。()()()()()、いくらだったんですか?」

 

「綾小路君?」

 

「…へえ。お前、鋭いな。俺の時は、12000か、13000位だったはずだぞ」

 

「…!」「えっ…!?」

 

 

安い。俺たちとは5倍近い差がある。つまり、今年は何らかの理由でこの金額に上がったのだ。そして、ここから更に()()()()()()()保証はどこにもない…!驚きを見せる櫛田に頷きで応え、先輩の振込先を聞いてポイントを振り込む。

…ほとんどポイントが枯渇した。俺も、月末までは山菜定食の世話になることになるかもしれない。トホホ…。

 

 

「…たしかに。じゃあ、今日中にお前のスマホに送るぞ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

そういって食器を片付けにいく先輩を見送り、これからの事に櫛田と相談する。

 

テストの入手元について、櫛田が切欠であるとして欲しい旨。

→慌てて断られそうになったが、俺よりも櫛田の方が信用があるというと頬を赤らめて頷いてくれた。可愛かった。

 

ポイントについては気にしなくていい旨。

→これは内心予定通りだったが、半分出すと言ってくれた。が、断った。彼女にしか頼めない事が一つある。

 

最後に、このポイントの金額の振り幅について。

→これは、おそらく来月以降になるが他クラスとも縁が強い櫛田にしか頼めない事と念押しし、他クラスがいくらでテストを入手したのか調べて欲しいと告げた。

 

 

「…えっと、テストの出処は私にって言うのは分かったけど…。他のクラスがいくらでっていうのは?確かに過去問の値段は高かったけど、クラス皆で出したら無理なく払えるんじゃないかな?」

 

「さっきの先輩が言っていたよな?俺の時は12000か13000ポイントって」

 

「うん、そう言ってたね…すごく安い…なんで今年だけ?」

 

 

頭上に?を浮かべた櫛田を連れて、人目を気にしながら廊下を進んでいく。近くに…特に同級生が居ないかを確かめた後に、振り返って疑問に答えていく。()()()()、これからもクラスを導くために力をつけて貰わないといけない。少しだけ回り道をしながら、その思考を正解に誘導していく。

 

 

「そう、さっきの先輩、3年生だっただろ?去年もそうなら、あそこまで念押しはしない。()()()()()()なんだと思う。そして、先輩は先にクラスを確認して、Dと答えたら露骨にテンションが下がってたよな?」

 

「確かに…つまり、私たちには買えないんじゃないかって思ったってこと?」

 

「それもある。じゃあ逆に、AやBだったらあの先輩は喜ぶ可能性があった訳だ。…櫛田、物を買いたいって奴が来て、お前が悲しいのが金のない奴(DかCのクラス)なら、その反対は、どういう奴(AかBのクラス)になると思う?」

 

「そうか…!上位のクラスの方が高額に取引されてるんだ…!、つまり、クラスによって値段が違う…?ううん、それに加えて、()()の金額の基準があって、今年はその基準が高かった?」

 

「そういう事だ。…そして、この学校の校訓を覚えているか?」

 

「………実力、至上主義」

 

 

大きく頷く。…やはり、櫛田は鈍くない。コミュニケーション能力が高い分、此方がヒントや誘導をすれば進んで欲しい答えに辿り着けるような思考回路をしている。これなら、こっちが補助してやれば、クラスのポイントを引き上げることが出来るだろう。

 

 

「まとめるが、つまりこういう事だろう。今年は例年よりも過去問の金額が高くなる()()があった。そして、その()()は他のクラスの働きかけによって起きた可能性が高い」

 

「他のクラスが、Dクラス…ううん、自分たちのクラス以外が過去問を手にしにくい様に、金額を釣り上げたってことだよね?」

 

「俺はそう考える」

 

「…綾小路君って、やっぱり凄いね」

 

「いや、俺だけではここまで分からなかった。櫛田が一緒にあの先輩から譲歩やキーワードを聞きだしてくれたからだろう」

 

 

これは実際本当で、多分65,000ポイントというのも安くしてくれた上での提案だったと思われる。本当はもっと高い可能性もあったが、二人なら払える可能性がある金額や一度持ち帰っても良いと言葉を出させたのは櫛田の功績だ。堀北では、こうはいかない。

その後、櫛田にいくつかの相談をして別れると、自分の昼飯を買う為に購買へ向かう。

 

 

…その後の事は、特にいう事はない。放課後に櫛田から過去問の配布が行われ、クラス中の信頼と感謝を一身に受けて微笑む櫛田や、メッセージで感謝を受け取り見ている俺を罵倒してくる堀北。

試験当日の朝、眠そうな表情だが達成感を見せるクラスメイト達と、直前に全員合格でバカンスに連れて行くと言ってDクラスの喜びように引く茶柱先生。

 

当然、試験は全員が揃って乗り越えることが出来た。ポイントについてはかなり節約を強いられることになったが、クラスでの立場の先行投資と割り切ろう。

 

 

そういって、俺たちは堀北勉強会のメンバーでお疲れ会をする事に。(…なんで俺の部屋でやることになるんだろうな)

ため息交じりにワイワイやっている池や山内を見ながらいると、「綾小路君、お疲れ様♪」と櫛田がジュースを注いでくれる。

若干、意味深に聞こえたが構わない。彼女にはこれからも頑張って貰わないといけないのだから。グラスに注がれた飲み物を煽りながら、先月よりも騒がしい部屋で寛ぐ。…こんな時間もまあ、()()()()

 

 

※Dクラスの櫛田への好感度が10上がった!櫛田への好感度はもう上がらない!!

 

 櫛田の好感度が10上がった!、???が15上がった!!

 

 

 

――――――――――――――――――――――

Side.椎名ひより

 

 

その日、私は撫子お姉様と一緒に茶道部の買い物の為にショッピングモールへと来ていました。テストも無事終わり、私たちのクラスも他のクラスも、退学者なしで試験を終えることが出来てほっと胸をなで下したのも先週の事。

放課後、それも明日は週末で休みという事もあり生徒の姿が多いですが遠巻きにこちらを見る人はいても声をかけて来る方はいません。…それもその筈、撫子お姉様のお姿が、話しかけるハードルを高くしているのです。

 

 

「?ひより、どうしましたか?」

 

「…!いい、いえ!なんでもないです、撫子お姉様…!」

 

「そう…?なら良いのですが、疲れたら、遠慮せずに言ってくださいね?買い物は今週中にということでしたし、急ぎではありませんから」

 

「…はい、ありがとうございます…//」

 

 

気遣ってくれた撫子お姉様に赤面しながら速足でついていく。時折、振り返ってこちらの歩くスピードに合わせてくれるのが嬉しくて、ちょっとわざとらしくしすぎたのに怒りもせずに微笑んでくれる。いつでも優しい撫子お姉様も、今日は更に映えている。何故か?それは、()()姿だからだ。

 

 

無地色、淡い藤色の着物に、先取りした夏の花。菖蒲の紋様の帯を締めて、真っすぐな背筋に若干うつむき加減に歩く姿は正に百合の花のようで思わず「ほぅ…」と感嘆のため息をついてしまう。すれ違った老若男女問わず、なんなら男女のカップルでも頬を赤らめて足を止めていた。

 

この着物は、茶道部の部長からの贈り物らしい。()()()()()(※どことは言わないが)で、しかも急いで拵えるにはかなりのポイントがかかったことが予想されるが、部長は「先行投資だから気にしないで♪」と笑顔でそれを撫子お姉様に贈った。

固辞しようとした撫子お姉様を、部員全員で説得してなんとか受け取って貰った際には思わずハイタッチをした。…見ず知らずではないものの、あんなに友人?いや、同士だろうか。しがらみ・垣根を超えた協力はえもしれぬ達成感を感じさせた。

 

そしてもとよりそれが目的だったのか、「部活の用事がある際や、買い物・イベントの時には着物を着て欲しい」という要望にも快諾した撫子お姉様。思わず、部長に尊敬の眼差しを向けたのも私一人ではなかっただろう。

 

初お披露目は既に部内で行い、大好評だった。写真撮影も行った。恥ずかしそうに微笑んでポーズを取ってくれた。大好評(略)

※撫子お姉様が自分で着付けが出来るのをその時に知った。当然といえば当然に感じた。

 

 

閑話休題。

 

 

今日は部で使うお抹茶と、お茶菓子を見繕って買いに行く為に来ていた。(2回目)

 

部長と撫子お姉様の話は半分も分からなかったが、多分お茶やお菓子の種類の話をしていた。部長がうんうんと頷いて撫子お姉様に一任していたのを見て、また尊敬の視線を向けていたのを思い出す。

要するに今日は、おつかいなのだ。

 

そうして、茶道部御用達のお店に回り時に撫子お姉様にお茶の事を聞いたり、小物が置いてある雑貨屋さんに立ち寄ってみたり、好みの文庫本やお菓子を聞かれたりと非常に楽しい一時を過ごしたのだった。…部活での全力じゃんけん大会に勝ち残った報酬を存分に味わっていると、最後の買い物のお菓子を袋に包んで貰い受け取る。楽しい時間が過ぎるのは早いものだ。

 

 

 

「…これで、全て揃いましたね。ひより、一緒にお手伝いありがとうございました。今日の件の、お礼をしたいのですが…」

 

「そんな…!とんでもないです、撫子お姉様と一緒にお買い物できるだけで…私は、もう…!//」

 

「…ふふ、そんなこと言わないで、ね?」ナデナデ

 

「あっ…!あっあっあぁ…!」

 

 

衆目なんて気にならない。微笑で頭を撫でてくれるお姉様に心がきゅんきゅんと震える。「落ち着けるお店にでも、入りましょう?」と言われ、コクコクと頷いて撫子お姉様に着いていく。

入った店は、ランチもやっているおしゃれなカフェだった。入ってきた着物姿の撫子お姉様に一瞬ざわついたものの、入っている客層が上級生の方々が多かったのか直ぐに鎮静化した。シックな雰囲気で、客層も落ち着いているお店で良かった。

 

「前に先輩に聞いて、来てみたかったんです一人だと不安で。ひよりが一緒で心強いです♪」と言われ、尊さが鼻から出そうになるが、なんとか天井を見上げて堪えることに成功する。

不思議そうな表情の撫子お姉様と一緒にイチゴとブルーベリーのケーキと、生クリームとバニラアイスのパンケーキを頼む。お互いにそれをシェア(あーん♪)したり、部活の事や好きな作家の事を話す。

 

 

…そう、私は、正に至福の時間を過ごしていた。()()()と出会うまでは。

 

 

私がお手洗いに立ち、席に戻るとお姉様の席の近くには複数の生徒の姿があった。金髪の美丈夫、いや貴公子とでもいうべきなのか強い雰囲気(カリスマ)のようなものを感じる男子生徒と、彼に侍る女子生徒の、多分先輩方。

男子生徒には見覚えがある。たしか、Dクラスの生徒の筈だ。とても自由人らしいとチラリと噂だけ聞いていた。そんな彼が、「はっはっは…!相変わらずだな、西園寺嬢は…!」と店の雰囲気を壊すような自由…、否、もはや闊達さを感じさせる笑いを溢れさせ、撫子お姉様も上品に口元に手を当てて微笑んでいた。

 

二人は旧知の関係なのだろうか?速足に近づくと周囲の先輩たちもこちらに気付き、道を譲る様に身を引いた。それに目礼を送り二人の間に近づくとこちらに目を向けて来る。身長差から見下ろされるようになり、かなり圧迫感を受けるが、キッと視線で負けない様に視線は逸らさない。

 

 

「撫子お姉様…!」

 

「おや?彼女は君のツレかい?」

 

「ひより…。ええ、高円寺さ「ノンノン、昔のように六助君、とは呼んでくれないのかい?」…失礼しました、少し、余所余所しかったですか?()()()」クスクス

 

「ふふ…、それで良いのさ。私たちの間に余計な遠慮や気遣いは不要さ。私は君を尊重して、尊敬して、そして()()している。…君もそうなのだと、私は思っているが?」ニヤリ

 

「………。ふふ、まったく、六助君の方こそ、変わりませんね。いえ、身も心も成長したのだと、一目見て分かりましたよ?」

 

「私もさ。相変わらず君は美しい。私も最も美しい男だと自負しているが、君の輝きはあの頃から何も汚れることはなく光っているとも。身も、心も…魂もだ」

 

「過分な評価ですよ。私はまだ、若輩の身です。色々な方に助けられて、学園生活を送らせて頂いております。…初めての事ばかりの生活ですが、とっても満喫しているんですよ?」

 

「そうだとも…。君は、もっともっと世界を見るべきだ。下らないモノも、美しくないモノもあるが、だからこそ、時に目にする美しく貴いモノには感動を覚える」ジロリ

 

「………っ!」

 

 

見下ろしてくる視線には、路傍の石や、雑草。なんの価値も感じないような冷たさを宿しており、その寒さに身を震わせる。そして、彼は興味を失ったように撫子お姉様との談笑に戻る。

まるで二人だけの世界のように話す姿に、ああ、自分は撫子お姉様の横に立つには荷が重すぎたのだと、思い切り冷や水を掛けられたようになる。目の前が真っ暗になりかけた時に、撫子お姉様に気遣うように声をかけられ、ハッと顔を上げて目を合わせる。

 

心配そうな表情に、やっと体温が戻ってきたような錯覚すら覚えていると、思い出したように高円寺君から声をかけられる。

 

 

「ふむ、彼女を独占して悪かったねえ、ビブリオガール」

 

「い…いえ、………」

 

「びぶりおがーる…?ですか。相変わらず、あだ名をつけるのが好きなんですか?」クスクス

 

「ふふ!そうとも、私はあだ名のセンスも優れているからねぇ!…さて、私もそろそろレディーたちとの食事を楽しませてもらう予定だったのだ。失礼するとしよう」

 

「では、ごきげんよう、六助君。…また」

 

 

「アデュー」と言い残し颯爽と待っていた(ホッとした表情の)上級生たちの元へ向かう。彼女達に目配せをすると、様子を見ていた店員と共に席を案内されていく。ようやくといった風にさっきまでケーキをシェアしていた席に静けさが戻ってきたが、先ほどまでの浮ついた気持ちは既にどこかに行ってしまっていた。

 

 

「…ひより?大丈夫ですか?(顔色が悪い…男の人の事、あまり得意ではないなのかしら…?でも龍園君や山田君とは一緒に居て平気そうだったし…)」

 

「あ、はい…大丈夫です。その…先ほど彼は?」

 

「はい、高円寺君とは幼い頃に会ったことがあって…(身近な生徒(わたし)と話す異性を気にしている…?男性への人見知りがあるのかも…気をつけないと)」

 

「そう…なんです、ね…」

 

「彼はこちらの事を覚えていてくれたのでしょうね。偶然、このお店で再開したんです」ニコニコ

 

 

微笑む撫子お姉様に、さっきまでは笑顔を返せていたはずなのにどうにも固い表情になっている自覚があった。

私じゃ、お姉様の近くにいるのは相応しくないんじゃないか。その疑念(トゲ)は、楽しみにしていたはずの逢瀬(デート)が終わっても尚、私の心をじくじくと苛むのであった。

 

 

…この後めちゃめちゃ落ち込んだ。それはそれとして、着物姿の撫子お姉様のあーんのポーズや二人でのツーショットは撮らせて貰った。

 




Bクラス女子「撫子先生、いいよね…」

Bクラス男子「いい…」

白波「お姉さ…、いえ、先生…!」

―――

一之瀬「先生、撫子ちゃんの項にキスマークがあったんですけど」ビキビキ

星之宮「/(^o^)\」

―――

櫛田「綾小路…清隆君、…か…」

綾小路「山菜定食…美味しい…」白目

堀北「」←出番なし

―――

椎名「お姉様…」ブワッ

撫子「(ひより、元気がなくなったけどどうしたのでしょう…またお出かけに誘ってみましょう)」

自由人「ふふ…私は美しい」

――――――――――――――――
はい、以上になります。
マジで遅れてしまい申し訳ありません。

次は幕間を入れて、2巻に突入させます!実はやりたいシーンがあったので、原作改変があるかもしれませんがご期待ください!
次は今週中にはUP致します!コミットします!


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番外⑦:坂柳陣営の×××。撫子、初めてのらんじぇりーしょっぷ。

すいませぬ…!ペースが遅れてきて申し訳ございません!
代わりと言っては何ですが、今日から三連投します!
2巻はスイスイ進めていきたいので頑張ります!

では、どうぞ!アンケートもしたいのでお願い致します!



Side.坂柳有栖

 

 

中間テストも問題なく終え、どのクラスでも浮ついた雰囲気の漂う週末の休み。私は()()()()クラスメイト達とカフェに来ていました。この店は隠れ家的なお洒落さと、席が少なく、()()()()()()()()()()()ことが魅力のお店。

今回の集まりは…最初の試験…と、言うほどでもない課題を乗り越えて、そのリザルトを周知する為の寄り合い染みたものです。

 

私たちのグループは、撫子さんから直接問題を受け取ったこの私自らが講師として立ちました。暗記や学習指南をして、結果は全問正解(私ほど)ではなくともほぼ満点クラスの成績を残しました。

 

 

「いや、それにしても姫さん。今回の中間は上手く行ったな。西園寺様様だな、ホント」

 

「たしかにね…」

 

「うん、ありがたかったな」

 

 

そう、撫子さんを持ち上げる様でこちらを伺うような言葉(ボール)を投げかけて来るのは橋本君だ。優秀な成績とコミュニケーション能力を持つ男子生徒で、葛城君の派閥やそれ以外とも()()()()。そう、とても有用な友達だ。

予想通り、撫子さんへの上げを目的とするトークが展開されるが目を細めて意識して話の腰を折りに行く。

 

 

「橋本君。…別に、過去問(アレ)が無くとも仮にもAクラス。退学になる生徒はきっと出なかったと思いますよ?」

 

「お。…まあ、確かに、アレで赤点は取らないよな…」

 

「ええ、私たちはAクラス。そこに妄信したり、盲目的に振舞うのは論外ですが当たり前のことをして当たり前の結果を出す。私たちには何も難しいことはありません」

 

 

自信をもって断言する。…交渉や相手を詐る際に必須のワンポイントだ。こうする事で自信を持った人は同調を。逆にない人は私に信頼を向けてくる。例外の生徒はともかく、掌握済みの()()()()()エサやり(コレ)を怠ると他陣営に靡いてしまうかもしれない。葛城君など敵ではないが、撫子さんと合流されると厄介だ。

 

そうして脳のリソースを彼女に向けていると、再び橋本君と、今度は神室さんやその他の生徒も巻き込んで4月、5月の振り返りのような事をしていた。その会話の節々に西園寺さん、撫子ちゃん、果てはお姉様と彼女の影響が根深く浸食しているのを感じる。

 

…このままにしていても良いが、自分の影響を強めるのも悪くは無い。そう思い、その場の全員に聞こえる様に含みを嗤いを意識して声をかける。

 

 

「でもAクラスに過去問をくれるだけじゃなくて、Bクラスにも先生役で行くなんて、西園寺さんも優しいよね…」「うん、きっと一之瀬さんと仲良いからそれで…」

 

「…ふ、ふふふ…。皆さんは本当に。本当に()()撫子さんが、()()()()を考えて行動したとお思いだったのですか?」

 

「…!」「?」「どういうことだ、姫さん?」ざわざわ…

 

 

その戸惑いを尻目に、彼女は焦らす様に飲み物を口に運ぶ。

―――こちらに注目させること、そしていかに、自分の言葉に信用と信頼を乗せることが出来るか。これこそが、人心掌握において有効な手段だと有栖は経験から学んでいた。

 

 

「そうですね、では丁度良いので撫子さんの考えについて、お話ししましょう。…私が思うに、Bクラスと懇意にすることで得られるメリットは…5()()

 

「5つ…!?」「そんなに多く…?」「凄い…」

 

「ふふ、まず1つ目は情報収集。これは言うまでもありません。私たちももちろん、どんな戦いにおいても情報の重要性は語るまでもありません。古今東西、情報を軽んじる勢力は滅亡の一途を辿ることになるでしょう」

 

 

情報、と呟くものやうんうんと頷くもの、思案気な表情を浮かべるものと真剣な表情でこちらを見るもの。掴みは完璧だ。足を組み替えながら、次々に考えを述べていく。

 

 

「2つ目は派閥の構築。これは1つ目のメリット、情報収集を円滑にする目的もありますが、当然ながら1人よりも2人。そして多く人が集まれば出来ることに幅が望めます。そして3つ目は…立場を明確にするため」

 

「立場…」

 

「そう、彼女は4月の時点で既にクラスの内側ではなく、外へ外へと関係を作ることに傾注していました」

 

「確かに…」「生徒会に入ったのも早かったよね…」ザワザワ

 

「…でも、それがメリットになるの?」

 

 

神室さんが胡乱な目つきで問いかけてくるが、逆に失笑したような態度でそれに応える。…彼女には、このくらいの距離感の方が有効に動いてくれる。自分の分析力はそう判断している為、遠慮は無い。

(※以前の撫子をダシにしての胸囲弄りが理由なんてことはないったらない)

 

 

「ええ、何故なら結果として彼女は私たちや葛城君たちの()()とも程よい関係を維持できているでしょう?彼女はこう言いたいのですよ私と葛城君(あなたたち)の喧嘩に巻き込まないでくれ、と」

 

「あ…!」「確かに…」「でもそれって…」

 

「そう、まるで傍観者、事なかれ主義。悪い見方では…()()()()()()()()()()。…でもそれは別にこちらにとってデメリットにはなりえません。来る日の葛城君の派閥とぶつかる時に助力を得る約束も貰っていますし、彼女にとってはAクラスの派閥争いも子供の喧嘩程度のソレなのかもしれませんね」

 

 

わかりましたか?という風に視線を向けると、プイッと顔を背けられる。それを鼻で嗤いながら()()()冷や汗を掻いている橋本君の「それで、4つ目は?」という声に応える。

 

 

「4つ目。ここからが肝心ですが、3番目の立場の確立から一歩踏み出します。…ズバリ、自身の神聖化」

 

「し、神聖化?」

 

 

突拍子も無いことを言ったと思われたのが、声を上ずりながら返事をする橋本君に、そして瞠目する周囲にもゆっくりと沁み込む様に説明をする。

 

 

「彼女の能力では不可能では決してありませんよ。…既にその傾向は露わに成りつつあります。親衛隊…というグループ。聞いたことぐらいはあるのではないですか?」

 

「うん…」「あの西園寺さんのファンクラブみたいな…?」「あ、確かに居たかも…」

 

「はい。その親衛隊、私の知っている限りでは学年性別部活動、そして()()()()()()()構成されているそうです。…どういう意味か、お判りでしょう?」

 

 

ここまで現実に沿った事実を告げれば、妄言だと切り捨てるような愚図はここには居ない。各々が自分の裁量で考えを深めていく。それがじっくりと熟成されるのを待つ為、少し冷えた紅茶を口に運ぶ。

…事実、もしも彼女と敵対する事になったら厄介になるのがあの団体だ。Aクラスにもチラホラ参加している生徒がおり、そのネットワークはどこまで伸びているのか考えるのも恐ろしい。噂では、生徒会のメンバーや教師すら参加しているそうだ。

ちなみにこの場にいる誰にも言っていないが、坂柳は教師すらも彼女に洗脳乃至支配されていると半ば確信している。(※半分くらいは正解!)

 

短くない時間が過ぎ、各々が俯いていた顔を上げ終わるのを合図に「状況は理解しましたか?」と聞くと是と返される。…悪くない。少なくともこの集まりの始まりよりも撫子さんへの脅威や心配な色が強くなっている。

 

 

「橋本君もどうですか?」

 

「あぁ、まあ理解はした。…ちなみにもうお腹いっぱいなんだが、5つ目って…?」

 

「…ふふ、うふふふふふふ…!!」

 

「…ひ、姫さん?大丈夫か?」

 

「えぇ、大丈夫です。絶好調ですよ、私は…」

 

 

思わず笑いが漏れる。…思い出し笑いだ。なにせ、この理由に気が付いた時は思わず我が身をかき抱いて震えてしまったほどだ。そして、それを理解(わか)った自身の頭脳に感謝した。…とても、人に見せられる顔はしていなかった。橋本君の、否。この場にいる私以外の全員の表情に恐れの気配が混じるが、もう堪え切れない。私たちの、否。否否否!!()()()()の恐るべき計画を彼らにわからせてやりたくてもう我慢なんて出来なかった。

 

 

「さて、5つ目の目的。それは―――クラス対抗戦の終焉。…それが、撫子さんの真の目的です」

 

「クラス対抗戦の…」

 

「…終焉?」

 

 

恐れ戦くクラスメイト達に一つずつ種明かしをしていく。何故、彼女がBクラスに勉強を教えたのか?何故、部活動や生徒会に参加しているのか?何故、親衛隊なんて存在を許しているのか?何故、何故、何故…!?

 

………結論だけいうと、今回の集会は大成功でした。橋本君も、得た情報を()()()()()広めてくれる。まさに、計画通りだ。

 

 

「ふふ…今日は気持ち良く眠れそうですね…」

 

 

こうしてAクラスでの撫子の立場も明確になっていく。………本人の、預かり知らぬ所で…!

 

――――――――――――――――――――――――

Side.某××××××××××店員

 

 

シャララン♪

 

「(あ、お客さんか…)いらっしゃ―――」

 

「…なみ、私は別にまだ…」

 

「え~でも、……でこ、また胸が大きくなったって言ってたじゃ…」

 

 

思わず言葉が喉に引っ込む。

()()()…!この店を任されて2年程だが、今までの中でも断トツの()()()だ…!その美女と腕を組んで引く美少女…桃色の髪の子もかなり大きいが、上級生?いや、でも一度見たら絶対忘れないこんな子知らない…てことは、新入生!?15,6歳…!?絶対に年齢詐称してる…!

 

 

「…い、いらっしゃいませ~、本日は、どういったご用件でしょうか?」

 

「あ、こんにちは。今日はこの子の下着を捜してるんですけど、最近サイズが合わなくなったらしくて…」

 

「…お恥ずかしながら…//」

 

 

頬を赤らめて俯く黒髪の子に思わず手を合わせそうになるが、何とか堪える。…というか本気で大きい。これだとちょっと…。

 

 

「…お客様、申し訳ございませんが当店ですとお客様のお気に召す…その、」

 

「あ、はい…理解しています。サイズを指定しての注文が出来ると伺ってきたのですが…」

 

「それならはい…!大丈夫ですよ。…お気遣い頂いたみたいで、ありがとうございます」

 

「いえいえ…」

 

 

サイズが無いことを伝えようとしたら、丁寧な態度で先読みしたような返事を返される。…きっと苦労してきたんだろうなぁ…。

その後、今日は好きなデザインを選んでいくつかチェック。そしてサイズを測って注文をする事に。お連れ様が見繕っている間に彼女を更衣室へ案内してサイズを測定する。

 

 

「では、サイズを測りますのでお召し物を…、って…」

 

「はい、失礼しますね…!」シュルリ…

 

 

一切の躊躇なく脱衣を始める。慌ててカーテンをシャッ!と引くが、自分も更衣室の中なのに思わず閉めてしまった。出ようとするも、既に彼女は下着姿で衣類をハンガーにかけている。開ける訳にはいかない。

 

心臓の音が大きく感じる。同性なのに、彼女の素肌から目が離せない。そんな私を気にも留めず、ついには上の下着を床に落とすと胸を手で隠すだけの姿(手ブラ)でこちらに顔を向ける。

 

 

「では、測定を…お願いしても…?」

 

「は、ひゃい…!」

 

 

ガチガチに固まりながらメジャーを彼女の身体に当てていく。アンダー、ウェスト、どれも同性として嫉妬すら覚えない程のソレだ。そして、いよいよ最後のバストへと手を伸ばして行く。

 

 

「んっ…」

 

「ご、ごめ…い、いえ!すいません、大丈夫でしたか?」

 

「いえ、すこし肌が敏感なので、気になさらずにお願いします」

 

「…は、はい…!(敏…感…//)」

 

 

荒い息がバレないように、メジャーを合わせる為に乳房の前に腕を回してソフトタッチしたり、メジャーの位置を合わせる為に左右に引いたり戻したりする。その度に「あっん…!」や「ふ…んん…!」と艶めかしい声が漏れて耳を貫いていく。何度も何度もすりすり擦ったり、止めてみたり。

「上手く測れなくて…すいません…!」と謝ると「ぃ…いぇ…!大、丈夫ですから…んっ//」と口を押えながら返事を返される。

 

 

「あの、()()()測っても…良い…ですか?」

 

「ふぇ…?ぁ…はい、どうぞ…?」

 

「(ふぉぉ…!)し、失礼しますね…!」

 

 

中腰でしゃがみながら彼女の胸を正面に見据える。デカい。それ以外の何も無かったが生で見ると形や色艶、あらゆるそれが肌に吸い付くような魅力を放っている。思わず、メジャーを取り落として両手をその双峰に近づけていく。ダメだと思っても体がいう事を聞かない。

何故山に人は登るのか?そこに山があるからと、先人は言った…!

その手が頂点に届くまであと50…30…10…!

 

 

撫子~かわいいの見つけたよ~どこ~?

 

「っっっっ!!」

 

「あ、帆波…。もう少し待ってて下さい。サイズを測ったら出ますので…!」

 

あ、こっちか…。うん、待ってるね~』

 

 

思わず身をバッとのけ反らせる。今、自分は何をしようとしていた…!?取り返しがつかなくなる所だった。思わず、ため息を着くと「あの…」と頭上から声がかかる。そこには―――。

 

 

「…そういうわけなので、サイズ、お急ぎで測って下さいますか?」

 

「あ゛…はいぃ…//」

 

―――淫魔(サキュバス)が、微笑んでいた。

 

※この後めちゃめちゃサイズを測った!

帆波の選んだ下着を当てて見せると、何故か店員はじめ女子生徒(お客さん)の大半が鼻を抑えてしゃがんだりしていた!!

 

 




読了ありがとうございました!
次回投稿は12/21/15:00予定です。
アンケートも作りました。
是非新しいキャラに絡ませたいので、どうぞお選びになって下さい!!


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7月~暴力事件 学校裁判編~
①:レスキュアーとマリーシア。+西園寺撫子の応急処置講座


大変お待たせしました。
2巻本編です。そして連投2つ目。
朝イチに一話投稿済みなので、まだの方はそちらもご覧ください!

そして、もう一つ完成しています。
では、どうぞどうぞ!!


その日、撫子は生徒会の用事で特別棟にいた。

―――生徒会の仕事は多岐にわたる。生徒たちの仲裁・差配、その他の生徒が絡むあらゆる業務には生徒会の手が入るといっても過言ではない。

 

ただ、いきなり上級生や部活の活動内容の視察や監査など新人(いちねんせい)の仕事ではない。彼女が行っているのは備品の確認だった。

特別棟は文字通り、通常の授業以外の実験や情報処理など机上以外での授業を主に行ったり部活動や特別試験などで利用することがある教室のある建物だ。

 

普段使わないからこそ、特別な時に不備があってはならない。生徒会長(堀北先輩)の言だ。その教えに従い、撫子は手元のクリップボードのリストにチェックを入れていく。

教室内の机や椅子、チョークの数など確認をして破損は無いか等をテキパキと確認し、次の教室へと順に進んでいく。

 

そうして特別棟の上層階から作業を進めていく撫子だが、7月が見え始める梅雨明けのこの季節は、非常に蒸し暑く感じる。それを考慮しても尚、特別棟は()()()暑い。普段の教室や廊下は、空調を完備しているが特別棟は文字通り()()使()()()()()教室だ。そんなものは無い。

 

すこしだけため息を吐きながら静かな校内で作業を進めていく。そして、3階を終えて2階に辿り着く撫子だが、階下からの物音に気が付く。

 

「…っ!…!!…!」

 

「!!っ!…!」

 

「?(誰か…校内にいる?)」

 

 

男子生徒の微かに話す声と、衝撃音。異変に気付き速足で1階へを降りるとそこには地に伏す男子生徒たちの姿があった。

 

 

「…っ!大丈夫ですか…!」

 

「…え?」「…ぅぅ…」「…ちょ、なんで」

 

「もう大丈夫です、直ぐに―――」

 

 

顔中に殴られた跡や、首元や手先には青い痣が出来てしまっている。一部の生徒は鼻血がシャツを汚して非常に暴力的(バイオレンス)な様子だ。

撫子は一番近く、そして一番症状が悪そうな男子生徒に近づき意識確認のために処置をしようと駆けよる。

 

周囲に彼らを()()()人物はいない―――安全確認。

声掛け、肩を叩いた事への反応がある―――意識確認。

手首や脈、また出血や頭部への症状―――顔が赤いこと以外なし。

 

一先ず、命の危険が無いことを確かめると次の助けを呼ぼうとする…が、こちらに駆け寄ってくる足音に気付き、目を向ける。

 

 

「大丈夫か!石崎!!」

 

 

龍園翔。Cクラスの、以前相談に乗って貰った男子生徒だった。

 

 

「龍園君…!?どうしてここに?」

 

「こいつらに相談されてたんだ…!石崎…!くそ、俺がもっと早くかけつけてりゃ…」

 

 

そこには普段の冷静な姿は無かった。拳を震わせて俯く彼の表情は見えなかったが、この事態が彼にも予想外だったのか驚愕や焦りのような気配を撫子は感じ取る。逆に、倒れ込んでいる生徒達からは安堵したような、それでも不安そうな気配を感じた。

一番落ち着いている自分が、この場を取り仕切らねば。そう思い、努めて落ち着くために深呼吸を一度しておく。

 

駆けつけたクラスメイトに安心したのか、撫子が初めに安全確認をした生徒が口を開こうとすると龍園が体を支える様にして姿勢を整えて声をかける。

 

 

 

「りゅ、りゅうえ「大丈夫か!!石崎!誰がやりやがった!」…プッ…」フルフル

 

「龍園君、彼の怪我が一番…。私が診ま「いや!石崎は俺のダチだ!…俺がみる!」…は、はい…!」

 

「「…ク、フ…フフ…」」プルプル…!

 

「お二人共、大丈夫ですか?意識は、ありますか?」

 

 

痛みからか、小刻みに震えを見せるCクラスの生徒に撫子は意識確認から症状の診断をする。

当然、その最中にもスマホから星之宮先生にコールし、場所と怪我人。症状などを伝えるのも忘れない。

 

通話は繋げっぱなしの為、星之宮側にも逼迫した状況がリアルで伝わっている。彼女は職員室の教員を複数引き連れて特別棟に走りだす。

龍園も友人の石崎?君を壁に寄りかからせると症状を聞くためか、勇気づける為だろうか、会話をしている様子だ。時折こちらを見て、「大丈夫そうだ」と頷き、ずっと励ましの言葉をかけている。

 

その後、楽な姿勢を取らせて脈を測ったり、目の動きをみたり(手を手で取ったり見つめ合ったり)記憶の混乱はないか(自己紹介し合ったり)している内に震えも収まった二人は、痛々しい腫れやたんこぶのある顔からも安堵を覗かせる。

 

 

こういう際に、怪我人は不安に陥りやすい。龍園君のそれに倣い、撫子は二人の手をしっかりと握り笑顔で声をかけ続ける。

…勿論、実際にはないが手を握られた二人の生徒には撫子の背中に羽が、頭上には天使の環が幻視されていた。

 

 

「大丈夫です、直ぐに、星之宮先生が来ますからね、大丈夫ですよ…!」

 

「…は、はい…(天使…!)」

 

「ありがとう、ございます…(女神だ…)」

 

 

………

 

 

「りゅ、龍園さん…(俺もあっちが良かったな…)」ブワッ…

 

 

「どうした!?石崎!…クソ、誰だ!誰がやりやがった!!ただじゃ済まさねえ…!よくも俺のダチの石崎を…」

 

「「「ブフッ…」」」プルプル…

 

 

何故か同時に腹を抑えて蹲る3人。それに「腹部?…お腹ですか?お腹が、痛いのですか?…星之宮先生、生徒達は腹部に強い痛みを…」としかと症状を伝達する撫子。

 

まさに完璧な対応。その後、一次応急処置をしっかりこなし、励ましの言葉をかけ続けた撫子にBとCの担任名義でAクラスへのcpの付与申請が成されるが、この場では関係ないので割愛する。

※事情を聴いた学年主任(A)からも申請される。

 

この件は、生徒会の先輩や星之宮先生と坂上先生その他の先生たちも駆けつける騒ぎになった。

発見者となった撫子からの症状の説明、そして星之宮先生の直接の診断で恐らく大事ではないとされると、男性の教師たちが肩を貸して彼らを保健室へ運んでいく。

 

 

そうして7月の始まり、そして新しい事件の幕が上げるのだった。

 

 

 

――――――――――――――

Side.堀北(学)

 

 

 

「―――以上が、昨日あった件の報告になります」

 

「よくわかった。報告、そして当日の対処もご苦労だったな、西園寺」

 

「いいえ…私がもっと早く気が付いていれば…」

 

 

生徒会室で西園寺の口から、昨日あった特別棟の暴力事件の報告がなされる。

偶然とはいえ、その場に生徒会役員が居たのは非常にありがたいのが本音だ。

これが即、罰則になるのかそれとも審議を挟むことになるのか…。いずれにしても、大切になるのは完全に信用できる発言、証人になるのは間違いないのだから。

 

目の前で他の役員達に「西園寺が責任を感じることは無い」「一緒に居たら襲われていたかも…」と慰められている西園寺だが、その活躍はめざましいものだったそうだ。

怪我人の応急処置や養護教諭に連絡、救助を呼んで彼らが運ばれるまで懸命に声をかけ続けたらしい。

 

学年主任(真嶋先生)養護教諭(星之宮先生)、そして被害生徒の担任(坂上先生)から連名でAクラスへのcpの付与が申請されたらしいが西園寺は固辞したらしい。

理由は以下の通り。

 

「自分は報酬の為に彼らを助けた訳ではないし、生徒会役員として当然の事。他の役員の先輩の方々もきっと同じことをする」―――との事。

当然、それを聞いた面子の表情が崩れたり、良心が痛んだのか胸を押さえていた。

 

 

「…さて、西園寺。これからの流れについてだが、今一度確認しておこう」

 

「はい、よろしくお願い致します」

 

「まず、お前にはこの後に証人としての立場を求められる可能性がある」

 

「…はい」

 

「実際の所、この件は被害者生徒から暴行した相手生徒の情報も得ており犯人捜しの手間はない。しかし、それだけで白黒結論をつけることが出来ない。…分かるか?」

 

「はい、…つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういうことでしょうか?」

 

「っ…!それは…「そういう事だ」…」

 

 

思わず、という様に口を挟まもうと橘の声を封殺する様に言葉を重ねる。西園寺の発言に否は無いし、実際のところ事実だからだ。

自作自演。虚偽報告。この学校のみならず実社会でも十分あり得る可能性だ。冷徹に、そして中立にその判断を下すのが、俺たち生徒会なのだから。

 

 

「西園寺、これから加害者として名の上がった生徒。Dクラスの須藤健がどういった動き(アクション)を見せるかでこちらも動きを変える必要がある()()()()、そして()()()、だ」

 

「はい。かしこまりました、堀北会長」

 

「よし、ではこの後の動きについて、ある程度の方針は決まっている。まず初めに…」

 

 

訴えが起きた場合、起きなかった場合、生徒会審議の流れ、注意点、その他を他の役員に被害者役や加害者役を任せながら疑似体験的に教えていく。

それに頷きや確認を挟みながら進行していく。…願わくば、彼女が立派な未来の()()()()として後進を任せられる存在になることを祈りながら。

 

 

※この後めちゃめちゃ過保護に後輩を教育した!!

 

 

 

―――――――――――――――

 

「そういえば撫子、応急処置なんて出来たんだな。先生方がえらく褒めてたが…どうやったんだ?」

 

「ええと実際見せた方がよいでしょうか…。先輩、少し協力頂いてもいいですか?」

 

「え?私?…大丈夫よ」←2年生、女子

 

「まず…周囲の安全確認をします。次に、反応があるか確認します。…大丈夫ですか~?」

→相手を抱き寄せて耳元に囁く。

 

きゃっ…ん゛ん…はい」

 

「次に、助けを呼びます。そして、怪我をしていないか、呼吸があるかを確かめます」

→顔を相手に近づけ目を合わせる。

 

「ん゛んぅ…//」ドキドキ…

 

「…ちょっと呼吸が乱れているみたいですね(先輩、優しい…私に付き合って演技してくれてる…!)…ちょっと失礼します」

→一瞬で抱え上げて、押し倒す様に長机の上に身を横たえる。

 

「きゃ…!ぁ、あの…」カオマッカ

 

「…西園寺さん、凄い…」「良いなぁ…」

 

「次に気道を確保し、胸部の圧迫を行います。…軽く、失礼しますね」ボソッ…

→顎クイ+胸に手を置く。

 

「は、はい…//」カオマッカ

 

「そして最後に、人工呼吸をします」

→顔を相手に近づける。

 

「あ、あぁぁぁ……!」メヲトジル

 

「えっ!本当にするの…!?」「キマシ…!?」

 

「先輩、失礼し「そこまででいい。西園寺、ご苦労だった」…あ、はい。…先輩も、ありがとうございました」

 

「ふぇ…?//」キョトン

 

「えと、こんな感じです、雅先輩」

 

「お、おぅ…凄く分かりやすかった。流石だな。…ん?」

 

「…どうした、南雲」

 

「いや、たしか被害生徒達って全員野…男だったなって…」

 

「「「!」」」ガタッ! ざわ…ざわざわ…

 

「はい、皆さん男子生徒でしたが…それが、なにか…?」キョトン

 

「………ちなみに昨日は…これ、()()()()やったんだ?」ダラダラ

 

「「「…」」」ゴゴゴ…。

 

「?昨日は、意識はハッキリしていましたので先生を呼んだ後は手を握って声をかけ続けました。…怪我をすると、皆不安になってしまうので…」

 

「そうか…良かった。()()()()()()()()()()…」チラリ

 

「「「…」」」スンッ…。

 

「えぇ、そうですね。大事がなくて何よりです」ニッコリ

 




龍園「石崎!しっかりしろ石崎!」

石崎「」腹筋崩壊

撫子「(龍園君、友達思いなのね…!)二人とも、大丈夫ですよ…!
!もう少しだけ頑張ってください…!」

バスケ部A「は、はい…(手…柔らかい…)」

バスケ部B「ありがとうございます…(見…見え…!もう少し…!!)」

ーーー

会長「育成てねば!」使命感

副会長「やりすぎだろ…」汗

撫子「先輩、ありがとうございました」

二年役員「…あ、うん…//(さいおんじ、なでこ…さん)」ポー

他役員「(俺たちの西園寺なのに…)」「(羨ましい…)」「(おい、被害者の名前、控えておけよ)」「(もちろんです!)」「(お姉様お姉様お姉様…!)」


――――
高評価、感想待ってます!あるとやる気に繋がります!お願いします~!
次は明日の7時です!どうぞどうぞ!


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②:A&D。クラスが一つになる時。(※賛否両論)

連投企画最後の奴になります。(作成時、12/21/01:00時点)
どうぞどうぞ!


事件明けのその次の日、7月最初のHRが始まった。担任の真嶋先生がその月の各クラスポイントの増減発表する日でもある。頑張りや失敗が結果として明確になる分、その期待は一入だろう。

 

前口上もそこそこに、早速とばかりに大きな用紙を黒板に公開していく。

 

 

A:1054

B:663

C:492

D:87

 

圧巻の1000ポイント越えである。おおよその部活動は夏から大会や試合を挟むため、この時期は結果に結びつくことが少ない。つまり、()()()()で試験後に増額したクラスポイントもAクラスが2()()()に高かった事になる。

 

 

「ふふ…」「…!」「あら…」

 

 

喜びの感情を露わにする中、一部の生徒たちは、目先の結果ではなく()()()に驚きを感じていた。劣等生であるDクラスが最も成長をみせている。まだ大差ではあるが、警戒を怠るべきではないと思案するが…とりあえず、考えを切り替える。何故なら()()()()()()()()()()()()()()()があったからだ。

 

 

「さて、今日から7月が始まる。クラスポイントも1000を超えたが、これは中間のテストを乗り越えたお前たちへのボーナスのようなもの。全てのクラスに100ポイントの付与がされている為、十分留意することだ」

 

「…真嶋先生、質問があります」

 

「葛城か。構わない、どうした」

 

 

ざわつくクラスを遮るように声を上げ、挙手した葛城は許可の後に質問をする。そう、プライベートポイントが振り込まれない件についてだ。それに頷いて真嶋は説明を再開する。

 

 

「その件だが、あるトラブルが発生しており1年生全体の支給が止まっている。解決次第、順次支給される為、申し訳ないが暫く待っていて欲しい」

 

「…分かりました、ありがとうございます」

 

 

少しだけ騒めきを漏らすAクラスだったが、担任の真嶋が退室した後にその声は再燃する。

その騒めきの中には不満や疑問、勝手な予想などが飛び交っていた。

思案気な表情の坂柳は、同じことを考えているのか、普段よりも真剣な表情でいる撫子に矛先を向ける。

 

 

「撫子さんはどう思いますか?」

 

「有栖さん。…申し訳ございません、もう少しだけ、お時間を頂けますか?おそらく明日の内にはお知らせ出来ると思いますので」

 

「…!なるほど、そういうことでしたか。そうであれば構いません。また話せる時に教えて下さいね?」

 

「…?ええ、よろしくお願いします」

 

 

そのやり取りを見ていたクラスメイトも一端、会話の応酬を収め落ち着きをみせる。

西園寺撫子が事態を知っている=生徒会が絡んでいる。

 

この時点で、Aクラスには若干弛緩した空気が流れる。Aクラスの三巨頭。その内の1人が事態を掴んでいる以上、問題が起こる事もない。

それだけの信頼と実績を積んでいるのだ、この三人は。

 

 

そしてそれは、次の日に当然のように肯定されることになる。

 

 

次の日のHR、真嶋先生から伝達がされる。

曰く、『Dクラス生徒とCクラス生徒がトラブルを起こした。このクラスでは西園寺が目撃したが、他に見た生徒はいないか?』との事。

 

その問い掛けに思わず、という様に注目を集める撫子。さながら、5月初めのHRの時のような注目の集め方で撫子は微笑みを携えること(ポーカーフェイス)でそれを流す。

その後にいない事が分かるとその結論を後日開かれる審議で決着をつけることを告げてHRを終えた。

 

 

「撫子さん、昨日の件はこういうことだったんですね?」

 

「はい、緘口令がいったん敷かれておりましたのでクラスの皆様にお伝えする事が出来ず…。誠に申し訳ございませんでした…」

 

「そうだったんだ…」「西園寺さんは悪くないって…!」ざわざわ…

 

「…西園寺にはA()()()()()()()という立場以外にも、生徒会の一員としての立場もある。やむを得ず口を噤む事もあるだろう」

 

「…そうですね。しかし、撫子さんにお怪我が無くて良かったです」

 

「皆さん…ありがとうございます…!」

 

 

その後、他のクラスメイトも心配をされつつ、事件の目撃者だったことを明かした撫子。報告が遅くなったことを詫びた後に仔細を話していく。

話が終わり、一同が難しい表情を浮かべる中でピッと指を立てながら坂柳が「つまりこういうことですね?」と話を纏めにかかる。

 

 

「撫子さんは生徒会役員としてではなく、一目撃者として審議に出席をする。その結果をもってして、Cクラスが被害者なのかDクラスが罠にかかったのかを決めると…」

 

「ふむ…そうなると西園寺は中立的な立場での証言が求められる訳だな」

 

「えぇ。お二人の言う通りです。ただ…。私には、どうしても…」

 

 

言い淀む姿に、一同が怪訝な、あるいは心配げな表情を浮かべ、橋本が「撫子ちゃん、なにか気になるのか?」と声をかける。それに俯きながら、撫子は心情を露わにしていく。

 

「…どちらに非があるか、見極めが必要だと生徒会長にも言われたのですが…。どうしても私には、あの怪我をしたCクラスの生徒達や、必死に助けようとしていた()の態度が演技には見えなかったのです」

 

「………(少なくとも実際に暴力はあったと…そういうことですか)…撫子さんは、どうしたいのですか?」

 

「………私は…」

 

 

坂柳の質問に言い淀む。憂いを帯びた瞳でこちらを見つめるクラスメイト達に視線を彷徨わせると一歩前に出た葛城が「西園寺、」と声をかける。薄紫色の視線が、そしてクラスメイト達の視線が葛城を貫くが物怖じせずに不敵な笑みを浮かべ、言葉を続ける。

 

 

「…お前が思う通りにすれば良い。お前の真摯な態度は、決してCクラスにも、そして俺たちにも不利になることは無い。…俺たちに迷惑がかかることを気にしているなら、そんな事は何も気にするな。お前に何度も助けられている。クラスの、全員がだ。お前から頼られる事を、迷惑に思う奴なんて一人もいないさ」

 

「葛城君…」

 

「…そうね、撫子よりも成績が良い奴なんて居ないんだし…アンタはもっと好き勝手して良いと思う」

 

「そうですよ!西園寺さん」「好きに言ってやってください!」「お姉様頑張って…!」ざわざわ…

 

「真澄さん…皆さん…」

 

 

Aクラスの方針は纏まった。―――西園寺 撫子の好きにさせる。

それは、3つの派閥に分かれたこのクラスで、初めて統一された方針だった。

 

 

―――――――――――――――――――

※その日の帰りのHRにて

 

 

「…さて、連絡事項は以上…なんだが、西園寺」

 

「はい、なんでしょうか、真嶋先生?」

 

「いや…これはお前に権利がある以上、お前が決める事ではあるんだが…」

 

「…?」

 

「一応、一応な?クラスの皆にも相談した方がいいんじゃないかと思ってな?あの…クラスポイントの件…」

 

「!」(ハッとした表情)

 

「…クラスポイント?」「何の話だ?」「お姉様?」ざわざわ…

 

「あー、言って良いな?…うむ。先の事件で、西園寺が非常に完璧な応急処置から初期対応、養護教諭への連絡などを行ったことに対して、AとB・Cクラスの担任連名でクラスポイントを与えようとなったんだが…」

 

「おぉ…!」「マジですか…!」「お姉様…流石です…」ざわざわ…

 

「だが、西園寺が固辞していてな…生徒会役員として当然のことだと…」

 

「えぇ…!」「マジですかい…!?」「お姉様…流石です…!」ざわわわわ…!

 

「おっしゃる通りです。私は、人として当然のことをしただけです。それに対して、ポイントを貰うだなんて…。他の部活動や勉学で結果を得てポイントを貰う方々がいるのに…。勿体ないことです」

 

「…ッ」グサッ

「……ッ」ズキッ

「………ッ!」ブシャァ

 

「さ、流石だな西園寺。ただ、ほらクラスポイントは共有財産だ。お前ひとりの意見ではなく、クラス皆の意見を聞いても、良いんじゃないかなあ?って先生は思うぞ?」

 

「…そ、そうですね、撫子さん。この件は審議が終わってからでも良いのではないでしょうか?まだポイントが振り込まれる前なのですし、…葛城君はどう思いますか?」

 

「あ、ああ…。俺もそう思うぞ、西園寺。急いで決めることはない。俺たちも一緒に考えるとも」

 

「…そうですか?でも、「それに西園寺!このポイントは先生方からの感謝の意を伝える側面もある。それを浅慮で断ってしまうのは、その…なんだ。先生方にも少し礼を欠くのではないか?」…!たしかに、そうですね」

 

「(よくやった葛城!)」「(お前がNo1だ…!)」「(お姉様…流石です…!)」

 

「では、この件は審議が終わる予定の火曜日、17時までに決めておいてくれ。…先生たちにも申請の手間があるので、17時までに返事をしてくれればいい」

 

「はい、お時間いただきありがとうございます。確りと考えて、お返事を致しますね」

 

「そうしてくれ。では、HRは以上だ。日直。号令を(よくやった、葛城…!)」

 

 

※この後めちゃくちゃAクラス全員で説得した。

※迷惑云々の発言から舌の根も乾かぬ内の掌返しに、葛城の良心が悲鳴を上げていたが些細な事である。

 

…クラスポイントは…命より重い…!

 

 

―――――――――――――――――――――――

Side.綾小路清隆

 

 

「以上だ。昨日、事情を聴取したが須藤の主張と被害を訴えたCクラスの生徒の主張の食い違いがあった為、審議を行う。この中で、件の事件の目撃者はいないか?」

 

 

そういって我らが担任の茶柱はクラスを見回す。先月は赤点阻止でポイントをかけたにも拘わらず、一息つく間もなく須藤がトラブルに巻き込まれたらしい。

昨日、こっちの部屋で聞いた話ではCクラスの生徒()呼び出しされ、襲い掛かられたところを反撃。そして翌日に呼び出しをされて聞いた内容では、『須藤()Cクラスの生徒を呼び出して暴行を加えた』という話が出ているらしい。

 

 

「残念だが須藤、目撃者は、()()()()()()()いないようだな」

 

「…の、ようだな」

 

 

その後も茶柱からは1週間後の火曜日には結果が出る事、それまでクラスポイントの更新と配布はストップしていること。各クラスでの目撃者を募っていること等共有が為される。残念なことに、このクラスで手を上げる生徒はいない様子だったが。

 

 

他クラスにも情報が拡散されたことに憤慨する須藤をそのまま放置して、HRを閉めようとする茶柱に堀北が挙手してそれを阻む。

 

 

「…どうした、堀北。お前が目撃者なのか?…それとも、なにかこの件で関係することか?」

 

「はい、茶柱先生に聞きたいことがあります。先ほど、()()()()()()()()()()()、いないと言っていましたが…他のクラスには居たのですか?」

 

「…ああ、その通りだ。居る」

 

「…!」「マジかよ…!」ざわざわ…!

 

 

クラス中の陰鬱な雰囲気が一挙に取り払われる。目撃者がいたのなら、須藤の言い分が合っていれば弁解の余地が生まれるかもしれない。(見た目によらず)気に病んでいた須藤も「先生、誰なんだよ!その目撃者って!」と立ち上がって声を荒げる。

 

 

「…先に言っておくが、彼女からは私始め、全ての1年の先生方で聴取をした。しかし、見たのはCクラスの生徒たちが怪我をして倒れている現場のみで、須藤の存在―――まあ加害者というべきか。その存在については見ていない、という事だった」

 

「な…!」

 

「…では、須藤君が最初に手を出された被害者かどうかは」

 

「ああ、分からなかったそうだ」

 

「クソ…それじゃあ意味ねえじゃねえか…!」ガンッ!

 

 

苛立ちから机の椅子を蹴ると、周囲の女子生徒が恐れからビクリと震える。それを横目に高円寺が珍しく「フフ…」と特徴的な笑い声を上げ、周囲の視線を集める。それを不機嫌そうに目を向けるのは、当然だが最も苛立ちを抱えていた須藤だ。

 

 

「…なんだよ、高円寺。言いたいことがあるならハッキリ言えってんだ…!」

 

「いやなに、レッドボーイの発言が予想の斜め下を突き抜けたので思わず笑いが零れてしまっただけさ。いや!誇っていいとも。この高円寺六助を笑わせるとは。親戚一同子々孫々まで後世に語り継ぎたまえ」

 

「テメェ…「須藤君、落ち着きなさい」…チッ!」

 

「ごめんなさい、そして真剣に事件の解決を考えてくれて、()()()()()ね。…でも、今はクラス内で争っている場合じゃない。大切なのは冷静に対策を重ねて、最上の結果を掴む事。良いわね?須藤君。…高円寺君もよ」

 

 

「チッ………おう」「…♪」

 

 

堀北が仲裁をすると一端の落ち着きを見せるDクラスに、それを何も言わずに見守っている茶柱。

堀北は返事をした後の須藤をじっと見ると、根負けしたのか須藤も腕を組んで席に座る。それをみるとため息を吐き、改めて「茶柱先生、続きをお願いします」と促す。

 

 

「うむ。それで、肝心の目撃者だが―――」

 

「…」

 

「―――1-A、生徒会役員。西()()()()()だ」

 

「…っ!」

 

 

堀北の表情が苦悶に歪む。声を漏らすことは無かったが、唇を噛んでいるのは横目でも分かった。そして、再びDクラス中が騒めきに支配される。

 

 

「生徒会の人?」「ほら、あの巨〇の…」「え、西園寺さんって茶道部の…」ざわざわ…

 

「先生、重ねて質問です」

 

その騒めきを切り裂く様に再び挙手をする堀北。それに頷きで先を促すと席を立ち、クラス全員の耳に入るように良く通る声で立場を明確にさせる。

 

 

「…先生、彼女は生徒会の生徒です。今回の審議では、どういう…」

 

「お前の疑問は尤もだ、堀北。…だが今回の審議において彼女は()()()()として参加する。立場上公平・中立であることは生徒会を始め、教職員も認めるものになる。安心しろ」

 

「………ありがとうございます」

 

「他に質問は?…ないようだな、それではHRを終える。日直」

 

 

起立、礼―――。挨拶の後に素早く教室を立ち去る茶柱。渦中の生徒である須藤も悪態をつきながらも教室を去る。

 

 

「―――須藤の件、最悪じゃね?」「ほんと、この前の中間で―――」

 

 

鬼の居ぬ間に、とでも言わんばかりに飛び交う悪口に声を上げて静止しにかかる平田と櫛田。その後の流れでDクラスは原因追及の為に団結して目撃者を捜す運びとなる。

中間試験を乗り越えた俺たちに、再び試練が舞い込むのだった。

 

 

―――――――

 

真嶋「俺のAクラスは最強なんだ…!」

 

葛城「(´・ω・`)…」

 

有栖「なるほど…そういう事ですか…」

 

撫子「(龍園君…私、頑張ります…!)」

 

―――

 

茶柱「胃が痛い…」

 

須藤「それでも俺はやってない」

 

Dクラス「マジかよ須藤って奴サイテーだな!」

 

綾小路「…(山菜定食…飽きたな…)」ボー

 

堀北「西園寺…撫子…っ!」ギュゥ…!

 

 




読了ありがとうございました!
アンケートも回答お願いします。
感想もあるととっても嬉しいです。

よう実が最近、更新が多くて嬉しいですね!よろしくお願いいたします。


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③:突然の来訪者

また遅れてしまい申し訳ございません!

年内に更新予定です!よろしくお願いいたします!
それでは、どうぞどうぞ!!


side.Cクラス生

 

放課後のカラオケルーム。クラスの全員が入っても余裕のあるパーティ用の部屋に、俺たちは集められた。

 

…俺は実働部隊じゃないから、大体のあらまししか知らない。だが、どうやら他のクラスにちょっかいをかける計画がいきなり想定外の事態を招いたらしい。

 

クラスのボスの龍園さんも中央で女子達を侍らせていても何時もの3割増し不機嫌そうだった。

 

 

「ちっ…。おい、あの()()共は?」

 

「は、はい…。今、向かっているそうです…!龍園氏」

 

「…急がせろ。俺だけじゃなく、クラスの他の奴らも待たせてるんだ。迷惑かけんじゃねえって言ってやれ。…後、()()()()()()()()()()()()()()()伝えろ…!」

 

「直ちに…!」

 

「使えねぇ奴らだ…。お前らもそう思うよなぁ?」

 

「「…は、はい…!」」

 

 

側近ポジションの金田が慌てて電話をしに部屋を出る。龍園君も、(多分思ってもないだろうが)周りの生徒に同調を求め、周囲もそれに応える。

既に先月から当たり前になった独裁的な支配がそこにはあった。

 

無音でいることで、店員からの通報や出禁を防ぐ為、カラオケを歌う女子や楽器を鳴らしている男子たちも本心ではないけど、愛想笑いを浮かべるしかない。

 

それは、彼の後ろで仁王立ちする山田アルベルトの威圧感もある。でも、それ以上に彼を屈服させた龍園翔というクラスの支配者への恐怖が根底にあるからだ。

 

 

そうして2,3分くらいだろうか。「遅れてすいません!」という声とともにドアを勢いよく開ける3人の生徒。必死に走ってきたのだろう。汗が浮かぶその顔や腕、ガーゼや包帯、大きな絆創膏や湿布が痛々しい。

 

彼らは、今回の事件の()()()()の3人だ。

 

その後、龍園さんが「閉めろ」と言うと入口近くの男子が3人を部屋に引っ張るように連れ込み、扉を閉める。

 

 

ガタガタと震えながら龍園さんの前に俯きながら並ぶ3人に龍園さんは顎で促すと、出された書類を受け取る。

 

 

「………全治2週間、打撲、捻挫、…ち、骨折がありゃ一発だったんだがな…」

 

「………」

 

 

龍園さんの読んでいるのは、彼らの診断書のようだ。ペラペラとそれぞれの症状を読み進めるにつれ、眉間の皺が深く刻まれていく。

…反対に、3人や()()()の未来を想像した面々の顔色はみるみる悪くなっていく。

 

 

「おい…金田。たしか、重症ってのは…」

 

「はい、龍園氏。30日以上の加療期間を要するものになります。つまり、3人の状態は()()ということになります」

 

「ちっ…!」

 

「すいません…!」「「すいません!!」」

 

 

金田からの言葉で、俯いていた彼らは更に深々と頭を下げる。それをみて、「はぁ…」とため息をつく龍園さん。ソファに深く座り込むと、侍った女子(ホステス役)が飲み物を渡すが手でそれを軽く払う。

 

沈黙がカラオケルームを支配する。(勿論、カラオケの曲は流れているがマイクを持っている女子も歌うのをやめている)

 

沈黙を破ったのは龍園さん―――の、正面に座っている女子…椎名ひよりだった。

 

 

「龍園君、お話が終わったなら私は帰ってもいいですか?」

 

「…!!」「ヒッ…!」ざわっ…

 

「駄目だ。まだ話は終わって…いや、()()()()か?」

 

 

クラスでも不思議ちゃんというか、天然な彼女の発言に一瞬騒然となる。

が、怒鳴るでもなく理由を聞こうとする龍園さんに一先ずは緊張は保たれた。

 

 

「違います。…でも、今日はお姉様がCクラスに来てくれたと言うのに…私は少ししかお話しできなかったのに…!挙げ句の果てには真鍋さんは()()()()()を言ったのに…仲良くお話までして!それに、それにそれにお姉様の抱擁まで…!お姉様お姉様…」ブツブツ…

 

「あ゛?()()()、だと?………面倒クセェ………チッ、おい、真鍋。()()

 

「ひっ…!ち、違うの!龍園君わわ、私は「聞こえねぇのか?立て!!…おい、アルベルト連れてこい」「Yes Boss」あ、ぁぁ痛い!痛い痛い行きます!行きますから…!」

 

 

小声で何かブツブツと呟く椎名さんに、龍園さんの機嫌が急降下する。ガン、と龍園さんが目の前の机を蹴り飛ばすと机の上のジュースや軽食が床に散乱する。

押し殺したような皆の悲鳴と、プラスチックの皿やグラスの落下音が響くがそれに構わず、真鍋さんが引っ立てられる。

 

ソファから立つと、目の前で蹲る真鍋さんの髪の毛を掴んで視線を合わせさせる。…笑顔ってのは、本来攻撃的なものだと文字通り知ることの出来る邪悪な笑みだった。

 

 

「ひ、ごめ、ごめんなさい!龍園く、ごめんなさい!ごめんなさい!!」

 

「誰が謝れって言ったんだ?なあ、真鍋。俺は立てって言ったんだぞ?そうしたら、お前は立たなかった。だから俺はアルベルトに頼んだんだ。そうだろ?」

 

「は、はい!そうです!私が立たなかったんでず!」

 

「だよなぁ?じゃ次だ。ひよりの話じゃ、俺の居ねえ間に西園寺が来たんだな?何時だ?」

 

「昼休み!昼休みです…!」

 

「そうかそうか、昼休みか。俺は金田と坂上と野郎三人でシケた面を突き合わせて、今後の計画の修正の為に、飯も食わずに頭を使ってた間に奴が来たんだな?…で?お前アレとヨロシク何をしたって?」

 

「え?え…?あの、別になに「おい、ひより。見てたなら答えろ。真鍋は西園寺に何を言った?」…待って!言います!『何でここにいるのかって』聞きました!後、あと『部外者は出ていって!』って言いました!」

 

「………」

 

「…っ…っぅぅ…!」

 

 

本当なのかを見極めているのか、龍園さんと真鍋が視線を合わせるが、真鍋の表情は泣き崩れていてくしゃくしゃだ。引っ立てられたときに床にあった食べ物が着いたのも惨めさを際立たせていた。

だがそれも長くは続かず、髪を掴んでいた手を離すと龍園さんはまたソファに座って椎名さんに声をかける。

 

 

「ぎゃうっ…!」ドチャ

 

「…おい、ひより、どうだ?こいつの言ってることは合ってんのか?」

 

「正確には違います「待って!嘘じゃない!私は本当に」「おいこいつ黙らせろ。誰でもいい」は言いが「はいっ…!」「んん゛ー!」…はぁ…」

 

 

近くにいた女子たちが羽交い締めにしてうつ伏せに組み伏せ、強制的に真鍋の口を閉じさせる。

その様子にガリガリと頭を掻きながら飲み物の入ったグラスを奪い取るようにして飲み干すと、その凶暴な視線を周囲の俺たちに順繰りに向けていく。

 

 

「ちっ…。聞くことが増えたな。おい、誰でもいい。昼休みの事を言え。…嘘や誤魔化しがあったら…わかってんな?」

 

「「は、はい…」」

 

 

ほんの少しだけ、当事者を残して帰れるのかと思ったがやはりそううまくは行かないようだ。

予想通り(バイオレンス)な展開に気が遠くなる。そうして俺たちは、昼休みのことを思い出すのだった。

 

 

――――――――――――

Side.Cクラス(昼休み:午後の授業15分前)

 

昼休み。それは、学校で最も長い憩いの自由時間だ。

 

 

普段は暴君(りゅうえん)の支配するこのクラスもそこは相違ない。また龍園という生徒は基本的に教室には居ない。授業中を除いて基本的には外に護衛のアルベルトを伴ってどこかに行く。…それはそれとして、授業直前には席につくのは当初笑いを堪えるのが大変だったのは記憶に新しい。

 

閑話休題。

 

つまり、7月が始まりいきなり3人の生徒が顔中に喧嘩の痕を作ってきて登校したのも若干ざわつきが生まれるも4()()()()の方が荒れていたと、Cクラスでは薄いリアクションに留まった。朝一に心配して、終わりだ。

 

朝イチの担任、坂上先生からの『生徒間でのトラブルがありポイントの交付が〜』というアナウンスにもニヤニヤしている龍園の表情に(ああ、またか…)ともはや諦めに似た感情が湧き出てくる。

 

そして、午前中の授業が終わり昼休みとなる。各々が好きなクラスメイトと学食に行ったり弁当を机をくっつけて食べたりと思い思いに過ごしているとガラリと教室の扉を開けて彼女が入ってきたのだ。

 

 

 

「失礼致します。1-A、西園寺と申します。入室いたします。」ペコリ

 

「え?」「……Aクラス?」ざわざわ…

 

 

突然の別クラスの生徒が入っできて騒然となるも、一部の生徒のリアクションは違う。それの違いは、彼女と面識があるかないか、この一点だ。

 

 

「撫子お姉様!ど、どど…どうしてCクラスに…!?」ガタッ

 

「あら、ひより。ごきげんよう。ごめんなさいね、急にお邪魔してしまって」

 

「ぃいえ!大丈夫です!全然気にしないでください…!」パタパタ

 

「椎名の知り合い…?」「え?だれ…?」「ほら…茶道部の…」ざわ…

 

 

いつもの落ち着いた雰囲気など見る影もなく。椎名さんが頬を赤らめて、まるで憧れのアイドルに会ったような反応を返す。そんなレアな光景にクラスメイトに教室中の生徒が瞠目する。

その後、二言三言話して相手の生徒は()()()()()の方へと歩み寄る。

 

 

「ごきげんよう、あの時は挨拶もなおざりにして申し訳ございませんでした。…お怪我の方は、大丈夫ですか?…どうかご自愛くださいね?」

 

「お、おぅ…どうも…」

 

「あ…はい」「え…うん…はい…」

 

 

それは石崎を筆頭に、昨日の件の被害者役の3名だ。Aクラス生徒―――西園寺さんは丁寧にお辞儀をするとその三人の身体を労わって?様子を見に来たのか、話しかけた。逆に声をかけられた連中の方がキョドっている。この来訪がイレギュラーである事の証左だった。

 

三人は顔を赤くしながらも、怪我の心配をしている西園寺さんに「これくらいどうって事ないって!」「お、おう昨日はサンキューな…」と返事を返している。

 

 

「では、昨日は保健室でお怪我の治療をされたのですね?…その後は、どうしましたか?」

 

「え?いや、そのまま寮に戻ったぜ…なぁ?」「あぁ」「そうだな」

 

「…念の為、()()()()()()()方が良いかと思います。星之宮先生の診断を疑う訳では決してありませんが、お怪我はどういった症状になるか分からないものですから。それから―――」

 

「ねえ、ちょっと」

 

 

怪我やその後の事を話している最中、女子から声がかかる。クラスの男子から(+一部女子も)の視線に好意的なものが混じって面白くないのは、当然女子だ。言葉を止めて西園寺さんが振り向く。そこに居たのは、クラスでも強い発言力を持つグループのリーダー格、真鍋志保だ。

 

 

「はい?いかがしましたか?」

 

「西園寺さんだっけ?なんでAクラスの生徒がCクラスに居るの?」「おかしいよね…」「…うん」

 

「………?(この子…警戒、不安、後は…)」「…っ!」

 

 

取り巻き達と一緒になってクラスに来ている部外者(Aクラス生)を排斥しようとする。それに眦を吊り上げたのは部活仲間(椎名ひより)だ。普段からは考えられないほど機敏な動きで西園寺さんの横について、真鍋に「話を聞いていなかったのですか?」と反論する。

 

 

「なに?椎名さんには関係ないでしょ?引っ込んでてよ。私は部外者の西園寺さんと話してるんだけど」

 

「…撫子お姉様は部外者ではありません。今回(龍園君)の件の目撃者です。それを粗末に扱って、困るのはどちらですか?その責任は、誰が取るんですか?」

 

「それは…」

 

「…彼女のおっしゃる通りですね」「え…?」

 

 

思わぬ反撃に怯む真鍋に、西園寺さんは近づくと深くお辞儀をした。ざわつくCクラス。悲鳴を上げる椎名さん。固まる真鍋。

その後、西園寺さんから「事前連絡せずに来た件の謝罪」「見舞いで来たと用件の説明」「昼時に他クラスから邪魔をした不徳」、それを懇切丁寧に弁解された。もはやクラス中の(取り巻きを除く)視線が真鍋を責め立てるような、あるいは冷め切った色を示す。

引っ込みがつかなくなったのか「なら用事は済んだでしょ!早く出てってよ!!」とクラスから出る様に責め立てる。

 

 

「…はい、では失礼します。ですが、その前に真鍋さん」

 

「なによ!もう用事は済んだでしょ…!?」「志保…!」「マズいって…!

 

 

後ろの取り巻き達は小声で真鍋を制止するが、それに気付いてももう止まれない。このままでは手が出てしまうんじゃないかと危惧していると西園寺さんは真鍋に近づき、そっと…抱きしめた。

 

 

「…ふぇ…………?」

 

「真鍋さん、ありがとうございますね?」ギュッ

 

「え、え…!?」「なに?」「お姉様…!?」ざわ…

 

 

抱きしめられた真鍋は突然の事に完全沈黙しているが、西園寺さんは彼女の背中をトントンと叩くと「大丈夫、大丈夫です…」と落ち着けるように声をかけていた。突然の光景にクラス中が騒然としていると、ハッとした真鍋が「と、突然にゃ、何するのよ…!」と身を捩る。西園寺さんは抱きしめるのを止めると抵抗する真鍋の手を両手で包み込む。

 

すると既に赤かった顔が更に朱く染まり、目もぐるぐると泳いでいく。それに畳みかける様に撫子は頭を撫でながら真鍋を褒めだした。

 

 

「真鍋さんは、Cクラスの皆が大切なんですよね?…だから、他のクラスの私が突然来て、不安になったんですよね?」

 

「………そ、そうよ…//」

 

「私も、Aクラスの皆さんの事を大切に思っています。でも、それと同じくらい他の方々も。…そうですね、生徒会の皆さんも茶道部の皆さんも大切です」

 

「…ふ、ふん…じゃあCクラス(こっち)の事なんて、どうってことないって…眼中にないって、…そういう事?」

 

「そんなことありません。確かにこの学校は、クラス間の競争を駆り立てるカリキュラムを組んでいます。でもそれは、実際に社会に出てからの経験として生かすための意味もあるのです」

 

「…社会に出てから?」

 

 

既に険悪な雰囲気は解けており、西園寺さんと真鍋の間での会話にクラスは耳を傾けている。

(※若干一名、真鍋を親の仇のような目で見ている生徒も居たが…)

 

 

「はい、社会ではきっと他社と競う事もあるでしょう。でも、他社と協力することもきっとあるはずです」

 

「…でも、この学校じゃあAクラスしか…」

 

「そうです。だから、これから私と競う事があるかもしれません。…でも、今回、私はCクラスの()()()()()()です」

 

「「「…!」」」ざわ…

 

「…西園寺さんが、石崎たちが怪我をしたのを見たって…あれの事だよね?」

 

「ええ。そしてその証言をする為に、私は今日、この教室に参りました。…突然の訪問は申し訳ございません。しかし、急ぐ必要のある理由があったのです。どうか、ご容赦頂けませんか?」

 

「…いいよ、私もごめん…。なんか性格悪いこと言っちゃって…」「志保…」「…」

 

 

真鍋の態度に、多かれ少なかれクラス中が驚いた。いつも勝気で、悪く言えばスクールカーストを笠に着るタイプの彼女は取り巻き以外から嫌われている面もある。そんな彼女が、会って1時間もしていない相手に謝るなど誰も想像出来もしなかった。

※廊下で偶然通りがかり、自分のクラスで騒動が起きていると思ってスタンバってた坂上はハンカチで目元を拭っている。

 

 

「ありがとうございます、ええと…」

 

「真鍋。真鍋志保。志保って呼んでよ。…こっちが藪と、山下」「はい…」「その、よろしく…」

 

「ありがとう、志保さん。二人も。…私の事も撫子と呼んで下さい」

 

「う…じゃあ…撫子…さん…//」

 

 

気恥ずかしい表情で名前を呼ぶ真鍋に、笑顔で「はい、志保さん」と返す西園寺さん。Cクラスの大半の生徒は思った。「羨ましい…」と。その後、改めて石崎たち三人に病院に行くこと、確り検査して診断書を貰い、適切に治療にかかることを伝えると西園寺さんはクラスから去っていった。(出る時もかなり丁寧だった)

 

その後、クラスに入ってきた坂上先生が3人の体調を気遣い早退+病院に行くことを勧めたり、3人がそれに同意して早退をしたりとクラスはわちゃわちゃしたが、誰も西園寺さんの悪口を言う生徒は居らず、そしてそれは、真鍋たちも同様だった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

Side.龍園

 

「…という感じです、龍園さん」

 

「なるほどな…道理でお前らにしちゃ、頭が回った事をすると思ったぜ」

 

「はい…」「「…はい」」

 

 

駒から昼休みの件を聞くと、今の今までそんな騒動を伝えなかった連中に視線を飛ばす。それにビクリと肩を揺らすもの、目を逸らすものまちまちだったが…()()()()

予想以上に、自分たちに運は向いてきている。学年屈指の影響力を持つ西園寺がこちらに着くと言っているのだ。イレギュラーが無ければ、どっちでも良かった審議でも確実に勝てる。その為には、有効に使える手段は、何でも取るべきだろう。

 

 

「おい真鍋」

 

「は、はい!」

 

「お前のやったことは、最悪クラスの3人の処分を重くして、クラスポイントを削るハメになりかけた失態だ。失態は、成功で返さねえとなぁ?」

 

「は、はい…」

 

 

怯える真鍋に()()で命令をする。別に難しいことじゃない。こいつ程度に出来る仕事は精々監視くらいだ。西園寺が誰と接触したか…。こいつには報告員としてこれから1週間、働いて貰う。しくじったらどうするかと脅せば、ツレの2人も協力してくれることだろう。その後、金田と節穴の三人を呼んで作戦を再々調整する。

あの西園寺が味方になった以上、奇策はいらない。正攻法で十分勝ち筋はある。

 

そう、勝てばいいのだ。どんなことをしても、勝てば正義だ。

彼らには今後の流れや方針についてはより念押しして伝えた。…俺はこれから、西園寺に会って詰めないと行けない話がある。早めに集会を切り上げるべく、話を閉める。

 

 

「…分かったな?お前ら。しくじったら殺すぞ」

 

「了解です、龍園氏」「わ、分かりました!」「はい!」

 

「Yes Boss」「はいはい」「もう終わりですよね?」

 

「わかったわ、龍園君」「わかりました…」「はい…」

 

 

不安そうな顔、張り切った顔、真剣な顔…バラバラだが、席を立つとこいつらに伝える。

 

 

「お前ら…勝つのは俺たちだ。…黙ってついてこい」

 

「「「はい…!」」」

 

 

※この後(若干名除く)皆でめちゃめちゃカラオケを歌ってから退店した!

 

―――――――――――――

Cクラス退室後

 

撫子「坂上先生…?」

 

坂上「西園寺さん…ありがとうございました」

 

撫子「…?…?…どういたし、まして…?」キョトン

 

坂上「…ええ。(うちのクラスに来ないかなぁ…)」

 

―――――――――――――

 

真鍋「西園寺…さん…//」

 

ひより「この…泥棒猫…!」

 

バスケ部+1「めっちゃいい匂いした」「めっちゃ可愛かった」「お前ら…」

 

龍園「この勝負(たたかい)…俺たちの勝利だ!」

 




読了ありがとうございました。

ちょっと年末忙しくて遅れて申し訳ありません。
今日かけるだけ書いて書き貯めするので、もう少しだけお待ちください!


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④:D(etective)クラスの動向

更新しました!短めですが、続きをガンガン書いています。
お楽しみに!


Side.綾小路

 

須藤の事件が学年で周知されてから、俺たちDクラスは動き出すことになった。

平田などの部活に所属している生徒は部活仲間から。他のクラスからの情報収集は櫛田が率先して行ってくれた。

 

その中で俺は堀北と共に事件現場を見に行くこととなった。

…どうしてこうなったかと思えば、一応の友達である池と山内が逃亡した為だ。クラス内の総意として、須藤本人が事件を調べてたりするのは逆効果と結論が出た。須藤は今日も部活に参加しているのか、自宅でおとなしく謹慎しているのかは定かではないが、堀北からガンガン釘を刺されていたからこれ以上の事件は起こさないと信じよう。…起こさないよな?

 

すると、一番圧をかけて来る須藤が居なくなった為かあの二人は「俺たちも俺たちで色々調べてみるぜ!」「じゃあな!」と9割噓っぽい発言で颯爽とクラスを去っていった。

正直、朝一の教室で須藤への不満が真っ先に出たあいつらに期待など出来ないので、誤差の範囲だ。とはいえ、友人関係とは儚いものだと思わずにはいられず、ため息が漏れる。

 

 

「はぁ…」

 

「何かしら、綾小路君。その気の抜けるため息は。…こちらの気も滅入ってくるのだけれど」

 

「いや、友人関係の儚さについてな…」

 

「友人なんて、弱い人間が群れを己を守る為に作った不毛な関係よ」

 

「…かもな」

 

 

特別棟に向かう道すがら、いつものように堀北節を聞く。ある程度、態度が緩和したとはいえ俺への態度は4月から変わらないままだ。

そうして歩いていると、堀北から目撃者についての情報があった。

 

 

「多分だけど、喧嘩の目撃者は佐倉さんよ」

 

「…佐倉?Dクラス生徒だよな?」

 

「ええ、須藤君の近くの席の、メガネを掛けた大人しい女子生徒ね」

 

「あぁ、あの…」

 

 

山内がなんだったかいつものホラを吹いていた生徒だ。スタイルが良いが猫背で、基本一人で誰かと一緒に居るところは見ない。そんな彼女が目撃者?疑問を堀北に伝えると、茶柱の朝のHRでの伝達で反応を示していたことを挙げられた。確かに確認が必要になると思った…が、丁度事件現場に辿り着き、二人で歩を止める。

 

 

「ここが事件現場か…」

 

「須藤君の話ではそう。…監視カメラは、なさそうね」

 

「あぁ…」

 

 

天井や壁、窓の外を見るが本館にある教室や廊下のような監視カメラは見当たらない。明らかに事件が起きても判断つかない事がよく分かる。物証や傷、証拠が残っていないかと注意深くあたりを見て回るが特にはない。それよりも、気にかかる事が温度だ。

 

 

「…暑いな」

 

「えぇ、普段、使わない以上、空調が動いてないのでしょう…」

 

 

堀北も辛そうだが、これは割と重要な情報だ。()()()()()()()()、こんな場所に来る生徒は居ない。人目につかない。即ち、()()()()()()()証拠は残らないのだ。

そうすると、更に気にかかることがある。

 

 

「堀北、目撃者は俺たちのクラスの佐倉、そしてAクラスの西園寺だったよな?」

 

「…それがなに?」

 

「…(やはり西園寺の名前を出すと反応が悪いな)いや、西園寺はともかく佐倉は何の用事があってこんな所に来たのか、と思ってな…」

 

「………」

 

 

生徒会役員の西園寺はともかく、Dクラスで部活にも所属していない佐倉が何故こんな所に来て、そして須藤とCクラスの事件を目撃したのか。何一つ情報がない現状では、一つずつ疑問を解消していくのが確実だと堀北に伝える。

顎に手を当てて考える堀北。少しだけ沈黙が支配するが、少しすると、彼女が返事をしようとする。しかしそれは、廊下に響く足音によって中断される。

 

 

「…あれ?綾小路君と、……あなたは…」

 

「…」

 

「お前は…一之瀬と、神崎…だったよな?」

 

「……あぁ」

 

「うん、そうだよ!()()()()、事件の調査なのかな?」

 

「…()、という事はお前たちも?」

 

 

Bクラス、一之瀬と神崎が廊下奥から姿を覗かせた。どうした訳かと疑問を呈すると、あっさりと理由を話してくれる一之瀬。…いいのか?それで…。

 

 

「そうなんだよ~。ウチもCクラスの生徒から結構、ちょっかいを掛けられてて…。今後の警戒の為もあるかな!」

 

「そうなのか…」

 

「うん!それで、綾小路君たちは何か進展はあったのかな?」

 

「それは―「待って」…堀北?」

 

 

適当に茶を濁そうとしたが、堀北が待ったをかける。前回の図書室でのやりとりから、まだ一之瀬との接触は危ういかと思い俺が先導したが、堀北が前に出るなら俺は引っ込むだけだ。自然に堀北に向き合うように下がり、(あくまで自然に)イニシアティブを譲るようにする。

 

 

「…初めましてではないけど、堀北よ」

 

「うん、そうだね。…一之瀬帆波、Bクラスだよ」

 

「神崎隆二だ」

 

 

よろしく、とは言わずに自己紹介を済ませる堀北とBクラス。ピリついた雰囲気を察するが、クラス対クラスレベルでのやりとりなら俺が出張る必要はない。双方のやり取りを見守ることにした。

 

 

「一之瀬さん、今回の件はDクラスとCクラスの問題。なぜ、Bクラスのあなたが調べているのかしら…?」

 

「いやいや、言った通りだよ?ウチのクラスもCクラスから迷惑を掛けられてる。()()の為に、対策を取るべきなのはクラスの為に当然じゃない?」

 

「だとしても、「それに!」…っ」

 

「…一之瀬」

 

「うん、ありがとう神崎君。ふぅ…」

 

 

堀北の言葉を遮った一之瀬。らしくない態度に神崎が気遣うと、彼女は深呼吸をする。…これ以上、場が荒れることは無さそうだと内心安堵する。

 

 

「堀北さんが、クラス間での()()に真剣なのは、最初に桔梗ちゃんに聞いたときから知っていたよ。でも、()()Dクラス(キミたち)の事情!」

 

「…!」

 

「私たちはクラスの和を第一に(みんな仲良く!)、そして他のクラスとも可能なら手を取り合って上に行く!そっちの事情がそれならそれは良いけど、こっちの事情はまた別って訳!…分かるかな?」

 

「…っ、…ええ、()()わかったわ…」

 

 

傍から見ても一之瀬が優勢だ。言葉をそのまま受け止めるとクラス間での友好も歓迎している様子だが…。

だが、前回の喫茶店前のやりとりから一之瀬が堀北を良くは思っていないのは伝わっているはず。そして、D()()()()()()()と、()()()()()()…。要するに彼女はこう言っているのだ。

 

 

『そっちが助けが要らないなら、こっちから手を貸すつもりはない』

 

 

それを理解したのか、堀北の表情にも苦いものが混じっている。しかし、プライドが高い堀北は直ぐに自分の非を認めることは出来ないだろう。やっとクラスでの関係が緩和されてきたが、他クラスとのやり取りは4月の時のままだ。

それを察して、話が終わるのを見ていると神崎から視線を感じる。お互い無言だが、意図は伝わる。多分だが『苦労するな』だろうか。俺も『まあな』とため息を吐く仕草で返す。

 

 

「…じゃあ、またね!綾小路君、堀北さん。()()()()応援してるね!」

 

「あぁ、ありがとうな一之瀬。…神崎も」

 

「またな。何かあれば連絡してくれ」

 

「おう…」

 

「………」

 

 

そうして二人は去っていく。見送る時も唇を噛んでいる堀北に、俺は何も言う事は無かった。

結局、その日の収穫は「特別棟に監視カメラは無かった」「目撃者候補は佐倉」「何故特別棟に居たか」この3つ程度だ。

 

 

「…帰るか」

 

「…えぇ、そうね…」

 

「…(佐倉は櫛田に任せるとして、西園寺にも会う必要があるかもな…それにしても)」

 

 

二人して特別棟を去る。夕焼けが見える校舎から出ると、漸く外気が肌を撫でて涼しさを感じる。梅雨明けとはいえ、既にかなり暑い。季節は知っている。しかし、春も、夏も、秋も冬も。全てが白く塗りつぶされたあの部屋では知ることのない知識だ。四季(それ)を感じる今を、俺は堪能していた。

 

―――――――――――――――

Side.櫛田

 

 

「うん、そう…そうなんだ」

 

「…」ギュウゥ…

 

「へぇ、佐倉さんが…?」

 

「…」ツンツン

 

「っ…そっか…じゃあ明日、私から声をかけてみるね!」

 

「…♪」ナデナデ

 

「え?…あ、あはは…お風呂出たばかりだから、冷えちゃったのかも」

 

「…♪~」フー

 

「っ!…、ん、…うん、じゃあまた明日ね、お休み…」ガチャ

 

「…、ッ…!」

 

「もう!撫子…!電話の時に悪戯しないでっていつも言ってるでしょ!絶対、綾小路君にも変だって思われたよ…//」カア…

 

「…、……。…」パタパタ

 

「いや…確かにつらい時は抱きしめたりしてって頼んだけど…」

 

「………」シュン

 

「…別に、二人の時は嫌じゃないから…いいよ」

 

「…!」ギュ

 

「きゃ、って…もう。ありがとうね」ボソッ

 

「…?」キョトン

 

「…ううん、なんでもない♪…そういえば、撫子は今回、証人になるんだよね?私と一緒に居て良いの?」

 

「…!……、…」ニコニコ

 

「ふ~ん…。そ。じゃあ良いけど…」プイッ

 

「…、……?…」トコトコ

 

「あ、じゃあココアお願い出来る?疲れた時に良いんだよね~ココア」

 

「…!…♪」

 

「…(突然来たのになんでかと思ったら、心配してくれてたのかな…自分だって大変でしょうに…)」

 

「…?」コト

 

「あ、ありがとね。…美味しい」

 

「♪……。………」

 

「え?もう行っちゃうの?」

 

「…、……」

 

「そっか…忙しいのに、ありがとね。今回の件が終わったら、また遊ぼ」

 

「………!」パァ…

 

「ふふ…分かってるって、じゃ、お休み!」

 

「………」ガチャ

 

「ふぅ…」ズズ…

 

 

ココアを飲みながら明日の予定に思考を向けようとするが、体に感じる彼女の余熱に意識を持っていかれる。ベッドで彼女の腰かけていたところに頭を押し付ける。

彼女に匂いに悶々としながらも、櫛田桔梗の意識はゆっくり落ちていくのだった。

 

―――――――――――――――

 

 

「あれ…?あの人…Aクラスの…。ここって、櫛田さんの部屋よね…?」

 

 

―――――――――――――――

 

 

堀北「友達/zero(`・ω・´)キリッ」

 

綾小路「あちゅい…お外…楽しい…(´・ω・`)」

 

一之瀬「…(あれが…堀北鈴音…)」スン…

 

神崎「…(沈黙が痛い)」シュン…

 

―――――――――――――――

 

撫子「イイコイイコ♪」ナデナデ

 

桔梗「ナデコナデコー♪」ニコニコ

 

―――――――――――――――

 

?「あの二人…もしかして…?」

 

 

 

 




はい、今回は全員Dクラス視点でした!次回をお楽しみに!!
書き貯めして年内に審議まで行って見せます!頑張ります~!

また、アンケートありがとうございました!
水着パートは、佐倉さんと一緒に行います!

次点人気の茶柱先生には、別の機会を設ける予定です。
ありがとうございました!


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⑤:龍園パーティの今回の作戦と、京都式『結構なお点前』

当日2連間に合った!

次は明日間に合うかなぁ…頑張ります!
では、どうぞどうぞ!



Side.龍園

 

「それで龍園、何のつもりなの?」

 

「あ?」

 

 

時間は夜。場所はショッピングモールからの帰り道。西()()()()()()()が上手く行き、上機嫌な最中に伊吹から不機嫌そうな声をかけられる。

二人きり(サシ)で会うのは親衛隊やら、ひよりやら敵が多くなるのを危惧して数合わせに誘ったが、察しが悪いとこれ見よがしにため息を吐く。…不機嫌さが3割増しになったが、いつも通りの仏頂面だ。

 

このまま放っておいても何が出来るでもない。…が、今日の俺は機嫌が良い。頭の回らない手下にも優しく教えてやることにする。

 

 

「伊吹、今回の件で俺たちが一番悪い結果ってのはなんだ?」

 

「………噓がばれて、石崎たちが処分を受ける?」

 

「そりゃ二、三番目だな。当初の計画ならともかく、今は最悪じゃねえ」

 

「ちっ…。ならなんだ、最悪っていうのは」

 

「少しは考えろ」

 

「………」

 

 

ひよりは先に帰らせた為、二人きりだ。…まあなんの色気もないコイツといてなにかムードも何もあったりはしないが。

その後もうんうんと唸っていたが「降参…答えは?」とあっさり諦める。

こういう切り替えの良さは俺も長所だと認めるところだが、何分早い。もう少し考えなければ、手下のままだってのに…。

まあそれでも、他の雑魚よりは役に立つ。言われたことができるなら上々だろう。ふん、と鼻で笑いながら答えに繋がるヒントを出しみる。

 

 

「今回の目的は何だ?」

 

「…Dクラスへの嫌がらせじゃないの?」

 

「それはオマケだ。主目的は、学校側が生徒への罰則でどういう反応(アクション)を起すか知ることだ」

 

「………」

 

「つまり結論から言えば審議の勝ち負けやら、結果やらはどうだっていいのさ。…流石に退学になるようなら話は別だかな」

 

「……じゃあ最悪ってのは、石崎たちが退学になること?」

 

「…さっきと大して変わってねぇぞ。お前、何のために連れてきたと思ってんだ?俺たちが今日あったのは()で、なんであんな()()()()したと思ってんだ?」

 

「………」

 

「退学は二番目に悪い結果だが、最悪じゃあねえ。そもそも実被害をこっちが被っている時点で情状酌量くらいは絶対に()()が勝ち取ってくれるだろうよ…!」

 

「……!そっか、西、…ん、…()()()に話したのって…」

 

 

名前を出しそうになった伊吹を睨みつけると、鈍いながら察して言葉を濁す。ようやく、答えに至ったのか確信を持ってこちらを見据える。

それにニヤリといつもの笑みを浮かべながら、もう一度最初の質問をしてやる。

 

 

「さて伊吹、俺たちにとっての最悪ってのは…なんだ?」

 

「…西園寺(アイツ)が、私達に敵対してしまうこと?」

 

「正解だ」

 

「………」

 

 

そう、その為の会合だ。昼休みの様子を聞くに、西園寺は何故かCクラスを悪からず思っているようだ。

理由はひよりか、それとも他になんかあるのかは不明だが、理由については今すぐじゃなくてもいい。

(※龍園君のためです。)

 

少なくともコレで他のクラス、もっというならB・Dクラスには『Aクラスの西園寺はCクラスに味方をしている』と印象づけることができるだろう。

 

邪魔者を排除して、そして奇襲や闇討ちではなく()()()()()でこの審議を乗り越える。

…たまには正攻法(こんな手)でやるのも悪くねえ。今後の戦略の幅が広がるからなぁ…!

 

後ろで不満げにしている伊吹に背を向けて、俺はスマホで石崎に電話をかける。

直ぐに出た手下に、今後の作戦を話す。今回の事件の根幹を揺らす、特大の真実(おおうそ)を。

 

 

「石崎、連中にも伝えろ。審議ではこう言ってやれってな。

C()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってな。…詳しくは明日―――」

 

 

こうして週明けに待つ審議は、波乱混じりになるのが確定したのだった。

 

―――――――――

Side.堀北 鈴音

 

 

事件現場、特別棟の近くの和テイストの部室の立ち並ぶエリア。

その一室、茶道部の部室に私は居た。

…こんな所でお茶を飲むなんて、幼い頃に一度あったか無かったかで自分でも緊張しているのが分かる。

 

なんとか表情に出さない様に努めているものの、目の前の彼女に果たして誤魔化せているのか…。

最初にあったときからそうだ。彼女に見られると緊張と、よくわからない感情。…嫉妬のような、焦がれるような…。悶々とした思いから態度が固くなり、言葉が喉で詰まってしまうのだ。

…本当はもっと―――

 

「…粗茶ですが、どうぞ」スッ…

 

「っ、…(そちゃ?…粗茶、よね?出されたってことは飲んで良い…のよね?あれ?回…して?何回……っ?)…頂くわ」キリッ

 

「………」ジー

 

「…(え、たしかこう、2回?回して、正面からは…あぁ!礼をするんだったハズよね?先?先よね?)…」ペコ

 

「………」ペコリ

 

「…(合っていた?合っていたわよね?だから返してくれたのよね?いや、でも西園寺()()()は優しいから合わせてくれただけかも…?)……」クル、クル…

 

「………」ジー

 

「…(見てる…!お姉様がみてる…!あ、味なんてわからない…で、でもなにか言わないと、失礼よね?あ、あ、あぁ…でも、どうしたら…助けて、兄さん…!)…ごくっ…」ズズ…

 

「………いかがでしたか?」

 

「…(…たしか、以前みたドラマだと…)結構な、お点前だったわ。御馳走様」スッ

 

「(…!)…どう、いたしまして…」

 

「…(合ってた?合ってたわよね?あぁ、どうしてこういうときに綾小路君は櫛田さんと佐倉さんの説得に行ってるの!?どちらかでいいでしょう!?)…それで、西園寺さん。今回の用件に移っても良いかしら?」コトッ

 

「…!」

 

 

一口で飲むのははしたないと思い、半分ほど残して湯呑みを置く。改めて、と背筋を伸ばして本題を告げる。

 

(櫛田さん経由で)アポを取っての会談だったが、相手が場所として茶道部を指名したため、部室には二人きりの状況だ。

これなら雑音なく意見を聞けると、今回の会合は―――あわよくば()()()()()()()()()()()と親しくなりたいという欲目もあり―――期待を膨らませていた。

 

しかし、当日にアポを取ってもらった櫛田さんと暇そうな綾小路君は別件で戦線離脱。もう一人の目撃者と出かけて行ってしまった。

 

時間を取って貰った手前、断るわけに行かず一人でここに来たのが、一連の顛末だ。

 

 

「…(なるほど、()()()()()()…ということでしょうか…)わかりました。申し訳ありません、お時間を頂いてしまって」ペコリ

 

「…気にしない、で頂戴(あ、あ、あっ…!お姉様が…お姉様が私に、頭を…何なの…この、背徳感?罪悪感?なに?分からない…!なにかが満たされるような…、磨り減るような。ダメ、駄目よ…!…堪えないと…いつも…。いつも通りに…)…」ギリッ

 

「では早速ですが、用件を伺いましょう」

 

「…そうね(兄さんとの生徒会の様子とかはこのあと聞けば良い…。一先ずは、事件のことに集中しましょう)じゃあ―――」

 

 

その後に聞いた内容に不審な点は無かった。生徒会の用事で特別棟にいた事、現場に駆けつけたときには被害にあった3人だけがいた事。そして、その手当ての為に手を尽くした事。

ここまでは事前に予想できたとおりだ。問題があるとしたら、この後。堀北は改めて質問に移るために視線を鋭く撫子を見据える。

※緊張しているだけ。  

 

 

「…ありがとう、西園寺ぉ、…さんの、事件に関わってしまった経緯はわかったわ…ちなみに兄…いえ、生徒会は今回の件ではどういう役割を果たすのかしら?」

 

「今回の審議…その判決を下すまで、生徒会が一切を取り仕切ることになります。担当されるのは、先輩方の何方かになるでしょう。私は今回、一生徒と何も変わらない立場で証言をするのみです」

 

「そう…よく、分かったわ。…ありがとう(先輩…兄さんが来てくれるのかしら…うぅ…緊張しそう。どうしたら…)」

 

「いえ。お気になさらず」

 

 

内心、事件のことよりも兄との邂逅(予想)に心を奪われているが義務教育で培ったぼっち歴は伊達ではない。傍から見たそれは彼女のビジュアルもあってか、知的な美少女が深慮を巡らせている。そんな佇まいだ。

※内心パニック中。

 

 

「…!(審議まではもう時間がないけど、練習はしておいた方がいいわよね…。どんな流れでやるか茶柱先生に相談を…、そうよ…!当日審議に誰が立ち会うか茶柱先生なら知らないかしら…!?)」キリッ

 

「………」

 

「……っ(これは別に、私情ではなく必要な…。そう、必要なことなのよっ…。裁判だって、時間や担当する裁判長の人柄を作戦に組み込むのは当然のこと…!決して不自然ではないわ)」カッ!

 

「………?」

 

「………//(直接兄さんに聞いたら叱られるわよね…でも、もしかしたら…。いえ!茶柱先生に聞きましょう!…なんポイント必要なのかしら…あまり余裕はないけどこれは必要経費…!仕方のない支出なのよ…!)」モンモン…

 

「………あの、堀北さん?」フリフリ

 

「っ…!?し、失礼したわ。忙しい立場でしょうに、悪かったわね…(うぅ…恥ずかしい…醜態よ…!)」

 

「いえ…。お気になさらず。…お時間、大丈夫ですか?」チラッ

 

「そ、そうね…。(もしかして時間を気にしてる…?忙しいのね…)失礼するわ。…また、(兄さんとのこと)よろしくお願いするわ」キリッ

 

「はい。(審議の時は)よろしくお願い致します」ペコリ

 

 

目の前で振られた撫子の手に、漸く現実に戻ってきた。その後、関係を深めるための質問が全て飛んでいってしまった堀北は足早に部室を去るのだった。…お互い、()()()()を抱えたまま。

 

――――――――――――

 

堀北が去った後の茶道室。撫子は()()()()()()湯呑みをみて悲しそうな顔をする。

※親衛隊や過保護勢が見たら事案発生待ったなし。

 

今日の会は、かねてより準備に準備を重ねて堀北会長にも話題など、アドバイスを貰った上で挑んでいた。今後の関係も含めた親睦の意味も込めていたのだが、相手からは早々に()()()()()()()しまった。 

 

 

「はぁ…(私も、まだまだですね。もっと、精進しないと…)」シュン…

 

 

その後、片付けを済ませると撫子は助言をくれた先輩や貸し切りで部室を貸してくれた先輩にお礼の連絡をするのだった。

………普段よりも、気持ち、落ち込んだ声で。

 

――――――――――――

 

龍園「良いかお前ら…作戦は、【みんな素直に】…だ!」

 

三人「「「!?」」」

 

伊吹「…(タダ飯だったし、まあ良いや)」

 

――――――――――――

 

堀北「…結構なお手前で(西園寺…お姉様…!//)」キッ…!

 

撫子「…っどう、いたしまして…(く、口に合わなかったのかしら…)」ガーン

 

――――――――――――

 

撫子「本日は、ありがとうございました…」シュン…

(明らかに元気ではない声)

 

茶道部「は?」

 

親衛隊「は?」

 

過保護勢「はぁ?」ビキビキ

 

兄北「鈴音…!?」パリーン




読了、ありがとうございました。
はい、初の堀北さん視点でした。第一話からの伏線?の回収がやっとできました。
が、仲良くなるまでは時間がかかります(笑)
まだまだ続きを書いていきます。年末まで駆け抜けていきますね!
よろしくお願いいたします!

あ、感想と評価お待ちしております!!(直球)


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⑥:相談会と審議会

遅れに遅れました、何も言えません…。

次のは9割出来てるので手直しして投稿します。
また読んで下さる方がいらっしゃいましたら、何卒今作をよろしくお願いいたします。


Side.西園寺 撫子

 

Cクラスを訪れた日の放課後…割と遅めの時間に呼び出しを受けて寮を出る。残念だが夕飯は別々にと帆波にメッセージを送り、約束のお店に向かう。相手からは『時間は任せる』とあったものの、待たせすぎるのもマナー違反だ。

 

ショッピングモールには生徒の姿も多く散見され、知り合いや生徒会の方もいて所々挨拶しながら向かうと、やや遅れてしまう。急ぎ足で辿り着いたのは内装を有名デザイナーが手掛けたらしいお洒落な個室レストランだ。

※何故か呼び出されたり一緒に行くと個室な事が多いが、気にしない撫子だった。

 

カランカラン、と入口のベルが鳴りウェイターから予約を聞かれる。待ち合わせ相手の名前を告げると、丁寧に案内を受け、個室の扉を開く。

恐る恐る覗き込むと、そこには3人の生徒がいた。

 

 

「お待たせしました、龍園君…!」

 

「クク…悪いな、西園寺。急に呼び出しちまって」「撫子お姉様…!こんばんは!あぁ…!部活以外でもお会いできるなんて…!」

 

「いえいえ♪相談したいことがあればいつでも。ひよりも、こんばんは、です。…伊吹さんも、こんばんは」

 

「…あぁ」

 

 

相談してからたまに連絡を取る龍園翔、部活の仲間である椎名ひより、そしてひよりの友人である伊吹澪。この三人とは以前、一緒にカラオケで遊んだこともあり面識があった。※撫子はメイド服だった。

そして促されるままひよりの横、伊吹の正面にあたる席に座ると早速とばかりに今回の目的に触れる。

 

 

「それで…今回は…例の件、ですか?」

 

「そうだ。その相談をしたくてな。…だが、まずは飯にしよう。好きなものを頼め」

 

「いえ、そんなこ「おいおい、俺を礼儀知らずにさせる気か?良いから頼め」…はい、ありがとうございます」

 

「ありがとうございます、龍園君♪」「ゴチソウサマ」

 

「………(こいつらの分を断ったら西園寺が払うって言い出すか…)チッ、好きにしろ」

 

 

あまり断るのも悪いと感じ、素直に頷く。注文用のタブレットをひよりと一緒に操作していると、向こうでも同じように注文している。…クラスメイトとの仲が良い様でなによりだ。

 

その後、撫子は季節の野菜と旬の魚の天ぷら定食、龍園はステーキランチを。そしてひよりは和風御膳と食後のあんみつセット。伊吹はハーフビーフハンバーグ&オムライスとデザートセットを頼む。

遠慮のないクラスメイトの注文に龍園のこめかみがヒクリと動くが、タブレットの操作に集中していた撫子だけが気付かなかったのは幸いだった。

 

 

「…(龍園の奢りだからか)美味しいわね」

 

「えぇ、(撫子お姉様と一緒に食べると一層)美味しいです」

 

「………」イライラ

 

「…ふふ、二人とも美味しそうに食べますね。…たくさんの人たちと食べると、美味しく感じます♪」ニコニコ

 

 

その後、無事にデザートが来る組と食後のドリンクが届く組で分かれたが、今回メインで話すのはドリンクが来る二人だ。甘味を突いている二人を横目に、今回の目的の相談が進む。

 

 

「で、今回の件についてだが、西園寺」

 

「はい、なんでしょう」

 

「お前は今回Cクラスの味方だと聞いた。それは間違いないか?」

 

「…はい、その通りです。それに今回、私は証人としての()()()()で、状況の証言をするようにと堀北会長からも言い含められております。ご安心ください」

 

「そうか。…信じて、良いんだな?」

 

「?ええ、お任せを…。(…?)」

 

 

真剣な様子で質問…?する龍園。しかし、内容は当たり前の事というか、シンプルに言うなら「お前、味方?裏切らないよな?」という内容だ。これならメッセージで事足りる。

返事の後に、思案気な表情を浮かべる龍園に手番を回すために飲み物を頂く。チラリと隣を見ると、いつも通りの笑顔であんみつを食べるひよりと、固かった表情も解れて、甘味を楽しむ伊吹がいた。

 

 

「………西園寺」

 

「…?はい、どうしましたか?」

 

「今回の件だが、ネタバレすると()()だ。今回の事件の発端はCクラスから起こっている」

 

「茶番…ですか?」

 

「…?」「…んん゛…!、ごほ、ごほっ…!」

 

 

首を傾げる撫子とひより。ただ、龍園の隣の伊吹は咽ている。「大丈夫ですか?」というひよりの声も手で制して、どういうつもりだと怒りを込めた表情で龍園を睨んでいる。

 

 

「…お前には先に話しておこう。…もちろん、審議の日に真実は話すつもりだ。奴らの口からな。こうして呼び出してまで伝えたのは…まあ、お前には筋を通しておこうと思ったから、だな」

 

「…筋…ですか?」

 

「あぁ、お前が真剣に俺たちCクラスの味方になるっていうなら、(はらわた)も見せねえといけねえ。…聞いてくれるか」

 

「…はい、お願いいたします」

 

 

そうして聞いた内容は、成る程と納得できるものだった。バスケ部でCクラスの生徒がDクラスの生徒―――須藤健に蔑ろにされた事。そしてその関係の改善を図ろうとして、失敗してしまった事。

―――即ち、現在の審議の大黒柱である『Dクラスの生徒に呼び出されてCクラスが怪我を負った』というのは、切欠が逆だったのだ。

 

 

「―――って訳だ。まさか俺としても予想外だったのは、護衛に石崎を連れて行かせて、3対1なのに須藤が手を出すとは思わなかった。俺の失態だ」

 

「………」

 

「西園寺。別に審議を降りてもお前に非はねえ。お前は奴らに手当てをしてくれた。…クラスの連中にも()()してくれたようだしな…。それで十分だ。今回のこれは、ささやかだが俺からの詫びだと思ってくれ」

 

「龍園君…」「龍園…」

 

「………龍園君は、()()でいいのですか?」

 

「クク…俺はCクラスの王だぞ?()()()()()()()()()のは、責務だからなぁ。馬鹿な奴らだが、俺の大切な手下(ぶか)だ。困ってりゃ手を貸してやらなきゃ…誰も着いてこねえのさ」

 

「…?」

 

 

自嘲的な笑いを浮かべる龍園の姿に、撫子はその洞察力から発言にあった()についても薄っすら気付いている。

 

―――『彼は噓をついている』…そしてそれはこちらには言えず、また()()()伊吹さんの驚きから彼女も把握していない事だ。

 

更に、実際に起きた特別棟での怪我。あれが自作自演でないのはDクラスからの反論が全面否認でなく、一部否認に留まっていることから間違いない。

 

では最初に殴りかかったのがCクラスだったのか?否。それならDクラスの須藤君にも怪我があるはず。…しかし、彼は無傷だったらしい。

なら…なら?なら彼の噓は何のことだ…?深い思考の海に潜る事、数秒。常人の熟考に匹敵する思案の果てに気付いたのは、彼の発言。

 

―――『王として責任を取る』『困っていれば手を貸してやらないと』

 

つまり、龍園君は()()()()()()()()のでは?そう当たりを付けると、ひとつ、またひとつとピースが埋まっていく。

 

Cクラスが被害者だと言ったのが噓?

→:嘘ではないが、彼らを庇う為にDクラスから手を出してきたと嘘をついた?ならCクラスも一部問題があった?呼んだこと?嘘をついた上、審議(おおごと)になってしまった件?

 

これは龍園君が考えたことなのか?

→:多少は考えた?助言はしたはず。石崎君はバスケ部ではなく龍園君の友達らしい。事故?それとも…?でも今回の結果は予定外だというのは本当みたい?

 

私を呼んだのは何故?

→:私が事実誤認をしたまま、証言させない為?気遣い?なにか不都合がある?

 

 

そこまで思い浮かんで、思わず笑みが零れる。目の前で『自分はクラスのリーダーである』と張りぼての虚勢(強がり)を見せた彼に思わずいじらしさというか、4月末に会った時からの成長を感じてか、撫子は感慨深いもの感じたのだった。

 

何のことはない。―――龍園翔(かれ)は、自分のクラスメイトを守る為に行動していただけだったのだ。

※不正解

 

 

「…龍園君、心配なさらないで下さい」

 

「………」

 

「お姉様?」「………」

 

「私は、今回Cクラスの味方です。どんな事情があったにしろ、龍園君がクラスメイトの為に頑張っているのは分かります。…証人、辞めませんよ。任せて下さい♪」

 

「(…!)そうか…済まねえな、西園寺。()()()

 

 

撫子の伸ばした手を握る龍園。何か言いたげな表情のひよりと伊吹だったが、空気を読んで黙っている。

その後、穏やかなまま密会を終えた4人は店をバラバラに出る。万が一にも、密会や談合に見られない様にとの配慮だ。ありがたく言う通りにする。

※別々に帰ることを悲しんだひよりには頭を撫でること(なでなで)で納得してもらった。

 

ひとりぼっちの帰り道。ふと気が付くと月明かりに目を奪われ、思わず立ち止まって星を見上げる。雲一つない星空だが、人工的な明かりが強く広がる敷地からは随分弱弱しく見える。白鳥や鷲の一等星すら、直ぐには見当たらない。

 

 

「…何事もなく…審議を終えられるといいですね。出来れば、誰も傷つかずに終わってくれるなら…。もし、駄目だったとしても…!」

 

 

間近に迫った審議会。その先行きに不安を覚えた撫子は無意識に呟くが、声は、その憂いは、誰に届くこともなく、夏の夜に溶けるのだった。

 

―――――――――――――

 

Side.綾小路

 

いよいよ須藤の暴力事件の審議の日となった。

先日の特別棟を見に行った次の日。佐倉の事を櫛田にリークして、カメラが壊れたり家電屋に行ったり店員が不気味だったりと紆余曲折あったものの、証人として証言をして貰えることになった。

 

審議には事件の本人である須藤と弁護?する為に証人を除く2名まで同席を許可された。(これは、Cクラスの参加人数3名に合わせたものらしい)

…俺としては堀北単独。なんなら櫛田に出張って貰えればいい()()になると踏んでいたんだが、須藤の希望として堀北へ「頼む!」と言われてはそれは出来なかった。

(櫛田の()()には向かない役柄でもあるので、これはこれで良しとしよう)

 

担任の茶柱の誘導に従い、須藤、堀北、最後尾に佐倉と共に生徒会室の前に着く。…ここで、一度佐倉とは別れる。隣室の控室に証人は待機する事になっているのだ。事前に準備されていたのだろう、用紙で隣室には『1-D証人用控室。呼ぶまで待機』と張り付けてある。

 

一言二言交わして、ノックと共に生徒会室に入る。返事をされてから中に入ると、担任の茶柱と生徒会の役員が3人。そしてこちらを見ている()()()()()()を身に着けているのが相手のCクラス生徒、そしてその担任なのだろうか。

 

堀北が須藤に最終確認をしているのを尻目に、各々の態度から様子を盗み見る。

茶柱…やる気は無さそう(いつも通り)だ。相手の担任…余裕を持っているように見える。生徒会のメンバー、中央にメガネを掛けて肘をついている男子生徒、それに付き従う女子の先輩と、書記?パソコンに高速で文字を打っている先輩。

相手の(C)クラス。生徒達はかなり顔色が悪く、怪我の様子から軽傷ではあるのだろうが…。

キョロキョロとはせずに、視線だけで部屋の中の様子を伺っていると一番奥の席の先輩が立ち上がり、注目を集めた。

 

 

「時間だ。…橘、始めてくれ」

 

「はい、会長。…それでは、時間になりましたのでこれより1-C、及び1-Dクラスの審議を行います。それぞれ指定されている席について下さい」

 

 

ガタガタと移動が始まり、両担任はそれぞれの生徒側の壁の近くに。俺は『1-D 弁護』の席について先ほどの先輩をみる。…若干、隣の席の堀北の顔が強張っている様子だ。まだ審議は始まってもいないが、何故?

 

理由はその後に明かされた生徒会長の名前から判明する。『堀北学』…。まさかの堀北の兄らしい。に、しては冷静な様子で、茶々を入れられても粛々と自己紹介を進めていく。書記や議事録担当、担任や今回の審議を申請した生徒の名前や、俺たち弁護人や須藤も。

全員の確認が済むと、今回の経緯を改めて説明が為されていく。

 

 

「…では、今回の事件の経緯については、以上です。須藤君は、この中で相違…えー、間違っている所。事実と異なる所はありますか?」

 

 

そして橘先輩は事実確認の為、Cクラスの訴えの内容について須藤に確認をする。ため口にならないかとひやひやしたが、そこは俺の放課後が犠牲になっただけある。敬語を取り繕う、…真似事を習った子供くらいの敬語は出来ていた。

 

 

 

「おぉ、あ、イヤ…。…はい、相手の言っている事は、嘘です。俺の方がCクラスに呼び出されて、な…言いがかりをつけられて、喧嘩を仕掛けられて、自分の身を護る為に…あー、せい…正当防衛をしたんです」

 

 

「はい、結構です。着席して下さい。…では今度はCクラス、須藤君の説明で相違がある内容はありますか?…?」

 

「「「………」」」

 

「………?」

 

「…?どうしました、石崎君。早く言いなさい」

 

 

須藤が最終手段(カンペ)を使わずになんとか自分の言葉で言えたことを安堵していると、Cクラスの様子が可笑しい。三人ともが俯いて演技なのか真剣なのか沈痛な面持ちだ。

相手の担任も、なんなら茶柱や生徒会の面々の表情も訝しげだ。その後、痺れを切らした生徒会長が三人の名前を呼び、鋭い視線を向けるとCクラスの面々は気の毒なほど怯えていた。

 

 

「おい、いい加減にしろ。今回はお前たちの申し出あっての審議とはいえ、この場に集まった教師の方々や生徒会、そして相手のクラスの時間は有限だ。それを無為に消化する行為は認められない。異論がないなら話を―――「「「すいませんでした!!」」」…なに?」

 

「え?」「は?」「…?」

 

 

突然、Cクラスの面々が立ち上がったかと思うと腰を九十度曲げてお辞儀をしてきた。…明らかに、謝罪と思われる発言と共に、だ。

ポカン…と生徒会室に沈黙が広がる。各々の口から漏れ出たのも、仕方ない程のインパクトがあった。事実、担任の坂上先生などは「どうしたというのですか…!?石崎君、落ち着きなさい…!」と貴方が落ち着いた方が良いのでは?くらいの狼狽を見せていた。

 

その後、担任や書記の橘?先輩が促すとなんとか頭を上げて席につくCクラス三人。生徒会長が改めで事情を聴くと消え入るような声で石崎が話し始めた。

 

 

「実は、今回の審議の件で俺たちは嘘をついていました…」

 

「………噓だと。どういうことだ」

 

「…!」「どうなってんだ…!?」

 

「……(まさか…)」

 

 

その場にいる全員が固唾を呑んで見守っていると、石崎は再び一人立ち上がり、生徒会長に向かって頭を下げて声を上げた。

 

 

「本当は…俺たちが須藤君を特別棟に呼び出したんです…!!」

 

「つまり、虚偽の報告をしたことを認めると…」

 

「…ふむ」「………!?」ざわざわ…

 

「な、なにを言っているんです…!まさか、誰かに脅されているのですか…!?」

 

「は―――はは!な!ほら見ろよ!堀北!綾小路!俺の言った通りだったろ!やっぱりこいつらが俺を呼び出して、俺をハメたんだぜ!!」

 

 

彼らの担任の慌てる声と、隣で須藤が立ち上がり相手を指さして呵呵大笑する。橘先輩の「静粛に!」という声も届かないほどその場は一瞬カオスとなっていた。

 

 

「石崎、審議の場でそれを伝えた理由を聞きたい。非を認めるのであればもっと早いタイミングでも良かったはずだが…」

 

「…それは、…順番に説明して良いですか?」

 

「構わない。…おい、Dクラス、それに先生方も、お静かに願います。…須藤、お前もそろそろ黙って話を聞く様に。これ以上、進行の妨害をするなら別に罰則も用意せざるを得ないぞ」

 

「…!分かりました。…須藤君、ひとまず座って」「お、おぅ…分かったぜ」

 

「…(生徒会長の言う通りだ。もし目的が審議の中止なら事前に言えば良いだけ。…この場に関係者が集まるのが目的だった…?何故…?)」

 

 

その後、代表してなのか石崎というCクラス生徒からは今回の件のあらましが語られる。

・バスケ部の二人から、Dクラスの須藤という生徒に馬鹿にされていることを相談された事。

・最初は自分たちだけで行こうとしていたが、不安になって喧嘩に自信がある自分がついて行こうと提案したこと。

・そして、特別棟に呼び出して須藤と口論になった事。

 

 

シン…とした生徒会室に石崎が告解のような沈んだ声で続けると、そこまで聞いた時点で生徒会長は須藤に向かって口を開く。

 

 

「石崎、一度待て。…Dクラス、須藤。()()()()()()()で相違はあるか?」

 

「いや、ねぇ…ゴホッ!…ない、です」

 

「分かった。…石崎続けろ」

 

 

何故、話を区切ったのかと一部の生徒(+教師)は首を傾げたがその後の石崎の話でその意味が分かることになった。…そして、恐れていた可能性が飛躍的に高まったことも、俺は理解する。

 

 

「その後、俺たちの事を気に入らなかかったのか()()()()()()()()()()()()()()()()()、俺たちは怪我をしたんです…」

 

「…なっ…!」「…!」「(やはりか…)」

 

「…つまり、お前たちの先ほどの謝罪は事件の全面否定ではなく、()()の否認。経緯に虚偽の報告があったことを認める為のものだったと。…そういうことだな?」

 

「…はい、そうです。…こっちから声をかけて、でも逆にやり返されるなんて恥ずかしくて見栄を張ってました。申し訳ないです。すいませんでした…!」

 

「「すいませんでした!」」

 

「ふむ…」

 

 

そういって思案気に口を閉じる生徒会長だが、逆に口を開く存在が居た。今回のもう一人の主役…須藤健だ。堀北に指導して貰った態度を忘れるほどに激昂して、顔を真っ赤にして立ち上がりCクラスの面々に吠え掛かる。

 

 

「テメェらなにを言ってやがる!最初に手を出してきたのはテメェらじゃねえか!!」

 

「須藤君!」「…」

 

「違います。…僕たちは話をしようとしてたのに須藤君から殴りか「嘘をつくんじゃねえ!!」っ…!」

 

 

机に握り拳を叩きつけ、音を立てて怒りを向ける須藤。ここにきて、理解が及んだ堀北の顔色は悪く、相手の担任は笑みすら浮かんでいる。

人は、最初から駄目だった時よりも期待した後に裏切られる方が非常に深いダメージを負う。今回は、『もしかして相手が非を認めるんじゃ?』『俺は間違っていなかった?』そういった期待が裏切られ、短気な須藤は怒りを爆発させてしまっている。

 

これがCクラスの元々の作戦だったのなら、非常に有効な一手だ。より現実感(リアルさ)を出すために、担任教師にすら謀っていたのだろう。

暫く怒りを発散させた須藤だが、生徒会長から咎める声が刺さり、周囲の視線に負けてか舌打ちをして席に着く。そうしてようやく、堀北からの声にようやく耳を傾けてくれた。

 

 

「落ち着いて…!…別にやることが変わる訳じゃない、あなたの無実は、これから証明するのよ…!」

 

「でもよ!…、分かった、黙って聞いてる。…頼んだぜ…

 

えぇ…すいません、続けて下さい。こちらの反論は、最後に纏めて行います」

 

「…いいだろう、Cクラス。続けろ」

 

「はい…。その後、須藤くんに殴られた二人を庇おうとしましたが須藤くんの方が圧倒的に強くて一方的にやられてしまいました。その後、彼が立ち去った後に西園寺さんが来て手当てをしてくれました。…俺が()()()()()()()()()()()()()()も来てくれて、後は、先生たちに運ばれて保健室に」

 

「…西園寺にあってからの出来事や、誰が立ち会ったかは把握している。割愛して結構だ。…以上だな?」

 

「はい」「「はい…」」

 

 

そこまで確認した後、書記や議事録係の役員に目配せをして今度はDクラスへと鋭い視線を向ける。

…俺はこの後の流れを予感し、内心、佐倉に謝罪を送るのだった。

 

 

「Dクラスからは最初の橘の話を除いて、…つまり今の3人の話を聞いて修正する、誤りがあった部分はあるか?」

 

「それは…須藤君、相手から殴りかかってきた。間違いないわね?」

 

「お…おう。で、俺はそれを止めたり、避けたりして…」

 

「反撃した、と…」

 

「いや、普通殴りかかられたら反撃するだろ!?しかも、相手は3人なんだぜ?手を抜いたらこっちがやられる!何べんも言ったが正当防衛だぜ!?」

 

 

須藤としても顔色が悪い。本人も納得はしてなくとも旗色が悪いことには気がついているのだろう。殴ってしまったのは()()()だと。そして、自分が無傷であるのが、更に不味い事態を招いていると。

 

 

まとめると、Cクラスが元々の予定だったのかどうかはさておき、Dクラスへ奇襲攻撃をしてきた形だ。

正面から、10:0での被害者面ではなく過ちを認めての心象を良くして、その上で被害者であると主張をしてきた。

…俺たちには有効な手だ。正直、こちらの突破口は状況の不審な点を突き、佐倉の発言で矛盾を暴くつもりだった。

それがこの一手で、おおよそ難しくなった。Cクラスが非を認め、一歩引く事でこちらはたたらを踏む構図。何とか時間を稼ぐ手段を考えていると生徒会長が口を開く。

 

 

「Dクラスからは以上か?…では、次に証人を呼んでの質疑応答を行う。先にCクラスの証人から呼ぼうと思うが、問題ないか?」

 

「ありません」

 

「…っ、此方の証人を先に呼ばない理由を伺ってもよろしいですか?」

 

「…理由は、()()の証言は俺たち生徒会や教師の認めるところであり、この審議がどう言った結果になろうと発言の内容が変わることは無いと考えられるからだ」

 

「…分かりました」

 

 

力無く頷く堀北。だが、仕方ないとはいえここで先にCクラスの証人を呼ばれるのは痛い。こちらの佐倉はDクラス。相手は間違いなくAクラスの()()が出てくる。

彼女の発言如何で押し切られてしまう可能性がある。隙間時間になんとか対策を考えようとするが、無情にも橘先輩につれられて生徒会に証人が訪れてしまう。

 

いつかの様に丁寧に、伸びた背筋、歩に合わせて黒髪が靡くその姿に生徒会室の全員の視線が集中する。

教師、上級生、そして同級生。恐らく今年の入学した生徒の中で最も注目を集める存在。

 

 

「―――失礼致します。1-A、西園寺撫子です。皆様、本日はよろしくお願い致します」

 

 

俺達の。…いや、この場の一年生全員にとっての最強の敵。Aクラス、西園寺撫子が、いつもとは違う…凛とした表情で俺達にその顔を向けていた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

龍園「クラスメイトは…俺が守る!」

※撫子視点

 

撫子「龍園君…!」キラキラ…

 

―――

 

ひより「…(あんみつ、美味しい…お姉様にあーんしたら…キャッ//)」モグモグ

 

龍園「……(どうだ…!…信じたか…!?)」

※内心ビクビク

 

伊吹「…(何この茶番)」モグモグ

 

―――――――――――――――――――――――

 

石崎「うっそでーす!(笑)」

 

須藤「野郎ぶっ殺してやる!」

 

堀北「(お姉様…お姉様どこ…?…ここ?)」

 

撫子「…」キリッ

※視線を集めすぎて内心ドキドキ。いつもの(ポーカーフェイス)

 

綾小路「\(^o^)/」

 

佐倉:待機中

 

 

兄北「(…頑張れ…鈴音…!)」

 

 




次は明日の午前中には投稿できると思います、よろしくお願いいたします。


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⑦:アドリブだらけの結末。+初めての自撮り

続きです。
昨日の夜にもう一話アップしているので、 まだの方はそちらからお願いします。


橘先輩に呼ばれた生徒会室で、事件当日の証言をする。今回、中立の立場での発言を求められているものの、心情的にはCクラス(龍園君)の味方をしたい。

そういった意図…私心を見抜いているのか、いつもよりも気持ち冷たく感じる堀北会長の声色に背筋を伸ばす。こういった場で求められるのは自信を持つ事。そして率直な思いの丈を告げる事。その2つを意識して、証言を終える。

 

 

「―――以上が、私がCクラスの生徒、3名を応急処置した際の状況説明となります」

 

「…よく分かった。では、Dクラスから何か質問は?」

 

「はい」

 

 

ガタリと席を立つDクラスの生徒…堀北鈴音さん。生徒会長の妹にして、恐らく()()を持たれている相手。

彼女は鋭い姿勢でこちらに視線を向けて状況の確認をしようと発言する。

 

 

「西園寺さんは特別棟で偶然、怪我をしているCクラスの生徒達を手当てしたと言っていました。…何故、特別棟に居たのですか?」

 

「生徒会の業務です。各教室の備品の確認をしておりました。…生徒会の活動報告書にも記載してあります」チラッ

 

「…事実だ」

 

「…分かりました。…では続けて―――」

 

 

証人としての証言の始まりから終わりまで、状況の確認をされるがしっかりと説明し、時に証拠となる記録や活動の報告を生徒会資料から提示する。

怪我の診断については、説明内容の補填のためにCクラスの方たちに診断書の提出を促すと、(室内が何故かざわついたが)無事受理された。

その後も3つ、4つと質問に返事をすると堀北さんも目を伏せて「以上です」と堀北会長に返事をして、着席する。

 

…これで、私のやる事は殆ど終わりだ。発言についても特に矛盾や咎められることは無かったので、Cクラスの生徒達の顔色も明るい。それに気付かれない様にホッと息を吐き堀北会長に視線を向けると、目が合う。

 

この後は挨拶をして、退室するだけだが…。出来れば伝えたいことがある。ジッと目を向けていると会長も同じように小さくため息を吐いて、此方に水を向けてくれる。…やはり、会長は優しい。

 

 

「西園寺。他になければ退室して貰って構わない」

 

「…では、最後に一つだけよろしいでしょうか?」

 

「…許可する」

 

「Dクラスの皆様。…それに、Cクラスの皆様も。どうか、聞いて下さい」

 

 

そういって順繰りに関係者各位と目線を合わせていく。今回、否。いままでも、これからも私が望んでいるのは健全で、公正で、公平な競い合いだ。いがみ合う事も、好きになれない人もいるだろう。それでも、認め合う事は出来るはずなのだ。

 

 

「―――今回の審議の結末がどんなものであれ、暴力は何も生みません。…この様な事件が、再び起こらない事を、私は願っています」

 

「…はい」

 

「いや、だがこいつ等が…「仮に…!貴方の言う通りCクラスが発端だったのだと…そうだったとしても!」…っ」

 

 

思わず声を荒げてしまう。…なんとか落ち着こうと、深呼吸をして息を整える。意識して、中立としての発言を心がける。

一方に寄り添う発言は生徒会役員としても、個人としてもして良いものではない。それにこれ以上の失態は、堀北会長から退室を命じられてしまう。それは困る。私はまだ、伝えきれていないのだから。

こちらを注目する全ての人に、少しでも、心に届く様に言葉を重ねる。

 

 

「失礼しました。…須藤君と、呼んでもよろしいでしょうか?」

 

「お、おぅ…」

 

「須藤君の言う通り、Cクラスの方々が発端で今事件が起こってしまった。須藤くんは本当は被害者だった、そうだったとしても、暴力は。…暴力だけでは、ダメなんです」

 

「…」

 

「…須藤君は、バスケで高い実力があるのですよね?」

 

「…それが何だよ」

 

 

Cクラスの生徒達が須藤君を呼んだのは知っている。そもそも、須藤君の実力が強かったから彼らは関係の回復を目論んで、そして、()()してしまった。

どういう経緯なのか、誰の命令なのかはもはや重要ではない。()()()()()()いて、後は()()()()()だけなのだから。

 

 

「今回の事件が起きてしまった理由は、バスケ部での諍いが原因と聞きました」

 

「あぁ…。あいつらが、部活で弱ぇから、嫉妬して絡んで来てんだ。…それで、俺は殴り掛かられて、それでも暴力はダメっていうのかよ」

 

「…Cクラスの人たちも、きっと須藤君の実力は認めているんです」

 

「…は?いや、ありえねえだろ」

 

「「「…(え?)」」」キョトン

 

 

不思議そうな表情で否定する須藤君と、図星を突かれたのか、リアクションが取れないでいるCクラス。心を暴くようで気が引けるが、このままお互いに溝を作るのはあまりに不幸だ。お節介な自覚はあるが須藤君に事件の切欠を説く。

 

 

「そうでなければ、他のクラスの人なんですよ?放っておけば良い筈です。…それに、彼らは言ってましたよ?()()()()()()()()()()()()()()…と」

 

「あ…」

 

 

ハッとする須藤君を諭す様に言葉を続ける。スポーツでも、暴力はルールでしてはいけない事。認められる実力のある選手が、暴力を振るっては試合に出れなくなってしまう事。

…貴方の活躍をこれから見るチームメイトや、クラスメイト。そして後輩が出来たら、素敵な先輩としての後ろ姿を見せてあげて欲しいと。

 

最終的には、須藤君からも「分かった!もう分かったって…!」と強めに反論され、堀北会長からも落ち着く様に指摘される。…若干、熱が入ってしまった自覚があった為、恥ずかしくなりながら「い、以上です。失礼致します…」と言い、生徒会室を退出する。

 

 

―――

 

 

廊下で籠った熱を冷ます様に、偶然持っていた扇子でパタパタと扇ぐ。少しするとDクラスの証人を呼ぶ為に出てきた橘先輩に「お疲れ様でした」と声をかけられる。

それに返事を返し、折角なのでと一緒に待合室に入る事に。

 

室内にはメガネを掛けた女子生徒がビクリと肩を揺らしてこちらを見つめている。

橘先輩が呼ぶと、Dクラス生徒―――佐倉愛理さんが速足で廊下に出るが、橘先輩にも、私にも目線が合わない。恥ずかしがりやなのだろうか…?

 

 

「それでは、佐倉…さん。証人として呼ばれていますので、生徒会室で証言をお願いします」

 

「は、はい…!」

 

「…!(緊張しているのかしら…?)…佐倉さん」

 

「え…な、なんです、か?」「撫子さん…?」

 

「…少しだけ、落ち着ける、おまじない、です…」ギュッ…

 

「ふぇぇ…!?」ジタバタ

 

 

身動ぎをする彼女を落ち着かせるために抱き着いて、頭を撫でる。…この学校で、もはや慣れた手付きで行える相手を落ち着ける秘儀だ。

…内心、不安だったが1,2分後には深呼吸を自発的にしている佐倉さんの姿がある。立場上、敵対関係とはいえこういった場面で放置して帰るほど冷たくはなれない。

部屋に入った時の様子…不安げな…、混乱気味な態度(お目々ぐるぐる)は…上手く回復したようだ。

 

 

「もう、大丈夫かしら?」

 

「はい…。あ、あの…私」

 

「佐倉さん、よね?私は西園寺撫子…。証言、頑張ってきて下さいね」

 

「え?え…?…で、でも…西園寺さんはAクラス…今回はCクラスの味方なんじゃ…」

 

「私は今回、Cクラスの味方…なのかもしれません。でも、それと佐倉さんを気遣わないのは別問題です」

 

「あっ…」

 

 

不安気におどおどとしている佐倉さんに、肩に手を置いて安心させるように微笑む。

しっかりと目を合わせると、今度は逸らされない。…もう大丈夫だろう。

 

 

「私は、佐倉さんを尊敬しますよ♪不安に感じていても、クラスの為に戦える佐倉さんのこと」

 

「……!西園寺、さん…」

 

「佐倉さんは、自信を持って良いんです」

 

「自信…」

 

「はい♪私の話を聴きなさい!…って、強気で「ん゛ん゛…!」…ぁ…と、とにかく、頑張って下さいね…!」

 

「は、はい…//」

 

 

最後に両手で彼女の手を包んであげると、緊張もほぐれた様だ。

咳払いして、移動を促す橘先輩に二人して謝罪をするも、その間の雰囲気は朗らかだった。

 

佐倉さんの、「失礼します…!」という声を背に、私はその場を後にする。

願わくば、誰も傷つかない結論を。もし、叶わないなら…。せめて、誰もが納得を出来る結論が出ることを祈って。

 

 

―――2日後、審議の結果を聞いて、撫子は胸を撫で下ろすのだった。

 

 

――――――

 

※後日の生徒会室

 

 

「へぇ…これが証拠で提出された写真ですか」

 

「この娘ってどこかで…」「あ、グラビアアイドルの雫…?」

 

 

審議が終わったとはいえ、生徒会の仕事が無くなるわけではない。後処理のために集まった役員たちは証拠や諸々の書類を捌いていく。

その中に、証言者である佐倉の撮影した自撮り写真を見てワイワイと盛り上がる。

上級生とはいえ、男子高校生。こういった話題は常に盛り上がる。

女子たちの冷ややかな視線や、生徒会長からの『証拠書類は丁寧に扱い、不要か保管期間を過ぎたものは破棄する様に』…との発言で念押しをされ、話は鎮火される。

 

 

「でも、やっぱり可愛かったですね…。()()()も上手いし、写真が趣味なだけありますね、彼女」

 

「…自撮り?、写真の事…ですか?」

 

「あ、西園寺さん興味あるの?自撮りっていうのは…」

 

 

佐倉愛里の見た目(ビジュアル)ではなく、技術面で評価をしたのは3年生女子役員。

どうやらカメラに一家言があるらしい。

※元々、写真部がない為に設立を当時の生徒会役員とバチバチに争いそれを切欠に堀北にスカウトされた経歴を持つ。

 

 

そんな彼女の説明に相槌を返す撫子の姿に、生徒会の反応は二分化された。

橘書紀や女子役員達の『あらあら、西園寺さんが楽しそうでなにより』のほっこり派と、

副会長を筆頭(+会長)に『西園寺の…自撮り…!?なんとしても欲しい!』なむっつり男性目線派。

 

 

「西園寺さんも今度一緒に写真を撮ろうよ!きっと楽しいよ〜」

 

「是非、ご一緒させてください。楽しみにしていますね♪」

 

コスチューム(衣装)とかどうする〜?一緒にそれも見に行こうよ!」

 

「「「!」」」ざわっ…

 

 

その時、生徒会室に電流走る…!

西園寺撫子の…撮影会…!

 

シレッと開催が確定しそうな運びだ。無自覚な二人の話に、固唾を呑む生徒会一同。

 

 

「衣装…が必要なんですか?はい、よろしくお願い致しますね」

 

「そうそう、ほら、私の写真フォルダ見せてあげるよ〜」ポチポチ

 

「わ、凄いですね…とっても綺麗に撮れてます…!」キラキラ

 

「えへへ…ありがとうね、西園寺さんも綺麗に撮ってあげるね〜」

 

 

キャピキャピと撮影を楽しみにしてる二人を尻目に、生徒会では水面下の諍いが勃発しようとしていた。具体的には2,3年生徒会メンバーグループチャットにてメッセージが飛び交っていた。

 

『機材の用意、運搬に男手は必要だろう?』、『男目線の意見も有ればプラスになる』と参加を望む男性陣。

 

『露骨すぎて引きます』、『撫子さんの写真がほしいだけでしょ?』『西園寺さんの柔肌を下卑た男子共に晒されるわけにはいかない』と徹底抗戦の女性陣。

 

『(なんとか俺だけでも参加できないだろうか…出来れば鈴音と、件の佐倉を巻き込めば…友人に…!)』と思惑を深める生徒会長。

※おいシスコン。

 

そんな殺伐とした様子に気が付かない二人だが、撫子の「あ、私も自撮り写真を撮ったものがあります…!」と無邪気に端末を操作する声に諍いを中断する。

 

 

「西園寺の自撮り?見せて見せて〜」

 

「あ、私も見たい!」「俺も…」

 

「興味あるな、どこで撮ったんだ?」

 

「はい、その時は自撮り写真…というものは知らなかったのですが…ええと、少々お待ちを…」ポチポチ

 

 

スマホを操作する撫子の元に、俺も私もと集まる役員たち。…目立たないように生徒会長もしっかり視線を向けている。

 

 

「あ、ありました!こちらです!」

 

「みせてみな、って…コレ」「お。どれど…れ……」

 

 

覗き込んだ南雲副会長や、女子役員の言葉は尻窄みに消えていく。

理由は、本人が無自覚に見せてきた写真にあった。

 

 

それは、確かに自撮り写真だった。撮影場所は…自室だろうか、見覚えのある間取りの部屋に壁掛けされた制服もかかっており間違いない。

 

写っている対象も、撫子本人に間違いない。少し照れた様子で片手でピースを作って微笑んでおり、撮影に慣れていない不安さが見え隠れする。フレーム外に右腕が見切れていて、右手で撮影をしたのだろう。

カメラに詳しい女性役員は気付いたが、恐らくメインカメラでの撮影。…撫子はインカメラの存在を知らない為、被写体に対し斜めに映っている。

ここまでは全く問題ない。彼女の自撮りに…間違いは、ないのだが…問題はその()()だった。

 

以前、一之瀬の理性を消し飛ばした部屋着。―――薄紫色の肌着(ベビードール)だ。

 

薄い生地で素肌が透けており、その下の豊満な身体を隠しきれていない。

身を覆う花柄のフリルや、撮影の角度によりなんとか()()隠れて見えていないが、両胸の中央をリボン一つだけで胸部を支えているだけだ。むき出しの腹部、へそ、太ももの肌色が途方もない色気を放っている。

実用性も()()()()だ。善性の塊(一之瀬帆波)の理性を消し飛ばしたデザインは、()()()()()にかけてなにも隠す事が出来ない非常に()()()フォルムで、画像が見切れているが、()()()()()()()()()()()のがよく分かる。

 

ズバリ、セウト。ギリのギリギリ、ケンゼンな自撮り写真だった。

童〇どころか、不能の男性でなければ前屈みになるのが必至の格好だ。

 

これには生徒会室も騒然となる。

 

 

「きゃ//」「…お、男どもは見るな!!」ビシッ!

 

「うぉ、痛っ!」

 

「エッッッッッッッッ…!//」ブッ

 

「いつまで見てるんですか!副会長!!」バキッ

 

「ぐぉっ…!」ガッシャーン

 

「ちょ、西園寺さん!」「消して消して!」

 

「(あとで送って貰えないだろうか…)…何があった?」「か、会長」

 

「え?…あの?」オロオロ

 

 

※この後めちゃめちゃ撫子を叱った。また、事情を聴いた生徒会役員たちの星之宮先生の評価が爆下がり(or爆上がり)した。

 

―――

 

撫子「…(カイチョーカイチョー!)」チラッチラッ

 

兄北「…(なんだ…?まだこれ以上あるのか…!?鈴音…頑張れ鈴音…!)」ジッ…

 

妹北「…!(兄さんとお姉様…目と目で…通じ合ってる…!?)」

 

須藤「え?」

 

Cクラス「え?(素)」

 

綾小路「…(どうするか…)」

※室内で1番シリアス中。

 

佐倉「西園寺さん…」トゥンク…

 

――――

 

橘「撫子さん!誰に…誰に送ったんですか!?」

 

撫子「え?あの…星之宮先生に買ってもらったので…着たところをと…」オロオロ

 

南雲「マジかよ星之宮先生…(グッジョブ!)」

 

兄北「…(鈴音にはまだ早い…いや…しかし西園寺が…うぅむ…)」モンモン

 

――――

 

星之宮「っ!なにか寒気が…」ブルブル

 

茶柱「…(日頃の行いだろう)」




次はまだ1割くらい…。なる早で上げます。
また感想、評価お願いいたします。
よろしくお願いいたします。


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⑧:決着と変化。

一先ず2巻終了まで。
次回は幕間を入れてから3巻入りですね。原作呼んでからなので少しだけ時間下さい。
では、どうぞ。


Side.綾小路視点

 

 

今、目の前ではDクラスの証人である佐倉愛理が事件当日の証言をしてくれている。自分で撮影をした写真を提出して、更に事件当日にCクラスからも殴り掛かっていた目撃証言を話してくれた。

普段のおどおどした様子も入室した最初だけ見せていたが、直ぐに覚悟を決めたように毅然とした態度で話し始めたのには堀北も須藤も驚いていたな。

 

所属クラスを名乗った時や、目撃証言の際に論う様に声を上げたCクラスの担任にも、「私は現場に居た証人として本当の事を話しています。なんで、その場に居なかった先生があれこれ、言うんですか…!」と指摘され、撃沈。役に立たない我らの担任も失笑していた。

…図らずも、良い傾向だ。正直なところ、不戦敗すらあるかもと思っていたのだが佐倉の成長は嬉しい誤算だった。

 

その後は半ば既定路線というか、決まり切った流れだった。お互いの証言を証明するすべがなく、現時点での落としどころを追及しようとするCクラスの坂上先生と、それを認めようとする茶柱先生。そしてそれを毅然とした態度で拒否する堀北。

本人の性格的にこうなるだろうなと思ってみていると、手元から何枚かの用紙を取り出し、それを生徒会の側へと提出した。

 

 

「…これは?」

 

「嘆願書です。…バスケ部の、須藤君の実情を聞いた先輩方に記入して頂きました」

 

「…ほぅ」

 

 

ペラペラと捲っていく様に確認する生徒会長の様子から、書いたのは一人や二人ではないようだ。ざわついた様子のCクラス側。

※知らなかったのか、須藤も驚いていた。

 

それを目ざとく捉えた堀北は、鋭い声で今度は教師陣へと質問を飛ばす。

 

 

「坂上先生、茶柱先生。今回の件、須藤君の暴力事件の目撃者の確認は1年生のみにされたのですか?」

 

「…全学年だが?」

 

「…今の発言を聞いて更に示談を受け入れる訳にはいかなくなりました」

 

「しかし、堀北さん。クラスメイトを庇う気持ちは分かります。ただ今回の事件では被害に合ったCクラスと加害をした須藤君、その責任の比率としては―――」

 

「"須藤君が暴力をCクラスに振るった。目撃した生徒は居ないか?"―――これが、私たちDクラスがHRで聞いた事件内容の説明です。坂上先生、お答え下さい。Cクラスはどうご説明したのですか?」

 

「…茶柱先生と同様です。それがどうしたのですか?」

 

 

言葉に割り込んだ堀北に気後れしたのか、メガネを直しながら若干怯んだように返す坂上先生。それに視線を更に鋭くさせ、今度は室内の皆に聞こえる様に発言する。

 

 

「もし、ここで示談となり非を認める形で審議を終えたら学校中の生徒はこう思うでしょう。"Dクラスの須藤健は、他クラスのバスケ部の生徒に暴力を振るう粗暴な生徒だった"と」

 

「…それは、事実として受け入「本当は!」…!?」

 

「…本当は、Cクラス側が須藤君を呼び出したのにも関わらずです。…どうしても話をここで終えるというなら、改めて全クラスに、"今回の事件の切欠はCクラスがDクラスの須藤健を呼び出した結果起きた"と説明をして頂きたいです…!!」

 

「そんな…!」「マジかよ…」ざわざわ…

 

「………当然の措置だな」

 

「堀北君…!?」

 

 

思案気な生徒会サイドと、そこに悲鳴を飛ばす坂上先生。顔を真っ青にして不安そうに騒めくCクラスサイド。こちらは逆に言う事は言ったというような、いつもの仏頂面だが頼りになる表情の堀北。須藤は嘆願書の提出から、堀北の弁解を聞いて顔を真っ赤にして何というか熱視線を堀北に向けている。

 

 

「………そちらの提案を、聞きましょう」

 

「坂上先生…!?」

 

 

主体的に話していた石崎という生徒が驚いたように担任に振り返るが首を左右に振られ、ガックリと肩を落とす。その後、堀北からの提案は1つ。

 

 

・今回の件の審議そのものを取り下げる。その際の費用はC・D両クラスが折半するものとする。

 

・それが受け入れられない場合、今回の審議の結果を聞いて、それを受け入れる。ただし、事件の切欠については全学年、全クラスに共有するものとする。

 

 

もし審議でこちらの被害が多くなっても、切欠の内実が露見すれば見識がある連中だけでなく、大半の生徒は気が付くだろう。Cクラスは他クラスに()()を仕掛けるクラスだと。坂上先生は相談の時間を要求し、生徒会長が認める事で小休憩を取ることとなった。

 

 

「ほ、堀北…さっきの嘆願書って奴は…」

 

「………先輩たちに感謝する事ね」

 

「…マジか…明日からどんな(ツラ)して部活にいきゃあいいんだ…」

 

 

…恥ずかしがっているのか、もしかして泣いているのか。顔を逸らし、窓の方に視線を向けている須藤。それに普段よりも柔らかい表情を向ける茶柱先生と佐倉。しかし、予想外だ。今回の嘆願書の件は俺は全く知らなかった。

 

―――まるで()()()()()()()()()みたいな冴えを見せる堀北に、驚きを覚える。

向こうにこれ以上の隠し玉がないなら、無理に審議を強行して今後の他クラス・学年への悪評(社会的ダメージ)を受ける方が痛手だろう。そもそも、今回は元より負け試合。いかにダメージを抑えるかが重要視される。

 

 

その後、小休止が明けるとCクラスから提案を呑む旨の返事が来た。

完勝ではないが、実質勝利に近い決着だ。堀北が承諾し、生徒会長に伝える事で審議取り消しが決定となり、解散が告げられる。

 

 

「堀北、それに綾小路も、佐倉も…マジで助かったぜ」

 

「もうこれに懲りたら、暴力事件なんて起こさないで欲しいものね」

 

「あぁ…。絶対に起こさねえ。約束する」

 

「…別に俺はなにもしていない。礼は佐倉に言ってやってくれ」

 

「わ、私は…別に」

 

「お前らに約束する…!俺、絶対ぇこんなことはしねえ…!漢の約束だ」

 

「う…うん」「あぁ…」

 

 

廊下で礼を言う須藤と、それに反省する様に言い含める堀北。それをみていると隣の佐倉から「私も…しっかり…変……しないと…」と呟く声が聞こえた。その場では何も言われなかったが、少し思いつめた表情が少しだけ気になるのだった。

 

――――――――――――

 

Side.佐倉 愛理

 

 

私は須藤君の審議が終わった次の日、ある男性を呼び出していた。以前から自分のブログへの書き込みをしてきた、ストーカーをだ。

落ち着いて、相手の投稿を見れば相手はこの敷地内にいて、そして私の近況を把握している事になる。それに、書き込み時間もまちまちだ。学校の授業中というのは生徒には難しい。4月ならともかく、6月になってもスマホからかき込みをするなんて生徒にはきっと出来ない。

そう考えると、容疑者は自ずと絞られた。家電量販店の従業員。あの男性だ。

 

先週までは考えられないような、まるで自分じゃないような積極性だが、もう迷いはない。

人気のないショッピングモールの一角。仕事中のようだったが、2人きりで話があると言ったら二つ返事で出てきた。

「やっと気づいてくれたんだね」「ずっと待っていたんだ」等、つらつらと言って来るが段々腹が立ってきた。

 

すぅ、とバレないように深呼吸をすると、内ポケットで録音中になっているスマホを確認。振り返って男性に向き合う。…以前あった時のまま、気持ちの悪い視線。妙に興奮しているのか息も荒くなっていて一層、嫌悪感が沸く。

 

 

「し、雫…話ってなにかな?」

 

「貴方が、私のHPに書き込みをした方ですか?」

 

「そ…そうだよ!あぁ…気付いてくれたんだね!やっぱり!雫は気付いてくれた!やっと!ふふふひひふひひあはははは…!」

 

 

あっさり認めた相手に内心、安堵する。今回呼び出した目的の内、一つが早くも達成されたのだから。狂ったように喜びを露わにする相手に、視線を逸らさぬ様に言葉を続ける。

こんな、こんな人に今日まで不安にさせられていたなんてと沸々とする怒りをそのままぶつける。

 

 

「やっぱり!これは運命だ!こんな事って本当にあるんだ!あぁ…!雫雫しずくぅ…!」

 

「………気持ち悪い」

 

「しず…ぇ…、え?雫?…なにを…言っているんだい?」

 

「………もう、私に関わらないで下さい…!!」

 

 

見知らぬ相手の、それも男性に気持ち悪いだなんて、それに怒鳴った事なんて生まれて初めてだった。それでも、今の私には()()があった。

 

切欠は、今回の暴力事件の目撃者になった事。そこで知り合うことになった櫛田さんと堀北さん、…綾小路君。…そして、西園寺さん。

須藤君も荒っぽい人だと思っていたのに、変わろうとしていた。私みたいな根暗な相手に本気で頭を下げて、変わるって約束をしていた。

西園寺さんは私なんかのことを、尊敬するって…。自信を持って良いって。そう言ってくれたんだ…!

 

 

「迷惑なんです!私は…あなたの事なんて知らない!」

 

「そ…そんな…!ずっと、ずっとずっとずっと君の事を見守ってきたんだよ!そそ、それを…!裏切るのか!」

 

これで目的の2つ目も達成。あと1つ。頭を抱えて血走った眼で、口角泡を飛ばしながら支離滅裂な事を言う。逃げたくなる。怖い。でも、それでも。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

 

「二度と私の前に姿を現さないで!…こんな、ストーカーみたいなこと…もうしないで…!」

 

「うぅぅ…違う、違う違う違う!雫が…雫がこんな事言う訳ない!嘘だ嘘だ嘘だううあおうぅ…!」

 

「嘘じゃない!本当に…私はあなたの事が嫌いです!好きなんかじゃない!もう私に―――きゃあっ!」

 

「雫ぅぅぅ!」

 

 

腕を伸ばしてきて、突き飛ばされる。背中から地面に倒れ、衝撃で伊達眼鏡が外れてしまう。相手を精一杯強く睨みつけると、「はぁはぁ」と息を荒げながらにじり寄って来る。

震えているのが分からない様に耐えながら、路地裏の細道、その出口に見える()()()()()を視界に捉え、勝利を確信する。これで、3つ目。

 

 

「君が、君が君が悪い悪い悪いぃ!わ、悪い子にはおお、ぉお仕置きしないとなぁ!」

 

「っ…!」

 

 

バシ、と頬に衝撃が走る。平手で頬を打たれたのが分かる。恐怖とは違う、素の痛みに思わず涙が出そうになるが、こんな相手には自分の弱いところを見せたくない。キッと視線を向けると、ギリギリと歯を食いしばり、怒りの表情でもう一度手を振りかぶった。

耐えて見せる、そう思い歯を食いしばって目を瞑る。…衝撃は、来なかった。

 

 

「…な、なな、なんだよおおお前達は「確保ぉ!」「動くんじゃない!!」ぐぉああぉ!」

 

「…っ!」

 

「大丈夫か…!佐倉…!」

 

 

駆け寄ってきたのはクラスの担任の茶柱先生だった。先生には、事前に自分がストーカー被害に合っている事を伝えていた。

親身に聞いてくれた先生は、穏便に解決する方法を提示してくれたが、私から今回の事を提案した。

 

ストーカーの規制は、被害の確認が非常に難しい。その為に、言い逃れの出来ない行動、状況、証拠が必要だった。

今回、加害者を誘き出して自白を得た。そして、自分がその相手を嫌っている、否定している意思表示を相手に伝えた。最後に、監視カメラの映像付きの暴行未遂。…頬への証拠(コレ)があれば、現行犯かもしれない。

 

以上を持って、今回のストーカーを撃退する為の作戦は全てだ。まるで、自分が自分じゃない様な行動だったけど、上手く行った事にようやく安堵の息を着く。

 

 

「し、しずくぅ…!嘘だろ!あ、愛し合って…それが運命で運「大人しくしろ!」「応援を呼ぶ!」ああああ!!」バタバタ

 

「先生さん、後はこっちで連れて行くので、状況の方は後で別の担当が行くんですが…大丈夫ですか?」

 

「はい大丈夫です。よろしくお願いします…。…佐倉、もう後は私たちに任せて良い。説明は後日でも…」

 

「いえ、大丈夫です。…お話しします。出来ます…!」

 

 

気遣ってくれた茶柱先生に返事を返すと、ジッとこちらの様子を見て、無理をしていないかと何度も確かめられる。

 

 

「…分かった。だが、気分が悪くなったら何時でも言うんだぞ?」

 

「はい、お願いします!」

 

 

茶柱先生に付いていき、応接室?で事件の経緯を説明していく。途中、他の先生が来たり、生徒会長や書記さん?が入ってきたりした。(すごく驚いたが、心配そうに親身になってくれた)

 

話のメモを取る警備員さん?刑事さんには驚かれたり危ないことをしない様にと注意されたりしたものの、最終的には学校の偉い方?が出てきて謝罪された。

 

曰く、学校の敷地内の職員の不祥事であり学校側は非常に重く捉えている事。今回の犯人について刑事告訴する場合は学校側は全面的に味方に付いてくれる、手続きが煩雑になる為に弁護士・代理人はこちらで立てさせて欲しいということ。

 

全く否は無いので、コクコクと頷いていると介護教諭の先生も入ってきて話を中座。簡易的なカウンセリングを受けた。(途中、相談できる相手を聞かれた時に西園寺さんの名前を出すと何故かペンを落として固まられた。なんで?)

 

 

そうして約2時間、聞き取りが終わる頃には外は暗くなっていて、ヘトヘトで部屋を出るとこちらに駆け寄ってくる影が。昨日、勇気を貰った相手。西園寺撫子さんだ。

 

 

「…佐倉さんっ!」

 

「さ、さいお「心配しました…!」わふっ…!」

 

 

ぎゅう、と強く抱きしめられる。強い母性と、鼻孔に流れ込む花のような香り。思わず疲れ切った身体を預けたくなる。何とか堪えて、ここにいる理由を聞くと先ほどの介護の先生が呼んでくれたのだとか。内心で感謝を送っていると、体の無事を確かめられたり、無茶をしたことを咎められたりした。

その後、「何でも相談して」と言われ、連絡先を貰ったのは役得だった。(西園寺さんと仲良くなれたのだけは、あのストーカーに感謝しても良い)

 

 

「あぁ…。頬にこんな…メガネも…!」

 

「あの…頬は直ぐに良くなるそうですし、実は私…伊達眼鏡だったんです。…裸眼だと、自信が無くて。でももう、大丈夫そうです。…西園寺さんのお陰です…!」ギュウ…

 

「佐倉さん…」

 

「…メガネ…あった方が可愛かったですか?」

 

「いいえ…!そのままでも、とっても素敵ですよ♪」

 

「…っ!ありがとうございます!!」

 

「わっ、」

 

 

今度はこちらから思い切り抱き着いて、驚かせてしまったけどこれくらいは許してほしい。私は、()()()()()()

その後、改めて連絡先の交換をしたり休みの日に買い物に行く約束もした。

(少し不謹慎だけど、今回の件で学校側からプライベートポイントが貰えるみたい。…今から楽しみ。)

 

その後、咳払いをした介護の先生から、「急に不安になることがあったら連絡をすること」「一人になりすぎないこと」「相談相手を作ること」等の注意点を受けて、その日は帰路に就いた。

…ちゃっかり、次の日に西園寺さんと一緒に登校する約束ができたのは我ながら成長したおかげだと思った。

 

 

―――

 

そして次の日。

 

西園寺さんと、Bクラスの一之瀬帆波さんと一緒に登校する。ざわつく声が、視線が自分を貫くのを感じる。…でもその度に、手をギュッと握ってくれる西園寺さんと、声をかけてくれる一之瀬さんのお陰で校舎まで辿り着く。

 

お昼ご飯の約束をして、教室前で別れる。ここからは一人だ。でも、もう一人でも私は、()()()…!

すぅ、と深呼吸して教室のドアを開ける。

 

ガラリ、という音の後に話し声が途切れるのを感じる。視線が突き刺さるのを感じながら、私は席に荷物を置いて櫛田さんの所へ向かう。

 

 

「…櫛田さん、おはようございます…!」

 

「わっ…!佐倉さん、おはよう!今日は()()、可愛いね…!」

 

え…誰?」「もしかして…雫…?グラビアアイドルの…!?」ざわざわ

 

もしかして…

 

 

周りの声なんて気にならない。…ように、なんとか振舞いながら挨拶をする。少しだけ驚かれたけど、伊達眼鏡を外したことを伝えると褒められた。

その後、教室に綾小路君も登校してくる。私は彼の席に近付いて、先にいた堀北さんとも一緒に挨拶する。

 

 

「綾小路君、…堀北さんも、おはようございます…!」

 

「…おはよう」

 

「おはよう。メガネ、外したんだな…」

 

「うん。伊達…だったんだ。してた方が…良かったかな?」

 

「いいや、そんなことないぞ」

 

「良かった…!」

 

 

男子とこうやって教室で話しかけることなんて、思い出す限り殆どない。でも、これからは少しずつ変われる。変わっていけるんだ…! 

その後、予鈴が鳴り茶柱先生が入ってくる。こちらを見て少し驚いた表情を浮かべ、笑いかけてくれたのは何ていうか安心した。

連絡事項を聞きながら、(若干周囲からの視線を感じつつ)私はお昼ご飯の予定を楽しみにするのだった。

 

※HR後、めちゃめちゃ質問攻めにされるのをまだ私は知らなかった。

 

―――――――――

 

兄北「(鈴音…成長したな…!)」

※相談に乗った側

 

妹北「兄さん…!見ててくれましたか…!?」フンスフンスッ!

※相談した側

 

綾小路「(あれ?俺必要だったか…?)」

※保険

 

―――

 

佐倉「私は…変われる…!」

 

店員「逮捕END」

 

撫子「佐倉さん…!」ギュウ

 

茶柱「事後処理が…!」

 

―――

 

佐倉「西園寺さん!」ニッコリ

 

撫子「佐倉さん♪」ニッコリ

 

一之瀬「…ふふ♪(撫子撫子撫子…)」ニコニコ

 

親衛隊「(恋敵の出現…!?なんて巨乳(せんとうりょく)なんだ…!)」戦慄

 

 




はい、原作変化ポイントです。佐倉覚醒回。
なんとほぼ単独でのストーカー撃退。作中には散りばめられませんでしたが、バタフライエフェクトや撫子からの直接の助言に背中を押された形です。
綾小路君に謝意を感じてはいますが、原作程重い感情を持ってはいないです。

次回は水着を選ぶ回になるかと。
アンケートはなんというか、作品には少し関係ないですが皆さん視点どうなのか気になったのでちょっとだけ。
出来ればご回答頂けると嬉しいです。よろしくお願いいたします。


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幕間
番外①:夏休みへの抱負と、水着(選び)デート、そして撮影会へ


えー、アンケート結果に伴い作品を書き進めることと相成りました。
誤字脱字の修正、誠に感謝です。これからも本作を何卒よろしくお願いいたします。

また、現時点で何点か原作との相違ポイントが発生しています。
おや?と思った点は遠慮なく感想などでご報告いただければ幸いです。
(ダイマ)

それでは、かなり前のアンケートで採った佐倉さん&茶柱先生のイベント回です。
次にはついに原作3巻。長かったですが、書くのが楽しみです。


 

「では、HRを終わる。今週末から夏休みだが、あまり羽目を外しすぎない様に注意する事だ。以上」

 

「起立、礼―――」

 

 

担任の真嶋先生が教室を去ると、クラスに会話が戻ってくる。その話題はどれも、来週に迫った夏休みの予定についてだ。

学校からのスケジュールとして、豪華客船での旅行が組まれているもののそれ以外にも休みはある。

各々、仲の良いクラスメイトや部活の仲間たちと予定を組んでいるのだろう。

 

 

「…撫子さんは、夏休みの予定などはなにかあるのでしょうか?」

 

「有栖さん。…実は、今の所は茶道部の活動で外部の先生をお招きする事と、生徒会のお仕事で学校に来る日があるくらいのものですよ」

 

「あら、結構お忙しいんですね」

 

「お役目ですから。…有栖さんは、何か予定は?」

 

 

予定を聞いてきた有栖に逆に水を向けると、クラスメイトといくつか予定はあると返される。羨ましい限りだが、憂いを込めたような笑みで言う姿に眉をひそめる。

 

 

「…その割には、何か浮かない表情ですが…何か心配事でも?」

 

「いいえ、そういう訳ではないのですが…実は」

 

 

なんと有栖は船舶での旅行に不参加らしいのだ。体調面でのドクターストップでは仕方がないとはいえ、折角のクラスメイトとのイベントに自分だけ居ないのは確かに残念極まる。

当然、周囲からの視線も派閥を問わずに気の毒そうなものが多くなる。

 

 

「そう…。残念ね」ヨシヨシ

 

「あ、あの…撫子さん…何故、撫でているのですか?」

 

「キマシ…」「ナデ×アリ…」ざわ…

 

「あ、ごめんなさい、つい…」

 

「い、いえ…//」

 

 

思わず頭を撫でて慰めようとしたが、恥ずかしくなったのか顔が赤くなった有栖さんに「また後で二人きりの時に、ね?」と言うとコクコクと頷かれた。少し元気になって何よりだ。

 

その後、話題を変える為に話題を切り出す。まだ夏休みまで日があるとはいえ、触れる程度には情報共有をしておきたい内容だ。

 

 

「ところで、前年度の1年生のクラスポイントの推移を見る機会があったのですが夏休みにかなりのポイントの増減が確認出来ました」

 

「!つまり…」

 

「いよいよ、という訳か」

 

「え?」「どういうことだ?」ざわ…

 

 

リーダー格の生徒は警戒と納得を。逆に大半の生徒は疑問符を浮かべていた。それにコクリと頷きを返すと、不敵に笑う有栖さんと、腕を組み目を閉じる葛城君。対照的だが、その2人の様子に察しのいい生徒は真剣そうな表情で聞き耳を立てる。

 

撫子が語った内容は、生徒会の書類整理をしている際に見つけた書類。(頼んできたのは副会長だった為、撫子は故意に見せて貰ったと思っている)そこから見出されるポイントの大幅な増減。

クラスが変わるほどの興隆は、すなわちクラス間での試験(イベント)が有る事を示唆している。

 

その考察を順序だてて語ると、Aクラスのざわめきは大きいものになる。特に、坂柳派閥の生徒はリーダーの不参加を聞いている。どうしたものかと不安の色が多くなっている。

 

 

「…坂柳、それに西園寺。俺としては、もし試験が本当に実施されるならクラス単位での意志の統率が必要になると思う」

 

「………」

 

「それは…おっしゃる通りですね」

 

「うむ。なので、もし仮に試験が実施される場合は()()()俺がリーダーと(主導)して試験に臨みたい。…もちろん、強要はしない。クラスでの決を採るべきだと思うが、どうだろうか?」

 

 

これには有栖さんも思案気な表情を浮かべている。自身としてはなにも問題ないし、むしろ頼りになる葛城君に任せられるなら是非に、とも思う。

しかし、あまり仲が良くない(※撫子視点)有栖さんとしては二つ返事で頷けないのかもしれない。欠席の理由もやむを得ないものだ。どう仲介しようかと考えていると、再びいつもの表情(アルカイックスマイル)で葛城君へと返事を返す。

 

 

「ええ、葛城君の言う通りですね。今回の試験は葛城君にお任せしても構わないと思います。…撫子さんも、よろしいですよね?」

 

「(…!)もちろんです。葛城君、よろしくお願いいたしますね」

 

「…感謝する。坂柳、西園寺も。Aクラスに恥じない結果を出せる様に全力を尽くそう」

 

「葛城さん!」「俺たちもやってやりますよ!」オォー!

 

 

葛城派閥の生徒が歓声を上げる。それを冷ややかに見ている坂柳派閥と、居心地が悪そうにしている第三(撫子)派閥の生徒達。しかし、それを止める様にスッと坂柳が手を上げると、歓声は徐々に収まっていく。挙手の意図は明確だ。この権限の移管が、まだ終わっていないのだとクラスに伝える為に他ならない。

 

 

「…どうした、坂柳。まだ言いたい事があるなら遠慮せずに言って貰いたい。俺たちは同じクラスメイトだ」

 

「えぇ、では、()()()()。…もしも今回の試験がAクラスの勝利…とは言わずも、全クラスで2位以上であれば、私たちの独走状態は維持できるでしょう」

 

「………」

 

「しかし葛城君の戦略の結果、これが覆るような()()をするようなことがあれば、それはリーダーとしての能力に些か疑念を覚える事でしょう」

 

「なんだと!?」「おい、やめろって今は…!」ざわざわ…

 

 

声を荒げる生徒が出るが、坂柳派閥の鬼頭を筆頭に武闘派の生徒が前に出てそれ以上前には進ませない。自制が利く生徒が止めるも、クラスの雰囲気は剣呑なものになる。しかし、葛城も派閥のリーダーとして伊達にこの場にはいない。

自派閥の生徒の肩に手を置いて、落ち着く様に促す。

 

 

「葛城さん…!でも!…いや、すいません…」

 

「弥彦、落ち着け…。お前らも。…それで、坂柳。お前の要求はなんだ?」

 

「要求なんて大層なものではありません。ただ、最初に確約して頂きたいのです。葛城君の指示の下、試験の結果が振るわなかった場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のです」

 

「…それって…」「あぁ、姫さんの…」ざわざわ…

 

「………成る程、十分理解できる内容だな」

 

葛城さん…!いいんですか?言わせたままで…!試験に来ないや「それ以上は止めろ、弥彦!!」…す、すいません!」

 

 

その後、葛城君が自分の派閥に2,3度話すと、改めて有栖に向き合って合意を返した。満足そうに有栖も「ありがとうございます、葛城君」とお礼をする。どこからともなく、パチパチと拍手がされ、クラスの雰囲気も幾分か普段通りに戻ってホッと息を着く。

 

 

「それでは、撫子さん」

 

「?はい、なんですか?有栖さん」

 

「もしも葛城君が試験で上手く行かなかった場合、その後の()()()()()()をお願いします♪」

 

「なに?」

 

「え?」

 

「は?」

 

「……………………ふぇ?」キョトン

 

 

悪戯が成功したような笑顔で有栖さんが私に告げる。思わず素で返してしまったが、一体何故?私の疑問をそのままに、事態は進んでいく。

 

 

「…坂柳、確認したいんだが…何故、西園寺に?嫌、俺に否は無いが…本人も知らない様子…の、ようだが」

 

「…っ(初耳です…!)」コクコク

 

「ふふ…。別に不思議ではないでしょう?クラスでも優秀な成績を修めていて、クラスからの信頼もある。そして、私の派閥の生徒たちは全員が()()()()()()()()()事を約束します。…ね?皆さん」

 

「まあ西園寺さんなら…」「ええ。良いと思う」

 

「…なら問題ないか…」

 

「…!?」ガーン

 

 

なんとか眉をピクリと揺らす程度の動揺に収める。しかし内心の動揺は収まっていない。しかしよく考えてみたら葛城君が問題なく試験での結果を出せばリーダー継続をするのだと前向き(ポジティブ)に考えることにする。…現実逃避ではない。決して。

 

 

「では、西園寺。頼めるか?(俺もサブリーダー等として頼む、近い提案をする予定だった。…渡りに船、という奴だな)」

 

「…ええ、よろしくお願いしますね、葛城君(…どうしてこうなったの?葛城君、頑張って下さい…!)」

 

「ふふ…。それでは皆様。私の言えた事ではないのですが、体調管理はしっかりして試験に臨んで下さいね?(葛城君のお手並み拝見…ですね。いずれにしろ…ふふ…)」

 

 

こうしてクラスの方針は固まる。一部、不和を内包しながらも、Aクラスは一つの組織として作戦を立てるのであった。

 

―――――――――

Side.佐倉愛理

 

 

七月の半ばの週末、私は約束していたお買い物の待ち合わせで学生寮の一階にいた。緊張しすぎて、昨日はあまり眠れなかったけど待ち合わせの時間が迫る度、胸の鼓動が早まっていくのを感じる。

 

―――あの事件があってから、私は伊達眼鏡を外して、髪型も雫として活動していた頃のものに変えた。

クラスの皆に質問攻めにされたりしたけど、櫛田さんや仲良くなった長谷部さん。撫子さん経由で仲良くなった一之瀬さんがフォローしてくれて何とか受け入れられた…と、思う。

それから、学年問わずに付き合って欲しいとか、手紙で呼び出しをされたりしたけど、全部丁寧にお断りをした。すっごく緊張したけど、最近は声をかけられるのも、断るのも慣れてしまった。……慣れって怖いと思った。

※長谷部さん曰く、夏前と冬前は彼女彼氏が欲しくて声掛けが多くなるらしい。

 

チン、と音がして目を向けるとエレベーターが開く。すると、待ち合わせの相手の西園寺さ…撫子さんが小走りでやってきた。まだ待ち合わせの10分前なのだが…。それよりも、思わず、という様に返事をすると撫子さんからも衝撃的な発言が返ってきた。

 

 

「愛理さん!…お待たせしてしまったようで…」

 

「な…撫子さん…!わ、私も今来た所なので…!」

 

「ふふ…今のやり取りって…まるで、デートみたいですね♪」

 

「………で、デート…//」

 

 

()()()。…そう、これは半ばデートなのである。水着を見に行くと約束をしたので、一緒に日を合わせてショッピングモールに行くことになったのだ。思わず、という風に相手の姿を見ると、思わず口から感嘆の息が漏れてしまう。

 

サマードレスというのか…真っ白いワンピースだが、夏仕様で薄い生地。それを、細い紐のような肩掛け部分のみが生地を支えている。その中の零れそうな二つの胸に、男女問わず思わず視線を向けてしまう事必至だ。…後は直射日光を遮る為の日傘だろうか、白地に淡い青と緑の花柄のそれを持って一階ロビーの視線を独り占めにしている。

※一部自分に向いているのには気付いていない。

 

 

「…あ、あの…撫子さん。良く、似合っています…//」

 

「…!ふふ、ありがとうございますね、愛理も、よくお似合いですよ♪」

 

 

今日の為に気合を入れて選んだ淡い桃色のブラウスと、青地でワンポイントのリボンが付いたプリーツスカートを選んだ。それに顔を真っ赤にしながら返事をして寮を出ると、強い日差しが私たちを貫く。思わず手で遮ろうとすると、バサ、と日傘の開く音。振り返ろうとすると、日の光を遮る白いカーテンと、印字された花と蔦が視界に入った。

 

 

「え…!撫子さん…だ、大丈夫ですよ?日傘は撫子さんが…」

 

「ふふ…♪二人で使いましょう。あ、もしかして…じゃあこうして…♪」ギュッ

 

「はわわっ!?な、なな撫子さん…!?」アタフタ

 

 

何と、相合傘。そして腕には握られた撫子さんの温かくて柔らかい…す、素肌の感覚が…!

早くなる鼓動を抑えながら、横目で()()()()()()()()()の顔を盗み見る。…すぐにバレてしまい、首を傾げる姿にもかあっと赤面するのを感じる。撫子さん…。私を、雫を変えてくれた人。私が、今一番気になっている人…。つながる掌の熱を感じながら、買い物に向かう。周りなんて何も見えない。ただ、彼女のことだけしか…!

 

 

―――そうして、心臓バクバクで、カチコチに固まりながらも、私と撫子さんの初めてのお買い物(デート)は、幕を開くのでした。

 

 

※この後めちゃめちゃデートをした。なんなら、周囲の目線を集めに集めて一躍"時の人"となるのを、佐倉愛理は知らない。

 

―――――――――

Side.茶柱佐枝

 

 

週末の放課後、珍しく私用でショッピングモールをうろついている。普段のスーツにタイトスカートではなく、濃紺のデニムパンツと地味目な色のカーディガン、さらには髪も結わえずにいる為、だいぶ印象が違う。この格好だと、生徒達にも気付かれることなく過ごす事が出来て気が楽だ。

…教職員にとって、休みとは休みに非ず。特にこの学校の特異性を考えると問題を学校内部で処理できるとはいえ、その頻度が外部の比ではないだろう。常に業務用の端末の所持を義務付けられている為、本当の意味で自由な時間はかなり貴重だ。

生徒の為の施設とはいえ、敷地内には当然大人も多数仕事をしている。その大人の為の憩いの場も、当然ある。夜には行きつけのバーに行くか。それとも、と予定を立てようとすると視界の端に見知った顔を見かける。

 

 

「あれは…撫子…?隣に居るのは―――」

 

 

ショッピングモールの一角で機にかけている生徒達を発見する。後ろ姿だけだったが、恐らく担当しているクラスの佐倉愛理と一緒に店に入る所を。ふとした興味で見ると、水着や女性服の専門店の様で店の中はそこそこ盛況なようだ。茶柱としては予定など無いが、気まぐれで。そう、ほんの気まぐれで店内に入ることにした。

 

 

従業員のいらっしゃいませ、という声を耳にし店内をブラつくと、生徒達が思い思いの水着を手に取り、時に試着して確かめているのを眼にする。…店内にはリア充(男連れ)が居ない為か、ガラス張りの店外に見えない様に設置された更衣室周りでは割とオープンに肌を見せ合う生徒達の姿があった。

 

 

「この色ヤバくない!?」「今年の人気な―――」

 

「あ!そっちの可愛い!でも高ーい!」「ポイントがね~」アハハ

 

 

いくつになっても、女性という生き物はお洒落には真剣(マジ)だ。それを無くしたら、急速に老け込む事、間違いない。

ブルりと怖気を感じ、自分に似合う水着は無いかと目利きしてみる。やはり人気なコーナーには人だかりがあるが、ホルターネックやクロスホルタービキニ等、()()()()のコーナーにはその姿も疎らだ。

安心して水着を手に取っていると、背後の更衣室のカーテンの開く音がする。チラリと視線を向けるとそこには、

 

 

「…?茶柱先生…ですか?ごきげんよう、です」

 

「……………な、撫子…か。うむ………ごきげんよう」

 

 

思わずオウム返しになってしまった茶柱。他クラスとは言え教え子に水着を選んでいる所に声をかけられたのもあるが、何より彼女の水着姿に目を奪われた為だ。

シミ一つない、夏なのにまるで雪肌のような白いそれを覆っているのは黒い3つの三角形と薄い紐のみだ。三角ビキニなのは分かるが、その視覚的暴力は以前の保健室で見た光景を思い出す。あの時も呆然自失となったが、今度は違う意味で固まってしまう。

 

非常に、エッチだ。(直球)

 

―――同性から見ても、その胸に視線が集中してしまう。いや、無論他のウェストの()()()やヒップ、そこから下半身に伸びるスラッとした太腿にふくらはぎもとても魅力的(エッチ)だが、それすらも凌ぐ光景が目の前にあった。

 

キョトンと固まっている撫子が、恥ずかし気に、手を後ろに回しその身体を茶柱に晒している。「…似合いますか?」と聞いてくるが、なんとか「よく似合っているぞ…」と返すのがやっとだった。それに花が咲いたような笑顔を浮かべる撫子。

 

※更なるダメージが茶柱を襲う!

 

 

「良かった…!実は、愛理…ええと、佐倉さんと来ていたのですが私に合うサイズの水着があまりなくて…。なので、紐などの調整で着られるフリーサイズの水着を店員さんと見繕って下さっているんです♪」

 

「そ、そうだったのか…それは良かったな。うむ」

 

「それでですね…あの…茶柱先生がお忙しくなければ…その…」

 

「あぁ…」

 

 

もじもじと胸の前で手を合わせている撫子だが、水着姿だからかその動きすら非常に煽情的だ。会話内容が脳に入らない。耳を左右に通り過ぎているような感覚。ただ茶柱はもう、目の前の撫子から目が離せないでいた。

 

 

「私の水着を…選んで下さいませんか…?」

 

「水着…撫子の水着…」

 

「はい、あの…お忙しくなければ…その…」

 

「…あぁ、分かった…」

 

「………っ!ありがとうございます…!」パアァ…!

 

 

その姿のまま、腕を取られ抱きしめられる。思わずハッとするが、後悔先に立たず。むにゅん、と目の前の暴力装置(おっ〇い)に掌が呑み込まれ、「あっ…!」と素の声が出てしまう。それに驚いたのか、慌てて手を放し謝られるが気にしない様に取り成す。そうして撫子の好きな色を聞き、彼女の()()()()()水着を数点集めて来る。

 

…曰く、『出来るだけ布面積が多い方が…』『でも、先生が選んで似合っているのであれば…!』と一応の希望(リクエスト)を出されたが、あのおっ〇いでワンピースタイプのものは無謀だろう。念のため、最大サイズのラッシュガード等を最初に持って行って、佐倉も呼んで3人で何とか着せてみたが。

(※案の定、かなりキツかった)

 

 

「あの…茶柱先生…これ「言うな」…あの「何も言うな」あぅ…//」

 

「?ちょっとキツイですが、どうですか?動きやすくて、良いかもしれません♪」

 

「………撫子、それよりもこっちの方がお前にはよく似合う。着てみてくれないか?」

 

「…?分かりました。その前に、愛理、お願いします」

 

「は、はい」

 

 

パシャリ、とシャッターを切る。佐倉愛用のデジカメでの撮影だ。店の店員は無言でスルーしている。いいのか、それで…。

………それはそれとして私も欲しい。

 

なんでも、友人の一之瀬から頼まれているらしい。今日はどうしても予定が空かず、泣く泣く撮影を佐倉に任せたとの事。

 

 

その後も希望だった白のワンピースを着てみたり、(案の定、圧迫された布と自己主張する胸部が凶悪だった)店員の持ってきた

スリングショット風の赤い水着(おい、店員…!)を着てみたり(私を含め全員が鼻血を出して、撮影が中断となった)と被害者が出る様になってしまった。

 

 

「次は青い水着ですね…では着替えてきます♪」シャッ

 

 

カーテンを閉めて、紐を解く音と共にポトリ、と脱衣をする音がする。次の撫子の水着姿を待つのは、顔を真っ赤にして内股気味になっている佐倉と目の輝きを失っている茶柱の二人だ。

 

 

「茶柱先生…わ、私もう…//」

 

「落ち着け佐倉。「先生…」この後は私が水着になる。「先生…!?」…お前はデジカメで撫子の姿をしっかり撮れば良い。(発狂)」ブツブツ…

 

「先生、正気に戻ってください先生…!」ユサユサ

 

「………どうですか♪愛理、茶柱先生…!」シャッ

 

 

カーテンの開く音と共に、再び女神の身体を見せつける撫子。段々と慣れてきたのか、若干頬が赤いもののポージングも慣れたものだ。それに機械的にレンズを向け、時に全身を。時に下から撮影をするのはもはやプロの技術(ワザ)だ。

 

 

「撫子さん、視線をこっちに下さい。そう、あと腕を膝に置く感じで屈んで…」パシャパシャ

 

「こう…?ですか?」ギュッ

 

「…(つまり撫子の胸を見るからダメなのであって撫子の胸に触れば良いんじゃないか?あるいは水着越しではなくて直接見れば耐性が体勢が耐性…)」ブツブツ…

 

「…(ねえ!他のお客さんは帰って貰ったわ!)」コソコソ

 

「…(じゃあ私はクローズの札を立てて来るから、あなたは次の服を!)」コソコソ

 

「…(もう水着だけじゃなくて良いわよね?()の下着なら彼女でも…!)」コソコソ

 

 

気付けば店内には従業員を除いて3名しか残っていなかったが、それに気が付くのはデジカメのバッテリーが切れるまで誰もいないのだった。

 

※この後めちゃめちゃ撮影会&試着会をした。最終的には全員が絶賛した水着と、何故か90%まで安くなった服を一式買う事になり、大荷物となった。店員たちはやり切った表情でお見送りをしてくれた!!

 

 

――――――

※更衣室での一幕

 

 

 

「あ…茶柱先生…」

 

「動くな、撫子」

 

「は…はい…」

 

「…胸に触るぞ…」

 

「はい……んぅ」

 

「我慢しなさい。ん、キツイな…。一気に脱がすぞ…」ジジ…

 

「ん…!んぅ…!」フーフー

 

「良し…もう少し…」

 

「やぁ…もう、ダメです…先生…!あぁ…!」

 

「よし、これで…!」グイッ

 

「ぁん…!はぁ…はぁ…」

 

「よく我慢したな、撫子…」ナデナデ

 

「はい…先生…ありがとう、ござい…ました…」ハァハァ…

 

 

・・

 

・・・

 

 

 

 

 

 

「あ、あのーもう大丈夫ですか~?//」チラッ

 

「…えぇ、もう平気です。やっとジッパーが開きました。…次を持ってきてください」

※お眼眼グルグル

 

 

※フロントジッパーの水着を下せなくなって助けを求めた撫子&助けた茶柱。更衣室の外は流血沙汰になっているが、全員が至福の表情だ。問題は(きっと)ない。

 

 

―――――――――

 

葛城「西園寺なら大丈夫だろう」

 

有栖「撫子さんなら大丈夫でしょう」

 

神室「撫子なら大丈夫でしょ」

 

鬼頭「坂柳さんがいうなら大丈夫だろう」

 

橋本「姫さんが言うなら大丈夫だろ」

 

撫子「…!?」ガーン

 

―――――――――

 

撫子「お買い物デート♪」ルンルン

 

雫「撫子さんと…デート//」テレテレ

 

親衛隊「…(一之瀬さんに新しいライバル…捗るわぁ…)」ギラギラ

 

―――――――――

 

雫「こっちに目線下さーい」パシャパシャ

 

撫子「こ、こう…ですか…?…♪」ポーズ

 

茶柱「撫子撫子撫子…」SANチェック失敗

 

店員「またのご利用お待ちしております」最敬礼

 

 




今回は少しだけ早く出来ましたかね…?
次回は、改めて原作呼んでからの投稿になるかと。
少しだけお時間をくださいませ。それでは、読了ありがとうございました。


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【お知らせと相談】データベース:西園寺撫子

今回は最新のお話ではなく、申し訳ございません。
3巻によくある生徒の学生データベースの情報になります。



氏 名:西園寺撫子

 

クラス:1年Aクラス

 

部活動:生徒会、茶道部

 

誕生日: 7月23日

 

【ステータス】

 

学  力:A+

知  性:A

判 断 力:B

身体能力:C

協 調 性:A+

 

 

面接官からのコメント

 

面接時にはほぼ完璧な受け答えを返してくれました。中学校での欠席については確認をした結果、やむを得ない事情として私、■■■■面接担当官及び。採用担当主任と理事長の相談の下、入学に差し支えはないと結論が出ました。事態の原因については選択肢のない事態だった点もある為、Bクラスへの配属といたします。

 

補遺①:該当生徒の面接時に、■■面接担当官が、身体の治療についてやその他、確認事項に漏れがあった為に自宅に訪問して確認に行くという報告がありました。申請は採用課、■■に申請済みとのことです。

採用課■■事務員

 

―――当件についての申請に記載漏れがありました。以降の報告は■■採用担当官に上げる様に。

■■採用担当官

 

補遺②:自宅への訪問を行っていた■■面接担当官より申請。記載資料Aの12Pにある家庭内環境の審議について、再度の家庭訪問の必要があります。当申請は■■採用課長に報告済み。

■■面接官

 

―――そのような報告は申請を受けていない。直接の報告を直ちにするように。

■■採用課 課長

 

補遺③:―――■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■。

■■■総務課 課長

 

―――直ちに事実を確認をして下さい。理事長と理事会の審議の下、慎重な結論を要するものと判断します。以降の判断は、当官の権限を逸脱したと判断し、上層部の指示を仰ぐものとします。

■■採用課 課長

 

補遺④:―――■■■■■■■■■■■■■。■■元面接担当官については■■■■■■、■■■■■■■■。■■■■済み。

―――■■。

■■■

 

 

補遺⑤:また、上記のような事案を防ぐ為、内容の隠匿を第一に処理を行って下さい。保護者や本人への説明は私が向かいます。

担任含め、全教員並びに全生徒への情報漏洩は厳罰に処すと関係各位に伝達するように。以上。

■■理事長

 

 

治療中と事前の調査結果から伺っていましたが、別段考課に影響を与えるものではありませんでした。日常生活に差し支えもない為、Aクラスへの配属とします。

 

 

 

担任メモ

持病がある事を聞いていていましたが、クラスメイトとも良好な関係を築き、他のクラスや上級生とも部活や生徒会を通して非常に良い評判を聞いています。クラス初の中間試験での素早いアプローチは教師としても非常に驚かされると共に、非常に今後に期待が持てる一幕でした。

浦表のない性格で、教師たちの評価もとても高いです。これからもクラスの中心としての活躍を期待します。




アンケート回答ありがとうございました。
かまってちゃんで申し訳ありません。
この作品は、継続を致します。ありがとうございました。


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特別試験編~無人島試験~
①:試験の始まり。


皆様、前回のアンケートのご回答、誠にありがとうございました。
皆様のおかげで、そのまま作品を続ける決心がつきました。

つきましては、いよいよ今回から無人島試験がスタートします。
テンポよく行く為に、他のクラス目線は少なめになると思いますが、何卒ご理解よろしくお願いいたします。
もしもどうしても他クラス目線などがあった方が!等ありましたが、別途用意を考えようと思います。
よろしくお願いいたします。



―――△―――

 

青い空、そして、青い海。突き刺すような強い陽射しも海面にキラキラと輝きを届け、潮風と共に船上の乗客たちを盛大に歓迎する。上がる歓声に、上がるテンション。そして駆け回る生徒たち。

最高の夏休みを、彼らは迎えていた。

 

 

「うぉぉ~!!海だ~~!!」「やべぇ!船の上にプールがあるぞ!」「初めてみた…!」

 

「おい!飯に行くぞ!肉だ肉!!」「おう!」「おい、ズリぃぞ、俺も!」

 

「すごい…綺麗…!」「豪華すぎでしょ…!この学校に入れて良かったぁ~!!」

 

 

場所は豪華客船。船上にプールやお洒落なバー、船内にはスパやトレーニング施設にシアター等、様々な贅を尽くした施設が存在している。

無論、全て無料で使える為、この時ばかりはほとんどの生徒はクラスの壁を忘れ、年相応の少年少女へと戻っていた。

 

太平洋を進むこの客船は、東京湾より学校関係者を乗せて目的の無人島へと航行をしている。天気は晴れ。各々、到着までの時間を思い思いの過ごし方で楽しんでいる。

 

 

「撫子!愛理ちゃんも、早く早く!」

 

「きゃっ…帆波、あまり慌てると危ないですよ」

 

「あ…(察し)…私カメラを取ってくるので先に向かっていて下さい」

 

「(…!)分かった!また後でね!」

 

「あ、愛理さん、甲板に居ますので、また…!」

 

「…はい、ごゆっくり~」

 

 

それぞれ私服や水着に着替え、思い思いの友達と船内を満喫する。クラスの、または部活の友達と駆けだして食事をしたり、シアターや遊戯場などへ向かい大いにはしゃぎ、そして大いに楽しんでいた。

 

―――そのアナウンスが、流れるその時までは。

 

 

――ザザ、―ピンポンパンポーン…♪

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、ぜひデッキにお集まりください。間もなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義のある景色をご覧頂けるでしょう』

 

 

勘のいい生徒は。あるいは、運のいい生徒は船のデッキで無人島を中心にぐるりと一周。少しだけゆるりとした速度で巡行する船の上から目にする。それぞれが、1週間滞在するその島の景色を。

強弱はあれど、()()()()()()()()()()を、各々がその目に焼き付けるのだった。

 

 

―――◇―――

 

 

楽しい時間は過ぎるのが早い。この学校に来て、改めて実感したことだ。動く船の上で、手を繋ぎながら目を輝かせる帆波を見て、真実を伝えようか迷ってしまう。

 

 

「………綺麗な島だね…。……?撫子?」

 

「………帆波、………」

 

 

こちらを心配しているような眼差しを向けてくれる親友(ほなみ)に、首を振ってなんでもないと意思表示をする。それにクスクスと微笑んでくれるが、喉に(つか)えたような痛みは消えてくれなかった。

 

 

「…?なあに?変な撫子。どうしたの?」

 

「…………いいえ、何でもありません。お互い、()()()()()()()

 

「…!それってどうい『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒達は30分後―――』っ、着いたのかな…?」

 

オーイ、サイオンジサーン  イチノセイインチョー

 

 

アナウンスにより周囲から声がかかり、船内が慌ただしくなる。彼女はBクラスの大黒柱だ。こんな所で時間を奪う訳にはいかない。少しだけ後ろめたさを感じて、そっと手を放す。

 

 

「………もう、行きましょうか…」

 

「………あ…」

 

 

そのまま背中を向けてAクラスの生徒について行こうとすると、背中に、「撫子…!」と帆波の声。思わず、と振り返ると同時に衝撃と柔らかい感触にたたらを踏む。

 

 

「…っ…?、ほな、」

 

「…また後でね、撫子…!」ギュゥゥ…!

 

 

思い切り抱き着いた帆波。それを2,3歩と下がりながらもしっかり受け止めて、抱きすくめる。痛いくらい抱きしめて来る帆波の背に、恐る恐る手を回してしっかりと抱きしめる。

そのまま少しだけ帆波の体温を感じていると、耳まで赤くなっている様子に思わずクスクスと笑ってしまう。「む~」と不満げな表情の帆波を撫でて、お礼も込めて返事をする。

 

 

 

「……ええ、またね、です。帆波」ナデナデ…

 

「…ありがと、………うん、これで頑張れる!」

 

 

今度こそ、お互いに止まらない。「お待たせしました…!」とクラスメイトに駆け寄ると、あちらからも「ごめん、今行くね~!」と帆波の声が聞こえてくる。

私たちの、最初の特別試験が始まる…!

 

―――――ちなみに、当然ながら無人島を見る為にデッキにはクラス問わず多くの生徒が居た為、一部始終を見られていたのだが、二人の世界を構築していた()()()ノーダメージだった。

 

 

「ハッハッハッ…//」「ホナ×ナデ…!」

 

「ナデ×ホナ…ドコ…?無人島(ソコ)…?」

 

「オネエサマ…」「…………」パシャリ…!

 

 

※この後めちゃめちゃ流れ弾の被害者が出た。集合時間に支障が出たが、些細な事である。

 

 

・◆・

 

 

無人島への上陸の為に、自分たちの客室で荷物の準備をしていると来客を知らせるチャイムが鳴る。

同室の真澄や山村さんが手を止めているので、自分が出ることを伝え支度を続けて貰う。

 

 

「あ、西園寺さん、今少しだけお話しいいかな?」

 

「星之宮先生…?分かりました、少々お待ちください」

 

 

来たのは星之宮先生だったので、それを同室の二人に伝えて星之宮先生に着いていく。

「すぐ終わるからごめんね~」と言われ、船内を進んでいく。教職員のフロアだろうか。他には誰もいない船室に連れられる。

 

部屋の様子をキョロキョロと見ていると、背中から抱きしめられた。思わず嬌声(こえ)が漏れるが、他には誰もいない。声を抑える事よりも事情を聴くことを優先する。

 

 

「んぅ…!、星之っ…先セ…。なにを…?あぁ!!」

 

「何って…治療行為(ナニ)だよ!撫子ちゃんたら…あんな衆人環視の中で帆波ちゃんと抱き合っちゃって…!もう、()()()()()()()()()()()()んじゃないの…!?」

 

「そ、それ、んんっ!、はぁ…!あん!」

 

「ほら!声、声聞かせて…!我慢していると…体に悪いんだから…!ほら!」

 

「きゃ…!そんな…、こと…!ありませ、あぁ…!」

 

あっという間にジャージの前と、インナーの白いシャツを捲り上げられ、下着越しに胸を弄られる。

入学直後よりも頻度は()()()()()があって減ったものの、未だに星之宮先生にはお世話になっている身の上だ。

 

まだ大丈夫だと思っていても、心配してくれた先生を無下にも出来ない。

時間も余りある訳ではない。同室の二人を待たせる訳にもいかない為、身動ぎ(ていこう)を止めて相手にされるがままにする。

 

 

「あ…はぁ…!やっと素直になったね、撫子ちゃん…!」ギュウ…!

 

「あの…出来るだけ早く…、済ませて下さい…先生」

 

 

フロントホックの下着を外すと、汗ばんだ肌が外気に触れて身悶えと共に声が漏れる。それに「はぁはぁ」と声を漏らしながら、星之宮先生が両手で胸に手を置く。

 

 

「ん…!」

 

「ふふ…!じゃあ、じゃあ…!溜まっている母〇(モノ)をスッキリしてあげるからね…!」

 

「は…はい……」

 

 

その後、腰かけていたベッドで押し倒され、()を押し殺す撫子の声と何かを飲む(じゅるじゅる)音が部屋と僅かに外へ響くのだった。

 

 

※この後、めちゃめちゃ搾り取られた。顔を赤くした撫子が部屋に戻ってきて、山村は顔を赤くした。

 

 

―――〇―――

 

 

『あぁ!先生!、少し…優しく…!あん!』

 

『じゅる、…早く済ませて欲しいんでしょ…!じゃあ、もっと激しくしないと、終わんないよ…?』ジュルジュル

 

『そ、それはぁ…ふ、あぁ…!』

 

「………………なに、してんのよ…撫子…!」ギュ…

※廊下、ドアの前

 

 

―――◇―――

 

星之宮先生と別れ、身支度と息を整えてデッキに向かう。他の生徒達は既に点呼を始めている様子だったので、急ぎながら列へと合流する。

 

その後手荷物検査やスマホを預けて無人島へと上陸すると、強い日差しに思わず掌で遮るようにして目を細めてしまう。

周囲からの心配には大丈夫だと返すと、身長の高い鬼頭君が何も言わず遮蔽する様に立ってくれた。思わず、という風に感謝をするとコクリとだけ返され、周囲のクラスメイト達も笑みを浮かべていた。(※苦笑い。どう見ても誘拐犯か、ボディーガードにしか見えない。)

寡黙な彼の優しい一面を見て、クラスの雰囲気が良くなるのを感じる。

 

その後、他のクラスの生徒も上陸して(帆波や神崎君、龍園君とひよりも目が合った)、Dクラスの生徒達も揃うと、拡声器をもった担任の真嶋先生が試験の開始を告げるのだった。

 

 

「―――ではこれより、今年度最初の特別試験を開始する…!」

 

「特別…」「試験…?」

 

「クク…」「…!」

 

「(いよいよか…)」

 

 

それぞれが十人十色な反応を返す中、自分の意見を発する生徒も居た。あれはDクラスの生徒だろうか…。真嶋先生や茶柱先生に宥められたが、Dクラスの生徒は情動が鋭い生徒が多い気がする。それを傍目に、改めて試験について考察を深める。この試験、なんとしても(※私の為にも)葛城君には活躍して貰わなくてはならないのだから…!

 

 

無人島試験ルール

 

『基本ルール』

・各クラス1週間、無人島で集団生活を行う。

・テントと衛生用品などの最低限の物資は配布がある。

・ただし飲料水、食料トイレや追加のテントなどは全て試験用の特別ポイント(以降、SP)を使い購入する必要がある。

・全てのクラス300SPずつ配布される。

・試験終了後、残ったSPとこの後説明されるボーナスポイントはクラスポイントへ変換される。

 

 

真嶋先生の最後の一言で、生徒たちの間にざわめきが走りました。特に、Dクラスの喜びようは顕著で再び茶柱先生のご指摘を頂いていました。

Aクラスは残念ながら、有栖さんが不参加の為にポイントが減少スタートでしたが不満を言う生徒は居ません。

 

そうして真嶋先生の話が終わると、クラス毎に距離を取り担任の先生からマニュアルのようなものを受け取ります。離れる際に、視線を感じ振り返ると会釈をするひよりや流し目をして自信たっぷりな龍園君。覚悟を決めたような表情の、少し強張った表情の帆波と神崎君。不安げな表情を向ける櫛田さん、よく分からない(ごめんなさい…)綾小路君。

 

そんな皆さんに見える様に、しっかりとお辞儀をしてからAクラスの皆さんと共に森に入る。

ここからは、公平に競い合うライバルだ。私も、全力で行かせて貰います…!

 

 

―◆―

 

「では、お前達、頼んだぞ。決してはぐれない様に注意する事。何か見つけた際は、メモに残し無理に持ち帰ろうとはしなくていい。時間合わせ。…よし、今から2時間を目途にここに再集合してくれ」

 

「分かった」「了解だ」

 

「残った女子は、机もなく悪いが地図の写しと、真嶋先生へ貰える衛生用品について、数を相談しておいてくれ。…西川、これから作戦を詰める。軽くで良いから議事録係…書記を頼めるか?」

 

「ええ」「分かったよ、葛城君」

 

テキパキと指示を飛ばすAクラスの(今試験)リーダー、葛城君。それに応えて、多くの生徒達が行動を開始する。

 

森の中、少し開けた所で止まり、早速葛城君は男子生徒を3人組に分けて5つの班を作るとスポット探しを指示。残る葛城君と戸塚君。橋本君に鬼頭君、もう一人はえっと、町田君。

残る女子の半分には、早速購入した筆記用具とメモを駆使して地図の写しを作らせていた。後の9人、その内5人には真嶋先生から貰える衛生用品の確認や女子生徒の()()()()をケア出来るように管理を指示。

 

かなり理想的な動き出しだ。(女子のケアの方は私が助言したとはいえ)葛城君の仕切る態度は自信に溢れていて、無人島生活なんて初の私たちにも不安を感じさせない。皆の表情も試験への緊張はあっても、不安の色はそこまでなさそうだ。

そして残る女子生徒…私、真澄さん、山本さん、西川さんが残り、この8人で試験についての相談をすることに。

 

 

「では、今回の試験について相談をしたいと思う。皆、忌憚なく意見を聞かせてくれ」

 

 

そう告げる葛城君だが、周りの反応は少し芳しくない。少し挑戦的?に笑う橋本君や私の日除けをしてくれる鬼頭君はどちらかというと有栖さんと仲が良く、

女子も真澄さんは有栖友達。山本さんは寡黙な方で、西川さんは書記だ。少し気が進まないが、挙手をして視線を集める。

 

 

「では、葛城君。確認も兼ねて私からよろしいでしょうか?」

 

「西園寺。…構わない、どんなことでも、動くにあたって必要な方針になりうるからな」

 

「ありがとうございます。…皆さんも、ご存じとは思いますが確認の為に少しお付き合い下さい」

 

 

ほぼ全員が頷きを返すのを確認して、私はこの試験の()()()()()を諳んじてみる。この場所で固まった際、真嶋先生からマニュアルと同時に告げられたクラス対抗戦(追加のルール)について。

 

 

『追加ルール』

・島にはスポットと呼ばれる陣地のような場所があり、占拠したクラスのみが使用可能となる。

※占拠したクラスが許可した場合、他のクラスの人間が使用することも可能である。

・スポットは占拠するごとに1ボーナスポイント(以降、BP)が入る。

・スポットは占拠してから8時間で効力が切れる。再度占拠する必要があり、その際にもBPは入る。

・スポットの占拠にはリーダーの持つカードキーが必要となる。

・正当な理由なく、リーダーを変更する事は出来ない。

・最終日に、他クラスのリーダーを当てる権利が与えられる。当てれば、1人につき50SPが得られ、外せば50SPが失われる。

・リーダーを当てられてしまったクラスは50SPが減り、占拠時に得られるBPが0となる。

 

 

「…つまり、この試験で重要な点は3つ。1つは自分たちの拠点…スポットを早急に確保する事。これは、葛城君が既に動き出してくれています」

 

「流石です!葛城さん!」

 

「まあ、なにせ1週間もこんなとこに居るんだ。…少しでも寝起きしやすい所を探したいもんだな」

 

「2つ目は、リーダーか?」

 

 

背中側、頭上から鬼頭君の声がかかりコクリと頷きを返す。リーダーの存在無くしてはスポットの確保は叶わず、さりとてポイントを目的に乱用すればリーダーを当てられてBPは0となる。リーダーは決してバレてはならず、またその責任を全うできる人に任せるべきだ。そう皆さんに話すと、葛城君も頷きを返してくれる。

 

 

「………納得できる所だ。それで、西園寺。その二つまでは俺も考え付いた。もう一つは何だ?」

 

「はい、これはもしかしたら私の懸念が過ぎるのかもしれませんが…」

 

「構わない。なんでも言ってくれ」

 

「…そうですね、葛城君。この試験で、先の二つは試験に挑む…つまり攻めの視点で大切なものです。逆に、守勢。…守る側の視点で、最もやってはいけない事はなんだか分かりますか?」

 

「最も、してはいけない事?」「………」

 

「リーダーを当てられるとかか?」「あぁ、それもあるかも」

 

 

各々の意見が出る。…いい傾向だ。それぞれが思う事があっても、それを発言できない組織はトップダウン方式になる。…もちろんメリットはあるのだが、葛城君の目指すリーダー像としてはボトムアップ型。下からの意見をくみ取ってのリーダーを望んでいるように感じる。

周囲の意見を聞いて考え付いたのか、スッ…と閉じていた目を開けてこちらを見据える。どうやら、答えに行きついたようだ。

 

 

「………自滅か」

 

「はい」

 

 

行きついた答えを肯定すると、他のクラスメイトが少しざわつく。特に戸塚君は「どういうことですか!葛城さん!?」と食って掛かっている。

 

この試験を聞いたときに思ったことは、真嶋先生の言う試験のテーマである、『自由』について。

自由とは、定められたルールの中で行える、振舞える許容範囲の名前だ。現に私たちは300SPという好きに使える財産の使い方をああでもない、こうでもないと吟味して頭を悩ませている。

 

そもそもテントは2つ、トイレも段ボール(ありとあらゆるものが足りない中)で始まった大きな集団での共同生活だ。ストレスを感じない方が稀有だろう。それに我慢に我慢を重ねさせれば行きつくのは、集団の崩壊。…本来は仲間である私たちの決定的な自滅。

これこそが、自由とは正反対の結末だ。その懸念を葛城君の口から聞き、私はコクリと頷きを返す。

 

 

「で、でも!俺たちはAクラスなんですよ…!?1週間くらい、全然耐えられるって!…!なぁ!?」

 

「いやいや、俺たちが平気でもダウンする奴が出たらダメだろってのを言ってんだぜ?聞いてたか?」「…」

 

「なんだと!?」「止めろ!戸塚。橋本の言う事も一理ある!」

 

「……なるほどね」「………」

 

 

皆さんの議論が活発になる。意図してのこととはいえ、少しだけ気が重い。どうしたものかと見ていると葛城君が両の手をパン、と音を立てる事でその騒ぎは収束する。不安げに見ていた女子たちもホッと息を着いていてなによりだ。

 

 

「皆、落ち着け。弥彦。お前もだ。橋本も、煽るような言い方は止めろ。…少なくとも、内輪揉めで敗北などAクラスとしてあってはならない事だ。…皆も肝に銘じてくれ。この試験中、俺たちは仲間なのだと」

 

「はいはい…」「!す、すいません、葛城さん!」

 

「西園寺の懸念だが、俺も十分気をつける点だと思う。…ペナルティの件もあるからな」

 

「ええ。正直な所、テント一つ。トイレ一つで解決できる生活環境よりリタイアが出る方が被害が大きいですからね…」

 

 

『禁止事項・ペナルティ』

・体調不良や大怪我、ドクターストップなどにより参加できない生徒が出る場合、リタイアとなる。一人につきマイナス30SPが失われる。

・環境汚染はマイナス20SP。

・毎日、午前午後の8時に点呼を取り、不在の場合1人につきマイナス5SP。

・他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、そのクラスを失格にし対象者のプライベートポイントを全て没収とする。

 

 

その後、マニュアルを見ながら葛城君は方針について大まかにまとめて見せた。

・Aクラスはポイントの保全とスポット確保を優先して活動。

・その為に決して無理をしない様に体調管理を万全に保つ。それを改善する為にはある程度のポイントの利用も止む無しとする。

・リーダーについては明言せず、複数候補を立てて他クラスのリーター当てをかく乱する。

 

 

その辺りの意見が纏まった頃に、探索に出ていた1つの班が戻ってきました。少し興奮気味な彼から報告を聞くと、クラス全員が入れそうな洞窟を発見。案の定スポットだったらしく、1名を置いて私たち本隊を迎えに来たらしいです。

「葛城さんの言う通りでした!」という彼に、同調して喜びを示す戸塚君。どうやら、上陸前から見当を付けていたらしくそこに直行する様に指示を出していたのだとか。

 

その後、戻ってくる探索班の為に何名か生徒をその場に残してAクラス20人弱でそのスポットへ向かう。先導する生徒が残した目印を頼りに続くと、確かに大きな洞穴というか、入口が見える。

 

思わず、「わあ!」と歓声が上がりましたが、そこに近づくにつれて歓声は鳴りを潜めることになりました。入口で腕を組んで待っている生徒が、Aクラスの生徒だけではなかったからです。

 

 

「葛城さん!」「さっきまで誰もいなかったのに…!」

 

「…杉尾はどうした?」「アイツは…中で、スポットの前に居るはずです…」

 

「…」「だれだ?あいつ」

 

「…山田アルベルト。Cクラスだ」

 

「なんだと?」「先を越されたってことか?」

 

 

鬼頭君が小声で呟くと、葛城君や橋本君が険しい顔で彼を見据えます。ハーフ特有の、日本人離れした体格に肌の色。サングラスが特徴で、以前龍園君に紹介されたことも。まだ日本語は勉強中らしく、英語での会話が主でした。(龍園君と喧嘩をしていたとは思えない程、紳士的でした)

一歩前に出て、彼に近寄ると周りからはざわりと驚く気配を感じますが、何故ここにいるかを確認する方を優先させて貰います。

 

 

『…西園寺さん』※英語

 

『ごきげんよう、山田君。ここに居るのは、龍園君の指示ですか?』※英語

 

『ボスは中だ。西園寺さんと、Aクラスの頭だけ入れろと指示を受けています』

 

『そうでしたか…暑い中、ご苦労様です』

 

『お気になさらず。役目ですので』

 

 

やはり、彼は丁寧だ。以前、スラングだろうか、訳せない事を申し訳なく伝えると綺麗な言葉を選んで使ってくれている様に感じる。それに微笑んでいると、後ろから葛城君に声をかけられ、振り返る。何故か皆さんの顔が強張っているように見えますが、気にせず山田君に断って葛城君の元へ向かう。

 

 

「…西園寺、彼はなんと?」

 

「ええと、Cクラスの龍園君の指示であそこに立っているそうです」

 

「龍園…。君の知り合いだったか」

 

「はい。中で龍園君が待っていて、私と葛城君を呼んでいるそうです」

 

「…俺を?」

 

 

コクリと頷くと、少し考えた後に「よし、行こう。皆は少しだけ待っていてくれ」と返す葛城君。彼と親しい戸塚君は少し騒いだものの、ついて行こうとすると山田君がポキポキと手の骨を鳴らした姿に慌てて身を引いた。

※以前、喧嘩を避ける為にどうしたらいいかと相談していて、龍園君に教わったらしいポーズだ。

 

中に入ると、少し薄暗いが涼しさを感じる。少し進んだところにスポットの占拠用と思われる操作盤があり、近くには二人の生徒の姿がある。

探索班の最後の1人、杉尾君と―――。

 

 

「…お前が、龍園か」

 

「そういうお前が、葛城か?ハジメマシテ、だな」

 

「ごきげんよう、龍園君」

 

「…久しぶりだな、西園寺。…おい、お前はもう消えて良いぞ。コイツ等がいりゃあ、勝手にスポットを取った取らないだにならねえのは分かんだろ?」

 

「っ…葛城さん、後は…」「ああ。杉尾、任せてくれ」

 

 

そういうとタッと洞窟の外に出ていく杉尾君。後のこの場に残るのは、葛城君と私、そして龍園君の3人だけだった。

 

 

「改めて、龍園 翔だ。Cクラスの王だ」

 

「…葛城 康平。この試験ではAクラスのリーダーを務めている」

 

「西園寺撫子と申します。今試験では、Aクラスの一員として全霊を持って挑む次第です。よろしくお願いいたします」

 

「…(なんでお前も挨拶してんだ?)」「…(知り合いじゃなかったのか?)」

 

 

何故か洞窟内に潮風が舞い込んで、ひゅぅ、と奥までよく響く音がした気がする。二人がジッとこちらを見ているので、話を進めろという事なのだろうか?とりあえず龍園君にここにいる理由を聞くことにする。

 

 

「それで、龍園君。山田君に聞きましたが、私たちだけをここに呼んだ理由はなんでしょうか?」

 

「…あぁ、簡単な話だ。葛城。それに西園寺も、か」

 

「………なんだ」「はい」

 

 

ニヤリといつもの笑顔を浮かべ、1歩、2歩とこちらに近づいてくる。それに固い声で返す葛城君を尻目に、私は龍園君から以前のお礼にと招いて貰った夕食のあの場を思い出していた。

そう、彼が隠し事をして、親し気に声をかけてくるのは、すなわち―――。

 

 

「この試験、Cクラス(俺たち)と手を組め」

 

 

―――すなわち、誰かを庇っている時だ。

※不正解

 

――――――

 

星之宮「撫子ちゃん撫子ちゃん…!」

 

撫子「先生…!激しい…」

 

?「●REC」※監視

 

――――――

 

帆波「(撫子に会いたい…)」

 

ひより「(撫子お姉様に会いたい…)」

 

櫛田「(撫子…)」

 

綾小路「(お、目が合った…)」

 

――――――

 

鬼頭「…」※ボディガード

 

橋本「~♪」※監視

 

葛城「俺たちの戦いはこれからだ!」※フラグ

 

 




皆様、読了ありがとうございました。
また随時更新して参りますのでよろしくお願いいたします。

次回をお楽しみに!


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②:同盟契約

お待たせしました。
今回はほとんど動きがありませんが、次回への布石と思って下さい。
また、数字を多用したのでミスっていたら申し訳座いません。優しい目で見て頂けると幸いです。

それでは、どうぞ。


占領予定のスポット前で龍園くんが提案してきたのは、私たちAクラスとの協力の申し出でした。

 

その提案に眉を顰める葛城君ですが、そこはリーダー。

感情任せにいきなり拒絶することなく、内容を話すように促します。

 

 

「ククッ、噂よりも話がわかるじゃねえか、葛城。…それとも、頼りになる()()のお陰か?」

 

「ふん…。さっさとお前の提案とやらを話したらどうなんだ?こちらはクラスメイトを待たせている。1人を好むお前には、無縁の話だろうがな…」

 

 

バチバチと火花が散っているリーダーのお二人の会話に、割り込むのも無粋と空気を読んで静かにしている。…本当は「龍園君は友達思いなんですよ!」と言いたかった。

 

その後、彼が話す提案を素早くメモに取り、腕を組んで考える葛城君に手渡す。

 

内容は下記の通り。

 

 

1.CクラスはAクラスに200ポイント相当の物資を渡す。この物資はAクラスが選択する権利を持つ。

 

2.CクラスはB.Dクラスのリーダーの情報を調べ、判明した場合はAクラスの生徒に教える。

 

3.Aクラスは試験完了後、毎月1人20,000PPをCクラスへ受け渡す。

 

 

つまり、協力というのは虚偽ではなく文字通りの意味で同調して動くということだろう。

内容を確かめる葛城君と、それに答える龍園君の会話から彼らのCクラスが所持するポイントを残すつもりはないことが分かる。

この…0ポイント作戦とでも呼ぼうか。龍園君のこの作戦は試験の放棄などではなく、クラスの和を保ち今後の結束やクラスのモチベーションを底上げするつもりなのだろう。

事前に話していた重要事項の一つだ。葛城くんも決して馬鹿にしたりはせず、得られるメリットとリスクを推し量っているようにみえる。

 

そうして3分程だろうか。組んでいた腕を解くと龍園君を見据えてしっかりとした口調で返事を返す。

 

 

「良いだろう、龍園。その契約を結ぼう。ただし…」

 

 

「ああ、この契約にはクラスの全員の同意(コンセンサス)がいる。説得する時間くらいくれてやるから、さっさとするこったな」

 

「…そうさせてもらおう(龍園翔…この短時間で、大胆に…そしてクラスの意思統一を。コイツは予想以上にキレる奴だ。油断できん)」

 

「…なら俺も契約書と立会に担任を呼んできてやるよ。…アルベルトは此処から連れて行ってやる。スポットは好きにするんだな」

 

「あ、あの…龍園君!」

 

 

そういって立ち去ろうとする龍園君を慌てて呼び止める。不思議そうな顔をする葛城君に視線で侘びて、彼の前に立つ。

 

 

「…なんだ?西園寺。お前はこの契約に反対なのか?」

 

「いいえ、そういうわけではないのですが…契約についていくつか、ええと、変更…補足を追加したいのですが構いませんか?」

 

「…(チッ…)条件次第だな。ま、それも後で詰めようぜ?…お前は遊びたくなったら俺達のビーチで歓迎してやるよ」

 

「はい、よろしくお願い致します…!」

 

 

後ろ手に手を振る龍園君を見送る。その後、探索組も合流してから全員がスポット内に入る。…事前の通り、クラス全員が入っても余裕のあるスペースが確保されていて、ここを本拠地として活動することも決定となった。

 

そして、少し疲れた表情のAクラスの皆に葛城くんから契約についての説明が成される。

200SP分の物資が手に入るのは小さく歓声が上がったのですが、その後のPPの件では多少非難が上がりました。

しかし、葛城君の説得。「リーダー当てとスポットによるボーナス」「坂柳の言っていた停滞≒Aクラスの独走状態は勝利に等しい」と具体的な案。それに加え、自信を持って話すと彼の友達以外の方々もおずおずと、あるいは仕方ないかと言うように合意を得ることに成功しました。

 

最後に「皆の同意を得られ、感謝する。ありがとう」と頭を下げた時は拍手すら上がりました。偏に、彼の人徳と信頼が生んだ結果に違いないですね…。

 

それはそれとして、葛城君には言わなくてはならない事がいくつかある。満足気な彼には少し悪いが、この()()では結ばせる訳にいかない。

 

 

「葛城君、…後は、戸塚君、橋本君。…真澄さんも。契約について見直…相談をしたいのですが、少しよろしいでしょうか?」

 

「ん?…ああ、構わない。良いな?弥彦」「はい!」

 

「俺もか?」「…?私?」

 

「はい、こればかりは私一人では決めかねてしまいますので相談させてください。…勿論、最後に決めるのは葛城君にお願いします」

 

「…わかった。聞こう。…皆!、俺たちは少し相談するから、Cクラスの連中が来たら教えてくれ!」

 

「はい!」「分かったわ」

 

 

スポットの奥に進み、少し開けた場所で契約内容を改めて読み上げる。「何が問題なんだ?」と戸塚君が聞いてくれたので、意識して、少し硬い表情で不安を告げる。

 

 

「はい、葛城くんも把握していると思いますが、この契約には()()がありません」

 

「…罰則?」

 

「………(あっ…)」

 

「あー…なるほどな…。」「なんの罰則?」

 

 

橋本君は気付いてくれました。首を傾げる真澄さんに、この契約の落とし穴を告げる。

 

 

「…つまり、もし仮にCクラスが…そうですね、リーダーを誤って伝えて来た場合、私達はどうなりますか?」

 

「…もらえるはずだったポイントが貰えなくなる?でも、それだとCクラスだってーーー」

 

「いや、Cクラスは実質ノーダメージだ。連中、ポイントを残すつもり無いんだろ?なら、いくらマイナスになったところでだろ」

 

「あぁ!?そうか!俺たちはSPが減るけどあいつらは0!なんのリスクもない!」

 

「……(汗)」

 

 

気が付いた戸塚君や、納得した様子の真澄さん。もちろん、把握していた葛城君は動じた様子もない。

 

 

「それじゃ、契約はどうするんだ!?」

 

「ええと、草案で良ければ考えてあるのですが…」

 

「…お!流石だな」「…」

 

「…(ホッ…)」

 

 

そういって、先ほどの契約書の写しに書き足す形でいくつか提案する。

皆さんに見せると基本的に好意的な返事をしてくれたのでこちらも安心してそれを葛城君に渡す。

 

 

「それでは、葛城君。龍園君が来たら…」

 

「あぁ、任せてくれ。西園寺の案は有効に生かしてみせるとも」

 

「…はい…(一応、交渉の際のアドバイスとかしておいた方がいいかな…?)かつ「葛城さん!よろしくお願いしますね!!」…」

 

 

丁度、戸塚君が激励を送った為に間を外してしまったが、まあ葛城君なら大丈夫。

そう思って、橋本君や真澄さんを見ると肩をすくめるような、溜息をつくようなポーズを返される。…なにか、問題あったのでしょうか?

 

 

間もなく、Cクラスの龍園君と山田君、石崎君も居る。後は担任の坂上先生。後ろには、私たちの担任の真嶋先生がついて来てくれていた。

 

 

「クク…話は纏まったか?葛城」

 

「あぁ。勿論だ、龍園。だが契約について、いくつか詳細を詰める必要がある。契約を締結するのはそれをしてからだ」

 

「フン。…聞いてやるよ、言ってみな」

 

 

そうやって腕を組む龍園君。その両サイドの二人の表情は硬く、アウェイに居る緊張だろうか。声をかけにくい雰囲気なので、此方もペコリと礼をするに留めることにする。

…目が合ってサッと逸らされた。ちょっと悲しい。

 

 

「率直に言う。今回の契約ではお前達と物資とポイントの交換をする訳だが、ここには坂柳が居ない。お前の持ってきた契約書の文言では、彼女を含めた人数がポイントを支払うことになる。一人分の枠を削って貰おう」

 

「……仕方ねえか。認める」

 

「……西園寺」チラッ

 

「はい♪」カキカキ

 

 

葛城君と龍園君の合意した内容を、2枚の契約書(清書)に記載していく。それを横目に、話は次の項目に進む。

 

 

「二つ目は、リーダー当てについてだ。…龍園、お前に策はあるのか?無作為に当てに行き、失敗をすればよりダメージを負うことになるのはAクラスだ」

 

「クク…なんだ、初めてAクラスを仕切ってビビってんのか?案外…いや、見た目通り臆病なんだな、葛城よぉ…」

 

「何だと!?」「やめろ、戸塚!」

 

 

尊敬する相手を貶され、思わず飛び出そうとする戸塚君。それを止めるクラスメイト達。龍園君はそれを鼻で嗤うと、「少し離れた場所で最低限の人数で話を詰めようぜ」と提案。

両クラスの担任と、葛城君と龍園君。そして私と山田君の6名で話を詰めることになった。

上手い手だ。集団心理というのは馬鹿に出来ない。感情的な嫌悪感は、この契約を反故にする可能性があるし、さっきの挑発も計算してのものだろう。

 

 

 

「(…油断せずにかからないと…次の試験、私が…リーダーをすることに…!)」ドキドキ

 

「………この辺りでいいだろう。龍園、先の条件についてだが、こう補足したい。“CクラスはB.Dクラスのリーダーを当てる際に記入する名前をAクラスの代表契約者に教え、またCクラスは教えた後に別の名前を書かないものとする”」

 

「…ふん、まあいいぜ。こっちに不利になる訳じゃねえ。認め「もう一つ。もしもリーダーの情報に誤りがあった場合、そちらのクラスへのPPの支払いは無しだ」…ふざけてんのか、テメェ…!」

 

 

ザッ、と一歩前に踏み出して声を荒げる龍園君。彼視点では確かに認めにくい提案だ。何故なら…。

 

 

「この試験の結果は最終的なSPの発表のみ!そうだったよなぁ坂上…!…なら、てめぇ等がトチってリーダーを見抜かれたら、俺達の苦労も水の泡って訳だ…!そうなったら200SPはチャラにしろってのは、虫がいいにも程があるんじゃねぇのか!?」

 

「………お前の懸念は分かるが、お前達Cクラスは指名に失敗してもダメージは実質ない。対して、こちらは甚大な被害を被る。試験外でも有効となるポイントの提供。これを呑む以上、リスクヘッジは必要不可欠だ。」

 

「………チッ………」

 

 

動じずに居る葛城君に、舌打ちをしながら思案げに俯く龍園君。…葛城君がチラリとこちらを見てくるので、少しだけ頷きを返す。「ここまでは、問題はないですよ」と。

 

 

「………葛城、こちらのリーダーの情報を渡す。50SP分のプラスだ。これでテメェ等が稼ぐチンケなスポット分のBPは補填できんだろ。それでどうだ」

 

「むっ…成る程な。」チラッ

 

「(…!)」

 

 

目配せを察して、素早く指を動かす。譲歩を引き出せた。一歩前進だけど…これは。

 

―――仮に、今の条件で全て上手く行った場合の概算は…。

 

元々の300SP

スポット確保でのポイント:仮に、洞窟の1か所を日に3回で15回確保=15BS

リーダーの指名:全て成功=150SP

リーダーの情報を隠し通す:減少0SP

SP消費:有栖さんの不参加=30SP

筆記用具、雑品=5SP

仮に試験でこれを達成し、ポイントをこれ以上使わないとすると本試験で獲得するSP+BPポイントは合計430ポイント

 

※Cクラスに毎月780,000PP振込。実質195CP分。

 

総計:235CP増。

 

獲得できるスポット数にもよるが、仮にこの洞窟でこれ以上スポットを増やさなくても実質235CPを得ることができる。

その上、実質でのCPの上昇幅は430CPだ。…これは大きい。

 

ここまでの数字を書いて葛城君に渡すと、彼の目にも喜色が浮かぶ。

 

 

ただ、額面通りに受け取っては交渉とは言えない。返事を返そうとした葛城君の袖を引き、目で待つように訴える。

…周囲の目が私に集まるのを感じて、顔に熱が集まるが手を動かすことに集中する。

 

 

―――仮に、今の条件で全て失敗した場合の概算は…。

 

元々の300SP

スポット確保でのポイント:仮に、洞窟の1か所を日に3回で15回確保=15BS

リーダーの指名:Cクラスのみ成功、B,Dを誤答する=50SP

リーダーの情報を3クラスに見抜かれる:減少150SP、スポットBSが0に。

SP消費:有栖さんの不参加=30SP

筆記用具、雑品=5SP

仮に試験でこれを達成し、ポイントをこれ以上使わないとすると本試験で獲得するSPは合計65ポイント。

 

※Cクラスに毎月780,000PP振込。※実質195CP分。

 

総計:130CP減。

 

逆のすべての結果が失敗したときの数字も書いて渡すと、少し顔が赤くなっていた顔が真剣味を帯びる。

 

…やはり、彼もこの無人島という非現実に少し疲れを感じているのかもしれない。

私達がフォローしてあげないと…!

 

 

「龍園、やはりこちらのリスクを考えると博打的な面が大きい。先ほどのリーダー指名の件。

"判明にはカードキーの写真等、物的な証拠を求め、判明したクラス毎に報酬を比率調整する。"

…そちらの能力を信じる為には、この譲歩が限界だな。」

 

「チキン野郎め…。素直に言ったらどうだ?要求下げるか報酬を上げろってな。…陰険な奴だな、続けろ」

 

「なんと言われようと結構だ。…CクラスからAクラスのリーダー指名をしない。そして、リーダーのカードキーを見せる旨の文言を追加してもらおう。もう一つ。ポイントの受け渡し月は、試験のSPがCPに反映されてからだ。今月の受け渡しはしない。」

 

「チッ!」

 

 

今度こそ大きく舌打ちをする龍園君。1つ目、2つ目は葛城君がしっかり確認して内容を詰めたのでしょう。流石です。…最後の提案は私から確認した内容。当初の契約書の文言だと、今月から即請求される可能性があったし、それを避けられなかったハズ。

龍園君には悪いけど、これは特別試験。Aクラスの一員として、出来る限りの貢献はしないと。

 

そうして、少し考えた後に龍園君は条件を呑む旨を返しました。契約は無事、締結の運びをみせることになったのです。

 

 

 

・◆・

 

 

 

 

……

 

………

 

 

…なったのですが。

 

 

「おい、撫子。ここから離れんな。お前はここで寛いでりゃいいんだよ」クク…

 

「撫子お姉様…!日焼け止めはお済ですか?も、もしまだでしたら私が…//」

 

「エ゛ん…」「(お、おい…バカ!鼻血ヤバいぞ…止めてこい…!)」ザワザワ

 

「………(虚無)…」ガン見

 

「お、おかまい…なく…」

 

 

どうして、私はCクラスの皆様と砂浜に居るのでしょう…。

葛城君…皆様、どうか頑張って下さいませ…!!

 

 

――――――

 

撫子「葛城君、頑張りましょうね!」

 

葛城「…うむ。頼りにしているぞ(めっっっちゃ助かる…!)」

 

戸塚「流石葛城さんです!」

 

橋本「あ~らら…」

 

真澄「………」

 

龍園「……(チッ、絶対コイツが入れ知恵してやがる)」

 

――――――

 

 

 

 




何故、撫子がビーチに居るのかは、次回!
果たして彼女は次回の試験でリーダー指名を回避できるのか!
お楽しみに!(フラグ)


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③:無人島デリバリーサービス

お待たせしました。
今回は読みにくいかも。

どうぞどうぞ。


―――◇―――

 

龍園君に連れられ、山田君、石崎君と一緒に島を海の方へ進んでいると潮の香りが強くなってくる。途中、獣道のような所もチラホラ見えましたが、ほとんど平坦な道で進んでくれたので問題なく砂浜に辿り着きました。

 

 

「ここは…」

 

「ククク…ようこそ、西園寺。Cクラスの拠点に。…歓迎するぜ」

 

 

キャハハ!  ネエマッテヨー!

ソッチイッタゾー! オッケー!

 

 

目に映るのは、砂浜を水着やラフな格好で過ごすCクラスの皆様の姿でした。そこには、さっきまでのAクラスの真剣そうな緊張は無く、ただ目の前の『自由』を満喫する学生たちの姿がありました。

 

 

「………これ…は…!」

 

「御覧の通りだ。…俺たちはこの試験は楽しむ事にした。細けぇスポットやらポイントなんざどうでもいい。せっかくの夏休み、無人島で、海だ。楽しまねえでどうすんだよ。なあ、石崎!アルベルト!」

 

「は、はい!」「Yes, Boss!!」

 

「とても、皆様…楽しそうですね………」

 

「…クク、お前も交じって来ていいんだぜ?」

 

「…え?で、ですが…私は…物資の…?」

 

 

返事を待たずして、龍園君は山田君や石崎君に指示を出して、私の手を引いてビーチチェアとパラソルのある場所へと案内してくれました。

 

 

「ねぇ、あれって…!」「西園寺さん…?」ざわっ

 

 

周りの目もこちらをチラホラと向き、少しだけ気恥ずかしさを感じながらお辞儀をしていると「お、お待たせしました!」と石崎君がクーラーボックスを持ってこちらに走ってきていました。

 

 

「ご苦労。…脱水で倒れられても面倒だ。くれてやるよ。…乾杯、ってやつだな」コツン

 

「あ、ありがとう…ございます?」コツン

 

 

無人島に上陸して、初めての水分補給。自分でも気付かぬ程度には喉が乾いていたのか、思わず喉が鳴ってしまう。

隣で美味しそうに頂いている龍園くんを見ると、その気持ちは増した気がした。

 

 

「…ング、プハァ…!クク…事が上首尾に終わった後だ、格別だな。…西園寺も遠慮せずやれよ。温くなっちまうぞ」

 

「しかし、私だけが頂く訳には…。それにこれはCクラスが購入した物資なのでしょう?」

 

()()()()の俺がいいって言ってんだぜ?…それにここまで持ってきてくれた石崎に悪いとは思わねえのか?…脱水で倒れられたら、それこそ反則失格(コト)だ。まさか、Aクラスで生徒会役員のお前がそこまで覚悟を決めて試験に挑んでるなら…話は別だがな」

 

「い、いえ、それでは頂きます…」

 

「そうしろ。遠慮せずに一気にな」

 

「(…?)一気にですね…?かしこまりました!」グイッ

 

 

カシュリと音を鳴らして蓋を取る。()()の容器に口をつけ、一気に中身を流し込む。パラソル越しとはいえ、夏の暑さで火照っていた身体に数時間振りの水分が流れ込み、撫子は…盛大に()()()

 

 

「…!?、ふっ…ごほ!ごほっ、ごほ、…すいませ…ごほごほ…!!」

 

「あ?」

 

「え?」「What?」

 

 

声を落ち着けようと思わず口に手を当てますが、気道でパチパチと火花が舞っている様な感覚に生理的な涙が浮かぶのを感じる。

初めて口内に受けた衝撃に驚いていると、周囲に人の気配が増えていることに気付く。心配をかけてしまったのか、ひよりが背中を撫でてくれている様だ。

 

 

「…ごほ、ひよっ…こほ、こほ…」

 

「お姉様、大丈夫ですか!?…喋らないでください!」サスサス…

 

「おい、龍園。何を飲ませたの?不意打ちにしても露骨すぎでしょ。反則行為になるんじゃ…」

 

「……馬鹿いうな。…ただの()()()だぞ。傷んでたなら運営側の問題だろ」

 

「ごほ、ごほ…た、炭酸…水…?お水とは、こほ、違うのですか…?」ハァハァ…

 

「あ?」「は?」

 

 

近くに来ていた伊吹さんと、龍園君の返事が被る。ようやく喉の中も落ち着き、呼吸を整えているとひよりが恐る恐るという風に声をかけてきた。

 

 

「あ、あの…撫子お姉様…。炭酸水って、飲んだことは…?」

 

「いえ…初めてでした。非常に刺激が強い飲み物なのですね…」ケホッ

 

「……。…それは、悪い事をしたな。西園寺」

 

「いえ…お気になさらず…。それより折角の頂いだ飲物を粗末に扱ってしまい申し訳ございません…」

 

「いや、気にするな。………それよりも、だ。その()()を先に何とかするのが先だな…」

 

「?…あ、そうですね…」

 

 

自分の姿を見下ろすと、赤いジャージにこぼした炭酸水で大きなシミができている。いくら夏とはいえ、濡れた服をそのまま着ているのは良くはないだろう。

幸い、この天気だ。干しておけば短い時間で乾くはずだとジャージを脱ごうとジッパーに手を伸ばす。

 

 

「ちょっと失礼しますね」ジジ…

 

「っ!ちょっと、ここで脱ぐな!」「お姉様、待っ…!」ダッ

 

「っきゃ!ひより?」

 

 

ジャージの前を開けて脱ごうとすると、ひよりに思い切り抱きつかれる。このままで彼女も濡れてしまうので、離そうとするが背中に手を回していて簡単には解けそうになかった。

 

 

「ひより、抱きついては濡れてしまいますよ?…寂しかったのですか?」オロオロ…

 

「あっ、あっ…その、お姉様…その、透けて…るんです//」

 

「?透けてる…?……あっ」

 

 

抱きついているひよりよりも下に視線を向けると、確かに薄桃色の下着が白いアンダーウェアから透けてしまっている。

顔が赤くなるのを感じていると、ばさり、と大きいサイズのジャージを山田君が後ろからかけてくれた。

特注サイズだからか、羽織るようすると胸元を隠すことができた。

 

 

「…ありがとうございます(Thank you)

 

お気になさらず(Anytime)

 

 

思わず顔を赤くしてしまうが、山田君はサングラスを直しながら目を逸らしてくれた。…やはり彼は紳士的(ジェントルマン)だった。一方、周囲は顔を赤くする志保さんや椎名さん、顔は赤いけど、こちらから目を逸らそうとしている伊吹さん。(ちょっと過激かも…?)指示を出すためにこっちに来る龍園君と、Aクラスとは少し違う雰囲気に思わず顔がほころぶ。

 

 

「(…これが、龍園君のクラスなんだ)」

 

「お姉様、一先ずこちらのテントに…!」

 

「男共は見るな!散れ!」バキ!ベキィ!

 

「ぐぉ!(ピンク…!)」「これ暴力だぉあ!?(エ゛ッ!)」

 

「おい、真鍋。石崎を連れてAクラスのスポットに向かえ。西園寺の着替えやら必要になんだろ。…手荷物を()()持って来い」

 

「はい!(鼻血)」

※蹴られ済

 

「は、はい…!えっと、なんて言ったら…?」

 

「あ゛?…クク、そうだな。お前らには俺直々にアドバイスをしてやろう。…いいか、こう伝えろ―――」

 

 

その後、Cクラスのテントの中に入って着替えを待つことに。…志保さんと石崎君には後でお礼を言わないと。

少しぶりに直射日光の当たらないテントで座り、一息つく。改めて上半身を全て脱ぐと、少しだけベタついていた。炭酸水というのは粘性のある飲み物だったのだろうか?チラリと連れてきてくれたひよりに目を向けると、鼻を抑えながらタオルを手渡してくれるので、ありがたく借りて使わせて貰う。…体調不良になったらと心配して頂いてるのか、真剣な表情で濡れタオルで身を綺麗にしてくれるひよりや皆様。それに感謝をしながら、私はこの場に来た経緯を思い出すのでした。

 

 

・◇・

 

―――数十分前、Aクラス洞窟スポットにて。

 

 

あの後の事は、まさに急展開というか、あれよこれよと言う間に事は済んでいました。

 

……

 

契約について合意した二人の言う通りに契約を清書していき、(結構長くなってしまった。)一枚を書いて見て貰う。OKが出たので二枚目に移ろうとして、龍園君が葛城君に声をかけた。

 

 

「おい、葛城。随分と譲歩させられた手前、此方からも要求がある」

 

「………なんだ。それに譲歩というが、こちらは当然の要求をしている。応える義務はない」

 

「義務はないが…()()はあんだろ?此方(こっち)はお前らAクラスの地位を盤石にしてやる。言わば、手助けをしてやったわけだ。我儘の1つ2つくらい聞いてくれてもバチは当たらねえだろ」

 

 

パチパチ、とつい瞬きをしてしまう。言われてみれば、その通りだ。

今回のCクラスの作戦…。この無人島試験をクラスでのリクリエーションとして消化して、次回以降での試験へのモチベーションを上げる…のが、目的だと思っていた。

しかし、ここで待ったをかけるということは、最低限の利益…抜け目なくポイントを獲得しようとする以外にも何か目的があるのでしょうか…。

チラリとこちらを伺う葛城君に、「聞いてみましょう」と意味を込めた頷きを返す。

 

 

「…」コクリ

 

「…言うだけ言ってみろ。呑むかどうかは、それから決める」

 

「なぁに、この試験ではSPそのものの譲渡は出来ねえ。だから物資を渡す形でそちらに援助をくれてやる訳だ」

 

「…それがなんだ」

 

「だが、今回俺達が指定した拠点は砂浜。物資は購入を決めたクラスの拠点に運ばれる。…俺達が使わねぇ物資を額に汗してここまで運ぶのはかなり酷だと思わねぇか?」

 

 

龍園君の話を聞いて真嶋先生をチラリと見ると、頷かれる。そういう様になっているようだ。つまり、運搬はこちらがした方が良いのだろうか?葛城君も、同じ疑問を龍園君に向ける。

 

 

「…つまり、物資は俺たちに運べと?」

 

「いやいや、そこまでは言わねぇよ。天下のAクラス様にそんな雑用はさせねぇさ。運搬は、俺らが担当する。…その間、運んでいる奴の仕事を肩代わりする人員をこっちに寄越してもらおうか」

 

「…なにをさせるつもりだ。それによっては、到底吞むことは出来ない要求だ」

 

「ハッ!それで暴力行為なんて取られたら詰まらねえ。…別に()()()()()()()()()()()よ。物資はこっちが持ってくまで触るな。…ま、お前らだけが洞窟でジメジメ涼んでいるのは、Cクラス(俺ら)からしたら納得いかねえ連中(やつら)もいるって事だ。…溜飲を下げる為に、一人くらいは同じ様に外で汗を流してもバチは当たらねえと思うがな?」

 

「………………」

 

 

聞く限り尤もだ。リーダー同士の話し合いが纏まっても現場の感情は簡単には纏まらない。…自分の仲間の事をよく考えている、龍園君らしい意見だ。

 

 

「…良いだろう、ただし、何時、いかなる時でも中断出来る事を契約に含めて貰おう」

 

「良いぜ。ただこっちも試験に挑んでる訳だ。情報を漏らしたら試験から退場して貰う。構わねえな?フン、…おい、西園寺。今から言う事を契約に追加だ。一字一句間違えんなよ?」

 

「は、はい…!」カキカキ…

 

 

そうして龍園君の言う内容を一枚目に追記する。

 

 

――――――契約書――――――

 

 

1.CクラスはAクラスに200ポイント分の物資を提供する。この物資の選択権はAクラスが持つ。

 

2.CクラスはB,Dクラスのリーダーを調べ、そのカードキー乃至確認できる証拠をAクラスの生徒に教える。またCクラスがリーダー指名をする場合、当項で教えたリーダー以外を指名しない。

 

3.CクラスはAクラスのリーダーを指名しない。

 

4.CクラスはAクラスにリーダーのカードキーを提示する。

 

5.Aクラスは、上記1,2,3,4項の履行を確認後、Cクラスに同意し記入した全ての生徒数×20,000PPを試験終了後、SPがCPに反映された翌月1日に振り込む。また2項でリーダーと判明したクラスが0~1つの場合、Aクラスが配布するPPを1つ毎に5,000PP減額するものとする。

 

6.Cクラスは、物資を全部運ぶまでAクラスからパシリを1名を連れて行く。

物資は俺らが運ぶまで触るな。破損されてこっちの責任にされたら困るからな。

運び終える前に点呼が来た場合は…そん時は帰って点呼させてやるよ。Cクラスから送り迎えもしてやる。無駄口は無しだ。

物資を送り終えるまで、情報漏洩を防ぐために会話は禁止だ。破ったらそいつにはリタイアして貰う。

運搬が終わるまでに辞めたくなったら本人と教師連中が認めたらパシリは終わりだ。勿論、運び終わったら解放する。

 

6-1.Cクラスは、全ての物資を運搬するまでAクラスから生徒を1名を指名し運搬補助要員として協力を得られるものとする。

6-2.Aクラスは運搬する物資への干渉は拠点へ到着するまで禁止とする。

6-3.運搬が未完了のまま点呼の時間が来た際は点呼に向かう。その際、Cクラスの生徒が付き添う。運搬が完了するまで、Aクラス生徒との連絡、相談、会話を禁じる。

6-4.物資の運搬完了までCクラスの情報漏洩を禁ずる。破った場合、自主的に当試験をリタイアするものとする。

6-5.指名された生徒は、運搬の完了、あるいは本人及び教員判断の下、その任を解けるものとする。

 

 

7.この契約に署名をする場合、上項すべてに同意したものとする。

 

 

代表生徒氏名:______

 

以下、同意生徒氏名

 

・・・

 

――――――

 

 

本当に一言一句書いたら葛城君に呆れられ、龍園君に叱られました…。

一枚目は少し不格好になりましたが、先生方にお見せすると取り消し線を引きましたので契約書としては問題ないそうです。

お二人にも笑われてしまいました。…お恥ずかしい。

 

 

そうして皆さんの居るところに戻り、全員の署名を貰いました。…全部で39人が書くので時間がかかってしまいましたが、最後に龍園君が書きそれを先生方にお渡ししています。

 

 

「―――確認した。坂上先生、よろしいですか?」「…ええ、問題ありません。」

 

 

真嶋先生の声に皆様の表情にも笑顔や安堵が現れます。…ようやく肩の荷が下りたのを感じていると、龍園君から視線を感じる。…いつも通り…?いや、()()()()()の壮絶な笑みだ。

 

 

「さて、じゃあ葛城。契約成立だ。…マニュアルから物資を選びな」

 

「…あぁ。そうさせて貰おう」

 

「フン、…じゃあ俺も―――()()()()()()とするか………。ま、最初から決まってるがな」

 

「なに?」「…ふぇ?」

 

そう言ってAクラスの皆様を、居ない者のようにしてこちらに近寄ってくる。思わず訝し気な表情を浮かべますが、彼の見せてきた()()()()()を見て息を吞んでしまう。

 

 

「…お前だ。西園寺 撫子。―――俺達と来い」チラリ

 

「……ぇ…ぁ…っ(カードキー……名前…リュウエン カケル…!?)」

 

 

ハッとして口を手で塞ぐ。その様子に笑みを深くする龍園君と、周囲の皆様の驚く顔。不味い…。でも、もう私は()()()()()()()()()()

 

 

―――〇―――

Side.龍園

 

 

何度味わっても最高だな…、相手を罠に()()てやった後の快感は…!クラスを支配した時のソレとは全く別の喜びってヤツだ…!

それも、これまで手を焼かされてきた相手を、だ。…抑えてるつもりだが、喉の奥から漏れる笑いが我慢できねえ。

 

 

「え…!撫子様…!?」「ちょ、なんでCクラスの所にお姉様が行かなくちゃならないの…!?」

 

「さっきの契約…か…?」「いや、でも運搬の手伝いって…」

 

「…………っ」

 

 

間抜け面で喚く雑魚共とは違い、此方を見据える西園寺は口を押えて契約を()()()としている。ククク…!健気過ぎて、抱きしめたくなっちまう。

だが、お楽しみは、まだお預けだ。まずはこの思考停止した雑魚共に答え合わせをしてやらねえとな。こっちにタコみたいに赤い顔で近寄る葛城に、西園寺と肩を組んでやる事で挑発してやる。

 

 

「さ、行こうぜ?西園寺。ひよりもお待ちかねだ…」グイッ

 

「っ…」コクン

 

「待て!…どういうつもりだ、龍園!」

 

「あ?どうもこうも、()()()()さ。こいつは俺達と一緒に来て貰う」

 

「馬鹿な…!契約にあるのは運搬の補助をする人員をお前達Cクラスへ送るものだ!西園寺を選ぶ理由などないだろう!!」

 

「プッ、ク、クハ…ハハハ!マジで笑わせてくれるぜ、葛城よぉ。お前が言っただろ?一体どこに、指定する人員を縛る内容が書いてあるんだよ?」

 

「っ!それは…!だが、運搬する物資を運ぶなら早い方が良いだろう!男手があった方が合理的だ。西園寺を優先して選ぶ理由など…!!」

 

 

慌てる葛城の内心は見え透いてる。―――間違いない。西園寺撫子は、Aクラスの頭脳(ブレイン)だ。同時に、こいつはリーダーとして固執してない上、誰かの下に着くのに頓着が無い。…Bクラスのリーダーに近いものを感じるが、スペックは間違いなくこいつが上だろう。

そんなコイツが、こんな序盤で拠点を離れる。試験が始まったばかりのAクラスには相当な痛手だろうよ。…それに、契約書には()()穴がある。精々、こいつらには思う存分、仲間割れして貰うとするさ。

 

 

「おいおいおい…。別に俺は良いだぜ?別の奴を選んでやっても。だが、西園寺(コイツ)の献身を酌んでやれないなんてなぁ。…葛城、お前はリーダーに向いてねえんじゃねえか?」

 

「献身…?どういうことだ、西園寺…!」

 

「…っ!」フルフル

 

「口を押えてどうしたんだ…何故、何も話してくれない…!」

 

「撫子…?」「どうなってんだ…?」ザワザワ…

 

 

西園寺は首を左右に振って無言を保つ。…契約違反()()()()だが、こんな所で指摘するのも野暮だ。それに、抱き寄せた訳でもないのに()()()感覚は悪くない。野郎どもの嫉妬の視線もこうなれば心地よくすら感じる。

 

 

「ハッ!…おら、見ろ雑魚共…」

 

「…!それは…リーダーのカードキー!?」「え!?」

 

「っ!っ!」

 

「…馬鹿な…」

 

「西園寺はCクラスの()()()()()を見た。つまり、俺達はルールであるCクラスのリーダーを教えた事になる。…で、契約書の第六項にはなんて書いてあったんだったっけなぁ?…おい、そこの奴、読み上げてみろよ。…3つ目からだ」

 

「…読んでくれ」

 

「は、はい!えっと…6-3.運搬が未完了のまま点呼の時間が来た際は点呼に向かう。その際、Cクラスの生徒が付き添う。運搬が完了するまで、Aクラス生徒との連絡、相談、会話を禁じる…!?」

 

「そんな…!」「おい!どういうことだ葛城…!」

 

「皆!少し黙ってよ!まだ続きあるんだから!」

 

「…!」「お、おう…」

 

 

糾弾される葛城を尻目に、さっきの女が続ける。それを聞くためか、雑魚共の喧噪も少し落ち着く。…そう、ここからが本番なんだ…!しっかり聞いてほしいもんだぜ。

 

 

「ろ、6-4!物資の運搬完了までCクラスの情報漏洩を禁ずる。破った場合、自主的に当試験を…リタイア…!?そんな…」

 

「なっ!お前…!だからカードキーを西園寺さんに…!」

 

「クククッ!そう!西園寺はウチのクラスのカードキーを見た!…そして運搬はまだ始まってもねえ!…コイツは、Aクラスのお前らの前で一言でも話せば強制リタイアって訳だ!」

 

「撫子様…!そんな…!」「畜生…!」

 

「………(西園寺!…すまん…!俺のミスだ…)」ギリッ…!

 

「っ…」フルフル

 

 

騒ぐ猿共やこっちを睨んで何も言わない奴らを尻目に、肩を組んでも為すがままでいる西園寺を連れ立って出口に向かう。

…背後の罵声も、泣き喚く声も手にした景品がデカいからか、乾いた胸の内が満たされる思いだった。だが、まだだ。まだ、試験はこれから。

 

既にいくつもの手は打った。作戦もある。…()()()もいる。まるでガキみてえだが、やることなす事、そしてそれを考えるのが楽しくて仕方ない。

どうやって他のクラスを突き落としてやるか、考えを深めながら俺はAクラスからの大事な人質(コイツ)を連れて拠点(ビーチ)へと向かうのだった。

 

 

―――〇―――

 

Side.葛城

 

どうしてこうなった…。今、俺の目の前ではクラスメイト達が右往左往している。

 

 

「おい!早く決めろよ…!」

 

「分かってる…!…おい!食料は7日分でいいんだよな…!?じゃあ21食分か…!」

 

「違う!明日からの分と、最終日は正午で終わるはずだから6日分で良いだろ!」

 

「ねえ!トイレは二つ頼んで良いよね?シャワーは…」「それより眠れるようにマットを…」

 

 

龍園が去った後、俺達は契約書を目を皿にするように確認した。

確かめると確かに龍園のいう内容に齟齬はない。誰を連れて行くのも、そして情報漏洩を防ぐために発言させないのも確かに契約書に盛り込まれている。

 

折角、西園寺が契約についてアドバイスをくれて俺に手助けをしてくれたのに俺はそれを生かす事は出来なかった…。

呆然自失としている俺の代わりに、橋本が皆に声をかけ、物資の選択を急いでくれた。途中、戸塚が声をかけたが、混乱は強まるばかりだった。

 

 

「おい!橋本、勝手に決めるなよ!リーダーは…」

 

「そんな場合じゃないだろ…!契約書をよく読んでみろよ。物資の運搬が終わるまで、撫子ちゃんは戻って来れない!お前はCクラスの連中の中に何時までも放置されても平気だと思ってんのか?…最低だな」

 

「なんだと!?」

 

「止めてよ!そんな事より早く決めてあげないと、お姉様が…!」

 

「…お姉様…!」「泣かないで…!ね、撫子さんならきっと大丈夫よ…」

 

 

これ以上クラスを割る訳にはいかない。…まだ初日、これからあと六日もあるのだ。西園寺が危惧していたこの試験の重要なポイントーーー『クラス関係の崩壊』、『自滅』。そんな事、リーダーの俺がさせる訳にはいかない…!

俺は戸塚をリーダーに指名し、複数人の班でスポットの占拠を指示しながら俺はAクラスの為に行動を開始するのだった。

 

 

「………(西園寺、もう少しだけ、待っていてくれ…!)」

 

 

―――――――――

 

※その頃のCクラス拠点。

 

「おい、()()!お前も着替えたら遊んで来いよ。…クク、これから来る奴らに俺達の仲の良さを見せつけてやろうぜ?」

 

「いえ…今は試験中です。私は…、Aクラスの一員として、そのような事は…」

 

「なんだよ、いつもの余裕がねえな。お前にゃ話したが、()()はこっちにいるんだ。仲良くやって損はねえだろ。…あぁ、それとも」

 

「?」

 

「葛城や、残った連中はそんなに頼りねぇのか?…随分な評価じゃねえか。自分のクラスメイトをもっと信じてやれよ」

 

「…!いいえ…!私が居なくとも、Aクラスの皆様は大丈夫です。私は、それを信じています…!」キッ…!

 

「フン…、なら、()()()()()()()()()()、もう少し俺達に付き合ってもらうとするか」

 

「(あっ…)の、望む所です…!」

 

「…クククク…!」

 

「(の、乗せられてしまった。…すいません、葛城君、真澄さん、皆様…。)」

 

オネエサマー オマタセシマシター!

 

「は、はーい…!」

 

※撫子、夏を満喫中。

 

 

 




読了ありがとうございました。
次回はいよいよ水着回。

実はCクラスは初日に動くことが多いんですよね…。
詰め込み気味になりますが、ご容赦ください。
では次回にご期待ください。ありがとうございました。
高評価、感想、力になっております。

もっともっとあると、もっと頑張れます(ダイマ)
皆様のお力添えをお待ちしております。


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④:作戦開始(+水着回その①)

水着回(1回目)です!
選ばれたのはアンケートのアレでした。…流石に際どいのは船までお待ち下さい(笑)
あと最後、少し下品かもです。注意を。
では、どうぞ。



―――◇―――

 

時間は15時を回った頃。

外の無人島を満喫するCクラスの方々の声も少し落ち着き、恐らく思い思いに過ごしている中で…私は未だ、テントの中で匿って(?)もらっています。

 

…つい先程まで、何故か細長いチョコレートのお菓子で餌付けされていました。

初めて食べたと感想を告げると、あれもこれもと頂けたので(少し申し訳なく感じながらも)少しお腹は膨れています。

 

先程のトラブルで服が濡れたので、タオルで上半身を覆っています。まるでお風呂上りのような姿ですが、着替えを待つまでの辛抱だと思う事にしました。

 

今が夏なのが幸いでした。テントの中とは言え、涼しく過ごす為の扇風機(コンセントが無いのに動いています)や冷たい飲み物まで用意して貰って、至れり尽くせりで逆に怖くなってしまうほどです。

 

 

「?どうしたのでしょう…」

 

「さぁ…外の様子が…」

 

「ちょっと、見てきますね?」「お願いね~」

 

 

そういって出て行った子を見送って首を傾げていると、直ぐに別の生徒と一緒に戻ってくる。…その手にいくつかの水着を携えて。

 

 

「これは…水着?」

 

「はい!ちょっと、なにも着ていないのもアレかなって…」

 

「余っているものですがポイントでレンタルした奴を持ってきました!」

 

「その…よろしければ、いかがでしょうか?」

 

 

チラチラと赤い顔でこちらを伺うCクラスの生徒達。首を傾げてひよりを見ると、顔は赤いけれど目は期待に輝いている。

…先日、愛理と一緒にいったお店の店員さんが正にああいう顔をしていたのをよく覚えている。

 

 

「…ありがたいのですけれど、良いのかしら?他に着たい人達がいるなら、それを借りる訳にはいけません」

 

「全然!大丈夫です!はい!」「それに他の子たちも、気に入ったデザインのは順番で着ているので平気です!」

 

「それに、持ってきたのはサイズが一番大きい用の奴なので、あんまり使う子もいなくて…」

※あんまり=0人

 

 

そう説得され、好意に甘えると言うと歓声が上がる。…Cクラスはどうやら、お祭り(イベント)好きというか非日常が好きなクラスなのでしょうか?

そういって、彼女達が持ってきた水着は3着ありました。

 

1つ目は、ワンピースタイプの水着。水色の生地で学校の指定水着よりカットが入って、かわいいリボンやフリルも着いている。腰の部分に南国の花が咲いた夏らしい水着。試しに着てみようとすると…。

 

 

「…すいません、少し…サイズが…」シュン…

 

「い、いえ!まだありますから、気にしないで下さい!」

 

「ほ、ほら、これも着てみてよ!」

 

「…//(スゴイ…お尻もお腹も水着に収まっているのに、胸だけ…あ、あ溢れ、溢れて…//)」

 

 

2つ目に渡されたのは、セパレートタイプの水着。濃紺の生地に桃色のラインが入った動きやすさを重視した、アスリートや競技選手が着るようなタイプだ。

正直、一番肌を隠す面積が多いので着たかったのですが…

 

 

「ん、…これは、ちょっとキツイですね…」ムチッ

 

「そ、そうですね…(下はピッチリしてて…でも、胸が…収まりってない…)」

 

「ちょっと…小さい…かな?(生地が…!すごいエッチだ…)」

 

「な、、撫子お姉様!最後の水着は多分大丈夫です!どうぞ…!」

 

 

そして、3つ目にひよりから手渡されたのはビキニタイプの水着。淡い青色、空のような生地のシンプルなタイプ。余計な飾りのようなものは無く、タイサイドと言われる側面の()()で身に纏う事が出来る様だ。着てみると確かに前のよりもサイズに自由が利いて着ていて辛くない。…辛くはないのだが…。

 

 

「…ね、ねえひより…少し、肌の露出が多くない…?//」

 

「い、イイエ…そ、そんな事、ないでデすよ?(お姉様お姉様お姉様…)」ダラダラ

 

「椎名さん、鼻血が…!止めないと…(こんなの…男子に見せたら不味いよ…!)」ダラダラ

 

「凄い、綺麗…。凄い、エッチだ…!(………うっ//)」ムラッ…

 

「み、皆さん…!?どうなさったのですか…!?」オロオロ

 

 

ドウシタノー? サイオンジサン、ヘイキー?

 

 

※この後、更に被害者が出た。被害者から満場一致で、男子が見るところでは水着の上から上着を羽織る事が決定された。

………当然、前は閉まり切らなかったので水着が()()()形で収まった後、前を閉めるのを諦められた。

 

 

・◆・

 

 

借りた水着の上に更に借りた上着を羽織って、龍園君の居るビーチパラソルの元へ向かうとそこには彼と親しい?生徒達が5,6名で固まっていました。

 

 

「―――ならBクラスは金田、お前に…っと、撫子か。クク、似合うじゃねえか…!」

 

「龍園君、代わりの服をお借りしてしまいなんと言ってよいものか…。重ねて、感謝をさせて下さい」ペコリ

 

「くく、良いさ。…()()って奴だ。なあ、お前ら」

 

「ハ、ハイ…」※前屈み 「とっても、似合っています…」※前屈み

 

「Yes,Boss」

 

「………」※虚無

 

「あ、ありがとうございます…?」キョトン

 

 

その後、話の邪魔をしてしまったことを詫びると、気にしてない旨とパーカーは要らないんじゃないかと言われますが、ひよりや皆様から脱いではダメと言われた事を伝えると更に上機嫌になってくれた。…??

 

お礼を終えて離れようかとすると、「気にせず少し待ってろ」と言われるので彼の横で侍る事にする。

…何故か皆さんの元気がない…?男性の方も伊吹さんも…。首を傾げて腕を組んでいる山田君を見ると、何故かサムズアップをされる。

 

 

「…?」

 

「ク、クク…。おいお前ら、お前らが固まってどうすんだよ…。アルベルトを見習え…!後、伊吹。目が怖えぞ。クハハ…!」

 

「っ煩い…!」ヒュン

 

「………」ペシッ

 

 

オイ、アルベルトトメルナ! ………。

 

 

伊吹さんのキックが龍園君に向けられますが、直ぐに山田君が間に入り仲立ちをしています。…これが彼らのコミュニケーションなのだと思うとやはりクラスによって雰囲気の違いを感じてしまいます。

 

その後、龍園君と調子を取り戻した伊吹さん、少し顔が赤い金田君?と呼ばれた男子生徒が会議を進めます。

内容は、どうやらリーダー当ての為の作戦会議。曰く、金田君と伊吹さんがスパイとしてBクラスとDクラスに潜入するらしい。

この、他のクラスへの警戒が上がるこの試験でどうやって潜入するのかと考えていると、龍園君が立ち上がり拳をポキポキと鳴らしている。…?他の面々の顔も少し険しくなっている。

 

 

「では、龍園氏。僕と伊吹さんで作戦通りに向かいたいと思いますが…お願いします…!」

 

「あぁ、お前は漢だ、金田。じゃあ頼んだぜ…オラァ!」バキッ

 

「うっ!」ズサッ

 

「…」「…っ」

 

「……!?」

 

 

砂浜に倒れる金田君。…思わず駆け寄ろうとすると、手を龍園君に掴まれて阻まれてしまいます。

 

 

「龍園…君…!なんでこのような…!?」キッ

 

「作戦だ。…いくらお人好しの多いBクラスや間抜けの多いDクラスでも、何もない他クラスの生徒を受け入れる程アホじゃねえ。…相手を騙すには、身を削ってでも相手に折れて貰わなきゃならねえ。その為の策だ…」

 

「でも…「い、良いんです西園寺氏…。この案は、僕も伊吹さんも同意した上で行っています。心配は…不要です」…っ!」

 

「………そういうことだ。男前が上がったじゃねえか、金田。()()はこの中だ。平気だと思うが、Bクラスに見つかる前に確かめてから隠せ。期待してるぜ」

 

「はい、行ってきます」ヨロ…

 

 

そういって、覚束(おぼつか)ない足取りで獣道に消えていく金田君を私は見送る事しか出来ませんでした。

 

 

「次は伊吹だな…。改めて確認するが、本当に良いんだな…?」ニヤリ

 

「当たり前だろ。…さっさとやりな」キッ

 

「っ伊吹さん…!」

 

 

対峙する2人の間に入ろうとすると、山田君が肩を押さえて左右に首を振ります。それでも止めようとする私をよそに、鈍い打ちつける音と砂浜に転倒して服を汚す伊吹さん。

山田君の手が離されたので、すぐに近付いて彼女を抱き寄せる。

 

 

「伊吹さん、聞こえますか…!?」ムニュン

 

「………あっ…(柔らか…い……母さ…はっ)いい、放せ」

 

「そういう訳には参りません…!頭の怪我は思わぬ事になるのですよ、…意識はしっかりありますか?吐き気など、大丈夫ですか?」モニュン

 

「今、気が遠くなりそうになった…早く離せよ(でっか…なにカップなのこいつ…てかいい匂い…ヤバ…)」※ハイライトオフ

 

 

抱き寄せて顔を覗き込む。顔色や、頭髪に隠れた裂傷などを見る為に一声かけて抱き寄せると「あっ、あっ、あっ…」と声が聞こえ、心配すると平気だと返される。

顔の痛々しい所以外、目立った外傷は見つからない。少し真剣な表情の龍園君が聞いてきたのでそう答えると、伊吹さんが立ち上がりたそうにしているので肩を貸す。

 

 

「…ありがとな(当たってる…凄い…これ、手に収まらないでしょ…)」ボソッ

 

「…いいえ、こんなことぐらいならいくらでも頼ってください」

 

「いくらでも…?」ゴクリ…

 

「はい♪」

 

「…おい、まだ日は長いがそろそろ向かえ」

 

「あっ…」「あ…」

 

 

伊吹さんと一緒に声を上げてしまい、お互いクスリと吹き出してしまう。また船の上で遊ぼうと、約束をした後に息吹さんも無人島の森の中へ消えていく。チラッとこちらを見てくれたので、繕った笑顔で手を振ると振り返してくれた。

 

 

 

二人が去った後、他の生徒や山田君が少し離れるとこの場には私と龍園君だけが残された。

 

 

「………許せねえか?」

 

「…」

 

 

何が、とは彼は言わなかった。しかしそれが金田君と伊吹さんの事であるのはすぐ分かった。

思う事は当然ある。しかし、それを2人より先に私が糾弾するのは、以前彼が話した()が違う気がするのだ。

 

 

「…他に手は、無かったのですか?」

 

「あるかも知れねえ。だが、無かったかもしれねぇ。…俺は勝つ為にどんなことでもする。俺のやり方が気に食わなきゃ、俺を引き摺り落とした奴が自分のやり方をすりゃ良い。俺たちは、そういうクラスだ」

 

「………成果主義、ということですか?」

 

「ふん、ただの独裁主義さ。…だがどんな独裁者でも、結果を出せないリーダーに意味はねぇ。俺は、俺のするべきことをしてるだけだ」

 

「………」

 

 

いっそ、偽悪的とも言えるほどに自分を卑下する龍園君に私は冷静に考えてみる事にする。

このスパイを潜入させる作戦の有用性と、0ポイントで無人島を満喫させる作戦。そして、密かにAクラスに物資とポイントを交換させる契約。

どれも理に適っていて、攻撃、防御兼隠蔽、保険と三拍子が揃いまたその決行までのスピードが初日の半日時点で全て動き出している。

 

これが龍園君のクラス。

彼をトップに据えて、彼のセンス、彼の才能による作戦を決行する統率力は一年生の中でも随一だと思う。

一瞬、彼みたいなタイプが生徒会長などの要職のポストに着いたら…と詮無いことを思いつくも、ぶんぶんと頭を振って忘れる事にする。

 

 

「では、私から何かを言う資格はありませんね…」ギュッ…

 

「………そうか」

 

 

腕を抱くようにして、視線を彼から海に向ける。青い波とその音を聞いていると、少しだけささくれ立った心が安らぐような気がした。

 

リュウエンサーン ニモツキマシター!

 

「…Aクラスの物資が運ばれてきたみてぇだな」

 

「はい、それでは…お願いしてよろしいのですよね?」

 

「ああ、()()()()()届けてやるよ」ククッ…

 

 

そう言って荷物を運ぶ業者?様の元へ足を進める龍園君ですが、ふと立ち止まり、「ああ、さっきの件だが…」と言いかけるので続きに耳を澄ませます。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()ってんなら、話は別だぜ…?」ニヤリ

 

「…お戯れを。私は別のクラスなのですよ?」クスッ

 

「…ククッ、ああ、そうだったそうだった。…()()そうだったな…」

 

「(…?)」キョトン

 

 

冗談かと笑うと上機嫌になった龍園君に首を傾げる。

私も何がした方がいいかと思っていると、日焼け止めを持ったひより達がこちらに来ていたので、そちらに歩を進める。

 

()()()()とはいえ、これから一緒に寝食を共にするのだ。彼女達と友誼を結んで悪い事はない。そうして私は、彼女達にこの後のスケジュールを聞くのでした。

 

※この後めちゃめちゃ丁寧に日焼け止めを塗られた!男子禁制の為、テントの中だが声が漏れて鼻を押さえたり、前屈みになる生徒が続出した!

 

―――△―――

 

依頼する物資の目途が立ち、足の速い奴らに真嶋先生へ物資の依頼を頼み待っていると慌てた様子で入口を見ていた奴らが走ってきた。

 

 

「っ葛城さん!…Cクラスの奴らが来ました!」

 

「今、入口の方で口論になってるみたいで…」

 

「っ!直ぐ向かう…!」

 

 

報告を上げてくれた二人を伴って入口の方へと向かうと、そこは既に殺伐とした雰囲気を醸し出していた。

 

 

「こっちは西園寺さんの荷物が欲しいだけなんだけど?」

 

「なんですって!?」

 

「Cクラスが何の用なんだよ!」

 

「お姉様を返して…!」

 

「うるせえな!葛城の奴を呼べよ!お前らに用はねえんだ!」

 

 

スポットの侵入者へ、クラスで派閥を問わず口撃をするが、相手は意に介していない。またこれ以上、クラスの和を乱される訳にはいかない。皆に落ち着く様に促してその2人の前に進み出る。

 

「!ようやくお出ましか…」

 

「…それで、何の用だ。物資についてはもう間もなく決まる。…西園寺の荷物がどうと聞こえたが、彼女はこちらのクラスメイトだ。何故、君たちに荷物を渡さなければならない」

 

「…おい、真鍋」

 

「あ…、えっと、なで…西園寺さんなんだけど、トラブルが有って…その、着替えが必要になっちゃったの」

 

「…なに?どういうことだ…!詳しく説明しろ!」

 

「っひ…」

 

「おい!暴力行為はルール違反だぜ!近寄んなよ!」

 

「っ…!」ギリッ

 

 

カッとなった頭のまま、目の前の女子生徒に詰め寄る。迫力に押されたのか、一歩引いた彼女を庇う様に男子生徒が身を乗り出してきてペナルティを楯にこちらを脅迫してきた。

…落ち着け。これはそのまま相手にも当てはまる。あいつらも、西園寺に無茶な事は出来ないはず。そう自分に言い聞かせ、大きく息を吐いて二人を睨みつける。

 

 

「さっさと話せ…!」

 

「ふん…、おい、真鍋。ビビってんじゃねえ。暴力を振るって困るのはこいつらの方だ。落ち着いて話せって」

 

「う、うん」

 

 

その後、皆と一緒に聞いた内容は「彼女自身が原因で着ている服が水浸しになってしまった」事、「今は着るものもなくテントの中で居る」事。そして、情報漏洩を防ぐ為にCクラス生徒で見張っている事。

 

一つ聞くたびにクラスメイト達の顔色が蒼白になったり、怒りに赤く染まっていく。かく言う俺も両手を震わせ、歯を食いしばって事情を聴いている次第だ。

 

 

「…事情は分かった。………神室、持ってきてくれ」

 

「は…?良いけど、なんで私なの?」ハァ…

 

 

坂柳と親しい神室に頼んだ理由は2つ。彼女は地図を用意する時も物資の選択の時も、一歩引いた姿勢で見ていた為体力的にも余裕があり、また西園寺とも仲がいい事が理由だった。

 

 

「……はい、コレ」

 

「良し。では、神室。この荷物を西園寺に届けてやってくれ」

 

「は?なんで…」

 

「おい、荷物は俺達が持って…」

 

「悪いが、一度痛い目に合っている以上、()()()()()()。…この荷物をその辺にバラまき、環境汚染だなんだと言われるリスクがある以上こちらのクラスメイトから直接手渡させて貰おう」

 

 

あまり俺達を舐めるなと、強い眼光で言い放つと相手もこれ以上は難しいと思ったのか、神室の同行を認めた。彼女に西園寺の事を言い含めようとするが、俺より先にクラスの彼女の事を慕う連中が思い思いに声をかけている。

…これなら、彼女の様子は神室が見てきてくれるだろう。

 

 

「お姉様の事―――」「―――お願いね!」

 

…なぁ、もし撫子ちゃんに怪我や不審な事があれば…」ボソッ…

 

「…分かってるわよ」ボソッ

 

「おい!早く行くぞ!ついてくるならさっさしろよ!」

 

「ハァ…。じゃ、行って来るわね」

 

「頼んだ。気を付けてくれ」

 

「………()()()()()…ね。(そういう割に私一人で行かせる訳)…はいはい」

 

 

そういって拠点を出発する神室を見送ると、俺達は決めた物資リストを再確認して、真嶋先生に伝えた。…西園寺、もう少しだ。あと少しだけ、待っていてくれ…!

 

ーーーーーー

 

「(恥ずかしいけど、一人じゃないから少し気が楽ね…)…♪」

 

「…西園寺さん、すごいわね…//」

「…スゴイ…//」「エッチだ…//」

 

「お姉様お姉様お姉様…!!」ブツブツ…

 

「ククク…!」

※チェアから立ち上がれない。

 

「…(やべぇ…社会的に死ぬ)」「…(噂に違わぬ…大きさ…!)」

※立っていて○ってる。つまり前屈み。

 

「びゅーてぃふぉー」

※紳士

 

「…(柔らかかったな…)」

 

ーーー

 

「…西園寺…もう少し待っていてくれ…!」

※フラグ

 

「…はぁ…」トボトボ…

※ここでもパシリ

 




読了ありがとうございました!
また、今回の件の無人島パートは基本、撫子視点とそれに関わる方の視点が多くなります。…いつものことかも?
なので、基本前半は撫子と葛城たちAクラス目線。
あとは龍園のCクラス目線が多めになります。

なので、恒例のアンケートタイムです!
番外編として、別クラス目線での無人島の様子を書きたいと思いますが、取っ掛かりがないですので募集します。
時系列に合うようになるかは書いてからなので、もしかすると結果発表後に差し込むことになるかも?
よろしくお願い致します。


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⑤:契約の"穴"。+囚われの〇〇…。

お待たせしました。
いつも、誤字脱字、ありがとうございます。非常に助かっております。これからもよろしくお願いします。

今回はあんまり進んでませんが、次回に一度目の点呼を取ってからは進む…といいなあと思います。
それではどうぞ。


―――△―――

Side.葛城

 

夕日がスポットの入り口近くに差し込む時間帯。方針を決める為に主要な人員で相談をしている所に、慌てたような足音が響いてきた。

 

 

「葛城さん!」

 

「どうした…お前は外の班だな?」

 

「はい…!そ、それが…物資が届いたんです。…届いたんですが…なんか…妙なんです!」

 

「…何…?」

 

 

洞窟の外を哨戒をしていた班の彼を落ち着かせ、事情を聞く。…内容は、待望の物資の件だった。Cクラスの生徒と設置型トイレ等を運搬する業者が物資を運んできたらしいのだが、とてもこちらが頼んだ量には満たないとの報告がされた。

 

 

マニュアルにあった画像の物資入りダンボール。…ざっと計算しても一食分の食事(100〜200g)と飲料水(500ml)が40個。その重さは優に20〜30キロはする事だろう。

 

台車に載せて運んできているそうだが、それも1台。ダンボールで5、6箱程度。男女別で頼んだトイレも一つしか確認できなかったらしい。

 

 

「…(どうなっている…!?まさか連中、元より契約を履行する気がないのか?…いや、だが西園寺はCクラスのカードキーを見ている。奴らが契約を守る気がないのならいっそ…)」

 

「畜生…!奴らに確かめてやる!」

 

「おぅ!俺もいくぜ!」「俺もだ!」

 

「っ葛城さん、俺たちも行った方がいいですよね…!?」

 

「…スゥ…!(落ち着け…逸るな…!)そう…だな、行動に移すのは事情を聞いてからだ」

 

「はい…!」

 

 

リーダーを任せてから、戸塚は普段の直情的な性格を自重している。そんな彼に成長を感じながらも眼前に迫った新たな問題に、俺は何とか平静を保ち事態の収拾へと向かうしかなかった。

 

―――行きついたスポットの出口。先ほどの西園寺の荷物を取りに来た時の再現だ。罵声を浴びせる俺たちAクラスと、今度は露骨にコチラにを出させよう挑発気味な態度のCクラス。

 

今回は全員が全員、ガタイが良い。恐らく、荒事担当…武闘派な生徒で固めたのだろう。一部此方でも委縮してしまっている生徒もいる。

俺は皆を庇う意味も込め、足音や態度を努めて大きく取りながら彼らに相対する。

 

「来たか…お前が葛城だな?」

 

「…物資を運んできたと聞いたが」

 

「無愛想だなぁ、おい。…あぁ、その通りだぜ?…こんな炎天下の中な。龍園さんからは感謝しろよ?って伝言もある。さっさと持って行けよ」

 

「へっ…!」「…」ニヤニヤ

 

「荷を下ろせ。…内容の伝票表を確かめろ。内訳はどうなってる?数を改めてくれ」

 

「はい!…飲料水、食料品が1箱で40個入り…他はどうだ!?」「一緒だ…!残りも全部。数は…6つ!」

 

「葛城君、段ボール開けてみるね!」

 

「………、一応未開封かも確かめろ。…おい、Cクラス」

 

「あぁ?なんだよ」ニヤニヤ

 

 

明らかに挑発を目的としている連中だ。奴らの求める反応をせず、粛々と是非を問えば空気は白けるハズ。

 

 

「こちらの依頼した予定の数よりも少ないようだか?…Cクラスは契約を履行する気はないと、そう判断しても良いんだな?」

 

「ハッ!そんなわけ無いだろ。そうならそもそもこんなとこまで汗水垂らして荷物なんか何も持ってこねえぜ」

 

「……ならどうなっている。ざっと見ても、予定の半分も届いていないぞ」

 

「正確には3割くらいだそうだせ?…で、予定予定って(うるせ)えが、俺たちは予定通りなんだよ…!」

 

「………(…まさか…!)っ…」ダッ…

 

「3割だって…!?」「ふざけんな!全然足りてないじゃないか!」

 

 

黙り込むこちらに気を良くしたのか、気色を深めるCクラスの生徒達に、戸塚を始めとする奴らが語気を強めて怒鳴りつける。

―――しかし、俺はそんなことよりも脳裏を過る予感に集中してしまい、彼らを咎めることもできなかった。

 

 

「っ、西川!契約書を持ってきてくれ!」

 

「え?は、はい…!」「葛城さん…?」

 

「ぷっ、くく、なんだ!、もう…気付いたか?でももう手遅れだぜ?」

 

「なんだと…!?どういうっ!…おい鬼頭!離せよ!!」  

 

「………」 

 

 

怒りがピークになったのか、掴みかかろうした奴は鬼頭に羽交い締めにされていた。坂柳の陣営だが、今は頼りになる。俺は努めて冷静さを維持しようと意識するが、背中に冷たい汗が流れるのを感じる。

そして、スポット内にあるテントから契約書を持って西川が戻ってくる。感謝を伝える暇もなくそれを受け取ると一字一句見逃さないように読み返す。

 

―予定より少ない物資

 

――あのCクラスの余裕

 

―――予定内…よてい、ない…!

 

 

「………………………()()()()…!」

 

「え?、ど、どういうことですか!?」「葛城さん?」

 

 

思わずくしゃり、と契約書に皺を作ってしまう。不安げなクラスメイトと、不敵に笑うCクラスの連中を前に、俺は苦い表情を隠すことができなかった。

 

―――◇―――

 

「………何。この状況は……?」

 

「…………(真澄さん…!)」ペコリ

 

 

テントの中、数時間振りにクラスメイトとの再会が叶いましたが契約がある以上、私からなにかを伝えることはできません。

 

また、先程まで水着姿でしたが「流石に暑い中来てくれたクラスメイトに遊んでいたと思われる姿を見せるのは忍びない」―――と、龍園君に助言を貰いましたので厚意に甘えることに。

汗ばんだ真澄さんを見ると、確かに仰るとおりと思いました。…ですので、今の私の姿は()()はしたないですがタオルを身に纏い、借りた上着を羽織って正座…のような姿勢で真澄さんを見上げています。

 

ハンドサインやジェスチャーを出来ないように手を後ろ手に回して、口には大きめなハンカチで猿轡のようなものを嵌めています。

…不謹慎ですが、この前見たサスペンスドラマの人質役のようで少しだけ興奮をしています。

(※その分、謝りながらハンカチや手を拘束するCクラスの皆さんに申し訳無さを感じました…)

 

 

「…ちょっとアンタ達…、これ暴力行為(ダメなん)じゃないの?」

 

「い、いや…本人がこの行為を認めている場合は、その限りではない、と…」

 

「一応、真島先生と坂上先生にも確認は…してもらいました…//」

 

「は…?この格好、先生たちに見せたの?え?マジ?

 

「…はい。その、マジです…。…ビックリされました…

 

「はぁ…撫子は平気なのね?」

 

「…?」キョトン

 

 

こちらの心配をしてくれる真澄さんに、更に申し訳無さがこみ上げる。…龍園君が確認にと連れてきてくれた坂上先生(とても驚いていた)が「そこまでしなくても…」と言ってくれたが、契約によるペナルティ違反でリタイアとなる訳にはいかない。

 

教師の方の監督の下、手の拘束が外れないか、口の抑えはしっかりされているかを見てもらった。

龍園君が首筋を掴んで、「なんか喋ってみろ」と言われて話した時は「これでどうです…(ふぉふぇでふぁふぃほぉうふぅふぇ)…ぅぅ//」と言葉にならず、羞恥がこみ上げ俯いてしまいました。

…顔が赤くなったのも気付かれてしまったかもしれません。

 

 

その後、自クラスの生徒の心配をして来てくれた真嶋先生が顔を真っ青にして「誰にやられたんだ!」と言ってハンカチを取ってくれましたが、慌てて訂正することに。…誤解させてすいませんでした…。

念の為にと、手紙を書いておいて正解でした。ひよりから受け取った手紙を読んだ真澄さんは訝しげな表情でしたが、ため息をついて納得してくれた様子。

 

 

「そう。なら仕方ないけど。…じゃ、これ。撫子(この子)の荷物」

 

「…(着替え…!ありがとうございます…)」ペコリ

 

「…さっさと帰って来なさいよね」ナデナデ

 

「…♪(…はいっ…!)」コクリ

 

 

膝立ちで目線を合わせて頭を撫でられるのは…なんというか、何度もしているのですが、されるとこそばゆいものですね。

テントから去る真澄さんを見送り、テントの外の方から「行ったみたい…もういいと思います!」と声がかかり、人質状態は解いて貰いました。

 

 

「…お姉様、腕や手首は痛くありませんか?」

 

「何か飲む?喉、乾いてない?」「あ、ポッキーまた食べる?」

 

「ひより、皆様も大丈夫ですよ。ありがとうございました」

 

 

心配してくれた皆様にそう応えると、安堵の表情を浮かべてくれました。

その後、届いた荷物から着替えを取り出して着替える旨を伝えると顔を赤くしてあっという間にテント内から誰も居なくなります。

 

 

「……(別に同性なら居て頂いても平気だと思うのですが…)…んしょ、」シュルリ…

 

 

羽織っていたジャージ、インナー、下着。靴下まで全て脱衣してテキパキと着替える。常備してある着替え用の袋に使用した衣類を入れて、一息つこうとすると…鞄の中に一枚のメモ用紙を見つける。

 

 

「……(これは…真澄さんの字。……簡単な、サインのマニュアル…!)…」

 

 

そこにあったのは意思疎通が困難な場合、瞬きの回数で意図やYes,Noを伝える術でした。他にも掌のハンドサインや、それを把握している生徒の情報。…恐らくメンバーからして、有栖さんの助言だと推測しますが、なんとも用意が良い。まるで今回のような試験の流れを予期していたかのようにも思えてしまいます。

その紙をバレない様に荷物の内ポケットに隠して、鞄をテントの皆様の荷物が置いてある場所に置かせて頂きました。

 

 

「…お待たせしました、皆様」

 

「お姉様…!とんでもございません、夏とはいえ夜は冷えるかもしれません!」

 

「そうそう!気にしないでー!」「あ、夜はBBQだってー!」 

 

 

優しくして下さるCクラスの皆様に内心、申し訳無さを感じますがこれは試験。そして、私はライバルのAクラスなのです。

これからは、すぱいとして暗躍させて頂きます…!まずは、お夕飯のお手伝いから…!

 

 

※この後めちゃめちゃお手伝いをした!Cクラスからの好感度が上がった!!

 

 

―――△―――

Side.神室

 

 

「お…。お疲れさん。撫子ちゃんは元気してたか?」

 

「…ええ。で、この騒ぎはなんなの?」

 

 

炎天下の中、しかもこちらのサブリーダーを拉致した敵対クラスの元へ行ったんだから、心身共にリフレッシュしたいと思ってもバチは当たらないと思う。

 

そう自分を慰めながら拠点に戻ると、出迎えてきたのは胡散臭い笑顔の橋本。設備を設置している業者と、空の台車。他にも見覚えのある面子が外にいる。…中からは耳を済ませなくとも聞こえるほどの諍い合う声が聞こえる。

 

 

「ああ、多分Cクラスにまたやられたみたいだぜ?…物資の数が少ないらしい」

 

「は?じゃあシャワーは?」

 

「おま…まず初めにそれかよ」

 

「悪い?…こっちはこの炎天下、一人でお使い(パシリ)させられたのよ?」

 

「………こっちもスポット探索やら色々してたんだが、まあ、いいか」

 

 

若干呆れ顔になられたが、コイツにどう思われても構わない。苦笑交じりの橋本から事情を聞くと、どうもCクラスの持ってきた物資が少なく予定の半分にも満たないらしい。

 

それをAクラスの葛城派閥の連中が詰め寄っているそうだが、相手は契約は護っていると強弁。今はお互いの担任を呼んで裏を取っているのだとか。

 

 

「ま、初日からケチの付きまくりだな…」

 

「そうね、でも私達からす「あ、あの…!」…なに?」

 

 

橋本と無駄話をしていると、スポットから出てきた…そうだ、この子達は撫子(あの子)の荷物を届ける際に声をかけてきた…。   

 

 

「お話中にごめんなさい!あの、撫子お姉様はご無事でしたか…!?」

 

「Cクラスの方々に何か()()()をされてませんでしたか…!?もし、お姉様がそんなことになっていたら私…」

 

「お姉様…」

 

「あー…、そう。そうだったわね。別にあいつは―――」

 

 

テントの中、監視のCクラス生徒達(一応女子だけ)。後ろ手で縛られて、タオル姿…。口は喋れないように…。…って、

 

 

「………(あれ?完全に人質状態じゃない?撫子…)」ダラダラ…

 

「…え?おい、神室。そんなにやばい状態だったのか…?」

 

「そんな…!」「お姉様は…お姉様はご無事なのですか…!?」

 

「お姉様…!うぅ…」

 

「ちょ、泣かないでよ…!」

 

 

泣き出してしまう子まで居るのは予想外だった。一先ずは落ち着かせて、無事であることを伝える。

また無駄に疲れた自覚をしながら葛城の所まで(一応)報告に向かう。私がスポットの中に入ると丁度、小康状態なのか睨み合いの状態だった。

戻ってきた私に葛城が声をかけてくるので、内心…いや、本心から面倒そうな顔でパシリ(おつかい)が終わったことを伝える。

 

 

「ご苦労だった…西園寺の様子はどうだった?」

 

「(ご苦労だった…そんだけ?)はぁ…」

 

「おい!!葛城さんの質問にしっかり答えろよ!」

 

「…」イラッ

 

「…へ、Aクラス様って言っても全員が頭がいいって訳じゃねえんだな…!!」ニヤニヤ

 

「何だと…!大体お前らが―――」

 

Cクラスにハメられたからって、イライラをコッチにぶつけないでほしい。結局言い争いになっているし…。

そして、相変わらず遅すぎる制止をした葛城に、もう面倒臭くなり撫子からの手紙をそのまま渡す。…どうもでもなれ。

なんなら、もう船に戻りたい。人として最低限の文明的な生活に戻りたい。

 

 

「はい。撫子(あの子)から」

 

「…西園寺から?どういうことだ?」

 

「(読んでから聞けばいいのに…もういいか)…あの子、両手縛られて何も話せない状態でCクラスの生徒たちに囲まれてたわよ。…なんかあったらアンタのせいだからね」

 

「…なんだと…!?」ガサッ

 

「縛られて…?」「おい!それって暴力行為じゃないのか!?」

 

 

折角、落ち着いていたのにまた喧騒に溢れる。慌てて手紙を開き、凝視する葛城。

後は驚く奴、怒る奴、叫ぶ奴。…正に混沌ね。一部、凄い目で睨みつける奴もいて、Cクラスの連中が引いてたけど自業自得だと諦めて貰おう…。

期待してたシャワーもないみたいだし、休みたいと思いスポットの奥に向かう。

 

しかし、その第一歩を進めようとすると「待て!神室!」と声をかけられる。…手紙を読み終えた葛城からだ。全部が全部コイツが理由じゃないけれど、なんというか間が悪い。そういう星の下に生まれたのかもしれないが、同情はしない。

 

 

「…今度は何?もう疲れたんだけど?」

 

「手紙には、ペナルティ対策とあった。本人の意志とも。それに先生方の監督の上だ。西園寺の手紙にも心配するなとある。…お前の心配しすぎではないか?」

 

「…はぁ。…アンタは、それを撫子が自分の意思で本当に書いたと思ってんの?…実質、脅迫されてるのよ?逆らえる訳ないでしょ」

※不正解

 

「しかし、彼女が自分の意思でやった可能性もあるだろう!クラス思いの彼女の事だ。こちらが不利にならないように無理をしたのかもしれない…!」

※正解

 

「だとしたらなんで監視なんてついてんのよ。裏切る=不利になるなら、そんな下手打たないでしょ(…なんか撫子の周りにいたCクラスの連中の目が、ヤバい気がしたけど…平気よね?)」

 

「…それは」

 

 

…呆れてものも言えない。コイツは、周りを敵対してるクラスの生徒に囲まれて、平気だと思っているのだろうか?丁重に扱われるとでも思っているのだろうか?

それにクラス思い?よりにもよってコイツがそれを言うのか。

 

 

「―――あんたより私のほうが、撫子(あの子)の事を分かってる」

 

「なら…彼女の事をもう少し信じても良いのではないか?」

 

「ふざけないで…!、もし、仮にあの子が襲われたとしたら…素直にそれを言うと思う?弱音を吐くと思うの…!?」

 

「っ!?…それは…!いや、しかしペナルティが…」

 

「それこそ脅せばいいじゃない。あんた馬鹿なの?気付かなかったの?…気付かないか。そんなとこに私一人気軽にお使いさせるくらいだしね」

 

「………すまなかった」

 

「もう期待してないから。…もし、撫子(あの子)の身になにかあったら、私は絶対にアンタを許さない…!」

 

 

そう言って、不機嫌そうな態度で今度こそ連中の前から立ち去る。…ちょっとスッキリした。割りと話を()()()けど、確率はゼロじゃない。…それに、船の上での星之宮との件もある。実際、ナニかあってからじゃ遅いかもしれないのだ。

 

 

―――別に、自由恋愛を咎める気はないし別に同性愛だって周りに迷惑かけなければ良いと思う。…生徒と教師ってのは少しマズイ気がするけど。

 

 

『…先生…っ!ダ、…メです…!あぁ…』

 

『撫子ちゃん…ん。ふふ…いっぱい出たね…ん、ちゅ…』

 

「………っ!(…凄かった…アレが…リアルの…//)」カアァ…

 

 

ふと思い出してしまい、顔が赤くなる。…そういえば、その様子はスマホで撮影してある。不愉快だけど、坂柳の指示だ。かつての私と同じような弱みを握るために、それを理由にストーキングして手に入れたクラスメイトの無修正動画(秘め事)

問題は…。

 

 

「………どうすりゃいいのよ…//(坂柳に見せたら…でも、星之宮に脅されて…?)」

 

 

絶対に悪用しそうな飼い主に渡すのかどうか、それに教師に脅されて関係を持っているのでは?

…真剣に考えよう。まだ時間はある。届いた物資からくすねた水を飲みながら、私はいろんな理由で熱くなった頭を冷やすのだった。

 

 

※このあとめちゃめちゃ悶々とした!

 

 

 

―――――――――

※テントで半裸で後ろ手に拘束された10歳以上年下の和風爆乳美少女を見た時の成人男性の反応。

 

 

「失礼しま…っ!?ど、どどどういうことですかこれは…!?」

 

「あ、坂上先生。実は…」

 

※事情説明…。

 

「そ、そうでしたか、ええ。ここまでしなくても…とは思うのですが…」

 

「しかし、情報漏洩の嫌疑がある場合、私はリタイアとなってしまいます。万全を期すのが間違いないと思います」

 

「…まあ本人が認めているなら、大丈夫ですよ。ええ。その状態でしたら契約違反のペナルティ発生のリスクは―――(た、谷間が…いや!彼女は生徒、教え子なんだ…!)」目ぐるぐる

 

「良かった…!私のせいで、Aクラスの皆様にご迷惑をかける訳にはいきませんから…。では、ひより、()()()お願いします♪」

 

「は、はひ…//(お姉様の首筋…項…お耳…頬…はわわ…!)」ハァハァ…

 

「ひゃっ…んん…//…少し、擽ったいです、ひより…」

 

「で、では私は失礼しますね…(これ以上此処にいるのは…社会的にヤバい…!!)」

※正解

 

―――

 

「入るぞ…、…!西園寺!!」バッ

 

「…?ふぁふぃふぁふぇんふぇい(真嶋先生)?…んく、ふ…」

 

「何て格好だ…、誰がこんなことをしたんだ!これは―――」

 

「あの、先生…!違うんです。()()()()()()()()()()!」

 

「…なん、だと…?」

 

※事情説明中

 

「そ、そうか…。それは…早合点してすまなかったな…」

 

「いえ…ご心配をかけて申し訳ございませんでした…」ペコリ

 

うぉ…(み、見え…!…はっ!)ん゛ん゛…!いや、気にするな。大変だと思うが、困ったら言いなさい。何か問題があれば、契約書の文面通りに君を解放できる」目ぐるぐる

 

「いえ…!私もAクラスの一員として、任されたお役目は果たしてみせます…!」キリッ

 

「…そ、そうか…頑張りなさい…(念の為、星之宮に巡回させるか…)」

※善意

 

―――

※CクラスBBQ

 

「お姉様!お姉様も召し上がって下さい!」「そうです!先ほどから焼いてばかりじゃないですか!」

 

「ふふ…私は皆様が美味しく召し上がってくれれば、それが一番嬉しいですよ♪…次の串、は…あ、『山田君、ありがとうございます』」ニコリ

 

『( ̄- ̄)b』グッ

 

「龍園君、リクエストはありますか?」

 

「クク…なんでもいいぜ。お前が手ずから焼いてくれるなら大歓迎だ。なぁ?お前ら」

 

「はい!」「めっちゃ美味しいです!」

 

「ふふっ…それは良かったです。ドンドン焼いていきますね♪」

 

「お姉様!私も手伝いますね!」「わ、私も…!」ワイワイ

 

(な、なあ…あの…良いよな…)」ボソ

 

(あぁ、ポニテも…新鮮で…良いな…)」ボソ

 

「~♪」

※調理中につき、ひよりからヘアゴムを借りてポニテモード。

 

 




読了ありがとうございました!また次回、進捗ゼロですがやりたいイベントはドンドン湧いてきてます。
次回もご期待ください。


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⑥:初日終了。(副題:箱入りお嬢様、出稼ぎ中)

オマタセシマシタ。
初日終了のお知らせ。

そして、アンケートありがとうございました。
今回の番外編視点は教師とDクラスで行きますね!

二日目からはイベントをちょくちょく挟んで進めたいですね!
ご期待ください!
ではでは、どうぞどうぞ!


―――◇―――

 

BBQは初めてやりましたが、皆様の前で調理して共に食事をするのはとても心が躍りました。…今度は有栖さんも呼んで、Aクラスの皆様とも一緒にやってみたいですね。

 

皆様でリラックスしていると、点呼の時間が近づいている事を山田君からジェスチャーで伝えられます。

…楽しい時間は、本当に経つのが速いですね。その場をお手伝いしてくれた方々に任せ、寛いでいる龍園君にAクラスのテントへ向かう旨を伝えに行きます。

 

 

「龍園君、ご歓談中に申し訳ございません。少し席を外してもよろしいでしょうか?」

 

「あぁ?主役がいなきゃ盛り上がりに欠けるだろうが。…この後は花火やらナイトキャンドルやらある。もっと楽しんで良いんだぜ?」

 

「花火…!―――あ、いえ、それは楽しみなのですが…時間がそろそろ」

 

「…ふん、点呼か。仕方ねえ、一緒に行ってやるか」

 

「あ、いえ。お疲れと思いますし、山田君に一緒にきて頂く約束を得ております。彼と一緒に中座するお願いに伺った次第です」

 

「あ゛?…おい、アルベルト?」

 

( ー`дー´)(Yes, Boss!)」キリッ

 

「…クク、随分(手が)早えじゃねえか。まあいい。初回ってのも俺が行く理由さ。それに面白いものがあったんでな。…折角だ。俺がつけてやるよ」

 

「…??よろしく、お願いします…?」

 

「あぁ、お前の為にポイントで購入を決めたんだ。()()()()()()?…ククク!」ガチャリ

 

 

そういって龍園君がつけてくれたのは、水難事故対策のハーネスのようなものでした。

…少々胸元(サイズ)がきついですね…。見た目は水に浮く部品を取り除くとリュックの骨組みのような…背負う部分が残ります。背中から胸元にかけてベルトを回し、上半身を引き締める様になっています。最後に保護者が引く用の紐がうなじのあたりから伸びていて、その紐を龍園君が持ってくれています。その長さは調整できるようですが今は2メートルないくらい。手を伸ばせば届く距離、ということでしょう。

 

 

「…これで良いな。お前がもし契約破り(ペナルティ)をしそうになったらこれを引いてやる。精々、リタイアにならねえように気を付けるんだな」グイッ

 

「…んっ、はい。分かりました」

 

 

試しにと軽く引っ張られると、首が圧迫されて息苦しくなる。…確かにこれなら会話をしようとしたら止められるし、目の届かない場所に行かれるリスクも回避できる。非常に効率的でした。

 

しかし、逆にこれではっきりする。―――CクラスはAクラスとの契約を履行する為に全力で行動を起こしている。

※50点

 

もしもペナルティでのポイントを削るのが目的なら、最初のスポットでのあの場でペナルティを発生させればよかったはず。こちらのSPが尽きるまでAクラスの人員を呼んでリタイアをさせ続ければいい。それが無いのであれば、これはあくまで契約完了する為の一助に過ぎない。

 

 

「りゅ、龍園さん…()()でAクラスまで行くんですか…?」オロオロ

 

ザワザワ…

 

「あ?なんだ石崎、代わってほしいのか?」

 

「いいぃえ!いえいえ!そんなつもりじゃないです!はい!」

 

「…?ええと、石崎君、どこか可笑しいでしょうか?」クルリ

 

「エッ!いえ、大丈夫です凄く似合ってま―――ぐふぇっ!!」ベグシャッ

 

「い、石崎君?あの、皆様?」

 

 

皆様が何故か不安と言うか、此方を見て何とも言えない視線を向けていたので理由を聞くとズサァ、と砂浜で石崎君が打ちのめされた。

 

 

「大丈夫ですか、石っ、ぁんっ…!」グイッ

 

「早速だが役に立ったな。…あれはあいつらなりのコミュニケーションだ。気にすんな」

 

「え?はい。…そうなんですか?」

 

「( ´∀`)b」グッ!

 

バキ! ベキ! ボコッ!

 

「おい!痛え、痛えって!」「余計な事言うな!石崎!」

 

「これから朝夜にアレが見られるんだぞ!」「エッッッッッッッッッ!!!」ブシャ!

 

「…龍園君に言って代わって貰いましょう」「椎名さん…!?」

 

 

山田君が頷くので、そういうものかと思う事にする。…何故か石崎君が他の皆様に袋叩きにされていますが、確かに本気で蹴ったりしている方は居ない様子。

人波に飲まれて声や姿が見られないですが、少し楽しそうに思えたのはこのクラスに多少なりとも馴染めたのかなと思い、思わず笑みが漏れてしまいます。

 

 

「…そろそろ行くぞ。クク、当たり前だが、お前は点呼の返事以外はするなよ?」

 

「…」コクリ

 

「殊勝な事だ。アルベルト、周囲を警戒しとけ。…念の為な」

 

「Yes,Boss!」

 

 

そうして私たちは、Cクラスの皆様に見守られながらAクラスの拠点へと向かうのでした。

 

 

―◇―

 

 

夜道は日中とは違い、どうしても歩みが遅くなる。時間が割とギリギリ。最後は少し駆け足で向かう事になってしまいました。

夏の夜は涼しいとはいえ、ハーネスのせいで胸を少し圧迫されて息が荒くなる。呼吸を整えていると山田君が気遣ってくれましたが、点呼に遅れる訳にはいきません。

 

―――その甲斐もあり、何とか点呼前に到着。私達を待っていてくれたのか。あるいは、警戒をしていたのか洞窟前に居た橋本君や普段から話しかけてくれる皆様が出迎えてくれました。

 

 

「撫子ちゃん!」「お姉様…!」

 

「皆様、お待たせしてしまい…!」ハァ、ハァ…

 

「良いって良いって、間に合ったし。それより、ソレ…」

 

「これは―――んっ…!」グイッ!

 

「感動の再会はもういいだろ?…サービスは終わりだ。…てめえらも、いきなり話してんじゃねえよ。」

 

「西園寺さん!…おいテメェ!」「ちょっと!これ暴力でしょ…!?先生に言ったら反則になるわよ!?」

 

「ゴチャゴチャ煩えな…。お前らに言っても二度手間だろうが。間抜けなリーダーのトコまで行ってやるから黙ってろよ、雑魚共」

 

「…あぁ、ならとっとと行こうぜ。こっちだ……」チラッ

 

「…(橋本君…)」パチパチ…

 

「…!」コクリ

 

橋本君に先導され、龍園君と私、山田君はスポットの中に入ります。道中、こちらをチラッと見た橋本君にアイコンタクトでこちらの無事はお伝えすると、彼からもサインを受け取ったとの返事を得たので一先ず安心します。

 

―――中には真嶋先生と他の皆様の姿もありました。皆様、こちらの姿を見ると声を上げたり心配そうにして下さいますが、その返事を返せないのが心苦しい。

その後、定刻に始まった点呼を終えると場は緊張感のあるものになりました。

龍園君と山田君+私と、それに対する…否、囲む様に見守るAクラスの皆様。遠巻きに、事態の様子を見守ってくれている真嶋先生。

(会釈すると、何故か顔を逸らされました)

 

 

「龍園、貴様…!」

 

「おいおいどうしたんだ?葛城。お前の言う通りの物資は届いたんだろ?…まさか、納品ミスでもあったか?それなら謝ってやるぜ?」

 

「騙しておいてよくもいけしゃあしゃあと…!」

 

「ク、クク…騙した?おいおい人聞きが悪いぜ?もしも騙してたって言うなら、なんで俺の横でコイツが黙ってんだ?」

 

「………(葛城君…どうか冷静に…!)」

 

「ふざけるな!…そもそも何故、西園寺が拘束具(そんなもの)を付けているんだ!…何がCクラスの代わりの人員だ。まるで人質の様ではないか!!」

 

「そうだ!西園寺さんを返せ!」「撫子お姉様…!酷い…」

 

 

葛城君が怒りを見せ、龍園君がいなす。他の皆様も少し感情的になっていますがこれは私がCクラスに連れられたから?…いえ、そうではないのでしょう。葛城君の言い方では、何か契約書に問題があったのかもしれません。

二人の話にしっかりと耳を傾けると、どうやら頼んでいた物資が全て届いていないらしい。締結した契約書を思い出す。………。…………。………………あ、そうか。

 

 

「…!(物資の納品については…!)」ハッ!

 

「葛城、お前も気付いてんだろ?…物資を届ける約束をしたが、()()届けるか…契約書には書いてねえんだぜ?」

 

「…っ!!しかし、物資が届かなければ契約に反する!お前たちにCPを渡す契約をこちらが守る理由も無くなる!お前の目的を果たすことは出来なくなる。それでもいいと言うのか!?」

 

「おいおい…もし契約を破棄するってんならもっと話は単純だ。俺たちは坂上にA()()()()()()()()()()()()と告発をする」

 

「…な、」

 

契約を破棄(ちゃぶ台返し)するってなら…これくらいのリスクは覚悟して貰うぜ?元から俺たちのSPはゼロ。ここでお前らを道連れに出来れば十分釣りがくるってもんさ」ククク…

 

「ま、真嶋先生!どうなんですか!?」

 

 

言葉を失う葛城君の代わりに、別の生徒が様子を見守っていてくれた真嶋先生に今の契約の是非を聞く。一堂が固唾を呑んでいる中、真嶋先生は厳かに頷き、龍園君の作戦の見解を述べました。

 

 

「…前提として話そう。教職員は一概に、片方のクラスの言い分を聞くことはない。この試験のテーマは自由だからだ。…だが、状況証拠で判断するなら、Aクラス不利で話が進むことになるだろう」

 

「そんな!…それは、Cクラスの物資をAクラスが使っているからですか?しかしそれは契約の…」

 

「西園寺が情報漏洩防止でCクラスに居る件を除いても、現状AクラスはCクラスから莫大な援助をして貰っている。その見返りになるようなものが全てふいになるというなら、Cクラスの話す言い分にも一定の信憑性が生まれる可能性が高い」

 

「そんな…!」

 

「で、でも!それなら西園寺さんが捕まっているのだって暴力行為じゃないんですか!?」

 

「…っ(…いえ、ダメ。恐らく違反にはならない。何故なら)」シュン…

 

「…残念だが、彼女の取り扱いについては都度、教師の監督を入れた上で本人の口から自分の意思だと聞いている。…その時点で認めている以上、後から訴えを起こす事は容易ではないだろう。音声などで脅迫の証拠があれば別だが、この島ではそれも望み薄となるな…」

 

「そんな…」「西園寺さん…すいません…!」

 

 

クラスに暗い雰囲気が広がる。龍園君は我が意を得たりとばかりに、葛城君に契約を履行するか否かを求めている。山田君は…龍園君の周囲を警戒している。…今なら、

 

 

「…(橋本君…気付いて)」パチ、パチパチ

 

「…(!)」コクリ

 

 

視線に気付いてくれた橋本君に、バレない様にハンドサイン、アイコンタクトで出来るだけ情報を伝える。…これ伝わってますよね?スポット内は少し薄暗く、個人の判別は利きますが顔色などは分かりにくいです。

余り露骨にすると気付かれてしまうのでやんわりとだけお伝えして、素知らぬ顔で龍園君と葛城君のやり取りに意識を向けます。

 

 

「―――つまり、別に物資は試験完了までにお前らの拠点に届けりゃこっちの条件は満たされる訳だ。…クク、最終日までの飯が欲しけりゃ、もう少し殊勝な態度をするこったな。()()()()()()()な」グイッ

 

「んっ、」ヨロ…

 

「西園寺!…龍園、貴様…!!」

 

「…(葛城君…!落ち着いて貰わないと。…橋本君、お願いします…)」チラッ…。

 

「…!(ストップのサイン…?葛城を止めろって事か…?)おい、葛城。これ以上は不毛だろ。この辺でやめとこうぜ」

 

「橋本…どういうつもりだ、お前は西園寺の―――」

 

「おい、龍園。山田と、それに撫子ちゃんも。もう外も暗い。帰るまでに転んで怪我でリタイアなんてシャレにならねえ。用が済んだならさっさと拠点に戻ったらどうだ?」

 

「…フン、それもそうだな…。行くぞ、アルベルト。…()()もな」

 

「Yes,Boss!」

 

「………」コクリ

 

 

無事、サインは気付いて貰えたようで良かった。…この試験をどちらのクラスも捨てていない以上、真剣であるべきですよね。私は、CクラスのスパイとしてAクラスの皆様に貢献します。

…願わくば、Aクラスが一位で試験を終えられるよう、策を考えなければ。

Cクラスの拠点への帰り道、満天の星を見上げながら私は思い耽るのでした。

 

 

―――△―――

Side.橋本

 

まるで首輪のような拘束具?(締め付けた胸とかかなりヤバかったが)を付けた撫子ちゃんが、リードを引かれて連れていかれる。中には引きとめようとした奴も居たが、撫子ちゃんのサインに気付いた奴らがそれとなく止めていた。

…抵抗が止んでるのを見るに、事情を話しているみたいだ。俺も撫子ちゃんの命令(オーダー)を無事こなして、安堵の溜息をつく。…今日の仕事は、()()()をして終わりだ。

 

 

「…行ったか。ふぅ」

 

「………おい橋本!どういうつもりなんだよ!リーダーは葛城さんなんだぞ!それを…!」

 

「いい、弥彦。…橋本、俺が冷静さを欠いたのは認める。…お前の事だ。なにか理由があったのではないか?…どういうことか、理由を聞かせてくれ」

 

「あぁ?…いや別に、何にも考えてなかったぜ?」ニヤニヤ

 

「お前!」グイッ!

 

「止めろ!弥彦!!」バッ

 

 

飛び掛かって胸元に掴みかかってくる戸塚(バカ)を葛城が羽交い絞めにして引きはがす。…もっと早く、いや、最初からやらせんなよと内心悪態をつく。

…だが、このままじゃ坂柳陣営(俺ら)はともかく西園寺陣営?親衛隊(その他)の連中の目が怖すぎる。…後でこっそり種明かしはしておこう。

 

 

「…はぁ、葛城。自分の手下の教育くらいしっかりしとけって。土壇場で何するか分かんねえぜ?」

 

「なんだと!?」

 

「止めろ!―――橋本も、煽るような言い方は止めろ。そして、先ほどの話は完全にはったりだったのか?俺にはお前がそんな短慮な事を起こす奴には見えない」

 

「そりゃ買いかぶりってやつさ。…ぶっちゃけ、あの場面で止めとかなきゃマジで食料の提供がストップしかねない。そうなったら俺たちは皆まとめて試験敗北(リタイア)しかねえだろ」

 

 

俺の発言に葛城陣営の奴らが間抜けそうな顔でざわついているが、今更過ぎるだろ。まあここまで言ってもまだ損切りできずにうだうだ悩んでいる奴がトップじゃそうなるだろうな。

 

「言わば、撫子ちゃんが無抵抗な理由も俺達の食料や物資の為ってのもあると思うぜ?」

※ハズレ。本人もさっき気付きました。 

 

「お姉様が…」「私達のために…!」

 

 

よしよし、上手く纏められたな。周囲からの目線も幾分か柔らかくなった。コレなら、安心して眠れる。…本気で闇討ちするレベルの視線向けてきてたからな…。

 

 

「…いや、しかしまだ他のスポットもいくつか発見してある。…食料となりそうな自然の果物や野菜などもピックアップしてある。まだ俺たちは…」

 

()()()()って!最初に撫子ちゃんが言ってたろ?…この試験で一番やっちゃいけないのは『自滅』だって。今、正にそうなりそうになってんだけど?」

 

「………それは」

 

「ま仮に?お前らがやる気満々だったとしてもだ。CクラスにくれてやるCPとリタイア1人につき減るSP、計算してるか?5,6人抜けたらもう赤字だぜ?…もっとしっかりしてくれよ、リーダーさん」

 

 

今、葛城の頭の中にはAクラスとしての成果と撫子ちゃんの身の安全で揺れてるんだろう。…正直一人相撲だろうが()()()()()。とことん揺れて貰うとしよう。

 

そうして点呼後に起きた騒動も少しずつ鎮火していく。…なによりこれから寝ずの番で見張るやつ、スポット更新に行くやつとやることはいくらでもある。

俺もとっとと寝て、明日に備えるとしよう。

 

 

―――◇―――

※Cクラス拠点での一幕

 

 

「…それで龍園君、本当にテントを使わせて頂いてよろしいのですか?」

 

「あ?…あぁ、別に俺と一緒に寝たいって言うなら―――「ダメです!!」…クク、だとよ」

 

「ひ、ひより?別に私は大丈夫ですよ?」

 

「「「!!」」」ざわ…ざわ…

 

「絶対!ダメです!お姉様は今夜、私たちのテントで寝るんです!!」

 

「…しかし…代わりに他の方々が野宿をするのは…」チラッ

 

「全然平気っす!(てか、同じ外に居たら絶対寝れねえって)」

 

「お、俺達風邪引かないんで!(寝顔…いや、起きたばかりで無防備な顔でも良い…!)」

 

「ま、また飯を作ってくれると嬉しいっす!(おにぎりとかなら…直接手で触ってくれる…!?)」

 

「皆様…(流石龍園君…。不満が出ない。…ここまで統率が取れているなんて…。凄いです)」

 

「…フン、良かったな、撫子。Cクラス(俺達)は紳士だからなぁ。…それに、他の野郎共の目にも毒だ。あいつらにもまだ役目はある。再起不能(リタイア)になられちゃ困るんでな」

 

「…?…ありがとうございます。では、そのようにさせて頂きます。その分、明日もお手伝いさせて頂きますね♪」

 

「「「うぉぉぉ!!!」」」

 

「うるせえ!寝ろ!!」ギロッ

 

「「「はぃ…」」」

 

 

※この後、女子の間で寝る場所争いでじゃんけん大会が起きた!

Cクラスからの好感度が上がった!

 

 

ーーーーーーーーー

 




読了ありがとうございました。
二日目からは他のクラスの方々が本腰を入れて島内を動きますが、
Cクラスは無人島で満喫状態なのでそこまで動きはありません。

来客を迎える感じになりますが、撫子がどれだけ暗躍(笑)できるかお楽しみに!


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⑦:リゾートビーチでの過ごし方(副題:砂浜の囚姫)

更新しました。
今回はちょっとBクラスが登場。

入れたいシーンが多くて切れてますが、
お楽しみに。

それではどうぞ!


―――◇―――

 

おはようございます。西園寺撫子です。

テントの中、そしてたくさんのご学友の方々と寝所を共にするのは初めてでした。

昨日は緊張で寝付けませんでしたが、皆様で薄着になってリラックスした身形となると自然と疲れからか会話も収まり直ぐに眠気が誘ってきました。

 

今は、朝のシャワーをお借りしています。潮風や寝汗でベタついた素肌を温かい湯で流せるのは最高の贅沢だと制限されてこそ実感しました。

 

その後、バスタオルを身に纏い次の方に入浴?を勧めると皆様に少しだけ叱られました。

 

曰く、「無防備すぎる」や「男子が見ていたら」との事。…とは言うものの、プライベートは守られる様に個室のように覆われている脱衣スペースもあるので近くには女性しかいません。

…いや、私が間違っているのかも。少々はしたない恰好をしていた事を詫びて着替えると、Aクラスの点呼へ向かいます。

 

本日は昨日に引き続き山田君。…と、ひよりが一緒に来てくれました。

ハーネスではなく手を繋いで行く事になりましたが片手が塞がっていたので、あまり多くはサインは送れませんでした…。むむむ。

 

その後は特に何事もなく点呼を終えてCクラスの拠点へ。朝食の支度を手伝う事にします。

戻る頃には徐々に皆様も目を覚ましている様子。朝からお肉は重い方もいると思い、BBQ用の野菜とお肉を細かくカットして焼きそばを作る事に。

幸い、主食用のパンなどもありましたのでベーコンなども焼いて軽めの朝食やサラダも作ることができました。

 

女性の皆様(山田君など一部の男子の方)もお手伝いしてくれましたので、皆様の目が覚める頃にはご用意が整って幸いです。

 

 

「…お前が作ってんのか。朝からご苦労だな、撫子」

 

「龍園君。…おはようございます…♪皆様のご協力のお陰です」

 

「…居候の分を分かっていてるじゃねえか…」

 

「いえ…。焼きそばと、パン、サラダ…どちらになさいますか?」

 

「…焼きそばを寄越せ(昨日の今日だが、こいつのこの余裕は何だ?)」

 

「はい、どうぞ♪」

 

「………」ズルズル

 

「………」ドキドキ

 

 

初めてこの様な鉄板で料理をしましたが、何も言わずに召し上がってくれたので(多分)大丈夫…ですよね?

不安に思っていると他の方々からは好意的な声も上がり、胸を撫でおろします。

 

その後はまた龍園君の号令で、皆様で無人島での水上バイクやビーチバレー?を満喫する事に。

私はと言うと、最初こそひよりや皆様に請われて水着に着替え、日焼け止めを塗って貰っていたのですが…。

 

 

『西園寺さん、ボスがお呼びです』

 

『龍園君が?分かりました、向かいましょう』

 

 

山田君に、龍園君が呼んでいると言われた為に水着姿で彼の前に向かいます。ビーチチェアで寛いでいる彼の元には、複数人の男子生徒の方々が各々飲み物やお菓子の袋を持って指示を聞いている様です。

 

私が龍園君に声をかけると皆様の視線が私に向く。…少しだけ気恥ずかしいですが、努めてポーカーフェイスでいると龍園君の笑い声に皆様の視線が再び彼へ向く。

 

 

「ハハハ!、クク、おいおい…お前ら、纏めて腹でも下したのか?」ククッ

 

「え…!?そんな、皆様、大丈夫ですか?直ぐ、先生方を…!」オロオロ

 

「い、いえ…!大丈夫ですんで!俺達もう行きますから!」ダッ

 

「すいません!ちょっと俺トイレに…!」ダッ

 

「え?え?」

 

「クク…心配すんな。あいつらは俺の作戦の為に他のクラスに向かっただけだ」

 

 

心配するも大丈夫だと言われて、彼らは森の中へ歩を進めて行った。残ったのはリラックスした様子の龍園君と私と山田君、三人だけになります。その後、龍園君から上機嫌にお話しされます。

 

曰く、スパイの二人。金田君と伊吹さんの作戦成功を高める為に『Cクラスは試験を放棄して遊び惚けている』と認識させるつもりなのだとか。

その為に、贅沢をしているようにお菓子や飲み物を飲んで見せて、この拠点に呼び込み油断を誘うらしい。…でもそれなら、私をここに呼んだ理由は?

 

 

「あの、それでは私は何をしたら良いのですか?」

 

「…。お前はこの場に来る奴らへの………()()、だ…」

 

「牽制…ですか?」

 

「…お前は俺の横に突っ立ってりゃ良いんだよ。余計な事を話さなきゃ、首紐(コレ)も引かずに済む。…大人しくしてるこったな」クク…

 

「…ええと、かしこまりました…?」

 

「フン。…おいアルベルト。石崎を呼べ」

 

「Yes,Boss!」

 

 

龍園君の指示でその場を離れる山田君を見送りながら、私は龍園君の言う牽制の意味を考えていました。

 

―――実際、Cクラスの拠点にAクラスの私が居たらどう思うか?

AクラスとCクラスが協力している様に見える?いえ、Aクラスの私がCクラスを監視している…かな?私はCクラスの物資が全て送られるまでAクラスの拠点に戻れないし、戻るまで情報を伝えることも制限されてる。

(※今日の夜には拠点にある全ての物資を届ける旨を龍園君から聞きました)

 

 

他のクラスはそれを知らないのですから、恐らく私が遊んでいるCクラスを監視しているように見えるはず。なら、他のクラスへの牽制って…?…。……。………あ。

 

そうか、私はAクラスであるのと同時に()()()()()。そんな私が居るのに、同じクラスとはいえ暴力行為(実は同意済み)を見逃すハズがない。つまり龍園君が私を傍に置いた理由は、

 

"暴力行為の有無を西園寺撫子(生徒会役員)が見張っている"と理解させる事…!

※0点

 

恐らくBクラス(帆波)は怪我を負った男子生徒を見捨てないだろうし、Dクラス(桔梗)もきっと伊吹さんを助けてくれるはず。でも、それでもまだ弱い。これが本当に茶番じゃないのか、疑問視する生徒もいるかもしれない。

その為に、私を傍に置いた。"俺達(Cクラス)西園寺撫子(生徒会役員)に監視されている"と、他のクラスに知らせる為に。

 

…1年の生徒会役員は私だけだ。そんな私以上の証人は、暴力を振るわれた本人を除いて恐らくいない筈。そして実は協力関係を築いている私は龍園君の利敵行為をする訳にはいかない。

やられた…。これは、他のクラスの子に恨まれてしまうかもしれない。…。試験が終わったら精一杯謝りましょう。

 

内心、龍園君の作戦に戦慄していると石崎君が走ってこちらに近づいてくる。…何故か、徐々に前屈みになって。

 

 

「あの…大丈夫ですか?石崎君。もしかして、朝食があまり口に合いませんでしたか?」オロオロ

 

「いいいいえ、大丈夫です!はい!気にしないで下さい!」

 

「ククク、石崎。直ぐ済む話だ。…他の奴らにも伝えろ」

 

 

龍園君の指示は単純だ。他のクラスの方が来たら、龍園君の元に案内する様にとの事。それを聞いた石崎君は再び皆様のいる砂浜へと走り去る。あの様子から、体調面の不振ではないみたいですが…。

 

 

「ま、後は寛いで待つとしようぜ?…クク、お前用のビーチチェアも持ってこさせるか?」

 

「…お戯れを。それに、私も(監視員として)立っている方がよろしいのではないですか?」

 

「フン。察しのいい女は嫌いじゃねえが…お前はどっちなのかよくわからねえな…

 

「?あの、なんと仰いましたか?」

 

「何でもねえ。…どうせ今日いっぱいは暇だ。BとDのどっちが先に来るか賭けるか?」

 

「え?いえ、そんな…」

 

 

※この後二人きりで他クラスを待つ事になった!何故か、男子の方々は誰も近寄って来なかった!

 

 

・◆・

 

 

「来たか…?」

 

「…あれは、Dクラスの…(堀北さんと綾小路君ですね)…少し失礼しますね?」

 

「あ?おい―――」

 

 

龍園君に一声かけて、こちらに近寄ってきた方々を出迎える。船では挨拶も出来なかった。こちらを見て驚いた様子の二人に微笑みながら挨拶をする。

 

 

「さ、西園寺さん…!?」

 

「…西園寺?Aクラスのお前が何故…そんな事に?(首輪に…紐?)」

 

「ごきげんよう、綾小路君。…こんな姿(水着)で、失礼しますね?堀北さんも、ごきげんよう」

 

「…っ…!!」

 

「…(堀北さん…やはりまだ、私の事は…)あの…んっ!」グイッ

 

 

返事はない。まだ私の事を認めてはくれていないみたい。こちらを凝視して目を鋭くする堀北さんに落ち込んでいると、首に引っ張られる力を感じて言葉が途切れる。

 

 

「…!」

 

「…龍、ぇんっ、…!」ケホッ

 

「おい…なに勝手に離れてんだ?俺の横に突っ立ってろって言っただろうが…」グイッ!

 

 

 

少し苛立ったような態度でこちらを見据える龍園君に、視線でお詫びをする。ついつい近寄ってしまったが、私の役割は龍園君の監視員だ。彼から目を離すのは出来るだけ避けることにしよう。彼の怒気が少し和らいだのを確かめると、コクリと頷いて後ろに侍る。龍園君はそれに満足げに頷くと、石崎君に飲み物を頼んでDクラスの二人に向き合った。

 

 

「…」

 

「…あなたが龍園君ね?」

 

「ああ。龍園翔。Cクラスの王だ。てめえは?」

 

「…堀北鈴音よ」

 

「綾小「伊吹さんから聞いた通り、随分乱暴な人みたいね」…」

 

「フン、アイツはお前のトコに居たのか。適当に追い出していいぜ?土下座で謝るってんなら俺も許してやるさ。…俺は寛大な王だからな。ククク…」

 

「…」チラッ

 

「…!」コクリ

 

 

自己紹介をするお二人ですが、遮られた綾小路君の視線がこちらに向きます。今なら仕切り直せると思って頷くと、彼は再び口を開こうとします。

 

 

「俺は綾小路き「龍園さん!持ってきました!!」…」シュン

 

「…チ、少し温いぞ石崎。俺はキンキンに冷えたやつって言ったよなぁ…!?」ブンッ

 

「す、すいません…!直ぐ持ってきます!」ダッ

 

「………」ズーン

 

「…(綾小路君、ファイトです…)」チラッ

 

 

再び遮られた綾小路君。フォローしたいですが、再び真剣な二人の間に入るのは難しそうなので視線で訴える事に留めます。

その後、話は試験の戦略や考えの事に発展し、白熱していきました。

 

 

「―――てめえらは100だの200だの、カスみてえなポイントを追って貧乏生活をおくりゃいい。俺たちはゴメンだってだけの話さ」

 

「…呆れて物も言えないわね。結果、困るのはあなたたちのクラスよ。トップが無能だと、クラスメイトたちが憐れでならないわね」

 

「はっ!そりゃどっちだろうなあ、()()。夏を満喫したいなら肉でも飲み物でも、遊ぶのも自由さ。好きにして良いんだぜ?」

 

「結構よ。…それに、あなたに名前で呼ばれるのは不愉快よ、龍園君。…ところで」

 

「あ?」

 

「?」「…」

 

「どうして、Cクラスじゃない生徒がここに居るのかしら?それも、水着に首輪(そんな)姿で…」ジッ…

 

 

―――とっても居心地が悪いです。綾小路君はいつものポーカーフェイスですが、堀北さんの可哀そうな相手に向けるような…心配するような視線がとても刺さります。思わず龍園君に助けを求めて目線を向けると、とても上機嫌に答えてくれました。

 

 

「ククク…。こいつはそうだな…()さ。自分の意志で此処に来て、俺達は歓迎した。今や俺達と仲良く夏を満喫中って訳だ」

 

「あなたにとっての歓迎が、首紐(それ)なら頭の方の病院に掛かった方が良いわね。…Aクラスが黙ってないわよ?」

 

「心配してくれるのか?…意外と優しいんだな、鈴音。クク…!」

 

「…不愉快だと言ったのだけれど。後、さっき紐を引っ張っていたけど、立派な暴力行為よ。…彼女が訴えたら、あなたのクラスは失格ね。…残念だけれど、楽しそうに遊び惚けているクラスメイトを連れてさっさとリタイアする事ね」

 

「…っ」「…」

 

 

こ、これはどちらかというと帆波が言って来ると予想していたパターンですが…。いえ、それでも行う事は変わらない。不敵な笑みをこちらに向けて来る龍園君に頷いて一歩前に。

 

 

「…申し訳ございません、堀北さん。その…水着(コレ)は私の意志でして…。ですので、ええと…//」

 

「西園寺さん…?なにを言っているのかしら。もしかして、脅―――」

 

「クク、そういう訳さ鈴音…!本人が認めてねえんじゃ、問題ねえよなぁ?」グイッ

 

「ぁっ…んっ…!…?」ヨロ…

 

「…大丈夫か?」

 

「―――おい、勝手にそいつに触れるんじゃねえよ…!」

 

 

強めに引かれ、体勢を崩した所を綾小路君が手を差し出してくれました。しかし、その手を取る前に今度は腕を引かれて龍園君の胸元に半ば飛び込む形に。寄りかかってしまったことに小声ですいませんと言うも、龍園君から返事はない。

 

堀北さんと綾小路君に雰囲気が悪くなってしまった事を視線で詫びると、方や息を呑んで。方や無表情で頷いてくれた。

 

 

「…堀北、もう行こう。あまり邪魔しても悪い」

 

「綾小路君…!でも…」

 

「おい、そこの雑魚。こいつは今は、俺が侍らせてんだ。勝手に触ろうとしてんじゃねえよ」

 

「…それは悪かったな。西園寺も、またな」

 

「…(綾小路君、堀北さん。また…)」ペコリ

 

 

そう言って二人は去っていきました。二人の姿が完全に見えなくなると、ドカリと勢いよく龍園君がビーチチェアに腰かけ、「座れ」と言ってきましたので素直に座る事にします。

 

 

「…(なんで正座してんだ?コイツ)おい」

 

「申し訳ございませんでした」ペコリ

 

「………(フン…)」

 

 

綺麗にお辞儀をしてお詫びをするも、沈黙で返されます。…かなり怒らせてしまったのかもしれません。

 

 

………悪くねえな

 

「はい?」

 

「何でもねえよ。…もういい、勝手に動くなよ?」

 

「あ…はい、重ねて申し訳ございませんでした」ペコリ

 

「次はねえ」

 

 

その後、少しだけ私を叱った後は上機嫌に堀北さんの事を聞いてきたり、Bクラスは誰が来るかを予想したりと穏やかな時間が過ぎて行きました。

またBクラスからの偵察には、神崎君と他の男子生徒の…柴田君?が見に来ましたが二言、三言話したら直ぐにお帰りになってしまいました。

 

皆様、やはり無人島生活でお腹の調子が良くないのでしょうか?庇うような姿勢だったので心配すると、龍園君がチェリーの事は放って置けと…。チェリー?さくらんぼの事でしょうか…?…??

 

 

―――〇―――

 

Side.椎名

 

 

「はぁ…」

 

 

砂浜より幾分離れた沖、海面をぷかぷかと浮かぶ浮き輪に身を委ね、私はため息と共に海面に揺られています。

元々、偵察に他クラスが来た後には撫子お姉様と遊ぶ約束をしていたのにその約束は順番待ちとなってしまいました。

 

理由は、Bクラスから二度目の偵察として今度はリーダーの一之瀬さん?や他の生徒達含めて20人余りの団体で私たちの拠点に足を運んだからです。

 

丁度、昼食の為に集まっていた私達の元へ綺麗な顔を険しくさせながら進むBクラスの方たち。龍園君と撫子お姉様のいるパラソルの元へ一直線で向かい、咎める声にも耳を貸さずそのままB・C両クラスは一触即発の様相をみせました。

 

 

「…ククク、おいおいどうしたんだ一之瀬?匂いにつられて腹が減ったのか?それとも一緒に夏を満喫しに来たか?…俺たちが羨ましくなっちまったなら水着くらい貸してやろうか?」

 

「そのどちらでもないよ、龍園君。…撫子、もう大丈夫だからね。私たちと一緒に行こう?」

 

「…!(帆波…)」

 

 

遠巻きに見ている分には、どう見ても撫子お姉様を攫った私達Cクラス対、助けに来た正義のBクラスで非常に居心地が悪かったです。

しかし、手を差し伸べた一之瀬さんの手をお姉様が取ることはありませんでした。申し訳なさそうに眉を(ひそ)め、両手を祈るように組んだお姉様は力なく首を左右に振ります。

 

 

「…っ(うぅ…。Cクラスと一緒に満喫してごめんなさい、帆波。後で必ず謝りますので、ここは…!)」フルフル

 

「どうして…!なんでCクラスの…龍園君の所にいるの…!?葛城君たちは何を…!」

 

「クハハ、聞きてえか?なんで()()がここにいるのか…な」

 

「…っ、撫子の事を名前で呼ぶなんて…本人が嫌がっているなら、最低だよ、龍園君…!」ギリッ

 

「良い表情じゃねえか、その方が潰しがいがあるぜ?一之瀬…!」ククク…

 

 

その後、龍園君の口から聞いたのは私達も知らない契約についての詳細でした。Aクラスへ物資を送る代わりにポイントを得る契約をした事。

そして、Aクラスの()()()()()()で契約の穴をつき、撫子お姉様をこちらの手に入れた事。…情報漏洩を防ぐ契約で、物資が残っている限りお姉様はCクラスの監視下に置かれている事を朗々と語りました。

―――もうこの時点でBクラスの皆様(一部私達Cクラスも)の表情は険しかったのですが、極めつけは今この場にAクラスの方が誰も来ていないことへ回答でした。その真実が、Bクラスの不満の爆発を招いたのです。

 

 

Aクラス(あいつら)が居ない理由は簡単さ、一之瀬。…あいつらは契約を妄信して、試験のポイントを極限まで節約する戦法を採用した。つまり、俺達の届ける食料品(メシ)がなけりゃ大赤字って訳だ…!」

 

「…最低だな。西園寺(なかま)を見捨ててまで、そんなに勝利が欲しいのか…」ギリッ

 

「………じゃあ、葛城君は。…Aクラスの皆は、()()()()()()()撫子を売り渡したっていうの?」プルプル

 

「……っ!(あの、あの…私は別に。Cクラスの皆様にも良くしてもらっているので…!)」フルフル、フルフル…

 

「撫子さん!」ギュッ 「西園寺さん…!」ギュゥ…

 

 

怒りが極まると、人は無表情になる。どこかの小説で読みましたがその時の一之瀬さんは正にそれでした。

首を振ってAクラスの皆様を庇おうとしているお姉様の元に、クラス問わずに慰める様に抱き着く生徒が続出しました。

 

…私もその集団に交ざれたら良かったのですが、人波を嫌って遠巻きに居たのがあだとなりました。

あっという間に人波に飲まれるお姉様。それを見守りながらも怒りに震える一之瀬さんに、龍園君は神妙な顔で囁きます。

 

 

―――諸悪の根源にも関わらず嘯く姿は、さながら詐欺師の様でした。

 

 

「…なあ、一之瀬。お前、このままAクラスに撫子を返して良いと思うか?」

 

「それは…」

 

「俺は心配だぜ?だが、俺達はもう少ししたらこの試験からリタイアする。…どこかに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…。そう思わねえか?一之瀬」

 

「………………要求は…、なんなの?」

 

「クククク…!それは此処から詰めるとしようぜ?…おらお前ら!飲み物を持ってこい!他の奴らも遊びに戻れ!後半日もしたらビーチとお別れだ!好きに遊べや!」

 

「「おぉ!!」」「「はい!!」」

 

 

…好きにはなれません。なれませんが、やはり龍園君はリーダーとしての能力しかり、この交渉力も目を見張るものがあります。私の敬愛する撫子お姉様を利用して険悪だったBクラスとも協力関係を結ぶ手腕は圧巻の一言でした。

 

 

「っ…」ダッ

 

…?(ひより?)」キョトン

 

 

ですが…、結果的にお姉様を裏切るような事を見過ごした罪悪感はどうしても拭えませんでした。

私は撫子お姉様や龍園君、一之瀬さん達Bクラスの輪からそっと離れて、海に揺られる事にしたのでした。

 

 

 

―――だから、これはきっとバチが当たったのだと思います。

 

 

 

「…?わふ、っ…」

 

ドプン、とひっくり返った浮き輪に驚き、海面に沈みそうになりました。慌てて浮き輪を掴もうとしますが、手足をバタつかせるも波に流され浮き輪が手を離れます。

 

 

「っ、…痛、っ!?(足が…!)ごほ、…!」

 

 

不幸は重なって、足が攣ったのが分かります。水を飲んでしまった私の喉は声を発する事も出来ず、海面から藻掻いて頭と手を出すしか出来ません。

 

周囲には誰も居ません。少しだけ深く沖に流されていたのでしょう。鼻の奥にツンとした苦しさを感じますが、頭の奥の奥では冷静に分析している自分が居ます。これは、ダメだと。

 

 

「っ、助、…ごぼっ、ひ、…っ(ごめんなさい、お姉様…)」

 

「―――よりっ!」

 

 

心残りは、直接お姉様に謝れなかった事。そして、一緒に遊ぶお約束を破ってしまった事。

愛する人の幻聴を聞いた気がしたまま、私の意識は、ゆっくりと水底へと運ばれていくのでした。

 

 

…。

 

……。

 

………。

 

パチリ。

 

 

「………あ…、え?」キョトン

 

「あ、起きた?椎名さん。大丈夫?意識ある?吐き気とか平気?」

 

 

目が覚めたら、そこには知らない天井がありました。(あと、介護教諭の先生も居ました)

 

 

※この後めちゃめちゃ助かった経緯を聴いて赤面しました!意識を失ったわが身を呪いました!!

撫子お姉様への好感度が上がりました!お姉様への好感度は、もう上がりません!

 

 

 




読了ありがとうございました。

一体なんでひよりちゃんは赤面したのでしょうか…?次回をお楽しみに!

高評価、感想があると呼吸が出来るのでお待ちしております。


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⑧:西園寺先生、Bクラス行くってよ (+現在のクラス状況)

お待たせいたしました。
遅れてしまい申し訳ございません。

これを投稿後も続き書いていますのでなるはやでUPしますね。

次からは日が飛ぶようになるので割と早いかも。
それでは、どうぞです。


ごきげんよう、西園寺撫子です。

私は今、正座をしています。(本日二回目)

 

私を見下ろすのは先ほどと同じ龍園君と、無人島にて初めて再会した帆波。先ほど、溺れていたひよりを助けに海に飛び込んだのですが皆様の制止を振り切ってしまい心配をおかけしてしまいました…。

龍園君は額に青筋を浮かべ不機嫌そうに、帆波は…泣きそうな顔で懇々と諭してきたので申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

 

「…お前、1,2時間前に言った事をもう忘れてんのか?大体―――」

 

「撫子!もう、あんな危ない事しないで…!撫子の身に何かあったら私…!」

 

「…真に、申し訳ございませんでした」シュン…

 

 

衆人環視の下でのお説教(はなし)でしたので皆様のお時間を奪ってしまったこと、

目尻に涙を浮かべている方がチラホラ散見してご心配をかけたこと。

…救命処置とはいえ、その…ひよりと、人工呼吸をしたこと。(命がかかっていましたが、本人には後ほど謝罪をします)

 

幸いにして、その時間は船から来た星之宮先生がひよりの無事を伝えた事で終わりを告げます。星之宮先生と坂上先生から、生徒の身を守ってくれたことにお礼を言われましたがきっと私でなくても助けたことでしょう。今回は偶然、私が最初に気が付いただけ。

 

―――と、お二人に伝えたのですがなぜか反応が芳しくありません。…??

 

 

「…流石、入学した4月から生徒会入りするだけの事はありますね。…やはり彼女は…龍園君と椎名さんを…」ブツブツ

「…一之瀬さんだけでなく、もしかして椎名さんも?Aクラスにももしかしたら…佐枝ちゃんも…」ブツブツ

 

「先生方…?ええと…?」チラッ

 

「お前は気にすんな」「気にしないでいいよ、撫子」

 

「………??」コクリ

 

 

二人に目で伺いを立てるとそう仰るので、頷く事にする。その後、気付けば夕焼けが砂浜を照らしている。遊び疲れた生徒達が飲み物を飲んで休憩していたり、Cクラスの方々は残る物資を運んだりして拠点は大分落ち着いてきた。

 

私も水着からジャージに着替えて身支度を整えると、物資を届けた方々も駆け足で戻ってきました。

 

 

「龍園さん!戻りました!!」

 

「ご苦労。…連中の様子は?」

 

「はい、ええと」チラッ

 

 

戻ってきた方は私や一之瀬さんの方を気にしますが、龍園君の一声でご報告を続けます。Aクラスは、警戒する為か入口には4人が常駐していたとの事。入口はカーテン状の物…多分、無料配布の物資で作った天幕で覆い、他クラスの侵入を防いでいたみたいです。

物資を入れる際にも難色を示されたらしいですが、事前に龍園君の名前を出し、「前回持って行ったスポット内部でないと渡せない」と言って半ば強引に中を検めたそうです。

結論、拠点に居たのはAクラスの内半分より少ないくらい。男子の大半が拠点外で活動しているらしく、受け渡しややり取りは葛城君が自ら対応をしてくれたと。

 

…葛城君、大丈夫でしょうか。らしくないというか、焦っているというか…。

 

そこまで聞くと龍園君は笑い声をあげて私と帆波の方に水を向けます。

 

 

「クク、クハハ…!葛城の奴はよほど余裕がねえようだな。…撫子もそう思うだろ?」

 

「………っ、のーこめんと、です」

 

「あはは…、でも、守備重視で拠点周りを守ってる風なのに、中に人が少ないっていうのは確かにちょっと妙だよね…」

 

 

弱みになるような事は言えない。呵々大笑する龍園君、苦笑する帆波からも顔を逸らす。…すると、テントから女子でも持てるくらいの段ボールを持った生徒が近づいてくる。龍園君もそれに気が付くと顎で合図をして、それに頷いた志保さんと白…いや、千尋さんが私の目前に立ち、後ろからも耳を覆う。クラスのリーダー二人を見えない様にする為だ。

 

―――BクラスとCクラスは何かの契約をするらしいのです。()()()と言うのは、先ほど最初に帆波と会った時に龍園君が誘って約束を取り付けていたのを見ただけで、詳しくは聞き及んでいないからです。

私が聞いたのは、この後の私の居所というか、避難場所について。私はこの後、Bクラスの拠点でお世話になる事となります。おそらく、龍園君の性格からしてBクラスに居る金田君を監視役として機能させるのでしょう。

 

何時までも龍園君が島に居る理由はないし、リーダーが何時判明するか分からないのに私をずっとそばに置かなくてはならないのは面倒でしょうし…。しかし、私をBクラスに押し付ければそのデメリットは大幅改善できるはず。特に、帆波は薄々感づいていると思いますが金田君はCクラスのスパイ。

今試験においてはAとCは利害関係が一致しています。すなわち、私のやることは変わりません。Aクラスへのメリットとなるように行動をするのみ…です。でも、

…。そう、これは調査の一環。作戦の内なのです。

 

 

「(それはそれとして、困っていたら助けるのは別にルール違反ではないですよね?)…」チラッ

 

「………」

 

「………(白波、千尋さん。帆波にも信頼厚く、他のクラスの女子とも活動する友好的なコミュニケーション能力を持つ生徒…)」ジー

 

「……あの//」

 

「…(もし、私が帆波なら…誰をリーダーにする?…彼女なら…)」ジー

 

「………うぅ…お姉様が…!お姉様がみてる…!!///」

 

 

悶々と考えていると正面で視界を塞ぐ位置にいる千尋さんの顔が赤くなっています。ハッとして小声で心配しますが、首をぶんぶんと振られたので緊張から顔が赤いのかなと結論付けます。…責任感も強い、そう脳内情報を更新するのも忘れずに。

 

 

西園寺さん、もう良いって…!

 

「んっ…!わかりました。ありがとう、志保さん。…千尋さんも、あまり日に当たりすぎない様に気を付けて下さいませ」

 

「はい…!」「……はいぃ…//」

 

 

耳元で囁かれて驚きながらも、立ち上がってお二人の傍へ。すると、帆波が船上の時のような笑顔で私の腕に抱き着いてきます。その他のBクラスの方々も寄って来て、ボディタッチや歓迎の言葉を貰います。為すがままになっていると、龍園君から今後のお話が。

 

 

「撫子、お前は一之瀬と一緒にBクラスの拠点入りしろ。…Aクラスに戻っても良いタイミングは伝えてある。で、()()()()()金田はそこに居るらしい。不本意だが丁度いいからなぁ。()()()を金田に渡せ。後の事は()()()()()()()()()からよぉ」

 

「…!(つまり、作戦は継続する…ということでしょうか?)かしこまりました。…あっ」

 

 

龍園君から渡された段ボールを受け取ると、横からスッと神崎君が持ってくれました。…少し抗議じみた視線を向けますが、素知らぬ顔で持っていかれてしまいます。

 

その後砂浜でCクラスの皆様に見送られ、意気揚々と大きな木を目印に森を進むとそこにはハンモックやテントで改装された拠点が姿を覗かせます。

戻ってきた帆波達に報告を上げる方や、こちらをみて驚く方も。…内心、私自身も何故ここに居るのか半ば分かっていないのですが。

 

そんな時にタイミングよくCクラスの金田君が薪集め?で数人の集団と一緒に戻り、殊更驚きをみせていました。

スッとバレぬように人差し指を立てて、彼に合図を送るとわきまえたように「西園寺さん、どうしたのですか?」と歩み寄ってくれたので近づき、彼の顔の傷をジッと覗き様子を診てみる。

 

周囲から部外者が接近することに咎めるような声が上がりますが、金田君は怪我人なのでそれを確かめるのが優先されます。…うーん?

 

 

「…失礼(殴られた怪我は…アザがあるけど、それ以外は平気でしょうか?)」ジー

 

「な、ななにかぼぼ、ボクの顔ににについてましゅかれ?」アタフタ

 

「…いえ(少し顔が赤いけど…。大丈夫そうですね、よかった)」フルフル

 

「帆波ちゃん!お姉様が…お姉様が…!」

 

「うん。…撫子が優しいのは知ったけど、コレは勘違いされちゃいそうかな…?やっぱり龍園君みたいに…

 

「一之瀬、大丈夫か?…一之瀬?」

 

「……じ、実は俺もさっき転んで」「俺も森の中を探索中に枝で…」

 

「男子、探索はありがとだけど今は止したほうがいいよ…」

 

「あの二人。…あと、他の子も目が怖いから…」

 

 

その後、帆波から龍園君との話をされました。

簡潔にまとめると、一時的協力が成ったようです。契約の条件などは教えて頂けませんでしたが、一先ずは以下の通り。

 

・私は試験最終点呼までBクラスの拠点で生活を共同生活を送る。

・点呼の際は、今まで通りどなたかにアテンドして頂く。会話は禁止。

 

経緯…は、分かりませんが…。でも、帆波が困っていたら助けるのはやぶさかではないです。

あ。…いえ、これはBクラスの情報を得る為の作戦なのです。真剣勝負である以上、全力を尽くさなくては…!

 

 

「…(…そうなると、まずはある程度自由に動けるように立場を得るところから始めないとですね)」チラッ

 

「―――っていう訳。龍園君との話し合いはそんなところかな?そんな訳で、今日から最終日まで!撫子先生こと、西園寺撫子さんが一緒に生活をする事になりました!みんな拍手~」

 

「わぁ!!」「歓迎します!撫子先生!」キャーキャー

 

「先生!」「よろしくな!」ワーワー

 

 

帆波のクラスへの説明を聞き流していると、急に紹介をされて驚きつつも皆様から歓迎ムードで迎えられ安堵する。帆波にジェスチャーで話してもいいのかを聞くと頷かれたので、深呼吸をすうとして皆様にお辞儀をしてご挨拶を贈る。

 

 

「皆様、ごきげんよう。ご紹介に預かりました西園寺撫子です。この度は私などにこのような、ひゃんっ!」

 

「撫子、固い固い♪もっともーっと、リラックスしていいよ~♪―――みんなも良いでしょ?」

 

 

後ろから帆波に抱きすくめられ、はしたない声が出てしまいました。皆様からの歓迎の声に応えながらも、下手人に非難の目を向ける。

帆波にしては珍しくにまにま、という風な悪戯が成功した顔を向けられ、図らずも微笑ましく感じてしまう。

こうして、私のBクラスでの共同生活がスタートするのでした。

 

 

―――◇―――

 

 

「…そういえば帆波、先ほど最終日と。…荷物は今日の夜に全てAクラスに運ぶと龍園君から―――」

 

「え゛…え~と?何のことかにゃ~?聞いてないなー龍園君からは撫子を預かってって言われたしなー(棒)」

 

「…??金田君?」

 

「ひゅいっ!?てて、手紙にはあああぁあぁ…(一之瀬さんに合わせろと…)あのあの…」コクコク

 

「…手紙(…龍園君の指示が変わったのでしょうか?)そう、なのですか…?」

 

「そうそう♪」

 

 

※この後めちゃめちゃ歓迎された!!協力して夕飯作りのお手伝いをした!!

 

 

―――〇―――

 

Side.龍園

 

夕暮れの砂浜。正に祭りの後といったような、喰いもんも飲みもんもほとんど残っちゃいない。

片付け終わったり業者が後で回収する遊具がある位の寂れた拠点で、俺は船に戻る連中に指示を出す。

 

 

「よし、お前ら。後の事は俺()に任せろ。船で休むなり遊ぶなりしとけ」

 

「ほ、ほんとに良いんすか?俺達だけ」「………」

 

「あ?俺の作戦になんか不満でもあるのか?」

 

 

軽く睨みつけてやると慌てて訂正してくる。…大して良くねえ頭を回す役割は石崎(コイツ)には求めてねえ。他の連中にもガンを飛ばしてやると慌てたようにリタイアの申請を坂上にしていく。奴も事前に織り込みだ。速やかに緊急用の腕時計を取り外して生徒達を船内へ誘導していく。

 

 

「てめえらも早く行け。…ああ、真鍋。()()()はひよりにも伝えとけ」

 

「う、うん…分かりました」「Yes,Boss…」

 

 

見た目にそぐわず心配性なアルベルトを顎でしゃくると、ようやくうるさい奴らも居なくなった砂浜に一人残される。

 

…試験用のポイントはもう残ってねえ。

 

食料も物資も全て使い切った。

 

使える部下(てごま)はスパイ連中を除きゼロ。

 

 

 

孤立無援の中、俺は今日食うメシにも苦労しながら最終日まで5日をこの島で生き残らなくちゃならねえ訳だ。その上、リーダーを捜して金蔓(かつらぎ)に教えてやらなきゃならねえ。

 

 

「…ククク、状況はどうみても俺に不利だ。だが―――」

 

 

どれだけ不利だろうと、追い詰められていようと、()()()()()()()()()だ。坂上と星之宮に立ち会わせ、船に戻るアルベルトに預けた契約書。その内容に口元を力ませながら、俺は森の中へと潜っていく。

 

最後に勝つのは、この俺だ。

 

《契約書》

 

 

1.――――――――――――

 

2.CクラスはBクラスにリーダーのキーカードを渡す。

 

3.BクラスはCクラスにリーダーのキーカードを渡す。

 

4.――――――――――――

 

5.――――――――――――

 

1-C代表契約者 龍園翔

 

1-B代表契約者 一之瀬帆波

 

 

――――――――――――

 

※間が空いたので、現在の各々について再確認になります。

 

葛城&Aクラス

・意気揚々と試験に挑んだら精神的支柱を奪取されて余裕がない&3派閥で関係が冷え切っている。

 

一之瀬&Bクラス

・撫子を売り渡した()Aクラスに敵愾心を燃やしている&大好きな撫子(先生)が来てくれてかつてない程、盛り上がってる。

 

龍園&Cクラス

・物資をポイントに換金出来たし戦利品(なでこ)を侍らして満足&苦労なしで夏の無人島をエンジョイ+撫子のコミュ力でチームワークや協力度は上がっている。

 

堀北&Dクラス

・撫子お姉様に会えたけど不自由な様子を見て体調が乱高下した。原作より不調&基本方針は原作通りで高円寺もリタイア済み。

 

 

・◇・

 

■Aクラス状況:B-

使ったポイントは微小。

失った信用やクラスの不和を防ぐ為に、試験での結果を追求する方針へシフトした。

他クラスへの警戒を強めた結果、不信感や排他的な雰囲気が強くなる結果となってしまった。

図らずも坂柳の目的は半ば達成となっている模様。

 

■Bクラス状況A

使ったポイントはそこそこ。

素早くチームワーク試験での最適解、結束力を発揮して最高の滑り出しを送っている。

これ以降は頼れる撫子先生がクラスに駐在する為、パフォーマンスは増す模様。

なお、Dクラスとクラス間での協力関係は希薄な模様。個人の伝手=綾小路、櫛田などは除く。

 

■Cクラス状況A+

使ったポイントは完全に全額。

ポイントはPPとの交換契約に使い、残りは2日間のサマーバケーション用のあらゆる物資へ交換した。

今回の撫子人質作戦は正直思い付き。契約内容の改定への難癖のつもりだったが改めて有用さに気付き、嫌がらせを続行する事に。

 

■Dクラス状況C+

使ったポイントはまあまあ。

クラス内の対立や不和もあり、平田・櫛田がなんとか取り成している。綾小路は原作の機械化改造手術が無い為、初めての無人島をエンジョイしている。

Bクラスとの協力も無い為、クラス初試験は前途多難。

 

 

・◇・

 

【撫子の心理的変容】

 

初日午前

「Aクラスのために頑張ります!葛城君、皆様、よろしくお願いいたします!」キリッ

初日午後

「え、ええと、AクラスのためにCクラスの協力をします!…合ってますよね?ですよね!ひより!」パアァ…

二日目午後

「え、えぇ‥?と、Aクラスの…ために、Cクラスに協力して、えっと、えとBクラスと…?……。

…あ、帆波。え?お夕飯の支度ですか?…はい、お任せください。お手伝いしますね♪」

 

 




読了ありがとうございました。
次回からはイベントまでダイジェストになるかと。
お待たせした分頑張ります。
お楽しみに。


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⑨:さよなら私の無人島試験(副題:Bクラス男子の独白)

お待たせしました。
本日から連投予定となっております。

ついては、シーンのキレが良いタイミングで切っていますが
よろしくお願い致します。

今回で撫子視点では、試験終了まで。当然、他の方々目線で島の様子はお送りしますのでよろしくお願いいたします。

では、どうぞ。


―――◇―――

 

皆様、おはようございます。

もう6度目の朝、衣類を纏ったまま寝起きする事になれた撫子でございます。

 

 

そう、()()によって私達Bクラス―――失礼、私とBクラスの皆様は最初の不安も何のその、無事にこの無人島での生活を満喫する事が出来ています。

今日まで、Bクラスの皆様と一緒に探索に出かけたり、お料理やお手伝いをしたりして過ごし、とても良くして頂いております。

 

あまり遠くに行く事は推奨されていませんが、帆波や神崎君と一緒の時は少しだけわがままを言っても良いと言われて甘えてしまっています。

私の予想では、恐らくAクラスは最高に良くて2()()()()といったところ。それも、単独ではなくDクラスの自滅(ミス)を期待する消極的な策しか思いつくことが出来ませんでした。

昨日お会いした堀北さんの様子から、彼女がリーダーなら…、しかし。

 

予想の範疇を越えない以上、あくまで判断はリーダーの葛城君に委ねる他ありません。私がAクラスに戻ってから試験が終わるまでの時間はそう長くはありません。

なんとか、龍園君のクラスへの支払うポイント分くらいは試験で得なければ…。

 

 

・◇・

 

 

()()()も一緒にテントを使わせて頂いている皆様を起こさぬ様に気を付けて外へ。

 

寝ずの番をしてくれている皆様に朝の挨拶と共に白湯を届けると、朝食の準備に取り掛かります。

昨日手にした魚、探索で手にしたお味噌や食材など等を確認して、料理を始めます。

 

今日が最終日。まだ日の出から間もないですが、一食分あれば試験を終えるまで大丈夫との事。本日までのお礼も込め、腕によりをかけて作ることにします。

昨日の夕方から夜間の雨も止んで、慣れた手付きでお魚を捌いていると徐々に皆様も起床して瞼をこする姿も。私から挨拶をすると、皆様もきちんと返して下さいます。

…たまに寝ぼけて抱き着いてくる方も居たので、一緒に洗面の為に井戸の近くまで手を引いて連れていったり、お手伝いを申し出る方に指示を出したりと慣れたものです。

 

 

「撫子~おはよぅ~」

 

「っ、こら、帆波。…ダメですよ、料理している時は危ないのですから」

 

「え~。…他の子が抱き着いた時と対応が違わない?」ギュゥ

 

「んっ…!こら、やぁ…!」

 

 

ここ最近、日に2,3度は必ず後ろから抱きすくめて来る帆波に苦言を呈するも、あまり本気にされない。両手に調理器具を持っていて、抵抗できないのを見越しての確信犯だ。

結局、網倉さんが来て帆波を引きはがしてくれるまでは成すがままにされてしまった。

 

お手伝いを申し出ているのに、手が遅れてしまったことを詫びてお料理を再開する。

トン、トンと包丁で切る規則的な音と、鍋からの煮える音。…本当は、自らのクラスメイトと挑むべき試験だったはずなのですが…。

若干、後ろ向きな考えを頭を振って追い出す。そう、短絡的な考えはダメ。…私の行いが、巡り巡ってAクラスの為になるとそう信じなさい。

 

この後の朝の点呼前に、私の拘束は解かれることになるそうです。…そこからが、私の()()()()()となります。

 

契約とはいえ毎朝毎晩、点呼について来てくれた金田君には最終日まで島への在留を願う事になってしまいました。試験が終わった後にお礼を言わなければですね。

 

そうして私は、無人島での最後の朝食を拵えて、元々の(A)クラスに戻るのでした。

…それはそれとして、まさか全員でお見送りをしてくれるとは思いませんでした。…泣いている娘も。あの、金田君、少しだけ待っていてくださいね?直ぐ行きますから…!

 

 

・◇・

 

 

そして、時は正午。場所は試験開始の時の砂浜。集まる生徒の数はクラスによって異なっています。やり遂げた顔、不敵な顔、疲れ切った顔、緊張した顔。その全てを見渡して真嶋先生が成績の発表を行います。

4位はCクラス。0ポイントでしたが彼は既に得るべきものは得ている。その不敵な表情が崩れることはありませんでした。

 

()()()()です。

 

―――()()()()()()()()。後は、大変申し訳ないですが葛城君にお任せする他ないです。橋本君や神室さん達への()()()。Aクラスのスポットに残した()()。私にできるのは曖昧なヒントを送る事だけでした。

 

その献身が実を結ばなかったとしても、私にはAクラスの皆様の為に尽くす責任がありました。

()()()()()()()。もしも、もしもこの試験の結果が―――。

 

 

「―――3位は、Aクラス。65ポイント」

 

 

この試験が、不首尾に終わるのでしたら―――()()()()

 

 

 

―――〇―――

 

Side.Bクラス男子生徒

 

 

その日、俺達は探索を終えてBクラスの拠点に戻っていた。海釣りに出ていた俺達と、森の中から果物を捜していた班で合流してお互いに大収穫であったことを自慢し合いながら進んでいく。

 

拠点に着くと、見張りの奴や作業をしている奴、その指揮をしてる一之瀬委員長に収穫を伝えに行く。俺たち以外にも探しに出ている奴らもいるから、今日の飯は割と豪勢に出来そうだと喜んでいた。

 

その後、丁度昼も近かったから魚を調理担当の女子に預けると、その子はバケツを抱えて「撫子せんせー!」とこの拠点に居る別クラスの生徒の所へ走り寄っていた。

 

 

「はーい、どうしましたか?」

 

「撫子先生!男子たちが、こんなに魚を釣ってきてくれたであります!」

 

「まぁ…大漁ね。皆様、流石ですね♪素晴らしいです…!」

 

「ま、まあ…なぁ?」「あ、ああ…こんくらい普通だって」

 

 

キラキラとした眼差しと、素直な誉め言葉。思わず頭をかいて隣の奴と顔を合わせてしまう。…コイツの顔も赤いけど、俺も多分赤くなってると思う。…おい、女子。こっちみて笑ってんな。

5月の時もそうだったけど、西園寺ちゃん―――みんなが言う所の西園寺先生は高嶺の花というか、済む世界が違うような存在…()()()。過去形だ。

 

いや、めちゃめちゃスタイルが良いし、顔も睫毛が長くてジッと見られたら目を合わせてられないくらい可愛い。親衛隊(ファンクラブ)が出来るのも分かる位だったけどさ。

でも一緒に生活を送る中で―――もちろん寝る場所とかは完全に違うけど―――、西園寺ちゃんがちょっと世間知らずな天然なところがあるのも、それを気にしているのも魅力の一つだ。それに今も、クラスの女子たちの輪の中心となって笑っている姿に俺たちが感じていた壁みたいなもんが気のせいだって事に気が付いたんだ。

 

後、此処に西園寺ちゃんが来る切欠になった件。Cクラスの所に行った奴らの言ってた『西園寺さんがAクラスの連中から見捨てられた』ってのを俺は100%信じている訳じゃない。

いや、だって普通に西園寺ちゃんは優秀だろ?他クラスなのにこんだけ協力的なんだから、元々の仲間のAクラスの奴らに見捨てられるなんて絶対にありえない。

 

でも、試験だとか契約だとか難しいことは分からないけど、それが理由で西園寺ちゃんがクラスに居られないなら…。俺達が西園寺ちゃんが寂しがらない様に歓迎するのは全然悪くない。…むしろ大歓迎だ。いっそ移籍して来てくれ。

今回に限らず、クラスの垣根を越えた試験がまたあるんなら、―――Bクラス(俺達)はきっと西園寺ちゃんと一緒に戦えると思う。それは、目の前の光景が保証してくれると思う。

 

 

「さっき、男子が取ってきてくれた魚なんだけど…」

 

「これは、…たしか、なんとか、チヌという魚だったかと。一緒に捌いてみますか?」

 

「ほんと!?食べれるの?…これとかは?身が全然無さそうなんだけど…」

 

「カサゴ…?だったかと。あ、背びれは触らないようにしてくださいね。毒がありますが、取り除けば―――」

 

 

目の前で西園寺ちゃんは、まるでクラスメイトの様にクラスの女子たちに囲われながら魚を捌いている。隣の奴が「まだまだ捕ってくるから、上手いの楽しみにしてるぜー」と軽口を叩くと、こっちに手を振りながら声がかかる。

 

 

「―――暗くなる前にお戻りくださいね?腕によりをかけて、作って待っていますので♪」

 

「…あぁ!楽しみにしてる!」

 

「今度はもっとデカいの釣って来るぜ!」

 

 

クラスメイト達に見送られて、俺達はまた獲物を捜しに拠点を発つ。西園寺ちゃんの分も、…あと西園寺ちゃんのお目付け役?でいる金田って奴の分も…まあ、捜してやらんこともない。あいつもなんか手伝ってるのはみんな知ってるしな。Aクラスに上がる為に、これくらいやってやるさ。Aクラスに負けないと隣の奴らと気を吐いて海に向かう。

 

…でもまあ、ちょっとAクラスの奴らには優越感すら感じてる。だって、アイツら絶対に西園寺ちゃんの作ったメシなんて食べた事ないだろ?

 

 

 




Aクラス「この戦い…俺たちの勝利だ…!」
※赤点

Bクラス「(結婚したい…!)」
※花丸満点

Cクラス「僕と契約して、金づるになってよ…!」
※評価判定外

Dクラス「俺達が2位になれたのも、全部堀北さんのお陰じゃないか…!」「え?」
※二重丸


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番外①:暗躍 (サブタイトル:あなたが川に落としたのは、この素直な…?)

連動2話目。我慢出来ないので投稿します。

前話も更新しているので見逃しの無きようにお願いします。

本日は時系列型前後してますが番外編なのでご容赦ください。 それでは、どうぞ。


―――〇―――

Side.橋本

 

「西園寺」

 

「―――はい」

 

 

最終日の点呼。朝のこの時間に一堂に会するってのは今の俺達Aクラスには苦痛に他ならなかったが、それも今日までだ。原因である撫子ちゃんもこれで戻ってくる。待ってる奴らの中には泣いてる娘もいる。事実、点呼に応えた後に撫子ちゃんの元に行こうとするのを周りに制止されているほどだ。

 

 

「では点呼を終える。本日の正午が試験終了の時刻となる。アナウンスは流すが、それまでの間は試験中だ。最後まで気を抜かない様に」

 

「―――真嶋先生、もう一つ。契約の件を…」

 

「あぁ、分かっているとも。…坂上先生」

 

 

その言葉に、入口近くに居たCクラスの担任が前に出て来る。葛城、撫子ちゃん、Bクラスの金田と、それぞれの担任。全員の立ち合いの下、金田から葛城に段ボールが一つ渡される。

―――これで、面倒だった契約も無事完了って訳だ。

 

その旨を両担任が立ち合って認めると、クラス中で歓声が上がり女子たちは撫子ちゃんに抱き着いていた。お互いが謝罪やらなんやらでワイワイやっているのを肩をすくめて見守っていると、葛城が声を上げてその場を取り仕切った。

 

 

「西園寺、ご苦労だった。それとすまない。俺のミスで、お前には不自由を強いてしまった」

 

「葛城君…。謝らないで下さい。私も、試験でお手伝いする様に任せて頂いたのに。…何の力にもなれず申し訳ございませんでした…」

 

「いや、俺が「そうですよ!葛城さんが謝る事ないです!!」…弥彦」

 

 

また謝罪合戦が始まるのかと失笑していると、戸塚(バカ)がしゃしゃり出てその場の空気が少し悪くなった。…てかあいつマジで空気読めてねえんだな。…なんで葛城はあんなのを側近にしてんだ?

 

 

その後、撫子ちゃんの口から得られた情報を確認したり、こっちはこっちで起こってしまったことを葛城や俺が教えてすり合わせをした。

 

 

「―――成る程な。やはりリーダーは龍園本人なのか」

 

「ええ、キーカードには間違いなくそうありました。…彼との契約の成果は得られたのでしょうか?」

 

「あぁ、コレだ」

 

 

そういって葛城が取り出したのはCクラスの物資の一つで手にしたデジカメ。その写真データには2枚のキーカードの写真が入っていた。【シラナミ チヒロ】【ホリキタ スズネ】それぞれのクラスのリーダーの証拠写真だ。

 

現物を見るのは俺らも今回が初で、思わず覗き込んでいると戸塚の奴は相変わらず「流石です葛城さん!」と言っている。…botかよ。まあコレがあるならそこそこの結果は見込めるかと思っていると何故か撫子ちゃんの表情が険しい。それに眉をひそめた神室が聞くと、「もしかしたら…ですが」と前置きして、その理由(ワケ)を応える。

 

 

「もしかしたら、Dクラス。…いえ、この際Bクラスもでしょう。リーダーが変わっている可能性があります」

 

「っなに!?」「は…?」

 

「リーダーが変わってるって…どういうことだよ!」

 

「………リタイアしたって事か?」

 

 

ざわつく連中は放っておいて確信を突く質問をすると、撫子ちゃんがコクリと頷く。それが気に食わないのか、嚙みつく様にがなる戸塚(バカ)を葛城が窘めている。…このままだと話が進まないので、周りにもわかりやすい様に質問を重ねた。

 

 

「つまり、俺達が知ったリーダーはこのキーカードの写真を撮った時まではリーダーだったが…その後にリタイアをして別の奴がリーダーをしてるってこと。…そういうことだよな?撫子ちゃん」

 

「そんな…」「じゃあ契約は…」

 

「…あくまで仮説です」

 

「でもその顔を見るに、撫子ちゃん的には確信してるんじゃないか?」

 

「………」

 

 

そういうと撫子ちゃんは思案気な表情で頷いた。周りの連中もそれに愕然としながら、契約書を持ち出して来て内容を検めたりしてあーでもないこうでもないと騒いでいる。

葛城の奴も目を閉じて腕組みをしてシンキングタイムだ。…チラリと時計を見る。割と時間を食っていた。試験終了までもう3時間を切っている。移動を含めると、なんかの作戦を打てるのはあと2時間くらいだろう。

 

どうしたもんかと思っていると、撫子ちゃんが葛城に声をかけていた。喧噪の中でも良く通る綺麗な声に、一瞬とはいえクラスに静寂が戻った。

 

 

「…なんだ、西園寺」

 

「はい。…葛城君、これはあくまで提案です。…どうするのか、どうしたいのかは葛城君が決めて下さい」

 

「………」

 

「その結果、どんな結果になろうと()()()()()()()()()。どうぞ、葛城君のしたい様になさって下さい」

 

「…西園寺、それは…」

 

「…(いやいや、それはちょっと困るんだよなあ…()()的には、さ)」

 

 

そう前置きした後に撫子ちゃんが伝えたのは、ぶっちゃけて言えば()()だ。…今回俺たちはこの場所以外にもいくつもスポットを確保していて、計算があってれば60BP以上は固い。逆に言えば、そんだけ他クラスにリーダーを見抜かれてるリスクもある訳だ。

つまり、()()()()()()()()()させて他クラスの指名を失敗or中止させる。これを聞いた葛城はまた考える様に顎に手をいて考え込んでいる。

 

…てかもう誰でも良いから、キャンキャン吠えてるあの戸塚(バカ)黙らせてくれよ。何が「俺はリーダーを見抜かれてない」だよ。リスク管理だっつってんだろうが…。

 

 

「葛城君、お考え中に申し訳ございません。もう一つよろしいでしょうか?」

 

「…む、なんだ?」「葛城さん!」

 

「ええと…はい、先ほどの指名のリスクの件はお伝えした通りです。Dクラスの鈴…堀北さんは体調が悪そうでした。Bクラスの千尋…白波さんは平気そうでしたが、可能性はゼロではありません」

 

「つまり、こちらからのリーダー当ても自重すべきだと?」

 

「そんな!?」

 

「Cクラスのリーダーは…龍園君しか島に残っていないと思いますので良いと思いますが、他は―――」

 

「ふむ…」

 

 

葛城じゃないが、ちょっと考えてみる。…今の時点で残ったポイントが265、スポットでざっと60追加、リタイアに戸塚(バカ)追加でマイナス30、後はCクラスのリーダーを当てると50追加でポイントベースで345ポイント…。

Cクラスにくれてやるポイントが実質マイナス195だから、残るのは150ポイントってところか。

まあ悪くない…か?幸い、物資がめちゃくちゃあったから飯に困ったり寝床に困ったりとは無縁だった訳だし。そう考えているとついに戸塚(バカ)暴発し(キレ)た。

 

 

「お前…!ずっとクラスに居なかったのに勝手な事言ってんなよな!」

 

「…!」「…おい、戸塚…!」

 

 

これは会議で相手にしてなかったというか、手綱を離した葛城も悪いと思うが…。まさか俺じゃなくて撫子ちゃんに噛みつくのかよ…。

思わず、と言うように殺気立つ連中や、口を閉じさせようとする葛城派の奴ら。何とか保たれていた平静が、一気に崩れそうになるのが見て取れる。

 

 

「…その節は、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません」ペコリ

 

「っ弥彦!止めろ…!」

 

「葛城さん…!コイツの言う事なんて真に受けないで下さい!ずっと他のクラスで遊んでた奴ですよ!」

 

「テメェ!いい加減にしろよ!」「誰のせいで撫子お姉様が他のクラスに行ったと思っているの…!?」

 

 

既に葛城派の奴らも一部引いてるし、切れてるのはどっちの派閥でもない奴ら(撫子ちゃん派)だ。坂柳陣営としては大歓迎なんだが、消火する訳にもいかねえから見てる神室や鬼頭も目がヤバいな。…これ、結果出なかったら葛城陣営は窮地に立つ。…気分が悪いが、棚ぼたってやつだな。

 

 

「……混乱を、招いてしまい申し訳ありません。葛城君、さっき言った事は撤回しません。したい様に、なさって下さい。…私は少し失礼します」

 

「お姉様…!」「っ…!」

 

「へっ…やっぱりそうだ!葛城さん、アイツ他のクラスに誑かされて俺達を裏切るつもりなんですよ…!そうじゃなきゃ、折角分かったリーダーの―――」

 

「弥彦!!―――」

 

 

もはや手遅れだろうが、戸塚を叱り飛ばしている葛城。…どうでもいいな。撫子ちゃんが確信を持ってるなら、()()()()()()()()()の事だ。

 

神室にアイコンタクトをして、スポットから出た撫子ちゃんを追いかける。外に居る見張りに聞くと、崖の方に行ったとの事で速足で追いかける。程なくして追いつくと、こちらに目を合わせてくれた。

 

…期待してたわけじゃないが、泣いては…いないな。慰める心づもりではいたんだがなぁ。ま、それはそれとして、だ。

 

 

「…橋本君。すいません、私は―――」

 

「いやいや、撫子ちゃんは悪くねえって。俺たち皆で決めた事で、戸塚が文句言ってただろ」

 

「しかし、彼の言葉も(あなが)ち間違ってはいないのです。私はBクラスやCクラスの方との生活が、苦と思ったことはありません。皆様に、本当に良くして頂けました。それは、嘘ではありません」

 

「そっか…。まあ今は皆、余裕がないだけだって。船に戻ればちったあ落ち着いて話が出来るさ。…どうだったんだ?他のクラスの連中はさ」

 

 

そういって話題を振ると、自然と笑顔を向けてくれる。ごくりと喉が鳴るが、これはもう生理現象だ。仕方ねえ。それよりも、時間が無い。正午までに姫さんからの仕事を片付けねえとな。

 

真面目にやってる連中には悪いが、これも依頼なんでな。

 

 

「―――それで、帆波が持ってきてくれた寝具を借りて…」

 

「へえ…!そんなに良くしてくれたのか。なあ、撫子ちゃん。俺もBクラスの連中には礼を言いたいんだが、」

 

 

―――ここから近いBクラスのスポットってどこにあるんだ?

 

 

 

 

 

―――〇―――

 

Side.堀北

 

 

「…冷たい」

 

 

恩を仇で返す、脊髄反射のみで生きているクラスメイトから泥を投げられ、身を清めようとするもシャワーが空いていなかったので(しかも長蛇の列)やむを得ず離れた川で身綺麗にすることを決意する。

 

無人島試験も今日で6日目。Cクラスからの居候や、下着盗難事件。男女の分裂に女子のポイント私物化。…そして、私自身の体調不良。幾度も襲いかかるトラブルに辟易し、弱気になるも、後一日だと自分を奮い立たせる。

 

 

周囲に人の気配が無いかを確かめて、下着姿になる。川の水の冷たさは、熱で火照る体には毒だ。それでも髪に絡みつく泥を拭わない選択肢はない。ぱしゃり、ぱしゃりと出来るだけ体を川に浸さないように掬い上げて泥を灌ぐ。

 

 

「っあ…」

 

「―――っ」

 

 

…不味い。本格的に意識が危うい。膝の力が抜けそうになり、太ももを越えて水の冷たさが体から熱を奪っていく。

ぐらりと視界が傾いた時にはもう、手遅れだった。体の力は抜けている。倒れる。そう思い、思わず瞳を閉じて、訪れる衝撃と冷たさに身を固くする。

 

 

「…っ!…っ?…ぇ?」

 

「堀北さん…だい…じょうぶですか?」

 

 

しかし、衝撃は来なかった。来たのは柔らかい、人肌の温もりだった。…これは夢なのかもしれない。私はきっと、体調不良から白昼夢でも見ているのかもしれない。そうでなければ、目の前に撫子お姉様が居る訳がない。それに今は試験中なのだ。そんな、そんな都合良く助けてくれる訳なんて…ない。

 

 

「撫子…お姉…。どうして?」

 

「そんな事よりも、堀北さん。大丈夫ですか?顔色が…失礼します…!」

 

「あっ…冷たい…睫毛…長い…綺麗…//」ボー

 

「…とても熱い…。熱があるのではないですか?」

 

 

そういって私に肩を貸して岸まで連れて行ってくれるお姉様に寄りかかる。…すごくいい匂いがする。それに温かくて、とても安心する。どうせ夢なら…もっと。

 

 

「お姉様…寒いの…」

 

「やはり…堀北さ「鈴音って…呼んで?」…鈴音?あなたは今、熱があります」

 

「…熱…」

 

「えぇ。…辛いかもしれませんが、リタイアした方が「…や」…鈴音?」

 

「お姉様と一緒なら…平気…」ギュウ…

 

「鈴音…」

 

 

心配そうにこっちをみるお姉様の顔が見れなくて、胸に頭をぐりぐりと押し付けてしまう。…リアルな夢だ。お姉様の心臓の鼓動も、頭を撫でてくれている掌の暖かさもキチンと感じることが出来た。

 

その後も夢の中のお姉様は、私の言う事をなんでも聞いてくれた。寒いから人肌で抱きしめてって言ったら抱きしめてくれた。不安な事をずっとずっと聞いてくれたし、膝枕もしてくれた。頭もずっと撫でてくれた。最後は正面から抱き着いて、櫛田さんよりも佐倉さんよりも大きな胸に顔を埋めて「うー…」とくぐもった声を上げる私の背中をポンポンと撫でてくれた。

 

 

…というか、一体いつまでこの夢は続くんだろう。長すぎないだろうか?それとも、現実の私はもう既に冷たい水の底に沈んでしまったのだろうか…?

 

 

「お姉様…怖いの」

 

「よしよし…。何が怖いんですか?」

 

「私…川に転んで…これは夢なの…。現実に戻るのが怖いの…」

 

「鈴音の身体は私が受け止めました。…大丈夫です。鈴音は、強い子です」

 

「…強い?」

 

「ええ、とても強いですよ?」

 

 

ジッと目を合わせてみても、お姉様は嘘を言っていない様に感じる。そっか、現実でもお姉様が助けてくれたんだ。…なら、良いかな。起きたら大丈夫。私は、堀北鈴音はまた、戦える。

 

 

「…ありがとう、撫子お姉様。…もう、平気です」

 

「そう?…でも、まだおでこ熱いですよ?」コツン

 

「ええ、でも私、クラスの為に頑張らないといけない…。何より、リーダーとして頑張らないと」

 

「あら、そうだったのね。…もうハグは良いのかしら?」クスクス

 

「もうっ…大丈夫です。」プイッ

 

 

少し意地悪な表情でクスクスと笑う撫子お姉様。初めてみるお姉様の素顔の様で、気恥ずかしさから目を逸らしてしまう。直ぐに「ごめんね、揶揄ってしまって…鈴音、許して?」と言うので頭を撫でてくれたら許すと伝えると後ろから抱きすくめられて頭を撫でてくれる。

 

 

「…撫子お姉様、ありがとうございます」

 

「いいえ、良いんですよ。私も鈴音には嫌われているのかなって思っていて…ちょっと不安だったの」

 

「そんなこと…!初めて会った時から、ずっと憧れてました…!でも、恥ずかしくて声をかけられなかったんです…ごめんなさい」

 

「そう…。鈴音は悪くないわ。私が悪いのよ。…ずっと、私は誰かに声をかけて貰う側だったから…それで」

 

 

そうだったんだ。夢の中とはいえ、撫子お姉様と和解できた。起きてお姉様に会ったら、まず謝ろう。5月の事、7月の事、思い出せば失礼な事ばかりしていたと思う。体の熱は未だ引かないけれど、不思議とお姉様と話していたら元気が溢れてきた。意識もしっかりしてきた。もう、夢から覚めるのかもしれない。

 

 

「お姉様…私が起きたら、また頭を撫でてくれますか?」

 

「ふふっ…ええ、いくらでもしてあげるわ?膝枕は良いの?」

 

「…して欲しいです」

 

「良いわよ。何でも言って。ね?鈴音…」

 

「…お姉様…」

 

「………」

 

「……」

 

「……」

 

「…?」

 

 

………………………眠れない。え?どういうこと?パチリ、と閉じていた目を開く。目の前には微笑んでいるお姉様。自分の頬をつねる。…痛い。お姉様の胸に手を伸ばす。「ぁん、鈴音…?」…本物だ。え?…え?つまり?

 

 

「…ん、少しくすぐったっ…ぁ」

 

「え?」モミモミ

 

「あんっ…//鈴音…!?どうしたの…?そんなに強く揉むと…痛いわ…//」

 

「え―――あ―――あああ……!!」

 

 

これは、夢よ…。悪い夢なんだわ…。いえ、でも柔らかい…現実?え?じゃ、じゃあ私今まで…!

 

 

※この後めちゃめちゃ西園寺さんに謝った。許して貰えて、名前呼びになれた。…無理をしないようにと指切りをした。

…少しだけ、泥を投げられた事に感謝しても良いと思う。…いや、でもアレは許さないけど、ええ。

 

 

・◇・

 

※その後、Dクラス拠点にて

 

 

「綾小路君…」

 

「ど、どうした堀北…(かなり)長かったが、顔色悪いぞ…何かあったか?」

 

「え、ええ…その…キーカードなのだけど…無くしてしまって…」

 

「そうか…(伊吹が動いたのか…。まあ堀北をリタイアさせれば…どう説得したもんかな…)仕方ないな…」

 

「あと、西園寺さんにリーダーだと名乗ってしまったわ…」

 

「…そうか。………………は!?」

 

 

※この後、珍しく慌てた表情の綾小路君からリタイア作戦について聞いて、一も二もなく同意した。

 

・◇・

 

一足先にリタイアした私は、船上のカフェで結果を視ている。薬を飲んで衛生的な部屋で寝たら、あっという間に体調は快復した。

 

 

『2位は、Dクラス。199ポイント』

 

 

…危なかったわね。もしもリーダーを当てられてスポット分も飛んだと考えるとゾッとするわ。…綾小路君に、また助けられてしまったわね。

それに、…結果的にとはいえ、西園寺…撫子お姉様にも…お、お礼に行った方が良いわよね?

 

…また膝枕、してくれるかしら…。

 




読了ありがとうございました。
次は、試験裏での教師の方々の視点のお話を進めます。

連投できるように頑張ります。
感想、評価を頂けるとバフがかかります。

…もしかすると最新刊を読んでサボるかも…、うぅ。早く帰って読みたいです。

ちなみに公式の試験は受けましたか?私はCクラスでした。うごごごご。


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番外②:担任教師狂詩曲

|д゚)…お待たせしてしまい申し訳ございませんでしたあああああ。



―――〇―――

 

 

Side.星之宮

 

 

「そして一位…Bクラス、314ポイント。―――以上」

 

「「「ワアアァ!!」」」

 

 

砂浜にBクラスの…私の教え子たちの歓声が上がる。真嶋君が自分のクラスを3位っていった時も気がスッとしたけど、それ以上のこの結果にはこみ上げて来るものがある。

…まさかの2位を射止めた佐枝ちゃんのクラスについてはまた別に探ることにするけれど!

 

結果発表後の各クラスの反応は顕著だ。

 

最も優秀であるはずのAクラスはリーダーの葛城君を糾弾している。

…ん~、撫子ちゃんも(いさ)めようとしているのかな?でも他の子たちに捕まって止められないでいるみたい。

 

一之瀬さん率いる ウチの子たち(Bクラス)は皆、喜びを嚙み締めてきゃいきゃい喜んでいる。

何人か感極まって泣いてるのかな?クールな神崎君も柴田君に肩を組まれても、満更でもないみたい。()()()()()()()()()もきっと、喜んでいることでしょう!

 

龍園君(Cクラス)は…あれ?あ、もう船に乗り込んでいってる。

まあ彼のクラスの結果は()()()()()()だろうから、知りたかったのは他のクラスの結果だけだったんだね。

 

Dクラスも、何人かリタイアしているけれど残った子たちで喜び合ってる。なんか佐枝ちゃんも薄っすら笑っていて、貴重な一幕だ。…こっそり写真撮っておこう。

 

 

それにしても今回の試験は波乱万丈というか、歴代でも類を見ないほど契約が結ばれる試験となったみたい。

初試験でもあって、この試験で求められるのはクラス内での結束やクラス単位での戦略を組み立てる能力。

 

―――いうなれば、チュートリアル。かっこ、クラス対抗戦編、だ。

 

その中心となったのは、間違いなく西園寺撫子ちゃんの存在。

 

彼女に頼った葛城君たちAクラス、彼女を利用した龍園君のCクラス、彼女を守ろうとした一之瀬さんたちBクラス。Dクラスも多分、どこかのクラスと連携したんじゃないかな?…そうじゃなければ、リーダーを自力で見抜いたのか。…むむむ、要警戒だね!

 

いやー、それにしても一之瀬さんが龍園君と一緒に契約した時はもうビックリしたね!契約の内容は、簡単に言えば【撫子ちゃん】と【Cクラスのキーカード情報】と【PP】の交換するものだった。

…これは予想(ほぼ確信)だけど、龍園君はAクラスとも契約を結んでる。この試験一つでどれだけ荒稼ぎしたんだろ。

業務端末に記録されている契約書を改めて見て、思わず顔が引き()るのを感じる。

 

―――――――――――――――

 

《契約書》

1.CクラスはBクラスに本試験に全面的な協力をする。当然、Bクラスのリーダーの指名は行わない。

2.CクラスはBクラスにリーダーのキーカードを渡す。

3.BクラスはCクラスにリーダーのキーカードを渡す。

4.Bクラスは200万PPを翌月末までにCクラス代表契約者、龍園翔に振り込む。

5.4が満たされない場合、Cクラスは遅延損害金として不足分に15%を上乗せした金額をBクラスに請求できるものとする。

 

1-C代表契約者 龍園翔

1-B代表契約者 一之瀬帆波

 

―――――――――――――――

 

これの他に、Aクラスとのアレも含めて…龍園君、多分もう一人でならAクラスに行けるくらいのポイントを得られるんじゃないのかな…?史上初の快挙だね!

スマホを仕舞って、私も喜びを共有すべくみんなのもとへ向かう。さ~て、今夜は美味しいお酒が飲めそうね!

 

 

―――〇―――

 

 

Side.坂上

 

※試験中、2日目

 

 

 

「―――坂上!契約だ、立ち会え」

 

「敬語を使いなさい、龍園…!」

 

 

まさかの連日呼び出されるとは。初日の時点からそうでしたが、彼の本領が発揮されるのは喜ぶべきなのでしょうがこの歳で島を歩き回るのはかなり来るものがありますね…。

他の先生方から若干、憐れんだ視線を向けられるも仕事と割り切ってテントから彼の元に向かう。

 

 

「…それで、今度はどのクラスと契約を結ぶのですか?」

 

「クク…Bクラスだ。契約書を用意しろ」

 

「…?…まあ良いでしょう、星之宮先生も、ご同行お願いします」

 

「えー?私も?」「…仕事だ、早く行け」

 

 

その後、三人でCクラスの拠点へ向かう最中に星之宮先生が龍園にどういう契約を結ぶのかと声をかける。

 

 

「ねえねえ龍園君、ウチとどういう契約結ぶのか教えてよ!」

 

「………」

 

「えー?いいじゃない、教えてよー。坂上先生も良いですよね?ね?」

 

「…まあこちらも文章を精査する必要があるのは確かです」

 

「…フン、余計な事は言うなよ」

 

「もちろん!自分のクラスだからって、贔屓はしないわよ~ねぇ?坂上先生」

 

「当然ですね」

 

 

そういって含みを持った視線を向けて来る星之宮先生に毅然と返し、龍園から契約の走り書きを受け取る。…ふむ、つまりこれは…。

 

 

「…一時的な同盟関係の締結、ですか…しかし…」

 

「ええ~?…なんというか、意外ね。条件もそうだけど、なにより…」

 

「一之瀬が良く条件を呑んだ、…そういうことだろ?」

 

「「…」」

 

 

口調は(普段より)柔らかいが、視線で威嚇する様にねめつける龍園に思わず言葉を途切れさせた。

彼が言う通り、一之瀬帆波という生徒は教師の間ではかなり評判が良い模範的な生徒として有名だ。目の前の龍園とは正に対極といっても良いような存在で、更に彼女のクラスとは()()があった。先日の暴力事件より以前、Cクラスからの威力偵察のような活動の一番の被害を受けたクラスだ。出来ればお近づきにはなりたくもないだろう。

 

 

「クク…まあ今回は俺にも運が向いてなぁ。こればっかりはAクラス様に感謝だぜ…!」

 

「…!」

 

「Aクラス?…どういうことなの?」

 

 

上機嫌に前を行く龍園と、それに構う星之宮先生に続きながらやっと得心が行く。

初日からCクラスの拠点にいるAクラスの生徒、西園寺撫子さんがキーマンだったのだと。

 

 

・◇・

 

 

彼女と初めて会話をしたのは4月の放課後、廊下でのことでした。

まだSシステムの事が明るみになく、生徒達が思い思いに過ごしている期間。

 

私の担当するCクラスは平均よりやや下の評価を受けた生徒が所属しており、授業態度もそこそこ悪い状態です。5月を迎えれば今よりはと思うものの、日ごろのストレスと折り合いをつけるには多少の疲労感を身体に与えます。

 

その日、…そう、金曜日でした。私は少しだけ疲れから注意が散漫になっていて、曲がり角で生徒とぶつかってしまったのです。

 

 

「うわっ、とっ…!」

 

「きゃ…っ」

 

 

お互いに持っていたバインダーやら資料やら、床にばら撒いた上で体勢を崩してしまいました。

幸いメガネは落とさずに済んだため、膝を突いたまま正面の生徒に視線を向ける。

 

 

「き、気を付けな…っ!?」

 

「あ…坂上先生、申し訳ございませんでした…!」

 

 

黒。

 

こちらの不注意もありましたが、疲れからかキツイ口調で叱ろうとした私の視線は、ある一点に集中してしまい言葉が途切れます。

尻もちをつく形で床に転んだ彼女の足の付け根から覗かせる黒い下着に、私の脳内は一種のフリーズをしてしまったのです。

 

その頃には生徒や教師、学年を問わず西園寺さんの噂は学校中で耳にしていました。見た目が学生らしからぬ程に発育が良い事や、丁寧な物腰に私自身も好印象を持っていました。

…そんな彼女との接触が、こんな形になるなんて。

 

 

「こちらの不注意で、申し訳ございません…今、拾いますので…」

 

「あ、あぁぁ!、いや!、こちらも、不注意で、見ていなくてすまなかっ…!!」

 

 

巨。

 

慌てて彼女に続き、落としたものを拾おうとするも再び目の前に映る光景から目が離せなくなる。

前屈のような姿勢になって、彼女の胸が強調される形になっている。制服のボタンもはち切れそうに悲鳴を上げている様で、生唾を呑んで凝視してしまった。

 

…不味い。このままでは社会的に死ぬ。生徒の胸や下着を見て興奮したのがバレたら懲戒解雇&逮捕で人生が終了してしまいます。しかし取り繕うにも下腹部に感じる熱を冷ますまでは立ち上がることは出来ない。

 

 

「…(これで全て…ですね♪)坂上先生、どうぞ」

 

「(不味い、今近寄られては…!)あ、あぁ、あり、がとう…ございます」

 

「…先生?」

 

 

不思議そうにこちらを覗き込んで来る彼女から、何とか視線を逸らす。しかし今度は花の香りのようなものまで感じる始末。

 

 

「…私の事は気にせず先に行きなさい」

 

「え?」

 

 

…何を言っているのだ私は。まるで敵を足止めしてこれから死ぬ脇役のようなことを言って。彼女も不思議そうな目でこっちを見ているじゃないか。

何も言わずに前屈みで動かない私に、西園寺さんは何を思ったのか声をかけてきてペタペタと顔を触ってくる。止めなさい、今の私にそれは致命傷です。

 

 

「先生、どこか痛みますか?吐き気などは…?」

 

「ありません。先生は大丈夫です…。少し休めば、直ぐに良くなります」

 

 

だから行きなさい。そういっても彼女はその場を動こうとせずに、こちらの身体を気遣っている。…あ、柔らかい。

…とてもいい娘だ。良い子だが、今だけはその優しさは私を殺す。挙句には救助を呼ぼうとしたのか、スマホを取り出したがそこは流石に手を出して阻止する。

 

 

「止めなさい…!」

 

「っ、先生…?」

 

「誰にも言わないで下さい…!お願いします…!!」

 

「………分かりました」

 

 

恥も外聞もない。最後の真剣(マジ)なお願いでやっと手を止めてくれた彼女に、はぁ、と心からの安堵の息を吐く。

良かった。まさか新学期が始まって1ヶ月も経たずに職を失う事にならなくて…。そう思っていたら、グイッと腕を引かれて体勢を崩す。かと思いきや、体に負荷のかからない様に状態を起こされた。

 

 

「な、なな…!」

 

「では、誰も言いません。私が、保健室まで先生をお連れします…!」

 

 

肩を貸す形で立ち上がった彼女に、口からは言葉にならない声が漏れる。生徒に肩を借りるだとか、クビがどうとか一瞬で頭から消え去るほどの衝撃が私の脳を貫く。

 

むにゅぅっ。

 

そんな音が聞こえたような気すら、する。即ち、()()()()()()

 

 

身長差があるにも関わらず、肩を借りる形で身体を委ねているのだ。巻き込まれた腕と胸元から脇腹にかけて暖かくも柔らかい感触に再びフリーズしてしまう。

思わず咎めようとするが、それより先に()()()()目線を向ける。…ダメだ。更に悪化している。

 

 

「…っ!…っ!(不味い…!気付かれたら…気付かれたら死ぬ…!)」ヨロヨロ…

 

「よいしょ、よいしょ…(坂上先生…無理しててもこちらには気遣って…この学校の先生方はやはり凄いです…♪)」

 

 

その後、私は天国と地獄を同時に感じながらも何とか誰にも会わず保健室に辿り着くことが出来た。

保健室に常駐の星之宮先生が居なかったことも、圧倒的僥倖だ。彼女には礼を言って、口止めも言い含めることに成功した。

…この学校で私自身が退学ならぬ退職へ恐怖したのは、後にも先にもコレが最初で最後だった。

 

 

・◇・

 

 

ふと記憶を遡っていたら目的地のビーチに辿り着いたようだ。そう思って先を見やると、何やら騒ぎになっており、星之宮先生と一緒にその渦中に駆け付ける。

 

 

「どうしたのですか…!」

 

「あ、坂上先生!」

 

「椎名さんが溺れたみたいで、今お姉様が、」

 

「っ、星之宮先生!」「えぇ!」

 

 

Cクラスの椎名ひよりさんが溺れたらしく、人の輪になっている所には彼女が横になっているのだろう。養護教諭の星之宮先生が近づくと、人波を割いて中央に近づく。

するとそこには、椎名さんに救命処置をしている西園寺さんの姿があった。

 

 

「っ、撫子ちゃん!」

 

「ほし、のみや、先生!今、ひより、さん、を、」ドッドッ

 

「分かった…!坂上先生、船に連絡をお願いします!担架と―――」

 

「はい…!」

 

「椎名さん…」「大丈夫よ…大丈夫だよね?」

 

 

いざという時には冷静な彼女の指示に従い、無線で船へと必要な人員と物資を用意する様に伝える。クラスの皆さんも不安そうな表情をしている。指示が終わり、星之宮先生に直ぐに来ることを伝える。

 

 

「星之宮先生、指示は出しました!直ぐに担架が来ます!」

 

「わかり、まし、た!…8、9、10!…撫子ちゃん!」ドッドッ

 

「はい…!ふぅー…!」

 

「…っもう一回1、2、3、…」ドッドッ

 

 

合図とともに西園寺さんが人工呼吸をして、椎名さんの胸元が膨らんだ様に見える。後は出来ることは待つ事以外ない。

皆さんと一緒に見守っていると、数回後の人工呼吸の後、椎名さんは口から水を吐き出し呼吸を取り戻した。

 

 

「っごほ、ごほ…!」ビシャリッ

 

「…ひより!良かった…」ギュッ

 

「―――先生、担架きました!」

 

「こっちです、早く―――」

 

 

なんとか正しい規則で呼吸を取り戻した椎名さんですが、意識が直ぐには戻らなかったので船へと急ぎ搬送して貰う。付き添いには星之宮先生が着いて行ってくれたので、後をお願いして振り返ると、何故か救命の立役者の彼女は両腕を女子生徒達に掴まれて連行?されていく。

 

 

「…木下さん、西園寺さんはどうしたのですか?」

 

「あ~えっと、椎名さんを助けに行ったんですが、一人でこう、颯爽と海に飛び込んだので…」

 

「…不安に思った皆さんに捕まっている、と…」

 

「みたいです。…でも、」

 

 

カッコよかったです…。そう小声で漏らす彼女を見て視線だけで他の生徒も見回すと誰一人として彼女へ負の感情を向けている生徒が居ない。

彼女と直接生活を送ってまだ2日も経っていない。それでも、気難しいCクラスの面々と打ち解けるとは…。

 

 

―――龍園には早めに相談しておく事にしよう。彼女をCクラスに迎える事の有用性を。

 

 

―――〇―――

 

Side.真嶋

 

 

「どういうことだ葛城!」

 

「大丈夫じゃなかったのかよ!?」

 

「………」

 

 

結果発表の後、俺の担任するAクラスで起こったのは悲劇、あるいは喜劇の糾弾だった。

リーダーである葛城は黙ってそれを耐えて受け止めている。

 

そうだ―――賞賛も侮蔑も、責任と共に一身に受け止める。それが、リーダーの役割なのだ。今回の試験では確かに結果は伴わなかった。しかし、これは1学年の1回目の特別試験。ここで躓くことは出来ない。

何より俺は心配はしていない。今回の試験、確かにAクラスは惨敗と言っても良い結果だったろう。それでも、この結果が無意味だったとは思わない。得たものは多い。

 

各員の人間関係、能力や性格。好む相手や得意なこと。それらをつぶさに観察し、これからのクラス対抗戦に活かせればそれでいい。そうすれば、基礎能力で上回るAクラスは間違いなく最強なのだから。

 

 

「―――Aクラスもそろそろ船に戻る様に。結果の反省はまた、各自で行いなさい」

 

「…はい、皆も行くぞ。先生方の邪魔になってしまう。…責めは後で必ず負おう。逃げも隠れもしない」

 

「……チッ」「は、はい…」

 

 

そういった葛城に、不満げな者も苛立っていた者も船へと足を進める。こういう面で葛城の真摯さというか、生真面目な面は強い。今回の試験では生かせなかっただけだ。次の試験では、更にクラスの協力が求められる。その指揮が発揮されるのか、はたまた別の生徒が仕切っていくのか。

 

生徒達には悪いと思っても、少しワクワクしてしまう。何故なら次の試験は、恐らく、彼女が―――

 

 

「あ、あの皆様…私は大丈夫でしたから、もう…ぁ…っ」オロオロ

 

「お姉様~」「ごめんなざいぃ…!」

 

「大丈夫、大丈夫ですから、ね?一緒に戻りましょう?」オロオロ

 

「………」ダラダラ

 

 

―――か、彼女が何とかしてくれる筈だ。…筈だよな?頼んだぞ?西園寺。

そうして俺は、女子生徒を慰めている西園寺やそれを遠巻きに見ている教え子たちに思わずため息を吐くのだった。




読了ありがとうございました。

はい、本当にお待たせしてしまい申し訳ございません。
実は次話も出来ています。見直して投稿するのと、アンケートを出すので次々話は少し時間をください。
また早めに更新できるようにいたしますので、よろしくお願いします。

またこれからも今作をお願いいたします。


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番外③:ゆびきりとレモン飴。(+仲間外れのクイーン)

続きになります。
本日の深夜にも一つ更新していますので、こちらは本日2つ目になります。
ご覧になる場合はご注意ください。
では、どうぞ。


―――◇―――

 

無人島試験が終わり、船に戻った私達が最初にしたのは熱いシャワーを浴びる事でした。

…なんだかんだ私は他のクラスにお世話になっていたので身綺麗にはさせて頂いていたのですが、それはそれ。

 

自室に戻り、着替えを掴むと船にあるという大浴場に向かう方が多くいらっしゃいました。私はそれをやんわりと断ると、残念そうな目を向けられましたが気にしない様にと見送ります。

 

浴室でシャワーを浴びて、一人となった個室で髪を乾かします。ほう、と息を吐いてドレッサーの鏡を見ると火照ったのか赤い頬と落ち込んだような表情をした私が映っています。島で言われた言葉が、私の胸に重く突き刺さっている。

 

―――戸塚君の言う通りだ。

私は、今回の試験では期待された結果を出すことが出来なかった。期待して、頼ってくれた皆様に申し訳が立たない。

 

最初に1つ2つ、方針について口を出して後は他のクラスで遊んでいただけ。結果、クラスは3位と他のクラスの後塵を拝すことになってしまった。

葛城君や他の方も直接口にはしていなかったが、失望…されてしまったかも。いいえ、きっとそうなのでしょう。

これまでも好き勝手に動いていて、挙句に集団での試験ではこの結果。誰だって見限りたくなる。

 

…それなのに、次の試験は私に任せるという。それについて否は無い。いいえ、そんな権利はきっとない。これはきっと、有栖さんの気遣いでもあり最後の機会でもある。

葛城君は1人でクラスの不満や意見を纏めながら、傷だらけでも試験に挑んでいた。それなのに、私は…。こんな不甲斐ない結果しか出せない私が、皆様の為に出来る事なんて…。

 

そう自虐的な思考にとらわれていると、部屋の外からノックがする。…クラスメイトも入浴を終えたのだろうか?にしては早い。…忘れ物でもしたのでしょうか?

 

 

「…?はい、ただいま開けますね」ガチャリ

 

「あ、こんにちは、なで…こ…」

 

「…桔梗?」

 

 

そこに居たのは、Dクラスの櫛田桔梗さんだった。思わぬ来客に目を瞬かせていると、何故か彼女もパチパチ、と瞬きをして口を窄めていく。

どうしたのだろうかと首を傾げると、急に彼女が真っ青な顔でこちらを追いやり部屋に入ってきた。

 

 

「き、桔梗?どう「なぁ!撫子、ふ、服!なんで何も着ていないの!?」…あ、」

 

 

言われて気がつく。誰も居ない部屋で、風呂上りだったからか()()()姿()で寛いでしまっていた。その上、そんな姿で来客を迎えるなんて…!

 

 

「桔梗、ごめんなさい…少しぼんやりしていて」

 

「も、もうっ!私じゃなかったら大変だよ…!?男は狼なんだから、もっと自分を大切にしなきゃ!…他には誰か居ないの?」

 

「え?えぇ、今は大浴場の方に…」

 

「…まだ行ったばかり?」

 

「えぇ、そうですよ?」

 

「――――そっか、じゃあ良いか」

 

「…、桔梗?あの…?」

 

 

そういって桔梗は、心配そうな表情をフッと消して、普段二人きりの時の表情になる。そのまま彼女はにじり寄って来る。

疑問を挟む間もなく、こちらの肩を掴んでベッドサイドまで追いやると、ぽすりと押してくる。背中にはベッドの柔らかいシーツの感触を感じるも、目の前に迫ってきた桔梗の視線に全身を貫かれて身動ぎ一つ出来なくなる。

 

つん、とおへその少し上に指を当てられる。思わず声が上がっても彼女は表情も変えず、ゆっくりと指を胸に、首筋に、そして唇まで這わせる。

 

 

「―――ほら、こんなに無防備で。私が()()だったらどうするの?」

 

「…ん」

 

 

本気、というのがどういう事なのか分からなかった。でも、心配をかけてしまったのは彼女の瞳の奥の揺らぎから分かった。馬乗りになっている彼女にそれを詫びようとすると、今度は右手で口を押えられる。上からかけられた力は重くて、抗議のつもりで動かした手は左手で一纏めにされ動かせなくなる。

本気で危害を加えるつもりなら、武道の経験者ではない彼女に押し倒されても簡単に逃れることは出来た。でも、それをしなかったのは彼女のこの行動の意味を。―――真意を、知りたいと思ったからだ。

 

 

「ほら、もう押し倒したよ。裸で、手も口も押えられて抵抗できないね」

 

「……んぅ…」

 

「…もし私が1人じゃなかったら。…アンタを好きにしたいアブナイ奴だったら、っ…だったら…」ポロポロ

 

「………桔梗?」

 

「もっと自分を大切にしなさいよ…!」

 

 

激情を向ける桔梗と、それを見上げる私。

 

顔に当たる雫は、桔梗の瞳からこぼれ落ちている。…泣いている。桔梗が。今まで私に素を見せてくれた、周りに正直になれない彼女が、本心から涙を流していた。気付けば手も口も自由になっている。彼女のそれを(ぬぐ)おうと手を伸ばすと、押し倒されたまま身体を抱きしめられる。

 

 

「きゃっ…?桔梗、どうしたの?」ギュッ

 

「…っ」ギュウゥ…

 

 

表情は見えない。でも、震えているのは分かる。…泣いている幼子には勝てない。どこかで聞いた言葉でも、それは間違いないのだろう。トン、トンと背中を撫でてあげると徐々に震えも収まり、抱きしめる力も弱まる。

落ち着いた頃を見計らって声をかけると、ビクリとした後に小さく「ゴメン…」と謝られた。

 

 

「いいえ…それより、どうしたの?何かあったの?」

 

「…撫子がCクラスに連れてかれたって聞いて…」

 

「私が…?えぇ、確かに先の試験で2日ほど」

 

 

お世話になっていた、そう続けようとした言葉はキッと怒りを剥き出しにした表情に封殺された。曰く、龍園に襲われたらどうするつもりだったのかと。一人で他のクラスに行くだなんて、云々。他のクラスメイトは誰も助けなかったのか云々。

ここまできてようやく得心が行く。つまり彼女は―――

 

 

「―――桔梗は、心配してくれたのですね」

 

「っ、し、心配とか!してないから。…ただアンタが堀北には声をかけたのに私には無いしどういうつもりなのかと思って…

 

「桔梗…?」

 

「何でもない!!」

 

 

プイッと顔を赤くして逸らした彼女にクスクスと笑うと、今更ながらなんで全裸なのかと聞かれ、普段の格好であることを伝えると口をポカンと開き、マジ?と聞いてくる。コクリと頷くと、ガックリと肩を落としてブツブツと何か呟いている。

 

 

…普段は全裸とかどこのセレブだよ。あぁ、でもやっぱり住む世界が違うっていうかでも風呂上りはバスローブとかあっただろ今まで誰も言わなかったのかよてか家ではどうだったの…」ブツブツ

 

「…桔梗?どうしたの?」

 

 

俯いた彼女の前で手を振ると、ガバリと体を起こし、再び肩を掴まれて顔を合わせる。急なことだったので、「ひゃん!」とはしたない声が出てしまった。…恥ずかしい。

 

 

「撫子!」

 

「は、はいっ!」

 

「学校に戻ったら、モールに服!見に行くよ!」

 

「はい!…え?服ですか?」

 

「約束!」

 

「は、はい。…約束、です」

 

 

差し出した小指に、少し赤くなった顔で指を差し出してくる。それに指を重ねながら幼い頃にした歌を呟く。

 

ゆびきりげんまん、嘘ついたら、はり千本、のます。ゆびきった。

 

気付けば彼女が来る前に感じていた憂いは晴れていた。桔梗のお陰だ。そう思いお礼を言うと、照れた表情で速く服を着る様にと叱られてしまう。…現金なものだ。求められたら、それに応えたくなる。私はもう、桔梗とのお買い物を楽しみにしていた。

 

 

※この後めちゃめちゃ桔梗と過ごした!夕飯を一緒に食べたり、明日の予定を相談したりした!

 

 

―――〇―――

 

Side.茶柱

 

日が沈みかけた船上、その劇場で私は教員用に支給されたスマホを見ながらある生徒を待っていた。

スマホに映っているのは今回の試験の結果内容、その詳細データだった。

 

―――――――――――――――――――――

 

Aクラス:合計+65ポイント

3位

 

リタイアペナルティ1回:△30ポイント

物資使用:△5ポイント

スポットの誤利用:△50ポイント

 

リーダー当て/スポット:△150ポイント

 正 解:1回、Cクラス・・・+50ポイント

 不正解:2回、B、Dクラス。=△100ポイント

 逆指名:2回、B、Dが正解。=△100ポイント

 スポットボーナス:無効=0ポイント

 

―――――――――――――――――――――

 

Bクラス:合計+314ポイント

1位

 

リタイアペナルティ1回:△30ポイント

物資使用:△110ポイント

 

リーダー当て/スポット:+154ポイント

 正 解:2回、A、Cクラス・・・+100ポイント

 不正解:0回、=△0ポイント

 逆指名:1回、A、Cが不正解。=△0ポイント

 スポットボーナス:有効=+54ポイント

 

―――――――――――――――――――――

 

Cクラス:合計0ポイント

4位

 

リタイアペナルティ39回:△1170ポイント

物資使用:△300ポイント

 

リーダー当て/スポット:合計△200ポイント

 正 解:0回

 不正解:2回、B、Dクラス。=△100ポイント

 指 名:2回、A、Bが正解。=△100ポイント

 スポットボーナス:無効=0ポイント

 

―――――――――――――――――――――

 

Dクラス:合計+199ポイント

2位

 

リタイアペナルティ2回:△60ポイント

物資使用:△135ポイント

 

リーダー当て/スポット:合計+94ポイント

 正 解:1回、Aクラス・・・+50ポイント

 不正解:0回、=△0ポイント

 逆指名:1回、Aが不正解。=△0ポイント

 スポットボーナス:有効=44ポイント

 

―――――――――――――――――――――

 

 

まさかの2位という好成績。先ほど知恵にも揶揄われたが、今年のDクラスは例年よりスタートが悪かった分、()()()という事だろう。私も笑顔になろうというものだ。

そうして暫くしていると、背後から足音を感じて振り返り、目的の生徒が来たことを確認する。

 

 

「来たか、綾小路」

 

「茶柱先生、一体何の用なんですか?」

 

 

綾小路清隆。入学した時は理事長からの声もあって密かに注目していた生徒だ。今回の試験の成績もコイツが関係…してるな、多分。まあそれより本題の確認が先だろう。

 

 

「実は、先日。夏休みが始まった頃だったか、前だったかに学校に匿名の電話があった」

 

「………」

 

「"綾小路清隆を退学させろ"というものだ」

 

 

私たち以外に誰も居ない劇場。波の音だけが響き、それ以外に何の音もない。一教師と一生徒の間に、痛いほどの沈黙が続く。そうして10秒だろうか、1分だろうか。無言でこちらを見据える綾小路の表情からは何も窺う事が出来ない。

しかし、目を逸らさずに見据えていると根負けしたように「それで、先生はなんと?」とため息交じりに聞いてくる。

 

 

「"そう言ったご相談は引き受けておりません"―――と、言ってやった。直ぐに電話は切られたよ」

 

「―――」

 

「…なんだ、その意外そうな顔は」

 

 

奴にしては真剣な表情だったと思っていたが、今はポカンとした様子でこっちを見ている。

 

 

「………」

 

「………」

 

「………聞かないんですね」

 

「聞いて欲しいのか?」

 

「…いいえ」

 

 

どんな事情があるのかは知らないし、さして興味もない。…実際、西園寺と会うまでの私だったらコイツを利用してAクラスに…なんて思っていたんだろうな。

そう思うと、胸に燻る不快感からタバコを捜してポケットに手をやってしまう。

 

 

「ふん…教師として、()()()()()()をしただけだ」

 

「………ありがとうございます」

 

「………話は以上だ、この件は私しか知らない。特別試験はご苦労だった。これからも励め。…()()()()()()

 

「はい、そうします」

 

 

そういって会場を後にする。綾小路が何かを隠していて、何故この学校に来たのか。理事長は何故、Dクラスへの配属としたのか。分からない事だらけだが、それでも今は私の担任するクラスの一生徒だ。

なら、ほどほどに面倒はみてやるさ。それが、教師の仕事なのだから。

 

ポケットから出てきたレモン味の飴玉を口に放り込みながら、私は船内へと戻っていくのだった。

 

 

―――〇―――

 

Side.坂柳

 

 

『報告は以上だぜ、姫さん』

 

「ふふ、橋本君、ありがとうございます」

 

 

私はショッピングモールにあるカフェで、橋本君からの連絡を受けていた。試験の結果はメールで届いていましたが、どういった経緯で3位と言う結果を招いたのか。

一部、こちらの予定通りに橋本君が妨害工作をかけてくれたのもあり葛城君の影響力は低下を免れないでしょう。

 

集団を纏め上げて1位を獲得したBクラスに、意外なダークホースであるDクラス。今回4位に甘んじたCクラスですが、西園寺さんの件は龍園君の作戦勝ちと言えるでしょう。

 

元々、彼女に依存していたAクラスに与えた精神的ダメージは非常に強かったはず。その反動か、得たクラスポイントは微々たるもの。そしてそれを上回る負債を背負わされましたね。

 

Cクラスに渡すポイントを加味したら成績は3位どころか4位でしょう。実質マイナス130クラスポイント分の結果だ。これで次の試験も惨敗すれば、5月から積み重ねてきたスタートダッシュを投げ捨てることになる。

 

歴代最高のAクラス?なんて滑稽な評価なのでしょう。このままでは、優れていたのはたった一人の西園寺撫子(てんさい)という証明をしてしまう。

 

 

私は電話口の橋本君に、私の陣営の()()()への伝言を頼み、電話を切る。次の相手に電話をかける為に、だ。

数回のコールの後、「もしもし」と憮然とした声で葛城君が電話に出る。

 

 

「葛城君、無人島試験、大変お疲れ様でした」

 

『坂柳か』

 

 

途端、彼の電話向こうから雑音(さわぎごえ)が聞こえるが、努めて気付かない態度で会話を進める。

 

 

「試験の結果は聞きました…。非常に残念な結果になってしまったと」

 

『…全て俺の力不足が招いた結果だ。言い訳はない』

 

「ふふ…潔いのですね」

 

『事実だ』

 

 

何とも張り合いがない。そんな彼のともすれば無気力な声に向こうからはキャンキャンと飼い犬の声が強くなるが、少しすると静かになる。それを見計らって、本題を告げる。

 

 

「ではそんな葛城君にお願いがあるのですが、聞いていますか?」

 

『…橋本から聞いている。しかし、本人の意思は、「そこから先の事は葛城君は気にしなくてもよいでしょう?」…っ』

 

 

割り込ませる様に言葉を刺し、反論を封じる。…葛城君との電話なんて、本番前の確認に過ぎない。()()にかける為には、クラスの総意として動かないと不興を買ってしまうではないですか…。それを葛城君は知ってか知らずか、否定的なのは頂けない。彼にやって貰う事なんてただ一つだけなのに。

 

 

「葛城君のする事はただ一つ。―――次の試験、西園寺撫子さんに全て任せる。その為に、()()()に全面の協力をするようによく言って聞かせて下さい」

 

『………』

 

「貴方がつまらないことを気にしているよりも、彼女に任せた方が良い未来を引き寄せられる。これは、A()()()()()()なのですよ?」

 

『………分かった』

 

「よろしくお願いしますね?」

 

 

では、と言って電話を切る。これで、Aクラスは改めて纏まった。次の試験の結果を持ってすれば、彼女がクラスでの実質的に頂点に立つ。そして、それを導く私は、クラスを支配する。そして、そして()()()…ふふっ。

 

ブルリと身悶えをしてしまう。緊張か、興奮か分からない感情に身を震わせながら、私は電話をかける。

1コール、2コール。3コール。…。

 

 

『…もしもし、有栖さん?』

 

「お久しぶりです、撫子さん。お元気ですか?試験はお疲れ様でした」

 

『いえ…良い結果を得ることが出来ず、申し訳ございませんでした』

 

「内容は聞きましたが、龍園君の作戦勝ちといって良いでしょう。撫子さんが悔やむことはないかと」

 

『しかし、私はAクラスの一員として結果を求められる役割を得ていました。それを…』

 

「ふふ、責任感が強くて素敵だと思います。そんな撫子さんにお願いがあるのですが、橋本君から聞いていませんか?」

 

『…はい』

 

「なら話は早いですね。西園寺撫子さん。」

 

 

―――次の試験、Aクラスは貴女に従います。次の試験の指揮を、よろしくお願いしますね?

その命令(おねがい)の返事を聞いて、私は笑みを深くするのでした。

 




読了ありがとうございました。
続きは現在書いている最中なのですが、なるだけ早く書いていきます。
アンケートや感想も評価もよろしくお願いします。

次回から、やっと船上試験編。お楽しみに!


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番外④:エンジョイ無人島。(+フライングスタート!)

お待たせしました。
番外・最終編です。

次回からはいよいよ船上試験編です。
アンケートもありがとうございます。ほぼ間違いなく結果①になりそうなので、それで進めていく事になります。
ご期待ください。

それでは、どうぞどうぞ。


―――〇―――

Side.綾小路

 

 

「うぉ~!肉だ~!!」「ジュースだ!!」

 

「お風呂~」「シャワー!」

 

 

船に戻るなり、男女問わずに走り出す。

あるものは船上のレストランへ。あるものは自室や浴室へ。

無人島という、文化的とは程遠い生活を送った十代半ばの若者はやっと俗世に戻り己が欲望を解放するのだった。

 

 

「…綾小路君は…行かないの?」

 

「あぁ、佐倉か」

 

 

思わず立ち止まっていた俺に声をかけてきたのは、無人島で一緒に行動する事が多かった佐倉愛理だ。彼女の見た目は入学当初とは違い、伊達眼鏡を外して髪を結っている姿は大天使クシダエルに勝るとも劣らない。

…実際、無人島での活動班を決める際にも諸手が上がって男子たちに誘われていたが、堀北のドスの利いた声―――ゴホン、采配で俺や三宅、高円寺などあまり彼女に山っ気のない連中と共に行動した。

…高円寺は(恐らく最速で)島を去ったが、奴の残した情報は俺達の数回分の食糧代を浮かせたのだ。責められはしまい。

 

閑話休題。

 

食事はレストランが今は混んでいるだろうし、佐倉には部屋でシャワーを浴びに行く事を伝えると「そっか…」と頷かれる。何か用があったのかと首を傾げると、なんと打ち上げ会をしないかと誘われた。

 

 

「…いいのか?」

 

「うん。試験中は、ほら…。伊吹さんの作戦で男女で険悪になっちゃったけど私も色々一緒にやって楽しかったし、どうかなって」

 

「俺は構わないが。…他の男子たちに後で刺されそうだな」

 

「え…?あっ!ふ、二人きりでじゃなくて三宅君も誘って欲しいな!私も波瑠…長谷部さんも誘うから!」

 

「お、おう…」

 

 

急にわたわたと慌てた雰囲気を見せる。…可愛い。少しだけ二人きりでない事を残念に思う気持ちがあるが、会話が途切れたらという不安はこれで解消された。長谷部は2日目から高円寺が抜けた人員の補充で一緒に行動した女子だ。一匹狼な性質だが、会話が嫌いという訳ではなく他と群れるのが少し…という風だった。

(後は本人があっけらかんとした態度で言ってきたが、胸が大きいことを気にしているらしい)

 

佐倉と別れる間際に、幸村も誘って良いかと聞くと、少しだけ考えた後にOKを出してくれた。長谷部に聞かなくていいのか?と返すと、「幸村君なら…大丈夫だと思うから」と笑顔で言った。

…絶対に山内や池ならOK出さなかったろうな、コレ。

 

その後、部屋に戻って備え付けの浴室でシャワーを浴びる。じんわり感じていた汗や不快感を熱湯で洗い流し、戻ると同室の幸村が待っていたので打ち上げ会の事を話すと及び腰だったが参加はしてくれるみたいだ。こいつも、無人島での試験を通して思う所があったのかもしれない。

 

幸村もシャワーを浴びに行き、部屋には俺一人となる。私服に着替えてベッドに横たわると、少しだけ眠気が襲って来る。

 

 

「打ち上げ会、か…」

 

 

口に出してみると少し楽しみに感じて、寝ているのが勿体無く感じた。シャワーを浴びた幸村と連絡先を交換して、場所が決まったら連絡する旨を伝えて自室を出る。

 

道中、三宅とも会えたので勧誘再び。OKを貰えたので同じように連絡先を交換して、俺は甲板に出る。

船は既に出港しており、残り1週間ほどのクルージングを再開している。

 

遠退いていく試験会場を見て、俺は試験であったことを少しだけ意識を向けた。

 

 

・◇・

 

 

Dクラスの試験の滑り出しは順調とは行かなかった。他のクラスがドンドンと島の中へ消えていくのを尻目に、買う買わないで揉めたり拠点の場所、リーダーの存在などでその度に衝突が絶えなかったからだ。拠点を川に決めてからも篠原を筆頭に女子たちが主張を曲げず男子は肩身の狭い思いをした。…須藤がキレなかったのは間違いなくあの事件の成長あってものだと感じたな。

 

その後は各自探索をしてスポットや他クラスの動向を探ったり、野生児となった高円寺を捜していたら日が暮れて奴がリタイアしたり(置き土産は有効活用した)。

 

次の日には顔に殴られた痕のあるCクラス女子―――伊吹が合流。曰く、山内の班が彼女が一人で居た所を保護したらしい。彼女を受け入れるか否かでまた揉めたものの、放っておくことは出来ないと平田の一声。そして櫛田の取り成しもあって彼女の残留が決定する。

 

申し訳なさそうな表情を浮かべていたが、()()()()()()()()所を見るに、含むところはある様子だ。俺は情報を堀北と櫛田に伝え、堀北と共にCクラスの拠点へ向かう。

 

夏をエンジョイしているCクラスを見て呆けたが、それよりも案内されたパラソルとビーチチェアのある場所で今度こそ完全にフリーズした。

何とそこにはAクラスの西園寺が居た。…何故か、リードを繋がれて。

 

Cクラスの王を自称する龍園に囚われているような状態で、堀北が指摘するも彼女自身の意思だという。

その後リードを引かれ、姿勢を崩した彼女に手を差し伸べたが龍園に阻止されてしまう。

 

目で謝ってくる西園寺を見て、今の俺達に出来ることは無いとその場を去った。…が、その後の堀北の不機嫌さは櫛田も声をかけるのを躊躇する程だった。

 

3日目、4日目は探索に加わった長谷部とも島を探索しつつ、島での生活に順応出来ていたと思う。小屋のスポットを見つけて、それが確保されていて一喜一憂したり、魚釣りの道具を手にして川釣りに挑戦したりだ。初めてのアウトドアというのだろうか、エンジョイしていた。他のクラスともたまに遭遇したが、Bクラスは楽しそうに、Aクラスはなんというか必死さが見えていて切羽詰まった表情だったのが印象的だった。

 

…というかAクラスのリーダーを知ることができたのは完全に幸運だった。小屋のスポットが取られていることに意気消沈していたら、なんと更新間際。

隠れて待ち構えているとAクラスの戸塚弥彦という生徒がスポットを丁度更新する場面を見ることができたのだ。一緒にいたクラスメイトも小屋に入れば兎も角、腕組みをして急かしていた。…仲悪いんだろうか。

 

そして訪れた5日目の朝。篠原(またか…)の声でたたき起こされると、なんとクラスのトップカーストの軽井沢の下着が盗まれたらしい。

犯人は男子に違いないという女子たちに、積み重なっていたフラストレーションが爆発した男子も猛抗議。手荷物検査でも何も見つからず、いよいよ男女の溝は深まるばかりだった。

 

テントは男女で離し、シャワーも使わせて貰えない。探索は男子にしろと命令してくる篠原にかなりのヘイトが高まったが、ここまでの努力を無駄にする訳にはいかないと平田ではなくまさかの須藤が発言して、クラスの男子を纏めていた。

ブツブツと不満を言う池や山内をゲンコツ一つで黙らせ、明らかにビビっていた篠原に料理を担当する様に取り付けると大きな声で探索班を振り分けて森へと進んでいった。

俺も三宅や、佐倉・長谷部の代わりに入った幸村と一緒に探索に出て、夜も無事食事にありつくことができた。

 

雰囲気が悪くなった6日目。朝になんと一部の女子が探索に出る事を申し出たのだ。7,8人程だが非常に助かった。天気も悪く、午前中に探索を終え、帰路に就くと山内が全身泥だらけで地に伏していた。…なんでも探索中に転んで泥がつき、怒りのままにそれを投げたら堀北に直撃して爆笑している所を地面になぎ倒されたらしい。

…山内、無茶しやがって。……事情を聞いた須藤が顔を真っ赤にして山内を川に投げ飛ばしてた。…あれ、腹から行ってたな。痛そうだった。

 

その後は帰ってきた堀北から、リーダー情報を漏らしてしまったことを告白された。またカードキー本体も紛失してしまった事を聞き、伊吹の暗躍が発覚。…上手くすればCクラスの作戦を台無しに出来ると思い平田、櫛田を呼び四者会議を開く。

 

名付けて、堀北リタイア作戦。…残念ながら3人には最初「何を言っているんだコイツ…」という目で見られたが内容を話すと理解と納得を得られた。

知るべき人員は最小限に抑え、もしも伊吹が気付いても良い様に堀北を深夜の時間にリタイア。リーダーを誤認させる。移動するのは大変そうだったが、後は船でゆっくり休むだけだ。堀北には少しだけ我慢して貰い、作戦は実行された。

 

最終日の点呼で堀北のリタイアがクラスに周知され、不満の声が上がったがまたもや須藤が「静かにしとけ!」と一喝。それにも負けずに声を上げた幸村には「これも作戦って奴なんじゃねえか?あの責任感が強い堀北が、何にも言わずにリタイアする訳ねえだろ」と返し沈黙。他のメンバー(山内を除く)もそれに同調する雰囲気となり、その後はトラブルなく正午となり試験は終了した。

 

俺達は2位という優秀な成績を残し、来月のお小遣い(ポイント)も約2万増えるとなって堀北への掌返しが各所で発生していた。Bクラスは流石だ。チームワークが必要となる今回の試験では、間違いなく彼らの実力が発揮されたのだろう。

 

問題はAとCのポイント。…どういうことだ?Cはまだわかる。あんなに豪遊していたらポイントなんて残る訳がないが、Aクラスが激減している理由はなんだ?

仮に推察通り、物資がCからAに流れていてポイントを保全出来ていたなら、もう少し残存ポイントがあっても不思議ではない。俺の予想よりも100ポイント近く、Aクラスは失っている。

 

あの時、結果発表のあの場でリーダーである葛城を責め立てる周囲と、それからは遠巻きで女子生徒達に謝り倒されていた西園寺。恐らく、あの二人が何かの切っ掛けを担ったのだろうか。

 

Aクラスは、内紛状態だと櫛田が言っていたがその対抗馬の生徒は欠席しているらしい。

そいつが関わっているんだとしたら、欠席でも自分の陣営に影響を及ぼせるのは…流石Aクラス生なんだろうな。

 

俺は西園寺とチラリと目があった気がしたが、会話できる雰囲気ではなかった為、皆に続き船に戻ったのだった。

 

 

・◇・

 

 

物思いにふけっていたら、メールで茶柱に呼び出され、俺の事情絡みの用件を告げられた。()()()からの電話だろうか、何やら学校に干渉があった様だが思いの外、茶柱がこちらを庇ってくれている様だ。…これからも程々に結果を出して、担任のご機嫌を伺っておかないとな。

 

ま、なにはともあれ、無事に無人島試験は終わって、これからは普通の学生()()()夏休みを迎えられる筈だ。

俺は気持ち軽くなった足取りで佐倉から届いたメールの店を探すのだった。

 

※このあとめちゃめちゃ打ち上げをした!

長谷部から各々にあだ名をつけられた!(幸村以外は)満更でもなかった!

 

 

―――〇―――

 

Side.神室

 

 

「里中君、竹本君。この紙に書いたことを坂上先生に聞きに行ってください。ポイントは…里中君、立替出来ますか?…お願いしますね」

 

「清水君、谷原さんは茶柱先生にこれを」「澤田さん、西川さん。Dクラスの―――」

 

「司城君、吉田君、山村さんは坂上先生にこのリストの確認をお願いします」「的場君、葛城君、鬼頭君はそれぞれ―――」

 

「あ、島羽君は戸塚君が戻り次第、澤田さん達と一緒に向かって下さい。一緒に彼の探索をお願います」「それから―――」

 

 

「………( ゚д゚)」

 

「………(゜д゚)」

 

 

目の前で起こっている光景を、橋本と一緒に棒立ちで見ている。横目で見ると普段の軽薄な笑みでなく間抜けそうな顔をしているけど、多分…いえ、間違いなく私も似たような表情を浮かべているに違いない。

それほどまでに、普段の()()の姿とは似て非なる働きをみせていたからだ。

 

 

・◇・

 

 

時間は遡って5分前。

 

試験が終わり三日目、案の定メールアナウンスと共に第二の試験が幕を開けた。

時間ごとに試験の案内があったものの、最初に入った奴が機転を利かせてスマホの通話をオンにしたまま入室して、それを首脳陣のグループ通話にて共有したのだ。

 

…Dクラスの茶柱先生の説明を聞くに、人狼ゲームに似たような犯人を見つける為の試験みたい。

それに加えて特定の法則があるとの事。部屋のメンバーが思案気に首を傾げる中、部屋の中でひとり立ち上がった撫子に注目が集まる。

 

 

「どうした、西園寺」

 

「葛城君…いいえ、皆様。改めて確認したいのですが、今回の試験は私にお任せ頂いてよろしいでしょうか」

 

 

…とても真剣な表情。聞いているこちらが緊張してしまうほど、撫子は真摯な面持ちで告げた。その後、ピンとした緊張の糸を切ったのは軽薄な声で笑う橋本だった(こういう時はホント役に立つ奴だ)。

 

 

「は、ははっ!緊張しなくっても撫子ちゃん、最初から()()はそのつもりだしなんでも頼ってくれよ!なぁ?」

 

「…っうん!」「そうだよ!」ザワザワ

 

「………」チラリ 「…っ……」チラッ

 

 

同調する様に、坂柳派(わたしたち)と撫子派の連中は頷いたり声を上げたりする。態度が鈍いのは葛城派の連中だ。腕を組んでむっつりと黙る葛城を伺っている。

同意した声も徐々に沈み、連中を見る私達と奴らで沈黙が戻る。…ちょうど戸塚が説明を聞きに部屋に居なくて良かったと思う。アイツが居たら余計な事を言って、余計に話が拗れる未来しかないし。

 

 

「……葛城、君…」

 

「……………………西園寺。頼んだぞ」

 

「…っ、はい!」

 

 

随分と長い沈黙の後、葛城が俯き加減にそう言った。それに、コクリと頷き返す撫子に、部屋中の空気が弛緩したのを感じる。

そうして、部屋の皆が拍手をして、撫子が丁寧にお辞儀を返したと思ったら―――、

 

 

「では皆様―――始めましょう」

 

 

―――撫子は、見た事のない程にテキパキと指示を出し始めた。

 

 

※この後めちゃめちゃ指示を飛ばされた。不満を言いそうな葛城派の奴らも、普段と違った撫子にタジタジだった。

 

 




読了ありがとうございました。
次回はほぼ間違いなく原作結果からの乖離が強くなるかと思います。

それでも目指すのは優しい世界と、多分の勘違いと、ちょっぴりの曇らせなのでご期待下さい。
それでは、次回もお楽しみに。

感想・高評価が意欲とやる気に繋がりますので是非是非お待ちしております!!


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特別試験編~船上試験~
①:船上、戦場、僭上。


お疲れ様です。
船上試験、スタートです。

どうぞどうぞ。
そして感想待ってます!(直球)


 

 

―――生徒の皆さんにご連絡いたします。まもなく、()()()()()()()()()()()()―――。

 

「特別試験…」

 

 

館内になるアナウンスと、振動と共に着信を知らせるスマホ。ベッドから立ち上がり、衣服を身に纏う。同室の方の理解は得られたので、リラックスしている時。そして部屋に他の人が居ない時は()()()()()を許してもらえることになりました。…何故か顔を真っ赤にしていましたが、…?

 

そうして身支度を整えていると、追って知らせる着信音が。チラリと目を向けると葛城君からのメッセージでした。

内容は、〇〇時に指定の部屋に来て欲しいという事でした。恐らく、試験についての相談でしょう。

 

そうして、私達Aクラスにとって2度目の特別試験の幕は開いたのでした。

 

 

・◇・

 

 

「失礼いたします」

 

「…来たか、西園寺。…呼び立ててしまってすまない」

 

「いえ、それで『それでは、これでは試験の説明を始める―――』…これは」

 

 

葛城君にお招き頂いた部屋には、私以外の大半のAクラスの皆様が既にいらっしゃいました。視線を集めて緊張から固まってしまいましたが、葛城君の目の前のスマホから聞こえる音声に気を取り直します。

かけてくれ、と葛城君の目の前のスマホから流れ出る音声を聞く為、私は速やかに葛城君の横に失礼します。

 

 

「こちらよろしいですか?」ボソッ

 

「あ、あぁ…構わない」チラッ

 

「……チッ」「…ブツブツ…」

 

 

試験の説明については、各々が別々の時間に呼び出されてそこで聞くことになっています。私は葛城君、橋本君と一緒の時間です。しかし、恐らくこの通話中の相手のスマホから流れる音声は少しくぐもっていますが茶柱先生のもの。

すなわち、これは先んじて情報を周知する為の葛城君の作戦なのでしょう。とっても助かります。

 

 

そうして説明が終わり、数分もすると今回の試験の全貌がみえてくる。仮題、十二支試験とでも呼びましょうか。

 

4つの結果―――。

全員の正解による『協力』

 

沈黙による優待者の『勝利』

 

優待者を見破った方による『裏切り』

 

指名の結果、優待者を誤る『失敗』

 

 

どんな結果になるにしろ、厳正な抽選という優待者を決める法則を見極める必要がありますね。…ただ、易々と答えに辿り着けるとは思えません。最大で、単独450CPを1つのクラスが得る可能性がある試験。恐らく1クラスでは()に辿り着けない可能性もあります。まだまだ情報が足りません。…集中しませんと。

 

 

「…こちらからの音声はミュートになっている。が、メンバーの名前は早めに纏めたいな」

 

「あ、じゃあ俺メモするよ」「私も手伝うね」

 

「頼む。…次に説明を聞きに行くメンバーは誰だ?」

 

「あ、私です―――」

 

 

「―――」「―――」

 

「………」

 

 

皆様の声が遠く聞こえる。

 

返事をする余裕もない。

 

 

思考を、深く。深く沈めていく。もっと。もっと深く…。

 

考える。考える。考える考考考考考―――。

 

―――学籍番号、男女比、クラスの人数、視力、誕生日、血液型、星座、干支、名前の50音順、名前の画数、前回の試験の点数、クラスの平均数、担任教師の年齢、プライベートポイントの多寡、クラスポイントの増減、Sシステムの根幹となる数値は確認困難でしょうか?なら身体能力、部活への参加者数、授業態度、社会貢献度、連絡先の多さ、利用ポイント数、遅刻欠席数、クラスの関係値、他クラスとの関係値、買い物の回数、前試験のリーダー、リタイア者、教えられる情報の齟齬、この時点で解ける法則?担任の真嶋先生なら、坂上先生なら?茶柱先生、星之宮先生は?グループへの参加人数?いや、クラスごとの認識を一度やめるとは?グループで纏まって考える、その生徒が個人の深い情報を得るのは困難?なら友人とは離されるのも法則に入る?試験は解けるから試験なのだ。情報量に関係なくこの試験は答えが出るのが前提だ。では、どう動くのが最善か?

 

―――ポイントを使う?

 

そうだ、この学校ではポイントを使えば買えないものはないという。試験の過去問や罰則、仲裁や示談でも使うことが出来た。調査をする場合にはポイントを使えばいいのでは?ならそれを把握している教員の方々に聞けばヒントになるかもしれません。…この程度の事は過去にもあったはず。故に説明の時間が間隔で開いているのかもしれません。だったら人海戦術で皆様に動いて頂ければ…。私のポイントはたしか100万ppを少し超えるくらいの筈。欲しい情報は全て聞くことは出来るでしょうか…?人数分?全クラスで160人…Aクラスを除いて120人、1項目1000ポイントとして12万pp、8つが限界と見積もりましょう。今聞いたこのアナウンスが第1回なら、あと11回あるはず。説明は凡そ10分ほどで終わった後、質疑応答の5分で計15分から20分程。30分周期で説明に呼ばれているなら隙間時間の10分間が勝負…ですね。

 

 

「―――」

 

 

ガタリ、と音を立てて席を立つ。皆様の注目を集めてしまったのを申し訳なく思いますが、仮説の確認の為にはあまり時間もございません。葛城君や皆様に同意を得て、Aクラスの今試験のリーダーを拝命します。

 

意思を統一する為に、動き出す為に、今度こそ―――

 

 

「では皆様―――始めましょう」

 

 

今度こそ、皆様(Aクラス)の役に立たなくては…!

 

 

―――〇―――

Side.真嶋

 

ヴヴヴ…。

 

「………はあ」

 

 

目の前のスマホが放つ振動音に、思わずため息がつく。この数時間でもう5回は鳴っただろうか。ため息交じりにもなるが、緊急の場合は出なければ不味い。()()()()()と思い通話ボタンを押すと、予想通りの相手だ。

 

 

『ちょっと、真嶋君!またそっちの生徒が―――「生徒からの要望には、可能な限り迅速に応えるように。以上だ」―あ、ちょ―――』ブチッ

 

 

そうして、3()()()の星之宮からの連絡(なきごと)に迅速に応え、自分の手も動かす。…無人島試験の終わりに応援した手前、そして担任としても断ることはない。ないのだが………あまりにも動き出しが早すぎないか?葛城…ではないだろうな。

 

 

現在、俺達は船上試験での説明に生徒達を呼び出していた。合計12回、全く同じ説明をするのは大変だが、これも業務だ。文句は言えまい。

問題…まあ見方によっては嬉しい悲鳴と言うべきなのだろうが。発端はAクラスの生徒達からの質問だ。…それも、試験の為の確認なら応えるべきだろう。

しかし、質問してきたのは試験説明のその場ではなく、また直接試験とは関係が無いものだった。

 

『―――真嶋先生!Bクラスの生徒の血液型を教えて下さい!』『先生!Dクラスの生徒の―――』『真嶋先生、Cクラスの生徒のプライベートポイントの情報は―――』

 

試験の説明をDクラスの生徒にして、彼らが退室の為にドアを開けた途端彼らは流れ込んできた。

開け放たれたドアからDクラスの生徒が『なんだなんだ』と騒ぎ、見ているのも気にも留めず、教え子たちはポイントを支払ってあらゆる情報を得ようとしていた。

 

試験の説明があることを伝えても、次の組の案内まで時間があると言って引こうとしない。ミスリードであることを理解しつつも、情報とポイントの交換をしていく。

 

ここまでなら、何も問題なかった。だが、それも2回、3回と繰り返されると話が変わる。しかも()()()()()()()Aクラスの生徒達が質問に押しかけて来ていると、教員用のメッセージグループに何件も報告が来ている。

 

 

そして現在。

説明を終えて生徒を見送りに廊下に出ると、10人以上のAクラス生徒が今か今かと教師達を待っているのが見て取れる。

都合、7()()()の質問攻めには思わずため息を着いてしまうが、教師として断る事も出来ない。

他にもチラホラ他のクラスの生徒も警戒をしているが、行動に移しているのはAクラスの生徒のみの様だ。

 

8回目の説明が始まるまでの間、俺は部屋に来た教え子たちの質問に忙殺されるのだった。

 

 

―――〇―――

Side.龍園

 

 

「おい、お前ら……Aクラスが何だって?」

 

「だ、だから龍園さん!なんかAクラスの連中が先生たちに詰め寄せてて…なぁ?」

 

「そ、そうです!なんか、2,3人で先生たちに張り込んで質問攻めにしてるんです!」

 

 

船内のサロンの一室。始まった試験の説明を、先に聞いた連中から聞いて金田や椎名、他にもバカ以外の連中で考えてる最中にバカ共が飛び込んできた。

考える頭のねえ奴(バカ)にも出来る仕事―――他のクラスの連中の監視を任せていたが、言ってることの要領を得ない。

舌打ちをすると青い顔をする連中に、金田が間に入って情報を吐かせた。

 

 

「すいません、実際に何を聞いていたか分かりますか?」

 

「え?あ、あぁ…確か"Dクラスの生徒の血液型"とか、Bクラスの生徒の誕生日とか…だよな?」

 

「そう!…あ、"生徒の持っているプライベートポイント残高"の情報は断られてたぜ?」

 

「そうですか…龍園氏、これは…」

 

「あぁ…間違いねえ」

 

 

金田の言う事は分かる。Aクラスがしているのは情報収集だ。ただ、動き出しがとんでもなく()()のが気になるとこだが…。

考え込んでいると同じようにひよりも俯いて思案している様子だ。他の…まあバカ共は金田に説明を受けてようやく理解を始めてやがる。

 

チッ…。まあコイツ等の役割には要らねえ能力だが、それでも地頭の良し悪しが競う試験が今後ないとも限らねえ。

 

 

―――龍園、これは独り言だが…。Aクラスに上がるのと同じように、2000万PPがあれば他クラスへの移籍は出来る。西園寺さんみたいな生徒が居れば、君たちのクラスの成績も上がると思うのだがね…。

 

 

坂上からの露骨な助言(アドバイス)を鼻で嗤ってやったが、こっちの能力不足は事実だ。…ただ、それでも勝負に負けてやる気は一切ねえがな。

 

説明を聞いて戻ってきた奴らに、グループのメンバーの名前を書き出させるように指示をして席を立つ。次は俺のグループの説明時間だ。

…ククク、次の獲物共の顔でも見に行ってやるとするか。

 

 

・◇・

 

 

指定された部屋に向かうと、次の時間の組。恐らく俺達と同じグループの連中が小競り合いをしていた。…島での試験、契約を結んだAクラスの葛城(金ズル)、奴らから奪った()()をネタに、200万を寄越す契約を結んだ一之瀬帆波。…最後に、暴力事件で活躍したDクラスの中じゃ少しは楽しめそうな堀北鈴音。

 

…クク、話してるのは島でAクラスが3位になってたことか。そりゃあ言えねえよなぁ。自信満々に試験に挑んでおいて、カモにされてちゃ笑い話にもならねえ。

俺も話の渦中に入って少しばかり揶揄ってやってやる。葛城や鈴音の反応を嘲笑っていると、珍しく最後にやってきた西園寺に注目が集まる。

 

 

「撫子…!」「…っ(お姉様…!)」

 

「西園寺、来たか…。…?」

 

「クク、随分と遅れての登場とは、流石Aクラスは―――」

 

 

余裕じゃねえか、そう続けようとしたらポスン、と胸元に衝撃を感じる。…あ?

 

 

「な…」

 

「…おい、何のつもりだ?」

 

「…?ふぇ…?」キョトン

 

「な、な、な…!にゃあああ!?」「っ龍園君!今すぐ西園寺さんから離れなさい!」

 

 

コイツ、前を見ていなかったのか?俺にぶつかっても、何が起きたか分からねえような(ツラ)で見上げてきた西園寺と目が合う。

慰謝料代わりに乳でも揉んでやろうと肩に手を置くと、飛び込んできた一之瀬に西園寺を搔っ攫われる。てかコイツ人気だな。Dとも面識があんのか。鈴音も櫛田もこっち睨んでやがる。

 

 

「え?あの、あ―――「撫子(にゃでこ)!?ちゃんと前見ないと危ないでしょ!?」あ、でも「男は狼って、昨日いったばかりだよね…?ちょっと、危機感ていうか…ほら、ね?」あぅ…」

 

「………」

 

「ククク…なんだ、加わり損ねたのか?俺が構ってやろうか?鈴音」

 

「…結構よ。後、名前で呼ばないで頂戴。とても不愉快に感じるわ」

 

 

廊下でワイワイやってると、指定された部屋からAクラスの連中が2,3人出て来る。それも俺らの呼ばれた部屋以外からも。Bクラスは驚いてねえ。情報共有されてんのか。訝しんでんのはDクラスだけだな。

 

 

「…西川か。もう入って構わないのか?」

 

「葛城君。…ええ、もう時間だからって出されただけだから。行ってらっしゃい」

 

 

そういって葛城と橋本、西園寺は部屋に消える。…最後まで分からねえ態度だったな。

 

…俺達の入る部屋からもAクラスの連中が出て来て入るように声をかけられるが、声をかけてきたそいつの肩に腕を回して()()で質問をしてやる。

 

 

「よぉ、…チョロチョロ動いてるみたいだが何の話だ?」

 

「ひっ、なんだお前…!なんだって良いだろっ!?」

 

「そういうなよ…お前が素直に応えりゃ済む話だ。…なんだ?言えねえことなのか?」

 

 

口をモゴモゴとさせるが言葉になっていない。キョロキョロと視線を逸らすが、笑顔で視線を合わせてやる。…笑顔ってのはコミュニケーションに必須だからな。

…シレっとしてるが、BもDも部屋に入らずこっちを見てやがる。都合のいい事だな。他のAクラスの連中が助けもせずにその場を去ると、諦めたのかポツポツと話し始める。

 

 

「…お、俺が聞いたのは他のクラスの生徒の身長と体重だ…」

 

「あ?」

 

「……ほ、本当だ!」

 

「…どういうことだ?そんなもんが何の役に立つんだ?てめえのキモい性癖か?」

 

「…」「…」

 

「い、いや!違う違う!!そういう指示なんだって!」

 

 

女子共の視線に耐えられなくなったのか、ペラペラと唄い出した。なんでも西園寺からの指示で動いてるらしいが、あまりにも露骨だ。フェイクも織り交ぜてんだろう。…ククク、お手並み拝見と行くか。

 

 

「フン…まあいい、用済みだ。行って良いぞ」

 

「っ…」ダッ…!

 

「龍園君」

 

 

そういってCクラスの指定の部屋に入ろうとすると、後ろから一之瀬に呼び止められる。視線だけ向けてやると、珍しく不敵な顔を向けてきている。

 

 

「撫子の作戦…君は何か、気が付いたのかな?」

 

「クク、さあな。…これからそれを相談する時間はいくらでもあるだろうし、()()()()()はこれからに取っておけよ」

 

「…ふーん、それもそうだね」

 

「………あなたには負けないわ」「………」

 

 

一之瀬だけじゃない。鈴音もこっちに宣戦布告じみた事を言ってきた。…なんだなんだ、退屈させねえじゃねえか。

特別試験の第二幕。どんな試験だろうと構いはしねえさ、…最後に勝つのは―――俺だ。

 

 

 

 

・・

 

 

・・・

 

 

 

―――数時間後。

 

集められた俺たちは、随分早くに訪れた攻撃に頭をフル回転させている。それは一之瀬も、鈴音も、そして俺もそうだ。

そして、その口火を切った西園寺には部屋の人間全ての視線が集中している。

 

 

 

「………あの、撫子…本気なの?」

 

「はい、本気です」

 

「………えっと、撫子ちゃん…少し難しいと思うな」

 

「この場の皆様のお力添えがあれば、能います」

 

「………チッ、おい西園寺」

 

「はい、なんですか?龍園君」

 

 

部屋中の奴らは言葉に詰まって役に立たねえ。…いや、何を言うべきか迷っている。そうみるべきだ。()()()俺は直接口を開く。ただ、周りの連中の態度も仕方ねえと内心感じてる俺もいる。…それだけ、奴の口から出た要求が()()()てたからだ。

 

 

「―――正気か?そんな要求、俺達が認めるとでも?」

 

「…要求………はい、きっと皆様なら。…クラスを大切に想う皆様なら、お認めになると。…そう思います」

 

 

神妙な面持ちで返してくる奴に、()()で言っていると理解して思わず舌打ちが漏れる。デカい地蔵と化した葛城が不安そうに見やると、西園寺が再び口を開く。

 

 

「僭越ながら、いま一度、皆様にお願い申し上げます―――」

 

 

―――私たちの作戦。全クラス結果①作戦に協力して下さい。それが叶わない場合、全てのクラスの優待者を明日の朝8時、お話し合いの()に指名させて頂き、試験を終了させて頂きます。

 

 

他のやつがやれば慇懃無礼にも思えるが、西園寺にそんな色はねえ。だがそれは、大半の奴らには死刑宣告に等しい沙汰だった。

 

だが俺の胸中に去来するのは恐怖ではなく、諦観でもなく、ある種の歓喜だった。

 

 

「ククッ…」

 

「………」

 

 

改めて俺は理解する。―――西園寺撫子。こいつは、最高の…極上の獲物(てき)なのだと。




読了ありがとうございました。
撫子の作戦は、予想通りでしたでしょうか?

詳細はまた次回、お楽しみに!


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②:説得 ≒ 脅迫

お待たせしました。
続きを投稿いたします。
この試験は早めに進めたい…ってこれいつも言っていますね、すいません。

では、どうぞ。


―――〇―――

Side.堀北

 

無人島から出航し、三日目の昼過ぎ。アナウンスによって新たな試験が始まった。試験内容をAクラス担任の真嶋先生から聞くと、改めてどういう試験なのかを考える。

 

試験の期間は明日から四日間。完全休みの1日を含んで…実際の試験実施日は三日間。日に2回、それぞれ指定のグループで話し合いをして優待者を見つけ出す。大体こんな試験ね。

 

この試験の優待者は厳正に抽選で決められる。…こんな文言を用意するという事は、恐らくなにかの法則で優待者は決められているはず。これを解くことが出来れば、Aクラスへ大きく進むことが出来る。

 

…でも、一筋縄ではいかないと思ってしまう。記憶してスマホのメモに残した『辰グループ』のメンバー表を見て、思わず顔を顰めそうになる。

 

 

『辰(龍)グループ』

 

Aクラス・葛城康平・西園寺撫子・橋本正義

Bクラス・一之瀬帆波・神崎隆二・津辺仁美

Cクラス・小田拓海・鈴木英俊・園田正志・龍園翔

Dクラス・櫛田桔梗・平田洋介・堀北鈴音

 

 

錚々たるメンバーだ。各クラスのリーダー格が必ず入っている。果たして、この中から優待者を見つける…一筋縄ではいかなそうね。それとも、既にこのグループ分けから法則を解き明かすヒントが散りばめられているのかしら?

 

試験の結果は4種類。

一つ目は、四日目の試験終了後に、全ての参加者が優待者を指名して正解をする事。

報酬は全ての参加者に50万PPと優待者には追加で50万PPが得れるけれど、現実的じゃないわね。

 

二つ目は、優待者が指名をされずに試験が終了する。…実質、優待者の勝利といっても良い結果ね。

報酬は優待者のみ50万PPを得ることが出来る。

 

後の2つからが試験中の指名によって伴う結果。

 

三つ目は試験中に優待者を見破って報告メールを送り、見事正解する。4つの中で最も狙って他のクラスとの差を縮める有効な手段ね。

報酬は、正解した人が50万PPを獲得。加えて優待者のクラスから50CPを奪う事が出来る。

 

 

最後の四つ目は、言わば自滅ね。優待者を指名したは良いものの、誤った回答を送ってしまった場合。

報酬…いいえ、ペナルティは誤った回答を送ったクラスのCPを50、優待者のクラスに移動されてしまう。クラスの皆に、変に先走らない様に念押しして置かないと。

 

今度は体調も万全。…今度こそ、私も…!

 

 

 

・・

 

・・・

 

 

「―――私たちの作戦。全クラス結果①作戦に協力して下さい。それが叶わない場合、全てのクラスの優待者を明日の朝8時、お話し合いの前に指名させて頂き、試験を終了させて頂きます」

 

「………!」

 

 

―――でもそんな思いは、試験開始前に裏切られることになったのだ。

 

 

 

―――◇―――

Side.撫子

 

 

皆様をお呼びした場所は試験の説明があった階の1つ上、小さなホールの様で10人以上集まっていますが狭くは感じません。

 

この場に集まって頂こうと声をかけたのは辰グループの方々。そして、その方がお連れして頂いた各クラスを代表する皆様です。

理由はシンプル。今回の試験のAクラスの方針をお話しする為です。

椅子に座る皆様と一堂に会する。…明日の試験ではきっと、こういう形で話し合いをするのでしょうね…。

 

 

「ククッ…」

 

「………撫子…」

 

「………」

 

「…」「…」ザワザワ…

 

 

先ほどのAクラスの作戦、名付けて―――皆で仲良くプライベートポイントを獲得しよう!を聞いての皆様の反応はあまり芳しくありません。

しかし、それは織り込み済みの事。当初、Aクラスの皆様にお伝えした時も不安な声は多くありました。

…でも、こちらに寄り添ってくれた真澄さんや橋本君。そして夜分にも拘らずお電話してアドバイスをしてくれた有栖の為にも、私はこの作戦を無事やり遂げてみせます!

 

 

「…で?」

 

「…!(龍園君…)」

 

 

再び話が動き出したのは、龍園君からの一言。皆様の視線を集めながら、こちらを油断なく見据える眼差しに真意を探ろうとしている様です。

こちらも怖気つかない様にゆっくりと言葉を尽くしていく。

 

 

「…先ほどの通りです。Aクラスは結果①を目指します。なので皆様にも協力を願う次第です」

 

「協力ねえ…俺には脅迫に聞こえたがな。まあ、それはいい。だがやるとなったら()()()も大事だ。…なあ?具体的なプランを教えてくれよ」

 

 

席を立つとこちらに近づいてきて、ドン、と机に掌を当てて音を立てる。机に腕を立ててこちらと視線を合わせる龍園君に、葛城君が席を立とうとしますがジェスチャーで大丈夫と伝えると、龍園君と目を逸らさないままプランを皆様に聞こえるようにお伝えします。

 

 

今回の試験、結果①が最も報酬であるポイントが多く、困難な事が予想されます。よって、いくつかの条件を全てのクラスの生徒に同意させる。結果①で終える為には、それが必要不可欠になります。

 

一つ目はスマホを試験終了後まで各担任に全て預けるものとする。

二つ目はスマホの操作の権限の譲渡。…抜け駆けをさせない為に各クラスの…そう、リーダー格の方に操作しても良いと許して貰うこと。

最後にペナルティの制定。故意や事故を問わず、送信する名前を誤って送信してしまった場合は結果を問わず、他の3クラス全てに弁済する。

 

 

以上3つをお伝えすると、皆様は思案気な表情になったり隣同士で相談して下さいます。しかし、目の前の龍園君だけはこちらからジッと目を逸らさずにいます。

 

 

「………」

 

「………(…?)」

 

 

交渉上手な龍園君。同意を得る為の切り札は用意がありますが、それはまだ早い。こちらも視線を合わせていると、「ゴホンッ!」と隣の葛城君から咳払いをされて、また部屋中の視線が注目している事に気が付きます。

…恥ずかしい。誤魔化す為に、私も咳ばらいをして空気を元に戻しませんと…//

 

 

「コホン…」

 

「(可愛い…)」「(口で言ってる…)」

 

「それで、その…。皆様、いかがでしょうか…?」

 

「―――私は反対よ」

 

 

そう口火を切ったのはDクラス、鈴音でした。…顔色は良いので、風邪はもう治ったのでしょうか?

鈴音の言った内容は、成る程、下位クラスとして上を目指せるチャンスをふいにするのは惜しい。…確かにその通りだと思います。

 

続けるようにBクラスの帆波や神崎君も同じ理由、Aクラスとの差を縮めてみせる。真剣勝負をしようと丁寧に断りを告げてきました。

…まさかの2連敗。結果的に最後となったCクラス、龍園君に視線を向けると彼はBとDの意見にも表情を変えず、同じように真剣そうにこちらを見据えている。

 

 

「…その、龍園君はどうお考えですか?」

 

「―――条件がある」

 

 

その答えに、再び騒めき立つ室内。返事は前向きな…つまり、C()()()()()A()()()()()()()()()()という事。先を促すとグッと私の身を引いて、耳元で囁くように条件を話します。…、ちょっと擽ったいですね。………。成る程、妥当だと思います。

 

 

「―――で、良ければAクラスの作戦に乗ってやるよ」

 

「…分かりました、よろしくお願いします」

 

「っ撫子…!?」「な…西園寺…!?」

 

「ククッ、話が早いじゃねえか。葛城とは大違いだなあ、オイ…!」

 

 

龍園君の言った条件はいわば()()です。もしもこの作戦が上手く行かなかった場合、Cクラスにしっかり報いて欲しいという内容の保険。心配そうな葛城君や橋本君に頷いて問題ないことを伝える。

 

 

「………」「………」ザワザワ…

 

「………ん、…西園寺さん少し聞いても構わないかな?」

 

「はい、平田君。遠慮せずにどうぞ」

 

「ありがとう。…確かに結果①で終えられれば、誰も傷つく事なく試験を終えられると思う。…僕個人としてはこの作戦、賛成しても良いと思ってる」

 

 

…そう言ったDクラスの平田君の表情に嘘はない様に感じます。でも、それを咎めるように見る鈴音と、心配そうに見ている桔梗。Dクラスは多頭政治というか、各々の個性を生かした戦略を立てているのかもしれません。

 

 

「でも、そう思わない人もきっと僕のクラスに居る。…残念だけど、僕たちDクラスはBクラスの一之瀬さんたちやCクラスの龍園君のように纏まっていないんだ」

 

「平田君…」

 

「…あはは」「フン…」

 

「だから、この提案についても相談して説得する時間が必要だと思うんだ。…結論を出すのは少し待って欲しい。それが僕の答えになるかな」

 

「…平田君、ありがとうございます。よく分かりました」

 

 

クラスの和を大切にしているのがよく分かる提案でした。…改めて状況を纏めると、現状はこんな感じでしょうか?

 

―――

 

Aクラスの作戦について…。

 

Bクラス・拒否

Cクラス・条件付き同意

Dクラス・保留

 

―――

 

 

当初の困惑ムードから前進したとはいえ、同意を得られたのはまだ半数のみ。…顎に手を置いて考えていると、頭上から龍園君の笑い声で意識がそっちに向けます。

 

 

「で、どうすんだ?西園寺。…別に良いじゃねえか?結果①に拘らなくても」

 

「龍園君…?」

 

「俺達とお前らのクラスで優待者を共有する。ポイントは折半すりゃあ十分大金だ。別に負けたい奴らに気を使ってやる必要はねえだろ?」

 

 

首を傾げる私に、龍園君は更に続けます。確かにお互いで折半したら+150CPと300万PPを得られる。ただそれではBとDの結束を招いてしまうかもしれません。

それにこちらに傾きかけているDクラスの方も態度を硬化させるかもしれません。止めようしますが、葛城君からの言葉がその後押しをしてしまいました。

 

 

「…龍園に同意する訳ではないが、俺も同意見だ」

 

「………っ」「………!」

 

「葛城君…!」

 

 

まさかの葛城君からもご指摘を貰ってしまいました。元々、難色を示してはいたのです。()()()()()()()()()()()()()と。そう伝えると、彼や彼のお友達は一気呵成にポイント差を突き放す方向に舵を切ろうとしていました。

…1つのクラスが突出すると他のクラスが共同路線で組んでしまうかもしれない。そのリスクに気が付かない葛城君ではないと思うのですが…仕方ありません。

 

 

「龍園君。…そして葛城君、私は全てのクラスで結果①を狙います。それを変える予定はございません」

 

「ま、条件を呑むなら俺はどちらでも構わねえぜ?」

 

「……だが事実として同意を得られないクラスが居る以上、その戦略は崩れている。どうするつもりなんだ?」

 

 

そう言った葛城君や、こちらを不安そうに見やる帆波や撫子、鈴音に安心する様に笑顔を向けると私は有栖から聞いたアドバイスを実行するのでした。

 

 

「では、先ほどの龍園君の言葉に倣って、強い言葉でご説明させて頂きます。」

 

 

―――皆様を…えっと、脅迫、させて頂きます。

 

 

―――〇―――

Side.綾小路

 

 

新しい試験が始まって初日の夜。俺は夕飯に誘われて昨日のメンバーでレストランで食事を取っていた。

豪華客船だけあって、メニューも実際に払ったらいくらするのか不安になる位の見た目と味だった。試験開始の明日に向けて、英気を養う為。

…という名目で集まりたいテンションだった長谷…波瑠加と愛理に誘われて俺達男子も集められた。

特に啓誠―――幸村にそう呼ぶように言われた―――は同じグループだった為、協力できるように関係を築くのは必要だと思ったのも事実だった。

 

各々好きなメニューを頼んで腹を膨らませ、デザートに舌鼓を打っていると何やら他の席の奴らのざわめきが強くなっていた。

 

 

「…なんだ?」「さあな」

 

「全く、奴らは静かに飯も食えないのか…」

 

「え~いいじゃん、別に監視カメラがある学校じゃないんだし。ね、愛理」

 

「あ、うん。…でも何があったんだろうね?」

 

 

そうして5人で周囲を見渡してみると、どうやらスマホを見た生徒がクラスメイトに何かを伝えてそれに驚いた奴がまた別の奴に、という風に騒ぎが大きくなっているらしい。

デザートも片付けて店の外に出た俺達だったが、同じクラスの須藤が池たちに大きな声でなにか話しかけられていたので声をかけてみる。

 

 

「―――須藤、なんかあったのか?」

 

「お、綾小路か。いや、俺も今聞いたんだがよお―――」

 

「そう!聞いてくれよ!なんか()()()()()()()()()()()()みたいなんだよ!!」「Aクラス様様だよな!」

 

 

そういって興奮気味に話すのは、池と山内の2人だ。…愛理が苦手そうにしていたのを見て波瑠加が一歩前に出るが、それに気付かない程2人は興奮気味に話しだす。

 

―――曰く、発端はAクラスの生徒同士の会話を()()が聞いたらしい。

内容は、Aクラスは今回、他のクラスのリーダーと協力して全クラスで結果①を得るつもりらしいとのことだ。それに眉を顰めた啓誠は、咎めるような声で2人に誰から聞いたのかを聞くも二人とも又聞きだったらしく詳しくは知らなかった。

 

問題なのは、このうわさ話が船内に()()()()()()事実だ。

 

 

「清隆、これは…」

 

「間違いなくAクラスの作戦だろうな。…どういう目的なのかは分からないが、早く堀北たちに伝えた方がいいかもな」

 

 

そう、既に試験は始まっているのだ。これがAクラスの作戦なのだとしたら、受け身で居るのは良くはないだろう。そう思ってスマホを取り出し、堀北にコールする。

 

1コール、2コール、3コール。…。

 

 

「…出ないか?」

 

「あぁ」

 

 

そうこうしている間にも、CクラスやBクラスの生徒までその噂を話しながら船内を回っている。…もしもこれがAクラスの作戦の内なのだとしたら、間違いなく俺達は後手に回っている。

焦った表情の啓誠や、不安げな愛理の表情を見ながら、俺は出ない堀北に電話をかけ続けるのだった。

 

 




読了ありがとうございました。

またいつも通りお待ちいただければと思います。
高評価、感想をお待ちしております。

アンケートもありますので、お願いします。
それではまた。


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③:ベスト・オブ・ベター

お待たせしました。
今回は数字回。

なんていうか、原作でもクラスポイントやらPPがめっちゃ出る回にわくわくしている作者です。

原作次の巻の発売日も発表されましたね!モチベ増です。

それでは、どうぞ!


―――

 

 

カッカッカッ…。キュキュッ…。

 

ホワイトボードに撫子が書く筆記音だけが部屋を支配している。()()()姿()で水性ペンを走らせる彼女に熱を込めた視線を向ける生徒や、困惑の色を浮かべる生徒、ホワイトボードを見て厳しい表情を浮かべるものもあり正に十人十色といった具合だった。

 

先ほどの撫子の説明で再び部屋に緊張が走ったが、言い出した本人だけは平常運転で速やかに着替えて来て、その間にAクラスの生徒が用意したホワイトボードに現時点の情報を書き出していく。

 

 

「よし、これでいいですね…皆様、大変お待たせしました」

 

 

そういって笑顔で部屋に居る全員に笑顔を向ける撫子だが、書いてある内容は全く可愛くない。

 

特に反対意見を出していたBクラスやDクラスの生徒の顔色は険しくなっている。

反面、足を組んで笑い声を零すのは龍園ただ一人だ。彼は、最初に気が付いた。

また他の面々も時間をかけて考えれば思いつくだろう。この提案が、明らかに撫子()()()()()提案だと。

 

 

――――――――――――――――――

 

【全クラス結果①作戦’】

 

パターン①

B、C、Dクラスは全てのクラスが結果①で完了した場合、得たPPの半分をAクラスに渡すものとする。

 

パターン②(あるいはパターン③)

パターン①が満たされない場合、Aクラスは全てのクラスの優待者を当て、率先して同意をしたクラスに自分のクラスの優待者を教えるものとする。ただし、得られるPPはAクラスに渡すものとする。

決定(仮)― CクラスにAクラスの優待者を教えるものとする。

 

■試験結果例

 

パターン①・・・全てのクラスが結果①を迎えた場合。

 

Aクラス・・・2100万PP+各クラスから1075万PP=5325万PP

B~Dクラス・・・2150万PP-Aクラスに支払い1075万PP=1075万PP

 

パターン②・・・Aクラスが全てのクラスの優待者を当てて、試験を終わらせた場合。

※Aクラス優待者はCクラスに教えるものとして計算

 

Aクラス・・・+300CPと回答9回で450万PP

Bクラス・・・△150CP

Cクラス・・・±0CPと回答3回で150万PP

Dクラス・・・△150CP

 

パターン③・・・Aクラスが全てのクラスの優待者を外し、試験を終わらせた場合。

※Aクラス優待者はCクラスに教えるものとして計算

 

Aクラス・・・△600CP

Bクラス・・・+150CPと誤回答3回で150万PP

Cクラス・・・+300CPと回答3回+誤回答3回で300万PP

Dクラス・・・+150CPと誤回答3回で150万PP

 

■プライベートポイント換算(ベース)での各結果一覧

(※クラス40名、残り月数を31ヵ月で計算)

 

―――パターン①―――

 

上記の通り。Aクラス+5325万PP、他クラス+1075万PP

 

―――パターン②―――

 

Aクラス・・・+300CP=3720万PPと450万PPとCクラスから150万PP=+4320万PP

Bクラス・・・△150CP=△1860万PP

Cクラス・・・±0

Dクラス・・・△150CP=△1860万PP

 

―――パターン③―――

 

Aクラス・・・△600CP=△7440万PP+Cクラスから得た300万PP=△7140万PP

Bクラス・・・+150CP=1860万PP+150万PP=+2010万PP

Cクラス・・・+300CP=3720万PP=+3420万PP

Dクラス・・・+150CP=1860万PP+150万PP=+2010万PP

 

 

■総括

 

パターン①を選んだ場合、以下で確定。

 

Aクラス・・・+5325万PP

 

B、C、Dクラス・・・+1075万PP

 

 

パターン②、③を選んだ場合の最大値と最小値

 

 

Aクラス・・・最大+4320万PP分:最小△7140万PP分

 

Bクラス・・・最大2010万PP分:最小△1860万PP分

 

Cクラス・・・最大3420万PP分:最小0PP分

 

Dクラス・・・最大2010万PP分:最小△1860万PP分

 

――――――――――――――――――

 

 

重い、とても重い沈黙とため息、唸るような声すら零れるホール。沈黙を破り、最初に声を上げたのはCクラスの王、龍園だった。ホワイトボードに書かれた結果予想を見て「なるほど、なるほど」とクツクツと笑いながら行儀悪く座っていた椅子を立ち上がると、撫子に近づき肩を組んだ。

 

 

「んっ、龍園君…?」

 

「…気に入ったぜ。俺達Cクラスは同意してやるよ。ただ、譲歩して欲しい内容も少しある。…この後()()で話そうじゃねえか」

 

「えぇと…、はい。畏まりました」

 

「なっ…!」「本気なの…?」

 

 

最も天邪鬼な男が率先して同意したのに、驚きを隠せない一同。…当然、龍園にも目論見はある。決定打はどんな結果になろうとCクラスにマイナスが無い事だ。

 

…尤も、この話を出したAクラスにとっては目下最大の敵はBクラスである為、B・Dを相手取るCクラスの蠢動は望むところ…なのだが、その事を()()()生徒はこの場に居ない。結局のところ、機を見るに敏。独裁的リーダーの強味が最も発揮される形となる。

 

逆に機を逸した2クラスは、出来る限り食い下がりにかかっていた。

 

 

「ねえ撫子先生、さっきは無かったポイントを半分渡すってあるんだけど、これって…」

 

「帆波…。ええと、これはその…りすくへっじというものです」

 

「だがこれでは、先ほどよりも同意し難い。西園寺先生としてそこはどう考えているんだ?」

 

「りゅ…神崎君。…はい、ご説明いたします」

 

 

そう言って撫子はホワイトボードをくるりと回転させ、反対側のボード面に今度は解説しながら解説をする。

…いつの間にか伊達眼鏡を装備していて、事情(※勉強会)を知っているBクラス以外も自然と首筋が伸びていた。

 

 

「改めて説明致しますと、当初の予定通りにした場合、結果①で纏まろうとすればAクラスが得られるポイントは2100万ポイントでした。…しかし、皆様に同意は得られませんでしたので、次のパターン①からパターン③の3通りの提案が、元より次善策として用意してあったのです」

 

「クク、要は引き際を弁えなかったBと、協調性のねえDの自滅じゃねえか。…()()()なCクラスを巻き込まねえで欲しいもんだぜ…!」

 

「くっ…!」「………っ!」

 

 

悔しそうに表情を歪める堀北や神崎に少しだけ眉を(ひそ)めるも、真剣勝負なのだと自制して、撫子は気付かれない様にホワイトボードに向き合う。

水性ペンの走る音と、龍園の周囲を揶揄(からか)う声が(しば)し場を支配するも、撫子のパン、と手を合わせて注目を集める音に皆が聞く姿勢となる。

 

 

「龍園君、関係ない私語は慎むようにしてくださいっ!」

 

「ククク、そりゃ悪かったなあ()()()()

 

「続けます―――」

 

 

龍園に一言注意を飛ばすと、撫子は書かれた結果に注目するように伝える。

 

――――――――――――――――――

 

試験後クラスポイント予想

※無人島試験獲得ポイント含む

 

・・・結果①の場合

クラスポイント変更なし

 

 

・・・結果②の場合

 

A:1149+300(1449CP)→A

B:977-150 (827CP) →B

C:492±0 (492CP) →C

D:281-150 (131CP) →D

 

・・・結果③の場合

 

A:1149-600(549CP) →C

B:977+150 (1127CP)→A

C:492+300 (792CP) →B

D:281+150 (431CP) →D

 

 

――――――――――――――――――

 

得られる実質のCP順位を見て、再び騒めく各クラスのリーダーたち。

 

ポイントだけ見れば、確かに結果①を選べばリスクはない。

ただ②で敗れた場合の点差はとんでもないことになる。島での活躍も大きかったにしろ、再び引き離されてしまう。それもAクラス↔Dクラス間は10倍を超える大差だ。

結果③になれば逆にAクラスはCクラスに落ちるというのに、それを隠そうとしない事からAクラスの自信が透けてみえる。

 

 

「「「………!」」」ザワザワ…

 

「………」チラッ

 

「………っ」

 

 

先ほど提案に否定的だったBクラスの一之瀬や神崎は半ば折れていた。不安そうに見て来るクラスメイトと頷いたり小声で話すと、観念したように撫子の提案を呑むことに同意した。

帆波は撫子に近づいて誰にも聞き取れない様に耳打ちをする。

 

 

「―――うん、じゃあ撫子先生、Bクラスは…」ゴニョゴニョ…

 

「…っ、分かりました。帆波、ありがとうございます♪」

 

「…うん、よろしくねっ!」

 

 

そういって席に戻る一之瀬に、龍園が何の話をしていたのか聞くが「龍園君と同じかな~?」と誤魔化す。…両者の間に見えない火花が飛ぶ姿が幻視された。

 

そうして、残されるのはDクラスだ。気付けばAクラス、Bクラス、Cクラスの全員からの視線で追い詰められている。

厳しい状況に何とか説得の為に時間を延ばそうと再交渉を求める平田だったが、途中に鳴り出したスマホに撫子が「失礼します」と詫びてから出ると、状況が変わる。

 

 

『―――』

 

「もしもし、西園寺です」

 

『―、――!』

 

「…はい、はい、その通りです。ええ、ありがとうございます。―――じゃあ代わりますので、お伝えをお願いできますか?…平田君、お待たせしました」

 

「…え?と、僕かい?」

 

 

スピーカーにしますね、と机に置かれたスマホに応えると、向こう側から上機嫌な笑い声と共に()()()()()()からの声が響く。

 

 

「…もしもし?」

 

『やあ!スクールメイト諸君、庶民の君たちにはゴージャスな船上ライフをエンジョイしているかい?』

 

「高円寺君…?君が一体どうして…」

 

 

応えたのはクラス一の問題児にして自由人、高円寺六助だった。この場に居ないにも関わらず、クラスの意思統一に最も問題となる彼が何故Aクラスの撫子と電話をしているのか。疑問を挟む間もなく、平田は上機嫌に、そして一方的に用件を伝えられた。

 

 

『勿論、用事あっての事さ。―――私はAクラスの作戦に同意する。それを伝えたくてね』

 

「なっ…!」「えぇ…?」

 

 

思わず声を漏らしたのは堀北と櫛田の二人だ。確かに彼女らからしても、()()高円寺が自分を縛る、それも他クラスからの要請に真っ先に同意するなんて想像も出来なかった。声は挙げなかったものの、他のクラスも彼の言動を知っている者は大小あれど反応をするほど、不自然な動きだ。

 

 

「そんな…一体、どうして…?」

 

『ハハッなに、私は醜いものは大嫌いだが、義理と道理、そして()()を持つ者に応えるのは(やぶさ)かではないという事さ。では、この後マッサージの時間が迫っているのでね、アデュー』

 

「あ、待っ―――」

 

 

平田の制止も虚しく、ブツリ、通話の切れる音と共にツー、ツーと連続音を流すスマホに言葉を失う一同にパン、と再び掌を合わせて注目を合わせる撫子。

 

 

「…一体、どうやって…」

 

()()()には予めお願いをさせて頂いておりました。…では、平田君―――」

 

「………(動きが…早すぎる…!)」

 

 

先ほどよりも驚愕や畏怖の籠った視線を集めた彼女は平田らDクラスの前に立つと、再び当初の要求(きょうはく)を繰り返すのだった。

 

 

「―――私の作戦に、ご協力して頂けますね?」

 

「………分かった」

 

 

(こいねが)うようにしているのは撫子だけだ。

容赦なく視線を向けるAクラスや、今や咎める様にこちらを見据えるBクラス。逆に拒否してくれとばかりに嘲笑うCクラスを前に、平田には、そしてDクラスには是以外に返す言葉はなく項垂れる様に協力に同意するのだった。

 

 

こうして、船上試験の行く末を決めるその会議は、Aクラスの目論見通りの決着を迎えた。

 

 

――――――――――――

 

―――〇―――

Side.撫子

 

 

「ふぁ…、ん、失礼しました…!」

 

「いいや、気にするな。………」

 

 

先ほどまで話していたホールには、私、葛城君の2人だけが残って明日使う各クラス用の予定の契約書類を用意していました。夜も更けて、小一時間もすれば日を跨いでしまう程。

思わず噛み殺した欠伸にも、近くの机で作業をしている葛城君に気付かれ赤面してしまいました。

 

今回の作戦、当初の作戦を相談した際には有栖からは絶賛を。葛城君からはやや反対の意見を頂きました。…葛城君には内緒で()()()()()も話すと、有栖は大絶賛して下さいました。…葛城君も納得してくれると良いのですが。

…彼から刺された()。その楔は、早々に抜かねばクラス(こちら)のモチベーションに響くのですから。

 

 

―――クラス対抗戦、その戦いは未だ1年の半ばで、これから更に2年以上も他クラスと協力やお付き合いは必要なのです。圧勝して他のクラスに復帰の目が無ければともかく、三クラス同盟対Aクラスでは厳しい。ここは、序盤のアドバンテージを維持したまま拾えるものを拾っておきましょう♪

 

 

「…なあ、西園寺、聞いても良いだろうか?」

 

「?どうされましたか?葛城君」

 

「今回の作戦、改めて聞くが…こちらのクラスが結果③でポイントを得る。その選択を選ぶことは出来ないのか?」

 

「………それは(葛城君…)」

 

「…いや、分かってはいるんだ。…いるんだがな…」

 

 

俯いて腕を組んだ葛城君は、重い、重いため息を吐いてポツリ、ポツリとその意図を話して下さる。…やはり彼は苦労人の様で、慕ってくれる方々からも不満や不安の声が届いているようです。彼の大きな体躯が、今は少しだけ小さく見える。私も書類に向き合っていた身を彼に向けて、出来るだけ彼に寄り添うように言葉を重ねる。

 

 

「葛城君の事を、皆様信じているからですよ♪」

 

「…しかし俺では―――」

 

「葛城君には皆様が慕ってついて来てくれていますよ♪」

 

「…そうだろうか―――」

 

「そうですよ、一緒に頑張りましょう♪」

 

「…ありがとう―――」

 

 

暫くそうしていると、顔を上げてこちらを見据える葛城君の瞳には、先ほどまでの陰は見えません。…これで明日もきっと、彼は、彼らは。そして私達Aクラスは大丈夫でしょう。

お互いに笑顔を浮かべて頷くと、私たちは明日使う書類を完成させるべく手を動かすのでした。

 

 

※この後めちゃめちゃ夜なべして書類を完成させました。

 

―――――――――

※書類作成中

 

 

「所で西園寺、契約書のこの部分なのだが…」

 

「え?あっ…そこは…その…」

 

「何故空欄なのだ?」

 

「…えっと、その………」

 

「………?金額は決まっているのではなかったか?」

 

「………その、少しだけ…」

 

「………少しだけ?」

 

「…あの…安くならないかなって…」

 

「………安く」

 

「………はい」

 

「………(Cクラス…龍園か)」ギリッ…

 

「………(帆波が…耳元で…)」シュン…

 

「………そうか。坂柳は知っている事なのか?」

 

「………はい、事後承認になってしまい、申し訳ございません…」

 

「………(俺のせいか…すまん、西園寺)」ガーン…

 

「………(か、葛城君…怒って…ます、よね…?)」ガーン…

 

 

―――――――――

※部屋の外

 

「………なによ」

 

「………いーや、何でも?」

 

「………ふん」

 

「………」

 




読了ありがとうございました。
今回も次回への引きになる回でしたが、皆様予想を立ててお待ちください。
感想、高評価ありがとうございます。
アンケートの回答も感謝です。

もっともっと続きを書きたいですが、時間に追われている昨今です。
もう少し気長にお待ちください。

それでは、次回もお楽しみに!


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④:未来の大金より目先の小銭。

お待たせしました!

アンケート結果からとりあえず彼目線で進めていきますが継続していますので、
みたいキャラクターを選んで頂ければ幸いです。

それでは、どうぞどうぞ…。



―――〇―――

Side.綾小路

 

 

『…もしもし』

 

「やっと出たか、堀北…その声色じゃ、もう絡まれた後か?」

 

『えぇ、そうね。ほんの少しだけ、櫛田さんや平田君に同情するわ』

 

「………だろうな」

 

 

1回目の通話から都合4回目、堀北が電話に出たがその声は疲れを感じさせるものだった。

それもその筈、池たちの話はクラスを問わずに大勢の生徒達が噂していた。結果、各クラスの生徒達は各々が()()()()へと意見や相談を求めに殺到したのだろう。

 

その後、電話に出れなかった理由を聞くと堀北たちがAクラスの西園寺に呼ばれていたらしい。詳しい話をしたいと言われ、同意を返すと場所を告げられ、電話を切る。

 

 

「…すまん、待たせた。これから少し堀北と話してくる」

 

「今から?堀北さんもタフだねえ~私はもう、ふわぁ…」

 

「………」コックリ、コックリ

 

「もういい時間だからな、俺も少し眠い」

 

 

打ち上げ会からの流れで、解散するタイミングを逃した面子はもう眠そうにしている。波瑠加は欠伸を、愛理は船を漕いでいて、明人も辛そうだ。俺は皆に明日、話そうと告げて向かおうとすると啓誠が同席を求めた。

元よりAクラスへの意欲が強い啓誠だ。堀北()に確認したらと念押しをして、一緒に指定された船上のテラス席に向かう。

 

ついた先に居たのは呼び出した堀北、一緒に西園寺の話を聞いたという櫛田、平田。そして平田についてきたのだろう彼女の軽井沢だ。啓誠の同席を求めると少しだけ逡巡したようだが堀北から「構わないわ」と言われ、少しだけ堀北の成長を感じた。

…平田、櫛田が安堵の息を吐いたのは気のせいだと思う事にしよう。うん。

 

 

「それで、夜も遅い。早速本題に入ろう。どんな内容の話し合いだったんだ?」

 

「…それは」「………」

 

「あれは話し合い、では無かったわね。よく言って脅迫、かしら」

 

「…脅迫?」

 

「………」

 

 

険のある言葉に眉を顰める面々と、「え?どゆこと?ポイントを貰える話し合いをしてたんじゃないの?平田君?」と無邪気に話し出す軽井沢。

しかし、内容を記したホワイトボードの写真を送られ確認するとその意味が分かる。

確かに、数十万のポイントが全てのクラスに配布されるだろう。しかしAクラスが得るポイントには及ばない。彼らは他クラス3つの得る金額よりも多くを得ようとしているのだ。

 

 

「馬鹿な…!こんな条件を呑めるはずがないだろう!」

 

「そうだよ!これ、めっちゃこっちが不利じゃん!半分もAクラスに上げるの!?」

 

「………」

 

 

それについても平田達からは最初はそう言った条件も無かったことや、当初の要求をBクラスと一緒に断った結果であることを伝える。すると啓誠は矛を収めて考え込むようになり、軽井沢は「最初から同意しておけばよかったじゃん…」と不満を表していた。

 

 

「ん、ごめんね軽井沢さん…」

 

「いや、平田は悪くない。俺がそこに居ても同じことを言った筈だ」

 

「幸村君?」

 

「え~…でもさぁ」

 

「それに、Bクラスも断ったんだろう?この提案は4クラスが同意が絶対条件だ。断るクラス1つでもある以上、結果は変わらなかった可能性が高い」

 

 

目を瞬かせる櫛田に平田。表情に出さないが堀北も少し驚いた様子で啓誠を見ていた。入学当初では信じられない言動だが、啓誠も学校生活や無人島試験を通して成長をしているのだろう。

 

 

「…堀北、聞きたいことがある」

 

「…ようやく口を開くのね。なにかしら?」

 

「BクラスとCクラスは、西園寺に何か聞いていなかったか?」

 

「え?」

 

「何でもいい。メモを渡したとか、後で話をしようとかそういう約束を交わした様子はなかったか?」

 

「あ…」

 

 

それに思い出したように堀北は龍園や一之瀬が話していたと答えた。内容までは聞き取れなかったらしいが、恐らく()()()()()()だろう。

 

 

「綾…清隆、何か気がついたのか?」

 

「恐らくだが、両クラスはAクラスに契約を持ちかけたんだと思う」

 

「契約?」

 

 

例えば、支払う金額の減額。例えば、支払いの納期の延長や分割払いなど。それを伝えると堀北は悔しそうな表情で掌を握りしめている。

 

 

「…迂闊だったわ。確認すべきだった」

 

「いや、堀北さんだけのせいじゃない。気付かなかったのは僕たちも一緒だ」

 

「…っうん、そうだよ」

 

「だがどうする?今から言って減額してくれるのか?」

 

「でもでも、半額は多いって!」

 

 

そう言って暗い面持ちになる堀北たちだが、恐らく平気だと伝えると再びこちらに皆の目が向く。

 

 

「綾小路君どういうことだい?」

 

「今回の一件、正直なところ西園寺らしくない」

 

「西園寺さん…」「らしくない?」

 

 

あまり彼女と面識がない啓誠と軽井沢は首を傾げるが、友人だったり人伝に聞きいている平田や櫛田は「確かに…」という様に考え込んでいる。

順を追って、その説明をしていく。

 

 

「まず一つ。今回のAクラスの作戦は何だ?」

 

「それは…結果①にして全クラスがポイントを得られるようにすることだろ?」

 

「他にも、クラスポイントを変動させない。Aクラスの地位を守る為でもあるわ」

 

「そうだ。次に、Aクラスが起こした行動は?」

 

「行動?…僕たちを呼んで作戦に協力させようとしていた…かな?」

 

「あとはAクラスの皆が先生たちに色々な事を聞いていたよね?」

 

「説明を聞いていた平田達は知らないだろうが、船の中では噂が広められていた」

 

「そうそう!みんな数十万ポイント貰える作戦だって!」

 

 

時系列を追って行くと、Aクラスは教師達に色々と質問をして、法則を見抜いた。

次に各クラスのリーダーたちに作戦への協力を要請した。

そして、(恐らく)Aクラス発信でポイントが貰えるとの噂話が船内に広がっていたのだ。

 

 

「平田達はさっきまでクラスの連中からポイントが貰えるかどうかの質問攻めにあってたんだろ?」

 

「うん、そうだね」「あはは…まあ、ね」

 

「つまり、俺達は()()()()()()()()()()()()もあって、この作戦に乗らないという選択肢がない状況だ」

 

「………っそういうことか」「あ………!」

 

 

ハッとする啓誠や軽井沢に俺は続ける。

 

 

「俺の主観で言うが、西園寺はあまり敵を作ったり好戦的な性格じゃないと思う」

 

「…そう、だと思う」「えぇ」

 

「元々の西園寺の作戦は全クラス結果①にする、これで十分な筈だった」

 

 

だが、違った。Bクラスと俺達が断ったから?いいや、それなら保険をかければいい。現に俺達はクラスメイトにせっつかれて半ば結果①で行く他ない状況。保険はかかっている。

その上でポイントの半分をAクラスに渡すなんて、西園寺の作戦とは思えない。なら、他の()()の意図を酌んでの作戦の筈だ。

 

櫛田曰く、俺達よりも西園寺を知る生徒が居るBクラスとCクラス。その2つのクラスが、即決出来た理由は?

なにか融通を利かせたのではないか?それが決め手になったのだと思う。そう伝えると、平田や櫛田が理解をしたように明るい顔になるが、堀北は未だ考え込んでいる様子だ。

 

 

「………成る程、凄く納得できる理由だよ!綾小路君」

 

「でも、あくまで貴方の予想に過ぎないわ。なにか確証はあるの?」

 

「簡単だ。何故、高円寺が素直に契約に同意したんだ?」

 

「…え?」

 

 

この試験、日に2回。完全休が1日あるとしても明日から3日間計6回は集まって話し合いとやらをしなければならない。そんな事、あの自由人が素直に頷く筈ない。正解不正解を問わずとっとと指名して試験を終わらせるだろう。

 

 

「た、たしかに…」「ありえるね…」

 

「………」

 

「…なにかAクラスから、高円寺に便宜を図ったということか?」

 

「逆に言うが、アイツが無条件にそんな面倒な事に同意すると思うか?クラスよりも自分が貰えるポイントを欲しがりそうなやつNo1だぞ」

 

「言えてる~」

 

 

単純に、指名をすれば50万PPだ。それは今回の作戦の25万PPの倍。クラスポイントが増えれば、その分支給額も増える。高円寺が試験を面倒に感じたなら、やらない理由がない。

 

 

「そういえば、平田君。高円寺君が言っていたわよね?義理と道理と」

 

「あ、…あぁ、()()を持った相手ならって…!」

 

「恐らくその時にはもう、Aクラスは高円寺に接触していたのだろうな」

 

「…動き出しが早すぎる」

 

 

啓誠は眼鏡を直しながらも、その指は震えている。その点は俺も内心驚いている。恐らくAクラス…西園寺は結果①を得る為に他のクラスの説得と噂の流布、同時に障害となる高円寺の説得を並行して行っていたのだろう。恐らく、安くはないポイントを放出している筈だ。

 

少し重い雰囲気になったが、沈黙の中に「ふわぁ~」と軽井沢の欠伸の声に少しだけ気が抜けた。チラリと時計を見るともう深夜と言っても良い時間だ。

明日も朝一に改めて相談する約束をして、解散となった。

 

 

「じゃあ明日の7時にまた」

 

「うん、皆お休みなさいっ!」

 

「ええ、お疲れ様ね。…やっぱり、あなたに相談して良かった」

 

「俺はお前達と違って話し合いには出ていない。そういう奴の方が、客観的に意見を言えた。それだけだ」

 

「え~でも、綾小路君けっこうスゴイよ!こう、どんどん意見出してて!普段とキャラ違いすぎ~」

 

「確かにな…」

 

「…次から俺は不参加で頼む」

 

「「「あはははは」」」

 

 

重苦しい始まりだった集まりだったが、最後にオチがついた。各々の笑い声を節目に、俺達は明日の為に船内の自室に戻るのだった。

 

 

・◇・

 

 

次の日の朝、けたたましいアラームにたたき起こされ、顔を洗って眠気を払うと啓誠と一緒にモーニングをやっているカフェ、待ち合わせの場所に向かう。

既に昨日のメンバー(マイナス軽井沢)は揃っており、コーヒーや軽食を置いてある。俺達もコーヒーをカウンターで注文し席に合流する。

 

 

「おはようっ、綾小路君、幸村君」

 

「おはよう、二人とも」

 

「…あぁ、おはよう。待たせたか?」

 

「おはよう、早いな」

 

「…おはよう、まだ時間前よ。それにあまり眠れなくてね」

 

 

そういう堀北は少し眠そうだが、コーヒーを煽って「昨日の件だけど…」と切り出した。

 

 

「現時点ではクラスで1075万PPがAクラスに流れる。…これを減額する方向で、交渉しようと思うのだけれど、あなたたちの意見はどうかしら」

 

「…うん、僕も賛成だ」

 

「私も良いと思うよ」

 

「そうだな、分割や遅らせても、Dクラスの奴らだと使い込んで払いきれるとは思えない奴がいるしな」

 

「うっ…」

 

「………」

 

 

堀北の意見には俺も含め全員が同意する。後はそれをいくらにするか、だ。

 

 

「―――私としては、出来れば半額。500万ぐらいまで減らせれば最上だと思ってるわ」

 

「半額…!」

 

「という事は、妥協するのも止む無し。…そういう事か」

 

「ええ。800万から900万…そうなっても認める他ないと思う」

 

「そうだね…うん、良いと思うよ」

 

 

仮に、1075万を500万に減額できれば残るのは1650万、クラス一人当たり40万あまり。これはかなりの譲歩になる。

もし800万や900万だったとしても得られる金額は大金だ。残せれば残せるほど。そう、多いに越したことはない。

昨日、堀北に送ったメールを随分と()()にして貰えたようだ。不安げに見て来る堀北にこちらも頷き返す。

()()()()、こちらを見ている相手にも分かるように。

 

 

「あとは、これをいつ伝えるか…なんだけど」

 

「…あまり時間は残されていないな」

 

「あ!それじゃあ私から撫…西園寺さんに連絡入れようか?」

 

「お願いできるかな?櫛田さん」

 

「任せてっ!」

 

 

そういってスマホを取り出す櫛田を皮切りに、コーヒーの御代わりを取ってくる平田、不安げに貧乏ゆすりをしている啓誠。腕を組んで目を瞑っている堀北。

すると連絡が付いたのか、櫛田が「時間を作ってくれるって!」と告げるとみんなの雰囲気が明るくなる。

 

 

「本当かい!櫛田さん」

 

「うん、西園寺さんも起きてたみたいで。私これから会って来るね!」

 

「え?今からかい?それなら僕らも―――」

 

「ううん、大丈夫!連絡するから待っててね!」

 

「あ、あぁ…」

 

「頼んだ」

 

 

そういうと、パタパタとコーヒーを片付けてその場を去る櫛田。それを皆でポカーンとしながら見送る。咳払いをした堀北が空気を引き締めるも、俺達は空返事を返すしかない。

 

 

「みんな~お待たせ~!」

 

「おかえり、櫛田…さ…ん」

 

 

―――そうして待っていると、櫛田が戻ってきた。

 

 

「き、桔梗?私もお邪魔して本当によろしかったのですか?」

 

「うん!平気だよ~あ、撫子ちゃん何飲む?」

 

「え?ええと…」

 

 

何故か、西園寺本人を連れて。…どうしてそうなった?

 

 

――――――――――――

※撫子の自室にて

 

 

「―――――」

 

「あ、撫子。ごめんごめん朝から…って、またそんな恰好で…もう、…え?私だから?…仕方ないなあ、撫子は…」

 

「――、―――」

 

「昨日の件なんだけど、お願いいい?」

 

「――?、―――、―――――」

 

「ちょっとで良いから支払う金額を減額して欲しくって…そのお願いに来たんだけど…」

 

「―――」

 

「ダメ…かな…?」

 

「――――、―――」

 

「ホント!?良いの!?…やったぁ!ありがとう!!」

 

「――♪、―――!」

 

「それじゃあ一緒に朝ごはん食べに行こっ♪」

 

「―?―――」

 

「大丈夫大丈夫、私に任せてっ!…あ、でも驚かせたいから、お願いがあるんだけど…」

 

「――――――?」

 

 

―――私が"お願い"って言うまで、この件はナイショにして欲しいんだっ♪

 

 

 




読了ありがとうございました!
次回は契約締結…まで行けるといいなあと思います。

番外編もちょこちょこ書いてるのと、GWはマジで忙しいので更新は明けてからになるかもしれません。
またこういうのをって言うのがあればお待ちしております。

それではまた次回、お楽しみに。


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⑤:茶番と本番。…○○番?

お待たせいたしました。GWも後一日。

前回の続きから、また綾小路君視点で進めて参ります。
ちょっと説明会が長いですが、次からはもっと会話パートが増えるかと。

お楽しみ下さい、どうぞどうぞ。


Side.綾小路

 

俺は、俺達は何を見せられているんだろうか…。

 

 

「撫子ちゃん~ねっ?ねっ?つんっつんっ!」

 

「あぅ…桔梗、あまり皆様の前で…ん、こらっ」

 

「えいっ♪、えいっ♪」

 

「…………」

 

「………っ」

 

 

猫撫で声の大天使櫛田エルが、Aクラスの大和撫子、西園寺と同じ椅子に座り、抱き着いて、…こう、なんだろう。キャットファイトで良いんだろうか。…濃厚に絡み合っている。

目の前の光景に、目を離せない。普段なら咎める様な堀北や啓誠、仲裁する平田もゴクリと音を立て、生唾を呑んでいるようだ。

 

 

「…あむっ」

 

「にゃ、ちょっと、…っ、皆様の前ですよ…桔梗っ」

 

「え~、でもでも、撫子ちゃんが良いよって言ってくれたら、止めてあげるっ♪」

 

「で、でもそれはっゃっ………うぅ…!」

 

「それは~?」

 

「…………」

 

「…………」ダラダラ…

 

 

二人の絡みはドンドン過激になり、西園寺の表情も熱が籠り、めちゃめちゃ色っぽい。

…静かだと思ったら啓誠、鼻血出てるぞ。止めろ。卓上のペーパータオルを掴み取って渡すと、「あ、あぁ…」と空返事をしてくる。本格的に機能不全(ダメ)みたいだ。

 

 

「あっもしかして撫子…続けて欲しいのかにゃ~?」

 

「なっ…そんなこと、ある訳…ひゃんっ」

 

「はむはむはむっ…♪」

 

「やっ…甘噛みっしないでぇ…。っ!?み、皆様…みな…やぁ…っ…!」

 

「………」

 

「………」

 

「………(どうしてこうなった)」

 

ニャーニャー! ニャァー♪

 

 

ボルテージを上げていく光景から現実逃避をして、俺は少し前に意識を向けるのだった。

…おい堀北、スマホを向けるのは止めろ。それはシャレにならない。西園寺が涙目だぞ。…後で俺にも送れ。

 

 

・◇・

 

 

櫛田が西園寺を連れてきたのは、出て行ってから10分ほどしてからだろうか。困り顔の西園寺の腕を引いて朝食まで選び、遠慮がちな西園寺を席に座らせた。

オロオロした西園寺と、その横に満面の笑みで座る櫛田の姿に、あの堀北すら無言を貫いていた。

選んだ軽食をフォークで口に運び(あーんして)、恥ずかしそうな西園寺に食べさせること数分。チラッと見た時間的にあまり余裕はないが、渦中の人物がここに居るなら遅刻による契約不履行にはならないだろう。

 

その後、本題とばかりに櫛田が「皆を説得する為にも減額が出来ないかな?」「今後、協力する事があれば皆に全力を尽くす様に促すよ」等等、割と感情論よりも実利を仄めかす説得をしていて感心するも、相手はAクラスきっての大和撫子(リーダー格)

 

誠心誠意という態度を崩さずにあくまでAクラスの、今試験のリーダーとして「自分の一存では…」と申し訳無さそうな顔で首を横にふる。

(そりゃそうだろうな…)、と俺と啓誠が思い、(もしかしたら…)と平田も内心でため息をつく。

…すると、唐突に櫛田が「にゃー!」と叫ぶと西園寺に襲い?かかった。

 

一時、堀北が暴力行為だと咎めるも「スキンシップだよ!」とカウンターを受け、沈黙。周囲の生徒や店の店員もなんだなんだと見ていたが、美少女二人のじゃれ合いと思ったのかそれまで大事にはなっていない。

…いや、ガン見してる奴らもいるか。そこそこ大事だな、これ。

 

 

「ほれほれ〜良いって言わないともっとくすぐっちゃうぞ〜」

 

「で、でも…桔梗…コレは試験で、私達は競い合う別のクラスなんですよ…?」

 

「むぅ…それなら、私達がAクラスと積極的に戦うのはBクラスに上がってからとかならどう?」

 

「え…?」「なっ…!」

 

「………(悪くないな)」

 

 

意外と悪くない提案だ。素晴らしいのは()()()という予防線をしっかりと張っている点だ。今回のような乱戦ならAとは直接やらない、だが直接対決ならいくらでも言い訳は立つ。

 

思わず腰を上げかけた啓誠に目で咎め、趨勢を見守ることにする。

 

空手形で実利を得られるなら、あとは櫛田の持つ他クラスへの関係値(コミュニケーション能力)次第だ。

案の定、西園寺も先程と違い吟味しているように見え「あんっ…!」る。…櫛田、今はやめてくれ。というか胸を揉むのは健全な男子がいる前では止めてくれ。

 

 

「ね?撫子ちゃん、()()()っ!…ダメ、かな?」

 

「……!…わ、分かりました。分かりましたから…!もう………桔梗……悪乗りが過ぎるのでは…?

 

「ほんとっ!?ありがとう~撫子ちゃん、だ~い好き~♪」

 

にゃっ…!もぅ……

 

「…マジか」

 

 

まさかの櫛田の粘り勝ちだった。満面の笑みで西園寺に抱き着き、西園寺もそんな櫛田の頭を苦笑交じりに撫でている。なんていうか、睦まじさというか、親愛を感じる…そんな一幕だ。

―――ゴホン、堀北の表情がヤバいから話を本筋に戻すか。

 

 

その後、撫子は金額についてはこの後の集まりで話を進めた後、時間を取ることを約束。…堀北の差し出したスマホのボイスレコーダーにも嫌な顔一つせずに応えてくれた。

…順調だ。………なにか、予定調和のように感じるのは俺の気にしすぎなのだろうか。…いや、そうだったとしても()()()()()。少なくとも、櫛田がDクラスで居る限りは、その恩恵は俺達Dクラスも受ける。…そう、問題はない。

 

 

―――〇―――

Side.神崎

 

 

今、この一室に集まっているのは全クラスの中心メンバーたちだ。

Aクラスから西園寺と葛城、橋本、神室。

俺達、Bクラスからは俺と一之瀬、白波、柴田が。

Cクラスは龍園と石崎、山田アルベルト。

Dクラスは堀北、平田、櫛田、綾小路。…高円寺と、後は…確か、平田の彼女だったか。Dクラスが最も参加者が多いな。

 

20人が優に入れる一室だが、各々が牽制し合うように距離を取っている為あまり広くは感じない。時間は8時を少し回った程。ついさっき一斉にメール届き、各々のクラスに優待者の有無が通達された。

西園寺から「各クラスの全ての生徒にメールを送らない様にして欲しい」と頼まれた俺達は、各々が先ほどまでメールや電話を駆使して先走らない様にと連絡を繰り返していた。

 

最初にCクラスが。次に俺達Bクラスが連絡を終え、Dクラスが途中から高円寺がノックなしに入室すると行儀悪く席に着き、櫛田と綾小路がスマホを置いてようやく話を進められそうだ。

 

 

「ククク…やっとか。流石Dクラス、協調性のカケラもねえな」

 

「フッフッフ、そうとも、ドラゴンボーイ。私に協調性など必要ない。必要なのはこの私ただ一人で十分なのさ」

 

「……あ゛?そのふざけた呼び方は俺に言ってんのか?落ちこぼれクラスの裸の王様がよぉ…!」

 

「王様とは分かっているじゃないか、ドラゴンボーイ。ただ目は良くないらしい」

 

「―――」

 

 

急に殺伐とした雰囲気に、いつでも動けるように身構えると柴田も続いてくれる。一触即発となった空気を止めたのは、今回の話し合いの()()()だった。

 

 

「あの、龍園君、六輔君も、ご歓談中に申し訳ございません。…お時間もあります。他の方もお待ちなので、お話し進めてもよろしいでしょうか?」

 

 

…西園寺、凄いな。皆ポカンとしているぞ。…いや、高円寺はニヤニヤしてるな。

 

 

「勿論だとも、撫子嬢。また私に()()()な話を聞かせてくれたまえよ」

 

「………チッ、命拾いしたな。…西園寺、始めろ」

 

「はい。…それでは皆様、クラスの方々にご連絡ありがとうございました。どなたか、連絡がつかなかったり問題はございませんでしたか?」

 

「あぁ」「大丈夫」

 

「当然だな」「………」

 

「問題ないよ」「大丈夫!」「…あぁ、こっちも平気だ」

 

 

各々が頷きを返すと、西園寺は再び丁寧にお礼を言って契約書?を各クラスに配って回った。俺達は一之瀬に渡された契約書にそれぞれ目を向ける。

 

 

―――

 

Aクラス-Bクラス間 契約書①

 

1.本試験の終了アナウンスまで、優待者指名メールの送信を禁止とする。

2.試験終了後の午後9時30分以降にのみメールを送る事とし、自分自身以外によるスマホの操作・閲覧に同意するものとする。

3.スマホはロックを外した上で代表生徒に渡し、指定の部屋に保管するものとする。

4.本契約に同意する場合、以上の全ての項目に同意するものとする。

5.【1】【2】【3】【4】全てが満たされた場合、契約書②の条件を満たすものとする。

 

 

Aクラス代表生徒名:

Bクラス代表生徒名:

 

同意者記入欄・・・

 

―――

 

…割とガチガチに決められているんだな。スマホを取り上げれば、確かにメールを故意であれわざとであれ送信は出来ない。Aクラスの用心深さが伺えるな。一之瀬が俺達に読み終わったかと視線で聞いてくるので、頷くと契約書の2枚目をめくる。

 

―――

 

Aクラス-Bクラス間 契約書②

 

1.契約書①が満たされた場合、下記の何れかを結果に従い得るものとする。

 

Ⅰ-全てのグループが結果①となった場合。

■BクラスはAクラスへ、試験終了後に受け取ったPPの合計の内、      を、翌日までに代表生徒に振り込むものとする。

※Ⅰの振込金額が試験終了日午後9時30分までに決定しない場合、獲得の50%のPPを振り込むものとする。

 

Ⅱ-いずれかのグループが結果①でなかった場合。

■結果③を出したグループがA、またはBクラスの場合、相手クラスに結果①で得られたはずのPPの不足分を振り込むものとする。

■結果④を出したグループがA、またはBクラスの場合、相手クラスに結果①で得られたはずのPPの不足分を振り込むものとする。

 

2.本契約の合意は両クラスの担任の立ち合いの下に結ばれ、PPの不足分の支払い履行については生徒会役員、西園寺撫子監督の下に厳正に執り行うものとする。

 

―――

 

 

()()()()、支払うポイントについてはこれから応相談出来るようだ。この辺りは一之瀬と西園寺の日頃の縁によるところが大きいな。

 

俺達は契約書について問題ないことを小声で確認し合うと、西園寺に視線を向ける。他のクラスも回し読みが終わった様子を見て、西園寺は「この内容で問題ございませんか?」と声をかける。

 

俺達が頷き、Cクラス・Dクラス共に同意をすると西園寺が少し緊張したような、神妙な面持ちで姿勢を正し全員に告げる。

 

 

「では皆様、また()()()()()()()()()はこちらからご連絡致します。クラスの方々のサインと()()()()()()をお願い致します。…葛城君も、お願いします」

 

「…ああ、勿論だ。連絡しよう」

 

「…フン、いいだろう。…石崎」「はい、龍園さん!」

 

「うん、了解だにゃ、撫子♪」「………(やはり他のクラスも…)」

 

「じゃあ僕は―――」「うん、私は池君たちと―――」

 

 

そう言って室内は一気に騒がしくなる。だが、()()はここからだ。一刻も早く契約を終えて、支払いの金額交渉を始めなくては。撫子の発言から、他のクラスも金額の交渉をしているのは間違いない。

俺は一之瀬と目で頷き合い、早足でクラスメイト達の元へ向かうのだった。

 

 

―――〇―――

※数時間後、スマホの保管室にて

 

 

………ピッ…

 

 

 

……………ピッ、ピッ

 

 

 

 

…………………ピピッ

 

 

 

 

「………………………………………………成る程。そう言う事でしたか」

 




読了ありがとうございました。
最後のは、どういう事か分かった方、居ると嬉しいです。…露骨かな?
次回もお楽しみに!


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⑥:契約締結。

お待たせしました。
今回は長くなってしまいました。

数字は見にくいかもですが、リザルト最後に乗っけときました。
面倒だったらそこで把握して下さいませ。
アンケートも用意しています。

それでは、ご覧くださいませ。


Side.軽井沢

 

 

「こちらの要求は、この契約書にサインを頂くこと。…それを対価に、先の契約の減額に同意いたします」

 

「………拝見するわ」

 

 

そういって、堀北さんはAクラスの西園寺さんから渡された契約書?をじっと見てる。

 

…というか、やっぱ直に見ると西園寺さん、凄い美人だよね。まさに大和撫子!って感じだし、正確も良くて綺麗で、なんていうかズルい。

なによりその、胸!なに?メロン?スイカ!?…クラスの長谷部さんとか佐倉さんよりも大っきいよね…。馬鹿な男子共じゃないけど、その…凄い。

 

じ~っと胸を見ていると、ゆさっと揺れた。不思議に思い視線を上げると、西園寺さんと目が合う。

 

 

「…っ…!」

 

「………?……♪」

 

 

ドキリとすると、不思議そうな顔からニコリと笑い掛けられて更にドキドキする。…やばい、多分、顔真っ赤だ。女同士なのに…なんで…。

 

火照りを誤魔化す為にも、私はみんなに見えるように置かれた契約書?に視線を向けることにする。え〜と、なになに…?

 

1枚目は…あ、さっきのスマホを集めるのとサインすることについて。もうみんなのサインもあるし、スマホがないのも無人島で1週間過ごした後だし、今更ね。

2枚目が、えっと…うん。よくわからない。でも、平田くんに聞いた内容だと払う金額を減らしてもらうのと、裏切りメールをしたらすごいポイントを払わなきゃなんだよね。

…男子の一部は慌ててスマホを渡してたから、笑っちゃってたけど、改めて契約書を見ると…怖い。

 

それで、3枚目。手に持っている堀北さんの手元を覗き込むと、ソコにあった内容は初耳の内容だった。

 

 

ーーー

 

契約書③

 

1.DクラスはAクラスと直接対決する場合を除き、努力義務の範囲でAクラスに協力する。

2.1の履行の為、本契約に同意する旨の覚書をDクラス生徒の過半数分、用意するものとする。

3.この契約は契約締結時点の現Aクラスと現DクラスがCPで隣り合うまで継続されるものとする。

4.努力義務の有効な効果範囲について意見が分かれた場合、両クラス担任及び別クラスの教師1名の意見を仰ぐものとする。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

んん?ちょっとよく分からないけど、要するにAクラスと協力していくってこと?よく分かんない。Aクラスは敵だし、協力なんて出来る訳ないじゃん。

でも、クラスでも頭が良い堀北さんとか幸村君がスゴイ考えてるし、平田君と櫛田さんも小声でなんか話してるみたい。…綾小路?君は、ちょっと分かんない。てか、なんでここに居るんだろ。

 

そうして、サインに同意する事を決めた後にいよいよ金額の相談になったみたい。最初に堀北さんが提案した金額は500万PP。ご、ごひゃくまん…。え?え?そんなにAクラスにあげちゃうの?思わず声を出すと、平田君が声をかけてくれるけど思わず周りを見回してしまう。

 

………驚いているのは、私だけみたい。あんなに…こう、『打倒!Aクラス!!』みたいな堀北さん達も緊張交じりな顔つきで西園寺さんの返事を待ってる。

 

 

「………」

 

「………」

 

「………撫子ちゃん、どうかなっ?」

 

「…桔梗…そうですね…」

 

 

顎に手を置いて、こう、『考えるポーズ』をした西園寺さんにこっちも固唾を飲んで見守っていると、空気を変えたのは櫛田さん。西園寺さんの近くにいって後ろから肩に手を置いて、交渉?してる。頬を突いたり、後ろから恋人みたいに抱き着いたり。…え?もしかして櫛田さんって…。いやいや、考えすぎか。

でも、その後に西園寺さんから金額についての提案があった。えっと、協力に同意する人数に応じて?んん?どゆこと?…あ、今回は私だけじゃないみたい。平田君も詳しく内容を聞いてる。それに西園寺さんが分かりやすく(あんまり分かんないけど)書いてくれて、幸村君が確認してくれる。

 

 

「つまり、今の契約の…協力を約束するとサインした人数に応じて金額を減額するという事だ」

 

「契約の過半数は20名。…仮にクラス全員がサインしたら40名。一人につき10万PPという事は、最大で650万までは減額してくれる…そういうことかしら?」

 

「…もし全員サインをして下さるなら、お支払は500万PPでも良いですよ?」

 

「えっ!ほんと!?」 

 

「………!」

 

「………っ」

 

「………」

 

 

ならサインしなきゃ損じゃんっ!そう思ったのは私だけみたいで、他の人たちはなんか考えこんじゃってる。え?だめなの?平田君の手を引くと、全員が契約をする場合のリスクを説明してくれる。

えっと、なんでも全員がAクラスに協力をする事になると、それはそれでリスキー?なんだとか。…よく分かんないけど、ポイントが貰える方が大事なんじゃないの?

…もしも、最初の取り決め通りだと20人がサインして、200万減額。1050万PPが850万PPになる。それだと、えっとえ~っと?うんうん唸ってると、西園寺さんが分かりやすく書いてくれた一覧を見る。

 

★支払い一覧・・・1050万PPの減額についての早見表。

 

①サイン20人(基本)

・・・△200万PP=支払い850万PP

受け取り総額:1300万PP

→ 1人当たり約32万PP

 

②サイン30人(+10人)

・・・△300万PP=支払い750万PP

受け取り総額:1400万PP

→ 1人当たり約35万PP

 

③サイン40人(全員)

・・・△550万PP=支払い500万PP

受け取り総額:1650万PP

→ 1人当たり約41万PP

 

 

これだと分かりやすい。けど、やっぱりポイントは多い方が嬉しいけどなあ…。その後、堀北さんが小声で相談を終えると、西園寺さんと交渉を始めた。

 

 

「西園寺さん、金額の単価を上げて欲しいのだけれど」

 

「具体的には、どの位でしょうか?」

 

「一人につき15万PP。…現時点でこちらが20人のサインをした場合、300万PPを減額して欲しいの」

 

「…そうですね、3()0()()()()がサインをするのなら、認めます」

 

「30人?…450万PP、下げてくれるというの?」

 

「はい。…もしも20人が限界だというのなら、既定の減額に加え100万PPを追加してもよいですがサインをする生徒をこちらに選ばせて頂きたいです」

 

「…少し待って」

 

 

西園寺さんの頷きを見た後に、また小声で相談をする皆。…正直わたしにはちんぷんかんぷんだから西園寺さんの事とか、さっきから何も言わないでいる綾小路君を見ていると、二人は何故か目を合わせて…こう、目と目で通じ合ってるような感じになってる。…知り合いなのかな?

首を傾げていると、幸村君が「まとめるぞ?」と言って何かを書き出したみたいなので、慌ててそれに目を走らせる。

 

 

①サイン20人(基本) ・・・△200万PP=支払い850万PP 受け取り総額:1300万PP → 1人当たり約28万PP

①’対象生徒を選ばせれば、追加で△100万PP 受け取り総額:1400万PP → 1人当たり約35万PPに変化

 

②サイン30人(+10人)・・・△300万PP=支払い750万PP 受け取り総額:1400万PP → 1人当たり約35万PP

③サイン40人(全員) ・・・△550万PP=支払い500万PP 受け取り総額:1650万PP → 1人当たり約41万PP

 

※一人当たり15万PP減額

 

②サイン30人(+10人)・・・△450万PP=支払い600万PP 受け取り総額:1550万PP → 1人当たり約38万PP

③サイン40人(全員) ・・・△600万PP=支払い450万PP 受け取り総額:1700万PP → 1人当たり約42万PP

 

 

結論として、私たちは②の30人のサインする契約に同意することになったみたい。逆に書かない10人は、この場に居る人とか須藤君、あと小野寺さんとか能力高い人を外すことにするって堀北さんが言ってた。

…西園寺さんの目の前で言ってたから慌てたけど、別にあっちは当然ぐらいに考えてたのかも。全然気にしていなかったし、むしろ平田君とか櫛田さんの方が不安そうだった。

なんていうか、頭の良い人同士の交渉?みたいで凄かった。後は、契約をする間際になって綾小路君が契約について突っ込みをした。

 

 

「ちょっといいか。西園寺、契約の一つ目なんだが…気付いてるよな?」

 

「えっと、綾小路君…。…その……はい…」

 

「やっぱりか…」

 

 

二人以外、何のことか分かってなかったけど、ため息を吐いた綾小路君と、しゅんとしてしまった西園寺さんになにかあると思った堀北さんが質問する。

 

 

「どういうこと?」

 

「よく読め、堀北。…啓誠もだ」

 

「………なるほど、そういうことか…!」

 

「………っ!」

 

「え?え?」

 

 

ハッとした二人と、よく分かっていない私。綾小路君が指でなぞった部分を読み上げると、その部分の()について説明された。

 

 

「―――努力義務の範囲でAクラスに、協力する?え?なんかダメなの?問題ある?」

 

「…そうだな。このままだと俺達は特別試験だけじゃない。()()()()()()()()()でAクラスに協力することになる」

 

「えぇっ!そうなの!?」

 

「………」

 

 

元々、特別試験での協力となっていた条件が、いつの間にかいつでも協力に変わっていたらしい。綾小路君が「これ、西園寺の発案じゃないだろ」というとビクリと肩を(ついでに胸も)揺らした西園寺さんが「のー、こめんと、です…」と返した。…あ、図星なんだ。

なんだろう、ちょっと胸に刺さるものを感じた。…なんていうか、萌え?ってやつなのかな…。

 

 

「…とりあえず、特別試験の、という文章に変えさせて貰いたいんだが」

 

「ええと、…クラス単位で順位を競う学校行事、という文章ではダメでしょうか?」

 

「…(特別試験以外でも、なにかあるのか?)…50万PPの減額を追加して貰えるか?」

 

「………分かりました」

 

「よし。…堀北、後は良いか?」

 

「………ええ、任せて頂戴」

 

 

そうして最後に綾小路君の活躍で支払うポイントは予定よりもかなり減額したらしい。

…なんていうか綾小路君て、地味にスゴイのかな?…佐藤さんとか、松下さんにも聞いてみよっと。

 

 

―――◇―――

 

Side.撫子

 

Dクラスの方との契約が無事(?)完了して、次のクラスの方とも契約を結ぶ為の話し合いに向かいます。

…中々どうして、考えさせられる内容だけにどうやって有栖や葛城君たちに説明をしようかと、考えてしまいます。ええと、先に帆波達…ですよね。

私は用意した契約書の内容を頭に浮かべながら、待ち合わせの一室に向かうのでした。

 

 

・◇・

 

 

――――――――――――

交渉:Bクラスの場合

 

 

交渉に来たのは、帆波と隆二君の二人でした。

二人は要望を纏めた書類をこちらに見せて下さいました。…内容は当然、減額と方法について。

 

1つ目が金額は800万で良いものの、4回に分割して支払いたいというもの。もう一つは、支払いは翌々月からにして貰いたいというもの。

…たしか今のBクラスは977CP、一カ月に得るPPはクラスで約400万PPになる。

別に、一括で支払っても支給されるポイントで十分に賄える。決して大きい金額にはならないと思うのですが…。…なにか理由があるのでしょうか?

 

 

「…帆波、それに隆二君。()()()()()()()()()()はなんなのですか?」

 

「あはは…。あ~えっと…、やっぱり気になるよね」「………」

 

 

少し恥ずかしそうに頬を掻いている帆波でしたが、隆二君が応えてくれます。聞くと成る程、クラスの和を最優先とするBクラス()()()理由だと納得しました。

 

即ち、保険の為です。オフレコで、と念押しされて聞いた帆波の持つポイント。現時点で、260万を超えているとのことです。

これは1生徒としては破格の額ですが、Bクラスの共有資産として預かっているとの事。今回の報酬を一括ではなく分割支払いにすることで、260万+2150万−200万。そのポイントは2()0()0()0()()を優に超えます。

 

―――そして、この学校で()()()()()()()()()()()()()()()()というルールの最上位特典は2000万PP。

一つは、Aクラスへの移籍。2000万ものポイントを用いて、一人の生徒をAクラスに移す。この制度は今まで使われたことが無いと堀北会長から聞き及んでいます。でも、彼女が欲している特典は恐らくもう一つの…。

 

 

「2000万PPがあれば、一度だけ退()()()()()()()()()にできる…撫子は知っていたか?」

 

「はい。…生徒会の役員として、資料の上で確認しています」

 

「なら話は早い。…俺達のクラスは早急に2000万のポイントをストックしたい。理由は…」

 

「自分のクラスメイトを守る為、という事ですか…」

 

「………」

 

 

ついっ、と目を逸らす隆二君に思わず微笑むと、帆波もこちらを見て「にゃはは…」と笑いを漏らします。…?なにか後ろめたさの様な色を感じます。

しかし、それが理由なら得心が行きます。Aクラスへの支払いに800万PPを一括で支払うと、得られるPPは1350万PP。

手持の260万PPと合わせても400万PP足りません。でも、分割なら?一時的にしろ、2150万PPが入れば後は毎月の支払で2000万PP以上を保持する事が出来ます。

 

流石Bクラスと納得をしていると、帆波から不安げな声で「どうかな…?」と上目遣いされます。黙っていた私が不安を与えてしまってのでしょう。慌てて、内容に否が無いことを伝えます。

 

 

「あっ。…ええと、私としては構わないと思うのですが…「本当っ!?」っきゃっ帆波…!」

 

「…一之瀬、落ち着け…聞こえていないな

 

 

その後、「撫子~ありがと~!!」とぎゅうぎゅう抱きしめて来る帆波に目を回していると、数分後にようやく落ち着いた後に解放されます。

コホン、と空気を入れ替える為に咳ばらいをすると二人とも姿勢を正してくれました。…気を取り直して、こちらの気になる部分を確認しなくては。

 

 

「それで、帆波。そちらの要望については問題ないのですが、お聞かせ下さい」

 

「うん、なにかな?」

 

「支払いについて翌々月からというのは何か理由があるのですか?…試験の結果に伴うPPの支給はたしか、今月の試験後に直ぐ受け取れる筈ですが…」

 

「あ~…それは、えっと…」

 

「…?」

 

「…俺から話そう」

 

「えっ!?か、神崎君?べ、別に撫子に話さなくてもいいんじゃにゃいかにゃっ!?」

 

 

帆波は何故か噛んでいた。しかし、それは隆二君が見せてきた契約書の控えを見て納得をしてしまいます。

…無人島試験で、Cクラス龍園君との契約で得たクラスポイントや協力の対価で200万PPのやり取りがあった様子です。

 

 

「なるほど…そういう事でしたか」

 

「ああ。急な出費ではあったが、十分元が取れると思いクラスの総意で結んだ。…今回の試験は、渡りに船、という面もあったな」

 

「よく、分かりました…」

 

「撫子………」

 

 

少し考える。

現時点では、Dクラスよりも利益が出る条件を提示してくれている。分割であってもCPの状況や保有する総PPから貸し倒れのリスクは少ない筈。

()()()()()よりも高額なら、分割でも十分に採算は取れる筈。今日の夜に有栖に連絡しようと考えて、私は帆波達の提案に頷きます。

 

 

こうして、A-Bクラス間の契約は締結することとなったのです。

 

――――――――――――

 

Aクラス-Bクラス間 契約書

 

―――Aクラス-Bクラス間 契約書①―――

―――Aクラス-Bクラス間 契約書②―――

 

 

1.契約書①が満たされた場合、下記の何れかを結果に従い得るものとする。

 

Ⅰ-全てのグループが結果①となった場合。

■CクラスはAクラスへ、試験終了後に受け取ったPPの合計の内、8,000,000PPを代表生徒に振り込むものとする。

・・

・・・

追記1;契約後翌々月1日から分割で、毎月、2,000,000PPを振り込むものとする。

追記2:支払い期日に振り込みが為されない場合、遅延損害金として支払いの元金残額の10%を追加した金額を一括で請求できるものとする。

 

――――――――――――

 

こうして書類を完成させ、真嶋先生と星之宮先生に確認頂いて代表生徒の私と帆波がサインをする。

後は、Bクラスの生徒の方々にもサインを貰って完了だ。足を運んで頂いた2人にお礼を言うと、少しだけ緊張があった空気も柔らかいものとなり「完全休日の日に遊ばない?」と提案されました。

快諾をする私に、ぱあぁと花笑みを浮かべ、抱き着いてくる帆波とそれをみて笑みを浮かべている隆二君。

 

…まさか、あんな予想もしない提案をされるだなんて、この時の私は思いもしませんでした。

 

 

・◇・

 

 

「…一之瀬、良かったのか?()()()()()

 

「うんっまだ良いかな?…それに神崎君だって、誤魔化し方が自然でビックリしたよ」

 

「そうは見えなかったが…だがこれで、後は本命の契約を結ぶだけだな」

 

「そうなんだよね~あと、多分、龍園君も同じこと考えてるっぽいって星之宮先生が―――」

 

「そうか、だが―――」

 

 

――――――――――――

 

交渉:Cクラスの場合

 

先ほどのBクラスとの交渉とは違い、最も警戒すべきだと念押しをされた龍園君が相手です。

…最後まで同席しようと言っていた葛城君でしたが、やはり先の試験で根強い警戒を抱いてしまったのだと思います。

 

それはそれとして、彼の最初の一言は単純明快でした。

 

 

()()だ」

 

「………半分、ですか」

 

「あぁ」

 

「………」

 

「元々、契約を結んだ時点でお前らAクラスの勝ち戦。そこまで業突張(ごうつくば)ることはねえだろ」

 

 

そう言って足を組んだ龍園君を前に、私はかねてより考えていた提案を伝えます。

 

 

「即渡しのポイントは半分でも構わないと私は考えています。…ですが」

 

「フン…他の奴らの手前、そういう訳もいかねえと」

 

「はい…」

 

 

そういって「続けろ」と要望(はなし)を聞いてくれる龍園君に、ほっこりした気持ちを感じつつ(したた)めた用紙を彼に差し出す。それに目を通すと、少しだけ驚いたような色を見せつつも、眉間に皺を寄せる龍園君が「あ?」とポツリと零します。

 

 

「その………いかがでしょうか?」

 

「………随分、動きが()()()。原案はお前か?撫子」

 

「はい」

 

「………毎月の支払回数を減らせ、か」

 

 

そう、龍園君に対価として要求したのは無人島試験で彼らCクラスと結んだ契約―――毎月のPPの支払い。これの支払い回数を減らす様にと提案致しました。

現時点で、来月9月からですと31ヵ月支払う事になっておりますので、たたき台として12ヵ月の免除を提示。

 

龍園君に渡した用紙には暫定での支払い金額を記してあります。

 

 

1ヶ月 ・・・20,000PP×39人=780,000PP

12ヵ月 ・・・780,000PP×12ヵ月=9,360,000PP

31ヵ月 ・・・780,000PP×31ヵ月=24,180,000PP

ちなみに、今回免除する()()とは試験報酬合計の元金、2150万PPの半分。こちらの要求した1075万PP、()()()()()()()である約500万PPの事です。

 

500万PPと936万PP、ほぼ倍の開きがありますが受け取れるまで時間がかかるものより今すぐ受け取れるそれに価値があるのは当然…というのは葛城君の談でしたが…。…みるみる龍園君の目に怒気が籠っています。

 

 

「…()()()は葛城だろうな。500万のために900万減らせってか。ハッ!…随分とぼったくるじゃねえか」

 

「………あ、あくまでたたき台としての数字ですので、その…」

 

「チッ…なら7ヵ月分だ。…546万、十分だろ」

 

「ええと…少々お待ちを」

 

「………(最悪、10ヵ月。780万て所か…)」

 

 

スマホで先ほどのBクラスとDクラスの結果を含めて、()()()()()。…少しだけ、足りない…かな?払えない額じゃないのですが、出来ればこの契約での出費は控えたいです。

 

予備の用紙に要望を記して、龍園君にもう一度お願いをしてみます。

 

 

「あのっ…!7,5ヵ月分でどうでしょうか…?」

 

「………(…!)」

 

「………っ…」

 

「チッ………仕方ねえ、吞んでやるよ」

 

「っ!ありがとうございます!!」

 

 

仕方がないとため息交じりに「早く纏めろ」と話す龍園君に、条件を纏めたものを清書して、お互いに確かめます。

 

 

――――――――――――

 

Aクラス-Cクラス間 契約書

 

―――Aクラス-Cクラス間 契約書①―――

―――Aクラス-Cクラス間 契約書②―――

 

 

1.契約書①が満たされた場合、下記の何れかを結果に従い得るものとする。

 

Ⅰ-全てのグループが結果①となった場合。

■CクラスはAクラスへ、試験終了後に受け取ったPPの合計の内、5,375,000PPを、翌日までに代表生徒に振り込むものとする。

・・

・・・

――――――――――――

 

 

先日お渡しした契約書に減額した支払い金額や、更に支払い月を7.5ヵ月減額する内容を織り込んでまとめます。

「おい…端数ぐらい削れよ」「ダメですっ」「チッ…」と軽口を応酬しつつも確認して貰い、先生を呼んで無事に契約となりました。

 

その後、契約に来て下さった先生方にお礼を言い、席を立った龍園君にもお礼をするとジッとこちらを見ています。…??

二人だけとなった会議室で、暫し無言の時間が通り過ぎます。何も言わない彼に首を傾げて声をかけると、こちらに近づいてきます。

 

 

「…?龍園君…?どうかしましたか?」

 

「撫子。…この試験が終わった後、夏休み中で良い。時間を寄越せ」

 

「え?」

 

「今回の。…島での件も含めて報酬がてら、メシでも奢ってやるよ」

 

「あの…、そんな。報酬なんて―――きゃっ」

 

 

気になさらないで、…そう続けようとするとグイッと身を引かれて、龍園君に身体を預ける形になります。男性らしい固い胸板の感触や、予期せぬ接触に驚いて言葉を失っていると、真剣な表情の龍園君と目が合います。

 

 

「………嫌か?」

 

「…いえ、そんなことは決して…」

 

「決まりだ」

 

「はい…。……ぁ…?」

 

 

「また連絡する。…誰にも言うな」と言って、龍園君は私の身を解放してくれました。そうして後ろ姿を見送る私が我に返るのは、様子を見に来た真澄さんが肩を叩いてからになるのでした。

 

 

―――〇―――

Side.坂柳

 

 

 

 

『…有栖、ありがとうございます』

 

「ふふ…いいえ、とんでもありません。方々から譲歩を引き出した撫子さんのお手柄なのですから、お礼は不要です」

 

 

電話先の撫子さんから感謝を告げられる。こみ上げて来る歓喜と、直接(じか)ではない事を口惜しく思う。

 

…電話をされた内容は、いわゆる根回しというもの。予定外ではあるものの、許容内の一時的な出費について同意を得たいとの相談。多分、船に居る葛城君にはこれからか、既にも相談をする筈です。私も全く否はない…いえ、若干とはいえリスクを含むものではあるでしょうが、それも実力で無力化出来るだけの実力も能力も、私達Aクラスは持っている。なにも問題はないでしょう。

 

 

『では有栖、お身体にお気をつけて下さいね』

 

「えぇ。…撫子さん、お戻りになったら一緒にお食事でもいかがですか?」

 

『喜んで』

 

 

とても心地よい気分のまま電話を切ると、鼻歌でも歌ってしまいそうなまま昨日届いたメールを見て、直ぐに人気のレストランをチェックし始める。

真澄さんからのメールで届いた試験のルールと、橋本君のメールにあった状況。そして、撫子さんからの電話。その場に居なくとも、まるで手に取るように試験の流れが分かる。

 

私は胸の高鳴りを覚えたまま、撫子さんとのディナーに相応しいお店を探すのでした。

 

 

―――

 

件名:進捗報告

『姫さん、撫子ちゃんの作戦は昨日の添付したデータの通りだ。

今さっき、B,C,Dクラスの同意を得たから、これから俺達も含めて全クラスのスマホは預けることになる。

それまで連絡は誰も取れなくなるから、結果報告は4日後の夜以降に―――』

 

―――

 

 

「………ふふ、相変わらず、()()()()()好敵手(なでこ)さん♪」

 

 

 

――――――――――――

■リザルト

 

 

Aクラス

 +2100万PP

 Bクラスから分割で800万PP

 Cクラスから一括で537万5千PP

 Dクラスから一括で550万PP

 合計で3987万5千PP → ポイントは2100万PPはクラスメイト各自が保管、残りは西園寺が保有

 

 Cクラスへの支払いの免除7.5ヵ月分:585万PP分

 Dクラスから30人分の協力要員

 

Bクラス

 +2150万PP

 Aクラスへの支払い800万PP

 合計で1350万PP → ポイントは一之瀬が保有

 

Cクラス

 +2150万PP

 Aクラスへの支払い537万5千PP

 合計で1612万5千PP → ポイントは龍園が保有

 

 Aクラスからの支払いの免除7.5ヵ月分:585万PP分

 

Dクラス

 +2150万PP

 Aクラスへの支払い550万PP

 合計で1600万PP → ポイントはクラスメイトに均等に分配

 

 Aクラスへの協力要員30人分

 

 

 




読了ありがとうございました!
船上試験もあと少しで終わりです。

続いて、夏休み編に繋がっていきます。
アンケートで深掘りと言うか、ダイジェストにしないシーンを募集致します。
皆様のお声でやる気スイッチも入るので、是非とも奮ってご回答お願いします。

また高評価、ご感想いつもお世話になっております。
感想、あるとやる気メーター爆上がりするので、ぜひぜひお願いいたします!
それではまた次回、よろしくお願い致します!


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⑦:回答のない答え合わせ。

船上試験、最終回です。
次回からは船の上イベント~夏休みイベントで進行します。

アンケートは継続。
感想お待ちしております!!…お待ちしております!!


―――〇―――

Side.星之宮

 

 

この場に居るのは4クラスの担任教師。撫子ちゃんから上がった申請について、相談をする為に集まったんだけど、多分これはどのクラスも同意しちゃうんじゃないかな…。

 

 

「―――という訳で、Aクラスの西園寺からの申請。…十分許容できる内容ではあるので検討したいと思います」

 

 

そういって皆の端末に来ているメッセージに目をやると、そこに書いてあるのは“特別試験についてポイントを支払うことで開催の期間を短縮して欲しい”と―――まあそんな話だ。

実際、全クラスであの契約がされているからこれ以上の番狂わせは起きない。…それだったら、まあいいんじゃない?っていうのが個人的な意見だけど。…むむむ、周りも「良いかも…」って雰囲気になってるね!流石撫子ちゃん!

 

 

「具体的に、どのくらい短くするんです?」

 

「西園寺本人の希望としては、本日の9時30分に終えたいとの事です」

 

「本来、あと3日かかる試験を初日に終える訳ですか。…生徒達が同意しますかね?」

 

「そこは、午後の以降…2回目の話し合いの時に同意するかどうかを確認して対応しようかと」

 

「メールで…あぁ、そうか。生徒達は今、スマホを預けているのでしたね。」

 

「なら私は、回答できるように集計用紙の用意を―――」「私は―――」

 

 

そういって皆が撫子ちゃんの提案に沿う形で動き出す。かくいう私も、早速とばかりに明日からの()()を組むことにする。

準備が整うと、次の話し合いの部屋へと用意したそれを設置するのでした。

 

…ちょっと、佐枝ちゃん。何もしなかったのは悪かったけど、私が置いてくる分多くない?…あ、神崎君!一之瀬さ~ん、丁度い…ん゛ん、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけどっ!

 

―――ふふ、試験のアレコレも早く終わるし、今日もお酒飲めるわよ~♪

 

 

―――〇―――

Side.橋本

 

 

《船内の生徒の皆様にお知らせします。次回の話し合いにおいて、ある提案がされました。生徒の皆様は、話し合い終了までに賛成か反対の何れかの投票をお願いします。またこの結果については匿名性を―――》

 

 

繰り返し船内に流れるアナウンスを咀嚼して、目の前の彼女に目を向けると少し気恥ずかしそうに微笑まれた。

 

 

「この放送…撫子ちゃんが?」

 

「ええ。()()()()()()()()()…その提案です。最終日までまだ時間がありますし、折角なら…少しでも早く、皆様が夏休みを満喫できるようにと」

 

「そう…」

 

「へえ…優しいな」

 

 

そういってアイスコーヒーのストローでカラン、と氷を弄ぶ撫子ちゃん。だが、表情から陰というか、後ろめたさの様な気配を感じる。神室も同じなのか、いつもよりも撫子ちゃんの顔をじっと見ているように感じた。

 

「それで…本当は?」と声を潜めて聞くとスッ、と顔を逸らされる。やっぱり何かある。そう感じて、「内緒で教えてくれよ」と続けて、反応を待つ。

 

 

「………っその…」

 

「………」

 

「………」

 

「………?」

 

「………撫子?」

 

「………実は―――「おい!西園寺!!」」

 

 

何か続けようとしたその間際、カフェに相応しくない奴が怒鳴り込んできた。…チッ、本当、邪魔な奴だな。

 

 

「戸塚君?」

 

「はぁ…葛城はなにしてんのかね?」

 

「同感…」

 

 

顔を真っ赤にして俺達の居る席に来た戸塚に、思わずため息が出る。この点については、神室も同意見みたいだ。その様子に更にヒートアップしている戸塚に、周りも迷惑そうにしてる。

 

 

「っ!お前らに用は無いんだよ!―――おい西園寺、なんだよ!他のクラスから貰えるポイントは1000万じゃなかったのか!?」

 

「それは…葛城君には説明しましたが、契約を締結する為に必要な譲歩でした。それを越えての締め付けは、他の方々の反感を受ける可能性があります…ですので、」

 

「だからって!なんでDクラスが500万なんだよ!!あんな、不良品クラスの、不良品共なんかに…!!」

 

「っ―――」

 

 

そこまで言った時点で、周囲のAクラス以外の連中はざわついている。…ダメだなコイツ。早く、何とかしないと。

てか神室。デジカメで動画で撮るのは賛成なんだが、もうゴミを見るような目で戸塚(アレ)を見てんな。…てかそのデジカメ、島で使ってた奴か?

 

そういってニヤニヤしていると、ガタリと撫子ちゃんが席を立った。…思わぬ行動に、息を呑んでいると…なんと撫子ちゃんが、毅然とした態度で反論を始めたのだ。

 

 

「Dクラスの皆様は不良品ではありませんっ…!」

 

「…!」「………な、撫子?」

 

「…最初の期末試験、その後のクラスポイントの推移も。先の無人島試験の結果も、そして、今回の試験で譲歩も。…全て、Dクラスの方々が力を尽くした成果です…!」

 

「な…っな、な…!」

 

「………」「………」

 

 

反論を予想もしていなかったのか、面食らったような戸塚はそのまま口をパクパクとさせるだけで何も声が出ていない。俺も、そして神室も、周囲の奴らもシン…としてしまっている。

―――今まで、西園寺撫子という生徒がここまで感情的になったのは初めてみた。それは俺だけじゃない、多分神室も、…もしかしたら姫様もそうだと思う。

 

 

「私達は確かにAクラス…最もクラスポイントを持つクラスであるのは事実です。…しかし、順位(それ)を笠に着て下位のクラスを馬鹿にして良い理由は何処にもありませんっ…!」

 

「う、うるさいっ!!…そうだ!どうせ、今回も他のクラスと一緒になって、Aクラスを裏切ってるんだろ!?この裏切り者が!!」

 

「………っ」

 

 

感情的って言ったが、傍から見たら冷静な態度だったから、ただ切れるようなものより、更に強い怒りを感じた。

正論で図星を突かれたのか、感情的な反論しか出来ない戸塚(バカ)はギャーギャー騒いでいたが、その罵声を止めたのは俺でも、西園寺でも、何ならAクラスの生徒でもなかった。

 

 

「よう、撫子。…ついさっきぶりだなあ。この放送は、お前が関係してんのか?」

 

「龍園君…?」

 

「な、なんだ…お前は「Cut it out!(黙れ)」――ひっ…!」

 

 

カフェに入ってきたのはCクラス。龍園翔とその側近、山田アルベルトだ。戸塚なんて目にも入れてないような態度の龍園に、噛みつくが、相手が悪すぎる。

身長差で見下ろされてビビった戸塚は、山田に一喝されて凍り付いている。…モロに外国人然とした凄みに、奴だけじゃなく周囲もビクリとしていた。…もちろん俺もだ。

 

 

「アルベルト、俺の分の飲み物を取ってこい」

 

「Yes,Boss !!」

 

「……ちゃっかり座ってるし

「……いや、静かになったから良いだろ

 

「さて、…で、目的は何なんだ?」

 

「え?え?あの、龍園君…?」

 

 

おろおろする撫子ちゃんに、「なあ良いだろう?俺とお前の仲じゃねえか」と情報を聞き出す龍園。…一連の流れは、明らかに撫子ちゃんを庇っての行動だとは思う。ついさっき、1回目の話し合いでもしきりに話しかけていたし今も一対一(サシ)での話を続けているしな。

 

途中、戸塚がぼそぼそと口を開くと「まだ居たのか?無人島試験の()()()()さんよぉ…?」と龍園に地雷を踏まれ、顔を真っ赤にして爆発しそうなタイミングで騒ぎを聞きつけた葛城派の連中に連れてかれた。…そいつらの目も戸塚を厄介者として見る目で、アイツももう長くないなと思っていると、ようやく店内に静けさが戻った。

 

 

その後、撫子ちゃんが各テーブルの生徒達に謝って逆に心配されて戸塚のヘイトが爆上がりしたり、

龍園がアナウンスの内容を聞いて、同意の条件として撫子ちゃんとディナーの約束を取り付けたり、

神室が目の前で龍園と食事なんてして平気か?と聞いて血の気が引いたり。ちょっと、…いやかなり疲れた昼の一幕だったな。

 

 

―――〇―――

※試験終了時刻 船上のカフェテラスにて

 

 

『以上を持って試験の全てを終了します。結果は下記の通り―――』

 

子,丑,寅,卯,辰,巳,午,未,申,酉,戌,亥、のグループにおいて、

試験終了後グループ全員の正解により結果1とする。

 

Aクラス・・・変動なし プラス2100万Pr

Bクラス・・・変動なし プラス2150万Pr

Cクラス・・・変動なし プラス2150万Pr

Dクラス・・・変動なし プラス2150万Pr

 

・・・

 

 

番狂わせはなく、船内の至る所で歓声が上がる。声が最も大きかったのはDクラス。最初の4月を除き、十万の位までPrが増えるのは初の事だ。中には涙を浮かべている生徒もおり、夏休みの予定を思い思いに相談していた。

しかし、Aクラスを除きその全てを受け取れる訳ではない。Dクラスの場合は、クラスを牽引する平田と櫛田の一声で各々が得たPrを集約させている。…一部、支払いを渋る山内(もの)も居たが、須藤(ゆうじん)の肉体言語であえなく撃沈していた。

 

 

「綾小路君」

 

「…堀北か」

 

 

綾小路は得られた50万Prの内、10万Prを櫛田に送りながら訪れた堀北の方にチラリと顔を向ける。憮然とした面持ちは、試験をAクラスの思うままに進められた不満や、自分自身の実力不足を悔やむ感情を秘めたものだった。

 

 

「今回の試験、私は…Dクラスはどうすべきだったのかしら…」

 

「それは、質問か?それとも独り言か?」

 

「………前者よ」

 

「…(少しは丸くなったな)…俺の考えは、傍観者としての面が強い。お前達、当事者として見聞きしても、直ぐに思いついた保証は何処にもないぞ」

 

「それでもよ」

 

「………」

 

 

夜風が強くなり、人影が少なくなったテラス席で、二人の視線が交錯する。

静寂を破ったのは、綾小路でも堀北でもなかった。

 

 

「―――その話、僕も聞いていいかな?」「…二人とも!お疲れ様だね!」

 

「平田君。…櫛田さん」

 

「あ!私も私もっ!」

 

「軽井沢か…」

 

 

訪れたのはDクラスのリーダー格(+1名)。集まった主要陣の視線を受けて綾小路は、ため息を吐いた後に試験について口を開くのだった。

 

 

「そうだな…俺だったら、まずスマホは―――」

 

 

 

・◇・

 

 

『―――スマホは教師に預けさせ、そして操作については持ち主が見ている前でのみ操作可能と契約書に含めさせます』

 

「?…それで撫子の作戦を止めることが出来るの?」

 

『えぇ。…勿論、こんなものはただの凡手。撫子さんの作戦が()()()()()()…と、仮定した場合の対策にすぎません』

 

 

船内のサロンの一室。その場にいるのは坂柳陣営、その側近―――不満なものもいるが―――の橋本、神室、鬼頭の三人。スピーカーモードのスマホから流れるのは、派閥の長である坂柳有栖の声だ。

 

その話題は、奇しくも最下位(D)クラスと同じ内容だ。報告も兼ねた通話で、クラス派閥における蝙蝠―――橋本から坂柳に聞いた、『姫さんならどうやって対抗する?』という思考実験(ゲーム)だった。

 

 

『先ず…そうですね、撫子さんが起こした行動を、影響を、一つずつ挙げてみて下さい』

 

「ん?そうだな…まず、クラスの連中を使って教師を質問攻めにしてたな」

 

「次は、他クラスの連中に交渉を迫ったわね」

 

「………その時には、西園寺は法則を解いていた。連中に要求を拒むことは出来ない」

 

『…ふふっ……!皆さん…』

 

「…?姫さん?」

 

 

三人が思い出しながら起こった事を上げると、電話の向こうからはまるで目に浮かぶような、情緒を含んだ笑い声が聞こえてくる。

そうして訝し気に返事を返す橋本に坂柳は、まるで宝物を見せびらかす様に、ひけらかす様に。その()()を告げた。

 

 

『皆さんは一体いつから―――撫子さんが、法則を解いたと思っていたんですか?』

 

「「「………は?」」」

 

 

・◇・

 

 

「…どういう事なの?綾小路君。()()()()()()()()()()()()()()()()()だなんて…」

 

「事実だ。なあ、平田」

 

「え?…なんだい?」

 

「なんで、“西園寺が法則を解いた”と思ったんだ?」

 

「え…それはAクラスが…」

 

 

それは、Aクラスがああも活発に動いていたから。

それは、Aクラスが自信を持って試験を終わらせると脅迫してきたから。

それは、あまりにも働きかけが早すぎたから―――

 

高円寺六助がAクラスに同意したから、Cクラスが良い条件で契約したから、Bクラスが交渉をしていたから、クラスメイトから要望があったから、他にも、他にも…。

ありとあらゆる点で、Dクラスは、契約をするように誘導されていた。

 

()()()()()()()()なんて、何処にもないのに、だ。

 

 

顔色を悪くした面々に、それでもと口を開くのは平田の彼女である軽井沢だ。彼女はこの面々の中では成績は高くはない。

だがそれでも、()()()()()()には秀でたものを持っていた。

 

 

「いやいや!ちょっと待ってよ!西園寺さん、あんなに()()だったよ!?…それに、現に今、ポイントは振り込まれたじゃんっ!?てことは、優待者のことを、西園寺さんは知ってたって事でしょ?」

 

「…軽井沢が西園寺に会ったのは、契約が決まって、金額の交渉の時だったよな?()()()()()もう、西園寺には優待者が分かっていたんだ」

 

「はぁ?…いや、全然わかんないんだけど…結局、分かってたの?違うの?」

 

「順番が逆だったのさ。…()()()、西園寺は契約を決める時には優待者は分かっていなかったとしたら…。それが何故か、次の日には判明していた。…この間に、一体何があった?」

 

「…なにが…って、えっと契約を結んで…」「私達とクラスの皆のサインを契約書に書いたよね?」

 

「……………………………………………………あ」

 

「そうそう、それでその後―――」「………」

 

 

・◇・

 

 

「…………ぜ、全員の()()()()()()()…そういうことか…!」

 

『ふふふ…』

 

「………どういうこと?」「………」

 

 

腰を浮かせて驚く橋本と、ピンと来ていない神室。それをクスクスと笑いを溢れさせながら、坂柳はその推理をする。…(さなが)ら、物語の名探偵のように。

 

 

『大雑把にまとめると撫子さんの作戦は、こうです。…クラスメイトを使って視覚的・状況的に後手を踏ませたと他クラスの不安を煽る。クラスのポイントを盾に脅迫して。余裕を奪う。そして契約手順の一つのような気軽さで、()()のスマホをあっさりと手にしました』

 

「…スマホを集めたのは、抜け駆けを出さない為でしょ?」

 

「そう、だけどそれ以外にも、スマホがあればもっと大事な事が分かるんだよ」

 

「……!…優待者の情報、か」

 

『正解です…♪』

 

「あ…!」

 

 

思わず手を口に当てて、驚きを見せる神室。鬼頭も普段より、表情には驚きの色を見せている。…他より一歩先に真実に気が付いた橋本は、引き攣った笑みのまま興奮か、恐れからかその身を震わせていた。

 

 

・◇・

 

 

『もちろん、撫子さんが法則を普通に見抜いていた可能性もゼロではありません。』

 

 

「だが外した場合のリスクを考えれば、不確定な予想に全てを委ねるなんて出来ない。…1()()()()に知ることの出来る情報は、そう多くはない」

 

 

『そこで、撫子さんは考えついたのでしょう。…保険はいくつあっても良い…。そして、もっと確実な作戦を』

 

 

「法則なんて後で良い。優待者の書いてあるメールが届く、()()()()()()()を確保する。…これが、西園寺の作戦だ」

 

 

『その為の、試験開始()()の速攻。契約における、各クラスへの譲歩。そして動きを封じる契約書(タテマエ)。』

 

 

「あれこれと条件を付けて迷わせたのも、3日も前倒しで試験を終わらせたのも、この事実に気付かせない為だ。…いや、気が付いても、何もさせない…()()()()ように、か」

 

 

『Aクラスで最も影響力のある彼女が、満座の注目を集め堂々と嘘をつく。…ふふ、本当に、撫子さんは素敵な好敵手(かた)です♪』

 

 

「もし、そんな西園寺の策を破るとしたらそれは―――」

 

『もしも、撫子さんの作戦を破るのであれば…』

 

 

・◇・

 

 

「―――クラス間の、同盟…?」

 

「あぁ、()()は一緒。…そうだろ?」

 

 

そう言って笑う男―――龍園と、眉を顰める一之瀬。BクラスとCクラス。相争う関係を孕んだ両クラスのトップは、配下(クラスメイト)を、あるいは仲間(クラスメイト)を背に引きつれて、船内の廊下で対面していた。

偶然であったこの邂逅を有意にした龍園は一歩進み、その手を差し出した。瞠目する一之瀬に、龍園は言葉を続ける。

 

 

「Aクラスは()()だ。それ以外のクラスが単独でぶつかっても、勝ち目は薄いだろ」

 

「………」

 

「島の試験。…そして今回の試験で、過去の遺恨は流したもんだと、俺達は思っているんだが?」

 

「…私たちは、君たちをまだ許したつもりはないよ」

 

「許しは要らねえさ。()()()()()じゃあ無えんだ。お互いに利益を求めて、手を組む。…それだけさ」

 

 

お互いに口を開かない。数分の間、痛いほどの沈黙が廊下を支配する。

―――そうして、俯いていた表情を上げた一之瀬の表情をみて、龍園は獰猛な笑みを浮かべる。

 

 

「………慣れ合いはしないよ?」

 

「…ククク、()()()じゃねえか、一之瀬。そりゃこっちのセリフだ」

 

「そうかもね。…うん、そうだねっ」

 

 

言葉とは裏腹に、握手をして意思表示をする二人。その意図は、誰が見ても分かる同盟の締結だ。

騒めく配下に目配せをして、その場の散会を伝えるリーダー達。残るは自分たちだけになると、すれ違う際にお互いだけに聞こえる音量で伝え合う。

 

 

「別に契約書はいらないよね?」

 

「あぁ、()()()()って奴さ。Aクラスを潰して、追い堕とすまでは、な」

 

「分かったよ。じゃあまたね、龍園君。…私はこれから撫子と約束があるからさ♪」

 

「そうか、じゃあ仕方ねえな。…俺も撫子とディナーの約束があるんでな。先に失礼するぜ」

 

「………」

 

「………」

 

 

今度はお互いに笑顔だ。…ただ、笑顔というのは本来、威嚇行為である。

自分の敵を、邪魔者を見る目で、視線で、二人は火花を散らす。

 

 

「(撫子(あの子)は………渡さないっ!)」

 

「(撫子(アイツ)は、俺の獲物(モン)だ…)」

 

 

お互いに同じものを得る為の協力。

―――今ではないが、遠くない未来に必ずお互いが喰い合う。その時までの()紳士同盟が結ばれた。

 

 

―――◇―――

 

ヴー、ヴー

 

 

「!…ふふ、皆さん、すいませんがこの試験の()()()()()から連絡が来たので、一度切りますね?」

 

『あ、あぁ…分かったぜ』

 

「では。―――もしもし、…ええ、本当にお疲れ様でした、撫子さん」

 

『―――、――――』

 

「いいえ、そんなことはないです。そういえば、()()()に聞きましたが…また、絡まれたようですね?」

 

『―――!、――、――!』

 

「ふふ…お優しいのですね。葛城君のお友達は邪魔はしていても力になったとは思えませんが…」

 

『―――』

 

「…まあそれは良いでしょう。それで、何か御用だったのでしょう?」

 

『――――。―――――』

 

「…それは。…もしかして、その為に?…ふ、ふふ…!」

 

『―――?』

 

「いえいえ、驚いていただけです。ええ、大丈夫ですよ?私と私のお友達は、全面的に支持します」

 

『!』

 

「葛城君のお友達は煩いでしょうが、大丈夫です。私に任せて下さい♪」

 

『―――?―、―――』

 

「えぇ、撫子さんは撫子さんの思うままに動いて下さい」

 

『―――、―――♪―!―――』

 

「…え?いえ、そんな」

 

『―!―――、―――』

 

「あの、…ええ、分かりました。謹んでお受け取り致します」

 

『―――♪』

 

「…ふふ、意外と強引なのですね、撫子さんは。…ではこちらからもお願いがあるのですが」

 

『―――?』

 

「お食事の約束をしていましたが、折角ならどこかに遊びに行きませんか?」

 

『―――ええ、喜んで』

 

「ふふ…。デート、楽しみにしていますね。では、おやすみなさい」

 

ピッ…。

 

「―――ふふ、きっと龍園君も驚きますね。…出来ればその場に居たい程ですが。…真澄さんに、お願いしておきましょうか」

 

 




読了ありがとうございました。
また会話で説明シーンがあれば発信したいのですが、
撫子は優待者の法則は解いていましたが、深読みしすぎていくつも候補があった為に絞り込みを図った感じです。
つまり、今回はA&Dの考察は100点満点ですね。

そして自然とA&D(の3/4)同盟とB&C同盟が成立。今後の活動にどう影響していくのか、お楽しみにしていて下さい!

それではまた次回!!


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IF
【番外編】IF:西園寺撫子がBクラスだったら?


今回は番外編。

もしも、撫子がBクラススタートだったら?
…実はプロットにそれぞれタイトルを付けているんですが、今回は一之瀬病み堕ちルートです。

ちょっと百合や暴力、NTR要素がある為に肝心なシーンはぼかしています。
…R-15の範囲で収まっていると思います。多分。

それでは、よろしければどうぞ。


Bクラスに入学した場合。

 

―――◇―――

 

朝の通学路、撫子は先月の引継ぎを経て生徒会長と成った帆波と一緒に登校していた。

2年生となり、A()()()()として邁進するクラスメイト達の表情は明るく、帆波もそれに手を振って応えていく。

 

 

「一之瀬さん、西園寺さんおはようございます!」

 

「撫子ちゃん、帆波ちゃんもおはよう!」

 

「撫子先生!帆波()()もおはよう!」

 

「にゃはは…皆おはよう!」

 

「ええ、皆様もごきげんよう、今日もよろしくお願いします」

 

 

クラスや学年を問わず、撫子や一之瀬に挨拶を返された生徒は皆、黄色い歓声や顔を赤くしている。

…学校屈指の美少女二人の微笑みは、老若男女を問わず効果抜群だった。

 

 

「ねえ!帆波ちゃん、撫子ちゃんも今日の放課後に一緒に遊びに行かない?」

 

「…っあ、そうですね、今日は―――」

 

「ごめんっ今日は大事な生徒会の用事があるから無理なんだ~」

 

「そっか…じゃあまた声かけるねっ」

 

「うん、ありがとうね~!」

 

「…ありがとうございます、っ…」

 

 

少し残念そうなクラスメイト達に撫子が手を振っていると、帆波に握られていた右手にギュッと熱を感じた。

 

 

「………昼休み」

 

「…はい」

 

 

小声で、隣だけに聞こえる様に囁かれた声。

もう()()()()()()なのだ。…撫子は、それに表情を変えずに頷くのだった。

 

 

・◇・

 

 

昼休み、生徒会室。2人だけの密室で、私はいつもの日課をしていました。明かりもつけていない暗い部屋。()()()()()()()()が視線を向けた先。カーテンの切れ目から刺さる陽の光が、ひどく眩しく感じます。

 

 

「…ぅ、…っ、ぃ…、ぁ…あ゛…」

 

「なんで…なんで…?」

 

「あ゛…っ………!ぁ、…ぁあ゛……ぅ」

 

「ねえ、なんで?なんでなの撫子…」

 

「…あ゛は…が…ぃあ゛、あ゛……ほな……、…っ」

 

 

帆波に押し倒され、馬乗りになり囁かれる。潤んだ声。激情を孕んだ瞳。…その瞳から零れる涙を手で拭おうとするも、私の手は帆波の腕を掴む事しか出来なかった。

 

 

「なんでっ!なんで私以外の人にあんな笑顔で!嘘つきっ!嘘つき嘘つき嘘つき!」

 

「い…ぎ、…う…あ゛ぁ………あ゛っ…!」

 

「一緒に居るって!私だけだって言っていたのに…!それなのに!!」

 

 

今日は首でした。これなら、そんなに後を引くことにはならない。そう安堵していると、ズキリとした鋭い痛みを首筋に感じる。多分、帆波の爪先が首筋を傷つけたのだと感じる。

朱い雫がプツリと浮かび、それが帆波の指に垂れると彼女はガバリと身を引いて、両手を前に震えていた。

 

 

「あ…血…あ、ああぁああぁあぁごめんっごめんっ!ちが、違うのこれこれはこれは…」

 

「ごほっ!、ごほごほ、…はぁ、はぁ…帆波…」

 

 

首を絞める手から解放され、咽込(むせこ)んでんでいると帆波は違うの、違うのと言って身を捩って泣いている。

 

私には、そんな彼女を抱きしめて背中を摩る事しかできない。

 

 

「う、うぅ…ごめんなさい…ごめんなさい、撫子…わ、私…違うの」

 

「大丈夫です、帆波。大丈夫…」

 

「私、私の事だけ見てて欲しくって…だから嫌いにならないで…!お願い…」

 

「大丈夫です、ずっと帆波のことを見てますよ」

 

「なでっ、…んぅ…!」

 

「ん………」

 

 

そう言って泣く帆波にキスをする。最初は帆波からされた友愛の目合ひ(まぐあい)も、いつの間にか私からする事の方が多くなっていた。

 

―――切欠は、なんだったろうか。

帆波の罪を告白された時?クラスから退学者が出た時?…それとも私が―――

ずっと支えると誓ったのに、気が付いたら、帆波は壊れてしまっていました。

 

 

「撫子…!撫子ぉ…!!」

 

「……大丈夫、大丈夫です。…良い子、良い子…♪」

 

 

涙声となり、幼子のように抱きしめる。そうすれば、きっと大丈夫。彼女は、何時ものように…。何時ものように、()()()()()()に戻ってくれる。

落ち着いた彼女の泣き痕や乱れた髪を直す頃には、昼休みももうわずかとなっていた。

 

 

「―――これで、もう大丈夫。髪も…これで良し」

 

「うんっありがとう!撫子。―――あっ、先生に用事があるの忘れてた…!…あ、でも書類が…あぅ、あう…」

 

「ふふっ。…なら、こちらは任せて下さいな」

 

 

そうして帆波を見送ると、扉を施錠する。そうして私も手鏡を取り出して、身なりを整える。はだけた首元も、皺の寄った制服も。…赤く染まった首筋も。腕に残る鬱血した手の痕も。少し薄くなったお腹の青い痕も。手当ても処置も、もう()()()ものなのです。

時間は無いだろうけれど、生徒会役員には月に3度まで、生徒会業務遂行の為に通常授業の免除が認められています。

 

 

「んっ…()、ぅ……?」

 

 

予鈴を聞き流しながら包帯を直していると、施錠を解く音にハッとする。帆波?いや、さっきの今だ。そんな訳はない。

…ワイシャツを、はだけたままの姿でかき抱くように凍り付いていると、廊下から差し込むの明かり。…そこに居たのは、B()()()()の生徒会役員、堀北鈴音でした。

 

 

「鈴音…何故ここに?」

 

「…!()()()…これ…!、また、一之瀬さんに…!」

 

「いえ、これは…違うんです、鈴音」

 

「違いませんっ!…お二人が付き合っていても、これはもう傷害…ドメスティックバイオレンスという立派な犯罪です…!」

 

 

以前から、鈴音からは心配をされていた。最近、生傷が増えている事も、それが、帆波と付き合ってからだという事も。

…鈴音は、私と帆波と付き合っている事も知っている、数少ない大切な親友だ。今までは、なんとか誤魔化していたけれど薄々察している様子だった。…バレないように気を付けていたのに、まさかこんな所で…。

 

 

「…私は、大丈夫ですから。…それに、帆波だってその、()()の後は謝ってくれるんですよ?優しいままです」

 

「それは優しさではありません!お姉様に甘えているだけです!!…このままだと、絶対に二人の為になりません!」

 

「鈴音…」

 

「もう止めて下さい。…私だけじゃない。他のクラスの椎名さんだって、坂柳さんだってお姉様の事を心配しています!」

 

 

また、泣かせてしまった。『帆波との関係を見直せ』と、いったのは、鈴音が初めてではありません。生徒会の先輩である堀北前会長も、み…南雲前会長も、Cクラス()()()龍園君も。

…クラスメイト、()()()、神崎君…も、皆様、そう言ってくれました。…それでも私は、帆波と離れることは出来ないのです。

 

 

―――私が悪い子でも、撫子は、見捨てない?ずっと一緒に、居てくれるの?

 

―――ええ、ずっと一緒です。…帆波のことは、私がずっと守ってあげますからね。

 

 

1年生の3学期。心身ともにボロボロになっていた帆波を、私はそう言って抱きしめた。そして、帆波はもう一度立ち上がってくれた。…あの約束がある限り、帆波が私を必要としてくれる限り…私が帆波から離れる事はないでしょう。

 

 

「…大丈夫よ、鈴音。…でも、心配してくれてありがとうね…?」

 

「お姉様…!」

 

 

強がりで、弱みを見せたがらない鈴音の表情をみない為に、抱きしめて背中を撫でる。…鈴音からも抱き返されて、背中の傷跡がピリリと痛むけれど、決して気付かれない様に身体を強張らせる。

 

その後、落ち着いた鈴音が背中から手を解く。落ち着いたのかと思い、頭を撫でようとすると―――再び、背中に衝撃を感じる。視界に映るのは、天井と、以前より短くなった黒髪。そして、赤。

 

…押し倒されたと気が付いたのは、こちらを見下ろす鈴音の眼差しに()()()()()()が込められていたから。

 

「………?っ!痛っ…鈴音っ…?なにを…!」

 

「お姉様…、()()()()()()()()()

 

「―――っすずね、ん、ん…!?」

 

 

―――鈴音の目は、やはり兄妹というべきなのでしょう。堀北前会長と同じ、炎のような揺らめきを眼に宿している。

押し倒した姿勢のまま、鈴音に唇を奪われた。…勘違いなんかじゃない。彼女は、この私に、帆波と同じ感情を向けているのだと、火照った身体とは裏腹に、冷め切った頭は認めてしまう。

 

酸欠で意識が遠のく間際で、解放されて呼吸を求める。…その度に、鈴音によって口内まで自由を奪われる。舌で、指で、その一つ一つに身体が反応してしまうのを、顔を赤くして耐え続ける。

 

身動ぎをする私の身体を、鈴音の指が楽器を弾く様に弄んでいく。肩で息をする程に呼吸を荒くすると、ようやく鈴音の手が止まる。出来るだけの虚勢で言葉を重ねるも、彼女には全く響かない。

…まるで、私を姉と慕う鈴音は、もういなくなってしまったように感じてしまう。

 

 

「ん、ふ、ぅ…はっ、鈴音っ…おやめなさい!私には、帆波が…!んん…!」

 

「その割には、体は正直に反応してくれていましたね。…私なら、一之瀬さんよりも撫子お姉様を愛せます。こんな、こんな酷いことは、絶対にしませんっ!」

 

「やっ…ダメです!…鈴音っ!こんな事「―――私を選ばないのなら、帆波さんとの、怪我の事を学校側に報告しますっ!」…………鈴音っ!」

 

 

思わず、凍り付く。それは、いってしまうなら、脅迫だ。

私達の関係がいかに間違っていて、咎められるとしても、帆波への気持ちを裏切らせる、最低な行為だ。

視線にその気持ちが籠っていたのか、鈴音は怯むような表情を一瞬浮かべるも、直ぐに肩を押す力を込めて、私に思いの丈を告げる。

 

 

「こんな…それが、鈴音の…なんで…っ!」

 

「私は…本気ですっ!」

 

「……っ」

 

 

纏まらない言葉は、本気の眼に力を失ってしまう。…鈴音は本気で、帆波の事を排除しようとしている。

こんな事、間違っている。この過ちは、私と帆波の関係だけじゃない。きっと、鈴音の心も傷つけてしまう確信がある。

 

 

「………鈴音……どうして…そこまで…」

 

「…お慕いしています、お姉様…!」

 

「…っ」

 

 

きっと、ここで鈴音の手を取れば。彼女は優しく、私を癒してくれるだろう。…愛してくれるのだろう。

彼女は真剣だ。今までの鈴音の事を思い出せば、この行為も私に手を伸ばして貰う為の荒療法だったのかもしれない。…でも。

 

―――それでも、私は…帆波のことを思うと、その手を取ることは出来なかった。

 

 

「………()()()()…申し訳、無いですが…私の心は、貴女に捧げる事は出来ません」

 

「――――っ!!」

 

 

悲しい顔をした鈴音から視線を外して、私は心を凍らせようと覚悟を決める。

 

帆波を選ぶ。鈴音にも応える。…最も罪深いのは、きっと私なのでしょう。鈴音を非難する視覚なんて、私にはない。

 

伸ばした腕も、指先も。…力を抜いて、完全に脱力する。床の冷たさを感じていると、少しだけ現実逃避が出来た。

 

目の前では鈴音が私の頬に手を伸ばして、優しく撫でて来る。触れた掌からは熱を感じて、罪悪感がまた溢れそうになる。

 

目を逸らして為すがままでいる私と、呼吸を荒げて手を伸ばす鈴音。はだけたままのシャツを優しく脱がして、お互いに生徒会室であられもない姿になる。

…堀北会長が居たら、きっと叱られますね。神聖な生徒会室で、こんな事。

 

 

「ごめんなさい、お姉様。でも、()()()()私は…」

 

…どうか、優しくしないで欲しい。

 

「一之瀬さんよりも、優しく、っしますから…」

 

…出来るだけ、痛くして。辛くして。

 

「いつかきっと、私を…私だけを…っ!」

 

…少しでも、私が罪悪感を覚える為に。…帆波のことを、好きで居続ける為に。

 

「は、あ…!お姉様…。撫子お姉様っ!!」

 

ごめんなさい、鈴音。…ごめんなさい、帆波。

 

「……………っ、あ…」

 

 




読了、ありがとうございました。

DVメンヘラ一之瀬と、NTR妹キャラ堀北の三角関係ENDです。
この後、帆波にバレないように情事を重ねてドンドン要求が大きくなる鈴音と、
不安になる度に暴力を振るって泣きだす帆波。
その2人をどっちも見捨てられず、自分を削り続ける撫子。間違いなくバッドエンドですね。


また、神崎君や龍園君は退学済みです。クラスから退学者が出ている帆波は、もう容赦ありません。
撫子も、ものすごく悩みながらもクラスの総意には逆らえず龍園の排除には協力しました。
クラスメイトを庇った神崎君の為にも、その彼の為にクラスのリーダーを張り続ける帆波の為に、撫子は帆波が燃え尽きるまでずっと近くに寄り添います。

ちょっと燃え尽きたので、Bクラスvol.一之瀬ヤンデレ√はここまで。
次回の募集もまた意欲が出たらアンケートをするかもです。お待ちください。


今回の話は番外編として、別章扱いで投稿いたします。
また別の番外編が出来た際にもこちらに追加しますので、お楽しみに。


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【番外編】IF:西園寺撫子がDクラスだったら?

更新しました…。また番外編ですいません。
絶賛、スランプ中です。

実は番外編を5~6話書こうとしたら割とパンクしそうで
息抜きに書いたコレが完成するという。

エタるつもりはないのですが、今暫し時間をください。

今回はDクラス編。またIFの世界をお楽しみいただければを思います。
※最後の坂柳視点、若干?曇らせというか差別的な内容があるので、不快感を覚えた方はブラウザバックをお願いいたします!!

それではどうぞ


もし、撫子がDクラス所属だったら?

 

・5月1日のHR

 

「お前達は不良品と評価されながらも、例年とは()()違うようだな。…これが、たった一人の献身によるものではない事を、私も担任として祈るとしよう」

 

 

そういってホワイトボードに張り出したA1サイズの用紙には、各クラスとその横にあるポイントがあった。

 

Aクラス:940cl

Bクラス:650cl

Cクラス:490cl

Dクラス:666cl

 

騒めくクラスだが、それもピタリと収まる。ニヤリと擬音が聞こえるような笑みを浮かべる茶柱だが、その視線の先にはスッと伸びた挙手がある。

 

最前列、中央。教壇の目の前に座すその生徒は、たった1週間でクラス内の雰囲気を、態度を、ルールを制定した。その彼女の一挙手一投足に、もはやクラスの信者(せいと)達は有無を挟まない。否、()()()()

 

 

「先生、質問をお許し頂けますでしょうか?」

 

「ふふ…認めよう、西園寺。何が聞きたい?」

 

「このクラス毎にあるしーえるというのは、クラス毎の成績という認識で、相違ございませんか?またこの成績は、4月の授業態度から評価された、個人でなくクラス全体の累積…ということでしょうか?」

 

「―――」

 

 

今度こそ、堪えきれないとばかりに笑い声を漏らす担任に、生徒達は不安げに。あるいは驚き、恐怖、緊張。そして畏怖を込めて二人のやり取りを注視する。

そうして肯定される、クラス間での闘争。社会の縮図としてこの学校は頂点を目指して40人一丸となって相争う。

Sシステムの真実、Aクラスの特典、そしてクラスの()()。目まぐるしく増える情報量に、メモを取る生徒が()()いた。

 

 

「―――つまり、本日よりお前達はDクラスではなくBクラスとなる。所詮、Aクラスの次に、優秀な生徒として学校に評価された訳だ。―――どうだ?嬉しいか?」

 

「………っ」

 

「…!」

 

「…(普段なら歓声でも上がると思ったが…)…?」

 

 

何時もの態度で挑発気味な言葉を発する茶柱だが、生徒からのレスポンスがない。それを疑問に思っているが、HRの終わりの時間は近づいている。その他、小テストの事や赤点で退学になること等、伝えることは多々あった。

恙無く、そして包み隠さず全てを伝えても、生徒からの反応は薄い。否、驚くような反応はあっても、それを口にすることはなかった。

不思議に思いながらも、HRを終えると告げて教室を去る。

 

―――そして扉を閉めた瞬間、それが震えるような歓声が上がった。

 

「「「ワアアアアアアア!!!!」」」

 

「っな…」

 

 

ビクリと、茶柱は驚きに震えた。その声量は、2つ隣のBクラスまで響き渡り、職員室で()Cクラス・Bクラスの担任に苦情を入れられることになるのだが、茶柱はまだ知らない。

 

 

―――〇―――

Side.櫛田

 

目の前で起こっているのは、まるでお祭り騒ぎのような狂騒だ。

起こしたのは、クラスの皆に囲まれている女子生徒。西園寺撫子。

 

「あ、あの、皆様…」

 

「西園寺さんのお陰だよー!」「本当だった!!ありがとー!!」「俺達Bクラスだってよ!?凄くね!?」「この勢いでAクラスになってやろうぜ!?」「いや、それでもAクラスは940cl、油断する訳には―――」「幸村君、そうだね。じゃあまずはテストの勉強会とかから―――」「平田君がやるの?じゃあ私も!」「私も!」「お、俺は西園寺ちゃんがやるなら…!!」

 

 

男子も女子も関係なく、今日の結果にバカみたいに喜んでいた。そんな皆の中心にいるアイツは、それに一人一人丁寧に返事を返していて、男どもは鼻の下を伸ばして。女子も顔を赤くして口々にアイツを称えていた。

 

…嫉妬。嫌悪。そして羨望。

本当は、私がそこに居たかった。中学の時に失敗した私の、私だけの…。

 

そうしてクラスが少し落ち着くと、西園寺は教壇に立って手を上げる。それだけでシン…とクラス中が静かになって、西園寺からの命令(おねがい)を待っていた。

 

 

「皆様、まずは4月からのご協力、ありがとうございました。…私たちのclをこれだけ残せたのは、皆様の尽力の賜物です」

 

 

そういって頭を下げると、クラス中から拍手と歓声が上がった。私も、周りに合わせる為に拍手するけど、一部の生徒。…長谷部さんや堀北さん、高円寺君はそれを見ているだけみたい。

 

その後、西園寺は命令(おねがい)をしていった。

幸村君には勉強会の為のテストの問題を、私や平田君には参加メンバーの取り纏めと日にちの相談を。

点数がヤバい須藤君にも「須藤君が率先して参加して、勉強会を引っ張っていって下さい」と言って、顔を真っ赤にした彼は「任せろ!」と池君や山内君の背中をバシバシ叩いていた。

 

 

ホント、的確で、ムカつく。

今日、たったひとつだけ溜飲が下がった出来事があった。西園寺が堀北に声をかけたのに、そっけない態度を取られていた事だ。そんな堀北にクラス中が口々に不満を吐いている様に、少しだけ喜びを感じるのだった。

 

 

「ホント、何様なんだろうね」「せっかく西園寺さんが声をかけたのに…」

 

「皆様」

 

 

不満を口にした生徒…軽井沢さんと、佐藤さんに近づくとギュッと二人を抱き着く。顔を真っ赤にした二人(プラス周囲の女子)にささやく様に、続ける。

 

 

「堀北さんの事は私に任せて下さい♪」

 

「…さ、西園寺さんがいうなら…ねえ?」「う…うん」

 

「ありがとうございます、では、本日は―――」

 

 

そういって剣呑な雰囲気を一蹴すると、クラスに命令(しじ)を出して教室から去っていった。

…いくら西園寺でも、あの孤高()のコミュ障である堀北に勝てる訳ない。私はそんな暗い思いを抱いて、勉強会のメンバーとスケジュール調整に励むことにした。

そう、私の理想の学園ライフは、ここからなんだから!

 

 

そう思ってたんだけど………次の日、眼を疑った。

 

 

「…鈴音、教室に着きましたよ♪」

 

「えぇ、…帰りも…その、」

 

「はい、一緒です♪」

 

 

誰だお前。

 

 

昨日は「私には関係ないことよ」キリッ …とか「勉強会に興味なんてない」ファサッ… とか言ってただろ。なに懐柔されてるんだ。なに、顔を赤くして手を繋いでるんだよ。見ろよ、隣の綾小路君の顔。いつも何考えてるか分かんない顔だけど、今日だけはお前を別人か何かかと疑ってる目をしてるぞ。

 

クラス中も変にざわついて、堀北と西園寺の事を交互に見てる。結局HRの鈴の音が聞こえるまで、クラス中の話題は二人の関係について一色だった。

 

―――そう、悶々とした思いを感じていた私はまだ知らない。

この後の特別試験でも、体育祭でも、私は西園寺と友達の顔の裏で(一方的に)争う事になるだなんて。

 

…そうして気が付いたら、私達がAクラスになってたり、私も堀北も西園寺も生徒会員になったり、今度は堀北に嫉妬される事になるだなんて。

 

 

「桔梗、こちら明日の会議の資料になります♪」

 

「あ、うん…」チラッ…

 

「…………よろしく頼むわ、櫛田さん」ギリッ

 

「う、うん…」

 

「…鈴音?」

 

「何ですか?お姉様っ」ニコッ

 

「あははっ、皆仲良しだねっ」

 

「…(目の代わりにガラス玉でも詰まってんの?このおっ〇いお化け。どこをどう見たら仲良く見えるのよ…!)」

 

 

…櫛田の苦悩は続く。具体的には、卒業後まで。

 

―――――――――――――――――――――

Side.綾小路

 

 

…どういうことだ。俺は今、目の前の光景を見て頬を(つね)っている。こうすると、夢なら覚めると池から借りた漫画に書いてあったが…現実の様だ。

目の前には、様々なおかずや、おにぎりを詰めた重箱。中庭のベンチに広げられたその色鮮やかな弁当は、冷めていても十分食欲に訴えかけて来る香りを発している。

そして、それを持って来てくれたのは目の前のクラスメイト…西園寺撫子だ。

 

 

「…()()君、どうぞ召し上がって下さい♪」

 

「………あぁ、ありがとう」

 

「その…感想を教えて下さいね?」

 

「………」ジー

 

「………っ」ギリッ

 

「ブツブツ…」

 

「………頂きます」

 

 

周りの目がヤバい。クラスも学年も関係ない。()()()()だしても、この注目度は予想外だった。こんな見られながら飯を食う事はこれまでにない。…果たして味が感じるか不安だったが、それは杞憂だった。始めに手に取ったおにぎりも、かなり美味い。丁寧に巻いてある海苔や少し塩気を感じる白米、そして西園寺が手ずから握ったからかしっかりと均等な大きさになっている。

次に箸を向けたハンバーグも、小ぶりだが焼き加減もしっかりしていてソースは市販ケチャップではなく自家製らしい。随分気合の入った弁当だなと感想を言うと、西園寺は顔を赤らめて「その…張り切りすぎてしまって…」と漏らした。

 

 

「そ…そうか」

 

「は、はい…」

 

「………」

 

「………えっと、ご迷惑…だったでしょうか?」チラッ

 

 

………可愛い。こっちの頬も赤くなってないだろうか。上目遣いで不安そうな顔も、両手の指を胸の前で弄んでいるのも無意識なのだろうが庇護欲を(くすぐ)る。

そのまま見ていたかったが、周囲の視線に殺意が籠ってきた。…殺されぬ前に、慌てて西園寺の誤解を解く。

 

 

「そんなことはない。手が込んでいて、正直すごく嬉しい。…普段は食堂か購買だったから、こういう弁当というのは初めてなんだ」

 

「…!それは良かったです…私も誰かにお弁当を作ったのは初めてでしたので、お口に合うか不安で…えっと」

 

「凄く美味しい。…毎日でも食べたい位だ」

 

「本当ですかっ?」

 

 

一転、花の咲くような笑顔に目を奪われる。思わず見ているとキョトンと首を傾げて、何かに気がついたようにハッとなる。普段よりも自然というか、コロコロと変わる表情に西園寺の新しい一面を知り役得を感じる。

煮豆を摘まんでいると西園寺がスッと卵焼きを箸で摘んで―――こちらに差し出してきた。

 

 

「あ、あ~ん…ですっ」

 

「―――」

 

「…っ!」ザワッ…

 

「!」ガタッ

 

 

ヤバい、最初から飛ばし過ぎだ西園寺。周囲の騒めきも最高潮だし、何よりお前の顔ももう真っ赤だぞ。…いや、それよりも追い詰められたのは俺の方か?

 

 

「………」ドキドキ

 

「………」

 

「「「…」」」ジー

 

 

顔を赤くして見つめ合う俺達。それを見る周囲。不味い、コレ食べても断っても角が立つぞ。誰か助けてくれ。…あそこに居るのは愛理達!いい所に…おい、なんで離れて行くんだ啓誠。今はカメラを向けないでくれ愛理。明人、波瑠加。親指を立てて何を伝えているんだ。

 

 

「…その、ご迷惑、でしたよね?」シュン…

 

「!」

 

「「「!」」」ギロッ

 

 

しょんぼりとした西園寺。周囲からの「分かってるな?」という圧。助けてくれない仲間たち(クラスメイト)

…退路は断たれた。こんな所で敗北を感じるとは。俺は覚悟を決めて口を開く。

 

 

「いや、驚いただけだ。…貰えるか?」

 

「っ!はいっ、どうぞっ♪」

 

 

パクリ、一口で食べた卵焼きの味は今度こそよく分からなかった。周囲からの熱視線や遠くで聞こえるカメラのシャッター音。何故かハイタッチをする明人と波瑠加。

だが、これで何とか窮地を凌いだ。お茶を飲んで緊張を解していると、西園寺から声がかかる。

 

 

「じゃあ清隆君、次は何を召し上がりますか?」

 

「…次?」

 

「はい♪」

 

 

笑顔で「唐揚げと、プチトマトと、あ、コロッケもありますよ?」と指をさして聞いてくる西園寺に、気が遠くなるのを感じる。…どうやら俺の戦いは、まだこれからだったようだ。

 

 

「…唐揚げで」

 

「はいっ…あ~ん、です♪」

 

 

口に広がる醤油とショウガの風味を味わいながら、俺は先週に思いをはせるのだった。

 

 

・◇・

 

ある日の放課後、西園寺が一緒に帰ろうとする堀北を断っていた事が切欠だった。

 

 

「皆様、先に行っていて下さい」

 

「………撫子お姉様、またですか?」

 

「え?昨日もだったよね?」

 

「えっと、その…」

 

 

西園寺撫子はモテる。それも()()()。同級生も、上級生も(何なら性別も)関係ない。一部教師やショッピングモールの店員からも熱視線を向けられている。

 

故に、告白の呼び出し(そういうこと)で放課後に時間を奪われることも多い。生徒会に入った後も時間に遅れる・中座する等が多発しまさかの堀北会長・南雲副会長の連名で【生徒個人間の未告知の書類の投函並びに不同意の(略)案】、いわゆるラブレター禁止法が校則に追加されることとなった。

 

そうした結果、西園寺への告白は減った―――訳ではなく、今度は直接、人を使って、メッセージアプリで、等々とその人気は下がる事もなくむしろ上がり続けている。

 

なんなら断った相手も2度目、3度目の挑戦をしている奴もいたらしい。西園寺は相手の事を全員記憶しているらしく、断ることに段々ストレスを感じている様子だ。それを慮ったDクラス女子(+一部他クラスの女子)の相談の結果、ある作戦が決行されることとなる。

 

 

【ボーイフレンド(仮)作戦】

 

 

…どこかで見たような名前だが、要するに仮の彼氏役を用意することで西園寺への告白の防波堤を築くというものだ。…防波堤の強度や消耗は気にしないのだろうか。

候補には彼女持ちじゃない、好きな異性が居ない(らしい)相手をピックアップしたとの事。結果…何故か俺が選ばれた。本当になんでだ。

 

 

―――――――――

※候補会議の一幕

 

 

「うちのクラスの神崎君は!?幼馴染で、仲良しだよ!」

 

「でも他のクラスだし、なんかいい雰囲気になっちゃいそうじゃない?」

 

「………!確かに…(ハッとした表情)」

 

 

「ではうちのクラスの山田君はどうでしょう?とても紳士的ですし、ボディガードとしても…」

 

「山田君なら…確かにSPみたいで…」「いや、いつも龍園君の近くに居るからダメよ」

 

「………そうですね…(ガーン…)」

 

 

「うちのクラスの…(橋本君は…ダメですね。葛城君…いいえ、あちらの勢力の神輿にされてしまうのは…)いえ、何でもありません」

 

「ん~、なら、やっぱりウチの(D)クラスから?」

 

「そうなるわね。問題は…誰に彼氏役をして貰うかだけれど」

 

 

「「「………」」」

 

「………綾小路君はどうですか?」

 

「!…何故かしら、坂柳さん」

 

「ふふ、いえ、彼の人となりは存じていますが、決して軽薄ではなく、また西園寺さんに無体を働くような方ではないからです」

 

「そういえば…確かに優しいよね。ちょっとぼーっとしてるけど」

 

「確かに隠れイケメンだし…ランキングも…」「…(清隆………)」

 

「………あくまで、本決定は西園寺さん本人に聞いてからよ」

 

―――――――――

 

 

「………では、よろしくお願いしますね」

 

「あ、ああ。…本当に俺でいいのか?

 

…お姉様の意志よ

 

「………そうか(俺の意志は無いのか…)」

 

 

ため息をつくも、目の前の申し訳なさそうな西園寺の表情。背中でも刺すんじゃないかという表情の男子たち。期待(なんのだ)を込めたような表情の女子たち。

 

…作戦の都合上、知っているのはDクラスの女子と一部の他クラス女子。男子生徒の大半は事情を知らないのだ。

話が広がりすぎると、偽装の意味が無いとはいえどのくらい効果があるのか…不安だ。

カバーストーリーとして、俺が告白をして西園寺がOKをしたことになった。

 

…たった半日で噂が学校中に回り、一躍時の人として注目されたのは完全に予想外だったが。

 

 

「その、一緒に帰りましょう。…清隆君」

 

「お、おぉ、…撫子」

 

「「「キャー!」」」「「「うぉー!(血涙)」」」

 

 

手を繋ぐと女性特有の柔らかさや、こちらを見上げる西園寺の表情に緊張し手汗を書いていないかと不安を感じたりする。

周囲の視線を集めながら、俺と西園寺の偽装恋人関係が始まるのだった。

 

 

・◇・

 

 

意識を戻すと、何とか昼食は終えていた様だ。目の前に綺麗になった重箱を片付ける西園寺に礼を言うと、「お粗末様です」と返される。

その後、注目を集めたまま週末の予定を相談したり、スマホで動画を一緒に見たりと周囲に恋人に見えるように演技をしていく。

 

スマホには、カップルに見える行動としてグループチャットにいくつかの方針が流れている。恐らく西園寺は、その中にある『手作り弁当、あ~んをするとなお良し』―――を、真に受けたんだろう。

 

西園寺はそれにチェックを付けると、一つ下に指を指す。『週末にデートをする待ち合わせ』と書いてある項目が目に入り、よくみると『男から誘って、男は30分前行動!』と補足がされている。

 

 

「…撫子、週末の予定は空いているか?」

 

「はい、清隆君。今週でしたら大丈夫です」

 

「じゃあ一緒に遊びに行かないか?」

 

「!…喜んでっ♪」

 

 

周りの殺意を何とか受け流して、満面の笑みの西園寺の手を取る。たとえ仮初めの関係だとしても、もう少しこの役得を感じていたいと、俺はそう感じ始めていた。

 

 

―――俺はまだ何も知らない。

 

この後の週末、30分前に行くと既に西園寺が待っていたり、店員や上級生から殺意を込めた視線を貰ったりすることも。

 

更に先の未来、秋には生徒会長と成った南雲に西園寺絡みで目の敵にされることも。

 

冬に訪れた父親に『流石、俺の息子だ。為すべきことを為せ。避妊の必要はない。全て手配済みだ』と身の毛もよだつ様な提案をされることも。

 

2学年となり、奴の祖父から撫子の()()について聞くことも、その父親について知ることも。

 

 

「…明日は、もう少し小さい弁当で構わないぞ」

 

「あ、では放課後にお弁当箱を見繕ってきますね♪」

 

「分かった。…俺も付き合うぞ、撫子」

 

「ありがとうございます、清隆君」

 

 

俺はまだ、なにも知らない。

 

 

―――〇―――

Side.坂柳

 

 

場所は生徒会室。本来ならお父様との会話にそぐわない場ですが、非公式で、そしてカメラも人目もない場所は此処しかありませんでした。

特別に利用の許可を取り、親子水入らずですがこの場の空気は外の室温よりも冷え切っていて。お父様も、私の用件を把握しているのでしょう。その表情は朗らかに見えても、視線はどこか冷たく、駄々をこねる一生徒(こども)を見るようです。

 

 

「…………お答え頂く事は出来ないのですね?」

 

「うん。…私はこの学校の理事長で、君は僕の娘とはいえただの生徒に過ぎない。()()()()()()()()()()()()なんて、子供の関わる事じゃない」

 

「…確かに私は子供です。ですが、その考えで言うなら西園寺さん自身も、子供ではないのですか?」

 

「………」

 

「学校は子供を護るもの。そして、この件は虐待と言っても過言ではありません。…前時代的、時代錯誤な男尊女卑です」

 

「………有栖」

 

「子は親を選べない。…私はお父様の下に生まれて、不自由な身体でも不自由のない生活を送らせて頂いた事に感謝しています。ですが―――」

 

「彼女は違うと?」

 

「っ…そうです。西園寺さんは幼い頃から偏った教育を施されて来ました。蝶よ花よと育てられ、何が良くて何が間違っているか、満足に知ることもなく育ってしまった幼子です」

 

「…ソレの()()()()なんだい?」

 

「―――なにを」

 

「…たしか無人島試験で真嶋先生が言っていたのだが、そうか。君は不参加だったね。自分の理解の範疇を超えたものを『おかしい』『間違っている』と言うのは、君の人生の浅さと不理解を笠に着た―――ただの傲慢だよ」

 

「………っ」ギリッ

 

「西洋でも初夜権や処女でない女性の婚姻破棄など女性軽視の歴史はいくらでもある。日本でも近親相姦や夜這い、誘拐婚なんてものもある。西園寺さんの身に起きたことも、世間一般を見渡してみたら当たり前の出来事に過ぎない。そして、それを是とする家に彼女は生まれた。()()()()の話だよ」

 

「………認めません」

 

「………有栖が認めようとも、認めなくとも構わない。学校が彼女の件で動くことはないし、私もこれ以上を一生徒(きみ)に話すことはない」

 

「………失礼します」

 

 

少し乱暴に戸を閉める。バタンと音を立て、カツン、カツンと杖を突く音と共に廊下を速足に進む。階段にさしかかると、神室さんが待っていてくれた。

 

 

「…坂柳、どうだったの?」

 

()()()()()。…お父様は、生徒が関わるべき内容ではないと…」

 

「そう…」

 

 

表情は普段と変わらなくとも、ギュッと握る手からは怒りが滲んでいる。私もきっと、いえ、もっと強い感情を抱いている。

…もう待ってはいられない。どんな手段(こと)をしてでも、私は撫子さんを救ってみせる。―――たとえ、

 

 

「神室さん、止むをえません。()()()()()()()()()()()()()に連絡を取って下さい」

 

「………分かった。明日にでも集めるから、あんたも少し休みなよ。()、凄いよ」

 

()()です。…()()()()()()3()()()。……この様な事で音を上げる訳には参りません。」

 

「(その撫子が心配するって言うのに…)…はぁ、了解」

 

 

―――たとえ、私達がAクラスで無くなろうとも。撫子さん、貴女だけは救ってみせます。

 

 

 

 

 

 

 




と言う訳で、Dクラス(一月でBクラス)編です。

メインとの相違はDクラスの生徒全体への超絶バフです。暴力事件は起こさせませんし、無人島試験では最適解を導き、船上試験では無双して恐らく1年の間にAクラスへと到達します。

反面、最後の坂柳家の親子会議で意味深な話をしていますが撫子は3学年で一時的に離脱の予定。
有栖の指揮下でAとBが入れ代わり立ち代わりの接戦ですが、撫子の事情を聴いてAクラスを諦める程度には絆されています。(綾小路含む)

多分、本作のプロット的には綾小路と西園寺がAクラスで卒業すればtrueの駆け落ちENDになるのではないでしょうか?
…Aクラスに慣れなかったり、好感度が足りず、綾小路君が鉄の心END。あるいは西園寺さんが〇〇ENDになると、漏れなく全クラスの主要人物が曇りだします。

まあ妄想は此処まで。また番外編が完成しましたらUPしますので、お楽しみにお待ちください。


番外編 進捗

①高円寺・鬼龍院イベント 97/100 完成
②一之瀬・龍園イベント 33/100 完成
③綾小路・坂柳イベント 3/100 完成
④堀北兄弟・櫛田イベント 0/100 完成

本編 進捗
体育祭編 一話 28/100 完成


いつもいつも誤字脱字報告、ありがとうございます!!
感想、高評価もお待ちしております。よろしくよろしくよろしくお願いいたします!!


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【番外編】IF:入学前に全てを知ってしまったら?

完全に番外編です。
書きたいところだけ書いた感じです。

撫子オルタ√、とでも。
ちなみに彼女の全設定はDクラスに入学したこと以外、
タイトルの通り【ネタバレ】を知ったことしか相違点はないです。

優しい撫子さんは居ません。
とってもドライです。本作のイメージの彼女を崩したくない方は、ブラウザバックお願いします。

読まなくても本編には何の影響もない、本当にただの番外編です。

それでも構わない方だけ、どうぞ。


―――◇―――

 

きっかけは、ただの話し声。

 

私に気遣ってのこと…と、耳触りの良い言葉を重ねていましたが、許すことは出来なかった。認めることを心が拒んだ。

 

その時ほど私の耳の良さを恨み、呪う事はないでしょう。…本当に一度、鼓膜を破ろうとして羽交い絞めにされたのも仕方ありません。

 

事実を理解して、理解して、理解した私は―――喪心、したらしい。

記憶はある。でもそれが、私の行ったことなのか我ながら自覚がない。

 

アレの事はもう気持ちが悪くて視界にも入れたくない。殺すつもりはなくても、生きていて欲しいとも思わない。

 

もう私が望んでいるのは、ただ一つだけ。…その一つだけの為に、私はこんな鳥籠のような場所に来たのだから。

 

だから―――

 

 

―――〇―――

Side.綾小路清隆

 

5月某日、指導室の前の廊下にて。

 

ため息交じりに捨て台詞を残した堀北を見送ると、同じように残された相手に視線を落とす。

長い黒髪に、紫水晶(アメジスト)の色の瞳。クラスどころか、今まで見た誰よりも大きな胸。美貌も、スタイルも最高の美少女だ。しかし、その性格は―――。

 

 

「なにか?」

 

「………いや、なんだ。お互い面倒なのに巻き込まれたなあ、と」

 

「左様ですか」

 

 

彼女と見つめ合ったのは、コレが二度目だった。

一度は入学式の日に。そして今日、担任の茶柱に呼び出されたこの場で。会話したのはこれが初めてだが、なんというか冷たい。だが、先ほどの堀北やHRでの茶柱とは違った熱というべきか、名状しがたい雰囲気だった。

…まるで、あの部屋の連中みたいな―――。いや、考えすぎだな。

 

何を話したら良いのか、首を傾げていると彼女は既に目の前に居ない。…どうやら帰ったようだ。俺はその反応に、先ほどよりも深いため息を吐く。…さよなら、俺の平穏な学生生活。

 

 

・◇・

 

 

西園寺の事は、あまり詳しくない。

 

Dクラスの女子生徒で、かなりの美少女だという事。

小テストで満点を取り、学校のSシステムについて素早く理解し、利用していた事。

そして、()()()()で高円寺並みに自由な性格をしている事だ。

 

…多分、クラスの他の連中も詳しくないだろう。何故なら彼女は、入学式のその日を入れてまだ3()()()()登校していないからだ。

 

5月1日の朝のHRで茶柱にSシステムが公表された日。…西園寺が実はSシステムを理解していた事を皆の前で暴露されても、何の反応も示さなかった。激昂する山内や、Dクラスの真実を聞いた幸村が声を荒げ、高円寺が場を乱して、平田や櫛田が取り成している最中でもどこ吹く風と聞き逃している。

 

唯一、反応を示したのは女子のカースト上位の軽井沢が指摘したときの一幕だけだ。

 

 

「ちょっと!西園寺さん!」

 

「なにか?」

 

「な、…なにかって、その、また明日から来ないつもりなの…!?」

 

「はい」

 

 

詰問するような態度の軽井沢に、一歩も動じない西園寺。逆に、質問した側の方が周囲に助けを求める様に視線を惑わせる。

クラス中の責めるような視線もものともせず、熱を感じない冷たい眼差しで軽井沢を見据えている。

 

 

「そ、その…。これ以上、自分勝手なことをしないでくれない!?」

 

「具体的には?」

 

「え?えっと…」

 

 

キョロキョロする軽井沢の代わりに、前に出たのは取り巻きの篠原だ。腰に手を当てて、彼女を威嚇するように声を上げる。

 

 

「あ、アンタがずる休みしたからクラスのポイントが減ったんじゃない!」

 

「そ、そうだよね…ずっといなかったし…」

 

「そ…そうだっ!俺達だけじゃない、西園寺ちゃんもずっとサボってたぞ!」

 

 

同調するように声を上げるのは篠原の友人の佐藤に、男子は池、山内らが続く。その声にも視線を向けず、ジッと軽井沢のみを見る西園寺にクラスの声は徐々に小さくなっていく。

それを面白くないのは、勝気な篠原だ。無視されたと思ったのか、西園寺の肩でも掴もうと手を伸ばした。その様子に平田が動き出すが、それよりも先に西園寺がその手をパシ、と弾く。

 

 

「っ、なにするのよ!」

 

「軽井沢?さん。貴方は私の質問に答えていません」

 

「え…?」

 

「ちょっと、無視しな「具体的には?と聞きました」…アンタ!」

 

 

手を払った事に、顔を赤くする篠原。今度は顔目掛けて手を振りかぶる。それに小さく悲鳴を上げる周囲と、後ろからその腕を抑える平田。教室は小さい混乱を呈している。

 

 

「っ!アンタ、無視するんじゃないわよっ!!」

 

「お、落ち着いて篠原さん。…軽井沢さん、クラスポイントの件でしょ?」

 

「そ、そう…。これ以上勝手に休んだら、クラスのポイントが0のままになっちゃうんでしょ?」

 

「減りません」

 

「な…え?…なんで?」

 

「単位を購入しました」

 

「は…?」

 

「なっ!」

 

 

単位を買った。端的に西園寺はそう言ってのけた。その言葉に、クラスの時が一瞬止まる。その空気を破ったのは、いままでニヤニヤと趨勢を見守っていた高円寺だ。

笑い声と、拍手まで送りながら出来の良い見世物をみた外国人のようなリアクションをしている。

 

 

「ハハハハハハッ!!流石だねえ、撫子嬢」

 

()()()()、なにか?」

 

「ふふっ…いやなに、昔とは()()()()()変わったが…やはり君は聡明だねえ」

 

「そうですか」

 

 

二人には面識があったのか、どこか勝手知ったるという様子だ。なおも笑い声を漏らす高円寺と、無表情でそれを見ている西園寺。

 

 

「―――ちなみにどの位買ったんだね?」

 

「3年生の学期末。卒業分まで購入しました」

 

「ハハハハハハッ!そうかそうか。では、君はもう学校には来ないのかね?」

 

「テストの日と、出席を求められた日は登校します」

 

「なるほどねぇ…いや、回答に感謝するよ」

 

「では」

 

「ああ、アデュー」

 

 

そうして西園寺はクラスを立ち去った。その後のクラスは、より一層深い混乱…いや、混迷模様だった。去った西園寺に陰口を叩く篠原。罵倒に口角泡を飛ばす幸村。それを収めようとする櫛田と平田。

 

クラスに、西園寺撫子という存在が深く刻み込まれた瞬間だった。

 

 

・◇・

 

 

そうしてその後の放課後、俺は校内放送で呼び出された。茶柱に給湯室に押し込まれると、そこには西園寺の姿があった。どうやら彼女も呼び出されたらしい。…無言が、痛いぞ。

 

その後、茶柱からの脅迫じみた呼び出しに応えて抗議をしていると、その矛先は西園寺にも向いた。

 

 

「そういえば、ここにもっと優秀な生徒がいたんだった。…なあ、西園寺」

 

「茶柱先生、本日のご用向きは?」

 

「担任として、一度も授業に出ない生徒を心配するのは当然のことだろう?」

 

「左様ですか」

 

 

皮肉を込めた言葉にも温度のない返事。それにフンと鼻を鳴らす不良教師は、西園寺に続けて指摘を続ける。その内容は成績やSシステム、単位の購入についてだった。ひとつひとつ丁寧に答えるも、その方法については何一つ真似が出来ない手法だった。

 

曰く、通学路の監視カメラや教員と上級生とクラス毎の雰囲気の違いから理解したこと。

曰く、()()ポイントを譲ってくれた上級生が居たこと。

曰く、曰く、曰く…。

 

 

…いや、無理だろ。いったいどうしたら、一日で学校のシステムを見抜ける?いったい何をしたら、現金と同じように使えるポイントを、入学して間もない生徒に無償で譲ってくれるんだ?

 

 

「…ハァ、本当の事を話すつもりはないのか?」

 

「話しています」

 

「………」

 

「………」

 

「―――いったいどこの世界に、一ヵ月で()()()もの現金(PP)を寄付だけで集められる聖人が居るというんだ?」

 

「なっ…!?」

 

 

数百万…。言い方的に、100万どころでないんだろうな…。10万ポイント毎月貰っても、十ヵ月分以上。一体どうやって集めたんだ?

騙し取ったのか、それとも…なんだ、ええと。

 

 

「ふん…()()()()使ったか?」

 

「っ先生、それは…!」

 

「…………」

 

 

思わず、という風に声を荒げる堀北。…すまん、正直俺も同じことを思った。だが、口にした茶柱先生も本気では言っていないのだろう。HRでの皮肉気な表情に笑みを浮かべている。そしてその冗談を聞いた西園寺からは、

 

 

「―――」

 

 

―――表情が抜け落ちていた。

 

 

「っひ…!」

 

「…、………」

 

「………」

 

 

先ほどまでも無表情だったが、今度は目から光が消えている。それでも茶柱からは瞬き一つせずに、目を逸らさないでいる。

思わず悲鳴を零す堀北と、二の句が継げないでいる茶柱。…恐らく口の動きからして、「冗談だ」とでも続けようとしたのだろう。開けた口からは、言葉ひとつ漏れだす事もない。…その理由を、恐らくこの場で俺だけが理解できた。

 

―――これは()()だ。

 

 

「話は終わりですか?」

 

「…ぁ、………、」

 

 

口をもごつかせる茶柱。俺達は勿論、西園寺自身も口を開かない。痛いほどの沈黙は、着信を知らせた茶柱のスマホによって断ち切られた。

 

 

「こ、この、後は会議がある。…行って良い」

 

「失礼します」

 

「………し、失礼します」

 

「………」

 

 

もはや慇懃無礼にも感じる程、丁寧にお辞儀をして退室する西園寺。俺と堀北もそれに続くと、退出した先で呼び止められる。

声をかけたのは堀北だ。…さっきのを聞いてまだ声をかけられるのは、凄い胆力だな。

俺は断り文句を言い、西園寺は無言を貫く。沈黙に耐えられなかったのか、捨て台詞と共に堀北は立ち去るとその場には俺と西園寺の二人だけが残された。

 

こうして、俺はAクラスを目指す為に暗躍することとなる。

………ちなみに次に西園寺と会ったのは、当然と言えば当然だが赤点で退学となる期末テスト当日のことだった。クラスメイトの視線も物ともせず、また過去問が無いにも関わらず、彼女は全教科満点だった。

 

そして、1年の終わりにあいつはAクラスになった。俺も、堀北も茶柱も、クラスの全員の思惑を裏切る形で。

 

 

―――〇―――

Side.堀北 鈴音

 

 

彼女―――西園寺撫子さんは、Dクラスでも特異な存在だ。喧嘩っ早く問題を起こす須藤君や、唯我独尊な高円寺君とも違う。孤立…いいえ、孤高かしら?

そもそも学校に来ていないから、交友関係も分からないし普段もどこに居るのか分からない。…5月には期末テストの際に、教師役として協力を要請したのだけれど一度として部屋から出た事は無かった。クラスメイトの話でも、目撃した人はいないみたいだった。

 

そんな彼女だけれど、能力は他の追随を許さぬほど高い。テストでは全教科満点。特別試験も、体育祭でも必ずと言って良いほど結果を残している。…生徒会の、兄さんからの勧誘を蹴ったそうだけど、それも当然と言えるほど、彼女は優れていた。

この前の夏休みの試験でも、そうだった。

 

 

・◇・

 

 

夏休みに唐突に始まった特別試験。彼女とは同室だったけれど、ほとんど部屋に居た私と違って彼女は姿を見せなかった。改めて島について試験の説明がされると、彼女はフラッと姿を消していた。

やむを得ず彼女を除いた皆で方針の相談や、リーダーの決定、拠点となる場所の決定。それらを決めて午後の夕暮れ時、彼女は戻って来た。

 

 

「あ、西園寺さん!」

 

「…今までどこに行っていたのかしら?」

 

「島を回っていました」

 

 

相変わらずの表情で、そして端的に言葉を返す彼女に周囲のボルテージもまた上がっていく。篠原さんなんかは特に顕著ね。…以前の教室での事、まだ根に持っているのでしょう。

 

 

「ちょっと!勝手な行動はしないでよっ!」

 

「この試験のてーまは自由。皆様が何かをするも自由。私が何をするも、自由。…違いますか?」

 

「なっ…!アンタねえっ!」

 

「待って、篠原さん。…西園寺さん、島を回って、何をしていたのかな?」

 

 

平田君が間に入って、場を取り成そうとする。西園寺さんはそれに応えるように、ジャージのポケットから3枚のカードを取り出して、私に差し出した。

それぞれに名前が刻印された―――()()()()()()()()を。

 

 

「こちらを集めていました」

 

「な…」

 

「それって…!リーダーの!?」

 

「ハァ!?なんでアンタが持ってるのよ!!」

 

 

騒つくクラスメイト達の渦中で、無言のままでいる西園寺さん。恐る恐るそれを受け取ると、間違いなく自分が持つのと同じリーダーのカードだった。間違いない。

 

 

「シラナミチヒロ…、イブキミオ、ニシカワリョウコ…これって」

 

「他のクラスの物です。利用するのも、しないのもお任せします。…私はこれで試験から失礼しますが、よろしいですね?」

 

「な…、ちょっとそんな勝手が許される訳ないでしょ!?」

 

「それにどうやって!?まさか盗んだの!?」

 

 

言うだけいって、立ち去ろうとする西園寺さん。その手を遮るように、拠点に居た皆が周りを取り囲む。

口々に不満や、批難するような罵倒や態度を示すクラスメイト達。それに対する西園寺さんの対応は―――無視だった。

何も言わない、何もしない。ただそこに居るだけの彼女に、クラス中の言葉による()()が突き刺さる。そうこうしている内に、その日の点呼となる。

茶柱先生が来ると、一端の矛を収めて皆が散開した。

 

 

「では点呼を始める。まず「茶柱先生、先に申し上げたいことがあります」―――なんだ、西園寺」

 

「私はこの試験をりたいあ致します」

 

「ふむ。理由は?」

 

「体調不良です。何か問題ありますか?」

 

「フン…問題は無いが、「ちょっとアンタ!なに勝手に決めてるのよ!」―――だそうだが?」

 

「それに応えねばならない理由が、茶柱先生にあるのですか?」

 

「まさか。…だが、担任としては、そうだな。生徒同士の不和をそのままにしておくのはどうかと思っただけだとも」

 

 

…いきなり茶柱先生にリタイアを告げた。予想できなかった訳じゃないけど、まさか満座の前でするだなんて。案の定、クラス中のヘイトを受ける西園寺さん。篠原さんを筆頭に、女子たちの視線も厳しい。

それを面白がっているのは茶柱先生だ。…この人もどこか、西園寺さんを疎ましく思っているのかもしれないけど、これじゃあ余計にクラスの雰囲気が悪くなる。

こんな序盤でつまずくなんて…。そう思っていると、西園寺さんはポケットからまた何かを取り出した。

 

 

「………なんだ、それは?」

 

「ぼいすれこーだー、です。Cクラスから預かりました」

 

「な、なんでそんなものアンタが持ってるのよ!」

 

「再生します」

 

 

まだ騒いでいる篠原さん。…いいえ、よく見れば一部の生徒の顔色が悪い。さっき散々、口々に零していた罵倒を、不満を、その機会は備に録音していたのだから。

案の定、音声を聞いた茶柱先生の表情は一変し周りで囲んでいた面々の表情も曇る。

 

 

「…成る程、よく分かった。リタイアだったな西園寺。受理しよう。そのボイスレコーダーは「私が責任を持って保管します」…そうか」

 

「失礼します」

 

「………」

 

 

苦虫を嚙み潰したような茶柱先生。…顔色を悪くした面々も道を開け、西園寺さんが船に去ろうとするのを見送ろうとする。でも、その背中に平田君が声をかけた。

 

 

「待って欲しい、西園寺さん!」

 

「なんですか平田君」

 

「…ええと、その」

 

「未だなにか?」

 

「何故、独りであろうとするんだい?」

 

「興味がないので」

 

「きょう、み…?」

 

 

悩む素振りすらなく、西園寺さんはそう言い残すと船へと消えて行った。

その結果、Dクラスは紆余曲折あったものの1位の成績で結果を残すことが出来た。その頃からだろうか、クラスの皆も西園寺さんの実力に口を挟まなくなったのは。

 

 

・◇・

 

 

そしてその後の船上試験でも、西園寺さんは圧倒的な活躍をみせた。

 

配置されたのは龍グループ。クラスのリーダーが集うグループに、西園寺さんは時間ギリギリに入室をした。

 

 

「ククク、やっときたなあ。島の試験では好き勝手出来たみたいだが、どうやったんだ?西園寺」

 

「………」

 

「おいおい、遅れて来たのに無視かよ。寂しいじゃねえか、なあ?葛城」

 

「何故、俺に話を振るんだ」

 

「お前だって知りたいんじゃねえか?どうやって、底辺のDクラスが俺達を()()()()()のかをよぉ」

 

「それは………」

 

「………」「………」

 

 

Cクラス、龍園君にさっそくとばかりに声をかけられた西園寺さん。ただその話題は私達Dクラスにもタイムリーな内容だった。

私も平田君、櫛田さんだって知りたいことだった。

チラリと観察すると、Bクラスの神崎君も会話に注視していて室内の話題は西園寺さんの行動に集約されつつあった。

 

しかし、時間は皆に平等に過ぎるもの。アナウンスが流れると龍園君も舌打ちをして、一端はなしを切る。その後は櫛田さんが話し合いに水を向けて、各々のクラスが自己紹介をする。Aクラス、Bクラス、Cクラス。最後にDクラスとなって西園寺さんも名乗ると、再び話題は試験についてとなる。口火を切ったのは、Aクラス。葛城君からだ。

 

 

「俺達の提案をするのは、一切の話し合いの放棄。優待者の逃げ切りを許し、全てのクラスにデメリットなく試験を終える作戦を提案する」

 

「おいおいおい、ビビってんのか?葛城」

 

「なんとでも言え」

 

「―――」

 

「―――」

 

 

会話の応酬で、私もAクラスの作戦に反対の理由を述べる。Bクラスも、そしてCクラスも反対し、Aクラスは穴熊を決め込み腕を組む。膠着をみせる会議の場は、その場にそぐわないスマホの着信音によって中断された。

 

 

「あ?誰のスマホだ?」

 

「私です。失礼します」

 

「………?」

 

「………」

 

 

電話を取ったのは西園寺さんだった。部屋の皆の視線を集めながら、スマホに耳を当てる。…いったい誰が?Dクラスの誰かとは思えないけれど…。

 

 

「チッ…こういう場ならマナーモードが基本だろ」

 

…はい、そうですか。分かりました、ええ…

 

「フン、どんだけ見た目が良くてもDクラスは常識が―――あ?」

 

「?」

 

 

このポカンとした表情の龍園君。その視線の先には、スマホを操作する西園寺さんの姿があった。…え?まだ通話しているわよね?…じゃあ、その()()()()()()()()()は―――?

疑問を口にする間もなく、再びスマホから通知音がする。今度は一つではない。複数―――この部屋のスマホ全員分が鳴っている!

 

 

「っ、まさか!」

 

「おいおい…!」

 

 

スマホにはメールが届いている。内容は予想の通り。

 

【龍グループの優待者が指名されました、以降、龍グループの話し合いは不要となります、他のグループの邪魔にならない様―――】

 

 

「ククク、やりやがったなぁ、西園寺…!」

 

「では失礼します」

 

「っ、待ちなさい…!!」

 

 

伸ばした手は空を切り、彼女は扉の向こうへと消えていく。追いかけることも考えた。しかしそれよりも先に、私達にはやらなければ行けないことがある。

この場の収束、クラスへの説明、西園寺さんの扱い。

 

「っ、(いつか必ず…!)」

 

 

―――追いついてみせる。

そう、その時に私は無謀にもそう思い、信じていたのだ。…とっくに、手遅れだったのに。

 

――――――〇――――――

Side.櫛田 桔梗

 

 

気に食わない。

 

『―――聞いてよ櫛田さん、西園寺さんて本当にムカつかない?』『あんな言い方しなくてもいいよね?』『ホント、お高く―――』

 

気に食わない、気に食わない、気に食わない。

 

『―――ねえ櫛田さん、西園寺さんのことなんだけど』『おい桔梗、もっと役に立つ情報はねえのか?西園寺の弱点とか、よぉ…?』『櫛田さん、撫子さんの事をもっと詳しく教えて貰いたいんですが―――』

 

気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない!!!

 

『―――ねえ、西園寺さん。たまには一緒に、』

 

『失礼します』

 

気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない気に食わない―――!!

 

アイツの全てが気に食わない。出会った時からそうだった。

 

顔も、スタイルも、頭の良さも、その全部が私よりも上だった。友達も居ないと思ったのに、妙に人気がある。アイツの連絡先が欲しいだとか、好きなものが知りたいとか、ホントホント、目障りなヤツッ!!

 

…5月の時は、最初のテストの時。満点を取ってたから教師役で勉強会に呼ぼうとした時も居留守を使ったのかガン無視されるし、それ以降も全然見かけない。学校に来る義務が無いからって、私の友達たちの誰からも目撃情報がないなんて、一体どこに居るのよ。

 

…そのせいで、無駄に偉そうな堀北からはため息をついて見下されるし…サイアク。最悪最悪最悪っ!!

本当にきらい、キライ、嫌い…!っそれなのにっ…!

 

 

『"―――私が私であるためには、過去を知る人は全部いなくなってもらわないと困るんだよ"』

 

「…なんで」

 

「………」

 

 

―――よりによってコイツなんかに私の秘密を知られるなんてっ…!!

 

目の前で再生されているのは、体育祭の舞台裏。私が、龍園(あくま)と契約して堀北を陥れた一幕の音声付きの動画だった。

キャパを超えた私は、無様に飛び掛かって西園寺に避けられ地面に転がる。その後も何度も腕を振って、髪を振り乱して必死に手を伸ばすけど、掠めもしない。

 

 

「…寄越せっ!っ返せええぇっ!!」

 

「………」

 

「ふぅ、ふっー…!!っはぁ、はぁっ!!」

 

 

なんども飛び掛かって、恫喝してもコイツは顔色一つ変えずにこっちを見下ろしてる。もう冬で、寒い筈なのに不愉快な汗が伝う感じがする。髪もべたべたと顔に張り付いていて、気持ち悪い。

息が切れて、肩を揺らしてもう睨んで声を出す事しか出来ない。…惨めだった。最悪だった。もう終わりだった。

 

こいつは、きっと私の事なんてムシケラと同じようにしか思ってない。クラスの裏切り者の私を、目障りになった私のことを、きっと退学にするんだろう。

 

 

「はぁ…はぁ…!」

 

「………」

 

「う、ぅううぅううううゔゔゔっ…!!」

 

 

もうどうでも良い。ボロボロと悔し涙も出て、わんわんと感情的に泣く。どうせ最後だからと、秘密を全部コイツにぶつけてやった。クラスメイトも、先輩も、友達もなにも関係ない。

今までみんなの櫛田桔梗(ゴミ箱)をやってたんだ、無理が来たんだ。やっぱり駄目だった。失敗した。

 

振り切れた心のタガは、もう簡単には直らない。小学生みたいに目の前のコイツの事も散々にこき下ろした。

なんだその胸。顔。なんでお前なんかが私と同い年でしかも同じ学校に居るんだよ。

 

 

「…満足しましたか?」

 

「っ…なによ…しゃべれんのアンタ?声帯腐ってるのかと思ってたよ」

 

 

声はガラガラだった。さんざ叫んで、泣いてりゃこうなるって。

もう投げやりに返事を返していると、こっちにスマホを投げ渡される。

 

 

「っ、何の真似?」

 

「欲しがっていたので、渡しました。…落ち着いた今なら構わないでしょう」

 

「誰のせいよ…!!」

 

 

諦めていたが、それはそれ。余計なアプリが入っていない分、直ぐに動画のファイルは見つかった。

完全削除をして、念のためクラウドや送信履歴などが残っていないかもチェックする。…大丈夫みたい。

 

 

「すぅ…はぁっ…!!」

 

「………」

 

 

思わず、という風に重い深呼吸をしてしまう。命からがら、最後の最後で助かった。

これで、これ、で――――

 

 

『ピッ―――返せええぇっ!』

 

「は…?」

 

「手間が省けましたね」

 

『ピ、ピ、―――ふざけんなよ!堀北も!龍園も!馬鹿にしやがって!クラスの連中も馬鹿ばっかりだ!!』

 

「お、あ…あああああああああぁぁああぁ!!

 

 

今度こそ、終わった。

もう私は、コイツに逆らえない。私しか、私にしか言ってない連中の秘密を何個も話してしまっている。

 

コイツも退学させる?…そうだ、それしかない。でも―――

 

 

「私は2()0()0()0()()P()P()を所持しています。…退学にしようとしても、無駄です」

 

「…あ、あは、あはは、ははっはははは…!」

 

 

膝から崩れ落ちる。ボロボロと涙も、鼻水もぐしゃぐしゃと溢れて、全部台無しだ。

そんな不愉快な事すら、もう気を回す気力が沸かない。

 

―――もう残りの学園生活、私は…コイツの家畜として過ごすしかないんだ。

 

 

・◇・

 

 

そうして私はコイツの駒になった。…でも、コイツはなにも言ってこなかった。いや、正確には一言だけの命令がメッセージアプリで届いてた。

 

 

―――『気が付いた事を知らせる様に』

 

 

たったそれだけ。

 

その日から私は「今日は誰に会ってどういう話をした」だの、「Dクラスの軽井沢さんが平田君と別れた」、「王美雨、みーちゃんが平田君の事が好き」だとかそういう事を。

 

都度、『了解』と返事が返ってくるので無視されている訳じゃないんだろうけど。なんていうか、その度に許されたような、認められて、評価された時みたいな安堵を感じる。

 

・・

 

その後のペーパーシャッフル試験も、混合合宿も一年最後の試験でも、コイツは他に何も言ってこなかったし、なにもしなかった。

ただ出席を求められた日に出席して、それでもテストも試験も全部満点。もうクラスの連中も、西園寺のことは別枠として認識してたように思う。(もちろん、裏では女子にぐずぐずに悪口を言われてたけど)

 

…そういえば、混合合宿では2日目には居なくなってた。Aクラスが大半のグループに入ったと思ったら、急にいなくなって、学校はそれに対して別にペナルティも与えずなあなあになってて。

まあ例の退学者が出た件で有耶無耶になってたけど、なんかそれまで宿舎の空気がピリピリしてたのを覚えてる。廊下に先生も常にウロウロしてたし、脱走でもしたのかって噂になってた。

 

 

そんなアイツがDクラスを去ったのは、1年最後特別試験の前の日だった。

 

きっかけは多分、学校が急にやった退学投票試験のせいだ。アレのせいで、Dクラスはバラバラになった。

退学者が学年で出ていないからって理由で起きた理不尽な試験。人気者の私は全く怖くなかったけど、女子から嫌われてる山内とか池、須藤。それに好き勝手する高円寺と西園寺撫子。その辺が退学筆頭だった。

 

でも、試験当日までDクラスには緩い空気が漂ってたんだ。理由は茶柱先生が、

 

『退学を無効にするには2000万ポイントが必要だ。西()()()()()()()()()、お前らに用意できるは思えんがな』

 

なんて意味深な言葉を吐いたから。その結果、あれよこれよという間にDクラスは西園寺に投票する空気になっていった。投票の前日に、堀北が山内がAクラスと内通した裏切り者で、綾小路を退学にしようとしていると告発。

他にも平田が豹変して自分に投票しろだの言っていたのに、当日に処刑台に上ったのは1票差で西園寺だった。

 

 

「38票で最下位は西園寺撫子、お前だ」

 

「…そうですか」

 

 

…38票。私も投票の事をメッセージで聞いたら『好きにどうぞ』と言われたから批判票に入れたけど、ほぼ全票じゃん。

それでもアイツは茶柱先生にそう宣告されても普段通り。むしろ、クラスの連中が次第に騒めきだす。いや、最初に大声で喜びだした山内はずっとうるさかったけど。その後、スマホを弄っている西園寺に平田が2000万ポイントを使わないのかと聞くと、その日初めて西園寺は感情らしい感情を浮かべて、不思議そうに「誰がそのような事を?」と聞いてた。

 

 

「え?…それは、茶柱先生が…」

 

「…はぁ。そういうことですか…

 

 

露骨にため息を吐いた西園寺は、持っているポイントの画面をクラスに見えるように向ける。そこには、『17,110,231』という2000万には少し届かないぐらいの、それでも大金が表示されてた。

 

それに慌てたのは聞いた平田自身。そうだよね?退学者を出さない為に彼女に投票したのに、実際は2000万は持ってなくてこのままじゃ西園寺は退学になる。

 

私は櫛田桔梗というキャラクター的に、平田はいつもの偽善で、堀北はなんだろ?打算かな。他にも何人かの生徒でポイントを出し合って西園寺を救おうって流れになった。でも、ここで余計な事を言った奴がいた。…そう、山内(バカ)だ。

 

 

「へへ…おいおい退学になるなんて、可哀そうだなあ!撫子ちゃん」

 

「………」

 

「無視すんなよ!」

 

 

自分の退学が無くなったのが嬉しいのかったのか、普段は澄ましている西園寺が退学の危機に面してるのが嬉しいのか、馬鹿は饒舌に話し出す。『ポイントが欲しかったらお願いしろ』、『体を好きにさせろ』、そんなことを言い出しやがった。…言い方はもっとキモかったけど。

もちろん、女子はドン引きだったし茶柱も注意した。だけど、そんな程度で止まるならもっと頭使って発言してると思う。

 

 

「………」

 

 

ただそんな中でも、西園寺は無言でスマホを弄っていた。それに気を悪くしたのは篠原だ。無視されてると思ったのか、ポイントを貰いたいなら頭を下げろと言った。私や平田が収めようとしても、便乗した馬鹿どもがギャーギャー話すせいで全然届かない。謝罪コールをするやつすら居た。…茶柱も担任だろ、止めろよ。

 

クラスの雰囲気は最悪だ。そう思ったら突如、ガタリと西園寺が席を立った。

 

 

「な、なによ…謝る気になったの!?」

 

「篠原さんっ…!」

 

「へ、へへ。ほら、ポイントが欲しかったらお「茶柱先生」…おい!」

 

 

無視された馬鹿が声を上げても、西園寺はまるで聞こえていないように茶柱にスマホを向ける。そこには、先ほどのポイントの画面がある。

 

 

「…馬鹿な」

 

「退学を無効にして頂きます。よろしいですね?」

 

 

茶柱だけじゃない。クラス中が驚いていた。金額が増えている。それも2000万どころじゃない。

 

『47,110,231』ポイント。

 

突然、降って沸いたように増えた3000万ポイント。それに一番最初に声を上げたのは、最も頭のキャパが狭い馬鹿だった。

 

 

「は、はああああ!!?ど、どうやって、誰からもらったんだよ!?」

 

「………振込しました。では、失礼します」

 

「無視するんじゃねえよ!」

 

 

退学を取り消して、教室を出ようとした西園寺に手を伸ばす馬鹿。流石に暴力は不味いと思ったのか、4月よりマシになった須藤(バカ)が羽交い絞めにすると、退室間際に平田が声をかけた。

 

 

「西園寺さん、すまなかった。そして、ありがとう」

 

「…?何の謝罪と、何の感謝ですか?」

 

「え?それは…僕は、君を救えなかった。でも君は、君のおかげでDクラスは退学者を出さなくよかったそれの…」

 

 

最後はふっと消えるような声色だった。依然として平田の顔色は悪い。過去のトラウマでも踏んだのか、ずっとおかしな様子だったが、マシになったのだろうか。それに対して西園寺は立ち去るのかと思ったら、ジッと平田を見つめている。

 

 

「退学者が、出ない?」

 

「え?あ、あぁ!そうだ。…僕たちのクラスは、万全の体制で学年末の試験に挑める。みんな君に、感謝しているよ」

 

「…?()()()()?」

 

「え?」「は?」

 

 

は?…いけない、思わず口に出た。でもどういう事?退学者は出てないでしょ?そう思って聞こうしたけど、アイツはもう帰っていた。その後、相変わらずキモい山内はAクラスの坂柳の名前を呼んで教室を出ていくし、西園寺に謝罪コールをしていた奴らはバツが悪いようでそそくさと教室を出ていく。

 

私も、その日は疲れたからすぐに帰って眠った。

土曜日の試験のあと、一日休みを挿んで、月曜日の登校日。

 

仲の良いオトモダチと教室に足を運んで、それで、―――西園寺の言葉の意味が分かった。

 

()()()()

 

 

「え…?どういうこと?」

 

「おはよ…え?これは…」

 

 

徐々に当校している生徒が増えるにつれて、混乱は大きくなる。いや、良く見ると騒ぎはウチのクラスだけじゃない。隣のCクラスも、もっと奥のクラスからも騒ぐ声が廊下に響いてる。

 

須藤、池、山内、外村の席がない。情報を集めようと他のクラスのグループチャットを見ると、Cクラスはもっと悲惨で龍園を含む10人以上の席が無くなっているらしい。

 

混乱もそのままに、HRの予鈴が鳴る。…でも、来てる生徒の数が机の数より少ない。…綾小路が居ないんだ。

いつもは厭わしく思う担任の登場を、今か今かを待っていると扉の開く音と共に見知らぬスーツの男が入ってきた。

 

 

「はい、皆さん席について下さい」

 

「え…?」「誰?」

 

「あ、あの…茶柱先生は「席につけ、と言いましたよ?3度目はありません」…っ!」

 

 

有無を言わせぬ口調に、全員が慌てて席につく。起立、礼、着席。普段通りの工程で、いつもとは違うHRが始まった。

男の名前は月島といって、理事長代理らしい。胡散臭い笑みで自己紹介をすると、なんといきなり茶柱がクビになった事が知らされた。

 

 

「クビって…!?そんな、いきなりあり得るんですか?」

 

「最近はむしろ、教師の方が生徒より社会的立場は弱い風潮がありますからねえ。仔細は話せませんが、彼女は職権乱用である生徒に退学を盾に脅して良からぬことをしていた事実が認定されました」

 

「そんな…」

 

 

そんな奴には見えなかったけど、とりあえず心配そうな表情(かお)は作っておく。その後、全然思ってないだろうが「担任が居なくなってショックでしょうが、皆さん来週の試験は頑張って下さいね」と言い残し教室を去ろうとした。それに待ったをかけたのは平田だ。

 

朝からいなくなっていた連中を心配してたのは、間違いなく平田洋介だけだろうケド。そんな平田から4人の事を聞かれた月島は思い出したように、掌にポンと手をついて「あぁ、そういえば」と話し出す。

 

 

「えーと、すまない。名前は何だったか覚えていないが、まあ退学したからかまわないかな。…彼らは盗撮で退学になったよ」

 

「盗撮!?」「はぁ!?」

 

「なんでもプールの女子更衣室に改造ラジコンでカメラを運んで盗撮したようだ。まあ普通に犯罪行為だね」

 

「そんな…!」

 

 

マジかよ最低だな。…てか、西園寺の言っていたのはコレのことだったのか。結局、結果だけみたら山内は退学してる。もし、昨日の騒動がこの大量の退学に繋がったのなら、本当に茶柱は余計な一言で自分の首を絞めたことになる。

 

 

「代理とはいえ理事として心が痛いよ。まさか1年最後の試験直前に十数名の退学者が出るとはいやはや、例年より退学者が出ないと聞いて優秀と思っていたんですがねえ」

 

「は…!?じゅ、十数人!?」

 

 

ざわつくクラスを尻目に、理事長代理とやらはクラスを去っていった。…結局、退学者を出したのはAとBクラス以外の2クラス。停学を入れるならAクラスも入って、清廉潔白なのはBクラスだけだったみたい。

 

DとCはクラスポイントが0どころかマイナスまで振り切っていて、Aクラスも停学がいっぱい出ていてBクラス落ちした。

…後は生徒会長。この時期に新旧合わせて退学って何やったのよ。まあ堀北がむちゃくちゃ落ち込んでたからいいけど。

 

 

この騒動の中心であろう西園寺は結局試験の前日も登校はせず、いっそのこと次の試験の司令塔として選択して負けて、退学をさせようなんて過激な発言も出る始末だった。

そして試験当日。アイツは登校した。()、Aクラスの司令塔として。結果は0-7の完勝。プロテクトポイントを持ってた金田は停学で参加出来なかったから、Cクラスからは一人退学とマイナスの債務が増えた。

 

こっちのDと()Aクラスの争いは、同じくプロテクトポイント持ちの綾小路と坂柳が停学を食らってて泥沼模様に。平田が立候補した結果、女子連中は死ぬ気で頑張るけど元とは言えAクラス。2-5で負けて平田の退学が決まった。

 

意気消沈した堀北は見ていて楽しかったけど、泣き叫ぶ女子を慰めるのは面倒だった。控えめに言って、地獄絵図。

次の日には綾小路君が復学すると女子たちに詰められ、それを監視カメラで見ていた教員からイジメ判定を受けて停学になってた。その時点のクラスのポイントが、こう。

 

A:一之瀬クラス870ポイント

B:坂柳クラス601ポイント

C:元、龍園クラス▲899ポイント

D:私達のクラス▲133ポイント

 

 

…もう私達Dクラスに再起の芽はない。誰がどう見ても分かる。

私にできるのは、可哀そうなDクラスの皆を慰めて、他のクラスの皆からはちやほやされる櫛田桔梗を続けることくらいだ。それでも。

 

 

『今日は1年の七瀬って女子生徒が綾小路に接触してた。八神って奴、私は知らないんだけど後輩面してキモい後は…』

 

 

それでも私は、今日もアイツにメッセージを送る。

 

 

・・

 

・・・

 

『了解』

 

「っふぅ…」

 

 

このメッセージが、私を縛る限り。

 

 

 

―――◇―――

Side.西園寺 撫子

 

 

「………あ、あの、西園寺さん」

 

「黙って下さい」

 

「ひゃいっ」

 

 

そう言ってビクリと身体を強張らせる、…?誰でしたか、まあいいでしょう。桃色の長髪の彼女をベッドで抱きしめる。私も、同衾している彼女も一糸まとわぬ姿で過ごす。それが、彼女に…いや、この部屋に来る相手に命じたルールだからだ。

部屋は適温で保たれているので、風邪をひくようなことはない。

 

 

「すぅ…」

 

「ん…ゃ…ぅ…」

 

「…、黙れと、言いましたが?」

 

「あう…ごめんな「3度目です」…っ」

 

 

彼女の乳房を軽く口吸うと、決まって身悶えして喘ぎを零す。それを咎めると、余計に意識を強め余計に感じてしまう。それは、人体のメカニズムだ。そうして耳を、唇を、首筋を、うなじと順に指を這わせる。

そうして彼女が()()()()()()のを確かめると、ベッドに押し倒す。

 

 

「きゃっ…」

 

「寝ます。…これ以上、鳴かないで下さいね」

 

「…っ」

 

返事はない。だが頷くのを気配で感じた。目を瞑り、彼女の心音を感じる様に頭を預ける。徐々に遠くなっていく意識に、私は漸く眠りにつくことができたのを()()()()

 

 

「………」

 

「………っ」

 

 

身体は動かない。何も見えない。でも、耳だけは聞こえる。私の息遣い、彼女の息遣い、心音。もし、物音ひとつ立てば私の身体は目を覚まして辛いだけの現実を生きることになる。…このつかの間の逃避だけが、私の苦しみを癒してくれている。

だから私は、今日もこうして彼女を抱いて寝る。もう、慣れてしまったのだ。

 

 

・◇・

 

 

こんな体になったのは、()()を生んで数日後のこと。ひょんな事から、事実を知った。

その瞬間、世界全てがひっくり返ったような気持ちになった。今まで受けていた全ての思いが、感情が気持ち悪い。腹立たしい。そんなものを許容していた自分を殺したい程、憎たらしく思う。激怒し、祖父に掴み掛かった。殺意すら込めて恫喝しようと、それでも祖父は首を縦に振らなかった。

 

それから私は、人に触れられなくなった。潔癖症に近いのだと思う。特に異性がダメだ。会話をするだけで気持ちが悪い。だが、そうしたら今度は不眠症に罹患した。通常なら睡眠導入剤やら試すのだろうが、私は薬を()()()()

効きすぎてしまうのだ。まさか医療用麻酔で半年以上昏睡するだなんて、誰が思っただろう。その結果が、アレな訳ですが。

 

自分でも調べてみた結果、心臓の音と人肌の温度が最も効果的だった。

…お笑い草だ。人を遠ざけた結果、独りでは生きていけない身体になるなんて。

 

そんな私を憐れんだのか、嘲笑っていたのかは知らない。だがある日、私は祖父に呼び出され望みを叶える変わりにある条件を出される。

 

それが、【高度育成高等学校をAクラスで卒業する】という事。

意味も理由も分からなかったが、そうすれば父の居場所を教えるというなら、なんでも構わない。

 

最初の配属はDクラス。そしてクラス替えはないという担任の説明に、意味を察する。

そうと判ったら先立つものを集める。ポイントと、()()だ。

 

 

「いらっしゃいませ~なにかお探しですか?」

 

「―――はい。少し下着をみたいのですが…お手伝いをして貰っても?」

 

「ええ、お任せください。何色の下着が…」

 

 

どうすれば、人の目を引くことが出来るか。魅力的に見えるか、欲望を覚えさせるか、庇護をさせられるか、私はもう既に、そして充分すぎるほど理解していた。

 

目の前で制服のリボンを解き、ボタンをゆっくり外す。恥じらうように表情を朱に染め、止めようとする手を絡め捕り私の左胸に重ねる。…気持ち悪い。

 

 

「…あ、あぁ!あぁ、あ、の…あの、あのあの…!」

 

「下着を選ぶのは始めてで…何色が似合うと思いますか?」

 

「――――っ!!」

 

 

気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

気持ち悪いけど、男よりはマシだ。店の店員、警備のスタッフ、学校の事務員、生徒、そして教師。

 

少しずつ、学校のルールを紐解いていく。少しずつ、私の根を校内にも校外にも張っていく。

そうしてポイントの有効性と、2000万でのクラス移行が出来ることを理解する。

そうして一月も経つ頃には、おおよその目途が立った。

 

私の持つのは()()()()()従業員用の端末だ。学校のセキュリティに発覚する事のない情報元。

後は、作った枝の連中にもエサやりを忘れずに無駄な時間を過ごすだけ。倦怠感を覚えるほどつまらない消化試合。

 

学校も試験日だけは出て、それ以外は篭絡した彼女を使い、従業員用のホテルやラウンジで過ごした。自室は…休むには騒がしすぎる。担任はこちらを利用するつもりのようでしたが、無視です。

 

…あぁ、そういえば幼馴染とでもいうのでしょうか?高円寺君と神崎君も居るとは思いませんでした。いずれもほどほどの距離を保ってくれる殿方で助かります。

でも、いいえ。結果的には良しとしましたが、退学者を出す試験で集られるとは思いませんでした。

お金で友人は買えないそうですが、友人でお金は貰えるのですね。

 

まさか1年生の末で()()の半分を使うとは思いませんでしたが、まあいいです。

生徒会長の暴行、新たな会長の女性への性的暴行。同級生らの脅迫に窃盗に暴行に盗撮と、本当にこの学校は将来の日本を担う人材を育む学校なのでしょうか?

 

ですが、もうほぼ詰みでしょう。あの承認欲求の権化の心臓を掴んでいるし、目障りな元担任は排除した。

新たな担任となった養護教諭は直ぐに私に溺れた。新しいクラスメイトも、融資をした私に負い目がある以上は安泰でしょう。

 

強いていうなら実力の圧倒的な高円寺君と、底の知れない綾小路君、彼らが暴れる事態にならなければそれでいい。

今のクラスも、ポイントも枝や彼女たちも、どうなっても構いません。

最後に、私がAクラスで卒業出来ていれば、それで良い。

 

だから、もう少しだけ―――待っていてください。

 

 

…お父様

 

「……?」

 

 

彼女が首を傾げるのを感じる。身動ぎでもしたのだろうか、意識が覚醒する。

…あぁ、不自由な身体が腹立たしい。

 

また始まる。面倒で退屈な生活が。

 

早く、早く早く早く、

 

私を、解放して。

 

 




はい、読了ありがとうございました。

ちなみに後は消化試合。綾小路君は茶柱先生が退学になって手を抜き出すし、
5人退学+停学多数でDクラスは戦力激減。Cクラスはほぼ壊滅。元Aクラスは停学ラッシュでポイント激減&坂柳の影響激減。

もしここから巻き返しがあっても、撫子オルタさんはポイントを使って卒業前にAクラスに行くので全然気にしていないです。

もちろんAクラスで卒業後に撫子オルタさんが父親のところにいっても幸せには成れません。
仕方ないね。やっぱり本編がナンバーワン。

読了、ありがとうございました。


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夏休み編
①:そのお◯ぱいでX6歳は嘘でしょ


お待たせしました。
夏休み編その①です。

連投予定…でしたが、進捗芳しく無く、新刊販売してしまいました。
前回より間が空いてしまいもうしわけございません。

エタる予定はないですが、今回ので執筆意欲が出てきたので今しばしお待ち下さい。

それでは、どうぞどうぞ。


 

―――◇―――

Side.撫子

 

皆様、ごきげんよう。船上試験も終えて、私たちは無事、学校へと戻って参りました。

特別試験を早期に終わらせた為か、皆様。豪華客船という非現実を大いに楽しみ、クラスの方同士で友諠を結んだり、その仲を発展させる方もいらっしゃった様子です。

 

かくいう私自身も、沢山のお誘いを頂きました。帆波や千尋さんに誘われてパジャマ女子会?…で、よろしいのですよね?を楽しんだり、お酒を嗜んでいた星之宮先生や茶柱先生、他の先生方のお席にお邪魔してお酌をしたり。(次の日に謝られました…。…なぜでしょう?)

他にも…そう、船内でお借り出来るパーティドレスのレンタルを出来ると聞いて、そのお店を覗きにいったのです。それが、まさかあんな事になるだなんて…。

 

 

・◇・

 

 

―――今考えても、恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまいます。…私はその日、船でのお祭り騒ぎ…そんな雰囲気に当てられてしまったのか、もう年甲斐もなく浮かれておりました。…魔が差した、というのかもしれません。

また前日にも様々なクラスの方と一緒に居て、勘違いをしていたのだと思います。

 

…私は、皆様とは違う。常識(当たり前)から()()ている事を、()()()()()()事を、忘れてはいけなかったというのに。

 

 

「~♪、…っ~♪……?」

 

 

私は、船内にあるとあるお店―――パーティ用ドレスのレンタルしている―――に入ると、店員様に勧められるまま着替えてしまいました。

 

最初は背中の大きく開けた深紅のイブニングドレスをおススメされました。…ただ、あれよこれよとアクセサリーもご用意頂いて…何故かメイクから髪型から色々と整えて頂く事になり驚いてしまいました。

流石に派手に過ぎると思い、シンプルな濃紺のカクテルドレスを選ぶことに。

そして店を出ると日は暮れて来ていて、割と時間が経っていた事に気が付きます。

 

私はドレス姿に着替えて、帆波やひよりに見せ驚かせようと船内を歩いていました。最初こそ、試験が終わった開放感から鼻歌も口ずさんでいました。

…しかし、周囲の方々の好奇の眼差しを浴びてその気持ちは急激に冷え込んで行きました。

 

 

「…ぁ…………」

 

「ねえ……アレ………」

 

「凄い……だね………」

 

「……っかい、………す…ぇ……」

 

「誰か………ート…………」

 

「…っ!…………」

 

 

皆様、遠巻きに私を見ている。小声で、ざわざわと、何かを口々に話しています。…誰も、近づいて来てはくれません。Aクラスの方々も…。…。

()()()()()()()()()()ような、そんな孤独感を感じて、私は人気のない場所へと足を向けるのでした。

 

 

「……………ほう」

 

 

 

・◇・

 

 

向かった先は屋外テラス。時刻はちょうど、海岸線へと陽が沈むような頃。幸い、人が誰も居ないとき。疎外感や恐怖を感じる心を、ほんの少しだけ落ち着かせることが出来ました。

 

 

「…はぁっ………もう、…」

 

 

どうしてこう、考えなしに。そんな弱音は、口の中で音となる前に溶けて消してしまいます。

 

―――言葉は、口から出せば取り返しのつかないもの。

 

―――良いことも、良くないことも。だから、使う言葉は選ばなくてはいけない。

 

―――相手にも、自分にも、良い言葉を使いなさい。

 

 

…昔におじい様と約束した口上を諳んじていると、少しだけ気が紛れました。しかしそれでも、落ち込んでしまった気持ちは簡単には立ち直れません。

 

 

「………あのっ」

 

「…?はい、どうされましたか?」

 

「その、学校の方ですよね?先ほどからおひとりでしたので、大丈夫かな、と…」

 

 

船上の柵の所を掴み、沈んでいく太陽を見送っていると声をかけられます。男性…恐らく、船の搭乗員の方でしょうか。首から名札のような、会社名?が書いてあるネームプレートを下げています。

…今だけは、知り合いでないと思い安堵するも、どうやら一人でいた私を心配して声をかけてくれたようです。

 

感謝を伝え、心配は要らない事と一人にして欲しい旨を伝えますが、気遣ってくれたのか男性の方は中々その場を離れません。

 

「何か悲しいことがあったんじゃないですか?」「僕で力になれる事があれば言ってください」等々、言葉を重ねてくれますが、今は普段通りでいられる気分ではなく、そっけなくしてしまいます。

 

それでもと言い募る様子に(失礼ですが)辟易していると、彼の後ろから特徴的な声がかかります。

 

 

「―――醜い。実に醜いねえ」

 

「…?」

 

「っな、なんだ、貴方は!」

 

 

そこに居たのは、六助君でした。船上でチラリと見た時には半裸で、プールを楽しんでいる様子でしたが今は学生服を着ています。

制服姿ですが、ワイシャツはノーネクタイ。金色の長髪や襟が夜風でははためく姿は、学生然とはかけ離れています。

…チラリと覗かせる胸元は少々刺激的でしたが、六助君()()()が強調され、とてもお似合いでした。

 

 

「六助君…?」

 

「なんだ…学生か。今、僕たちは大人の話をしているんだ。関係のない子供は、消えてくれないか?」

 

「ノン、ノン!私が用のあるのは、キミじゃあない。…しつこい男は、嫌われると思うがねえ?」

 

「なんだとっ!?」

 

 

怒りを露わにする男性に見向きもせず、こちらに歩みを進める六助君。

 

 

「それに、私は君の身を案じてやっている。君の怒りは筋違いと言うものだよ?」

 

「何を言って―――」

 

「――――彼女は教員ではなく()()だが、捕まりたいのかね?」ボソボソ

 

「なっ……!?」

 

「?」

 

 

迫る六助君を、振り払おうと腕を振りますが、ひょい、と掴み取ると耳元で何かを囁きました。

怒っているような表情から一転して、顔を青くして走り去る背中を、ポカン…と見送ります。

 

 

「さて、待たせたねぇ。撫子嬢」

 

「六助君…用と言うのは。…いえ、先にありがとうございました」

 

「ふふ、気にすることは無い。私は、醜いものを処分(シュート)しただけの事さ。だが、恩に感じてくれるというのなら、代わりに一つ聞かせてくれないかい?―――何があった?」

 

「…っ、それは…」

 

「………」

 

 

真剣な、真っ直ぐな眼差しだった。それから目を逸らしても、彼の視線が逸れることはありません。観念して、羞心と寂寥を話そうとすると、彼は「ふむ…そういえば用事だったね、撫子嬢」と、芝居がかったように手を差し出します。

 

 

「…ええと、六助…君?」

 

「これからディナーでもどうだい?」

 

「…………え?」

 

 

ディナー?食事?…思わずポカン…としてしまう。そんな私に何を思ったのか、六助君はいつもの自信に満ちた笑みを浮かべて続けます。

 

 

「…」

 

「…もしや、先約があったかな?」

 

「…あ……いえ、そんなことは…」

 

「ふむ…?呆けるとは君らしくもない。―――先約が無ければ、構わないかね?」

 

「ええと…その、今はそんな気分では―――」

 

 

少し申し訳なく思いつつも断ろうとすると、六助君はスマホを取り出して「ふふ、撫子嬢、分かっているとも…!」と言って画面を見せてきます。

 

そこに映っていたのは―――純白の生クリームと、真っ赤なイチゴの乗ったショートケーキでした。

 

 

「………ケーキ?」

 

「そうとも!…心配せずとも、ディナーのデザートは()()()()であることは当然リサーチ済みさ!」

 

「―――」

 

 

思考が停止する。自由気ままな彼の言動に、先ほどまで胸を塞いでいた何かが、とても軽く感じてしまい、我慢できず失笑してしまう。

 

 

 

「…………ぷっ、…ふふ…っ…失礼、くっふふふ…!」

 

「おや?…なにか()()があったかね?」

 

「ふ、ふふっふ…!いえ、いいえっ!…ふふっ」

 

「………」

 

 

失礼過ぎるかと思って堪えようとする度、笑いが込み上げてきます。肩を震わせて顔を背中を向けて表情を隠しますが、顎に手を置いた六助君は続けます。

 

 

「ふむ…私の眼に適い、そして君にお勧めできるものと言えば…。―――2階のカフェのダブルカスタードのシュークリームしかないが…残念ながら今日は売り切れの筈だ」

 

「―――」

 

 

「ううむ…」と悩まし気な声。絶対にわざとしてくれている彼の言葉が、トドメとなりました。

 

 

「あはははははっ!、しゅ、しゅーくりーむって…ふふふっ、ろ、六助君、もしかしてご自分で並んで召し上がったんですかっ!?」

 

「勿論だとも!…実は無人島では急に体調が悪くなってねえ、私の身体を癒す為、船内の甘味やジム、プールやマッサージなどのリクリエーションは一通り試させて貰っていたのだよ」

 

「ふふふっ…相変わらずですね…なにかそれ以外にありませんでしたか?」

 

「ふっ…なに、食事後に作った者を呼ぶように伝えたらあのパティシエ。口をポカンと開けて間抜けな顔をしていたが…私を満足させるシュークリームを作る腕に罪はない…しかるべき報酬をくれてやったとも」

 

「…………」

 

「彼の被っているコック帽に『高円寺六助公認、三ツ星パティシエ』(サイン)をしてあげたよ。―――彼は感謝している事だろう」

 

「あははははははっ…!」

 

「ふっふっふ…!!なんと言っても。値段など付けられない私直筆のサインだ。保管して家宝になること、間違いないだろうねえ」

 

 

二人だけの船の上、二人だけの笑い声が響くもそれを咎める声も、視線も、何もありません。

 

普段はしないような、はしたない声を上げて、涙が浮かぶ程の感情の昂りに身を任せます。

 

…先ほどまでの憂いも、羞恥も、とても小さな事のように思えてきます。肩で息を整えると、じっと優しい目で見守っていて。―――心配してくれた六助君に感謝を伝えます。

 

 

「…はぁ、はぁ、…ふふ、六助君。()()()()()()()()()()()

 

「おや、今日は失礼したり、感謝したりと忙しいじゃないか。…さて、返答はどうかな?」

 

「―――ええ、()()()

 

 

そういって差し出された手を取って、私達は船内に戻りました。…周りの目はありましたが、六助君が話を振ってくれたり、盛り上げてくれた為にお食事はとても有意義なものでした。

(途中、クラスの皆様ともすれ違いましたが、目礼を交わすに留めさせて頂きました)

 

 

その後、六助君からは、「君は真面目に受け取りすぎる。モラトリアムくらい、少しは気楽に楽しみたまえ」とアドバイスを頂きました。…直ぐには出来なくても、少しずつ、気を付けて行こうと思います。

 

 

…次の日、帆波やひよりに「「高円寺君とはどういう関係なのですか(かな)?」」と聞かれましたが、少しだけ意地悪をすることにします。

 

 

「内緒、です♪」

 

「にゃー!!」「なー!!」

 

 

―――この後、着替えたドレス姿の私の写真が皆様に拡散していて、赤面してしまうのはまた別の話。…いったい、どなたが撮ったのでしょうか?

…え?愛理?…凄い、プロの方みたいなカメラね。…あ、この前の件のポイント(※ストーカー事件)で…そう、凄いのね。…え?(※二回目)

 

 

 

――――――――――――

 

・◇・

 

―――夏休み、特別棟近くにて。

 

 

夏休みにバカンスと称して行った特別試験も終わり、生徒の皆様がお休みを満喫している今日。

私は茶道部の部活動の為に、講師の先生のアテンドを行っておりました。

 

着物姿でお出迎えすると、丁寧な態度で教えて頂く内容の相談をされてしまいました。

本日部活で用意したお茶やお菓子などのお話しや飾る季節の花の話をしているとあっという間に部活に到着し、部長に到着を伝え私も席につきます。

 

 

「では―――家元、本日はお願いします」

 

「ええ、皆さん、よろしく―――あら、先生さんもそちらに?え?生徒?…え?一年生?」

 

 

…どうやら先生は私を同じく招かれた講師か部活の顧問と勘違いしていたらしく、ひどく驚かれました。…解せません。

 

ひよりや、他の部活めいとの方々と講師の先生にお礼を言って無事に部活動を終えると部長に先生の見送りを頼まれました。

他の方々も片付けや色々と所要があるそうなので、快諾すると先生をお見送りして、私も部室―――ではなく、ショッピングモールにあるらしい新しいお菓子のお店に向かいます。

今日は幸いカラッとした快晴で、和傘に薄単衣(うすひとえ)の着物で歩けばそこまで暑くは感じません。

 

 

ショッピングモールに行く用事は、部長からの()使()()でした。

 

部活で買うお菓子を受け取りに行くだけでしたが曰く、

 

『その店、他の和菓子も美味しいんだけど、羊羹が凄い人気なの。…それなのに不定期にしか売っていなくて、ネット購入無し。―――もし残っていたら、それも別に買って来てくれないかしら?』

 

…との事。なんでも、羊羹は一種類しかないそうで直ぐに分かるらしい。ちなみに、1つがそう大きくはなく、2~3切分。購入制限があり、部活の方も知っていて競争が激しいんだとか。

 

個人的に食べたいから皆には内緒で買ってきて欲しいとのこと。口止めに半分頂けるそうで、私も楽しみです。

 

 

「…たしか、この辺りに…?…あ」

 

 

そういって路地の曲がり角、奥に赤や黄色の目立つ看板がある為か、曲がってすぐある和菓子屋さんは見落としてしまいそうになる。

覗き込む店内には人の姿はなく、隠れた名店という噂は間違いではないのでしょう。丁度、私が購入を伝えると残りは2つだけという事でした。何とか購入が能い、その旨を部長に伝える。

 

感謝と一緒に『ありがとう。買い物のポイントは2つ分送るので、1つは口止めも兼ねて西園寺さんが召し上がって下さい。…暖かいお茶と合うので、お抹茶と頂くと◎です』とアドバイスを頂きました。

 

 

「なにっ…!売り切れだと…!?」

 

「?」

 

 

連絡を終えてスマホを仕舞うと、後方から女性の声が店の中から聞こえる。どうやら、目的は同じようでしたが、残念ながら売り切れていた為に残念そうな声を漏らしています。思わず店内を見ていると、その女生と目が合います。キョトンとしていると、彼女は店から出て私の元まで歩み寄ってきます。

 

 

「………ふむ、君はこの老舗…暮好の幻の羊羹を買えたか?」

 

「幻…?ええと、羊羹でしたら確かに…」

 

「なるほど、素晴らしい―――ところで一つこの私から提案があるのだが、良いだろうか?」

 

「は、はい…?」

 

 

そう言って肩に手を置いて抱き寄せて来る彼女に目を瞬かせます。モデルのようにピンと伸びた背筋や長身。手入れの行き届いた銀色の長髪をたなびかせ、ヴァイオレットの瞳からはドロリとした熱や自信を溢れさせていて、キリリとした吊り目はどこか…高円寺君と同じような雰囲気を感じる()()でした。

 

 

「どうだ?この後、私に一杯ご馳走させて貰えないかな?」

 

「…その、一杯?をご馳走頂く理由が私にないのですが…」

 

「ふふ、まあ私の気まぐれという所さ。…この時世、君のような和服の似合う方に会ったのは私としても幸運だ。気障に言うのなら、この出会いに感謝を込めて、といったところだ」

 

「あ、ありがとうございます…?」

 

 

その後も「素直な事は美徳だ」や「エスコートしよう。こっちに和風の―――」と案内され、あれよこれよと着いていくと和テイストのお店?に入ります。

勝手知ったる様に先輩?は出迎えたお店の方に「熱い茶を二つ頼む。ああ、お茶請けはあるので今回は結構だ皿だけ用意を―――」と告げてズンズン進んで奥の個室に入ります。

 

部屋の中は、個室と言いながら庭の様子をガラス戸越しに覗かせています。床の間には掛け軸やお花が生けてあり、外部とは襖で遮られ、畳や敷居がある割としっかりした和室の様です。

 

 

「―――さて、ここの茶は私もお気に入りでね。たまに飲みたくなるのだが…、今日の切欠は君を見たからだ」

 

「私…ですか?」

 

「あぁ」

 

 

そういって頷くと、「失礼します」と声が聞こえ、襖をあけて先ほどの店員さんが入ってきました。何時もの事なのか、お盆に持った小さなお皿と和菓子切、湯呑と透明のガラス―――耐熱でしょうか?に入った青磁色の水差しのような急須を置いて、「ごゆっくりどうぞ」と静かに部屋を後にしました。

…自然な流れで、お礼を言う時を逸してしまいました。帰る時に、必ずお伝えしなければ。

 

 

「―――私がお()れしても?」

 

「頼むよ。…ふふ、その()()ですると、趣があるな」

 

「…ご冗談を。私なんて、所詮は素人ですので…」

 

 

苦笑交じりにお茶を注ぐと、先輩はそれを手に掲げこちらに「乾杯」、といって召し上がります。苦笑交じりに、私もそれに倣い頂くと、香りも味も繊細で、ほとんど苦みや渋みを感じない程でした。先輩が自信を持って勧めるのも良く分かります。

その後、「どうだ?」と自慢げな先輩にこちらの感想を伝えると、「そうだろう、そうだろう」と何度も頷き会話にも花が咲きます。

 

先輩は話し上手かと思ったら聞き上手でもあり、私が和服である理由やあの店にいた理由などもよくよく聞いてくれて、(後輩であることを伝えると少し驚かれましたが…)私も気付けば楽しい時間を感じる事が出来ました。

 

急須のお茶も御代わりを頼み、お茶請けに提供した羊羹も食べ終わる頃には部屋には夕日が差し込んでいます。先輩―――鬼龍院 楓花さんにお礼を言うと、元々はあの店の羊羹を土産にこの店に来る予定だったそうで、私が最後の分を持っていたのは幸運とも言ってくれました。

 

そんな鬼龍院さんは今、私の膝枕に頭を預け、お昼寝をするような姿勢で私の髪を弄んでいます。…いったい何故?と思いますが、本当に、先輩の話す会話の流れで自然とそういう事をする流れになっていました。

 

 

「…ふふ、撫子」

 

「はい、どうしましたか?鬼龍院先ぱ「楓花だ、撫子。…先輩も、どこか他人行儀に感じてしまうな」…はい、楓花、さん」

 

「全く、撫子は奥床しいな」

 

 

そう言って、ももを撫でては私を揶揄(からか)うように反応を伺う楓花さん。先ほどは頭を下腹部に押し付けるようにして、上目遣いに甘えてくるのに頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めてくれます。

…お茶のお代わりを運んできてくれた方が鼻を抑えていましたが、楓花さんが「気にするな。持病だ大事無い」と言っていたのでそういうものなのかもしれません。

 

 

まるで猫のように気まぐれな楓花さんと戯れていると、思い出したように身を起こして、こちらを―――こちらの胸を、ジッと見据えています。

 

 

「あの、楓花…さん?」

 

「………撫子。先ほども聞いたが、もう一度聞かせてくれ―――本当に、1年生なのか?」

 

「??はい、今年に入学しましたが…」

 

「………むぅ」

 

 

眉間に皺を寄せながら、生まれ年や干支を聞かれたりしますが、表情は明るくなりません。

どうしたものかと思っていると―――楓花は両手で私の胸をむにゅっ、と鷲掴みにしました。

 

 

「んっ…!ふ、楓…か、さっ…あんっ!!」

 

「…私も自分の身体に絶対の自信があるが、この大きさには敵わない。…ふふ、これが敗北感というのかな?初めての感情だな」

 

「そ、そんにゃ、あっ、ダメッです…!っ…!」

 

「ふふっ、こう、変な気持ちになるな。随分、艶やかな声を出すじゃないか撫子」

 

 

エスカレートするボディタッチから逃れようとしますが、正面から抱き着く様にももに足をかけられて立ち上がれず、片手で身体を支え、もう片手は声を漏らさぬ様に口を押えると、抵抗は微々たるものに。

その後、為すがままにされていると部屋の外から店員さんの声がかかります。楓花さんの動きが止まった所を抜け出して、私はようやく解放されました。

 

肩で息を整えると、満足したのか「ありがとう、良い揉み心地だった」と言われますが、こんなものは重いし動きにくいのであまり嬉しくはありません。そうぼやくと、「それも君の個性だ。それを愛してくれる相手もきっと現れるとも」と自信満々に言ってくれました。

そんな声に毒気を抜かれて、再び楓花さんは定位置(私のもも)へ。どこからか取り出した耳かきを取り出して、耳の掃除をするようにと甘えてきます。

 

 

「ふふ、拗ねないでくれ。撫子の身体が魅力的で、可愛らしい性格だから、私は構いたくて、触れたくて仕方ないんだ。…もうあんな事はしないから、許してくれ」

 

「もう…調子が良いのですから…少しだけですよ?寝たらダメですからね?」

 

「♪」

 

 

そうして耳をこしょこしょすると、「ふっ…んっ…あぁ…」と楓花さんからの唇から零れる、その…喘ぎ声というか、耳かきを止めた際に(もっと…)という様に薄目を開けるのは、とても艶めかしく感じてしまいます。

先ほどの仕返しという訳ではないですが…いち段落して息を吹きかけると、「あっ…!」と可愛らしい声が聞こえて、ジト目で頬を膨らませています。

 

 

「…前言に付け加えよう。撫子は少し、意地悪だな」

 

「っ…ふふ、反対側は良いですか?」

 

「………やっぱり意地悪だ」

 

 

クスクスと笑っていると、無言でずい、と頭を転がしてくる。本当に、猫のようなお方です。耳を掃除しながら、ときおり頭を撫でると今度は無言でされるままに。

そうして耳掃除を終えて肩を叩くと、楓花さんは欠伸交じりに身体を起こして「ありがとう、また頼むとしよう」と言って、連絡先の交換を申し出て来ました。

 

私も頷いて連絡先を送ると、楓花さんはジッと目を合わせて来ました。…?

 

 

「あの…?」

 

「いやなに、先輩に付き合ってくれた後輩に何か礼をしてやろうと思ったのだが…ふむ」

 

「いえ、私もこのお店を教えて頂きましたので、十分です」

 

「それでは私の気が済まないんだっ」

 

 

腕組みをして思案気な楓花さん。腕によって強調される胸に、思わず視線を向けるとニヤリとした表情で「私の胸も揉んでおくか?」と言われる。…慌てて否定するが、内心ドキドキします。

 

 

「いえ!そんな…」

 

「ふむ…確かに君と比べると小さいかもしれないが、他者(ひと)のはまた違う()()があるんだが…まあ、良い」

 

「…(ほっ)」

 

 

結局、また次回に遊びに誘うと約束頂き、その場は決着して楓花さんは嵐のように去っていきました。…実は、予定があったのでしょうか?

 

次の日、部長に羊羹を届けると「本当にありがとう!!これっこれよ、撫子さん、ありがとうー!」と手を取って感謝されたり―――

 

生徒会室で桐山先輩に「クラスメイトがすまない…大丈夫だったか?…本当にすまない」と何故か謝られたり―――

 

何と言うか、上級生の方々の新たな一面を見た、貴重な夏休みの一幕でした。

 

 

―――〇―――

※後日、2-Bの教室

 

 

 

「………おい、鬼龍院」

 

「なんだ、桐山生徒会役員殿。相変わらず、不景気そうな顔をしているな」

 

 

普段は誰も遠巻きにしか関わらない生徒に、クラスのリーダー格の桐山が声をかける。誰からともなく、その様子に注目が集まる。

 

 

「俺の事は良い。―――西園寺と接触したと聞いた」

 

「ん?…あぁ、()()の事か?それがどうした?」

 

「っ…余計な事はするな。彼女は、生徒会の貴重な生徒だ。お前のような、不良生徒と関わると、悪影響を与えかねん」

 

「それは、お前個人の意志か?」

 

「………」

 

「その様子では、違う様だな。…尻尾を振るのはご苦労な事だが、私を巻き込むな」

 

「っ…鬼龍院っ!」

 

「下衆の勘繰りは止めろと、そう()()()に伝えておけ。私と撫子の関係は、そうだな…」

 

 

何時もの雰囲気で席を立つ彼女に、声を荒げる桐山。その様子にクラスが騒めくも、自由人である彼女は気にも留めない。

すれ違い様に()()を立てて、十分に含みを持たせ応える。

 

 

「―――()()な関係…というやつさ」

 

「なん…だと…!?」

 

 

※この後めちゃめちゃ噂が広まった!! 

 

 

 




と、いう訳で番外編その①

自由人な二人との接触でした。新刊では鬼龍院先輩の一幕がありましたね。
今回はサブキャラが多くて、ニヤニヤしてしまいました。

またリクエスト等は募集かけると思うので、よろしくお願いいたします♪


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②:秘密(を知りたい)主義者の憂鬱。

大変お待たせいたしました。

※注意。今回の話には主人公の設定に触れる点や、食事中の方の閲覧にお勧めできないシーンがあります。
ご覧になる方は、ご注意の上でご閲覧下さいますよう、ご理解のほどよろしくお願いいたします。

また、櫛田さんのキャラが崩壊していますが、情緒あふれ過ぎてオーバーフローしているだけなので悪しからず。今回の被害者枠です。

それでは、どうぞ。


Side.櫛田

 

失敗した。…私は失敗した。

 

 

「私には子供がおります」

 

「え…?」

 

「今年の睦月。雪の降る寒い夜に、私はあの子を出産しました」

 

真剣な表情。とても噓には見えない。彼女のそんなセリフに、私は凍り付いたまま息を呑む。

 

「女の子で、予定よりも一月も早い早産でした」

 

秘密を教えて欲しいと言ったのは私だ。

 

「産声を聞いた時には、思わず涙が零れました」

 

彼女に甘えて、勝手に切れて、泣き落としまでして秘密の暴露を迫った。でも。

 

「名前は付けることが出来ませんでした。父親は、」

 

でも、こんな、こんな秘密(こと)、私には重すぎる。

 

私の意識は、現実逃避をするように今日を朝から遡ってく。どうか、どうかこれが悪い冗談でありますように、と。

 

 

・◇・

 

 

今日は撫子…ちゃん、と、一緒にお買い物に行く約束をしている日!

船の上ではAクラスとかBクラスのお友達と行動してて、邪魔しちゃうとあれかなって思って今日になったの。

 

 

「あ、撫子ちゃん!お待たせ!」

 

「桔梗…!いいえ、私も今しがた到着したところですので」

 

 

ごめん待った?ありがとう等々、デートのような掛け合いをしつつも待っていた撫子の服装をチェックする。

今日の撫子はネイビーカラーのシャツワンピースに、ローヒールの白いパンプス。…シンプルながら、悪くない。てか、撫子ちゃんはなに着てても可愛いからズルいと思う。…理由は勿論、胸だ。あと顔。あとくびれからヒップのラインも…(略)。

 

いや、別に変な意味じゃない。…じゃないケド、あの巨乳を見てガン見しない男なんて居ないでしょ。女子だって見るわ。…今も「あ、あの…そんなにじっと見られると…あぅ」とか言って腕組みするみたいに隠しても掌で隠しきれてないから。………うん。

 

 

このおっ〇いで同い年とか噓でしょ…

※無自覚

 

「き、桔梗…!早く行きましょう、ね?ね?」

※聞こえてた。

 

 

手を取られて向かうのはショッピングモール。その衣料品コーナーやアクセを取り扱ってる、女子の需要が高いエリア。

前の試験では全クラスがとってもポイントを手にしたからショッピングモールも大盛況。チラホラ見た顔の人たちと挨拶をしながら、撫子ちゃんと一緒にウインドウショッピングをしている。

 

…なんと撫子ちゃん、ウインドウショッピングを知らなかった。本当に箱入りっていうか、なんていうか。

 

以前、「え?普段はどうやって服とか買ってたの?」と聞いたところなんと家まで洋服?の販売員が来て気に入ったものを買ったり、

百貨店の一室(※絶対にセレブ用の部屋でしょ…)で紹介された服を送って貰ったりで買っていたそう。

 

 

…思わずお見合いのように固まってしまうも、気を取り直してウインドウショッピングの説明をする。納得したのか、不安げだった表情をふにゃりと崩した撫子ちゃんを引きつれ、あっちこっちに連れまわした。

やれあっちの店は人気ブランドを、やれあそこの店の店員さんは、等々。…こういっては何だけど、年相応?の過ごし方をレクチャーしているつもりなのに、撫子ちゃんはこっちの話を聞いてうんうんと頷いてばかりな気がする。

 

 

「………ねえ、撫子ちゃん」

 

「…?なんですか、桔梗」

 

「………その、えっと…」

 

「?」

 

「その、…その服っ!誰かと選んだの?」

 

 

『私との買い物、つまんない?』…そんな弱音はなんとか呑み込んで、誤魔化す様にどうでもいい事を聞いてしまう。

 

「これは以前、クラスの方たちと一緒に―――」と買った経緯を聞いていたけど、どうも心のもやもやは晴れそうにない。そうこうしているうちに、お昼時となる。

 

この時間だと、どこも混んでいるかも。チラッと見まわし、何処かお店に入ろうかとなって一緒に店を探す。すると撫子ちゃんは、「桔梗、お店は私が選んでもよろしいですか?」と言ってきた。

初めて撫子ちゃんからリクエストがあった。「もちろん!」と快諾すると、撫子ちゃんは人の居る場所を避けるようにスイスイと進んでいく。

やがて半分地下に埋まっているような喫茶店?に辿り着くと、撫子ちゃんは物怖じせずに店の戸を開けた。

 

 

「いらっしゃいませ、当店はご予約の―――失礼いたしました、伺っております」

 

「いえ。…2人ですが、お席は空いていますでしょうか?」

 

「勿論でございます。…どうぞ、ご案内致します」

 

「ありがとう。…?桔梗?行きますよ?」

 

「…え?…あ、うん…」

 

 

店内は、明らかに()()()店のイメージ。地下に居を構えているので当然壁に窓ガラスなどはなく、薄暗い筈の部屋はレトロな照明器具や高級感あふれる家具やカウンター、ピシッとしたスーツの従業員の身なり。

…なんていうか、場違い感というか…凄い、敷居が高い感じがする。ゼンマイ仕掛けのロボットのようにカクカクしながらついていき、個室に案内されて席につく。

 

 

「……お決まりになりましたら、タブレットにご入力をお願いいたします」

 

「はい」

 

「失礼いたします」

 

 

店員が丁寧な礼をして部屋を出るのを見送って、私は「はああぁぁ…!」と籠っていた息を全て吐く様に緊張を解くと、撫子ちゃんは無邪気にこっちの心配をしてきた。…忘れてた、コイツ箱入りなんだった。

気にしないで欲しいことを伝え、何を頼むタブレットを覗き込む。…高っか!!払えなくはないけど、普段クラスの子たちとおしゃべりに行く店の最低でも3倍から。

 

むむむ…と悩んでいると、何を思ったのかおススメを教えてくれる撫子。その様子に緊張も解け、私はおススメらしいパスタとサラダのランチセット(デザート・紅茶付き)を頼んだ。撫子もタブレットを操作し終わったみたい。

 

 

「撫子ちゃんはなに頼んだの?」

 

「えっと…お子様ランチです♪」

 

「お、お子…。なんていうか、珍しいのを頼んだね」

 

「…?」

 

 

あざとい。いや、天然?なのかな…。キョトンとした顔にクスリと笑みを零すと撫子ちゃんは不思議そうにこっちを見てオロオロしてる。

その様子に「大丈夫だよ、別に悪くなんてないって!」とフォローすると、胸を撫でおろす撫子ちゃん。

 

…普段の落ち着き払った態度を見てる連中。Aクラスも、BもCもDも。他の奴らはこの自然で隙だらけの、ありのままの撫子ちゃんを知らない。

そんな撫子ちゃんに、この私がさせているって事実が、独占欲っていうか、なんていうか…。心が満ち足りていって、自分の乾いた部分が癒されるように感じる。…クラスの皆に認められる、褒められる時とは違う快感が背筋を走った気すらする。

 

そんなほの暗い感情を抱えていると、ノックの音の後に台車に乗せられた料理が運ばれてきた。

…本当、本当になんていうかドラマとか映画の高級店みたいなアレだった。店員の態度も凄いテキパキしてるのに静かに音を立てて無かったり、欲しいタイミングにお茶のお代わりが届いたりと、なんていうか凄かった。

 

届いたお子様ランチをフォークとスプーンで上品に食べる様子は、なんていうかシュールで思わず笑ってしまった。

勘違いした撫子ちゃんに差し出されたスプーンで「あ~ん」をされ、顔を赤くしながらハンバーグを一切れパクり。

こっちも仕返しとばかりに、フォークにくるりと纏めたパスタを差し出すとクスッと笑って特に恥ずかしがらずに食べて来る。

 

 

「…ん、美味しかったですよ、桔梗」

 

「―――っ、そ…」

 

 

凄い…なんていうか色っぽい。こちらに少し前のめりになる姿勢も、髪を耳にかける仕草も。…てか、この後まだこのフォーク使うんだけど。…うぅ、失敗した。

 

赤い顔を見られない様に俯き加減に食事を続けていると、内心ドキドキしてくる。

個室で、こんな近くに撫子ちゃんがいる。緊張から黙々と食事をしていても、チラリと目が合うと笑いかけてくれる。それに顔を赤くして、目を逸らしてと何回も繰り返しているとノックの音と一緒にデザートが届く。

私がバニラのアイスと生クリームのパンケーキ、撫子のはイチゴのショートケーキだった。

 

 

「…撫子ちゃん、その…」

 

「?」

 

「…撫子ちゃんの……ん、何でもないっ」

 

「………」

 

 

本題を話そうとしたけれど、『けっこう、子供っぽいのが好きなんだね』と誤魔化す言葉が先に出た。

自分でも、ちょっと無理があった誤魔化し方だった。案の定、撫子ちゃんは席を立つと私の隣の席に座って、ジッとこちらを見据えて来る。

 

 

「…桔梗」

 

「ん、…なに、かな?撫子ちゃん…」

 

「こっちを見て下さいっ」

 

「ん…ええっと…ちょっと、今は…その」

 

 

急接近してくる撫子ちゃんから照れや後ろめたさで目を逸らす。なんでだろう…。今日は、いつもの皆の櫛田桔梗(いつもの私)で居られないでいる。

 

今日誘ったのは、船の上での約束を果たす為っていうのは本当だ。…半分だけ。

もう半分は、薄汚れた私の本音。西園寺撫子の()()が知りたい―――。…でも、終始ふわふわした雰囲気でいて、秘密の共有をするような雰囲気にはならなかった。

 

 

「………」

 

「………?………!」

 

 

ずっとずっと、私は秘密の共有(こういうこと)でしか他人と仲良くいられない。

でも、撫子ちゃんには私の本性(ヒミツ)を知られてる。もうその時点で私はずっと引け目を覚えていて、内心はくしゃくしゃに荒れていた。

 

無言でいるのが辛い。…違う、それだけじゃない。私は撫子ちゃんに嫌われたくない。でも、私には仲良くなる方法が分からない。

そんな思いを抱いて俯いていると、口に柔らかい感覚と、クリームの甘い香りがした。

 

 

「んむっ…?」

 

「桔梗、あ~ん…ですっ」

 

「………っん」

 

「♪」

 

 

いつの間にか差し出されたフォークをまるでひな鳥のように咀嚼する。ショートケーキのホイップの甘さと、スポンジ部分に挟まったイチゴの酸味が口いっぱいに広がり、下を向いていた気持ちも暖かくなって―――。

 

 

「………っ、っ…」

 

「桔梗…?」

 

 

気が付くと、ポロポロと涙が溢れてきた。心配してくれる撫子ちゃん―――撫子に、首を振って何でもないと伝えようとするけど、ダメだった。

心が千々に乱れたように、考えも感情も纏まらない。肩においてくれた手も、感情のままに振り払った。息を呑んだ撫子に、思いの丈を吐き出す。

 

 

「…んで…!」

 

「?…ききょ」

 

「なんで、なんでアンタはそんななのよ!」

 

 

もう、限界だった。ダムが決壊する様に思いが溢れて来る。

 

 

「っ…!?」

 

「私だって、アンタみたいに成りたかった!みんなに愛されて、尊敬されて!!スタイルも良くて何でもできて!!」

 

「桔梗…」

 

「ズルい!ズルいズルいズルい!!」

 

「………っ」

 

「でも出来なかった!だから、だからそれなりで満足しようとした!!なのに、なのにアンタは!!」

 

 

私、何言ってんだろ。勝手に喜んで、心配して、恨んで嫉妬して羨んで、今日だって『友達になって』って言いたいだけだったのに、なんで、こんな。

 

 

「アンタなんて…アンタなんて…大っ嫌いっ…!」

 

「………」

 

 

顔が悲しげに曇る(さま)ですら、計算()くの私と違って魅力的だ。憂いを込めたこんな顔をされたら、男子共はどんなことでも引き受けるに違いない。…泣き顔で、きっと酷い顔をしている私とは大違いだ。

 

 

「桔梗…それでも、私は」

 

「っうるさい!何もかも持ってるのに、憐れむな!見下すな!アンタなんてっ!」

 

「聞いて下さいっ!」

 

「っ!!」

 

 

撫子らしからぬ感情的な声に、思わず鼻白む。「驚かせて申し訳ございません」と言って撫子は姿勢を正す。

 

 

「私は、桔梗を大切な友達だと思っています」

 

「………っ!!」

 

「だから、私が桔梗の心を傷つけていたのなら、それを謝りたい。癒してあげたいのです」

 

「っ…、そういう所…!」

 

 

友達だと言われて、とても嬉しかった。謝りたいと言われて、とても悔しかった。

 

頭にかッと血が上り、眉間に皺が寄るのを感じる。基本的に彼女は()()()だ。自覚が有ろうが無かろうが、目下の相手に施すように、くれてやるように慈悲も感謝も誠意も下賜する。

家柄なのか、生まれついての性根なのか。こればっかりは絶対に、撫子には理解できないんだろう。

()()()()()と、()()()()()()。撫子は前者で、私は後者。

 

感情のままに激昂すると、「ではどうすれば…」なんてまた上からの言葉を告げてきた。それを鼻で嗤うと、もう隠していた部分も余さず晒してしまうことにする。

 

 

「秘密」

 

「秘密…?」

 

「そ。アンタの秘密を教えて。―――誰も言った事のない、誰かに聞かれたらタダじゃ済まない。そんな秘密を教えてくれたら、………っ」

 

 

きっとアンタと、本当の意味で友達になれる。…そう思う。

 

 

「私の事を許して下さいますか?」

 

「触んなっ、…内容次第よ」

 

 

馴れ馴れしく包む様に手を掴まれる。それを振り払って、そっぽを向いて横目で見ていると撫子は「秘密…」と呟いている。そして何を思ったのか、「何故、桔梗は私の秘密を知りたいのですか?」と聞いてくる。

 

…面と向かって言われると、返事が難しい。ここまで無理に話を持って良くつもりは無かったけど、相互安全保障…のようなもの。違う。私を傷つけた代償…これも違う。対等になる為に…これだ。恥ずかしいから、絶対口には出さないけど。

 

 

「…簡単な話。…もしもアンタが私の秘密をバラしたら、私は立場が無くなる」

 

「そのような事は―――」

 

「アンタはしないかもね。…でも、()()()()()()

 

「っ…!」

 

 

…今日で最も傷ついたような表情の撫子に、少しだけ溜飲が下がる。自分の事なのに、気持ち悪い。

こんな事で安心するなんて、やっぱり私の性根は歪んでいるんだと実感する。

 

そうして少しだけ思案した撫子は、どこか意を決したように口を開く。

 

 

「これは、私の口から誰かに話すのは初めてのことですが…そういう内容でよろしいでしょうか?」

 

「そう。…そういう秘密を話して」

 

「はい、では―――」

 

 

そうして私は、パンドラの箱を開いた。…開いてしまった。

 

―――話を聞き終えた私は、部屋を飛び出した。

 

・◇・

 

 

「う゛ぅ…ぇ…っ…っ…!」

 

 

びちゃびちゃと、ボトボトと。何度も頭を下げて、美味しかった料理を台無しにしていく。何度も、何度でも。

 

もう今日食べたものもぜんぶ、ぜんぶ戻してしまった。撫子に食べさせて貰ったハンバーグも、ショートケーキの甘さも、もう酸っぱいような気持ちの悪さしか喉に残ってない。

 

手洗いに行くと言えたのは奇跡だ。早足で個室に飛び込んで、鍵をかけて、一気に胃の中身を吐き出した。

誰が何でも持ってるって?…アイツには、自分で選んだものなんてほとんど何にもなかった!

好きなものも!着ているものも!恋する相手だって、自由だって何にもない!

 

 

どこかのドラマか、映画の悪役が言っていた。『知らない方が良いこともある』って。

あれは、事件の真相に迫るヒロインや主人公へ、誤魔化す為に言っていたセリフの筈なのに。

知らない方が良いって、こういう事なんだ。今わかった。正しく理解した!

 

トリカゴの中の撫子は、そこがどんなに可笑しくて、不自由なのか、理不尽なのか知らない。

だから不幸を感じる事はない。だから、知らない方が良いんだ。

 

トリカゴの外から撫子を見た私は、そこがどんなに狂っていて、歪なのか知ってしまった。分かってしまった。

だから、こんな所で蹲って嘔吐(えず)いている。

 

 

知らなければ良かった。ほどほどに付き合って、友達面して、卒業したら顔を合わさず疎遠になる。

そんな程度の関係を保てばよかった。だからこれは、罰なんだ。

 

 

「………桔梗?」

 

「…っ!!」

 

 

コン、コンとノックの音がする。きっと心配してアイツが来たんだ。お人好し。突然キレる情緒不安定な奴なんて、放っておけばいいのに。

 

返事なんて出来ない。でも、大事にされて人でも呼ばれたくない。とてもじゃないけど、きっと人に見せられない顔をしてる。

荒い呼吸のままコン、とノックを返す。すると、扉の外からは案の定、「平気ですか?…なにか、助けが必要であれば人を…」と言って来る。

 

冗談じゃない。強めにコン、コンとノックを返すと少し静かになる。

 

 

「………」

 

「返事が難しいのですね?…1回で『はい』、2回で『いいえ』ということですか?」

 

「っ…!」

 

 

さっさと個室に戻れよ。というか、もう帰ってよ。そんな気持ちを込めて、殊更強くゴン、とノックを返す。

…ため息だろうか?いや、息を着く声が聞こえた。きっと、こっちが無事で安心したんでしょ。こんな時でも、アイツの顔が簡単に想像出来てムカついた。

 

 

「…大丈夫ですか?」 ―――コン。

 

「良かった…気分が優れないのですか?」―――コン。

 

「何か、私に力になれることは―――」ゴン、ゴン!

 

 

下らない伝言ゲームをしていたら、多少は気が紛れて来た。洗面台でバシャバシャ口を注ぐと、部屋の外から撫子の謝る声がした。

 

 

「…ごめんなさい、私の話が原因…ですよね?」

 

―――…。

 

「私は…いいえ、言い訳になってしまいますね」

 

―――……。

 

「今日は、お時間を頂いてありがとう、()()()()。こんな私の事なんて、もう忘れて下さい。…不快にさせてしまって、申し訳ございませんでした」

 

―――…………。

 

「それでもききょっ…ん、……私は、貴女の事を大切な友達だと、そう思っています」

 

―――………。コン。

 

「…っ!ありがとう。…それでは、また、新学期に学校で」………ガチャ。

 

 

扉を開ける。好き勝手言って、満足して行こうとしている。…結局、何を言わせても上からだった。

目を見開いてこっちを凝視する()()()、何も言わず頭を下げる。…ポカンとしてるのか、見下してるのか。10秒、20秒と無言のままに時間が流る。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

…おい、なんか反応しろよ。痺れを切らした私は、頭を上げて改めて謝罪をした。

 

 

「ごめん」

 

「ふえ…?」

 

 

ふえ…?って。ふえってなんだよ。こちとら嫉妬で暴走して、逆切れして泣き出して、いざ秘密を聞いたらトイレで吐くなんてどれか一つでもやったら友人関係見直すレベルの珍事を起こしたヤバい奴だぞ。こう…もっと何かあるだろ。謝罪すればいいの?略さずしっかり謝ればいいの!?

 

 

「…ごめんなさい、撫子」

 

「…?いえ、私は別に。…き…櫛田さんが謝る理由なんて…」

 

「桔梗でいい。…それに、私にとっては大切な事なんだから、受け取ってっ」

 

「は、はあ…分かりました」

 

 

肩に手を置いて顔を上げる様に促される。「謝罪、確かに受け取りましたよ」と言って来る撫子はもういつもの笑顔だ。…切り替え早くない?なんていうか、少し理不尽にすら感じる。コイツさっきまで激重な話をしてたはずなんだけど…。

 

 

「…そ。なら、この話は此処で終わりよ」

 

「え?は、はい…改めて、本日はありが―――「あーお腹減ったっ!!」っ、き、桔梗…?」

 

 

こっちの謝罪はリアクションが薄くて不安にさせんのに、今度はそっちからお礼だなんて。言わせてたまるかっ。どれだけフラストレーションを貯めれば良いのよ、こっちは。

嫌になる。こんなおっ〇いオバケの横にいるだけで劣等感が苛まれるし、比較にならない能力には殺意すら覚える。

…でも、それでも。この学校にいる間は、私とコイツは()()()()()でいよう。

 

会計をして店を出ると、慌ててついてくる撫子。顔を向けずに、この後に近くのラーメン屋に行く事を伝える。

ポカンとした顔を途端に笑顔に変えて、「はい」ってまるで犬みたいについてくる。尻尾が生えてたら、ぶんぶん振っているくらい上機嫌だ。

 

犬。…そう、子犬だ、コイツは。だから私も、コイツの事は真面目に受けとめない事にした。

重い家庭環境も、複雑な事情も、世間離れした知識も、知った事じゃない!

 

 

そう、ここにいるのはただの『西園寺撫子(コイツ)』と、その友達の『櫛田桔梗(わたし)』なんだから。

 

 

※この後めちゃめちゃラーメンを食べた!シェアしてあげた撫子にも好評で、周囲の羨望の眼差しもとっても心地よかった!

 

…初めて食べると言っていたのに、食べ方がキレイで少し嫉妬したのは、私だけの秘密だ。




読了、ありがとうございます。
次と、その次は実はほとんど完成しています。明日の朝に、有栖編を。その次に一之瀬、龍園編をUP出来るかと思います。

今暫し、お待ちくださいませ。本作をこれからもよろしくお願いします。

感想、高評価、何時も頼りになっております。
もっともっと、してもらえるとペースアップします。きっとです。約束します。
お待ちしております。


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③:不思議の国の有栖~バニーガールを添えて~

連投2つ目の投稿となります。
今回はほんわか~伏線回となります。ただし、回収は早いです。

なんと次回です(爆)

こちらも恐らく明日投稿できますので、よろしくお願いします。
それでは、どうぞご覧ください。


Side.有栖

 

何故…このような場所に私はいるのでしょう…。

 

場所はショッピングモールのテナントの一室。貸切ったスタジオのような一室で、私は。

私たちは―――撮影をしていました。…いいえ、撮影されています、が正しいのでしょう。チラリと視線を走らせ、部屋を見回す。

 

 

「撫子ちゃん、こちらに目線を下さいっ」

 

「はい。…こう、ですか?」

 

「はい…オッケーですっ。…次はこれを着て、これを持ってもらって良いですか?」

 

「はい…え?あの…これは…「様式美です」…はぁ、そう、なのですか?」

 

「そうですっ」「そうなのです…!」

 

 

様々な衣装を手に拝んでいるクラスメイトの皆様。…見知らぬ方も。先輩たちでしょうか?

 

カメラを向けるのはDクラスの佐倉さん。1学期には無名でしたが、グラビアアイドルとしての姿を隠さなくなってから撫子さんとも一緒にいる姿をよく見られます。

…そんな彼女は、かなり本格的なカメラを片手に真剣な眼差しを向けています。一眼レフ、というやつでしょうか?とても様になっていますね。

 

そして、部屋中の視線を独り占めにしている撫子さん。…膨らませたビーチボールを3つ持って…いえ1つですね。水着姿で佐倉さんの指示通りにポーズを取っています。

 

 

「………」

 

 

思わず自分の胸元を庇うようにしてしまいますが、仕方ありません。こればかりは、敗北を認めましょう。ええ。

私は現実から目を背けるような事はしません。

 

 

…す…?有栖?」

 

 

…それはそれとして、撫子さんのサイズは一体いくつなのでしょう。なにか特別なマッサージや習慣でも…。考えに没頭していると、気が付けばこちらを覗き込む撫子さんと目が合います。…集中しすぎて気が付かなかったようです。…不覚ですね。今は、撫子さんとの時間を大切にしなければ。

 

 

「っはい、どうしましたか?撫子さん」

 

「次の衣装なのですが、愛理から提案がありまして…」

 

「提案?」

 

 

そういって聞き返すと、どうやら私も撫子さんと一緒に被写体として撮影をしないかというものでした。

 

…え?あの、撫子さんと一緒って…。ヒクリと、頬が引き攣るのを感じます。なまじ悪意がないのが、余計に断る事への罪悪感を募らせてきます。…結果的に、見せられた衣装を見て頷く事になった私も私ですが。ええ。

 

 

渡されたのは白と青のエプロンドレス。ブラウンのローヒールパンプスに、大きな黒いリボン。

 

―――いわゆる、【不思議の国のアリス】の主人公、()()()の衣装でした。

 

サイズにも不足はなく、生地も肌触りが良い。スカートのフリルにも薔薇の花と茨の刺繍がされた、高級感のあるものでした。私が着替えると歓声が上がり、小道具として日常使いには大きなアンティーク時計を渡されます。

 

杖も、ファンタジー風ですがシックな黒いものを渡される。…私も言われるがままポーズを取ったり、ソファに腰かけて撮影をします。…決して、楽しんでいる訳ではありません。これは…そう、撫子さんや佐倉さんに頼まれた手前、無下にも出来ないから。

…いえ、噓です。自分の好みに合う服を身に纏い、羨望の眼差しを一身に受ける。…ほんの少しだけ、楽しい。私は、確かにそう感じています。

 

 

「………ぁ…」

 

「…?…佐倉さん?一体どう―――」

 

 

ふとシャッター音が途切れるのを不思議に思い、彼女の視線の先を目で追います。そこに居たのは、

 

 

「お待たせしました。…素敵ね、有栖。とても似合っていて、まるで本当に絵本から飛び出してきたみたい」

 

「―――ひゅっ」

 

「…?有栖?」

 

 

―――そこに居たのは、一匹の()でした。

 

 

兎の耳を模した飾りを付けた黒いカチューシャに、燕尾服を模した黒のジャケット。そして、()()()()()()な程の胸を支える純白のハイレグビスチェ。

頼りない下半身を覆うのは、私と御揃いの刺繍が為された黒いタイツ。鋭いピンヒール履いているからでしょうか?身長差から視界には胸が強調されて見えてしまいます。

…呆然としている私を心配してか、撫子さんが前のめりにこちらを覗き込むと、()()が覗かせて思わず視線を奪われてしまいます。

 

 

「?…有栖…ちょっとごめんなさい?」

 

「え?…きゃっ…」

 

「熱は…ないみたいね…」

 

 

額に額を当てて、検温をする撫子さん。眼前に撫子さんの顔が迫り、ますます顔が熱くなりますが返事をすると、心配そうにですが解放されます。

…すこし勿体…いいえ、何でもないです。…山本さん?ついさっき、スマホのカメラを向けていましたね?この後、写真は私に送るように。ええ。

 

 

「……うわっ…すっごい…!」「………っっっっえっ…!!」

 

「よ、よよよく、おに、おにお似合いです撫子さん(にゃでこしゃん)っ!」

 

「そう…?ふふ、ありがとう愛理。…少しだけサイズが不安だったのだけれど、どこか可笑しくないかしら?」

 

「だ、だ、だ、大丈夫れすっ!」

 

 

撫子さんは不安そうにしつつも、カツカツとヒールの音を立てながら身を捩って周囲に衣装とその美貌を魅せつけています。

その動く度にゆったりと揺れる胸や、お尻についている黒い尻尾が誘うように揺れる。首には燕尾服に合った蝶ネクタイではなく、アクセサリー色の強い錠前のついた首輪をしていて、倒錯的な支配欲に芽生えてしまいそうになります。…ごほん。

 

 

「この衣装、兎がモチーフなのですよね?不思議の国で兎というと、アリスを案内する役割の…?」

 

「はい、そのアリス役の坂柳さんとの絡みを是非、是非撮影したいと思いまして…!」

 

「なるほど…。有栖、構いませんか?」

 

ごくっ、ん…構いませんよ。よろしくお願いしますね?」

 

 

どうやら生唾を呑んだのは私だけではない様で、周りに視線を向けると明らかに羨望()()の眼差しを向ける先輩やクラスメイトが居ます。…無理もありません。それほど撫子さんの姿は、その。…魅力的…いえ、煽情的でした。

この場に男性が居なくて良かったですね。同性でもこれなら、異性が居たらなんて考えたくもありません。

 

その後、なんとか気を取り直して私も撫子さんの衣装を褒め、撮影に映ります。

最初に撫子さんが指示されるままにポーズを取って…取って…。…あの、佐倉さん。なぜそんな際どいポーズや、ローアングルな角度で撮影するのですか?

…え?え?地に伏せている愛理さんを跨いで?下から?え?私が可笑しいのですか?…後で写真をくれる?……そうですか。よろしくお願いしますね、山村さん。

 

その後、恐らくありとあらゆる角度から撮影された撫子さんとのツーショットを撮りました。

普通に並んだり、手を繋いだり。首輪を弄ると少しだけ苦しそうにしたり、後は…その、軽く抱き合ったり、顎を手でクイっとされたり。顔を赤くする私を尻目に、佐倉さんは興奮気味に「良いっ!良いですよその表情っ!はわわ…!」とシャッターをパシャパシャ切り続けていました。

 

 

「ふふ…」

 

「…楽しそうですね、撫子さん」

 

「有栖。…ええ、皆様が笑顔で居てくれて、私も嬉しいです」

 

「っ、わ、私も…その。…悪く、ありません」

 

「…ふふっ」

 

 

今の姿勢は、椅子に座る撫子さんの膝の上にこう、お姫様抱っこ…というのでしょうか?背中を任せて、横向きに腰かける姿勢です。至近距離での微笑に、思わずドキリとして顔を逸らしてしまう。

 

…反則です。そんな顔で「勿論、有栖も楽しそうでよかったです」なんて言われたら、貸しだなんて言えない。

その後、この衣装がラストだったようで撮影会は無事終了したみたいです。私は何故か感動された店員さんから、この衣装をプレゼントされました。…いえ、嬉しいんですが、一体どこで着れば…。

 

思わずため息交じりに更衣室に足を運ぼうとすると、キュッとパンプスが擦れる音と、床が視界に近づいてくる。

 

 

「…あ、っ…!」

 

「有栖…!」

 

 

疲れが出たのか、何か踏んでしまったのか。理由は分かりませんが、足を滑らせた私は、次の瞬間に訪れる衝撃に身を固くするしかありませんでした。

 

でも、その衝撃が訪れる事はありませんでした。…いえ、衝撃は感じました。非常に()()()()感触が、私の顔と掌いっぱいに広がっていました。

 

 

「っ………?ぇ…?」

 

「っ、ふう。…有栖?怪我はありませんか?」

 

 

むにゅ。

 

 

「あんっ…!」

 

「…は!?」

 

 

掌を握ると、艶やかな声が耳を貫きました。私は、現状の把握に努めようと上半身を起こそうとしますが背中に回された撫子さんの腕がそれを許してくれません。目をパチパチしていると周囲からは「「「キャー!!」」」と黄色い悲鳴が響きます。

 

 

「有栖っその、胸を揉むのはっ…!んっ…」

 

「も、申し訳ございません、なで、撫子さん」

 

 

離れようとする再びむにゅん、と掌に広がる充足感。自分のものではないそれは、私の掌に()()()()()に…。吸い付く?え?…も、もしかして…!

 

 

「有栖、動けますか?今、私が起き―――」

 

「だ、ダメですっ!撫子さんは()()()()()()()()()!」

 

「んっ。…な、何故…で、す、んん、胸を、これ以上、胸を揉んでは…私っ…や、ぁ!」

 

「だ、誰か…!上着、上着を撫子さんに貸して下さいっ」

 

 

恐らく撫子さんは転んだ私を庇って下敷きになってくれたのでしょう。その衝撃で、ビスチェから()()()上半身が露わになってしまっています。先ほどの悲鳴は、撫子さんのあられもない姿を目にしたから。撮影室とはいえ、ここには他人の眼がある。撫子さんのお姿を外部の人の眼や、ましてやカメラに収めさせる訳には…!

しかし、季節は夏。室内とはいえ、わざわざ厚着している人なんていません。…いえ、それよりも鼻を抑えたり身悶えしたり、こちらを凝視して動かない人ばかり。…こちらの声なんて、恐らく耳に届いていない様子です。

 

 

「キマシ…うっ…」「キャー、はな、鼻血が…!だ、誰か、ティッシュ、ティッシュない…!?」

 

「え…!?ナデ×アリじゃないの!?」「リバ有…!?アリ×ナデ…!」

 

「………」ピロリン♪ピロリン♪「………」パシャパシャパシャ…

 

「だ、誰でも構いませんから、上着を…!何か、羽織れるものを…」

 

「っあ…!有栖、息が当たって…こそ、ばゆい、です…んっ」

 

「も、申し訳ありませんっ…(一体、どうすれば…)」

 

 

こうして、私の人生初の撮影会は、慌ただしくも無事に終わるのでした。

 

 

※この後めちゃめちゃ忙しなく着替えました。…更衣室へは、撫子さんの胸を隠した私をお姫様抱っこで抱えて貰い、そのまま向かう事になりました。…なんというか、その。

 

………すごかった、です。

 

山本さんと佐倉さんのデジカメからは、件の写真は私がしっかりと責任を持って削除しました。えぇ。

…何を疑うのですか?山本さん。………そんな訳ないでしょう。クラスメイトとして、当然です。

 

 

・◇・

 

 

場所は変わって、予約したレストラン。

事前予約が必要な個室制のお店で料理に舌鼓を打っていると、撫子さんから先ほどの撮影会の話を振られます。

 

 

「有栖、今日は無理を言って御免なさいね?疲れたでしょう?」

 

「いえ。私にも貴重な体験でしたし、…それに、普段とは違う衣装を着るのは思ったよりも楽しかったです」

 

「……ありがとう、有栖。衣装は、気に入ってくれたかしら?」

 

「…!もしかして、あの衣装は、撫子さんが?」

 

 

驚きながらそう聞くと、コクリと頷く撫子さん。曰く、似合うと思って、無理を言って用意をお願いしたとの事。頬を赤らめる撫子さんに、私も少し顔に熱を感じます。

お互いに顔を赤くしてうつむいた、気まずい雰囲気を感じているとタイミングよくデザートが届く。

ショートケーキとチーズケーキをお互いにシェアしていると、表情に笑顔が戻ります。食後の紅茶を頂く頃には、再び朗らかな雰囲気となり夏休みの出来事や思い出を話します。

 

私は、クラスの()()()との事を。撫子さんは、部活動や生徒会、他のクラスの方の事を。20分ほど経ったろうか、口も滑らかになった頃を見計らい、本題に入る。

 

 

「ところで撫子さん、次の特別試験ですが―――」

 

「特別試験…」

 

 

おや?と思う。どこか気の抜けたような返事だ。疑問は表情に出さず、気のせいかもしれないと言葉を重ねていく。

 

 

「調べた限り、次の試験は秋頃の体育祭となるでしょう。…申し訳ないですが、私が陣頭指揮を執るには相応しくない試験です」

 

「ん、…えぇ…そう、ですね…」

 

「?…なので、今回は男子のリーダーは葛城君に。私達女子のリーダーを撫子さんにお願いしようと思うのですが、如何でしょうか?」

 

 

そう、今回の会合の本当の目的は次回の試験のリーダーについて。元々、体育祭では葛城君に任せる予定でした。例年では紅白に分かれて行う試験はAとD、そしてBとCにチーム分けがされます。

 

そして私が見るに1年生で最も強い団結力を発揮できるのは、一之瀬さんの率いるBクラス。次点で、地力はAクラスと統率でCクラスが横並び。…いえ、葛城君は龍園君と相性が悪い。クラスの統一もままならないAクラスよりも、龍園君の独裁するCクラスが優位でしょう。となると、順位で勝てそうなのはDクラスだけになります。

 

予想できる学年別の順位は、B>C≧A>Dとなる。

 

―――つまりハナからこれは()()()ということになります。そんな試験のリーダーなんて、外れくじも良い所です。この試験の失態を持って、葛城君には正式にリーダーの座を降りて頂きます。

撫子さんの立場もやや下がるかもしれませんが、彼女が先の船上試験で得た契約―――Dクラス生徒30名分の協力の同意書―――を生かせばダメージを最低限に抑えられる筈。

いえ…これはむしろ、負けてしまって傷心した撫子さんを慰めるのも悪くありません。…そう、クラスメイトを慰めるのも、リーダーとしての大切な役割(やくとく)でしょうしね。…ふふっ。

 

 

「そうですね…。…いえ、別に男子に限らなくとも、今回は葛城君に一任するのはいかがでしょうか?」

 

「―――っ、」

 

 

ピタリ、と紅茶を口に運ぶ手が止まる。…流石、私の好敵手(さいおんじなでこ)さん。もう見抜いたのでしょうか?…いえ、まさか予期していた?動揺を悟られぬ様に、舌を湿らせて舌戦の口火を切る。

 

 

「しかし、先の無人島試験で葛城君の信用は失墜しました。…その点、撫子さんはその才覚で莫大な利益をAクラスの皆様に(もたら)し、葛城君の負債も全て返してみせた」

 

「っ…」

 

「むしろ、撫子さんが()()()指揮を執る。…私はそれでも、何ら問題は無いとすら感じています」

 

「過分な評価、痛み入ります。ですが私は、そんな出来た人間ではないのです。皆様の指揮を執るだなんて…」

 

「そんなことはありません。撫子さんは1年生の中で、…いえ、学校でも上位の実力と才能を秘めていると私は信じています

 

「有栖…」

 

「それに…謙虚も過ぎれば、それは()()になりますよ?」

 

「―――っ…!」

 

「撫子さんにはもっと…?…あの?」

 

 

ガタリと、音を立てて撫子さんが席を立つ。普段の撫子さんではありえない行動にビクリと肩を揺らすと、彼女の表情がみるみる曇っていく。

青ざめた表情、口元を掌で覆い隠し、潤んだ瞳からは目尻に一筋の涙が零れており、とても尋常な様子ではない。思わず言葉に詰まる。

 

ふるふると首を振る彼女をどうにか落ち着かせる為、再度、席に座って頂きました。

 

 

「…撫子、さん?…顔色が悪いですが、どうか…」

 

「……………ごめんなさい…、ごめん、なさい…」

 

「落ち着いて下さい。…私は、撫子さんの味方です」

 

「…………有栖…」

 

 

予想外な撫子さんの様子に、私は努めて平静を装い手を重ねる。背中をさすって、暖かい飲み物を飲ませ、安心を与えて言葉を引き出す。何が、撫子さんを追い詰めたのか。

ポツリ、ポツリと口を開く撫子さん。その震える肩を抱き寄せながら、私は静かに耳を傾けるのでした。

 

 

※この後、なんとか撫子さんを慰めました。

リーダーの件は、撫子さんの言う通り葛城君に任せる事にします。えぇ。

………ふふ、覚悟して下さいね?()()()

 

――――――――――――

 

ピロン♪ピロン♪

 

「メール?」チラッ

 

「………」ピッピッ…

 

「…?姫さんからか?」

 

「そうみたい。…あんたには来てないの?」

 

「みたいだな。鬼頭と神室ちゃんに届くって事は、なんか内緒話か?教えてくれよ」

 

「はぁ…その態度を改めたら、坂柳も少しはアンタの事を信用するんじゃないの?」

 

「おいおい、そりゃないぜ。俺はこれでも姫さんの為に色々と貢献しているつもりだぜ?」

 

「どうだか…。その飄々としたたい「神室、メールを見ろ」っ、…なんで?」

 

「良いから早く読め。橋本もだ」

 

「…あ?俺も見て良いのか?…どれどれ?」

 

「……………」ギリッ

 

「…………はぁ…!?」

 

「あ…?どういう事だ?」

 




読了、ありがとうございました。
バニーガール、良いですよね。正直作者の欲望が露わになった回でもあります。

次回は明日にでも行けると思いますので、お楽しみに。

高評価、感想を是非お待ちしております。


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④:真夏のドラゴンシチュー

お待たせしました。
夏休み編も(多分)あと一話。連投も一先ずここまでになるかと。
皆様のご感想、力になっております。少しずつ、返信できるところはお返しして参ります。

それでは、どうぞ。


―――――――――――――――――

Side.帆波

 

―――目の前で泣きつかれて眠っている撫子の頭を撫でる。

 

何時もとは逆に、どこか幼い妹のように見える撫子。…龍園君との会話は、争いごとに慣れていなかった撫子の心を、確実に傷つけるものだった。

 

止めたいとも思った。…でも、止めなかった。

 

 

『っ…!…っ、っ……!』

 

 

ついさっきまで、撫子は言葉もなく口を手で塞いで嗚咽していた。いつもより小さく見える背中を摩りながら、私の心中には2つの感情が込み上げていた。

―――嫉妬と、どす黒い独占欲だった。

 

撫子にこんな顔をさせた龍園君に嫉妬した。

 

撫子が心を割く、Aクラスの人たちに嫉妬した。

 

それでも、こんな弱った姿を私に、私()()見せてくれて、縋ってくれて、身を委ねてくれた。

 

背筋にはぞくぞくとした電流が流れたみたいだった。

 

零れた涙を拭って、チロリと舐めると、とても甘美に感じた。

 

正面から抱きしめた撫子からは、まるで花のように芳醇な香りを堪能した。

 

 

―――誰に見せたくない。渡したくない。独り占めしたい。私だけの撫子で居て欲しい。

その為には、準備をしないと。

 

 

「…すぅ…」

 

「…大丈夫、大丈夫だからね?撫子…」

 

 

部屋にある姿見が目に入る。そこには、見た事のない顔の自分がいた。………へえ。私、こんな顔が出来たんだ。

―――まずはC()()()()()()()()、Aクラスにならないと、だね。

 

撫子の髪を弄びながら、私は今日の出来事を思い出すのだった。

 

――――――――――――

 

今日は、夏休みも半ば。約束をしていた撫子と夕ご飯を一緒に行く…予定だった。先日、無事に南雲副会長の推薦で生徒会に入って、撫子と一緒の時間が増えた。

特別試験でもAクラスに迫る好成績を残せていて、クラスの皆のモチベーションもとても高い。正直、とっても充実していた。

 

ただ残念なことに、急にショッピングモールで電気のトラブル?で行く予定の店が営業をストップしたみたい。

 

予約のキャンセルを知らせるメールが届いて、ガックリしながら撫子に謝るとそれなら私が夕食を作ってくれるって言ってくれた!

…思わぬ幸運に、ガッツポーズをしていると、『もう一人お誘いしてもよろしいですか?』と撫子から連絡が来た。生徒会の先輩かな?『もちろんいいよ!』と返信をすると、撫子とそのもう一人の為にデザートを買って部屋のインターフォンを押した。

 

 

「…いらっしゃ―――ええと、おかえりなさいませ、帆波♪」

 

「っ…!うん、()()()()、撫子。今日は楽しみにしてるね♪」

 

 

出迎えてくれた撫子は、フリルのついた白いエプロンをしてた。…何回言われても、されても…慣れない。まるでドラマや漫画みたいに出迎える新妻と、仕事から帰った旦那様みたいなやり取りに、顔が赤くなっているのを感じる。

その後、「少しだけ待っていてくださいね?」と言われてふと玄関を見ると、男子用の靴がある。誰だろう?そう思って扉を開けた先に居たのは―――。

 

 

「………………え?」

 

「……………あ゛?」

 

「あ、龍園君。火の番、ありがとうございます。直ぐに代わりますので、待っていてくださいねっ」

 

 

パタパタと、渡したデザートーーーケーキを冷蔵庫に仕舞うと、こっちを見て固まってる龍園君からお玉を受け取る撫子。その後、棒立ちになっている所をお皿を出す様に言われて舌打ちをしながら取り出している龍園君。

 

…え?龍園君?ちょっと理解できない待って待って…。え?なんでお皿とか食器のの場所を把握してるの?初めてじゃないの?初耳だよ撫子?

 

 

「………チッ…客ってのはお前か一之瀬」

 

「久しぶりだね、龍園君。こんな所でナニシテタノカナ…?」

 

「…クク、凄むのか笑うのかどっちかにしろよ」

 

「質問に…答えてくれないかな?」

 

「ふん。…そりゃ、料理(ナニ)だろ。別にまだ女子部屋の門限は迎えてねえ。俺が居ても、問題じゃあねえだろ?」

 

「………」

 

 

ニヤニヤとする龍園君から目を逸らして、部屋中を観察する。部屋にかかった制服、チェストや…()()()。最後に撫子の様子を見ても、何か痕跡が見つかることはなく、最後に龍園君に視線を戻す。

 

 

「ホント、なんでいるのかな?龍園君」

 

「あ?…言っただろう?撫子と夕飯の約束があるってな。…お前が来るのは、予想外だったが」

 

「…それはこっちのセリフだよっ」

 

「―――お二人とも、お待たせしました♪」

 

 

そう言って撫子がお皿を運んでくると、とてもいい香りが鼻を掠める。今夜のメニューはビーフシチューのようだ。

夏とはいえ、部屋には空調が完備されていて煮込み料理も美味しく頂ける。特にそれが、撫子の作った料理だとすれば―――

 

 

「クク、感謝して喰えよ?一之瀬。俺の()()だ」

 

「っ、どういう意味かな?」

 

「もうっ、龍園君?…お肉を提供して頂いたのは感謝しますが、帆波を呼んだのは私です。意地悪を言わないで、仲良くして下さいね?」

 

「ふん…」

 

 

窘める撫子に鼻を鳴らして、「大体、俺はステーキが良いと―――」や「あれはスネ肉で、煮込み料理の方が―――」と言い合う様は、なんというかとっても疎外感を感じる。むすっとしながらも「頂きます!」と手を合わせると、撫子も習って手を合わせてくれる。

一体どうして龍園君が。…その疑問に悶々としながらも、私は撫子特性のビーフシチューを頂くのだった。

 

 

「「………っ!!」」

 

 

―――お肉を用意したのは龍園君でも、撫子のシチューは絶品だった。私も龍園君も、無言で食べて終わってお代わりをお願いする頃には、当初のギスギスした雰囲気は無くなっていた。…まあ、それもデザートを食べ終えるまでの短い間だけだったけれどね…。

 

 

―――〇―――

Side.龍園

 

 

「ご馳走様~とっても美味しかったよ!」

 

「お粗末様でした♪」

 

「………」

 

 

美味い料理に満足していると、皿や鍋を片付けに席を立つ撫子。手伝おうとする一之瀬は断られたのか、こっちに戻ってきた。

 

で?と視線で訴えて来る奴に、こっちもなにがだ?と態度で返してやる。

 

 

「龍園君がここに居る理由は?」

 

「さあな。…一之瀬、お前と同じかもなあ?」

 

「船での仕返しのつもりかな?…撫子が戻ってくる前に教えてくれないかな?」

 

「………」

 

 

元々の予定とは違うが、一之瀬が居るなら居るで、方針を変えればいい。俺はスマホのメモを起動して、画面を一之瀬に見せてやる。

 

 

【クラス移動 交渉】

 

「………っ」

 

 

見せた一之瀬が息をのみ、同じようにスマホで文字を入力して見せて来る。

 

 

【約束と違う、Aクラスを脱落させてからの筈】

 

「…ククク」

 

 

睨みつけて来る一之瀬に、スマホの画面を見せる。

 

 

【龍園 翔 : 34,533,546:PPt】

 

「―――っ!?」

 

 

ガタリ、と物音を立てる一之瀬に、撫子が声をかける。それを誤魔化す様に、「何でもないよ~デザート出すね!」と返す一之瀬だが、まだその表情から驚きや警戒は抜けていない。

 

まあ奴のショックも分からないじゃねえ。以前聞いた、歴代で最もポイントを稼いだ生徒が1600万だか、1700万だったらしい。そのおおよそ()だ。一人なら、他クラスへの編入が出来るほどの莫大ポイントは、先の船上試験の報酬だけ》じゃねえ。

Aクラスとの契約を一之瀬が知るすべはない。ただただ不気味に見える筈だ。

 

思い返すのも業腹だが、Aクラスの―――いや、西園寺撫子の行動にはいつも振り回されちまう。コイツが俺のクラス(モノ)になったら、しっかりと躾をしねえとな。

 

机に並ぶケーキを尻目に、俺は撫子に呼び出された日の事を思い出していた。

 

 

・◇・

 

 

「来たぜ撫子。…待ち合わせに男連れってのは頂けねえが、な…」

 

「…」「…」

 

 

船から戻って、次の日の午前中。ショッピングモールの個室のある店に呼び出され、その場に居たのはAクラスの3人。

呼び出した張本人の西園寺撫子。坂柳の飼い犬である神室と、殺し屋みてえな(ツラ)の鬼頭だ。

 

 

「龍園君、お呼び立てしてしまい、申し訳ございません」

 

「…お前が呼び出すんだ。構わねえ、直接会いたいってのは、どんな用件なんだ?」

 

「実は…ええと、暫しお待ちくださいっ」

 

 

そう言ってスマホを取り出して、何かの操作を始める撫子。訝し気な表情を向けると、後ろの奴は奴でスマホを操作している。こちらに見えない様にと背中を向けて…鬼頭も覗き込んでやがる。坂柳からの指示でも受けてやがるのか?

睨みを強くしていると、「準備出来ました!」と撫子がスマホの画面へのタップを終えて、通知音が1つ…いや、2つ鳴る。

 

 

「………」

 

 

1つは目の前の撫子の物。…もうひとつは、()()()()()の音だ。

 

出来るだけ、動揺や弱みが透けない様にゆっくりとスマホを取り出すと通知のメッセージが届いていた。

 

 

【通知:西園寺 撫子 さんからポイントの振り込みがございました。詳細や覚えのない方は―――】とよくある文面に、ロックを外して自分のポイント管理画面をさせる。

 

 

「急で申し訳ござません、…ですが、ご用意が出来たので早急にお返しした方が龍園君も―――」

 

「あぁ」

 

 

撫子が何かを言っているようだが、耳に入らねえ。適当な返事をしちまってるが、それどころじゃねえ。表情に出すな、動きに出すな、…動揺を、悟られるな。自信をたっぷりに、見下した態度で鼻で嗤え。

 

 

「…………くはっ」

 

「龍園君?」

 

「………」「………?」

 

()()()()たぁ、Aクラス様は随分余裕があるんだな…おい」

 

 

【振込履歴 +18、330,000PPt】

 

 

「………はぁっ!?」「っ………」

 

 

そう言ってスマホの画面を見せると、後ろの案山子二人は目を見開いたり、声を上げる反応を見せて来る。

まさかコイツの独断なのか?…いや、こんな大金だ。葛城は兎も角、坂柳が知らねえ訳はねえな。手下共には知らせてねえだけだろう。

 

 

「いえ、…船での試験で得たポイントの用途について考えた所、お恥ずかしながら取り急ぎ必要な()()を思いつかず、折角なら…と」

 

「借金の返済に充ててやろう、と。ふん…」

 

「ええと…迷惑でしたでしょうか?」

 

 

今度は不安そうな表情を浮かべる。…コロコロと表情を変えるのは交渉向きとは言えねえが、コイツの場合は当てはまらない。良くも悪くも、常識はずれの発想は、敵味方問わずに度肝を抜く一撃を食らわせて来やがる。

読み切れねえ。だが、少なくともデメリットはねえ。この件は金田とひよりに相談すべきだな。そう考えていると、撫子が神室に肩を揺すられていた。

 

 

「ちょ、ちょっと撫子、それって特別試験でアンタが貰った報酬でしょ?良いの!?」

 

「だ、大丈夫ですよ?まだ私用のポイントは残っていますし、さい「だからってクラス全員分出すとか、やりすぎでしょ!」…ぁぅ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

その後は鬼頭が神室を落ち着かせて、話が済んで早々に撫子は連れて行かれた。Aクラスの中でもまた一波乱あるのかもしれねえが、内乱なら大歓迎だ。

数は減っても、未だに葛城の手下共は健在。内輪揉めしている間に、俺達は本命を頂く。そうして帰路についていると、律義に今日の中座の埋め合わせをしたいとメールが届く。

 

そうして俺は、呼ばれた日に肉の塊を土産に撫子の部屋にやって来たんだが、チッ…。一之瀬まで来るのかよ。

 

………。…………………………。

 

 

・◇・

 

 

「…………っ」

 

「…………」ニヤニヤ

 

「…………♪」

 

 

ケーキも食い終わった。コーヒーを飲みながら俺達Cクラスが超えるべきリーダー二人を、値踏むように見据える。

 

一之瀬 帆波

 

Bクラスのリーダー。仲良しごっこ集団かと思いきや、島や船の上でのクレバーな判断や手下共を黙って従えていた様子から、個々では雑魚でも集団で当たったら些か厄介だ。…欠点は足手まといに歩調を合わせている事。雑魚を切り捨てられねえ内は、俺達の敵じゃあねえ。

 

先の2つの特別試験から推測するに、これからの戦いは集団戦が肝要になる。個人戦なら負けはしねえが、ここから成長されて()()()が出来るリーダーになられると厄介だ。程々に甘く、程々に味方を守れる。今は、その程度の妨害(ちょっかい)に留めておくとするさ。

…DクラスとAクラスを片付けたら次は、コイツとも決着を付けねえとな。

 

そして西園寺 撫子

 

Aクラスの三勢力の一角。そして生徒会役員。…気の早え上級生(やつら)からは、未来の生徒会長なんて言われてやがる。

実際、1年の生徒会メンバーは未だコイツだけだ。他にも各クラスに知り合いがいて、上級生、教師にも顔が効きやがる。

能力も学力(オツム)学年一位(トップ)。噂じゃ身体能力も悪くねえらしいが、…クク。あんなデカい()()を抱えてどれだけ動けるかは見物だな。

…恐らく学年屈指のスペックを持つ生徒だろうが、コイツの特に警戒すべき点は別にある。

その頭の回転の速さと俺達にはない異発想の作戦立案。そして実行力だ。

 

島では俺の作戦を半壊させられた。…腹いせに連れまわしたのは、作戦的に上手くハマり、Bクラスとの懸け橋になったのは棚ボタだったな。

 

だがその次の船上試験では良い様にやられちまった。損こそしない立ち回りだったが、ポイント以外でもAクラスを目指す下位クラスの試験を一回潰せたんだ。Aクラスの連中からしたら笑いが止まらねえだろうよ。

 

契約の穴に気付くと思えば常識を知らねえ。一緒にいて甘ちゃんかと思えば学年全員を巻き込む作戦を実行しやがる。常に注目を集める台風の目。…しいて言うなら、欠点は独断専行が多いことくらい…か?結果で納得させてる以上、断言は出来ねえが…。

 

 

―――コイツを飼いならせるのは、間違いなく俺だけだ。

 

 

そう内心で舌なめずりをしていると、首を傾げた撫子が声をかけてきた。

 

 

「…龍園君、まだ要りますか?」

 

「あ゛?」

 

「えっ!?」

 

 

ひょい、と一口分のケーキを差し出してくる。…食う訳ねえだろ。何考えてんだコイツ。そうこうしていると、一之瀬がフォークに飛びつき、こちらに挑発的な視線を向けて来る。コイツ…。

 

 

「こら、帆波っ…」

 

「んっ、にゃはは…ゴメンゴメン、美味しそうで…つい♪」

 

「………撫子、本題だ」

 

「………?」「………っ」

 

「これからの事だ。…単刀直入に言う」

 

 

首を傾げる撫子と、表情を硬くさせる一之瀬。()()()真剣な表情で、俺は今日の本題を切り出す。

 

 

「―――お前、Aクラスから失せろ」

 

「………」

 

「え…?」

 

 

驚きと呆け。似たようで、色の違う表情の撫子と一之瀬に俺は言葉を矢継ぎ早に重ねる。

 

 

「お前の行動は、Aクラスの連中の為になってねえ」

 

 

―――Q.Aクラスの西園寺撫子の行動力を止める為にはどうすべきか?

 

コイツを慕う手足を奪う?…ダメだ。数が多すぎる。なんならクラス内にもいるだろう親衛隊だの、慕う奴らを敵に回せはこっちに内紛が起こりかねない。

 

 

「この前に会った時もそうだ。お前はクラスメイト全員の借金を肩代わりしたが、あれはクラスの全員に同意を得たのか?」

 

「それは…」

 

 

暴力で言う事を聞かせる?…おそらく、無理だろう。俺の知る限り、コイツは自己犠牲を厭わない。

殴っても()()しても、どれだけ自分が傷ついても、他を護ろうと行動する。…そんなコイツに、その手の脅しは意味を為さない。

 

 

「それに聞いたところによると、最初の試験の過去問もお前が大金をはたいてクラスメイトにばら撒いたそうじゃねえか」

 

「………いえ、ですが「クラスの何人が安穏と過ごしてるんだろうなあ?『西園寺撫子が居れば、Aクラスは安泰だ』なんて声も聞くぜ?」…っ」

 

「ちょっと、龍園く「お前もちったあ思うんじゃねえか?一之瀬」っ、」

 

 

報酬で寝返らせる?…コイツを満足させる報酬なんざ、思いつかねえ。ポイントも、地位も、その全てが満たされているようにみえる。

 

―――コイツの()が、俺には皆目見当がつかねえ。

 

 

「とぼけんなよ。俺らCクラスや、お前らBクラス。…それにDクラスの奴らも死に物狂いでクラスポイントを追ってるってのに、Aクラスはどうだ?」

 

「………それは」

 

「っ………」

 

「頭を使うのも指示をするのも失敗と成功の責任も。…プライベートポイントですら丸ごと西園寺に任せて、残りの連中はロクになにもしない。…まだ尻に火が付いたDクラスの底辺どもの方が必死に見える。なんでだ?」

 

 

人質を取る?…悪くねえが、弱い。Cクラスのひよりや他クラスの仲の良い連中を脅してそこからコイツを芋づる式に手駒にする。だがコイツなら、何らかの手段で解決するだろうし、保護の為にAクラスに引き抜かれたら厄介だ。

 

これも却下。となると、やはり方法は1つだけ。

 

 

「―――お前がAクラスを甘やかすからだ、撫子」

 

「私が…皆様を…?」

 

「撫子…」

 

 

―――西()()()()()()()()()()()()()()。自分の実力に枷を嵌めさせ、訪れる困難にも目を瞑るような、そんな()()()にさせる。

 

 

今日初めて…いいや。今まででも初めて見せる表情で愕然とする撫子に、俺は作戦の成功の手ごたえを感じる。…こうなれば、後は簡単だ。コイツの心のスキを突く提案をするだけでいい。

 

 

「その証拠を言ってやろうか?…お前、今回の船上試験での俺らへの譲歩。…その理由を、クラスの連中には曖昧にしか伝えてねえらしいな?」

 

「それは…ですがっ」

 

「そう、言えやしねえよなあ?…言ったら、平和ボケしたAクラスの連中はこう思うだろうぜ?『別に他のクラスが協力しても、Aクラスには叶わない。それよりももっとポイントを』ってな…!」

 

「………っ…それは…」

 

「………!」

 

「そうなったら、お前が必死にねじ込んだ譲歩案もパアだ。…するとどうなる?」

 

 

そうなれば、結果は火を見るよりも明らかだ。B・C・Dの3クラスによる、()()A()()()()()()の発足。コイツはそれを危惧して、アレコレと周囲に便宜を図った。

部活で、テストで、そして試験で。手を変え品を変え、各クラスとの友諠を結んだ。…本心かどうかは兎も角、結果的に今の立ち位置は絶妙にAクラスにとって優位を保っている訳だ。

 

フン…他の奴らの目は誤魔化せても、この俺を出し抜くにはちと甘すぎたな。

(※35点。赤点ギリギリセーフ)

 

 

俺はその後も、勢いなく反論してくる撫子の言葉を何度も打ちのめした。

 

「船での試験、リーダーを任されたのは私です。なら、私が―――」「結果としてAクラスに成長はねえ。このままじゃ、折角の戦争も拍子抜けな結末になっちまうなぁ」

 

「皆さんに気苦労を掛けたくなくて―――」「何故クラスの連中を信じてやれない?」

 

「ですが…私は、わた、しは―――」「俺が、俺()が、これから先もそんな砂糖菓子みたいな戦略で騙されると思っているのか?」

 

 

撫子は、さっきまでの態度とは打って変わって、わなわなと唇を震わせている。冷房が効いた室内でも、頬を滴る汗が流れている。…クク、もう一押しだな。

 

 

「…このままだと、お前も葛城の二の舞だ。そうしていずれ、お前が敗北した途端、Aクラスは()()に食い物にされる。そうなってから鑑みても、後悔は、先に立たず、だ」

 

「…、私が、クラスの…皆様の、そんな…私のせいで…?」

 

「あぁ、()()()()()()。…この調子なら、坂柳を潰したらAクラスは終いだな。…なにせ、残るのは勉強が出来るだけのイエスマンしか居ねえ。クク…」

 

「………」

 

 

じんわりと潤んだ瞳に、思わず舌なめずりをしたくなるほどの色気を感じる。目尻から決壊した涙が零れる様は、加虐心が刺激され、股座に熱を感じる程だ。

…だが、こちらを睨みつける一之瀬と目が合い、フッと冷静になる。肩をすくめるようにすると、ヤツも眼差しを緩める。…言葉を発するまでしないのは、この提案がBクラスにもメリットがあるからだ。

 

…その証拠に、悲壮にくれる撫子を慰める様子からは、どうみても善意以外の打算も込めてるに違いねえ。

 

 

「やっちまったことは仕方ねえ。…そんなお前にも、まだやり直しの方法は残ってるぜ?」

 

「っ…!」

 

「一体…それは…?」

 

「それは―――」

 

 

―――お前が、俺達のクラスに来りゃあいいってことさ。

 

 

※この後めちゃめちゃ誑かして、謀った。

結果として、撫子とはある契約を結ぶことが出来た。

 

―――俺達か一之瀬がAクラスになったら、撫子が()()()()()をする契約を、だ。

 

 

・◇・

 

 

「ククク…!」

 

 

100%じゃあねえが、実に有意義な結果となった。

 

 

…撫子をたらし込んで完全に拐かすには、あと一歩ってトコだな。俺は部屋を出る前の撫子の表情を脳裏に思い浮かべ、笑みすら浮かべて出口の扉を開く。すると外には―――想像だにしない光景が待ち受けていた。

 

 

「…………!?」

 

「「「「「…」」」」」ざわ…ざわわわわわわ…

 

 

10人以上の女子が外の廊下でガン見してきて、正直凍り付いた。直ぐに奴らは(何も言わずに)解散したから何もなかったが…Cクラスに撫子が来たらあいつらにマークされんのか…。

 

…最後の最後で、どっと疲れた気分だぜ。今日はもう寝る事にするか…。

 

…。

 

……。

 

………。………おい、さっきの連中の中にひよりの奴いなかったか…!?

 

 

 




読了ありがとうございました。

後は、みんな大好き水着回をやって終わりかと思います。
鈴音さん、綾小路君の登場予定です。

少しお時間を頂きますが、よろしくお願いします。

活動進捗など、下記にてUPすることもあるのでよろしければご覧ください。

https://twitter.com/ekaterina050723


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⑤:『ラブレター、再び』『超弩級』『禁煙失敗』

更新お待たせしました!
今回は、割と原作改変が入ります。最後の最後なんですが、多分察して頂けるかと。
まあ理由は追々ということで、一つ。

それでは夏休み編、堀北学・綾小路清隆・???視点で、どうぞ!!
…堀北鈴音?彼女は、うん、体育祭でいっぱい出すから許して許して…。




夏休みも残り僅か。生徒会の役員達は、来期の活動の為に集まり、書類の処理や簡単な会議を行っていた。

副会長の南雲や、つい先日に正式に生徒会入りをした一之瀬は外回りを。残ってこの場にいるのは、3年生や2年生の一部女子。そして撫子だ。

何時もなら、彼女の周りには世話を焼こうとする女子や、関心を得ようと話しかける男子が取り巻いている。ただ今日は、少し様子が違う。

 

 

「ふぅ………」

 

「「「…」」」

 

 

意図しての事ではないだろうが、憂鬱な溜息。静かにペンを動かす音だけが響く生徒会室に、その声は割と大きく聞こえる。

西園寺撫子の表情が暗い。心配した上級生―――橘や他の3年役員―――が、声をかけるも平気そうな顔で返す。そのため、誰も深入りはしない。

どうやらなにか心配事でもある様子だ。特に口出しはしなかったものの、会長の堀北学も当然気付いている。…その証拠に、彼も無言でスマホを取り出した。

開くのは初期からインストールされているチャットアプリだ。生徒会の3年グループのチャットをチラリと見ると、それぞれが西園寺の様子について言及している。

 

 

『撫子ちゃん、どうしたんでしょう?今日はよくため息を吐いているような』

 

『んー。私さっき来たけど、なんかあったの?誰か来てた?』

 

『特になかったけど、午前中はなにもなかったよ?いつも通りだったと思う』

 

『あ…、同級生の一之瀬が居たからじゃないか?仲が良いから、心配させない様にとか』

 

『撫子ちゃんならありえる!…どうしたんだろ』

 

『心配だね…』

 

『そうだな、俺先輩として助けてやりたいと思うが』

 

『でも試験絡みだと、あんまり口を出すのも不味いんじゃ…』

 

『それはそうだけど…』

 

「………」

 

 

チャットの内容は撫子を心配するもので、学自身も確かにと思う所もある。…気付けば生徒会役員(撫子以外)全員が視線を交わし、頷き合う姿がそこにはあった。

 

 

ん゛ん…、…西園寺」

 

「あ…はい、堀北会長。…どうかなさいましたか?」

 

「単刀直入に聞くが…何があった?」

 

「ぇ…あの、いいえ、特には…なにも」

 

「………誤魔化さなくていい。それに皆、気が付いているぞ」

 

「なっ……え…?えぇ…!?」

 

 

撫子は普段よりも動揺を露わに、素直な反応でキョロキョロと周囲を見渡す。周囲はそれを微笑ましく見たり、ニヤリと笑いながら頷き返したりと各々頼れる先輩ムーブを取り始める。咳ばらいして眼鏡を直す学も、未来の生徒会長(候補)兼、可愛い後輩に頼られるのも悪くないと思っていた。…決して、以前の妹との仲を回復して貰った借りがある、とかだけではない。

 

元より多くは無かった業務をいい所で切り上げると、生徒会の面々は撫子の相談(はなし)を聞こうと動き出す。

お茶を用意するもの、近くに椅子を移動させるもの、身を正すもの。それに観念したのか、不安げな表情で撫子は悩みを打ち明けた。

 

その内容は―――正直、一年のこの時期にしては()()内容だった。否、早熟というべきか。

歴代の中でも高水準なAクラスゆえの課題。…すなわち、クラス()()の悩みだ。

 

 

「―――成る程、話は分かった。…つまり西園寺は、龍園の話を聞いて、揺らいでいる訳か」

 

「揺らぐ…。はい、そう…、なのかもしれません」

 

 

撫子の言葉を聞いて、学はそう結論付ける。それに撫子も頷き返し、今日に何度目かの儚げな表情を浮かべていた。

 

他の生徒会役員は腕を組んで思案気になったり、言葉を返そうとして、口を噤んでしまったり。…助言したいのは山々だが、出来ない。その理由は全員が理解をしている。

―――生徒会には同学年の一之瀬も居る。迂闊な発言は依怙贔屓(えこひいき)や肩入れとなってしまう。ともすれば、公平である筈のクラス間の競争に余計なノイズが混じってしまうだろう。

 

………()()()()()()()()なら、喜んで介入しそうな話題ではあるが。

 

閑話休題。

 

「………」

 

「………ふむ」

 

「「「…」」」

 

 

図らずも、生徒会室の全員の期待の籠った視線を浴びた学。しかし、彼も伊達に歴代最高の生徒会長とは言われていない男。落ち着き払った態度で席を立ち、撫子を伴って隣室―――生徒会用の備品倉庫へ彼女を連れていく。

 

少しだけ埃っぽい個室に二人きりとなったが、艶っぽい雰囲気ではない。目も合わせていない二人だが、方や叱られる前の子供のような緊張を。方や、教え子への言葉を吟味する教師のような沈黙を。

…口火を切ったのは、教師側()だ。

 

 

「…ふぅ」

 

「………」

 

「…西園寺」

 

「は、…はいっ」

 

「―――お前は、お前自身は―――どうしたい?」

 

 

絶妙に間を外した後に、視線と声に力を込めながら後輩に問いかける。それは、決して答えではない。慰めでもなく、激励でもない。だがそれでも、後輩の憂いを絶つ為の威力(カリスマ)を秘めた問い掛けだった。

 

 

「…私、自身」

 

「そうだ。…答えは所詮、自分の中にしかない」

 

「………」

 

「…これは独り言だが、」

 

「?」

 

 

わざとらしくそういう学に、俯いていた撫子ははた、と視線を向ける。そうして語られたのは、これまで歩んできた学自身とクラスの歩みの歴史だ。

 

初めての特別試験で一喜一憂した事。初めてクラスに退学者が出た時の事。

 

自分が殊更に仲の良いクラスメイトを作らなかった事。それでもクラスメイトは自分を信じてくれている事。

 

クラス内で争う試験があった事、犠牲者を出してしまった事。

 

自分たちのクラスメイトを救うため行動した事、他のクラスの生徒が退学になるのを理解した上で攻撃をした事。

 

―――そうした結果に今の堀北学があり、今のAクラスが出来た事。決して、順風満帆な学校生活ではなかったのだ。1年からAクラスを維持し続けた学ですらそう思うのだから、一年の撫子にはこんな所で俯いて欲しくない。

そんな学の不器用な()()()は、きちんと撫子に伝わっていた。

 

 

「会長。…ありがとうございました」

 

「…何のことだ」

 

「…!ふふっ…いいえ、なんでも。ただ…そう、突然。…突然、普段の感謝を伝えたくなっただけです」

 

「そうか。…別段、普段なにか感謝される事をした覚えはないが、…受け取ろう」

 

「はいっ♪」

 

 

話が終わった頃には、部屋には夕日が差し込む時間になっていた。もう撫子の表情には、隣室に来た時の緊張はない。夕日が差し込み、窓際に立つ学の()()()()()()()事にも気が付くくらいには彼の顔を見ることが出来ていた。

 

 

「私は…やっぱり、皆様と()()在りたいと思います」

 

「………困難な道だな。俺でも無理だった」

 

「えぇ。でも、()()()()皆様には卒業後も、退()()()も進路があります」

 

「っそれは…」

 

「ふふっ。…少し、意地が悪かったですね、申し訳ありません」

 

 

撫子の言葉にヒヤリとした学だったが、本人に気にした気配はない。むしろ明け透けに話し、特に気にしていない様子の撫子に、学の方が動揺する程だ。

その後に続けた撫子は、未来の話をする。退学にしろ、卒業にしろ、この学校での出会いと関係が断絶する事はない。長い永い人生の、一つのステージでお別れをするだけなのだと、彼女は透き通るような笑顔で告げる。

 

―――それは、ある意味で献身と慈悲に溢れていて、ある意味で冷徹で残酷だ。

堀北学は本当の意味で理解する。西園寺撫子はこの学校からの卒業や退学に関心が極めて()()なのだと。

 

だから卒業と、退学を等価に扱える。自分の退学と、誰かの退学を天秤に乗せられる。

 

…自分には無理だ。進路の事、親の事、妹の事。あらゆるしがらみや将来への不安が、彼を一時の気持ちで道を踏み外す事を許さない。

 

果たして自分とのこの会談が彼女にとっての福音だったのか、凶報だったのか。

…それが分かる頃にはきっと、自分は卒業しているのだろう。ならばそれまでの間、自分が彼女をしっかりと見守ればいい。そう学は結論をつけると、彼女の肩に手を置き目を合わせる。

 

 

「西園寺」

 

「はい」

 

「…お前には、いずれ生徒会長になって貰いたいと思っている」

 

「…わ、わたしなぞに過分な評価、ありがとうございます。でも…あぅっ、」

 

 

謙遜を返した撫子に、学は軽くデコピンをした。()()()()()()()意趣返しだった。

 

 

「お前は、俺の信頼に値する後輩だ。…わたし()()、などと言うな」

 

「…!…ありがとう、ございます………」

 

「その為に、お前にはこれからも皆の規範となっていって欲しい」

 

「私が…」

 

「そうだ。お前でなくてはダメなんだ。…分かるな?」

 

「その、意味は…はい」

 

 

その後も懇々と撫子にお説教(はなし)を続ける学。少しでも、撫子にこの学校への未練を残してほしい。楽しんで欲しい。健やかに過ごしてほしい。…その一心で語り掛ける学は気が付かない。

 

 

「悩んでも、立ち止まっても良い。…お前は、お前がやりたいようにすればいい」

 

「…会長…分かりました。…少しずつ、えっと。…頑張りますね♪」

 

「ふっ…期待しているぞ」

 

「はいっ!」

 

 

一之瀬や櫛田(友人たち)1対1(サシ)での異性との接触を避けろと言われている撫子が、学に肩に手を置かれて向き合う状況(シチュエーション)に無警戒で居る理由にも。

 

二人が備品倉庫にいる最中に南雲や一之瀬が生徒会室に戻って来て、事情を聴いている事にも。(一之瀬の眼からハイライトが消えたことも)

 

()()()女子の役員が高速でスマホ操作をしている事も、それを見て南雲副会長が胃のあたりを抑えていることにも。

 

 

 

※この後、生徒会室に戻るとめちゃめちゃ視線が突き刺さった。

何故か、副会長が生徒会長に胃薬を渡していた。会長は首を傾げていた。

 

 

――――――――――――

Side.綾小路

 

普段は競技用として利用される大プール施設。夏休みの思い出とやらで駆り出された俺だったが、確かに眼福だと思う光景がそこにはあった。

そう、目の前にはまるで―――天国のような光景が広がっていた。

 

 

「撫子ちゃん、いっくよ~、それっ」

 

「…っはい、…鈴音!」

 

「…ハァッ!!」

 

「くっ…、麻子ちゃん!」

 

「任せてっ、千尋ちゃんっ!」

 

「…よい、しょっ!帆波ちゃん!」

 

 

1年生でも屈指の美少女たちが、水着姿でバレーボールをしている。(一人を除き)真剣な表情でボールを追い、惜しげもなく健康的な身体をプールに舞わせている。

それ審判役として残された俺が満喫しているのだが、間違いなく周囲から完全に浮いている。近くには女子だけだ。()()()()()()()男子連中の姿は既に無い。

…若干、刺すような視線を背中に感じる。が、気が付かないフリをして役割を全うすることにする。Bクラスの一之瀬が打った鋭いレシーブを、堀北が横っ飛びでブロックしボールが高く上がった。目で追いかけると、天井から鋭い人工光に目が眩む。

思わず顔を顰め、掌で光を遮りながら俺は今日の始まりからを思い出すのだった。

 

 

・◇・

 

 

夏休みの終盤、俺は船上で仲良くなったグループ(通称きよぽんグループ:命名、波瑠加)で遊びに行く予定を立てていた。

なんでも3日間限定で、大きいプール施設が解放されるらしくそこに遊びに行こうというものだった。俺と明人に予定はなく、運動への不安があった啓誠も体力をつける為に参加を表明。夏休み最後のイベントとして楽しみにしていた。

 

 

「いやー今日も暑いね!」

 

「まだカラッとしていてよかったな」

 

「うん。早くプールに入りたいね」

 

「確かにな」

 

「水分補給は喉が渇く前にしておけよ」

 

「そんな事より男子共!私たちに言う事があるでしょ!」

 

「は、波瑠加ちゃん…」

 

「はいはい、似合ってるぞー」

 

「うわ興味()っ…」

 

 

愛理と波瑠加に限らず、クラスの女子は得たポイントを使って水着や私服を選んだりとショッピングに勤しんでいた。それを着る機会としても、今回のプール開放は渡りに船だったのだろう。

 

寮の一階で合流してプールに向かう。全員が私服だったが、この中だとやはり群を抜いて愛理に視線が向けられていた。グラビアアイドルとしての経験(キャリア)や、夏の流行カラーに合わせた私服を着こなしていていた。(波瑠加がべた褒めしており、男どもは全自動頷き機となっていた)

 

プールに到着すると、そこそこの盛況具合だった。更衣室で別れ、俺は素早くラッシュガードに着替えると更衣室を出る。初めて来た施設だが、大きいプールが三か所ある。何故か仮設テントのようなものも立てられ、屋台で軽食や飲み物を販売している。

販売しているのは2年、3年の先輩たちの様で、ちらほらと覗いている1年生たちも散見した。

 

様子を見ていると明人と啓誠が。そして遅れる事2,3分。貧乏揺すりを始めた啓誠を宥めていると、波瑠加の明るい声がかかる。

 

 

「おまたせっ」

 

「どう、かな?」

 

「………二人とも似合ってるぞ」

 

「……お、おいおい…」

 

「…は、派手じゃないか?」

 

 

二人が選んだ水着は、かなり大胆なビキニタイプのものだった。波瑠加は白い()のビキニタイプの水着で、学年でも屈指のスタイルをより魅力的に主張していた。一緒に来た愛理も、これまた負けていない。

桃色の生地に白いフリルの装飾をあしらえていて、浅葱色の上着をふわりと肩に羽織っている。何とか返事をした俺と啓誠、明人だったが二人は準備体操もそこそこに、先に泳いでくるといってプールに足を向けていった。

 

残されたのは俺と波瑠加、愛理の三人。なんとも言えない雰囲気を防ぐ為に、出来るだけ二人の()()()()()()して会話のキャッチボールを試みる。

 

 

「…あいつら内心、プールを楽しみにしていたんだな」

 

「あはは…。ね、ねえ愛理、やっぱり少し攻め過ぎじゃないかな?()()…」

 

「そう…かな?ゴメンね、波瑠加ちゃんに似合うと思って…」

 

「いやいやいや!、全然いいよ、可愛いし。でもなんていうか、ホラ、男子共の目線が結構…ね?」

 

「うん、それは確かに。…ねえ、ぁゃ…ん゛ん、清隆君っ!」

 

「…なんだ?」

 

()()()()見て、私と波瑠加ちゃん、どうかな?」

 

「愛理!?」

 

 

そういって愛理は波瑠加の背中に回ると、抱き着く様に腕を伸ばす。波瑠加の大きな胸の下あたりをギュッと抱きしめると、余計に胸か強調される様になり目に毒だ。あわあわと羞恥に顔を赤くする波瑠加と、どこか悪戯をするように笑う愛理。

 

正直、かなり()()()。俺も健康な男子な訳で、普段の競泳水着とは違う、見せる為の水着というか、そんなものを着たグラビアアイドルの愛理や学年トップクラスのスタイルの波瑠加だ。ジッと視線を向けない様に集中して気が気じゃない。

 

それを機敏に感じ取ったのか、サッと胸を庇うようにする波瑠加と、逆に手を後ろに回して前傾姿勢気味になる愛理。

普段の様子とはまるで真逆で、少しおかしく感じる。そのおかげか、なんとか平常心で応えることが出来た。

 

 

「二人とも綺麗だ。とても、()()()に見えるな」

 

「ふふ…他には?」

 

「…う゛ぅ~」

 

 

まさかの追撃(おかわり)。顔を赤くする波瑠加に思わず同情してしまう。

 

 

「勘弁してくれ。…あと、勘弁してやれ」

 

「仕方ない、かな?…もう、波瑠加ちゃん、今日は私に合わせてくれるって言ってたでしょ?」

 

「そ、そうだけどさ…恥ずかしいよ」

 

「慣れろって訳じゃないけど、…そう、余裕を持つと違うよ?」

 

「余裕?」

 

 

なんでも、愛理曰く自分が客観的にどれくらい視線を集めるかを理解すると、ある一定のラインまでは羞恥心の様なものを抑えられるらしい。グラビアアイドル時代に取った杵柄かと聞くも、どうやら習得したのは最近との事だ。

 

 

「今日は綾小路君も、明人君も啓誠君も居るからナンパだって来ないだろうし、大丈夫だよっ」

 

「そう、そうだよね、…よし、きよぽんっ!オッス!」

 

「…オッス」

 

 

波瑠加の中でどういった心境の変化があったのか、少し空元気のような態度だったが、どうやら持ち直したようだ。

その後は準備体操をしっかりして、戻って来た二人とも合流してプールを楽しむのだった。

 

最初は水の冷たさに歓声を上げつつ、流れるプールを漂ったり、潜水を誰が一番長く出来るか競争した。その後はレンタルしたビーチボールをポスポスと投げ合ったり、浮き輪に乗って揺られたりと水遊びを満喫しているとチラホラと同じ学年の連中とも顔を合わせた。

 

基本的に声をかける程度で別れて行ったが時には上級生の男子(ナンパ)や池、山内(須藤は部活で来なかったらしい)のような連中が「一緒に遊ばないか?」と声をかけて来たが、愛理から「今日はこのメンバーで遊ぶ約束をしてるからゴメンね?」と言われ撃沈。

 

…なんというか、本当に逞しくなったな、愛理。

 

昼食に海の家を模したようなテントで焼きそばとラムネを購入して食べていると、なんと大天使櫛田エルと遭遇した。彼女も友達に誘われて来ていたみたいだった。

 

 

「キョーちゃんオッスオッス!」

 

「あ、波瑠加ちゃん!すごい可愛い水着だねっ!大胆、って感じ!」

 

「あ、ありがとう~!」

 

「わわっ」

 

 

ウソ泣きをしながらガバッと抱き着く波瑠加。それを抱きとめる櫛田に、なんだなんだと店内の視線が集まっている。どうやら(水着の価値観で)味方をしてくれる女子を発見して気が逸ったようだ。

 

その後にクラスメイトの王美雨(櫛田曰くみーちゃん)や井の頭心とも自己紹介をして、割と大きめのグループで行動する事に。当初は(若干空気を読めずに)理由を聞いた啓誠。しかし櫛田から、両手を掴みながら頼まれてあえなく撃沈。

 

平たくいうとナンパ避けだ。女子だけだとナンパが多いことを理由に助けて欲しいと言われ、断れる男子(一部除き)は居ない。明人もOKを返してくれて、3人はホッとしていた。

 

午後からは別のプールを見に行こうと話が纏まり、8人で話しながら進んでいく。こういう時に()()のが櫛田だ。的確に興味を引く話題、話に入っていない相手に話を振って、グループ全体の雰囲気を活性化させていく。

 

5月から思っていたが、特別試験を通してより洗練されているように感じる。何が櫛田を成長させたのか思案していると、先頭を歩いてる啓誠たちの足が止まっている。

 

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、空いている方のプールに来たんだが…」

 

「なんか女子率高くない?」

 

 

波瑠加がそう零す通り、他のプールより空いているが特別なにか修繕中だったり、照明が悪いなんて事もない。にも拘らず、見渡す限り周囲には女子生徒しかおらず居心地が些か悪い。

周囲からもチラチラと視線を受けるが、別に女性専用エリアなどの規制は無い様子だ。

 

 

「ん~?なんだろう、ちょっと聞いてくるね?」

 

「あ、桔梗ちゃんっ」

 

「行っちゃった…でも、あんな自然に上級生の人に声をかけられるって凄いね」

 

「そうだな。…もしも暗黙の了解なんかで男子禁制なら、俺達がいるのは不味いかもしれないしな」

 

「マジか…そんなことあるのか」

 

 

啓誠と明人が慄いていると、上級生にお礼を言った櫛田が小走りで戻ってくる。俺達は身の安全の為にも、櫛田の元へ耳を傾ける。

 

 

「みんなただいま!」

 

「おかえり~キョーちゃん、なんだって?」

 

「あ、えっと~別に男子禁止って訳じゃないんだけど…」

 

「…ないんだけど?」

 

「その、()()()()別のプールに行ったらしいの…」

 

「なんだそりゃ」

 

 

思わず皆の頭上に疑問符が浮かぶ。櫛田もモゴモゴと口を噤んでいるが、少し顔が赤い。それに質問をしようとすると、目的のプール、その近くからここ最近よく聞く声が届いた。

 

 

「―――櫛田さん!」

 

「え…?堀北さん?」

 

 

そこに居たのはクラスメイト、堀北鈴音だった。彼女も濃紺のビキニタイプの水着を着ていて、小走りでこちらに来る頃には汗かプールの水かが肌を伝っている。

本来なら色っぽさを感じる状況(シチュエーション)なのだろうが、鬼気迫るような表情の彼女に疑問の方が先行する。

 

 

「本当にちょうどいい所に居たわ、櫛田さん。私と一緒に来て欲しいの、今すぐに…!」

 

「ほ、堀北さん?落ち着いて…?」

 

「ちょっと!いったい急になんなの…?」

 

 

グイグイと櫛田の腕を掴んで連れて行こうとする堀北に、最初に嚙みついたのは波瑠加だ。だがまあ理由もなく櫛田の同意もなく連れて行こうとすればそうなるだろう。

他の面々も言葉にはしなくとも、堀北を非難する眼差しを向けている。その様に頭が冷めたのか、目を閉じて深呼吸をする堀北。落ち着いた様子で櫛田と波瑠加に謝罪をすると、緊張していた雰囲気も緩んだ。

 

 

「…まあ、謝ったならいいよ。堀北さん、ちゃんと落ち着いた?」

 

「えぇ、本当にごめんなさい。…でも、櫛田さんの力が必要なのは確かなの。理由を説明させてもらえるかしら?」

 

「………うん、(多分分かった気がするけど)教えてくれる?」

 

「それは―――」

 

 

堀北が口を開くその間際、堀北の背後から手を振っている存在に気が付く。()()()()()()()()。そうか、そういうことか堀北…!

 

幸い、二人は気が付いていない。堀北が説明をしている今しか脱出のチャンスは無い。俺はバレないように啓誠と明人の二人の肩を叩き、こちらを振り向かせる。

 

 

「二人とも、決して振り返らずに聞いてくれ」

 

「?」

 

「なんだ…?」

 

「…西園寺が来てる………」

 

 

その言葉に、ポカンとした二人を攻める事は出来ない。「何言ってんだコイツ」みたいな表情を浮かべるのも分かる。だが、ヤバい。俺は理解した。なんで、このプールで男子生徒が誰も居ないのか。

 

連中は自主的に居なくなったと言っていたがその通りだ。とてもじゃないが、この場には居られない。俺は俺と二人の()()()()()を防ぐ為に、行動しなくてはいけない。

 

 

「―――実はさっき、西園寺さんに会ったの、Bクラスの一之瀬さんと一緒に―――」

 

「―――撫子ちゃんが来てるの?でもなんで―――」

 

 

同じタイミングで堀北が口にした西園寺の名前に、二人は理解の色を眼に宿す。…いや、理解度50%だ。二人はその危険性を理解していない。

 

 

「西園寺?Aクラスのか?」

 

「どこに居るんだ?」

 

「振り向くな…!いいか、このまま真っ直ぐ、さっきのプールに戻るぞ。そうすれば…」

 

―――皆様~…!

 

「―――」

 

 

……………………………()()()()

 

プールサイドに響く、遠くとも届く透き通った声。当然、全員の視線がそちらに向かう。

 

 

「皆様っ、ごきげんようです♪」

 

「………な、な、な…撫子、ちゃん…?」

 

「はい、先日ぶりですね、桔梗」

 

 

驚き固まる櫛田に、普段と同じように挨拶をする西園寺。各々の水着を褒めたり、跳ねた髪を直したりと普段通りの彼女だが、当然ここはプール。その恰好は普段通りではなく、水着姿だ。

 

彼女の見た目は一言で言うと、夏っぽい恰好だった。麦わら帽子をかぶり、サングラスをかけて薄手の上着(アウター)を羽織っている。ここまでは問題ない。問題は水着だった。

 

デカい。

 

胸が、

 

デカい。

 

…思わずフリーズしてしまった。いや、それくらいインパクトが強かった。(てかめっちゃ揺れてた)

元々、制服や私服の上からでも自己主張をしていた胸が、今や紫のビキニの薄布1枚と心許ない紐のみで支えられている。上半身に思わず目が向くも、ウェストには()()()がしっかりと見えて、下半身の布面積の少なさから驚異的な()()()を発揮している。覚悟してみた俺(何なら無人島試験の時も、近い服装だったのを見た)は兎も角、無警戒で見てしまった二人を横目で見る。

 

 

「……な゛………ぁ、ぁ…!」

 

「…………う、お…………!」

 

 

不味い、ダメそうだ…!二人とも高円寺のようなブーメランパンツの変質者スタイルではないが、このままでは()()()()を抑えられなくなる可能性が高い。どうにかしなくては。

 

そう思っていると、事態は更にプールサイドから上がって来たBクラス…一之瀬達が合流して動いていく。

 

 

「ねぇ、堀北さん。…今日は私達、撫子と遊ぶ約束をしていたんだけど。…()()()()()()()()

 

「あら、そうだったの?でも私も撫子お姉様と相談する事があるの。…()()()()()だから、空気を読んでくれないかしら?」

 

「あの、二人とも?」

 

「「………」」

 

 

二人とも笑顔だ。だが、なんというか圧が強い。その後も堀北と一之瀬の二人は西園寺がどっちと行動するかで揉めていたが、西園寺自身の「皆でバレーをしませんか?」という発言に講和。後、チーム分けで再び開戦。19回の引き分けの後、じゃんけんに勝利して渾身のガッツポーズを決める堀北と、地に伏して地面を叩く一之瀬の姿があった。

 

その後はいつの間にかカメラを構えている愛理に驚いたり、身長があるという理由で審判を任されたり、いつの間にか啓誠と明人が居なくなっていたりした。

…まあ俺も今、プールから上がることは出来ないから役割を得たのは九死に一生だった訳だが。

 

そして試合は進み、お互い1セットを取った3セット目。一之瀬の鋭いレシーブを櫛田が取り切れず、Bクラスがマッチポイントとなる。

 

 

「14-13、一之瀬チーム、マッチポイントだ」

 

「くっ…!」

 

「ごめん、二人とも!」

 

「いえ、まだ大丈夫ですっ!」

 

 

真剣に悔しがる堀北だが、櫛田を責めたりはしない。それどころかポン、と櫛田の肩を叩いていた。されていた櫛田も眼を丸くしていたし、それを見て西園寺はクスクスと笑っていた。

 

 

「二人とも、あと1点!行くよ!」

 

「オッケー!」「はいっ!」

 

 

逆にマッチポイントを取り、あと1点で勝利が決まるBクラスは喜色の声を交わしながらも集中している。

次のゲームをBクラスが取ればゲームは終わる。周囲のギャラリーからの応援や歓声を受けながら、堀北は綺麗なサーブを決めた。

Bクラスの白波…一之瀬が千尋ちゃんと呼ぶ生徒が颯爽とボールを上げて、一之瀬に繋げる。これまでのゲームでの一之瀬のレシーブでの得点率は高く、最も警戒をされている。…だからこそ、最後の一撃に限り()()()()をする事が出来る。

 

プールに水しぶきを上げる様に身を上げて、レシーブを叩きこもうとする一之瀬。それを防ごうと前に出る堀北と櫛田。後方には西園寺がスタンバイしている。そして一之瀬の掌がボールに―――触れずに、その手は空を切る。

 

 

「ーーーなっ、」「えっ…?」

 

「っ、麻子ちゃん!」「うん!」

 

 

ボールを防ごうと同じように上がっていた二人は反応できない。一之瀬の陰に隠れるようにしていたポニーテールの女子、網倉麻子がポス、と軽くネット向こうにボールをはじく。ボールは弧を描く様に堀北たちのコートに向かい、ポチャリと水面に波紋を作る。

 

 

「13-15、ゲームセットだ。一之瀬チームの勝―――」

 

「「「わあぁ!!」」」

 

 

結果を告げる声よりも大きな歓声が上がり、遮られる。Bクラスの観戦していたクラスメイトとも抱き合って喜ぶ一之瀬たち。一方の堀北サイドも、負けた事は負けたが、西園寺と同じチームでバレーが出来て嬉しかったのだろう。満更でもなさそうだ。

 

 

「ごめんなさい、撫子お姉様…負けてしまったわ…」

 

「いいえ、鈴音。そんな顔をしないで?私もとても楽しかったわ。…ね?桔梗」

 

「うん、負けちゃったけど…でも、撫子ちゃんと一緒のチームでバレーが出来て楽しかったよ!

よ!またしたいね!」

 

「!…えぇ、そうね…」

 

 

その後は西園寺主導で夕飯に行こうという流れになり、争っていたBクラスもDクラスも矛を収めることとなった。俺は遠慮しようとしたものの、(何故か)一之瀬や西園寺に誘われ、堀北に脇腹を刺されながら同伴する事となった。

 

―――慌ただしくも、思い出に残る夏休みの一幕だった。

 

 

※この後、めちゃめちゃ一緒に写真を撮った!夕飯に行く途中、すれ違う男子生徒達にやたら視線を向けられた!!

…それにしても帰りの更衣室、何故あんなに人が集まっていたんだ?

 

 

――――――――――――

※その後の生徒会室

 

「…堀北会長、これを…」

 

「南雲、…?なんだこれは」

 

「胃薬です」

 

「…?」

 

「胃薬です。(二回目)…必ず必要になるので、どうぞ」

 

「………受け取っておこう…」

 

「頑張ってください…!」

 

「………あぁ…(…なにをだ?)」

 

※堀北学の靴箱に怪文書(ラブレター)が届くまで、あと■日…!

 

――――――――――――

※その後の撫子の部屋

 

「ねえ、撫子。ちょっとお願いがあるんだけど…良い?」

 

「帆波?どうしたのですか?」

 

「今日さ、バレーボールで勝ったでしょ?…ちょっとご褒美が欲しいなって…」

 

「ご褒美…私にできる事なら構いませんが、何が欲しいの?」

 

「…ホント!?じゃ、じゃあ…今日の水着!もう一回ココで着てみて欲しい!」

 

「水着?…そんな事で良いの?」

 

「うんっ!で、でっ!これ、エプロンしてみて…!」

 

「???分かりました、ちょっと待って下さいね?」

 

「~~~~~っ…!!」

 

※この後めちゃめちゃ新■ごっこが捗った!お出迎えからお風呂まで楽しんで、隠し撮りした写真は、Bクラス限定で拡散された!!

 

――――――――――――

※―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

 

 

 

 

「全く、とんでもない事をしてくれたな、お前達!!」

 

「………!」

 

「―、―!――!」

 

「―!――!――!」

 

「こんなこと、この学校が始まって以来の不祥事だ。…事が事だけに、迂闊に情報開示する事も出来ん」

 

「だが、このままこの3人をペナルティなしで放免することは出来ないぞ」

 

「分かっています。それに私も一人の女性として、彼らのしたことは到底許すことは出来ません」

 

「「「―――!!」」」

 

「あ、佐枝ちゃん、お待たせ~。いや~驚いたよ。まさかこんなのを作れるなんてね」

 

「…知恵、どうだった?」

 

「うん、黒。いや、真っ黒かな。そっちのクラスの堀北さん始め、櫛田さん、佐倉さん、他11名。ウチのクラスの一之瀬さん、網倉さん、白波さん、他10名。真嶋君のクラスの西園寺さん、他8名。…他の学年も合わせたら3桁行くか行かないか、ぐらいの被害だね」

 

「はぁ…。今年のクラスは多少違うとは思ったが、それでもお前らの様は不良品は生まれてしまうのだな」

 

「――!!」

 

「―、―――!!!」

 

「…、……、…」

 

「全く、まさか新学期の間際に、こんなことになるとはな。…泣いても喚いても結論は変わらん。お前達の学校生活は此処で終わりだ」

 

「「「――――!!!」」」

 

「これ以上、見苦しいことはするんじゃ「――、―――!!!」ない。…()()()、だと?本当に、救いようのない程、愚かだな。引き渡しまでお前達は隔離する。…警備の方、後はよろしくお願いします」

 

「はい」「ほら、さっさと来い!」

 

 

……

 

………

 

「ハァ…」

 

「佐枝ちゃん、お疲れ様。…今日はもう帰ろう?手続きは私がやっておくから、ね?ね?」

 

「俺も手を貸そう。…お前は、今日は休め」

 

「………すまない」

 

「うん、まあ気持ちは分かるけど…って、佐枝ちゃんっ!?」

 

「お、おい、大丈夫か…?

 

「………本当に、すまない、ウチのバカ共が」ブツブツ…

 

「ああもうっ、余計な事は考えない!ほら、帰った帰った!シャワー浴びて、ビール飲んで、寝ちゃいなさい!…もう、私のキャラじゃないでしょ…、コレ…

 

「…(…重症だな…。まあ気持ちは分かるが…)」

 

 

……

 

………

 

カチッ、シュボッ…

 

「…(すまない、撫子。今日だけ、今日だけだから)…ゴホ、ゲホッ…!」

 

「………、…………不味い………」ボロボロ…

 

 

※この後、めちゃめちゃ落ち込んだ。

 

 

 

 

 




読了、ありがとうございました。
果たして彼らとは誰なのか…そして、被害とは一体…!?(棒読み)


最近、ツイッターを始めたりAIイラストを編集したりで執筆が楽しくなってきています。
出来るだけペースを上げたいと思いますが、気長にお待ち抱けると幸いです。


また気長に、お待ちくださいませ。


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⑥:駒鳥の行く末。

お待たせしました。
ちょっとバタバタしていました。

今回は前回の内容について触れますが、もっともっと詳しくは次回に持ち越しかなぁ…?
気長にお待ちくださいませ。

ではどうぞ?


Side.堀北 鈴音

 

その日、私は学校から来た連絡に従い登校していた。夏休み中とはいえ、学校に向かう理由は先ほど届いたメールが原因だった。

 

カレンダーを見れば、夏休みも残り僅か。今週が終われば再び学生の本分に勤しむこととなる。本でも読むか、それともショッピングモールでワイシャツやインナーのセールでもされていないか外に出るべきか。

簡単に作ったお昼を食べながらそう思案していると、スマホに学校からの専用の着信音が鳴った。

 

 

「…?『特殊事案発生に伴う、1年 各クラス一部の生徒への説明会?』…これは…」

 

 

メールの件名に書いてあるタイトルにはそうある。本文をスクロールしても、詳しい内容は特にはない。集合場所と、時間。そして赤文字で厳めしく書いてある『この内容の口外を禁ずる』との一文。

最後に、参加の可否についてを早急に返信するように、としか書いていない。

 

時間は今日の午後1時。しかも30分以内に返信が無い場合は、直接電話をするとまで書いてある。一体何があったというのか。…しかも、CCには誰の名前も無い。質の悪い悪戯かしら?

そう思ったものの、参加する旨の返信をすると直ぐに電話が鳴る。相手は、担任の茶柱先生だった。

 

 

『…もしもし、堀北か?』

 

「え?…はい、そうです。茶柱先生ですか?」

 

 

思わず、聞き返してしまった。声に覇気がなく(いやいつもこちらに冷静に皮肉を言う事はあるのだけれど)、別人かと疑うほど声色が落ち込んでいた。

その後、話を聞くにメールについての再度の念押しだった。誰にも言わない事、時間厳守である事、そして緊急である為、私服での登校もペナルティの対象としない事。

登校が間に合わなければ、オンラインでの参加も認める等の説明もされた。…いよいよ何が起こったのかと緊張に背筋に汗を感じる。茶柱先生に問うものの、芳しい返事はなく時間になったら分かるとだけ変わらない声量で告げられた。

 

 

「………分かりました、では直接お伺いいたします」

 

『あぁ、了解した。…すまん』プツッ…

 

「はい…?」

 

 

電話を切る最中、何故か謝られる。…急に呼び出されたことについてなら、もっと最初に言っても良い筈だけれど。私はハンガーにかけてある夏服を手に取り、他の皆より少しだけ早く学校へと向かうことにした。

 

 

・◇・

 

 

そうして、予定の時間になる。

 

集められたのは学校の会議室の一つ。その場に居たのは私たちDクラスの櫛田さん、軽井沢さん。Cクラスからは少し日焼けをした陸上部のユニフォームの女子生徒と、たしか…撫子お姉様と親しくしていた椎名さん。Bクラスは一之瀬さんと、無人島試験でリーダーだったらしい白波さん。Aクラスは撫子お姉様と、杖を着いた女子生徒…坂柳さん。

…何故かお姉様と腕を組んで入室した為、誰のかは分からない歯ぎしりと、怨念の籠った声が確かに聞こえたわ。

 

他には1学年の担任教師4人と、知らない顔の教師が数人。…共通しているのは、クラス担任以外、生徒も教師も全員が女性で統一されているという事だ。

 

軽口を叩こうにも、普段の3割増しで厳しい表情の真嶋先生や、憔悴しきった顔の茶柱先生。頻りに、ハンカチで汗を拭う坂上先生に無言で爪をガリと噛んでいる星之宮先生。

声をかければ返事は来るものの、理由が無ければ避けたい位に態度が可笑しい。痛いほどの沈黙を破ったのは、1年の学年主任でもある真嶋先生だった。

 

 

「…ゴホン、では定刻になったので始める。皆、今日は急に呼び立てる形となってしまい、まずは申し訳ない」

 

 

そう言って席を立つと、なんと真嶋先生が頭を下げて来る。お辞儀などではなく、しっかりとした礼だ。私達生徒側に騒めきが生まれる。

多分5秒か、もっとか。よくある謝罪会見のような、フラッシュを焚かれるくらい頭を下げてようやく身を戻した。

 

 

「では、早速本題に入りたいが、その前に。…この場にいる生徒は、こちらで判断したクラスでの発言力がある、または本件での関りが確認された生徒を担任の先生と相談の上で呼ばせて貰った」

 

「「「………?」」」

 

 

その発言で、皆の顔を見回すもほぼ全員が首を傾げている。…?本件と関りがある、というのは一体…。それに、女子だけ集められたことへの回答が無い。軽井沢さんなんかは「一体何の話なんですかー?」と声を上げている。

…教師への言葉遣いではないけれど、皆の総意に近い。私も同意をするように、真嶋先生へと目を向ける。

 

 

「…………ふぅ。そう、だな。本題について、話そう」

 

「…。…真嶋先生、私から、皆に伝えさせて貰えますか?」

 

「…大丈夫なのか?」

 

 

真嶋先生が口を開こうとして、それを遮ったのは相変わらず顔色の悪い茶柱先生だった。先生は心配する真嶋先生に頷き返すと机に両手を付けて、何度も深呼吸をしてから口を開く。

 

 

「……先日の、3日間。競技用の大型プールが、解放されたのは皆知っているな?」

 

「…?はい、知っています」

 

「うん、私達も行ったよね?」

 

 

漸く話し始めたのは、先日お姉様とバレーボールを楽しんだプールについてだった。その場にいた一之瀬さん達も頷いているし、見かけなかったCクラスの生徒や軽井沢さんも驚く様子は見られない。

 

 

…はぁ…

 

「せ、先生…大丈夫ですか…?」

 

「…!だ、大丈夫だ、すまない…。続けるぞ…」

 

 

時間経過とともに顔色が悪くなる茶柱先生に、櫛田さんが声をかけるも平気だと返された。他の先生たちも心配そうな顔をしているも、止めずに茶柱先生に任せている。

そして、そうして続けられた次の言葉に、私たちは凍り付くことになる。

 

 

「その、プールが解放された日に、更衣室。…女子更衣室の、」

 

「…更衣室?」

 

「更、衣室で、盗撮用のカメラが…発見された…」

 

「―――」

 

「………………………え?」

 

 

今、なんて言ったのかしら?カメラ?…トウサツ用?とうさつって、…盗撮よね?荒い息のまま、机に突っ伏した茶柱先生。…それでも私達は凍り付いたままだ。

するとガタリ、と隣の席から立ち上がる生徒が居た。Cクラスの生徒だ。

 

 

「せ、先生っ!盗撮って…、だ、誰が!?」

 

「木下さん、これから説明します。…そして、この場に居るのが女性だけである理由は、そういう事なのです」

 

 

怒りを露わにする…木下さん?を窘めたのは担任の坂上先生だ。ただ、言った発言の後に視線が集中し顔色を悪くする。…ああ、そうか。無関係でもこの場における男性の居心地はすこぶる悪いのだろう。

 

泣きそうになっている白波さんを慰める一之瀬さん。怒りを表情に浮かべる木下さん、軽井沢さん。思案気な表情の椎名さん、坂柳さん。お姉様は首を傾げて、何を考えているのか分からない様子だ。そんな中、半ばパニックのような雰囲気にパン、と手を叩く拍手音が響く。発生源は真嶋先生だ。皆の視線が集中したところで口を開く。

 

 

「………先に行っておく、事実確認の為に俺達もその場に行ったのは認める。…だが実際の写真などを確認したのは女性の星之宮先生だ。私と坂上先生は全く内容について知らないし、この後の説明を終えたら一度退室をする」

 

「それなら…で、でも!なんで…!」

 

「…分かっている。星之宮、茶柱を休ませてやってくれ。後の事は、俺から皆に伝える」

 

「はぁ~い。…佐枝ちゃん、ホラ…」

 

 

星之宮先生が茶柱先生に肩を貸して椅子に座らせる。私も冷静でいる自覚はないものの、なんとか話を聞く態勢になる。…まさか。私は過る不安を押し殺し、願う様な思いで真嶋先生と目を合わせる。

 

 

「一度、内容は全て伝えるが、質問は最後にしてくれ。俺達が応えられないものもある。着地案については星之宮先生、茶柱先生と他の先生方にも伝えてあるから、俺達が退室した後に十分、納得いくまで議論して貰って構わない。…全員、構わないか?」

 

「………話を聞いてから、ですね?分かりました」

 

「は…はいっ」

 

「…♪」

 

「………?」

 

 

各クラス、とりあえずといったように返事をする。真嶋先生は頭痛に耐える様に頭を押さえながら、事件の全貌を説明し始めた。

 

 

「では、いきなりだが今回の主犯についてだが、あるクラスの男子生徒達だ」

 

「っ!一体、どのクラスの奴なの!?こんなことした奴…!」

 

「先に念押しをしておくが、今回の事件において責められるのは該当生徒と、それを監督しきれなかった学校側(我々)に問題がある。そのことを念頭に置き、無関係なクラスや同級生への追求、吊し上げる等の行為は禁止とする。…理解したか?」

 

「………」

 

「ふふっ…」

 

「………なんだ、坂柳」

 

「…いえ、失礼しました。どうぞ?続けて下さい」

 

 

先程までの思案気な表情を一変させ、どこか楽しむような表情で嗤う坂柳さん。…彼女の存在は、少し不気味だ。この部屋の中で最も余裕があるように見える。隣にいる撫子お姉様は…ん、首を傾げて…どこか不思議そう?にしている。

Aクラスの様子に注目していると、真嶋先生の咳払いに集中を新たにする。…考えるのは後にしよう。今は、情報をしっかり聞き逃さない事が先決。

 

 

「―――犯行に及んだのは1-D、主犯は池寛治と山内春樹。協力者は外村秀雄。…この三名だ」

 

「…は………?」「………え」

 

 

思わず呆けるような声がした。…ああ、私の声なのかしら?もう一つは櫛田さん?

 

―――不味い。マズイ。…頭から血の気が引いて、逆に動悸は激しくなる。そうしている間にも、先生の話は続く。

 

 

「手法は、外村が自作したラジコンを排水溝を進ませて、取り付けたビデオカメラで盗撮したらしい。…その後、故障したラジコンが戻ってこない事を不安がった池、山内の両名が係員に拾得物の確認を取った。そして、その様子を不審に思った係員が警備に通報した」

 

「………最低っ!」

 

「………」「………っ」

 

「………?」

 

 

何も言えない。他のクラスの子たちの怒りも、悲しみも、何も言い訳の出来ない。真嶋先生はその後、見つけたラジコンに取り付けられたカメラが証拠となり、女性スタッフが中を見た事。そして、個室へ彼らが連れられ、担任の教師達が呼ばれて、外村君も先生が話して共犯関係が発覚。連行したそうだ。

 

ここまで聞いた私の胸に去来する感情は、一言では言い表せない。それでも名前を付けるならばきっと、…失望と、怒りと、…多分、悲しみだった。怒りを露わにするCクラスの生徒に真嶋先生が告げたのは彼ら三名の退学という事と、退()()()()()を認めない旨の通達。

これは、後で聞いたのだけれど特別試験などで退学処分を受けた生徒は、2000万PPrでそれを打ち消せるらしい。ただ今回はその権利の行使を認めないそうだ。…理由は言わずとも分かる。これは、れっきとした犯罪行為だからだ。

 

 

「…経緯や、現時点での彼らの処分についての説明については以上だ」

 

「………真嶋先生、その。…池君たちは何故こんなことを?」

 

「………」

 

 

不安げな表情の櫛田さん。いつもならそんな様子に一言口を出したかもしれないけど、今はもうそんな言葉も出ない。真嶋先生は首を横に振ると、チラリと茶柱先生の様子を見る。…ますます顔色を悪くしていて、傷跡をえぐる様な事は出来なかったのかもしれない。櫛田さんも口を噤んだ。

 

その後、星之宮先生に2,3なにか話すと真嶋先生と坂上先生は去っていった。残るのは女性の教員と私達だけだ。まるで死んだような空気の中、スッと手をあげたのは坂柳さん。口を開こうとした星之宮先生は、「どうしたの?坂柳さん」と言うも、薄々察していたのだろう。その顔はどこかにんまりと嗤っている様に見えてしまった。

 

 

「星之宮先生、そろそろ本題に移って貰いたいのですが、いかがでしょう?」

 

「え~本題って?なんの事かな?」

 

「Dクラスの…いえ、失礼?()、Dクラスの3名が退学になるのは良いですが、肝心の事を私たちは聞いていません」

 

「………肝心な事?」

 

「………っ」

 

 

訝し気な表情の一之瀬さん。他の子たちも同じような雰囲気だけど、私には分かる。

これから始まるのは、裁判…いいえ、処刑かしら?

 

 

「それは勿論………Dクラスへのペナルティです」

 

「あ…!」「い、いやいやいや、でも私達も被害者じゃんっ!」

 

 

ハッとなる櫛田さんと、身振り手振りで弁解する軽井沢さん。…気持ちは二人と同じ。でも、恐らくこの学校はそれを認めない。私達はそれを、7月にはもう知っている筈なのに。…本当に、どうしてこんな愚かな事を。

 

 

「ふふ…。勿論、分かっています。Dクラスの、…いいえ?この場に居る全員が、彼ら3人と()()()の被害者です。…しかし、それでも責任というものは必ず発生し、誰からがその罪を償わなくてはいけません。違いますか?」

 

「………」

 

「………その通りだわ」

 

「ちょ、ちょっと…堀北さん?」

 

 

慌てる様にこっちを見る軽井沢さんに首を横に振って、反論を止める。「むぐ…」と悔し気に口を閉じる軽井沢さんに、場違いにも成長を感じて笑みが零れる。

 

…どこか、もうどうにでもなってしまえと、そんなような頭でAクラスと、Bクラス、Cクラス、順番に顔を合わせて最後に星之宮先生に向き合う。

 

 

「………星之宮先生、教えて下さい。Dクラス(わたしたち)の、ペナルティはなんですか?」

 

「…ん~たしかにこれ以上、時間を使うのも不味いから、そうね…。発表します!」

 

 

そういって星之宮先生が合図をすると、部屋の明かりが落ちる。リモコン操作でしまったカーテンに一気に室内が暗くなるも、直ぐにプロジェクターの明かりによって視界は確保される。

そこに書いてあったのは、今回の会議の根幹。

 

 

「じゃじゃーん!なんと今回は、皆に、今回の()()()()()()()()()を決めて貰います!」

 

「…え?」

 

「…ふふっ」

 

「…な…」

 

…星之宮先生、その態度は傷心中の彼女たちにあまりに失礼です

 

え、あっあっ、その、場の空気を和ませようと…すいません

 

 

何故か、ペコペコと隣に居る先生に頭を下げる星之宮先生。いえ、そんな事よりも気にすべきことが出来た。

 

 

「星之宮先生、具体的には…どういう事になるんですか?」

 

…ん、ゴホンえっと、一之瀬さん…うん、じゃあ説明するね?」

 

 

動き出すプロジェクターのスライドに視線を向けると、そこには今回の事件の解決案についての内容があった。

 

 

 

―――――――――

 

■今回の事件における生徒への処分

 

・以下の生徒の退学処分(※悪質な犯罪行為の為、退学阻止は出来ないものとする)

 

1-D 池寛治 山内春樹 外村秀雄

 

■今回の事件におけるペナルティ(仮)

 

・1-Dクラスから300クラスポイントの没収(0以下の場合はマイナスとして処理)

 

・・

・・・

 

―――――――――

 

 

プロジェクターに書いてあるペナルティに愕然とする。ざわざわと小声が聞こえるけれど、正直それどころではない。

無人島試験の結果が全て消し飛ぶようなマイナスだ。これから新学期を迎えようとしているのに、0どころかマイナスになるなんて…。

 

 

 

「さ、300も…?それにマイナスって…」

 

「あ…!、いやいや、これはあくまで仮だから!実際の内容は此処から決めるから安心してっ!」

 

………ふぅ

 

 

慌てたような星之宮先生の返事に、少しだけ安心する。…良かった。本気でAクラスを目指す為の希望が潰えてしまうところだったわ。

そうして次の画面に映ったスライドには、次なる条件案が書いてあった。

 

 

―――――――――

 

■今回の事件におけるペナルティ(仮´)

 

・1-A、1-B、1-Cクラスに100クラスポイントを追加する。

 

 

■今回の事件におけるペナルティ(仮´②)

 

・1-B、1-Cクラスに100クラスポイントを追加する。

・1-Dクラスから100クラスポイントの没収(0以下の場合はマイナスとして処理)

 

―――――――――

 

 

「…………………」

 

「…そういうことですか?…ふふっ」

 

「…?」

 

「ん………」

 

「なるほど………」

 

 

表示されたペナルティを元に、各々が考えを纏めている。何パターンか書いてあるペナルティをみる。

 

…恐らく各クラス100クラスポイント分の増加か、Dクラスから没収するかを選択させるつもりかしら。Dクラスについては、おそらく功罪相半ばする…、まあ自クラスの増減を打ち消した結果増減0となったのでしょう。

 

…不満げにぶつぶつと言っている軽井沢さんに伝えると、ガックリとしながらも納得を示した。本当、成長したわね…軽井沢さん。

 

そうして、私達Dクラスの命運を分けた交渉が始まった。…今までで最も、憂鬱な交渉が。

 

 

※この後めちゃめちゃ議論を重ねた!

なんとかDクラスのポイントが減ることは無かった!!

 

 

 

―――〇―――

Side.撫子

 

 

私は今、呼び出された指導室を有栖と後にしました。その帰り道、有栖と手を繋ぎながら歩いていると、隣からの上機嫌な声に思わず目を向けます。

 

 

「…♪……♪」

 

「有栖?…ご機嫌ですね」

 

「撫子さん…ええ、かもしれません。…なんだかとっても気分が晴れやかで、このまま歌でも歌ってしまいそうなんです」

 

「それは何よりです…先ほどはありがとうございますね?」

 

「え?…いえ、実際に被害を被った撫子さんが許すと言うのであれば、部外者は素直に任せた方が良いと思っただけです。それに…ふふっ…」

 

 

クスクスと笑みを零す有栖を微笑ましく思い、先ほどのコトに意識を向ける。

ついさっき、指導室であったのは犯罪行為を犯した生徒について。

 

結論として、私達も含めて3クラスは100クラスポイントを頂く運びと相成りました。Cクラスの木下さんは少し気が立っている様子でしたが、説得したら意見を翻して下さいました。他のクラス、帆波に千尋さん、そしてひよりも頷いて下さいました。

…顔が何故か赤くなっていましたが、部活中に駆け付けて貰ったから、冷えてしまったのかしら?本人は平気と言っていたけれど。…後で龍園君にも助言しておきましょう。

※善意

 

 

「ですが、クラスポイント以外にもあのような提案を通すとは…事前準備でもしていたのですか?淀みなくお伝えしていましたが…」

 

 

こちらをジッと見て来る有栖と目が合う。…何か、気になっているのでしょうか?別段、隠すようなこともないので本心を話します。

 

 

「…?いえ、特になにかという事はないですけれど…。強いていうのなら、不利益を被ったのはDクラスも一緒。…皆が納得する為にはマイナスだけでなく、プラスもあった方がいいかと思っただけですよ?」

 

「…なるほど。緘口令を緩和するようにした意図は?」

 

「?…いえ、クラスの中には友達思いの方も居るでしょうから、何も知らずにお別れなんて寂しいのではないかと…」

 

「………?………!………なるほど、そう言う事でしたか」

 

「?」

 

 

そういって思案気な有栖。少しだけ首を傾げながら、私も一つだけ不思議に思ったことが脳裏を過る。

…なんなら、茶柱先生の説明の時からずっと不思議だった事について。

 

 

「…(どうしてあの3人は、撮影をして良いかと皆様に求めなかったのでしょうか…?)」

 

 

 




読了、ありがとうございました。

改めて書いておくと、A~Cクラスは追加100ポイント、Dクラスは3名退学(退学ペナ無し)で着地です。
不良債権を処分できたというべきか、盛大な巻き込み事故が起きたというべきか…。

あ、あと撫子ちゃんは芸術の為だとか、なんやかんやの為だとかで理由があれば(無くても仲が良ければ)脱いでくれることが判明しましたね(笑)

各位の反応は次回以降に。今暫しお待ちくださいませ!


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体育祭編
①:内緒話と緘口令。


お待たせしました!
今回から体育祭編、スタート(仮)します(笑)

それでは、どうぞどうぞ!!


―――◇―――

Side.撫子

 

指導室でのお話しがあった日から数日。私たちの新学期が始まりました。

クラスには40名全員が揃っています。誰ひとり欠けずに、また皆様と授業を受けられる。こんな当たり前の光景も、過ちひとつで見れなくなってしまう。

今一度、気を引き締めなくてはなりません。

 

夏休みのお話しに花を咲かせていても、先生が来れば速やかに席に戻ります。

間もなくなった予鈴とともに、先生はHRの開始を告げます。挨拶もそこそこに、先生からはこれからの行事についての説明が始まりました。

 

 

「さて、これから直近のイベントだが、2学期は体育祭が行われる」

 

「体育祭ですか?」

 

 

クラスの疑問を、葛城君が代表すると真嶋先生は「そうだ」と頷いて、説明を続ける。内容は、これは一般的な体育祭のような、応援合戦や組体操などはなく、純粋に競争種目のみを実施して、全学年のA-D、B-Cクラスの紅白戦を行うというもの。

 

 

「プリントを配るので、後ろに回して行ってくれ。…では、3Pの概要から。9月から10月初めまでの1ヶ月間、体育の授業が増える。体調面の管理も―――」

 

 

先生の説明の途中ですが、少し行儀悪く速読すると配点が基本的に減点式。対戦相手の白組は勿論、学年での順位でも結果を出さなければクラスポイントの減点は不可避のようですね。

 

他にも個々の個人種目の成績ついて。上位にはポイントかテストの加点が得られ、下位にはテストの減点が下されます。…ん、これは…いえ、有栖なら大丈夫ですね。

…最後に各学年で最優秀者に追加のポイントが。逆に及び下位10名には更に減点が為されるようで、組やクラスが勝っていればOKとはならないみたいです。

 

これは、自分たちのクラスの団結は勿論のこと、他のクラスや上級生の方々とも協力や協調が必要になるのでしょうか。

―――幸い、今回味方になるDクラスは()()()なのは救いですね。

 

その後もパラパラと読み進めていくと、行う種目の一覧が乗っている。

 

―――――――――

 ・全員参加種目

 

 ①100メートル走

 ②ハードル競走

 ③棒倒し(男子限定)

 ④玉入れ(女子限定)

 ⑤男女別綱引き

 ⑥障害物競走

 ⑦二人三脚

 ⑧騎馬戦

 ⑨200メートル走

 

 ・推薦参加種目

 

 ⑩借り物競争

 ⑪四方綱引き

 ⑫男女混合二人三脚

 ⑬3学年合同1200メートルリレー

―――――――――

 

…?中にはあまり知らない種目もあるので、ジッとルールを読み込む。

 

すると、真嶋先生から「ここが他の中学校では恐らく無い重要な点になるが…」と念押しをするような声が耳に入ります。

 

 

「今回、全ての生徒の出場する種目の順番を全て決めて貰う」

 

「順番…つまり、一種目目の100m走に誰と誰を、2種目目は、という様に全て設定する訳ですね?」

 

「そうだ。この出場表は、体育祭の1週間前から前日の午後5時までの間に提出してもらう。以降の変更は一部を除き、原則一切認めない。もしも提出期限を過ぎた場合はランダムで割り振られるので注意するように」

 

「………!」「………」

 

 

その言葉に再び騒めきかけますが、スッと静かになるクラス。その様子に満足そうに頷く真嶋先生は「何か質問はあるか?」とクラスを見回します。

 

すると、スッと手が上がる。それは、もっとも予想されなかった有栖から。クラス中の視線を受けながら毅然とした表情を浮かべる有栖は、真嶋先生に促されていくつか質問を重ねていく。

 

 

Q.体調不良を訴えた生徒が出た場合は?

A.個人種目なら不参加、団体種目ならその一人分の枠を削る。騎馬戦なら一騎が欠け、二人三脚なら1チームが参加不可。加点減点は最下位で計算。

 

Q.ポイントによる当日の参加者変更は可能?

A.全員参加の種目は不可。推薦種目は10万Prで可能。

 

Q.()()()()()()()()、学校側は各クラスの出場表の情報を漏らす可能性は?

A.―――

 

 

1つ目、2つ目は恙無く応えた真嶋先生も、最後の質問でピタリとその動きを止める。…これは、なんでしょう。何かの交渉術?の本で見たような。

簡単な質問や、答えやすい質問を繰り返されると人は心を許してしまうもの。今回は逆に、本命の質問での先生の反応を得たかった有栖が不意打ちをした形の様です。

 

事実、ざわりとしたクラスの反応を尻目に、真嶋先生は数巡考えた結果、「具体的には?」と絞り出す様に口を開きました。

 

 

「最も考えらえるのは、…ポイントでの買収でしょうか?」

 

「それであれば心配は要らない。()()()()()ポイントでそういった情報を得ることは出来ない」

 

「ふふ…つまり、教師()()はそうではない、と。…そういうことになりますね、皆さん?」

 

「…………」

 

「…っ!」「…」

 

 

「以上です、ありがとうございました」と着席する有栖。真嶋先生は、どこか憮然とした表情で固まると、「次の時間は他学年と顔を会わせる事になる。…それまで、各自での相談も自由だ。以上」とだけ返して、教室を後にします。

 

 

「さて、皆さん。―――この後、Dクラスにも伝えるつもりですが私は今回の試験ではお役には立てそうにありません」

 

「有栖…」

 

「坂柳さん…」「でもそれは、仕方ないって!」

 

「………」「そうだよ!」

 

 

瞳を閉じて、申し訳ない様子で謝意を示す有栖にクラスの態度は擁護一色となる。当然だ。身体的障害。それも、先天性の物であればそれは本人の努力とは無縁のソレ。内心、残念に思う事はあっても口に出す方は誰も居ません

 

 

「皆様、ありがとうございます。…さて。―――ですので、今回の試験もリーダーは葛城君にお願いしたいと思うのですがよろしいですか?」

 

「………俺で構わないのか?」

 

「えぇ。もし私なら…という作戦や案もなくはないのですが、…今回は戦力外の私が指揮を執るのに、きっと不満を覚える方もいるでしょうから」

 

「っ………!」「な………!」

 

 

悲し気に目を伏せる有栖に、クラスの反応は二分化されます。葛城君…正しくは彼の後ろに居る葛城君のお友達たちを凝視する方々と、バツが悪そうな顔で目を逸らす方々。

少しだけ張り詰めた空気を切り替えたのは、視線を一身に受けても怯まずに歩みを進め、教壇に立った葛城君です。

 

 

「今、坂柳からリーダーの推薦を受けた。…勿論、任されたのなら全力を尽くすつもりだ」

 

「葛城さんっ!」

 

「………チッ」

 

「…………」

 

「だが、皆の意見を確認したい。本当に俺で構わないのか?」

 

「「「………」」」

 

 

シン…と2度目の沈黙。ただそれも、有栖の両手からパチ、パチと拍手が為された事で破られます。次いで私が。そして有栖のお友達や、他の方。クラス中の支持を得て葛城君は再度「皆、ありがとう」と頭を下げます。

 

こうして私達Aクラスの、初めての体育祭が幕を開け………。

 

…、………あっ、そういえば忘れていました。Dクラスの事を伝えていません。

 

 

「か、葛城君。…今少し、相談したことがあるのですが、よろしいですか?」

 

「ん?…構わないが、なんだ?」

 

「すいません、お耳を拝借します」

 

 

そう言って、彼の近くに寄り、少々はしたないですが密談するように手で口を隠し、他の人には聞かれないように心掛けます。Dクラスとの協力契約は、有栖から「あまり口外しないように」とアドバイスを受けたのでこうするべきなのでしょう。

…葛城君とは身長差もあるので、背伸びをしながら耳打ちをします。

 

 

「んしょ…、実は、今回の体育祭で協力関係となるDクラスなのですが…」

 

「うぉ…!」

 

「葛城君?」

 

「あ、あぁ…」

 

「…!」ざわ…ざわ…  「…」ギリィ…

 

 

驚かせてしまったのか、身を捩る葛城君。あまり長く時間を頂く訳にもいきません。そのままの姿勢で契約の事を伝え、その同意した生徒の名前をメールで送る事を約束します。葛城君もジッとこちらの事を見てくれていて、リーダーとして真剣な様子が伝わります。

 

 

「―――と言う訳なので、後ほどDクラスと話し合う際に活用下さい」

 

「…分かった。…西園寺、感謝する」

 

いえ、また葛城君に負担をお掛けしますが、何卒お願いします。…私には、やはりリーダーの真似事は出来ませんでしたから…

 

 

葛城君の目礼に、私は後ろめたさのようなものを感じつつも、頼む事しか出来ません。そんな私を気遣ってか、肩に手を置いて安心させるように笑いかけてくれました。

 

 

「いや、そんなことはない。…俺の方こそ君にはいつも―――「葛城、いつまで撫子の胸をガン見してんの?」―な、ち、違うぞ!?

 

「じゃあさっさと離れなさいよ」

 

そうだ!見過ぎだぞ!!

 

「あ、あの皆様?私は別に「撫子様…!?か、肩に葛城君が…手を…!手を!…ふぇ?

 

「消毒しないと…!」

 

 

お待たせしすぎてしまったのでしょうか?真澄さんの声から、皆様が喧々諤々とばかりに声を上げます。葛城君も顔を赤くして否定しますが。…?別に胸を見ていた…?

え?皆さん?消毒?…いえ、別に平気ですが、あっ、わ、分かりました、分かりましたから。ジャージに着替えますので、少々お待ちください。…?別にお手伝い頂かなくても…。危機感…?………??

 

最後に少しだけひと悶着ありましたが、こうして私達Aクラスの体育祭へと動き出すのでした。

 

 

―――〇―――

Side.綾小路

 

 

「どういうことだよ!!」

 

「落ち着け、須藤」

 

「須藤君…」

 

「……」

 

 

学校の指導室。普段ならいく事もなく、呼び出されるのもあまり好ましくないこの部屋に須藤の怒号が響く。以前聞いた気がするが、指導室は防音性が高いらしいので、廊下には須藤の声が伝わりはしないだろう。

 

この場にいるのは、Dクラスの担任の茶柱先生。クラスメイトの堀北、櫛田、軽井沢。そして呼び出された俺と平田、そして須藤だった。

 

須藤が大声を上げた理由はいたってシンプルだ。彼のクラスで仲のいい友達の池と山内。そして博…いや、外村の三名が退学したと知らされたからだ。普段なら須藤を宥めるだろう平田も、顔を真っ青にして俯いている。

反面、女子たちの表情は暗いものの、仕方ないというような割り切った風の表情だ。…その時点で俺は、()()()()が退学になった理由にある程度の予想がついた。

 

その後、感情が収まらない須藤だったが茶柱先生から退室を促されると憤懣遣る方無い態度で睨みつけ、ドカッと席に座った。…怒りに身を任せて、掴みかからなかったのは成長なんだろうな。

 

 

「………茶柱先生、理由について…教えて下さい」

 

「勿論だ。…だが「大丈夫です…!」…分かった」

 

 

部屋にはしっかり冷房が効いている。それでもなお、平田はびっしりと汗をかいていて、夏服の背中はインナーが透けてしまっている。ここまで憔悴しているのは初めて見る。…コイツも過去になにか、クラスメイト絡みであったんだろうか。

 

そうして明かされたのは、予想の通り盗撮という犯罪行為の主導と幇助。主犯と共犯との違いはあれど、れっきとした犯罪行為だ。予想だにしなかったのか、事実を確認する須藤と、内心で察していたのかガクリと項垂れるだけの平田。反応の違いがそのまま顕著に表れた形だ。

 

その後、女子たちを時折見ながら「何とかならねえのか…!?」「俺も奴らと一緒に頭を下げるから!!」と言葉を重ねる須藤。最初は厳しい視線を向けていた軽井沢ですら、()()()()()とまでした須藤の姿には、息を呑んでいた。

 

最終的にそれを止めたのは茶柱先生だ。須藤は更に続けようとするが、無言で首を左右に振った後に一言。

 

 

「…本当に、すまない」

 

「………っ」

 

 

無表情な教師然とした姿ではなく、真摯な態度を取った担任に口を閉じて、須藤は乱暴に扉を開けて指導室を去っていった。最初に緘口令を敷かれていたが、そもそも須藤が普段から話す友人らは退学した。殊更、口止めは必要ないだろう。開けっ放しの扉を閉めながらそう考察していると、ジッと視線を感じて振り返る。堀北から来るそれは、どこか咎めるような色を秘めたものだ。

 

 

「…なんだ堀北」

 

「随分冷たいのね、と思っただけよ。…仮にも友達だったんでしょう?」

 

「そうだな。残念には思っているぞ?だがまさか、盗撮なんてしてたなんてな」

 

「それは…「………茶柱先生、」…」

 

 

俺と堀北の会話に割るように…いや、本人にそのつもりはないのだろう。虚ろな目のまま、平田は茶柱先生の事のみを見据えている。堀北も、平田の表情から空気を読んだのか、咎める様なことはしない。

 

 

「………本当に、本当に三人の退学は…覆らないんでしょうか?」

 

「あぁ。…これは、許すとか許さないとかの問題ではない。仮に、撮影したものとされたものの合意が合ったとしても場所が()()だった」

 

「………最悪、ですか」

 

 

撮影を行った場所は夏休みに開放されていたプールの更衣室だ。生徒は勿論、指導に当たる教員や外部のスタッフ、関係者を始め公共の場といって相違ない。そんな場所での盗撮など、未成年とはいえ許すことは出来ない様だ。その後も理詰めで懇々と諭すような茶柱先生に、平田は俯いたまま指導室を後にする。

 

残った男子は俺だけ。若干の居心地の悪さを感じながら、更に咎める視線が増えた事に疑問を感じつつ、先手を打つ。

 

 

「軽井沢、平田についてやらなくていいのか?」

 

「え?あ…ええっと、今は一人にしてあげた方が良いかなって…」

 

「………そういうものか」

 

「うんっ。そういうもの、そういうもの…」

 

 

何処かぎこちない反応に首を傾げていると、今度は櫛田からも何故かジト目で見られている。…なんだ、俺が何をした。

 

 

「そういえば、なんで俺たち3人が呼ばれたんだ?」

 

「あぁ、それは…」

 

「―――西園寺の提案だ」

 

 

口を挿んだのは、椅子に掛けて頭を抱えるようにしている担任だ。…どう見ても余裕がありそうにはないが、教えてくれるというならとそのまま耳を傾ける。

 

 

「というと?」

 

「今回この退学を決定した後。学校側から…紆余曲折あったが、Dクラス以外の3クラスには100クラスポイントが与えられた。…Dクラスは減額無し。それが決定した後に、西園寺からいくつかの提案があり、それを受理した」

 

「…俺達を呼んだ理由も、それだと?」

 

「あぁ…」

 

 

沈んだ声の茶柱先生を気遣ってか、堀北と櫛田が続けたのは以下の通りだった。

・Dクラス(多分女子だけか?)に、退学した3名の保持したポイント(※100万以上)を分配すること。

・各クラス2人、指名した生徒に本件を共有する権利。

 

 

「なるほどな…。…?おい、俺達Dクラスは、なんで3人に共有されてるんだ?」

 

「えっと…撫子ちゃんが、須藤君を指名してくれたの。友達の事をなにも知らずにお別れは寂しいだろうって…」

 

「………………………そうか」

 

 

―――これは、()()()だ?いや、今は置いておこう。

 

緘口令を敷かれているとはいえ、退学になった3名。…特に山内と池田は悪い意味で有名だ。共通点から間違いなく悪意ある想像から噂になるだろう。そしてそれは、大筋では間違っていないのが始末に負えないな。なにより、クラスの生徒数が減ったのが痛い。戦力的には兎も角、クラスに入ってくるポイント総額が40人から3人分減った訳だ。

…他にもいくつも懸念はある。そんな考えに意識を傾けていると、視線が増えている。…気付けば茶柱を除く三人全員から視線を受けている。

 

 

「…なんだ」

 

「いや…なんていうか、さっき堀北さんが言っていたけどさ、冷たくない?」

 

「うん。…池君たちがやったことは許せないけど、それでも寂しいよ…」

 

「………」

 

 

無言の堀北からも、批難の眼差しを感じる。…いや、だがどうしようもなくないか?須藤や平田、2人以上の説得や反論なんて俺には出来ない。そもそも退学の取り消しが出来ない以上、考えるべきなのは今ではなく先の事だろう。

 

 

「3人の退学はもうどうしようもない。そうですよね?茶柱先生」

 

「あ…、あぁ…そうだ」

 

「なら俺達が考えるべきなのは、それをクラスの皆にどう伝え、どうしていくべきかじゃないのか?」

 

「それは…そうだけど、」

 

「篠原あたりは余計な事を言うかもな。須藤が爆発しない様に根回しした方がいいだろう」

 

「…そう、そうね……」

 

 

不安そうにする軽井沢と、少し考えこむような堀北。もう少し整理するまで時間が必要か?俺は先に対処について確認を詰める。

 

 

「―――他にも、他のクラスから聞かれたらどう答えるんだ?…櫛田あたりは、他のクラスとも付き合いがあるから聞かれるんじゃないか?」

 

「えっ…!?あ、…うん、そうなる…かも」

 

「茶柱先生、今回の件。学校はどう発表するんですか?」

 

「あ、あぁ。…主犯の二人は校則違反で退学。…詳細は、明かさない。また外村は共犯だったので、転校という扱いとなる」

 

「なら櫛田は、居なくなった三人を悲しむ様に動いてくれ。それで男子は追及しないだろう」

 

「…うんっ」

 

「頼むぞ。…茶柱先生、その3人から手紙という形で、HRに一芝居打って下さい、ポイントは払います。…可能ですか?」

 

「…分かった。恐らく、大丈夫な筈だ」

 

 

学校側としても、緘口令や理由の隠蔽。国営の学校でこんな不祥事、とてもじゃないが表沙汰にはしたくないだろう。それを幇助する形なら、この提案は問題なく通る。

 

 

「堀北、手紙は俺が書く。添削してくれ」

 

「…ええ、分かったわ」

 

「軽井沢、もしも女子生徒が男子を責める様な展開になったらうまく誘導してくれ」

 

「う、うん…それは良いけど…」

 

 

ぶつぶつと言いながらも、素直に言う事は聞いてくれて助かる。その後、俺は手紙の原稿を完成させると堀北と茶柱先生に任せる。

クラスの雰囲気についても、櫛田と軽井沢の様子を見るに問題は無い筈だ。…気が付くと、結構な時間が経っていた。俺は携帯を取り出して時間を確認すると、堀北たちに先に帰ることを伝える。

 

 

「それじゃあ後は任せたぞ、堀北」

 

「…待って、貴方…私達に任せて後は知らん顔するの?」

 

「少し、やることがある」

 

 

そう言って扉に手をかけるが、今度は軽井沢に「やることってなんなのよー!」と言われ、努めて陰鬱そうな雰囲気を出して応える。

 

 

「…須藤に会って来る」

 

「須藤君…!?」

 

「!…分かったわ。後は、任せて」

 

「あぁ」

 

 

驚く櫛田と、察する堀北。…やはり瞬間的な頭の回転は堀北が良いな。だがその分、視野が狭い。その点は櫛田が脇を固めて、軽井沢が外からの意見を取り纏めればDクラスは上手く機能するだろう。

 

…そうしてこの後、俺は体育館でバスケットボールの勝負をしたり、ラーメン屋に行ったりすることになった。須藤が立ち直ってクラスを引っ張ってくれるのか、このまま折れてしまうのか。

(つぶさ)に観察するとしよう。…俺の、()()の為に、な…。

 

 

―――――――――

※退学の真相を聞いた面々の反応集。

 

Aクラス

 

坂柳指名:鬼頭

「………」※無言

 

西園寺指名:須藤

「チクショウ…!」

 

 

Bクラス

 

一之瀬指名:神崎

「最低だな」

 

白波指名:匿名、親衛隊生徒

「■■■■■―――!!!」

 

 

Cクラス

 

木下:龍園

「ククッ!やっちまったなぁ!オイ…Dクラスのバカ共がよぉ…!!」

 

椎名指名:伊吹

「………絶対、殺す…!!」

 




読了、ありがとうございました!!
体育祭、始まってませんね(笑)

また次回には進めて行きたいので、またごゆっくりお待ちください。
感想、高評価、日々の力になっています。
本当にありがとうございます!!

またこれからも本作を見て頂ければこれより嬉しいことはありません。
活動報告についてはツイートしていきますので、よろしくお願いします!!


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②:亀裂

大変、大変お待たせしました。
今回は伏線回…になっているといいですが、ちょっとゆっくりめです。
ではどうぞです。


その日のDクラスは、予鈴が鳴るよりも前の時間からざわざわと落ち着きが無かった。…無理もない、今までしっかりと規則的に並んでいた40の席。その内3つが、夏休みが明けた初日に欠けていたのだから。

 

普段ならその事を真っ先に騒ぎ立てる生徒。池寛治、山内春樹。…そして外村秀雄、3名分の無くなった席。

登校をした誰もが、理由を知らないかと話題に盛り上がっていると、ガラリと教室の扉が開く。

 

クラスの中心人物と言っても良い平田洋介が登校すると女子を中心に近寄り、声をかけようとして―――息を呑んだ。

 

 

「ひ、…平田、君?」

 

「その、…だ、大丈夫?顔色…悪いよ?」

 

「……………うん、ごめん、ちょっとね」

 

 

まず、()()()()。弱弱しくも笑顔を見せたが憔悴し切った表情の彼に、佐藤や王が心配する様子をみせるも返事に力はない。

明らかに何かがあった。二の句が継げない女子たちに、遠巻きに見ていた男子生徒も不安そうな表情を浮かべている。…彼らも、決して親しくはなくとも突然クラスメイトが減った。…正直、気が気ではないのだ。

 

そして、次に事情を知っていると思われていた生徒。須藤が教室に入り、席に向かう。普段、彼が声をかける友人らの席は無い。その空席に一瞬視線を向けるも、彼も黙って自分の席につき、腕を組んで目を瞑る。

『話しかけるな』と態度で示す彼に、声をかけられる生徒は居ない。結局、Dクラスの生徒達が事情を知る事となったのは、3()7()()がクラスに揃いHRが始まってからとなった。

 

 

・◇・

 

 

担任の茶柱がHRの開始を告げ、夏休み明けの挨拶をする。…そして、早速とばかりに消えた3名についての説明が為された。

 

 

「皆も気になっていると思うが、池寛治。山内春樹。外村秀雄。…事情は違えど、この三名は学校を去る事となった」

 

「えぇ!?」「なんだよ、そんな突然…」

 

「ど、どういう事ですか…?」

 

「………」

 

 

正直、薄々は気がついていたのだろう。しかし実際に言葉にされると身近に感じたのか、クラス中から悲鳴や驚愕の声が上がる。茶柱も理解していたのか、クラスが落ち着くのを暫く待つ。

 

そして茶柱からは以下の事が説明された。

 

池、山内が夏休みに校則違反をして退学、外村が家庭の都合で転校となったこと。

今回の校則違反については、学校側の想定外の事柄である為、クラスポイント等のペナルティは発生しないこと。

そして退学となった彼らから手紙を預かっているということ。

 

説明の度に反応を示すクラスメイトとは対照的に、ずっと俯き無言でいた平田、須藤も手紙の件を聞いて初めて顔を上げた。

 

手紙の内容は、それぞれが謝罪。そしてこれからの事についてだった。

 

外村からは急な転校について、理由を打ち明けられなかった懺悔を。

 

山内からは今まで迷惑をかけたこと、退学したくなかったという悔恨を。

 

最後に池からは、これから力になれなくて残念だという後悔を。

 

 

「―――『健、ホントにゴメン。短い間だったけど、本当に楽しかった。俺の分も、Dクラスを頼んだぜ 池寛治。』…以上だ」

 

「………馬鹿、野郎が…!」

 

 

クラスには、すすり泣くような声も少なくなかった。口を噤むクラスの中で、須藤の怒りか、それ以外の何かの感情を込めた声はとても強く広がっていった。

 

その空気をガラリと変えたのは、クラスで男女共に人気の高い櫛田だった。

 

 

「みんな…、直ぐには立ち直れないと思う。…でも、ちょっとずつ、ほんのちょっとずつで良いから、前を向こう?…池君たちだって、きっとそれを望んでると思うから」

 

「櫛田ちゃん…」

 

「桔梗ちゃん」

 

「………」

 

「………」

 

 

櫛田自身も、涙を拭いながら、クラスを鼓舞する。その健気な姿に、クラスの雰囲気も徐々に前を向いていく。その様子を黙ってみていた茶柱はチラリと視線を向けるも、その相手は気にも留めない。

そのまま見つめ合うも、気を使ったような生徒から声をかけられると咳払いと共にHRを続行した。

 

 

「ん、…さて、今日はまだ余裕があるが時間は有限だ、HRを進める。この後、体育祭が―――」

 

 

※この後、体育祭の説明がされた。

いつもよりも私語の少ない、静粛な雰囲気でHRは進んでいった。

 

 

――――――◇―――――――

Side.撫子

 

 

HRが終わると、皆様で体育館へ移動します。2時間目のHRは、全学年の顔合わせを行うそうです。

 

あ、ひより。…伊吹さんも。手を振ると、伊吹さんは手を軽く振り返してくれて…。ひよりはこっちに足を向けてこちらに…あ、伊吹さんに手を引かれて連れてCクラスの皆様の所へ行きました。

龍園君と目が合うと、ニコリと笑みを浮かべてましたのでこちらも笑顔でういんく?をします。………?何故か、不思議そうな顔をされました。こういうのが異性には効果的だと、クラスの塚地さんが…。あれ?

そうこうしていると、3年生の先輩が先頭に立っていました。いけません、集中しないと。

 

 

「………あれは…?」

 

「ああ…藤巻先輩ですね。はい、堀北生徒会長のクラスメイトだったかと」

 

「そ、そうですか…お詳しいのですね(撫子さん…やはり上級生への影響は…、まさか、既に3年生を掌握して…!?)

 

「?」

 

「―――3年Aクラスの藤巻だ。今回、赤組の総指揮を執ることになった。…1年生に先に一つアドバイスをしておく」

 

 

何か言いかけた有栖でしたが藤巻先輩のアドバイスに耳を傾けます。この体育祭は遊びに見えても重要な戦いであり、勝ちに行く気持ちを強く持つように。その助言と、3学年合同の1200メートルリレーの相談の日程だけを全体へ告げると先輩は話を終えました。

 

私達もそれを皮切りに、1年生で集まるべく動き出します。私達AクラスはDクラス…桔梗や愛理、鈴音たちや綾小路君と一緒に体育祭に挑むので、仲良く出来れば嬉しいですね。

今回の試験ではリーダーの葛城君。どっしりと待ち構える様に視線を向けています。その先には、桔梗と鈴音を先頭にこちらへ集まって下さるDクラスの皆様。

 

 

「奇妙な形だが、今回は味方同士。共闘することとなった、まずは…よろしく頼む」

 

「うんっ、こちらこそよろしくお願いします、葛城君。撫子ちゃんも、よろしくね!」

 

「桔梗、ええ、よろしくお願いね。…鈴音?」

 

「ぁ…、ええ、よろしくお願いするわ」

 

 

皆様の目の前で鈴音と握手を交わす。AクラスとDクラスが協力をする。そうアピールすることでクラスの内外にこの関係を強調する目的があると、有栖は話していました。

そう思っていると、急に桔梗が…って、えっ!?

 

 

「きゃっ…桔梗?………握手なら、って…なぜ腕に抱き着くの?」

 

「別に~?仲良しをアピールするなら私もって思っただけだよっ!」

 

「………櫛田さん、おねっ…撫子さんに迷惑よ。後にしてくれない?」

 

「もう少しだけっ」

 

「ふふっ、仕方ないですね。…鈴音もありがとう」

 

「っいえ、私は…お姉様が良ければ別に…

 

「♪」

 

 

空いている左手で鈴音の頭を撫でていると、右腕に抱き着いていた桔梗から「む~」と可愛らしい声が聞こえて、その後は突き出された頭を同じように撫でる。…すると、気持ち良さそうでしたのでなによりです。

その後、空気を変える様にゴホンと咳ばらいをした葛城君に注目が集まります。私も慌てて二人の頭上から手を離すと両腕に彼女達の胸の感触が。

 

 

「…ふ、二人とも…?」

 

「「………」」

 

「…まあそのままでもいい。兎も角、これからの―――」

 

「―――話し合いをする気はないって事かな?」

 

 

葛城君の話を遮るように、体育館に通る…帆波の声ですね。皆の注目がそこに向くと、体育館を去ろうとしているCクラスーーー龍園君に声をかけていました。

 

ひと悶着ありましたが、喧嘩などもなく二人は舌戦を終えて龍園君は体育館を去ります。帰り際に一瞬、視線が合いましたが…あのじぇすちゃーは、一体…?

 

 

「向こうも大変ね。Cクラスと組むなんて」

 

「そうだな。…今回は俺達は味方だからこそ忠告しておく。龍園(ヤツ)を侮るな」

 

「ええ。…ありがとう、そうするわ」

 

「うむ………(思いのほか素直だな。…これなら、例の協力の契約とやらも穏便に済みそうだ)」

 

 

葛城君の忠告に、頷く鈴音。…この二人、相性がいいのでしょうか?そしてその後は、有栖の事を紹介しました。

 

 

「私に関しては残念ながらお役に立てません。全ての競技で不戦敗となります。…ご迷惑をおかけします事、まず最初に謝らせて下さい」

 

「…まずは、謝罪を受け取るわ。…こちらも、そちらに詫びないといけない事があるから」

 

「詫び?」

 

 

眉を顰める葛城君でしたが、内容はDクラスの生徒3名が退学処分(※おひとりは転校)等で欠員が出ている事でした。事情を知らぬ皆様からは驚きの声が上がります。

当事者であるDクラスからも少々、不安な雰囲気を滲ませています。

 

 

「一体なにが…」

 

「申し訳ないけれど、こちらにも()()()()()()()()()()()()()()

 

「ふむ…」

 

「…今日、急に聞いて私達も混乱しているの」

 

 

そういって、チラリと目配せをしてくる鈴音。それにコクリと頷きを返します。…緘口令があるとはいっても、いずれ噂は広まります。今回の試験では他クラスとの協力は必須。

鈴音たちDクラスは先に実情を話して、私達Aクラスの信頼を得ることを選んだようですね。

 

 

「だがそうなると、実際に騎馬戦や綱引きの際は人数的な不利を覚悟して…」

 

「ええ、だからこそ細かく協力が必要になると…」

 

 

そうこうしていると、お二人の話は協力体制についてに移っていました。クラス合同で行う種目だけ協力したい葛城君と、個人種目でも綿密なすり合わせをしたい鈴音。

周囲は少しだけピリリと緊張している雰囲気ですが、お二人の人柄を知る私には、有意義な意見交換をしているように見受けられます。

 

情報戦を好んだ策を練る有栖や、あまり作戦を立てるのが苦手な私。その点、クラスのリーダー同士のお二人は正攻法というのか王道を好む様に感じます。

お二人はお互いのクラスの利益を追求しつつも、最終的には赤組の勝利の為に共同歩調が取れるでしょう。

 

 

―――その様子を有栖と一緒に微笑ましく見ていると、Aクラス側(こちら)から鋭い声が突き刺さります。

 

 

「おい!いい加減にしろよ、出来損ないのDクラスが!」

 

「…!」

 

「おい止めろ、弥彦…!」

 

「…(またアイツかよ)」

 

「………ハァ…」

 

 

声を上げたのは戸塚君。葛城君と仲が良い彼は、鈴音の提案が気に入らなかったのでしょうか?葛城君に咎められても、Dクラスの皆様を指さして言葉を続けます。…それにしても、また不良品と…!

 

 

「でも、葛城さんっ!」

 

「止めろと言っているだろう!…この場には俺達だけじゃない。これ以上、Aクラスの品位を貶める事は控えろ」

 

「…日を改めた方が良いかな?」

 

 

仲を取り持つ為か、桔梗が前に出ます。私も有栖に一声かけてから彼らに近づくと、会釈で鈴音に謝意を伝えます。彼女も軽くため息をつくものの、首を左右に振ってくれました。ん…気にしないで、ということ…かしら?

視線を交わしている私達は良い。でも、その場のお互いのクラスの雰囲気は更に悪く、重くなっていきます。…やはり、いきなり今までの別クラスの生徒同士協力は難しいのでしょうか…?

 

 

「いや、そうだな…うむ」

 

「葛城さん…。っ!フン、元々、お前らが退学者を出すのが悪いんだろうが!」

 

「それは…」

 

「―――へっどうせ退学した奴らだって、ロクな奴らじゃなかったんだろ!!」

 

「…!ちょっと、あな「なんだとテメェ!!」…っ、須藤君」

 

「…!」

 

 

思わず、という風に一人の男子生徒…あれは、須藤君ですね。退学した方と仲の良いと聞いている方です。このままでは…そう思い一歩踏み出すと、後ろから肩を掴まれてそれ以上の動きを止められます。

 

 

「…………!鬼頭君?」

 

「………」

 

 

首を左右に振る鬼頭君。…有栖の指示でしょうか?やむを得ず視線を渦中に向けると、戸塚君の前に出て掴みかかろうとする須藤君。…そしてそれを止める綾小路君がいて、場の緊張で張り詰めています。

 

 

「清隆、退け…コイツ…!コイツだけは、許せねえ…!!」

 

「ヒッ…、や、やっぱり不良品だな!いいのか!?暴力を振るったらお前も退学だぞ!」

 

「止めろ!弥彦!!…須藤も済まなかった!後日、正式に本人から謝罪させる。…この場は、頼む」

 

「…落ち着け、健」

 

「…!……クソが!!

 

 

頭を下げる葛城君に、身を挺して止める綾小路君。須藤君は震える拳をそのままに、視線をいくつか迷わせ、惑わせ、俯いて…。その後、拳を振るうことなく須藤君は体育館を後にしました。

少しして事態を見にきた先生方からは事情を軽く聞かれましたが、上手く取り成して一端の解決をみせました。

 

しかし、双方の空気は打って変わって陰鬱なものになっています。

羽交い絞めにされながら、Dクラスに敵意を向けている戸塚君と、それを宥める皆様。

Dクラスに申し訳の無さそうな視線を向ける葛城君と、それを遠巻きに趨勢を見極めている有栖や橋本君たち。

Dクラスの―――不安そうにする方々や、Aクラスを睨みつける男子生徒。

視線の中に様々な色を孕んだ鈴音と、逆に水面のように凪いでいる表情の綾小路君。

 

 

 

「………」

 

「………っ」

 

「………」

 

「………はぁ」

 

「………ええと…」

 

 

―――この空気、一体どうしたらよいのでしょうか…?

 

 

 

―――――――〇――――――――

Side.龍園

 

 

体育祭の下らねえ集まりからとっとと引き上げた俺達は、Cクラスに戻ってこれからの方針を纏めようとしていた。

ま、こういう団体戦が前提だと基礎的に最強はBクラスだろう。だが()()()()の理由で勝負に負けてやるつもりはねえが。スマホの画面には、ついさっき決裂したような別れ方をした一之瀬からのメールが届いている。

 

 

【―――それじゃあ、決まったら教えて】

 

「フン…」

 

「なに、スマホ見ながら笑ってんの?不気味なんだけど」

 

 

【了解】とだけ書いたメールを返信していると、クラスでも反抗的な伊吹が声をかけてくる。それに石崎が噛みついて、アルベルトが仲裁する。

いつもなら放っておく一幕だが、今の俺は気分が悪い。手で追い払うジェスチャーをすると、連中は場所を変えて口論を続ける。アルベルトの視線にも顎で示すと、二人の所に向かう。

そうしてうるさい連中が周囲からいなくなると、改めて今回の試験の攻略に頭を回してみる。

 

今回の体育祭、攻略の糸口は大きく分けて2つ。

1つは正攻法。―――個々の能力(スペック)を向上させること。来月までの時間で、可能な限り個人・団体問わずに汗水垂らして練習をする。

…ただこんなもんは、大なり小なり全クラスがやることだ。金田あたりに仕切らせて、クラスの連中の能力を集計してから考えりゃいい。

 

そして、2つ目。…つまり、今回の試験の()()である参加表。これの入手。それが、今回の体育祭で俺達Cクラスが出し抜く為に必須となるアイテムな訳だ。

特別試験にクラス内の団結が求められる以上、裏切者が出た場合そのクラスは致命的な敗退をする。夏休みの無人島試験しかり、船上試験しかり、だ。

 

―――ただ、………船上試験か。クソが。

 

 

「…チッ」

 

「りゅ、龍園さん?」

 

「あ?…なんでもねえよ、お前らは金田の指示に従って、参加する競技を詰める手伝いでもしてろ」

 

「「は、はい!」」

 

 

バタバタと離れる連中を尻目に、俺は心中の苛立ちを宥める様に頭をガリガリと掻き毟る。

参加表の入手は今回の試験に優位に立ち回る際に必須となるアイテム。当然、入手に手を尽くす。ただそれには、裏切者の…秘密(ネタ)か、報酬(エサ)が必要になる。だがプライベートポイントは先の船上試験で、膨大な額が支給された。西()()()()()()()()()、だ。

 

撫子のやつめ、今考えてみればなるほどと思うほど、理にかなった戦略だ。

 

夏休みを通したら他のクラスの情報もチラホラ入る。どこのクラスの連中を、どこで見かけた、何を買っていた、そういう内容だ。…元より女子連中にはそういった諜報活動には報酬を出すと伝えてある。そこから得た情報は、Bクラスはやや控えめに。Aクラスはかなり。最後のDクラスはバカみてぇに買い物をしていたらしい。

 

…つまり、船上試験で得たポイントを俺達Cクラスと同じように溜め込んだBクラスと、クラスの連中にそのままくれたやったA・Dクラス。例の契約である程度減額したとはいえ、数十万ポイントも持っていたら下手な報酬には見向きもしねえだろう。

逆に統率を取らねえと、俺のCクラスの連中の方が報酬に目がくらむ可能性すらある。最悪なのは調略したいAとDの連中はポイントに困っておらず、(立場的に)可能性のあるBクラスは試験上は味方って事だ。

 

―――まさか、撫子のヤツ。生徒会の役員の恩恵で今回の試験の事を事前に知っていたのか?…船上試験でポイントを独占してクラスの順位を変える事を嫌がったのは、ここまでの絵図を、既にあの時点で描いていたって訳か…!?

※0点。

 

不味いな。どんな形でもいい。とっとと撫子の目論見を外さねえと、俺達はヤツの掌で踊らされるハメになる。まずは、とスマホでメールを送ろうとすると、画面に影が伸びている事に気が付き視線を上げる。…こちらを見下ろす様に、ひよりが無言で立っていた。

 

 

「…、なんだひより」

 

「龍園君…あの日、何をしていたんですか?」

 

「あ゛ぁ…!?」

 

 

要領を得ない質問に不機嫌そうに返す。大抵の奴はこれで引っ込むが、ひよりは表情一つ変えずにいる。ざわついていたクラスの連中も、会話を止めてこちらに注目している。

 

 

「何の話だ?」

 

「誤魔化さないで下さい…!」

 

 

そういって机に両手をついてドン、と音を立てる。クラスが静まり返り、アルベルトや石崎が止めようと駆け寄るのを手をあげて止めさせる。理由は2つ。コイツには他の連中には出来ない頭脳面での働きが出来ることと、仮にコイツが()()()()()も大した事はない。その計算から次の言葉を待っていると、伊吹の奴がしゃしゃり出て来やがる。

 

 

「…落ち着きなよ。らしくないわよ、どうしたの?」

 

「伊吹さん…。ん、その…龍園君が…」

 

「龍園が?」

 

「夏休みに………撫子お姉様のお部屋から出て来たんです…!」

 

「………あ?」

 

「「「…!?」」」

 

 

思わず肩から力が抜ける。…あの日に見たひよりの姿は、勘違いじゃなかった。…のは、良い。だが、そんな事コイツに何の関係が…。………。いや、待てよ?

 

 

「あの日、お姉様は一之瀬さんと一緒に遊びに行くご予定だったのに龍園君を部屋に招き入れて、しかも龍園君は買い物の袋まで持参して!2時間44分も一緒の部屋に居たんです!…あれが初めての事ではないのは知っていましたが、普段ならお姉様は来客があるとご自身でドアを開けてお見送りまでして下さいます!…それなのに、あの日はそれが無かった!夏休みにお姉様のお姿を拝見した方からは落ち込んだ様子のお姉様を見た方も居ます…!あぁ…!おいたわしや、撫子お姉様…!!」

 

「ちょ、…アンタそんなキャラだっけ?てか、なんで龍園の滞在時間を分刻みで把握してんのよ…」

 

「愛です!」

 

「………そう」

 

「おい、ひより」

 

 

死んだ目でひよりを見ている伊吹を無視して声をかけると、グルリと擬音が聞こえそうな勢いでこちらに顔を向けてくる。それに内心引きながらも、俺はたった今浮かんだ提案をひよりにする。

 

 

「お前、あの日に俺が撫子に会った理由が知りたいのか?」

 

「…えぇ、そうです。もしも、もしも龍園君がお姉様の笑顔を曇らせるつもりなら、絶対に私が…!」

 

「知りたいなら教えてやるよ。…近々、撫子と会う予定があるんだがそこでお前もいっ「ご一緒しますっ!!」…そうか」

 

 

一転、キラキラとした目でブンブンと頭を上下させてくるひより。日が決まったら連絡をすると伝えると、ご機嫌な様子で席に戻る。そんな一幕を皮切りに、クラスも騒めきを取り戻していく。

 

 

「おい、伊吹。どうせ暇だろ、お前も来い」

 

「…良いけど、私が行く意味は?」

 

()()()()

 

「…!」

 

 

ひよりには見えない角度、胸板の前で握り拳を見せながら伊吹に囁くと息を呑んで頷き返してくる。…普段の生意気な態度も許してやれるくらいには、こういう所は便利な駒だ。

俺は新たに思いついた策を胸に、メールではなく電話を掛ける。HR中とはいえ、今はどのクラスも自習。マナー違反ではあるが、何故か俺には相手が出るであろう確信があった。

 

1コール、2コール、3コール。…、…、…、ピッ

 

 

『…はい、西園寺でございます』

 

「よう、撫子。…近い内に会えねえか?」

 

『龍園君…?えぇ、私は構いませんが』

 

「ククッ、相変わらず話が早えな。…相談がある」

 

『相談…ですか?』

 

「ああ」

 

 

―――体育祭について、大事な大事な相談だ。ひよりも会いたがっているぜ?

 

 




読了ありがとうございました。
次回は密談、そして体育祭の開始までいければ良い…ですね。
今月は前半忙しめなので、なんとかもう一話作れればと思います。

お楽しみにお待ちください。


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③:『空手三段』『少林寺拳法三段』『古武道柔術五段』『合気道五段』『弓道四段』VS『Cクラスの王』

大変、お待たせしました。
実は、某新型感染症にかかっており、遅れておりました。

それでは、前回の龍園君パートの続きからです。どうぞどうぞ。

ちょっと長くなったので、分割投稿しますね…。


―――◇―――

Sied.撫子

 

体育祭の顔合わせから数日が立ちました。あの場では結局、日を改めて相談をする運びとなりました。

クラスに戻って早々に葛城君と戸塚君が謝罪されて、有栖の取り成しもあり事態は収束…いえ、少しだけ良くない雰囲気を感じました。

 

なんとかしなくてはと口を開こうとする最中、龍園君からのお電話が。会いたいとの声にチラリと視線を有栖に向けると、頷かれたので待ち合わせをすることに。

(※何故か、クラスの皆様には心配されましたが…)

 

そして放課後、指定された特別棟の裏に向かいます。そこには龍園君とひより、伊吹さんの姿が。待たせてしまった事を詫び、お呼び頂いた理由を聞くと内容は体育祭についてでした。

 

 

「参加表…ですか?」

 

「あぁ。お前に参加表を手に入れて、俺に寄越して欲しい」

 

「………ん、」

 

「安易にはお返事が出来ないのですが…その、理由はなんなのですか?」

 

「クク、なに。俺達CクラスにはDクラスに遺恨がある。クラスの連中の中には、今回の体育祭で()()を返したい奴らが多くてな」

 

 

その理由はどうやら、クラスメイトの数名が、『因縁のある生徒と競技で戦いたい』との意見が出たからという事。その相手…Dクラスの生徒の情報を得られる、同じ赤組の私を頼ってのご相談でした。

 

しかし安易に「分かりました」とお返事を返すことの出来ない内容でした。畢竟、返り忠…ではなくて、えっと、すぱい?活動のお誘い…でしょうか。

 

 

「なるほど…それで、同じ赤組の私に?」

 

「あぁ。分かってくれたか?」

 

「…」

 

「お姉様…」

 

 

ジッと視線を龍園君に向けているとなにやら合図を受けたのか、頷いた伊吹さんがひよりの背後に回ります。

そして―――次の瞬間、伊吹さんはひよりの首筋に腕を絡ませました。

 

 

「なっ」

 

「………悪いね

 

「ぁぅっ!」

 

「ひよりっ!」

 

 

ひよりは首を絞められ苦しいのか、抵抗してに手を伸ばしますが伊吹さんが腕を緩めません。2人の、…いいえ、ひよりの表情を見ても演技には見えない。

 

 

「伊吹さ「動くな!」…っ、龍園君、一体何を」

 

「あ?…ククッ、見ての通りだ。…よくあるだろ?()()()()()()()()()()()()()()、ってやつさ」

 

「…、お姉、様…!」

 

「………っ」

 

 

助けに向かおうとする私を止めたのは龍園君でした。私の前に立ち塞がり、彼女達の元へと行かせまいとしております。

 

 

…。………いえ、何かおかしい、です。

 

こんなに突然、龍園君が短絡的な手段を取るだなんて。でも今は、ひよりを助けるのが先決です。

察せられない様に、一呼吸。目を瞑り、開く。

 

 

ふぅ…

 

「大人しく言う事を聞いていりゃ、って、おい―――」

 

「―――っ!」

 

 

かつてお世話になった先生方の言葉が脳裏を過る。

 

 

『西園寺さん、あなたには才能が有りますが、優しすぎます。だから』

 

『撫子ちゃん、良い?あなたは可愛いんだから気を付けないといけないよ?』

 

『ねえ、ここをこうやって、こう。…貴女と、貴女が守りたい誰かの為になら、これは合法よ?』

 

 

武道において、最も大切な事。

 

それは、―――先手必勝です!!

(※諸説あります。)

 

 

「やぁっ!」

 

「えっ」

 

「な」

 

 

構えを取って盾のように構える右腕を掴んで、関節を身体の外側に捻る。抑え技で極めるつもりでしたが、頭突きでの反撃をする龍園君。

それを軸足を払う形で身体を薙ぎ倒して、驚いたままの伊吹さんの元へ向かいます。

 

 

「っち、おま―――ぐぉ!!」

 

「っ、アンタ」

 

「ひより!屈んで!」

 

「っ!」

 

 

驚いた様子の伊吹さんはひよりを解放し、構えを取ります。…恐らく、以前のクラスの方々とのコミュニケーションから足技の武道を嗜んでいる筈。巻き込まない様にひよりに声をかけると、彼女は素直に屈んでくれました。

 

 

「このっ…!」

 

「んっ…、やぁっ!」

 

「えっ、あぅっ…!」

 

 

綺麗なフォームで放たれた右足。足刀部分を首を逸らして避けると、タックルする形で伊吹さんの胴に抱き着き、姿勢を崩します。片足立ちの伊吹さんはそれに耐えられずに倒れそうになって―――腰に後遺症が残ると危ないので、特別棟の壁に押し付けるように向きを調整(シフト)します。

 

 

「くっ、()ぅ…」

 

「動かないで下さい」

 

 

背中を打ち付けた衝撃にズルズルと姿勢を崩す伊吹さん。地面に着く少し前に、両腕の手首を抑えつけ、両の足の間に膝を差し込む。これで、伊吹さんは抵抗できません。

 

 

「良い気になるなよ。まだ私は「この姿勢、腰を浮かせていたらもう足は使えませんよ」な…っ、ぐ、」

 

「………っ!」

 

 

伊吹さんを片膝を立てるような姿勢で抑える。軸が無ければ、彼女の蹴り技は出せず、こうして密着していれば頭突き以外の抵抗は出来ない。

その後も顔を真っ赤にしてこちらを睨んで、抵抗を重ねようとしたしてきたのですが、相手はもう一人いる。

 

…時間切れ…ですね。やむを得ず、両手を解放して「あっ」と驚く彼女の両側の首を一瞬だけ圧迫する。

 

 

「ごめんなさいね…」

 

「ぅ…」

 

 

身体から力の抜けた伊吹さんを壁に寄りかけて、呼吸を確認する。規則的な息遣いに安心するとパチ、パチと拍手をしてくる彼に向き合う。

 

 

「ク、クク。…なんだなんだ。武力(こっち)も人並み以上たぁ、恐れ入ったぜ?撫子」

 

「………ひより、私の背中に」

 

「は、はい…」

 

「………フン」

 

 

夕日の刺すこの場所-――初めて会ったその時のように、龍園君の眼はギラギラと輝いていて。

それゆえに、「どうして?」という思いが希求します。しかし、そんな彼から返されたのは言葉ではなく、鋭く伸ばされた右腕でした。

 

 

「オラァ!」

 

「…!」

 

 

先ほどよりも、()()。それに、彼の重心は乱れていない事に気がつきます。…フェイント、でしょうか?

ただ、避けて背後のひよりを危険に晒す訳にはいきません。油断せずに腕に手を添えると、それを払わずに今度は時計回りに上半身を捻り左肘が。

 

 

「お姉様っ!」

 

「ん、と…」

 

「…、チィ!!」

 

「………っやぁ!」

 

 

肘は拳よりも固い。頭部や胴に当たっても重い衝撃を受けてしまいます。…ですが、単純にリーチは拳の半分。それにフェイントをかけた事で体重を十全に込めての一撃ではない。ならばと、振るわれる左腕の下を潜るように彼の背中側に。警戒をしていたのかもしれませんが、不意を突く形で彼の膝の裏を突き崩す。このまま腰を打ち付けると危険な為、路傍の雑草の生い茂る方向へと掌底打ちで突き飛ばします。

 

 

「ガ、…、………ッ!!」

 

 

…彼の動きは、きっと武道や格闘技ではなく我流のモノ。その証拠に有段者の方と立ち会った時のような急所を庇う動きや、こちらの手を読もうとする気配があまりない。ですが今も、受け身を取って直ぐに立ち上がる。

土に塗れながらもこちらを油断なく見据える彼は、とても実践慣れをしているのがよく分かります。

 

 

「龍園君。………一体、なにがあったのですか?」

 

「………クソが!」

 

 

今度は低姿勢での組みつき。たしかに、男女の筋力差からいっても掴んで組み伏せれば男の龍園君に軍配は上がるでしょう。しかし、あまりに()()()行動。彼らしくない。ほんの瞬間の疑問に、脳内の時間がぐんと伸ばされたのを感じる。

 

 

「………」

 

 

…何故、龍園君は掌を握りこんでいる?掴みかかるなら、掌を開ける筈です。押し倒すならそれこそ飛び掛かる為に、腕組をして肘を前。頭部を護る形を取る筈。なら何故?…何か、()()()()

 

 

「ラァ!」

 

「………っと、」

 

「っ危ないっ…!」

 

「これで―――」

 

 

案の定、開かれた彼の手からは砂が握り込まれていました。半歩後ろに下がって目に入るのを避けると、目前には今度こそ全力で拳を振りかぶる彼の姿が。背後からのひよりの悲鳴が耳を刺します。…心配させてしまいましたね。そろそろ終わらせましょうか。

 

 

「少しだけ、痛いですよ?」

 

「は―――」

 

「え―――」

 

「失礼しますっ…!」

 

 

本来、殴り掛かって来た相手に有効なのは足を払ったり手を払ったりすること。…ですが、幸いといって良いのか私と龍園君には身長差がある。彼の拳の位置は()()()()()()()()()()()に降りてきます。

顔の正面に迫る拳を避けて、そのまま彼の胸元に迫る。半回転して手で掴むのは彼の腕と制服の腹部のあたり。慣性の法則で、私の正面に進もうとする彼を背負い投げの形でそのまま地面へ―――投げる!

 

 

「やぁっ!」

 

「…づ、ぐぁっ…!!」

 

「…ふぅ」

 

「お姉様っ…!」

 

 

かけられた砂をパタパタと払う。心配させたのか、駆け寄ってこようとするひよりを手で制して、龍園君の様子を伺います。

しっかりと自発呼吸をして、気も失っていない。油断なくみていると、彼は黙ったまま立ち上がりこちらへ向き直ります。

 

 

「こんな、このような短慮。…いつものあなたらしくないのではありませんか?」

 

「………」

 

「………(いつもの…?)」

 

「龍園君…!」

 

 

西日。逆光によって、彼の表情は伺えません。でもその瞳の色だけは、変わらないまま龍園君はこのような…凶行、に及んだ。

…何故、彼は何も言ってくれないの?…まさか。

 

 

「…龍園君、まさか…」

 

「………!」

 

「お姉様?」

 

「あ、…ええと…その。()()、と同じ理由なのですか?」

 

「以前…?」

 

「………(以前…?)」

 

 

この場にはひよりも居ることに注意して、彼にのみ分かるように理由を伝えます。

 

()()()()()()()。それは…クラス内のイジメ問題…!

※0点

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………、そうだ」

 

「!」

 

 

長い沈黙の後、真剣な表情で彼は一言だけ漏らします。それにハッとすると彼はわざとらしく肩をすくめ、さも冗談だった、というような表情を浮かべます。

 

 

「…………と、言ったら…お前はどうする?」

 

「変わりません。貴方を助けたい。…そう思います」

 

「(…!)」

 

「………」

 

「…ハッ、相変わらずお人好し、だな」

 

 

そういうと掌で表情を隠して、クツクツと嗤う龍園君。…きっと、照れ隠しなのか。それともクラスメイトのひよりには心配を掛けまいとしているのでしょうか?思わず、といった態度で私もクスリと笑ってしまいました。

 

 

「ふふっ…」

 

「…なんだ」

 

「っいえ、失礼、…少し安心しただけです」

 

「そうかよ…」

 

 

龍園君は、こんな私の事を「お人好し」だという。…私に言わせれば、それは彼も同じだ。不器用で、少し乱暴で。…でもクラスの皆様の事を大切に思っている。

 

彼は、何時だって真剣だ。真剣にこの学校のクラス対抗戦に挑もうとして、その為に対戦相手のとこも真剣に気にしてくれている。…夏休みに彼と話した時に感じた些細な胸の痛みなんて、もう気にはならない。そんな彼の真心に触れたような気になって、思わず二人で笑い合ってしまう。

もしかしたら龍園君も、同じなのかも―――。

 

 

「………フッ」

 

「………♪」

 

「…ごほんっ」

 

「「!」」

 

 

ハッとなる。振り返ると、こちらをジッと見るひよりと目が合った。

 

 

「ぁ…ひより、ごめんなさいね?」

 

「いえ…お気になさらないで下さい。ただ、おひとつ伺いたいことがあるのですが」

 

「?なにかしら」

 

「その…夏休み、龍園君がお姉様の部屋から出るのを見た方が居たのですが…」

 

「夏休み…?あぁ、それなら―――」

 

 

※この後、(なぜか根掘り葉掘り)説明をしました。

何故か途中、目が覚めた伊吹さんにも質問攻めにされましたが。…??

 

あと、龍園君の相談についても協力を約束すると、龍園君もとても喜んでくれました。伊吹さんやひよりは心配そうでしたが、二人にも心配いらない旨を伝えてその場で別れます。

 

ーーーさて、それでは…葛城君や有栖。…()()()()()()()()()、相談しようと思いますっ。待っていてください、龍園君。

※善意

 

 

――――――〇――――――

Side.綾小路 清隆

 

 

ギスギスしていた体育館での顔合わせから数日、徐々に3人の欠けた生活にも慣れが広がって来た。

今日は体育祭用に特設された週に一度ある2時間HR、競技の出場順などを話し合う予定だった。

教壇に立つ平田は、まだ憔悴しているようだが辛うじて笑顔が戻っている。

今はチョークを手に、黒板に出場競技を箇条書きしてこちらに振り返った。…平田についてはまた、テコ入れする必要があるかもな。

 

 

「………それじゃあ、みんな。体育祭について相談を始めようか」

 

「平田君…」

 

「………でも、Aクラスを待った方が、ないんじゃないかな?」

 

「いえ、…それよ、り……んん゛。…そうね、櫛田さんのいう事にも一理あるわ」

 

「………」

 

 

真っ先に反応した櫛田に続き、堀北が声を上げる。…隣の席だからか聞こえたのは、少し無理な咳払い。思わず口に出した、という様な声を誤魔化して、堀北は立ち上がり周囲を見渡す。

 

 

「今回、私。…いえ、私達は出来るだけAクラスと協力体制を示したい。…理由の説明をしてもいいかしら?」

 

「…うん、お願いできるかな?堀北さん」

 

「お願いねー!」

 

「ありがとう」

 

 

櫛田、軽井沢の同調(へんじ)に軽く目礼をして、堀北は続ける。

まず第一に、今回の赤組と白組の勝負は赤組が勝つ可能性が高いこと。理由としては上級生たちの存在が上げられた。3-A、2-A共に生徒会の会長、副会長が所属し実力、影響力共に申し分ない事。

 

次に、1年での競技戦では白組の方が勝っているということ。クラスのチームワークでは随一のBクラスと、武闘派揃いのCクラス。それらが協力する白組に対し、自分たちDクラスは一歩も二歩も引けを取っているということ。…ここまで話した堀北は、再び周囲に視線を向けて意見を募る。

 

 

「ここまでの説明で、なにかあるかしら?…綾小路君、どうかしら?」

 

「俺か?…そうだな。上級生のAクラスに生徒会のメンバーがいるのは分かったが、こっちのAクラスにも西園寺が居るだろ?」

 

「あ、確かに!」

 

「………、まあ、そうね。…軽井沢さんはどう?」

 

「え?え~っと…、大丈夫…かな…?ね!」

 

「…う、うん」

 

 

俺の意見は軽く流されたのか、直ぐに軽井沢に質問する堀北。当の軽井沢は誤魔化す様に佐藤に水を向け、彼女もコクコクと首を縦に振る。一瞬、4月のツンドラ期の視線が向いた気がするも、眉間を軽く揉んで堀北は発言を再開する。

 

 

「ありがとう綾小路君、軽井沢さん。…でもなで…、…西園寺さんは女性で、そして今回のクラスを仕切るポジションかはまだ分からない。それに先日、Bクラスの一之瀬さんも生徒会入りをしたそうよ」

 

「そうなの!?」「知らなかった…」

 

 

堀北の言葉に、クラスが少しだけざわつく。流れを断ち切るように手を叩き、視線を集める堀北。…今やクラスは堀北の声に、言葉に完全に耳を傾けている。入学当初には考えられなかった堀北の成長には時より目を見張るものがある。

 

 

堀北鈴音の成長は、俺の胸中に言語化し難い不思議な気持ちを感じさせていた。もう少しだけ、彼女の成長を観てみたい。確かめてみたい。その為に、俺はーーー

 

 

「―――だから私たちは今回、ダメージを最小で抑える必要がある。…特にAクラスの契約がある生徒も今回の試験で協力姿勢を見せないと以降のもっと厳しい試験で―――」

 

「………」

 

「………?」

 

 

堀北の声を右から左に聞き流しながらも、机の下で櫛田にメールを送る。表情こそ笑顔だが、今のクラスは堀北の言葉に耳を傾けている形だ。それを快く思わない生徒が居ることは重々承知だし、それをひと纏めにできるのは彼女しかいない。

 

視線を戻すと、議題は、3名の欠員が出て複数人の競技の参加出来ない組の話に移っていた。体力が無い生徒で、ただし学力に問題のない啓誠が騎馬戦や二人三脚での不参加枠になることを大筋で決定していた。それが纏まり空気の弛緩したタイミングで、櫛田は手を上げた。

 

 

「あ!少しいいかな?」

 

「…なにかしら?櫛田さん」

 

「今回の試験、Aクラスと協力するのは凄く分かったんだけれど、()()()()()()()があると悲しくなっちゃう人もいると思うの」

 

「それは…確かにそうね。何か、良いアイディアがあるのかしら?櫛田さん」

 

 

櫛田は…相変わらず()()()。明るい声色で興味を引き、悲し気な表情で皆の不安を煽る。堀北も、理解しているのは素なのか分からないが皆の期待感を上げる発言を向けて皆が櫛田の一挙手一投足に注目している。

 

 

「うん、だから―――Aクラスと相談や、お話合いは()()()()()欲しいんだ」

 

「それは「だ、大丈夫なの?櫛田さん」「そうだよ、Aクラスの人たちちょっと怖いし、心配だよ…」…」

 

「大丈夫!Aクラスにも仲の良い友達が居るし、…それに、()()()()私も頑張らないと。…ね?」

 

「櫛田さん…」

 

「桔梗ちゃんっ」

 

 

堀北に向いていた視線は、今や大半が櫛田へと向いている。…これで良い。さて、ここからがお前の腕の見せ所だぞ?堀北。

俺は視線を教壇に立つ平田に向ける。目が合った彼は、再び話の流れを修正した。

 

 

この後めちゃめちゃ議論した!

体育祭に向けて、Dクラスの結束が高まった!!

 

 

―――――――――

・ある日のAクラス

 

「撫子さん、今…少しよろしいですか?」

 

「あら有栖。どうかしたのかしら?」

 

「ええ…最近、撫子さんは体育祭に向けて日々を忙しく過ごしていますよね?」

 

「…そう…ね。でも、有栖も参加表の調整で働いてくれているでしょう?」

 

「神室さん達にも手伝って貰って、取り組んでいます」

 

「そういう協力の形も、大切だと思いますよ?」ナデナデ…

 

「ん…はい。ありがとうございます。…私も仕方が無いことは理解しています。ですが…」

 

「(………!)」

 

「もし、私の身体がもう少し健康だったら…。そう…思ってしまうんです…」

 

「有栖…そうね、なら一緒に皆様の力になれることを考えましょう?例えば…」

 

「例えば?」

 

「皆様に差し入れ…なんてどうかしら?」

 

 

―――――――――

 

 

 

 




読了ありがとうございます。

不当な暴力には屈しない撫子ちゃん16歳。若干デバフ状態ですが、
それでも武道持ちでない限り基本的には負けないくらいには強キャラです。


続きは、今日明日に投稿予定です。

またお楽しみにしていて下さい。

感想、高評価力になっています。これからも、よろしくお願いいたします。


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④:秘密契約

おまたせしました、分割版の続きになります。
体育祭開始まで、もう一話差し込んで開催予定です。
それでは、どうぞ!


※ある日のAクラスー家庭科室ー

 

「こう…ですか?撫子さん」

 

「ええ、上手よ有栖。…後は、コレが焼きあがったら完成ね。

 

「作ってみたのは初めてでしたが、意外と単純でしたね」

 

「そう?…なら、この調子なら次は、ケーキとか作ってみる?」

 

「ふふっ、よろしいんですか?皆さん一緒に練習したいと楽しみにしているのに、私ばかりお時間を頂いてしまって」

 

「大丈夫。…良いのよ?有栖の事を気にしているのは、私ばかりじゃないってことね」

 

「…!皆さんが…そうでしたか、それならまた是非、お願いしますね?撫子()()()()?」

 

「先生なんて…もう。…有栖は物覚えが早いから、自慢の教え子よ?」

 

「……ふふふ、お願いしますね?(…計画通り!)」

 

「お任せあれ♪」

 

「…(めっちゃ美味しそう、クッキー、味見できないかな?)」

 

 

―――〇―――

 

Side.椎名 ひより

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

目の前には正座をさせた龍園君と伊吹さん。そろそろ1時間になり、きっと感覚もないでしょうが許すつもりはありません。…まさか、あんなことをお姉様にするだなんて…!

でも、お姉様…カッコ良かったです。龍園君の事を、まるで小説の登場人物みたいに避けて、転ばせて、最後には投げ飛ばしてみせた。

 

そ、それに私を最後まで庇って下さって…凄かった…!この、ペン型カメラの映像は私だけの…あっ!でもお姉様のお姿を独り占めすると、隊則違反(※)で除名処分に…!うぅ~。…今日、今日だけは…私だけの思い出に…!記憶の全てに焼き付けないと…!!

※親衛隊

 

お姉様の活躍を思い出していると伊吹さんが辛そうな顔で手を上げます。

 

 

「………あの、ひより…そろそ「ダメです」はい…」

 

「チッ………」

 

「舌打ちをしたので1時間追加します」

 

 

まだまだ反省が足りない二人。延長を伝えると元気そうな声を上げたので、まだ大丈夫でしょう。…それに、伊吹さんはお姉様から抱き着かれて、見つめ合って…!あ、あまつさえか、壁ドンまで!

※主観

 

全く、撫子お姉様がお許しになったから正座で済ませていますが、本当だったら暴力事件で停学やクラスポイントの減となっている所です。それを、お姉様が

 

 

『…ええと、これも青春?というものなんですよね?私は大丈夫でしたし…ね?ひより』

 

 

クラスの方に教えて頂いた本にありました。なんて言っていましたが、どんな本をお姉様に勧めてるんですかっ。

 

しかも龍園君、お姉様が怪我していないかと心配するや否や治療費がどうだなんて、厚顔無恥にも程がありますっ!

『もし請求したら、Cクラスから手を出したことを証言する』と言えば舌打ちをして引き下がりました。…その様子をみてお姉様がクスクスと笑ってくれたのが、唯一の救いでした。

 

 

「はぁ…」

 

 

全く、どうしてこんなことになったのか。私は、昼休みに話した龍園君たちとの話を思い出すのでした。

 

 

・◇・

 

 

「狂言…ですか?」

 

「そうだ」

 

 

昼休み、Cクラスで龍園君の机の周りには彼の取り巻きの方々。それにいつもはいない金田君、伊吹さん、私が集まっています。

そんな中にクラスのリーダーである彼の口から出た言葉に、皆さん首を傾げています。

 

 

「狂言…て、なんすか?」

 

「元々は能の演目で使われた言葉ですが、分かりやすく言うと嘘や騙す、誤魔化すという意味です」

 

「お、おぅ…?」

 

 

言葉の意味の方が分かっていなかったんですね…。山田君は兎も角、他の方は日本生まれの日本育ちでしょうに。納得を見せる周囲に龍園君は鼻を鳴らすと、話を続けます。

 

 

「今日の放課後、Aクラスの西園寺を呼び出した。…目的は、参加表の入手だ」

 

「で、でも相手はAクラス…。敵対してる赤組なのに、参加表を手に出来るんですか?」

 

「………そこで、先ほどの狂言というのが計画に関わってくるのですか?龍園氏」

 

「ククッそうだ、金田。…お前ら、無人島、そして船での奴の印象を言ってみろ」

 

「!」

 

 

お姉様の事なら100でも200でも言えます。そう、口を開こうとすると「ひよりは黙れ。…おい、石崎」と止められます。…むぅ。

 

 

「えっと、可愛かったです!」

 

「あぁ、確かに…」「それに優しかったな…」

 

「…他には?」

 

 

口々に、お姉様を褒める皆さん。それにうんうん頷いていると、今度は金田君と伊吹さんにも水を向けました。

 

 

「私は…船での試験を全員正解で終えたのはアイツなんでしょ?かなり頭がキレる…とか?」

 

「…金田」

 

「はい、龍園氏。…他のクラスへ、非常に強い影響力を持った方かと」

 

「影響力?」

 

「そうだ金田。奴はAクラスだけじゃあない。Bクラスの一之瀬や神崎、Dクラスの櫛田とも太いパイプを持っていやがる。…他にも生徒会や、部活も含めればその影響力は未知数だ」

 

「そっか…」

 

 

深刻な表情を浮かべる伊吹さん。…ふふ、実際、親衛隊のメンバー(私も総数は把握していませんが)のネットワークは広い。

貢献度が高いメンバーには、お姉様の憩いの時間を過ごす穴場スポットなども共有されるとか。羨ましい限りです。私も、もっともっと、お姉様の事を…!

 

 

「それで?…その、狂言だっけ?何の関係があるの?」

 

「………なあに、話は簡単さ。端的に言えば、奴を騙くらかして、参加表を手に入れる。」

 

「ど、どうやってです?」

 

「あ?それは俺が直接やる事だ。…テメェらは当日、余計な部外者がちょっかいを掛けに来ねえかを見張れ」

 

「「はい!」」「分かりました!」

 

 

龍園君はそういうと、取り巻きの方々に解散を告げます。…残ったのは、私達と山田君、石崎君。金田君は眼鏡をクイ、と直しつつ龍園君に向き合います。

 

 

「それで、龍園氏。…僕や椎名氏、伊吹氏を呼んだ理由を聞いて良いでしょうか?」

 

「クク、よく分かってるじゃねえか金田。…お前やひよりに求めてるのは、そういう部分での働きだからな」

 

「恐縮です」

 

「……さっさとしてよ」

 

 

名前を呼ばれなかったからか少し不機嫌そうに、伊吹さんは腕を組んで先を促します。

 

 

「伊吹。お前がやる事は、直前に話す。…今は黙って話だけ聞いてろ」

 

「ちっ…」

 

「大筋はこうだ。―――"俺達CクラスはDクラスと遺恨がある。その借りを返す為に直接対決をしたい。…だから参加表が欲しい"―――とまあ、こんな具合だ」

 

「遺恨…例の事件の事ですね?」

 

「………」

 

 

…あれはたしか、Dクラスの生徒へと冤罪をかけて暴力事件を起こしたという。それを理由に、白黒をつけようとしたい…。まあ、信じる信じないは兎も角として理由は納得できました。ですが…

 

 

「…そんな理由で、敵のクラスに参加表をくれる訳ないでしょ?」

 

「ククク、参加表をってのはあくまで叩き台だ。本当の目的は、別にある」

 

「別…?」

 

「………()()()()()()西()()()()()()()()。これだけ出来れば、目的の8割は達成したも同然って事だ…!」

 

「え?………」

 

「…!そうか、()()。それが今回の目的ですね?」

 

「?」

 

 

訝し気に首を傾げる。でも、金田君のハッと気が付いたような態度に、上機嫌になる龍園君。その表情から、相変わらずダーティな戦術と取ろうとしているのではないかと不安になります。

…そしてその予感は、やはり的中してしまいました。

 

 

「クク…!良いぞ、金田。その通りだ」

 

「え?ど、どういう事ですか?龍園さん」

 

「石崎、もしもお前が今回の、…俺が預けた参加表を落としたとしたら…どうする?」

 

「え!?えっと、…全力で捜します!」

 

「当然だな。…で、その参加表を目の前で拾ったAクラスの奴がいた。どうする?」

 

「取り返します!」

 

「だよなぁ?…でだ。ここからが肝心だ」

 

 

クツクツと嗤う様は、完全に悪役のよう。同じクラスの筈なのに、全く安心できない悪意…恐怖を植え付けてくる。思わずゴクリと生唾を呑む石崎君に、勿体つけて龍園君は続けます。

 

 

「Aクラスの奴がこう言って来る。『返して欲しかったら100万ポイント寄越せ』…さぁ、どうする?」

 

「そ、そんな大金…無理ですよ」

 

「だろうな。…で、だ。お前がそういうと相手は笑って、『冗談だ。5000ポイントで良いぞ。龍園には黙っておいてやるよ』ってな」

 

「そ、その位なら…払うと思います」

 

「ドア・イン・ザ・フェイス…ですか」

 

「ドアイン…?」

 

 

首を傾げる伊吹さんに、説明をする。

 

ドア・イン・ザ・フェイス。―――先に過大な要求をして、その後に簡単な要求をする。その落差や、後ろめたさ等によってその2度目の()()の要求を通すという交渉術だ。

小説で登場したテクニックを諳んじてみると、伊吹さんや金田君も頷いてくれる。

 

 

「な、なるほど…そ、それで俺はポイントを払っちまった訳なのか…」

 

「…あんたが単純なんでしょ」

 

「なんだと伊吹っ!」

 

「チッ…うるせえぞ、お前ら。…おい金田、後はお前が説明しろ」

 

 

うんうんと納得を見せる石崎君に、軽口を漏らす伊吹さん。それに話の腰を折られた龍園君は、金田君へとバトンタッチをします。メガネを直しながら頷いて、石崎君に話の続きを始めます。

 

 

「続きですが、石崎氏。ポイントを支払ってあなたはAクラスの生徒から参加表を取り戻しました。…ここまではいいですか?」

 

「お、おう…大丈夫だ」

 

「そして、無事に体育祭の当日。…なんと、僕たちCクラスは大敗しました」

 

「え!?なんでだ!?」

 

「敗因は、参加する競技のほぼ全てで自分たちよりもやや強い生徒が参加して、完封されたからです」

 

「ま、まさか…」

 

「そう、参加表の情報が、漏れていたんです」

 

 

実際に想像してしまったのか、顔色を悪くする石崎君。他人事ではないと思ってるのか、固い表情の伊吹さんといつも通りの山田君。

 

 

「当然、龍園氏は大激怒です」

 

「うぅ…」

 

「『一体だれが参加表を漏らしたんだ、絶対に犯人を見つけて制裁をする』…と。さて、石崎氏」

 

「ま、まだなんかあるのかよっ」

 

「内心、恐怖に怯えているあなたの前に先日のAクラスの生徒が現れます。…どうしますか?」

 

「ど、どうするって…そりゃ、俺達のクラスの参加表を使ったのかって、聞く…と思う」

 

「…っ」

 

 

ニヤニヤと嗤う龍園君に、この話の終わりを理解します。…やはりなんというか卑劣な。まるで、ヤクザのようなやり方です。

 

 

「はい、そうすると彼はこう続けます

 

『もちろん俺達は参加表を使った。()()()()()()()()()参加表を使って』―――と」

 

「なっ!なんだよ、そりゃ…!」

 

「彼は…そう、こう続けます。

『このことを龍園が知ったらお前はクラスの裏切り者になる。…バラされたくなければ』、」

 

「―――これからも()()()()しようぜ?…てな。ククク…!」

 

「………あっ」

 

 

最後に言葉を被せる様に、龍園君が口を開きます。少しして意味が分かったのか、思わずというように声を上げる伊吹さん。山田君もスラング…だと思います。なにか小声で呟いて、驚くようなジェスチャーをしていました。

 

そう、これは契約を…秘密を利用した脅迫だ。

 

 

今回のお姉様への交渉を今の例えに落とし込むと、こうなる。

 

 

まず、パターンA.

『撫子お姉様が素直に聞き入れて、参加表の事を教えてくれる』

=この場合は、そのまま情報を得られたので問題はない。…でも恐らく、こうはならない。

 

そして、パターンB.

『撫子お姉様が一部、お願いを聞き入れて情報を教えてくれる』

=この場合が、さっきのパターン。

 

情報を漏らしたという事実を盾に、これからも撫子お姉様を…()()()。秘密をバラされたくなければ、と。

 

 

「で、でも脅すんなら俺らは体育祭、奴らに勝たなきゃダメですよね!?」

 

「はい。…ですが、龍園氏の元で一本になっている僕らと、一之瀬氏の元で纏まるBクラス。向こうはAクラスが手強いでしょうが、バラバラのDクラスは更に3名の退学者を出したと聞きます。全体は兎も角、学年では白組の勝ちが濃厚でしょう」

 

「お、おぉ…それなら…!」

 

 

石崎君も改めて金田君に説明を受けて、理解に及んだのか首をぶんぶんと振っています。…しかし、私と致しましてはこんな作戦に協力する気は毛頭ありません。席を立つ私に、皆さんの視線が刺さります。

 

 

「龍園君。こんなことを聞いて、私が協力するとお思いですか?」

 

「不服か?ひより。…お前の役割は正直なにもない。ただ突っ立って、後は俺と伊吹が交渉する」

 

「………」

 

「それに、今回の作戦はある目的の為、必要な一手だ」

 

「目的?」

 

「これを見ろ。…他言したら、殺すぞ」

 

「…は、はい」「なんなのよ…」

 

「…?」

 

 

龍園君は何かの用紙を取り出して、机の上に広げます。皆様でのぞき込むと、それは先日の船上試験でも見た契約書のようで、その内容は以下の通りです。

 

 

―――

 

契約書

 

西園寺撫子(以下、乙)は以下の条件が満たされた場合、契約者①(以下、甲)または契約者②(以下、丙)の所属するクラスに移動する。

またその際に必要とするプライベートポイントは、移動先のクラスの甲、または丙が常に保持し、使用するものとする。

1.乙が所属するクラスが、クラスポイントにおいて甲、または丙よりも下回った時。

2.1を満たした時点で、甲または丙が個人でクラスの移動を行っていない。

 

・・

 

 

1-A 西園寺撫子

契約者①

1-B 一之瀬帆波            

契約者②

1-C 龍園翔            

 

―――

 

 

「クラス移動、契約…!?」

 

「ちょっと…これって…!」

 

 

契約書を読んだ金田君と、伊吹さんが驚きの視線を龍園君に向けます。…声を上げようとしていた石崎君は、山田君に口を塞がれていますね。

 

 

「フン…理解したか?」

 

「………まあ、なんとなくは。とりあえず、西園寺をCクラスに引き込むってこと?」

 

「あぁ。…奴の能力は、非常に高い。友好関係(パイプ)や生徒会役員って権力は、俺達CクラスがAクラスで卒業するのに必須な要素だ。…敵を牽制する意味でもな」

 

「大半はアンタのせいでしょ」

 

「ですが西園寺さんの学力は学年随一です。勉強会を開いていたとも聞きますし、僕たちCクラスの学力向上にも大いに役立つかと」

 

「ぷはっ。…そ、そうだよな!なんていうか、BBQの時も他の連中も満更じゃなかったし…」

 

 

皆さんの声を聴きながらも、私の視線は契約書にのみ向いています。………これは。

 

 

「龍園君」

 

「…なんだひより。お前が大好きな西園寺がウチのクラスに来る「契約書はこれ一枚ですか?」………」

 

「え?」

 

「椎名氏?」

 

「………」

 

そういうと途端に無言になる龍園君。二人で言葉なく見つめ合っていると、伊吹さんや金田君も同じように視線を向けます。そうして漸く、という風に舌打ちをして、龍園君は()()()()の契約書を取り出します。

 

―――

 

契約書-2

 

1.甲及び丙は乙の所属するクラスの生徒(以下、丁)へ特別試験を除き暴力・諜報活動・イジメ行為などの丁への不利益を理解した上での一切の行動・言動を禁じ、甲及び丙の所属するクラスの生徒へそれを遵守させなければならない。

2.本契約は乙の同意なしに丁へ漏らしてはならない。

3.甲、または丙、並びにそのクラスの生徒が1または2を破った場合、乙はそのクラスへの移動を拒否する事が出来る。

4.2回目以降、1または2の契約を破った場合、該当する契約者①、または契約者②の署名を行った生徒は自主退学する。

5.本契約は、乙が契約締結時のクラスから移動をするまで有効とする。

6.乙は本契約とクラスポイントの変動を除く理由で、自主的な個人でのクラス移動を行わない。

―――

 

 

「っ!やはり…!」

 

 

………思わず手に取った契約書に皺を作ってしまう。

覗き込んできた金田君や伊吹さんも顔色を変えて、契約書を凝視する。

 

 

「ククク、相変わらず撫子の事に関わると感が冴えるじゃねえか」

 

「契約者…これは」「……そういうこと」

 

「龍園君…あなたと言う人はっ」

 

 

不愉快な龍園君の声に思わず激昂しそうになりますが、横からの金田君の必死な声に頭が冷えます。

 

 

「待って下さい、椎名氏!…龍園氏、この、一枚目の第2項…それに契約者の欄。これは…」

 

「目敏いな、金田。…お前の予想通りだぜ?」

 

「…!で、では…契約を…2()()破ったら、………()()()も?」

 

「ああ、()()()()()退()()()()()()()

 

「…はぁ!?」「え!」

 

 

驚く伊吹さんと石崎君の声に、再び契約書に目を走らせます。

…、……、………!これは…。

 

 

「ちょっと、どういうことなの龍園…!」

 

「ぎゃあぎゃあ喚くなよ、伊吹。文句は()()()()()()。クク…」

 

「椎名に、…ですか…?」

 

「………はい、伊吹氏、石崎氏。…この契約は、徹底して隠蔽する事が第一義。もし暴力沙汰や、この契約がバレてしまったら、西園寺氏はこちらのクラスへの移籍を拒否することが出来ます」

 

「で、でもそれは…二回やったら、それで退学するのは契約した龍園だけじゃないの?」

 

「いえ。…それを許すと、秘密を知った龍園氏や一之瀬氏をよく思わない方があえて契約違反を犯して、」

 

「…契約をした生徒の退学を誘発できます」

 

 

どうせ、それを防ぐ為の2つ目のルール。そして最後には単独でのクラス移動を防ぐ文言まで盛り込まれている…!

この契約、Bクラスの一之瀬さんまで…!?なんということでしょう。―――おそらく、この契約はお姉様が自らのクラスの方々を護る為に…!

※5点

 

 

「ククク…」

 

「…ちょっとついていけないんだけど。それで、なんで私達も退学になるの」

 

「………」

 

 

その後、眼鏡の位置を直した金田君が解説をします。…すなわち、契約の()について。

 

この契約、端的に言うとクラスでAクラスを上回ると撫子お姉様がクラス移動をしてくれるのがこちら側のメリット。

そしてB・Cクラスからの盤外戦を防げるのがAクラスの…いいえ、契約を内密にしている以上、撫子お姉様のメリットです。

 

最後に、契約違反を防ぐ為のペナルティ。…権利の喪失と、自主退学。

 

権利喪失はそのまま、お姉様は契約を破ったクラスに行かなくてもいい。自主退学は、一見すると退学になるのは龍園君か一之瀬さんだけ。…ですが、一枚目の2項と、契約者の記入の空欄。

金田君からも説明が為され、皆さん違いはあれど理解の色を示します。

 

 

「―――と言う訳です。そして、クラス移動用ポイントは契約者が保持するという文言。…退学を許すということは、2000万ポイントごとクラスから損失を出すということです」

 

「…はぁ。…面倒ね」

 

「けれど一定数、クラス内でこの契約を知る人は必要です。…Bクラスなら、全員に周知しても良いのでしょうが」

 

「クク、俺らCクラスじゃあ、そうはいかねえよなぁ?」

 

「………」

 

 

そう、私達のCクラスは龍園君の独裁体制。成功している内は良くても、失敗すればその体制は瓦解する。常に裏切り者を警戒する以上、この密約を知ったら一蓮托生にするしかない。

 

 

「そ、そうか。…あ、だから契約者のところにこんなに空欄が多いんですね」

 

「そうだ。…別にお前らに裏切る気が無ければ書けるよなぁ?おい…」

 

「も、もちろんです!」

 

 

凄んだ龍園君に、慌ててサインをする石崎君や金田君。ため息を吐きながらサインをする伊吹さん。

私も、回って来たペンを受け取ります。ですが…。

 

 

「………」

 

「なんだひより。お前は反対なのか?」

 

「…」

 

 

本当なら、こんな契約結びたくなんてない。でも、

 

 

「ククク、…ま、分かってんだろ?この契約の―――」

 

「分かってますっ…!!」

 

 

乱暴に名前を書き記す。…そう、この契約には正味()()()()()()()()のです。

今までのような龍園君の命令で、私達がAクラスへのちょっかいをする必要がなくなる。その上、クラスが上回ればお姉様がクラスに来てくれる。

ひとつだけ、この胸に刺さったトゲがあるとすれば、それは―――。

 

 

「(お姉様に、嘘をつく事に―――)」

 

「…よし、これで契約完了だ。…おい、放課後には動くぞ」

 

「「はい!」」

 

「…はいはい」

 

「Yes Boss!」

 

「この場に居るお前らは、Aクラスにちょっかい出す奴が居たら遠慮はいらねえ。実力行使で止めろ。俺の名前を出して良い。とは―――」

 

 

ああ、お姉様。お許しください。

…もしも、私たちのクラスに来てくれたその時は…私が―――

 

 

 

―――――――――

※特別棟裏の後、Cクラスの反応。

 

龍園「(コイツマジか…)」

 

伊吹「は…!?え、強っ…」

 

ひより「お姉様お姉様お姉様…」

 

石崎「( ゚д゚)…」

 

山田「………Japanese "Ninja"…?」

 

金田「何故、龍園氏に汚れが…?交渉が荒れたのですか?え?負けた?は…!?」

 

 




読了、ありがとうございます。
さて、ここまで長かったですがこれで撫子がクラス移行するフラグ建設は済みましたね。
…もう、いつこの契約を漏らしてAクラスとか曇らせようか楽しみで仕方ありません。
しかし今すぐではないので、皆様はいましばし展開をお楽しみにお過ごしください。

続きは今3割くらいです。最近は、面白いよう実作品が多々生まれていて嬉しいです。
最新刊、10/25が待ち遠しいですね。

それではまた、お待ちくださいませ。


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⑤:勝敗は、戦う前に決まっている。

お待たせ致しました。
今回で準備は終わり。次回から体育祭が開催となります。
皆様の好きなキャラクターや活躍が書ければ嬉しいです。

その為の繋ぎ回のような今回ですが、よろしくお願いいたします。
では、お楽しみ下さい。


―――――――――

 

「位置について…よーい、スタート!」

 

「「「「うぉぉっ!!!」」」」

 

「いけー!田中ァ!」

 

「頑張って!杉谷君~!」

 

 

グラウンドで、ジャージや体操着の動きやすい姿で走る生徒達の姿が見られるようになってはや数週間。今日も元気な生徒達の掛け声や、声援、黄色い声が飛び交いまるで小規模な体育祭のリハーサルのようにも見える。

 

自主性に任せているとはいえ、監督する担任教師達は一応いる。ただ、その教師は1人ではなく、4()()()()。…それも、1学年の全教師がだ。

 

 

「いやはや、今年の1年生は」

 

「ええ、例年とは違いますね。これもきっと…」

 

「西園寺撫子…ですか?真嶋先生」

 

「ふっ…どうでしょうね」

 

 

腹を探るものや、誤魔化すもの、揶揄するもの様々だが、実際の所は確信している。…なにせ各々に個別に感謝や謝罪を示してきたのは本人なのだから。

 

 

『―――という訳なのですが、申し訳ございません。1学年の授業の時間を変更したいのですが何ポイント必要になりますでしょうか?…え?そんな、こちらが無理を言っているのですからそのような事…。よろしいのですか?ありがとうございますっ…!!』

 

「(………相変わらず、素直というか、…いや、その割にはいつも大胆な行動をする奴だ)」

 

 

特に最初に相談を持ち掛けられた真嶋は、最初こそなにを言っているのかと思うと聞いていく内に納得をするばかりだった。

 

 

「まさか…1()()()()()()合同練習をするとは。…今までにありましたか?坂上先生」

 

「私の知る限り…無いですね」

 

 

そう、撫子が提案をしたのは1年の授業枠(コマ)を被らせて一緒に練習をしたいというものだった。詳しく聞くと、一緒に練習をして切磋琢磨し、ゆくゆくは参加する競技の順番を同じ組だけでなく、学年で協議したいらしい。

同じクラスの坂柳や葛城の了解も得ているらしく、その作戦の全貌は見えないが頭ごなしに否定も出来ない。

…そして、その作戦に興味を持った真嶋は動いた。同僚たちも驚きはしたものの、クラスの合意があれば可能と返す。

…事前に根回しまで済んでいたと気付いたのは、帰りのHRで可否を問うと過半数が同意してからだった。

 

 

「ちょっと~騎馬の組み方ってこれであってるの?」

 

「ねえ、玉入れの道具借りて来たけど、カゴってどうするのー?運べないって、あれ」

 

「バスケのゴールで試せばいいんじゃないか?」

 

「二人三脚、レース始めるよー!」

 

 

その後もクラスの垣根を越えて、用具を運んだり共に練習に励む教え子たちの姿を見守る教師たち。一時とはいえ、学校のクラス間の対立をも忘れさせる一幕に、大人たちは眩しげに目を眩ませるのだった。

 

 

・◇・

 

 

一方、その光景を更に遠くで見ることの出来る一室―――1-Aの教室に、彼ら彼女らの姿は有った。

 

 

「なら、こっちは石崎を出す。そっちは…」

 

「ああ、弥彦…戸塚を出場させよう」

 

「なら、男子の第4走者の枠はこれで決まりで良いかな?」

 

「うん、次は女子だね」

 

 

それぞれがクラスの代表生徒たち。龍園、葛城、平田、一之瀬。それぞれがクラスのリーター格が、生徒の名簿や資料を目の前に広げながら、議論を重ねていく。

 

 

「…この、障害物競走…直対希望は何組ある?」

 

「こちらは2組ですね」

 

「わたしたちのクラスは…うん、希望者なしみたい」

 

「なら多いクラスに合わせりゃいいだろ?」

 

 

リーダー達に隣り合うように、それぞれの参謀としてか、神崎、金田、櫛田、()()の姿があった。

 

そう、この場に募った生徒達が決めていたのは体育祭の参加順だ。体育祭の準備時間、練習やトレーニングに使うことは勿論、戦略面での計画や相談をすることを認められている。

 

この場に各クラスの要人が集まり、()()()()()になった原因は、Aクラスの撫子にあった。

 

 

『今回の体育祭、皆様が充実した結果を得る為に協力して頂けませんか?』

 

 

…こんなメールが届いた次の日には、撫子は各クラスに説明と説得に赴いた。撫子は理由こそ明かさなかったものの、あらゆる利点(メリット)を提示した。

対戦相手が明確になることの安心感。注力する競技へ練習が全体で練習できる事など、まるで不安を感じさせない口調で彼女は全てのクラスの合意させた。

 

ちなみに以下、各クラスの()()生徒の反応である。

 

 

Aクラス:承諾(?)

 

S.A「なるほど…そういうことですか…!」

※深読み

K.K「なるほどな…?」

※額面通り捉えた

 

Bクラス:快諾

 

I.H「うん、良いよ~」

※即答

K.R「(…本当に良いのか…?だが、メリットはある、か…)」

 

Cクラス:黒幕(笑)

 

R.K「…(どうしてこうなった…)」

※原因

I.M「望むところ…!」

 

Dクラス:多数決(強制)で賛成多数

 

H.Y「えっと…皆の意見を聞いてからでいいかな?」

※気付いてない

K.K「(………あっ、これって契約書あるから…)」

※気付いた

 

 

 

※この後、めちゃめちゃ会議をした!

(一部を除き)全員が納得して、会議は無事終了した!!

 

 

・◇・

 

 

「~♪」

 

 

その日、撫子は機嫌が良かった。

 

Cクラスの友人、龍園翔からの相談―――彼が直接口にしたわけではないが―――を、上首尾に終えることが出来たからだ。

※撫子視点

 

彼の相談であった『希望する相手の参加表の順番を教えて欲しい』という希望を、他クラス()()に協力して貰い叶えることが出来た。

撫子は各クラスの説得を終えると、直ぐに担任の真嶋に相談。その時点で、クラスの同意があればという言質を得た撫子は勝利を確信して龍園へと連絡をした。

 

 

「―――という訳ですので、きっと龍園君の希望に沿う結果になると思いますっ」

 

「………………(どうしてこうなった)」

 

「?あの、龍園君?聞こえていますか?」

 

「………あ、あぁ………聞こえている」

 

 

その後、龍園は空返事ながらも「時間前には居て、皆様とけんかやわるくちを言わない様に」「練習時間も勿体ないので、人数は各クラス2人ずつで」との撫子に「分かった分かった」と空返事をし、側近の金田にその旨をメールで送った。―――Cクラスの王は、動揺してもやることを忘れないのだ。

 

 

・◇・

 

 

「………」チラッ

 

「……ゴクリ

 

 

学校の更衣室、その日はクラス合同での練習の為に生徒達が着替えていた。…ただ、普段とは違うことはいつもとは違うクラス同士が一堂に会していたこと。

そして、この合同練習の発起人()である撫子が着替えていたことだ。

 

「(大きい…)」

 

「(本当に同い年なの…?)」

 

「「(勝てるわけがない…!)」」

 

「………?」

 

 

何故か普段よりも静かな様子に、不思議に思い首を傾げる撫子。視線を巡らせるも、誰も眼を合わせない。気を取り直して、はだけたままだった制服を脱ぐ。

ネクタイ、スカート、ワイシャツ。1枚、また1枚と素肌が覗かせる度に周囲からの熱視線が向き、生唾やため息の声が更衣室に零れる。

 

そして薄水色の下着姿になった撫子は、ためらいなく()()()()()()も外す。

 

 

「えっ…!?」

 

「きゃっ…!」

 

 

はらりと、その豊満な胸を支えていた肩ひもがずらされた。更衣室に短い悲鳴が上がり、流石に撫子も周囲に声をかける。

 

 

「…?皆様?あの…?」

 

「な、あ、え?…え?西園寺さん?」

 

「はい、どうしましたか…?」

 

「あ、あっ…えっと…」

 

「…??」

 

 

パクパクと口を開けたり閉じたりする他クラスの女子。撫子はその様子に首を傾げるも、周りはそれどころではない。

 

濡れ羽色の長髪、シミひとつない肌に、豊満な胸。それも、隠すものなく乳房の朱色までも恥ずかしげもなく曝け出している。同性であっても性を感じるありのままの姿に、更衣室の空気はますます熱を上げていく。

一方、撫子は周囲の視線に気が付いてはいる。だがその理由が分からずにいた。思わず、という風に身を捩り、体を舞わせるように全身を検める。なにかの痕が?…ない。服装に不備が?…でも、今は何も着ていない。…もちろん、見せつける様に揺れる胸部も、薄布に守られた臀部にも視線は変わらず集中している。

 

内心不安になりながらも、最後に身に着けている下着の()()に手をかける撫子。

 

「ひゅっ」と息を呑む周囲。

※しかし誰も止めない。

 

そして、まるでストリップのようにゆっくりと最後の1枚を脱ぎ、生まれたままの姿になる撫子。

丁寧に整えられたアンダーヘアーも、秘部も惜しげもなく見せつける。その体は、(この場の誰も知る由は無いが)経産婦などと思えない神聖さと妖艶さを両立していた。

 

 

「あっ…あ…あっ…!!」「ひぅ…!!」

 

「あの…、もし?」

 

「は、はいっ!」

 

「どこか可笑しいですか?」

 

「え!?…え、えっと」

 

「…?………触りますか?」

 

「え!?い、いいの!?」

 

「??…はい、どうぞ」

 

 

手を後ろに回し、胸を強調するようにすこし前屈みになる撫子。息を呑む女子生徒。見守る周囲。

そうして、おそるおそるという風に手を伸ばし、その手から零れ落ちる大きさに慄きながら、しっかりとその五指を胸に吸い込ませた。

 

 

「はぁっ…はぁっ…!」

 

「ひゃんっ…!…ぁっ…」

 

 

正面からゆっくりと、下からすくい上げる様に、むにゅり、むにゅりとまるで擬音が聞こえるかの様に胸を堪能していく。対する撫子は、直に触られた経験(こと)が入学してから増えたものの敏感なのは生まれつき。

なんとか零れそうになる喘ぎ声を、切なそうな顔で堪えている。

 

 

「(すごい…柔らかくて、指に吸い付いて…)」

 

「んぅ…あ、はっ、はっ…!」

 

「(弾力もあって…、揉めば揉むだけ指を押し返してくる…)」

 

「やっ…あの、ん!…少し、強、んん、…あぁ…!」

 

「(あっ…ここ、硬くなってる。…ここも、触りたい…舐めたい…)」

 

「ちょ、いい加減にしな!」

 

 

その後、何を思ったのか()()()()()()女子生徒を周囲が慌てて止めて撫子は解放された。くたりと身を崩し、更衣室の休憩用の椅子に腰を下ろす。

少しだけ乱れた息、上下に揺れる乳房。乱れた前髪の隙間から覗く眼には、情欲に耐える艶やかさが宿っていた。

 

周囲からの、ゴクリと生唾を呑む音。皆、自ずと目を合わせて理解する。

同じことをしようとしているのだと。

 

 

「…ね、ねえ…西園寺、さん」

 

「はぁ……、はぁっ、…な…なんでしょうか?」

 

「その、私も…良い?」「わ、私も…!」「アタシも!!」

 

 

血走った目で、撫子の肩や腕に手をかける周囲の女子生徒たち。…本人たちにそのつもりはないのだろうが、傍から見たら強引に関係を迫るように見えなくもない。

首筋に汗が滴るのを感じながら、撫子は内心なにを思ったのか、どう感じたのか。しかし、その全てを飲み込んで、ニコリと微笑むと手を握る相手の手を、自分の胸に引いて重ねる。

 

 

「ふぁ…!」

 

「どうぞ?…優しくして下さいね?」

 

「は、はい…!」

 

 

ガバリと、膝を地につけて膝立ちになる生徒。見上げるような姿勢で撫子の胸に両手を伸ばし、ゆっくりとその手で乳房の形をかえていく。

 

 

「あんっ…!!」

 

「ね、ねえ…早く…」「次、次アタシだからっ…!」「順番よ!!」

 

 

※この後、めちゃめちゃ体を触られた!!

不思議に思った神室真澄(クラスメイト)が迎えに来るまで、為すがままにされた!!

 

 

―――――――――

※その日の練習後

 

 

「…あ、真澄さん。先ほどはありがとうございました」

 

「ん。…てか、どういう状況だったのよ?」

 

「ええと、何故か着替えで服を脱いだら皆様が…その」

 

「脱いでたら…なに?」

 

「…胸を、ジッと見ていたので…触りたいのかな?と」

 

「はぁ(…そういうこと)」

 

「その後は、皆様も触りたい様子でしたので、ええと…」

 

「全く…もうやらせないでよ?(めっちゃ色っぽかったし、ガチっぽい奴らも多かったような…)」

 

「はい…授業に遅れて申し訳ございません」シュン…

 

「………そもそも、なんで何も着てなかったの?」

 

「それは…最近、すぽーつ用の下着を購入したんです。それに着替えようとして、それで…」

 

「あぁ。…そんだけ大きいと、揺れるそうだしね」

 

「はい…少し苦しいですが、動きやすいので運動の前には着ることにしたんです」

 

「………」チラッ

 

「………」

 

「………………」

 

「………………触ります?」

 

「…、………………また今度ね」

 

「…!はいっ、優しくしてくださいね?」

 

「…それ、他の奴に言うんじゃないわよ?」

 

「…?はい、かしこまりました」

 

「…無防備すぎるのよ」ボソッ

 

 

 

――――――〇――――――

※その日の夜

 

 

「な~で~こ~?」

 

「ほ、帆波…?どうし、きゃっ」

 

「聞いたよ!みんなにおっぱい触らせたって!!」

 

やん、だ、駄目、あうっ…

 

「こんなっ…!こんな顔を皆に見せて…!ダメなのはどっちなのっ!」

 

「で、でも皆さんが…」

 

「言い訳無用!お仕置き…なんだから…」

 

「あぅ…」

 

「今日は…撫子が誰のものだったか、分からせるんだからっ…!」

 

「や、優しくしてくだ―――あんっ…!」

 

 

※この後、めちゃめちゃ(風呂場で)分からされた!

撫子の(同性への)警戒度が10上がった!

 

 

 




読了ありがとうございました。
次回は明日の7時に更新予定です。

また明日は最新刊の販売日ですね。
一体、試験はどんな結末を見せるのか。今からとても楽しみです。


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⑥:バタフライ・エフェクト

お待たせしました、
ついに体育祭が始まります。

恐らく皆様のお気付きのイベントも出来る筈…!

そしてタイトルの意味は…直ぐには分からないかなと思います。
それでは、お楽しみください。


Side.撫子

 

 

学年合同で練習を始めたあの日から、早数週間。皆様に胸を触られたり、帆波にお仕置き?をされてから気が付けば体育祭の当日です。

 

私の参加する推薦競技は、男女混合二人三脚と借り物競争です。借り物競争だけは、運の要素が絡むためくじ引きで参加者を募り、私にも参加の権利が得られました。

 

私自身、本番に備えて皆様との練習を熟しておりました。玉入れでの役割分担や、男女合同での二人三脚の練習などクラス内でも必須となる協力には殊更に力を注ぎました。

…何故か、一緒に走る事となった方はボロボロでしたが、本人は「気にしないで欲しい」と言っていたので頷きました。どうしたのでしょう…??

 

最初の競技は100m走。女子で三番目の走者としての結果は、なんとカメラ判定待ち。他のクラスの走者には陸上部の方もいて、接戦でした。

 

競技の進行を優先する為に待機場所で同レースの方々と待っていると、判定をした先生が判定写真を見せてくれます。皆様でそれを覗き込むと、安堵からか一息つきます。

 

 

「カメラ判定の結果、西園寺が僅差で一着だった」

 

「あっ…(胸が…)」

 

「あー…(おっぱいの差か…)」

 

「ふぅ…ありがとうございました」

 

「はい…(…胸)」

 

 

カメラ判定での紙一重の勝利でしたが、先に到着した皆様と喜びを分かち合います。

 

 

「撫子さん、早かったね!」「1着?2着?」

 

「1着でした。皆様もご健闘、お疲れ様です」

 

「撫子もね」

 

 

競技が終わった私達は原則、これから参加する方々の応援を推奨されています。皆様と一緒に声を上げて、クラスメイトやDクラスの方々を応援している。

応援や歓声、悔しがる声や気炎を吐く様子に、ちょっと場違いな心地よさというか、楽しさを感じています。皆様と一緒に競技に挑み、一喜一憂する。…不謹慎ですが、皆様と目標を共有して、競い合う。今まで得る事の無かった充実感が私の心を満たしています。

 

 

「―――皆様、頑張って下さいっ!!」

 

 

少しだけ、はしたないと思いつつも大きな声を出す。周囲の驚いたような顔。…少しだけ気恥ずかしく思うも、私は赤組の応援を続けるのでした。

 

最終スコアは赤組2011点、白組1899点。僅差ながら、赤組が勝っている形で第一競技は幕を下ろしました。

 

 

・◇・

 

 

その後、ハードル走や玉入れ、綱引きもなんとか好成績や勝利を飾ることが出来ました。半面、男子側の綱引きは龍園君の奇策でしてやられた形。一斉に手を放す作戦に皆様、万全に力を振るえず残念ですが負けてしまいました。

 

私は協議の合間に、見学用のテントの有栖の所へ向かっています。レース前にこちらを見ていた彼女が手を振ってくれたので、そのお礼に。

勝手な振る舞いを皆様に内心で詫び、テントの有栖…と、六助君?いったいどうしてでしょう。外傷のようなものは無い様子ですが。…??

 

 

「ごきげんよう、有栖。…それに六助君?ええと、お疲れ様です」

 

「ふふっ、撫子さんこそ、お疲れ様です。…今の所、個人種目は全て1位。流石ですね」

 

「おや、それは見事なことじゃないか撫子嬢。私も同じ赤組の生徒として誇らしく思うとも」

 

 

ちょこんと座って見学の姿勢を取っている有栖と、ベンチをギシリと軋ませて足を組みかえる六助君。どうやら気分が優れず、ここで休んでいるそうです。

彼の姿が見えなかった理由に納得と、その実力を知っているからこその少しの落胆を感じてしまう。出来るだけ顔には出さない様にしていたつもりでしたが、六助君には見抜かれてしまったようです。

わざとらしく肩をすくめたポーズの後、立ち上がりこちらに近づいてきます。

 

 

「そんな顔をしないでくれたまえよ、撫子嬢」

 

「その…申し訳ございません。そんなつもりは無かったのですが…」

 

「ではどんなつもりか言ってみたまえ。…私と君の仲じゃあないか」

 

「………」

 

 

そう言われて沈黙を返すのは、逆に失礼に当たってしまうかもしれません。私はぽつりぽつりと言葉を零します。彼の力が得られないことを残念に思う事、彼の活躍を楽しみにしていた事、せっかく一緒の赤組になったのに、声援をかけることも、かけられることも出来ない寂しさ…。

…言ってから気が付く。とても赤裸な訴えに、テント内の視線を集めてしまっている。慌てて六助君に断りを入れようとすると、彼がくつくつと笑いを漏らします。

 

 

 

「―――フッ、フフ…なら仕方ない。撫子嬢」

 

「は、はい」

 

「元より我がDクラスは3名の退学者(ドロップアウトボーイ)が出ている。その分の参加枠が減っているが…もう少し休んだ後、それ以外の種目には参加しようじゃあないか」

 

「よろしいのですか…?」

 

「なに、旧友の頼みだ。それに―――高円寺家の男子たるもの、女性の期待には応えねばなるまいよ」

 

 

悪戯に「違うかね?」とウインクをしてくる六助君にお礼を言って、本来の目的である有栖にも応援してくれていたことに感謝を伝えようとすると………。

 

 

「(高円寺君と旧知の仲?…私と彼のような?…いいえ、もっと親交がある様な言い方です。それをこの場で、他のクラスや学年の生徒も居るような場所で明かす理由は?そもそも何故、撫子さんがここに来た?…ハッ!まさか、明かす事が目的なのですか?高円寺六助の破天荒な振る舞いに実家が資産家である背景は学年を問わず噂として広まっている。そんな彼との関係を明け透けにしてこれからの戦略の一手としてアピールしているのでしょうか?…半々ですね。虚をつくのならギリギリまで隠しておくべきカードの筈。ですが、彼の自由人としてのキャラクターが判断にノイズを生じさせます。偶然、テントに居たからこの機会を生かしたのかもしれません。もしくは―――)」

 

「有栖…?もし?」

 

「(―――少々不味いですね。この体育祭は実質、特別試験といっても過言ではありません。それに恐らく撫子さんも把握しているでしょうがこれは1年生へ"今後は学年を超えた協力が勝敗に関係するぞ"という学校側からのメッセージでもある筈。既に特別試験が3つ行われようとしているのに、坂柳陣営(わたしたち)は大きな戦果や結果を残せていません。他クラスへの工作も、()()()()()()である全クラスの参加表の共有によって上手く機能しないでしょう。…やはり彼との接触は予定通り行いましょう。その上で今はクラスの掌握の為に―――)」

 

 

なにか考え事でしょうか?俯き加減に何か呟いていて、返事がありません。

 

 

【―――次の競技の開始は5分後です。参加生徒は所定の待機地点まで集合して下さい、繰り返します―――】

 

「あ…」

 

「…ふむ、行きたまえ撫子嬢。リトルガールには私から言っておこう」

 

「そう、ですね…?六助君、お願いします」

 

「任せておきたまえ。…私の活躍の時には、盛大な声援を期待しているよ?」

 

「ふふっ、ええ、任せて下さい」

 

 

そういってテントを出て、Aクラスの元へ向かう。…次の種目は棒倒しの筈。男子の皆様を応援しないと。

 

※この後、めちゃめちゃ応援しました。

皆様、大きな掛け声と共に競技に挑んでいました。

 

―――――――――〇―――――――――

Side.綾小路

 

 

体育祭が始まった。俺達は1-Aと一緒の赤組でB.Cクラスの白組と得点を競うことになる。

最初こそ徒競走では須藤や平田、明人など運動部の連中の活躍が光ったがそれ以外は()()5位か6位

前後。今回の参加表の順番は4クラス合同で決めたそうだが、俺が櫛田や平田にアドバイスをしたのは2つ。…いや、3つか。

 

・個人戦では勝つ生徒と負ける生徒をしっかり決めること。

・Cクラス相手の場合を除いて実力の拮抗する組み合わせの場合は出来るだけ対決を避けること。

 

平たく言えば、この体育祭は如何にダメージを抑えるかに主目的を置くべきだ。運動能力が高いが学力が低い須藤は基本、全勝を目指せる組み合わせに入れたい。

なんなら、他のクラスが()()()を選択するなら受け入れる。逆に、運動が不得意で学力が高い啓誠や女子の王は強い選手相手に消化出来れば最も()()()()()

 

だがそうすると、今度は学年合同の赤組としては兎も角1年のDクラスとしては惨敗する可能性がある。

それを防ぐ為に、一つ上のCクラスを相手として設定する。理想は実力の中層の生徒がCクラスよりも勝っていることだが、厳しいだろうな。どのクラスにも当然、運動も勉強もそこそこの生徒が居る。

 

だからこそ、3つ目の助言。それは―――

 

 

「…南は4位か。本堂も4位だったな」

 

「うん、女子は今の所、井の頭さんが6位、篠原さんは4位だった。…この調子なら」

 

「今のところは、貴方の思惑通りかしら?」

 

「決めたのは平田や櫛田だろ?…俺はアドバイスをしただけだ」

 

「アドバイス、ね…」

 

 

自分のレースが終わり、ジト目でこちらを見る堀北に特に返す言葉はない。確かに現状は理想的な滑り出しだが、まだ序盤。勝負は何が起こるか分からない。

次のレースでは佐倉がフォームを崩しながらも快走し、Cクラスの生徒よりも早くゴールし4()()。つまり最下位ではなく結果を残している。

 

逆に先の2人や、西村、石倉などは文句なく最下位(8位)だ。

 

―――今回の副目的は、C()()()()()()()()

出場の順番などもそれを意識して組んでいる。これならAクラスとの協力契約も満たして、かつCクラスには要所の所で負けない中堅層~実力者を宛がう。

 

最後のレースでも、皆から応援や歓声を受けた櫛田が1位でゴールした。俺達は()()()スコアの上では負けていても、着実にC()()()()()追い詰めていくのだった。

 

 

・◇・

 

 

問題が起きたのは障害物競争、女子の部。

堀北が並走していたCクラスの女子と接触して倒れ込んだのだ。その後Cクラス側、陸上部の木下がリタイア。堀北はこれまでの好成績から今回は7位と大きく順位を落とした。

 

…まさか。俺は予感をそのままにせず、Dクラスのテントにいつもの仏頂面で戻って来た堀北の手を取る。振り払おうと文句を言って来るが、その手を放さずに救護のテントに向けて堀北を連れ出す。みんながざわつく中、須藤が声をかけてついて来る。

 

 

「っ、ちょっと、なんのつもり…!」

 

「おい、綾小路っ!」

 

「足、痛めただろ」

 

 

歩みを止めずに堀北に指摘する。普段よりも歩くときに片足を庇っていた。そう続けると須藤も心配そうな目を堀北に向ける。

 

 

「…ホントなのか、堀北」

 

「まだ競技は前半だ。お前のリタイアは厳しいが…」

 

「っ!大したことは無いわ…競技に影響は、きゃっ」

 

 

意地を張ろうとした堀北は、再び手を振り払おうとする。面倒に感じた俺は、手を引かれる瞬間に離す。

バランスを崩し、倒れそうになった堀北の足に負荷を掛けない様に抱き抱える。

 

 

「ジッとしてろ。…これは事故じゃなく、故意の可能性がある。黙って治療を受けろ。必要な事だ

 

「は、、な…!!」

 

「須藤、先に行ってアイシングの用意をして貰って来てくれ」

 

「お、おうっ!」

 

 

耳元で堀北にそう話すと、大人しくなった。須藤も非常時だと判ったのか猛スピードで先行してくれた。

俺も堀北が怪我をしている、自力歩行が出来ない点をアピールする為に出来るだけゆっくりとテントに向かう。丁度、レースが終わった女子ともすれ違ったので周囲に聞こえる程度の声で事情を話す。堀北も落ち着いたのか、痛みに耐えているように黙って俯いている。この様子なら、周囲には被害者らしく見えるだろう。

 

十分に注目を集めていると、(何故か堀北だけでなく俺の顔もチラチラ見ていたが)救護テントから須藤が手を振ってアイシングの袋を準備させているのが見える。俺はDクラスの男子たちに事情を説明して置いて欲しいと伝えて、堀北をテントへと運んだのだった。

 

その後、堀北の患部を冷やしていると堀北が小声で「見られた…皆に…に、兄さんも…」と何かぼそぼそと呟いていたり、

何故かやる気を出していた高円寺が競技に出ると言い出して須藤とひと悶着あったりしたが…。前途多難だな。

 

 

…それにしても、Aクラスの坂柳だったか?何故、こちらを凝視して来たんだ?堀北の知り合いなのか?

 

 

 

――――――――――――

・100m走、並びにハードル走の某クラスのテント

 

 

「はっ、はっ、はっ…!!」

※某クラスメイト、競技中の一コマ。

 

ワーワー!!

 

キャーオネエサマー!!

 

 

「………(ごくり)」

 

「………おぉ…」

 

「………揺れたな」

 

「…あぁ、揺れた」

 

「…凄いな」

 

「あぁ、凄い…」

 

 

※この後めちゃめちゃ女子から冷たい目で見られた

 

――――――――――――

※女子、弾入れの某クラスのテント

 

 

「えいっ、やぁっ…!」ピョン、ピョン

※某クラスメイト、競技中の一コマ。

 

キャーキャー!!

ワーワー!!

 

 

「「「…」」」

 

「…お、俺、ちょっと…ストレッチしてる!」

 

「俺も付き合うぞ」

 

「俺も」「おい、鼻血出てるぞお前…」

 

 

※この後、戻って来た女子たちに変な目を向けられた。

 




読了、ありがとうございました。

本日、朝一で私も最新刊買ってきます。
感想やご意見など、Xでも構いませんのでどうぞ。


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⑦:共有者、狂信者、騎士。

連投、第三弾です。

よう実最新刊を楽しみにしてる方も、もう読んで余韻に浸っている方も、
本作を楽しんでいただければ誰でも大歓迎です。

それでは、どうぞ!!


Side.櫛田 桔梗

 

 

初めての体育祭、種目の結果は2~3位くらいでいい成績かな?帰って来たみんなを褒めたり慰めたり、タオルを渡したり。そうして羨望や尊敬、好意の視線を向けられる度に私の中の心は満たされていく。

 

 

「みんな、お疲れ様っ!頑張ってたね!」

 

「櫛田ちゃん」「櫛田さん」「桔梗ちゃんっ」

 

 

今の種目は二人三脚。私は堀北と一緒に出場の予定だったけど、アイツがなんか転んで救護テント治療中らしくって参加できず留守番をしていた。

ため息をつきそうになるけど、こんな事で笑顔は曇らせない。私を見ているのはクラスメイトだけじゃない。他のクラスの()()()にもエールや笑顔で手を振ってあげる。この積み重ねが、皆の櫛田桔梗ちゃんを作っていくんだからっ。

 

 

『ごめんね?私も皆の力に成りたかったけど…』

 

『いや、あれは櫛田さんのせいじゃないって!』

 

『そうそう!運が悪かっただけよ!』

 

『みんな…!』

 

 

…堀北が怪我をしたのはいい気味だと思ったけど、(もちろん、心配そうな顔はした)その後に綾小路君がお姫様抱っこをしてやテントまで運んで行った。

話題や注目は、アイツらに持ってかれて良い気はしない。こっちにまで「あの二人は付き合ってるのか?」なんて聞いてくるのも出て来る始末。…知るか、そんなこと。多分ないでしょ。

 

そして、次の種目の騎馬戦。ここでも堀北は戻って来れず、騎馬は1騎少ない状態で赤組と白組の勝負はスタートする。…平田君がわざわざ頭を下げて不参加を詫びて来たから、表立って非難する人はいなかったけど、絶対に内心で良く思ってない筈。私と同じように。

でもその後に聞いた原因…なんでも、堀北さんが転倒したのはCクラスの作戦かもって話だった。二人三脚はともかく、この騎馬戦でもCクラスとの接触には気を付けないとっ。

 

小野寺さん…体育祭における、女子で運動が強い彼女の提案で女子の騎馬はお互いを守り合うように固まって動く事にした。

彼女の騎馬が遊撃、それを中心に他の3騎が囲って近づいてきた騎馬に数の不利を取らせない様にする…とのこと。

 

 

『――――では騎馬戦 1年生女子 用意―――、スタート!!』

 

 

「じゃあ皆、行くよっ!」

 

「うんっ」「ええ!」「行こう!!」

 

 

 

開始の合図を聞いて、私達の騎馬は固まり出す。白組はBクラスが固まってて、Cクラスは個々に向かって来るみたい。…行く先は、Aクラスの方。Aクラスの方も、Cクラスの騎馬へと向かって行った。

 

騎馬戦は合同練習でも騎馬の組んだり、ちょっと走ったりと怪我のない範囲でしかやってない。でも実際、運動部が多いCクラスとかBクラスの方が強いのは間違いない。どうなるのか、固唾を呑んでを見ていると勝敗は一瞬だった。

 

 

「やぁっ…!」

 

「えっ…?」

 

「嘘っ!?」

 

 

Aクラスの先頭の騎馬、その騎手が手を伸ばしたと思ったら一瞬で2つの騎馬からハチマキを取っていた。…え?マジで?

 

 

「すご…アレって、生徒会の西園寺さん?」

 

「う、うん。…撫子ちゃん、凄いね」

 

 

歓声や悲鳴、驚愕や応援が響く中、劣勢のCクラスを庇うようにBクラスも前に出て、Aクラスも同じように前に進んでいく。

私達も小野寺さんの指揮で白組を挟み撃ちにするように大きく旋回する。途中で気が付いたBクラスの騎馬と接触して膠着していると、奥の方ではもっと大きな歓声と一緒に撫子ちゃんたちが活躍している様子が見て取れた。

 

 

「これって…こっちが有利なんじゃない?」

 

「…ね、あんまり無理しない方が…ねえ?桔梗ちゃん」

 

「そうだよ…、ハチマキを取られない様に気を付けよう。…ね?」

 

 

騎馬の子たちがそう言っているけど、直ぐに返事は出来なかった。

 

対面するBクラスの騎馬の向こう、撫子ちゃんは騎馬の子たちに下半身を支えて貰って激しく動いている。手を伸ばして、上半身を逸らして、声を上げながら私達と同じ1騎少ないAクラスで奮闘している。

 

 

「――、―――!」

 

「…ダメだよ」

 

「き、桔梗ちゃん?」

 

「みんなゴメン。…私は、撫子ちゃんの事、助けてあげたい。―――力を貸して欲しいの。お願い

っ!」

 

 

らしくない事は分かっている。ちょっと引かれたかもしれない。…それでも、ジッとみているだけだなんて耐えられなかった。

 

 

「桔梗ちゃん…分かったよ!」

 

「よ~し、しっかり捕まってね!」

 

「行くよっ!」

 

「みんな―――ありがとう…!」

 

 

引き留める声も聞こえたけれど、私達の騎馬はBクラスたちとぶつかり合った。

 

 

…まあ結論として、私達は間に合わなかった。…いや、駄目だった訳じゃなくて時間切れで競技が終わっちゃったんだけど。

競技としては、殆ど引き分けだったみたい。撫子ちゃんの騎馬は鉢巻を4つも取っていて、赤組に大量の得点を取っていた。…ホント凄い。

 

無茶をしたことを皆に謝った。(当然と言えば当然だけど)許してくれたみんなにお礼を言って、撫子ちゃんの元へ向かう。

 

 

「撫子ちゃんっ!えっと…わっ」

 

「桔梗。先ほどは助かりました。ありがとう、ね?」

 

 

言いかけた言葉のまま、撫子ちゃんに頭を撫でられる。―――嬉しい。とっても。皆に感謝される時よりも、尊敬や好意の眼差しを貰う時よりも。

本当の自分を知っている相手からの感謝は、真心は。思わず甘えるように撫子に抱き着いてしまう。周囲からの驚く声も、微笑ましい視線も気にならない。

 

この後、アナウンスで注意されて恥ずかしい目に合うまで私は撫子ちゃんに抱き着いたままだった。

 

 

・◇・

 

 

騎馬戦が終わった後、昼休憩。みんなと一緒にお昼を食べていると平田君と…綾小路君に声をかけられる。内容は、怪我をした堀北さんについて。

ヒクリと頬が引き攣りそうになるのを抑えて、心配そうな顔で先を促す。

 

 

「実は、Cクラスから苦情…というか、ともかく見て欲しい」

 

「えっと…なになに?」

 

 

スマホの画面には、堀北さんからのメッセージアプリ、そのスクリーンショットの画像が転送されているみたい。内容は、さっきの障害物競走でCクラス側がDクラスの妨害があって怪我人が出た事に訴えを起こすというもの。

 

…今度こそ、顔が引き攣る。不安そうな表情に見えたのか、周囲や平田君(綾小路君は相変わらず無表情)も心配してくれる。でもこれ、どうしたらいいんだろ。

 

 

「内容は分かったけど…。えっと、念の為聞くけど、本当にわざとじゃないんだよね?」

 

「あぁ、確認した。…むしろ堀北の方が相手の木下に名前を呼ばれ、追い抜く時に顔を向けたら接触したということだ」

 

「それって…」

 

「………うん、()()()()()が高い」

 

 

堀北の事はいけ好かないけど、卑怯(こん)な手を使うタイプじゃない。不意を突くにしろ、正面から堂々とする筈。つまりCクラス…木下さんの独断よりかは、トップの龍園君の作戦なんじゃないの?

 

そう考えを巡らせていると、なんとこの後に保健室で龍園君が呼んでいるらしい。担任の茶柱先生と救護のテントに居る堀北も拾って、向こう(Cクラス)の言い分を聞きに来て欲しいと平田君に頼まれた。

 

厄介な。なんで気に食わない奴の為に厄介ごとに関わらないといけないのか。もちろん私の返事は―――

 

 

「―――うん、わかったよ!私にできる事なら、なんでもするよっ」

 

「よかった…!よろしく頼めるかな」

 

「任せてっ」

 

 

―――快諾に、決まっている…!!

 

みて、みてみてみて…!周囲の、「流石…桔梗ちゃん…!」とか、「櫛田さん、頑張って!」とかの声、声、声…!!

そうそうそう、これ、コレだよっ。私が欲しかったのは、こういうの…!!撫子ちゃんに頭を撫でられるのも凄い嬉しいけど、こういうのも良いんだよねっ!

 

そうして私は、皆に見送られながら保健室に向かうのだった!

 

………てか、堀北さん、なんで私が肩を貸さないといけないかな?綾小路君にまたお姫様だっ、え?…ふ~ん。でも、堀北さん私の事あんまり…。

へぇ…。そうだなぁ~、お願いします、櫛田さん。って言ったら良いよ?…ふ、ふふふ…もう、仕方ないなあ~♪ふふっ。

 

 

――――――◇――――――

Side.撫子

 

 

「ん、ふ、ぁぅ…」

 

「~♪、~んふふ、ちゅ、ほ~ら、逃げちゃダメだってば」

 

「せ、先生、その…本当に今でなくては…あっ…!」

 

 

人気のない校舎内。いつもの保健室ではなく、職員用の会議室の一つで私は星之宮先生に()()をして貰っていました。

なんでも、今は利用者が居るので声を押し殺せるならそこでもと言われました。…ですが、間違いなくはしたない声を出してしまう。それを答えると頷かれて、この部屋に連れられました。

 

普段の道具が無いので、先生に手ずから胸を刺激して頂くしかない、のですが…。

………そもそも何故?こんな急に先生が私を連れ出すなんて珍しい、です。最近は、胸が張る回数も減って来た。今日も終日は大丈夫だと思っていたのに、養護教諭(せんせい)として指示される以上は素直に従う他ない。

 

言われるがまま、体操服をたくし上げて下着をずらす。薄青色のすぽーつぶらをジッと見た星之宮先生は何を思ったのか顔を埋めて「撫子ちゃんの匂い…」だなんて揶揄ってきました。

 

その後は頭を撫でられたり、髪先を指で弄んだり。頬に手を当てられたり、抱きしめてもきた。…少しだけ触れるようなキスもしてきた。

…ここには処置をする為に呼ばれたのに、まるで恋人にするような態度で接してきます。…??

心配ですが、昼休みも残り僅か。背中に回された手をやんわりと解いて、運動場へ戻ることを伝えます。

 

 

「?…撫子ちゃん?」

 

「星之宮先生、もう行かなくてはなりません」

 

「え…?」

 

「もう昼休みも終わってしまいます。…先生も、お役目がありますでしょう?」

 

「あ………う………」

 

 

窓の外、カーテン越しとはいえグラウンドの方を見てそう言いますが、先生は一転して態度を硬化させます。まだ処置が終わっていない事、私の身体の事を一番に思っている事、なにか気に入らない事をしてしまったのか、等々。

その全てに感謝を告げて、誤解を解く。冷静に応えていくものの、先生は譲りません。

 

 

「先生、私は大丈夫ですから、今は―――」

 

「ダメ!今なの!」

 

「しかし…私はこの後の競技が…」

 

「っ…!……あむっ!」

 

「ひぃっ!あぁっ、やあ!ああぅ………!!」

 

 

口を使っての処置に、喘ぎ声が零れてしまう。廊下に届かない様にと手で口を塞いでいると、いつものように為すがままにされてしまう。

 

そうして気が付けば立っていられなくなっていて、

気が付けば床に寝かされていて、気が付けば先生は私に覆い被さっている。

 

見上げれば、先生は顔を真っ赤にして、目を爛々と輝かせている。

 

 

「はぁ…!はぁ…!!」

 

「………ほしのみや、先生…」

 

「っ!…も、もうちょっとだけ…もうちょっとだけだから…!ね?…ね!?」

 

「………………。…………………………んっ」

 

 

…ごめんなさい、皆様。もう少しだけ、遅れます。ごめんなさい。

 

 

・◇・

 

 

その後、処置の痕を隠す為に新たな体操着と下着に付け替えてグラウンドに戻りました。幸い、私の参加する推薦競技にはなんとか間に合いました。

 

心配してくれた皆様への説明は星之宮先生に任せてペアの方と待機所へ向かいます。

 

結果は三位。残念ながら、結果としてはイマイチな成績です。男女混合の二人三脚では、震える足に鞭を打って走りましたが、肩を支えてくれる方に身体を預けるような姿勢になってしまいました。

ペアのお相手の方もこれまでの疲労が祟ったのか前屈み気味に。これでは、結果が出る訳もありません。

 

 

「皆様、申し訳ございませんでした…」

 

「お疲れさま。…話は聞いたから、仕方ない」

 

「そうですっ。それに、原因はお姉様よりも…!」

 

「?」

 

 

チラリと視線を向けると、ペアとなった彼が男子の皆様に連れて行かれてます。

 

ええと、皆様?いったい何を―――え?真澄さん?あ、次の競技ですか?…はい、畏まりました。行ってきますね。

 

…今度こそ、結果を残さなければ…!

 

 

――――――〇――――――

Side.堀北 学

 

 

最後の体育祭、俺達3-Aは…否、赤組は優位を保ったまま、午後の推薦競技まで勝負を進めていく。

例年で言うのならば、もう番狂わせは起きない。2年は南雲のAクラスが学年を統率しているし、俺達3年も負けるつもりはない。

唯一1年はBとCクラス(白組)が勝っているが、それでも負けない程度には得点も実力も隔たりがある。

 

午前中の鈴音の接触事故…いや、接触()()については昼休みに軽く聞き取りをしたが今の鈴音ならおそらく上手くやるだろう。もしダメだったとしても、それはそれで鈴音の経験となる。Aクラスを目指すと言ったのだ。これぐらいは乗り越えて貰わねばな。

 

思いを軽く馳せていると、スピーカーから説明用のアナウンス音が聞こえる。…なんだ?既に選手はグラウンドに集まっているように見える。呼び出しか?次の種目は借り物競争だが、どこかのクラスがまだ来ていないのか?_

 

 

【―――お知らせします、借り物競争について一部ルールの変更がありますので生徒の皆様はスクリーンに注目して下さい。繰り返しお知らせします、借り物競争について―――】

 

「…変更だと?」

 

「え?え?…会長も、ご存じではなかったのですか?」

 

「ああ、把握していない」

 

 

隣にいる橘も驚いている様子だ。しかし…借り物競争なら、有利不利の関係はそうないだろう。

だが、この学校ならではの理不尽の可能性もある。ざわつく下級生のテントを視界に入れつつ、俺は表示されたルールについて視線を走らせる。

 

 

【借り物競争 変更後ルール】

・得られる団体の得点については変更なし。個人での競技ポイントを最下位まで支給する為に必ずゴールすること。

・不正防止の為、選手が引いた『借りるもの、人、その他(以降、お題と表記)』は変更不可とする。

・選手は自分に『お題』の回答提出が不可と判断した場合、自分のクラスの生徒に選手交代をする事ができる。

※この際の必要なポイントは1万PPとし、2回目以降は倍増し続ける。

・『お題』獲得のため、選手も他の生徒も競技中に限り競技場外に出ることは原則自由とする。

・ただし、自分の出場時間を過ぎた場合はそのクラスからランダムに1名を選出して代行で出場とする。来なかった選手はペナルティとして1万PPを失う。

・交代した選手が『お題』を回答した場合、競技で得られる個人でのポイントは交代した選手に入る。

 

 

「これって…難易度が上がったということでしょうか?会長」

 

「あぁ。理由は分からないが、そうなるだろうな(…どこかのクラスが本来のお題に細工でもしたか?これは学校側からの対策か?)」

 

 

考察していると、更に画面が切り替わり、俺、いや…俺や周辺のクラスメイト達の顔が引き攣る。

 

 

・同じクラスの生徒に交代を断られた場合、その生徒は同じ組の別クラス、あるいは上級生に交代を頼むことができる。ただし、同じ組の3年生は1年生からの交代を断れないものとする。

・他の学年に交代を頼む場合、交代のポイントは依頼した側が支払うものとする。

・競技に参加するかお題の協力をした生徒は、以降の交代を拒否することができる。

 

 

「…マジかよー」

 

「え?まさか3年生は…!」

 

「強制参加なの?」

 

「皆、落ち着け…」

 

「会長…!」

 

「堀北くん…」

 

 

Aクラスとして、なによりこの学校の生徒会長として、他の連中のように動揺を表に出すような事はしない。

 

それに、どんな試験であろうと、皆の協力でここまで乗り越えてきた。俺たちには自負があり、そしてそれを証明する実力もある。

決して大きくはない俺の声に、皆も落ち着きを取り戻す。…よし。混乱さえ押さえれば、俺たちAクラスに敗北はない。

 

騒めきが収まると、皆でスクリーンを注視する。ホイッスルの音とともに、試験はスタート。1年生の最初の組が、お題の入った封筒を開封する。

 

 

中に入っていたのはーーー

 

『異性を連れてきて愛の告白する』

 

『カウンターストップした手持ち数取器』

 

『自分の事が好きな人を10人(※確認の為、被りなしで良い所を1人5個答える)』

 

『クラスメイトの下着(上下)』

 

・・・

 

・・

 

ーーー前言撤回だ。

俺は橘の手を取り、脇目も振らず駆け出した。

 

 

「全員、この場を離れろ…!!」

 

「堀北くん!?」

 

「会長…!?」

 

「やべえぞ早く!」

 

「おい、こっちに来るな!来るなあああ!!」

 

 

皆、伊達にここまで試験を乗り越えてきていない。危機管理能力はすこぶる高く俺の指示を待たずに、逃げ出している。

 

 

「無理無理無理ぃ!」

 

「先輩助けてください!お願いします!!交代!!」

 

【ーーー選手の変更を確認しました。3-Bクラスーーー】

 

「ぎゃー!!見逃して、見逃し、あぁぁあぁあ〜!!」

 

 

…どうしてこうなった。

 

背後からは悲鳴や怒号を感じながら、俺は固く決意をする。

この原因は必ず追求してやる…!!

 

※この後、めちゃめちゃ逃走した。

最終的に、生徒会室で籠城するハメになった。

 




読了、ありがとうございました。
これは予約投稿なので、この時点で私は最新刊を読めているのと幸いですね。

体育祭編はあまり長くならないと思いますが、もう少しお付き合いください。
ストックはひとまずここまで。

感想、高評価お待ちしております。あなたのコメントが、やる気スイッチを押すのでよろしくお願い致します。


………あ、番外編のリクエストがある方、どうぞXまでリクエスト下さい。
それではまた、近い日に。


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⑧:お題『夜の運動会(意味深)』

お待たせしました。
最新刊は、衝撃の展開でしたね。

続きですが、一先ず撫子視点はここまで。
結果も貼ってあるので、どうぞお楽しみに。

それではどうぞ!


Side.撫子

 

 

借り物競争が始まりました。何故か急なルール変更が告げられましたが、私達の行うことは変わりません。

…しかし先に1年の男子、その一組目がお題を引くと周囲からはざわめく声が溢れます。

 

「………?」

 

「あ、愛の告白って…」「公開処刑じゃん…」

 

「下着って…ダメージヤバいだろ…」「あ、凄い勢いでクラスに戻ってる!」

 

 

皆様の様子を備に伺っていると、どうやらお題の難易度が高くなったようです。結局、もっとも早くゴールしたのは手でカチカチ数字を数える機械を持ってきたBクラスの方、次は交代をしたのか、顔を真っ赤にした先輩が10人ほどの集団を引き連れて、『自分の良い所』を聞いていました。

 

またその後には交換や準備で手間取ったのでしょう。小柄な男子生徒が真っ赤な顔で折りたたまれた衣類を持って行ったり、3年の先輩が引き連れて行った相手に告白を行ったり。

 

悲鳴や歓声が飛び交う様子は、先ほどまでの午前中の競技とは一線を画します。

 

その後も何組かがスタートしましたが、中には戻らない選手もいた為に次の競技者は10分後にスタートする運びに。

戻ってきたのは『同じ誕生日の人』、『同じ髪型の異性』や、『ハチマキ50本』などの分かりやすいお題の方のみでした。

 

こちらのクラスの町田君は『経験豊富そうな異性』というお題に3年生のテントへと走り、真澄さんは鬼頭君のジャージを借りて『異性の服を着てくる』というお題をクリア。交代なしにゴールしている為、他クラスよりも好成績を残せているはずです。

 

 

そして、いよいよ私の番。スタートの合図とともに、所定の場所まで走って並べられたお題を一枚引きます。そこには―――

 

 

『夜の運動会が強そうな人』

 

「…?……??」

 

「「「「…!!」」」」

ざわ…ざわ…

 

 

周囲のどよめく声が聞こえます。夜の運動会、というのはどういう競技なのでしょうか?素直に正面の審判員の方に確認すると、どこか引きつった顔で『そのままの意味だ。難しく考えなくていい』…と、なんとも要領を得ない答えが返ってきます。

 

他の選手は既に移動している為、私も首を傾げつつAクラスのテントに戻ると皆様から一斉に視線を逸らされました。…??

 

 

「撫子さん…えっと、…その」

 

「西川さん?今はすいません、競技中ですので後ほど…」

 

「あ、…うん」

 

 

いつもの元気なお顔を曇らせた西川さんでしたが、今は先を急いでいます。お詫びとした後に皆様に向き合うと、先ほどの監督員の方と同じような引き攣った表情でこちらを見ています

 

…どういうことでしょうか。このお題は、相当な難題なのでしょうか?…いえ、足踏みをしている場合ではありません。一刻も早く、私も皆様に続かなくては…!

 

 

「申し訳ございません、皆様の中で夜の運動会が強い方はいらっしゃいますか?」

 

「「「ぶっ…!」」」

 

「…ごほっ、ごほ、げほっ…!!」

 

「…!」

 

 

これは…やはり、最優秀なAクラスの皆様です。反応から察するに、何人かは夜の運動会がどういうものか理解している様子。しかし、私がそれを追求すると何故か口を噤んでしまいます。

葛城君や橋本君も煮え切らず、真澄さんにも目を逸らされます。…いったいどうしたのでしょうか?目を逸らさなかった山村さんに近づくと、彼女も赤い顔をして俯いてしまいます。

 

 

「山本さん、教えて下さい。夜の運動会とは…いったい?」

 

「あ、あの…それは…」

 

「それは?」

 

「………うぅ」

 

「………」

 

「…言えません、ごめんなさいっ」

 

「そう、ですか…。………?」

 

 

顔を真っ赤にする彼女に、これ以上聞くことは出来ません。どうしたものかと頭を抱えていると背中をちょん、と指でつつく森下さんがいました。

 

 

「森下さ「藍でいいですよ」―――藍、さん?」

 

「さん付けも結構です。…それで、西園寺さんは夜の運動会について聞きたいんですよねぇ?」

 

「藍…ご存じなのですかっ!?」

 

お、おい森下…!」「正気か…!?

 

 

森下藍さん。…普段は独りでいることが多い彼女ですが、私も、そして有栖も葛城君とも別に仲が悪い訳ではない子です。少しこそばゆいですが、耳を貸す様に言われて、彼女の言葉を待ちます。

 

 

「…(耳に髪をかける仕草…凄い色っぽいですねぇ…)」

 

「…藍?」

 

「あ、すいませんえっと…夜の「あんっ…!」…?」

 

 

藍の声を耳にした途端、耳の中、もしかすると脳裏にまで電流が響くような…そう、ぞくりとした感覚に思わずで声が出てしまいました。

…テント中の方の注目をを浴びてしまい、たまらず赤面してしまいます。

 

い、いえ。ですが今は!やることがあります。最優先を思い出して、藍に事情を話します。

 

 

「っ、と。…どうしましたか?(今のって…喘ぎ声…?)」

 

「ぁ…ごめんさい、藍。私、耳が少し敏感なの。擽ったいだけだから、気にしないで話して?ね?」

 

「すっごいエッチでした(分かりました)」

 

「え…?」

 

「…なんでもありません。じゃあ…えっと」

 

「んっ…!」

 

 

なにかおかしな事が聞こえた気がしたけれど、藍が耳打ちを再開したのでそちらに集中します。

 

夜の運動会。…なんでも、成人した大人が参加するお酒や夜の会食などにおいてをさしていて、

転じてお酒が強い人、人付き合いが上手な人の事を『夜の運動会の強い人』というらしいです。

 

…しかし、それならそうと皆様も言って下さればいいのに。そんな私の考えを読んだのか、藍は続けます。

 

 

西園寺さん、クラスの皆も"実は俺、お酒強いんだ"…なんてこの場で言ったら飲酒してるのかって、問題になっちゃいますよぉ?

 

あ…!そうですね。…いえ、でもそういう事は成人してからでないとダメでしょう?」

 

「「「………!」」」ざわ…

 

 

何故か皆様の視線が集まっているように感じます。目を合わせると、顔を赤くして逸らされますが…まさか、皆様が隠れて飲酒を…!?

※部分点、3点

 

 

「西園寺さん、西園寺さん。…この学校では生徒の飲酒なんて出来ないですし、今は競技に集中しないと

 

「あ…確かに、その通りですね」

 

「その通りですです(存外、天然なんですかねぇ?)」

 

「「「………」」」

 

 

そうして私は藍からの「教員テントに居る先生たちを頼ったらどうですか?」とのアドバイスに従い、教員用のテントへ。真っ先に真嶋先生に声をかけるとかなり咳き込まれ、手を引こうとすると何故か抵抗されました。

 

 

「待て!待て待て西園寺!…何故、俺なんだ…!?」

 

「え?ええと、藍…森下さんに相談して、夜の運動会が上手なのは成人した先生たちなら…と」

 

「そ、…そうか…」

 

「………」

 

「………」

 

「………っあの?」

 

「………わ…、…分かった、行こう」

 

「っ…!ありがとうございますっ!」

 

 

長い沈黙の後、項垂れるような表情で真嶋先生は手を取って下さいました。周りの先生からも、どこか先の私のような…こう、憐れむような色の視線を向けられているのが不思議でした。…そうか、もしかして。

 

 

「真嶋先生、申し訳ございません」

 

「西園寺?」

 

「夜の運動会が強いというのは、先生にとってあまり嬉しい評価ではなかったのではないですか?」

 

「ぶっ…!」「ごほっ!」

 

「い、いや…そのような事はないぞ?」

 

 

近くの茶柱先生や、他の先生たちの咽るような、咳き込むような声。顔を引きつらせる真嶋先生は否定しますが、確かに衆目に「お酒が好き、会食が好き」と触れて回るのは先生にとっても醜態に違いない。

…私は、そんなことにも気が付かなかったのに、真嶋先生は露ほどもそれを指摘しない。

 

何処までも、生徒の事をだけを偏に思っている。真嶋先生こそ、私の理想の先生です。

 

 

「先生が、普段のお仕事や私達へのご指導で身を粉にして働いているを、私はよく存じております」

 

「さ、西園寺…?」

 

「ですから私は、真嶋先生が夜の運動会が強そうと思われても恥じることは無いと思います!」

 

「………っ」「く…くふっ…」プルプル

 

「ま、待て!ちょっと待て、西園寺。一体…」

 

「生徒を導く教師というお仕事がどれだけ大変か、私には想像する事しか出来ません。…その憩いを、労いを夜の運動会に求めても誰も文句など言わない筈ですっ…!」

 

「…な、な、…」

 

 

顔を青くしたり、赤くしたりする真嶋先生。

―――大人と言うのは、何時だって自分の弱みを子供には見せない。その背中を見て、子供たちは大人に憧れを抱いていくのだから。

 

その後、真嶋先生の手を引いて無事1位でゴールしました。テントまで送った後、真嶋先生には感謝を伝えて、「たまには良いですが、お酒は毎晩呑んでは身体によくないですよ?」と告げる。

するとポカン…と呆けた表情していましたが、どうしたのでしょうか?茶柱先生にも理由を聞かれたので、森下さんに言われたことをそのまま伝えます。

 

膝から崩れ落ちる真嶋先生、肩を震わせる茶柱先生、顔を逸らす坂上先生。吹き出したり、机に突っ伏す先生方。…皆様の普段とは違う表情に、私は首を傾げつつA組のテントに戻るのでした。

 

A組のテントに着くと、チラチラと視線を貰います。…が、私は一直線に今回の最大の功労者の元に向かいます。

 

 

「戻りました。藍、ありがとうございますね?」

 

「西園寺さん。…お疲れ様です」

 

「いいえ、こちらこそ。…どうぞ、撫子と呼んで?とても助かったわ」

 

「あ、まだ自分には敷居が高いので西園寺さんでお願いします。…名前呼びは、まあ追々って事で」

 

「………?何か、あったかしら?」

 

「…まあ、それも追々ってことで」

 

「…?はい、お待ちしていますね」

 

 

敷居が高い。…なにか不義理をされた覚えが無かったので確認するも、上手く誤魔化されてしまう。

疑問は残りますが、待ちましょう。藍の心の整理がつくまで、私はずっと待っていますよ。

 

 

・◇・

 

 

その後、何度か借り物競争に駆り出されたり、皆様と一緒に選手を応援したり。…それにしても、最後のリレーでは綾小路君の走る姿に、皆様釘付けでしたね。何人も追い抜いて、最後の種目だけあって応援も歓声も盛大なものになりました。

 

そうして夕焼けが差し込む中、結果発表は速やかに為されます。

 

まず、全体の赤組と白組の勝敗は、赤組の勝利。

そして学年としての順位は、以下の通り。

 

1位 1-Bクラス

2位 1-Aクラス

3位 1-Cクラス 1-Dクラス

 

 

…なんとCクラスとDクラスが同点で同率3位でした。これには周囲からも騒めきが起こりましたが、クラスポイントの推移については説明された通り、まずAクラスとDクラスが赤組勝利で減少無し、B、Cクラスにマイナス100ポイント。

そして1位から3位の順位点を付け加えると…。

 

A:1149 - 0 - 0 = 1149ポイント

 

B:977 -100 + 50 = 927ポイント

 

C:492 - 100 - 50 = 342ポイント

 

D:281 - 0 - 50 = 231ポイント

 

 

ん…ほとんどのクラスが減少していますね。Bクラスとの点差も再び100ポイント以上となり、油断はできませんが結果としては及第点でしょうか。

 

―――こうして、私たちにとっての最初の体育祭は幕を閉じたのでした。

 

※この後、めちゃめちゃ慰労(お疲れ様)会を行いました!!

再びメイドの服を着ておもてなし(ホスト)役をすると、大好評でした!!

 

…しかし、有栖や真澄が来なかったのが残念です。お二人とはまた別の機会に、労いの場を設けようと思います♪

 

――――――〇――――――

 

 

 

・・

 

・・・

 

「…さて、動画はご覧いただきましたか?」

 

―――、―!!、―――!!

 

「ふふ…そんな言い訳が通じると本気でお思いなのですか?」

 

っ―!?―――!、―!!

 

「あんな淫らな行為、幼気さに付け込んだ性的搾取でしょう?」

 

―――!?―――、―――――、――!!

 

「このような動画が学校側にしろ生徒側にしろ漏れたら、大変な事です。―――先生は、―――さんの人生を穢しておいて、なんと厚顔無恥なのでしょう」

 

――――!!―――、―――!!

 

「―――漸く、本音が出ましたね。…仕方ありません。―――さんの為にも、黙っておいても構いません。…ですが、何をすれば良いか…保身に長けた先生には、お判りですね?」

 

―――

 

「…その通りです。そうすれば、―――さんとの関係も私たちの胸の内に秘めておきましょう。…ね?真澄さん」

 

「…私はとっとと突き出した方が良いと思うけど」

 

―――!!――、―――!!

 

「ふふっ…それもありですが、何よりこの淫行教師を信じている()()が悲しみます」

 

「…はぁ。任せるわ」

 

――、―――

 

「では、問題が無いかは真澄さんがこれからも常にチェックしてあげて下さい。もしも、看過できないコトが起きたら…―――先生。…分かっていますね?」




読了、ありがとうございました。
次回からは綾小路君など視点で、体育祭Dクラス目線を何個か差し込んで行きます。
進捗は10%なので、もう少しお待ちください。


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⑨:お題『妹』

お久しぶりです。
投稿が遅くなり申し訳ございません。
完全に、言い訳もなくこちらから離れておりました。
まだお待ちいただける方がいらっしゃいましたら、どうぞ。


Side.綾小路 清隆

 

保健室に辿りついた俺達は、さも偶然というような態度の龍園と遭遇する。…無論、そんな偶然ではないだろうし、呼んだのはヤツだ。

ワザとらしい茶番を流しつつ、ベッドで横になる女子…木下だったか。その足を見ると、確かに赤く腫れていて試合に出場するのは難しいのがみて取れる。

 

彼女の口から出たのは、堀北()()接触をされて、転んで怪我を負った事。そして立ち上がる際に、「絶対に勝たせない」との挑発のような発言があったとの証言だ。

 

―――成る程な、()()が今回のCクラスの作戦なのだろう。

俺は目の前で水掛け論に興じる連中をよそに、その狙いを考察する。

 

俺達がクラス間での闘争に注力したように、Cクラスはこれ以上、格下のDクラスが突出しないように釘を刺しにきた訳だ。

主目的は有力な選手への直接攻撃。その一点の為に今回のクラス全体での参加表の共有に同意したのか?

いや、それだけではない筈だ。無人島でのヤツの作戦や、船上試験での立ち回りでも奴は常に二枚腰。メインプランとは並行して裏でも優位を得る為に手を回す蛇のような狡猾さを持っている。

 

そうなると今回は、ちょっかいを出して俺達の対応力を見る威力偵察が目的という所か。

俺が手を尽くしても良いが、これはコイツ()の育成にも役に立つ筈だ。

 

俺の平穏な学生生活の為に、もっと成長をしてくれ。

 

 

意識を眼前の状況に戻す。

どうやら龍園側は200万PPの請求と土下座を要求。それに対して堀北は強硬に冤罪を主張している。

傷んだ足を庇い、櫛田に肩を借りているとはいえ、まだ目は力を失っていない。それにニヤリと笑みを深めた龍園は、生徒会に審議をして貰う事と絶対に逃がさない事を言って保健室を去ろうとする。

 

それを悔しそうに見る堀北に、不安そうな表情の平田と櫛田。まあ、まだ仕方ないか。

 

 

「おい」

 

「あ?…なんだ、鈴音の腰巾着が。雑魚に用は「いや、先に言っておいた方が良いと思ってな」―――なに?」

 

「審議をするのは結構だが、コイツの兄は生徒会長だぞ?」

 

「っ、綾小路君…!!」

 

 

一番早く反応をしたのは、堀北。目くじらを立て、俺の発言を咎めてくる。コイツにとっては色々複雑なのだろうが、視線だけで黙るように訴える。…こういう時の反応は櫛田が一枚も二枚も上手だな。直ぐに状況を理解している。

 

観察をしていると呼び止めた男、龍園がくつくつと笑い声を零し、天を仰ぐように片手を顔に当てている。

掌で隠れた表情は見えないが、口元は笑みの形に歪んでいる。

 

 

「………ククク。…で?だからなんだ?鈴音が生徒会長のお兄ちゃんに泣きついたら必ず勝てるってか?」

 

「………」

 

「それならそれで構わねえぜ?…その次の()は生徒会長だ。身内贔屓するような奴がこの学校の生徒会長だなんて、いったい何人が納得するんだろうなぁ?おい…!」

 

「っ…!にいさひゃん!?

 

 

余計な事を言おうとした堀北だが、普段からは信じられない声を上げて崩れ落ちる。

…櫛田が脇腹を摘まんだのがチラッと見えた。悶絶する堀北を庇うように床に座らせて、何食わぬ顔で「堀北さん、大丈夫…!?」と声をかけている。

 

良い感じに間を外せたので、俺は()()にも聞こえるくらいの声量で龍園に続ける。

 

 

「いや、俺が言いたいのは逆だ。…本当に審議をしても構わないのか?」

 

「なんだと?」

 

「うちの須藤との一件、忘れた訳じゃないだろう?」

 

「………」

 

 

1学期の夏、須藤がCクラスに嵌められた一件。あの一件は周囲には審議は取り下げられた結果だけが周知され、真実は闇の中だが当事者は違う。

原告被告は勿論、審議を行った生徒会サイドも先の件から先入観を持って審議に関わる筈だ。Cクラスは()()()()クラスだと。

 

それを龍園が気が付かない筈がない。そうなると、次に奴が言って来るのは―――

 

 

「はっ、馬鹿か?…こっちの木下は陸上部。この後の推薦競技でも3つ参加するうちの稼ぎ頭だぜ?それを「ならこっちの堀北はリーダー格で、これまでの競技でも1位、2位と高成績だ。…そっちの木下はどうだ?」………チッ」

 

「あ、綾小路君…」

 

「あぁ、そうだったな平田。たしか4位、3位、そして()()でリタイアだったか?…どうやら今日は調子が悪いみたいだな」

 

「………」

 

「テメェ…いい度胸じゃねえか」

 

 

青筋を立てる龍園だが、手を出すようなことはしない。無論それはこの部屋に監視カメラがある事もそうだが、この状況でもつぶさに見極めているのだろう。

―――誰が脅威になるのか。…性格、能力、関係。

 

やがて、睨み合いの末に龍園は鼻を鳴らすと捨て台詞と共に保健室を去った。終始譲らずに居た俺の背後からは、安堵の息を着く声が聞こえる。

 

 

「綾小路君…今のはちょっと危険だったんじゃないかな?」

 

「そうだよ…もし、この後の競技でも危ないことをされたら…ちょっと怖いよ」

 

「………」

 

 

非難がましい視線を送ってくる堀北も合わせて、()()()()に難色を示してくる。だが本来はリーダーであるお前達が競り合わなくてはいけない訳だが…まあ、これからか。

俺は三人に向き合うと、チラリと木下の居るベッドに視線を向けてから話し始める。

 

 

「それはない。…何故なら推薦競技は出る選手が限定され、配点も高いために注目を浴びる。…つまり」

 

「ラフプレーをすれば、疑われる可能性が高いってこと?」

 

「そうだ。…それに初回はともかく、これ以降も続くなら好都合だ」

 

「え?」

 

「先手を打つ。…堀北、俺と一緒に茶柱先生の所に行くぞ」

 

「…どうするつもりなの?」

 

「簡単だ。Cクラスからラフプレーを示唆する発言を受けたと報告する。出来れば教師が集まっているテントが望ましいな」

 

「えぇっ!?」

 

 

露骨に驚いたように声を上げる櫛田。…良いアシストだ。意図を考えている二人にも教師の注目をCクラスに集める事、先に声を上げる事で、揉めた際の心象を良くするなどの適当な理由を伝えて納得して貰う。

 

そして、本命はここからだ。―――察しているな?櫛田。

 

 

「櫛田、平田には別に頼みたいことがある」

 

「なんだい?」「うん、なになに?」

 

「推薦競技中は自由な時間もある程度あるはずだ。全学年の…()()()の生徒を当たって欲しい…特に、女子中心にな」

 

「え?…どういうことだい?」「陸上部の…女子…、っ…!」

 

「―――っ!」

 

 

今度の反応は二分化される。「何故?」という表情を浮かべたのは平田。「ハッ」と理解を示したのが櫛田だ。

―――平田洋介という存在は、Dクラスの中でも優れたキャラクターだ。誰にでも優しく、正義感と善性を持って人に接する。その評価は他のクラスでも広く浸透している。

 

そんな彼が声をかけてきて、無下にするのは元から悪印象を持っているようなヤツか、敵対関係にある同学年の男子くらいだろう。…特に女子からは協力を得られる、非常に有効な探偵になってくれるはずだ。

 

俺の話を真剣に聞いている平田だが、おそらく半分程度しか理解をしていないだろう。…が、そこは櫛田が管理してくれる。

彼女は直ぐに思い当たったはずだ。―――Dクラスとはいえ、1クラスのリーダーで、優しい王子様のような平田が女子にどれだけ効果的か。……これは、愛理や波瑠加に関わって学習したことだが、曰く―――()()が関わると女子同士の関係は急激に変化する。

 

 

「とにかく時間との勝負だ。俺は、出来るだけ二人が動ける時間を稼ぐ。…堀北、俺は先に行く。櫛田と教員のテントに向かって来てくれ」

 

「…分かったわ」

 

「平田は1年のAから順に、櫛田は堀北を送った後に平田に合流してくれ」

 

「分かったよ!」「うんっ、任せて!」

 

 

本命は、俺と堀北が。そして副目標を櫛田と平田が攻略する。

別に両方で勝利しなくともいい。どちらかが結果を出せば、今回の一件はこいつらの成長につながるだろうからな。

 

そういって俺は、こちらを覗き見る視線を無視して保健室を後にする。

…道中、偶然遭遇した生徒会長に割と本気で襲われたり堀北との関係を詰問されたが…シスコン、というやつなのか?

 

 

・◇・

 

 

そうして時は進み、俺の出場する借り物競争がスタートする。…出来るかは賭けだったが、この学校でポイントで出来ない事はない。

何故か一部の教師が乗り気で賛成してくれたのもあり、事前に茶柱先生らにポイントで依頼したルール変更は無事に為された。お題の変更不可や交代制度によってかなり時間が稼げている。…悲鳴や罵声も上がっているが必要な犠牲だった。残る問題は―――

 

 

「…なんだよ、『クラウンハーフアップの髪型』って…どんな髪型だよ…!」

 

「『結婚してくれる異性』って…居る訳ねえだろ、そんな奴!」

 

「こんなお題考えたヤツ誰だよ…ぜってぇ許さねえ!」

 

「………」

 

 

一緒にスタートを待っていると、大きな電光掲示板に表示されるお題に目が行く。

 

…そう。問題は、俺がそのお題をクリアできるかどうかだった。まあ最悪、先輩に交代すればとは思うが、既に大半の3年生は逃げ惑っている。残っているのは既に競技に参加・協力して交代を拒否できる生徒だけのようだ。

 

結局、俺達の前の組は誰一人として規定の10分でゴールできず、据え置きで俺達の順が回ってくる。パン、というスタートの合図と共に走り出す。

全員が全員、死んだような。あるいは、覚悟を決めた表情でお題を取りに行く。俺のお題、は…。

 

 

『妹or弟(のような生徒も可。その場合は異性限定)。良い所を5つ答える』

 

「…まだマシなお題のようだな」

 

 

電光掲示板を見ると、他の連中のお題は…

 

『スキンヘッドの人』

『イニシャルが違う生徒、被りなしで10人』

『車のタイヤ(ホイール部分ごと)1つ』

 

…なるほど。一筋縄で行きそうにないものばかりだ。スキンヘッドのお題を引いたのはBクラスの生徒だな。DかAが引けていれば即ゴール出来たんだが仕方ない。

 

俺はDクラスのテントに戻ると、駆け寄ってくる生徒の他に櫛田の姿があった。…そうか、使えるかもな、このお題。

 

 

「あ、きよぽん。愛理を迎えに来たの?」

 

「え?波瑠加ちゃん、私?」

 

「少し待ってくれ。…櫛田、経過はどうだ?」

 

「え?あ、それは今も平田君が頑張ってるんだけど…って、綾小路君、競技、競技!」

 

「問題ない。他のお題も時間がかかるだろうし、こっちの方が大事だ」

 

「そ、そうなの?じゃあ、えっと…」

 

 

そういって聞き出した成果は、割と悪くないものだった。特に走っていた際の最寄りテントの先輩が陸上部で、『声をかける木下の態度やスピードに違和感を覚えた』と証言を得られたのは大きい。本命がダメでも、これで()()()()()()()()

平田は今、他のテントでも目撃者が居ないか回っているらしい。櫛田自身は一つ前の推薦競技に出ていた為、この場に丁度居合わせたとのこと。

 

 

「―――て感じかな。…後は、その先輩が証言してくれれば…」

 

「そうだな。…軽井沢、少し良いか?」

 

「…えっ!?わ、私!?…妹っぽいかな?え?私!?」

 

 

かなり驚いた様子だったが、取り巻き達と固まっていても話は聞いていたのだろう。今回の件に関わってはいないが、軽井沢のクラスでの地位は高い。遺恨を残す可能性がある以上、無視は出来ない。

 

 

「仔細はこの後、櫛田に聞いて欲しい。堀北の一件、Cクラス絡みで審議になる可能性がある」

 

「え?え?あ、うん…そっちか」

 

「証言者として陸上部の先輩の力を借りる為、平田の手を借りたい。その許可をくれ」

 

「…平田君?えっと、今もなんか手伝ってるじゃない?」

 

「そうだよね?」「うん」

 

「………」

 

 

疑問符を浮かべる軽井沢一行だが、俺は勝つ為の作戦を提案する。

 

 

「この借り物競争には傾向がある。必ずいくつかに、異性への協力を必要とするものがある。愛の告白をする、抱き合うとかな」

 

「告白っ!?」「たうわっ…!?」

 

「(たうわ?)その競技を俺達やAクラスが引いた際、平田に交代して貰ってその先輩に助けて貰う」

 

「それって…!」

 

「…」

 

 

上級生の先輩からすれば、俺達の学年の諍いなんてどうでも良い筈だ。ポイントで買収という手が有効かも分からない以上、後輩(イケメン)の頼みひとつで協力してくれるなら安いもの。

平田としても建て前としては競技の為、クラスの為という名目も立つ。だが、それを自発的に行えるほど平田は鈍感でも傲慢でもない。だれかが導く必要がある。今回はまだ、俺がする必要があるだろう。

 

周囲の取り巻きや女子からキツくなった視線を受け流していると、軽井沢は真剣な顔で頷き返してくれる。

 

 

「…うん、分かった。平田君がやってくれるなら、良いよ」

 

「そうか。…助かる」

 

「軽井沢さんっ」「良いの?だって…」

 

「みんなありがとう。大丈夫、私は平田君のこと信じてるし、平気だから!」

 

 

心配そうな視線を向ける周囲に、気丈に振舞う軽井沢。…彼氏彼女の関係の割には、苗字で呼び合っている。そんな疑問も浮かぶが、一先ず置いておこう。俺は明人に平田を呼び戻して貰うように伝え、櫛田にもAクラスにお題の件の交代を受けると伝達して貰う。

こんな所だろう。残すところは、俺のお題だが…。

 

 

「堀北」

 

「…なにかしら、綾小路君」

 

 

俺は再び救護のテントに向かい堀北に近づくと声をかける。そこには坂柳と他にも数人の生徒や教員が居た為、近づいて声を潜める。

 

 

耳を貸せ

 

「はぁ…もう、…なんなのかしら?蚊帳の外にしたり、急に巻き込んだり…

 

…俺はこの後、堀北会長にお題の交代を盾にとって交渉してくる

 

えっ…!?

 

 

存外、大きな声で驚く堀北。変に注目を集めてしまい、顔を赤らめるが意味を吟味しているのだろう。ジッとこちらを見ているが、反対意見は出ない。

 

 

「………」

 

「………」

 

「………そ、それで?

 

「…?……交渉が決裂した場合、つまりお題を交代した場合はお前も競技に参加することになる。怪我人であることを忘れるなよ

 

あ、あぁ、そういう…

 

…他に何があるんだ?いいか?肩でも借りて無理に走るなよ?

 

「………えぇ、分かったわ」

 

 

その後、俺は(何故か)協力を申し出て来た坂柳に空返事を返しながら生徒会室に向かう。

 

もちろん、やる事は一つだ。

俺は、最終的に俺が勝っていれば、それで良いのだから。

 

 

※この後、めちゃめちゃもっと加速した。

生徒会長と走り回った結果、審議の件は引き受けて貰う事が出来た!!

 

 

・◇・

 

 

生徒会長「………(無言の壁ドン)」

 

幼馴染()「久しぶりですね綾―――あ、あの少し、…ちょっと!」

 

?「………ふーん」

 




ご覧いただきありがとうございました。
続きは不定期更新になるかもしれませんが、
気長にお待ちいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。


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⑩:各クラスの体育祭、そして閉会。

新刊読みました。
次回なのか、次々回なのか読みたいような読みたくないような展開ですね。

今回で一先ず体育祭は終了です。

それでは、どうぞ。


Side.B-class

 

Bクラスにとって体育祭は正に、檜舞台。学校側も正攻法での攻略を是とする彼ら彼女らに期待をし、それに応えるように結果を積み重ねていく。

 

団体戦は正に圧巻で、禍根のあるCクラスとも役割分担や仲介役を買って出た()()()()がCクラスの()()()()と手を取り合った。

ほどほどの折衷案をもってして、A&Dクラスの布陣を崩し好成績を残し続けた。

 

 

「…ここまでは順調だな。予定通りに。だが…」

 

「うん。…みんなっ!お疲れ様!!」

 

「委員長!」「帆波ちゃんもお疲れ!」

 

「前半の種目はバッチリだったね!お昼もしっかり食べたら、午後に出る人は頑張ろう!」

 

「おう!任せてくれ!」

 

「他の人たちも、応援よろしくね!」

 

「あぁ!」

 

 

全員参加の競技を終え、疲れを感じさせつつも、笑顔のBクラス。収めた結果から、クラスの士気も非常に高くなっている。

リーダーである一之瀬もクラスメイトを労うと、チラリと相対するクラスのテントを一瞥する。

その様子は真剣そのもので、クラスメイト達は自分のリーダーへの尊敬を益々高めていた。

 

 

「………」

 

「ねえ、帆波ちゃんまた…」「うん、すこし…」

 

「…ゴホン、一之瀬。お前も昼休憩くらいはしっかり休め。」

 

「え?」

 

「そうだよ、ね?委員長も午後は推薦種目出るんだから、英気を養わないとっ」

 

「(…!)みんな…うん、分かった。ご飯にしよっか!」

 

 

花の咲くような笑顔に、周囲の心配そうな顔も一転する。そうしてBクラスは和気藹々と過ごしながら、午後の競技への意気込みを重ねるのだった。

 

 

・◇・

 

 

場面は変わって推薦競技の一幕、借り物競争。

急に変わったらしいルールに苦戦する生徒が多い中、Bクラスは持ち前のチームワークを存分に発揮していた。

 

 

「っねえ!連れて来たよ!同じ誕生日の先輩っ!」

 

「良し!じゃあ選手交代して向かってくれ!…ライン引きはあったか!?」

 

「今、陸上部の奴が取りに行ってる!」

 

 

交友関係の広い生徒がお題の相手を探し、運動能力の高い生徒がお題の品を持ってくる。

この辺りは他のクラスも出来ることだが、Bクラスはここからが強かった。

 

お題:好みの異性。好きな所を3つ答える。少年少女には難しい、高難度なお題だった。

事実、このお題を引いた時に渡辺の表情は赤くなったり青くなったりと忙しなかった。だが、そこは事前に決めてあった予定の通り自陣のテントに戻ると神崎が声をかける。

 

 

「渡辺、まずは深呼吸をしろ。2回でも3回でも良い。やれ」

 

「え?あ、あぁ…スゥ…ハァ…、」

 

「…よし、みんな。渡辺君が落ち着くまでの間に決めよっか」

 

「…?」

 

 

訳も分からないが、真剣な指示に渡辺はその通りに深呼吸をする。その間に、なんと一之瀬や神崎、他にもお題を変わっても良いと各々が声を上げ始めた。

 

 

「じゃあ変わっても良い人は居る?私でも良いけど―――」

 

「いや、俺が行こう」「え?神崎マジか…?」

 

「お前はテントに居た方が良いだろ、俺が行くぜ?」

 

「ねえ、肝心な事だけど相手はどうするの?」「それは…クラスから連れて良ければ早いけど…うーん」

 

「……!」

 

 

深呼吸をしながらも、渡辺も事情を察する。彼らは、自分の代わりにお題を答えようとしてくれているのだ。

そんなクラスメイト達に、自分が行く事を告げる。

 

 

「渡辺…いいのか?」

 

「あぁ。それで、もし嫌じゃなければ網倉。相手役として、一緒に来てくれないか?」

 

「え!?わ、私…?」

 

 

コクリと頷き、渡辺は一番に競技を変わろうとしてくれた網倉麻子に頼み込む。周囲から茶化すような声は無い。ただ成り行きを見守るのみだ。

数瞬の沈黙の後、網倉はいいよ、と返事をする。勿論その顔は赤くなっていて、頼んだ渡辺も同じ顔色をしている。

 

 

「…じゃあ網倉、頼めるか?」

 

「うん、ちょっと恥ずかしいけど…任せて!」

 

「お、おう。…ありがとうな、網倉」

 

 

実質的な告白のような一幕に、当人たちが居なくなった後のテントがにわかに色めき立つ。小声ながらきゃーきゃーと手を合わせて飛び跳ねる女子や、何故か敬礼する男子。

 

 

「1-Bの渡辺紀仁、好きなタイプの異性を連れてきました!」

 

「「おぉぉ~!」」「「キャー!!!」」

 

 

盛り上がる運動場。しかしその甲斐もあり、無事に1着となりBクラスに得点が加点される。

戻って来て揉みくちゃにされる渡辺や網倉も、満更な顔をしていない。

 

神崎はそれをみてホッと息を着くも、次の組の準備を知らせるアナウンスに意識をそちらへと戻す。

 

 

「あ、次は帆波ちゃんの番じゃない?」

 

「一之瀬さーん!!」「頑張ってー!」

 

 

ちょうど一之瀬が参加する組のようで、テントから声援が送られる。

彼女も手を振ってそれに応え、スタートの合図で一斉に走り出した。

 

程なく辿り着いたお題のくじが引かれる。お題を映すモニターに視線が集ると、そこには前回の焼き増しのような内容が記されていた。

 

お題:相思相愛な人。お互いに好きな所を3つ答える。

…またしても、割と難易度の高いお題だった。

 

 

「―――っ!」

 

「…また!?」「相思相愛って…無理じゃない?」

 

「いやでも、今度は異性じゃなくても良いしっ」

 

「いやでも相思相愛っていせ「異性とは限らないでしょう?」あっはいすいません…」

 

 

テントで悲鳴のような声の上がるもお題を答える為に相談しようとするBクラス。

しかし、そこでイレギュラーが起こる。一之瀬が、なんと()()()()()()()()へと向かったのだ。

 

 

「え?え…!?」「ほ、帆波ちゃん?」

 

「一之瀬…一体なにを?は…?」

 

 

結果的に、それが最適解だった。彼女は別クラス―――A()()()()のテントから、リーダー格の一人。西園寺撫子の手を引いて競技場に戻って来たのだ。

 

ざわつくBクラスのテントだったが、満面の笑みでマイクを握る一之瀬と不安そうな表情の西園寺。マイクから鳴るハウリング音で、集中した視線にも物怖じせずに彼女は口を開く。

 

 

「1-B、一之瀬帆波です。相思相愛の相手、西園寺撫子さんを連れてきました!!」

 

「え?帆波?」「「「キャー!!!」」」

 

歓声が上がる中、連れ添った西園寺と腕を組む一之瀬と、首を傾げつつも応じる西園寺。

 

一之瀬、ご乱心。

…Bクラスの生徒の内心が一致する。

(※一部、尊いものを見る勢力もあり)

 

確かに彼女が西園寺―――他クラスの中心人物のひとりに心を寄せているのは周知の事実だった。なんなら毎朝、殆ど一緒に登校したりお昼を共にしたり、なんならその後に彼女を追うように生徒会入りした。

 

ここまでの事情を知れば、彼女の西園寺への好意は(全然隠れていないが)垣間見えるが…相思相愛の関係とは衝撃だった。

 

その後、動揺しつつも条件確認の為にお互いの素敵な所を答えて歓声が再び上がったり、

悪乗りした担任の「二人の馴初めは?」というアナウンスに一之瀬が応えようとしたり、

Aクラスや別クラスの生徒が西園寺を引き離そうとしたり、その場は混乱の極みとなった。

 

学年主任のアナウンスにより、競技は一時中断。仕切り直しになるほどの騒動に発展したものの、事態は収束していく。本人も暴走気味だったを自覚したのか、しょんぼりとした一之瀬は今度は逆に手を引かれてBクラスのテントに戻って来た。

 

西園寺から(頭を撫でられながら)「あまり皆様に心配をかけてはいけませんよ?」と言われた時の委員長の心からの笑顔に、Bクラスは安堵の息をつくのだった。

 

その後、別段おかしな苦戦もなく、そして下馬評のとおりにBクラスの体育祭は快勝のまま幕を閉じた。

 

 

 

―――〇―――

Side.D-class

 

 

「…みんな、ごめんなさい。期待に応えられなくて、本当に悪く思っているわ」

 

「堀北さん…」

 

 

時は午後の推薦競技の部。その出場選手が呼ぶアナウンスに際して、堀北からの謝罪がクラスにあった。

入学当初の彼女になら心無い一言があっても不思議ではないが、今のDクラスは堀北鈴音というクラスメイトがどれだけAクラスを目指しているか知っている。

 

…間違いなく、この状況に納得していないのは堀北鈴音自身なのだ。そんな彼女には同情的な視線や声が向けられ、それに呼応し話題は競技の事へシフトする。

 

 

「じゃあ、堀北さんの分の出場枠だけど…誰が変わろうか」

 

「俺が行こうか?」「わ、私も…頑張るよっ」「僕も…」

 

「みんな…!ありがとう、それじゃあ…え?」

 

 

遠慮がちに声を上げた平田だったが、応える声は多かった。運動部の生徒や、堀北に勉強会で教わったものも手を挙げる。

その様子に驚きつつも目を輝かせていると、Dクラスのテントへ戻って来た生徒に注目する。

 

疑問の声は思ったよりも大きかった様で、平田の向いた方向に視線は集中する。

疑問、困惑、怒り。様々な感情の籠った目を意に介さず、彼は彼らしく堂々と発言をしてみせた。

 

 

「―――安心したまえ、スクールメイト諸君。この私が、出ようじゃないか」

 

「高、円寺…君?」

 

「高円寺…!?」

 

「なんでテメェが!」

 

 

誰一人として予想していなかった、ほぼ部外者とも言える高円寺の参戦宣言。

当然、対する返事は否。この体育祭に最も情熱をもっていた須藤は掴みかからんばかりの勢いだった。

2度目の呼び出しのアナウンスで、気炎は鎮火する。そんな中、立ち上がる堀北に誰しもが口を噤む。

時間にしては数秒だっただろうが、堀北の視線を高円寺は余裕の笑みをもって受け止める。

 

 

「………任せて良いのかしら?」

 

「無論だ。私に敗北はない」

 

「そう。…なら、()()()

 

「ふっ…大船に乗った気でいたまえよ」

 

 

何をもってして送り出したのか。それは当人にしか分からない。

それでも、クラスとしての最善を目指し、仲間を信じるその姿勢は、彼女のたしかな成長を感じさせるものだった。

 

 

「…良かったのか、堀北」

 

「ええ。どんな腹積もりか分からないけれど、やる気になってくれたなら、…彼を信じましょう」

 

「堀北さん…」

 

「うん…そうだね。みんなも応援、頼んだよ!」

 

「おぉ!!」「任せて!」

 

「平田君も頑張って!」

 

 

試験外に脱落者を出し、心身ともに万全ではない。結果も同着とはいえ3位。

―――それでもまた、Dクラスは一つ成長を遂げるのだった。

 

 

―――〇―――

Side.C-class

 

 

場所はとあるカラオケボックス。流石に体育祭の後の疲れた体で来る生徒も少ないのか、活気は少ない。

その一室では不機嫌さを露わに、ソファーに腰かけて足を卓上に投げ出している龍園翔の姿があった。

 

彼の不機嫌の理由は同席している全員が深浅は有れど理解している。体育祭での三位()()。そして目論んでいた番外戦術も機能しなかった。

 

脅しなどではなく、本心から口にした「審議を持って徹底的に争う」というサブプランも木下本人からの懇願で頓挫した。

 

 

「チッ…!」

 

「………りゅ、龍園氏…」

 

「分かってる、…打ち止めだ」

 

「はい…では、木下氏。もう大丈夫です」

 

『―――!?、―――!!』

 

「ええ、ええ。分かっています。そちらはそのように動いて下さい。…では」

 

 

軍師役である金田が電話をしているのは、(くだん)の木下だ。彼女は彼女で、多額のポイントと引き換えに今回の被害者に立候補していた訳だが事情が変わったらしい。

彼女のクラス外の繋がり―――部活の先輩や同級生らにDクラスから接触(アクション)があったらしい。

 

まだ今回の作戦の全貌が暴かれた訳ではなく、先方も同情的な意見を寄せて来たらしいが木下本人が()()()()と申し出て来た。

 

龍園としても矢面に立つ張本人が折れた以上、突っ張るリスクを計算しないほど無謀ではない。

(もちろん、龍園自ら脅してもなお、木下が意見を変えなかったという背景もあるが)

 

 

「龍園氏、終わりました」

 

「………そうか」

 

「………」

「………」

「………」

 

 

誰一人、口を開かない。その後、龍園から「はぁ」と重い息が漏れる。だがそれは嘆息(ためいき)というより獣が威嚇をする時に発するような喉の震えだった。

 

 

「…………金田、体育祭の結果を纏めろ」

 

「…は、はい!」

 

 

俯く王の命令に従い、金田はクラスのグループチャットを用いて目に見える形で結果を示していく。

 

体育祭の成績は赤組ADクラスの勝利、学年では順位はB>A>C=Dだ。

その結果、Aクラス以外はクラスポイントを失っている。特にCクラスはマイナスが大きく、5月の時よりもなお悪い。

まだ変更はかかっていないものの、金田の推定されるクラスポイントに一同も苦い顔をしてしまう。

 

A:1149ポイント

B:927ポイント

C:342ポイント

D:231ポイント

 

その後、金田の体育祭における総括は続く。秘密裡に実行されていた参加表の奪取による西園寺への謀略や、木下の自演事故。それらが不首尾に終わった上での、まさかの下位Dクラスとの接戦。

Cクラスの中でも気の弱い生徒らの表情には不安な色が浮かび、気の強い面々―――特に龍園への支配に反感を持っていた時任はここぞとばかりに失敗を指摘する。

 

それに対抗をするのは石崎であり、一気に場に緊張が走る。そんな折、我関せずを貫いていた椎名ひよりは敬愛する西園寺にメッセージを送る事に余念がない。…彼女には緊張などない。

そしてそんな彼女が切欠となったのかは確かではないが、ポツリと龍園が呟く。

 

 

「…手を変える必要があるな」

 

「はい?…龍園氏、今なんと?」

 

「あ?…なんでもねえよ。おい石崎、時任もギャーギャー騒ぐな。…金田、続けろ」

 

「すんません!」「………ちっ」

 

「は、はい…では後は、今回の試験で得られた情報についてです」

 

 

その後、金田の口から言われたのはこの試験で得られた情報だ。特に綾小路清隆、高円寺六助らの高い実力は周知されていなかった事もあり、衝撃的だった。

龍園の口から自演事故を破ったのが綾小路だと補足されたこともあり、一層ざわめきは強くなる。

 

 

「以上です、龍園氏」

 

「ご苦労。…さて、てめえら。今後の方針についてだが、その前に。なにか言いたいことがありそうだな?時任」

 

「…あぁ、その通りだ」

 

時任が席を立つと、同時に山田アルベルトが龍園を庇える位置に着く。…半ばポーズだが、サングラスの上で指の骨を鳴らす姿は周囲に圧倒的な迫力を与えている。

 

 

「龍園、お前がリーダーについてから俺達のクラスポイントは減るばかりだ」

 

「ほぉ。…で?」

 

「で?だと、フン。自分の実力不足を認めるのなら、リーダーの座を降りたらどうなんだ?」

 

「時任、てめぇ!」「調子乗ってんじゃねえぞ!」

 

 

時任の意見はシンプルに、「リーダーを降りろ」というもの。鼻で嗤う龍園だが、周囲からは「ヒッ」と引きつった声も上がる。

当然だ。5月に起こったクラス内での龍園を王として認めざるを得なかった()()。それがまたCクラスに現れるのではとそう思っているのだ。

先ほどよりも殺気立つ周囲に視線すら向けず、ただ一言。

 

 

「クク、なら賭けるか?」

 

「…なにをだ」

 

「もし次の試験でクラスのポイントが減る様なら、俺はリーダーを降りてやるって言ってんだよ」

 

「な…!」

 

 

突然の龍園の爆弾発言に、時任はもちろん周囲も騒めく。龍園に近いものほどそれは顕著だ。

 

 

「龍園さん!?」

 

「ちょっと、龍園?」

 

「龍園氏…!?」

 

「Boss…」

 

「どうした時任。お前の望む展開じゃねえのか?笑えよ」

 

「…む、無責任にも程があるだろ」

 

 

冷や汗を拭い、漸く口を開いた時任はそれだけの言葉を絞り出す。言葉を選ばないのなら、彼は怖じ気づいたのだ。

それを契機に、ガバリと立ち上がった龍園は時任に近づき胸倉を掴み上げる。

 

 

「おい」

 

「ぐっ…や、止め」

 

「日和ってんじゃねえぞ?てめえ自身で頭張るつもりのねえのに、ぐだぐだいってんじゃねえよ…!あぁ!?」

 

「ヒッ…」

 

 

王からの詰問に、既に当初の威勢はない。周囲も含めて、場の反意は萎縮してしまっている。

それを詰まらなそうに鼻で嗤い、手を放す龍園。ドカリと身を崩し、荒い呼吸を整えている時任。

 

それでも龍園を見上げる視線に険がある。この問題の終息には、まだ時間がかかるのだろう。

 

 

そうして席に戻った龍園はそのまま座らずに一同を見渡す。

不安なもの、期待を向けるもの、意に介さぬもの。それら全てを視界に捉えて、Cクラスの王は口を開く。

 

 

「前言撤回はねえ。次の試験でCクラスがポイントを減らすような負けをしたなら、王の座を降りてやる」

 

「そんな…!龍園さん!」

 

「…本気なの?」

 

「あ?なんだ伊吹、お前も無責任がどうとかいうつもりなのか?」

 

「そうじゃないけど…でも、じゃあ例えば次の試験が単純な学力勝負とかだったらどうする訳?勝てる訳ないでしょ」

 

「ふん…それを勝たせるのが、リーダーの仕事だ。なぁ?時任」

 

「…っ!!」

 

 

自身に溢れた王の発言に、再びCクラスには安堵や活気が戻る。

何度敗北しようと、紆余曲折あろうと、石崎も、伊吹も、なんなら時任だって心の底では理解しているのだ。

 

 

「黙って着いてこい。いいな?お前ら」

 

 

今のCクラスで、龍園翔が最もリーダーに相応しいのだと。

 

 

―――〇―――

Side.?

 

『ね、ねえ。本当に不味いって…こんな』

 

「あら、貴女の行い以上に不味いことなんて、なにもありはしませんよ」

 

『それは…!で、でもあなたがこれを手にするっていうのが殊更不味いんだって!』

 

「ええ、ええ。わかりますよ?…ですが、昔から言うではありませんか」

 

『…?』

 

()()()()()()()()、と。…ふふっ」

 

『…!で、でも「貴女に拒否権なんてありません。」っ!』

 

「………はぁ」

 

「ああ、でも彼女は可哀そうですね。信用していた教師からまさかせ『止めて!!』…ふふ、なら…分かりますよね?」

 

『…………送信、したよ』

 

「…これって…!」

 

「…確認しました。ええ、これで問題ありません」

 

『本当に、本当にこれで黙っててくれるんだよね…!?』

 

「ふふ、ええ。私は貴女と違って嘘偽りで誰かを貶めたりはしませんので」

 

『…っ!』

 

「では()()()()、今度また、ご贔屓にお願いしますね?」

 

 

―――〇―――

 

一之瀬「(これで、他の泥棒猫たちには牽制になったかにゃー?)」

 

綾小路「(俺は高円寺(あいつ)の交代の10万ポイントの事を言ったんだが…)」

 

金田「(学力…!?)」ガタッ

 

?「…ふふっ(…チェックメイト、ですね)」「はぁ…」

 

 

 




読了、ありがとうございました。
次回もお楽しみに。

混合合宿までのプロットは組みました。
徐々に、徐々に原作乖離をしていくと思います。

よろしくお願いいたします。


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ペーパーシャッフル編
①:生徒会【交代式】


お待たせいたしました。
今回から、新章スタートです。

最近はよう実界隈が盛り上がっていて嬉しいですね。
今回は説明会が多いかも?

それでは、どうぞ。


―――◇―――

Side.撫子

 

体育祭も無事閉幕し、少し肌寒くなって来た頃。

私はある方に呼び出され、生徒会室に向かっていました。

 

入学してから、気が付けば早半年。一つ一つが新鮮で、かけがえのない思い出として余さず記憶しております。

もし、私がこの学校を去る事になっても、他の方が去る事になっても、この思い出は決して無くさない大切な宝物です。

そして学校には必ず出会いと、別れが訪れます。

 

桜が咲き、桜が散る。春の訪れる季節になれば、必然と。

 

生徒会の交代式。…ほんの少し早いけれど卒業(それ)を身近に感じてしてしまう一幕(イベント)が明日に迫っています。

 

次期の会長には雅副…いえ、ええと、雅会長が着任され、私や帆波も引き続き生徒会の一翼を担うこととなりました。

明日のりはーさるも完了していて、今日は特に集まる用事はありません。

 

 

「………」

 

「入れ」

 

「失礼いたします」

 

 

この半年で、通い慣れた生徒会室。繰り返し4度、入室を請うノックに応える厳かな声。

許可を得て入室すると、そこには私を呼んだ堀北()会長の姿がありました。

 

 

「…1-A、西園寺です。お待たせして申し訳ございません。堀北会長」

 

「いや、急に呼んだ俺に非はある。…かけてくれ」

 

「かしこまりました。…?」

 

 

そういって会長の席、その正面の席にかけると会長が席を立ち、給湯室に向かいます。慌てて変わろうとしますが、「座っていろ」と一言。

どこか居心地を悪くしていると、仄かな茶葉の香り。紅茶を入れてくれたのか、少しして会長はカップを二つ持って戻ってきました。

 

 

「ありがとうございます、頂きます。…美味しい」

 

「そうか。…良かった

 

「?…会長?今、なんと?」

 

「…いやなに、茶に一家言あるようなら、受け付けるつもりだったのだがな」

 

「いえっ!?そのようなことはないですよ…!?」

 

「そうか」

 

 

どこか冗談めかした会長に、こちらも身振り手振りで応える。どこからしくなさを感じていると、会長はふと気が付いたように眼鏡を直しながら続ける。

 

 

「そういえば、まだ俺の事を会長と呼んでくれるのだな」

 

「それは…ですが、正式な引継ぎは明日の予定ですので…」

 

「殊勝なことだな」

 

 

その後、先日の体育祭の話や、最近の学校生活の話、

鈴音や、Aクラスでの出来事をお話しました。会長は聞き上手で、柔らかい表情で相槌したり真剣な表情で助言を下さいました。

 

 

「………もうこんな時間ですね」

 

「………そうだな。時間を取らせてしまったな」

 

「いえ、そんなことはありません。それに…」

 

「?」

 

 

楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。

この学校で始めて知った事です。…ですが、別に効率的でなくてもいい。

非効率に過ごすこの時が、他の何にも代えがたい充実を私に与えてくれる。

 

 

「………そうか」

 

「はい」

 

 

それを伝えると、真剣な面持ちでこちらをジッと見ている会長。

私も視線を返していると、夕暮れで暗くなって来た生徒会室に少しだけ静かな時間が流れます。

そうして、10秒ほどでしょうか?沈黙ののちに、意を決したように会長は本題を話し始めました。

 

 

「………西園寺、一つ俺と約束してくれないか?」

 

「約束、ですか?」

 

「ああそれは―――」

 

 

・◇・

 

 

「―――生徒会を率いて来られたことを誇りに思い、そして感謝します。ありがとうございました」

 

「―――この学校を真の実力主義の学校に変えていきますので、どうぞよろしくお願いします」

 

 

目の前では、堀北()会長と雅()会長の挨拶が行われていた。

前者は本当に一言。人となりを知らなければ誤解するような短い言葉に、万感の思いを込めただろう感謝の表明。

 

後者は周りの皆様を引き付ける、変化と革新を志した挑戦の言葉。同学年の方々の圧倒的な支持に、雅会長の力が垣間見える一幕でした。

 

…あと、さぷらいず?というのでしょうか。定員人数の撤廃と共に副会長を2名体制にする発表があり、

桐山生叶先輩と共に任命を受けて挨拶をすることに。初耳でした…次期生徒会運営は、悪戯好きな雅会長のおかげで気が抜けないかもしれませんね。

 

閉会後に帆波を始め、皆様から拍手と共にお祝いの言葉を貰いましたが、本当に私で良かったのでしょうか?…もしかして、昨日の()()()()の約束は、このことも?

 

 

副会長として業務は今までの作業に加えて、新たに生徒会に入った2年生の先輩方へ業務の説明、引継ぎ。そして雅会長の業務のお手伝いになります。

何名かは体験入部?いえ、入会でしょうか。雅会長とお話しすると次の日にはいなくなっていたりと、不首尾を詫びる私に「向き不向きがあるから気にするな」と肩を叩いてくれる雅会長。

 

当初の入退会の勢いも収まると、中間テストの時期に。雅会長の号令で生徒会活動がお休みになるとBクラスの方々と勉強会をしたり、有栖と一緒にお菓子をつくったりと有意義に過ごしておりました。

そして本日、中間テストの結果発表の日。先生からの説明で、今回のテストは前回の体育祭の特典が付与された結果で発表されるとのことでした。

 

 

「…流石ですね、撫子さん。全教科満点、おめでとうございます」

 

「…有栖も、今回は仕方ないわ。あまり気を落とさないようにね?」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 

順位の一番上には私が。次には有栖…ではなく、的場君。その後も葛城君、西川さんと続き、彼女の名前は11位に。これにはクラスが少し騒めきますがその点数は全て90点。

つまり、体育祭で最下位の減点(ペナルティ10点)を受けて、90点。実際は満点であることに、すぐに皆様は気が付きます。

 

一喜一憂する皆様を前に、真嶋先生はこれから始まる次の試験についての説明を始めます。

 

 

「次の期末に向けて、8教科を合同の小テストを行う。100点満点で問題の難易度は中学3年生レベルのもの。君たちからすれば容易に解ける問題しか出題されないだろう。そして、この小テストは仮に0点を取っても成績には反映されず、一切のペナルティはない」

 

「「「…」」」

 

「いい緊張だ。君たちもこの学校に慣れてきたようで担任としても嬉しい。…説明を続けるとしよう」

 

 

0点でも罰則なし。その言葉に反応する方は居らず、むしろ怪訝な表情で周囲や真嶋先生を見据える次第です。私も首を傾げていると、有栖がうっすらと笑みを浮かべているのが視界に入ります。

その様子にむしろ気を良くしたのか、何度か頷いた真嶋先生はペンを手に取りました。本題の様です。

 

 

「次に行う小テストの点数を元に、クラス内で2人組のペアを組む。次回の期末テストはそのペアで挑むことになり、当然だが赤点もペアで判定がされる。具体的には、次回の8教科各100点満点のテストで全教科に60点の最低ボーダーが設定される」

 

 

黒板(ホワイトボード)には『各教科、2人の合計点が60点がボーダー』と書かれる。…これは今回の中間テストの結果を見ても問題はあまりない様に感じます。Aクラスの皆様は勉強面での不安はあまりなく、殆どの生徒の平均点が75点±10点といったところ。

 

 

「もうひとつ。合計点でのボーダーも設定されており、これは例年700点前後だ。…試験は1日4教科で2日間をかけ、もしも体調不良などで欠席となった場合は正当な理由の場合に限り前回、前々回のテストからの見込み点を与える。…が、正当な理由でない場合は全て0点として扱う。当然、カンニングはペア共々退学措置を取るので、決して行わない様に」

 

 

「…先生、よろしいでしょうか?」

 

「なんだ、葛城」

 

「ペアの決定は、どのようにされるのでしょうか?」

 

 

『例年、2人の総合計700点がボーダー』、『各教科100点満点』『1日4教科』『2日で8教科』など箇条書きで黒板を埋める真嶋先生に葛城君が挙手し、質問をします。内容はどのようにペアが決定されるか。試験の根幹にも触れるそれには、クラス中の注意が向くのを感じます。

 

 

「葛城の質問についてだが、現時点では応えることは出来ない。先ほどの小テストの結果という事実のみ開示可能だ。理解してくれ」

 

「そうですか…分かりました」

 

「うむ。…ここまでは理解したか?よし、では君たちにはもう一つの側面でこの試験に挑んでもらうこととなる」

 

「(もうひとつの…側面?)」

 

 

疑問に答えるように、真嶋先生は説明を続けます。

 

・次回の期末試験については私達が作成し、問題難度については提出の度にチェックが入ること。

・作成したテストを他の3クラスが解き、こちらも同じく他のクラスのテストを解くということ。

・相手のクラスに総合点で勝れば、50クラスポイント、直接対決なら100ポイントが相手から入ること。

 

 

期末までは約1ヵ月。テスト勉強に、ペアのルール、そして問題作成。役割分担が必要になる試験のようですね。

 

 

「―――そして、対戦相手となるクラスを一つ指名し、被りがなければ決定し被れば抽選を行う。理解できたか?」

 

「…先生、作成する問題数は今までのテストと同一ですか?またチェックして頂くのは何回でも可能ですか?」

 

「ああ、教科ごとに50問、何回でもでもかまわない。…ふむ、先ほどの質問のかわりではないが、ひとつ教えておこう」

 

「!」

 

 

葛城君の質問に答えると、内容に気を良くしたのか真嶋先生は腕を組んで続けます。声が気持ち和らいだのを感じ、意識を向けると偶然か目が合いました。直ぐに視線を周囲に向けたので、気のせいかもしれませんが、なんだったのでしょうか?

 

 

「この試験、通称ペーパーシャッフルだが例年1~2組の退学者を出している。基本的にDクラスが対象だが、まれに他のクラスもそれに含まれる。…嘘ではない。上級生に聞いてみたら本当かは分かる筈だ」

 

「はっ、やっぱりDクラスは…」

 

「おい、戸塚…」

 

「…?」

 

「…!」

 

 

嘲笑や疑問を浮かべるクラスの中、有栖や葛城君はなにか気が付いたのでしょうか?ハッとした表情で真嶋先生をみつめています。

 

その後、授業が終わり試験の事について話し合したく思うと、有栖や葛城君たちは既にお話を始めているご様子。私も二人の下へ歩み寄ります。

 

 

 

「おそらくペアのルールは…」

 

「ええ。小テストの点数の高低で決まるのでしょう」

 

「…そういうことか。100点が0点とペアって感じか」

 

「あぁ、だからDクラスで退学が出るんだ。あいつら平均低そうだし」

 

 

二人の話はペアのルールについてでしたが、徐々に発言の量に差が出始めました。

有栖からは相手にするべきクラスの話、テスト勉強の日程調整や間諜の対策に至るまで続々と提案が為されるのに対し、葛城君はその提案の細部を詰める修正案、代替案を出す流れに。そして決定的な一言が有栖の口から発せられます。

 

 

「出題するテストは、私に一任して頂けませんか?」

 

「それは…」

 

 

今回のテストの核。その作成を任せて欲しいと有栖はいう。当然、他のクラスと点数で争う以上テストは最も重要。実質、この試験のリーダーといっても過言ではない役割。流石の葛城君も即決できず、チラリとこちらに視線を向けてくれる。それにならい、有栖もこちらを見る。

 

 

「撫子さんは、よろしいですか?」

 

「…?……私は、構わないと思いますが…」

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

「西園寺…」

 

 

これは場の雰囲気などではなく、有栖なら適任という判断。テストの点数もそうですが、有栖はこういった情報戦や知略を競う試験を好んでいる。

…これまでの無人島試験や体育祭など彼女には歯がゆい思いをさせている。そんな負い目が、決してないとは言わないけれど。

 

結論からいうと、不満は一定数出た為に今週中に有栖と葛城君、私でひとつ分のテストを作って解いてみようとなりました。…おそらく、有栖の思惑通りの決着。彼女の自信に満ち溢れた笑顔に、私は場違いにもクスリと笑みを漏らしてしまうのでした。

 

 

こうして、私達の新たな試験は幕を開けたのでした。

 

 

 

―――〇―――

Side.堀北 鈴音

 

先日の生徒会の交代式から数日、中間テストの結果が発表された。最下常連だった須藤君は体育祭でのボーナスから30位と躍進をみせていた。なにより、その結果に過度にはしゃぐことなく小さく握り拳を作る。更に上を目指そうとしている姿勢には今後への期待が持てる。

ただ、最下位の順位が40ではなく、37である事に未だ息を呑んでしまうのはまだ慣れない。…正直、出来れば慣れない方が良いのかもしれないけれど。

 

そして、続いて発表された次の特別試験、通称ペーパーシャッフル。純粋な学力勝負に加えて、問題作成という複数のタスクをこなす試験が告知され、私たちのクラスの空気は―――

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

非常に、重苦しいものだった。

理由はいつも以上に真剣な表情でルール説明をした茶柱先生の発言によるもの。

 

『ペアを作れなかった生徒は対象を0点として扱う』というものだ。

 

この試験、ただでさえ勉強は不得手なDクラスには厳しいものになるというのに内1名は赤点のボーダーが実質倍になるという。おそらく、ペアの条件は事前テストの1位とビリだ。即ち、ペアを作れない生徒とは50点に一番近いだれかということになる。

 

どうする…?私や平田君、幸村くん当たりなら多分ひとりでもボーダーは越えられる。でもそれは、高い点数の生徒が減る。即ちペアを組むであろう点数が下位の生徒の退学のリスクを高めることにもなる。

 

『例年1~2組の、特にDクラスから退学者が出ている』

 

珍しく学校生活について感想を聞いたり、茶化したり揶揄う様子もなかった茶柱先生。真剣なその発言が、どうしても脳裏を離れない。

 

 

「………ね、ねえ…堀北さん、どうしようか」

 

「ごめんなさい、少し考え込んでしまっていたわ」

 

 

周囲には平田君や櫛田さん、それをもうひとつ遠巻きに見るクラスメイト達がいる。…私がしっかりしないとダメね。

 

 

「…まず、なにより優先すべきことはこちらも勉強会や自習をして学力を高める。これはマストよ」

 

「うん、そうだね。…じゃあ僕は勉強会の段取りをするよ。もちろん、それ以外のことも相談してくれて良い。なんでも協力するよ」

 

「私も協力するよ!何でも言って欲しいな」

 

「ありがとう。…次に、幸村君。良いかしら?」

 

「あ、ああ。…テスト問題の作成か?」

 

 

急に声をかけたからか、驚いた様子だったけど眼鏡を直しながら返事を返してくれる。学力が高く、Aクラスへの意欲の強い彼の発言は的を得ている。それに頷くとスマホの連絡先を渡し、スケジュールについてまた連絡する旨を約束する。

 

 

「あとは、部活のある人たちもいると思うけれど勉強会を優先して欲しい。勿論、強制は出来ないけれど…いいかしら」

 

「す…堀北、分かったぜ…!」

 

「うん、了解!」

 

 

今回の試験、厳しいかもしれない。それでも、私は。()()は、勝利を目指す。落ち込んでなんて居られない。そんなことは終わってからいくらでもすればいい。

目の前では櫛田さん主導で、各々の友人グループで勉強会の予定とメンバーを調整している。平田君や幸村君も普段、一緒にいる人たちと予定を決めているようね。

 

徐々に回り出したクラスを見渡していると、何時ものようにどこか他人事のような顔をしている綾小路君(退学候補筆頭)と目が合う。

 

 

「なんだ、堀北」

 

「いえ、随分落ち着いているのねって思っただけよ。18位小路君」

 

「…随分不名誉な呼ばれ方をした気がするぞ」

 

「…それより、大丈夫なの?…いえ、何でもないわ。それより方針は…どう、だったかしら」

 

「………」

 

 

先ほどの中間テストでも、平均66点。たしか彼の体育祭の成績は上の下。もらえた特典は有っても少し。つまり、このまま小テストに挑んだら、彼が。

…実際のところ、彼の100%の実力は底知れない。夏休みの騒動や、特別試験では急に活躍をしたり体育祭では兄さん並みの走りをみせたり。やる気があるようには見えないのに、気が付けば事態の中心近くにいる。

 

そんな彼だから、余計な心配はせずに今は試験について聞くことにする。

私の初動についてだ。彼は少しだけジッと視線を向けたあと、ポツリと続ける。

 

 

「この試験で大切なのは学力だっていうのは正解だ。だから、それを強くするのは間違っていない」

 

「………続けて」

 

「だがそれだけで勝てるなら、この試験の勝敗は見えている。クラスの順番に勝ち、クラスの順番に負ける。それだけだ」

 

「………」

 

「今回の試験、俺達は直接対決ならCクラスとの順位がひっくり返るよな」

 

「…たしかに」

 

「マジか!?」

 

 

須藤君の声に思わず視線を向けると、「悪ぃ」と口を押えつつも興奮気味な彼の姿が。周囲の騒めきも視界に入り、綾小路君との話が意外と注目を集めていた事に気が付く。

 

 

「え?でも、えっとまだ100ポイント以上離れてるから、違うんじゃないの?」

 

「軽井沢…。俺達Dクラスに100足して、Cクラスから100引いてみろ」

 

「え?…あっ!?ほんとだ!?」

 

 

素で分かっていなかった軽井沢さんも、幸村君のアドバイス通りに電卓アプリを叩くと驚きの声を上げる。

ため息交じりに、幸村君もこちらの話に加わる。

 

 

「清隆、つまり戦う相手が大事ってことか?」

 

「まあ、おおむね啓誠のいう通りだ。極端な話、俺達はCクラスに勝ちたくて、Cクラスは俺達に負けなければそれで良い状況だ」

 

「えっと、それは当たり前のことじゃないかい?」

 

「つまり、A()()()()()Bクラスに直接負けなければいい訳だ」

 

「…!?」

 

「…!」

 

「え?え?…なんでAクラスの話になってんの?」

 

「い、いや…分かんねえよ、俺にも」

 

 

首を傾げる須藤君や軽井沢さんを尻目に、私や幸村君は綾小路君の言いたい事を理解する。

 

現状、クラスのポイントは上位2クラスと下位2クラスで大きく離れている。それでも、A-BとC-Dは100ポイント近くで僅差と言っても良い。

今回の試験で特別試験が最後な訳じゃないけれど、クラスが変わる事実は数値以上にクラスメイトのメンタルに影響を与えるはず。

 

だからAもCも、逆転を恐れている。

直接の敗北は、クラスの降格という結果に結びついているのだから。

 

 

「そう、…そういうこと。相変わらず、あなたはとんでもないことを考えつくのね」

 

()()()に声をかけるのかは任せるが、櫛田あたりに頼めば場はセッティングして貰えるはずだ。…後はお前の頑張り次第だな」

 

「え?堀北さん分かったの!?…どゆこと?」

 

 

私は、試験を正攻法で勝とうとばかり考えてしまっていた。恐らく、平田君や櫛田さんもそう。でも、綾小路君は正反対の方法での勝ち方を模索していた。…それも、この短い時間で。

私は直ぐに櫛田さんと平田君にも声をかけ、作戦の概要を伝える。もちろん、口止めも忘れずに。二人は驚きつつも、納得をして協力してくれることになった。賞賛を送ってくれる平田君には、綾小路君に視線を向けると納得してくれる。視線の先には、どこか打ち解けた様子で軽井沢さんと話す彼の姿があった。

 

 

「綾小路君って、実はすごい?」

「…偶然だ」

 

 

「嘘つきね」

 

「堀北さん?」

 

「…いえ、平田君。何でもないわ。それじゃあ櫛田さん、お願いできるかしら?あなたしか、頼れない事よ」

 

「堀北さん…!うん、任せてっ!」

 

 

こうして、私たちの次の試験が幕を開けた。

動き出したクラスをみて私は、覚悟を新たにする。もう誰一人として、退学者を出さない様にと。

 

 




読了、ありがとうございます。
感想もいつもありがとうございます。

次回も早めに更新できるようにします。
よろしくお願いします。


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②:生徒会室の約束。~撫子、初めての映画鑑賞~

おまたせしました。
勢いのままに、続きを書いておりました。

前半、気持ち重め。
後半はギャグです。ただ、しっかり意味も理由もあります。

それではどうぞ。


Side.堀北 学

 

 

「ご紹介頂きました、西園寺撫子です。未熟なこの身ですが、これからも南雲新会長を始め先輩の方々に倣い―――」

 

 

目の前では、西園寺が突然の副会長への任命に動じずに着任挨拶をしていた。実はリハーサルでこの件は彼女以外には周知されており、いつでもフォローに動ける体制で実行されたサプライズだ。

実際、1年の半ば。新生徒会発足時に1年で副会長になったケースは初だ。イレギュラーな年に全員1年生が生徒会として発足した事例もあったが、それでも2月の終わりだった筈。当時の2年生が大量の退学者を出して生徒会が壊滅した時だけのはず。

記憶を深層に向けていると、昨日の生徒会室での最後の約束を思い出す。生徒会長として最後に、俺が招き入れた後輩への助言。

 

 

「―――西園寺、俺と約束をしてくれないか?」

 

 

西園寺については気にかけていた。それこそ、生徒会に誘ったその日からだ。

だからこそ、彼女の危うさには気が付いていた。

 

西園寺撫子は、退学について頓着がない。何故なら彼女の将来は既に既定のレールが引かれ、その通りに進む。…いや、それ以外の生きるすべを知らないというべきか。

「底の浅い同情ではないのか?」…自己問答をしても、絶対に否とはいえなかった。

 

彼女の能力が高かったことも理由の大部分だが、ともかく、俺はそれをどうにかしたくて誘ったのだ。最初は世間知らずで、それでも高い能力で仕事を熟す彼女の心を育てていくつもりだった。

 

だがそれは、日々の学校生活で彩りを重ねていく西園寺を見て断念した。新たな友人、新たな出会い、試験や遊び事。そんな些細なことを、まるで幼子の様に喜んで話す彼女をみて俺は、安心してしまったのだ。

同時に、どうしようもなく感じる誇らしさと、それを咎める感情。千々に乱れる心内は、とてもではないが誰に相談できるものではなかった。

 

生徒会長の俺が言う。

「彼女の心を育んだ学校は、俺が守り続けた伝統の結晶だ。俺は、生徒を導くに足る生徒会長だったのだ」と。

 

Aクラスである俺が言う。

「彼女は勝手に救われたのだ。烏滸がましい。俺が居ずとも、西園寺は友を見つけ、一人生きていけただろう」と。

 

…彼女を、異性としてみる俺が言う。

「彼女が欲しい。他の誰も見て欲しくない。ずっと俺の横にいて欲しい」

 

―――堀北学()にとって、学校生活における特別な存在というのはあまり居ない。信用できる学友、頼りになる仲間は当然いるが、どれも変えの利く存在だ。…いや、作らなかった、が正しいのだろうな。

 

 

そんな俺がこんなことに悩むなんて、想像だにしなかった。俺は来年には卒業する。それは絶対だ。

だから、この場での約束なんて何の意味もない。自己満足に過ぎない。彼女を縛るだけのただの執着だ。それでも―――

 

 

・◇・

 

 

「…撫子ちゃん」

 

「…」

 

 

橘の呟きに意識を戻す。…これで俺達の仕事は終わりだ。生徒会の引継ぎもとうに終わっている。唯一、桐山には南雲の事を伝えたがそれは今はいい。

南雲も薄々わかっているのだろう。だから、西園寺を副会長に抜擢した。()()()、俺もそれを認め彼女を容認した。…最後の最後に、とんだ公私混同だ。

 

 

「―――最後に、私のような浅学の徒を今日まで導いて下さった先任の生徒会の方々に、深い感謝を」

 

「!」

 

「まことに、ありがとうございました。ご多忙とは存じておりますが、どうか私たちの成長を、暖かく見守って頂ければ幸いです」

 

 

思わず瞠目しまった。それは隣の橘も、他の面々も一緒だったろう。壇上でこちらに丁寧に、心を込めたと判る態度で感謝を告げられる。

背後で南雲が拍手をすると、堰を切ったように拍手が続く。感極まったのか、泣きだすものもいた。

 

…冥利に尽きる、というのだろうな。俺ですら動揺を抑え軽く会釈を返すのが精いっぱいだった。

その後、生徒の方へ礼を送った撫子は元の位置ではなくこちらに歩み寄って手を差し出す。

 

 

「堀北()()

 

「…あぁ」

 

 

固まっている訳にもいかない。式の時間は有限だ。俺は周囲の視線に応える意味でも、西園寺の手を取り握手を交わす。再び鳴り響く拍手の音。それにかき消される程度の声で、西園寺は応える。

 

 

()()、承りました」

 

「そうか。…忘れてくれても良いぞ」

 

「…よろしいのですか?…なら、()()()は、真っ先にご挨拶に行きますよ?」

 

「フッ…それは怖いな。なら、前言は撤回しないでおこう」

 

「はい♪」

 

 

反対の手も出して両手で覆うように握手をする西園寺。悪い気はしなかったが、背後に見える南雲の顔に嫉妬の色が見えて切り上げる。

これで、本当に終わりだ。

 

式が終わる。教室に戻る道中で橘に声をかけられた。内容は先ほどの撫子のことだ。

 

 

かいちょ…んん、堀北君。さっきの撫子ちゃんの約束って何のことですか?」

 

「あぁ、別に大したことじゃない。ただ―――」

 

 

夕暮れの生徒会室。

 

二人きりの約束。他の誰も知らない、二人だけの秘密。

 

 

学校を辞めるなとは言えない。彼女のレールを引いた奴と同じになりたくはないから。

 

『明日辞める俺がいうのもアレだが、生徒会長は楽しいぞ』

 

『楽しい…ですか?』

 

俺と来いとも言えない。社会に出てもいない俺にその資格があるとは思えないから。

 

『あぁ。他のクラスとも、学年とも接点を持てる。得難い経験も得られる』

 

『経験…』

 

だから賭ける。この半年の経験と、これからの西園寺の成長に。

 

『生徒会長となって、どうだったか、卒業後に感想を教えてくれ』

 

『それが約束、ですか?』

 

彼女が成長し自分を持てば、きっと自分の路を選べるだろう。その力はある。

そして、彼女の選択を支持する仲間は間違いなく得られるだろう。この学校なら、必ず。

 

『そうだ。…約束というよりも宿題、だな』

 

『ん…少し、考えさせてください』

 

 

・・

 

 

その時はなんと返事をしたんだったか、昨日の事なのにもう思い出せない。

俺も緊張していたのだろうか。だが、結果は了承。

答え合わせはまだまだ先のはなしだが、時間はたっぷりある。俺は生徒会長の座を退いたが、ただの一先輩として彼女を見守ろう。

 

彼女が成長した姿を見せてくれても、その彼女と妹が切磋琢磨してくれても構わない。

本当に、俺は運がいい。卒業まで、そして卒業した後もこんなに楽しみが出来るとは思わなかった。

 

 

「―――ただ、負ける訳にはいかないな」

 

「堀北君?」

 

 

無論、俺も自分を諦めるつもりはない。苛烈になる試験も譲るつもりはない。

後輩に、格好の悪い背中は見せられない。俺は、先輩なのだから。

 

 

―――〇―――

Side.撫子

 

筆記用具がノートに走る音すら聞こえる静謐な図書室。

試験前、学年を問わずに人気な一角を望める本棚に隠れて、私は文庫本を見る振りをして―――監視活動を、行っています。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

そう、私は今とある生徒を見張っているのです。

 

それは、Dクラスの綾小路君。クラスメイト達…愛理もいますね。と勉強をしているのか、図書館の机でノートや教科書を開く表情は真剣な様子で他の方々もたまに視線を交換する程度です。

その後、会話なく集中して勉強するところを見守…ん、見張ること数分。肩を叩く山本さんに頷き返すと、共にその場を離れます。

 

ここ数日の定位置となった山村さんのお気に入り?の自動販売機の近くで、活動報告を有栖に送ります。

 

 

『綾小路君は本日17時まで図書館でクラスメイト達と勉強会をしていた様子です。集中していて、誰とも会っていませんでした』

 

『了解しました。本日の活動は以上です。あとは行動表のリストを自由に埋めて行ってください』

 

『かしこまりました』

 

 

そう有栖に送ると、待っていてくれた山村さんにお礼を言って別れる。この後、私は映画館に行かなくてはならない。それも、場所を何度か訪ねながら。

 

…何故、試験の2週間前にこの様なことをしているのか。その答えは先日まで遡ります。私と有栖、葛城君で仮の問題を作成したその日まで。

 

 

・◇・

 

 

「えっと…あの、撫子さん?」

 

「…?有栖、どうかしたのかしら?」

 

「これは…」

 

「葛城君?」

 

 

その日は作った問題を持ち寄って、クラスの皆様に解いて貰う約束の日。

※もちろん、難度は真嶋先生にチェックは頂いています。

 

今は実際にテストを解いて貰っていますが、問題を見た二人の顔色が少し怪訝そうでした。

その後、回答用紙を集めると採点と共に集計を行います。

 

結果は…。

有栖:平均77.2点

葛城:平均81.0点

私:平均95.1点

 

 

有栖のテストが一番、難しかった様ですね。それを祝うと、二人はなにか含むような表情を浮かべています。

…?皆様からも、どこか訝し気な視線を向けられます。

 

 

「あの、皆様?どうかしたのですか?…?真澄?」

 

「…撫子、あの問題は真剣に作ったの?」

 

「…?ええ、しっかり、難しい問題を作ったつもり…だけれど?」

 

「………えぇ…?」

 

「…!撫子さん、少々よろしいですか?」

 

 

どうも反応が良くない。どうしたのかと首を傾げていると、有栖がテストを二つ並べてそれぞれの問題を指さします。

 

 

「…私の作ったこの問題と、葛城君のこの問題。どちらが難しいと思いますか?」

 

「?そうね…葛城君のもの、だと思うけれど」

 

「「…」」

 

「え?え?…有栖のは答えがマイナス4で、葛城君のはX=12分のルート…」

 

 

そういって答えを伝えると、二人は固まって、橋本君は引きつった笑みを、藍は乾いた笑いを零します。その様子におろおろしていると、後ろの真澄から声がかかります。

 

 

「は?撫子アンタ、暗算でこれ解けんの?」

 

「え…?は、はい」

 

「………。あ~、はい、はいはい、だからアンタの問題、やたら記述が多かったり途中式が多かったのね

 

「??」

 

 

・◇・

 

 

その後は気を取り直した有栖からの指示で、私は勉強会の時間以外は彼女の指示で活動することになりました。…ふふ、リーダーとして張り切っているいて、微笑ましく感じてしまいました。

こほん…。それで、内容は一見ごっこ遊びの様です。…ですが、曰く十重二十重に策謀を盛り込んでいるとのこと。

逆にこちらに接触があった場合は、速やかにぼいすれこーだーを起動して情報を有栖に届けます。有栖から受け取った行動表には、ええと…。

 

 

『同級生の生徒の目につく場所で映画館の場所を聞き、そのまま入場する』

※時間を気にする素振りをすること。

 

『ダミーの問題集の入った封筒を持って、ケヤキモールの喫茶店に入る』

※ひと目を避ける様に。

 

など、など。

 

まるで私が暗躍しているように周囲に見せかけることが重要らしいです。

…これもクラスの為。そう自分に言い聞かせつつも、私にはまだ理解し切れていないこの作戦、どういった結果となるのか、今から楽しみですね♪

 

 

ケヤキモールに着くと、試験前だからか同級生の姿はあまり見えない。…いいえ、喫茶店などの勉強スペースのある店内には、他クラスの方々がいるのが分かります。

さて、誰かに道を聞かないと。そう考えていると、後ろから最近よく聞きなれた声がかかりました。

 

新生徒会長の、雅会長です。お傍には同級生の方々が侍っていて、これから放課後をお過ごしになる様子。

 

 

「撫子じゃないか。今は試験前だろ?勉強は良いのか?…まあ、お前の学力なら問題ないだろうが」

 

「ごきげんよう、雅会長。ご心配いただき、ありがとうございます。…そうですね。油断せぬよう、微力を尽くします」

 

「あぁ、そうしろよ?せっかく俺が推薦した生徒会の副会長様だ。それが赤点で退学なんてシャレにならないからな」

 

「はい。…あ、雅会長。おひとつ伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「ん?」

 

その後、雅会長に場所を聞くと「デートか?」とからかわれたので上手に誤魔化して、少しだけ急ぎ足で映画館に入場します。

 

事前に券の買い方は初めてで迷ってしまいましたが、最前列の壁際の場所を告げて入館する。

上映が始まり暗くなったら、出来るだけキョロキョロしながら過ごす。これも有栖の指示があったことです。

 

…ですが、初めて大きなすくりーんで上映される映画に、少しだけ集中してしまいお仕事を忘れかけたのはナイショです。

 

※このあとめちゃめちゃ映画を観た!

時折、プライベートでも映画館に足を運ぶようになった!!

 

――――――

 

「…なんだったんだろうな」

 

「ええっと、スパイ活動、的な?」

 

「いや、あれ西園寺だよな。…伊達眼鏡して、髪型変えただけの」

 

「…図書委員っぽかったけど、なんていうか…私が言うのもアレだけど、ねえ?」

 

「…ノーコメントだ」

※あの胸で変装しても、絶対気付かれるだろの顔。

 

 

――――――

 

「……っ!……!!」

※両手を組んで、目を輝かせている。

 

「………(可愛い…)」

 

「………(え?なにアレ、抱きしめちゃダメかな?)」

 

「…(アイツ、なにやってんの?)」

 




読了ありがとうございました。
感想、アンケートもありがとうございます。
これからもご回答、お待ちしております。

次も出来るだけ早く作ります。
よろしくお楽しみに。


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③:副会長様はご乱心?

本編、更新しました。
どうぞどうぞ。


―――〇―――

Side.神崎 隆二

 

 

「…どういうことなの?」

 

「いや、俺もまったく分からない」

 

「というか、帆波ちゃんが知らないなら誰も分からないんじゃないかな?」

 

「そうか?…そうかもな」

 

 

事の始まりは、先日始まった次の試験。

先生のいう、ペーパーシャッフル試験。俺達は『打倒Aクラス』を目標にクラス一丸となっていた。

テスト勉強や問題作成を作る打ち合わせも無事に済んで、今日は何組かに分かれて勉強会をしてた。

 

場所はモールにある喫茶店で、クラスの連中曰くウェイトレスの制服が可愛いとチラホラ噂が流れてたな。

男だけで行くのはハードルが高いが、今日のメンツの半分は女子だ。その点は問題ない。問題ない、のだが…。

 

 

「いらっしゃいませ、お客様。こちらのお席にどうぞ♪」

 

「えっ…!?は、はい…え…え?」「ど…どう、いたしまし…て?」

 

「………」

「………」

 

 

今また、入店する客を案内するウェイトレスを一同無言で見つめてしまう。

通路を挟んで席についている上級生だろうか?彼女達も顔を赤くしてみつめてしまっている。

 

純白のワンピースタイプの給仕服のような制服に、真っ赤なスカートはためかせている。

ウエストをキュッと絞めるようなサロンエプロンとレース柄のホワイトプリムを付けていて、なるほど確かに可愛らしい。

…別におかしな所はない。服装に問題はない。…問題は、それを着ているウェイトレスだ。

 

 

―――()()()()()()奴が、この店でウェイトレスをやっていた。

…撫子、なにやってるんだ。ついこのあいだ、生徒会副会長になってなかったかお前?

 

 

目の前では同級生の撫子がウェイトレスの制服を身に纏って、接客や給仕をしている。胸元のハートの名札には達筆な字で『撫子(新人)』の名前が。

制服の構造上…胸、が強調されてることもあり非常に危険度が高い。名札を目にしようとすれば、どうしても彼女の胸元に目が向いてしまい女子からの視線が冷えていく。

 

ゴホン。そんな事よりも何故、Aクラスのリーダー格の彼女がバイトをしてるんだ?事情を知っているかもしれない一之瀬にメッセージを送ったら『すぐ行く』とコメントが来てから進展はない。

 

これでは勉強どころではない。理由を聞こうにも撫子は非常に忙しそうだ。

男女問わず必要以上にメニューやおススメなどを聞いて、みな接点を得ようと必死でとても人気のようだ。

 

…おい、そこのサラリーマン。彼女は未成年だぞ。止めとけ犯罪だ。

 

 

「っ、はぁっ!はぁ、はぁ、な、撫子…そ、その恰好…!」

 

「あら、いらっしゃいませ…お嬢様。おひとり様ですか?」

 

「~~~~っ!」※声にならない声

 

 

その後、ちょくちょく絡まれている撫子に助け舟を出したりしている内に一之瀬が到着した。走って来たのか息が切れていたのに、一転して黄色い声を上げる。満面の笑みでのお出迎えに飛び跳ねて喜び、撫子の事を誉めちぎっていたが、耳元でなにかを呟かれて落ち着きを取り戻した。

 

待ち合わせを伝え、こちらの席に合流する。…大丈夫か一之瀬、鼻血出てないか?…そうか。

 

さて、改めて情報共有をするが、特に進展はない。依然として、なんで彼女がウェイトレスをしているのかは不明なままだ。

いっそ聞いてみようかと思うが、仕事中だとすれば迷惑になってしまわないだろうか。そう思っていると、一之瀬が臆せず卓上の呼び出しボタンを押した。

 

電子音が店内に響き、「ただいまお伺いします」とよく通る声が届いた。程なくして銀のトレイを抱え持った撫子がやってくる。

 

 

「お待たせいたしました、ご注文をどうぞ」

 

「それじゃあ…お姉さんをひとつ、お願いしますっ」

 

「っ、ごほっ…!」

 

「…!!」

 

「~~~!」

 

 

不意を打たれた。吹き出してしまった柴田には悪いが、何とか堪えて顔を背けるにとどめる。自然に手を取られた撫子は瞠目していたが、口元を隠して上品に笑っている。

 

 

「ふふっ…。残念ですが、私は売り物ではないので…申し訳ございません」

 

「そっかー残念だなぁ…どうしてもダメ?」

 

「一之瀬。…すまないな、撫子…、さん」

 

「大丈夫ですよ。…似たような冗談をいう方も結構いらっしゃるので、ね」

 

 

居たのか。そいつら冗談で追ってないぞ絶対。…いや、道理で動じない訳だ。その後カフェオレを頼んだ一之瀬に、丁寧なお辞儀をして裏に消えていく。その後ろ姿を見守っていると、柴田と目が合う。まあ、分かる。…どこか女子たちの冷たい目が痛いが、いや仕方ないことだ。あの制服でお辞儀をされたら仕方ないじゃないか。

 

 

「ゴホン。…それで、本題に戻ろう」

 

「え?あ…そうだね!」

 

「………(忘れてたな)」

 

「………(忘れてたね)」

 

 

ようやく本題に入る。即ち、『何故、西園寺はこの店で働いているのか?』ということ。

一之瀬に生徒会でバイトを許可しているのかを聞くと、そういった申請は過去にあったみたいだが学校側が原則認めておらず、無償での奉仕活動などが精々らしい。

 

内緒話を重ねているうちに、スマホの振動音に気が付き時間を見ると18時。予定していた勉強会の終わりを報せた訳だが、それ所ではない。ああでもない、こうでもないという内に、網倉が店内をキョロキョロ見渡していた。

 

 

「どうした?」

 

「あ、えっと撫子先生…じゃなかった。撫子ちゃん見当たらなくて」

 

「ほんとだ…上がりの時間なのかな?」

 

「…みたいだな」

 

 

網倉と一之瀬が「え?」と揃ってこちらをみるので指を示してやる。ちょうど着替え終わったのか、制服姿の撫子が厨房側にお辞儀している。一通り挨拶が終わったのか、こちらのテーブルまで歩み寄ってきた。

 

 

「…あら皆様、ごきげんよう、です」

 

「撫子!…?」

 

「撫子…」

 

 

何時ものように丁寧に礼をしたものの、どこか素っ気なさを感じる。一之瀬もそれを覚えたのか、飛びつこう腰を浮かせたままの姿勢で硬直した。その後、網倉らに一言、二言世間話未満を話して帰っていった。

もちろん、ウェイトレスをしている理由については以前として不明なまま。

 

 

「いったい…何が起こっているんだ?」

 

「………」

 

 

そうして俺達Bクラスの、特別試験が進む。

ざわりと、一滴の疑念を孕みながら。

 

―――〇―――

Side.伊吹 澪

 

 

私はその日、勉強の息抜きに趣味の映画鑑賞へとケヤキモールに向かっていた。

最近は少し肌寒い。普段より厚手の濃緑のパーカーに袖を通して、足早に目的地を目指すとそこには見覚えのある先客がいた。

 

 

「~♪」

 

「あいつ…」

 

 

西園寺撫子。Aクラスの主要陣の一人。成績も良くて、かなり美人でスタイルも良い。…いや凄い凄い。

でもどこか常識知らずというか、箱入りみたいな育ちの良さみたいな隙も多い。

それでも体育祭の本番や前の特別棟の裏でのやり取りから、ただの良い子ってタイプじゃない。あれは間違いなく、武道経験のある奴の動きだった。

 

そんな奴が、映画館に入っていくのを目で追ってしまう。前回は普通の身なりだったのに、今回は違う。

薄い黒フレームのメガネと、深くかぶった茶色のハンチング帽。それよりやや明るい色のジャケットに、ジャージ以外では見た事のない紺のジーンズ姿。

いつもの長髪も帽子に隠したのか、襟元のファーも手伝ってパッと見て普段の西園寺らしさはない。ないけど…

 

 

「………っ」

 

 

思わず自分の胸元をみてしまい、首をブンブンと振る。…私は平均的。そう、アイツが可笑しいだけ。ゴホン。

 

ともかく、地味目のコーデでも私が西園寺の変装を看破しただけ。他の奴らならいざ知らず、私の眼を誤魔化せなかった。ただそれだけ。

 

気を取り直した私は予定していた映画のチケットを買って、ポップコーンとドリンクを手に自分の指定席についた。

今回見る映画は、別に有名でもなんでもない。かといって無名でもない海外ドラマのパロディ。港町で生まれた漁師の息子が、ハネムーンから逃げ出した金持ちの娘と出会って逃避行を、なんてありふれたヤツ。

 

…別に期待をしてた訳じゃない。半ば、見た事のない映画を義務感で観てやろうくらいの気持ちで視聴した。…ん、だけど…。

 

 

「…っ、……っ…」

 

「―――」

 

 

隣の奴が、泣いてる。ポロポロと。思わずギョッとしてしまうが、仕方ないでしょ。劇中では、主人公を庇った友人がどこから出て来たんだっていうギャングどもに撃たれて最後の会話をしている。吐血している友人の手を取って息を引き取った。…感動的だけど、

 

なんていうか、横で泣いているヤツが居ると冷静になるっていうか…全然映画が頭に入ってこない。てか西園寺だコイツ。気が付かなかった。

ハンカチを当てて嗚咽を抑えてる西園寺はスクリーンなんかよりもよっぽど目を逸らせない衝撃を私に与えたし、海外映画あるあるのペラペラのラブシーンでは顔を赤くしていて可愛かったし、謎のアクションシーンでは手を組んで小さく歓声を上げてた。

 

映画の最後は爆発シーンの後の車が去って終わりの定番パターン。そんなテンプレにもエンドロールが流れた時には感動した顔で小さく拍手をしていて、館内が明るくなるまで席を離れることはなかった。

 

 

「…そんなに良かったの?」

 

「え?…あ、伊吹さん。その…騒々しくしてしまいましたよね。申し訳ございません」

 

「………別に、そんな事ない。…で、どうだったの?」

 

「?」

 

 

キョトンとした西園寺に、少しだけ気恥ずかしさを感じて映画の感想を聞く。そうすると普段の様子で主人公の行動がどう、友人がこう、と割としっかり内容のある感想を語られた。それに相づちを打っていると、店員が来て清掃するのでと退場を促してきた。…なんか流れで、場所を併設してあるカフェに行く事に。

 

 

「それで、まさか逃がしたひろいんの方が車を手にして戻ってくるだなんて、私とても驚いてしまって…!」

 

「あぁ…まあ、あのまま逃がして終わる訳はないと思ってたけどね」

 

「そうなのですか…!?…ですが、彼は彼女が自分の好きに生きていてくれればいいと」

 

「いや、それでも…」

 

 

映画の尺的にまだ終わらないだろうし、そもそも主人公を見捨てて消えるヒロインって最低でしょ。そんな事を言うのを躊躇うくらい、西園寺は興奮気味に映画の感想を口にしていた。言い淀んだ事を不思議そうにしていたので、「あのヒロインが、自分を助けてくれた恩人を見捨てると思う?」と適当に誤魔化す。…なんかめちゃめちゃ上機嫌になった。…コイツ、こんな風に笑うんだ。

 

 

「えぇ、そうっ!そうですね!…ふふっ、伊吹さんは映画についてお詳しいのですね」

 

「………、まあ、それなりに」

 

 

………ヤバい。めっちゃ恥ずかしい。なんでこんなに尊敬しました、みたいに見るのよ。誤魔化す様に飲み物を引っ掴んで行儀悪く音を立てて飲む。

そんな様子にも構わず、キラキラした目を向けてくる西園寺。…顔に熱が籠るのを感じる。自分よりも可愛くて、すごい奴に、こんな目で見られると…こう、グッと来る。なんとかそんな雰囲気を変える為に、出会い頭の疑問をぶつけてみる。

 

 

「そういえば、なんでそんな恰好してるの?」

 

「恰好…ですか?」

 

「いや、なんていうか…普段と全然違うじゃない?」

 

「…あ」

 

 

ハッとした顔で固まる西園寺。どうしたのかと訝し気にみていると、急に不安そうな顔で周囲を見渡してホッと息をついてた。落ち着いたのか、こちらに向き直る西園寺。ただ雰囲気は普段のものになり、帽子を目深にかぶり直して、声色は潜めるようなものに変わる。

 

 

「こほん…。ええと…その…」

 

口で言うのかよ…

 

「っ…」

 

 

聞こえていたのか、顔が赤くなる。上目遣いでこっちを見る姿に、またぞろ変な雰囲気になっても仕方ない。軽く詫びて、先を促すことにする。

 

 

「あ、悪かった、悪かったわよ。…続けて?」

 

「は、はい。…まず、この格好については、店員の方に『目立たない出で立ち』をてーまに選んで頂いたのです」

 

「(そのおっ〇いで目立たない訳ないだろ)…ふぅん。たまには一人で過ごしたかったわけ?」

 

「いえ。実は、有栖から暫く目立つ行動を控えるようにお願いをされているのです」

 

「有栖って…坂柳?Aクラスの?」

 

 

思わぬビックネームに姿勢を正すと、コクリと頷く西園寺。

 

西園寺撫子、葛城洋平、坂柳有栖。Aクラスの三大巨頭。それぞれが独自の派閥を持っていて、Aクラスは各々のトップの指揮の元、独自の方針で動いているらしい。

Aクラスと契約する機会が多かった私達(Cクラス)には西園寺と葛城はそこそこ接点がある。だが、坂柳有栖の情報はまだ不明な点が多いままだ。

 

西園寺と揃って点数は全教科満点。杖を着いていて、身体に障害があること。銀髪の美少女で、理事長と同じ苗字であること。

…実際に指揮を執った事は聞かないけど、今回の試験でいよいよ動き出したのかも?そんな疑問を肚に、出来るだけ世間話のように情報を得ようと働きかけてみる。

 

 

「確かにアンタ、他のクラスにも知り合いが多そうだしね。…うちのひよりとも」

 

「ええ。…そういえば、先日は本当に失礼してしまいました。…ひよりとは、その後?」

 

「友達。…ちゃんと謝ったし、アンタに心配して貰うことないって」

 

「…なら、良かったです」

 

「ん。…って、そんなことよりもっ」

 

「?」

 

 

危ない危ない。上手く誤魔化されるところだった。

その後、私は今回の試験で坂柳が指揮を取っている情報や、西園寺は何も知らされてなくて他のクラスとの勉強会や接触を出来るだけ控えるように指示されている事を聞き出した。

最後はちょっと露骨だったケド、『誰が試験問題を作ってると思う?』という質問には素直に答えてくれた。

 

 

「多分ですが、有栖本人か真田君…ええと、真田康生君か…後は英語なら」

 

「ちょ、ちょっと…!そんな言って良いの…!?」

 

 

思わず、こっちが不安になるほどにドンドン情報を吐き出す西園寺。キョトンとした表情からは、「え?聞かれたから答えたのに…」みたいななんかこっちが可笑しなことを言ったような気になってしまう程だ。

 

こうして、私の週末の一時は過ぎていく。

…ちなみに、西園寺とはこの日よりしばしば共に映画鑑賞に行くカンケイになるのだった。

 

 

 

―――〇―――

Side.坂柳 有栖

 

私は最後の週末を行きつけの喫茶店で、午後のお茶を楽しんでいました。

試験は来週。細工は流々仕上げを御覧じろ、といった所ですが…さて。

 

「いらっしゃいませ、おひとり様ですが?」

「あぁ、そうだ…いや、知り合いが居たから同席していいかな?」

「かしこまりました。お水をお持ちしますね」

 

カラン、と来客を報せるドアベルが鳴り視線を向けると見知った顔が入店したようです。クラスメイトの橋本君。

さも偶然という雰囲気で声をかけて来て、私も奇遇ですねと返事をする。他愛もない世間話に応えて、彼の希望通りに同席を促します。

 

 

「いや姫さん、良かったのか?珍しく真澄ちゃんもいなかったみたいだし、…誰かと待ち合わせか?」

―――誰と会うつもりだったんだ?

「ふふっ、いえ。そんなことはありませんよ?私にも、真澄さんにも一人で居たい時くらいあります」

―――あなたが釣れたようですね?

 

透けて見える程、露骨な探りとその牽制。苦笑交じりに彼もコーヒーを注文し、なんてことはないオハナシを続けます。

葛城君が勉強会を企画していた事、その最中で戸塚君が相変わらず和を乱す発言をしていた事、他にも他にも、よくもまあと思うほど彼は自分を売り込んで来ます。

 

程なく飲み物が届くと、喉の渇きを潤して姿勢を正した彼が切り出します。

 

 

「―――で、姫さん。折角だし聞いて良いかな?…今回の、試験のことをさ」

 

「―――あら、橋本君は何を聞きたいのですか?」

 

 

作ったような真剣な表情ににっこりと笑みを返すと、肩を竦める橋本君。そうして降参するようにペラペラと事情を話してくる。…なんでも、葛城君の()()()からも今回の件で私がどう動くのか知りたいそうで、そのエージェントとして橋本君が動いたようです。

 

 

「―――てな訳でな、別に俺は姫さんを信じてるけど、さ」

 

「ふふっ。…では有象無象の声なんて放置したら良いのでは?」

 

「いやまあそうなんだが、損はないんじゃないのか?…もしも今回の試験で勝利すれば…()()にとっても、さ。有力な奴に粉をかけておこうってな」

 

「…なるほど」

 

 

俺達、というのは私達とイコールではないのでしょうね。

内心で蝙蝠のような彼を嘲笑う。まあ表面ではおくびにも出さず、さも『坂柳有栖は派閥の増強に注力している』風を装う。

少し焦らす様に、彼が2度ほどコーヒーを飲むような時間分を待たせて、口を開く。

 

 

「私が今回、用いた戦術は3つあります」

 

「…3つの戦術?」

 

「ええ。1つは、他クラスの問題の入手」

 

「な…マジかよ」

 

 

思いがけない急所に、腰を浮かせる橋本君。今回の試験、必勝法というものがあるとすれば、それは問題の入手。答えの分かっている問題ほど、簡単なものはないのだから。

 

 

「…ただこれは、現在も交渉中です。入手出来たら共有しますね」

 

「そ、そうだよな。…まあそう簡単には行かねえか。後の2つは?」

 

「2つ目はオーソドックスに、勉強会の実施による学力強化。…これは、どのクラスもやっていますね?」

 

「…そうだな、図書館とかファミレスで勉強してる奴らをよく見るぜ」

 

 

上げて落とす。これはより期待した相手によく効く。表情には出さない様にしているようだが、落胆は隠せ切れていない。()()()橋本君には動いて貰わないといけない。

 

彼は、完全にこちらにいるよりも…そう、うろちょろとしている方が有用だ。

…これでは蝙蝠ではなく、まるでネズミですね。

 

失笑を隠す為に紅茶で口を濡らすと、最後の戦術についても彼に教えてあげることにします。

 

 

「最後の戦術は、()()()()()…ですね」

 

「あぶり出し…?って、どういうことだ?」

 

「分かりませんか?」

 

「………」

 

 

意図を含ませるように、ニッコリと笑みを深める。彼も伊達にAクラスではなく、そして彼の空気を読む才能は知人友人の広さからもよく分かる。疑問は疑念に、そして後ろめたさは自己保身へとつながる。

 

 

「………ウチのクラスから、(裏切り者が)出ないかを…って事か?」

―――俺を疑っているのか?

 

()()()()()()です」

 

 

空調は整っている店内にもかかわらず、冷や汗をかく彼が絞り出した言葉は、模範解答(ごまかすこと)でした。

声を潜ませ周囲に視線を配る様はなるほど、まるで私たち側の陣営として味方のように振舞っている。言葉に出しさえしなければ、こんなものは茶番だ。益々に信頼を取り戻せば十分に失点は取り返せるでしょう。…期待していますよ?橋本君。

 

その後、急用が出来たと席を立った彼を見送ると私もスマホを取り出す。そこには期待通りに日々を過ごしている撫子さんからのメッセージと、彼女を目にしたクラスメイトの方からの連絡が届いている。

 

前者は『Cクラスの伊吹さんと接触できたこと』と、『探りを入れられたこと』の2つ。

後者は『西園寺さんが他クラスの生徒と人目を隠れるように接触していたこと』を。

 

 

「…ふふっ。これで、チェックですね」

 

 

橋本君には3つと言いましたが、正確ではありません。

問題の入手、学力の強化、裏切り者のあぶり出し。全て間違いではありませんが、更にもうひとつ。…いや、()()()ですね。

他のクラスを攪乱(かくらん)させること。その為に撫子さんには普段とは異なる行動を取って貰っています。良くも悪くも、彼女は注目を集める。そして、その事は私と彼女の()()()()()()()

 

すると、どう見えるでしょうか?

 

()()これで、Aクラスの問題が流出したら?

そして更に、()()()()葛城君たちが入手した問題がフェイクだったら?

 

そんな事があったのなら、流石の私でもこの試験は勝てないかもしれないでしょうね。

 

…あら?また撫子さんから報告でしょうか。…、……はっ!?

 

 

「っげほっ、ごほっ…!」

 

「お客様、大丈夫ですか?」

 

「ん、ふっ、すいま、…大丈夫です」

 

 

思わず(むせ)て、心配した店員を手で平気と伝える。

送られてきたメッセージは『どちらが似合いますか?』というもの。

 

添付された写真には、両手にハンガーを持ち片手には淡い桃色のワンピースタイプの秋服。もう一方はグレーのキルティングジャケットに、赤のプリーツスカート。

どちらも彼女に合うと思いますが、持っている彼女は脱衣して黒いレースの下着姿です。当然、両手は塞がっているので撮影者は第三者でしょうし、着替える為の更衣室のカーテンは全開になっています。

彼女の背面のガラスに映っている服装から、撮影者も恐らく従業員ではない模様です。…いったい誰が?

 

表情も自然そのもので、羞恥を感じている様子はありません。…あられもない姿をこうも晒す方とは思いませんでしたが、これからはより注意しないといけませんね。

私は『どちらも素敵ですが、白や蒼も良いと思います』と返信を送り、週末のひと時を過ごすのでした。

 

 

――――――

帆波「みんな大丈夫、撫子には私が(今夜、身体に)聞くからっ!」

 

ひより「伊吹さん、ちょっと話が…」

 

撫子「白や…蒼、ですか…ふふっ」

 




読了ありがとうございました。
よろしければペーパーシャッフル、皆様はどのクラスが勝つと思うか予想を立ててみて下さいね。

次回もお楽しみに。


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④:満点の回答、0点の問題。

更新しました。
どうぞどうぞ。


 

本日はついに試験当日。先日の抽選の結果、私達のAクラスは抽選の結果、Dクラスの問題を解くことになりました。

逆に私達Aクラスの問題は龍園君たちCクラスが解くようです。…なんというか、少しだけ意外な組み合わせになりました。以前の協力契約も、流石に直接対戦する相手には意味を為しませんし…。

 

クラスの対戦相手はこの通り。

 

Aクラス→Dクラス

Bクラス→Cクラス

Cクラス→Aクラス

Dクラス→Bクラス

 

奇しくも直接の対戦は無いようですが、やる事はそんなに難しいことはありません。

結局のところ、相手のクラスよりも多い点数を取る、それだけの筈…です。ええ。

 

仮に、A→B→C→Dのクラス順に高得点を取った場合のクラスポイントの推移は…。

 

A:Dに勝利、Cに防衛成功、+100ポイント

B:Cに勝利、Dに防衛成功、+100ポイント

C:Aに敗北、Bに防衛失敗、-100ポイント

D:Bに敗北、Cに防衛失敗、-100ポイント

 

同点などがあれば別でしょうが、こうなる。今までの1()()()()()()()()から考えれば、CとDクラスの順位が前後するくらい。…でも、これは特別試験。用意された問題によっては結果は変わるかもしれない。

 

私も…まだAクラスから移動するつもりはありません。帆波や龍園君との契約もあり、有栖にそれとなく状況をお尋ねすると…。

 

『―――まあ、C,Dクラスには点数で負けることはないでしょう。…他の要因があれば分かりませんが』

とのお墨付きを得られました。…有栖がそういうのであれば問題は無い筈。彼女の瞳には自信と確信のような強い意志が感じられました。

 

とはいえ、勝負は時の運とも。私は自分の最善を尽くすべきでしょう。…少しだけ、クラスの緊張が弛緩した空気が気になったといえば、そうなのですが、ん…。

私のペアの相手は清水君。お願いしますと伝え、お互いの健闘を祈りました。

 

 

 

「では全員、問題は行き渡ったな?チャイムの音と同時に捲るように。―――始め」

 

「…!」

 

「っ…」

 

 

真嶋先生の合図と同時に、皆様も一斉に問題を目にします。…、……、………ん。大丈夫…でしょうか?

サッと問題を見ると一見わからないものはない。後は名前の記入忘れや、解答欄のズレに気を付けて、と。

私は一番最後の設問から、ペンを走らせるのでした。

 

・・

 

ふぅ…

 

残り時間は半分ほど。二度目の見直しをして問題ないことを確かめると、意識を周囲に向ける。

…これは、自己満足に過ぎない。過去に先生には相談したことがありますが、私は()()不正(カンニング)が出来てしまう。

 

文字を記す音で、書き順や間隔から何が書かれているのかが分かってしまう。普段なら集中が必要になりますが、テスト中は皆様が静寂を保っている。そんな中では回答のほとんどは筒抜けになる。

それを避ける為に問題を逆から解く、意識を周囲の音が聞き取れないほど集中する。そうすれば、私自身の知識でテストに挑むことが出来る。

 

私は問題用紙を裏返して視線を時計に向けると、真嶋先生と目が合う。驚いたような顔をされましたが、小さく会釈して視線を机に戻します。

他の方の迷惑にならないように静かに目を瞑っていると、ペラリとテストを捲る音が。

 

 

「………」

 

「………ほう

 

 

眼前には、教室を巡回する真嶋先生が机のテスト用紙を見ております。…心配してくれたのでしょうか?

その後、問題ないと判断して頂けたのかポン、と肩に手を置いて巡回に戻られます。

チャイムが鳴るまでの間、教室には皆様のペンの音だけが響くのでした。

 

 

・・

 

 

「そこまで。皆ペンを置くように。…本日のテストは以上となる。明日も1時間目から―――」

 

 

チャイムと共に、本日の分のテストが終了します。

各時間に少しの休み時間はあるのですが、お手洗いに行く方や見直しをする方など集中を邪魔しない様に皆様あまり会話はありません。

しかし、本日はテストが終わったので皆様リラックスをしているご様子です。

 

 

「お疲れ様でした、撫子さん…結果は、聞くまでもないようですね?」

 

「有栖」

 

 

話しかけてきたのは有栖でした。私も回答に問題ないことを伝えるとペアの鈴木君も歩み寄って来ていくつか答え合わせをします。表情から、問題がないことを確認すると明日もお願いしますと労を労います。…何故か、赤くなって足早に教室を去りましたが、どうしたのでしょうか?

有栖や真澄は「心配いらない」「放っておけば大丈夫」と言っていましたが、風邪でしたら心配ですね。

 

 

「西園寺。…坂柳、少し良いか?」

 

「葛城君?」

 

「…あら、どうしましたか?葛城君」

 

 

わたしもこの後はどうしようかと思案していると、葛城君とそのお友達が。…気が付くと、クラスの半分くらいが残っていて注目しているのが目に入ります。

 

 

「時間はかけない。…悪いが確認したい事がある。内容は分かっているな?」

 

「ふふっ。さあ?一体何の話をしているのか分かりませんね。…撫子さんはどうですか?」

 

「…?いえ、私も特に。…葛城君、一体どうしたのですか?」

 

「西園寺、お前は…。………いや、そう言う事か。坂柳、お前は利用したのだな?」

 

 

ハッとした表情を浮かべた後、葛城君は有栖を強く睨みつけます。彼が無体なことをするとは思いませんが、身長差もあって思わず彼女を庇えるような位置に着く。

張り詰めていく空気に最初に口を開いたのは、問いを投げられた有栖自身でした。

 

 

「利用だなんて…人聞きの悪い。一体何のことです?」

 

「しらばっくれるなっ!…俺達が手に入れた問題が、全然違ってるんだよ!お前が情報を漏ら「戸塚っ!!」…っ、葛城さん、でも!!」

 

「…?」

 

 

戸塚君が指を指して有栖を非難します。…原因は分かりませんが、どうやら計算違いがあったのでしょうか?それに有栖が関わっている?

 

 

良いから止めろ…!…俺が、話している。悪いが黙っていてくれ」

 

「は、はい…」「………っ」

 

「…鬼頭君」

 

「………、分かった」

 

 

その後、葛城君の怒号―――恐らく、今までで最も強い口調―――で皆様の言を封じます。その様子に有栖も、気が付けば盾のように侍っていた鬼頭君を下がらせました。

 

 

「これだけは答えて貰おう。―――Aクラスを裏切るつもりか?」

 

「なにを聞くのかと思えば…私は、十全にAクラスに尽くしているつもりですが、葛城君は違うのですか?」

 

「当然だ。仮にもクラスを指揮した立場として、なによりクラスの一員として全力を尽くしている」

 

「………」

 

「…(葛城君…)」

 

 

だからこそ、と葛城君は続けました。その表情は誠実さと、意志の強さを感じさせるもの。

クラス中の皆様の耳目を集めるに足る、クラスのリーダーとしてのものでした。

 

 

「もし、お前が勝利の為にクラスを裏切ったり、ましてや犠牲にするようなことがあれば…俺はお前をリーダーとして認めることはない」

 

「…そうですか。話は終わりですか?」

 

「ああ」

 

 

葛城君の言葉にも有栖に動揺はありません。いつものように自信に溢れていて、自らの優勢、勝利を疑っていない強い瞳。

そうしてお友達と共にクラスを去ろうとする葛城君を、今度は有栖が声をかけ足を止めます。

 

 

「こちらから一つお伺いしてもよろしいですか?…もちろん、A()()()()()()()としての質問です」

 

「………なんだ?」

 

「先ほどそこの戸塚君が言っていましたが、手にした問題とは、一体なんのことですか?」

 

「それは…「お前っ!」戸塚!…それはお前が十分知っているのではないか?」

 

「………?」

 

 

断片的な情報を繋げると、どうやら葛城君たちは今回のテストの問題を手にしていたのでしょうか。ただ、私も有栖からそういった情報は頂いていない。

とすると、葛城君たちは独自の方法で相手となるクラスの問題を得たことになる。にも拘わらず、有栖がそれについて承知している…?

 

数瞬の間に疑問が横切りますが、それよりも目の前の状況、その旗色が徐々に変わっているのを感じます。

質問は追及となり、そして糾弾となりつつある。

 

有栖の言葉は的確で、問題を手にしたことへの疑念からそれを共有しなかったことへの批判を分かりやすい形でクラスに広めている。今はそれを入手した経緯に話が移ったようです。

…このままでは明日のテストにも支障が出てしまうかもしれない。私はパン、と手を叩いて注目を集めると事態を収める為にお二人の間に。

 

 

「撫子さん?」

 

「西園寺…」

 

「お二人とも、一度落ち着いて下さいっ。…明日もテストがあります。お話は、その後でも「…っそうか、またお前か西園寺!」…え」

 

「お前…!お前が手を回したんだろ!?」

 

「…なに、を…」

 

「お前が他のクラスと繋がってるのは分かってるんだよ!!」

 

「いい加減にしろ、戸塚!!」

 

 

お二人の仲介に入った私に、戸塚君が指を指します。怒りを孕んだ目に、思わず凍り付いてしまう。戸塚君とはあまり良い関係を築けなかったから?…いいえ。これは、甘えですね。

彼の事を蔑ろにしてしまった。彼の事を慮ることをしなかった。その結果が…これ。

 

私はまた、間違えてしまったのでしょうか?

 

 

「お前、何言ってんだよ!!」「うるさい!お前らだって…!!」

「お姉様になんてことをっ!」「落ち着けお前ら!」

 

どこか声が遠くに聞こえる。いいえ、耳元で聞こえているようにも感じるけれど、耳に届いた音が、声が、意味が、聞き取れない。()()()()()

 

「撫子さん?…大丈夫ですか?撫子さん?」

「ちょっと撫子、あんた平気?」

 

目の前の有栖や真澄が心配してくれているのは分かる。表情から、なにを言っているのかも読める。でも声、声声声。

 

みなさまの、こえが、わからない。

 

 

―――その後、駆け付けた真嶋先生が収束するまで、私はその場に無様に立ち尽くすことしかできませんでした。

 

 

―――〇―――

Side.龍園 翔

 

 

「っしゃあ!」

 

「くっ…」

 

 

密談するなら定番となったカラオケルーム。今回はパーティ用のデカい部屋だが、面子は普段の半分も居ない。俺とアルベルト、ひよりに伊吹、石崎、金田。ひよりと金田は今回の用事の為に連れて来た。

対するBクラスは10数人が居るが、大抵が雑魚共で話に混じるのは一之瀬と神崎、後は挑発に乗りやすい柴田や渡辺、周りを見ている白波、網倉当たりか。

 

試験前に忙しいこのタイミングで俺達がわざわざ時間をずらして、個々に部屋まで借りて周囲にバレないように集まったのはつまり―――話し合い(わるだくみ)の為だ。

 

情報は武器だ。頭も並み、運動も出来ねえ雑魚共でも監視の真似事ぐらいなら出来る。そういう連中の働きはこういう所で生かされる訳だが…まあ、連中に言ってやる必要はねえな。

 

目の前ではジャンケンに勝ってガッツポーズをする石崎と、負けて慰められている柴田が居る。…こっちに喜び勇んで寄ってくる石崎を適当に褒めて、本命の一之瀬との()()()()を進める。

 

 

()()は俺達の勝ちだ。…分かってるな?」

 

「ん~、まあ、仕方ない…かなぁ。今回は譲ってあげるよっ」

 

「クク…別に裏切っても良いんだぜ?ペナルティは設けたが、お前らからすれば()()()()だろ?」

 

「にゃはは~どうしようかな?…龍園君はどうして欲しい?次の試験で負けたらリーダーを降りるって噂だけど、いいのかにゃ?」

 

「どっちでも構わねえさ。勝つのは俺だ」

 

「………へえ?」

 

 

ピシリと緊張が走る。リーダーの俺達が笑っている最中、クラスの連中の表情は強張っていく。…仮に今回の一件、俺達Cクラスが騙されてクラスの順位を落とせば俺はクラスの王を退く。そう言った言葉に嘘はねえ。

 

―――だが、一度オリた後にまた王に返り咲かねえと言った覚えはねえ。

この事はアルベルトと金田にしか伝えてねえ。他の連中に漏らせばどこかでボロが出る。現に石崎も伊吹も、表情に緊張が出ちまってる。

 

その後、一之瀬はひとしきり頷くと神崎らと視線を合わせて契約に同意してきた。用意した契約書は、3枚。

お互いの控えと、教師へ提出する1枚だ。俺が記入して、一之瀬が記入する。2人のサインがされているのを確かめる事3回。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

問題ない筈だが念には念を入れて、金田にも渡す。「大丈夫です、龍園氏」とアイコンタクトを貰い、一之瀬を見るとシレっと2枚目に手を伸ばそうとしている。…。それをひったくると、非難がましい視線を向けてきた。

 

 

「電話が先だ」

 

「む~…分かったよ」

 

 

油断も隙もねえ。ため息を一つ零して、部屋を出て電話をしている一之瀬を待つ。2,3分の後に帰って来た第一声は「OKだって」というもの。

これには石崎たちもBクラスの連中も関係なく歓声を上げる。腰に手を当てて手を差し出す一之瀬に提出用の契約書を渡してやる。

 

 

「…うん、後はこれを先生に出すだけだねっ」

 

「クク…そうだな。それにしても…」

 

「なにかな?」

 

「いやなに、()()になったじゃねえか」

 

「………」

 

 

今回のBクラスが取った作戦は俺も当たりはつけているが…。最悪コイツらは()()()()、その提出する問題を手にしている可能性がある。

当初は見下していたものの、何が一之瀬を変えたのか。…決まっている。

 

 

「そんなに撫子が欲しいのか?」

 

「そうだけど?」

 

 

即答かよ。まあだが、契約が上首尾に済んだならもう用はねえ。俺が席を立つと石崎らも着いてくる。後ろからの引き留める声をスルーして帰る道中、案の定というか伊吹が声をかけて来た。

 

 

「…で?どうなの」

 

「なにがだ?」

 

「なにがって…アンタが説明なしに呼んだんだろうが」

 

「ふん、少しは察しろよ。…ひよりを見習え」

 

「え?」

 

 

珍しく文句なくついてきたひより(テスト前で部活がないらしい)に伊吹の相手を押し付けると、俺は着信音が鳴るスマホに視線を向ける。そこには、契約の履行となる写真が添付されていた。察してこちらを見ている金田に転送してやると、察して直ぐに動き出した。

 

 

「龍園さん。金田の奴、どうしたんですか?」

 

「………」

 

「あ?…明日には分かる」

 

「わ、分かりました!」

 

「Yes,Boss!」

 

「…ちょっと、私と対応違くない?」

 

「伊吹さん、まだ話は終わってませんよ?この前の休みの日―――」

 

 

コイツ等うるせえな。…だが、まあ良い。後の事は金田が上手く動くだろう。Bクラスのお手並みを拝見といくか。

 

 

―――〇―――

Side.茶柱 佐枝

 

 

「…それでは確認させて貰おう」

 

「はい。お願いします」

 

 

私はDクラスの堀北から提出されたテストの問題を受け取る。放課後の職員室は、偶然か私一人でそこに堀北が訪れた形だ。本来、このペーパーシャッフル試験の攻略法は2つだ。

1つ目は、純粋に対戦相手のクラスよりもより高い点数を取る事。その為に対戦クラスを考えたり、ポイントによる買収を行う。

2つ目は対戦相手のクラスの問題を入手すること。作成した生徒から買い取ったり、何らかの手段で奪取したりと様々だ。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

だが、今年の1年生は事情が異なる様子だ。本来は作成した問題については合否を出すだけなのに、思わず確認をしてしまった。

念の為に全ての問題を見るが、問題はない。合計8教科全てのチェックは数分で終わり、堀北に提出可能だと告げる。

 

 

「…では、それでお願いします」

 

「確かに受理した。…だが、ふむ」

 

「なんでしょうか?」

 

「少し、意外だっただけだ。…変わったな、堀北」

 

「………そう、かもしれません」

 

 

入学当初、Aクラスを目指すのだと息巻いていた堀北もいつの間にかDクラスの中心にいる。時には厳しく、それでもクラスの連中に伝わる様に言葉を選んでいるようだ。

…何が彼女を変えたのだろうな。私も、もしもあの時に―――

 

 

「私は、必ずAクラスに上がります。…その為に、今回は回り道をする。それだけです」

 

「…、そうか」

 

 

過去へ思いをはせる。未来だけを眼に宿している生徒を前に。

堀北が去った後、常備しているレモンの飴を口にする。今日だけはどこか、飴の酸っぱさに顔を顰めるのだった。

 

 

――――――

有栖「…チェック、メイト」

※予定外

 

一之瀬「一緒にAクラスを目指そう」「私達は協力できるよ」「今回だけだからねっ」

※三枚舌外交

 

坂上「…?……それにしても、Dクラスの問題は良く出来ていますね」

※テスト確認時

 

 




読了ありがとうございます。
アンケート更新しているので、また回答の程お願いいたします。


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⑤:燻る火種

更新しました。
今回は視点なし。

それではどうぞ。


―――〇―――

 

その日、Aクラスの空気は非常に重かった。

特別試験を兼ねた2学期の期末試験の2日目、各々が退学のかかる重要な試験にも拘わらず心ここにあらずといった生徒が少なくない。誰とは言わず、チラリと空席となった席を心配そうに見つめている。

 

 

「………」

 

「……っ」

 

「―――始め」

 

 

試験開始を告げる真嶋の声もいつもより活力がない。それだけ、かの生徒―――西園寺撫子の欠席はAクラスに深いダメージを与えていた。

 

 

 

 

前日の騒動で、騒ぎを聞きつけた真嶋が収束をしその場は収まった。その筈だったが、テストを採点する為に教師が多数詰めていた職員室に一通の電話が急を告げる。

 

その電話は、敷地内にある病院からの電話だった。内容は、『そちらの生徒が当院に来たため、事情をお聞きしたい』というもの。

これには真嶋も事情を同僚に伝え、急ぎ病院へと向かった。そこで見たのは、今までになく儚げで泣きそうな表情をした撫子だった。俯きながら涙をこらえる姿は、誰であっても胸を締め付けられるような思いを抱いてしまう。

 

真嶋も教師として教え子へ、あるいは親として子への庇護欲を感じる。複雑な思いを胸に声をかけるも、彼女は痛ましげに耳を塞いで首を振るだけだった。

 

 

「どうかな?」

 

「…っ、…」

 

「そうか…ダメか」

 

「西園寺…!?…先生、一体何が?」

 

 

ため息をひとつ零した医師がヘッドホンのような器具を撫子に着けるように促すと、ようやく彼女が真嶋と目を合わせる。ポロポロと決壊した目尻からは涙が止まらず、手に持ったハンカチで何度も拭ったのだろう、赤くなってしまった頬にはいくつもの痕が残っている。

 

女性の医師によると、ストレス―――心因性の難聴、のようなものを彼女は患った。()()()と言うのは一般の聞きにくいという意味ではなく、痛みを症状として訴えたから。

本人によると、自他問わず肉声を聞くと酷く耳、あるいは頭痛のような酷い痛みを感じるそうだ。音楽や動画、録音は大丈夫らしいものの、自身や人からの声を聴くとひどく痛むという。

 

医師としては原因となる事が無いかを聞きたかったようで担任の教師を呼んだらしい。生徒の前で話す事を躊躇う

真嶋だったが、撫子の付けた医療用品(イヤーマフ)は外部の音を防ぐので気にしなくていいらしい。

 

実際、会話をする医師と真嶋を不安そうな表情で見るだけで苦痛を感じている様には見えない。真嶋は今日の学校であったことを、目の前の神経質そうな医師に話すのだった。

 

 

 

 

数分で教室でのことを話し終えた真嶋だったが、クリップボードを手に戻って来た医師は椅子の背もたれに体重をかけて足を組むと質問を始める。その場には誰が居たのか、それは撫子(患者)と仲が良かったか、距離は、人間関係は、そういった事を事細かに確認していった。

最初は真剣に答えて行った真嶋だが、内容が「その場にいたあなたは昼に何を食べたい気持ちだったか」と言われると何を聞かれているのかと憮然とした表情で医師を詰め寄る。

 

 

「…いったい何の質問なんだ。これは生徒に関係あることなのか?」

 

「良いから答えて下さい、大切な事です。…ああ、このことも後で調べて教えて下さい」

 

「一体何の…」

 

 

そういった真嶋は渡されたメモを受け取り凍り付く。メモには簡素に一言だけ。

 

―――生徒さん、私達の唇の動きを読んでる。

 

「テストの時間、授業時間はどうでしたか?その日は―――」

 

「っ、各教科45分で―――」

 

 

ゴクリと生唾を呑む真嶋。なんとか空返事をして建て前のような質疑応答に応える中、チラリと撫子を見るとこちらを見ている。

 

「………」

 

…しかし、()()()()()()()。どこか目の下、唇をジッと見つめているようで真嶋は頬に汗が伝うのを感じるのだった。

その後、一部筆談も交えた医師との相談の結果、撫子は入院をする運びとなった。…だが、ここで問題が発生する。当の本人が、それを拒んだのだ。

 

 

「―――では、西園寺さんは暫く入院をさせて頂き経過を確認したいと思いますが…」

 

「…そうですね、やむを得ないでしょう」

 

「…っ!?先生っ、…たし…は…!」

 

「っ西園寺さん、駄目よ!」

 

 

医師は持っていたペンを落とすほど慌てて、撫子の口を手で塞ぐ。その様子に真嶋が瞠目していると、「分かった、分かったから、しゃべらないで。私たちはキチンと、話を聞くから、良いわね?」と一言、一言しっかりと言い聞かすようにそう伝える。

まるで恋人への逢瀬のような距離。医師は撫子が頷くまで目を逸らさずにいると、彼女は医師と、頷く担任の教師を交互に見て、コクリと頷くのだった。

 

 

 

 

真嶋がその後にメモ越しに受け取った治療の内容には、「撫子が喋らせない事」というものがあった。彼女が着けている装置は外の音を遮断する機能はあるものの、本人が話す場合は骨伝導、骨の振動によって本人に伝わってしまう。

その音が、大きな彼女への痛み―――ストレスとなってしまうらしい。

 

これには真嶋も顔を顰めそうになる。耳で聞くことが出来ず、自身も話せないのは学校は勿論のこと社会でも大きな弱点だ。

…客観的に判断すれば、詐病を疑う症状だ。だが、西園寺撫子という生徒の人となり、当日の状況を知るものとしてはそれが事実であると確信が出来た。医師の記入した症状の備考欄には軽度のパニック障害という走り書きが二本線で消され、難聴と書いてあった。真嶋も、それを指摘するつもりは無かった。

 

医師と担任の意志は同じ。『早急に治療に臨むべき』というもの。だが彼女は別、自分以外の事へ意識を向けていた。

 

 

―――『明日のテストを受けたいです』

 

「………お前」

 

―――『クラスの皆様の迷惑を掛けたくありません』

 

「…っ、西園寺…だが」

 

―――『プライベートポイントは、いくらでもお支払します。お願い致します』

 

 

声には出さずに唇で「お願いします」と。そう言って姿勢を正して頭を下げる撫子に、頭を悩ませるのは真嶋だった。結局、根負けした医師からの「患者の意志を最優先にお願い」という言葉と『一刻も早く試験を終わらせて病院に』とのメモに真嶋は学校へと連絡を入れる覚悟を決めた。

 

 

 

 

テスト期間。部活もない中で生徒の気配はない校内。夜間とはいえ教師は急な仕事が入ることも多い。今回もそうだ。真嶋からの連絡は学校の連絡網を通し、即座に1学年の教師に共有された。学校の特別稟議。生徒の要望による権利や契約を共有するデータベースに、それは通知された。

 

 

―――「1-A西園寺撫子の期末テスト試験会場、及びルール変更の稟議」

申請者:真嶋 智也/200,000ポイント

 

・人員:試験官1名

・会場:第2他目的教室

・備考1:

西園寺撫子の期末テスト受講に際し、彼女の状況を鑑み他の生徒とは別に1名での試験を実施するものとする。

・備考2:

テストの回答は1教科45分で他生徒と同様とする、ただし本人が希望した場合は試験終了を待たずに次の教科の試験を開始するものとする。

・備考3:

全ての試験が完了した後、速やかに校内から早退し指定の病院へと―――

 

―――「1-A西園寺撫子の()()()()

申請者:真嶋 智也

 

――――――――――――

――――――

―――――――――

―――

 

 

―――〇―――

 

坂柳有栖は回顧する。自分の行動と、その結果を。

 

彼女の目論見は凡そのところ―――()()()()。葛城派閥が手にしたDクラスの試験の解答。Dクラスの裏切り者…という事になっている他のクラスから手にしたソレは、彼女自身の手に渡る事なく第三者を通じて葛城の手のものが入手した。…そういう筋書きだ。

同時に、撫子が他のクラスと内通している疑惑を振り撒く。彼女の求心力の低下とそれを咎める葛城―――恐らく戸塚弥彦あたりだろうが―――と反目し、撫子がこちらへと接近する期待も込めていた。

 

そしてこれは、クラスの誰にも。…自覚のない実行犯の一人にしか知りえない事だけれど、今回の試験はAクラスが負ける事になっている。

 

試験の問題が、Cクラスの用意したものにすり替えられているのだ。問題はハッキリ言って小学校低学年―――いや、1年生以下でも答えられる程度のものになっている。

 

よもや学年で最も優れたAクラスが、劣等生であるCクラスに負けるわけがない。その理由を、問題を作った坂柳を葛城達(彼ら)は鬼の首を取った様に糾弾するだろう。

自覚なきその生徒が、Cクラスから巨額の報酬を受け取るまでは。

 

その後はもう独壇場だ。坂柳有栖は歌うように、そして名探偵の様に謎を解き明かすだろう。

試験を負けた敗因は、情報を漏らした卑劣な裏切り者の存在だと。

 

――――――

 

試験問題を検めてもらう為に、葛城(あなた)へとテストを預けた。その後どうしました?提出したのでしょうね?誰が?…真嶋先生へと渡す時まで、ちゃんと同行して現場を確認をしましたか?

 

あらあら、顔色が悪いようですがどうしたのですか?きちんと提出をした?…なら何故、問題がこんな子供でも解けるものになっているのですか?…ところであなたのポイントの残高をみせて頂けませんか?()()()()()が無ければ、見せられるのでしょう?

 

真嶋先生、コレが私達の作成した問題のコピーなのですが、提出された問題は?…違う?そうですか、では誰が持ってきた問題を採用したのかは…そうですか、()()()()()()()ね。

 

…全く、油断も隙も、あったものではないですね。まあ疑わしきは罰せず。今回は私の詰めが甘かったと、甘んじて叱責を受け入れます。

 

あら、どうしたんですか葛城君?…戸塚君、さあ、先ほどの続きを聞かせて下さい。私は何も反論しませんよ?()()()()にもしたように―――ああ、失礼しました。真嶋先生、この話はもう『済んだこと』、なんですものね?気を付けます。

 

――――――

 

 

そんな絵図をかいた有栖の頭脳をもってしても、予定外のことは、2つ。

1つは不可解なほど、撫子がダメージを負ったことだ。

朝の時点で真嶋から共有された情報には彼女の症状のことや試験を受ける会場の変更。それに伴うポイントについては罰則がないこと、そして『以上をもって、本事案における円満な解決とし以降に一切の責任追及をしない』旨の告知がなされた。

 

撫子が試験後に休学することも(もちろん体調を崩した時もだが)クラスの大半の怒りを買ったが、それを鎮火させる報せに一同も黙るしかなかった。

 

そして2つ目は、試験の結果だった。今回の試験における有栖の予想は、こうだ。

 

――――――

 

Aクラス:Dクラスに勝ち、Cクラスに負ける。

(※(はかりごと)の結果、Cクラスが満点になると予想)

Bクラス:Cクラスに負け、Dクラスに勝つ。

Cクラス:A、Bクラスに勝つ。

Dクラス:B、Aクラスに負ける。

 

AクラスとBクラスが増減なし、Cクラスが100ポイント増、Dクラスが100ポイント減。

上位2クラスの差は縮まらず、下位クラスの差が広がり全く損をしない計算。

 

 

――――――

 

 

しかし週明けに1人が欠けた教室で発表されたのは明らかに―――()()()な結果だった。

 

Aクラス:平均82.2点 → マイナス100ポイント

Bクラス:平均100.0点 → 増減なし

Cクラス:平均100.0点 → プラス50ポイント

Dクラス:平均100.0点 → プラス50ポイント

 

試験後のクラスポイント推移

 

Aクラス:1049ポイント

Bクラス:927ポイント

Cクラス:392ポイント

Dクラス:281ポイント

 

 

Aクラス以外、()()()()()()()

結果としては予想を大きく裏切り、Aクラスのみが後退する事態となってしまった。

 

 

「な…先生、なにかの間違いじゃないんですか!?」

 

「…いいや、採点は担任と対戦相手のクラス担任…つまり、私も行った。採点ミスはない」

 

「そんな…なんでDクラスなんかが満点なんだよっ」

 

「………」

 

 

悔しそうな顔をする面々がいたものの、その場は葛城たちへ矛先を誘導する事で事なきを得た。が、有栖の内心では冷や汗をかき、その頭脳を高速で働かせていた。

 

 

「…(明らかに3クラスが同調している?…いいえ、早まってはいけません。情報収集してから確かめましょう。

前向きに考えるなら、この敗北はある種の契機となる。今までの私・撫子さん、葛城君の3人の体制は大きくバランスを崩した。…特に、撫子さんの信仰者たちは戸塚君に強い憎悪を抱いているはずです。まだAクラスの地位を失した訳ではない。ここでリーダーとしての地位を盤石にして、これからのクラス運営に注力すれば、撫子さんも―――)」

 

 

はた、と有栖は思考を止める。今自分は、なんて考えようとした?

撫子さん、も?…その続きを思うことなく、むしろ邪魔な思考を追い出す様にかぶりをふって普段の表情を取り戻す。

 

 

「このままじゃBクラスに…」

 

「それよりも撫子お姉様が…どうしたら」

 

「それもこれもっ…」

 

「………っ」

 

「っな、なんだよっ…!」

 

 

真嶋が去った後の教室では、動揺が広がっていた。今、Aクラスは非常に弱っている。このままでいたら懸念の通り、Bクラスに敗北する可能性すらあるだろう。ただ、ピンチはチャンスでもある。

有栖は奇しくも先日の撫子がやったようにパン、と手を鳴らし注目を集める。

 

 

「皆さん、一先ずは落ち着いて下さい」

 

「坂柳さん」

 

「坂柳…」

 

「…姫さん」

 

 

期待を、警戒を、期待を向ける全ての視線を受け止めて有栖は指揮を執る。

これからのAクラスがどうするべきなのか?その為に必要なのは?リーダーは、一体だれがふさわしいのかを、どんな愚か者でも分かるように演説する。

 

結果として、彼女は皆に臨まれる形でリーダーとしての地位を盤石にした。葛城らも、撫子の件があってか表立っての反論はない。そんなことをすれば、今度こそ居場所を失うのは誰にでもわかり切ったことだ。

 

 

「今回の敗北は、私達の内輪をより強固に、そして本気にさせた()()。そう受け止めて前に進みましょう。―――私たちは、最も優秀なクラスなのだと、他の方々に思い知らせてあげましょう」

 

「坂柳さん!」「坂柳さん」「坂柳」「姫さん」

 

―――『有栖っ』

 

「っ…、では皆さん、始めましょう。Aクラスとしてこれ以上の敗北はあり得ません」

 

 

そこにない声に気がついて、ハッと振り返っても相手は居ない。チクリとした痛みが胸を刺す。―――気付かない振りをして、有栖はクラスを束ねる。

 

無自覚にもそれが、撫子への償いだと信じて。

 

 

―――〇―――

 

Dクラスは特別試験―――ペーパーシャッフルの結果を聞いて、歓声を上げていた。

当初は1名が退学になる恐れになると陰鬱だったクラスも、Bクラスと早期に協力体制を築いた堀北・櫛田の功績によってほぼフリーパスで試験を突破した。

それもその筈、Dクラスが回答したテストはBクラスが作成した満点のとれる問題だったからだ。

 

例えば、こんな問題が出題された。

・第一問、りんごは1つ100円。ミカンは1つ80円。合計で540円を支払った場合のそれぞれの数は?

①りんご1つ:みかん6つ ②りんご3つ:みかん3つ ③りんご5つ:みかん1つ ④―――

 

・第七問、豊臣秀吉、明智光秀を配下に天下統一を目指した歴史上の人物は?

①織田信長 ②徳川家康 ③石田三成 ④―――

 

 

全問、選択式でなんなら事前に問題も回答も渡された為に全員が100点を取りAクラスに勝利した。そのBクラスも、なんならCクラスも満点を取っていたことに一部の生徒は警戒を強める。

 

…だが一先ずは喜びを分かち合うことを優先したのは、まさにDクラスの特色といってもいいだろう。

 

 

「すげえっ!俺達、満点だぜ満点!」

 

「生まれて初めて取ったよ100点なんて…」

 

「これも堀北さんや、櫛田ちゃんのおかげだよ!」

 

「ありがとうっ、櫛田さん!」

 

 

喜びに溢れる学友たちに、櫛田は謙遜するように「みんなが信じてくれたおかげだよっ」と応え、堀北も「今回はBクラスのおかげとは言え、乗り切れて良かったわ」と満更ではない表情。

 

その安堵の空気は軽井沢の女子グループや、綾小路を中心とする小さなグループでも同様に広がっていた。今回ペア無しでテストに挑んだ綾小路を労う同グループの幸村や佐倉たち。

その後、担任の咳払いでホームルームの途中であった事を思い出した一同。担任の態度から、まだ何か連絡があるのだと察しがついたのだ。

 

 

「それと、試験に集中して貰う為に報告が遅くなったが、Aクラスの西園寺が休学することとなった」

 

「え…!?」「休学!?」

 

 

ぱったりと雰囲気は切り替わり、ざわつく生徒を前に担任の話は続く。

曰く、Aクラス内での諍いが原因で学校生活に支障が出た事。

医師の診断と、治療の指示によりいったん学校の環境から離す事が必要と認められた事。

もしも敷地内で彼女を見かけても、『無暗に声をかけないように』との事。

 

 

「一体なにが…?」

 

「先生、その…話しかけないようって…どういうことですか?」

 

「ああ。うん…」

 

「先生…?」

 

 

珍しく言葉を濁す担任に、質問をした櫛田は不安そうな表情を浮かべる。考え込むように瞳を閉じて、重いため息を一つ零す。

 

 

「…そうだな、必要な事だけ伝える。が、本人のプライバシーもある。全ては話せん。良いな?」

 

「は、はい」

 

「原因は…いや、違うな。まず今の西園寺撫子は耳が不自由な状態だ」

 

「そんな、耳が!?」

 

「ああいや、怪我ではない、ないんだが…症状の悪化を防ぐ為に耳が聞こえぬように保護具を付けている」

 

 

茶柱は何処か歯切れが悪く、ひどく丁寧に言葉を選んでいる様子だ。それに業を煮やしたのか、堀北が挙手をして質問を加える。

 

 

「先生、それでは分かりません。なで、西園寺さんに何があったんですか?」

 

()()()()

 

「え?」

 

「それは…一体どういう?」

 

「…本人の希望だ」

 

 

拒絶の言葉に面食らう堀北だったが、その理由は直ぐに明かされる。『西園寺撫子の申請によって、該当案件は円満に解決した』というもの。

したがって申請を受理した学校側は、『なにか』を再燃させる行為は出来ないという。

 

 

「改めて、西園寺は現在は治療中だ。その一環や最低限の提出物や試験等で登校する事はあるかもしれんが、原則として接触は避けるように。…この共有の後に接触して症状が悪化した場合、本人が望もうが望むまいが、問題化する他ないのでな」

 

「そんなっお見舞いもダメなんですか!?」

 

「…今はダメだ。医師によると、ストレスのある環境から一時的にでも完全に切り離す必要があるという事だ」

 

「………(ストレス?)」

 

「茶柱先生、西園寺の休学中、特別試験などがあった場合は?」

 

 

フッと漏れた言葉に疑問を持つ綾小路を尻目に、Aクラスへの意欲の強い幸村が挙手し質問をする。それに対する返答は『確約は出来ないが無人島試験の時の様に不参加のペナルティを受ける』というもの。納得したのか考え込む幸村に、次いで平田が手を挙げる。

 

 

「なんだ?」

 

「休学中も不参加の罰則があるなら、西園寺さんが復学した時にその…クラスでの居場所や、友人関係に支障を与えるのではないですか?」

 

「…他のクラスの生徒でも気にするのはお前の長所だな、平田。だが、問題はない」

 

「え?」

 

()()()()()。…これ以上は言えることは無いが、納得しろ。学校側もその為に既に動いている」

 

「…分かりました」

 

 

その後、当初の喜びもそこそこに一体何があったのかがDクラス…否、1学年の間で噂として広まることになる。そんな中で沈黙を貫くAクラスと、それ以外の3クラス。

 

―――その構図が招く悲劇を、まだ誰も知らずにいた。

 

 

 

―――〇―――

 

有栖「(撫子さん…)」

 

帆波「…………っ」ギリッ

 

龍園「………チッ」

 

綾小路「………」

 

 

 




読了、ありがとうございました。

ちなみに撫子が体調を崩した伏線はずっとずっと前にありました。
具体的には、第一話に。

かなり早いですがペーパーシャッフルは終了。Aクラスの一人負け、ですね。一応、他クラス視点はまた入れる予定ですが冬休み編も短く差し込んで混合合宿に行きたいですね。

撫子が戻るまでもう少しかかるので、お待ちください。
お楽しみに。


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冬休み編
①:Q:もしも大和撫子な美少女を病室で裸で独り占めに出来たら、どうする?


お待たせしました。
サブタイトルは詐欺です。多分、次回からはもっと明るくなる予定。
冬休み編は2,3話で終わって混合合宿に行けるといいな…。

それでは、どうぞどうぞ。


―――◇―――

 

西園寺撫子は回顧する。

一体だれが悪かったのかと。

 

結論はすぐに出た。―――私のせいだ、と。

 

戸塚弥彦(クラスメイト)の怒りも、

葛城康平(クラスメイト)の不審も、

坂柳有栖(クラスメイト)の心配も。

 

その全ては自分が至らなかったが故だと、自責の念にじくじくと心が燻られるのを感じていた。

もっと彼らに寄り添っていたら、理解していたら、手と手を携えていたら。

 

その結果が、今の西園寺撫子の現状だった。

 

 

――――――

 

 

特別試験―――ペーパーシャッフルを終えたBクラスは慰労(おつかれさま)会もそこそこに、解散後は各々が好きに過ごそうとしていた。

各々が退室し、人数が減ったカラオケルーム。

リーダーである一之瀬の声かけで残った面々、いわゆる(表立っては言わないが)主要陣は今回の試験を振り返っていた。

 

 

「まず、改めてお礼になるんだけど色々動いてくれてありがとうね、二人ともっ」

 

「良いって良いって!」「またいつでも頼ってね」

 

「あぁ。…今回は二人のおかげで、予定通りにDクラスに手を回す事が出来た」

 

「そうそう!松……あっ、と」

 

「…あまり誰がと、明言は避けるべきだろうな」

 

 

口を押える一之瀬に頷くのは神崎。Dクラスを明確に裏切った訳ではないものの、自クラスに秘して動いている生徒はスパイと疑われても可笑しくない。自分たちBクラスにとっても貴重な人材であり、表立っての接触は避けるべき。知る生徒も最低限で良いと、伝言係となった網倉たちに言い含める。

 

コクコクと首を振る一同に、改めてと試験のおさらいを始めるのだった。

 

 

「まず、今回の目的はAクラスとの差を縮める。…で、次善策としてはこれ以上クラスポイントを離されないこと」

 

「あぁ。その為に、一之瀬がCクラスに働きかけ、根回しをした。網倉にも手を借りた。そして」

 

「俺が同じ部活の…あー、平田、…に来て貰って話をつけたんだよな?」

 

「そうだ。ここまでは良いな?」

 

「うん。…で、その…肝心のAクラスについては、一体どうやったの?」

 

「ふっふっふ…聞きたい?」

 

「ああ」「聞きたいっ!」

 

 

網倉が首を傾げるように尋ねる。柴田も前のめりに聞く姿勢を取り、神崎もジッと目を向ける。わざとらしく笑い勿体つけるように種明かしをする一之瀬。

 

 

「それはね?…Aクラスに、()()で教えてあげたんだっ」

 

「なに?まさか…」

 

「教えたって…何を?」

 

「え?…もしかして…Dクラスの?」

 

「そうっ!Dクラスに渡した問題集をそっくりそのままねっ!」

 

 

一之瀬の言葉に数瞬、考え込む一同。…その時に、注目が己がクラスのリーダーから外れたのは果たして良かったのか、悪かったのか。

 

笑顔で作戦の成功を喜ぶ―――否。他クラスの失敗を嗤う指導者(リーダー)の瞳からは、普段の優し気な光も熱も、すっかり消え失せていた。

 

ピロン♪

 

「お?…俺のじゃないな」

 

「私も違う」

 

「…あれ?私かな?」

 

「みたいだな」

 

 

届いた着信音に各々がスマホを確かめると、どうやら着信は一之瀬のものらしい。ちょうど良く間が外れた為か、飲み物を取りに部屋を出る2人。残された神崎は何気なくスマホを見る一之瀬に視線を向けるとそこには、

 

 

「っ一之瀬?」

 

「――――――――――は?」

 

 

そこには、全ての表情が抜け落ちた、見た事のないクラスメイトの姿があった。

 

 

 

 

 

 

・・

 

―――奇しくも。

 

隣接しているアミューズメント施設。ダーツやビリヤード台の設置がしてあるバーラウンジの一室でも、同じような目的を持つ生徒達が、一堂に会していた。

ビリヤード台で狙いを定めてカコンと、ボールのぶつかり合う音。集中を必要とする遊びであるので、会話は疎らだ。ただボールを打つ道具、キューを持っているのは2人だけで、他はいつもの仏頂面で腕組みをしている伊吹澪、マイペースに本を開く椎名ひより、無言で入口のドアで待機する山田アルベルト。

 

 

「…っし、ナイスシュート、ってか」

 

「チッ」

 

 

ビリヤードを嗜むのはCクラスの王、龍園翔。そしてAクラス、橋本正義だ。手番は橋本で、7の刻印のされたボールが穴に吸い込まれる様に消えて行った。

ビリヤードはルールにもよるが基本的に小さい数字から順に落としていき、最後に一番大きい数字を落としたプレイヤーの勝ち。そして自分の手番でボールを落としたら続けて自分の番となる。残るは8番,9番の2つだけ。

 

 

「で?」

 

「ん?…あぁ、ほいで後はそっちも噂を聞いてんじゃないのか?撫子ちゃんとは音信不通、腰巾着の戸塚は村八分って状況さ」

 

 

カコン、カン…カン。難しいコースを狙った白い手玉は、的玉を弾くのみで橋本の手番を終える。滑り止め(チョーク)を机に放った龍園が、いつもよりも数段険しい表情で狙いを定める。

 

この場はAクラス、橋本と内々で関係を築いていた龍園の呼びかけで設けた席だった。橋本としても、詳細はAクラス以外に封鎖されている情報を高く売りつけられる機会だ。その相手がリーダー格なら文句はない。意外だったのは同伴がいつもの山田だけかと思えば普段はあまりいない女子が二人も居た事だろうか。伊吹が居ることはあっても、椎名とは今日が初対面だ。(挨拶しても返事なく、本を開いているだけだったが)

 

 

「…アイツ、なんか病気してたの?」

 

「ん~いや、少なくとも俺らAクラスに周知は無かったし、姫さんに聞いても体調を崩すような持病は持ってなかったみたいだ」

 

「坂柳か。…奴の情報元に心当りは?」

 

「本命が撫子ちゃん本人。当日は一緒に帰ろうとしてたみたいだからな。で、対抗は教師、大穴で親の理事長ってとこか?」

 

「………」「…っ……」

 

 

カン…!ガタン。

 

橋本よりも強くボールを弾く音。8番ボールがポケットに落ち、残すは9番だけだ。ただ手玉とポケットの位置から、絶妙に直接狙えずよりコースを選ぶ龍園。

自分のキューもチョークで滑り止めをしつつ、室内の面々に視線を向ける。かねてより人への観察に自信のある橋本から見て、その日のCクラスは不審なところが多かった。

 

普段は専ら、橋本からの売り込みを聞くだけにも拘わらず、今日は呼び出してきた龍園翔、

普段は徹底して警戒をみせるのに、今日はそこまで威圧感を感じない山田アルベルト、

無言でいるのが常。しかし今日は龍園との会話に入って来た伊吹澪。

本を読んでいて一見、興味が無いようにしている。…が、先ほどから一度もページをめくっていない椎名ひより。

 

 

内心、舌なめずりをしながらどう情報を捌こうかと考えていると龍園がショットを決める音に意識を戻す。

カンッ、カ、…ガタン。

 

 

「…お見事。って感じだな」

 

「congratulation」

 

「………」

 

 

パンクショット。手玉を台の壁であるクッションに当てて反射させて落とす打ち方。大仰な身振りで拍手をした橋本に合わせて、山田も拍手を送る。…女性陣からは特にリアクションはない模様。

 

 

「…なあ、代わりと言っちゃなんだが、教えてくれないか?」

 

「3クラスが満点を取った理由か?」

 

「…っ、流石、察しが良いな」

 

 

この場に橋本が来た理由はいくつかある。他クラスのリーダーとの関係強化、情報収集、いずれも裏切りかと言えばそうだし、Aクラスへの貢献かと言われればそうだ。

ただ橋本自身、それは自分自身の生存戦略であり他人から何と言われようとも変えるつもりのない信念のようなもの。そんな橋本の内心を見透かしたように鼻で笑う龍園はキューでトン、トンと肩に当てながらビリヤード台に腰かける。

 

ここからが本番。そう感じた橋本は乾いた唇を湿らせ、油断なくいつもの余裕を浮かべながら質問を重ねる。

…橋本は、葛城派閥とも繋がりがある。そこから手にした問題集は、()()()()使われていなかった。残りの半分はどこから出題されたのか?失点を拭う為にも、橋本は手柄を欲していた。

 

 

「正直、今回のテストはCクラスが一番高得点を取るだろうと思っていたが、まさかBもDも満点とは思ってなかったぜ。…いったいどんなトリックだったんだ?」

 

「…ククク、なんだお前。意外と()()()()()()()のか?葛城…いいや、この様子じゃ坂柳もか」

 

「どういうことだ?」

 

 

何処までバレている?そう内心で冷や汗をかく橋本だったが、返されたのはシンプルな一言だった。そしてそれは、状況次第では2000万ポイント以上の価値のある一言だった。

 

 

「橋本、悪いことは言わねえ。俺達Cクラスにつけ」

 

「っ…!」

 

「………」

 

「っ!?ちょっと待て龍園、そんな奴より今はっ、アルベルト…!」

 

「………」

 

 

唖然とする橋本を尻目に、反論する伊吹に手をかざして言を封じる山田。邪魔はさせないつもりだろうが、当の山田も困惑気味に龍園に視線を送っている。そしてそれは、会話に参加をしていない椎名も同様だ。

 

 

「何を言うのかと思えば…俺はAクラスだぜ?なんでCクラスについて、クラスメイトを裏切らなきゃならねえんだ?」

 

「お前、今のAクラスがいかに泥船か分かってんじゃねえのか?…ちょろちょろ動くネズミは、沈む船から居なくなると思っていたが…思い違いか?」

 

「…いや、流石にそいつは」

 

「もうヒントは出したハズだがな」

 

 

龍園の言葉に息を呑む。そう、まるでAクラスを狙い撃つように揃っての満点。それが対A同盟なのか、今回限りの協力か、それの発起人は誰なのか。橋本が本当に知りたかったのは、正にそれだ。

ここで話を持っていく先を間違えれば、橋本は簡単に切り捨てられる。ゆえにこそ、Aクラスの地位を確立しつつ…という及び腰で交渉せざるを得なかった。

 

流石のAクラスとはいえ、3クラスと戦えば無事では済まない。特に今は、肝心要の西園寺撫子が離脱している。彼女ほど交友関係が広い生徒もおらず、他のクラスとの関係は冷え切っているとも聞く。

 

―――即ち、現状のAクラスは非常に他クラスに敵視されている訳だ。

 

 

「…?」

 

「今回のは警告だ。本命は次回か、次々回。バトルロイヤルの鉄則を知ってるか?弱い奴から潰すか、徒党を組んで数でボコす」

 

「………忠告感謝ってところか?心しておくぜ」

 

 

真剣な表情を浮かべる龍園に、額の汗を拭うジェスチャーを交えて茶化す様に明言を避ける橋本。今回はこんな所が潮時。そう判断して退散しようとしたがガシャンと何かを落とす音。そちらに視線を向けると、これまで一言も発しなかった彼女がどこか呆然とした様子で立ち尽くしている。

 

 

「なんだ?」

 

「…ひより?どうしたの?」

 

「…………」

 

 

周囲の声にも反応が無い。わなわなと手を震わせている彼女の頭の中には、送られてきたメッセージだけがぐるぐると廻っていた。

 

【―――は学校からの連絡になります、西園寺撫子さんの病状について治療に協力をお願いするに当たって遵守して頂く―――】

 

 

―――〇―――

 

 

「っ、これ…は」

 

「どうしたのかな?櫛田さん」

 

場所はケヤキモールにあるファミレス、打ち上げをしてたDクラス。面子は櫛田に堀北、平田のリーダー陣と、彼女の軽井沢とそのグループ。そして(何故か一部の面々に呼ばれた)綾小路だ。

 

時を同じくして、同メッセージを受信した生徒である櫛田は瞠目しても取り乱すことはしなかった。ある程度の事情は、予め知っていたのだ。

 

・試験の結果、Aクラスの内紛に巻き込まれたこと。

・Aクラスの戸塚弥彦がその急先鋒として暴走し、撫子が入院・休学してしまったこと。

 

彼女に送られてきた内容は、要約すると学校からの協力要請だ。

 

撫子の治療に親しい友人知人の力が借りたい事、報酬はプライベートポイント生徒のプライベートポイントを支給し、この件については周知を避け緘口令を契約に盛り込む事。etc.

 

一時期はキャラ崩壊するほど妬んでいた相手だが、和解してからは素を出せる貴重な(恥ずかしいので本人には言わないが)友人…()()だ。

彼女の力になれるならと、迷いは無かった。櫛田は注目を集めてしまった事を詫びて、急用を理由に席を立つ。向かうのは一度も足を運んだことのない病院施設、そのロビーに辿り着くと一人の女性が立ち上がって出迎える。

 

 

「もし…櫛田、桔梗さん?」

 

「あ、はいっ。そうです」

 

「そう、あなたが。…失礼、私こういうものです」

 

 

そういって名乗る女性が、撫子の主治医である事を知った。挨拶もそこそこに、案内された個室に入る。

 

 

「それで、撫子ちゃんは…」

 

「良くは…ないわね。まず、会話がダメ。最近では声だけじゃなくて服を着る音、食べる時の音も気になるみたい」

 

「そんな…!」

 

 

心配する表情の櫛田に、医師が説明した内容は当初より症状が悪化しているということだ。耳の件も驚いたが、会話が出来ない事は、いつも愚痴を言っていた櫛田は「自分のせいかも…」と表情に出さない程度には気に咎めていた。

 

 

「―――最近は常に、全裸で過ごしているわね」

 

「全裸でっ!?」

 

 

ぎょっとしたが、ちゃんと個室でプライベートは守られているらしい。内心、「(そういえば普段からそうだったかも?)」と思う櫛田に医師が本題を告げる。

 

 

「ここからは本当に口外しないで。…西園寺さんはまだ身体に異常が出るようなことはないけど、既に不眠症や拒食症も併発しているの」

 

「え?…不眠、って、撫子ちゃん眠れていないんですか…!?」

 

 

頷く医師によると、食事については食べやすいものや点滴で賄っているが睡眠不足は深刻らしい。薬も体質から良くはないと聞き、櫛田の心配は更に大きなものとなる。

 

 

「私に…、私に、なにか出来ることないですか?」

 

「そう、その事で貴女にお願いしたいことがあるの」

 

 

真剣な表情を浮かべる医師に、櫛田も姿勢を正して身構える。そうして告げられた内容は、櫛田にとって―――この学校では珍しく―――表裏無く、快諾と応えられるお願いだった。

 

 

 

 

――――――

西園寺撫子

16歳

女性

■■■.■cm

■■.■kg

B:■■■

W:■■

H:■■

・・

・・・

 

心因性の聴覚障害の悪化――――――

 

直近では本人のヒアリングから衣擦れの音や嚥下する音などもストレスと感じる申告があり、空調やその他の環境を調整することを条件に―――

 

過去の入院歴から、睡眠導入剤などの投薬治療は出来ない為に喫緊の課題として不眠症などの症状を緩和する為―――

 

――――――

 

 

重度集中治療患者病室―――平たく言えば閉鎖病棟の一室。撫子は一糸纏わぬ姿で膝を抱きしめて蹲っている。

その様子を隣室で見守る担当医は、ため息を堪えながらも病状をカルテに綴る。

 

西園寺撫子。彼女の症状は日に日に悪化の一途を辿っていた。救いは本人が治療行為に前向きであることだろうか。この学校の特殊性は医師も把握していたが、クラスメイトの為にと常々口にする彼女を真嶋智也(担任教師)は安堵と共に励ましていたが、医師には全く真逆のように感じていた。

 

「クラスメイトの為に」「皆様の為に」という言葉がまるで呪いにも感じる程、多用されていたのだ。事実、定期的に行われるメンタルカウンセラーからは指摘を受けており「学校に在籍しているのは彼女の心身に負担を与えている」と何度も言われていた。

 

それでも彼女が病院の個室からこの真っ白な部屋に移ってまで治療を継続できたのは、一重に彼女に表立っての不調が確認出来なかったからだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()常人は心身に異常をきたす。それが、彼女には無かった。医師との受け答えも、カウンセラーとの会話も、担任との筆談も淀みなく行えている。行えて()()()()()()

 

そうで無ければ医師もカウンセラーも本人や担任の意志など無視して、治療優先(ドクターストップ)と言ってもっと大きな病院に叩き込んでいる。

 

特別なその病室は、患者が叫んでも外部に声の漏れない防音性があり、室温も一定で空調も完備している。自傷行為を防ぐ為とベッドも椅子も机も、床に固定されている。窓はなく、水回りも整っているがどう見繕っても牢獄だ。まともな頭をしていれば入浴も用を足している所も見られるそんな場所に一日たりとも居たくはないだろう。

 

彼女が特殊なのか、この学校の生徒が強靭なのか。マジックミラー越しに、同性でも羨むスタイルの身体に目を配り異常がないことを確かめる。

学校はあと少しで冬休みに入るという。いや、その前に期末の試験がある。医師は最近、癖になってきたため息をつきながら彼女の外出許可の申請書を用意するのだった。

 

 

 




読了、ありがとうございました。
感想で撫子のスリーサイズについて言及があったので、桁だけ。

次も投稿後に書き進めてます。
なるべく早く上げますので、お楽しみに。それでは次回もよろしくお願いいたします。


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②:Who are you?

お待たせしました。
今回は、少し早く仕上がりました。

今回はキャラ崩壊が多い…かも?考察して下さる方々もいらっしゃったので、
背景を考えてみて貰えると嬉しいです。

それでは、どうぞ。


―――〇―――

Side.一之瀬 帆波

 

 

我慢。…そう、我慢した。私は我慢をしていた。

撫子が学校に来れなくなったとクラスで聞いた時も、よくわからないメールが学校から届いた時も。そして、目の前の医者から撫子の治療の件を聞いた時もだ。

 

多分、表情は強張っていたと思う。でも、撫子の為。それが必要だって分かったから我慢出来た。それなのにっ…!

 

 

「…すぅ……」

 

「…………」

 

「――――――――」

 

どうして撫子は、そんな穏やかな顔で眠っているの?…()()()()()()()で。

 

 

「落ち着いて、一之瀬さん」

 

「っ…!!説明、して下さい…!!」

 

 

気が付けばガチャガチャと、鍵のかかった病室のドアを開けようとしていた。撫子のお医者様に肩に手を置かれて、それを払うと噛みつくような言葉が自然に出てしまう。

 

座る様に促された椅子に腰かけると、落ち着き払った態度で事情を知る。

―――曰く、撫子の症状は心因性ストレス障害。それを取り除くために、普段ずっと一緒にいるクラスメイトや友人よりも遠回りして人と触れ合うことで、徐々に親しい人へと慣らしていく…らしい。

 

ならなんで、Dクラスの櫛田さんが?私でも…いや、私が一番いいと思った。そう打ち明けると、カルテを見ていたお医者様がこっちを見据えて話し出す。

 

 

「西園寺さんに聞いたわ。クラスメイト以外で最も仲が良い相手を、そう聞いたら貴女の名前を伝えられたのよ」

 

「撫子が…私を…!?」

 

「ええ。だからAクラスの生徒と同様に、貴女を真っ先に呼ぶことは出来なかったの」

 

 

そう言われれば、かぁ…と頬が赤くなるのを感じる。やっぱり、撫子は私のことを…。あう…。

頭をぶんぶん振って妄想を追い出すと、お医者様がくすくすと笑っている姿に急かすよう続きを促す。

 

 

「ふふ、ごめんなさい。…それで、貴女にお願いしたのは彼女の退院後のアフターフォローよ」

 

「退院…って、撫子はもう大丈夫なんですか?」

 

「肉体的にはね」

 

 

最近はマジックミラーの向こう側の光景―――櫛田さんに抱き着いてすやすやと眠る様子―――が見られて、かなり症状も改善しているらしい。

(櫛田さん、羨ましい羨ましい羨ましい…)

ただ、まだ学校に登校してクラスに馴染むには再発のリスクがあるそう。学校側とも暫くは調整して過ごすように段取りをつけたとか。私には、その際に登下校の補助や放課後、休日に撫子の事情を知る上で助けになって欲しいと言われた。

 

 

「もちろん、任せて下さい。撫子の事は絶対に私が護りますっ!」

 

「ありがとう。…それなら、これも渡しておくわね」

 

「…?これ、なんですか?」

 

「今回の事情を知っている生徒さんのリストよ。名前の横にあるのが、西園寺さんの治療…まあ、見ての通り同衾にくる日ね」

 

「………へぇ」

 

 

くしゃりと、紙を持つ手に力が入る。そこには良く知る人の名前や、全く知らない生徒の名前もある。…これ、全員が撫子ちゃんのことを…!

※95点

 

 

「一応、退院の許可は週明けに出す予定です。迎えは―――」

 

センセイ、私も撫子ちゃんと寝たいんですけど、駄目ですか?」

 

「え?…、まあ、退院後なら…本人が望めば。確認しておきます」

 

「お願いします…!」

 

 

即答する。その後、口外しない事や報酬?の書類に手早くサインをすると、マジックミラー越しに撫子を見る。

…少し痩せたかな?薄っすら隈もあるみたい。それでも絹糸のような髪や、豊満な胸、くびれのある腰、つうっと指を這わせたくなるお尻。ギリギリのところで隠れて見えないデリケートな秘部も、幼子のような無垢な寝顔も、私だけのものだったのに…!

 

私以外が独占していることに焦燥感を覚える。

それでもあと少し。あと少しだから…。待っていて、撫子。

 

 

―――〇―――

Side.綾小路 清隆

 

 

俺は冬休みも間際の放課後、茶柱に呼び出しを受けていた。最近は図書室で好みの本を見つけてクラス外の友人が出来たり、クラス内の愛理や啓誠たちと試験の対策を練っていたりと学生生活を満喫していた。

その反動か、その男と1年半ぶりの再会をした俺は存外に動揺していたのだと思う。…その筈だ。

 

 

「よくやった、清隆。流石は私の最高傑作(むすこ)だ」

 

「………」

 

 

誰だあんた。

 

 

満面の笑みで俺を褒めるその男を見て、俺はとっさに言葉を返すことも出来ずにいた。

 

 

「………」

 

「………お、お久しぶりです。…綾小路先生」

 

「坂柳か、久しいな。お前も座れ」

 

「し、失礼します…」

 

「清隆、お前も立っていないで座れ」

 

「………」

 

 

…いや、本当に誰だコイツ。同席していた坂柳理事長…Aクラスの坂柳有栖の親族か?も、この男の人となりを知ってか、かなり動揺をしている。挨拶もそこそこに俺の入学について擁護をする理事長にも、着席を促される。油断なく見ていると茶柱が持って来たお茶を口にするほど上機嫌に受け答えをしている。

 

今まで見た事のないヤツの態度に困惑していると、退席しようとした茶柱を呼び止める。「担任にも関係のある話だ残って貰いたい」と告げて、俺の横に座る茶柱。何を口にするのか、当たりを付けて俺は先手を取る。

 

 

「何の用だ?言っとくが俺は、退学するつもりはないぞ」

 

「案ずるな。むしろ逆だ」

 

「逆?」

 

「あぁ、お前には絶対に、A()()()()()()()()()()()

 

 

…どういうことだ?全く予想できない言葉に沈黙をしていると、奴はA4ほどの茶封筒をテーブルに滑らせてこちらに寄越す。見ろということだろうか?どこか浮足立った雰囲気の茶柱を横目に、中の書類を取り出す。

 

………これは

 

 

「どういうつもりなんだ?」

 

「清隆。お前にしては要点を捉えぬ質問だな。まあいい」

 

 

そういうと奴は内ポケットから写真を取り出して、それをこちらに見せる。そこには知らない成人男性と、着物を着た少女。…恐らく、今よりも幼い頃の西園寺が写っていた。

 

 

「西園寺…?」

 

「そう、西園寺撫子だ。―――彼女がお前の婚約者ということになる」

 

「………」「っな…」

 

 

茶柱の驚く声、声を出さないが目を瞬かせる理事長。俺も予想外の事に思考が纏まらないが、手渡された書類に視線を走らせる。

内容は、どうやら彼女の身内との約束の覚書のようなもの―――念書というものだろうか。父、綾小路篤臣と西園寺大和の名前が記してある。

 

俺がAクラスで卒業した場合、西園寺撫子との婚姻を認め、西園寺撫子がAクラスで卒業した場合は俺が婿入りするというもの。

またそれ以外にも生まれた子供が男児だった場合は第一子は生家側に、女児なら両家の同意の元と事細かに決められているようだ。

 

…問題は当然ながら、俺はもちろん西園寺もこの事は初耳だろうという事。当人らの意志を無視して婚姻やその後の子供の親権まで決めると言うのは些か前時代的ではないだろうか。俺は斜め読みした書類を茶柱に手渡すと、上機嫌にお茶を飲んでいるこの男に口を開く。

 

 

「随分と勝手な話だな。本人の意思は無視なのか?」

 

「子に最も望ましい進路を勧めるのは、製造者(おや)として当然の権利(おもいやり)だとは思わないのか?」

 

「…俺は卒業後は、ホワイトルームに戻るのだろうと思っていた」

 

「殊勝な心掛けだな。大筋では間違いない」

 

「西園寺の意志はどうなる?」

 

 

俺はこの3年間のモラトリアムが過ぎれば、この男の命令通りに生きるつもりでいた。予想としては、再稼働したホワイトルームか、それに近い別施設の教官あたりになると思っていたが…全く予想外だ。

言い訳染みた反論にも、奴は鼻で嗤って続ける。

 

 

「撫子嬢には祖父、大和氏からの手紙が届く手はずだ問題ない。…そも、彼女が断ることは無い」

 

「どういうことだ」

 

「元から彼女は西園寺の血を次代に残す為の母体だ。本人の意志よりも家の意志が優先される。そして彼女は、()()()()()()を為されている」

 

「………」

 

 

知識としてはある。旧時代の日本、貴族階級においてはそういう古臭い家同士の繋がりがあった事を。逆に言うなら西園寺の生家はそれに準ずる家系。

つまり目の前の男が欲しているのは、その伝手や血筋だということか。

 

「…この横の男は?」

 

()()()()、彼女の婚約者は先日亡くなったらしい」

 

「それは随分な偶然だな」

 

「あぁ、本当にな。…よって、大和翁とも話はつけた。お前がAクラスとして卒業すれば、すぐに籍を入れる」

 

 

おう…翁?つまり、彼女の家がこの婚約に同意したということだろうか。思わずため息をつく。俺もそうだが、西園寺も随分と自由のない家に生まれたものだと。

それを観念したと思ったのか、ヤツは俺に悍ましい提案をしてきた。

 

 

「清隆、撫子嬢とは出来るだけ早く契って*1おけ」

 

「………」

 

「なっ、なにを言っているんですか!」

 

 

俺よりも先に、茶柱が席を立って声を荒げる。それは教職としてなのか、大人としてなのか分からないが、恐らくこの場で最も常識的な大人として、茶柱佐枝という人間は声を上げた。

 

 

「撫子嬢の実力は非常に高いが、身籠れば当然それは低下する。それを庇うクラスという集団も等しく弱体化するだろう」

 

「っ!…まだ彼らは子供です、大人の私達が将来を決めるのは当然、責任を取れない事を勧めるなどっ、」

 

「いや、そもそもこの学校で妊娠した場合は退学処分になるか?…どうなんだ、坂柳」

 

「いいえ?本人の同意なき性交渉が発覚した場合は違いますが、退学といった処分はありません。もちろん、本人に希望を聞いて、そう望んだ場合は別ですが」

 

「なっ…」

 

 

茶柱の提言など右から左に聞き流し、旧知の仲なのであろう理事長に行為の可否を確認する。相変わらずこの男は、目的の為には一切の躊躇がない。相対する理事長も、まるで倫理観など無い会話を続け在学中の出産、手続き、親権や処分など詳らかに解説をしていく。

 

 

「理事長っ!?」

 

「だ、そうだ清隆。()()()、お前はいかなる手段を用いてもAクラスとして卒業を果たし、西園寺撫子を手に入れろ」

 

「………言いたいことはそれだけか?」

 

「ああ、これで全てだ。詳細は書類にある。確認しろ」

 

 

言いたいことだけ話すと、見送ろうとした坂柳理事長に断りを入れてアイツは去っていった。残されたのは俺と担任の茶柱、そして理事長の3人。

俺を差し置いて口論(と言っても一方的に茶柱が理事長に詰問をしているような構図だが)している二人を尻目に、俺は渡された書類に指を滑らせる。

 

 

「理事長、まさかあんな保護者の身勝手な―――」

 

「茶柱先生、落ち着いて下さい。進路についてはいずれにせよ保護者との三者面談も―――」

 

「………」

 

 

用紙の下部、やけに光に反射をする部分がある。指で擦ると紙の乾いた感触でなく、透明なインクでコーティングされたような部分を一文字ずつ確認していく。

 

 

【坂柳理事長は来期に更迭予定、後任は協力者。来年に後輩も入学予定。好きに使え】

 

「…はぁ」

 

 

どうやら、アレは相変わらず用意周到なようだ。俺は現実逃避気味に、目の前の二人の会話に耳を傾けるのだった。

 

 

―――〇―――

Side.神室 真澄

 

 

「…はぁ」

 

「………」

 

 

最近のAクラスはかなり暗い。それもこれも、撫子が休学したからだけど今日は特に酷い。

今日は期末のテスト日。坂柳の指示で勉強会やら対策は取っていたけれど、それを万全に生かせるか分からない程だ。

 

と言うのも、理由は登校中の一幕が原因だった。

 

 

 

 

私がそれを見たのは坂柳と一緒に登校をしていて、Bクラスの一之瀬とクラスの…多分、葛城か撫子のグループの女子連中が対立していたところからだった。

 

 

「っなんで一之瀬さんがお姉様と一緒に登校をしているの…!?」

 

「なんでって、それはそっちが一番良く分かっているんじゃないかな?」

 

「そ、それは…」

 

「…っ」

 

「…?」

 

 

いつもの優し気な表情ではなく、特別試験の時のような険のある言い方。それも話題は撫子のことで、遠くでこちらを振り返りながら校舎に足を運ぶのは撫子本人だった。

Bクラスの連中に手を引かれて、足早に去って行っている。それを庇うように立つ一之瀬に、普段ならちょっかいをかける坂柳は動かない。

 

そうこうしている間に、一之瀬を呼びに来たBクラスの生徒。それに頷き返すと、踵を返して私達に捨て台詞を残した。

 

 

「悪いけれど、撫子の事を私は任されているの。…分かるよね?」

 

「な…!何の権利があって、西園寺さんを、」

 

「Aクラスの誰より、私はあの子の事を大切に思ってる。…絶対にもう、撫子を傷つけさせないからっ!」

 

「っ…!」

 

 

そう宣言した一之瀬は、普段よりもよっぽど強かなリーダー然としていた。結局、その時の噂は直ぐにクラスにも周知されて真嶋に詰め寄った連中は「治療の一環で一之瀬は協力を求められている」と切り捨てられた。

当然、我こそはと手を挙げるヤツもいたけどAクラスの生徒と接触するのは時期尚早とドクターストップがかかっているらしい。

 

それに歯嚙みをしたり、()()()()に憎々しげな視線を向けるクラスメイト達。葛城あたりは空気の悪くなったクラスをなんとかしようとするけど、原因が原因だけに火に油だ。

坂柳あたりが統率を執ればいいんだろうけど、ずっとため息をついていて頼りない。結局、クラスの雰囲気は悪いままに学期末のテストは実施された。…結果は、お察しって感じ。赤点とるような生徒はいないけど、ボロボロだった。

 

クラスの和なんてもう壊滅的だ。森下なんかは戸塚に「クラスの疫病神さ…おっとなんでもないです」とか煽りまくってたけど、切れそうな戸塚をむしろ周囲が視線で射殺そうとするほどに睨んで、仲間であるハズの葛城たちからもハブられてるみたいだった。

 

そんな様子を静観している坂柳をジト目で見ていると、背後から気配を感じて振り返る。

 

 

「…山村?」

 

「はい。あの…坂柳さんに伝言が有って」

 

「そ。ちょっと坂柳、伝言だって」

 

「…え?あ、はい。なんしょうか、山村さん」

 

 

坂柳派そういって、普段よりも固い表情で山村に向き合う。伝言と言っていたが渡したのは手紙のようだ。それを丁寧に開くと、「はぁ…」とため息を吐く。

 

 

「山村さん、ありがとうございます。()()には是非に、とお伝えして頂いても?」

 

「分かりました…」

 

 

そういって再びクラスからどこかに向かう山村。…相変わらず、気配があんまりないわね。そうしてすぐに興味を大切そうに持つ手紙に向けていると、目敏くこっちに来た橋本が指摘をする。

 

 

「なあ姫さん、誰からの手紙だ?」

 

「…あら、橋本君。女性宛の手紙の内容を聞くだなんて、紳士らしくないですね?」

 

「いやぁ、まあ気になってな。それに彼女ってことは相手は女の子だろ?ラブレターって事はないよな?」

 

 

そう茶化すようにしているが、視線は手紙から外さない。相変わらずの抜け目なさに呆れて溜息をついていると、坂柳からは「ご名答、流石ですね?」と便乗するようなセリフが聞こえた。

ぎょっとしてそっちを見ると揶揄ったのか、()()()()()()クスクスと意地悪く笑っていた。

 

 

「は、はは。…冗談だよな?」

 

「…アンタ、そういう趣味だったの?」

 

「………」

 

「冗談ですよ。…それに、手紙の趣旨としては間違っておりません」

 

 

そういって手紙を仕舞う坂柳。その視線の先には、今やクラスの疫病神となった戸塚が一人寂しく席に座っていた。

 

 

「…つまり?」

 

「つまり、()()()()()()ですよ。橋本君、貴方には存分に、働いて貰います。頼りにしてますよ?」

 

「あ、ああ。…そりゃ、もちろん。任せてくれ」

 

「鬼頭君も、お願いします。きっと、貴方の力が必要になるかと思います」

 

「………分かった」

 

 

先ほどまでの落ち込んでいた姿はもうない。まるで、ネズミを甚振るようなネコの様にコイツは嗤っていた。

私は内心、全く同情はしていないけれど戸塚に合掌するのだった。

 

 

*1
性交の意




読了、ありがとうございます。
予想していた人は居ると思いますが、綾小路君が婚約者ポジにつきました。
…ただ実際、本編における接点はあまり多くないんですよね。

原作でもそろそろ自重を止めだす時期ですから、より原作と本作のW主人公が絡む場面を展開出来ればと思います。

そして戸塚君はどうなってしまうのか?遊戯王的な次回予告まで秒読みとなっております。ご期待下さい。

それでは次回も、お楽しみに!


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③:実際、一番母性()があるのが主人公という罠

お待たせしました。
百合7:本編3な回でしたので、筆の進みが早かったです。

感想評価、いつも活力にしています。
これからもぜひぜひ、よろしくお願いいたします。

ではどうぞ。



―――〇―――

Side.佐倉 愛理

 

その連絡が来たのは期末試験より少し前のこと。メールの通りに病院につくと、知らない先輩や他のクラスの人と一緒に撫子ちゃんの事情を聞いた。

 

Aクラスの人たちの諍いに巻き込まれて、よく眠れなくなったこと。それを治す為に協力をして欲しいということ。私も他の人も、すぐに頷いた。その後、気を付ける事や当番のスケジュールを決めると撫子ちゃんと一緒に…その、寝ることになった。

 

 

「じゃあ…お休みなさい、撫子ちゃん」

 

「………」

 

「っ…」

 

 

コクリと頷いた彼女が耳につけたヘッドフォンみたいなのを外して、少しだけ遠慮がちに私の…む、胸に頭を寄せる。思わず息を呑むけれど、声は抑える。不安そうにこちらを上目遣いでいる撫子ちゃんの頭を撫でて、平気であることを伝える。

 

耳を露わにしている時に声をかけない事、不安そうな表情をみせない事。他にもいくつか注意点はあったけれど、これも大切な撫子ちゃんの為、ちょっとだけ恥ずかしいけれど、私も撫子ちゃんも服を脱いでベッドで横になっている。

 

衣擦れの音も良くないらしくて、暖房のうんと効いた部屋でお互いを寝具みたいに抱きしめ合っている。…私の胸も大きいって思っていたけれど、やっぱり撫子ちゃんの胸も凄い。一之瀬さんや波瑠加ちゃんも大きいけど、撫子ちゃんのは…こう、圧倒的だった。

 

必然的に私の左胸に頭を預ける撫子ちゃんの胸は、私のお腹あたりに押し付けられている。こそばゆく感じるところが、撫子ちゃんの大切な所だと思うとちょっと変なキモチになりそうでごくりと息を呑んでしまう。

 

 

「………すぅ…」

 

「……っ…」

 

 

程なくして規則的な呼吸を繰り返す撫子ちゃんに、思わず安堵の息をつく。…ジッと顔を見てしまう。仕方ないと自分の中の天使を誤魔化して、悪魔の誘惑に従い役得を味わう。

 

うわ、産毛が全然ない…。まつ毛…凄い、わぁ…髪の毛、艶々。あ、背中に腕、あっ、あっ、駄目。ギュッとしたら…あ、あぅ…。

 

 

「…ん、…」

 

「っ………」

 

「………すぅ…」

 

 

緩やかな、それでいてとっても甘い拷問のみたい。同性でも。…ううん、同性だからこそ吸い付くような肌も、唇も、それ以外も、手で、口で、触れてみたい。

…でも、今はダメだ。撫子ちゃんは今、とても傷ついている。そんな彼女を癒す為に、私はこうしているんだから。

 

 

「んっ…」

 

「………」

 

 

子供が最も落ち着くのは、心臓の音らしい。撫子ちゃんに届いて欲しいと、彼女の頭をかき抱く。すると喘ぐような声を漏らして…ううん、安心して眠っているようだった。良かった。

 

そうして私と、撫子ちゃんの夜は過ぎていく。願わくばまた、一緒に買い物や撮影に行けるようにと夢見ながら。

 

 

……

 

………あ、あっ、撫子ちゃん…!?あ、足…足を絡みつけたら、あ、当たっちゃう…!当たっちゃうから…!や、やっ…あっ…!!だ、だめっ…きゃぅ…!~~~っ!

 

 

―――〇―――

Side.茶柱 佐枝

 

 

「んっ…」

 

「………」

 

 

教職員用の社宅、その一室。私は教え子と一糸纏わぬ姿で同衾していた。

…ふっ、こんな言い回しではまるで良からぬ関係を持った適当な漫画や映画のようだな。

 

教え子…撫子は私に身体を委ね、覆い被さるようにして就寝している。教職員の間で直ぐに共有された西園寺の症状は思いのほか深刻で、対処に我々だけでなく生徒にも協力を仰ぐ始末。

…まあ私のクラスも含め、大勢がそれに賛同した。それだけ慕われてるこの子を思うと、自然と笑みが浮かんでしまう。

 

そんな彼女が、彼女の家が、あんなに()()()()いるだなんて。

 

 

 

 

応接室で聞いた綾小路の父君との会話。

あの後、理事長にどれだけ詰め寄っても答えははぐらかされた。数日後、Aクラスの担任の真嶋先生と一緒に撫子宛の手紙を検分した。

 

内容は綾小路篤臣氏のいっていた通り、本来の婚約者が事故で死亡したこと。新たな婚約者は綾小路清隆となること。お互いの卒業時、入籍する為に陰に日向に彼を支えること。そんな内容が丁寧に、しかし無遠慮に書き綴られていた。…まだ本人は知らない。治療中の撫子に手紙を渡すのは医師から保留とされている。…当人の心情を考えれば、当然だろうが。

 

一読した真嶋先生は激怒し、時代錯誤だと叫んだが結論が変わる事はない。なにより、教師にそのような権限はない。保護者が望み、生徒が希望した以上その進路は確定となる。

 

 

「来たか、綾小路」

 

「茶柱先生、今度はなんですか?」

 

「…以前の、西園寺の件だ」

 

 

唯一の可能性は、撫子や綾小路自身がそれを拒むことだがお互いに親に進路を決められることに肯定的だ。

 

現状、意思確認が出来る綾小路は親に反抗的かと思いきや、「それがあいつの決めた進路なら仕方ないでしょう」と普段通りの温度を感じさせない声色で告げていた。

 

少しだけ大人げないが、「西園寺が自分のモノになるならさぞ嬉しいだろうな」と煽ってみせると―――グイッと力強く、ソファに押し倒された。

 

 

「な、きゃっ…」

 

 

スーツを強引に引かれた為か、ボタンがいくつかはじけ、はだけかけたワイシャツはあられもない様相を呈していただろう。

大人として情けない声を上げてしまったが、怒りを込めて見上げた時のアイツの表情は

 

 

「………」

 

 

―――何の熱もなく、ただただ冷え切った眼差しと、表情。

 

 

「相手がアンタだとしても、俺は同じ答えを返すでしょうよ」

 

「………す、すまない…失言だった」

 

「…失礼します」

 

 

バタンと音を立ててしまった扉。生徒には見せられない状態の衣服をそのままに、掌を顔に当てて歯噛みする。

文字通り、失言だった。いつもと変わらない綾小路の事を見て、動じていないと勘違いしてしまった。

 

そんな訳がない。アイツもまだ16かそこらの子供なのに、親に進路を決められて、突然婚約がどうだと言われて混乱していない筈がないのに。

撫子もそうだ。以前、外部の人間に淫らな行為*1をされてもよく分かっていない様子だった。

 

…おそらく、それも実家の教育のせいなのだろう。彼女はまるで、体だけ成長した幼子のようだった。

 

どう、償いをしたらいい。アイツと、この子をどう導いたらいいのか。

そんな自問自答を繰り返す内に、決められていた撫子と過ごす日が来た。

 

彼女を招き入れ、一緒に夕食を作り、耳当てに気を付けながら入浴し、共に身体を洗い合う。その全てに会話は無かったが、彼女は唇の動きで言葉が分かるらしく筆談で意思疎通は取る事が出来ていた。

 

最近の治療のおかげか撫子は以前の様子を取り戻しているようだった。いつもニコニコとしていて、こちらに十全の信用、信頼を預けているのを感じる。

どこか知恵に対抗して、「佐枝と呼んでくれ」と言えば恥ずかしそうに唇で『さえ、せんせい』と呟くのが分かって抱きしめてしまった。

 

嬉しさは、あった。だがそれ以上に私の表情を見せたくなかった。泣きそうになってしまった顔で、撫子に心配を掛けたくはなかったのだ。

 

その後、部屋の明かりを落とす。暗さに目が慣れたらお互いに寝間着も、下着も脱いで肌を晒した。撫子の頬が果実の様に赤くなったのを笑うと、むくれるように脇腹を(まさぐ)られた。

 

少しだけはしゃいで緊張が解けたのか、撫子と頷き合って耳当てを外してやる。瞬間、思わずといったように眉をひそめる撫子を強く抱きしめる。

医師に言われた通り、心音が心地よいのだろうか。直ぐに私の背中にも腕を回して、共にベッドに横になる。寝やすい姿勢を捜す内に、何度か耳や首筋に指を這わせるとぽかぽかと叩かれた。…すまん、猫のようだと思ったんだ。

 

そうこうしている内に眠くなったのか、仰向けになった私の左側から腕や足を絡ませる。まるで抱き枕のように為すがままだが、不安そうな表情の撫子の頬に手を当てて安心させてやると、すぐに寝息を立て始めた。

 

 

「すぅ…すぅ…」

 

「………(おやすみ、撫子)」

 

 

言葉にはせずに、唇だけで安眠を祈る。

今だけは、この瞬間だけは彼女に安息がありますように、と。

 

 

―――〇―――

Side.椎名 ひより

 

 

「………っは…!」

 

 

目が覚めると私は、自分の部屋でした。

…おかしいです。今日は撫子お姉様と床を共*2に…んん、いえ。治療行為をする日の筈です。

ただしっかりと毛布は掛けられていますが、寝間着は着ていない。…え?では、あれは夢ではなく…!

 

ガバリと身を起こして部屋の中に視線を向けると、そこには誰の姿もありません。

しかし、机の上にはラップを掛けられた朝食とメモ書きがあります。

 

 

『おはよう、ひより。昨日はありがとうございました。よく眠っていたので、お先に失礼します。風邪を引かない様に気を付けて下さいね。西園寺撫子』

 

「~~~、私の、馬鹿っ!」

 

やってしまった。その怒りを枕にぶつける事、数回。荒い息を整えると、昨日の記憶が徐々に蘇ってきました。

部屋に来たお姉様と、その…一緒にお風呂に入ったこと。お姉様に甘えて髪を洗って頂き、私もお姉様のお身体を洗うお手伝いをしたこと。長湯をした自覚はありましたが、それが良くなかったのかのぼせてしまったのでしょう。

いえ、お姉様の色香にくらくらしていたのもあるのですが、心配そうなお姉様の手を引いて…あ、あぁ…!はしたないっ!

 

ま、まるで遊女のように誘って、困惑していたお姉様を抱きしめて、そ、それで…キスまで強請って、あ、あう、あうあうあう…!!

どうしましょう、つ、次に会う時に顔を正面から見られる気がしません…。

 

首をぶんぶんと振りつつも、お腹は空くもので。

作り置きしてくれた朝食は冷蔵庫からレシピを考えてくれたのか、卵焼きもベーコンもサラダもとても美味でした。

「ほぅ…」と息をついていると、スマホに連絡が来ていることに気が付きます。もしかしたらお姉様からかと思えば、龍園君からでした。

 

半ば興味は失せていましたが、件名には「次の試験について」とあり仕方なく確認します。

 

・・

 

…そうですか。なるほど。

私は今までで初めて、龍園君の作戦に心から同意をするのでした。

 

確認した内容に全く否はありません。私は快諾する旨を返信して、歯を磨き、身なりを整えると―――再びベッドに舞い戻ります。

ぼすんと衝撃を受け止めてくれると共に、ほのかに香るお姉様の残り香。いけない事だと思っていても、私はそれを全身で味わいます。

 

 

「~~~ん、ほわぁ…!」

 

元より本日は体調不良で休むと学校には連絡済み。そうして私は、思う存分にお姉様とのこれからを夢に眠りにつく。

その未来の為、邪魔な存在にはとっとと消えて貰いましょう。

 

 

―――〇―――

 

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

規則的にペラりと紙を捲る音だけがする診察室。

その場に会するのは西園寺撫子の主治医と、担任の真嶋。そして彼女のフォローを約束してくれた一之瀬の三人だ。とうの本人である撫子は今日も他生徒の自室で休んでいるそう。学校や既に休み。つまりもう冬休みは始まっており、既に半ば。

 

撫子の経過によっては事実上の退院。あとは定期的な通院でどうかという程まで、彼女の体調は戻っていた。

それは偏に彼女を抱いて寝る*3のに協力的な友人知人が多数いたこともあった。その数が実績として。医師やカウンセラーからも一考の余地ありとされたのである。

 

 

「先生、それで…西園寺の様子は」

 

「…ええ、そろそろ日常生活に戻っても構わないと思います」

 

「っ本当ですか…!?じゃあ」

 

「ただし!…しっかり守って貰いたい事がいくつかあります。…よろしいですか?」

 

 

興奮からか立ち上がる一之瀬に釘を刺すように、医師は用紙を二人に配り日常生活での注意点を話す。

基本的に耳当て*4は自室以外で外さない様にすること。症状の再発防止の為に、周囲への協力や注意の周知は徹底すること。原因である生徒との単独接触やお互いの謝罪などはしない・させないこと。異常が有ったら直ぐに医師の判断を仰ぐこと。

そんな割と常識的な注意に元気よく返事をする一之瀬とは反対に、真嶋はどこか思案気だ。被害者と加害者が同じクラスに居る。故に、その間を取り持つことの出来る生徒を脳内でピックアップしていた。

 

 

「…では、本人への問診で問題が無ければ明日にでも自宅療養、通院へと切り替えます。担任の先生さんも、よろしい?」

 

「あ、はい。…お世話になりました」

 

「?なにか、気になる事でも?」

 

「えぇ、まぁ…」

 

「…」

 

 

医師は口を濁す真嶋を訝し気にみつめる。他のクラスとはいえ、生徒の手前だ。弱みのような部分を晒す事を避けた真嶋を責める教師は居ないだろう。…だが、その不安を解消する一言は医師からではなく()()()()()から発せられた。

 

 

「真嶋先生、安心して下さい。撫子ちゃんの事は私がしっかり護りますからっ!」

 

「一之瀬…。そう…だな、これからも西園寺のことは頼ると思うが、頼めるか」

 

「はい、任せて下さいっ!」

 

「………?」

 

 

場面だけ切り取れば、教師と生徒の微笑ましい一幕だ。無垢な教え子が素直に、教師に意気込みを話した。教師もそれが気休めとは気付いていても、相手が年下だからかわざわざ否定はしない。

 

どこか噛み合っていなくて当然だ。大人と子供、それぞれに見えているものが違っているのだから。そしてそれは、()()()でも同じことが言える。

 

 

「………」

 

「…では俺は学校で西園寺の件の報告を」

 

「あ、分かりました。…先生、さようなら」

 

「ああ」

 

 

気のせいかと、視線を逸らす医師。もう少しだけその様子を見ていれば確信を持てただろう。―――立ち去る真嶋を見つめる一之瀬の瞳に、隠しきれない怒りの感情が籠っていたことに。

*1
23話、番外⑤:その頃のDクラス。(+担任)

*2
情を交わす、性交の意

*3
そのままの意

*4
以前より軽装の保護具。完全防音ではない





これにて冬休み編は終幕。
次回からいよいよ混合合宿編がスタートいたします。

プロットは出来ています。お楽しみに。
それでは次回、お楽しみに!!


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混合合宿編
①:復帰戦:混合(っていうほど一般生徒は他学年と絡む場面のない)合宿。


まさかの日間ランキング10位。
皆様のおかげで、モチベーションが爆発したので投稿です。
続きもほぼ完成済み、夜に手直しして投稿する予定です。

それでは、どうぞ。


―――

年が明け、新学期が始まった。

休み明けで各々が生活リズムを取り戻すのに難儀していても、学校からの特別試験は躊躇なく実施される。

 

特に、今回の試験は3学年合同で行われる。それも生徒会員しか知らない情報だが新会長“肝いり”の試験だ。だがそんな事情を知らなくとも、各々が程よい緊張を持って試験に挑む生徒達はバスに揺られていた。

 

各学年、各クラスごとに目的地へとバスが進む。途中休憩を挟むものの、目的地などは知らされずに各々のクラスで歓談に興じていると車内マイクを通してアナウンスが入る。

 

 

「―――皆、これから今回の試験の説明を開始するので聞く様に。…先に資料を配る。読み進めても構わないが、説明は順番に行うのでそのつもりでいる様に。では、3ページ目の―――」

 

 

Aクラス担任の真嶋が特別試験―――『混合合宿』の説明を始める。

 

平たくいうのならそれは、学年の垣根を超えて()()()()順位を競うというもの。

 

男女で別れ、各クラス合同で小グループを6つ構成。次いで各学年で同じく作った小グループとも合流、纏まったそれを大グループとし、最終的に6つの大グループを構成して平均点を競うというもの。

 

この大グループで試験を行い、1位から6位の成績によって各クラスに報酬か罰則が与えられる。

 

そしてこのグループ作成が非常に厄介で、自分たちのクラスだけでは構成出来ないのだ。

必ず2クラス以上の生徒が所属しなくてはいけない。普段は敵対するクラスと、どうやって共同歩調を取るか。それもこの試験の要点となるだろう。

 

真嶋の説明は続く。次に構成する人数について。これは、その学年の生徒の数によって変動し、1年生は女子は80人と退学者はいないものの男子は77人。Dクラスが3名の欠員を出している為に、構成人数が最大の15~10人から14~9人と少なくなっている。

 

 

「…ふん、やっぱりDクラスは…」

 

「…!おい、戸塚…止めろよ」

 

「うるせえな、事実だろっ」

 

「………」

 

 

一部、雑音(ヤジ)を挟みながらも真嶋は試験の報酬に話を移す。

1位のグループは一人につき10,000プライベートポイントと3クラスポイント。

2位は5,000プライベートポイントと1クラスポイント、3位は3,000プライベートポイント。

 

4位からは減少だ。5,000プライベートポイントの減少、

5位で10,000プライベートポイント/3クラスポイントの減少、

6位で20,000プライベートポイント/5クラスポイントの減少。

 

 

「今回の試験、理論上の最大得点は他のクラス3名を含み構成最大の15人で小グループを作る。そして責任者を自クラスに指名して、1位を取ると―――総額108万ポイント、336クラスポイントを得る事になる」

 

「…!」

 

 

巨額の報酬に、バス内でもざわめきが沸く。しかしそれも長くは続かず、静寂の戻ったバスに真嶋は説明を続ける。この試験のキモ…責任者について。

 

 

「グループにおいて責任者になった生徒と同じクラスの生徒は、報酬が二倍になる。ただし、試験において規定のボーダーをグループが下回った場合は責任者は退学となる」

 

「退学…!」

 

「それと、これは退学が出たグループの責任者の権利だが…もし、試験の結果が振るわなかった原因と認められた場合に限り、同じグループの生徒を1名指名し連帯責任。すなわち、()()()退()()とすることが出来る」

 

「そ、そんなっ…じゃあ他のクラスが責任者のグループに入ったら、何も悪くなくても退学になるってことですか?」

 

「…繰り返しになるが、対象生徒がボーダー。赤点の原因だと監督する我々が判断する場合だ。真摯に試験に挑めばその点では問題ないだろう」

 

「………なるほど」

 

 

その言葉に、安堵する生徒も居たが察しの良い生徒は気付く。

責任者となった生徒は、退学のリスクを孕む試験だということを。

 

その後、真嶋は目的地までの到着時間を告げると座席に戻る。各々が考察をする中、真嶋からマイクを受け取ったのか、クラスのリーダー格でもある男子生徒の葛城の声がバスに響く。

 

 

「皆、試験についての方針を相談したいと思うが…坂柳、構わないか?」

 

「…ふふ。どうぞ?葛城君」

 

「感謝する。…では、方針としては俺は作成可能な最大人数をAクラス内で詰めて、残る1名を他クラス…CかD辺りから充足する主力グループを作成。残りの7名を予備グループとして、適切にグループ分けしていく。そう考えているが、皆の意見を聞きたい」

 

「良いと思います、葛城さん!」

 

 

葛城の打ち出した方針は、事故率を抑えたグループを作り1位を狙うというもの。複数クラスで小グループを作れば報酬は高いものの、順位が振るわなければ絵に描いた餅。ペナルティも倍増するならそれは得策ではないと、葛城はそう締めくくる。

盲目的に同意を示す葛城派の生徒とは違い、一部の生徒はそれが実現可能かどうかを考察して質問をする。最初に手を挙げたのはクラスのどの派閥とも仲の良い、橋本だった。

 

 

「なあ葛城、作戦は分かったがソレって他のグループに配置されるメンバーが狙い撃ちにされるんじゃないか?あわよくば責任者にさせて退学…なんて他のクラスが手を組んだらどーすんだ?」

 

「…それについては主力グループに加わる他クラスの生徒に、特約として“一切のリスクを負わせない”事を約束する。それを取っ掛かりに、Aクラスの生徒は他グループで責任者とならない姿勢を伝えるつもりだ」

 

「…いやそれ、根本的にはリスク回避できてねえじゃん」

 

「橋本っ!文句を言うならお前はなにか作戦あるのかよ!」

 

「それを話すための場だろうが!」

 

「戸塚はもう話すなよ…!」

 

「…なっ!お前ら…っ」

 

 

そう噛みつく戸塚に、肩をすくめる橋本。露骨な態度により立ち上がろうとする戸塚だが、周囲に抑えられて強引に席に座らされる。…冬休みが明けても、両陣営には拭いきれない確執があると、感じる一幕だった。

 

その後にスッと手が上がるのは坂柳有栖。葛城と対する彼女は、回って来たマイクを受け取るとよく通る声で話し始める。

 

 

「まず最初に、この場の皆さんにお願いがあるのですが…いくら試験が待ち遠しいからといっても、あまり大きな声を出すのは止めて頂けますか?慣れないバスでの長時間移動。お疲れになって、()調()()()()()()()方もいる事でしょうし、それを()()()()()方が同じくクラスに居ると…私は思いたくはありませんが」

 

「「「っ!!」」」

 

 

その一言に、バス中の注目が一点に集まるが直ぐに離散する。該当生徒―――西園寺撫子に気付かれるのを避けたかったからだ。

 

 

「っ…!それは、すまなかった。注意を徹底しよう」

 

「ふふっ葛城君が謝る必要はないのですが…まあ良いです。私の方針は正直、臨機応変に他のクラスに合わせて勝てるグループで責任者を、負けるグループには極力人員を回せないように配置すればいいと思います」

 

「それは…だが、他のクラスが許すだろうか?」

 

「立ち回り次第といった所でしょう。…真嶋先生、今回の試験、完全に男女は接触する機会はないのですか?」

 

こちらはその程度のことはできる、そう言わんばかりの態度に葛城も眉をひそめるが、表立って文句は言わない。他事で貴重な時間を消費するのは得策ではないからだ。

 

話を振られた真嶋からは、「毎日1時間だけ本館で食事を取り、その際は自由。それ以外は基本禁止」とのこと。それを聞いた有栖は数瞬してから葛城に方針を伝える。

 

 

「葛城君、女子の方は私が差配しますから男子の方はお願いしてよろしいでしょうか?役割分担としましょう」

 

「ああ、任せてくれ。…グループの編成で、なにか意見はあるだろうか」

 

「いえ特には。…あぁ、先ほどの約束通り、責任者を引き受けて妨害を受ける事だけが不安要素です。そこの管理は徹底して下さいね」

 

「…心得た」

 

 

荒波を立てることなく、すんなりと意見は纏まった。葛城本人はもちろん、傘下の生徒たちも喜色を浮かべ、対する陣営は表情を曇らせる。…だが、リーダーの指示なのだ。黙って従うくらいの分別は各々持ち合わせている。

そしてAクラスの女子は、坂柳が。男子は葛城がリーダーとしてこの試験に挑む。いくつかの不安要素を抱えてつつも、Aクラスの特別試験が幕をあけるのだった。

 

 

―――◇―――

Side.西園寺 撫子

 

 

バスに揺られる事、数時間。無理せずに休む様にと真嶋先生に助言を頂いて、私はそのほとんどを眠って過ごしたのであまり負担はありませんでした。…最近の…その、寝る時の癖で、腕に抱き着いてしまった山本さんに謝罪をするとパタパタと身振り手振りで気にしていないとふぉろーを頂きます。

 

 

「…ごめんなさい、山本さん」

 

『あ、あの…大丈夫、ですから…その、もう少し眠っても…そのう…』

 

 

…いけません、折角、名誉挽回の機会を頂いたのですからAクラスの為に全身全霊を尽くさねばなりません。

今回の試験は有栖がリーダーとして管理をするそうなので、私は無理のない程度によろしくとお気遣いかけてもらっています。

 

新学期、クラスの皆様は体調を崩して離脱した私を暖かく迎え入れてくれました。

普段の生活も、常に気を回してもらっています。周囲の音を拾いづらい現在も、誰かがすぐ近くにいて助けになってくれます。

いま横にいる山本さんも、入院しているときからずっと見守ってくれました。(そのことの感謝を伝えると、何故か驚かれましたが。…?)

雅会長にもお詫びに伺うと肩を叩かれて『これからもよろしく頼むぞ』と激励を頂きました。

本当に、皆様お優しい方々ばかりです。

 

それ故にこれは、贅沢な…?我儘な意見なのかもしれません。

少々、居心地が悪くも思います。言葉を選ばすに言うなら、そう。腫れ物に触るような…いえ、それも私の不徳が招いたこと。甘んじて受け入れなければ。

 

真嶋先生も、葛城君も有栖も、少々過保護なくらい気を使ってくれてますが、私はもう大丈夫です。

 

確かに今の私は耳に保護具をつけていて、あまり声が聞こえにくい事実はあります。…ですが、この1ヶ月ほどで読唇術は習得することが出来たので会話に問題はありません。

落ちた体力が心許ないですが、今回の試験では恐らく問題ない…筈。集まった体育館で他のクラスの面々や上級生の先輩方と挨拶を交わし、先生の指示に従いグループの編成に移ります。

 

 

 

 

『では、撫子さんは一之瀬さんのグループにお願いします』

 

「ええ、お任せあれ」

 

『よろしくねっ撫子ちゃん!』

 

『撫子ちゃん、一緒に頑張ろうね』『お姉様…!』

 

 

有栖の主導する話し合いの結果、私が所属するのは、どうやらBクラスの帆波が責任者をするグループ。有栖直々にお願いをされましたので、もちろん否はありません。Aクラスからは私のみですが、4クラス編成で愛理やひよりもいらっしゃるので疎外感のようなものは感じません。…やはり、気を使って頂けたのですね。

 

その後、恙無く大グループも出来ると荷物を運びに宿舎の部屋へ。お昼をグループの皆様で作り、上級生の方々ともスケジュールを詰めているともう夕方。慣れない共同生活にどこか非日常を感じて楽しんでいると、先生の噂話を聞いたのかDクラスの愛理の友人…長谷部波瑠加さんが気になる事を言っていました。

 

―――『男子たち、まだグループ決めてるらしいよ』と。葛城君?大丈夫…ですよね?

私は一抹の不安を覚えながらも、本日の献立を手早く調理するのでした。

 




読了、ありがとうございます。
ちなみに撫子の配置グループは一之瀬委員長の丁寧()な話し合い()によって協議()の結果、
公正()で公平()に決まった模様です。
次回はいよいよ男子サイド。

お楽しみに。…あ、某次回予告は皆様、脳内で再生しておいてくださいませ。
よろしくお願いいたします。


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②:バッド・コミュニケーション!

お待たせしました。
予定より時間がかかり申し訳ございません。

それでは、どうぞ。


女子たちと同じように男子も木造校舎の体育館へと集合していた。同じ説明、同じ流れで教職員から指示がされ、早速とばかりに声を上げたのはAクラスの生徒だった。

ただし手探りや妥協、協調をしつつも納得いくグループを構成した女子とは異なり、Aクラスの男子から上がる意見は一方的な―――体裁を取り繕うことすらしない―――独善的なものだった。

 

 

「俺達Aクラスは、こちらのクラス13人と他のクラス1名を加えた、14名でのグループの構成を提案する。よって、残る一人をこれから募集させて貰う」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

思わず、という様に1年男子の間に沈黙が広がる。呆然、警戒、嘲笑。各々が異なる反応を示しながらも直ぐに反応をしなかったのは、誰が先陣を切るのか。それを推し量っていたからだ。

 

 

「おいおい、随分勝手なことだな。飼い主より出しゃばって良いのかよ」

 

「っ、龍園…!…フン、これは俺達Aクラスの総意だ。…それに、お前らも同じことをすればいいだろっ」

 

「葛城、お前も同じ意見なのか?」

 

「…そうだね。彼を疑う訳じゃないけど、グループは全員の同意が無いと作れない。葛城君としても同意見か、聞きたいかな?」

 

 

反論をするのはCクラスの支配者、龍園翔。同調した訳ではなくとも、同じく意図を尋ねるのはクラスのリーダー格である神崎隆二や平田洋介。後ろには山田アルベルトや須藤健など武闘派の面々も睨みを効かせており、自然とAクラスの生徒も助けを求める様に葛城へと視線を向ける。

 

 

「………」

 

「どうなんだ?」

 

「か、葛城さん…?」

 

「…、……その通りだ。俺が責任者として当グループを指揮する」

 

 

腕組みをして目を瞑っていた葛城はその視線を受け止めると、数瞬の間を開けた後に一言だけ返した。その反応に眉を顰めるBクラスやDクラスの面々。逆に嗜虐的な笑みを深めるのはCクラスの龍園だけだ。

 

 

「ハッ…なら俺らは好きにグループを決めさせて貰うとするぜ。Aクラスの()()はどうすんだ?」

 

「そっ、それはあなた方の好きなグループに、どんな配置でも喜んで参加させてもらう。…だ、だが責任者にはならない!…それ以外なら、競技への協力は約束する」

 

 

龍園の嘲りの混じった質問には、予め答えが用意されたのか。言い淀みながらもAクラスの方針について明確に示された。

龍園はそれに「なるほど、なるほど」と芝居がかった態度で頷くとパン、と手を叩く。それによって1年生の、一部の上級生の注目も集める。

 

ターンが変わる。Aクラスから、Cクラスへと。

 

 

「なら次は俺から提案させて貰う。―――B、C、Dクラスはそれぞれ責任者を一人立てて、他クラスから1人ずつ。自クラスから更に10人を集める。これでMAXの14人の最大ボーナスが受け取れるグループが3つ出来る訳だ。…どうだ?神崎、平田。悪くねえ提案だと思うが?」

 

「っ…!」

 

「………」「………」

 

 

Aクラスの提案が極限まで自クラスで纏めた編成…事故の少ない構成だとすれば、龍園の提案は超攻撃的な編成…ボーナスやペナルティが最も高くなる構成の提案だ。

冷静に提案を吟味する両クラスのリーダーをよそに、驚きの後にサッと顔色を悪くするのはAクラスだ。

もし龍園の提案でグループ編成でされて、仮にAクラスが1位を取った場合。

 

――――――

 

1位報酬の3クラスポイント、人数が14人で1.4の係数がかかり、責任者がAクラス自身で2倍となる。

13人のAクラス生徒がそれを受け取ると、

3cp×1.4×2×13人=109.2cpとなる。

100以上のポイントが増えるのは大きいが、対抗となる3クラスの内Bクラスが2位を取ったら最悪だ。

2位でも1クラスポイント。係数1.4の全クラス合同で3倍、責任者所属の2倍。人数は11人で、

1cp×1.4×2×3×11=92.4cpに。その差はわずか17ポイント。

 

そして、もしも1位を奪取されればAクラスは2位で36.4cpと激減し、1位のクラスは277.2cpの激増だ。

もしDクラスが、あるいはBクラスが1位を取れば一気にクラス替えまで手が届く。

 

――――――

 

Aクラスが脳内電卓を叩いている間にも神崎の了承と平田の編成への融通を条件に参加が決まり、龍園が主導してグループ編成が開始された。

 

 

「おい、お前らAクラスにはCクラス(ウチ)のヤツを配置するが、文句はねえよな?」

 

「…ええ、大丈夫です」

 

「良し。なら…おい、橋本。てめえは俺らのグループに来い」

 

「お?…俺は構わねえんだけど、いいのか?」

 

 

若干、苦い顔をする生徒も居たもののAクラスの橋本正義はCクラスの主力グループ*1で確定する。

 

それに伴いBクラスやDクラスも有力な生徒…真田康生、鬼頭隼と各々指名をして了承を得る。

各々の意図や密約ありきとはいえ―――これで、4クラスの主力となる4つのグループが構成されるのだった。

 

 

 

 

6つの小グループを作るこの試験、4つのグループが出来て残りは2つ。グループの編成や、()()人数によって偏りが生まれている。

A、Dクラスは残り4人、Bクラスが7人、Cクラスが6人。21人が残され、10人と11人のグループが出来ればパチリと人数が埋まる。

 

―――が、その話し合いはそこから暗礁に乗り上げてしまう。切欠は、グループの責任者を決めようとした時だ。

先に決まった4クラスとは違い、残りの2クラスは必然、上位の成績を取るのは難しい。ほぼ均等に4クラスの生徒が居る為、協力が難しいのも理由に上げられる。

リーダーを決める際にくじ引きやジャンケンを提案したが、Aクラスの生徒―――戸塚弥彦が真っ先に拒否を表明したのだ。

 

 

「な、なんで俺たちが責任者をやらなきゃいけないんだよっ!?」

 

「あ?何故も何も、お前が寄せ集めのグループにしか入れねえ無能だからだろうが」

 

「そ、そんな、それなら落ちこぼれのDクラスにやらせればいいだろ!」

 

「何だとてめぇっ…!」

 

「ひっ…」

 

 

Dクラスでも喧嘩っ早いと噂が立つ須藤がいきり立つ。それに怯える様子をみせる戸塚だが、周囲はDクラスも含め止める気配はない。拳を鳴らす須藤だが、それがポーズであることに平田らは気が付いていたからだ。

くじなどで公平に決める事すら断るAクラスの態度に、他のクラスも話し合い当初から感じていたイラつきを隠せなくなっていた。

 

 

「クク…まあ落ち着けよ、須藤」

 

「あ…?」

 

「っ…?」

 

 

そして再び話の流れを押し進めるのは龍園だ。その場のほぼ全員、なんならCクラスも含めて訝し気に彼を見たが、そこからAクラスへの追及は圧巻だった。夏休みの試験、契約で痛い目にあった事のある葛城は露骨に顔を顰め、神崎や平田などは暴力だけでなく弁も立つ様子の龍園に警戒の色を濃くしていく。

 

 

「…も、元々…俺たちは責任者はしないと言って会った筈だろ!?それを、」

 

「それに俺達が同意したか?してないよな?勝手にお前らが早合点しただけだろうが」

 

「―――、-!!」

 

「―?、―――」

「―、―――!?」

 

 

「………」

 

「………」

 

 

自然と我儘を言うAクラスと、それ以外のクラスといった情勢になりつつある1年生たち。教師は壁の近くでクラスの面々を見守るだけで、別段アドバイスや仲介などはしないし、()()()()。そういう試験だからだ。

 

それでもその顔色は徐々に、方や歯噛みをして、方や薄ら笑いを浮かべる等、より鮮明に分かれていくのだった。

 

 

 

 

結局、先に決まった女子や他の学年をよそに、1年の男子のグループ決めは難航していた。

 

時間は既に夕方。昼休憩を挟み、各々が休憩や仮の部屋に荷物を運び入れた後に1年は再び体育館に集合をしていた。

2年、3年生は人数にして20名弱と、グループのリーダーやそれに近い生徒だけが遠巻きに見守っている。

 

話題は二転三転するものの、Aクラスは責任者は引き受けようとせず、責任者を出さないと譲らない。他のクラスは実は「もう俺がやろうか?」と思っている生徒が居たりもするが、龍園がクラスの主要陣に口裏を合わせて黙殺させていた。

 

そうこうしている内に、もう間もなく夕飯の時間が迫っていた。やむを得ず教師がグループ決めを終えていない生徒と数名を除いて夕食の準備を命ずると、一気に人数の減った体育館は広く感じる。

 

誰かが寒さから身を震わせると、伝播するようにどこか肌寒さを感じる。「はぁっ…」と誰かがため息をついたのが契機となったのか、龍園はパン、と両の手を合わせる。

 

 

「…ここまでAクラスが強情だとは思わなかったぜ、なあ?」

 

「………あぁ、そうだな」

 

「…なんと言われようと、俺達が責任者をするつもりはないぞ、龍園」

 

「…葛城君、龍園君。まだ時間はある。最後まであ「いいや、もう時間切れだぜ平田。…分かってんだろ?」…っ」

 

 

クツクツと笑う龍園に、同意をする神崎。一貫して譲歩を拒む葛城と、何故か龍園を諫めようとする平田。今までの挑発的な態度とは打って変わって、どこか退屈な、あるいは飽きたような素っ気なさを見せる男に、体育館の全員の注目が集まる。

 

しかし、その期待を裏切る様に龍園がしたのはただの―――クラスメイトへの指示出しだった。

 

 

「おい、お前ら。グループを組むぞ」

 

「え?あ、はいっす!」

 

「はいっ!」

 

 

驚きつつも、自分たちのクラスの支配者(リーダー)の命令だ。Cクラスは綺麗に3対3で別れて、残りの2グループとして配置を完了する。その様子に喜色が浮かぶAクラスと、次に動くBクラス。

 

 

「へっ…!へへ、最初からそうすればいいのによっ!」

 

「良かったですね!葛城さんっ。…これなら…!」

 

「…柴田、悪いがリーダーを任されてくれるか?」

 

「お、おう?分かったぜっ!」

 

「残りは、さっきの通りに分かれてくれ」

 

「了解っ」

 

 

神崎の指示通りに4対3で別れて、Cクラスと合流する。これでBC合同の7人と6人のグループが出来た形になる。残るはAクラスとDクラスだけだ。

 

 

「おい平田、お前らも残りを好きに分けてグループに入りやがれ」

 

「あ、うん。分かったよ。それじゃあ本堂君は…」

 

「…譲歩に感謝する、龍園」

 

「あ?」

 

 

龍園が平田に指示を出していると、葛城が一歩前に出て龍園に目礼をする。他クラスの手前、あまり安く自分が頭を下げる訳にはいかない。だが、粘り強い交渉が実を結んだのだ。葛城は()()()()()()龍園に感謝を伝えると、当人はひらひらと手を振ってそれに応える。

 

 

「おいおい、礼には及ばねえさ、葛城。こういう時は持ちつ持たれつ…っていうだろ?」

 

「それでも、だ。…当然のことだが、各グループのAクラスの連中には全力で試験に挑む様に周知しよう」

 

「そりゃ重畳。…だが、そんなことよりも最後のグループの責任者はウチの金田にやらせる。マシな奴を寄越してくれ」

 

「勿論だ。…清水」

 

「あ、はい」

 

 

そういって一歩前に出たAクラスの生徒を、龍園は両手を広げて歓迎をする。肩まで組んで、にんまりとした笑みでグループの輪へと加えていく。

 

 

「え、っ」

 

「っ…?」

 

 

その様子ぞくりと悪寒を感じたのは、幸運な事にリーダー以外のDクラスやBクラスの生徒たちで、不幸だったのはそれを見逃した、Aクラスだ。

 

 

「…よし、では戸塚は清水と同じクループに加わってくれ」

 

「分かりました!葛城さんっ」

 

「じゃあ俺達は残りの…」

 

 

・・

 

 

「ようやくか…」

 

「ええ、そうみたいですね」

 

 

随分と時間がかかった。そう思う教師達はそう零す。上級生たちも遠巻きに見守っていたとはいえ、やれやれといった態度だ。なにせ、これから大グループを決めなければならない。一部の教員は食事の準備に行ったグループのリーダーを呼び戻しに宿舎へと向かった。

 

 

「――――っ!」

 

「――っ!?」

 

 

「?またなにか揉め事ですかね?」

 

「いやぁ、でも流石にもう決まるんじゃないですか?」

 

「…だと、良いんですけどね」

 

 

緩慢な動きでグループの記入用紙を持って良く教師たち。…しかし、教師たちは直ぐに気が付いた。

―――これからが本番だということを。

 

 

・・

 

 

「どういうことだ、龍園!!」

 

「………ククッ」

 

 

顔を真っ赤にして叫ぶのは、葛城だ。先ほどの感謝を告げた際の表情など、幻だったかのように今は憤怒一色となっている。

その原因となっているのは、当然龍園だが周囲の生徒の顔色も一様に悪い。唯一バツの悪い、暗い表情をしているのは神崎や平田らリーダー達だ。それを見て、遅まきながら葛城は状況を察する。

 

 

「まさか…お、お前達…!全員がグルなのか…!」

 

「おいおい、デカい声で叫んでるんじゃねえよ葛城。…言ったとおりだぜ?()()()()()()()()()()()だ」

 

「…まて、待て待てっ!まだ俺達の、Aクラスのふたりがグループに入っていない!!」

 

 

だが、感情は別物だ。葛城は悪あがきと薄々理解しながらも、状況を覆そうと発言を止めようとはしない。それにぎょっとしたのは担任の真嶋だ。驚きのまま、教員の持っているグループ表をひったくるとそこには最後の2グループの名前が連なっている。

 

――――――

第①グループ 責任者:Aクラス葛城康平

…人数はAクラスから順に13人、0人、1人、0人で14人。2クラス編成

第②グループ 責任者:Bクラス神崎隆二

…人数はAクラスから順に1人、11人、1人、1人で14人。4クラス編成

第③グループ 責任者:Cクラス龍園 翔

…人数はAクラスから順に1人、1人、11人、1人で14人。4クラス編成

第④グループ 責任者:Dクラス平田洋平

…人数はAクラスから順に1人、1人、1人、11人で14人。4クラス編成

 

第⑤グループ、責任者:Cクラス金田 悟

…人数はAクラスから順に1人、3人、3人、2人で9人。4クラス編成

第⑥グループ、責任者:Bクラス柴田 颯

…人数はAクラスから順に1人、4人、3人、2人で10人。4クラス編成

 

――――――

 

グループ作成の要項は満たしている。問題は、取り残されたAクラスの生徒2名だ。バスの中で告知したルールでは

、グループの作成(責任者決め)を時間内にできなかったグループは退学処分とされている。

なら、グループに入れなかった生徒は?これも、該当生徒はグループを作成・所属できなかったのだから退学となるだろう。冬にも拘わらず、真嶋は背中に冷や汗がじんわりと沁みるのを感じる。

目の前では泣き叫ぶ戸塚たちや、掴み掛からんばかりに龍園に詰め寄る葛城の姿がある。ギリギリ暴力沙汰になっていないのはAクラスの鬼頭が葛城を抑えていたり、Cクラスの山田、Dクラスの須藤などの武闘派がボディガードの様にリーダーを護る様に侍ているのもあるだろう。

 

 

「流石、傲慢なAクラス様だ。この経験を退学後に活かせるといいな」

 

「なんでだ…?あ、ありえない…、なんで、なんで俺が退学になるんだよおぉ!!」

 

「…分かんねえのか?だからお前は退学になるんだよ、雑魚が」

 

「あ、ああああぁああぁああぁあぁ!!!」

 

 

とっとと失せろと、興味のない視線を向けた龍園に心が折れたのだろう。その場で蹲って泣きじゃくる戸塚や、立ち尽くすAクラスの生徒達に声をかける余裕のある生徒は居ない。

 

当然だ。下手な事を言って、矛先を自分に向けられたらたまらない。

保守的なAクラスの面々は、沈黙を保つ他なかった。

 

そして―――呆然自失といった様子の葛城。絶句する上級生や同学年のクラスメイトたち。

そんな空気の中ですら、龍園翔という男は絶対の自信を持って行動するのだ。偏に、自分の勝利の為に。

 

 

「―――さて、待たせたなセンパイ方。大グループを決めようぜ?」

 

「…お前、えげつないな」

 

 

南雲生徒会長の一言が、その場の大半の心情を表していた。

 

 

――――――

※その頃、女子の夕食の一幕

 

Bクラス生徒「「「おかわりっ!」」」

 

委員長「ふふっ、みんな気に入ったみたいだね!*2

 

大和撫子「お口に合ったようで、なによりです♪*3

 

グラドル「(…先生、ポイントを払うので写真を…はい、お願いします)」

 

文学少女「(…半分払うので、焼き増しをお願いしますっ)」

 

*1
C11名+A1・B1・D1の14人編成

*2
後方恋人面

*3
役に立てて嬉しい。エプロン姿が学校一似合う16歳




読了、ありがとうござました。

グループ決め、男子の部。ちょい長くなりましたが、なんと終わりまでは行きませんでした。
皆様の予想は当たっていましたでしょうか?

またアンケート、感想、高評価、全て力となっております。
少しずつ返信もしていくので、引き続き頂けると更新速度に直結いたします。

それでは次回も、お楽しみに!


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③:乙女達はお姉様(16歳)に恋してる

お待たせいたしました。
今回はあんまり進んでいないやつですね。

復帰した撫子の活躍(?)をお楽しみいただければ幸いです。
では、どうぞ。



―――◇―――

Side.西園寺 撫子

 

 

目が覚める。海の水面から顔を出した時のようなハッとしたような覚醒。

これまでのような、朧げな…そう、ふわふわとした浮遊感。

幼い頃に一口だけ頂いたお酒による、酩酊。

風邪を引いた後の脱力感、

全力疾走をした後のような疲労感、

食べ合わせの悪いものを食べたような不快感。

大きな音を聞いた後の耳鳴り。

周囲の音を感じない事への不安。

周囲の方々からの心配を向けられる居心地の悪さ。

 

―――今まで感じていたそういったものが、全く感じなくなっていました。

 

 

「んっ…ぇ?…あれ?」

 

 

身を起こす。周囲を見渡して、いつもとは違う天井に記憶を読み込む。

ここは?…特別試験の為の寄宿舎。その一室。特別試験?…新学期での初の試験、クラス混合のグループで各種目の成績を競う。同学年を小グループ。各学年で3つ纏めた大グループで1位から6位を競う。種目は道徳、精神鍛錬、規律、主体性。

 

…大丈夫、思い出せる。それよりも、大切なことがあった。私は寝床から立ち上がると、物音を立てない様に部屋を出て、廊下に出ます。

 

外は未だ明るくなる前のよう。本来は肌を刺すような冷たい外気も、今は気にならない。水道のある手洗い場。窓ガラスには隈ひとつない自分の顔が写っていて、ゆっくりと深呼吸をする。そうして―――声を、出してみる。

 

 

「っ…ぁ、、あ~♪、…ん、んんっ。…っ!」

 

 

()()()()。…耳に手を当てて、そこに何もない事を確かめる。普段のくぐもった声ではなく、肉声が。蛇口を捻って水を出す。ばしゃばしゃと、流れる水の音が聞こえる。

 

窓ガラスには涙を流している私が居た。でもそれは、悲しい訳じゃなくて。

 

 

「…っ撫子…!?」

 

「………先生」

 

 

私を呼ぶ声に振り向くと、そこには佐枝先生が居ました。驚いたような、それでいて心配そうな顔をしていた先生に私は精一杯の気持ちを伝えました。

 

 

「佐枝先生、私…私っ…!」

 

「撫子…大丈夫、落ち着きなさい、…大丈夫だ」

 

 

不安だったこと、耳が良くなったこと。皆様に心配をかけたこと、治ってよかったこと。ぽつぽつと話す私に、ひとつずつ相槌を打ってくれた佐枝先生。いつものように頭を撫でてくれて、髪を梳いてくれて、涙を拭ってくれた。

 

 

「良かったな、撫子。…本当に」

 

「先生の、皆様のおかげです…!」

 

「撫子………」

 

「佐枝、先生」

 

 

興奮気味だった私を受け入れてくれた佐枝先生。ひとしきり吐き出して、ようやく落ち着く私。佐枝先生と視線が重なった…その時。

 

 

「んんっ、コホン…」

 

「ひゃんっ」

 

「っ…」

 

 

後ろからの咳払いにビクリと肩を揺らし、佐枝先生と一緒にそちらに視線を向ける。そこには杖を着いた、どこか顔の赤い有栖の姿が。

 

 

「さ、…坂柳か。こんな時間に何をしている」

 

「茶柱先生。…いいえ?お手洗いの帰りになにか話し声が聞こえたので、興味本位で。…ところで」

 

 

こちらの様子をみて、スッと視線を逸らす。普段らしからぬ彼女の様子に首を傾げていると、有栖は気まずい雰囲気のまま一言。

 

 

「…流石に、冬に…いえ、冬ではなくともその恰好は…風邪を引くと思いますけれど」

 

「「………あっ」」

 

 

その言葉に、自分の身なりを思い出しました。寝る時は衣擦れの音が不快でしたので、下着姿で床に就いたのでした。薄い水色と白のレースの下着。

 

 

「…っ、くちゅん」

 

 

意識すれば急に冷えて来て、…後は羞恥で、ぶるりと身悶えしてしまいます。慌てた様子の佐枝先生と有栖に手を引かれて部屋に戻りました。…とっても、恥ずかしかったです。あう。

 

こうして少々騒がしい夜が明けて、私達の特別試験の二日目が幕を開けるのでした。

 

 

 

 

二日目の昼。私は小ぐるーぷの皆様に体調が快復したことを伝えました。勿論、一緒にずーむ?の通話でお医者様との問診や注意事項を先生方と聞いて、無理をしない事を条件にです。

 

皆様、本当に喜んで下さってまた泣きそうになってしまいました。お昼の食事を食べる際に他のぐるーぷの方にまで快復を祝う言葉を頂いて、やる気とても満ち溢れてきます…!

 

 

「…それで、試験の内容はこんな感じっ」

 

「なるほど…帆波、この駅伝の走る距離については…」

 

「あ、それは一人1.2キロずつで…」

 

 

お昼の時間。午前中に皆様が聞いた試験説明について、内容共有を受けます。禅についてはある程度の経験があるので問題はないですが、すぴーち。…いったいどういう内容が求められるのでしょう。皆様もまだ不安な様子です。

そんな中、後ろから気配を感じ振り返る。そこにはクラスメイトの山本さんの姿がありました。

 

 

「っ…あ」

 

「ごきげんよう、山本さん♪なにか、御用でしたか?」

 

「はい、その…これを、一之瀬さんと西園寺さんに渡すようにと…その、坂柳さんから」

 

「有栖から?」

 

 

渡されたのは折りたたまれたメモのようで、それぞれ私と帆波の名前がありました。山本さんにお礼を言って視線で有栖を捜すと、グループの他の方と歓談をしている様子。何故メモで?首を傾げながらも帆波にも事情を話して、メモを手渡します。

私も内容を読むとそこには「この試験については遠慮なくBクラスと協力するように」と、そんな内容が書いてありました。

 

 

「…撫子ちゃん、手紙にはなんて書いてあったの?」

 

「?ええと、試験をグループの皆様と協力して受ける様にと。ほら」

 

 

ペラリとメモを帆波に見えるようにすると、じっとそのメモを見た後に帆波はニコリと笑うと私の手を取って…?

 

 

「………そっかそっか!いやぁ~心配かけちゃったかな?」

 

「わ、わっ…!帆波?」

 

「こっちにもおんなじこと書いてあったよ!」

 

 

ぶんぶんと手を上下に振られつつも、上機嫌な様子の帆波。どこか、誤魔化すような色を感じましたが帆波もクラスのリーダー。なにか、私には伝えられない作戦上の都合があったのでしょうか?

 

 

「撫子お姉様、頑張りましょうねっ!」

 

「…私も、いっぱい協力するから無理はしないでね?」

 

「ひより…愛理も」

 

「撫子先生っ私達も頼ってね!」「私も私も!」

 

 

皆様の暖かい言葉に、もう今日だけで何度目か分からないほどの感動が溢れ、涙が零れるのをじっと耐えました。…もう余計な心配をかけまいと振舞わねばと、そう思えば思うほど、涙もろくなった目尻からほろほろと雫が伝うのが分かってしまう。

 

 

「わっ、ゴメンね…”?撫子ちゃんっ平気?

 

「大丈夫…?あ、擦っちゃダメっ…!」

 

「西園寺さん、どうしたのかしら…」

「…あれ、副会長の。…大丈夫かな?」

「心配ね…」

 

他のクラスの方も、学年が違う方にも心配をかけてしまう。こんな私に、私なんかに、皆様が心を砕いて下さる。

口を掌で覆って、嗚咽を零さないように気を付ける。そんな最中(さなか)でも、皆様は励ましや慰めの言葉をかけてくれて、

 

 

「―――はい♪…皆様、ありがとうっ」

 

 

後ろめたさを覚えていても、それを甘受してしまう。

そんな背徳感が、私の心にずっと残っているのでした。

 

 

―――〇―――

 

混合合宿試験の朝は早い。

2日目の説明で各生徒は次の日の朝食の準備*1を始める為に早起きをしたり、早朝の掃除と座禅を行っている。

 

この日も当番となった女子生徒らが欠伸をしながら、暗い内から屋外の調理場所に向かう。するとそこには既に、テキパキと動く生徒の姿があった。

 

 

「おはようございます、先輩方♪」

 

「え?あ…おは、よう?」

 

「…なにこれ?」

 

 

辿り着いた2年生の生徒が驚いたのは、自分たちのグループの朝食。その下ごしらえの大半が完了していたからだ。

まだ寝ぼけているのかと頬を引っ張ったり目をこすったりするが、目の前の切られた野菜や準備されたカセットコンロ、炊くのを待つだけのお米。あとやる事と言えば精々、調理中の火の番や食器の準備くらいだろうか。

 

おそらくそれをやったであろう後輩―――西園寺撫子はエプロンを着用しており、機嫌よく使ったまな板や包丁を洗っている。

 

 

「~♪」

 

「ごめん、遅れたーって、え?どうしたん、これ」

 

「あ、いやあの子が…やってくれたみたい?」

 

「マジ?…ってか副会長じゃない、あの子」

 

「え?…あ、本当だ西園寺撫子()()だ!?」

 

 

遅れて来た生徒たちが撫子をさん付けする理由は大きく分けて二つある。一つは、自分の学年を実効支配している現生徒会長、南雲雅が眼にかけている後輩だという事。

そしてもうひとつ。それは尊敬や神聖視のような、あるいは生物としての()を理解した故の理由。

 

 

「………あのナリで16歳とか噓でしょ…」

 

「それね…」

 

「…?あら、真澄っ」

「おはよ。…朝から元気そうだけど、無理はしないでよ?」

「はい♪…なにかお手伝いしましょうか?」

 

たゆん、たゆんっ。

 

エプロン姿で隠してある分、普段より自己主張している部分に注目が3割増しで集まっていることに本人は気が付いていない。

そして彼女達は、自分のモノにも目を向ける。大部分の生徒はそこで敗北感ではなくもう尊敬の念すら抱いてしまう。

 

 

「結婚したい…」

 

「…分かる」

 

「…毎朝、西園寺さんの味噌汁が飲みたい」

 

「「分かる」」

 

「帰ってきた時に出迎えて欲しい。…あわよくば一緒に寝て起きておはようも言って欲しい」

 

「「「分かる…」」」

 

 

かなり新妻み溢れるシチュエーションだが、そんな彼女が手ずから作った朝食だ。2年生の生徒は周囲の恨めしい視線から逃れる様に、慌てて指示を仰ぎにいく。それに嬉しそうに答える撫子には他のクラス、学年からも助言を求められる声が上がる。

 

「撫子さん、少しよろしいですか?」

「あ、部長。お久しぶりです♪…なんでしょうか?」

「うちのグループ、奇跡的に誰も料理できなくて…ちょっとご助力を貰えればと」

「~~~っ、ええっ!、かまいませんよっ♪…あ、他の方も一緒でも…!?」

「勿論いいよ」

「ありがとうございます、では…」

 

今までの感謝を返す事に飢えていた撫子も、これには味を占める。翌日も上機嫌に、朝食の準備を(自主的に)手伝う撫子の姿があるのだった。

 

 

 

 

これまでも学年を跨いで話題に上がったり、なんなら生徒以外とも知り合う機会の多かった撫子だが、ここにきて女子の中でトップクラスの話題や信頼を稼ぎ出す。

 

 

「先輩、こちらをどうぞ♪」

 

「え?…あ、ありがとう」

 

 

時には駅伝で汗をかいた先輩にタオルを渡し、

 

 

「西園寺さん、これ切ったわよっ!」

 

「こっちも洗った!」

 

「ありがとうございます。…では、野菜はその小さいほうのお鍋にお願いします♪」

 

 

*2には食事の準備を広範囲で補助して回り、

 

 

「~♪」

 

「………撫子ちゃんっ」

 

「ひゃんっ!…もう、桔梗?驚かせないで下さい」

 

「えへへ、ごめんね?でも撫子ちゃんが、あんな隙だらけの背中を見せてるから、つい」

 

「全く…いけない子ですね」

 

 

時には友人との尊い光景を周囲に供給し続けた。

てえてえ。

 

 

だが本来、ここまで抜きんでた同性には嫉妬など悪感情を抱くケースも不自然ではない。自分より綺麗で、優秀な撫子に当初はツンとした生徒が居ない訳ではなかった。しかし、

 

 

「先輩…っ」

 

「もう、なんなのよ」

 

 

これが

 

 

「先輩っ…!」

 

「はぁ…今度はなに?」

 

 

こうなって

 

 

「先輩先輩っ♪」

 

「全く…ほんと、手がかかるわ。仕方ないわねっ」

 

 

こうなる。

 

だいたいの周囲の人間は微笑ましく見ているが、一部の生徒の目は久しぶりに死んだ。そうして撫子は試験を通して、自分の所属する大グループのほぼ全員と友諠を結ぶ。

 

 

―――この撫子の活動は、試験に挑む誰かにとっては最善で、誰かにとっての最悪だった。

もし、全ての結果を知る人間がこの試験を振り返るなら、間違いなく撫子に責任はなかった。

 

誰かが手を回していた陰謀があった。普段とは違う集団生活という非日常があった。それぞれの宿舎に200人以上という、人の壁があった。

 

だから撫子が自分の行動の良し悪しを知る事になるのは、試験が終わる八日目の結果発表のその時となるのだった。

 

 

 

―――〇―――

Side.堀北 鈴音

 

今回の特別試験は、普段とは慣れない生活を強いるものだった。そんな中でも私たちにとって、数少ない憩いとなる時間のひとつが、入浴だ。

特に今日は駅伝の下見として、午後のほぼ全部の時間を使って18キロを歩いたのもあり皆がクタクタだった。日ごと、ひと学年が走ると食事前に入浴が許された。風邪を引かない様にとの配慮だそうだけど、とても助かった。

 

普段は特定のグループごとに入浴していたけど、今日は同じくらいにゴールした一之瀬さんや佐倉さん、撫子お姉様のグループと一緒にお湯を頂く事になった。…のだけれど。

 

 

「やぁ、帆波、だめ、あんっ…!」

 

「やっぱりすっごいね…な~でこ♪…また大きくなった?」

 

「あんっ、そんな、こと…!」

 

「ほらっほらっ、教えてくれなきゃ~えいっ」

 

「西園寺さん、…凄い」「………うわ、エッロ…」

 

 

浴場に入って来た時にも、みんな驚いて固まってしまっていた。でも、一之瀬さんが身を清めている撫子お姉様に抱き着いて、後ろからむ、胸を揉みしだくと嬌声を上げて、その…。…淫らな、お姉様と、あんなことを…。

 

でもそんな艶やかな空気はBクラスの白波さんが止めてくれた。スマートに二人の間に入ると湯冷めしない内にと入浴を勧めてくれて、同意した佐倉さんとも一緒に今は寛いで気持ち良さそうにしていた。

 

 

「はぁ…」

 

「にゃ~」

 

「ふぅ…」

 

「「「…」」」

 

 

湯船につからない様にまとめられた黒髪。それによって覗かせるうなじがとても魅力的でゴクリと喉が鳴ってしまう。

…それにしても、その…凄い。湯舟に果物*3が6つも浮いてるように見える。三人ともかなり胸が豊満だけど、中でも真ん中に居るお姉様は両側の二人より二回りよりは大きく見える。

 

 

「ん、ひゃっ…帆波?」

 

「ん~?えへへ…」

 

「もうっ…仕方ありませんね」

 

「あっ…撫子っ」

 

「「「…っ!」」」

 

 

驚いた声を上げたお姉様を見る。どうやら一之瀬さんが湯船の中、伸ばした足でお姉様の足にちょっかいをかけているようだ。それにお姉様も苦笑して、肩をかき抱くと一之瀬さんが肩に頭を預けている。

 

「んん゛…!」「うわ、あんた凄い鼻血よ…!?」

 

まるで恋人のような距離感に、湯あたり以外の理由でも浴場を出る生徒が続出した。

私も少し頭を冷やしたくて、温いシャワーを浴びていると後ろから歓声が上がった。また何かあったのかと振り返ると、そこにはお姉様の胸に手を当てる椎名さんの姿があった。

 

 

「はっ、え、…えぇ…!?」

 

 

「ぁんっ…ひより、もう少し…優しくっん。ふ、あっ…!」

 

「凄い…!温かくて、大きくて、肌が吸い付くようで、あぁ…素敵ですっ」

 

「し、椎名さん…次、私も…」「あ、あたしも良いかな?」

 

 

椎名さんに続く様に、他の人たちも撫子お姉様に群がっていく。そして、それに応えるお姉様。一之瀬さんは何をしているのかと目を向ければ、その表情は普段の彼女らしからない…なんというか、()()()な顔で撫子お姉様を見やっていた。

 

 

「ん?ねえねえ、堀北さんも、どう?」

 

「っ!結構よ…!」

 

「え~?勿体ないよ?こんな機会、もうないかもよ?」

 

 

クラスメイトの冗談をとっさに断ってしまう。…でも、視線は自ずとお姉様の方に向いてしまう。その後も皆に囲まれて、入れ代わり立ち代わり胸を触らせたお姉様はこう、()()()()()()しまっていた。赤らんだ頬、肩で息をしていて、何度もあい…んん、マッサージされた胸は、その、血行が良くなったからか()()なってしまっていた。

 

なめかましく膝を崩し、胸を隠そうと腕で庇っていても、半分も隠せていない。正直、…同性でも危ない雰囲気を放っている。知識だけで知っている、()()()()状態のようだった。

 

 

「はぁ、っん…は、ぁ…」

 

「っ…!」

 

 

誰ともなく、ゴクリと生唾を呑んだ。

次になにかきっかけがあれば、飛びかかるんじゃないかってくらい張り詰めた浴室。誰が最初に?、それなら私が、なんて考えが脳裏に過ったその瞬間。

 

 

「み、みんな…なにしているのっ…!?

 

「っ、あ…」

 

 

誰も気付いていなかった中、新たに浴室に入って来たのは櫛田さんだった。彼女は直ぐに撫子お姉様の元に近づくと、「大丈夫?撫子ちゃん」と声をかけていた。その返事にも息が絶え絶えの様子だった。すると今まで静観していた一之瀬さんが、一転。普段通りの表情で櫛田さんの元にと駆け寄る。

 

 

「…桔梗ちゃん、ごめん、私が長話しちゃって…湯あたりしたのかも」

 

「帆波ちゃん。…そう、なの?」

 

「うん、()()()()。だからちょっと休ませたいから一緒に脱衣所に連れて行きたいんだけど…」

 

「分かった!…撫子ちゃん、掴まれる?」

 

 

そういって脱力した様子のお姉様に、二人が肩を貸して運ぼうとする。私はその様子に手伝うでもなく、なにか言うのでもなくただ見ているだけだった。まとまりがほどけて、素肌に張り付く濡羽色の髪。二人の間にあってなお自己主張をする胸、細い腰つき、くびれ、臀部、鼠径部、太もも、ふくらはぎ。

 

食い入るように見ていると、最後にこちらを振り返る一之瀬さんと目が合う。

 

 

「………」

 

「………っ!」

 

 

やはり勘違いではなかった。その目には、この場の全員を挑発する意図が宿っていたのだった。すなわち、

 

 

―――撫子(コレ)は私のモノだから。

 

 

きっとそんな、どす黒い意志が、一之瀬さんからハッキリと感じられた。

…でもその意味が判明したのは、試験の終わる最終日の事。思い返しても、あの頃に動けていたら…と思ってしまう。本当、後悔先に立たずといったところね。

 

 

―――〇―――

Side.橘 茜

 

私はひとり、朝の清掃を行っていた。グループの他の方もそこには居るけど、誰も手伝おうとはしてくれない。それどころか、これ見よがしにうんざりしているような態度…悪態をついてきている。

 

 

「ほんと、使えないんだけどー」

 

「私たちの足引っ張らないでよねっ」

 

「…っ」

 

どの口でいうのか、そんな言葉を噛み殺して耐える。

 

 

何回も注意を言っても、何をしていても彼女達の態度は変わらない。

彼女達に陥れられたとようやく気が付いたのは、試験ももう半ばで取り返しがつかないところまで来てからでした。

 

堀北君の指示で私を含めて、クラスの女子の皆さんは責任者にはならなかった。でもグループ分けの段階から周到に手を回されていたのか、私はAクラスで唯一のメンバーとして、このグループで孤立奮闘して…堀北君みたいに出来ていれば、よかったのに。…それか、彼女みたいな。

 

 

「それに引き換え、西園寺さんだっけ…凄いって噂だよね」

 

「そうそうっ!朝の手伝いもしてるみたいだしっ。…あ~あ、橘さんが早く終わらせてくれれば、私も会いに行けたのに」

 

「………っ!!」

 

 

西園寺さん。西園寺 撫子さん。つい最近までご病気だったらしいですが、今は快復した様子なのはチラッと見ました。普段なら直接そのお祝いとか、激励、他にも先輩として気にかけたかった。…でも、今は他の皆さんに見張られて自由に行動できる時間なんて全然ありません。

 

先ほどからチラリと先生が横切る時だけ、彼女達はさも掃除していますという風な態度を取る。…昨日なんかは、私の持つ箒を奪って私が清掃を怠っている場面を周囲に広めるようなことまで。

 

 

「でも西園寺さんって、素敵で…ほら、堀北君とお似合いよね~」

 

「そうそう、眉目秀麗な堀北君と、三歩うしろを歩くような西園寺さん…!すっごく絵になるわっ」

 

「…誰かと違ってね」

 

「っ…!」

 

 

きゅっと唇を噛んで、涙をこらえる。こんな人たちに、負けたくない。

クラスの皆にも迷惑を掛けたくない。…西園寺さんにも、心配を掛けたくない。

 

そうやって私は意気込みを新たに、黙々と掃除を続ける。

そうすれば、そうすればきっと…、あの頃の生徒会室での日々を、もう一度。

 

―――待っててください、堀北君、撫子さんっ…!

 

 

 

 

*1
一部、初日の夜から手伝いを申し出た生徒が居たりもしたが

*2
三日目から毎朝

*3
サイズ比:巨・爆・巨




読了、ありがとうございました。
今回で体調が治った理由は気が付いているかもしれませんが、彼の退場(予定)が直結しています。
次回で道中、試験本番、結果発表とテンポよく行きたいですね。

引き続き、高評価、感想、お待ちしております。
是非是非、よろしくお願いいたします!


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