ボーダーの狼(ガチ) (せいけも)
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ボーダーの狼

突然だけど僕はサイドエフェクト持ちだ。

 

サイドエフェクトの名前は拡張身体感覚。

現象としては、肌の感覚やフィードバックの感覚が鋭くなるだけなんだけど本質はそこじゃない。

キモは物の扱いがうまくなること。

『自分の体ではないもの』を手足の延長のように感じ扱うことができるようになる。

これがまあ便利でとても気に入ってる。

 

まず朝起きたら寝癖がどんな跳ね方をしてるか鏡を使わずに正確にわかる。

後ろ髪の寝癖を見逃さない。

 

次に服を裏表逆に着ることがない。

すぐにその場で気づくので序盤中盤終盤、隙がない。

 

あとジェンガが強い。

特別器用とか手ブレがないとかじゃないんだけど、ブロックをつまむとタワー全体のバランスをかなり繊細に感じられる。

僕は無敵の抜き取り人なのだ。

 

球技なんかも割と得意。

靴の選び方が履き心地で分かるし、テニスは狙ってコードボールを打てちゃうし、卓球はカットの魔術師と呼ばれてる。

 

縁日の型抜きは最強に失敗しないし、金魚すくいは多分永遠にすくい続けられる。

 

他にも工作が好きだったり、ちょっとした手品ができたり、手の込んだ料理が地味に得意だったり、自転車のメンテ時期が乗り心地でわかったり。

 

とまあ色々と便利で楽しい。

実際このサイドエフェクトでどこまで身体感覚を拡張できるのかというと、両手に一本ずつ握った菜箸でスイスイと靴紐を結べるくらい、と言ったら伝わるだろうか。

何を握っても指先のようにストレスなく使いこなすことができる。

サイドエフェクトってスゴイ。

 

ちなみにというか当然というか、僕はボーダー隊員だ。

限定的だけど、一部トリガーの扱いも上手いと褒められた。

まあ手で握るトリガーって多いし。何気にトリオンを扱う感覚も鋭くなっているらしい。

 

まずトリガーの切り替えがめちゃくちゃ早い。瞬きより自然に連続切り替えができる。

銃トリガーを使えば、構えやら照準やら持ち替えが早すぎて残像が見えると言われた。

かっこよかろ? まあ命中精度は皆と同じくらいだったけど。

孤月は振りが速くなるとか威力が高いとかはないけど、刀身の腹でそこらの小石をすくい上げたりとか、どんな体勢でも正確に刃を立てて振れたりとか。

まあ弧月は刃とか無いから意味ないけど。弧月の切れ味はやっぱトリオンだよトリオン。

レイガストは、まあ、なんだろう、盾をニョキニョキ変形させてS・O・Sとか盾文字を作ってみる一発芸は大ウケした。

へるぷみー! とか声を添えるのがコツだ。

 

とまあ色々使ってみたけど一番上手く使えたのは、スコーピオンと弾トリガーだった。

スコーピオンはもう3本目の腕みたいな感覚でうにょうにょ動くし、弾トリガーはもろもろの設定とやらが感覚でピャッとできちゃう。

この二つは本当に同期の訓練生とはがっつり差があった。

おかげで僕は変化弾(バイパー)だけで飯食ってた。目標をセンターに入れて変化弾(バイパー)。ひたすらこれだけでC級を卒業できちまうんだ! 

 

そんなこんなで、サイドエフェクト特有の戦術とかはさっぱりなんだけど各種トリガーの扱いが最初からこなれた感じで使えた。

これじゃあっという間にマスタークラスになっちゃうんじゃないのガハハ、と調子に乗ってたある日、僕は気がついた。

 

身体感覚で色々できるのは別にトリガーだけじゃないんじゃないかと。

トリオン体って、改造できたよね? 

 

 

* * *

 

結論、できた。

左肩から左腕。右肩から右腕。

左脇から左腕。右脇から右腕。

そう今の僕はカイリキー。

どうしよう誰にも負ける気がしない。僕の時代きたか? これじゃ僕モテちまうよ。何が三刀流のゾロだよ僕の孤月は四刀流だぞ! ま、これが拡張身体感覚の真骨頂ってわけ。

ちょっと個人(ソロ)ランク戦行ってくる! 

 

 

 

やってみて分かったけど同時に使えるトリガーは二つまでだから追加した二本の腕は手持ち無沙汰に脇の下からブラブラしてるだけだった。

話が違うぞ! メイントリガーが利き手用、サブトリガーが逆手用って話はどうなったんだよ! 手が増えたのにトリガーが増えない深刻な不具合が発生してますよ嵐山さん! あともしかしてなんだけど、腕4本ってコレなんかキモくないですか? 嵐山さん引いてません? 気のせい? 

 

トリオン体の改造はそんなに難しくない。

髪型を変えたり、体系を変えたりとかしてる人がいるのは知ってたし。

ただ元の体と変えすぎるとうまく体を操縦できないんだとか。まあそりゃそうだよね。

でもこのサイドエフェクトならそのあたり完璧に克服できるはずだったんだけどなー。まさかトリガーの同時起動数がネックになるとは。せっかくテンション上がってたのになかなかうまくいかないもんだ。ゆくゆくは顔三つに腕六本で阿修羅ごっことかやりたかった。いや多分できるんだけどトリガー二つじゃ結局ねえ。僕専用にカスタムしてくれないかしら。無理だよねえ。

 

そんなこんなで消沈していたときに気がついた。

別に腕じゃなくても良くね。

 

 

* * *

 

結論、できた。

右腰から右足と右足と右足と右足。

左腰から左足と左足と左足と左足。

そう、今の僕はアラクネ。どうしよう速さが足りる気しかしない。これなら全てを置き去りにして爆走できる。メテオラで街が瓦礫になっても持ち前の踏破性能で難なく立ち回れちまうんだ。膝に矢を受けても問題ないし、鉛弾(レッドバレット)を食らっても素早く切断してそのまま離脱できる。ピンチになっても冷静に対処して煙のように逃げおおせる僕。か、かっこよすぎる……! 現代のハードボイルドとは僕のことだよ。

よっしゃランク戦だあ! 

 

 

 

これ意外と小回り利かなくてだめだわ。振り返るだけでも足ワシャワシャしないといけないし、重心を崩して自由な方向に素早くダッシュとかできない。走るにしても接地してる足が多すぎていまいちスピードに乗れないし。ジャンプ力はすごいんだけどね。

あと足を自切して元気に逃げるってコンセプトだったけど、そうすると足一本現場に置き去りになるじゃん。それキモくね? というかその生態はもう虫じゃね? 

 

せっかくの完璧なアイディアだと思ったのになかなかうまくいかない。難しいもんだなー。腕二本足二本の人間って意外とうまく出来てるのかもしれない。生命の神秘というか進化の偉大さを感じる。人間が人体の構造を自由にしようなんておこがましいとは思わんかね? 

 

と、ここで気がついた。

別に人体じゃなくてよくね? 

 

 

* * *

 

結論、できた。

もさもさの体毛、三角形の耳、牙が並んだ口に四つ足と尻尾。そう今の僕は狼。どうしようかっこよさしかない。三門市のアマテラスとかボーダーのシフとか呼ばれちまうよ。ダッシュしてよし、口に孤月加えてよし、銃トリガーは無理だけど弾トリガーはいけるし、スコーピオンだって不自由なく使えちゃう。不本意だけどどうやってもモテざるを得ないぞ。あれ、これ完成形では? 勝ったな。

ちょっとランク戦行ってくる! 

 

 

* * *

 

忍田本部長に呼び出しを受けた。

なんで? いやほんとなんで? 

ぷるぷる、僕悪い狼じゃないよ。

 

 

* * *

 

最近の個人(ソロ)ランク戦には化け物(モンスター)が出るらしい。

 

曰く、4本の腕で襲いかかり、相手をタコ殴りにした末に四肢を引きちぎる怪人だった。

曰く、人の胴体から無数の脚を生やし、斬っても斬っても無限に再生して迫りくる妖怪だった。

 

そんな噂を耳にしたボーダー本部長、忍田はC級ランク戦ロビーを訪れた。

A級隊員約30名に対してB級隊員はおよそ100名、そしてC級隊員は400名を超える。B級ランク戦室に比べて心持ち混雑している空間を見渡し、もう少し詳しい話を聞いておくべきだったと少し後悔した忍田だったが、いざ探してみれば意外にも時間をかけることなくそれらしい集団を見つけることができた。

 

一塊になって、据え付けられた中継画面を見上げる一団。

驚愕に顔をゆがめる隊員、爆笑する隊員、嫌悪を露わにする隊員、エトセトラ、エトセトラ。

その表情は様々だが口にする言葉は皆一様に同じ。

 

また()()()か。

 

忍田は萎縮させないように気配を殺して近づいて、同じように画面を見上げた。

それは、B級隊員同士のソロ戦だった。

一方は引け腰で突撃銃を構え後ずさる隊員。そして他方、迫る異形の影があった。

 

黒い毛並み、鋭い牙、地を蹴る4つ脚に、揺れる尻尾。

 

「犬……だと……?」

 

忍田は目を疑った。人間ではない、獣のトリオン体がランク戦を戦っていた。

疾走する黒い影。放たれる通常弾(アステロイド)を右に左に躱し、瞬く間に距離を詰めていく。

 

「速い……!」

 

至近距離、突撃銃から放たれた通常弾が、ついに黒犬を捉え耳障りな音を立てる。

直撃を受けた黒犬は、しかし無傷。その顔面には半透明の6角形の板が浮かんでいる。

 

「シールド……!」

 

忍田は瞠目した。ただのシールドではない、ごく狭い範囲を守る集中シールドだった。

その小さなシールドが、黒犬の正面を遮り、心臓と脳を完全に覆い隠している。

的の小さい四つ足ゆえの最小にして最大限の防御。

 

焦った隊員が再度照準して引き金を引くその瞬間、今度は黒犬の姿が掻き消える。

 

カメレオン(ステルス)!」

 

銃を構えた隊員が驚きに硬直した次の瞬間、

その首がごろりと地に落ちた。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

緊急脱出(ベイルアウト)によって閃光となり空に打ち上がる(からだ)

その背後に黒い獣。

変幻自在の刃『スコーピオン』を尻尾から生やし、遠吠えを上げる狼がいた。

 

 

 

我に返った忍田は足早にランク戦ブースを目指す。ぼんやりしていては取り逃してしまう。ブース番号と隊員の名前は観戦中にチェック済みだ。

果たして、忍田が目的のブースにたどり着いたとき、丁度開いたドアから目的の人物……もとい獣のトリオン体が出てきた。

忍田は、人語は通じるだろうか、という一瞬の躊躇を飲み込んで話しかけた。

 

「君、B級隊員の真上(まかみ)君で間違いないか?」

「忍田本部長!? アッハイ、ボクです」

 

狼がボーダー施設内を闊歩し、行儀よくお座りの姿勢でこちらを見上げ、内部通話で言葉を交わすという現実。

押し寄せる違和感に忍田は目眩を感じた。

 

「すまないが、トリオン体を解除してもらえないか。少し話しづらい」

「アッハイ、スミマセン!」

 

ブゥン、と音を立ててトリオン体を解除して立ち上がる真上。

その姿を見て、忍田は顔に出さずに驚きを覚えた。

小学生ではなさそうだ、恐らくは中学生くらい。

小柄でほっそりした体型にショートカットの可愛らしい顔立ち。ぱっちりとした目は活発そうな印象を受けるが、今は不安げに忍田を見上げている。

 

「B級隊員、所属部隊なし、射手(シューター)真上(まかみ)恵音(けいと)です!」

 

薄い胸を張ってピシッと()()は敬礼した。




Q.モノローグ女の子なの?
A.アラクネだもん女の子だよ。

Q.なんで忍田さんが来たの?
A.頭のおかしい噂の真相を確かめに。あと何らかのレギュレーション違反なんじゃないかという疑惑。あと特異な技術を持ってる隊員を調べるため。

Q.スコーピオン使ってるのに、なんでシューターなの?
A.バイパーでC級卒業したから。多分バイパー4100、スコーピオン3300くらい。

Q.オールラウンダーじゃないの?
A.オールラウンダーの定義は弾と剣の両方で6000ポイント超えていることらしい。

Q.なんでB級隊員がC級ランク戦室でランク戦してるの?
A.個人ランク戦はC級ランク戦室じゃないとできないので、B級やA級がちょくちょく出没する。

Q.なんでC級の頃から色んなトリガー使ってるの?
A.C級は一種類しか支給されないけど、自分にあった戦い方を探すためにトリガーを交換してもらえる。

Q.自分でトリオン体改造したの?
A.本部所属のエンジニアに頼んだんだと思う。

Q.狼型にする意味ある?
A.機動力はおいておいて走力はボーダー随一だと思う。トップスピードはグラスホッパーより速い。あと的が小さい。
それはそれとして、技術向上系サイドエフェクトなので人間形態でダブル旋空弧月してる方が強いと思う。

Q.これ続くの?
A.多分続かない。この後は荒船隊で猟犬役になって荒船さんに可愛がられなかったりするという構想だけはある。


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ボーダーのエンジさん

1話からごっそりカットされたトリオン体開発パート


「すみませーん! トリオン体を改造して欲しいんですけどー!」

 

そんな気の抜けた挨拶でボーダー本部の開発室を訪ねてきたのは、部隊(チーム)に所属していないB級隊員の少女だった。見たところ中学生くらいか。

小柄で華奢な体にショートカットの可愛らしい顔立ち。大きな眼で興味深げにキョロキョロと部屋を見回している様子はどこか好奇心旺盛な小動物を思わせる。

 

名前は真上(まかみ)というらしい。うん、真上隊員でいいか。

 

しかし、トリオン体の改造ときたか。

技術者(エンジニア)としては簡単な仕事だが、お望みに応えることは難しそうだ。

 

「外見を変えるくらいは出来るけど、身長とか体型を変えたりはできないよ。それでいい?」

「そうなんですか? トリガーの改造と違って簡単にできるって聞いたんですけど」

「技術的には簡単なんだけどね。使いこなすのが難しいから皆やらないんだよ」

 

新米だろうか。あまり詳しくなさそうなので少し説明してあげることにした。

 

ボーダー隊員の戦闘体は、デフォルトでは使用者の体をスキャンしてそのままトリオンで再現する機構になっている。

これはトリオンで作られているだけあって、事前の設定でかなり自由に変更が効くのだが、実際にトリオン体に変更を加えるボーダー隊員はほとんどいない。

理由は簡単で自分の本来の体から離れれば離れるほど動かしにくくなるからだ。

 

身長を高くすれば重心が変わる。

安易に関節の位置を変えれば全身のバランスが崩れる。

体型の変更もまた同じ。

生身の体との差異が大きくなるほどトリオン体に換装したときの違和感は大きくなる。

激しい戦闘に使うトリオン体だ。思い通りに運動できない違和感は即座に致命的な隙に繋がる。

そして仮に訓練などで改造トリオン体の動かし方に慣れてしまうと、今度は生身の体の方に違和感を感じるようになる。日常生活で困ることになるだろう。

 

何より、トリオン体の性能(スペック)は体をいかに使いこなせるかによって決まる。

本質的に、トリオン体は全隊員で同性能だ。力強さも頑丈さも変わらない。

だというのに、蓋を開けてみれば隊員ごとに速さや運動能力に違いがある。現にボーダーの隊員評価には『機動』の項目があり、隊員ごとに大きな差がある。

 

この差は一体どこからくるのか。

答えは体の使い方の差から生まれている、と言われている。生身の体の使い方が上手い隊員は、トリオン体を使いこなすのも上手いというわけだ。

トリオン体に生身の筋力体力は関係ない。それでもトリオン体を十全に使いこなすために、一部の隊員は生身のトレーニングに励み全力を引き出す感覚を養うと聞く。

 

その観点からするとトリオン体の改造は弱体化に直結する愚行といえる。

だからこそトリオン体に変更を加えるボーダー隊員はほぼいない。

 

現在のトリオン体の変更といえば、精々が髪型を変えるくらい。あるいは聞いた噂ではバストを盛っている隊員がいるとかいないとか。曖昧な噂レベルでもその程度だ。

小太りな隊員が可動域の確保のために痩身長足にするとか、大柄な隊員が的を小さくするために小柄にするとか、そういった戦闘目的の改造ですら現在では一つの例も無い。

戦闘機動をしなさそうな狙撃手(スナイパー)特殊工兵(トラッパー)ですらやらないのだから相当だ。

 

「というわけでね、大きな改造は逆効果になるんだよ」

「はえ~! でもでもボク、そのあたりは大丈夫だと思います! そういうサイドエフェクトなので!」

「へぇ、サイドエフェクト。まあ試してみるくらいはいいけどね、どういう改造をしたいんだい?」

 

きらり、と真上隊員の眼が光る。よくぞ聞いてくれました! と言わんばかりにささやかな胸を張って少女は答えた。

 

「ボク、カイリキーになりたいんです! 

「……なんて?」

 

なんて? 

 

 

* * *

 

改造は成功した。

 

「うはははは! 手の数が倍だから手数が倍! 腕の数が倍だから腕力も倍! 強靭! 無敵! 最強!! ウー! ハーッ! あはははははは!!」

「いやあ、できるもんだねぇ、驚いたよ。なんで動かせるんだい?」

「サイドエフェクトぉ……ですかね! あはははは!! そうだ! 弧月! 弧月4つセットしてくださいよ! 4刀流しましょう4刀流! 旋空も4つ付けて旋空4連! つ、強すぎる! あははははは」

「盛り上がってるところ悪いけど、それは不可能かなあ。まあやってあげるけど」

「大丈夫大丈夫! そういうサイドエフェクトなので!! へっへっへっへ! じゃボク、ランク戦で見せびらかしてきます!! フィードバック期待しててくださいね!」

 

トリガーセットを用意してあげるや否や、ぴゅーんと飛び出していく真上隊員。

どうでもいいけどちょっと刺激が強いからトリオン体(カイリキー)のまま出歩くのはやめなさい。

もう聞こえてないだろうけど。

 

 

* * *

 

「エンジニアさん! エンジニアさん!! 弧月が二本しか出ないんですけど!」

「そりゃ、トリガーは利き手用の『メイントリガー』と逆手用の『サブトリガー』に分かれてるから。同時起動できるのはメインから1つ、サブから1つ。つまり2個までだね」

「いやいやいや! 利き手が2つに逆手が2つなんだから4つ起動できるはずでは!?」

「無理に決まってんだろ」

「そ、そんなあ……。それじゃあ右手と左手に孤月を持ってる間、こっちの右手こっちの左手はなにを持ってればいいんですか……? 手持ち無沙汰ですか?」

「さあ……? 腕を切り落とされた時の予備とか?」

「えぇ! でもママが暇だからってそのへんブラブラしてる人はロクな大人にならないって!」

「余った腕が物理的にブラブラしてるのはママ的にアウトなの?」

「え~? うーん、どうだろう。困ったなあ」

 

真上隊員は弱った弱ったと、両手を肩の高さに持ち上げてお手上げのポーズ。

追加で右手を顎に、左手を腰に添えている。

無駄に芸が細かい。チラチラとこっちの反応を伺ってるあたりウケ狙いなのかな。

しかし本当に動かせてるんだなあ……。

 

「そうだ! いい解決方法がありますよ! エンジさん!」

「俺はエンジニアさんだけどエンジさんではないねえ……」

「腕を増やすから無駄になるんですよ! 足! 足増やしましょう!!」

「そういう問題か?」

「ボク、アラクネになりたいです!! 

「えぇ……?」

 

えぇ……? 

 

 

* * *

 

改造は成功した。

 

「うはははははは! 足の数が倍で走力が倍!! 更に倍で踏破力も倍!! もはや誰もボクを止められない! どんとすとっぷみー!! あははははははは!!!」

「うぅん、驚いた。アラクネっていうか、もうただの化け物だよ。よく動けるね」

「あいふぃーるあらーいぶ!! なじむ、実に、なじむぞ! はばなぐったーいむ!!」

「楽しそうでなにより。それで、そのナリで走れるのかい? 本当に?」

「あははは! できらぁ! いいですとも! 本当の走りを見せてあげますよ!!」

「はいストップ。なんでもいいからこっちに向かって走ってくるのはやめてね。怖いから

「はーい!! じゃああっちの壁まで! よーい! ……うーん?」

「おや、どうかした?」

「いやなんか思ってたのと違うっていうか。まあいいや! 恵音(けいと)、いっきまーす!!」

 

わしゃわしゃと駆け出す真上隊員。

う~ん、上半身が可愛らしいだけに普通に気持ち悪い。言ってあげたほうが親切だろうか? 

アラクネという割にクモの足でなく人間の生足が密集して生えてるのが敗因かもしれない。

いや、クモの足が生えててもキツいには違いないか。

 

「……うーん。うぅ~~~ん???」

「おや、納得いかない?」

「なんというか……。いえ! ここから先は実戦で確かめてきます! ボク、戦いの中で成長してきます!!」

 

こちらの返事も聞かずに、わしゃわしゃわしゃわしゃと飛び出していく少女。程なく廊下の方からかなりシャレにならない感じの叫び声が聞こえてきた。

トリオン体(アラクネ)のまま出て行くのやめなさいよ。すれ違った人かわいそうだから。

 

 

* * *

 

「わかってはいたんですけど、やっぱり二本足のほうが速かったし動きやすかった気がします。もつれるというか、もどかしいというか!」

「手足の本数が増えすぎるとサイドエフェクトでも対応しきれないってことかな」

「というか、クモ足自体があんまり速く走ることに向いてないんじゃ? 企画倒れの予感!!」

「生えてるのはヒト足だけどね。あと企画じゃねえ」

人の腰をパージして下半身を完全にクモの体にしたら上手くいくと思います?」

「我が身の扱いが完全にロボットだねえ」

 

そして多分大差ないと思う。既に多脚を使いこなせてるならだけど。

「う~ん?」と多脚を繊細に操って腰をグルグルさせながら首をひねる真上隊員。

使えてる使えてる。間違いなく使えてるよソレ。

というか、持ち前の可憐さと交差する多脚のコントラストが相まって実に気持ち悪い。どこか艶めかしさを感じさせるのが嫌悪感に拍車をかけている。目が離せないタイプの気持ち悪さというか。

アラクネフィリアってこういうのがいいんだろうか。人の業を感じた。

だからこっちをチラチラ見るのやめなさい。そのグルグルダンスはウケない。絶対にウケないから。

 

「そうだっ!!!」

「えっ今度はなに? 胴体増やすの?

「中途半端に人の体をベースにするから良くないんですよ!! この際、人の体は捨てましょう!!」

「君のママ泣いてるよ」

 

親からもらった体もっと大切にして? というこちらの願いを無視して少女は自信満々に薄い胸を張った。

 

「ボク、狼になります!!」

「えぇ……?」

 

流石にそんなの無理だよ……? 

 

改造は成功した。

 

 

* * *

 

「ほらこのシーン見てくださいよ! この体、全力で走るとグラスホッパーより速いんですよ!! しかも か っ こ い い!! 無敵か??」

「ああそう。で、今日は何の用なの?」

「使ってみた感想をまだお伝えできてなかったので! エンジさんにお礼しに来ました!! くひひひ! ありがとうございました!!」

「誰だよエンジさん」

 

先日の真上隊員がまたやってきた。新しいトリオン体に大変満足しているとのこと。

あんなヤケクソみたいなトリオン体を実用できるとは本当に驚いた。記録(ログ)も見せてもらったが実に見事な機動だった。

本来なら保存されない個人ランク戦の記録(ログ)をわざわざ当日のオペレータに頼んで保存しておいてもらったんだそうな。意外と気が利いているというか、技術者(エンジニア)心をわかっているというか。

生身の体の方にも違和感はないとのこと。そいつは重畳。作っておいてなんだけど、ちょっと心配だったからね。

 

あれこれと振り回されたものだが、きゃいきゃいと嬉しそうに成果を自慢する姿に絆されて口うるさく言う気も失せてしまった。なんだかな、得な性格してると思う。

なお忍田本部長から呼び出しを受けて根掘り葉掘り聴取されたそうだ。よくわからんけど精々反省しなさい。

 

……あーそれと、くれぐれも本部長に製作者(おれ)の名前は出さないように。頼むよ?



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