もんむす・くえすと! 勇者ルカと仲間たち (RGチャッピー)
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前日談の章 ぼくの名はカムロウ
第1話 はじまりの冒険


もんむす・くえすと!の世界…3つの大陸の内、中央の大陸、セントラ大陸。

サン・イリアとナタリアポートの間の森の奥地に、コロポという小さな集落がありました。

これはとある少年とその仲間たちが、勇者ルカと出会う前のお話。

 

 

 

ぼくはカムロウ、お父さんのハーレーとお母さんのテアラと、

お姉ちゃんのリンドウの4人で、

このコロポ村に住んでるんだ。

今日も空は快晴で、お天道様が輝いていて、いつもと変わらない日常だ。

今日も村のみんなと鬼ごっこして遊んでるんだ。

そのあとはお父さんの鍛錬を遠くから眺めて、お母さんの夕飯の準備を手伝うんだ。

少年A「遅いなぁカムロウ!」

少年B「お前が鬼なんて楽勝だよーだ。」

少年C「こっちこいよー!」

またぼくが鬼になっちゃった。

カムロウ「そう言ってるのも今の内だぞ!」

そういって走っても追いつかない。これもよく見た日常だ…。

 

 

ばくは鬼ごっこを遊び終わって、家から少し離れた稽古場で、

お父さんの鍛錬を遠くから眺めていた。

お父さんはすごく強いんだ!見ていてドキドキが止まらないんだ。

でも…なんで遠くから眺めているかというと…。

お父さんは体が大きくて、顔が怖くて、あんまり話したことないから怖いんだ。

優しいのはわかってるんだけど…。

ハーレー「………」

お父さんは持ってる剣に風を集めてそのまま練習用の木に向かってに斬りかかった。

お父さんの得意技だ。激しい打撃音がして、木は少しぐらついた。

ぼくも見よう見真似で、お父さんが使ってないときはあそこで特訓をしてるんだ。

あの技くらいは使えるようになったけど…あの木が揺れるほどじゃないんだ。

どういう原理で風を集めてるかわからないけど。

やっぱりお父さんはすごいや!…怖いけど。

 

かなり長い時間がたったみたいだ。

お天道様が沈みかけてて、そろそろ夕暮れになる。

そろそろお母さんのところに行かなくちゃ。

カムロウは家に向かって歩き始めようとした。

今日の夕飯はなんだろうと考えいた…しかしその考えは切り裂かれるように遮られた。

「魔物が…魔物が村に来たぞおおお!」

村の大人が大声で叫んだ。

えっ…!?魔物が!?

カムロウはうろたえた。

コロポ村は秘境ともいえるほど奥地にある。だから魔物が来るといっても村の外で現れるくらい。

村の大人たちが追い返すくらいで、このような事態は初めてなのだ。

ど…どうすればいいんだっけ…家に戻ればいいのかな…?

立ち止まって考えていると、

ハーレー「…カムロウ。」

お父さんがぼくを呼んだ。ぼくはびっくりして鳥肌を立てながらもお父さんのほうを見た。

いつの間にこんな近くに…。

カムロウ「な…なに?」

ハーレー「……村の避難所が…どこにあるかわかるな…?」

ぼくはこくんと頷いた。もしもの時のために、近くの崖の下にある洞窟をみんなの避難所代わりにしてるんだ。頻繁に行ってるわけじゃないけど、場所はわかる。

ハーレー「お前は避難所に行け…騒ぎが終わるまでそこにいるんだ。」

お父さんはそういうと、剣を持って早々に走っていった。一瞬、怖い顔になったのが見えた。

すぐには動けなかった。お父さんとはこういう会話もしたことないから、初めてだったから緊張した。

けど今は…避難所に行かなきゃ。

ぼくはお父さんの言いつけ通りに、避難所に向かって走っていった。

 

 

 

村から少し離れ、木々をかき分けた先にある崖の下の洞窟、

避難所には戦う術を持っていない子供や大人に老人と、すでに村のほとんどの人が集まっていた。

安心した。てっきりいなかったらどうしようかと。

ぼくは避難所にたどり着くと、近所のおじさんがぼくを呼んだ。

おじさん「おぉカムロウ!良かった…お前は間に合ったんだな。」

ぼくを見ておじさんは安泰の表情を浮かべた。…しかしすぐに不安な顔になった。

カムロウ「…?」

おじさん「あぁ…いやぁ…な?他にも来てないやつがいてな…お前の姉ちゃんと母ちゃんもまだ来てないんだ。」

…え?お姉ちゃんとお母さんがいない!?

背中から冷たくドロッとした、嫌な感覚がした。心臓もバクバクいってる。

おじさん「まぁ魔物は、お前の父ちゃんが追い払うだろうし…すぐに来るだろう。」

そっか…、まだ来てないだけで、待ってればここに来るはずなんだ。

ぼくはそう自分に言い聞かせた。このバクバクを止めるためにそれだけを考えた。

 

 

 

…考えて考えて、30分ぐらいは経ったぐらい。もう夕暮れだ。

一向にお姉ちゃんとお母さんは来ない。

どうしようどうしようどうしよう…。そういってぐるぐる歩き回っていた。

カムロウはパニックに陥っていた。まともな判断もできないほどに。

おじさん「お…おうカムロウ、まぁ落ち着けよ。」

そう言っておじさんはそういって気分を落ち着かせようとしてくれた。

…居ても立っても居られなかった。体がムズムズする。止まっていられなかった。

カムロウは無我夢中で走り出した。

おじさん「おい!カムロウ!?どこに行くんだ!?戻ってこい!」

静止の声も聞こえたけど、止まらず村のほうに走っていった。

ぼくの家族が…死んでしまっているかもしれない。魔物に襲われているかもしれない。

今一番それが…耐えられなかった。

 

 

 

 

 

転びそうになりながらも夕暮れに染まる森を駆け抜けた。

お姉ちゃん…お母さんはどこだろう?

周りを見渡しながら走り続けた。脇腹が痛くなってきた。

痛くなって立ち止まりうつむいてしまった。汗が止まらない。呼吸も整わない。

焦りはさらに加速した。ここまで走ってもいないなんて。

 

リンドウ「カムロウ!」

聞きなれた声を聴いて顔を上げる。お姉ちゃんだ。よかった。

リンドウ「ごめん…遅れちゃった。」

カムロウ「お…お母さんは…?」

リンドウ「先に行けって言われたの…。すぐに来るって。」

リンドウ「とにかく避難所に行こう!」

そう言われたけどすぐには動けなかった。さっきまで全速力で走ってたから。

けど我慢して、避難所に向かって歩き始めようとした…その時だった。

近くの茂みから物音がした、かき分けるような音だ。ガサガサとこっちに向かってくるようだった。

人の音じゃないと分かった。人じゃない何かだと。

二人は何も言わず、血相を変えて走り出した。

生死の瀬戸際だと本能で分かっていたのだろうか。

カムロウは脇腹が痛いことも忘れて、胃にあるものが口から吐きそうになっても走った。

 

リンドウ「あっ!」

不意にお姉ちゃんにがつまづいてしまった。

ぼくも一緒に立ち止まる。

その一瞬が仇となってしまった。茂みの物音がカムロウたちに追いついてしまった。

茂みから出てきたのは…異形そのものだった。

女性の体の半分から植物が生えた姿をしていた。女性の顔は虚ろで生気を感じられなかった。

これが…魔物なのだろうか。

カムロウは初めて魔物を見た。こんなにおぞましい姿をしていたのか。

それは姉のリンドウも同じで、すくみあがって体を動かせなさそうだった。

魔物はこっちに、ゆっくりと近づいてくる。

何をする気かはぼくでも予測できた。お姉ちゃんを殺す気なのだと。

カムロウ「や…や…やめろ!!」

リンドウ「カ…カムロウ!?」

カムロウは恐怖で動けない足を、無理矢理動かしてリンドウの前に立った。

自分の行為がどういう意味を表してるかは知っていた。

恐らくこのままこうしていれば、僕は死んでしまうだろう。

でもそれ以前に…目の前で家族が殺されているのを…。

ただ黙って見ていられなかった。

魔物はツタのようなものを、こっちに向かって突き刺してきた。

カムロウ「(お父さん…お母さん…ごめんなさい…)」

避難所で待てと言われたのに、お父さんの言いつけを破ってしまったこと。

そういえばそうだ。昔からお母さんから落ち着きがないとよく言われていたのに。

後悔しながら、声も出せないまま、カムロウは目をぎゅっと閉じた。

 

 

 

テアラ「カムロウ!」

母のテアラが、カムロウを庇うように抱きしめた。すぐにドスッという衝撃が走った。

テアラの背中に、無数のツルが突き刺さっていた。

カムロウ「お…お母さん!?」

リンドウ「お…お母さん!?」

テアラ「動いちゃだめ…動いたらあなたたちが殺されるわ」

カムロウ「で…でも、お母さん!」

そう言っているうちに、ツルはどんどん突き刺さっていく。

突き刺さるたびに、血が噴き出してくる…。

カムロウ「やめてよお母さん!死んじゃうよ!」

泣きながらそう叫んだ。ぼくのせいで、お母さんが死んじゃう。

誰にも死んでほしくないのに。

まだツルは刺さる。刺さる場所がなくなったのか腕にまで刺さり始めた。

テアラは血まみれになっていた。カムロウの服にまで血が滲み始める…。

カムロウ「お母さあああん!!!」

悲痛な叫びがこだまする。

 

その瞬間、風が吹き荒れた。とてつもない強風に、魔物は姿勢を崩した。

それと同時に、テアラに刺さっていたツルは切り裂かれた。

テアラは寄りかかるようにカムロウに倒れこんだ。

カムロウは母を抱きかかえながら魔物のほうを見た。

そこには父のハーレーが、剣を構え立っていた。

カムロウ「お…お父さん!?」

ハーレー「………」

魔物は再び立ち上がり、今度はハーレーに向かってツルを伸ばし始めた。

しかしそのツルがハーレーに届くことはなかった。

ハーレーが剣を振るうと、魔物に向かって強風が吹き荒れ、ツルを切り刻みながら魔物に直撃した。

魔物は怯み、後ずさりしたが、それでも立っていた。

ハーレーはその隙を見逃すことがないように、

再び剣を振るいはじめ、強風を魔物に向かって放ち続けた。

魔物とかなり距離が空いたところで、ハーレーが口を開いた。

ハーレー「カムロウ、リンドウ…テアラを連れて逃げろ!」

カムロウ「…!」

リンドウ「わ…わかった!」

そういうとまた一層と風は吹き荒れ、ハーレーは魔物に向かって走っていった。

その間にカムロウはリンドウと一緒に瀕死のテアラを抱きかかえ、

後ろから聞こえる衝突音を背に、避難所へ逃げていった。

 

 

 

避難所にたどり着き、瀕死のお母さんは、村のお医者さんに応急手当を受けていた。

ぼくはそれを見ようとはしなかった。隅でうずくまっていた。

ぼくのせいでお母さんが死にそうになったのだ。

泣きそうになるのをこらえながら、後悔という沼にずっと使っていた。

リンドウ「…カムロウ。」

お姉ちゃんが声をかけてきた。

リンドウ「お母さんが呼んでるよ。」

そういってぼくの手を引いた。引きずられるかのように歩き始めた。

きっと怒られるのだろう。こんなことをしてしまったのだから。

お母さんの目の前に連れてこられた。

仰向けの状態で、全身は包帯で巻かれていた。

涙が止まらなかった。ぼくは飛び出さなければ、こんなことにはならなかったのに。

謝らなきゃなのに、言葉が出なかった。

涙を止めようとしても止まらなかった。

するとお母さんが、弱弱しくぼくの手を握った。

テアラ「カムロウ…私はあなたを誇りに思うわ。」

カムロウ「え…?」

予想していた言葉とは正反対の言葉が出てきてぼくは驚いた。

テアラ「あのときリンドウと…お姉ちゃんと出会っていなかったら、お姉ちゃんは死んでいたわ。」

リンドウ「…!」

テアラ「自分を責めないで…あなたは勇気を持って飛び出したのよ。何も考えて飛び出したわけじゃない…」

そういうと、テアラは動かなくなった。

カムロウ「お母さん…!?」

医者「……脈はある…痛みで気を失っただけだな…。」

リンドウ「よ…よかった…。」

カムロウ「………」

 

ぼくはお母さんの言葉を聞いても嬉しくはなかった。

どちらにせよぼくのせいでお母さんは死にかけたんだ。

その結果は変わらない。おそらくこの先も重くのしかかるだろう。この後悔が。

カムロウ「先生…」

医者「うん?」

カムロウ「お母さん…元気になる?」

この後悔をどうにか消したい。ぼくの責任だ。ぼくがなんとかしなくちゃ。

その思いで先生に聞いてみた。

医者「うーむ…」

お医者さんは難しい顔をした。

医者「半々ってとこだな…、半年の間に傷が回復しなかったら、そこから病気になってしまう可能性もある。」

医者「元々テアラは体が弱いしな…」

その言葉は重く鋭く刺さった。

カムロウ「…どうしたら元気になるの…?」

幼い思考力で絞り出した質問を投げかける。

医者「そうだな…。」

先生も考えに考え、重い口を開いた。

医者「自然治癒力を一時的に上げれるような薬…、それも強力なものでないとだめだ。一週間で治るくらい強力なものでないとな。」

医者「さすがにそんな代物はウチにはないな…。」

どうやら希望はまだあるらしい。

カムロウ「それって…どこにあるの?」

医者「…少なくとも外の世界にはあると思う。」

医者「まぁ俺も全力を尽くすからよ。お前はよく頑張った。」

そう言って先生は頭をなでてくれた。

ぼくはそれどころじゃなかった。

お母さんを治す薬が外の世界にあるという言葉が頭の中に居座った。

 

 

 

日が落ちてあたりが暗くなったころに、大人たちが避難所に帰って来た。

負傷者はいたが、なんとか魔物を村から追い返したそうだ。

村は損傷がひどく、とても今帰れるような状態ではないらしい。

しばらくは避難所で生活することになるそうだ。

お姉ちゃんがそうぼくに説明してくれた。

「明日から復旧作業ってわけか。」

「しかし村に来た魔物は…なんだったんだ?」

「わかんねぇけど…ハーレーがいなきゃ死んでたぜ。」

大人たちの雑談が遠くから聞こえる。

ぼくはお姉ちゃんと一緒に、お母さんの近くにいた。

遠くからお父さんがやってきた。

リンドウ「あっ…お父さん。」

お父さんは毛布を僕たちに手渡しながら、

ハーレー「夜も遅い、お前らは先に寝てろ。」

そう言うと離れて、大人たちの雑談に割り込んでいった。

リンドウ「…ほら、カムロウも寝ましょ。」

カムロウ「う、うん。」

お姉ちゃんと体を寄せあって、ぼくは眠りについた。

 

…だけど寝れなかった。みんなもう寝てるのに。

正確に言うと、眠ってもすぐに起きてしまう。

どうしても頭から離れなかった…お母さんが元気になる方法というのが。

ぼくは生まれてから外の世界に行ったことは…

家族のみんなと近くのナタリアポートに行ったことがあるくらいで、そこまで経験はない。

寝れないから思考を張り巡らせた。

お父さんに言って探してもらう?

…おそらくだめだろう。

お姉ちゃんと一緒に行く?

…多分引き止められるだろう…。

そうなると…残った答えは1つしかなかった。

「ぼくが外の世界に行って探す」という選択肢しか残っていなかった。

ぼくは葛藤した。そんなことをしてしまえば、今度こそ怒られるだろう。

でもそうしないと…お母さんは死んじゃう。

…お母さんが生きることができるなら…怒られてもいい。

…今ぼくにできることがそれしかないのなら。

…外の世界に行くんだったら、今しかない。

行こう、外の世界に。

お姉ちゃんが起きないようゆっくり起き上がり、

誰も起きないように忍び足で、ぼくは避難所から抜け出した。

 

避難所から抜け出したぼくは、村の自分の家に戻った。

扉や壁が壊れたりしていた。壊れた扉をゆっくり開けて、自分の部屋に入った。

外の世界に行く準備だ。

いろいろ詰め込んだカバンに…

わがまま言って買ってもらった鉄の剣に、

練習で使っている木の盾、

必要と思ったものは全部持って、家を飛び出した。

誰もいない夜は吸い込まれるかのように静かだった。

月明りが地面を薄暗く照らしている。

ぼくは村の門に向かって走った。

 

門はひどい有様だった。まるで巨人の足で蹴飛ばされたように、残骸が当たりに散乱していた。

その様子を見ながら歩いていると、

本来はそこにいないはずの人物を見てぼくは驚いた。

カムロウ「お…お父さん…?なんでここに…」

そこには父のハーレーが、門の壁に寄りかかっていた。

腕を組んでぼくを見ている。

ハーレー「…お前こそ、なぜここにいる。」

沈黙が続いた。

あまりの威圧感に逃げだしそうになる。怖い…けど…もう引き返せない!。

ぼくは決めたんだ…逃げ出すわけにはいかない。

手を握り締め、一歩前に出て叫んだ。

カムロウ「お母さんを治す薬を…探しに行くんだ!」

ハーレー「なんだと…?」

お父さんは眉をひそめた。

ハーレー「お前が…か?」

ぼくは震えながら頷いた。

ハーレー「寝言は寝て言え、そんな無謀なこと、お前にできるはずがない。」

カムロウは泣きながら叫んだ。

カムロウ「ぼくのせいでお母さんが死んじゃうのは嫌だ!ぼくが…ぼくがお母さんを治す薬を見つけて、お母さんを助けるんだ!」

お父さんは鬼の形相になった。

ハーレー「それでここから出ていくつもりか!?ふざけるな!お前まで死ぬかもしれない外の世界に!」

ハーレー「お前が死ねば、誰が悲しむと思っている!?馬鹿なことはやめろ!」

カムロウ「馬鹿じゃない!絶対見つけるんだ!」

カムロウ「絶対に…絶対に見つけるんだあああ!!」

泣きながら、全速力で門をくぐり抜け、その先の森に向かって走り出した。

カムロウ「うわあああああん!」

ハーレーはそれを見て、追うことはしなかった。

もうカムロウの姿は見えなかった。

ハーレー「…それがお前なりの、責任の取り方か。」

ハーレー「せいぜい死ぬなよ…!」

そういうとハーレーは避難所に向かい始めた。

無謀な希望を抱き、この村から旅立った息子の身を案じて…。

 

 

 

もう朝日が顔を見せ始めたころ、ぼくは走るのをやめた。

後ろを振り返った。誰も追ってくる気配はない。

後戻りはできそうにない。いいんだ。する必要もない。

絶対に見つけるんだ…お母さんを治す薬を。

カムロウはそう思いながら、森の中を歩き始めた。

 

彼の冒険はまだ、始まったばかりである。

 

 

 



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第2話 はじめての出会い

村を出てから、カムロウは黙々と森の中を歩いていた。

もう朝と言えるほど周りは明るい。

コロポ村はかなり奥地にある村だ。

そこから近くの街道でもかなり距離はある。

歩きながらカムロウは悩んでいた。

カムロウ「(どうやって薬を探せばいいんだろう…)」

村から出たことがなければ、街の暮らしも知らない彼にとっては、

目の前に選択肢という橋がない真っ暗闇の川を、どう渡ればいいかわからないといったところか。

悩んでも答えは出ない。出て来やしない。

街道に出てから考えようと、その悩みは後にすることにした。

 

沢や茂みを駆け抜け、数時間は経った頃だろうか。

カムロウは気に寄りかかって休憩していた。

彼にとっては何もかも初めてなのだ。

自分で進路を決めて進むことも、悪路を進むことも、何もかも。

日頃から村で遊んで培った体力を持ってしても、かなり消耗するほどなのだ。

カムロウは、もしかすると野宿をするかもしれないと心配になっていた。

一人の夜は初めてだからだ。不安だ…その言葉がずっと頭の中で暴れていた。

…?

いま遠くから声が聞こえたような?

空耳なのかはわからないが、奥のほうから声のようなものが聞こえた。

どちらにせよ、そろそろ休憩を終えて進まないと思っていた頃だ。

すくっと立って、靴の履き具合を確認し、進路をさっきの声のほうに変更し、

森の中を歩き始めた。

 

 

 

 

青年「あああああああ!!!」

スライム娘「待ちなさいよ~!」

森の中を馬のように走り抜けていたのは一人の青年と一人のスライム娘。

青年「待てと言われて俺様は待たねぇのさ!」

青年「最悪だ…魔物と出くわすなんて!厄日だぜ!あー最悪!」

青年「金になる鉱石を手に入れたと思ってたらこれかよ!」

彼は採掘をしに森に訪れ、そしてお目当ての代物を手に入れて悦に浸っていたところ、

後ろから追いかけているスライム娘とばったり出会ってしまったのだ。

マフラーをたなびかせながら、青年は森の中を自慢の逃げ足で駆け抜けていた。

青年「へへっ…いいもんやるよ。」

スライム娘「?」

右手に魔力を込める、そして足元に向かって放った。

青年「スモーク(煙幕魔法)!」

辺りに白い煙が一気に広がりはじめる。

白い煙の中から、青年は飛び出した。

青年「はーっはっはっはっ!この俺様からすればこんなもん朝飯前…」

スライム娘「待て~!」

青年「えええ!?何でまだ追って来れるのこいつ!?」

煙の中からスライム娘も飛び出した。奥の手が通用してないことに動揺した。

青年「ひえええお助けええええ!!!」

助けを懇願する断末魔が森中に響き渡った…。

 

カムロウ「やっぱりこっちからだ…」

さっきよりも声が大きく聞こえる。空耳じゃなかった。

カムロウは声が聞こえるほうに足を進めていた。

声の正体が何なのか知りたかった、ただの好奇心が彼を動かしていた。

カムロウ「…あれ?」

急に声が大きくなった。そしてこっちに向かってくるようだった。

一段、また一段と大きくなってきた。

…もう目の前にまで近づいてきた!?

カムロウはとっさに身構えた。

声と茂みをかけ分ける音は次第に、カムロウの前に姿を現した。

青年「ぬああああああ!!!」

カムロウ「えっ!?」

何か来るかもわからなかったカムロウにとって不意を突かれる出来事だった。

その動けない一瞬、カムロウは避けきれず、青年にぶつかってしまった。

青年「いってえええ!」

カムロウ「うぅ…いたたた…」

互いに頭からぶつかり、痛みだした箇所を手で押さえていた。

青年「な…何なんだおめぇは…?なんでこんなところに…」

スライム娘「追いついた~!」

青年「あああああ追いつかれたああああ!!!」

そうだこいつがいたんだった。青年はそんな反応をした。

カムロウはいきなりの出来事に目を点としていた。

青年はカムロウのほうを見ると、座りながら高速で後ずさりをし、カムロウを盾にしてこう言った。

青年「おうお前、ちょうどよかった!あとはまかせたぜ!」

カムロウ「え…まかせ…え?」

青年「んじゃ!またな!」

そういうと青年はカムロウを置いて、すぐさま逃げ出した。

彼の姿はすぐに見えなくなった。

カムロウはとにかく今の状況を整理した。

目の前にいる存在は…魔物?

人じゃない姿をしていたから、カムロウは魔物と判断した。

スライム娘「あ~…まぁ君でもおいしそうだね~。」

魔物は追いかけていた獲物を捕らえることができずに残念にしたが、あたらしい獲物を見つけ頬を緩めた。

え…魔物って喋るの?初めて出会った魔物を思い出しながら比較した。

喋るっていうことは…話し合えるのかな?

そんな淡い希望はすぐに打ち破られた。

スライム娘が粘液を飛ばしてきたのだ。

カムロウはすぐに反応し避けた。

何が何なのか、よくわからないけど…今はこの魔物を…追い払うべきなんだ。

やはり戦うべき存在なのだと判断したカムロウは、

腰に下げていた剣を右手で抜き、左手で盾を構えた。

 

 

スライム娘があらわれた!

 

カムロウにとって初めての実戦だ。

剣の斬り方は父のハーレーのやり方を真似をし、いない間にこっそり練習していた。

いまこそ練習の成果を確かめる時だ。

カムロウは初めての感覚と緊張を噛み締めた。

外の世界に出るというのは、こういうことが何度も起きるんだ。

恐れてなんかいられないんだ!

先に動いたのはカムロウだった。

勢いよく走りだし、剣を構えた。

スライム娘「そーれ!」

再び粘液を飛ばしてきた。

自分の体にあたりそうなものを盾で受け止めたり避けたりしながら近づいた。

カムロウ「えい!」

スライム娘の体を斬った。…確かに斬ったのだ。

スライム娘「ん~生きが良いね~」

…痛がっているようには見えない。なんでだ!?

初めての戦闘で初めての出来事。

経験がないカムロウは体を硬直した。

そうしているとスライム娘が抱き着こうとしてきた!

カムロウ「わっ…!」

我に返り、左手の盾でとっさに殴った。

ぷるんぷるんしながらスライム娘は衝撃で後ずさりした。

カムロウとスライム娘の間に距離ができたところでカムロウは気づいた。

さっき斬った箇所に…切り傷すらないのだ。

カムロウ「そんな…さっき斬ったはずなのに!?」

スライム娘「私の体は液体なんだよ?ちょっとくらいならへーきへーき!」

カムロウ「う…うわあああ!」

焦って再び斬りつける。サクッとスライムに切り傷ができる。

しかしすぐに塞がった。魔物の言う通り、少しくらいの傷ならすぐに回復するようだ。

もう一度斬っても斬っても、盾で殴っても、効果はなさそうだ…。

これじゃ攻撃しても意味がない…。

ぼくは負けるの…?

 

 

………いや、負けられないんだ!

ここで…死ぬわけにはいかないんだ!

 

カムロウ「お父さんの技を受けてみろ!」

スライム娘「え…!?」

見よう見真似で覚えたお父さんの技を今ここで使う!

剣を前に構え、剣に意識を集中する…。

周りにそよ風が吹き始めた。

次第に剣に風が集まり、風の塊が出来上がった!

スライム娘「な…なによそれ!?」

剣を脇に構え、風の塊を投げる準備をする。

…全部整った、あとは放つだけだ!

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)!」

風の塊をスライム娘に向かって投げ放った!

地を這うように進み、一直線にスライム娘に向かっていき、

スライム娘「ううっ!」

見事命中した。スライム娘の体に衝撃が走る。

スライム娘は自身の体のスライムをあたりにぶちまけながら体勢を崩した。

そして顔は苦痛と困惑の表情をしていた。

どうやらお父さんの技は一番効果がありそうだ。

カムロウはもう一度技の準備をしようと剣を構えた。

スライム娘「も…もうやめてよ~!」

突然の強力な技を受けて、スライム娘は体を引きずりながら逃げていった。

もうこれ以上戦闘を続ける意思はなさそうだった。

 

 

 

カムロウはほっと胸をなでおろした。

初めての戦いで、初めて勝利したのだ。

まだ体が震えている…正直怖かった。お父さんの技が効かなかったら、逃げ出すしかなかったのだ。

やっぱりお父さんはすごいや…そう思っていると、

青年「よっ。」

後ろから声をかけられた。振り向いてみたが誰もいない…?

青年「上だよ上、木の上にいるのさ。」

そう言われて上を見た。青年が太い木の枝に座っていて、こちらに手を振った。

青年「いや~わりぃわりぃ、急におとりになんかにしてさ。」

青年は木から降りながら話しかけてきた。

青年「やるじゃねぇか、お前なかなか…かっこよかったぜ…?」

そう言われて照れた。かっこよかったかな…?

青年「にしても…お前はなんでこんなところにいるんだ?」

青年「まだ子どもだろ?親とはぐれたのか?」

カムロウ「えっと…ぼくは…」

カムロウ「お母さんの薬を探しに…」

青年「…はい?」

 

カムロウは知っていることをすべて話した。

村に魔物が現れて、お母さんが庇ってくれたこと、

そしてお母さんを治す薬を探しに、家出まがいのことをしたことを。

青年「へぇ…そりゃ大変なこった…」

青年はカムロウの話を聞きながら、空き瓶を片手に地面に落ちていたスライムを集めていた。

青年「でもよ…その薬とやらを探すにしても、世界は広いんだぜ?」

青年「特にこの大陸、セントラ大陸なんかは特にな。」

カムロウ「…せんとらたいりく?」

青年「は?」

青年は驚いてスライムを集める手を止めた。

青年「い…いや、冗談だよな?お前、大陸くらいわかるだろ!?」

カムロウ「…ごめんなさい、よくわかんないです…。」

青年「(こいつは…もしや世間知らずってやつか?)」

青年は考え込んだ。目の前の少年が何なのかを。

カムロウ「あの…さっきから何をしているんですか?」

青年「んあ?」

カムロウは、青年がスライムを集めている理由を聞いてきた。

青年「あぁ…これな、金になんだよ。」

青年はにやにやしながら、手にもっているビンに詰まったスライムを見せてきた。

カムロウ「それが…お金に?」

青年「そうさ!こういうのは素材として売れるんだよ。接着剤やら料理やらなんやらでさ…」

喋っているうちに青年は閃いた。

青年「(待てよ…こいつを利用すれば、素材を集め放題じゃねぇか?)」

青年「(こいつは戦闘の経験こそは素人だが…パワーはあった。あのパワーなら魔物の素材は飛び散ってそのへんに落ちるわけだ。俺様が直々に戦わなくても、素材を拾うだけで楽な仕事だ。)」

青年「(おまけに世間知らず!都合のいいことを吹き込めば言いなりだ!)」

青年「(へっへっへっ…ふふふ…はーっはっはっはっ!)」

青年は心の中でほくそ笑んだ。最悪の事態の先に得た宝のカギを見つけて、悦に浸っていた。

 

カムロウ「…あの?」

青年「おいお前!喜べ!」

青年は満面の笑みを浮かべながらカムロウに近づいた。

青年「お前のその旅に、この俺様が直々について行ってやることにするぜ!」

カムロウ「えっ…本当ですか!?」

青年「あぁそうさ!はーっはっはっはっ!」

カムロウにとっては嬉しい朗報だった。

一人だと不安だったから。とても嬉しかった。

青年「だからな…俺とコンビを組まねぇか?」

カムロウ「えっ…こんび?」

青年「俺に付いてくれば、金もがっぽり稼げるし…いやいや、なによりその薬探しも、二人なら見つけられるんじゃねぇか?」

青年「どうだ!俺の相棒にならねぇか!?」

カムロウ「…えっと…お友達ってこと?」

青年は思わずずっこけた。そうかこいつはこういうやつか。

まだ慣れないが、こいつの扱い方をなんとなくわかってきたぞ。

青年「ま…まぁそうだな、友達でもいいぜ!」

そういって手を差し出した。

カムロウ「そっか!よろしくね!」

互いに握手した。これで今から友達同士だ。

カムロウ「ぼくはカムロウ!えっと…あなたの名前は…?」

青年「あぁそうだった!名前を言ってなかったな!」

青年「よーく覚えておけよー?」

青年「俺様の名はコトラス・ラクト!この世で最も偉大な人が名付けてくれた最高の名前だ!」

青年「ラクトって呼んでいいぜ!」

彼はそう言いながら名乗りの決めポーズをした。

カムロウ「うん!ラクトさん!」

ラクト「おっと、さんはいらないぜ。ついでに敬語なんてものもな。」

ラクト「俺たち今から、友達だろ?」

そういうと大声で笑い始めた。

とても明るくて優しそうな人だとカムロウは思った。

ラクト「そうと決まればカムロウ、さっそくこの森を出るぞ!」

そういってラクトは歩き始めた。カムロウもそれについて行った。

カムロウ「あ…うん!でもどこに行くの?」

ラクト「まーかせろって!俺様には完璧な計画ができてんだ。」

ラクト「まずお前の薬を探しは当てずっぽうじゃだめだ、先に小さいところから探したほうがいい。」

ラクト「この世界には3つの大陸がある。んでここから近いのはイリアス大陸!」

ラクト「イリアス大陸はそこまで大きくねぇから、先に片付けちまうならそっちが良い!」

ラクト「だからそのために、ナタリアポートっていう港町に行く。そこにイリアス大陸行きの船があるはずだ!」

それを聞いてカムロウは心を躍らせた。船に乗るのは初めてなのだ。

カムロウ「なんだろう…すっごくっ楽しみ!」

ラクト「お?そうか?よーし、それじゃ…」

ラクトは深呼吸をし、息を整えてこう叫んだ。

ラクト「ナタリアポートに行くぞー!カムロウ!」

カムロウ「うん!」

二人はそう言うと森の中を順調に歩き始めた。

 

初めての戦闘、初めての勝利、そして初めての友達。

カムロウにとって実りのある出来事が満載だった。

お先真っ暗だと思っていた旅に、小さい明りが道を照らしてくれるような気がした。

カムロウ「(お母さん…待ってて。絶対に見つけるから!)」

母を治す薬を絶対に見つけ出すと改めて決意したカムロウは、ラクトと共にナタリアポートに向かうのだった…。



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第3話 少しのお金とほんの気持ち

日が沈んだくらい森の中で、カムロウとラクトは焚き火の周りに座っていた。

ラクト「この調子でいけば、明日辺りには街道に出るはずだ。」

そこからナタリアポートは目と鼻の先だとラクトは、カムロウにわかりやすいようかみ砕いて説明していた。

カムロウ「ナタリアポートってどんなところ?」

ラクト「まぁ大きい港町なのは確かだぜ。貿易も盛んだから活気もある。」

船もずらりと並び、潮風漂う港町と簡潔に言った。

カムロウはそれを聞いてますます期待を膨らませた。

ラクト「おまけに美人な人魚もたっくさんいるぜ。」

カムロウ「に…人魚?」

ラクト「あぁ、上半身は美女!下半身は魚の姿をしたそれはそれは美女という名にふさわしい女たちがたくさん…」

 

カムロウ「人魚ってこんなの?」

カムロウが思いついた人魚の姿のビジョンが浮かび上がる。

とても美女とはいえない、魚の胴体に人の顔をした生物が思い浮かんでいた。

ラクト「俺いま美女って言ったよな?」

 

カムロウ「人魚ってことは…人じゃないんだよね?なんでたくさんいるの?」

ラクト「住人として迎え入れてるのさ、悪さをするわけじゃないからな。」

ラクト「特にマーメイドの真珠のネックレスは高く売れるんだよな…おっとなんでもない。」

カムロウ「えっと…キョウゾン…してるの?人じゃないから魔物なんだよね?」

ラクト「ああそうさ。人間とお互い共存してるのさ。」

魔物と人が争わず仲良く暮らしている。

カムロウにとっては非日常なことだった。

いままで魔物は敵だと認識していたからだ。村を襲うおぞましい化け物だと。

ラクト「ま、明日着くわけだから、その目で見ればわかるぜ。」

ラクト横になり寝る準備をしながらそう言った。

それを見たカムロウも寝る準備をし始めた。

人生で初めて、見たことない世界を夢見ながら…。

 

 

 

 

翌日、朝を過ぎて、お昼くらいだろうか。

やっと森を抜けた。抜けたと思ったら、目の前に砂浜が広がっていた。

さざ波が聞こえ、しょっぱい匂いがする。

カムロウ「…これが街道?」

ラクト「この砂浜が街道のルートの一部だ。このまま砂浜沿いに行けば、すぐに着くぜ。」

砂浜を歩きながら、ラクトとそう話していた。

砂に足を取られそうになる。歩きずらい。こんなに大量の砂の上を歩くのははじめてだ。

ラクトはカムロウのペースに合わせて歩いていた。

ラクト「(まぁこうしてみると弟みたいなものか…)」

ラクトはカムロウを見ながらそう思っていた。昔よくこんな感じでよく散歩をしたものだと。

そう考えていると、カムロウとラクトの目の前に人影が現れた!

 

ラフレシア娘が現れた!

 

ラクト「うげぇ!なんで森の魔物がここにいるんだよ…!」

ラフレシア娘「気分転換に来てみたら好都合ね…」

ラクトはカムロウに近づき、後ろに回った。

ラクト「早速出番だぜ相棒!叩きのめしてやれ!」

カムロウ「う…うん!」

剣を抜いて臨戦態勢になった。そうしているとラクトは

ラクト「できればよ…花弁をよ…切り落としてくんねぇかな?」

カムロウ「えっ?」

ラクト「用件は伝えたぜ!あとは頑張れよ!」

砂埃を上げながら一目散に逃げだした。もう姿は見えない。

ラフレシア娘「あら…お友達にげちゃったわよ?」

そういうと魔物はカムロウの目の前に立ちはだかった。

 

カムロウは目の前の魔物を注視した。

この前のスライム娘とは違い、攻撃が通用しそうだ。

足に力を込め、走り出そうとした…が。

カムロウ「あれっ!?」

思わず転びそうになる。まだ砂の感触になれていないからだ。

その隙に、ラフレシア娘の触手が伸びてきた。

迫りくる触手を剣や盾で防いだり斬ったりしてその場をしのぐが、長くは続かなかった。

ラフレシア娘「はいつかまえた!」

体を触手で巻き取られ、身動きを封じられた。もがいても離れそうにない。

ラフレシア娘「さてどうしようかしら…」

じわじわと距離を詰められる。どうしよう…、必死に思考を回転させる。

…!よく見たら右腕は少しだけ動かせそうだ!

カムロウ「はああああ!」

乱雑に剣を振り回す。空振りしたり斬れたりした。

ラフレシア「きゃっ!?」

どうやら体に少し当たったようだ。少量の花びらが舞う。

だが決め手となったわけじゃない。続けて攻撃をしかける。

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)!」

風の衝撃波を当てた。スライム娘だとかなり効いた技だけど…。

ラフレシア娘「なかなか…強い子どもね…?」

カムロウ「体が丈夫なのかな…?」

スライム娘の体と違って、液体ではない。肉も骨もあるのだ。

どうやって倒せばいいんだろう…、そうだ!

相手は植物なんだ!火が弱点なのは当たり前だ!

ラフレシア娘に向かって人差し指を向ける。

カムロウ「ファイアーボール(火玉魔法)!」

指から小さい火の玉が飛び出した。

元々お母さんが囲炉裏に火をつけるときに使っていた魔法だ。わがまま言って教わったんだ。

ラフレシア娘「あ…危ない!火は危ない!」

魔物は火を避けながら慌て始める。やっぱり弱点だ!

カムロウ「ファイアーボール(火玉魔法)ファイアーボール(火玉魔法)!」

これでもかと言わんばかりに連発する。

ラフレシア娘「ちょ…降参!降参するわよ!だから火はやめて!やめてってば!」

そういうと魔物は逃げ出した。

カムロウは息切れしながらそれを眺めていた。

慣れない魔法を連発するのはこれっきりにしとこう…。

 

 

 

ラクト「さすがだぜ相棒!」

後ろからラクトが歩きながら現れた。

カムロウ「そ…そうかな?…あっそうだ、花弁…。」

無我夢中で戦ってたから、花弁を斬ったかどうかなんて覚えてない。

ラクト「あぁ、ちゃんと回収してあるぜ。」

手に数枚の花びらを見せてくれた。どうやらちゃんと斬っていたらしい。

カムロウ「それもお金になるの?」

ラクト「もちろんだぜ。」

カムロウ「すごいなぁ…なんでもお金になるんだね。」

ラクト「全部が全部ってわけじゃないけどな…需要ってもんがあんだ。」

ラクト「(うーん…こいつは金について全く知らないんだな。)」

カムロウはお金の使い方はおろか、物の売買に関しても全く知らないことをラクトは見抜いていた。

しかし、これから行くであろう町だとお金は必需品だ。

ラクト「(会った時から、こいつは一銭も金を持っていなかった。さすがにお金持ってないなんて、通用しないよなぁ…)」

これから社会という場所に行くわけなのだ。礼儀だか作法だが、そんなことが常識になっている所に、右も左もわからない子どもを置いていくわけにもいかないとラクトは思った。

ラクト「おいカムロウ、これ持っとけ。」

財布からお小遣いと言えるほどのお金をカムロウに手渡す。

もし俺がいないときの保険ってやつだ。

カムロウ「えっこれ…いいの?」

ラクト「いいんだいいんだ。お前も少しは持っといたほうがいい。」

ラクト「それに宿とか、値の張るようなもんがあったら俺にまかせな!」

カムロウ「わかったよ!」

ラクト「(よし…これでお財布事情は俺様のものだな。)」

ここはお金の管理がわかる俺が管理しといたほうがいい…。

ラクトはそう考えながら、カムロウと共にナタリアポートに向かった。

 

 

 

 

二人はナタリアポートに到着した。

大通りは人で賑わい、遠くからさざ波がかすかに聞こえる。

カムロウ「わぁ…人がいっぱいいる!」

カムロウは小さいころに家族のみんなと来た以来、ナタリアポートに来たことはない。

母親に抱きかかえられながらのはっきりとしない記憶でしか覚えていない。

こうしてここにいることは新鮮だった。

ラクト「カムロウ、ちょいと用がある、しっかり俺に付いて来いよ!」

町の熱気に胸を躍らせていると、ラクトが呼び掛けてきた。

ラクト「俺から離れるなよ?こんなに大きい町だと、探すのが大変だからな。」

カムロウはラクトから離れることがないよう、しっかりと彼の後ろを付いて行った。

カムロウ「用って?」

ラクト「持ち物売って金にするんだ。」

いままで手に入った物を売りに行くらしい。

 

ラクト「ここで待ってな。」

マーメイドが経営している露店の近くで待っているよう言われた。

カムロウは初めて見るマーメイドに目を奪われていた。

本当に下半身が魚で、きれいな人だ。

でも魚なのに陸に上がって、平気なのだろうか?

 

そう思いながら眺めていると、今度は遠くから笑い声が広場のほうから聞こえてくる。

目線をそっちに移す。

広場の噴水前で、派手な服を着た一人の男がいた。

服はピエロが来ているような服だが、女性が着ているようなミニスカート付きのデザインをしており、黒の網タイツを履き、靴は赤いヒールだ。男なのに。

そんな服装をした男が口から火を吹いている…えっ!?口から火を!?

そう驚いていると今度は一つのボールを持って投げ始めた…。

もう一つ、またもう一つ、…全部で3つのボールでジャグリングをし始めた。

ラクト「お、大道芸じゃねぇか。」

用事を済ませたラクトが来た。

カムロウ「ダイドウゲイ?」

ラクト「あれみたいな芸をいくつか持っていて、それを見せて金貰ってる人たちだ。」

ラクト「それにしてもなんだあの服装は…ずいぶん奇抜というか…画期的というか…」

その時、大道芸人は投げ続けているといきなり全部上空に投げ放った!

………投げたボールは上空にはなかった。

投げた本人もどこ行った?みたいな反応だ。それをみていた観客も周囲を見渡し始める。

その瞬間、投げたボールが大道芸人の頭に直撃した!しかも3回連続!それを受けて目を回している…。

それを見てどっ…と笑い声が沸き上がった。

目を回して倒れ始める…と思いきや、片手で逆立ちをし始めた!

そして急回転し始めた!ピタッと止まると、口にバラをくわえて立っていた!同時に拍手が巻き起こる。

ラクト「はははっ!ありゃぁ面白れぇ!」

ラクトもそれを見て笑いながら拍手していた。

カムロウはそれを見て唖然としていた。同時に楽しんでいた。何が起こるかわからない芸を見て。

 

 

夕焼けが広場を照らす。一通り芸を披露し終え、深々とお辞儀をしてショーは終わった。

周りから称賛の声があがる。

ラクト「どうやらあれで終わりらしいな。」

ラクト「すげぇ芸だったな…んん?」

ラクトが違和感に気付く。

カムロウ「どうしたの?」

ラクト「あいつ…投げ銭をしないのか?」

カムロウ「?」

ラクト「ああいう道端で芸を見せるような大道芸人ってのは、金を払えるように箱とか、帽子とかが置いてあったりするんだ。」

言われてみると確かにそうだった。箱らしきものも置いてないし、当の本人は小道具をしまい始めていた。

ラクト「珍しいな、金を要求しない芸人ってのは。」

カムロウ「本当はお金、渡すべきなの?」

ラクト「金を払うのは任意だな、楽しめたなら払う、楽しめなかったら払わない。結局それも個人によるがな。」

カムロウ「ふーん…。」

ラクト「ま、本人が金をもらわないってんなら、それはそれで放っておくか。」

ラクト「俺たちは宿でも探すか。」

そういって宿を探し始めようとしたが、カムロウは動こうとしなかった。

ラクト「?…カムロウ?」

歩みを止め、カムロウを呼んだ。それでも動かなかった。

ラクト「どうした?」

カムロウ「ごめん、ちょっと待ってて!」

そういうとカムロウはカバンから何かを取り出しながら、大道芸人に近づいた。

 

カムロウ「あ…あの…。」

大道芸人「…あらら?」

片付けをしている最中に、後ろから声をかけられた大道芸人は振り返る。

そして目線をカムロウと合わせるように屈んだ。

大道芸人「あら…どうしたの坊や?」

カムロウ「その…こ…これ!どうぞ!」

手からラクトから渡された少ししかないお金を差し出す。

大道芸人「あらやだ!あたしにくれるの?とっっっても嬉しいわ!」

それを見て大道芸人は嬉しそうにした。しかし、差し出されたお金を受け取ろうとしなかった。

大道芸人「坊やには悪いけど…それは受け取れないわ。」

そしてカムロウの手を優しく握りながらこう言った。

大道芸人「受け取るのはそのキ・モ・チ。ありがとうね、心優しい坊や。」

彼は微笑みながら頭をなでてくれた。カムロウは少し恥ずかしい気持ちになった。

 

 

 

 

夜になって、ラクトとカムロウは宿のベッドに座っていた。

ラクトは寝る前に、カムロウに理由を聞いていた。

ラクト「なんで、あの芸人に金を渡そうとしたんだ?」

カムロウ「楽しかったから。」

カムロウ「楽しかったんだ!あんなにすごいの見たの!初めてだったんだ!」

そう興奮しながらラクトに自分が感じた気持ちを伝えた。

ラクト「へぇ…。」

ラクトは感心した。自分じゃ絶対金を払わなかった。周りにいた人たちもそうだった。

こいつは、そんな常識をものともせずに、ただ自分が良いと思ったからそうしたのだ。

カムロウ「また見れるのかな…。もう一度みたいなぁ…。」

カムロウはまだ熱が冷めないのか、落ち着こうとしなかった。

ラクト「色んな町に行けば、ああいうのがまた見れるかもよ?」

カムロウ「本当!?」

ラクト「また見たければ、早く寝るんだな。歩き疲れたろ?体を休ませないとな。」

大道芸を見ていたがために、港にイリアス大陸行きの船があるか確認することを忘れていた。

明日一番に確認するために早起きするのだ。

カムロウはまだ興奮していた。それを横目に、弟という存在に懐かしみを感じながらラクトは横になった。

少し時間が経ったころ、部屋は寝息しか聞こえなくなった。

 



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第4話 サイフを探せ

朝になった。静かな部屋の中でカムロウは目が覚めた。

周りを見るとラクトの姿がなかった。

ラクトが寝ていたベッドには、ラクトのカバンがそのまま置いてあった。

どうやら先に起きてどこかに行ったらしい。

カムロウはラクトを探しに、部屋の外に出ようと扉を開けた。

「俺じゃねぇよ!」

廊下に出ると、一階から怒鳴り声が聞こえた。ラクトの声だ。

どうやらただ事ではないらしい。カムロウは一階に向かった。

 

 

 

階段を降りて一階のロビーに行くと、

中年の男性と、学者姿の男性と、踊り子姿の女性と、ラクトが口論をしていた。

学者「ふむ…聞けば聞くほど迷宮入りだな…。」

踊り子「絶対この中の誰かでしょ!?」

中年「俺はお前だと睨んでるぞ!」

ラクト「だから俺じゃねぇって!もう一度考えてみろよ!」

カムロウ「ラクト…何があったの?」

カムロウはラクトに近づいた。

ラクト「あぁカムロウ、起きたのか。」

ラクト「誰かが俺のサイフを盗みやがったんだ!それだけじゃねぇ、この3人のサイフも盗まれたらしい。」

学者「そこで誰がどこで何をしていたのかを話し合っていたのだ。」

ラクト「カムロウ、お前は盗まれていないのか?」

カムロウはカバンの中を探った…。しかしサイフは見つからなかった。

ラクト「お前もスられちまったわけか…。最悪だぜ。」

学者「…となると、この宿に泊まっている人全員が盗まれたというわけか?」

中年「くそっ!一体誰なんだよ!」

女主人「まぁみなさん…一回落ち着いたらどうですか?」

カウンターの奥から宿の女主人が出てきた。

女主人「怒りに任せるとロクなことになりませんから…。町の衛兵には連絡をしてますので、詳しい捜査は衛兵に任せましょう。」

学者「確かに…これ以上、我々で犯人捜しをしても、答えは出ないだろう。」

学者「私は部屋に戻ることにしよう。」

そう言って学者は階段を登ろうとしたときに踊り子が呼び止めた。

踊り子「ちょっと…待ちなさいよ!そう言って逃げる気じゃないでしょうね!?」

中年「そうだそうだ!お前だって容疑者なんだぞ!」

踊り子「衛兵が来るまで、あなたここに残りなさいよ!」

学者「ふむ…確かに全員が容疑者であるなら、そういうわけにもいかないな。」

学者は登るのをやめ、こちらに戻ってきた。」

ラクト「…それで?衛兵が来るまで、ここでにらみ合いっこをしろっていうのか?俺はごめんだぜ…。」

ラクトは呆れた表情をした。カムロウもこの空気には嫌な気分を覚えた。

 

全員が互いの顔を様子見し会っていると、とうとうお昼になってしまった。

中年「なぁ、衛兵はまだなのか!?」

女主人「おかしいですね…他のことに手間取っているのでしょうか?」

踊り子「一体何に道草食ってるのよー!」

学者「………」

中年の男性と踊り子は腹を立てている。学者はいら立ちながらも本を読んでいる。

ラクト「けっ…。これ以上は待っていられるかよ…。」

ラクトはマフラーを巻きなおしながらも、壁に向かって八つ当たりをした。

ラクト「こうなったらよ…。衛兵には犯人を差し出すことにして、俺たちで犯人捜しをしようじゃねぇか!」

中年「そうだ!それがいい!」

踊り子「私は却下よ!それって言い出しっぺが有利になるわけなんだから!」

学者「私もだ!ここは衛兵を待つべきだ!」

4人は再び怒りをぶつけ合う。カムロウは参加しなかったが、居心地は悪かった。ラクトがそんなことをする人とは思っていないし、ここにいる人たちが犯人だとは思えない。早く衛兵が来て欲しいと思った。

そんな時だった。

 

???「その犯人捜し…あたしが主導権を握ってもよろしくて?」

不意に現れた声に、その場にいる全員がその声の主に目を向ける。

そこには昨日の大道芸人がいた。相変わらず奇抜な恰好をしており、椅子に座りながら足を組み、ティーカップを持っていた。

中年「だ…誰だお前は!?」

???「あたしの名はパヲラ…各地を旅する通りすがりの放浪者よん。以後お見知りおきを。」

カムロウ「大道芸人さんじゃないの?」

パヲラはティーカップを口に近づけながら

パヲラ「あれは趣味であり、旅の資金稼ぎをするためにやっていることよん、心優しい坊や…昨日のショーは楽しめたかしら?」

カムロウ「うん!楽しかった!」

パヲラ「それは良かったわ。」

と、微笑みながら言い終えた後に一口飲み始めた。

ラクト「…何飲んでんだ?」

パヲラ「ミルクティーよ。」

 

学者「それで、この事件の犯人捜しの主導権を握るというのは?」

パヲラ「その言葉通りよインテリボーイ…あたし、推理するのは得意なのよ。」

中年「そういうわけにもいかんぞ!こんな変なやつに任せるなんて…」

パヲラ「サイフを盗まれたのはあたしも同じよムッシュ。」

女主人「あなたもサイフを?」

パヲラ「ええそうよ…でも信頼も無しで任せるなんて、あなた方にとっては無理な話でしょう?」

パヲラ「なのでこうしましょう、私はこれから一人一人に昨晩何をしていたかを聞きに回るわ。そして各部屋を皆さんと一緒に見て回るわ。」

パヲラ「そこで得た情報で推理するけど…もし犯人を断定することができなかったら、あたしを衛兵に差し出しても構わないわ。」

それを聞いた全員は唖然とした。

踊り子「そ…それで大丈夫なの…あなた?」

パヲラ「もちろんよお嬢さん。犯人は必ずこの中の誰かなのよ。」

そういってミルクティーを飲み終えると、椅子から立ち上がった。

パヲラ「さぁ、調査を始めるわ!パヲラスペシャルリサーチタイム!」

そう言って変なポーズをした。

ラクト「…最悪だぜ。こんな変なやつが、犯人を見つけ出せんのかよ…?」

 

 

 

 

パヲラの調査が始まった。彼は最初に、中年の男性から事情聴取をし始めた。

パヲラ「ムッシュ、あなたは昨晩何をしていたのかしら?」

中年「俺は酒場で酒を飲んでたんだ。んで酔っぱらいながら帰ってきて…そこからは何も覚えてねぇな。」

パヲラ「そして朝起きたら?」

中年「宿から出ようと荷物整理してたら、サイフが無いことに気付いて、慌ててロビーに行って、女主人に話していたら、そこの三人も来て、全員で口論になった。」

パヲラ「ふむふむ…、ところで、あなたのサイフはどこにあったかは覚えているかしら?」

中年「確か…いつもはズボンのポケットに入れてたな。」

パヲラ「なるほど…わかったわ、ありがとうムッシュ。」

 

次に学者の番になった。

パヲラ「あなたは?」

学者「昨日は、寝るまで持ってきた本を読み漁っていた。」

パヲラ「それであなたも朝になったらサイフがないことにお気づきに?」

学者「その通りだ。」

パヲラ「サイフの場所は?」

学者「今私が着ているコートのポケットだ。」

パヲラ「ふむむ…ほかになにか、気になるようなことはあったかしら?」

学者「確か…隣の部屋から、物音がしたな。こう…何かが落ちるような音が。」

中年が口を挟んだ。

中年「俺の部屋だな…。すまん記憶がないから何を落としたのかもさっぱりだ…」

パヲラはそれを聞いた後に、学者と話を続けた。

パヲラ「それはどんな物が落ちるような音だったの?軽い音?重い音?」

学者「重い音だったな…、ドンって音が。それと転がるような音もした。」

パヲラ「なるなる…それともう一つ、おかしな質問があるわ。」

パヲラ「あなたのコートは、常に着ているのかしら?」

学者「…?確かにおかしな質問だな…。いつも着ているわけじゃないな。」

パヲラ「そう…ちなみに専門は?」

学者「地質学だ。」

パヲラ「そうなのね、わかったわ。ご協力感謝するわ。」

 

次に踊り子に話しかけた。

パヲラ「あなた…踊りが得意なのね?」

踊り子「ええ、踊りの仕事をしにこの町に来たのよ。」

パヲラ「へぇ…ここで少し、踊りを披露してくれるかしら?」

踊り子「いいわよ。」

踊り子は軽く踊りをした。軽やかな動きでリズムを刻んだ。

パヲラ「あら素晴らしいわ。美しい踊り。」

パヲラは拍手しながら続けて質問した。

パヲラ「それで本題だけど…。昨日はなにを?」

踊り子「踊りの仕事が終わった後に、この宿に来たのよ。それですぐに寝たわ。」

パヲラ「寄り道もせず、まっすぐこの宿に?」

踊り子「えぇそうよ。」

パヲラ「サイフはどこに?」

踊り子「衣装道具の中よ。」

パヲラ「なるほどねん、ありがとう、美しいダンスだったわお嬢さん。」

 

次にラクトとカムロウの番になった。

パヲラ「あなたたちは?」

ラクト「俺たちは部屋にいたぜ…。軽く雑談してから寝たんだ。特に外に出たりとかもしてねぇ。」

ラクト「サイフの場所は、カバンの中だぜ。」

カムロウ「ぼくもカバンの中に入れてたんだ。」

パヲラ「へぇへぇ…そうなのねん…。」

パヲラ「あなたたちは友達同士?」

カムロウ「うん!友達!」

ラクト「まぁ…そうだな。」

パヲラ「あらそうなのね…わかったわ、ありがとうねマフラーボーイに心優しい坊や。」

話を終えたあとにラクトがこうつぶやいた。

ラクト「……思ったよりちゃんとした事情聴取してるな、あいつ…。」

カムロウ「良い人なのかな?」

ラクト「………たぶん。」

 

パヲラはカウンター越しに女主人に質問をした。

パヲラ「ごめんなさいねマダム、あなたを疑っているわけじゃないのだけれど…。」

女主人「いえいえ、しょうがないことですよ。」

女主人「昨日の夜は、宿泊者の名簿確認、朝ご飯の仕込み、ロビーを軽く掃除して終わったわ。」

パヲラ「お仕事に精が出てるわね、尊敬しちゃうわ。」

パヲラ「ところでおサイフは?」

女主人「私は盗まれていないわ。」

パヲラ「あら幸運なことね…。いや、不幸中の幸い?この状況だとどう言えばいいのかしら?」

 

パヲラは話をし終えると振り返って、その場にいる全員に聞こえるように言った。

パヲラ「では皆さん!皆様方の部屋を見て回りますわン!ついてきてらっしゃい!」

そう言うと階段を勢いよく登って行った。中年、学者、踊り子に女主人、ラクトとカムロウ、全員ぞろぞろと後を追うように付いていく。

ラクト「……あの言動をどうにかすれば、良い人だと思うんだがな…。」

カムロウ「ぼくは見てて楽しいよ?」

ラクト「そういう問題じゃねぇんだよ…見てて気分が悪くなるんだよ。あの勢いに付いていけねぇ…。」

 

 

まず中年の男性の部屋を見た。

ベッドはぐちゃぐちゃで、机の上にカバンが開いたままだ。

中年「すまねぇ汚くて…、まさかこうなるとは思ってなくて…。」

ラクト「それはここにいる奴らも、同じ気持ちだぜおっさん?」

中年「そ、そうか…」

その会話をよそにパヲラは部屋を隅々まで調べている。

カムロウは部屋の臭いに不快感を覚えた。

ラクト「カムロウ?もしかして…お酒の臭いが苦手か?」

カムロウ「うん…好きになれない…」

カムロウ「実はこの部屋だけじゃないんだけど、ずっとこの臭いがするんだ…。この部屋は特に凄くって…」

いままで黙っていたが、かすかにお酒の臭いが、この部屋に来る前までしていた。おそらく中年の男性のお酒の臭いが抜けきってないのだろう。

パヲラ「あらん?」

パヲラがベッド下に何かを見つけたようだ。手には空のビンがあった。

中年「それは…酒場の帰りに持ち帰ったやつかもな…。」

パヲラ「確かにそう見えるわよねぇ…」

パヲラ「…ここはもうおしまい!次行きましょ!」

 

学者の部屋を見た。

ベッドの上にカバンがあり、机の上に本が山積みになっていた。

パヲラが学者に質問をした。

パヲラ「そういえば、あなたのコート、いつも着ているわけじゃないのよね?」

学者「あぁ、その話か。」

学者「昨日はそこのベッドに置いたままにしていた。」

学者はベッドを指さした。パヲラはそれを聞いてうんうんと相槌をした。

 

ラクトとカムロウの部屋の番だ。

朝のままかわらず、ラクトのカバンがそのままにされてあった。

ラクト「俺はサイフが無いことに気付いてロビーに行ったんだ。んで、ほかの三人が盗んだんじゃねぇかって言ってよ。」

カムロウ「ぼくは起きたらラクトがいなかった。」

ラクト「確かにお前はぐっすり寝てたな。」

パヲラ「ふむふむ、確かにおかしな点は得にないわね。」

彼は逆立ちしながらベッド下をのぞき込んでいた。

ラクト「…普通に探すってことはできないのかアンタ?」

 

踊り子の部屋を見た。

衣装道具のカバンだろうか、ベッドの上に置き去りのままだ。

パヲラ「ここも、何もないわねぇ…?」

パヲラは問題なしと判断した。

中年「ほかにないならココだと思ったんだがな。」

踊り子「疑っているワケ?」

中年「いやさっきまではだ!今は違う!」

パヲラは考え込む。数十秒経ったとき、口を開いた。

パヲラ「皆様?少しお時間を頂いてもよろしいかしら?」

全員に、推理する時間を求めた。

中年「まぁ、それで答えが出るんだったらな…。」

学者「…その間に衛兵が来たら?」

パヲラ「衛兵は来ないわインテリボーイ。」

女主人「えっ…?」

連絡したと言っていた女主人が驚く。

踊り子「なんで衛兵が来ないってわかるのよ?」

パヲラ「それはこれから推理することでわかるわ。」

パヲラはみんなに向かってウインクをした。

 

パヲラが推理する間、全員はそれぞれ部屋に待機することになった。

ラクトはマフラーを何回も巻きなおしていた。

ラクト「あの変な芸人さんは…ちゃんと答えを出すんだろうな?」

ラクト「ここまで来て、わかりませんでしただったら笑っちまうぜ…」

この待ち時間に耐えられないのか、それともマフラーの巻き具合が気に入らないのか、ラクトは落ち着かなかった。

 

 

 

数十分が経った頃、部屋のドアをノックする音がした。

女主人がドアを開けた。どうやら推理が終わったそうだ。

全員はまた、ロビーに集まった。

学者「それで…答えは出たのか、パヲラさん?」

パヲラ「えぇ、ばっちりよ。」

ラクト「へぇ…俺はてっきり出ないと思っていたよ。」

パヲラは振り返り、謎のポーズをしながら話をした。

パヲラ「まず犯人だけれど…この中にいるわ。」

全員に衝撃が走る。やはりこの中の誰かなのだろうか。

中年が焦りはじめる。

中年「お…俺じゃないぞ!」

パヲラ「お待ちなすってムッシュ…まだ話は終わっていないわ。」

パヲラは話を続ける。

パヲラ「まず犯人はサイフを盗んだことは確実だわ。でもそれは完璧な方法で。」

パヲラ「誰もが接近されたことに気付かずにサイフを盗んだのよ。足音一つ立てず、ドアも開けずにね。」

学者「ドアも開けずに?どうやって盗んだのだ。部屋を入るにはドアを開けなければいけないだろう。」

パヲラ「えぇそうよ、ドアも開けずに盗んだのよん。泥酔して寝ているムッシュ、集中して黙読しているインテリボーイ、二人仲良く寝静まったボーイの部屋からも盗んだのよ。」

パヲラはそう言い終えると、指を指しながらこう言った。

パヲラ「でも盗まれていない…いや、そもそもサイフ自体を持っていない人がいるのよ。あなたが犯人よお嬢さん。」

指は踊り子を指していた。

踊り子「わ…私!?無理でしょ!物音立てずにドアを開けるなんて!?」

パヲラ「そうよ、普通は無理よ…。でもあなたはそれが出来た。」

踊り子「はぁ!?どうやって…」

パヲラ「えいっ。」

パヲラは指から小さい火の魔法を放った。すると踊り子の体が勢いよく燃え始めた!

踊り子「あああああああっついいいいいい!!!」

中年「おいおい!あんた何してんだ!」

学者「いきなり人を燃やすなんて…お前じゃないのか犯人は!」

ラクト「あ…アイス(氷魔法)!火消し!火消し!」

ラクトが氷魔法を、女主人が慌てて水の入ったバケツを踊り子にぶちまける。

 

なんとか火が消えたところで踊り子が口を開いた。

踊り子「な…何するのよ、死ぬところだったじゃない…!」

パヲラ「あなた人間じゃないわよね?」

踊り子「えっ…!?」

全員が絶句した。この踊り子が魔物という答えは予想を超えていた。

中年「ど…どういうことだよ!わけがわかねぇよ!」

パヲラ「わかりやすく説明するわムッシュ、このお嬢さんはスライムよ。」

中年「はぁ!?」

パヲラ「スライムの体なら、ドアの隙間を通って部屋に侵入できるし、ゆっくり動けば物音を立てずに近づけれるわ。それでみんなのサイフを盗んだの。」

パヲラ「でもあなたは最初にムッシュに部屋に侵入をしたときにミスをしたわ。ムッシュが持ち帰ったお酒のビンを机から落としてしまったのよ。」

踊り子「でもそれがなんだっていうのよ…!落ちた音なんて何とでも説明できるわ!」

パヲラ「それはあなたからお酒の臭いがするからよ。」

パヲラ「あなたは慌てて落としたビンをベッド下に転がした。でも焦っていたのか、落とした時にこぼれたすこしのお酒が、あなたの体に付いてしまったことに気付けなかったのよ。」

学者「あの落ちた物音と転がした音は、その時の音だったのか…!」

パヲラ「それにお酒の臭いがするのはあなただけじゃないわ、インテリボーイもよ。正確にいうならインテリボーイのコートから臭いがするわ。」

ラクト「へぇ…、学者さんのコートからもサイフを盗んだときに、スライムの粘液が付いちまったってわけか、全部スライムなら話が通る話だな…。」

パヲラ「何より私が放った火はとても勢いよく燃え始めるほどの火じゃなかったわ。あなたの体にお酒がないっていうのなら、どう説明するのかしら?」

踊り子「………」

踊り子は黙ってしまった。するとみるみるうちに体が溶け始めた!

スライム娘「…あのときビンを落とさなければ、見破られることはなかったのに!」

学者「本当に魔物だったのか…!」

ラクト「ひいいい!殺される!」

その場はパニックになった。まさか魔物だとは思わなかったのだ。

パヲラ「お待ちなさい!まだ話は終わってないわ!」

パヲラの一喝で静まり返る。みんな冷静を取り戻す。

ラクト「ま…まだ!?いやどうみてもこいつが犯人じゃ…」

パヲラ「共犯者がいるのよ…そもそもこの宿は、最初から仕組まれていたのよん」

パヲラ「サイフが盗まれたと騒ぎを起こさせて、衛兵が来ると安心させる。でも衛兵は来ない、だから一日無料にして泊まらせて、その間に泊まった男性の寝込みを襲う。」

パヲラ「マダム、そういう魂胆だったんじゃないの?…いや、マダムに化けた魔物さん?」

女主人「…なぜ私が魔物だとわかったのです?」

女主人が姿を変え、巨大な貝があらわになった!

パヲラ「あたし、そもそもここの宿に泊まってないもん。」

ラクト「はあっ!?お前、サイフ盗まれたんじゃないのかよ!?」

パヲラ「あれも嘘よ、あたしのサイフはここにあるわ。」

そういうとハートマークの付いたハデなサイフを取りだす。

パヲラ「マダムは昨日、名簿の確認をしたと言っていたわ。なら宿泊者のことなんて覚えているはず、特に私のような可憐なレディが宿に泊まっていないなんてことも把握しているはず…。」

ラクト「おいこいつ自分のこと女って言ったぞ男なのに。」

パヲラ「けどあなたは私を疑わなかった。それもそのはず、昨日の夜に本物のマダムと入れ替わったから、宿泊者の把握なんて最初からしていなかったのよ。」

パヲラ「年貢の納め時よ、魔物のお嬢さんたち?」

貝娘「それはどうかしら…?」

貝娘は触手を伸ばすと、ラクトの体をつかんだ。

ラクト「へっ?」

するとスライム娘と共に勢いよく窓を割り逃げていった!

ラクト「いやああああ!誰かお助けええええ!!!」

カムロウ「ラ…ラクト!?」

カムロウはラクトの後を追いかけようとする。

パヲラ「大丈夫よ坊や、まずは衛兵に連絡しないと…。」

パヲラはカムロウを呼び止めた。しかしカムロウは制止を振り切って宿を飛び出した!

パヲラ「ぼ…坊や!?だめよ!戻ってきなさい!?」

パヲラが再び呼び止めようとしたが遅かった。

すでにカムロウは魔物の後を追っていた…。

 

 



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第5話 二人VS二人

カムロウは魔物たちを追って路地裏に入っていた。

遠くからラクトの助けを求める声が聞こえる。

なんとか走って追いつこうとする。

その時、ラクトが動いた。

ラクト「調子に…のんなよ!」

ラクト「ウインド(風魔法)!」

手から風の衝撃波が放たれる。貝娘は怯み、思わずラクトを離してしまう。

ラクトは乱雑に地面に放り出された。

ラクト「わにゃっ!あでッ!いだっ!」

カムロウ「ラクト!大丈夫!?」

放り出されたラクトにカムロウが追い付く。

ラクトの体は擦り傷だらけになっていた。ついでに舌を噛んでしまったらしい。

ラクト「いてぇ…最悪だぜ…」

カムロウ「ヒールパウダー(回復魔法)!」

母から教わった回復魔法をラクトに放つ。光の粉がラクトを包み、擦り傷だらけの体がみるみるうちに回復していく。

ラクト「おぉ!さすが相棒!最高だぜ!」

ラクトは体の傷が治り、調子を取り戻したらしい。

喜んでいるのも束の間、さっきの魔物二人が目の前に立ちふさがった。

貝娘「まぁ…あなたたち二人だけでも持ち帰れば…」

スライム娘「十分元は取れるよね!」

どうやらカムロウとラクトを攫うつもりらしい。

するとラクトは、カムロウを置いて逃げ出した。

ラクト「悪い相棒!ここはまかせたぜ!」

風のように走っていき、すぐに見えなくなってしまった。

貝娘「お友達、尻尾巻いて逃げちゃったわね?見捨てたのかしら。」

スライム娘「弱虫ってところかな?ずっと泣きわめいていたし。」

…弱虫?その言葉が引っ掛かった。ラクトのことを弱虫って言ったのか?

カムロウ「ラクトを…!ラクトのことを…馬鹿にしたな!?」

確かに彼は、ぼくを置いて一目散に逃げだす。一緒に戦ってくれない。でもぼくのことを見捨てたりはしなかった。戦いが終わったあと、必ずそばにいてくれた。褒めてくれるし、優しかった。

それにラクトは友達だ。初めてできた友達なのだ。それを弱虫と呼ばれたことが許せなかった。その発言はカムロウの逆鱗に触れた。

カムロウは剣を抜いた。この二人を倒すまで逃げるつもりはない!

 

 

 

スライム娘と貝娘があらわれた!

 

 

カムロウは怒りのまま真っ先に、スライム娘に斬りかかった。

一撃じゃだめだ。すぐ再生してしまう。だから「風薙ぎ(かぜなぎ)」を斬った直後に放つのだ。

カムロウ「はあっ!」

スライムの体を斬った。すかさず準備し放つ!

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)!」

風の塊がスライム娘に向かって放たれた。

しかし直後に、貝娘が庇ったことで攻撃は防がれてしまった。

貝娘は貝に閉じこもり、まるで効いているようには見えなかった。

貝娘「生半可な攻撃は、私には通用しないわよ?」

どうやらあの貝は相当硬いようだ。「風薙ぎ(かぜなぎ)」が通用しなかっただ。

カムロウは渾身の攻撃が効かなくてすこしうろたえた。

スライム娘「よそ見しないで!」

スライム娘の粘液が飛んでくる。

カムロウは盾で防いだが、力を強すぎて防御の姿勢を崩してしまった。

貝娘「そこっ!」

貝娘の触手が飛んでくる。その触手はカムロウの腹に直撃した。

カムロウはあまりの力に吹き飛ばされた。そして地面に転がる。痛みが腹からじんじんと体に滲み始める…。

さっきまでの怒りはどこにいったのか、一気に劣勢になってしまった。

今思えば、あっちは二人に対し、こっちは一人だ。戦力差ははっきりしていたのだ。

痛みで立てないでいると、じりじりと魔物が近づいてくる。

貝娘「弱いわね…楽勝♪楽勝♪」

スライム「さっさとトドメ指して、町から逃げよ!」

貝娘の触手が迫ってくる。

まだ痛みで立てない、立てないどころか盾すら構えれない。

だめだ…やられる!

カムロウは来るべき痛みに備えて目をつむった。

 

 

 

 

 

???「お待ちなサマーソルトキック!」

宙返りの足技で触手を弾き飛ばし、カムロウの目の前に立った。

???「貸しを返しに来たわよ坊や。」

その声の主は、あの奇抜な恰好をした大道芸人のパヲラだった。

カムロウ「パヲラさん!?どうしてここが…」

パヲラ「マフラーボーイが逃げてきたからどこにいるかって聞いたのよ。」

パヲラ「友人のためなら、制止を振り切って助けに行くなんて、泣かせるわね全く。」

貝娘「あら、名探偵さんじゃない?」

魔物たちが近づいてきた。

スライム娘「ちょうどいいわね…あんたのせいで全部台無しになったんだから。」

貝娘「借りを返してもらおうかしら…!」

パヲラ「へぇ…ずいぶん強気じゃないのお嬢さん方?」

パヲラは格闘の構えをし始めた。

パヲラ「あんたら…返しなさいな…!心優しい坊やのサイフを!」

カムロウ「え…パヲラさんも戦うの?」

パヲラ「あたしは元々格闘家なの、戦うことは得意中の得意よ!」

どうやらパヲラも一緒に戦ってくれるらしい。

カムロウはやっと痛みが引いたため立つことができた。

パヲラ「そういえば名前を聞いてなかったわね坊や、お名前は?」

カムロウ「カムロウ!」

パヲラ「改めてよろしくねカムロウちゃん!」

頼もしい味方の登場に、カムロウは元気づけられた。そして再び剣を構えた。

パヲラ「さぁ、かかってらっしゃい!」

戦いの火蓋が切って落とされた!

 

カムロウとパヲラ、貝娘とスライム娘。

互いに2対2だ。

しかしカムロウは不安に思っていた。

いくら2対2といっても、自分は戦闘経験が少ないほうだ。

これだとパヲラさんが強くても…。

パヲラ「1対2と同じ…って顔してるねい?カムロウちゃん。」

心を読まれたと思ってカムロウはびっくりした。

パヲラ「それは相手も同じよ…あのスライム娘、さっきあたしが燃やしちゃったから、体力は半分もないはずよ。」

パヲラ「あっちの貝娘はあたしがやるわ。代わりにスライム娘をまかせちゃってもいいかしらん?」

カムロウ「うん!まかせて!」

 

カムロウはスライム娘の前に立った。

スライム娘「私とやる気?お友達と同じように逃げたほうがいいんじゃないかな?」

カムロウ「それは…君にも言えることだ!」

スライム娘は粘液を飛ばしてきた。カムロウはそれを避けながら近づいていく。

スライム娘「そんなに近ければ当てやすいよ!」

大玉の粘液がカムロウに向かって放たれた。

カムロウは盾を前に構えながら突進し、大玉の粘液を弾き返した!

スライム娘「はあっ!?」

そのまま突進の勢いは止まらず、スライム娘に体当たりした。

スライム娘は、まさか弾き返されるとは思っておらず、避けることができなかった。

スライム娘「うげっ!」

そのまま後ろにのけぞった。

カムロウ「せいやぁ!」

その隙に、スライムの体に斬撃を浴びせる。…斬ったところの体の再生スピードが遅い?

パヲラさんの言う通り、体力が少ないことがわかった。それならこっちも十分に戦える!

スライム娘「このぉ!」

再び粘液飛ばしをしてきた。

カムロウも負けじと、その粘液を斬ったり避けたりしながら戦いを続けた。

 

パヲラ「あら、やるじゃない。カムロウちゃん。」

パヲラはその一部始終を眺めていた。

貝娘「よそ見してる場合?」

貝娘が触手を伸ばす。しかしパヲラは軽やかにそれらを避けた。

パヲラ「その触手で身動きを封じようって考えでしょ?」

貝娘「くっ…!」

パヲラ「こんどはあたしの番よ!」

全力疾走し、一気に貝娘との距離を詰める。そして跳び蹴りを放った。

貝娘「その程度の攻撃!」

貝娘は貝に閉じこもり、その攻撃を防いだ。

貝娘「私の貝は硬いわよ…。武器もなしで壊そうだなんて無理な話よ。」

パヲラ「確かに壊れそうにないわねい…」

貝娘の貝は確かに硬そうだ。大砲でも壊れるかどうかはわからない。

パヲラ「じゃあもっと骨のある攻撃なら壊れるのね?」

パヲラは正拳突きの構えをしながら再び近づいた。

貝娘「そんなあからさまな攻撃…」

貝娘は再び貝に閉じこもり、鉄壁の防御の姿勢になった。

パヲラ「あら、あからさまだからこそ避けるべきだと思うわよ?」

パヲラの拳が輝き始めた!そして輝く拳で正拳突きを放った!

パヲラ「ボディ(こん)!」

貝娘「!?」

さっきまでびくともしなかった鉄壁の要塞が、後ろに吹き飛ばされた。

貝娘は防御の姿勢を解くと、頭から血を流していた。

貝娘「何をしたの…!」

その目は怒りを覚えており、パヲラを睨みつけていた。

パヲラ「拳に魔力を込めて殴っただけよう?」

貝娘「魔力…!?」

パヲラ「ええそうよ。あたしの拳法は、このあたし自ら考案した、格闘術と魔法のハイブリッド!その名も魔導拳(まどうけん)!」

パヲラ「魔力を攻撃と同時に開放させることで、爆発的な威力を発揮するのよん!画期的でしょう?」

貝娘「そう…でも次はそうはいかないわよ!」

貝娘は触手を振り回した。

パヲラ「男の型・酔いどれ男優(よいどれだんゆう)

パヲラは酔っぱらったかのような動きをし、その触手を次々と回避した。

貝娘は必死に触手を当てようと振り回すが、酔いが回ったかのような予測できない動きに、逆に翻弄されている。

するとパヲラが触手を左手で掴んだ。

貝娘「なっ!?」

パヲラ「さっきから邪魔なのよこれ!」

パヲラは右手を手刀の形にした。手から燃え盛る炎が噴き出した!

パヲラ「魔導拳・手刀「斧」(まどうけん しゅとう おの)!」

パヲラ「バーンアックス(燃え盛る斧)!」

火炎を纏った手刀が触手を切断した!

貝娘に激痛が走った。切られた触手は黒焦げになっていた。

貝娘「ああああ!!!よくも…よくも!」

貝娘は顔を真っ赤にし、怒りに打ち震えた。

パヲラ「攻撃手段の触手がこれじゃ、もう攻撃なんてできないわねい。」

貝娘「まだよ…まだ終わってないわよ!」

貝娘は貝に閉じこもり、パヲラに向かって回転しながら突進してきた。

どんどんスピードが上がり、とても避けられそうにないほどの勢いで近づいてくる。

貝娘「その拳法がどれだけ強くても、これを止めれるなんで無理でしょう!?」

パヲラ「つまり強いことは認めたのねい?」

パヲラは避けようともしなかった。その間に互いの距離はどんどんを詰められていく。

パヲラ「逃げ出してくれれば、あなたは痛い目に合わずに済んだのよう…」

パヲラ「戦場の基本の「き」…決して相手を侮るべからず!「ほ」相手の情報は蓄積せよ!「ん」大技はここぞで使え!」

パヲラ「人間を捕食の対象…格下だと思って侮っていた時点で、あなたの敗北は決まっていたの!」

パヲラは迎撃の構えを取り、手に魔力を込め始めた。

そしてその魔力は次第に手から溢れるほどのオーラを纏わせた!

パヲラ「魔導拳奥義…」

パヲラ「鎧砕き(クラッシュボーン)!」

そしてその手で貝娘の突進を受け止めた。手の魔力は貝娘の体に浸透し…次第に内側から爆発した!

貝娘「あああああああ!!!」

内側からの攻撃に耐えきれなかった貝娘はその場に倒れた。

パヲラ「…ところで貝に、砕ける骨ってあるのかしらん?」

パヲラは手をハンカチで拭きながらそうつぶやいた。

貝娘とパヲラの戦いは、パヲラが勝利した。

 

 

カムロウ「すごいや…パヲラさん。」

カムロウはそれを我を忘れて見ていた。

スライム娘「隙あり!」

スライム娘がカムロウの体にまとわりついた!

スライム娘「捕まえた!もう逃げられないね!」

カムロウ「はーなーれーろー!」

思い切り暴れてもがいた。粘液が飛び散り、なんとか抜け出した。

カムロウ「ぜぇ…ぜぇ…」

そういえばさっき攻撃を食らってしまってそのままだ。回復魔法は、傷こそ治るが、体力が回復することはない。このまま消耗戦ともなればこっちが負けそうだ。一気に勝負を決めるしかない。しかし、それはスライム娘も同じだった。

スライム娘「はぁ…はぁ…」

飛び散った体がゆっくり修復される。

おそらく次で決まるだろう。カムロウは剣をしっかりと握った。

 

カムロウ「だあああああ!!!」

先に仕掛けたのはカムロウだった。剣を構えながら走りだした。

スライム娘「捕まえやすい動きね!」

スライム娘は自身の粘液を広げた。さながら波のような壁を形成し、カムロウを捕まえようとした。

粘液の波がカムロウに迫る…しかし。

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)!」

風薙ぎ(かぜなぎ)を地面に向かって放ち、空高く飛び上がって回避した!

スライム娘「えぇ…!?」

まさか飛び上がって避けられるとは思わず、視線を上にあげた。

その一瞬で勝敗がついた。

カムロウ「はああああああああ!!!」

カムロウは剣を両手に持ち、全体重を乗せてスライム娘に向かって落ちてきた!

その剣は、スライム娘の顔を貫いた。

スライム「あ……あ……」

スライム娘の体がその場でぼたぼたと崩れ始める。そしてもう動くこともなかった。

 

空が赤く染まり始めたころだった。

カムロウが勝利したあとに、パヲラが喜びながら近づいてきて、カムロウの体を抱きしめた。

パヲラ「さすがよん!カムロウちゃん!」

パヲラ「んもうすごいわ!チューしちゃう!んまっ!んーまっ!」

カムロウ「く…くすぐったいよパヲラさん…」

熱烈なキッスはくすぐったかった。

カムロウ「パヲラさんもすごかったよ!ぼくなんてなにも…」

パヲラ「いーや?カムロウちゃんがあの時飛び出してくれたから、カムロウちゃんのお友達も助かったし、あたしもこうして駆けつけることができたのよん!自信を持ちなさい。あなたの勇気はすっばらしいわ!」

その言葉を聞いてカムロウは照れた。こんなに褒められるとは思わなかった。とても嬉しかった。

ラクト「いたぞー!おーい!」

遠くからラクトの声が聞こえた。数人の衛兵を連れてこっちに向かってきた。

衛兵「お前か魔物は!」

衛兵「確かに怪しい姿をしている!」

衛兵「その子どもから離れろ!」

パヲラ「えっあたし!?誤解よゴカイ!あたしじゃないわ!」

ラクト「あー…まぁこいつも似たようなもんだな。」

カムロウ「違うよ!誤解だよ!魔物はあっち!」

カムロウは必死に弁明し、向こうでぐったりして倒れている魔物を指差した。

衛兵「あぁすまないあっちか!」

衛兵たちは魔物に向かっていった。

カムロウ「あの魔物さんたちどうなるの?」

ラクト「殺しはしないらしい、おそらくこの町から追い出されるだろうな。」

ラクト「そうだカムロウ、お前らが戦っているときなんだが…」

 

カムロウたちがいない間の宿の状況について説明してくれた。

どうやらあの後、宿にいた人たちが本物の女主人を見つけたそうだ。拘束された状態で物置にいたらしい。さらにそこに盗まれたサイフもあったそうだ。

パヲラ「どうやら一件落着ってわけねい?」

ラクト「まぁそうだな。いやぁ相棒よくやった!お前を信じてよかったぜ、いやぁ助かった助かった…」

パヲラ「あんたカムロウちゃん置いて逃げ出したんでしょうが!」

パヲラはラクトに向かって跳び蹴りを放った。

ラクト「ぎゃああああああ!!!」

カムロウ「ちょ…パヲラさん!」

パヲラ「ふん!カムロウちゃんの優しさに免じて、これくらいで勘弁してやるわ!本当だったら半殺しにしてやるところよう!」

ラクト「そ…そうでふか…」

ラクトは地面に突っ伏したまま返事をした。

パヲラ「そんなことよりカムロウちゃん!疲れちゃったわよねい?早く宿に帰りましょ!さぁさぁ早く早く!」

パヲラはカムロウをぐいぐい押しながら、カムロウたちが泊まっていた宿に向かいはじめた。

ラクト「俺を…置いて行くなよ…」

ラクトは跳び蹴りの痛みが抜けきってないのか、匍匐前進しながら追いかけた。

 

 

 

 

夜になり、カムロウたちは宿の部屋にいた。パヲラも一緒の部屋に泊まることにしたらしい。

パヲラ「はうっ!なんて健気なのカムロウちゃん!」

カムロウが旅に出た理由を聞いて、パヲラは鼻水をたらしまくりながら大号泣をしていた。

ラクト「…そんなに泣くか?顔拭けよ、人間の顔してねぇぞ。ただでさえ化け物なのに。」

パヲラ「だって…だってこんな話聞いて涙しないやつなんていなくぁwせdrftgyふじこlp。」

ラクト「言葉を喋れ言葉を…」

パヲラ「波乱万丈な出来事があったのにも関わらず…あたしにあんなにあったかい心遣いをしたのよう!なんてたくましい子なのカムロウちゃん!」

パヲラは何度も鼻水をかみ、涙を拭いた。それでも涙は決壊したダムのように流れでていた。

カムロウ「それで…ぼくたち、イリアス大陸に行きたくて…」

パヲラ「おうっ…おうっ………んえ?イリアス大陸?おうっ…おうっ…」

パヲラ「残念だけどイリアス大陸行きの船はないわよ。」

パヲラはキリッとした顔でそう言った。

ラクト「うわぁ!いきなり落ち着くなぁ!」

カムロウ「イリアス大陸行きの船がないってどういうことですか!?」

パヲラ「なんでも沖に出ただけで必ずと言っていいほど嵐が発生するらしいのよ。そのせいで往復便は出てないの。」

ラクト「じゃあイリアス大陸に行くことは無理か…。まぁ別に引き返しても…」

カムロウ「………」

カムロウはひどく落ち込んだ。もしかしたら薬があるかもしれないのに、行くことができないだなんて…。

それを見かねたパヲラがこう言った。

パヲラ「決めたわ!あたし!カムロウちゃんに付いて行くわ!」

それを聞いたカムロウは顔を明るくした。

カムロウ「え…いいんですが!?」

パヲラ「もちもちのもちろんよんカムロウちゃん!なんとしてでも薬を見つけ出すのよう!」

パヲラはラクトに近づき耳打ちした。

パヲラ「(あんたがカムロウちゃんを利用するのが気にくわないのもあるけど。)」

ラクト「な…なにぃ…?」

ラクト「(く…くそぉ…こんな変なやつが付いてくるなんて…俺様のお金がっぽがぽ計画が…とほほ…)」

ラクトはしょんぼりした。

ラクト「お…俺はここでお別れだな…、いやぁ楽しかったぜお前との旅…」

パヲラ「あんた行くあてあるの?」

ラクト「う…それを言われるとないけど…」

パヲラ「じゃあ付いて来なさいよあなたも!」

パヲラはラクトの首を絞めた。

ラクト「うぎゃああああ!!!わかった!付いてく!付いてく!」

それを聞いてパヲラは手を離した。

ラクト「はぁ…はぁ…。でもよ、どうやってイリアス大陸に行くんだよ…?」

パヲラ「それは私にまかせなさい!考えがあるのよう!」

ラクトはその言葉を聞いて疑問に思った。

ラクト「ん?考え?方法じゃなくて考え?」

パヲラ「そうよ?」

ラクト「うーん…いやな予感がするな…?」

パヲラ「まぁ楽しみにしてらっしゃい!今はこの体を休めることが優先ねい!おやすみなさい!」

そういうとパヲラはベッドに横になった。どういうわけかすぐに寝てしまったようだ。

ラクト「こいつ…一体何なんだ…。変人すぎるぜ…」

カムロウ「ぼくたちも寝よっか、ラクト。」

カムロウは寝る準備をした。

ラクト「最悪だぜ…なんでこんな奴が一緒に…明日になって欲しくねぇぇ…」

カムロウは横になり、今日一日で蓄積した疲労を回復するべく寝た。

 

画期的か変人か、魔導拳を駆使する大道芸人のパヲラが旅に付いてくることになった。

しかしイリアス大陸行きの船はない。どうやってイリアス大陸に行くのだろうか?

パヲラの考えとはいったい何なのだろうか?

 



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第6話 イリアス大陸へ

朝になり、カムロウたちは港にいた。

イリアス大陸の往復便があるはずの区域は、寂れた様子だった。

ラクト「ずいぶん寂れてるぜ…それほど長い期間、往復便が出てないってことか。」

ラクトはそう言うとパヲラに話しかけた。

ラクト「それでどうやってイリアス大陸に行くんだ?いくらなんでも船は無理だろ?」

パヲラ「船は無理なのはわかりきってるわよラクト。ちょっと待ってて頂戴。」

そういうとパヲラはカムロウたちから離れ、近くの船乗りに話しかけた。

カムロウ「パヲラさんの考えって何だろうね、ラクト。」

ラクト「船が使えないのがわかってるってんなら、今更どうするつもりなんだが…」

ラクトは地面に寝っ転がった。

ラクト「まぁ待ってやるか…。どうせ無理だろ。」

 

 

少し経ったころ、パヲラが戻ってきた。

パヲラ「はーい?準備できたわよみんな!」

ラクト「はあ!?出来ただぁ!?」

寝っ転がっていたラクトが驚いて飛び上がった。

まさかイリアス大陸に行く方法があるとは思わなかったからだ。

カムロウ「イリアス大陸に行ける方法が見つかったんですか!?」

パヲラ「えぇもうばっちり!それじゃ、はいこれ。」

パヲラは二人に何かを手渡した。

カムロウ「?」

ラクト「?」

カムロウ「何ですかこれ?」

パヲラ「ヘルメット。」

ラクト「ヘルメット!?トンネルでも掘れってんのか!?」

パヲラ「まぁまぁ、ついてらっしゃい。」

ヘルメットを被りながら、二人はパヲラに付いて行った。

 

ラクト「…おいおいこれは……どういうことだぜ?」

彼らの目の前にあったのは、一門の大砲だった。

ラクト「あのな…俺たちは芸人でもなければ、サーカス団でもないんだぜ?まさか、この中に入って飛べなんて言わねぇよな?」

パヲラ「そのまさかよ。画期的でしょ?」

ラクト「どこがだよ!狂人の域だぞアホ!」

三人でこの大砲に入り、イリアス大陸に向かって飛ぶというのがパヲラの考えらしい。

大砲の衝撃吸収、飛行中の軌道修正、着地はパヲラがしてくれるそうだ。

ラクト「いやどうやってだよ!↑の説明どういうことだよ!」

パヲラ「船旅だめなら空の旅。これ以外に方法はありはしないわよ。」

カムロウ「空の旅かぁ…楽しそうだね!」

ラクト「だめだ…俺はこいつらといると早死にする…」

パヲラ「さぁさぁ入った入った!せっかく準備してくれた船乗りのお兄さんを待たせちゃいけないわ!」

カムロウ「はーい!」

ラクト「いやだあああ!俺はまだ死にたくないいいい!」

大砲にカムロウが先に入り、パヲラにずるずると引きずられたラクトが強引に入れられ、最後にパヲラが入った。

パヲラ「さぁお兄さん!火、お願いね!」

船乗りはその光景に驚きながらも着火の準備をする。

ラクト「…なぁ、俺降りてもいいか?」

カムロウ「だめだよ、ラクトを置いて行くわけにはいかないよ。」

パヲラ「カムロウちゃんの言う通りよ、男なら覚悟決めなさい。」

ラクト「わかったよ!行けばいいんだろ行けば!」

導火線に火が付けられた。みるみるうちに火が走っていき、とうとう発射まであとわずかになった。

ラクト「…やっぱりなしでいい?」

ラクトがそう言った瞬間、火薬が爆発した。

大砲から3人が勢いよく射出された。

パヲラ「フォルテッシモーーー!!!」

カムロウ「わああああああ!!!」

ラクト「ぬわああああああああああ!!!」

3人は空の彼方に飛んでいった。ラクトの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

ラクト「ああああああああ!!!」

イリアス大陸の海岸に、激しい地響きと爆発音がした。

土埃が空高く舞い、その中心にはクレームができていた。

そこにはパヲラにお嬢様抱っこされたカムロウと、その後ろで痙攣しながら倒れこんでいるラクトがいた。

パヲラ「無事到着したわねい!どうかしらあたしの「魔導拳」!魔力で肉体を強化することでこんなことまで出来るのよう!」

そういうとカムロウを下に降ろした。

カムロウ「すごいよパオラさん!ぼくたち鳥みたいだったよ!」

初めての体験にカムロウは興奮が止まらないようだ。

その後ろで息も絶え絶えなラクトがこうつぶやいた。

ラクト「こいつ…いつか絶対コロす…」

 

 

 

墜落地点から徒歩で、イリアス大陸の港町のイリアスポートに着いた。

しかし活気はなく、少し寂れた様子だった。往復便が出ていない影響だろうか。

ラクト「ホントにイリアス大陸に着いたんだな…ここを見ると改めて実感するぜ。」

腰に手を当てながらラクトはそう言った。さっきカムロウに回復魔法をかけてもらったばかりだが、まだ落下の衝撃がまだ痛むらしい。

パヲラ「みんな?あたしたちの目的はなんだったか覚えてるかしら?」

ラクト「そりゃあ…薬探しだろ?重症でもたちまち治っちまうようなすごい薬をよ?」

忘れてはいけない、カムロウの旅の目的だ。

パヲラ「そのためには情報収集よん!人に聞くことが一番なのよ!」

ラクト「あぁ…確かにそうだな。」

カムロウ「でも…そんな薬、知っている人いるのかな…」

パヲラはカムロウの目線に合わせるよう屈んだ。

パヲラ「あきらめちゃだめよカムロウちゃん。どんなに絶望的でも、針の穴ほどの突破口は必ずあるんだから!」

その言葉を聞いて、カムロウは安心した。

カムロウ「そうだよね…あきらめちゃいけない!ありがとうパヲラさん!」

パヲラ「ふふふ…どういたしまして。」

ラクトが頭を掻きまわしながらこう言った。

ラクト「んじゃ、俺は酒場とか行って聞きまわってくるわ。」

そう言うとカムロウたちから離れ、路地裏に消えていった。

パヲラ「それじゃあたしたちは薬屋さんに聞きに行きましょ!」

カムロウ「うん!」

こうしてカムロウたちは情報収集を開始した。

ラクトは酒場を、カムロウとパヲラは薬屋を中心に聞きに回った。

 

…しかしめぼしい情報は見つからなかった。

再び集まったカムロウたちは、町のレストランの外のテーブルで昼食を取っていた。

ラクト「わりぃ…大した話は見つかんなかったぜ。」

カムロウ「こっちもだよ…ここにはないって。」

ジュースを飲み干しながらお互いの収穫を報告していた。

パヲラ「まぁまぁ、まだ終わったわけじゃないわよ。」

パヲラがミルクティーを飲みながらそう答えた。

ラクト「これからどうするんだ?こっちじゃ大方、イリアスベルクならどうだって話だぜ。」

パヲラ「そうでしょう?だからイリアスベルクに行こうと思ってるの。」

ラクト「じゃ、決まりだな。」

ラクトが会計をしに、席を立った。

その間に、カムロウは純粋な質問をパオラにした。

カムロウ「パヲラさん、イリアス大陸とか、イリアスポートとか、イリアスベルクの名前にある、「イリアス」ってなあに?」

パヲラ「あらん、カムロウちゃんは知らなかったのねん。」

パヲラはティーカップをテーブルに置くと、ラクト帰ってくる間に、カムロウにわかりやすく説明した。

パヲラ「イリアスっていうのは、この世界を創った女神イリアス様のことよん。それでこの大陸は、イリアス様のことが大好きな人たちにとっては大事な場所なの。」

カムロウ「みんな大好きだから、イリアスって名前が付いてるの?」

パヲラ「そういうことよん。詳しい話は、まだカムロウちゃんには分かりづらい話だから、そのことを覚えているだけでも十分よん。」

そう会話をしているとラクトが帰ってきた。

ラクト「会計終わったぞ。」

パヲラ「わかったわ。行きましょカムロウちゃん。」

3人は席を立ち、イリアスベルクに向かうべくレストランを後にした。

 

 

 

イリアスベルクまでは馬車に乗って移動することになった。

他に乗る人はおらず、荷台の中はカムロウとラクトとパヲラの3人だけだった。

パオラ「イリアスベルクに着くまでは、あたしのウルトラスーパー授業をするわよ~ん!準備はいいかしら~?」

カムロウ「はーい!」

カムロウはまだ社会の常識や戦術について全く知らない。そこでパヲラは足りない知識を、イリアスベルクに着くまでの間で出来る限り教えることにした。もちろんこれからも時間が空いたときに教えるつもりだ。

パヲラ「あんたも受ける?」

ラクト「俺はいいや。」

 

 

軽く社会常識について教えたあとに、パヲラは戦術を教え始めた。

パヲラ「カムロウちゃん、今から教えるのは「戦場の基本」の教えよん。」

カムロウは真剣な表情で聞いていた。

 

パヲラ「戦場の基本は、き・ほ・んの3つ。き「決して相手を侮るべからず」、ほ「相手の情報は蓄積せよ」、ん「大技はここぞで使え」。」

 

パヲラ「決して相手を侮るべからずは、どれだけ自分が強くても慢心したり調子に乗ったりしないこと。常に相手を警戒しつつも、敬意、尊敬の念を忘れないこと。ま、注意しろってことねい。」

 

パヲラ「相手の情報は蓄積せよは、相手の行動を観察して弱点を見つけること。使えそうな技術は自分の物にすること。これは情報は武器っていう考えでの教えよ。どれだけ無敵に見えても、情報を蓄積していけば突破口が見つかる可能性があるって意味でもあるわ。」

 

パヲラ「大技はここぞで使えは、強大な力を使うときは周りに注意するって意味よ。打開策代わりに大技を使っても、二次災害が起きてもっと事態が悪化する恐れがあるから、使うときは冷静かつ慎重に、事態を見極めて使うこと。まぁやたらめったに大技を使っても、無駄に体力を消耗しちゃうから気を付けてねってわけ。」

 

パヲラ「この3つが「戦場の基本」よん。よーく覚えておきましょう?」

話を聞き終えたカムロウは難しい顔をした。

カムロウ「うーん…なんとなくわかった気がするけど…よくわかんないや…」

パヲラ「良いのよカムロウちゃん、ゆっくり覚えていくことが大事よ。人は急には覚えることなんでできないもの。」

それを本を読みながら聞いていたラクトが口を挟んだ。

ラクト「なんか…お前に似合ってない講座だな。」

パヲラ「なによ、似合ってないってメイクのこと?」

ラクト「服もだよバカヤロー。」

パヲラはラクトが呼んでいる本に目を向けた。

パヲラ「あんたこそ何読んでるのよ。」

ラクト「魔導書。古本市で買った。」

パヲラ「へぇ、あなた魔導書なんて読むの。」

ラクト「なんだよ…意外か?」

パヲラ「金のことしか考えてないと思ってたわ。」

カムロウ「ぼくも。」

ラクト「そろいもそろってお前らなぁ…」

その間も、馬車は荷台を揺らしながらイリアスベルクに向かっていった。

 

 

 

一行は夕方ごろにイリアスベルクに到着した。

イリアス大陸の最大の町というだけあって、日没も近いというのに人で賑わっていた。

三人は馬車から降り、広場に出た。

ラクト「あのよ、考えたことがあんだけどよ。」

到着して早々、ラクトが提案をしてきた。

ラクト「俺は人に聞くより、本で探してみることにするぜ。ついでに宿も探してくる。」

手には何冊か薬草学に関する本を持っていた。

パヲラ「あんた…薬草から見つけるつもりなの?」

ラクト「わざわざ薬じゃなくていいだろ。どんどん候補を見つけて、そん中から決めるってのもありだぜ?」

それを見ていたカムロウが、ばつが悪そうに言った。

カムロウ「…ありがとう、ラクト。本当はぼくが探すべきなのに…」

ラクト「なんだよ、そう落ち込むなよ。」

ラクトは笑いながら言う。

ラクト「むしろこっちがありがとって言いてぇよ。お前は俺にできないことをやってくれてんだ。だから、お前にできないことは俺様にまかせな!」

そしてパヲラを指差しながらこう言った。

ラクト「あとこいつにとやかく言われるのがやだ。」

パヲラ「なんですって!?」

パヲラが怒り始めた瞬間にラクトは逃げるように走り出した。

ラクト「んじゃあとでな!はっはっはっ!」

そして彼は大勢の人の波に消えていった。

パヲラはやれやれとした表情をした。

パヲラ「まぁ…あいつなりの考えなんでしょうね。素直じゃないわねホントに!」

パヲラはいら立ちながら歩き始めた。

しかしすぐにカムロウのほうを見て微笑みながらこう言った。

パヲラ「でも、カムロウちゃんのこと思ってるのは確かね。良い友達ができて良かったわね。」

カムロウ「パオラさんも友達だよ!」

パオラ「あら!もうカムロウちゃんったら!」

そんな楽しい会話をしながら、二人は夜になるまで薬屋を聞きに回った。

 

 

 

 

そして夜、三人は宿の部屋にいた。

ラクトはベッドに横になり本を読み、ラクトとパヲラは椅子に座っていた。

ラクト「…やっぱり難しいか?」

カムロウ「うん…そうみたい…」

何軒か聞きに回ったが、どこもわからないの一点張りだった。イリアスポートに続いて、収穫は0だ。

ラクト「まぁそう簡単に見つかったら、すぐに治せてお終いってわけだからな。こういう結果は予想はしていたんだが、いざそうなると気分が落ち込むよな…。」

もしかしたらあるだろうと淡い期待をしていた三人は気を落とした。

カムロウは故郷のことを思い出していた。

家出同然で飛び出したことや、重症の母が生きているかどうか。不安と焦燥に駆られた。

パヲラはそれを察知した。すぐに話題を変えようと思いラクトに話しかける。

パオラ「ラクトは何か進展はあったの?」

ラクト「俺か?いくつか候補はあったんだけどよ…」

ラクトは起き上がり、パラパラと本をめくった。

ラクト「プクサクの根、カイムケマの実、サニレの葉…このあたりがそうらしい。どれも治癒力を高めてたちまち傷を塞ぐって書いてある。でもよ、肝心の生息域がわかんねぇ。」

パヲラ「…そういうのって、人里離れた遠い場所とか、そんな感じよねぇ…」

…重い空気が流れた。沈黙という言葉が合いそうな時間が長く続いた。

 

カムロウ「…神様に頼んでみる?」

子どもならではの神頼み。カムロウは藁にすがる思いでそう言った。

パヲラ「神様ねぇ…神様?」

パヲラがその言葉に引っ掛かったようだ。そして何かを思い出したようだ。

パヲラ「そうよ!神様がいるわ!」

ラクト「はぁ?神様だぁ?」

ラクトが何を言っているんだという顔をする。

パヲラ「創世の女神イリアス様に聞いてみればわかるかもしれないのよん!」

ラクト「イリアスって…あのイリアスか?聞くってどういうことだよ?」

パヲラ「明日は勇者を目指す少年が、イリアス様に洗礼を施してもらえる「勇者の洗礼」の日なのよん!」

ラクト「それがどうしたってんだよ。」

パヲラ「察しが悪いわねぇ、その時無理言って、カムロウちゃんの頼みを聞いてもらおうってワケ!」

カムロウ「ええっ大丈夫なんですかそれ…?」

いくらなんでも割り込みをしてでも聞くだなんて強引ではないかとカムロウは思った。

パヲラ「イリアス様はあたしたち人間を深く愛していらっしゃるわ!きっと聞いてもらえるわよん!」

ラクトはそれを聞いて考え込んだが、

ラクト「まぁ…神だろうがなんだろうが、手掛かりは欲しいな…」

といって考えるのをやめてしまった。

カムロウ「それで…そのイリアス様ってどこに行けば会えるんですか?」

パヲラはとっさに地図を広げた。イリアス大陸の地図だ。

パヲラ「このイリアスベルクの近くにイリアスヴィルっていう村があるの。そこにイリアス神殿っていう、洗礼の日にイリアス様が降臨する神聖な建物があるわ。明日そこに行けば必ず会えるはず!」

それを聞いていたラクトが愚痴を漏らした。

ラクト「イリアスイリアスって…早口言葉かよ…」

パヲラ「それ、イリアス様に失礼じゃなーい?」

ラクト「わりぃな、俺は神はいねぇ派なんだよ。」

パヲラ「それはもっと失礼よ。さぁ早く寝ましょ!明日は早いわよ!」

その号令と共にカムロウとラクトも寝る準備をした。

不穏な流れになっていた薬探しに希望の光が見えた。

しかし、イリアスヴィルに行って、女神イリアスに会うことはできるんだろうか。もし会えなかったらどうすればいいのか。

母を治す薬について教えてもらえるのだろうか。

そんな不安と期待を抱きながらも、カムロウは目を閉じた。

 

 

 



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前章全編 勇者の名の下、集う仲間
第1話 勇者ルカ、初めての戦いと出会い


…ここは、どこだろう。

周囲は柔らかな光に溢れ、荘厳な雰囲気が満ちている。

これは、夢だろうか__?

???「ルカ……勇者ルカ……」

……どこからか、僕を呼ぶ声が聞こえる。

とても穏やかで、そして慈愛に満ちた声だ。

僕の前に現れたのは__

なんと、創世の女神イリアス様のお姿だった!

イリアス「勇者ルカよ……私の声が聞こえますか?」

ルカ「答える理由はない。」

どうせ夢なのだろう。答える理由なんてありはしない。

イリアス「…………」

ルカ「…………」

イリアス「…次にそのような口を利けば、裁きます。よろしいですね?」

ルカ「すみません…」

夢じゃないっぽい…。

 

イリアス「……今から、何十億年も前。あなた達人間の時間感覚では、計り知れないほど昔の事…」

イリアス「私は、この世界を創世しました。まず大地を、そして空を、海を、緑を、動物を、鳥を、虫を造り…そして最後に、あなた達「人間」を作り出したのです。」

イリアス「しかし…私とて、全知全能ではありません。人間を造り出す過程において、幾多もの失敗作を生んでしまいました。」

イリアス「それが、魔物__醜く、そして忌まわしい存在です。魔物とは、すなわち悪。時には暴力で、時には淫らな手段であなた達人間を苦しめるのです。」

ルカ「………」

イリアス「私は、か弱き人間達を深く愛しています。そして人間を苦しめる忌まわしい存在__魔物を、深く憎んでいます。」

イリアス「ときにルカ……あなたは、とうとう「旅立ちの年齢」となりますね。」

ルカ「はい……幼いときからずっと、その日を待っていました!」

「旅立ちの年齢」とは、イリアス様の洗礼が受けられる年齢。それはすなわち、勇者として認められるということでもある。

勇者を目指す僕は、「旅立ちの年齢」に達する日を待ち望んできたのだ。村で平和な暮らしを送りつつも、剣技の修行に明け暮れながら___

そして!その「旅立ちの年齢」に達する日は、とうとう明日なのである!

イリアス「私はこれまで、何人もの少年に洗礼を施してきました。勇者としての祝福と、女神の守護を幾多の若き戦士に与えてきたのです。」

イリアス「しかし__彼らは未だ、現在の魔王を討ち滅ぼせずにいます。今より500年前、当時の魔王を滅ぼした勇者ハインリヒのような若者はまだ現れないのです。」

勇者ハインリヒ__

500年前、悪逆非道を尽くした当時の魔王を滅ぼしたという伝説の勇者。

その剣技は大地を割り、強大な邪悪にも屈さず、正義を貫き通す__

まさに、勇者の中の勇者だ。

真の勇者を目指す僕にとって、憧れの人物であることは言うまでもない。

イリアス「しかし、ルカ__あなたこそが、魔王を討ち滅ぼす勇者となるのかもしれません。」

ルカ「え……?ぼ、僕が……?」

イリアス「行きなさい、ルカ。私は、いつでもあなたのことを見守っています__」

 

 

 

柔らかな朝の日差しを浴びながら、僕は目覚めの時を迎えていた。

さっきのあれは、夢だったのだろうか____いや、決してただの夢なんかではないはず!

夢を通じて、イリアス様が語りかけて下さったのだ!

ルカ「イリアス様、ありがとうございます。どうか、この僕を見守っていて下さい__」

いつものように、まずは起床後のお祈り。そして次に、見肌離さず装着している形見の指輪へと語りかける。

ルカ「おはよう、母さん。いよいよ今日、僕は勇者として旅立つよ……」

そして体を起こすと、僕は朝の仕度を開始した。天気も良く、いつも以上に清々しい朝だ。

今日の午前にイリアス神殿に向かい、勇者の洗礼を受ける。そして、いよいよ魔王退治に旅立つのである。

この家には、しばらく戻ってこない__そう思うと、感慨もひとしおだ。

ルカ「……魔王を退治するまで、ここには帰ってこないんだからな。もしもの事があってもいいように、綺麗にしておかないと……」

朝食を終えた僕は、いそいそと掃除を始めた。立つ鳥跡は濁さず、とはよく言ったものだ。

正直なところ、旅立ちを目の前に控え、居ても立っても居られないだけだが__

 

村人「た、た、大変だぁ!」

ルカ「……ん?なんだ?」

ベッドを整えていると、外から男の叫び声が聞こえてきた。

騒いでいるのは、木こりのハンスさんらしい。

こんな朝から、いったい何事なのか__

村人「近くの森に、魔物が出たぞぉ!」

ルカ「な……なんだって!?」

この平和なイリアスヴィルの近くまで、魔物が__!?

イリアスヴィルは小さな村ながら、世界に誇る大神殿がある。イリアス様を奉った、イリアス神殿だ。

その偉大な御力に守られ、村に魔物は近づきもしないはずなのだが__

 

平和な村は、たちまちパニックに陥ってしまった。よりにもよって旅立ちの控えた今日、村に魔物が襲ってくるなんて__ど、どうしよう……!?

実のところ、僕は魔物と戦ったこともなければ、見たことさえない。

だが、これから魔王退治の旅に出ようという身。こんな田舎に現れる魔物程度に尻込みするなど、勇者として失格だ!

ルカ「よし、行くぞ!」

剣を片手に、僕は家を飛び出していた。僕が生まれ育ったこの村を、僕自身の手で守るために!

 

村の中は、大混乱に陥っていた。

朝早くから農作業をしていた人達は、自分の家に飛び込んでいく。

そんな人の波を逆らうように、僕は村の入り口へと駆け出していった。

そんな僕を見とがめ、隣家のおばさんが声を張り上げる。

ベティおばさん「おやめよ、ルカ!ここは、イリアス神殿の兵隊さんに任せとくんだ!」

ルカ「大丈夫だよ、ベティおばさん!僕は勇者なんだ!」

ベティおばさん「勇者って、あんた……まだ洗礼を受けてないだろ!?こら、行くんじゃないよ!」

確かにまだ洗礼は受けていないから、正式には勇者じゃないけれど__

それでも、雑魚モンスター程度に負けたりするものか!

ベティおばさんの制止も振り切り、僕は村の通りを駆け抜ける。そして、村の外へと飛び出した!

 

外に続く一本道をひた走り、森へと飛び込む。そしてふと足を止め、僕は周囲を見回した。

ルカ「はぁ、はぁ……魔物は、どこにいるんだ?」

ひっそりと静まりかえった森で、僕は周囲をきょろきょろと見回す。

あてもなく森に飛び込んだものの、敵はどこにいるのか__そう思った時だった。不意に、脇道から一体のモンスターが姿を見せた!

 

 

スライム娘が現れた!

 

 

スライム娘「あはは、美味しそうな男の子~!」

スライム娘は、呆気に取られる僕を前にしてくすくすと笑う。その粘液状のボディを、ぷにぷにと揺らしながら__

ルカ「こ、これが……魔物……」

とりあえず剣を構えたのはいいものの、僕はそのまま硬直してしまった。魔物をこの目で見るのは、生まれて初めてである。思ったよりも迫力

があり、意外に可愛くて……そして、異様。じゅるじゅるとうねり、波立つ体は、人間とは程遠かった。こんな人外の相手に、本当に僕が勝てるのだろうか__などと、さっきまでの自信をあっという間に喪失してしまっていた。

スライム娘「あれれ……?もしかして、モンスターを見るのは初めてなの~?」

ルカ「………」

図星だが、返事はしなかった。ビビっている、そう思われるのが嫌だったからだ。手の震えが伝わり、剣先がぶるぶると揺れてしまう。僕は両手に力を込め、せめて震えだけでも押し隠した。

ルカ「あの……ここは、人間の村の近くなんだ。だから、大人しく引き返してくれないかな?」

剣を構えたまま、僕はおずおずとスライム娘に語り掛けていた。断じて、怖いわけではない……たぶん。

相手が魔物といえども、無駄な戦いなどしたくはないのだ。ちゃんと話せば、分かってくれるかもしれない__

ルカ「村の人達は、みんな怖がってるんだ。もし、君に悪気がないのなら__」

スライム娘「あはは……キミ、平和主義者ってやつ?そんなお願い聞けないよ~。あたしだって、お腹がぺこぺこなんだから。…それとも、きみがごちそうしてくれる?」

ルカ「そ、それは…できない…」

モンスターの多くは、人間の精液を餌とするらしい。しかし、人間にとってそれは大いなるタブー。魔物と交わるのは、イリアス五戒の一つ、魔姦の禁によりきつく戒められているのだ。

ルカ「…イリアス様の五戒律で、魔物との交わりは禁じられているんだ。だから、精を与えることはできないんだよ…」

スライム娘「じゃあ…ムリヤリ搾っちゃうもんね~♪」

ルカ「くっ…!」

やはり、戦いは避けられないようだ。

 

僕が剣を構えたその時__突然、魔の前に別のビジョンが広がった。

イリアス「勇者ルカよ…私は、あなたの心の中に語り掛けています。私はいつ…」

 

ルカ「えっ!?」

今、途中で切れたんじゃないか?イリアス様、何かを言い掛けていたぞ……?

スライム娘「どしたの?ぼーっとして…」

ルカ「あ、いや…」

僕は我に返り、あらためてスライム娘と対峙した。よし、行くぞ_!

 

相手がモンスターでも、乱暴なことはしたくない。だけど__

ルカ「い、いくぞ…!」

実戦は初めてだけど、毎日マキを何十本も割って鍛えてきたのだ。そんな僕の一撃を食らえば、雑魚モンスターなんて_

ルカは斬りかかった。しかし、スライム娘はひらりとかわした。

ルカ「え……?」

そうだ。マキと違って、モンスターは避けるのだ。

スライム娘「えへへ…そんな大振りの攻撃、当たらないもんねー♪」

ルカ「…なら、小振りの攻撃なら当たるのか?」

スライム娘「…ひ、ひみつ!」

大振りはダメだ。目一杯に振り切らず、手首を用いた最小限の振りで__

ルカ「でやっ!」

見事、スライム娘に攻撃が当たった。

粘液の体に切れ込みが入った。

ルカ「やった…!」

攻撃が当たった喜びも束の間、スライム娘の体はみるみる再生していった。

ルカ「…あれ?」

スライム娘「えへへ…あたし、スライムなんだから。剣の攻撃なんて、効かないもんね~♪」

ルカ「そ、そんな……!!ズルいよ…!」

再生するだなんて、最初の敵にしてはズルすぎないか?

こんなの、反則じゃないか。斬って倒せないなら、どうやって戦えばいいんだ…?

スライム娘B「あ、いたいた~」

スライム娘C「こんなところにいたんだ?」

ルカ「えっ…!?」

なんと脇道から、新たにスライム娘が二体も現れた!

3体1だなんて、不利すぎるじゃないか!ああ…イリアス様、僕はどうすればいいのですか?

 

 

 

 

 

 

 

一方そのころ、森の中を進む三人の姿があった。

剣と盾を武器に戦う世間知らずの少年カムロウと、マフラーをたなびかせながらすぐ逃げ出す青年ラクト、そして、派手な恰好をした武闘派の旅芸人パヲラだ。

カムロウは母が重傷を負ったため、その傷を一瞬で完治するような薬を探しに旅に出た。

ラクトとパヲラはその途中で出会った、カムロウの旅に同行してくれてる友達である。

三人は問題なく、森の中を順調に進んでいた。

カムロウ「この調子なら着きそうかな?パヲラさん。」

パヲラ「そうねい。朝早くから出発して正解だったわん。」

ラクトはあくびをしながらパヲラに質問した。

ラクト「でもよ、こんな朝早くから行く必要はあったのかよ?洗礼とやらはいつやるんだ?」

パヲラ「知らない。」

ラクト「知らないだぁ!?なんで知らねぇんだよ!?」

パヲラ「なによ!あたしは勇者じゃないのよう!?知らなくて何が悪いのよ!だから間に合うように早く出かける必要があったのよう!」

ラクト「おめぇが知っていれば、もう少し寝ることができたことがわかんねぇのかこの「オカマ野郎」!」

パヲラ「はぁ!?「オカマ野郎」!?なによこの「素敵マフラー」!」

ラクト「す…「素敵マフラー」だとてめぇやんのかこの野郎!」

 

二人はあーだこーだ口論をしながら歩く。そんな時だった。

カムロウ「…!ねぇ二人とも、あれって…!?」

カムロウが指差したその遠くの先には、一人の紫髪の少年と三体の魔物がいた。

ラクト「おいおい、あれって襲われてないか…!?」

ラクトはビビりながらそう言う。

パヲラ「いや…戦ってるようにも見えるわねい…あの坊や、剣を持っているもの。」

カムロウ「でもあれじゃ…」

どう見ても劣勢だ。このままじゃ少年は魔物にやられてしまう。

それを見てカムロウは少年を助けたくて体がうずうずした。黙って見ているわけには行かなかった。

あの日、母を助けられなかった記憶が蘇る…あんな思いはもうしたくない!

カムロウ「ぼく、助けに行く!あのまま放っておけない!」

パヲラ「そうよね…どのみち、この先の村に用があるんだから!」

カムロウとパヲラはすぐに戦闘準備をした。それを横目にラクトは茂みの中に逃げ出した。

ラクト「んじゃ頑張れよ!俺様は避難すっからよ!あばよ!」

すぐにラクトの姿は見えなくなった。それを二人は呆然と眺めていた。

パヲラ「…あいつすぐ逃げるよねい…戦おうともせずに…」

カムロウ「…ぼくは、ラクトが無事ならそれでもいいよ?」

パヲラ「んまぁ!カムロウちゃんったらなんて優しいのよう!もうなでちゃう!なでまくっちゃう!」

パヲラはカムロウを抱きしめながら頭をなでまくった。カムロウは恥ずかしそうに顔を赤くした。

パヲラ「さて、こんなことをしている場合じゃなかったわねい。早くあの坊やを助けに行きましょう!」

カムロウ「うん!」

カムロウとパヲラは、少年を助けに勢いよく駆けだした。

 

 

 

 

 

ルカ「くっ……!」

ルカは三体の魔物を前に、剣を構えながらも後ずさりをしていた。

三体もいると目線が定まらない。どっちから攻撃を仕掛けてくるかわからない。

スライム娘たちはそれを見て笑っている…

もうだめだ…このまま逃げるべきだろうか…?

そんな時だった。魔物の後ろから走ってくる二人の影が、魔物たちに攻撃を仕掛けた。

カムロウ「せいやぁ!」

パヲラ「おらぁ!」

スライム娘B「きゃっ!?」

スライム娘C「な、なによ!?」

魔物たちは攻撃を避けた。そしてルカの目の前に、同じくらいの年の少年と、奇抜な恰好をした大人が立った。

ルカ「き…きみたちは…?」

パヲラ「話はあとよん、パープルボーイ!」

カムロウ「助けに来たんだ!みんなで倒そう!」

そういうと二人は魔物に向かって戦闘の体勢をとった。

ルカは予想しない援軍に驚いていたが、すぐに剣を構えた。

いまはこの目の前にいる…魔物たちを倒さなくては!

 

 

 

 



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第2話 魔物撃退と謎の妖魔

森の中、三体のスライム娘と、三人の人間が対峙していた。

カムロウとルカは剣を構え、パヲラは攻撃の構えをとっていた。

パヲラ「相手は3体ねい…一人一体ってとこかしら。」

パヲラがそう言った。一気に相手するのではなく、別々に対応して戦うという考えだ。

パヲラ「そっちは任せるわ!」

スライム娘Cの前にパヲラは立ちはだかった。

カムロウ「ぼくはこっち!」

スライム娘Bの前にカムロウは立った。

ルカ「ってなると僕は_」

さっきまで戦っていた、スライム娘A。

でも戦うにしても、斬っても再生するんだ。突破策がわからない…。

 

パヲラ「カムロウちゃん!時間もないし悠長に教えていられないから、もう答えを教えちゃうわ!」

パヲラが構えを取りながらカムロウに語り掛けていた。

カムロウ「えっ!?答えって…!?」

パヲラ「この前戦った時もそうだけど…カムロウちゃん、こういう相手が苦手なところがあるよねい!?」

図星を当てられ、カムロウは驚きの表情をした。

パヲラ「その苦手の理由は戦い方にあるの!カムロウちゃん、攻撃するとき、一発一発力を込めて攻撃してるよねい!それではだめよ!攻撃には単発か連発かの選択肢があるの!」

スライム娘C「いつまで喋ってるつもり~?」

不意にスライム娘が攻撃を仕掛けてきた。体を広げ、包み込むつもりだ。

パヲラ「つまりこういうことよぉぉん!」

パヲラはそれを避けようとせず、迎撃の構えをとった。

パヲラ「魔導拳・手刀「槍」!」

両手を槍のような形にし、腰を深く落とした。

パヲラ「ストライクミリオン(百裂槍)!」

両手から無数の突きを放った!突きが当たるたびにスライム娘の粘液状の体がどんどん小さくなっていく。

スライム娘C「ちょっ、まっ」

パヲラ「待たない!絶対!」

喋る隙さえなく、どんどん崩れていく__

 

それを見ていたカムロウは、パヲラが言いたいことが分かった気がした。

確かに攻撃するとき、剣で一発、盾で一発ずつ攻撃していた。

なら今度はそれを止まらないように繋げるんだ。

カムロウ「行くぞ!」

スライム娘Bに対してまっすぐ駆け出した。

スライム娘B「そんなの簡単に当たるよーだ!」

スライム娘Bは粘液の触手を伸ばしてきた。

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)!」

伸ばしてきた触手を風の衝撃波で弾き返す。その隙に距離を詰め、攻撃が当たる距離まで近づいた。

スライム娘B「え…!?」

カムロウ「せいやぁ!」

まず剣で切りつける。そして盾で殴る。まだ終わらない、再び剣で斬る。殴る、斬る、殴る…当たるたびに粘液の体がどんどん崩れていく。

スライム娘B「もう~!」

スライム娘Bは距離をとって再生を始めた。しかし崩れ放題の体はなかなか治らない。

そうか、攻撃を連続で当てればよかったんだ。パヲラさんの言う通りだ。

カムロウは再び攻撃を仕掛けた__

 

それを見ていたルカもスライム娘の弱点を見つけた。

再生するといっても、少しだけ時間が掛かるようだ。こうなったら__

ルカ「てりゃぁぁぁ!!」

ルカは剣をメチャクチャに振り回した!やたらめった斬りってやつだ。

スライム娘A「ひゃっ!?」

ルカ「てりゃぁ!うぉぉ!それぇ!」

どんどんスライム娘Aの体は欠けていく…。

スライム娘A「ひ、ひどいよ~」

ルカ「はぁ…はぁ…」

スライム娘は必死で再生している…やっぱり、再生速度は早くないんだ!これなら…!

ルカ「たりゃぁぁ!!あぁぁ!!……はぁはぁ。はぁ、はぁ……」

再びやたらめった斬りを放った。…正直、もう体力はほとんどないが。

スライム娘Aの体は再生が追い付かいようだ。もはや体すら保っていられないようにも見える。

スライム娘A「ふぇ~ん!もうやだ~!」

スライム娘B「もう勘弁して~!」

スライム娘たちは、ずるずると体を引きずり、泣きながらその場を離れていった。

 

 

スライム娘を追い払った!

 

 

ルカ「はぁ、はぁ、はぁ……」

カムロウ「ふぅ…逃げたのかな?」

スライム娘たちがその場から逃げ去った後__ルカは剣を取り落とし、がっくりと地に膝をついていた。どう考えても、無茶苦茶に疲れる戦い方だ。もう三十秒ほど相手が粘っていたら、こっちがへばっていただろう。それでも、勝利は勝利であることには違いない!

ルカ「や、やった…」

初めての勝利に、僕は打ち震えていた。稚拙な戦い方であっても、村を守ったことには違いないのだ。

ラクト「いやぁ…さすがだぜ、三人とも!」

マフラーを巻いた青年が拍手しながら、三人に近づいた。

ラクト「おめぇもすげぇよ、やたらめったに剣を振り回す姿はもう勇敢だったぜ?いやぁ惚れ惚れした_」

パヲラ「あんた真っ先に逃げたくせにどの面下げて話してんのよ!」

ラクト「ほぶっ!」

パヲラの飛び蹴りがラクトの顔に命中した。

ラクト「てめぇ!いてぇじゃねぇか!」

パヲラ「何よ!やる気!?上等だコラァ!」

二人はボコスカ喧嘩を始めた。それを横目にカムロウはルカに近づいた。そして手を差し伸べた。

カムロウ「えっと…ぼくカムロウっていうんだ。きみは?」

ルカ「あぁ、ぼくはルカ。助けてくれてありがとう。」

ルカはカムロウが差し伸べた手を取り立ち上がる。

カムロウ「怪我はないみたいだね、無事でよかったよ。」

ルカ「うん…それに、相手を殺さずに済んでよかった……」

剣を鞘に納めながら、僕は安堵の溜め息を吐いていた。決して僕は、魔物が憎いわけじゃない。むしろ、人と魔物は仲良くするべきだという信念を持っているのだ。だからこそ僕は勇者になり、魔王を倒すことを決意したのである。

ルカ「…村に戻るか。今日は、旅立ちの日なんだもんな…君たちも一緒に来る?」

カムロウ「村って、イリアスヴィルのこと?」

パヲラ「そうよ!こんなことしている場合じゃなかったわ!洗礼の日を忘れていたわ!」

ラクト「だったら早く行かねぇとな?」

喧嘩の手を止め、ラクトとパヲラはルカたちに近づく。

パヲラ「えーと、ルカっていう名だったわねい?ルカちゃん、イリアスヴィルまで案内してくれるかしら?」

ルカは奇抜な恰好をした男性の姿に驚きながらも頷いた。

そうだ、今日こそ女神イリアスの洗礼が受けられる。一人前の勇者として魔王退治に旅立つのだ!

勝利の余韻と旅立ちへの期待に心を躍らせながら、ルカたちは村へと戻るのだった。

 

 

 

ルカ「薬がどこにあるのか、イリアス様に聞くために来た?」

カムロウ「うん!イリアス様なら教えてくれるってパヲラさんが言ってた!」

ルカは歩きながら、カムロウの旅の目的を聞いていた。

ルカ「それならイリアス様も教えてくれると思うよ。」

カムロウ「ほんとう!?」

パヲラ「あぁ良かったわ!時間も間に合いそうだし、イリアス様にも会えるわけだし!」

ラクト「もしそうじゃなかったら無駄足だったしな。」

三人は安泰の表情の浮かべた。そして歩きながら、パヲラがルカに話しかけた。

パヲラ「ところで、さっき「旅立ちの日」って言ってたけど…ルカちゃん、勇者志望ってこと?」

ルカ「そうだよ、勇者になって魔王を倒すんだ。」

ラクト「へぇ、そりゃ大層な夢をお持ちで…」

カムロウはパヲラに質問した。

カムロウ「ユウシャって?」

パヲラ「魔王を倒す勇気ある人の事よん。ルカちゃんはすごい人になろうとしているの。」

カムロウ「へぇ…!すごい人になるんだね!」

ルカ「そ…そうかな…?」

そう言われてルカは照れた。

 

ルカ「魔王退治、か…」

ふと足を止め、ルカは空を見上げていた。

カムロウ「?」

ラクト「どうした?」

三人は足を止め、ルカに目を向けた。

ルカ「………」

ルカは三人に、ある事件について話し始めた。

 

今よりそう遠くはない昔、人間と魔物は共存していた。魔物の一部は人間の町や村で暮らし、人間側もそれを受け入れていた。

種族が異なる以上、時には諍いも起きたが__それでも、決定的な対立には至っていなかったのである。

しかし、三十年前__とある大事件が全てを変えた。

魔王城に最も近い町、レミナで発生した虐殺事件である。

魔物の群れが突然に街を襲撃、市内は惨劇の場となったのだという。

その結果、レミナは壊滅。現在は廃墟を残すのみらしい。

一人の生存者さえ残さなかった惨劇__

この「レミナの虐殺」以後、人間と魔物の関係は変化してしまった。

人間と共存していた多くの魔物は町や村を追い出され、そして野生の魔物は人を襲うようになった。全ての魔物を統べる魔王は、人間との全面戦争を宣言。人と魔物の関係は完全に決裂し、両者は憎み合うようになった__とは言え、地方によって温度差はあるらしい。

魔物の排斥が激しい地方もあれば、まだ共存している地方も少ないながら残っているという。

魔物全部を深く憎む人もいれば、魔物の全てが悪ではないと考える人もいるという事だ。とは言え、人間と魔物がかつてないほど険悪な関係になってしまったのは疑いのない事実である。

 

魔物に悪いことをさせている魔王さえ倒せば、きっと全ては元通りになる。昔のように、人間と魔物は仲良く暮らすことができるようになるはずだ。

 

ラクト「…どうやら夢ってわけじゃないようだな?すげぇことを成し遂げようとしてねぇか?」

パヲラ「おうっおうっ…!泣けるわよう…!」

カムロウ「魔物とのキョウゾンかぁ…!」

三人はそれを聞いて感動していた。ラクトは驚いていた。パヲラは鼻水を垂らしながら大号泣し、カムロウは言葉が出なかった。

カムロウ「…できると思うよ!ルカならできるよ!」

ラクト「本当かよ…?まず魔王を倒すなんてどんなに辛い道のりかわかってんのかよ?」

パヲラ「それでも…勇者になるつもりなのよねい…?」

ルカ「うん…」

みんな仲良く暮らす世界_そのために、僕は魔王を倒さなければならない__たとえ、この命を犠牲にしてでも。

 

 

 

不意に、凄まじい衝撃と轟音が辺りに響いた。この付近で、まるで何かが爆発したかのようだ。

ルカ「わわっ…なんだ!?」

パヲラ「まるで何かが降ってきたよな感じだったよねい…?」

カムロウ「…もしかしてパヲラさんの真似して、大砲でこっちに渡って来たって人が…」

ラクト「それはない、絶対ない、まずそんな人こいつだけだぜ。」

 

ルカ「かなり近いぞ…何があったんだ?」

ルカは、音の方向に駆け出していた。

カムロウ「あっ…待ってよ!」

パヲラ「そうよう!単独行動なんて危ないわよう!」

ラクト「お…俺を置いて行くなよ!」

三人も釣られてルカに付いて行った。

 

 

 

木々の間を抜けて、森の奥へと入る。そこには__綺麗な女性が、地面にめり込んで横たわっていた!

カムロウ「女の人…?」

ルカ「いや、あれは…」

下半身は大蛇、そして肌の色__どう見ても、人間であるはずはない。魔物…しかも見たところ、かなり強そうな魔物だ。いったい何が起きたのか分からないが、妖魔が倒れているのである。

パヲラ「さっきの音って、あのお嬢さんが落ちてきた音なのかしら…?普通じゃ死んでいるわよ?」

ルカ「あのモンスター、死んでるのかな…?」

奇妙なモンスターは横たわったまま、ぴくりとも動かない。

薙ぎ倒された木、へこんだ地面__状況を見るに、この妖魔は空から落ちてきたようだ。いったい、何があったんだ…?

ルカ「ど、どうしよう…生きているなら、助けないと…」

ラクト「い…いや、あれは関わらないほうがいいんじゃねぇか!?」

ラクトは体をガクブルと震えながら逃げることを提案している。

当然ながら、僕は魔物を敵視しているわけではない。むしろ、人と魔物が共存できる世界を望んでいるのだ。

魔物とはいえ、放置しておけないのだが__今の僕には、のんびりしていられない理由があった。

今日は、女神イリアスから洗礼を受けるという特別な日。

この勇者の洗礼を受けることができるのは、「旅立ちの年齢」になった日の正午なのである。

その時刻にイリアス神殿で儀式を行わなければ、もう二度と洗礼を受けることはできないのだ。一生に一度きりのチャンスというわけである。

まだ正午までしばらく時間があるが__ゴタゴタに巻き込まれて、洗礼の時間を逃してしまう可能性もある。目の前の状況を見るに、トラブルの匂いは濃厚。ここは、関わらないのが一番なのかもしれないが__

 

ルカ「でも、放っておくわけにもいかないし…」

少しだけ悩んだ後、僕は助けることにした。いくらなんでも、ここで見捨てたら勇者失格だよな…

ラクト「お、おい!やめとけって!きっと俺たちを殺しに来たんだ!逃げたほうがいいって!」

ルカは倒れている妖魔のところに駆け寄り、その顔を覗き込んだ。

とりあえず、生きているのか死んでいるのか確認しないと_

妖魔「………」

ルカ「え…?」

不意に、妖魔の目がぱっちりと開いた。彼女はまじまじと僕の顔を見据え、そしてむっくりと体を起こす。

カムロウ「良かった…生きてるみたいだね!」

パヲラ「しかも無傷…かなり強い部類に入るんじゃないの?」

ラクト「やっぱり俺たちを殺しに来たんだあああ!」

妖魔「…ここは?」

ルカの顔をじっと睨みながら、妖魔は口を開いた。

ルカ「え…?」

妖魔「…ここはどこか、と訊いている。」

無礼とも思える、突然の質問。それに対し、僕は素直に答えた。

ルカ「えっと…イリアスヴィルの近くだけど…」

呆気に取られた僕は、そう答えるのが精一杯だった。

妖魔「そんなところまで飛ばされたのか。あの女、なんという馬鹿力だ…」

ルカ「女…?」

妖魔「…で、貴様は何者なのだ?」

僕の疑問は無視され、矢継ぎ早に質問が浴びせかけられる。

ルカ「勇者見習いのルカだけど…この近くの、イリアスヴィル出身の…」

ルカは、素直に答えていた。

妖魔「勇者見習い…ということは、洗礼を受けていない身か。道理で、美味しそうな匂いがぷんぷんするわけだ…」

じゅるり…と、妖魔は舌なめずりをした。なぜだが知らないが、ぞわぞわと悪寒が走る。

ラクト「あああああ!俺たちを食いに来たんだああああ!」

ラクトがそう叫ぶと、妖魔はカムロウたちに視線を向ける。

妖魔「貴様らは?」

妖魔の質問に、パヲラが対応した。

パヲラ「あたしは旅芸人のパヲラ、こっちはカムロウちゃん。んでこいつはアホのラクト。」

ラクト「おいてめぇ今なんて言った!」

パヲラ「アホ以外になんて言えばいいのよ「ミスターほぶっ」」

ラクト「あぁ!?俺をおちょくってんのかこの野郎!?」

またラクトとパヲラはボコスカと喧嘩を始めた。

 

カムロウ「えっと…ルカ?時間って大丈夫?」

ルカ「そうだ、洗礼だ!そろそろ、村に戻らないと!」

_そうだ、こうしている場合ではない!この妖魔は、どこからどう見ても怪我などしていなさそうだ。

それならもう放っておいて、村に戻らなければならない。

ルカ「じゃあ、僕はこれで__」

妖魔「…待て。」

妖魔の下半身__大蛇の尻尾が、しゅるりと僕の胴に巻き付く。そして、去ろうとしていた僕を強引に自分の方へと向けた。

ラクト「!? お、おいルカ!?」

カムロウ「ル…ルカをどうする気なんだ!?」

ラクトは喧嘩の手を止め、カムロウは剣を構え、ルカの心配をした。

妖魔「なるほど、事情は分かった。今日はイリアスの降誕日、洗礼を受けようとしていたわけか。」

ルカ「その通りだよ。だから、離してくれないか…?」

勇者になると誓った幼い日から、この時を心待ちにしていたのだ。

あれだけ憧れた勇者になる、まさに今日がその日なのである。

妖魔「イリアスの洗礼など受けるな、くだらん。」

ルカ「く、くだらん…!?」

くだらん__僕の生き方を、一言で否定されてしまった。腹が立つより先に、なんだかがっくりくる。

なぜ会ったばかりの妖魔が、僕の生き甲斐を堂々と否定するのか。

パヲラ「…まぁ納得はするわね…魔物からすれば都合が悪いものね…」

ルカ「…もう、なんだっていいよ。とにかく、離してくれないかな?」

妖魔「………」

しかし妖魔は、尻尾で僕の胴を巻き上げたまま離そうとしない。

妖魔「…なぜ、気を失っていた余に止めを刺そうとしなかった?」

ルカ「え…?とどめ…?」

妖魔「人間が余を討つ、千載一隅の好機だったはず。仮にも勇者を目指す者が、なぜそれをしなかったのだ?」

そんな事を言われても__返答に困ってしまう。

ルカ「良い奴か悪い奴かも分からないのに、いきなりトドメ刺したりするわけないだろ…」

妖魔「…ほう。人間にとって、魔物は敵であるはずではないのか…?」

ルカ「確かに、そういう考えの人もいるけど…」

だが、僕は違う。魔物を魔物だからという理由で憎むような人間ではない。

妖魔「まして貴様は、勇者志望なのだろう。魔物を敵だと思っていない者が、いかなる理由で魔王を倒そうとする?それは英雄願望か?功名心か?それとも__」

ルカ「…僕は、英雄になりたいわけじゃない。魔王だって、別に憎いわけじゃないんだ。ただ、悪いことをやめさせたいんだよ。」

妖魔「…はぁ?」

ルカ「僕は、魔王や魔物を倒したいわけじゃない。人間と魔物が手を取り合って暮らす世の中を築きたいんだ!」

ラクト「もうそこまでにしといたほうがいいぞルカ!下手に刺激しないほうがいいって!」

その障害になるのなら、魔王だって倒してみせる__僕はそう誓ったのだ。

妖魔「…ドアホだろう、貴様。」

ルカ「ぐ…!」

胸にグサリと来る、冷たい一言。

ルカ「なんでドアホなんだ…!僕は人間と魔物が__」

妖魔「幼稚な善悪の二元論を土台に、歯が浮くようなお花畑の世迷い言__ドアホと言わずに、何と言うか。」

ルカ「う、ぐ……!」

何も言い返せない。

妖魔「世の中というものを知らん年齢でもあるまい。人間と魔物が手を取り合って暮らす?人間は、いつから起きたまま寝言を言うようになったのだ?」

ルカ「…でも、僕は…!」

妖魔「なるほど、理解した。未熟がゆえの幼稚な使命感、といったところか。」

妖魔「もう行っていいぞ…未熟者の坊や。」

馬鹿にしきったような顔で、妖魔は僕の肩を軽く叩いた。同時に、胴を封じていた尾が解かれる。

ラクト「よ…よし!逃げるぞ!」

ラクトが逃げる姿勢をとった。

ルカ「お…お前なんかに何が分かる…!このバーカ!!」

ラクト「おい!もうこれ以上刺激すんなって!」

ダッシュでその場を離れながら、僕は叫んだのだった。…これじゃあ子供じゃないか…

カムロウ「ぼくたちも行こうよ、パヲラさん。」

パヲラ「そうねい…それではさようなら、お嬢さん。」

カムロウとパヲラも二人を追いかけ走り出した…

 

 

ルカ「あぁもう、なんだよ…」

…だいたい、あいつは何なんだ。なぜ助けようとしたのに、あそこまで馬鹿にされなきゃいけないんだ。

ラクト「ま…まぁこうして命があるだけ良かったぜ…」

ルカ「…めちゃくちゃ強そうだったな、あいつ…」

ちょっと怖かったから、逃げながら罵声を浴びせたほどだ。

今の僕では、どう足掻いても傷一つつけられないだろう。

まさか、噂に名高い魔王軍四天王の一人とかじゃないだろうな…

パヲラ「気にすることはないわよルカちゃん。あれはただ、魔物からの観点ってことにしとけばいいのよん。」

カムロウ「それよりも早く村に行かないとだよ!」

そうだ、今日はとっても素晴らしい日なんだ。ずっと憧れてきた勇者に、とうとうなれるのだから__

ああ、イリアス様…!僕は…ルカは、きっと魔王を倒してみせます…!

一転して、足取りも軽やか。こうして僕たちは、村へと戻ったのであった。

 

 

 

 



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第3話 潰えた希望、勇気の一歩、パーティ結成

ルカ「…ぁぁ…ぉ…ぅぅ…」

カムロウ「わあ…あああ…」

時刻は正午過ぎ、ルカは呻きながらラクトに肩を貸してもらながらふらふらと、カムロウは泣きじゃくりパヲラに抱きかかえられながらイリアス神殿を出る。

ルカの顔面は蒼白で、ゾンビ状態と疑われる程だろう。今日は一生に一度、洗礼を受けられる日。それなのに、結局僕は洗礼を受けられなかったのだ。

決して遅刻したわけではない。

ちゃんと正午前には、神殿へと出向いたのだ。

にも関わらず__なぜか分からないが、イリアス様は降臨されなかったのだ。

神官様が言うには、イリアス様が洗礼を与えて下さるようになって以来の大珍事らしい。

イリアス様に会えなかったカムロウは母を助けるのは無理だと言いながら泣いていた。

パヲラ「どうしてイリアス様は現れなかったのかしら…」

神官「お主は、イリアス様に見放されたのではないか。イリアス様は、旅立ちを祝って下さるつもりはないのだろう…。」

ルカ「…ぁぅ…ぅ…ぁぁ…」

ラクト「おいおい神官様…少しは言葉を選べよ。こいつはもう重症だぜ?」

神官様の言葉が、ルカの胸にザクザクと突き刺さる。

こうして、僕は洗礼を受けることができなかった。

一生に一度のチャンスを逃したので、今後もう二度と洗礼を受けられない。もはや僕は、勇者にはなれないのだ__

ルカ「…ぁぅぅ…ぉぁ…ぅ…」

冒険者「た、大変だ!毒に冒されているのですか…!?この毒消し草をお使い下さい…!」

ラクト「いや大丈夫だぜ…別の毒に冒されてんだ。そっとしといてくれ…」

見知らぬ冒険家にまで、心配されてしまう僕。ふらつく体を支えてもらいながら、何とか家に帰った。

 

家に着き、ラクトにドアを開けてもらう。

ラクト「なんか水とか飲むか?」

パヲラ「カムロウちゃんも飲む?」

ルカ「うん…頼むよ…」

カムロウ「ぼくも…」

ルカはなんとか喋れるほど回復した。カムロウはしゃくりあげながら答えた。

妖魔「ふむ、遅かったな。」

ラクト「そりゃそうさ。なんてったって大事件が起きちまったんだからよ。」

パヲラ「全くよね…待たせちゃってごめんなさいね…」

そう会話したあと、しばらく沈黙が続いた。

 

ラクト「…ん?」

パヲラ「…あら?」

カムロウ「あれ?」

ルカ「うん?」

4人が視線を向けた先には…

ルカ「な、なんなんだー!」

カムロウ「えっ!?なんでここに!?」

ラクト「ルカがバーカとか言うからだろおおおお!」

絶望する僕たちを迎えたのは、なんとあの妖魔だった。いつの間にか、何食わぬ顔で家へと入り込んでいたのだ。

いったい、何から突っ込むべきだろうか。

ルカ「…僕は何者だ?」

妖魔「知るか。…壊れているのか貴様?」

カムロウ「ル…ルカ!?」

ラクト「お前まさか…さっきのショックで記憶が!?ぶん殴ろうか?」

パヲラ「ダメでしょ!」

ルカはパヲラのツッコミで正気に戻った。

 

ラクト「大体、なんでルカの家がわかったんだ?」

妖魔「匂いだ。貴様の初々しい匂いを辿れば、すぐに分かることだ。」

ラクト「犬かお前は。」

ルカ「だいたい、どうやってお前みたいなモンスターが村に入り込んだんだ…?」

スライム娘のような雑魚一体でも、あれだけの騒ぎになったのだ。

こんな強そうな妖魔が現れたら、大騒ぎでは済みそうもない。

妖魔「人目を盗むことなど容易。余を誰だと思っている…?」

ルカ「いや、知らないよ…」

とりあえず、この妖魔は鼻が利くらしい。

 

カムロウ「あの…あなたは…?」

妖魔「まぁ、旅のグルメといったところか…」

パヲラ「あら、旅の美食家だったの。」

カムロウ「良かった…悪い人じゃないみたいだね。」

ラクト「魔物だろ!どう見ても!」

見たところ、敵意のようなものは感じられない。ただ、まるで自分の家であるかのように偉そうなだけだ。

 

ルカ「何をしに、ここへ来たんだ…?」

妖魔「まぁ…興味といったところか。それに、少し確かめておきたいこともあってな。」

パヲラ「なにかしら?確かめたいことって…」

なんだか、さっぱり分からない答えだ。結局、何一つ分からない。

なんだかガッカリうんざりしすぎて、逆に元気になってきた。

ラクト「まずこの状況やばくねぇか?魔物を家に上げたのがバレたら…」

イリアス神殿が鎮座するだけあり、このイリアスヴィルは魔物排斥の思想が非常に強い村である。魔物がいるのがバレたら、かなり厄介な事になるのだろう。

ルカ「…っていうか、いったい何をしに来たんだ?今の僕、洗礼を受けられなくて傷心なんだ。からかうなら、また今度に__」

妖魔「ふむ…それを聞くのも、余がここに来た理由の一つなのだ。そうか…イリアスは、現れなかったか…くくっ。」

なぜか、妖魔は満足げな笑みを浮かべた。

妖魔「余がこれだけの手傷を負わされたのだ、相応のお返しだ。「創世の女神」たる面目も丸潰れだろう…くくく。」

カムロウ「?」

ルカ「え…?どういうことなんだ?」

イリアス様が降臨されなかったのは、こいつと何か関連があるのか?

パヲラはそれを聞いて考え込んだ。

パヲラ「(どういうことかしら…?もしかしたら…だけど、まだ推測の域を超えないわね…)」

 

不意に妖魔が喋り始めた。

妖魔「食事だ。」

ルカ「はぁ?」

妖魔「食事を出せ、と言っている。気が利かん奴だな。」

ラクト「気が利いてないのはどっちだ。」

本当になんなんだ、いったい。なんで今日は、こんな理不尽な目に遭うんだ。

ルカ「仕方ないなぁ…」

なんだかんだ言いつつ、逆らうのが怖くないかと問われれば…

妖魔「今、余に対してなんと言った?」

ラクト「なにもいっでまぜん…」

ラクトは妖魔に首を絞められていた。

カムロウ「も、もうそこまでにしたほうがいいと思うよ…」

…否と答えることに若干の躊躇が必要と言えないこともない。要は逆らって、暴れられたりしたら怖い。

ルカ「でも、洗礼を終えたらすぐに旅立つ予定だったからなぁ…食材も調理用具も、全部片付けちゃって…」

台所に立ったはいいが、まるですっからかん。この家には、魔王を倒すまで帰ってくる気はなかったのだ。

持っているとすれば非常食として持参するつもりだった。

ルカ「ほしにく…」

カムロウ「ほしにく…」

ラクト「ほしにく…」

パヲラ「ほしにく…」

妖魔「ほしにく…」

妖魔は、露骨な溜め息を吐く。

妖魔「貴様には、うんざりさせられる…」

ラクト「ひでぇ暴言だ…」

妖魔「まあいい、余も疲れている…まずは前菜だ。」

妖魔は僕の手から干し肉をひったくると、不満そうな顔で噛み始めた。

妖魔「ん…美味いではないか。絶妙なスパイスの味付けが、肉の香ばしさを引き立てている。」

ラクト「ちゃんと評価してる…」

ルカ「そうだろう?未来の勇者として、料理の腕も磨いてきたんだから。旅に出る以上、野営もしなければいけないからね。…結局、勇者にはなれなかったけど。」

そう言って、がっくりと肩を落とす僕。剣の修行も料理の修行も、全部ムダだったってことか…?

妖魔「ふむ、まあいい。この干し肉は前菜のつもりだったが、これで満足だ。喜べ、メインディッシュは必要ない。」

ルカ「え…?メインディッシュって…?」

干し肉の他には、食べ物なんてないはずだ。どこにも、メインディッシュにするものなんて__

妖魔「………」

まじまじと僕を見る妖魔、その視線に、思わず総毛立ってしまう。

ラクト「…ハッ!」

ラクト「おおおおおおおいおいルカ、こいつ俺たちを食うつもりだったぞ…!」

ああ、メインディッシュってそういうことか。干し肉の次は、生肉のつもりだったんだな。あらためて、身を震わせてしまう僕とラクトだった。

ルカ「それで…結局のところ、何が目的なんだ?勇者になれなかった僕を、からかいに来たのか?」

妖魔「ふ…先程は、少しばかり言い過ぎたと思ってな。未熟がゆえの幼稚な使命感、それは未熟ゆえに仕方がない。だからこそ見識を広めるのは重要なのだ。世界というものを旅し、様々なものを見、己の幼稚さを恥じる……それで良いのだ。」

ルカ「………」

妖魔「…なんだ、慰めてやっているのに、その辛気くさい顔は。」

ルカ「え…?慰めてたの…!?」

ラクト「は!?慰めてたのか今!?」

カムロウ「えっと…どういうこと?」

パヲラ「ルカちゃんの目的は、世界中を旅して正しいかどうか判断しろって言ってるのよ。」

カムロウ「そう言ってたんだ…。」

 

妖魔「それで、貴様はこれよりどうする?まさか、旅立ちを諦めたとは言うまいな?」

ルカ「予定通り、魔王退治の旅に出るよ。勇者じゃなくたって、旅はできるからね。」

魔王を倒すのは、何も勇者のみではない。ただの旅人にだって可能なのだ。と、いうことにしておこう。そうでないと、今の僕には悲しすぎる。

妖魔「くくく…それでいい。実は余は、少しばかり貴様に興味が湧いたのだ。」

ルカ「興味…?僕に…?」

妖魔「その通り。貴様は興味深い。人と魔物の共存などという世迷い事を、胸を張って口にするのだからな。」

ルカ「世迷い事なんかじゃない。僕は、そういう日が来るのを信じているよ。必ず、そういう世の中にしてみせる!」

妖魔「くくく…いつまでそんな世迷い事が言っていられるか、さぞかし見物だな。貴様の旅について生き、化けの皮が剥がれる瞬間を見てやろう。」

ルカ「え…?僕の旅に…?」

なんとこの妖魔は、僕の旅に同行するのだという。いったい、どういうつもりなんだ…?

妖魔「余は、この世界を見て回るつもりでいたのだ。どうせなら、貴様と世界の両方を見ようと思ってな…理に適っているだろう?」

ラクト「…いや、食うつもりだろ。絶対。」

ルカ「…勝手にしてくれよ。どうせ、僕が嫌がったって無駄なんだろ?」

妖魔「ああ、無駄だな。余を追い払うことの出来る実力などないだろう?」

ルカ「…」

悲しいが、その通りだ。それにほんの少しだけ、同行者がいることに安堵したのも事実。正直なところ、一人旅は心細かったのだ。

ルカ「じゃあ、好きなだけ付きまとうがいいさ。僕の信念が本物だって、証明してやるからさ。えっと、名前は?」

妖魔「アリスフィーズ・フェイタルベルン。特別に、「アリス」と呼ぶことを許そう。」

ルカ「アリス…?似合わないなぁ……」

ラクト「うーん…同じく…」

パヲラ「そうかしら?可愛らしい名前じゃない。」

カムロウ「ぼくもそう思うよ!」

アリスなんて呼び方は可愛すぎて全くイメージに合わないではないか。もっとおどろおどろしい呼び名が…

アリス「絞め殺されたいのか、貴様?」

ルカ「ひっ…!すみません…!」

ラクト「あれはいてぇぞ…あばら折れるぜ…」

しゅるしゅるととぐろを巻くしっぽを見て、僕は素直に謝るのだった。

何だか、よく分からないことになってしまったが、それでも、陰鬱な気分は消え失せたのも事実である。

 

アリス「貴様らはどうするのだ?」

アリスはカムロウ、パヲラ、ラクトの三人に質問した。

ラクト「結局…神様に会えなかったわけだしな…どうするんだぜ?」

パヲラ「打つ手なし…ね、セントラ大陸に戻ろうかしら…」

ラクト「おい待て…どうやって戻るつもりだ?」

パヲラ「また同じ方法で…」

ラクト「できるかぁ!あんな狂人じみたことをまた俺にしろって言うのかてめぇ!?最悪だぜ…前から思ってたんだけどよ…お前とはそりが合わねぇんだよ!悪いなカムロウ、俺は下りるぜ。」

ラクトはそういうとドアに向かって歩き始めた。

カムロウ「えっ?ラクト?」

ラクト「俺様はこれから一人で放浪することにするぜ!短い間だったが、楽しかったぜお前との旅は…」

 

パヲラ「逃げるのね。」

壁に寄りかかり、腕組みをしていたパヲラがそう言った。

その言葉を聞いて、ラクトがピタッと止まった。

ラクト「…あ?」

パヲラ「逃げるのねって言ったのよ。あなたそうやって、自分にとって不都合なことになると逃げだしてきたんじゃないかしら?今までそうだったじゃない。戦いの時も逃げて、あたしたちを助けようともしなかった!」

ラクト「なんだとてめぇ…!」

ラクトがパヲラの胸倉をつかむ。それに動じず、パヲラは淡々と話を続ける。

ラクト「俺の気も知らねぇでべらべら喋りやがって…!」

それを聞いてパヲラも堪忍袋の緒が切れ、声を荒げる。

パヲラ「それはお前にも言えることだ!カムロウは自分の母親を助けようと必死なんだぞ!彼の気も知らないで、何が「楽しかった」だ!頼る人もいない彼の気持ちを考えたことがあるのか!?」

パヲラはラクトの胸倉をつかみ返した。

パヲラ「漢なら…自分にしか出来ないことを力のある限りやり遂げろよ!お前にその気力はないのか!?誰かを助けようともしたことがないのか!?臆病者め!」

カムロウ「…!」

ラクト「ふざけやがって…!」

まさに今、本気の殴り合いが始まろうとしたその時だった。

 

アリス「そこまでだ!」

アリスの目が光り、二人の動きが止まった。

パヲラ「…!?」

ラクト「あぁ…!?」

二人は動こうとしたようだが、全く動かなかった。

ルカ「…いまだカムロウ!二人を引き離すんだ!」

カムロウ「う…うん…!」

ルカはラクトを、カムロウはパヲラを取っ組み合いの姿勢から引き離した。

アリス「事情は知らんが、お互い熱くなりすぎではないか?」

少し間が空き、二人は口を開いた。

ラクト「…確かにそうだな……」

パヲラ「そうねい…熱くなりすぎたわ…」

どうやらお互い反省したようだ。ルカは自分の家で喧嘩が起きて、近所が心配するほどの大事にならなくてよかったと思った。

 

カムロウ「…あの……」

そんな中、カムロウが口を開いた。

カムロウ「わがままだけど…ぼく…ルカの旅についていこうと思うんだ。」

ルカ「えっ!?」

アリス以外が、その発言に驚いた。

パヲラ「でもカムロウちゃん、薬はどうするの…?」

カムロウ「いいんだ。でも、諦めたわけじゃないんだ。」

ラクト「どういうこった…?」

カムロウ「ルカの旅に付いて行きながら探すんだ。ルカは世界中を旅するんでしょ?」

ルカ「まぁ、そうだけど…」

カムロウ「だから、その途中で薬があるかもしれないし…お母さんならその手助けをしろって言うかもしれないし…」

カムロウはうつむきなからこう言った。

カムロウ「それに、「自分にしか出来ないこと」って考えたら、一緒に付いて行って役に立つことしかないと思ったんだ。だから…付いて行ってもいい?」

それを聞いてパヲラは涙ぐんでいた。

パヲラ「あたしも行くわルカちゃん…。カムロウちゃんの覚悟、しかと感じたわ!」

パヲラはラクトのほうを見た。

パヲラ「あんたはどうするの?」

ラクトは腕を組みながら答えた。

ラクト「…もう少しだけ付いて行ってやるよ…おめぇに臆病者って言われたのが腹立つしな。」

カムロウ「えへへ…ラクト、一緒にいてくれるんだね。」

ラクト「なんだよこのこの!」

ラクトはカムロウのほっぺをぐにぐにと撫でまわした。

 

ルカ「ってことは、この場にいる全員。僕の旅に付いて行くってことでいいかな?」

カムロウ「うん!よろしくね!」

ラクト「俺様のこと、ちゃんと忘れるなよ?」

アリス「ふん…騒がしくなったな…」

パヲラ「いいじゃない。楽しそうでしょ?」

ここに人間4人と1体の魔物の、魔王退治のパーティが結成された。

ルカ「じゃあ、そろそろ行くか…」

旅の準備はすでに終わっている。イリアス神殿から帰ってきて、その足で旅に出るつもりだったのだ。結局、洗礼は受けられなかったが、それでも、旅に出ないという選択肢はない。僕にあるのは、魔王を倒すか、途中で朽ち果てるかのどちらか。それ以外に道などないのだ。

ルカ「アリスは、裏口から出てくれないか?他の村人に姿を見られると、色々と面倒だからね。村を出たところで合流しよう。」

アリス「分かった、余も無駄な騒ぎは好まん。村の外で待っているぞ。」

ラクト「俺もそうしようかな。」

カムロウ「ぼくも先に外で待ってるよ!」

パヲラ「ルカちゃんはゆっくり、村の人たちに挨拶してからでもいいからねん!いつまでも待ってるから!」

そう言い残し、お騒がせ妖魔と3人は裏口から出て行った。

ルカ「さて…」

いよいよ、旅立ちの時だ。今は亡き母さんと過ごしたこの家にも、しばらくは帰ることができない。

ルカ「行ってくるよ、母さん!」

亡き母にそう語りかけ、僕は住み慣れた家を後にする。

こうして僕は、冒険の一歩を踏み出したのだった。

次にこの村に戻ってくるのは、魔王を退治した後だ__

 

 

 

 

 



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第4話 道中での出来事

ルカ「でも、なんで僕は洗礼を受けられなかったんだろう。」

カムロウ「わかんないね…」

パヲラ、「謎が謎ねい…」

村の人たちに別れの挨拶した後、夕暮れ時の道をとぼとぼ歩きながら、つい愚痴をこぼしてしまう。

もしかして、本当にイリアス様から見放されてしまったのか。今朝の夢は、ただの夢に過ぎなかったのか。だとしたら、この旅もまるで良いことがないではないか。

いきなり、こんな訳の分からない妖魔を抱え込んでしまったみたいに。

アリス「ん…?なんだ…?」

ルカ「いや…」

そもそもこいつ、いったい何なんだろうか。世界を見て回るだの、僕に興味があるだの言っているが、まるで意図が掴めない。

厄介な荷物を抱え込んだ感が半分、一人旅の寂しさが紛れる感が半分といったところか。

 

ルカ「あぁ、イリアス様。僕を見捨てられたのですか?ずっとこの日を待っていたのに洗礼を授けて下さらないなんて…」

アリス「好都合ではないか、洗礼なんぞ受けなくて。人間というのは、なぜ好んでイリアスの奴隷になりたがるのか分からん。」

ルカ「そうは言ってもだね…洗礼を受けた勇者ってのは、色々とお得なんだよ。宿屋も格安の勇者料金で泊まれるし。」

ラクト「へぇ…そりゃいいな。」

ルカ「一般民家を家捜しする権利も与えられるし。」

ラクト「ちょっと待てぇ!?」

アリス「家捜しの権利?勇者というのは、盗賊なのか?」

ルカ「いや、そうじゃないけど…」

だが、確かにアリスの言う通り、この権利を悪用し、盗賊同然の振る舞いをしている勇者もいると聞く。僕から見れば、そんな奴は勇者の風上にもおけないが。

ルカ「それに、洗礼を受ければ女神イリアスのご加護を得られるんだよ。悪いモンスターから、この身を守ってくれるんだ。」

カムロウ「わぁ!いいなぁ!いいなぁ!」

パヲラ「ほら、ちゃんとあるじゃない、ご加護。」

アリス「洗礼を受けた者は、その精が極めて不味くなるのだ。だから、モンスターに襲われることは少なくなるのだろうな。」

ルカ「え?そうなの?」

パヲラ「あら…そういう理由だったのね。」

アリス「…知らなかったのか?天使の肝臓みたいな味がして、とても食えたものではなくなるのだ。」

ラクト「まず天使の肝臓ってなんだよ。」

色々と突っ込みどころはある。天使の肝臓というのは不味いのか。そもそもアリスは、そんなものを食べたことがあるのか。何にしろ、聞かないほうが良さそうだ。愉快な答えが返ってくるとは思えない。

アリス「そういうわけで、洗礼を受けていない貴様は、非常に美味そうだ。」

じゅるり…と舌なめずりをするアリス。

ルカ「ひぃ!」

ラクト「ひぃ!」

僕は、全身が総毛立つような悪寒にさらされるのだった。この旅が終わるまで、僕は無事でいられるのだろうか。

 

アリス「ところで、目的地はどこだ?さっそく魔王城を襲撃するのか?」

ラクト「気が早くないか!?」

ルカ「まあ…最終的には、魔王城に行くわけなんだけど。」

ここから魔王城までは相当距離がある以上、辿り着くだけでもかなりの旅路になる。まぁそれはある意味で好都合。今の僕の実力では、魔王に太刀打ちなどできはしないのだから。魔王城に至るまでの長い旅路で、存分にレベルを上げていきたいところだ。

ルカ「えっと…ここがイリアスヴィルの少し北だから…」

この世界には、三つの大陸がある。

まずは、南東のイリアス大陸。ちょうど今、僕たちがいる場所だ。

そして中央にはセントラ大陸、世界の陸地の4分の3以上を占める、非常に広大な大陸だ。大きな城が4つも存在し、それ以外にも町や村は数多い。

そして北には、ヘルゴンド大陸、魔王城のある大地。寒暖の差が激しく、人が住むのには適さない不毛の地である。この大陸にある人間の居住地は、「レミナの虐殺」の舞台となったレミナのみ。今では壊滅してしまっている。

こんな風に、この世界には3つの大陸が存在するのである。

ルカ「とりあえず、イリアス大陸を出ないとね。」

ここから北に少し行くと、イリアス大陸最大の町イリアスベルク。

さらに北に行くと、この大陸唯一の港町イリアスポートである。

そこから、セントラ大陸への船が出ているのだ。

まずイリアスベルクまで行き、そこで一休み。装備品や道具、食料なども買い足さなければいけない。そこからイリアスポートで船に乗り、セントラ大陸へ到着という旅路だ。

ルカ「だから、今の目的地はイリアスベルクだね。この調子で歩けば、明日の今頃には着くよ。」

 

ラクト「そういえば…セントラ大陸行きの船は出てないんだっけ?」

ルカ「えっ!?」

パヲラ「なんでも嵐が起きて通れないとかで…」

ルカ「じゃあ三人はどうやってイリアス大陸に来たんだ…?セントラ大陸から来たんだろ?」

ラクトはパヲラを指差した。

ラクト「この馬鹿が大砲で吹き飛ばした。」

パヲラ「誰が馬鹿よ!画期的って言いなさいよ!」

カムロウ「すごかったよ!びゅーんって!」

ルカ「えぇ…」

 

アリス「やれやれ。町の名前も、大陸の名前もイリアスイリアスイリアス…うんざりだな。」

ラクト「まったくだぜ、単純に港町とかでいいだろ。」

ルカ「お前ら…なんて畏れ多いことを…」

アリス「「お前」と呼ぶな、ドアホが。…ところで、そろそろ腹が減ったな。」

ラクト「お前さっき干し肉食ったじゃねぇか!」

ルカ「…日が落ちたら野営するから、それまで我慢してくれよ。」

アリス「ふむ、努力してみよう。貴様の料理の腕は、それなりのようだからな。」

やれやれ、なんだかとんでもない厄介者を抱えてしまった気がするな。

そう思った次の瞬間だった。

 

 

 

ナメクジ娘が現れた!

 

ルカ「あれは…」

パヲラ「ナメクジねい…あたしヌルヌルは苦手だわ!」

一見したところ、きれいな貴婦人だが、下半身をよく見ると、ナメクジのような軟体となっていた!

ナメクジ娘「…旅人ね。しかも洗礼を受けていない、美味しそうな少年…」

ルカ「…!」

人生二度目の魔物との遭遇。

慣れなければいけない事とはいえ、どうしても緊張してしまう。

ルカ「どうしよう、アリス…あれ?」

ふと振り返れば_少し後ろを歩いていたアリスとラクトの姿が、忽然と消え失せていた。

パヲラ「アリスちゃんは分からないけど、ラクトは逃げたわよ。ダッシュで。」

ナメクジ娘は、ゆっくりとこちらをにじり寄ってくる。

ナメクジ娘「あなたは、この私の餌食にされるの…」

ルカ「ぐっ…」

正直なところ戦いたくはない。モンスターといえども、傷つけたくないのだ。でもやるしかない!

ルカ「だあああ!」

剣を振りかぶり、いやいや、あんまり大振りにならないように注意しつつ、攻撃を仕掛ける。

ナメクジ娘はダメージを受けない!

なんと刃は、ナメクジ娘の肩に当たった瞬間、にゅるりと滑ってしまった。その体の弾力と、表面を濡らすヌメヌメの粘液。それに阻まれ、刃が通らなかったのだ。

ルカ「そんな…僕の攻撃が…」

ナメクジ娘「そんな弱い攻撃では、私は斬れないわ…」

全身がこうだとしたら、剣での攻撃なんて効かないじゃないか…!

カムロウ「ルカ!そこどいて!」

指に魔力を込め、カムロウは魔法を放った。

カムロウ「ファイアーボール(火玉魔法)!」

小さな火球がナメクジ娘に向かって放たれた…が、

ナメクジ娘「えいっ…」

ナメクジ娘が飛ばした粘液で鎮火された。

カムロウ「火が消された!?」

ナメクジ娘「私を燃やすには小さい火よ…次は私の番。」

ナメクジ娘は無数の、大量の粘液を飛ばしてきた。今の位置で考えると避けることは難しい。

パヲラ「邪蹴ット(じゃけっと)!」

飛び出したパヲラは高速で回し蹴りをして、飛んできた粘液を蹴散らした。

パヲラ「あーんもう!あたしの自慢のふくらはぎがヌルヌルだわ!」

カムロウ「ありがとうパヲラさん!」

パヲラ「どうってことないわよ!」

その間にルカは再びナメクジ娘に攻撃を仕掛けた。

ルカ「これならどうだ!」

斬れなくても、突きならば_!

ルカは剣を寝かせ、剣先をナメクジ娘の胸に突き刺そうとした。

ぐにゅりとナメクジ娘の表面はへこみ、弾力をもってはじき返してくる。しかもヌルヌルの粘液で刃が滑り、全くダメージが与えられないのだ。

カムロウ「パヲラさん、どうしよう…?」

パヲラ「ごめんなさいね…あたしこういう体が弾力性なやつとヌルヌルは苦手なの。」

パヲラ「個人的な意味もあるけど…相性的にも苦手なの。あたしの魔導拳は拳を使うんだけど…こうもプヨプヨでヌルヌルだと、肉体に拳を打ち込めずらいの。どうにかしてあの粘液がなくなればいいのだけど…」

ルカ「く…くそ…!」

もう少し僕に腕力があれば、弾力も粘液も関係なく断ち切れただろうに。

普通に攻撃を仕掛けても、ダメージは通じないのだ。

 

ならばここは、敵の弱点を突くしかない!

ナメクジの弱点は…塩だ!

ルカ「よし、これならどうだ!?」

ルカはカバンの中から、調理用の塩を取り出した。

ナメクジ娘「そ、それは!」

カムロウ「ルカ!それは!?」

ルカ「塩!」

パヲラ「えっ塩!?」

食塩の瓶を見るなり、ナメクジ娘は顔色を変える。やはり、塩が弱点なのだ。

ルカ「食らえっ…!」

ルカは、ナメクジ娘に塩を投げつけた!

ナメクジ娘「きゃっ…!」

ルカ「よし…!」

斬撃が効かなくても、塩なら効果があるらしい!

ナメクジ娘「よくもやったわね…!」

ルカ「このぉっ!このおっ!」

ルカは塩を投げつけ続けた。

パヲラ「…これも正攻法ではあるけど……なんていうか…」

カムロウ「えっと…鬼は外?」

パヲラとカムロウはそれを見て困惑した。なんだこの戦いは。

ナメクジ娘「や、やめて…!」

効果は絶大で、ナメクジ娘はすっかりひるんでいる。

ナメクジ娘「お、覚えておきなさい…!」

捨て台詞を残して、そのままずりずりと逃げ去ってしまった!

 

ナメクジ娘を追い払った!

 

ルカ「や、やった…!」

またしても僕は、襲い来るモンスターを打ち倒したのだ。

スライム娘の時の、やたらめった斬りよりも見苦しい戦いだった気がするが…それでも、勝利には違いない!

アリス「…なんと低レベルな戦いなのだ。」

ラクト「まぁ塩は弱点だけどな…」

ルカ「あれ…アリス?」

パヲラ「あらラクト…あんたいたの?」

いつの間にか、背後にはアリスとラクトがいた。

カムロウ「どこ行ってたの、アリスさん?」

ルカ「まさか、あのナメクジ娘に恐れをなして逃げたのか?」

パヲラ「特にラクト。」

ラクト「一言多いぞてめぇ!ぶっ飛ばすぞ!」

パヲラ「面白れぇ…かかってきな!」

二人は取っ組み合いをし始めた。

アリス「何故余が逃げなければならん!……立場上、あまり他の魔物とは顔を合わせたくないだけだ。」

ルカ「…ふぅん、そうなのか。」

カムロウ「アリスさんもいろいろと大変なんだね!」

こいつにも、何か色々と事情があるようだ。モンスターである以上、人間と共に行動していてはまずいのかも。

アリス「それより貴様…さっきの戦いで、大きなミスを犯したぞ。」

ルカ「ミス…?」

カムロウ「なんだろ…?」

見苦しい戦いだった事以外、大きな失敗はないはずだが_

アリス「調味料の塩を全部まいてしまって、どうする気だ!今晩の料理は塩抜きか!?」

ラクト「なんの心配してんだよ!」

パヲラ「確かにそれは美食家として重大なミスね…」

ルカ「し、仕方ないだろ…!?さっきは、必死だったんだし…」

アリス「あんなモンスター相手に、塩を全部まいてしまうとは…つくづく、情けない勇者だな。おっと、勇者ですらないニセ勇者だったか…」

ラクト「お前煽るの上手いよな…」

ルカ「ううう…」

返す言葉はない。さすがにちょっと、あの戦いはみっともなかった。

それに、洗礼を受けていないのに勇者を気取っている身。ニセ勇者扱いでも文句は言えないのだ。

ルカ「見てたのなら、助けてくれれば良かったのに…」

パヲラ「特にラクト。」

ラクト「あぁ!?」

アリス「勘違いするな。余は決して貴様の仲間でも味方でもない。単に、貴様を観察しているに過ぎん。ゆえに助けてやる義理も全くないし、貴様が魔物の餌食になったなら…その時は、容赦なく見捨てるぞ。」

カムロウ「えっ…ぼく友達だと思ってた…」

パヲラ「いいのよカムロウちゃん。協力はしなくても友達なのは変わらないわよ。」

ルカ「…分かったよ。僕だって、お前なんかの助けは借りないからな!」

ラクト「そうだぜ!絶対借りないからな!」

アリス「分かればよい。せいぜい頑張るがいい。さて…もうすぐ夜だ、野営の準備もせねばならんな。…ところで、夕食は何なのだ?」

ラクト「お前さっき協力しないって言ったよな?」

仲間でも味方でもないと断言した割に、メシはしっかり食べるらしい。

つくづく、ろくでもない奴が同行したものだ…

パヲラ「ところで…野営のことなんだけど…」

ルカ「?」

ラクト「なんだよ…問題でもあんのか?」

パヲラ「えぇあるわよ。この人数で野営となると、寝る場所の確保が大変よ。変に地べたに寝て満足に体力が回復できないと、旅に支障が出るわ。」

アリス「ふむ、確かに…」

カムロウ「じゃあ、どうしたらいいの?」

パヲラ「もっちろん、決まってるじゃないのよーう!」

パヲラはある道具の一式を取り出した。

パヲラ「キャンプよ!」

 

 



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第5話 野営、キャンプでの稽古

ルカ「ごちそうさま~!」

カムロウ「ごちそうさま!」

パヲラ「とってもおいしかったわん!」

ラクト「あぁ美味かったぜ。」

アリス「ふむ、塩なしでも以外と美味かったな。大したものだ。」

今日の夕食は、パン、味付けの薄い卵焼き、野草サラダ。

みんなの素直な賛辞は、けっこう嬉しかったりする。

アリス「これで、剣の腕も良ければよかったのにな…」

ラクト「落とすなよ!持ち上げた後に!」

持ち上げた後で、やっぱり落としてくるアリス。

 

アリス「ところで…そのへっぽこ剣技はどこで教わったのだ?あまりにもひどくて、見ていられないのだが。」

へっぽこ剣技…?毎日、ひたすら研鑽を重ねた僕の剣が…?

ルカ「何を言うんだよ、アリス。僕は、もう5年以上も剣の特訓をしたんだぞ。」

アリスはカムロウ、パヲラ、ラクトの方を向いた。

アリス「貴様らの戦術、何年掛かった?」

最初にパヲラが答えた。

パヲラ「あたしの格闘術自体はざっと20年かしら…」

ラクト「何歳だおまえ。」

パヲラ「ピッチピチの25歳よ。カムロウちゃんは?」

カムロウ「ぼくは小さい時からお父さんの鍛錬を見て、その真似をしてたんだ。だから…5年くらいかな。」

パヲラ「あら、あの風の塊を放つあれも?」

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)のこと?あれもお父さんの技なんだ!見よう見まねだけど…」

ラクト「魔法は?」

カムロウ「お母さんから教わったんだ。ファイヤーボール(火玉魔法)ヒールパウダー(回復魔法)しかないけど…」

カムロウ「ラクトは?魔法はどうやって覚えたの?」

パヲラ「えっ、あんた魔法使えるの?」

ラクト「あったりめぇよ!ガキのころから母親に教わってたんだよ。といっても最後に教わったのは三年前だな。」

 

アリス「この旅芸人は自らの経験の積み重ね、坊やはおそらく、その父親がかなりの剣術の使い手なのだろう。へっぴり腰は母親が魔法使いかそのあたりだな。」

ラクト「へ…へっぴり腰…」

パヲラ「ふっ…」

ラクト「てめぇ今笑ったろ!」

アリス「だが貴様は5年も剣の修行をしながら、あのへっぽこぶりは何事だ。いったい、どんな修行をしてきたのだ?」

ルカ「イリアス神殿を訪れる冒険者の人達に、剣技を教わって…それを自分流にミックスして、アレンジして…」

最近はかなり減ったが、かつてイリアス神殿を訪れる冒険者の数は多かった。

地元の僕はそんな彼等に宿を提供し、その見返りに特訓を受けたり秘技を教えてもらったりしていたのだ。

アリス「雑魚同然の連中に教わった雑魚技など、ミックスしようがアレンジしようが雑魚技にしかならん。」

パヲラ「確かにねい…型無くして、型破りとは言えないっていうし…」

アリス「…いいだろう、少しばかり余が稽古をつけてやる。」

ルカ「いいよ、稽古なんて…それに、魔族に剣を教わるなんてのも…」

アリス「それは、魔族に対する差別か?人と魔物の共存を口にする貴様が、魔族の剣など使いたくない、と?」

ルカ「いや、そんなことは…」

ラクト「はははっ!返す言葉もねぇな!ルカ!」

確かにアリスの言う通りかもしれない。僕の心の中には、魔物に対する差別があったのかも。人と魔物の共存を願う僕が、心に壁を作ってはいけない!なにより僕は、もっと強くなりたいのだ!

ルカ「…じゃあ、お願いしようかな。旅に差し障らない程度に、夕食後の数時間ぐらいだけど。」

アリス「よし、いいだろう。余も決して貴様の味方ではないが、簡単にモンスターの餌食になられても面白くない。せいぜい、モノになるよう鍛え上げてやろう…」

ルカ「お、お願いします…」

こうしてルカは、就寝前の数時間、少しばかり剣の特訓を行うことになったのである。

 

夕食の片付けをしているとき、ラクトがカムロウに話しかけた。

ラクト「あぁそうだカムロウ、この後時間あるだろ?」

カムロウ「え?あるけど…どうしたの?」

ラクト「いやな…ちょっとばかり、俺様が魔法のコツ、伝授しようと思ってな…」

カムロウ「えっ!いいの!教えて!教えて!」

ラクト「まぁそう焦るなよ!後でちゃんと教えてやっからよ!」

 

ラクトはパヲラに話しかけた。

ラクト「おまえはどうするんだ?」

パヲラ「あたしはルカちゃんの稽古でも見ようかしら。ジャグリングで筋トレしながら。」

ラクト「ジャグリングが筋トレってなんだよ。」

 

 

ラクト「魔法ってのはよ、体内の魔力を練り上げて放つんだ。だから調節が効くんだよ。」

カムロウ「え、えーと…」

ラクト「難しかったか!まぁ体で覚えたほうが早いな!カムロウ、ファイヤーボール(火玉魔法)放ってみろ。」

カムロウ「う、うん。」

カムロウは指に魔力を込め、小さな火球を放った。

ラクト「よし、問題ないな。んじゃステップ2に行くぜ!カムロウ、次は指に魔力を溜め続けて火を大きくするんだ。」

カムロウ「えっ!?えっと、どうやって…」

ラクト「ファイヤーボール(火玉魔法)のファイアーのところで魔力を溜め続けてみろ。」

言われたとおりにファイヤーと言って指に魔力を込め続けた。すると次第に指から火が溢れるように燃えだした。

カムロウ「わっ!あっ!わわわ…」

ラクト「落ち着け!それは熱くねぇ!まだ魔力の塊だ!今度はそれを塊にするよう頭でイメージしろ!」

頭の中で、指から火の塊が出来るようイメージする。次第に溢れる火は、塊になって大きくなっていく…

ラクト「今だ!放て!」

カムロウ「え、えい!」

指を振り下ろして火の塊を放つ。それが地面にぶつかると、爆発するかのように燃えた。

ファイヤーボール(火玉魔法)よりも大きな、火よりも炎と言ったほうがいいだろうか。とても大きな炎だった。

ラクト「うまくいったなカムロウ!名付けてファイヤーボルト(火炎弾魔法)っていったところか?」

カムロウ「す…すごいや…」

まだドキドキする。こんなに大きな炎を出せるなんて。

ラクト「まぁこれでわかったろ?魔力を溜めたりすることで、強力な魔法を放つことができるんだ。ただポンポン出せばいいってもんじゃないんだぜ。」

カムロウ「うん!わかった!」

 

カムロウは「ファイヤーボルト(火炎弾魔法)」を習得した!

 

ラクト「さて…ルカたちの様子でも見に行くか…」

カムロウ「どんなことしてるんだろうね。」

二人は地面に燃えた火を消した後に、ルカたちの様子を見に行った。

 

 

 

アリス「そう…そこで、足のバネを用いて斬り上げるのだ。剣というものは、決して腕力のみで扱うものではない。」

ルカ「こ、こうかな…?」

アリス「ふむ、なかなか形になっているようだな。」

アリスに教わったこの技は、腕力はあまり必要としない。僕のような小柄な戦士にも使える、素晴らしい技だ。

 

ルカは「魔剣・首刈り」を習得した!

 

ラクト「おぉ、やってるやってる。」

そこにカムロウとラクトがやって来た。ラクトはジャーキーを食べていた。

アリス「むっ…それは?」

ラクト「ジャーキー。」

アリス「そうか、寄越せ。」

ラクト「やだよ。これは俺のだ。」

パヲラ「あら終わったの?」

カムロウ「うん!ばっちり!それで、ルカは何を教わったの?」

ルカ「あぁ、魔剣・首刈りって技なんだけど…」

アリス「「魔剣・首刈り」その技は、貴様のように小さな体格の剣士に最適な剣技だ。小さな体格を逆に利点とし、敵の懐に潜り込んで喉元を掻き斬る秘技。ダークエルフの妖剣士ザックスは、その技で人間百人の首を切り落としたという話だ。」

ラクト「とんでもねぇ技教えられてんじゃねぇか…」

ルカ「いやいや…もう少し勇者らしい技を教えてほしいんだけど…」

アリス「贅沢を抜かすな。選り好みできる立場か、貴様は。」

ルカ「そ、そうだけど…勇者としてのイメージとかさぁ…」

アリス「うるさい、ではさっそく実技だ!」

ルカ「ええ…!?」

パヲラ「あらあら、ルカちゃん早速使ってみたらどう?」

ルカ「これでいいのかな…ていっ!魔剣・首刈り!」

ミス!アリスにダメージを与えられなかった!

ラクト「ええええ!なんで避けんの!?」

アリス「そんなもので余に傷一つ付けられると思ったか、ドアホめ。」

ルカ「…」

ラクト「…」

 

 

こうして得るものも多く、本日の訓練は終わったのだった。

ルカ「アリス、キャンプに入らないのか?」

アリス「余は、そんな窮屈な所など入らん。これでいい。」

アリスは、側の木にぎちぎちと巻き付いてしまう。

ラクト「えっあれで一晩を過ごすん?」

…まあ、本人が良いならいいとしよう。

僕たちは大人しく、自分のキャンプ内に入ろうとした。

アリス「ところで、貴様。その指輪はどういう由来のものなのだ…?」

アリスが言っているのは、僕の指で光っている指輪。母さんの形見のものだった。

パヲラ「そういえば気になってたのよねい…その指輪。」

カムロウ「綺麗な指輪だよね!」

ルカ「アリス、これは食べちゃいけないよ。」

ラクト「いくらこいつでも食えないだろそれは…」

アリス「貴様…余を何だと思っているのだ?」

ルカ「いや…いつもお腹を空かせているとばかり…」

アリス「ドアホめ。その指輪からは、微かな思念を感じるのだ。」

ルカ「微かな思念?それが何なのか知らないけど…この指輪は、母さんの形見だよ。母さんは十年前、流行り病で死んだんだ…」

ラクト「えっ…そうなのか?」

パヲラ「それは…大変だったのねい…」

カムロウ「大切なものなんだ…」

アリス「そうか…それは辛かったな。」

ルカ「え…?ああ、うん…」

正直、アリスの意外な言葉に僕は目を丸くしていた。腰抜けとか、軟弱者とか言われると思っていたのに_

アリス「何を意外そうな顔をしている…?親が死んだときの悲しみは、魔物も人間も違いなどあるまい。」

ルカ「ああ、うん…そうだね。」

 

アリス「…それで、父親はどうしたのだ?まだ、健在なのか?」

ルカ「いや…母さんより前に、死んだよ…」

アリス「ふっ、分かったぞ。貴様の妙な使命感は、父親の背を追ってのものだ。貴様の父親は勇者で、魔王討伐に旅立ち帰ってこなかった。さから貴様は父の遺志を継ぎ、勇者になろうとした。おおかた、そんなところだろう?」

的外れもいいところ、親父はそんな立派な人物ではない。

ルカ「…悪いけど、まるで見当外れだよ。あいつは、自業自得の死に方をしたんだ…」

その言葉を聞いて、周りの空気がどっと重くなった。

ラクト「じ…自業自得だぁ…?」

パヲラ「それは…いや、これ以上は言わないでおくわ…」

アリス「むう…なにやら尋常ではないな。お花畑のような頭の貴様にしては、随分な言い方ではないか。」

ルカ「僕の事はいいよ…それより、アリスはどうなんだ?そもそも、僕に付きまとっていったい何がしたいんだ?」

僕を襲ったり食べたりしたいのなら、とっくにそうしているのだろう。

これだけ強い妖魔がその気だったら、僕に抵抗する術などないはずだ。

その目的は、さっぱり見えてこない。

アリス「余は、その…魔族の中でも由緒正しきフェイタルベルン家の一人娘。しかし、少々ながら世の中というものが見たくなってな。つい先日、旅に出た次第だ。」

パヲラ「あら、由緒正しい家系なの。」

ルカ「本当に…?」

アリス「まぁ大筋はな…」

含みを持たせ、にやりと笑うアリス。何やら、その腹には色々とありそうだ。

ルカ「まさかお前は魔王の腹心で、人間の町や村を下調べしてるとか…」

ラクト「いずれ時が来れば、一気に攻め滅ぼすためにか!?」

アリス「くくく…そういう考え方も面白いな。」

そういうとアリスは一冊の本を取り出した。

アリス「見よ、この書物を!」

カムロウ「そ…それって!?」

アリス「これは、貴様たち人間の町や村、地理や環境を調べ尽くした禁断の書!われわれ魔族は、貴様等のことをここまで把握しているのだ!」

ルカ「あ…これ、旅行ギルド「ワールドトラベラー」の観光ガイドだ…」

ラクト「ただのガイドブックじゃねぇか!」

世界各所の名所や穴場、町や村の名物料理など、様々な観光情報が記された旅行者垂涎の一冊。冒険者もグルメも風景マニアも、みんな大満足の優れものだ。

ルカ「しかも、ヨハネス暦867年版…!?今から500年も前のものじゃないか…!」

アリス「む…少々、古かったかもしれんな。」

ラクト「おかしいだろ時間の感覚…500年だぞ…」

パヲラ「ふぅん…このガイドに載ってる町や村、半分以上はもう存在してないわね…」

ルカ「すごいな、これ…写本時代のものじゃないか。古書屋に売ったら、どれだけの値が付くか…」

それを聞いてラクトは目を輝かせた。

ラクト「えっまじ!?今すぐ売ろう!今すぐ!」

アリス「売らんぞ、ドアホめ。」

…残念。あのガイドブックを売れば、当分は旅費に困らないだろうに。

ルカ「ともかく…そろそろ寝るか。ふぁぁ…今日は疲れちゃったよ。おやすみ、アリス。」

アリス「ああ…」

パヲラ「そうね寝ましょう。カムロウちゃんがウトウトしちゃってるわ。」

今日は、色々な事がありすぎた。疲れ切っていた僕は、たちまちにして深い眠りに落ちていくのだった__

 

???「ルカ…勇者ルカ…」

ルカ「う…ん…」

どこからか、僕を呼ぶ声がする。ここは_

ルカ「イ、イリアス様…!?」

イリアス「ルカ…あなたは洗礼を受けていない、祝福されざる勇者。しかし、決して己を卑下してはいけません。」

ルカ「イリアス様…それはいったいどういう…」

イリアス「ルカ…祝福されざる勇者よ。私はいつでも、あなたを見守っていますよ__」

 

ルカ「イ、イリアス様ぁ…」

まるでバネ細工のように、僕は跳び起きていた。

ラクト「うおおぉ!びっくりしたぁ!」

パヲラ「あら、お目覚めねい」

パヲラは筋トレを、ラクトは本を読んでいてそれにびっくりした。カムロウはまだ寝ていた。今のは、夢だったのか…?いや、ただの夢であるはずがない。昨日のように、イリアス様が語りかけて下さったのだ!イリアス様は、決して僕を見捨ててはいない_!

ルカ「よし!やるぞぉ!!」

アリス「なんだなんだ、朝から騒がしい奴だ…」

木に絡みついたまま、アリスは寝ぼけ眼を擦る。

アリス「まあいい…とにかく食事にしてくれ。」

ラクト「こいつ…朝から晩までメシの事ばかりだな…」

パヲラ「ほらカムロウちゃん、おはよう、朝よ。」

カムロウ「う…うーん。」

 

ルカ「ごちそうさまでした~!」

アリス「ふむ、ごちそうさま。」

こうして僕たちは朝食を終える。

朝食のメニューは、パンにサラダ、目玉焼き。

これで手持ちの食材は使い切り、残るは干し肉のみ。今日の昼は干し肉で乗り切り、夕方にイリアスベルクに到着。

そこで宿を取って、一晩を過ごす。食材も買い入れ、問題なし。

ルカ「ふふふ…実に完璧な計画だ…」

ラクト「村出てから一日も経過していないぞ。」

 

ルカ「イリアス様、今日もお恵みをありがとうございます。」

ともかく、朝食後のお祈りも忘れない。今日という素晴らしい日を、イリアス様に感謝だ。

アリス「…いきなり何だ?辛気くさい奴だな…」

ルカ「なんだも何も、イリアス様に感謝をお伝えしているんじゃないか。イリアス五戒には「神に祈りを怠たるなかれ」ってのがあるんだよ。」

カムロウ「そうなの?」

パヲラ「そうみたいねい。あたしはそこまで熱心にやってないけど。」

ラクト「なんかめんどくせぇな…俺はごめんだぜ。」

まして、イリアス様は冒険者を見守って下さる女神。旅に出ている身だからこそ、なお深い祈りを捧げなければならないのだ。

アリス「五戒…?イリアスも、下らんものを押しつけるのが好きな奴だ。それに、そのようなものにありがたく奉るとは…人間も人間よ。そんなに神の奴隷でいたいのか?」

ルカ「…」

パヲラ「気にしなくていいのよルカちゃん、これも魔物側の意見の一つよ。」

なんだか、ひどい言い様だ。昨日からの言動で、分かったことが一つ。アリスは、イリアス様が大嫌いらしい。

アリス「そもそも、イリアスは魔物を忌み嫌っているではないか。それは、貴様の信念と矛盾せんのか…?貴様は、人と魔物が仲良く暮らす世の中に憧れているんだろう…?」

カムロウ「あ、確かに。」

ルカ「それは、そうだけど…」

…こいつ、痛いところを突いてくる。確かにイリアス様は人間を愛されている分、魔物をお嫌いになる。

しかし…イリアス様は、人間には分からない深い理由をお持ちなのだろう。

人間は弱く、魔物は強い。イリアス様は、その不均衡を正そうとされているのかもしれない。

アリス「だいたい、何が魔姦の禁だ。ほとんどの魔物は、人間の男と交わらないと繁殖できん。」

ラクト「えっそうなのか?」

パヲラ「初めて聞いたわその話…」

アリス「つまり魔物の数だけ、魔姦の禁を破った人間がいるということではないか。」

ルカ「ああっ…!」

ラクト「はぁっ…た、確かに…!!」

アリス「今頃、気付いたのか…?…ドアホめ。」

ルカ「そんなにいっぱい、魔姦の禁を破った男がいる事になるのか…イリアス様の戒律を破るなんて、けしからん奴もいるもんだ…」

ルカ「あれ?でも、魔姦の禁を破らないと魔物は子孫を残せず、絶滅しちゃうわけで…」

アリス「それ見ろ、困ったことになるではないか。貴様の夢見る、人と魔物が共存する世界は潰れてしまうぞ。それでもいいと言うのか、貴様は?」

ルカ「…きっと、イリアス様には深い考えがおありなんだろう。」

アリス「やれやれ、思考停止か。ドアホにとって、神はとても便利だな。」

ルカ「そこまで言わなくてもいいだろ…」

ラクト「随分毛嫌いしてんなぁ…」

…まあ、こんな話はともかくして。

ルカ「そろそろ行こう。あんまりのんびりしてたら、イリアスベルクに着くのが夜になるよ。」

アリス「ふむ、それは困るな…」

こうして僕は野営の後片付けをし、再び旅路を行くのだった。

 



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第6話 道中でのピンチ

こうして僕達は、徒歩で北へと行く。イリアスベルクまでは、歩いて約一日。この調子で行けば、予定通り夕方には到着するはずだ。

ルカ「イリアスベルクには、数年前に一度だけ行ったことがあるんだよ。」

ラクト「そうなのか。ずっと村にいたわけじゃないんだな。」

カムロウ「ぼくは昨日初めて行ったんだ!」

パヲラ「あの時は急ぎだったから、今度はじっくり見てまわりましょ、カムロウちゃん。」

ルカ「あの時は馬車だったから、魔物にも襲われずに済んだよ。」

ルカ「大通りには人がいっぱいで、商人や冒険者で賑わってて…店には、色んな物が売ってるんだよ。楽しみだなぁ…」

アリス「ああ、余も到着が楽しみだ…くくっ。」

ルカ「…楽しみなのか?アリスが…?」

ラクト「もしかしてお前…何か悪いことを企んでいるんじゃないだろうな…?」

アリス「イリアスベルクの老舗店「サザーランド」では、「ハピネス蜜をたっぷり使ったあまあまだんご」が名物だという。いかなるグルメも舌鼓を打つ妙味、しかと味わおうではないか。」

ラクト「食べ物かよ!」

なんだ、やっぱり食べ物のことか…しかもそれは、500年前の旅行ガイドから得た情報のはず。

パヲラ「でもそのガイドブック、500年前のモノなんでしょう?」

ルカ「そうだよ。500年も前のことなんだから、今もその宿があるかは分からないぞ。」

アリス「何を言う、たかだか500年前ではないか。今もあるに決まっているさ。」

ルカ「…」

…僕は、人と魔物が共存できると信じている。しかし、この時間感覚の差を埋めるのは難しそうだ。

 

ラクト「…あーあ。この道だよこの道。日が昇る前に走ったよな。」

カムロウ「うん、見覚えある。」

歩いている途中、ラクトが口を開いた。

ルカ「どういうこと?」

ラクトはパヲラの方を向いた。

ラクト「こいつがよ…間に合わないから走るぞとか言い始めるからよ…日も出てない暗い時からずっと走ったんだよ。最悪だったぜ…」

カムロウ「ぼくは楽しかったよ!」

パヲラ「しょうがないでしょ。前日だったわけだし。」

ラクト「普通に馬車使えばよかっただろうが!」

パヲラ「何よ!あんた夜通し走ることもできないわけ!?」

ラクト「出来ねぇだろ普通!お前の基準どうなってんだよ!「筋肉ハイヒール」!」

パヲラ「何が「筋肉ハイヒール」よ!「白身マフラー」!」

ラクト「し…白身だとてめぇ…!」

二人は口喧嘩をし始めた。…この二人は仲が悪いのだろうか?そんな時だった。

ルカ「ん?」

道の真ん中に、なにか、妙なものがある。しかしラクトとパヲラは気付かず口喧嘩を続けていた。

カムロウ「なんだろうこれ。」

ルカ「なんだこりゃ?」

どうも、植物のようだが、よく見るとぴこぴこ動いていて、得たいが知れない。

カムロウ「ルカ、どうする?」

ルカ「…引っこ抜いてみるか。」

ルカはその葉っぱを掴み、思いっきり引き抜いてみた。

ラクト「別に赤身だから長く走れるってわけじゃ…ん?」

ラクトとパヲラが異変に気付いた。

ラクト「おい待て!それってもしかして…!!」

パヲラ「…!?待ってルカちゃん!それ引き抜いちゃダメ!」

ラクト「だめだ!俺は逃げるぜ!」

ルカ「え?」

その瞬間、悲鳴のような、変な声が周囲に響き渡る

???「い や ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ! !」

それを聞いた瞬間、突然に体が麻痺してしまった。

僕が引き抜いたのはなんと…

 

マンドラゴラ娘が現れた!

 

マンドラゴラ娘「もう、何するのよ~!せっかく、のんびり寝てたのに~!」

ルカ「ごめんなさい…って、体が動かない…なに、これ…」

カムロウ「痺れる…」

妙なことに、尻餅を着いた体勢のまま動けなくなってしまった。全身が麻痺して、全く力が入らないのだ。

マンドラゴラ娘「そりゃ、私の悲鳴を聞いちゃったからね。心臓の弱い人間なら、死んじゃうこともあるのよ?」

そう言いつつ、マンドラゴラ娘は腰を抜かす僕たちをまじまじと眺めた。

マンドラゴラ娘「じゃあ…また、しばらく寝るとするわ。長く眠れるだけの栄養補給を済ませてからね…」

ルカ「くっ…体さえ動かせれば…」

体を動かそうとしても、全く身を動かせない。その間にマンドラゴラ娘は近寄ってくる。

標的は僕だ。栄養補給ということは…察しは付く。おそらくアレだ。男なら出せるであろうアレだ。

それはまずい。もしそんなことになれば、もうどうしようもないぞ…。

興味本位で引っこ抜かなければ良かった…

パヲラ「もっと周りを見たらいいんじゃない、お嬢さん?」

マンドラゴラ娘「えっ?」

そう反応した瞬間、マンドラゴラ娘の体に鋭い蹴りが入っていた。

パヲラ「采配(サイハイ)ブーツ!」

パヲラは動けないルカとカムロウを庇うように、蹴り技を放ちながら前に出た。

マンドラゴラ娘「なんで私の声を聞いたのに動けるの!?」

パヲラ「動けないふりをしてたのよ。声は直後に耳を塞いで凌いだわ。」

蹴り技を放ちながら、両手をT字の形にした。

パヲラ「ティー(シャ)ッ!」

T字の手から衝撃波が放たれ、それに当たったマンドラゴラ娘は後ろに吹き飛ばされた。

パヲラ「ふぅー…」

パヲラは後ろの二人を見た。まだ麻痺が治るのに時間が掛かりそうだ。

無防備の二人を守りながら戦うとなると、周囲に気を使いながら戦わなければならない。

出来るだけ時間稼ぎを…

パヲラ「闊歩卯戯(かっぽうぎ)!」

大股でステップを踏みながら近づき、蹴りを放った。

しかし、マンドラゴラ娘は地中に潜って回避した。

マンドラゴラ娘「こっちよ!」

別のところから勢いよく飛び出して体当たりをしてきた。

パヲラ「(サス)ペンダー!」

体当たりを避け、腹部に向かって貫手を当てようとしたが、再びマンドラゴラ娘は地中に潜った。

パヲラ「また!?」

カムロウ「パヲラさん後ろ!」

今度は後ろから飛び出てきた。

パヲラ「スカ(アト)!」

地面がえぐるほどの勢いで回し蹴りを放った。それもまた地中に潜って回避された。

これでは当てる事すらできないもぐら叩きではないか。

パヲラは拳を構え、静かに周囲を見渡した。次は…どこから来る…?

そよ風が吹き、草は揺れ、木から葉を揺らす音が聞こえ、長く短い静寂が流れる。

 

__そこか!

パヲラは地面から聞こえる小さな音を聞き逃さなかった。地面を蹴り、出てくるであろう場所に飛び掛かる。

予想通り、そこからマンドラゴラ娘が顔を出した。

マンドラゴラ娘「えっ!?」

こんな近くに接近しているなど予測していなかったために動揺した。その隙にパヲラはマンドラゴラ娘の顎に向かって右フックを放った。

パヲラ「()レス!」

顎に衝撃を与えれば、その影響で脳が揺れてしまう。一時的に脳と体の意識は切断される。

間髪入れず、攻撃を続ける。

パヲラ「散多(サンダ)ル!」

連続で蹴り技を叩き込み、最後に足を延ばして蹴り飛ばした。

パヲラ「素止鷺(ストロー)ハット!」

マンドラゴラ娘の腹部に攻撃が入り、後ろに吹き飛ぶ。

カムロウ「当たった!?」

ルカ「どうなんだ…?」

あれほどの攻撃を食らえばひとたまりもないだろう。このまま逃げて欲しいところだが…

マンドラゴラ娘「今のは効いたわ…」

マンドラゴラ娘はゆっくり体を起こした。

ルカ「まだ立てるのか…!?」

パヲラ「そうよね…あなたの体、硬いのよね。でも今の攻撃が効いたことは確か。もう体力も半分くらいしか残っていないじゃない?あたしたち、殺しなんてするつもりはないの。お願いだから退いてくれないかしら?」

パヲラはルカの信念に基づいて、マンドラゴラ娘に退いてもらうよう説得した。

マンドラゴラ娘はそれを聞いて黙り込んだ。悩んでいるのか…?

パヲラ「(…!違うわ!まさか…!)」

パヲラはすかさず耳を塞いだ。

マンドラゴラ娘「い や ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ! ! !」

大声量の悲鳴をあげ始めた。辺りに悲鳴が響き渡る。

パヲラはなんとか声を聞かないようにしたが、まだ体が麻痺していたカムロウとルカはその声を聞いてしまった。

ルカ「またこの声か…!」

カムロウ「びりびりする…!」

パヲラ「(二人がまだ麻痺してるっていうのに…!)」

この悲鳴の嵐の中、攻撃をしかけようとしても、何かの拍子で手を耳から放してしまえば、パヲラ自身も麻痺してしまう。アリスやラクトがこの場にいない今、自分が麻痺してしまえば全滅であることに変わりはない。

マンドラゴラ娘「あ あ あ ぁ ぁ ぁ ! !」

悲鳴は止まない。パヲラが麻痺するまでやめるつもりはないようだ。

パヲラ「(どうすればいいの…これじゃ動けないわ…!)」

 

 

 

ラクト「マジかよあれ…手も足も出ねぇじゃねぇか…」

遠くからその光景を、木の裏で冷や汗を流しながらまじまじとその様子を見ていた。

ラクト「最悪だぜ…!あれじゃ誰も…」

アリス「どうしようもないな。」

ラクト「うおおっ!?」

気付いたら後ろにいたアリスに、ラクトは驚いた。

ラクト「お…お前か、びっくりさせんじゃねぇよ!」

アリス「貴様は行かないのか?」

ラクト「へっ?」

アリス「あいつらではどうしようもない今、貴様が行かなければどうにもならないぞ?」

ラクト「だ…だけどよぉ…」

俺一人でどうにかなるのかよ…と言おうとした。

アリス「まぁ…貴様が逃げようが、あいつらがあのままくたばろうが、余には関係ない話だ。」

ラクト「………」

こいつは魔物だ。俺たち人間がどうなろうと関係ない。

だけど俺は…あいつらを見捨ててこのまま逃げるっていうのは人として恥ずかしいんじゃ…?

ラクト「………っだあああ!わかったよ!行けばいいんだろ行けば!」

アリスにそう言い放ってラクトは走り始めた。

ラクト「(出来る事っていったらよ…あの悲鳴を止めさせるぐらいだろ…!?)」

走りながら策を練る。一か八かだ。ダメなら本当に逃げよう。そう思いながら走った。

 

 

 

マンドラゴラ娘の悲鳴はまだ止んではいなかった。

ルカ「このままだと…長期戦になるんじゃ…」

カムロウ「体が動ければいいのに…」

パヲラ「(厄介ね…麻痺する声っていうのは…!)」

ラクト「おーい!」

カムロウ「えっ!?」

パヲラ「!あいつ…何しに来たのよ!」

なんとラクトがこっちに向かって来ていた。

ルカ「だめだラクト!こっちに来たら!」

パヲラ「あなたも動けなくなるわよ!」

ラクト「遠くからでも攻撃はできる!ルーン魔導って知ってるか!」

そう言うと指で線を描き始め、空中に文字を作った。作った文字を手で握り締めた。

ラクト「衝撃波!」

ラクトの手から衝撃波が放たれた。その衝撃波はマンドラゴラ娘に命中した。

マンドラゴラ娘の麻痺する悲鳴は中断された。

カムロウ「やった…!」

ルカ「今のうちに動かせるように…」

マンドラゴラ娘「もう一人増えたところで変わらないわ!」

息を吸い込み、再び悲鳴を上げようとした。

パヲラは再び耳を塞ごうとする。

ラクト「おいパヲラ!攻撃の準備しとけ!」

パヲラ「はぁ!?」

ラクトは再び文字を描き、魔法を放った。

ラクト「高周波(ラジオウェーブ)!」

文字が弾けると高周波が発生した。マンドラゴラ娘は同時に悲鳴を上げたが、高周波によってかき消された。

マンドラゴラ娘「こ…声が!?」

ラクト「ボーッとしてる場合か!?」

ラクト「口封じ!」

ラクトが描いた文字が、マンドラゴラ娘の口を塞いだ。

マンドラゴラ娘「んん~!」

ラクト「今だ!」

パヲラ「やるじゃないのラクト!」

パヲラは駆け出し、マンドラゴラ娘の頭を鷲掴み頭突きを放った。

パヲラ「地獄(ヘル)メット!」

マンドラゴラ娘「~~~!」

渾身の頭突きにマンドラゴラ娘は怯んだ。声にならない声を上げながらその場でうずくまる。

カムロウ「はぁ…やっと動ける!」

ルカ「そんな…僕まだ治ってないのに。」

その間にカムロウが麻痺から治った。

カムロウは剣を抜き、火炎弾魔法(ファイヤーボルト)を放てるよう指を構えた。

ラクト「…どうだ?こっちは火を放つ奴もいりゃ、ボッコボコに出来る奴もいるぜ?それに俺はお前のお得意の悲鳴を無力化出来るんだぜ、まだやり合おうってのか?」

口封じの魔法が解けて、マンドラゴラ娘は喋れるようになった。

マンドラゴラ娘「…もう、いいわよ!別の場所で寝るんだから!」

マンドラゴラ娘は、地面の中へと潜ってしまった…

 

マンドラゴラ娘を追い払った!

 

ルカ「はぁ…はぁ…」

ラクト「危ないところだったぜ…あ~なんとかなったな…」

ラクトは緊張の糸が切れたようにぐったりした。

カムロウ「すごいよラクト!」

パヲラ「てっきり何もできない奴かと思ってたけど、見直したわよ。」

ラクト「お?そうか?俺様のことももっと褒めてもいいんだぜ?」

パヲラ「うるさい。」

ラクト「ほげぇっ!」

パヲラはラクトの腹にパンチを食らわした。

ルカ「でも…ラクトがいなければどうなっていたか…」

本当に危ないところだった。ラクトが駆け付けなければ、餌食にされていただろう。

パヲラ「それにしてもどういう風の吹きまわしよ?あんたが戦いに来るなんて。」

ラクト「アリスの奴に半ば脅されたって感じだ…悪いけど俺がこうやって協力するのはこれっきりだからな!」

カムロウ「えぇ~」

パヲラ「ほら、カムロウちゃん残念がってるじゃない。」

ラクト「本当にすまん!この際に言っとくけど…俺、戦うの苦手なんだよ。」

ルカ「魔法を覚えてるのに?」

ラクト「さっきの魔法…ルーン魔導は一応覚えてるってだけで、俺が使うってなるとそこまで強くねぇんだ。それに魔力の消耗も激しいんだ。」

カムロウ「…遠くからでもいいから、ラクトも一緒にいてくれるといいなぁ…」

それを聞いたカムロウは不満そうだ。

パヲラ「カムロウちゃんの気持ちを踏みにじるなんて…「お調子マフラー」…」

ラクト「てめぇ今なんて言った!?ぶっ飛ばすぞ!」

 

アリス「追い払ったのか、無茶をするな。」

ラクト「あぁやっと来たか…」

カムロウ「アリスさん!」

ルカ「あ…アリス、どこに行ってたんだ?」

アリス「もし戦闘が起きる可能性があれば、姿を隠す事にしている。余は、貴様の手助けをせんと言っただろう。」

アリス「しかし、大人しく眠っていたマンドラゴラ娘を追い払うとは…敵意を持っていない魔物にまで襲い掛かる野蛮人なのだな、貴様らは。」

ルカ「いやいや、向こうから襲いかかってきたんだろ…」

アリス「無理矢理に引っこ抜いたのは貴様ではないか。」

ルカ「あぅぅ…」

パヲラ「ルカちゃん、これは事故よ。でも次からは気を付けないとねい?」

旅人に襲いかかってくるような魔物なら、人と魔物の関係を乱す者として退治しなければならないが、そうでないなら戦う必要はない。

これからは気を付けないとな…大人しく暮らしている魔物なら、下手に刺激しないようにしなければ。

それはともかく、目的地であるイリアスベルクまであと少し。

僕達は、北へと進んだのだった。

 

 

そして日が暮れ、イリアスベルクは目前。その町並みは、ここからでも見える。

しかしこのまま町に入るわけにはいかないのだ。

アリス(こいつ)がいるから。アリスが今の姿のまま町に入ったら、大騒ぎになってしまうだろう。

ラクト「そういやこいつ…どうするか。外で待ってもらうか…」

ルカ「アリス…お前、人間の姿には化けられないのか?」

アリス「人に化けるのは簡単なことだが、少々不愉快だな。なぜ、余たる者が姿を偽らねばならんのか。」

ラクト「知らねぇよ、別にいいじゃねぇか人に化けるくらい。」

ルカ「そのまま町に乗り込んだら、あまあまだんごは食べられないぞ?」

ラクト「いやいや、それくらいでこいつが大人しく言うこと聞いてくれるか?」

アリス「く…それは困るな。」

ラクト「困るんだ…」

アリス「仕方ない、これでいいか?」

アリスは蛇の下半身と全身の肌の色を人同様に変化し、露出がある服を着た女性に変身した。

パヲラ「あら、その姿も素敵ねい。」

カムロウ「うん!綺麗だね!」

ルカ「ああ、うん。良い感じだね。」

これなら、ハレンチな格好の旅人ということで十分に通る。

こうして僕達は、イリアスベルクの町に入ったのだった。

 

 

 



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第7話 イリアスベルクの異変

ルカ「なんだ…?町の様子がおかしいぞ…?」

カムロウ「おかしいね…ぼくたちが来たときはこんな感じじゃなかったのに。」

ラクト「最悪だぜ…人がいないってどういうこった?」

パヲラ「異常なのは確かねい…」

通りには、旅人も商人も見当たらない。

夕刻とはいえ、本来なら人でごった返ししているはずだ。

それなのに、人々は息を潜めたように屋内に閉じこもっているらしい。

それに、町全体が張り詰めた殺気のようなもので満ちている。

ルカ「なんだ…?何が起きているんだ…!?」

通りを駆け、町の中央広場に飛び出そうとした。

 

???「ちょ…ちょっと!!」

四人は声のする方向に視線を向けた。

街路樹の陰に、頭にバンダナを身に着けた少女がいた。背中には少女の体よりも大きなハンマーを担いでいる。

バンダナの少女「こっち!早く隠れて!」

カムロウ「隠れてって…?」

ルカ「どういうことだ…っ!?」

なにか異様な気配に気付き、僕たちも街路樹の陰に身を隠した。

 

荒れ果てた広場に立つ、一人の魔剣士。

竜族の魔剣士「…なんと他愛もない。この町に、強者は一人としておらんのか!?」

戦士A「く、くそ…」

戦士B「信じられん、なんて強さだ…」

戦士C「うぐぐ…」

そして、相対している戦士が三人。その周りには、屈強そうな戦士達が何十人も転がっている。おそらく全員が、あの魔剣士一人にやられてしまったのだ。

竜族の魔剣士「残るは三人…お前達は、来ないのか?」

戦士A「くっ…!」

戦士三人は、戦う前から魔剣士に圧倒されている様子。どう見ても、彼らに勝ち目はなさそうだ。

ルカ「あの魔剣士、もしかして…あいつは!」

パヲラ「まさかとは思うけど…そうしか思えないわよねい。」

バンダナの少女「そう…あの魔剣士は…」

巨大な剣に無骨な鎧をまとった竜族の魔剣士…その噂は、田舎者の僕でさえ聞いたことがある。

ルカ「魔王軍四天王の一人、魔剣士グランべリア…」

カムロウ「ま…魔王軍の…」

ラクト「四天王だぁ!?なんでそんな奴が一人でこんなところにいるんだよ!?」

その剣の腕は、人間にも魔物にも並ぶ者はいないという。

たった一人で町を壊滅させたとか、一万人の軍隊を叩き潰したとか、武勇伝は事欠かない。

それほど有名で、それほど強い魔剣士が、このイリアスベルクを襲撃してきたのだ。

ルカ「だいたいなんで最初の町に、こんな大物が出てくるんだ…普通、最初の町なんて、もっとしょっぱい中ボスが相手だろ!」

ラクト「おいやめろ!第四の壁に干渉するな!」

パヲラ「もしかしてルカちゃん、不幸体質だったりする?」

なんで僕の旅は、こんなにひどい事ばっかりなんだ…などと、ぼやいている場合ではない!

 

グランべリア「残るはお前達三人のみ…この町が我が手に落ちるのを傍観するか?それとも、敵わんと知りながらも勇者としての責を果たすか?…さあ、どちらか選ぶがいい!」

戦士A「く…くそぉぉぉ!」

戦士B「魔物なんかに、好きなようにさせてたまるかぁ!」

三人の戦士のうち二人は、グランべリアに向かっていく。残る一人は、体がすくんでしまって動けない様子だ。

グランべリア「その意気やよし。しかし実力の伴わん気迫は、無意味と知れ!」

グランべリアの巨剣が、おもむろに炎に包まれた。

その刹那、周囲に凄まじい熱気が吹き寄せる。

まるで、灼熱の業火が辺りに荒れ狂っているかのようだ。

ルカ「う、うわぁっ…!」

カムロウ「あ…熱い…!」

ラクト「なんだよあれ!まるで火山の噴火みてぇに…」

ルカ「聞いた話だと、魔王軍四天王はそれぞれ火、水、風、土の四属性を得意とするらしいんだ…恐らくグランべリアが得意とするのは、火の属性…」

熱気にもひるまず、果敢に踏み込んでいく戦士。

すると、ふっ…とグランべリアの姿が消えた。

次の瞬間、戦士は昏倒し__その背後に、グランべリアが立っていた!

ルカ「なんだ…今の?」

パヲラ「あたしたちの肉眼じゃとても捉えられないほどのスピードで動いたのよ…!」

動きを止めたグランべリアの背中に、もう一人の戦士は上段斬りを叩き込もうとしたが__

グランべリア「遅いな…」

グランべリアは振り返って剣を構え、そして横一文字に降り抜く。戦士が剣を振り下ろすよりも、その動作の方が遥かに速かった。

ルカ「うわっ!」

バンダナの少女「きゃっ…!」

その剣圧は、なんと僕たちの隠れているところまで届くほど。

激しい熱を伴い、僕たちも焦げてしまいそうな程の熱風だ。

そんなものを間近で受ければ、ひとたまりもない。

戦士の持っていた剣は砕け散り、熱風を間近で受けた彼自身も倒れ伏す。

ルカ「す…凄い。」

__強い。圧倒的な実力差だ。

あの戦士二人も、おそらく僕など比較にならないくらいの強者のはず。

それを、赤子よりも簡単にねじ伏せてしまったのだ。

正直ながら、憧れてしまうほどの強さだった。

しかも、倒れている戦士達にはまだ息がある。

また、周囲に転がっている戦士達も命までは落としていないようだ。

あれほどの実力差があると、殺さない方が逆に難しいだろうに__

こうして残るは、怯えきった様子の戦士一人のみになった。

グランべリア「さて、お前はどうするのだ?」

戦士C「ひ…ひぃ!」

彼はくるりと背を向け、一目散に逃げていく__

グランべリアは、それを追おうともしなかった。

グランべリア「その選択が、最も賢明だな。だが、今後は勇者とも戦士とも名乗らぬ事だ。」

 

ルカ「ま、まずいぞ…この状況…」

ラクト「こんなの勝てっこねぇよ…!逃げようぜ…!」

どうやら、この町にいた強者は辺りに転がっている者達で全て。

もう、この町を守れる者はいないみたいだ_

グランべリア「これで全てか!?ならばこの町は魔族が占拠するが、文句はないのだな!」

町全体に響くほどの声で、グランべリアは咆吼する。

しかし、屋内にこもった住民達は息を潜めたまま。それは、グランべリアへの屈服を意味しているのだ。

 

バンダナの少女「…ねぇ!お願いがあるの!」

ラクト「なんだよこんなときに…お前も逃げたほうがいいぜ!」

バンダナの少女「私、あそこにいる人達のことを助けたいの!」

少女は広場に倒れている戦士たちを指差しながらそう言った。

カムロウ「助けるって…どうやって…?」

バンダナの少女「私、回復魔法は得意なの。応急処置で歩けるくらいに回復させて、安全な場所に避難させたいの!」

パヲラ「なるほどねい。その間、グランべリアの相手をしてほしいってこと?」

ラクト「はぁ!?何言ってんだよ!無理に決まってるぜ!死んで来いって言ってるのと同じじゃねぇか!」

バンダナの少女「…でも、そうでもしないと、あの人たちもどうなるかわからないのよ!?このまま魔族の支配下になったら、それこそ死と同然よ!?」

ラクト「いやいやいや…俺はごめんだぜ!?」

 

ルカ「…僕は行くよ。」

ルカが発したその一言が、少しの間、沈黙を作った。

ラクト「おいルカ…何言ってんだ?勝てるわけでも__」

ルカ「今の僕が勝てる相手じゃないのはわかってる!だけど、勇者たる者が…じゃなかった。勇者を志している者が、ここで傍観していていいのか!?…違う。ここで名乗り上げないと、僕は、勇者としても戦士としても失格だ!」

ラクト「……!」

それを聞いたパヲラは口を開いた。

パヲラ「あたしも行くわ。このまま見ていられないもの…!」

それに続いて、カムロウも決心したらしい。

カムロウ「ぼ…ぼくも行くよ!勝てるかどうかわからないけど…!」

バンダナの少女「…ありがとう…!そっちは任せたよ!」

少女は走り去り、姿を消していった。回り込んで負傷者の手当てをするつもりだろう。

パヲラはラクトの方を向いた。

パヲラ「…あんたは安全な場所に逃げなさい。あたしたちがやられた後は…好きにしなさい。」

ラクト「お…おい待てって!」

ラクトの静止を振り切り、三人は広場に向かっていった。

 

グランべリア「さて…この町は、我が手に落ちた。後はこのまま_」

ルカ「ま、待て…!」

僕は勇気を振り絞り、物陰から姿を現した。当然、勝てるなどと思っていない。別に、英雄を気取りたかったわけでもない。

だが_ここで声を上げなかったら、僕は本物のニセ勇者になってしまう!

グランべリア「…なんだ、お前たち。」

グランべリアは、初めて僕たちの方向に視線を向けた。ただ、こっちを向いただけなのに…それだけで、圧迫感のようなものが押し寄せてくる。

ルカ「あ…う…」

カムロウ「ぅぅぅ…」

パヲラ「ふぅ…いい緊張ね…」

体が震え、心臓が高鳴る。口の中が乾き、目が霞む。

正直、やめておけばよかった_そんな風に思っていないと言えば、嘘になる。

グランべリア「剣を持ち、戦う意思を持っている…ならばお前を、少年としてではなく戦士として扱う。それで文句はないのだな?」

ルカ「あ、あるもんか…!僕だって戦士だ!」

腕の震えを勇気で押さえ、僕は剣を構えた。

グランべリア「そこの少年と…そこのお前…なんだその格好は?」

グランベリアはパヲラの格好に疑問を抱いていた。

確か、女性の服を男が着ているのは疑問に思う。

パヲラ「趣味よ、気にしないでちょうだい。」

ルカ「(えっ、あれ趣味なの?)」

グランべリア「…お前たちも同じでいいんだな?」

カムロウ「うん…!ルカと同じだ!」

グランべリア「分かった_では、炎の魔剣士グランべリアが相手しよう!」

 

グランべリアが立ちはだかった!

 

ルカ「ぐ…!」

相対しているだけでも、全身に重圧がのしかかるような圧迫感だ。凄まじい迫力に、僕は物怖じしてしまう、

グランべリア「さあ、かかって来るがいい!」

ルカ「てりゃぁ!」

僕は剣を構え、猛然と突進した_しかし、グランべリアの姿が消えた!

ルカ「えっ!?」

次の瞬間、足元に、何かが突き出した。グランべリアの足が、突進する僕の足元をすくったのだ!ルカは転倒し、地面に倒れてしまった!

パヲラ「ルカちゃん!」

パヲラはグランべリアに向かって、右手に魔力を込めて殴りかかった。

グランべリア「ふんっ!」

グランべリアは左手を握り締め、その攻撃を相殺した。

パヲラ「あああああ!!」

その瞬間、パヲラが突然、右手を抑えながら叫んだ。

パヲラ「右腕が…折れた…!魔力で強化したのに…!」

グランべリア「魔力で体を強化する体術か…面白い体術だ。」

グランべリアはパヲラに向かって、巨剣で横一文字に斬りかかろうとした。

カムロウ「危ない!パヲラさん!」

カムロウがパヲラの前に立ち、持っている剣でグランべリアの巨剣を止めようとした…が、その重く鋭い一撃を受け止めれるはずがなく、カムロウの剣は砕け散り、パヲラとともに後方へ吹き飛ばされた。

カムロウ「うわあああ!!!」

パヲラ「ああああああ!!!」

そのまま広場の外壁に激突した。瓦礫やら土埃やらがその場で舞う。

カムロウ「げほっ…げほっ…ああ、剣が…!」

カムロウの持っていた剣は、普通の剣よりも安価な剣なため、耐久性はそれほどない。元々、駄々をこねて買ってもらった練習用の剣なので、戦闘向きではない。とはいえ、こんな簡単にボロボロにされてしまっては…改めてグランべリアとの実力差を実感する。

瓦礫をどかしながら、パヲラが起き上がる。

カムロウ「パ…パヲラさん!右腕出して…!」

パヲラの右腕に回復魔法を使う。ゆっくりではあるが、折れた右腕が元に戻っていく。

パヲラ「ありがとうね…」

礼を言いつつも、パヲラの目線はグランべリアに向いていた。__魔導拳で体を強化したにもかかわらず、グランべリアの握り拳一つで、自分の右腕が折れてしまった。その事実に驚愕していた。

ルカ「くっ…くそ…」

すかさず起き上がろうとするルカ_その股の間に、ずぶりとグランべリアの巨剣が突き立った。

グランべリア「…あまりにも未熟。」

ルカ「あ、あぅぅ…」

あらためて、体の芯から震えが来る。地面に尻餅をついたまま、僕は硬直するしかなかった。

 

その一部始終を、街路樹の陰からラクトは見ていた。

ラクト「ひ…ひぃ!」

普段ならすぐに逃げ出すつもりだったが、以前パヲラと喧嘩した時のこともあり、意地でも逃げずに見ていようとした。

しかし、ルカやカムロウ、パヲラがグランべリアに圧倒されていくのを見て、心身ともに恐怖に駆られていた。そして__

ラクト「か…勝てるわけがないんだよ…!あんなやつに!」

中央広場に背を向け、通りに向かって逃げていった。

ラクト「悪いお前ら…俺はまだ死にたくないんだ!」

どんどん中央広場から離れていき、通りに姿を消した。

 

 

グランべリア「多くの大人が屈した中、勇気を振り絞り抵抗しようとした…その点のみ評価する。」

グランべリア「未熟者は斬らん…未熟ゆえ、過ちもあるだろう。だが、二度目はないぞ。」

た、助かった…不覚にも安堵してしまった直後、怒りにも似た感情が湧いてきた。

負けて安堵する勇者など、この世のどこにいるのか。

適わない事なんて、戦う前から分かっていたはずだ。

ここで屈してしまうよりは、討ち死にした方がよっぽどマシだ!

ルカ「ま、まだ終わってないぞ…!」

僕はふらふらと立ち上がり、グランべリアの前に立った。

パヲラ「そうよ…あたしたちはまだ立てるわ!」

カムロウ「そうだ!剣が無くたって、まだ戦えるんだ!」

傷の治療を終えた二人が駆け付けた。

グランべリア「私の忠告を聞いていなかったのか?一度の蛮勇も許さんほど狭量ではないが、二度は見過ごさんぞ。」

 

「「「「…覚悟の上だ!!!」」」

 

僕は立ち上がり、グランべリアに相対した。それだけでも、すごいプレッシャー。

これほどの相手に挑むのは、僕のレベルはまるで足りていない。

それでも、逃げるわけにはいかないんだ!

グランべリア「やれやれ、気は進まぬが…悔いはないな、お前たち?」

ルカ「…あるもんか!」

カムロウ「あるけど…いまそれどころじゃない!」

パヲラ「今更悔いを思い返す時間も惜しいのよ…!」

この場で屈する方が、よほど大きな悔いを残すだろう。ルカは剣を構え、カムロウとパヲラは戦闘態勢に入った。

 

バンダナの少女「天誅(てんちゅう)!」

空から巨大なハンマーが縦に回転しながらグランべリアめがけて降ってきた。

グランべリアはものともせず、巨剣で受け止め弾き返した。

ハンマーをはドンッと重い音をして地面に落ちた。

バンダナの少女「ごめん!お待たせ!」

後ろから、さっきのバンダナの少女が走ってきた。

パヲラ「お嬢さん、負傷者の治療は終わったの?」

バンダナの少女「ええ、安全な場所に移動させた!後はグランべリアだけ!」

カムロウ「よかった…間に合ったんだ…」

ルカ「それじゃ、君も早く安全な場所に_」

バンダナの少女「逃げない!私も戦う!」

カムロウ「ええっ!?」

それを見たグランべリアは少女に質問をした。

グランべリア「少女、お前も戦う意思があるのか?」

バンダナの少女「私は、人が傷付くのを見たくないの!だから戦う!」

グランべリア「ならばお前も、一人の戦士として扱う、容赦はしないぞ?」

バンダナの少女「もちろんよ!」

少女は跳ね返されたハンマーを回収し、持ち直して戦闘態勢に入った。

ルカ「そんな…だめだよ、危ないじゃないか_」

パヲラ「いいやルカちゃん、ここは一緒に戦うべきよ。」

ルカ「えっ!?」

パヲラ「お嬢さんも、あたしたちと同じ…覚悟して来たのよ。その意思を称えるべきよ。」

その言葉を聞いて、少女はうつむいた。

バンダナの少女「ごめんなさい、身勝手で…でも私だって…!」

パヲラ「謝ることはないわお嬢さん。ただ…出来るだけあたしたちの後ろにいて!」

バンダナの少女「…分かったわ、援護に回るよ!」

パヲラ「行くわよ!ルカちゃん!カムロウちゃん!」

ルカ「ああ!」

カムロウ「うん!」

三人は前に、少女はその後ろに立ち、戦闘態勢の構えをとった。

グランべリア「いいだろう…来い!」

グランべリアが巨剣を構えると、周囲に熱風が吹き乱れた。四人は圧倒されながらも、その戦いに身を投じた。

 

 

 

一方そのころ、ラクトは…

ラクト「はぁ…はぁ…」

夕焼け時の通りを走り抜ける。中央広場からかなり遠い場所まで来ただろう。

あいつらは…まぁ、あいつらのことだ。どうにか生き残るだろう。その時までにどこかに身を隠して、また会いに行けばいい_

その時不意に、今までの記憶が蘇ってきた。

 

初めてカムロウと出会った時のこと。

ラクト「どうだ!俺の相棒にならねぇか!?」

カムロウ「…えっと…お友達ってこと?」

ラクト「ま…まぁそうだな、友達でもいいぜ!」

カムロウ「そっか!よろしくね!」

相棒でも良かったが、友達ってのも悪くはないかもな…。

 

ラクト「…!」

 

パヲラと本気の喧嘩をした時のこと。

パヲラ「漢なら…自分にしか出来ないことを力のある限りやり遂げろよ!お前にその気力はないのか!?誰かを助けようともしたことがないのか!?臆病者め!」

ラクト「ふざけやがって…!」

なんだよ…俺の事も知らねぇくせに好き勝手言いやがって…!俺だって自分にしか出来ないことをするために、金稼ごうとしてんだよ…!

 

ラクト「なんだよ…!」

 

道中でのアリスとの会話。

アリス「あいつらではどうしようもない今、貴様が行かなければどうにもならないぞ?」

ラクト「だ…だけどよぉ…」

アリス「まぁ…貴様が逃げようが、あいつらがあのままくたばろうが、余には関係ない話だ。」

俺はそこまで魔法が得意じゃねぇんだよ…だから戦うのも怖いんだ…ああもう、なんでお前が行こうとしねぇんだよ!

 

ラクト「なんだってんだよ…!」

 

さっきのルカの言葉。

ルカ「今の僕が勝てる相手じゃないのはわかってる!だけど、勇者たる者が…じゃなかった。勇者を志している者が、ここで傍観していていいのか!?…違う。ここで名乗り上げないと、僕は、勇者としても戦士としても失格だ!」

…なんでお前は…そんなに勇気が出るんだ…?俺には怖くてできねぇ…

 

ラクト「…うわっ!」

足が石畳につまづき、盛大に転んだ。

 

逃げる戦士に対して言い放った、グランべリアの言葉。

グランべリア「その選択が、最も賢明だな。だが、今後は勇者とも戦士とも名乗らぬ事だ。」

 

…涙が出そうになる。

ラクト「最悪だ…かっこ悪いじゃねぇか…!」

自分が惨めな人間に見えてきた。友達が戦ってるときに助けようともせずに逃げ出し、調子の良いことを言ってその場をやり過ごそうとしたり、こっそり逃げ出そうとしてきた自分が、とても惨めで臆病者だと改めて思った。

…仮にあいつらが生き残ったとしても、再び、こんな臆病者を迎えてくれるだろうか?

友達だと、仲間だと言ってくれるんだろうか?

そう思うと…涙があふれ出てきた。俺は、あいつらと違って、何もできない人間なんだろうか…

 

…ある会話を思い出す。

俺が尊敬する、偉大な人の会話だ。

???「ラクト、お前の名前はね…」

ラクト「…!!」

 

 

 

おじさん「お、おい君!大丈夫か!?」

近くの家に隠れていたおじさんが声をかけてきた。

おじさん「君も早く隠れるんだ!はやくこっちに_」

ラクトは涙を拭いながら振り向き、両手でおじさんの肩を掴んだ。

ラクト「おいアンタ!この近くに武器屋はあるか!」

おじさん「え!?ぶ…武器屋!?」

ラクト「頼む!時間がねぇんだ!武器屋はどこなんだ!防具だけでもいい!早く教えてくれ!」

 

武器屋前、ラクトは店主に急いでお金を渡していた。

買った商品は剣と盾、時間がなく急いでいたため、適当に選んだ。

もっと選べばよかったと思ったが、そんな場合ではない。

ラクト「お釣りはいらねぇ!これで足りるだろ!」

店主「あ…あぁ、だが兄ちゃん、まさか中央広場に行くつもりじゃ…」

ラクト「わりぃな、先急いでんだ!じゃあな!」

そう言うとラクトは走り出した。行き先は…ルカたちのいる中央広場だ。

ラクト「俺だって…俺だってなぁ!!!」

体が風になるかのような、そんな勢いでラクトは中央広場に急いだ。

 



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第8話 ラクトの勇気

時は夕暮れ、イリアスベルクの中央広場。

魔王軍四天王グランべリアと対峙するルカ一行。しかし圧倒的な実力の前に成すすべなく、劣勢を強いられていた。

 

カムロウ「ファイヤーボルト(火炎弾魔法)!」

炎の弾丸がグランべリアめがけて放たれる。

グランべリアは軽く巨剣を一振りした。そこから烈風が吹き、炎の弾丸がかき消された。さらにその烈風は止まらずカムロウに当たり、カムロウは吹き飛ばされる。

 

ルカ「はあああ!!」

パヲラ「せい!!」

別の方から、ルカとパヲラが攻撃をしかける。…が、グランべリアの姿が消えた。

次の瞬間、二人の腹部に衝撃が走り、その余波とともに後方に吹っ飛ぶ。

 

バンダナの少女「たあああ!!」

巨大なハンマーを大きく振りかぶり、叩きつける。しかし巨剣に受け止められてしまった。

グランべリア「威力は申し分ないが、その分、隙が大きいぞ!」

巨剣で薙ぎ払って少女ごと跳ね除けた。

バンダナの少女「うぅっ!」

少女はおもわず尻餅をつく。

ルカ「うえっ…」

パヲラ「全く…隙がないねい…」

四人はよろよろとしながらもなんとか起き上がる。

グランべリア「…最後の情けだ!降参しろ!」

カムロウ「えぇっ!?」

ルカ「なんだって…!?」

グランべリア「次に攻撃を仕掛ければ、死と思え!」

そう言うとグランべリアは仁王立ちをした。

ただ仁王立ちしているだけでも、威圧感が武器を振り回しながら動き回っているかのように感じる。

恐らく、僕たちの、すべての攻撃に備えているのだ。もし攻撃をしようならば、グランべリアの言う通り、本当に死んでしまうだろう。

 

その時、パヲラがルカに話しかけた。

パヲラ「ルカちゃん、あたしはね…「みんなを笑顔にする」ために旅をしていたの。」

ルカ「えっ…?」

思わずパヲラの方を振り向く。

パヲラ「でも人を笑顔にするにはね…自分自身が笑顔にならなくちゃいけないの。もしここで、ルカちゃんたちを置いて逃げ出すなんてしたら、あたしは後悔で笑顔になれない…!」

パヲラ「死ぬくらいなら笑顔で死ぬわ!」

そう言うとグランべリアに向かって走り出した。

グランべリア「…来るか。」

パヲラ「無論!」

加速しながら走り、右手に魔力を込める。

そして、グランべリアに殴りかかった瞬間、パヲラの姿が消えた。

その一瞬の間、グランべリアの後ろに、拳を構えたパヲラの姿が現れた。

バンダナの少女「残像!?」

パヲラ「カーディ(ガン)!」

グランべリアの背中に正拳突きを放つ。

しかし、それが当たることはなかった。いや、当たった感触がなかった。

グランべリアも残像を残して、パヲラの後ろに立っていたのだ。

パヲラ「…っ!」

パヲラは左足で回し蹴りをした。

グランべリアは片手で脚を受け止め、力を入れた。

ボギッっという音が出た。パヲラの左足の骨が折れる音だ。

パヲラ「っ!ああああああ!!!」

グランべリア「残像を真似したのは見事だった。だが、まだ遅いな。」

パヲラ「ふふっ…指摘どうも…!」

それでもパヲラは攻撃を仕掛けようとした。右手に力を込めて、グランべリアの顔めがけて殴りかかる。

拳が顔に当たる間近、パヲラの体に重い衝撃が走った。グランべリアのボディブローが、パヲラの体に当たったのだ。体の中の、骨という骨が折れる音がした。骨が折れ、立っていることすらできないパヲラは地面に倒れこむ。

グランべリア「これで終わりだ!」

グランべリアの巨剣が、倒れたパヲラに向かって振り下ろされる。

カムロウ「パヲラさん!」

その間にカムロウが入り込み、左手の盾で攻撃を防ごうとした。

グランべリア「そんな盾で防げるとでも思ったか!」

カムロウの盾は木製の盾だ。流石にグランべリアのような重い一撃を防げるわけがなく、カムロウは攻撃をまともに食らい、地面に叩きつけられる。

持っていた盾は真っ二つになる。

バンダナの少女「そ…そんな…!」

少女はその光景を見て、恐怖で体を動かすことができなかった。

ルカ「う、うああぁぁぁ!!」

正気を失ったルカは奇声と共に突進し、メチャクチャに剣を振り回し、やたらめった斬りを放った。

グランべリア「なんなのだ…それは?」

グランべリアは手にしていた巨剣を地面に突き立て、一瞬のうちにルカの背後に回った。そしてルカの体を背後からホールドし、締め上げた。

グランべリア「降参すれば、命だけは助けてやろう。でなければ…このまま締め殺す。」

ルカ「あ…が…!あぁぁぁ…!」

パヲラ「ル…ルカちゃん…!」

カムロウ「ルカ…!」

じわじわと圧力が強まり、全身が締め上げられていく。まるで巨大な大蛇に巻き付かれ、いたぶられているかのようだ。

グランべリア「ほら、早く降参するがいい。それとも、本当に締め殺されたいのか…?」

ルカ「あ…ぁ…」

肋骨がミシミシと軋む音がする。意識が遠くなっていく。

だめだ…本当に死んでしまう…!

 

 

ラクト「待てぇぇぇ!!!」

遠くからラクトの叫び声が響く。

ルカ「えっ…!?」

カムロウ「ラクト…!?」

パヲラ「なんでここに…!?」

ラクト「俺だって戦う!戦うんだあああ!」

半泣きになりながらも、止まることなく、グランべリアに向かって近づいて行った。

ラクト「ルカを放しやがれぇぇぇ!!!」

ラクトはグランべリアの顔面に向かって、右手で殴った。

グランべリアは動じず、それを受け止めた、岩のように動かず、そのままラクトを睨んだ。

それを見てラクトは、恐怖で体を震わせた。

グランべリア「…青年。貴様、なぜ私の前に立つ?」

ラクト「お…お…俺はよ…お前なんかに勝てるなんか、微塵にも思ってねぇよ…」

グランべリア「では、何をしに来たのだ?」

ラクト「俺は…俺は!今まで戦いから逃げてきた臆病者の俺に勝ちに来た!」

ラクトは震える拳を下ろし、身震いしながらもグランべリアの前に立った。

ラクト「俺は今ここで戦わないと…!そこにいるそいつらに合わせる顔がねぇんだよ!!!」

カムロウ「ラ…ラクト…」

パヲラ「あいつ…」

グランべリア「…分かった。お前もここにいる戦士の一人として扱うぞ。悔いはないな?」

ラクト「わかったらとっととルカを放せってんだよ!!」

ラクトは指に魔力を込め、ルーン魔導の準備をした。

ラクト「俺様の名はコトラス・ラクト!この世で最も偉大な人が「勇気持って、人を繋ぐ」意味を込めて名付けてくれた最高の名前だ!よく覚えておきやがれぇぇぇ!!!」

衝撃波のルーン魔導を描き、グランべリアにぶつける。

グランべリアはルカを放し、腕を胸の前に交差させ、衝撃波を受け止めた。

ラクト「ひっ…!」

バンダナの少女「天誅(てんちゅう)!」

少女は持っているハンマーをグランべリアに向かって思いっきりぶん投げた。

グランべリアはそのまま防御を続け、ハンマーも受け止めた。

ラクト「今だ…スモーク(煙幕魔法)!」

ラクトの手から煙幕が放たれ、その場が白い煙に包まれ、少女以外の、グランべリアを含む5人の姿が見えなくなる。

 

ラクト「ルカ!走れるか!?」

ルカ「な…なんとか…」

ラクト「とにかく走れ!」

煙の中から、ルカが飛び出した。それに続いてラクトはカムロウとパヲラを引きずりながら出てきた。

ラクトは少女に話しかけた。

ラクト「おい!お前、回復魔法が得意なんだろ!?こいつら治療できるか!?」

バンダナの少女「出来るけど…一人ずつしか回復できないわ。それに…」

少女はパヲラの傷を見た。

バンダナの少女「この人が一番時間掛かる。骨の損傷が激しいの。」

ラクト「どうすっか…誰から回復させりゃ…」

カムロウ「ぼくは自分で回復できるから…パヲラさんを優先して!」

カムロウは右手で回復魔法を放ち、治療し始めた。

ルカ「僕も大丈夫だ!だから時間を_」

ラクト「いや、俺が時間を稼ぐ。その間に回復しろ!」

ルカ「えっ…!?で…でも…」

ラクト「ダメだ!あんな奴に締め上げられて大丈夫なわけないだろ!無茶するんじゃねぇ!」

ルカ「わ…分かったよ…」

バンダナの少女「ごめん、君はこの人の後でいい?」

ルカ「うん、いいよ。」

 

その会話をよそに、パヲラが口を開いた。

パヲラ「悪いけどあたし…これ以上戦闘が長引くとだめだわ。体力がもう持たない…」

ルカ「なんでだ?回復してるはずだろ?」

バンダナの少女「回復魔法は傷を回復するだけ、体力を回復するわけじゃないの。本来回復するのに費やす時間分の体力を、その場で一気に消費して傷を治す…命の前借りってこと。」

ラクト「そうか…回復すればするほど、体力も使うからずっと戦えるわけじゃないか。」

パヲラ「だから次、最後の攻撃を一気に仕掛けるわ!それでだめならその時はその時よ!」

ラクト「よしわかった、一気に畳みかけるぞ!」

ラクトは煙の中に飛び込もうとする。

ラクト「おおっとそうだった。おいカムロウ!」

カムロウ「?」

カムロウが振り向くと、ラクトが何かを投げた。受け止めて見ると、鋼鉄の剣と鉄の盾だった。

カムロウ「ラクト…これって…」

ラクト「わりぃ!適当に選んだ奴だからナマクラかもしれねぇ!」

カムロウ「ううん、いいんだ!ありがとう!」

その会話を終えると、ラクトは煙の中に消えていった。

 

 

グランべリア「…煙幕か。」

グランべリアは煙の中で、巨剣を持ちながら周りを見ていた。

グランべリア「ふん!」

手に力を込め、巨剣を薙ぎ払って煙を吹き飛ばす。

煙が晴れ渡ると、その中にラクトが立っていた。手に魔力を込め、戦闘態勢だ。

ラクト「よ…よぉ…」

グランべリア「…時間稼ぎか?」

ラクト「まぁそんなとこだ…」

ラクトは両手に魔力を込めた。

ラクト「アイスロック!」

ルーン魔導で文字を描く。描かれた文字が無数の氷の塊となる。

ラクト「アーススパイク!」

再び文字を描く。文字は地面に潜っていきモグラが掘り進むかのように隆起しながら動き、氷の塊とともに、グランべリアに向かって発射される。

グランべリアは巨剣で熱風を放ち、氷を蒸発させた後、地面に巨剣を突き刺し、大地を揺るがして地面の隆起を止めた。

ラクトは戦慄した。アーススパイクは標的の足元に届けば、そこから土の棘を生やして攻撃するルーン魔導だが、まさか地面を揺るがして無効化させるなんて思いもしなかった。

ラクト「が…がんじがらめの糸!」

ラクトの手から、魔力で作った複数の光る太い糸が発射される。それはグランべリアの体に巻き付いた。

グランべリア「まだ時間稼ぎをするつもりか…?手品に付き合う暇はない!」

グランべリアは全身に力を込め、その拘束を無理矢理破った。

ラクト「ひ…ひぃ!」

グランべリアはラクトに斬りかかろうとした、その時だった。

パヲラ「ワイ(シャ)ッ!」

ラクトの後ろからY字の衝撃波が飛ばされてきた。グランべリアはすぐに巨剣を構えて防御した。

パヲラ「待たせたわよラクト!」

後ろからカムロウとラクトが飛び出てきた。

ラクト「た…助かったぜ…!」

ラクトは慌てて後方に下がる。

パヲラ「カムロウちゃん!後は任せた!」

カムロウ「うん!」

パヲラも後方に下がり、カムロウがグランべリアの前に立った。

カムロウ「せぇい!」

カムロウは剣と盾を使った攻撃を放った。剣盾コンボといったところか。

グランべリアはその攻撃を巨剣で防ぎながらカムロウに話しかけた。

グランべリア「ふむ…新しい剣と盾を持ったか。だが、体に馴染んでないようだな。」

グランべリアの言う通り、ラクトからもらった剣と盾は、カムロウの体に見合ってないものだった。鋼鉄の剣は、前の剣と比べて大きく、重い。盾は鉄製になったためにやはり重い。全体的に重くなったため、動きが前の装備より遅くなってしまった。

その隙を突かれ、グランべリアの巨剣がカムロウに迫る。

左手の盾ですぐに防御した。しかし、粉々に砕かれた。

前の木製の盾よりも耐久力があったため、攻撃こそ防げたが、巨剣の威力に耐えられなかった。

パヲラ「もうOKよカムロウちゃん!退いて!」

カムロウ「わかった!」

カムロウはグランべリアから離れる。

パヲラの右手には、バレーボールほどの大きさの光輝く球があった。

カムロウがグランべリアの相手をしているときに、魔力を握力で圧縮して作ったものだ。

パヲラ「魔凝球(フォトン)!」

パヲラの右手から、光る球がぶん投げられる。

グランべリア「面白い技だな…だが!」

グランべリアは巨剣で、光る球を縦に一刀両断した。真っ二つにされた球はグランべリアの後ろに飛んでいき、大爆発を巻き起こした。

グランべリア「それを__」

パヲラ「「私に当てるには隙が甘いぞ」ってね?」

グランべリア「!?」

口から出た言葉が同じタイミングで重なった。

パヲラ「今よ!カムロウちゃん!」

カムロウ「はあああああ!!」

グランべリアの後ろにカムロウが、剣に風を纏わせながら立っていた。

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)!」

風の塊が放たれる。

グランべリア「何かと思えば…」

グランべリアは後ろを向いて、巨剣で薙ぎ払って衝撃波を放った。

風の塊を跳ね除け、その衝撃波はカムロウにぶつかった。

とっさに剣で防御したが、カムロウが持っていた剣は砕け散った。

カムロウ「ううっ…剣が…!!」

グランべリア「…不意打ちか」

パヲラ「__不意打ちの不意打ちよ。」

グランべリア「なにっ!?」

背後からパヲラが、グランべリアの体を締め上げた。

パヲラ「ラクト!」

ラクト「ヘビーウェイト!」

ラクトが放ったルーン魔導の文字が、パヲラの体にスウッと入っていった。その瞬間、ズンッとパヲラの体が急激に重くなった。

グランべリア「__っ!!」

パヲラ「これで、そう簡単には解けないでしょう!?」

 

バンダナの少女「__回復終わりっ!」

ルカ「ありがとう!」

少女とともにルカが駆け付けた。ルカは動けないグランべリアに向かって突っ走る。

カムロウ「今だ!ルカ!」

ラクト「思いっきりぶちかましてやれぇぇ!」

グランべリアの前では、中途半端な攻撃なんて全く通用しないだろう。ここで使うのは、あの剣技しかない!

ルカ「うぉぉぉ!」

僕は全身全霊を込め、アリスに教わったあの技を繰り出した。

鋭く踏み込み、相手の懐に入りながら斬り上げる。いや、突き上げる感じだ。剣先を水平に寝かせ、足のバネを用いて…そして、喉元に刃を滑り込ませるのだ!

グランべリア「…何だと?この技は…!」

ルカは魔剣・首刈りを放った!

グランべリア「はああああ!!!」

パヲラ「えっ!?」

グランべリアは、滅茶苦茶な力でパヲラを振り飛ばした。

そして、ルカの魔剣・首刈りをひらりとかわした!

バンダナの少女「なんて力なの…!?」

ラクト「だめか…!」

ルカ「そ…そんな!」

僕が使える最強の技でさえ、通じないなんて…!

グランべリア「…なぜお前が、魔族の技を知っている…?」

ルカ「え…?」

グランべリア「踏み込みも稚拙ならば、突きも未熟。だが、その技を知っていた事のみが気に掛かる。お前程度の腕前で、偶然編み出したとも思えん。その技を誰に教わったのか、教えてもらおうか。」

ルカ「…」

アリスの事は、決して言うわけにはいかない。

別にあいつをかばっているわけではなく、僕自身の誇りの問題だ。

 

グランべリア「お前もだ。」

グランべリアはカムロウの方を向いてそう言った。

カムロウ「えっ…ぼく?」

グランべリア「そうだ。お前が放ったあの風の衝撃波…あれはただの「風」ではない。魔法で起こした風でも、力任せで巻き起こした風でもない。」

パヲラ「確かに気になってたわ…魔法じゃないのよね、あれ。」

ラクト「えっ…あれ、魔法じゃねぇのか!?」

パヲラ「魔力を感じないのよ。でも、魔力ナシでどうやって風を起こしてるのかサッパリ…」

グランべリア「…誰に教えてもらった?」

カムロウ「ぼくのお父さんだ!」

ルカ「(素直っ!」)」

グランべリア「…お前の父親はどこにいる?」

カムロウ「ぼくの__」

バンダナの少女「ダメ!教えたら、どうなるかわからないよ!」

カムロウ「わかった!教えない!」

バンダナの少女「(素直っ!)」

 

ルカ「…そんなの知って、どうするつもりだ…!?」

グランべリア「…知れた事よ。その技を知っている以上は、かなりの使い手に違いない。ぜひ、それほどの者と手合わせを願いたいと思ってな…さあ、教えるがいい。その者は、お前の師匠か何かか?」

ルカ「…それは、言えない。」

グランべリア「そうか、ならば。」

ルカ「あぐっ…!」

グランべリアはルカに強烈な攻撃を食らわした。

カムロウ「!?」

ラクト「ルカ!?死んでねぇよな!?」

バンダナの少女「あれ…大丈夫なの!?」

パヲラ「…一撃で命を奪わないよう、加減したわね。」

グランべリア「さぁ…喋ってもらおうか。」

ルカ「う、ぐ…」

一撃で瀕死のダメージを受け、体が全く動かない。これで加減したなんて…やっぱりこいつ、強すぎる。

ルカ「それでも…言うもんか…」

グランべリア「…そうか。弱者に剣を振るうことは好かんが…」

ラクト「おいおい…まずいぞ!?」

カムロウ「ルカ―ッ!!」

グランべリアが剣を振り上げたその時だった。

 

アリス「やれやれ…いつまで下らんことをやっている気だ?」

ルカ「ア、アリス…?」

カムロウ「アリスさん…?」

バンダナの少女「えっ…誰…?」

ラクト「あいつ、いつの間に!?」

パヲラ「気が付かなかった…気配を読み取れなかったの方がいいかしら…?」

グランべリア「そんな…貴女様は!?」

グランべリアの顔は驚愕に染まり、数秒ほど立ちすくむ。そして、おもむろにその場に片膝を着いた。

ルカ「え…?え…?」

バンダナの少女「なに…?どういうこと…?」

いったい、どういうことなんだ?あのグランべリアが、アリスにひれ伏すなんて。

アリス「グランべリア…貴様は何をやっている?いったい誰が、このようなことを命じたというのだ?」

グランべリア「これは、私の独断でございます。羽虫のようにうるさい勇者共を絶滅せんがため、イリアス神殿を_」

アリス「退け、邪魔だ。」

アリスは、きっぱりと断じていた。ここまで頭ごなしに命令できるなんて、いったい…

グランべリア「し、しかし…これ以上、勇者なる連中を放置しておくのも…」

アリス「いいから退けと言っている。貴様が暴れるから、名物の「あまあまだんご」が食べられんではないか。」

ラクト「それ食べたかったの、お前!?」

グランべリア「そのようなものがお望みならば、この町を制圧した後にいくらでも作らせましょう。ですので…」

アリス「そんな趣のない観光があるか、ドアホめ。」

バンダナの少女「趣も求めてる…」

アリス「ともかく…三度も同じことを言わせるのが、貴様の忠義なのか?余は、退けと言っている。」

グランべリア「…御意。それが貴女様のご意思ならば、ただちに。それでは、失礼致します。」

なんらかの移動魔法で、グランべリアは姿を消した。つまり、敵はこの町から撤退していったのだ!

 

グランべリアを追い払った!…アリスが。

ルカ「や…やった!」

いや、僕は何一つやっていない。が、それでも凄まじい脱力感に襲われた。緊張の糸が切れ、その場にへなへなとへたばってしまう。

それは他の4人も同じだった。

バンダナの少女「お…終わったんだよね…?」

ラクト「そうであって欲しいぜ…」

パヲラ「さすがにもうこれ以上ないでしょ…」

カムロウ「つ…疲れた…」

それにしてもアリスは、

ルカ「アリス…お前…」

なぜか、切なげに視線を逸らすアリス。

ラクト「パヲラ、あのグランべリアがあの対応をしたってことは…」

パヲラ「えぇ、あたしも確信したわ。」

バンダナの少女「もしかして…いや、もしかしなくてもあの方が…」

ルカ「__お前…けっこう偉かったんだな。」

ルカとカムロウ以外の、その場の全員がずっこけた。

アリス「…それだけか!?それで終わりなのか!?」

パヲラ「まさかルカちゃん…嘘でしょう!?」

ラクト「最悪だぜ…今のでわかんねぇのかぜ!?」

ルカ「え…?なんで…?」

ルカはきょとんとした。

ラクト「おめぇ、もう一度よく考えてみろよ!」

バンダナの少女「それでもわからないってなると…」

アリス「貴様、本当にアホなのか…?」

ルカ「なんで僕だけ、こんなに言われなきゃいけないんだ…?」

そんな会話のなか、カムロウは話についていけずオドオドしていた。

カムロウ「えっと?…えっと?」

パヲラ「あら~いいのよ。カムロウちゃんには難しい話だから気にしなくていいのよ~」

ラクト「あぁそうだぜ。お前はわかんなくても大丈夫だぜ!」

ルカ「なんで僕だけこんな扱いなんだ…?」

そんな会話を終えた時だった。

 

青年「ど、どうなったんだ?あの魔族、逃げていったのか…!?」

おばさん「ほら、あの少年たちと女性だ!なんだかわからないけど、あの人たちが追い払ってくれたんだよ!」

屋内からわいわいと住民が出てきて、僕達を取り囲み始めた。

ルカ「いや…僕達は…その…」

ラクト「いやいやルカ…ここは俺たちが追い払ったってことの方が丸く収まるぜ。」

青年「いやぁ、ありがとう!もう少しで、この町は魔物のものになるところだったよ!」

おばさん「お若いのに、すごんだねぇ。あんなに強そうな魔族、どうやって追い払ったんだい…?」

ルカ「いえいえ…どうも…」

どうやら細かいやり取りまではわからないらしく、アリスが魔族であることもバレていないようだ。

住民達はひとしきり僕達に礼を言うと、それぞれの日常に戻っていった。

叩きのめされた戦士達も命に別状はなく、ようやくイリアスベルクは平穏を取り戻したのだった。



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第9話 高級宿「サザーランド」にて

日が沈みかけたイリアスベルクの中央広場__

カムロウ「ラクト!」

カムロウがラクトに近づき、泣きそうな顔を浮かべながら抱き着いた。

ラクト「おうおう…どうしたカムロウ?」

カムロウ「だって…だって…ラクト…!」

カムロウはさらに泣きそうになる。

カムロウ「ぼくは、ラクトが生きてればそれで良かったんだ。ぼくのせいでラクトが死ぬなんて嫌なんだ…!」

ラクト「だったらこっちも言わせてもらうぜカムロウ。俺はお前が死ぬのがもっと嫌だ!俺が見捨てて逃げたから死んだってのはごめんだぜ?だから、俺はもう逃げねぇ!」

カムロウ「…ずっと、そばにいてくれる?」

ラクト「あぁ!死ぬも生きるも一緒だぜ!相棒!」

そう言うとラクトは大声で笑った。カムロウも釣られて笑った。

パヲラはそれを眺めていた。

ラクト「…なんだよ。」

パヲラ「別に。見直したっていうか…変わったわね。あんた。臆病なのは変わらないけど。」

ラクト「てめぇ!一言余計なんだよ!ぶっ飛ばすぞ!」

パヲラ「何よ!褒めたのに!やんのかコラァ!」

二人はボコスカに殴り合い始めた。

カムロウ「ちょ…ちょっと二人とも…」

 

二人が喧嘩をしているとき、背中にハンマーを担いだバンダナの少女が話しかけてきた。

バンダナの少女「あ…あの…」

ラクトとパヲラは喧嘩の手を止めて少女を見た。

ラクト「あ、お前…」

パヲラ「あらお嬢さん、さっきは助かったわ。どうもありがとう。」

ルカ「それで…どうかしたの?僕達、もう大きい怪我はしてないけど…」

バンダナの少女「違うの。そういうことじゃなくて…」

少女は深呼吸をし、再び口を開いた。

バンダナの少女「私、行く先々で、怪我の治療をする旅をしてるの。それで…」

バンダナの少女「迷惑にならないなら、あなたたちの旅に同行しても良い?」

「「「「ええっ!?」」」」

アリス以外の4人が驚く。

バンダナの少女「…ダメ?」

ラクトは腕を組んで悩み始めた。

ラクト「いや…ダメってわけじゃないけどよ…なぁお前ら?」

ルカ「うん、問題はないけど…」

パヲラ「なんであたしたちに付いて行きたいのかしら?」

少女はもじもじしながら話を続けた。

バンダナの少女「えっと…私、戦うのが苦手で…」

ラクト「えぇ?そんな馬鹿でかいハンマー持ってんのにか?」

バンダナの少女「これは威嚇してるの!それと護身用!」

ラクト「どういう威嚇だよ。アホか?」

バンダナの少女「(イラッ)天誅(てんちゅう)!」

馬鹿でかいハンマーがラクトの顔面に当たった。

ラクト「ど…どうやら戦うのが苦手ってのは、力が弱いってわけじゃなさそうだぜ…」

ラクトはガクッと地面に倒れた。

パヲラ「今のはどうみてもアンタが悪いわよ…」

 

アリス「ふむ…つまり、一人でいるよりも、こいつらと共に行動したほうが安全だと判断したのだな。」

バンダナの少女「え…えぇ、そういうことなの。」

少女は両手を前に合わせて、懇願のポーズをした。

バンダナの少女「お願いっ!絶対役に立つよう頑張るからっ!」

ラクト「役に立つって…お前、何が出来るんだ?」

バンダナの少女「回復!回復魔法は得意!あとやろうと思えば戦えるから!」

ラクト「回復かぁ…ん?この中で回復魔法使える奴って…」

カムロウ「えっと…ぼくだけ?」

パヲラは少し考え込んでから喋り始めた。

パヲラ「と、なると…断る理由はないわね。カムロウちゃんにだけ回復を頼るってのは大きい負担だし、回復魔法を使えるっていうのはかなりメリットだと思うわ。実際、さっきの戦闘で命拾いしてもらったし…」

ルカ「うん、僕もそう思う。ラクトとカムロウは?」

カムロウ「ぼくも良いと思うよ!」

ラクト「…ま、お前らがそう言うんだったら文句もないな。アリス、お前は?」

アリス「何人増えようと、余には関係ない。」

ラクト「反論ナシってか…」

その場にいる全員は、少女の要望を拒否する意思はないようだ。

バンダナの少女「いいの?本当に?」

ルカ「うん、大丈夫だよ。」

パヲラ「えぇ、本当よ。」

カムロウ「これからは、お友達だね!」

ラクト「カムロウ、お前なぁ…仲間になることを友達同士になるって認識してねぇか?」

バンダナの少女「本当にいいの?よかったぁ…」

少女はほっと、胸をなでおろした。そして改めて、ルカたちを見た。

バンダナの少女「私はチリ。よろしく!」

ルカ「うん、よろしく!」

カムロウ「うん!よろしくね!」

アリス「やれやれ、まさかこれ以上増えるということはないだろうな?」

パヲラ「もし増えたとしてもいいじゃないの。人がいるってのは楽しいのよ?」

ラクト「いやこれ以上増えたら、このパーティの財政管理がだな…」

その背丈に合っていない、大きなハンマーを担いだバンダナの少女、チリが仲間になった!

 

 

 

 

アリス「貴様、ひとつ聞きたい事がある。サザーランドという宿を知っているか?」

住民「えっと、そりゃ、西通りを出てすぐだ。老舗のでっかい宿だから、すぐに分かるよ。」

アリス「ふむ…聞いたか、ルカ!西通りに、今もあるという話だぞ!」

ラクト「…老舗の宿ねぇ。」

パヲラ「そういうところって、貴族向けだったりするわよね…」

アリス「よし、西通りに行くぞ!今晩の宿は決まったな!」

ラクト「ダメだ、話を聞いてねぇ…ルカ、行くしかないな。」

ルカ「はいはい…」

はしゃぐアリスに引き摺られ、僕たちは西通りへ向かったのである。

 

ルカ「なにこれ…どこのお屋敷?」

サザーランドは、予想以上に豪華な宿だった。

さて、その料金はというと__

ルカ「えっと…お一人様一泊240万ゴールドぉ!?」

パヲラ「そういえば、500年前のガイドブックにも載ってあったわけだから…かなりの老舗じゃない?」

ルカ「24時間で240万ゴールドと計算すると…僕の手持ちの500ゴールドだと、18秒の滞在費にしかならないよ。」

ラクト「計算早すぎないか!?」

もし僕が洗礼を受けていたなら、勇者料金で無料同然だったというのに…

ラクト「…今6人だよな。6人で一泊の合計いくらだ?」

ルカ「1440万ゴールド。」

チリ「さ…さらに気が遠くなる金額…」

カムロウ「これって泊まることって…できない?」

パヲラ「ラクト。あんたが払いなさいよ。」

ラクト「無理だ。俺のへそくりでも無理だ。」

パヲラ「体で。」

ラクト「肉体労働!?」

ルカ「アリス、これは住む世界が違いすぎる。」

アリス「なんと…こんなことなら、グランべリアに制圧させた方が良かったな。」

ルカ「おいおい…」

ラクト「おい!趣はどうした!趣は!」

アリスがろくでもないことを呟いた時だった。

戦士A「すまない、ちょっと通してくれんか…いてて。」

高級宿の前で立ち尽くす僕達の横をすり抜け、一人の戦士がフロントに入って来た。

チリ「あの人って確か…グランべリアにやられて地面に転がっていた戦士の一人よ。」

ラクト「あいつ、もしかして勇者料金で泊まろうとしてねぇか?いいなぁ…羨ましい。」

 

戦士A「おい、おかみ。俺は勇者だ。勇者料金で一泊__」

おかみ「馬鹿をお言い!揃いも揃って魔物にやられた分際で、何が勇者だい!」

威勢の良いおかみの啖呵が、外の通りまで響く。

戦士A「ぐ…!しかし俺は、洗礼を受けて…!」

おかみ「あんたみたいなヘボ勇者が勇者と名乗っちゃ、本物の勇者が迷惑だよ!出ておいき!」

戦士A「ひ、ひぃぃぃ…!」

おかみの怒声に圧倒され、戦士は脱兎のように逃げ去ってしまった。

カムロウ「ひ…ひぃぃ…」

チリ「お…おっかない…!」

パヲラ「ふむ…老舗の宿だから、それに見合った客じゃないとダメってわけねい。変な風評が付いたら困るよねい。」

ラクト「おおおおおおいおいおい、ルカ…これはもう諦めて普通の宿にしようぜ?」

アリス「ダメだ。あまあまだんごがまだだ。」

ルカ「お前…それをどうしても食べたいのか…」

こうして戦士を追い出したおかみは、ふと僕達に目を留める。

すると__その不機嫌そうな顔が、たちまち和らいでいった。

おかみ「あら、あんた。この町の恩人じゃないか。せっかくだから、ウチに泊まっていきなよ。」

ルカ「いえ、でも…お金が…」

ラクト「そうだぜ。だから泊まるってことは__」

おかみ「そんなの、勇者料金でいいよ。お一人様で2ゴールドで、6人合計で12ゴールドね。残りの1439万9988ゴールドは、イリアス様につけとくよ。」

ラクト「とんでもない金額がツケになってる…」

ルカ「ど、どうも…でも、僕は洗礼を受けた勇者じゃないんですけど…」

おかみ「洗礼なんて関係ないよ。勇者の資格は洗礼のあるなしじゃない、その振る舞いさ。」

ルカ「お、おかみさん…!」

チリ「な…なんて懐の深い…!」

僕たちは、頭を殴られたような衝撃を受けた。

まさに、その通りだ。洗礼がなくても、その振る舞いが勇者ならば_僕は、立派な勇者なんだ!

アリス「…そうは言うが、貴様らは一方的にやられただけではないか。」

ルカ「ぐふっ!」

カムロウ「あぁ!ルカ!」

ラクト「おい!回復!」

チリ「心が致命傷です。」

ラクト「治せない傷か…!」

パヲラ「時すでに遅し…!」

本当に、頭を殴られたかのような一撃。心の声にまで突っ込んでくるなんて、さすがはアリス。

おかみ「そういうわけで…ほらほら、どうぞどうぞ!」

アリス「ふむ、貴様は見所のある人間だな。ほらルカ、いつまでのけぞっている__」

ルカ「ちょ…おい…引きずるな…!」

ラクト「あああ、アリス!ルカを引きずらないでくれ!致命傷なんだぞ!心が!」

こうして僕達は、おかみの好意により高級宿「サザーランド」に一泊することになったのだった。

 

 

ルカ「お、落ち着かない…」

これまで見たこともないほど豪華な一室でたたずむ、田舎者の僕。

アリスはというと、皿に盛られたあまあまだんごをパクパクと食べている。

ルカ「…美味いか?」

アリス「…あまい♪」

どうやら、非常に満足な様子。目を細め、尻尾をぴこぴこと振りながらご満悦のようだ。

ルカ「おいおい、変身を解くなよ…宿の人、来ないだろうなぁ。」

パヲラ「安心なさいルカちゃん。こういうところだと、ちゃんとノックして入ってくるから。」

ルカ「そうなのか?なら良いんだけど…」

パヲラ「ほらルカちゃんも、早く食べないと、3人にあまあまだんご食べられちゃうわよ?」

ルカとパヲラの会話をよそに、美味しそうにあまあまだんごを頬張る3人がいる。

カムロウ「おいしい~♪」

チリ「あま~い♪」

ラクト「もちもち~♪」

アリス「…ふぅ、美味かった。余は満足したぞ。」

アリスは人の姿に戻ると、ベルをりんりんと鳴らす。すると、おかみが自ら、食器を下げに来てくれた。

さっき聞いたところによれば、ここのおかみは町の顔役の一人。

あのまま町が魔族に制圧されたら、特に困る立場の人だったらしい。

おかみ「当店自慢のあまあまだんご、満足してくれたかい?」

アリス「甘さが際立ちながら、だんごの風味を殺してはいない……まさにあっぱれな味だ。貴様が魔族ならば、公爵位を与えても良いほどだぞ。」

まだ、あまあまだんごを食べていたチリとラクトは、口の中の物を噴き出しそうになる。

ラクト「(おいアリス!なんてこと言うんだ!バレるだろ__)」

おかみ「あはは……面白い事を言うね、お嬢ちゃん……!あははははは……!」

チリ「(えっウケてる…!?)」

なんだが知らないが、おかみにはウケたようだ。

おかみ「でも……最近は、ハピネス蜜が不足しててねぇ。このおだんごも、前ほど沢山作れなくなったんだよ。ハピネス村もあんな事になっていて、男手が少ないから……まぁ仕方ないんだけどねぇ。」

ラクト「ハピネス村っていえば…」

パヲラ「えぇ、ここから東にある小さな村。養蜂が盛んで、この村で採れたハピネス蜜は世界中に輸出されているのよね…」

ルカ「ハピネス村で、何があったんですか…?」

おかみ「それがねぇ…あっそうだ。あんた達が行って、何とかしてやりなよ。あんな強そうな魔族を撃退したくらいなんだから、楽勝だよ。」

ルカ「は、はぁ…」

僕が実力で撃退したわけではない以上。なんとも収まりが悪い。これ以上、この話を引っ張れなくなってしまった。

すると、その話を聞いたラクトが、目を輝かせながらルカに耳打ちをしてきた。

ラクト「なぁルカ…ハピネス村に行ってみようぜ?」

ルカ「えっなんで?」

ラクト「そのハピネス村で何があったかは知らねぇが…どうにか解決してハチミツ貰えば…金になるぜ!」

ルカ「金目的じゃないか…」

ラクト「いいじゃねぇか!勇者として問題解決できるし、金も稼げる!一石二鳥じゃねぇか!」

ラクトは悪だくみをしたかのように声を押し殺しながら笑った。

 

カムロウ「美味しかった~!」

パヲラ「えぇ、ごちそうさまでした。」

食事を終えて。一行は寝る準備に入る。

おかみ「…じゃあ、おやすみ。ゆっくり休みなよ。」

ルカ「はい、ありがとうございます!」

ラクト「じゃあなルカ、また明日な!」

アリスとルカ以外の4人は、それぞれの部屋に帰っていく。

昨日の野宿とは打って変わって、今日はふかふかのベッド。

高級すぎて少々落ち着かないが、それでも満足した気分でベッドに横たわったのだった。

アリス「…しかし、腹が減ったな。」

ルカ「おいおい、あまあまだんごを平らげたところじゃないか…あれだけの量を食べて、まだ食い足りないのか?…ってか、さっさと自分の部屋に戻れよ。」

アリス「だんごは別腹だ。ここ最近、人間の精を摂取していなくてな…」

アリスはじっと僕の顔を眺め、じゅるりと、舌なめずりをした。

ルカ「えっ…」

…こんな奴と一緒に旅をしていたら、いつかは吸い殺されかねない。

サザーランドの一室に「あひぃぃぃ」という断末魔が響いた。

 

 

 

その日の夜、カムロウ、ラクト、パヲラ、チリは一室に集まっていた。

カムロウ「ラクト、話ってなあに?」

ラクト「いやな…俺たちのパーティの名を思いついたんだぜ!」

チリ「パーティの名前?」

ラクト「そうだ!ルカの旅に同行する仲間が、こうして4人もいるんだ!名前くらいあった方がいいじゃねぇか!」

パヲラ「へぇ、それでどんな名前?」

ラクト「その名も勇者親衛隊…デコボコ隊ってのはどうだ!」

決めポーズをしながらラクトはそう言った。

パヲラ「…かっこ悪。」

ラクト「んだぁ!てめぇ!これでもちゃんと考えたんだぞ!」

ラクト「カムロウやパヲラは前に出て戦えるけど、俺は前に出て戦えない。けど俺やこいつ(チリ)は魔法を使って援護できる。でも、カムロウは多くの魔法を使えるわけでもないし、おまえ(パヲラ)は肉体強化のために魔力を使ってるから魔法は使わない。ほら、凹凸だらけだろ?だからデコボコ隊!どうだ?」

パヲラ「…かっこ悪。」

ラクト「死にてぇようだな?」

パヲラ「へぇ…来な!」

二人はボコボコに喧嘩をし始めた。

カムロウ「デコボコ隊って…ぼくは良いと思うよ!」

チリ「えぇ~そう?」

カムロウ「うん!こう…名前を言うと、体に力が入るっていうか…」

チリ「まぁ、名前があった方がいいけどね…」

ラクト「どうしたぁ!その程度かぜ!?」

パヲラ「まだまだこれからよぉ!」

二人の喧嘩はまだ終わらなさそうだ。

チリ「…カムロウ。先に寝ましょ。」

カムロウ「うん。おやすみ。」

ラクトとパヲラを残して、二人は先に寝ることにした。

 

 



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第10話 その魔物、アミラという。

おかみ「ゆうべは、お楽しみだったね。」

ルカ「うぐはぁ!!」

朝から会心の一撃。

ルカ「そ、その…声、大きかったですか?」

おかみ「あらら、図星かい。適当にカマかけただけだよ。」

ルカ「うぐぐ…」

ニヤニヤ笑うおかみを前に、僕は打ちのめされるのみ。

ラクト「えっ…まじ?」

パヲラ「ルカちゃん…そんなことをしてたの?」

チリ「なんていうか…アリスさん、やけに肌がツヤツヤしてると思ったけど…」

アリス「ん?なんだ?どうかしたのか?」

チリ「いえ、ナンデモナイデス…」

カムロウ「…お楽しみって、何を楽しんだの?」

ラクト「んんっ!?」

ラクトとパヲラとチリは焦り始めた。

パヲラ「な…なんでもないのよ~カムロウちゃん!さ、行きましょ行きましょ!」

カムロウ「?」

おかみ「じゃあ、また来なよ。あんた達なら大歓迎だからね。」

ルカ「ええ、ありがとうございました!」

一行はフロントを出る。

チリ「…アリスさん、風呂敷包みをいくつも持っているけど、あれってもしかして…」

ルカ「あぁ…あまあまだんごだろうな…」

ラクト「胃袋ブラックホール…」

こうして僕達は、高級宿「サザーランド」を後にしたのだった。

 

 

外に出て、食材を十分に買い込んだ。塩も忘れずに。

ルカ「後はどうしようか…」

パヲラ「それなら武器屋なんてどうかしら?カムロウちゃん、剣と盾が壊れちゃって…」

ルカ「それならこのまま行こうか。」

僕達は武器屋に向かった。

 

 

イリアスベルクの武器屋にて。

カムロウ「ううっ…重い…」

右手に鋼鉄の剣を、左手に鉄の盾を装備したカムロウはそう呟いた。

ラクト「別に、そんな重いものじゃなくてもいいんじゃないのか?ほら、こっちの剣の方が小さくてそれより軽いぞ。」

カムロウ「ううん、これでいいんだ。」

カムロウ「グランべリアに言われたんだ。体に馴染んでないって。」

グランべリアとの闘いで、ラクトからもらった剣と盾は前の装備より頑丈だったが、重かった。なのでスピードが下がってしまった。グランべリアに指摘された点はそれだ。スピードが下がってしまうと、隙だらけになってしまう。

カムロウ「これから先、武器が壊れることだってあるはずなんだ。どんな武器も扱えるように、力を付けないと…」

鉄製だろうとなんだろうと、筋力を付けないと…もしもの時がある。

パヲラ「それならカムロウちゃん、これなんてどうかしら。」

パヲラが持ってきたのは、鎖かたびらだった。

チリ「え…鎖かたびら?」

パヲラ「そう!防御面でも、肉体面でも素晴らしい優れものよ!それに動きやすいし。」

パヲラは上半身の服をめくった。なんと、服の下に鎖かたびらを着ていた。

ラクト「お前、いつもそれ、服の下に着ていたのか?」

パヲラ「えぇ、これなら普段から肉体負荷トレーニングも出来るし、意識しなくても自然と筋力は付くわよ!」

カムロウ「じゃあ、それも!」

ラクト「んじゃ、会計通すぜ。」

カムロウは新しく、鋼鉄の剣、鉄の盾、鎖かたびらを装備した。

 

ルカ「この鎧、かっこいいなぁ…真の勇者は、こんな鎧着てるんだろうなぁ…この鎧もかっこいいなぁ…このギザギザしたあたりが、何とも…」

重厚で頑丈そうな鎧を眺め、ルカは溜め息を吐く。

残念ながら、今の所持金では全く手が出ないようだ。

アリスは、そんな僕を冷ややかな目で眺める。

アリス「…ドアホめ。貴様の体格でこんな鎧を着込んだら、まともに動けんだろうが。」

アリスは何も変哲もないシャツのようなものに視線を落とした。

アリス「これは良い品だな、これにしておけ。今の資金でも買えるだろう?」

ルカ「えぇ…これがぁ?」

見たところ、もっさりとしたシャツ。確かに丈夫そうだが…

店主「姉ちゃん、ずいぶん目が利くねぇ。それは特別な製法で織られた防護服なんだ。なかなかの品なんだが、見た目が地味すぎるからねぇ…ほら、そこらの勇者なんて連中は、見た目ばかり気にするだろう?そういう見る目のない連中には、この服の良さがわからないのさ。あんた方は、そういう自称勇者とはひと味違うみたいだねぇ。」

ルカ「そ、そうなんだ…じゃあ、もらおうかな。」

店主「まいどありぃ!」

何か、店主に上手く乗せられた気もするが、アリスの勧めもあった事だし、粗悪品を掴まれたという事はないはず。

店主「エンリカの防具は質が良いんだが、見た目が地味だからねぇ…なかなかさばけなくて、困ったもんだよ。」

ルカ「エンリカ…?その人が作ったんですか?」

店主「いやいや、人じゃなくて、村の名前だよ。隠れ里エンリカ。ここから南西にある、本当に小さな村さ。そこの連中、まるで人目を避けるように暮らしていてねぇ。でも、そこで造られている防具は一級品なのさ。」

ルカ「そうなんですか、知らなかったなぁ…」

そう遠くないイリアスヴィル出身の僕でさえ、初めて聞く村だ。

隠れ里エンリカ、覚えておいた方が良いかもしれない。

こうして僕は、そのシャツを装備し、店を後にしたのだった。

 

 

イリアスベルクの教会にて_

ルカは祈りを捧げていた。

ルカ「イリアス様、どうか僕を見守っていて下さい…」

アリス「…つまらん。」

ラクト「まぁ、気持ちは分かるぜ。」

チリ「ダメでしょわかっちゃ。」

ルカ「当たり前だろ。愉快なお祈りなんてあっても、ちっともありがたくないよ。」

神官「その通り、イリアス様への祈りは、厳粛に行うものじゃ。」

奥から神官が出てくる。

アリス「…つまらなさそうな奴が出てきおった。」

ルカ「…当たり前だろ。神官様ってのは、たいていつまらないんだよ。」

ラクト「おいちょっと待て、今の失礼じゃねぇか?」

神官「…ともかく、五戒律には「神に祈りを怠ることなかれ」とある。お主も旅の身ならばこそ、祈りは怠らぬようにするのじゃぞ。」

アリス「本当につまらんな、こいつの話。」

ルカ「だから言っただろ。神官様の話ってのは、つまらないんだよ。」

ラクト「お前それでもイリアス信者か!?」

アリス「そういう貴様らは、イリアスに祈りとやらをしないのか?」

ラクト「俺は神を信じてねぇんだ。いるんだったら会ってみてぇぜ。」

カムロウ「ぼくの村だと…こういうことはしなかったよ。」

パヲラ「あたしはただ、祈る習慣がなくて…」

チリ「私もそういう習慣はないわ…」

 

 

 

ルカ「よし、買い物も終えたし、町から出るか__」

全ての用を済ませ、イリアスベルクを後にしようとした時だった。

 

???「ふふふ…見つけたわ、私だけの勇者様…!」

ルカ「だ、誰だ!」

僕の前に姿を現したのは__

 

残念なラミアが現れた。

 

突然に現れたのは、誰も喜ばない、誰も得をしないヘビの上半身と、人間の女性の下半身をしたモンスターだった。

ルカ「うわぁ…」

ラクト「なんだぁ…この珍獣は…?」

残念なラミア「私の名はアミラ…あなたに心を奪われた、恋する乙女。」

ルカ「…」

そもそも、なぜ町の中にモンスターがいるのか。周囲の通行人、全く気にしてないし。

アミラ「あなたが私にくれたもの、ひらひらの勇気と揺れる恋心。このスイーツなハート、アンブレイカブルな夢なのかしら。」

ラクト「なんか、やたら語呂の悪いポエム言っている…」

ルカ「…」

パヲラ「…ルカちゃん?」

…しかし、これは許せない。さすがに、そろそろ我慢の限界だ。

洗礼が受けられなかった、おそらく、イリアス様に何か深いお考えがあったのだろう。

変な妖魔、アリスを拾った。冒険に彩りが添えられた、とプラス思考で考えよう。

いきなり四天王の一人グランべリアと相対した。強敵上等、成長のチャンスだと思おう。

…しかし、こいつは駄目だ。さすがの僕でも、もう許せない。いいかげん限界だ。

ルカ「えっと…斬ってもいいかな?」

チリ「待って!ルカ!落ち着いて!」

アリス「貴様の目標は、人間と魔物との共存なのだろう。すなわち、あれとも共存せねばならんのだぞ。」

ラクト「パンツ一丁ででんぐり返しポーズの魔物がいるか。」

アミラ「それは仕方ないわ。ここだと、立ち絵じゃなくて文字で表現しないといけないんだから。」

ラクト「おい!やめろ!立ち絵とか言うな!」

 

ルカ「…ともかく、いい加減に消えないと退治するよ。」

アミラ「あなたも、私を見た目で差別するのね。みんなそう、この醜い姿を嫌い、親しく接してくれる人など誰もいない…」

チリ「あ…あなた…」

おばさん「やあ、アミラちゃん。お味噌汁作りすぎちゃったから、後で食べに来なさいよ。」

おじさん「おう、アミラ。うちの穀物庫にネズミが発生してな。ちょっと退治しに来てくれんか。」

チリ「思いっきり町に馴染んでるじゃない!何なのあなた!」

 

アミラ「今日はあなたに愛を伝えに来たのだけれど、用件はそれだけでもないの。少しばかり、頼みごとを聞いてくれないかしら。

ルカ「…頼み事?内容によるよ。」

アミラ「最近、この辺で魔物の盗賊団が暴れているのよ。町のみんなも迷惑しているし、同じ魔物がやっている事だけに心も痛むの。でも私、インパクトはあるけど腕っぷしは頼りないへなちょこラミア。そこで…勇者様になんとかしてほしいのよ。」

ラクト「インパクトあるのは自覚してるのか…」

ルカ「盗賊団?魔物が?」

魔物が徒党を組んで人間を襲うという話は聞かないでもないが、盗賊団をやっているというのは初耳だ。

アリス「ふん、魔物が人間の真似事か。志の低い話よ…」

アミラ「でも、決して馬鹿にはできないわ。なにせその盗賊団には、ヴァンパイアやドラゴンなんてのがいるの。」

パヲラ「ヴァンパイアに…ドラゴンまで?」

カムロウ「え…それってどんなの?」

パヲラ「魔物の中でも、強力な魔力と高い知性を持った者は「妖魔」と呼ばれるの。そんな妖魔の代表格がヴァンパイア。魔物の中でもトップクラスの魔力を持つ、誇り高き夜の貴族。」

ルカ「ドラゴンは、全てのモンスターの中でも、トップクラスの強さと知名度。荒ぶる牙と爪はいかなる武器より鋭利で、紅蓮の炎は全てを焼き尽くし、その鱗は堅固な装甲と同じ…。どちらも、今の僕たちでは傷も付けられないであろう強豪モンスターだ。」

アリス「妙だな。そのような連中が、こんな片田舎にいるなど初耳だぞ。」

確かにアリスの言う通りだ。そこまで強力なモンスターが、こんな辺境大陸にウロウロしているという話など聞いた事がない。

アミラ「どうか勇者様、その盗賊団を打倒してくれないかしら?」

ラクト「どうするよルカ。いくらなんでも化け物ぞろいってんだぜ?」

ルカ「…あぁ、分かった。なんとかするよ。」

アリス「…なんだと?本気か?」

ルカ「本気に決まっているだろ?魔物が人間に迷惑を掛けているなんて、見過ごせるわけないじゃないか!そんな悪行をする魔物を放置していたら、人と魔物の溝は深まる一方。例えそれが、今の僕では歯が立たない強力なモンスターであろうとも_理想の世界のために力尽きるなら、それもまた本望だ!」

僕にとっては、人間と魔物が共存する世界こそが理想なのだ。

ラクト「ま、お前ならそう言うと思ったぜ…」

アミラ「さすが、私の見込んだ、そして愛した勇者様。私の心、ハートズキュン。」

チリ「心とハートがかぶってる…」

ルカ「ともかく、その盗賊連中のアジトはどこにあるんだ?」

アミラ「詳しい位置は分からないけど…この町から西のイリナ山地が拠点みたいね。」

ルカ「分かった、任せてくれ。」

アミラ「さすがダーリン!そこにシビれるーっ!あこがれるーっ!」

アミラ「じゃあ、朗報を待っているわ…」

そのままアミラは、地面を這いずりながら去っていった。

チリ「去り方っ!」

ラクト「絶対、足で立てるだろあいつ。」

 

アリス「本気で行く気か?ドラゴンやヴァンパイア相手に、今の貴様ではどうにもならん。貴様、そんなに英雄になりたいのか?」

ルカ「…僕は、英雄になりたいわけじゃないよ。」

アリス「本来の目的、魔王討伐とは関係ないだろう。そもそも。貴様が行かねばならぬ理由もないはずだ。」

ルカ「理由はあるよ。なぜなら、僕は勇者だからだ!」

ラクト「おぉ!さすが勇者様だ!」

アリス「…ニセ勇者の癖に。」

ラクト「まだ引きずるかお前!」

痛いところを突かれたが、それでも僕の信念が揺るがなかった。人と魔物の共存を実現するためならば、この身さえ滅びても構わない!

アリス「まったく、自分に関わりのない事など、放っておけばいいものを。このまま北に進み、港町イリアスポートからイリアス大陸を出るのだろう?」

カムロウ「でも、アリスさん。ぼく、今の装備に慣れたいんだ。だから、ルカの判断は良いと思うよ。」

ルカ「そうだよ。回り道も悪くないよ。こうやって経験を重ね、レベルアップしながら魔王城に向かうのさ。」

アリス「今のレベルでドラゴンなど相手にしたら、経験を重ねるまでもなく消し炭だがな…」

ルカ「何とでも言うがいいさ。人と魔物のいがみ合いを放置するくらいなら、消し炭になった方がマシだ。」

こうして会話を終え、一行は町を出た。

 

 



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第11話 堕剣エンジェルハイロウ

とりあえず町を出たところで、アリスはルカを呼び止めた。

アリス「そういえば、貴様の戦い方を見て、一つ気が付いたことがある。貴様がモンスターを殺したくないというのは、嘘ではないようだな。そのせいで剣のキレが悪く、本来の技能を生かしきれてはおらんようだ。」

ルカ「うん、そうかもしれないね…」

チリ「えっと、ルカの旅の目的って人と魔物の共存だもんね。」

確かに、僕は命を奪うことに対して恐怖心を抱いてしまう。

人に危害を加えるモンスターとはいえ、本心では殺したくない。ただ、悪いことをやめさせたいだけなのである。

パヲラ「そのせいで、無意識ながら剣の腕が鈍ってしまっているのね。」

アリス「仕方ない、貴様にこの剣を貸してやろう。」

アリスの手には、禍々しいような、おどろおどろしいような、呪われているかのような剣があった。

ルカ「うげ…なんだこれ!?」

カムロウ「うえぇ…」

チリ「なに…これ…?」

パヲラ「へぇ、随分な剣ね。」

ラクト「き…気持ち悪い…悪趣味にもほどがあるぞ…」

アリス「堕剣エンジェルハイロウ。この世に一本しか存在しない。極めて貴重な剣だ。今後の戦いでは、この剣を使うがいい。」

ルカ「うぇぇ…?こ、これを?」

いったい、何の嫌がらせなんだ?その剣は見るからに不気味で、邪悪なオーラが溢れ出ているかのようだ。

正直なところ、使うどころか触りたくもない。

ルカ「やだよ、気味悪い…」

アリス「貴様達人間が喜ぶ天使が、柄や刀身に埋め込まれているだろう。ありがたいとは思わんか…?」

ラクト「天使だからってなんでもありがたみがあると思うなよ!どんだけ嫌いなんだよ!」

ルカ「その天使、苦悶の表情を浮かべているけど…」

どう見ても、ありがたみはなさそうだ。

アリス「いいから受け取れ、ほら。」

僕は眉をひそめつつ、堕剣エンジェルハイロウとやらを受け取る。

ルカ「…あれ?軽い…」

ラクト「嘘ぉ!?呪われるとかじゃなくて!?」

ルカは堕剣エンジェルハイロウをぶんぶん振り回す。

ごつい外見に似合わず、その剣は異様なまでに軽かった。

???「ォォォ…」

チリ「ひっ!…ねぇ、今の…!」

ルカ「うん…今、なんか呻き声みたいなのが聞こえなかったか…?」

アリス「当然だろう、666匹の天使を溶かして精製した剣なのだから。」

ラクト「どういう当然だよ!」

ルカ「その…正直、本気で嫌なんだけど…」

こんな剣を使ったら、イリアス様に見放されてしまうんじゃないか…?

 

アリス「いいから聞け、その剣には天使の怨念が込められており、聖素の含有率が極めて高いのだ。その効果により魔素を消散し、生骸から引き離すという効果が得られる。そうなると、魔素を固着することが極めて困難となり__」

カムロウ「え…えーと…?」

ルカ「ちょ、ちょっとまってくれ、話が難しすぎて、何が何だが分からないんだけど。」

パヲラ「つまり…その剣で致命傷を与えられたモンスターは、一時的に退化した姿に封印することができるわけねい?」

アリス「あぁ、その通りだ。命を奪うことなく、しばらくの間、無害な姿に封印できる。」

ルカ「この剣が?魔物を封印して無害化?」

正直、あまりピンと来なかった。魔物を一時的に退化させ、封印してしまう。そんな説明だけ聞いても、実感としてわからない。

アリス「む、ちょうどいい相手が近づいてきたではないか。」

ルカ「え?」

少し離れたところの地面が、こんもり膨らんだ。それは、もこもこもことこちらに近づいてくる。

チリ「なにあれ、モグラ?」

ラクト「馬鹿言え、あんなでかく膨らむか。」

アリス「良い機会だ。試し斬りでもしてみるがいい。では、余は少し場を離れるぞ。」

そう言い残し、アリスはふっと消えてしまった。

ルカ「あっおい!アリス!?」

カムロウ「試し斬りって…もしかして…」

うろたえている間にも、地面の膨らみは接近してきて_

 

ミミズ娘が現れた!

 

チリ「………」

ラクト「………」

チリ「でかい蛇?」

ラクト「でかい蛇?」

パヲラ「ミミズでしょ!どう見ても!」

 

ミミズ娘「あんたたち旅人?体液吸ってもいい?」

ルカ「いいわけないよ、だめって決まってるんだ!」

僕は自分の剣を抜こうとして…少し思い直し、アリスから受け取った堕剣エンジェルハイロウを構えた。

パヲラ「あら、気になるのねそれ?」

ルカ「まぁね…」

この剣で大ダメージを与えたら、モンスターは封印されて無害な姿になるというが、本当なのだろうか?

パヲラ「あたしも気になっていたところなの!みんな!ルカちゃんを援護するわよ!」

「「「おう!」」」

一行はそれぞれ武器を構えた。

 

ミミズ娘が先手を打った。ルカたちめがけて突進をしてきた。

パヲラ「ここはあたしが!」

パヲラは四股を踏んで、気を高めた。

そして両手を前に突き出し、ミミズ娘の突進を受け止めた。

パヲラ「ぬううううう…!」

突進の勢いは徐々に、緩やかに止まった。

パヲラ「そぉい!」

パヲラはミミズ娘の顔にアッパーカットを放った。

ミミズ娘の体は大きくのけぞる。

ルカ「今だ…!」

ルカはミミズ娘に斬りかかった。

ミミズ娘「痛っ!…あれ?なんなの、その剣…斬られたところから、力が抜けていくみたいな…」

ルカ「効いてるのか…!?」

アリスが言っていたことは、どうやら本当のようだ。しかし、この程度のダメージでは完全封印には至らないらしい。もっとダメージを与えなければ__!

ミミズ娘「っ!」

ミミズ娘は地面に潜った。

そして地面を掘り進みながら、ルカたちの周りをぐるぐると囲む。

チリ「一体どこから__」

チリが言いかけたその時、カムロウの後ろからミミズ娘が飛び出して来た。

カムロウ「危ない!」

カムロウがとっさに、チリを庇って攻撃を受け流す。

ミミズ娘はそのまま、また地面に潜る。

ラクト「さっさと出て来きたらどうだぜ…アーススパイク!」

ラクトは指に魔力を込め、文字を描いた。その文字は地面に潜っていく。

ミミズ娘「いっ!!!」

するとミミズ娘が地面から勢い良く飛び出てきた。体には土の棘が突き刺さっている。

チリ「天誅(てんちゅう)!」

チリは大きなハンマーをぐるぐると回して投げつける。

それはまだ空中に舞っているミミズ娘の体に当たり、ミミズ娘を地面に叩きつける。

ルカ「でやぁ!」

再びルカは、ミミズ娘に攻撃する。

ミミズ娘「なに、これ…力が抜けていくような、不思議な感じ…」

ルカ「よし…!」

やっぱり、この剣の効果は確かなようだ。敵に肉体的ダメージを与えるにつれ、力を封じていくらしい。

ミミズ娘「だったら__」

ミミズ娘は再び地面に潜った。

そして遠くから体を出すと、粘液を発射してきた。

カムロウ「ルカ!ここはぼくが!」

カムロウが前線に立つ。鉄の盾を前に突き出し、粘液を弾き飛ばす。

ルカ「ここだ!魔剣・首刈り!」

その弾幕を掻い潜って、ルカは魔剣・首刈りを放った。

ミミズ娘「なんなの、これ…!きゃぁぁ…!」

ミミズ娘に致命傷を与えた次の瞬間__その姿が、たちまち消散してしまった。

 

ミミズ娘をやっつけた!

 

ルカ「え?どうなったんだ?まさか、死んじゃいないだろうな?」

カムロウ「ねぇ!あれ!」

カムロウが指差す場所に、小さな生物がにょろにょろと這っている。あまりにもサイズが違うので、すぐには気付かなかったのだ。

ルカ「ミミズだ。」

チリ「そこら辺で見るような…普通のミミズだね。」

アリス「…理解したか?そいつは、さっきまでミミズ娘だったモンスター。なんら害のない、ちっぽけなミミズの姿に封印されたというわけだ。」

僕たちの勝利を知り、アリスも戻ってきたようだ。

ルカ「へぇ…」

チリ「確かに、無害、そのものの姿だね…これじゃ、悪さなんてできようもないね。」

ミミズ娘は諦めたのか、もこもこと地面に潜っていった。

ルカ「でもなんか、可哀そうな気もするなぁ。」

カムロウ「でも、殺しちゃいけないんだよね?」

アリス「生命力の高さは変わらんから、あのような姿といえども簡単には死なん。他者から力を与えられるなり、自分で蓄積するなりすれば、元の姿に戻ることも出来るのだ。」

ルカ「そうか…元の姿に戻った時には、反省してくれるといいな。」

パヲラ「反省してくれるどころか、人間への憎しみが増したりしてるかもねい…」

それも、否定しきれないところなのが悲しい。

改心してくれることを祈るばかりだ。

パヲラ「ところで、魔物以外の相手にこの剣を使ったらどうなるのかしら?」

ルカ「確かに、たとえば、人間とか…もちろん、試す気はないけど。」

アリス「人間でも、その剣でダメージを与えれば封印することができる。おそらく、小人の姿になるはずだ。」

ラクト「なんだ、こんな見た目しておいて、意外と優しい剣なんだな。」

アリス「また、その剣は天使の体を練りこんでいるから、聖素の濃度が極めて高い。だから天使を斬る場合にも、その剣は絶大な威力を発揮するぞ。」

ラクト「なにしれっと恐ろしいこと言ってんだお前!」

ルカ「なんで、天使様を斬らなきゃいけないんだよ…」

そんなの、神への冒涜だ。

ルカ「でも…ありがとう、アリス。おかげで、精一杯戦えるよ。」

僕は初めて、アリスに心から感謝していた。この剣ならば、僕の信念に相反せず武器を振るうことができるだろう。

アリス「予想通り、貴様の動きは今までより遥かに良くなっていた。魔物を殺したくないという思いが、貴様の剣技を無意識に鈍らせていたようだな。」

ルカ「そうだね。あんな風に戦ったのは初めてだよ…」

パヲラ「確かにルカちゃん、生き生きとしていたわね。」

ようやく、戦闘らしい戦闘をしたという気さえする。

アリス「とは言え、まだまだ未熟なのは事実。決して慢心はするなよ。」

ルカ「わ、わかっているさ…」

アリスに言われるまでもなく、僕は弱い。これからいっぱい経験を積んで、魔王を倒せるほど強くならなければ!

 

ルカ「さて、次の目的地だな…」

現在地点はイリアスベルク近郊。

カムロウ「このまま北に行けば、セントラ大陸への船が出ているイリアスポートだよね?」

チリ「魔物の盗賊団のアジトに向かうには、ここから西のイリナ山地か…。」

ラクト「そうだ、ルカ。ハピネス村も忘れるなよ?」

ルカ「そういえば…「サザーランド」のおかみは、ハピネス村がどうとか言っていたな。」

アリス「ふむ…ハピネス村に、寄り道してみるのもいいのではないか?」

ルカ「おいおい…反応が違うじゃないか。寄り道は面倒だ、とか散々渋っている癖に。」

アリス「旅の書物によれば…ハピナス村特産のハピネス蜜を、ふわふわのパンに塗りつけて食べるとたまらないのだそうだ。」

パヲラ「あら、おいしそう。」

ラクト「お前、この旅を世界食べ歩きツアーか何かと勘違いしてねぇか!?」

それはともかく、もう一つ、気になる場所がある。

隠れ里エンリカ_商人によれば、そこにひっそりと暮らしている人達がいるという。なぜか僕は、その村のことも心に引っ掛かっていた。

さて、次の目的地は__



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第12話 盗賊団との遭遇

ルカ「イリア山地へ行こう。魔物の盗賊なんて、放置しておけないよ。」

パヲラ「盗賊団退治をするのねい。」

アリス「本当に行くのか?自分から死ににいくとは、ドアホめ…」

ラクト「ドラゴンやヴァンパイアがいるっていうしな…」

ルカ「今の僕が勝てるはずもないのは分かってるよ。けど何を言われようが、僕の信念は揺るがない。もし実力が及ばないならば、いっそ理想に殉じるよ。」

カムロウ「…ルカはすごいや。」

パヲラ「ええ…とても強い心を持っているのね…」

アリス「ドアホめ…」

それ以上、アリスは何も言おうとはしなかった。

こうして僕達は、西のイリナ山地に向かったのである。

 

数時間ほど歩き、一行はイリナ山地に到着する。

しかし、ここで一つ大きな問題があった。

盗賊団アジトの詳しい位置が、まるで分からないのだ。

ルカ「困ったなぁ…退治するって言っても、どこにいるんだ?」

アリス「この広大な山地を、しらみつぶしに探すわけにもいくまい。どうするつもりなのだ?」

ルカ「さぁ、どうしよう…?」

チリ「イリナ山地にいるとは言っていたけど…」

パヲラ「どこかで焚き火をしてるような煙もないわね…もう少し情報を集めればよかったかしら。」

困惑しながら、歩いていると、突然、目の前に小さな影が飛び出してきた!

 

ゴブリン娘が現れた!

 

ゴブリン娘「やい!金目の物を置いていけ!」

目の前に現れたのは、ちっちゃくて可愛い小鬼モンスターだった。ただ、抱えているハンマーは体格に不釣り合いなほどに大きい。

ラクト「ははっ、あのでかいハンマー、チリ(おまえ)とそっくりじゃねぇか。」

ラクトはチリとゴブリン娘を比べて見て笑った。

チリ「うるさいっ!」

そしてアリスは、例によってどこかに消えてしまったようだ。

ルカ「もしかして…魔物の盗賊団か!?」

ラクト「盗賊団の下っ端かもしれないぜ。アジトの場所を知っているかもな…」

ゴブリン娘「ボクは盗賊団四天王の一人、ゴブリン!」

ラクト「いきなり幹部が出てきたじゃねぇか!」

ルカ「ええ…?四天王…!?」

こんな少女のモンスターが、幹部級なのか…?もしかしてこんな外見ながらとっても強いのか?

ゴブリン「分かったら、はやく金目の物を出しちゃえ~!」

ルカ「あの…僕は勇者なんだ。盗賊団をこらしめに来たんだけど…」

ゴブリン娘「えええ…?そんなに弱っちそうなのに、勇者…?」

ルカ「う、うるさいな…弱そうなのは、そっちも同じだろ!」

ともかく、この少女が四天王の一人なら、当然アジトの場所も知っているはずだ。

カムロウ「さっきの台詞、もしかして人を襲って盗みをしているんじゃ…」

ルカ「だったらなおさら、懲らしめてなくちゃ。」

そういうわけで、僕は剣を抜いた。

ゴブリン娘「うわ!その剣、こわっ!てかキモッ!!」

ルカ「………」

…確かに、それは僕も同感だ。

チリ「確かに…」

ラクト「まぁ…その気持ちは良く分かるが…」

ゴブリン娘「う~ん…」

ゴブリン娘は顔をしかめ、剣と僕の顔を交互に見回した。

ゴブリン娘「どうしようかな…剣はすっごくキモいけど、持ち主はへっぽこな感じだし…後ろの仲間には変な恰好の人がいるし…」

パヲラ「これは趣味よ。気にしないで。」

チリ「(えっ、それ趣味なの?)}

ゴブリン娘「よし来い!勇者!盗賊団四天王の一人、「土のゴブリン」が相手をしたげるから!」

ルカ「つ、土のゴブリンだって!?」

ラクト「ってことは…やっぱり強いのかこいつ!?」

魔王軍四天王が、それぞれ四属性の技を使うように、盗賊団四天王も属性持ちなのか?

だとすると、土属性を使えるらしいゴブリン娘は、見かけよりも強力なモンスターなのか!?

 

ゴブリン娘は足元の砂を掴むと、ちょうど前に立っていたルカとカムロウに投げつけてきた!

ゴブリン娘「くらえ、サンドハリケーン!!」

ラクト「砂投げてるだけじゃねぇか!」

ルカ「うわっ…どこが土属性の技なんだ!ただの目つぶしじゃないか!」

カムロウは盾で防いだ。ルカはとっさに目を閉じてしのいだが、口の中に砂が少し入ってしまった。

ルカ「うぐ…ぺっぺっ…何するんだ!」

ルカは砂を吐いている。

ゴブリン娘「くらえ、大地の怒り~!!」

ルカ「大地の怒り…!?」

ゴブリン娘「アースクラッシュゴブリンだ~!」

ゴブリン娘はハンマーを振り上げ、ふらふらと近付いてきた!

ルカ「…その技名だと、大地に砕かれるのはゴブリンの方じゃないか。」

…なんだ、この攻撃は。予備動作が大きすぎて、当たる方が難しいぞ。

 

その様子を見て、ラクトは爆笑した。

ラクト「はははっ!もうっ…あの感じっ…チリと同じっ…ははっ…!」

その後ろから、チリは両手でハンマーを持ち構えた。

チリ「天誅(てんちゅう)!」

ラクト「ぐはぁっ!!!」

チリはハンマーをラクトの背中に叩きつけた。ラクトは地面に這いつくばる。

そして鬼の形相でラクトの前に立った。

チリ「さぁ、ゆっくり話し合おっか…拳で…」

ラクト「あ…その…」

ラクト「ぎゃああああああ!!」

チリはラクトに馬乗りになってボコボコにタコ殴りした。

 

カムロウはそれを見てこう思った。

カムロウ「(チリって怒らすと怖いんだ…)」

ゴブリン娘「スキあり~!」

ゴブリン娘がカムロウの脳天に一撃を食らわした。ドゴッっという音がした。

カムロウ「ふぎゃっ!!」

ルカ「えっ!?カムロウ!?大丈夫!?」

カムロウ「う…うん…大丈夫…いてて…」

カムロウはなんとか起き上がった。その頭にはおおきなタンコブができていた。

パヲラ「カムロウちゃん大丈夫?後ろに下がって休んでていいわよ。」

カムロウ「うん…そうする…」

カムロウはふらふらしながらも後ろに下がった。

パヲラ「ルカちゃん、ここは二人で戦うしかないわよ。」

ルカ「うん、そうだね。」

ルカは後ろの方を見た。チリはまだ、ラクトをぶん殴っているようだ。

ゴブリン娘「まだまだ~!てりゃあ!!!」

ルカ「危なっ!」

ゴブリン娘は再びハンマーを振り下ろす。回避は出来たが、決して油断できない破壊力だ。

ルカ「しかし、当たらなければどうということはない!」

パヲラ「当たったら?」

ゴブリン娘「死ぬほどイタイよ!」

ルカ「そんな大振りの技が当たるもんか!破れたり、アースクラッシュゴブリン!!」

…ちょっと前の僕が、ほとんど同じようなことをしていたのは内緒だ。

パヲラ「経験者は語る…ってね。」

ゴブリン娘「…こ、これくらいで負けないからね!」

ゴブリン娘「てやぁ~!!」

ゴブリン娘はハンマーを横にぶん回しながら回転し始めた。

パヲラ「私に続いて!」

ルカ「ああ!」

ルカは突撃するパヲラの後に続く。

パヲラ「はいっ!」

パヲラはゴブリン娘のハンマーを掌底で止めた。

その後ろからルカが斬りかかる。

ゴブリン娘「おっと!」

ゴブリン娘は後ろに飛び、ルカの攻撃を避けた。

ゴブリン娘「ざ、残念だったね!はぁ、はぁ…」

その様子を見て、ルカはあることに気が付いた。

ルカ「あれ、もしかしてへばってないか?」

パヲラ「まぁ、あんなに重そうなハンマーをがむしゃらに振り回せばねぇ…」

ゴブリン娘「てや~!てやぁ~!」

それでもなお、ぶんぶんとハンマーを振り回してくるゴブリン娘。いや。ハンマーに振り回されている、と言った方が正しいか。

そうこうしているうちに、ゴブリン娘は石につまづいて転んでしまった。

ゴブリン娘「ふぎゃ!」

ゴブリン娘は2のダメージを受けた!

パヲラ「あらら、大丈夫?」

ルカ「…気は済んだか?」

ゴブリン娘「う、うん…はぁ、はぁ…」

ゴブリン娘は体力を消費し尽くし、肩で息をしている。

パヲラ「疲れてるところ悪いんだけど…」

ルカ「アジトの場所、教えてくれるかな。」

ゴブリン娘「あっちのほう…あっちのほうに、洞窟があるから…」

ゴブリン娘が指さしたのは、そう遠くない山肌付近だった。

どうやら、そこが盗賊団のアジトらしい。

ゴブリン娘は、はぁはぁ言いながら立ち上がり、啖呵を切った。

ゴブリン娘「で、でも…四天王のあと三人まで、こんなに簡単にいくと思うなぁ!ラミアや、ヴァンパイアや、ドラゴンが相手なんだからぁ!オマエなんか、やられちゃえ~!」

そして、ゴブリン娘はどこかに去っていった。

 

ゴブリン娘を追い払った!

 

ルカ「僕たちの勝ちだ…」

ルカはそう言い、剣を鞘に納める。

そして後ろから、カムロウが駆け寄ってきた。

カムロウ「ルカ、パヲラさん!終わったんだね!」

ルカ「カムロウ!頭の傷は大丈夫なのか?」

カムロウ「うん、自分で治した。」

パヲラ「あら、チリちゃんに治してもらったんじゃないの?」

カムロウ「チリは…」

カムロウは後方に視線を移す。二人も視線をそこに移すと、倒れているラクトの背に、鬼の形相をしたチリが座っていた。

ラクトの顔面はパンパンに膨れ上がっていた。

ラクト「ふみむぁふぇん…むぉいいまふぇん…(すみません…もう言いません…)」

チリ「分かればよろしい。」

パヲラ「あんた、どんだけ引っ叩かれたのよ…」

ルカ「ラクトの顔、もう人間の顔じゃないぞ。」

 

アリス「さて、アジトの場所が分かったようだな。」

戦闘が終わり、アリスが戻ってきた。

ルカ「あぁ、でも…」

ラクト「ラミアもいるんだってな。」

ヴァンパイアやドラゴンの話は聞いていたが、ラミアまでいるという。

カムロウ「らみあ?」

パヲラ「下半身が蛇の強力なモンスターよ。」

カムロウ「アミラさんみたいな?」

ラクト「逆だ、あいつのことは忘れろ。」

パヲラ「ほら、アリスちゃんみたいな姿をしてるモンスターよ。」

アリス「うむ、そうだ。」

 

ルカ「それにしても…ラミア、ヴァンパイア、ドラゴン…厄介な相手ばかりだな。」

ラクト「いや…おかしくないか?」

チリ「何が?」

ラクト「さっきのちんちくりんが四天王の一人なんだろ?なんていうかこう…差が大きすぎやしないか?強力なモンスターの中にゴブリンだぜ?もしかしたら、他の三人もちっこいやつなんじゃねぇかと…」

パヲラ「確かに…いや、どうなんでしょうね…」

カムロウ「もしかしたら、本物かもしれないんだよ?」

アリス「だから、よせと言っているだろう。本当に無駄死にしたいのか、貴様ら?」

ルカ「僕だって、無駄死になんてするつもりはないよ。でも、イリアスベルクの人達が困っているんだ。それを黙って見過ごすなんて、勇者じゃない!どんな強敵が待ち受けていようとも、勇者は屈したりはしない!」

アリス「…ドアホめ。他人のために、己の命を危険にさらすとはな。貴様はつくづくドアホのようだ…」

アリスに呆れられながらも、僕達はアジトの方向に進むのだった。

 

 

 

__盗賊団アジト。

ラミア「…四天王一人、土のゴブリンがやられたみたいね。」

ヴァンパイア「くくく、奴は四天王の中では最弱。奴を倒した所で何の脅威にもならぬわ。」

ドラゴン「うがー、その通りだぞ。」

 

ドラゴン「何であんなのが四天王の一員なのか不思議なぐらいなのだ…」

ラミア「それは…メンバーが不足してたからでしょ。」

 

ドラゴン「勇者一行はこっちに向かって着てるぞ。」

ヴァンパイア「のこのこやられに向かってくるとは……何と愚かな人間共よ…くくくっ…」

ヴァンパイアが卑しい笑みを浮かべ、ルカ一行をあざ笑う。

ラミア「じゃあ、次はあたしが相手をするからね。」

ラミア「くすくす…」

ドラゴン「わははははぁ!」

ヴァンパイア「くくくく…!」

「「「はっはっはっはっは…!!!」」」

 



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第13話 盗賊団のアジト

ゴブリン娘と戦った場所から数十分。

一行は、洞窟の前に立っていた。

ルカ「このほら穴…か?」

パヲラ「確かにここなら、拠点としては悪くないわねい。」

ラクト「ただ…盗賊団なんだろ?あのゴブリン娘の他に団員がいるはずだぜ?」

ルカ「あぁ、アジトだっていうのに、なんで周りに誰もいないんだ?」

 

アリス「この中に、本当にドラゴンなどいるのか?どうも、そんな気配は…」

アリスはくんくんと鼻を鳴らし、そしておもむろに溜め息を吐いた。

アリス「なるほど、そういうことか…」

アリス「余は、ここで待っている。適当に済ませて、とっとと帰ってこい。」

ルカ「おいおい、無茶言うなよ…」

ラクト「まぁ待てよルカ、アリスは協力者じゃないんだぜ?」

パヲラ「確かに無茶な話ね、無事に帰る保証なんてないわん。ルカちゃん、どうするの?」

ルカ「…怯むわけにはいかない。こんなところで立ち止まってたら、魔王を倒すことなんて出来ない!」

ラクト「へへっ、だろうな。」

ルカ「みんな、準備はいい?」

チリ「ええ、大丈夫。」

カムロウ「ぼくも!」

ルカ「よし…みんな、行くぞ!」

アリスをその場に残し、僕達は決死の覚悟で洞窟へと踏み込むのだった。

 

 

 

洞窟の中は意外と広かった。しかし、アジトにしては全く人影がない。

ここは、本当に盗賊団の本拠地なのだろうか。

ルカ「中は思ったより広いな。」

チリ「肌寒い…羽織る物でも持ってくればよかった…」

ラクト「…帰るか?」

パヲラ「ビビってる?」

ラクト「ビビッてねぇよ!」

そんな会話をしている中、カムロウは顔を曇らせていた。

カムロウ「………」

ルカ「カムロウ、どうしたんだ?」

カムロウ「あ…ごめん、洞窟は…ちょっと苦手なんだ…」

視線を逸らしながら、カムロウはそう答えた。

チリ「そうなんだ…」

ラクト「なんだよ相棒、しっかりしろ!俺たちがいるじゃねぇか!」

ラクトはそう言うと、カムロウの背中を軽く叩いた。

カムロウ「う…うん!」

こうして、再び一行は歩みを進める。そんな時だった__

 

???「ふふっ…来たわね。このあたしが相手をしてあげるわ!」

ルカ「だ…誰だ!?」

 

プチラミアが現れた!

 

プチラミア「あたしが四天王の一人、「水のラミア」よ!」

ルカたちの前に立ちはだかったのは、少女の姿をしたラミアだった。

ルカ「お、お前がラミア…?」

カムロウ「(確かに、下半身は蛇だ。)」

チリ「(…ちっちゃい。)」

プチラミア「ふふっ…私に巻き付かれ、締め上げられ、苦悶に喘ぐのはあんたたちなのね?」

不敵に笑うプチラミアを前に、僕たちは当惑せざるを得ない。

ラクト「…やっぱり、ちんちくりんじゃねぇか。」

ルカ「あれだけ覚悟を決めたのに…」

プチラミア「な、なにガックリした顔してるのよ!私に巻き付かれても、そんな顔ができるの!?」

 

プチラミアの先制攻撃!プチラミアは、ルカの体に短い尻尾を巻き付けてきた!

プチラミア「ほぉら、締め付けてあげる!」

ルカ「………」

しかしプチラミアの巻き付き、全く苦痛ではなかった。

頑張って締め上げようとしているが、力が足りないので、締め付けというのは程遠い。

むしろ優しく揉みほぐされているようで、気持ちいいほどだ。

ラクト「…どうよ?」

ルカ「マッサージ感覚。」

巻き付かれながらルカは答えた。

ルカ「よいしょ、っと。」

僕はプチラミアの体を巻き上げ、体から離した。下半身を巻き上げていた尻尾も、しゅるしゅると解けてしまう。

チリ「簡単に解けたね。」

ルカ「僕の力で解けたってことは…」

プチラミアの体を抱き上げたまま、視線が合う。

ルカ「………」

プチラミア「………」

すると、プチラミアの目から、じわっと涙が溢れた。

プチラミア「ふぇ~ん!なんで、うまくいかないのー!?」

ルカ「いや、なんでって言われても…」

パヲラ「体がまだ成長してないからかしらねい…」

僕は、そのままプチラミアを地面に下ろしてやる。

すると、しゅるしゅると素早く地面を這いながら離れていった。

ラクト「なんだ逃げたか…楽勝だったぜ__」

プチラミア「ぐすっ…も、もう許さないんだからね!」

ラクト「うおっ!?また来た!?」

涙を振り払い、プチラミアはなおも襲い掛かってきた!

プチラミア「次はあんたよ!」

今度はカムロウの体に巻き付いた。

プチラミア「ほらほら!苦悶の声を漏らしなさいよ!」

カムロウ「…えい。」

カムロウは片手で、プチラミアの体を持ち上げ、地面に下ろした。

チリ「カムロウって、力あるんだ。」

ラクト「俺らより小さいのにな。」

ルカ「僕より力持ちなのか…」

プチラミア「ふぇ~ん!覚えてなさーい!」

そんな捨て台詞を残して、泣きながらプチラミアは逃げて行った

 

プチラミアを追い払った!

 

ルカ「えっと…僕たちの勝ちってことでいいのかな…これ…」

カムロウ「ぼくたち、戦ってないけどね。」

ラクト「まぁ、いいんじゃねぇか?さっさと行こうぜ。」

僕達は再び、洞窟の奥へと歩みを進めた。

 

 

 

ルカ「…そういえば、「水のラミア」なのに、水属性なんて使わなかったな。」

チリ「まぁ、「土のゴブリン」も、砂投げてただけだったし…」

ラクト「あとはドラゴンとヴァンパイアって言うが…まさか、あんな感じのチビーズってことはないだろうな…」

それを聞いて、ルカはガックリと膝を着いた。

ルカ「もしかして…僕の決死の決意は、思いっきり無駄に終わるのかもしれないのか…?」

ルカは顔面蒼白で、絶望のオーラをじわじわと放ち始めた。

パヲラ「ま…まだ分からないわよ?気を落とさないで?」

ルカ「そ…そうかな?」

カムロウ「そ、そうだよ!まだ決まったわけじゃないんだ!気を抜いちゃだめだよ!」

ルカ「そうだ…まだ決まったわけじゃないんだ!こんなことで気を抜いちゃ、勇者失格だ!」

パヲラ「(良かった…持ち直した…)」

ルカは勇気を奮い立たせて立ち上がった。その時だった__

 

???「くくく…「土のゴブリン」に続いて、「水のラミア」を倒すとは中々のもの。しかし、我はそうは簡単にはいかんぞ!」

ルカ「な、何者だ…!?」

 

ヴァンパイアガールが現れた!

ヴァンパイアガール「我は闇の貴族にして、魔の眷属!そして四天王の一人、「風のヴァンパイア」!くくく…今宵の餌食はお前のようだ…」

ルカ「………」

ラクト「いや、確かにヴァンパイアには違いないけど…」

チリ「(…ちっちゃい。)」

可愛い少女ヴァンパイアはちっちゃなマントを頑張ってばさばささせながら、不敵に笑っている。

ルカ「…戦闘準備。」

パヲラ「えぇ、そうね。」

気は進まないながらも、僕たちは構えた。

ヴァンパイアガール「では、いくぞ!」

ヴァンパイアガールは、無数のコウモリに変化した!

コウモリ達が一斉に襲いかかってくる!

ルカは剣で、カムロウは盾で、パヲラは両腕で、チリはハンマーで防御した。ラクトは防御出来ず、コウモリ達の体当たりを顔面に食らっていた。

ルカ「うっうわ…!」

ラクト「イタタタタタ!!」

猛烈な羽音と、次々にぶつかってくる小さな衝撃。

大したダメージではないが、思わずたじろいでしまった。

カムロウ「…あれ?」

ルカ「どこにいったんだ?」

コウモリの群れが姿を消しても、ヴァンパイアガールの姿は見当たらない。

ヴァンパイアガール「くくく…我はここだ!」

チリ「ルカ!背中に!」

ルカ「え…!?」

いつの間にか、ヴァンパイアガールは僕の背中によじ登っていた。

ラクト「セミかカブトムシかお前?」

ルカ「…えい。」

マントの襟筋を掴み、僕はヴァンパイアガールを首筋から放した。

ヴァンパイアガール「おい、何をする!無礼であろう、我に対して…」

襟首を掴まれてぶら下がり、じたばたと足を動かすヴァンパイアガール。不意に、その目からじんわりと涙がにじんだ。

ヴァンパイアガール「ううっ…なんで、意地悪するのだ…」

ラクト「仕掛けてきたのはそっちだろうが…」

ルカ「あ…ご、ごめん。」

しくしく泣きじゃくるヴァンパイアガールを、僕は地面に降ろす。

ヴァンパイアガール「ぐすっ…ぐすん。」

涙をぐしぐしと拭き、ヴァンパイアガールは僕たちを睨んだ。

どうやら戦意はまだ失っていないようだ。

ヴァンパイアガール「も、もう許さないぞ!こうなったら、我の恐ろしさを見せてくれる!ちょっと待っていろ!魔力を集中するから!準備が出来たら、我の目をじっと見るのだぞ!」

ラクト「いや準備って!」

ヴァンパイアガールは力を溜め始めた。

チリ「…!みんな!目を逸らして!」

ラクト「はぁ!?」

ヴァンパイアガール「さあ、我が目を見るがいい!」

ヴァンパイアガールの瞳が妖しく輝いた!

全員は目を逸らして、ヴァンパイアガールの目を見ないようにした。

ヴァンパイアガール「な、なんで目を逸らす!目を見ろと言っただろうが!」

ルカ「いや、そう言われても…」

パヲラ「あからさまな攻撃だったわよね…何だったの?」

チリ「魔眼。魔力を込めて睨みつけて、呪いを掛ける眼よ。ヴァンパイアもそうだけど、上級の妖魔が持っている能力よ。」

ルカ「ちっちゃくてもヴァンパイアか…」

パヲラ「侮れないねい…」

ヴァンパイアガール「おのれ…!まだ、我は諦めんからな!」

ヴァンパイアガールは、まだ戦意を失っていないようだ。

ラクト「…ん?おいチリ、背中にゲジゲジ付いてるぞ。」

チリ「えっ!?」

それを聞いたチリの顔から、血の気が引いていく。

チリ「いやあああ!!取ってえええ!!!」

チリは一心不乱…いや、怯心狂乱にハンマーをぶん回し始めた。

カムロウ「わっ!危ない!」

ラクト「いやハンマーをぶん回すんじゃねぇ!!」

ルカたちはハンマーにぶつからないよう遠くに逃げる。

チリはそのままヴァンパイアガールに突っ込んでいく。

ヴァンパイアガール「えっ__」

いきなりの出来事に、反応できなかったヴァンパイアガールの顔に、チリの大きなハンマーがぶつかる。

ヴァンパイアガールはその勢いで吹っ飛ぶ。

未だにハンマーをぶん回すチリを、パヲラは後ろから羽交い締めして止めた。

チリ「あああああああ!!!」

パヲラ「落ち着いてチリちゃん!もう付いてないわよ!」

チリ「本当…?本当に…?」

チリはリズムの乱れた速い呼吸と、冷や汗を流しながらも冷静を取り戻した。

ラクト「…あいつ、何しても化け物だな。」

カムロウ「ラクト、怖がらせちゃダメだよ。」

ラクト「いや、あんなになるとは思わなくてよ…」

起き上がったヴァンパイアガールの目には涙がじんわりと滲んでいた。

ヴァンパイアガール「ううっ…なんで、意地悪ばかりするのだ…」

チリ「あっ…ご…ごめん…」

ヴァンパイアガール「ううっ…ひぐ、ひぐっ…」

どうやらヴァンパイアガールは、完全に戦意を失ってしまったようだ。

ルカ「…なんなんだ、この戦いは。」

ラクト「なんか…盗賊団っていうから身構えてた自分が、馬鹿馬鹿しくなってきたな…」

ルカ「ところで、「風のヴァンパイア」って名乗ってたけど、風属性の攻撃は?」

ヴァンパイアガール「できない…魔王様の四天王を真似して、みんなで名乗ってるだけ…」

ラクト「まぁ、だろうと思ったけど…」

ヴァンパイアガール「うぇ~ん!うぇ~ん!」

泣きじゃくりながら、ヴァンパイアガールは逃げ去っていく。

 

ヴァンパイアガールを追い払った!

 

ルカ「やるせない戦いだったけど、侮れない点もいっぱいあった。コウモリ変化技に魔眼…」

チリ「あとヴァンパイアなら、体力を吸収してくるはず。」

ルカ「もし、大人のヴァンパイアと戦う時は、それらの技には気をつけよう。」

パヲラ「ええそうね。良い予習になったわねい。」

そして僕たちは、洞窟の奥へと足を進めた。

 

 

盗賊団アジト、洞窟の最奥。

ルカ「ここまでに、四天王のうち三人は撃破したから…」

カムロウ「あとは、ドラゴン…」

パヲラ「本物かしら。それとも…」

ラクト「俺はちっこいのを期待するぜ。」

チリ「あんたそういう趣味が…」

ラクト「ちげぇよ!話聞いてたか!?」

そんな会話をしながら歩いていくと…

???「わはは、よくここまで来たな!」

ルカ「お、お前は…!?」

 

ドラゴンパピーが現れた!

 

ドラゴンパピー「がおー!」

ルカ「…やっぱりか。」

チリ「子どものドラゴン…だね。」

ちんまり可愛いドラゴンは、こちらを威嚇しているようだ。

ドラゴンパピー「あたしは四天王最後の一人、「火のドラゴン」!よくぞここまで辿り着いたな!すごいぞ勇者たちよ!」

少しの沈黙の間、ルカはこう呟いた。

ルカ「…ここに来るまでの僕の決死の覚悟は、いったいどうすればいいのかな。」

ラクト「いやいやルカ、命拾いしたと思えばいいんだよ!本物だったら俺たち死んでだぜ!?」

パヲラ「まだ戦いは終わってないわよ!元気だして!」

カムロウ「そうだよ!」

ルカ「とにかく…お前をこらしめれば、盗賊団は壊滅ってわけだな…!」

僕たちは武器を構えて、ドラゴンパピーの前に立った。

 

ドラゴンパピー「いくぞー!」

ドラゴンパピーの先制攻撃!口からぼわっと炎を吐き出した!

ルカたちは炎に包まれた!

ルカ「うわっ!あつっ!この子、あつっ!」

ラクト「あっちちち!!」

ラクトは地面に転がって、必死に火を消している。

カムロウとパヲラとチリは、近くにあった大きな岩の後ろにいた。

パヲラ「少女といえどもドラゴンねい。」

チリ「みんな、侮っちゃいけない!」

カムロウ「うん!」

ラクト「なんでお前らだけ安全な場所に避難してんだよ!」

 

ルカ「はああああ!!!」

ルカは飛び上がり、ドラゴンパピーの頭に刃を振り下ろした!

ドラゴンパピー「うが…!」

その刃は、脳天にガツンと命中したのだ。

ルカ「えっ!?」

しかし、刃は通らなかった。意外に高い防御力に、ほとんどダメージを与えることができなかったのだ。

ルカ「か…硬い!?」

ラクト「そうだった…あいつはドラゴンだ!あんな見た目でも、鎧並みの硬さを持っているのか!」

ドラゴンパピーの目からじんわりと涙がにじむ。

ドラゴンパピー「う、うう…」

チリ「いや…痛かったみたい。」

ラクト「ただの石頭かよ!」

しかし、ドラゴンパピーは涙を振り払った。

ドラゴンパピー「う…うがー!」

ドラゴンパピーはルカに飛びかかり、頭をがじがじと噛み付いてきた!

ドラゴンパピー「うがー!うがー!」

ルカ「うわ、やめろ…!い、痛い…!けっこう痛い!」

ルカは両手で払いのけようとしたが、なかなかドラゴンパピーを引きはがせない。

パヲラ「小さい子に使うのは気が引けるけど…」

パヲラはドラゴンパピーに向かって、魔力を込めた握り拳をぶつけた。

パヲラ「魔導拳・奥義!鎧砕き(クラッシュボーン)!」

光る右手、吹っ飛ぶドラゴンパピー。

地面にころころと転がった後、すぐに立ち上がるドラゴンパピー。

ルカ「効いたのか…?」

パヲラ「いや、手加減したわ。本気で撃てば骨も砕けるけど…」

ルカ「いや、僕に任せて。必殺技で、勝負を決める!」

小さいとはいえ、厄介な相手だ。ここは、必殺技で勝負を決めるか。

…思えば、勇者とドラゴンとの一騎打ちは、僕の憧れではなかったか。

少々想像とは違うが、今の僕はそのシチュエーションにいるのだ。

そう思うと、闘志が湧いてきた!

ドラゴンパピー「うがー!」

ドラゴンパピーは再び、口から炎を吐き出す。

カムロウ「パヲラさん!」

パヲラ「ええ!」

ルカたちの前に、カムロウとパヲラが立った。

カムロウ「はい!」

パヲラ「邪蹴(ジャケ)ット!」

カムロウは盾を前に突き出し、炎を受け止めた。

そしてパヲラは、横に分散された炎を高速の回し蹴りで生まれた風でかき消した。

ルカ「今だ…行くぞ!魔剣・首刈り!」

炎が消えて、道ができた。ルカは魔剣・首刈りを繰り出す。

ドラゴンパピー「うがー…!」

ドラゴンパピーも爪を振りかざして駆け寄ってきた。

ルカ「うおおおお!!」

両者は一気に駆け抜け、そして、互いの攻撃が交差した!

長いような、短いようなその刹那。

ドラゴンパピー「うがぁ…」

ドラゴンパピーは、こてん、とその場に転がる。

チリ「どう…!?」

カムロウ「効いた…!?」

ドラゴンパピー「うがが…う、う…」

ドラゴンパピーは地面に引っくりかえり、涙をこらえている。

もはや、反撃する気力は残っていないようだ。

ルカ「僕の勝ちだな…」

勝利の余韻を味わいながら、僕は静かに剣を納めた。

…これで、戦いは終わった。

勇者とドラゴンの一騎打ちは、勇者の勝利に終わったのだ!

 

ドラゴンパピーをやっつけた!

 

ルカ「これで…全て終わった。」

四天王の最後の一人も、こうして地に伏せたのだ!

アリス「やれやれ、ニセ勇者とちびドラゴンの戦いは終わったようだな。」

ラクト「来て早々、暴言を吐くなよ…」

現れるなり、アリスは暴言を吐く。正直なところ、全く違ってはいないのが悲しいが。

ルカ「あれ、そいつらは…」

アリスが、その背に連れていたのは、ゴブリン、プチラミア、ヴァンパイアガールだ。

どうやら三人ともアリスにこっぴどく叱られた様子だ。目に涙を浮かべている。

カムロウ「えっと…ぼくたち、四天王を倒したけど…」

ルカ「他の団員はいないのか?」

ドラゴンパピー「いないのだ…」

ヴァンパイアガール「全部で4人だけ…」

ぐずぐずと鼻をすすりながら、魔物少女達は答える。

ラクト「最悪だぜ…小規模どころか少数かよ…」

ルカ「つまり、これで盗賊団全部ってことか。えっと…どうするべきだと思う?アリス。」

泣きべそ少女を前に、僕はどうしていいのか分からない。

アリス「余に聞くな。盗賊団を壊滅させたのは貴様だろうが。売るなり殺すなり犯すなり食うなり、好きにするがいい。」

チリ「な…なんてむごいことを…!」

ドラゴンパピー「そんなの…やだぞ…うわーん!」

ヴァンパイアガール「ひぐっ…うぇぇぇん!」

ラミア「うぇーん、うぇーん…」

ゴブリン娘「わーん、わーん…」

とうとう、4人は泣きだしてしまった。

パヲラ「ああ、泣かないで、泣かないで!」

アリス「ふむ、さすがニセ勇者サマはやることが立派だな。こんないたいけな少女達を泣かせて、英雄気取りとは。」

ラクト「お前だろ!泣かせたのは!」

ルカ「な、泣かせたのはアリスだろ…!?」

ルカ「とりあえず、イリアスベルクの人達に謝りにいこう。いっぱい迷惑を掛けたんだから…分かったね?」

泣きながら、4人は頷いた。

カムロウ「ルカ、もし「魔物だから退治しろ!」ってなったら…」

ルカ「…大丈夫、絶対にそんな事はさせないよ。リンチしようなんて奴がいたら、この僕が叩きのめしてやる!」

僕は決して、魔物を退治したいわけじゃない。人と魔物が、平和に共存する世界を築きたいだけなのだ。

ルカ「それに…イリアスベルクには、アミラみたいな魔物も普通に馴染んでいたから、意外と、魔物に対する風当たりはそうきつくはないかもしれない。」

ラクト「…あいつかぁ。」

チリ「果たしてあの存在を魔物と判断していいのか…」

こうして、僕たちは、泣きじゃくる4人を引き連れてイリアスベルクに戻ったのだった。



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第14話 盗賊団、解散。

イリナ山地で盗賊団と戦い、勝利したルカたちは、数時間かけてイリアスベルクに戻った。

 

ゴブリン娘「迷惑をかけて、ごめんなさい…」

プチラミア「もうしません…」

ヴァンパイアガール「すみません…」

ドラゴンパピー「ごめんなのだ…」

イリアスベルクの中央広場で、素直に謝る魔物少女達。

住民A「こんな少女達だったとは…」

住民B「今まで何度か見たけど、ただの下っ端だと思ってたよ…」

住民C「誰だよ、ボスはおそろしいドラゴンだなんて言い出した奴は。」

ルカ「そういうわけで、もう悪さはしないって言ってますが…」

パヲラ「許してくれるかしら?」

おかみ「反省してるみたいだし、許してやってもいいんじゃないかい?この子達も、生きていくために大変だったんだろうしね。」

老舗宿サザーランドのおかみさんがそう言った。おかみさんがそう言うのなら、許してもらえるだろう。

老人「…20年ほど前に切り開いた西の森林も、多くは魔物が住んでいたと聞く。魔物達のすみかを奪ったのは、我々の方かもしれんな。」

ラクト「そういや…被害ってあったのか?」

道具屋の店主「実際のところ、この盗賊団による被害はそう大きくはありません。ドラゴンやヴァンパイアの恐怖に怯えていただけだったようですね。」

どうやら、許してやるという方向で話が進んでいく。

ルカ「ふぅ、良かった。」

僕は、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。

おかみ「…まあ、そういうことだね。これからは心を入れ替え、地道に働くんだよ。」

ゴブリン娘「ふぁ、ふぁい…」

ヴァンパイアガール「ありがとうございます…ぐすっ。」

ちびっ子盗賊団の前に、ぞろぞろと住民が集まる。

武器屋の店主「ドラゴンっ娘、火は吐けるのか?熱いのが吐けるなら、うちで雇ってやるぞ。」

運送ギルド「そこのちっこいの、けっこう力がありそうじゃな。倉庫整理からやってみるか?」

 

どうやら、町の人達も魔物少女達を受け入れてくれるようだ。こうして、盗賊騒ぎは円満に収まったのである!

 

カムロウ「めでたしめでたしだね!」

アリス「ふむ…意外だったな。人間の心にも、まだまだ魔物を受け入れる隙間はあったということか。」

なにやらアリスも、少しばかり感心した様子である。

ルカ「僕の生まれ育ったイリアスヴィルなら、こうはいかなかったと思うけどね。」

イリアスヴィルはイリアス信仰のお膝元であり、そして閉鎖的な田舎村。

こんなに円満に話は進まなかっただろう。

とはいえイリアスベルクも、かなりイリアス信仰が強い町。

もっと魔物に対して排他的だと思っていたが…

大きな都会となると、やはり人々の感覚も違ってくるということか。

チリ「でもルカ、全員がそうとは限らないと思う。神官様みたいな人は、受け入れられないと思うの。」

ルカ「そういう人たちも、魔物と共存することができる世界を創らないとな…」

パヲラ「そういえばだけど、あの子たち、親はいるのかしら。はぐれてあんなことをしてたのかしら…」

アリス「魔物の子育ては、種によって習性が全く異なるな。上位のモンスターほど、生まれてすぐ独立する傾向にある。ドラゴンやヴァンパイアは子育てなどせんし、ラミアは生息地域差が大きいから良く分からん。」

ラクト「なんでもかんでも人間基準で考えちゃいけねぇのか。」

ルカ「この町の人達が、親代わりになってくれるといいんだけどね。」

 

 

ルカ「…ん?」

ドラゴンパピーは、くいくいと僕の腕を引いた。

ドラゴンパピー「お前たちには、とってもお世話になったのだ。だから、これをあげるのだ。」

ドラゴンパピーが差し出したのは、赤く綺麗な宝玉だった。とても美しく、高い価値がありそうなアイテムである。

ラクト「おぉ!こりゃあ価値がありそうなモノだぜ!」

ルカ「どうしたんだ、これ…?」

ドラゴンパピー「数か月前、アジトの近くに大富豪の馬車が通りかかったのだ。そいつら、あたしの姿を見ただけで逃げ出してしまったのだ。その時に放り出された荷物の中に、その宝玉があったのだ。きっと、すごいお宝だと思うのだ。」

ルカ「なるほど…でも、そんなのもらっちゃっていいのかな…?」

真の勇者なら、盗品など受け取らないはずだ。でも、感謝の証にくれるものを無下にするわけにも…

ラクト「よし!ルカ!今すぐ売ろう!」

ラクトは目を輝かせながらそう言った。

ルカ「ダメだろ!盗品売ったら!」

ルカ「…そうだ。もし旅の途中で持ち主が見つかれば、その人に返してあげるよ。」

それならば、勇者として問題ない行為だ。

そういうわけで、僕はその宝玉を受け取った。

 

「レッドオーブ」を手に入れた!

 

アリス「…このようなモノが、こんなところにあるとはな。悪用の危険性がある以上、人間の手には渡したくないが…まあ、青と銀は魔族が押さえてるから問題はないか。」

ルカ「え…?アリス、これが何なのか知っているのか?」

アリス「当然だ、余を誰だと思っている。…しかし、人間は知らなくても良いことだ。」

ルカ「ケチだなぁ…」

そこまで言うところからして、ただの宝石ではないだろう。

ラクト「…やっぱ売ろ__」

チリ「天誅(てんちゅう)!」

チリは、ラクトをハンマーでぶっ叩いた。

ラクト「どああああ!!!」

持ち主の大富豪とやらが見つかればいいのだけれど…

まあともかく、これで盗賊団の一件も終わりだ。

しかし、僕達は、まだまだ旅を続けなければならない。

ルカ「じゃあ、そろそろ僕達は行くから。」

パヲラ「もう悪いことをしちゃ駄目だよん。」

ゴブリン娘「うん!」

プチラミア「盗賊団は今日限りで解散にするね!」

ヴァンパイアガール「もう、悪いことはしないぞ!」

ドラゴンパピー「立派な魔物になって、世の中の役に立つのだ!」

カムロウ「またね!」

ルカ「ああ、頑張れよ!」

こうして僕達は、広場を後にしたのだった。

 

 

 

ルカ「ふぅ、今日は実に勇者らしいことをしたなぁ。」

チリ「いや、勇者らしいことってむしろどういうこと?」

アリス「…ドアホめ。相手が大人のドラゴンだったら、どうするつもりだったのだ。貴様、本当に死にたかったのか?」

ルカ「誰だって、死にたくて戦っているわけじゃないよ。ただ僕は、自分の信念を貫くためなら死ぬのも怖くないだけだ!」

パヲラ「まるで、勇者の鏡ねい。」

アリス「…ドアホめ。」

アリスが深々と溜め息を吐いた。その時だった。

 

???「さすがは勇者様!私が見込んだ…お・か・た。」

ルカ「お…お前は!」

 

残念なラミアが現れた!

 

ラクト「うわ出た。」

チリ「出たわね。」

ルカ「お前、まだ出てくる気か?」

アミラ「出オチキャラだと思ったら大間違い。実は意外な真ヒロイン、それが私。」

アリス「貴様がヒロインだと?ふざけるのも大概にしろ、貴様!」

ラクト「なんで、お前が怒るんだよ!!」

アミラ「実は私…邪悪な魔導士に、醜い姿を変えられたお姫様。勇者様のキスで、元の姿に戻れるはずよ。」

ルカ「ほ、本当なのか…?」

ルカはちょっと嫌そうだ。

パヲラ「あたしのキスじゃだめ?」

アミラ「だめね。私の美貌が美しすぎて不釣り合いだわ。」

アリス「嘘に決まっているだろうが、ドアホが。」

アミラ「…ちっ、バレたか。」

悪びれもせず、ぬけぬけと舌打ちをするアミラ。

 

アミラ「仕方がないわ。こんな時のために習得した、誘惑魔術を使うしかないようね。」

カムロウ「ゆ…誘惑魔術だって!?」

アミラ「行くわよ!ハート・スプラッシュ!」

一行は身構えた…が、なにも起こらなかった。

ルカ「…?」

チリ「なにも起きないけど…」

アミラ「…ここはゲームでも動画でも絵でもない、文章の世界。画面演出エフェクトなんて呼び出せないわ。」

チリ「何の話よ!」

アリス「くどい…去れ!」

アリスは右手を突き出すと、魔力を込めたエネルギー弾を放った。

それはアミラに当たり、爆発した。

アミラ「展開が思いつかないからって、爆発オチなんてサイテー!」

アミラは空の彼方に飛んで行った。

ルカ「…なんだったんだ?」

アリス「行くぞ、ルカ。のんびりしていては、いつまで経っても魔王城に到着せんぞ。」

ルカ「ああ、そうだね…」

パヲラ「ルカちゃん、ちょっといいかしら?」

ルカ「うん?どうしたんだ?」

パヲラ「出発する前に、サザーランドに泊まって、休んでいかないかしら?」

ルカ「あぁ、そうだね、そうしよう。」

僕もそうだったけど、数時間も慣れない山道を歩いて、みんなは疲れているようだ。

僕たちはサザーランドで休むことにした。

 

 

 

夜、老舗宿サザーランド。

みんなで夕食を食べている時。

ラクト「そういやよ…俺、考えたことがあんだよ。」

急にラクトが喋り始めた。

ラクト「ドラゴンパピーと戦ったとき、俺たち、あいつの炎で燃やされそうになっただろ?」

チリ「え?そう?」

ラクト「お前は避難したけどな!?本当なら燃やされてんだぞ!?」

アリス「それで?何を思いついたのだ?」

ラクト「あぁ…「陣形」ってやつだ!」

カムロウ「陣形って?どういうこと?」

ラクト「戦うメンバーを前衛3人、後衛2人に分けるんだ。長い旅になるだろ?全員前に突っ立って、全員致命傷を負ってすぐに全滅ってなっちゃ、お笑い草だろ?」

ルカ「あぁ…確かに…」

ラクト「後衛だからって戦わないわけじゃねぇ、俺だったら魔法で援護できるし、こいつ(チリ)だったら、前衛の人と交代して自慢のハンマーでぶっ放せばいいわけだぜ。」

ラクト「どうだ!勇者親衛隊、デコボコ隊の陣形!かっこいいだろ!」

ラクトは決めポーズをした。

チリ「(…かっこ悪。)」

パヲラ「…結局アンタ、前に出たくないだけじゃないの?」

ラクト「うるせぇな!」

…ラクトの言う通り、これから先は長い旅になる。そこで魔物に遭遇して、毎回全力で戦闘を続けてしまうと、こっちが不利になりそうだ。陣形というのは良い考えかもしれない。

ルカ「ラクト、悪いけど…僕は前線で戦うよ。後衛に行っても何もできないわけだし。」

パヲラ「確かに、この中で唯一、魔物を封印できる術を持っているのはルカちゃんしかいないわ。」

カムロウ「じゃあ、ぼくたちはルカが戦いやすいように助ければいいんだよね?」

ラクト「前衛、後衛に分けながらな。」

アリス「ふむ…良い考えだが、一つ指摘する点がある。遭遇する魔物はいろいろな種類がいる。毎度同じメンバーで戦えば、相手によっては劣勢を強いられるぞ。その時はどうするのだ。」

ラクト「やっべ…考えてなかった。」

チリ「絶対後ろにいようとしたでしょ…」

ルカ「その時、誰が前線で戦うか決めればいいと思うよ。戦闘中でも、戦況ごとにメンバーを入れ替えれば問題ないだろ?」

アリス「ほう、頭が回るじゃないか。ニセ勇者なのに。」

ルカ「ぐっ…」

ラクト「もうやめろ!ニセ勇者って言うの!」

 

 

 

翌日、サザーランドのロビー。

おかみ「ゆうべはお楽しみだったね!」

ラクト「な?お楽しみだったな?な?」

ラクトはニヤニヤしながらルカを見た。

ルカ「うるさい!殴るぞ!」

アリス「何をしてるのだ貴様ら…」

プチラミア「お楽しみだったね♪」

カウンターの下から、プチラミアが顔を出した。

カムロウ「あれ、君は…」

おかみ「ああ、この子。ここで働かせるにしたのさ。」

プチラミア「うん、がんばるからね。」

おかみ「こう見えて、意外に働き者なんだよ。名物の「あまあまだんご」の作り方も伝授したいんだけどね。ほら、ハピネス村がどうにかならない事にはねぇ。どこかの勇者が、何とかしてくれないもんかねぇ…」

おかみはチラチラとこちらを見ている…

ラクト「なぁルカ…次はハピネス村に行かねぇか?」

ルカ「まぁ…考えておくよ…」

ルカたちは、サザーランドのロビーから出る。

ルカ「そういえば…チリとパヲラは?」

ラクト「あぁ、チリはハンマーの手入れしに武器屋に行ったぞ。」

カムロウ「パヲラさんは道具屋だって!」

アリス「道具屋…何をしに?」

ラクト「コスメ買いに。」

ルカ「コスメ!?」

 

 

イリアスベルクの武器屋。

店に入ると、奥の方で鉄を叩く音が聞こえてくる。

店主「ほれ、熱いうちにがんがん打つんだ!打つんだ!」

ドラゴンパピー「うがー!」

ドラゴンパピーは、鍛冶の修行をしているようだ。

チリ「あ、ルカ!お待たせ!」

チリの手にはピカピカに磨かれたハンマーがあった。

店主「おお、違いの分かる勇者君か。」

ルカ「ドラゴンパピーは、ここで働くことになったんですね。」

店主「ああ、この通り、この子にはいっぱい努力させてるよ。技能を身につけて自分で稼げるようになれば、悪い事はしなくなるだろ。」

ドラゴンパピー「うがー!がんばってるぞー!立派な鍛冶屋さんになるのだー!」

ルカ「うん、がんばれよ!」

 

 

イリアスベルクの道具屋。

パヲラ「あらルカちゃん。あたしは買い物終わったわよん。」

ルカ「買い物って、何を買ったんだ?」

パヲラ「コスメ。」

ルカ「コスメっ!!」

店の奥から、道具屋の店主とヴァンパイアガールが出てくる。

店主「いらっしゃいませ!」

ヴァンパイアガール「いらっしゃいませー!」

ヴァンパイアガール「服従の魔眼。」

ルカ「うわっ!」

ヴァンパイアガールの瞳が妖しく輝いた!

ルカは瞳を見てしまった!

ヴァンパイアガール「とりあえず、薬草を3000個ほど買っていけ。」

ルカ「一つ8ゴールドだから、全部で2万4千ゴールドか。安いな。」

ラクト「アホー!!」

店主「こら、それはやっちゃ駄目だって言ったろ!」

ヴァンパイアガールは、道具屋を手伝っているようだ。

店主「この子達は、この町で面倒を見ています。さすがに、放っておく事は出来ませんからね。」

ルカ「はい、よろしくお願いします。」

 

 

イリアスベルクの中央広場。

パヲラ「点呼するわよ~。」

パヲラ「ルカちゃん。」

ルカ「はい!」

パヲラ「アリスちゃん。」

アリス「うむ、いるぞ。」

パヲラ「カムロウちゃん。」

カムロウ「はーい!」

パヲラ「チリちゃん。」

チリ「はいっ!」

パヲラ「アホ。」

ラクト「おいてめぇ!ぶっ飛ばすぞ!」

パヲラ「いい準備運動になりそうねい…!」

二人は取っ組み合いをし始めた。

アリス「全員いるみたいだな。」

ルカ「よし、行こうか。」

町の外に出ようとした、その時だった。

ゴブリン娘「どいてどいて~♪この資材、重いんだよ~♪」

人混みの中から、重そうな木材を軽そうに担いだゴブリン娘が出てくる。

ルカ「お前は…」

ゴブリン娘「あっ、オマエは世話になった勇者!この通り、ちゃんと働いてるよ♪」

ルカ「うん、がんばって立派な魔物になるんだぞ。」

ゴブリン娘「うん!ボク、頑張る!」

 

ルカ「…ところで、お前だけ他の三人と雰囲気が少し違わないか?」

チリ「なんていうか…この辺りの生まれっぽくはないような…」

ゴブリン娘「ボクは、あの三人とは出身が違うの。三人はセントラ大陸北方の生まれなんだけど、ボクは東方出身。三人が南に向かってる時に知り合って、意気投合したの。」

アリス「東方出身か…あの辺は、少し文化が違うからな。」

ラクト「そうなのか?」

ゴブリン娘「ボク、生まれはえきぞちっく(異国)なんだからね。ちなみに、この格好はナタリア地方の山賊スタイル。」

ルカ「そ、そうか…」

チリ「いいじゃん。似合ってるね。」

ゴブリン娘「でしょ?とってもぐろーばるでしょ。」

 

ゴブリン娘はカムロウの方を見ると、思い出したかのように喋った。

ゴブリン娘「そうだ!オマエ!あの時、頭叩いちゃってごめんね?」

カムロウ「ううん、ぼくは大丈夫だよ!気にしないで!」

ゴブリン娘「うーん、でも、もしもってこともあるから…これ、貰ってよ!」

ゴブリン娘は片手をポケットに突っ込み、木の実のようなものを取り出してカムロウに渡した。

カムロウ「これって?」

ゴブリン娘「カイムケマの実、これを食べるとね、どんなにへとへとでもすぐに元気になるよ!」

ラクト「はあっ!!?」

パヲラ「はあっ!!?」

取っ組み合いをしていた二人が突然手を止め、ゴブリン娘とカムロウの方を向いた。

ルカ「うわ、びっくりした…どうしたんだ?」

パヲラ「いや…「カイムケマの実」って…!」

ラクトはカバンから乱暴に、しおりがびっしりと挟まれた本を取り出す。

ラクト「だよなぁ…!聞き間違いじゃねぇなら…!」

本をパラパラとめくって、あるページをまじまじと見つめる。

ラクト「カムロウ!その実なら、お前のお母さんの傷、治せるかもしれねぇぞ!」

カムロウ「え!?本当!?」

カムロウは涙を浮かべながら、ゴブリン娘に感謝した。

カムロウ「ありがとう…!!!ぼく、これ探してたんだ!!」

ゴブリン娘「えへへ…役に立ったなら、よかったよ。」

ラクト「役に立つとかそんなんじゃねぇよ…!大手柄だぞお前!」

ゴブリン娘「あっ…いけない!早くこれ運ばなきゃ!ごめん!また会おうね~!」

ルカ「あぁ、またな!」

そう言うとゴブリン娘は、資材を担ぎなおしながら、人混みの中に去っていく。

パヲラ「良かったわねカムロウちゃん!お家に帰れるわよ!お母さんを救えるわよ!」

カムロウ「うん、これで帰れる…やっと…お母さんを…!」

ラクト「カムロウ、絶対無くすんじゃねぇぞ!ちゃんとカバンの中に入れとけよ!」

カムロウ「うん!」

カムロウはカバンの中の、大切なモノを入れる場所にしっかりと、カイムケマの実を入れた。

 

「カイムケマの実」を手に入れた!…カムロウが。

 

パヲラ「なら早く、帰りましょ__」

ラクト「待て…帰りどうする?」

そうだった。セントラ大陸行きの船は、とある事情で出ていないはずだ。

パヲラ「…大砲。」

ラクト「しねぇよ!絶対しねぇ!」

 

ルカ「それならカムロウ、早く村に帰ったほうがいいんじゃないか?」

カムロウ「ううん、ぼく、ルカに付いてく。」

ルカ「えっ…いいのか?だって、カムロウの旅の目的は__」

カムロウ「…あの時、ルカに付いて行くことがなかったら、ルカが魔物との共存を実現させようとしなければ、カイムケマの実を手に入ることだって、なかったんだと思うんだ。」

カムロウ「ルカがいなければ、ルカに出会わなかったら、ぼくはお母さんを助ける旅を、ずっと続けてたと思うんだ。」

ルカ「カムロウ…」

カムロウ「世界を旅するんでしょ?だから、ぼくの村にも行くことになるんだよね?」

カムロウ「だから、村に帰るまでの間、大したことは出来ないけど…ルカに恩返ししたいんだ。もう少しだけ、付いて行ってもいいかな…?」

カムロウは右手を差し出した。

ルカ「…うん!いいよ!」

ルカは右手で、カムロウと握手した。

ラクト「おっと、俺たちも忘れんなよ?相棒!」

ラクトが後ろから、カムロウの肩を組む。

カムロウ「ラクト!」

パヲラ「あたしたちも、ルカちゃんに付いて行くわよ!」

ルカ「ああ、よろしく!」

 

 

チリ「お話し中悪いけど…もうそろそろ、行ったほうがいいんじゃない?アリスさん、待ちくたびれちゃって…」

ルカはアリスの方を見た。あまあまだんごを頬張っていた。

これ以上待たせたら、せっかく買った食料まで食らうつもりだ。

ルカ「そうだね…それじゃ、出発!」

こうして、ルカ一行はイリアスベルクの町の外に出た。

 



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第15話 ハピネス村への道中

イリアスベルクから少し歩いたところで、ルカは地図を広げながら、次の目的地を考えていた。

カムロウ「ルカ、次はどこに行く?」

ルカ「えーと…」

すると後ろからささやき声が聞こえた。

ラクト「ハピネス村…」

ルカ「………」

ラクト「ルカよ…ハピネス村に行くのです…」

ルカ「………」

こいつ、そんなに行きたいのか?

そう思っていると、今度は声を高くして喋り始めた。

ラクト「ルカよ、ハピネス村に行くのです。」

ルカ「もうやめろ!」

 

ルカ「分かったよ、ハピネス村に行ってみよう。」

ラクト「よっしゃ!待ってたぜ!」

目を金のように輝かせ、悪そうな笑みを浮かべなからラクトは言った。

ラクト「ただでさえ出費が激しかったんだ。ハピネス村のハチミツを大量に買って売りさばけりゃ、どんだけ儲かるか…ひっひっひっ…」

ルカ「金稼ぎが目的じゃないか…」

 

チリ「サザーランドのおかみさんによれば、ハピネス村で何かあったみたいだけど…」

ルカ「やっぱり、何か大きな事件が起きてるんだろうな…」

アリス「ああ、様子を見に行く必要があるだろう。ハピネス蜜が取れなくなるなど、大問題だ。あまあまだんごが食べられんばかりか、各地の名産にまで影響が出るぞ。」

ラクト「…流通に影響あるのはそうだけどさ。」

ルカ「やっぱりこいつ、食い物のことしか考えてないな…」

ともかく僕達は、ハピネス村目指して東に進んだのである。

 

道を歩いている時、不意にアリスが質問をした。

アリス「ところで貴様ら。なぜハピネス村という名前なのか知っているか?」

ルカ「村人がみんな、ほのぼのした農園で幸せそうに養蜂にいそしんで暮らしているから…かな?」

チリ「えぇ…」

ラクト「いくらなんでも、安直すぎやしねぇかぜ?」

アリス「貴様は本当にドアホだな。ハピネス村の名は、近くにあるハーピーの集落に由来しているのだ。」

ルカ「なるほど、ハッピーじゃなく、ハーピーが語源ということだったのか…」

カムロウ「ハーピーって?」

パヲラ「女性の頭に鳥の姿をしているモンスターよん。」

アリス「ハーピーの習性を考えると、村での問題とやらもおおかた検討がつくが__ん?」

アリスは不意に目を瞬かせると、そのまま姿を消してしまった。

ラクト「おい待て、習性って何のことだぜ__」

ルカ「__アリスが逃げたということは、またモンスターか!」

 

ミツバチ娘が現れた!

 

ミツバチ娘「ふふっ…洗礼を受けていない旅人ね…初々しくて、おいしそう。」

ミツバチ娘は舌なめずりをする。その腹部にくっついている大きな巣からは、ダラダラと蜜が滴っていた。

ミツバチ娘「この蜜を、あなたの体に塗りつけてじっくりなめとってあげる。ふふっ…」

パヲラは顔を白くしながら驚愕した。

パヲラ「は…ハチミツプレイ!?」

ラクト「何に衝撃を受けてんだよ!!」

 

カムロウ「行こう!ルカ!」

パヲラ「あたしも!ハチミツの無駄遣いなんて、美容の敵よ!」

ルカの横に、カムロウとパヲラが立った。

ルカ「よし…行くよ!二人とも!」

一行は武器を構え、戦闘態勢に入った。

 

ルカ「先手必勝!」

ルカは誰よりも早く、ミツバチ娘に向かって走り出した。

ミツバチ娘「ほら、蜜にまみれなさい!」

するといきなりミツバチ娘は、蜜を飛ばしてきた!

ルカ「な…なんだこれ!?」

蜜は粘着性を帯び、ネバネバとまとわりついてくる。

そして、とろけそうなほど甘い匂い。ルカの全身はハチミツまみれになってしまった!

ミツバチ娘「ふふっ、良かったわね…あまい蜜にまみれながら、全身をナメナメしてもらえるのよ。」

パヲラはその光景を見て、頭を抱えながらガクガクと震えた。

パヲラ「あああああ!!ハチミツをあんなに!!!ゆ…許さん!!!」

ラクト「お前、何にキレてんだよ!!」

 

カムロウ「ぼくが相手だ!」

カムロウは盾を前に突き出し突進した。

そしてそのままミツバチ娘を、盾で殴った。

ミツバチ娘「痛いわね…!」

ミツバチ娘は尻餅をついたがすぐに立ち上がり、カムロウにも蜜を飛ばしてきた!

カムロウ「それくらい、風薙ぎ(かぜなぎ)で落とせる!」

剣から風の塊を放ち、飛ばされた蜜に当てる。

跳ね返された蜜は地面にボトボトと落ちる。

その光景を見て、パヲラは戦慄した。

パヲラ「あああああ!!!ハチミツがあんなに!!!」

ラクト「うるせぇ!!もういいだろ!!」

 

ラクト「おい、ルカ!」

後衛にいたラクトがルカに呼び掛けた。

ラクト「ちょっと痛ぇが、これでハチミツ吹き飛ばせ!」

ラクトの手から衝撃波が放たれ、ルカはそれを受け止めた。全身に付いていたハチミツはほとんど吹き飛ばされ、体が軽くなった。

ルカ「ふぅ、助かった!」

ミツバチ娘「あら…残念。じっくり舐めとろうとしたのに。」

ルカ「ああ、残念だな!僕はもう蜜なんかにまみれないぞ!」

パヲラ「蜜をかけるんだったら、あたしにしなさい!」

ラクト「さっきから何なんだよお前!」

ハチミツ娘「えぇ…」

ハチミツ娘は困惑した。

 

パヲラ「んんん!!もう我慢できない!!!」

パヲラはビュンッと、猛烈な勢いで、ハチミツ娘に向かって走り出した。

ミツバチ娘「だったらあなたもまみれなさい!」

ミツバチ娘はパヲラに向かって、蜜を飛ばした!

パヲラ「ああ、もったいない!ああ、もったいない!」

パヲラは飛んできた蜜を余すことなく全部、体で受け止めた。

ミツバチ娘「えぇ…」

ハチミツ娘は困惑した。

チリ「なんで片っ端から受け止めてるの!」

しかも、勢いはとどまることなく、ミツバチ娘に突進していく。

パヲラ「もっとハチミツ「寄越しなさいや掌底(しょうてい)」!」

ミツバチ娘「なっ…!?」

両手で、連続で、手のひらを突き出し掌底を放つ。

ミツバチ娘の体に、無数の衝撃が走る!

ミツバチ娘「うぅっ…!」

パヲラ「ぬうううん!!」

そして、パヲラはミツバチ娘の腰を掴み、バックドロップをした!

ミツバチ娘は脳天から、地面にぶつかった。

ミツバチ娘「がっ……!」

パヲラ「まだまだぁ!!」

さらにパヲラは、ハチミツ娘の両足を脇で挟み、ジャイアントスイングをし、投げ飛ばした!

ミツバチ娘「う…あ…あぁ…」

投げ飛ばされたミツバチ娘は仰向けで小さく呻く。

パヲラ「まだ終わってなあああい!!!」

ラクト「おいもうやめとけ!…うわっ!ベタベタするっ!」

我を失い暴走するパヲラを、慌ててラクトが止める。

ラクト「ルカ!さっさと封印しちまえ!じゃねぇと、このバカはハチミツを求めてずっと暴れるバカになる!」

ルカ「わ…わかった!」

ルカはミツバチ娘の元に駆け寄り、堕剣エンジェルハイロウを突き刺した。

ミツバチ娘「なに、これ…力が抜けて…きゃぁっ!」

ミツバチ娘の姿は消滅し、小さなミツバチの姿になった。

ミツバチは、そのままどこかに逃げ去ってしまった。

 

ミツバチ娘をやっつけた!

 

 

ルカ「よし!やったぞ!」

カムロウ「ぼくたちの勝ち…かな、ほとんどパヲラさんが戦ったけど。」

なんとか、ミツバチ娘を倒すことが出来た。

今回の戦闘でも、非常に学ぶことが多かったようだ。

ルカ「蜜で動きを封じてくる…厄介になりそうだ。」

チリ「これからは、誰かに助けてもらうか、交代するかでどうにかするしかないね。」

ルカ「そうだね、そうしよう。」

 

正気に戻ったパヲラは、ハチミツに塗れた自分の体を見て、物足りない顔をした。

パヲラ「うーん、まだハチミツ足りないわ…ルカちゃん、残ってるハチミツであたしとハチミツプレイしない?」

ルカ「えっ……」

ラクト「お前、その発言は誤解を生むぞ…というかもう生んでる。」

パヲラ「ところであんた、あたしのことバカって言った?」

ラクト「いいや、気のせいじゃねぇかぜ?」

ルカ「ハチミツ求めて暴れるバカって言ってた。」

それを聞いてパヲラはラクトに突っかかる。

パヲラ「やっぱり言ってたじゃないのアンタ!」

ラクト「なんだよ!あん時のお前はバカに変わりなかっただろうが!たかがハチミツぐらいで暴れやがってよぉ!」

そう言って二人は喧嘩をしようとする。

ラクト「ちょっ…お前、ハチミツでベタベタするから近寄んな。」

パヲラ「いや!あなたもハチミツプレイしなさい!」

ラクト「やめろ!来るんじゃねぇ!」

どうやら喧嘩はパヲラが優勢のようだ。

チリ「ルカ、これで体拭いて?」

ルカ「ああ、ありがとう。」

チリはハンカチを差し出した。ルカはそれで体に付いていたハチミツを拭きとった。

 

アリス「…相変わらず、あの程度の雑魚に苦戦するのだな。」

いつしか戻ってきたアリスは、辛辣な言葉を吐く。

ラクト「辛辣ぅ…」

ルカ「そんな事言わなくても…」

アリス「まぁ、戦いらしきものにはなってきたな。塩を投げつけていた頃から考えれば、マシになったかもしれん。」

ルカ「(言葉にトゲがあるけど、一応褒めてもらっただけマシとしよう。)」

塩という単語を聞いて、チリはびっくりした顔でルカを見た。

チリ「えっ…塩、投げてたの?」

カムロウ「うん。思いっきり。」

パヲラ「中身、全部投げてたわ。」

ルカ「やめてよ!恥ずかしいから!」

ともかく、ハピネス村はもう目前。

僕たちは、何やら異変が起きているという養蜂の村に向かったのだった。

 

 



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第16話 ハピネス村のトラブル

ルカたちは、ハピネス村に到着した。

そこは、のどかで平穏な農園。おばさんや娘さん達が、養蜂やその他の農作業に精を出している。

ルカ「ここが、ハピネス村…見た限り、変なところはないけどなぁ…」

カムロウ「ルカが言ってたみたいに、「ほのぼのした農園で幸せそうに養蜂にいそしんで暮らしている」みたいだけど…」

パヲラ「ノンノン、ルカちゃん、カムロウちゃん。よーく見ると異常アリアリのアリよん。」

ルカ「え…?」

カムロウ「異常って…あっ!」

カムロウは何かに気付いたらしい。

アリス「お前の目は節穴かドアホめ。どこが「ほのぼのした農園で幸せそうに養蜂にいそしんで暮らしている」だ。」

ルカ「そんなに言わなくてもいいじゃないか…」

 

パヲラ「分かったかしら?この村には、男がいないのよん。いくら養蜂や農業でも体力のある男の人がいるはずなのに。これじゃ力仕事をレディがする羽目になってしまうわ。」

ラクト「本当だな。こりゃぁ異常アリアリのアリだな。」

チリ「異常アリアリのアリって…」

確かに、村に男性の姿はほとんど見られない。

農作業をしているのは、少女から老婆まで女性ばかりなのである。

いるとすれば、巣箱の運搬を手伝っている少年が一人、それだけだ。

ルカ「どういうことなんだ…?」

ラクト「さぁな。もしかしたら、力仕事をする人がいないから出荷に支障が出てるっていう問題なだけかもしれねぇぜ?」

そして悪巧みの顔をしてニヤニヤ笑い始めた。

ラクト「それを俺たちが解決して、たくさんハチミツを貰ってたんまり金を…うひひひひ…」

ルカ「お前なぁ…」

チリ「悪い顔してる…」

 

おばさん「おや、旅の人かい。随分とお若いねぇ…」

近くの巣箱で作業をしていたおばさんが、僕に話し掛けてきた。

おばさん「せっかくだけど、この村には旅人が喜ぶようなものは何もないよ。名物のハピネス蜜も、人手不足で採る量がめっきり減ったしねぇ…」

ルカ「あの…どういうことなんですか?」

ラクト「ああ、おばさん。なんだったら俺たちが手伝ってやろうか__」

ラクトがそう言い掛けた、その瞬間だった__

 

少年「わぁぁぁ!!」

不意に、年若い男の子の悲鳴が響き渡ったのだ。

ルカ「な、なんだ…!?」

チリ「子どもの声!?」

僕たちは慌てて、声の方向に駆けていった!そこには__

 

ハーピーが現れた!

 

なんと一体のハーピーが、男の子を掴み上げ、今にも連れ去ろうとしているところだった!

ルカ「やめろ!その子を放せ!」

少年「うわあああ!助けてええ!!」

僕は剣を抜き、ハーピーの前に躍り出る。

他の村人達は、みんな屋内に逃げ込んでしまったようだ。

ハーピー「あれれ…村では見ない人だね。見たところ、旅人かな…?」

ハーピーは僕たちを舐め回すように眺め、ぺろりと舌なめずりをした。

かと思ったら、その足で捕まえていた男の子の体を放してしまう。

パヲラ「危ないわん!」

落ちてくる少年を、パヲラがキャッチする。

パヲラ「怪我はないかしら?」

少年「う…うん。」

ハーピー「そうねぇ…あんたの言う通り、この子は離したげる。そのかわり、そこのあんたをさらっちゃおうかなー♪」

ルカ「そこのキミ、早く逃げるんだ!チリとパヲラはその子を安全な場所に!」

少年「う、うん…!」

パヲラ「OKよん、ルカちゃん!」

チリ「分かったわ!」

男の子がその場から逃げるのを確認しつつ、僕は剣を構える。

ルカ「…今の僕、かつてないほど勇者っぽい!」

ラクト「こんな時に何言ってんだお前!」

 

ハーピー「えへへ…さっきの子より、あんたの方が素敵♪巣に連れ帰って、たっぷり小作りしよっと。…それとも今する?」

ルカ「ぐっ…来い!村人をさらうモンスターなんて、僕たちが退治してやる!」

その時、ラクトはハッと、何かに気が付いた。

ラクト「(パヲラとチリがいねぇってことは…ハーピーと戦うのはルカとカムロウと俺…!?)」

ラクト「じゃ、じゃあ俺は後衛に…」

後ろに行こうとするラクトを、ルカはガシッと腕を掴んで止めた。

ルカ「ダメだよラクト、前衛は3人でいなきゃ。君が決めたことだろ?」

ラクト「いやそうだけど…」

ハーピー「それじゃあ、いっくよー!」

カムロウ「二人とも、来るよ!」

ラクト「だあああっ!こうなったらやけくそだ!」

 

さきに攻撃を仕掛けたのはルカだった。

ルカ「てやっ!」

ルカの攻撃!しかしハーピーは空に舞い上がり、剣が届かない!

ラクト「そうだ…ハーピーは空を飛べるんだった…!」

ルカ「ええっ!?そんなの、ズルいよ…!」

ハーピー「ズルいって言われてもさぁ…自分の羽根で飛んでるのに、どこがずるいのよ。」

ルカ「そうだけど…」

剣の届かない高さを飛んでいるハーピーを見上げ、僕は途方に暮れるのみだった。

ラクト「だったら俺様たちの出番ってわけだぜ!いくぜ、相棒!」

カムロウ「うん、ラクト!」

空高く飛ぶハーピーに、カムロウとラクトが攻撃を仕掛けた!

カムロウ「ファイヤーボルト(火炎弾魔法)!」

ラクト「ファイアピラー!」

カムロウは炎の弾丸を、ラクトは手から炎の柱を空に向けて放った!

しかし、ハーピーはそれをひらりとかわした!

カムロウ「は…速い!」

ラクト「こ、これならどうだ!?ウインドシュート!」

高速で放たれる円形状の風の一枚刃。ハーピーはそれすらも、ひらりと回避した。

ラクト「う、ウインドシュート!ウインドシュート!」

何回も、何個も、高速の風の刃を放った。それでも、ハーピーはひらりひらりと舞うようにかわした。

ラクト「な、なんて速さだ!どうしろってんだよ!」

 

ハーピー「うーん、そうだなぁ…」

ハーピーは空をバサバサと飛びながら、三人を見つめながら少し悩んだ。

ハーピー「あんたをさっさと巣に持ち帰っちゃお!」

するとハーピーはルカの上に舞い降り、強引に押し倒してきた!

ルカは、ハーピーにのしかかられてしまった!

ルカ「うぐ…!」

カムロウ「ルカ!」

ラクト「やべぇ、連れていかれちまう!」

二人慌てて走りかける、その時、その一瞬、その刹那、ラクトの頭の中にある考えが浮かび上がった。

ラクト「(…まてよ?ハーピーと密着しているってんなら、こりゃあチャンスじゃねぇか?ルカの腕は抑えられてねぇし、まだ剣を振るうことが出来るハズ…つまり、この状態から攻撃を繰り出せば、必ず攻撃が当たるはずだ!)」

ラクト走るのをやめ、ルカに向かって叫ぶ。

ラクト「今だルカ!ぶった斬れ!」

ルカ「そうか…!よし、もらった!」

ルカは会心の一撃を放った!

ハーピー「ひゃあっ!!」

ハーピーは羽根をはためかせ、慌てて距離を取った。

ハーピー「なにこれ…羽根に力が入らない…」

しかし、これまでほど俊敏に空は飛べないらしい。

これなら、僕たちの攻撃も当たるはず。

ハーピー「でも、あんたたちなんかに負けないんだから!」

ルカ「くっ…まだ諦めないのか…!」

逃げると思いきや、まだ挑んでくるようだ。

ラクト「でも、そんなに遅くなっちまったらよぉ…」

カムロウ「ぼくたちの攻撃は当たる!」

ルカ「あぁ!仕掛けるぞ!」

 

チリ「みんな!」

パヲラ「お待たせこまたせ~!」

遠くからチリとパヲラが駆け付けてきた。どうやら、少年を安全な場所に逃がすことが出来たようだ。

パヲラ「…そうだわチリちゃん、ちょっといい?」

チリ「なに?」

するとパヲラは立ち止まり、その場で高速スピンをし始めた!

パヲラ「そのハンマーで、あたしを地中に埋まるくらい思いっきり叩きつけてくれる?」

チリ「ええっ!?」

スピンをしながら、話を続ける。

パヲラ「大丈夫!遠慮なく叩いちゃって!あたしを信じて!」

チリ「わ…わかった!本気で叩くよ!」

大きなハンマーを両手で持ち、これでもかと背中をのけぞった。そして、一気に振り下ろし、パヲラに向かって叩きつけた。

するとパヲラはその勢いで地中に潜った。そして地面の中を進み、ハーピーの真下から、回転しながら飛び出した!

パヲラ「せいやあああ!!!」

ハーピーのお腹に飛び蹴りを食らわす。しかし、攻撃はそれで終わらなかった。

攻撃が終わり、パヲラが下に落ち始めたときにカムロウが続けて攻撃をした。

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)!」

ハーピーの左の翼に、風の衝撃波を当てる。

ハーピーは体勢を崩して、空中でよろける。

ラクト「そろそろ地面に下りてきたらどうだぜ?ヘビーウェイト!」

重い重力を付与するルーン魔導の文字を、ハーピーに向かって放つ。

それはハーピーの体に入っていった瞬間、ハーピーはズンッと地面に叩きつけられた!

ルカ「はあああああ!!!」

そしてルカが、止めの一撃と言わんばかりに、飛び上がって袈裟斬りを放つ。

ハーピー「ううぅ…!!」

怒涛の攻撃を食らったハーピーは、よろめきながらも立ち上がり…

ハーピー「きょ、今日はこれくらいにしておいてあげる!」

そう言いながら背中を見せ、ばさばさと逃げ去ってしまった。

 

ハーピーを追い払った!

 

 

ルカ「…ふぅ。」

ラクト「どうよ!はっはっはっ!」

剣を納め、僕はほっと息を吐く。ラクトはガッツポーズで高笑いをしている。

おばさん「ちょっと、どうなったんだい?」

若い娘「ハーピー、旅の人が追い払っちゃったの?すっごーい!」

建物に閉じこもっていた村人達が、次々と広場に集まってくる。

僕たちはたちまち、ハピネス村の人々に囲まれてしまった。

パヲラ「やっぱり、男がいないわねい。」

ルカ「ああ、そうだね…」

パヲラの言う通り、女性ばかりで男の姿は全くない。

老婆「ふむ…ハーピーを追い払うとは、なかなか腕の立つ若者よ。」

村人たちの中から進み出てきたのは、いかめしい顔の老婆だった。

ルカ「あなたは…?」

老婆「村長の妻じゃが…村長が不在の今、わしが代わりに村長を務めておる。」

アリス「ふん。子供がさらわれそうになっても、見捨てて家に閉じこもるような奴が村長代理か。いや…一人として、子供を助けようとした者はいなかったな。」

ラクト「うおっ!?お前、いつの間に!」

ルカ「おいおい、アリス…!」

村の女性達はアリスの言葉に対し、ただ黙って目を伏せていた。

ルカ「言い過ぎだぞ、アリス。か弱い女性達に、モンスターと戦えと言ったって、無理に決まってるだろ。」

チリ「うんうん、そうね。」

ラクト「全くだ。」

ルカ「そして、そういう人達を助ける事こそ、勇者の義務である!」

チリ「いや、ルカも少し黙ってて!」

ラクト「いや、お前も少し黙ってろ!」

 

老婆「…力無き我々に、いったい何が出来ようか。旅人よ。お主の腕を見込んで、頼みがあるのじゃが…」

アリス「ははは…そら来たぞ、勇者サマ。例によって、村の厄介事を押しつけようとする魂胆らしい。」

老婆はむっとした顔付きをしたものの、無視して話を続けた。

老婆「お主もお気付きだろうが、この村には男性がおらぬ。さっき見た通り、近隣に住むハーピーの群れが男を片っ端からさらっていくからなのじゃ。」

おばさん「私の旦那も、この村に嫁いで2ヶ月ほどでさらわれたんだよ…」

女性「私の夫も、他の村から婿に来たのですが…わずか1ヶ月で、ハーピーに連れ去られて…そして夫が残した愛する息子も、14歳になった時に、またしてもハーピーに…」

ルカ「そんな…なんてひどい…」

話をまとめると、この村の男は片っ端からハーピーにさらわれてしまうのだという。

男がいなければ子供もできないので、外の村から男を婿に取っているようだが、それでも、片っ端から連れ去られているらしい。

カムロウ「さらわれた男の人は、どうなっているんですか?」

老婆「分からんのじゃ、帰ってきた者はおらんからのう。奴隷のように働かされておるのか、餌にでもされておるのか…」

カムロウ「ええっ…そんな…」

ルカ「こんなの、許しておけるはずがない!そんなひどい連中がいるから、人と魔物が仲良くできなくなるんだ!」

ラクト「な…なんてこった…俺はてっきり、ただの人手不足だと思ってたのに、こんなに深刻だとは…!」

ラクトは頭を両手で抱える。

チリ「待って、まだその人たちは生きてるわ。」

チリが話に割り込んでそう言った。

ルカ「生きてるって…どういうこと?」

チリ「ハーピーは確か、草食なハズ。だから餌にされて食べられる可能性はないわ。あるとしたら奴隷にされているほうよ。」

ラクト「お前、妙に詳しいな?」

チリ「まぁね。」

ルカ「どちらにしても…生きているなら、まだ救えるかも…!」

老婆「今ではこの村に婿入りする男性もおらず、ハピネス村の将来は闇に閉ざされておる。どうか旅のお方。ハーピー達を退治し、この村に平和を取り戻してはくれんか?」

アリス「自分達で何とかすればいいだろう。」

…相変わらず、アリスはばっさり一刀両断だ。

アリス「自分達で維持できない平和などに何の意味があるのだ。よそ者を頼って、自分たちは屋内で震えている。無様な話だ。」

ルカ「そうは言うけどね、アリス。か弱い村人達に、魔物と戦えって言うのは無茶だよ。」

チリ「そうよ、無茶よ。」

ラクト「ああ、全くだ。」

ルカ「そして、そういう人達を助ける事こそ、勇者の__」

ラクト「まだ言うかお前!」

チリ「天誅(てんちゅう)!」

チリのデカいハンマーが、ルカに叩きつけられた。

ルカ「うわああああ!!!」

 

頭にデカいタンコブができつつも、僕は老婆に問いかける。

ルカ「えっと、それで、ハーピーの住処はどこにあるんですか?」

老婆「この村から少し東に行った森の中に、集落があるようじゃ。」

おばさん「退治しに行ってくれるのかい?」

女性「ああ…旅のお方、ありがとうございます。」

アリス「ふん、良かったな。このニセ勇者はドアホだから、魔物退治でも何でも行ってくれるようだ。そんな風にして、お前たちはいったい何人の旅人をハーピーの巣へ送り込んだのだ?」

ルカ「いったい何人…って、今までにも退治に行った旅人がいたって__」

パヲラ「__お待ち、ルカちゃん。レディの話は遮っちゃいけないわ。」

目を伏せる村長代理に代わって、若い女性が答えた。

女性「これまで7人の方が、ハーピー退治に向かいましたが…誰も帰っては来ませんでした。」

ルカ「そ、そんな…」

アリス「ほぉれ、見ろ。この連中は、そのことを言わなかった。ルカ、お前はいくらでも替えのきくお人好しに過ぎん。退治してくれたらもうけもの、ダメだったら、また別の旅人を差し向ける。そういう魂胆なのだ、この村の連中は。」

ラクト「うげ…なんだよそれ、タチ悪ぃ…」

老婆「しかし、我々は戦う術を持たん…あまりにも無力なのじゃ。」

アリス「それで、7人もの旅人を平気で生け贄にしてきたと?そしてまた一人、これまでの犠牲は伝えもせずに、ハーピーの巣に向かわせようというのか?」

アリス「余が保証してやろう。ハーピー共の振る舞いも目に余るが、貴様達も相当の悪党だ。」

村人達の中に反論する者はなく、ただ視線を足元に伏せるのみ。

ラクト「なぁルカ、ここは帰ろうぜ。こういうのは俺たちの仕事じゃねぇ。もしかしたら、俺たちが犠牲になっちまう。」

ルカ「…それでも僕は、ハーピーの集落に行くよ。」

ラクト「はいっ!残念でした!それじゃ俺たちは帰らせてもら__」

ラクト「何ぃぃぃぃ!!?ルカ、お前、今なんて…!?」

アリス「ふん、そんなに英雄になりたいか。しまいには英雄願望で身を滅ぼすぞ、ドアホめ…」

ラクト「そうだぜ!さっきの話、聞いてなかったわけじゃねぇだろ!?」

ルカ「僕は、英雄になりたいわけじゃないって。ただ、勇者の剣は弱者を守るためにあるんだ!」

ラクト「ル…ルカ…!」

アリス「ニセ勇者だがな。」

ルカ「ぐっ…!」

ラクト「やめろって!それ言うの!」

アリスが大きな溜め息を吐いた、その時だった。

 

おばさん「あ、あたしも行くよ!」

今まで顔を伏せていたおばさんが、不意に言った。

おばさん「あたしの旦那は早くに病気で先立ったけど…可愛い一人息子のマルクが、さらわれてるんだ。もしかしたら今も生きてて、助けを待ってるかもしれない。だから、母親のあたしが行ってやらなきゃね。」

女性「わ、私も行きます!」

そしてまた一人、別の女性が声を上げた。

女性「そこの銀髪の方のおっしゃる通りです。この村の危機だというのに、我が身惜しさに旅人に押し付け続けた…そんな私達は卑怯者です。」

女性「そうね、私達の村は、私達で守らないといけないのよ。」

おばさん「うんうん…今、ようやく目が覚めたよ。これは、私達の村の問題なんだ。」

みるみるうちに、村人達の意見はまとまっていく。

チリ「わぁ…」

カムロウ「すごい…どんどん増えてく…」

ハーピーの集落に乗り込もうという女性は数を増し、ほとんど全員が名乗りを挙げたのだ。

老婆「むぅ、しかし皆の者…」

おばさん「村長代理、もうこんな事はやめにしましょう。旅の方に押し付けたりせず、私達でハーピーと戦うのです。みんなで団結すれば、きっと__」

ルカ「ちょ、ちょっと待って下さい!いくら団結しても、モンスターの巣窟に突っ込むのは危険過ぎますよ!」

パヲラ「…さて、アリスちゃん。どうしましょうか?」

アリス「…ハーピーの群れには、仲間を統括するボスがいる。そいつを倒せば、群れは大混乱に陥るだろう。か弱き人間でも、なんとか追い払えるかもしれん。」

ルカ「そうなのか…じゃあ、僕がそのボスを倒してみせる!」

おばさん「で、でも…」

ルカ「だからみんなは、安全なところで待機していて下さい。僕がボスを倒したら、合図するから一斉に突っ込むんです!」

おばさん「分かったよ…すまないねぇ、肝心なところを任せちゃって。」

この作戦なら、村人の被害も最小限に抑えられるはずだ。

もし失敗した場合でも__

パヲラ「犠牲になるのは僕一人で済む。って思ってない?」

ルカ「えっ…!?」

心の中を読まれて、ルカはうろたえた。

カムロウ「ダメだよルカ!ぼくたちがいるのに!」

ラクト「そりゃあ、自己犠牲の精神がすぎるんじゃねぇかぜ?」

チリ「私達、仲間でしょ?」

パヲラ「そう、あたしたちに頼ってもいいのよ?」

ルカ「…ごめん、みんな。力を貸して!」

ハーピーのボスを倒すのはルカたちになった。

アリス「ふん。結局、貴様らが一番面倒な役回りではないか。」

ルカ「当然だろ、僕は勇者なんだから!」

アリス「…ニセ勇者だがな。」

ルカ「うぐぐ…」

ラクト「もういいだろ!」

ルカ「何とでも言うがいいさ、行動が勇者的ならば、すなわち立派な勇者なんだ!」

アリス「…ニセ勇者。」

ラクト「おい!」

ともかく、こうしてハーピー集落への攻撃準備が進められる事になった。

決行は夕方。それまで僕たちは大人しく待つのである。

 



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第17話 ハーピーの里へ襲撃準備

ハーピー集落襲撃作戦を決行する夕刻までの間、ルカたちは奇襲の準備を進めていた。

村の広場で、パヲラが作戦の説明をしていた。

パヲラ「改めて、襲撃作戦の内容を解説するわよん。」

パヲラ「決行時間は夕方、まず、あたしたちがハーピーの里に潜入する。そしてハーピーのボスを倒す。その時にこの魔法信号筒で合図を送る。そしたら村のレディたちが一気に攻め込んじゃって制圧する。これが大まかな流れよん。」

パヲラ「質問ある方はいるかしらん?」

カムロウ「はーい!」

元気よくカムロウが手を挙げた。

パヲラ「はいカムロウちゃん。」

カムロウ「どうして、夕方に行くんですか?」

襲撃するのなら今からでも始めるべきだ。という疑問だった。

アリス「余が説明しよう。」

アリスが前に出てきた。

アリス「この時間帯はハーピーがぐっすり眠る時間だ。朝は早く、午前は元気、昼はうとうと、夕方はぐっすり。あいつらはそういう毎日なのだ。奇襲を仕掛けるにはもってこいだろう?」

なるほど…と、村の女性たちも頷いた。

女性「あの…」

続いて若い女性が手を挙げた。

女性「持っていく武器はどうしましょうか?私たちは、武器らしい武器を持っていないので…」

パヲラ「可能なら農具が望ましいわ。先端を研げば武器の代わりにはなるわ。体の負担を減らす扱い方は、後で指導するわ。」

そして、作戦会議はどんどん進行していく。

パヲラ「ふぅ…だいたいこれで大丈夫かしら。」

大体の疑問、不安点は取り除いた。これ以上話しても何も出ないだろう。

ルカ「そうだね…それじゃ、解散!」

広場に集まった人たちは散り、各々が襲撃の準備をし始めた。

 

アリス「…人間とは利己的で、弱者を平気で踏みつけにする。自身の欲を何よりも重んじ、そのために他者を虐げる…人間はそういう生き物だと思っていたがな。」

村の女性達が襲撃の準備をする光景を眺め、アリスはため息を吐く。

アリス「弱く汚いかと思えば、思わぬ団結力を発揮する…人間とは、つくづく不思議なものだ。」

ルカ「誰だって、弱いのは嫌なんだよ。「弱い自分をなんとかしたい」って、そう思うのが人間ってもんなのさ。」

アリス「ふむ…弱っちい貴様が言うと、ひどく説得力があるな。」

ルカ「……前に比べたら、随分と強くなったと思うんだけどなぁ…」

アリス「ルカ…なぜ、関わりのない人間を、そうまでして救おうとする?貴様が言うには、英雄になりたいわけではないのだろう?」

ルカ「ただ助けたいだけさ…ニセ者であろうと、自称勇者なんだからね。」

アリス「そうか、とうとうニセ勇者と認めたか。」

ルカ「………」

 

カムロウ「そうだ、ルカ、お願いがあるんだ。」

ルカ「うん?なんだ?」

カムロウ「あとで、ぼくに「魔剣・首刈り」を教えてくれないかな?」

ルカ「えっ…?」

カムロウ「ハーピーのボスなら、とっても強い相手だと思うんだ。だから、使える技は覚えておきたいんだ。」

ルカ「それなら、今すぐにでもやろう!出来る限りの準備はしなくちゃ!」

カムロウ「うん!ありがとう!」

そして二人は、剣の稽古を始めた。

 

ラクトとチリは村の子どもたちの相手をしていた。

ラクト「チビどもは村に残ってろ。戦うにはまだ早ぇ。」

チリ「お家で待っててね。」

子ども「ええ~」

ラクト「まぁお祈りでもしとけばいいだろ。こういうのは大人に任せりゃいいんだ。家で大人しくしてな。」

それを聞いて、子どもたちはしぶしぶ家の中に入っていく。

 

すると、村長代理がラクトに近寄ってきた。

チリ「村長…いや、村長の奥さん…?」

ラクト「ん?ばあさんも村に残れよ?そんなご老体じゃ戦えねぇだろ__」

老婆「__儂を、ひどい人間だと思うか?」

ラクト「………」

チリ「………」

黙ってそのまま、村長代理の話に耳を傾けた。

老婆「しかし、村の皆を守るためには仕方がなかったのじゃ。そもそも儂は村長ではなく、代理の身。だからこそ、村の者を守らなければいかん。…どんな手段を用いてもな。」

ラクト「……っ!」

その時、ラクトの脳裏に砂嵐のようなノイズが走る。

 

 

 

     _

    ___

   _____

  _______

___________

 

 

???「どこに行く気!?ラクト!!」

ラクト「別にいいだろ!何しようが俺の勝手だ!!俺に出来る事はこれしかねぇんだよ!」

???「待って!待ちなさい!!」

 

___________

  _______

   _____

    ___

     _

 

 

ラクト「………」

老婆「非道な行いだったのは、儂自身が良く分かっておる。犠牲になった戦士達に対して、どう償えばよいのか…」

しばらく沈黙をした後、ラクトは口を開いた。

ラクト「…それを俺に聞くなよ。」

チリ「えっ…?」

ラクト「そういうのは終わった後に考えようぜ。俺は今、襲撃を成功することだけを考えてぇんだ。」

ラクトは腕を組んで、老婆に目を合わさないように、遠くの養蜂箱に視線を移す。

老婆「…ハーピー集落への襲撃は、儂も行く。この負の連鎖を断ち切らねばならん。」

ラクト「なんだよ、分かってんじゃねぇか。」

そう言って、ラクトはその場を離れた。

チリ「ちょ…待ってよ。」

ラクトの後を追って、チリもその場から離れた。

 

 

村から少し離れた、広い空き地で、ルカとカムロウは剣の稽古をしていた。

ルカ「今だ!剣を水平に、足のバネを使って突き上げるんだ!」

カムロウ「えええい!!」

カムロウは、「魔剣・首刈り」を放った!

…が、速く繰り出すことが出来なかった。

やってる動作はルカが放つ「魔剣・首刈り」とほぼ同じだ。

しかし、何度やっても、ルカのような鋭く速い突きにはならないのだ。

カムロウは難しい顔をした。

カムロウ「うーん…上手くできないや。」

ルカ「おかしいな…やってることは同じなのに。」

アリス「それもそうだ。カムロウに「魔剣・首刈り」は使いこなせん。」

遠くからアリスが歩み寄ってくる。

ルカ「え…なんでだ?」

カムロウ「アリスさん、どうして?やってることは同じなのに…」

アリス「そもそも、貴様ら二人は体の構造が違う。ルカは身軽さを生かした戦い方をするのに対して、カムロウは力を生かした戦い方をしている。」

アリス「それに使っている装備も違うだろう。ルカは剣一本だが、カムロウは鋼鉄の剣に鉄の盾だ。「魔剣・首刈り」を速く繰り出したいのなら、今、装備している重量のあるものを、全部外すでもしないと速くはならないぞ。」

ルカ「そうか…確かに、僕とカムロウじゃ、体重だってまるっきり違うな。」

アリス「カムロウ。なにも、「魔剣・首刈り」を使いこなせなくてもよいのだ。人には向き不向きがある。別の方法でもよいのだ。」

カムロウ「うーん…でも…」

 

アリス「ふむ、ちょうどいいお手本があるぞ。」

カムロウ「?」

アリスは遠くの茂みを指差した。

しかし、そこには何もないように見えた。

ルカ「…何もないじゃないか。」

アリス「ドアホめ、近づいて見ろ。」

二人は近づいてみる。…なにもない、何があるというんだ?

ルカ「……やっぱり何もないじゃないか。」

アリス「ドアホめ、よく近づいて見ろ。」

もうちょっと近づいてみる。

アリス「もっとだ。」

…もっと近づいてみる。

アリス「さらにもっとだ。」

……さらにもっと近づいてみる。

アリス「もっと!」

………茂みの前に立った。

カムロウ「えっ…アリスさん、もしかして、これのこと?」

なんと茂みの葉っぱの上には、バッタがいた。もりもりと草の葉を食らっている。

ルカ「…おいおいアリス、バッタがお手本はないだろ。」

ルカ「ていうか、そこから見えたのか。けっこう距離あるぞ、視力どうなってるんだお前…」

アリス「何を言う。今のカムロウにぴったりのお手本だ。」

アリス「ちなみに余の視力は16だ。」

ルカ「視力16だなって嘘言うな!適当な事を言っただろ!」

 

アリス「バッタは自身の筋肉を一気に解放することで、自身の体よりも高く空を飛べる。カムロウ、足をバネにして飛ぶ時、より力を溜めてみろ。」

カムロウ「えっと…こうかな。」

足のつま先をバネにする。すぐに飛ぶのではなく、力を少しずつ溜める。

最大まで溜めて、一気に解放する!

カムロウは空高く飛んだ!

ルカ「うわっ!高い!」

カムロウ「わっ!わっ!」

思いもよらない高さを飛んで慌てるカムロウ。そして、手足をばたばたしながら落下し、不時着した。

ルカ「かなり高く飛んだな…」

アリス「高いところから、重心を乗せて斬りつけるようにすれば、十分な威力を出せるだろう…だが必殺技として放つのなら、もう少し威力が欲しいところだな。」

それを聞いて、カムロウは飛び跳ねるように起き上がった。

カムロウ「今のでわかった!こうすればいいんだ!」

そういうとカムロウは、剣に風を纏わせた!

そしてさっきと同じように、つま先に力を集中させた!

カムロウ「でえええい!!!」

バッタのように飛び上がった!そして、風の剣で斬りかかる!

ルカ「おぉ…」

斬る対象がなかったために、どれくらいの威力があるかは実感できなかった。しかし、これなら必殺技として申し分ない強さだろう。

アリス「ふむ…「風薙ぎ(かぜなぎ)」で足りない威力を補ったのか。そうだな…バッタから思いついたから、「風蝗斬(ふうこうざん)」と言ったところか。」

カムロウ「風蝗斬(ふうこうざん)…」

アリス「今後は、「魔剣・首刈り」の代わりにその技を使うといいだろう。まだ「魔剣・首刈り」を放つには速さが足りん。」

カムロウ「分かったよ、アリスさん!ありがとう!」

ルカ「…僕が教える必要はあったのかな。」

 

カムロウは「風蝗斬(ふうこうざん)」を習得した!

 

日が傾きはじめ、夕刻が近くなったころ。

いよいよ、村ぐるみの襲撃準備が整ったようだ。

パヲラ「ルカちゃん、終わったわよん。」

おばさん「これで準備万端だよ!」

女性「戦うのは初めてですが……頑張ります!」

ルカ「じゃあ、東の森に行きましょう。皆さん、くれぐれも無理はしないように……」

こうして僕たちとアリス、そしてハピネス村の女性達は、東の森に向かったのだった。

 



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第18話 潜入!ハーピーの里

夕方、ルカたちとハピネス村の女性達は、森の中をひたすら進む。

おばさん「この奥です……少し行けば、ハーピーの集落があるはず。」

ルカ「はい、分かりました。」

集落である以上、当然たくさんのハーピーがいるはず。その中からボスだけを狙って倒す。

カムロウ「どきどきする…大変だけど…」

チリ「えぇ、やるしかない!」

ルカ「じゃあ、僕たちが先に乗り込んでボスを倒してきます。ハーピーが混乱し始めたら、お願いしますね!」

おばさん「ああ、気を付けなよ!危なくなったら、すぐに引き返してくるんだよ。」

ルカ「__もし僕たちがダメだったら…その時は逃げてください。じゃあ、行ってきます!」

 

アリス「__おい、ルカ。」

ルカ「え…?」

不意に、アリスがルカを呼び止めた。

アリス「…戻ってこいよ、ルカ。こんな下らんところで、魔物の餌食にはなるな。」

ルカ「…ああ!」

急に、アリスらしくない事を言う。しかし、悪い気はしなかった。

ラクト「…いったいどういう風の吹きまわしなんだぜ?」

パヲラ「いいじゃないの、ファイト!って意味でしょ?」

カムロウ「うん!頑張ろう!」

チリ「ほら、ラクト。そんな事言ってないで早く。」

ラクト「分かってる、急かすなよ。」

両手に魔力を込め、ルーン魔導を描く。

ラクト「スモークミスト(煙幕霧魔法)!」

周囲に霧のような煙が立ち込める。これなら視界は十分に遮られ、見つかる可能性も低くなるはずだ。

ルカ「よし、みんな行くぞ!」

僕たちは気合いを入れ、ハーピーの集落へ向かう。

母さん、イリアス様、どうか僕を守ってください__

ルカ一行は、夕陽に照らされる森の中を駆けて行った。

 

 

 

夕方、ハーピーの里。あちらこちらの樹の上には家がある。おそらくハーピーの家だろう。外をうろついているハーピーもいない。

ルカたちは茂みの裏にいた。

ルカ「ふぅ…なんとか、ここまでは見付からずに来れたな。」

ラクト「順調、順調…」

パヲラ「でも、油断大敵よん。」

ルカ「アリスが言うには、ボスのハーピーは一番高いところにいるんだったな…」

ラクトはカバンから双眼鏡を取り出し、辺りを見渡した。

ラクト「んで、その親玉さんのお家はどこなんだぜ?」

チリ「どこかな…?」

カムロウ「あれじゃないかな、あの大きい家。」

カムロウが指差した、中でも一番大きい樹木には、最も立派な家があった。

ルカ「よし、あそこだな…」

チリ「慎重に行こう…」

おもむろに、一歩を踏み出しだ時だった。

???「おねえちゃん、あそこにだれかいるよ?」

???「本当だ…人間みたいね。」

ルカ「しまった…!」

ラクト「最悪だぜ…!」

ルカたちの目の前に、二人のハーピーが降り立った。

 

ハーピーツインズが現れた!

 

妹ハーピー「おねえちゃん…この人たち、はじめて見るよ。」

姉ハーピー「そうね、ここの人じゃないみたい。なんでこんなところにいるのかな…?」

ルカ「くっ…見つかったか…!」

やむを得ず、僕たちは武器を構えた。ここで他のハーピーを呼ばれたら困る。

パヲラ「ここは、あたしが戦うわ!」

チリ「私も出るわ!」

パヲラとチリがルカの横に並んだ。

そして、パヲラがルカにある提案をする。

パヲラ「ルカちゃん、あの小さい子を狙うのはやめておきましょう。」

ルカ「ああ、そうだね。可哀そうだ。」

妹と思われるハーピーを狙うのは、さすがに可哀そうだ。

ここは、姉のハーピーを少しばかり封印するしかないようだ。

 

ルカ「せぇい!」

ルカの攻撃!

しかし、ハーピーツインズは空に舞い上がり、剣が届かない!

妹ハーピー「びっくりしたよ…おねえちゃん。」

姉ハーピー「大丈夫、人間は空を飛べないんだから。こうやって空を飛んでたら、痛いことはされないからね。」

ルカ「くっ…またか…!」

ラクト「全く、空を飛べるなんて便利だなぁ、おい…」

姉妹そろって空中に舞い上がり、剣が届かない。前の戦いのように、密着してきたところを狙わないと__

 

後衛にいたカムロウは、少し後悔をしていた。

カムロウ「弓とか、そういうの持ってくればよかったかな…」

思いつかなかったとはいえ、準備不足だった。

ラクト「飛び道具か…」

それを聞いて、ラクトはこう思った。そうだな、今度、作ってみるか。

ラクトは何かを閃いたようだ。

 

チリ「てんちゅ…」

大きなハンマーを、ぶんぶん振り回して投げようとする。

それをパヲラが止めた。

パヲラ「待って!チリちゃん!今は隠密行動中!もしそれを投げちゃったら、大きい音で周囲にバレちゃうわ!」

チリ「ええっ!じゃあどうすれば…」

パヲラ「前に出てきてもらってきて悪いけど…防衛に回って!」

チリ「わ、分かった!」

その隙に、妹ハーピーが突っ込んできた。

チリはルカの前にたち、ハンマーで防御をしようとした。

姉ハーピー「__こっちよ。」

ルカ「えっ!?」

なんと姉ハーピーはルカの背後に回り込み、強引に押さえ込んできた!

チリ「しまった!ルカ!」

ルカ「くっ…!」

しかし、この密着状態は、逆にチャンスでもあるのだ。

ルカ「今だ!」

ルカは会心の一撃を放った!

姉ハーピー「きゃっ!」

ルカ「よし…!」

妹ハーピー「ああ、おねえちゃん!」

ルカ「よし、ハーピーとの戦い方は、だいぶ分かってきたぞ!この調子なら、なんとか勝てるはずだ!」

妹ハーピー「おねえちゃん、いたくないの?」

姉ハーピー「うん、大丈夫だよ。」

そう言いつつも、動きは鈍くなっている。

ルカ「今なら、普通の攻撃も当たるはずだ!」

パヲラ「あとはあたしが!急所は外すわ!」

そう言って、パヲラは飛び上がる!

パヲラ「カーディ(ガン)!」

ハーピーツインズの前に飛び上がったと思うと、それは残像だった!

姉ハーピーの後ろから、手加減をした当て身をした!

姉ハーピー「うぅっ…!」

攻撃を食らった姉ハーピーは、地面に落ちる。

慌てて妹ハーピーが近寄る。

妹ハーピー「おねえちゃん!しんじゃやだ!おねえちゃん!」

姉ハーピー「大丈夫、あなたは、お姉ちゃんが絶対に守るからね…」

妹ハーピー「やだぁ!おねえちゃんをころさないで!」

その光景を見て、ルカ一行は沈黙する。

ルカ「………」

パヲラ「殺すつもりはないけれど…」

チリ「なんだろう…とてもすごい罪悪感。」

ラクト「…最悪だぜ。」

カムロウ「…!!」

突然のフラッシュバック。カムロウはある出来事を思い出す。

姉を庇って前に出る自分、自分を守るために庇った母。

あの時の出来事が、目の前のハーピー姉妹と重なって見えてしまったのだ!

カムロウは動揺した。

カムロウ「ル…ルカ、ここは…」

ルカ「…ああ、もう!みんな逃げよう!ラクト!」

ラクト「ああ、分かった!スモーク(煙幕魔法)!」

周囲に煙が立ち込めた。その隙に僕たちは背中を見せ、その場から逃げ出す。

ハーピーツインズは追いかけては来なかった。

 



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第19話 女王、クィーンハーピーとの闘い

ハーピー姉妹との戦闘から、ルカたちは逃げ出した。

ルカ「ふぅ、今度は見付からないようにしないとな…」

パヲラ「ゆっくりしていられなくなったわ。あの姉妹ちゃんが、侵入者がいる事を仲間に知らせちゃったら、本格的に警戒し始めるわ。」

カムロウ「ええっ!?もしそうなったら…どうしようもないよ!」

ラクト「なら、さっさとケリ付けたほうがいいんじゃねぇか?」

ルカ「仕方ない、人目もないことだし…!」

チリ「ええ、行きましょ!」

僕たちは茂みから飛び出し、一目散に駆け出した。樹上にある、ボスの家へと向かって__

 

???「私の家に、何か御用でしょうか?」

背後で、ばさっと羽音が響く。そして、尋常ではない気配。

ルカ「ま、まさか…」

ラクト「そのまさからしいぜ、ルカ…」

振り返ると、そこには…

 

いかにも立派なハーピーが、単身で立っていた。

ルカ「あんたが、ハーピーのボスなのか…?」

クィーンハーピー「全てのハーピーを束ねる長、クィーンハーピーとは私のこと。この私に、どのような御用でしょう?まぁ、察しはついておりますが…」

ラクト「その察しの通りだぜ、女王サマ?」

ルカ「村の男達を帰して、こんな事はやめてほしいんだ!こんなの続けてたら、人と魔物の関係は壊れる一方だ!」

僕は剣を抜く前に、まず口を開いた。正直なところ、説得に応じてくれる可能性は低いだろうが…

クィーンハーピー「人の子よ、それは因果が逆というもの。人と魔物の関係が壊れてしまったがゆえ、我々はこのような事をせねばならないのです。」

カムロウ「壊れたから、やらないといけない…?」

ルカ「どういう事なんだ…?」

クィーンハーピー「説明する義理もなければ、あなたの要求に応じる必要もありません。事は、我々にとっても死活問題なのです。」

パヲラ「死活問題…?」

ルカ「なんだか分からないけど、こちらの言い分を聞いてくれないのなら!」

仕方なく、僕は剣を構えた。あまり気は乗らないが、退治するより他に手はないのだ。決して、命まで奪う気はない。反省してくれるまで、この剣で封じるだけだ。

クィーンハーピー「実力行使というわけですね。ならばハーピーの女王の力、その見に教えて差し上げましょう!」

ルカ「みんな!戦闘準備!」

「「「「ああ!」」」」

みんなも、来るであろう強敵を前に武器を構えた!

 

 

クィーンハーピーが立ちはだかった!

 

 

ルカ「くっ…!」

間違いない、こいつはかなりの強敵だ。気合いを入れてかからないと…

クィーンハーピー「女王に剣を向けるのは、大いなる罪。いかなる理由があろうとも、懲罰としての性的陵辱は免れません。」

ラクト「それはそっちの話だろうがよぉ!」

チリ「怪我したらすぐに呼んで!」

カムロウ「行くよ!ルカ!」

パヲラ「最初から本気よ!」

ルカ「ああ!」

ルカの隣に、カムロウとパヲラが、後衛にラクトとチリが着いた。出し惜しみはしない。最初から全力で戦わなければ、こちらが負けてしまう!

 

ルカ「てやっ!」

ハーピーの戦い方を考えれば、この攻撃も飛んで避けてしまうだろう。そう思いつつも攻撃をした。

ルカの攻撃!なんと、クィーンハーピーは避けずにその攻撃を食らったのだ!

クィーンハーピー「なるほど…なかなかの太刀筋ですね。」

ルカ「当たった…!?空を飛んで避けないのか…?」

クィーンハーピー「ハーピーの女王たる者が、そのような姑息な戦い振りを見せるとでも…?」

ラクト「へぇ…さすがは女王サマ。ずいぶんと余裕をかますじゃねぇか!相棒!」

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)!」

カムロウは風の衝撃波を放った!

ラクト「ウインドシュート!」

ラクトはルーンの文字を描き、風の一枚刃を放った!

二人の風は、クィーンハーピーめがけて進んでいく!

クィーンハーピー「ふふふっ…」

クィーンハーピーは片手の翼から突風を放ち相殺した!

カムロウ「そんなっ…!」

ラクト「なんだって…!?」

クィーンハーピーは不敵に笑う。

クィーンハーピー「ふふっ、風を操れるのは人だけではないのですよ?」

パヲラ「だったら、これならどう!?」

パヲラはクィーンハーピーの腰に向かって、回し蹴りを放った!

パヲラ「スカ(アト)!」

クィーンハーピー「おっと。」

クィーンハーピーはジャンプし、パヲラの攻撃を避け、胸に鋭い脚でムーンサルトを放った!

カウンターを食らったパヲラは、後方に吹っ飛ぶ。

パヲラ「痛ったいわねい…!」

ハーピーの脚は、従来の鳥の脚と同様、鋭い爪がある。ましてはクィーンハーピーのような、立派なハーピーともなれば、その鋭さに磨きが増す!木の板ほどなら、ステーキを切るナイフのようにするすると引き裂くほど!

そんな凶器の攻撃を食らったパヲラの胸からは、赤い血がぽたぽたと流れていた。

ラクト「おい!回復!」

チリ「分かってるってば!」

チリ「ヒーリング(回復魔法)!」

チリの両手から、暖かい光が放たれる。流血は治まり、傷は塞がっていく。

ラクト「まずいぞ…!こいつがこんなんじゃあ…あの二人でも女王に勝てるのか!?」

 

その間にも、ルカとカムロウはクィーンハーピーに攻撃を仕掛けていた。

ルカ「はあっ!」

カムロウ「せいやぁ!」

二人の攻撃を受け止め、クィーンハーピーは回し蹴りを放った!

カムロウは盾で防いだが、ルカがダメージを負ってしまった!

カムロウ「ルカ!」

ルカ「なんて強さなんだ…!」

左腕のひっかき傷から、血が流れる。

カムロウ「よくもルカを…!」

カムロウは盾を前に突き出し突進した!

クィーンハーピー「ふふっ…」

クィーンハーピーの尾羽がふわふわと舞う!そのままクィーンハーピーは微動だにしない!

クィーンハーピー「さあ、攻撃を仕掛けてきなさい。」

ルカ「な、なんだ?」

良く分からないが、ひどく嫌な予感がする。うかつに攻撃を仕掛けてもいいものだろうか…?

ルカ「だめだカムロウ!戻るんだ!」

カムロウは止まらず突っ込んでいく!

クィーンハーピー「来ましたね。」

ルカの予感は的中した。やはりカウンターだ。

クィーンハーピーはカムロウを抱きしめ、そのまま空に飛んだ!

ハーピー版パイルドライバーといったところか。

空中で回転しながら、カムロウを地面に叩きつける!

カムロウ「うがっ…」

頭から地面を強打し、カムロウはバウンドしながら地面に倒れる。

ルカ「カムロウ!」

クィーンハーピー「隙あり…!」

クィーンハーピーはルカを強引に押し倒してきた!

ルカは、クィーンハーピーにのしかかられてしまった!

ルカ「くっ…!」

しかし、この一瞬にこそ隙がある!

ルカ「今だ!」

ルカは会心の一撃を放った!

クィーンハーピー「っ!」

攻撃を食らったクィーンハーピーはルカから離れた!

クィーンハーピー「なるほど…一瞬の隙を見切るとは…凡庸ではないようですね?」

ルカ「ああ!ここに来るまで、何度もハーピーと戦ったからな!」

 

 

 

 

 

凡庸…?

 

 

 

 

 

倒れこんでいたカムロウは、その言葉が引っ掛かった。

パヲラさんから教えてもらったことがある。確か、「優れた点や変わった点はなく、ありふれていて、つまらないこと」だったような…

 

 

 

 

 

 

 

 

……「つまらない」…?

ということは、さっきまで…

 

 

 

 

 

 

 

 

ル カ を 馬 鹿 に し て い た の か ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルカは、クィーンハーピーの威圧に押されていた。

クィーンハーピー「さぁ…どうします?まだ続けますか?」

ルカ「ぐっ…!」

怪我した左腕を抑えつつ、じりじりと後ずさりをする。

無論、降参なんてするつもりはない。ここで降参したら、残されたハピネス村の女性たちはどうなるんだ!負けるわけにはいかないんだ!

チリ「憤弩(ふんぬ)!」

チリはハンマーに岩石を乗せて、クィーンハーピーに向かって飛ばした!

クィーンハーピーは両翼から烈風を放ち、岩石を吹き飛ばした!

チリ「ルカ!パヲラと交代して!」

ルカ「ああ、助かった!」

その間に、ルカは後衛に、パヲラは前衛に出た。

チリ「ごめん、ラクト!前に出て!」

ラクト「無理とか言ってられる場合じゃねぇか…!」

震える足を手でガンガン叩きつつ、ラクトも前衛に出た。

ルカ「カムロウは!?」

チリ「距離が遠い!後で治しに行く!」

チリは、ルカの左腕を回復し始める。

クィーンハーピー「そうですか、あの子は回復魔法を扱えるのですね…」

その様子を見て、クィーンハーピーは少し考える。

クィーンハーピー「長い余興に付き合う暇はありません。一気に決めます!」

そう言うと、空に飛びあがった!周囲に風が吹き始める!

どうやら、クィーンハーピーは短期決戦を仕掛けるつもりだ!

パヲラ「ちょっと!何か策はないの!?」

ラクト「んなこと言われてもよぉ!あんな女王サマに、俺の魔法が当たると思うかぜ!?」

空を飛んでいるなら、ラクトのヘビーウェイトで重力を与え、地面に叩きつければこちらの攻撃も当たる。だが、相手はハーピーの女王。隙があるわけでもない。まさに打つ手なしの状況なのだ。

クィーンハーピー「喧嘩している場合ですか?」

クィーンハーピーは片翼から突風を放った!

ラクト「衝撃波!」

ラクトはルーン魔導の衝撃波を放った!

しかし、相殺しきれず、突風に押し返された!

突風は命中し、ラクトは吹っ飛ばされる!

ラクト「ぐああっ!!」

パヲラ「もうっ!」

パヲラは両手に魔力を込め、圧縮し、光る球体を造り出す!

パヲラ「風はやや南西…メガトンボ投球…」

パヲラ「魔凝球(フォトン)!!」

整った投球フォームから、バレーボールほどの輝く球体をぶん投げる!

クィーンハーピー「届きませんよ…!」

クィーンハーピーは竜巻を放った!パヲラの魔凝球(フォトン)は竜巻に呑まれ、こちらに向かって飛んでくる!

パヲラ「なっ__」

ラクト「うわあああっ!!!

そして、パヲラとラクトの目の前で、爆発を起こした。

二人は爆発に巻き込まれて吹っ飛ぶ。

ラクト「だ…だめだ!下手に遠距離の攻撃をすると、あいつの風で跳ね返されるぞ!!」

ルカ「僕が出る!回復頼んだ!」

チリ「わ…分かった!」

二人と交代するように、ルカが前に出て戦う。しかし、剣も届かない相手にはやはり不利のようで、劣勢を強いられる。

ラクト「わ、悪ぃな…」

パヲラ「………」

パヲラはある心配事をしていた。チリのことだ。

いくら彼女が回復魔法を使って自分たちを回復しても、彼女にもその魔力に限界という壁があるのだ。チリの額には、汗が噴き出ていた。まさにその壁が、そこまで来ていたのだ。

パヲラ「(チリちゃん、限界が来てるわ…このままだと、こっちが負けそうね…!)」

 

ルカ「だ…だめだ、攻撃が届かない…!」

さっきのようにのしかかってくるはずもなく、一方的な攻撃にどうすることもできなかった。

クィーンハーピーは優雅に空を飛びながら、勝利を確信したかのように、大技を放つ準備をした。

クィーンハーピー「さて、そろそろ終わらせましょうか__」

 

 

 

__後に、とある魔物からのインタビューで、ハピネス村の女性の一人はこう語った。

 

はい、私もあの時、ハーピーの里の、広場の近くまで来ていました。

安全なところにいるようにって言われましたけど…

やっぱり、村のみんなも、どうしても心配で…

広場近くの茂みから様子を見ていました。

でも私たちが来たときには…勇者様やそのお仲間も、傷だらけで…

ええ、劣勢です!文字通り!

どんなに攻撃を仕掛けても、風で吹き飛ばされたり、脚で蹴りを食らったり…手も足も出ないっていう感じでした。

だから、クィーンハーピーは止めの一撃を放つつもりでいたんでしょうね。

竜巻です!おそらく、ものすごい竜巻を。それを放とうとしたんです。

風がすごかったんですよ!台風がそこにあるかのような、ものすごい風が!

私も、負けを確信しましたよ。

そもそも魔物なんかに勝てるはずがなかったなんて。

ところがですよ?吹っ飛んだんです!クィーンハーピーが!

まるで飛んできた何かに、ぶつかったかのように!

少年です。少年が体当たりをしたんですよ!木よりも高いところにいたクィーンハーピーにですよ!?

…え?勇者様?違います!お仲間にいた、もう一人の少年です。

あの…剣と盾を持った、小さい子ども。あの子です。

私も含め、その場にいた全員が、びっくりというか、衝撃というか、とにかくあっけにとられましたよ。

クィーンハーピーも、驚いた表情をしていました。それはそうですよね。だって、子どもが、自分と同じくらいの高さまで飛んで、体当たりをして来るなんて、考えられませんよ。私も予想できませんでした。

あの子のどこから、そんな力があったのか。そんな感想しか言えないですよ。

初めて会ったときはですね、小さくて、可愛らしい、みんなの弟って感じの少年だったんですよ。

それがですね…あの時、別の何かになっていたんですよ。

眼が違うんです。眼が。

例えるなら…敵と遭遇したときの野生動物!ナワバリを主張するために威嚇する、怒りの眼と同じでした!

あとでその子に聞いてみたら、また驚きましたよ。「友達をバカにされて怒った」って。

それで…あそこまでなります?人間が、木よりも高く飛んで、ものすごい馬鹿力で魔物を吹っ飛ばす。そんな力が出ると思いますか?

私からしてみれば…あれはもう…化け物か何かかと思いましたよ!

 

 

 

 

カムロウ「はあああああ!!!」

クィーンハーピー「っ!!?」

クィーンハーピーは、突然の衝撃に反応できなかった。

カムロウが、後ろから体当たりをしてきたのだ!

思わず吹っ飛ぶが、すぐに空中で体勢を整える。カムロウは地面に着地をする。

クィーンハーピー「な…!?どういうことです…!?」

なぜ、人間が、私と同じ高さまで飛べたのか。

緊迫で加速した思考回路でも、答えは出なかった。

ルカ「えっ…カムロウ!?」

ラクト「あいつ…今、ものすごいジャンプしてなかったか!?」

カムロウ「ルカを…バカにしやがって…!」

カムロウの眼は、怒りの眼をしていた。怒りが動力になっているかのように、輝いていた。

カムロウは足をバネにし、力を込めてジャンプした!

そして、空中にいるクィーンハーピーの体にしがみついた!

クィーンハーピー「!?は…離しなさい!」

カムロウ「ルカをバカにするなあああ!!!」

しがみつきながら、盾や剣の柄で、何度も、何回も、クィーンハーピーの顔をぶん殴る!

 

パヲラ「す…すごい…!」

チリ「カムロウにあんな力が!?」

ラクト「そういや…以前、聞いたことがある。」

思い出したかのようにラクトが話す。

ラクト「パヲラに聞いたことがあってな、ナタリアポートで、カムロウが魔物と戦うことがあったんだ。俺は逃げたんだけどよ。あいつは逃げようとしなかったんだ。」

ラクト「後で、パヲラが駆け付けたときのカムロウは、まるでナワバリを主張する野生動物みたいに怒ってたらしいんだ。」

ラクト「カムロウになんで怒ってたんだって聞いたら、「ラクトをバカにされたと思った」ってよ。」

ラクト「もしかしてあいつ…友達が侮辱されるのが嫌で、それで怒りを爆発させてんのか!?」

ルカ「だからって…あんなになるか!?」

ラクト「俺も分からねぇ!けど、今はチャンスだ!」

カムロウの怒涛の攻撃に、クィーンハーピーは押されている。反撃のチャンスは今しかないだろう。

 

ラクト「そういやチリ、さっき岩石飛ばしてたな。すごい力だぜ。」

チリ「そ、そう?なにも今褒めなくても__」

ラクト「ならよ、人を乗せて飛ばすって出来るか!?」

チリ「はあっ!?」

ラクトは、ルカ、チリ、パヲラに向かって話し始めた。

ラクト「お前ら、俺が今から言うことをよく聞いとけ!__」

 

 

クィーンハーピー「いい加減に…したらどうです!」

やっと、カムロウを振り払うことができた。カムロウは地面に落とされる。

クィーンハーピー「はあっ!」

クィーンハーピーはカムロウに、突風を放った!

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)!」

カムロウは、剣から風の衝撃波を放った!

普段よりもとても大きく、さらに強い風の衝撃波だった。

それは、クィーンハーピーが放った突風に当たると、それすらも飲み込んでクィーンハーピーにぶつかる!

クィーンハーピー「な…あなた…一体…!?」

 

パヲラ「カムロウちゃん!」

カムロウの近くに、パヲラとラクトが駆け寄る。

ラクト「カムロウ!クィーンハーピーの隙を作ってくれ!それで、勝負は決まる!」

カムロウ「わかった!やってみる!」

クィーンハーピー「隙を作る…?まだ、勝負は終わっていませんよ!!!」

風が吹き荒れ、クィーンハーピーの元に集まる!

クィーンハーピーは大きな竜巻を繰り出した!

パヲラ「な…大きすぎるわ!二人とも、避けましょう!」

しかし、カムロウとルカはその場から動こうとしなかった。

パヲラ「!?何してるのよ!早く!」

ラクト「何言ってんだよバカ、カムロウを信じろ!」

ラクトとカムロウは顔を合わせた。

ラクト「…ぶちかませ!相棒!」

カムロウ「…うん!」

今のぼくにならできる。あの竜巻を斬ることが!

剣に風を、脚に力を。

今、自分が出せる、最大最強の技を、目の前にある障害を切り裂くために放つのだ!

カムロウはバッタの如く飛び上がり、竜巻に斬りかかった!

カムロウ「風蝗斬(ふうこうざん)!」

一刀両断。カムロウは、竜巻を縦に、真っ二つに切り裂いた!

クィーンハーピー「そ…そんな!?竜巻を…斬った!?」

今、隙が出来た。クィーンハーピーに一瞬の隙が出来た。

チリ「行くよ!ルカ!」

ルカ「ああ、思いっきりやってくれ!」

後衛にいたチリのハンマーに、ルカが乗っていた。

チリ「投撃(カタパルト)!!」

チリはハンマーをぶん回した!

チリ「射出(しゃしゅつ)!!」

そして、乗っていたルカをクィーンハーピーめがけて飛ばした!

ルカはそのまま、飛ばされた勢いで魔剣・首刈りを放った!

ルカ「魔剣・首刈り!」

斬られた竜巻をかいくぐり、喉元に鋭い突きを繰り出す!

しかし、僕たちの攻撃で、終わりではない!

ラクト「これで終わりだ!ヘビーウェイト!!」

ラクトは両手に魔力を込め、ルーン魔導を放った!

描かれた文字はクィーンハーピーに飛んでいき、ズンッと重い重力を付与した!

クィーンハーピーは、地面に叩きつけられる!

これが、ついさっきラクトが考えた連携攻撃だ。

クィーンハーピー「そんな、この私が…!」

僕たちの連携攻撃は深いダメージを与え、クィーンハーピーは地に膝を着いた。

おそらく、もう反撃の気力は残されていないだろう。

 

 

 

クィーンハーピーをやっつけた!

 

 

 

ルカ「よし、女王を倒したぞ!」

カムロウ「やった…!」

まだ致命的なダメージを与えていないので、封印には至っていない。

それでもダメージは深く、戦意は失ってしまったようだ。

パヲラ「今よ、ルカちゃん!作戦通りに!」

ルカ「えいっ!」

あらかじめ持たされた魔法信号筒を、真上へと投げつける。

それは空中で弾け、色とりどりの光を生み出した。

これが、クィーンハーピーを倒した合図だ!

 

おばさん「よし、突っ込むよ!」

女性「イリアス様…どうか私に力を!」

あちらこちらで茂みがざわめき、ハピネス村の女達がなだれこんでくる。

ラクト「あれっ!?入口で待機なはずだろ!?」

チリ「みんな、こんな近くまで来ていたの!?」

僕たちがクィーンハーピーと戦っている間に、すぐ近くまで来ていたのだ。

おばさん「このハーピーが女王だね!」

女性「女王さえ押さえてしまえば後は…!」

 

クィーンハーピー「そうですか…村の女性達までが、さらわれた男たちを救いに…」

そう呟くクィーンハーピーを、村の女性が取り囲んでいく。

 

ハーピーA「女王様、どうなされたのです!?」

ハーピーB「に、人間たちの襲撃!?」

さすがにこれだけの騒ぎになれば、眠っていたハーピー達も起き出したようだ。

僕は剣を掲げ、クィーンハーピーの前に立った。

ルカ「…頼むよ、村の男達は返して、こんなことはもうしないと誓ってくれ。そうでないと、僕はあなたを斬らなくちゃいけなくなるんだ。」

クィーンハーピー「…できない、と言ったはずです。」

覚悟をした顔で、クィーンハーピーは視線を落とす。

仕方ない、少しばかり封印させてもらうか…

 

僕が剣を振り下ろそうとした、その時だった。

おじさん「ちょ、ちょっと待ってくれぇ!やめてくれぇ!」

男性「待ってくれ!女王様は斬らないでくれ!」

ハーピーの家々から、若い青年から老人まで、人間の男たちが飛び出してきたのだ!

広場に飛び出した男達は、傷付いた女王を庇うように間に入った!

村の女性達にも、衝撃と動揺が走る。

どうやら、彼らはさらわれた村の男たちらしい。

男達は普通に服を着ており、その顔も健康そのもの。

どう見ても、ひどい目に遭ったような様子はない。

女性「あれは…まさか、お父さん!?」

おばさん「マルク、無事だったのかい!?」

ルカ「どうなってるんだ…?」

カムロウ「奴隷にされているはずじゃ…?」

 

おばさん「マルク!いったいどうして…」

青年「か、母さん…紹介するよ…妻のピアーナだ。」

マルクと呼ばれた青年は、隣に立っているハーピーを紹介する。

青年「それと…この子が、娘のピッピ。」

子ハーピー「…おばあちゃん?」

ちいさなヒナのハーピーは、おばさんを見上げてぱたぱたと羽根を振る。

 

女性「父さん…どういうことなの?」

おじさん「ああ…言い難いことだが、お前の義母さんになるレイナだ。」

ハーピー「…よ、よろしく。」

女性と同年齢ほどのハーピーが、おずおずと頭を下げる。

 

老婆「まさか、あんたは…一年前、ハーピー討伐に旅立って帰ってこなかった旅の方…」

旅人「いやいや、お恥ずかしい…今では私も、7児の父です。」

 

パヲラ「ふむ…男の人は、全員、ハーピーの子どもがいるようねい。」

さらわれたはずの男達は、みんなハーピーと婚姻を結んでいるようだ。

思わぬ光景を前に、僕たちも村の女性達も目を丸くするのみ。

おじさん「そういうわけで…ハーピー達をやっつけるの、やめてくれんか?」

男性「彼女達は、私達の妻子なんです。だから、戦うなんてやめて下さい…」

おばさん「じゃあ、この子は私の孫になるのかい?」

女性「私の義母さん…?ハーピーが…?」

 

老人「その通り…今やハーピーは、我々の妻子であり、家族でもあるのじゃ。」

一人の老人が、静かに進み出る。

おばさん「そ、村長!?」

老婆「お前さん、無事じゃったのか…!?」

老人「儂がいない間、迷惑をかけたのう。今や、ハーピー達は我々の家族、そして村に残された女達も、我々の家族じゃ。家族同士で戦い、殺し合うなど、愚かしいことよ…」

青年「そうだ。おふくろも、ピアーナも家族なんだ。家族同士でいがみ合うなんて、やめてくれ!」

男達「そうだ!そうだ!」

村の女達も含めて、僕たちは立ちとぼけるばかり。

 

パヲラ「なるほど、そういうことねい。」

ルカ「?」

パヲラ「以前、アリスちゃんが言ってたでしょう?魔物は繁殖するには、人間の男が必要だって。」

カムロウ「そういえば…言ってたね、そんな事。」

パヲラ「だから、死活問題なのよ。魔物からしてみれば、人間の男がいないと、自分たちは子を作ることが出来ない。さらってでもしないと、そのまま滅びる運命なのよ。」

傷付いたクィーンハーピーは口を開いた。

クィーンハーピー「その通り…ハーピーには女しか存在しない以上、繁殖には人間のオスの力を借りるしかないのです。」

ルカ「で、でも…何もさらわなくたって…」

クィーンハーピー「…人間の魔物に対する憎しみが高まっている今、誰がハーピーの里へ婿になど来てくれるでしょうか。」

クィーンハーピー「私達とて、ただ黙って滅びるわけにはいかないのです。たとえ無理矢理に奪ってでも、男は必要でした…」

ハーピーA「さらった男たちを決して粗末にはしてないし…」

ハーピーB「村の掟で外には出せなかったけど、男はとっても大切なんだから。」

ルカ「つまり、男達は特にひどい目に遭っていなかった…ってことか?」

老人「無論じゃ!儂など、若返った!むしろ返り咲いた!なにせ毎晩毎晩…」

ラクト「なにハッスルしてんだ爺さん!」

老婆「なるほどな…お前さんや、少しあっちで話でもしようかのう…」

老人「ひぃぃ…ばあさんや、これは違うんじゃ!」

チリ「ああ、村長の奥さん、あんな鬼の形相で…」

ルカ「…これはいったい、どうしたものか…」

 

おじさん「す、すまねぇ…その…俺には嫁がもう三人も…」

おばさん「…で、子どもは?」

おじさん「7人…来月にはあと2人…」

女性「お父さんが帰ってくるのは嬉しいけど…義母さん2人に、義妹が6人?」

見れば、あっちこっちで同様の揉め事が起きているようだ。

中には非常に深刻な表情をしている家族もいる。

男達を集落から出さないハーピーの掟のため、男側も村に帰ることができなかったようだ。

ルカ「どうしようか、アリス…」

アリス「余が知るか。」

ルカ「うーん、どうしたものか…」

ラクト「本当にどうするんだよこれ、ハチミツよりもドロドロの家族関係になってるじゃねぇか。最悪だぜ…。」

ルカ「とりあえず村の男達がみんな無事なら、ハーピーを退治するというのも違う気がするな…」

 

老人「いっそ家族!皆が家族!それでいいじゃろう!」

老婆に首を絞められながら、老人は高らかに宣言する。

若者「そうだ、その通りだ!」

おじさん「双方が家族としての付き合いをしていけば、問題ないはずだ!」

チリ「えぇ…それでいいの?」

ラクト「…はぁ、家族ねぇ。聞こえは良いんだけどよぉ…」

いつしか、そういう方向で、話はまとまっていく。

おばさん「あたしは、息子の嫁と孫が増えただけだから構わないんだけどねぇ…」

息子に嫁ならめでたいが、夫に第二、第三の妻や娘ができているケースが洒落にならないだろう。

 

アリス「これ以降は、ハピネス村とハーピーの里で解決するべき問題だ。ニセ勇者が関与できる段階は、もう終わりだろう。」

ルカ「うん、そうだね…」

後は、当事者たちの話し合いが望ましい。

正直なところ、これより先の泥沼には、あまり関わりたくない気もする。

僕は、人間と魔物が共存できる世の中を目指している。

しかし実現にあたっては、色々と大変だということが身に染みてわかったのだった。

 

 

ラクト「…なーんか、しっくりこねぇなぁ。」

ラクトは腕を組んで、首を傾げた。

ルカ「? なにがしっくりこないんだ?村の男たちは無事で良かったじゃないか。」

ラクト「いや…俺はよ、女王サマ倒して、村の男救って、はいチャンチャンってのを想像してたんだけど…なんか拍子抜けっていうか…」

しばらく考え込んだ後、ラクトは指パッチンをした。何か閃いたようだ。

ラクト「そうだ、ルカ!ここは一発、勇者サマの勝ち名乗りといこうじゃねぇか!」

ルカ「か…勝ち名乗り!?」

チリ「また変なことを…」

ラクト「頼む!締めてくれ!そうじゃねぇと気がすまねぇ!」

ルカ「勝ち名乗りなんて…どうやれば…」

アリス「ふむ、それは面白そうだな。」

アリス「それにしても、ニセ勇者なのに、勇者の勝ち名乗りか…」

ルカ「………」

ラクト「まだいじるかお前…」

 

ルカ「それで、勝ち名乗りってどうすれば…」

パヲラ「剣を、空高く掲げるっていうの、どうかしら?」

アリス「うむ、それが無難だろう。」

カムロウ「うん!かっこいいと思う!」

ルカ「えっと…じゃあ、やってみるよ。」

 

ルカは、堕剣エンジェルハイロウを、空高く掲げた!

ルカ「僕たちの、勝利だ!」

 



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第20話 人とハーピーの和解

そして、夜遅くまで話し合いは続き、

クィーンハーピー「ハピネス村から強引に男性をさらうことはしないと、誓いましょう。」

老婆「我々も、村の男達をなるべく多くハーピーの里に婿に入れると約束しよう。その代わり、生まれたハーピーの娘達も村で農作業を手伝って下され。」

こうした友好関係を軸に、ハピネス村とハーピーの里との協定は結ばれた。

 

それからは、もうお祭り騒ぎ。

人もハーピーも関係なく、広場で食うわ飲むわ踊るわの大はしゃぎだ。

パヲラは踊りの中で火吹き芸をしている。

チリ「すごい食べるねカムロウ…」

カムロウ「うん、お腹空いちゃって。」

カムロウは2回目のおかわりをしていた。

おばさん「これというのも、全部あんた達の活躍のおかげさ。ハピネス村一同を代表して、礼を言うよ。」

ルカ「いえいえ、勇者ならば当然のことです。」

ラクト「勇者なら当然?謙虚な事だぜ全く…」

ルカ「勇者というのは、肩書きではなく行動によって示すものだよ。ゆえに、断じて僕はニセ勇者ではない!」

ラクト「お前…もしかして、根に持ってたのか?」

 

アリス「別に恩を売りたいわけではない…が、余は甘いものが好きで好きでたまらん。」

ラクト「そうだ!ハチミツ!おばさん、ハチミツあるか!?」

おばさん「よし来た!おいしいハピネス蜜をたっぷりプレゼントするよ!今はこの壺に入った分しかないけど、どうぞ!」

アリス「ふむ、決してこれを期待していたわけではないぞ。」

ラクト「よーし、さっそく梱包して明日売りさばくぞ__」

アリスはハチミツが入った壺を引っ手繰った。

ラクト「はあぁ!?おい!アリス!てめぇ!」

アリス「これは余のだ。」

ラクト「返せ!返してくれ!頼む!金が!金が出来ないから!」

ルカ「アリス、お前…」

僕はただ、アリスの意地汚さに呆れるのみだった。

 

踊りの輪からパヲラが帰ってきた。

ついでに、チリとカムロウも帰ってきた。

パヲラ「ふぅ…ちょっと休憩しようかしら。」

カムロウ「ぼくも…食べ過ぎた。」

チリ「あれ、ラクトどうしたの?」

ルカ「ふて寝するって。」

 

パヲラ「うふふ、楽しい宴ねい。これなら人と魔物の関係も大丈夫そうねい。」

ルカ「でも…ハーピーの里に婿に行く男は、納得できるのかな?」

踊りの輪を眺めながら、僕はそう呟いてしまった。

チリ「? なんで?」

ルカ「だって…まるで、村から生け贄に出されたようなものじゃないか。」

おじさん「その心配は無用だよ、若い勇者君。この一件で、我々とハーピー達は手を取り合うことになった。今後は、深い絆ができるはずさ。なにより、ハーピー相手のアレの味を知ってしまうと、もう人間の女なんて__」

チリ「あ…その…おじさん…」

ルカ「奥様らしき方が、クワを構えて迫っていますよ。」

 

ルカ「やれやれ、本当にこれで良かったのだろうか…」

しかし、これも人間と魔物が手を取り合う第一歩なのだ。

ルカ「どう思う、アリス…?」

アリス「あまい…♪」

チリ「話、聞いてない…」

アリスは満足そうに、壺にたっぷり満たされたハピネス蜜を指ですくって舐めている。

ルカ「ハーピーの側も、事情を説明して男を婿にもらったら良かったのにな…。」

カムロウ「そうだね…最初からそうすれば、こんなことにならなかったと思うんだけど…」

アリス「それでも婿が来なかったから、ああいう事になったのだろう。貴様らはドアホか。」

カムロウ「ああ、そっか…」

ルカ「………」

チリ「確かに、その通りだけど…」

アリス「そもそもの原因は、人間側が魔物との婚姻を拒絶するようになったから。それも、あの下らん教えがあるからではないのか?イリアス五戒のひとつ、「魔と交わるなかれ」、あの馬鹿げた戒律がな。」

ルカ「…そんな事言うなよ、アリス。まるで、イリアス様の教えが悪いみたいじゃないか。」

しかし、その戒律のせいで、魔物との婚姻自体がタブー視されることになったのも事実である。

人間の側が拒絶してしまえば、魔物は無理にでも性交を強制するしかない。

そうしなければ、子孫を残せず滅びてしまうから__

ルカ「…おっと、いけない。イリアス様のおっしゃる事に、疑念を挟むだなんて…」

疑念を振り払うように、首をぶんぶんと左右に振る僕。

その様子を眺め、アリスは深々と溜め息を吐いた。

パヲラ「やっぱり、強引に男をさらうなんて、女王様も乱暴な手段であった事は自覚してたのよ。だから、心に迷いが生まれちゃって、あたしたちに本気を出す事ができなかったのよねい?アリスちゃん。」

ルカ「そうなのか…?」

アリス「当然だ。そうでなければ。ハーピーの女王たる者が貴様ら風情に負けるか。心に迷いが生じ、本心から攻撃できなかったのだろうな。」

ラクト「えぇ!?あの女王サマ、本当は強いのか!?」

ふて寝していたラクトが飛び上がって驚く。

ルカ「そうだったのか…」

やはり、女王も本心では迷っていたのだ。

ともかく、この一件は解決したと思いたいものだ。

 

 

そして翌朝。

老婆「お主たちには、本当に世話になったのう。」

おばさん「またハピネス村に来なよ、あんた達なら大歓迎さ。」

クィーンハーピー「いくら事情があったとはいえ、我々は確かに間違っていました。それを正せたのは、あなたのおかげです。あなたの旅が、良きものとなることを、心より願っていますよ。」

ルカ「皆さんも、頑張って下さいね!」

おそらく、人と魔物の信頼が試されるのはこれからだ。しかし僕は、友好関係が維持されることを信じている。

青年「ありがとうな!また遊びに来いよ!」

女性「どうか、ご達者で…」

ハーピー「えへへ、また遊びに来てね~!その時は相手してくれると嬉しいな…♪」

パヲラ「じゃあ、あたしが相手しようかしら。その時はハチミツプレイでお願いねい♪」

ラクト「おい待て、それは一体どういうプレイなんだ。」

こうして僕達は、ハーピーの里を後にする。

 

…かと思えば、アリスはクィーンハーピーに呼び止められていた。

クィーンハーピー「あの、ひとつ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?もしかして、貴方様は…」

アリス「余は、旅のグルメ。大した者ではない。」

クィーンハーピー「そ、そうですか…余計な詮索は無用でしたね。」

ルカ「?」

カムロウ「ルカー!アリスさーん!早くー!」

チリ「置いていくよー?」

遠くでみんなが、僕たちが来るのを待っていた。

ルカ「ああ!今行く!」

ともかく、僕たちはハーピーの里を後にしたのだった。

 

 

その道中、

ラクト「………」

ラクトはものすごく真剣な表情をしながら、大事そうに荷物を抱えていた。

パヲラ「うわっ…すごい気迫。」

ルカ「どうしたんだ一体…」

ラクト「後ろを見ればわかると思うぜ。」

そう言われて後ろを見た。アリスが恨めしそうにその荷物を見ていた。

ラクト「村を出た辺りから、アリス(こいつ)がハチミツ狙ってくんだよ!せっかく手に入れたこいつをお前なんかに食われてたまるか!」

アリス「…ケチ。」

ラクト「お前がな!」

ルカ「あれ、ハチミツ手に入ったんだ?」

ラクト「あの後、なんとか集めたんだぜ。そしたらこいつが感づいて食おうとしてたもんだから…」

ラクト「だからいま、俺はこの金の卵を死守してんだ!早くイリアスベルクで売りさばきたいぜ!」

ルカ「みんな、イリアスベルクに行こう。このままだとラクトがハチミツ抱えたまま石像になりそう。」

カムロウ「分かった!」

ラクト「おい今のどういう意味だよ!」

僕たちは一度、イリアスベルクに寄ることにした。

 

 

イリアスベルクの高級老舗宿「サザーランド」…

おかみ「聞いたよ!ハピネス村のこと!やっぱり、どうにかしてくれると思ったんだよ!」

ルカ「あはは…ありがとうございます。」

ラクトが荷物を売っている間に、僕たちはサザーランドに寄っていた。

おかみ「そういえばさ…あんたは見たかい?」

ルカ「?何をですか?」

おかみ「今、このイリアスベルクに「サムライ」が来てるらしいんだよ。」

ルカ「さ…サムライ!?」

カムロウ「サムライって?」

パヲラ「確か…セントラ大陸の東方にいるっていう凄腕の剣士。」

アリス「刀と呼ばれる剣を振るい、その剣捌きは鉄をも斬り裂くと言われているな。」

チリ「なんで、その「サムライ」がイリアスベルクに?」

おかみ「それは知らないんだけどさ…私も見てみたいね、サムライ。」

おかみ「まぁそれはともかく、また来なよ!あんたたちなら大歓迎なんだからさ!」

ルカ「はい!また来ます!」

そうして僕たちはサザーランドを後にした。

 

そして、広場でラクトと合流した。

ルカ「どう?売れた?」

ラクト「そりゃもちろん!予想より儲からなかったけど、赤字分は取り返せたぜ!」

ラクトは上機嫌だ。

ラクト「もう用は無くなったぜ!ルカ、次はどこに行く?」

ルカ「さて、次の目的地は…」

 

???「__ちょいとすみません、お兄サン方ぁ…」

ルカたちは後ろから声をかけられた。

振り返ってみると、そこには男が二人いた。

一人は、頭に笠を被り、袴を着ており、腰に刀を差していた。

おそらくサザーランドのおかみさんが言っていたサムライというのはこの人のことだろう。

もう一人は、髪は長く、狩衣というのだろうか、そんな服を着ており、手には錫杖を持っていた。

僕たちに話しかけてきたのは、この、髪の長い青年だった。

青年「つまらぬことをお聞きしますが…もしかして、旅の人でぇ?」

ルカ「はい、そうですけど…」

???「それなら、こんな男を、旅先で目にしませんでしたかぃ?」

そういうと、髪の長い青年は懐から一枚の紙を取り出して見せてきた。面相書きだ。一人の男らしき顔が書かれてあった。

あいにく、僕はその顔にピンと来なかった。みんなも同じ反応だった。

そして、サムライが口を開く。

サムライ「拙者たち、この男を探しているのだ。」

アリス「…見たことないな、そんな男は。」

青年「あぁ、そうでしたかぁ。いやぁ、すみませんねぇ。つまらぬことをお聞きしてぇ。」

そう言って、青年とサムライは深々と頭を下げる。

青年「それじゃ、行きましょうかぁ。」

サムライ「うむ、失礼する。」

そして僕たちに背を向け、去っていた。

 

ルカ「…あれが、サムライ?」

カムロウ「かっこよかったね!サムライさん!」

チリ「もう一人いたね…なんだったんだろ。」

ラクト「ま、なんでもいいぜ。大した用でもなかったらしいしな。」

ラクトはマフラーを巻きなおしながらそう言って、話題を変えた。

ラクト「それで?次はどこに行くんだぜ?」

チリ「目星付けたところは全部行ったし…」

パヲラ「このままイリアスポートに行っちゃう?」

ルカ「いや…僕、行ってみたいところがあって…」

カムロウ「? どこに行くの?」

ルカ「隠れ里エンリカってところに、ちょっと行ってみようかなって。」

隠れ里エンリカ、その単語を聞いたみんなは、頭に?を浮かべた。

ラクト「エンリカ…?なんだ?そこ?」

ルカ「そうなんだよ、僕の故郷からそう離れていないのに、名前さえ聞いた事がないんだ。いったい、どういう村なんだろ…。」

アリス「…ふむ、エンリカなる名前は、旅の書にも載っておらん。もしかしたら、思わぬ名産品があるやもしれぬな。」

ラクト「また食べ物かよ!お前にとって食べ歩きツアーかこの旅は!?。」

ルカ「…まさか世界を回る目的というのも、食べ物を漁るためじゃないだろうな。」

 

ルカ「とにかく、行ってみるか!」

こうして僕達は、大陸南西の隠れ里エンリカに向かったのだった。



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第21話 誰も知らない隠れ里エンリカ

イリアスベルクから、僕たちは隠れ里エンリカなる場所に向かって森の中を歩いていた。

だいたいの場所は、イリアスベルクの商人から聞いていた。

ルカ「確か、この付近のはずなんだけど…」

ラクト「あー…なんかあるよな。「この辺にあるはずなのにそこにない現象」。」

ルカ「ないよ。どんな現象だよ。」

ラクト「嘘ぉ?お前ないの?「この辺にあるはずなのにそこにない現象」。」

パヲラ「あたしは「その辺にないはずなのにそこにある現象」ならあるけど。」

チリ「怖っ!なにそれ…」

アリス「何の話をしているのだ、お前らは…」

カムロウ「アリスさんはないの?」

アリス「余は…「そこにあったはずなのに無くなっている現象」なら…」

ルカ「それ食ってるときのことだろ!」

 

そんな雑談をしていると、アリスが急に足を止めた。

アリス「む…?なかなかに珍しい魔物だな。」

ルカ「え…?」

振り向いた瞬間、アリスの姿が消えた。

それと同時に、2体の魔物が僕達の前に立つ__

 

剣士のダークエルフが現れた!

召喚のダークエルフが現れた!

 

もう一人はごく普通の体をしていたが、もう一人は腕から触手を生やしていた。どうやら体から触手を召喚しているらしい。

ラクト「なんだありゃ…耳が尖がってるからエルフ?ってやつかぜ?」

ルカ「そうっぽいけど…なんか雰囲気がおかしいというか…」

パヲラ「そういえばさっき、アリスちゃんからメモ貰ってたわ。」

ルカ「メモ?」

パヲラ「ダークエルフについて、だって。」

ラクト「よし、読め。」

パヲラ「エルフとは、「森の番人」と言われる種族。基本的に心優しい彼女達だが、中には闇に堕ちた者も存在する。それがダークエルフだという。」

ラクト「ほーん。」

パヲラ「以上。」

ラクト「以上!?」

ルカ「えっ、それだけ!?」

パヲラ「それだけ。」

ラクト「もっとこう…なんか…こういう攻撃には気を付けろとか、こんな特徴があります…みたいな!ないのか!?」

パヲラ「ない。」

ラクト「なんでだよ!!」

ルカ「対して役に立たないメモだなぁ。」

 

ダークエルフ(召喚)「ここから先へは行かせないわよ…引き返さないのなら、私が召喚した触手の餌食にしてあげるわ…くすっ。」

ダークエルフ(剣士)「ただちに引き返しなさい、この辺りは人間の近付いていい場所ではないわ…」

ダークエルフ(剣士)は剣を抜き、その刃を僕の方に向けた。

ルカ「なんで、人間はダメって言うんだ?」

ダークエルフ(剣士)「あなたが人間だからよ。言っても退かないなら、堕としてしまうわ…」

最初から、話を聞く気もないらしい。

ここは、戦うしかない!

ルカ「それでも、通らせてもらう!」

あの剣は牽制。物理攻撃で隙を作り、本命は快楽攻撃だろう。

本気で剣を使って戦う気でないのなら、僕一人でも戦えそうだ!

ダークエルフに対し、僕も剣を抜いていた。

ルカ「僕の目的は、人と魔物が共存する世の中を築くこと…人間を排除しようとする魔物を、黙って見過ごすわけにはいかない!」

ダークエルフ(剣士)「退く気はないようね。じゃあ、堕としてあげる。闇で汚して、私のモノにしてあげるわ…」

 

ダークエルフ(剣士)の前にルカは立った。

ルカ「こっちは僕がやる!」

チリ「こっちのダークエルフは私達がやるわけね。」

カムロウ「ぼく、前に出る!」

ラクト「んじゃ、チリ(お前)も前に出ろよ。」

チリ「えっ、嫌。ラクトが出てよ。」

ラクト「やだよ。」

チリ「私もやだ。」

ラクト「ハンマーぶんまわせばいいだろ!」

チリ「戦いは苦手って言ったでしょ!?」

ラクト「だったら俺だって苦手だぜ!!」

チリ「私の方が苦手よ!!!」

ラクト「何だと!?」

チリ「何よ!?」

パヲラ「アンタたちは何で言い争ってるのよ…」

 

そんな矢先、ダークエルフ(剣士)とルカの戦いは始まっていた。

ダークエルフ「はあっ!!」

ダークエルフは剣を構え、攻撃を仕掛けてくる!

ルカはそれを避けつつ、突きを放つ!

…が、ダークエルフはその突きを剣で防いだ!ルカの剣を跳ね除け、横一文字で斬りかかる!

その攻撃を、ルカは剣を横に構えて受け止める。

そしてまた攻撃を仕掛け、ダークエルフは攻撃を防いで再び攻撃をし、ルカは防御してもう一度攻撃をする。

剣がぶつかり合う音が、何度もこだまする。

一進一退。まさにそんな戦いだ。

ダークエルフ「くぅ…!」

ルカ「くっ…!」

互いに後退して体勢を整える。

ダークエルフ「はあああぁぁぁ!!」

ルカ「うおおおぉぉぉ!!」

そして、二人は同じタイミングで、剣を構えて走り出す!このままいけば、剣と剣が受け止め合い、押し合い合うつばぜり合いが始まるだろう__

しかしルカは、ダークエルフの攻撃が当たるであろう瞬間に、足をバネにして空中に飛び、回避した!

ダークエルフは空振りをして呆気に取られた。

ダークエルフ「なにっ!?」

ルカ「せいやあああぁぁぁ!!!」

落下しながら、渾身の袈裟斬りをダークエルフに放つ!

ダークエルフ「うぅ…何…!?私の体が…!」

ダークエルフは、手のひらサイズの小人の姿になってしまった。

ダークエルフ「私を封印するなんて…覚えてなさい!」

そう言い残し、封印された剣士のダークエルフは走り去ってしまった。

 

 

___ルカが戦っている最中でも、ラクトとチリの口喧嘩は終わっていなかった。口喧嘩に夢中で戦えそうにもない二人に代わって、ダークエルフ(召喚)の相手はカムロウとパヲラになった。

 

だが、ダークエルフの体から生える無数の触手の相手に、カムロウとパヲラは難儀していた。

迫りくる触手を剣で斬り、盾で弾く。その繰り返しでなかなか間合いを詰められずにいる。

そして、カムロウの体に触手が巻き付く。

カムロウ「うわっ!!」

ダークエルフ「ふふっ…捕まえた。」

そのままダークエルフに引き込まれそうになる。

パヲラ「魔導拳・手刀「剣」!」

パヲラ「大切断(だいせつだん)!」

カムロウに巻き付いた触手を手刀で断ち切る。

パヲラ「あの触手、厄介ねい。」

カムロウ「切っても切っても…また生えてくる…!」

難儀していた理由はそれだ。触手を切っても、また生えてくるのだ。ダークエルフは体内に蓄えた魔素を元に触手を召喚しているらしい。なので、切ったところから再び触手を召喚すれば何も問題ない。つまり、触手を切ったところで本体にダメージを与えているわけではない。

あるとすれば、魔素がなくなるまで触手を切り続けるか、間合いを詰め、本体に攻撃するかだ。

前者だと、こっちがスタミナ切れを起こす可能性があり、後者だと、詰めたときに二人まとめて触手に絡め取られる可能性もある。

まさに苦戦そのものだ。二人はどうしようかと悩んだ。

 

_____そんな時だった。

チリ「__だから!私は援護担当でしょ!?」

ラクト「俺だって援護担当だぞ!?」

チリ「アンタ、回復できるの!?」

ラクト「お前こそ、俺様のような魔法が使えんのか!?」

チリ「何なのよ!!」

ラクト「何なんだよ!!」

チリ「あーっ!!もう怒った!!!」

チリ「豪萬(ごうまん)!」

チリはハンマーをぶん回し、連続で地面に叩きつけながら前進し始めた!

ラクト「うわっ!来るんじゃねぇ!!実力行使はやめろぉ!!」

そしてラクトを追いかけ回す。ラクトは、体から触手を生やすダークエルフの方に向かって逃げ始める。

ラクト「悪ぃ!そこどけ!」

ダークエルフ「えっ__」

チリが繰り出す、怒りの行進。そのとばっちりに轢かれたダークエルフは巨大なハンマーに何度も叩きつけられる。

ダークエルフ「あばばばばばば!!!」

ダークエルフは地面に倒れ込み、ピクピクと体を小刻みに震え動く。もう立ち上がる気配もない。

パヲラ「えぇ…うそぉん…」

カムロウ「お…終わった…」

チリ「待ちなさーい!!!」

ラクト「待つかアホーー!!!」

それでもなお、二人の追いかけっこは終わることはなかった。

戦いが終わったルカが戻ってきた。

ルカ「…何をしているんだあの二人。」

パヲラ「あぁルカちゃん。勝ったのねん。」

カムロウ「ルカ、早くあの二人を止めようよ。」

ルカ「そうだね…あのままだと、ラクトがサンドイッチになるかもな。」

ルカはダークエルフに軽く剣を突き刺した。

ダークエルフを、小人サイズの姿に封印した!

ダークエルフ「これはまさか、魔素封印!?こんな技を扱える人間がいるなんて…!」

ダークエルフは、そのまま逃げ去ってしまった。

 

ダークエルフ達をやっつけた!

 

ルカ「さて、二人を止めようか___」

ルカはラクトとチリの方に視線を向けた…が。

チリはハンマーをがむしゃらに、ラクトに何度も叩きつけていた。

チリ「このぉ!このぉ!!このぉ!!!」

ラクト「いでぇ!うぐぁ!!ほげぇ!!!」

ルカ「…もう手遅れだったみたい。」

パヲラ「カムロウちゃん、回復よろしく。」

カムロウ「どのくらい回復させる?」

ルカ「歩けるくらいでいいよ。」

 

しばらくして、歩きながらカムロウはラクトを回復魔法で治癒していた。

チリに叩きのめされ、ぺしゃんこになってしまいながらも歩き続けるラクトを眺めていたら、すぐ隣にアリスが戻って来ていた。

アリス「まさか、このような場所にダークエルフがいるとは。いったい、なぜだ…?」

パヲラ「あたし、ダークエルフなんて初めて見たわ。」

ルカ「イリアスヴィルからそう離れてないんだから、出現する魔物もそんなに変わらないはずなんだけどね…」

チリ「ダークエルフって集団でいるような人たちじゃないはず…」

ルカ「そもそも、ダークエルフって数は多くないんだろ?」

アリス「その通りだ。本来、エルフというのは清純な種族。しかし、ごくまれに魔素を蓄えてしまう者が出てくる。俗に言う「堕ちる」という現象だな。そうなると、好色かつ堕落を振りまく存在となる。他のエルフから疎外され、単身で行動するはぐれモンスターとなるのだ。また、ダークエルフがさらに多くの魔素を蓄えれば、別の魔物に変質してしまうこともあるのだが…何にしろ、そうウロウロしている魔物ではないはずだ。」

ラクト「詳しいな!!なんでその情報をメモに書かなかったんだよ!!」

ルカ「へぇ…詳しいんだね、アリスは。」

アリス「当たり前だろうが、余を誰だと思っている?」

ルカ「知らないよ…」

ラクト「悪食乞食意地悪ラミア。」

アリス「なんだと貴様…」

アリスはラクトの首を、ぐぎゅうううっ…と、絞めた。

ラクト「いやっ…!だってっ…!本当の事じゃんっ…!!」

アリス「このまま首の骨を折ってやろうか…?」

カムロウ「待って!まだ回復してるのに!!」

ともかく、こんな魔物が連続で襲ってきたら厄介極まりない。

早く、目的地に辿り着きたいところだ。

 

 

 

それから数時間、いい加減歩き疲れた頃だった。

ルカ「いったい…エンリカとやらはどこにあるんだ…?本当にこの辺なのか…?」

ラクト「ほら、この現象の事だぜ。「この辺にあるはずなのにそこにない現象」。何時間も見つかんないんだよ、こういう時って。」

ルカ「…ちなみに、何が見つからない時に起きるんだ?」

ラクト「落とした金を探してる時に。」

チリ「守銭奴かっ!!」

そんな雑談をしていると、森を抜けた。その先に、小さな村を発見したのだ。

カムロウ「もしかして…!」

ルカ「あれが、エンリカか…!」

喜び勇んで、僕たちはその小さな村へと入ったのだった。

 

ルカ「ここが、エンリカ?」

見たところ、狭く慎ましやかな村。

しかし、その雰囲気はどこか奇妙だ。

ラクト「静かっつーか…なんか寂れてんなぁ?」

パヲラ「こらっ。そんな事言わない。」

ラクト「そうかぁ?お前らはどう思うんだぜ?」

ルカ「僕は…神秘的というか…なにか、不思議な感じがする。」

カムロウ「ぼくも同じ。」

チリ「私も…この空気、なんだか苦手…」

アリス「…なるほど、そういうことか。あのダークエルフども含め、全て合点がいったぞ。」

アリスは何やら、一人で納得してしまったようだ。

ラクト「ぁん?何がだ?」

ルカ「どういうことなんだ…ん?」

 

村の奥から、一人の女性が歩み出てくる。

どこか普通とは異なる雰囲気の、不思議な人だ。

女性「あなたがたは…少なくとも、商人ではないようですね。」

ルカ「は、はい…イリアスベルクの商人から、この場所を聞いて__」

女性「…お引き返し下さい。」

ルカ「えっ…!?」

ラクト「な…なにぃぃぃ!!?」

女性「必要な物を搬入してくれる行商人以外、この村には足を吹き込ませないしきたりなのです。」

なんと、立ち入りさえ拒まれてしまった。

どうやら、恐ろしく排他的な村らしい。

ルカ「そ、そんな…」

ラクト「お、俺たちはよぉ!何時間も歩いてここまで来たんだぜ!?」

女性「お気を悪くされたでしょうが…我々は、ずっとそうして暮らしてきたのです。」

パヲラ「ふむふむ…そうなのねい。」

カムロウ「村の掟…なのかな?」

パヲラ「多分、そんなところ。」

女性「あなたがたが良識のある旅人ならば、どうか我々をそっとしておいて下さい。」

ルカ「………」

ラクト「なぁルカ、ここはよ、勇者特権で「特に問題を起こすわけじゃないから休ませてくれ」って頼もうぜ?お前だって歩き続けて疲れたろ?」

ルカは、カムロウたちの方に振り返った。

ルカ「…みんな、イリアスベルクに戻ろう。」

ラクト「はいっ!残念でした!それじゃ俺たちは入らせてもら__」

ラクト「何ぃぃぃぃ!!?ルカ、お前、今なんて…!?」

ルカ「静かに暮らしている人達の生活を、土足で踏み荒らす。真の勇者なら、そんな事はしないはずだ。」

パヲラ「確かにそうねい。あたしたち、ただ興味本位で来たんだもの。」

チリ「うん分かった。帰ろう。」

ラクト「また何時間も歩かなきゃいけないのかよ…」

パヲラ「筋肉足りてないんじゃないの?貧弱。」

アリス「貧弱。」

チリ「貧弱。」

カムロウ「ひんじゃく。」

ラクト「なんだよお前ら!!」

 

ルカ「…ご迷惑をおかけしました。」

僕たちは頭を下げ、その場から去ろうとした時だった。

女性の視線が、母さんの形見の指輪へと向けられる。

女性「その指輪は…!もしかして、あなたは…ルカ!?」

ルカ「え…?そうですけど…」

パヲラ「? ルカちゃん、お知り合い?」

ルカ「いや…僕が覚えてる限り、この村に来た事なんてないはずだけど…」

チリ「じゃあ、何でルカの名前を…?」

女性「やはり、ルカなのですね…あの子が、こんなに大きくなって…」

ルカ「あの…僕のことを知っているんですか?」

女性「…ええ、私の名は、ミカエラと申します。あなたの母上のことも父上のことも、よく知っているのですが__」

ミカエラと名乗った女性は、そこで口淀んだ。

その目に、深い決意の色が浮かぶ。

ミカエラ「…しかし今は、どうかお引き返し下さい。もし時が来れば…お話することもあるでしょう。」

ルカ「…分かりました。」

今は、何も話すことはできない。その決意は、僕にも見て取れる。

ここで食い下がったところで、話を聞くことはできないだろう。

ルカ「じゃあ、また来ることがあれば…」

ミカエラ「ええ、ご武運があらんことを、ルカ。」

こうして僕たちは、隠れ里エンリカを後にしたのだった。

 

 

ルカ「…不思議な村だったな。」

懐かしさにも似た、異様な雰囲気。

そして、僕のことを知っていたミカエラという女性。

アリス「どういう事だ…?あの村は、いったい…」

ルカ「どうしたんだ、アリス?」

ラクト「何か納得したんじゃなかったのかぜ?」

アリス「いったん納得したが、腑に落ちん点がまだまだあるのだ。てっきり、エルフの隠れ里かと思ったが…」

パヲラ「エルフの隠れ里…ねぇ。」

ルカ「おいおい、あの村の人達はみんなエルフだなんていう気か?」

カムロウ「ぼく、そんな気もする。」

チリ「そう?だとしてもあの空気、私は慣れない…」

アリス「いったんはそう思ったのだが…あのミカエラという女、間違いなく__」

アリスはぶつぶつと言っていたが、諦めたように溜め息を吐いた。

一人で納得したり悩んだり、変な奴だ。

アリス「まあ何にしても、あの村ではごちそうに期待もできんだろう。結局は無駄足だったな。」

チリ「えっ…ご、ごちそう!?」

ルカ「…結局、こいつは食べ物の事か。」

気になる村ではあったが、今は特にやるべきこともない。

けどあの村のことを、覚えておいた方が良さそうだ__

僕たちは、イリアスベルクに帰還するのであった。

 



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第22話 イリアスポートへ北上中の出来事

僕たちは隠れ里エンリカから、ひとまずイリアスベルクに戻った。

そして、改めて目的地を決めた。

ルカ「よし、イリアスポートに行くとするか!」

アリス「ふむ…港町ならば、色々と各地の名産も集まっているだろうな。」

ラクト「…相変わらず食い物のことか。」

ルカ「まあ、各地の名産を食い荒らす程度なら問題ないか。人間を食べ始めるよりマシと思っておこう。」

ラクト「おい待て!?」

チリ「ルカ…感覚麻痺してきてない!?」

 

ルカ「ところでさ…カムロウたちは、イリアスヴィルから出発した時に、「セントラ大陸行きの船は出てない」って言ってたけど…詳しく教えてくれないかな?」

チリ「えっなにそれ!?」

アリス「そんなことを言っていたな。詳しく説明してくれ。」

パヲラ「いいわよん!教えるわ!」

 

パヲラ「何でも…昨年から、セントラ大陸との往復便が出てないらしいのん」

ルカ「そういえば…去年あたりから、イリアス神殿に訪れる冒険者が激減していたな…そんな事情があったのか…」

チリ「じゃあ、カムロウとラクトとパヲラさんはどうやってここに来たの?」

ラクトはパヲラを指差した。

ラクト「大砲で飛んで来た…いや、飛ばされたって話、信じるか?」

カムロウ「パヲラさんが考えたんだ!」

パヲラ「画期的でしょ?」

チリ「え…な…ええぇ???」

チリは困惑した。

そりゃそうだ。僕だって最初聞いた時は反応に困った。

大砲で飛んでくるなんて、普通の人間じゃ絶対にしない。

ルカ「それで…嵐があって通れないって言ってたね。」

パヲラ「そうよん。沖を出たところで激しい嵐に襲われるらしいの。しかも、どんなに晴れてても出航した時にいつも起きるって。」

カムロウ「それってもう…」

ルカ「うん。ただの自然現象じゃないね。」

 

アリス「…ふむ。ああ、そうか。」

今まで黙っていたアリスが、不意に頷いた。

ラクト「ん?どうした?」

ルカ「何か知ってるのか、アリス?」

アリス「ん…まあ、ちょっとな。」

アリスの妙な様子に、僕たちは目を丸くしてしまう。

ルカ「どういうことなんだ?説明してくれよ。」

アリス「あまり多くは離せぬが…ある強力な妖魔が、船での横断を邪魔しているのだ。イリアス大陸とセントラ大陸を遮断し、冒険者をイリアス神殿に向かわせない事が目的だな。」

ルカ「ある強力な妖魔…?」

ラクト「なんだよ強力な妖魔って…」

ルカ「つまり、そいつを倒せばいいんだな。」

ラクト「話聞いてたか!?強力な妖魔って言ってただろ!!」

ルカ「嵐を起こしている原因がその魔物なら、倒せばいいはずだろ。」

ラクト「脳筋かお前!!」

ルカ「船が出せないせいで、この大陸の人達の生活も無茶苦茶なはずなんだ。そんなことをする魔物を、黙って放置するわけにはいかない!」

パヲラ「確かに…交易に支障が出るのは、港町には結構な痛手よね。」

カムロウ「港町に人、あんまりいなかったよね。」

アリス「…やめておけ、貴様らでは太刀打ちできん。」

アリスは冷たく言い放った。

ラクト「ほらみろ。我らがアリス様がそう言うんじゃ無理じゃねぇか。」

アリス「それにしても、これでは各地の名産品が楽しめんではないか…」

ラクト「まぁ…それはそうだな。以前のイリアスポートなら、そこらへんの屋台や店で各地の名品を売ってたしな。ナタリアの真珠やら、東方の陶器や書画やら、サバサの高級絨毯やら…」

アリス「食えんモノに興味はない。」

ラクト「…諸国の珍味もあったけどな。ナタリアの魚にサバサココナッツ、ヤマタイまんじゅう…」

アリス「おのれ、魔物め…許さん!」

ラクト「お前も魔物だろっ!!」

ルカ「お前も魔物だろっ!!」

いや、そんな事はどうでもいい。

カムロウ「ルカ、どうする…?」

チリ「嵐が出なくなるまでここで待つ…?」

パヲラ「だめね。自然現象じゃないなら、無くなるなんて可能性はないわ。」

ルカ「…どちらにせよ、このイリアス大陸から出られないのは、非常に困る。僕の目標は魔王退治!こんなところで足止めを喰らうわけにはいかない!!」

…しかし、イリアス大陸から出るという選択は、しばらくこの大陸には戻ってこない事になる。

__それでも僕は…

ルカ「とりあえず行ってみよう!イリアスポートに!!」

カムロウ「うん!行こう!」

ラクト「…ま、お前の事だろうからそう言うと思ったぜ。」

パヲラ「それがルカちゃんの旅を止める理由にはならないしね。行くだけ行ってみましょ。」

こうして僕たちは、とりあえずイリアスポートに向かって北上する事になった。

 

 

 

草原を歩いている時、ルカはあることを思い出した。

ルカ「そういえば…イリアス大陸には、イリアス様のご加護が満ちているらしくて、魔物はそう多くないんだ。」

パヲラ「ええ、そうらしいね。」

チリ「ああ…道理で、そこまで強い魔物がいないわけだね。」

ルカ「けど、イリアス神殿から離れて、北に向かえば向かうほど、出現する魔物も強力になっていくんだって。」

こんな風に人里を離れ、長い長い道を歩いていると…

ラクト「なるほどねぇ…さっそくお出ましってわけかぜ。」

 

ヒル娘が現れた!

 

ヒル娘「旅人?洗礼を受けていないのね…美味しそう。私がちゅうちゅう吸ってあげる…」

ヒル娘の下半身に、ぽっかりと空いたもう一つの口。中では無数の触手がじゅるじゅるうねり、ヒダがざわめいていた。

それは見るからに不気味であった。

パヲラ「わーお。」

ラクト「うーわ…気持ち悪ぃ…」

しかし…ルカはそこに咆えられてみたいという欲求が沸き上がってしまっていた。

ルカ「…あの中に体を咆えこまれたら、どんなに気持ち良いのだろうか。」

カムロウ「ええっ!?ルカ!?」

ラクト「チリ、ぶっ叩け。」

チリ「天誅(てんちゅう)!!」

チリはルカに向かってハンマーを叩きつけた。

ルカ「うわああああっ!!!」

 

ルカの頭には、それはそれはデカいたんこぶが出来た。

ルカ「僕は、そんな誘惑には乗らないぞ!」

カムロウ「………」

ラクト「………」

パヲラ「………」

チリ「………」

たんこぶが出来た勇者はそう啖呵を切ったが、仲間たちの視線は冷たかった。

ルカの隣に、チリとラクトが立った。

パヲラ「あら?珍しいわね、あんた(ラクト)が前に出るなんて。」

ラクト「いや…こいつ(ルカ)の挙動のお目付け役として…」

チリ「私も同じく。」

パヲラ「………」

 

魔物の先制攻撃!ヒル娘は長い尻尾を、ルカたちに向かってなぎ払ってきた!

ルカたちは防御できず食らってしまい、吹き飛ばされる!!

ルカ「ううぅ…!」

チリ「痛ったい…」

ラクト「痛ってぇなぁ…おい…!」

ごろごろと転がるもすぐに立ち上がる。

すると、もう一度と言わんばかりに、ヒル娘は再び尻尾をなぎ払う!

ルカは高くジャンプして回避した!

ラクト「後ろにいろ!」

チリ「ちょっと!どうにかできるの!?」

ラクト「出来る!だからハンマー構えてろ!」

ラクト「アーススパイク!」

目の前で魔力を込めた文字を描く。描かれた文字は地面に潜っていき、そこから無数の土の棘を生やす!

ヒル娘の尻尾に、土の棘が突き刺さる!

ヒル娘はあまりの痛さに、思わず攻撃を止めてしまった。

ラクト「おい!ハンマーぶん投げろ!」

チリ「分かった!」

チリ「天誅(てんちゅう)!!」

チリはハンマーを空高く投げた!

ラクト「ヘビーウェイト!」

ラクトは、空高く飛んだチリのハンマーに重力付加の魔法を放った!

急に重い重力が乗ったハンマーは、ヒル娘の脳天にさらに勢いを付けて落下した!

ヒル娘「いっ…!!!」

ルカ「今だ!!」

その怯んだ隙に、ルカは魔剣・首刈りを放った!

足をバネにして、首元に鋭い突きを放つ!

それが止めの一撃となったのか、ヒル娘は、小さなヒルの姿に封印された。

そして、そのまま一目散に逃げていく。

 

ヒル娘をやっつけた!

 

アリス「やれやれ、片付いたようだな…」

カムロウ「あ、アリスさん。」

いつの間にか、側にアリスが立っている。

もう近頃は、アリスが消えたことすら意識していなかった。

ルカ「なあ…僕も、なかなかやるようになったと思わないか?」

アリス「どこがだ、ドアホめ。何なのだ、あのヒョロヒョロとした突きは。」

チリ「ひょ…ヒョロヒョロ…」

ルカ「え…?自分では、疾風のような突きだと思っていたんだけど…」

パヲラ「それで良いのよルカちゃん。イメージは大事よん。いつかはそれくらい速い突きを出来るようイメージすればいいわ。」

アリス「やれやれ…」

アリスは溜め息をつく。

ルカ「ところでアリス。僕たちが戦っている間、どこで何をしてるんだ?」

アリス「ん…?辺りをうろついてみたり、おやつを食べたり、虫を捕まえてみたり…色々だな。」

ラクト「うん、暇だな?暇なんだな?暇なんだろ?」

そんなに退屈なら、助けてくれてもいいだろうに…

 

 

 

それからしばらくして夕暮れ、歩きながら今夜の野営場所を探している時のこと___

ルカ「ん?」

アリス「どうした?食い物か?」

ルカ「違うよ。あれ見てよ。」

道端に、二人の人影が座り込んでいるのが見えた。

近付いてみると、その二人は先日、イリアスベルクにいたサムライとその付き添いであろう青年であった。

青年「おやぁ?あなた方は確かぁ…」

ルカ「この前、イリアスベルクで会いましたよね?どうしたんですか?こんなところで…」

青年「いやぁ…お恥ずかしいことに、持っていた食料が底をついてしまってですねぇ…どうしようかと思っていたところなんですよぉ。」

ルカ「食料が…?」

パヲラ「買い忘れちゃったの?」

青年「そうなんですぅ。買ったと思ってたら買い忘れててぇ…でも、この先のイリアスポートになら、このまま行けるだろうと思ったんですがぁ…相方が健啖家なものなんで、すぐに無くなって無くなってぇ…」

サムライ「腹がああっ!!減ってぇ!減ってぇぇ!!是非も及ばずぅぅぅ!!!」

ラクト「うるさっ…なんだこいつ。」

青年「すみませんねぇ、やかましくて。こいつ、腹が減ると歌舞伎役者になっちまうんですよぉ。」

サムライ「腹がああぁぁ!!!」

ラクト「うるせぇ!!」

青年「お前さん、うるさいってぇ。少し黙ってなぁ。」

サムライ「承知ぃぃぃ!!!」

カムロウ「…サムライさんって、お腹が空くとああなるの?」

チリ「いや、あれは違うと思う。」

 

ルカは少し考えたあと、サムライたちにある提案をした。

ルカ「…あの、僕たち、これから野営をするので、よかったら食べていきますか?」

青年「えっ!?いいんですかぃ!?アッシら、全く見ず知らずの無関係の人ですよぉ?」

ルカ「良いですよ、困ったらお互い様って言うじゃないですか。」

ラクト「いいのか?食料持つのか?」

ルカ「ああ、イリアスポートには明日着くはずだから大丈夫だよ。」

青年「あぁ…なんと懐が広く、深いお方でぇ…!」

アリス「ところでルカ、今夜はなんだ?」

ルカ「今夜はバーベキューにしようかと…」

チリ「バーベキュー!いいね!」

パヲラ「じゃあ、ぱぱっと準備しましょ!」

こうして僕たちは、野営の準備をするのであった。



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第23話 遭遇、二人の来訪者との野営

そして、その夜の野営__

今夜はバーベキュー。主なメニューは、牛肉、豚肉、鶏肉に軽く塩コショウをまぶしたものと、玉ねぎ、ピーマン、ナス、カボチャといった野菜類だ。

サムライ「美味いっ!美味いでござる!」

青年「いやぁまいったまいった…美味いでやんすねぇ…!」

チリ「ああっアリスさん!私の分、取らないで!」

ラクト「アリス!それは俺のだ!おい、頬張るな!!」

アリス「むむむむむむむっ!!(全部、余のだ!)」

パヲラ「カムロウちゃん、野菜も食べなきゃだめよ。」

カムロウ「はーい。」

みんな、バーベキューを楽しんでいるようだ。

…だが、一つ疑問点がある。

アリスは人の姿になっておらず、下半身は蛇のままなのだ。

サムライと青年はそれに気付いているのかは知らないが、全く気にしてないのだ。

思わず、アリスに聞いてみる。

ルカ「なぁ、アリス。人の姿にならなくていいのか?」

ラクト「確かに…なんでだぜ?」

チリ「そうですよ。大丈夫なんですか?」

敵対していないとはいえ、人と魔物が一緒にいるなんて、普通は騒ぎになるはずだ。

アリス「ふむ…そういえば、貴様らは知らないのだったな。」

アリス「あの二人は東方出身だ。東方は、動植物全てに…万物に神が宿るという考えの風習がある。つまり、魔物でも縁起の良い神として拝むのだ。そうだろう?」

青年「ええ、その通りですぅ。蛇神様と一緒だなんて縁起が良いもんですよぉ。」

どうやら、人の姿にならなくても問題ないようだ。

ルカ「へぇ…そんな文化もあるんだなぁ。」

ラクト「まぁ…問題ないなら、別にいいか。」

 

ルカ「あの…お二人はなぜ旅を?」

サムライ「うむ、モグモグ…拙者らは、モグモグ…ある男を、モグモグ…」

ラクト「一旦、食うのやめろ!!」

青年「ああ、アッシが説明しやす。」

 

青年「アッシら、ある男を探して諸国を旅しているんでやんすぅ」

そう言いながら、懐から面相書きを出す。

右目に切り傷がある男だ。

パヲラ「これ、あたしたちにも見せてきたわよね。」

ルカ「この人を探しに、わざわざイリアス大陸まで?」

青年「ええ、そうですぅ。見つからないものなんで、ここにいるんじゃないかと思ってぇ…」

それを聞いたルカに一つの疑問が思い浮かぶ。

ルカ「ん?…お二人は、いつからイリアス大陸に?」

青年「ちょうど3日ですなぁ。」

ルカ「えっ!?確か、船の往復便は出てないはず…」

カムロウ「どうやってここに来たんですか?」

青年「大砲で飛んで来たんですぅ。」

それを聞いて唖然とした。

ルカ「えっ?」

チリ「えっ?」

ラクト「んんっ!?」

ラクトは口の中にあったものを吹き出しそうになる。慌てて飲み込んで喋り始めた。

ラクト「ちょ…ちょっと待て?大砲で?飛んだ?」

青年「港の船乗りサンから、そうやってイリアス大陸に渡った人がいるって聞いたんで、真似したんですよぉ。」

カムロウ「それって、パヲラさんのことじゃ…?」

パヲラ「はーい!あたしでーす!」

サムライ「なんと!お主でござったか!なんと型にとらわれない奇天烈な発想を…」

パヲラ「そう?でしょ?でしょ?画期的でしょ?」

サムライとパヲラは和気あいあいと話し始めた。

ラクト「…なんで分かり合えてるんだこの二人は。」

 

青年「それでぇ、大方、聞きまわったんで戻ろうかとなって、イリアスポートに向かっていた途中で…」

ルカ「食料を買い忘れたことに気付いて立ち往生をしていたところを、僕たちと出会ったと…」

青年「そうです、そうですぅ。」

ルカ「でも…今、セントラ大陸への船が出てないんですよ?イリアスポートに一体、何をしに…?」

サムライ「ああ、セントラ大陸には泳いで帰ろうかと。」

ラクト「無理だろ!!」

パヲラ「…じゃあ、大砲で?」

ラクト「もっと無理!!」

チリ「私も無理!」

アリス「余も…大砲で飛ぶなど…」

カムロウ「え~、あれ面白いのに~」

ルカ「面白いのか…?」

 

すると青年は、ハッと何かに気が付いたようだ。

青年「…アッシら、名前、言ってなかったですよねぇ?」

ルカ「ああ、そういえば…」

本当に今更だった。僕たちお互い、名前すら知らなかった。

サムライ「む…恩人の名も知らずに飯を喰らうのは無礼でござった!」

サムライと青年は食う手を止め、名乗りを挙げた。

サムライ「改めて、拙者、名はジョージと申す。生国と発しますは、セントラ大陸の東方の地、ヤマタイでござる!」

青年「アッシはマモルと申します。同じく生国はヤマタイでございますぅ。」

そう言うと二人はルカに向かって土下座をした。

ジョージ「そして、この御恩!!かたじけない!!!」

マモル「いやぁ、本当にありがとうございやす!」

ルカ「いやそんな…顔を上げてくれませんか?大したことはしてませんよ。」

ジョージ「あの時、勇者殿に会わねば、拙者たち、無念を残して消える運命でござった!!!」

ジョージ「この御恩…生涯忘れぬ!!」

そう言うと、また深々と土下座をする。

…これも東方の文化なのだろうか?

ルカ「…あ、お肉、焼けましたよ。ジョージさん食べます?」

ジョージ「いやぁ!これ以上の御恩ぉぉ!!頂くわけにはぁぁぁ!!!」

ジョージは歌舞伎口調になった。

ラクト「うるせぇ!食べ足りねぇならもっと食えよ!!」

ルカ「おかわりはまだありますから!!」

 

マモル「それでぇ…この御恩、どう奉公すればいいんですかぃ?アッシら、ちょうど旅費もないもんなんで…」

マモルは腕を組んで悩みはじめた。

ルカ「じゃあ…イリアスポートまでの間、僕たちと一緒に行きませんか?ちょうど、イリアスポートに行くところなんで…」

ジョージ「うむ!拙者、この御恩を返すためならば、この身、滅びようとも成し遂げる所存でござる!」

ルカ「いや…そんな重く受け止めなくても…」

対応に困っていると、食べ物が焼けるのを待っているアリスが口を挟んだ。

アリス「ふむ…ルカ、面白い話をしろ。」

ルカ「えっ!?いきなりそんなこと言われても…」

アリス「余は、重い空気の中で食事するのは嫌いだ。」

ラクト「おっいいねぇ。なんか話せ!」

ルカ「お前なぁ!他人事だからって!」

カムロウ「それでルカ、何を話すの?」

ルカ「えーと…じゃあ__」

ちょうど思い浮かんだ話をする。

今から500年前の話、伝説の勇者ハインリヒの物語。

小さい頃から、絵本で何度も何度も読んだ話だ___

 

 

ルカ「こうして勇者ハインリヒは魔王を打ち倒し、世界に平和が訪れたんだよ…めでたしめでたし。」

カムロウ「わぁ…」

ジョージ「なんと…なんと…」

パヲラ「おうっ…おうっ…」

ジョージとパヲラはぼろぼろと涙を流していた。

チリ「そんなに泣くほど?」

ラクト「感動しすぎでは?」

マモル「すみませんねぇ。うちの連れ、こんな奴なんですよ。」

ラクト「いやいや…こっちの連れも変人なものなので…」

パヲラ「…誉め言葉?」

ラクト「違ぇよバカ!!」

 

アリス「…どこがめでたいのだ、ドアホめ。」

アリスは焼き肉の刺さった串をかじりながら、冷たく言い放った。

ラクト「お前なぁ…面白い話をしろって言ったのお前じゃねぇかよ?」

確かにそうだ。面白い話をしろと言われた揚げ句に、ドアホ呼ばわりとは…

アリス「余は魔族だぞ。魔族に対して、昔の魔王が退治された話を嬉し気に語る馬鹿がいるか。人間の王が魔物に殺された話を聞かされて、貴様は愉快なのか?」

カムロウ「あー…そっか…」

ルカ「あ…確かにそうだね…」

アリス「貴様は人間と魔物が共存する世界を築くなどと抜かすが…そこら辺のデリカシーに欠けているようだな。」

ルカ「ご、ごめん…」

チリ「ま、まぁ…次からはちゃんと配慮しよっか?ね?」

確かに、いくら昔の話とは言え、魔族のアリスが聞いて愉快な話でもなかったはず。

アリス「まあ…ハインリヒに倒された当時の魔王は、決して褒められるべき者ではなかったがな。」

アリスは、実に意外な感想を口にした。

アリス「支配欲のままに力を振るい、多大なる破壊と混乱をもたらした。人間の勇者に倒されたとて、自業自得かもしれん。」

ルカ「自業自得か…意外に辛辣なんだな。」

アリス「力で他者を支配しようとするなど、野蛮な行為だろうが。蛮行には報いがある、当然の話だ。」

ルカ「確かにそうだね。今の魔王は、どうなんだろうな…?今、魔物達を統率しているという魔王って、謎に包まれた存在なんだよな…」

チリ「姿を見た人間も、ほとんどの魔物も会った事がないって噂だし…」

ただ絶大な魔力を誇り、歴代の魔王の中でも最強という話だが…

ルカ「やっぱり、人間との全面戦争を宣言したんだから…悪党なのかなぁ。こちらの話を聞いてくれる相手なら、対話も通じるだろうけど…」

ラクト「無理だろ。相手は魔王なんだぜ?」

耳も貸さない悪党なら、退治するより他にない。

今のところ、その魔王が人間と魔族の仲を引き裂く元凶なのだ。

ルカ「「レミナの虐殺」も、その魔王の指示なんだろうし…やっぱり、ひどい奴なのかな。アリスはどう思う?」

魔族のアリスにしてみれば、自分たちのご主人様のはずである。

アリス「…さあな。」

アリスは、不思議な表情で夜空を見上げた。

アリス「ただ…魔王は、迷っているのだ。人間が滅ぼすべき存在なのかどうか。」

ルカ「アリス…魔王を知っているのか!?まさか、見たことがあるとか…?」

チリ「嘘!?魔王城にいる最高クラスの重鎮しか見たことないって噂なのに!?」

それこそ、あの四天王くらいしか魔王の顔を知らないはずなのだが…

アリス「ああ…魔王なら知っているぞ。案外、貴様の近くにいるのかもな…」

ルカ「僕が?そんなわけないだろ、僕は田舎育ちだよ。魔物だって、つい最近初めて見たんだから。」

アリス「やれやれ、貴様は本当に鈍いドアホだな。」

そう言って、アリスは食事を終える。

パヲラ「(…やっぱりアリスちゃん。まさか…)」

アリス「さて、それはともかく__」

しばし夜空を眺めていたアリスは、不意に腰を上げた。

アリス「さて、剣の稽古をつけてやる。あのヒョロヒョロ突きを見て、余は失望したぞ。魔王から見れば、当たる方が難しい情けない技だろうな。」

チリ「ひょ…ヒョロヒョロ…」

ルカ「何も、そこまで言わなくても…」

アリス「さあ、剣を取れ!余が、本当の突きというのを教えてやろう!」

ラクト「へぇ…俺、見学しようかな。」

チリ「私も見たい!」

カムロウ「ぼくも!」

マモル「アッシもそうしますかっとぉ…」

ジョージ「パヲラ殿。この後、共に鍛錬を…」

パヲラ「ええ、いいわよん。あたし、東方の技、気になってたのよん。」

こうして、今夜もそれぞれ特訓になだれ込んだのだった。

 

 

アリス「そうだ、上半身を安定させろ。踏み込みは深く、体の上下動は控えるのだ。」

ルカ「こ、こうかな。」

駿足で踏み込み、素早く突きを繰り出す。なんとか使えそうだ。

アリス「ふむ、一応、形は覚えたようだな。後は実戦でモノにするといい。」

アリス「この技は、まさに雷鳴のような突き。最も効果を発揮するのは、戦闘における初手だ。先手を取れた時に使うと良いだろう。」

ルカ「初手?それ以外だとだめなのか?」

アリス「それでも、普通に攻撃するよりマシだろうが…最大限の威力を出すなら先手だ。」

ラクト「出会い頭の一発…ってとこか?」

アリス「そうだな。そう思って使うと良い。」

ルカ「あ、ありがとう…凄い技だよ、これ。」

アリス「疾風の魔剣を使いこなしたという「血塗れのフェルナンデス」が得意とした、血裂雷鳴突き。この技によって大地に撒かれた敵達の血は、大きな湖となるほどだったとか。」

ラクト「なんでお前はそんな物騒な技しか教えねぇんだよ!!」

ルカ「すごく胡散臭くて、血生臭い技だな…」

血裂雷鳴突き、僕が使うときは、血裂の部分を省略して「雷鳴突き」としよう。

 

ルカは「雷鳴突き」を習得した!

 

ジョージとパヲラが、鍛錬を終えたのか戻ってきた。

パヲラ「ふぅ…鍛錬終わったわよん。」

アリス「では、今日の稽古は終わるとしよう。明日に備えて、とっとと寝るぞ。」

ルカ「そうだね。みんな、お休み。」

カムロウ「うん、おやすみ。」

こうして、本日の特訓は終わった。確かな満足感を胸に、僕たちは眠りに就いたのである。

 

 

 

 

 

 

 

???「ルカ…勇者ルカ…」

ルカ「う…ん…」

どこからか、僕を呼ぶ声がする。ここは__

イリアス「魔王を討つのです、ルカ…」

ルカ「は、はい…」

イリアス「いいですね、魔王を討つのですよ__」

 

目を覚ます僕を迎えたのは、柔らかな朝の光。

ルカ「イ、イリアス様!?」

ラクト「うおおっ!!びっくりしたぁ!!」

何かを作っていたラクトはびっくりした。

飛び起きたまま、周囲をきょろきょろと見回してしまう。

カムロウ以外はもう起きていたようだ。

ジョージ「ふむ…あの起き方、私も真似を…」

マモル「やめときなぁ、腰痛めるよぉ。」

アリス「相変わらず、貴様は朝から騒々しいな…」

ルカ「ああ、イリアス様。啓示を与えて下さって、ありがとうございます…!」

アリス「起き抜けに祈るな。ジジ臭すぎるぞ、お前は…」

ルカ「イリアス様に感謝の念を捧げるのに、老いも若いも関係ないだろ。さあ、みんなも一緒にどうだい?」

ラクト「さわやかに祈りに誘うんじゃねぇ!」

チリ「さわやかに祈りに誘わないで!」

アリス「さわやかに祈りに誘うな!」

アリス「だいたい、余は魔族だぞ!神に祈るか!」

ルカ「やれやれ、朝から騒がしい奴だ。」

ラクト「お前だよっ!」

チリ「お前だっ!」

アリス「貴様のほうだっ!」

 

そんな朝の騒動も終え、僕達は、再びイリアスポートへの旅路を進めたのだった。

 

 



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第24話 東方の実力、拝見。

野営を終えた僕たちは、イリアスポートに向かって北上していた。

そして、その道中の森__

その森は、暑くジメジメした森だった。まだ木陰だから涼しいが、日の光が直射すればもっと暑苦しいだろう。

ルカ「なんか、暑苦しい森だな…」

カムロウ「暑いなぁ…ぼく暑いの苦手…」

パヲラ「あーん、せっかくお化粧したのに…」

アリス「この辺りには、熱帯の魔物が出現するという。せいぜい気を付ける事だな。」

ルカ「熱帯の魔物…?」

ラクト「熱帯だから…なんだっけなぁ…」

チリ「熱帯はタランチュラ、ヤスデといった昆虫系、あとはハエトリグサやウツボカズラといった植物系の魔物が棲みやすい環境だよ。」

ルカ「チリは良く知っているなぁ。」

チリ「どれも肉食なので要注意。」

それを聞いたラクトは戦慄して顔を青ざめた。

ラクト「なんでそういうこと言うんだよぉぉ!!」

そんな会話をしていた矢先。

運悪く、密林の魔物たちに遭遇してしまった!

 

ラフレシア娘が現れた!

ローパー娘が現れた!

 

ルカ「ローパーか…!」

カムロウ「ろーぱー?」

ルカ「触手で締め上げたりして、弱った獲物を溶かして食べてしまう厄介な魔物だ。」

ローパー娘「久しぶりの御馳走ね…」

ルカ「くっ…!食べられてたまるか…!」

ラフレシア娘「あははっ、ちょうど受粉の時期だったの。ねぇ、繁殖を手伝ってもらえない?」

ルカ「そんなの、だめだよ…魔物との生殖は、イリアス様の戒律を破る行為だ!」

ラフレシア娘「受粉っていても、難しく考えなくていいから。全部私に任せてくれればいいの。」

ルカ「断る!僕は勇者!イリアス様の教えに背く訳にいかない!」

そう言い放ち、僕は剣を抜いた。

ラフレシア娘「じゃあ、無理矢理受粉しちゃうもんねー!」

ラクト「問答無用ってかよ…!」

どうやら、向こうも逃がしてくれるつもりはないらしい。

 

ジョージ「待つでござる、勇者殿。」

ジョージが前に出てきて、ルカを止めた。

ジョージ「任せていただこう。ここは拙者らが、御恩を返す時。」

そう言うと、スタスタと魔物に向かって歩いていく。

ルカ「え…で、でも…」

マモル「まぁまぁ、勇者様。安心してくださってぇ。」

後ろからひょこっと出てきたマモルも、ジョージの後を追って前に出る。

マモル「ここら辺は暑いんで疲れたでしょう?少し休んでてくだせぇ。」

ルカ「いや…でも…」

マモル「全くお人好しなんですからぁ…少しは恩を返す機会を下さいよぉ。」

それでもと言おうとするルカを、パヲラが止めた。

パヲラ「ルカちゃん、ジョージちゃんたちの善意を踏みにじるつもり?」

ルカ「そういうわけじゃないよ…」

パヲラ「なら、ここで待つべきよ。大丈夫、ジョージちゃんもマモルちゃんも強いんだから。でしょ?」

パヲラは、マモルに向かってウインクをする。

マモル「ダンナぁ、ありがとうございますぅ。」

マモルは僕たちに向かって一礼すると、ジョージの横に立ち戦闘準備に入る。

 

ラフレシア娘とローパー娘、2体の魔物達の前に、侍と陰陽師が立ちはだかる。

ラフレシア娘「あなた達が、受粉を手伝ってくれるの?」

ローパー娘「それとも…私の獲物になる?」

ジョージ「すまぬが、どちらにもなる気はない。」

マモル「残念でしたねぇ…」

にらみ合い。両者共に出方をうかがっている。

ジョージ「…マモル、良いか?」

マモル「いつでも行けますよぉ、ジョージ。」

それを聞いたジョージは、鞘から刀を静かに引き抜き、構える。

マモルは錫杖(しゃくじょう)を構える。

ジョージ「…いざ!」

マモル「参る!」

戦いの火蓋が切って落とされた!!

 

二人の戦い方は、前線がジョージ、後衛がマモル、という戦い方らしい。

ジョージはラフレシア娘に、刀を前に構えながら駆けていく。

ラフレシア娘「それっ!」

ラフレシア娘は何本もの触手を伸ばしてきた!

ジョージ「………」

ジョージは迫りくる触手を、刀で縦に、横に、斜めに、

まるで草木を掻き分けるかのように、ズバズバと断ち切りながら進む。

一閃、また一閃と刀振るわれるたびに、斬られた触手は地面に落ちる。

 

その背後に、ローパー娘の触手が這いよってきていた!

ローパー娘はジョージの体を、触手で絡め取ろうとする…

ガンッ!!

ローパー娘「…!?」

何かが壁にぶつかるような音がした。

よく見ると、一枚の人の形をした紙が、ジョージを守るかのように、薄い壁のようなものを展開していた!

ローパー娘「ば…バリア!?」

マモル「そうそう…こちらの地方だと、これをバリアっていうんですよねぇ。」

けたけた笑いながらマモルはそう言った。

マモル「便利でしょう?この「バリア」。」

ローパー娘「邪魔なだけよ…!」

標的をマモルに変え、触手を伸ばす。

マモル「式神結界陣(しきがみけっかいじん)。」

マモルは複数の人型の紙をばら撒いた!

その紙はバリアを展開して、触手の攻撃を防いだ!

マモル「お控えなすってぇ…」

マモル「心太式神結界陣(ところてんしきがみけっかいじん)!」

展開されたバリアの中から、四角い柱のバリアが心太式のように押し出てくる!

ローパー娘はそれにぶつかり吹っ飛ばされる!

勢いよく木にぶつかったが、ローパー娘はすぐに立ち上がる。

ローパー娘「まだ終わってないわよ…!」

そして触手を、マモルの体に巻き付かせた!!

マモル「おっとぉ、まだ懲りないんですかぃ?」

拘束されても、マモルは余裕の表情を見せた。

マモル「あーあ、あのまま帰ればよかったのになぁ…良心で飛ばしたんですよぉ?」

マモル「殿方の邪魔ぁするの…よしてくださいよぉ…!」

そう言うとマモルは、手のひらを合わせ合掌した!

マモル「思業式神(しぎょうしきがみ)…」

マモル「大太法師(デイタラボッチ)!!」

マモルの影がゆらゆら動き始め、大きな巨人の姿に変化した!

ローパー娘「なに、これ…」

ローパー娘は思わず、触手の拘束を解いてしまう。目の前の大きな存在に、恐怖して体に力が入らないようだ。

マモル「殴撃(おうげき)!!!」

影の巨人は右手を大きく振りかぶり、ローパー娘に巨大な右ストレートをぶちかました!!

地面が揺れ、ローパー娘が立っていた位置に、小さなクレーターが出来た。

ローパー娘はその中心でぐったりしていた。気絶したようだ。

 

その間に、ジョージとラフレシア娘の間合いはかなり近づいていた!ラフレシア娘は苦渋の表情をした。

ラフレシア娘「これなんてどう?」

ラフレシア娘は甘い匂いのする花粉を飛ばしてきた!

ジョージ「………」

ジョージは、近くの熱帯に群生しているような大きな葉っぱに視線を移す。そして、その葉っぱを右手の刀で切り落とし、左手に持ってうちわのようにあおいで風を起こした!

花粉は巻き起こされた風に吹き飛ばされる!

ラフレシア娘「な…なによそれ!!」

ジョージ「…拙者、幼少より数多の武道に精通している故、身近にあるものは最大限生かすよう教えられているのだ。」

左手に持った葉っぱを捨て、刀を両手で構える。

ラフレシア娘「…だからなによ!!」

再び触手を生やし、ジョージに放つ。

…が、それらは全て切り落とされる。

ラフレシア娘の触手は全部斬られた。

ラフレシア娘「しょ…触手が…!!」

ジョージは刀を構え、一歩、一歩、また一歩近づいた!

歩むたびに、威圧という名の恐ろしい般若の面が、ラフレシア娘を睨み、怒るかのように見えた!

ラフレシア娘「ひっ…!!」

ジョージはどんどん、加速するかのように近づき__

 

ラフレシア娘の首を斬った。

しかし、本当に斬ったというわけではない。

峰打ち…刀などの両刃ではない刀剣でいうと、背面にあたる峰と呼ばれるの部分で相手を叩くことだ。

峰打ちで首の後ろを軽く叩いた。それだけで気絶してしまったのだ。

すでにジョージの気迫で、精神をかなりやられていたようだ。

ラフレシア娘は泡を吹いてその場に倒れた。

ジョージ「………」

ジョージは背を向き、刀を鞘に、ゆっくり納刀した。

 

マモル「終わりましたよぉ勇者様。」

ジョージ「勇者殿の信条に従い、不殺でござる。」

戦いが終わった二人は、ルカに歩み寄りながらそう言った。

ジョージ「それで…勇者殿の剣で封印が出来ると…?」

マモル「それじゃ、頼みましたよぉ。」

ルカ「……あっ…はい…」

二人の話に、すぐに反応出来なかった。凄い戦いだった。眼を奪われた。

でも今は封印をしなければ…なんとか体を動かして、堕剣エンジェルハイロウを倒れている2体の魔物に突き刺した。

 

ローパー娘は、小さな触手生物の姿となってしまった。

手のひらサイズのローパーは、しばらく触手を振り回して威嚇していたが、すぐに諦め、その場から逃げてしまった。

 

ラフレシア娘は、大きなラフレシアそのものの姿になった。

動けないのか動かないのか、ラフレシアはその場にとどまったまま。

こうしてみると、普通のラフレシアと全く区別つかない。

 

魔物達をやっつけた!…ほとんどジョージとマモルが。

 

アリス「ふむ…見事な戦いだったな。」

アリスがジョージとマモルに対してそう言った。

マモル「まぁ…手荒ではあるんですがねぇ。」

ジョージ「そこには、目を瞑っていただきたい。」

そう答えたあと、少しの間静かになった。

誰も、話そうとしないのだ。

アリス「…何か言ったらどうだ?」

ラクト「いや…その…何か言えって言われても…」

チリ「こ…言葉が出ない…」

パヲラ「ええ…そうね…感無量…」

カムロウ「………」

アリス「そうか…」

アリス「………」

アリスは、足元のラフレシアに視線を落とす。

ルカ「…食う気か?」

チリ「アリスさん、嘘でしょ!?」

アリス「な、何を言うか!余たる者が、同胞を喰らうわけがあるまい!」

ラクト「まぁ…だよな。」

アリス「ただ、花弁を少しばかり味見しようと思っただけだ…!」

ラクト「食う気だったじゃねぇか!!」

ルカ「おいおい、本気だったのか…」

アリス「植物系妖魔の再生力なら、問題はない…などと、ちょっと思っただけ。やっぱり喰わん!」

ラクト「………」

ルカ「やっぱり、意地汚い奴だ…」

それと、さっき思いついた質問をアリスにする。

ルカ「なあ、アリス。もし僕たちが食べられそうになっても、黙って見てるのか?」

アリス「不愉快ではあるが、座視する他にない。個人的事情により、人間に特別な肩入れはできんからな。」

ルカ「一応、不愉快なのか…」

アリス「あんな奴に食われるくらいなら、余が食っておけば良かった…などと考えてしまうだろうな、きっと。」

ルカ「ひぃぃ…!」

ラクト「ひぃぃ…!」

やっぱり、ろくでもない奴だ。

それはともかく、もうすぐこの密林から出られる。イリアスポートは目前のはずだ。

僕たちは再び歩みを進めた。

 



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第25話 活気のない港町

そして、港町のイリアスポートに到着したのだが__

アリス「聞いていた話の通り、ずいぶんと活気がないな。」

ルカ「そうだね…」

思っていたより、イリアスポートは寂れている様子だった。

もっと出店が並んでいると思っていたが、商人の姿はほとんど見られない。通行人もまばらで、商業の要所とは思えないほどだ。

吹く潮風が、寂しく感じる。

 

ルカ「お二人とは、ここでお別れですね…」

ジョージ達とは、目的地が同じという理由で同行してもらった。

なので、ここでお別れだ…と思っていたら、

ジョージ「…勇者殿。拙者たち、セントラ大陸に着くまで同行しても良いだろうか?」

ルカ「えっ…?」

なんとジョージ達は、もう少しの間、一緒に付いてきてくれるようだ。

ジョージ「勇者殿の言う通り、イリアスポートに着く間までとは思っていたが…」

マモル「セントラ大陸に渡れないとなると、アッシらも困りますからねぇ…」

ルカ「そうですか…」

確かに、この人達もセントラ大陸に行こうとしていたんだった。

それなら、利害の一致という奴だ。

同行期間を、セントラ大陸に着くまでの間、にすればいいだろう。

ルカ「良いですよ。…というか、僕からもお願いします。」

ジョージ達のような強い実力者がいれば安心…と真っ先に思ったのは内緒だ。

ジョージ「では、お言葉に甘えて…」

マモル「お願いしますぅ。」

 

もう少しだけ、ジョージ達が付いてくることになった!

 

ルカ「さて…どうやってセントラ大陸に渡ろうか。」

マモル「八方塞がりですねぇ。」

とりあえずイリアスポートに来たはいいが、結局、海を渡る方法はないのだ。

ラクト「ルカ、良い案はあるか?」

ルカ「いや…」

ラクト「お前らは?」

パヲラ「泳いで…」

ラクト「却下。大砲以外ならいけると思うなよ。」

カムロウ「大砲で…」

ラクト「もっと却下。お前、あれ好きなのか?」

ジョージ「おお、拙者も大砲で飛ぼうと…」

ラクト「もう勝手にしろ!!」

ジョージ「では…」

ジョージは近くの大砲に入ろうとする。

チリ「ええっ!?」

マモル「お前さん、戻ってきなぁ。そういう意味じゃねぇ。」

ジョージ「む?違うのか?」

 

ルカ「さて、どうしよう…」

パヲラ「何か手はないかしら…」

まさか、本当に泳いでいくわけにもいくまい。思わず頭を抱えた、そんな時だった。

 

???「手はあるわ、勇者様!!」

僕たちの前に、一人の影が躍り出た!

 

残念なラミアが現れた!

 

そこには上半身は蛇、下半身は人間の、誰も得しないアイツがいた。

アミラ「私はアミラ、残念なラミア。潮風に吹かれ、たたずむヘビ。」

パヲラ「あらアミラちゃん。」

カムロウ「また会ったね!」

ジョージ「おおっ、蛇神様だ…」

ラクト「化け物だろ!!」

ジョージとマモルは拝み始めた。

ルカ「おいおい…お前、イリアスベルクに住んでたんじゃなかったのか?」

アミラ「私はアミラ、旅をするヘビ。略して旅蛇。」

チリ「旅蛇…?」

アミラ「ダーリンに付き従い、時には先回りするの。」

ルカ「そうか…それじゃあ。」

ラクト「ああ、またな。」

その場を立ち去ろうとする僕たちを、アミラはすかさず止める。

アミラ「待ってダーリン。私はただウザいだけのキャラじゃないの。ダーリンのために、お得な情報をゲット。いわば罪な情報屋。」

アリス「よかろう、話だけは聞いてやろう。」

アミラ「黙れ泥棒猫。」

アリス「な、何を…貴様…!」

ラクト「なんでお前(アミラ)はアリスに対して当たり強いんだよ…」

ルカ「…おいおい、いったい何なんだよ。」

ルカ「その…情報とやらを、聞かせてくれないかな。」

アミラ「ええ、ダーリンが聞くなら、私なんでも答えるわ。」

アミラ「例えばスリーサイズ。上から275・78・93。」

ラクト「聞いてねぇよ!」

チリ「聞いてないよ!」

ルカ「どこのサイズか検討もつかないし、聞きたくもないよ。それより、セントラ大陸に渡る方法でもあるのか?」

アミラ「私が集めた情報によれば…この町を出て少し東に行ったところに、とある洞窟があるの。そこには、伝説の女海賊キャプテンセレーネが残した財宝や秘宝が眠っているらしいのよ。」

ラクト「キャプテン・セレーネ!?」

ルカ「あのキャプテン・セレーネが…?」

カムロウ「誰?」

ラクト「知らないのか?百年前に、世界の海を股に掛けた伝説の大海賊!その名を知らないやつは…まぁ…お前ぐらいだろ。へへっ。」

カムロウ「え~」

パヲラ「こら、意地悪しない。」

ラクト「悪かった、悪かった、へへへっ。」

アミラ「その秘宝の中に、「海神の鈴」と呼ばれるアイテムがあるらしいの。この鈴があれば、どれだけ海が荒れ狂っても船は沈まないそうよ。」

ルカ「なるほど、それが本当なら…セントラ大陸に渡ることが出来るはずだ!」

あの伝説の大海賊、キャプテン・セレーネが残した秘宝ならば、そんな不思議アイテムがあってもおかしくない。

アミラ「でも、その洞窟は魔物の巣窟になっているみたいよ。多くの冒険者がキャプテン・セレーネの秘宝を求めて潜ったのだけれど…ほとんどの人は、戻ってこなかったみたい。」

ラクト「ひっ…!」

チリ「ひぃ…!」

アミラ「きゃっ!アミラこわい!」

ラクト「何だお前!!」

ルカ「ぐっ…!」

つい斬りたくなってしまうが、今日は有益な情報を与えてくれたのだ。僕はぐっと我慢した。

アミラ「アミラのうれしはずかし情報はここまでよ。お役に立てたかしら?」

ルカ「…微妙に腹が立つけど、すごく役に立ったよ。」

アミラ「それでは、私は潮風の中に去るわ。」

カムロウ「うん、バイバイ!」

アミラは去ろうとしたが、すぐに立ち止まった。

アミラ「…なお、私のエロシーンはありません。ラミアスキーの皆さん、怒らないでね。」

パヲラ「ええええええっ!!?!??」

ラクト「なんでお前は残念そうなんだよ!!」

アミラはそのまま、地面を這ってどこかに消え去ってしまった。

チリ「もしかしてこれからも、こうやって付いてくるんじゃ…」

ルカ「…次、会ったら斬る。」

チリ「抑えてっ!抑えてっ!!」

 

アリス「海賊の秘宝か…その中に美味いものはなさそうだし、あっても腐ってそうだな。」

ルカ「食べ物の話はどうでもいいよ。とにかく、その洞窟に行ってみよう。」

ラクト「そうだぞ。食べ物はどうだっていいんだ。」

ラクトは大笑いしながらこう叫んだ。

ラクト「財宝だよ!財宝!!金だ金!!!」

ルカ「………」

こうして、予定にはなかった洞窟探索へと向かう事になったのである。



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第26話 意外な才能?

イリアスポートから、「海神の鈴」があるといわれる秘宝の洞窟に行く途中の、その日の夜。

秘宝の洞窟への道のりは短くなく、途中で野営するハメになってしまった。

ルカ「意外に、距離があったんだな。こんな事だったら、イリアスポートで一泊すれば良かったよ…」

ラクト「最悪だぜ…あいつ(アミラ)、この前もそうだけど、こういう情報は教えてくれねぇんだよなぁ。」

数時間ほどで着くと思ったのに、大間違いだったようだ。

ちなみに今夜のメニューは、焼き魚と焼きマシュマロだ。

アリス「全く、無計画な奴め。さて、剣を取るがいい。今夜も特訓だ。」

今日は新しい技を教えてはもらえず、基礎訓練のみ。

もっとも、そんなに次々と技を教わっても覚えきれるものではないが。

アリス「カムロウ、チリ、ラクトも、ルカと共に修行しろ。」

カムロウ「わーい!」

チリ「わーいって…絶対キツイやつだよこれ。」

ラクト「えっ…俺!?」

マモルから何かを教わっていたラクトは驚いて跳ね上がる。

アリス「なんだ…しないのか?」

ラクト「なんで俺たちなんだ?ジョージとかこいつ(マモル)とか…パヲラもいるだろ。」

今この場に、ジョージとパヲラはいない。二人で鍛錬をしに行った。

アリス「そいつらはすでに、基礎体力を鍛え上げている。今、鍛えないといけないのは貴様らの方だ。」

アリス「貴様らは全体的に、身体能力がまだ足りん。今ここで基礎体力を鍛えておかないと、セントラ大陸のモンスター共に勝てんぞ。」

並みの戦士が戦えるのは、このイリアス大陸北方まで。

セントラ大陸だと、ベテランの戦士でもないとまともに戦えないらしい。

ラクト「分かったよ…特にお前(アリス)が相手だと、後が怖いしな。」

ラクトは重い腰を上げる。

ルカ「よし!頑張るぞ!」

こうして就寝までの数時間、アリスを相手に修行に励んだである__

 

 

ルカ「せいっ!」

アリス「遅い!もっとだ!」

ルカは剣の突きの練習。アリスに向かって何度も突きを繰り出していた。

アリス「あまり体に力を入れるな!極限までリラックスした状態から、一気に力を入れろ!無駄な体力を浪費するだけだぞ!!」

ルカ「せいっ!はあっ!!」

…もっとも、全部避けられてしまっているが。

 

カムロウは、基本的な動き。剣、盾、回避といった動作全般の鍛錬だ。

アリスが放つ無数の衝撃波を避けながら、攻撃を仕掛ける。この繰り返しだ。

カムロウは盾で、衝撃波を受け止めていた。

カムロウ「うっ…」

アリス「受け止めるか受け流すか使い分けろ!盾は、なんでもかんでも受け止めるためにあるのではない!力任せで受け止めてしまえば、盾が持たんぞ!」

アリス「カウンターを狙うのなら、盾は受け止めるのではなく受け流すようにしろ!」

カムロウは言われた通りに動こうとする。…が、慣れてないのかその動きは軽やかじゃなかった。

 

チリも同じく基本的な動きの鍛錬だ。その体よりも大きなハンマーを、もっと速く振り回せるために。

アリス「お前は隙が大きい!ハンマーを構える間が長すぎる!」

アリス「一発よりも連発だ!流れるように動かせ!!」

チリ「ひ…ひぃぃ…!!!」

チリは半泣きになりながらも必死にハンマーを振り回している。

 

ラクトは魔法の鍛錬。

アリスが放つ攻撃魔法を、相殺させるという内容だが…

アリス「どうした!動きが遅れているぞ!」

ラクト「うるせぇっ!!情報量がっ!!多いっ!!」

避けた先に魔法を撃ち込まれ、相殺してもまた魔法を撃ち込まれている。どうやら、ラクトの身体能力の強化も兼ねているようだ。

アリス「そもそもお前は、後衛が良いなどと甘えて!!」

ラクト「それはそうだったけどっ!ぜぇ…ぜぇ…」

もはや息も絶え絶えだ。

アリス「この鍛錬が厳しいと感じるは、いままで鍛えてこなかった分のツケだと思え。今のお前の身体能力は他の奴らよりも低いのだからな。」

アリス「ちなみに今の貴様らの身体能力を順位付けするとこんな感じだ。」

  \ドンッ!/

  1位パヲラ

  2位チリ

  3位カムロウ

  4位ラクト

  5位ルカ

ルカ「僕最下位かよっ!!」

アリス「こいつ(ラクト)は逃げ足だけなら体力は持つからな。」

ラクト「へへーん。どうよ?」

アリス「褒めてない。逃げ足抜きだとルカに負けるぞ。」

ラクト「はい…」

アリス「良いものをやるぞ!」

アリスはバランスボールほどの、特大サイズの火球を5連発放った!

ラクト「いやこれは無理があるだろ!!」

あまりの数と大きさに、目を飛び出すくらいの勢いで驚く。

相殺しきれず全部食らってしまう。

ラクト「あっちちちちち!!!」

消火するために体をぐるぐるぐると転がる。

やっと火が消えたが、体中真っ黒こげになる。

ラクト「はぁ、はぁ…殺す気かっ!!俺様のマフラーまで燃え尽きるところだったぞ!!!」

アリス「そのまま燃え尽きてしまえ。」

ラクト「なんだとてめぇ!!!」

 

 

 

…数時間後。

ルカ「はぁ、はぁ、はぁ……」

カムロウ「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

チリ「…もう、限界。」

ラクト「燃え尽きた…何もかも…」

全員、ぐったりしていた。

体力も気力もすっからかんだ。

アリス「やれやれ…貴様らの動きには無駄が多すぎるな。その無駄が速度を鈍らせ、威力を殺し、技を駄する事になるぞ。」

ルカ「そんな事言われても、剣を振るので精一杯なんだ…」

チリ「ハンマー振り回すのに精一杯です…」

アリス「その動きに風を宿し、その身に土を宿し、その心に水を宿し、その技に火を宿す。」

ルカ「?」

カムロウ「?」

アリス「それこそが、戦いの極意。これを体得しなければ、魔王を打ち倒すことなど夢のまた夢だ。」

カムロウ「???」

ルカ「その…悪いけど、なにがなんだか分からないよ…そんな禅問答みたいなことを言われても…」

アリス「やれやれ、貴様(ルカ)はまず心を鍛えねばならんな。…ほら。禅でも組んで、瞑想してみろ。貴様らもだ。」

ルカ「うぇぇ…こういうのは苦手だなぁ…」

ラクト「もう終わってくれよ…」

文句を言いつつ、疲れた体を引きずって座禅を組む。

アリス「ぶつくさ言うな。堕天使エリゴーラは、瞑想で己の傷をたちどころに癒したという。」

ラクト「ほーん。」

アリス「さすがにそれは眉唾だろうが、瞑想における精神統一で得るものは多いはずだ。」

その場で、全員座禅を組む。

静かで、長いような短いような時間が流れる。

 

ルカ「………」

ルカは静かに瞑想した……

ルカの体力が回復した!

ルカ「ほ、本当だ…!傷が治ったぞ…!!」

カムロウ「?」

ラクト「なにぃ!?」」

チリ「えっ!?」

アリス「な、なんだと…!?」

アリス「そんなわけあるか!貴様、どういう体をしているのだ…?」

ルカ「…変なのか?堕天使なんとかは、瞑想で傷を癒したってお前が言ったんじゃないか。」

チリ「言ってたけどさぁ!そうじゃないんだよ!!」

アリス「そんなの、普通に考えればデマカセの類だろうが!瞑想して怪我が治るなど、物理的におかしいぞ…!」

カムロウ「ぼく、できないよ?」

チリ「それが普通なの!ルカがおかしいの!」

ルカ「で、でも…」

ルカは静かに瞑想した……

ルカの体力が回復した!

ルカ「ほら、出来たじゃないか。」

ラクト「いやいやいやいや…」

チリ「ほら出来た、で出来る事じゃないよ…」

アリス「何それ、こわっ…」

ルカ「ちょ、ちょっと…引かないでくれよ…!」

なんだかよく分からないが、新しい技を覚えてしまったようだ。

 

ルカは「瞑想」を習得した!…のかな?

 

ラクト「…お前ら、今度からルカに回復魔法かけるのやめような!!」

チリ「わかった!」

カムロウ「?わ、わかったよ?」

ルカ「なんで!?ひどくないか!?」

アリス「………わけの分からん奴だ…」



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第27話 到着、秘宝の洞窟

そして翌朝。

僕達は秘宝の洞窟に到着し、その中に足を踏み入れたのである。

アリス「む…やけに狐の匂いがするな。」

洞窟に踏み込むなり、アリスは鼻を鳴らして言った。

ルカ「狐の匂いって…どんな匂いなんだ?」

アリス「あぶらあげの匂い…」

ルカ「…よく分からない。」

ジョージ「ふむ、狐か…良いことが起こりそうでござるな。」

ルカ「? どういうことだ?」

マモル「狐はアッシらの故郷だと、縁起の良い動物でやんすよぉ。」

ルカ「へぇ…そうなのか。」

アリス「…狐なんぞ、鍋にしてしまえ。」

ルカ「アリス、狐は嫌いなのか…?」

アリス「ああ…ちょっとな。」

ルカ「…?」

とりあえず、先に進むとしよう。

 

洞窟の中は、意外にも、自然で出来たものとは考えにくいほど、きっちりと整備されているような形をしていた。

どうやら、人の手が加えられているようだ。

ルカ「床とか壁とか、けっこう整ってるんだな…」

アリス「ここを秘宝の隠し場所とした海賊達が、改修したのだろうな。

パヲラ「こういう洞窟って、罠が多く仕掛けられている可能性が高いわよ。」

ルカ「ああ、注意しないと…」

イリアスポートで聞いた話だが、この洞窟には何人もの冒険者が、秘宝を求めて挑んだらしいが、誰も帰ってこなかったという。

ここに入って、戻って冒険者達の中には、トラップでやられた人もいるのかもしれない。

ルカ「生還者はいないんだから、この洞窟には死体がゴロゴロしてるって事か。なんか、幽霊とか出そうだな…」

チリ「ひぃ…!」

ラクト「平然とそういうことをいうなよ…怖いから…!」

チリとラクトは体を震わした。

アリス「ゆ、幽霊…!?」

ルカ「…ん?どうしたんだ?」

アリスの態度が、僅かにおかしくなった気がする。

アリス「な、なんでもない…」

そう言う割には、普段の立ち位置とは違い、僕の間近にまで体を寄せてくる。

ルカ「…なんだか、近いぞ。」

アリス「そ、それは相対的に貴様が余に近づいているとも言える。」

ルカ「…わけが分からないよ。」

アリス「だいたい、これくらいで余が怯えていると思わんことだ!ドアホめ!」

ルカ「逆ギレされた…」

アリス「いいか、そもそも幽霊などとは非科学的なものだ。馬鹿な人間共が生み出した錯覚、無知蒙昧の産物に過ぎん__」

ルカ「今度は説教だ…ん?」

ルカ「おい!今、目の前を何か横切らなかったか!?」

チリ「いやあああ!!!」

ラクト「で、出たあああ!!!」

二人はカムロウにしがみつく。

カムロウ「…二人とも、苦しいよ。」

アリス「ひいっ!」

いきなりアリスは僕に飛び付き、尾を絡めてきた!

ルカ「う、うわっ!巻き付くなよ…!」

尾を含めるとかなりのボリュームで、僕は思わずよろけてしまう。

それをカムロウにしがみついていたチリとラクトは羨ましそうに見る。

チリ「うわぁ…いいなぁルカ…」

ラクト「せめて俺たちに巻き付いてくれよ、怖いから。」

ルカ「…そんなに怖いならそこの3人で固まったらどうだ?」

 

ラクトの体に、アリスが巻き付いている。

チリ「私にも少しくらい巻き付かせてよ!」

ラクト「お前ハンマーあるからいいだろ。」

チリ「良くない!」

アリス「余はマフラーか何かか…?」

チリ「じゃあこうしよ!くっつかせて!3人寄れば文殊の知恵!」

ラクト「ああ、確かに!それはいいな!」

そう言うと3人はぎっしりくっついた。

見ているとこっちが暑苦しくなる。

ルカ「何なんだ…ん?」

また何かが横切った気がする。

ルカ「また通った!?」

アリス「ひぃぃ!!」

アリスはラクトの体を締め上げた。

ラクト「ぎょえええええ!!!」

ガキゴキボキと骨が折れ砕ける音がする。

 

ラクト「いや…ね?分かりますよ、びっくりしたら急に力が入っちゃうのは。お気持ちわかりますよ?」

ラクトは、チリに回復魔法をかけてもらっていた。

体は地面に突っ伏したままだが。

ラクト「でもですね、人を締め上げるのはどうかと思うんですよ。」

アリス「すまん…」

ラクト「次から気を付けて?危ないから。骨折れたからね?」

 

それはともかく、確かに何か影のようなものが横切ったのだ__

ルカ「やっぱり、何かいるみたいだぞ…」

ルカ「みんな!警戒を!」

カムロウ「うん!」

僕たちはすかさず剣を抜き、警戒の構えを取った。

アリス「む、これは…幽霊ではないようだな。」

ルカ「幽霊…?」

アリス「な、なんでもない!さっさと片付けるがいい!」

慌てた様子で、アリスはふっと姿を消してしまった。

アリスが隠れたという事は…魔物か!

ルカ「おい!姿を表せ!」

通路の先にそう呼び掛けると、一体の魔物が姿を現した!

 

妖狐が現れた!

 

姿を現したのは、2本の尾がある獣耳のある少女だった。

妖狐「わわっ!人間があらわれた!」

どうやら向こうも驚いているようだ。

ジョージ「む…妖狐ではないか、なぜここに妖狐が…?」

ルカ「妖狐?狐の魔物か?」

マモル「その通り、狐の魔物でっせ。低級なものから位の高いものまで含めて妖狐っていうんですぅ。尻尾の数は、高位なものほど多いんですよぉ。」

ルカ「この子は、2本か…」

おそらく、そんなに強力な魔物ではないはず。

妖狐「ど、どうしよう…たまも様とはぐれちゃうし、人間まで来ちゃってるし…」

ルカ「なんだか分からないけど、人間に迷惑を掛ける魔物なら容赦しないぞ!」

妖狐「に、人間に「海神の鈴」は渡すなって、言われてるんだから!ここは通さないよ!」

ルカ「言われてる、って誰に?」

妖狐「ひ、ひみつ!」

ルカ「さっき言ってた、たまも様っていう奴?」

妖狐「あうう…」

ルカ「図星か…」

ルカ「とにかく、僕たちは先に進まなきゃいけないんだ。邪魔をするなら容赦はしない!」

妖狐「じゃあ、あたしと勝負だ!」

妖狐は僕たちと戦う気だ!

ルカは後ろを見た。ラクトは背骨の骨折が治っておらず、まだ戦えなさそうだ。となると…カムロウ、パヲラ、チリ、ジョージ、マモルの5人だ。

ルカ「カムロウ!パヲラ!前に出て!」

カムロウ「うん!行こう!」

パヲラ「ルカちゃんのためなら戦うわん!」

前衛は僕と、カムロウとパヲラ。

残りのチリ、ジョージ、マモルの3人は後衛についてもらう。

 

先手必勝。この前、アリスに教わったあの技を、出会い頭に放つ!

ルカ「行くぞっ!雷鳴突き!」

ルカは雷鳴のように踏み込み、鋭い突きを繰り出した!

初手の一撃が会心のダメージを与える!

妖狐は壁に突き飛ばされる!

妖狐「いたた…やったな!」

妖狐は風の衝撃波を放った!

パヲラ「ワイ(シャ)ッ!」

パヲラは手をY字にして衝撃波を放ち、攻撃を相殺した!

妖狐「おのれ~!分身の術!」

妖狐は3体に分身した!

ルカ「な、なんだって!?」

カムロウ「ふ…増えた!?」

妖狐「ふっふっふ、すごいだろ!」

分身した妖狐の中で一体だけがそう喋った。一体だけ、口が動いていた。…一体だけ。

カムロウ「風蝗斬(ふうこうざん)!」

剣に風を宿し、バッタのように飛び跳ね斬りかかった!…が、

ドロンッと、妖狐の体が煙のように消える。

カムロウ「えっ!?」

妖狐「馬鹿め!そいつは偽物だ!どれが本物か分かるかな?」

カムロウ「ど…どれが本物なんだ!?」

パヲラ「(カムロウちゃん、純粋…)」

 

パヲラ「…どれがって言われてもね…」

ルカ「…こいつだろ。」

口が動いていたやつに攻撃をする。

…当たった。やっぱり本物だった。

妖狐「ぎゃふん!や、やるな…」

ルカ「…黙ってれば、すごい技だったのにな……」

妖狐「む~!こうなったら、きつねの奥義を見せちゃうもんね~!」

ルカ「お、奥義!?」

妖狐「おつきさまふたつ!」

ルカとカムロウに妖狐の二つの尻尾が襲い掛かる!

ルカ「うぐっ…!?」

それはふさふさの尻尾に似合わず、重いボディブローだった。

思わず膝を付きそうになり、ふらふらしてしまう。

パヲラ「ルカちゃん!?」

パヲラが心配して、駆け寄ってきた。

ルカ「いや…大丈夫…それより、カムロウは…?」

 

一方、カムロウはその尻尾を、盾で受け流して妖狐に近付いた!

カムロウは盾を突き出して、妖狐にシールドアサルトを放った!

妖狐「あいだっ…!」

ルカ「今だ…パヲラ!ぶん投げて!」

パヲラ「OK!思いっきりいくわよ!」

パヲラはルカの両足を掴み、ジャイアントスイングの要領で飛ばした!

そして妖狐に、魔剣・首刈りを放つ!

ルカ「これでどうだ!!」

喉元に鋭い突きを放つ技。

初手での雷鳴突きのダメージもある、この攻撃で封印できるはず。

妖狐「ひゃぁぁぁ…!」

妖狐は、可愛い子狐の姿となった!

 

妖狐をやっつけた!

 

ラクト「お…終わったのか…悪ぃ、何もできなくて…」

ルカ「しょうがないさ、不慮の事故だったし…」

剣を納めて、子狐になった妖狐に近付く。

ルカ「ふぅ…これでもう悪さはできないな。」

子狐の頭を撫でようとした時だった。

なんと、子狐は僕の手にガブリと噛み付いてきた!

ルカ「あいたっ!」

そして、洞窟の奥に逃げ去ってしまったのである。

チリ「か…噛むなんて…」

ルカ「…なんて負けず嫌いの狐なんだ。」

アリス「終わったか…しかし、妖狐が出没するとはな。あれは、この洞窟に棲んでいる魔物ではないぞ。」

ルカ「…ってことは、あの狐はヨソからやって来たのか?」

ジョージ「うむ。拙者らと同じく東方から来たのかもしれん。」

ルカ「そうなのか…」

ルカ「たまも様とかいう奴からはぐれたって言ってたな。そいつらも、「海神の鈴」を探しに来たのか…?」

するとアリスは溜め息をついた。

アリス「……やれやれ、あいつらめ…面倒な事をしおって。」

ルカ「?」

ラクト「なんだ?」

ルカ「なんだか分からないけど、先を急ごうよ。」

詳しくは分からないが、秘宝を狙っている魔物達がいるらしい。

そいつらに奪われる前に、「海神の鈴」を手にしなければ__

 



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第28話 何が正義で何が悪か、新米探検家の少女は果てなき夢を見る。

僕たちは、洞窟の奥に向かってどんどん進んでいた。

しかし、奥に進むにつれて異様な光景がどんどん現れる。

通路の隅っこには、大岩が転がっている。

他にもトゲつきの鉄球が粉々になっていたり、落とし穴がぱっくり口を開けていたり、いずれもトラップを破壊したような跡のようだ。

ルカ「…なんだこれ?」

マモル「これはぁ…すごいねぇ。」

パヲラ「この感じ…無理矢理破壊してるような…」

ジョージ「うむ、まさに剛力そのものでござる。」

アリス「何者かが、トラップを破りながら先に進んでいるようだな。」

ルカ「あの妖狐の仲間か…」

彼女達がトラップを潰してくれることにより、後から来た僕達は安全に進むことができる。

しかし、先に「海神の鈴」を奪われてしまっては、何の意味もないのだ!

 

ふと、後ろをみると…

チリとラクトとアリスはぴったりくっついていた。

まるでサンドイッチだ。

ルカ「…何してるんだ?」

アリス「何でもないぞ、別に怖いというわけでもないぞ。」

ラクト「そうだぞ。」

チリ「そうよ。」

なるほど、怖いんだな。

チリ「ひっ!」

ルカ「ん?」

すると、チリは急に顔が青白くなった。

遠くの暗闇から、ゆらゆらとなにかがゆらめいた。

チリはそれが見えてしまったらしい。

チリ「お化けえええ!!!」

チリはいきなり、ぶんぶんとハンマーを振り回し始めた!

アリス「危なっ…」

アリスは華麗に避け、ハンマーはラクトに迫る。

ラクト「えっ__」

ラクト「どあああああ!!!」

命中…いや、必中。背中に激突し、ラクトは壁に埋まる。

 

ラクト「いや…ね?分かりますよ。得体の知れないものを見たら、とにかく武器になるものを振り回してしまうのは。お気持ちわかりますよ?」

ラクトは、カムロウに回復魔法をかけてもらっていた。

顔は壁に埋まったままだが。

ラクト「でもですね、人をそのハンマーでぶっ飛ばすのはどうかと思うんですよ。」

チリ「ごめん…」

ラクト「次から気を付けて?危ないから。キミ(チリ)の場合、そのデカいハンマーは規格外だからね?」

 

チリ「でも!見たもん!!見えたんだもん!!!」

洞窟の奥に向かってぶんぶんと指を指す。

ルカ「一体、何が見えたって言うんだ…?」

よく目を凝らして暗闇の奥を見る。

すると、そのお化けの正体がすぐに分かった!

 

メーダ娘が現れた!

 

洞窟での生活に特化したモンスター。地上では見られない、珍しい魔物だ。

メーダ娘「獲物…」

メーダ娘は空中をふよふよと漂いながら、触手をわさわさと動かしている。

その昆虫的動作は、地上のモンスターとは全く異なる異様さだった。

ルカ「こんな奴もいるんだな…」

パヲラ「ルカちゃん、もしかしたらあいつは目が退化しているかも。嗅覚や聴覚が発達してるから注意して。」

そうなると、目つぶしといった攻撃も効かないし、反応速度も速いかもしれない。となれば…

 

ルカ「パヲラは触手を掴んで!チリは攻撃を!」

攻撃の手段を封じて、一気に勝負を決める。そう判断した。

パヲラ「わかったわよーん!」

チリ「こここ、怖いけど…やるしかないの!?」

ルカ「僕と攻撃して、一気に決めるんだ!」

チリ「でも…でも…!」

チリはガクガクと体を震わしている。

…やっぱり怖いんだろうか?選んでしまって申し訳なく思ってきた。

そうこうしているとメーダ娘は触手を伸ばしてきた!

ルカ「うわっ…!」

長い触手が、体に巻き付こうとしてきた!

パヲラ「はーい!ここはお任せー!」

ぐるぐると回転しながらルカに近付き、身代わりになった!

腕に触手を絡め取らせ、がっしりと掴んだ!

メーダ娘は触手を戻そうとするも、パヲラはそうはさせまいと綱引きのように触手を引っ張り上げる。

パヲラ「掴んだわよ!」

ルカ「今だ!チリ!」

チリ「怖いけど…怖いけど…!!」

先にチリが攻撃を仕掛ける。

ハンマーを何度も、メーダ娘に叩きつける!

チリ「豪萬(ごうまん)!」

重いハンマーの連撃、そのフィニッシュに、ルカが剣で斬りつける!

メーダ娘「あ__」

メーダ娘はフナムシのような姿になった!

 

メーダ娘をやっつけた!

 

ラクト「お、終わったのか…悪ぃ…俺も戦えなくて…」

ラクトは顔を壁に埋まりながらそう言った。

そりゃあそうだ。壁に埋まりながらどう戦うつもりだったんだ。

アリス「やれやれ…貴様は意外に好戦的だな。人と魔物の共存などと抜かしながら、片っ端から魔物を封印しおって。」

ルカ「僕が戦うのは、人と魔物が仲良くするうえで障害となるモンスターだけだよ。」

アリス「手前勝手な考え方だな…ともかく、先に進むぞ。のんびりしている余裕はないのだろう?」

ルカ「ああ、急がないと…」

あの妖狐の仲間も、先へと進んでいるのだ。

何とか追い付いて、こちらが先に「海神の鈴」を手に入れなければならないのである。

壁に埋まったラクトを無理矢理引っこ抜いて、僕たちはさらに奥へと進んだのであった。

 

 

奥に向かう途中で、ルカに疑問が浮かび上がる。

ルカ「でも、なんで魔物が「海神の鈴」を欲しがっているんだ?」

アリス「少し頭を使えば分かるだろう、ドアホが。」

カムロウ「人間に渡さないようにするため…だよね?」

アリス「そうだ。嵐を起こして航路を閉鎖しても、そのようなアイテムで強引に渡られては意味がない。それなら、人間の手に渡る前に奪っておこう、そういうわけだ。」

ルカ「…でも、タイミングが良すぎるよな?」

カムロウ「タイミングが良い?どういうこと?」

ルカ「聞いた話では、船が渡れなくなったのは去年くらいからだろ?嵐を起こしている連中からすれば、「海神の鈴」は厄介なアイテムのはず…それから一年も経って、僕たちが洞窟に入るのと同じタイミングで奪いに来るのは、変だと思わないか?」

アリス「ふっ…少しは頭を使っているようだな。おおかた、この洞窟の奥底まで行ける人間はいない。そう高をくくって放置していたのだろう。」

ルカ「でも、洞窟の奥まで行けそうな人間が現れた…それが、この僕たちだったということか!だから慌てて、僕たちより先に「海神の鈴」を奪おうとした。これで全ての辻褄が合う!」

アリス「本当にドアホだな、貴様は。ニセ勇者の分際で、自分を何様だと思っているのだ。」

ルカ「そ、そんな…」

やっぱり、ひどい言われようだ。

ラクト「全然違ってやんの!はははっ!」

ラクトは僕に向かって指差しながら笑い始めた。

…なんかイラっときた。

ラクトの真下に、落とし穴のような跡が見える。

スイッチで作動するタイプの物だろうか、周りを見渡してみると、近くの壁にボタンのようなものがあるのが見えた。

躊躇なくそれを押した。

するとラクトの真下の地面がパカッと開いた。

ラクト「えっ__」

ラクト「うおおおおおっ!!?」

断末魔を叫びながら、ラクトは落ちていった。

穴の中にラクトが消えていくのをしっかり確認した後に、僕は背を向けて歩き出した。

ルカ「清々した。行くか。」

チリ「鬼かっ!!」

 

ラクトはパヲラとマモルに救出してもらっている間、僕達は先に進み、アリスの話の続きを聞いていた。

アリス「連中は、余を気にしているのだ。たまもかアルマエルマかは知らんが、面倒な事をしおって…」

ルカ「え…?たまもって奴、知ってるのか?」

僕が目を瞬かせた、その時だった!

 

通路の真ん中に、なんと妖狐だった子狐が浮遊していた。

いや…巨大な蜘蛛の巣に掛かり、もがいているみたいだ!

ルカ「あれ、魔物の罠だろ…?なんで同じ魔物が引っ掛かってるんだ?」

アリス「魔物が皆、仲間同士というわけではない。お前たち人間同士も、よく争っているようにな。特に昆虫系の魔物は、同種といえども関係なく餌にする連中が多い。あの妖狐が、間抜けだったということだ。」

そう言い残し、姿を消すアリス。

その一方で、蜘蛛の巣の主は僕の前へと姿を現した!

 

クモ娘が現れた!

 

黙って見ていられず、僕は声を上げていた。

ルカ「や、やめろ!」

クモ娘「あらら…お馬鹿な獲物がたくさん、ふふっ…若い男ね、美味しそう…」

ルカ「くっ…!その子狐を離せ!」

クモ娘「ええ、いいわよ。少なくとも、人間のオスを一匹丸ごと頂けるのだから、こんな小動物いらないわ。」

ジョージ「小動物だと…!?」

その言葉を聞いたジョージは、前に歩み出た。

ジョージ「狐を侮辱するなど…許せん!」

そして刀を抜いた。どうやら戦うつもりだ。

ルカ「カムロウ!」

カムロウ「うん!」

ここは僕とジョージとカムロウで戦う。

なぜなら相手はクモ。今この場で、糸を斬れるといったら僕達3人しかいない。

 

すると、クモ娘は糸を発射してきた!

ルカ「な、なんだこれ!?」

カムロウ「わわっ…」

体にクモの糸が絡みつく。まだ体は動かせるが、このままどんどん絡みつけば身動きが取れなくなってしまう。

クモ娘「ほらほら…」

さらに糸を発射してくる。ルカの体に、粘糸がどんどん巻き付く。

ルカ「まずい…このままだと…!」

クモ娘「早く振りほどかないと、繭になっちゃうわよ?」

クモ娘の言う通り、このままだと繭になってしまう。

そうなると完全に動きを封じられてしまうだろう。

ジョージ「ぬぅん!」

一閃。ジョージがルカの前に出て、糸の供給を断ち切った!

ジョージ「カムロウ殿、勇者殿を…」

カムロウ「は、はい!」

カムロウは体に付いていた糸を振りほどいて、ルカの体を拘束している糸を取り始めた。

 

クモ娘「あなたも繭になる?」

ジョージ「すまぬが、趣味ではない。」

蜘蛛の巣の上で、クモ娘はくすくすと笑う。

クモ娘「くすくすくす…その剣で私を斬るつもり?」

ジョージ「いや、お主を斬るつもりはない。」

クモ娘「…?」

ジョージは納刀した。そして、近くに転がっていたトゲ付き鉄球を持ち上げると、クモ娘に投げつけた!

クモ娘「なっ…!?」

それだけではない、大岩、槍、矢、とにかく近くに落ちていた、トラップの残骸ををどんどん投げつける!

クモ娘は避けきれず、投擲物の雨に当たる!

ジョージ「この狭い通路で籠城しようとするやつの相手など、たかが知れている。」

クモ娘「そんな、私が…!」

クモ娘はピクピクと体を痙攣させながら倒れた。

ジョージ「では勇者殿、封印を…」

ルカ「ちょ…ちょっと待っててください…」

カムロウ「うわこれ、ネバネバする…」

二人は糸の拘束を解くのに時間がかかっていた。

ルカ「…そうだ。カムロウ、風薙ぎ(かぜなぎ)で吹き飛ばすのは?」

カムロウ「試してみる?」

ルカ「うん、やってみて。」

カムロウ「分かった、風薙ぎ(かぜなぎ)!」

剣に風を纏わせ、衝撃波を放つ。

その衝撃波で、ルカの体に付いた糸を吹き飛ばした。

ルカ「ふぅ…」

やっと自由になった。

そして、剣をクモ娘に突き刺す。

クモ娘は小さなクモの姿になった!

 

クモ娘をやっつけた!

 

クモ娘が封印されたのと同時に、蜘蛛の糸も消失してしまう。

目の前にあった蜘蛛の巣も消え、引っ掛かていた子狐は地面に落ちた。

ラクト「おーい!もう終わったのかー!」

やっと落とし穴から救出されたのか、ラクトとパヲラとマモルが戻ってきた。

ラクト「お前よくも落としたなこの野郎!」

ラクトはルカに飛び蹴りを食らわした。

ルカ「ぶへっ!なんだよ!笑ったのはそっちだろ!」

ラクト「だからって落とすことはないだろ!」

ルカ「なんだと!この!この!」

二人はボコボコと喧嘩をし始めた。

パヲラ「アンタたち、喧嘩のレベルが低レベルすぎるのよ…」

 

ルカ「よかったね、助かって…」

僕は子狐の頭を撫でようとしたのだが…

ルカ「あいたっ!」

…またもや、噛まれてしまった。

そのまま子狐は、さらに奥へと逃げ去っていったのである。

アリス「…終わったか。余計なことが好きなのだな、貴様は。」

ルカ「余計…だったのかな、やっぱり。」

カムロウ「余計?」

アリス「ほう…意外に、ドアホでもないようだな。貴様も理解している通り、あのクモ娘も食事をしなければ生きられん。」

ルカ「………」

アリス「弱肉強食の掟を、ただ遂行していただけに過ぎんのだ。それを悪と断じては、生きる事そのものが悪事となりかねん。分かるな?」

ルカ「…分かってるよ。僕だって、それが分からないほど馬鹿じゃない。生きるためには、他者を虐げねばならない。そういう生物もいるのだって。でも…」

アリス「もし食われかけている獲物を助けた結果、捕食者が餓死したら…それは善行か?そうならば、草食動物は善、肉食動物は悪か?そう断じる者がいるならば、そいつこそ立派な悪だろうな。」

ルカ「………」

アリスの言葉に、僕は一言も言い返せなかった。

ジョージ「…狩られる者に家族がいれば、狩る者にも家族がいる。自然の理に、何が正で何が悪と決めつけるのは愚…」

マモル「これだけは、どうにもできないんすよねぇ…」

ルカ「………」

アリス「…まあ、それを理解しているなら構わんさ。」

ルカ「え…?」

アリス「その矛盾を理解しつつも、目の前で虐げられる弱者を救う。それこそが、人間というものなのかもしれん。」

アリス「その行為を偽善と糾弾するのも、あまり賢いとは思えんな。己の独善を振りかざし、悪びれもしない愚者よりはマシということだ。」

ルカ「…難しいことは、分からないけど。同じような状況に合ったら、僕は迷わず弱い方を助けるよ。」

アリス「ならばその信念、貫いてみせるがいい。せいぜい、化けの皮が剥がれんようにな。」

カムロウ「………」

ルカ「ああ…僕は自分自身を信じるよ。」

人と魔物が共存する世の中を築きたい。この信念は、決して化けの皮なんかではないはずだ!

ルカ「さぁ!先に進もう!」

先に進もうとした時だった。

 

???「あ…あの…」

不意に声が響いた。

ルカ「!?…敵!?そこかっ!?」

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)!」

パヲラ「オラァ!!」

思わず、声が聞こえたであろう方向に攻撃を仕掛ける。

しかし、その総攻撃はラクトに当たった。

ラクト「いや俺っ!!?」

総攻撃をまともに食らって壁に激突する。

ルカ「あっごめん。」

カムロウ「違った。」

ラクト「謝罪が軽いっ!!」

パヲラ「そこにいるアンタが悪いのよアホ。」

ラクト「なんだとてめぇっ…がくっ…」

ラクトは白目をむいて気を失った。

チリ「気絶しちゃったじゃない!!」

 

???「上であります…助けてほしいであります…」

天井に、大きな繭があった。声の主はそれらしい。

明らかに少女の声だ。

カムロウ「あれかな?助ける?」

ルカ「…助けてみるか。」

天井から繭を切り離し、なんとか糸をむしって、救出を試みる。

すると中から、大きいリュックを背負い、探検服の姿をした少女が出てきた!

???「あ~、助かったであります…もう何日立ったかも分からないであります…」

ルカ「そ、そんなに長い間あそこに…?」

???「確か…ここに来る前は雨が降っていたであります。」

パヲラ「となると…約3日前かしら。」

ルカ「3日もあそこにか…」

 

少女は敬礼をしながら名を名乗った。

???「ワガハイ、フラット探検団団長のフラット・フラドリカであります!この度は助けてくれてありがとうございます!敬意を表するであります!」

ルカ「探検団…?他に団員が…?」

フラドリカ「いや…団員はワガハイ一人だけであります…」

虚しい風が吹く。

ルカ「あの…なんでこの洞窟に?」

見たところ、戦士でも手慣れの冒険者でもなさそうだ。戦えそうもないように見える。何をしにこの洞窟に来たのだろう。

その質問に対し、フラドリカはリュックから一冊の本を出す。

フラドリカ「ルカ殿は、冒険家エカヨシを知っているでありますか?」

残念ながら、その名前を聞いてもピンとこなかった。

ルカ「いや…聞いたことない。」

フラドリカ「まぁそうでありますよね…あまり注目の浴びない冒険家だったそうでありますので…」

フラドリカは簡単に説明してくれた。

どうやらその冒険家エカヨシとやらは、世界を股にかけまわった流浪の冒険家らしい。

フラドリカが持っている本は、その冒険家の手記の写本らしい。

フラドリカ「ワガハイ!冒険家エカヨシに憧れて、世界中を探検するために旅しているであります!」

意気揚々と、高らかにそう言った…が、

フラドリカ「といっても…まだイリアス大陸から一歩も出てないのが現状であります…」

と言って残念そうなオーラを放ち始めた。

フラドリカ「それで…大海賊キャプテン・セレーネの秘宝、「海神の鈴」があると手記にあったので、この洞窟に探索をしに来たのでありますが…」

ルカ「魔物に捕まって3日もあそこに…」

フラドリカ「そういうことであります…戦闘も不慣れなので、手も足もでず…」

ルカ「災難でしたね…」

フラドリカ「ワガハイは大人しく、イリアスポートに帰還するであります。ルカ殿のご健勝を祈るであります。」

ルカ「はい、そちらもイリアス様のご加護があらんことを…」

こうして僕達は、探検家の少女と別れた。

この洞窟も、かなり奥まで来たはずだ。宝物庫まで、あと少しのはずである。

気絶したままのラクトをポコポコ叩き起こして、僕たちは先に進んだ。



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第29話 欲出てビビット出てこいミミック

そしてしばらく進むと…途中の小部屋に、ぽつんと宝箱があった。

ルカ「あ、宝箱だ…」

ラクト「なんだって!?」

僕はふと立ち止まり、それをまじまじと眺めた。

…何か、あやしい感じがする。

それとも、ただの思い過ごしだろうか。

ルカ「…どう思う、アリス?開けない方がいいかな…?」

アリス「知るか、好きにしろ。ただ…何かあった場合は、迷わず見捨てるぞ。所詮、貴様はそれだけの男だったということだ。」

ルカ「わ、分かってるさ…」

ラクト「いやいや…これは財宝に決まってるぜ?誰かが取り忘れたんだろうなぁ…へへへっ。」

ラクトは何も警戒せず、その怪しい宝箱を開けようとする。

ルカ「やめといたほうがいいよラクト。怪しいよ。」

ラクト「何言ってんだよ、俺様今まで、痛い目に遭ってんだ。不幸中の幸いが、そろそろ来る頃なんだよ。」

そして、宝箱に手を置く。

ラクト「そーれ、ご開帳!!!」

意気揚々と宝箱を開ける__

すると、宝箱は豹変して、大きな口のようになり、ラクトの上半身にかぶりついた!

ラクト「ぎゃあああああっ!!!」

チリ「ぎゃあああああっ!!!」

カムロウ「えええええええっ!!?」

ルカ「不幸中の不幸だったっ!!!」

 

ミミック娘が現れた!

 

ルカ「おいこれっ…!引っこ抜けないぞ…!!」

カムロウ「うぎぎ…」

僕とカムロウが、ラクトの下半身を掴んで引き出そうとしているが、びくともしない。

チリ「どうする!?ぶっ叩く!?」

チリはハンマーを構える。

ルカ「それはだめだ!中身が飛び散る!」

チリ「じゃあだめだ!」

ジョージ「ならば拙者が斬ろうか…」

ジョージが刀を抜こうとする。

マモル「お前さん、同じ結果になるよぉ。」

ジョージ「む、そうか…」

ルカは、スンッ…と真顔になった。

ルカ「…もうこいつのことは放っておくか?」

パヲラ「そうね、それがいいわ。」

チリ「ダメでしょっ!ちゃんと助けて!!」

何か…何か方法は…そうだ!

ルカはカバンのからある物を取り出す。

カムロウ「ルカ、それは!?」

ルカ「コショウ!」

チリ「コショウっ!?」

パヲラ「…デジャブを感じるわ。いや、前にもあったわこんな感じの。」

ミミック娘の箱の、ちょうど空いている隙間にコショウを振りかける。

するとくしゃみをするかのような動作をし、ラクトは吐き出される。

吐き出されたラクトはくしゃみをしながらぐったりしていた。

ラクト「いっきしっ!…もうやだ…へっぶくしっ!」

パヲラ「自業自得でしょ…」

 

箱の中から、本体が出てきた!

ミミック娘「へっくし…何するのよ…」

ミミック娘は箱の中から飛び出し、襲い掛かってきた!

__と思ったら、箱の中に引っ込んでしまった。

ルカ「…あれ?」

ミミック娘「………」

ルカ「今のうちに逃げようか?」

ミミック娘「…背中を見せたら、食べちゃうからね。」

ルカ「それは困るよ…」

どうやら逃がすつもりはないらしい。

しかし攻撃を仕掛けるつもりもないらしい。

ルカ「雷鳴突き__」

先手必勝、出会い頭の雷鳴突きをしようとしたが、パヲラが止めた。

パヲラ「待って、ルカちゃん!あれはカウンター!誘ってるのよ!!」

ルカ「えっ!?」

動く寸前で動作を止める。

パヲラ「攻撃してきたところをガバッ…って、食べる気よ。」

両手でバクバク、食べる動作をする。

ルカ「じゃあ…どうすればいいんだ?」

するとパヲラは小声で話し始める。

パヲラ「マモルちゃんはあっち、ルカちゃんはこっちに…合図を出すから、一斉に攻撃するのよん。」

ルカ「わ、わかった…」

マモル「分かりやしたぁ。」

 

配置について、合図を待つ。

…一向に場は動こうとしない。

ルカはパヲラの方を見た。

ルカ「…まだ?」

パヲラは首を横に振る。

再び、ミミック娘の方を見て剣を構える。

…しばらくして、またパヲラの方を見る。

ルカ「……まだか?」

パヲラ「まだよ…」

もう一度、ミミック娘の方を見て剣を両手で構える。

……じれったいなぁ。

ルカ「………まだなのか!?」

パヲラ「ステイっ!!ステイっ!!!」

ミミック娘「…攻撃してこないの?」

ミミック娘は姿を見せた!

パヲラ「今よっ!GO!GO!!GO!!!」

 

まずルカが攻撃をする!

ミミック娘「痛っ…!」

怯んだミミック娘は箱に閉じこもる。

そこを、パヲラが箱に向かって拳を突き出す。

パヲラ「魔導拳奥義・鎧砕き(クラッシュボーン)!」

光る右手が、箱にぶつかる!!

内部に衝撃波が伝わり、弾ける!!!

ミミック娘の箱の強固な開け口が、すこし緩んだ!

マモル「思業式神(しぎょうしきがみ)大太法師(デイタラボッチ)!」

マモルの影が巨人に変化する!

巨人は箱の隙間に指を入れ、無理矢理こじ開けた!

ミミック娘の本体が姿を現す!

ルカ「そこだぁっ!!」

本体めがけて、剣で斬りつけた!

ミミック娘「ひ、ひどい…!」

ミミック娘は小さなおもちゃ箱のような姿になった!

 

ミミック娘をやっつけた!

 

ルカ「ふぅ…びっくりした。」

アリス「ミミック娘を倒したのか。ほぼ100%、勝ち目はないと思ったがな。」

ルカ「ふふっ…僕も、真の勇者に近付いたってことだな!…ん?」

そう言った後で、随分と薄情な事実に気付いてしまう。

チリ「今、100%勝ち目がないって言いましたよね!?」

ルカ「おいおい…そんなに勝ち目がないと思ったのなら、止めてくれればよかったのに…」

アリス「余は、貴様らの同行者ではあるが仲間ではない。だいたい、あんな小部屋に宝箱など、怪しすぎるだろうが。そんな宝箱を開けてしまう愚か者なんぞ、どうなろうが知った事が。」

ラクト「冷たい奴だなぁおいっ!!!」

ルカとチリとパヲラは、ラクトを足でボコボコにする。

ルカ「そもそもっ!お前がっ!!開けようとするからっ!!!」

パヲラ「余計なっ!手間をっ!!取らせてっ!!!」

チリ「このっ!このっ!!このぉっ!!!」

ラクト「ごめんっ!ごめんなさいっ!!もうしませんっ!!!」

マモル「おぉ…袋叩き。」

ルカ「はぁ、はぁ…とにかく、先に進もう。のんびりはしていられないからね。」

ラクト「はひ…」

こうしてミミック娘を撃退した僕は、奥へと足を進めたのだった。

 



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第30話 秘宝を前に、立ちはだかる強敵

僕たちは秘宝の洞窟の最奥、宝物庫の前にたどり着いた。

ルカ「ん?あいつは…」

カムロウ「なんだあれ…!?」

通せんぼするかのように、扉の前に立ちはだかる魔物が一匹。

上半身は女性の体、下半身は狐だが四足。肝心の尻尾は、なんと7本。見るからに強そうで、これまでの相手とは格が違う感じだ。

そして、いつの間にかアリスはいなくなっている。

ルカ「お前、あの妖狐の仲間か…!?」

???「ええ、私は七尾と申します。」

ルカ「え…?こいつが、たまもという奴じゃないのか?」

パヲラ「となると…狐ちゃんの仲間はまだいるってことねい。」

チリ「嘘…まだいるの!?」

 

七尾「ここから先は宝物庫、ゆえに通すことはできません。引き返すなら良し、それでも進むというのなら…」

その言葉を聞いたラクトは呆れる。

ラクト「おいおい…引き返すなんて、それはないぜ?俺たち、お宝を手に入れるために、こんなところまでわざわざ来たんだ。なぁルカ?」

ルカ「ああ、力尽くでも進んでみせる!」

七尾「分かりました…たまも様の側近、七尾の力を見せて差し上げましょう!」

ルカ「真の勇者ならば、ここで退きはしない!みんな!」

「「「「「「ああ!!!」」」」」」

圧倒的な迫力におののきながらも、僕たちは剣を抜いた。

どんな強敵だろうと、逃げたりはしない!

 

七尾が立ちはだかった!

 

こいつはとても強い…ここまで温存してきた体力を全部使ってでも倒せるか分からない…でも!

ルカ「先手必勝!みんな、一斉攻撃だ!」

総力戦なら、なんとか勝てるかもしれない。

出会い頭に、全員で一斉攻撃を仕掛ける。

カムロウ「ラクト、いこう!」

ラクト「ぶちかますぜ、相棒!」

カムロウは風薙ぎ(かぜなぎ)を、ラクトは手に魔力を込め文字を描き、衝撃波を放った!

パヲラ「いっくわよ~!」

チリ「私でも…力になるなら!」

パヲラは魔力を握力で凝縮させ、バレーボールほどの光る球を作り、投げつけた!

チリは近くに落ちていた鉄球を、ハンマーで弾き飛ばした!

ジョージ「参るぞ、マモル!」

マモル「いつもの、でいいんですよねぇ?」

ジョージは刀を抜き、一閃した!

マモルは人型の紙を複数枚ばら撒いた!

ルカ「行くぞっ!雷鳴突き!」

ルカは雷鳴のように踏み込み、鋭い突きを繰り出した!

初手の一撃が会心のダメージを与える!

 

カムロウとチリとラクトの攻撃が炸裂し、パヲラが投げた魔凝球(フォトン)と、マモルが放った式神たちが大爆発を巻き起こす!

ルカの雷鳴突きとジョージの一閃でフィニッシュだ!!

 

さすがにこの攻撃は効いただろう__

七尾「__少しはやるようですね。」

七尾はそれらを受けたはずなのに、涼しそうな顔をしていた。

カムロウ「き…効いてない!?」

いや、効いただろう。

だけど、恐らく、体力の半分も削れるほどのダメージではないことは確かだ。

 

チリ「ふ…憤弩(ふんぬ)!」

ジョージ「ぬぅん!!!」

チリとジョージは岩を投げ飛ばした!

七尾「その程度…」

七尾は片手を突き出し、飛んで来た岩を粉砕した!

チリ「い、岩を…」

パヲラ「粉砕した…!?」

七尾「むんっ!!」

カムロウに、七尾の尻尾が襲いかかる!

カムロウ「くっ…!」

カムロウは盾を前に突き出し、防御の姿勢を構えた。

ジョージ「危ないでござる、カムロウ殿!」

カムロウ「えっ___」

ジョージはカムロウを抱きかかえ、寸前で回避した!

尻尾が地面に叩きつけられる。

振動音、破壊音、すこしだけ洞窟内が揺れた。

尻尾が叩きつけた場所には、地面に亀裂が走っていた。

ルカ「な、なんて威力だ…!?」

ラクト「最悪だぜ…あんなの喰らったら、ひとたまりもないぞ!?」

ふさふさの尻尾に似合わないほどの剛力。

そういえば、妖狐と戦ったときも同じようなことがあった。

あの時は大丈夫だったが、七尾のあれを受ければ骨どころか、内臓がつぶれそうだ。

 

七尾「では、本気を出すとしましょうか…!」

ルカ「ほ、本気だって!?」

なんと、いままで本気ではなかったらしい。

七尾は頭の上に葉っぱを乗せ、魔力を集中し始めた!

ラクト「いやその葉っぱは意味あんのかよ!?」

その光景を見て、ジョージは何かを察知したようで、険しい表情をした。

ジョージ「…来ませり…!」

マモル「…! あい、分かった!」

マモルがいそいそとルカに近付き、耳打ちをする。

マモル「勇者様、嫌な予感がしまっせぇ…」

ルカ「嫌な予感…?何が起きるんだ?」

マモル「それはわからないんですがねぇ…いますぐ防御の体勢を作らないと、どうなるかわからないですよぉ?」

いつもにやにやしていたマモルの顔には不穏な表情が見えた。

確かにあの様子といい、ただではなさそうだ。

ルカ「みんな!防御だ!攻撃に備えて!」

ラクト「そ、備えろってどうすりゃ…!?」

マモル「皆サン、アッシの後ろにいてくだせぇ!」

マモルは懐から、何枚もの人型の紙をばら撒いた!

マモル「式神結界陣(しきがみけっかいじん)!」

式神がバリアを展開する!

マモル「弐式(にしき)!」

第2のバリアが展開された!

ジョージ「防げるか?マモル。」

マモル「いやぁ…これでも、気休めにしかならねぇ…!」

ジョージ「ぬぅ、これでもか…」

マモルはジョージに、覚悟を決めたような目で見つめる。

マモル「…後は頼みましたよぉ。」

ジョージ「…うむ。」

ジョージは静かに頷き、後ろに下がる。

マモル「誰か、アッシの後ろに壁になる物を置いてくだせぇ!」

パヲラ「だったらこれで…!」

パヲラは近くに転がっていた大岩を持ち上げ、マモルの後ろに置いた!

ラクト「だあああっ!ダメ押し!!」

ラクト「アーススパイク!」

土の棘が、大岩に突き刺さり固定した!

パヲラ「手伝えアホ!」

ラクト「分かってるわバカ!おい、相棒!」

カムロウ「うん!」

パヲラとカムロウとラクトが大岩を支える!

ルカ「僕も支える__」

パヲラ「ダメよルカちゃん!チリちゃんとジョージちゃんと一緒に、あたしたちの後ろにいて!」

ルカ「で、でも…!!」

パヲラ「あなたは切り札なの!!」

ルカ「えっ…!?」

パヲラ「この攻撃で、あたしたちがどうすることも出来なくなったときの希望は、あなたしかいないの!」

パヲラはジョージの方を向いて、ウインクした。

それを見て、ジョージは頷いた。

ジョージ「(託された…!)」

チリ「ルカ、早く!」

ルカ「わ、わかってる…!」

言われた通りに、パヲラ達の後ろに待機する。

 

七尾は、魔力の集中を終えた!

七尾「さて、覚悟はできましたか…?」

七尾から尋常じゃない威圧感が放たれる。

ルカ「く…来るぞ!!!」

七尾「七つの月!」

岩をも砕く怒涛の連撃が、ルカたちに襲いかかる!!

マモルの式神が展開したバリアが、連撃を防ぐ…が。

マモル「…!」

第1の壁に亀裂、小さな亀裂がビシビシと走り、粉々に砕かれた!

そして第2の壁に連撃が放たれる!

亀裂はさっきよりも早く走り__

マモル「やっぱり、だめですかぃ…!!!」

第2のバリアは崩壊した。マモルは七尾の連撃の餌食になる。

ジョージ「マモル!!」

それでも連撃は止まず、大岩にも牙をむく。

パヲラ「ぬぅぅぅ…!」

ラクト「どうすりゃいいんだよこんなの…!!」

カムロウ「ううぅぅぅ…!」

大岩を隔てても伝わるほどの衝撃波。土の棘で固定しても、人の手で押さえても、ぐらんぐらんと押し返されるほど。

次第に、岩が端から崩れてきた!

そして、押さえていたところから尻尾が突き出てきた!

残像を残す尻尾が見え始めてくる!

パヲラ「だ、だめねぃ__」

パヲラに剛力の尻尾がぶつかる。

ラクト「だめだ…相棒!」

ラクトはカムロウを後ろに蹴り飛ばした!

カムロウ「ラ…ラクト!?」

ラクトはカムロウの方を見ながら、サムズアップした__

___ラクトとパヲラは連撃の波に飲まれた。

カムロウ「___ラクトーッ!!!」

ルカ「だめだカムロウ!」

ラクトに手を伸ばそうとするカムロウの体をルカが抑える。

そして七尾の尻尾は、ルカたちに迫る!

ジョージ「………」

使うしかないか_______

ジョージ「___禍津(マガツ)!」

ジョージの右腕が赤黒く滲み、いたる箇所から赤黒い蒸気が噴き出す!

ルカ「ジョージさん!?その腕は…!?」

ジョージ「心配ご無用…この術は、拙者の生命力を引き換えに力を底上げする術…いわゆる、力の前借りでござる!」

抜刀し、禍々しい右腕で刀を持つ。

ジョージ「おおおおおお!!!」

迫りくる尾を、何度も刀で弾き返す!

チリ「まだ終わらないの!?」

カムロウ「これって…」

ルカ「一体、いつになったら終わるんだ…!?」

ジョージ「(耐えろ…!もう少しのはずだ…!)」

 

 

 

___洞窟内は土埃が舞っていた。

七尾「__なんとか耐えきったようですね。」

ジョージ「はぁ…はぁ…!」

やっと、剛烈の連撃が止んだ。

ルカたちは土埃の中から現れる。

ジョージの上半身の服は破れてなくなっていた。

土埃が晴れると、マモルとパヲラとラクトが地面に倒れていた。

息はまだあるようだが、どれも瀕死だ。

七尾「…なかなか歯ごたえのある人間です…ふふっ。」

ルカ「ぐっ…!」

こうなってしまえば、状況は最悪だ。

本当に勝てるかどうかもわからない。

しかし、今は瀕死の3人を助けるのが最優先だ!

七尾「月の見えない地下洞窟では、魔力の回復に時間が掛かりますね…」

七尾は少し休んでいる…

ルカ「…みんな、わかってるか?」

今やるべきことは、3人を助ける事だ。

絶対に死なせちゃいけない!

ジョージ「合点承知…!!」

カムロウ「うん…まずは、みんなを救うんだよね…?」

チリ「回復は任せて…!」

ルカ「ああ…やるぞ!今度、迎撃するのは僕たちだ!」

七尾「さて、参りましょうか…!」

七尾は休息を終えた!

 

七尾「ですがその距離なら…」

七尾はゆらぁ…と尻尾を高く上げた。

七尾「救出するのは無理でしょう!?」

そして、倒れている重傷者めがけて降り下ろした!

ルカ「なっ__」

だめだ間に合わない___

 

 

 

___その攻撃を、カムロウは剣で防いでいた。

カムロウ「よくもみんなを…!」

七尾「なっ…!?」

ルカ「あれは___」

クィーンハーピーと戦った時と同じだ。

眼が涙で輝き、荒々しい風が吹き荒れる。

カムロウは今、みんなを傷付けられて、怒りが最高潮だ。

怒りが最高潮になったカムロウは、普段からは考えられないほどの身体能力を発揮する。

カムロウ「でやああああ!!!」

風薙ぎ(かぜなぎ)。しかし、普段よりも何倍もの威力。

その荒々しい風の衝撃波が尻尾を弾き飛ばす。

七尾「い…一体どこからそんな力を…!?」

七尾「くっ…ですが、私の尾は一つだけではないのですよ!」

もう一つの尾が、振り下ろされる。

その間に、ジョージが割り込んだ!

カムロウ「ジョージさん!?」

ジョージ「ここは任せよ!」

ジョージ「禍津(マガツ)!!」

右腕が黒く滲み、ジョージの力を増幅させる!

禍々しい右腕で、尾を掴み受け止める!

七尾「なん…!?次から次へと…!」

ジョージ「さぁ…今のうちに!」

ルカ「ああ!!」

チリ「うん!」

ルカとチリは、瀕死のマモル、ラクト、パヲラを引きずって後退する。

ルカ「チリ!後は頼んだ!」

ルカは前線に駆けていく。

ラクト「よぉ…無事…そうだな…」

パヲラ「ああ…良かった…わ…」

マモル「なんとか…耐えたん…ですねぇ…」

チリ「うん、ありがとう…本当に助かった…!!」

…3人共、複雑骨折、内臓破裂。…どれも時間と体力が掛かる。

チリ「ワイドヒール(範囲回復魔法)!!」

範囲にいる対象を回復させる魔法。これで時間をかけて、ゆっくり回復させる。

後はルカたちが持ちこたえてくれれば…

 

 

七尾の前に、ルカ、ジョージ、カムロウが立ちはだかった。

七尾「…無礼(なめ)ていました。それほどの力を持っているとは。」

七尾「ですが…あなた方を倒せば終わりです…!!」

ルカ「終わらせるもんか!僕達は「海神の鈴」を手に入れて…」

 

ルカ「セントラ大陸へ渡るんだ!」

カムロウ「セントラ大陸に帰るんだ!」

ジョージ「セントラ大陸に戻らねばならない!」

 

ルカ「(信じる夢のために、僕はここで死ぬわけにはいかないんだ…!)」

カムロウ「(お母さんのために、ぼくはここで死ぬわけにはいかないんだ…!)」

ジョージ「(友のために、私はここで死ぬわけにはいかぬのだ…!)」

 

それぞれの思いが交差する。

 

七尾「戯言を…!!!」

七尾は衝撃波を放った!

カムロウはそれを盾で受け流し、七尾に近付いた!

七尾「そう簡単に近づかれると不快ですね…!」

七尾は近くに転がっていた鉄球を尻尾で持ち上げ、ぶん回した!

カムロウは盾で防いだが吹っ飛ばされる。

そして、鉄球をジョージに投げる!

ジョージ「禍津(マガツ)!!!」

ジョージは赤黒い右腕で刀を抜き、鉄球を一刀両断した!

七尾「…見事。」

ジョージ「お褒めいただき、光栄でござる。」

ルカは、足をバネにし、七尾の懐に近付いた!

ルカ「魔剣・首刈り!」

喉元に鋭い突き。…しかし、うんともすんともいわない。

七尾の尻尾がルカに纏わりつき、ルカは尻尾に絡めとられてしまった!

七尾「はぁっ!!!」

尻尾に力が込められる。右腕と左足が折れた。

ルカ「ああああああっ!!!」

 

ジョージ「勇者殿を…」

カムロウ「離せっ!」

カムロウ「風蝗斬(ふうこうざん)!!!」

ジョージ「禍津(マガツ)!!!」

カムロウは荒々しい風を剣に纏わせ斬りかかる。

ジョージは飛び上がり、赤黒い右腕で刀を持ちつつ、上段切り。

七尾「っ…!!」

その攻撃を食らった七尾は、ルカの拘束を解く。

拘束が解けたルカは投げ飛ばされ、壁に激突する。

マモル「勇者様、大丈夫ですかぃ!?」

ルカ「大丈夫…」

ルカは瞑想をした…みるみるうちに傷が回復する!

チリ「そうだ…ルカには瞑想があったんだ…!」

パヲラ「聞いてた通り、本当に回復してるじゃない…!?」

ルカ「よし…!」

右手と左足を動かし、折れていないか確認する。

…痛みはない。折れた骨が戻った。これで戦える!

 

 

 

カムロウ「せいやあああ!!!」

ジョージ「禍津(マガツ)!!!」

吹き飛ばされたルカの代わりに、二人は応戦していた。

しかし不意に、ジョージの攻撃の手が止まる。

ジョージ「はぁ…はぁ…はぁ…!!」

右腕に激痛が走る。

カムロウ「ジョージさん!?」

ジョージ「すまぬ…右腕が…!」

ジョージの額から汗がブワッっと噴き出る。

ジョージ「(くっ…使い過ぎたか…!?)」

刀を杖替わりにし、膝を付いてしまう。

七尾「油断しましたね…?」

ジョージに剛撃の尾が迫る!

カムロウ「させるかああぁぁ!!」

カムロウは両手を上に掲げ、普段放つファイヤーボルト(火炎弾魔法)よりも大きな火球を生み出した!

ルカ「あいつ(カムロウ)ファイヤーボルト(火炎弾魔法)…あんな大きさだったか!?」

カムロウ「ファイヤーボルト(火炎弾魔法)!!!」

特大火球が迫りくる尾に向けて放たれる!

尾に命中し爆発、そして引火する!

七尾は攻撃を止め、消火を優先した!

カムロウ「ヒールパウダー(回復魔法)!」

ジョージの右腕に光輝く癒しの粉が舞い、痛みが退いていく。

カムロウ「さっき、助けてくれたお返し!」

ジョージ「かたじけない…助かった!」

後ろから吹き飛ばされたルカが駆け付け、三人並ぶ。

ルカ「二人とも、一斉に攻撃するぞ!」

カムロウ「うん!」

ジョージ「承知!」

 

ルカ「はああああ!!!」

カムロウ「うおおおお!!!」

ジョージ「禍津(マガツ)!!!」

そして三人は七尾に何度も斬りかかり、攻撃を仕掛けていた。

ルカ「(くっ…なんて生命力なんだ…!)」

みんなの攻撃も、僕の一撃でさえ、微々たるダメージに過ぎないようだ。

いったいどれだけ攻撃したら、こいつを倒せるんだ…?

七尾「ええい、しつこい!!」

七尾はルカの腹部にエルボーをし、顔面を殴り、頭にダブルスレッジハンマー、最後に尻尾で薙ぎ払う!

ルカは吹き飛ばされるも、剣を地面に突き刺しなんとか止まる。

ルカ「はぁ…ふぅ……」

七尾「…?」

ルカは呼吸を整え、瞑想をする。再び傷が回復する!

七尾「厄介ですね…妙な技を持っているあなたは!」

七尾は足払いをしてきた!

ルカ「(ジャンプすれば避けれる…!)」

ルカは飛んで回避した___

七尾「飛んで回避すると、逃げ場は無くなることをご存じで?」

ルカ「なっ…!?」

それが狙いだったのか___

七尾「二つの月!」

ルカの腹部に、七尾の2本の尾が刺さった。

まるでそのまま貫通するかのような感触がした。

ルカは吹き飛ばされ、地面に倒れる。

ルカ「ゲホッ…ゲホッ…」

吐血した。前進に痛みが走り、身動きが取れない。

七尾「今度は、回復の暇を与えません…!先に片付けましょう!!」

ノシノシと、七尾がゆっくりルカに近付いてくる。

カムロウ「ルカ!?」

ジョージ「まずい…!」

二人はルカの前に立つ。

これ以上進ませない。ルカに瞑想ができるほどの時間稼ぎを__

七尾「__邪魔をするなっ!!」

七尾「二つの月!!」

鋭く鈍い一撃が2つ、七尾の尻尾がカムロウとジョージを吹き飛ばす!!

カムロウ「あぐっ!!」

ジョージ「うっ…!!」

重い一撃。そして壁に激突し、地面に落ちる。

カムロウ「う…動けない…」

ジョージ「勇者殿…逃げるのだ…!」

二人は体力が限界のようだ。もう立ち上げれそうにない。

ルカ「うあぁぁ…」

痛みのあまり、呻くことしかできない。

 

後衛で、チリに回復をしてもらっている、ラクト、パヲラ、マモルが、座りながらその光景を見ていた。

ラクト「おい、あいつら…!」

マモル「まずそう…じゃないですかぃ!?」

パヲラ「助けにいくわ…いぅ…」

パヲラは立ち上がろうとしたが、痛みのあまり再び座り込む。

チリ「待って!三人共、まだ回復が…」

さっきよりも、骨と内臓は回復はしたが、それでもまだ全快と言えるほどではない。

下手に動けば、傷が悪化する可能性がある。

ラクト「んなこと言ってる場合か!?あのままだとルカが死んじまうぞ!!」

チリ「確かにそうだね…私が行く!」

マモル「お嬢さん!?」

パヲラ「待って、危ないわ!」

チリはハンマーを担いで、ルカの元に駆け寄ろうとする。

 

ルカ「だめだ…チリ…来ちゃだめだ…」

チリ「えっ!?」

ルカは地面に伏せながら、チリ達を見て制止するよう声を発した。

ルカ「三人は…まだ…回復し終わってないはず…だ…だから…」

チリ「そんなこと言ったって…!」

ラクト「バカかお前は!?何の意地だか知らねぇけど、お前そのままだと死ぬんだぞ!?」

そう言っているうちに、チリの目の前に七尾が近づいていた。

パヲラ「チリちゃん、逃げて!」

マモル「爆破式神札(ばくはしきがみふだ)…!」

マモルは数枚の式神を、七尾に投げる。

七尾「目障りです…!」

七尾は衝撃波を飛ばした。

衝撃波に当たり、目標が定まらなくなった式神は、散り散りに壁にぶつかり爆発を起こす。

さらにチリの体にも当たり、チリを吹き飛ばす。

チリ「うあっ…!」

ハンマーが手から離れ、チリは地面に転がる。

マモル「畜生…!」

パヲラ「そんな……」

ラクト「もう…だめだ…!!!」

 

ルカの前に七尾が立つ。

勝ち誇ったようにルカを見下し、

ゆらぁ…と、一本の尾を掲げる。

七尾「勇者一行…かなり、やるようでしたが…」

ルカに七尾の尾が叩きつけられる!

ルカ「くっ…!」

七尾「これで…あなたは終わりです____」

だめだ…避けれない________



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第31話 秘められた力と暴走する力

___七尾が、ルカに止めの一撃をしようとするその刹那。

地に付し、身動きもとれないカムロウの脳裏にモノクロのビジョンが浮かぶ。

 

あの日、村が魔物の襲撃に遭った日、母親が自分を庇って重症を負った、あの夕焼けの出来事。

自分を庇って、攻撃の波に飲みこまれたラクトの姿。

 

ぼくは手を伸ばそうとしても、届くことはなかった。助けることが出来なかった。

結局____

 

__ぼくは、だれも守れない人間なのだろうか…?

 

___今、目の前で友達が殺されかけているのを…

 

____ただ何もできずに、助けることもできずに、眺める事しかできないのか…?

 

 

 

_____そんなの、嫌だッ!!!

 

 

カムロウは心の底から叫んだ。

 

カムロウ「___やめろーーーッ!!!」

 

すると、次第に体の底から、何かが沸き上がってくる。

ドロドロした感覚が煮えたぎるような、迸るような、暴れるような、不思議な感覚だ。

それは心の底からこう轟き喚く。

 

力を欲するのならば、

叫べ。心に従うのだと。

揮え。力に従うのだと。

お前にとって仇をなす存在を、排除するために__

__本能を、暴走させるのだと。

 

カムロウ「アアアアアアアアッ!!!」

 

カムロウの体に異変が訪れる。

体から稲妻が迸り、カムロウを中心に風が吹き荒れる。

すると、口から牙が、頭から角が突き生える。

腕と足が、膨張し、太く鋭い爪が生える。

背中からコウモリのような羽が伸び、尻から長い尻尾が突き出る。

体全体の筋肉が膨張し、全身に鱗が生え揃う。

それはまさに、ドラゴンと呼べる姿であった。

人の声から怪物の声に変化し、洞窟内に竜の雄叫びが響き渡る。

 

カムロウはドラゴンに変身したッ!!!

 

ドラゴンは咆哮が終わると、地面に四足で立ち、七尾を睨む。

鼻から勢いよく息を吐き出し、翼をはためかせ、尾を勢いよく地に叩く。

七尾「!?」

ルカ「なん…だ…!?」

ラクト「は…はぁっ!?」

七尾はルカにとどめを刺すのを止め、その一部始終を見ていた。

それだけではない。その場にいる全員が、動きを止めてその変身を目撃したのだ!

七尾「ど…どういうことです!?なぜ人間が(ドラゴン)に!?」

ルカ「あ…あれ…カムロウなのか…!?」

ラクト「なにが…なにがどうなってんだよ!?」

 

ドラゴン「グオオオォォォ!!!」

ドラゴンは雄叫びをあげながら、七尾に突進し、七尾の巨体が吹き飛ばされる!!

ルカ「えっ…!?」

マモル「あの巨体を…吹き飛ばしたぁ!?」

みんなが総攻撃をしても、ビクともしなかった岩のような巨体が、いとも簡単に吹き飛ばされたのだ。

そしてドラゴンは、鋭い爪を振り下ろす!

七尾「くっ…!!」

七尾は手で、ドラゴンの腕を掴んで攻撃を中断させる。すると、今度は首を伸ばして七尾の腕に噛み付いた!

鋭く凶暴な牙が七尾の腕に深く突き刺さり、そこから血が流れる。

七尾「おのれっ!」

七尾はドラゴンの顔をぶん殴る。

しかし、何度も顔を殴っても、ドラゴンは全く動じなかった。

七尾「なっ!?」

驚いている隙に、ドラゴンは体ごとぶつかって七尾を突き倒し、七尾はドラゴンに組み敷かれる!!

ドラゴン「オオオォォォ!!!」

ドラゴンは口から灼熱の炎を吐き出した!

周囲は炎で燃え上がり始め、ルカたちも巻き込まれそうになる!

ルカ「わわっ…!」

チリ「ルカ!こっちに!」

炎が迫りくる寸前に、ルカの元にチリが駆け付ける。

ルカはチリに肩を組んでもらって、炎が届かない場所に移動した。

 

ジョージの方にも、炎が広がる。

マモル「大太法師(デイタラボッチ)!」

マモルの影がジョージの前に立ち、壁になった!

マモル「お前さん、早く来なぁ!」

ジョージ「いつも、世話をかけるな…」

ジョージはマモルの影にしがみついて引き寄せられる。

 

パヲラ「ティー(シャ)ッ!ワイ(シャ)ッ!」

ラクト「ウインド!」

パヲラは衝撃波を、ラクトは風の魔法を放ち、炎が自分たちのほうに来ないようにしていた。

パヲラ「あれ、本当にカムロウちゃんなのかしら!?」

ラクト「分かんねぇよ!あの野郎、俺たちなんてお構いなしに暴れやがって!!」

 

七尾「このっ…離れなさい!!」

七尾「二つの月!!」

ドラゴンを二本の尻尾で突き飛ばす!

吹き飛ばされたドラゴンは四本の足で着地する。

あの七尾の重い剛撃が、まるで効いてないように見える。

ドラゴンは再び咆哮をあげる!

七尾「まだ暴れ足りないのですか!!」

ドラゴンは暴れながら、七尾に攻撃を仕掛ける!

七尾も負けじと、それに応戦する!

2体の激しい攻防に、洞窟全体が揺れる!

すると、天井が一部、崩壊して瓦礫が降り注いだ!!

ルカたちにも瓦礫が降り注ぐ!

ジョージ「マモル、結界はまだ張れるか?」

マモル「さっきので紙がなくなっちまったよぉ…」

ジョージ「ならば…」

ジョージは刀を構えた!

ジョージ「禍津(マガツ)!!!」

右腕が赤黒く、禍々しく変化し、ジョージの力を増幅させる!

瓦礫を一閃して両断し、衝突を防ぐ。

ジョージは瓦礫がルカたちを避けて落下したのを確認すると、右腕を押さえる。

マモル「もうやめときなぁ…お前さんが死んじまうよぉ。」

ジョージ「あ、あぁ…」

 

不意に、ドラゴンの口から光が溢れ始めた!

ルカ「ひ…光!?」

七尾「まさか…!?」

ドラゴンは口から群青に輝く光線を放った!

 

___破壊光線(ドラゴンブレス)!!!

 

七尾「こんな…デタラメな…!」

七尾は尻尾を前に出して防御した!

群青の光線は止まることなく放たれ、徐々に押され始める!

七尾「こ、この技を、二度も使うとは…!」

七尾は防御しながら魔力を集中し、必殺技を放った!!

七尾「七つの月!!」

7本の尻尾による、重い連撃。

ドラゴンの体に次々と、剛撃が突き刺さる!

ドラゴン「オオォォ…」

連撃がドラゴンに当たるたびに光線は細くなり始め、やがてドラゴンは地に付し倒れた。

…と思いきや、ドラゴンは再び立ち上がり、やたらめったに光線を吐き出しながら暴れ始めた!

しかし光線は、目標を失ったかのように、壁、床、天井に当たる!

チリ「あ…暴れ始めたぁぁ!!」

ルカ「どうすればいいんだ…このままだと、この洞窟が持たないぞ!?」

光線が放たれるたびに、洞窟の崩落は酷くなる。

ラクト「あいつ…!!」

ラクトはいきなり走り出した!

パヲラ「ちょっ!!どこに行く気よ!?」

ラクトはドラゴンの前に立ち、自分の存在を認知させるよう大きく手を振り呼び掛ける。

ラクト「おい!カムロウ!もう止めろ!」

ドラゴン「オオオォォォン!!!」

しかし、ドラゴンは気に留めずに暴れ続ける!

ラクト「俺だ!俺が分かんねぇのか!?」

ドラゴン「グオオオォォォ!!!」

ドラゴンは口に光を蓄え始める!

ラクト「聞こえてんなら返事しろよ!!相棒!!!」

ドラゴン「グオオオォォォン!!!」

次第に口から淡い光が漏れだした!

パヲラ「危ないのがわからないの!?ほら行くわよ!!」

パヲラはラクトに近付き、無理矢理ラクトを肩に担ぎ、急いでその場を離れる。

ラクト「離せ!離しやがれ!」

パヲラとラクトがその場を離れたと同時に、

再びドラゴンは口から、全てを破壊する光線を放った!

 

_____破壊光線(ドラゴンブレス)!!!

 

七尾「くぅぅぅ……!」

七尾はもう一度防御し、光線を受け止める。

七尾「か…かくなる上は!」

七尾の瞳が妖しく輝いた!

チリ「ま…魔眼!みんな伏せて!」

ルカ「えっ___」

辺りが一瞬、妖しい光で照らされる。

すると、ドラゴンは動きを止め、その場で倒れて眠り始めた。

倒れた衝撃で、地面が揺れる。

すると体がどんどん縮んでいき、元の姿に、カムロウの姿に戻った!

カムロウは眠っているようだ。

チリ「眠りの魔眼…」

ラクト「あぶねぇ…けど…」

七尾「お…終わったようですね……」

七尾は肩で息をしていた。ドラゴンとの闘いで体力を消耗したようだ。

 

七尾「不測の事態でしたが…後は…あなた達だけです。」

呼吸を整え、勇者一行の前に再び立つ七尾。

ラクト「まだ戦う気かよ…!」

パヲラ「そうよねい…まだこっちが終わってなかったわ…!」

ジョージ「し、しかし…」

マモル「今のアッシらで勝てるんですかぃ!?」

今のルカたちの体力はもう限界だ。

予期せぬ事態で七尾の体力が削れたといっても、勝てる見込みがあるかどうか分からないのだ。

ラクト「おいルカ、どうする___」

ルカに話しかけようとしたが、姿が見当たらない。

ラクト「…ん?ルカは?」

辺りを見渡すと、すぐ横にルカがいるのを確認できた。しかし__

 

ルカ「__Zzz…」

 

マモル「こりゃぁ…」

ジョージ「寝てる…」

パヲラ「寝てる…!」

ラクト「寝てる…!?」

チリ「寝てるーッ!!?」

ルカは眠ってしまっていた!

 

チリ「もしかして…さっきの魔眼、見ちゃったの!?」

ラクト「おいルカ!起きろ!」

…返事がない。ただぐっすり眠っているようだ。

ラクト「いや起きろよっ!」

 

七尾「勝機…!先に片付けましょう!」

ジョージ「勇者殿…!」

パヲラ「だめ…もう間に合わない…」

棚からぼたもち。

好都合と言わんばかりに、七尾はルカに尻尾を叩きつけた!

 

ルカ「むほう…」

ルカはひらりとかわした!

 

七尾「なんですって…!?」

パヲラ「はぁっ!?」

ラクト「あいつ…今、何した!?眠ってるよな!?」

ルカ「アリス…雑草なんて食べちゃだめだよ…むにゃむにゃ。」

ラクト「いやどんな寝言だよっ!]

ルカはぐっすりと眠っている。

 

七尾「今のは、偶然…!?」

七尾の尻尾が、再びルカに迫った!

ルカ「にして…」

しかし、ルカはひらりとかわした!

ルカ「Zzz…」

ルカはぐっすりと眠っている!

 

七尾「まさか、私を愚弄しているのですか…!?」

ルカ「むにゃむにゃ…ラクト…キノコ残しマフラー…」

チリ「夢でラクトを愚弄してる…」

ラクト「悪かったなっ!嫌いなんだよキノコ!!」

ラクト「…いやキノコ残しマフラーってっ!!!」

 

七尾「いや…間違いなく眠っているはず…」

ルカ「Zzz…らせつのあぎと…」

ルカは鼻提灯を出しながら立ち上がった!

ルカ「はぐんにいたりてじゃをはらう…それ、いっくぞ~!」

ルカは、踊るような剣技を繰り出し、七尾に強烈な乱撃を叩き込んだ!!

あまりの威力に、嵐のような突風が吹き荒れる!

ラクト「こ…今度は一体何なんだよぉぉぉ!?」

パヲラ「た…退却!一時退却!」

チリ「わ、分かった!みんな、走れる!?」

マモル「一応、走れまっせぇ。」

ジョージ「パヲラ殿、カムロウ殿を…」

パヲラ「ええ!」

パヲラはカムロウを抱きかかえ、一行はその場から避難した!

 

七尾「ぐっ…!ば、馬鹿な…!まるで、人が変わったように…!」

乱撃を食らった七尾は思わずのけぞる。

七尾「ならば、これはどうです…!?」

七尾「二つの月!!!」

七尾の尻尾2本が迫ってきた!

ルカ「むじょう…」

ルカはひらりとかわした!

七尾「さっきまで…こんな動きはしなかったはず…!?」

 

ルカ「おなかいっぱい…すべてのいのち…」

ルカは鼻提灯を膨らましながら片手を突き出した!

ルカ「ははなるそらにかいきせよ…むにゃむにゃ…」

鼻提灯が割れると同時に、ルカは魔力を凝縮させ、爆発させた!

七尾「こ、この魔力はいったい…!?」

洞窟内が、爆発で消し飛ばされる!

 

____瓦礫の雨。

七尾は瓦礫をどかして再び立ち上がる。

七尾「はぁ…はぁ…!」

その顔は苦痛の表情を浮かべていた。

七尾「こうなれば…全力で葬り去るのみ…!!」

ルカ「むにゃ…ダメだよぉ…」

七尾「受けなさい!私の奥義を!!」

七尾の7本の尾が、一斉に迫ってくる!

ルカ「わがはは…は…」

ルカの体が輝き始めた!

ルカ「あけのみょうじょう…」

すると迫りくる七尾の尾を一瞬で切り倒し、

ルカ「あけぼののこ…」

七尾の目の前に接近した!!

ルカ「ちになげおちたほし…」

ルカの体から光が迸る!!!

ルカ「しょうりをえるもの…」

__眩い星は冥府に堕ちる!!!

七尾「ま、まさか…こんな____」



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第32話 旅のグルメ、その正体は…

ルカ「うーん、むにゃむにゃ…」

目を覚ますと、そこは宿屋のベッドでも野営のキャンプ内でもなかった。

ルカ「ふわぁ…よく寝たっと。」

湿っぽい洞窟にいる事と、辺りは酷く崩壊しているのを見て、僕はようやく状況を把握する。

ルカ「そうだ!カムロウがドラゴンになって…その後、魔眼で眠らされて、それから…」

ルカは頭を傾げた。

ルカ「…それから?」

七尾「………」

目の前には、大きな狐がじっと座っている。

これは…七尾の封印された姿?いったい、どうなっているんだ?

ルカ「ん?」

さらにその場に現れたのは、一匹の子狐。

最初に戦った妖狐が封じられた奴だ。

そいつはちょこまかと地面を駆け、座り込んでいる封印七尾の横に立つ。

ルカ「どうなってるんだ…?」

2匹並んだ大小の狐を前に、僕は首を捻るのみ。

 

遠くを見ると…みんながいた。カムロウはパヲラに抱きかかえられており、ラクトとチリはガクブルと震えながら、アリスとジョージとマモルは至って冷静な様子でこっちを見ていた。

ルカ「あれ…みんな、無事だったのか…?」

そう言いながら駆け寄ろうとすると__

ラクト「ととととと、止まれ!そこで止まれ!」

ルカ「えっ!?」

なんと、これ以上近づくなと言われた。

チリ「下がって!線の後ろまで下がって!」

ルカ「線ってどこだよ…」

とりあえず、元居た位置にまで下がる。

ラクト「いいか、今から言う質問に全部答えろ!」

ルカ「ええっ!?」

まるで境界線を越えてきた兵士に対しての尋問のようだ。

ルカ「でもなんで…」

チリ「問答無用!」

…いや答えろって言ったのに問答無用はないだろ……

 

ラクト「167×2!」

ルカ「334…」

 

ジョージ「不撓不屈。」

ルカ「斬り捨て御免…」

 

マモル「投げ捨てられる正しさなら?」

ルカ「消える事のない間違いの方が良い…」

 

パヲラ「今日のあたしのパンツは?」

ルカ「水色の縞々パンツ…」

 

チリ「さしすせそ!」

ルカ「砂糖、塩、酢、醤油、味噌…」

 

それを聞いたラクト、チリ、パヲラは衝撃の表情をした。

チリ「う…嘘!?」

ラクト「こいつ(ルカ)…本物だ!?」

アリス「確認方法どうなっているのだ…」

 

尋問が終わると、みんなが近寄ってくる。

ルカ「みんな…いったい、何があったんだ?」

アリス「覚えておらんのか。…というか、完全に眠っていたようだな。」

ルカ「もしかして、アリスが危ないところを助けてくれたとか…ないか。」

ラクト「ああそうだ、全くの見当違いだぜ。」

アリス「眠っている方が強いとは、わけが分からん奴だ…」

ルカ「え…僕が?」

みんなの話によれば…

まずカムロウがドラゴンに変身したところは覚えている、僕も見た。

しかし衝撃的だったのはその後だ。

魔眼で眠らされた僕は、眠ったまま七尾を倒してしまったらしい。

正直なところ、全く覚えていないのだが…

アリス「貴様、これからは寝ながら冒険をしたらどうだ?そちらの方が、ずいぶん楽そうだぞ。」

チリ「いやそれはちょっと…」

ルカ「や、やだよ…そんな…まるで、僕の意識はない方がマシみたいな言い方じゃないか。」

ラクト「せめて、ルカの意識はあってほしいぜ…」

パヲラ「あたしもルカちゃんであってほしいわ…」

 

カムロウ「…んぅ?」

パヲラに抱きかかえられていたカムロウが目を覚ます。

ラクト「おぉ、カムロウ。目ぇ覚めたか。」

パヲラ「カムロウちゃん、動ける?」

カムロウ「…体が…動かない…」

体を動かせないカムロウをパヲラはラクトに耳打ちをする。

パヲラ「(これって…副作用ってやつかしら?)」

ラクト「(あぁ、無理もねぇ…あんなのになっちまったらな…)」

あの時、カムロウはドラゴンになって、七尾を圧倒するほどの力で暴れたのだ。

強大な力による代償ということなのだろうか。

カムロウ「…えっと…あの後、どうなったの?」

それを聞いて、アリス、ジョージ、マモル以外の一同は焦り始める。そして口裏を合わせ始めた。

ラクト「(ど…どうする!?言うべきか!?)」

チリ「(いや…言わないほうがいいかも…)」

ルカ「(と、とりあえず、僕が倒したってことに…)」

パヲラ「(そ、そうねい…それがいいわ。)」

カムロウがドラゴンになって見境なく大暴れしたこと。

その真実をまだ幼い少年に打ち明けるのは、いくらなんでも可哀そうではないのか?

とても信じられない話でもあるし、真に受けて落ち込んでしまったらどうすればいいのだろうか?

一同は真実を隠して、説明することにした。

 

仲間外れにされているジョージたちが、アリスに聞く。

ジョージ「…拙者らはあまり関わらないほうが良いでござるか?」

アリス「うむ、出来ればそうしてくれたほうが良いな。」

マモル「分かりやしたぁ。」

 

口裏を合わせ終えた一同は、大根役者のような芝居をし始めた。

ルカ「あの後…僕が倒したみたいなんだ…」

ラクト「そ、そうなんだよ!あの後な?こいつ(ルカ)が七尾の奴を眠りながら倒しちまってよ!すごかったなぁ、ははは…」

チリ「あははは…」

パヲラ「あははは…」

全員、笑顔で誤魔化そうとしたが、顔が引きつっている。

カムロウ「…ありがとう、みんな。気を使ってくれて…」

カムロウの口から出た言葉は、納得の言葉ではなかった。

予想外の言葉に、一同は拍子抜けする。

ルカ「え…?」

ラクト「な、何言ってんだよ相棒?」

カムロウ「全部、覚えてるんだ。ぼくがドラゴンになったの…」

なんとカムロウは、ドラゴンになって暴走したことを覚えていると自白したのだ!

カムロウ「…ごめん……みんなに…迷惑をかけて…」

カムロウは泣きそうになる。

自責の念に駆られているようだ。

ルカ「あ、いや…その…」

どう声をかけたらいいか分からない…

するとラクトはカムロウに近付いた。

ラクト「…あーもうっ!相棒!」

ラクトはカムロウの額にデコピンをした!

カムロウ「あ痛っ!」

ラクト「そーやってイジイジしやがってなぁ…だったらお前、どう弁償する気なんだよ?」

カムロウ「ど…どうって……」

ラクト「分かった!隠そうとした俺たちも悪かった!全部教える!」

ラクトは包み隠さず、事の真相を話した。

ラクト「結局、結果オーライなんだよ。お前がドラゴンになったのもルカが変な力を発揮したのも全部!」

ラクト「それにお前がドラゴンにならなかったら、ルカが眠って七尾に勝てなかったかもしれないし、俺たちが無事でいられなかったかもしれないんだ!だからもうクヨクヨするな!」

カムロウ「う…うん…」

カムロウは泣くのをこらえた。

そしてラクトは、その場にいる全員に聞こえるよう大きな声で喋って。

ラクト「お前らも、これ以上何も言うなよ!俺が聞きたくないからな!いいな!?」

全員、頷いた。万場一致のようだ。

こうしてこの一件に関する話は、ラクトがどうにか終わらせてくれた。

 

 

ルカ「それじゃ…先に進もう!たまもって奴は、この奥に行ったんだ!」

もしかしたら、すでに「海神の鈴」を奪われているかもしれない。

アリス「いや…もう遅かったようだな。」

ルカ「え…!?___」

___おもむろに、宝物庫への扉が開き、そして、一人の和服を来た少女が姿を現した。

獣耳に、おびただしい数の尾。

雰囲気や外見からして、こいつも妖狐のようだ。

七尾だった狐は少女の傍らに控え、子狐は少女の足にすりついている。

ラクト「…? こいつがたまもって奴なのかぜ?」

ルカ「七尾に比べて、こいつは弱そうだな…」

思わず、そう安堵した時だった。

チリ「違う…その逆なの…」

アリス「ドアホめ。奴の尾の数を見るがいい。」

ラクト「えーと…?にぃ、しぃ、ろぉ、やぁ…」

ルカ「ひぃ、ふぅ、みぃ…9本?」

妖狐少女の尾は、間違いなく9本あるようだ。

ルカ「でも、七尾より2本増えただけだったら…」

アリス「…ドアホめ。ジョージ、マモル、説明しろ。」

ジョージ「あらほらさっさー!」

マモル「あらほらさっさー!」

 

マモル「妖狐は尻尾の数で位が分かれるんですがぁ、その最上位の数は9本なんですねぇ。」

ジョージ「そして尾が9本ある妖狐は、九尾と呼ばれる。最上位であるがゆえに、七尾とは比較にならない強さでござる。」

ラクト「比較にならない強さ!?ってことは…」

アリス「奴こそが魔王軍四天王の一人、たまも。グランべリアと同格の最上位魔族だ。」

ルカ「な、なんだって…!?」

ラクト「なんで、また四天王がここにいるんだよ…!」

あの少女が、グランべリアと同じくらい強いのか…?

 

たまも「すまんのう、お主達。ウチが先々進んでしまったばかりに、そんな姿にされてしまったか。」

たまもは、2匹の狐の頭を撫で…

たまも「少しばかり、ウチの魔力を分け与えてやろう。」

そして、輝く手のひらで子狐の頭を優しく撫でると…

なんと、妖狐の姿に戻ってしまった!

妖狐「わわわ…」

そして妖狐は、たまもの背にささっと隠れる。

たまも「七尾、お主の魔力を満たすには、少しばかり時間が掛かる。悪いが後にさせてもらうぞ。」

七尾は、たまもの足元にすりついた。

たまも「ふむ…」

そしてたまもは、正面に立ちはだかる僕たちをまじまじと眺める。

たまも「お主たちが例の勇者一行で…」

たまもはちょこちょこと(ルカ)に近づき、周囲をくるくる回りながら、くんかくんかと匂いを嗅いできた。

たまも「お主がルカか。七尾を倒すとは、結構な腕前じゃのう。」

ルカ「そ…それはどうも…」

ラクト「それで…俺たちと戦うってのかよ…!?」

勇者一行が身構えた、その時だった___

 

たまも「___かわいいのうー♪ウチの情夫にしてやってもいいぞ♪」

口から出たのは予想外の言葉。

思わず一行はずっこける。

ラクト「な、何ぃぃぃ!?」

パヲラ「あらら、ルカちゃんモテてるわねー♪」

ルカ「だ、誰が…!そんな…!」

たまも「ふふっ…うい奴よのう。寝床の上で、存分に可愛がってやりたいのう。」

ラクトはルカの背中を押して、前に出させようとする。

ラクト「行って来いよ、ルカ。可愛がってもらえよ。」

ルカ「お前っ!生け贄にしようとするなっ!」

ルカは雷鳴突きを放った!会心の一撃!

ラクト「いっでえええ!!」

ラクトは後ろに吹っ飛ばされた!

 

チリ「ねぇルカ!あれって!」

そう言われて視線を下に落とすと、たまもの手には、鈴のようなものがぶら下がっていた。いかにも古そうな、紐付きの鈴だ。

ルカ「まさか、それは!」

たまも「いかにも。これが「海神の鈴」じゃ。」

鈴を僕達に見えるように掲げる。

たまも「セントラ大陸に渡られるのは面倒らしいから、もらっていくぞ。正直、ウチはどうでもいいのじゃが…アルマエルマがうるさくてのう。」

ルカ「アルマエルマ…?」

アリス「そいつも四天王の一人。風を起こして航路を封鎖している張本人だ。」

ルカ「例の暴風も、四天王の仕業だったってわけか…」

ラクト「最悪だぜ…この大陸、四天王に囲まれてるじゃねぇかよ!?」

 

たまも「そういうわけで…この「海神の鈴」が欲しければ、どうするか分かっていような?」

ルカ「ああ…倒して奪えってことだろ?」

ラクト「や…やるしかねぇのか…!」

剣を抜こうとする僕__その手首を、アリスががっしりと掴んだ。

アリス「…やめておけ。今の貴様がかなう相手ではない。」

ルカ「で、でも…」

そんな様子を見て、たまもはにっぱりと笑う。

たまも「およおよ…「魔王様」は、その人間が随分とお気に入りのようじゃの___」

 

__魔王様?

カムロウ「……え?」

ラクト「……ん?」

パヲラ「……あら?」

今、たまもは魔王様と言った。

チリ「うそ…!?」

ジョージ「なんと…」

マモル「驚いたねぇ…」

アリスが__魔王?

ルカ「アリス…お前…」

アリス「…今頃気付いたのか、ドアホめ。___」

 

アリス「___余こそが魔王、アリスフィーズ16世だ。」

ルカ「そ、そんな…!」

「「「「「「えええええええええ!!!?」」」」」」

 

最初に出会った時から、普通の魔族ではないと思っていた。

グランべリアを追い払った時、かなりの上級妖魔だと分かった。

しかし、まさか魔王だったなんて_

 

たまも「ぬぅ…言ってはいけなかったのかの?ウチが、全く置いてけぼりではないか…」

ラクト「いや…俺たちは薄々分かってたっつーか…」

パヲラ「察してはいたけど…ルカちゃんが気付いてなかっただけで…」

チリ「…朴念仁。」

ルカ「えっ!?みんなは知ってたの!?」

カムロウ「ぼく、知らなかった…」

ジョージ「蛇神様が、姫君だったとは…」

マモル「はははっ!傑作傑作!」

 

たまも「ともかく、「海神の鈴」はウチが頂いていくぞ…」

そう言って、たまもはこの場から去ろうとする。

たまも「ん?」

たまもの背後で、妖狐がくいくいとたまもの袖を引っ張る。

たまも「なんじゃ?」

ごにょごにょと妖狐が喋る。

たまも「…ふむ、ふむふむ。」

たまも「そうか。あのルカに、命を救ってもらったのか。」

たまも「それでは狐族の長として、礼をせねばならんのう…」

たまもはちょこちょこと僕の前にたち、にっぱりと笑う。

たまも「例として、何が欲しいかのう?おいしいあぶらあげか?特別に、うちのモフモフしっぽを触らせてやっても良いぞ?」

 

ラクト「…っとなれば、な?」

ラクトは悪だくみの顔でこちらを覗く。

ルカ「ああ、分かってる__」

 

チリとパヲラは目をキラキラと輝かせながらルカに懇願した。

チリ「ねぇルカ!私しっぽがいい!あのモフモフがいい!!」

パヲラ「さ…先っぽだけ!先っぽだけでいいから!!」

ルカ「ダメに決まってるだろっ!!!」

ラクト「お前ら欲望に忠実すぎるだろうがっ!!!」

カムロウ「…お腹すいた、あぶらあげがいい。」

ルカ「カムロウ、ダメって言ってるだろ。」

カムロウ「え~」

ジョージ「油揚げ…」

ジョージは滝のような涎を垂らしていた。

マモル「今度、いなり寿司でも作ろうかぃ?」

ジョージ「うどんが食べたいでござる。」

 

ルカ「じゃあ、「海神の鈴」を…」

たまも「なんと、そうきたか。」

そうは言いつつも、予想通りといった顔だ。

たまも「しゃあないのう、ほれ。」

そして、あっさりと「海神の鈴」を渡してきたのである。

 

「海神の鈴」を手に入れた!

 

ラクト「あれ…意外とすんなり渡したな…」

ルカ「でも、いいのか?こんなにあっさり渡しても…」

たまも「別にウチは、正直どうでもいいからのう。」

ラクト「どうでもいいのかよっ!?」

たまも「この洞窟の罠がアスレチックみたいで楽しかったから、つい奥まで入ってしまっただけじゃ。」

ラクト「楽しんでたのかよっ!!それでも四天王かっ!!!」

ルカ「おいおい、そんな…まあいいか。とりあえず「海神の鈴」を手に入れたので良いとしよう。」

チリ「そ、そうだね…」

 

たまも「さて、どうする…ルカ?ついでに、ウチを退治してみるか?」

無数の尻尾をぱたぱたと振りながら、たまもは言った。

ラクト「お…おいおいおいおいおい……」

ラクトは後ずさりをすると、ルカに耳打ちをした。

ラクト「や、やめておこうぜルカ。俺たちが戦って勝てる相手じゃないのはお前もわかってるはず__」

ルカ「__戦う理由はないよ。」

ラクト「よしっ!よっしゃっ!!しゃあっ!!!」

ラクトは何度もガッツポーズを決める。

パヲラ「今回は思い通りになって良かったわね…」

 

ルカ「僕が倒すのは、人と魔物が共存する世界の障害となる奴だけだ。」

たまも「ふむ、殊勝な心がけよ。しかし、いつかは戦うこととなろう。なにせウチは、魔王軍四天王の一人じゃからのう。」

ルカ「…その時は、その時だよ。」

それでも、今は戦う理由などないはずだ。

たまも「では、さらばじゃ。」

たまもは妖狐と七尾ともども、その場から消えてしまう。

 

 

その場に残ったのは僕たちと…複雑そうな表情のアリスだった。

ルカ「…みんな、ここから先は__」

パヲラ「分かってるわよルカちゃん、口出しする気はないわよ。」

ラクト「ただ…もしもの時は、いつでも行けるぜ?」

ルカ「ああ…ありがとう。」

 

ルカはアリスの前に立つ。

アリス「………」

ルカ「…アリスが、魔王だったなんて…」

アリス「…隠していたわけではない。」

アリス「貴様がドアホ過ぎて、気付かなかっただけだ。」

後ろのギャラリーはうんうんと頷く。

ルカ「確かに、今まで気付かなかったのは間抜けだったけど…」

アリス「人並みに頭が回れば、グランべリアを追い払ったときに気付いたはずだ。」

アリス「あれほどプライドの高い武人に対し、頭ごなしに命令できる者が魔王以外にいるものか。」

後ろのギャラリーはさらにうんうんと頷く。

ルカ「………」

…僕は今まで、魔王と共に旅をしてきたことになるのだ。

魔王退治の旅を、当の魔王と一緒に。

騙された、などとは決して思わない。

ただ、その理由がさっぱり分からなかった。

ルカ「なんで…僕と旅をしようと思ったんだ?」

アリス「以前の答えと、なんら変わらん。」

アリス「貴様という人間に興味が湧いた。また、世界というものをこの目で見てみたい。その二つの興味を、同時に満たす手っ取り早い手段を行使したまでだ。」

ルカ「魔物を率いて、人間に全面戦争を仕掛けたっていうのは…?」

アリス「「自己防衛の目的においてのみ、力を振るうことを許す」…余が全ての魔物に通達したのは、ただそれだけだ。」

アリス「その布告が、歪んだ形で人間達に伝わったのだろうな。余は、全面戦争など望んでいない…まだ、今のところはな。」

ルカ「人間を支配するためじゃなく、自衛のためだって…?でも、グランべリアはイリアスベルクに攻めてきたじゃないか!」

ルカ「それだけじゃない。世界のあちこちで、魔物は人間達を襲っているじゃないか!!」

ルカ「それは魔王が、そう命じたからではないのか。世界中の誰もが、そう思っているはずだ!!!」

アリス「「レミナの虐殺」以来、人間達は魔物に敵愾心を燃やし、極めて危険な状態にあった。よって、余は自らの身を守る場合のみ暴力を容認したのだ。」

アリス「しかし…それを拡大解釈し、人間をいたずらに攻撃する魔物も多いようだ。けしからん事だな。」

ルカ「じゃあ…その「レミナの虐殺」もどうなんだ!魔王が命じて、レミナの住民達を皆殺しにしたんじゃ…!」

アリス「余は知らん。」

ルカ「え…?知らない…?」

アリス「その一件の真実を探るのが、旅の目的の一つでもある。」

どうやら、とぼけているのではない様子だ。

ルカ「魔王が知らない…ってことは、魔物の独断だったのか?」

アリス「「レミナの虐殺」は、余が王位に就く前に起きた事件なのだ。」

アリス「しかし、先代の魔王もそのような命令を出しておらんし、そのような行為を独断で行った魔物も見つけることはできん。」

アリス「何より不可解な点は…レミナで人間と共存していた魔物達でさえ、同様に虐殺されているという事だ。」

ルカ「魔物まで、殺されているのか…?」

そんな話は初耳である。

僕たち人間の間では、あれは魔族の凶行だと伝えられているのだ。

ルカ「いったい、レミナでなにがあったんだ…?」

 

アリス「さて、話は以上だ。」

アリス「どうする、ルカ。貴様の倒すべき相手が、目の前にいるのだぞ…?」

ルカ「え…?」

僕の旅の目的は、魔王の討伐。

魔王を倒すために、僕はイリアスヴィルから旅立ったのだ。

そして、今、目の前にいる存在。

アリスフィーズ16世。彼女は___

 

 

 

 

__倒すべき存在ではないと思う。

 

…アリスは違う。アリス(魔王)は、決して邪悪な存在ではない。

それが、僕の出した結論だった。

 

アリスはむしろ魔王として、魔物の暴走にブレーキをかけていたようだ。そのアリスがいなくなったら、平和が来るどころか、むしろ逆。

統率者を失った魔物達が、何をやらかすか分かったものではない。

 

ルカ「…冗談言うなよ。お前を倒して、どうなるって言うんだ。」

とりあえず、今の僕の実力でかなうはずがないというのはおいておく。

ルカ「今、アリスがいなくなったら、魔物達は混乱するだけじゃないのか?」

アリス「ふむ…おそらく、そうだろうな。」

アリス「一応、魔物達には自己防衛のみを遵守させてはいるが…それでも、グランべリアやアルマエルマのような跳ねっ返りが出る有様だ。」

ルカ「イリアス大陸とセントラ大陸を隔てる暴風雨も、アルマエルマって奴の仕業なんだろ?」

ルカ「嵐で航路を封鎖するなんていうのも、自己防衛の域を超えているよ。」

アリス「しかしな…グランべリアなどは常々主張していたが、イリアス神殿こそが悪の元凶。そこで大量生産される勇者なるものが、魔物達に害を及ぼしている。」

アリス「よって、イリアス神殿を破壊するのも、自己防衛の一環であるという論調だ。」

アリス「まあ…理屈としては、そう間違ってもいない。勇者を名乗る連中の暴挙、確かに目に余る。」

ルカ「………」

魔物側の視点からすれば、それもまた真実なのだろう。

まだまだ、人間と魔物の歩み寄りというのは難しいのが現状なのだ。

だからこそ、僕は___

 

 

アリス「__ともかく…いいのだな、余を討たなくても?」

ルカ「何度も言ったはずだよ、アリス。僕が戦うのは、人間と魔物が共存する世界の障害になる奴だけだって。」

ルカ「それに…魔王城に向かうっていう目的も、変わるもんじゃないよ。」

ルカ「四天王はどうにかしないと…あちこちで暴れているみたいだからね。」

イリアスベルクを襲ったり、航路を暴風で封鎖したり、その所行は、断じて放置できるものではないのだ。

アリス「しかし…四天王の言い分とて、余は理解できる。それゆえ、余は連中の行動を放任しているのだ。」

ルカ「言い分は、誰にでもあると思うよ。ただ、誰にでも立場があるって事だけで…」

魔物には魔物の立場があり、人間には人間の立場がある。

それを理解し、そして尊重しなければ、両者の共存など夢のまた夢だ。

アリス「そして、魔王である余にも立場がある。」

アリス「魔物というのは全て、余の可愛い部下達なのだ。言い訳はどうであろうとも、余の部下を叩き伏せる貴様の戦いに手を貸すわけにはいかん…それもわかっているな?」

ルカ「ああ、アリスの助けは借りないよ。アリスは旅の同行者だけど、仲間ではないんだから。」

アリス「…その通りだ。」

結局、これまでの旅と変わらない。

魔王は、意外に話が通じる奴だと分かっただけだ。

魔王と一緒に、魔王城に向かう。非常に数奇な旅だが、それもいいだろう。

 

ラクト「…ってことはつまり…」

パヲラ「ここで戦う必要もないってわけねい?」

カムロウ「アリスさんは友達のまま?」

ルカ「ああ、今まで通り、変わらないよ。」

 

「「「「良かったぁぁぁ~…」」」」

みんなはへなへなと、その場にぐったりと座り込んだり倒れこんだりする。

ルカ「ど、どうしたんだ…みんな?」

ラクト「いや…お前はぐっすり眠ってて体力全快なんだろうけどよ…」

チリ「私達…魔力も体力も…限界に近くて…」

パヲラ「このまま連戦ってなったら、負けは確実だったから…すごい気を張ってたのよん…」

カムロウ「ぼく…友達と戦いたくないよ…」

 

ふぅ…と、溜め息を吐いた後、ラクトが喋った。

ラクト「なぁ…ルカ。アレで締めてくれよ。」

ルカ「…アレ?なんだよ、アレって。」

ラクト「勝ち名乗りだよ!」

ルカ「えぇ!?またアレやるの!?」

正直、恥ずかしいのだが…

ラクト「何はともあれ、七尾の奴に勝ったからよ!頼む!」

ジョージ「勇者殿、勝どきをあげるでござる!」

マモル「アッシら、いつでも行けまっせ!」

なぜかジョージとマモルは、テンションが上がっている。

パヲラ「ほら、あたしら準備万端だから…」

チリ「ちゃっちゃとやって、帰りましょ!」

ルカ「わ…分かったよ…」

パパッとやって、さっさと帰ろう。

 

ルカは、堕剣エンジェルハイロウを、空高く掲げた!

ルカ「___僕たちの、勝利だ!」

 

 

 

 

 

__こうして僕たちは、「海神の鈴」を手にし、秘宝の洞窟を出たのであった。

 

しかし、帰り際、一人浮かない顔を浮かべる人物がいたのである。

カムロウだ。

今回の一件で、分かってしまったことがある。

それは、自分が人間でないということだ。

(ドラゴン)になって、暴走したことが、カムロウの心に深く刺さった。

運良く、誰も傷付くような事態は起きなかったものの、一歩間違えていれば、自分のせいで誰かが、いや全員が死んでしまっていただろう。

 

…自分は人間でないのなら、何者なのだろうか。

ぼくはいったいなんなのだろうか…

カムロウの頭には、その言葉がずっとこだまするのであった。

 



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第33話 セントラ大陸へ出港準備

イリアスポートに戻ってきた僕達。

ジョージ「ラクト殿、服を直してもらい感激でござる。」

ラクト「もういいって、改めてお礼なんてよ。」

先日の戦闘でボロボロにジョージの服は、帰る途中の野営でラクトに直してもらっていた。

ラクトは裁縫が得意なようだ。

ルカ「それじゃ…さっそく港へ行って、船を出してもらうとするか。」

町に着いた僕達は、港に向かって歩き始めた。

 

 

ルカ「僕…イリアス大陸の外に出るのは初めてなんだよな。」

港への道を行きながら、僕はみんなにそう告げる。

ルカ「みんなは、セントラ大陸から来たんだよな。」

ラクト「なんなら俺はセントラ大陸出身だぜ。」

カムロウ、ラクト、パヲラ、ジョージ、マモル…

少なくとも、この5人はセントラ大陸から渡ってきたのだ。

するとチリが、空を見ながらこう呟いた。

チリ「セントラ大陸、久々に帰るなぁ…」

ラクト「え!?お前、イリアス大陸に住んでたんじゃねぇのかぜ?」

チリ「あぁ…私、セントラ大陸出身なの。」

ルカ「初めて聞いたな…」

チリ「ごめん、言ってなかったっけ?」

なんてこった、セントラ大陸組が6人に増えた。

 

アリス「余も、セントラ大陸の地を踏むのは初めてだ。」

ということは、初セントラ大陸組は僕とアリスだけのようだ。

アリス「上空を通過したことなら、何度かあるのだがな。」

チリ「上空!?」

ルカ「アリスが旅に出たのは、つい先日って言ってたよな?」

アリス「その通り。魔王城を出てから、まず最初にイリアス神殿へと飛び、その後、不慮の事故があって貴様に出会ったというわけだ。」

ルカ「不慮の事故…か。」

あの、突然の墜落。一体何があったのかは、何度も聞いたが教えてくれない。

ルカ「まさか飛んでる最中に居眠りして、落ちたんじゃないだろうな…」

ラクト「いやまさか。そんなヘマするような奴じゃないだろ。」

 

それはともかく、港へ着いた。

暇そうな船乗り達が、生活の糧とするべく魚釣りをしているようだ。

交渉するなら、なるべく偉そうな人がいい。

そういうわけで、船長らしい身なりの男性に声をかけた。

ルカ「あの…船を出してほしいんですけど。」

船長「あん?冗談言うな、若いの。ここを出た船が、どうなるか知ってるだろ?」

ルカ「それがですね、この「海神の鈴」を舳先じくさきに吊るしておけば大丈夫なんですよ。」

ルカはカバンから鈴を取り出して見せる。

船長「…寝言は寝て言え。こんな汚い鈴で、嵐が避けられたら苦労しないぜ。」

ラクト「まぁ確かに…俺もあんまりその鈴、信用してねぇんだよな。古そうだし。」

船長は、全く取り合ってくれないようだ。

ルカ「実際に、試してみれば分かるんですよ。どうか、騙されたと思って船を…」

チリ「悪徳商法みたいな言い方になってる…」

船長「おととい来な。ガキの戯言に付き合ってられるほど暇じゃねぇよ…」

船長「暇だけど。」

ラクト「暇じゃねぇかっ!」

やはり、全く耳を貸してくれないようだ。

ルカ「さて、どうしたものか…」

アリス「…どいてろ、ルカ。」

不意に、アリスは船長の前に進み出た。

船長「おお、いい女。あんたなら、特別に乗せてやっても__」

アリスの眼が怪しく光った!

ラクト「うおっ眩しっ!!」

ラクトは慌てて目を伏せる。

アリス「余の意に従え。」

すると船長は、たちまちびしりと姿勢を正した。

船長「はい!何なりとご命令を!」

アリス「我々をセントラ大陸に乗せていけ。すぐに準備をしろ。終わり次第、出港だ。」

船長「了解しました!ただちに!」

 

船長「おい、てめぇら!魚釣ってる場合じゃねぇ!出港の準備だ!」

船乗り達「え…?は、はい、了解っす!」

船乗り達は当惑しつつも、慌ただしく準備を始めたのである。

ルカ「アリス…魔眼を使ったのか?」

ラクト「お前なぁ!使うなら先に言えよ!」

今まで遭遇したモンスターにも、こういう技を使う奴はいた。

魔王であるアリスが、それを使えるのも当然だろう。

アリス「くくく…これこそ、高位妖魔の眼に備わった魔力よ。余ほどになれば、魅了、石化、混乱、気絶…なんでも思いのままなのだ。」

ルカ「そりゃぁ便利だな…まさに、歩くステータス異常。」

 

後ろを見てみると…

パヲラとジョージとマモルはバカンスにでも行くような、かなりラフな格好に着替えていた。

パヲラはサンバイザーを被り、片手でビーチチェアを持っている。

ジョージはサングラスをかけ、ビーチボールを持っている。

マモルは麦わら帽子を被り、上下ともにアロハ姿だ。

パヲラ「全く、落ち着きないんだから。」

ジョージ「何事も冷静にならねば、足元をすくわれるでござるぞ。」

マモル「リラックスは大事ですよぉ兄サン。」

ラクト「なんで旅行気分になってんだよお前らはっ!」

 

ルカ「ともかく、助かったよ。ありがとう。」

アリス「ふん…勘違いするな。うだうだやっているのが面倒だっただけだ。」

僕の手助けはしないと言いつつ、結構色々と助けてくれる気がする。

なんだかんだ言いつつ、タダ飯食らいではないようだ。

船長「準備が終わりました!さあ、乗って下さい!」

船乗り「船長、この連中をどっかに送るんすか?こいつら、誰なんです…?」

船長「馬鹿野郎、この方々になんて口を利きやがる!この方はなぁ…どなただろう?」

アリス「何でもいいから乗るぞ。」

ルカ「…お世話になります。」

こうして僕達は、見ず知らずの船に乗り______

 

 

???「___待ってほしいでありますーー!!!」

誰かが遠くから、土埃を巻き上げながら猛ダッシュで走ってくる。

それは、秘宝の洞窟で助けた探検家の少女、フラドリカだった。

背中にはいつもの大きなリュックと宝箱やらなんやらの荷物を背負い、スライディングをしながら僕達の前に立ち止まる。

フラドリカ「ま、待ってほしいであり…うぇ、待って…うぇ、ま…」

ぜぇぜぇと息切れをする。

ラクト「待つから落ち着けっ!」

 

フラドリカは僕達に向かって敬礼をした。

フラドリカ「ワガハイもセントラ大陸に渡らせて欲しいであります!」

そう言えば、この子もセントラ大陸に行きたいと言っていたな。

この船はそこまで小さくない船だ。もう一人乗るくらい、何も問題もないだろう。

ルカ「アリス、この子もいいか?」

アリス「いいだろう。おい、一人追加だ。」

船長「はい!一人追加ですね!!」

フラドリカ「いえ、正確に言うと…二人であります。」

ルカ「二人…?」

そう言うとフラドリカは、背中の荷物にあった宝箱を見せてくる。

フラドリカ「紹介するであります。ミミック娘のヴェニア殿であります。」

すると、いきなり箱の隙間から、血走った目が覗いてきた!

ヴェニア「オオオオォォォ…」

チリ「ひぃ!」

ラクト「ひぃ!」

ルカ「うわっ怖っ…」

フラドリカ「申し訳ないであります…ヴェニアは人見知りだそうで…」

チリ「その見た目でっ!?」

ルカ「にしても…一体、どういう経緯でミミック娘と一緒にいるんだ?」

フラドリカ「実は、秘宝の洞窟から帰還する途中、ばったり出くわしたでありまして…その後、意気投合して、我がフラット探検団に加入させることにしたのであります!」

ヴェニアは箱の隙間から手を出してサムズアップする。

ルカ「よく意気投合できたな…」

フラドリカ「加入目的は一獲千金であります。」

ラクト「がめついなぁおいっ!」

 

ヴェニア「オオオオォォォ…」

ヴェニアは隙間から手を伸ばして、フラドリカを手招きする。

フラドリカ「ヴェニア殿、何でありますか?…ふむふむ。」

フラドリカ「今後ともよろしく…とのことであります。」

ラクト「律儀だなっ!」

フラドリカ「それでは…ルカ殿のご厚意に甘えて、フラット探検団、乗船するであります!短い間ではありますが、よろしくお願いするであります!」

フラドリカは僕達に敬礼をすると、ヴェニアを背中の荷物に乗せ、船に乗っていく。

ルカ「それじゃあ、僕達も…」

アリス「ああ、さっさと乗るぞ。」

フラドリカの後を追うように、僕達も船に乗る。

パヲラ「日焼け止めヨシ…チリちゃん、日焼け止め持った?」

チリ「持ってますけど…え?日焼け止め?」

ジョージ「飲み物、あるでござろうか…」

マモル「あるんじゃない?こんな大きい船だしなぁ。」

ラクト「カムロウ、行くぞ…何見てんだ?」

カムロウはしゃがんで何かを見ていた。

カムロウ「フナムシみてた。」

フナムシ「わきわきわきわきわき。」

フナムシ「わきわきわきわきわき。」

フナムシ「おれ、ふなむし。」

フナムシ「わきわきわきわきわき。」

ラクト「おい一匹だけ喋るフナムシいるぞ…」

 

こうして僕達は、見ず知らずの船に乗り込んだのだった。

いよいよ、船旅の始まり。

といっても、セントラ大陸まではわずか1日ほどで着くのだが。

だいたい明日の正午には、対岸の港町ナタリアポートに到着するはずだ。

 



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第34話 船の上での束の間の休息

空は快晴、眩しい日差し、吹く潮風。

港はもう遠くに、ぽつんと小さく見える。

そして、やや揺れる船上で…ビーチチェアに寄りかかる2人と、ポーカーに興ずる人達がいた。

 

ジョージ「私の「魂」を賭けよう。」

ヴェニア「(箱の隙間から手を伸ばし、良いだろうと手で表現している。)」

双方、場に出された手札は…

 

ジョージはツーペア。

ヴェニアはフルハウス。

 

よってポーカー勝負は、ヴェニアの勝ちだ。

マモル「お前さん、また負けたのかぃ?」

ジョージ「ヴェニア殿は強いでござるなぁ。」

ヴェニア「(喜びの舞。)」

三人がポーカーに熱中している中、アリスとパヲラはサングラスをかけてビーチチェアでくつろいでいた。

…いやいやいやいや。

ルカ「おいちょっと待て!!」

ラクト「気、緩みすぎじゃねぇかお前ら!?」

パヲラはダルそうにサングラスを外す。

パヲラ「うるさいわねい…何よ?」

ルカ「いいか?この先で嵐を起こして、航路を中断させてるのは四天王の一人なんだぞ!」

ラクト「その海域に入るってことは、また四天王と戦うことになる可能性が十分ある!トランプなんかで遊んでる場合じゃねぇだろ!?」

マモル「……あぁ、そっかぁ。」

ジョージ「確かにそうでござるが…」

パヲラ「まぁ、問題無いでしょ。」

ルカ「なわけあるか!!」

ラクト「大問題多有りだっ!!!」

するとチリが、コップを複数個持ってきた。

チリ「オレンジジュース飲む人ー?」

    「「「はーい!」」」

その場でリラックスしている人達全員が返事をした。

ラクト「な…なんてこった…最悪だぜ…」

ルカ「チリまであっち側に…」

 

アリス「ドアホめ…少しはこいつらを見習ったらどうだ?」

アリスはサングラスをしたまま、喋り始めた。

アリス「今の貴様らは平常心が足りん。」

アリス「気が動転して体を休める事も出来ない人間に比べたら、たとえ恐怖に慄きながらでも休むことができる人間の方が、生存確率は高いぞ。」

ルカ「それにしてはリラックスしすぎじゃないか!?」

するとチリが会話に割り込んだ。

チリ「でもねルカ、束の間の休息ってよく言うけど…私、そういう時ぐらいうんと休みたいし。」

チリ「ほら、最近はこうやって休むこともできないことが多かったし…ルカも休んだらどう?」

そう言うと、チリはビーチチェアに座る。

ルカ「そう言われても、すぐには休めないよ…なぁ?ラクト__」

そしてラクトの方に視線を移すと…なんと麻雀をしていた。

ラクト「__ロン!!」

ジョージ「なんと!」

マモル「いやぁまいったまいった!」

ヴェニア「(隙間から手を出して、ラクトに向かって拍手している。)」

ルカ「お前(ラクト)、さっきまでこっち側じゃなかったか!?」

 

ルカ「…そういえば、カムロウとフラドリカは?」

ミミック娘のヴェニア、こうして平然とジョージ達と賭け事で遊んでいるが、団長であるフラドリカはどこに行ったんだろう。

カムロウもそうだが、出航してから姿が見当たらない。

するとヴェニアは、箱の隙間からスケッチボードとペンを出し、何かを書き出してこちらに見せてきた。

ヴェニア「(団長は船酔い。)」

ルカ「えっ…船酔い!?」

ヴェニア「(バケツ持って客室に引きこもってます。)」

ルカ「………」

おいおい…探検家が船酔いなんて、冗談じゃないぞ。

この先が思いやられるな…

チリ「カムロウも客室で寝てたよ。」

ルカ「カムロウも?船酔いか?」

ラクト「…いや、違うかもな。」

そうなると…おそらく、先日の一件を思い詰めてるのだろう。

カムロウだって、その気でドラゴンになったわけでもない。彼に責任はないのだ。

それでも、本人にとっては重大な悩みになってしまったようだ。

アリス「ルカも休め、特訓は夜からするぞ。」

ルカ「あ…あぁ、わかったよ。」

出来れば今すぐやりたいけど…

その言葉を押し殺し、僕も休むことにした___

 

 

 

__ビーチチェアに寄りかかって休んでいると、ルカの頭に、ある疑問が通り過ぎた。

ルカ「__そういえばだけど…みんなはどうして魔法が使えるんだ?」

アリスはともかく、カムロウ、ラクト、パヲラ、チリ…この4人が魔法を使える理由を詳しくは知らない。

人間は魔物のように、簡単に魔法を使えるわけではない。

大魔導士だとかそんな人物はいたりもするけど、そこまで多くはない。

長い鍛練を積んでも、年寄りになる頃にやっと扱えるようになるって話もあるほどだ。

ラクト「あー…そういや教えてなかったな。」

ラクト「俺の「ルーン魔導」ってのは、描かれた文字(ルーン)が魔力の消費を代替えしてるんだ。」

ルカ「代替え…?ラクトの魔力で魔法を使ってるんじゃないのか?」

ラクト「実際に魔力を消費してんのは、文字(ルーン)を描く時だけで、そのあとは文字(ルーン)が勝手に発動してくれる。」

ラクト「俺だってそこまで多くの魔力を持っている人間じゃねぇ。こんな広い海に対して、このコップ一杯分の魔力しか持ってないって言えば、なんとなく分かるだろ。」

その後のラクトの話によれば、描かれた文字(ルーン)が、発動に足りない魔力を、周囲の大気中にある魔素を吸収し、そのあと増幅させることで補ってるとか、描く術者によって威力が変わるだとか、そんな話だった。

…あんまり僕にはピンとこなかったが、分かったことがある。

ルカ「…ってことは、文字(ルーン)を描ければ、誰でも扱えるのか?」

ラクト「ああ、そうだぜ。」

ルカ「じゃあ、僕でも扱えるのか?」

ラクト「文字(ルーン)を正しく綺麗に、正確な手順で描けることが出来たらな。」

…それはめんどくさそう。

アリス「ふむ…人間にしては面白い技術だな。どんな人間が考えたのだ?人生に魔法を費やした、老いた大魔導士とやらか?」

ラクト「おっ!いいとこ突くな!最高だぜ!」

ラクトは自信満々な顔をして語り始めた。

ラクト「これな、カイっていう、俺が尊敬する魔法使いが開発した魔導技術なんだよ!しかも特許持ち!」

ルカ「と…特許!?」

パヲラ「魔法使いカイ?特許持ち?聞いたことないわね…発表したのそれ?」

ラクト「大々的に発表はしてねぇらしいんだ。なんでも完成した年は別の魔導技術の開発で忙しかっただとかで…」

パヲラ「あぁ…そうなのねぃ。」

 

ルカ「じゃあ、ラクトのようなルーン魔導を使わないカムロウは…」

カムロウは魔法を使うとき、文字を描くこともしなかった。

何不自由無く魔法を扱えてた。だとするとやはりカムロウは…

アリス「ああ、もしかするとだが、カムロウはただの人間ではないかもしれん。」

ルカ「やっぱりそうなのか…?」

アリス「だが、確証がない。あの時はただ変身しただけだ。それが自由に魔法を扱うことができるという証拠になったわけではない。」

ラクト「だとしても。気になるな…」

アリス「…カムロウが自ら、自分が何者なのかを知りたくなるまで待つのだな。」

ルカ「そうだな…」

カムロウは今、傷心中だ。

あまりそういった話をするのは良くはないだろう。

カムロウが聞いてくるまでそっとしておこう。

 

ラクト「__んで、お前(チリ)はどう?」

チリ「えっ!?私!?私は元々、魔法は得意で…」

急に話を振られた衝撃なのか、チリは慌ててそう言った。

ラクト「得意だなんて羨ましいなぁ。俺、苦手なんだよ…」

チリ「えっと、パヲラさんはどうなの?」

パヲラ「あぁ、あたし?」

パヲラ「あたしの魔導拳は体内の魔力を練り上げて身体能力を高めてるの。練気だとかオーラだとかそんな感じよん。だから、魔法使いみたいな大量の魔力は必要じゃないの。少なくても十分。」

ルカ「練り上げ…そういえば魔導拳は独自で編み出したって言ってたな。」

魔法と格闘術の融合。確かそんなことを言っていたような。

するとパヲラは昔話を始めた。

パヲラ「あたしが幼いころね…グランドノアのコロシアムでチャンピオンだった英雄がいるの。その名もネビュラ。あたし大ファン。」

ルカ「コロシアムのチャンピオン…!?」

パヲラ「元…ね。15年前に凄腕の出場者に負けちゃったのよ。」

パヲラ「それで…(ネビュラ)が駆使する「皇帝星拳(ていおうせいけん)」に憧れちゃってね…それの真似事があたしの「魔導拳」なの。」

ルカ「へぇ…そうなのか。」

元チャンピオン、ネビュラ。

そして彼の皇帝星拳(ていおうせいけん)

真似事…ということは、彼も魔法と格闘術を組み合わせていたのだろうか。

僕も一目見てみたいと思った。15年も前となると、願っても叶うことはないだろうけど。

ラクト「そうか…その英雄に憧れた結果、お前はそんなオネエ口調の奇抜なバケモノになっちまったってワケか…」

パヲラ「誰がバケモノよ!」

パヲラはビーチボールをぶん投げた!

ラクトの顔面にビーチボールが命中した!

ラクト「痛ってぇなてめぇ!俺様のルーン魔導でぶっ飛ばすぞ!!」

パヲラ「上等じゃないの!あたしの魔導拳、見せてあげるわ!!」

チリ「他所でやれ!!!」

チリはハンマーで二人を空の彼方にまで吹っ飛ばす。

ラクト「あああああああ!!!」

パヲラ「あああああああ!!!」

二人は遠くの海面に落ちた。

ルカ「…あの二人、この船に戻って来れるのか?」

チリ「大丈夫でしょ、あの二人なら。」

ルカ「………」

…遠くから怒声が聞こえる。

パヲラ「お前を海の藻屑にしてやろうか!!!」

ラクト「お前もその仲間に入れてやろうってんだよ!!!」

豆のように小さいが、わちゃわちゃと喧嘩し合ってるのが見える。

まぁ、あれほど生きが良いのなら大丈夫そうか。

 

さっき、ラクト含め4人で麻雀をしていたジョージが寂しそうな顔をした。

ジョージ「むぅ、プレイヤーが一人減ってしまったぞ…」

マモル「しょうがないねぇ、またトランプでもやるかぃ?」

ヴェニア「(ルカさん、一緒にブラックジャックでもしませんか?私、ディーラーをするんで。)」

ルカ「…じゃあ、僕もやろうかな。」

こうして僕は、夜になるまで束の間の休息を満喫することにした。



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第35話 夜の船での会話

___そして、船上で過ごす夜。

ヴェニアはフラドリカの体調を心配して客室に戻った。

カムロウも起きて、僕の特訓を見守っている。

仲間という観客がいながらも、今日もアリスの特訓を受けるのだ!

アリス「普通なら、戦闘中に高く飛ぶのは自殺行為。動きが非常に読まれやすくなるからな。」

アリス「しかし、この「天魔頭蓋斬」は違う。捕捉不可能なほどの落下速度で、敵の頭蓋を粉砕するのだ。」

ルカ「こ、こうかな…?」

マストの途中までよじ登り、飛び降りながら剣を振り下ろしてみる。

アリスの指導を受けつつ、何度か繰り返しているうちに形になってきたようだ。

アリス「…ふむ。貴様は未熟だが、飲み込みは早いな。形はだいたい、そんなものだ。後は実戦で使いこなせるようになるがいい。」

 

ルカは「天魔頭蓋斬」を習得した!

 

パヲラ「自由落下から放たれる高威力の斬撃…」

ジョージ「ふむ…拙者も真似してみようか?」

マモルは錫杖(しゃくじょう)でジョージの頭をポコッと叩く。

マモル「お前さんは上段切りで十分だよぉ。」

 

アリス「この天魔頭蓋斬は「翼を持った死神」と恐れられたハーピー、デスレイアが好んだ技だ。300人もの頭蓋がこの技で叩き割られ、大地に脳漿が撒かれたのだという。」

チリ「グロいっ!」

ルカ「…もっと、勇者らしい技を教えてほしいんだけど。」

忌まわしい技ばかり覚えて、イリアス様に怒られないだろうか。

アリス「しかしこの技は、貴様が使う分には大きな問題がある。説明した通り、この技は高所より発動する剣技だが…」

アリス「実は、貴様は人間だから空を飛べんのだ。」

ルカ「いや、知ってるよ…」

ラクト「周知の事実だろっ!」

アリス「ゆえにこの技は、使用条件が少し厄介だ。近くによじ登るようなもの、もしくは高く飛ぶことができるようなものがないと使えん。」

ルカ「…分かった。使用する場所には注意するよ。」

地形によって左右される、なかなか厄介な技のようだ。

 

 

アリス「………」

アリスは、僕の指で光っている指輪に視線をやっていた。

アリス「…おい、ルカ。すまないが、その指輪を余に見せてくれんか。」

ルカ「アリス、これは食べちゃいけないよ。」

アリス「貴様が余の事をどう思っているのか、よく伺える言葉だな。」

ラクト「そういやこいつ(ルカ)、寝言で雑草食うなとか言ってたな…」

アリス「食ったり奪ったりはせん、少し気になることがあるのだ。」

ルカ「じゃあ、指に付けたままでいいかい?肌身離さず付けているよう、死んだ母さんと約束したんだ。」

アリス「ああ、それで問題ない…」

アリスは僕の手を取り、指にはまっている形見の指輪をまじまじと眺めた。

アリス「…この指輪から感じる残留思念も、特別なものではなかったか。」

そして、軽く首を横に振る。

アリス「貴様の秘めた力は、この指輪とは関係ないようだな。」

ルカ「それ…七尾を倒した時の事か?眠りながら戦ったっていう…」

その時のことは全く覚えていない。ぐっすり眠っていたから当然ではあるが。

アリス「貴様には自覚がないだろうが、あれは尋常ではない力だ。こんな指輪一つで、獲得できるような力でもなかったな…」

ルカ「そんなに凄かったのか、眠っているときの僕って…?」

ラクト「いやマジで。正直言うと、恐ろしかったぜ…」

ジョージ「一種の無我の境地か明鏡止水でござろうか?」

パヲラ「眠ったことで雑念や邪念が無くなった…ってところかしら?」

ラクト「眠るだけでそんな力が手に入るんだったら、俺は喜んで寝るぜ。」

パヲラ「一生眠ってろアホ。」

ラクト「んだとてめぇ!!」

 

アリス「もしかしたら…貴様の祖先に、高位の魔族がいたのかもしれんな。」

ルカ「ぼ、僕の祖先に魔族が…?」

アリス「基本的に魔物は、その種族のメスしか子を産まんが…まれに例外がある。突然変異的に、人間のオスが生まれる場合があるのだ。」

アリス「そうして生まれたオスは、原則的に普通の人間と全く変わらんのだが…これまた例外的に、何らかの魔力が遺伝しているケースもあるという。魔王である余ですら、数件しか聞いたことがないほどのレアケースだがな。」

ルカ「それって…僕の祖先に魔姦の禁を破った者がいたという事になるじゃないか。」

アリス「あくまで類推に過ぎん。それくらい、貴様の潜在能力は尋常ではないということだ。」

アリス「あれほどの力を秘めているのなら、とっとと発揮せんか…ドアホめ。」

ルカ「そ、そう言われても…僕自身は全く覚えていないんだし、どうしようもないじゃないか。」

アリス「貴様にあれほどの潜在能力がある以上、叩けばまだまだ伸びるはずだ。これからの特訓はビシバシいくぞ。」

ルカ「わ、分かったよ…」

 

すると、カムロウがアリスに近付いてきた。

カムロウ「あの…アリスさん。」

アリス「どうした。」

カムロウ「ぼくって…人間なんですか?」

アリス「ふむ…」

アリスは少し考えたあと、再び口を開いた。

アリス「カムロウ、髪の毛を一本抜け。」

カムロウ「えっ…髪の毛ですか?」

ルカ「アリス、髪の毛は食べちゃいけないよ。」

ラクト「お前こいつ(アリス)のこと、本当にどう思ってんだよ…」

アリスはカムロウの頭に生えているアホ毛をブチッと引き抜く。

アリス「確かめたいことがあってだな…」

ルカ「なんだ?確かめたいことって…」

アリス「遺伝子を調べる。」

ラクト「遺伝子だぁ?どうやって調べんだよそんなん…」

するとアリスは、カムロウのアホ毛を口に入れてモゴモゴし始めた。

ラクト「本当に髪の毛食ってるじゃねぇかっ!!」

ルカ「アリス、吐き出して。」

アリス「なにも本当に食べているわけではない。髪の毛に含まれている遺伝子を判別しているだけだ。」

ルカ「へぇ…」

ラクト「ほーん。」

アリス「モゴモゴ。」

ルカ「モゴモゴ…」

 

アリス「………?」

アリスは口をモゴモゴすると、なにやら難しそうな顔をし始めた。

ルカ「な…なんだ…?」

ラクト「や、やっぱりただ事じゃないってか…?」

 

しばらくして…鑑定が終わったようだ。

アリス「ふぅ…終わったぞ。」

ルカ「かなり長い間、モゴモゴしてたな…」

ラクト「モゴモゴ…」

 

カムロウ「それで…アリスさん。ぼくは…」

アリス「…カムロウ、この結果はお前にとって望んでいる結果ではないかもしれん。それでも知りたいか?」

その言葉を聞いて、カムロウはうつむいた。

しかし、すぐに、決意を固めた眼差しで顔をあげた。

カムロウ「…はい。」

アリス「…分かった。」

 

 

アリス「…カムロウ、お前は__」

 

 

アリス「__「人間ではない」。」

カムロウ「…やっぱり。」

カムロウは顔を下に向けた。

やっぱり、人間じゃなかった___

 

 

アリス「___だが、「人間でもある」。」

カムロウ「えっ…?」

予想外の言葉に、思わず顔を上げた。

ルカ「人であって人ではない…?」

ラクト「どういうことだぜ?」

人間でもあり、人間ではない。つまりどういうことなのだろうか。

 

アリス「__「人間とドラゴンの混血児(ハーフ)」。それが余が考え出した結論だ。」

カムロウ「混血児(ハーフ)…?」

ルカ「さっき言ってた、祖先に魔族がいるとかじゃなくて…?」

アリス「うむ、おそらく親のどちらかがドラゴンだ。」

カムロウ「お母さんかお父さんが…(ドラゴン)…?」

アリス「そうだ。あの時ドラゴンに変身したのは、危機的状況下、もしくは極度の興奮状態によりドラゴンの本能が刺激されたからだろうな。」

ルカ「そうなのか…」

だとすれば、あの時ドラゴンに変身したのも納得だ。

ラクト「にしても驚いたな…カムロウが魔物と人間の混血児(ハーフ)だとはな。」

カムロウ「うん…」

ルカ「ああ…僕も驚いたよ。」

まさか、こんな近くにイリアス様の魔姦の禁を破った人間の子どもがいるとは思わなかった。

しかしそれは、人間と魔物が愛し合って生まれた子どもでもあるということだ。

カムロウからの話を聞くには、親同士の関係は良好のようだ。

 

アリス「…いや、違うな。」

カムロウ「え?」

ルカ「え?」

ラクト「なにが違うんだ?」

 

アリス「カムロウは魔族ではない。」

ラクト「何ぃぃぃ!?」

ルカ「何だって…!?」

おい、さっきの人間と魔物が愛し合って生まれた存在ってコメント、どうすればいいんだ。

カムロウ「ぼくは…魔物じゃないってこと?」

ルカ「じゃあ…一体、何との混血児(ハーフ)なんだ?」

アリス「それは余も分からん。」

魔王であるアリスですら分からない。どういうことなのだろう。

アリス「まず…「人間とドラゴンの混血児(ハーフ)」という事だけは分かったが、そのドラゴンの遺伝子が魔族由来のものではなかった。」

ルカ「魔物じゃない…!?」

ラクト「いや…いるはずだろ!?ドラゴンに変身できる魔物ぐらい…」

アリス「いくら魔族でも、あのような絵に描いたドラゴンに変身することができる種族は存在しない。」

アリス「それにもし、魔族の遺伝子だとしても…遺伝子の特徴に、不可解な点と合致しない点が多すぎる。あんな遺伝子、余は初めて見た。」

カムロウ「………」

ルカ「………」

となると、カムロウは魔族でもない何かの存在との混血児(ハーフ)になる。

一体、どんな存在なんだ…?

 

ラクト「ま、別にこいつ(カムロウ)がドラゴンだろうがなんだろうが知らねぇけどよ…」

ラクトが不意に口を開いた。

ラクト「こいつは寝坊助で単純でお人好しの泣き虫なんだよ。」

そう言いながら、カムロウのほっぺをむにむにと揉む。

カムロウ「ほっへもふほやめへとらふと(ほっぺ揉むのやめてよラクト。)」

ラクト「うるせぇ、俺にとっちゃ、お前(カムロウ)お前(カムロウ)なんだよ。」

ラクトはカムロウの顔を見てにししと笑った。

ラクト「だろ?相棒。」

カムロウ「…うん!」

カムロウも釣られて笑った。

パヲラ「そうよん!カムロウちゃんはカムロウちゃんなんだから!」

チリ「そうだね。今はこうやってなんともないわけだし。」

ルカ「そうだよカムロウ。気にすることはないよ。」

ラクトの言う通りだ。カムロウがドラゴンや魔族だったとしても、カムロウはカムロウであることに違いないのだ!

それは決して、揺るがない事実だ!

 

 

 

ルカ「ところで、アリス。この指輪から思念が感じられるって言ったよね?」

アリス「ああ…だが、別に特殊なものではない。貴様に何らかの効力を及ぼすようなものでもないようだ。」

アリス「母が子を思い、案ずる思念が少しばかりこもっている。間違いなく、貴様の母のものだな。」

ラクト「へぇ…子を思う思念か…」

ルカ「そうか、母さんの想いが…」

僕は、指輪をぎゅっと握り締めていた。

アリス「もしかしたら、貴様の母が魔族だったのではないかとも考えたが…その指輪からは、魔素が全く感じられん。持ち主だった者は、間違いなくただの人間だ。」

ルカ「そ、そりゃ当然だろ!だいたい、母さんは病気で死んだしね…」

カムロウ「…この前、言ってたね。」

村に肺病が流行った時、母さんも感染してしまったのだ。

流行り病にかかる魔物なんて、聞いたこともない。

アリス「そうか、辛いことを思い出させてしまったな…」

ルカ「いや、気にしてないよ。ところで、アリスの両親は?」

アリス「…父は知らん。余の種族は、完全なる母系だからな。おそらく、母上がどこぞで襲った男の精だろう。」

ラクト「ひぃっ!」

チリ「ひぃっ!」

ラクトとチリは戦慄した。

アリス「その男が食われたのか、搾死されたのかは興味がない。」

ラクト「ひぃぃぃ!!!」

チリ「ひぃぃぃ!!!」

さらに戦慄した。

ルカ「なんだか…すごくドライだな…」

パヲラ「母系ってことだしねぃ…」

多くの魔物にとって、父の存在などそんなに重要ではないようだ。

種族にもよるだろうが、人間とは「父」という概念自体が異なるのだろう。

アリス「…まあ母上の性格上、その男の命を奪ったとも思えんが。」

ラクト「ひぃ…ん?そうなのか?」

アリス「母上は、先代魔王アリスフィーズ15世。…しかし、今はもういない。」

ラクト「………」

ルカ「そうか…」

確かアリスは、アリスフィーズ16世。

つまり母親の先代魔王は、もうすでにこの世の者ではないのだろう。

僕は、それ以上は聞かなかった。

アリス「湿っぽい話になってしまったな。さあ、特訓を再開するか__」

アリスがそう言った時だった____

 



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第36話 荒れ狂う海での死闘

___不意に、海が荒れ狂い始めたのだ。

先程まで静かだったのが嘘のように、辺りに暴風が吹き荒れる。

ルカ「これが、問題の暴風か…」

ラクト「ぅゎ…俺様のマフラーが飛ばされそうだったぜ。」

ラクトはマフラーを、チリはバンダナを飛ばされないよう手で抑えた。

通常の船なら、たちまち転覆してしまいそうなほどの暴風と大波。

しかし、この船はビクともしなかった。

船の前を見ると、舳先にぶら下げていた「海神の鈴」が、光を放っているのが見える。

カムロウ「大丈夫そうだね。」

ルカ「やった!さすが、キャプテン・セレーネの秘宝だ!」

アリス「ふむ、人間の残した秘宝にしては大したものよ。しかし__」

アリスが、不穏の表情をした次の瞬間__

不意に、一筋のつむじ風が船上を吹き流した。

ルカ「うわっ!なんだ…!?」

カムロウ「風…!?みんな、あれ!」

その嵐が過ぎた後…

カムロウが指差した舳先に、角、翼、尻尾が生えた一人の美しい妖魔が立っていたのだ!

マモル「だ、誰でぃ…あいつぁ…?」

ラクト「あの姿…サキュバスじゃねぇか!?」

チリ「…いや…クィーンサキュバス。」

ジョージ「クィーン…?」

パヲラ「どういうことなの、チリちゃん!?」

チリ「あれが全てのサキュバスの頂点に立つ存在…そして、魔王軍四天王の一人、アルマエルマ…!」

ルカ「あれが…アルマエルマだって!?」

 

アルマエルマが現れた!

 

こいつが四天王の一人、アルマエルマ。

相対しているだけで、凄まじい威圧感だ。

アルマエルマ「なるほど…あなたたちが、例の人間達ね。ふふっ…アリスフィーズ様が気に入られるだけあって…美味しそう…」

ぺろり…と、アルマエルマは舌なめずりをする。

するとアルマエルマは、アリスの方に視線を向けた。

アルマエルマ「アリスフィーズ様。魔物を傷つける勇者は、退治してもいいというご命令でしたが…そのご命令、確かに遂行してもよろしいのでしょうか?」

アリス「…例外はない。余はあくまで、この人間達を観察しているだけ。特に肩入れもしなければ、特別扱いをしているわけでもない。」

アルマエルマ「くすっ…そうは思えませんが、分かりました。」

 

アルマエルマ「そういう事よ、ルカちゃん。この海域は、通してあげないわ。」

ルカ「…ルカ、ちゃん……」

ラクト「いやお前…普段からパヲラにそう呼ばれてるだろ。」

ルカ「そうだけどさ…」

なんだか拍子抜けするが…それでも、敵であることに違いはない。

チリ「あのグランべリアと同格だって忘れないで!」

ルカ「ああ、分かってる!」

 

ルカ「僕達は、お前を倒して無理にでも通る!」

アルマエルマ「ふふっ…勇気溢れる、若い冒険者…いいわぁ…ルカちゃん、どんな風に犯してほしい?」

ルカ「ぐ…!」

アルマエルマ「き~めた♪尻尾で遊んであげる。特別に、手も足も、魔法も使わずに相手をしてあげるわ。」

カムロウ「尻尾だけで…!?」

ラクト「へぇ…随分と余裕そうじゃねぇか…当たり前か、四天王だしな…!」

スルスルと、生えている尻尾を僕達に向ける。

アルマエルマ「せいぜいもがき抜いて、私を愉しませてね…お遊び終えたら、涸れ果てるまで吸ってあげるから。」

ルカ「僕たちは負けない!みんな、絶対に勝つぞ!」

ここは船だ。周りは荒れ狂う海。逃げる場所などない。

逃げ場がない以上、どんな手を使ってでも勝たなければ、僕達の命はない。

アルマエルマ「じゃあ…行くわよぉ♪」

 

アルマエルマとの闘いが始まった!

 

ルカ「みんな!強力すぎる攻撃は止そう!船が壊れるかもしれない!」

今、僕達がいるこの場所は、空は黒く分厚い雲が立ち込め、暴れる風が吹き、荒れ狂う海に浮かぶ船の上だ。この船を壊すことは、敗北の一つでもある!

ルカ「チリはハンマーでの攻撃よりも回復の援護を!後衛に就いて!」

チリ「わ…分かった!」

ルカ「みんな、炎や爆発はしないで!マストが燃えるかもしれない!」

マモル「えぇ、えぇ…そうですよねぇ。」

気付けば、マモルが前に歩み出ていた。

マモル「船なんで、派手な攻撃はご法度ですもんねぇ。」

マモルは複数枚の式神を、辺りに展開した!

マモル「鉄砲式神陣(てっぽうしきかみじん)!」

号令を出すと、式神は紙の体を細く丸め、鉄砲のように飛んでいく!

アルマエルマ「そぉら。」

アルマエルマは尻尾を振り回し、飛んでくる式神をはたき落とした!

そして、全て叩き落とすと、尻尾は何事もなかったかのように定位置に戻る。

マモル「ぜ、全部はたき落としやがったぁ…!」

ルカ「本当に尻尾だけで戦うつもりか…」

アルマエルマ「少しでも気を抜いたら、尻尾が股間に吸い付いちゃうわ。」

やはり、さすがは四天王。

軽い態度とは裏腹に、その実力は底知れない。

 

ルカ「カムロウ!ジョージさん!」

カムロウ「うん!」

ジョージ「承知!」

ルカの両隣に、カムロウとジョージが立つ。

ルカ「魔剣・首刈り!」

カムロウ「風蝗斬(ふうこうざん)!」

ジョージ「ぬぅん!」

ルカは足をバネにして、喉元めがけて鋭い突きを、

カムロウは剣に風を纏わせ、バッタのように飛び上がり上段斬りを、

ジョージは抜刀してから斬りかかった___

 

__しかし、3人の一撃は、たった一本の尻尾でいとも簡単に防がれた。

尻尾を横にして剣の鍔を押さえ、剣がアルマエルマに届かないようにされたのだ。

ルカ「なっ!?」

カムロウ「えっ!?」

ジョージ「むっ!?」

そして、アルマエルマは手を前に出し、かかってこいと言わんばかりの手招きをした。

ルカ「きょ…きょえぇぇぇぇ!!!」

ルカは剣をやたらめったに振り回し、やたらめった斬りを放った!

カムロウ「はああああ!!!」

ジョージ「ぬおおおお!!!」

カムロウは剣と盾のコンボ攻撃。

ジョージは刀を振り回して連撃を放つ。

だが、アルマエルマは動じず、微笑みを浮かべるその表情も一切変えずに、その3人の連撃すらも全て尻尾で防がれ、押さえられ、弾き返される。

アルマエルマ「ふふっ…少しでいいから、尻尾の快楽を味わってみたいでしょう?」

ルカ「う、うるさい…!」

アルマエルマ「ほんのわずかでも、剣を止めればいいだけ。それだけで、最高の快楽が味わえるのよ…くすっ♪」

アルマエルマの言葉に、僕の心は乱れそうになる。

 

不意に、アルマエルマの尻尾が横に薙ぎ払われる。

カムロウとジョージは吹き飛ばされる。

そして、ルカの体は、アルマエルマの尻尾に巻き上げられてしまった!

アルマエルマ「ほぉら…つかまえた♪」

アルマエルマの尻尾が、くぱっと口を開いた!

アルマエルマ「覚悟してね…たっぷり気持ちよくしてあげるから♪」

ルカ「は…離せ…」

ルカは必死にもがいた!

アルマエルマ「あらら、逃げるつもり?せっかく、天国を見せてあげようと思ってるのに…」

尻尾はどんどんと近づいて来る…

 

カムロウ「うぅ…!」

あまりの実力差に、悔しさがこみ上げる…

…七尾と戦った時と、同じ感覚がカムロウを襲った。

体の底からドロドロと、力が沸き上がってくる。

カムロウ「ウゥゥ__」

パヲラ「___お待ち!カムロウちゃん!」

呼びかけられて、カムロウは正気に戻る。

パヲラ「今、ドラゴンになろうとしたでしょ!?」

カムロウ「えっ…!?」

その通りだ。あのままでいれば、七尾の時と同じようにドラゴンになっていたはずだ。

カムロウ「で、でも…」

そうでもしなければ、アルマエルマに勝てない__

パヲラ「__忘れたの!?きほんの「ん」!」

大技はここぞで使え…パヲラから教わった戦場の基本だ。

カムロウ「…!」

パヲラ「ドラゴンに変身したとしても、重さで甲板が壊れるか、吐く炎で船が燃える!どうしようもないときの大技で、戦況をひっくり返すことはできっこないわ!」

カムロウ「うぅぅ…」

でも…あのままではルカがやられてしまう!

どうすれば…どうすれば___

 

カムロウ「___うわああああ!!!」

カムロウが叫んだ瞬間、雲に稲妻が走り、船に落雷が降り注いだ!

ルカ「雷…!?」

ルカは尻尾の拘束を解いて退避した!

アルマエルマ「!?」

雷はアルマエルマに向かって落ちる!

しかし、アルマエルマは回避した!

ルカ「今…何が起きた!?」

甲板の床が、プスプスと煙を放ち、黒く焦げている。

今、確かに雷がアルマエルマを狙って落ちたように見えた。

アルマエルマはすんでのところで躱したようなので、当たることはなかったが。

カムロウ「…???」

カムロウは、右手を振り下ろした状態で呆然としていた。

どうやら、カムロウは自分が何をしたのか全く分かっていないようだ。

だが、僕達は何をしたのかが分かった__

 

__カムロウが雷を落とした。

 

嘘みたいに聞こえるが、そう言わざるを得ないのだ。

確かにその瞬間を、僕達は目撃したのだ。

ルカ「ぐっ…」

とはいえ、やはり生半可な強さではない。

半端な攻撃は、まるで通用しないようだ。

ルカ「こうなったら、あの技を…!」

天魔頭蓋斬…教わったばかりで、実戦では初使用。

不安は残るが、やるしかない!

ルカ「みんな、アルマエルマの隙を作って!」

けどあの技は、高所から飛び降りなければ使えない。

どうにか隙を作って、その間にマストによじ登る必要がある。

ラクト「へっへっへ…隙を作れってか?」

どうやらラクトは自信があるようだ。

ラクト「時間稼ぎなら俺様に任せろ!」

そういうとずかずかと、僕達を押しのけ前に歩み出る。

ラクト「下がってろお前ら!俺には切り札があるんだぜ!」

ルカ「き…切り札だって!?」

ラクト「俺の切り札は…」

そう言うとカバンに手を突っ込む。

ラクト「これだあああぁぁぁ!!!」

ラクトがカバンから取り出したのは___

 

 

___横に切られた一枚の札だった。

アルマエルマ「…それは?」

カムロウ「えっと…?」

マモル「お札ぁ?」

ジョージ「切られた札…「切り札」でござるか?」

ラクト「そう!切った札で「切り札」!イカしたジョークだろ?」

ジョージ「おぉ!確かに切り札でござる!」

マモル「こりゃ一本取られた!」

カムロウとアルマエルマ以外の三人はゲラゲラ笑い始めた。

その背後から、鬼の形相をしたチリは右手でデカいハンマーを持ち、左手でラクトの後頭部を掴む。

チリ「おい、ツラ貸せ___」

 

 

__ラクトは、ルカ、チリ、パヲラの三人にボコボコにされていた。

パヲラ「てめぇ!戦闘中だってのにふざけやがって!!!」

ルカ「隙を作れとは言ったけど、何やってんだお前!!!」

チリ「ナメてんのか!あぁ!?なんとか言えよ!!!」

ラクト「ゴメンなさい!本当にゴメンなさい!!」

アルマエルマはその一部始終を真顔で見ていた。

アルマエルマ「(…どう、声を掛けたらいいのかしら。)」

 

ラクト「わ、悪い!悪かった!本当はこっち…」

ゴソゴソとカバンを探り、中から何かを取り出す。

…粘土で出来た小さな人形だった。

……そんな土くれの人形でどうするつもりなんだ?

ルカ「お前って奴は…」

パヲラ「次から次へと…!」

チリ「ふざけやがってぇ…!!」

ラクト「待てって!今度はマジなんだって!!!」

後ずさりしながらラクトは慌てている。どうやら、今度は本当のようだ。

ラクト「行くぜ!ゴーレム!」

ラクトは土の人形に魔力を込め、前に投げた!

すると土人形は人間の大きさよりも大きく巨大化した!

ルカ「お、大きい…なんだこれ!?」

ラクト「マモルの式神ってやつを見て思いついたんだ!出来れば、別に作ってるアレもお披露目したかったけどな!」

そういえばラクトはこの前、マモルから何かを教わっていた。

このゴーレムは、その時に作ったものなのだろうか。

巨大化したゴーレムの右肩にラクトは乗る。

ラクト「俺はお前らみたいに武器をつかったり、すごい超人的な力は持ってねぇ!だから、俺の代わりにこいつ(ゴーレム)で戦わせれば良いんだ!」

そして肩に乗りながら、ゴーレムと共に決めポーズを決める。

ルカ「そうか!そういう戦い方があったか!」

ラクトの言う通り、彼は僕のように剣を使ったり、パヲラのように魔力で身体能力を強化するような術がない。生身の人間なのだ。

なので、ゴーレムを代わりに戦わせれば安全だ!

…だが、決めポーズをしたまま、一向に動く気配がない。

ルカ「…なんで動かないんだ?」

ラクト「…あー…こいつ(ゴーレム)に意思とか自我とかないから、俺が操る必要があるんだ、さながら操り人形(マリネット)…操り土人形(ゴーレム)ってか?」

ルカ「………」

本当に大丈夫なんだろうか…

 

ラクト「行くぜぇ!行くぜぇ!!行くぜぇ!!!」

ゴーレムは剛腕を鳴らし、アルマエルマに攻撃を仕掛けた!

まずはラリアット、しかし避けられる。

振り向きながら左フックで殴りかかるが、これも避けられる。

避けられた瞬間に、アルマエルマは尻尾の口から粘液を飛ばした!

ゴーレムは左腕で防ぎ、右腕で殴りかかる。

アルマエルマは華麗に避け、尻尾を左腕に突き刺した!

すると、ゴーレムの左肩が崩れてしまい、左腕が落ちてしまったた!

アルマエルマ「見かけの割には、随分脆いわねぇ。」

ラクト「ああ。ただの土だしな。確かに防御力は皆無だ。」

ゴーレムは右腕を伸ばし、落ちた左腕を拾った。

ラクト「だけど、再生能力ならピカイチだ!」

するとゴーレムの左腕は吸収され、欠けた左肩と左腕が元に戻っていく。

ラクト「体が欠けても、欠けた部位とか土や砂を吸収すれば、すぐに元通りになる!」

アルマエルマ「ふぅん…」

ラクト「再生力!それがこいつ《ゴーレム》の一番の強みだ!」

ラクト「それによぉ…」

指パッチンをした。

すると、ゴーレムの背中から何本も腕が生えた!

ラクト「こいつは粘土細工なんだ、腕を増やすことだってできるんだぜ?」

アルマエルマ「そんなに増えた手で、いったい何が出来るのかしら?」

ラクト「お好み焼き何個もひっくり返せるぜ!」

 

ラクト「ぶちかませぇ!ゴーレム!」

ゴーレムは何本もの腕で連撃、ラッシュを仕掛けた!

アルマエルマはそれらを尻尾で防ぐ、避ける、受け流すを繰り返している。

すると、ラクトは振り向き、カムロウに向かって叫んだ。

ラクト「相棒!さっき雷落としたろ!?もう一回落とせ!」

カムロウ「えっ…!?そんなの、できない__」

 

ラクト「__俺は信じてるぞ!」

カムロウ「…!」

信じている…ならば、ぼくはその期待に応えるしかない!

さっきやったことを必死に思い出し、同じことをする。

体に魔力を込め、右手を空に掲げる!

暗く、稲光のする黒い雲に目線を向け、稲妻を掴むよう意識する…

…感覚ではあるが、今、確かに掴んだ!

カムロウ「落ちろぉ!」

感覚で掴んだ雷を、アルマエルマに向かって落とすように、右手を振り下ろす!

すると、再び雷が降り注いだ!

アルマエルマ「また…?」

しかし、再び避けられてしまった。

カムロウ「ご、ごめん。やっぱり避けられた…」

ラクト「いいや、避けるのは想定内だ!よくやった!」

ラクトはカムロウに向かってサムズアップした。

そしてすぐに、ルカの方に振り向いて叫ぶ。

ラクト「これでいいんだろ!?ルカ!!」

ルカ「あぁ!それで良い!」

なにが良いかというと、今、アルマエルマが立っている場所だ。

さっき、雷を避けたことでちょうどマストの真下に立っているのだ!

ここなら、天魔頭蓋斬が十分命中する位置だ!

ルカはマストによじ登り、そこから身を躍らせた!

ルカ「これでどうだ!天魔頭蓋斬!」

アルマエルマ「…きゃっ!?」

強烈な一撃が、アルマエルマの脳天に迫る___

 

___真剣白刃取り。アルマエルマは、刃を両掌で挟んで受け止めた!

ルカ「そ、そんな…!」

渾身の一撃でさえ、いとも簡単に防がれてしまった。

これではもう、他に打つ手などない___

 

アルマエルマ「___あはっ、私の負けみたいね♪」

ルカ「え…!?」

カムロウ「え…!?」

ラクト「はぁ…!?どういうことだよ!?」

アルマエルマ「約束したでしょう?手も足も、魔法も使わないって。」

確かに、アルマエルマは手も足も魔法も使わず、尻尾だけで戦うと言っていた。

アルマエルマ「そのつもりだったのに、つい手を使っちゃったわ。だからこの勝負、ルカちゃんたちに勝ちを譲ってあげる。」

__僕たちの勝ち?

 

アルマエルマ「そういう事でいいですよねぇ、アリスフィーズ様…?」

アリス「貴様がそれでいいなら、余の関知するところではない。」

アルマエルマ「くすっ…そういう事よ。今回は、退いてあげる。

アルマエルマは人差し指を立て、

アルマエルマ「でも…次に会った時は、本気で相手をしてあげるわ♪」

それをれろり…と舐め上げる。

パヲラ「わお。」

アルマエルマ「じゃあ…楽しみにしていてね♪」

船上に、またも一筋のつむじ風が吹き、そして、アルマエルマは一瞬で姿を消してしまった。

 

アルマエルマを追い払った!

 

カムロウ「消えた…」

ルカ「勝った…のか…」

アルマエルマが去った後、僕は船上で立ち惚けていた。

ルカ「この僕が…四天王を相手に…勝ったんだな…」

四天王の一人を撃退した。勝利の喜びが、じんわりと体を駆け巡っていく。

アリス「…両手両足、おまけに魔法を使わなかった相手に勝って、そんなにうれしいのか?」

チリ「私達、遊ばれてたって感じがする…」

ルカ「うぅぅ…」

確かに、ものすごいハンデ戦ではあったけど。

ラクト「な…なんでもいいぜなんでも。脅威が去ったってんなら、それで俺は十分だぜ…」

そう言うとラクトはぐったりする。

ルカ「…アルマエルマが本気を出していたら、やっぱり僕たちは勝てなかったのか…?」

ジョージ「恐らくは…いや、確実でござるな。」

マモル「アッシらの攻撃をほとんど、尻尾だけで防いだんですよぉ。しかも尻尾が傷付くこともなく。」

アリス「尻尾だけで戦っていた相手に、あれだけ苦戦したのだぞ?勝てる勝てない以前の問題だ、相手にもならん。」

ルカ「………」

ひどい言われようだが、実際のところ間違っていないだろう。

だけど僕は、まだまだ強くならなければいけないのだ!

 

 



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第37話 襲撃後の休息

アルマエルマの襲撃から少し経ち、僕達は客室にいた。

もう夜も遅いのだ。明日のために休息を…と思ったら、

…どういうわけか腕相撲大会が開催されていたのだ。

今、机の上で激闘を繰り広げているのはパヲラとジョージだ。

パヲラ「ぬおおおぉぉぉ…!」

ジョージ「ぬうううぅぅぅ…!」

ちなみに僕は、カムロウに瞬殺された。

僕は席を立つ。瞬殺されたとはいえ熱くなり過ぎた。

少し外に出よう。

チリ「ルカ。どこに行くの?」

ルカ「気分転換に外の空気を吸ってくる。」

 

気分転換に甲板に出ると、なんとそこにはラクトがいたのだ。

ラクトは船のへりに寄りかかりながら、何か歌のようなものを口ずさんでいた。

それは子守歌のようにも聞こえる。

ルカ「良い歌だね。」

そう呼び掛けると、ラクトはこちらに気付き視線を向ける。

ラクト「…ん?ルカか。俺、今歌ってたか?」

ルカ「がっつり歌ってたよ。子守歌みたいだったけど…まさか、自覚ないのか?」

ラクト「…マジ?」

そう言うと、ラクトは目を丸くして驚く。

そしてすぐに、はいはいと納得したような表情になる。

ラクト「あー…なんか、無意識に歌ってるっぽいんだよなぁ。悪ぃ悪ぃ。」

それはそうと、ラクトはここで何をしてるんだ?

ルカ「もしかして、寝れないのか?」

ラクト「あぁ…寝れなくてな。バカ共があんなに騒いでるのと…」

ゴロゴロと、雲に稲妻が走った。

ラクト「…空がこんなに不機嫌だとな。」

ルカ「雷が苦手なのか?」

ラクト「そう。こういう雷が苦手なんだよ。ガキのころ色々とあってな。うるさくって眠れもしねぇ。」

ラクトは全くやれやれだと、呆れる。

 

ラクト「ところでよぉ…ナタリアポートに着いたら、次、どこに行くんだ?」

ルカ「ナタリアポートの西にあるサン・イリア城に行きたいんだけど…まずはカムロウの住んでいた村に行かないとね。」

カムロウの旅の目的は、重症の母を治癒できる方法を探すこと。

それは、イリアスベルクのゴブリン娘のおかげで見つけることができたのだ。

なので彼は、このまま村に戻るだけだ。

ルカ「ラクトは…カムロウが村に戻ったら、その後どうするんだ?」

ラクト「俺は元々、あいつ(カムロウ)に付いて行くことにしてたんだ。カムロウが村に戻るんだったら、俺は金稼ぎに戻ろっかなぁ。」

ルカ「そうか…」

ラクト「…でも、どうだろうな。」

ルカ「ん?何がだ?」

ラクト「カムロウが村に戻ってまず想定できることは…親にどっちがドラゴンだって問い詰めることだ。自分が人間じゃないって知った以上、普通に暮らせねぇと思う。自分は他の人とは違うっていう異物感が記憶の片隅で主張するんだよ。」

ルカ「………」

確かにそうだ。母親の傷を治したとしても、そのことについては解決していない。

となると、その後の暮らしが心配だ。

ラクト「けどあいつ(カムロウ)さ、ドラゴンのことで悩んでるんじゃねぇんだと思うんだ。」

ルカ「えっ…?」

彼がドラゴンの事で悩んでいるのではないのなら…

ルカ「じゃあ、いったい何で悩んでるんだ…?」

ラクト「俺たちだよ。」

ルカ「僕たちのことで…?」

ラクト「大方、「自分は人間じゃないから友達と仲良くできない」みたいな悩みなんだろうな。」

思い出し笑いをしながら話を続ける。

ラクト「最初に出会った時、あいつは全くの世間知らずでよ。俺とコンビ組まねぇかって誘ったら、友達でもいいかって聞いてきたんだよ。おかしいだろ?」

ラクト「でもよ…あいつにとって「友達」ってのは、一番大事なんだろうな。」

友達…(カムロウ)は誰かが仲間になるとき、友達になることだと認識していた。

僕やアリス、チリにだってそうだった。

ラクト「まぁアリスの鑑定で、ちょっと軽くなっただろうけどよ。それでも純粋な人間じゃねぇからって、まだ引きずってると思うぜ。」

そういえばカムロウは、お昼頃は客室に引きこもっていたのに対し、今は腕相撲大会を楽しんでいた。

ドラゴンとの混血児(ハーフ)という結果で、半分は人間ということを知ったがために、少しはみんなとの娯楽を楽しめるようになったのだろう。

ラクト「俺はよ、あいつ(カムロウ)がバケモンになっても、友達でいようと思ってる。俺様が信じなきゃ、誰がカムロウを信じるんだ?」

ラクト「…お前(ルカ)はどう思う?」

ルカ「…僕も同じだよ。」

たとえカムロウが人間じゃなくても、彼は彼なのだ。

それを否定するのは、僕の信念に矛盾すると感じた。

ラクト「…そうか。」

そして少しの間。沈黙の間が訪れた。

僕とラクトの会話はこれで終わった。

ラクト「うっし…そろそろ戻ろうぜ。もう終わってるだろうしな。」

ルカ「どうだろう。かなり接戦だったよ。」

僕はラクトと一緒に、部屋に戻ることにした。

 

客室に戻ると、さっきとは打って変わって静まり返っていた。

ラクト「なんていうか…すごいことになってるなこりゃ。」

みんな腕を押さえてピクピクと痙攣している。

ジョージ「う…腕が…」

マモル「もう動けねぇっすわぁ…」

チリ「い…イタイ…筋肉痛になりそう…」

カムロウ「ゼェ…ゼェ…」

そして、我が物顔で椅子に座っているのは…アリスだった。

アリス「余に勝とうなど、笑止。」

どうやらこの腕相撲大会の優勝者はアリスのようだ。

…いや、なんで参加したんだお前。

ルカ「…どうだった、みんな?」

ジョージ「驚いたのはチリ殿でござるな。まさかカムロウ殿とマモルに勝ってしまうとは思っていなかったでござる。」

チリ「そう?私もなかなかやるでしょ?」

ラクト「ふーん…そういうパワーを戦闘で発揮して欲しいなぁおい。」

チリ「悪かったわね発揮しなくてっ!!」

ラクト「まぁ俺だったら、アリスとジョージ以外のそのあたりならなんとか勝てそうだぜ。」

パヲラ「…最初から参加してない奴になんて、負ける気しないんだけど。」

ラクト「カッチィィィン!!!」

ラクトは腕まくりをし、椅子に座って右腕を出す。

ラクト「来いよ。」

パヲラ「いきがるなよぉぉぉ!!!」

そして二人は腕相撲を始めた。

ルカ「よし、もう寝よう。」

チリ「そうね。もう寝ましょ。」

アリス「さっさと明日に備えるぞ。」

カムロウ「ええっ!?」

こうして僕は眠りにつくのだった__

 

 

 

 

___そのころ、魔王城。

アルマエルマ「ただいま~♪ルカちゃんたちに、ボッコボコにやられて帰って来ちゃいました♪」

グランべリア「…何を言っている。どうせ貴様の事だ。手を抜いたのだろう?」

グランべリアはやれやらと溜め息を吐く。

たまも「でも、あのルカとかいうのは結構な素質を持っているようじゃ。秘めたる潜在能力は、とてつもないと見たぞ。」

アルマエルマ「うんうん。あれはきっと、とっても強くなるわよ♪」

グランべリア「以前に会った時には、剣をかじったばかりの素人に過ぎなかったがな。」

 

グランべリア「それと、あの少年(カムロウ)はどうだった?例のドラゴンとやらに変身したのか?」

アルマエルマ「いや?しなかったわよ。代わりに雷を落としてきたわ。」

グランべリア「雷を?人間が、しかもまだ幼い少年が雷を落とすなど聞いたことがないな…」

たまも「ふむ、雷を…か。」

アルマエルマ「グランべリアちゃん、ドラゴンに変身できないの?」

グランべリア「確かに、龍人族ではあるが変身などできん。かのドラゴンというのは、おとぎ話の存在ではないのか?」

すると、たまもが口を挟む。

たまも「いや、(ドラゴン)は太古の昔に存在したのじゃ。」

グランべリア「なに…?」

たまも「今となっては、姿すら見せないもんじゃから、一族諸共絶滅したのかと思うておったのじゃが…そうか、まだ生きていたのか…」

たまも「もしあの少年(カムロウ)(ドラゴン)の血族であるとするならば、ルカと同じく、この先成長してもっと強くなるぞ。」

グランべリア「…そうか。」

 

グランべリア「貴様達がそこまで言うなら、確かめてみるとするか…」

不意に、グランべリアが動きだす。

アルマエルマ「どこ行くの、グランべリアちゃん?」

グランべリア「知れた事よ。あらためて、腕を試す。」

そう言うとグランべリアはその場から姿を消す。

アルマエルマ「…行っちゃった。」

たまも「厄介者の芽は、早いうちに摘む…のとは、違うようじゃのう。」

アルマエルマ「そういうのとは、全く逆のタイプね…」

 

アルマエルマ「そういえば、エルベティエちゃんは?」

たまも「ウンディーネの洞窟にこもりっきりじゃ。故郷の水が、性に合うのじゃろうな。」

そう喋ったあと、たまもはアルマエルマの方をチラチラ見る。

たまも「…ウチも、ちょっと里帰りしていいかのう?」

アルマエルマ「グランべリアちゃんも、私情で戦いに行っちゃったし…みんな、四天王の自覚に欠けるんじゃないのかしら…?」

たまも「それは、お主もじゃろう。」

アルマエルマ「あははっ♪」



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第38話 入港、ナタリアポート

アルマエルマ襲撃の翌日。

港に着くのは正午。

あと少しで着くそうなので、僕達は甲板で、トランプで時間を潰していた。

今、やっているのはババ抜き。

もうみんなは2枚や1枚しか持っていない。

僕の手元にはジョーカーはない。

そうなると…

ルカ「(一体、だれが、持って__)」

__周囲の顔色をうかがうと…

アリスだけ、あきらかに顔がやや引きつっていた。

ルカ「(お前かぁ…)」

…絶対、そうだ。

絶対、アリスがジョーカーを持っているはず。

…むしろあの顔で持ってませんって言えるだろうか。

ラクト「ほら、選べよ。」

ラクトはニヤニヤしながら持っている2枚の手札をアリスに差し出す。

アリス「………」

アリスの手札は1枚だけ。

もしジョーカーなら、絶対に揃うはずはない。

アリス「あれはなんだ?」

するといきなり、わざとらしく遠くの景色に向かって指を指す。

ラクト「ん?」

僕も、みんなもつられてそっちの方を見てしまった。

ラクト「…いや、なにもねぇじゃねぇか。…!?」

顔を真っ赤にして、ラクトはアリスに突っかかる。

ラクト「おいてめぇ!今、俺の手札変えただろ!」

見た感じ何も変わってなかったが…さっき視線を逸らしている間に、アリスの手札とラクトの手札1枚と交換したみたいだ。

つまりイカサマだ。

アリス「なんのことだ。」

アリスは目を合わせようとしない。

ラクト「俺さっきまでジョーカー持ってなかったぞ!!」

アリス「なんのことかさっぱりだな。」

アリスは目を合わせようとしない。

ラクト「しらばっくれんじゃねぇ!!!」

ルカ「(やっぱりお前だったのかぁ…)」

 

ジョージ「…?」

ジョージは未だに、何もない虚空を向いて何かを探していた。

マモル「いや、何もないでしょうがぁ。」

ジョージ「…あれ、港ではないのか?」

マモル「えぇ?」

そう言われてジョージが見ている方向を見ると…

まだ小さいが、遠くに港が見えた。

パヲラ「はーい、みんな、荷物片付けるわよー。」

カムロウ「はーい。」

チリ「はーい。」

ラクト「うーい。」

机の上に散らばったトランプをせっせと片付けて、客室にある荷物を取りに行く。

港に着いたら、スムーズに船から降りるために荷物を外に出しておくのだ。

 

 

___そして、僕達の乗った船はナタリアポートに到着した。

広大なセントラ大陸の南西部、伝統と自然が深く残るナタリア地方。

その最南部に位置する港町である。

 

僕たちは今、船から降りてフラドリカと会話をしていた。

フラドリカは探検家として世界中を冒険するために乗船した。

この後は団員のミミック娘、ヴェニアを連れて世界各地を旅するのだという。

フラドリカ「まさか船酔いで、ルカ殿が四天王を迎撃するという歴史的瞬間を見逃してしまうとは…不甲斐ないであります…」

ルカ「ははは…しょうがないさ。」

フラドリカ「ですが、ルカ殿のおかげで、こうしてセントラ大陸に無事渡れたであります!このことはワガハイの冒険記にでっかく!記しておくであります!」

でっかくか…照れるな。

彼女の探検に輝かしい成果があることを祈ろう。

フラドリカ「さらばであります、ルカ殿!ワガハイの冒険は、ここから始まるでありますー!」

そして、フラドリカは僕達に手を振りながら去っていった。

背中に担がれたヴェニアは、箱から手を出してこちらにサムズアップしていた。

 

 

フラドリカを見送った後、それに続くようにジョージとマモルがそばに寄ってきた。

ジョージ「ルカ殿、世話になったでござる。」

マモル「短い間でしたけどねぇ。」

ジョージとマモルは、セントラ大陸に着くまでの間だけ同行するという約束だった。

なので、ここでお別れだ。

ルカ「もう行くのか?」

マモル「ええ、先を急いでるんでねぇ。」

マモルはいそいそと荷物を背負う。

パヲラ「そんなぁ。もう行っちゃうの?あたし寂しいわぁ。」

ジョージ「すまぬ、パヲラ殿。しかし…」

パヲラ「わかってるわよん。ジョージちゃんにはジョージちゃんの理由があるんでしょう?さよならなんて言わないわよん。」

ジョージ「…また会おう。友よ。」

二人は会話を終えると握手をする。

ジョージ「では…さらばでござる。」

マモル「またどこかでお会いしましょうねぇ。」

ルカ「はい。またどこかで。」

ジョージは笠を被り、マモルと共に僕らに背を向けその場を去る。

次第に群衆の中に入っていき姿も見えなくなった。

僕達は二人を見送った後、町に向かおうとする。

しかし、カムロウとラクトとチリはしゃがんで何かを見ていた。

ルカ「行くよ3人共。…何見てるんだ?」

ラクト「ん?あぁ、フナムシ見てた。」

フナムシ「わきわきわきわきわき。」

フナムシ「ふな美さん…」

フナムシ「ふな男さん…」

フナムシ「わきわきわきわきわき。」

ルカ「フナムシが…喋ってる…!?」

 

 

 

ジョージとマモルは、人混みの中を歩きながら話をしていた。

その顔には微笑みを浮かべていた。

マモル「良い人達でしたねぇ。」

ジョージ「うむ、そうだな。」

しかし、次第にその顔に険しさが浮かんでくる。

マモル「…また、会えるといいですねぇ。」

ジョージ「………」

懐から面相書きを出す。

そして、その紙を見て、二人は決意を固めた顔を上げる。

ジョージ「…そう願うなら、あの男を見つけるまでは死ねんな。」

マモル「…ああ。」

そう会話を終えると、二人は再び旅路を歩み始めた。

ジョージ「ところで今日の晩飯は?」

マモル「うどんにするから小麦粉買って来ぃ。」

ジョージ「あい分かった。」

 

ジョージとマモルが仲間から離脱しました__

 

 

 

__生まれて初めてイリアス大陸以外の大地を踏み、僕は感慨に襲われていた。

ルカ「ここはもう、セントラ大陸なんだな…」

カムロウ「…ぼく、帰ってこれたんだ。」

感慨にふけっていたのは、カムロウも同じだった。

彼の旅も、終わりを迎えているのだ。

 

大通りには数々の店が並び、旅人がわいわいと行き交っている。

アリス「ふむ…ここはイリアスポートと違い、なかなか活気があるな。」

ルカ「セントラ大陸の沿岸都市を繋ぐ港町だからかな。イリアス大陸との貿易が途絶えても、こっちはそんなに影響はないみたいだね。」

そうして周りを見渡していると、異常な存在が目に入った。

ルカ「あれ…マーメイド?」

焼きヒトデなる不味そうな食べ物を売っている女性は、どう見てもマーメイド。

いや、彼女だけではない。町のあちこちに、マーメイドの姿があるのだ。

人魚たちは陸上での動きにも慣れているようで、尾ひれを器用に動かしてひょこひょこと歩いている。

ルカ「ど、どういうことなんだ?」

パヲラ「あら、ルカちゃん知らなかったのかしら?」

ラクト「ナタリアポートは人魚に馴染んだ港町なんだぜ。」

アリス「旅の書物によれば、この町では、人魚も住民として受け入れられているとか。」

ルカ「でも…あの人魚、服がボロボロじゃないか。もしかして、悪い人間に奴隷にされてるとか…」

マーメイド「服がボロボロなのは、単に儲かってないからよ…」

チリ「何をどうしたらヒトデを焼くという発想に至った?」

ルカ「そうだったのか、可哀そうに…でもヒトデってそもそも食べ物じゃ__」

マーメイド「__可哀そうに思うなら、買って行きなさいよ!」

ラクト「押し売りかこいつっ!」

チリ「押し売りかこいつっ!」

ルカは焼きヒトデを無理矢理買わされてしまった…

…いらない。

ルカ「アリス…食べるか?」

アリス「………」

一応、アリスに渡してみるが、全く反応がない。

ルカ「(アリスが反応しないってことは…食べ物と認識してないんだな。)」

アリス「………」

そして、なにも反応しないまま、ラクトのカバンに焼きヒトデを突っ込む。

ラクト「おい!無言で俺のカバンに入れんじゃねぇ!」

すると、今度はカムロウに渡した。

カムロウはそのゲテモノを食べようとする。

ルカ「待て待て待て待て…」

ラクト「食うな食うな食うな…」

慌てて食べようとするのを止める。

アリスが食べ物判定してない食べ物は食べ物じゃない。

このヒトデは食べれない。絶対そうだ。

というか食べろと言われても食べたくない。

 

 

ルカ「…ともかく、ここは良い町だね。人間と魔物が、仲良く暮らしてるなんて。」

僕が目指しているのは、人と魔物の共存する社会。

ここは人魚に限定されているとはいえ、とても素晴らしい光景だ。

アリス「ところで、これからどうするのだ?目的地などのあてはあるのか?」

ルカ「まずはコロポの村に寄るべきだと思うんだ。カムロウの事もあるし…」

僕が行こうとしているのはここから西にある教会都市サン・イリア城。

その間にある森の奥にカムロウが住んでいた村、コロポ村があるのだという。

カムロウの旅の目的はもう達成している。

だからそこに行けばカムロウの旅が終わるのだ。

アリス「ふむ…秘境にある村か。隠れた特産品があるかもしれぬな。」

ルカ「また食べ物の事か…」

相変わらずのアリスの事でそう呆れている時の事だった。

一人の美しいマーメイドが、僕に声を掛けてきたのだ。

マーメイド「あの…すみません。そこの旅のお方、ちょっとよろしいでしょうか?」

ルカ「は、はい…なんですか?」

マーメイドは僕が持っている堕剣エンジェルハイロウを見る。

マーメイド「そのような剣をお持ちしている事からして、ただものではないとお見受けしたのですが…」

ルカ「ええ…確かに、ただものではありません。」

ラクト「いやどんな返しだよっ!」

堕剣エンジェルハイロウ…魔物を封印でき、僕が持つととても軽いという性能とは裏腹に、その見た目は禍々しい。

こんな剣を持ち歩いている奴がただものだったら、そっちの方がびっくりだ。

マーメイド「腕に覚えのある冒険者とお見受けし、お願いがあるのです。どうか、お話を聞いてもらえないでしょうか…?」

マーメイドが、そう切り出した次の瞬間だった。

 

急に、大爆発の爆音が響き渡った!

ルカ「な、なんだ…爆発!?」

カムロウ「うわぁっ!?」

マーメイド「きゃぁっ!!」

凄まじい衝撃が周囲を揺るがし、あたりは騒然となる。

広場の向こうにあった建物が、何の前触れもなく爆発したのだ。

ルカ「な、なんだ…!?何があったんだ…!?」

マーメイド「あの建物は…人魚の学校!?た、たいへん!」

血相を変え、マーメイドは爆発のあった建物の方に駆けていく。

青年「なんだ!?何が起きたんだ!?」

おばさん「あそこは、人魚の学校じゃない!どうしたのよ…!」

ナタリアポートの住民達も、爆発した建物へと集まり始めた。

アリス「火薬の匂い…爆弾によるものだな。」

ルカ「ば、爆弾だって…?」

ラクト「最悪だぜ…なんで爆弾があって、しかも爆発したんだぜ?」

倒壊した建物から、大勢のマーメイドが這い出してきた。

駆けつけて来た兵士たちが瓦礫を押し退け、負傷者の救出が始まる。

僕達は人並みに紛れながら、救出作業を見守るのみだった。

パヲラ「…見た限りだと、軽症のようね。」

チリ「マーメイドは魔物だからね。普通の人間よりも体が頑丈なの。」

ルカ「よかった…大丈夫そうか…」

幸いにも死者は出なかったようだ。

僕がほっと胸をなで下ろした、その時だった__

 

 

__見慣れた顔が、群衆の中に混じっていたのだ。

身なりが悪い男だが…僕にとっては、確かに見慣れた顔だった。

ルカ「__あいつは!!」

アリス「…どうした?ルカ…?」

ルカ「………」

その男は、そのまま雑路に紛れてしまった。

間違いない、あいつがさっきの爆発の__

顔からブワッと汗が湧き出る。

アリス「…どうした、ルカ。汗だらけだぞ。」

ラクト「ん?ホントだ。まぁ、死者がいなくて安心したのはなにもお前だけじゃ__」

 

アリス「__さっきの薄汚く下品そうな男、貴様の知り合いか…?」

ラクト「はぁ!?そんなやついたか!?」

パヲラ「…もう見えないわね。みんな見た?」

チリ「いや…私は…」

カムロウ「ぼくも見てない…」

どうやら、あの男を見たのは僕とアリスだけのようだ。

ルカ「知り合い…いや、違うよ。」

ラクト「なんだよ、ただの見間違いか__」

 

ルカ「__向こうは、たぶん僕の事は知らないはずさ。」

ラクト「…は?お前が知ってて、相手は知らない奴?どういうこった…?」

ルカは震える体で息を吐いて、再び吸い込む。

そして話を続ける。

ルカ「親父の…その、親友だった男だよ。」

カムロウ「ルカのお父さんの友達…?」

ルカ「あの学校の爆発…その犯人は、間違いなくあいつだ。」

ラクト「あの建物に爆弾を持ち込んだか投げ込んだか知らねぇけど、それを爆発させたのもその男だってのかよ?」

チリ「ひどい…何が目的でそんなことを…」

ルカ「ラザロ、まだこんな事を__」

ルカ「…旅を続けよう、アリス、みんな。僕達にはのんびりしている暇なんてないはずだ。」

あんな奴を野放しにしないためにも、この世界を変えなければ__

アリス「いや、今日はこの町で休むとしよう。」

ルカ「え…?」

アリス「貴様、自分がどんな顔色をしているのか分かっているのか…?」

そう指摘されて初めて、自分の状態に気付く。

顔は汗だらけで、息も乱れ、手はぶるぶると震えていた。

ルカ「大丈夫だよ__」

そう言おうとすると、パヲラが人差し指と中指を僕のおでこに当てる。

パヲラ「…脈は乱れてる。」

チリ「息も乱れてるし…顔も真っ青だよ…?」

ラクト「それにフラフラしてるぞ、どこが大丈夫なんだぜ?」

カムロウ「ルカ…休んだ方がいいよ。」

ルカ「ううん、大丈夫__」

アリス「ドアホめ、そういう強がりは大丈夫な顔をしてから言え。あの安宿で我慢してやる。しばらく休むぞ。」

ルカ「でも…」

アリス「お前ら、連行しろ。」

パヲラ「アラホラサッサー!」

ラクト「アラホラサッサー!」

パヲラとラクトは、僕の体を持ち上げる。

ルカ「いや…本当に大丈夫だって…」

ラクト「お前はよぉ、何の意地かは知らねえけどなんでそう頑固なんだぜ?」

パヲラ「悪いけど問答無用で連れてくわよー。」

ぐずる僕を、みんなは半ば強引に宿まで連れて行ったのである。

 

 



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第39話 人成らざる者の葛藤

その日の夜__

宿の一室で強引に休まされた僕は、精神的にもだいぶ回復した。

僕が泊まる部屋にはアリス、ラクト、チリ、パヲラがいる。

ルカ「…ありがとう、みんな。もう良くなったよ。」

そう言うと、パヲラは人差し指と中指を僕のおでこに当てる。

パヲラ「…脈は安定してるわね。」

チリ「呼吸のリズムも顔色も良い。」

ラクト「ふぃーっ…まずは一安心だな。」

アリス「ふむ。」

それを聞いてアリスは頷く。

アリス「ところで、あの下品そうな男は何者なのだ?アイツを見てから、貴様の様子がおかしくなったのだぞ。」

ラクト「そうそう、その男っていったい誰なんだぜ?俺たちは見てねぇんだけどよ。」

僕は一息吐いて、知っている事を話す。

ルカ「あいつは…イリアスクロイツっていう狂信組織の幹部だよ。…たぶん、今はあいつがトップのはずだ。」

イリアスクロイツ、その単語を聞いてパヲラとラクトは顔をしかめる。

パヲラ「イリアスクロイツですって…!?」

ラクト「マジかよ…!?」

チリ「?」

パヲラとラクトは反応したが、チリとアリスはピンときてないようだ。

アリス「イリアスクロイツ…?名前からして、いけ好かん組織だな。」

ルカ「最低最悪の連中さ。イリアス様の教えを変な風に解釈して、魔物の根絶を唱えているんだ。」

ルカ「「魔と交わるなかれ」__この戒律を、魔物との接触はいっさい駄目って解釈してね。」

ルカ「魔物と喋ってはいけない。魔物を見ることさえいけない。魔物が人間の目に触れる事のないように、根絶してしまえ。」

ルカ「そんなことを言い出した、ろくでもない狂信者達だよ。」

アリス「なるほど…貴様からしてみれば、目の仇だな。人間と魔物の共存などと対極の考え方だ。」

そう__人間の中にも、こういうろくでもない連中はいるのだ。

ルカ「だからイリアスクロイツは、イリアス様の教えを守ると称して魔物根絶を主張しているのさ。」

ルカ「ただ主張するだけじゃなく、魔物を攻撃したり、魔物の集まる施設や場所を破壊したり…そんな蛮行を平気でやってのける連中なんだよ。」

パヲラ「いわゆる過激派ってやつね。」

チリ「それって…いくらなんでも、やりすぎじゃない!?正気とは思えない…」

アリス「なるほど…だから、人魚の学校が狙われたというわけか。」

アリス「やれやれ…ろくでもない人間の中でも、さらにろくでもない連中というわけだな。」

ルカ「…でもね、ほとんどの人達は、あんな連中の言う事に耳を傾けてないよ。実際のところ、あいつらは無差別の破壊魔に成り下がってるわけだし。」

僕の故郷のイリアスヴィルも魔物排斥の思想が強いが、急進的すぎるイリアスクロイツの主張は受け入れられてない。

アリス「人間の中でも、異端的な排斥思想を掲げた連中というわけか。その孤立が、さらに連中を狂気へと駆り立てるわけだな…やれやれ、ろくでもない話だ。」

アリスは深々と溜め息を吐いた。

ルカ「人間と魔族の共存は難しいよ…人間にも、あんな連中がいるんだからね。」

アリス「…なるほど。それにしても、意外だったな。」

アリス「アホそうな貴様が、ちゃんと世界の現実を把握していたとは。」

アリス「エセ平和思想にかぶれたお花畑の頭だと思っていたぞ。」

ラクト「肝心なところに気が付かねぇ鈍感だから目だけ節穴だと思ってたぜ。」

チリ「料理人目指してると思ってた。」

パヲラ「意外とスケベだと思ってた。」

とりあえずラクトをぶん殴る。

ラクト「なんで俺っ!?」

…みんな僕の事をどんな存在だと認識しているんだ?

ルカ「失礼だな、僕だって無知じゃないよ…」

 

そう呟いた直後に、僕はふと思い立った。

「レミナの虐殺」。

以前、アリスとの話で分かったことは、この事件は魔物による仕業ではないらしい。

「レミナの虐殺」が、魔物によるものでないのならば__

ルカ「まさか、「レミナの虐殺」に、イリアスクロイツが関わってるとか…?」

アリス「冗談を言うな。レミナに何万人の人間と魔物が住んでいたと思う?そいつらを皆殺しにできるほど、イリアスクロイツというのは強大な武力を持つ組織なのか?」

ラクト「いや…そんな武力だとか強大な魔法だとかそんな話は…」

パヲラ「イリアスクロイツが強大な組織なんて話もないわね。」

ルカ「…確かにそうだね。」

イリアスクロイツは、決して大きな組織ではない。

人間と魔物が険悪な関係の現在でさえ、決して民衆の支持を得ていないのだ。

一つの町の住民を丸ごと虐殺するなんて、とうてい出来るハズもないか。

 

ラクト「さて…俺は部屋に戻るとするか。」

パヲラ「あたしも。スキンケアしなきゃ。」

チリ「私、カムロウのところに行ってくる。」

ルカ「そうか…おやすみ、みんな。」

会話を終えると、みんなはそれぞれ自分の部屋に戻っていった。

…アリス以外は。

ルカ「…お前も自分の部屋に戻ったらどうだ?」

アリス「いや、話がある。」

ルカ「なんだ?まだ何かあるのか?」

アリス「余は腹が減った。」

ルカ「えっ…?うわっ!!」

アリスは唐突に、僕の体を尻尾で巻き上げてきた。

ルカ「な…何をするんだ!?」

アリス「少し、腹ごしらえをさせてもらうだけだ。」

…やっぱり安宿のご飯はお口に合わなかったのだろうか?

宿屋の一室に「あひぃぃぃ」という断末魔が響いた。

 

 

 

__宿のとある一室、ラクトとパヲラは相部屋になっていた。

パヲラは化粧水を顔に塗っており、ラクトは机の上で銃のようなものを作っていた。

ラクト「なんでお前と相部屋なんだよ…」

パヲラ「その返事はそっくりそのまま返すわ。」

そう愚痴を言い合っていると、誰かが部屋のドアをノックした。

ラクト「ん?」

パヲラ「誰かしら?」

ラクトは作業の手を止め、ドアを開けると、そこにはアリスがいた。

アリス「余だ。邪魔するぞ。」

ラクト「おう、邪魔するなら帰れ。」

アリス「知るか。」

そして部屋に入り、ベッドに腰掛ける。

…アリスの顔は妙にツヤツヤしていた。

ラクト「お前(アリス)…またルカを搾りやがったな?ルカのやつ、干物になってねぇよな?」

パヲラ「もう既に干物じゃない?」

ラクト「おいおい、冗談じゃねぇぜ…」

 

ラクト「んで、何の用だぜ?」

アリス「聞きたいことがあってだな…」

パヲラ「何かしら?」

アリス「ルカによれば、コロポ村には明日の早朝から出発して、大体、夕方頃に村に着くわけだが…」

アリス「着いた後、お前たちはどうするつもりなのだ?」

パヲラとラクトは、カムロウの目的のために付いて来た。

しかし目的は達成しており、カムロウが村に帰れば旅も終わる。

アリスは、彼に付いて来たパヲラとラクトはその後どうするつもりなのかを聞きに来たのだ。

パヲラ「あたしはそのままルカちゃんに付いて行こうかしら。」

どうやらパヲラはルカに付いて行くつもりのようだ。

アリス「ラクト、お前は?」

ラクト「…金稼ぎに戻ろうかと思ってたんだけどよ、気分が変わってな。」

そう言いながら、窓の外を見る。

ラクト「アイツ(カムロウ)…なんであそこで月なんか見てんだろうな。」

ちょうどこの部屋の窓からは、広場の噴水が見える。

そこにはカムロウが、噴水近くのベンチに座って月を眺めているのだ。

ラクト「…アイツはさ、まだ俺たちと一緒にいたいと思うぜ。」

パヲラ「………」

アリス「………」

ラクト「だから俺は、カムロウ次第だな。アイツが一人で旅に出るとか言い出すなら付いて行くし、そうじゃねぇなら金稼ぎに戻るってとこだな。」

アリス「…そうか。」

そう言うと、ラクトは再び作業を再開し始めた。

 

 

__カムロウは広場の噴水前のベンチに座ってた。

しかしその眼に映るのは、水を噴き出す噴水でも、空に浮かび輝いている月でもなかった。

竜が、ずっと眼の中を、頭の中をちらつき動き回っているのだ。

爪を振り下ろし、火を吐き、遮る物全てを破壊し、燃え盛る炎の中で立ち尽くす、竜の姿をした自分が。

チリ「カムロウ。」

すると、不意に声をかけられた。後ろを見ると、チリがいた。

カムロウ「…ルカは?」

チリ「だいぶ良くなったよ。さっき起きたばっかり。」

カムロウ「良かった…」

チリは、カムロウの近くに寄ってくる。

チリ「隣、良い?」

カムロウ「うん。」

このベンチは二人なら余裕で座れる。空いている隣に、チリが座る。

チリ「…悩んでるの?」

カムロウ「…うん。」

そう言って俯く。

何に悩んでいるのか。

それは、自分は人なのか、竜なのか。

どっちつかずの言葉が出たり浮かんだり消えたりしている。

村に帰ったとしても、自分は人じゃないことに変わりはない。

この事を親に告げるべきか、告げないべきか。

そもそも自分は、あの両親の実の子どもなのだろうか?養子なのではないか?

そう考えてしまってもおかしくない。

だって人じゃないのだから。

チリ「カムロウ。」

呼ばれて、チリの方を見る。

チリ「カムロウは…あなたはどうしたいの?」

カムロウ「えっ…?」

急にそう言われても、どう答えればいいかわからない。

チリ「あぁごめん、急に言っても出ないよね。そういう意味じゃなくてさ…」

チリ「ほら、ラクトが言ってたじゃん。カムロウはカムロウだよ。人であっても竜であっても変わんないよ。」

チリ「だからさ、自分が何をしたいのかが大事だと思うんだ。」

…「自分が何をしたいのか」。

その言葉が頭の中に響いた。

チリは席を立ち、カムロウに手を差し伸べる。

チリ「ほら、帰ろう。明日は早いから。」

カムロウ「…分かった。」

差し伸べられた手を取ってベンチから立ち、宿に帰る。

明日になれば、自分は村に戻ることになる。

その時に決めよう。

家に帰って旅を終えるか…それとも___



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第40話 滞在、ナタリアポート

___ルカ…勇者ルカ…

ルカ「イリアス様…?」

イリアス「ルカ…あなたは、祝福されざる勇者です。」

…夢に出るなり、いきなり歓迎されない言葉を投げかけられた。

ルカ「本当に…僕は勇者なんですね?ニセ勇者なんかじゃないんですね…?」

イリアス「ええ、あなたは勇者です。ですから、勇者としての責務を忘れてはいけません。」

ルカ「ええ、もちろんです!僕は勇者として、人間に迷惑を掛ける魔物を退治しますから!それに、弱い者を守るために剣を振るいます!それにそれに__」

イリアス「__魔王を討つのです、勇者ルカ。」

…今、僕の話を遮らなかったか?

イリアス「それこそが、勇者としての責務なのです。」

ルカ「そ、それは___」

 

 

目を覚ませば、眩しい朝日が部屋を照らしていた。

ルカ「…朝か。」

机の上にはメモ書きがあった。

みんなは宿の食堂で先に朝食をとっているようだ。

僕はベッドから体を起こして、軽く身支度をしてから部屋を出た。

 

宿の食堂に行ってみると、そこにはアリス、チリ、カムロウがいた。

アリス「ふむ、ようやく起きたか。」

なんだか、アリスの顔は普段よりツヤツヤしている。

昨夜、散々僕から吸い取ったからだろうか。

カムロウ「おはよう、ルカ。」

ルカ「ああ、おはよう。」

チリ「メニュー、どれにする?パン?ごはん?」

ルカ「パンで。」

僕は、朝はパン派だ。あとジャム派。

やった!このメニュー、イチゴジャムが付いてるぞ!

焼きたてのバゲットにスティックサラダとゴーダチーズ、そしてイチゴジャム。ドリンクは牛乳だ。

渡された朝食を貰って、席に座る。

ルカ「ラクトとパヲラは?」

そうチリに聞きながら牛乳を口に含む。

チリ「ラクトは道具屋、パヲラさんはマーメイドパブ。」

ルカ「んんっ!?」

聞きなれない単語を聞いて、思わず飲んでいた牛乳を少しだけ吹き出した。

ルカ「(マーメイドパブ…?)」

…聞き間違いか?

ルカ「…ごめん、聞き間違いかもしれない。パヲラはどこだって?」

チリ「マーメイドパブ。」

ルカ「(マーメイドパブ…!?)」

…一体、どんなところだろうか。

……気になる。すごい気になる。ものすごく気になる。

マーメイドパブとやらは後で必ず立ち寄るとして一旦置いといて、アリスにあることを聞いてみる。

ルカ「なぁ、アリス…やっぱり、魔王は退治するべきなのかな?」

アリスは目を丸くする。

アリス「…それを余に聞くのか?貴様、割ととんでもないな。」

ルカ「あっごめん。つい、思わず。」

たまに、アリスが当の魔王だということを失念してしまう。

アリス「だが…勇者とは、そもそも魔王を倒すために存在するものだろう?」

それが、イリアス様の望みでもあるのだ。

アリス「貴様が勇者を目指す以上、余の打倒が最終的な目標なのではないのか?」

ルカ「うん、そうなるんだよな…」

しかし正義のためにアリスを倒すのは、やはり違う気がする。

ルカ「勇者、か…勇者としてどうするべきなんだろうか…」

アリス「己のあるべき立場と、己の向かいたい道。それが、時にズレてしまう事もある。ままならないものだ、世の中とはな…」

ルカ「…ん?いつもみたいに、ドアホめって言わないのか?」

アリス「ふん、余にも色々あるのだ。食べ物のことしか考えていないと思っていたのか?」

ルカ「(思ってた…)」

チリ「(思ってた…)」

カムロウ「(思ってた…)」

それはともかく、勇者としてのあり方に少しだけ悩む僕だった__

 

カムロウ「………」

自分の立場と、自分が向かいたい道。

それが時にズレてしまうこともある。

その言葉を、頭の中で何度も復唱するカムロウだった__

 

 

ナタリアポートの道具屋。

中に入ると、店のカウンターでラクトと店主が交渉をしていた。

ラクト「ボルトとナットと…あとは懐中時計かなんかがあればいいんだが…」

店主「ええ、ありますよ。」

そして、店主はこちらに気付き挨拶をする。

店主「いらっしゃいませ。」

ラクト「おう、ルカ。やっと起きたか。」

ルカ「まぁね。」

カムロウ「ラクトは何してるの?」

ラクト「買い出し。新兵器開発のためだぜ。」

ルカ「新兵器…?」

彼は野営しているとき、ちょくちょく何かを作っているようだった。

新兵器とはおそらくその事だろう。

ラクトは悪だくみの顔をしながら話を続ける。

ラクト「へへへ…俺だって何かしら役に立とうと考えてるんだぜ?楽しみにしてろぉ?今度の新作は一味違うぜ!」

ルカ「そっか。」

全くと言っていいほど、興味がない。

ラクト「興味ナシっ!?」

ルカ「みんな、何か買いたい物はあるか?」

カムロウ「ぼくはないよ。」

アリス「余もないな。」

ラクト「もしもし!?ルカさん!?おーい!!」

何かやかましい声が聞こえたけど無視しよう。

チリ「あぁ私、商品見たい。見てきていい?」

ルカ「良いよ、ここで待ってるから。」

そう答えると、チリは店主に駆け寄る。

チリ「すみません、柄のある布ってありますか?」

店主「ええ、こちらに。」

そしてチリは、店主と共にお目当ての商品の前に移動する。

 

チリを待っている間、陳列されてる商品を眺めていると、あることに気付く。

ルカ「…やけに女性ものの服や生地が多いな。」

カムロウ「ホントだ。」

男性ものが全くないというわけではないが、ほとんどが女性もので占めているのだ。

これは一体どういうことか…

するとラクトが、その答えを言ってきた。

ラクト「マーメイドはおしゃれ好きなんだぜ。綺麗なものは特に売れるぜ。」

そうか、人間だけでなく、マーメイド向けにも商品を売っているのか。

すると店主が会話に割り込んでくる。

店主「最近は、露出度の高い服が流行りです。例えばこれなど…」

そう言って店主が取り出したのは…シースルーというべきか。所々、下着が透けて見えるくらいスケスケの服だった。

カムロウ「スケスケ…!」

ラクト「おぉ、こりゃ際どい。」

ルカ「これ、ほとんど下着じゃないか…!」

店主「…実にけしからんでしょう?」

いくらマーメイド向けとはいっても、これはなんとも…けしからん…!

店主「これなんてどうです…?」

次に見せてきたのは、短い丈のシャツ。しかしその身頃は胸あたりで切り落とされており、胸元が大きく開いている。

ルカ「うひゃあっ…!」

カムロウ「わわわ…」

ラクト「おぉふ…」

…これもなんともけしからん!

店主「ふふふっ、さらにこういうのも…こちらは魅惑の生足がコンセプト…」

今度は帯状の布が規則的に体に巻き付いているような服だ。

ルカ「うちの田舎でこんなの着てたら、神殿の兵士が飛んでくるよ!」

ラクト「いやぁ…最高だぜ!これが今の流行りかぁ!」

カムロウ「うん…うん…!」

こうして盛り上がっている間に、僕達は背後に忍び寄る鬼に気付かなかった。

アリス「チリ、こっちだ。」

チリ「ありがと、アリスさん。」

並ならぬ背後に気付き、後ろを振り向くと、

いつの間にか、そこにはアリスと魔の形相のチリがいた。

カムロウ「あっ…」

ラクト「げぇっ!チリ!?」

ルカ「ひゃあ!アリス!?」

店主「こ、これはやましい事ではなく…ただ、商品のご紹介を…」

チリ「そうですよね、ただ商品の紹介していただけですよね…」

そしてチリは、拳を鳴らしながら僕達を睨む。

チリ「そこの3人、外に出ようか__」

 

__数分後。道具屋前。

僕とラクトは頭から地面にめり込んでおり、その横でカムロウは恐怖で体を震わしていた。

チリは魔のオーラを放ちながら3人を睨む。

チリ「カムロウ、さっき見た物全部忘れて。分かった?」

カムロウ「う…うん…わ…分かった…」

カムロウはガクブルと震えながら、頭が取れるくらい何度も頷く。

ラクト「アリス、てめぇ…謀ったな…」

ルカ「僕達はただ…見ていただけなのに…」

アリス「……エロめ。」

 

 

ナタリアポートのマーメイドパブ。

店に入ると、受付らしきマーメイドが歓迎してくる。

マーメイド「いらっしゃ~い!ナタリアポート影の名物、マーメイドパブにようこそ!」

そして僕を見るなりすり寄ってくる。

マーメイド「あら…可愛いボウヤね。」

マーメイドはルカの腕に胸を押し付けた!ルカの耳に甘く息を吹きかける!

マーメイド「お姉さんが可愛がってあげようか?」

ルカ「ぼ、僕は…わわわ~!」

ルカは逃げ出した!

ラクト「おいどこ行くんだよ!」

アリス「これまで女のモンスターと戦ってきながら、耐性のない奴だ…」

パヲラ「うふふ、ルカちゃんにはまだ早かったみたいねい。」

店の奥からパヲラは、両脇にマーメイドを連れて出てくる。

アリス「となると、カムロウもまだ早いな。先に外で待つぞ、カムロウ。」

カムロウ「はーい。」

アリスはカムロウを連れて外に出た。

ラクトはパヲラを見て小言を言う。

ラクト「おぉ、なんだ?人気じゃねぇか。」

パヲラ「アンタたちも聞く?あたしの武勇伝。」

ラクト「出発するって言ってんだろうがバカが。」

パヲラ「あぁ!?テメェ!!」

ラクト「やんのかコラァ!?」

チリ「はいはい、そこまで。」

喧嘩になる前に、チリは二人の耳を引っ張って阻止した。

チリ「それはそうと…パヲラさんはなぜここに?」

パヲラ「あたしマーメイドパブの常連でね。メンバーカードも持ってるわよん?」

チリ「そうだったんですか…」

パヲラ「またねぃ!マーメイドのマドモアゼル!」

パヲラは会計を済ませた後、店のマーメイドに別れを告げる。

パヲラ「待たせちゃって悪かったわねん、さぁ行きましょ!」

全員は店から外に出ようとしたとき、パヲラはラクトの後頭部に出来たデカいタンコブに気付く。

パヲラ「…あら?アンタ、そのタンコブどうしたの?」

ラクト「…さっき、大目玉を食らってな。」

パヲラ「?」

 

 

ナタリアポートの広場。

出発前の点呼だ。買い忘れ、忘れ物はないか確認でき次第出発する。

ラクト「ルカ、今回はちゃんと詳しく調べたんだろうなぁ?」

もう何時間も歩くのはごめんだと言わんばかりの呆れた表情だ。

ルカ「人聞き悪いなぁ。下準備はしっかりしたよ。」

以前、エンリカの里に着くまで森の中を何時間も歩く羽目になった反省から、ナタリアポートの周辺に詳しい商人にコロポ村の詳しい場所は教えてもらった。ついでに近辺の地図も購入した。

カムロウもいるから、近場になって道に迷うなんてこともないだろう。

…というか、心配なら自分で調べろよ。

ルカ「カムロウも大丈夫か?」

カムロウ「うん、大丈夫。」

ルカ「よし…それじゃ、行こうか。」

僕達はカムロウの故郷、コロポの村に向けて出発した。

予定通り進めば、遅くても夕方頃には着くだろう。

 



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第41話 カムロウの故郷へ

__ナタリアポートから出発して正午すぎ。

僕達は森の中を歩いていた。

商人から聞いた話によれば、砂浜沿いの街道の途中、森のほうに商人が使う馬車が通れるよう雑に開拓された道があるそうだ。その道はコロポの村に続いているのだという。

そして、僕達はその道を見つけた。

とても整備された道とは言えないが、この道通りに進んでいけばコロポの村に着くことは確実だろう。

ラクト「そういやさ、カムロウの村ってどんなところなんだぜ?」

カムロウ「えっと、木がいっぱいあって…川があって…崖があって…」

要約すると、谷の間に村があるそうだ。

そして村の中央の地形はやや平たんであるものの、その周りには多くの木々と切り立った崖があるそうだ。そして村人は、その崖の上に家を建てて住んでいるらしい。

崖の間からは滝や川が流れ、その水が生活水として利用されているそうだ。

どうやら、僕の故郷のイリアスヴィルよりも、自然あふれる豊かな村といったところか。

アリス「ふむ。川魚、山菜、キノコ…山の恵みに関しては期待できそうだな。」

チリ「また食べ物の話してる…」

パヲラ「うふふ、マイナスイオンがいっぱいありそう!お肌がツヤツヤになるチャンスよ!」

カムロウの故郷、コロポ村。

いったい、どんな村なのだろうか。

そんな事を思いながら、僕は道なりに進んだ。

 

 

 

__夕方。

周りの風景もだいぶ変化した。

村へと続いているであろう道の隣は崖になっており、そこから切り開かれて見える空は赤くそまりつつある。そして、断崖の間には川が緩やかに流れている。いわば峡谷というやつだ。

ここまでくれば、秘境と言われても納得できるほどの光景だ。

カムロウ「あれ!村の門だ!」

僕達の前に、壊れかけの閉じた門が姿を現してきた。

ボロボロの門には応急ともいえるような、木の板で穴を乱雑に塞いだりと、ハリボテの処置が施されていた。

どうやらこの門がコロポ村の門のようだ。

カムロウから聞いた話だと、コロポ村は魔物の襲撃でかなりの被害が出たようで、村から出た時も、この門はまるで何者かが突き破ったかのような有様だったそうだ。

ルカ「この門…開くのか?」

ズタボロの閉じた門を指先でチョンとつつく。

すると、門はグラグラと揺れ始め、ズドォンと大きな音を立てながら倒れてしまった。

 

__ボロボロの門をやっつけた!

 

ラクト「おいおい、派手に壊れたじゃねぇか。後始末はどうするつもりだったんだぜ?」

アリス「いくら勇者と名乗っても、この有様では門破りだと言われてもおかしくはないぞ。」

ルカ「い…いや…」

…二人そろって酷い言い様だ。

まさか門がここまでボロボロだとは思ってなかった。

さて、どうしよう。万が一、村の住人に見つかったらどう説明しようか…

おじさん「なんだなんだ…一体何の音だ?」

門の向こうから、村人らしい人が様子を見に来た。

なんてこった。その万が一が当たってしまった。

村人はじろりとこちらを睨む。

おじさん「キミたちかい?門を倒してしまったのは?」

ルカ「えっと…そうですけど…悪気があったわけじゃ…」

まずい、本当に門破りになりそうだ。

そして僕達の顔を一人ずつ見ているうちに、カムロウを見ると驚いた顔をした。

おじさん「カムロウ!?カムロウじゃないか!?帰ってきたのか!?」

カムロウはばつが悪そうに前に出た。

カムロウ「た…ただいま。」

おじさん「ただいまってお前…あの日、急にいなくなって全員が心配したんだぞ!?ハーレーの奴は「アイツなりの償いだ。」とかいって探そうともしないもんだし…」

おじさん「言いたいことは山ほどあるが…とにかく、今は家に帰ることが優先だな!んで、後ろの人達は誰なんだ?」

カムロウ「お友達!」

おじさん「そうか!いやぁ疑って悪かったな!ある事情で村は今、厳戒態勢なんだよ。てっきり門破りかと思って…」

よかった、カムロウのおかげで門破りにならなくて済んだ。

ルカ「カムロウ、家族が心配してると思うから先に帰りなよ。」

彼は家出同然で村を飛び出したのだ。

ここは一足先に、両親に村に戻った報告を済ませてくるのが一番だ。

カムロウ「分かった!先に行ってくる!また後でね!」

ラクト「おう!後でな!」

カムロウは先に駆けて行った。

パヲラ「ところでムッシュ、この村には宿はあるのかしらん?」

おじさん「あぁ、ウチの村には商人が寄るもんだから、来客用の宿舎があるんだ。ちょうど空いているから、そこを使ってくれよ。」

アリス「夕飯はあるのか?」

おじさん「あぁ、あるとも!カムロウの友達なら、この村一番の川魚、山菜、キノコ、山の恵みをふんだんに使った料理を__」

アリス「__ふむ。」

チリ「ア…アリスさん、よだれが!よだれが!!」

こうして僕達は、コロポ村にお邪魔することになった。

 

 

__夕陽に照らされる村に入るやいなや、村は建物の修繕の真っ只中であった。

あちこちには半壊したのもあれば、形も残さないほど倒壊したのもある。

確かカムロウは、「村は魔物の襲撃に遭った」と言っていた。

この光景を見れば、これは魔物の仕業で間違いないと思える。

しかし、引っ掛かることが一つある。

魔王であるアリスは、全ての魔物に「自己防衛の目的においてのみ、力を振るうことを許す」という許可を出した。

仮に自己防衛で村を襲ったとしても、この惨状は、いくらなんでもその範疇を超えている。

まるで無差別に、眼に映る物を破壊しつくしたかのような、そんな風に見えるほど。

…これは、本当に魔物の仕業なのだろうか?

ルカ「どう思う?アリス。」

アリス「…余も信じがたいが、これは魔物の仕業だな。」

残念なことに、魔物がやったことだと断言された。

魔王であるアリスが言うのだ。間違いない。

アリス「これを見ろ。」

アリスが指差す場所には、葉っぱやツタ、花びらといった植物が切られ、散っていた。

パヲラ「ツタに花びら…どれもこれも植物ねい。」

アリス「うむ。植物系のモンスターであることに間違いない。」

ラクト「植物系だから…えーと…」

チリ「マンドラゴラ、ドリアード、アルラウネ…」

チリは思いつく植物の魔物を挙げていく。

ラクト「そうそうそいつら。そのあたりの奴らの仕業なんじゃねぇのかぜ?」

その答えに対し、アリスは首を横に振る。

アリス「いや…肝心の「誰がやったのか」が、分からないのだ。」

…?「誰がやったのか」が分からない?

ルカ「なんで分からないんだ?」

植物系の魔物ということが分かった以上、全ての魔物を知っているであろうアリスなら突き止めるのは簡単なはず…

花びらや葉っぱといった証拠品も揃ってあるのに、なぜ分からないのだろう?

アリス「この植物自体が…全ての植物系魔物に共通している形をしているのだ。」

パヲラ「ふむふむ…特徴が全部当てはまるから、見当が付かない…と。」

ルカ「全部に当てはまるだって…!?」

もし、この落とし物に当てはまるような魔物の特徴が残ってあるのなら、すぐに判別できるらしい。

しかし、その判別できる特徴がどこにも見当たらないとのこと。

決め手となる判断材料が入り混じっていて答えを出せないそうだ。

一体、どんな魔物の仕業なのだろうか…

ラクト「うーん…犯人が分からねぇんじゃ、見つけるのも大変なんじゃねぇかぜ?」

となれば、これ以上考えてもなにも出ないだろう。

すでに魔物は撃退され、いなくなったらしい。

この村は、しばらくは安全だろう。

村を立て直せるほどの時間が十分あると思う。

チリ「私たちが出来ることは、何もなさそうね。」

アリス「そうと分かれば、さっさと夕飯を食いに行くぞ。」

アリスは証拠品の花びらや葉っぱをもっしゃもっしゃと食いながらそう言った。

ルカ「いやそれ食うなよ…」

…なんでこいつはせっかくの証拠品を食っているんだ。

 

とりあえず僕達は、宿舎に足を運んだ。

夕飯は、魚やキノコ、野菜をたっぷり煮込んだ鍋料理らしい。

それを食べ終わったら、カムロウの家に向かおう__



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第42話 意志の対立

__その日の夜。

宿舎に寄って夕食を食べた後、僕達はカムロウの家に向かった。

その一室にはカムロウと彼の母親のテアラ、彼の姉のリンドウ、村の医者がいた。

テアラはベッドに横たわり、全身の至る所に包帯が巻かれている。

医者は椅子に座り、虫メガネでカムロウが持ってきたカイムケマの実をじっくり見ていた。

医者「カイムケマの実…驚いたな。こうして実物を見れるのは。」

カイムケマの実、食べればどんなに重症でも傷が癒えると言われている実だ。カムロウはこれを、イリアスベルクにいたゴブリン娘から貰った。

カムロウ「どうやって食べさせるの?」

医者「煎じて少しずつ飲むのが最も効能が出るだろう。今のテアラには、少しずつ飲ませる方が体に負担を掛けない。」

カムロウ「…治るってこと?」

医者「そうだな。お前のお母さんはすぐに治るぞ。」

カムロウ「そっか…良かった…」

そう聞いて、カムロウは安泰の表情をした。

医者「さて、お邪魔にならないよう先に帰りますかっと。」

医者はカバンを持って席を立った。

リンドウ「もう帰るんですか?」

医者「この実を飲みやすいよう調合するからね。それでは。」

そう言って、医者は部屋を出た。

 

テアラはベッドから上半身だけを起こし、僕達に深々とお辞儀をした。

テアラ「お礼を申し上げます。息子(カムロウ)を導いて下さり、ありがとうございます。」

ルカ「僕は、当然のことをしただけですよ。それに…友達だし。」

チリ「そうですよ…お礼なんて…」

 

アリス「ふむ、褒美にはこの村の特産品を__」

ルカ「お前(アリス)黙ってろよ。」

ラクト「恩着せがましいやつだな。それでもお前、お偉いさんか?」

次の瞬間、僕達はアリスにヘッドロックされた。

ルカ「ギブ…!ギブ…!!」

ラクト「くっ…苦じいっ…!」

片腕ずつで僕達の首を絞める。

どれだけ馬鹿力なんだこいつは…

ラクト「まぁ、確かにお礼なんて言われることでもないぜ?なんてったって俺様は、カムロウの相棒なんだからな?」

パヲラ「…どの面下げて言ってんだが。」

ラクト「あぁ!?テメェ!」

パヲラ「なによ!やる気!?」

二人はお互いに突っかかる。

チリ「やめなさい!人前で!!」

チリは大きなハンマーを振り回した!

二人はハンマーで叩きのめされた。

ラクト「いでっ!」

パヲラ「おうっ!」

 

テアラ「ふふふ…賑やかなお友達ですね。」

カムロウ「そうかな?」

……褒められているのか?

とりあえず、褒められたということにしておこう。

 

パヲラ「カムロウちゃんとは、ここでお別れねい。あたし寂しいわあああぁぁぁん…」

…喋りながら途中で泣き始めた。

ルカ「おいおい…」

ラクト「お前、感情の起伏が激しすぎるだろ…」

とはいえ、悲しいのは僕も同じだ。

イリアス大陸から出るまで、共に過ごし、戦い、協力し合ってきた仲である。

しかし彼には家族がいるのだ。

それにこれ以上、旅する理由も戦う理由もない。

だから、カムロウとは、ここでお別れだ。

後はこの村で、ゆっくり平和に暮らすことになるだろう__

 

 

 

カムロウ「__まって。」

テアラ「…?」

ルカ「?」

チリ「どうかしたの?カムロウ?」

カムロウは一度、顔を伏せた。

そして、決心した眼差しをしながら顔を上げた。

カムロウ「…村に帰る時から、ずっと考えたことがあるんだ。」

そして僕の前に近付き、その答えを口にする。

 

カムロウ「ぼく…ルカに付いて行きたい。」

 

ルカ「えっ!?」

ラクト「はぁ!?」

リンドウ「ど、どういうこと!?」

彼にはこれ以上、旅を続ける理由も目的も、何もないはずだ。

なのに、僕に付いて行きたいと、旅に同行したいと言い出したのだ。

なぜカムロウは、そんなことを言い出したのだろう…?

それを聞いたテアラは、一度は驚いた顔をするも、すぐに冷静に戻り、カムロウに問いかけた。

テアラ「…なぜなのです、カムロウ?」

カムロウ「ルカは人と魔物が争わない世界を…魔物との共存を目指してるんだ。ぼくはそれを手伝いたい。」

そう答えたあと、首を横に振り、話を続ける。

カムロウ「…いや、ぼくも目指すんだ。平和な世界を。」

…目指す!?一体、どういうことなんだ!?

テアラ「……ルカさんは…勇者として、世界を旅しているのでしたね。」

ルカ「はい、そうですけど…」

テアラ「カムロウ…貴方はお友達の、勇者の責務を共に果たしたいというのですね?」

ルカ「…えぇっ!?」

だから、僕に付いて行きたいって…?

カムロウ「うん、だから__」

 

ハーレー「__ダメだ。」

後ろから声が聞こえた。

部屋の扉近くの壁に寄りかかる男がいた。

背中には立派な大剣を背負っており、腕を組んでいる。

カムロウの父、ハーレーだ。

ハーレー「俺が認めん。」

カムロウ「お父さん…なんで…?」

ハーレー「その旅に付いて行くということ…それがどういうことか、お前にも分からないわけではないだろう。」

僕の旅に同行するということは、その途中で死ぬ可能性も十分にあり得る。僕自信も、魔王城までに生きていられるかどうかも分からないわけだし…いや、生きて辿り着かなければならないのだ!

ハーレー「…自分の息子を、黙って死にに行かせるわけにはいかん。分かってくれ。」

ルカ「………」

そうだ。カムロウには家族がいる。まだ幼いカムロウに、この務めはあまりにも重すぎると思う。

それに死んでしまったら、残された家族は悲しむのは目に見えて分かることだ。

ここは大人しく、父親の意見を聞くべきだろう__

 

ラクト「__あ…あのさ。」

不意に喋り始めたラクトは、ハーレーに向かって土下座をした。

ラクト「俺からも頼ませてくれねぇかな!?」

ハーレー「!?」

ルカ「ラ…ラクト!?」

ラクト「心配も不安も、なにも無理な願いなことは全部分かってるけどよ!カムロウのこと、認めてくれねぇか!?」

それでもハーレーは動じずに、土下座をしているラクトを見ながら質問を投げかけた。

ハーレー「…なぜカムロウを認めてほしいのだ?」

そう言うと、ラクトは顔を上げる。

ラクト「信じたいんだ!俺はこいつ(カムロウ)友達(ダチ)だから!」

ラクト「近くに…俺は傍にいてやりてぇんだよ!」

カムロウ「ラクト…」

ラクト「…絶対に死なせねぇ!だけど…もしカムロウが死ぬことになったら、俺も一緒に死ぬ!だから…頼む!」

そう言って、頭がめり込むぐらいの勢いでまた土下座をした。

それを見たカムロウは、父の前に一歩歩み寄り、再び懇願する。

 

カムロウ「…お願いだよ、お父さん。だから__」

 

ハーレー「__なぜわからない!?また死にに行くのか!?目的はもう果たしたというのにか!?」

ハーレーは怒声を上げながらカムロウを睨みつけ、凄んだ。

ハーレー「お前のようなやつが外に出ても、すぐ死ぬだけだ!!」

そしてあり得る現実を突きつける。

先に進んだとしても、何がいるのか起こるのかは分からない。死ぬことだって考えられる。

カムロウ「…それでも行く!」

ハーレー「なぜだ!?」

カムロウ「外の世界は、人と魔物が争い合っているんだ!!」

ハーレー「それはお前(カムロウ)には関係のない事だろうッ!!!」

ハーレーが一喝すると、部屋中に風が吹き荒れる。

カムロウは一瞬、涙目になり泣きそうになった。

しかし、すぐに涙を払い、ハーレーを睨みつけた。

 

カムロウ「__関係あるッ!!!」

カムロウも一喝すると、カムロウの体から突風が放たれた。

ハピネス村でのクィーンハーピーと戦った時と、秘宝の洞窟で七尾と戦った時と同じだ。

カムロウは、怒りが最高潮に達すると、周囲に風が吹き荒れ、身体能力が格段に上昇する。

カムロウ「はぁ…はぁ…」

今回は、一歩手前でなんとか怒りを抑えたようだ。

ハーレー「…今のは……?」

どうやら今の出来事、カムロウの体から放たれた風は、父親であるハーレーでも予想外の出来事だったようだ。

カムロウ「_旅の途中で、ぼくは(ドラゴン)になったんだ……」

リンドウ「えっ…!?」

ハーレー「なっ…!?」

テアラ「そんな…!?」

驚愕の事実に、(カムロウ)の家族は驚いた。

それもそのはずだろう。まさか自分の息子が、弟が、ドラゴンになっただなんて、想像もしないだろう。

 

カムロウ「それで友達を、無くすところだった…!」

そしてカムロウは、自らの内に抱いていた疑問を、思う存分ぶちまけた。

カムロウ「ぼくは…本当にお父さんとお母さんの子どもなの!?それとも、違うの!?なんでぼくは、(ドラゴン)と人間の子どもなの!?」

姉のリンドウは、うろたえ始める。

リンドウ「そ、それは…」

ハーレー「…いや、いいんだ。リンドウ。」

テアラ「時が来れば話すべき事、それが今になっただけなのです。」

両親は、リンドウを落ち着かせた。

…どうやら何かを知っているようだ。

いや、隠していたというべきか?

そしてテアラは、すこし間を取って話し始めた。

テアラ「カムロウ、あなたは私とハーレーの子です。それは紛れもない、狂いもしない、揺らぐこともない事実…」

カムロウ「じゃあ、(ドラゴン)は…?」

 

 

テアラ「__(ドラゴン)は…私です。」

 

ルカ「えっ…?」

カムロウ「お母さんが…?」

(カムロウ)の母が…ドラゴンだって?どう見ても人の姿をしているというのに…?

テアラ「古龍族。それが、我々一族の総称…」

古龍族…全く聞いたこともない、初めて聞く名だ。

アリス「古龍族…知らぬ名だな。」

パヲラ「あたしも…聞いたことないわねぃ…」

テアラ「それもそのはずです。我々は、太古の昔から世を忍び、隠れて暮らしていました。」

アリス「今まで歴史の裏で生きてきたというわけか…しかし何故、存在を隠して生きたのだ?」

テアラ「我々の先祖が、そう決めたのです。私達はそれに従い生きてきました。」

ラクト「お、おいおい、待て待て待て…」

土下座の姿勢から、上半身を起こしたままのラクトは、理解が追い付いていないようだ。

ラクト「いきなりすぎて頭に入ってこねぇって!アンタがドラゴンだっていうなら…なんで人の姿をしてんだよ!?」

テアラ「古龍族は、(ドラゴン)と人の姿、二つの姿を持っています。今の私は、(ドラゴン)の姿にはなれませんが…」

チリ「ということは…いつでもドラゴンになれるんですか?」

リンドウ「はい。いつでも姿を変えることはできます。ですが龍の姿は、体力の消耗が激しいんです。なので、普段は消耗の少ない人の姿で生活を…」

 

話の最中、僕はアリスにひそひそと話しかける。

ルカ「アリス、テアラさんは魔物じゃないのか?」

アリス「うむ、魔物ではない全く別の種族だ。…いや、異なる生命体と言うべきか?」

アリス「今、遺伝子を見てみたが…魔物とは全く異なる遺伝子を持っている。」

魔物じゃない、全く別の生物。魔物を統べる魔王であるアリスも知らないわけだ。

アリス「ふむ、カムロウの遺伝子の謎が解けたな。親が知らないとなっていたら、どうなっていたことやら…」

確かにその通りだ。

もし養子だとか、そんな話になっていたら、さらにカムロウを悩ます亀裂となっていたはずだ。

それが解決出来てよかった。とりあえず一安心だ。

…いや待て、どうやって遺伝子を見たんだ?いや、見えたんだ?

ここからテアラさんまで、かなりの距離があるぞ。

2メートル…いや、3メートルほどか?

どうやら、自称視力16は伊達じゃないようだ。

 

…ちょっとだけ話がズレたかも。本題に戻そう。

ルカ「あの…村の人たちは、その事は…」

パヲラ「ええ、貴方(テアラ)がドラゴンだってことは知っているの?」

この質問はハーレーが答えた。

ハーレー「この村に移住した時に話してある。カムロウにはある程度の年齢になるまでは隠すつもりだった。」

ルカ「では…どうしてその事を、いままでカムロウに隠していたんですか?」

チリ「なにか…事情があったんですか?」

リンドウ「私は生まれた時から(ドラゴン)の姿に成れたんです。でもカムロウは…」

テアラ「私が産んだ時には人の姿でした。そして成長しても、(ドラゴン)の姿になることも、その前兆もありませんでした…ですので、人として育てるべきと判断し、ひた隠してきました。」

テアラは顔を俯きながら、カムロウに話しかける。

テアラ「…本当なら、もっと早く告げるべきでした。ごめんなさい…そのせいで、貴方には辛い思いをさせてしまって…」

カムロウ「…ううん、謝らなくていいよ。」

カムロウは首を横に振った。

カムロウ「ぼくが…ちゃんとお父さんとお母さんの子どもだってことがわかって良かった。」

そうだ。正真正銘の、実の子どもであることや、ドラゴンに変身できることなど、謎に包まれていたことが全て、はっきりと分かったのだ。

全部わかって本当に良かった…

テアラ「…ですがカムロウ、貴方に問わなければならないことがあります。」

…まだ、話はまだ終わっていない。

カムロウが旅に出ること。ルカの旅に付いて行くこと。

それがまだ終わっていない。

真剣な眼差しでカムロウを見つめる。

テアラ「私たち古龍族は太古の昔から、その身に余る強大な力を秘めています。その力は、全てを破壊する力とも…」

テアラ「ですがその全ては、世界も、お友達も、そして自分自身も破滅に導くものでもあります。…眼に映る物を、全てを滅する力なのです。」

 

テアラ「カムロウ。貴方にも、古龍族の血が、その力が受け継がれています。」

テアラ「…それでも、貴方は行くというのですか?」

(ドラゴン)の力は、つまり、諸刃の刃そのものだという。

力に飲まれ暴走すれば、誰にも手に負えない。

だが今のカムロウにとって、その問いに対する答えはすでに決まっていた。

カムロウ「…(ドラゴン)の力が、全部壊しちゃう力だっていうのなら…」

 

カムロウ「ぼくは__」

 

カムロウ「__その力を、みんなを守るために使いたい!!!」

 

(ドラゴン)の力があれば、みんなを守れる。

手を伸ばしても、届くことが、助けることができなかったあの日も、もし(ドラゴン)の力に目覚めていれば届くことができただろう…

もう後悔はしたくない。

だから守るために使う。

自分の手が絶対に届くように。

たとえそれが、全てを破壊する力であっても。

それがカムロウの答えだった。

 

 

ハーレー「…そうか。」

カムロウの覚悟を見届けたハーレーは、納得したかのような反応をした。

ハーレー「カムロウ。」

カムロウに呼び掛ける。

ハーレー「…来い。」

ハーレーはカムロウに背を向け、ドアを開け、家から出ていった。

 

…?

これは…どういうことだ?

カムロウが旅に出ることを認めたのか?

しかし、「来い。」というのかどういうことなんだ…?

カムロウ「………」

何かを察したカムロウは、剣と盾を持って家から駆けて出ていった!

ルカ「えっ!?ちょ…ちょっと待って!」

ラクト「おい、どこ行く気だよ!」

僕達も、カムロウの後を追って、慌てて家を飛び出した__

 



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第43話 父と子

__コロポ村の広場。

辺りは暗く、月光がかすかに地面を照らしている。

広場にはハーレーが腕を組み立っていた。

その前に、カムロウも立っていた。

少し遅れて、ルカ達も到着した。

ラクト「広場か…なんでここに?」

ルカ「一体、何をする気なんだ…?」

…あの様子だと、カムロウの近くに寄れそうにない。

近寄りがたい空気なのだ。

二人から少し離れた場所で、ルカ達は様子を見た。

 

ハーレー「…カムロウ。」

ハーレー「お前が旅に出たいと願うなら__」

 

ハーレー「__この俺を倒してみろ。」

なんと、ハーレーの出した条件は、決闘だった。

カムロウ「…どうしても?」

ハーレー「倒さなければ、俺は認めんぞ。」

…いくらなんでも、この決闘は不公平だ。

相手は大人。体格も経験も、カムロウと比べれば桁違いだ。

ラクト「じゃ、じゃあ俺も__」

__ラクトは決闘に参加しようとすると、不意に、足元に衝撃波が放たれた。

カムロウが、剣から衝撃波を、風薙ぎ(かぜなぎ)をこっちに向かって放ったのだ。

チリ「カムロウ…!?」

ルカ「いきなりなんで…」

なぜこっちに風薙ぎ(かぜなぎ)を?

軌道を見るに、最初から地面に当てるつもり…牽制にような軌道だった。

カムロウ「…そこで見てて。これはぼくと、お父さんの戦いなんだ。」

だから、横槍を入れるなと?

ここで見ていて欲しいと?

ラクトは納得できないようで、それでも近づこうとした。

しかし、アリスは行かせまいとラクトの服の襟を掴んだ。

ラクト「離せ!離せってんだよ!」

アリス「手出し無用だ。いいから黙って見てろ。」

…僕達は大人しく、事の成り行きを見守るしかないようだ。

 

カムロウは剣と盾を構えた。

ハーレー「…来るか。」

カムロウ「…勝つんだ。お父さんに勝って、旅に出る!」

ハーレー「…そうか。」

ハーレーは一度、目を瞑った。

そして見開き、カムロウを睨みつけた!

ハーレー「さぁ…来い!」

親子の決闘が始まった___

 

__ハーレーが立ちはだかった!

 

 

木々が揺れ、空が泣き、冷たい風がなびく。

ハーレーは武器を構えず、腕を組んだまま仁王立ちでこちらを睨んだままだ。

お互い、距離は離れている。

まずは遠距離の攻撃をして、隙を作るのが鉄板だろう。

魔法で火の玉を作り、放つ!

カムロウ「ファイヤ―ボール(火玉魔法)!」

火の玉を、真っすぐ飛ばすのではなく、曲線を描いて飛ばす。

軌道を分かりにくくすれば、回避するのも容易ではないはずだ!

しかし、火の玉は途中で消えてしまった。

…風だ。

よく見ると、ハーレーを中心に、強烈な風が吹き乱れているのだ。

その風が、ファイヤ―ボール(火玉魔法)をかき消してしまったのだ。

ならば、今度は威力を高めて…

カムロウ「…ファイヤ―ボルト(火炎弾魔法)!」

さっきよりも大きな炎の玉。

これならいけるか…!?

…ダメだった。それすらも、かき消されてしまった。

ハーレーから発せられる風の防壁が、防いでしまうのだ。

…こうなったらやぶれかぶれだ。

剣に風を纏わせ、飛び上がった!

カムロウ「ふ、風蝗斬(ふうこうざん)!」

そして、ハーレーに斬りかかった!

ハーレーの風の防壁と、カムロウの風の剣が相殺し合った!

カムロウ「う…うぅ……!」

だが、カムロウが徐々に押され始め、最後は吹き飛ばされ、地面に転がる。

ハーレー「どうした…そんなものなのか、お前は!?」

飛ばされたカムロウを、仁王立ちのまま見つめる。

俺を失望させるなと言わんばかりの眼だった。

カムロウ「まだだ!」

再び立ち上がり、剣を構え、何度も斬りかかった。

そして、何度も吹き飛ばされた。

カムロウ「まだ…まだ終わってない!」

それでも、立ち上がった。

負けるわけにはいかないんだ…

勝たなきゃいかないんだ…!

 

 

__ルカ達は遠くからその戦いを眺めていた。

 

ルカ「なんだ…あの風!?」

さっきから流れている風、自然に流れる風とは思えない。

異様なのだ。まるでハーレーから放たれているかのような風だ。

アリス「そうか…なるほど…」

ルカ「…どうした?アリス。」

アリスは何か、納得したのか、分かったかのような反応をした。

一体こんな時に、何を理解したのだろうか。

アリス「あの風の正体がわかった。」

そういえば、魔王軍四天王のグランべリアは、カムロウが放つ風薙ぎ(かぜなぎ)を、ただの「風」ではないと言っていた。

魔法や魔力で起こした風でも、力任せで巻き起こした風でもないと。

アリス「あれは生命エネルギーだ。体から溢れ出た生命エネルギーが、風となって流れているのだ。」

ルカ「……生命エネルギーって…なんだ?」

初めて聞いた。なんだ、生命エネルギーって。

アリス「要は、生命力そのもの…その者の強さが具現化した力と考えればいい。」

アリス「あのハーレーとかいう剣士は、その生命エネルギーで生まれた風を自在に操ることができるようだな。あの者ほどの強さとなれば、半端な攻撃はあの風に遮られて通用しない。」

チリ「そんな…じゃあこんなの、負け戦同然じゃ…」

パヲラ「カムロウちゃんに成す術ないわよ!?早く止めましょう!」

この決闘は、ハーレーが圧勝することなど確実だ。

このまま戦っても、カムロウが疲弊するだけだ。

どうにかして止めなければ__

 

リンドウ「あぁ…そんな……」

テアラ「…やはり、そうなってしまったのですか……」

カムロウの姉リンドウと、母のテアラが来た。

テアラは車椅子に乗り、リンドウが車椅子を押していた。

ラクトはテアラに駆け寄った。

ラクト「なぁアンタ!あの二人の喧嘩を止めてくれよ!」

しかし、テアラは首を横に振った。

ハーレーの妻であり、カムロウの母でもある彼女でも、止めることはできないようだ。

テアラ「出来ることなら、止めたいと思うのは同じ気持ちです。ですが__」

ラクト「__いいから止めろって言ってんだよ!あの親父(ハーレー)、手加減する気ねぇんだぞ!?このままだとカムロウがやられるぞ!?アンタ、それでもいいのかよ!?__」

テアラ「__危ない道を辿ろうとする我が子を止めるのは、親の務めではないのでしょうか……?」

ラクト「………!」

テアラ「私に出来ることは…見守ることしか…」

そう言ってテアラは俯く。

この戦いを止める方法は、もはや二人のどちらかが勝つまでなのだ。

もうどうしようもない。

ラクト「だ、だけどよぉ!__」

 

アリス「__ラクト、諦めろ。」

パヲラ「…決着が着くまで、待つしかないわ。」

チリ「止めたいのは同じ気持ちなの。だけど、どうにもできないのはわかってるでしょ?」

三人の言葉を聞いて、ラクトは次第に体をわなわなと震わせる。

ラクト「ケッ!勝手にしろぃ!もうどうなっても知らねぇからな!!」

ラクトは拗ねたかのように、その場で座りこんだ。

…僕はラクトの隣に座った。

ルカ「…ラクト、僕はカムロウを信じるよ。」

カムロウを信じる。それが今、僕達が精一杯出来ることだろう。

ラクト「…あぁ、俺もカムロウを信じる。」

このまま、信じることしか__

 

 

 

カムロウ「___うおおおぉぉぉ!!!」

カムロウは何度も何度も、ハーレーに立ち向かっていた。

しかしそれでも、ハーレーを囲う風の防壁が壊れることもない。むなしい特攻だ。

ハーレー「その程度で、俺に勝てると思っているのか!?」

カムロウ「うわああああああ!!!」

すると、カムロウの体から、突風が放たれた。

怒りが最高潮に達した証拠だ。

瞳は涙で煌めき、風が纏うように吹き荒れる。

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)!」

怒りの風薙ぎ(かぜなぎ)。通常よりも何倍もの威力だ。

剣に荒々しい風を纏わせ、強風の衝撃波を放つ。

…その渾身の一撃でも、防壁はビクともしなかった。

ハーレー「ほう…その風。お前は、俺のを見て覚えたのか?」

カムロウ「!?…う、うん。」

急にそんなことを言われ、情けない返事をした。

なんでいきなり、そんなことを__

 

ハーレー「__そうか。良い風だな。」

カムロウ「えっ!?」

…褒められた?

初めての事だった。

だって、今までまともに会話をしたことがなかったから。

ハーレー「だが、それは本当の風薙ぎ(かぜなぎ)ではない。」

ハーレーは背中に背負った大剣を片手で抜刀し、カムロウに見えるよう掲げた。

その大きな剣は、まるで巨大な白い牙のようだ。月明りに照らされ、さらに銀色に輝く。

ハーレー「この剣の名は…「醒剣クトネシリカ」。俺の故郷の伝承だと…英雄が闇を切り裂くために、この剣を振るったと言われる剣だ。」

そう言うと、片手で剣を構えた。

すると、剣に風が纏わり始めた。

それだけじゃない。徐々に剣が輝き始めたのだ!

ハーレー「炎を切り裂き、風をも薙ぐ剣。これが「本来の風薙ぎ(かぜなぎ)」だ。」

カムロウ「「本来の風薙ぎ(かぜなぎ)…!?」

カムロウも、僕達も目を疑った。

こんな夜なのに、ハーレーが持つ剣は輝いて見える。

日の光があるわけではないのに、月の光はそこまで輝いているわけでもないのに。

ラクト「なんだよあれ!?」

チリ「どうなってるの!?」

アリス「風が肉眼で目視できるほどの密度で剣に纏っているうえに、光の乱反射で輝いて見える…そういうトリックだな。」

パヲラ「理解しがたいけど…そう納得するしかないわねぃ。」

ルカ「そんなめちゃくちゃな…!?」

ハーレー「そして…!」

ハーレーの剣に、風が纏わり付き始めた!

次第に大きくなり、光の風となる!

ハーレー「これがグラディリオン…「勇者の風」と言われている。」

カムロウ「勇者の…風…」

まだ放たれてすらいないのに、圧倒されそうになる。

ハーレー「行くぞ…!」

カムロウ「………!」

カムロウは来る攻撃に備え、迎撃の体勢に構えた!

ハーレー「勇者ノ風(グラディリオン)!」

勇者の風が放たれる!

それは、衝撃波の塊である風薙ぎ(かぜなぎ)とは違う形だ。

横一文字に放たれたそれは、光る風の一枚刃と言うべきか。

そしてもう一つ、目に見えてわかることがもう一つある。

風薙ぎ(かぜなぎ)よりも速い___

 

__気付けば、体に衝撃が走っていた。

迎撃の構えをしていたのにも関わらず、予想以上の速さに、反応できなかった。

猛烈な勢いで吹き飛ばされる。

そして、広場を超え、後ろの崖に激突する。

カムロウ「ゲホッ…ケホッ…」

土煙にまみれながらも、なんとか立ち上がる。

ハーレー「どうした!?俺に勝つのではなかったのか!?」

ハーレー「それとも、あれは嘘だったのか!?」

再び、勇者の風が放たれる!!

ハーレー「勇者ノ風(グラディリオン)!!」

あんなデタラメなモノをもう一度食らえばひとたまりもない…

今度は盾で防御を…いや、防ぎきれない!

だとしたら、避けるしかない!?

そう考えているうちに、光の風は迫ってくる!

こうなれば一か八かだ。

攻撃が当たる方に盾を向け、飛び上がりきりもみ回転をして避ける!

カムロウ「くぅぅ…!」

盾にガガガと、削るかのような音が聞こえる。

それでも、なんとか避けきれた。

安心する余裕もない。

そのまま突っ走り、距離を詰める!

ハーレー「この俺を超えてみろ!!カムロウ!!!」

荒々しい勇者の風が放たれる!!!

ハーレー「勇者ノ風(グラディリオン)!!!」

今度は近い。避けることなんて出来やしない。

となれば…斬るしかない…?

もしこの光の風を斬ることが出来れば、お父さんに近付ける。

だけど、斬れるんだろうか…いまのぼくに…?

……いや、違う。

カムロウ「超えてみせる…父さんを…!!!」

斬るんだ。斬ってみせる!!!

剣に風を纏わせ、風蝗斬(ふうこうざん)で斬る!!!

カムロウ「はああああぁぁぁ!!!___」

 

 

 

__斬れた。

横一閃の光の風を、一刀両断。

斬れるとは思ってなかった。でも、驚いている暇はない!

もう今は、止まれないんだ!

止まっちゃいけないんだ!!

ぼくは勝って、旅に出るんだ!!!

ハーレー「!!!」

カムロウ「__だああああぁぁぁぁ!!!」

疾風の飛蝗(バッタ)(そら)を翔ける!

天 翔 風 蝗 斬(てんしょうふうこうざん) !!!

 

ハーレー「それでもお前は行きたいと願うか…!」

ハーレー「ならば食らうがいい!!俺の風を!!!」

剣を構え、光の風を纏わせる!

そしてさらに風を集め、光の竜巻と化す!

ハーレー「強者ノ風(バルファゼノン)!」

強者の風が吹き荒れる!!!

 

カムロウ「はあああぁぁぁぁ!!!」

ハーレー「おおおおぉぉぉぉ!!!」

 

互いの風が、牙を剥く___

 

 

 

 

__結果は、目に見えて…いや、最初から分かっていたことだった。

カムロウが、ハーレーに。

子が父に。

ぼくがお父さんに勝てるはずなんてなかったのだと。

広場の中心には大きなクレーターが生まれ、そこにカムロウは、瓦礫に埋まっていた。

ハーレー「………」

勝敗は、決まった。

瓦礫に埋もれたカムロウは動く気配はない。

ハーレー「(悪く思うなよ…)」

ハーレーは、顔色一つも変えずに、その場を去ろうとする。

…5歩、いや、7歩ほど歩いたところで、ハーレーは何かの気配を感じ、再びクレーターの中心の方を向く。

そこにいたのは、こちらを見つめるカムロウだった。

ハーレー「(カムロウ…!?)」

なんとカムロウは、瓦礫の中から立ち上がったのだ。

至る所からは血が流れ、焦点の合わない目でハーレーを見ていた。

ボロボロになりながらも、おぼつかない脚で。

カムロウ「お父さん…」

肩で息をしながらも、頭から血を流しながらも、

カムロウ「聞いて欲しい事が…あるんだ…」

ハーレーに歩み寄る。

カムロウ「いや…」

首を横に振り、拳を握り、息を吸い込む__

 

 

 

カムロウ「__聴けよ!!!」

ハーレー「!!!」

自分の心の言葉を、思うがままに、存分に、打ち明ける。

僕の本心を、聴いて欲しい言葉を、僕の想いを__

 

 

カムロウ「__僕が人だとか龍だとか、もうそんな事はどうでもいい!だけど…自分が、自分であることを…忘れない…!忘れたくない…!!忘れるもんか!!!」

 

カムロウ「僕は今も、この先も、ラクトやルカやチリや…アリスさんやパヲラさんと…!!同じ路を、同じ景色を!同じ場所を!みんなと一緒にいたいだけなんだ!!!みんなのことが、大好きだから…みんなの手を、この手を、離したくない!!!」

カムロウ「ずっと隣で信じていたいんだ!!!」

 

ハーレー「それは…お前が死ぬことになってでもか!?__」

 

カムロウ「__それでも!!!」

 

ハーレー「…!」

 

カムロウ「だから!」

カムロウ「僕は強くなりたい!!強くならなきゃいけないんだ!!!みんなを守れるくらいに…! 父さんみたいに…!!」

カムロウ「…父さんと……」

目から涙が溢れ出た。

カムロウ「父さんと同じように…!!!」

ハーレー「俺のように…か?なぜ俺のように強くなりたい!?カムロウ!」

カムロウ「だって僕は…父さんの子どもだから!!!」

小さい時からそうだ。僕の憧れは父さんだ。

身近にいる存在だからこそ、超えるべき壁だと感じた。

父さんのように強くなりたい。

…沈黙が続いた。長く感じた。

実際に、長い時間が流れたと思う。3分ほどだろうか。

ハーレーはカムロウを見たまま、考え事をしていたかのようにも見えた。

そして、口を開いたのは、ハーレーだった。

ハーレー「…1週間だ。」

カムロウ「…?」

ハーレー「今のお前は弱い。1週間でお前に、俺の持つ技を全部叩き込む。」

カムロウ「…!」

ハーレー「…後は自分なりに強くなれ__」

ハーレーは剣を納刀すると、静かに去っていった__

 

 

ルカ「………」

ラクト「………」

もう勝負は…終わったということで良いのだろうか?

周囲の様子を見た後に、ラクトはチリの背中を叩く。

ラクト「おい、ボケッとしてる場合か!?回復だ!急げ!」

チリ「あっ…わ、わかった!」

僕達は、窪んだクレーターから出てきたカムロウを囲うように集まる。

ルカ「えっと…この勝負、どうなったんだ?」

パヲラ「決闘のほうは…」

アリス「残念だが、カムロウの負けだな。」

カムロウ「うん。そうだね、僕の負け。」

負けたのにもかかわらず、カムロウは悔しがる素振りを見せなかった。

むしろ、清々しいような、爽やかというか、一皮むけたような印象だ。

カムロウ「…でも、認めてもらえた。そんな気がした。」

テアラ「いえ…認めたんですよ。息子として。」

後ろから母のテアラが、姉のリンドウに車椅子を押してもらいながら、そう声を掛けてきた。

テアラ「あの人(ハーレー)、嬉しそうな顔でしたよ。」

リンドウ「えっ?そんな顔してた?」

カムロウ「…そうだったかな。いつもと変わらない表情だったけど。」

小さい頃から変わらない、仏頂面だった気がしたけど。

ルカ「テアラさんには…分かるんですか?」

テアラ「ええ、もう何年も一緒にいますから。なんとなく分かるんですよ。」

 

テアラは、カムロウを見つめた。

テアラ「…カムロウ。」

カムロウ「? どうしたの?母さん。」

テアラはカムロウに手招きをして、もっと近くに寄るよう促した。

カムロウは近づいた。すると、テアラはカムロウの体を抱きしめた。

テアラ「…あなたは、外の世界を知り、学び、感じ…そして、良き友を持ちましたね。」

カムロウ「…!」

テアラ「あの時のあなたは…泣くことしかできなかった。けれど…今は、泣いても立ち向かうことができるほど強い心を持っています。」

テアラ「…成長しましたね。カムロウ。母として、こんなに嬉しいことはありません。」

カムロウ「母さん…」

二人はしばらく抱きしめ合っていた。

決闘の結果は負けではあったが、自分の父親に立ち向かったこと。

それこそ、カムロウが一番成長した証だろう。

 

ラクト「母さん、か…」

ラクトはその光景をしみじみと眺めていた。

チリ「なんだか、見てるこっちもにやけちゃうよね。」

パヲラ「あーら?母親が恋しいのかしら?」

パヲラはラクトをおちょくった。

またいつものように突っかかってくるだろう__

ラクト「__まぁ…そうだな。」

チリ「…え?」

パヲラ「…?」

予想とは違った答えが返ってきた。

普段であれば、すぐに怒って突っかかってくるはずなのに。

こんな反応をするラクトは初めて見た。

パヲラとチリはそれ以上、聞かなかった。

彼の領域に、これ以上土足で踏み入れてはならないと感じたからだ。

 

ルカはカムロウにこの後の行動を聞く。

ルカ「それで、カムロウ。この後はどうするんだ?」

カムロウ「それなんだけど…明日から1週間、父さんと稽古することになった。」

カムロウ「だから先に__」

 

ルカ「__となると…その間はこの村に滞在することになるな……」

カムロウ「…?ルカ、先に行かないのか?」

ルカ「そういうわけにはいかないよ。カムロウを置いて先に行くなんて。」

カムロウ「…ありがとう、ルカ。」

ルカ「気にすることはないよ。特に慌てることも、焦る必要もないわけだし。」

カムロウが僕の旅に付いて行くことは決まったのだ。

置いていくよりも、踏み始める足は一緒のほうがいい。

僕の旅は、まだ先は長い。1週間くらい、どうってことはない。

ルカ「だから、ハーレーさんと稽古して、しっかり力を付けるんだ。それが今、カムロウがするべきことだよ。」

カムロウ「…そうだね。」

ルカ「みんなも、それでいいか?」

アリス「まぁいいだろう。まだ山の恵みを食べ足りぬからな。」

チリ「また食べ物の話してる…」

パヲラ「いいわよ~ん♪。なんだったらあたし、いつまでも待つわよん!」

ラクト「ま、仮に先に行くなんて言ったら、この俺様が許さねぇからな。」

ルカ「言ってろ。」

アリス「言ってろ。」

パヲラ「言ってろ。」

チリ「言ってろ。」

ラクト「な、なにぃ…!?」

 

ルカ「…とは言ったものの、1週間の間、何をしようか…」

大方、アリスと一緒に剣の鍛錬だろうけど…

それ以外で何をするべきか…

暇つぶしをするわけにもいかないしな…

パヲラ「だったらあたし、コロポ村の復興作業を手伝おうかしら。」

チリ「私もそうする。だって…」

チリは周囲の風景を指差しながら怒った。

チリ「カムロウやハーレーさんは…暴れるだけ暴れて、後始末はどうするつもりだったの!?この地面とか崖とか!余計な仕事を増やしただけじゃない!」

カムロウ「あはは…ご、ごめんね?」

アリス「ふむ。では余はこの村の特産品を…」

ラクト「何、楽しようとしてんだお前!」

ルカ「手伝え!少しは!!」

アリスとラクトはボコスカ喧嘩をし始めた。

アリス「なんだと!?元々、我々は部外者ではないか!手伝う筋合いなどない!!」

ラクト「だからってタダ飯食う気かてめぇは!」

ルカ「少しだけでもいいからわきまえろよ!」

まったくこいつは…本当に意地汚い奴だ。

テアラ「ふふふ…本当に、楽しいお友達ですね。」

リンドウ「…もしかして、いつもこんな調子だったりする?」

ルカ「……えっと、はい。」

リンドウ「えぇ…」

 

テアラ「さて…すっかり夜も更けましたね。そろそろ帰りましょうか。」

ルカ「そうですね。カムロウは、明日から頑張らないといけないこともありますし…」

ルカ「みんな、帰るよ__」

__みんなの方を振り返ってみると、

チリ「ガミガミガミガミ…」

カムロウ「ご、ごめん……」

アリス「この、ジャーキー分けようともしないケチな奴め!」

ラクト「お前、あの時のことまだ根に持ってたのかよ!?」

チリはまだ、カムロウを叱っていたし、アリスとラクトの取っ組み合いも続いたままだ。

ルカ「(…あぁだめだこいつら。聞く耳を持ってくれない。)」

パヲラ「放っておきましょ、ルカちゃん。しばらくしたら冷めるタイプよこれ。」

ルカ「そうだな…置いて先に帰るか。」

 

__こうして、僕達は宿舎に、カムロウは自分の家に帰った。

カムロウは明日から1週間、父のハーレーに稽古をつけてもらうことになった。

そしてルカ達はその間、コロポ村に滞在することになった__

 



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第44話 数日後…

__コロポ村に滞在して3日が経った。

天気は晴れ、空には積雲、綿菓子のような雲がいくつか点々としている。

カムロウの修行が終わるまでの間、僕達は建物の修復を手伝っていた。

といっても、修繕作業自体は村の人達で足りているらしいので、資材の搬入ぐらいしかしてないけど。

今、ちょうど正午近くになったのでお昼休みにしようとしていると、通りかかった空き地にラクトとパヲラがいた。

パヲラは岩の上に座っており、ラクトの前には木で出来た的当てがあった。

ルカ「何してるんだ?ラクト。」

ラクト「お、ルカか。見りゃわかるだろ。」

ルカ「分からないから言ってるんだけど…」

ラクト「あぁ~ん?」

これだよこれと言うような表情をしながら、ラクトは手に持っている物を見せてくる。

それは、とても銃とは思えない見た目をした銃だった。まるでおもちゃだ。

ラクト「試し撃ちだぜ。やっと新兵器が完成したんだ。今、最終テスト中でな。」

ラクト「俺様が開発した新兵器…命名して、「魔導銃モダングリモア」!!」

パヲラ「銃って言うけど、それ猟銃より随分小さいじゃない。」

そう。猟銃よりも小さいのだ。いや、コンパクト、小さくまとまってあると言ったほうが的確だろう。

ラクト「デカいと取り回しが悪いんだよ。素早く動くにはこれくらい小さくねぇとな。それにこいつ(魔導銃)は魔力を弾丸にするから、銃弾を入れる機構も、そもそも銃弾も必要ねぇんだ。だから小さいし、まだまだ拡張できる可能性も秘めてる!」

ラクト「あるのは魔力を放つ機構と、中でルーン魔導を発動させる機構だけ!今までよりもずっと早く、簡単に魔法を放てるぜ!」

…機構?

ルカ「それって…どういうやつなんだ?」

言ってることがとてもよくわからず、話に付いていけない。

ラクト「まずは魔力を放つ機構は、体を通して魔力を集めるようになっていて、ようは自動供給ってやつだな__」

すごい早口で言い始めた。

ラクト「__それでルーン魔導を発動させる機構は、中であらかじめルーン文字を自動で描くようになってるから、自分が放ちたいと思う魔法をすぐに描いてくれて__」

ルカ「へぇ。」

パヲラ「ふーん。」

なんかよく分からないから無視することにした。

ラクト「お前ら興味すらねぇのか!あーはいはいそうですか!そうですか!!」

 

チリ「みんな、ここにいたの?」

遠くから声が聞こえた。振り返ってみると、チリとアリスがいた。

アリス「どうした、昼飯を食いに行かないのか?今日は茸の炊き込みご飯らしいぞ。」

ラクト「キノコ…白米はねぇのかぜ?」

チリ「白米もあるって。」

パヲラ「あーん早く行きましょ!あたしお腹ぺこぺこ!」

カムロウは後で来るとして、先に昼食をとりにいこう。

そうして、僕達は空き地から離れる。

すると、歩きながらアリスが僕に質問を投げかけてきた。

アリス「ところで、カムロウの修行が終わった後どうするのだ?目的地などのあてはあるのか?」

ラクト「そういや、行きたい所があるって言ってたよな。」

ルカ「ああ、ここから西にあるサン・イリア城に向かうよ。そこのお城もイリアス信仰が非常に盛んで、旅の勇者を歓迎してくれるらしいんだ。」

そこの王様は、勇者に道を示してくれるという。

サン・イリア王は、迷える僕にも道を示してくれるかもしれない。

アリス「…ニセ勇者も歓迎してくれるのか?」

ルカ「こ、心は勇者なんだよ!」

チリ「刺すなぁ…」

サン・イリア城は教会都市であり、王様も偉い大神官様。

勇者に道を示してくれる賢者であり、ぜひ訪れておきたいところなのだ。

アリス「ふむ…あまり行きたくないところだな。料理もマズそうだ…」

ラクト「あぁ…またこいつは…」

やれやれ、やっぱり食い物のことか…

 

 

 

 

__同時刻。コロポ村、鍛錬場。

村よりも高い崖の上にあるその場所には、カムロウと、その父ハーレーがいた。

カムロウ「うわあああああ!」

いきなりカムロウは突風に飛ばされていた。

ハーレーは木刀に風を纏わせ、構えつつその場で動かないでいる。

ハーレー「まだまだ、だな。「風」を使い切れていない。」

カムロウ「だからって吹っ飛ばすことは……」

文句を言いながらも、カムロウは立ち上がる。

ハーレー「なんだ、俺の教え方が下手だと?」

カムロウ「いや、そういうわけじゃないけどさ…」

今は木刀を使って実戦形式の鍛錬中。

僕にとっては、一番戦いやすく、覚えやすい鍛錬の仕方だと感じるけど…

父さんとの鍛錬はむちゃくちゃだと思う。

だって手加減してくれないから。

僕は木刀を握り締め、再びハーレーに攻撃を仕掛ける。

木刀同士が叩きあう最中、父さんがあることを聞いて来る。

ハーレー「お前の戦い方…ある程度の技は、友人から教わったか?」

カムロウ「そうだね…剣術とか、戦術とか、魔法とかは。」

剣術の内、突きはルカからある程度は教えてもらったり、見て学んだ。

魔法はラクトから、戦術はパヲラさんから。

魔法に関しては、最近パヲラさんの授業のおかげで文字を読めるようになったから、読み始めた市販の魔導書がある。なので、まだまだ覚えることが多くある。

ハーレー「お前はラーニング…技を見たり経験したりするとすぐに自分の技に出来る。俺の風薙ぎ(かぜなぎ)を覚えたのもそのおかげだろう。」

えっ?そうなの?

意識してなかったけど、父さんがそう言うのなら間違いないだろう。

ハーレー「だが、技は真似るだけ、形だけ覚えるだけでは意味がない。現に、お前が覚えた風薙ぎ(かぜなぎ)は不完全だった。」

確かにそうだ。

前の僕は、風を放つ技を風薙ぎ(かぜなぎ)と思っていた。

しかし本当は、剣に風を纏わせる技であった。

父さんから教わったことがなかった…いや、教わろうともしなかったため、見よう見真似で覚えた風薙ぎ(かぜなぎ)は不完全なものだった。

真の風薙ぎ(かぜなぎ)は、炎を切り裂き風をも薙ぐ風の剣である。

そして今、その風の剣の極意や、父さんの技を教わっている真っ最中なのである__

ハーレー「__あぁ、そうだ。一応言っておくが、もう俺の持つ技は全部叩き込んだぞ。」

カムロウ「えぇ!?」

なんだって…!?

ハーレー「もう1日目あたりで教え終わった。」

カムロウ「えぇぇ!!?」

なんだってぇ…!?

ハーレー「なんなら、もうこれ以上教えることすらないぞ。」

カムロウ「えぇぇぇ!!!?」

なんだってぇぇぇ…!!?

えっ!?これからどんどん新しいのを教えてもらうんじゃなくて!?

()()()()()()()()()()

いや確かに…まだ使うことすらままならないが、1日目で教えてもらったといえばそうだ。

風で相手の攻撃を巻き込んで跳ね返す技とか、勇者ノ風(グラディリオン)とか、そういうのをやたらめったに立て続けに教わった。

正直言うと、あの日はハードスケジュールだったと今でも思う。

ハーレー「ぬん!」

父さんは隙を突いて、再び突風を放って僕を吹き飛ばしてくる。

カムロウ「うわまたっ!」

吹き飛ばされつつもなんとか体勢を整える。

カムロウ「何かこう…ないの!?必殺技とか奥義とか、本当はそういうのあるでしょ!?ルカやパヲラさんだって持ってるのに!」

ハーレー「そういうのは自分で考えたらどうだ?言ったはずだ。「後は自分なりに強くなれ」と。」

カムロウ「確かに言ってたけど…」

てっきり、この1週間でみっちり教えてもらうと思っていたのに…

こんなの、聞いてない。

…それもそうか。今、言われたことだし。

カムロウ「じゃあ、さっきまでの鍛錬は何だったんだよ!?」

1日目で教え終わったのであれば、それ以降の、これまでの鍛錬は一体何のために…?

ハーレー「お前のラーニングの能力を向上させるためだ。」

カムロウ「…?」

さっき言ってた、見たり経験したりするとすぐ自分のモノにできるっていう?

そんなことのために、今まで鍛錬をしていたというのか。

ハーレー「人が異なれば、使う剣も技も異なる。人次第で技量は変化する。「風」は変幻自在であるがゆえに型など存在しない。」

ハーレー「俺の戦い方は基本にして奥義だ。そしてお前は、「お前の戦い方」を見つけろ。」

…僕はブスーッと、ふてくされた顔をした。

カムロウ「…なんで、僕の戦い方を?」

イマイチ、理解できない。

父さんの戦い方をそっくりそのまま、教えてくれればいいのに。

なぜ戦い方を見つけろなんて言うのだろうか?

ハーレー「カムロウ、お前はなぜ、強くなりたい?」

カムロウ「それは…みんなを守るためだよ。」

ハーレー「…お前はまだ、()()()()()()()ことがある。()()を理解することが、最後の課題だ。」

カムロウ「……?」

()()()()()()()…?

どういうことなのだろうか?

理解できず、ますますふてくされた顔をする。

ハーレー「昼の休憩にするぞ。終わり次第、鍛錬の再開だ。」

父さんは木刀を納刀しながら去っていく。

結局、意味を理解できずに終わった。

なんだろうか、()()()()()()()ことって。

でも、父さんのことだ。

その()()()()()()()が、僕にとって最後の壁だと思う。

なぁに、まだ4日も残ってる。

父さんとの鍛錬に励めば、その内分かるはずさ___

 

___なんてことを考えていたら、近くの地面にグサッと矢が刺さった!

その矢は姉のリンドウが使ってる矢だ。リンドウは弓術が得意だ。

地面に刺さったその矢には赤色の着いた紙が巻かれていた。

この前、村が魔物の襲撃に合った後、村で決めたという合図。

この合図の意味は…村が襲撃に合っているという意味だ!

こんな時に…!?

ただでさえ村は修復中の建物ばかりだし、村の門も直ったわけでもないのに…

しかし、考えている暇はない。

今すぐに村に行かないと!

よし行くぞ__

 

__ん?待てよ?

立ち止まってあることに気付いた。

ああ、そうだった!なんてこった!

僕の装備である鋼鉄の剣と鉄の盾は、この前の父さんとの決闘で傷付いたから修理に出してる!

だから今、手元に十分な武器がない!

それにしばらくは戻って来ない!

ああ、どうしよう…

う~ん…本当にどうしよう…

悩んでいる時間なんてないのに。

……今、手元にあるといったら、木刀しかない。

しょうがない、気休めにしかならないだろうけど…

僕は木刀を持って村に向かって駆けて行った__

 

 



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第45話 異様な襲撃

__数分前、コロポ村。

ルカ達は昼食を終えて、再び資材の搬入作業を開始しようとしていた。

アリス「ではこの後も、馬車馬のように働くんだな。」

アリスはデザートに野イチゴを楽しむ気でいる。

ルカ「アリス…お前ってやつは……」

ラクト「本当に手伝う気はないんだな…」

アリスが手伝わないのにも理由がある。

今は人間の姿をしているわけだが、アリスは全ての魔物を統べる魔王である。

その立場がある以上、そう簡単に人間に関与するわけにはいかない。

それは分かってはいるが…それにしても図々しい。

 

すると村の雰囲気がだんだん、騒がしいような、慌ただしいような雰囲気を醸し出してきた。

周りを見ると、遠くでカムロウの姉リンドウが村の人に指示を出していた。

リンドウ「二人分の担架を!そっちは包帯を!!」

どうやら、只事ではなさそうだ。

ルカ「あの…どうしたんですか?」

リンドウ「なんでも、門の前に傷だらけのサムライと青年がいるって…」

サムライ…?なんだろう、思い当たる言葉だな………

 

ルカ「まさか!?」

パヲラ「もしかして…ジョージちゃん!?」

ラクト「マモルもいるのか!?」

イリアス大陸で出会った、侍のジョージと陰陽師のマモル。

たしかナタリアポートで別れたはずだが…?

チリ「ルカ、私達も!」

ルカ「ああ、行ってみよう!」

僕達はリンドウと共に、村の門まで駆けて行った__

 

 

 

__村の門に向かうと、そこにはナタリアポートで別れたはずの、

袴姿の侍、ジョージと

長髪の青年、陰陽師のマモルがいた!

二人とも血まみれで、衣服もボロボロで、息も絶え絶えでその場に座り込んでいた。

どうみても、命からがら逃げてきたとしか思えない。

一体、二人の身に何があったというのだろうか…?

パヲラ「ジョージちゃん!大丈夫!?何があったの!?」

ラクト「おいマモル!生きてんのか!?」

しかし、返事がない…いや、返事をする気力もないように見える。

チリ「本当に…一体何が……?」

ルカ「わからない…けど今は__」

今はとにかく、二人を治療するべきだろう___

 

 

__そう言い掛けた瞬間、僕達の目の前に、

斧を持つ戦士、杖を持つ老人、弓を構える若者が現れた!

ルカ「…ん?」

ラクト「…なんだ?アンタらは……?」

何者かと問い掛けても、返事をしてくれない。異様だ。

そして……まだ気になる点があるとすれば、全員肌は青白く、生気を感じさせない。

すると、その3人組はいきなり、それぞれの武器を持って襲いかかってきた!

しかも、狙いは僕達ではなく、瀕死のジョージとマモルだ!

パヲラ「采配(さいはい)ブーツ!」

パヲラは高速回し蹴りを放って攻撃を防いだ!

ラクト「あの野郎…攻撃してきやがった!」

パヲラ「いきなり何するのよ!危ないじゃないの!!」

今の状況は…とにかく()()だ。()()じゃない。

そして、敵意があることが分かった以上、ここは応戦するしかない!

リンドウ「連れて行って!早く!」

ジョージとマモルは担架に乗せられ、村人たちはそそくさとその場から離れた。

ラクト「何だがよく分かんねぇけどよぉ!!」

ルカ「行くぞ!今は僕たちだけで応戦しよう!!」

今、この場にいるのは僕を含め、ラクト、パヲラ、チリ、リンドウ。

謎の三人組を前にして、僕達は戦闘態勢に入った!

 

 

 

__そして現在、村の門の前でルカ達は謎の襲撃に応戦していた。

ルカとパヲラは、斧を持つ戦士と戦っていた。

パヲラが攻撃を防ぎ、僕が攻撃を仕掛ける。

堕剣エンジェルハイロウなら、人間は小人の姿になって封印されるらしいが…

パヲラ「かなりのやり手ねい…」

ルカ「封印するには、まだダメージが足りないのか…?」

一向に弱まる気配がない。パヲラの言う通り、かなりの実力者なのだろう。

パヲラ「そういえば、さっきから攻撃防いでるんだけど、なんていうか…ヌルヌルするのよね、あの斧。」

そう言われて見ると、確かにパヲラの手には液体が付いていた。

ルカ「ヌルヌル…?ハチミツか?」

パヲラ「いいえ…違うみたい……なんなのかしら、これ。」

すると、斧の戦士はマッチ棒を取り出した。

何をする気だろうと見ていると、戦士が持つ斧が燃え始めた!

ルカ「斧が…燃えた!?」

パヲラ「ってことは…このヌルヌルは油!?」

斧に油を塗って、火でさらに攻撃力を高めるという魂胆なのだろうか。

近付こうにも、斧の炎で不用意に近づきづらい。

 

ルカ「ん?…油…燃える斧…?聞いたことがある、確か__」

 

__燃える斧の戦士、ヤキニ・クスキー。

大の肉好きで、好物の焼き肉をすぐに食べれるように編み出した方法が「燃える斧の戦士」の由来だという。

パヲラ「でも、その人は20年も前に亡くなったって話よ!?」

そうだ。彼は野菜の栄養不足で亡くなったはず…

死んだハズの人間が、目の前にいるのはおかしい……

 

そう考え込んでいると、目の前にいきなり氷の壁が迫ってきた!

チリ「暴拭(ぼうしょく)!!!」

チリはハンマーを持って暴れまわり、迫ってきた氷を粉砕した!

チリ「大丈夫!?考え込んでるみたいだったけど!」

ルカ「ご、ごめん、助かった!でも、この氷の壁は一体…」

チリ「たぶん魔法!あそこのおじいさんが放ってきた!」

チリが指差した方向には、杖を持った老人が立っていた。

するとその老人は、今度は氷の塊を飛ばして来た!

ラクト「火炎魔弾(フレイムショット)!」

ラクトは銃から炎の弾丸を放った!そして飛んで来た氷を溶かした!

ラクト「考え事なら後にしたほうがいいと思うぜ。」

ルカ「うん、後にする!立ち止まってたらこっちがやられそうだ!」

 

ラクト「それとなぁ、ルカ。俺はこのジジイを本で見たことがあるんだが…」

ルカ「ああ、僕も本で…」

見たことある人間でもあり、それに氷の魔法を使ってくるとなると一人しかいない。

__氷の魔導士、ユキオイ・エティ。

50年間、雪山に籠って修行をし、幾多の強大な氷の魔法を会得した大魔導士だ。

話によれば、地図を逆さに見てしまい、それが原因で遭難をし、凍死している所を発見されたとか…

 

ルカ「…そういえば、リンドウさんは!?」

パヲラ「あっちにいるわよ!」

そう言われた方向を見ると、リンドウがいた。

リンドウ「一体、どこから矢が…!?」

リンドウが持つ弓の弓柄には、鋭利な刃が付いており、それを使って飛んでくる矢を切り伏せていた。

リンドウ「…! 気を付けて!この矢、なにか塗ってある!」

ルカ「もしかして、毒か!?」

ラクト「くそっ…この矢をどこから飛ばしてきやがってんだ…!?」

僕もラクトも、リンドウも周囲を見回して矢を飛ばしてくる張本人を探す。

ラクト「……いや…俺もよく見つけたなホント!あそこだ!!」

ラクトが指差した遠方の場所から、矢が飛んで来た!

リンドウ「あんな遠くから!?」

ルカ「遠距離の狙撃…毒の矢…となると、アイツは…」

緑草の狙撃手、モロ・ヘイヤ。

植物学に精通しているほか、生まれながらにして弓の天才であったという。

植物の毒を用いた矢と、普通の人間なら狙えるはずがない場所からの正確な狙撃、周りの草木に溶け込むほどの迷彩…

遂には、人からは畏敬の念として、「緑草の狙撃手」という名が付いた。

しかし彼は、ついついつまみ食いした毒キノコにあたって亡くなったという話のはず……

ルカ「ここにいる人たちは…もうこの世にはいないはず……」

ラクト「そうだよ!どいつもこいつも、死んだんじゃねぇのかぜ!?」

チリ「その死因が不名誉すぎるんですけど!?」

 

 

カムロウ「__みんなーーっ!!!」

向こうから、カムロウが木刀を持って駆けつけて来た!

ルカ「カムロウ!来たのか!」

カムロウ「これ、今、どういう状況!?」

ルカ「僕もよくわからないけど、向こうの3人は敵!」

チリ「状況は後で説明するから、今は一緒に戦って!」

カムロウ「わ、分かった!」

カムロウは戦闘に加勢し、燃える斧の戦士と戦おうとする。

しかし、戦士の攻撃を防いだ瞬間、木刀は虚しく折れてしまった!

カムロウ「うわっ!折れた!」

しかも燃えてしまった!

カムロウ「燃えたあああ!?」

戦士はそのまま、カムロウに斧を振り下ろす!

カムロウ「危なっ!熱っ!!危なっ!!!」

ステゴロ、武器も何も持っていない状態で、カムロウは戦士の攻撃をなんとか避ける。

ルカ「カムロウ!武器は!?」

カムロウ「持ってない!」

ラクト「はぁ!?なんで持ってねぇんだよ!?」

カムロウ「剣と盾は修理に出してるから、今は持ってないし使えない!」

ルカ「えぇ!?」

ラクト「なんでこのタイミングで修理に出してんだよ!?」

カムロウ「__じゃあ、ラクトはこうなるって分かってた!?」

ラクトは微妙な顔をした。

ラクト「……えーっと…それは………ごめん。」

カムロウ「いいよ。」

 

__その間に隙を突かれ、氷と矢の雨が降り注ぐ!

ルカ「まずい…来るぞ!」

リンドウ「ここは私が!ドラゴンに変身します!」

チリ「私も援護を!」

ラクト「俺もやるぜ!」

リンドウ「__はああああ!」

リンドウは赤いドラゴンに変身した!

リンドウ「破壊光線(ドラゴンブレス)!」

リンドウは口から破壊光線を吐いた!

チリ「天誅(てんちゅう)!!」

ラクト「衝撃波魔弾(インパクトショット)!!!」

チリはハンマーを投げ飛ばし、ラクトは衝撃波を放った!

三人の三位一体の攻撃が、相手の攻撃を相殺した!

 

ルカ「よし!なんとか防いだぞ__」

__なんて言ってると、パヲラがこちらに向かって吹き飛ばされてきた!

それをカムロウがなんとか受け止める!

カムロウ「パヲラさん!?」

ラクト「どうしたお前!?誰にやられた!?」

ルカ「燃える斧の戦士にか!?」

パヲラ「いや、あの男よう!とんでもない怪力なのよう!!」

木々の間から現れたのは…まるで返り血を浴びたかのような赤い鎧を着た大男だった!

ラクト「おいおい…なんかヤバそうなのが出てきたぜ!?」

ルカ「あの鎧…あの人はまさか!?」

沸騰する血の狂戦士、ゲキオ・コリン。

常に怒っており、些細な事でもすぐに怒りが爆発するという。

彼が着ている鎧は返り血ではなく、怒りで近くにあったトマトを握りつぶした時についた汚れだという。

その最期は、あまりの怒りに体全体の血管が破裂し、大量出血で亡くなったという。

 

ルカ「これであっちは4人か…どうしよう……」

戦況で言うと、こちらのほうが不利だ。

こっちはリンドウがドラゴンに変身したものの、カムロウが武器を持っていない。

そして相手はどれも、それなりの名声と実力を持つ強者だ。

どうにかなる手段としては、あの狂戦士をアリスでも誰でもいいから抑えてくれれば、残りの3人を僕達だけでなんとか勝てそうではあるが__

 

__すると、カムロウの近くの地面に、刀身に木目状の模様がある大剣が突き刺さった!

剣が飛んで来た方向を見ると、高い崖の上に、カムロウの父ハーレーがいた!

カムロウ「父さん!?」

ハーレー「俺が昔、使っていた剣だ!今はそれで戦え!!」

そう言い放つと、ハーレーは崖から飛び降り、狂戦士と戦い始めた!

これはありがたい助っ人が来てくれたぞ。

しかも、カムロウに武器を貸してくれた!これでカムロウは戦える!

ハーレーが狂戦士を止めてる間に、残りの3人を倒すぞ!

ルカ「今だ!みんな!一斉に行くぞ!」

カムロウ「ああ、一気に決めよう!」

カムロウは地面に刺さった大剣を引き抜こうとする__

 

カムロウ「__重っ!?」

重い。この大剣。とてつもなく重いのだ。

最近、鋼鉄の剣に慣れてきたと思ったが、それ以上にこの剣は重い!

両手で、やっと地面から引き抜いて持つが、それでもあまりの重さに足がフラフラしてしまう。

カムロウ「なんだよこれ…すごく重いじゃないか!?」

しかし、他に武器はない。今はこの大剣で戦うしかないだろう。

…さっき、昔使っていた剣だとか言ってけど…本当にこんなに重いものを使っていたんだろうか。

そんなことを考えながら、カムロウは剣を構えた___

 

 



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第46話 覚悟と決意の龍変身

コロポ村、門前。空は曇り。やや生温い風が吹く。

ルカたちは、謎の人物たちによる襲撃に応戦していた。

 

ルカ陣営は__

勇者見習い(ニセ勇者)のルカ。

魔力で身体能力を上げる魔導拳の使い手パヲラ

氷壁をも粉砕する巨大なハンマーをぶん回すチリ。

新兵器、魔導銃を使うマフラーの青年ラクト。

父親から剣を借りるも重くて扱いきれないカムロウ。

ドラゴンに変身したままのカムロウの姉リンドウ。

大剣を携えたカムロウの父ハーレー。

 

対する相手陣営は__

燃える斧の戦士ヤキニ・クスキー。

氷の魔導士ユキオイ・エティ。

緑草の狙撃手モロ・ヘイヤ。

沸騰する血の狂戦士ゲキオ・コリン。

 

カムロウの父ハーレーは、血の狂戦士と交戦中であり、ルカ達はその他の敵と戦う途中である__

 

 

ルカ「__戦士は僕とカムロウ、魔導士はチリとラクト、狙撃手はパヲラとリンドウさんで!」

パワータイプの燃える斧の戦士は僕とカムロウで。

氷の魔導士は氷を破壊できるチリと、サポートでラクト。

緑草の狙撃手は素早い身のこなしが得意なパヲラとドラゴンに変身しているリンドウで。

ハーレーが血の狂戦士の足止めしている間に、残りの3人を倒そう!

 

 

__燃える斧の戦士VSルカ、カムロウ。

 

ルカ「__とは言ったものの、どうしようか…」

肝心の炎の斧についてどう対処するべきか考えていなかった。

斧から噴き出る炎のせいでうかつに近づけないのだ。

斧の戦士は、斧から燃え盛る火炎を放ってきた!

ルカ「カムロウ!炎を消せるか!?」

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)でやってみる!」

カムロウは重い大剣を掲げて、風の衝撃波を放った!

前よりも威力が上がり、大きくなった風の塊は、迫りくる火炎、そして斧の炎をも、かき消した!

ルカ「今だ!行くぞっ!雷鳴突き!」

ルカは雷鳴のように踏み込み、鋭い突きを繰り出した!

当たった…が、

まだ封印の決定打にはならないようだ。

斧の戦士は、再び火を点火して、斧を燃やし始めた。

カムロウ「あーもー!これ重いっ!!」

ズシンッと、重い大剣を地面に叩き付ける。

ルカ「それ、そんなに重いのか?」

カムロウ「すんごく重い!一振りするだけでも一苦労だよこれ!」

今のカムロウは、父ハーレーから借りた剣を使って前線に立てるような状態じゃない。

それに戦闘の最初に真価を発揮する雷鳴突きも使ってしまった。

今、使える剣技は魔剣・首刈りしかない。

やたらめった斬りは…あれは技じゃないし、

天魔頭蓋斬を使おうにも、崖だと離れすぎて届かないだろうし、ボロボロの門だと倒れそうで危ない。

カムロウに炎を消してもらおうにも、一振りするだけでも一苦労な剣であれば、いつか体力が底をついてしまうはずだ。剣を振り回すのも、後は数回程度しかないだろう。

…あと何回攻撃を当てれば倒せるんだ?

……この調子で勝てるのか………?

 

 

__氷の魔導士VSラクト、チリ

ラクト「おらあああああ!!!」

チリ「はあああああ!!!」

迫りくる氷壁と氷塊に対し、ラクトは炎の弾丸を何度も何発も連射し、チリはハンマーを振り回して破壊した!

チリ「ラクト!また氷壁を作られないのうちに__」

__次の瞬間、ラクトは息切れを起こしていた。

ラクト「ちょ…タンマ……」

チリ「えっなにしてるの。」

一息ついてから、ラクトは喋った。

ラクト「わっりぃ、ガス欠(魔力切れ)。」

チリ「なんで!?」

ラクト「いや…これ(魔導銃)よ、便利すぎてついつい撃ちすぎちまって…魔力がもう空っぽになっちまった。」

チリ「嘘でしょ!?私だってこれ振り回すの楽じゃないのに!!」

ラクト「ああ、最悪だな…どうすりゃいいんだこりゃ……」

 

 

__緑草の狙撃手VSパヲラ、リンドウ。

森林の間から、複数の毒の矢が飛んでくる。

リンドウ「矢、来たよ!」

パヲラ「はーい、まかせて頂戴!」

パヲラは力いっぱい魔力を手に込め、空を舞う矢を打ち落とすべく無数の衝撃波を放った!

パヲラ「カー()!」

狙撃手が放つ矢をパヲラが対処し、リンドウが破壊光線(ドラゴンブレス)で狙撃手を倒す…はずだった__

リンドウ「__あーもー!また消えたっ!」

緑草の狙撃手は草木に溶け込むほどの迷彩で見つけづらいうえに、木々の間を跳んで移動している。

発見したところですぐに移動されてしまい、攻撃を当てることすら難しいのだ。

パヲラ「当てれさえすればいいのに…らちが明かないわねい!__」

 

 

__カムロウは、みんなの様子を眺めていた。

…このままじゃ勝てない。

自分も、この重い剣を使って勝てるような状態じゃないのに、いったいどうすれば……

 

 

 

そうだ。まだ、()()()()()ことがある。

カムロウは、あることを決心した。

カムロウ「ルカ…一か八か、(ドラゴン)に変身してみる…!」

ルカ「!? 大丈夫なのか!?」

七尾と戦った時以来、ドラゴンには変身していない。

だが、迷ってはいられない。躊躇してはいられないのだ!

今、変身しなければ、みんなを守れないと思ったからだ!

カムロウ「多分…だけど、試してみるしかない。変身したら、僕に任せてほしい。」

ルカ「…分かった。けど、無理はするなよ。」

カムロウ「うん、わかった。」

ルカはカムロウから距離を取る。

カムロウ「………」

瞼を閉じ、大きく深呼吸をする。

あの時のことを、静かに思いだす。

その身に秘めた力を、身体の奥底から、湧き出すように__

カムロウ「_はあああああ!!!」

カムロウの身体中から稲妻が迸る!__

 

__カムロウはドラゴンに変身した!!

 

ルカ「やっぱり…あの時と同じ姿だ!」

ラクト「あぁ!?アイツ、ドラゴンになりやがったぜ!?」

チリ「また暴走…ってわけじゃないようだけど…?」

パヲラ「こうしてみると、お姉さんとそっくりねぃ。」

リンドウ「そう?まぁ、姉弟だし…」

ハーレー「(……こうなると、俺がおまけみたいだな。)」

二つの角、太く鋭い爪、全身に生え揃う鱗、コウモリのような大きな翼、うねる長い尻尾。

四足で地を立つその姿は、間違いない。

七尾と戦った時に変身したドラゴンと同じ姿だ。

しかし、あの時とは違って暴走する気配はない。

いや、自我を保っているというべきか。

暴走するのではないかと少し心配はしたが…よかった、安心した。

 

カムロウ「(……大丈夫そうだ。)」

改めて、ドラゴンの姿になった自分の姿と、視点を見る。

あの時とは違って、今は落ち着いている。

身体も問題なく動かせる。

つまり…この姿で戦える!

 

ルカ「大丈夫そうか?カムロウ。」

カムロウはドラゴンの姿のまま頷いた。

どうやらこの姿だと、人間の姿みたいに喋ることができなさそうだ。

ルカ「良かった…さぁ!行ってこい!」

カムロウは竜の雄叫びを上げながら、戦いに身を投じた!

 

まず相手するのは燃える斧の戦士だ。

燃え滾る炎の斧を持つ巨漢を前に、鼻息を荒げながら四足の脚で立つ。

さっきは斧の炎のせいで近づくことさえできなかったが…今の体なら!

 

燃える斧の戦士は、燃え盛る火炎の塊を投げつけてきた!

…しかし、カムロウには効かなかった!

炎の塊は、カムロウのドラゴンの体、生え揃った竜鱗に当たったが、熱さは感じなかった。

やはりこの体なら、炎に耐性があるようだ。

よし、今度はこっちの番だ!

カムロウは竜の爪(ドラゴンクロー)を振り下ろした!

戦士は、斧を使って防御した。

しかし、カムロウはその斧ごと戦士を叩き伏せた!

鉄をも裂く爪を前に、ただの斧などで防げるはずがないのだ。

 

ルカ「よし!これで、戦士は倒せたぞ!カムロウ、あと二人だ!先にラクト達を!」

カムロウはチリ、ラクトのいる方向に振り向く。

遠くで二人が、氷の壁に囲まれていたのだ。

まずは彼らが逃げれるように退路を作るべきだ。

カムロウは炎の吐息(ヒートブレス)を吐き出した!

燃え盛る、灼熱の炎は、分厚い氷壁を溶かした!

ラクト「おお!いいぞー!カムロウ!」

カムロウが作ってくれた退路から、チリとラクトはその場から離れた。

そしてカムロウは、そのまま、炎を吐き出し続けて全ての氷壁を溶かす。

すると、壁の向こうに氷の魔導士が見えた!

チリ「気を付けて!近づこうとすると、氷を飛ばして凍らせようとしてくるの!」

注意を聞きつつも、カムロウは前進する。

すると、チリの忠告どおり、魔導士は氷の槍を放ってきた!

避けようとしたが、間に合わなかった。

二本の前足が凍ってしまった!

どうやらこのドラゴンの体は、思った以上に俊敏に動くことができないようだ。

人の姿だったら避けれたと思う。

しかし、今はドラゴンの姿だ。

こうも脚を凍らされては動けない。

どうしようかと悩む間に、カムロウはちらりと、ルカを見た。

ルカがチリの方に駆けて向かっているのが分かった。

その時、自分の役割が何なのかをすぐに理解した。

時間稼ぎだ。おとり作戦だ。

魔導士に攻撃するのは自分ではなくルカだ。

ならば!と言わんばかりに、カムロウは炎を吐き出し続けた!

脚に着いた氷を溶かしながら、魔導士が放つ氷を溶かしながら、ルカが来るまでの時間稼ぎを__

 

ルカ「__チリ!飛ばしてくれ!」

チリ「よしきた!乗って乗って!」

ルカはチリのハンマーに乗った。

そして、チリはルカを、氷の魔導士を目標にして全力でぶん投げた!

チリ「投撃(カタパルト)!射出、の!!」

ルカ「魔剣・首刈りだあああ!!!」

空を飛び、宙を舞い、狙うは魔導士の首、喉元。

氷の魔導士は飛んでくるルカに気が付いた…が、時すでに遅し。

ルカは懐に潜り込んで、喉元に突きを繰り出した!

氷の魔導士は小人の姿に封印された!

ルカ「ふぅ…なんとかなったな。」

魔導士だから戦士よりも頑丈じゃないのか、魔剣・首刈りだけですぐに封印できた。

こんな姿になっては、魔法を放つのも無理だろう。

あと残るは緑草の狙撃手だけだ__

 

 

リンドウ「__カムロウ!手伝って!」

赤いドラゴンの姿のままのリンドウが、カムロウを呼んだ。

カムロウはリンドウの近くに寄る。

リンドウ「私と一緒に、向こうの木々を吹き飛ばして!分かった?」

カムロウは頷いた。

そして、リンドウの横に並び、深く息を吸い込む。

炎を吐き出せば山火事になる。

だとすれば、あの木々を吹き飛ばす方法は一つしかない。

あの時、七尾を圧倒したあの光線を__

 

__リンドウとカムロウは口から群青色に輝く、全てを破壊する光線を放った!

カムロウ「(破壊光線(ドラゴンブレス)!!!)」

リンドウ「破壊光線(ドラゴンブレス)!!!」

二人は群青の光線を薙ぎ払い、木々を吹き飛ばした!

倒れていく木の間から、緑草の狙撃手が落下しているのが見えた!

リンドウ「やっと姿を現したね。周りに木が無ければ、飛ぶ場所も隠れる場所は無くなる!逃げる場所なんてもうない!」

高らかにそう宣言するリンドウの後ろで、ラクトは小声で喋った。

ラクト「…いやこれ、もう、ごり押しじゃねぇか?」

ルカ「シーッ!そういうのは言わない方が良いよ!」

チリ「……そういえばパヲラさんは?」

ルカ「…あれ?どこにいったんだ?」

言われてから気が付いた。パヲラの姿が見当たらないのだ。

おかしいな…さっきまで姿は見えていたのに……

リンドウ「あぁ、あの人は、もう()()()()()()()()。」

ルカ「えっ____」

 

___パヲラはすでに、狙撃手の背後、近くまで接近していた!

パヲラ「そして仕上げはこのあたしよぉぉ!」

狙撃手の後ろから飛び上がり、

拳を、渾身の一撃を、振り下ろした!!

パヲラ「過激(オーバー)オール!!!」

後頭部に、思いっきり叩きつける!

その拳は、地面がひび割れるほどの威力だった。

頭から地面にめり込んだ緑草の狙撃手は、そのまま、ピクリとも動くことはなかった。

ルカ「あぁ、そういう…」

カムロウとリンドウで森林を薙ぎ払い、隠れる場所が無くなり出てきたところをパヲラで叩く。

そうか、そういう作戦だったのか。

パヲラ「どぉ?見た見た~?あたしの渾身の一撃~?」

パヲラはその場で、喜びの舞のような、くねくねとダンスをし始めた。

その動きは、遠くからでもくねくねと動いているのがよくわかる。

リンドウ「ナイスです!パヲラさん!」

ラクト「うわ、あの動き気持ちワリィ。」

ルカは再び、そういう事は言わない方が良いと言いそうになったが、黙ることにした。

ルカ「(こいつ、後でパヲラにコテンパンにされるんだろうなぁ。)」

 

チリ「とにかく、これで後は…」

ルカ「あぁ、あとは狂戦士だけだ。」

戦士、魔導士、狙撃手の三人を再起不能にした。

残るは沸騰する血の狂戦士だけになった。

後はハーレーに加勢して、戦いを終わらせよう___

 



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第47話 撃退するも、残る不安

__一方そのころ。

沸騰する血の狂戦士VSハーレー。

 

カムロウの父、ハーレーの武器は、まるで、白い牙のような大剣。

それを片手で軽々と振るっている。

対して、血の狂戦士は、武器を持っておらず、素手で戦っている。

全身は返り血に染まったかのような鎧に包まれている。

 

両者の攻防は、一進一退。

優勢に立ったかと思えば、すぐに逆転され、また逆転されの繰り返しだ。

 

狂戦士の戦い方は、その名に恥じぬ暴れ狂いっぷりだ。

立ちはだかる障害物を、岩石や大木を、拳一つで粉砕する。

 

一方、ハーレー戦い方は、カムロウと決闘をした時と同じ戦い方だ。

身体から発せられる強風が、ハーレーを中心に吹き荒れている。

まるで、ハーレー自身が台風の目のようだ。

そして、その流れる風を、風に身を任せて攻撃を避けたり、風を集めて強烈な攻撃を放つといったことに使用している。

 

ハーレー「辻風薙ぎ(つじかぜなぎ)!」

ハーレーは剣に風を纏わせ、渦巻き状の、強風の衝撃波を放った!

血の狂戦士は衝撃波を食らってもなお、その勢いは止まらなかった。

ハーレー「…ふむ。かなりの打たれ強さだな。」

血の狂戦士は、ハーレーの脚部を狙いローキックを放った!

ハーレーは風の流れのように回避した!

攻撃が当たらなかった血の狂戦士は、地団駄を踏みながら、手から爆炎をまき散らした!

ハーレー「…魔法の爆炎か。まさに怒りの権化だな。……確か、それが沸騰した血しぶきのようにも見えることが、名前の由来だったな。沸騰する血の狂戦士。」

ハーレーに爆炎の波が迫る!

ハーレー「炎なら斬れる!」

風の剣が炎を切り裂いた!!

ハーレー「剛烈風巻(ごうれつしまき)!!」

ハーレーは剣から竜巻を放った!!!

切り裂いた炎が竜巻に巻き込まれ、逆流した!

炎をも巻き込み、逆流した竜巻は、血の狂戦士を貫いた!!!

…しかし、攻撃を食らってもなお、狂戦士は倒れる気配はなかった。

ハーレー「なんだ…?打たれ強いことは確かだが、それにしても妙だな…?」

かなりの暴れっぷりにも関わらず、疲れ果てる様子がない。

加えて、何度も攻撃を食らわせているのだ。そのはずなのだ。

なのに、狂戦士は一向に倒れる気配がない、現れないのだ。

それどころか、ますます凶暴になってると感じる。

ハーレー「(嫌な予感がする…さっさと終わらなければ。)」

狂戦士の拳の連撃を、剣で防御しながらハーレーはそう感じた__

 

 

__ルカ達は遠くからその攻撃を傍観していた。

ドラゴンに変身したままのカムロウは、あっけにとられていた。

カムロウ「(あれが…父さんの戦い方……)」

ルカ「すごい風だ…これじゃ、近づけそうにないな。」

パヲラ「あたし達が加勢しても、足手まといになりそうねぃ。」

離れているとはいえ、勢いのある風がこっちにまで届いている。

ハーレーが、自ら放つ風を戦いやすいように操っていると考えられる。

戦いに加勢したところで、ハーレーの放つ風で、思うように身動きがとれないだろう。__

 

__不意に、血の狂戦士は力を溜め始めた!!

ハーレー「ん!?」

嫌な予感が的中した。

奴はこの後、大爆発を起こすつもりだ。

そうなると、ここにいる全員が巻き込まれることになる……

ハーレー「…全員!退避だ!!」

ルカ「えっ!?た、退避ってどこに…!?」

ハーレー「アイツが今から放とうとしてる攻撃の、余波が危険だ!どこでもいい!早く退避しろ!」

カムロウ「(でも、父さんは…)」

…ハーレーは攻撃を受け止める気だ。

自身の周りに風を集中させ、ドーム状にして身を守っている。

父さんのことだ。あれで切り抜けると判断したんだろう。

リンドウ「飛ぶよ!捕まって!」

ドラゴンの姿のままだったリンドウは、近くにいたパヲラとチリを背中に乗せ、空を飛んだ。

カムロウ「(えっ!?…あっ、そうか!ドラゴンって飛べるんだった!)」

どこに逃げようかとグズグズして、逃げるタイミングが遅れてしまった、もう間に合わない!

ラクト「やべぇ!もう来るぞ!!」

ルカ「走るんだ!とにかく離れよう!」

ルカとカムロウとラクトは、攻撃の余波から逃れようと慌てて走り出した__

 

__血の狂戦士は、有り余る怒りを大爆発させた!!!

辺りに凄まじい爆炎と衝撃が走る!!!__

 

 

__カムロウは、今の自分の、大きなドラゴンの体を盾に、ルカとラクトを庇った。

カムロウ「(イタタタ……でも、なんとか耐えれたな。やっぱりドラゴンの身体だから頑丈なのか…?)」

ラクト「な、なんだよ…あのデタラメな攻撃はよ……」

ルカ「危ないところだった…助かったよ、カムロウ。」

ドラゴンに変身しているカムロウとは、意思の疎通は出来ないものの、そこまで大きいダメージを食らったようではないことが分かった。

今のカムロウの耐久力は尋常ではないことは、七尾との闘いで十分、証明されている。七尾の攻撃を食らっても、ビクともしなかったからだ。

 

そんなことを思っていると、上空から声が響いた。

チリ「三人とも!そっちを狙ってる!!」

空を飛んでいるリンドウ、その背に乗るチリがそう叫んだ。

そして、チリが指差す方向を見ると、狂戦士が僕達のほうを向いていたのだ!

ルカ「ハーレーさんは!?どこに行ったんだ…!?」

ハーレーがさっきまで立っていた場所を見ても、周りを見ても、姿が見えない。

ラクト「もしかするとだが、吹き飛ばれたかもしれねぇ!」

そうかもしれない。無事だといいが……

とにかく今は、迫ってくる狂戦士をどうにかしなければ!

ルカ「カムロウ!迎撃できるか!?」

僕だけで狂戦士を相手するのは無理だと感じた。

何度もカムロウに頼ってしまうのは申し訳ないが……

カムロウ「(この距離なら、破壊光線(ドラゴンブレス)で…)」

今はまだ、お互い、十分に離れている。

それに、炎の吐息(ヒートブレス)よりも強力な破壊光線(ドラゴンブレス)のほうがいいだろう。

カムロウは、破壊光線(ドラゴンブレス)を放とうと力を溜め始めた__

 

__その瞬間、カムロウの身体がボンッと弾けるように人間の体に戻った!

 

ラクト「はぁ!?」

カムロウ「えっ!?なんで!?」

ルカ「えっ!?」

そしてそのまま、カムロウは地面に倒れる。

予想外の出来事が起こった。

なんの前兆もなく、カムロウは人の姿に戻ってしまった。

しかも、今の反応からすると、本人の意思ではないようだ。

それに驚いているうちに、狂戦士はどんどん僕達に近付いて来る。

ラクト「おい!もう来るぞ!?どうすんだ!?」

まずいまずい、まずい!

どうしようどうしよう……

ルカ「に、逃げよう!それか、避けよう!!」

ラクト「よしわかった!」

急遽、作戦変更を決行した。

今は攻撃を逃げるか避けることを、第一に優先しよう。

態勢を整えてから、それからどうするべきか考えよう。

ルカ達は、一目散に逃げだした__

 

__……ん?

違和感を覚えて、後ろを振り向くと、どういうわけか、カムロウはその場から動かず、倒れたままだった。

ルカ「カムロウ!何してるんだ!早く逃げるんだ!!」

カムロウ「うわわわ!ちょ、ちょっと待って、体が動かないんだ!!」

ルカ「何だって!?」

ラクト「動かねぇだぁ!?」

最悪な事態が起きた。

七尾と戦った後、カムロウは、ドラゴンに変身した反動によるものなのか、しばらく身体を動かすことが出来なかったのだ。

それが今になって仇となるとは……

パヲラ「ラクト!魔法でどうにか出来ないの!?」

ラクト「んなこと言われてもよぉ!もう魔力が残ってねぇんだ!」

チリ「リンドウさん!」

リンドウ「……破壊光線(ドラゴンブレス)だと三人共巻き込んじゃうし、今から行っても間に合うかどうか…」

チリ「ルカ!どうにかして!早く!」

ルカ「えっ!?えっと…どうすれば……!?」

どうにかしろと言われても、本当にどうすればいいんだ…!?

そうこうしていると、もう目前まで、狂戦士は迫っていた!

爆炎の拳を振り下ろそうとしている!

カムロウ「うわあああああっ!!!」

ああっ!!ダメだ!間に合わない!!!__

 

 

__次の瞬間、ガキンッという衝突音が響いた。

なんと、カムロウの前に、ハーレーが立っていた!

そして、大剣で狂戦士の攻撃を防いでいた!

ハーレー「………」

ハーレーは剣を構えつつ、狂戦士をギロリと睨んだ。

ルカ「うっ…!」

…あの、鋭い眼つき。

僕達に向けられたわけではないのに、背筋が凍った。

怒っている……あの気迫はそうだ。

自分の息子を狙った。それが、ハーレーの逆鱗に触れたのだ!

大自然の世界の、動物でもそうだ。

子を持つ親を、怒らせてはならないと___

 

__次の瞬間、ハーレーの怒涛の攻撃が始まった!

ハーレーは、狂戦士の拳を剣で弾いて距離を取ると、煌めく風を身に纏い、光輝く綺羅星と化した!

ハーレー「風煌撃(ふうこうげき)!!!」

風の綺羅星は、狂戦士に激突した!

激突した勢いで吹き飛ばされた狂戦士に、ハーレーは追い付き、追撃をした!

ハーレー「吹花擘柳閃(すいかはくりゅうせん)!!!」

ハーレーはすさまじい速度で相手に突撃した!

煌めく風を剣に纏わせ、すれ違いざまに斬撃を浴びせた!!

 風 の 剣 が 大 気 を 貫 く ! ! !

 

そして、ハーレーの連撃は、それだけでは終わらなかった!

ハーレー「嵐の巨剣(テンペストソード)!!!」

ハーレーの剣が、煌めく風が、嵐を呼ぶ!

 

__ハーレーの剣が、巨大な風の剣に変化した!

巨大な風の剣を肩に担ぎ、両手で構えた!

ハーレー「…失せろ!!木端微塵に、吹き飛べ!!!」

ハーレー「高嶺颪(たかねおろし)!!!」

ハーレーは嵐の巨剣(テンペストソード)を振り下ろした!!!

嵐の巨剣(テンペストソード)が、大地を断つ!!!

  烈 風 大 切 断 ! ! !

 

 

__嵐のような突風、凄まじいほどの大地の揺れ、それがやっと止んだ。

そして、ハーレーの方に視点を向けると、大地が一直線に、深く、大きく、巨人の手で粗削りをされたかのように、えぐられていた。

そして、その先で土石やら、大木の残骸やらの瓦礫の中に、ぐったりと倒れこむ血の狂戦士の姿があった。

ハーレー「…終わったな。」

ハーレーは剣を血振るいをした後、静かに背中に納刀した。

すると、狂戦士の姿が、青白い炎の玉に変わった!

ハーレー「ん?」

ルカ「な、なんだあれ!?」

それだけではない、燃える斧の戦士、氷の魔導士、緑草の狙撃手も、青白い炎の玉に変化していた!

青白い炎の玉たちは、空の彼方に消えていった……

 

ルカ「な、なんだったんだ…今のは?」

何かするかもしれないと身構えていたが、特に何も起こらなかった。

本当に何だったんだ、今のは……

アリス「今、飛んでいったのは「魂」だな。」

ラクト「うおっ!?お前、いつの間に!?」

気付いたら、すぐ近くにアリスが立っていた。

やっと、デザートを食べ終えたのだろうか?

いやいやいや、今はそんな事を気にしてる場合じゃない。

今、アリスは何て言った?魂だって?

ラクト「なんだよ、その非科学的なものはよぉ…」

アリス「余も詳しいことまでは分からんが、どうやらアイツらを操る親玉がいるらしいな。」

…彼らを操る親玉?

ルカ「ごめん、アリス。言ってることがよくわからないんだけど…」

何か、アリスはもう分かったらしいが、僕達は全くと言っていいほど何も理解してないし、状況も飲み込めていない。

詳しく説明して欲しいところだが…

アリス「ふむ…ああ、そうだ。詳しいことは、あの二人に聞いたらどうだ?」

ルカ「……あっ!」

あの二人とは、ジョージとマモルのことだ。

急な襲撃ですっかり忘れていた。

二人に何があったのかを聞けば、何か分かるかもしれない。

といっても、彼らは瀕死の重傷だ。

今は、彼らの回復を待たなければ……

チリ「ごめん、みんな!私、先に行く!」

そう言って、一足先に村に戻っていった。

回復なら、チリが得意な事だ。

ここはチリに任せよう。

 

ひとまず、戦闘は終わったという事にしてもいいだろう。

リンドウは人の姿に戻っていたわけだし、これ以上増援が来るような様子も見られない。

 

地面に倒れたままのカムロウに、ラクト、パヲラ、リンドウが集まっていた。

ラクト「あー…カムロウ、動けるか?」

カムロウ「いや、全く。全身筋肉痛みたいだ……」

カムロウは体を動かそうと必死そうだが、腕がプルプルと振るえるだけだ。

やっぱり、反動によるものなのだろうか。

パヲラ「大丈夫よ~ん、あたしか背負っていくからね~い。」

くねくねしながらパヲラはそう言った。

ラクト「うわ、気持ちワリィ。」

パヲラ「そういや、アンタ。さっき私の踊りを気持ち悪いって言ってたわよね。聞こえてたわよ。」

ラクト「いや、言ってないぜ。」

ルカ「言ってたよ。」

ラクト「ルカ!てめぇ!!」

 

リンドウ「ドラゴンに変身した反動だね。しばらくしたら、動けるようになるよ。」

カムロウ「…あれ、なんでリンドウは大丈夫なんだよ?ドラゴンになっても喋れるし…」

確かにその通りだ。さっきまでドラゴンに変身していたリンドウは普通に喋っていたし、変身した後もカムロウとは違い、なんともなさそうなのである。

リンドウ「私は小さい頃からドラゴンに変身できるから慣れてるけど、カムロウは最近になってドラゴンに変身できるようになったでしょ?だから、()()()()()()()()()()の。」

リンドウ「今のカムロウの身体じゃ、ドラゴンに変身できる時間も限られてるし、さっきので活動限界だったんだと思う。」

カムロウ「…それさ。」

カムロウ「早く言ってよ……」

リンドウ「……ごめん。」

 

ハーレー「そういえばだが…お前のそれは、自分で作ったのか?」

ハーレーはラクトの持つ銃を見ながらそう言った。

ラクト「ん?あぁ、そうだぜ。何か、気になることでもあんのか?」

ラクトは魔導銃を見えやすいように出した。

ハーレー「いや、似たような物を使う知り合いがいてな。」

ラクト「ほーん。」

ハーレー「話が逸れたな。村に戻ろう。」

そう言いながら、ハーレーは去っていった。

もう襲撃もない。ここに長居は無用のはずだ。

これ以上残っても、ただ時間を潰してしまうだけだろう。

早く村に戻って、何か異常がないか確認しないと…

 

こうして、謎の敵と交戦し終えた僕達は、村に戻っていった__

 

 

 



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第48話 二人の旅の目的

あの襲撃の後、特にコロポ村には大きな被害はなかった。

あったとすれば、ボロボロだった村の門がまた壊れてしまったことだった。

これで三度目だと村の人たちは怒っていた。

二回目は僕が壊してしまったようなものだし……

結局、襲撃してきた彼らが一体何者なのか、何が目的だったのか、最後に見た炎の玉は何だったのか。全部分からず仕舞いだった。

恐らく、事の全てを知っているのは、傷だらけになったジョージとマモルの二人だ。

二人の意識が戻るまで、僕達は時間を潰して待った__

 

__夕方。

僕とカムロウとラクトは、広い空き地にいた。

そして、カムロウはドラゴンの姿に変身している。

重症のジョージとマモルの回復を待っている間、僕は、あることを試そうとしていた。

ルカ「行くぞ!カムロウ!」

カムロウは頷いた。

僕は剣を構え、カムロウに斬りかかった!

ルカ「はあああああ!!!」

カンッ!!

ルカ「硬った!?」

ちょうど、首辺りだろうか。

そのあたりに剣を当てたが、鱗が硬すぎて、剣が弾かれてしまった。

ルカ「え、えいっ!えい!!か、硬いっ!」

何度も剣を突き刺す。

しかし、硬い鱗に剣が刺さることはなかった。

キンッ!キンッ!!グギッ!!!

ルカ「手、捻った!」

ラクト「大丈夫かよ……」

力を入れ過ぎて、手を捻ってしまった……

アリス「なんだ。憧れの勇者とドラゴンの一騎打ちとやらをしているのか。いや、へっぽこニセ勇者の自作自演、マッチポンプ一騎打ちと言うべきか。」

ラクト「いや、どういう言葉だよそれ……」

アリスはまた、現れるなり暴言を吐いてきた。

ルカ「違うよ。万が一、カムロウが暴走した時に、この剣で止めれるか試そうと……」

堕剣エンジェルハイロウは、斬った相手を封印する効果を持つ。

ということは、これでドラゴンに変身したカムロウを無力化できるのでは?

そう思って試そうとしていたのだが……

さっきの通り、カムロウのドラゴンの体に、傷一つ付ける事すら出来なかった。

アリス「ふん。ドラゴンとはどういう生物か。イリアスベルクで、あれほど熱心に語っていたではないか。」

ドラゴンとは、荒ぶる牙と爪はいかなる武器より鋭利で、紅蓮の炎は全てを焼き尽くし、その鱗は堅固な装甲と同じ……

つまり、ドラゴンの体は、鉄の塊、同然だ。

アリス「今の貴様では、ドラゴンに成ったカムロウを止めることすら出来んな。特にその非力な腕力ではな。」

ルカ「うぅ……」

ラクト「心を刺すなぁ……」

僕でも、鉄の塊を斬れるほどの技量を持っていない。

そうなれば、カムロウが暴走してしまったら、止める手段なんてない。

ルカ「なぁ、アリス。堕剣エンジェルハイロウは、鉄も斬れたりしないのか?」

アリス「それは、貴様の技量の問題だろう。仮にその剣が、斬鉄剣の類だとしても、今の貴様の腕力では、その剣を十分に扱いきれないだろうな。」

ルカ「まぁ、そうだよな…」

ラクト「……俺は、その剣が鉄をぶった斬れるようには見えねぇんだが…」

…確かに、こんな不気味な形をした剣が鉄を斬れたら、もはや化け物の剣としか思えない。

アリス「その動きに風を宿し、その身に土を宿し、その心に水を宿し、その技に火を宿す。せいぜい、これを体得しなければ、止める事すら出来ず、成す術なく消し炭になるだろうな。」

ルカ「ああ、そのことか…」

確か、イリアス大陸の秘宝の洞窟に行く前の野営。

その時の鍛錬でアリスが言った、禅問答みたいな言葉だ。

ルカ「もしも、僕がその言葉通りの動きが出来るようになるとしたら…一体どれくらい年月を費やすことになるんだろうな……」

そう落ち込んでいると、カムロウはボンッと弾けるように、人の姿に戻った。

カムロウ「あっ、時間切れだ。」

そして、ゴロゴロと地面に転がる。

例のごとく、変身の反動で身体を動かせないようだ。

カムロウ「う゛あ゛あ゛あ゛動゛け゛な゛い゛い゛い゛」

身体をプルプルと震わせながら、切ない声で叫んだ。

ラクト「おっし、運ぶぞー」

倒れたままのカムロウはラクトの背中に背負われる。

ちなみに、ラクトはカムロウを運んでもらうためだけに呼んだ。

ラクト「んで?俺たちに、なんか用でもあんのか?」

アリス「あぁ。あの侍と陰陽師が、気が付いたそうだぞ。」

カムロウ「それって、本当ですか!?」

アリス「そうじゃなければ、わざわざお前らを呼びに来たりはせん。」

ラクト「そうはそうだな。なんか言われたのか?」

確かにそうだ。アリスが呼びに行くといった雑用をするとは思えない。

すると、アリスは不敵に笑い始めた。

アリス「くくく…お前らを呼び出しに行けば、天ぷらを食べさせてもらえると約束したからな……」

ルカ「なるほど、言いくるめられたな。」

…なぜこいつは、食べ物のことになるとこんなに意地汚い奴になるんだ?

ともかく、吉報を聞いた僕達は、急いでジョージ達がいる宿舎に向かった。

 

 

__コロポ村、宿舎。

その一室を借りて、ジョージとマモルはベッドに横たわっていた。

ジョージとマモルは、至る箇所に包帯のぐるぐる巻きといった治療の痕がある。

その部屋には、パヲラとチリもいた。

カムロウ「良かった…二人とも、気が付いて良かった…」

パヲラ「ジョージとマモルちゃんが気が付いて良かったわぁぁぁん!!!」

ラクト「うるせぇ!」

パヲラは目から涙を滝のようにドバドバと流し、大号泣していた。

こっちに気が付いたジョージとマモルは、上半身を起こした。

ジョージ「おぉ!勇者殿!またも御恩を、かたじけな…イタタタタタ。」

マモル「いやぁ、また勇者様にご恩を…ありがとうござ…イタタタタタ。」

ジョージとマモルは無理に土下座をしようとした。

ラクト「いいって!無理すんなよ!」

ルカ「無理しなくていいですよ!安静にしていてください!」

慌てて二人の土下座を中断させる。

感謝してもらうのは嬉しいことだが、こうも無理をしてでもお礼を言われるとと、こっちも申し訳ない気持ちになってしまう。

ルカ「あの…怪我は大丈夫なんですか?」

この質問はチリが答えてくれた。

チリ「ある程度までは回復魔法で回復させた。後は自然治癒で回復させるの。無理に回復させると、体力消耗させちゃうから。」

ルカ「そうなのか。」

とにかく、無事のようだ。本当に良かった……

そうしていると、アリスは部屋を出ようとしていた。

ルカ「ん?アリス、どこに行くんだ?」

アリス「用は済んだ。余は天ぷらを食べに行く。」

パヲラ「あら、そういえばそういう約束だったわねぃ。」

ラクト「その約束したのお前か!」

パヲラ「今、村の人に作って貰ってるわよん。カボチャとキノコとちくわでいいかしらん?」

アリス「うむ、それで十分だ。ではすぐに行くとしよう。」

 

バタンッと、扉が閉まった。

あいつ、本当に食べに行ったのか……?

まぁ、あいつのことはどうでもいい。

今は、ジョージとマモルの二人に聞くことがある。

ルカ「それで、あの…お二人に一体、何があったんですか?」

ジョージ「あ、いや、そのことでござるが……」

マモル「あぁ、それはですねぇ……」

二人は言葉を濁した。

ジョージ「うむ……うーむ……うむむむむむ……」

マモル「……………」

カムロウ「……もしかして、言いづらいことなんじゃ?」

まっずい、地雷を踏んだか?

ルカ「あ、いや…言いづらい事なら無理に話さなくても大丈夫ですよ?」

ラクト「そ、そうだぜ?誰しも、人に話したくないことぐらいあるよな!1つや2つぐらい!な!」

チリ「そ、そうですよ!ね!」

そう言っても、二人は真剣な表情をして悩み始めた。

…まっずい、本当に地雷を踏んだか?

ジョージ「……勇者殿であれば、話しても良いでござるか。」

マモル「いいんじゃないですかぁ?ご恩もありますしぃ。」

ラクト「良いのかよそれで!?」

おいおい…本当に良いのか?

パヲラ「……良いのかしら、ジョージちゃん。」

ジョージ「無論でござる。パヲラ殿や勇者殿は信用できるでござる。」

 

マモル「さて、事の真相を話す前になんですがぁ…先にアッシらの()()について話さないとですねぇ。」

ルカ「過去、ですか…?」

…あの襲撃と関係のあることなのか?

マモルは懐から、一枚の紙を出した。右目に傷のある男の人の似顔絵が書いてある。

マモル「()()の、覚えていますでしょうかぁ?」

ルカ「あぁ、それのことなら……」

覚えている。イリアスベルクで見せてきた、面相書きだ。

マモル「アッシら…この男に()()がありましてねぇ。」

カムロウ「う、恨み!?」

マモル「えぇ、えぇ、そうですぅ。…それも、死をもって償うほどの。」

マモルはニヤニヤした表情を変えなかったものの、その言葉に、確かに怒りを感じた。

マモル「この男の名は…イズク。」

ジョージ「…ひと時も忘れたことはない……!」

隣にいたジョージは、わなわなと震えていた。

理由は表情で分かった。鬼のような形相をしていた。怒りで震えているのだ。感情の昂りによるものなのか、その眼には涙を浮かべていた。

パヲラ「ジョージちゃん…やっぱり、無理に話さなくても…」

ジョージ「構わん!このことは、パヲラ殿にも聞いてほしいのだ…!」

チリ「でも…身体に障りますよ?」

ルカ「…良いんだ、チリ。二人の話を聞こう。」

…二人が話す過去というのは、聞かなければいけない気がした。

僕達は、黙って聞くことにした。

ジョージ「忘れもせん…この男は……!!」

 

ジョージ「拙者たちの友を…殺した男……!!!」

 

カムロウ「えっ…!?」

ラクト「ぅぇっ…!?」

ルカ「友人を…!?」

マモル「そうですよぉ、この男は…アッシらの友人を、ましてはその一族諸共、無残に殺したんですよぉ…!!!」

その言葉が出たあと、辺りは静まり返った。

衝撃的だった。

マモルの気さくな表情、ジョージの威風堂々の佇まいからは考えられないほどだからだ。

ジョージ「あの日から…拙者らは…!友の敵討ちのために…!!」

ジョージ「この男を探し、旅を続けてきた!!!」

 

__そして、ジョージとマモルは、自分達の旅の目的のその発端となった事件を話し始めた。



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第49話 二人の過去

セントラ大陸北東部にあるヤマタイ地方。

ジョージとマモルは、そこで生まれ育った。

 

__今より、数ヶ月前。

まだ霧残る早朝。ジョージは家の庭で竹棒を持って素振りをしていた。

ジョージ「147…148…149…」

上半身は何も着ず、鍛え上げられた筋肉と流れる汗が露出していた。

マモル「おぉ、おぉ、朝からご苦労なこったぁ。」

ふとすると、家の塀である石垣の上に、マモルが座っていた。

ジョージ「お、マモルでござるか。何をしているのだ?」

マモルはめんどくさそうな顔をしながら答えた。

マモル「家の雑用ぉ。」

ジョージ「お主もご苦労でござるな。」

 

???「__よぉ。」

後ろから、自分に対してであろう呼び掛けが聞こえた。

ジョージは振り返らずに、その声の主の名前を言った。

ジョージ「…ショウトか?」

ショウト「ご名答♪ご名答♪…大当たり♪俺だ。」

視界に、手にサイコロを持ち、ニヤニヤした青年が映り込む。

彼がショウトだ。彼は、ジョージとマモルの友人である。

ジョージとは小さい頃からの親友同士、マモルとは家の関係で幼馴染の関係だ。

マモル「何だお前さんか…」

ショウト「何だはないだろ、何だは。」

普通に考えれば、振り返ればわざわざ聞く手間も省けると思うだろう。

だが、そういうわけにはいかない。

ショウトが後ろから呼び掛けてきた時は絶対に振り返らない。

昔からそういう決まりだ。ショウトがそうしろと言ってきた。

 

__突然、突風が吹き、ショウトの顔面に風呂桶が飛んで来た。

ショウト「ぐはっ!!」

一つだけでは止まらず、次々となだれ込むように、風呂桶が飛んでくる。

ショウト「ぶれっ!おぶっ!いあっ!」

…ショウトは風呂桶の山に埋もれた。

ジョージ「…お主、今度は何の賭け事に、祟りの力を使った?」

ショウト「今日は、チンチロ…」

マモル「はははっ!お前さん、また使ったのかぃ。」

ショウトの一族は、呪術を扱いに長けた一族である。

祟りといっても、大体は占いといったことにしか使っていない。

人を呪い殺すことも出来るらしいが、一族のご法度だそうだ。

…しかし、こいつは大の賭け事好きで、いつもその祟りの力を賭け事に利用している。

賭け事の結果を予想して、大儲けしたり大暴落したり…そんなことに使っている。

なので、祟りの代償で毎回会うたびに、何かしら痛い目にあっている。

ジョージ「どうだ?二人も一緒に鍛錬でも…」

マモル「悪ぃ、雑用が込み合ってんだぁ。さっさと終わらせねぇと大目玉くらっちまうんだ。」

ショウト「俺はまだ博打が……」

ジョージ「む、そうでござるか…」

マモル「ごめんなぁ?埋め合わせはするからよぉ。」

ショウト「あぁ、また誘ってくれよ。」

ジョージ「うむ、二人も頑張るでござる。」

三人は解散し、それぞれのルーティン、いつも通りの日常に戻る。

こんな風に彼らはいつもと変わらぬ日々を過ごしていた。

 

 

__ある日。

ちょうど、昼頃。

三人は、川のほとりに集まっていた。

川の水面は陽の光に照らされ、光は川の流れで乱れながら反射を繰り返している。

三人は自然と集まったのではなく、

ジョージとマモルは、ショウトに呼ばれて集まった。

ジョージ「それで…何の用でござるか?」

マモル「そうだよ。こんなところに集まってさぁ。」

ショウト「あぁ、それはな……」

 

 

ショウト「俺の祟りの力…教わって欲しいんだ。」

 

 

マモル「…はぁ?」

ジョージ「……祟術を教わって欲しい?」

いきなりで、予想外のことだったので、ジョージは同じことを聞き返した。

ショウト「そうだ。俺の祟術、覚えてくれ。」

ジョージとマモルは、一度互いに顔を合わせた。

こいつは何を言っているんだ?そんな反応だ。

ショウトの一族が扱う祟術は口外無用の秘術。

他人に教えるなど、やってはいけない行為だ。

それなのに、この男は、その秘術を覚えて欲しいと言ってきたのだ。

マモル「覚えるのは構わねぇけど…いいのか?門外不出の秘術を教えちまってさぁ?バレたらまずいんじゃないぃ?」

ショウト「あー、お前にも教えるから共犯だぞ。」

マモル「はははっ!相変わらず、ずる賢い男だなぁお前さんは。」

ジョージ「しかし、急だな…どういう風の吹きまわしでござる?」

ショウト「ま、教えると次の博打で勝てるって占いなんだ。」

ジョージ「なんだそれは……いや、今に始まったことではないが………」

彼らにとってはいつもの事だった。

ショウトは賭け事に必ず勝つために、突拍子もないことを始める。

この前は、腹を壊すまでかき氷を大量に平らげたり、一日中、日陰の中だけを移動したりなど、傍から見れば奇妙かつ変人的な行動をいつもしている。

たまにその奇怪な行動に、巻き込まれることもある。

全部、占いで出た内容通りに行っていると本人は言っているが……

ジョージ「しかし、いくらお主の占いの結果とはいえ、それは冗談にならないぞ?もし、拙者達が覚えたことが知れ渡れば、タダでは済まないはずでござるぞ。」

ショウト「知った事か!俺は勝ちてぇ。」

マモル「いやいや…お前さん、本当にそれでいいのか……」

ショウト「お前らが言わなきゃいいだけの話だろ?それともお前らは、俺に負けて欲しいってのか!?」

ジョージ「別に…」

マモル「関係ないし……」

二人は興味のない返しをした。

ショウト「おいっ。」

ショウト「いいから覚えろ!?呪うぞ!?」

なんと、ショウトはいきなり脅してきた!

マモル「おいおい!お前さんが言うと洒落にならないんだよぉ!」

ショウト「いいか?まず祟術ってのは……」

ジョージ「拙者らの言い分も聞いて欲しいでござる……」

…二人はしぶしぶ、ショウトから祟術を習った__

 

 

__その日の夕方。

マモルはすでに祟術を教わり終え、大きな岩の上で寝っ転がりながら、ジョージが祟術を教わっているのを見ていた。

ジョージは赤黒く滲んだ右腕を、足元に置いた小さめの岩に向かって振り下ろしていた。

ショウトから教わった祟術の一つで、筋力を強化する術らしい。

ジョージ「ぬん!」

すると、岩はひび割れ、真っ二つに、ぱっくり割れた。

ジョージ「むぅ…こうでござるか?」

ジョージは叩いた痛みで右腕をぶらぶらさせながら、出来栄えをショウトに聞いた。

ショウト「んー、まぁ、そんなもんだろ。十分、十分!」

ジョージ「十分って……」

マモル「いや、お前さんが、無理矢理脅して教えたんだろうがよぉ。」

ジョージ「しかし…」

足元の岩だったものの残骸に目をやる。

ジョージ「祟術…恐ろしい術だ……常人では壊すことなど困難であろう岩が、たった一発で割れたぞ。」

ショウト「今のお前(ジョージ)はまだ付け焼刃…教わったばっかだから、何ともないと感じるだろうが、使いこなせれば超人の域に入れるぞ。その分、代償も高く付くから気を付けな。」

ジョージ「うむ…まず、使うことがあるかどうかすら怪しいが。それで…もう教えることはないでござるな?」

ショウト「あぁ。もう終わり…」

すると、ショウトはハッとした顔をした。

ショウト「ん!?ちょっと待った!忘れるとこだった。」

慌ててショウトは、手指で印を結び始めた。

ジョージ「…何をしているでござるか?」

ショウト「おまじない。」

ジョージ「おまじない?それもやっておかないと、勝てないのでござるか?」

ショウト「ま、そんなところさ。」

そう言いながら、ショウトはマモルに何枚かの紙を差し出した。

ショウト「あとこれも。」

マモル「んぁ?紙切れぇ?」

ショウト「今、読むなよ?今日じゃない日に読め。」

マモル「その約束、守らないとどうなるんだぁ?」

ショウト「俺の有金が化ける。」

マモル「はははっ!そりゃあ怖えな!分かった、守っとくよぉ。」

マモル「ちなみに、何が書いてあるんだぁ?」

ショウト「そうだなぁ。指南書?」

ジョージ「何のでござるか…」

ふと、マモルは空を見上げた。西の空が夕色に染まりつつある。

もうすぐ、日没に近い時間だ。

マモル「おっと…アッシはもう帰るぜぇ。あんまり遅いと、雷が落ちるからなぁ。」

ショウト「じゃあ、お開きにするとしますか。もう用は済んだからな。」

三人は川原から離れ、村に向かって歩き始めた。

 

その途中、それぞれが自分の家に向かうであろう分かれ道の途中で、ショウトが二人を呼び止めた。

ショウト「なぁ、お前ら。」

マモル「んん?」

ジョージ「何でござるか?」

ショウト「…………………」

ショウトは少し黙り込んでから、首を振って言葉を繋げた。

ショウト「…いや、何でもねぇ。またな。」

ジョージとマモルはさっきのように、お互いに顔を合わせた。

今日のショウトはどこか変だ。いつものことだが。

マモル「じゃ、そんじゃあな。」

ジョージ「では、また明日。」

二人は特に気に留めず、帰路に就いた。

ショウト「あぁ…じゃあな。」

こうして三人は、それぞれの帰り道を辿った。

 

 

 

__その日の夜。ジョージの家。

日は沈み、あたりは冥色、青く薄暗い空に染まっている。

ジョージの家は、藁の屋根、土の壁で出来た農家の家だ。

そしてジョージは、囲炉裏を前にあぐらをかいて座り、揺らめく火を眺めながら、今日のショウトの行動について思い詰めていた。

ジョージ「(なんというか…変だったな……)」

ショウトは普段から、賭け事で勝つために、占いで吉と出た行動を必ず行う人間だ。

しかし、いくら奇怪な行動をする人間であっても、一線を越えることはなかった。

それなのに、今日、彼は一線を越えた行動をした。

一族の禁止事項を破ったのだ。

…なぜ、そんなことをしたのだろうか?

変な胸騒ぎがして、気が気でなかった。落ち着かない。

……そんなときだった。遠くから走ってくるような足音が聞こえた。

???「ジョージ!起きてるか!?」

外から、急かすように自分を呼ぶ声が聞こえた。

表に出てみると、なんと、マモルがいた。

錫杖を持ち、荒い息を、肩を揺らしながら吐いている。

ジョージ「マモル!?どうした!?」

マモル「今から、ショウトのところに一緒に来てくれぇ!様子がおかしい!」

ジョージ「!? 何事だ!?」

マモル「ショウトの奴らが定例会に来ねぇんだよぉ!!!」

定例会というのは、マモルの一族とショウトの一族が、週に一度行っている会議だ。

しかし、その定例会に来ないというのだ。

ジョージ「ショウトが定例会に来ないとは、一体どういうことだ!?」

マモル「ショウトどころか、アイツの一族、全員来てねぇんだぁ!いつまで経っても、来る気配が全くねぇ!」

ジョージ「電報式神は!?」

電報式神、主に文の伝達で使用される式神。

マモル「もう送った!でもなんも反応もねぇもんだから、こっちも大騒ぎでよぉ!」

なんということだ…嫌な予感が的中してしまった。

ジョージは急いで天井に置いてある槍を取り出し、下駄を履いて駆け出した!

 

 

__道中。

夜空に浮かぶ月は雲に隠れている。

風が吹き、木の葉が揺れ、ざわめいている。

そんな中、ジョージとマモルは暗い夜道を全力で駆けていた。

マモル「なんかさぁ、今日のアイツ(ショウト)!妙だと思ったんだよなぉ!まさか、来ねぇのと関係してんじゃあねぇだろうなぁ!?」

ジョージ「分からぬ…だが、今は一刻も早く、ショウトの元に急ぐぞ!」

拭えぬ焦燥感に駆られながらも、二人はショウトの家に向かっていった。

 

 

__ショウトの家。

彼の家は屋敷であり、広い敷地に、立派な家がいくつか建っている。

普段はショウトの家族や下働きで賑わっているのだが……

不自然に、静まり返っていた。

何より目に付いた物は……

ジョージ「なんだ…これは……!?」

マモル「何が…どうなってるんだ…こりゃぁ…!?」

 

何体もの血まみれの死体だ。

 

砂利引きの地面が、何体もの死体から流れた血の水たまりで赤く染まり、夜空の雲の隙間から漏れた月光が反射している。

 

惨劇。

 

その単語が一番当てはまるような光景だ。

 

マモル「おい、これ…!」

そう言われてよく見ると、垂れた血の跡のようなものが線のように続いてある。

それを辿っていくと…屋敷の裏に広がっている森林、二人は、そこに続いている道の方に視線を移した。

ジョージ「社か…!」

ショウトの屋敷の裏、その森の中に社がある。

その社には、ショウトの一族が代々受け継がれてきた呪具が封印されているという。

どういう目的なのかはわからないが、この惨劇を巻き起こした張本人は、おそらくそこに向かっている。いや、もうすでに着いてしまっているのかもしれない。

二人は、道を辿り、暗い森の奥にある社に向かった。

 

 

__社。

分厚い雲に覆われた月から明りが消え、より一層薄暗い森の中に、古びた社が建っている。

そして、微かに刀と刀がぶつかり合う音が聞こえる。

なぜ、そんな音が聞こえるのかは、ジョージとマモルが着いた時に分かった。

ショウトが刀を持って、何者かと交戦していたのだった!

ジョージ「おおお!!!」

ジョージは槍をぶん回し、横槍を入れ、互いに距離を置かせた。

マモル「お前さん、こんなところで何してんだぁ!?」

ショウト「ハァハァ…なんだよ…もう来ちまったのかよ?」

???「んん?誰だ、お前たちは?」

両者、共に武器を構え、睨み合う。

ジョージ「貴様、誰だ…!?」

ジョージは、この村の住民の顔はある程度把握している。しかし、目の前にいる人物は、その中でも知らない顔だった。

ショウト「アイツはイズク…ウチの「出来損ない」だ。何十年か前に追放されたバカなやつだ。お前らも見て来ただろ?俺の一族を皆殺しにしたのも、あの出来損ないがやったことだ!!」

イズク「誰が出来損ないだってぇ!?訂正しろ!!お前らはこれから、そういう口も言えなくなるんだからよぉ!!!」

ショウト「訂正しねぇよ!!祟術を覚えているくらいで、他の奴を見下すような半端者のお前に、お似合いだろうが!!!」

イズク「つべこべうるせぇ奴だなぁ!」

イズクは刀を持った右腕に禍々しいオーラを纏わせ、衝撃波を放ってきた!

マモル「式神結界陣(しきがみけっかいじん)!!」

マモルは式神を展開し、バリアを張って攻撃を防いだ!

イズク「あぁ、めんどくせぇ…!陰陽師の一族もいるのか……!まぁ、そんなことはこれからどうでもよくなるな……」

イズクは左手で持つ何かを見ながら不敵に笑う。

イズク「反魂鏡!ついに…ついにこの俺の手に!ケッケッケ…」

それは古びた柄鏡のようなものだった。

その鏡が何なのか…そう考えていると、不意にショウトが叫んだ。

ショウト「二人共、頼みがある!あの鏡を割るんだ!!あれは()()()()じゃねぇ!!!」

そう言われてあることに気付いた。イズクの後ろにある()()()()()()()()()のだ。

そして、あの柄鏡は、社から盗られた物だと。

だとしたら、確かにただの鏡ではない。

恐らく、あれは何らかの呪具で、何かしらの力を秘めているはずだ。

イズクはあれを手に入れるために、ショウトの一族を皆殺しにしたのだ!

ジョージ「なんだと…!!」

それを理解すると、怒りが込みあがってくる。

なぜ、友人の家族が死ななければならなかったのか。

なぜ、そんなことをしたのか。

持っていた槍を、両手でギュウッとさらに握り締めた。

それはマモルも同じだった。普段、温厚な彼が怒りの顔をしているのだ。

こんなことをされて、冷静でいられるはずがない。

ショウト「あれでなにかをしでかそうとしてんだよ…!!あんな奴がやることなんざ、どうせロクでもねぇことだ!!!」

イズク「ロクでもねぇことだと…!?お前は…ますますムカつく奴だなぁ!!お前らはここで、一族ごと全員死ぬんだよ!!!」

イズクはそう言いながら、だんだんと禍々しいオーラを放ち、刀から巨大な斬撃を、ショウトにめがけて放ってきた!

マモル「弐式!」

マモルは式神のバリアを、第二の壁を展開させた!

しかし、バリアはいとも簡単に壊れてしまった!

マモル「!?」

ジョージ「ショウト!」

まずい……!!!

ジョージは咄嗟に、ショウトを庇うよう前に出た!!__

 

 

__しかし、そのダメージが、ジョージが受けることはなかった。

ショウト「ぐふっ…!!!」

庇ったはずのショウトが、体に切り傷を残して血を吐いていた。

マモル「はぁ…!?」

ジョージ「な…!?おい、どういうことだ…!?なんでお主が…!?」

ジョージは倒れそうになるショウトを抱き抱えた。

おかしい。たしかにショウトを庇ったはず。

あの攻撃を食らうのは、自分のはず……

ショウト「悪ぃな、嘘ついて……あの時のまじないさ…「身代わりの呪い」なんだよ……」

身代わりの呪い。

対象に施すことで、全てのダメージを肩代わりする呪いだ。

しかし、そのダメージは術者に移る。

たとえ、死に値するダメージであってもだ。

マモル「はぁ……!?なんで…なんでそんなことしたんだよ!!」

ショウト「…ここでお前らが死ぬっていう未来を…知っちまったから……」

……ここで…()()()()()()()()()()()…!?

ジョージ「お主…!まさか…!!」

その未来を変えるために…!?

日中の行動はそのために…!?

ショウト「それだけは…どうしても変えたかった…だから、こうするしかなかった…!自分が死ぬって、なってでもな…!!!」

そう言い放ったショウトの口から、血が流れる。

目が虚ろになっていき、生気を感じさせなくなっていく。

声がかすれていき、手に持っていた刀が零れ落ちる。

ジョージ「おい…!しっかりしろ!!」

ショウト「ああ、ツいてねぇ…全く、ツいてねぇなぁ…今までの博打のツケなんだろうなぁ…ははっ。」

マモル「んなわけあるかよぉ!!気をしっかり持て!!!」

二人の呼びかけも虚しく、ショウトは弱っていく。

…ショウトは、全く動かなくなった。

今、抱き抱えているのは、物言わぬ骸だ。

行ってしまった。

もはや、二人の声はもう、届かない。

 

イズク「全く、お前ら一族はバカな奴らだったなぁ!そんなロクでもないことにしか力を使わねぇでさぁ!!安心しろ、俺がこの力(祟術)の正しい使い方をしてやる!!!」

イズクは高笑いした。無我夢中で、世界の中心で叫ぶかのように。

 

ジョージは、ショウトの身体を地面に置いた。

そして、ショウトの手から落ちた刀を手に持つ。

肺に溜まってある空気を、全部外に出すよう深いため息を吐く。

息を吸い込んだと同時に、刀で両手で握り締め、脚に力を込め、斬りかかる。

 

悲しみを力に。憎しみを力に。

怒りを、力にして___

 

ジョージ「___貴様ァァァアアア!!!」

刀を手にしたジョージは上段斬りを放った!!!

 

___ジョージは、イズクの右腕を斬り落とした!!!

 

イズク「___は…?」

イズクは、自分の身に起こったことを理解するのに時間が掛かった。

イズク「はあああアアア!?」

理解したと同時に、激痛が走ったのだろうか。

それとも、理解したくないのだろうか。

どちらとも解釈できるような、痛みに悶えるような声で叫んだ。

イズク「お…俺の右腕がアアア!!?」

そんなことを口走っていると、()()()()()()()()()()()()()()が追い撃ちを仕掛けていた。

 

マモル「__この腐れ野郎がァァァアアア!!!」

マモルは持っていた錫杖(しゃくじょう)を、イズクの右目に突き刺し潰した!!!

イズク「痛ェェェ!み、右目がッ!右目がァァァッ!!」

イズクは慌てて、血が流れる右目を手で抑えた。それでも手の隙間から血が流れる。

マモル「次は左目だ!!!お前は…死を持って償え!!!」

怒りの権化ともいえよう顔をしたジョージとマモルは、目の前の、仇という名の愚か者を討とうと前に出た!

イズク「う、うおおおぉぉぉ!!!」

イズクは咄嗟に、防御するかのように左手に持っていた柄鏡を前に突き出した。

すると、柄鏡から無数の炎の玉が飛び出した!

ジョージ「ぬぅ!?」

マモル「いっ…!?」

炎の玉は爆発し、二人は吹き飛ばされ、後ろの木に激しく叩きつけられる。

イズク「お、おお…流石は反魂鏡…どうにかなるもんだなァ!ひっひっひ…い…今のは咄嗟に出来たことだから、どういう原理かは知らねぇが…じっくり調べて俺の意のままに…ひひひっ。」

イズクは、予想外の出来事に動揺した。

しかし、これを好機と言わんばかりに、斬られた右腕を押さえながら、森の奥に逃げようとする。

ジョージ「ま…待て!」

マモル「逃がすかよぉ…!!」

二人は立ち上がり、追いかけようとする。

イズク「誰が待つか!最後にダメ押しだ!!!くたばれ!!!」

イズクは再び、柄鏡を前に突き出し、炎の玉を放った!

今度はコツを掴んだのか、さっきよりも数も多く、大きくなっていた。

炎の玉は、爆風を巻き起こし、周りの木々を薙ぎ倒しながら二人に迫る!

ジョージ「うおおおおおお!!!」

マモル「うわあああああ!!!」

_______________

____________

________

_____

___

__

_

 

 

 

__数日後。

あの後、ジョージとマモルは、近隣の住民から救出され、命に別状はなかった。

しかし、惨劇を巻き起こしたイズクは、行方をくらました。

逃してしまった。

…ショウトの一族は、分家は数人、瀕死の重傷だったが、かろうじて生き残った。

しかし…ショウト及び、本家の一族は、全滅した。

 

一夜にして、一人の男によって、滅ぼされた。

 

…二人は、己の非力さを。自らの無力さを。呪った。

 

 

 

__元ショウト邸。

今では住む人は一人もおらず、立派な屋敷しか残っていない。

その敷地内には、鎮魂碑が建っていた。

先日起きた惨劇の慰霊碑だ。

ジョージは、その慰霊碑を前に立ち尽くしていた。

ジョージ「…………」

どうして、こんなことになってしまったのだろうか。

神が定めた運命なのか。

…どうして、彼が死ななければならなかったのか?

……友人が死ぬ必要があったのか!?

拭えぬ、抗えない、どうしようもない苛立ちが、未だに身体の中で暴れている。

…視線を落とすと、一本の鞘に収まった刀が置いてあった。

ショウトが、最期まで愛用していた刀だ。

ジョージ「…………」

刀の前に立ち、それを手に持つ。

ジョージ「(すまぬ…ショウト…!)」

持ってくぞ…!

 

 

___()()()()()()()()()()

心に住み着いた鬼は、友人を殺めたあの男を、この手で処すまで出ていかないだろう。

住んでいた家は売り払った。

長らく空けるつもりだ。帰る気はない。

笠を被り、刀を腰に差し、村を出ようと歩き始める。

 

マモル「__よぉ。」

その道中、石垣の上にマモルが座っていた。

しかし、普段とは違う様子だった。

錫杖を持ち、狩衣を着ていた。

まるで、これからどこかに行くかのような恰好をしていた。

ジョージ「マモル…その恰好はどうした?」

マモル「どうせ行くと思って、先回りしてたのさぁ。あの野郎(イズク)を探しに行くんだろぉ?頼むよぉ、アッシも連れてってくれよぉ。」

ジョージ「そうは言ってもだな…お主家業はどうするつもりでござるか?」

彼には、家の家業があるはずだ。

そう易々と、長い間、家を空けるなどというのは許されないはずだが……

すると、マモルは笑みを浮かべながらジョージの横に立つ。

マモル「へへへっ、破門だってよ♪」

そう聞いて、ジョージは呆れた。

ジョージ「全く…さては盛大に暴れたな?」

マモルは隠しているつもりだったと思う。しかし、その身体や顔には、殴り合ったかのような傷跡がいくつか見えた。

マモル「まぁまぁ。でも、別にいいじゃないですかぁ?どちらにしても…」

 

マモル「お前さんもアッシも、()()()()()()()()()()()()んだからなぁ。」

ジョージ「……………」

 

その会話を機に、二人は村を出た。

この旅であの男を見つけ、この手で殺めるまでは村に戻らないだろう。

いや…もしかすると、戻ることすら出来ないかもしれない。

それでもいい。

このやるせない感情が、晴れるのならば。

ジョージ「なぁ、マモル……」

マモル「…なんだぃ?」

 

ジョージ「…お腹が空いたでござる。」

マモル「……お前さん、アッシがいなかったら、どうするつもりだったんでぃ?」

 

__そして、時は現代へと回帰する!!!



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第50話 結託!デコボコ隊

___時は回帰し、夕方のコロポ村。

部屋は薄暗い橙色の光で照らされている中、

ジョージとマモル。暗い顔をした二人の、過去の話が終わった。

ジョージ「今、話したので全て……」

いつの間にか、アリスが横で天ぷらうどんを食べながら話を聞いていた。

アリス「そうか…お前たちにはそんなことが……」

カムロウ「うわっ!?」

ラクト「お前、いつの間に!?」

こいつ…いつから聞いてたんだ?

ジョージ「そして…ナタリアポートで勇者殿と別れた後、イズクの手がかりを掴むことができ、後を追って奴と対峙こそしたものの…すでにイズクは反魂鏡の力を使いこなしており……」

マモル「あの野郎が使()()する奴らに手も足も出ずに……」

ラクト「それで、なんとか逃げてこの村に来て、今に至るってわけか……」

これで、二人に身に何があったか判明した。

彼らは、因縁の相手に挑んだが返り討ちに合い、命からがら逃げ延びて来たのだ。

 

チリ「あの…使()()っていうのは……?」

マモルは懐からガサガサと紙切れを取り出し、それを見ながら話を続けた。

マモル「反魂鏡というのは…この現世と、死の世界を繋ぐ鏡でして…勇者様たちが戦ったっていう奴らは、イズクの持つ反魂鏡で呼び寄せられた、あの世の住人なんですねぇ。」

ラクト「つまり…ゾンビってことか?」

マモル「まぁ、似たようなもんですねぇ。」

チリ「いや、ちょっと違うんじゃない?」

僕もそう思う。

ゾンビというのは、生ける屍だ。動くはずのない死体が、何らかの力で動き出したモノを指す。

マモル「それで、呼び寄せた死者の魂を、イズクは反魂鏡を使って操ってるそうでぇ…」

パヲラ「つまり…死霊術師(ネクロマンサー)みたいなものねい。」

マモル「まぁ、似たようなもんですねぇ。」

チリ「さっきから、似たようなもので片付けてない?」

…僕もそう思う。

死体どころか、魂その物となると、それはもうゾンビとは言えない気がする。

 

パヲラは呆れたような顔をしながらため息をついた。

パヲラ「………人を殺してまで成し遂げたい目的って、一体、何なのかしら。」

ジョージはマモルが持っている紙を見る。

ジョージ「……拙者の友人が書き残した紙によれば…イズクは()()()()()()()()()()ために、反魂鏡を使って、世界から()()()()()つもりでござる。」

ルカ「死を無くす…!?」

それを聞いたアリスは、興味を示すような反応をした。

アリス「ほう…人間にしては、思い切った行動だな。それと同時に馬鹿な事をしでかそうとしているな。」

ルカ「アリス、死が無くなるって…どういうことなんだ?」

さっきは盛大に驚いたが…正直言うと、想像がつかない。

死が無くなるなんて、聞こえこそいいが…

もしそうなるとするならば、どんな影響が出るのだろうか。

アリス「まだ予想の域を出ないが…「死」というのは、解釈こそ様々だが、簡単に言えば生物の終着点だ。そして、「死が無くなる」ということは、本来あったはずの終着点が無くなるというわけだ。終点もない、舵を失った船が行き着く先は…「破滅」だ。死というのは、生態系を担う立派な機能の一つだ。生と死で繋がっている循環から死が無くなれば、世界のバランス、その物が崩壊するぞ。例えるとするならば…安定している三脚から一本、脚が抜け落ちるようなものだ。」

ルカ「なんだって…!?」

アリス「それにしても…人間にも、世界規模で変革を起こすような代物があるとはな…」

マモル「友人の一族が封印してたものは、一族の負の遺産だそうで…今の技術や技量じゃどうしようもない代物なので、年月を掛けて風化させようとしていたところ、狙われたんですよぉ……」

……なんだかよく分からないけど。

ルカ「とにかく、そのイズクって奴は、とんでもないことをしようとしてるんだな!」

カムロウ「ルカ…もしかして、よく分かんなかったんじゃ…?」

ラクト「あぁ、バカじゃん。」

 

ルカは無言で、カムロウとラクトをボコボコと殴り始めた!

ラクト「ごめん!ごめんって!」

カムロウ「なんで僕まで!?」

 

アリスはルカ達の茶番を無視しつつ、眉をひそめた。

アリス「しかし…なぜ人間が、そんなことを?」

マモル「ロクでもない奴なのは見た時に丸わかりだったんでぇ…どうせ、力があるから何か大きな事をしたいとか、そんな理由だと思いますぅ。」

アリス「愚か者ゆえの虚栄心というやつか…」

ジョージ「そう…奴は愚者だ……!!」

愚者…その言葉に反応したジョージは、わなわなと体を震わし、鬼の形相で俯いたままそう言った。

 

ジョージ「言っても分からぬ愚か者には、行動で示さねばならない…!!!」

 

俯いていたため、はっきりとした表情は読み取れなかった。

しかし、彼からひしひしと伝わる感情…それは、友を殺された憎しみというより、友を助けることが出来なかった悔しさを感じた。

 

ルカ「……ジョージさん、マモルさん。」

ジョージ「?」

マモル「?」

 

ルカ「その仇討ち、僕も手伝いたいです。」

 

その言葉が響くと、部屋は騒然とした。

ラクト「はぁ…!?お前、何言ってんだ!?」

ジョージ「なにを…!?勇者殿が手を汚す必要は……」

マモル「そうですぅ、その汚れ仕事は、アッシらの仕事ですよぉ。」

ルカ「だからって…自分の私利私欲のために、人を殺すなんて…そんなこと、僕は許せない!」

 

アリス「__待て。」

うどんを食べ終えたアリスが一喝した。

その一喝で、部屋に一度、沈黙が生まれる。

アリス「ルカ、冷静になれ。貴様が協力しようとしているのは、仇討ちという名の()()()だ。勇者を志す人間が、人殺しに加担するのか?」

ルカ「アリス。君もナタリアポートで見たはずだ。人間にだって、悪人がいるって。僕は人間だからって理由で、悪人を見逃したりしない!一線を越えた以上、相応の罰や報いは受けるべきだ!」

カムロウ「そうだよ!」

そう言って、カムロウは身を乗り出して便乗した。

カムロウ「どんな目的があっても、やって良い事と悪い事があるのに…それなのに、一方的に人の命を奪うなんて、僕は許せない!」

まるで自分事のように、顔に怒りを浮かべながらそう叫んだ。

どうやらカムロウの、人としての道徳に反する事だったようだ。

それを聞いたラクトは、やれやれとした表情と態度をした。

ラクト「しょうがねぇなぁ~。ルカやカムロウが戦るってんなら、俺も行くぜ。ま、あの時の戦い、俺は不完全燃焼だったからな。」

チリ「よし。頑張って。」

チリはグッと拳を握って、応援のエールを送った。

ラクト「おいっ!お前も戦えよ!」

チリ「行くけど後援!わかった!?」

ラクト「俺も後援だろうが!?」

パヲラ「あたしも行くわよん!そうでもしないと、ジョージちゃんやマモルちゃんが、心の底から笑える日なんて来ないんだから!」

どうやら、仇討ちの助太刀は万場一致のようだ。

アリス「全く…お人好しで命知らずのドアホ共め…」

パヲラ「あら、アリスちゃん。もしかしてそれ褒めてる?」

アリス「褒めてない。」

 

__募る助太刀の声に、ジョージとマモルは涙を流していた。

マモル「いいんですかぃ…?本当に、本当にいいですかぃ?」

ルカ「一人の人間の身勝手な行動のせいで、世界がダメになるかもしれないんだ!それを知った以上、僕はじっとしていられないんだ!!」

僕の夢…「魔物と人間の共存」……

それを実現する前に、世界が壊れるなんて、とんでもない。

僕の旅がここで終わっていいはずがない!

 

ジョージ「……この御恩…必ず、償う所存でございます…!!!」

二人は、まだ痛みが残るはずの身体を無理に起こし、土下座をした。

これに対して、僕達は制止する言葉を掛けることも、何も言わなかった。言う必要もないと感じた。

マモル「ですが…お一つ、約束をお願いしてもいいでしょうか…?」

ルカ「…? なんですか?」

 

ジョージ「奴との決着は…拙者達で…!!!」

 

ルカ「……はい、分かりました。」

そうだ。これは本来、彼らの戦いだ。僕達が介入するのは、彼らの戦いに邪魔が入らないようにすることだけだ。

 

ルカ「アリス。これは人間同士の事だから、僕達に任せてほしい。」

アリス「ふん、そんなことを言うと思っていたぞ。余はうどんでも食べながら待つとしよう。」

こいつ…まだ食う気なのか…?

ルカ「ところで…アリスだったら、どうにか出来るのか?」

アリス「余を誰だと思っている。それくらいならどうとでもなる。」

えぇ!?嘘だぁ!?さっき世界がどうとか言ってただろ!?

…おそらく、魔王の魔力というのは、僕達の想像をはるかに超えた力を持っているんだろうなぁ……

ルカ「そうか…じゃあ、僕達が本当にどうしようもなくなった時に、どうにかしてくれるか?」

アリス「分かった。そうしよう。」

ルカ「…一応聞いておくけど、どうとでもなるって、どうやって?」

アリス「決まっているだろう。始まる前に潰す。この手に限る。」

ゴリ押しのパワープレイかよ……__

 

 

 

___同時刻、ある森の中。

夕陽は沈み、暗くなりつつある。

そんな中、岩の上で古びた手鏡を覗く、一人の()()()()()()がいた。

手鏡にはコロポ村の、ボロボロの門が映し出されていた。

???「ほうほう…そこに逃げたか…?」

髪の毛を掻きむしり、頭を捻り、悩むように唸る。

???「ん~~~?……もしかすると、邪魔者が増えたなぁ…」

そう呟くと、空からゆらゆらと4つの炎の玉が降り、手鏡に吸い込まれた。

吸収されたのを確認すると、男は大きな欠伸をした。

???「()()()がやられて還って来るんだからなぁ…まぁいいさ。」

???「俺には、死んだ人間の数ほどの歴戦の戦士がいる…その気になれば、亡者の大群だって作れる!!反魂鏡の力は十分に理解したぞ!」

???「あとはその力で…邪魔者は全部、まとめて…」

 

???「消すだけだからなぁ!!!」

 

__悪魔のような笑い声が、森の中を木霊した。

 

 



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第51話 仇討事前準備

__すっかり日が落ち、暗くなった部屋の中。

灯りを中心に、ジョージ達の仇、イズクを倒す作戦が進められていた。

目的はイズクの撃破、もしくは持っている反魂鏡の破壊。

イズクの相手はジョージとマモルだ。

僕達は敵の陽動、戦いに邪魔が入らないようにする。

これが、今のところ大まかな流れだ。

ジョージ「反魂鏡を壊せるのは、祟術を教わった拙者とマモルの二人のみ。そしてイズクはそのことを知らぬ。」

ルカ「七尾と戦った時に見た()()のことか…」

イリアス大陸の秘宝の洞窟、七尾の怒涛の攻撃に対抗するべく、ジョージが繰り出した術。右腕が赤黒く滲み、蒸気が腕のいたる箇所から吹き出るようになる。生命力を消費する代わりに、超人的な力を発揮できるようになる術だそうだ。

カムロウ「祟術っていうの、マモルさんも使えるんですか?」

マモル「まぁ、ついでみたいなもんですけどねぇ。」

パオラ「となると、結局、どうやってもイズクとか言うのと戦う事になるのはジョージちゃんとマモルちゃんなのねぃ。」

チリ「けど…大丈夫なんですか?また、返り討ちに遭ったりなんてしたら……」

ジョージ「あの時は地の利、数の利、時の利で敗北を喫してしまったが…今は勇者殿達の助力もある!」

マモル「それにアッシらには奥の手があるんですよぉ。」

ルカ「…? 奥の手っていうのは?」

ジョージ「この刀でござる。」

そう言うとジョージは、いつも腰に携えていた一振りの刀を僕達に見せてくれた。

ジョージ「この刀の名は明晰無慙(めいせきむざん)。またの名を、祟り神の剣(たたりがみのつるぎ)。」

ジョージ「血に飢えた妖刀と称され、ひとりでに暴れ始め、巨岩を乗せても止まらず岩を破り、血を吸うまで鞘に納まらないと伝えられている。」

ラクト「うげぇ…なんか、おっかねぇな……」

ラクト「ルカの剣と同じで。」

ルカ「なんだよ!」

ジョージ「はは…なに、そう怖がる必要はない。ただの伝承でござる。しかし、この刀の力は本物で…この刀に宿る力に、畏敬の念を込めて祟りと呼ばれている。」

ジョージ「この刀には、持つ人間の祟術を増幅する力がある!亡き友より拝借したこの刀で…奴を叩き斬る!」

マモル「アッシにも託されたものがあるんでねぇ…ひと暴れしてやりますよぉ…!!」

二人の闘志が、溢れんばかりに感じる。

再戦(リベンジマッチ)……彼らにとっては、負けられない戦いだ。

僕達も、出来る限りの援護をするべきだろう。

 

マモル「あっ、そうですそうです、チリさんチリさん。」

チリ「はい?どうしましたか?」

マモル「実はさっきの土下座で身体を痛めたみたいで…」

ジョージ「癒しの術を施してもらえると助かるでござる…」

ラクト「やっぱりあの時無理してたのかよっ!!」

 

ルカ「よし、それじゃあ、明日に備えて…」

今日はもう寝よう、と言おうとした時、

ラクト「おっと、ちょっと待った。」

ラクトが僕の発言を遮った。

ジョージ「む、なんでござるか?」

もしかして、作戦に関してまだいう事でもあるのだろうか?

ラクト「いや、ルカに用があるんだ。」

ルカ「僕に?」

すると、ラクトは僕の頭をポンポン叩きながら話を続けた。

ラクト「いいか、お前ら。こいつはこんなちんちくりんでもな、勇者志望の、いつかは勇者になる人間なんだ。」

ラクト「んで、お前は勇者で、このデコボコ隊のリーダーだ!つまり、司令塔!その司令塔でもあるお前が、ボーッと突っ立っているようじゃ話にならねぇ!戦うか逃げるか、それくらいの判断と指示が出来るようになってもらえねぇと困るぜ!?」

ルカ「……確かにその通りだ。僕も迂闊だったよ。」

今までの戦い、僕が指示を出す事があったが…その時はぐだぐだと、締まりがないことが多かった。

そのせいで、戦況が劣勢になってしまったことは確か。

勇者である以上、みんなの前に立って戦うことがほとんどだろう。

戦うか守るかの判断を、瞬時にかつ的確に行うのが、仲間を引き連れる勇者の責務の一つのはずだ。

…いや待て、デコボコ隊ってなんだ?

ルカ「でも…具体的にどうすれば?」

パヲラ「態勢(シフト)…ってやつねぃ。」

ルカ「シフト?」

パヲラ「そう、なにも具体的な指示をする必要はないわん。各自が判断するべき指標を決めてくれればいいのん。」

パヲラ「攻めて欲しいなら攻撃態勢(アタックシフト)、守りや避けに徹して欲しいなら防御態勢(ガードシフト)って感じねぃ。」

ラクト「なんだよ妙に詳しいなお前。」

パヲラ「なによ?戦術に関しては小さい頃に勉強してたのよ。」

パヲラ「ルカちゃん、最初は攻撃するか防御するかで指示をして頂戴。いきなり難しく考えるよりも、簡単な事から、出来る事から始めるのが一番だと思うわん。」

要は「各々に行動を任せる」ということだろう。

何も、指示を出す相手は言葉が通じない人間でも、意思疎通が出来ているかどうかすら分からない存在というわけでもない、信頼できる仲間だ。

ルカ「分かった。意識してみるよ。」

攻めるべきなら攻撃、守るべきなら防御。

シンプル・イズ・ベスト。

頭が軽くなった気分だ。

変に、具体的な行動を指示するべきだと考えていたから。

これなら、直感で行動できる。簡単そうだ。

パヲラ「あとは…そうねい…リーダーの代わりに指示を出す、サブリーダーも決めたほうが良いわね。戦況によっては、ルカちゃんがいない時もあり得るわん。」

場合によっては、みんなが、僕の指示が届かないような場所にいる時もあり得る。今のうちに、それも決めておいた方が今後のためにもなるだろう。

パヲラ「あたしも含めて…カムロウちゃん、やってみる?」

白羽の矢が刺さったカムロウは狼狽えた。

カムロウ「えっ…僕!?…が、頑張ってみるよ!」

しかし、カムロウは、すぐに決意の眼差しをした。

ルカ「…それってさ……もし二人がいなかったら、どうするんだ?」

パヲラ「その時はその時で。」

ルカ「えぇっ!?そこも考えてくれよっ!!」

…まぁ、サブリーダーが誰もいなかったら、その時はその時。各自の判断に任せる…と、いうことにしておこう。

 

ラクト「…よし。これで、何が起きても俺様は責められることはないな……」

ルカ「おい、聞こえてるぞ。」

さてはこいつ、僕に責任転嫁するつもりだったな。

パヲラ「あっ、ムカつく。アンタもサブリーダーね。」

ラクト「なんだとてめぇ!!」

パヲラ「おぉ!?やるかぁ!?」

おいおい…部屋の中での喧嘩はやめてくれよ。

チリ「喧嘩するなら他所でやって!!!」

一喝された二人は子犬のように縮こまった。

パヲラ「はい…」

ラクト「すみません…」

…どういうわけか、ラクトもサブリーダーに任命された。

責任を押し付けようとした、自業自得かな。

とにかく、これで作戦会議は終わりだ。

今度こそ、明日に備えて今日は寝よう___

 

 

__会議が終わったカムロウは、部屋の外に出た。

すると、部屋のドアのすぐ隣に、父のハーレーが、腕を組みながら壁に寄りかかっていた。

ハーレー「…行くのか。」

カムロウ「わっ、聞いてたの?」

びっくりした。

ハーレー「ただ事ではないからな。」

確かに、今のような状況だったら、気になって僕も聞き耳を立てるだろう。

カムロウ「ところで__」

ハーレー「__言っておくが、俺は加勢できない。村の防衛が、俺の仕事だ。」

うわぁ…聞こうとしたことの返事をすぐに言ってきたよこの人…

まぁ、そうだろうとは思ってた。

しかし、望んでた答えでもあった。

この一件に父さんが関与する必要はない。

これは、ジョージさんに加勢すると名乗り出た僕たちがするべきことなのだ。

ハーレー「それにこの村の連中は弱い。」

カムロウ「あぁ…そう…」

そこ、はっきり言っちゃうんだ……

まぁ、言う通りではある。コロポ村で一番強いのは父さんだ。

なので、襲ってくる魔物の撃退などは父さんの仕事だ。そう簡単に村から離れることはできない。

…たまにどっか出かけるけど。

カムロウ「…そうだ。父さん。」

ハーレー「なんだ。」

カムロウ「この剣、まだ借りてて良い?僕の剣、まだ使えないから…」

背中に担いだ大剣を父さんに見せる。

木目状の模様が特徴的なこの大剣は、父さんが急遽、貸してくれた剣だ。

僕が使ってた鋼鉄の剣と鉄の盾は、まだ修理中だ。

流石にステゴロ、武器もなしで戦うというのは心もとない。

ハーレー「ああ、分かった。」

了承は得た。よし、存分に使ってやろう。

…これすっごく重いけど。

カムロウ「うん?…まだ仕事?」

ハーレー「ああ、まだ見回りがある。」

ハーレーはカツンカツンと足音を立てながら、廊下を歩き始めた。

ハーレー「その剣は貸してやる。使いこなしてみろ。」

そう言い終えると、外に出て行った。

カムロウ「………」

静まり返った廊下の中で、手に持ったままの大剣に目をやる。

柄には滑り止めの包帯が巻かれている。その包帯は砂やらなんやらでくすんだ色をしている。

どうやら、かなり使い古していた剣…本当にお古の剣のようだ。

しかし、保管方法が良いのか、保存状態が良かったのか、それとも、たまに手入れをしていたのか。刀身には錆びは見当たらず、切れ味と輝きを保っていた。

…この剣を使うときの一番の問題点は、重量。

とにかく重いのだ。両手でやっと持てるほどの重さだ。

昔の父さんは、こんな剣を使っていたのか……

今の僕が…この剣を…扱えるのか………いや……!

カムロウ「(………使いこなしてやる!)」

そう決意したカムロウは。ギュウッ…っと大剣を握りしめた___

 

 



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第52話 仇敵襲来

__叫べ。心に従うのだと。

__揮え。力に従うのだと。

 

…この声は?

……聞いたことがある。

確か…秘宝の洞窟で、七尾と戦った時…

初めて、龍に変身した時、心の底から響いてきた声に似ている…

いや、同じ声か?

 

__力を欲するのならば。

__叫べ。心に従うのだ。

__揮え。力に従うのだ。

__お前にとって仇をなす存在を、排除するために。

__本能を、暴走させるのだ。

 

…ダメだ。

 

__…なに?

 

…それじゃあ、ダメなんだ。

 

__……何が言いたいのだ。

 

それって、見境なく暴れろってことだろ。

それじゃあ、誰も守れない。

守りたい人も、守りたい場所も、何もかも。

 

__…お前は。

__()()()()()()()

 

()()()()()()()!?

お前も、父さんと同じことを言うのか!?

()()()()()()って、どういうことだ!!

 

__私が言う力とは。

__私が言う暴走とは。

__()()()()()()()()()()

 

じゃあ、なんなんだよ!

なんだってんだよ!!!___

 

 

 

 

カムロウ「___!」

カムロウは、目が覚めた。

陽が昇っている。朝だ。

場所は、自分の家だ。そして自室の、ベッドの上。

カムロウ「変な夢だったな…」

夢…にしては、だが。

……変に考えすぎたせいか?

何を考えすぎたかというと、父のハーレーから言われたこと。

()()()()()()()()()()()こと。

結局、分からないままだった。

 

カムロウ「ん!?」

カムロウ「き…筋肉痛が…ぐわあああ……」

腕。特に腕が痛い。ぐわあああ…

昨日の夜、父親から借りたあの大剣を少しでも使いこなそうと、就寝時間まで特訓をした。

まさか、そのせいで、筋肉痛になるとは…

 

痛みで錆び付いたかのような体を無理に起こす。

寝間着から普段着に着替え、戦闘用の装備を身に付ける。

黒い木目状の大剣を背中に担ぐ。

担いだときに走った筋肉痛に身体がよじれながらも、部屋のドアを開けた__

 

__台所に行くと、誰かが椅子に座っていた。

母のテアラだ。

傷は順調に回復しつつあり、今では車椅子も必要ないぐらいになった。

カムロウ「おはよう。」

テアラ「はい、おはよう。」

朝の挨拶を交わした後、水が溜まった洗面器で顔を洗う。

塗れた顔を拭いている時に、テアラが話しかけてきた。

テアラ「カムロウ…本当に行くのですね?」

カムロウ「…母さん、何度も言ってるだろ。これは僕が__」

テアラ「__分かっています…これは、あなたが決めた事、止めはしません。」

カムロウ「……………」

母さんの顔は、変わらずのままだった。

しかし、今の僕には分かる。僕の事が心配だという事を。

カムロウ「…ごめんね。」

今の母さんの気持ちは分かる。良く分かる。

僕だって、これ以上心配かけたくない。

だけど__

カムロウ「だけど、母さんも言ってただろ。僕はもう、昔の僕じゃないって。」

カムロウ「僕には、他に守りたいモノが出来たんだ。」

客観的に見れば、父さんの決闘をする前に、あの時点で縁を切るという事もできた。

けど僕は、自分にはもう関係ないと言って見捨てることなんて出来ない。出来るハズがない。したくもなかった。

せっかく繋がった絆を断ち切るなんて、喧嘩をしたわけでもないのに、仲が悪くなったわけでもないのに、どうしてそんなことをしなければならないのか。

守りたいモノ、仲間という友達を、この手が届くその時まで、摩耗してでも守る。

それが、今の僕を、心の底から突き動かす衝動だ。

 

僕の返事を聞いた母さんは、ニッコリと微笑んだ。

テアラ「カムロウ、それで良いのです。」

テアラ「それが、あなたが、「人」としてするべき行動なのです。たとえ行動に理由が無くとも。」

そう聞いた僕はうなずいた。

覚悟は出来ている。死んでしまったら、その時はその時だ。

カムロウ「行ってくる!みんなが待ってる!」

テアラ「ええ、行ってらっしゃい。」

僕は、朝食でゆっくり食べるはずだったパンを頬張り、頬張りきれないパンを片手に持って、家を飛び出した__

 

 

__コロポ村、門前。

ルカ達は、カムロウが来るのを待っていた。

ラクト「寝坊助なんだよなぁ…アイツ(カムロウ)……」

ルカ「そう言うなよ。まだ出発するわけじゃないからいいだろ。」

そう言いながら周りを見渡す。

ちょうど近くにある、開けた場所で、パヲラとジョージは互いに鍛錬し合っていた。

パヲラ「ふぅ、こんなものかしら。」

ジョージ「うむ、十分。」

今、準備運動を終えたようだ。

ジョージ「どうやら、問題なく戦えそうだ。」

昨日の作戦会議をした後、ジョージとマモルは、チリに無理を言って体の傷を回復魔法で治してもらった。

なので、パヲラに頼んで、無理に治した身体で戦えるかどうか試していたのだ。

チリは、回復魔法の乱用は寿命が縮むためあまり使用したくないと言っていたが……

チリ「良かった…でも、無理はしないでくださいね。」

ジョージ「承知したでござる。」

マモル「まぁ、出来たらの話ですけどねぇ。」

チリは困った顔をした。

チリ「ちょっ……」

マモル「お願いしますぅ、堪忍して欲しいですぅ。」

チリはますます困った顔をした。

チリ「堪忍って……」

 

そうしていると、カムロウが、パンを頬張ってモグモグしながらやって来た。

カムロウ「ごめん、遅れて。もう出発する?」

ルカ「いや、まだだよ。」

マモルがボロボロの門の上で、式神を使役してイズクの居場所を探っている。

式神を通して、遠くの風景を見ているそうだ。

大体どのあたりにいるかが分かるまで、出発できない。

不用意に動くと取り逃がす可能性もある。

ラクト「どうよ、見つかったか?」

ラクトがそう聞くと、マモルは門の上からシュッと降りて来た。

そして、首を横に振った。

マモル「…いや……いないんですよ、どこにも。」

ルカ「いない…?見当たらないのか?」

マモル「えぇ、えぇ。気配一つもないんですよぉ。」

マモル「渡路遠式神(どろおんしきがみ)…こいつは、生体探知が得意な式神でぇ、くまなく探したんですがぁ……」

探しても見つからないとは、どういうことなのだろうか。

 

マモル「予感、その1。すでに遠くに逃げた。」

なんだ急に?…いや、それはひとまず置いておこう。

チリ「二人が戦ってから、逃げるには十分なくらい時間はあった…いくら崖が多く入り組んでる地形でも、遠くに逃げれる余裕は__」

ジョージ「__あり得る予想ではあるが…あり得ない予想だ。」

眉をひそめ、顔をしかめながら、ジョージはそう言い放った。

ジョージ「拙者達に追手を差し向けたのだ。奴は必ず殺しに来る…」

彼の言う通り、あちらのほうが優勢だったはずだ。尻尾巻いて逃げるなんて考えられない。

マモル「予感、その2。怪我をしてどこかに潜んでいる。」

えっ、まだ続けるのか?…そういや、その1って言ってたな…

パヲラ「そうなると、矛盾するわね。二人は手も足も出なかった話のはず…」

ラクト「どっかで脚滑らせて転んだとか?」

カムロウ「えぇ?それで隠れる?」

ラクト「俺だったらな。」

お前だったらの話じゃないか…

 

マモル「一番最悪な予感、その3。」

ルカ「最悪…?」

一番で、しかも最悪という言葉が付いたぞ…?

なんだろう、最悪な予感って…?

マモル「向こうのほうから、こちらに向かっている____」

 

___その刹那、僕も、恐らくみんなも、妙な気配を感じ取った。

()()、確かに()()()

足の、地面に触れているところからだろうか。

ドゴン…ドゴン…と、鼓動のような、大きな足踏みのような振動がした。

カムロウ「なんだ……?」

パヲラ「地震……いや………これは…!?」

その振動は、閉じた門の奥から、こっちに近付いていくようにどんどん響く。

………なんだか、本当に嫌な予感がする!

ルカ「み…みんな!門から離れよう!早く!!」

 

 

__その直後、門は蹴飛ばされたかのように爆散した!

木片や瓦礫が飛び散り、大きな土煙が舞い上がる。

カムロウ「ああ、門が!なんてこった!まだ修理中だっていうのに!」

ラクト「落ち込むのは後にしろ!今はそれどころじゃねぇ!」

そうだ、()()()()()()()()()

パヲラ「探す手間は、省けたわね?」

ルカ「探す手間は…ね。」

土煙から現れたのは……

禍々しいオーラを放つ人型の、亡霊のような存在。しかも巨人のように大きいのと、その亡霊のような巨人の肩に乗った男。

男の身体の特徴は、右目に傷、そして右腕がない。

事前に聞いていた、身体の特徴と一致していた。

チリ「この男が…!?」

ジョージ「そうだ…目の前にいるこの男が!!」

マモル「アッシらの仇__」

 

「「___イズク!!!」」

 

 

イズク「ほぉ、ここにいたか。」

その男は、左目でギョロっとこちらを舐め回すように睨む。

イズク「よっぽど俺を殺したそうに式神を飛ばしてるもんだから、こっちから来てやったぞ。」

ジョージ「…………」

負けじとなのだろうか、それとも恨みなのか、ジョージもイズクを睨む。

視えない稲妻が、互いの間でバチバチと弾けているようにも感じる。

しかし、僕はそれよりも気になることがあった。

ルカ「アイツが乗っているあれは…?」

イズクが乗っているあの亡霊のような巨人。

今、やっと土埃が消え去って、全貌を見ることができた。

顔には目や鼻や口、髪といった部位はない、のっぺらぼうだ。

あるのは輪郭がはっきりとしない、ぼやぼやとした大きな身体だけだ。

マモル「ん~…ありゃあ…邪魅(じゃみ)ですねぇ……」

ルカ「邪魅(じゃみ)?」

マモル「あの世の亡者の怨念が集まって生まれたバケモノですよぉ。あの野郎、あんなものも出しやがったか……」

ジョージ「関係ない。どんなバケモノであろうとも…」

ジョージは静かに、落ち着いた手つきで鞘から刀を抜き、両手で構えた。

ジョージ「奴を叩き斬ることに変わりはない!!!」

イズク「へっ、そうはいくかよ!」

イズクは左手で、懐から鏡を取り出した。

あれが反魂鏡か!

イズク「ほらよぉ!」

鏡を空高く掲げると、鏡から無数の炎の玉が飛び出した。

炎の玉が弾けると、そこから何十体の、人型のゾンビのような、亡者のような存在が飛び出した!

ジョージ「亡者共か…!」

ルカ「やっぱり出してきたか…!」

カムロウはその大群の中で、何かを見つけたようだ。

カムロウ「アイツは…!?」

無数の亡者の大群の中に、赤い鎧を着た大男がいた。

昨日、僕達が相手をした血の狂戦士だ!

カムロウ「そんな…倒したはずなのに……!?」

イズク「ああ、こいつはお前らが相手した奴か。そりゃそうさ。もう死んでるからな。」

イズク「何人来ようが、こっちは死ぬことのない、不死身の戦士が使い放題なんだよ!!」

ラクト「っつーことはよぉ…昨日戦った戦士とか魔法使いとか狙撃手とか、そんな奴らもいるってことかよ!?」

チリ「そんな…それじゃあ…!?」

ラクト「まるでゾンビと変わらねぇじゃねぇかよ!!___」

パヲラ「___ノンノン。みんな、絶望するにはまだ早すぎるわん。」

静かに拳を構えたパヲラがそう言った。

パヲラ「一度相手したのなら、対処法は分かってるでしょ?」

ルカ「それに…こういうことはすでに想定済みなんだ。僕達がやることは変わらない!」

ジョージとマモルに邪魔が入らないように、イズクの取り巻きを僕たちで分断すること。

それが僕達がやることだ!

ルカ「みんな、作戦通りだ!準備はいいか!」

 

「「「「「「ああ!!!」」」」」」

 



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第53話 戦いの火蓋は斬って落とされる

__風は止まり、空は怪しく曇り始める。

まるで、これから何が起こるか分からないように。心配な気持ちを、不安を煽るように。

灰色に染まり、時間が止まったかのようなこの場所で、激戦が始まる__

 

 

__作戦はこうだ。

まず、イズクと戦うのはジョージとマモルの二人だ。

ルカ達は、ジョージ達に邪魔が入らないように、イズクが呼び出した亡者の大群の相手をする。

だが、ここで壁にぶち当たる。

亡者の身体能力は人並みであるが、既に死んだ身体であるため、胴体に剣を突き刺した程度では倒すことはできない。

仮に倒せたとしても、一時的にイズクの持つ反魂鏡に戻るだけで、完全に倒すことはできない。時間が経てば、再び呼び戻されるのだ。

亡者の大群の数は少なく見積もっても100は超える。

それに比べて、ルカ達は5人。

1人、20体も相手をするなんていう、簡単な計算だとしても、無理がある。

倒したとしても、少し間を置けば、再び呼び戻される。

これではいたちごっこ、らちがあかない。。

どちらかが根負けするまでの勝負となってしまう。

無論、ルカ達が不利である。

 

しかし、ルカ達に秘策アリ!

この亡者たちには弱点及び、天敵が存在する。

 

それは、「塩」である。

 

穢れを祓う力を持つと信じられている「塩」。

邪気の塊でもある亡者は、これを浴びればひとたまりもない。

成すすべなく、溶けるように浄化されるのだ。

 

そこで!

ルカ達は、全力で塩を投げつける戦法をとることにしたのだ!

コロポ村の村人たちに協力してもらい、現状で出来る限りの!

集めれるだけ集めた塩を!

亡者に向かって、全力でぶん投げる戦法を!

 

「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」

 

ルカ達は塩を投げつけた!

 

塩!投げ放たれるは、塩の星屑(スターダストソルト)

無数の、塩化ナトリウムの結晶が!

次々と亡者たちに投げつけられる!

 

ルカ「(…正直、この作戦。ナメクジ娘の時の苦い戦歴を思い出すから、恥ずかしいな…)」

ナメクジ娘の体表を覆う粘液で、まともにダメージを与えられなかったときに思いついた、苦肉の策。

今、思い返すと、本当に恥ずかしい…

カムロウ「せぇい!っえいやぁぁぁ!!」

パヲラ「がむしゃらじゃなくて、狙って投げるのよ!持ってきた塩には限りがあるんだから!」

ラクト「分かってらぁ!分かってはいるけどよぉ!」

チリ「怖い!怖いの!」

僕もそうだが…各々、両手に塩を持ち、盛大に塩をぶん投げている。

投げつけられた塩が亡者たちに当たると、当たった箇所からシュウゥゥゥ…と、白い煙を噴き出しながら溶け始めた。

しかも、次々と倒れていき、亡者の身体は炎の玉と化して空に飛んでいく。

一時的ではあるが、倒せた証拠だ。

…どうやらこの戦法、見た目は地味であるが、効果は絶大のようだ。

それが分かると、やる気がグングン湧いてきた!

よし!この調子で、どんどん倒そう!

 

イズク「(なんだよありゃあ…ゴリ押しじゃねぇか…)」

イズクはまじまじとその様子を眺めていた。

あまりにも見当違いな戦い方に、あっけにとられていたのである。

マモル「なんだぁ?豆の鉄砲でも食らったかぁ?」

ジョージ「戦いにおいて、身近にある物を最大限に活かすことは、おかしいことではないだろう。」

いつの間にか、イズクが乗る巨人邪魅(じゃみ)の目の前に、

マモルの、巨人のような式神大太法師(デイタラボッチ)が相対した。

その式神の肩には、マモルとジョージが乗っていた。

イズク「…あぁ、そうか。それが、お前らの作戦か。」

イズクは顎に左手を当てながらそう語った。

イズク「アイツらが亡者共を。お前ら二人は俺と。」

イズク「殺り合おうってか…」

イズク「ふーん…」

そう語り終えると、頭を左手で掻き回した。

イズク「あーあー。何も分かってねぇなぁ…言ったはずなのになぁ…」

イズク「あの雑魚共(亡者)を倒しても意味が無いってことをさぁ…」

亡者を倒しても、少し経てば再び復活する。イズクの持つ反魂鏡がある限り、何度でも。イズクはそれを示唆するようにか、煽るように呟いた。

しかし、それを聞いたジョージ達は、依然として堂々としていた。むしろ、それを聞いたうえで「だからどうした?なにか問題でもあるのか?」と言わんばかりの目つきと表情であった。

そして二人は、その自信の表れでもある答えを言い放った。

マモル「意味はあるなぁ。」

ジョージ「貴様を討てる機会が生まれるのであれば。」

ジョージ「それがひと時もあれば十分。」

イズク「………」

イズク「へぇ……」

その答えを聞いたイズクは、眉をひそめた。

どうやら、予想していた反応でも言葉でも行動でもなかったらしい。

しかも、不快に感じる答えだったようだ。

イズク「減らず口がよぉ!!!」

イズクは邪魅(じゃみ)を動かし、巨人のような右腕で殴りかかった!

マモル「お前もなんだよなぁ!!!」

ジョージ「イズクゥゥゥ!!!」

マモルは式神大太法師(デイタラボッチ)を操り、同じく右腕で殴りかかる!

拳がぶつかり合い、相殺し、衝撃音と爆風が響き渡った!!

その瞬間、ジョージは飛び上がり、刀で空中を一閃した!

ジョージ「禍津一閃(まがついっせん)!!!」

禍々しいオーラを放つ斬撃を放った!

しかし、その斬撃が向かう先は、イズクではなく地面であった!

地面に斬撃がぶつかり、大きな斬り込みが生まれた!

イズク「どうしたぁ!外したなぁ!!どこ狙ってんだこのバカ!!」

ジョージ「()()()()()()()!周りをよく視てみろ!」

ジョージ「今、貴様がいる場所は、崖際だ!」

イズク「なにぃ!?」

その刹那!イズクの立っている地面が崩れ始めた!

そう!ジョージが狙ったのはイズクではなく、地面!崖なのである!

斜めに斬られた崖が!滑り落ちるように崩れたのである!

判断が遅れたイズクは、崩れ行く崖と共に谷底に落ちていく!

さらに!

マモルの式神大太法師(デイタラボッチ)は、なだれ込むようにイズクが落ちる谷底に飛び込んで行った!

マモル「イズク!これで終わりだと思うな!!アッシらはその谷底で、お前と戦うことにしたんだよぉ!!!」

ジョージ「そこが最も、邪魔が入りずらい場所だろう!そこで貴様との因縁を!!」

ジョージ「決着をつける!!!」

イズク「はははっ!面白れぇ!良いだろう!この谷の奥底で、相手をしてやる!!」

イズク「そこがお前らの墓場だぁぁぁ!!!」

谷底に落ちる間際、ジョージはルカに向かって叫んだ。

ジョージ「勇者殿!そちらは任せた!」

そう言い終えると、ジョージらはイズクの後を追い、谷底に落ちて行った!

暗い谷底に落ちるその瞬間!互い因縁の!戦いの火蓋は斬って落とされた!__

 

 

ルカ「__よし、分断は出来たな。」

二人の姿は、暗い谷底に消えていき、見えなくなった。

イズクの戦力を減らすために分断するという作戦は成功した。

後は…彼らの無事を祈ろう。

…今、残った僕たちで、

ルカ「…今、僕達に出来ることといったら……」

…亡者は、さっきの塩投げ作戦でかなり数が減った。

後、残っている敵がいるとすれば…血の狂戦士という名の男。

遠く離れたところから、赤い鎧を身に付けた大男がこっちに向かって歩いて来ている。

彼は生前、手慣れの戦士だった。

イズクのせいで、今は僕達と敵対関係であり、以前戦った時は、カムロウの父、ハーレーが撃退してくれた。

…が、反魂鏡の影響で再び復活し、こうして僕達の前に再び立ちはだかった。

説得も通じない相手だ。

そうなれば…実力行使しか他にない!__

 

パヲラ「__ルカちゃん!後ろ!」

ルカ「えっ!?」

そう言われて振り向いた瞬間!

なんと!3体の亡者が僕のすぐ近くにまで来ており、飛び掛かって来ていた!

ルカ「(だ…だめだ!反応が遅れたっ!)」

ルカ「(()()()()()!!!)」

ルカ「うわああああ!!__」

 

ラクト「__疾風魔弾(ウインドショット)!!」

__5発。発砲音が響き渡った。

そしてすぐに、僕に襲いかかって来ていた亡者は炎の玉と化してどこかに飛んで行った。

音がするほうを向くと、ラクトが魔法を撃つ銃、魔導銃をこっちに向けて構えていた。

どうやら、ラクトが狙撃してくれたようだ。おかげで助かった。

ラクト「ルカ!カムロウ!パヲラ!お前らはそいつ(狂戦士)に集中しろ!」

ラクト「亡者の奴らが、お前らの邪魔なんかしねぇように…」

ラクト「俺たちはここから援護する!」

チリ「頑張って!」

…と、高らかに宣言しているが………

ラクトとチリは、まるで二人揃って一つの点のように見えるぐらい、遠くの場所から宣言していた。

……いやいやいやいや。

ルカ「遠っ!」

カムロウ「二人共さぁぁぁ!!」

遠い。うん。明らかに遠い。遠すぎる。

カムロウ「いくら何でも、遠すぎるだろ!」

全くの同感である。

今思えばあの二人、出来る限り戦闘を避ける傾向にある二人だ。

しかし、援護してくれるのならもう少し…いや、もっと近くに寄ってもいいだろうに。

ラクト「ええっ!? なにぃ!? 聞こえねぇ!!」

チリ「ごめん、もう一度言って!!」

ルカ「…だめだ、聞こえてないみたいだ。」

カムロウ「あのさぁぁぁ!!!」

カムロウは頭を抱えてヒステリーを起こした。

パヲラ「いや、もう…アノ子達はあそこで良いと思うわ…うん…そう思うわ…」

ルカ「……あの二人、前線向きじゃないしなぁ…」

まぁ、その通りではある。

ルカ「とにかく…」

特に気にするような問題でもないので、この話はもう終わりにすることにした。

もう狂戦士がすぐそこにまで迫ってきている。

僕は剣を抜いて構えた。

それに応じるように、カムロウは大剣を両手で持ち、パヲラはファイティングポーズをした。

ルカ「行くぞ!二人共(カムロウ&パヲラ)こいつ(狂戦士)を倒すんだ!!それが今、僕達に出来る事だ!!!」

「「ああ!」」__

 

 

__沸騰する血の狂戦士が立ちはだかった!

 

 

ルカ「先手必勝!」

パヲラ「意気軒昂!」

ルカの先制攻撃に、パヲラが続いた!

ルカ「行くぞ!雷鳴突き!!闇を引き裂き光を照らせ!!!」

パヲラ「とあああぁぁぁ!!」

ルカは雷鳴のように踏み込み、雷鳴突きを繰り出した!

パヲラはつま先を尖らした飛び蹴りを放った!

狙ったのは胸の辺り、パヲラも同じだ。

しかし、巨体である狂戦士が倒れる様子はない。

無論、この一撃で倒せないことは分かっている。

僕の狙いは、()()()()()()()だ!

今の僕たちが、これほどの強敵を倒すには、ダメージを蓄積して倒すしかないのだ!

カムロウ「おおおぉぉぉ!!」

カムロウは、その小さな身体に似合わないほどの大きな剣を両手で持ち、構えた!

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)!!!」

そして、剣に風を纏わせ、衝撃波の塊を放った!

その衝撃波は、以前彼が使っていた鋼鉄の剣よりも、少し大きな衝撃波だった。

何より、昨日の戦闘の時、カムロウは父から借りた大剣の重量に振り回されていた。

今の動きといい、息切れを起こしていない様子を見るに、どうやら、なんとか自分のモノにしたようだ。

そして、風の衝撃波は狂戦士に命中した!

それでも、狂戦士は怯む様子はなかった。

それどころか、僕に向かって、両手を組んでダブルスレッジハンマーを振り下ろそうとしていたのだ!

パヲラ「おっと。」

すると、パヲラが僕を押し退け庇った!

パヲラ「男の型・酔いどれ男優。」

パヲラは泥酔したような動きをし始めた!

予測不能の千鳥足。すると狂戦士は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ体が硬直した。

多分、狙いを定めるために止まってしまったのだろう。

その一瞬生まれた自由時間(フリータイム)を、パヲラは見逃さなかった!

狂戦士の両手は上に構えられている。そうなると、腹部ががら空きになるのだ!

パヲラ「おらぁぁぁ!!」

右手を前に突き出し、腹部に正拳突きをした!

左手で掌底突きを繰り出し!最後に回し蹴りを放った!

…しかし。

狂戦士は両手を組んだままだった!

パヲラが攻撃をする前から、同じ構えをしたままだったのだ!

パヲラ「(手ごたえ無し!?)」

そのまま、両手のハンマーが振り下ろされる!

パヲラは間一髪で、後方にバク転をして回避した!

その差、狂戦士の指の第二関節が、パヲラの顔の目と鼻の先にあったほど、僅かな差だった!

狂戦士の両手が地面に叩きつけられると、小さなクレーターが生まれた。

当たれば恐らく、骨が砕かれるほどの強さだったのだろう。

パヲラは、顔中に冷や汗がブワッ…と噴き出した。

彼は今、「本当に間一髪だった…」と、感じた。

ルカ「そこ!!」

カムロウ「だぁぁぁ!!」

狂戦士の両手が地面にある今!

あっちに攻撃を防ぐ方法はない!

僕とカムロウは剣を大きく振りかぶり、斬りかかった!

恐らく、肩辺りだろうか。

狂戦士の着ている鎧のせいで、切り傷を与えらえることはできないが。

それでも、ダメージは入ったはずだ!

 

()()()()()()()()……

 

狂戦士は、スクッと立ち上がった!

ルカ「なっ…!?」

カムロウ「いっ…!?」

まるで何事もなかったかのように。ピンピンしていた。

そして、狂戦士は回し蹴りをし、周囲を薙ぎ払った!

僕とカムロウはすぐさま後ろに避けた。

距離は十分。当たるはずがないくらいの距離をとった。

しかし僕達は、信じがたい光景を目にした。

 

なんとその回し蹴り。爆風を放った。

 

ルカ「なんだってえええぇぇぇ!!?」

僕達は爆風に吹き飛ばされる。

そして地面に叩きつけられる。

カムロウは大剣を杖替わりにして立ち上がり、パヲラは手を使わずに立ち上がった。

…なんだ?今のは?

回し蹴りだけで爆風?

()()()()()()……

一体何が、どうして、こんな事が起きているのか、さっぱり分からない。

そう感じていると、パヲラが口を開いた。

パヲラ「……なんていうか。」

パヲラ「攻撃を食らっても生き生きしてるわよね…?」

ルカ「そうなんだよ…アイツ、本当にダメージが入っているのか?」

僕はそう言いながら立ち上がった。

そう。僕達が仕掛けた連携攻撃は、自慢にも聞こえるようだが、かなりのダメージを与えたはずだ。これだけは確かだ。

なのに、狂戦士は怯む様子がない。倒れる様子すらもない。どうなってるんだ…?

というより…気付いたことがある。

さっきから僕達の攻撃を()()()()()のだ。

ノーガード戦法、というやつなのだろうか。

防御(ガード)を捨てて、他に得られる要素に集中する戦法。

防御(ガード)をしないため、ダメージを軽減せずに全部引き受けてしまう。

だとしたら、僕達の攻撃は十分に負っているはずだ。

なのに、ダメージを負っている感じがしない。

本当に…どうなっているんだ…?

カムロウ「もしかしてアイツは……」

カムロウ「痛みを知ることが喜びとかじゃ…?」

ルカ「どんな推理だっ!嫌だよそれ!」

絶対、そうじゃないと思いたい。

カムロウ…キミはどうしてそんなことを思ったんだい?

その時だった。

僕は、僕達は、異様な空気を感じ取った!

目線を狂戦士に向けると…

狂戦士は、腕を胸の前で交差(クロス)し、力を溜め始めていた!

ルカ「あれって…確か…!」

この前の戦闘で見せた、大爆発を起こす気だ!

まずい、まずいぞ…えーと、えーと…!

落ち着け……考えろ考えろ…!

………そうだ!

ルカ「ガ…防御態勢(ガードシフト)!」

ルカは防御態勢(ガードシフト)を号令した!!

カムロウ「うぇっ!?」

パヲラ「防御するのよカムロウちゃん!」

そう言われたカムロウはハッと気が付き、大剣を盾にした。

パヲラは身を屈め、迫る攻撃に備えた。

僕は…剣を地面に突き刺して、衝撃に備えた。

 

__狂戦士は、有り余る怒りを大爆発させた!!!

辺りに凄まじい爆炎と爆風が走る!!!__

 

__周囲の障害物を吹き飛ばすほどの爆発。

その爆発に、僕達はなんとか耐える事が出来た!

カムロウ「た…耐えた…!」

パヲラ「ナイス判断よ!ルカちゃん!その調子よ!」

ルカ「そ…そう?」

正直、死ぬかと思った…

僕はなんとか剣にしがみついて、吹き飛ばされないように踏ん張った。

よし!僕達は攻撃に耐えた!仕切り直しだ!

僕は剣を地面から抜き、魔剣・首刈りの構えをとろうとした時だった。

パヲラ「ルカちゃん、ちょっとだけ待って頂戴。」

そんな僕に、パヲラは制止するよう声を掛けた。

なんだろう。どうしたというのだろうか。

パヲラ「ん~………」

そういうパヲラは、頬に指を当て、目を空に向けていた。考え事か?

パヲラ「…やっぱし~ダメージ、通ってないんじゃないかしら。あれ。」

ルカ「ええっ…!?」

僕を制止した理由。それは、同じことの繰り返しになるから無駄な行動になるという理由だった。

ダメージが通ってないとすれば、攻撃しても意味はない。

じゃあどうすれば…?

ルカ「もしかすると…物理攻撃じゃだめなのか!?」

そうだ。まだダメージが通らないと決まったわけではない。

剣や打撃によるダメージの他に、魔法によるダメージもある。

カムロウ「試してみる!」

今、この場で魔法を扱えるのは(カムロウ)しかいない。

カムロウ「火炎弾魔法(ファイヤーボルト)!」

カムロウは指から、炎の玉を放った!

炎の玉は見事命中し、狂戦士の身体に当たり爆散した!

 

しかし…

カムロウ「…!?」

僕達の期待とは裏腹に、全く効いている様子もない。

なんだか、嫌な予感がしてきたぞ…

カムロウ「落雷魔法(カミナリ落とし)!!」

カムロウは空から、雷を呼び落とした!

激しい稲光と共に、雷が落ちた。

現状、カムロウが扱える最大威力の魔法。

流石に、これを食らえばひとたまりもないぞ。

だがしかし…

狂戦士は、それでもなお立っていたのだ。

雷をまともに食らっても、平然としていた。

カムロウ「だ、ダメだ!効いていない!」

ルカ「なんで…効いてないんだ…!?」

パヲラ「物理もダメで魔法もダメ…どういうトリックなのかしら……」

何故だ…?

何故なんだ…?

そう困惑していると、狂戦士は問答無用と言わんばかりに攻撃を仕掛けてきた!

狂戦士は手から爆炎を巻き起こした!

「「「うわああああ!!」」」

僕達は爆炎に巻き込まれた。

どうして攻撃が通用しないのかに気を取られていて、防御するのを忘れていた。

僕は身体に付いた火を消すために転がった。

ルカ「くそ…どうすれば、アイツを倒せる…!?」

これじゃ、打つ手がないじゃないか!

もう、どうしようも、ないじゃあないか!__

 

???「__ダーリン!ただ、攻撃するだけじゃあだめよ!」

ルカ「こ、この声は…!?」

視界を、声のする方向に入れる。

今、僕達が立っている所より高い崖の上に、逆光で黒いシルエットになってはいるが…

…いや待て。シルエットでも分かる、あのでんぐり返しの姿といったら………

???「優勢と劣勢には翼があり、常に戦う者の間を飛び交っている…」

???「例え、絶望の淵に終われても、勝負は一瞬で状況を変える…」

???「人、それを回天という!」

そして高台より降り立ったその者は……

 

__残念なラミアが現れた!

それは、上半身は大蛇、下半身は妖艶な美女という、だれが得をするのかでさえ分からない、残念なラミアだった。

アミラ「私はアミラ…勇気ある者の窮地に現れるか弱い乙女…」

着地した時に足を捻ったのか、少しこらえるかのような声でそう言った。

ルカ「またお前かー!!!」

だが、そんなことはどうでもいい。なぜ、こんな込み入っている時に来た?

アミラ「また会ったわね。愛しのダ__」

ルカ「待った。」

どうせ、また僕に対するあいさつ代わりの台詞だろう。

けど今は、その言葉を悠長に効いているような状況ではない。

ルカ「ごめん二人共!ちょっと戦ってて!」

二人には悪いけど…今はこいつの相手をする時間が欲しい。

カムロウ「無茶言うなーっ!」

パヲラ「でも言われたからには、やるしかないのよねぇ!」

無茶なお願いを聞いた二人は、狂戦士に立ち向かって行った。

 

ルカ「それで?何の用なんだ?いくら何でも、戦闘中に来ることはないだろ。」

アミラ「だからこそ来たのよ。ダーリンたちの攻撃が効かなかったのには理由があるのよ。」

どうやら、有力な情報を持っているようだ。

ここはちゃんと聴くことにしよう。

アミラ「エンチャントよ。大男が着ている鎧は、エンチャントが施されてる鎧なの。」

ルカ「エンチャント…?」

どうやら…ただの鎧じゃないらしい。

僕達の攻撃が効かなかったのは、ちゃんと理由があるそうだ。

アミラ「あら、ダーリン。ご存じないの?」

アミラ「武器や盾に鎧、アクセサリー…物体に魔術を施して能力を付与する特殊な技術。それがエンチャントよ。」

アミラ「主な能力は、耐久力の向上だとか、炎の力を持たせるといったのがあるわ。」

ルカ「へぇ…そんなものがあるのか。」

アミラ「それで、あの大男が着ている鎧には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()エンチャントが施されてるの。」

ルカ「なんだって…!?」

だったら、納得がいく。

回し蹴りだけで爆風が生まれたのも。

良く分からない大爆発を放つのも。

全部、僕達が与えたダメージを力に変えていたとすれば、納得できる。

しかし…それじゃあ…

ルカ「それじゃあ…どうしようもないじゃあないか!」

アミラ「ダーリン。待って。焦らないで。」

アミラ「どうしようもないように聞こえるけど、それがまだ決まったわけじゃあないの。」

アミラ「確かに()()()()()()()()()とは言ったけど、()()()()()()()()()()()()()()()()の。」

ルカ「…?」

アミラの言った意味は理解している。

ダメージの吸収というわけであって、無効化するわけではないということ。

しかし、吸収されるんだったら、無効化されるのと同じように聞こえる。

彼女は一体、何が言いたいのだろうか。

アミラ「良い?ダーリン。ただ、攻撃するだけじゃダメなのよ。()()()()()()()()()()()()()を与えなきゃ、あの鎧は壊せないわ。」

ルカ「…! そうか!その手があったか!」

つまり、狂戦士の着ている鎧は、吸収できるダメージの量に限度があるのだ。

限界に達して割れる風船のように、限度があるのだ。

無効化するわけじゃないとは、この事を言っていたのか!

だから、《耐えきれないほどのダメージ》》を与えれば…

アミラ「どうやら、お役に立てれたようね…」

アミラ「アミラ、感謝感激だわ…」

ルカ「それ、お前が言う側じゃないだろ…」

アミラ「それじゃ、私は早急に避難するわ…この戦場に、か弱い乙女は似合わない……」

ルカ「ああ、早く安全な場所に避難するんだな。」

さっさと帰れ。

アミラ「ええ、そうさせてもらうわ。さよなら、愛しのダーリン。」

ルカ「…………」

ルカ「(そういや、なんでアイツここにいたんだろう。)」

いや、深く考えるのはやめておこう。

とにかく…絶望の暗闇に、一筋の光が見えたことは確かだ。

狂戦士は無敵じゃない。突破口があった。

それが分かれば、闘志がみなぎってきたぞ!

闘志をたぎらせていると、カムロウが吹っ飛ばされ、地面に激突していた。

その間パヲラは、狂戦士の攻撃を受け止めたり、躱したりしていた。

そうだった。狂戦士の相手を二人に任せていたのをすっかり忘れていた。

カムロウ「ルカ!話は終わったのか!?」

パヲラ「なにか手だてはあるの!?」

ルカ「ああ!まずは…」

ルカ「僕達3人で、同時に攻撃するんだ!」

耐えきれないほどのダメージ量を出すには、瞬間火力だろう。

ちまちまと与えると、蓄積したダメージが狂戦士の力に変換されてしまう。

一度に、一斉に攻撃して、鎧を破壊しなければ!

パヲラ「そうと決まれば、さっさといくわよぉ!」

そう聞いたパヲラはすぐに駆け出し、右手に魔力を込めた!

カムロウ「うおおおぉぉぉ!!!」

カムロウは大剣を剣で持ち、剣に風を纏わせながら、バッタのように飛び上がった!

ルカ「煌めけ、勇気の刃!」

ルカは、脚をバネのようにして、狂戦士の懐に飛び込みかかった!

いくぞ!これが僕達の!

三位一体の攻撃だぁぁぁ!!!

パヲラ「魔導拳(まどうけん)奥義!鎧砕き(クラッシュボーン)!!!」

カムロウ「風蝗斬(ふうこうざん)!!!

ルカ「魔剣・首刈り!!!」

狙ったのは胴体だ。

パヲラの拳が、カムロウの大剣が、僕の剣が、同じ個所に当たった!

…しかし、狂戦士はビクともしなかった。

ルカ「え!?」

カムロウ「はっ!?」

狂戦士は右手で僕を、左手でカムロウを掴み、凄まじい勢いでぶん投げた!

パヲラ「なっ!?」

そして片足で、パヲラを蹴り飛ばした!

飛ばされた僕たちは、崖の下に衝突した。

土煙が舞い、辺りに石の瓦礫が飛び散った。

パヲラ「どういうこと…?全く効果がないじゃないの…」

なんとか岩を押し退け、僕達は身体を起こした。

カムロウ「ルカ、僕達は言われた通りにした…アミラさんから、一体何を聞いたんだよ?」

ルカ「あの狂戦士が着る鎧は、ダメージを吸収するらしいんだ…だから、限度を超えるダメージを与えるしか…」

カムロウ「でも、さっきやった同時攻撃でも、ビクともしなかったじゃないか!」

……ということは…!?

ルカ「そうか、攻撃が弾かれた!?」

ダメージが吸収されてしまったのだ。

つまり…

ルカ「威力が足りないっていうのか!?」

僕達、三位一体の攻撃。それでも壊せないということは…

ルカ「だめだ…僕達3人だけじゃ…」

ルカ「3人だけの力じゃあ…あの鎧を壊せない!!?__」

 



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第54話 たとえ弱くても、諦めない

__ルカ達が奮闘している間、ラクト達は…

残った亡者たちを倒していた。

襲ってくる亡者に塩を浴びせ、一体ずつ、確実に、慎重に。

あるいは、チリのハンマーで吹き飛ばしたり。

そうして、出来るだけルカ達に邪魔が行かないように。

黙々と、敵を倒していた。

チリ「ねぇ…」

その最中、チリが口を開いた。

ラクト「なんだってんだ、こんな時に。」

チリ「ルカ達、大丈夫だと思う?」

そう言われて、ラクトはルカ達の様子を視た。

ルカ達の顔には、苦痛の表情が浮かんでいた。

何度も狂戦士に向かっていくも、殴られ、蹴られ、吹き飛ばされている。

苦戦。劣勢。そんな感覚が、なんとなく伝わってきた。

ラクト「…とはいえだな。」

ラクトはやれやれというジェスチャーをした。

ラクト「俺たちは俺たちで、この亡者(ゾンビ)共をルカたちに近付けさせねぇようにしなくちゃならねぇんだぜ。それが、俺たちが一番役に立つことだ。」

ラクト「助けに行ったところで、足手まといになるのはごめんだぜ。」

実のところ、ラクトはまだ、自分の中に恐怖が残っているという自覚があった。

確かに、逃げる事は止めた。敵前逃亡を、自身の身の安全を優先するために、立ち向かうべきであろう壁から逃げ出すことは止めた。

しかし、今のラクトには、ルカ達のような、立ち向かう勇気が、未だ備わっていなかったのだ。

今、こうして足に意識を向けなければ、自然と震えだすに、ガクガクと震えるに決まっている。

正直言えば、逃げ出したい。

けど誓った、もう逃げない。

今逃げ出してしまうことは、ラクト自身の意地が許さなかった。

出来る事なら、ルカ達に協力したい気持ちはあった。

しかし、今ここで、チリと共にルカ達を助けに行ってしまえば、誰がこの亡者を相手するのだろうか。

数の不利を相手しながら強敵を倒すのは至難である。

今はこうして、亡者の相手をすることが、最善なのだ。

そう、ラクトは自分に思い聞かせた。

そして、それを忘れるためか、それとも気になっただけなのか、話の話題を変えた。

ラクト「そうだ。お前何か、回復魔法以外に魔法覚えてねぇのかぜ?」

チリ「えっ?」

ラクト「遠距離攻撃だよ。覚えてたら、ちったぁ楽できるだろ。」

そういえばこいつ、回復魔法以外の魔法を使ったところを、俺は見た事がない。

チリ「…ハンマー投げちゃ、ダメなの?」

ラクト「拾うのが大変だろうがっ!」

いや…ハンマー投げるよりも楽だと思うんだが……

ラクト「なんなら、この俺が教えてやろうか?」

チリ「結構です。」

ラクトはガクッと、姿勢を崩し損ねた。

絶対、覚えたほうが楽だと思うんだがなぁ……

その時であった。

二人は、ラクトとチリは、周囲の空気に妙な違和感を覚えた。

辺りを見渡すと__

 

ラクト「__な…!?」

倒したはずの亡者が、いつの間にか増えていたのだ。

数人しかいなかったはずの亡者が、数十人に。

いや…正確に言えば、()()()()

空を見上げると、無数の炎の玉が揺らめていていた。

それが降り注ぎ、弾けると、亡者が姿を現した。

チリ「これ…まずいんじゃ…?」

チリ「私達が倒したのが、呼び戻されてるってことだよね!?」

イズクが呼び出した亡者たちは、倒しても、完全に倒すことは出来ない。

時間が経てば、再び復活する。

そして今!時間切れ(タイムリミット)!!

すでに、再びこの場に呼び戻される時間になっていた!

ラクト「こいつはやべぇ!助けに行く前に、ここら一帯がまた亡者で埋まっちまうぞ!?」

では、再び倒せばいいだけの話だ。

そう思いながら、ラクトは持っていた塩の入った袋に手を突っ込む。

 

__スカッ。

 

ラクト「……は?」

再び、袋に手を突っ込む。

 

__スカッ…

 

ラクト「な……」

ラクト「なにぃぃぃぃぃ!?」

塩が入ってたはずの袋の中は、空であった。

つまり、これが意味することは。

ラクト「チリは!?まだ塩、持ってるか!?」

チリ「私もない!さっきので使い切ってた!!」

ラクト「どうして塩がもうねぇんだよぉぉぉ!!!」

塩の在庫切れであった。

いくら、村からかき集めた大量の塩であっても、底は尽きるものである。

チリ「ど、ど、どどどどどどど…」

チリ「どうするの!?どうすればいいの!?」

塩がなくて焦る間に、亡者たちは一歩ずつ、ゆっくりと、こちらに進行してきている。

チリ「私達は今、どうするべき!?」

ラクト「クソっ!なにか、なにかねぇのか!」

焦りながらも僅かな希望に賭け、ラクトは自分のカバンをひっくり返してバッサバッサと揺らす。

ラクト「残ってる塩は!?なんでもいい!なにか、なにかねぇのかよぉ!」

カバンからはこぼれ落ちるは…トンカチ、非常食、へそくりの入った袋、等々。

ボロボロと私物が落ちる中に、お目当てのモノ…塩はなかった。

知ってはいた。入ってるはずがないと。

そうであっても、僅かな希望にすがりつきたかった。

そのとき、塩ではない別のモノが眼に付いた。

それは、魔法信号筒と呼ばれるアイテムだった。

ハピネス村での一件、クイーンハーピーを倒した後にルカが使ったのと同じモノ。

渡された時の予備を、ラクトはいくつか持っていた。

ラクト「こ…これはっ!」

とっさに、地面に落ちた魔法信号筒を拾い、真上に投げた。

ラクト「そぉぉらあああぁ!!」

それは空中で弾け、色とりどりの光を生み出した!

…ただ、それだけ。

チリ「何したの!?」

ラクト「悪あがきだ!」

急いで、腰にあるホルスターから、自作の魔導銃を取り出し構えた。そして、魔導銃から魔法を乱射した。

炎、氷、風…何発もの魔法の弾丸を連発した。

それらが迫りくる亡者の大群に命中しても、倒れる亡者は一人もいなかった。

焼け石に水とは、このことを言うのだろうと、ラクトは感じた。

それでも……

ラクト「抗ってやる!最後の最後まで抗ってやる!!」

俺にはまだ、生きる理由が…!

ラクト「俺はこんな所で!死ぬわけにはいかねぇんだあああぁぁ!!!」

 

ラクト「そこで!今、この物語を読みに来ている、暇で暇で仕方の無い諸君!」

この後の展開を予想してみよう!

次の項目から、一つだけ選んで下さい。

①超ラッキー!すごいことが起きて助かる。

②魔法信号筒に気付いた誰かが駆け付け、亡者を一掃する。

③ルカ達が一旦引いて、助けに来てくれる。

④しかし、何も起こらなかった。

 

…とりあえず、この後考え得る出来事はまとめた。

__後は……

ラクト「チリ!岩飛ばせ!!何でもいい!!岩でも木でも土でも何でも!!!」

ラクト「とにかく攻撃の手を緩めるな!!!」

チリ「言われたからにはやるけど…打開できるの!?」

チリ「これじゃあ、もうどうしようもないでしょう!?」

そう言われても、ラクトは魔導銃を構えたまま、銃口を敵に向けたままの姿勢を続けていた。

 

ラクト「_だからやるんだよ。」

 

ラクト「悪あがきってのはさぁ。」

ラクト「もうどうしようも出来ない奴にしか出来ねぇ特権なんだよ!!!」

ラクト「強くなくても、生きるってのは誰にでも出来るんだからなぁ!!!」

__ルカのように、最後まで諦めない勇気を。

 

ラクト「__うおおおおおおお!!!」

ラクトは魔法の弾丸を連射した。

チリは近くの岩を、自慢の大きなハンマーで砕き、粉砕した岩石を飛ばした。

塩と違って、溶けるように倒せるわけではなかった。

一体を倒すのに、かなりの時間を有する。

脚を負傷させても這いずり、腕を負傷させても胴体を貫いても顔を狙っても、変わらず迫り来る。

それでも二人は、諦めなかった。

生きる事を、諦めなかった。

ただ、ひたすらに。がむしゃらに。必死に。

 

____しかし。

亡者の大群は、目前まで迫って来てしまった。

チリ「うっ…!」

もう、手を伸ばされたら届くほど。

そう思えるくらい、囲まれてしまった。

チリ「ダメだった…結局…」

チリ「無駄だったんだ……」

 

__悪あがきとは。

悪足掻きと書く。意味はいくつか存在する。

その意味の内、一つは、

どうしようもないという立場にありながら、しても効果のないことをあせってあれこれと必死に試し、なんとかしようと抵抗するさま。

である。

絶望的な状況を覆す行動を意味していない。

結局のところ、何をしても無意味なのだ。

ラクト「……最悪だぜ。」

ラクト「この後の展開は…」

ラクト「(しかし、何も起こらなかった。)……」

ラクト「結局、(しかし、何も起こらなかった。)ってのかよおおおぉぉぉ!!!」

亡者の大群は、二人に襲いかかった!!!

ラクト「うおああああああああ!!!」

チリ「うわああああああああ!!!」

 

 

 

死を覚悟した瞬間。

二人に飛び付こうとした亡者の頭に、一本の矢が突き刺さった。

チリ「えっ!?」

それだけでは終わらず、何十本もの矢の雨が、二人を避けるように降り注いだ!

ラクト「矢…!?狙撃か!?」

避けるように飛んで来たということは、ラクト達に対して敵意、攻撃する意図はない事を意味する。

つまり……

ラクト「誰かが、助けに来てくれたってことなのか!?」

矢が飛んでくる方向を辿る。

すると、村の門がであろう場所に、二人の人影が見えた。

その人物は…

 

リンドウ「そらそらそらそらぁ!」

弓を持ち、矢を放つカムロウの姉リンドウと。

白い牙のような大剣を片手で持つ男、カムロウの父ハーレーであった。

 

チリ「……もしかして…なんだけど……」

チリ「さっき、ラクトがやった事…魔法信号筒……」

チリ「アレに…気付いてくれたって…ことかな……?」

ラクト「は…はははは……」

ラクト「どうやら、そうみたいだな…はははは……」

さっきまで、死を覚悟していた二人は、生きた心地を感じてはいなかった。

未だに心臓が、バクンバクンと爆発しそうなほどの鼓動をあげていた。

それでも、実感できたことがある。

ルカのように、最後まで諦めない勇気というのは、必ず実を結ぶことがあると。

 

__悪足掻きには。

善し悪し含め、意味のある、評価できる理由が一つだけある。

 

決して、諦めない姿勢である。



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第55話 信じる事が救い

カムロウの父ハーレーは、片手で大剣の柄を握りしめた。

次第に、ハーレーの身体から風が吹き荒れる。

その風は大剣にも纏わり始め、輝き始める!

ハーレーは飛び掛かり、亡者の群れの真上から、嵐のような連続斬りを放った!

ハーレー「剛嵐重颪(ごうらんかさねおろし)!!!」

軽々と大剣を振り回すその姿は、嵐が人の姿となって現れたかのような光景だった。

一振りするだけで荒風が吹き、何体もの亡者が宙を舞う。

さらには、かまいたちが起きたかのように、周囲の亡者の身体にはいくつもの切り傷が付いた。

アッと言う間とはこのことだろう。

その出来事は一瞬で始まり、一瞬で終わったのだ。

亡者達は切り傷が致命傷となったのか、炎の球となり空に昇っていく。

中には宙に飛んでいる間に炎の球と化する者も。

この一瞬で、大群だったはずの亡者たちは粗方いなくなってしまった。

ハーレー「リンドウ、残ったのやっとけ。」

リンドウ「父さんってホンット、人使いが荒い!!」

カムロウの姉リンドウは不服そうにしながらも弓を構え、残った亡者たちの脳天めがけて矢を放ち始めた。

ハーレーは大剣を背中の鞘に納刀しながら、ラクトとチリの元に歩み寄った。

ラクト「え…えらい強さだな…」

ハーレー「これでも大分衰えたがな。だが若い頃より力は衰えても、戦い方は知っている。」

そう言いながら、ハーレーの顔は少し困惑した顔になった。

ハーレー「ところで、これは一体どういう状況なんだ?さっき花火のようなモノが空に上がったから、何事かと思って来てみれば……」

ハーレー「なんかよくわからん奴がたむろしていたからぶっ飛ばしたが、あれはあれでよかったのか?」

ラクト「あぁ、それはそれで良いんだ。助かったぜ。」

どうやら、先ほどラクトが投げた魔法信号筒に反応して来たらしい。

しかし状況の詳細については良く分かっていない様子だ。

ラクト「いやぁ…まぁ、ちょっとゴタゴダがあってな…」

ハーレー「…まぁいい。」

首を横に振ったあと、ハーレーは静かに辺りを見渡した。

ハーレー「……お前ら、他の奴らは?」

チリ「向こうの方で戦ってます。」

そう言われてハーレーは遠くにいるルカ達を見た。

ルカ、カムロウ、パヲラの三人は苦戦を強いられていながらも戦い続けていた。

着ている衣服はボロボロになりながらも。

ハーレー「そうか。なら、早く仲間のところに向かうんだな。」

そう言いながら、ハーレーはラクト達に背を向け、離れようとする。

ハーレー「このよくわからんこいつらの相手は俺がする。」

ラクト「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

ラクト「アイツらの助けは、アンタが行った方がよっぽど良いんじゃあねぇのか!?」

そう言った直後、歩み始めたハーレーは、強めの一歩を踏み終えた所で歩みを止めた。

ハーレー「…率直に言おう。」

そしてラクトの方に振り返った。

ハーレー「助けに行くべきはお前らだ。」

ラクト「えぇ!?」

チリ「えぇ!?」

ハーレー「今、お前らが行かないとなると…いつ行くつもりだ?そうやってまごまごしてると、この先、置いて行かれるぞ。」

ハーレー「特にあの…」

ルカの方を指差した。

ハーレー「勇者志望のアイツにな。」

ラクト「だ、だけどよぉ!!」

それでもまごまごするラクトやチリを前にしても、ハーレーは堂々たる姿勢を崩さずに、再びラクトの方を向いた。

ハーレー「そういや、お前は…」

ハーレー「カムロウをどうするつもりだ?」

ラクト「…!」

ラクトはハッ…と苦い顔をした。

ハーレー「お前はカムロウを信じるんじゃなかったのか?」

ハーレー「俺の前でお前は、絶対に死なせないと、言っていたが。」

ラクト「………」

ハーレー「どうなんだ?」

ラクトは、まずい…という顔をした。

そして数秒程度、沈黙のままだった。

その間は、灰色の雲に覆われた空と、吹くことを怠けた風によって、さらに長く感じた。

チリ「ハーレーさん。」

沈黙の間に、チリが割り込んだ。

チリ「どうして…助けに行かないんですか?」

ハーレー「それはお前たちがすべきことだ。」

ハーレーは即答した。

しかしチリはその解答に納得がいかないようだ。

チリ「ですから、ハーレーさん!」

チリ「どうして!?助けに行こうとしないんですか!?」

チリ「ラクトの言う通り、ここはあなたが助けに行く方が最善なはずですよ!?」

チリは焦るように、怒鳴りつけるように言い切った。

その顔には焦燥の色が見えていた。

ハーレー「………」

ハーレーは体の向きを、再びラクト達の方に向けた。

ハーレー「……もし、お前たちの仲間を助けに行ったら。」

ハーレー「カムロウはどう思う。」

ラクトとチリは、頭の上に?が出るような表情になった。

この人は何を言っているのだろう。

そんなこと、答えは決まっている__

チリ「それは…「助かった。」って言うはず__」

 

ハーレー「__いや、違うな。」

ハーレー「…「なぜ助けに来た。」と言うだろう。」

首を横に振り、ハーレーはそう言った。

ハーレー「反抗期なんだ…今のアイツは。」

ラクト「…はい?」

二人はますます混乱した。

何の話なのかと。

ハーレー「今のカムロウにとって、「俺が助けに来る」という行為は、「信じられていない」という認識になる。」

ハーレー「カムロウは、自分の意思で己が進むの道を決めた。」

ハーレー「俺はそれを認めた。」

ああ、そうか。分かったぞ。

この人は今、父親面をしているんだ。

だが…今じゃなくてもよくないか!?

ラクトはそう思った。

ラクト「カムロウのためを思って…あえて助けに行かないってか?」

ハーレー「あぁ、そうだ。」

ラクト「なんでだよ…!?」

チリ「だからって…!?」

焦っている素振りを見せていたチリは、その焦りをさらに加速させた。

チリ「あなたは…何とも思わないんですか!?」

チリ「助けに行かずに、見捨てるつもりですか!?」

チリ「それでも親なんですか!?あなたは!!!」

 

ハーレー「子を想わない【親】が、どこにいる!!!」

 

爆発したかのような怒号が爆風のように響いた。

ハーレー「子が危地に立たされているのにも関わらず、何も感じない奴など!そんなのは【親】ではない!!」

ハーレー「だが、【親】はいつまでもいるわけではない。限りある命の存在だ。この俺もテアラも、いつか朽ち果てる運命だ。」

ハーレー「だから子には!己の道を!!己自身の力で!!!死を乗り越えなければならない!!!」

ハーレー「死をも乗り超える力…それは、生きようとする意志だ!その力を、自分の手で積み上げなければならない!」

ハーレー「そのために俺たち【親】が成すべきこと…それは!」

 

ハーレー「【次世代へ託す】という【意思】だ!!!」

 

ハーレー「子が次の時代を生きるために!!」

ハーレー「それが【親】だ!!!」

チリとラクトは、呆然と、その言葉を聞いていた。

ラクトは、思うところがあるのか、真っすぐな眼差しで聞いていた。

ハーレー「【信じる事】が、【救い】だ!!!」

ハーレー「【信念】こそ【力】だ!!【信念】が【力】を生む!!!」

ハーレー「信念が力を生むならば!信じる事を止めたら!!力は歪む!!!」

そう言い切ったあと、ハーレーは少しだけ息切れを起こした。

ハーレー「俺は出来る限りの事をした…俺の技術も教えた。」

ハーレー「後はカムロウが、その先を乗り越えるかどうかだ!!!」

圧倒された。

この人は、自分が出来ることをしていたのだと。

ハーレー「今、乗り超えてもらわないと、俺も困る。」

ハーレー「俺の息子なら乗り越えるはずだ。」

 

ハーレー「だが……」

 

ハーレー「そのためには…お前たちの力も必要だ。」

ハーレー「信頼できる【仲間】の存在が。」

ラクト「………」

少し間を置いて、呼吸を整えたハーレーは、話を続けた。

ハーレー「古龍族というのは……」

ハーレー「誰かと巡り合うのを宿命づけられているかも知れないな…」

ハーレー「この俺も、テアラも…そうだった。」

 

ラクト「………」

チリ「………」

再び、沈黙の間が生まれた。

…いや、言う言葉が出てこないと表現した方が正しいだろう。

反論だとか、そんなことをする必要がないほどに。

そうして二人は喋らずにいると、ハーレーはラクトの方に向き直った。

ハーレー「あぁ、そうだ。お前。」

ラクト「ん?」

ハーレー「確か…ラクトとか言ったな。」

ラクト「アンタ、名前覚えれる人間なんだな。」

チリ「無礼!」

チリは大きなハンマーでラクトをポコッと軽く叩いた。

それを気にせずハーレーは話を続ける。

ハーレー「お前は、カムロウと出会い、何を想う。」

ラクトは考え込むように顔を俯いた。

 

そして、その姿勢のまま、ポツリと話し始めた。

ラクト「俺……最初はなぁ。」

ラクト「カムロウの奴を、利用しようとしたんだ。」

ラクト「俺よりも戦えそうだから、代わりに戦わせて、金儲けしようってな。」

溜め息を吐き、呆れたようにやれやれと両手を軽く上げる。

ラクト「そしたら、どうよ。」

ラクト「なんか…気付いたら、ルカとかに出会ってさ、なんかすごい事になりそうな旅に巻き込まれちまってよぉ…最悪だぜ。」

ラクト「いや、俺はここで退いても良いんだぜ?だけどさ。ここで退くとさ…アイツ(カムロウ)はどう思うんだろうなって考えたら…」

ラクト「……いや。」

その瞬間、ラクトの脳裏には、ルカやアリス、パヲラにチリ、ジョージにマモルといった、様々な人物の面影が映った。

ラクト「それだけじゃあねぇ。他の奴らもどう思うって考えたら……」

ラクト「退くわけにはいかねぇって思って………」

己の惨めさ故の悔しさか、それともただ腹が立っただけなのか、ラクトは両手を強く握りしめた。

ラクト「だから…アイツ(カムロウ)を見てさ…なんていうのかな…」

ラクト「俺も変わらねぇと、追い付けない気がした!」

ラクト「弱虫だの、へっぴり腰だの、臆病者だのと。」

ラクト「そんな風に言われることは、人間として、【死ぬことよりも不名誉な恥】なんだってな!」

 

ラクト「俺だって、逃げてばっかりの人生なんてまっぴらだ!!」

 

ラクトは覚悟の眼差しで、ハーレーの方に向き合った!

ラクト「良いか!!アイツ(カムロウ)が必要としている仲間ってのは、この俺様もそうなんだぜ!」

ラクト「俺様の名はコトラス・ラクト!!!」

ラクト「この名は!この世で最も偉大な人が名付けてくれた最高の名前だ!!!」

ラクト「そして!カムロウの相棒の名前だ!!!」

ラクト「たとえアイツが人間じゃなくても!死んでもくっついて離れねぇよぉ!」

ラクト「良く覚えておくんだなぁ!!!」

それは、ラクト渾身の、本心の決意の宣言である。

その宣言を聞いたハーレーは、ニヤリと微笑んだ。期待通りと言わんばかりの反応をした。

ハーレー「どうやら、その場限りの嘘じゃなかったようだな。」

ラクト「あったりめぇよ!この俺様を無礼(ナメ)てもらっちゃあ困るぜ!」

ハーレー「…そうか。」

するとハーレーは、ラクトとチリに背を向いた。

ハーレー「行け。ここは俺と、リンドウが引き受ける。」

背中の鞘に納刀された大剣を片手で引き抜き、これから戦に身を投じようとするかのように構えた。

 

__そして駆け出す瞬間、ハーレーはふと呟いた。

ハーレー「___カムロウは、お前たちに任せる。」

 

そう言い残し、ハーレーは吹き去る突風のように、戦場に去って行った。

ラクト「…!!!」

ラクト「そう言われちゃあ!しょうがねえなぁ!!任せてくれよ!!!」

真っ赤なマフラーを巻き直し、ラクトはハーレーとは正反対の方向に走り始めた!

ラクト「ほら行くぞチリ!」

チリ「い、行くって!?」

ラクト「俺たちも加勢して、早くこのめんどくさい仕事を終わらせてやるんだよ!」

その行き先は、ルカ達がいる方向だった__

 

 

 

 

 



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第56話 決死の総攻撃

ルカ「__や…やっぱりだめだぁぁ!僕達三人だけの攻撃じゃあ!!まるっきり威力が足りないんだぁぁぁ!!!」

カムロウ「そんな事言ったって!どうしろって言うんだぁぁぁ!!!」

そう叫びながら、二人は狂戦士の強力な攻撃によって吹き飛んでいた。

ルカ達は、攻撃を仕掛けては、反撃を食らって吹き飛ばされるの繰り返しをしていた。

速い速度で宙を舞う二人を、パヲラは衝撃で押されながらも受け止めた。

カムロウ「どうなってんだよ!何回やってもダメじゃないか!」

ルカ「そんな事言われたって、僕が知るよしもないだろ!」

カムロウ「なんだってぇ!?」

ルカ「なんだよ!」

互いに睨み合う二人を、パヲラは首の襟を掴んで止めた。

パヲラ「喧嘩するなら後にしなさい。今それどころじゃないでしょ。」

首の襟を掴まれわちゃわちゃする二人をよそに、パヲラは狂戦士を注視して思考を張り巡らせていた。

パヲラ「うーん……」

目を凝らして注目したのは狂戦士の鎧である。

狂戦士の身体は、死人の身体ではあるが肉体は鍛え抜かれた体つきをしており、とくに特徴的な要素や特別な力を持っているようには見えなかった。

そうなると、何か変則的な要素を含んでいるのは鎧しかないと考えた。

数秒ほど注視して、パヲラは一つの仮説に至った。

パヲラ「あの鎧…魔鉄製だと思うわ。ただの鉄の鎧にしては硬すぎるのよ。」

ルカ「魔鉄だって?」

説明しよう。

魔鉄というのは、魔力の濃い環境によって変質した鉄鉱石や、製錬途中に大量の魔力を注ぎ込むことで生まれる、魔力を帯びた鉄なのである!

魔法金属に分類される。

こうして生まれた魔鉄は、鉄以上の硬度を持つのだ!

ルカ「エンチャントに加えて魔鉄製か…厄介だな…」

カムロウ「けど、一方的に劣勢ってわけでもないみたいだ。」

パヲラ「さっすがカムロウちゃん、良く気が付いたわね。」

ルカ「? どういうことだ?」

パヲラ「良く見て。」

パヲラは狂戦士を指差しながらそう言った。

それに誘導されるように、ルカは狂戦士の方を見た。

良く見ると、狂戦士は肩で息をしていた。

疲れの色ってやつだ。

いくら手慣れの戦士であっても、その体力にも限りがある。

ルカ「そうか…勝機はまだある!」

こうなってくると耐久勝負か何かに思えてくるが…

狂戦士のスタミナが無くなるか、僕達が力尽きるかのどっちかだ。

それでも、まだ勝てる見込みがあるのが分かっただけで、闘志が!気力が!ぐんぐん沸いてきた!

パヲラ「お二人ちゃん、まだやれる?」

カムロウ「やれる!」

ルカ「ああ!」

パヲラは拳を構え、カムロウは大剣を両手で持ち、ルカは剣を握り締めた!

ルカ「真の勇者は…絶対に最後まで諦めたりしない!!!」

ルカ「行くぞ!二人共!!」

「「おおっ!!!」」」

3人は覚悟を決め、再び攻撃を仕掛けようとした__

 

 

その時であった。

不意に、狂戦士の顔面に、筒状の物体が飛んできた!

ほんの一瞬、その場にいる全員の頭上に「?」が浮かんだ。

筒状の物体は急に弾け、色とりどりの光を生み出した!

目くらましを食らった狂戦士は、顔を手で抑えて身悶えだした!

その特徴からすぐに分かった。あの筒は…

ルカ「魔法信号筒!?一体、誰が…」

 

???「この俺がぶん投げてやったのさ。」

声がする方を向くと、そこには何本かの魔法信号を手に持ったラクトと遅れてこちらに駆け寄るチリがいた!

ラクト「魔法信号筒を使用する時は、危険だから人に向けちゃダメって話だけどよぉ。」

ラクト「人じゃなけりゃあ、問題ねぇよなぁ?」

チリ「みんな大丈夫!?すぐ回復させるから!」

チリはルカ達に近寄り、回復魔法で治癒を始めた。

ルカ「二人共…あっちは大丈夫なのか?」

ラクト「ああ、心配ねぇ。」

ラクトは胸を張り、カムロウの方を向いて笑みを浮かべた。

ラクト「お前の親父と姉チャンが、一躍買ってくれるってよ。」

カムロウ「(父さんが……)」

カムロウは遠くの方に目を向けた。

姿こそ見えないが、嵐のような風が吹き荒れているのが見えた。

それを見たカムロウは、感慨深いモノを感じたようだった。

ラクト「それで?どういう状況なんだ?なんでお前らは四苦八苦してんだ?」

パヲラ「アイツの鎧が厄介なのよ。魔鉄製の硬い鎧に加えて、衝撃吸収のエンチャントがあるみたいなの。」

ラクト「ワーオ、厄介極まりねぇなぁ。」

チリ「どうやって倒すの?」

ルカ「あの鎧を壊してアイツにダメージを与えるには、あの鎧を壊せるほどのダメージを与えるしかないんだ。」

カムロウ「だから、みんなで同時に攻撃を…」

ラクト「いや…」

僕達の案を止めるかのように、ラクトは首を横に振った。

ラクト「お前らは鎧を破壊するんじゃなくて、アイツをぶっ叩くことだけを考えろ!」

カムロウ「えぇ!?なんでぇ!?」

カムロウは不満そうに発言した。

しかし、ラクトは彼なりの考えがあったようだ。

ラクト「アイツは生前、手慣れの戦士だったはずだ。鎧を壊したとしても、怯まずにカウンターを仕掛けるとハズ…」

ルカ「そうか…それは確かにそうだな……」

確かにそうだ。盲点だと感じた。

狂戦士を倒すことは、鎧を壊すことではない。

鎧を壊した後に、狂戦士にダメージを与えることだ。

ラクト「そこで俺に考えがある!」

彼はドヤ顔でそう言った。

パヲラ「考えぇ?ちゃんとした策なんでしょうねぇ??」

ラクト「お前ぶっ飛ばすぞこの野郎。」

ラクトは腰に携帯してあった魔導銃を、片手でクルクルと回しながら取り出し、胸の前で構えた。

ラクト「いいか?俺には、ありったけの()()()()()()()魔導砲(まどうほう)」っていう奥の手がある!」

カムロウ「魔導砲(まどうほう)…?!」

ルカ「なんだって……!?」

パヲラ「確かそれ、試し撃ちしている時に閃いた即興モノじゃなかったっけ?ドコが奥の手よ。」

ラクト「てめぇマジでぶっ飛ばすぞ。」

なんか所々茶番があった気がするが無視しよう。

カムロウ「その奥の手で壊せるのか!?」

ラクト「分からねぇ。俺も使うのは初めてだし、壊せるほどの威力なのかどうかすらも…」

ラクト「だが、かなりの火力が出せるってことは確かだぜ!」

魔導砲(まどうほう)…かなりポテンシャル(可能性)を秘めているようだ。

ラクト「あとだな……」

まだ話は終わってないようだ。

ラクト「今の俺が、魔導砲(まどうほう)を使えるのは一度だけだ。」

チリ「一度だけ!? なんで…?」

ラクト「消費が激しいんだよ。一回使えば、俺の魔力はもうすっからかんよ。」

ラクト「そうなると俺は、この戦闘じゃあもう魔法を使えなくなる。リタイアだ。その後は、お前らに任せることになっちまう。」

 

パヲラ「うーーん……一度だけ………」

その言葉を聞いて、パヲラは腕を組んで不安の表情を強めた。

ラクト「なんだよ、不安か?」

パヲラ「そりゃそうよ。」

パヲラ「その魔導砲(まどうほう)だけじゃ、ちょっと不安よねぇ!」

すると、パヲラは服を脱ぎ始めた。

ルカ「(何でこの人は服脱ぎ始めたんだ?)」

チリ「えっ、ちょっ、ちょっと、何してるんですか?」

パヲラは服の下に、鎖かたびらを着ている。防御、肉体負荷トレーニングも兼ねているようだ。

なので、脱ぎ捨てられた服はズシン、かなり重いような挙動をして地面に落ちた。

それらを脱いだパヲラは上半身裸になった………と思いきや、なぜかピンクのブラジャーだけ脱いでいなかった。

ルカ「(何でこの人はブラジャーを付けているんだ?)」

身軽になったのか肩を回し、深呼吸した後にパヲラは一言叫んだ。

パヲラ「ちょっと本気出しチャオッ☆!」

カムロウ「えぇ!?」

すると、全身に…いや、身体中の筋肉という筋肉に力を込め始めた!

カムロウ「パヲラさん…いままで、本気じゃなかったんですか!?」

パヲラ「最初から本気出しても、無駄に体力を消耗するだけよん。」

パヲラ「誰かさんが全力を出すつもりなら、あたしも出さないと負けた気がしてねぇ!」

実際、パヲラの身体というのは、豪傑やマッチョのような、ムキムキの筋肉ボディのような身体ではなく、二の腕、太ももといった箇所はモチモチのプルプルである。

しかし、その柔らかな体が!

パヲラの意思に呼応するかのように!!

固い筋肉の塊と化していくのである!!!

しかも、ただのマッスルボディではない。

それは徐々に、ゆっくりと、空気を入れられ、膨らんでいく風船のように。

首、腕、肩、背中、上半身の筋肉が膨張しているのである!!!

パヲラ「この筋肉を見よ!!!」

それはもはや、パンプアップの域を超えた筋肉膨張。

個々がはっきりと分かる筋肉の塊、見事な逆三角形、純粋な攻撃力に、パワーに特化した人間の身体である。

パヲラ「んー素晴らしいっ!!!」

ルカ「いや、ブラ外せよ。」

ラクト「俺もそう思う。」

渋々とブラジャーのホックを外しながら、パヲラは話を続けた。

パヲラ「アンタ(ラクト)魔導砲(まどうほう)に合わせて、アタシも奥の手を仕掛けようかしらねぇ。やるのなら、徹底的によん!」

 

ラクトに加えて、パヲラも本気を出すようだ。

今この場で、これほど心強いことがほかにあるだろうか。

さっきまで劣勢だったはずだが、今の僕は希望の光が照らされたような気分だ。

そうしている間に、チリはカムロウの傷の回復を終えたようだ。

チリ「治療完了!後、何かやってないことある?」

ラクト「あぁ、忘れてた。」

ラクト「ブレイズアップ(攻撃力強化魔法)!」

ラクトは魔力を込めた指先で宙にルーン文字を描き、それを両手で叩き、魔力を弾けさせた!

ルカ、カムロウ、パヲラの攻撃力が上がった!

カムロウ「うん?」

ルカ「なんだこれ?」

自分の両手を見ると、淡い光が纏っていた。

パヲラ「元はエンチャントに使われる魔法ね。けど、永続はしないわ。一時的な間だけ攻撃力を上げるだけよん。」

チリ「そんな魔法も覚えてるの…?」

カムロウ「スゴイなぁ、ラクトは!」

ラクト「ま、俺様ならってトコよな!はははっ!」

ラクト「どうよ勇者サマ。俺だってやる時はやるんだぜ?」

ルカ「……あぁ。お前はやる時はやる奴なんだな。」

心強い。本当に心強い。

これで準備は整った。

後は___

 

 

__遠くからドスンと足音がした。

どうやら狂戦士は、視界が戻ったらしい。

ルカ「来るか…!」

パヲラ「なにもアタシたちから出向く必要はないわん。」

ラクト「来いよ!手厚く歓迎してやるよぉ!!」

狂戦士は目標を定めるとすぐに、こっちに向かって走り出した!

ルカ「みんな!迎撃態勢だ!ラクトとパヲラは前に!チリとカムロウは僕と一緒に後衛に!」

カムロウ「分かった!」

チリ「後ろね!」

ルカ「頼んだぞ!二人共!」

ラクト「なんだぁ?お前(パヲラ)と同時攻撃…ってやつかぁ?」

パヲラ「そうよ、合わせなさい。」

ラクト「お前が合わせんだよぉ!!」

そう言いながら、ラクトは銃を構え、パヲラは拳を構えた!

 

パヲラ「先、行くわよ!」

ラクト「おう!行って来い!」

パヲラはしゃがみ、クラウチングスタートの姿勢をした後、爆発するかのように駆け出して行った!

ラクトは銃を前に構え、照準がパヲラに被らないように、狂戦士に合わせた!

駆け出したパヲラと、こちらに向かって来る狂戦士との距離はどんどん縮まっていく。

互いの距離が目前になった時、先に仕掛けたのは狂戦士だった!

狂戦士は右腕の豪腕を鳴らし、右ストレートのパンチを放ってきた!!!

 

 

__ミス!パヲラは攻撃を避けた!

パヲラはその右腕を、目と鼻の先と言える距離で華麗にいなして避けた!

そして、パワーに特化したその身体を!全身の筋肉に、全身全霊の攻撃を放つために!!両腕に力を込めた!!!

パヲラ「__双膨亟腕(そうぼうじょうわん)…」

パヲラ「___弐闘撃(にとうげき)!!!」

パヲラは両腕の拳で、怒涛の連撃を放った!!!

連撃は、狂戦士の胸、腹部の辺りに向かって放たれた!

その衝撃を例えるなら、高い滝から流れ落ちる水流が、腹部に向かって落ちてきているかのような衝撃とドドドドドという音をしていた!!!

その攻撃を受けた狂戦士は、強烈な衝撃にどうすることも出来ないのか、反撃する瞬間が見当たらないのか、成す術なく食らっていた。

その間を、ラクトは逃さなかった!

ラクト「行くぜぇ!食らいなぁ!!」

構えた魔導銃の先端から、バチバチと稲妻が走る!

ラクト「__魔導砲(まどうほう)!!!」

ラクトは魔力の光線を放った!

ブォォォン…!という衝撃音と共に、ラクトは反動に耐えながらも後ろにのけぞった。

魔導銃から放たれたのは、とても大きな青白い光線。

直線状でパヲラが当たらない位置から真っすぐ放たれた!

それは狂戦士に直撃し、パヲラの連撃と共に継続してダメージを与えた!

ラクト「うおおおおおおお!!!」

パヲラ「ぬおおおおおおお!!!」

 

カムロウ「チリ、今がチャンスだ!」

後衛にいた三人は攻撃に入る機会をうかがっていた。

それは、チリのハンマーでルカとカムロウを飛ばし、上空から攻撃を仕掛けるという方法だった!

既にチリの持つ巨大なハンマーの上に、ルカとカムロウは待機していた。

ルカ「今更言うのもなんだけど…本当に僕達二人を飛ばせれるか!?大丈夫なのか!?」

チリ「何言ってんの!」

チリ「これが今の私に出来る事なんだから、やらせてよねっ!」

チリはハンマーを両手で持ち、両足で踏ん張り、ハンマーを持ち上げた!

チリ「行くよ!二人共!」

カムロウ「あぁ!」

ルカ「頼む!」

チリ「投撃(カタパルト)!!射出!!!」

そして二人を、空高く打ち飛ばした!

カムロウ「これで終わりだああああ!!!」

ルカ「これで終わりだああああ!!!」

二人は剣を構え、上空から同時攻撃を仕掛けた!

疾風の飛蝗(バッタ)(そら)を翔ける!

カムロウ「天翔風蝗斬(てんしょうふうこうざん)!!!」

ルカは空高い場所から脳天めがけて強烈な一撃を放った!

ルカ「天魔頭蓋斬!!!」

 

ダ ブ ル ス ラ ッ シ ュ ! ! !

 

 

パヲラの「双膨亟腕(そうぼうじょうわん)弐闘撃(にとうげき)

ラクトの「魔導砲(まどうほう)

カムロウの「天翔風蝗斬(てんしょうふうこうざん)

ルカの「天魔頭蓋斬」

4つの攻撃が今、同時に合わさる!!!

 

 

 

 

 

 

ルカとカムロウの斬撃が、狂戦士の鎧に当たった瞬間…

小さなヒビが入った。

それは次第に、広がり、大きく走っていき…

 

 

 

 

 

バ ッ ッ キ ィ ィ ィ ィ ィ ン ! ! !

 

 

…と、確かな音だけが響いた。

その音はまさしく、いままで破れやしなかった、狂戦士の鎧が砕けた音だった!!!

 

ルカ「(やった…………!!!)」

一瞬、一秒も満たない間でルカは思った。

しかし、その安泰はすぐに覆された!

スローモーションに動いて見える中で、ルカは、狂戦士はまだ倒せていないことに気が付いた。

その狂戦士の眼はまだ、闘志の眼に燃えていたのだ!

ラクトの言う通りだった。

まだ鎧を壊しただけで、撃破に至っていないのだ。

致命傷を与えたわけではない。

奴はこのまま攻撃を仕掛けてくるはず………

カウンターをしてくるはず………

 

ならばどうするか。

答えは一つだ。

 

 

ルカ「ダメ押しだああああああ!!!」

その一瞬の判断から生まれた号令に、

仲 間 た ち は 呼 応 し た ! ! !

 

 

チリ「天誅(てんちゅう)…」

チリはハンマを横に構え、振り回し投げた!!!

チリ「花散(はなちらし)!!!」

チリの巨大なハンマーが、横に回転しながら投げ飛ばされた!!!

 

ラクト「(魔導砲(まどうほう)…ぶっつけ本番で撃ったはいいが、予想以上のすんげぇ威力だ…!このまま撃ち続けると魔導銃のリアクターがイカれちまいそうだ…!!)」

ラクト「(だけど……!!!)」

ラクト「男には引けねぇ時があんだよぉぉぉ!!!」

ラクトは魔導砲(まどうほう)を撃ち続けた!!!

 

カムロウ「SEEYAAAAAAAA(セイヤアアアアアア)!!!」

カムロウは着地した瞬間に飛び上がり、大剣を上段に構え、袈裟斬りを放った!!!

 

パヲラ「ぬうううぅぅぅん!!!」

パヲラは右手を握り締め、渾身の一撃を放った!!!

 

ルカ「いっっっけえええぇぇぇぇぇ!!!」

ルカは全身全霊を込めた突きを放った!!!

 

 

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」

 

 

会 心 の 一 撃 ! ! ! ! !(クリティカルヒット!!!!!)

 

 

 

 

 

僕達の総攻撃を食らった狂戦士は、静止画のように止まったままだった。

その間は、とても長く感じた。実際は、3秒ぐらいしか経ってないはずなのに。

今の狂戦士は、死体同然。血が流れるわけではない。

しかし、その身体に変化があった。

身体のあちこちから、煙のような光が次々と、勢い良く噴き出し始めた!

そしてその身体は光に包まれ………

大きな青い炎の塊となって空に昇っていった。

 

沸騰する血の狂戦士を撃破した!!!

 

ルカ「や………やった…………」

ルカ「今度こそ、倒せたぞ…僕達の手で!!!」

僕は感動で震えが止まらなかった。

強敵を倒せたという喜び、興奮、身体の奥から、芯から溢れんばかりの感情を処理しきれない。

ラクト「ぜぇ…ぜぇ…もう…全部出しきった……」

ラクトは尻餅をついてガックリと脱力した。

これでラクトの残存魔力は0だ。

そんな僕達の近くで、パヲラ、カムロウ、チリは万歳をしていた。

パヲラの身体の筋肉はすでにしぼみ、元の身体に戻っていた。

パヲラ「はーい、バンザ~イ!」

カムロウ「ばんざ~い!」

チリ「バンザ~イ!」

三人は歓喜の声を上げていた。

間違いない。

勝った。

間違いなく、勝ったのは僕達だ!!!

 

__そんな中、ルカの脳裏に一瞬、忘れていた事がよぎった!

ジョージとマモルの事だった。

彼らは因縁の、友人の仇と戦っているはずだ。

今、どうしているのだろうか?

ルカ「そうだ……ジョージさんとマモルさんは____」

__そう言おうとした直後だった。

 

ド ッ ゴ オ オ オ ォ ォ ォ ン

爆発するかのような地響き、強風、衝撃が伝わってきた。

その衝撃は、彼ら(ジョージ・マモル)が落ちて行った谷底から伝わってきていた!

それと同時に、空の暗雲が一層暗くなった!

カムロウ「うわぁ!?」

ラクト「へぁ!?な、なんだぁ!?」

さっきまでの歓喜の声が、嘘かのように一瞬にして去った。

たった一つの予想外(イレギュラー)によって!

パヲラ「考えられるとしたら…」

チリ「まさか、二人に何かあったんじゃ…!?」

ルカ「…行ってみよう!!」

尻餅をついていたラクトは急いで立ち上がり、僕達は谷底の方に向かった。

 

 

___空は暗雲、それもかなり分厚く、もはや陽の光も届かない。

風は止まり、吹きすらしない。

ここにあるのは、怪しく、重々しい空気のみ。

そして僕達は、ジョージとマモルが落ちて行った谷底の崖に着いた。

そこにいたのは……

力無く地面に倒れこむジョージとマモルがいた!

そして相対していたのは……

怪物。その言葉がとても当てはまる存在だった。

上半身は裸だったが、右腕は身体に釣り合わないほど大きく変形し、左右対称とは言えないほどだった。

右目は大きく開き、ギョロリと眼球を動かしていた。

さらに肌は青黒く変色している。

ルカ「な…なんだ!?アイツは!?」

なんだあのバケモノは…!?

アイツもイズクの持つ反魂鏡で呼び出された亡者なのか!?

だとしたら…イズクはどこに?

ジョージとマモルが戦っていたあの宿敵はどこに?

姿は見えない。またしても、逃がしてしまったのか!?

ルカ「イズクは逃げたか!?」

パヲラ「いや…あの怪物の、右の手の甲を見て。」

その右の手の甲には、鏡が埋まるように浮き出ていた。

くっつくというよりは、身体の一部になったと言うべきか。

そんな風に、浮き出ていた。

…ということは。

ルカ「鏡ってことは…アイツがイズクなのか!?」

カムロウ「なんで右腕があるんだ!?」

おかしい、確かにヤツと対峙した時、右腕なんてなかったし、右目だってなかったはずだ!

…何があった?

僕達が戦っていた間に、何があったっていうんだ!?



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第57話 地返反魂の秘術

__時は少し前まで遡る。

ジョージとマモルが、イズクと共に谷底に落ちたところから、時は刻刻と動く。

 

暗雲立ち込める中、細かい砂利が敷き詰められた谷底でジョージ達は、マモルの巨人のような式神大太法師(デイタラボッチ)に乗り、イズクが乗る亡霊のような巨人邪魅(ジャミ)と相対していた。

互いに一進一退、激しい攻防が続いていた。

邪魅(ジャミ)が、その左右の大きな腕を振るって、何度も式神大太法師(デイタラボッチ)に攻撃を仕掛ける。

それを式神大太法師(デイタラボッチ)は両腕で防御(ガード)し、隙を見つけては反撃する。

優勢という名のチケットは、両者の手で右往左往していた。

イズク「随分、足掻くなぁ!?」

邪魅(ジャミ)は近くの崖に手を突っ込み、岩石を放り投げた!

ジョージ「それもそうだ!」

マモル「アッシらはよぉ…お前をブッ殺すためにぃ……」

式神大太法師(デイタラボッチ)はそれを手刀で粉砕した!

マモル「この時まで生き延びてきたんだぁ!!!」

イズク「ほざけぇ!!!」

邪魅(ジャミ)大太法師(デイタラボッチ)の腹部に向かって貫手を放った!

邪魅(ジャミ)の手が大太法師(デイタラボッチ)の腹部を貫いた!

…かに見えた!

その時、マモルたちは大太法師(デイタラボッチ)の肩から飛び上がった!

マモル「思業式神(しぎょうしきがみ)(ぬえ)!!!」

大太法師(デイタラボッチ)の身体がドロドロに溶け、元のマモルの影に戻ると、再び形を変え始めた!

赤い眼が光る猿の頭、強靭な虎の四肢、丸く、大木のように太い狸の胴体、尾からは長い蛇が生えている。

それはまさしく、空想上の生物と伝えられる怪物、(ぬえ)のような姿だった!

ジョージたちはその四足で駆ける式神(ぬえ)の背に乗り、貫手をしたままの邪魅(ジャミ)の腕を伝り、走り渡る。

イズク「まだ足掻くかぁ!?」

イズクは懐から手鏡、反魂鏡を取り出し左手で持った。

それを棒を振るうように振り回すと、そこから無数の衝撃波を撃ち始めた!

それを式神(ぬえ)は素早い身のこなしで次々と回避していく。

マモル「電塊弾(でんかいだん)!」

式神(ぬえ)は口を大きく開け、電気の塊を吐き飛ばした!

イズクは手鏡を空高く掲げると、鏡から赤黒いオーラが漏れ始めた!

するとそこから、赤黒い衝撃波が放たれ、電気の塊と相殺した!

その最中でも、式神(ぬえ)は駆けることを止めず、イズクに向かって一直線に走っていく。

…も。

途中で何かにぶつかり、弾き飛ばされた!

邪魅(ジャミ)のもう片方の手が、ジョージ達を殴り飛ばしたのだ。

それでもジョージ達は空中で体勢を整え、式神(ぬえ)に再び乗り、地面に着地した!

イズク「全く、良ぉ粘るよなぁ!てめぇらはぁ!」

イズク「どうしてそこまで執着できるか、俺から聞きてぇくらいになぁ!」

マモル「こちとら聞きてぇ事が山ほどあんだよ…!」

ジョージ「なぜ、貴様は…自分と同じ沼守の一族を……!!」

二人は、怒りに満ちた顔で叫んだ。

 

「「なぜ、ショウトを殺した!!!」」

 

イズク「殺したぁ?」

左手で聞き耳を立て、小馬鹿にしたような反応をした。

イズク「…クックックッ。」

イズク「……フッフッフッフッ…」

イズク「フフフ……ッハッハッハッハァァァ!!!」

肺の中の空気が全部無くなるほどに、イズクは笑い飛ばした。

イズク「人聞きが悪ぃなぁ。殺したんじゃねぇよぉ。」

ジョージ「では、何だと言うのだ!!!」

マモル「殺したことは変わりねぇのに…見苦しい言い訳かぁ!?」

 

イズク「【大義】だよぉ……!!!」

 

「「【大義】…!?」

 

イズク「そうさぁ!沼守の連中ってのは前から可笑しかったんだよなぁ…その気になれば魔物の連中でさえイチコロなのによぉ!バカな奴らだよなぁ?」

イズク「力があるのに、なぜ使わない!?だから、この俺が!この力で世界を変える!!この力はあの能無し共になんざ相応しくねぇ!!!」

イズク「誰しも羨ましがる、輝かしい【大義】を!この俺が成すんだよぉ!!!」

イズク「不老不死の身体で世界統一という…【大義】をなぁ!」

イズク「成せば、俺の名は世に知れ渡り…俺の力に、世の人間共は俺の為に(こうべ)を垂れる!」

イズク「不老不死の身体なら魔物共なんざ虫けら同然!この俺を脅かす存在なんざ存在しねぇ!魔物も!俺に(あだ)なす愚か者も!!全員(なぶ)り殺しさぁ!!!」

イズク「あのバカ共はそのための犠牲だったっツーわけよぉ?」

イズクはそう言い終えると、ケタケタと笑った。

しかしその答えは、その信念は、ジョージとマモルにとっては、怒りという名の火に油を注ぐも同然の答えだった。

マモル「その【大義】とやらのために…」

マモル「アッシらの友が…ショウトが死ぬ必要があっただってぇ…!?」

段々と、わなわなと、マモルは片手で持った錫杖(しゃくじょう)を強く握りしめた。

マモル「馬鹿げた事を抜かすんじゃねぇよォォォ!!!」

マモルはイズクに向かって、鉄砲式神陣(てっぽうしきかみじん)を展開した!

数十枚の紙の式神は体を細く丸め、鉄砲の弾のように発射された!

イズク「いちいちうるせぇんだよてめぇはァァァ!!!」

イズクは再び手鏡を空高く掲げると、今度は鏡から赤黒い光線が放たれた!

それをジョージは、刀を両手で支え、刀身部分に当たるように構えた!

イズク「(避けねぇ?何のつもりだぁ?)」

赤黒い光線はジョージの持つ刀に命中した!

すると、光線は反射したのだ!

ジョージは刀をゆっくり動かし、反射した光線が邪魅(ジャミ)の両足に当たるように動かした!

イズク「おおぉっ!?」

イズク「(やべぇ!邪魅(ジャミ)が倒れる!!)」

イズクは咄嗟に、邪魅(ジャミ)の肩から飛び上がって離脱した。

両足を光線で焼かれた邪魅(ジャミ)は体勢を崩し、その巨大な身体はうつ伏せになるよう倒れ込んだ。

倒れた衝撃で、広範囲に衝撃が流れ、土埃が舞った__

 

__空高く土埃が舞う中で、地面に着地したイズクは、式神(ぬえ)から降りていたジョージと互いに向き合っていた。

イズク「やるじゃねぇかぁ?まだ生傷癒えてないはずの身体で。褒めてやるよ。」

ジョージ「イズク…」

イズク「んん?」

ジョージ「貴様が()()を【大義】と言うのならば………!」

友の形見である刀を右手で持ち、イズクに突き付けた!

ジョージ「友より託されし、【魂】で貴様を討つ!!」

右腕が赤黒く滲み、血管が太く浮かび、いたる箇所から赤黒い蒸気が噴き出した!

ジョージは禍津(マガツ)を発動させた!

ジョージ「それが拙者達の【大義】だ!!!」

 

イズク「泣かせるじゃねぇか。死んだ友のために命を懸けるとはなぁ。」

イズク「しかもその術は、友から教えられた術だとよぉ。他人に伝えるのはご法度のさぁ!さらに泣かせてくれるぜぇ!」

ニヤニヤと煽るように笑った後__

途端にイズクは真顔になった。

イズク「だが__」

イズクの左腕が赤黒く滲み始めた!

イズク「禍津(マガツ)を使えんのがお前だけだと思うなよ!?」

イズク「それに邪魅(ジャミ)は、俺がいなくても勝手に動く!俺を落としたからといって、戦力を削いだ気になってんじゃねぇぞ!!」

そう言い放つと、邪魅(ジャミ)の巨大な身体は再び立ち上がり始めた!

ジョージ「マモル!そっちは任せた!!」

マモル「おうよ!任せときなぁ!」

マモルは式神(ぬえ)に乗り、邪魅(ジャミ)の方に駆けて行った。

マモルは邪魅(ジャミ)を。ジョージはイズクを相手にするということだ。

 

赤黒い蒸気が噴き出す左腕で、イズクは刀を逆手持ちで抜刀した!

イズク「さぁ!チャンバラといこうじゃねぇかぁ、ジョージィ!!!」

イズクは禍々しいオーラを放つ斬撃を縦に斬り放った!

ジョージ「おおおおォォォォ!!!」

ジョージは禍々しいオーラを放つ斬撃を横に斬り放った!

「「禍津一閃(まがついっせん)!!!」」

互いの禍津一閃(まがついっせん)が相殺した!

ぶつかった衝撃による爆風が広がる!!

そして、互いに接近しガギギ…と、刀の押し合いが始まった!!!

イズク「お前もその術を使うなら知っているはずだ!禍津《マガツ》は生命力をすり減らして、人の身体の限界を超えた力を発揮する術…」

イズク「今、この場で俺とお前が同じ禍津(マガツ)を使うってことは__」

イズク「__命の根気比べってやつだぁ!」

ジョージ「どちらが先に、命尽きるか…か?」

刀の押し合いの最中、イズクが先に斬り上げてきた!

イズク「だが、先に死ぬのはお前だがなぁ!!」

ジョージ「空身(うつせみ)。」

ジョージは身体能力が格段に上がっているのを利用して高速移動をし、ブォンと残像を残して攻撃を躱した!

すると、後ろの大岩が真っ二つに割れた!

当たらなかった攻撃の余波が、大岩に当たったのである。

ジョージ「ぬぅん!」

ジョージは空中に飛び上がり、大きく刀を振り下ろした!

イズクは身体の向きを素早く変え、身を(ひるがえ)して避けた!

今度は地面が縦方向に抉れた!

イズク「おっとぉ!残像ってかぁ!だが今の俺は、動体視力や反応速度だって人の限界を超えているんだぜぇ?」

イズク「見えてないわけがねぇんだよ!」

ジョージ「だが、身体がそれに追いつくにも限界がある。」

イズク「あぁ?」

ジョージ「驟雨佩飛(しゅううはくひ)!」

ジョージは再び高速移動をし、ビュゥンと残像を分身させた!

イズク「(なるほどぉ…確かに目には追えても、攻撃が当たるかっていうとそうでもねぇ…移動速度と攻撃速度ってのは実際、別物だ。動きが追い付かないと、攻撃は当たらねぇ。そうなると数打ちゃ当たるって話になる…だが__)」

イズク「わかんねぇのか!?その芸当は俺にも出来んだよ!!」

イズクも高速移動をし、残像を分身させた!

イズク「お前も面白い奴だなぁ!根気比べの次は速さ比べか!?」

幾つもの分身が数を増やし散らばる。

残像同士が互いに斬り、蹴り、攻撃し合い、しかし残像は消え、また増えを繰り返す。

衝突すればするほど、その余波が辺りに影響を及ぼし始める。

木は折れ、岩は砕かれ、地面は割れ、いつしか次第に、残像の数は減り、二人の姿が互いに一つだけになっていた!

それは、互いに速さが追い付いてしまったがゆえに、残像など必要なかったからである!

そしてふとした時に、同じタイミングで攻撃を仕掛けていた!

イズク「そらぁそらぁそらぁ!!」

イズクは乱雑に激しく刀を振り回してきた!

ジョージ「村雨篠突(むらさめしのつき)!!」

ジョージは大量の矢が降り注ぐような、激しい突きを繰り出した!!

ガ ギ ガ ガ ガ ッ ! ! ! ___

刀が激しく打ち合い、金属音が絶え間なく鳴り響いた!

イズク「ちぃっ!!」

途中で、イズクは後ろに飛び退けた。

さっきまで人を馬鹿にしたかのような表情をしていたイズクには、苦汁をのんだかのような、苦虫を噛み潰したような顔しか浮かんでいなかった。

イズク「(どうなってやがる……前の時は数の利というのもあったが、こいつはこんなに強くはなかった………だが、二人共傷が癒えてねぇのなら、優勢なのは俺のハズだ!)」

軽く息切れをし、冷や汗を流しながらジョージを睨む。

イズク「(俺がここに来るまでの短期間で、何か強大な力を手にしたか?そんなことは出来っこねぇ…!なのに…)」

しかしジョージは、静かに刀を構えていた。

中段の構え__姿勢を正し、右足を前に出し、刀の先は相手の喉元。

その姿勢のまま、ただ静かに。静かに構えていた。

イズク「(なぜここまで戦えるんだ!?こいつは…!!!)」

ジョージ「まだやるか?」

イズク「ほざけってんだよぉぉ!!___」

 

 

ジョージとイズクが戦う最中、マモルは巨人邪魅(ジャミ)の相手をしていた。

式神(ぬえ)に乗り、巨人邪魅(ジャミ)の周りを駆けていた。

マモル「んん~~……」

彼は錫杖(しゃくじょう)を肩に担ぎながら、頬杖をついて悩んでいた。

マモル「任せろとは言ったけど、どうしようかしらこれぇ?」

見上げるほどの、巨人同等の図体。このデカブツにどう渡り合うか。

それについて彼は悩んでいた。

マモル「まぁ結局……」

マモル「最後に()()()()()()()()()はもう決まっているだよなぁ…!!!」

巨人邪魅(ジャミ)は身体の向きをマモルに向けると、片足を上げ、踏み潰そうとしてきた!

しかし、マモルを乗せた式神(ぬえ)はそれを難なく避けた。

マモル「おっと、独り言してる場合じゃねぇや。とっとと、終わらせようかねぇ。」

そう呟くと、駆ける式神(ぬえ)の四足に電気がバチバチと纏い始めた。

すると式神(ぬえ)は、文字通り空を駆けるように宙に浮かんだ!

次第に、巨人邪魅(ジャミ)の頭に向かうよう高度を上げていく。

無論、順調に迎えるわけではない。それを邪魔するように、いや、もはや排除するかのように、邪魅(ジャミ)はその巨大な手のひらから紫に輝くエネルギー波を、マモルに向けて放出した!

そのエネルギー波を、マモルを乗せた式神(ぬえ)は瞬間的に、高速で移動をして回避する。

再び邪魅(ジャミ)は、もう片方の手からエネルギー波を放出するも、それも、その次にくるエネルギー波も、回避する。

回避する度に、バリバリと電気が鳴り響く。

回避する度に、段階的に高度を上げていく。

そして、その位置がちょうど邪魅(ジャミ)の顔の前まで着いた瞬間、邪魅(ジャミ)の両掌が、双方からマモルに迫った!__

 

__人が拍手する時、両手を打ち合わすとき、パチッと、もし力強く叩いたならばバチッと音が鳴るだろう。

それが人よりも桁違いに大きい巨人の手で行われるとするとしたら?

岩石よりも厚い、分厚いモノが双方からけたたましく迫り来るのだ。

ただ迫り来るだけで終わりではない。衝撃が待っている。

打ち合わすという動作の終着点が。

双方から来る風圧が。拍手というには不釣り合いな。打ち合わすと表現するにはおっかない。

随分と派手な終着点が__

 

邪魅(ジャミ)は両掌を打ち合わせた!

 

バ ゴ ォ ォ ォ ン ! ! !

 

という大きな、大爆発するかのような衝撃音。

まるで建物が内側から破裂したかのような衝撃風。

そして、邪魅(ジャミ)の打ち合わされた、閉ざされた二つ手のひらがゆっくりと開かれる。

自らが叩き潰した内容物を確認するために。

その手のひらの間には__

 

 

 

 

 

 

何もなかった。

 

顔のパーツがない、のっぺらぼうの邪魅(ジャミ)でも、その結果に驚いた動きを見せた。

もし彼が言葉を発せれるのであれば、確実に「何もない!?」と叫んでいただろう。

 

???「おかしいねぇ。なにもないねぇ。」

その声が聞こえると、邪魅(ジャミ)の手首の死角から、見えないところから、マモルが腕を伸ばし這い上がってきていた!

マモル「なにが起こったんだろうねぇ、さっき…ねぇ?」

よいしょっと立ち上がり、スタスタと、手から腕を伝って歩き始める。

マモル「いやいや…無傷ってわけじゃないけどね。ダメージは食らいはしたよ。あれは痛かったねぇ。」

 

というわけでこのアッシ、マモル。

あの時何があったかを軽く説明しちゃいましょう。

ま、結論から言えば、後ろに飛んで避けて、邪魅(ジャミ)の手首にしがみついたってのがオチなんですけどねぇ。

どうやって避けたか、が気になるっしょ?

ほら、(ぬえ)ってのは猿の頭、虎の四肢、狸の胴体、尾の蛇っていうでしょ?

みんな、前のほうが迫力があって後ろのことは忘れがちな訳よ。

なんのことかって?尾。尾です。

あんま意識してないかな?だって(ぬえ)って、顔と胴体がイカツイからねぇ。

尾は()が生えてるっていうけど、()の尻尾じゃないんだよね。

()そのモノが生えちゃってんのアレ。

眼も口もあって、牙もあってシャーって威嚇しちゃってんのよアレ。

つまり、本体から独立した意識があって、別行動が出来るのねー。

だからあの時咄嗟に、【その蛇が自分(アッシ)の体を掴んで後ろに投げた】ってのが、今アッシがこうして生きている理由なのよねぇ。

あとは式神(ぬえ)は潰されて影に戻り、アッシは風圧で飛ばされたけど、すぐに和紙の式神をばら撒いて、バリアの壁を展開する式神結界陣(しきがみけっかいじん)で壁を作って、それに張り付いた。

そこを心太式神結界陣(ところてんしきがみじん)で壁を心太出のように押し出して、なんとか邪魅(ジャミ)の手首にしがみついた。

…というのが、アッシ、マモルがしたことでございます。

ご清聴ありがとうございました。

 

マモル「痛ってぇ。背中イカレるかと思ったよこれぇ。もう背骨に当たってんだから洒落にならないってコレぇ。」

そう呟きながら、片手で背中をさすり、テクテクと邪魅(ジャミ)の腕を伝って歩いて行く。

テクテクと歩くマモルを邪魅(ジャミ)は、腕についた虫を払うかのように、もう片方の手で払おうとした。

しかし、マモルはヒョイと軽く飛んで避けた。

今度は叩き潰そうと、もう片方の手を大きく広げて、思いっきり腕の上に振り下ろした。

マモルは前転して、簡単に避けてしまった。

マモル「アンタってさぁ…デカいから攻撃も防御も何もかも派手だけどさぁ…」

前転態勢から立ち上がり、軽くため息を吐いてから、マモルは無表情で呟いた。

マモル「デカけりゃ良いってもんじゃないのよ。」

そんな台詞を吐いたマモルをよそに、邪魅(ジャミ)はマモルの体を掴もうと手を伸ばしたが、マモルは脚に力を入れて高く飛び、邪魅(ジャミ)の肩に飛び乗った。

またすぐにヒョイっと、邪魅(ジャミ)の頭の上に飛び移った。

マモル「別のデカさだったら大歓迎なんだけどね…さっさと終わらせるかっ…と。」

マモル「思業式神は一度倒されたら、しばらくは元には戻らねぇ。今のアッシには大太法師(デイタラボッチ)(ぬえ)しかいねぇもんだからなぁ…」

右手で懐から、一枚の御札を取り出した。

マモル「ま、もうこれで終わりなんですけどねぇ。」

そして、右手に持った御札を、邪魅(ジャミ)の頭のてっぺんにペチッと押し貼った!

マモル「ほいっと。」

 

マモルは【悪行罰示の封印札】を使った!!!

 

御札が貼られた瞬間、邪魅(ジャミ)の巨大な身体が、段々と淡い光に包まれ始めた。

その変化に邪魅(ジャミ)も驚いた様子を見せた。

自分の手、腕、体の側面を見るような仕草を。

マモル「大丈夫、痛くはしないよ。アンタはただ呼び出されただけだし。なんも悪いことはしてない。」

マモル「た、だ、し………今度はアッシの…いや…」

 

マモル「この世の善行に従ってもらう!!!」

 

そうはさせまい!させてたまるか!!

そんなこと認めん!!!

まさにそう言っているかのように、邪魅(ジャミ)は抵抗するようジタバタし始めた!

とにかく頭上を!頭上にいる、この異常の原因を!!

取り除かなくてはと!!!

マモル「式神結界陣(しきがみけっかいじん)。」

マモルは紙の式神をばら撒き、頭の上にドーム状のバリアを展開した。

こうなるともはや、半透明のアフロ。いや、中身のないスノードーム。

このアフロに手を突っ込もうとしても、ツルッと、半透明の薄い壁で遮られる。

まるで、泡のない髪洗。

それでも邪魅(ジャミ)は負けるものかと、負けじと、何度も何度も、ワチャワチャと両手を動かしていた___

 

 

__一方その頃、マモルとジョージは激しく衝突し続けていた。

何度も何度も、刀を切りつけあい、つばぜり合いを繰り返し、火花を散らし合っていた。

しかし、互いに視界外に起きた異変に気付いた。

ジョージ「む?」

イズク「うん?」

距離を取り、異変を視界に入れる。

それはまさに、先ほど起きた出来事。

マモルの行動により、邪魅(ジャミ)の体が光に包まれつつあった。

その様子を、その光景を、イズクは遠くの地面から、ただ、茫然と眺めていた。

イズク「は……え、は…??」

何が起こっているのか理解出来なかった。

何がどうなっているのか把握できなかった。

邪魅(ジャミ)が光に包まれつつある光景を。

マモルが何をしているのかを。

どうすることもできず、その場で立ち尽くし、ただ眺めるだけだった。

 

次第に光は強くなり、輝きを増し、そして__

__邪魅(ジャミ)は、無数の光の粒となって消えてしまった。

イズク「…え?」

イズク「……おぉ??」

イズク「………はぁぁぁぁぁ???」

イズクはすぐさまその場から駆け、マモルに近寄り、人差し指を突き差す。

イズク「おぉ、てめぇぇ…?何をぉ……何をしでかしやがってんだぁ!?」

ため息を一気に吐いたマモルは立ち上がり、手に持った御札をピラピラと揺らしながら振り向く。

マモル「何…って。封印しただけだが?」

その御札を見たイズクは、青く血相を変えた。うろたえた。

イズク「うぇ、え……な…なんで………なんでそれをお前が使ってんだよぉぉぉ!?」

 

イズク「その【悪行罰示の封印札】は!!!」

イズク「ショウトの一族しか持ちえない札…他のやつが持っていたのは、俺が()()()全部奪った!!つまり、時点で持っているのは俺だけなはず…!」

イズク「なのに、なんでお前が持っているんだぁ!?」

マモル「んなこと言われたって、請負だよ。」

マモル「ショウトからのね。」

マモル「(この【悪行罰示の封印札】は、その、()()()にショウトから貰ったモノだ。使い方含めてな。……それに気付いたのは、その日の後なんだけどね。)」

マモル「(………約束は、ちゃんと守ったぜ。ショウト。)」

 

イズク「ぎぎ………ぎぃぃぃぃ……!!!」

イズクは歯ぎしりをしていた。それも、かなり顎に力を入れて。

それほど、不快感を覚えたのだろう。思い通りにいかないことに。予測不可能な事態なことに。

己の親類が、死してなお自身の邪魔をしてくることに!

イズク「(あの出来損ないからの請負だとぉ…!?崇高な大義を掲げたこの俺様を見限った、出来損ないのクズがッ!図に乗りやがって…ふざけんじゃねぇ……!!)」

イズク「ふざけんなァァァォォォォォ!!!」

刀を持ったイズクは、その坂手持ち、赤黒いオーラを吹き出す左腕を上にし、斬りかかろうとした。

__しかし、異変が起こった。

一歩目を出した瞬間、イズクの体の態勢が崩れたのだ!

イズク「うおっ!?」

そのまま転び倒れそうになるも、膝を付いてなんとか踏ん張った。

………が、そこから先を、イズクは指一本も動かすことができなかった。

イズク「(なんだ…!?力が…上手く制御できねぇ…!?)」

脚に力が入らないというより、力を入れても動いてくれない。

思うように動かないのだ。

ジョージ「やはり…な。」

後ろからそう言葉をかけられた。

イズクが振り返ると、ちょうどそこから見上げる位置にジョージが、刀を下して立っていた。

イズク「な、なにがだ!?何が何だってんだ!」

ジョージ「禍津(マガツ)は五体満足でないと真価を発揮しない。」

イズク「!?」

ジョージ「お主が言ったように、禍津(マガツ)は生命力を消費して、超人的な力を発揮する呪術………体全体に、内側から満遍なく力を行き渡らせているのだ。」

ジョージ「だがその力の配分を均一にするには、五体が揃っている必要がある。五体のどこか一つでも欠ければ、欠けた分の力は行き場を失い、体中を廻りに廻って暴れるからだ。」

ジョージ「肝心の貴様には右腕がない。貴様は知らず知らずのうちに、内側から急激なダメージを負っていたのだ!」

イズク「な…なぜお前がそんな事まで知っているんだよぉ!?」

ジョージ「さぁ…誰が教えてくれたか……知っているだろう?」

そう言われてイズクはハッとした。その脳裏に浮かんだ()()は、先ほど出来損ないのクズと吐き捨てた人物、ショウトただ一人のみだった!

ジョージ「そんなことも、教えられなかったか?知らなかったか?それとも…ただ、覚える気がなかっただけか?ショウトと同じ一族の貴様が!!」

イズク「なんだとォォォ…!?」

ジョージ「やはりお前は…出来損ないだったようだな!!!」

イズク「だァァァまァァァれェェェェェ!!!」

そう叫ぶイズクの前に、ジョージとマモルが立ちはだかった!

イズク「たかが二人揃っただけで、この俺を倒せると思うなぁ!!!」

マモル「違うなぁ、まったく違う。全然違う。」

ジョージ「我々は、二人だけではない…ショウトを含め、我々は!!」

 

「「「三人だ!!!」」」

 

イズク「ほざけぇぇぇぇぇ!!!」

イズクは動けない体を無理に動かそうとした!

しかし、体は動かなかった!

ジョージ「王手。打つ手なしだな。」

ジョージ「(…アイツ(ショウト)なら、そう言うだろうな。)」

マモル「さぁ、お前さん、いっちょやったりなぁ。」

マモル「悔いも残らねぇほど、ひと思いになぁ!!!」

ジョージ「うむ…!!!」

ジョージは禍津(マガツ)を発動させた!

そして両手で刀を持ち、上段に構えた!!

イズク「ま…待て!!!」

ジョージ「待ったなし!!!」

マモル「待ったなし!!!」

その言葉を聞いたイズクは、青ざめた。

イズク「うっ……あぁぁぁ………」

イズク「うぉぉぉぉぉあああああ!!!」

ジョージ「遺雨(やらずあめ)……」

ジョージ「墜儺(ついな)!!!」

そのまま、上段から刀を振り下ろした!__

 

 

 

 

__二人が見下ろす先、そこには、広がる血だまりと倒れこむイズクがいた。

ジョージの持つ刀からは血が滴る。

さっきまで騒々しさを肌身に染みていたが、今となっては静けさしか感じない。

吹く風も寂しく感じる。

マモル「………終わったな。」

ジョージ「………あぁ。」

終わった。終わったのだ。

二人の因縁が、悔恨が、無念が。

長きにわたり続いた争いが、やっと__

 

 

イズク「__まだ……まだだぁ………!!!」

なんと、イズクはまだ死んでいなかった!

血反吐を出しながらも、体を起こしたのだ!!

イズク「ここで……俺は………死ぬわけには…ぁ……!!!」

マモル「無駄だよ。アンタぁここで死ぬんだよ。」

イズクの胸に付けられた斬り傷からは血が流れる。

そして口からも血が流れる。

とても、助かるとは思えない出血量だ。

なのにイズクは、それでも生きまいともがいていた。

イズク「この俺も……覚悟はいるが……背に腹は代えられねぇ…!!!」

その言葉を発した時、ジョージとマモルは言葉では表せないような異様な、嫌な予感に襲われた!

二人は咄嗟に、距離を離し、武器を構えた!

ジョージ「……? なんの話だ!?」

イズク「もう、人間に……戻れはしねぇ………だが、そんなのはもう小さい話だ……!」

イズクは懐から手鏡、反魂鏡を、震える左手で取り出すと、それを地面に思いきり叩きつけ、鏡を割った!

無数の鏡の破片が地面に散らばる。それをイズクは片手でかき集める。

すると、かき集めた鏡の破片を、イズクは砂利ごと飲み込んだ!!

まさに狂気。まさに異常。

口の中が真っ赤になるにも関わらず、喉から血があふれ出るにも関わらず、イズクは鏡の破片を口の中に放り込むのに、ためらいはなかった。

破片を飲み込むのが終わった。

イズクの口から出る血は止まらない。

なのにイズクは、笑みを浮かべた。

そして笑みを浮かべながらこう叫んだ。

イズク「これから不死身になる俺にとってはなぁ!!!」

狂気的な笑みを。異端的な笑みを。

今の状況に不釣り合いな笑みを。

笑いが止まらなないようだ。

異様、異質。ジョージ達が感じたのか、本能からくる恐怖であった。

そしてイズクは、左手を上に掲げ、天を仰ぐと、呪術を唱えた!

 

イズク「【地返反魂の秘術】!!!」

 

それが、地獄の始まりだったか。空は一層暗くなった。

イズクを中心に辺り一面は、落雷でも降り注いだかのような閃光に包まれた!

その光の中で、二人は確かに見た!

異様な光景を!常識では捉えられない一部始終を!

 

まず、イズクの全身の肌が、青黒く変色した。すると次に、イズクの体が再生したのだ。

さっきまであった胸の斬り傷、それが、内側から盛り上がるように塞がった。

それと同時に、イズクの潰れた右目も再生し、眼球が見えた。

しかしその眼球は、左目と比べ物にならないほど大きく、いびつに変形している。

今度は、上半身に異変が起こった。

段々と膨張すると衣服が耐え切れずに破れた。

ないはずのイズクの右腕が、生えてくるようにズルリと出てきた。

そして、身体に釣り合わないほど大きく変形した。

その右手の手の甲には、一枚の鏡が浮き出るように姿を見せていた。

それを見て、ジョージとマモルは確信した。

こいつは、反魂鏡を体内に取り込んだと。

ジョージ「血迷ったか!?イズク!!」

イズク「血迷ったぁ?ますます馬鹿だなてめぇは!」

化け物のような笑い声を上げると、イズクは自分の体を舐めるように観察した。

イズク「天命さぁ……この力は……あぁ、素晴らしい………」

イズク「ただのつまんねぇ人間なんて比べ物になんねぇほどの力を感じる…!!」

肥大化した右手を握ったり開いたり、力こぶを作ったりして、変わった自分の身体に酔いしれた。

イズク「こんなすげぇ力を手に出来るんだったら、もっと早くやるべきだった……今ならてめぇらのような雑魚なんざ……」

イズク「一捻り出来そうだぁ…!!!」

イズクは右腕を握りしめた!手の甲の鏡が輝き、右腕に赤黒いオーラが纏わり始めた!

イズク「食らいなぁ!!鬼哭殴撃(きこくおうげき)!!!」

大きく肥大化した右腕が振り下ろされた!

マモル「式神結界陣(しきがみけっかいじん)!」

マモルは咄嗟に、紙の式神をばら撒き、バリアを展開した!…が。

すぐに割れた。いともたやすく破られてしまった。

ジョージ「(なんだと…!?鉄壁を誇るマモルの式神結界陣(しきがみけっかいじん)が、足止めにならないとは___)」

 

ジョージ、マモル。

二人に再び駆け走った感覚は…無力。

またしても無力。またしても非力。

そう、語るかのように、二人の力無き体が、その場に転がっていた。

もはや、人間を超えた力を得たイズクの攻撃をまともに食らい、立てるほどの体力も残されていなかった。

そのイズクの強力な攻撃の余波は、周囲に影響を与えた。

衝撃、爆風。辺りの地形を変えるほどに。

 

__その衝撃に気付いたルカ達が、ちょうど駆け付けた。

これが、ジョージとマモル、ルカ達が戦っている間に起きた、もう一つの出来事だった。

 

 



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第58話 切り札はまだある

岩石の瓦礫の中で力なく倒れ込むジョージとマモルに、地面が揺れるかのような足踏みで、

とどめを刺さんとイズクが歩み寄ろうとする。

イズク「所詮、出来損ないというのはぁ……お前らのほうだったってわけよぉ!」

イズク「才能だろうが努力だろうが何だろうが、圧倒的な力の前では無力に等しい!!どうだよぉ!なんとか言ってみろよぉ!!なぁ!?」

イズク「魂とやらでこの俺…いや、()の大義を破るとかぬかしやがってさぁ!!!」

一歩ずつ、一歩ずつ、その巨体は確実に近づいてくる。

ジョージとマモルには、もはや立ち上がる体力すら残されていないようだ。

指一本も動かない。

イズク「お前らだけは、傷みつけてやる。この我に歯向かった罰だ!!!__」

 

ルカ「__待て!!!」

 

そうはさせまいと、僕は崖の上から叫んだ。

イズクはその声が聞こえたようだ。どこだどこだと周りを見渡している。

その隙に、僕は斜面になっている場所を探して、滑り落ちるように崖を下った。

仲間たちもそれに続いた。

やっとイズクは、僕たちを視認できたらしい。

そのギョロりと大きく見開いた右目で僕たちを睨む。

そして、まるで邪魔な虫でもいるかのような目で、苛立ち始めた。

イズク「こんどはコンドハ今度は何なんだよ次から次へとぉ!!!」

 

僕たちは、ジョージとマモルをかばうように、前へ躍り出た!

チリ「ルカ!私は……」

チリの視線の先にはジョージとマモル、それだけで、何がしたいかはすぐに分かった。

ルカ「あぁ!二人を頼んだ!」

ラクト「んじゃ、俺はもう魔力もねぇから、しっかり裏方やるとするか!」

それに続いてラクトも行った。

彼はすでに魔力が残っていない。前線に出ても何もできない。裏方のほうが良いだろう。

二人は瓦礫をどかし、救助活動始めた。

後は彼らに任せて、僕を含めたカムロウとパヲラで…

目の前のこいつ(イズク)を!!!

正直、こいつだけはジョージたちに任せたかったが……多分この状況、そんなことを優先するような場合じゃない!

イズク「あぁ…思い出した……さっきのお前らか…」

僕たちをジロジロと見ながら、ニヤニヤと笑う。

小馬鹿にしたように。

イズク「アイツら(ジョージたち)も馬鹿だよなぁ!こんなガキ共に助けを乞うなんてなぁ…!」

それもそうだろう。彼からしてみれば、僕たちは子供だ。強そうな戦士でもない。

……ただ、彼にとってパヲラの存在は判断しづらかったようだ。

イズク「……お前はどう判別すればいいんだ?」

パヲラ「乙女で。」

カムロウ「(乙女!?)」

ルカ「(どこがだよっ!)」

 

イズク「おいガキィ!痛ぇ目を見たくねぇならそこをどくんだなぁ!!」

カムロウ「そういうわけにはいかない!」

そう言うと、イズクは呆れた表情をした。

イズク「まったく、これだからガキは…ただの人間だから、自分がどうなるのかわかりゃしねぇのな。一度痛い目見ねぇと分からねぇのかぁ!?ええ!?」

イズク「雑魚のガキが出しゃばるんじゃねぇよ!この俺様の前になぁ!!!」

ルカ「__だったら僕は、ここにいるべき資格がある!」

イズク「んん?ほほぅ?何だってんだ?」

決まってる。僕は__

 

ルカ「__僕は勇者だ!」

 

イズク「ユ・ウ・シャ・だぁ!?」

プッと笑いを吹き出し、思う存分笑い転げた。

イズク「こんなガキが勇者だってぇ!?笑わせてくれんなぁ!」

そう笑い続けたイズクだが、不意にピタっと笑いを止めた。

イズク「いや待てよ…?あの亡者共を蹴散らしたってわけならぁ……」

イズク「少しは楽しめそうだなぁ…!」

そうだ。僕たちは、生前強者だった人達を倒してきたんだ。それなりの実力がある。

それを理解したイズクは、馬鹿にするのを止め、戦闘態勢に移った!

イズク「光栄に思うんだなぁ!この我と戦えることをなぁ!!!」

イズク「そして!自分の無力さを噛みしめて死ねぇ!!!」

ルカ「倒されるのはそっちのほうだ!行くぞ二人とも!」

「「あぁ!」」

 

 

骸王(むくろのおう)・イズクが現れた!!!

 

倒されるのはそっちのほうだ!とは宣言したものの…僕たちのほうが倒れそうだ。

さっきの戦闘で、死力を尽くしたしまったから万全な態勢じゃない。

いくら僕が瞑想で傷を回復できても、体力には限りがあるみたいに。

それはカムロウやパヲラだってそうだ。

だけど、やるしかない!

戦わなきゃいけないんだ!

イズク「さて…まずは小手調べといこうかぁ?」

イズクは巨大な右腕を振るって、ルカたちに叩きつけてきた!

ルカ「みんな避けろ!」

ルカの号令で、ルカ達は攻撃を避けた!

こういう図体が大きい奴ってのは、一回一回の動作が遅いのが鉄則なんだ。

だから、こんな重い一撃を込めた攻撃をしたら、すぐには動けないはず。

そこがチャンスだ!

ルカ「うおおおおおお!!!」

カムロウ「せいやあああああ!!!」

ルカとカムロウは、剣を構え、巨大な右腕に目掛けて剣を振り下ろした!

今、僕が持っている剣…堕剣エンジェルハイロウは対象を封印できる剣だ。魔物や人に斬ったとしても出血することはない。

カムロウは正真正銘の真剣を持っている。無論、斬りつけば斬り傷ができる。

だから、今の同時攻撃であれば、カムロウの攻撃が深い傷を負わせることができたはずだ。

なのに……

イズク「ほう……やはりぃ、そうかぁ。少しはやるようだなぁ?アイツら(ジョージたち)が助けを求めるだけある……」

その攻撃を食らったはずのイズクは、少しも痛がる様子を見せない。

むしろこの状況を楽しんでいるようにも見える。

ルカ「え…!?効かないのか!?僕たちの攻撃が……」

カムロウ「そんなはずはないよ、ルカ!明らかに傷が付いたじゃないか!」

確かに傷は付いた…でもおかしい。血が流れないのはなぜだ?

イズク「傷がなんだってぇ?」

すると、イズクの傷がみるみる塞がり始めた!

ルカ「き…傷が…!?」

パヲラ「あぁ、そうなのねぃ。」

納得したかのようにパヲラは頷いた。

パヲラ「あなた…もう人間じゃないのねぃ?」

ルカ「なんだって…!?ということは、僕たちがさっき戦った狂戦士のような亡者たちと同じってことなのか!?」

イズク「その通りぃ!我はもはや、人間を超えた存在だぁ!!!」

イズク「本来なら、この力を我自身に使いたくはなかったがな…!この秘術を結界に用いれば、誰もが皆、死ぬことのない理想郷が出来た…!!」

イズク「だが、この不死身の身体を手に入れたことでようやく理解した…!!!対して役に立たないクズ共にそんなたいそうなことをする必要ないとな!!!」

イズク「我の宿願は達成した!!!不老不死は、我一人で十分だぁ!!!あとはこの世界を支配するのみぃ!!!」

ルカ「無実の善良な人間を殺しておいて、何が不老不死だ!何が世界を支配だ!」

ルカ「そんなことさせない!させるもんか!」

カムロウ「あぁ!お前のやっていることは、許せない!!」

僕たちがそう反論すると、イズクは苛立ちはじめ、舌打ちをした。

イズク「チッ……あぁ……反吐がでる…!!!どうしてお前らのような馬鹿な人間がいるのか…理解に苦しむ…!!!」

イズク「ちっぽけな虫ケラ共がはびこってんじゃあねぇよぉ!!目障りだぁぁぁ!!!」

イズクは巨大な右腕を激しく振り回した!!

パヲラ「二人とも危ない!!!」

パヲラは、ルカとカムロウをかばうように、二人の前に立った!

イズクの暴れる豪腕の攻撃を何度も食らい、パヲラは吹き飛ばされ、地面に転がる。

パヲラ「うおおおおああああ!!!」

ルカ「おい、パヲラ…!?」

なんて無茶を…!?

あんなでたらめな攻撃をまとも食らってしまっては…!

カムロウ「よくも…パヲラさんを…!!」

カムロウは剣に風を纏わせ、風薙ぎ(かぜなぎ)を放った!

その風の衝撃波は、イズクの身体に直撃したが、まったく効いていない様子だ。

イズク「なんだぁ?この風はぁ?生温いわぁ!!!」

イズクは右腕を掲げ、手の甲の鏡を光らせた!

すると鏡から、凍てつく氷風が放たれた!!

カムロウは、凍てつく氷風にさらされた!

カムロウ「こ、この氷風は…!?」

その氷風は、多少、形こそ異なるが…氷の魔導士ユキオイ・エティの放つ氷魔法と似たようなモノだ!

ルカ「どういうことなんだ!?なんでお前がその魔法を…!?」

イズク「お前らならジョージ共から聞いているはずだぁ…この鏡は冥界へと繋がっている!今の我ならば、もはや死者となった強者の技も我自身のモノ!!」

イズク「現世に出したところで倒されるような強者なんぞ、雑魚同然!この我の力となれば良いだけだ!!!」

再びイズクは右腕を掲げる、今度は手の甲の鏡から、火炎が噴き出す!

イズク「黒焦げになるといい!!!」

イズクは燃え盛る火炎をまき散らした!

その燃え盛る火炎に、ルカとカムロウは巻き込まれた!

「「うわおおおあああ!!!」」」

巻き込まれたカムロウは燃えながら吹き飛び、地面に転がった。

ルカ「ま…まだだ……!!」

ルカは立ち上がった。しかし、かなりのダメージを負ったようだ。

立っているだけでもやっとの状態だった。

イズク「けっ……どうしてお前のような正義だの何だの語る奴は、そこまでしぶといんだぁ!!!」

イズクは右手の甲の鏡から、爆発するかのような衝撃波を放った!

ルカ「うわああああああ!!!」

ルカは吹っ飛び、崖の壁に激突する。

そこから地面に真っ逆さまに落ち、力なく倒れ込んだ。

 

もはや、この戦場に立つ者は一人しかいなくなった。

それを理解したイズクは、大きく高笑いし始めた。

イズク「素晴らしい…あぁ、素晴らしい…!!なんとも素晴らしい力だ!!!」

イズク「かつて弱者だったこの我が、今は強者となり、弱者をいたぶる側になっている…!くっくっく……やはり大義こそ力!!大義こそ正義!!!」

右腕を空高く掲げ、勝者は我と言わんばかりの勝どきをあげた。

イズク「さて、あとはどうしてくれようかぁ…!!!」

そしてイズクは、倒れているルカ達に目をやる。

ルカも、カムロウも、パヲラも、立ち上がる気配すらない。

それらをしばらく眺めながら、悪巧みをするかのような笑みを浮かべる。

イズク「あのガキも勇者の端くれらしいなぁ……先に死ぬ仲間の姿でも見せて、絶望に落とすのも一興…!」

イズク「だが……そうだな………」

イズク「やはり、うざったるいほうから片すかぁ!!!」

イズクはその巨体を揺らし、ルカを目標にした!

イズク「あの勇者のガキ…正義ごっこかは知らんが、言うことが気に食わん!うるさいハエは叩くに限る!!!」

ゆっくりであるが、一歩ずつ歩みを始めた!

 

遠くでジョージ達を救助していたラクトとチリは、岩陰に隠れていた。

岩陰に隠れながら、チリはジョージとマモルを、回復魔法で治癒していた。

チリ「そんな…みんな…!?」

ラクト「や…やべぇんじゃねぇか!?このままだと…!」

岩陰の裏で、今の状況が悲惨であることを理解していた。

そのため二人は、焦燥に駆られていた。

立ち向かおうにも、戦力的には不利すぎる。無謀だ。

チリ「どうする!?なにか…どうにかできないの!?」

ラクト「俺に聞いてどうすんだよ!?魔力もない今の俺じゃあ、なんもできやしねぇって__」

 

 

ジョージ「__すまぬ……」

不意に、ジョージがそう呟いた。

二人が視線を移すと、横たわりながらも、ジョージとマモルが男泣きをしていた。

マモル「アッシらがもっと強ければ……」

ラクト「な、なに言ってんだぜ!?お前ら…なんでそんなにしょげてんだ!?お前らは十分強いし、十分戦ったじゃあねぇか!!!」

マモル「……それでも………勝てなかった…!!!」

ジョージ「拙者らが不甲斐ないせいで……とても…顔向けできん…!!!」

 

「「面目ない……!!!」

 

ラクト「(……これは…ダメだ。)」

この二人はもう、体も心も精神もズタボロだ。

敵であるイズクに、二回も負けちまったんだ。

それに、化け物じみた強さの差ってやつも見せられた。この二人の強さってのは粗方わかってる。それでも負けたんだ。

それを十分理解してんのは、この二人じゃねぇか…!!!

 

…今、治癒が終わっても、二人は戦えない。

とても戦える精神状態じゃない。

……だったらどうする?

何が出来る?今この場で……

あのバケモンに反抗できる術ってのはあるのか!?

なんでもいい!逃げる以外での選択肢があるってんなら!

俺は迷わず選ぶ!!!

何か……何か……!!!

 

 

__あった。

戦えるわけでもないが、勝てるわけでもないが。

たった一つだけの……俺の得意な()()()()が。

…正直、無謀だの意味が無いだのって罵られそうだけど……

ここでやらねぇと……俺はルカ達の仲間でいられない気がした!!!

 

ラクト「…悪ぃ、チリ。ちょっと離れる。」

チリ「え!?ちょっ……」

ラクトはスクッと立ち上がり、岩陰から猛ダッシュで飛び出した!

逃げるわけじゃない、立ち向かうんだ!

たとえ、勝てなくても__

 

ラクト「__ちょっと待ったぁぁぁ!!!」

ルカをかばうように、ルカへの行く手を遮るように、ラクトは、イズクの前に立った!

イズク「あぁ?なんだてめぇは…?」

人の身体とは比べ物にならないほど、何倍にも膨れ上がった巨体。

立つだけで、脚がガクブル震えた。

それでも……!!!

ラクト「こ、ここから先は、問屋が卸さないってわけよぉ…!!!」

ラクトは腕を広げ、仁王立ちをした!

 

…時間稼ぎ。簡単に言えばそうだ。

無駄な悪あがきだろうがなんだろうが、何とでも言え。

まだ負けたわけじゃない。この戦いはまだ続いてるんだ。

だから、まだ残ってるんだ。

俺たちの…切り札(ルカ)が!!!

 

仁王立ちするラクトを見て、イズクは鼻で嘲笑った。

イズク「へっ……邪魔だぁ!」

イズクは巨大な右腕でなぎ払った!

…ラクトは攻撃をガッツで耐えた!

腹部になんとも強烈な、重い一撃が叩き込まれた。

膝を付けそうになったが、なんとか踏みとどまった。

ラクト「へへ…問屋が卸さないっつったろ…?ちゃんと問い合わせしたらどうだよ?」

イズク「………はぁ?どけってんだよ!」

イズクは巨腕を振るい、ラクトをぶん殴った!

……ラクトは攻撃をガッツで耐えた!!

耐えたは良いが、あまりの衝撃に、体ごと吹っ飛んだ。

それでも、すぐに立ち上がり、イズクの身体にしがみ付いた。

ラクト「うおおおおおお…!」

イズク「何なんだよ…お前はぁ!!」

イズクはラクトの頭を掴み、体ごとぶん回し、地面に思いきり叩きつけた!

………ラクトは攻撃をガッツで耐えた!!!

ラクト「ま…待てコラ……!」

あまりの痛さに、もはや立ってはいられなかった。

それでもラクトは、這いつくばってでも、イズクの脚を掴んだ。

イズク「しつこいクズがぁ!!!」

イズクは脚で、しがみつくラクトを払いのけた。

…ラクトはそのまま、倒れたままになってしまった。

ラクト「く…っそ……ぉぉ……」

イズク「ふん、所詮は弱い人間…クズはクズらしく、そこでくたばってろ。」

 

倒れたままのラクトを放置し、イズクはルカの元に、一歩ずつ、確実に向かい始める。

イズク「偉人は、歴史に名を残せない。後世に伝えられる人間も、ほんの一握りだ…なぜか分かるか?すぐに死んじまうからさ…だが、我は違う!」

イズク「不死身の身体を手に入れた!死ぬことはねぇ!不老不死そのものってわけよぉ!」

イズク「この世界…魔物と比べれば、人間が弱い世界だろう!?だからこの我が、全て支配する!この力でなぁ!!」

いびつな両腕を大きく広げる。喝采を寄こせと言わんばかりに。

イズク「崇めよ!讃えよ!!この新たなる王の我を!!!」

イズク「喜んで死ぬといい…お前らクズ共は、最初の礎になるんだからなぁ…!」

まるで、暴君の笑い声。そんな声を上げながら、イズクは歩みを進めた__

 

 

 

 

__だが!その暴君の演説に!!一人、反旗を掲げる者がいた!!!

 

 

 

ラクト「ちっともお前のことを、羨ましいとは思わねぇなぁ……!」

大怪我を負ったラクトは、うつ伏せの状態から立つことさえできはしなかったが、その身体と精神には、意地でも立ってやるという意思はあった!

ラクト「【人間が弱い】……俺はそうは思わねぇ……!」

ラクト「人間ってのはよぉ……誰かを助けることも、誰かと助け合うことだって出来んだよ…団結ってのが出来んだよ…!」

ラクト「【団結しなくちゃ生きていけないほど弱い】とも見て取れるが……団結するには、先導する先駆者が必要だ…!」

 

ラクト「最初の!勇気の一歩を踏み出すことが!!出来るんだよ人間は!!!」

 

ラクト「勇気を出せる人間を…それを【弱い】って、一意に決めつけんのは…どっか違う気がすんだよなぁ…!!」

ラクト「……それに俺たちにはまだな…()()()があるんだよ………」

ラクト「まだ…()()がいる……それにカムロウだって…パヲラの馬鹿も……あぁそうだ…相棒(カムロウ)父親(ハーレー)もいるな…来てくれるかわかんねぇけど……」

 

ラクト「まだ俺たちは負けてねぇんだぞ…!!!」

 

倒れながらもラクトの目には、まだ希望の輝きを放っていた!

しかし、その眼差しも、イズクの前では無駄だったようだ。

イズク「へっ。所詮は悪あがき。余計な時間を費やした。」

振り向いてラクトの話を聞いていたイズクだったが、無用と判断すると、すぐにルカへの歩みを再開した__

 

 

 

__数歩ほど歩いた時、またもう一人、反旗を掲げる者が現れたようだ。

 

 

 

パヲラ「さて…本当に無駄な時間だと思うか?」

少し離れた場所で、仰向けに倒れていたパヲラが口を開いた。

パヲラ「少しは見習ったらどうだ……あの男を…!」

仰向けからなんとか立ち上がったパヲラ。しかし、先ほど食らった攻撃が重かったようだ。手に膝を付け、なんとか立っていられるような状態だった。

イズク「なんだ、お前は……くたばってなかったのか………」

ちょっとだけ驚くイズク。

パヲラはそれを見て、ニヤリと笑った。

驚くのはこれからだぞ、と。

パヲラ「お前が今…!弱い人間と吐き捨てたそいつ(ラクト)はな……!!」

パヲラ「勇者とその仲間を助けるために!魔王軍四天王最強と謳われるグランべリアをぶん殴った人間だ!!!」

イズク「は!?うぇ……え…!?あ、あのグランベリアを!?」

その言葉にイズクは、思わず我を忘れ、うろたえ始めた。

とても想像しがたいだろう。とても信じられないだろう。

小さいネズミがゾウに挑むような話だ。

天地がひっくり返っても出来るはずがない。

だが、確かに見た。彼らは見た!私たちは見た!

(ラクト)がグランベリアの顔面に一発、拳をブチ当てた所を!この目で!

無論、効きはしなかったが、確かに殴った。これは事実である。

 

イズクは少し取り乱しながらも、すぐに平静を装い、反論した。

イズク「虚事だな!?デタラメ言うんじゃねぇ!!!」

パヲラ「それはどうかな!?イリアスベルクに行ってみろ!目撃者もいる!何人かは言うだろうな!」

イズク「なんだとぉ!?」

言い返すことも出来ず、イズクはラクトを睨む。

ラクト「へ…へへっ……」

ざまぁみろ、と言う気力もないので、ラクトはニヤリとしながらピースサインをした。

それを見たイズクは、激しく歯ぎしりをしながらパヲラの方を向いた。

イズク「だ…だからなんだ!殴ったからなんだっていうんだぁ!!」

イズク「()()()なら!たとえあのグランベリアであっても、何発でも殴れる!!」

そう聞いたパヲラは呆れるように両手を上げた。

パヲラ「はぁ…分からないのか。なら、ハッキリ言おう。」

 

パヲラ「__貴様はもう負けてるのだ。」

 

イズク「ま…負け…てるだと…!?」

その言葉の真意、何を意味するのか。イズクはすぐには理解できなかった。

イズク「何にだ!?現に我は、お前らに勝利して__」

 

パヲラ「__()()()()なら出来るんだろう?グランベリアを殴れることが。じゃあ、()()()()()はどうなんだ?」

 

イズク「!!!」

イズクは、痛いところを刺されたかのような顔をした。

パヲラ「さぁ、どうなのだ?…まぁすでに、答えは出てるような話だが。」

イズク「く…くぅぅぅぅ…!!!」

反論できないイズクは、もどかしそうに体を震わせ、再び歯ぎしりを始めた。

それに追い打ちをかけるように、パヲラは叫んだ。

パヲラ「そうだ!!()()()()()も、()()()()()()()()も、()()()()()()()!!!」

パヲラ「貴様は小物だ!!!命を懸けようともしない小物だ!!!そんなやつほど、だいそれたことをほざく!!!」

 

パヲラ「目前の勝利のために、全てを壊す強者!」

パヲラ「自らの誇りを守るために、命を懸けて一矢報いる弱者!」

パヲラ「明確だろう…!?どちらが偉人かなんて…どちらが偉大か!!!」

 

パヲラ「結局、お前の【大義】というのは、愚か者ゆえの虚栄心…出来損ないの見栄っ張りだったというわけだ!!!」

 

イズクは我慢の限界だったようだ。

わなわなと体を揺らし、ぎりぎりと歯にひびが入るような歯ぎしりをした。思わず口から涎を垂れてしまうほどに。

左目よりも大きく異形化した右目でパヲラを睨む。その怒りに満ちた右目には、傷だらけのパヲラが映った。

その場からイズクは、パヲラに向かって突撃し始めた。

大きく、肥大化した右手を振りかぶり、それを思いきりパヲラに叩きつけた!

それだけで飽き足らず、何度も何度も叩きつけた!

イズク「ほォォざァァけエエエエエエエエエエ!!!」

その重い怒りまかせの攻撃をパヲラは食らった。

何度も、何回も。衝撃で地面に凹凸ができるほど。

今のパヲラには防御をする体力も、反撃をする気力すらも残っていなかった。

ラクト「パヲラァァァー!!!」

イズクの怒りが少しだけ収まり攻撃を止めた時、地面のクレーターにはボロボロで、血まみれのパヲラが、指一本も動かすことなく静かに横たわっていた。

ラクト「パヲラの…パヲラのバッカ野郎ォ!こんな……こんな俺をかばうために…無茶しやがってェ…!!!」

行き場のない悔しさを、ラクトは地面に向けた。

ドンと地面に、腕を叩きつけた。

 

イズク「何だこの気分は……胸糞悪い……!!!」

イズクはまだ、虫の居所が悪かったようだ。

揺るぎない自身を持っていた彼だったが、そんな彼にとって、ラクトの存在がとても気に食わないようだ。

イズク「こ…この俺がぁ……不死身の身体を手に入れた最強の俺がぁ…………」

イズク「劣る…劣っている…!?あんな弱っちい人間にぃ…!?」

自分の両手を見下ろし、そしてラクトと比較するように目を動かす。

イズク「認めん…!認めねぇ!!断じて認めねぇ!!!」

イズク「俺は…我は…強者になったはずぅ…!!!我以外に…我以上に強い存在など、存在してはならない……!!!」

イズク「ならば…今、この場で消せば良いだけの話…!!!」

パヲラの次は、ラクトに目標を向けた。

ルカに向かうよりも速足で、ラクトに向かって巨体を揺らしながら行進し始めた。

それを見てラクトは戦慄した。

なぜなら、立ち上がる体力もないラクトに、その場から離れるという行動すら残されていなかったからである。

 

ラクト「おいおい…おいおいおい……怒りの矛先がルカじゃなくなったってのは良しなんだけどよぉ……」

ラクト「このままだと先に俺の方がくたばっちまうんじゃあぁねぇのかぁぁぁ!?」

こんなことなら、金を魔導銃の材料費でケチるんじゃなくて…もっと薬草とかそういう道具を買い込むんだった…!!!

いや…待て?()()だ。まだ俺には首の皮一枚残っている!

まだ()()()がいる!

__カムロウだ。

こんな時こそ、アイツの出番ってわけだ。

今までそうだった。こういうピンチの時こそ、アイツは立ち上がってくれるんだ。

さて、あの寝坊助はどこにいるんだ?

さぞかし今頃、必死に立とうとして頑張っているんだろうなぁ?

カムロウの姿が見えたら、「待ってました」って言ってやるぜ!

 

ラクトは期待と希望の眼差しで回りを見渡した。

岩陰から飛び出る前に場所は視認していたので、すぐにお目当ての相手はすぐに見つけることは出来た。

……しかし、希望で輝くラクトの瞳は、すぐに絶望の闇で暗転した。

 

__カムロウは倒れたままだった。

 

カムロウはうつ伏せに倒れたままだった。

来ていた衣服は焼け焦げ、近くに大剣が落ちたまま。

ラクト「嘘だ…嘘だよなぁ…?なぁ、カムロウ!」

ラクトはカムロウに呼び掛けた。

…しかし返事は来なかった。

ラクト「おい、カムロウ……お前まさか、死んだわけじゃあねぇよな……?」

まだ安否は分からない。もしかしたら気絶しているだけ。

ラクトの脳裏には、そんなことが思い浮かんでいた。

ラクト「頼むよ!返事してくれよ!お前がそんなんでやられるようなタマじゃねぇてのはわかってんだよ!」

しかしその期待すらも、何度も呼び掛ける度に、段々と打ち破られる。

ラクト「なぁ…ふざけないでくれよ…寝たフリなんだろ…?」

次第にラクトの瞳には、涙が込みあがってきていた。

焦燥。死の瀬戸際。相棒(カムロウ)の安否。

それらが、ラクトをパニックの寸前まで追いつめていたのである。

ラクト「悪かったよ…いつもからかったりしてごめんな…?だから…起きてくれよ…立ってくれよ…立ち上がってくれよ…頼むよ!!!」

__最後の力を振り絞り、ラクトは、叫べるだけ叫んだ。

ラクト「寝てるだけだってんなら、さっさと起きてくれよ!相棒ぉぉぉ!!!___」

 

 

 



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第59話 力とは、正義とは、大義とは、

カムロウ「___………ん?」

あぁ、身体が痛む。頭が重い。

僕は何をしていたんだっけ……

あぁ…あぁ…!

徐々に意識がはっきりしてきたぞ!

そうだ。僕はイズクの攻撃で、炎の攻撃にやられたんだった。

こんなところで意識を失ってる場合じゃないぞ!

まだ戦える体力はある!早く立って戦わないと!__

 

カムロウ「__………あれ!?」

立とうとして視線を上げると…

僕は、辺り一面、黒一色の空間にいた。

カムロウ「はぁ!?どこだここ!?」

予想外の出来事に思わず立ち上がり、茫然とする。

……まず、周囲の情報の確保だろう。

地面…かどうかは分からないが、立てるということは重力の概念がある。

手で周囲を探るよう振り回す。壁はない。閉じ込められてはいない。

温度…は感じない。

適温?湿度や匂いもない感じない。

つまり、さっき僕がいた場所じゃないってことは確かだ。

それだけは理解できた。

………じゃあ、どこなんだよここ!!

 

__まぁまぁ、落ち着きなよ。

カムロウ「!? 誰なんだ!?」

知らない声だ。声からして男性、それもかなり年を取ってるようにも思える。中年か、高齢あたりか?

しかし、辺りを見渡しても、姿、形もない。

__敵じゃないことは確かだよ。むしろ、味方だよ。

カムロウ「味方…?」

確かにそう言われると、敵意らしい敵意を感じない。

周りは真っ黒、生き物らしい生き物もいない。情報が少なすぎる。

なので、今のところは信用しても良いかもしれない。

カムロウ「誰なんですか、あなたは…」

__私ぃ?そうだなぁ…誰だろね。

なんだそりゃ。当たり障りのない返答しやがって。

カムロウ「それで…僕に何か用があるんですか?僕、急いでるんで。」

急いでいることは確かだ。

ここがどこなのかは分からないが、どこかでルカ達がまだ戦っているに違いない。

さっさと移動しないと……

__まぁ待ちなよ。話くらい聞いていきなよ。

カムロウ「話?ですから…急いでるって。__」

 

__今の君のままじゃ、負けるだけだよ?

カムロウ「負ける…!?どういうことですか!!」

__んじゃあ話、聞いてく?

カムロウ「……………」

どうやら、本当に僕に用があるらしい。

僕は先に行こうという素振りを見せてたが、大人しく話をすることにした。

カムロウ「それで…今の僕じゃ負けるって、どういうことなんですか。」

__ふむ………まぁ、立ってるのもアレだし、足崩したら?

カムロウ「………」

しぶしぶ、座りこみ、あぐらをかく。

__よし。さてさて、話そうか。

カムロウ「でも、話すって一体何を……」

__いきなり極端な話だが…君、全力を出してないだろ?

カムロウ「うぇ!?」

__いや、出せてない…が正解かな?

全力を…出せてない!?

カムロウ「そんなはずないです!僕はいつも、本気で……」

__いやいや…違うんだ。そうじゃなくてな。

 

__君にはまだ()()がある。その迷いのせいで、全力を出せていないんだ。

カムロウ「迷い…?」

__君自身も恐れているんだ。君の内に宿るその力に。

__他者を傷つけてしまわないか、壊してしまわないかと。

__それが知らず知らずのうちに、全力を出せないようになってしまった。

 

__その結果が、今の君だ。

 

カムロウ「…………」

なんというか、腑に落ちた。

言われてみればそうだ。実のところ、僕自身も怖い。

古龍族の力、龍の力、ドラゴンの力。

結果論として無事だったとはいえ、ルカ達を巻き込んでしまったこともある。

未熟さゆえに暴走仕掛けたこともある。

…実はさっきの戦い、最初から龍に変身するという手もあった。

けど、もし暴走したら、もしルカ達までまた巻き込んでしまったら。

それを想像すると、怖くて使えなかった。

カムロウ「……どうすれば良いんですか。」

__ん?

カムロウ「どうやって、その()()を無くせるんですか!?」

カムロウ「知っているのであれば、教えてください!それで強くなれるなら…みんなを守れるのなら!」

カムロウ「僕は今すぐにでも強くなりたい!!!」

 

__ふっふっふ……いい返事だ。良いだろう。

__その()()を無くすのは実に簡単だ。すぐに終わる。

 

__じゃ、カムロウ。【力】を扱うのに必要な【力】とは?

 

カムロウ「へっ…!?え、えぇ?」

__さて、な~んだ?

力を扱うのに…必要な力…!?

いや、それよりも…

なぞかけ!?

カムロウ「えっ!?この場所で修業とかそんなのじゃなくて!?」

__君、急いでるんじゃなかったっけ?

カムロウ「いや、そうですけど……」

まいったなぁ。頭使うのは苦手なんだよ。

ぶっちゃけ自分、感覚派だし……

カムロウ「う~~~~~ん………」

捻った。頭を。捻って捻って捻りまくった。

アホ毛が周回軌道に乗ったような気分だ。

なんだ?何なんだ_力を扱うに必要な力って。

なんというか禅問答というかなぞなぞというか……

__え~と…そんなに悩むことだったかな。

カムロウ「やっぱり、なんかこう力を付けるとか…そっちの話じゃないんですか。」

__いや、その必要はないんだよ。

 

__だって君、もうすでに強いからね。

 

カムロウ「ほ!?」

__言っただろ?君は全力を出せてないって。

__あとは実践あるのみ…かな?

わ…わけがわからない……

ますます混乱してくる。

カムロウ「んんんんんんんんん………」

__ごめんごめん、意地悪しちゃって。

__じゃあ、答え合わせといこうか。カムロウ。

 

 

__【力】を扱うのに、必要な【力】………

 

 

__それは【心】だ。

 

 

カムロウ「【心】……?」

__そうそうそう、【心】だよ。【心】。ハートだよ。ラブだよ。愛だよ。

カムロウ「…どんどん意味、変わってません?」

 

__優しさがこもっていれば、温もりを感じる、信頼の架け橋となる。

__しかし、悪意が宿っていれば、相手を傷つけるモノになる。

__この世にある万物全てに言えることだよ。土を耕すクワだって、調理に使う包丁だって、己自身や他者のためにこしらえたモノは、善意があるからこそ、害の無い有益なモノとして使われている。

__けど、そこにひとたび悪意が宿ってしまえば、万物は血を流す凶器と化してしまう。

__そうなってしまわないために、善の心が、慈愛の心が、正義の心が必要なのだよ。

 

__いくら強大な力を手に入れても、心が弱ければ、それを意のままに扱うことはできない。

__真の力を発揮することは出来ない。

__誰の為に、力を振るうか…何の為に、力を振るうか…

__その迷いを、【悪意】という名の【負の連鎖】を断ち切ってこそ、【力】は初めて真価という輝きを放つことができるのだよ。

 

__つまり、悪意を乗り越えるほど強く、正しい心、そして意志があることこそ、本当の【力】だ。

__本当の【力】というのは、【心】が強いということだよ。

 

カムロウ「……………」

カムロウ「だから僕は……弱かったんですね。」

今まで、それに気が付かなかったから。そんな考えをしなかったから。

__カムロウ。弱いことで悩むことはないさ。誰だって最初は、弱いもんさ。それはどれだけ強い存在でも、同じさ。

__君も、最初は泣くことしかできない子だった。力のない人間だった。それが今、己のため、仲間のため。守るべき、愛すべき者のために、力を使おうと必死に頑張っている。

__だからこそ、今の君にならわかるはずだよ。

__だって君は___

 

__とっても、優しいんだから。

 

カムロウ「え…?」

__母親譲りの優しさが、君にはある。優しいからこそ、他者の痛みを理解できる。他者に寄り添えるんだ。他者への思いやり無き者は、心が強くなれやしない。

__だからこそカムロウ、君はすでに【力】を持っている。いままで、それに気が付いてなかっただけだ。自信を持て。

カムロウ「すでに…?」

カムロウ「急いで強くならなくても…僕は…最初から…?」

__…ハーレーはそれを教えたかったんだろうな。

カムロウ「……本当ですか?本当に父さんは、それを僕に教えようと…」

__ハハッ、アイツは素直じゃないからな。

カムロウ「………」

さっきまでの焦りは一体どこに行ってしまったのだろう。

なんだか、胸の奥が暖かい気分になった。

ホッとしたような、落ち着きを取り戻したというか、そんな感じだ。

なんで気が付かなかったんだろうか。最初から恐れるモノなど、何もなかったというわけだ。

いくら強くなっても、心が強くないと意味がないんだ。

心が強いからこそ、必死に頑張って、強くなれるんだ。

……それを僕が、一番間近で見てきたことじゃないか…!!

ルカに…ラクトに…パヲラさんに…父さんだって…!!!

…だけど、もう焦ることはやめた。

僕にはもう…迷いはない!

カムロウの眼には、決意の光が輝いていた。

 

カムロウ「…ところで…どうして僕の名前を…?父さんの名前も…」

さっきから、不思議に思っていた。

僕は名乗った覚えはない。

なのに時折、僕の名を、ごく自然に呼んでいた。

カムロウ「あなたは一体…?」

カムロウ「姿は見えないけど、僕はあなたのような人に会ったことはないはずなんです。」

声だって初めて聴いた。

少なくとも僕の記憶の中では、こんな声をした人はいないはずだ。

__……君は会ったことはないだろうけど、私は君に会ったことはあるよ。

__今となっては、本当に、随分昔の話だがね。

カムロウ「………?」

なんのことやら。そう不思議に思っていると__

 

 

寝てるだけだってんなら、さっさと起きてくれよ!相棒ぉぉぉ!!!___

 

 

__不意に、響くように声が聞こえた。

この聞きなれた声は__

 

カムロウ「__ラクト…!?」

__おっと、時間だ。

カムロウ「時間…!?」

__そろそろ起きる時間だよ。君の寝坊助癖、直したほうがいいよ?

カムロウ「でも起きるって…?まず、ここからどうすれば……」

__声が聞こえるだろう。君を呼ぶ声が。

そう、まだラクトの声が聞こえる。僕を呼ぶ声が。

__いいかい、その声を頼りに進め。決して振り返らず、このまま真っすぐ、進むんだ。

声が聞こえたほうに体を向ける。

このまま行けば、元の場所に、みんながいる場所に戻れるというわけか。

…けど……お礼が言いたい。

名前こそ知らないが、今、この場で会話した相手は、僕に大切なことを説いてくれた人だ。

カムロウ「でも…待ってください!せめて、名前だけでも__」

 

__じゃあ、オマケでこれをあげようかな。

すると、どこからともなく、キラキラと光り輝く粒子が飛んできた。

それはカムロウの周りを飛び回ると、スウッ…と、身体の中に入り、消えてしまった。

その瞬間、この場所で、暖かい風がなびいた気がした。

カムロウ「え…?いや…そうじゃなくて__」

__大丈夫、君は一人じゃない。それを忘れないで。

 

__さぁ、行け!

 

__どういうわけか、誰もいないはずなのに、背中を手で押された気がした。

けど、戸惑うことはなく、そのまま僕は駆け出した。

ここで止まるのは、送り出してくれた知らないあの人に対して、申し訳ない気がした。

カムロウ「待ってろよ!ラクト!ルカ!みんな!」

無我夢中で、止まることなく、風になるかのように__

 

 

_あぁよかった。

__あの子が無事に生まれて、本当に良かった。

___さぁ、我が血を継ぎし子よ、意のままに!

命を燃やし、行く道を照らせ!___

 

 

 

 

 

 

ラクト「寝てるだけだってんなら、さっさと起きてくれよ!相棒ぉぉぉ!!!___」

そう叫ぶラクトの背後から、イズクは着々と迫っていた。

イズク「どうやら、切り札とかいうのは最初からなかったわけだなぁ…!」

大きな右腕に力を込め、握り拳を作る。右腕を大きく上に掲げ、振り下ろす準備をした。

イズク「やはり大義は…この我の力は…!」

イズク「我自身のためにある!!!」

イズク「未来永劫、我の栄光のためになぁぁぁ!!!」

ラクト「ちくしょぉぉぉぉぉ!!!」

ラクトは視線を落とし、目を瞑った。これから来るであろう痛みに備えて。

イズクはその巨大な右腕を、ラクトに目掛けて振り下ろした!__

 

 

 

 

__違う!!!

 

 

 

 

ラクト「………?」

…変だな。

俺の予想というか直観というか。

この後、背中にどでかい衝撃が走るはず…

恐る恐るラクトは目を開けた。

するとそこには__

 

カムロウがラクトの前に立ち、大剣でイズクの攻撃を防いでいた!

それでも完全にというわけではなく、カムロウの方が少しずつ押されている。

イズク「な……生きてやがったのか!?このガキ!」

ラクト「……待ってましたよ……この寝坊助野郎…!!!」

ラクトの眼には、涙が浮かんでいた。

やっぱり、信じて良かった。

信じていたさ。遅かれ早かれ、お前がなんとかしてくれるってさ…!

 

カムロウ「うぐぐ………ぐ……」

片手で大剣のグリップを持ち、もう片方の手で大剣の刀身に手を添え、踏ん張って攻撃を耐える。

それでも、押され気味だ。

イズク「だが、お前のような雑魚が一人いたところで、何も変わらねぇ!」

イズク「残念だったなぁ!我のこの力の前では何もかも無力だぁぁぁ!!!」

イズクは踏み込み、右腕にさらに力を込める。

イズク「大義に必要なモノは…」

イズク「それは、この不死身の力だあああ!!!」

 

__カチン。

不死身の力……

【力】…?

その言葉で、アッタマにきた。

違う………そんなわけがない。

こんな暴力が、こんな暴虐が…必要なわけないだろ…!!!

カムロウ「なんだと………!!!」

押され気味だったカムロウの両手に、さらに力が入る。

イズク「!? う、うおお…!?」

劣勢だったカムロウが押し、優勢だったイズクが押され気味になった!

カムロウ「……それじゃダメなんだよ…!」

次第に、風が吹き始めた。

しかもその風は、カムロウから吹き放たれているかのようだった。

カムロウ「【力】ってのは……」

カムロウ「そういうためにある訳じゃあねぇんだよ!」

風は強まり、強風となる。

そしてカムロウがどんどん押し返し、イズクの方が押され始めた!

カムロウ「SEEEEEEEYAAAAAAAAA(セエエエエイヤアアアアアア)!!!」

すると、カムロウから物凄い突風が吹き放たれ、イズクを吹き飛ばした!

イズク「ど…どうなっている…!?巨体の我がぶっ飛ばされただとぉ!?」

宙を舞ったイズクだが、態勢を立て直し、すぐに着地した。

カムロウ「ハァ……ハァ……」

な…なんとか押し返したぞ……!

そう安心していると、ラクトが指刺ししながら、何かに驚愕していた。

ラクト「お、おい!カムロウ!持ってるその剣…!」

カムロウ「えぇ?」

そう言われて、持っていた大剣に視線を向けると__

 

大剣が、光り輝いてたのだ!!!

 

カムロウ「こ…これは…!?」

大剣を両手で持って注視する。これは自分でも意図していない。

チリ「あ、あれって…!?」

ジョージ「何だ…あれは…?」

マモル「何が起きてるっていうんですかぃ…?」

遠くからでも、良く分かるほどの輝き。

暗雲で薄暗い今なら、なおさら光って見える。

岩陰に隠れていたチリ達も、その異変に気が付いたようだ。

ラクト「な…なんだぁこりゃあ…!?カムロウの剣に光が……!?」

カムロウ「いや…違う…!光じゃない……これは…!」

カムロウ「風だ……この剣に纏うように、風が吹いているんだ……」

そう言うと、ラクトはハッと気が付いた。

ラクト「…! そうか!俺はこれを見たことがある!!」

これは…風が肉眼で目視できるほどの密度で剣に纏っているうえに、光の乱反射で輝いて見える……

ラクト「こりゃあ、あの時の…お前の親父(ハーレー)の剣と全く同じだ!」

カムロウ「え!?……ってことは…つまり…!」

剣が……僕の風が……僕の不完全だった風薙ぎ(かぜなぎ)が……完全に……

完成したことを意味する…!

 

これが、本当の……

 

真の風薙ぎ(かぜなぎ)…!!!

 

生命の輝きで吹き荒れるその剣は、炎を切り裂き、風をも薙ぐ剣となる………

そうだ……今まで僕は、僕自身を恐れていた。

僕に宿る【力】に。

でも今は違う。恐れていない。

恐れていたからこそ、この【力】をどう使うべきなのかを、【心】から理解できている!

迷いが無くなったんだ。だからさっき、全力を出せたんだ。

その証明が…この剣なんだろう。

あぁ…やっと……やっとだ。

これで…これで……!

みんなを守れる___

 

 

カムロウは【風の剣術】を習得した!!!

 

 

カムロウ「…あっ!そうだ、ラクト!」

すぐにラクトの元に寄り、回復魔法(ヒールパウダー)で治癒をする。

ラクト「あー…ありがたいんだけどよ……走れるくらいでいいぜ。」

カムロウ「え?なんで?」

ラクト「パヲラを運ばなくちゃなんねぇ。アイツが一番無茶してんだ。」

そう言って、パヲラの方を見る。未だに動く気配がない。

早くチリの回復が必要だろう。

カムロウ「そうだね……任せてもいい?」

ラクト「あったりめぇよ!俺はあの無茶したバカに蹴りいれなきゃなんねぇんだ。」

カムロウ「ホントにやるなよ?」

ラクト「冗談だっての。」

そう言いながら、ラクトはパヲラに向かって駆けて行った。

ラクト「おい!立てるか!?しっかりしろ!」

ラクトは、倒れ込んだパヲラを何とか起こし、肩を貸してその場から移動し始めた__

 

__吹き飛ばされたイズクは遠くからその光景を、不機嫌そうに眺めていた。

眉がピクピク動き、呼吸は荒い。

巨体をズシンと揺らしながら立ち上がり、憤慨し始めた。

イズク「…なんなんだぁ……?」

イズク「なんだってんだぁ……??」

イズク「さっきからサッキカラさっきからぁ!!!」

イズク「なんなんナンナンなんなんだよさっきからよぉ!!!__」

 

 

ルカ「__自分の思い通りにならないのが、よっぽど嫌みたいだな。」

 

 

イズクの背中から、そう言葉が飛んできた。

いつの間にか、イズクの後ろに、ルカが立っていたのだ。

カムロウ「ルカ!無事だった…というわけじゃないか。」

ラクト「でも、ピンピンしてるぜアイツ!」

剣は納刀してある。身体はボロボロではあるが、致命傷を負ったわけじゃないようだ。

カムロウ「ルカもいる…まだ何とかなりそうだ。」

ラクト「ああ!やっと切り札のお出ましさ!全く、主役は遅れてやってくるっていうけどよぉ、もうちっと急いで来てほしいもんだぜ!」

今の状況…この(ラクト)も含め、ジョージとマモルとパヲラは明らかに前線に立てない。チリに回復してもらう必要がある。

となれば、今戦えるのはルカとカムロウだけになるが…カムロウはなんかパワーアップした感じだし、まだ希望はありそうだぜ!

……だけどな。

ラクト「でもよぉ……なんていうかさ……」

カムロウ「…? なにか問題が?」

ラクト「問題というより違和感なんだけどよぉ……」

違和感というのは、ルカの様子だった。

いつもは頼りないような、情けないような、大人しいような、そんな雰囲気を醸し出してた奴だったが…

今のルカは全然違う。明らかに目つきが違う。

狩る者の目っていうんだろうか…普段、それこそ今まで戦って来た時のルカの目とは、一線を画す目をしていた。

ピリピリとしたオーラのようなものをじわじわ感じる。

ラクト「アイツ……あんな感じだったか……?」

アイツ…どうしちまったんだ…?

 

ルカ「だいぶひねくれた自尊心を持ってるようなお前じゃあ、当たり前か。」

イズク「あぁ……実に腹立たしい…!我が一番片付けたかったのはこのクソガキだったんだよ…!」

イズク「だがちょうどいい……」

イズクはルカのほうに向き直ると、大きな右腕を振るい、殴りかかった!

イズク「ゴミの方から、掃除されに来るなんてなぁ!!!」

カムロウ「まずい…!」

ラクト「ルカーッ!突っ立ってねぇで、避けるか防御するかなんとかしろーッ!」

そう叫んでも、イズクの狂腕は止まることなくルカに迫った___

 

 

__その時だった。

イズクの顔に、握り拳が当たっていた。

イズク「…へ?」

次の瞬間、イズクは真横に殴り飛ばされた!

イズク「……へ………? え………?」

殴り飛ばされたイズクは倒れたまま、意識は上の空だった。

ルカに、カウンターをされたことへの理解が未だに出来ていない。頭で処理しきれていないようだ。

ラクト「は!?なにが起きた!?」

カムロウ「……ルカがやったんだ。信じられないけど……」

ラクト「ルカが?何を?」

カムロウ「イズクの右腕がルカに当たる寸前に、ルカはあいつ(イズク)の懐に潜り込んでたんだ。そして、流れるように顔を殴った。つまり、イズクの攻撃を受け流してカウンターを仕掛けたんだ…!」

ラクト「でも待てよ!殴るのは分かるんだけどよ…あの巨体を……」

ラクト「格闘でぶっ飛ばしたぞアイツ(ルカ)!?」

 

イズク「このガキが………」

やっと理解が追いついたイズクは立ち上がると、すぐさま反撃に出た!

イズク「我に何をしたあああ!!!」

巨体を豪快に揺らし、怒りまかせに突撃した。

イズク「今のはどうせ偶然だ…!我は不死身!!今度は手を緩めねぇ!!!」

どんどん加速し、暴れ馬が突進してくるかのようだ。

イズク「これなら避けれねぇ!!!死ねぇぇぇ!!!」

イズク再び、ルカに目掛けて右腕で殴りかかろうとした__

 

ルカ「__はあっ!!」

ルカはその場から動かないまま、イズクの腹部にボディブローを当てていた!

イズクの腹に拳がめり込むかのように、ルカの拳が貫く。

イズク「おおぉ………ぉぉあ………」

周りが見ても、そのボディブローはイズクに効いたというのが分かる。

イズクの顔は痛みでねじ曲がり、その痛みのせいで、身体は麻痺したかのように動かせていない。

ルカ「____おおおおおおおおお!!!」

しかし、ルカの攻撃は止まらない。

追い打ちをかけるように、ルカはイズクの顔面に正拳突きを放った!

さっきと同じように、重い巨体であるはずのイズクが宙を舞う。

そしてまた、地面に叩きつけられる。

イズク「(どうなってやがる…!?)」

立ち上がろうと顔を上げると、そこには殴りかかろうとしているルカの姿があった!

イズク「(この我が……不死身のはずの我が……)」

もう一度、顔に鉄拳を当てられた。

イズクは反撃を試みたが、ルカはひらりと躱して、カウンターをおみまいする。

イズク「(こんなガキ一人に追いつめられてる!?)」

天地がひっくり返ったような状況だった。

さっきまで上に立っていたはずのイズクが、今はルカのほうが圧倒的な実力差をつけていた。

それでもイズクは攻撃を緩まず行う。それでもルカに攻撃は当たらない。

指一本も。髪の毛すらも。

傍から見れば、ルカの一方的な攻撃が続く、ワンサイドゲームであった。

 

カムロウ「すごい…また殴り飛ばした…!」

ラクト「お…俺は夢でも見てんのかな…?あのルカがバカ凄い怪力にでもなった夢かな…?ハハハ…」

 

パヲラ「__いや…あれは……ルカ君の…本来の実力……!!!」

ラクト「うおぁ!?お前、いつ気が付いた!?」

カムロウ「パヲラさん、どういうことですか!?あれがルカの、本来の実力だって…!?」

ラクト「いや、カムロウ!回復!回復してくれ!」

カムロウ「ああ、ええと、分かった!」

すぐさまカムロウは回復魔法(ヒールパウダー)で治癒を始めた。

しかし、パヲラは息も絶え絶えだった。

それでも、ラクトの肩を借りながらも、パヲラはなんとか立ち、話を続けた。

パヲラ「そのままの意味さ……あれがルカ君の、今の全力だ。」

パヲラ「今までルカ君は、己が信念のために全力を出せていなかった……【魔物と人間の共存】のために……ゆえに、どんな魔物だろうとまずは説得から入っていた。」

パヲラ「だがあいつ(イズク)は、正真正銘の悪の人間!!!」

パヲラ「もはやあの(クズ)には説得も通じない!堕剣エンジェルハイロウで封印したとしても、改心する見込みがない…心の底からそう判断したんだ!」

パヲラ「そしてなにより………」

パヲラ「己が鉄拳で心を語る他ないと!!!」

 

カムロウ「だから剣術から、格闘に切り替えたのか!」

カムロウ「けど………なんで、今になってあんな力が?」

 

パヲラ「正義の心が動いたのだろう………」

パヲラ「正義と悪を、光と闇と表現するならば………」

パヲラ「闇を祓うには光が必要…また、闇という悪が大きければ大きいほど、光という正義も輝きを増す…!」

 

パヲラ「………それほど…ルカの逆鱗(正義)に……触れてしまったのだろう…………」

不意に、パヲラはドバッと吐血した。

どうやら、身体の内側にも影響が出るほどのダメージを受けてしまっているようだ。

ラクト「おいもう喋んな!喋りてぇならせめてちゃんと回復してからにしてくれ!」

カムロウ「だ、ダメだ!僕じゃあ回復が間に合わない…!」

今のところ、回復魔法はチリとカムロウが使える。しかし、その効能はチリの方が効果が高い。

パヲラが受けたダメージが瀕死になるほどの量だったため、カムロウの回復魔法では治癒しきれないのである。

ラクト「ち、チリ!チリ!!来てくれ!!」

ラクトは岩陰に隠れているチリに向かって叫んだ。

チリは岩陰から顔を出したものの、そこから少し躊躇した。

チリ「でも、二人はどうする!?」

チリは今でも、ジョージとマモルの治癒に専念していた。

それを中断して、パヲラの方を優先するべきか迷っていたのだ。

ラクト「身体がくっつくまでやったんならそれでいい!そいつらは今、戦える状態じゃねぇ!」

チリ「わ…分かった!」

そう言ってチリは、倒れたままのジョージとマモルを残して、岩陰から移動した__

 

 

一方で、ルカは一方的に、イズクを殴り続けていた。

ルカ「うおおおおおおああああああ!!!」

手は緩めず、一発一発の鉄拳に全力を込める。

それを何度も何度もぶつける。

イズクは防御しよう両手を前に出そうとするも、そうする前に殴られ、動きが追いつかない。

ルカ「()()()()()だとか…()()()()()()だとか…確かそう言っていたな…!!!」

ルカ「それがッ!お前の言うソレはッ!!本当に【大義】かッ!!!」

ルカ「人を圧して、踏みにじって頂点に立つことが、お前の言う【大義】なのか!?」

ルカ「それのどこが【大義】だアァァッ!!!」

イズク「チィッ…!!!」

イズク「お前のようなクソガキが【大義】を喋るなあああ!!!」

イズクは右腕を乱暴に振り回して、ルカの連撃を振り払った。

そして態勢を立て直し、再びルカに殴ろうとした!

ルカ「人の命を…平気で私利私欲の肥しにしかしないお前が…お前のほうが…!!」

ルカは、殴りかかってきたイズクの右腕を踏み台にして飛び上がった!

ルカ「お前こそ【大義】を語るなァァァ!!!」

ルカはイズクの顔に向かって、渾身の飛び後ろ蹴りを放った!

イズク「ぐおおおおあああああああッ!!!」

あまりの威力の高さに、イズクは後ろにのけぞる。

イズク「ハァ……ハァ……」

ルカの一方的な攻撃が、よほど体力を削ったようだ。

息切れしながらも、イズクはそのまま踏ん張った。

イズク「我が【大義】を語るな…!?」

ルカ「そうだ…お前の言う大義というのは!自分自身の理想を叶えるための、()()()()()()()()に過ぎない!!」

イズク「能書きだとぉ!?」

ルカ「ああ、能書きさ。」

そう言われて、ますますイズクは顔を歪ませる。

イズク「だったら言ってみろよぉ!」

イズク「ガキの勇者様が言う、【大義】ってのをよぉぉ!!!」

 

ルカ「__本当の大義は…【想い】だ!!!」

ルカ「大義は!想いの数ほど存在するんだ!!一意に正義で語れやしない!!!」

ルカ「()()()()()()()()()()()()想いも込めてだ!!!」

 

__ルカが放ったその言葉。

ジョージとマモル、岩陰で倒れたまま、戦意をも失った二人に、ある言葉が響いた。

ジョージ「(()()()()()()………)」

マモル「(()()()()()()………)」

突如として、二人の脳裏に、昔の記憶が駆け走った!!!___

 

 

 



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第60話 再起の呪い

__これは昔、ジョージとマモルの過去の話。

彼らが、まだ小さい少年の頃、生まれ、亡き友ショウトとの出会い、そして現在に至るまでの人生譚である。

 

ジョージはある農村の、一般的な村人の生まれ、

マモルは代々、結界術に携わる家系で生まれた。

そして彼らの友人、ショウトは、呪具を管理する家系の次期当主として生まれた。

誕生してから彼らはそれぞれ、思い思いに過ごしてきた。

ジョージは田んぼに集まる虫を追いかけ遊び、マモルとショウトは幼少期から互いに家業に関わり、面識を持ち、親交を深めた。

 

しかし、生活というのは時に異変が生じる。

時に変化が起きたのは、今から12年前。

村で流行り病が流行したのだ。

 

マモルとショウトは、いわゆる貴族のような家柄だった。

流行り病に対する特効薬がどれほど高い値段になっていようと、それを払えるほどの資産を持っていた。

 

しかしジョージは違った。

ジョージは、ごく普通の村人として生まれた。

特効薬は急速に高まる需要によって供給が間に合わなくなり、それに比例するように価値も高まる。

結果、早い段階で手に入れられなかった村人にとっては、正真正銘、高根の花になってしまった。

運悪くジョージは親共々、流行り病に身を蝕まれてしまった。

そして残念なことに、ジョージの家は、その特効薬を最も低い値段の間に手に入れることが出来なかった。

間に合わなかった。

その状況がどういうモノなのかは、当時、ジョージは子どもながらも理解できていた。

…それでも、ジョージの親は、自分の子どもに生きて欲しかったのだろうか。

ジョージの親は、家財道具を売り払った。

そしてやっとの思いで、たった一人分だけの量しかない薬を手にすることができた。

全ては、子どものために。愛する我が子のために。

親はその薬を、ジョージに使おうとした。

ジョージは拒んだ。

「嫌だ。」

「自分だけ生きて、愛する親がいなくなるのは嫌だ。」

「一人にしないで。」

「一人ぼっちにしないで。」

「死ぬのなら、自分も一緒に死ぬ。」

そんな願いも虚しく、有無を言わさず薬を飲まされた。

そして…ジョージの病は治ったものの、ジョージの親は流行り病で亡くなった。

 

こうして、ジョージは天涯孤独の身となった。

ジョージの親は家財道具を全て売り払ってしまっていた。それは自分たちの家すらも。

帰る家も無くしたジョージは、それからを孤児として過ごした。

しかし、愛してくれた親はもういない。

愛情を注いでくれる存在も、受け止めてくれる存在もいない。

どこの子かも知らない孤児を、流行り病が流行していたことも相まって、引き取る者は現れなかった。

誰からも愛されなくなったジョージは、次第に心は荒んでいった。

もはやその身には、病ではなく、心に鬼が住み着いてしまった。

誰も受け入れないのなら、自ら拒絶してやると__

 

ジョージはその後を、村の路地、森林や山の中をあてもなくさまよい、時は過ぎた。

その頃には、薬の供給が間に合うようになり、生き残った村人の手にも行き届くようになった。

しかし、村が泰平になったところで、病に倒れ、亡くなった人は戻ってこない。その痛みに狂う者も数知れなかった。

まだ幼かったジョージも、その一人だった。

同情の、善意を持った手を差し伸べられても、彼は自ら振り払って拒絶した。

孤独となった自分を、解かしてくれる人間は現れやしない。

意識こそしていなかったものの、無意識にそう思うようになった。

 

 

__しかし、その孤独で凍てついた心は、二人の少年と出会うことで解かされることになる。

 

 

流行り病も鳴りを潜めた頃、幼かったマモルとショウトは森で虫取りに興じていた。

そして互いに気分が盛り上がっていた時に、一人の少年を見つけた。

地面に倒れ込んでいた少年の身体は痩せ細り、衣服もひどく汚れ、今にも死んでしまうそうにも見えた。

しかしその目は、鬼が睨んでいるかのような目つきだった。

恨み、辛み、憎しみといった、憎悪という負の感情を体現したような目。

来るな、近寄るなと叫ぶかのように、こちらを睨んでいた。

その少年は、人を拒絶するようになったジョージだった。

 

それが、ジョージ、ショウト、マモルの三人の出会いである。

 

さっきまでの楽しさはどこへいったのやらと、マモルとショウトはしばらく、その飢餓に苦しむ少年を見つめていた。

少ししたころに、マモルは「_どうする?」と呟いた。

ショウトはすぐさま答えた。

「…家に連れて帰ろう。」

マモルは困惑した。

「_連れてどうする?」

「…まず風呂。あとは食べ物。」

そう言いながら、倒れていたジョージに手を差し伸べた。

しかしジョージはその手を振り払った。

「そんな身体なのに、強情な奴だなぁ。ますます放ってはおけないぞ。」

しかしショウトは、振り払われた手を再び差し出した。

ジョージはギョッとした。今まで出会った人間は、一度、振り払えば突っぱねたからだ。

「…怖くない。俺たちは敵じゃない。」

ジョージは恐る恐る手を出し、差し伸べられた手を握った。

柔く暖かい手。久しぶりに感じた、優しさだった。

 

 

そしてジョージは、ショウトの家で保護してもらった。

しかし、ジョージの心はまだ開いてはいなかった。

ジョージからしてみれば、見ず知らずの自分と同じくらいの年頃の少年2人に連れられて、しかも家は屋敷と呼べるほど広い家だ。

相手は身分が高い者なのかは分かる。が、この2人は何者なのか。

そして、自分はこれからどうなるのか。どうするのか。

それらの要素から来る不安と警戒によって、完全には安心できていなかった。

「…ある程度は、俺たちに対する敵対心は解けたみたいだけど……随分と頑固者だな。」

3人畳のある広い部屋にいた。ジョージは用意してもらった流動食で飢えた腹を満たしていた。

「_あぁ、まったく喋らないしな。なんで連れて来ようと思ったんだ?」

「…なんでもいいだろ?理由なんて。」

「_でたよ、お前の気まぐれ。」

2人は軽く笑談して、再びジョージに向き直る。

「…少ししたら、君の家に送るよ。場所はどこだ?」

君の家……ジョージはその言葉に反応した。

そして、咄嗟に呟いた。

「帰る場所はもうない。」

その言葉で、ショウトは何かを察した。

ショウトは少し考え込むと、再び顔を上げた。

「…なら、ここに住めばいい。」

「_何言ってんだぁショウト!?」

「…問題ないさ。金くらいはある。だが条件がある。」

ショウトはジョージの近くに寄った。そして言い聞かせるように、ジョージの眼を見た。

「…俺の使用人として働くんだ。それなら、金は出せる。それに、ここに住める理由にもなる。」

そう聞いて、ジョージは再び敵対する反抗の眼となった。

あまり知識を身につけていないジョージでも、ある程度は理解できた。

そして、ショウトの言っている意味を、「この家の奴隷になれ」と解釈した。

「…勘違いさせてしまったな。なにも下人になれとは言っていない。」

「…ここで働いて金が貯まれば、自分の帰る場所を買えばいいのさ。」

「…雑用はさせるけどな。あとは俺と同じような教養も受けれるように説得してみる。部屋は俺と相部屋にしよう。」

…何を言っているのかわからない。奴隷じゃない?教養?相部屋?

いきなり、次々と言われてジョージは困惑した。

ショウトはジョージの反応を見て、自分は分かりにくいことを相手に言っていると自覚した。

なので今度は、伝わるように言葉を選んだ。

「…自分の帰る場所を、自分の手で掴むまで、ここにいて良いって言ってるのさ。俺は。」

その言葉を聞いて、ジョージはやっと理解した。

しかしそれと同時に、その内容にジョージは驚いた。

「…な?悪い話じゃないだろ?」

「_ショウト、なんか大盤振る舞いすぎやしねぇかぁ?」

「…ケチんぼうなお前に言われたかないよ、マモル。」

再び、ショウトはジョージの眼を見た。

「…どうだ?やるか?」

ジョージは反抗の眼を止めた。

そして、友好を感じるような眼つきで頷いた。

この相手は、恩を返さなければならない相手だと、ジョージはそう感じた。

 

それからのジョージは、ショウトたちと寝食を共にしていくうちに、いままで失っていたモノ…人間としての心を取り戻していることに実感した。

人の温もり…友情…人として得るであろうモノを、失った時間を取り戻すように、ジョージは謳歌した。

学びというのは、ジョージとっては娯楽と同じくらい楽しいモノだった。

ある時は、自ら進んで武術を身に付けることもした。

何年か経った頃には、自らの資金で家と畑を買い、一人暮らしを始めた。

そうした生活をしているうちに、かつての鬼の顔は鳴りを潜め、穏やかな性格になった。

 

数年過ぎたある日、ジョージは、なぜ自分にこんなことをしたのかと尋ねた。

「_あぁ確かにぃ…なんで?」

「…なんでか…って?そうだなぁ…」

「…寂しそうだなっていう勝手な同情…だったかな。」

…それだけ?

「_おいおい、嘘つけぇ、仮面被る気かよぉ?」

「…それだけだな。他に何があるって?」

他に…あるのではないのか?

もっとこう…それらしい理由が……?

「…いやなぁ、小さい頃からの友人ってのがこいつ(マモル)ぐらいしかいなくてな。幼い子どもながらの、安っぽい同情だよ。」

いやしかし……納得できん………

「_同意見。どうせいつもの博打で出た結果なんだろぃ。」

 

「……知ってるか?余裕だよ、余裕。賭け事でも大事なことだ。」

………む?

「_なんだぁ?急にぃ……」

「…人を助けれる奴ってのは、心に余裕がある奴なんだよ。」

何を言うかと思えば……誤魔化す気だな?

「_お前ぇ…考えてること全部吐かねぇと、ケツに爆竹入れんぞ。」

「……わーった!わかったよ!本音を言ったるよ。」

 

「…友達が欲しかったっ。」

 

それを聞いたジョージは、それは友情を超えた感情が生まれた!

主人に忠誠を誓う家来と同じような感情……「忠義」!!最も当てはまる言葉はそれだろう!

「_ホントにそれで全部なんだろうなぁ?」

「…ま、理由はなんであれ、もういいだろ?俺達ゃこうしてここにいるんだ。」

「…マモル共々、これからもよろしく頼むぜ、親友ジョージ__」

 

 

 

 

 

__時は今に回帰する。

ジョージとマモルは、ショウトとの思いでを、走馬灯のように思い出していた。

いや、一瞬にして、脳裏によぎったと言うべきか。

_____誰かに明日を生きてほしい。

ルカが放った言葉を耳にしたとたん、まるで弾けるように、電流が走るように、記憶が駆け巡ったのだ。

__何故?何故、廻った?

何故、ショウトは自分を助けた?

何故、ショウトは我らを助けた?

その理由は、既に知っていた。

___「友達だから」

知っていたのに、知らないフリをしていた。

心の底から、知らないフリをしていた。

復讐という感情に、目前を曇らされていた。

復讐という鬼に、心を動かされていた。

 

__だからこそ、気付いたのだ。

 

ショウトの真の想い…それは…

「生きて欲しい」

…ただ、それだけだった!

 

それに気付いたジョージとマモルは、己を恥じた。

イズクに復讐を果たした後、自分たちは死ぬ気だった。

しかしそれは、ショウトの意思に反する行為!

……まるで喜劇だ。醜い喜劇。

勝手に無念を晴らすと豪語して、勝手に死ぬ気になっていて。

…なんとも恥ずかしい話だろう。

これは、なんとも!恥ずかしい話だろう!!!

 

ジョージ「__何が鬼だ…!何が無念だ…!」

マモル「__何が心に鬼が住み着いただ…!!」

___己を恥じれ…!!!

 

ショウトは…自分たちに生きてほしいために……

己が命を懸けたというのに……!

我らが…ここで死んでしまっては……

ショウトの想いを、無駄にするではないか…!!!

まるで消える泡沫のように……

雑草を踏みにじるかのように……

無駄にするではないか!!!

 

 

 

 

ショウト「__…ってことは、まだ無駄じゃないってわけ。」

 

ジョージ「…!?」

マモル「……!?」

 

ショウト「__だってお前ら、まだ生きてるじゃねぇか。」

 

ジョージ「ショウト……なのか…!?」

マモル「おめぇ…どこに…!?」

聞こえた。確かに聞こえた。2人揃って聞こえた。

思わず、辺りを見渡そうとする__

ショウト「__おおっと、約束を忘れたわけじゃあるまいな?」

…そう聞こえると、すぐに身体の動きを止めた。

……ショウトとの約束。声を掛けられたら、決して振り返らない。

約束を違えるわけにはいかない。すぐに見渡すのを止めた。

マモル「だけどよぉ…なんでお前の声が…?幻聴かぁ?」

ショウト「あー幻聴かもなぁ。」

ジョージ「……私にも聞こえる声が、幻聴なわけないだろう。」

声だけ聞こえたとしても、また出会えた嬉しさに身体が震える。

しかし疑問だ。これは夢か?本当に幻か?

ショウト「多分、俺が教えた祟術のせいだな。」

ショウト「あれは心が影響するからな。今になって、俺が生きている時の思念が伝わってるんだろうな。」

マモル「……そうかぁ。」

…だったら、今こうして話が出来る間に……

ジョージ「ショウト…私たちは…謝らなければならない……」

マモル「アッシたちは…お前の死に報いようとして…死のうとした…!」

ジョージ「すまない……!!!」

 

ショウト「__二人とも。俺は嬉しいよ。」

ジョージ「…なっ!?」

マモル「…はっ!?」

ショウト「そうなるまでして、俺のことを想ってくれてたんだ。謝るも許すもなにもないさ。なんだかな…嬉しいな。」

ショウト「良いよ、別に。俺ん家、あんな代物ばかり持ってる家だからな、いつしか、こうなる運命だったんだと思う。」

ショウト「でもこれで、俺の一族が受け継いでいった呪具は風化して忘れ去られる。あれらは人には過ぎた代物、だからこそ使わないために封印していたんだ。」

ショウト「忘れるべきモノなんだ…だから、これで良い。だって俺、死んじまったし。」

 

マモル「…だけどよぉ!!!」

ジョージ「だとしてもなのだ…!私たちはもはや…お前に合わせる顔がない…!!!」

 

ショウト「__世界ってのはな、みんなで作り変えるモノ。一人がひっくり返すもんじゃねぇと思うのさ。」

ショウト「善も悪も、最初はちっぽけな存在なんだ。それが誰かと出会ったりすることで、次第に強大な力になるんだ。」

ショウト「誰かが誰かと出会ったりとか、偶然だとか必然だとか、そういうのが何度も何度も繰り返されて、徐々に変わっていくもんだと、俺は思うのさ。」

ショウト「…だから俺は…その流れの中でお前らと出会えて__」

 

ショウト「_俺はお前らと友人で、楽しかったぜっ。」

 

気のせいだろうか。その声は震えているようにも聞こえた。

その言葉が聞こえて、思わず涙が溢れた。

ジョージ「だからって…」

マモル「やるせねぇよな…」

しかし現実はどうだろう。

ショウトは死んだ。戻っては来ない。

こうして会話できるのも、束の間の喜びだ。

ショウトが生きていた時の、死に際に感じた時の胸の内を知れたことで報われた部分はある。

だとしても、全てではない。

……どうすれば良い。

何を信じて、何を道標に生きていけばいい?

復讐だけを頼りに生きてきたジョージとマモルには、無気力だけしか残っていない。

この遺恨の呪い…もはや解くことすらできないのだ。

 

 

ショウト「……じゃあさ。ジョージ。」

ジョージ「…?」

 

ショウト「()()、持っていけよ。」

ジョージ「…()()?」

ショウト「その刀。もともと、俺のだろ?」

そう言われて、ジョージは自分が持っていた刀に目を移す。

祟り神の剣…明晰無慙(めいせきむざん)

そう、この刀の持ち主はショウトだ。

ショウトの墓に供えてあったのを、勝手に持ち出した。

本当ならご法度だ。

ジョージ「……良いのか?勝手に持ち出したこれを…私が使っても。」

ショウト「お前が使えば、その剣に宿る祟り神サマも喜ぶと思うし。」

ショウト「誰も使わないで、錆びていくのを眺めるの、俺はやだな。」

ジョージ「………確かにそうだな。それは私も同感だ。」

 

ショウト「マモル、ジョージを頼むぜ。じゃねぇとそいつ、一人じゃ生きていけねぇよ。」

マモル「……あいあいさ。じゃねぇとこいつ、人から野生に返りそうだし。」

ジョージ「なんだとっ。」

ショウト「ハハハッ、違いないや。」

 

ショウト「…人生は賭け事みたいなもんさ。踏んだり蹴ったり、山あり谷あり。」

ショウト「後生の頼みだ。死にそうになっても生きてくれよ。いつか良い事があるとかじゃなくて、良い事をいつか、その手で掴むために。」

 

ショウト「それじゃ、またな。」

ショウト「すぐ死んでこっちに来るなんて、やめてくれよな?」

ショウト「俺は向こうに行っても、お前らを見守ってるからな____」

 

 

 

___その声を最後に、ショウトの声は聞こえなくなってしまった。

ジョージ「………行ってしまったな。」

マモル「………あぁ。行っちまった。」

なんとなく感じていた。現世に留まり続けた彼の思念が召されたことに。

これで本当に…本当に最後だ。

しかし、ジョージとマモルの心の内は、不自然なほどに澄み渡っていた。

マモル「…向こうでも、賭け事に興じてるのかなぁ。」

ジョージ「フフッ…そうかもしれないな。」

霧が晴れた?朝日が差し込んだ?風が通り抜けた?

それ以上だ。もっとこう…まっさらな、クリアな感じだ。

ジョージ「だとしたら、邪魔してはいけないな。」

マモル「だなぁ。すぐ向こうに行ったら、アイツに大目玉食らいそうだしなぁ。」

あぁ…そうだ…この感じ……

もう我々の心には鬼はいないのだ。

人に戻ったんだ。戻れたのか。ショウトのおかげでか?

 

マモル「…おし、ジョージ。」

ジョージ「む?」

マモル「今度はアッシらが、あのホラ吹きバカ野郎に大目玉ブチ当てようぜぇ。行けるよな?」

ジョージ「…うむ。参るぞ!」

 

もう我らは…ここで立ち止まっている時ではない。

ショウトのために…自分たちのために…

 

「「前に進まねばならない!!!」」

 

 

 

……例えばの話。

自分にとって大事な存在が、亡くなってしまった時、人はどう感じるのだろうか。

人によっては、時が止まったと言えるだろう。

以上も以下もなく、時が進むことはない。動くこともない。

蓄積してきた記憶が溢れかえり、脳内でホームムービーのように投影されるだろう。

しかしいつしか、人は現実を受け入れなければならない。

すぐでなくとも、膨大な時間を費やしても。

そうしなければ、生きることはできやしないのだから___

 

 

遺恨の(のろ)いが今、未来への(まじな)いに変わったのだ!!!

 

 

 

 

 



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第61話 立ち上がる者たち

__一方で、ルカの戦いはまだ続いていた。

イズクは、ルカのその小さな身体と、身軽さを利用した攻撃に押されていた。

イズクの歪んだ巨体ではルカのスピードに追い付くことが出来ず、防御に徹底していた。

しかしその戦いに、異変が少しずつ、目に見えて分かるように起こりつつあった。

ルカ「はぁ………はぁ………」

イズク「ぬうぅぅ……ッフフフ…どうしたぁ?随分と疲れた様子だがぁ?」

ルカの攻撃が、徐々に緩みつつあったのだ。

その変化を、勝利への糸口と確信をしたのだろうか、イズクの顔には笑みが戻っていた。

遠くでその様子を眺めつつあるカムロウ達にも、その異変は十分に伝わっていた。

カムロウ「ルカの攻撃が弱くなった…?」

チリ「なんで…!?さっきまで一方的だったのに……!?」

パヲラ「まずいな………合間も無く攻撃を続けるルカ君には…体力を回復する余地がないんだ。もう攻撃をする体力(スタミナ)が尽きようとしている…!」

ラクト「ど、どうすりゃいい!?誰か戦える奴は__」

ラクトはハッと気付いた。

…ほかに戦える者。

その言葉に、カムロウも同じように気付いたようだ。

カムロウ「ごめん…僕……」

今、この場で他に戦える者は自分一人だけだ。

だから、ルカに加勢しに行っても大丈夫だろうか。

そう言うように、カムロウはラクト達を見た。

ラクト「……ああ、大丈夫だ!分かった!こっちは俺達に任せろ!」

ラクトは片方の手で、カムロウに向かって親指を立て、サムズアップをした。

ラクト「行ったれ!相棒!」

カムロウ「うん…!行ってくる!」

返すように、カムロウもサムズアップした。

そしてすぐに駆け出し、ルカがいる方向に駆け出した!

 

駆け出したカムロウを心配そうに、チリは見つめた。

チリ「……大丈夫なの…?カムロウだけで……」

ラクト「ああ。」

ラクト「だからほら、こいつ(パヲラ)を早く治癒してくれよ。」

チリ「…そうだね。分かったっ。」

チリは慌ただしく、パヲラに回復魔法で治癒を始めた。

ラクト「(ルカ、カムロウ…もう俺に出来ることは、信じる他にねぇ…)」

ラクト「(もう後には退けねぇ…!だから、頼んだぜ…!__)」

 

 

 

__対して、ルカの攻防の様子。

さっきまで一方的に仕掛けていたルカだが、今では合間に、イズクに攻撃をさせてしまうほどに弱まっていた。

攻撃をし、攻撃をし、避け、また攻撃しての繰り返しだが…

避けの回数が徐々に増えつつあった。

イズク「やはりそうだ……思った通りだった……!」

イズク「我は不死身なり…!いくら我を追いつめようが……」

イズク「最後は我が全てを手にするのだ!!!」

ルカ「いつまで…そんな能書きを___」

言うつもりだと叫ぼうとした時、ルカはイズクの攻撃に当たってしまった!

歪んだ巨腕が、ルカの横腹にめり込むように殴られる!

その攻撃に、ルカの軽い身体では踏ん張りようも出来ず、吹き飛ばされ、そのまま地面に転がった。

ルカ「うぐ……しまった……!」

イズク「いまだぁ!隙有りィィィ!!!」

正にこの瞬間!この期は逃さん!

そう言うかのようにイズクは飛び上がり、巨腕を上段に構え、ルカを叩き潰そうとした!

ルカ「(ダメだ…!痛みで身体が動けない…!!避けられない!!!)」

このままでは叩き潰される…!

そう思った時だった__

 

__割って入るように、カムロウがルカの前に躍り出た!

 

カムロウ「そうはさせないぞ!!!」

ルカ「カムロウ…!」

カムロウは握りしめた大剣を両手に構え、迎撃の準備をした!

剣の刀身に風が纏い始め、光り輝いた!

カムロウ「まだだ!まだ僕がいる!」

イズク「ガキがもう一人増えたところで同じだあああ!!!」

それでも構わぬ!このまま叩き潰してくれようぞ!

そう言うかのような勢いで、カムロウごと、ルカを叩き潰すその時__

 

 

 

ジョージ「__ならば我らが!!」

マモル「加勢しても同じって言えるかなぁ!?」

マモルとジョージが、ルカの前に躍り出た!

イズク「な……なんだとぉ!?」

一瞬、その一瞬のうちに、現れた予想外。

想定外の…予想してない…予想外中の予想外!

そのせいなのか、呆気に取られたイズクは一瞬、突撃の手を緩めてしまった!

その状態のイズクを、カムロウ達で受け飛ばすには十分だった!

2人の登場に、カムロウも驚いたが、そのまま迎撃を続けた!

カムロウ「風薙ぎ(かぜなぎ)!!!」

ジョージ「禍津暴圧波(まがつぼうあつは)!!!」

マモル「緊急・心太式神結界陣(ところてんしきがみじん)!!!」

カムロウは大剣から光り輝く衝撃波を!

ジョージは右腕から赤黒い衝撃波を!

マモルは式神をばら撒き、展開したバリアを押し出した!

「「「おおおおおおおおおお!!!」」」

三位一体の迎撃で、イズクの攻撃は相殺された!

相殺されたどころか、その余波でイズクが飛ばされてしまった!

その勢いのまま、岩石の壁に追突し、土煙が舞う。

イズク「がぁっ……死にぞこないがぁ…生きてやがったか!?」

ジョージ「【侍】ジョージ__」

マモル「【陰陽師】マモル__」

 

「「___推参!!!」」

 

思いがけない助っ人に、隣にいたカムロウは口を開けて改めて驚いた。

また、驚いたのは遠くにいたラクト達も同じだった。

ラクト「えええぇぇぇ!?ア、アイツら、もう立てるのか!?」

チリ「えぇ…!?いやいやいやいやいやいや、待って待って!?あの二人はまだ、全快じゃないのに!!」

ラクト「おいおい…お前、ホントに身体くっつくまでやっただけなのか!?」

チリ「うん!だからあんな…無茶なことなんて……!!」

ラクト「いやぁ、そうだよなぁ!普通はできっこねぇハズだぜ……何か食ったか?」

チリ「牡蠣、あさり、うなぎ。」

ラクト「そうそう、スタミナが付く食材と言えば……」

ラクト「ッんなわけねぇだろぃアホォ!!!」

チリ「じゃ、じゃあ…バナナ…ブルーベリー……」

ラクト「俺が言ったのはそういう意味じゃねぇよっ!」

チリ「だったら、なんで二人が動けるか説明してよ!」

ラクト「いやそれができねぇから、俺だって困惑してんだよ。そこは分かれよ。」

普通では考えられない出来事。常識では考えられない出来事。

身体も精神も打ちのめされた人間が、まるで万全の状態と変わらぬ姿で立っている。

これを驚かずにいられるか。これを納得せずにいられるか。

しかし、己の知識では説明できない。説明してくれる人物はいないだろうか__

 

 

パヲラ「__心だ……彼らは今、心で動いている……」

傷だらけで地面に倒れ、チリから回復魔法を受けていたパヲラが、ひとりでに語り始めた。

チリ「心って……」

パヲラ「ルカ君の正義に…感化されたのだろう………」

ラクト「感化…って、どういうことだ?」

パヲラ「……芸術家がインスピレーションを受けると良く言うだろう。絶景を見て感動したなど……理由はともあれ、影響を受けたということ。」

パヲラ「あれは、自然に対する恐怖を、本能で感じ取ったのだ……!森羅万象……あまりにも気高く、見上げるほど崇高で、無差別で理不尽な物事に、自然の偉大さに、生きとし生ける者は本能で感銘を受ける……」

パヲラ「精神そのものに本能的に影響するほどの現象………人は【畏敬の念】と表現するが………」

 

パヲラ「__その念を抱く()()は、人間でも同じだ…!!!」

 

パヲラ「日光を受け、育つ若葉のように……意図せずとも、誰かの行動が【光】になる時がある。誰かの行動で救われる【心】がある……」

パヲラ「誰かの精神に影響を及ぼす行動は…干渉を妨げる壁は存在しない……!」

そう、パヲラは語り終えた。

そして、地面に倒れているパヲラの元に、ラクトは近づいた。

ラクト「…質問、良いか?」

パヲラ「なんだ…?」

ラクト「お前…なんでそんなことが分かるんだ?というより…言えるんだ?まるで自分事のようにも聞こえたんだが……特に、相手が人間でも同じってところが……」

少し間が空き、パヲラは話した。

パヲラ「………分かるのだ…私にも……」

パヲラ「私もかつて…同じように…誰かの心に、感化された人間だからな……」

ラクト「………誰かに感化された……ってか。」

彼は何を想っていたのだろうか。そう呟いたラクトの視界には、ルカ達が映っていた。

そんな中、チリはパヲラが話した内容をうまく理解できていなかったようだ。

チリ「えっと…結果的に言えば、元気になった…ってことで良い?」

パヲラ「うん。」

ラクト「オイ!それでいいのかっ!?」

 

 

__ルカはよろよろと立ち上がりながら、駆け付けた2人に近づく。

ルカ「だ…大丈夫だったんですね、マモルさん、ジョージさん。」

…こう、声を掛けるのもおかしいだろうか?じゃあ、どう話しかけたら良いんだ?

さっきまでダメージを負っていた人間が、今こうして、何事もなかったかのように僕の前に立っているのだから。

何事も無いと表現したが、そんなはずはない。確かにダメージは蓄積されているはずだ。なのに、それすらも感じさせないほどの気迫が、2人から発せられているのだ!

カムロウ「いやいや…ルカこそ大丈夫?いま、回復魔法を……」

カムロウ「……そういやルカは瞑想で治っちゃうからいらないか。」

ルカ「え!?なんで!?気持ちだけでもやってくれてもいいだろ!?」

 

ジョージ「勇者殿………負傷中に申し訳ないが、頼みが……」

マモル「いや、頼みなんて言ってられないんじゃねぇの?」

ジョージ「……うむ!」

2人は武器を置き、地に片膝をついてかがみ、かしこまった。

いわゆる跪くという行為だ。主に屈服を意味するが、この場合は礼拝や敬意を意味するだろう。

マモル「勇者サマだけじゃあねぇ、そのお仲間サマ方にも…この願い、聞き分けてくれやしませんか…!」

 

「「どうか我らと、共に戦ってほしい!!!」」

 

ルカ「えええっ!?事前に聞いていた話と違うじゃないですか!?なんでいきなり………」

ジョージ「それは百も承知!」

マモル「無礼だとは存じております!」

ジョージ「しかし!我らが怨みに憑かれた「鬼」ではなく、人として戦うためには…!」

 

「「貴方様のお力添えが必要なのです!!!」

 

ルカ「………………」

…正直……なんというか………こう、かしこまって言われても、困る。

困るというのは、迷惑という意味ではない。

どう返事をすれば良いのか、それが分からないから困るのだ。

…だけど、このやり方は、彼らなりのやり方なのだろう。

彼らなりの決意。彼らなりの

だとすれば、僕は彼等の想いに相応しい返しをすべきだ!

ルカ「ジョージさん!マモルさん!」

ルカ「僕は勇者だ!見返りも迷惑も顧みない!少しでも力になれるのなら!善のためにというのなら!!僕は正義のために戦う!!!」

これが、僕の、僕なりの返し方だ。

金品や物品ではない、想いや心、気持ちでの返し方。

ジョージ「勇者殿……かたじけない…!!!」」

マモル「…すみません……申し訳ねぇ…!!!」

ルカ「良いんですよ!これが僕の、勇者としての役目なんです!だからもう申し訳ないとかそういうのは__」

__言わなくても大丈夫と言おうとした時、カムロウが喋るのを遮った。

カムロウ「__みんな、話してるところ悪いんだけど……」

カムロウ「待たせている奴がいるみたいだ…!」

そうだった。そういえばいたな。

真っ先に解決しなきゃいけない奴を!

僕たちはある方向に、待たせた奴に振り向いた。

遠くにいる、歪に歪んだ巨体を揺らし、こちらに歩み寄る奴。

事の元凶…イズクだ!

 

イズク「ぐぐぐ……ぎぎぎ……」

相当、虫の居所が悪そうだ。めり込むぐらい眉は曲がり、擦切るような歯ぎしりをしていた。

ルカ「イズク!お前はまだ、僕たちと戦うつもりか!」

イズク「野暮な口をききやがってぇ!この(はらわた)の煮え…貴様ら雑魚共の頭を踏み潰すまで鎮まらねぇなぁ!」

ジョージ「ならば、一つ聞くことがある。」

イズク「あぁん…?」

ジョージ「貴様は、拙者たちを打ち倒す事に、何の意味がある?」

イズク「は……今ここで…お前らに勝つ意味があるか…だぁ?」

ルカ「そうさ。お前はここにいる僕たちに勝って、何になるって言うんだ?」

その質問にイズクは、口を開け、目を見開き、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして驚いた。

イズク「はぁ…!?はあぁぁぁ!?ジョージィ…仇討ちはどうしたァ!?マモルゥ!お前らは俺が憎いはずだろぉ!?この俺を殺したくてたまらないんじゃねぇのかぁ!?」

マモル「確かにそうだ。そうだった。アッシらにとっちゃ、お前さんは憎たらしい奴なのに変わりはない。」

ジョージ「だが、お前を殺したところで、それこそ何になる?晴れるかどうかも分からぬ憎しみを背負って、何になる?」

イズク「な、何が言いてぇんだ!?」

ジョージ「我らは自分自身を、お前を、過去に起きた事全てを【赦す】!」

マモル「ただ許せねぇのは、これから先の、お前がやろうとしている事だけだ!だからよぉ…」

 

「「ここでお前を止める、それだけだ!」」

 

イズク「なんだとぉ…!?仇討ちなんかじゃなくて俺を殺すだぁ!?」

マモル「殺しはしねぇよ。お前の行動を止めるってんだよ。」

彼らの会話をよそに、カムロウは困惑した顔をしていた。

カムロウ「ルカ、どういう事なんだ?僕には何が何だかさっぱり…」

ルカ「ジョージさんとマモルさんは、自分たちを縛っていた、【負の連鎖】を断ち切るって言ってるんだ。」

ルカ「哀しみは哀しみを呼ぶだけだし、憎しみは憎しみを生むだけだ。大切な人を亡くしたとか、殺されたとか、憎いっていう感情を人にぶつけても、悲しみが広がるだけだ。それこそが、【負の連鎖】なんだ。」

ルカ「ジョージさんとマモルさんは、【憎しみの過去】よりも【新しい今】を生きるために、イズクを止めようとしているんだと僕は思う。」

カムロウ「【赦す】ってのは…そういうことなのか!」

カムロウに、僕の見解を伝えたところで、僕は再びイズクに向き直った。

 

ルカ「…イズク。あえてハッキリ、言わせてもらおう!お前のやり方は正しくない!」

イズク「…あぁん…!?」

ルカ「私利私欲のために他者の命を蹂躙し!身勝手な欲望を満たすために、世界のバランスを崩そうとする!」

ルカ「そんなこと、正当な評価なんてされやしない!!お前は偉業を遂げた人物として謳われない!達成したって意味もない!」

ルカ「ここで僕たちに勝ってとしても、ジョージさんやマモルさん…ここにいるみんなのように、お前に立ちふさがる人間は必ず現れる!それでもまだ、僕達と戦うつもりか!!」

イズク「まだ野暮な事を言うのかてめぇ…!!!」

イズク「俺はぁ!!お前らのような気に入らねぇ雑魚は潰すだけだぁ!」

イズク「てめぇらはただ目障りなだけなんだよぉ!だからここで潰す!!それだけだぁぁ!!!」

そう思いの限り叫ぶと、イズクは右手を掲げた!

右手の甲に埋め込まれた鏡から、火炎が噴き出した!

ルカ「………それでも……まだ…やる気なのか、お前は…!」

…どうやら戦う他に、イズクを止めることはできないようだ。

止めることができない戦いを前に、僕はファイティングポーズをした!

イズク「こんのぉ……」

イズク「まとめて焼け焦げろぉぉォエエエ!!!」

イズクは右手の甲を突き出し、燃え盛る火炎を放った!

ルカ「あの炎の攻撃か!」

迫り来る炎の壁。

今の僕には、これをどうにかする方法は持っていない。

幸先が悪いな…先制攻撃を許した上に対処できない攻撃だ。

ジョージ「マモル!式神は?」

マモル「悪ぃ、さっきので使い切っちまった。」

ルカ「逃げましょう!それしかない__」

避けようとした瞬間、迫る炎の壁を前に、カムロウが仁王立ちをしていた!

さらにカムロウは両手を前に突き出し、魔法力を込めていた!

カムロウ「__ブリザード(氷風魔法)!!」

カムロウは両手から、冷気を纏った強風を吹き放った!

イズク「なにぃ…!?」

カムロウが放った冷気は、炎の壁にぶつかり、見事相殺して見せた!

ルカ「すごい!氷の魔法か!」

ジョージ「なんと…恐れ入った!」

ラクト「流石だぜカムロウの奴!新しい魔法を覚えてるなんてな!」

しかし、仲間からの賞賛とは裏腹に、カムロウは自身が放った魔法に対して疑問を抱いていた。

カムロウ「(違う…! これは、あらかじめ覚えていた魔法じゃない!)」

カムロウ「(この魔法は…僕の中から、突き動かすように出てきた……?)」

カムロウ「(もしかして()()()の…?)」

()()()……

僕が意識が失ったであろうあの時。

名前の知らない人から貰ったあの光……

あれが僕の中から出てきたようなイメージがあった!

カムロウ「(あの時のアレって、これの事だったのか…!?)」

自分の両手を見て、自分が放った魔法に改めて驚く。

それと同時に、自分は一人じゃないという実感に、心の底から勇気が湧いてくるような気がした!

イズク「(どういうことだぁ!?さっきまで対処方法なんて持ってなかったはず…!?)」

イズク「なんでこうも!なにもかも!思い通りにいかねぇんだよぉぉ!」

地団太を踏むイズク。そう苛立つ中、彼の眼にある3人が映った。

遠くからこの戦いを見守るラクト達。

彼らを視界に入れた途端、イズクはあることを思いつき、ニヤリと笑った。

イズク「へっ!馬鹿な奴らだなぁ!そこの雑魚共ががら空きじゃねぇかぁ!」

イズク「そこからどうやってその雑魚共を守れる!?」

イズクは右手の甲の鏡から、今度は冷気を噴き出し始めた!

狙いはルカ達ではなく、ラクト達だ!

ルカ「なんて奴だ…もう戦えない人を狙うなんて…!」

ジョージ「戦いでは、弱った方を狙い戦力を減らす事は、戦術の一つだ…」

マモル「けど、ああいう人情が無ぇ奴がやると腹が煮えるよなぁ…!」

 

カムロウ「やめろイズク!ラクト達は戦えないんだ!」

イズク「だからなんだぁ!?この俺に歯向かったんだ!報いは受けて当然なんだよぉ!!」

イズクは右手を突き出し、凍てつく強風を放った!

イズク「凍れええぇぇぇ!!!」

凍てつく強風は地を這いラクト達の方に進む!強風が通ると、地面に氷棘が生えた!

ラクト「うおぉ!?狙いは俺達かよ!?」

パヲラ「二人とも逃げろ…私のことはいい…!」

ラクト「アホ!そういうわけにいくかってんだよ!」

そうこうしても、氷風は迫る。このままだと直撃は免れない!

ラクト「ああ、どうすりゃいいんだ!?と、とにかくパヲラを運ぶしか__」

 

チリ「__魔力障壁(マジックバリア)!!!」

チリは魔力の壁を展開した!氷風はそれにぶつかり、壁を沿うようにラクト達を避けて進み、消えてしまった。

ジョージ「見事だ!どうやら、心配無用だったようで…」

カムロウ「よ、良かった……本当に良かった………」

カムロウはホッと胸を撫で下ろした。

ルカ「………なんか、魔法使えるっていいなぁ。」

マモル「まぁ、これからっすよ。勇者サマ。」

魔法に羨ましがっているルカを励ますように、マモルは肩に手を置いた。

 

ラクト「何だよお前!やれば出来るタイプだったのかよ!」

チリ「ごめんね!今までやらなくて!」

チリ「やっとやる気になったって感じだから!」

チリはラクト達に振り向くと、誇らしげにそう言った。

パヲラ「フフッ…どうやら、君も【感化】されたようだね?」

チリ「そうかも。みんなが頑張ってるんだもん。私も本気出さなくっちゃダメだよね?」

ラクト「ったくよぉ!だったら最初からそうしてくれよな!」

 

イズク「う……ぐ…ぐぐ………」

イズクは再び歯ぎしりをした。また思い通りにならなかったのだ。

苛立つイズクを前に、ルカ達は再び立つ。

ジョージ「イズク、我らを格下だと思うな。全力で挑むことを勧める。」

ルカ「あぁ、そうだ!僕たちだって、やれる時はやれるんだぞ!」

マモル「いや、()()()()()()()()って………」

まぁ、僕の発言にも思うところはあるが…これは挑発だ。

いくらラクト達が攻撃を避ける術を持っていたとしても、現状戦えるわけじゃない。これ以上狙われないようにするために、あえて挑発したわけだ。

イズク「…あぁ…そうだ……そういや…この近くに村があったなぁ……」

ジョージ「…? それがどうしたと言うのだ?不意に気にし始めて……」

イズク「決まってるさぁ…!」

イズク「貴様らへの見せしめに、村を潰すとするかぁ…!!!」

カムロウ「な、なんだって!?」

なんてこった。挑発が失敗してしまった。まさかそっちに矛先が向けられるとは…!

ルカ「ま、待て!その村は関係ないだろ!?

イズク「何言ってんだぁ!?お前らがこうして戦えるのは、その村があるせいだ…!その村が無ければ、俺はお前らなんかに勝てたんだぁ!」

そう叫ぶとイズクは、僕達には目もくれず、崖を登ろうとすぐさま移動を始めた!

 

ラクト「て…テメェェ!逃げる気かァァァ!!テメェェェエエエ!!!」

逃げるイズクの背に向かって、ラクトが叫んだ。

ラクト「自分の思い通りにならねぇからってよぉ!気に食わねぇからって理由でよぉ!」

ラクト「自分よりも弱ぇ奴を叩くってか!?ふざけんじゃあねぇ!!どこまで卑怯者なんだお前は!!!」

ラクト「どこに行く気だ卑怯者がァァァ!!!」

ラクトの叫びに耳もくれずに、イズクは一目散に崖を目指した。

それを、ルカ達はすぐにイズクを追いかけようとした。

ルカ「くそぉ…!今からでも追いつけるか!?」

カムロウ「それでも止めなきゃ!村が大変なことになる!」

カムロウ「村に手出しはさせない!ここで止める!」

このままイズクを放っておけば、カムロウが育ったコロポの村で虐殺が起きるだろう。

いや、虐殺では済まないかもしれない。何が起こるかわからない。

だから、僕たちはここで止めなくてはならない!とにかく追いかけようとした__

 

 

 

 

???「___さっきの言葉…聞き捨てならないな。」

__不意に、イズクの前に、立ちはだかった人がいた。

 

 

それは、カムロウの父、ハーレーだった。

 

ハーレー「【村を潰す】…確かそう言ったな。」

イズク「…誰だてめぇは?」

イズクは歩みを止め、ハーレーを睨んだ。

しかし、ハーレーはひるまず睨み返した。

ハーレー「なに、ただの通りすがりだ。」

ハーレー「今、ここに来たばかりだ。ここで何か起きたのかもさっぱりわからん。」

白々しい態度をしながらハーレーはそう発言した。

イズクもそれを見え透いたようだった。

イズク「ほぉ…?」

ハーレー「…ところで質問があるんだが、俺の村の門が壊れたんだが…何か知らないか?」

イズク「いや、さぁな…知らねぇなぁ?ん?」

__イズクがそう答えた瞬間、ハーレーはすでにイズクの間近に迫っていた!

イズク「え__」

そしてハーレーは、鋭い鉄拳をイズクの頬にぶつけた!

ハーレー「どう考えてもお前だろうがァァァ!!!」

イズク「うぐぉぉぉおおお!?」

めり込むような一撃を食らい、思わず巨体が揺らぐ。

しかしイズクは、すぐさま立ち直った。

イズク「そ…そうか!さてはお前はあのガキ共の知り合いだな!?あのバカ共の敵討ちを手助けしに来たわけだな!?」

ハーレー「阿呆(あほう)がッ!そんなことはどうでもいい!!!」

イズク「ど、どうでもいい!?」

ハーレー「あぁ。敵討ちだのなんだの、そんなモン、お前達で勝手にやってろバーカ。」

イズク「は、はぁ!?じゃあ何で俺をぶん殴ったんだよぉ!?」

ハーレーは、今度はボディーブローをイズクに叩き込んだ!

ハーレー「俺の村の門を壊した恨みだよ!!!」

イズク「ぐぉぉぉあああ!?」

 

ルカ「えぇ……り、理由も動機もむちゃくちゃだな………」

カムロウ「あぁ、そういう人なんだ…あの人……」

ルカ「そ、そうなのか?かなりカタブツそうなイメージあるけど…?」

カムロウ「唯我独尊でわがままで……そういや母さんは素直じゃないって言ってたなぁ。」

ルカ「……まるで嵐のような人だな。」

 

イズク「じゃ、じゃあなんだぁ!?落とし前で、その背中のデカい剣で俺をぶった斬ろうってのか!?あぁん!?」

ハーレー「お前にはこれで十分だ。」

そう言うとハーレーは、右手は握り拳を作り、左手は前に突き出し構えた。

すると右手の握り拳に光り輝く風が纏い始めた!

 

カムロウ「嘘だろ…父さん………」

カムロウ「()()を放つ気!?」

ルカ「なんだ?()()って?」

カムロウ「あの構えは…大砲と同じだよ……いや………」

カムロウ「放たれるモノはもう…大砲とは呼べないかも………!!!」

ルカ「どういうことなんだ!?ハーレーさんは何をする気なんだ!?」

カムロウ「例えるなら、右手が砲弾で、左手が砲口なんだ!右手で圧縮した生命エネルギーを、左手で一気に放とうとしているんだ!」

ルカ「な…なんだそれ…!?」

確かにその技は、大砲…いや、大砲以上の代物かもしれない!

 

ハーレー「………一つ聞くが、お前にとって「強さ」とはなんだ?」

イズク「へっ、こんな時に愚問を吐くんじゃねぇよぉ!」

イズク「そりゃあ、この「身体」だよぉ!不死身の身体!不死身の力!なんにも恐れるモノもねぇんだ!それ以外に何があるってんだ!?何か間違ってるかぁ!?」

ハーレー「そうか、やはり貴様は臆病者だ!!!」

イズク「お前もそうほざくかぁ!!」

ハーレー「人としての一線を越えた時点で、貴様はもう敗北者だ!!!」

イズク「この野郎ォォォ!!!」

イズクは歪んだ巨体を揺らし、ハーレーに殴りかかろうとした!

ハーレー「命を懸けようともしない弱者め!!地に墜ちろ!!!」

ハーレーは右手を左手の甲にぶつけた!

ハーレー「オーラステラスター(生命波動砲撃)!!!」

ハーレーの左手から、光り輝く波動が放たれた!!!

イズク「うおおおォォアアアア!!!」

光り輝く波動は、まるて地面を抉りながら進む大蛇のように、地面を、空気を粗削りしながら突き進み、イズクの巨体を飲み込んだ!!!

そして、反対側の崖に激突し爆散した!

ルカ「………なんて、威力だ…!!!」

カムロウの言う通り、確かにこれは、大砲と表現するには、あまりにも似合わない。それ以上の表現が必要になるほどの代物だ!

今、例えるとするならば…嵐そのものを放っているとしか表現できない…!

ルカ「不条理すぎる…!本当に人間なのか、あの人…!?」

カムロウ「そうだよ……これが……この身勝手さが……」

 

カムロウ「これが僕の父さんなんだ…!」

 

ルカ「…凄いな。カムロウ。君のお父さんは…!」

カムロウ「うん…僕にとっては…【誇り】だよ…!」

 

攻撃を終えたハーレーは、構えを解き、背を向けるよう後ろに振り向いた。

ハーレー「ふん。何が悪い。事実に事実を突きつけることに。」

ハーレー「お前は一つ勘違いをしている。それも大きな勘違いだ。」

ハーレー「強大な力を手にして強くなったと思い込んでいるが、お前は強くなったのではなく、自分を見失っているだけだ。自分の大きさも、相手の大きさも全く変わっていない。」

 

ハーレー「取り合えずデカい事を成そうとした結果がこのザマだ。そもそもの話、不老不死になったところで何になるってんだ。しかも貴様のような半端者が。」

ハーレー「己さえ良ければ、他人を弱者や道具にしか見下さない貴様なんぞ、負けて当然だ。」

ハーレー「強靭な「身体」があっても、人より優れた「技量」を持っても、命を懸ける「心」が無ければ、「強さ」とは言えん。」

ハーレー「強大な力を持ち合わせても、どうしようもない絶望を前にしても、決して揺るがぬ信念の【心】がな。」

 

ハーレー「その辺に関しては貴様なんかより、()()()()()の方が立派だったがな。」

 

その場から離れて遠くの場所に移動したハーレーは、背中の大剣を抜刀し、地面に突き差した!

ハーレー「今から、この崖を超えようとする者は、誰であろうとも俺が切り落とす!いいな!」

その場にいる全員に、ハーレーは聞こえるよう宣言した。

地面に刺した大剣の柄に手をかけ、いつでも斬りかかれる態勢で、周囲を睨むようその場から動かない。

カムロウ「は!? お父さん!?なんで!?」

ルカ「いや、問題ないよ。()()()()()()()は。」

ラクト「崖を登って逃げようとする奴だけ…ってんなら、俺達には何も問題はねぇなぁ。」

ラクト「ここにいる俺達、誰一人逃げる奴なんていねぇからよぉ!!」

そう、これは僕たちに向けての警告じゃない。

イズクがどこにも逃げれないようにするための見張り役を、自ら買って出てくれたのだ!

マモル「そんじゃあ後は、イズクをどうにかするだけですなぁ、勇者サマ。」

ジョージ「うむ。その通りだ。」

そうして僕たちは、イズクを視界に入れる。

イズクは瓦礫を押しのけ這い出てくると、怒りに任せた感情を次々に吐いていた。

イズク「俺が……弱者だと…!?臆病者だと…!?」

イズク「好き放題罵りやがってぇぇぇ…!!!」

 

後はこいつをどうにかするだけだ。

そう思った僕は拳を構えようとしたとき、ジョージがイズクの近くに歩み寄った。

ジョージ「イズク……降伏をするつもりはないか?」

イズク「!? なんだとぉぉぉ…!?」

マモル「反魂鏡を渡せ。そうすりゃ見逃す。って言ってんだよ。」

ルカ「…分かるだろ?僕たちはこれ以上戦ったって、何にもならない。何も残らない。ただ無駄に時間や体力を浪費するだけだ。命を奪い合う必要はないんだ。」

全くその通りだ。ここで命の奪い合いをしたって、なんの意味もない。

………なのに。

 

イズク「………ってのか?」

 

イズク「この俺にはもう勝ち目が無いって言ってんのかァァァ!?」

 

…ダメだった。こいつはどうしようもない奴だ。

どうしてこいつは、考える余地がないのだろうか。

ルカ「お、落ち着け!そんな事言ってないだろ!__」

イズク「__ダマレェ!」

 

イズク「認めねぇ!ミトメネェ!俺が最強だ!最強は俺なんだ!勝つのは俺だ!俺が勝つんだ!」

イズク「降伏すんのはお前らの方だよ!そう言って、ホントは俺に怖気づいてるだけなんだろ!?ナァ!?生意気なマネしやがってェェェ!」

イズク「お前ら全員、皆殺しだアァァ!!!」

イズクの巨体は怒りに任せて、歪な巨腕を振りに振り回して瓦礫を飛ばす。

それらは僕たちに当たることはなかった。

瓦礫は壁に当たる、地面に落ちる、飛ばされに飛ばされる。

………ポツポツと雨が降り始めた。

次第に辺りは雨雲で一層暗くなり、降る雨のせいで視界が悪くなった。

そんな中、僕たちは心の底から、燃え上がるような感情が叫ぼうとしていた。

…どうして止めようとしないんだ。

……どうして戦い続けようとするんだ。

この……この………

「「「「この分からず屋がァァァァ!!!!」」」」

 

戦いの狼煙(のろし)が、再び上がった!

 

 

 

 

 

__それぞれが拳を構え、武器を構え、戦いの準備をしている最中。

カムロウもその一人だ。

しかしそんなときに、まるで頭の中に響き渡るよう、声が聞こえた。

ハーレー「(聞こえるか、カムロウ。)」

カムロウ「お父さん…!?」

声が頭の中から聞こえた。まるで近くにいるように聞こえる。

だが、辺りを見ても、聞こえているのは僕だけのようだ。

ハーレー「(風薙ぎの応用だ。生命エネルギーだのなんだのと聞いたから、もしかしたらとは思ったが……この声は、お前だけに聞こえるようだな。)」

ハーレー「(真似してみろ。)」

真似…念じればいいかな?

カムロウ「(…こう?)」

ハーレー「(やはりな。ようやくお前も風薙ぎの使い方を理解できたようだな。)」

このやり方で合ってたようだ。この僕の声も、父さんにしか聞こえてないようだ。

カムロウ「(使い方って…意地悪だなぁ父さん。本当は風薙ぎに使い方なんて無いんだろ?)」

カムロウ「(体で風を動かし、技で風を操り、心で風を生む、生命の力。それが風薙ぎなんだ。合ってる?」

ハーレー「(…うるせぇバーカ。べらべら喋りやがって。)」

風薙ぎ…それは、身体から溢れ出た過剰な生命エネルギーを、身体に纏う技術だ。しかしそれは、鍛錬によって研鑽するようなモノではなく、強い精神力、心の強さで変化するモノなのだ。

僕はそれを、ようやく理解できたんだ。

カムロウ「(父さん、悪いけど手出し無用だよ。)」

ハーレー「(ふん。馬鹿が。俺がアイツを逃がさないようにしている時点で手を貸してるも同然だろうが。)」

カムロウ「(……やべっ。)」

言われてみれば、そりゃそうじゃん。

ハーレー「(だが、お前に一つだけ言っておく。)」

ハーレー「(出し惜しみはするな!持てる力を出し切って、全力で勝て!!!)」

 

カムロウ「(……分かった!全部をぶつける!)」

今、持ちうる力を、【いままで】ではなく、【今】!

ありったけをぶつけてやる!

その意気込みで、カムロウは大剣を構えた!

 



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第62話 今亡き友に誓う五月雨の血刀

暗い雨雲が立ち込め、霧雨降る最中、ルカたちの負けられない戦いが始まった!

反魂鏡の力を身体に取り組み、右腕が醜く巨大に変化したイズクに対し挑むのは__

 

ルカ、カムロウ、ジョージ、マモルの4人だ!

 

ルカ「行くぞ、みんな!」

 

   「「「あぁ!!!」」」

 

絶対に負けられない…!

2人(ジョージ・マモル)のため、世界のため、正義のために…

今、僕たちは勝たなくちゃいけない!

 

ルカ「せいっ!」

ルカは飛び蹴りをした!

イズクは攻撃を巨大な右腕で受け止めた!

ルカ「あっ。だ、だめか。」

イズク「ちぃ…!なんだよこの生温い攻撃はぁ!まだ馬鹿にしてんのかよぉぉぉ!」

イズクは巨腕をぶん回し、ルカに攻撃した!

ルカ「うわああああ!」

もの凄い力で、ルカは吹き飛ばされ、地面に激突する。

ルカ「や…やっぱり僕の力って非力なのかな…?」

戦いが長引いているからか、さっきみたいな物凄いパワーが出なくなってきている。

今の僕じゃ、正面からの真っ向勝負だと力負けするだろう。

どうしたものか……

カムロウ「ルカ!僕たちを忘れてないか!」

ジョージ「勇者殿、ここは我々にお任せを!」

マモル「ちょいちょい、アッシも忘れてない?」

ルカの前に、カムロウとジョージが躍り出た!

 

カムロウ「火炎弾魔法(ファイヤーボルト)!」

カムロウ「連発だっ!!」

カムロウは炎の玉を高速で連発した!

イズクは巨腕を振り回して、迫る炎の玉をかき消した!

イズク「こんな炎の玉でぇ!俺が燃えると思ってんのかぁぁぁ!__」

 

ジョージ「__ぬぅん!」

その刹那、ジョージはイズクの横から横一文字に斬りかかった!

イズクは巨腕で防御したが、深い斬り傷のダメージを食らった!

イズク「ちぃっ!ジョージぃ!てめぇ__」

 

カムロウ「__風薙ぎ(かぜなぎ)!!」

カムロウは、大剣に光り輝く風を纏わせ、風の衝撃波を放った!

衝撃波は、イズクの顔面に直撃した!

イズク「ぶほぁぁっ!!」

 

イズク「このガキぃ!少しは喋らせろぉぉぉ!!!」

カムロウ「うるさいなぁ!お前は!いちいち、話が長いんだ!」

 

カムロウ「__落雷魔法(カミナリ落とし)!」

カムロウは空から、雷を呼び落とした!

雷はイズクにまっすぐ落ち、激しい衝撃と稲光を走らせた!

イズク「ぐうぉおぉぉおぉぉぉぉぉ!!!」

普通の人間ならば、雷なんて直撃したら一たまりもない。

しかし、異形の身体と歪んだ執念を持つイズクは一味違った!

イズク「ぐぅ……イタクねぇ…イタクは無ぇぇぇ!!!」

イズクは、身体に帯電していた電気を振り払った!

ルカ「な、なんてしぶとい奴なんだ!カムロウとジョージさんの攻撃だって、すごい威力なはずなのに!」

 

イズク「これならどうだぁ!?防ぐ術があるはずがねぇ!!」

イズクの右手の甲の鏡から、大量の矢が放たれた!

カムロウ「矢…!?こんな大量に!?」

ルカ「しかもこの場でか…どうやって避ければ良いんだ!?」

飛び放たれた無数の矢の雨。

避けようにも範囲が広すぎる!

 

ジョージ「_マモル!」

マモル「あいよ!まかせとけぃ!!」

マモルは持っていた錫杖(しゃくじょう)に、禍津(マガツ)の力を宿した!

マモル「そらよォッ!!!」

マモル「禍津乱槍撃(まがつらんそうげき)!!!」

マモルは錫杖(しゃくじょう)をグルグル乱れ回して、飛んでくる無数の矢をはたき落とした!

それを見たイズクは、驚きのあまり口をポカンと開けた。

イズク「は…ぁ…?」

マモル「アッシが紙ばら撒くだけの能しかないって顔だな?ナメられたもんだなぁ。」

マモル「ジョージほどじゃあねぇけど、こんくらいはできまっせ!」

ルカ「いまのは…棒術…?いや、槍術か!」

マモル「薙刀術のつもりなんですがね。まぁどちらにせよ、棒の扱いは得意ですぜぇ。」

 

イズク「けぇっ…たかが棒切れ振り回したからって、調子に乗るんじゃねぇよぉぉ!!!」

マモル「調子に乗らせて、まだまだぶん回してやるよ!」

マモル「禍津乱槍撃(まがつらんそうげき)!!!」

イズクの巨腕とマモルの薙刀術が、互いに衝突し合った!

マモル「おおおぉぉぉ!」

イズク「があああぁぁ!」

殴りかかろうとするイズクに、マモルは禍津(マガツ)を纏った錫杖(しゃくじょう)を薙刀のように振り回し、何度も何度も相殺する。

イズク「あぁぁ!邪魔くせぇぇ!邪魔なんだよぉぉ!!!」

何度も相殺し合う最中、イズクは右手を上段に構えた!

ルカ「あれは……!」

先ほどの戦いで、食らったことのある攻撃だ。

爆発するかのような衝撃波を攻撃だ!

ルカ「みんな!防御態勢(ガードシフト)だ!」

カムロウ「ああ!」

ジョージ「御意!」

マモル「仰る通りに!」

イズクは巨大な右腕を地面に向かって叩きおろした!

すると、イズクを中心に爆風が巻き起こった!__

 

__ルカ達は、攻撃を耐えた!

イズク「耐えた…かぁ…!!」

ルカ「僕はまだまだ弱いけど、それなりに経験は積んでるんだ!同じ手は二度と通用しないと思え!」

イズク「けっ…だったら、これならどうだよぉぉ!」

イズク「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

イズクは右腕は禍々しいオーラを纏い始めた!!!

イズクの巨腕から、赤黒い蒸気が噴き出し、一層、威圧感のある姿に変化した!

ジョージ「あの身体で禍津(マガツ)を……!?」

マモル「そうとう追い詰められてるってわけだなぁ。完全に攻めに入ったか。」

 

ルカ「なんて禍々しい姿なんだ…!どうしてそこまで……」

イズク「なんでそこまでかってぇ!?当たり前だろうがぁ!そこまででもなんでもねぇよ!」

イズク「沼守の奴等はよぉ!こんな力があるのになぜ使わない!?力を持っていてなぜ使わない!?俺はこの力で世界を変える…!!俺が神になる!!!」

マモル「あーそれだよそれ。それがダメなんだよ。」

イズク「…?」

ジョージ「ショウトは言っていた……沼守の力は人には過ぎた代物だ。だからこそ使わない…と。」

イズク「………? つまり…()()()使()()()()()()…?」

 

少し考えこむかのような感覚を開けて、イズクは喋り出した。

イズク「はぁ!?なんでつまんねぇ理由で、そんな勿体ない事を!?」

マモル「だから、お前みてぇな馬鹿が使うのを危険視したんだよ。」

マモル「そういや今、思い出したよぉ。知ってるか?お前が一族から追放された理由。ほら、アッシ、家柄でさ、耳にしたことあんだよ。」

マモル「お前さ、責任感が無いんだってさ。生半可で未熟で不十分で中途半端な責任力だって。当事者意識が無いとか、そんなボヤキも聞いたなぁ。」

イズク「なんだとぉ…!!!」

 

カムロウ「………結構、散々な言われようだなぁ。」

 

イズク「いつもそうだ……アイツらは…沼守一族の奴らはいつも、俺を使えねぇ奴見てぇな目で見てきてよぉ!」

マモル「えぇ?なんか間違ってますぅ?アッシ、聞いたことをそのまま言っただけですけどねぇ?おぉ?」

 

ルカ「………結構、煽るなぁ。」

ジョージ「マモルはそういう奴で…煽る時は良く煽る。」

 

イズク「この俺をォ…舐めやがってえええぇぇぇ!!!」

イズクは巨体を揺らし、ルカ達に突進してきた!

マモル「そんで、このまま突っ込む気か!禍津(マガツ)を纏った突進なんて食らったら、ひとたまりもねぇでぃ…!」

マモル「おまえさん(ジョージ)行けるかい!」

ジョージ「うむ…!」

カムロウ「だ、ダメだ!いくら何でも危険だ…!!」

カムロウはジョージを止めようとしたが、それを、マモルは遮った。

マモル「待ちなぁ坊ちゃん。アイツ(ジョージ)はなぁ。武術の天才なんだよ。」

カムロウ「武術の…?」

マモル「アイツ(ジョージ)の身体はなぁ、幼少の頃から積み上げられて、研鑽されて、緻密(ちみつ)なところまで鍛え上げられてんだ。」

マモル「アッシみたいな友を守るために、陰で血反吐を出すくらいに努力してなぁ。」

マモル「だから、アッシはあいつを信じれるんだ。」

カムロウ「……………」

 

__禍々しいオーラを身に包み、荒れ狂う闘牛のように突き進むイズクを前に、ジョージは仁王立ちをした!

イズク「ジョージぃぃぃ!いくらお前だって、今の俺を止めれやできねぇだろぉぉぉォォォ!!」

ジョージ「……………___」

 

 

 

 

 

__過去に遡り、ジョージが武術の修業に励んでいる時にまで戻る。

ヤマタイ地方にある、武術の道場。

その道場のとある、板張りの一室。

部屋の中で、ジョージは対面するように正座していた。

その相手は……一人の老人。

彼もまた、ジョージと対面するように正座をしていた。

彼は、ここの道場主であり、彼の弟子たちからは【老師】と敬愛されている人物であった。

老師「ジョージよ…象形拳は知っておるな?」

ジョージ「はっ……存じております。」

ジョージ「象形拳とは、動物の動きや特徴を模倣する武術。動物の動きや攻撃方法を学び、それらを人間の身体と比較して、武術に応用する拳法かと…」

 

例えば…

虎のような素早い攻撃と強力な突進で、相手を驚かせ優位に立つ虎形拳(こけいけん)

猿の柔軟性と器用さを活かし、素早い動きで反撃を行う猿形拳(えんけいけん)

蛇のようなしなやかさと独特な動きで、相手の攻撃を躱す蛇形拳(じゃけいけん)

 

ジョージ「今、上げたモノの他にも象形拳は存在します。」

老師「如何にも。お主の言う通りだ。」

 

老師「既存の生物の特徴を己が物とする象形拳。実在する動物を良く観察し、寄り観察し、その眼に焼き付け、動作から武術にまで発展させたモノ。」

老師「だが…その象形拳、明らかに()()が存在すると儂は思う。」

ジョージ「………()()…というのは?」

 

龍形拳(りゅうけいけん)だ。

龍の優雅さと迅速さで、腕や脚を使い、円滑な動きで相手を攻撃する象形拳……

 

老師「しかしどうだろう…その()というのを、我々人間は、どのようにして観察したのだろうか……まるで龍が現実に存在するかのような表現ではないか。」

老師「龍というのは幻獣の一種。伝承上の生物とされている。なぜ伝承上の生物が、既存の生物でしか表せないはずの、象形拳の中にあるというのだ?」

老師「どうやって観察した?どこで目撃した?」

 

ジョージ「…老師、それは私にはわかりません。魔物から見て学んだ…とかでは?」

老師「確かに、魔物にも龍はいる。だが、我々の良く知る、想像上の動物の姿ではない。」

 

老師「ちなみに儂は龍を見た事あるよ。」

ジョージ「それは本当ですか…!?」

老師「嘘だよ。」

ジョージ「老師!?」

 

老師「ともかく…これの答えを、儂は知っている。」

ジョージ「…老師の考え、お教え願います。」

老師「うむ。」

 

老師「実に簡単な話だ。すでに人間は、龍を観察しているのだ。」

ジョージ「…老師。無礼を承知で言いますが、それは先ほど述べた事と矛盾しています……」

老師「うむ、今、儂が言った事……確かに矛盾していよう。だが、伝承上の生物という不確定な存在を見聞きすることも出来まい。」

老師「しかし人間は、見聞きしていないようで、見聞きしているのだ。」

ジョージ「……では我々は一体、いつ、どこで、どのように観察しているというのですか?」

すると老師は、腕を上げ、人差し指を立てた。

老師はその人差し指を___

 

老師自身の、頭をつつくようにツンツン差した。

老師「ここだ。」

ジョージ「……ア…タ…マ…?」

老師「そうだ。頭の中だ。」

 

老師「鹿の角。生えそろう鱗。鷹のような爪を持つ四肢。大蛇のような長い身体で、空を優雅に、自由自在に泳ぎ回る壮大で威厳ある姿。」

老師「この眼で見た事がなくとも、龍のイメージは想像できよう。」

ジョージ「……………」

老師「つまりは、空想の具現化。妄想の体現化。想像の武術化。と、いう事だ。」

老師「伝承上の生物は、既存している生物と似たような特徴を一部ずつ持っている。継ぎはぎではあるが、それらを真似て概ね表すことなら実現可能。」

ジョージ「(確かに老師の仰る通り……龍や鳳凰(ほうおう)麒麟(きりん)といった幻獣は、既存の生物の容姿と似た容姿を持つと言われている……)」

ジョージ「(龍は九つの動物と似た部分を持つと言われ…鳳凰(ほうおう)は様々な鳥類の特徴を持っていると……)」

 

老師「………象形拳の真髄……それは。」

 

老師「人間に与えられた知恵、好奇心や探求心より生まれたモノ……」

老師「森羅万象…万物の現象を、自身の身体を用いて極限まで表現する武術。その場に存在しない、実体のない()()を、自身の身体に()()する武術。」

老師「……なのかもしれん。」

ジョージ「………………」

老師「若き日より武術の道を歩み幾星霜(いくせいそう)…いまだに、未知の驚きと発見に出くわす時がある。」

老師「人に教えを説く力量を持っていると評されようとも…儂もまだまだ、発展途上の身というわけだ……」

老師「型無くして、型破りとは言えぬ。ジョージ、精進を怠るな。」

ジョージ「ハッ…!」

 

老師「……ふむ。」

老師「儂ってまだまだ冴えてるよね。」

ジョージ「老師!?」

 

 

 

 

 

__現代に戻り、ジョージは構えを始めた!

ジョージは今、この場で象形拳を試みたのだ!

老師が語った象形拳。

その場に存在しない、実体のない()()を、自身の身体に()()する。

ジョージが自身の身体に憑依させようとした存在……それは……

ジョージ「鬼……! 鬼の象形拳!」

ジョージ「私は!心は人のまま、鬼の身体と成ろう!」

ジョージ「禍津の鬼を…身体に纏う!!!」

 

ジョージ「禍津鬼纏い(まがつおにまとい)修羅(しゅら)!!!」

ジョージは、禍津(まがつ)の鬼を、禍々しいオーラを身に纏った!

赤黒い隈取が、顔や全身を伝うように走り、全身からは赤黒い蒸気が、羽衣のように噴き出している。

ジョージ「今の拙者はぁ、禍津(まがつ)宿りし鬼ぃ!!」

ジョージ「力比べとならばぁ、あ、受けて立とうぅゥ!!」

そしてジョージは、歌舞伎役者のような、見栄を切るかのような構えをとった!

イズク「それはァァ、道化のつもりかぁぁァァ!!!」

暴れ馬の如く突進をするイズク。

それを受け止めるように、ジョージは腰を深く落とし、両手を前に構えた!

ジョージ「道化の型とぉ、蔑むならばぁ!見せてしんぜよう、鬼の型!」

ジョージ「とくとご覧あれぃぃィ!」

なんとジョージは、イズクの突進を受け止めた!

互いに衝突した瞬間、双方の脚は地面を抉るよう深く埋まった。

しかし、ジョージの身体はビクともしなかった!

ジョージ「いよぉぉぉぉ__破ッ!!!」

ジョージはそのままイズクを背負い投げ飛ばした!

しかもその威力は並大抵ではなかった!地面は大きく凹み、激突したイズクは何度も、地面をバウンドした!

ジョージ「笑止!見誤ったな、イズク。今の拙者たちは、一味違うぞ!」

ジョージ「歪んだその身体になる前の貴様なら対応できただろう。だが、もはや自分を見失い、冷静な判断すら出来ない今の貴様に、拙者は力でやられるような男ではない!」

カムロウ「いや、ちゃんと普通に喋れるんですか……」

 

ルカ「それにしてもすごい力だな……!この調子なら、なんとか押し返せそうだぞ!」

カムロウ「でもキツイな…イズクの奴、あんなになってもまだ戦えるのか。僕たちだってかなり体力を削られてるのに……」

ルカ「いや、アイツの身体をよく見るんだ。」

そう言われてカムロウはイズクの身体をよく見た。

すると、先ほどジョージがダメージを与えた斬り傷、その傷の治りが目に見えて遅いことに気がついた。

カムロウ「身体の再生が遅くなってる!?」

ルカ「いくら不死身の身体でも、疲労は蓄積するみたいだ。」

 

ルカ「確かに、僕達もアイツと戦い始めて、かなり体力を削られた。でも、それは向こうも同じなんだ。」

ルカ「だから次だ。次の攻防戦で、この戦いは決着する…!」

ルカ「けど、問題がある……どうやってアイツを倒せば…!?」

問題はその倒し方。鏡をも取り込んだイズクをどう倒せば…!?

ジョージ「勇者殿、まだ打つ手は残されています!」

マモル「鏡でっせ!右手の甲にある鏡を狙ってくだせぇ!」

マモル「力の源はあの反魂鏡!あれを砕けば、アイツはもう戦えねぇ!」

ルカ「まだ、挽回できる機会は残されているってわけか………」

だが、これが最後のチャンスになるだろう。

今戦える僕達で団結し、どうにかしてイズクの右手にある鏡を破壊しなくてはならない!

絶対に勝たなくては…!

ルカ「よし……いいか、みんな!聞いたとおりだ!」

ルカ「全員、鏡を壊すことを優先するんだ!」

 

「「「「あぁ!!!」」」」

 

地面に伏せたままのイズクは、ゆっくりと立ち上がろうとする。

イズク「雑音ばっか出しやがって……なにが決着だぁ、なにが壊すだぁ…?」

イズク「てめぇら如きで、俺の【大義】は潰せねぇ!!!」

ルカ「何が【大義】だ!お前の言う【大義】は、私利私欲しか詰まっていない、心のない、ただの【欲望の塊】だ!ただ自分が幸福になりたいだけじゃないか!」

ルカ「お前の大義は、理にかなってないんだ!」

イズク「黙れえええ!この、何も知らないクソガキがあああ!!!」

カムロウ「ああ、そうだ!確かに僕たちは、大人たちと比べて何も知らない子どもだ!」

カムロウ「けど、これだけは理解できる!お前のやろうとしていることは、やっちゃダメな事だ…悪い事なんだって!僕の心が、そう言ってるんだ!」

カムロウ「だから、止める!だから、倒す!」

 

イズク「出来るかあああァァァ!!!」

イズクは禍々しい右手の巨腕で、何度も何度も地面を叩き潰した!

すると、地面がひび割れ、そこから地が裂けた!

ルカ「地割れだって…!?」

地割れはルカ達の方に向かって走っていく。ルカ達は空中に飛んで回避したが__

イズク「止めるとか、倒すとか、調子に乗るんじゃねぇぇぇ!」

イズクは禍々しい衝撃波を、空中に逃げたルカ達に放った!

ルカ「しま___」

反応する時間もなく、衝撃波に当たりルカ達は吹っ飛ばされ、地面に倒れ落ちた。

その間に、イズクは暴れ馬のように、ドスドスと慌ただしい足音を立てる。

近づいた相手はカムロウだ。

イズクは大きく歪んだ右腕で、カムロウの首を掴んだ。

カムロウ「ぐえっ………」

イズク「生意気なガキめぇ!このまま捻り潰してやる__」

 

ルカ「___させるかぁぁぁ!!!」

ルカは飛び膝蹴りをイズクの顔に放った!

イズク「ってぇなぁ…!」

ルカ「たあああ!」

ルカは回し蹴りをイズクの顔に放った!

イズク「どけぇぇぇ!このガキ共があああ!!!」

イズクはカムロウを掴んだまま、巨腕を振り回してルカを振り払った!

それと同時に、掴んでいたカムロウも投げ飛ばした!

投げ飛ばされたカムロウは地面に激突した!

ルカは吹き飛ばされるも、受け身をとって着地した!

ルカ「うおおおおおおお!!」

ジョージ「勇者殿!今、加勢いたす!」

ルカとジョージは、共に歩みを合わせ、イズクに向かって突っ走る!

ジョージ「おおおおおおお!!!」

ルカ「とりゃあああああ!!!」

ジョージとルカは、息を合わせてイズクに正拳突きをした!

イズク「小癪なあああああ!!!」

イズクは巨腕で殴りかかった!

ルカとジョージ、イズクの拳がぶつかり合った!

互いに押す気配も退く気配も感じさせないほど、とても激しいぶつかり合い!

そのぶつかり合いの横から、マモルは文字通り横槍を入れた!

マモル「禍津大太法師(マガツノデイタラボッチ)!!」

合唱するマモルの背後に、禍々しい影の巨人が現れた!

マモル「禍津殴撃(まがつおうげき)!!」

マモル「オラァッ!!」

禍々しい影の巨人は、大きな右手を振りかぶり、イズクを殴り飛ばした!!

イズクの歪んだ巨体が殴り飛ばされるほどの威力。

その威力は、向こうの崖の壁に激突するほど凄まじい威力だ!

さらには土埃も高く舞い、衝撃の余波が感じられるほどだった!

イズク「イッッテェナァァァ!!」

土ぼこりから、イズクは巨腕を回して暴れまわり現れた!

イズク「だったらぁ…これでぇ…!!」

イズクの右手の甲に埋め込まれた鏡から、禍々しい冷気が溢れ出た!

イズク「凍りつけぇぇぇ!!!」

イズクは右手を突き出し、禍々しい凍てつく冷気を放った!

黒いような紫っぽいような、とにかく禍々しい色合いをした冷気が、地面を凍り付かせてルカ達に迫ってくる!

ルカ「なんだあれは…!」

マモル「禍津(マガツ)と氷風の合わせ技かぃ!」

すると、マモルは先頭に立ち、両手で錫杖(しょくじょう)を握りしめた!

マモル「裂渡波(さけとば)ァァァ!!!」

マモルは錫杖を振り回し、斬撃の衝撃波を放った!

その衝撃波で斬られたイズクの冷気は裂け、ルカ達を避けるように直進し消えた!

イズク「次はこれだぁ!!」

今度は禍々しい炎が、イズクの手から噴き出した!

ジョージ「今度は禍津(マガツ)と火炎を合わせたか!」

イズク「燃えつきろぉぉぉ!!!」

イズクは、禍々しい火炎を放とうとしたその時__

 

カムロウ「___おおおぉぉぉ!!!」

カムロウが、光り輝く風を纏った大剣を握りしめ、斬りかかろうとしていた!

イズク「このォォォガキがあああぁぁぁ!!!」

イズクはカムロウに向かって、禍々しい火炎を放った__

__…だがしかし!

カムロウ「うおおおぉぉぉ!!!」

風の剣が炎を切り裂いた!!

カムロウ「烈風巻(れつしまき)!!!」

カムロウは剣から竜巻を放った!!!

切り裂いた炎が竜巻に巻き込まれ、逆流した!

逆流した炎の竜巻が、イズクの体にぶつかる!

カムロウ「まだだ!」

カムロウは大剣を両手に持って構えた!

カムロウ「重颪(かさねおろし)ィィィ!!!」

さらに、大剣を振り回して攻撃を続けた!!

カムロウ「SEEYAAAAAAAA(セイヤアアアアアア)!!!」

イズク「うおおぉぉ!!」

まだ火炎の竜巻が残る中、イズクは右の巨腕で防御した!

それでもなお、カムロウは大剣を振り回し続けた!

何度も何度も斬撃を浴びせた!

カムロウ「これでもか!これでもかああああ!!!」

イズク「うおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

その攻撃に耐えきれなくなってきたのか、徐々に、少しずつではあるが、イズクの防御が崩れつつあった!

ルカ「もう少しだ!あとちょっとで、イズクの防御を崩せそうだ!」

ジョージ「ここは拙者が!」

ジョージは高速移動をして、カムロウの横に並んだ!

ジョージ「驟雨佩飛(しゅううはくひ)夏霞(なつがすみ)!!!」

そして、刀を両手に持ち、高速で斬撃を浴びせた!

「「おおおおおおおおぉぉぉ!!!」」

カムロウの攻撃にジョージも加わり、2人の無数の斬撃が、イズクに大きなダメージを与える!

イズク「うおおああああああぁぁぁぁぁ!!!」

そして、耐え切れなくなったイズクの防御は崩れ、2人の斬撃をもろに食らった!

イズク「ぐぅっ……!」

すると、イズクは、膝を付いてしまった!

ダメージを負いすぎて、身体の再生が間に合っていないんだ!

隙が出来た!イズクの鏡を破壊するには、今しかないだろう…!

終わらせるんだ……この戦いを!

 

ルカ「みんな!攻めかかれ!!大攻撃態勢(オールアタックシフト)だ!!!」

 

イズク「クソがあああああああああ!!!」

やけっぱちか、イズクは禍々しい爆炎を右手から放った!

何度も何度も放ち、辺りを爆炎で包む!

ルカ「うげ…言ったそばからこれか…これじゃ近づけない!」

カムロウ「いや、僕が爆炎を斬る!このまま攻めるんだ!」

ルカ「爆炎を斬る…!?カムロウ、出来るのか!?そんな事が!」

カムロウ「あぁ…出来るさ…!」

そう言うと、カムロウは大剣を両手で握りしめた。

カムロウ「(父さんのような風薙ぎが今の僕には扱えるんだ…!)」

カムロウ「(だから…出来るはず…!)」

炎を切り裂き、風をも薙ぐ剣………

勇者の風と呼ばれるソレを……

カムロウ「(僕にだって、グラディリオン(勇者ノ風)を!!!)」

この力だって、ルカだって、ここにいるみんなだってそうだ。

誰かから受け継がれて、託されて、紡いできたモノなんだ!

それを今…解き放つ!!!

次第に、カムロウの持つ大剣に風が纏わり、光の風と化した!

カムロウ「グラディリオン(勇者ノ風)!!!」

勇者の風が放たれる!!!

光り輝く風の一枚の刃が、疾風のように駆ける!!!

勇者の風は爆炎を切り裂き、爆炎の中にいるイズクの体に大きな斬り傷を付けた!

イズク「ぐぅぁ…!!」

ルカ「き…斬った…!本当に、爆炎を…!」

イズクの周りを包んでいた爆炎。その一か所に、通り抜けれるような広さで通り道を開けてしまった。

以前、カムロウとハーレーさんとの闘いで、その威力は目にしていたが、本当に爆炎を斬ってしまうところを見てしまうと、思わず自分の目を疑う。

これは…とんでもない技だ。

カムロウ「さぁ!このまま行って!」

ルカ「ああ!」

この期を逃してしまう理由はない!

ルカは爆炎の抜け道を通り抜け、イズクの懐に潜り込み、イズクの身体の下からアッパーカットを打ち込んだ!

イズク「なんだと__」

ルカ「__おおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

ルカは会心の一撃を放った!

あまりの威力に、イズクは思わず頭を空に向ける。

そしてそこに、ルカは()()()()を投げた!

ルカ「使い損ねた魔法信号筒だ!」

魔法信号筒は、色とりどりの色を放った!

これはいわゆる、目くらましってやつだ!本来はこんな使い方ではないが、十分効果はあるはずだ!

イズク「うううああああああ!!!」

色とりどりの強い光を直視し、イズクは目を開けていられないようだ!

狙い通りだ。僕が狙っていたのは、イズクの視界を無くすことだ!

ルカ「よし…今だ、ジョージさん!」

そして、無防備なイズクに必殺技を与えるのは…ジョージさんだ!

ジョージ「禍津降魔刀(まがつごうまとう)……」

ジョージは刀を上段に構え、禍津(マガツ)の力を全開にした!

禍々しいオーラが身体を包み、さらには刀にまで伝う!

ジョージ「昇霊流し(しょうれいながし)!!!」

そして空高く飛び上がり、渾身の上段切り…唐竹割りをした!

ジョージ「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

命を、運命を、全てを懸けた渾身の一撃は__

 

__イズクの大きな右の手首を切断した!!!

イズク「ぐうううぅぅぅ…だ、だが俺は不死身だ___」

と喋り続けようとした時、斬り落とされて宙に舞うイズクの右手を、()()()()()がもの凄い速さで貫通した!!!

そして、崖の壁に勢いよく突き刺さった()()()()()は…マモルが持つ錫杖だった!

マモル「……ふぅー。なんとか当てれたなぁ…」

イズク「うぇ……!?」

ジョージがイズクの右手を斬った時、マモルは錫杖に禍津(マガツ)の力を宿して投げていたのだ!

さらに、右手が貫通した。それが意味する事……

手の甲に埋め込まれた鏡…反魂鏡が破壊されたという事である!

パリンッ…と、鏡の破片がバラバラに、右手と共にこぼれ落ちていく……

 

骸王(むくろのおう)・イズクを止めることに成功した!!___

 

 

 



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第63話 優劣なんてない、誰だにだって言える。

カムロウ「やった…壊せたぞ!!」

ルカ「よし……!」

反魂鏡を壊したということは……イズクを止めることが出来たんだ!

それをさらに実感させるかのように、降っていた雨は止んでいき、分厚い暗雲もどこかに飛んでいき、眩い夕日がルカ達を照らしていた。

マモル「まったく…お前さん、ぶった斬るってんなら一言、言って欲しいもんだなぁ……」

ジョージ「すまぬ。だが……マモルのことなら、言わなくてもどうにかしてくれると…」

マモル「へっ……まぁな。」

手をぶらぶらしながら安泰したマモルの脳裏に、ある言葉が浮かんでいた。

___マモル、ジョージを頼むぜ。じゃねぇとそいつ、一人じゃ生きていけねぇよ。

マモル「(ショウト……お前さんとの約束、アッシは守れてるぜ……)」

 

勝利を喜ぶルカ達をよそに、イズクは地面に落ちた自分の右手と、散らばる鏡の破片の元に、這いずり寄ろうとしていた。

イズク「ば…馬鹿な奴等め……お…俺は不死身なんだ……」

イズク「まだ…まだ鏡は残ってる…!なんとかかき集めりゃ…俺はまだ…!」

落ちた鏡の破片に、イズクは左手で触れようとした瞬間。

なんと、鏡は音もなく、砂のように崩れ、消えていった……

イズク「え…あぁ……あぁぁ…鏡が…!?」

 

カムロウ「消えた!?なんで!?」

ルカ「不自然に消えたな……どういうことなんだ?」

ジョージ「勇者殿、これには推測できる訳が…」

 

ジョージ「あの鏡…反魂鏡というのは、本来は故人と一時だけ会う力を持つと伝えられてまして……死者を使役するなど冒涜に等しい行為なのです。」

ジョージ「鏡が無茶な使い方に耐えられなかったか……それとも…呼び出された魂の総意が、カタチとなって現れた結果かと…」

ルカ「うーん…なんだか、よくわからないけど………結局、【未だかつて邪は正に勝たず】…なのかな。」

ジョージ「……と、いいますと?」

ルカ「えーと……(よこし)まなことはどんなことがあっても、結局正義に勝てない、って意味です。」

ルカ「たしか…ジョージさんたちが住んでいた地方だと、【万物に神が宿る】という考えの風習があるんでしたよね。だとしたら…僕たちみたいに、正義の心を持った神様が、あの鏡にも宿っていて……その神様がそうしたんじゃないかって、僕はそう思います。」

そう言われて、ジョージはハッと何かに気付いた顔をした。

ジョージ「付喪神…!反魂鏡に宿る神が自ら望んだ事…ですか。」

ジョージ「……おそらく、勇者殿の仰る通りかと…」

 

イズク「そんな……そんなぁ……」

地面に倒れ込むイズクは、かなり落胆している様子だ。顔はぐしゃぐしゃになり、目からは大粒の涙を流している。

カムロウ「うわぁ。すごく、泣いちゃってるなぁ。」

マモル「自分に才能があると思ってた馬鹿の末路がこれかい。あーあ。やなもんだねぇ、目も当てられねぇや。」

するとイズクの身体から、光る粒子のようなものが浮かび始めた。

イズク「……? なんだこれ…?」

マモル「あー……反魂鏡の力に頼りすぎたなぁ。身体が耐え切れなくて崩壊し始めてら。もう魂が現世に留まれねぇんだな。」

イズク「…!」

マモル「死ぬんだよお前、このまま消えるんだよ。」

そう聞いたイズクは焦ったような顔をした。

イズク「嘘だ……!俺は…ここで…死ぬような男じゃ…!!!__」

 

ルカ「__いいや…負けたんだよ。お前は。」

 

ルカ「お前はここにいる、それぞれの【想い】……みんなの【大義】に負けたんだ。」

 

ルカ「【絆】こそ【大義】なんだ!お前は人としての道を踏み外した!自分自身の未熟が招いた結果を、すべて外のせいだと思い込んだ結果だ!直すべきところは世界じゃなくて、お前自身の内側だったんだ!」

 

ルカ「ここにいるみんなの、それぞれの想いに比べれば!お前の目指す大義なんて小さいものだ!」

 

ルカ「絆こそが!目に見えない繋がりや信頼こそが!!大義なんだ!!!」

 

 

イズク「__………いいよな、お前らは。」

なんだか諦めたような、無気力な顔になったイズクは、そう呟いた。

ルカ「……?」

イズク「そんなに必死になれてさ。」

そう言うとイズクは、その巨体のまま、地面に仰向けに倒れ込んだ。

イズク「昔から…生まれた時から、裕福な暮らしをしていたもんだから…自分には何かしらの、素質や才能があると思ってた。」

イズク「だから色んな事に取り組んでみたが、自分が思うよりも結果は出ねぇし…その度に蔑まれて……自分の力量の無さと、理想と現実の違いに絶望して……」

そして、大きなため息を吐いた。

イズク「俺って、何で生きてたんだろうなぁ……俺達、人間って、何で存在してんだろうなぁ……何がしたかったんだろうなぁ……」

そう言って、虚ろな目を、夕陽に焼けた空に向けていた。

しばらくすると、憐れんだような目付きで、ルカ達を見つめた。

イズク「俺はこのまま死ぬけど……お前らは、この先も生きるのか…?」

イズク「このつまんねぇ世界を。何やってもうまくいかないこの世界を。普通の奴が何しても変わらないこの世界を。」

イズク「生きてたって、つまんねぇだけだぜ。」

 

カムロウ「__それでも生きる。」

 

カムロウ「僕たちが今、生きている理由…存在する理由……」

カムロウ「もしかしたら、意味なんて無いかもしれない。ただ存在しているだけかもしれない。だとしても……」

カムロウ「【今】を生きなきゃ…明日はやってこないから……」

 

イズク「……お前は…生きたいのか?」

カムロウ「うん。僕は【今】を、みんなと一緒にいたい。」

カムロウ「それだけで良い。ただ…それだけで。」

 

それを聞いたイズクは、再び脱力した。

イズク「あぁ……そうかよ。」

イズク「じゃあな。せいぜい足掻けよ。俺は、お前らのムカつく顔を拝みながら、このまま死んでやるぜ。」

 

ルカ「……………」

ジョージ「行きましょう。勇者殿。」

ルカ「……あぁ。」

決着はついた。これ以上、何をしても、何もしなくても良い。

終始、心底腹の立つ奴だったが、戦いは終わったんだ。

僕たちはその場から去ろうとした__

その時だった__

 

ハーレー「__お前たち!今すぐそこから離れろ!!」

ハーレー「崖が崩落するぞ!!!」

遠くにいたハーレーが、ルカ達に向かってそう叫んだ!

ルカ「崩落だって…!?」

そう言われて周囲を見渡す。

自分たちがいるのは左右に切り立った崖がある谷底だ。

よく見ると、その崖が今にも崩れそうではないか!

小さい石がコロコロと転げ落ち、次第に辺りが揺れ始めた!

チリ「崩落って…!?どういうこと……」

パヲラ「雨で地盤が緩んだ上に、激しい戦闘の影響か……崖崩れが起きるぞ…!」

ラクト「やっべぇ!このままじゃあ、俺達巻き込まれんじゃねぇかよ!上だ!とにかく上に逃げるぞ!」

チリ「パヲラさんを運んで上まで!?行ける!?というか間に合う!?」

ラクト「行けるだけ行く!なんならお前だけでも逃げろ!」

ラクト「せっかく良い展開だったってのに、事故で死ぬってのは嫌だぜ!」

ルカ達はその場から避難し始めたが……崩落の範囲は想像よりも広いようだ。

今から移動しようにも、どう考えても、明らかに巻き込まれてしまう!

ハーレー「(これは間に合うのか…!?)」

ハーレーは迷っていた。

全員を谷底から上まで上げるとしても、全員は無理だ。

救出に向かおうにも、誰から先に助けるべきか。

張り巡らせた思考の中に、突如、響くような声が聞こえた。

カムロウ「(父さん!パヲラさん達だけでも避難させて!)」

ハーレー「何ッ!?」

間違いなく聞こえた声の主は息子のカムロウ。

風薙ぎ…生命エネルギーの応用で、自分たちだけ聞こえる思念波を飛ばしてきたのだ。

カムロウ「(僕の事はいい!なんとかする!)」

ハーレー「(……分かった!)」

ハーレーはパヲラ達に合流するよう駆け付けた。

そして、全身から魔力を放ち始めた!

パヲラ「何を…!?」

ハーレー「お前達だけでもここから移動する!」

ハーレー「移動魔法(ワープ)!」

パヲラ達は光に包まれ、高速で空中に浮かぶ上がった!__

 

カムロウとルカは、駆け足で谷底からの脱出を図っていた。

しかし、間に合いそうになかった。

瓦礫と土砂が後ろや前からなだれ落ちてくる__

ルカ「だめだ…!このままだと、僕たちも下敷きに!__」

カムロウ「こっちだ!ルカ!___」

大量の岩石が降り注ぐ中、カムロウはルカに向かって飛び込んだ!__

 

 

マモル「__間に合いそうにねぇなぁ…」

ジョージ「__…うむ。」

岩石や土が降り注ぐ中、マモルとジョージは背を向けながらも身を寄せ合っていた。

マモル「多分、勇者サマは大丈夫なんだろうけど…なんか、最後に言う事ある?」

ジョージ「…………」

 

ジョージ「悔いはない。」

マモル「そら同感でさぁ。」

 

やるべき事は成した。死力を尽くした。

あとは勇者様の無事を祈るのみ____

 

 

 

 

そう思っていた時だった___

 

 

イズク「__そいつぁ、困るなぁ…!」

 

次の瞬間、ジョージとイズクは宙を舞っていた。それも空高く。

いや、放り出されたの方が正しいだろうか。

視線を向けるとそこには__

イズクがいたのだ。

 

ジョージ「イズク…!?」

マモル「お前…!?」

イズクは何をしたのか__

彼は最後の力を振り絞り、その歪んだ巨体で2人を投げ飛ばしたのだ!

イズク「お前らはこの先も苦しみ続けんだよ!」

イズク「【生きる】って事になぁ!!!__」

 

イズク「(__どうだ見たか…!ざまぁみろ…!命を懸けたお前らのように……俺だってお前らと同じように! ()()()()()やったぜ…!!!)」

イズク「(だから…だから…この俺を……!!)」

イズク「俺を認めろおおおぉぉぉ!!!___」

 

 

最期の一声。

誰か聞こえたのだろうか。

誰か届いたのだろうか。

それは誰も知らず。誰にも分からず。

彼は土砂に埋もれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

崖の上__

空は夕陽に焼け、そよ風が吹いている。

所々に水たまりがあり、やや草が生えた地面に、ラクト、パヲラ、チリ、ハーレーの4人の姿があった。

一足先に、ハーレーの移動魔法で避難していた。

ラクト「移動魔法か……相当、魔力を消費するだろ。」

ハーレー「問題ない。魔法はあまり使わない。それに移動しようにも、俺にはこれしか方法が無くてな。」

すると遠くから、カムロウの姉リンドウが様子を見に来た。

先ほどの崖崩れの音を聞き、駆け付けてくれたようだ。

リンドウ「父さん!何があったの!?すごい音がしたけど…」

ハーレー「さっきの雨で崖崩れが起きた。そっちは?」

リンドウ「何ともないよ。村の門は壊れたままだけど。変な奴等(亡者)は消えちゃったし……」

ハーレー「そうか。」

 

リンドウ「それで…他の人たちは…?カムロウは?」

チリ「私達は助かったけど…他のみんなは…!? どうなったの…!?」

みんなは谷底…があった場所に視線を移す。

先ほどまで自分たちがいた場所は大量の土砂で埋まっていた。

パヲラ「あまり考えたくないが……もし巻き込まれたと仮定すると、捜索は絶望的だな。」

ハーレー「いや…カムロウのやつは…なにか考えがあるような素振りだったが…?」

すると、その土砂がボコッと盛り上がり、中からドラゴンが這い出てきた!

よく見るとその土まみれのドラゴンの身体の下に、ルカの姿があった!

ルカ「た…助かった…!ありがとう、カムロウ。」

ルカ「あの時、咄嗟に僕を庇って、覆い被さってドラゴンに変身してなかったら…今頃ぺしゃんこだったよ……」

 

ハーレー「…どうやら、無事のようだな。」

ラクト「流石だぜカムロウ!あの時ドラゴンに変身して、なんとか助かったんだな!」

ラクト「ドラゴンの力は折り紙付きだぜ!あのパワーとタフさだったら、土砂に埋まってもなんとか脱出できんだな!」

ラクト「……あぁ………良かった………」

 

チリ「あと…ジョージさんとマモルさんは…?」

パヲラ「そこにいる。」

パヲラが指さしたその先に、ジョージとマモルは座り込んでいた。

ラクト「おぉ!お前らも逃げれたんだな!」

安否の確認が出来て安心したのか、ラクトは2人に走り寄る。

そして、少し気まずそうな顔をしながら質問をした。

ラクト「えーと…こんなこと聞くもアレなんだが…イズクはどうなったんだ?多分だが…俺達、確認出来てないっぽいんだ。」

マモル「イズクか…アイツは……」

ジョージ「……………」

ラクト「…………?」

ジョージとマモルは、まるで思いつめるかのように、谷底に視線を落として動かなかった。

 

 

 

少し時間が立ち……

夕陽は沈み半分だけ顔を出している。空はやや暗くなりつつある頃だった。

崖の近くには、墓標のような岩が立っていた。

岩には、こう刻まれていた。

 

__沼守イズク、ここに眠る___

 

その墓標の前にいたのは、ジョージ、マモル、ラクトの3人だった。

ラクト「良いのかよ…墓まで立てちまって。仇じゃあなかったのかよ?」

ジョージ「……そうだ。奴は仇だ。拙者たちとは相容れない存在だ。」

マモル「正直言うと、今でも憎んでるよ。顔も思い出したくねぇ。」

 

ジョージ「だが奴は…その最期に、己が命を懸けて我らを救った。」

ジョージ「互いに相容れないはずにも関わらず……あの時、我らを助ける利点など、あるはずもないのに……生かしたのだ。我らを。」

 

ジョージ「奴が最後の力を振り絞りとった行動…それには、仇といえども、払える敬意があった。」

マモル「自分は劣等者だとか言ってたくせによ……なんだよ。あったじゃねぇかよ。誇らしいモノがよ。」

 

ジョージ「どうやら我々は……生きねばならないようだ。敵と言えども、イズクの最期の意思。次いで生きねばならない。」

ジョージ「奴がつまらぬと評したこの世界を。生きてこの先も、我々は苦しまねばならない。」

 

ラクト「……それは…呪詛ってやつか?」

マモル「いや………」

 

マモル「(まじな)いだ。」

 

ラクト「………そうか。」

ラクト「…村に戻ろうぜ。ルカやみんなが待ってるからよ。」

そう言うとラクトは、一足先に、ルカ達がいるコロポ村に戻っていった。

マモル「行こうか、お前さん。」

ジョージ「……うむ。」

すこし立ってから、2人も墓の前から立ち去った__

 

 

 

例え弱い人間だとしても。

例え誰かに劣っていても。

命を懸けて起こす行動に。

命を懸けて起こした【光】に。

優劣なんてない。

誰にだって言える。

 

 

 

 

 

 

 



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第64話 不滅の誓い、少年から戦士へ

__夜、コロポ村の宿舎。その一室にて。

アリス「__それで、勝利して戻ってきたというわけか。」

ルカ「あぁ。どうにかなったよ。」

アリス「ふむ。貴様らにしては良くやったと言ってやらんでもない。雀の涙くらい褒めてやろう。」

カムロウ「お願いします。もっと褒めてください……」

アリス「すまないがそれはできない。セントラ大陸に渡ってその程度の戦闘力では、先が思いやられるのだ。」

カムロウ「えー。」

アリス「文句を言うな。着々と精進をしろ。」

カムロウ「はーい。」

ルカ「………」

なんと辛口な評価なのだろう。と、ルカは思った。

 

その部屋の片隅で、ベッドに横たわったパヲラははしゃいでいた。

パヲラ「んー復活!」

チリ「は、してないですね。ここ数日は出発まで安静にしてください。絶対。絶対に。」

パヲラ「ぜ…絶対!?い…いやよ!あたし、元気な時は動き回らないと死んじゃうわ!」

ラクト「じゃあ死んどけ。」

パヲラ「なんだとテメェ__」

次の瞬間、パヲラは大量の血を噴き出した!

パヲラ「ぐわあああああぁぁぁ!!!」

ラクト「うおおおおおおぉぉぉ!!?」

チリ「だから言ったじゃないですかーッ!!!」

 

ルカ「思ったんだけど……なんで自然治癒で治るのを待ってるんだ?回復魔法で完治できるだろ?」

チリ「過度に身体を酷使して、何度も何度も回復魔法を多用しちゃうと、身体が回復魔法を受け付けなくなるの。そうなっちゃうと、再び受け付けるようになるまで数年ほどの休息期間が必要になるの。」

ルカ「だから安静にしないといけなかったのか。」

チリ「特にパヲラさんは……グランベリアと戦った時もそうなんだけど、身体への損傷が大きすぎるの。この調子だと身体が壊れちゃいそうだから……こんな時くらいゆっくりして欲しかったんだけど……」

しかし、当の本人は、というと__

 

パヲラ「バビンバッ!バビンバッ!」

ラクト「黙れお前!もう黙れ!寝ろ!」

パヲラ「バビンバッ!バビンバッ!」

カムロウ「………ムナゲ?」

パヲラ「ムーナゲ。」

ラクト「会話してる…!?」

 

__止まることすら知らない生き物のようだ。

ルカ「(アイツ(パヲラ)は回遊魚かなにかか…?)」

 

ジョージ「勇者殿。」

気が付くと、近くにジョージとマモルが立っていた。

マモル「この度は感謝申し上げます。」

そして、深々とお辞儀をした。

ジョージ「これで我らが友の御霊も、安心して眠りにつくことができるでしょう。」

マモル「皆さんに出会わなければ、もはや死んでも死にきれず、この世を彷徨っていたことでしょう…!」

ルカ「いえいえ…礼には及びませんよ。それに、あの時お二人がいなかったら……僕たちはこうして、五体満足でいられなかったと思います。」

ルカ「ここにいるみんなを代表して…僕からも、お礼を言わせてください。」

ジョージ「勇者殿…!」

「「__再び、深く感謝を申し上げます!」」

また、深くお辞儀をした。

 

ジョージ「…では。失礼。」

ルカ「……え?」

そう言って、2人はそそくさと部屋を出ていこうとする。

ラクト「なんでぇ、もう行っちまうのか?」

マモル「すみませんねぇ。下手に長居して、迷惑かけるわけにはいかないんでねぇ。__」

 

ルカ「__待ってください。」

2人が、ドアノブに手を掛けようとした直前に、僕は呼び止めた。

ルカ「……お二人は、これからどうするんですか?」

ジョージ「それは………」

マモル「と、言うとですねぇ………」

2人は言葉を濁した。顔を背け、僕らに目を合わせようともしない。

ジョージ「…これから生きると決めたものの………もはや、行く当てもない……全てを失った。帰る場所も、財も、友も………」

マモル「何も、残されてないんすよぉ……あの時から、全てを無くしたあの日から…アッシら、止まったままだったんすよ…__」

 

パヲラ「__あら、それは少し違うじゃない?」

ベッドに腰掛けていたパヲラがそう言った。

ルカ「少し違う?」

パヲラ「ええ。だってぇ……」

 

パヲラ「新しい友人なら、もうここにいるじゃない?」

マモル「……!」

ジョージ「………パヲラ殿の仰る通りだ!」

 

ルカ「そうだ!お金だったら、僕たちからも貸せますよ。」

カムロウ「何かやりたいことがあるんだったら、手伝えますよ!」

ジョージ「…やりたいこと…そうだな……」

2人はその場で少し考えこむと、何か決心したような目付きで顔を上げた。

ジョージ「マモル。」

マモル「おう。」

 

ジョージ「では、勇者殿……いえ、勇者様!」

ジョージ「貴方様に折り入って頼みがございます!」

ルカ「え…?は、ハイ。何でしょうか……?」

すると2人は、その場に跪いた!

ルカ「え………?」

ジョージ「我が名はムラサメ・ジョージ!」

マモル「我が名はユゲ・マモル!」

「「今、ここに……__」

 

 

「「__勇者ルカ様への、絶対の忠誠をここに誓います!!!」」

 

 

ルカ「うえええええぇぇぇぇぇ!!?」

いきなり何を言い出すんだ、この人たちは!?

ジョージ「我々を、貴方様の旅にお供させてほしいのです。」

ルカ「え…え…えっと……それは……僕たちの仲間になりたいってことですか…?」

マモル「家来です。部下です。我々は今から、貴方様の手駒でございます。」

ジョージ「貴方様に戦えと命じられれば如何なる物の怪であろうと、森羅万象、八百万の神々にでも、命を懸けて立ち向かう所存です。」

マモル「そして、貴方様のためならば、この身、盾となり壁となり、あらゆる危機から貴方様を御守りします。」

ルカ「え、えっとぉ……え……え……あ………」

どうしよう……唐突の事で頭が回らない。

そこに、ラクトが耳打ちをしてきた。

ラクト「頭の固い奴だな、お前はよぉ。物事を大きく受け止めすぎだ。ちったぁ捻って考えてみろよ。」

ラクト「例えば呼び方を変えるとか、ここはこうして欲しいとか、そういう細かい指示を出せば良いんだよ。」

ルカ「な、何を言うんだ!まるで人間扱いしてないみたいな言い方……」

ラクト「そうは言ってねぇよ。だったら【自分たちとは対等に接してくれ】でもいいじゃあねぇか。」

ルカ「へ…?」

ラクト「いいか?こいつらカタブツをどうにか出来んのは、もうお前しかいねぇんだよ。正直、生活費が増えるのは癪だが……この2人は、意地でもお前に付いていくつもりだぞ?人間扱いするかどうかは、お前次第ってわけ。」

ルカ「そ、そうか………よし。」

 

ルカ「じゃあ…健康第一思考で。」

「「御意!!」

ラクト「それが先かよっ!!!」

 

でもそうだな……これから先、ずっと様呼びとかは、なんかやりづらいしな……

ルカ「そうだ、僕の事は呼び捨てでもいいですよ。敬語も無しで。ついでにみんなのことも。」

カムロウ「ついでに!?」

 

ルカ「みんなも、それでいいだろ?」

アリス「不服。」

ラクト「それお前だけだよ。」

次の瞬間、ラクトはアリスに首を絞められていた。

ラクト「ああぁぁぁ!!!」

カムロウ「ラクトぉぉぉ!!!」

 

マモル「しかし、勇者殿。よろしいのでしょうか?敬称を付けなくてよいというのは……」

ルカ「なら、僕たちもお二人の事を呼び捨てで呼びますよ。これで対等になるはず。」

マモル「じゃあ()、よろしくお願いします。」

ルカ「えぇ…切り替えが速い…!しかも()呼び…!?」

ジョージ「では…改めて私からも。ルカ殿。よろしくお願いする。」

ルカ「あぁ、こちらからもよろしく頼むよ。」

ともかく、これで話しやすくなったな。

 

カムロウ「うん…?ジョージさん。拙者とかござるって言わなくなった?」

ルカ「確かに、言われてみるとそうだな…?」

マモル「アイツ、人前で緊張するとそうなっちゃうんすよ。」

ルカ「へぇ。」

ジョージ「あぁぁ、腹がぁぁ!腹が減ってぇぇぇ!!」

ラクト「うるせぇ!!ジャーキーやるから落ち着け!」

ルカ「あれは素なんだ……」

 

ルカ「…ふぅ。なんか、一気に印象変わったなぁ……」

パヲラ「ふふ……いいじゃない、賑やかで。」

一皮剥けたというか、肩の荷が下りたような印象だ。おそらく、これが彼らの本来の性格なのだろう。

ともかく、心強い仲間が増えたぞ!

彼らの強さは折り紙付き、この目で見ているから確かだ。

この先でも、目覚ましい活躍をしてくれるはずだ!__

 

 

 

__旅は道連れ世は情け。

正義の忠義は大義と成る。

侍・ジョージ

陰陽師・マモル

この2人が新たに仲間に加わった!

 

 

 

 

 

___その日の夜。コロポ村の高い丘。

雲の隙間からは月光が差す。

カムロウ「__お父さん。ここにいたんだ。」

ハーレー「……あぁ。お前か。」

そこにいたのはカムロウと、カムロウの父ハーレーだった。

見回りの最中か、ハーレーはこの村を一望できる高い丘から、村の方を見下ろしていた

カムロウ「これ、返すよ。」

カムロウは背中に担いだ大剣を下す。

刀身に黒い木目状の模様があるこの大剣は、元々ハーレーから借りていた剣だ。

ハーレー「あぁ、それか。」

ハーレー「それ家に置いといて。」

カムロウ「ここまで持ってきた意味ぃ……」

カムロウはハーレーの横に並び、同じように村を眺める。

しばらくしてから、再びカムロウが口を開いた。

カムロウ「…お父さん。気になることがあって………」

ハーレー「ん?」

 

__気になる事。それは戦いの最中に起きた出来事。カムロウは、自分の身にあった変化について話した。

カムロウ「__あの時、無意識に放った【氷の風】の魔法……あれは魔導書で覚えた魔法とかじゃなかった。」

カムロウ「気絶していた時に聞こえたあの声の主の…力というか、魂なのかな。」

カムロウ「けど、あの時…聞こえた声……あれって、誰だったんだろうな…って。」

ハーレー「……………」

 

ハーレー「【氷の風】……それを得意とする人間なら、俺は一人知っている。」

カムロウ「それはどういう人?」

ハーレー「……俺の親父だ。」

カムロウ「……おじいちゃん…?」

ハーレー「故人だ。もうこの世にいない。」

 

ハーレー「俺は【風薙ぎ】を独自に発展させ、【嵐の風薙ぎ】へと昇華しているが……親父が得意とした【風薙ぎ】は【氷の風薙ぎ】だ。」

ハーレー「凍てつく冷気を風に纏う。ただ、それだけだが…親父は器用な奴だった。ただ放つだけではなく、その力で優勢になるよう周囲の環境を変化させる他、氷の壁や鎧を形成するといった技術を持っていた。」

カムロウ「お父さんとどっちが強い?」

ハーレー「どうだが……負ける気はないがな。」

ハーレー「あとはそうだな……各地を旅する冒険家でもあった。というより放浪癖があってな。気が付くとすぐどこかに行き、いつの間にか帰っている。そんな人間だった。」

カムロウ「……そうなんだ。」

もしかしたら……生命エネルギーのせいなのかも。どういうわけかは知らないけど、僕は知らず知らずのうちに、おじいちゃんに出会っていたのかも知れない。

本当はどうなのかわからないけど……それでも何故か、どこか嬉しい気持ちになった。

 

ハーレー「……えっ怖っ。ってことはお前、一度死んだんじゃないの?」

カムロウ「えぇ!?やめてよ!怖い事言うの!」

ハーレー「今のお前って、実は死んだことに気付いていない幽霊だったり?」

カムロウ「だからやめろって!」

 

 

ハーレー「……あと3日……どうする?」

カムロウ「あと3日……3日経てば、僕はこの村から旅立つ。

どうするかなんて、すでに決まっていた。

カムロウ「どうするって……決まってるよ、お父さん__」

 

カムロウ「__いや………親父(おやじ)

ハーレー「む?」

カムロウ「残りの3日も、親父と鍛錬する。」

 

カムロウ「親父が言ってた()()()()()……それはもう終わったけど………もうこの村には、戻って来れないかもしれない。」

カムロウ「この広い世界を……出会えたみんなと一緒に見て回るんだ。最後の最後まで、みんなのそばで。」

カムロウ「だから、()は強くならないといけない。」

 

カムロウ「__いつか、親父(おやじ)を超えるくらい。」

ハーレー「……………」

 

ハーレー「バーカ、生意気な事言ってんじゃねぇよ。ぶっ飛ばすぞ。」

カムロウ「はぁ!?なんで!?」

ハーレー「お前なんかに俺を越えれるわけねぇだろ。」

カムロウ「いーや!超えるもんね!」

ハーレー「隙あり!」

ハーレーの攻撃!

カムロウは攻撃をなんとか避けた!

カムロウ「うおぉ!?」

ハーレー「なんだ?俺を超えるんじゃなかったのか?」

カムロウ「この人なぁ…!そうやっていっつも嫌がらせしてなぁ!」

 

カムロウ「だったら今にでもぶっ飛ばしてやるよ!」

ハーレー「当てれるもんなら当ててみろよ!」

なぜか喧嘩が始まった__

 

 

 

 

それからしばらくして翌日。

コロポ村の復旧作業はまだ続いていたが、ルカ達が手伝わなくても良いくらいにまで復旧が進んだ。

カムロウは鍛錬の真っ只中。なので、それぞれ思い思いの休息をとっていた。

そんな中…宿舎。

たまたまラクト、パヲラ、アリスの三人が集まっていた。

パヲラは安静を命じられており、その監視役としてラクトがいたわけだが…ラクトはベッドに横になり、ダラダラと怠惰を貪っていた。

そんな時、ラクトが口を開いた。

ラクト「そーいやぁーよぉー。」

パヲラ「なによぉー。」

屈伸をしながら話を続ける。

ラクト「きになることがーあってよぉー。」

パヲラ「なんなのよぉー。」

 

ラクト「カムロウって、どうやって生まれたんだ?」

パヲラ「確かに、それあたしも気になってたわ。」

ラクト「だろぉ?身体の構造が違う種族同士で、そう簡単に子どもができると思うかぁ?」

遠くで椅子に座っているアリスに問いかけた。

ラクト「その辺どーなの?」

アリス「ふむ………」

 

アリス「ヒントをやろう。カムロウの姉は純粋な古龍族だ。」

ラクト「は!?どこがヒントだよ!ますます訳わかんねぇよ!」

アリス「無理もないか。理解できる知識が無ければ……」

ラクト「そりゃあ、お前のような魔王様と人間じゃあ知識の差なんて雲泥ってモンだろ。」

 

アリス「お前(パヲラ)はどう考える?」

パヲラ「にゅー?そうねぇ……」

 

パヲラ「魚に、自分と違う種類の魚の精子でも受精できる魚がいるのよね。けど精子は卵と受精はしないから、生まれてくる子どもは母親とまったく同じ遺伝情報を持つんだけど……」

パヲラ「それと似たようなモノなんじゃなーい?」

アリス「十中八九。」

ラクト「あ、まぁまぁ当たってんだ。」

 

アリス「いわゆる単為生殖だな。古龍族もそれと似たような方法で繁殖が可能だと推測できる。魔物にも似たような方法があるがな。」

ラクト「あー、カムロウの姉が純粋の古龍族ってのはそういうことか。」

アリス「だが……混血児(ハーフ)が生まれるとは、一番驚いたのは本人たちだろう……前例のない、ましては出産方法も違ったのだからな。」

ラクト「出産方法が違う?どういうこった?」

アリス「古龍族は卵胎生のようだが…カムロウは、胎生で生まれたらしい。」

ラクト「はぁ!?だったら、尚更生まれた訳が……」

アリス「古龍族と人間の染色体の数がたまたま同じだったこともあるがな……ところでカムロウに生殖器はあったか?」

パヲラ「あったわよ。お風呂で見た。」

ラクト「なに見てんだお前。」

アリス「そうか……そうなると、かなりの幸運とも言えるな。」

アリス「その異なる種族の間で、子を成すことは難しい上に、その子どもが生殖能力を保持して生まれることは極めて稀だ。」

 

そう聞いたラクトはしばらく考え込んで、ふと呟いた。

ラクト「…つまり……イレギュラー…ってわけか?カムロウは。」

アリス「そうだな。偶然が偶然に、重なりあって生まれた存在なのだろう。」

ラクト「ふーん………」

 

 

 

__そして……いよいよ、出発の日。カムロウの家では。

テアラ「カムロウ……出発前にあの人(ハーレー)と軽く鍛錬をしたみたいけど……」

カムロウはボロボロでたんこぶだらけで、泣きべそをかいていた。

テアラ「その様子だとひどくやられたみたいね……」

カムロウ「負けちゃった………」

テアラ「どうしてそんなになっちゃったの?」

カムロウ「遠慮はいらないって言ったら、一方的に……」

テアラ「本当に遠慮なくやったのね、あの人……もうすぐ出発するというのに……」

 

テアラ「カムロウ、手を出して」

そう言われて、カムロウは手を差し出した。テアラが両手で、カムロウの手を優しく握りしめると、緑色に輝く淡い光が溢れ出した!

その光はカムロウの身体を優しく包み込む。

すると、さっきまでズキズキと傷んでいた身体が、みるみる治っていく!

たんこぶも真っ平に治まり、痛みも引いてなんともない!万全な身体と言ってもおかしくないほどだ!

カムロウ「これは……」

テアラ「古龍族は、その内に秘めた膨大な生命エネルギーを放出する能力を持っているの。そして、その生命エネルギーを、他者に分け与えることもできる。」

テアラ「慈愛か…破壊か……それを決めるのは、私と同じ古龍族の力を持つ、あなたも同じ。」

そう言うと、テアラは両手を、カムロウの頬に添えた。

そして、慈愛に満ちたような優しい眼差しで、カムロウを見つめた。

テアラ「強大な力を持つということは……」

テアラ「それにつり合うの運命も待ち受けているということ。」

テアラ「もし、この先で……旅の中で運命に立ち向かう時が来たのなら……__」

 

テアラ「__その時は必ず、(ドラゴン)に成りなさい。」

カムロウ「…はい……!」

 

 

 

__数分後、身支度を終えたカムロウは、外の玄関前に立っていた。

これから旅立つカムロウを見送るためにテアラも外に出ていた。

カムロウが新しく着た衣服は、各所に渦巻きや幾何学的な文様が施されている。

テアラ「私が織ったのだけれど…どうかしら。キツくない?」

カムロウ「良いね。動きやすい。」

靴ひもを縫い、旅の荷物を背負い、旅立つ準備は万全だ。

深く深呼吸をして、カムロウはテアラの方を向いた。

カムロウ「それじゃ、行って来るよ。母さん。」

テアラ「ええ、行ってらっしゃい。」

そして、カムロウは駆けて行った。

テアラは旅立つカムロウの背を、その姿が見えなくなるまで見守り続けるのだった__

 

ハーレー「__なんだ、アイツ(カムロウ)もう行ったのか。」

テアラが家に入ると、ハーレーとリンドウは椅子に座っていた。

テアラ「ええ、もう行きましたよ。」

ハーレー「そうか。」

 

ハーレー「おい、リンドウ。お前も独り立ちしたらどうだ?」

リンドウ「いやだ。どこで暮らせって言うのよ。」

 

テアラ「……あなたも、あの子の無事を願ってるの?」

ハーレー「ただ願うだけだ。この先をどうするは、アイツ次第だ。」

テアラ「……そうね。」

 

 

 

__ルカ達はすでに、コロポ村の入り口に集まっていた。

アリス「……遅いな…仕方がない。置いていくか。」

ルカ「アリス。これやるからもう少し待て。」

ルカは干し柿を取り出した。

アリス「ふむ。干し柿か……」

チリ「餌付けされてる……」

そして遅れて、カムロウがやって来る。

ラクト「おせーぞ相棒。まーた寝坊してたんじゃあねぇのか?」

カムロウ「ごめんよ。身支度に時間が掛かったんだ。」

パヲラ「あらっ!カムロウちゃん、良い恰好じゃなぁい!」

パヲラは新しい衣服を着たカムロウを見て身体をくねくねした。

ルカ「どうしたんだ、それ。新調したのか?」

カムロウ「そうなんだ。母さんが作ってくれたんだ。どう?」

チリ「良いね、似合う!」

ルカ「いいなぁ。かっこ良いよ!」

ルカ「(見比べると僕が地味に見えてくるな……)」

ルカは自分の服と、カムロウの服を見比べてそう感じた。

マモル「お?若。アッシが縫いましょうか?」

ルカ「いや、いい。」

 

わちゃわちゃする皆をよそに、アリスは先に移動していた。

アリス「置いてくぞ。」

ラクト「おい待てやテメェ!!」

先を行くアリスを追いかけるように、ルカ達は慌てて走り出した。

こうしてルカ達は、慌ただしく出発をした。

 

そしてカムロウは、新たな旅立ちに大きな期待と、故郷を離れることへの寂しさを、身に染みるように感じていた。

カムロウ「(母さん……親父……姉ちゃん…行って来る!)」

カムロウ「(俺は、色んな所をみんなで旅して、より強くなって……)」

カムロウ「(この広い世界を、見て回るんだ!)」

 

カムロウ「(だから、俺は………)」

 

カムロウ「(俺は……!みんなを守れる男になる……!!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラクト「あ、そうだ。そういえば、ルカよぉ。」

ルカ「ん?」

ラクト「勝どき、上げてなかったな。」

ルカ「あー……え?しろって?やだよ。」

ジョージ「では、ルカ殿。旅の安全祈願としてというのはいかがで?」

ルカ「………それだったら良いかな?」

ルカは懐の鞘から剣を抜き、空高く掲げた!

ルカ「行くぞ!みんな!出発だ!!!_____」

 

 

 

 



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前章中間 勇者の前に、立ちはだかる強敵
前章中間 開始前キャラ説明


ここでは、各主要、準レギュラーキャラの詳細について説明します。

 

☆印が付いているのは投稿主オリジナルのキャラです。

 

ステータス表記設定

 

好きなモノ:本人が好きなモノ。まだ明かされていないモノもある。

嫌いなモノ:本人が嫌いなモノ。まだ明かされてないモノの他に、中には本人の逆鱗に触れるモノもある。

得意なコト:本人が得意なモノ。

 

職業:職業とは書いてあるが、詳しく説明すると、キャラクタークラス。要は能力的役割。

能力:覚えている能力。

戦闘タイプ:行動するときの傾向のようなもの。

戦闘力:各要素の主な詳細は下記に。

 

(パワー):攻撃力、握力や腕力に影響する力。

防御力(ディフェンス):抵抗力に影響する力。タフさとも評される。

速力(スピード):行動するときの動作や脚力に影響する力。

魔力(マジックパワー):魔法を使うのに影響する力。これが高ければ高いほど、魔法の威力が上がる他、高度の魔法を扱える。

知力(インテリジェンス):知識に影響する力。

持続力(スタミナ):体力やスタミナ、活動時間に影響する力。

器用力(デクステリティ):手先の器用さ、精密動作、命中精度に影響する力。いかに狙った所に、正確に、攻撃を当てれるかどうかが求められる力でもある。また、色々な武器を扱う能力にも影響する。

精神力(メンタル):いわゆる心の強さ、意思の強さに影響する力。これが低いと心が揺れ動きやすく、敵の挑発に怒りやすい、誘惑に動揺しやすいといった事が起きる。

成長力(ポテンシャル):その名の通り成長する力、秘めたる潜在能力に関する項目。これが高ければ高いほど、経験を重ねる毎に強くなる幅が大きい。また、精神力(メンタル)が高くなると、成長の可能性の変化としてこの項目が変動することがある。

 

戦闘力評価基準

S>A>B>C>D>E>F の順に優れている。

例外で上記以外で表記されることもある。

 

内訳

・S:スゴイ

・A:かなり良い

・B:良い

・C:普通(人並み)

・D:まぁまぁ

・E:苦手

・F:スゴく苦手 

 

________________

 

主要キャラクター

 

________________

 

ルカ

我らがルカさん。

勇者を目指す少年。魔物共存の夢のため、魔王退治の旅に出た。

戦闘力はまだ未熟だが、内に秘めた潜在能力は未知数。

 

パンにマーガリンを塗る派のラクトとよく論争を繰り広げている。

 

一人称:僕

好きなモノ(イメージ):パン(ジャム派)、英雄モノ

嫌いなモノ(イメージ):命を大切にしない人、悪全般

得意なコト(イメージ):料理

たい焼きの食べ方:頭から食べる(イメージ)

好きなアイスのフレーバー:バニラやストロベリー(イメージ)

 

職業(イメージ):ニセ勇者

能力(イメージ):剣術・体術・調理術

戦闘タイプ:(イメージ):接近攻撃型

戦闘力(イメージ):(パワー)・C

          防御力(ディフェンス)・C

          速力(スピード)・C

          魔力(マジックパワー)・F

          知力(インテリジェンス)・C

          持続力(スタミナ)・C

          器用力(デクステリティ)・B

          精神力(メンタル)・S

          成長力(ポテンシャル)・S以上

 

初期装備

:鉄の剣 ルカの体格に合わせて作られたカスタム品。

:布の服 丈夫に作られているが、戦闘用ではない。

:形見の指輪 ルカの母の形見の指輪。

 

 ↓↓↓ 

 

現在装備

:堕剣エンジェルハイロウ アリスからもらった不気味な剣。魔物を封印する効果がある。

:エンリカの服 隠れ里エンリカで織られた服。生地は布の服同様に薄いが、防御力は鉄の鎧並み。

:形見の指輪 ルカの母の形見の指輪。

 

________________

 

アリス

我らがアリスさん。

旅の妖魔、そして魔王。旅のグルメを自称するほど味にうるさい。

 

最近のマイブームは、パンに塗るのはジャムかマーガリンで言い争っているルカとラクトを見ながら、パンにジャムとマーガリンを盛大に塗ったくって爆食いすること。

 

一人称:余

好きなモノ(イメージ):美味しいもの全般

嫌いなモノ(イメージ):美味しくないもの、幽霊(公式)イリアス(公式)

得意なコト(イメージ):歴史や生態学、魔法といった知識

たい焼きの食べ方:多分頭からだろうけど大体は一口で丸呑みしそう(イメージ)

好きなアイスのフレーバー:全部(イメージ)

________________

 

女神イリアス

我らがイリアス様。創世の女神とも呼ばれ、もんむす・くえすと!の人間達にありがたく信仰されているありがたい女神様。

 

________________

 

アミラ

我らがアミラさん。

上半身はヘビ、下半身は人間の女性という誰も得をしない残念な姿をしたラミア。

ルカに惚れており、ルカをダーリン呼びしてくる。

至る所に先回りして有力な情報を教えてくれる。

ちょいちょい第4の壁に干渉してくる。

 

________________

 

勇者新鋭隊・デコボコ隊

ルカの旅に同行するパーティメンバー。

ここから下は投稿主のオリジナルキャラクター。

________________

 

カムロウ

秘境育ちの世間知らずだった少年。

母の治癒方法を探す冒険を通じて、友との出会い、父との対立を経て精神的に成長した。

専門ではないが魔法を扱え、風薙ぎ(かぜなぎ)という剣に風を纏わせ衝撃波を放つ技を得意とする。

後に風薙ぎ(かぜなぎ)は、溢れ出る生命エネルギーによって巻き起こる風だと判明した。

 

生まれは龍の姿を持つ古龍族と人間の混血児(ハーフ)

感情が高ぶると超人的な力を発揮したり、(ドラゴン)に変身することがあった。

現在は精神的に成長したため、自分の意思で(ドラゴン)に変身できるようになった。

 

(ドラゴン)に変身することで戦闘力が超格段に上昇する。

しかし、(ドラゴン)の力に目覚めたばかりで身体がまだ付いていけてない状態のため、変身中は喋ることができない上に、時間経過で変身が解除してしまう他、変身後は反動で身体が全身疲労で動けなくなる。

 

最近、龍の力に目覚めた影響か歯が鋭利になったため、よく口の中を噛んで口内炎になっている。

 

一人称:ボク→僕→俺

好きなモノ:家族・友達、肉、ヨーグルト、昼寝

嫌いなモノ:親しい人をけなされること、イカ・貝料理、頭を使う事

得意なコト:悪食、ゆで卵を一口で食べる事

たい焼きの食べ方:腹から食い尽くす派

パーティの中で一番:声マネが得意

好きなアイスのフレーバー:バニラ、チョコレートは邪道

 

職業:戦士→風の戦士

能力:剣術・魔法・風の剣術・龍変身

戦闘タイプ:中距離戦闘型

戦闘力:(パワー)・A

    防御力(ディフェンス)・B

    速力(スピード)・D

    魔力(マジックパワー)・D

    知力(インテリジェンス)・D

    持続力(スタミナ)・C

    器用力(デクステリティ)・C

    精神力(メンタル)・B

    成長力(ポテンシャル)・S以上

 

 

龍変身時

ドラゴン

ドラゴンと呼べる、呼ばれるような大きな姿。

口から炎を吐けるほかに、全てを破壊する必殺の破壊光線(ドラゴンブレス)を放つことができる。

パワーとタフさに優れる反面、素早い動きや細かい動作、小回りが利かないという欠点がある。

翼も生えてるので空を飛べるらしいが、カムロウ本人は空を飛んだ経験が全くない。

戦闘タイプ:短期決戦型

戦闘力:(パワー)・S (木造の建物なら楽に壊せる、爪や牙は岩をも砕く)

    防御力(ディフェンス)・S (鱗は鉄と同等の硬さ、体重もかなり重いため鉄の塊の如し)

    速力(スピード)・E (身体が重鈍のため速く動けない)

    魔力(マジックパワー)・A (古龍族本来の魔力になる)

    知力(インテリジェンス)・C (人としての意識がそのままの限り)

    持続力(スタミナ)・E (変身持続時間は長くて5分程度)

    器用力(デクステリティ)・F (身体が大きいため細かい動作が苦手)

    精神力(メンタル)・B (意識を失い暴走しない限り、人格は人間時と変わらない)

    成長力(ポテンシャル)・A

 

 

初期装備

:鉄の剣 練習で使われるぐらいで耐久性はない安価な剣。

:木の盾 軽くて扱いやすいが、強力な攻撃にはめっぽう弱い木製の盾。

:布の服 動きやすい布製の服。

 

途中装備

:鎖かたびら 小さい鎖を繋ぎ合わせた鎧。

 

貸出装備

威丈風(いじょうふ) 父ハーレーが若い頃愛用していた大剣。刀身に黒い木目状の模様がある。

 

 ↓↓↓

 

現在装備

:鋼鉄の剣 鉄を鍛えてより強くした剣。城の兵士にも普及されてる。

:鉄の盾  鉄製になったことで耐久力が上がった盾。炎や風をある程度防げる。

:アマハラの服 各所に渦巻きや幾何学的な文様が施された服。模様は旅立つ人の無事への祈りという意味が込められているらしい。

:鎖かたびら 小さい鎖を繋ぎ合わせた鎧。アマハラの服の下に着用。

:母のお守り 母テアラのウロコ。首に下げている。

 

 

 

________________

 

ラクト

真っ赤なマフラーがトレードマークの、魔法を得意とする守銭奴な青年。

髪の色は紫。

カムロウが最初に出会った相棒(友達)

カムロウと出会った当初は臆病ですぐに逃げ出すことが多かったが、自身の弱さにけじめをつけ、勇気を奮い立たせルカ達と戦う事と、カムロウの相棒でいることを誓った。

 

後に独自で発明した魔導銃を開発し、銃撃を得意とする。

 

パンにジャムを塗る派のルカとよく論争を繰り広げている。

 

 

好きなモノ:パン(マーガリン派)・焼きイカ・金

嫌いなモノ:キノコ類、未知との遭遇

得意なコト:裁縫、モノいじり、お金の管理

たい焼きの食べ方:頭から食べる派

パーティの中で一番:面倒見が良い。

好きなアイスのフレーバー:キャラメル

 

一人称:俺・俺様

職業:ウォーロック(魔法使い)→マジカルシューター

能力:魔法・射撃術・ルーン魔導・工作術

戦闘タイプ:遠距離支援(サポート)

戦闘力:(パワー)・B(実は腕っぷしは強い。)

    防御力(ディフェンス)・C 

    速力(スピード)・C

    魔力(マジックパワー)・B

    知力(インテリジェンス)・A

    持続力(スタミナ)・C

    器用力(デクステリティ)・A

    精神力(メンタル)・C

    成長力(ポテンシャル)・B

 

現在装備

:魔導銃モダングリモア 魔力の弾丸、魔弾を放つ銃。ラクトが開発したカスタム品。現状のラクトが発射できる魔弾総弾数は50発。

:ラクトの服  ラクト自身が動きやすいように縫い直し、改造したという布の服。

:お気に入りのマフラー モッフモフの真っ赤なマフラー。どういうわけか、本人は暑くても絶対に外したくないというポリシーがあるらしい。

:大きなバッグ 道具や工具が詰まった大きなバッグ。魔導銃を使うようになってからは、腰に巻くタイプに縫い直したそう。

 

 

________________

 

パヲラ

 

オネエ口調の男性。武道に精通している。

元は旅芸人で、色々な街を転々としていたらしい。

カムロウの旅に同行した後、ルカの旅に付いていくことにした。

魔力で身体能力を高めるという、魔法と体術を融合させた魔導拳という独自の技術を持つ。

 

最近、ムダ毛処理をどうしようか悩んでいる。

 

一人称:あたし・私

好きなモノ:ミルクティー、サンドイッチ、ハンバーガー、鍛錬

嫌いなモノ:ハーブティー、レモンティー

得意なコト:推理、心理学、肉体構造の考察

たい焼きの食べ方:背びれから食べる派

パーティの中で一番:マッサージが上手い

好きなアイスのフレーバー:ソルベ系

 

職業:魔拳武闘家

能力:格闘術・体術・魔導拳・芸

戦闘タイプ:攻撃見極め型

戦闘力:(パワー)・A

    防御力(ディフェンス)・C 

    速力(スピード)・B

    魔力(マジックパワー)・C

    知力(インテリジェンス)・S

    持続力(スタミナ)・B

    器用力(デクステリティ)・B 

    精神力(メンタル)・A

    成長力(ポテンシャル)・C

    ※魔力は身体強化に転用しているので魔法はあまり使わない。

 

現在装備

:拳 己の拳。つまり素手。リンゴを握り壊せるらしい。

:ハデな服 画期的というか奇抜というかすごくハデな服。目立つ。網タイツ付き。

:鎖かたびら 服の下に着ている。防具の他に、肉体負荷鍛錬も兼ねている。

:銀のロケットペンダント 首から下げている。しかしお守りなのかアクセサリーなのかは不明。

 

________________

 

チリ

 

頭にバンダナ、手にはデカいハンマーを持つ少女。

ルカ達とはイリアスベルクで出会った。

一応雇われのような形でルカ達に同行している。

回復魔法が得意だが、戦闘は苦手らしく、デカいハンマーは威嚇兼護身用のためらしい。

 

一人称:私

好きなモノ:牛乳、甘いモノ、可愛いモノ

嫌いなモノ:不明

得意なコト:不明

たい焼きの食べ方:まず中身を吸います。

パーティの中で一番:身体が柔らかい。

好きなアイスのフレーバー:バナナ、ストロベリー

 

職業:ヒールウォリアー

能力:回復魔法・支援魔法・槌術

戦闘タイプ:回復支援(サポート)

戦闘力:(パワー)・B

    防御力(ディフェンス)・C 

    速力(スピード)・C

    魔力(マジックパワー)・A 

    知力(インテリジェンス)・C

    持続力(スタミナ)・C

    器用力(デクステリティ)・C

    精神力(メンタル)・C

    成長力(ポテンシャル)・C

 

現在装備

:でっかいハンマー 彼女の体格には釣り合わないほど大きいハンマー。鋼鉄製。

:使い古したバンダナ 使い古してる感じがする布のバンダナ。本人のお気に入り。予備で何種類か持っているらしい。

:布の服 コートタイプ。どうやら着込んでいるらしい。

:手袋 ハンマーを持ちやすくするための滑り止め付き。

 

________________

 

ジョージ

 

東方より来訪した侍。

一連の事件後、ルカに忠誠を誓った。

剣術の他、多くの武術に長けている。

語尾にござるを付ける口調で話すが、実はただ緊張した時に無意識についてしまう癖らしい。

 

どこか抜けてる。そこはマモルに補ってもらっている。

 

一人称:拙者・私

好きなモノ:ラーメン、鍛錬、骨董品鑑賞

嫌いなモノ:繊細なことを求められるモノ

得意なコト:薪割り

たい焼きの食べ方:自分で尻尾から食べてることに気付いてない

パーティの中で一番:女好き。

好きなアイスのフレーバー:抹茶、あずき

 

職業:サムライ

能力:剣術・武術全般・祟術

戦闘タイプ:物理万能型

戦闘力:(パワー)・A

    防御力(ディフェンス)・C

    速力(スピード)・A

    魔力(マジックパワー)・なし (魔法は修得していない。) 

    知力(インテリジェンス)・C 

    持続力(スタミナ)・A

    器用力(デクステリティ)・B 

    精神力(メンタル)・A

    成長力(ポテンシャル)・C

 

祟術使用時

戦闘力:(パワー)・A→S (鉄を斬れるようになる。)

    防御力(ディフェンス)・C 

    速力(スピード)・A→S

    魔力(マジックパワー)・なし 

    知力(インテリジェンス)・C

    持続力(スタミナ)・A→D (生命力を消費するので長く続かない。)

    器用力(デクステリティ)・B 

    精神力(メンタル)・A

    成長力(ポテンシャル)・C

 

現在装備

祟り神の剣(たたりがみのつるぎ) 別名:明晰無慙(めいせきむざん) 亡き友より受け継いだ妖刀。

:旅の袴 動きやすさ、耐久性のある袴。なお、ジョージ本人は裁縫ができないため、修繕はマモルに頼りっきりだったとか。

:笠 頭に被り、雨や直射日光が当たらないようにするためのモノ。しかしジョージは、時折これの存在を忘れている。なんのためにあるんだが。 

 

________________

 

マモル

 

東方より来訪した陰陽師。

ジョージと同じく、ルカに忠義を誓った。

ひょうひょうとした、つかみどころがない態度を取るが、内に秘めた忠義心は本物。

 

式神を補充するためにいちいち紙を切る作業が一番めんどくさいと思っている。

 

一人称:アッシ

好きなモノ:うどん・煮物・サーモン

嫌いなモノ:めんどくさそうなもの・家業

得意なコト:麺料理の下ごしらえ

たい焼きの食べ方:二つに分けて食べる

パーティの中で一番:こだわりが強い。

好きなアイスのフレーバー:チョコミント

 

職業:陰陽師

能力:棒術・式神使役術・祟術

戦闘タイプ:支援(サポート)攻撃型

戦闘力:(パワー)・C

    防御力(ディフェンス)・C 

    速力(スピード)・C

    魔力(マジックパワー)・B (式神を使役できるのは魔法の一種かもしれない)

    知力(インテリジェンス)・C 

    持続力(スタミナ)・A (式神を使役できる時間)

    器用力(デクステリティ)・A (式神を精密に操る力)

    精神力(メンタル)・B

    成長力(ポテンシャル)・C

 

現在装備《/big》

錫杖(しゃくじょう) 頭部に鉄製の輪が何個か通してある杖。振るとカラカラと鳴る。実は古市で買った安物だということが最近判明した。

:陰陽師の狩衣 何枚もの布を重ねて着ているものの動きやすい服。よく見るとカレーうどんのシミが付いたまま。面倒だから落としてないらしい。

 

 

________________

 

準レギュラー

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ハーレー

カムロウの父。剣術に長けている。

その背に担いだ大剣の名は「醒剣クトネシリカ」。大きく、鋭利な白い牙のような見た目をしている。

溢れ出る生命エネルギーを風として発生させ、攻撃や防御に使用する風薙ぎ(かぜなぎ)を得意とし、独自に発展させた【嵐の風薙ぎ(かぜなぎ)】を扱う。

カムロウの覚悟を認め、自身の風薙ぎ(かぜなぎ)の剣技を伝授した。

超人の域と言えるほどの戦闘能力を有しており、並の人間や魔物では太刀打ちできない。

カムロウいわく、自分を語らない人間だから過去、何をしていたかさえも謎とのこと。

 

昔からギャンブル好きで特に好きなのはスロット、合間を縫って頻繁にカジノに行ってるらしい。

 

________________

 

テアラ

カムロウの母。

瀕死の重傷を負うが、カムロウが治癒方法を見つけたおかげで徐々に回復しつつある。

 

正体は、太古の昔から世を忍んで生きてきた古龍族というドラゴンの種族。人の姿と(ドラゴン)の姿、二つの姿を持つ種族。

現在は諸事情によりドラゴンに変身できない。

 

カムロウいわく、昔から冷え性らしい。

________________

 

リンドウ

カムロウの姉。弓術を得意とする。

カムロウと同じく、古龍族と人間の混血児(ハーフ)のため、ドラゴンに変身できる。

しかしアリスの遺伝子解析によると、体質は古龍族寄りの形質らしく、人間の遺伝子は持って無いらしい。

カムロウよりも幼い時からドラゴンに変身できるため、ドラゴンの姿に慣れており、ドラゴンの姿のまま喋ったりすることができる。

 

カムロウいわく、実はあまり周りを見ないタイプらしい。

 

________________

 

フラット探検団

団長フラドリカを筆頭に世界を冒険する(予定)探検団。

________________

 

フラドリカ

本名フラット・フラドリカ。

冒険家エカヨシという人物に憧れて世界各地を巡る旅に出た少女。

でっかいリュックサックを背負い、まだ見ぬ冒険へと旅立とうと奮起しているが、乗り物酔いが酷い。

________________

 

ヴェニア

人見知りの激しいミミック娘。

常に箱の隙間から周囲を伺っている姿は近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、特に本人はそのつもりはない。

一獲千金目的でフラット探検団に加入した。

賭け事に強い。

 



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