あんてぃりーねのゆぐどらしる☆だい☆ぼう☆けん☆ ~泣き虫が伝説になるまで~ (だいだろすちひろ)
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第1章 冒険の始まり
知らない世界=新しい世界


はじめまして”ちひろ”です。

こんな闇鍋みたいな作品ですがどうかよろしくお願いします。


       

 

 

ザッザッザッ...と静寂の中、草原に小さな足音が響き渡る。

その後すぐに別の足音が―――先ほどまでよりは大きな音が―――遅れて聞こえてきた。音の数で考えると前者は一人、後者は複数人の足音だろうか...長く続くかと思われた足音だがすぐに前者の足音が小さくなりだし、やがて最後に”ドン”という大きな音を立てて足音が途絶えた。

それに続き後者の―――複数人と思われる―――足音も途絶える。静寂を取り戻した草原に一つの小さな影と二つの大きな影が映し出されていた。

 

「はぁ...はぁ...はぁ...い、いや...。」

 

小さな影の方から言葉が吐き出される、非常に幼くあどけない声である。

その可愛いらしい声は震えており、それに比例するかの様に小さな体も震え、明らかに怯えが見てとれる。

 

(殺される...殺される...)

 

そんな小さな影と対面している大きな二つの影の片方が口を開いた。

 

「あぁ~...なんかわりぃな、嬢ちゃん。ちょっち早めにクラスアップしたいから”PK ”せんと駄目なんだわ...これがな。」

 

「異業種なら良かったんだけどな~...同じ人間種すんのは少し気が引けるよな。可哀そうだから早くしてやれよ。」

 

片方の影からの言葉を皮切りにもう片方が口を開く。

 

(くらすあっぷ...ぴけーい...?なんの話をしているの...?怖い、怖いよ...。)

 

自分の知らない言葉達が羅列され脳裏を支配する。ほとんどが理解できない事であるが一つだけ理解できた事がある...この二人によって自分の命は潰えるのだと...理解してしまった...できてしまった。

 

「そうだな...そんじゃすまんね、嬢ちゃん。わるく思わんでくれや。」

 

そう言って大きな影が頭上に剣を振りかざした...小さき哀れな存在の命を刈り取る為に...。

 

(嫌だ...嫌だよ...死にたく...ない!誰か、誰か助けて!)

 

死を覚悟したその時”ガキン”という鈍い音と共に目の前の存在が宙を舞った。

 

それに少し遅れて”ドォン”というけたたましい爆発音が響き渡る。

 

「えっ...?」

 

誰が聞いても間抜けだと思える程の間の抜けた声を口から吐き出しながら目の前を凝視する、そこには赤いマントをたなびかせ純銀の鎧を纏った戦士が立っていた。戦士はこちらを振り向き仰々しい身振りをしながら言葉を叫んだ。

 

「正義!降!!臨!!!」

 

その瞬間純銀の戦士の背から眩い光が差し、文字のような物が飛び出してきた。

 

「大丈夫かい?怖かっただろう?」

 

その光景にあっけに取られていると後ろから優しい声が聞こえてきた。

恐らくこちらが先程の爆発音をさせた人物であろう。お礼を言う為に後ろを振り向き、そして...

 

―――世界が凍り付いた――― 

 

「あ...ありが......ひっ!」

 

そこには、闇よりも更に深い漆黒を纏った存在が、血よりも更に赤い眼光でこちらを見据えていた。―――そこには死が立っていた...

 

 

 

 

スレイン法国の首都である”法都シクルサンテクス”

その首都の外れにある小さな―――普通の家よりは立派な―――屋敷の前で二つの人影が動き回っている。

影は一つは大きく、一つは小さい。その後ろには静止した一つの人影が見てとれた。

 

「はぁ...はぁ...やぁぁー!」

 

小さな影の方が手に持ったこん棒をを振り上げ大きな影に接近する、振り上げられたこん棒が大きな影に接触しかけた―――その瞬間”ゴン”低く、鈍い音が鳴り響き小さな影が吹き飛んだ。

小さな影は着地の際受け身が取れずそのまま地面に激突する。

ギュラギュラ、地面に激突した小さな影は一回転、二回転と転がりそのまま動きを止めた。

 

「どうしたの...さぁ、立ちなさい。」

 

言葉をかけられた小さな影は立ち上がる事も無く、また返事をする事もない。

 

「聞こえなかったの?もう一度言います...立ちなさい。」

 

「ファーイン様!!」 

 

今まで静止していたもう一つの人影が大きな人影の方”ファーイン”に言葉を発する。その言葉を聞きファーインと呼ばれた女性が振り向いた。

 

「何かしら”ナズル”?」

 

「今日はそこまででよろしいのではないでしょうか、これ以上は酷かと...。」

 

そう言葉を紡ぎながらふくよかな女性が走り寄ってきた。ナズルと呼ばれた女性は言葉を投げかけた女性、ファーインの屋敷で家事手伝いをしている人物である。

 

「酷?何を言っているの?”これは”まだ動けるわよ?」

 

ほら...立ちなさい。と言われ今まで地に伏していた”これ”と言われた小さな影が手足を震わせながら立ち上がろうとしていた。

 

「お嬢様!!?」

 

お嬢様と言われた小さな影が立ち上がった、その姿はまだ子供で非常に幼く見える。右側が白く左側が黒い特徴的な髪の色をしており髪色と同じく両の瞳も左右で色が違う。何よりも目を引くのが両耳の長さであろうか、人間よりも明らかに長くしかしエルフよりは短い。―――そう彼女は”ハーフエルフ”なのである...。

名は”アンティリーネ”この屋敷の主人ファーインの一人娘である。

 

「さぁ...続きをしましょ?」

 

「...はい...。」

 

「あ...あぁ、お嬢様...。」

 

ナズルの言葉が虚しく響く、そして幾何もせぬうちにまたこん棒が打ち付けられる音が聞こえだした。

”ゴッ”ガッ”ゴッ”...鈍い音が静寂の中鳴り続けそれは日が暮れるまで続いた...

 

 

 

 

「お疲れ様です、お嬢様...今日も頑張られましたね。」

 

「...うん...凄く痛かったけど...頑張ったよ。」

 

そうナズルは言葉を吐き、その後すぐに歯を噛みしめる。

”頑張られましたね”なんと調子の良く、残酷な言葉だろうか。こんな小さな子供にあんな酷い仕打ちを行って―――訓練と称した虐待を―――あまつさえ、それをただ見ている事しかできない自分が腹立たしい。

 

「...お嬢様、今日は疲れたでしょう。ゆっくりお休みになられてください。」

 

「うん、ありがとう。」

 

それでは...っとナズルが部屋を出ようとした...―――その時

 

「ナズルおばちゃん...。」

 

「?なんでしょうお嬢様。」

 

「私が...私が強くなったら”お母さん”喜ぶかな?」

 

「!!!」

 

母の愛を知らない子供からの悲しく、哀れな質問が投げかけられた。”それはない”...そう言えたらどれだけ楽か...少女に気づかれない様に拳を握り、血を吐くかのような思いでナズルは答える―――もちろんですよ―――っと

 

「そっか...そうだよね。変な事聞いてごめんなさいナズルおばちゃん、おやすみなさい。」

 

「...はい、おやすみなさいお嬢様...それでは失礼いたします。」

 

”バタン”扉が閉まりナズルが部屋から退出する。

 

「喜んで....くれるのかな?」

 

お嬢様と呼ばれる少女”アンティリーネ”は独り言を呟く。

その言葉を信じたい、信じたいのに疑いを持っている自分も存在しているのだ。

 

「お母さんは...私の事が嫌いなの...?」

 

心の中に潜む”疑いを持っている自分”がささやく、母は”お前”の事が”嫌い”なのだと...

 

「私は”いらない子”なの?」

 

ささやきは留まる事を知らない、深く黒い感情が渦を巻き少女の心を支配しようとする、そう―――悲しみという感情が―――気づけば少女の頬には大粒の涙が伝っている。それは留まる事無く溢れ出す...少女の悲しみに比例して。

 

「うっ...考えちゃ駄目...今日はもう寝よう。」

 

右手で伝った涙を拭いながら少女はベッドに横になる、どうやら今日は疲れ過ぎているようだ。このまま起きていても悪い事ばかり考えてしまうだろう、このまま就寝するべきだ。

布団を被った少女が目を閉じる。ナズルが言ったように明るい未来を信じて。

 

(強くなれるかな?英雄みたいに、ううん”六大神様”達みたいに...)

 

神様達ぐらい強くなるなど笑い話にもならない。不敬だ。そんな事を頭の中で考えながら少女の意識が薄れていく。眠りに落ちかけているのだ。

 

(神様達みたいに強くなるには神様達の世界に行かなきゃいけないのかな?ふふふ、どんな所だろう...行って...みた...い...な...。)

 

そして少女は深い眠りに落ちた...そして...

 

          ”カチリ”

 

なにか...そう、歯車が噛み合ったような音がした。

この世界にはタレント(生まれもった異能)という物がある。その種類は様々で強大な物から大した事の無い物まで無数に存在している。

今この瞬間この眠りに付いている少女”アンティリーネ”保有している”タレント”の”内一つ”が初めて発動した。アンティリーネの周囲の空間が歪み波を打つ。

―――今..少女は...

 

       他世界に”接続”した

 

 

 

 

 

 

眩い日差しが少女を襲う、その日差しに当てられ少女は眠りから覚める。

重たい瞼をゆっくりと開く、もう朝が来たのかと少女が驚いていると...

目の前には信じられない光景が広がっていた。

 

「えっ...なっ何?これ?...草...原?」

 

目を覚ました少女の目に飛び込んできたのは見知った自分の部屋ではなく驚く程に広い草原であった。余りの出来事に目を白黒させながら、少女はこれが”夢”なのではないかと考え...その余りのリアリティに即座にその考えを否定する。

 

「もしかして...私、捨てられたの?」

                   

恐ろしい考えに脳が支配される。しかし眠っている人間を起こす事無く運ぶ事などはたして可能なのだろうか?魔法を使えばできるのか?などと少女が考えていると後ろから足音が聞こえた。続いて声が聞こえてくる。

 

「あ~あ、明日も4時起きだよ、たく糞ブラック企業め倒産しろ!!」

 

「倒産したらお前無職じゃねぇかよ。俺達みたいな底辺は仕事を選べないの。選んじゃ駄目なの。」

 

くぅ~世知辛いぜ、などと喋っている。内容は殆ど分からないが恐らく愚痴をこぼしているのだろう。ぶらっくきぎょー?とーさん?なんだろ?

そして声の主達と少女の目があった。

 

「ん?誰かいんな?エルフの...女か?」

 

体の大きく青い髪色の、戦士風な人物が言葉を喋り、続いて白髪で細身の神官風の男が口を開く。

 

「こんな所で珍しいな、初心者か?まるっきり駆け出し装備だな。」

 

駆け出し?初心者?何の事だろうと少女は思う、駆け出し冒険者という言葉があるのは知っているがそれの事だろうか?ならこの二人は冒険者という事になる。

状況も分からないので二人に話をした方がいいだろう。

 

「あっ、あの私、スレイン法国出身で名前は”アンティリーネ・ヘラン・フーシェ”と言います。気づいたらこんな所にいて...訳が分からなくて、おじさん達は冒険者なんですか?」

 

言葉をかけられた二人は、”スレイン法国?””冒険者?”なげぇ名前だな~、覚えづら、などと言っている。見た感じ困惑しているようだ。

そして大きな男の方が何かに気づいた様に、右手に拳を作り手のひらに”ポン”っという風に叩きつける。

 

「なるほど!嬢ちゃんあれだな、ロールプレイ中なんだな!」

 

あぁそういう事か、見た目も派手だしなその顔のパーツどったの?もしかして課金してる?などと細身の男が喋り掛けてくる。ぱーつ?かきん?益々意味が分からない。

 

「あっ...あの。」

 

意味が分からず少女が口を開こうとした...その時

 

「見た感じロール重視見たいだし装備も変えてないしな、デスペナとかも気にしてないんだろ?そんな嬢ちゃんに一つ頼みがあってよ~...ちょいと死んでくれね?」

 

爆弾が投下された。

 

 

 

 

 

 

少女は相手の言葉の意味を理解するまでに長い時間を有した。やがて頭の中に染み込んだのか恐る恐る言葉を投げかける。

 

「死...死んでって...どういう...」

 

”意味”と言葉を続けようとした時相手から言葉が返ってきた。

 

「ん?そりゃおめぇ、俺に”殺されろ”って事だろ?次のクラスの条件厳しくてよ~PK 必須なんだよ、これがな。異業種狩って満たしたかったんだけどよ。嬢ちゃんデスペナとか気にしなさそうだし、ドロップ品は返すからよ、なっ?」

 

ちょっち頼むわ...っと腰を前かがみに倒し広げた右手を顔の前に出しながら大きな男がお願いしてくる。

ぶわり...汗が吹き出しそうになる...が、なぜか汗は出てこないそれを不思議に思う暇もなく少女の体がガクガク震えだした。

”殺される”脳が完全にそう理解した。この目の前の男は、お使いを頼む親の様に少女を殺させてくれと頼んできているのだ。人間の行う所業ではない、目の前の男が人間に化けた悪魔に見えてきた、いや...実際悪魔なのかもしれない。

 

「あっ...あっ...。」

 

言葉が出てこない、恐怖で口が開かない。そうしている内に隣で見ていた細身の男が、やれやれと言った風に口を開く。

 

「このこロールプレイヤーなんだろ?一方的に殺しても可哀そうじゃね?kill数貰うんだからお前も嬢ちゃんに付き合ってやれよ。お嬢ちゃん、ほれ。」

 

細身の男の右手が空間に入り込んだ、少女は余りの出来事に目を見開いている。

そして右手が引き抜かれると同時に剣が―――見た事も無いような立派な―――現れ少女の足元に放り投げられた。

 

「それ使っていいよ。なんならあげるよ低品質ドロップ品だしな。」

 

あらがえ...っと、楽しませろという事なのだろう。恐怖に打ち震えていた少女だが意を決して足元の剣を拾う。

戦わなければ殺されるだけだ。拾った剣を両手に持ち震えながら相手に構える。

 

「おぉぉーいいねぇ!」

 

相手から軽い言葉が聞こえてきた。少女は思う。相手は油断をしている。ここしか勝機はないと...そして―――

 

「武技!斬撃!!」

 

少女が唯一使えるそれで持って最大の切り札を行使する―――だがしかし

 

「えっ...?なんで...?」

 

切り札は発動する事はなかった...。

 

「うおぉぉーーー、嬢ちゃん凄ぇな!ノリノリじゃねぇか!」

 

大きな男がはしゃいでいる。

 

「その武技ってなんなん?自分で考えたのか?良かったら後で設定教えてくれよ!」

 

細身の男が武技について聞いてくる。

 

「!!!!!」

 

少女は剣を放り投げ―――二人に背を向け全力で走り出す。

 

「おぉぉー、迫真の演技だな。嬢ちゃん大女優になれるぜ!」

 

「...おい、あれマジ逃げじゃね?実は嫌だったんじゃないか?」

 

大きな男が少女の演技に感心していると、細身の男から信じられない言葉が飛び出した。

 

「んぇ!?マジで?」

 

「多分な~。声聞いた感じ子供だったし、おっさん二人に詰め寄られて言いだしずらかったんじゃね?どうするよ?」

 

「か~マジか~すまんな嬢ちゃん、しかしな~早めにクラスアップしたいしな~」

 

「ここまでしたんだしPKしてもいんじゃね?終わったら二人で全力で謝まれば許してくれるんじゃないか?お詫びに店売りアイテムでも買って上げたら喜ぶかもよ?」

 

よしっ!それで行くか!っと大きな男が叫び、そのまま少女の後を追っていった。それに続き細身の男も駆け出していく。

 

「はぁ...はぁ...殺される...殺される!」

 

少女は駆ける、今まで生きてきた中で間違いなく一番速いだろう。後ろからは先程の二人組の足音が聞こえてくる。そしてその音がどんどん近くなっていく。

もっと走らなければ...っと少女が思っていたその時”ガッ”足を絡ませ少女がこけた、そしてその間に二人組が追いつき自分を見下ろしていた。

 

「あぁ~...なんかわりぃな、嬢ちゃん。ちょっち早めにクラスアップしたいからPKせんと駄目なんだわ...これがな。」

 

そう言われ少女が覚悟を決めた―――その時

 

―――”ガキン”

 

「えっ?」

 

「正義降臨!!」

 

純銀の鎧を身に纏った聖騎士の姿がそこにはあった。

 

 

 

DMMO-RPG【YGGDRASIL】サイバー技術とナノテクノロジーの粋を終結した脳内ナノコンピューター網―――ニューロンナノインターフェイスと専用コンソールとを連結。そうする事で仮想世界で現実にいるかの如く遊べる体感型ゲームである。

このゲームは他のDMMO-RPGと比較しても”プレイヤーの自由度が異様に広い”ゲームである。九つの世界からなるマップがありここはその一つアルフヘイムである。

そのアルフヘイムに広がる大草原、そこに二人の人間が言葉を交わしながら歩いている。

よくよく見るとそれは人間ではなく”異業種”と呼ばれる存在である。

純銀の鎧を纏った虫系統の異業種と魔法使い風のローブを纏ったアンデット系統の異業種とが軽い口調で話し合っていた。

 

「すいませんたっちさん用事に付き合っていただいて。」

 

ローブを纏ったアンデッドが純銀の鎧を纏った人物に話しかける。相手の名前は”たっち”と言うらしい。

 

「かまいませんよ、モモンガさん。ドロップ品狙いはソロでは大変だし、なによりゲームは人と遊んだほうが楽しいですしね。」

 

アンデッドの方は”モモンガ”というらしい。非常に恐ろしい見た目をしているが聞こえてくる声音は優しく、物腰の柔らかそうな人物である。

 

「そろそろ二人だけではなく他の仲間も見つけたい所です。できれば異業種が望ましいのですが。」

 

「迫害を受けている異業種は多いですからね。たっちさんに助けられなかったら俺も...。」

 

異業種だからと言って迫害を受け”異業種狩り”というPKを受けているプレイヤー達は多い。モモンガもその一人だった、目の前の存在に助けられるまでは。

そんな人達だけで―――異業種だけで―――集まりを作るのも悪くはないと思う。大勢の異業種が集まり一緒に冒険に出かける光景を想像する。楽しそうだとモモンガは思う、いつか実現したいものだ。

モモンガがそのように頭の中で考えていると少し先に一つの人影が走っているのが見えてきた、次いで二つの人影も。

 

「前方に誰かいますねたっちさん、あれは...もしかしてPKされようとしているのか?」

 

少し遠くて良く見えないが恐らくPKされる寸前と思えた。二人組の男性プレイヤーが一人の子供風のエルフの女の子に詰め寄っている。

 

「チッ...異業種狩り所か人間種相手にも同じ事をしているのか。」

 

モモンガの機嫌が悪くなり剣呑な雰囲気を纏いだす、さっきまでの楽しい気分が台無しだ。どうしたものかとモモンガが思っていた...その時―――幼い少女の震えた声が耳に飛び込んできた―――

ギチリ...モモンガが歯ぎしりする―――音は出ないが―――声を聴く限り明らかに子供だ。そんな子供を捕まえて大の大人が、それも二人がかりで...

これは”ゲーム”だ。楽しい幻想を味わう為の場所だ。辛い現実を慰める空間だ...なんで...なんで”そんな事ができる”んだ楽しく遊んでいる”子供相手”に。

 

「たっちさん...。」

 

「モモンガさん、皆まで言わないでください。」

 

「...ふふ、流石はたっちさんだ、そうですよね。困っている人がいたら...」

 

「ええ...助けるのは。」

 

「「当たり前!!」」

 

そう言葉を叫び二人の異業種は駆けだしていった。

 

 

 

 

 

「あ...ありが...ひっ!」

 

少女がモモンガの姿を見た瞬間声にならない悲鳴のような物をあげた、完全に怯えている。そして...その姿を見たモモンガは... 

 

(うひゃー!めっちゃ怖がってるよー!!)

 

激しく傷ついていた...

 

「あ...ううん...大丈夫だよ、おじさんは怖くないからね。」

 

自分の事をおじさんと言い再度傷つく。まだ自分はそんな年齢ではないのだが怯えている少女に向かって”俺”などの呼称で名乗るよりもこちらの方が穏やかさがでていいのではないかと考えたからである。おじさんは怖くないは幼女誘拐などでは常套句なのであるが、そんな言葉が頭の片隅によぎるが努めて無視をする。これでいいはずだ...これでいい...うん。

 

「こ...怖くない...の?アンデッドなのに?」

 

アンデッドは生者を憎む、そんな事は常識である。屋敷からほとんど出る事がなく世間の常識に疎いアンティリーネでもそれぐらいは知っている。アンデッドは生きとし生ける者全ての天敵なのだから。

 

こわくないよ~、ほ~れほ~れ、と言いながらモモンガが両手を広げリズミカルに左右に飛び跳ねている。これがモモンガが考えた苦肉の策であり、現状考え付く最高の怖くないアピールなのだろう。それを見ながら少女が”でも”とか”アンデッドなのに”とか言っていると隣で静観していた、たっちが口を開いた。

 

「お嬢ちゃん、このおじさんは怖くないですよ。とても優しい人だ。お嬢ちゃんを助けようと言ったのもこの人なんだよ。」

 

たっちさん...とモモンガが言っていると少女が口を開いた。

 

「...分かりました。信じます。」

 

信じるの早くね!?とモモンガが盛大に心の中で突っ込みを入れる、たっちさんが言った途端これか!っと...心に三回目の傷を負ったモモンガが、そう言えばたっちが自分の事をおじさん呼ばわりしていた事を思い出しまた傷つく、これで四回目だ。自分はいったい今日何回心に傷をおえばいいのだ。

 

「でも...なんで?」

 

少女が疑問を口にした。

 

「なんで、初めて会ったばかりの私を...助けてくれたんですか?」

 

危険を冒してまで。と少女は付け加える。それを聞いた途端二人の空気が―――雰囲気が―――変わったようなきがした。

 

―――なんだそんな事かと二人が、さも当たり前の様に...そして誇らしげに答えた。

 

「「誰かが困っていたら助けるのは当たり前!!」」

 

二人の言葉が草原に響き渡った。そして...恐ろしい見た目をしたアンデッドから、とても優しく、安心するような、信じたくなるような声音で言葉が綴られる。

 

「だから、君が困っているなら話を聞かせてくれないか?もう少しだけ”俺達”に君の手助けをさせてくれ。」

 

手が差し伸べられる。肉の全く付いていない骸骨の手だ。アンデッドの手だ。

 

でもなぜだろう、もう怖くはない、先ほどまでの恐怖が掻き消えている。

少女は骨の手を凝視する...そして―――

 

「...うん...ありがとうおじさん。」

 

そこに怯えの混じった声はもうなく、鈴が鳴るような声が響き渡り、差し伸べられた手を握る、そして表情は分からないが、目の前の存在が笑った気がした。

 

                   




おっさんズA 「どうだ?この剣、命を刈り取る形をしてるだろ?」
こいつら多分そんな悪い奴らじゃないよね?

没ネタ

そこに怯えの混じった声はもうなく、鈴が鳴るような声が響き渡り、差し伸べられた手を握る、そして表情は分からないが、目の前の存在が笑った気がした。―――そして

「あばばばばばばばー」

「!!ちょっ!!モモンガさん!ネガティブタッチ!ネガティブタッチ!!」

「ん?...えっ?ああああぁぁぁーーー!!?」

流石に死ぬわっとなりました
もうこの後何言っても信用してもらえる気がしなくて泣く泣く没にしました。
めっちゃ使いたかった。


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アンティリーネです。私の名前はアンティリーネです。

なんとか自分でできました。
おかげでもう一話書く羽目になりました。
短いけど頑張って書きましたごらんください。

※八時間くらいしちゃもちゃしてました...


アルフヘイムの草原に二人の異業種が立ち尽くす、その対面には二人の異業種には不釣り合いなまだ幼く少女と言ってもいいような”エルフ”の女の子が立っていた。

 

「それで、お嬢ちゃんはこんな所で何をしてたんだ?ここはモンスターもポップしないしLV上げでもないんだろ?しかもこの先のフィールドは初心者には辛いしな。」

 

恐ろしい風貌をしたアンデットの魔法詠唱者―――恐らくだが―――モモンガが少女に向かって質問をしていた。明らかに見た目は初心者な彼女がなぜこんな所に?っと。

言葉を投げかけたモモンガに対して言葉を投げかけられた少女が言葉を返そうとした

―――その時―――モモンガの頭上に”?”マークのアイコンが映しだされる。

 

「そ...それはですうえぇ?」

 

”ピコン”という感じで頭上に現れたアイコンマークを見て少女が驚いている。

ビックリし過ぎて変な声が出てしまった。

 

「うん?どうしたんだい?そんなに驚いて?」

 

「えっ...いや...その...頭に。」

 

驚きすぎてしどろもどろになっていた少女を見て隣に立っていたたっちが何かに気づいたような感じで口を開く。

 

「あぁ、モモンガさん”アイコン”ですよアイコン。」

 

これだろ?っと言って、たっちが頭上に笑顔のマークのアイコンを出現させる。

それを見て少女がひゅっという声を上げる。また変な声が出てしまった。

モモンガがその光景を見てあぁなるほどと言っている。

 

「お嬢ちゃんアイコンをしらないのか?ある意味凄いよそれ。」

 

そんな物知る訳がないよ!!っと言ってやりたかった少女であるがそんな事が言えるはずがない。

今は優しいが機嫌を損ねれば豹変する―――恐らくそれはないと思うが―――かもしれないからだ。そう言えば助けて貰った時にも似たような物が見えたなと思い、純銀の戦士”たっち”に問いかけた。

 

「み...見た事ない...です。あ...そう言えば鎧のおじちゃんが私を助けてくれる時見たかも。」

 

鎧の...お...おじちゃんっとたっちがショックを受けている。たっち程の人物を打ちのめすとは子供の純粋さとはかくも恐ろしい物か。

その言葉を聞いたモモンガがふふふ、おじちゃん、よし!よし!などと隣で言っている声が聞こえたが、たっちは聞こえない振りをし、目の前の少女の疑問に答えるべく言葉を吐く。

 

「うっうぅん...私はまだ若いのだが。お嬢ちゃんの疑問に答えようあれは”アイコン”ではなく”エフェクト”というんだ。」

 

これの事だろろう?っとたっちが言った瞬間たっちの背中から【正義降臨】という文字が飛び出した。びよんびよ~んと動く様はなんとも間抜けである。

少女は一瞬だけ”ビク”っと体が動いたがその後すぐに冷静さを取り戻す。

だいぶ耐性が付いてきたなと自分を褒めてあげる。

 

(あっ、これだ。えふぇくとって言うんだ。見た事ない字だな。せいぎ?こうりん?ふふふ、このおじちゃんは正義の味方なんだ。子供みたい。)

 

あっ、子供が子供って言っちゃった。などと少女が頭の中で思っている。

―――そして...

 

ゾワリ...少女の体に悪寒が走る...今少女の頭の中に何か途轍もなく恐ろしい物が浮かんだはずだ。

怖い...恐ろしすぎて考えたくない。

しかしこのまま気づかない振りをするのは駄目だ。それでは何も解決しない。

自分の中に芽生えた恐怖を振り払い少女は子供の脳をフル回転させながら考える。

自分は今なんと思ったのかを。

 

(せいぎこうりん...なんで...なんで”分かる”の?こんな字...”見た事”ないのに。)

 

少女は恐ろしい答えに行きつき言葉を失う、読める、読めるのだ。見た事も無い文字が。なんで読めるのか?その疑問に少女が思考を割いているとモモンガから声がかかる。どうやら自分は固まっていたようだ。

 

「だっ、大丈夫かい?たっちさんいきなりは流石に...ビックリしてますよ。」

 

「あぁ、ごめんねお嬢ちゃん。ビックリさせたね。」

 

モモンガの言葉を聞きたっちが謝罪する。違う、おじさんのせいじゃないのっと心の中で思う。自分の行動のせいで相手に―――しかも命の恩人に―――謝罪させてしまった事に申し訳なさを感じる―――罪悪感が押し寄せてくる。

 

「とりあえずだ、これがエフェクト、この頭の奴はアイコン、似てるけどちょっと違うんだよ。お嬢ちゃんも出せるよ。コンソールの中に初期からアイコンが沢山あるから、開いて見てごらん?」

 

カッコいい奴は課金が必要だけどね。などとたっちが言っているがそれは気にならない。

なぜなら少女には”コンソールを開く”と言う意味が全く持って分からないからだ。

どうしたらいいかとあたふたしていたらモモンガから声をかけられる。

 

「もしかして...開き方が分からないのか?お嬢ちゃんどうやってログアウトするつもりだったんだい?」

 

ろぐあうと?またしらない言葉だ。もうやめて頭が爆発しそうだ。

 

「えっ...えっと...それは、あの。」

 

「手を出してごらん、コンソールはね、こうやってだね。」

 

身振りで開き方を教えてくれているモモンガを見ながら少女が、そんな事しても分からないよ。などと考えていた―――その時

 

(えっ?)

 

少女の中で閃きのような何かが起きた。続いてコンソールの開き方が頭の中に入ってきた。分かる...分かるのだ...”開き方”が、その事実がとても恐ろしい。

 

「えっ...?えっと。こう?」

 

その瞬間少女の目の前に”ブゥン”っと半透明な画面のような物が突如出現しそれを見た少女は...

 

「しゃおう!!!???」

 

っと自分でも驚く程の悲鳴をあげた。両手を高く突き上げ右膝を胸の前くらいまで上げて空中を飛んでいるかのような姿を連想させるその悲鳴に隣にいたモモンガもついつられてしゃおう!!っと叫んでしまった。

耐性ついてないじゃない!!っと自分に罵声を浴びせる。

 

「ビッ、ビックリしたなぁ。もぉんやめてくれよ。」

 

ごっごめんなさいと少女がモモンガに対して謝る。だって、こんなのビックリするに決まってるよ。などと少女が思いながら画面を見続ける。

見た事の無い文字が羅列されてまた、その文字の全てが読めるのだ。その事にまた恐怖が押し寄せてきそうになる―――しかしなぜだろうか?なぜか一行だけ読めない部分がある。それは読めないというか文字ですらない。ぐちゃぐちゃの”何か”が見える。

 

「コンソールが開けたみたいだな、よし、その中にある”共有”という文字を押してごらん。そうすれば私達にも見る事ができるから詳しく教えられるよ。見られて困る物はないよね?」

 

たっちにそう言われ少女は文字を探す。画面の右上にその文字を見つけ押そうとして

―――見られて困る物はないよね?―――っと一瞬考えるがすぐに押した。

困るも何もこんな事初めてだ、考えても分からない。

少女が共有ボタンを押し、モモンガとたっちの前にも画面が映しだされる。

 

「えっと、どれどれ。うん?お嬢ちゃんの名前は”アンティリーネ”というのか。」

 

「凝ってますね。良い名前だ。」

 

「!!!ありがとう!!!」

 

二人の言葉を聞き少女”アンティリーネ”は今日一番と言っていい程の明かるい声を出した。日頃名前を呼ばれる事はない”これ”か”お嬢様”だ。

この名前は”母”が付けてくれた物だとナズルおばちゃんから聞いた事がある。母からは何も貰った事のないアンティリーネが唯一、母から貰ったもの、それがこの名前だ。

だから―――この名前は彼女の”宝物”なのだ。

 

「そういえば、俺達も名前を言ってなかったな。俺はモモンガだ。」

 

「わたしはたっち・みー、たっちと呼んでくれて構わない。と言っても先程からちょくちょく聞いているから今更か。お嬢ちゃん、あぁ違う、えっと。」

 

たっちが先程の名前を思い出そうとしている。そして、たっちが思い出すよりも早く目の前の少女”アンティリーネ”が口を開いた。

 

「アンティリーネです。私の名前はアンティリーネです。」

 

表情は分からない。しかし二人には目の前の少女が満面の笑みで笑っているような...そんな気がした。




某ブランドの擬人化 「エン〇リオです。僕の名前はエン〇リオでぐは!!」

アンティリーネ 「そんな危険な事をするんじゃあない」

アンティリーレイ 「モモシロウ、後は任せたぜ。」後ろを振り向きながら


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もえあがれ?ねっせん?れっせん?ちょうげきせん?

先日 LEVEL5-judgelight 2022 version という物を見つけビックリして聞いてみました。
あれはあれで味があっていいなと思いました。 (唐突に始まるどうでもいい感想


 

 

「ハーフエルフ...か。」

 

「あまり聞かない種族ですね。」

 

二人がアンティリーネのコンソール上の文字を読み取っていると名前の横の”種族名”に目が行く、次いで沸いてくるのが困惑だ。このような種族は果たしてあったのだろうか?っと。多種多様な種族を選択できるユグドラシルの中に置いて”人間種”というのは最もポピュラーで人気の種族だ。”エルフ”も括りで言えば人間種であり人気の種族であるのだが”ハーフエルフ”という種族はモモンガも聞いた事がない種族だ。

 

「そうなの?あっ、ですか?」

 

「あぁ、少なくとも俺の記憶にはないな。あと無理に敬語は使わなくてもいい、もっと気楽に話して構わないぞ。こっちもそうさせてもらってるからな。」

 

そ...そう?ふふ、ありがとう。と目の前の少女、アンティリーネから強張っていた空気が和らいだのを感じる。怖い思いをした後だ、相当に緊張していたのだろう。

軽い雰囲気を作りながらモモンガが軽い言葉のやり取りを行っていると一つ気になる部分が目に入ってきた。

 

「?12だと?これは...。」

 

「モモンガさんも気になりましたか?私もです。」

 

「?うん、そうだよ。私今12歳。」

 

モモンガとたっちが二人で疑問について話し合っていた所、アンティリーネが自分の年齢を喋り掛けてくる。モモンガとたっちの話している内容は違うのであるが。どうやらなにか勘違いしているようである。

 

「ん?あぁ違うぞ、年齢の事では無くてな。えっ?12歳?」

 

「それは...プレイ年齢的にギリギリじゃないのか?幼いとは思っていたが...。」

 

ぷれい?12歳じゃ悪いのかな?などとアンティリーネがもはや今日何回目かも分からぬ疑問に頭を悩ませている。目の前では二人が、えっ?ちょっと、この絵面大丈夫ですか?や、大丈夫ですモモンガさんが間違いを起こしたなら私が責任を持って逮捕します。などと喋りあっている。間違いってなんだろ?

 

「んもぉう!ひどいなたっちさんは。すまないなアンティリーネ、話が脱線してしまった。俺達が気になったのは”年齢”の事ではないんだ。」

 

「君の名前の横に”LV”という文字があるはずだ。それは”レベル”といってね。私たちが気になったのはそれなんだよ。」

 

アンティリーネがコンソール上の自分の名前の横に目をやる。そこには”アンティリーネ””LV12”と書かれているのが見てとれる。自分的にはそれよりもなぜフルネームじゃないのか気になるが、二人が気にしているのはこの”れべる”という物らしい。

 

「コンソールの開き方も分からなかったのにどうやってLVアップしたんだ?」

 

「LV12というと戦闘のチュートリアルは確実に終わっていますね。」

 

チュートリアルは大抵のゲームにおいて大体は実装されているであろう操作方法や進め方などの練習である。ほとんどのゲームは一通りの事を追って順に行っていくのだが、このユグドラシルは違う。自由度が非常に高く、行える事の幅が圧倒的に広いからこそチュートリアルもそれぞれによって分けられているのだ。その都度チュートリアルを個別に消化していかなくてはならない。このLVならば確実に戦闘は終了しているだろう。

スキップした?いや、それでも彼女がコンソールを知らない事の説明がつかない、バグで表示されなかったか?などとモモンガが思考の海に沈んでいると―――

 

「考えすぎですよ、モモンガさん。それはあなたの良い所ですが、悪い所でもある。アンティリーネLVの詳細を見せて貰ってもいいかな?職業が気になるのでね。」

 

「えっ?いいけど...どうやるんだろ?」

 

これを...こうしてだね...っとたっちが優しく教えてあげている。先程のモモンガの時とは明らかに彼女の雰囲気が違う。くそ、このリア充のイケメンが...いやイケ虫が...などとモモンガが少しの嫉妬に狩られていると―――

 

「ファイターLV12か...アンティリーネは剣士なんだな。」

 

「えっ!?う、うんそうです。」

 

自分が剣士だと言い当てられた事に彼女は驚きを隠せない。そんな事まで分かってしまう物なのか。

 

「まぁ、間違いなく魔法詠唱者ではないとは思っていたが。服装も剣士の”旅立ちの装い”だしな。」

 

嫉妬の渦から戻ったモモンガが二人の会話に加わってくる。旅立ちの装いは確か人間種の剣士系の職業で始めたプレイヤーが初めから装備している防具アイテムであったはずだ。

旅立ちの装いという言葉を聞いたアンティリーネがなんのことだろう?っと頭の中に?マークを浮かべながら自身の体を見る―――そして

 

(えっ!?なっ、何これ!?)

 

驚愕がアンティリーネを襲う。自身の目に映るのは就寝する前に来ていた寝間着姿ではなく―――非常に質素なそれでいて動きやすそうな服装をしている。

 

(いつから?もしかして起きた時からずっと?ビックリする事が多すぎて全然気づかなかったよ!)

 

寝て起きたら自分の知らない場所に一人置き去りにされ、あまつさえ殺されかけたのだ。気づかなかったのも致し方ない。驚愕に彩られたアンティリーネをよそにモモンガが言葉を続ける。

 

「剣士であるならアンティリーネ、君は運がいい。ここにいるたっちさんはユグドラシル最強の剣士の一角だからな。学ぶ事は非常に多いと思うぞ。」

 

”ワールドチャンピオン”という職業がこのユグドラシルには存在する。ユグドラシルに存在する九つのワールドマップにおいて最強を決める公式の大会が開かれた事があった。その大会で優勝しその世界において最強の称号を得た者だけに贈られる。それがワールドチャンピオンであり、たっち・みーはその一人【ワールドチャンピオン・アルフヘイム】である。

 

世界で一番つよいんだぞ~っとモモンガが自分の仲間をべた褒めしている。世界で...一番?このおじさんはそんなに凄い人だったんだ。

 

「そこまでにして下さい、モモンガさん。流石に恥ずかしい。しかしモモンガさんの言うとうりだ、剣士であるならば私が教えてあげられる事は多いと思う。」

 

その言葉を聞きアンティリーネの心のなかに喜びと恐怖の二つの感情が顔をのぞかせる。世界最強の剣士から教えを乞う事ができるそれはいったいどれほど凄い事なのかと、もしかしたら自分も今より強くなれ、母に認めてもらえるようになれるかもしれないという喜びの感情と、それでも強くなれずに母から今以上の失望を買ってしまうのではないか?という恐怖とが彼女の心の中で渦を巻きせめぎあっている。―――少しの沈黙の後せめぎあいが終わり彼女は言葉を吐いた...

 

「たっち...さん、私、強くなりたいんです。だから...戦い方を教えてください。」

 

その言葉は震えていた...悲痛な叫びにも聞こえなくはない。しかしその声音とは裏腹にその中には一つの、そう―――覚悟のような物が垣間見えた気がしたのだ

そう語りかけてきた少女にたっち・みーは答える―――あぁ、もちろんさ。強くなろう、一緒に...っと

 

 

 

 

 

 

「話は纏まったようですね。そうなれば善は急げです。とりあえずはその装備では色々と頼りない、店売りでもいいのである程度装備を整えましょう。」

 

二人の会話が終わるや否やモモンガが口を開く。時間も勿体ないし動くなら早い方がいいだろう。アンティリーネの装備は非常に頼りない、そんな装備で戦闘させてもし死なれでもしたら―――ゲームなのでなんの問題もないのだが―――ちょっと心苦しい、折角彼女がゲームを真剣に楽しもうとしているのだ。やる気を出している時にそんな事になってしまえば水を差す結果に繋がりかねない。

 

「えっ?お店ですか?お、お金なんて私持ってません。」

 

店売りと聞いてアンティリーネが慌てて口を出す。買い物ができるようなお金など持ってはいない。

 

「あぁ構わないよ。それぐらいは私が払おう。初心者に見繕うくらいなら大した金額にならないしね。」

 

で、でも...っと申し訳なさそうな態度をとるアンティリーネにたいしモモンガが助け船をだす。

 

「子供が気を使うんじゃないよ。しかし心苦しい気持ちも分からないでもない。ならばこうしよう、装備は貸しとしモンスターを倒した際のドロップ金貨や見合うデータクリスタルの提供で順次返していく。そうすれば戦闘訓練しながらでも問題ないはずだ。」

 

どろっぷ?でーたくりすたる?あぁもういいや、それで、だってわかんないもん。

もはや投げやりだ。それで大丈夫ならそれでいいだろ。多分。少女が了解の意を返した。

 

「よし!決まりだな!それでは改めてよろしくアンティリーネ。」

 

「私もよろしくだ。アンティリーネ。それではモモンガさんよろしくお願いします。」

 

たっちがそう言い。モモンガが分かりました。たっちさん。と了解の意を示す。―――そして...【転移門<ゲート>】最高位の転移魔法が唱えられ三人の目の前に時空間の狭間のような大きな穴が現れた。ふぁっ!!?っとアンティリーネが驚きの悲鳴を上げる。

 

「それでは、行きましょうか、たっちさん、アンティリーネ。」

 

「えぇ、場所は...やはり我々のホームである”ヘルヘイム”へと向かった方がいいでしょ。顔見知りも多いし、何より我々にとってはあそこが一番安全だ。」

 

モモンガもたっち・みーも異業種であり敵は非常に多い。二人だけならばなんとか切り抜けられなくもないが、彼女―――アンティリーネを守りながらだと非常に不安が残る。故に”ヘルヘイム”である。ヘルヘイムは異業種にとって有利に運ぶフィールドが多いマップであり、またその事から多くの異業種プレイヤーがホームにして居座っている。そんな中で異業種狩りをしようなどという人間種プレイヤーは少ない。もしそんな事をすれば他の異業種プレイヤーから袋叩きに合うだろう。そのような条件を加味した結果、場所はヘルヘイムが最適と言える。

 

「?どうした、アンティリーネ早く行こう。時間が惜しい。」

 

「...うん...はは、そうだね、モモンガさんの言うとうりだね。」

 

アンティリーネがモモンガに対して言葉を返す。そこにはもはや全てを諦め達観したかのような少女の姿があった。もしこれがゲームではなく現実の世界であったならその姿を見た全ての人間が一様に口を揃えてこう言うだろう。”目が死んでいる”と。

とぼとぼという風にアンティリーネが【転移門<ゲート>】に向かって歩み寄り二人に連れられヘルヘイムに向かっていった。モモンガと共に【転移門<ゲート>】に入っていくその様はさながら生前罪を犯し、死神に地獄に連れていかれるような光景を連想させた。

 

 

 

 

 

 

ガヤガヤと人の歩く音や喋り声が耳に入ってくる。その光景だけみれば活気のある大都市といった感じを持たせるこの場所はヘルヘイムの端に位置するプレイヤー達の交流都市である。ただ一つ普通と違っているのは―――その全てが異業種という事だろうか。見渡す限りの異業種。その中に人間種の姿は一つもなく地獄に迷い込んだのでは?っと錯覚してしまう程だ。この都市は異業種に人気の高い場所でありまた、人間種が立ち入る事は殆どない。いつもは迫害されている異業種のプレイヤー達がなにも怖がる事無くのびのびとゲームを満喫している。そう、ここは異業種たちにとっての楽園なのだ。

 

そんな中ゆっくりと歩を進める三人の集団の姿があった。モモンガ達である。ハーフエルフの少女を連れ悠々と歩く姿は、人間を捉え連行していく地獄の死者の様にも見えなくはない。

 

「あっ...あわわわわ。」

 

その三人の内の一人アンティリーネが余りの光景に言葉にならない悲鳴を上げていた。

 

「ははは。大丈夫だぞアンティリーネ。皆プレイヤーだ怖くないぞ。」

 

「皆こんな身なりだが怖くはないさ。優しい人達ばかりだ。」

 

「そ...そうなの?でも...流石にこの光景はビックリしちゃうよ。」

 

空間の穴を抜けてきたかと思えばその先に見えたのが地獄の軍団が集っているこの光景だ。本当に地獄に連れてこられたのかと錯覚してしまった程である。そんな会話を続け歩き続けている内に目の前に立派な建物が見えてきた。

 

「おっと。話していたら着きましたね。」

 

モモンガが着いたと言っている。ここが例のお店なのだろう。

 

「いつ見ても立派ですねこのグラフィックは、凝ってるな。流石はユグドラシル、最先端だ。」

 

モモンガとたっちが他愛無い会話をしながら店の扉を開けた。途端ギギ、ギギィっと不気味な音が聞こえてくる。流石!音も凝ってるな!ヘルヘイムっぽいなどとたっちがはしゃいでいる。これ入っても大丈夫なんだよね?大丈夫だよね?

 

店の中に入ると中には多種多様な武器―――剣だけではなく、盾や鎧、ローブやワンドまで様々な物が置かれていた。部屋の奥に人影が見える。人間の女性の様だ。―――しかしよくよく見るとその存在は人間ではない。人間に限りなく近い容姿をしているがその顔に見える血のような赤い瞳、青白い肌、唇から少し覗かせる牙が彼女が人間ではないと強調している...そう、その存在は。

 

「ヴァ?ヴァンパイア?」

 

アンティリーネでも知っている数少ない、それでいて非常に有名なモンスターである。しかし聞いた事があるヴァンパイアは非常に悍ましい姿をしているはずだ。しかし目の前にいる存在は真逆であり見目麗しい美女である。同性であるアンティリーネですら目を奪われてしまう程だ。

 

「なんだ?ヴァンパイアは知っているのか?彼女はこの店の店長で”NPC”だな。店長アイテムが見たい一覧を表示してくれ。」

 

「畏まりましたお客様。グラフィックはどう致しますか?」

 

「あぁ、それも頼む。」

 

モモンガが店の店長と話をしている。知らない言葉ばかりだが彼女はもう気にならないどうせ分からないのだ。後はモモンガに任せておくのが正解だろう。そんな事を考えていた時彼女がある一つの事象に気づいた。明らかに違和感を持つそれは...。

 

「あれ?モモンガさん、このお姉さん口が動いてないよ?」

 

これが違和感の正体である。先程から会話を見ていて気付き最初は目を疑ったが幻覚ではなかった。目の前の美女は喋っている。しかし口が動いていない。明らかに異常だ、ヴァンパイアとはこの様な生物―――アンデッドであるが―――なのだろうか?モモンガに疑問を投げかけたアンティリーネであるが、モモンガから帰ってきた言葉はとんでもない物であった。

 

「ん?そりゃあゲームなんだ、動かないだろ。アンティリーネだって動いていないじゃないか?」

 

一瞬の沈黙―――そして

 

「はっ?えっ?私も?えっ?」

 

訪れる大混乱―――モモンガから信じられない言葉が返ってきてアンティリーネの脳内はパニックに陥る。この訳の分からない状況に陥ってから一番の衝撃かもしれない。

 

「モモンガさんの言う通りだよ。見てごらんほら。」

 

静かに聞き入っていたたっちがアンティリーネにたいして鏡を取り出し正面に向ける。目の前に映っているのは見慣れた自分の顔だ。特に変わった様子は見られない。だが―――

 

「...私はアンティリーネです。」

 

鏡に向かい言葉を発する。そして―――口が動く事はなかった

 

「う...うそ?なんで?...どういう事なの?」

 

信じられない光景にアンティリーネが混乱しているとモモンガが優しい口調で説明をしてきた。

 

「アンティリーネ、ユグドラシルはDMMO-RPGの中でも最先端のサイバー技術とナノテクノロジーを元に作成されている。脳内コンピューター網...いわゆるニューロンナノインターフェイスと呼ばれるシステムとユグドラシル内の専用コンソールとを連結させる事によって脳内で考えたアクションを即座にゲーム内アバターに電子信号として送り込みあたかも現実で動いたかのような動きを実現させる―――」

 

濁流の様に押し寄せる言葉は留まる事をしらない―――

 

「つまりそれだけ多くの情報量が脳内コンピューター網を通しゲーム内に送り込まれる事となるその量は膨大だ。それだけでも処理するのは大変だろう?だから口や耳を動かすなどの細かい部分は極力カットされている。処理に時間が掛かるからね。しかし戦闘などで使用される手や指、足などは他の部分よりもより細かく柔軟に動かせるよう設定されているんだ。だから口を動かすなどの無駄な部分は削られざるを得ない。分かってくれるね?」

 

分っかんねぇよ!!なんだそれ!!魔法の詠唱か!!?などと幼女にあるまじき切れ方をしそうになったアンティリーネだが、寸前の所で堪える。モモンガに悪気はないのだ。親切に教えてくれようとしているのだろう。しかしもっと分かるようにならないものかっとアンティリーネは思う。長いし、なんか早口だ。

 

「...すぅー...ふぅ...。」

 

アンティリーネが大きな深呼吸―――口は動かないが―――を行い何かを探す動作をする。何事だ?っとたっちとモモンガが見守っていると―――長い間時間をかけやがてやりたい事が終わったのかアンティリーネが正面を向き―――そのすぐ後に”だらん”と手をたらし下にうつむく...すると

 

”ピコン”という風にアンティリーネの頭上に”分からん”といった風なとぼけた顔をしたアイコンが現れその上には?のマークが浮かんでいた―――モモンガ達は一瞬沈黙し、その後...ドッという風に笑い声が上がった。

 

 

 

 

 

 

「それではぼちぼち始めるとしましょうか。」

 

ここはヘルヘイムのとある街道の外れ、初心者専用の地帯であり出没するモンスターも非常に非力な物ばかりが集まる。その場所で二人の異業種と一人の人間種とが円を囲む様に立ちすくんでいた。

 

「はい。お願いします。たっちさん。」

 

たっちにたいし気合十分という風にアンティリーネが声を出す。最初に着ていた初心者装備を変更し少し上質な―――それでもランクは低いが―――装備を身に纏っている。軽戦士を思わせる服装にショートソードを手に持ち相手―――たっちに相対している

 

「気合十分だな。よし、それじゃあまずはモンスター狩りの前に君の動きを見てみたい。訓練システムを作動させているからLVは君と同じになっているからね。構えてごらん。」

 

「はい!」

 

気合の入った叫び声を上げアンティリーネが剣を構える。母との訓練を通して学んだ構えだ。後ろからモモンガががんばれ~っと軽い声で応援してくる。そんな軽いモモンガとは裏腹にたっちの胸中に渦巻いていたのは全くの別の感想であった。

 

(堂にはいっている...。この子は初心者ではなかったのか?)

 

剣を持つ腕、相手に構える姿勢、次の行動に移るための足幅。明らかに素人の構えではない。もしかしなくてもこの子は”現実世界”でなにかの武術をたしなんでいるであろう。そう確信させる物がそこにはあった。

 

「いい構えだ。それでは、私も。」

 

スッ...たっちが構えをとる。しかしその構えはアンティリーネが予想していた物とはまるで違う。もっと”異質”なものだ。

 

「...たっちさん。なんですかそれ?なんで”剣”を”持たない”んですか?」

 

そうアンティリーネが少々不機嫌な声音で相対する男、たっちに喋り掛ける。眼前に立つ男の姿勢に対して思う所があるような口ぶりだ。

 

―――それは異質だった。たっちの左手が体の正面に突き出した状態を保ち。腕はL字に折れ中心線をなぞるかの様にそびえたつ。そしてその左手には小柄な盾が取り付けられている。足はその盾の構えにふさわしい様にどっしりと構え体は綺麗な垂直を保っている。

 

「言っただろ?君の動きを見たいと。これは悪ふざけでやっているわけではない。そう見えたなら謝るさ。さぁ、来なさい。」

 

ふざけられている訳ではない事に若干の安心をしながら気を引き締める。ならば一心不乱に打ち込むまでだ。

 

「分かりました。それでは...はっ!!」

 

足を踏み込む。―――瞬間、爆発的に加速したっちに斬りかかる。正面は盾で覆われている、狙うならば下段。腰から下だ。

 

ズズ...。思考が狙いを定めたその瞬間加速中にも関わらずアンティリーネの体が前傾に低く落ちる。小さな体が更に小さくなり前方に突起したその様は鋭利な刃物を思わせる。たっちの前方―――右斜め下から繰り出される”横薙ぎ”がたっちの右足を切りつけようとした―――その時

 

ガン...アンティリーネの右腕が上方に弾け飛ぶ。一瞬思考が停止し―――その後思考が回転しだす”何が起きた?”っと考え、前方を向いたその時―――目の前には盾が迫って来ていた。

 

(!!!?まずい!避けなきゃ!)

 

純銀の盾が眼前に迫る、このままではまずいっとアンティリーネが後方に―――バックステップを用いて後退しようとした...っが体がある一つを残し後退を拒否した。その理由は...

 

(右足が動かない!)

 

アンティリーネが見つめたその先―――自分の右足、そこに覆いかぶさる純銀の足甲がめに入り...

 

ガッ!!純銀の盾がアンティリーネの胸元付近に接触する。それに追従するかの様にたっちの体も覆いかぶさってくる。ぶちかましの要領で当てられアンティリーネがそのまま地面に説き伏せられた。

 

(~~~~―――!!!)

 

地面に伏し声にならない悲鳴をアンティリーネは上げる目線の先には純銀の盾、それが胸の上から喉元付近までを圧迫している。

 

(抜け出さなきゃ...でもなんで”腕”が動かない)

 

喉元に押し付けられた盾、それがアンティリーネの両の肩の関節を同時に圧迫している、関節の機動力を奪われた今、彼女の動かす事の出来る部分は両腕前腕部のみ...そしてここからの脱出は非常に困難であろう。

 

二人の死闘のその端...片隅で見守っていたモモンガは一人戦慄していた。”ここまでする”とは思っていなかったのである。たっちが動きを見たいと言った時は軽く当たって終わりかと思っていたが始まったのはモモンガが予想していた物の遥か斜め上をいく物であった。アンティリーネの想像以上の動きに初心者だと思っていたモモンガは面を食らっていた。そして―――それ以上にたっちの動きに...

 

(嘘だろ?斬りつけてきた腕を蹴り飛ばしたぞ...)

 

そうアンティリーネが受けた謎の衝撃それはたっちが剣を持つ”腕”をつま先で蹴り飛ばしたのだ。それも手首を正確に射抜いて。それは紛れもなく神技であった。

 

【逮捕術】という武術がこの日本には存在する歴史を紐解いていけば室町時代にはその武術の存在は確認され体制が確立されたのは昭和後半あたりだろうか。

「突き」「蹴り」「投げ」はては「締め」「固め」までを収めるその姿は総合格闘技を思わせる...がそれとは少し異なる点が存在する。”警棒”の存在である。逮捕術は肉体による近接格闘の他にも武器を持っての戦闘も想定された武術であり総合格闘技とは一線を画す。

 

「積み...かな?アンティリーネ。想像以上だったよ。」

 

そう言い放ちたっちが力を抜く、押し付けられた盾が胸から離れていく。

 

「...ここまでされるとは思いませんでした。」

 

これは本音だ。ここまでの事をされるとは思っていなかった。しかし逆を言えば手を抜く事無く相対してくれたという事に少しの喜びが沸いてくる。

 

「あぁ、ごめん。ここまでする気はなかったんだが。先程も言った様に想像以上だったからな...手を抜くのは失礼だと思ったのさ。」

 

「あっいや謝らないで下さい。でもすごいな、あんな風な戦い方は初めて見ました。盾であんな事が出来るんだ。」

 

「どんな物でも使い方しだいさ。特に盾は”仕事上”使うからね。」

 

たっち・みーのリアル世界での職業は警官である。日本で唯一盾―――実際はこれよりも大きくライオット・シールドという―――を用いる職業であり逮捕術もその一環だ。

たっち・みーにとって盾は守る為だけの物にあらず、”殴打””押し付け””ぶちかまし”攻撃の一部であり繋ぎの一つだ。

 

「すごいな...本当に凄い。私にもあんな戦い方ができますか?」

 

アンティリーネが子供特有の素直な気持ちを表現してくる。裏表のないその言葉にたっちは少々の恥ずかしさと照れくささを感じてしまう。

 

「特訓しだいだな...っと言いたい所だが君の体では少々不向きかもしれない。この戦法は体の大きさも重要になってくるからね。固執せず自分のスタイルを確立させるべきだ。」

 

そうかぁ~っと明らかに落胆の声を上げるアンティリーネにたっちは、まぁでも体が小さくても有用な戦法も存在するが...っと言葉を続ける。その途端目を輝かせながら、あるんですか!?っと聞いてくるアンティリーネにたっちはこう答えた。

 

「殴るのさ。」

 

 

 

 

 

 

「はっ!!」

 

「ギギャア!」

 

大きな断末魔をあげながらモンスターが地に伏せる。先程の攻撃が決定打となったのかモンスターは倒れた後に少し動いた後”光の粒子”になり消えていく。その後に金貨が遅れてチャランチャランという効果音をたてて出現した。

 

「だいぶ慣れてきたみたいですね。」

 

「えぇ、最初の戸惑いが嘘の様です。迷いがなくなってからの動きは私が見ても素晴らしいと思います。」

 

モモンガの言葉を聞きたっちが自身の感想を述べる。相手にしているモンスターは最底辺の”ゴブリン”であるが全く相手になってはいない。斬りつける際の姿勢、その後の足運び、たっちからみても素晴らしいと思えるものだ。

 

二人で会話をしていると前方から戦闘を終えたアンティリーネがトコトコと走って来ているのが見えた。

 

「たっちさん、勝ちましたよ私!」

 

「あぁ、お疲れ様。しかし君のLVと装備ならば”勝てる”のは当たり前だ。重要な事はそこではない”過程”が重要なんだ。」

 

「過程?」

 

「あぁ、その過程を踏まえても今回の戦闘は合格点をあげてもいい。」

 

やった~っとアンティリーネが万歳しながら喜んでいる。その隣でモモンガも一緒にやった~っと言いながら万歳し飛び跳ねている。二人でやった、やったと言いながら飛び跳ねる様はひどい絵面だ。主にモモンガのせいであるが。

 

「モモンガさん、アンティリーネ一旦落ち着いて。後一匹くらいゴブリンを討伐して今日はもう切り上げませんか?時間も結構経っていますし。」

 

「あぁ、そうですね。ついはしゃいでしまいました。アンティリーネ、ラス一頑張って行って見ようか。」

 

「えっ?う、うん。」

 

歯切れの悪い言葉を少女は吐く、毎日特訓ばかりで友達とろくに遊んだことも無い、遊ぶ友達もいなかった。この楽しい時間が終わりを迎えようとしている事...その事に悲しい気持ちが押し寄せてくる。

 

「あぁ、それと...うん、そうだな。アンティリーネ最後なんだお試しで使ってみようか。ふふ喜べ私の”二軍”ちゃんを貸してあげよう。」

 

(にぐん?なにそれ?人の名前かな?にぐん...ニグン?...ちゃん?ニグンちゃんを貸す?...はっ!もしかして”奴隷”の事!?)

 

アンティリーネに戦慄が走る、まさかたっち程の誠実な男が奴隷を扱っているとは思わなかった。いや、世界最強の男なのだ逆に持っているくらい普通なのかという思いも沸くがそれでも、しかし...―――

 

「た、たっちさん!奴隷は駄目です!私使えません!」

 

「「はぁ!!??」」

 

急に奴隷と言いだしたアンティリーネの言葉に今度はたっちが戦慄する。隣に立っていたモモンガもそれを聞き同じように驚いていた。

 

「ど...奴隷?どうしたらそうなるんだ?」

 

「アンティリーネ私は君に盾を貸してあげようかと思っていただけだ、興味を持っていたからね...その盾は昔私が愛用していたもので、今でも性能的には二軍に位置する所にある。という意味だよ?」

 

「えっ...?そうなんですか?すっすみません。私てっきり人の名前かと...。」

 

人の名前に聞こえますかね?っとたっちがモモンガに顔を向け問いかけている。自分の国では普通にいそうな名前だがこの辺りでは違うのだろうか?

 

「とっ、とにかく一度お試しで使ってみないか?形状も今私が使っている物よりもコンパクトで使いやすいと思う。」

 

「!!はい!使ってみたいです!」

 

「いい返事だ。しかし...奴隷か。その言葉を聞くと憂鬱になるな、私達も”社会”の奴隷みたいな物ですしね、モモンガさん。」

 

たっちとの戦闘を経てアンティリーネの中で盾の価値観がガラリと変わった。盾とは”守る為の物”という固定観念が吹き飛んだ気がしたのだ。使わせてくれるというなら渡りに船であろう。隣ではたっちに問いかけられたモモンガが、奴隷...?違うな...俺は社畜だ...などと言っている。社畜?なにか今自分はモモンガの”闇”を垣間見ているような気がする。

 

「モ、モモンガさん?ふぅ、まぁいい。アンティリーネこれがその盾だ、使ってごらん。」

 

そうたっちが言い右手が空間に吸い込まれる。この光景は前にも見た。この辺りの人達にとっては普通の事なのだろう。そう頭の中で思っていると空間から一目で高価だと分かる立派な盾が出てきた。色は純銀で枠に薄い青色の線がはいっている。たっちの言うとうり形状は非常に小さい、これならば自分でも振り回されずに戦えるだろう。

 

「すっ...すごい。これを使っていいんですか?」

 

「あぁ、もちろんさ。さぁ、装備してみようか。」

 

そう言われアンティリーネが手を動かし何かの動作を行っている。コンソールを開いているのであろう、今身に着けている物を装備した手順を踏み、そのすぐ後に”シュン”という風に盾がアンティリーネの左腕に現れた。そして装備された盾を左手を動かしながら確認している。しかし妙だ、自分の思い描いていた物と少し違う気がする。

 

「気づいたかアンティリーネ。それは盾とは言っているがどちらかと言うと”手甲”の一種だ。左手がフリーになっているだろう?」

 

それこそが違和感の正体であった。この盾には”持ち手”が無い、その代わりに二つのリングのような物が付いている手首よりもさらに上、前腕部の真ん中あたりにキッチリと固定されていて、盾が前腕部を多い隠すようになっている。そして手首から先―――左手は完全にフリーだ。

 

「普通は盾は手で握りどっしりと構えるのが一般的だ。それが基礎でありセオリーともいえる。だが、私はそれが完全にいい事だとは思わない左手を潰してしまう以上行動の選択肢を一つ減らしてしまう。指や手は人が最も良く使う部分の一つだ、人体において繊細な動きを可能としている部分でもあり、そこにあるだけで”攻撃”または”防御”の一助になりうる。」

 

アンティリーネは思案する。たっちの言っている事は筋は通っている様に思える。だが果たしてそんなに簡単にできる物だろうか?と、行動の選択肢が増えるという事は”思考”の幅も増えるという事。この盾を使用する以上左手で行える行動が”一つ”から”二つ”に増える。複数の選択肢を浮かべる思考にたいし体はついていくのだろうか?自身と同格の相手との戦闘の場合その一瞬の思考の”間”が綻びとなり、致命打となりそうな...そんな予感を覚えてしまう。

 

「流石だな...本当に流石だ、君は。君の考えている事はおおむね分かる。この盾は”一長一短”だ、メリットの中に同じくらい...いや、それ以上のデメリットも隠されている。しかし使いこなせれば相手にとっては大きな脅威になりうる。君の小さな体を生かす為には行動の選択肢が増えるという意味は大きい。」

 

「...分かりました。やってみます。」

 

覚悟は決まった。使いこなして見せる。沸々と闘志がアンティリーネの中に沸いてきたこれが”強く”なる為の第一歩なのだ。しかしたっちの言っている事は非常に分かりやすい説明は長いが理解ができる。説明量的には同じなのにモモンガの言っている事はさっぱりだ。なにが違うのだろうか?

 

チラリとモモンガの方をアンティリーネは見る。モモンガも少し考えている。モモンガもこの盾の役割について思う所があるのであろう。目に見えるメリット以上に潜むデメリットが大きい。二つを天秤にかけあっているのであろう。流石だ、たっちさん程の人物とコンビを組んでいるだけの事はある...っとアンティリーネが頭の中で思っている際、当のモモンガは...

 

(わっからな~い。何を言ってるのこの人達。これだから脳筋どもは。)

 

全く理解できてはいなかった...―――

 

初めはたっちの話を聞いて、凄いなその発想!たっちさんはやはり凄い!などと思っていたのだが急にアンティリーネが悩みだし、それを見たたっちが流石だ。とか言いだす始末だ。メリットとか潜むデメリットとか何なの?きちんと説明してよ。何二人で通じ合ってんの?と言いたくなる。

 

モモンガが一人のけ者にされふてくされていると。コッコッ...っと小さな足音が聞こえてくる。どうやらモンスターがポップしたようだ。三人が一様に振り向きその姿を確認する―――そして現れたのは...

 

「ゴブリンソルジャーか...」

 

ゴブリンソルジャー。そのLVは15...前衛型のモンスターであり現状アンティリーネよりは格上だ。

 

「どうします?たっちさん?明らかに格上ですよ?」

 

「そうですね...アンティリーネ。」

 

たっちに声をかけられる―――そして

 

「戦ってみるんだ。全力で。」

 

たっちさん!?っとモモンガが驚きをあらわにする。しかしそのモモンガとは対照的にアンティリーネから発せられた言葉は了解の意であった。

 

「はい!全力で戦ってみます!」

 

その言葉を皮切りに本日最後の戦いの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

戦いは熾烈を極めた、アンティリーネの剣線が煌めき、ゴブリンソルジャーの盾がそれを弾く、弾かれた剣は後方に下がり、ゴブリンソルジャーのスキルが炸裂する、アンティリーネが左方に飛びのきそれを回避する。”一進一退””激戦”であった。

 

いつまでも続くかと思われた戦いだがやがて―――決着の時が訪れた。

 

「!!そこだ!」

 

ゴブリンソルジャーの体勢が崩れ隙が生まれた。好機とみたアンティリーネが剣を両の手に持ち突進する。放つは露出した顔面への”横薙ぎ”―――だがゴブリンの崩れた体勢が瞬時に戻り即座に盾を構える。防御の構えだ。

 

「!!まずいですよ、たっちさん!」

 

「...。」

 

たっちは黙して語らない。このままでは弾かれその隙をつき逆に決定打を貰ってしまうだろう。アンティリーネは体ごと行っている止まる事はできない。そしてモモンガの目に映る横薙ぎ、それがゴブリンソルジャーの盾に接触しアンティリーネの剣が弾かれる―――かに思われた。

 

スッ...剣が盾の前方をかすめる。空振りしたのか?っと見守るモモンガが思う―――がアンティリーネの勢いは止まらない。

 

ギュルン...アンティリーネの体が右からの横薙ぎの勢いに乗って左に加速する。右足を軸に体が回転し速度が更に増す。”遠心力によって”―――

 

アンティリーネの頭の中に一つの言葉が思い出される。そう...一つの、自分にもできるだろうと言われた一つの言葉が...―――殴るのさ―――...

 

「...あぁ...。」

 

この戦闘中たっちが初めて口を開く。

 

「くぅらぁええぇぇぇーー!!」

 

アンティリーネの怒号が響く

 

「...素晴らしい。」

 

”ガゴン”左腕の盾がゴブリンソルジャーの盾に接触し鈍い音を放つ。全身の力と遠心力の乗った盾が裏拳の要領でぶつかり―――ゴブリンソルジャーの盾を弾き飛ばした。

 

ゴブリンソルジャーの腕が後方にはじけ飛ぶ、が即座に再度防御の体勢に入ろうとする―――だが目の前には両手で剣を握り上段に剣を構えるハーフエルフの姿があった。

 

「はぁぁーー!!」

 

上段からの”叩きつけ”これが決定打となり、ゴブリンソルジャーが断末魔をあげ光の粒子になり消えていく...そして―――激闘は幕を閉じた

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様アンティリーネ。」

 

「えぇ、本当に...疲れましたよ。」

 

クタクタですぅ~っとベッドに寝ころびながらアンティリーネが喋っている。ここは先程の都市のプレイヤー待機室の一つ。ログアウトするプレイヤー達が使用している安全地帯の一つだ。

 

激戦は幕を閉じ、時間も迫ってきた...そう―――ログアウトの時間が

 

「ここにいれば誰かに襲われる事もない。ログアウトする際はここを使うといい。」

 

ろぐあうとが分からないんだけどねーなどと頭の中で考える。たっち達はそれを行うのだろうか?...つまりは―――これでさよならだ。

 

「それと...アンティリーネ...君さえよければ...その。」

 

たっちにしては歯切れが悪い。アンティリーネの心に?のマークが浮かぶ。

 

「いや、何でもない。」

 

そうたっちが言葉をこぼした。しかしすぐにモモンガが言葉を被せてくる。

 

「たっちさん。いいですよ、俺は...気に入ったんでしょ?この子を。」

 

「!!...モモンガさん...ですが...それでは。」

 

自分たちの作りたい”物”とは違う。そう返そうとたっちが口を開こうとした―――しかしモモンガもそれを予期していたのか先に言葉を放つ。

 

「いいじゃないですか?想像していた物と少し違うくらい。漫画でもよくあるでしょう?最初の設定と後半の設定がおかしくなる事くらい。それと一緒ですよ。」

 

「モモンガさん...それは...少々違う...いやだいぶ違うような。」

 

「あぁ~...もう!細かい事は良いって事ですよ!これはゲームなんです!縛られてしたくないじゃないですか。」

 

なるほど...っとたっちは思う。どうやら気を使ってくれているようだ。

 

「まぁ、全てはアンティリーネ次第ですが...アンティリーネ。」

 

二人の会話を静かに聞いていたアンティリーネが自分に対して飛んできた言葉に驚き、うっうん、何?っと言葉返す。自分を置き去りにどうやら重要な話が進んでいた様だ。

 

「君さえ良ければ、俺達と一緒にこのゲームを遊ばないか?そう...俺達の”三人目”の仲間になってくれないか?」

 

「私からも頼む。君がどこまでいけるのか見てみたくなったんだ。」

 

「い、いいの?私なんかが、二人の仲間になっても?」

 

その言葉を聞き、二人が一瞬沈黙し―――そして、もちろんさ...っと言葉が返ってきた。

 

「ありがと...モモンガさん。凄くうれしいよ。」

 

「そうか?それは良かった俺達もうれしいからな。それと...一つ提案なんだが、あだ名で呼んでもいいかな?アンティリーネは少し長くてね。どうだ?」

 

「あだ名?」

 

「あぁ、愛称みたいなものかな。」

 

ピシャーっとアンティリーネの背中に雷のような物が落ちた気がした。愛称、それは友達や家族などが名前を簡略し呼び合うものだと聞いた事がある。友達はいない、親からはこれ、名前すら満足に呼んでもらえなかったアンティリーネに降って沸いた真のコミュニケーションネーム...。余りの嬉しさに、ふひ、ふひひっと声が出てしまいそうだ。

 

「いいよ!是非!是非おねがいします!!」

 

「うぉ!急にどうした。そんなに嬉しいか?ならば...ん~どうするか~。」

 

あっだな、あっだなっと一人テンション爆上げ中のアンティリーネ、その目の前には必死に考え事をするモモンガ...そして、それを見ているたっち・みーはというと...

 

(まずい!まずいぞ!これはまずい!)

 

一人焦っていた。モモンガに名前を決めさせるのは非常にまずい、間違いなく碌な名前にならない、仲間になったばかりの二人の関係が崩れてしまう恐れがある。とめなければ、しかしどうやって?っとたっちが考え込み意を決して口を開こうとした―――その時

 

「よし!!決まったぞ!!」

 

オワッタ...たっち・みーが絶望に打ちひしがれる。目の前にはホント!っと今にも飛び跳ねそうな少女の姿がある。今から自分はこの無邪気な少女の落胆する姿を見なければならないのだと、覚悟を決めた―――すると

 

「リーネ。」

 

うん?っとたっち・みーの頭の中で?マークが浮かぶ、どうやら今日は疲れているようだ幻聴が聞こえてくる。

 

「お前の愛称は今日からリーネだ!よろしくなリーネ!」

 

幻聴ではなかった―――

 

「りーね...うん、アンティリーネだからリーネだね!ありがとモモンガさん!」

 

リーネが喜びの声を上げている。たっちは余りの事態に固まっていた。まさか...そんな...まとも...だと...。

 

「どうしたんですか?たっちさん?」

 

リーネがこちらを心配そうに見て声をかけてきた。いいや、なんでもないよ。良い名前だねっと言って上げる。それを聞いてリーネが更にはしゃぐ微笑ましい姿を横目にたっちは自分を恥じた。間違っていたと、モモンガを侮っていたっと。

 

「ふふふ。うれしいか?実は他にも候補があったのだがこれが一番短かったからな。」

 

えっ?そうなの?他のも聞かせてとリーネが言いそれを聞いたモモンガが―――

 

「あぁ、いいぞ。”みみなが”と”しろくろ”だ!」

 

―――間違っていなかった。とたっちは自分への自信を取り戻したのであった...

 

 

 

 

 

 

「それじゃあリーネお疲れ様だ。ログアウトの仕方はさっき教えたとうりだ、また明日な。」

 

「うん。ばいばいモモンガさん」

 

瞬間”フッ”っとモモンガの姿が消えるどうやらこれが例のログアウトらしい。たっち・みーの姿はもうない、先にログアウトしたようだ―――

 

「疲れた。本当に。」

 

一日で余りに多くの事が起きた。心身共にくたくただ。就寝しようとベッドに横になろうとし―――その前にコンソールを開いた

 

(これかな?)

 

リーネは教えられた場所に指を持っていきその”箇所”を押してみる―――が何も起きない

 

「ログアウトってこういう字なの?これ...字なの?ぐちゃぐちゃじゃん。」

 

押した指先のその先には文字化けしぐちゃぐちゃになっている文字がならんでいた―――

 

リーネは”ボフッ”っとベッドに飛び込み、そして寝転がる。これ以上やっても無意味だ、今日はもう寝よう。

 

(お母さん、心配してるかな?して...くれて...る...よ...ね。)

 

リーネは眠りについた。母への希望の言葉を胸に―――

 

 




たっち「おらー!働け働けニグンちゃーんー。」

リーネ「やめて!ニグンちゃんのHPは0よ!」

ニグンちゃん「ウリィィィィィィ」


ちひろです。なんか無茶苦茶長くなってしまい申し訳ありません。何度か複数話に分けようかと考えたのですが分けると分けるで退屈になってしまいそうでできませんでした。
5000~6000字くらいで終わらせる気でしたが無理でしたすみません。力不足です。

今回も「捏造」「原作改変」オンパレードでしたね。ここまで変えて怒られないかが心配です。

捏造、原作改変

①まずたっちさんとモモンガさんが二人しかいない時点で意味が分からないと思います。たしか、ちひろの記憶が正しければモモンガさんは五人目だか六人目のメンバーであって二人で三人目を探している事自体ありえません。完全に改変です。
理由としては多分その時点である程度のクランの目安といいますか方針が決まっていたと思うんですよね。だから人間種であるリーネを受け入れさせる為にこのような形になりました。これでも結構無理やりですね。

②NPCが喋る はいこれも「うん?」っとなったでしょう。ちひろも一瞬うん?っとなりました。一応声を入れて自動処理できると原作ではありますが。会話自体は不可能なんですよね。まぁこれもあの状況を作る為に仕方なくといいますか・・・お許しを。

③ 指などの繊細な部分の動き とんでもない捏造だと思います。とりあえずはこの設定ないと進めれる気がしなかったので。

他にもいやいや、や、くぅくぅずが~となるような穴が沢山散見されると思います。訓練システムなんて意味わかんないですもん。

しかしちひろの実力ではこうでもしないと進めていける気がしません。申し訳ありませんが広い心で読んでいただけたらなっと思います。

次回からは3000~5000字で終わらせられるように頑張ります。それでは。



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番外編 そのころあいつらは その①

ぼっちざろっくの五話を先日観ました。
個人的には神回だと思いました。 
(またもや始まるどうでもいい感想
なので、ちひろもこの小説を”終わらせたくない”という気持ちでこの話を書きました。(大嘘


 

 

 

狭くもなく広くもない殺風景な空間に最低限の椅子とテーブルだけが置かれたとある宿の一室。そこに二人の人間種プレイヤーが椅子に向かい合わせになるように座っている。

 

 

一人は体の大きく青髪の戦士風な男で、もう一人は体は細く白髪の神官風の男である。

 

 

青髪の男はテーブルに肘をつき右の手を顎に乗せて目の前の存在を見据えている。その視線の先には白髪の男が両肘を左右に広げ両手を自分の頭―――後頭部―――に当てて椅子に持たれ掛かった状態で座っていた。

 

 

「うひ~、ひどい目にあったわ~。クラスアップ所かデスペナくらっちったぜ。」

 

 

青髪の男が白髪の男に対して喋りかける。

 

「それだよ、それ。つかなんで俺まで巻き込まれんの?死ぬのはお前だけにしろよ。」

 

 

とんだとばっちりだ―――っと白髪の男が喋りかけられた男に対して言葉を返す。

 

 

―――どうやら愚痴を言い返しているようだ。

 

 

「無理やりPKしてるように見えたのかもな~、嬢ちゃん追いかけまわしてたのは事実だし子供虐めてる風に見えなくもないわな。同意のうえだったのによ~。」

 

 

いや、同意はなかったと思うぞ?と白髪の男が言い、んあ?そうだっけ?と青髪の男が言葉を返す。

 

 

「てか、お前も一緒に追いかけてたんだし同罪だろ?追いかけてPKしようって言ったのも確かお前だ。うん、そうだ、俺は悪くない。」

 

 

「俺はPKしてもいんじゃね?って言ったの。提案したの。それでいくかって言って決めたのはお前じゃん。俺は悪くない。」

 

 

罪の擦り付け合いが始まっている。青髪の男が、両手を胸の前に組み頭を捻りながら、うぅん?ああぁん?おぉん?おっ?などと言い混乱している。

 

 

白髪の男がいや、だからね、と再度説明している。

 

 

―――他愛ない会話が続く...

 

 

 

「おっと...こうしちゃいられない。待ち合わせに遅れる。おい、そろそろいくぞ。」

 

 

「んあ?もう行くのか?...うぉ、もうこんな時間か!」

 

 

白髪の男の言葉を聞き青髪の男がコンソールを開く、そして現在の時刻を見て驚愕し慌てて席を立つ。

 

 

「長話し過ぎたな。早く行こう待たせちゃ悪いしな。」

 

 

白髪の男がそう言い部屋を出る―――その後に続き青髪の男も部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

ここはアルフヘイムにある一つの大きな都市の中、人間種のプレイヤーのみが入れる場所で亜人種・異業種のプレイヤーはこの都市の中に立ち入る事は出来ない。

 

 

周りを見渡せば多くのプレイヤーが歩き回っており、店で回復薬を買う者や、チームで集まり次に行くクエストの相談をしたりする者と様々である。

 

 

ほとんどが人間でありその中にちらほら”エルフ”や”ドワーフ”の姿も目に入る。

 

その人込みの中、待ち合わせの場所に速足で―――遅れない為に―――向かう二人の姿があった。

 

 

「この調子なら間に合いそうだな。ある意味killされて良かったかもな。デスポーンで早めに帰ってこれた。」

 

 

「ゲート使える奴欲しいよな~、徒歩じゃキッツイわ。ゲート使えるアイテムでも作成すっか?」

 

 

【転移門<ゲート>】とは、移動系の魔法でスポーン場所を登録しておけば指定した場所に転移できる非常に便利な魔法である。類似する魔法に”テレポーテーション”や”グレータテレポーテーション”などがあるが、こちらの方が上位の魔法であり大勢で移動できる上に失敗のリスクも少ない。複数人で移動するならば必ず欲しい”人気”の魔法だ。

 

 

「俺達の今の財力じゃ勿体ないだろ。もっと装備やビルドを整えて、下地を固めてから作りたいね。」

 

 

まぁでも、そこまでいったらゲート持ちの魔法詠唱者くらいパーティーにいそうだが―――と言葉を続けながら歩き続ける。

 

 

―――歩く速度は変わらない

 

 

「”あいつ”が覚えてくれりゃいいんだけどな~有用な魔法よりもロール重視の魔法取るし。そんなに楽しいもんなのかねぇ”浪漫ビルド”ってやつは。」

 

 

「楽しみ方は人それぞれだろ?あいつがそれで楽しいならそれでいいのさ。足りない分はプレイヤースキルでカバーさ。」

 

 

「おっ、いい事言うねぇ。まぁそれが一番難しいんだけどな~。」

 

 

宿の中で喋っていたのと同じような他愛ない会話を楽しみながら二人は歩く―――

 

 

会話の中に出てきた”あいつ”というのが恐らく二人が今会いに行っている人物なのであろう。

 

 

「おっ、門が見えてきたぞ。」

 

 

白髪の男がそう言い―――目の前に大きな門が見えてきた。

 

 

この門はこの都市の”入り口”であり二人が用があるのはこの都市の中ではなく都市の外なのであろう。

 

 

―――二人は門を通り都市の外に出る。

 

 

門を出たその先は大きな街道になっておりそれは長らく続いている。

 

 

二人がその街道をしばらく歩いていると道の斜め右に―――少し遠くに―――非常に立派な大木が目についてきた。

 

 

―――そしてその木の下にある大きな人影も

 

 

「おっ、いたいた。お~い待たせたな~。」

 

 

青髪の男が大きな声を上げ、その人影に喋りかけている。

 

 

―――この人物こそが目的の人物なのであろう

 

 

「いやいや、僕も今来た所さ。大して待ってはいないよ。」

 

 

喋りかけられた人物はそう言葉を返す。声音を聞く限りまだ若く青年と言った所か。

 

 

言葉を返した人物は声をかけられた存在にたいして優しい声をだし近寄ってくる。しかし...その優しい声とは裏腹に

 

 

―――現れた姿は恐ろしい”異形”の姿であった

 

 

「そっか~?ならよかった。こっちもPKされてよ~散々だったぜ。」

 

 

「PK?それは...確かに散々だったね。しかしなぜ?僕なら分かるが君達がされるのは珍しいね。」

 

 

「その辺は目的地に向かいながら話そう。今日はクエストにいくんだろ?時間が惜しい。」

 

 

青髪の男と異形の者が話している所に白髪の男が口を挟む。

 

 

―――それもそうか。っと異形の者が納得し目の前の二人にたいして喋りかける。

 

 

「詳しい事は向かいながら聞こう。それじゃあ行こうか”ねこにゃん””アーラ・アラフ”。」

 

 

ねこにゃんと言われた青髪の男とアーラ・アラフと言われた白髪の男とがその言葉に同意を示しながら―――言葉を投げかけられた存在に言葉を返す―――あぁ、そうだな

 

 

―――”スルシャーナ”...っと

 

 

 

→ To Be continued...




テーテテッテッテッ♪テーテテッテッテッ♪ →To Be continued...

ねこにゃん「どうも風の神です。これがな。」

アーラ・アラフ「どうも光の神です。死んで良かったわ~早めに街に着いたwww」

リーネちゃん「この世界こわ」

※アーラ・アラフさんの姿は完全に捏造です。光の神なんだから多分白髪なんだよ。
光の神ってなんか信仰系ぽいじゃないですか。だから神官です。多分そうです!うん!そうなんだ!
敬虔なオバロの信徒である皆さんなら「なるほど...そういう事ですか。」となると信じています。
そして多分人間種です!多分...教えてくれデミウルゴス...


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~小話~ リーネちゃん”れべるあっぷ”

今回もちょっとしたお話です。

本編はもう少しお待ちください。結構短いのですんなり読めると思います。

前回伝えきれなかった”ちょっとした”設定というかなんというか、あれどうなってんの?みたいな事の説明回ですね。

ちひろは文章が下手糞なので中々うまく纏めきれなかったので...

見なくても多分今後支障はないと思いますので見ないなら見ないでいいとおもいます。


 

 

 

 

三話 中盤 ―――ヴァンパイアブライトの店にて―――

 

 

「とりあえずはどうしましょうか?」

 

 

アンティリーネの装備を買い与えるべく訪れたアイテムショップにてたっち・みーが頭を悩ませている。装備を整えると言ったはいいが”方向性”を決めかねているようだ。

 

 

「どうする?とは?たっちさん?彼女は【ファイター】だ。近接系にふさわしい様に適当な鎧と剣を買えばいいじゃないですか?」

 

 

その悩みに対して自分の中の考えをモモンガが口にした。普通に剣と鎧でよくない?っと。

 

 

その余りにも安直な考えにたっち・みーは苦笑い―――表情は動かないが―――を浮かべる。―――そんなに簡単ではないんですよと

 

 

「確かに【ファイター】である以上前衛装備で固めるのは正しい選択でしょう。しかし”問題”は”方向性”です。これから先”どこに””向かう”かも少しは視野に入れておきたいので...。」

 

 

前衛といってもその括りは様々であろう。相手に切り込む”アタッカー”相手の攻撃を”受ける””タンク”...大まかに分ければこの二つなのだろうが、突き詰めていけばキリはない。

 

 

ただただ”火力”だけを追い求める者、速度に特化し手数を増やす事により”DPS”を高める者、幅広い”スキル”を有し”万能性”に長ける者。

 

 

アタッカーだけでも様々なプレイヤーが―――ビルドがある

 

 

―――そしてまた”タンク”も同じである。プレイヤーの数だけ”色”がある。

 

 

魔法詠唱者も同じでしょう?その言葉にモモンガは先程の自らの言葉が失言だった事をさとる。たっち・みーの言っている事は最もだ。

 

 

「私としては彼女の”小さな”体を生かす為に”軽戦士”系統に進むのが最適かなと思います。体が”小さい”という事は戦士として大きな”デメリット”です。極端な話”腕”の長さ一つとっても不利は否めないでしょう。」

 

 

モモンガは思案する。答えはすぐには出てこない。その辺は自分にとっては―――魔法詠唱者に―――とっては管轄外であるからだ。

 

 

しかし、たっち・みーのいう事も筋が通っているかに思える。

 

 

悩んでいるモモンガを横目にたっちが言葉を続けていく―――

 

 

「しかし、そのデメリットも”突き詰めて”しまえば大きな”メリット”になると私は睨んでいます。体が”小さい”という事は”的”が”小さい”という事。的が小さければ小さい程、攻撃の”命中精度”が求められる。つまりは回避能力の向上にも繋がるからです。」

 

 

たっち・みーが次々と言葉を並べていく―――言葉はまだ途切れない

 

 

「回避能力が”上がる”という事はそれだけ”攻撃”に”専念”できるという事。回避に思考を割く―――つまり思考の選択肢を減らすと言う事は大きな意味をも持つ。ディフェンス能力の高さは”強さ”に直結する。」

 

 

まぁ、あくまで持論ですが―――

 

 

たっちがそう言い言葉を終わらせた。近接戦闘に詳しくはないモモンガですらその言葉には納得してしまった。

 

 

「そうですね。俺は前衛ではないので一概にそれで良いとはいえませんが、たっちさんの言っている事は筋が通っているように思える。」

 

 

その方向性で行きますか。そうモモンガが言い、そう言えばあいつはその変どう思ってるんだ?と思いこの会話の主役”アンティリーネ”に聞いてみようとその姿を探す。

 

 

やけに静かだ。あいつはどこだ?っと辺りを見渡す―――

 

 

「お~いアンティリーネ。その方向性で行こうかなと思うんだがお前はそれで良いか?」

 

 

―――そう言葉を発して...

 

 

「ん?えっ?なあに?」

 

 

目を輝かせながら店のアイテムを物色し”全く”話を聞いていなかった”アンティリーネ”の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

三話 中盤 ―――アイテム装備―――

 

 

「たっちさんありがとうございます!」

 

 

装備一式を買い与えられアンティリーネは大満足である。

 

 

これでやっと”強くなる為”の特訓が始められる。まるで”宝物”でも持つかのように目をキラキラさせながら先程買って貰った”ショートソード”を握りしめている。

 

 

―――子供が持つには物騒だ

 

 

「それじゃあ、アンティリーネ。チュートリアルだ。」

 

 

レッスン1♪―――そうモモンガが腰に手を当て、右手の人差し指をピンと立てながら腰をクネクネうねらせている。

 

 

アンティリーネは思う―――気持ち悪い...っと

 

 

「モモンガさん何?その動き...ていうか”ちゅーとりある”ってなんなの?」

 

 

それはだな~...このゲームの”お勉強”の時間さ~!

 

 

そう言葉を言い終わると同時に、バッ!という風にモモンガが両手を広げる。

 

 

―――もう、気持ち悪いってば...

 

 

「今君の手に持っている剣を”正式に”装備するんだ。今のままでは”持っている”だけだ。先程のコンソールという物を出現させてから”選択し”自分に装着しようか。」

 

 

一緒にしてみよう。こうやってだね。たっち・みーが優しく操作の仕方を教えてくれている。たっちさんはやっぱりすごいな。アンティリーネがそう改めて心の中で思っていると。

 

 

レッスン1♪完了だな♪っと両手を胸に組み、何やら少し前傾姿勢になり両の足をくっつけて足の指をピンと立て、立っている。―――なにやら”白目”の”秘密結社”にいそうな人物を連想してしまう。

 

 

―――反応はない...アンティリーネは”無視”を覚えた

 

 

 

 

 

 

 

 

三話 終盤 ―――リーネちゃん”れべるあっぷ”―――

 

 

ゴブリンソルジャーが断末魔をあげ光の粒子になり消えていく...そして―――激闘の幕は閉じた。

 

 

「はぁ...はぁ...勝った...?」

 

 

激闘であった。自分で言うのはおこがましいとは思うがそれは確かに―――正しく激闘であっただろう。

 

 

―――素晴らしい...よくやったな。

 

 

自分の後ろから優しい言葉が―――誉め言葉が聞こえてきた。

 

 

アンティリーネは笑顔を―――表情は動かないが―――作る。今まで頑張っても”母”からは一度も褒められたことはない。

 

 

ナズルおばちゃんは褒めてくれるがそれとは少し違う気がする。特訓をして貰っている人物からの賞賛の言葉のなんと甘美な事か―――

 

 

―――すると

 

 

―――経験値が一定に達しました。【レベルアップ】できます。

 

 

急に声が―――アナウンス―――が聞こえてくる。

 

 

若い”男性”の声だ。一緒にいる二人の声ではない。別の誰かの声だ。

 

 

「えっ?なに?れべるあっぷ?」

 

 

アンティリーネが一人で驚きあたふたしていると―――

 

 

「おっ?なんだ?”経験値”がたまったのか?」

 

 

モモンガに声をかけられた―――経験値?

 

 

「格上での戦闘に勝利しましたからね。当然と言えば当然でしょう。アンティリーネ、コンソールを開いて見てくれ。”レベル”を”振り分けよう”。」

 

 

れべる?ふりわけ?なんだか分からないけど”たっちさんが”言うなら大丈夫だよね。

 

 

”シュン”っとアンティリーネの目の前にコンソールが開かれる。もうすでに手馴れてきている。子供の成長速度は速い―――

 

 

「とりあえずは【ファイター】の”LV”を”上限”まで上げよう。それが終わったら少しずつ今後の”方向性”を決めるといい。まずはだな―――」

 

 

こうやって...っとアンティリーネのLVを振り分けていく...

 

 

―――彼女の長い一日はまだまだ終わらないようだ...

 

 

 

 

 

 




ベガンガ「これが!ベガンガ立ちだ!くらえサイコ・〇ラッシャー!!」

リーネちゃん「いつから私が”無視”をしないと錯覚していた。」

たっちさん「リーネは軽戦士。異論は認めないよwww」



ちひろ 読んでくれてありがとうございます。

前回1万7千字という文字を打ちながらも全く纏め切らなかったせいで今回このような話を書きました。

結構退屈だったと思います(本編が退屈じゃないとは言ってない。)

なんであんなに長くなるのでしょうか?ちひろにはさっぱりです。

小説って難しいですね。他のSS作家さんの凄さを改めて思い知らされます。


捏造・改変

まぁ今回も色々あるのですが、この作品ではモモンガさんは既にオーバーロードです。
たっちさんもワールドチャンピオンのクラスに既についています。
しかも二人共100LVです。多分。
実際どうなのでしょうか?ナザリック攻略戦時点ではギルメン全員が100ではなかったような記憶があるのですがちひろの勘違いですかね?
アニメではモモンガさんは助けられた時点で見た目は既にオーバーロードだった気がします。なんならたっちさんもコンプライアンス・ウィズ・ローをきてたような?
結構古い事なので記憶が曖昧です。
まぁ、アニメの事なので一々ビジュアル変えたりはしませんよね。原作に描写はあったのでしょうか?デミウルゴスがいたら聞いてみたいです。
とりあえずはこの作品では既に二人共そんな感じだという事で話を進めていきたいなっとおもっています。
モモンガさんは多分まだ【エクリプス】ではないはずです。(このSSでは)色々な死霊系ビルドを試している感じで思っていただければ嬉しいです。

最後になりますがたっちさんの持論は完全に捏造です。くぅ、くぅずがぁ~俺のぉ~オーバーロードを~汚しやがって~とはならないでくださいね。

ちひろは泣いてしまいます。

長々と失礼しました。

読んでくれてありがとう。また読んでくださいね。


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ダンジョンに潜ったらモモンガさんが敵にしか見えない件について

皆さん見て下さい!
なんと今回1万字で纏める事が出来ました!
ちひろは自分の才能が恐ろしいです(錯乱中


 

 

 

コッ...コッ...コッ...

 

 

薄暗い空間に小さな足音が鳴り響く...

 

 

コッ...コッ...コッ...

 

 

その音は反射し木霊してくる...

 

 

―――空間が狭いのだ

 

 

コッ...コッ...コッ...

 

 

音は鳴りやまない...

 

 

「モッ...モモンガさ~ん...どっ...どこ~?」

 

 

コッ...コッ...っという足音に続き女性の―――幼い少女の―――怯えの入った震える声が遅れて響いてくる。

 

 

―――どこ~?

 

 

その震える声も反射し木霊する...―――返事は返ってこない

 

 

「うぅぅ...こ...怖い...モモンガさん守ってくれるって言ったじゃん。」

 

 

トボトボという風にこの狭い空間―――迷宮のダンジョンの通路を幼いハーフエルフの少女が一人歩いている。

 

 

目印となるのは壁に装飾された松明のみ、その少しの明かりを頼りに幼い少女は怯えながらも、一つ...また一つ...と着々と歩を進めていく

 

 

コッ...コッ...コッ...

 

 

―――歩みは止まらない

 

 

「かっ...帰ったらたっちさんに言いつけてやるんだから...。」

 

 

出てこないとしらないよ~...少女がそう言葉を発しながら入り組んだ通路を進んで行っている。

 

 

恐らくこれは目的の人物を”探す”という事よりは言葉を発する事によって自らの中に渦巻いている”恐怖”を拡散させるのが目的なのであろう。

 

 

―――ゴツン...

 

 

「イタッ...えっ?な、なに...?」

 

 

少女がなにか大きな...そう”何か”にぶつかり動かし続けていた足を止める。

 

 

そうして、ゆっくりと―――祈るような表情で―――ゆっくりと顔を正面に向ける...壁に掛けられた松明の明かりが揺らめきを上げ、その”何か”を映し出す。

 

 

―――そして

 

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!」

 

 

「んぎゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!」

 

 

悲鳴が迷宮に木霊する...松明の明かりに映し出されたのは...

 

 

―――恐ろしい骸骨の姿であった...

 

 

 

 

 

 

お母さん...お母さん...

 

―――あぁ...分かる...これは夢だ...

 

私が嫌いなの?

 

―――違う...嫌われてはいない...お母さんは不器用なだけだ...

 

私はいらない子なの?

 

―――違う...いらないなんて言われた事はない...だから違う...

 

私を捨てたの?

 

―――違う...違う...

 

お母さん...お母さん...おか...

 

 

「違う!!!!」

 

 

ガバッという大きな音を立てて悪夢に囚われていた少女”アンティリーネ”が目を覚ます。現実に引き戻されたのだ...

 

「はぁ...はぁ...こ、ここは...?」

 

狭くもなく広くもない殺風景な空間が目に入ってくる。その光景を目の当たりにしリーネの頭の中に昨日の出来事が鮮明に蘇ってきた。そしてここは、昨日二人と別れた宿の一室であるという事も。

 

「...怖かった...なんで...こんな...でも。」

 

リーネは両手を自らの胸に当て”ホッ”っと撫でおろす。

 

―――夢で良かった...と

 

「でも...駄目だよ...こんな夢を見ちゃ...お母さんは悪くないのに。」

 

こんな夢を見る悪い子じゃ”本当に”嫌われてしまう。それだけは嫌だと少女は思い更に悪い子な自分に言い聞かせる―――母はただ”不器用”なだけなんだと...

 

「でも、やっぱり帰れなかったんだ。ろぐあうと?だっけ?お母さん心配してるだろうな...。」

 

―――本当にそうなの?

 

悪い子な自分が囁いてくる。その囁きをリーネは頭をブンブンっといった風に振りながらかき消す。そうに決まっている...お前はもう”黙れ”っと。

 

リーネが悪い子な自分と戦っていると室内に”ピンポン”―――アナウンスが―――という間の抜けた音が鳴り響いた。何事かとリーネが辺りをキョロキョロ見渡していると続いて声が聞こえてくる。年若い女性の声だ。

 

―――モモンガさんが”IN”しました。

 

えっ?何?モモンガさん?などとリーネが混乱している内に件の人物”モモンガ”が目の前に瞬時に出現した―――ログアウトした時と同じように

 

「おはよ~う。リーネいるか~?」

 

姿を現したのは恐ろしい異形の姿をした骸骨のアンデッドの姿であった。しかしその見た目とは裏腹に響く声音は優しい。このチグハグな人物が先日仲間に―――友達に―――なった”モモンガ”である。出現するやいなやリーネにたいし挨拶をしてくるモモンガにたいしてリーネも慌てて挨拶を返す。

 

「お、おはようモモンガさん。」

 

「おっ、いるじゃないか。随分と早いな。感心だ。」

 

ん?いや、朝早くから子供がゲームをしてるんだ。感心しては駄目なのか?などとモモンガが一人ブツブツ呟いているが、リーネとしては余り気にならない。なぜなら意味が分からないからだ。

 

「モモンガさんっていつも一人でぶつぶつ呟いてるね。考えるのが好きなの?」

 

子供特有の無邪気で残酷な質問がモモンガをぶった斬る。そうゆうのはねぇ見て見ぬ振りをするんだよ。大人はすぐ傷つくんだから。と言いそうになるが頑張って堪える。子供に言う言葉ではない。

 

「うっ、うぅん。別に好きな訳ではないぞ。なんというかこれはだな、性格というか、なんというか。」

 

余り答えになっていない答えをモモンガはリーネに吐きかける。質問をしたリーネもふ~ん、そうなんだ~。っと言って納得してくれている。これ以上言葉の刃で切り刻まれるのはまずい、斬撃耐性を有しているモモンガではあるがその耐性は心にまでは行き届いてはいない。剝き出しの心に切り刻まれる刃のなんと痛い事か。

 

なのでモモンガは兼ねてから計画していた―――といっても昨日の事だが―――計画をリーネに伝える事にした。そう...―――話題を変える為に

 

「そんな事より、リーネ今日は趣向を変えて”ダンジョン”に潜ってみないか?」

 

「だんじょん?なぁに?それ?」

 

そらきた!っとモモンガは勝ち誇る。勝った!これで心を抉られる事も無いと。そしてリーネからしたら当然の疑問にたいしモモンガが説明をしていく。

 

「そうだな。簡単に言えば”冒険の舞台”といった所か地下に眠る迷宮や山脈に隠された洞窟はては滅びた王城など様々だな。そんな中を仲間達と一緒に攻略していくんだ。色々な隠されたギミックを解いたり強大なボスに立ち向かったりしてな。そして極め付けはダンジョンの奥に眠るお―――」

 

―――長い...

 

「宝さ、様々な...えっ?なに?」

 

「長い長い長い長い長いながーーーい。モモンガさん話なが~い!そんなに一辺に言われても私わかんな~い!しかも早口!わかりづら~い!」

 

なぜだ...とモモンガは心の中で衝撃を覚える。この話題転換で自分の心は―――ガラスのハートは―――守られるはずだった、なのになぜ...なぜまた自分は傷ついているのだ。

 

目の前にはベッドの上でまるで玩具を買って貰えない子供のように手足をジタバタさせ大声で叫ぶリーネがいた。

 

子供の恐ろしさを改めて学んだモモンガは、というかコイツ俺にだけ我儘になってきてないか?っと思ったが、逆を言えばなつかれているという事だっと思い直し”グラスプハート”されそうだった自分の繊細な心臓をどうにか守る。そうだこれはいい傾向だ。うん。そうだ。自分に言い聞かせる。

 

「あ、あぁ。すまない。分かりづらかったか。つまりは”仲間”と楽しく遊べてついでに”お宝”まで貰える素晴らしい場所という事だ。」

 

え~すご~い。リーネが理解した素振りを見せる。今の説明でしっかり伝わったようだ。なにやら、そう言えばいいのに~とかホント長いな~とか言う言葉が聞こえてくるが無視だ。グサグサ刺さるからやめろ。

 

―――モモンガがそうやって自分の心を守っていると

 

「じゃあ今日はそのだんじょんに行くんだね。楽しみだな~。」

 

―――リーネの機嫌が見る見るうちに良くなる。子供とは本当に可愛い者だ

 

「それじゃあ、長話してもなんだ、時間も勿体ないしすぐに準備して行こうか。」

 

今日は待ちに待った休日だ。時間は沢山あるモモンガだが無駄にはしたくない。休みを充実させる為にも行動は早い方がいいだろう。そんな風に考えていると―――

 

「えっ?もう行くの?たっちさんは?」

 

これは当然の疑問だ。モモンガとたっち・みーは二人で行動している。仲間とダンジョンに潜ると聞いた以上リーネがこう思うのは致し方ない事と思える。しかし今日はたっち・みーはいない。

 

「うん?たっちさんか?今日は用事で来れないらしいぞ。彼は妻帯者だ。休日の方が逆に忙しいのかもな。」

 

たっち・みーはリアルでは結婚している。奥さんのお腹も大きく近々子供も生まれるらしい。休みといえども簡単にはINできないのである。大人には色々と事情があるのだから。

 

「えぇ!たっちさん来れないの!?なんで~!?特訓してもらおうと思ったのに。」

 

リーネの上がっていたテンションが見る見る内に急降下していく。本当に上がり下がりの激しい奴だ。そうモモンガが思っていると―――

 

―――じゃあいいや”モモンガ”さんだけで...

 

あぁん?なんだそれ!じゃあってなんだ!じゃあって!

 

―――モモンガの機嫌が見る見るうちに悪くなる。子供とは本当に可愛くない者だ

 

「ふ~ん。あっそっ。そういう事言うんだ。じゃあ俺一人でい~こお。」

 

何とも大人げないものである。しかしある意味ではその突き放すような言葉は子供には最適だったりもする。

 

「ええぇ!?嘘嘘!嘘だよモモンガさ~ん。」

 

モモンガの言葉に慌ててリーネが口を開く。ごめんなさ~いっと即座に謝れる所は流石子供といった所か。

 

その姿を見てモモンガがふっふっふっという風な態度をとる。明らかに機嫌が良くなってきているのが見てとれる。

 

―――二人共似たり寄ったりであった...

 

「でもモモンガさん。そのだんじょんって危なくないの?モンスターとかいるんじゃ...」

 

これも当然の疑問だろう。お宝があるような場所が安全だなんて事は考えずらい。十中八九”何か”が潜んでいるであろう。

 

疑問の声を上げるリーネにモモンガが伝える

 

「そりゃあいるさ。当然だろ?何もいなかったらお宝取り放題じゃないか。」

 

ほら見てみろ!これだよ!っとリーネが心の中で叫ぶ。なんでそんな大切な事を最初に言わないんだ。そんな気持ちが沸々と胸に沸いてくる。

 

実はモモンガは話の中に”ボス”と言って一応説明はしているのだが”ボス”を知らないリーネにとっては言っていないのも同然だ。

 

「ほら~いるんだ~。私無理だよ~。」

 

非難の声がリーネから上がる―――だが

 

「ふふふ。問題ないぞリーネ、俺がいるからな。」

 

―――守ってやるぞ!そうモモンガが続ける

 

「本当?う~んそれなら...行って見ようかな~?」

 

「よし!決まりだな!それじゃあ準備を整えて出発だ!」

 

いっくぞ~っとモモンガが右の拳を握り天に突き上げる。それを見てリーネもいっくぞ~と手を突き上げた。

 

―――他愛もない日常...そしてそれを満喫するかのような...そう”親子”のような姿がそこにはあった

 

 

 

 

 

 

ヘルヘイムの初心者地帯、そこに位置する沼地の近くに地下へと続く道が―――階段が―――存在していた。こここそが目的地の”初級”ダンジョンの入り口である。

 

その適正LVは15といった所か。その入り口の前に二つの人影が―――モモンガとリーネー――立っている。

 

「着いたぞ、リーネ。安心しろこのダンジョンは超初心者ダンジョンだ。チュートリアル並みだぞ。」

 

モモンガがいつもの分からない言葉を投げかけてくる―――がリーネはそれどころではなかった。

 

「モ、モモンガさん...帰ろ。」

 

はっ?なんでだ?モモンガが急にそんな事を呟きだしたリーネに向かい問いかける

 

「だっ、だってここすごく暗いよ。私怖いもん。」

 

確かに薄気味悪いが言う程怖いだろうか?とモモンガが首を捻る。子供の持つ恐怖心がいまいちモモンガにはピンとこないらしい。

 

「せっかくきたんだ入ってみようじゃないか。大丈夫俺がついてるぞ!」

 

モモンガがサムズアップしている。歯がキラーンとでも光りそうだ。

 

「モモンガさん自体が怖い見た目してるんじゃん。もういいよ、頑張って入ってみる。」

 

(やぁあろぉぉ~、やっぱりコイツ俺の扱いが雑になってきてやがる。)

 

駄目だコイツ早くなんとかしないと。そう心で叫んでいると―――何してんの早く行こ、と急かすリーネの声が耳に入ってきた。

 

―――言われなくてもいくよ。ふん。

 

 

 

 

 

 

ダンジョン内部に入るとそこは迷宮だった。ひどく細い道が広がり入り組んでいる。ほの暗い空間を少しの壁掛け松明の火が照らしていて、それが逆に不気味さを増幅させる。コッコッコッっと鳴り響く足音は恐怖心を煽ってきているかのようだ。

 

「あわわわわ...モモンガさん。ここ怖すぎだよ。帰りたい。」

 

リーネが怖がっている。子供には不気味すぎるようだ。そんな怖がっているリーネの恐怖を少しでも和らげようと言葉をかけようとする。子供を安心させるのも大人の役目だ。そう思いリーネの肩に手を置き言葉をかけようとした。―――そして

 

「んぎゃあぁ!!」

 

「ひゃ!なんだ急に驚かすなよ!!」

 

―――逆に驚かされてしまった残念な大人の姿がそこにはあった。

 

「しょうがないじゃん!だってモモンガさん顔怖いんだもん!ビックリするよ!」

 

「ぬぅわにぃ~!人の身体的特徴をあげつらっちゃ駄目なんだぞ~!」

 

―――子供にムキになってしまった残念な大人の姿がそこにはあった。

 

身体的特徴ってなんなの!体の事だ!や、じゃあモモンガさん昨日、私の耳長いって言ったじゃん!や、あぁいえばこう言うな!などやいのやいの言い合う二人―――その時

 

―――カチャリ

 

「「!?」」

 

二人の声に導かれるように、ダンジョンの住人達が姿を表した。

 

 

 

 

 

 

「はあぁっ!」

 

バコン、バコンと重低音が鳴り響く―――これはリーネの手に握られている”クラブ”が目の前の相手”スケルトン”を殴打している音だ

 

このダンジョンにはスケルトン系のモンスターがポップするためモモンガがあらかじめ用意し貸し与えていた物だ

 

―――一匹、二匹、三匹とリーネがスケルトンを打ち滅ぼしていく

 

「もう!モモンガさん沢山いすぎ!キリがないよ!」

 

「俺じゃねぇよ!確かにスケルトン系だけどさ、俺は!」

 

流石に最下級のスケルトンと一緒にはしないでもらいたい。そう思っていると音が鳴りやんだ―――リーネがスケルトンの軍団を殲滅したのだ

 

「もう、大変だった。骸骨さん達いすぎ。こんなにいたらモモンガさんも敵にしか見えないよ。」

 

「あぁ~いいのか~?そんな事言って~。やっちまうぞ~。」

 

シュッ、シュッっという風にモモンガがファイティングポーズをキメ、左ジャブを放っている。そうじゃれあっていたのもつかの間―――カチャリ

 

―――スケルトンの軍団が更に押し寄せてきた

 

「えぇ!まだいたの!?もう!」

 

そう文句に近い言葉を叫びながらリーネがスケルトンの軍団に飛び込もうとした

 

―――その時

 

「火玉<ファイヤーボール>!」

 

ドガァァァーン!火の玉がスケルトンの軍団に飛んでいき、凄まじい爆発が起きた。何が起きたの!?っとリーネが目を白黒させていると、目の前には一撃で殲滅されてしまったスケルトンの軍団が目に入ってきた

 

「めんどうだからな。これで先に進め...ちょっ!?リーネどうした。」

 

進めると言おうとしたモモンガだが固まり自分を凝視するリーネの姿が目に映る―――すると

 

―――ずるい

 

「えっ?」

 

「ずるいよ!モモンガさん!あんなのずるい!一撃じゃん!私はあんなに頑張ったのに!ずるいずるい!モモンガさん魔法禁止!!」

 

「お前!!それ言ったら俺の存在価値なくなるだろが!!」

 

魔法詠唱者に魔法禁止という、とちくるった規制をかけてくる目の前の存在に戦慄する。するとリーネが急に地面に膝をつき両手も地面につけうなだれている。恐らくだが信じられない光景に打ちひしがれているのであろう。

 

「だっ大丈夫かリーネ...」

 

「...まりだ...。」

 

何かを喋っているようだが良く聞こえない...モモンガが更に近づく

 

「リ...リーネさん?」

 

「あァァァんまりだぁァァァ~~!!」

 

―――リーネの悲痛な叫びがダンジョンに木霊した

 

 

 

 

 

 

「...リーネ怒るなよ。次はお前に任せるからさ。」

 

「私はすごく嫌な思いをしました。モモンガさんはひどい人です。」

 

急に敬語で話してきたリーネを見ながら、こいつ怒ったら敬語になるんだ。などと本人に聞かれたら更に怒られそうな事を考えながらモモンガは足を進める。

 

そろそろ中間地点も過ぎた頃か、目的地までもう少しだ。そんな風に考えていてふと昔を思い出した。自分も初心者時代このダンジョンに一人で潜ったものだ。中々出れなくなって大変だった...っと懐かしい思い出に浸っていると。

 

(ん?なんで出れなくなったんだ?そんなに難しい迷宮じゃないはずだが?)

 

何かが引っかかる...何か”重要”なとても”大事”な事を忘れている気がする。心の引っかかりにモモンガが思考を巡らせていた時

 

―――カチ

 

何かが”押された”ような音が後ろから聞こえその後に”シュン”という転移音のような物が聞こえてくる。気になり後ろを振り向き...

 

―――そこには誰もいなかった

 

 

 

 

 

 

しくじったな...凡ミスだ...

 

そう言葉を吐きモモンガは自分の愚かしさを噛みしめる。気づかなければならなかった...初心者時代とはいえ一度はこのダンジョンにおもむき攻略しているのだ。

 

自らの胸の内にじわじわと怒りがこみ上げてくる。二人ではしゃぎながら楽しく攻略していた所になんだか水を差された気がしたのだ。

 

転移トラップなどはダンジョンではお決まりだ。それも楽しみの一つであってそれに対して怒りを向けるのはお門違いだろう。ならなぜ...なぜこれほど自分は苛立っているいるのか?思い出されるのは、朝放った自分の言葉―――

 

―――守ってやるぞ

 

「はぁ...完全に嘘つきだな。またあいつにブーブー言われそうだ...。」

 

守ってやると言った、だから一緒に行こうと...これはゲームであり、そしてあれは単なる口約束だ。気にするほどではないし、後で笑い話になる程度の...

 

それでも、モモンガはリーネに守ってやるといった。”大人”が”子供”に”約束”をした...そして”破った”...モモンガにとってそれは耐え難い物なのだ。

 

「まぁでも、あいつも浮かれすぎだ。だいたい...いや...。」

 

―――浮かれてたのは俺か

 

楽しかったんだ...無邪気にはしゃぎ、悪口を叩きあい...そんな他愛ない時間が―――

 

「うぅん!やめやめ!とりあえずはあいつを探す事が第一だろ。早くしないと本当に”嘘つき”や”馬鹿”など言われかねないからな!」

 

リーネに会った際言われそうな言葉が頭の中に浮かび上がってくる。そして今まで抱いていたモモンガの暗い気持ちが瞬時に拡散していく。あれれ?なんだかムカついてきたぞ?

 

「ああぁんのやろ~そこまで言うか?...はっ!いかんいかん、こうしている場合じゃない!」

 

―――【不可視化<インヴィジリティ>】

 

モモンガが第二位階にある、自身の存在を不可視にする魔法を発動させる。もっと効果が強く高位の魔法も取得しているのだが、このダンジョンではこれで十分であろう。

 

モモンガはアンデッド―――最高位のオーバーロード―――であるが故に低位のアンデッド―――スケルトンなどの―――であるならば余程の事が無い限り襲われる事はない。しかしこのダンジョンにはスケルトンの他ゴブリンなどの亜人モンスターもポップする。一々相手をするのも面倒である為この魔法と【飛行<フライ>】―――自信を浮かび上がらせ飛行する魔法―――を駆使し素早くリーネを捜索しようという作戦だ。

 

「よし。準備完了だな。口の悪いワガママ姫の捜索にでも行こうか。」

 

 

 

 

 

 

ふわふわと効果音が漂ってきそうな―――しかし速度は速い―――飛び方をしながらモモンガが空中を飛んでいる。このダンジョンの通路は横には狭いが天井は意外と高くモンスターの上空を飛び去っていくには十分だ。

 

(う~ん。いないな?どこまで跳ばされたんだあいつ?)

 

あれからそれなりの時間が経っているであろう―――しかしお目当ての人物は今だ見つかってはいない

 

もしかしたら入れ違いになっているのでは?っと頭の中で考えていると―――

 

―――コッ...コッ...コッ...

 

非常に小さな―――しかし着実とこちらに向かって響いてくる足音が聞こえてくる。

 

その後に続く―――モモンガさ~んどこ~?という声も...

 

(おっ!いたいた!結構跳ばされてたな~。探すの大変だったんだぞ。こんちくしょ~。)

 

元はといえば目を離し、尚且つ転移トラップという存在を綺麗さっぱり忘れていた自分のせいなのだが。そんな事は既に頭の片隅に追いやっている。―――大人とはずるい生き物いなのだ。

 

(とりあえずは降りるべきだな。いきなり現れたらビックリするもんな!うん!誰だってそうする。俺だってそうする。)

 

【飛行<フライ>】を解除しモモンガがリーネの歩いている前方に”ふわ”っという風に降りてくる。やっと見つけたと心の中で思い、喋りかけようとした―――その時

 

―――ゴツン...

 

前方を向いていたはずのリーネがモモンガの腹部あたりに顔を激突させた。目の前からはイタッと驚いたリーネの声が聞こえてくる。

 

どうしたこいつ?そうモモンガが考え、ある一つの魔法を解除し忘れていたのを思い出した。そう―――【不可視化<インヴィジリティ>】である。

 

あっ。忘れてた。そう思うや否やモモンガは魔法を解除し、それと同時にリーネの顔がこちらを見上げた。モモンガが安寧の息を吐き、言葉をかけようとする―――すると

 

「悪かったな、リ...」

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!」

 

 

「んぎゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!」

 

 

―――恐ろしい悲鳴が迷宮に木霊した

 

 

 

 

 

 

「私のいなかった日にそんな事があったんですか。」

 

ここはいつもの宿屋の一室。リーネの安住の地だ。そこに”昨日”のダンジョン攻略に参加できなかった人物―――たっち・みーが事の顛末を聞き苦い声を上げていた。

 

「えぇ。本当に...大変でしたよ。なっなぁ?リーネ?」

 

大変でしたね~、本当大変でしたね~、なんででしょうね~...そうぶつぶつ文句とも取れそうな、いや、呪詛のような物を吐き出すハーフエルフの少女の姿があった。

 

椅子にうなだれモモンガを睨みつける―――表情は変わらないが―――様はやさぐれたおっさんの様にも見えなくはない。

 

だから怒ったら敬語になるのやめろ。こえぇよ。

 

「まぁまぁ。機嫌を直しなさい。リーネ。今日はまた別のそう”楽しい”所に行こう。大丈夫だ、今度はキチンと守ってあげるよ。」

 

私がね!そうたっちがご機嫌取りをし、リーネが明るい声で。ホント!?行く行く!っとはしゃいでいる。

 

なんなのこの差!?もう!!

 

「いい返事だ。モモンガさんもほら。仲直りしてください。」

 

べっ別に喧嘩してないし~と否定を続けるモモンガを連れて三人は宿を出る。

 

―――”バタン”扉が閉まる...楽しい時間が始まる...

 

 

 

―――ポーション製作の為の材料を集めに行った...

 

 

 

―――リーネの愛盾を作る為のデータクリスタルを集めに行った...

 

 

 

―――初心者専用のボスを討伐しに行った...

 

 

 

―――そしてこの世界にきてあっという間に時間が経った...

 

 

 

 

 

 

 

「今日もお疲れ様ですリーネ。モモンガさん。」

 

「えぇ。たっちさんこそお疲れ様です。」

 

「たっちさん、お疲れ様!」

 

あぁん?俺にはないのか?などとモモンガがリーネに憎まれ口を叩き、それに対してリーネが、モモンガさんだって私に言ってないじゃん、などと言いじゃれあっている。

 

そんな光景を目の当たりにしながら、たっちは思う。本当にこの二人は”仲の良い””親子”のようだと...。

 

「それではお先に失礼します。」

 

―――”シュン”とたっちの姿が消える。ログアウトしたのだ。

 

「俺も帰るとするかな。じゃあなリーネ。親御さんも心配する。あんまり遅くまでゲームするんじゃないぞ。」

 

「えっ?う、うん。」

 

―――それじゃあな。”また明日”...そう言い残しモモンガの姿も瞬時に消える。

 

―――そしてリーネだけが残った...。

 

「...そんな事言われても帰れないんだもん。」

 

そう言葉を吐くが返事は返ってこない―――誰もいないからだ。

 

リーネはそそくさとベッドに潜り込む。今日も疲れた。眠たいっと。ベッドに仰向けになり天井を見上げていて、ふと先程の言葉が脳裏をよぎる。

 

―――親御さんも心配する...

 

「もう今日で”七日目”この変な所にきて”七日目”だよ。お母さん心配してるだろうな。」

 

―――本当にそうなの?

 

悪い子な自分が囁く...この囁きは”久しぶり”だ...。

 

(!!ふん!心配してるもん!もう寝よう。...ふふふ...”明日”は何をするんだろう?)

 

―――また明日...キラキラと眩く光を放つその言葉を胸に少女は眠りにつく。楽しい”明日”を夢見て...

 

 

 

 

 

―――カチリ

 

 

 

 

歯車が噛み合うような音がした...

 

 

 

 

リーネの周囲の空間が歪み波を打つ...

 

 

 

 

今...”リーネ”は...

 

 

 

 

―――他世界に”接続”した―――

 

 

 

 

 

 

 




リネディシ「あァァァんまりだぁァァァ~!」

モモライト「駄目だコイツ...早くなんとかしないと。」

読んでくれている皆さん「いやいや、リーネ一日でなつきすぎじゃね?」

ちひろ「モモンガさんは優しいんです。父性が見えます...そう言う事だ。」

読んでくれている皆さん「なるほど...そういう事ですか。」

ちひろ「...えっ?(どういう事!?)」


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番外編 そのころあいつらは その②

前回のあらすじ

アーラ・アラフ「デスポーン☆最☆高☆」


 

 

 

 

―――夜闇を照らす満月が叢雲に飲まれ大地が漆黒を纏う

 

 

 

 

―――飲まれた満月が叢雲の狭間狭間で朧に揺れ

 

 

 

 

―――朧に揺れた満月の月光が煌めきとなりて漆黒の大地に刺さる

 

 

 

 

―――漆黒の大地に刺さった月光が巡り巡って丘の頂に辿り着き

 

 

 

 

―――月光に照らされた頂に血濡れの刃を持って修羅が立つ

 

 

 

 

―――血濡れの刃を持つ修羅の眼前に二つの影が相対す

 

 

 

 

「なんでだ...なんでこうなるんだ。」

 

 

 

 

―――相対する二つの影の一角が修羅への疑問を投げかけて

 

 

 

 

「やるしかねぇってのか...。」

 

 

 

 

―――並ぶ影が血を吐くかの如くそう綴る

 

 

 

 

「...。」

 

 

 

 

―――修羅は黙して語らずに血濡れの刃を頭上に掲げる

 

 

 

 

―――掲げた刃は月光に照らされ赤き色彩が紅へと変わった

 

 

 

 

「こんなの間違ってる!やめるんだ”ねこにゃん”」

 

 

 

 

―――轟く怒号は静寂を切り裂き修羅をも超えて天へと昇る

 

 

 

 

―――天へと昇った怒号が去り際に叢雲をかき消し

 

 

 

 

―――朧に揺れる満月の月光が漆黒を包み世界を照らす

 

 

 

 

―――そして

 

 

 

 

「――――――――――――!!」

 

 

 

 

―――修羅が吠え三匹の獣が乱舞を踊る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと今日する事をとりあえず考えよう。」

 

 

白髪の神官”アーラ・アラフ”が口を開いた。

 

 

「んあ?なんだ急に?ドロップ品巡りじゃねぇのか?」

 

 

青髪の男”ねこにゃん”がそう言葉を返した。

 

 

「流石に今日はやめたいな。ここ”一週間”ずっとそれじゃないか。」

 

 

そう話し合っていた二人に対して一人の男が口を挟む。恐ろしい異形の姿をしたアンデッド...

 

 

―――”スルシャーナ”だ。

 

 

ここはとある世界―――九つのワールド―――にあるプレイヤーの交流都市である。

 

 

酒場のような広い空間で今後の行動を三人のプレイヤー達が相談しあっている。

 

 

「おぉん?だってしょうがないじゃねぇか?俺達PKされたんだぜ?デスペナ分取り戻すのは当然だし、そのついでのドロップ品マラソンだろ?」

 

 

「それは知っているよ。でも、もう十分不足分は補えたし、そろそろ別の行動に移ってもいいんじゃないかな?」

 

 

「俺もその案に一票だ。いい加減飽きた。マラソン中に溜まった”ゴミドロップ品”もどうにかしたいしな。」

 

 

スルシャーナとねこにゃんとの会話にアーラ・アラフが割って入る。減少した”LV”分はもう補えたし【無限の背負い袋<インフィニティ・ハヴァザック>】もそろそろキツイと。

 

 

あぁ~ん?そう言われればそんな気もすんな~っとねこにゃんが二人に批判を受けそのような言葉を口にする。続いて、無限じゃねぇよな~という言葉も...

 

 

「おっ?なんスかなんスか?喧嘩ッスか?」

 

 

ねこにゃんが二人に責められていると後ろから響くような―――非常に高い―――声が飛び込んできた。

 

 

「んあん?おぉ、”クシリン”じゃねぇか。」

 

 

―――”クシリン”そう呼ばれた女性プレイヤーが三人の座るテーブルの椅子にズカズカ座り込む。

 

 

漆黒を思わせるかのような真っ黒な髪に、前髪が眉毛の上あたりで綺麗に切り揃えられている。いわゆる”ボブカット”というやつだ。

 

 

綺麗な輪郭に糸のような細い目が特徴的な人間種の女性プレイヤーである。この細い目は彼女の拘りの一つで”初期グラフィック”にはない。いわゆる課金パーツという物である。

 

 

”糸目は強キャラ”というのが彼女の謳い文句であり、また特徴的な語尾に”ッス”と付ける口調も、”ッスは人気キャラ”という持論から来ているらしい。

 

 

「失礼するッスよ”ねこちん”。」

 

 

「お~おひさ~。」

 

 

「久しぶりだね。クシリン。元気だったかい?」

 

 

スルシャーナがそう彼女に対して喋りかけ、その隣でアーラ・アラフも何かを言いたげにしている。恐らく三人の”共通の知り合い”なのであろう。

 

 

「元気元気!今日も絶好調ッスよ”スルっち”!」

 

 

「なんの用だ?お前が来ると”碌な事”にならん。」

 

 

アーラ・アラフにそう目の前でバッサリ切られ、むむぅ~っと悔しそうな顔―――表情は動かないが―――をクシリンがする。その直後”ニヤリ”という風にその悔しそうな顔が悪い顔に変貌した。

 

 

「ああぁんれぇ~?オタク誰だったッスかね~...?あっ!思い出したッス。アーラ・アラフォーさん!」

 

 

「ぶち殺されてぇのか!てめぇ!」

 

 

足をクロスさせ体を右斜めに捻った状態で両手を万歳するかの様に広げたクシリンがアラフォォォーウ!やセイセイセーイ!などと叫びながらアーラ・アラフを煽りまくっている。

 

 

―――どうやらこの女一筋縄ではいかないようだ

 

 

「ぶほっ!...ま、まぁまぁ...落ち着きなよ。アーラ・アラフ。」

 

 

「お前今笑っただろ。」

 

 

余りの出来事にスルシャーナは笑いを堪えきれず、それを見たアーラ・アラフが非難の声をあげている。そして―――その隣で一緒にフォォォーウ!と遊んでいるねこにゃんがいた。

 

 

「いつまでやってんだ!馬鹿にしにきたのかテメェ!てかお前までするんじゃねぇよ!」

 

 

いつまでも終わらない馬鹿げた行動に痺れを切らし、そう喚きたて―――

 

 

「ぷぷぷ。冗談ッスよ冗談。今日は三人にいい情報があるッス。」

 

 

冗談?あれが?そう心の中で思い沸々と殺意が芽生えてくるがどうにか堪える。

 

 

―――目の前の女が言った”情報”が気になるからだ。

 

 

「あっ?情報?マジモンなのか?嘘だったらPKして復活場所陣取って”リスキル”しまくるかんな。」

 

 

そう物騒な事を言い目の前の女を睨みつける。

 

 

隣では未だ、ねこにゃんがセイセイセーイなどと言って腰を振り乱していた。

 

 

―――何時までやってんだ!!つかなんだそれキメぇよ!!

 

 

「それがッスねぇ~...結構マジらしいッスよ?これ。」

 

 

雰囲気が豹変した。今までのふざけた態度は鳴りを潜め”妖艶な美女”の雰囲気を醸し出す。

 

 

その空気を察したのかアーラ・アラフが口を開いた。。

 

 

「...嘘じゃなさそうだな。いいぜ聞いてやる。どんな情報だ?」

 

 

それを聞きケロリと先程までの雰囲気が掻き消える。まるで狸か狐に化かされているようだな...そう言葉が脳裏をよぎっていると...

 

 

「なにやら東にある獣ヶ原...その先の丘付近ですんごいレアなモンスターがポップするらしいッスよ?」

 

 

―――レアポップ―――そう聞いた途端スルシャーナも目つきが変わる。

 

 

ユグドラシルでは隠し要素は五万とあるだろう。無数の条件が複雑に絡み合う事で起こりうる。”イベント””クラス””特殊アイテム”そして”レアポップ”未知を探求した者にしか到達できない真理がある。

 

 

故に情報は隠される。知られることは自分たちにとって大きな損失になるからだ。

 

 

「獣ヶ原?しかもレアポップか?...どこの情報だそれは?」

 

 

―――当然の疑問...そして

 

 

「”ギルバート”ッス。」

 

 

「「!!!!」」

 

 

―――ギルバート...プレイヤーネームは【ギルバート・リー】忍ぶ事に全てを費やしている究極のロールプレイヤ―であり”忍者マスター”―――本人は否定しているが―――とも言われている。

 

 

その情報網はユグドラシル一と名高い。しかし非常に偏屈な奴であり、情報を貰おうにも気に入られなければまともに関わってもらえない。その上、神出鬼没であり探すのも一苦労である。噂によればまともに”会話”にもならないらしい。―――しかし

 

 

―――得られる情報は絶大だ

 

 

「アーラ・アラフ。これは。」

 

 

「あぁ”それが本当”ならこの話はマジだな。」

 

 

「本当ッス本当ッス。私”友達”ッスもん。」

 

 

変人と友達...二人がそう思いコイツも変人だったなと思い出す。変人には変人が引かれ合うという事なのであろう。

 

 

「友達ねぇ...。スルシャーナ。」

 

 

「あぁ、どの道予定を決めかねていた所だ。行って見るのも悪くはないと思うよ。」

 

 

「あっ。それとそいつ”満月の夜”にしか出ないらしいッスよ。」

 

 

新しい情報が目の前の女から掲示され二人が思案する...

 

 

―――そして

 

 

「夜で満月というのがかなりネックだがどうにかならんわけでもないな。お得意の浪漫魔法で何とかしてもらいますかね。」

 

 

「ふふ。闇寄りの使者の僕がどうにかしよう。【フルムーン】と【ラーナルータ】の組合わせでイケるよ。」

 

 

「んなマニアックな魔法覚えてんのお前くらいだけどな...まぁいい...それじゃあ。」

 

 

行きますか!そう言葉が重なり合い―――

 

 

「セイセイセーイ!!...んあ?どこに行くんだ?」

 

 

―――ねこにゃんは全く話を聞いてはいなかった...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【ラーナルータ】!!」

 

 

獣ヶ原にて一つの魔法が唱えられ”昼”と”夜”とが逆転する―――続けて

 

 

「【フルムーン】」

 

 

夜空に浮かんでいた下弦の月がゆっくりと”丸み”を帯びてくる。

 

 

「んおぉぉ~すげぇな!こんな魔法あったんだな。」

 

 

「ユグドラシルの自由度は半端じゃないな。浪漫を追い求めたくなる気持ちも分からんくはないな。」

 

 

スルシャーナの”浪漫魔法”を目の当たりにして二人が騒ぎ立てている。やはりユグドラシルは凄いな―――と

 

 

「丘付近って言ってたか?こんな辺鄙な所だれも来んだろ?糞運営が...。」

 

 

こんな条件を作った運営に対して特大の罵声をアーラ・アラフが浴びせる。夜になるのにも非常に時間が掛かる上に満月などランダムでしか現れない。現実では規則正しい周期で回っているがユグドラシルでは違う。非常に確率が低くレアである。

 

 

まぁ現実ではスモッグに覆われてまともに空など見えないが...

 

 

「ここなんもないもんな~。丘に近づくにつれてモンスター少なくなるの”これ”を隠す為だったんかな?」

 

 

只でさえ辺鄙な場所だ。ドロップ品も経験値も期待できないような場所に好んで来るものなどいないだろう。

 

 

一理あると二人は心の中で呟いた。ついでに”ゴミ運営”とも...

 

 

「そろそろ丘なんだが?何も起きないね。」

 

 

これは騙されたか?そう脳裏によぎった

 

 

―――その時...”ガサリ”草の根をかき分けるような音が聞こえてきた

 

 

「「「!!!?」」」

 

 

聞こえてきた方向―――後方―――に三人が一様に振り向き辺りを見渡す。

 

 

”テクテク”そのような効果音がふさわしいような歩き方をしながら非常に小柄な―――小動物の様な―――モンスターが出現した。

 

 

非常に可愛らしい見た目をし頭に小さな耳を二つ付け二足歩行で歩く”猫”の姿がそこにはある―――猫の精霊

 

 

―――ケット・シーである―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおいマジか?マジで現れやがった。」

 

 

アーラ・アラフが驚きの言葉を口にしている。

 

 

「見た事もないモンスターだ。流石は”ギルバート・リー”伝説は本当だったか。」

 

 

スルシャーナが賞賛の言葉を口にしている。

 

 

「.........。」

 

 

ねこにゃんは口を開かない。レアポップモンスターの出現に感極まっているのだろう。体が”ふるふる”と震えているのが見てとれる。

 

 

「アーラ・アラフ!」

 

 

「あぁ!丘に追い詰める!あの先は崖だ!」

 

 

そう言うや否やスルシャーナが【飛行<フライ>】の魔法を唱え空中を駆け抜ける。続いてアーラ・アラフが信仰系の攻撃魔法を唱えケット・シーを爆撃している。

 

 

しかし魔法はケット・シーを外し右手に落ちる。続いて轟音が轟きケット・シーが驚き左右に飛び回りながら丘を駆け巡る―――丘の頂へと

 

 

―――誘導しているのである

 

 

そんな二人を他所にねこにゃんは動かない。未だ興奮冷めや間ぬのであろう。

 

 

「!追い詰めたぞ!やれ!アーラ・アラフ!!」

 

 

「あぁ!任せな!」

 

 

スルシャーナがケット・シーを魔法による爆撃でアーラ・アラフの前方までおびき出した。前方からは逃げるケット・シーと迫るスルシャーナが目に入る。

 

 

すかさず信仰系魔法によりアーラ・アラフが挟み撃ちをかけ―――

 

 

―――その時

 

 

―――【フレンドリィ・キャンセラー】―――

 

 

一つの魔法が唱えられ―――続いて

 

 

―――【次元の移動<ディメンジョナル・ムーブ>】―――

 

 

ケット・シーが転移魔法―――短距離の―――を唱えアーラ・アラフの後方に素早く転移した。当たり所をなくした魔法がスルシャーナに迫り―――

 

 

―――直撃し、スルシャーナが”吹き飛んだ”

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!?えっ!?」

 

 

魔法を放った本人が驚愕の声をあげる。これが現実なら目を見開いている事だろう。

 

 

「こっこれは!?ダメージが入っている!?アーラ・アラフ理由は分からないが”フレンドリィファイヤ”が解禁されたらしい!」

 

 

はっ!?んなのありか!?驚愕の事実を知らされて悲鳴に近い言葉を叫ぶ。これでは広範囲魔法やスキルは封印されたも同然だ。

 

 

「ちっ!ふざけやがって!なめんなよ!それならそれでやりよう...がぁ!!」

 

 

ある...そう魔法を放つ準備をしながら叫びかけたアーラ・アラフの頭に―――後頭部に―――凄まじい衝撃が走る。伏兵がいたかと後方を振り向き―――

 

 

―――絶句した

 

 

「あぁ!?なんのつもりだ!ねこにゃん!!」

 

 

衝撃を与えてきた人物”ねこにゃん”に罵声を飛ばし―――

 

 

「...れのぉう...でぇい...」

 

 

「あん?なんだ!?」

 

 

「あっ、俺ぇぇのおぉぉうまえでぇぇ...猫を虐めるのぉわぁ...あっゆるぅぅさぁぁない!」

 

 

訳の分からない行動を取り、聞き取りづらい何やら芝居がかった口調をしながらねこにゃんが歩を進めていた。そしてある”存在”の前で”ピタリ”と歩を止める。そう”ケット・シー”の前で...その行為が示す意味はたった”一つ”守っているのだ...

 

 

「いやいや!ねこにゃん君が猫を死ぬほど好きな事は重々承知だ。しかしこれは流石にあんまりだろ!?」

 

 

だまあぁぁれぇぇぇい。芝居がかった口調が続く...

 

 

その光景をみて唖然としていたアーラ・アラフの頭にふと何かが引っかかった...あれ?これなんか知ってんぞ?

 

 

(あれ?なんだっけか?なんか引っかかるな。)

 

 

目の前では二人が言い争いを始めている。自分もこんな事に無駄に思考を割きたくはないのだが心の棘が抜けない。思考が目まぐるしく回転する。

 

 

―――ケット・シーは暇そうだ

 

 

(!!!)

 

 

ピンっという風に頭に電球が浮かんだ気がした。思い出した!この”口調”あれだ!100年以上前に無茶苦茶流行ったっていうアニメの敵のセリフだ!

 

 

アーラ・アラフの趣味はゲームであるが。それと同じようにアニメ鑑賞も良く行う。今ではもう版権切れで無料で視聴できるレトロなアニメを昔見漁っていた事があった。

 

 

確か少年誌のバトル漫画のアニメだったはず、それの敵だ。”中の人”はなんだったか?若?わか?なんかすごく有名なセリフがあったような。

 

 

こんな状況下でくだらない事を考えている人物の目の前ではいまだ二人が言い争いをしている。

 

 

「どくんだ!ねこにゃん!そのモンスターは討伐―――」

 

 

「ぶるぅうああぁぁぁーーー!!」

 

 

あぁ!それそれ!アーラ・アラフの心の棘は取れた

 

 

―――ケット・シーは居眠りしている

 

 

 

 

 

 

 

満月が雲に隠れゆらゆらと言った風に揺れる様を幻想させる。時折雲の隙間から光が刺して丘の上を照らしている。

 

 

その時折見せる月の光が丘の上に陣取り佇むねこにゃんを映し出していた。逆光に照らされその手に持つ赤い刀―――【屍の血河<かばねのけつが>】―――が血塗られた様に鈍く光を放っている。

 

 

「なんでだ...なんでこうなるんだ。」

 

 

スルシャーナが右手で自分の額を掴んでいる。余りのくだらなさに頭痛がしてきたのだろう。

 

 

「やるしかねぇってのか...」

 

 

心に刺さった特大の棘が抜けきったアーラ・アラフが眼前に映る光景に気づき口を開いた。ここまでアホらしいと笑いも起きない。

 

 

「こんなの間違ってる!やめるんだ”ねこにゃん”」

 

 

こんなデータの猫のせいでこっちが殺されては堪った物ではない。折角二人共デスペナ分の経験値が戻ってきたというのに。

 

 

スッ...ねこにゃんの【屍の血河】が天を衝く―――そして

 

 

「ぶうううぅぅるぅうぅぅわぁぁぁぁーーー!!」

 

 

ねこにゃんが雄たけびを上げ激闘が幕を開ける―――

 

 

―――ケット・シーは驚き目を覚ました

 

 

 

 

 

 

 

 

まさしく”激闘”いや―――”死闘”であった

 

 

―――死の支配者の魔法が絶望を称え飛び交い

 

 

―――神への信仰が大地を照らした

 

 

―――そして血濡れの刃が”血の斬撃”をまき散らす

 

 

「もういいだろ?流石のお前も二対一じゃ勝てんって。」

 

 

―――大いなる神の御業を振るう信徒が神のお告げを告げる

 

 

「またデスペナ食らうよ?もうやめよう。」

 

 

―――生者に久遠の絶望を齎す死の支配者が黄泉への旅路を知らせる

 

 

「ぶっ...ぶるぅぅわ!」

 

 

―――血濡れの修羅がそれをことごとく否定した

 

 

―――退かぬと

 

 

―――媚びぬと

 

 

―――顧みぬと

 

 

―――後退は”ない”と

 

 

―――そして決着の時がやってきた

 

 

―――【隕石落下<メテオ・フォール>】

 

 

「あっ」

 

 

「あっ」

 

 

 

ぷちっ...―――ねこにゃんが潰れた

 

 

放ったのはケット・シー、いつの間にか起きて周りが騒がしい事を煩わしく思ったのか一番近かった人物”ねこにゃん”に向かい特大級の魔法を放つ。

 

 

HPゲージが0となったねこにゃんが光の粒子になり消えていっている。完全に消え去る瞬間に微かに声が聞こえてきた。

 

 

へっ...悔いはねぇぜ―――っと

 

 

そう聞こえてきた...それを聞いた二人の気持ちが”今”一つになる。

 

 

「「ねこにゃん...」」

 

 

―――悔いて下さい...その言葉は非常に悲しげで”祈り”の様にも聞こえた

 

 

――――――――

 

 

―――――

 

 

―――

 

 

 

 

「アーラ・アラフ...どうする?」

 

隣の人物に話しかける。もう何が何だかと言った風だ。眼前にはケット・シーが暇そうに自分の顔をかいているのが見える。

 

 

「どうするったって...そりゃぁ―――」

 

 

―――狩るだろ?

 

 

―――ケット・シーは討伐された

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~悪い悪い。なんか猫みてテンション上がってよ~馬鹿しちまった!」

 

 

余り悪びれる様子もないねこにゃんにたいしまたもや怒りのボルテージが上がってくるのを感じる。あのスルシャーナですらだ。

 

 

「おんやぁ~?帰ってたんッスか~?どうだったッス?」

 

 

情報を齎した人物クシリンが三人を見つけひょこひょこ歩いてきた。

 

 

「お前か...情報は間違っていなかった。一応礼は言っておくぞ。」

 

 

―――ありがとよっと

 

 

「ぷぷぷ。その様子じゃあ”やっぱり”大変だったみたいッスねぇ~。」

 

 

―――あ?やっぱり?

 

 

「そぉ~なんだよクシリン、”やっぱ”俺”猫”見ると駄目だわ。嬉しすぎて変なテンションになっちまう。」

 

 

―――なんだそれは?

 

 

「やっぱりッスかぁ~!ねこちんマジワロスッス!」

 

 

―――なんだそれは?

 

 

「しかし...流石に”今回”は行き過ぎっしょ~。ぷぷぷ。」

 

 

―――なんだそれは?

 

 

アーラ・アラフの体がぷるぷる震えだす。それに気づきスルシャーナが慌ててなだめようとした―――が

 

 

「ぶうううぅぅるぅうぅぅわぁぁぁぁ!!!」

 

 

狂気の雄たけびを上げる。その姿を見ながらセイセイセーイっと叫びクシリンは酒場を走り去る。それを追いかけアーラ・アラフも走り去っていった...

 

 

残された二人は一瞬ポカンとし―――そういえばという風にスルシャーナがねこにゃんに一つの疑問を問いかける。ぶるぅわぁってなに?っと―――そして

 

 

―――んあ?あれか?”アニメの台詞”っと...

 

 

 

 

 

 

 

 

コッコッコッと足音が”豪華”な廊下に響き渡る。それに続いて”シュババ”っと”何か”が高速で動く音が聞こえる。

 

 

「いんやぁ~マジであの三人おもろいッス。私大好きッス。」

 

 

ねぇ?と甲高い女性の声が室内に響き渡る。反応はない、ただただ”シュババ”っという音だけが木霊している。

 

 

「いっつも思うけどそれ凄いッスねぇ。そんな”指”の動き私できないっすよ。」

 

 

そういう女の目の前では両の手と指を高速で動かしている人物が歩いている。

 

 

その指はまるで印を結んで―――高速で―――いるかの様だ。

 

 

ピタリ...女の足音が止まり。続いて指の音も止まった。

 

 

”ギィ”―――扉が開き

 

 

―――そして

 

 

「おっ!”皆”いるじゃないッスか!珍しい!」

 

 

女が開けた扉のその先―――部屋の中には”五人の人影”

 

 

「ほら。皆いるッス。早く行くッスよ”ギルバート”。」

 

 

―――ニィィィィィィーーーン!!!

 

 

―――忍びの魂が木霊する――――。

 

 

 

 

 

 

→ To Be continued...

 

 

 




ぶぅるぅわにゃん「ぶうううぅぅるぅうぅぅわぁぁぁぁ!」

アーラ・アラフ「ちひろさん。なんかコイツどんどん馬鹿っぽくなってくぜ?」

白金の鎧を着たちひろ「私が!世界を作る!」

アーラ・アラフ「駄目だこいつ。いっちまってる。」


どうもちひろです。

今回の話はあれです。なんというか、この世界(このSSでは)ではオーバーロードを除く色々な現実の作品が存在していますよ。という説明回です。

こいつらこのアニメ。漫画見てんじゃんみたいに思ってくれたらうれしいです。

オリジナル魔法・武器・モンスター

【フルムーン】 はいでました!適当です。なんか月でます。満月が。ユグドラシルならなんか満月みたら強くなる種族特性とかありそうですよね。月みたら巨大化して大猿になるような。ないかな?多分弾けて混ざります。

【ラーナルータ】 某国民的RPGに出てくる魔法です。昼と夜とが入れ替わります。知ってる人がみたらいやいやほぼまんまじゃんってなります。

【フレンドリィ・キャンセラー】 なんですか?これ?レイドボス戦とかやられたらブチギレ案件になりそうですね。超位魔法とか使えなさそう。

【屍の血河】 言葉はいらないと思います。そういう事です。なんか血の斬撃を五連撃で放ったりできます。

【ケット・シー】 原作に居ましたっけ?記憶にありません。いたら名前を変えます。ねこまるくんとかいいかもしれませんね。多分討伐報酬は良かったと思います。多分。

今回も読んでくれてありがとうございます。また読んでくださいね。


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知らない天井?いいえ知ってる天井です

前回のあらすじ

リーネちゃん異世界カムバック


 

 

 

―――鳥の囀る声が聞こえる...

 

 

―――もう朝なの?...鳥...?

 

 

―――瞼に仄かに日の光が刺す...暖かい...

 

 

―――日の光...?暖かい...?

 

 

―――暖かい...?

 

 

日の光による暖かさが長い夜が終え朝が訪れた事を知らせる。それを感じ取った少女がゆっくりと―――恐る恐ると言った風に―――重い瞼を広げた...―――微かな違和感と共に...

 

 

「もう...朝なの...?」

 

 

自分の中にある体内時計が狂ってしまったのでは?そう思わせる程酷く短いスパンで訪れた翌日に困惑し、また微かな違和感と共に心に何かが引っかかる。こんな事が前にもあった気がすると。

 

 

そして寝ぼけまなこの少女の目のぼやけが薄っすらと取れていき徐々に周囲の風景が浮かび上がってくる。そう―――”見慣れた天井”が

 

 

「...はっ?...えっ?ちょっと?」

 

 

―――そして遅れて混乱も...

 

 

「嘘...ここ”私の部屋”...?”帰ってきた”の?」

 

 

昨日就寝した時に見た天井とは違う。そう、見間違えるはずはないこの天井は知っている。混乱した少女が勢い良くベッドから飛び起き周囲を見渡す。そして再度混乱が押し寄せる。ここは”間違いなく”自分の”元の部屋”だ。

 

 

「なんで...?あんなに”ログアウト”しても帰れなかったのに...。」

 

 

夢?そう脳裏によぎるが即座に否定する。―――あれは間違いなく夢ではない

 

 

頭の中で疑問が大きな渦を巻き荒ぶっている。答えを出そうと子供の脳をフル回転させ考え事をしていると...

 

 

コンコン―――扉を叩く音が聞こえた。

 

 

「!はっ、はい!」

 

 

急な音に体をビクリと震わせ少女が慌てて言葉を―――震えた声を―――発する。そのすぐ後に”失礼します”と来訪者の声が扉越しに伝わってきた。

 

 

―――ギィ...扉の開く音が聞こえ一人の女性―――ふくよかな―――が部屋の中に入ってくる。―――ナズルおばちゃんだ。

 

 

「おはようございます。お嬢様今日も...!?お嬢様!?」

 

 

部屋への来訪者、ナズルが挨拶した後急に顔色を変えた。一体どうしたというのだろう?そう思い少女が何かに気づく―――頬を伝った何かに

 

 

(あっ...私”泣いてる”...)

 

 

頬を伝った”何か”の正体それは”涙”だ。大粒の涙が目から止めどなく溢れてきている。

 

 

この涙は果たして元の世界に帰ってきた”安堵”による物なのか。それとも―――ある”二人”に会えなくなってしまった”悲しみ”からなのか...それは少女にも分からない。

 

 

「お嬢様!?どうなされたのですか?具合でも悪いのですか!?」

 

 

ナズルが血相を変え大きな声でそう喋りかけてくる。目の前で急に少女が涙を流したのだから当然だ。

 

 

「だっ大丈夫だよナズルおばちゃんちょっとだけ...うん...”怖い夢”を見ただけ...。」

 

 

ほんの少しだけ”戸惑い”が生じる。”怖い夢”確かに怖かった...追いかけられ殺されかけた...でもそれ以上に”楽しい事”もあったのだ。この”言葉”はあの二人を”拒絶”してしまうような...あの”時間”を”否定”してしまうかのような気がしてしまったから...

 

 

感傷に浸っていた少女がふと我に返り目の前の人物ナズルに言葉を発する―――言わなければならない事があると...

 

 

「ナズルおばちゃんごめんなさい。家を留守にして...心配かけたよね...?」

 

 

きっと心配していただろう。そう思うと胸が張り裂けそうになる...罪悪感がじわじわ押し寄せてき、帰ってこれた”安堵”と二人に会えない”悲しみ”とが混じり合い少女を押しつぶそうとする。

 

 

その言葉を聞きナズルが言葉を返す。非常に複雑そうな表情で紡がれた言葉は少女の中に渦巻く感情を―――

 

 

―――全て吹き飛ばした

 

 

「留守...?”昨日”の夜からどこかいかれてたのですか?」

 

 

「...えっ...?」

 

 

夜更かしはいけませんよ。そう子供に対して至極当然の説教をするナズルをまるで信じられない者でも見るかのように凝視する。”昨日”?”夜”?訳が分からない...間違いなく”一週間”は経っているはずだ。

 

 

「えっ?どういう...?昨日って...」

 

 

「?えぇ。昨日の夜就寝前に合われたではないですか?」

 

 

益々混乱している少女の姿を見てナズルの顔色が悪くなる。明らかに様子がおかしい。

 

 

「お嬢様、昨日のダメ―ジ...疲れが残っているのではないですか?今日からしばらく”ファーイン”様も”用事”で帰ってきません。今日はゆっくり休まれた方がいいでしょう。」

 

 

「あっ...うん。そうだね。疲れてるんだよね...そうする。」

 

 

自分の体調を考えるに恐らく疲れてはいないだろう。しかし今は一人で考える時間が欲しい。ナズルにはこれで納得してもらうほかないだろう。

 

 

「...ゆっくりお休みください。ファーイン様が”お帰りに”なられるまでは”訓練”はありませんので...それでは失礼します。」

 

 

―――バタン...扉が閉まりナズルが部屋から退出した

 

 

(どういう事なの?”こっち”は時間が進んでいないの?...もう訳がわからないよ。)

 

 

迷い込んだ世界でも色々と訳が分からない事だらけだったが今回が一番だ。この一週間で自分は何回一番を更新しなければならないのか...

 

 

「もう分かんない...体動かしたいな...”いつもの場所”に行こう。」

 

 

この心のもやもやを解消したいと少女は思いナズルの言葉を無視してある場所に向かおうとする―――そして

 

 

「お嬢様...か...。」

 

 

”久しぶり”の言葉...”聞き馴染んだ”言葉...少女が一つため息を吐き部屋を出ようとする。その脳裏に一つの言葉を浮かべて―――

 

 

―――リーネとは呼んでもらえないよね...

 

 

 

 

 

 

「うんしょ...着いたー!」

 

 

ここは”法都”付近に佇む裏山―――それほど大きくはない―――入り組んだ林を掻き分け進んでいった先にある山の頂上である。見晴らしの良い丘からは法都が見渡せ家族でピクニックにでも来たら最高であろう。

 

 

スレイン法国は軍備もしっかり整って―――周辺国家随一―――いるのでモンスターの間引きも徹底されておりこの裏山も危険はほとんどない。しかしそれでも近づく者は少ない。危険は0ではないのだから。

 

 

 

「うーーん!いい風!お家どこかな~。」

 

 

あっ。あったあった。そう無邪気にはしゃぐ子供がそこにはいた。不用意に自然に近づく危険を全く理解できてはいないが子供なのでしょうがないだろう。―――彼女は”世間”に疎いのだ

 

 

「よ~し。秘密の特訓よ~!」

 

 

そう言葉を発しガサガサと草むらから”こん棒”を引っ張り出してきて素振りを開始する。目線の先には傷だらけの”大木”が映る。恐らくこん棒で打ち付けた跡であろう。

 

 

(あれ?こん棒こんなに”軽かった”っけ?)

 

 

軽く素振りをしているはずなのに明らかに”風切り音”が尋常ではない。そういえばこの場所に到達するのもいつもより簡単に来れた気がする。前はゼェゼェ言っていた筈だ。どうやら今日は抜群に調子が良いらしい。

 

 

「武技も使えなくなっちゃたし。頑張って特訓しないと。」

 

 

やるぞー!―――一人でそう叫び虚しさが全身を駆け巡る”昨日”まではそんな事はなかった。

 

 

「―――!駄目駄目、気を引き締めないと!とりあえず”使えなくなった”武技の練習からだよね!頑張れ!”リーネ”!」

 

 

自分で自分の愛称を呼び虚しさが倍増してくる。そして追加で羞恥までも感じ出した。長い耳を真っ赤に火照らせながら―――あぁもう!!っとリーネが特訓を開始する。

 

 

―――武技!斬撃!―――そして

 

 

こん棒の切っ先から斬撃が現れ空中を一直線に駆け抜ける。進行方向には傷だらけの大木があり―――

 

 

―――斬撃が大木を”真っ二つ”にした

 

 

その斬撃はそれだけでは飽き足らず後方に存在していた他の木をも切り倒しその後消滅する。けたたましい重低音があたり一面に鳴り響き斬られた木らが地面に激突する。

 

 

斬撃が通った地面は衝撃波で軽くえぐられている―――控えめに言って大惨事である。

 

 

「............。」

 

 

余りの出来事に言葉が出ない...今までどんなに驚いても悲鳴くらいは発していた物だしかし今回ばかりは言葉が出ない―――現実を受け止められない

 

 

(す...すっご~い。わたしもうぶぎのかんかくとりもどした~わたしてんさいかも~。)

 

 

―――リーネは知らないそれは現実逃避という物だ

 

 

本日二回目の一番を更新したリーネが、はは...はは...と笑いながらもう一度”斬撃”を放つ決意をする。ちょっとだけ。確認...確認だから...―――そして

 

 

「ぶ...武技、ざんげき~。」

 

 

―――結果は変わらなかった...いやむしろ前より酷い結果になった。

 

 

 

 

 

 

「あんなのなくない?」

 

 

自分の部屋に戻ってきたリーネがそう一人ごちる。あれは流石にあんまりだ。一体自分に何が起きたのだ。

 

 

考えられる事はただ一つ―――

 

 

「レベルアップかな?”ステータス”が一個LV上げる事に”物凄く”上がってたもん。」

 

 

レベルアップによるクラスアップ、それに伴うステータスの上昇。ユグドラシルは他のゲームとは訳が違う1LVの上昇だけでも雲泥の差でありまた前衛の戦闘職なら猶更であろう。

 

 

「あれってあの”世界”だけの力じゃないの?ここでも使えるの?訳わかんないよ。」

 

 

向こうでは武技は使えなかったのにこちらの世界では使用できる。しかも向こうで振るった力をこちらの世界では振るう事ができるのだ。―――スキルさえも

 

 

「えっと~思い出すのよ~私。モモンガさん達と初めてコンソールを開いた時は~確か12だった?今は確か35...よね?」

 

 

ユグドラシルにおいてある程度のLVまでは簡単に上げれてしまう。デスペナを恐れての世界への探求を妨害しない為に運営が配慮した結果だ。

 

リーネは知らないそのLVはこの世界において”英雄の領域”を軽々と侵し”逸脱者”に迫る勢いだという事を―――しかも

 

 

「たっちさんが確か最適なびるど?バランスの良いくらすこうせい?とか言ってた。」

 

 

只の35ではない。たっちがユグドラシルの知識を余す事無く使い前衛として―――彼女に最も適した―――バチバチに整えた35LVである。

 

 

―――この世界においてその力は”破格だ”

 

 

「怖いな...扱い切れるかな?」

 

 

子供が持つには過ぎた力だ。闇雲に振るえば人間など軽々と殺せるだろう―――リーネにはそれがとても”恐ろしい”

 

 

「お母さんに”怪我”させちゃうかな?それともお母さんは”もっと強い”?」

 

 

この力を母に無造作に振るい怪我をさせてしまう光景が浮かんでくる。しかしそれでも母なら受け止められるのでは?とも思う。母の真の力など知らないのだから。

 

 

コンコン―――扉が鳴らされる。続いてナズルが部屋に入ってきた。

 

 

「お嬢様お夕飯の時間ですよ。今日は大好きな”オムレツ”です。」

 

 

「―――――!!やったーー!ナズルおばちゃんのオムレツ大好き!」

 

 

オッムレツ!オッムレツ!無邪気にはしゃぐ姿を見てナズルが目を白黒させている。

 

 

「お嬢様?どうなされたのですか?そんなにはしゃいで...”前まで”はそんな事なかったのに。」

 

 

無邪気に...リーネは無邪気とは無縁だった、子供であるにも関わらず...それは押し殺していたからであろう―――母に認められる為に...子供らしさを...この姿こそが本当の姿なのかもしれない。子供らしいこの姿こそが。

 

 

―――それを引き出したのはあの二人だ

 

 

「あっ...ごめんなさい。」

 

 

「謝らないで下さい。私は”そっち”のお嬢様の方が好きですよ。」

 

 

さぁお夕飯にしましょう。その言葉を聞き満面の笑みをこぼした―――

 

 

―――それから七日後ファーインが屋敷に帰ってきた

 

 

 

 

 

 

 

屋敷の前―――広い庭に二人の女性が相対している。”ファーイン”と”アンティリーネ”である。その後ろにはそれを見守るナズルの姿がある。

 

 

これはいつもの見慣れた光景―――訓練という名の虐待である

 

 

―――あるはずであった

 

 

「――――!!」

 

 

「うっ!はぁ!」

 

 

ファーインの振るうこん棒がリーネに迫る。みなれた光景であり、そしてこの後に続くのは吹き飛び転がる姿―――そうであったはずだ―――だがそうはならない。

 

 

迫るこん棒をリーネが”受ける”驚愕に目を見開くファーインにリーネの”体当たり”が炸裂する―――このような”戦法”をとる”子”ではなかった

 

 

(剣は攻撃手段の一つ!戦いは全てを使う!そうですよね!たっちさん!)

 

 

「~~~――!!」

 

 

不意を突かれたがそれでもファーインは”崩れない”当たり前だ、彼女は”神人”法国”最強”の女なのだから―――不意を突かれた。想定していなかった戦法をとられた。しかし彼女を最も驚愕させているのは―――

 

 

(重い!!なぜこれほどまでに!?)

 

 

明らかなフィジカルの向上―――たった七日で...ありえない。これは異常だ

 

 

―――考えられるのは”たった一つ”

 

 

目の前には体を前傾に尖らせ小さくしている相対者の姿がある―――的を狭めているのだろう。小賢しい。

 

 

リーネの頭の中で母の次の一手を”今までの経験”―――母との訓練―――を用いて予測していく。思考が回転していく。選択肢は無数にある―――どれでくる?―――そう考え

 

 

―――終わりよ...

 

 

唐突に訓練の終わりが告げられた―――

 

 

 

 

 

 

「えっ?終わり?”今日”はまだ始めたばかり―――」

 

 

なのに―――そう続けようとして

 

 

―――信じられない言葉が飛び出した

 

 

「今日?何を言っているの?この”訓練”自体”終わり”と言ったのよ?」

 

 

「―――!!そっそれって!」

 

 

認められた...認められたのだ。母に認めて貰えた。目から涙が溢れそうになり―――

 

 

「そうよ”この訓練”はもう”用済み”...だから...」

 

 

―――明日には”家を出ていきなさい”

 

 

「えっ...?えっ...?」

 

 

「あら?聞こえなかったの?私の目の前から”消え去れ”と言ったの。お分かりかしら?」

 

 

膝から崩れ落ち目の前が真っ白になっていく―――言ってる意味が分からない

 

 

「ファーイン!!」

 

 

まるで大地を揺らすかのような怒号が屋敷の前に響き渡る―――いや実際”揺れている”のかもしれない。この雰囲気は...迫力は...”人間の域”を超えている。

 

 

「なにかしら?ナズル?家事手伝い如きが屋敷の主である私に口出しするの?それとも”元上司”としての言葉かしら?ねぇ―――」

 

 

―――元”漆黒聖典第3席次”

 

 

「この子が!この子がどれだけ!貴様それでも母親か!」

 

 

「ドラゴンは子供が育ちきる前に捨てて一人で生き抜かせるのよ?それと―――」

 

 

「黙れ!!!」

 

 

二人が何かを言い争っている。しかしその意味までは理解できない―――全て雑音に聞こえる。脳が思考を停止しているのだ。

 

 

「煩いわね...じゃあどうするの?力づくで私を説き伏せてみる?...できるのかしら?”貴女に”。」

 

 

瞬間雰囲気が豹変した、大気を揺らすかのような強大な圧力がファーインから発せられる。”元漆黒聖典”を持ってして耐えられない程の―――

 

 

「~~~――!!」

 

 

ファーインが―――法国最強の女が足音を立て近づいてくる―――しかし体が動かない。動くのを拒否している。そして...ゆっくりとナズルの隣を歩き去っていく。

 

 

「いいですね?”明日”までです。それまでにしっかりと”コレ”に準備をさせなさい。分かったかしら?ナズル。」

 

 

お金くらいは渡してあげるわ。母親ですもの。ファーインが小さな声でそう言葉を続けて屋敷に戻る―――ゆっくりと...ゆっくりと。

 

 

「ファーイン...貴様は...”人”ではない!」

 

 

ナズルの血を吐くかの様な罵声がまるで嚙みつくかの様に飛び交う、そして―――                                

「人じゃない?えぇそうよ―――」

 

 

―――私は”神人”だもの

 

 

その言葉が重く宙を舞い―――風に溶けていった

 

 

 

 

 

 

「お嬢様...申し訳ありません。本当に...。」

 

 

彼女が悪い訳ではない。しかしそれでも謝罪の言葉は止まらない。想像を絶する無力感が彼女を襲っている。―――元漆黒聖典―――その言葉のなんと”薄っぺらい物”か、子供一人”守れない”のだから

 

 

「......。」

 

 

ナズルが何かを言っている...何かを...良く”聞こえない””聞きたくない”。

 

 

「お嬢様...。」

 

 

「...って...。」

 

 

「えっ?」

 

 

「出て行って!!もう嫌だ!!もう沢山よ!!頑張ったのに!!頑張ってきたのに!!」

 

 

リーネの口からおびただしい量の憎悪が溢れ出す。行き場をなくしたその言葉は目の前の存在に斬りかかる―――言葉と言う名の刃が

 

 

「――――申し訳ありません。...失礼いたします。」

 

 

扉が閉まる音が響きナズルが部屋を退出する。一人にして欲しいから―――いや...もう...

 

 

―――ずっと一人か

 

 

「――――――。」

 

 

涙は枯れつくした...もう流れてこない―――しかし悲しみだけはいつまでも湧き上がってくる―――止まらない。

 

 

「嫌だよ...。」

 

 

嫌だ...嫌だ...一人は嫌だ...

 

 

「なんでなの?なんで?私が悪い子だから?」

 

 

いつもの囁きが体全てを駆け巡る―――ほらね?嫌いだったでしょ?ほらね?捨てられたでしょ。お前は―――

 

 

―――いらない子なんだよ

 

 

「もう...嫌...助けて...助けてよ―――」

 

 

―――モモンガさん...

 

 

 

 

 

―――カチリ...

 

 

 

 

 

―――歯車が噛み合うような音がした

 

 

 

 

 

―――リーネの”耳”に音が飛び込んでくる

 

 

 

 

「?なに...?」

 

 

 

 

 

―――周囲の空間が歪み”リーネ”を包む

 

 

 

 

「――――!!?なっ!!?なんなの!!?」

 

 

 

 

 

―――彼女は”接続”する

 

 

 

 

 

―――何度でも

 

 

 

 

 

―――彼女は行き来する

 

 

 

 

 

―――何度でも

 

 

 

 

 

―――”世界を行き来する”―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リーネちゃん「七日で英雄超えたったwww」

ガゼフ「......。」

ブレイン「......。」

サキュロント「えっ!?俺!?」


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母への気持ち/母への気持ち

前回のあらすじ

ナズル「元部下からパワハラを受けました。」

ファーイン「メンゴwww」


 

 

 

 

 

「―――――――――!」

 

 

歪みが自らの存在全てを包み込む、その様は結界に囚われてしまったかの様にも見えた、包む歪みが徐々に徐々に収縮していき、やがて一つの点になり―――消滅した。

 

 

歪みが消滅したその場所には誰もいない―――誰もいない

 

 

――――――――

 

 

―――――

 

 

―――

 

 

 

歪みの消滅と共に自らの眼前に無遠慮に入り込んできた光景に特大の困惑が訪れる。この光景は―――部屋は”見覚え”がある。

 

 

「嘘...ここ...”ユグドラシル”?また”来れた”の?」

 

 

その言葉に返答する者は今はここにはいない。言葉だけが虚しく響いていく。驚愕に支配された胸中で鼓動が高まりをましている、その理由は果たして”負の感情”だけなのか―――それとも

 

 

 

 

―――モモンガさんがINしました―――

 

 

 

 

―――”期待”によるものなのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第 六 話 「母への気持ち―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――モモンガさん?)

 

 

アナウンスの音により囚われていた混乱から少女―――リーネ―――が我に返る。それから幾ばくもせぬ内にその人物”モモンガ”のアバターが具現化してきた。

 

 

「おはようございます。おっ、”いると思った”ぞリーネ流石は未来の廃人ゲーマーだな。」

 

 

たっちさんはまだ来ないか、休日は忙しいんだろうな。そう独り言を呟く存在を目にし鼓動が落ち着きを取り戻していく―――

 

 

―――そして

 

 

「まぁでも、たっちさんは今日は来れるらしいからそれまで二人で―――リ、リーネ!?」

 

 

気づけばモモンガの体に飛びついていた、一心不乱に駆け出した、自らに襲い掛かる不安をかき消すようにモモンガの体に抱き着いた―――縋りつく様に。

 

 

「...モモンガさん。」

 

 

「おっ...おっふ...な、なんだ?どうした?」

 

 

挨拶するやいなや急に抱き着いてきた目の前の存在に対してモモンガのビックリメーターが一撃でレッドゾーンまで突き抜ける。驚きすぎて変な声が出てしまう。

 

 

訳が分からず混乱しているモモンガに声が聞こえてくる、非常に小さく、そして―――震えた声が

 

 

「モモンガさんは...いなくならないよね...。」

 

 

「うん?”いなくならない”の定義が分からないな。”ログイン”という意味ならずっとは―――」

 

 

「答えて!!!」

 

 

一方的に突きつけられる言葉、感情を優先した、理性の欠けた言葉―――

 

 

―――子供の言葉だ

 

 

「...いなくならないぞ。ログアウトはするが、次の日も、その次の日も―――”一緒”に遊ぼうな。だから元気を出すんだ。”らしくないぞ”。」

 

 

これは”空手形”に等しい言葉だ。これから先どうなるかは分からない。飽きてさっさと引退してしまうかもしれないからだ。現状モモンガにはそんな気持ちはこれっぽっちも無いが”絶対”と言いきれない。

 

 

しかしモモンガには今のリーネを納得させる術が見当たらないのだ。重圧が重く乗し掛かってくる―――また”約束”を”破って”しまうのではないかと...そうモモンガが思考を巡らせていると―――

 

 

「”らしくない”?なによそれ...モモンガさん私の何を知ってるの!これが私なんだもん!こうやって皆困らせて!皆から嫌われて!悪い子で!駄目な子で!知らないじゃん!!モモンガさん知らないじゃない!!私は―――」

 

 

濁流の様に押し寄せる言葉、内包する様々な負の感情を考えれば”怨嗟”であろう―――負に囚われている話などできない

 

 

モモンガは思う、一体どうしたのだ?っと”昨日”あの後何があったのか?たった”一日”でこうまで変わる物なのか

 

 

「落ち着け...落ち着くんだ...。」

 

 

「―――!!―――!!―――!!―――!!」

 

 

怨嗟の声は止まない...呪詛の様に響き渡る...その言葉を聞きながらモモンガはずっとリーネを抱きしめていた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

 

「...うん...ごめんなさい。」

 

 

あれからしばらく喚き散らしていたリーネだがようやく落ち着いた様だ。溜まりに溜まった物が爆発し、理性というダムが壊れ堰き止められていた”気持ち”が一気に流れ出してきた。

 

 

これほどの物をこの子は抱えていたのかとモモンガに畏怖の念が沸いてくる。続いて気づいて上げられなかった自分に罪悪感も―――

 

 

謝罪の言葉が聞こえてくる―――モモンガさんは悪くないのにっと

 

 

「モモンガさん。き、嫌いにならないで私いい子にするから。」

 

 

「...何があったんだ?昨日の今日だぞ?」

 

 

”昨日”リーネはやはりと思う”こちらも時間が進んでいない”っと続いてこれぐらいの思考はできるようになった自分に安寧する。多少は冷静さを取り戻せたみたいだ。

 

 

「うん...あの...ね。私”お父さん”いないの。ずっとお母さんと生活してたんだけど―――」

 

 

綴られる言葉は余りに重たい、モモンガが驚愕している、出だしからこれかと言う風な雰囲気を醸し出し―――がすぐにその雰囲気は掻き消える”聞き手”に徹するのであろう。

 

 

「でも...お母さんはいつも厳しくて...それが辛くて...でも私はそれでも”認められたくて”一生懸命頑張ってたの。だから―――」

 

 

ぶつ切りだ、纏まっていない、子供の言葉だ―――

 

 

―――それでも必死に言葉を紡ぐ

 

 

「でも―――お母さんは私の事が...嫌いだったの!”いらない子”だって!”目の前から消え失せろ”って!”出ていけ”って!!」

 

 

沸々とまた負の感情が沸き上がり全身を征服しようと駆け巡り出した、声に怒気が宿り出す―――怨嗟の言葉が再度綴られだす

 

 

一瞬だけ、モモンガの雰囲気が豹変した様に思えた。だがそれはすぐに掻き消える、そして言葉を発する事無く静かに話を聞いている―――リーネの言葉は止まらない

 

 

「もう私信じられないもん!何も信じられないもん!頑張ったのに!私頑張ったのに!ひどいよ!嫌いだ!皆嫌いだ!私を虐める皆!お母さんなんて...お母さんなんて...き...嫌い...だ。」

 

 

言いたくなかった言葉―――認めたくなかった言葉―――頑張って我慢していた言葉―――そして―――言ってしまった言葉

 

 

沈黙する...静寂が部屋を支配する...そして、ゆっくりと目の前の存在―――モモンガが口を開いた。

 

 

―――本当にそうなのか?

 

 

 

 

 

 

―――お母さん―――お母さん―――目を開けて―――

 

 

物心付いた時から俺には”父親”はいなかった。無理をし過ぎて職場で死んだらしい、それしか知らない―――それ以上は知らない

 

 

気づけば”母親”と二人で生活していた。俺達は”貧困層”だ。決して裕福な事は出来ず細々と暮らさなければならない、”裕福層”とは”違う”のだから

 

 

社会は、世界は理不尽だ―――”貧困層”は”裕福層”にとっての”働き蟻”であり、何もしらず、何も考えずに、”社会”の”歯車”になる事が求められる

 

 

いつまでも続く貧しい生活、それでも辛くはなかった、”母”がいたから、”母”の”苦労”を知らなかったから、俺が―――

 

 

―――子供だったから

 

 

頑張って”勉強”して、”進学”して、母に恩返しして上げられると思っていた、そう、”勉強”、”進学”―――それがどれほど”母”に”とって”大変”な事か”分かっていなかった”―――

 

 

―――分かっていなかった、俺は―――子供だったんだ

 

 

いつまでも続くと思っていた、一緒に居ると”約束”してくれた、そして、”約束”は唐突に―――”破られた”

 

 

俺が”小学生”の時に母が職場で倒れた、働き過ぎによる”過労”だ、貧困層にとってそれは別段珍しい事ではない、でも、俺は―――

 

 

―――受け入れられなかった

 

 

何で”無理をした”、何で”辛い”と言ってくれなかった、何で、何で、何で、何で俺を”一人”にしたんだ、何で”約束”を”破った”―――

 

 

―――一緒に居てくれると言ったじゃないか

 

 

大人は勝手だ、できもしない事を―――守れない約束を平気で語り、そして破る。子供にとってそれがどれだけ辛いかも知らないで。

 

 

言いようのない”悲しみ””怒り””寂しさ”、その負の感情は怨嗟となり飛び交った―――愛する母へと

 

 

小学校を卒業できた俺は社会に飛び込んだ、”理不尽”な”世界”を構築する”歯車”の一つになる為に

 

 

働いて、働いて、働いて、俺は”子供”から―――

 

 

―――”大人”になった

 

 

辛い”現実””理不尽な世界”そして繰り返されていく、日常、そして少しづつ”理解”していく―――母の”気持ち”

 

 

完全に理解できたとは思わない、俺はそれほど”立派”な人間ではないし”親”にもなっていない、”友人”もいない―――それでも

 

 

辛い現実を繰り返し、打ちひしがれる様な悔しさを知った、そして積もる疑問―――母はなんで耐えられた?自分の事ではないのに

 

 

”大人”になった今だから分かる、ほんの少しだが分かるんだ、そう、母は―――

 

 

―――”俺”の事が”大事”だったんだ

 

 

目の前にいるのは傷だらけの少女、心に深い傷を負った哀れな少女だ。”大好き”だった”母親”に拒絶され何もかもが信じられなくなっている。―――そして

 

 

かつての―――昔の自分だ

 

 

”過程”は違うかもしれない。完全に一緒だとも思わない。それでも”根本”は一緒だと思えた。母への憤りを持ってしまった、泣きじゃくる―――子供だ

 

 

大人になったモモンガだから、母への気持ちを克服したモモンガだから問う―――目の前の存在に、”母”が”嫌い”という少女、アンティリーネに、モモンガは問う―――

 

 

―――かつての”自分”に―――本当にそうか、と

 

 

「えっ...?どういう事?」

 

 

「本当にお母さんの事が嫌いなのかって事だ。」

 

 

今まで静かに話を聞いていたモモンガから投げかけられる質問。問われる気持ち。

 

 

「き、嫌いだよ!だってお母さんも私の事嫌いだったんだもん!」

 

 

「お母さんが”そう言ったん”だな。」

 

 

そうだよ!そう言おうとした、そして思う―――”嫌い”とは”言われていない”っと

 

 

「き、嫌いとは...言われてない...かも...でっでも!出て行けって言われたもん!嫌いって事じゃん!」

 

 

「お母さんになんでそんな事を言うのか聞いたか?」

 

 

リーネが口ごもる。そんな事聞く暇なかった。言ってもどうせ聞いてくれない。そんな言葉ばかりが脳裏を駆け巡る、そしてモモンガに反論しようとして―――モモンガが先に口を開いた。

 

 

「リーネ。大人ってな、素直じゃない生き物なんだ。不器用ともいうかな?」

 

 

唐突にそんな事を言われ頭の中に?マークが浮かぶ。モモンガの言葉は続く

 

 

「何でもかんでも隠し事してな、特に感情の事は、自分の事は中々口にしやがらない。恥ずかしいのかもな。」

 

 

言葉は続く―――続いていく

 

 

「そして大人には責任もあるんだ...いや”親”というべきかな?その責任が大きければ大きいほど一つの感情が大きくなっていくんだぞ。」

 

 

続いていく言葉に対してリーネが言葉を―――疑問を問いただす

 

 

―――それってなぁに?

 

 

「それは”愛情”だ。リーネを一生懸命育てようと、大事にしようとする、それが親の責任だ、そして”愛情”はそれに比例して大きくなっていくんだ。お母さんはきっと、リーネの事が”好き”だと俺は思うぞ。」

 

 

これは酷い言葉になるのかも知れない。本当にそうだと言う確証もない。でも、この”理不尽な社会”においてはどんな理由があるかも分からないのもまた事実だ。

 

 

子供を”突き放さなければならない”ような大きな”理由”だってあるかもしれない。これは希望的観測だ、”そうかも”しれないし”―――そうじゃない”かもしれない。

 

 

けれどモモンガは信じている”親”が”子供”を”本当の意味”で”嫌う”事はないと”親子の絆”は確かにあると。自らの母がそうであった様に、己を犠牲にしてまで大事にしてくれた様に。

 

 

「す...好き?そんな事...ある訳...。」

 

 

「リーネ。もう一度聞くぞ。本当にお母さんの事が”嫌い”なのか?」

 

 

再度問われる質問、先ほどは答えられた質問、先ほどと同じように答えればいいだけの質問、簡単な質問だ―――しかし口ごもる、中々答えが出てこない。

 

 

しばらくの沈黙の後リーネは答える、震える声で―――泣き声で

 

 

「そんなの...ぎまっでるじゃん...ずきだよ。」

 

 

言いたかった言葉―――認めたかった言葉―――頑張って我慢していた言葉―――そして―――言えた言葉

 

 

「言えたな。うん。それでいい!そうやって言えばいいさ!どうやれば良いかこのモモンガ”お兄さん”が教えてやろう!」

 

 

「えっ?本当?どう言えば聞いてくれるかな?」

 

 

それはな~。モモンガがにやりと言う風な顔で―――表情は出ないが―――ニヒルに笑う―――そして

 

 

「全力で叫べ!全力で暴れろ!じたばたしろ!地団太を踏め!泣き叫んで喚き散らしてやれ!”お母さんが好きーーーー!”お母さんは”どうなのーーー!!”ってな!」

 

 

はぁ?リーネは言葉が出ない。何を言ってるんだ?この骸骨は?アンデッドだから脳みそ腐ってるのかなとも思う。

 

 

「真剣に聞いてたのに!あんまりだよ!モモンガさんのアンデッド―!」

 

 

意味の分からない悪口をモモンガに浴びせるリーネに対しモモンガが返した言葉は―――

 

 

「それだよ、それ。それがお前の”最大の武器”だ!お前のお母さんが持っていない...いや、”大人”が持っていない物だ。」

 

 

???リーネが困惑する目が回りそうである。

 

 

「悪口が武器なの?」

 

 

「そうだ。悪口が言える。嫌な事は嫌だと言える。その”素直さ”がお前の”武器”だ。そして”大人が無くしてしまう”物だ。面と向かって悪口は言えないし、嫌いな事も嫌いだと言えない、そして―――好きな事もな!だから暴れてやれ!好きだと喚き散らせ!大人の本当の気持ちを引き出してやれ!子供の怖さを見せつけてやれよ!それでもお前のお母さんが嫌いだというのなら―――」

 

 

―――俺が”ガツン”と言ってやるさ。

 

 

リーネが固まっている、それを他所にモモンガが最後の言葉を吐く。

 

 

「今すぐとは言わない。落ち着いてからでいいさ。でも話はした方が良いと俺は思う。」

 

 

―――生きているうちにしか話はできないのだから。そう心の中で付け加える。

 

 

沈黙は続く、そしてしばらくしてリーネが口を開いた、”いつも道理に”、”素直”に

 

 

「モモンガさん話なが~い。すごく早口だし~聞き取りづらいよ~。でも―――」

 

 

―――今回は”分かりやすかったよ”っと

 

 

ぐはぁ~と、モモンガがいつものショックを受けているがリーネの言葉はまだまだ続く。

 

 

「でも、ありがとう。なんかスッキリしちゃった。そうだよね。聞かなきゃ分かんないよね。本当にありがとう―――」

 

 

―――モモンガおじちゃん。

 

 

おぉーまぁーえぇぇー!!モモンガの叫びが部屋に木霊する、しかしその声は―――

 

 

―――非常に”楽しそう”な声であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第 六 話  ―――母への気持ち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狭くもなく広くもない殺風景な部屋に一人の少女が立ちすくんでいる。”何か”を”待っている”かの様に。

 

 

今日はこの世界に来て”七日目”だ。あの日もあの日も”七日目”だった、”来る”なら今日だ。

 

 

「くるんでしょ?きていいよ?もう”怖く”ないもん。」

 

 

―――カチリ―――

 

 

少女の言葉に呼ばれるかの様に音が聞こえた―――

 

 

―――歯車の噛み合ったような音が

 

 

空間が歪み波を打つ、少女を包み込む、しかし、少女は動じない

 

 

その瞳には覚悟の炎が灯っている―――強い瞳だ。

 

 

少女が歪みに包み込まれる―――そして

 

 

「行ってくるよ―――」

 

 

―――モモンガさん

 

 

―――少女は接続する―――何度でも

 

 

―――少女は行き来する―――何度でも

 

 

―――他世界を行き来する―――

 

 

 




モモンガ「俺はそれほど”立派”な人間ではないし”親”にもなっていない、”友人”もいない、彼女もいない、そーども...みしよ...う...うぅ...俺は...ゴミだ...。」

リーネ「馬の小便で顔洗わせてあげるから元気だしてモモンガさん。」


どうもちひろです。

今回も中々突っ込み所満載だったのかな?と個人的に思います。読み直していてお父さんいないくらいで悟さんは驚愕するのかな?とか思いました。悟さん両方いないし別に驚く所じゃなくない?って。まぁそのまま使ったのですが。

母への気持ちを克服した悟さんがなんでしきりに嘘に拘っていたのとか(ダンジョンの時)あれもなんといいますか大人になったら分かるけど今辛いじゃん?みたいな、自分が辛かったから子供にはしたくないんだよ。みたいな感じで一つご容赦いただけませんか?
悟さんはアンティリーネちゃんがお母さんにボコボコにされてる事はしりません、多分知ってたらここまでは言わないと思います。

お父さんいつ死んだとか悟さんの心境とかは全部捏造です。

ここまで読んでくれてありがとう。また次回も読んでくださいね。


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HYDRA

前回のあらすじ

モモンガの脳みそは腐っていた。


急に冷え込んできましたね、只でさえ打つのが遅いのにいよいよ遅くなってきます 泣

風邪を引かないよう気を付けなければ...

少し投稿が遅れてしまいました、今回も頭が爆発しそうでしたが頑張って書けました。

寒いので皆さんもお気をつけて、それでは。 シュバ!


 

 

 

―――現実と隔離された世界―――

 

 

―――夢の中―――

 

 

―――呼び起される記憶―――

 

 

―――映し出される映像―――

 

 

「―――――様!前線が!」

 

 

”いつの時”だろう?”夢の世界”の主は思う―――

 

 

―――”多すぎて”分からない。

 

 

目の前から”侵略者の軍勢”が押し寄せてきている。周りを見渡せば”死体の山”が見える”侵略者”と”人間”の―――

 

 

―――人間の方が多い様に見える。

 

 

「――――。」

 

 

これは”自分”―――夢の主―――が発した言葉だ、なんと言っているのだろう?

 

 

そこまでは呼び起せては貰えない。

 

 

ふと”自分”が天を仰いだ、どうやら夜の様だ、空には沢山の星々が眩く煌めいている。

 

 

”美しい”確か自分はこう思っていた筈だ、手の届かない場所にある星々に見惚れた―――

 

 

―――手が届かないからこそ”美しい”と

 

 

そしてまた前を向く、前方には”侵略者の軍勢”が変わらず押し寄せてきている。

 

 

自分はこう呟いた筈だ―――

 

 

―――いつ”終わるのだろう”...と。

 

 

この”地獄”はいつまで続くのか?いつになったら終わるのか?そして―――

 

 

―――”いつか終わる”...そう思ったに違いない。

 

 

先の見えない地獄―――

 

 

―――微かな希望

 

 

自分は再度天を仰いだ。

 

 

変わらず星々は煌めいている、変わらず美しい。

 

 

そう、美しい―――

 

 

―――手が”届かない”から。

 

 

気づけば、自分は星に手を伸ばしている。

 

 

そして思う、あぁ、そうだ―――

 

 

―――”一緒だ”...と。

 

 

”微かな希望”でさえも、あの星の様に”遠く”。

 

 

”届かない”と知りながら、”手を伸ばす”。

 

 

視線が、再度前方を向く、そして―――駆けだした。

 

 

自分は駆ける、―――”侵略者の軍勢”に。

 

 

切り刻む―――”侵略者の軍勢”を。

 

 

鮮血が舞い散る―――血潮が舞い踊る。

 

 

その舞い散る血潮に塗れ―――踊り狂う。

 

 

いつまでも、そう、いつまでも...。

 

 

この”血潮”に”流れる”―――”運命”と共に。

 

 

この”血脈に刻まれた”―――”因縁”と共に。

 

 

戦いの坩堝の中―――踊り狂う。

 

 

あぁ―――そうよ。

 

 

踊りましょう―――踊り狂いましょう。

 

 

いつまでも、そう―――いつまでも。

 

 

―――”いつまでも踊りましょう”―――

 

 

―――”空虚”な”渇望”を―――

 

 

―――”嗚呼”―――

 

 

―――”追いかけて”―――

 

 

 

 

 

「戻ってきた...。」

 

 

見知った部屋、見慣れた天井。間違いない、ここは”自分の部屋だ”―――帰ってきた。

 

 

窓から日差しが刺しているのが見える、もう朝の様だ。この日光と暖かさが、それを証明してくれている。そしてそれが、ここが”元”の世界だと証明する―――

 

 

―――ユグドラシルには暖かさという”感覚”はないのだから。

 

 

「ん~?何で微妙に時間経ってるんだろ?分かんないな~。」

 

 

空間の歪みに包まれ帰ってきた少女―――リーネがそう一人ごちる。モモンガとの話し合いから随分と強くなったようだ、もうそこに驚きはない、少しの疑問さえ口に出せる程。

 

 

そう思っていると、少し”遠く”から”足音”が”聞こえてきた”―――

 

 

―――今までは”聞き取れなかった”足音が。

 

 

感覚が研ぎ澄まされている?それも確かにあるかも知れない、しかしそれが”大きな”理由ではないのだ。もっと別の―――大きな理由がある。

 

 

「お嬢様。」

 

 

扉を叩く音が先に聞こえ、その後にナズルの声が聞こえてくる。その声は少し”震えている”かの様に感じた。そして、その声の震えが物語っている。間違いない、”今日”自分が家を追い出されるのであろう。

 

 

「入っていいよ。」

 

 

失礼します。そう言い、ナズルがドアを開け、ゆっくりと部屋に入ってきた。その顔色は悪い、それもそうだろうと思う。昨日の今日だ、どういう顔で接しればいいのか分からないのだろう。

 

 

「ナズルおばちゃん。”お母さん”に会わせて。」

 

 

単刀直入に切り込まれる鋭い言葉がナズルを斬る。本人も予想外だったのであろう、目を白黒させているのが見てとれる。

 

 

(ごめんね。ナズルおばちゃん。ビックリするよね普通。)

 

 

昨日まで意気消沈していた少女が、次の日に発する言葉ではとてもではないがない。自分は”向こう”で、七日過ごしていて、尚且つモモンガとも語り合った後なのだ、違って当然だ。その姿を見て、罪悪感が沸いてくる、騙しているようで少し気が引けているのだ。

 

 

「お嬢様...それは―――」

 

 

「会わせて。」

 

 

有無を言わさぬ言葉がナズルに飛んでいき、ナズルが押し黙る、頭の中に渦巻く色々な言葉達、それは肯定の言葉達ではない、合わせるべきではないと、傷つくのは目に見えているのだから、断りの言葉を吐こうと少女に向き直し、そして気づく―――

 

 

―――少女の”強い瞳”に。

 

 

「お嬢様...強くなられましたね...いつの間にこんな...分かりました。」

 

 

「ありがと。ナズルおばちゃん。」

 

 

ナズルが部屋を退出する、少女の強い”瞳”を目に焼き付けて。

 

 

「...ふぅ...覚悟してよね。お母さん。今日は言いたいこと全部言うんだから!」

 

 

子供なめんなよ~泣きわめいてやるぞ~!おー!少女がそう言いながら決意の拳を天に掲げる、ただでは転んでやる気はない、腹を割って話させてやるぞと。

 

 

 

 

 

 

ここは屋敷の前の広い庭―――いつもの訓練の場所―――である。そこにリーネとファーインが訓練中と同じように相対していた、その後ろにはナズルの姿も見える。

 

 

「何かしら?さよならの挨拶でもしに来たの?そうね、挨拶くらいはしなきゃね。さよ―――」

 

 

「”お母さん”は私の事が”嫌い”なの?」

 

 

~~~――!!想像していなかった言葉にファーインが面を食らい、押し黙る。

 

 

驚愕が押し寄せる、この”子”はこんな事を聞ける子ではなかった。この”一週間”ちょっとで一体なにが起きたというのか。

 

 

フィジカルの向上は”分かる”だが、それでもこの”精神的成長”はなんだ?これは”まずい”自分の”計画が破綻”する。言いくるめなければ。”卑屈”にさせなければならない―――

 

 

―――もう余り”猶予”はないのだから。

 

 

「...そんな事を言いに来たの?呆れた...もういいわ喋る気も失せたか―――」

 

 

「はぐらかさないで、きちんと答えてよ。」

 

 

怯まない、”強い瞳だ”、このまま退くきは毛頭ないと言う風に質問が投げつけられる―――

 

 

―――残酷な質問が。

 

 

「~~~――!!...あぁ、もう...分かったわ。”嫌い”よ。大嫌い...」

 

 

これで満足?そうファーインが答えを示し、明確な拒絶の意志を伝えていく。そして聞こえてくる、静かに、だが、はっきりとした声で。

 

 

「私はお母さんが好き。大好き。」

 

 

聞こえてきた言葉は、残酷な言葉、そして―――尚も言葉は綴られる。

 

 

「ずっと一緒に居たい。もっと話したい。一緒に遊んでもみたい―――」

 

 

途切れない言葉、終わらない言葉、少女の本心の―――

 

 

―――押しとどめていた言葉。

 

 

見守っていたナズルが驚愕に目を見開いている。ここまでの言葉が出てくるとは想像していなかったのであろう―――言葉は途切れない、終わらない、そして―――

 

 

―――黙りなさい。

 

 

終わらない言葉を”一刀に伏す”―――

 

 

「黙りなさい!!!」

 

 

―――修羅の雄たけび

 

 

 

 

 

 

この”血”が私は嫌いだ、この”力”が私は嫌いだ。

 

 

この”血”に流れる”宿命”が―――

 

 

―――有無を言わさぬ”定め”が

 

 

血みどろの”因縁”が―――

 

 

―――私は嫌いだ。

 

 

―――”神の血”の”宿命”が―――

 

 

―――”神人”の”定め”が―――

 

 

―――”世界の調停者”達との”因縁”が―――

 

 

―――私は嫌いだ―――

 

 

どれだけ”戦って”きただろう?

 

 

―――神の血を引く者の宿命に沿って―――

 

 

どれだけ”救って”きただろう?

 

 

―――”人”を”神人”の定めを掲げて―――

 

 

どれだけ”怯えて”きただろう?

 

 

―――”世界の調停者”達の”因縁”に―――

 

 

戦って...戦って...戦ってきた、神は何も言わない―――

 

 

―――助けてはくれない。

 

 

終結する事の無い”戦い”―――永劫に続く”地獄”。

 

 

その果てに待っていたのは”裏切られ””囚われ””孕まされた”自分。

 

 

あぁ...そうだ...相応しい―――

 

 

―――血に振り回された自分への終着点に。

 

 

それは相応しい―――無様で滑稽な姿だ。

 

 

子を産む寸前に自分は救い出された、漆黒聖典だ、余計な事を、やっと―――

 

 

―――終わると思ったのに。

 

 

ほどなくして”子”は生まれた、女の子だ、どうでもいい―――

 

 

―――自分はもう終わりたい。

 

 

隣でずっと泣きわめく”赤子”の声が耳をつんざく―――

 

 

―――煩わしい、のんきな者だ、自分の”血”も知らずに。

 

 

赤子が動いている、どうやら親を探しているのだろう、そして―――

 

 

自分の指を、赤子の指が握った―――

 

 

―――世界に”色”が付いた。

 

 

感じた事も無い感情に包まれた、血塗られた”修羅の女”には”相応しく無い”感情だ、抑えが効かない、どこまでも―――

 

 

―――どこまでも膨らんでいく。

 

 

”アンティリーネ”貴女とあって、”私の世界に色が付いた”

 

 

人生と言う名の”途切れた道”を、”綺麗な”色の”絵具”で継ぎ足していった―――

 

 

―――色鮮やかな”明日”が動きだした。

 

 

そして、耳に聞こえてくる言葉、”神官長”達の言葉―――

 

 

―――”この子も強くなるだろう”。

 

 

ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!、この子には”歩ませない”、血みどろの道を!修羅の道を!、お前達の”道具”になんかさせない!、私は”母親”だ!私はこの子を―――

 

 

―――守る!

 

 

 

 

 

 

「貴女に何が”分かる”の!何も”知らない”癖に!”大人”の考えに”口を挟む”んじゃない!」

 

 

―――響き渡る怒号―――

 

 

―――震える大地―――

 

 

―――神人の気迫―――

 

 

それでも尚―――

 

 

―――リーネは”退かない”

 

 

「大人の...?考え...?知らないよ!!大人ってなに!?分かる訳ないじゃん!!私子供だもん!お母さんの考えなんて知らないよ!私はお母さんが―――好きなんだもん!」

 

 

子供の癇癪だ、只の、感情に任せた―――

 

 

―――そして修羅が血を吐くかの如く吠える。

 

 

「何で、何で...そんな事を言うの...私がどれだけ―――”我慢”したと思ってる!!」

 

 

言ってしまった―――”計画は御破算”だ。

 

 

”嫌われねば”ならなかった”卑屈に出ていかせねばならなかった”―――

 

 

―――そうでなければ”守れなかった”からだ。

 

 

神の血は強大だ。”研鑽を積めば”英雄の領域に入れる程に。そんな”存在”を”法国”が見逃すはずがない―――

 

 

―――逃がさなければならない。取るに足らない存在として。

 

 

だが”女”が一人で易々と生きれる程この世界は甘くはない。多少の”力”はいるだろう。自分の身を守れるくらいには―――

 

 

―――その為の”訓練””調整”だったはずだ。

 

 

”卑屈”にさせなければならなかった。これが一番辛かった、無邪気に、明るく、普通の女の子として振舞って貰いたかった。でもそれはできない、家を追い出す為にはそうするしかないから。

 

 

そして追い出した後、冒険者にでもなって”戦い”に身を投じられては厄介だ、”血”が”覚醒”するかも知れない。

 

 

だからこそ”自分は駄目”なんだと思わせねばならなかった、自信を持たせては”駄目”なのだ。

 

 

”調整”は順調に進んでいた―――”両方”、なのになぜ”急に覚醒が始まった”、なぜ急に”これほど強い瞳”をするようになったのだ。

 

 

まずい、猶予は無い、この子にはあの”クソッタレ”の血も混じっている、覚醒してしまえば、自分以上の力を得る可能性を秘めている。大罪人達の”血の覚醒”―――

 

 

―――調停者達が黙ってはいない。

 

 

言ってはならなかった、隠し通さなければならなかった、この子の為ならば、自分の気持ちなど―――安い物だ、そう思っていた、なのに。

 

 

「なんでそんな事を言うの...?私がどれだけ我慢したと...どれだけ”腹の底”から声を出して”泣いた”と思ってるの...―――”アンティリーネ”。」

 

 

名前、”最も言ってはいけない言葉”が漏れ出した、頬に大粒の涙を伝っていく、言葉は戻らない―――

 

 

―――零れた水は戻らない。

 

 

「えっ...?”名前”?我慢した?なんでお母さん―――」

 

 

―――泣いてるの?

 

 

「―――!これは!」

 

 

「お母さんは私の事が好きだったの?なんで言ってくれなかったの?何で隠したの?何で?」

 

 

言葉が止まらない―――リーネは止まらない。

 

 

「お母さんの気持ちなんてわかんないよ!言われなきゃ!!わかんないよぉぉ!」

 

 

瞬間、重低音が鳴り響く、リーネの地団太によって―――

 

 

―――地面が”割れた”音だ

 

 

目の前の光景が信じられない。見守っていたナズルさえも悲鳴を上げている。そして、その光景を目の当たりにし、ファーインが膝から崩れ落ちた―――

 

 

「あっ...嘘...もう遅かったの?」

 

 

足踏み一つで地面を割る。それは”英雄”どころか”逸脱者”の域ですらない、そう神の血を覚醒させた―――

 

 

―――”神人”の域だ。

 

 

 

 

 

 

遅かった...既に手遅れだったのだ、血は覚醒した...。

 

 

”六大神の血”が”八欲王の血”が―――

 

 

―――大罪人の血が。

 

 

ファーインが膝から崩れ落ち、打ちひしがれている。血が覚醒してしまった以上、待っているのは血濡れの道だ、そして、この力が”調停者達”にバレれば間違いなくこの子は殺されるだろう。

 

 

”六大神”の血だけならまだ救いはあったが、大罪人の―――”八欲王”の血はまずい、やつらはその血の覚醒を許さないだろう、この事が露見すれば、この子だけではない、法国もどうなるか分からない。

 

 

「何で!?何で!?何で!?私辛かったのに!寂しかったのに!お母さんだって私の事分かってないじゃない!!」

 

 

「...貴女を守る為よ、”血の宿命”から。」

 

 

泣きじゃくり、喚き散らす子供に向かい、言葉を吐く、聞き取りやすい声で―――なだめる様な声で言葉を綴る。

 

 

「守る?意味わかんない...いみわ―――!!」

 

 

子供の癇癪は長い。口で言っても何も聞いてはくれないだろう、なので行動で示す。

 

 

なだめる為に―――ゆっくりと抱きしめる。

 

 

「お、お母さん...?」

 

 

母の温もり、感じた事のない暖かさが伝わる、でもなぜだろう?”酷く懐かしい”気がするとリーネは思う。そんな記憶”どこにもないのに”と。

 

 

徐々に泣き声が静まっていく、それを見計らって、ゆっくりと言葉を続けていく。優しい声で、子供に言い聞かせるように。

 

 

「アンティリーネ。あなたはこの力をどう思うの?どう使う?”何に”使うの?」

 

 

「えっ?そ、それは。」

 

 

母からの急な質問に、答えを返そうと口を開くが、言葉に詰まる。力の使い道、ついこの前までは大した力を持っていなかった自分が、簡単に答えられるような質問ではない。悩んでいると、母が喋りかけてきた、答えを教えてくれるのだろう。

 

 

「それは戦争よ。亜人達とのね...それは終わる事のない地獄よ。」

 

 

「は...?せんそー...?」

 

 

「そうよ。人は―――人間は追い詰められているの。このままでは滅んでしまうかもしれない。戦って勝ち取らなければならないのよ。未来を。」

 

 

答えを聞き絶句する。話のスケールが大きすぎるからだ、そんな事思った事も無い、確かに、モンスターなどの被害は少なからず出ているだろう。それでも、”法国の軍隊”がどうにかしてくれているとナズルから聞いた事があった、それなのに急に滅ぶなど言われても理解が追いつかない、だって、”ここは”、”法都”は―――

 

 

―――”平和”そのものじゃないか。

 

 

「だからその力は確実に欲しがられる。そして”人類救済”と言う名の”鎖”に囚われ、永劫の戦いに身を投じなければならないのよ。」

 

 

優しく優しく耳元で綴られる言葉。高ぶっていた感情が落ち着きを取り戻していく。背中が撫でられる感触が伝わってくる。さすってくれているのであろう。言葉はまだ続く。

 

 

「私は...”お母さん”はずっとそうやって戦ってきたの。私が人類の”守護者”だと、人類を守ると。でもそれは―――終わらない地獄なの。」

 

 

「え...?え...?」

 

 

初めて聞く話だ、そして驚愕の事実。母が背負っていた物の大きさが言葉として圧し掛かかってくる。それがどれほど重い物かは子供のリーネには分からない。そして思い出されるモモンガの言葉―――大人は自分の事は語らない。

 

 

「あなたに同じ道は歩ませない!絶対に!戦う必要はないの、私が戦う!私が人類を―――あなたを守るわ!だから―――」

 

 

「意味わかんない。」

 

 

「えっ?」

 

 

「意味わかんない!そんなに辛いならお母さん一人で戦う必要ないじゃん!私も戦う!一緒に守るもん!」

 

 

今度は母が絶句する。そうさせたくないと言っているのに話が全く伝わっていない。

 

 

「い、いや...アンティリーネ。あのね―――」

 

 

「いやいやいや!もう決めたもん!私も戦う!だからずっとお母さんといるもん!」

 

 

放たれ続ける一方的な言葉。聞く耳持たないとは正にこの事であろう。これぞ子供。理不尽の塊である。

 

 

このガキがぁ―――次第にファーインの額に青筋が経ってくる。そして

 

 

「いい加減にしなさい!我儘ばかり言って!その力は危険なの!”竜王”達に知れたらあなたの身が危険なの!いう事聞きなさい!」

 

 

「我儘ばかり言うのお母さんじゃん!勝手に決めるし!私の事だもん!だいたい竜王って何!?そんなの聞いて無いもん!どこの”トカゲ”さんなの?ぶっ飛ばすから大丈夫よ!」

 

 

「できるわけないでしょ!だいたい―――」

 

 

「―――――!!」

 

 

屋敷の庭に罵声が飛び交う。後方でずっと二人を見守っていたナズルがその光景を見ながら呆然と立ち尽くしている。初めは圧倒された。アンティリーネの自分の気持ちをぶつける様に。ファーインの血を吐く程の決意に。

 

 

そして気づく。状況の変化に―――

 

 

―――あれ?これただの”親子喧嘩”じゃね?っと

 

 

「信じられないわ!本当に!誰に似たのかしらこの分からん坊わ!」

 

 

「お母さんでしょ!?お母さんああ言えばこう言うもん!!」

 

 

「それはあなたの事でしょうが!!」

 

 

「お二人共!落ち着いて下さい!」

 

 

その言葉を聞き二人が言葉を止めナズルに対して振り向く。ギロリという風に神人級二人に睨みつけられるが恐怖はない、今なら止められる、この空気ならとナズルは思う。

 

 

「そのまま言っても平行線です。答えは出ないでしょう。ファーイン様はお嬢様と一緒に居たいのですか?」

 

 

「...急に何を言うの?...居たいに...決まってるでしょ?でもそれはできない...法国の闇に囚われてしまうわ。貴女も良く分かるでしょ?」

 

 

娘と一緒に居たい、それは母親としては当然の言葉だ。そして続く言葉。お前なら―――漆黒聖典なら分かるだろうと。

 

 

「お嬢様も一緒ですよね?」

 

 

「当たり前じゃん!そう言ってるじゃん!出てけって言っても出て行ってあげないんだから!」

 

 

二人の睨み合いが―――口喧嘩がまた始まる。

 

 

そしてナズルは思う。あぁ本当に―――そっくりだと。

 

 

「よし!私はいい事を思い付きました!とりあえずお昼にしましょう!」

 

 

「...何を言っているの?貴女?頭でもいかれたのかしら?」

 

 

「これは手厳しいですねファーイン様。しかしご覧になってください。」

 

 

ナズルにそう言われ隣を振り向く。そこにあったのは目をキラキラさせながら。お昼ご飯?お母さんと~?とご機嫌になっている自分の娘の姿があった。

 

 

―――あぁ。本当に。子供は勝手だ。言いたい事だけ言って有無を言わさず話をやめる。

 

 

ご機嫌な蝶になったリーネが母に話しかける。

 

 

「ねぇねぇ。お母さんとご飯楽しみ!お母さんも楽しみでしょ?」

 

 

―――あぁ。本当に。子供は卑怯だ。人の心にズカズカ入り込んでくる。

 

 

「はぁ...えぇ、そうね...楽しみだわ。」

 

 

でしょ~っと言い喜んでいる様を見ながらファーインの毒気が全て抜かれていく。今まで言い合っていたのが馬鹿らしく感じてしまう、あぁ、本当に、子供は―――

 

 

―――自分の娘はこんなにも、可愛いと。

 

 

「ファーイン様。お許しください。貴女様の気持ちお気づきできませんでした。罰は―――」

 

 

「もう良いわ。気づかれても困りましたしね。けれど、私はあの子を戦争の道具にはさせないわ。その気持ちは変わらない。」

 

 

「その気持ちは私も同じです。ゆっくり時間をかけてお話すればよろしいかと。」

 

 

そんな時間あるのかしらね。ファーインとナズルが二人で話し合っているとリーネがこちらをじっと見ていた。

 

 

「?どうされました?お嬢様?」

 

 

「私!お母さんの料理食べてみたい!」

 

 

―――爆弾投下

 

 

「はっ?えっ!?無理よ!料理なんかした事ないわ!」

 

 

「それはいい案です!お嬢様!せっかくだから大好物のオムレツを作ってもらいましょう!」

 

 

オムレツ!!?卵すら割ったことがない自分にオムレツ!?途轍もない提案が目の前の女から飛び出してくる。目の前にいる存在の姿が恐ろしいドラゴンに、いや竜王に見えてきた。ナズルとはこれほど恐ろしい存在だったのかとファーインが戦慄している。

 

 

やった~!オッムレツ!オッムレツとリーネがはしゃいでいる。どうやら決定事項のようだ。

 

 

「~~~――!!...あぁ、もう...知らないわよ!本当に!」

 

 

そう言うと二人は笑った。満面の笑みで。そして屋敷に三人で戻り出す。ゆっくりと歩を進めていく、その姿は正に―――家族そのものであった。

 

 

お昼ご飯に出てきた母の手料理は、それは酷い有様だった、形は崩れ所々焦げている。リーネはそれをゆっくりと口に矛んでいく、涙が零れた―――美味しいと―――今まで食べたどんな料理より美味しいと。

 

 

二人が慌てている。それでもリーネは食べるのをやめない。ゆっくりと、ゆっくりと噛みしめる。母の手料理を―――私たちは今、本当の家族に―――

 

 

―――親子になれた

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ。お母さんも一緒に寝よ?」

 

 

ここはリーネの部屋。気づけば外は暗い。長い一日も終わりを迎えようとしているのであろう。部屋にはベッドに入り就寝準備をしているリーネとその隣で椅子に腰かけるファーインの姿が見てとれた。

 

 

「駄目です。そこまで子供じゃないでしょ?一人で寝るのよ。」

 

 

「え~。だってお母さんとお休みしたことないもん。」

 

 

ぐちぐちと甘えてくる自分の娘にたいしファーインは思う。甘えが板についてきている。ここは少し突き放さねばならないっと。

 

 

「駄目です。それに昔、貴女が小さい頃いつも一緒に寝てたのよ?」

 

 

「?そうなの?知らなかった。」

 

 

「覚えてはいないでしょうね。小さかったもの。よく歌を歌って上げてたわ。貴女は寝つきが悪くてね。一時間でも二時間でも寝付かなかったんだから。」

 

 

えぇ?そうなの?とリーネが驚きの言葉を口にする。自分は寝つきが良い方だと思っていたからだ。そして母に話かける。

 

 

「ねぇ。ねぇ。その歌歌って。良い子に寝るから。」

 

 

「はぁ。余計な事いうんじゃなかったわね...いいわよ。歌ってあげるわ。」

 

 

目の前では娘が喜びの言葉を口にしている。そしてファーインは歌いだす。綺麗な声で。寝かしつけるように。

 

 

自分の好きな歌を―――自分の歩んだ道のような歌を。

 

 

 

 

 

―――破滅さえ厭わないで―――

 

 

 

 

人は一体どこへ向かうのだろうか?希望か―――

 

 

―――絶望か。

 

 

 

 

 

―――ねぇまだこの手に残る欠片だって貴女のもの―――

 

 

 

 

 

この力は私の物?それとも神々の物?答えはいまだに出ない。

 

 

 

 

 

―――何もかも失くしても捧げる物が在るの 未来だって命でさえ―――

 

 

 

 

 

全て捧げた、戦う為に、人類の為に、そして失くした自分の未来を。

 

 

 

 

 

―――焼け尽きた感情も 不毛な祈りも 縋る無様も 貢ぐ愚かも―――

 

 

 

 

 

感情は焼け切った、縋り、そして祈った、救済を、どれだけ祈れば―――

 

 

―――天に届く?

 

 

 

 

 

―――病んだ声も 穢れた両手も 傷で裂かれた心も―――

 

 

 

 

 

この手は血に濡れた、心も裂かれた、それでも―――

 

 

―――アンティリーネ貴女に出会えた。

 

 

運命は不思議なものだ、錆びついて止まっていた自分の世界、それに色を付け、朝を告げてくれた―――

 

 

―――鮮やかな朝を。

 

 

 

 

歌は続いていく―――そして。

 

 

「あら...もう寝たの?」

 

 

目の前にはすやすや眠る我が子、歌はまだ途中なのだけど。そうファーインは呟きリーネのデコを擦る。

 

 

「寝つき...良くなったのね。」

 

 

そして歌を―――続きの歌詞を綴る。

 

 

 

 

 

―――もう貴女しか見えない―――

 

 

 

 

 

アンティリーネ、貴女には、血に縛られる姿は似合わない、貴女は自由よ。

 

 

 

 

 

その自由という翼で―――

 

 

 

 

 

―――貴女の”空”をおいきなさい。




リーネ「ねぇお母さん。なんでお母さんはこの歌知ってるの?」

ファーインママ「それはね。ちひろさんに聞いて見なさい。」

白金の鎧を着たちひろ 「私が!世界を作る!」

リーネ 「ねぇお母さん。この人これ言えば良いと思ってるよ。」


※歌詞の引用があったので楽曲コードを使用しております。


どうもちひろです。

今回は捏造オンパレードだったと思います。しかし、実際この大陸の人間達は少々詰んでるとちひろは思っています。その感想がこの終わらない戦いです。法国が居なかったらマジで瞬獄殺だと思ってます。

ママの気持ちとかは捏造...いや、あえてこう言いましょう、妄想です。絶死さんは余りにも救いがありませんでした、妄想の中でくらい救われても良いと思います。

ママ心変わり早すぎじゃないと思うかもしれませんが、レエブンパパですら指握られただけで頭ぱっぱらぱーなったし、女親のママならもっとぱっぱらぱーなる筈です。なるんです!

このSSでは、神人は六大神ならグレーゾーン、八欲王ならレッドゾーンです。六大神ならやりすぎなければ許すよ、世界ぐちゃぐちゃにしたら殺すよ、見たいな感じで考えてます。八欲王なら、あちゃ~、あぁ~もう、アウト☆君アウト☆みたいな感じです。

最後に今回はママにHYDRAを歌わせたいだけの回でした。著作権とか大丈夫なの?って思ってたらガイドラインにあったのでどうにかできました。多分きちんとできたと思います。

今回も最後まで読んでくれてありがとう。また読んでくださいね。


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アンティリーネの大冒険

前回のあらすじ

ナズル「我はふくよかな竜王ナズル!」

リーネ「オムレツうめー。」


 

 

 

―――「流水加速!!」

 

 

その掛け声と共に周囲の風景がまるで”ヌルリ”とゆう効果音が聞こえてきそうな光景に変貌を遂げる。その様はまるで”時間”が操作されたかの様に錯覚させる。いや、実際に時間が鈍くなっているのであろう。使用した人物の動きが明らかに速くなっている。

 

 

「はぁ、はぁ。で、できた!」

 

 

掛け声を放っていたのは”アンティリーネ”ことリーネであり”元の世界”に”滞在”している間に”この世界”でしかできない【武技】の練習の真っ最中であった。

 

 

ここはいつもの裏山、リーネの秘密基地だ。何やらここ最近”この山”に”モンスター”が出没したらしく”地面”が抉れており、”大木”が”真っ二つ”になっていたらしく”一週間”ほど”立ち入り禁止”にされていた。結局はモンスターの姿は発見されず立ち入り禁止規制も解除されたのだが。

 

 

「やっと成功したよ、武技って難しいな、なんでお母さんこんなのポンポン出せるの?凄すぎ。」

 

 

母との和解―――完全な和解とは至ってないが関係性は見違えるほど解消された。今では普通に会話もするし、食事も共にする。和解できていないのはリーネの進んでいく人生についてだ。

 

 

「お母さんがもっときちんと教えてくれれば違うのかな~。ケチよね。」

 

 

母は娘を戦いの場に出すのを拒んでいる、娘には普通の幸せを掴んで欲しいのだ、自らが掴めなかった”普通”を。

 

 

なので武技一つとっても容易には教えてくれない。この武技ですら見本を見せて貰っただけである。本当は見せたくも無かったようだが、リーネが屋敷の庭で地面に寝ころび両手足をジタバタさせてねだりまくったからどうにか見せて貰えたに過ぎない。

 

 

(ふふん、あれぞ、モモンガさん直伝、買って、買って、よ!今回は見せて、見せてだったけど。)

 

 

甘えるのも上手くなった物だとリーネは思う。実際は、その結果、衝撃で屋敷が揺れ出して、顔を真っ青にした母が慌てて見せてくれたのだが。

 

 

「この世界もコンソールでピッピッてできないかな?なら簡単なのに。」

 

 

余りにもあんまりな事を呟く少女の姿がそこにはあった。ユグドラシルを行き来しているせいで感覚がおかしくなっているのであろう。”努力”を忘れかけている。

 

 

「駄目駄目!頑張るのよ、私!”今日”逃したら”しばらく”武技の訓練できないんだから。」

 

 

母との壮絶な言い合いから今日で一週間だ、いつも道理なら今日の夜にはユグドラシルに飛ばされるであろう、そしてリーネは腕を組み考える。なぜ”七日間”なのだろう?っと

 

 

(なんなんだろ?なにか理由があるのかな?いつもやけに眠いけどそれかな?疲れたら飛んでいくとか?)

 

 

所詮は子供の考えでありまともな答えは出ない。考えても無駄だな、とリーネは思い訓練を再開しようと思う。元々、他世界に行き来できている事すら荒唐無稽な事なのだ。その事象の答えすら出ていないのだから”周期”の事など分かるはずもない。

 

 

「よーし!もう一回!武技 流水加速!」

 

 

その掛け声と共に武技の訓練は再開される。そこには健気に武技の訓練をする”神人級”の少女の姿が眩しく映っていた。

 

 

 

 

 

 

法都シクルサンテクス―――その都市の中道をトボトボとリーネは歩く辺りも少し暗くなってきている、”一日”が”終わり”を迎えつつあるのだ。

 

 

「疲れた...なんでこんなに疲れるの?ってぐらい疲れた。ユグドラシルではスタミナゲージ減るだけだから戻ってきたら訳わかんなくなっちゃう。」

 

 

ユグドラシルはゲームだ、疲れる事はない、しかしリーネは人間種である為に、一応スタミナの概念は存在している。それがゲージであり、少なくなれば動きに”バッドステータス”が掛かる。しかし向こうでは、飲食睡眠不要の指輪を常時装備している。”課金”できないので”一つ”しか付けれないが、現状では一番必要な物であろう。

 

 

(飲食睡眠無効は必須よね、でも、もっと色々な指輪を装備したいな、スタミナ減少無しとか、基礎ステータス向上系とか。)

 

 

そして飲食―――人間種なのでリーネは食事をする事が可能である、つまりは食事による”バフ効果”も得る事ができるという事だ。これは”メリット”でもあり”デメリット”でもある。食事をとらないとバッドステータスが掛かり最悪死んでしまう。

 

 

「ユグドラシルのご飯”美味しい”のよね。最初は味が”しなかった”のに急に味が付くんだもん。ビックリし過ぎて”頭痛く”なっちゃったよ。」

 

 

急に美味しいと言いだしたリーネを見て、モモンガ達が大笑いしたのは恥ずかしい思い出だ。リーネの”ロールプレイ”は凄いなっと。

 

 

「あんなに笑わなくてもいいじゃん。会ったばかりだから何も言わなかったけど、今ならモモンガさんの頭に噛みついてやるんだから。」

 

 

続いてロールじゃないし~とも。向こうで既に十四日過ごしている。それなりに言葉の意味を理解してきている。ロールだけではなく”ビルド”や”クラス”などもだ。

 

 

「今は確か65だったかな?でもなんかこの構成嫌だな、振り直したい、でもデスペナ怖いよ。本当に大丈夫なの?私だけ生き返らないとかないよね?」

 

 

当然の疑問だろう、リーネは元々、あの世界の住人ではない、安易には死にたくはないであろう、生き返れると言われても、躊躇してしまうのは当然だ。しかし今のビルド構成に不満が有るのもまた事実、ままならぬ物である。

 

 

リーネは、たっちの指導の下、日々ビルド構成に励んでいる、バランスの良い構成をしている自覚はあるが、それが最適とは限らない、クラスの種類が無数に存在する以上組み合わせもまた無数に存在している。特にリーネは人間種だ、優秀な―――異業種では獲得できないようなクラスも獲得できてしまう以上、悩むのは当然だと言える。

 

 

「【ジークフリート】とか欲しいかも。いや絶対取る!簡単らしいし。」

 

 

【ジークフリート】は人間種のみ獲得できるクラスであり、ワールドクラスを除けば、前衛クラスでは最も優秀なのではないかと思わせる程の上位クラスだ。元々は神話に登場する戦士の名前で”竜殺しの英雄”とも言われている。その異名の通り、竜―――ドラゴンに対する特攻も持っており、ドラゴン狩りでは必ず一人は欲しいクラスだ。ステータス上昇値も異業種に引けを取らない位の上昇をみせる事からも、優秀さが見てとれる。

 

 

(ふふふ、見てなさいよ。トカゲさん!ジークリーネがぶっ飛ばしてやるんだから!)

 

 

世界の調停者達に向かって、ぶっ飛ばすと意気込む少女がそこにはいた。”真なる竜王”と言われる化け物達の強さを知らず、生死を賭けた戦いすらした事のない者の戯言が脳裏を駆け巡った。

 

 

リーネの頭の中は、既にユグドラシルで一杯だ、徐々に家に向かう足取りが早まっていく。

 

 

やりたい事が沢山ある、行きたい場所が沢山ある。

 

 

受けたいクエストが沢山ある、欲しいアイテムが沢山ある、そして―――

 

 

―――報告したい事も、沢山ある。

 

 

そして足が止まる―――目の前には家が見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お休み。お母さん。」

 

 

気づけば辺りは暗くなっていた。一日が終わり、長い夜がやってくる、そして、リーネにとっては、それは楽しい一週間の始まりでもある。

 

 

「えぇ、お休みなさい。今日はやけに素直に寝るわね?どういう風の吹き回し?」

 

 

「えへへ、ちょっと疲れたから。」

 

 

母が少し嫌そうな顔を―――雰囲気を漂わせる。訓練がばれているのであろう。

 

 

「お母さんの気持ちは変わらないからね。それじゃ、また明日ね。」

 

 

扉の閉まる音が聞こえてくる、母が部屋から退出したようだ。”また明日”その言葉が胸に染み渡る。

 

 

(夢みたいだな...お母さんと仲直りできるなんて。)

 

 

ついこの前までは想像もしていなかった光景、あの世界に行けたから、成しえる事が出来た光景、あの人に会ったから、会えたから―――

 

 

―――実現できた光景。

 

 

少女は眠りに付く―――楽しい時間を夢見て

 

 

少女は思い出す―――出会えた時を

 

 

あの日出会えたから―――物語が始まった

 

 

あの日出会えたから―――自分は勇気を持てた

 

 

あの日出会えたから―――自分は強くなれた

 

 

あの日出会えたから―――母と仲直りできた

 

 

―――カチリ―――

 

 

移動が始まる―――冒険が始まる

 

 

―――そうだ、これは自分の

 

 

―――アンティリーネの

 

 

―――大冒険なんだ

 

 

 

―――少女は行き来する何度でも―――

 

 

―――他世界を行き来する―――




―――Fin―――

アンティリーネの勇気がユグドラシルを救うと信じて...

ご愛読、ありがとうございました。ちひろ先生の次回作にご期待下さい。




って皆さん思ってたでしょ?申し訳ありません、まだ終わらないのです、これがな。


それでは、【次章予告】行って見ましょう!

リーネ「(´・ω・`)うずうず」

ちひろ「モモンガさん、お願いします。」

リーネ「Σ('◉⌓◉’)!?」

  ――― 【BGM HOLLOW HUNGER】―――

モモンガ「汚い罠により地面に伏したモモンガ
     赤い瞳と銀の髪の男の隣には狂える
     笑顔を作りし少女が狂気の笑い声を
     上げる、ネフィリムの侍が絶望の顔
     を作り、ハーフゴーレムの忍者が逃
     げまどう、そして死の支配者が立ち
     上り、雄たけびを上げた。

     次回  オーバーリーネ ”第2章”
        
         【九人の自殺点】
   
     俺は、ナインズ・オウン・ゴールの
     ”モモンガ”、敗北はありえない。」

リーネ「(・x・)タイトル違くない?」


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幕間

ブレインさんが好きです、でもガゼフさんはも~っと好きです。


どうも、ちひろです。

今回は幕間になります、どう書いていいのか良く分かりませんでしたが、こんな感じになりました。

頑張って書いたのでどうか見てやってください。


 

 

 

 

とある建物の大広間”六つの像”が横並びに存在しその一つ一つが違う形を成している。広間の中央には円卓のテーブルが置かれておりそれと同時に円を描くように椅子も並べられている。

 

 

ここは【スレイン法国】の”最奥”神聖不可侵の間でありこの部屋に立ち入りを許されている物は”極僅か”である。

 

 

その限られた者達しか出入りできない空間で”複数”の”人影”が何やらせわしなく動き回っていた。

 

 

はたきをかけて誇りを落とす者。水拭きする者。乾拭きする者。その姿を見るに恐らく部屋の”清掃”を行っているのであろう。その動きには無駄がなく、各人が手馴れた手つきで部屋を清掃していく。

 

 

しばらくの後、動き回っていた人影の動きが止まる。清掃が終了したのであろう。周囲を見渡せば”輝く”ように”綺麗”になった部屋の光景が映し出される。

 

 

そして今まで清掃を行っていた人影たちがある一点に向かい集まっていく、人影が集まったその先―――眼前には”六つの像”全員が一列に横並び”像”に向かって深々と”頭を下げる”、一糸乱れぬ動きで

 

 

「今日もまた人間たる我々の命があった事を神に感謝いたします。」

 

 

―――感謝いたします。

 

 

横並びの中央に位置していた人物が”神への感謝”を”六つの像”に向けて陳べ、それに続くように残りの人物達も感謝の言葉を口にする。

 

 

この人物達の集まりこそ【スレイン法国】における”最高執行機関”である”総勢12名”で構成されているが、今この場にいる人物は”七名”。

 

 

―――”火の神”を崇める”火の神官長”―――

―――”水の神”を崇める”水の神官長”―――

―――”土の神”を崇める”土の神官長”―――

―――”風の神”を崇める”風の神官長”―――

―――”光の神”を崇める”光の神官長”―――

―――”闇の神”を崇める”闇の神官長”―――

 

 

―――そして、その六名を纏める”最高神官長”の計七名である。

 

 

感謝の言葉の後、深々と下げた頭を戻し、清掃によって汚れた自らの服や清掃道具を【清潔<クリーン>】の魔法を発動させ汚れを消し去る。

 

 

清めが終わった後彼らは”円卓”に座る。”法国”の最高位者である”神官長”もだ。この円卓の場に置いては全員が同等。”人類繁栄”の為の”協力者”であり”仲間”なのだ。

 

 

「ではこれより会議を開始します。」

 

 

年老いた顔をした老人―――土の神官長が言葉を発する。今回の会議においての進行役なのであろう。

 

 

「最初の”議題”は”アゼルリシア山脈”における生物達の”勢力争い”の激化、それに伴う生態系下位の者達の下山による”人類の生存圏”への”侵入”です。」

 

 

アゼルリシア山脈とはリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の間に位置し国土を分けている境界線たる山脈である。極寒の山々の北側は海に接し、南端にはトブの大森林と言われるモンスターの生息地が広がっている。

 

 

このアゼルリシア山脈は”多数のモンスター”の群雄割拠地帯であり支配権を巡る”勢力争い”も日々行われている。その山脈の生態系の頂点に位置しているのが【霧の竜<フロスト・ドラゴン>】と【霧の巨人<フロスト・ジャイアント>】であり、長い間覇権を巡り争いを続けている。

 

 

またこの山脈には膨大で多様な鉱石が眠ってもおり、山をくり抜き”地中”深く築かれた【山小人<ドワーフ>】の国等も存在している。希少な金属を多く保有しており、時折山脈を下り近隣の”人類国家”である”バハルス帝国”とも金属やドワーフの職人達により打たれた”武器””防具”などを使い交易を成していると聞く。

 

 

最近では”亜人の氏族”達との希少金属の奪い合いが度々発生しており、こちらもいずれは、大きな争いに発展するのではと思わせる。

 

 

今回の議題の問題点はこの後者の問題ではなく、前者の問題だ。生態系の頂点たる存在達の”勢力争い”の余波によって下位の者達が行き場を失い山脈から逃亡しているのだ。

 

 

下位の者達と言ってもその保有する力は人間などよりも強い者達が多い。そんな者達が雪崩を打って侵入してきた場合”人類”が受ける”被害”は図り知れないであろう。

 

 

最も危険なのは隣国の”王国”と”帝国”であろうか。両国が亡べば、人類は更なる窮地に陥る。幸い、まだそこまでの被害は出ておらず”法国”の”間引き”だけでどうにか対処できているが、これから先は分からない。頂点たる両雄の争いが激化している以上、より多くの生物達が下山してくるのも時間の問題であるかに思えた。

 

 

「現状の状況は芳しくありません。対処できているのは事実ではありますが、これ以上長期戦になれば疲弊するのはこちら。早めに大きな策を講じねば。」

 

 

そう言葉を発したのは、鋭い目をした男で、この集まりの中では一番若い。恐らく”三十代後半”と言った所―――光の神官長である。非常に優秀な男であり、神への信仰も厚い。この若さで神官長を務めている事がそれを証明しているであろう。

 

 

この男がこのような発言をしているのは、彼が指揮する特殊部隊【陽光聖典】がこの任務に大きく関わっている事が挙げられる。【陽光聖典】は他の”五つ”の部隊の中で特に”殲滅”に優れている部隊である、故に間引きを行う以上、最適な采配だと言えた。そしてその者達が言うのだ―――もう余り猶予は無いと。

 

 

「”大元”を叩くのが”一番”早いのであろうが、それは現実的ではあるまい。数も強さも”桁違い”だ。実行に移せばこちらが”壊滅”する恐れがある。」

 

 

「トブの大森林だけでも頭が痛いと言うのに。あの馬鹿”共”が。」

 

 

口を開いた”前者”が”風の神官長”であり五十代前半程の温厚そうな中年の男だ。指揮する特殊部隊は”風花聖典”情報収集や諜報活動を主に行う部隊であり先程の発言も収集した情報を分析し持論を述べたに過ぎない。

 

 

後者が”水の神官長”でありこの集まりの唯一の女性だ。年齢は五十代後半といった所で年齢の為か、ふくよかな顔をしている。彼女が罵声を飛ばした馬鹿共と言うのは王国、帝国の両国の事である。平和に慢心し、徐々に腐敗が始まりつつある、両国に対しての彼女の怒りであろう。

 

 

両国がきちんと機能していれば、この様な事で頭を抱える事は無いのであるが、それは言っても詮無き事である。帝国は現状を見るに腐敗速度も緩やかで、将来もしかしたら持ち直せるのでは、とも思えるが、この先続くとは限らない。

 

 

素晴らしき政才を持ち、民衆を纏め上げる事が出来る、カリスマを持つ皇帝でも居れば話は変わるのだろうが現皇帝はそうではない。一つ利点を挙げるとすれば”人類最高峰”の”魔法詠唱者”を抱えている事くらいであろうか。

 

 

しかし王国には利点がない、腐敗の進行も速く、最近では”王派閥”と”貴族派閥”なる物が出来上がりつつあり、そして、内部で派閥争いが始まりつつあるのだ。このまま腐敗が続けば、将来―――後”100年”もすれば王国は内部から崩壊するのではないのか?と思わせる程である。

 

 

”そうなった時”の”プラン”も考えておく必要がある。案が無い訳ではないが”それは”帝国”次第”であろう。まだ”思案”の段階であるが、100年”先”の未来に向けて疎かにはできない。人類の”未来”の為に。

 

 

「過剰に叩く必要もあるまい?どちらか”一方の戦力”を削れれば良い。拮抗したバランスが崩れればどちらか一方が覇権を握る...とまではいかないかもしれんが、膠着状態くらいにはなろう?そうすれば、向こう数十年はどうにかなるのではないか?」

 

 

「いい案とは思いますが、もし仮に、それで片方が覇権を握ってしまった場合、その勢力が更なる勢力圏を求めこちらに進行を開始する恐れもあるやもしれません。」

 

 

「その可能性は低いとは思うが、無いとも言い切れんな。慎重に事を運ばねばなるまいが、余り猶予が無い事もまた事実...ままならぬものだな。」

 

 

眼鏡をかけた老人―――火の神官長が口を開きその言葉に続き他の神官長が各々の考えを口にしていく。

 

 

―――そして

 

 

「いずれにしろ、どちらか一方に打撃を与える事ですら容易な事ではあるまい?問題はそれが”可能”かどうか―――”漆黒聖典”なら成しえれるか?」

 

 

火の神官長がそう言葉を吐き、一人の人物を凝視する。逞しい体格をし、眼光の鋭い男に向かいそう言い放つ。

 

 

この人物こそ闇の神官長であり、年の功は四十後半と言った所か。指揮する部隊は【漆黒聖典】スレイン法国が保有する特殊部隊【六色聖典】その中でも最強―――いや人類国家最強の部隊。総勢”12名”で構成される少数精鋭の部隊であり、その一人一人が”英雄の領域”に到達した猛者達、六大伸の残したもうた桁違いのマジックアイテムを装備する事を許されており正に”一騎当千”の傑物達だ。

 

 

「そうですな。フロスト・ジャイアントであればそれなりには対処が可能かと思います。無論、各個撃破と言う形でですが、しかしフロスト・ドラゴンは少々厄介です。対空手段が限られている以上、苦戦は必至かと。」

 

 

漆黒聖典に所属する隊員の半数以上が”戦士”であり、空を縦横無尽に駆け巡る”ドラゴン”とは相性が悪い。逆に地に足を着けるジャイアントの方が愛称は良い様に思えた。

 

 

神官長達の顔に思案の表情が浮かび―――闇の神官長が言葉を続けた。

 

 

「しかし、”神人”なら別です。”真なる竜王”でもない限りは敗北する事はありますまい。」

 

 

その言葉を聞き五人の神官長達の顔に浮かんだのは歓喜の表情―――ではなく”困惑”であった。

 

 

「確かに...神人ならばそうであろう。ジャイアントもフロスト・ドラゴンも敵ではあるまい。しかし現状”いない”者の話をしても意味がなかろう。」

 

 

”神人”六大神の血を引き、尚且つその血を覚醒させる事の出来た”先祖返り”の話をされ皆一様に困惑する。現在その神人はいない。いや”存在”はしている。しかし”戦場”には立ってはいないのだ。

 

 

「ファーインは例の件で深く傷ついた。あの精神状態では使い者になるまい。自らの子供を虐待し心を慰めているくらいだ。」

 

 

「そう言えば”その子供”はどうなのだ?神人と...大罪人の血を引く者だ。素晴らしい才能を秘めているのでは?」

 

 

「今現在では目立った才能は見られていないとの”報告”があります。それどころか”並以下”かもしれません。」

 

 

「所詮は”混ざり者”か、人類の希望になりえるかと思ったが。取るに足らん存在だったか、捨て置けばよかろう。」

 

 

「流石に口がすぎますよ?それぐらいにしておいた方がよろしいかと。」

 

 

闇の神官長の言葉を皮切りに各々が言葉を発する。二つの強大な血が混じり合った存在どれほどの力を秘めているか、ファーインの”代わり”になりえるかと”期待”していたがその期待は外れだったようだ。毎日地獄の訓練を行わされてまだ”芽”が出ないのであるから。

 

 

「静粛に、皆様。これは”朗報”です。ファーインが漆黒聖典への復帰を願い出てきました。」

 

 

「なんだと!?」

 

 

「それは、本当なのですか?」

 

 

「願い出てきた?それは彼女の意志で戦場に立つという事か。」

 

 

円卓がざわめきだす。素晴らしい朗報だと、彼女の力は漆黒聖典全隊員で掛かっても勝利できない程だ。彼女が復帰する以上この議題の内容は先程より遥かに軽くなるだろう。神官長達の頭の中にはもはや先程の”子供”の話題などない。ファーインの復帰、神人の凱旋である。”スペア”はもう”いらない”のだから。

 

 

「しかし彼女も、長い間前線を退いていた身である以上、ブランクは否めません。早急には無理でしょう。それに”協定”の事もあります、余り”派手”に彼女の力を使うのはまずいのではと愚行します。」

 

 

「それは仕方のない事だわ。できる限りは他の聖典で賄う必要があるでしょうね。どれくらいの期間持ちそうなの?」

 

 

「恐らくですが現状、後二年ほどは猶予があるかと。状況によっては更に早まるでしょうが。」

 

 

「ふむ、その間は、陽光聖典を主軸に間引きを続けるほかあるまいな。無論、打ち漏らしは厳禁だぞ。」

 

 

「心得ております。」

 

 

円卓に鳴り響く言の葉は止まない。議題は―――会議は続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいよ。”フーシェ”さん。あんまり作った事の無い物だったから大変だったができたぜ。しかし珍しいなこんな物頼むたぁ。フーシェさんが”付ける”のかい?」

 

 

ここは法都にある”武器屋兼雑貨屋”であり言葉を発しているのはこの店の店主である。武器・防具を売るだけでなく”鍛冶屋”としても活動を行っておりその腕を持って多種多様な物を制作し販売している。その腕は法都でも指折りだ。

 

 

「いえいえ、まさか。近々”娘”の誕生日でして...今まで何も渡してこれなかったので、今回は”プレゼント”をと思いまして。喜んでくれると良いのですが。」

 

 

おぅ?フーシェさん子供いたのか?と店主が驚きの声をあげている。この”フーシェ”と呼ばれている人物は、リーネの母親”ファーイン”の事である。フルネームは”ファーイン・ヘラン・フーシェ”であり、ヘランが洗礼名であり、フーシェが苗字だ。

 

 

「かぁ~なに言ってんだい!娘が”母親”からプレゼント貰って喜ばない訳ないだろ?し・か・もだ、俺が作ったんだぜ!これはもう貰いってもんよ。」

 

 

勝ったも同然よ~っと騒いでいる店主に、勝つも負けるも無いのだけれどとファーインは心の中で思うが口には出さない。気持ちよさそうに喋っているのだ放っておいた方が良いであろう。

 

 

「店主さん、ありがとうございました。それでは失礼いたします。」

 

 

そう言葉を吐きファーインは店を後にする。その手には大事そうに”薄い青色の髪飾り”が握られていた―――

 

 

―――法都の中道をゆっくりと屋敷に向けて歩いていく。頭の中ではプレゼントをどうやって渡そうか考え中だ。あの子は喜んでくれるだろうか、そんな事を考え歩いていると。

 

 

「...”風花”ですか?なんの用です...?」

 

 

歩行者の少ない中道でファーインが一人口を開く、端から見れば独り言に見えるがそれは違う―――人の気配を感じさせないまま、ゆっくりと人影が路地裏から現れた。

 

 

「...流石です。ファーイン様。まさか気取られるとは...」

 

 

「そんな事は聞いていません。要件を言いなさい。」

 

 

有無を言わせぬ言葉に、一瞬目の前の人物がたじろぐが、すぐに冷静になり言葉を喋り出す。

 

 

「神官長達の会議で貴女の”復帰戦”の目途が立ちました。そのご報告にと。」

 

 

「それはここで言う事でしょうか?わざわざ”風花”を使ってまで、屋敷まで来てくださればよろしいのに。」

 

 

「内密な話です。”ご家族”の耳に入った場合まずいかと。」

 

 

しらじらしい。ファーインは心の中で罵声を飛ばす。相手の言っている事も最もであろう、六色聖典は特殊部隊であり秘匿されている。その任務を簡単にその辺で言うわけにはいかないであろう。しかしファーインはそうとは取らなかった、これは監視だ、自分ではなく”娘”のだ。

 

 

あの子の潜在能力の調査、”調整”を始めたばかりの時は常に監視されていた。向こうは気づかれていないつもりだっただろうが自分の―――神人の目は誤魔化せない。それだけ隔絶した力の差が存在しているのだ。

 

 

(調整はこの為でもあったの。自分が”狂った”と見せかけ地獄の訓練をさせていると。それにも関わらず一向に”覚醒”どころか”血の力”すら引き出せない様を”見せつけ”なければならなかった。その成果もあって、ここ”最近”は興味を失っていたようだけれど。)

 

 

自分が漆黒に急に復帰した事で裏をさぐられているのか?はたまた、この話のついでに、あの子の様子を見に来たのか?そんな言葉が脳裏を駆け巡る。

 

 

「なるほど、そう言われれば納得ですね、わかりました。神官長達にお伝えください。私はどんな戦場でも構いませんよ...と。」

 

 

「御意、それでは失礼いたします。」

 

 

そう言葉を残し目の前の人物が姿をけした。その瞬間気配が掻き消える。恐らく”帰還”したのであろう。

 

 

(あの子は渡さない。しばらくは”警戒”しておいた方がよさそうね。)

 

 

心に決意を新たに再度歩を進めだす、屋敷に向かって―――

 

 

―――屋敷に向かいながら、ファーインは思う、あの子の力を、覚醒してしまった力を、あれが最大だとは思えない、間違いなくまだ強まる。それが神官長達の耳に入るのは非常にまずい、簡単には逃がせない、血眼になって追いかけてくるだろう。あの力は間違いなく欲しくなる。

 

 

(あの子は”ハーフエルフ”だから...。)

 

 

ハーフエルフの寿命は長い、エルフと比べれば見劣りするかも知れないが、人間などとは比べ物にならないだろう。ファーインは人間だ、長くは生きられない、寿命はすぐにやってくる、だが、アンティリーネは違う、長寿であり、全盛期も長い、長期間使用できる”殺戮兵器”の価値は果たしてどれほどの物なのか。

 

 

(間違いなく私より上...私と袂を別ってでも欲しがるでしょうね。)

 

 

これから先は今以上に慎重にならないといけない。そんな事を考えながら歩いていると屋敷が見えてきた、思った以上に長く思案していた様だ。辺りの風景も沈んできている。

 

 

「お母さ~ん!」

 

 

屋敷の前から声が聞こえた。ファーインは声の主を静かに見つめる。ゆっくりと歩きながら。

 

 

「おかえり~!ご飯食べよ~。」

 

 

「えぇ...ただいま。」

 

 

目の前には、この沈んでいく風景の中―――

 

 

―――優しい”笑み”で風に吹かれる”娘”の姿があった...。

 

 

 

 

 

 

 

人々の賑やかな声が鳴り響く、声は止むことはなく一層強く聞こえてくる、活気に満ち溢れている。そう感じるには十分な程の熱気がその”場所”にはあった。人々とは言うが、正確に言えばこの声は”プレイヤー達”の発している声であり”現実”の出来事ではない。

 

 

ここは”ユグドラシル”内の一つのワールド―――ヨトゥンヘイム―――にある都市の一つである。非常に設備の整った都市で有名であり、それに伴い利用するプレイヤーも多い。その都市の中を一人の”人間種の女性プレイヤー”が歩いている。

 

 

非常に整った顔立ち―――アバターであるが―――をしており”青い瞳”に切れ長の気の強そうな”目”髪の色は”金髪”で、”長さ”は腰の辺りまであり、それが三つ編みに結ばれている。身長は高く180㎝以上はあるのではと思う程だ。精強な女騎士を思わせる風貌の女性が都市の中央を一人歩いていると―――

 

 

「よう、久しぶりじゃねぇか。”アンタ”元気してたか?」

 

 

横から声が掛けられ女が歩を止める、続いてゆっくりと声の発生源に向け振り向く。

 

 

「あら、久しぶりね。”あなた”こそ元気だったの?」

 

 

声の発生源、身長の低い”盗賊風”の男に言葉を返す、どうやらこの二人は知り合いの様である。

 

 

「まぁな。ユグドラシルは広い、中々出会う事もないしな...今日はまたどうした?いつもと”装備”が違うみたいだが。」

 

 

「今”ビルド再構成”中なの。大幅にLVが”下がってる”からLVに見合った装備をしているだけよ。”盾”以外はね。」

 

 

盾以外―――そう言葉を喋った女の手には”何も無い”恐らくは、今は”装備”してはいないのであろう、その言葉を聞き盗賊風の男が口を開く。

 

 

「ビルドの見直しか...余念がないな。貪欲だ。」

 

 

「私は”皆の盾””守る”為にいるのよ?私が倒れる訳にはいかないもの。より強く、より”固く”ならないとね。”組み合わせ”は無数にあるのだし”最適”を求めるのは当然でしょ?」

 

 

ビルドの見直し、組み合わせ、最適、この言葉から考えられえるに、この騎士風の女は現在LVダウン中なのであろう、無数のクラスに、無数の組み合わせ、突き詰めればキリは無く、それは途方もない作業だ、故に男は”貪欲”と表現したのであろう―――会話は続いていく。

 

 

「なるほど。なら今からする事はクラスの条件満たしか?それともLVアップ?」

 

 

「前者ね。少し気になるクラスがあるから、条件を満たしに”ヘルヘイム”に向かう所なのよ。」

 

 

ヘルヘイム―――その言葉を聞いた途端男の雰囲気が豹変した。

 

 

「ヘルヘイム...か。今はあそこは”非常に危険”だ。まぁ、あくまで俺達”人間種”にとってはだが。」

 

 

「あら?そうなの?どうしてかしら?」

 

 

知らないのか?男が驚き、言葉を口にする。

 

 

「今あそこにはいかれた”PK連中”が居てよ。異業種で構成された、な。」

 

 

PK連中、今ヘルヘイムは人間種にとっては非常に危険な場所だ。元々異業種がばっこする地帯ではあったのだがある”九人”の集団によって異業種プレイヤーが息を吹き返しつつある。元々は異業種狩りを行っていた人間種が悪いのではあるが、迫害されていた異業種達が、その集団に続き、手を取り合いつつある。

 

 

「まぁ、”一人”だけ人間種もいるが”そいつ”が”一番”やばい。見つかれば有無を言わさず”殺される”可能性もある...異業種に手でも上げた日には、死ぬまで”追いかけ回される”だろうさ。」

 

 

「異業種の集団に人間種?変わってるわね。」

 

 

「見た目は小さな少女だ、確か...”ハーフエルフ”だったか?だがあれは少女なんて可愛い物じゃないね、”少女の皮を被った悪魔”さ。」

 

 

ハーフエルフ、余り聞きなれない種族名に、女は顎に指を当て一点を凝視している。恐らく考え事をしているのであろう。

 

 

「しかも、その集団の一人は”あの”たっち・みーだ。後”弐式炎雷”もな。」

 

 

女の雰囲気が豹変する。これは驚きもあるだろうが、それ以上に感情の高ぶりによる物が大きいだろう、これが現実なら、獰猛な笑みを浮かべているに違いない。

 

 

「それは大物ね。しかも”二大ニンジャ・マスター”もいるなんてね。なるほどね。そのお嬢ちゃんがなんで報復されないか、分かった気がするわ。」

 

 

「そういうこった、そのガキ自体も相当やるらしいが、周りがもっとヤバい、”PVP”を申し込んでやり返そうにも、なまじ強くて返り討ちに会いかねん、襲おうにも周りがヤバすぎて後の報復が怖い。」

 

 

「しかもワールドはヘルヘイム、異業種の巣窟見たいな所だもの、下手すれば袋叩きに会いかねないわね...”異業種サークル”の”姫”みたいな子ね、その子。」

 

 

「しかも、ぶっ殺された後は、こっちのドロップアイテムを根こそぎ持って帰るらしいぜ?しかも鼻歌交じりにだ。」

 

 

「...害悪プレイヤーね、嫌われるわよその子。」

 

 

もう嫌われてんだよ...男がそう口にし―――そして言葉を続けた

 

 

「まぁだから気をつけな...つっても”アンタ”なら何も”問題”なさそうだがな、アンタが、PVPやPKを中心にやる人物だったなら、瞬く間に噂になるだろうぜ?アンタ程の人物が無名なんて、只の知り合いの俺ですら悔しいからな。」

 

 

「ふふふ、買い被り過ぎよ、それに私、どっちも余り興味ないの、振りかかる火の粉は払うけどね、私は、チームの盾、私は守る事が仕事だもの。でも、忠告ありがとうね。」

 

 

それじゃあね。女がそう言葉を残し男の元を去っていく、そして、一しきり歩いた後、目的の場所に着いたのか、歩みが止まる。

 

 

「この辺でいいかしらね。【転移門<ゲート>】。」

 

 

掛け声と共に女の手に握られているアイテムが光を帯びていく。これは非常に希少な物で必要クラスを満たしていない物でも転移の魔法が”発動”できるアイテムである。一日の使用回数はあるが―――女の目の前に時空の穴が出現した。

 

 

それと同時に近くから―――斜め後ろ―――から驚いた様な声が聞こえてくる。気になり振り向くと、そこには”三人のプレイヤー”達、人間種二人と異業種一人がこちらを見ながら何かを喋っている。

 

 

最近はこの組み合わせ―――人間種と異業種―――が流行りなのだろうか?とくだらない事を考えるが、すぐに前方に向き直す。立ち止まっている時間が勿体ないからだ。そして歩を進めようとし、ある事を思い出した。

 

 

「おっと。忘れてたわね。きちんと”装備”しないとね。」

 

 

そう言葉を発した途端女の”両の手”に”体の半分程”の大きな”盾”が出現する。

 

 

盾は青白く光り輝いており、美しい模様が彫られている、しかし、その形は異様であった。

 

 

盾の内の端部分が、丸みや角張を帯びておらずに”一直線”に縦割れしている、まるで一つの盾が、中央からバッサリ切られ”別たれたかの様な”。

 

 

「ふふ、ハーフエルフのお嬢ちゃんね、面白そうな子が現れたものね...襲われない様に気を付けなきゃ。」

 

 

そう言葉を発しながら女は時空の穴に向かい歩を進めていく、ゆっくりと...ゆっくりと―――

 

 

―――奇怪な盾を両の手に持ちながら。

 

 

 

 

 

―――広く広大なゲーム”ユグドラシル”

 

 

 

 

―――未だ熱気冷めや間ぬ”ユグドラシル”

 

 

 

 

―――続いていく”ユグドラシル”は続いていく

 

 

 

 

―――まだ見ぬ猛者達が動き出す...

 

 

 

 

 

 

 

 

 




周囲の現状になります、なんか、法国上層部を少し悪く書き過ぎたかなと思いますが、人類の事を思っているのは変わらないと思います。

絶死さん何歳か分かんなかったんで、一応このSSではこの転移世界は、原作の100年前という事で進めていこうかなと。

帝国、王国がいつから腐り出したか良く分かりませんが、腐る前兆が見えだした感じになってます。頑張れ、法国!って感じです。

最後のユグドラシルの話だけ、時系列が一気に飛びます、あそこはもう2章に入ってます、2章のちょっと進んだ所くらいですかね。

気づけば投稿初めて一か月過ぎてて驚いています、投稿前はいつもドキドキしているのですが、皆さん優しい方達ばかりで、ちひろの心は守られています、非常にありがたい限りです、感謝。

今回も最後まで読んでくれてありがとう。心折れず書き続けて、きちんと終わらせたいです、それでは!また読んで下さいね。




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番外編 そのころあいつらは その③

前回のあらすじ

ぶるぅわにゃん ぶるぅわぁ―ラ・アラフ

「ぶうううぅぅるぅうぅぅわぁぁぁぁーー!」


 

 

 

 

行き交う人々の声が、大勢の足音が、熱気溢れる風景が、眩い日差しに塗れ混合し風に乗って周囲を飛び交う。その様はまるでオーケストラの合唱の様で、ソプラノの様な、テノールの様な、幾多の声が重なり合い、活気溢れる旋律を、栄光の日々を奏でている様にも思えた。

 

 

合唱は止むことはない。この熱気が止むことはない。いつまでも続いていく。栄光の日々が終わるまで。栄光の落日がやってくるその日まで。

 

 

ここはヨトゥンヘイムにある交流都市、設備の整ったこの都市は非常に人気の高い場所でありこの活気がそれを証明しているだろう。辺りを見渡せば各々が楽しそうに行きかっている。その都市の中を三人のプレイヤー達が歩を進めていた。二人は楽しそうに、一人は少し気まずそうにしている。

 

 

「やっぱ凄いな~ここ!人数が段違いだな!これがな!」

 

 

「このワールドきっての優良都市だからな。当然と言えば当然だろうさ。」

 

 

二人の人間種プレイヤー、ねこにゃんとアーラ・アラフがそう賞賛の言葉を口にしている。そしてその言葉に続く様にしてもう一人が言葉に続く、少し気まずそうな声音で。

 

 

「しかし見事に人間種だらけだね。良い場所だとは思うが、僕は少し肩身が狭いよ。」

 

 

二人の会話に続いたのはスルシャーナ、その姿は異形のアンデッドであり、明らかにこの場所では浮いている。この都市は全種族が立ち入る事が許可されている為に、何も悪い事はしていないのだが、大勢の人間種に圧倒されているのだろう、気まずさが押し寄せてくる。

 

 

「それはしょうがないな、悪いが我慢して欲しい。俺達だってヘルヘイムに行った時は気まずい思いをするんだ、お互い様だろ?」

 

 

「俺は別に気にしないぞ!これがな!」

 

 

二人にそう言われればスルシャーナとて我慢するほかない、そしてそれほど長居もしないだろうからよしとする。本日の予定は決まっている、この都市にはある理由できているに過ぎない。都市内で行う予定ではないので、人が集まればすぐにでも出立するであろう。

 

 

「確かにそうだね。君たちの言うとうりだ。あっ、そう言えばヘルヘイムで思い出したよ。最近あそこは物騒らしいよ?主に君達、人間種にとっては。」

 

 

今現在ヘルヘイムは人間種のプレイヤー達にとっては余り近づきたくない場所に変貌を遂げている。ある集団がPKを繰り返しているからだ。八人の異業達達と一人の人間種の集団が。

 

 

「あぁ...知ってるさ、異業種と人間種...ハーフエルフの少女がいるんだろ。」

 

 

異業種の集団の中に人間種の少女が混ざっているなど、どんな三流アニメだ、などと思うが実際存在しているのが現状である。そしてその集団の中に置いてその少女が一番質が悪いのだから笑えない。

 

 

「...なぁ?もしかしなくても、あの嬢ちゃんの事だよな?」

 

 

「白と黒のツートンカラーの髪に、目も対称のオッドアイ、しかもエルフで少女、こんな濃ゆい奴が他にいるのかね?まず間違いなくあの嬢ちゃんだろうさ。」

 

 

一度見たら忘れられない風貌をした少女のプレイヤーを思い出し、アーラ・アラフがねこにゃんに対して言葉を返す。あったのはたった一度だけ、しかも一年以上も前の話だ、それなのに鮮明に姿が思い出せる。

 

 

「しかもその集団にはあのたっち・みーもいるらしいね。君達に風貌を聞いた時、もしやとは思ったけど、あの化け物なら、君達を瞬時に倒せても不思議はないね。」

 

 

「多分あの後、そのまま行動を共にするようになったんだろうな、やられた奴らも報復したくても、あの化け物がバックに付いている以上、嬢ちゃんには迂闊に手は出せねぇよな。」

 

 

「嬢ちゃん穢れちまったな...あんなに純粋にロールしてたのに...。」

 

 

アラフがあんな事するから、などとねこにゃんがのたまっている。その言葉に怒りが沸いてきたのか、アーラ・アラフが、お前だろ!てか嬢ちゃんロールじゃなかったよ!などと罵声を浴びせている。

 

 

「はいはい、やめやめ。しかしヘルヘイムにはしばらくは近づかない方が良さそうだね。一年以上前の事を根には持ってはいないとは思うけど、報復されたら溜まった物じゃないからね。」

 

 

「アラフ~の~所為~♪セイセイセーイ♪...んぁ?すんげぇ綺麗な姉ちゃん!ビジュアルめっちゃ凝ってんな!」

 

 

「おっ?確かに凄いな力が入っている。てか俺の所為じゃねぇって!」

 

 

ねこにゃんの言葉を聞き二人がその人物―――騎士風の女性―――を凝視する。見事なグラフィックだ、ビジュアルにこれほど力を入れている人物に感服すると共に、改めて思う、これほど精巧な再現を可能にできる事に―――やはりユグドラシルは凄いと。

 

 

そしてその人物が、マジックアイテムを起動させた。その瞬間、最高峰の転移魔法が発動され時空の穴が生まれる。三人は一様に驚き口々に賞賛の言葉を吐きだす。

 

 

「んぁ!すんげぇ!レアアイテムじゃん!あれ欲しいぞ!」

 

 

「その気持ちは分かるな。あれがあればソロでも活動できそうだ。」

 

 

「マラソン大変だったろうね。しかしねこにゃん、もう少し声量落としなよ、こっち見られてるよ。」

 

 

ねこにゃんの大きな声に、女性が振り向き此方を凝視している。そしてすぐに視線を変え、その時、何かを呟いた様に聞こえたが、余りよく聞き取れなかった。瞬間女性の両手に大楯が出現する、そしてそのまま時空の穴の中に消えていった。

 

 

奇怪な盾を両手に持ち。

 

 

「絶対変なやつらだと思われたな。主にコイツの所為だが。」

 

 

「まぁまぁ、それじゃ、いい物も見れたし交流場所まで行こうか。もうすぐ着くしね。」

 

 

スルシャーナの言葉を聞きアーラ・アラフが了解の意を示し歩を進めていく。二人の後ろでねこにゃんが、欲しい欲しい~あれ欲しい~などと駄々をこねているが、無視して歩いていく。

 

 

待ち合わせの交流場所はもうすぐそこだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交流場所、名前の通り、プレイヤー達の交流の場でありクエスト、チームメイトの募集など、幅広い用途で使用される。基本的には大勢が入れる広い空間が使用される事が多いのであるが、まれに個室が採用される事もある、人込みを嫌うプレイヤーもいるのだ。今日三人が使用している場所はその個室である。

 

 

「...おい、いつになったら来るんだ?」

 

 

「...そう言えば時間の指定はされていなかったね。向かわせる、としか言ってなかった気がする。」

 

 

「流石クシリンだな、横暴~。」

 

 

彼らが本日この場に集まっているのはクシリンからの頼み事で一日、従弟の子供の面倒うを見て欲しいという頼み事の為である。フレンド登録をしているスルシャーナに急にメッセージを飛ばしてきたかと思えば、用件だけ言ってすぐに切られのだ。よくよく考えてみれば時間の指定は無かったとスルシャーナが言う。

 

 

「ふざけてんのか?頼む立場でそれは無いだろう、来るまで待てってか?」

 

 

「...メッセージを飛ばすけどでないね。INしてないのかも。」

 

 

やってられるか!アーラ・アラフが痺れを切らし、部屋を出ようと扉を開けた―――その時。

 

 

「ダァァァーーー!!」

 

 

扉を開けた途端、掛け声と共に、子供がアーラ・アラフの腹部辺りに体当たりをかましてきた。

 

 

「ぶほ!あぁん?なんだ!?」

 

 

「遊ぼうぜ!!」

 

 

茶色の服を着て、頭にターバンを巻いた子供が、現れるや否や、遊ぼうなどとのたまってくる。その言葉を聞き、三人の頭の中に共通の認識が生まれた、このうざさ、この横暴さ、間違いない、コイツが例の従弟だと。

 

 

「いきなり体当たりかましてきて遊ぼうとかよく言えるな。常識が―――」

 

 

「そんなのいいから遊ぼうぜ!おっさん!」

 

 

ぶふっと、スルシャーナが堪らず吹き出す。流石はクシリンの従弟と言った所か、アーラ・アラフの煽り方を良く心得ている。

 

 

「お前今笑っただろ。」

 

 

「笑ってない。」

 

 

「笑っただろ。」

 

 

「笑ってない。」

 

 

笑っただの、笑ってないだの言い合う二人を、うずうず、という雰囲気を醸し出しながら子供が見つめている、一応は約束を引き受けてしまった身だ、無下にはできない。プランは考えているのでそれを実行に移せばいいだろう。

 

 

「あぁ、ごめんね。一応は遊びは考えてあるんだ、僕はスルシャーナ、用意が出来次第出発するとしよう。」

 

 

子供が喜び飛び跳ねている、クシリンの従弟といえども所詮は子供だ、単純で扱いやすい、出発の為に用意を始めようとしていると―――覚えずらい名前だな、おっさん!

 

 

その言葉を聞き、スルシャーナは殺意を習得した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出てこい!【土の精霊<アースエレメンタル>】」

 

 

子供がそう言葉を叫ぶと共に、地面からぼこぼこという効果音と共に、土の精霊が現れる、ここはヨトゥンヘイムの初心者地帯であり非常に安全な場所だ、子供を遊ばせるには最適な場所だろう。

 

 

「んおぉ~、サモナーだったんだな、浪漫があっていいな。」

 

 

「やるじゃないか、えぇっと名前はなんだろ?」

 

 

「ふん、聞く必要もないね、ターバンのガキで十分だ。」

 

 

はしゃぐ子供を他所に、アーラ・アラフが悪態を付いている。余りにも大人げない態度だ、もう少し優しく接してあげても良いのでは?と思うが口には出さない、矛先が自分に向かってきそうだからだ。

 

 

「しかしサモナーか...直接戦闘能力はそうでもないが、パーティーに一人いれば色々と便利そうだな、状況によっては重宝しそうだ。」

 

 

「次の仲間はサモナーとか良いかもね、そろそろ三人じゃきつくなってきたし。」

 

 

ユグドラシル実装初期から三人でつるんできたが、流石にそろそろきつくなってきた、高品質の―――【神器級<ゴッズ>】とまではいかないでも【伝説級<レジェンド>】くらいの装備は欲しいが、三人では辛いのが現状である。そろそろ仲間の増員が欲しいとスルシャーナが言う。

 

 

「...ずっと三人でやってこれれば良かったがそろそろ限界か...増員するにしても吟味はしたい所だな。」

 

 

アーラ・アラフがそう小さな声で呟く、声音に含まれる感情は、三人での冒険が終わる寂しさなのか、それとも、新しいメンバーが入る事により、どう変貌するのかに対する、期待、不安なのかは良くは分からない。

 

 

目の前では【土の精霊<アースエレメンタル>】がゴブリンをケチらしている姿が見えてくる、それを見て、大はしゃぎする子供と、一緒になってはしゃぐねこにゃんの姿、その光景を凝視しながら、アーラ・アラフは思う、馬鹿はもういらんぞと。

 

 

そのような酷い事を考えていると、今まで大はしゃぎしていた子供が急にこちらを振り向いた、ジッとこちらを見つめる様に、なんだ?と思って見ていると、子供から唐突に話題が振られる。

 

 

「おい、おっさんも遊ぼうぜ!魔法使えるんだろ?なんか見せてみろよ!」

 

 

「見せてみろよ!これがな!」

 

 

二人で遊ぶ事に飽きたのか、子供から遊びの誘いをアーラ・アラフが受ける、しかし、あんまりにもあんまりな言い草だ、イラっときたが、そこは大人、我慢する他ないだろう、仕方なく遊びに混じってやろうと、重い腰を動かし歩を進める、ちなみに、ねこにゃんは無視する、そろそろ一度パーティーから追放してやろうか?などと思いながら、ゴブリン達の前まで歩いて行った。

 

 

「ふぅ...俺は大人だ、こんなのは、軽く流せる人間なんだ...ふぅ、良し。」

 

 

―――【善なる極撃<ホーリー・スマイト>】―――

 

 

その言葉と共に魔法が発動され、空から光の柱が落ちてくる、神聖さを思わせる青白い光によってゴブリン達が一撃で消滅していく、それを見つめながら、見たか、ターバンなどと思っていると―――

 

 

―――グサ...

 

 

小さな効果音と共に、アーラ・アラフのHPゲージが減少―――微減だが―――した、余りの出来事に、一瞬混乱したが、すぐに冷静になりダメージの発生源を確認する、発生源は、右足太もも部分、訳も分からず振り向き発生源を目視し―――絶句した。

 

 

そこには、ナイフを両手に握り、体ごと刺しに来ているターバンのガキの姿が映し出されている、それを見て、またもや混乱が渦を巻く、先ほどの非ではない、アーラ・アラフが訳が分からず見つめていると、ゆっくりと、ターバンが顔を上げ見つめてくる、そして衝撃の言葉が投げつけられた。

 

 

「へっ、油断大敵だぜ、おっさん。」

 

 

クゥゥゥソガァァーキがぁぁぁーーーー!!怒りのボルテージがレッドゾーンを突き抜け火柱を上げる、ぶちぶちと、頭の毛細血管が切れる様な音が聞こえてきそうな程の怒りを全身に包み込むアーラ・アラフ。

 

 

ねこにゃんは大爆笑し転げまわっている。

 

 

スルシャーナは後ろを向きプルプル震えている。

 

 

ターバンのガキが指をチッチッチッと鳴らしながら煽ってきている。

 

 

しばしの間体を震わせていたアーラ・アラフが、ピタリと動きを止めた、我に返ったスルシャーナが、その姿を不思議そうに見つめていると。

 

 

「...第10位階魔法【神のいかづ―――】」

 

 

「まってまってまって!落ち着くんだ!そんなの打ったら消滅するから!」

 

 

「離せーーー!このガキャアーーー!ぶっ殺してやる!」

 

 

怒りが限界点に達したアーラ・アラフが特大級の魔法をターバンのガキに浴びせようとし、堪らずスルシャーナが羽交い絞めにする、そんな魔法を叩きつければ一瞬でお陀仏だ。

 

 

「――――!」「――――!」「――――!」

 

 

騒ぐ二人を見ながら、残る二人がケラケラ笑っている、子守は始まったばかりだ、まだまだ続いていく―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交流場所の一室に四人の姿があった、あの後、怒れるアーラ・アラフと、それを一生懸命宥めるスルシャーナの姿がひとしきり続いた、子守は酷く長く感じたが、あれからそれほど時間は経ってはいない、あのまま続けるのは、危険だと判断した結果がこれである。

 

 

「なぁ、なぁ、おっさん、外行こうぜ!また魔法打ってくれよ!」

 

 

「.........。」

 

 

子供に声をかけられたアーラ・アラフが無視を決め込んでいる、非常に大人げない姿だ、その姿を見ながら、子供がナイフをちらつかせながら、魔法見せろよ、なっ?なっ?とお願い事をしてくる、再度怒りが沸きあがりそうになり―――

 

 

―――ポーンとインターホンが鳴らされる音が部屋に響き渡る。

 

 

その音を聞き、四人が、なんだ?と思うが、即座にスルシャーナが気づく、恐らくクシリンが迎えに来たのであろう。やっとこの地獄から解放される事にホッと胸を撫でおろした。

 

 

「いいぜ!おっさん達!俺が行くよ!」

 

 

そう言葉を発しながらターバンのガキが、軽快なステップを踏みながら入り口まで掛けていく、元気な物だ、三人が一様にそう思った。

 

 

「ふぅ。やっと解放されるね、しかし、思ったより早かったね?もっと長くなるかと思ったけど。」

 

 

「はっ!済々するぜ!それなりの物を貰わんと割に合わん!吹っ掛けてやる!」

 

 

「俺は楽しかったぞ!」

 

 

各々がそう言葉を口にしていると、軽快な足音が響き、近づいてくる。ターバンのガキが戻ってきたのだろう。

 

 

三人が振り向き姿を伺う―――が、そこにはクシリンの姿は無かった、違ったのか?そう思っていると。

 

 

「なぁなぁ、おっさん達。なんか、クシリン?の従弟って子が、おっさん達に用があるって言って来てるぜ?」

 

 

ターバンのガキの言葉に、三人の思考が停止する、静寂が辺りを包み込む、固まる三人を見つめながら、ターバンのガキが頭に?マークを浮かべ―――

 

 

―――一人の人物が、その静寂を切り裂いて行った。

 

 

 

 

 

 

「んあん?じゃあ、お前誰だよ?」

 

 

 

 

 

→ To Be continued...

 

 

 




グサ、グサ、グサ...

アーラ・アラフ「馬、馬鹿な!マシーンの様に寸分の狂い無く同じ個所を!」

ターバンのガキ「にちゃり。」


ちひろ「最近、なんかお前、六大神じゃないみたいな説流れてるからリストラして良いか?」


ねこにゃん「んあん?理不尽過ぎだろ、これがな。」


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第2章 九人の自殺点
九人の自殺点


前回のあらすじ

六竜さん達、影でぶっ飛ばすと悪口を言われる。


※この章からどんどん現地民+ユグドラシルプレイヤーとしてのハイブリッド化が加速していきます。既に軽く崩壊していますが、イメージ崩壊にご注意を。



 

 

 

 

薄暗い雲に覆われた空、見渡す限りの荒野、周りには少しの木々が点在し、またその木々は枯れ果て、大地につっぷしている。少し高い音を響かせながら、吹きすさぶ風によって流れ続ける雲の隙間から時折見せる日差しが、その荒れ果てた荒野に光と、少しの暖かさを齎す。

 

 

そしてその恵みの光が荒野の荒れた様を更に鮮明に映し出していく。

 

 

映し出される大地に、風に乗って、複数の音が流れてくる、様々な音色で紡がれるその音は、徐々に激しさを増していく。目を向けて見てみれば、そこには巨躯な体躯をした恐ろしい風貌の存在が巨大な剣をその手に握り、振り回す様子が見てとれた。

 

 

伸びきったざんばら髪の中から天に向かい聳え立つ大きな角、目は吊り上がり、その口からは二つの牙が存在を主張している。

 

 

その体躯は恐らくは五m程はあるのであろうか、紛れもなくその存在は人間ではないだろう、そう思わせるだけの存在感がその存在にはあった、あえて表現するのであれば、東洋の伝説に歌われる鬼、その表現が最も適切だと思われる。

 

 

その強大な存在に、五人の小さな存在が相対していた、小さき存在が剣を振り、甲高い音が鳴り響く、恐ろしい風切り音と共に迫ってくる、巨大な剣を、もう一人の小さき存在が盾で受け止める。

 

 

後方からは魔法が吹き荒れ、空中を駆け巡る、その様はこの仄暗い大地とはかけ離れ、眩く光を放つその光景はまるで、夜空に瞬く星々の様な、空から降り注ぐ流星の様な姿を幻想させた。

 

 

舞い散った流星が強大な存在を目掛け飛んでいき、衝突した流星は眩く光を上げ弾ける、目に映る光はまるで花火のようで、見る者の目を奪っていく、終わらない乱舞、その姿はまるで舞踊を踊っているかの様だった。

 

 

そして長く続いた舞踊も遂に、終幕の時がやってきた。

 

 

「態勢が崩れたぞ!今だ!」

 

 

「くらえ!第10位階魔法【豪熱爆砕砲(ブレスト・ファイヤー)】」

 

 

前衛の戦士による攻撃で態勢を崩し、膝を着いた相手に対し特大の魔法が放たれる。かつて鋼鉄の魔神が放ったとされる強大な炎が前方に吹き荒れ、相手を包み込んでいった。炎は轟音と共に渦を巻き、火柱を上げながら上方に高く舞い上がる、そして炎に抱かれた相手が断末魔を上げ、光の粒子になり消滅していった。

 

 

その瞬間、小さき存在達が、それを見ながら歓喜の雄たけびを上げる。

 

 

「おっしゃ!討伐成功!やったな!リーダー!」

 

 

「結構苦労したな、危険を冒してまでこの世界にやって来たんだ、頼むからお目当ての素材出てくれよ。」

 

 

戦士風の男から、リーダーと呼ばれた男がそう口にする。その風貌は魔力系魔法詠唱者を思わせ、先ほどの特大の魔法を放ったのもこの人物である。

 

 

この男のプレイヤーネームはたけしであるが、チームメイトからはリーダーの愛称で呼ばれ慕われている。

 

 

(ボン)(チュウ)の連携のおかげだな。後衛に攻撃を通さない所は流石だ。」

 

 

「おいおい、俺達だって頑張ったんだぜ?」

 

 

「あぁ、すまないな、お前達にも助けられたよ、お疲れさん、アフロ、天丼。」

 

 

梵と宙と呼ばれた前衛の二人―――アタッカーとタンク―――が労いの言葉を貰っていると後衛の二人から非難の声が上がった、俺達も頑張ったんだぜ?っと。

 

 

この非難の声を上げた二人の正式なプレイヤーネームは、前者がちょび髭アフロ、後者が眉太天丼である、アフロは盗賊で天丼は神官のクラスに付いている、ふざけた名前とは裏腹に、非常に優秀な二人である。

 

 

この五人が死闘を演じていたのはヘル・オーガと呼ばれるモンスターで、現在五人が滞在しているワールド、ヘルヘイムにしか出現しない、それなりに貴重な素材をドロップする存在である為に、わざわざ拠点にしているワールドから出向いてきたのだ―――危険を冒してまで。

 

 

「梵、どうだ?お目当ての物は出たか?」

 

 

「...いんや、駄目だリーダー、外れだわ。」

 

 

メンバーが溜息を漏らす、どうやらドロップ品狙いは失敗に終わったらしい。消耗品アイテムもそれなりに使用―――在庫はまだあるが―――した以上、継続するかは悩ましい所である。

 

 

リーダーがそう頭を悩ませていると、目の前に―――少し遠くに―――人影らしき物が目についた。ぼろ布の様な物を纏った小さな存在が、地面に蹲っている。

 

 

一瞬モンスターか?と思い警戒したが、微動だにしないその様にその線は薄いと結論ずける、そしてこうも思う、何か、そう何か特殊な隠しクエストの開始イベントかもしれないと。

 

 

「おい、皆、あれが見えるか?」

 

 

「ん?...なんだあれ?モンスター...ではなさそうだな...ってリーダー!?おい!」

 

 

「...確認だけだ、もしかしたら限定的な条件で発生する隠し要素かもしれない。」

 

 

不用意に近づこうとするリーダーを仲間が静止しようと慌てて駆け寄る、この行動は明らかに危険だ、先程の戦闘で全員かなり消耗している。

 

 

仮にモンスターであった場合、情報が不確かな以上、交戦するのは危険だと判断した結果である、しかしリーダーの言葉にも一理あるとメンバー全員が思う。

 

 

ユグドラシルに置いて情報は秘匿される、運営もなにも教えない、隠し要素などゴロゴロ転がっているのだ。

 

 

もしこれが本当に隠し要素であるならば、先程のドロップ品狙いの失敗などおつりがくるだろう、そんな事を仲間が考え、歩を進めていくリーダーに各々が追従していく、無論警戒は怠らずに。

 

 

「着いたが...何も起こらないな...。」

 

 

目の前には少し膨らんだぼろ布、布の端からは小さな足が少しだけ飛び出し微動だにしない、他に何か条件があるのか?など、リーダーが思考の波に飲まれていると。

 

 

「...ぎ...だ...ふり...」

 

 

「!?」

 

 

目の前のぼろ布から小さな―――非常に聞き取りづらい声が発せられた、もしかしてプレイヤーか?そうリーダーが心の中で思った―――その時。

 

 

「秘儀ーーー!死ーーんだふりぃーーー!!」

 

 

大きな叫び声と共にぼろ布が宙を舞い、中から小さな少女が飛び出してきた、メンバー全員が余りの出来事にたじろぐ、冷静になる暇もなく、辺り一面にボフっという効果音と共に、濃い霧が立ち込め周囲を霧が覆っていく。

 

 

「【闇の霧(シャドウ・ミスト)】!?しまった!罠か!」

 

 

「ちぃ!まさか、噂のPKれんち――」

 

 

「!?おい梵!どうし―――」

 

 

「!?!?」

 

 

状況に困惑し悲鳴に近い叫び声を上げていた、梵と宙の言葉が途中で途切れた。

 

 

続いて他の二人―――アフロと天丼―――の声も途切れる、一体何が起こっている、その言葉が胸中に渦巻き、その混乱すら塗りつぶす様な恐怖が襲ってくる。

 

 

そして暗闇の中に声が響いていく。

 

 

「たらら~ん。呼ばれて飛び出て忍者じゃ~ん。」

 

 

「天誅♪あぁ~天誅~♪」

 

 

自らを襲っている感情とは真逆の、非常に明るい声が辺り一面に響き渡った、そしてその言葉の中に含まれる、忍者というフレーズ。

 

 

リーダーがその言葉の意味を―――この現状の意味を正確に理解したのもつかの間。

 

 

「とぉぉーーう♪」

 

 

甲高い声、幼さを残す声が響き渡り、その瞬間霧が晴れていく、奪われていた視界が初めて映し出したのは、空中に舞い上がり、両手に剣を握り、上段に構え、自分に向け振り下ろそうとしているハーフエルフの少女の姿だった。

 

 

それがリーダーが見た最後の光景になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへへ。お宝、おったから~♪」

 

 

「...ドロップ品くらい返してやってもよくねぇか?」

 

 

「何を言ってるんですか!?戦利品ですよ?戦利品。」

 

 

PKした際にドロップしたアイテム群を鼻歌交じりに漁る存在、アンティリーネが話しかけられた存在に対してそう言葉を返す、ついでに、しょぼ~いと言う言葉も続いた。

 

 

「しけてますね~、しかし流石!弐式さんと建御雷さんです、すぐに終わりましたね!楽勝でした。」

 

 

「闇に忍び喉元をかっ斬る、俺には一撃あればいいのさ。」

 

 

「相手もかなり消耗してたしな、当然の結果といえば当然の結果だ。」

 

 

リーネの言葉に対し、二人の異業種プレイヤーが言葉を返す。

 

 

前者が弐式と呼ばれた人物、プレイヤーネームは弐式炎雷、種族はハーフゴーレムで、忍者装束に異様な覆面を付け、腰には二本の刀が挿されている、異名としてはザ・ニンジャやニンジャ・マスターがあり、紙装甲の超高速機動力に物を言わせた超火力特化のプレイヤーである。

 

 

後者の人物が建御雷、プレイヤーネームは武人建御雷、種族は半魔巨人(ネフィリム)で醜悪な巨人の外見に侍の様な装備を身に着けている、手に握る刀は切れ味に特化しており、彼もまた、火力特化型のプレイヤーである。

 

 

「秘儀、死んだふり!不用意に近づくからPKされるのよ~、ご愁傷様ってやつね。」

 

 

「しかしよぉ~リーネ、多分もうこれ通用しないぜ?次から絶対警戒されるぞ。」

 

 

「ニシやんの言うとうりだな、秘儀終了だ。」

 

 

その言葉を聞き、リーネの頭上に悲しみのアイコンが表示され、続いて、あぁ~、私の秘儀がぁ~という言葉を発する。

 

 

噂は瞬く間に広がる、恐らくは、もう通用しないだろう。

 

 

「まぁ、今お前さんは大幅にLVダウン中だから奇襲戦法が取れないのはきついよな。」

 

 

大幅なLVダウン、建御雷の言葉通り、今リーネのLVは非常に低くなっている、LVにして60強と言った所か、これはビルドの大幅な見直しによって故意に下げている状態だ、ビルド完成の道は今だ遠いという事である。

 

 

「クラスが多すぎるのよ...これが人間種の良い所でもあり、悪い所ですね、組み合わせ無限大ってやつです!」

 

 

「贅沢な悩みだな―――っと、そろそろ戻ろうぜ、モモンガさんとの待ち合わせに遅れちまう。」

 

 

そんじゃ、一旦帰りますか、弐式の言葉に二人が了解の意を示し、各々が歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~、遅いな。PKしてから来ると言っていたが...返り討ちに合ってないか?」

 

 

「大丈夫っしょ、モモンガさん。あの二人がついてるんだしさ。」

 

 

ヘルヘイムに存在する留置所、その部屋に二人の異業種の姿があった。

 

 

一人はモモンガであり、待ち合わせ時間になってもやってこない三人を心配している様な仕草を見せる。

 

 

そのモモンガに対して言葉を発しているのが、今日の集まりのメンバーの一人、プレイヤーネームはツーヤ・タ・メーヤである。種族は吸血鬼(ヴァンパイア)であり、銀色の髪に赤い瞳をした神官戦士である。

 

 

ツーヤの言葉を聞き、そうですね、とモモンガが返すがソワソワは収まる気配はない、相変わらずの心配性だなとツーヤが思っていると―――

 

 

―――すんませーん、遅れたわ。

 

 

「!!」

 

 

「おっ、やっと来ましたよ。」

 

 

謝罪の言葉と共に部屋に二人の異業種が入ってくる。あれ?リーネは?とモモンガは思うが、すぐに気づく、建御雷の大きな体の後ろに小さな体が少し見てとれたからだ、恐らく隠れているのであろう、なぜ隠れる必要があるのか?とモモンガが考えていると。

 

 

「くらえぇぇぇーーー!」

 

 

隠れていたリーネが急に飛び出してきて、叫び声と共に右手から何かを遠投してきた、物凄い風切り音と共に飛んできた物体が、モモンガの右頬部分を超高速で掠めていき、甲高い音を鳴らし部屋の壁―――モモンガの後方―――に激突する。

 

 

「ひゃ!な、何するんだよ!お前!」

 

 

唐突に物を投げつけられた事にモモンガが悲鳴を上げている、遅れて来たあげくにこの仕打ちである。

 

 

一体この馬鹿げた行動になんの意味があるのかを、目の前の妹分に問いただそうとしようとしたが―――目の前では、指を、チッチッチッという風に鳴らしながら、頭上にやれやれだぜ、と書かれた文字のエフェクトを浮かばせている姿が見えた。

 

 

あっ、やべ、ムカつくと、モモンガが思ったのもつかの間。

 

 

「【磁力短刀(マグネット・ダガ―)】!!」

 

 

右手を突き上げ、リーネが叫ぶ、意味の分からない行動にモモンガが困惑していると―――後頭部に凄まじい衝撃が起き、モモンガが前方に吹き飛んだ、そしてそのまま部屋の床に倒れ込む。

 

 

「いたずら成功!」

 

 

「ぶほっ!モモンガさんが吹っ飛んだ!やるじゃねぇかぁ、ちんちくりん!」

 

 

ケラケラ笑うリーネにツーヤが駆け付け、二人でキャッキャッ言っている、その二人とは対照的に建御雷の顔色は悪い。

 

 

そして弐式はと言うと―――既に姿は無かった。

 

 

「なんだよそのくだらんアイテム!マジうけるわ!」

 

 

「くだらなくないですよ、投げても自分の元にまで戻ってくるんです。あまのまさんに作ってもらいました。磁力鉱石(上位)使ったんですよ!」

 

 

「ぶほっ!そこそこ貴重な素材!勿体ねぇ!」

 

 

ひとしきり騒いだ後に、リーネがモモンガに向き直す、倒れたまま動かないのだ、フレンドなのでダメージは入っていないはずだし、どうしたのだろう?と思い、倒れたままのモモンガに問いかける。

 

 

「何してるの?モモンガさん?今日何すんのよ?私早く予定聞きたいんだけど?」

 

 

寝てる暇ないよ~と急かす声が聞こえてくる、その言葉を聞き、モモンガが、ゆっくりと立ち上がる、そうゆっくりと。

 

 

建御雷は部屋から出る準備をしている。

 

 

弐式は帰ってこない。

 

 

ツーヤは未だプギャーと笑っている。

 

 

「...しろ。」

 

 

「えっ?何よ?聞こえないんだけど?」

 

 

「そこに正座しろぉぉぉーーー!!」

 

 

久しぶりにモモンガに全力で怒られて少しちびりそうになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陰気な雰囲気が漂うヘルヘイムのフィールドを四人のプレイヤー達が意気揚々といった風に歩いている、そしてそこから陽気な言葉達が聞こえてくる。

 

 

「ビッ、ビビった...。」

 

 

「いや、それこっちの台詞だからな?モモンガさん怒らせると怖いんだからやめろよな。」

 

 

余りの剣幕にタジタジとなったリーネがそう喋っていると、隣から建御雷がそう言葉を掛けてきた。続いて他のメンバーの言葉も聞こえてくる。

 

 

「いやいや、流石はちんちくりん、飽きないわマジで。」

 

 

「...ツーヤさんも笑ってたの、ちゃんと見えてましたからね。」

 

 

おっとぉ、サーセン、モモンガさん、とツーヤが軽口を叩く、絶対悪いと思ってはいない、ジト目でモモンガが見つめていると。

 

 

「っと、たでぇま。こっちは問題なさそうだ、迂回して正解だな、距離は遠くなるが時間はこっちのが間違いなく早い。」

 

 

影を縫うようにして突如現れた黒装束を着た存在、弐式がそう喋りかける。お得意の隠密を駆使し迂回路の偵察に出ていたのだ。その結果、何も問題は無いのだと言う。

 

 

「おっ、早いな、流石ニシやん、ザ・ニンジャは伊達じゃねぇな。」

 

 

「目的の対象に出会うまでは下手に消耗したく無いですからね。多少の雑魚は致しかた無いですが、こっちのが断然良いでしょうね。」

 

 

建御雷とモモンガが、そう弐式に喋りかけていく。現在彼らは五人パーティーでボスモンスターの討伐に向かう途中だ、ボスとの戦闘に入る前に無駄にリソースを割きたくはない、アイテムや魔法で隠蔽するという選択肢もあるが、安全な道があるのならそっちに向かえばいいだけだ。MPもアイテムも無限ではないのだから。

 

 

「そりゃいいですね、あっちはちょっと雑魚が多すぎる、メンドイったらねぇよまったく。」

 

 

「ツーヤさんの言う通りだ、もぐら叩きも良い所だぜ。」

 

 

建御雷がもぐら叩きと言うように、近道しようとしたら、その道中にはうざい程の雑魚モンスターがPOPしている、倒しても高頻度でPOPしてくるので余りお勧めはできない、近道せず、もっと周りをくまなく探索してくれ、と言う運営からのいらんお節介なのかも知れない。

 

 

「もぐらたたき?」

 

 

「ん?ちんちくりん、もぐら叩き知らねぇの?」

 

 

「知りません、もぐら?って何ですか?モンスター?」

 

 

素朴な疑問がリーネから漏れ出す、子供には余り聞きなれない言葉なのかも知れない。

 

 

「もぐら叩きっつーのはな―――」

 

 

「ととと、おっ、あった、コイツだよ、コイツがもぐらだ。」

 

 

建御雷が喋る前にツーヤが素早くコンソールを開き、ネットの海からもぐらの映像を見つけ出し、ホログラム映像で映し出している。そこには、リアルでは中々拝めないもぐらの姿が鮮明に映し出されている。

 

 

その映像を見て、リーネが、へぇ~、これがもぐら?変なの~と言っている。どうやら余り琴線に触れなかったようだ。

 

 

「...いやな、確かにそれがもぐらだが、そう言うんじゃなくて―――」

 

 

「もぐら叩きってのはだな、コイツの頭をハンマーでぶっ叩くのさ!大昔に流行ったらしいぜ!」

 

 

「叩くんですか!?なんて残虐な...異業種を虐めてる人間種と一緒じゃない...」

 

 

シュンと萎れたようになる、この生き物はそこまで頑丈そうには見えない、それをハンマーで殴打するなど、リアルの人間達のなんと残虐な事かとリーネが思う。

 

 

「そうへこむな、ちんちくりん、もぐら叩きは大丈夫なんだぜ、なんと叩いても死なないんだ、ていうか叩く為に存在していると言ってもいい!」

 

 

「えぇ!?死なないんですか!?もぐら恐るべし!」

 

 

「しかも一方的に叩かれるだけで反撃してこない!むしろ!叩かれるだけに存在している様なものだ!存在意義とも言える!まぁ、あんま叩きすぎると壊れるらしいが。」

 

 

壊れる?発狂でもするのかな?とリーネは思い、そしてこうも思う、本当なのか?とツーヤの言っている事だ、うのみにはできない、確認するには適任の人物が目の前にいるので、ジッと凝視する。

 

 

「あ、あぁ?なんだよ?」

 

 

「ジ~、本当なんですか?ジ~。」

 

 

口でジ~とか言うんじゃねえよ、と言いたくなるがそれは堪え、騙されている妹分に答えを教えてやろうと口を開こうとした―――したが、その後ろでジェスチャーをとる、ツーヤの姿が目に入ってきた。

 

 

恐らくは、言わないで!頼んます!と言う所だろうか、その姿を見ていると急に馬鹿らしくなってき、ツーヤの言う通りにしてやろうと、建御雷が喋り出す、実際、程よく隠蔽しているだけで間違った事は言ってはいないのだから。

 

 

「まぁ~、ツーヤさんの言う通りだな、もぐら叩きは叩く為のもんだ。」

 

 

「うえぇ!本当に?でも建御雷さんがそう言うんならそうなんだ。」

 

 

「プギャー!オメェ酷すぎ~!」

 

 

ケラケラ笑うツーヤにリーネが謝罪している、酷いのはお前だろ?と言いたくなる。完全に玩具にしている。

 

 

そうやって、一しきり下らない会話を楽しんだ後、モモンガから声が掛かった。

 

 

「三人共、集中力切れてますよ?まだ道中モンスターはいるんですから、変にダメージを負ったら、遠回りした意味がないでしょ?」

 

 

「あっ、ごめんね、モモンガさん。」

 

 

「ん~?何言ってんの?モモンガさん?もうモンスター居ないよ?」

 

 

へっ?っとモモンガが間抜けな声を出した、続いて他の三人も目を丸くしている、その姿を見ながら、弐式が両手で印を結ぶ、忍者の代表的なポーズだ。

 

 

「へっ、俺にかかれば朝飯前だ。影からドロンとお首ちょんぱだぜ!」

 

 

その言葉を聞き四人がしばし固まる―――そして。

 

 

「マ、マジか...流石ニシやんだぜ...。」

 

 

「弐式パイセン、マジパネェっす。」

 

 

「いや、ホント...ん?リーネ、そんな言葉どこで覚えてきた!!」

 

 

驚愕に彩られた言葉の中に一つ、聞きなれた声から、聞きなれない言葉が聞こえてきた、聞けばツーヤに教えてもらったと言う、本当にあの人は、仲がいいのはいいが、悪い事まで教えないかモモンガは心配になってくる。

 

 

「まっ、そういう訳ですよ、モモンガさん。なんで問題なく目的地まで行けますよ、早く行きましょう、また沸いちまう。」

 

 

弐式の言葉に四人が頷き、歩を進めていく、目的地はもうすぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖怪墓地―――ヘルヘイムでも異色の領域であり、妖怪と言われる日本の代表的な怪異が元にされたモンスターが出没するフィールド、ここはその一角である。

 

 

モモンガ達の目的地であり、本日の標的が現れる場所だ。

 

 

「着きましたよ、皆さん、周囲に警戒してください。」

 

 

モモンガの言葉を聞き四人が臨戦態勢に入る、先程までのお茶らけた雰囲気はもうそこにはない、そこにいるのは一流のプレイヤー達だ。

 

 

そして地響きが鳴り響き―――

 

 

「はは、早速おでましか、それじゃあ皆さん、戦闘開始ですよ。」

 

 

地響きと共に地面が―――墓地が捲りあがる、そして、土砂をまき散らし、地面から巨大な蜘蛛が現れる。

 

 

妖怪墓地 エリアボス 【土蜘蛛(つちぐも)】である。

 

 

 「【集団標的(マス・ターゲティング)

上位全能力強化(グレーター・フルポテンシャル)】」

 

 

眩い光に包まれ、全員の能力が強化されていく、続いて―――

 

 

「【上位抵抗力強化(グレーター・レジスタンス)】」

 

 

―――も、土蜘蛛は負の力をまき散らす上に、毒などの状態異常効果を与えるスキルを使用してくるからだ、抵抗力強化は必須だ。

 

 

「建御雷さんは前線でヘイトを稼いで下さい、ツーヤさん、タンク要因が居ない以上、建御雷さんの消耗は激しくなる、スキル等で援護防御しつつ、回復に専念してあげて下さい、弐式さんはかく乱を、リーネは今のLVでは常時戦闘はキツイ、隙を見つけ援護しろ!」

 

 

「「「「了解!!」」」」

 

 

一糸乱れぬ動き、強力な統率者による阿吽の呼吸がそこにはあった、土蜘蛛が負の瘴気をまき散らしながら突進してくる、その正面に見えるのは弐式の姿、最も近かった弐式がヘイトを買い、標的にされている。

 

 

「影縫い!」

 

 

影を縫いながら瞬間移動を行い、土蜘蛛から距離を取る、衝突するはずであった対象の消失により、土蜘蛛の動きが一瞬だが鈍る―――が、すぐに目標の対象は見つかった、土蜘蛛の右斜め後ろに移動した弐式に、土蜘蛛が再度狙いを定め―――

 

 

「レイザーエッジ!」

 

 

―――建御雷の斬撃が容赦なく土蜘蛛の胴体に食い込む、よそ見は駄目だぜと言わんばかりだ。

 

 

その攻撃でヘイトが建御雷に向き、その隙に弐式が影縫いで瞬時に退散していく、攻撃の隙は作った、お役御免だ。

 

 

建御雷にヘイトを向け直した土蜘蛛の口から糸の様な物が射出される、動きを見極め、瞬時に回避したが、それは後方の地面に接触し、その糸に吸い寄せられるかの如く高速で土蜘蛛が空中を駆けながらこちらに迫ってきている。

 

 

石壁(ウォール・オブ・ストーン)!」

 

 

高速で迫る土蜘蛛の正面に巨大な石の壁が現れ土蜘蛛が衝突する、ツーヤからの援護魔法だ、鈍い音が鳴り響く。

 

 

障害物の出現により動きを止めた土蜘蛛の体から瘴気が再度溢れ出す、そして、赤黒く発光しだした。

 

 

「!ちっ、煉獄瘴気(れんごくしょうき)か!」

 

 

周囲一帯を煉獄の瘴気で包み込み、焼き尽くす土蜘蛛のスキル、盲目や、人間種なら呼吸困難のバッドステータスも付与される嫌味なスキル、だが―――

 

 

魔法位階上昇化(ブーステッド・マジック)魔法の矢(マジック・アロー)!」

 

 

―――発動する事はなかった。

 

 

モモンガが放ったマジックアローが、白い軌道を描きながら土蜘蛛に刺さる、一時的に位階を上昇させ、煉獄瘴気の発動のタイミングに合わせる事でスキルの発動をキャンセルさせる事に成功する。

 

 

土蜘蛛のヘイトは以前建御雷に向いている、そうでなくては困る、その為の―――ヘイト管理の為の、低位階魔法なのだから。

 

 

「足殺し。」

 

 

黒い短剣が上空から降り注ぎ土蜘蛛の足に突き刺さる、スキルを発動させたのは弐式だ、退散した際上空に舞い、スキルを用いて隠れ、機を狙っていた―――足止めの機を。

 

 

足殺しにより鈍足が付与され、一時的にだが土蜘蛛の機動力が低下する、畳みかけるかの如く、建御雷からスキルが発動された。

 

 

「四方八方!!」

 

 

周囲を覆う斬撃が襲う、そして最終攻撃は下段からの振り上げ、着弾点は土蜘蛛の喉元付近だ、叩き上げられた斬撃が土蜘蛛の体を後方に大きく仰け反らせ―――

 

 

「羅刹!」

 

 

建御雷とツーヤの隙間を、まるでミサイルの様にして突っ切ってきたリーネによるスキルが胴体にクリティカルヒットする、LV補正でダメージは減少しているが強力な一撃には変わりない、してやったりと悦に入っていると―――

 

 

―――土蜘蛛の複数の手が、まるで刃の様に変貌し、リーネを覆いつくさんと迫ってきていてた。

 

 

「馬鹿!油断すんな!」

 

 

「あっ...。」

 

 

建御雷の怒号が響く、とっさにカバーに回ろうとしたが、その必要はない、なぜなら既にリーネの前方には一人の男が立っているからだ―――

 

 

「なぁに、やってんの、ちんちくりん。」

 

 

―――ツーヤが。

 

 

リーネを庇う様にして、入り込んできたツーヤに土蜘蛛の手の刃が襲いかかる。

 

 

そしてツーヤを包み込み―――全ての腕が弾け飛んだ。

 

 

「不浄衝撃盾!!」

 

 

手が覆われた瞬間、ツーヤの周りに赤黒い衝撃が発せられ、覆われた手をふき飛ばしていく。

 

 

その光景を見て、我に返ったリーネが後方に退避し、それと同時にツーヤも同じく後方に飛びあがり退避していく、その際に、ついでと言わんばかりに追撃のスキルを発動させた。

 

 

「清浄投擲槍!!」

 

 

白銀の戦槍が土蜘蛛に高速で飛んでいく、MP消費により必中の効果を得た戦槍が突き刺さる。

 

 

「あ、ありがとうございます、ツーヤさん。」

 

 

「そんなの後々、建御雷さんがヘイト稼いだら体制を整えるぞ!」

 

 

その言葉を聞き、リーネから了解の意が聞こえてくる、その言葉に続いてモモンガからも全員に指示が飛んでくる。

 

 

「皆さん、少し危険でしたが、リカバリーは済みました、イージーミスを繰り返さないよう、このまま慎重に進めていきましょう。」

 

 

メンバーから、了解の意が聞こえてくる、そして、じわじわと土蜘蛛を追い詰めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからこれと言ったミスもなく、チームで連携し土蜘蛛を終始圧倒していく、そして。

 

 

大威徳明王撃(ヤマ―ンタカ)!!」

 

 

建御雷が放った特大のスキルにより、建御雷の後方に大威徳明王が出現する、そして、その手に持つ巨大なこん棒で土蜘蛛を殴り倒した。

 

 

「今が決め時じゃない?ノリノリでやっちゃって、モモンガさん!」

 

 

リーネが振り向き、言葉を発したその先―――モモンガの周囲には青白い光のドーム状の魔方陣が展開されている、幾多の文字が浮かび、また消失する、目まぐるしく変貌を遂げる様は幻想を思わせた。

 

 

「あぁ、最高のタイミングだな、流石は俺の仲間達―――」

 

 

―――【ナインズ・オウン・ゴール】だ。

 

 

その言葉の後、魔方陣の発光がより強くなり―――視界が白く染め上げられた。

 

 

【超位魔法 失墜する天空(フォールン・ダウン)

 

 

超高熱原体によって生じた熱波が周囲を覆いつくし、全てを焼き尽くしていく、その熱波は土蜘蛛を覆い、それが決め手となり、土蜘蛛は光の粒子となり消滅していった。

 

 

「うひー、超位魔法えげつな、発動まで時間かかるだけあるわ。」

 

 

「流石、モモンガさん!キャー、カッコイイー!」

 

 

フライで空中に陣取っていたモモンガが、地面に着地するために高度を下げてきていると、隣から黄色い声が飛び交っている―――一人はおっさんだが―――相変わらずの馬鹿二人だが、勝利での高揚感が、モモンガの感情をむくむくと高ぶらせる。

 

 

「ふっ、当然だ!」

 

 

その言葉と共にモモンガが仰々しい素振りで右手を振るう、そしてその振るった右手を形作り、顔正面を手のひらで覆った。

 

 

「俺は、ナインズ・オウン・ゴールのモモンガ!敗北はありえない!」

 

 

モッモッンガッ!モッモッンガッ!と馬鹿二人が踊り出し、尚もはしゃぎだす、リアルなら、こんな恥ずかしい行為はできないだろう、しかし、ユグドラシルなら別だ、こういう恥ずかしい行為も醍醐味の一つなのだから。

 

 

その馬鹿二人の奇行を見ながら、それに踊らされるモモンガを、残る二人―――建御雷と弐式が見つめている、そして、モモンガさんって、やっぱ中二病だよなと、二人で目くばせをし合った。

 

 

「っと、まぁ、馬鹿はこれくらいにして、皆さんお疲れ様でした、報酬は山分けという事で行きませんか?」

 

 

「あぁ、勿論さ、モモンガさん、レアドロしてりゃいいけどな。」

 

 

「五人だと中々歯ごたえあるな、建やん、でも、久しぶりに九人集まりたいね。」

 

 

九人の自殺点(ナインズ・オウン・ゴール)】は名前の通り、九人からなるクランだ、しかし、一人を除き、皆社会人である為、毎回全員集まるのは不可能に近い、集まりとしては悪くはなく、良い方なのだが、それでもそう言ってしまうのは我儘なのであろうか。

 

 

残るメンバーの事を思い、モモンガが考えを巡らせていると、後ろでは、尚もはしゃぎ続ける二人の声が聞こえてくる、流石に少しうっとうしく思ってきたので、モモンガが後ろに振り向いた。

 

 

「うしし、いくぜ、ちんちくりん、派手にかまそうぜ!」

 

 

「実は私、こんな事もあろうかと、在庫を沢山用意しているんです!」

 

 

二人の手には、あるアイテム、ロケットの様なアイテムが握られていた。

 

 

【ロケット爆弾】、派手なエフェクトと効果音で雰囲気を高めるお遊びアイテムである、プレイヤーにぶつけるとダメージは大した事はないが盛大な吹き飛ばしの効果を与える、二人がそのアイテムを上方に掲げ―――

 

 

「YAーーHAーー!!」

 

 

「た~まや~!!」

 

 

―――上空に派手に打ち上げた。

 

 

上空に派手なエフェクトが炸裂し、轟音が鳴り響く、続いて尚も発射されていく、二発、三発と、その光景はまるで花火でも見ているかの様だった。

 

 

「はぁ、まったく、せわしない二人だ。」

 

 

「ははは、良いんじゃねぇか?モモンガさん、ああいうのも。」

 

 

風流仕候(ふうりゅうつかまつりそうろう)~~~♪」

 

 

勝利を祝うかのような爆発、それにつられて、弐式も変なテンションで影縫いを使い空中を飛び跳ねだした。まぁ、こういうのもありだな、とモモンガが爆発を花火を見るかのように見上げていると。

 

 

「YAーーHAーー♪どんどんいこうぜぇ~♪」

 

 

「両手にロケット♪六連発ですよ~―――って、うわぁ!」

 

 

はしゃぎ巻くっていた二人―――ツーヤとリーネであるが、リーネが両手に六つのロケット爆弾を持ち、構えていた所、叫びながら回転していたツーヤの右手が、後頭部付近に激突し、そのまま前方に倒れ込む、そして、そのままロケット爆弾は発射され、飛んでいく―――

 

 

「YA――あっ。」

 

 

「あっ。」

 

 

「ん?」

 

 

―――モモンガの方向へ、六つのロケット爆弾が飛んでいく。

 

 

あぎゃあぁぁぁぁぁ~~~~!!ロケット爆弾の衝突により、モモンガが上空に吹き飛ばされ、モモンガ花火となり、空を彩った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボスモンスターの討伐も終え、留置所に戻ってきたメンバーの姿が見える、見えると言っても、人数は先程よりも少ない、もう良い時間である、メンバーも各々ログアウトしていったのであろう、今居るのは三人だけだ。

 

 

「今日は災難でしたねモモンガさん、そんじゃ、俺も、ボチボチあがるとしますかね、そんじゃ、お疲れ様です。」

 

 

「えぇ、建御雷さん、お疲れ様です。」

 

 

「お疲れ様です!また遊びましょうね!」

 

 

労いの言葉を聞きながら、建御雷がログアウトしていく、残ったのはモモンガとリーネの二人だ。

 

 

「災難だったね、モモンガさん。」

 

 

「誰のせいだ!誰の!」

 

 

最後のは私の所為じゃないし~、と言いながらリーネが口笛を吹いている、本当にコイツは、と言う思いも込みあげてくるが、なんだかんだ、それを楽しんでいる自分も居る事は事実である、なので今回は大目に見る事にする。

 

 

「まったく、それじゃあ、俺もログアウトするが...たまにはすぐに帰るんだぞ?お母さんが心配するぞ?」

 

 

「ん?あぁ、大丈夫よ、モモンガさん帰ったら、私もすぐログアウトするから。」

 

 

そうか?それじゃあな。そう言いモモンガの姿が消えていった。

 

 

「...まっ、私まだ帰れないんだけどね、後二日あるし。」

 

 

周期までは、後二日ある、帰ろうにも帰れない、皆はリアルに帰れるが、リーネは違うのだから。

 

 

「リアルってどんな所なんだろ?話聞く限り、地獄みたいな所よね、皆大丈夫かな?心配...。」

 

 

もう、ユグドラシルに入り込み出して、一年以上経つ、それなりの事は分かってきているつもりだが、リアルは上手く想像はできない、とんでもなくヤバい場所くらいにしか認識できてはいないのだ。

 

 

「遊びの為だけに、世界作っちゃう様な所だしね、意味分かんないよね、リアルって、怖すぎ。」

 

 

ユグドラシルはゲームだ、そして、ゲームとは娯楽である、つまりは、リアルの人間達は遊びの為に、このような世界を作り上げてしまっているのである。

 

 

電子で出来た空間だ、世界創造などとは比べてはいけないだろう、しかし、リーネは、だから何?と思う、どちらにしろ、これほど広大で、精密な空間を作り上げている事は事実であるし、それを、人間の手で行っている事には、畏怖の念しか沸いてこない。

 

 

異世界人のリーネにとって、それは世界創造となんら変わらない、スケールが自分の世界と余りにも違い過ぎるのだから。

 

 

「でも、リアルには魔法とかないんだよね?じゃあ私の世界も凄い?でもその魔法もユグドラシルの魔法っぽいし...やっぱり、リアルヤバすぎ、怖すぎ。」

 

 

この一年で色々な事を知った、母から自分の生い立ちも少しは聞かせて貰えたが、話す姿が辛そうだったので余り聞けなかった、しかしその中に少し出たのだ、神々の話が、八欲王の話が、()()()()()と呼ばれる者達の話が。

 

 

プレイヤー、ユグドラシルプレイヤーとは無関係だとはどうしても思えない、自分達の世界に蔓延する魔法は、【位階魔法】、そして、明らかにユグドラシルと一緒のモンスターも数多く出現し、特徴も、強さも、近い物が多い。

 

 

「エルダーリッチとか、スケリトルドラゴンとかモロだよね?難度66とか、良く分かんないけど、LVの三倍にすればいいんでしょ?エルダーリッチ、22LVだし。」

 

 

自分の世界では、LVと言う言葉で強さは表さない、難度と言う括りで呼ばれている、色々な―――ユグドラシル産らしきモンスターで考えてみた所、大体LVの三倍という所で落ち着く。

 

 

「絶対何か関係あるよね?私がこっちに()()()()()()みたいに、こっちから私の世界に()()()()()()()()が居るって事よね?でも、何で何百年も前なんだろ?しかも複数いるっぽいし、魔法もどうやって使える様にしたんだろ?これもリアルの技術なのかな?んあぁ~、頭が~爆発する。」

 

 

ユグドラシルと自分の元の世界、無関係では間違いなくないだろう、しかし、現状それくらいしか分からない、これ以上考えても無駄だろう、頭も痛くなってきた、今日はもう休んだ方が良いと思い、就寝の準備をする。

 

 

「頭痛くなってきたし寝よ、明日も平日かぁ、はぁ、皆IN遅いんだろうな...、一人で何するか考えなくちゃ。」

 

 

そう一人ごち、就寝する、明日の予定を考えながら。

 

 

 

 

 

 

 




ツーヤ「なんかよ~、昨日夢で俺がロリっ子ヴァンパイアになっててさぁ、ありんすありんす言ってんの、ビビッて飛び起きたわ。」

リーネ「うひゃー、気持ち悪いですぅぅぅーーー!」

ちひろ 「モモンガ!たっち!建やん!ニシやん!ツーヤ!あまのま!フラット!エンシェント・ワン!リーネ!全員で、ナインズオウンゴール!だからウィッシュⅢお前は切り捨てだ」

ウィッシュⅢ「ファ〇ク!」


オリジナルアイテム・技

・ロケット爆弾 ロケット花火みたいな奴、当たったら吹き飛ぶ。
・マグネットダガ― 自分に磁力で戻ってくる、結構な勢い。転移世界なら凄く強そう。

・秘儀死んだふり 死んだふりをする。
・豪熱爆砕砲 ちひろはすぐこういう事をします。どうか嫌いにならないで。 

ハイブリッド・アンティリーネ

LV69 前衛特化 次のクラス迷走中

最近はまっているアイテム ロケット爆弾。



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びゃっこが欲しい

前回のあらすじ

モモンガさんロケット爆弾の餌食になる。


※今回も捏造沢山&アンティリーネちゃんがどんどんヤバい方向へ...?


 

 

 

 

##東の空は暗雲立ち込め、豪雨轟雷が巻き起こる##

 

 

##北の山は轟音を上げ、地響きと共に山が動き出した##

 

 

「.........。」

 

 

##南の地平線に浮かぶ暁の空が更に赤さを増していき##

 

 

##西の彼方から白き閃光が絵画を描くかの如く駆け巡っていく##

 

 

「......欲しい...。」

 

 

##遥か神話の時代からこの世に降臨せし四体の四聖の神々##

 

 

「......ほじい...。」

 

 

##まだ見ぬ力が!君を後押しする!!##

 

 

##ペットモンスターガチャ!騎乗セレクション!!四聖獣イベント開催中!!!##

 

 

「......ほじぃぃ~...。」

 

 

##君は四聖を手名付ける事が出来るか!!##

 

 

「......ほしぃぃ~!!」

 

 

 

 

 

 

 第  十  話 「 ―――

 

 

 

 

 

 

 

「ほしぃぃぃぃーーー―――

 

 

 

 

 

 

 

――― びゃっこが欲しい 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「課金したい...。」

 

 

部屋の中央の椅子に座り、大きなホログラム映像を見ていたリーネがそう一人ごちた。

 

 

映されていた映像は、ユグドラシルの課金ガチャの―――ペットモンスター専用の―――PVであり、最近実装された期間限定のイベント四聖獣コラボガチャの映像だ。

 

 

東の青龍、北の玄武、南の朱雀、西の白虎からなる四体のモンスター、しかも騎乗可能なペットであり、現在ユグドラシル内では大きな賑わいを見せている真っただ中である。

 

 

しかしこのイベントは課金と書かれているだけに、リアルマネーが必要であり、また、確率も非常に低く、莫大な金額が必要となる。

 

 

運が良ければすぐに出るだろうが、簡単には手をだせそうもないイベントである。

 

 

しかし今リーネが頭を悩ませているのは、この金額の事ではなくリアルマネーの問題だ。

 

 

「課金コイン買えない...リアルマネーなんてないよ。私、リアルの人間じゃないし...。」

 

 

リーネは元々別の世界からの来訪者だ、リアルにいない以上、課金などできるはずもない。意気消沈しながらリーネがコンソールを開き、ある部分を凝視している。

 

 

そこには0コインと書かれ、その隣にコイン購入と書かれた文字が見てとれた。

 

 

指が無意識に購入ボタンに向かい、そして押していく。

 

 

続いてエラー音がなり響き、カード番号を入力してください、と声が聞こえてきた。

 

 

リーネは押す、何度も押す、その度にエラー音が鳴り響き―――

 

 

「んがぁーーー!くぅ、くうずがぁぁーーー!」

 

 

できもしない事を延々繰り返し、一人ブチ切れる哀れな少女の姿がその空間にはあった。

 

 

この行動は一度だけではない、この一年間、何度繰り返したか分からない、そしてその度虚しく吠えるのがテンプレである。

 

 

欲しい欲しい~、びゃっこ~と、ひとしきり暴れていると―――

 

 

―――ポーンというアナウンスと共に、一人の人物がINしてきた。

 

 

「ちゃおッス。おっ、やっぱいるわ。この廃人が...何しとるん?」

 

 

姿を表したのは、ヴァンパイアの神官戦士ツーヤ、INするやいなや、眼前に駄々っ子がいるのである。

 

 

この反応は至極当然と言えるだろう。

 

 

「白虎が欲しいですぅーー!」

 

 

「ん?あぁ、ガチャイベか。確率エグイらしいぜ?流石は糞運営、絞る事しか頭にないのかね。」

 

 

運営に対し特大の罵声をツーヤが浴びせていく。自分達プレイヤーは消費者側であり、その金でゲームが運営されている事は重々承知だが、ここまで低確率にされると流石に腹も立つという物だ。

 

 

運営も、もう少し金銭的な配慮をして欲しい物だと。

 

 

「てーかさ、何で白虎な訳?普通欲しがるの青龍じゃね?」

 

 

「だって、白虎さんカッコイイんだもん!青龍なんて只の蛇じゃないですか。」

 

 

聞く人によっては喧嘩に発展しそうな言葉を吐きだす相手にツーヤが苦笑いをしている。

 

 

流石に蛇はあんまりだろ、ドラゴンに対してもトカゲと言うし、前々から思っていたが、コイツは結構毒舌なのではなかろうか?と言う言葉が脳裏に浮かんできた。

 

 

「理由そんだけ?明らかに青龍のが強いぞ?ていうか青龍以外弱いしな。朱雀は...まぁ、使えん事も無いが...うん、いらねぇな。」

 

 

四聖獣―――四体からなる課金モンスターであり、そのLVは揃って100LVだ。

 

 

四体共に、それぞれ特徴を持っており、個々の強さも変わってくる。

 

 

その中でも、青龍は段違いの強さだ、口からは強大な熱線を吐き出し、ブレスと銘打っているが、もはやレーザービームである、直線状ではあるが効果範囲も広く、首を振りながら全てを薙倒していく様は正に神話の怪獣を彷彿させる。

 

 

それに加え、豊富な魔法も揃えており、スキルも超範囲攻撃から自身の身体強化までこなしていく隙の無さだ。

 

 

その強さは神器級の装備で身を包んだ100LVのガチプレイヤーですらうざがる程である。

 

 

そして、ガチャ確率も他の三体と比べても途方もなく低い、噂では三十万ぶち込んでも出なかったという話も聞こえてきた程だ。

 

 

そして白虎―――その速度は恐らく、ユグドラシルのモンスターで最も速いと言われている―――ボスなどの特殊な者は外す―――しかし、逆を言えばそれだけであり、攻撃力も低く、多少の魔法も使えるが、余り有用な物も無い、スキルも同様である、故に、100LVのプレイヤー戦においては大した活躍はできないであろうと思われる。

 

 

四聖の中では最も不遇な扱いを受けているペットであるが、その見た目は雄々しくカッコイイ。

 

 

騎乗という点だけで見てしまえば、速度、小回り、と共に優秀であり、機動力だけ見れば最高峰に位置するだろう。

 

 

「はぁ~、ツーヤさんは浪漫がありませんね~。可愛い私が白い虎に乗って駆け巡る様は非常に絵になると思いませんか?」

 

 

「なに言ってんの?このちんちくりん?ガチビルド目指してる奴が、浪漫とか。」

 

 

課金すんなら、まず指輪付けれるようにしろよな、と反論しづらい言葉を返され、リーネが押し黙る。

 

 

そして、正論言うんじゃねぇよ、と言いたくなるが頑張って言葉を飲み込んだ。

 

 

「まぁ、課金の件は置いといてだ。今日はお前だけか?」

 

 

「皆用事があるらしいですよ?今日は二人かもです。」

 

 

その言葉を聞き、あっそ、とツーヤが呟く、続いて二人で本日の予定の組み込みを行っていく、ユグドラシルでの一日の―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吹きすさぶ風に乗って、酷く冷たい空気が流れてくる。

 

 

これは季節的な物ではなく、場所的な物であろう。辺り一面に広がる木々達、その隙間から先を除くと大きな山脈が目につく。

 

 

ここはアゼルリシア山脈付近の森林地帯であり、その中にある大きな丘の上である。

 

 

その丘付近―――非常に広い場所―――では、多くの人間達が動き回っている様が見てとれた。

 

 

皆一様に統一された装備を身に着けており、精強な軍隊を思わせる統率された動きは明らかに村民などではないだろう。

 

 

「物資はそこに運び込め、お前たちは見張りの交代に行くんだ、警戒は怠るなよ。医療班はケガ人を、重症者には優先してポーションを配るんだ。」

 

 

「ウズルス部隊長、お疲れ様です。」

 

 

「!!?これは、ファーイン様、労いの言葉、痛み入ります。」

 

 

部隊長と呼ばれた男が声の主、ファーインに対して感謝の意を示す。

 

 

ここはスレイン法国の軍が拠点としている場であり、この男がこの部隊の指揮官を務めている、バルマー・アルス・ウズルス部隊長である。

 

 

法国の軍が、なぜこんな所で拠点を築いているのかと言うと、現在、アゼルリシア山脈において、二つの勢力が覇権を巡り争っている事による余波により、生存圏を奪われた者達が、居場所を求め人類圏に侵入してきている為だ。

 

 

放置する事などできる筈もなく、こうして間引きしている状態だ。

 

 

「感謝など不要ですよ?私は何もしていないのですごく心苦しいです。」

 

 

「ファーイン様はこの戦の要、ここぞと言う時まで控えておいてもらわねば。」

 

 

「...そうですね、ウズルス部隊長の言う通りです...しかし、ここまで状況が悪くなるとは...予定よりは、一年程は早いですね。」

 

 

ウズルスの放った言葉【戦の要】、その言葉の通り、この戦は片方の勢力に打撃を与え、その勢力の力を削ぐ事にある。

 

 

その為のファーイン―――神人である。

 

 

先程のファーインの言葉の通り、想像以上に戦いが激化した為に、急遽作戦を実行に移す事を迫られているのである。

 

 

ウズルスとファーインが深刻な表情をみせ会話していると―――

 

 

「お母さ~ん。」

 

 

―――まだ幼さの残る子供の声が聞こえてき、二人が声の方向に振り向いた。

 

 

「ここでは、お母さんと呼んではいけないと言っているでしょう?ここは戦場です。遊びではないのですよ?」

 

 

「あっ。ごめんなさい。えっと、ファーイン様!」

 

 

それでよし、とファーインが娘、アンティリーネに喋りかける。この一年で母との和解も随分進んだようだ、今ではこうして、戦場で兵士の見習いをやらせてもらえる程には。

 

 

娘はこう言ってきた、お母さんの力になりたいと、その言葉には覚悟が垣間見えたからだ、娘の覚悟を無下にはしたくは無いが、危険であるのも事実だ―――竜王に察知される危険性、法国上層部に感づかれる危険性の両方がある。

 

 

それ故に、神人の力は使わせる事はできない、あくまで才能の無い一般兵士を演じるように口を酸っぱくして言っている―――が、正直信用できない。

 

 

その為、極力自分の目に届く範囲に置いている、この馬鹿娘は余りにも常識が無さすぎる、一人で放っておけば何をするか分かった物じゃないからだ、これが急に力を覚醒させてしまった子供の姿なのだろうと、ファーインが一つ溜息を漏らした。

 

 

それでも、これから先、ずっとは付いていてはあげれないかも知れない、後は心変わりを期待するだけだ、戦いの道以外に進む事への、言いくるめたい所であるが、どうにも強く言えない自分が居る、本当に親馬鹿な事だと呆れが漏れた。

 

 

思考の海から浮上してきたファーインが、リーネに荷物の運搬を命令している。その命を受け、リーネが物資運搬係の元まで駆けていくのを見送った。

 

 

ここでは、母と娘ではない、上官と部下である、命令は絶対なのだ。

 

 

「お子様ですか、非常に可愛らしい子ですね。」

 

 

おや?とファーインが疑問を抱く、ここは法国の軍、つまりはウズルスも法国民である。法国は人間史上主義を掲げている国家だ、エルフとて人間種ではあるが軽蔑の眼差しを向けてもおかしくはないだろう。

 

 

特にエルフとは例の一件以来戦線が開かれた、なのにこの男からは娘を見ても嫌悪感を感じた様子は見えない。隠しているという線は薄いだろう、ファーインの―――神人の感覚は誤魔化せない。

 

 

「?どうされました?」

 

 

「いえ、ウズルス部隊長は非常に大きな懐をお持ちの様で。」

 

 

「...あぁ、そういう事ですか。私は余り気にしません。手を取り合えたらいいなと思う程です。しかし弟達は違うようでして...私がおかしいのですよ、きっと。」

 

 

ウズルスは四兄弟の長男であり弟が三人いる、そしてその三人共、人間以外は認めないという思考の持ち主達だ。だから言うのだ、自分だけ法国民らしくはないと。

 

 

「...部下の中にも、表情には出しませんが、面白く思ってない者達もいるでしょう。本当に申しわ―――」

 

 

「謝らないで下さい、覚悟の上連れて来ています。本人もそうです。」

 

 

当人達にそう言われれば、ウズルスとて黙るほかないであろう。少し気まずい雰囲気になってしまった、ここは話題を変えるべきだと判断し、言葉を投げかけた。

 

 

「状況は激しさを増してきています。近々作戦も本格的に開始されるでしょう。」

 

 

「そうですね、早ければ後一か月後には作戦が開始されるでしょうね。それまでは打ち漏らしに注意しつつ、【陽光聖典】を主軸に間引きを継続して行って下さい。」

 

 

「了解致しました。」

 

 

辺りの風景も沈んで行っている。今日もまた長い夜がやってくるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、今日も頑張ったわね。」

 

 

拠点の天幕の中で、ファーインがリーネに対して労いの言葉をかけていく。当の本人は全く持って疲れてはいないのだが、母からの優しい言葉が聞けるのだ、黙っていた方が良いに決まっている。

 

 

もうここに来てから、二週間程は経つであろうか、家に帰れないのは少し寂しいが、大好きな母と居れるのだからいくらでも我慢できる。しかも今日は例の日なのだ。

 

 

既にわくわくが止まらない、今週は何をしようかとリーネが考えていると。

 

 

「そう言えば、お給料よ。こんな所で渡す必要もないのだけど、あれだったらお母さんが預かっておくわよ?」

 

 

「うぇぇ?お給料?見せて見せて!」

 

 

ファーインの手に握られた小袋を受け取り、中身を確認していく、中からは五枚の金貨が出てくる。過剰だ、余りにも多い、兵士見習い如きが貰える金額ではないだろう。

 

 

しかし、これは大部分がファーインのお金だ、つまりはお小遣いを上げているに過ぎない、お小遣いだとしても過剰であるが、今まで辛い思いをさせ、また自分も心を押し殺していた為、堪っていた親馬鹿が爆発している状態だ。

 

 

無論給料などこんな所で貰える筈もなく、ここで見せたのも娘の喜ぶ顔が見たいが為だったりする。

 

 

「わわわ...き、金貨だ、これが労働の対価か。」

 

 

「どこで覚えてきたの?そんな言葉?」

 

 

んぇ!いやなんか兵士の人が~などと、苦しい言い訳をリーネがする。いつも社畜共に囲まれている為、ふいにこういう言葉を口走ってしまうのだ。おっさん共と遊んでるなど口が裂けても言えないであろう。

 

 

「そう、変な言葉は教えないように少し言っておかなくちゃね。それで、どうするの?預かっておこうか?」

 

 

すまぬ!一般兵士の人達よ、犠牲となってくれ!などと酷い事を考えながら、貰った給料―――金貨に向き直る、そしてこう思う、初めての給料だ自分で持っておきたいと、なので、母にそう伝えていく。

 

 

「ううん、自分で持っておくよ。嬉しいから。」

 

 

「そう?ふふふ、なくしちゃ駄目よ?それじゃ、明日も早いからね、お休みなさい。」

 

 

そう言葉を残しファーインが部屋から退出していった。今からが楽しい時間の始まりだ、寝具に横になり、貰った金貨を三枚程手に持ちながらリーネがにやにやしている。余程うれしかったのであろう、キラキラと光る金貨を楽しそうに見つめている。

 

 

「あ~、眠くなってきた。今週は何をしようかな...このお金も持っていけたらいいのに...そしたら...コイン買える...かな...。」

 

 

金貨を握りしめたまま、眠りに付く、そして移動が始まっていく、歪みに飲み込まれリーネが他世界に移動した―――

 

 

―――金貨を握り締めたまま...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます!!」

 

 

そう大きな声を上げ、正に飛び起きると言う表現が相応しいかの様に、リーネが目を覚ましベッドから体を起こす。続いてガンっと頭痛がやって来た、急に飛び起きるからこんな事になるのであろう。

 

 

そして、辺りを見渡すが誰も居る気配はない、見渡した後に、一人寂しく起床後の背伸びをし、少しの寂しさと共にこうも思う、いつも道理だと。

 

 

「う~ん、この訳の分かんない現象も、もう慣れた物ね。皆は今日来れるのかな?平日だし、夕方からINして来る?」

 

 

謎の現象に対する恐怖など、もはや微塵も感じさせる事無くそう独り言を呟いた。もうこの現象に陥ってから、一年経つのだ、慣れっこである。

 

 

この世界の―――リアルの言葉の意味も大体理解した。今日は平日であり、社会人の仲間達は仕事の真っただ中、INは終業後になるであろう、つまりは夕方以降だと思われる。

 

 

「たまには有給くらい使えばいいのにね~、ブラック企業は世知辛いわね。」

 

 

子供の発する言葉の内容とはとても思えない、リーネは既に13歳である為リアルで言えば既に働いていても可笑しくはないのであるが、それでもまだ子供と言えるだろう、社会に揉まれ、くたびれ果てた大人達が言いそうな内容を口に出す様は、非常に違和感があった。

 

 

これは社会人の―――社畜のおっさん共といつも一緒に遊んでいるが為の弊害であろう。

 

 

「皆がINしてくるまで何しようかな?いたずらの準備でもする?モモンガさんにはこの前凄く怒られたから怖いな。ツーヤさんの頭にロケット爆弾でも食らわせようかな~、建やんはなんか怖いし、ニシやんには当たんなそうだし。」

 

 

リーネは、一人でいるときは建御雷は建やん、弐式炎雷はニシやんと呼んでいる。二人共、お互いをそう呼称している為だ。

 

 

リーネも呼びたいが、まだなんとなく気が引ける、もっと時間を重ね、深い仲になれば呼べるかもしれないが今はまだ及び腰だ。生意気なガキと思われ嫌われたくは無い、二人共大事な仲間なのだ。

 

 

ずっと一緒に居たいと思える程の。

 

 

「よし!それがいいよね!ツーヤさんなら、いたずらしてもプギャーって笑ってくれそうだし!場所は暗闇の沼地で~、プププ、捕食型スライム(ウボ=サスラ)の群れの中に吹き飛ばしてやるんだから~。」

 

 

ねちょねちょにしてやるぞ~と謎に意気込みながら、リーネがコンソールを開きロケット爆弾の在庫を調べだす、確かまだ大量に持っていた筈だ、どうせなら数百と使い盛大に吹き飛ばしてやろうと思いながら、コンソールのアイテム欄を見ようとした。

 

 

そして気づく、いつもと違う数字が目に入る。

 

 

「あれ?課金コインの数字が増えてる...えっ...?18万コイン?えっ?えぇ!?」

 

 

リーネが目を見開き―――ゲームなので表情は動かないが―――驚きの悲鳴を上げる。続いて、なぜ?と言う疑問が押し寄せてくる、自分はリアルの人間ではないし、リアルマネーなど持ってもいないし、使用する事も出来ない筈だ、本当にこれは増えているのだろうか?バグじゃないの?これ?と一人結論を急いでいると、頭の中に一つの考えが浮かび上がる。

 

 

「...もしかして、金貨?寝る前いじってた記憶あるし、そうよ!私、持っていきたいって思ったもん!」

 

 

一つの答えに行きついた、それ以外に考えられないと、しかし、なぜ自分の世界の通貨がこの世界の―――ユグドラシルの通貨に変わったのだろうと再度混乱が押し寄せてくる、脳内を混乱が圧迫していく。

 

 

「意味わかんない、えっ?どういう事?私の世界のお金を、この世界の価値に合わせたって事?...はっ!これが私の真の力、置き換える能力!す、凄い...って、そんな訳ないでしょー!あぁ~意味わかんないわ~!」

 

 

延々と独り言、もはや叫び声に近い物を吐き出しながら混乱の坩堝に陥っていく、そしてまじまじとその数字を凝視していき―――意を決したかの様に一つの行動をとりだす。使ってみれば分かるよねと。

 

 

「使えれば本物だよね?大丈夫よね...BANされたりしないよね?されたら私消滅するのかな?」

 

 

恐る恐るリーネが課金の項目に指を持っていく、試す項目はすでに決まっている。

 

 

そう、課金ガチャ、それもペットガチャだ。震える指でボタンを押すと―――

 

 

―――ポンという効果音の元、目の前の画面が切り替わり、球体の箱の中にボールのような物が沢山入った映像が流れだす。

 

 

ボールがコロコロと中で暴れまわり、箱の中から一つボールが、ポトンという風に転げ落ちた、落ちたボールが光を上げ開き―――

 

 

―――【雷の飛竜<ライトニング・ワイバーン>】と書かれた文字と共に、青い肌の飛竜の姿が映し出される。

 

 

このモンスターは騎乗用ペットの一匹で、ユグドラシル金貨を使用しての傭兵モンスターなどでは決して手に入らない、課金専用モンスターだ。

 

 

LVは60で速度が速く、また直線上に超遠距離まで効果を及ぼす雷のブレスを吐く事ができ、非常に強力ではあるが、小回りがかなり悪く騎乗という点で見てしまえば余り使いがっては良くはないであろう。

 

 

正直に言ってしまえば微妙だ、しかし外れかと言われれば少し首を掲げる。一応は当たりなのであろうか?そう、当たりなのであろうか、その言葉が意味する事は。

 

 

「はは...出た...。コインが17万9500コインになってる。はは...。」

 

 

フヒヒヒヒヒと不気味な笑いを起こしながら、リーネはまたボタンを押す。

 

 

すると、モンスターの映像と名前が表示され、課金ガチャクリスタルが出現する。そして再度押す、押していく。指は止まらない。不気味な笑いは止まない、それ所か一層激しく聞こえてくる。

 

 

押す、外れ。押す、外れ。押す、外れ。押す、少し当たり、押す、外れ、ボタンを押す指は留まる事を知らない、徐々に押す速度も増していく。

 

 

それに比例して課金コインも見る見るうちに減少していく、16万、15万、14万。堕ちていく、リーネは堕ちていく、深淵に、底なし沼に、そう―――

 

 

―――課金の沼に。

 

 

そして、一際輝く―――虹色に―――ガチャクリスタルが派手な効果音と共に出現していく、先程までは先に映像と名前が現れていた物だが、今回は少し雰囲気が違う。なんというか思わせぶりな雰囲気である。

 

 

これは来たか?とリーネが思い名前と映像の開示を行うと。

 

 

―――【古竜<ドラゴン>】―――という表示の元周囲が眩いまでの虹色に包まれた。このモンスターはペットガチャの大当たりモンスターでありそのLVは90に迫る、ドラゴンと言う最強種である為に90LVでありながらも破格の戦闘能力を有している。

 

 

大当たりペットの出現にたいしリーネは―――

 

 

「いらないわよぉぉぉぉーーー!!思わせぶりに出てこないでよ!期待したじゃない!私は白虎が欲しいの!トカゲさんはいらないの!」

 

 

目的の白虎が出ずに怒り心頭である、ドラゴンの方が強そうな物だが狙いは白虎だ、哀れなりドラゴン。

 

 

憤慨しながらも再度ボタンを押していく、何度も、何度も、糞運営の思惑に飲まれていく、ガチャと言う名の悪意に―――そして

 

 

「!!?に、虹色だ...。」

 

 

二度目の虹色、開示に躊躇が生じる、指が震える。

 

 

少しの硬直の後、意を決してボタンを押す、そして―――

 

 

―――その直後、パオンという効果音の元、画面が暗転―――ブラックアウトした。

 

 

「わっ!?こ、壊れた!?」

 

 

ボタンの押しすぎか?そう思った次の瞬間、ゆっくりと映像が映し出されていき、地平線の彼方から白い閃光が縦横無尽に駆け巡り、こちらに近づいてくる様が流れてくる。閃光は徐々にこちらに近づいていき、最後に画面にぶつかり再度暗転する。

 

 

また壊れた?そう思っていると、真っ暗な画面に白い文字で【ボタンを押して下さい】と言う文字が突如出現した。

 

 

もう何が何やらという風に投げやりにリーネがボタンを押していく。

 

 

―――ドゥルルン♪―――

 

 

甲高く、それでいて頭に残りそうな、脳内麻薬が分泌されそうな音が鳴り響き。

 

 

―――テレレ、テレレ、テレレ、テレレ、テッテレテッテレッテッテレレー♪―――

 

 

派手過ぎず、しかしどこか虜にされそうな、また聞きたくなる様な音色を奏でながら、画面に、白い体毛をした雄々しい虎が映し出された。

 

 

その神々しい姿の下には、こう文字が綴られている―――【白虎】と。

 

 

四聖の、四体の神の一角―――【GOD】の降臨だ。

 

 

「!!?でたぁぁーーー!」

 

 

歓喜、清々しいまでの歓喜が押し寄せてくる、それを見ながらリーネが大はしゃぎしている、やっと出たと、長かったと。

 

 

「か、カッコイイ...。えっ?これ私のだよね?もう消えないよね?」

 

 

一瞬不安になるが、消える雰囲気はない、そう思い急に安堵が押し寄せてくる。続いて画面のある部分に目を見やる、そこには、7万コインと書かれた文字。

 

 

「11万コイン使っちゃった...ツーヤさんの言う通り確率低すぎだよ、でも楽しかった...あの音もう一回聞きたいな...。」

 

 

虜にされた、音の魔力に、確率の麻薬に、もう後7万コインしかない、特に欲しいペットはいないがもう一度あの音を―――あの感動を味わおうかと悩んでいると。

 

 

「おはようございます。...やはりいたかリーネ、ゲームばかりしてはいけないよ。廃人になってしまうぞ?」

 

 

現れたのはたっち・みー急な出現にリーネは驚くが、続いて不思議にも思う。仕事はどうしたのだろう。

 

 

「あっ、おはようございます、たっちさん。仕事じゃないの?」

 

 

「実は今日は有給を取っていてね。言ってなかったか?」

 

 

聞いてないですよ?と言うリーネ、その事に対してたっちが口を開こうとし、そして気づく、違和感に、周囲に大量に散らばっているアイテムに―――ガチャクリスタルに。

 

 

「...リーネ、クリスタルが散乱しているようだが...それは一体。」

 

 

何かな?そう聞こうとした瞬間、被せ気味に言葉が返ってくる。

 

 

「聞いて下さいよ、たっちさん!やはり運営は糞です!白虎が全然出ないんです!11万コインも使いましたよ!もう!」

 

 

たっちが揺らぐ、発せられた言葉の内容に脳が付いていかない、今コイツは何と言った?信じられない様な、信じたくない様な言葉が聞こえたが、一歩踏みとどまる。

 

 

そう、自分の聞き間違いかもしれない。そう思い再度聞き直す、可愛い妹分に対し、優しく聞いていく。

 

 

「うん?少し聞き取り辛かったな。もう一度言って貰えるかな?」

 

 

「だから11万コインですよ!もう後7万コインしかないんです!指輪拡張や外装ガチャもしたいのに!あんまりです!」

 

 

聞き間違いではなかった、たっちの中で渦巻く言葉、あんまりなのはお前だろう?そして雰囲気が変わる、いつもの兄貴分の雰囲気ではなく、父親の雰囲気に。

 

 

「...よし、片づけは後にして、とりあえず座ろうか。」

 

 

「?」

 

 

そして長い長い説教が始まる、お金の大切さをくどくど説明され、半べそをかきながらも、自分で働いて稼いだお金だと反論しようとしたが、有無を言わせぬ気迫に何も言えなかった。

 

 

結局、課金自体は許して貰えたものの、月に5万までと言う制約を付けられてしまった。

 

 

絶望に飲まれそうになったが、こっそり5万以上課金しようと胸の内に秘める少女の姿がそこにはあった。彼女は余り懲りてはいない様だ...。

 

 

この件によって勝手に無課金同盟を名乗っていたモモンガと一波乱あるのであるが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 




解禁!解禁!課金解禁!


どうもちひろです。

今回は課金解禁の章でした、課金って怖いですね、まぁちひろはガチャとかはよく分かりませんが。

白虎...というか四聖ペット強すぎない?って思うかも知れませんが、アルベドさんがスキルで繰り出すウォーバイコーンも100LVだったし、良いかなって、まぁ、実際はスキルといっても何か特殊な方法で使える様にしているかもしれませんが...タブラさんの事ですし。

なので、課金ガチャ、それも期間限定で超低確率なら100でもありかなって。

白虎さんは、というか四聖は実際はそれ程強くないし、青龍は強いけど、一匹で戦況をひっくり返したりはできません、そしてこいつらはペットであってNPCではないので死んだら蘇生はできません。

そう考えれば、それ程バランスブレイカーでもないし、帳尻はあってるのかなと...

捏造 課金コイン ガチャクリスタル

ユグドラシルの課金方法が良く分からなかったので、課金コイン購入による方法にしました。

ガチャクリスタルは使用したらペットがポンと出てきます、出したらもうクリスタルに収納できません。

最後にドラゴンさんの出番は多分ないでしょう、奴は一生アイテムボックスの肥やしです。

長々と失礼しました。ここまで読んでくれてありがとう。また読んで下さいね。


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狂戦士

前回のあらすじ

課金楽しすぎワロタwww



※web版でちょびっとだけ登場したクラス名を使用しております。
 
詳細な内容も良く分からないので、オリジナルクラスとして使用させていただきました。




※今回のお話は非常に長いです。
 申し訳ありませんm(_ _)m


 

 

 

 

 

空を見上げれば、薄暗い雲に覆われ日の光を拝む事は出来ない。周囲に目を向ければ、辺りもその雲と似た様に薄暗く、気持ちも同じ様に沈んで行ってしまいそうだ。

 

 

そんな風景の中に佇む、古めのアパートに、コツコツと足音が鳴り響く、足音は少しの間続き、ある場所で唐突に音を止める。

 

 

音が止んだ場所には古びた扉、そして、その扉の前に佇む一人の人間の姿が目に入る。

 

 

甲高い悲鳴の様な音を立てて分厚い扉が開いていく。恐らくこの音は、金具が歪んでしまっている為だろう。

 

 

陰気な異音が鳴り響く―――帰宅を祝う様にして。

 

 

アパートの中に入れば、人感知システムにより、天井に明かりが灯っていく、中はそれなりに清掃が行き届いていて綺麗な物だ。家具などは少なく、必要最低限と言う言葉が相応しいかも知れない。見方によっては質素とも映るかも知れない。

 

 

「たく、今日は本当は休みの筈だったろ。只でさえ少ない休日を...。」

 

 

部屋の中で一人の男が不満を口にしている。しかし、その声は非常に聞き取り辛い声だ、籠っているかの様な、何かに覆われているかの様な声に聞こえる。

 

 

それもその筈、男の口にはガスマスクが付けられており、口部全てを覆っている。声の進行方向に障害物があるのだ。これが先程の聞き取り辛い声の理由であろう。

 

 

不満を口にした後、男がマスクを右手で掴み取り外す、その後は左手で目部に取り付けられていたゴーグルも取り外していく。そして、その二つを優しく―――慎重に―――目の前の机にそっと並べて置いた。

 

 

この二つはそれなりに貴重品である、壊れては大変な為、丁寧に扱っていく。

 

 

「さてっと、準備でもするか、せっかくの連休だったがしょうがない。一応明日も休みだしな。」

 

 

服を脱ぎ棄て、ラフな格好に変貌を遂げた男、鈴木悟がそう言葉を吐いていく。その声には先程の不満を塗りつぶすかの様な、少しの喜びの感情が含まれているかの様に感じられた。

 

 

汚れた体を濡れタオルで拭いながら、この後の事を考える、そうして、感情が少しづつ大きな物になっていく。そう、今からの時間こそが彼にとっての楽しみな時間、至福の時なのだから。

 

 

体を拭い終わった後、黒ずんだタオルを壁に掛け、一目散に椅子に身を放り出す。この部屋の中では恐らく一番高級な物品だ、強めに座ったが大きな音を立てる事はない。

 

 

そして椅子に座った後、すぐに右手で二又のコードを手に取り、それを自らの首の後ろ―――後頭部付近に差し込んでいく、慣れた手つきで。

 

 

「よし、それじゃあ行きますか!」

 

 

その言葉と共にヘルメットを被り、視界が変貌を遂げていく、目の前には様々な映像が映し出されていく、そしてその中の一つの項目にタッチした。先程までの暗い雰囲気はもうそこには無い、キラキラと少年の様な目をしながら、鈴木悟が一つの世界へと旅立つ。彼にとっての本当の時間が今から始まるのだ。そのタッチされたウィンドウにはこう文字が映し出されていた。

 

 

―――【YGGDRASIL】―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が変わる、目の前に映し出される映像はいつもの見慣れた風景、クランの集合場所だ。そしてすぐに三人の人物が目に入ってきた。

 

 

「おはようございます...っと、もう良い時間だった、こんばんわですね。エンシェント・ワンさん、あまのまひとつさん、リーネ。」

 

 

INしてすぐに、いつも通りの挨拶を、鈴木悟―――モモンガが簡単に済ませる。挨拶を貰った三人からも口々に、こんばんわと挨拶が返ってきた。

 

 

自分が思っていた以上に少ない様だ、他のメンバーはこの後やってくるのだろうか?それとも、もう帰った後?そう思っていると、三人のメンバーの雰囲気が少し真剣な事にモモンガが気づく、何かの会議中だったのか?と思い、疑問をモモンガが問い掛けていった。

 

 

「やけに静かですね?何かの会議中でしたか?」

 

 

「ん?あぁ、会議って程のもんじゃないですよ。リーネが新しいクラスの実験をしてたみたいでですね、その話を聞いてた所です。」

 

 

「それに伴ってなんか色々あったみたいだよ、モモンガさん。いや、ホント、ユグドラシルは広いわ。」

 

 

「?」

 

 

邪魔をしてしまったのではないかとモモンガが少し決まずそうな声音を出したが、それに対し二人のメンバーが、軽い口調で言葉を返して言っている。

 

 

前者がエンシェント・ワン―――頭部には真っ黒な笠を被り、その笠の周囲が細長いお札で覆われている、顔正面のお札だけが異様に長く、胸元まで垂れる程だ。

 

 

その白い札には金色の文字で呪印の様な物が敷き詰められていて、胴体はスタイルを強調するかの様にフィットした光沢のあるエナメル製の生地でできた黒いノースリーブを着用しており、盛り上がった胸部と腹部の六つの小山が自らの存在を強烈に主張している。

 

 

露出された手には前腕部付近まで覆う、皮の禍々しいグローブを付け、下半身は黒に金の刺繍が施された袴を履いており、草鞋を着用している。

 

 

【妖術師】のクラスを収める人物であり、種族は【霊幻道志】と呼ばれる、アンデッド系統の種族だ。

 

 

後者があまのまひとつ―――体全体をゴツゴツとした黄色い甲殻で覆われており、人間大の二つの手に加え、両の肩口から大きなハサミの形をした手が生えている。一言で表すなら二足歩行のカニだ。

 

 

【生産系】のクラスを収める人物であり、クランのアイテム制作を引き受けている。その為、戦闘は余り得意ではないが、できなくはない。いつか生産職で固めたいと言葉を漏らす人物だ。

 

 

「そうよ、モモンガさん、色々あったのよ...色々とね。」

 

 

二人の言葉の後すぐに話題の人物、リーネが、おもむろに椅子から立ち上がる。そして右手で髪を掻き上げながら遠くを見つめ喋り出した。ナルシスト風な仕草と言動に、若干イラっときたモモンガだが、内容も気になるのでその色々の詳細を訪ねる。

 

 

「へぇ、じゃあ取りあえずクラスから聞こうか?何取ったんだ?」

 

 

今回は結構迷走したみたいだな、と言うモモンガに対して、その言葉を聞き、リーナがまたもや気取った仕草を見せる。メンドクサいから早く言って欲しいと思っていると。

 

 

「それは【ベルセルク】よ!」

 

 

「...あっ、そうなんだ。ふぅん。」

 

 

「何よぉ!適当に流さないでくれない!?」

 

 

【ベルセルク】はステータス上昇値も高く、スキル保有数も多い、一見非常に優秀なクラスに思えるが、余り人気は無い、理由は複数あるが、一つは、その保有するスキルが少し癖が強いのだ。有名なスキルに狂戦士状態というスキルが有り、これは物理攻撃力が大幅に上昇する代わりに、防御力―――物理カット率も同じだけ下がると言う諸刃の剣的要素が含まれている。

 

 

似たようなスキルに血の狂乱という物があるが、あれよりは発動に至る為の条件が無い分、使いやすいと言えるかも知れないが、カット率低下と言うデメリットがある分一概にどちらがいいとは言えないかも知れない。

 

 

この様に、売りであるスキルの扱いが非常に難しいと言うのが難点である、そしてもう一つが下積みが非常に邪魔と言う点にある、下積みを積み、LVを圧迫した結果、派生クラスに有用そうな物はベルセルク位だろう、中にはペナルティを受けるクラスも混じっている以上、このクラスの為だけにLVを割くのか?という疑問が出てくるからだ。

 

 

この二つの事から、評価を下すなら微妙といった所か、しかし、ある一定のプレイヤーには妙に人気のクラスだったりする。

 

 

そのプレイヤー達は皆一様に黒い甲冑に身を包み、漆黒のマントをたなびかせながら巨大なグレートソードを振り回しているのだが...あれは一体何なのだろうか?

 

 

「いや、何とも言えなかったからついな、下積みが厄介じゃなかったか?」

 

 

「う~ん、まぁでも、私人間種だし、種族LV無い分、多少の下積みは仕方ないかなって思えちゃうのよね、派生クラスが全くない訳じゃないし、何よりちょっと尖ったクラスに興味もあったの、ベルセルク単品で取れれば破格なんだろうけどね。」

 

 

「それはあんまりだろ。」

 

 

単品と言う言葉にモモンガが素早くツッコミを入れていく、それはあんまりだと―――モモンガとて、そんな事が可能であるならば欲しいクラスはゴロゴロある。

 

 

下積みという面倒でLVの圧迫を行う行為無しで取得出来れば確かにそれは破格だろう。特にベルセルクは下積みしてまで欲しいかと言われれば微妙だ。

 

 

ユグドラシルはLVの上限が定められているゲームである、上限がある以上、限られた数字の中でクラスを積み重ねていくしかない。その関係上、下積みと言うのは非常に邪魔になる、異業種には特にだ。

 

 

だからこそ、有用な上位クラスを見据えた後に、下位の―――下積みのクラスの有用性を吟味し、それを踏まえた上で、先を見据え、見合ったものかを天秤に掛けていく必要がある。

 

 

どのクラスも、メリットとデメリットは存在している。それを組み合わせ、調整していかなければならない、どちらに大きく振れるのかを。それがユグドラシルの常識であり、だからこそ、ユグドラシルは楽しいのだ。

 

 

「お前なぁ、人間種の癖に贅沢だぞ?こっちは種族LVだけで40LV使ってんだからな。」

 

 

「何よぉ、本気で言ってないわよ、下積み無視なんて出来たら滅茶苦茶になっちゃうもんね。私だってそんなの嫌よ、それもうクソゲーじゃん。」

 

 

「まぁまぁ、二人共、そこまでで良くないですか?あまのまさんも言ってたじゃないですか、なんか色々あったらしいですよ?」

 

 

なぁ、リーネ?とワンが札で隠れた顔をリーネに向けて喋りかける。その瞬間言葉が止み、雰囲気が変わっていく。

 

 

「そうなのよ、モモンガさん、朝からとんでもない経験したわ...まぁ、そのおかげで色々と反省したと言うか、鼻をへし折られたと言うか...。」

 

 

ゆっくりと元居た席に座り、静かに語りだす。反省と言う言葉を聞きモモンガの中に浮かんだのはPK関連の事だ、最近は調子に乗り、徐々にエスカレートしていた行動に対し何も思わなかった訳ではない、しかし、自分達だってたまにはそういう事もするし、ユグドラシルはPKを強く推奨しているゲームでもある為、余り強く咎める事は出来なかった。

 

 

「PKでもされたのか?だったら...報復しに行くか?いや、反省したと言ってる位だ、その気はないと言う事か。」

 

 

自分のこう言う所が駄目なのだろうなとモモンガは思っていく、こうやって直ぐに自分達がやり返しに行くから、コイツがどんどん調子に乗っていくのだろうと。

 

 

そう心の中では分かってはいるが、やめられない、なんだかんだモモンガはリーネの事が可愛いのだ、恐らく他のメンツも一緒だろう、だからこそ守ってあげてしまう。最近では報復される事も少なくなってきていた、リーネは自分が怖いから報復が来ないと勘違いしているみたいだが、それは違う、周りが怖がってやり返しに来ないのはたっち・みーが居るからだ。

 

 

「うん、その気はないよ、モモンガさん達に守ってもらってばかりじゃ駄目だもんね。」

 

 

「凄いな、お前がそんな事を言うとは、俺は夢でも見ているのだろうか...益々その色々が気になって来たな。」

 

 

「酷くない、その言い方...うん、そうね、どこから話したらいいのかな?取り合えずは今日、私はヘルヘイムの死の山脈付近で皆が集まるまでの暇つぶしをしてたわけ、ついでに最近取得したベルセルクの使用感も試したかったからね、そしたら異業種狩りを発見しちゃって、助けに行ったの、それで―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、お嬢ちゃんありがとう。ホント助かったよ、まさかここで襲われるとは思わなんだ。」

 

 

「いえいえ、お礼を言われる程の事じゃないですよ。虐める方が悪いんですから。」

 

 

お嬢ちゃん異業種の間で評判いいよ。そう助けられた存在―――異業種―――が感謝の気持ちを表してきている。自分は結構酷い事もしているし、そんなに褒められてもな、と思うが言葉には出したりはしない。感謝の言葉は素直に受け取るべきだ。

 

 

「それじゃあ、気を付けて下さいね。道中まだ馬鹿な人間種がいるかもですから。」

 

 

ありがとね~と、再度、異業種がお礼を言い、手を振りながら帰っていく。最近は少し減ってきたが、まだまだ異業種への風当たりは強い様だ。

 

 

「私って本当、異業種贔屓よね...現実に戻った時は気を付けた方が良さそうね、普通に話しかけちゃいそう。」

 

 

初めてユグドラシルにやってきた時、助けてくれたのは異業種の二人だった、そして現在は異業種の集団の一員であるのだから、贔屓しても当然かもしれない。

 

 

しかし、現実は違う、異業種は人類の敵であり、戦うべき相手だ。ユグドラシルの様なゲームと―――プレイヤー達とは違うのだから。

 

 

助けた異業種が帰るのを最後まで見送った後に、やって来たのは退屈である。元々暇つぶしでこの辺りをうろついていたのだ、PKも終了した以上、退屈が再度押し寄せてきても何も不思議はないだろう。

 

 

リーネは辺りを見渡す、折角この辺りまでやって来たのだから、何か―――そう何か有意義な時間にしたいと思う。この辺りには確かミドガルズオルムの中位種が生息していたのではなかっただろうか。

 

 

目の前の山脈を登っていけば更に上位種もいるのだが、今の自分のLVはかなり低い、装備は現状、自分の持つ最高級品であるが、それを踏まえても、一人ではキツイと思われた。

 

 

しかし、中位種くらいなら自分一人でもどうにか戦えるし、何より猛毒の牙と蛇頭骨が欲しい。この二つは非常に優秀な―――状態異常付与の―――消費系アイテムが制作できるからである。在庫も残り少なくなってきている、生息域に侵入している以上、狩って帰るのも一つの手だと―――が。

 

 

(静かね...、モンスターの気配が全然ない。POPしてない?そんな事あるのかな?)

 

 

不気味な程に静かなフィールドを見渡し、リーネが思う。

 

 

確かに、ここら一帯はPOP率もそれほど高くなく、狩場としては優良地帯とは言えないだろうが、これは流石に異常だ。思い浮かぶのは先程のプレイヤー達―――異業種、人間種、両方―――彼らが狩りつくしたと言うのであれば話も分かるが、恐らくその可能性は低いと考える。異業種は人間種にPKされかけていた、どちらもその様な暇は無かったであろう。

 

 

疑問が後から次々と沸いてくる、やはりPOP率の問題だろうか?バグで一時的にPOPしなくなっていると言う線も考えられる。しばらく思案した後に、離れた場所も探索してみようと思い歩を進めだした。もしかすると、どこか一塊に―――集中的にPOPしている可能性もあるからだ、POP数が限られている以上、そうなれば、狩って再沸きさせない限りは広範囲にPOPする事は無いであろう。

 

 

周囲を警戒しながら、リーネが歩を進めていく、急に沸かれては堪った物ではないからだ、今日の装備は自分の持つ装備では最高級品なのだから。デスペナはまだいいが装備全ロスなど流石に笑えない、課金外装に課金素材まで使用しているのだから。

 

 

そう思いながら周囲を見渡していると。

 

 

(ん~?あれは、人間種?まだ他にもいたの?)

 

 

前方から視覚に映し出される人影、気づいてからは早かった、瞬時に【透明風呂敷(インヴィジブル・マント)】を被り近場の岩陰に身を隠す。足音は聞こえない、恐らく消音の能力が付与されている装備だろう。

 

 

息を潜め、静かに目を見やる、そして、徐々に姿が近づいてくる。、

 

 

異様な存在だった、金髪の長身の―――恐らく女性プレイヤーであろうか、まだ少し遠い為に詳細な姿は分からない。しかしそれでも、遠目でも分かる程の異様さ―――特徴が見てとれる、それは左右の手に持つ大きな盾だ。

 

 

異様な―――歪な形をしている、まるで大きな盾が真ん中から切断されたような形、それを左右の手に持っている。間違いなく前衛のタンク職だろう。

 

 

リーネが潜みながら考えている間にも、そのプレイヤーはゆっくりとこちらの方向に歩んできている。そこには、気づかれている気配は見てとれない。

 

 

(凄い盾...あれ間違いなく高級品よね?...もしかして神器級(ゴッズ)?でもそれにしては他の装備は質素ね?なんでだろ?)

 

 

手に持つ盾と比べて明らかに劣る他の装備、特に鎧などは露骨に質が低そうだ、遺産級(レガシー)くらいかもしれない、兜も被っておらず、顎まである額当てを付けているだけ、見れば見る程にちぐはぐさが際立つ。

 

 

そして、思案し続けていたリーネの頭の中に、ある一つの言葉が浮かんだ―――

 

 

―――あの盾が欲しいと貰おうと。

 

 

その極悪な考えに至ってから、即座に課金アイテムを用いて相手のLVを図っていく、消費系である為、少し勿体ないが、魔法や看破スキルを使えないので致し方無い、それに、相手の身なりを見る限り、探知される可能性は極めて低いと思われるが、こちらの方が確実だからと言うのもある。

 

 

(ん~?おっ、ラッキー、私より1LV低いじゃない♪ごめんなさいね~♪でも人間種がヘルヘイムに来るのが悪いんだし、しょうがないよね♪私達だって他のワールド行けば条件一緒だし、まっ、関係なく行ってるけど、だから自殺点なんて名乗ってるのよね。)

 

 

リーネの言っている事は、ある意味正しい、他の―――人間種が跋扈するワールドに行けば今度は自分達が狩られる番なのだから、人間種に異業種が目の敵にされている様に、異業種の巣窟に人間種一人で来る方が悪いのだと。

 

 

考え事をしている間に、盾の女がすぐそこまで近づいている、その姿を見つめながら、もしもの時の為に、様々なアイテムを、即座に出せる様に課金アイテムに登録していく。

 

 

そして、盾の女が射程圏内に入った。

 

 

(さようなら♪盾の人♪装備ありがとね~♪)

 

 

その瞬間、リーネの雰囲気が豹変した、野生の生物が獲物を見据えた時のような、獰猛な気配を―――殺気を身に纏い、前傾に尖らせた姿勢で、まるでミサイルの様に飛び出していく。

 

 

その視線の先―――狙いは人間種のクリティカル部分である首だ。一撃で葬れなくとも、首への攻撃により様々な状態異常が付与されるだろう。最強に思える人間種だが、肉体は脆弱なのだ、それが人間種の最大の穴であり、弱点なのだから。

 

 

状態異常の耐性を保有している可能性もあるが、全ての対策は出来はしない以上クリティカル部分を狙うのはセオリーだろう。

 

 

突如現れた存在に、盾の女が気づくのが目に入ってくる、そして盾で防ごうと右肩が上がる―――しかし、もう遅い。

 

 

(捉えたわ!最高のタイミング!ここからの回避は不可能よ、盾の人―――)

 

 

―――【右頸部への突き刺し】―――

 

 

完璧なタイミングで寸分の狂い無く繰り出された、ショートソードによる右刺突、それは対象に接触し、けたたましい金属音を上げた、そう―――

 

 

―――金属音を上げた。

 

 

(...は?ガキン?)

 

 

目に映るのはショートソードの刀身、それは綺麗に前方に伸び、間違いなく盾の女の頸部に突き刺さっている、そう、突き刺さっている筈だ。言い知れぬ恐怖が全身を駆け巡っていく、思考が瞬時に回転し、そして結論付ける―――異常事態だと。

 

 

態勢を整えるべくたたらを踏んで後方に飛びのこうとする―――が。

 

 

(~~~―――!!剣が、抜けない!どういう事!!?)

 

 

突き刺さった刀身が引き抜けない、混乱が渦を巻く、そして気づく、相手の―――盾の女の姿勢に―――

 

 

右肩が―――鎧部が上部に上がっている。

 

 

右顎部が―――額当て部が下部に下がっている。

 

 

刀身平部が―――先端部が挟まれている。

 

 

(~~~―――!!ありえない!!コイツ―――)

 

 

右肩―――鎧の突起部辺りと、右顎部―――額当ての顎部を使用し、刺突を頸部到達寸前に挟み込み―――受け止めた。

 

 

(まずい!!離れないと!でも剣が抜けない、どれだけ力のステータス高いのよ!!)

 

 

剣を引き抜こうと躍起になっていると―――声が聞こえてきた、非常に綺麗な声が。

 

 

「あら?なんの用かしら―――」

 

 

―――お嬢ちゃん。

 

 

言葉が終わった瞬間、衝撃が走る、それも途轍もない衝撃が。衝撃と共に腹部辺りが軋みを上げ―――

 

 

―――リーネの体が後方に吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギュラ、ギュラ、後方に吹き飛ばされ、一転、二転と転がる。

 

 

ギュラ、ギュラ、三転、四転、受け身を取れず転がり続け―――付近の岩場に激突した。

 

 

衝突のお陰で体が前方を向き直した、これは運が良かっただけではあるが、それでも、運も実力の内と言う言葉もある。この機を逃すリーネではない―――だが。

 

 

(!!?視界が―――視界モニターがぼやける!まずい、殴打による意識の朦朧!)

 

 

強烈な腹部への打撃―――殴打により、めまいのバッドステータスの付与、それに伴う視覚阻害、続いて思考が新たなる命令を体に下す、他の部位の確認をせよと。

 

 

(~~~―――!!手が、動きが鈍い!まずい、殴打の影響が四肢にまで―――)

 

 

これが、人間種の最大のデメリット、肉体の部位による、殴打、斬撃、炎症、凍結、様々な要素が重なり、複数のバッドステータスが付与される。これを全て対策する事は不可能だ。アイテムやクラスによる耐性を確保できたとしても全ては賄えない。

 

 

これがもし、現実の世界なら強烈な痛みにより失神しているかも知れないだろう。幸いユグドラシルにはそこまでの状態異常は存在してはいない。

 

 

目の前には右足を正面に突き出している盾の女の姿がぼやけながらも映されている、恐らく前蹴りを食らったのだろう。HPゲージを見てみるとそれなりの減少が起きている、そして思う、蹴り一発でこれかと。

 

 

(クリティカルを貰った!!糞!武器は―――ある!まだ戦える!)

 

 

右手にはショートソードの姿が目に映る、離さなかったのは奇跡だ、万全の状態ではないが、武器があるならまだ戦える、集中力を高め、追撃に備える、来るなら来い、全部捌ききってやると思っていると。

 

 

(...なんで?追撃が来ない?)

 

 

盾の女は追撃をしては来ない、絶好の機会の筈だ、それなのになぜ?時間経過により徐々に視界モニターが映像を鮮明に映し出してきた。四肢の動きも正常化しつつある。追撃が来ない意味を考えていき、一つの答えに行きついた―――その瞬間、リーネが歯ぎしりする、舐められているのだ、相手は、あの女はこちらを大した脅威だと認識していない、追撃の必要などないと、そこまでの相手ではないと、存外にそう言っているのであろう。

 

 

(傲慢ね!舐めやがって!分からせてやるわ!)

 

 

時間が経過した為、状態は正常に戻った、そしてすぐに姿勢を低く丸めていく、いつもの姿勢だ、相手を一直線に見つめるがその間も相手が構える様子はない、それならばそれでいい、遠慮なく()()()()()()()()

 

 

体の内側が見えなくなるほど丸まり、そして一直線に駆け出す、先程よりも早いのでは?と思える程の速度で、そして姿勢は先程よりも低い、狙うは足部か?それとも盾の隙間―――腹部か?どちらにせよ悪手に近い行動に思えた。

 

 

自分の直線状を馬鹿正直に突っ込んでくる相手に対し、盾の女が呆れた様な雰囲気を醸し出し、叩き伏せようと行動に移ろうとした瞬間―――

 

 

―――低滑空していたリーネから、盾の隙間部に小さなボールが投げ込まれた、そしてボールが弾け、どす黒い煙幕が周囲に広まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?小癪ね、背後でも取るつもり?」

 

 

―――【右盾横振り】―――

 

 

右手の盾を振るい、爆風が起きる、煙幕が一瞬にして吹き飛ばされ視界が良好に戻る。

 

 

「残念だったわね、お嬢ちゃ―――」

 

 

視界に飛び込んできたのは一本の短刀、煙幕発生の瞬間投げ入れたのだろう、正確に喉元に向け投げ入れられている。タイミングは完璧だ、今回も、そして―――それすら当たらなかった。

 

 

「残念ね、お嬢ちゃん。」

 

 

軽い金属音を上げながら短刀が進行方向を変えていく、盾に方向を変えられて。振ってからでは間に合わなかったタイミングの筈であった、しかし弾かれた。

 

 

そこに目を向けて見れば、盾の角度が変わっているのが見えてくる、盾の女は振ったのではなく、当てたのだ、盾の端を。

 

 

過度に動かす必要などない、盾は顔付近まである大楯である、ほんの少し横にずらせば―――、斜めに倒せばいいだけの事だ、前腕と肩部と腰の捻り、振るには三つの動作がいるだろう。遅くて当然なのだ、それだけ多くの動作をしているのだから、だから手首のスナップだけを使えばいい、それならば一つの動作だけで済む、振り払う必要などない、ほんの少し当ててやれば軌道は変わるのだから。

 

 

そう、するべき時に、するべき事を、最小の動きで、最短を走ればいい。ただそれだけだ。

 

 

軌道を変えられた短刀が右頬を掠め斜め後方に飛んでいく、盾の女の視線は変わらない、顔をそむける必要すらないと言う事なのだろう。

 

 

奇襲は―――奇策は通用しなかった、さぁ、次はどうする?そう思い周囲を見渡す―――が、少女の姿は見えない。

 

 

(あら?居ないわね?もしかして逃げ―――)

 

 

そう思った瞬間、左足付近に人影が見える、見れば少女の左手が自分の左足を掴んでいる姿が映った。

 

 

(!足を取りに来た?切り崩すつもり?まさか、最初からこれが目的?)

 

 

低い姿勢、それは手に持ったボールを体で隠す為でも、短刀を投げ入れる為でもない、初めから足を取りに来ていたのだ、スライディングの要領で―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(―――って、思ってるんでしょ!)

 

 

リーネの左手が盾の女の左足を掴む、そして理解する、切り崩すのは不可能だと―――想像通りだと。

 

 

(さっきの力、明らかに特化してる、そりゃそうよね、タンクだもん、力に入念に振るのは当然よね、私の力で切り崩すのは不可能、そんなのは、分かってるわ!)

 

 

左足を掴む手に力が入る、そして態勢が回転するかの様に円を描こうとし、下半身が跳ね上がる、盾の女の左足を軸に、遠心力によって右足が弧を描き、顔面に向け振り上げられる。

 

 

―――【右足昇打(しょうだ)】―――

 

 

地面擦れ擦れから上段―――盾の女の顔を目掛けて右足が迫る、狙いは顎部、人間種のウィークポイントだ、間違いなくクリティカル判定が出る、それに伴う状態異常も、狙いすました攻撃が盾の女に直撃し―――

 

 

―――またもや、金属音がなり響く。

 

 

「...う、嘘...。」

 

 

右足は直撃した―――右の大楯に、まるで動きを読んでいたかの様に最短距離を走り、当たる筈の無かった盾に衝突した。

 

 

「あら。可愛らしい声ね、ふふ、もっとおしゃべりしたらいいのに、私好きよ?あなたの声。」

 

 

怖気が走った、堪らずリーネが距離を後方に取り態勢を整えていく、その際に手足が震える様な感覚に陥る―――が、実際には震えてはいない、ユグドラシルはゲームだ、その様な感覚は搭載されてはいない。

 

 

(何なの!?コイツ!?もしかして、この辺にモンスターが居ないのってコイツが狩りつくしたから?まさか...そんな事できる筈が...ヤバい、ヤバすぎる。)

 

 

盾の女を見つめながら、頭の中で警報が鳴り響く、リーネの中の危険センサーがギュルンギュルン言い本体に伝えてくる。

 

 

逃げろと―――勝てないと。

 

 

思考を巡らせ、脳内で様々な行動を考えていくが、悉く阻まれる姿しか浮かばない。まるでたっち・みーと相対しているようだと思い―――すとんと胸に落ちてくる物が在った。たった数度の攻防、しかしその短い戦いの中で、その思いと共に、ある一つの結論が自分の中で出たのだ。

 

 

この目の前の女は、たっち・みーと同じく、”強さ”という概念において、一つの”極地”に達している存在だと―――分かってしまった、分からされてしまった。

 

 

(勝てない、どうにもできる気がしない、逃げなき―――)

 

 

逃走の二文字が脳裏を過った、そして一瞬にして膨れ上がる、怒気、これは盾の女に対してではない、逃げようとした自分に対してだ。影から奇襲し、返り討ちにされ、逃亡する、どれほど無様だろう。

 

 

そしてそれによる周りの蔑みの声、自分だけなら良い、自分だけなら我慢できる、しかしそうはならないだろう。

 

 

仲間も―――大切な仲間達も笑いものにされるだろう、所詮は異業種だと、何が自殺点だと。そんな事は言わせない、許さない。だからこそ、ここで逃走はありえないのだ。

 

 

決意を新たに勝利への道筋を模索していると―――

 

 

―――盾の女から声を掛けられた。

 

 

「ねぇ、お嬢ちゃん、お嬢ちゃん噂になってる子よね?強い仲間に囲まれて好き放題したくなる気持ちも分かるけど、もう終わりにしない?私今回の遠征で結構消耗してるのよ。HPも三割切ってるし、消費アイテムも底を付いちゃってる状態なの。お姉さん優しいのよ、怒らないから、いい子だからお家に帰ろ?ねっ?」

 

 

その言葉を聞き怒気が更に増していく、こちらを完全に舐め腐っているからだ。沸々と怒りが沸いてくるが、それと同時に、しょうがないという気持ちも沸いてきている、、それだけ実力差があるのだろう、自分は戦いの土俵にすら上がれていない気もする、だからこそ、舐められて当然だという気持ちも沸く。

 

 

そして相手の―――盾の女の言葉に対し言葉を返していく。

 

 

「あれれ~、もしかして私が怖いの?おばさん。」

 

 

言ってやった!言ってやったぞ!!その言葉を聞き盾の女の雰囲気が少し変わる。

 

 

「...あら?手癖、足癖が悪いだけじゃなくて口も悪いのね、残念だわ、じゃあ、お望み通り―――」

 

 

―――殺り合いましょう。

 

 

そう言葉を言い終わると共に、盾の女が突進してくる、しかし速度はそれほど早くはない、その代わり、タンク職特有の重量感のある力強い動きだ。

 

 

その突進を横跳びに、ひらりと回避し、攻撃の一手を取ろうとする―――しかし

 

 

「あら?上手に避けるわね、お手本みたい、そして―――安直ね。」

 

 

盾の女が言葉を発した次の瞬間、右足を地面に踏みつけた―――瞬間、地響きが鳴り響き地面が揺れる。

 

 

地揺れ(クエイク)】相手の態勢を崩すだけのタンク職の基本スキル、大した威力も無い初級スキルであるが、盾の女にはそれで充分なのだ、どんなスキルも、使い方一つで化けるのだから。

 

 

周囲の地揺れの影響で着地点に降り立ったリーネの態勢が崩れる、着地の瞬間を狙われたのだ、態勢を立て直す暇もなく、右から盾が迫って来ている―――盾で殴り飛ばす気だ。

 

 

「【水燕の歩方】!!」

 

 

ヌルリという風にリーネの体が動き、瞬間切れのある動きに変貌する、水面を飛行する燕のような切れのある動きで盾を回避していく、これはリーネが収めるクラスの一つのスキルであり武技の流水加速に少し似ている、素晴らしい回避能力を持つが一日の使用回数のある貴重なスキルだ。

 

 

「ふぅん、そう避けるのね、でも大丈夫かしら?こんな攻撃に、そんな貴重なスキルを使って、後が持つのかしらね?」

 

 

軽い言葉が聞こえてくる、相手からは余裕の色が消える気配はない―――が、そのまま油断していてもらえた方が好都合だろう。スキルによる超高速移動によって一瞬にして盾の女の背後に回り込む。

 

 

盾の女の速度では振り向き防ぐのは間に合わない、斬りつける為に踏み込み―――

 

 

「そうね、それがセオリーね、だからもう一度言うわ、安直よ。」

 

 

―――二度目の足踏みが地を揺らす、次は踏み込みを狙われた。死角からの動きに対して正確に踏み抜かれた地揺れが再度襲い掛かる。

 

 

着地の際よりも確実に地揺れの精度が上がっている様に感じられる、信じたくはないが既にタイミングを把握されつつあるのだろう、態勢の振れにより剣が空を斬っていく、そして崩れた態勢―――目線の先に盾が現れた。

 

 

―――【右盾昇打】―――

 

 

崩れた態勢により、地面を拝む筈だった自分の目線の先に突如現れる大楯。その盾が下から打ち上げられ、凄まじい衝撃と共に顔面が上方に跳ね上げられた。揺れる視界の先にはヘルヘイムの薄暗い空が垣間見える、しかし、その空すら長く拝む事は叶わない、またもや、視界一杯に大楯が姿を表した―――それは正しく盾だった、先程までの歪な盾ではなく綺麗な一つの大楯、”結合”している、”二つの盾”が、そして、それは無慈悲に打ち下ろされる。

 

 

―――【大楯振り下ろし】―――

 

 

跳ね上げられた顔面が、盾の振り下ろしによって、今度は下方に叩きつけられる、そして勢いを殺すことは叶わずにそのまま顔事、地面に激突していった。

 

 

(~~~―――!!)

 

 

奇襲は成功しなかった、そして今度はスキルを用い、正攻法で立ち向かうが通用しない、背後を取っても一撃当てる事も叶わないのだ、手も足も出ない、まるで相手になっていない。まるで予知されているかの様な、誘導されているかの様な感覚さえ覚える、スキル?反射神経?そんなチャチな物では断じてない、もっと恐ろしい物の片りんを味わったような気がした。

 

 

先程も思った事がまたもや脳裏を過る、ヤバすぎると、手を出すべきではなかったと。しかし、疑問が浮かぶ、こんな存在がユグドラシルに存在するなど自分は知らなかった、有名な奴はそれなりに頭に入っているが、こんな盾を使う人物は知らない、なぜこれ程の存在が噂にもならない、なぜ無名なのだ。

 

 

ゆっくりとリーネが立ち上がろうとしている、視界がぼやける、二度クリティカルを貰っているのだ、当然と言えるだろう、悪くなった視界の先で盾の女の大楯が二つに分かれた、状況によって結合できるのであろう。

 

 

そして―――やはり追撃は来ない。

 

 

「もういいでしょ?お嬢ちゃん、お姉さんの方が強いの。分かるよね?」

 

 

悔しい、これが現実なら涙を流しているだろう、ユグドラシルに救われた、無様をさらさずに済むのだから。そんなリーネを他所に盾の女が尚も喋り掛けてくる。

 

 

「動きが直線的で分かりやす過ぎるのよ、お嬢ちゃん、皆、強いスキルが欲しい、強い装備を作りたいとすぐ言うわ、確かにそれも重要よ、でもそれだけじゃ駄目なのよ?どんな強力なスキルや魔法でも、発動までのプロセスが―――過程が重要なのよ、安直な行動では駄目よ、今のお嬢ちゃんは力に振り回されている様に感じるもの。」

 

 

はい、優しいお姉さんからのアドバイスは終わり、授業の続きと行きましょう。と言い言葉を締めくくっていく。

 

 

過程?その言葉を聞きながら、意味を考えていく、”過程”、たまにモモンガからも言われる言葉だ。頭の中に靄が掛かりそうになり、思考を途中で放棄していく、この女相手にその様な状態で戦う事は出来ないからだ、それに、これは揺さぶりという線も考えられるからだ。

 

 

今は盾の女に集中しなければならない。

 

 

そう思った後に、HPゲージに目を見やる、現在六割と言った所か、思ったよりは多いと思い、そして思い出していく、LV差補正が掛かっているのだろう、リーネの方が盾の女よりLVが高いのだから。LVの差はたった1であるがこのゲーム―――ユグドラシルに置いてその意味は大きい。

 

 

(無様ね、私。LVが下の相手にボコボコにされて―――でも、逃げないわよ!)

 

 

盾の女は喋り終わった後も優雅に立っている。状態が回復するまで待ってくれているのだろうとリーネは思う。優しい女だ、しかしその優しさがこの女の弱点だとも思う。

 

 

(お優しい女ね!遠慮なく休ませて貰うわよ。)

 

 

視界が正常に戻っていく、それと同時に右肩を軽く回した、問題ない回復した。目の前では盾の女が、もういいの?と聞いてくる。

 

 

「うん、もういいわよ、おばさん。」

 

 

「もう、また言う、本当に口が悪いわね―――っと。ふふ、全く理解してないじゃない、話聞いてたのかな?」

 

 

会話の刹那の横薙ぎ、剣は盾に阻まれ通らない、そして金属音が鳴り響いた瞬間、盾が光り輝き、甲高い音と共に衝撃波が襲ってくる。

 

 

(これは!【衝撃(ショック)】!?)

 

 

リーネが衝撃波に巻き込まれ吹き飛ばされた、衝撃波によるダメージはそれ程は入ってはいない、そう―――先程の衝撃の分は。

 

 

(!追加の...属性ダメージ!これは...神聖属性!?【聖衝撃(ホーリー・ショック)】か!?)

 

 

先程の正統派な姿からは思っても見なかったスキルと属性のコンボ、このようないやらしい戦法を取ってくる人物とは思ってはいなかった、いや、思わされていたのか?幅が広すぎる、対策が纏まらない。

 

 

(それでも...殴打よりマシね!これならいける!)

 

 

行動阻害も何もない、追加ダメージは痛いが、逆を言えばそれだけだ、攻撃を続行しようと、スキルを使用し、速度によるかく乱を行いながら盾の女に接近していく、そして攻撃に移ろうと、右足を踏み込みかけたが―――盾の女の右足が少し構えたのが目に飛び込んできた。

 

 

(何度も同じ手を食うわけないでしょ!タイミングはもう分かった!)

 

 

瞬間、動きを止める、攻撃は―――踏み込みは行われない。盾の女の右足が地面を踏み付ける、地揺れが発生する瞬間を見計らったリーネが前方に飛び上がる。

 

 

そして、地揺れが発生する―――かに思われたが、地揺れは起きなかった、代わりに地面が変貌を遂げ、土の塊が土柱の様に伸びてき、リーネの腹部に直撃していった。

 

 

―――【大地の柱】―――

 

 

同じタイミング、同じモーションで繰り出されたスキルによって、リーネの体が後方に吹き飛んでいく。

 

 

「駄目駄目、全然駄目よ、お嬢ちゃん、二回見せたのよ?何度も同じ手を使う訳がないでしょ?」

 

 

刷り込まれていた―――地揺れの脅威を、足踏みに警戒心を抱かせ、地揺れが確定事項であるかの様に思わされていた。技術だけではない、この女は戦略も特級だ。

 

 

吹き飛んだ先で指を、コキコキと鳴らす、問題ない、動く。瞬時に思考を切り替え、攻撃に転じようと臨戦態勢に入ろうとし、盾の女が指を鳴らしているのが目に入る―――そして、ゾワリと悪寒が走る、何かは分からない、しかし不味い気がする、気がするだけだが、この感覚は無視できない、未だかつてない程、研ぎ澄まされた感覚が警報を鳴らす。

 

 

後方に―――下がれと。

 

 

「アァァァーーー!!」

 

 

雄たけびを上げ、臨戦態勢に入りそうだった体を無理やり動かす、そして後方に飛び退き、後退していった。その瞬間―――上空から鉄の塊が落ちてくる、重量感を感じさせる、鈍く低い音を立てながら、鉄の塊がリーネの元居た場所に降ってき、地面に激突する。

 

 

「そうそう、それでいいのよ、お嬢ちゃん、行動を無駄にしては駄目なのよ、だから一つの行動の後には繋ぎが来ると思いなさい、だから...まだ、油断しちゃ駄目だからね?」

 

 

その言葉を聞き、前方の鉄の塊に目を向ける。

 

 

上空から降ってきた鉄の塊には、幾多の顔―――絶望に泣き叫ぶ顔が一面に敷き詰められている、そして、奏で出す、怨嗟の声を。

 

 

(これは!!【呪詛の分銅】コイツ!押しつぶす気だったのね...まずい!もっと離れないと!)

 

 

怨嗟の声が大声量で吐き出される、呪詛の声が響き渡る―――【絶望のオーラ】―――がまき散らされる。瞬時に気づき、離れた為、効果範囲内には入ってはいない。仮にあのまま攻撃に転じていたら、分銅に頭上から押しつぶされ、絶望のオーラによる状態異常の嵐だったであろう―――すなわち、敗北である。

 

 

(まさか、コイツ【呪われた守護者(カースド・ガーディアン)】なの!?嘘!なんで!?だってコイツの装備は神聖属性のはず!ペナルティで装備できる筈がない!)

 

 

ありえない現象に思考が混乱で覆われる、あり得る筈がないのだ―――普通は、そう普通は、だ。リーネはまだ知らない、この世界には―――ユグドラシルには、隠されたクラスなど山ほど存在するのだ。愚直なまでに我を貫き通した者にしか得られない、一つの事を極めた者しか得られない力もまた存在する。

 

 

「あら?私を相手に考え事?お姉さん悲しいわ。」

 

 

しまった、思考の渦に飲まれた隙を付かれ、盾の女の接近に気づくのが遅れた。瞬時に思考を切り替え、回避に移ろうとする、しかし、そこで盾の女の右足が踏み込みの姿勢に入っているのに気づく、どっっちがくると思考が混乱し、一瞬の硬直が生まれ―――右足が踏み込まれる事は無かった。

 

 

(!?どういうこ―――)

 

 

どういう事だと思ったのもつかの間、盾が右から顔面に向け迫って来ているのが見えてくる、地揺れでも岩柱でもない、フェイントに使われたのだ。ここで初めて自分の身に起こっている事に気づいていく、警戒心を刷り込まれ、一つの行動に対して複数の選択肢を()()()()()()()、それに伴って起こる一瞬の硬直、行動に注視させられ過ぎる余り、他の行動に対する対応が一歩遅れてしまう。

 

 

警戒心を持たせる、たったそれだけの事だが、この意味は途轍もなく大きい。

 

 

盾が自らに向け迫って来ている、盾は不味いと思い回避行動を取ろうとするが、盾の角度が広いのに気づいていく、いわゆる大振りと言うやつだ。この角度なら恐らく受け流せるだろう、最悪被弾してもクリティカルは免れそうだ、下手に回避に転じ、地揺れや、岩柱の餌食になるよりはこちらの方が()()()()()()()()

 

 

盾の角度を見極め、剣が高速で盾をいなそうと走り―――リーネの視界が回転する、いや、正確にはリーネが回転した。

 

 

「ふふふ、本当に可愛い、何度も言ってるでしょ?お馬鹿さんね、手癖、足癖、口に続いて頭も悪いのかしら?ねぇ、お嬢ちゃん―――」

 

 

―――足元お留守よ?

 

 

―――【足払い】―――

 

 

ちりばめられた脅威、足踏みの脅威と盾の脅威の二段構え、この戦いに置いて最も警戒心を刷り込まれているであろう盾を用いてのフェイント、全神経を盾に集中させられたのだ、足元まで気は回らないだろう。

 

 

リーネの足が払われ体が宙を舞う、かろうじて受け身を取ったが、眼前には銀の足甲が飛び込んできた。

 

 

―――【球蹴蹴り(サッカーボールキック)】―――

 

 

足甲のつま先部が顔面に直撃し、首が逆くの字を描く、そして、そのままリーネが後方にはじけ飛ぶ、もう今日何度目か分からない、HPゲージが三割を切った、そう、まだ、三割だ、非常に優しく手加減をしてもらっているのであろう。そして、吹き飛んだ先でリーネがうつぶせになり―――そのまま動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら?どうしたの?手加減してあげてたからHPには余裕がありそうだけど...やり過ぎたかしら?えっ?嘘、泣いてない?大丈夫?」

 

 

ピクリとも動かない相手に対し少し心配になり、盾の女がゆっくりと近づいていく、声を聴く限りはまだ子供だ、少し大人げなかったかも知れないと思いながら様子を見に近づいて行く。

 

 

歩を進め、少女の場所までたどり着く―――が反応がない、これは本当に泣いているかも知れないと思い、肩を叩こうと近寄った、すると。

 

 

「...ぎ...だ...ふり...。」

 

 

何かを呟いている声がポツポツと聞こえてきた。しかし良く聞こえない、声音を聴く限りは、恐らくは泣いてはいないだろうと思い、少し安心する。

 

 

「?どうしたの?お嬢ちゃん?お姉さんやりすぎちゃったかな?ごめ―――」

 

 

盾の女が、謝罪の言葉を掛けようと口を開く、そして目に入る。

 

 

手に握られている―――ロケットの様な物が。

 

 

「!!?しまっ―――」

 

 

「秘儀!死んだふりぃぃぃぃぃーーー!!」

 

 

その掛け声と共に手に握られていた、ロケット爆弾が盾の女に直撃し、轟音を上げ、盾の女が吹き飛ぶ―――かに思われたが、煙の隙間から、欄々と輝く盾の姿が目に入ってくる。

 

 

完全に意表を着いた攻撃、それすら防いでいく技量に感服していくのが普通なのであろうが、しかし、刮目するのはそこではない、ロケット爆弾は吹き飛ばす事を前提とした、ノックバックに特化したアイテムである、盾で受けたとは言え、それを受けてなお、盾の女はどっしりと地面に構えている。

 

 

揺らがない―――盾の女は倒れない。

 

 

(~~~―――!!やるじゃない、お嬢ちゃん!私の性格を把握した上での奇襲、見事よ!でもね、私は皆の盾なの、盾は倒れる訳にはいかないのよ!)

 

 

盾の女の心の中に浮かぶ言葉達、タンクとしての秩序が、盾としての信念が木霊し、より一層大地を踏みしめる。

 

 

(しかし、視界が悪いわね、凄い煙―――まさか?)

 

 

舞い上がる黒煙を見つめていた盾の女の頭の中に、ある記憶が蘇ってくる、応戦を始めたばかりの時の煙幕の記憶が。

 

 

(小癪ね、お嬢ちゃん、良いわ、捌いてあげる。次は何が()()()()()のかしら?)

 

 

煙幕ボール、短刀、ロケット爆弾、この娘は中距離への遠投アイテムを好んで使う癖がある事を、短い戦いの中で気づき、この後に遠投アイテムが飛んでくる可能性に瞬時に行きついていく。

 

 

最初の煙幕の時と同様に、右盾での振りを行い、煙を晴らしていく、それと同時に後方へ飛び上り、距離を保っていく。アイテムを弾いた際の隙を付かれ、懐に潜られるのは不味いからだ、少女との距離は近すぎる、なので、一度間合いを確保する必要があるのだろう。

 

 

吹き荒れる爆風によって煙が晴れていく、そして目に飛び込んできたのは遠投アイテムなどではなく―――いつの間にか、一冊の魔導書を手に持った少女の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ははは、何しても無駄じゃない...こんな化け物に勝てるわけないよ...。)

 

 

強烈な蹴りを顔面に受けて、リーネが宙を舞いながら吹き飛んでいっている、その際中に心の中に諦めの言葉達が溢れ出てくる。

 

 

(もう訳分からないよ、全部読まれてるんだもん...チートじゃん、ずるいよ...大体、過程って何よ...私だって色々考えて戦ってるんだもん、何が違うのよ。)

 

 

地面に墜落し、ギュラギュラと回転していきながら、盾の女に言われた言葉が脳裏に過っていく、自分とあの女の何が違うのかと。先程靄が掛かっていた、過程と言う言葉について考えて行った時に、ふとモモンガとの会話が思い出された。

 

 

『モモンガさんって何でそんなにごちゃごちゃ考えて戦ってるの?超位魔法でばーんってやればいいじゃない。』

 

 

『アホかお前、超位魔法なんかそうそう当たる訳ないだろう、発動までにやられるぞ。』

 

 

『むぅ、知ってるわよ、それ位!だから召喚とかして壁作ってやればいいじゃん!』

 

 

『いや、だからな、そんなの誰でも考え付く事だろ?AIのモンスターとかならともかく、PVPはプレイヤー相手だ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)を相手にしてるんだし前衛を召喚するなんて簡単に予測がつく、対策は打たれていると考えるべきだ、逆にそれを利用し、意表を突くくらいじゃないと超位魔法なんかPVPで発動できんぞ。いや、意表を突いたとしても厳しいかもしれん。』

 

 

『そんな時こそ、課金アイテム~、課金しちゃいなさ~い。』

 

 

『ぐっ、それを言ったらお終いだろう、まぁ、なんだ、俺なら超位魔法の発動の可能性ををちらつかせて、相手の行動を誘導するかもな、相手は俺が課金アイテムで短縮できないの知らないし、警戒させるだけさせて罠にはめる、その為の過程として使えるなら、超位魔法も悪く無いかも知れないな。』

 

 

(意表を突く...過程...そう言えばこの時言ってたんだっけ?)

 

 

モモンガとの会話を思い出しながら、しばらく転がり続けたリーネだが、やがて勢いは止まり、そのまま地面にうつ伏せになる、立ち上がりはしない、未だ思考の海に潜り続けていた。

 

 

『俺は弱いからな、色々試行錯誤して戦わないと勝てない、自分のできる全てを使い、騙して罠にはめる、様々な過程を経て、最後に相手を倒すんだ、ていうか剣士も一緒だろ?違うのか?』

 

 

『えぇ~、一緒じゃないよ、魔法みたいに色々できないもん。』

 

 

(違う...一緒だ...)

 

 

『そうなのか?昔たっちさんは相手の動きを読んだり、攻撃を誘導したりしなきゃいけない見たいな事言ってた気がするぞ。』

 

 

『そんな事言ってたっけ?多分聞いた事ないよ?』

 

 

(違う...言ってた...忘れていただけ。最近聞いて無かったから...最近稽古をつけて貰って無かった...いいや、私がしていなかったから...PKばかりして、教えて貰った基礎すら台無しにして...。)

 

 

何度も言われていた筈である、戦いに置いて大切な事を何度も、それを忘れ、努力すら辞めてしまっていた自分に呆れが出てくる。思考の海に沈んでいたリーネの耳に、盾の女の声が微かに届いてき、我に返っていく。

 

 

聞こえてきた声は、大丈夫?や、やり過ぎた?などの言葉だ、あの優しい女の事だ、恐らくはここまで様子を見に来るだろう。

 

 

このまま今までの事を謝ってしまうのが一番良いだろう、盾の女は間違いなく許してくれる、でもリーネはそれだけは嫌だった。

 

 

(嫌だ!逃げたくない!私は、私はいつか、たっちさんを超えたい!たっちさんを倒せるくらい強い女になるの!それがあの時、私を助けてくれたたっちさんへの一番の恩返しだから...だから...逃げたくない...この女に、()()()()()()!)

 

 

今まで誰にも言った事がない、かつて決意した言葉が、忘れていた気持ちが自分の中で雄たけびを上げていく。奮い立った気持ちが、勝利への道を模索し始めた、今盾の女は、この戦いに置いて最も油断しているだろう、ここしか勝機はない、ここを逃せば盾の女に一撃与える事すらできず、そのまま敗北する。

 

 

今の自分にできる事を必死にリーネは考える、たっち・みーに教えて貰った事を思い出しながら高速で思考を回転させていった。今の自分には、たっちや盾の女の様に器用な事はできないかもしれない、だから、今できない事は忘れて、今の自分の全てを使った方法を模索していく。

 

 

そして、気づけば盾の女が自分の元まで辿り着いている、やはりこちらを心配していたのだろう、優しい言葉を掛けて貰っている。信じていた通りに、盾の女が自分の間合いまで入り込んだ―――ここが勝負時である。

 

 

(ごめんなさい...たっちさん...もう、忘れないから。)

 

 

うつ伏せている少女の表情は見えはしない、しかしそこには覚悟の表情が作られている様に感じる。

 

 

かつて、あのたっち・みーすら唸らせた少女の心に、忘れていた闘志に、今―――

 

 

―――火が灯る。

 

 

「!!?しまっ―――」

 

 

「秘儀!死んだふりぃぃぃぃぃーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞い上がる煙が一瞬にして晴れていき、盾の女の姿が鮮明に映し出されていく。きちんと自分との距離を確保している盾の女の姿が。

 

 

(流石ね、本当に流石だわ、ぐうの音もでない、でも、とんでもなく凄いアンタだからこそ、そうすると思ったわ!)

 

 

―――【万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)】―――

 

 

甲高い音と共に、魔導書に封印されていた魔法が発動し、盾の女に轟雷が舞い落ちる。

 

 

「―――課金アイテムね!」

 

 

盾の女が何かに気づいたかの様な叫び声を上げていく、そしてそれは正解である、先程から瞬時にアイテムを使用出来ているのは課金アイテムのお陰だからだ。

 

 

大いなる力(金の暴力)】が盾の女を襲う。

 

 

先程の叫び声は、最初のロケット爆弾の時点でそこに思い至らなかった自分への罵声なのかもしれない。

 

 

舞い落ちた轟雷がけたたましい音を鳴らしながら弾け続け、辺り一面に目を覆いたくなるような光が溢れる。

 

 

轟雷による属性ダメージ―――鎧を装備している盾の女には有効な手である筈だが、それ程ダメージが入った様には見えない、その理由は耐性の付与にある、鎧と言う金属を纏う事により、弱点となってしまう属性への耐性を、完全耐性とまではいかないが付与されているのであろう。

 

 

轟雷が消失していくが、盾の女のHPを削りきるには至らなかった様だ、ただ、轟雷が舞い落ちた瞬間の光によって、盾の女が一瞬だけリーネの姿を見失った様に見えた。

 

 

そして、轟雷が完全に消失していくのをリーネが見つめる―――構えに入った状態で。

 

 

そう、ロケット爆弾の煙幕は盾の女に距離を取らせる為にあった、この作戦には距離が必要であったから、一種の賭けの様な物であったが信じていた通り、盾の女は距離を取ってくれた。轟雷は盾の女を一瞬硬直させる為にあった、この斬撃は盾の女に当てるのは至難の技だからだ、正確には狙いに当てるのはだが。

 

 

そう、ロケット爆弾も、魔法も、全ては―――この一瞬の為。

 

 

―――【レイザーエッジ】―――

 

 

複数の斬撃が盾の女に向かい飛来していく、下段から救い上げられる様にして放たれた斬撃が、対象に衝突し甲高い金属音を上げ―――両の盾が上方にかち上げられていった。

 

 

盾の女の両手が大きく開いていき、懐が露わになっていく。

 

 

(あぁ...そう。弾くのね、この私の盾を。)

 

 

―――【水燕の歩方】―――

 

 

その瞬間、スキルを発動させ瞬時にリーネが隙間に入り込んでいく、確かにその盾は脅威だ、防御にも攻撃にも使用できる、そして、その”大きさ故”に、小さな体を生かし、被弾を減らすリーネにとっては天敵とも言えるだろう。しかし、その大きさはデメリットにも成りうる、その”大きさ故”に懐に潜られてはまともに使うのは困難だ。

 

 

「これが過程ってやつなのよね!おばさん!」

 

 

完璧に懐に潜り込んだリーネが、その言葉と共に切り刻む、一撃、二撃、三撃と切り刻んでいく、盾の女のHPは最初から三割を切っていた。このまま押し切れる―――その筈だった。

 

 

リーネの左右から両盾が迫って来ている、否―――両手が迫って来ている。

 

 

(!?一体何を!?)

 

 

迫る両手に一瞬戸惑うが攻撃の手は緩めない、悪あがきだ、この距離では、その大楯は真価を発揮しない。

 

 

そして両手が迫り―――そのまま強く抱きしめられた。

 

 

(!!?はぁ!?ちょっと、どうい――)

 

 

思考する暇もなく、リーネの目にあるゲージが見える、それはHPゲージだ、ゲージが徐々にだが減っていっている、それを見て理解していく、この女は自分をこのまま力任せに圧死させるつもりなのだと。

 

 

(そういう事ね!でも、そんな簡単にいかないわよ!脱出を―――!?)

 

 

そう思った瞬間、リーネの周囲に青白い靄が沸き上がり出したのが見えた、神聖さを思わせる綺麗な靄が自らの体を包み込んで行っている。

 

 

そして、それに伴い、HPの減少が早まっていく。

 

 

(属性ダメージ!?盾の力ね!?まずい、どんどんHPが減っていく!)

 

 

想像していた以上にまずい状況に焦り、即座に脱出しようと試みる―――が、両手が動かないのだ、その理由は関節部も同時に圧迫されているからだ、乾いた笑いが零れそうになる、どこまでもこの女は技巧派だと。

 

 

「ふふ、噂以上だったわよ、お嬢ちゃん、これで授業終了ね、満点はあげれないけど、まぁ、合格点はあげてもいいかな。最後のは中々良かったわよ。」

 

 

「―――最後?何を言ってるの?」

 

 

(?)

 

 

盾の女の言葉に対してリーネが言葉を返していく、そして、これはゲームなのでありえない事なのだが、リーネの表情が、心なしか笑っている様に見えた、そしてその笑みは、少女が無邪気に作る表情ではなく、獰猛な―――

 

 

―――戦士の笑みにみえた。

 

 

「授業はまだ終わってないわよ!おばさん!」

 

 

獰猛な戦士の笑みを作ったリーネの言葉の後すぐに、盾の女の後頭部付近に途轍もない衝撃が走っていく、理由は分からないが、何かが後方から飛来してきた様に感じられる。

 

 

そして、理由は即座に判明していった、後方から飛来してきた物体が盾の女の視界の先に、空中を舞いながら落ちてきているのが見えてきたからだ。

 

 

くるくると短い鉄が舞い落ちている、そう短い鉄が、短刀が―――

 

 

―――【磁力短刀(マグネット・ダガ―)】が。

 

 

(あれは、最初の煙幕の時の―――)

 

 

一瞬の混乱が、一瞬の隙が盾の女に生まれていく、そしてそれに伴って、盾の女の両手の束縛が一瞬だけ緩んでいき、両手に隙間が生まれていった。

 

 

―――【狂戦士状態】解放―――

 

 

ベルセルクの持つ諸刃のスキルによって、リーネの力が爆発的に上昇していく、このスキルは癖が強く、逆に敗北の一助になりかねない、だがしかし、今ここに勝機は見えた、使用するにはここしかないだろう、この戦いの全てがこのスキルに集約されていく。

 

 

積み重ねた全ての過程が今―――花開いた。

 

 

「一手違いだったわね!!おばさん!!」

 

 

―――【両肘開き打ち】―――

 

 

両肘を外側に開いていき両の手を弾き飛ばしていく、狂戦士状態の開放によって爆発的に高まった力が盾の女の両手を凄まじい勢いで弾き飛ばしていく。

 

 

凄まじい勢いで手が―――盾が天を仰ぐ。

 

 

―――【剣柄部での顎部かち上げ】―――

 

 

攻撃を無駄にしない為の次の攻撃が、盾の女に炸裂していく、次の一手への迷いの無さが行動を洗練させていき、攻撃と攻撃の間の継ぎ目がまるで無いかの様な動きへと変えていった。

 

 

そしてその攻撃は斬りつけではなく、柄部での殴打であり、人間種のクリティカルポイントでもある顎部へのかち上げだ、その攻撃を受けて、盾の女の意識が朦朧していく、視界がぼやけていき、四肢の動きが鈍い物へと変わっていく―――しかし、盾の女は倒れる事はない地面を踏みしめ耐えている、が、態勢は揺らぐ。

 

 

「~~~――!倒れない、倒れる訳にはいかない、私は盾よ!」

 

 

盾の女が、盾である事に拘り続ける、確かに、ここで倒れてしまえば勝敗に直結するだろう、しかしそれだけでは無いように思える、只々愚直な、突き抜けた信念がそこには有る様に見えた。

 

 

この戦いに置いて初めて揺らいだ盾の女に、更なる追撃が向かっていく、リーネが構えに入っている、そう、この構えは。

 

 

(レイザーエッジ!?まずいわ、いや―――きなさい!お嬢ちゃん、全部捌いてあげるわ!)

 

 

ケンセイの極限の斬撃が盾の女を襲おうと刃を研ぎ澄ます、超高速で盾の女に剣が向かっていっている。

 

 

両肘による開き打ちで盾を弾き、剣柄部による殴打で朦朧にし、態勢を揺らがせた、そして続く攻撃は先程盾を弾き飛ばしたレイザーエッジ―――盾の女が瞬時に構えに移ろうとする、それもそのはずだ、そのスキルは強力であり、先程一泡吹かされた代物なのだから、警戒して当然なのだ、そう警戒して当然だ。

 

 

もう一度言おう、積み重ねられたプロセスは―――過程は今、花開いた。

 

 

盾の女に向かい剣が高速で走っていく―――がスキルの発動は未だ行われない、そして、最短を走り、ありえない速度で剣の前まで移動してきた盾の手前で、ピタリと剣が止まる。

 

 

(!?すんどめ―――)

 

 

剣を弾き返そうとした盾の前で剣が止まる、それを不思議に思いながら、盾の女の視界が回転していった、いや正確には―――盾の女が回転した。

 

 

「ありがとうね、最高の授業だったわ、ねぇ、おばさん―――」

 

 

―――足元お留守よ。

 

 

―――【足払い】―――

 

 

警戒していた攻撃、いや、警戒させられていた攻撃に注視しすぎ、足元まで気が回らなかった、それでも普通の状態なら足払いを成立させるのは不可能だろう、しかし、今盾の女は普通の状態ではない、殴打により四肢が揺らいでいるからこそ成立させる事が出来たのだ。

 

 

盾の女が宙を舞い、そのまま地面に落下していった、この戦いに置いて初めて、盾の女が倒れた。

 

 

盾の女が天を見つめている、しかし、その先は、空は見えない、なぜなら障害物があるからだ、そしてそれは迫ってくる、猛スピードで―――剣の柄が迫ってくる。

 

 

「...ちぇっ、やるじゃない―――」

 

 

―――お嬢ちゃん。

 

 

―――【柄部振り下ろし】―――

 

 

剣柄が鈍い音と共に盾の女の顔面に衝突していく、意識の朦朧が塗り替えられ更に行動阻害に陥っていく、そして。

 

 

―――【柄部振り下ろし】―――

 

 

追撃が始まった、振り下ろし、振り下ろし、振り下ろし、三撃、四撃と続いていく、それは盾の女のHPがなくなるまで続いていった。

 

 

そしてHPが尽き、盾の女が光の粒子となり消滅していく―――

 

 

「...ねぇ、お姉さん...最後のは何点だった?」

 

 

―――死闘は幕を閉じた、リーネの勝利で。

 

 

 

 

 

 

 

盾の女との死闘の幕が閉じられ、リーネが大きく安寧の息を吐き、ヘルヘイムの薄暗い空を見上げていく。

 

 

あの女は途轍もなく強かった、そんな存在に打ち勝った事に対する、勝利への余韻に浸ろうとした―――したが。

 

 

「はぁ、ボコボコにされたわね、あのお姉さん怖すぎ...あと優し過ぎよね、PKしに来た相手に何であんなに優しく教えてくれるのかな?」

 

 

余韻はやって来きはしない、その代わりに感謝の気持ちが沸いてくる。盾の女はしきりにこちらの事を気にかけてくれていたからだ、確かに少々やりすぎな面もあった気はしたがそれでも、仲間に囲まれ強くなった気がしていた自分に、本当の強さとは何かを教えてくれていた気がする。

 

 

「でも本当、教えるの上手だったな、そこは間違いなくたっちさんより上ね、リアルでは何かを教えてる人なのかも知れないわね。まぁ、それは良いとして...うわぁ~、マジマジと見ると本当に豪華ね、やっぱりこれ神器級でしょ?」

 

 

独り言を呟きながら、リーネがある場所に目を向けていく、そこには盾の女の装備が無防備に散らばっているのが見える、これはドロップ品だ、そして―――戦利品でもある。

 

 

「...ふぅ、どこにあったかな?...あ、あった。」

 

 

コンソールを開きアイテム欄を探す。先程までアイテムを瞬時に使えていたのは課金アイテムのお陰である。今探しているのは、コンソール内の無限の背負い袋の中にしまってあるアイテムだ。普段は使わないから中々見つからなかったが、ようやく見つけたようだ。

 

 

「帰還しなさい、持ち主の元に。」

 

 

手に握られていた物は、カード。そのカードを使用した途端、ドロップアイテムが光り輝きだし、そして消失していく。これはPVPなどで、負けてデスポーンした相手にドロップ品を返却するために使用されるカード―――【返却(リターン)】―――のアイテムである。

 

 

ドロップ品の返却も終了した事だし、そろそろ拠点に戻るかと思いながら、今度からアイテム位は返してあげても良いかなとも思っていく。

 

 

 

「今日は朝からとんでもない経験したわね...久しぶりに、たっちさんに稽古して貰おう、でも、その前に謝らなくちゃね...無暗なPKも辞めよう...いや、極力控えよう、うん、私偉いわ!極力控えるわ!」

 

 

極力かよと言う言葉が聞こえてきそうであるが、ナインズ・オウン・ゴールはお上品なクランではない、たまにはそう言う馬鹿もしたくなる、自分達は馬鹿な行動が大好きな馬鹿の集まりなのだから、だから、暴れるときは全力で暴れるのだ、やられる方は堪った物ではないが。

 

 

さぁ、帰ろうとリーネが歩を進めていく、決意の言葉を吐きながら。

 

 

「...お姉さん、授業料はキチンと払いますよ、お姉さんよりも強くなって、たっちさんよりも強くなって。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな事があったのか。」

 

 

リーネの言葉を静かに聞いていたモモンガがそう言葉を吐く、色々と言っていたが濃ゆすぎじゃない?と思いながら、そして、その話の中に出てきたプレイヤー、―――盾の女に戦慄する。それほどの存在がユグドラシルに存在していた事に、正確には何の知名度も無い事にだ、モモンガは周りから慎重だとよく言われる、自分ではそうかな?とも思うが、確かに、情報収集などは欠かした事はない、しかしそれほどの強者は聞いた事は無いのだ。

 

 

リーネはなんだかんだ強いのだ、最近はPK三昧でPVPでの成長は止まっていたが、それでも、あのたっち・みーが、一から鍛え上げた人物であり、戦闘センスを認められる程だ、それを一方的にボコボコにできるなど尋常ではない。

 

 

「いや、本当にあれはヤバいよ、モモンガさん、間違いなく、あのお姉さんはたっちさんとかと同じ次元に居る人だよ。子供と遊んでる位の感覚で戦ってたから奇策でどうにかなったけど、実際は手も足も出なかったもん。」

 

 

「うわぁ~嫌だな~、どうせ魔法耐性も高いんだろうな、俺スケルトン系だから殴打とか最悪じゃないか、頭蓋割れちゃうよ?俺。」

 

 

会いたくないな~と、モモンガが戦々恐々している様を、リーネが見つめながら、盾の女を思い出していく、あの強さは明らかに異常だった、ワールド・チャンピオンのたっちなら難なく勝てるだろうが、それを差し引いてしまえば、あの実力は脅威だ。

 

 

ワールド・チャンピオンと言う最強のクラスを外し、同じ条件下で戦った場合、たっち・みーとて楽には勝てないだろう。

 

 

「ユグドラシルは広いな、うん。襲われたら土下座でもしようか、お~た~す~け~ってな。ははは。」

 

 

(えぇ...土下座した後なにするの?気になるけど、何か怖いからいいや...モモンガさん怖すぎ、ヤバすぎ。)

 

 

想像も出来ない様な恐ろしい事を企んでいそうなモモンガを見ながら、若干引いているリーネであるが、それと同時に、モモンガさんなら何か勝ちそうとも思う、特になんの確証も無いが、この人には―――モモンガには実力を超えた怖さがあるからだ。

 

 

「あのお姉さんは急に襲ってきたりしないと思うよ?でも、モモンガさん顔怖いからね、モンスターと間違えて襲われるかもだね。」

 

 

「顔怖いとか言うなよ、ていうか、クランのメンバー皆顔怖いからな。」

 

 

「俺は札で隠れてるから怖くないですよ♪」

 

 

「俺も覆面してるから平気平気♪ていうかこのシルエット見てよ、カニだぜ?逆に可愛いだろ、甲殻類万歳♪」

 

 

「ほら、モモンガさんだけだって、顔怖いの...まぁ、モモンガさんの顔とかどうでもいい話は置いといて、ビルドもある程度固まったし、前から話してたクラスを取得しに行きたいなって思うのよ。」

 

 

「どうでもいいって、酷いなお前、ていうかお前から言いだしたんじゃないか...まぁいい、分かった、なら皆と相談して計画を立てよう、ヘルヘイムから出なくてはいけない以上、フルメンバーで行きたいからな、お二人はそれでいいですか?」

 

 

モモンガの言葉を聞き、二人が顔を見合わせ、その後二人が返事をしていった。

 

 

「俺は別に良いですよ、モモンガさん、人間種にのみ許される戦士系の強クラスの取得、燃える展開ですね。」

 

 

「俺が行った所で何も役に立たないとは思うけど、別に良いよ、日付決めてくれたらそれまでには皆の装備打ち直しておくわ。」

 

 

「二人共ありがとうございます、取り合えずはたっちさんに話して計画を進めていこう、できるだけ早く行けるといいな、【竜殺しの英雄(ジークフリート)】を取りに。」

 

 

 




リーネ「一手違いだったわね!おばさん!」

―――【両肘開き打ち】―――


一方、その頃別の場所では...


グサ...

ターバン「油断大敵だぜ?おっさん。」

アラフ「くそがきがあぁぁー!」



不動「私は不動!不動のナザミ!」

巨盾「俺は巨盾!巨盾万壁セドラン!」

盾の女「私は...名前はまだ考えて貰って無い!盾の女!」

三人「三人合わせて!オバロ戦隊!盾レンジャー!」

ずばばばーん!



どうも皆さん、メリー苦しみます。ちひろです。

どうですか?皆さん?盛大に苦しんでますか?ちひろは毎年殺意を抱いてます。

年末も近づいてきて忙しく、中々時間も取れなかったので更新できませんでした。


・オリキャラ 盾の女

何か滅茶苦茶強い人です、リアルでは格闘技?武術?まぁ何かしらそういう事に精通している人でして、肉弾戦はピカイチだったりします。リーネちゃんが最後に教えるの上手だったと言っていたのもリアルでの事が関係していたりします。

まぁ、このSSに置いて別に重要な事でもないので、この先描写されるかは謎ですが、機会があれば書いて見たいですね。

モンスター狩りつくしたの?見たいな描写があったと思いますが、実はこの人は一人でここまで来ていません、都市にて傭兵NPC契約をして六人パーティーでヘルヘイムまで来てます。散々頑張った後にNPCの雇用期間が切れて一人になり、帰りに襲われた感じですね。PVPだと死ぬほど強いですがモンスター相手だと結構苦戦したりする見たいですよ。対人戦のスペシャリスト見たいな人です。

どうでもいい話ですが、この人は可愛い物が大好きです、特にブサカワが好きで、見るとキャーキャー言う見たいです。


最後にこの長い話をここまで読んでくれた皆さん本当にありがとうございます。

そしてお疲れ様でした。

先程も言いましたが年末で忙しくなり時間も中々取れないので年内での更新はこれで終了かもしれませんね、できればもう一話くらいは書きたい所ですが普通に無理でしょう。

今回も読んでくれてありがとう。また読んでくださいね。


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竜殺しの英雄/もぐら叩き

前回のあらすじ


リーネちゃん、お母さんみたいな喋り方をする女の人からボコボコにされる。


 

 

 

 

 

 なんなんだ...一体...何が起こっているんだ?

 

 甲高くも恐ろしい風切り音が鳴り響く。

 

 俺が一体何をした...何でこんな事になっている?

 

 音は再度鳴り響く、命を刈り取るかの様な音だ。

 

 俺は...死ぬのか...いや、殺されるのか?

 

 目の前では木が、まるで小枝の様に振られている様が映し出されている。

 

 自らよりも小さな存在が、自らの命を刈り取る為に振るっている。

 

 そこに映る表情は無に近い、まるで当たり前の事を行うかの如く木が振るわれて行く。

 

 その表情には、命を奪う事の後ろめたさも、命を奪える事の愉悦も感じられない。

 

 それが非常に恐ろしい。

 

 木が振り上げられる、木が天を衝く。

 

 これから、自分が向かうであろう―――

 

―――天へと。

 

 そして、それは、無慈悲に―――

 

―――降り下ろされた。

 

「―――――――――!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルフヘイムの大山脈、ドラゴンが蔓延る魔境、【大竜山脈】エリア。

 

 その山脈のふもとに、九人のプレイヤー達が談笑しながら歩を進めていた。

 

「しかし、本当に...それ程の人物を知らないなどあり得るのでしょうか?にわかには信じずらい。」

 

「俺も同じ意見ですよ、アンティリーネちゃんをボコボコにできるとか...プレイヤースキルの権化みたいな奴ですね。」

 

 辺りで軽い話が飛び交う中で、少し真剣身を感じさせる話題も紛れ込んでいる。

 

 会話をしているのは、たっち・みーとフラット・フットの二人だ、前者が、たっち・みー、後者がフラット・フットである。

 

 フラット・フット、赤い毛を生やした人狼であり、クランでの役割は【暗殺者(アサシン)】である、弐式と似たような黒装束を身に纏っており、隠密は弐式には劣る物の彼もまた、優秀な人物の一人である。

 

 彼らが話している内容は、数日前の盾の女の事である。クランの切り込み隊長を一方的に叩きのめした人物に驚愕している所だ。

 

「んで?やっとビルドの下地が固まったつう事か?ちんちくりん、やり返すつもりなんか?」

 

「そんな事はしませんよ。ていうか返り討ちにされますよ、今はまだ...。」

 

 ケケケ、今は...ねぇ。とぼそりと呟くのは、ツーヤだ。急にビルドの構成が固まったと集会が開かれた時は驚いた物だが、内容を聞いてもっと驚いた。

 

 そしてへこんでると思い、慰めてやろうかと思ったが、それどころか、やる気に満ち溢れているではないか。ツーヤは思う、盾の女に感謝だと、ちんちくりんは最近調子に乗っていた、その鼻っ柱をへし折り、一つ上のステージまで押し上げてくれたのだから、精神的な成長を促してくれた、それは自分達クランのメンツではできない事だったから。

 

「ビルドもそうですが...体系を見直すべきだと考えました。」

 

 そう言葉を吐くリーネの左手に、ツーヤとたっちが目を向ける、その左手首には、小さな小盾が装備されていた。

 

「それがそうなんか?久しぶりに見んなそれ。」

 

「初心に立ち返ると言う事か、強さへの探求は長く、そして険しい、それもまた、一つの答えなのだろうな。」

 

 小盾を用いた戦法、初めて、たっち達と出会った時から使用していた戦法だ、ここ最近はスキルや消費アイテムを用いてばかりだった。

 

 始まりの姿に戻り、使い慣れた戦法を、もう一つ上の次元に昇華するつもりなのだろう。

 

 どんな技術も、一日にしてならず、愚直な努力こそが強さへの近道だと思ったのだから。クラスや装備も確かに大切かもしれない、しかし、最後に物を言うのはやはり、プレイヤースキルだと気づかされた。

 

「しかし、ジークフリートねぇ、定番だな、まぁ、目が飛び出るくらいにはつえぇがよ。」

 

「強いというのも確かにあります、でも、私は【空気衝撃破壊(エアリアル・ブレイカー)】が欲しいので。」

 

「?はぁ?なんでまたそれ?意味不なんだが?」

 

 【空気衝撃破壊(エアリアル・ブレイカー)】大気を振動で破壊する事で空間に亀裂を生みだしていくスキルである。

 

 前方に発動させれば、蜘蛛の巣の様に空間に亀裂が入り、防御にも使用したりする事もできる。使用回数にも制限がなく、無限に使用する事が可能だ。

 

 一見壊れスキルの様にも思えるが、攻撃にしろ防御にしろ、それほど高い効果は望めない、浪漫スキルに近いスキルと言えるだろう。

 

「足場にします、破壊された空間を使用し、対空手段などとして使用したいんですよ。」

 

 破壊された空間を利用し、足場として移動しようと考えているのだ、剣士にとって対空手段が確保される事は大きなアドバンテージとなりうる、それを可能にできる技術があれば、全方位がリーネの領域となるだろう―――可能でであればだが。

 

「口で言うのは簡単だ、しかし、タイミングはシビアだぞ、使いこなせるか?」

 

 使いこなして見せますと、たっちに向かい言い放つ、それぐらいはこなして見せなければあの女に授業料を返せそうにもないからだ。

 

 三人がそう会話をしていると、前方のグループの足が止まった。その瞬間、一人の人物の姿が現れる。

 

「たらら~ん♪っとな、このまま進んでも大丈夫だ、皆、思ったよりはドラゴンの数が少ない、今日は当たりかもな。」

 

「いつもサンキュウな、ニシやん、数が少ないのはうれしい限りだ、大竜王戦前に無駄に削られたくないしな。」

 

 【大竜王】大竜山脈のエリアボスであり、クラス取得の為に討伐しなければならないボスである。

 

 大竜王を討伐した後に現れる剣を、山頂の頂に突き刺す事で、クラスがアンロックされる。

 

 そして、このボスは非常に強い。

 

「そろそろ、チーム編成を決めた方が良くないですか?とりあえず、俺はパスで。」

 

 そう言葉を発したのは、あまのまひとつだ。大竜王はボスであり、戦闘は六人パーティーで行わなければならない、つまりは三人はあぶれると言う事だ。

 

 あまのまの戦闘能力は低い以上、彼が抜けるのは当然だと思えた。

 

「そうですね、そうなれば、俺も不参加になりますね。」

 

「あぁ、俺も俺も、弐式さん居るし、俺いらないもんね。」

 

 そうエンシェント・ワンが言い、それに続いてフラット・フットが不参加を口にする。

 

 実の所、前衛は三人もいらないだろう。それよりは術士であるワンが居た方がバランスは良いように思える。

 

 しかし今日のイベントの主役はリーネである為に、あえてここは辞退していく。

 

 高火力の建御雷とタンク役のたっち・みーを外せない以上、この六人が最強の布陣だと思われた。

 

「皆さん申し訳ありません、ここまで付き合って貰っているのに。」

 

「謝らないでいいですよ?モモンガさん、実は俺も一つ良いネタがあってですね、それが目的で来たみたいな所もあるので。」

 

 あまのまの言う目的と言う言葉に、メンバー全員が首を捻っていく。

 

 この反応を見るに、恐らくは誰もこの目的と言う物を聞いてはいなかったのだろう。ドッキリが成功した時の様な少しばかり悪い笑い声を上げながら、困惑しているメンバーにあまのまが例の目的の内容の説明を始めて行った。

 

 あまのまが言う目的とはこうだ、あまのまのリアルの友人が、ここアルフヘイムを拠点にしており、この大竜山脈付近に、それほど大きくはないが、隠し鉱山を見つけたのだと言う、そしていつもメンバーで掘り起こしていたのだが、本日急に皆用事でINできなくなり、掘り起こしに行けなくなったのだと言う。

 

 現在、金属の沸きも完璧に戻っており、放置するのも勿体ないので、情報を他に漏らさない事を条件に、本日好きなだけ掘っても良いとの事だ。

 

 そんな思っても見なかったビッグニュースにメンバー全員が色めき立っていく。

 

「えぇぇ!それ本当ですか!?あまのまさん!」

 

「隠し鉱山か、綺麗な状態の鉱山を好きなだけ掘れると言うのは、魅力的ですね!」

 

「プギャァーー!!もう、ちんちくりんの件どうでも良くないっすか!?今から鉱山行きましょ!」

 

「うえぇ~!!何言ってるんですか!?このアンデッドーー!!食らえーー!」

 

「ぎゃん!分かった分かった!悪かったから!頭噛むんじゃねぇ!」

 

 モモンガが、たっちが、ツーヤが、他のメンツが次々に賞賛の言葉を口にしていく、鉱山の独占など中々できる事ではないだろう。

 

 現状ではメンバーも、流通されている金属をユグドラシル金貨を用いて購入している状態だ。

 

 ナインズ・オウン・ゴールは、悪い意味で知名度の高いクランだ、異業種の縄張りであるヘルヘイムくらいでしか鉱山には行けないし、購入するのもヘルヘイムで行っている。他のワールドで行えば、門前払い所かPKされかねないだろう、恨みを持つものなど大勢いるのだから。

 

 故に今回の遠征もフルメンバーだ、PKされる事も視野に入れ、万全の状態を期して事に当たっている。ここは、アルフヘイムであり、最強の男、たっち・みーが更に強くなれるワールドであるが、油断は禁物だ。

 

「こうしちゃいられん!!さっさと要件をすまして金属堀に行かねば!!七色鉱が大量に手に入れば四式も夢じゃねぇぜ!!」

 

「まてまて、建やん、大量は無理だろ...七色鉱だぜ...まったく...何作ろうかな♪」

 

「おほん!えぇ、皆さん、浮かれるのは分かりますが、今日の一大イベントは、ジークフリートです、まずは用事に集中し、その後、皆で楽しく掘りましょう。」

 

 少し浮かれ気味になったメンバーを、リーダーのたっちが言葉で制していく、その後全員から了解の意が返ってくる。

 

 今回の相手は強敵だ、危険を冒してまでここまで出張ってきているのだから、失敗したら元も子も無いだろう、全員気を引き締め、山脈を登り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パンパカパ~ン♪それでは~今から皆で鉱山を堀ま~す。準備はよろしいか~?」

 

 大竜王との激戦を終えたメンバー達が、あまのまのに連れられて、例の隠し鉱山の元にまで集まっている。

 

 戦いは熾烈を極めたが、チームの連携によってなんとか討伐する事に成功した。

 

 その後のクラスの取得も思った以上にあっさりした物であったが、無事にリーネも目的を達成する事ができた。

 

 故にあまのまがボス戦前に言っていた、本日のもう一つの大イベントである金属鉱石掘りを行うべく全員がスタンバっている状態だ。

 

「準備はぁ~...よろしいかぁ~♪」

 

 その言葉を聞いたメンバー全員が元気な声であまのまに準備完了を伝えていく。

 

 そして開始の合図が出され、皆が一斉に金属堀を開始した。

 

「おぉ、凄いですね、たっちさん!ザクザク出てきますよ!」

 

「そうですね、モモンガさん、沸き終わったばかりの鉱山を掘るなど初めてです、これは胸躍りますね。」

 

「四式♪四式♪四式♪」

 

 掘れば掘る程に湧き出てくる金属を目の当たりにし全員から賞賛の声が上がっていく。

 

 流石に七色鉱などは大量には出てはこないが、出ないわけではない。その他の金属の純度も高く、想像以上に良い鉱山なようだ。

 

「うっひっひっひっひ♪おっ?おおおおぉぉぉ!!」

 

 一心不乱に掘り進めていたツーヤが、何かを発見したのか急に大声で叫び出した。

 

 まるで地面に顔でも埋めるのか?と言わんばかりに四つん這いになりツーヤが叫んでいく。

 

 何か特別なアイテムでも発掘したのであろうか?大声で喚き散らすツーヤを全員が不思議な表情で見つめていった。

 

「うおおぉぉーー!!えぇつちーーーーー!!」

 

 なんの事は無かった、只の下らないギャグであった。

 

 全員が無言で振り向き、掘っていた場所を再度掘り進めていく。貴重な時間を下らない事で無駄にしてしまったが為に、先程よりも一生懸命掘っているかの様に見えた。

 

「え、えぇ、あ、あれ?み、皆どったの?笑い堪えなくてもいいんだぜ?」

 

 渾身のギャグを華麗に無視されたツーヤが激しく動揺していく。これほどのギャグを見せられて笑わない筈がないのだ、きっと全員笑いを堪えるのに必死なのだと思いながら、感想を聞く為に話しかけていった。

 

「お、おい、ちんちくりん。堪えなくていいんだぜ?どうだったよ?最高だっただろ?」

 

 黙々と掘り進めていくリーネに対しツーヤが感想を聞いていく。

 

 仲の良い人物に真っ先に聞いていく辺り、だいぶ追い込まれていそうなものであるが、どうやらその選択は正解であったようだ。

 

 少しでも多くの金属を持って帰りたく、黙々と動かしていた手がピタリと止まっていく。

 

 ツーヤの選択は正解である。優しい優しいアンティリーネちゃんは、金属堀を中断し、きちんとした感想を言ってあげられる良い子なのだから。

 

 そして振り向き言葉を発していく。

 

「おもんないんじゃい、ボケ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあね、アンティリーネちゃん、あんまり遅くまでゲームしてちゃ駄目だからね。」

 

「うん、お疲れ様です、フラットさん。」

 

 そう言葉を言い残し、最後の一人、フラットがリアルに帰還していった、そしていつも通り、リーネ一人が取り残された―――だが。

 

「うん、今日はきちんと帰るわよ、フラットさん。」

 

 吐いた言葉の通り、今日は周期の終わり、現実に帰還できる日だ。久しぶりに大好きな母に合える、そう思うと胸が高鳴ってくるようだ。

 

「う~ん、もう少し時間あるよね?次の準備でもしといたほうがいいわね。」

 

 リーネの言う次の準備とは、次にユグドラシルに来た時の事だ。七日という周期で訪れる為に、次やって来た時に忘れている事が多くある、次にユグドラシルにやって来た時にスムーズに事が運べるように、覚えている内にできる事はやっておいた方が良いだろう。

 

「ヒッヒイッロ♪ヒッヒイッロ♪」

 

 歌を歌いながら、今日掘った金属の整理をリーネが行っていく。

 

 今回の鉱山での金属はいつもの山分けではなく、各人が掘った分は各人の物と言う好条件の元行われた。

 

 今まで見た事も無い程の大量の金属達、そしてその中に少し紛れる希少金属やその他の金属を、LVや種類に分けて収納していっている。

 

(うんしょ、うんしょ、これはここで~、もうめんどくさいから、アダマンタイトとかは適当に一つに詰め込んでいいよね。)

 

 低LV金属まで仕分けするのは流石に面倒だと思い、一つの袋に纏めようと仕分けを進めていく―――が、ふと手が止まった。

 

「...そういえば、私の世界ってアダマンタイトが一番固い金属なんだよね?」

 

 リーネの世界に置いてアダマンタイトは超希少金属なのだと言う、そして、驚く事にミスリルすら高額で取引されているともナズルから聞いた。

 

 傍らに目を向ければ、ゴロゴロ転がるアダマンタイトが目に入ってくる。

 

 そしてこう思う、これが超希少金属?ゴミじゃん?っと価値観が余りにも違いすぎるのだ。

 

 右手に目を向ければ、収納しようとしていた、50LV金属の鉱石が目に入ってくる、これは、今日掘った物ではない、掘った金属は既に綺麗に収納済みである。

 

 これは別の袋に適当に放り込んでいた物を、今から整頓する為に取り出した物―――以前購入していた金属だ。

 

 この金属ですら、アダマンタイトよりも遥かに硬いだろう。しかしこれすらも、リーネにとっては大した金属ではないのだ。

 

 露店で流通している物を、人にもよるが、多少のユグドラシル金貨で購入できてしまう程度の物。

 

「なんていうか、ユグドラシルの凄さを改めて実感できるわね、私別にいらないし、アダマンタイトを法都の道端にこっそりばらまいてみようかなぁ?道いっぱいにアダマンタイト敷き詰めたら皆ビックリするかな?」

 

 そんな事をすれば大騒ぎになるのは間違いないだろう。

 

 お馬鹿な脳が、もはやいたずらの範疇では済まないであろういたずらを計画していく―――が。

 

(まっ、無理だけどね、持って帰れないし...ん?)

 

 そう、これはユグドラシルのアイテム―――データだ。現実世界に持って帰れる筈もない。

 

 筈もないのだが、リーネの頭に少し引っかかる物があった。

 

(あれ?金貨は持ってこれたよね?あれ?じゃあ、こっちから持っていく事もできるんじゃないのかな?)

 

 お馬鹿な脳に珍しく閃きが起きる。

 

 向こうからは持ってこれたのだ、こっちから持って帰れてもなんら不思議は無いように思えた。

 

 荒唐無稽かもしれない、しかし、現時点で自分が世界を行き来している事が既に荒唐無稽な事なのだ、やってみる価値はあるように思えた。

 

「えっ?マジで?いけるの?」

 

 右手に握られる金属を見つめながら、深い思考の海に沈んで行く。

 

 あの時はどうやっただろうか?確か持っていきたいと思ったのではなかったか?記憶を辿りながら目まぐるしく思考を回転させていると―――

 

(あっ、やばい!時間きちゃった。)

 

―――移動が始まる。

 

 そして、その移動の最中に強く願う、これを持っていきたいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アゼルリシア山脈付近の法国軍の拠点。その天幕の一つの中で空間が歪み、それと同時に人影が姿を表した。

 

「ふぅ、ただいま。あれ?今日は何をするんだっけ?一週間経つと忘れちゃうな。」

 

 これが、先程の忘れている事、つまりは世界移動の弊害だ。両世界では時間が殆ど経っていない以上、帰ってきてすぐはまず何がしたかったか、何をするのかを思い出す事から始まる。

 

(何だったかな?今日は非番?だったか―――んが!?)

 

 ズキンと頭に一瞬頭痛が走る、頭を使い過ぎたのだろう、普段あまり使わない空っぽの頭を。痛いな~と思い右手で頭を擦ろうとし―――何やら右手に重量感が感じられた。

 

「...は?はうわ!?」

 

 右手には大きめの金属鉱石が鈍い輝きを照らしながら存在を主張してきている。

 

 それを見た瞬間に、握っている手が震えだす。持って帰れたのだ、実験は成功した。

 

「あわわわ、も、持って帰ってこれた...しゅ、しゅごい。」

 

 驚きの後には歓喜が押し寄せてくる、現実世界では手に入る事がないアイテムをこちらに持って帰れる事に。

 

(うわぁ~、うわぁ~、凄い、えっ?これもしかして、白虎さんもこっちに連れてこれるのかな?)

 

 自分の自慢のペットである四聖獣の白虎。

 

 11万の課金の果てに手に入れた騎乗魔獣。それをこの世界に連れてこれたらどれだけ素晴らしいだろうか。

 

 リーネが目を閉じていく、この山脈を、白く雄々しい虎に乗って駆け巡る様を想像していっているのだろう。

 

(いけぇ~、白虎さん♪隕石落下(メテオ・フォールン)よぉ~☆)

 

 想像は尚も膨らんでいく、白虎の持つ少ない魔法の中で、最も派手な魔法を放ちながらその周囲を悠然と駆け巡る白き虎とその虎に跨る可愛い自分を。

 

そして続いて浮かんできたのは、その可愛い自分の姿を見つめる、大勢の法国軍人の―――怯えた顔であった。

 

(ん?)

 

 想像されるのは恐怖に遠吠える法国軍人達の姿である。

 

(あれぇ~?あっ、お母さんが出てきた...あれれ?顔が青いぞ?なんか叫んでる?アンティリーネーって叫んでるぞ?)

 

 白虎のLVは腐っても100、カンストプレイヤーからすればそれほどは強く無いかも知れない、しかし、ここはユグドラシルではないのだ。

 

 英雄と呼ばれる、一騎当千の猛者達の難度は、大体90~100辺り、LVにして30程度である。

 

 母の難度が恐らく200ちょいくらいだろうか?この辺に生息しているフロスト・ドラゴンの難度も確か平均100あるなしくらいだった気がする。

 

(ん~?じゃ白虎さんは~?)

 

―――【難度300】―――

 

 そう、ここはユグドラシルではない、彼女にとっての当たり前は、この世界では当たり前ではないのである。それ所か、大した物ではない物ですら、この世界では超級の代物なのである。

 

 じわりと額から汗が滲み出そうになるのをリーネが感じていき、恐る恐るある場所に目を向けていく。

 

(は、はあああ...はうあぁーー!!)

 

 その瞬間、ほんわかほんわかしていた脳内のお花畑が一瞬にして枯れ果てた。

 

 衝撃に我に返ったリーネの顔が瞬時に青ざめていき、大きな口を開けてパクパクしている。目は若干白目になりそうな程見開かれ、そしてその大きく見開かれた目で、手に持つ金属を睨みつけた―――

 

―――アダマンタイトよりも遥かに硬い50LV金属を。

 

(どどどどどどど!どうしよ!これ、見つかったら大変な事になるんじゃないの!?なんで!?なんでこれを持ってきたの!?私の馬鹿!せめてアダマンタイトでしょー!!)

 

 実際の所、アダマンタイトですら一兵士見習いが持っている事すらおかしいのであるが、彼女の頭の中には最早そんな事は欠片もない、あるのはこの金属をどう隠すか、どう処分するかだけだ。

 

 もし母にでも見つかれば大目玉だ、他の兵士達に見つかるのはもっとまずい、報告でもされたら一大事だろう。母に強く言われている様に上層部に辺に睨まれるのはまずいのだ。

 

 お馬鹿な行動を取った足りない脳に、縋るようにして答えを問いかける、どうすんのこれ?どうする?そして思考の果てに、ピンっと閃きが舞い降りた。

 

(分かったわ!!埋めればいいのよ!!)

 

 お馬鹿な行動を取った足りない脳の答えなど、所詮その程度の物だ。

 

 縋る相手を間違えたと思わないでもないが、単純だが存外悪い手でもない様に思える、問題はどこに埋めるかだ、見つからない様に。

 

(今日は非番だったはず!休みって事よね!?山脈付近に埋めちゃえ!)

 

 山脈付近は危険地帯である、山脈にはドラゴンすら生息している以上人間などが軽々と踏み込める領域ではない、陽光聖典ですら作戦を立案し、緊急時位にしか近づかない程だ。

 

 そこであるならば誰にも見つからずに隠せそうだとリーネは思う。

 

 そう思い立ってからは行動は早かった、背負い袋に金属を収納し、軽々と背に背負う。そして辺りを警戒しながら、ゆっくりと天幕の外に出ていった。

 

 リーネが周囲をキョロキョロと見渡す、すると兵士達が談笑しているのが目についた。

 

 こちらに気づいている風ではない事に安寧し、それと同時に、警戒しろよな、と言う気持ちも沸いてきた。

 

 しかし実際は警戒されていたら見つかってしまう可能性があるので、今回は見逃してあげるわ、と謎の上から目線で許してあげる。

 

 自分が一番奇行に走っているのであるが。

 

(よし!今ならいけるわね!ゆっくりよ、ゆっくり行かなきゃ。)

 

 兵士達に見つかる事も無く、森林帯まで足を踏み入れる、この世界での自分のフィジカルは計り知れない物が在る、しかもだ、先程のユグドラシルでの一週間でLVは十以上、上昇している、現在81だ、しかもジークフリートまで獲得し、ステータスは比ではなくなっている。

 

 ゆっくり行かなくては、ゆっくりと、そう心に強く刻み込み、リーネが軽い足取りで走り出した。

 

 軽~く、ゆっくりと、突風を吹かしながら、軽~く、ゆっくりと、逸脱者が全力で走っても追いつけない速度で、森林地帯を駆け巡る。

 

「おい?今なんか変な音聞こえなかったか?」

 

「ん?そうか?何も聞こえなかったが...ドラゴンでも暴れてんのかな?嫌だね、こっちくんなよ?」

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 アゼルリシア山脈付近の森林帯と、山脈を分けるかの様な切り開かれた大地に、一人の小さな存在がゆっくりと歩いていた。

 

 よくよく目を凝らして見てみれば、その存在はそれほどは小さくはない、人間の大人よりは少し小さいか?といった所だ。

 

 そしてその存在は、良く見れば人間ですらなかった。体は体毛で覆われ、手には大きな爪が見てとれる、体はずんぐりしており、口からは牙がちょこんと可愛らしく覗かせている。

 

「くそ、プの氏族め、俺が見つけた金属を横取りしやがって、危険を冒してまで、こんな所まで来たってのに。」

 

 プの氏族と聞きなれない言葉を放つこの存在は、見ての通り人間などではない、亜人種の土堀獣人(クアゴア)とよばれる種族だ。

 

 罵声を飛ばしながら歩く足取りは重い、見れば右手付近から出血している、何者かと争い、この様子だと敗北したのであろう。

 

「ちくしょう、早くしないと、俺ももう、大人になっちまうそれまでに、希少な金属を食わないと...強くなれねぇ...、糞!俺達は下等じゃねぇ!俺が強くなって、氏族を守ってやるんだ!」

 

 金属を食べる、この言葉が意味する所は、クアゴアの特性にある。

 

 クアゴア達は金属を食す、そして幼少期にどれだけ希少な金属を食べたかで、将来強い種に派生できるかが決まるのだ。

 

 このクアゴアは金属を求め掘り起こしに来たのだろう、しかし、この辺りに金属などある筈もない、この辺りは平面であるからだ。

 

 ならばなぜこのクアゴアはここをうろついているのか、それには訳がある、先程の横取りされたという言葉通り、このクアゴアは地中で金属を採掘していたのだ、そしてその果てに、希少金属であるオリハルコンを見つけた。

 

 しかし、それは食す事は叶わず、隠れていた他のクアゴアの氏族、プの氏族に奪われてしまった。

 

 先程も言ったが、クアゴアは希少な金属を食す程に強くなる、その為に日々奪い合いは行われており、このクアゴアは奪われたと同時に袋叩きにあい、これ最悪と言った風に地表まで逃げ出てきた所だ。

 

 足取りは更に重くなる、負傷は軽いが、もう一度襲われれば次は逃げ切れるかは分からないだろう。

 

 成果の無いまま引き返さなければならない事に、憂鬱に歩を進めていた、その時。

 

「あっ?な、なんだ?」

 

 少し遠くの森林内から空中に何かが飛び上がったのが見えた、空を見上げるが良くは見えない、これは目が悪いと言うのもあるが、常に地中で生活している弊害で日光が苦手と言うのが挙げられる。

 

 一体何が?そう思い森林内に歩を進めようとするが、歩を止め立ち止まっていく。

 

 なぜ立ち止まったのか?それは危険だからだろう、存在が不確かな物に近づくのは余りにも危険だ。

 

 しかしそれでも、強烈に湧き上がってくる好奇心に抗えそうにもない。

 

「やばそうならすぐに逃げればいいだろう。どう見てもドラゴンなんかじゃなかったしな。」

 

 そう一人ごち、森林内に歩を進めていく、ゆっくりと、好奇心に支配されながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キキ―!ドーリフトォー!!」

 

 ゆっくりと森林内を走っていたリーネが角度をつけ、ブレーキを掛けていく、これはよくツーヤが行っている事で、真似してみただけだ、ドリフトというのは良くは分からないがなんとなく楽しそうだったからだ。

 

 凄まじい音を立て地面が抉れていく、それと同時に辺り一面に大量の土埃が舞い散っていった。

 

「うぎゃぁーー、目がぁーー!目がぁーー!!」

 

 舞い散った土埃が目の中に入ってしまい、苦悶の表情を浮かべながらリーネが悶えている。

 

 自業自得とは正にこの事であろう、しばらく目を擦り、ようやく良くなってきたのだろう、周りをキョロキョロしだした。

 

「うぅ、もうしない、この辺でいいかな?誰も居ないよね?って!うわ!靴が!」

 

 目に飛び込んできたのは無残に敗れた自分の靴、普通に考えれば分かりそうなものではあるが、まだまだユグドラシル気分が抜けきってはいないのだろう。

 

「なんなのよ~、もう!ツーヤさんに文句言って上げるんだから!」

 

 ツーヤに対し理不尽な怒りを向ける事を心に決め、再度周囲を見渡した。

 

 それなりに拠点からは離れているだろう、この辺でいいかと埋める準備を始める。

 

 そしてある事に気づく、掘る道具を持って来てはいないのだ、抜けの多い事だと自虐し、またもやピンと閃きが舞い降りてきた。

 

「手で掘ろう。」

 

 その閃きとはフィジカルの暴力である。

 

 リーネにとって地面を掘るなど朝飯まえだ、豆腐の様にサクサク掘っていけるだろう。実行に移そうと手を形作り―――またもや頭の中に抜けが浮かんできた。

 

(あっ、帰り道分かんない、適当に来ちゃったから、どっちの方角だろ?)

 

 行き当たりばったりとは良く行ったものだ、持つ力に頼りすぎて行動が雑になってきている事に少し苦笑いしてしまう。

 

 少し反省しなければならないと思い、帰り道の方角をどうするか考えていく、力技では駄目だ、それでは自分は成長しない。

 

 自分は盾の女との戦いを経て精神的に一歩進んだ筈だ、最適解を見つけるのだ、何かないかと考える。

 

 長い思案の果てにリーネが出した答えは。

 

(...考えるのメンドクサ、ジャンプして拠点見つけよ。)

 

 頭が痛くなり、リーネは考えるのをやめた、結局はごり押しである、これではいつもと一緒だ、何も変わらない。

 

しかし、人はすぐには変われはしないだろう。むしろ今までは考える事すら余りしなかった子が、頑張って考えていた事を褒めてやらなければならないのかも知れない。

 

 清々しい表情を浮かべ、リーネは天を仰ぐ、よ~し、明日から頑張るぞ、そう心に決め、背伸びをしながら深呼吸し―――

 

「ほっ。」

 

―――少し強めに飛び上がる。

 

 リーネが凄まじい勢いで空中に進んでいく、十m、二十mと舞い上がり、周囲を散策していく。

 

 すると、少し遠くに野営地らしき物が発見できた。

 

 そこでは人が歩いているのが目に入ってくる、常人なら間違いなく人間までは見えないが、リーネはこの世界では規格外、アサシンなどのクラスは得てはいないが、持っている身体的ポテンシャルだけで難なく視界に収め―――

 

―――拠点に居る、一人の人間が、こちらを見つめているのが目に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ日が刺して間もない早朝に、拠点の大天幕では会議が開かれていた、参加しているのは、今回の部隊の三人の部隊長と陽光聖典の数人の隊員、そして今回の作戦の切り札、ファーインだ。

 

「以上が、報告になります。何かご意見などはございますでしょうか。」

 

 会議の進行を務めているのは部隊長の一人、ウズルス部隊長だ。

 

 最新の情報を報告し、共有し合っている、ウズルスの言葉を受け、会議の参加者が一様に首を横に振る。

 

「ありません、ウズルス部隊長、会議進行役、お疲れ様でした。」

 

 ファーインがウズルスに労いの言葉を掛け、掛けられたウズルスが深々と頭を下げている。

 

 会議は終了したようだ、各々が天幕から外に出て行っている。それに続きファーインも天幕から出ようとする。

 

 するが。

 

(...!?何?今の音は?)

 

 ファーインの神人としての鋭敏な感覚が、発せられたわずかな音を聞き逃さなかった。

  

 普段なら聞き逃していたかも知れない音だが、ここは敵本陣の前だ、状況にすぐに対処出きる様に集中力は切らしていない。

 

 少し速足で天幕外に出て、近くの兵士達に話しかけていった。

 

「おはようございます。警戒ご苦労様です。」

 

「!?これは、ファーイン様、労いの言葉感謝いたします。」

 

「いえいえ、一つお聞きしたいのですが、何か変わった事はありませんか?何か音が聞こえた様ですが。」

 

 その問いかけに対し、兵士達が首を横に振る、気のせいか?と考えるが、安易に答えを出していい筈もない、ここはアゼルリシア山脈付近、一つのミスが取り返しのつかない事態を招くだろう。

 

 兵士達に別れを告げ、ファーインが周囲の探索に向かう、音は少し遠くから聞こえてきた、そう、少し遠くからだ、つまりは拠点内か拠点周辺くらいだろう。

 

 故にドラゴンなどの大型生物とは考えにくい、もしそうなら、既に拠点は大パニックだ。

 

 もしかしたら、亜人の斥候の可能性もあるが、陽光聖典の優秀さを考えればその線も薄いと思えた、打ち漏らしたとの報告も入っていない。

 

 しばらく周囲を、感覚を研ぎ澄ませ散策したが、これと言った脅威は見当たらなかった、その事に少し安心し、天幕付近までファーインが戻ってきた。

 

 そして、そこには朝日を眺めながら紅茶を飲むウズルスが目に入ってくる。

 

「朝日が絵になりますね、ウズルス部隊長。」

 

「!?これは、ファーインさ―――」

 

 頭を下げようとしたウズルスを手で制す、折角リラックスしているのだ、自分の所為で台無しにはしたくはない。

 

「―――感謝致します、ファーイン様。」

 

「あら?感謝など不要ですよ?リラックスするのは大事な事です、状況が始まれば嫌でも神経を尖らせないといけませんから。」

 

「...そうですね、このまま何事もなく収まればいいのですが、間違いなくそれは無いでしょう、ファーイン様もご一緒にどうです?紅茶もカップもまだあります。」

 

「まぁ、よろしいのですか?それでは、お言葉に甘えて。」

 

 ファーインから了解を得て、ウズルスが嬉しそうに椅子に置いてあったカップに紅茶を注いでいく。

 

 いつもとは違う少年の様な雰囲気に、悪気はないが少しクスッと笑ってしまった。未だウズルスが茶葉の事を嬉しそうに話している、聞こえなかった事に少し安心し、手渡された紅茶をウズルスと一緒に、朝日を見ながら飲んでいく。

 

「ふふ、非常に美味しいです、紅茶を入れるのがお上手なんですね。」

 

「喜んで頂き幸いです。」

 

 戦場とは思えない日常に少しだけ心が安らぐ、綺麗な朝日を眺めながら、再度紅茶を飲もうと、カップに口を付ける。

 

 そして、その最中に少し遠くの森林内から何かが飛び上がったのが目に入ってきた。

 

(?何かしら?人...そんな訳ないわね?もしかしてバードマン!?こんな所に生息していると言う情報は無かったわ!)

 

 ファーインが全神経を目に集中しその姿を見据える、この世界に置いて規格外の神人の視覚が、空中の存在の姿を捉え、鮮明に映し出していき、その存在の姿を明確にとらえていく、そう―――

 

―――馬鹿娘の姿を。

 

「ぶふっ!!」

 

「ファ!?ファーイン様!?どうなされましたか!?」

 

 ゴホゴホと器官に詰まった紅茶をせき込み吐き出していく、何をやっているのだ!?あの馬鹿娘は!?先程までの優雅な気分が台無しだ、沸々と怒りが沸き上がってくる。

 

「い...いえ...なんでもありませんわ、おほほほ。」

 

「はっ?はぁ...。」

 

 何でもない事はないだろとウズルスは思うが言葉には出さない、正確には出せないのだ、口がひくひく動いているしデコには少し青筋が立っている様に見えた、というか口調から違う、おほほほなど初めて聞いた。

 

 ファーインがゆっくりと深呼吸をし、残った紅茶を豪快に飲み干していく、固まるウズルスを他所に、美味しかったですわ、おほほほと貴族令嬢崩れの様な言葉を吐きだしながらファーインが天幕まで戻っていった。

 

「...何か、怒らせるような事をしただろうか?」

 

 その後ろ姿を見つめながら、ウズルスがそう呟いた。

 

(ふふふ、帰ってきたら―――お仕置きね♪)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森林の上空からリーネが地面に向かい落ちてくる、そしてそのまま軽い音を立て地面に着地した。しかし着地体勢から動かない、しばらく固まった後に、ゆっくりと立ち上がっていく―――青ざめた顔で。

 

(オワッタ...滅茶苦茶してるの、お母さんに見られた。)

 

 リーネが再度天を仰ぐ。

 

 朝日が綺麗だ、心が洗われる様だと考えながら、晴れ晴れとした空をずっと眺めている。

 

 しかし、その顔には精気は無い。

 

 しばらく放心していると、後ろからひたひたと足音が聞こえてくる、気になり振り向くと、そこには体毛に覆われた大きな爪を生やす亜人の姿が目に入ってきた。

 

 そして、その亜人と目が合う。

 

 亜人がじっとこちらを見てきている、人間が珍しいのであろうか?

 

 一体何者なのか、どんな存在なのかと吟味している様にも感じられる、しばらく硬直していたリーネだが、ふと我に返る、もしや、この生き物は。

 

(もぐらだ...この世界にも居たんだ、もぐら。)

 

 間違いないとリーネが思う、以前見た映像とは違うが、特徴が似ているからだ。

 

 ずんぐりむっくりした体に、土を掘り起こす為の爪、体毛は無かった気はするが、恐らく、もぐらの亜種だろう。

 

 これはもしや、とんでもない大発見なのでは?と思っていると。

 

「おい、お前一体何者だ?空を飛べるのか?」

 

 なんともぐらが喋り掛けてきた、もぐらとは会話ができる生き物だったのかとリーネが感動していると、尚も、もぐらは喋り掛けてくる。

 

「ドワーフ...じゃねぇみたいだな、ん?その長い耳...多分耳だろう、聞いた事がある、お前、エルフか?」

 

「えっ?う~ん、まぁそんな所かな。」

 

 ほぉ、と少し感心したような、興味を持ったような仕草をもぐらがしている、もぐらは土の中に住んでいるとツーヤから聞いた、確かにそれならばエルフは非常に珍しいであろう。

 

「もぐらさんは何でこんな所にいるの?土の中に居るんじゃないの?」

 

「はっ?もぐら?何言ってんだ?エルフの...多分メス。」

 

(多分!?) 

 

 非常に聞き捨てならない言葉が聞こえたが、恐らくもぐらにこちらの性別は見分けが付きにくいのだろうと言う事で納得していく。

 

 実際の所は自分も、目の前のもぐらの性別が分からないのだから、口調的には恐らく男だとは思うが。

 

「それにだ!俺はそのもぐら?なんて種族じゃねぇ!クアゴアだ!」

 

「くあごあ?どう見てももぐらじゃない。」

 

 もぐらじゃないのか?と少し考えるが、恐らくこのもぐらは亜種だ、クアゴアもぐらと言うのであろう。

 

 リーネが一人納得していると、クアゴアもぐらが尚も喋り掛けてくる。

 

「だから違うって言ってんだろ!俺は誇り高きクアゴアのぺの氏族!ペ・ヨンサマだ!」

 

「ペ?」

 

「あぁ!そうだ!ペ・ヨンサマだ!」

 

 クアゴアもぐらにはキチンとした名前がある事に少し驚く、それと同時に変な名前だなと思うが口には出さない。

 

 このクアゴアもぐらは自分の名前に誇りを持っている事が感じられる、リーネだって大好きなお母さんが付けてくれたこの名前を馬鹿にされたら流石に嫌だ、だからこそ、口には出さない。

 

「それと、何だったか、土の中だったか?別に俺達は地中にいるが別に土の中に居る訳じゃないぞ、穴掘って暮らしてんだ。」

 

「はぇ~凄い、確かに穴掘るの得意って聞いたよ。」

 

 その言葉を聞き、クアゴアもぐらが得意げに胸を張っている。

 

 やはりどんな生き物も得意な事を褒められるのはうれしい様だ、そしてふと思い出す、得意な事?確かもぐらは穴を掘るより得意な事があった筈だ。

 

 なんだったか?建やんも言ってた事があった筈だ、確かもぐらの存在意義とまで言われる事が、その為に存在していると。

 

 リーネが腕を組み考え出す、今日一番頭を使っている様な気さえする、その様子をクアゴアもぐらが不思議そうに見つめていると。

 

「あぁ!思い出した!もぐら叩きだ!」

 

「は?なんだ?それ?」

 

 思い出し頭がスッキリしていくと共に、少しづつ罪悪感が押し寄せてくる。

 

 自分はこのクアゴアもぐらに対し非常に失礼な事をしていた様だ。存在意義とまで言われる事を忘れ悠長にお喋りしていたのだから。

 

 よくよく考えて見れば、向こうから声を掛けてきて、そしてずっと喋り続けている、つまりは早く叩いて欲しかったのだろう。

 

 失礼な事をしたお詫びにしっかり頭を叩いてやろうとリーネは心に決めた。

 

「ごめんなさい、クアゴアもぐらさん、私今気づいたの。」

 

「は?だから...もぐ...らじゃ...。」

 

 クアゴアもぐらがそう言い終わる前にリーネが歩を進める。向かう先には森林の木が見える。

 

 ちゃんとハンマーで叩いて挙げたい所であるが、今は手持ちにない、これで我慢してもらう他ないだろうと思い、ちょうど良さげな木を手で掴む。

 

「んん~?これでいいかなぁ~?ふん!」

 

 そして掴んだ指が鈍い音と共に木にめり込んでいき―――

 

「ん~!よっと抜けたぁ!」

 

―――その言葉と共にメリメリと木が大地から引き抜かれて行った。

 

 そして、ごめんねこれしかないの、と言いながら木を横撫でに一振りする。

 

「ほっ♪」

 

 突風―――いや、激風が吹きすさぶ、クアゴアもぐらがその風に煽られ地面に尻餅を着いていった。

 

 振られた木には、先程まで付いていた葉が全て振り落とされ、木そのままの姿になっていた。

 

 リーネが練習の様に木を上段から降り下ろす、木ではありえないような甲高い風切り音が周囲に響いた。

 

 もう一度振り下ろす、またもや風切り音がなり響く。

 

 一しきり練習が終わった後に前方にいるクアゴアもぐらを見つめる。

 

 するとどうだろうか、体がフルフル震えているではないか。

 

 間違いなくこれは、今から叩いて貰える事に歓喜しているからだ。

 

 良かった、喜んでくれている。そう思いながら再度、待たしてしまった事へのお詫びも兼ねてしっかり叩こうと心に決めた。

 

 そして、木を振り上げ―――頭に向け振り下ろした。

 

「ままま、待って、待ってくれぇ!!」

 

 ピタリと木がクアゴアもぐらの目の前で止まる。

 

 一体どうしたのだろうか?とリーネは思い、優しく問いかけた。

 

「ん?どうしたの?もぐらさん?やっぱり木は嫌だった?」

 

「い、嫌?そ、そうじゃなくて、死、死んでしまう!」

 

「んん?もぐらは死なないよ?」

 

「死ぬわ!!」

 

 クアゴアもぐらの悲痛な叫びを聞きリーネが混乱していく。

 

 クアゴアもぐらはなんだか必死な感じがする、もしかするとツーヤに騙されたのかと思う。

 

 ツーヤなら自分を騙していても何も不思議はない、あの男は何時も嘘をつき自分をからかっているからだ。しかし、それでも一つ納得できない事があった。

 

 それは建御雷も、もぐらは死なないと言っていたからだ。あの人が嘘をつくとはどうしても思えない。

 

 あの人はあんな見た目だが非常に誠実な人だ、筋を通す人とも言える。そんな人物が言っていたのだ、もぐらは死なないと。

 

 亜種だから駄目なのか?と思うが、もぐらはもぐらでしょ?とも思い、考えても答えは出なさそうだったので本人に直接聞いてみる事にした。

 

「叩かれるの好きなんじゃないの?」

 

「んな訳あるか!間違いなく死ぬわ!」

 

 あれぇ~?本人に聞いて見た所、叩かれるのは好きじゃないみたいだ。

 

 さらに頭が混乱してくる、やはり騙されたのか?しかし建御雷がと様々な言葉が頭で渦を巻く。

 

 もはや考えるのも面倒になってきたので、軽く叩いてみようかな?と少し思ったが、また一つ大事な事をリーネは思い出す。

 

 それは、もぐらは叩き過ぎると壊れるのだ。

 

 ふと想像してしまった、このクアゴアもぐらが壊れる様を。それなりに会話もし、自分的には仲良くなれたと思っている。

 

 それが急に壊れ―――発狂してしまう様を。

 

 悲しい気持ちが押し寄せてくる、ジワリと目じりに涙が出そうになるがぐっと堪えた、そして決心する、叩くのはヤメだと、このクアゴアもぐらは叩かれるのを好まないもぐらなのだ。

 

「ごめんなさいもぐらさん私が―――」

 

「俺はまだ死ねない!俺は希少な金属を食って強くなるんだ!氏族を守るんだ!」

 

「―――待ちが...えっ?金属を...食べる?」

 

 とんでもない事をクアゴアもぐらが口走る。最早もぐら叩きの事など吹き飛んでいった。そんな事を吹き飛ばすくらい強烈な言葉が聞こえたからだ。

 

「えぇぇぇ!?もぐらさん、金属食べれるの!?」

 

「は?あ、あぁ、俺達クアゴアは金属を食べ強くなるからな。」

 

(勝った!!)

 

 リーネが勝利の雄たけびを心の中で上げていく。これで証拠隠滅が図れる、完全犯罪の完了だ。

 

 リーネが両手を合わせて天を仰ぐ、この出会いを齎してくれた神様に、リーネの大好きな神様に、神祖カインアベルに。

 

 え?六大神様?それとこれとは別でしょ?

 

「ふぅ...もぐらさん、良いぶつがあるのよ...食べてみない?」

 

「ぶ、ぶつ?はっ?お前は一体さっきからずっと何をい...って...。」

 

 ごそごそと背負い袋から例のぶつが取り出されていく。そしてその金属をみたクアゴアもぐらが目を見開いた。

 

「なっ、なんだこの金属は...見た事ない...触って見てもいいか?」

 

 どうぞと言いながら、リーネが金属を手渡す、非常に演技染みた仕草だ、嬉しすぎて変なテンションになっているのだろう。

 

 その奇行すら意に介さずにクアゴアもぐらがじろじろと金属を見つめている。

 

「これは、これがもしや!アダマンタイトなのか!?」

 

「ふふ、違うよ、もぐらさん、そんな柔らかい金属と一緒にしないで。」

 

 その言葉を聞き、クアゴアもぐらが信じられないと言う風にこちらを見つめる、嘘は言ってはいないが、信じられないのも無理はないだろう。

 

 その姿を見ながら、とりあえず食べていいよ、と食を促していった。

 

「い、いただこう、その前に、エルフのメスよ、名を聞かせて貰えないか?」

 

「アンティリーネ、アンティリーネ・ヘラン・フーシェよ。」

 

 長いな、と少し困惑気味の相手に向かい、リーネでいいよと愛称を呼ぶように提案する。

 

「分かった、リーネ、この恩は忘れん。それではいただこう。」

 

 意を決した様に、金属をバリバリと貪っていく、歯折れないのかな?などと下らない事をリーネが考えていると―――ピタリとクアゴアもぐらの動きが止まった。

 

 その事を不思議に思い、リーネが覗き込んだ―――その瞬間。

 

「ゥンまああ~い!!」

 

「ひゃあ!」

 

 急に叫び出したクアゴアもぐらに面を食らい、叫び声を上げる。

 

 目の前では未だに、ゥンまああ~い、ゥンまああ~い、と涙を流しながら貪る姿が目に入ってくる。

 

 それとは対照的に、リーネの顔色は青い、控えめに言ってドン引きしているのだろう。

 

 クアゴアもぐらのその姿を呆然と見ながら、リーネはしばらく立ち尽くしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまんな、美味すぎて取り乱してしまった。お前には感謝してもしきれないな。」

 

「まぁ、なんていうか、それはこっちの台詞でもあるのよね。」

 

 希少金属を貰った事に感謝されるが、リーネとしては証拠隠滅の手伝いをして貰った様な物だ、むしろこっちが礼を言いたいくらいである。

 

「こっちの台詞?相変わらずお前は良く分からん奴だな。」

 

「ふふ、アナタはもう私の共犯者なのよ、完全犯罪のね。」

 

 くつくつと演技染みた笑いを繰り返すリーネをクアゴアもぐらがジッと見つめる。

 

 エルフとは変な生き物だな、と言っているが本人には余り聞こえてはいないみたいだ。

 

「はは、一々分からん奴だ、それじゃあな、リーネ。」

 

「待ちなさい、クアゴアもぐらさん...いえ、...えぇっと、ヨンサマ!」

 

「ん?なんだ?」

 

「私と、と、とも...うぅん!リーネ軍団に入れてあげるから入りなさい!」

 

 放たれる衝撃の言葉。

 

 それを聞き、ヨンサマが何か納得したような顔をする、【軍団】、薄々気づいてはいたが、やはりコイツはエルフの氏族の王なのだろうと、少なくとも、それに連なる物だろう。コイツはメスだが、エルフは関係ないのかも知れない。

 

「軍団、そいつは凄いな、どれだけの軍勢を従えてるんだ?」

 

「え?えぇっと...私だけよ!」

 

「は?」

 

 それは軍団と呼べるのか?ヨンサマは自分で頭は良くないと自覚しているが、それくらいは分かる、いくらなんでも一人はないだろう。

 

「今から!今から大きくなるの!一番手よ!凄いのよ!だから...そうね、私が困った時に助けて欲しいのよ!」

 

 リーネが困った時に助けて欲しいと言われ困惑する。

 

 この化け物が困る様な事態に自分が行った所でどうにかなるのか?という思いがあるからだ。

 

 実際は、リーネが困る=金属を消し去りたい時、であるのだが。

 

 というか普通に、友達になろうと言えば良いのだが。今まで友達などこの世界に居なかったし、作る機会も無かった。

 

 恥ずかしくて面と向かって言えないのだろう。

 

 ヨンサマが考える素振りを見せる。軍団に入り困った時にコイツの力を借りれるのなら、是非もないと思えた。

 

「リーネが困る様な時に、俺が行った所でどうにかなるとは思えないが...いいぜ、その軍団ってやつに入っても。」

 

「やった!決まりね!ふふん今日からとも...クランの...じゃなかった、軍団の一員よ!あっ、そう言えばヨンサマ以外のもぐらさんは頭叩かれるの好きなの?あれだったら叩きに行ってあげるよ!」

 

 今まで軽く笑いながら喋り合っていたヨンサマの表情が瞬時に変わっていく。

 

「クアゴアは頭を叩かれるのは好きじゃない、いいな、分かったな。...絶対に俺達の住処に来るなよ!絶対だからな!いいな!」

 

 強く、きっぱりと言い切る、そしてこうも思う、コイツの力は極力借りんと、コイツを氏族の皆に会わせないと。

 

 そうしないとコイツにクアゴアが殲滅される恐れがある気がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森林内に突風が吹き荒れる、突風は森林内の木々を、まるで縫うかのように進んでいく。

 

 目にも止まらぬ速度で。

 

(~♪流石私ね♪証拠隠滅完了♪)

 

 突風の正体であるリーネが口笛を吹きながら、上機嫌に帰宅している、万事丸く収まった、自分の才能が恐ろしいと。

 

(でも、な~んか忘れてる気がする、何だっけ?)

 

 記憶の片隅に、何か一つ引っかかりがあるが、何かは思い出せない、非常に大事な事だったように思える。

 

 走りながら考えていく、しかし、引っかかりが取れる前に、先に拠点まで付いてしまった、辺りを見渡せば、談笑していた兵士達が、未だくっちゃべっている。

 

 だから、仕事しろよな、と思いながら、こっそり天幕内まで入っていく。

 

 その際も、引っかかりが気になる、何だったかなと思いながら、天幕内を見渡すと。

 

 そこには、笑顔を浮かべるファーインが寝具に座っていた、お帰りなさい、と優しく言葉を掛けて来てくれて―――

 

―――頭の中の引っかかりが取れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クアゴア―――土堀獣人と呼ばれる亜人の種族であり、アゼルリシア山脈地帯に生息している。

 

 幾多の氏族からなり、幼少期に希少な金属を食べる事で強くなると言う特異な体質を持った亜人である。

 

 そしてその氏族全てを纏め上げ、氏族王とまで言われるクアゴアの大英雄がいた、その名はペ・リユロ。

 

 幾多の改革を行い、歴史上類を見ない程の功績を残した、正に王の中の王であり、そして、その力に置いても、歴史上二番目に強いと言われている。

 

 そう、二番目である。

 

 王の中の王と呼ばれる、ペ・リユロですら届かぬ高みに座した、クアゴアの歴史上、最強の猛者がいた。

 

 その名は―――ペ・ヨンサマ―――

 

 ペ・リユロが受け継ぐ、系譜にして、ペの氏族の大英雄である。

 

 100年前に唐突に表れたその存在は、その強大な力と不思議な武術を持って、あらゆる外敵から氏族を守ったとされている。

 

 そしてまた、伝承ではこう言い伝えられている。

 

 ペの大英雄の影には、彼を支え、力を与えた、”白と黒”を纏う、一人の女神と悪魔がいたと。

 

 女神は慈悲深く、クアゴアを愛し、また、クアゴアに”力”を与えにやってくる。

 

 悪魔は無慈悲で、クアゴアを憎悪し、クアゴアの”命”を奪いにやってくる。

 

 大人も、子供も、氏族長も、そして、クアゴアの大英雄、ペ・リユロですら、敬い、畏怖する伝説―――伝承。

 

 皆が一様に敬服する、力を与えたまえと、生ある事を許して欲しいと。

 

 そして、言葉を綴り出す、皆が一様に歌いだす。

 

 伝説を―――伝承の歌を。

 

 慈悲に溢れた―――無慈悲な歌を。

 

 やってくる、やってくる、”白の女神”がやってくる。

 

 やってくる、やってくる、”力を与えに”やってくる。

 

 やってくる、やってくる、”黒の悪魔”がやってくる。

 

 やってくる、やってくる、”命を奪いに”やってくる。

 

   

   ―――頭蓋を砕きにやってくる―――

 

 

 

 

 

 




リーネ「ねぇ、ねぇ、ちひろさん、私伝説になったよ?これで完全にタイトル回収だね♪これでいつでもこのSS終われるね♪」

ちひろ「お前はそれでいいのか?」


・ばっさり切られた大竜王さん

大竜王「おい!ふざけんなよ!きちんと書いてたじゃねぇか!激戦だっただろう!」

ちひろ「いやね、読み返してておもったんだ...この話いらないよねって。」

大竜王「理不尽過ぎだろお前!」


・リーネ軍団

 ボス・リーネ

 役職不明・ヨンサマ


どうも、明けましておめでとうございます。ちひろです。

0時に投稿しようと思ったのですが間に合いませんでした...
今年の目標はこのSSを終わらせる事です。

今回も長いお話でしたがここまで読んでくれてありがとうございます。
そしてお疲れ様でした。

それでは皆様良いお正月を!シュバ!


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俺達!...プロレスラー!?~アンティリーネと謎のタッグマッチの巻~

前回のあらすじ

ペ・ヨンサマ「ヨンウォニ~♪」

リーネちゃん、自分の世界でフィジカル無双。




 

 

 

 

 

 

「それでですね、私はまだ初心者だったんです、右も左も分からないのに、私を置いてモモンガさん、一人で先に行っちゃうんです。」

 

 クアゴアもぐらのヨンサマとの出会いから一週間経ち、ユグドラシルに来訪中のリーネが、話相手に懐かしい思い出の愚痴をこぼしている、そして、その言葉に呼応する様に、部屋の中には金属音が鳴り響いていた。

 

 辺りを見渡せば、そこは何時もの留置所の風景ではなく、沢山の作業台や工具、果てには工業用機械までが置かれている。

 

 この部屋―――施設は、鍛冶場と呼ばれる、生産、制作施設であり、多くの生産職のプレイヤーから日々愛用されている場所だ。

 

 その鍛冶場―――ヘルヘイムの―――の大部屋には三人のプレイヤーの姿が見てとれる、リーネと建御雷、そして、あまのまひとつである。

 

「守ってやる~とか言ってた癖に、私に転移トラップ踏ませるし、散々でしたよ。」

 

「そりゃ災難だったな、まぁ、モモンガさんでも、ミスぐらいするだろよ。」

 

 建御雷とリーネが、その様な他愛無い会話を楽しんでる最中にも金属音は鳴りやむ気配はない。この音を奏でているのはあまのまひとつであり、昨日掘り起こした金属達を加工している待ち時間に、本人達の希望する装備を制作している最中だ。

 

 希少金属の七色鉱も、大量とはいかないがそれなりには確保できた。なので兼ねてより考えていた高品質の武具を制作し、クランの戦力増強を図る目的で、あまのまに頼みこみ本日この場に集まっている。

 

「っと、完成したぞ、リーネ。建御雷さんはもう少し待ってて、すぐに取り掛かるからさ。」

 

「うわ、もうできたの?ありがとう!流石あまのまさん!」

 

「すまねぇな、あまのまさん、今度、素材優遇するわ。」

 

「ん~?気にしないでいいよ、二人の装備が充実するって事はクランが強くなるって事だからね、クランの№2と№3のアタッカーなんだからさ。」

 

 №2だなんて照れますよ~とご機嫌になっているリーネに対して、お前が3だからなと鋭くあまのまがツッコミを入れていく。クラスも充実して、プレイヤースキルも格段に上がっているが流石にまだ建御雷の方が上だろう。

 

 そんなツッコミを聞いてもリーネのテンションは下がらない、なぜなら、待ちに待った新武器が完成したからだ、下がる所か益々上昇していく。

 

「ほらよ、ランクで言えば伝説級って所だ、PK食らって盗られるなよ。」

 

「PK?最近してませんけど。まぁ、私は食らうのではなく、食らわせる方ですから大丈夫です。」

 

「いや、あまのまさんが言いたいのは返り討ちに合うなよって事だと思うぞ。お前さん異業種狩りには突っ込んでくだろ。」

 

 浮かれている相手に対しあまのまが釘を刺していく。

 

 リーネは強いが最強ではない、強者は歴然と存在する。LVも未だカンストには至っていない為、手を出した存在がカンストだった場合は下の下プレイヤーであっても返り討ちに会ってしまうだろう。

 

 最近では無意味なPKは鳴りを潜めてきたが、異業種狩りに対する報復は余り変わらない。

 

(たっちさん達と昔からつるんでる影響かねぇ。ヤバめな奴にかち合わんといいが...コイツならどうにかなるか?)

 

 異業種狩りを行う人間種に対し突っ込んでいく妹分の姿をあまのまが連想していく。それと同時に、まぁそれでも、コイツならどうにか逃げ切れるだろうと言う思いも沸いてくる。この廃課金者なら、課金アイテムラッシュでどうにかなりそうだ。

 

「しかしあれだな、今回のは、また少し短く頼んできたな。」

 

「そうですね、やはり私の場合は懐に潜るのが前提になりますんで、アームシールドに戻した今、長いのでは真価を発揮できませんし。」

 

「確かにな、お前さんのリーチじゃ距離を取られるのは不利だからな、必然的に超接近戦になっちまう、物干し竿みたいな長リーチ武器を使うって選択肢も無い事はないが、その小さい体を生かすなら懐で暴れる方が賢いかもな、折角その盾で左手もフリーになってる事だし。」

 

「ふ~ん、そういうもんか?俺には分からん、脳筋乙だな。」

 

 前衛二人の熱い語らいにあまのまがチクリと嫌味を吐いていく、それと同時に戦闘者共は大変だなと言う気持ちも沸いてきた、そこまで複雑に物事を考え対処しなければならないのだから。

 

「脳筋はひでぇなおい、まぁ、でもだ、リーネ、その戦法は同じ前衛職相手、いわゆるPVPを見越しての物だ、ボス戦でのモンスター相手に必ずしも刺さるとは限らん、PVPでも魔法詠唱者とかだとガラリと変わるからな、特化し過ぎんなよ。」

 

「う~ん、確かにそうですね、せめて武装位は幅を持たした方が良いかもしれませんね、しかし...素材が...ここは課金するしか...。」

 

「即座に課金に行きつく辺り、だいぶイカれて来てんなおい。」

 

 その言葉はあまのまも同意見だ。素材確保は時間と手間がかかるのは分かるが、もう少し節度は持った方が良いとも思う。即座に課金に行きつくのはイカれてると言われてもしょうがない様に思えた。

 

「課金ねぇ、俺は課金すんなら装備よりも別の事に使いたいね、高品質の作業器具とかさ、まぁ、置く場所無いんだけどね。ギルド拠点でもあれば話は別だけどな。」

 

 ギルド拠点、ユグドラシルではダンジョンや都市などあらゆる物が拠点用として用意されている。色々な条件を満たさなければならないが、拠点として持つならこれ以上の物はないと思える。

 

「ギルド拠点ね、確かに魅力的だけどよ、デメリットもデカいからな、維持費が馬鹿にならん。」

 

「ギルド拠点なら私は3000級が良いです。」

 

「アホかお前、破産するわ。ていうか九人じゃ攻略は無理だろ。」

 

 建御雷が盛大にツッコミを入れるのを、あまのまが聞きながら、3000とは行かなくても、いつかは拠点で自分の鍛冶場を作るのを想像する。そして一つ溜息を漏らしていく、そろそろ休憩も終わりにしよう、そう心の中で言葉を吐きながら、作業台に向き直る、残った仕事を片付ける為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新武器の完成により、ルンルン気分で二人と別れたリーネが向かった先はヘルヘイムのフィールド―――狩場である。

 

 新武器の性能の確認だけでなく、戦闘スタイルとのフィット感も兼ねてのモンスター狩りと言う名の戦闘訓練の実施の最中だ。

 

空気振動衝撃(エアリアル・ブレイカー)

 

 右手を空間に叩きつけ、それと同時に蜘蛛の巣状に空間にひび割れが起こっていく、そして指定ポイントに三か所ひび割れが点在された。出現したひび割れが薄く発光しながらその場に留まろうとするが、徐々に光は薄くなってきている、効果が切れてきているのであろう。

 

「ほっ!ととと、えい!」

 

 勢いよく飛び上がり、発光するひび割れに着地する、が直ぐにひび割れの効果が切れる、リーネが慌てて効果中のポイントまで移動を開始し、着地の瞬間、目標に向かって蹴り上げた。

 

「【竜殺し】」

 

 蹴り上げ進んだ先には標的のモンスター【ヘルヘイム・エインシャント・ドラゴン】が見える。顔面上部辺りまで飛んでいったリーネが、ジークフリートの持つスキルをドラゴンの眉間辺りに炸裂させていった。

 

 【竜殺し】―――ドラゴンに対する超特攻を持つジークフリートのスキルだ。

 

 ジークフリート自体、プレイヤーの範囲内にドラゴンが居るとステータスが上昇すると言う優秀な特性を持っているのだが、持つスキルもドラゴン特攻の物が多い。その中でもこれはそれほど強い部類には入らない、もっと強力なスキルも保有している。

 

 竜殺しを眉間に貰い、クリティカル判定が起きたドラゴンが地に倒れ伏す。先程の攻撃が決め手になったのであろう、光の粒子となり消失していった。

 

「ん~、難しいな、タイミングが少しずれるわね、消滅がランダムだから発光の度合いで図らなきゃだし、でもそこを注視しすぎると相手への対応が遅れるし。」

 

 たっちの言っていた言葉が染み渡ってくる、それと同時に、この戦法を取るプレイヤーが居ない事もまた理解できてきた。

 

 ジークフリートは強力なクラスだ、ドラゴンの特攻を持つだけでなく、PVP等の対人戦でも有用で強力なスキルすらも保有している。半壊れ性能みたいなクラスに就いている以上、ワンミスが致命的になるような戦法よりも、単純で強力なスキルを主軸にした戦法に足を運ぶのは自明の理であろう。

 

「...やっぱり、たっちさんは凄いわね...。」

 

 たっちの言葉の意味を理解したリーネがポツリと呟いた。

 

 恐らくたっちはあの一言から、瞬時にメリットとデメリットを洗い出し、リーネに対し忠告を行ってきたのであろう。

 

 自分はこのスキルを使用した事が無いのにだ。

 

 たっち・みーと言う人物の凄さを改めて実感すると共に畏怖の念も同時に押し寄せてくる、武の極地に立つ者とはそれ程までに凄まじいのかと。

 

 そして、それほどの人物と、仲間として肩を並べている事にたいする愉悦も後から沸々と沸き上がってきたが首を振り、己を律する、浮かれては駄目だ、相応しい人物にならねばと。

 

「あの人も同じような次元の住人なのよね、おばさんは言い過ぎたかな、まっ、挑発する為だったんだけど...いつか会えたら謝んなくっちゃね。」

 

 ベクトルは違うかも知れないが、恐らく、たっち・みーと同じく武の極地に立つ化け物―――盾の女に対しそう言葉を漏らしていると、リーネの視界に少し遠いが見慣れた光景が飛び込んできた。

 

「ムッ!いじめ発見!これよりたっち・みーの右腕であるこのアンティリーネが正義を執行する~!っとその前に。」

 

 ごそごそと、無限の背負い袋からアイテムを取り出してPK準備を進めていく。

 

 そして、PK準備を終わらせた後に【上位回復薬(ハイ・ヒーリング・ポーション)】を飲みHPの回復を行う。先程の戦闘でHPは減少している、スキル回数はしょうが無いがHPくらいは万全にしておくべきだろう。

 

「よし、準備は良いわねぇ~ってうぇぇ~、ボコボコにされてる!早く行かなきゃ!正義ィィィィーーー!」

 

 準備も終わり、さぁ今から助けようと思っていたリーネの目の前では一方的に攻撃されている異業種の姿が目に飛び込んでくる。このままでは助ける前にPKされてしまうと思ったリーネが謎の奇声を上げながら慌てて異業種狩りに向け突っ込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異業種の巣窟―――ヘルヘイム、陰気な雰囲気が立ち込める場所で、そこには似つかわしくない陽気な声が響いてくる。

 

「お~れさいきょ~う♪お~れさいきょ~う♪ほんわかぱっぱ、ほんわかぱっぱ♪お~れさいきょ~う♪」

 

 陽気な声と言ったが、恐らくこれは歌であろうか、リズミカルに手と足を弾ませながら、ずんぐりした真っ黒な人物が声高々にそう歌い上げている。

 

 真っ黒と言う言葉通り、その人物の体は全てが黒で埋まっており、唯一別の色が見てとれるのは、吊り上がった大きな目と三日月の様な口から存在を覗かせる歯だけである。

 

 体からは黒い靄が常時沸き上がっており、それがより一層不気味さを際立たせている。

 

 しかし、その人物が身に着けている装備はその不気味さには似つかわしくない、非常に派手で豪華な装備群だ。豪快といってもいいかも知れない。

 

 肩口に付いている鎧の肩当ては非常に大きく、最早翼と見紛うばかりであるし、その後ろ―――背中の部分には自分の体に近い位の大きなドリルが、左右に飛び出しているのが見てとれた。

 

 ずんぐりむっくりした体も立派な鎧で覆われており、手甲も足甲も全てゴツゴツしている。アンバランスさも相まって存在感の塊の様な人物だ。

 

 そして、そのアンバランスな人物の背中の真ん中に一本刺さっている鉄の棒のような物。それは剣の握りの部分にも見える―――が。

 

 握りの先―――鍔の部分から先が無いのだ、刀身が接続されてはいない。

 

 姿形と派手な装備群、そして異質な武器の様な物体を背に担いだアンバランスな存在が上機嫌で歩いていると。

 

「で~まえじんそく♪らくがき―――おう?何だ何だ?」

 

 何かを発見したのか、ピタリとその人物の足が止まる。疑問の言葉達を口から吐きながら気になる場所を凝視しだす。

 

 視線の先には―――少し遠いが―――、一人の異業種が二人の人間種に襲われている様な光景が見えてきた。そして、その二人の元に全速力で向かうもう一人の人間種の姿も見えてくる。恐らくは加勢に行っているのだろう。

 

「お~~~い、三人はあんまりじゃろが~い。」

 

 たった一人を相手に、三人でタコ殴りにするなど流石に酷すぎだろうと真っ黒な人物が思う。助けに行ってやろうかと思うが、余程LV差が開いていないと三人など相手どれる訳はない。どうするかと考えるが、即座に答えは出た。

 

「助けるか!やられてる方が加勢してくれりゃ二対三だろ!それなら...うん!無理かもしれんな!でもいいや助けよ!」

 

 いっそ清々しい程の決断をし、異業種を助ける事に決める。どうやらこの人物は考え方も豪快な様だ。

 

「よっしゃ~、決めたら即行動だな!派手にかましてやろうか!俺様はアッ!ウェンタ~テイナ~だからな!」

 

 プルルルルルルル~♪と巻き舌で甲高い声を上げながら全力で走り出す―――しかしその人物が向かった先はPK集団の元ではない。目の前には大きな岩が見える、そしてその岩を鼻歌交じりに上り出す。

 

 最早何がしたいのか全く分からず、奇行を繰り返していく人物が岩の頂上までたどり着き―――

 

「うおっほん!アッ、まてぇぇぇーい!!」

 

―――そう大きな言葉を叫び、背に刺されていた一本の棒を天に突き上げる。

 

 その瞬間、棒の先端に付いていた鍔の様なものが瞬時に開いた。そして強烈な光が巻き起こり辺り一面を包み込んでいく。

 

 光と共に現れたのは、自分の体の二倍以上はあるのでは?と思わせる程の巨大な刀身。刀身は美しい青色に彩られ、眩く輝いている。

 

 それは正しく剣であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(うえぇぇ~!不味い~、流石に二人は無理だったーー!)

 

 異業種狩りを行っていた人物達に突っ込んで行ったリーネだったが現在盛大に後悔をしていた。こう言う所があるから、あまのまも心配して忠告してくるのであろう。

 

 心の中で焦りの言葉を吐くリーネに対して異業種狩りの二人の内、一人がリーネに対し喋り掛けてきた。

 

「よう!異業種姫、アンタ有名人だぜ!とっ捕まえてキモオタ達の前に放り出してやんよ!」

 

(異業種姫?キモオタ?なんの事?)

 

「あっそう、好きにすれば?アンタみたいな雑魚には捕まんないけどね!」

 

 罵声を浴びせられた相手の雰囲気が変わる。雑魚と言う言葉が癇に障ったのか、先程までの軽い雰囲気が掻き消え、憤怒の空気を纏っていく。

 

 怒れ怒れと思いながら、課金アイテムの使用のタイミングを計っていく、怒りで行動が雑になった時がチャンスだ。

 

 そう思っていると。

 

―――アッ!まてぇぇぇーい!!―――

 

 周囲に非常に大きな声が響き渡ってくる、拡声器でも使っているのかと思う程だ。急な叫び声に戦闘中の三人だけではなく、守られている異業種も声の方向に振り向いた。

 

 その瞬間、眩い光に辺りが包まれる。光の発生源は声の主の方角、そしてその手元からだ。光の柱が天に向かい伸びていた。

 

 そして、その後またもや大きな声が響き渡る。

 

―――アッ!俺はゲンガー!―――

 

―――アッ!ゲンガー・ゾンボルトォォォ―――

 

 タァァァーーという掛け声の元、岩の上に陣取っていた人物が四人の前に飛び降りてくる。

 

 飛び降りてくるが。

 

「くらぇぇぇーーー!一刀両断ーーー!【フライング・ボディプレス】」

 

 戦闘中の三人の目の前―――中央付近に、高々と剣を振り上げたまま、体ごと真っ黒な人物が空中から地面に向けて落下してきた。そしてそのまま地面に激突していく。

 

 激突した際に鳴り響いた轟音と、訳の分からない人物の登場により、その場に居る全員が一様に固まっていく。あっけに取られている四人を他所に謎の人物が倒れたまま何やら数字を数えだす。

 

「1...2...3...アッ!ダアァァァーー!」

 

 そして奇声と共に立ち上がり、その手に持つ大剣を軽々と頭上で振るいだす。そしてその切っ先を相手に―――異業種狩りに向け、言葉を言い放った。

 

「元気があれば何でもできる!つってもよぉ、やって良い事と悪い事があんぜ!」

 

 異業種狩りに向けて―――リーネに向けて、そう言い放った。

 

 ポカンという表現が良く似合う様な雰囲気を四人が纏う。急に現れた人物に対する驚愕も無い訳では無いが、その人物の風貌と放たれ続ける言葉達が余りにも意味不明で脳が軽くショートしている。

 

 そんな中、意の一番にリーネが我に返っていき、相手に喋り掛けていく。

 

「...え?なんで私剣を向けられてるの?」

 

「嬢ちゃんよぉ、ここはヘルヘイムだぜ?ここで異業種を狩るのは俺が許さねぇ。」

 

(はぁ!?)

 

 そう心の中で驚愕の言葉を吐く。自分は狩っていたのではなく、狩られていた人物を助けていたのだ。それなのになんでそんな事を言われなければならないのかと怒りが沸き上がってくる。

 

(何言ってんの!?この真っ黒!?今までの状況見てなかったの!?見てて言ってるならコイツの目は腐ってるわよ!)

 

 怒りの余り相手を睨みつけていると、異業種狩りに合っていた人物が真っ黒な人物、ゲンガーに喋り掛け出した。聞こえてくる言葉は勘違いや助けて貰っていた等の言葉達。

 

 言葉を聞き終わった後にゲンガーがこちらに向き直ってくる。

 

(何見てんのよ。間違ってたんだから早く謝んなさいよ!)

 

 そう思い睨みつけていると―――衝撃の言葉が聞こえてきた。

 

「やっぱりかぁ!嬢ちゃん悪そうに見えないもんな!俺は信じてたぜ!」

 

「絶対嘘でしょ!」

 

 衝撃の余り盛大に叫んでしまった。しかしそれもしょうがないと思える、よりにもよって信じてたぜは無いだろう。リーネがなんでそんなに堂々と嘘が付けるのか驚愕していると。

 

「おっ、嬢ちゃん中々良いツッコ―――おっと、あぶないぜ!」

 

 会話をしている最中にゲンガーの姿が掻き消えた―――正確には一瞬黒い霧になり、装備事姿を消したのだ。

 

 そして再度姿を表す。現れた場所はリーネの後方だ、背後を取られてしまったのかと自分のミスに歯切りしていると―――金属音が鳴り響いてくる。

 

 急ぎ振り向いて見れば、そこには異業種狩りの人物と鍔迫り合いをしているゲンガーの姿が見えてくる。そこでやっと気づく、自分が不意打ちを食らいそうになっていた事に。

 

「流石は異業種狩り!やる事成す事卑怯だな!」

 

「間違ってた奴が良く言う!」

 

「あれはお前達を油断させる為だ!」

 

「嘘をつけ!!」

 

 相手のツッコミに対し、リーネも一緒にツッコミそうになったがすんでで堪えていく、基本的に自分はツッコまれる側の人間だ、慣れない事をさせないで欲しいと下らない事を思ってしまう。

 

「アッ!そーれ♪」

 

 軽い言葉と共にゲンガーから大量の黒い霧が吹き出し辺りを覆っていく、闇の霧(シャドウ・ミスト)である。急に湧き出てきた霧に全員が不意を突かれて動きを一瞬止める。そしてリーネの耳元で囁きが起きた。

 

「一旦後方に離脱しな。」

 

 その言葉の意味を理解し、すぐさま戦闘範囲内から離脱していく。霧が晴れる頃には相手と十分な距離が確保できていた。助かった、これで仕切り直せると、ここは素直にゲンガーに対して感謝の言葉を口にしていく。

 

「助かりました、ありがと―――」

 

「これで仕切り直しだな!相棒!」

 

「―――うござい、はぁ!?相棒!?」

 

 一体いつから相棒になったのか全く分からない。今日初めて会ったのに急に相棒などと呼んでくる人物に対し信じられない物でも見るかのような視線を向ける。

 

「相棒!?なるほど、お前ら仲間だったのか...異業種姫の取り巻きかなんかか?」

 

「あぁん?なんだお前ら、今頃気づいたのか?」

 

「取り巻き?」

 

 相手の二人組も少し混乱している様だったが、会話の後にすぐに臨戦態勢を取ってくる。その場の雰囲気が少しピリ付いたのを感じ取ったリーネが姿勢を正していく。

 

「へへ、相棒よぉ、俺達二人のタッグなら向かう所敵無しだと思わねぇか?勝てるぜ、この勝負!」

 

「うるさいわねぇ!今そんな事考えてる暇ないのよ!邪魔な考えは捨てなさいよ!」

 

「へへ、成程な...”勝ちたいと言う気持ちさえ戦いに置いては邪魔になる”か。カール・ゴッチ見たいな事言いやがるな...いや、お前さん自体がカール・ゴッチって事なのか。」

 

「んきぃぃぃーーー!!!」

 

 話せば話す程に返ってくる訳の分からない言葉に対し、リーネが奇声を上げながら地団駄を踏みだした。これが現実ならば顔を真っ赤にして怒っている事であろう。妙な言動と意味不明な行動に徐々にリーネが混乱していき、振り回され始めだす。

 

(誰よそいつ!?知らないわよそんなやつ!...はぁ、落ち着くのよ、私!なんだかんだ、これはチャンスよ!)

 

 訳の分からない状況ではあるが、これは好機とも言えるだろう。なぜなら二対二に持ち込む事が出来たのだから。気持ちを落ち着かせながら眼前で剣を構える二人組に気持ちを集中させていく。

 

 そして、そんなリーネをゲンガーが右手で制した後に、巨大な剣を相手である二人組に向けて付きつけ言葉を発し出した。

 

「へっ熱いねぇ...最高のタッグマッチの始まりだぜ。おい!お前ら、二対二...条件は一緒とか思ってんじゃねぇか?」

 

(((?)))

 

 またもや放たれる意味不明な言葉、三人が一様に頭に?マークを浮かべていく。誰がどう考えても条件は一緒の筈だ。ワールド・チャンピオンが居るとかなら分かるが、ここにはそんな人物は居ない。

 

 混乱していく三人を他所にゲンガーの言葉は止まらない。

 

「お前らは1+1で2かもしれねぇ...だけどな、俺達は1+1で2じゃねぇんだ。」

 

(いや、2でしょ?は?どういう事?)

 

 止まらない、訳の分からない言葉は止まらない。

 

「俺達は1+1で...アッ!200だあぁーー!」

 

 ゲンガーが吠える。俺達は200だと、お前達は2だと。訳の分からない言葉を並べていく。最早リーネだけでなく相手の二人組も、そして守られている異業種も、その場の全てがゲンガーに飲まれていく。

 

 ユグドラシルに来てもう一年以上になる。色々な相手も見て来たし、仲間も濃ゆいメンツばかりだ。しかしこの男はなんというか、各が違う気がする。常軌を逸しているのだ、目の前の人物が得体の知れない酷く恐ろしい物に見えだした。

 

 そして、得体の知れない恐怖に支配されつつあるリーネの方角にギュルンと言う効果音が聞こえてきそうな勢いでゲンガーが振り向いてきた。

 

「何ボケっとしてやがる!そこは10倍だぞ!10倍!だろうがあぁぁぁーーー!!」

 

「ひゃ!えっ...え?あ、あう。」

 

 100倍じゃないんですか!?と聞き返したかったが言葉が出てこない。代わりに悲鳴が漏れ出した、恐怖に支配されるリーネを見つめながら、ゲンガーから。あぁん?おめぇこのネタ知らないのか?などと言う言葉が聞こえてくる。

 

「へっ、なるほど、早く殺り合いてぇんだな!”いいんだね?殺っちゃって”ってか?蝶野かよ相棒!よっしゃ!そんじゃ!いくか!相棒!俺達二人で!2000万パワーズだぜ!」

 

 そうゲンガーが叫び、闇の霧に姿を変え二人組の前まで瞬間移動していく。

 

 戦闘が再開されるが、リーネは動かない。というか動けないのだ、脳が完全にショートしてしまっている。そんなリーネの目の前では訳の分からない言葉を叫びながら大暴れしているゲンガーの姿が見える。止まらない、訳の分からない言葉は止まらない。

 

 ゲンガー・ゾンボルトは止まらない。

 

 その光景を静かに見つめながら、現実世界なら間違いなく死んだ目をしているであろうリーネがポツリと言葉を呟く。

 

「...200って言ったじゃない...何で2000万なの...?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッ!ドリィルゥーブーストォー...アッ!ナッポォー!」

 

 その叫び声と共に背中に装着されていた二対のドリルが甲高い音を立てながら空中を駆け巡っていく。そしてそのドリルはまるでホーミングでもするかの様に相手の二人組を各個追いかけて行っていた。

 

 その状況を死んだ目で見つめていたリーネだが、その光景を見て目の輝きを取り戻していく。不規則に動きながら追従していくドリルに対し二人共翻弄されている。目に映る相手の動きをリーネが凝視し続ける。そしてこう思う―――隙だらけだと。

 

「アッ!斬艦刀ーー!稲妻重力落としーー!!」

 

 その言葉と共に複数の刃が二人組を襲っていく。

 

 ドリルに翻弄されていた二人組は回避できずにその刃に切り刻まれ行った。

 

(上手い!ドリルに気を取られている内に範囲内まで誘導されていたのね...ていうかレイザーエッジじゃない!稲妻も重力も関係ないじゃん!)

 

 ケンセイのクラスのスキルである、レイザーエッジが炸裂していく、続いて一刀両断と言う言葉と共にゲンガーが両手を突き上げていく。そしてその行動の後に周囲に負の衝撃が起きた。

 

 【負の爆裂(ネガティブ・バースト)】である。

 

 負の爆裂(ネガティブ・バースト)を受けて二人組が吹き飛んでいく様をリーネが見ながら、魔法!?と一瞬思うが、恐らくこれは種族特性からくるものだろう。異業種はクラスを得ずとも種族特性から魔法を取得する事が出来るからだ。

 

 空中に吹き飛んだ二人組をドリルが蹴散らして行っている、そして吹き飛んだ先にはゲンガーが構えを取って待ち構えていて―――斬艦刀!乱れ斬り!という言葉と共に横薙ぎに大剣を振るっている。全く乱れてはいないが。

 

(~~~――強い!!)

 

 初めは呆然と見つめていたリーネの目つきが徐々に真剣身を帯びてきた。この男は強い、領域の確保が絶妙だ。そして、その最もたる要因はあのドリルだろう。

 

 精密な動きに非常に高い吹き飛ばしの効果―――ノックバックが付与されている。故に威力は低いだろう、データ量が限られている以上、全てを高い水準に持っていくなどできはしないのだから。

 

 ドリルでかく乱し、自分の領域―――間合いまで吸い寄せる様に誘導している。そしてその間合いは相手よりも遥かに広い、故に反撃の一手に移るのが困難なのだろう。

 

 ゲンガーの間合いはあの大剣―――斬艦刀の間合いだ。つまりはその範囲は非常に広い、それを覆す方法はかなり限定的になってくるだろう。

 

「~~~――!糞が!舐めんなよ!」

 

 二人組の一人がスキルを発動させようとしている。そう、それが正解だとリーネは思う、そしてそれは誰しもが考える事―――安直と言うやつだ。

 

「アッ!フラッシュ!」

 

 その言葉と共に上段に構えられていた斬艦刀から眩い光が発せられる。その光に包まれスキルを発動させようとしていた人物の動きが一瞬止まる。視界を遮られ相手を見失ったのだろう。そして目が慣れる暇もなくその男の元に黒い斬撃が一直線に飛んでき斬りつけていった。

 

 初めからゲンガーはこれを放つつもりで上段に構えていたのだろう。ドリルでの吹き飛ばしを待ち構えている振りをしていた。痺れを切らした相手の次の一手を把握して。

 

―――分かりやすすぎるのよ、お嬢ちゃん―――

 

 リーネの脳裏に盾の女の言葉が蘇る。百聞は一見に如かずとは良く言った物だ、これと同じ事を自分は盾の女にされていたのだろう。そして―――

 

「アッ!もういっちょ~うアッ!フラッシュ!」

 

―――と言う言葉と共にゲンガーが斬艦刀を上段に振り上げる。

 

 その言葉を聞き身構えた二人が、後方からぶつかってきたドリルに盛大に吹き飛ばされていく。ゲンガーの前方に。

 

 そして再度、負の爆裂(ネガティブ・バースト)により後方に戻されて行った。

 

 その光景を見つめながら哀れだとリーネは思う。フラッシュの脅威を刷り込まれている、その一瞬の硬直がドリルの餌食だとも分からずに。

 

 最早疑う余地はないだろう、ゲンガーは強い、自分の長所を最大限生かせる戦い方を行っている、そしてそこに迷いは一切ない、だから強いのだ。行動の繋ぎが流れる様に進んでいく。

 

 もし自分がゲンガーに相対したとしたら、あのふざけた言動と行動に翻弄され、気づいたら負けている姿が容易に想像できた。そう、あの行動と言葉もゲンガーの武器の一つ―――いや、最大の武器だ。

 

(滅茶苦茶ね、この人...でも、戦い方は凄く勉強になる。どんな攻撃も間合いに入らなければ打てないのが道理、戦士として、空間の把握は武器やスキルよりも重きものだ。だったっけ?たっちさんが言ってたわね。もっと見せなさい!ゲンガー!その技術、ぶん捕ってやるわよ!)

 

 そう考えるリーネの目の前では、斬艦刀を頭上で振り回しながら、アッ!だぁ~いしゃり~ん!と叫んでいるゲンガーが見える。その周囲には巨大な竜巻が発生していて、二人組がその渦の中で斬撃に切り刻まれていた。

 

(いや、それレイザーストームじゃん、だいしゃりんってなによ。あれは真似したくないなぁ。)

 

 いくら強くなる為だとしてもあの行動は真似したくないな、とリーネが思っていると。竜巻に切り刻まれながらも相手が斬撃をゲンガーに向け放っていく。

 

 悪あがきだ、そんな直線的な攻撃があの男に当たる筈もない―――当たる筈もないのだが、なぜかゲンガーは回避行動を取らずにその斬撃を正面から食らっていった。

 

(ちょちょちょ...なんで避けないの!?)

 

 明らかに回避できた筈の攻撃を回避しなかったゲンガーに対し混乱が頭の中で渦を巻いていく。放った相手ですら、えっ?当たった?と言っているくらいだ。

 

「へっ、不思議か?それはなぁ...プロレスラーはなぁ!相手の攻撃を受けきるモンだからさぁ!!」

 

(どういう事!?それになんの意味があるの!?なんか分からないけど...なんか凄い。)

 

 レスラーとしての教示を見せつけられていったリーネの中に混乱と同時に少しの感動が芽生えていく。これがプロレスラー、なんか凄いと。

 

 無垢な少女が徐々にプロレスに洗脳されて行く。沸々と熱い物が滾ってくる。

 

「ああ、そうかよ!ならこれも避けんなよ!」

 

 その言葉と共に再度斬撃が放たれて行き―――

 

「アッ!よっこらせぃ☆」

 

―――ひょいっと躱されて行く。

 

「なんで避けんのよぉぉーーー!!」

 

「おっ、相棒、復活したな!まぁ、たまには避けるさ!」

 

「あんたブレブレじゃないのぉーーー!私の感動返せぇ!」

 

 沸々と滾っていた熱い物が瞬時に冷めていった。しかしこれは結果オーライと言えるかも知れない。なぜなら、洗脳は解かれたからだ。

 

「だっはっは!まぁ、そう言うな!さっきの一撃で首がちぃと痛くてよぉ。」

 

「首無いじゃないのよぉーーー!どこにあるのよぉ!首なんて!」

 

「へへへ、やめろよぉ、相棒。鼻がムズムズすらぁな。」

 

「鼻もなぁぁい!」

 

 瞬時に冷めていった熱い物が別のベクトルで沸き上がっていく。ああ言えばこう言う相手に対してリーネの怒りの沸点がレッドゾーンを突き抜けていく。そんな怒り狂うリーネにゲンガーが、その怒りをまるで意に返さないかのように軽い口調で言葉を投げ掛けていく。

 

「だっはっは、完全復活だな相棒!そんじゃ時間いっぱいだぜぇ、相棒!タッグマッチと行こうじゃねぇか!」

 

「はあ?たっぐまっち?時間いっぱい?次から次へとぉ...ふぅ...そうね、何か分かんないけど、相手もやる気見たいだしね。あなたから学んだ事じっくり試してやるわよ。」

 

 言われた言葉の意味を少し考えるが、すぐに辞めた。どうせくだらない事だろうと言う確信が生まれたからだ。

 

 前方ではポーションをがぶ飲みしている二人組の姿が目に入ってくる。回復されてしまったのは痛いがこの人物となら間違いなく勝利できると踏んだリーネが戦闘態勢に入ろうとした―――その瞬間、隣から酷く鈍い音が鳴り響いてくる。

 

 不思議に思ったリーネが隣に振り向くと、大剣を地面に突き刺して両の指をコキコキ鳴らすゲンガーの姿が目に入ってきた。まぁ、ゲームなので音は鳴らないが。

 

「は?何してんの?」

 

「あ?そりゃあお前、ここからはクリーンな戦いだからよ。凶器はお預けといこうじゃねぇか!」

 

「拾いなさいよぉぉぉーーー!!あぁーーー!もう!訳分かんなぁい!」

 

「おっ?何だ何だ相棒、キレキャラか?それも悪くは無いと思うけどよぉ、今からのマッチには合わないと思うぞ♪」

 

 ブチ切れるリーネに対して良くもまぁそんな事が言えると少し感心してしまいそうになる言葉をゲンガーが言う。最早こんな馬鹿を相手にしている暇などないとリーネは思い、戦闘態勢に移り、相手の懐に潜ろうと行動を開始した。

 

空気振動衝撃(エアリアル・ブレイカー)!」

 

 スキルの発動と共に空間のひび割れが周囲に点在していく。それを瞬時に蹴り上げ、不規則な動きで相手の懐に潜ろうとした―――が。

 

「馬鹿やろぉーーー!!」

 

 ひび割れを完璧なタイミングで蹴り上げた次の瞬間、その言葉と共にリーネにゲンガーの負の爆裂(ネガティブ・バースト)が炸裂していく。

 

 負の爆裂(ネガティブ・バースト)を受けたリーネが空中を舞う。そして高速で思考が回転していく。

 

(...あ~あ、意味わか~んない...もう帰りたい。)

 

 ドチャリと地面に墜落したリーネに向けて、ゲンガーが叫びながら指を突き付けていく。

 

「お前は俺から学んだと言ったな!一体何を学んだんだぁ!くらぁぁーーー!」

 

 ゲンガーからリーネが問われる、何を学んだんだと、ゆっくり起き上がりながらそれに対し答えようとしたが。

 

「アッ!わどうした!アッ!わ!アッ!が大事なんだよぉ!アッ!エアリアル・ブレイカーだろうが!お前にエンターテイナーとしての自覚はないのかぁーーー!」

 

「......は?......」

 

 言っている意味が全くと言っていいくらい分からない。衝撃が強すぎて最早感情を振り切ってしまった。そこにあったのは完全な無だ。

 

 リーネがユグドラシルに来て早一年。これほどの衝撃に出会ったのは初めてだ、盾の女の衝撃など遥かに凌駕している。

 

 先程までのやる気が一瞬で削がれていった。最早虚しさ以外押し寄せてこない、前方に目を向ければ硬直している二人組の姿が目に映る。

 

 ゆっくりと起き上がり、その後、幽鬼の様にリーネが二人組の前まで歩いて行っている、そして二人の前に向き合った。

 

「...もうやめましょう...何なんですか?これ?私は虐められてる異業種の人を助けたかっただけなのに...。」

 

「あ、あぁ、そうだな...滅茶苦茶しらけちまったもんな...あ~、悪い、俺達も今度からは異業種狩りはやめるわ...悪かったな、プリンセス。」

 

 相手の二人がそう約束し、剣を絞まっていく。何かまた聞きなれない言葉が聞こえてきたが今はそんな事はどうでも良い。このハチャメチャがやっと終わるとリーネが安堵していると―――その姿を眺めていたゲンガーが後ろから喋っている声が聞こえてきた。

 

「へっ、俺達プロレスラーはよ、やり合った後には友情が芽生えちまうもんなのさ。流石だな、相棒。」

 

 その言葉が耳に入ってきた瞬間、先程まで無であったリーネの心に再度怒りの炎が灯っていく。轟音を立てながら燃え上がる炎に比例するかの様に体がプルプル震えだした。

 

 そして、ゲンガーの方向に振り向き、ゆっくり歩み寄っていく。ゲンガーの目の前まで辿り着いたリーネがピタリと歩を止め言葉を発していく。

 

 ゲームなので分からないが、現実なら般若の様な顔をリーネはしているだろう。

 

「ねぇ...少し黙ってくれない?ぶっ殺す(PKする)わよ?」

 

「おっ!怖ぇな!ん?おぉん、成程!何だ何だ悪役(ヒール)路線で行くのか?相棒!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だははは!面白かったな!相棒!」

 

「面白くない...頭痛がするわよ、全く。」

 

 熱いタッグマッチの末に更に深い友情が芽生えた二人が、夕日を見ながら語らいあっていた―――などと言う訳では無く、ゲンガーと言う男の奇行に振り回され、疲れ果てたリーネが尚も話相手を務めてあげているだけだ。

 

 相手の二人組はもういない、とっくの昔に別れた後だ。向こうも非常に疲れていた様子だった、本当にお疲れ様だ。

 

「はぁ、疲れた、本当に。」

 

 狩られていた異業種を助けていただけなのに、なぜこんな事になってしまったのかと思う。その異業種も気づけばいなくなっていたし、恐らく戦闘の最中にどさくさに紛れて帰ったのだろう。この男に巻き込まれたくは無かっただろうから。

 

 疲れ果てた自分の目の前では、ゲッゲッゲッゲンガーと言いながら高笑いしている姿が見えてくる。さっきまでは、だはははって言ってたじゃないか、本当に意味の分からない男だ。

 

「しかし、悪かったな、相棒。最初間違えてよぉ、途中から気づいたが、相棒あれだろ?PKプリンセスだろ?」

 

「ほら、間違えてたんじゃ―――え?何ですかそれ?」

 

「おぉん?有名だぜ?ヘルヘイムの恐怖!異業種達のお姫様!一日一殺の殺戮姫ってな!出会えば死ぬ事が確定し、確実に殺される様から、誰が呼んだか”絶死絶命”ってなぁ!流石は俺の相棒だな!」

 

「言い過ぎでしょぉーーー!そこまで酷い事してないわよぉーーー!誰が言いだしたのよぉ!ぶっ殺してやる!(PKしてやる)

 

 悲鳴に近い叫びを上げたリーネであったが、その異名は間違いなく自分の行いの所為である。しかしそれでも、そこまで言わなくてもいいじゃないのよ、という思いもあるのも事実だ。

 

「ゲッゲッゲッゲンガ~♪相棒はヴィジュアル凝ってるからな、コンテンツにするには打ってつけだろ?最近ではまだ小さいがファン倶楽部もできつつあるらしいぜ?PKプリンセスに殺され隊ってな♪」

 

「えぇ...気持ち悪い...。」

 

 その言葉を聞き、ゾッゾッゾンボルト~と言いながらゲンガーが笑っている。しかし、急に笑い声は止み、何やら真剣な雰囲気を纏いだす。

 

 ずっとそれでいてくれない?と思うが、そのままの雰囲気でゲンガーが語り出した。

 

「でだな、そこまで話題になってきてんのはここ最近からだ、急にだ。元々相棒はそれなりの知名度はあったんだろうが、異名にファン倶楽部、明らかに異常だろ?情報を垂れ流してる奴が居んのさ、そして、只垂れ流すだけじゃここまではならねぇ、都合の良い様に捻じ曲げてやがる、そして、それができるって事はそれなりの影響力を持つ奴だろうよ、つまりは大物ってこった。」

 

 軽い雰囲気で聞いていたリーネの雰囲気が重い物に変わっていく。確かにこの状況を作り出せる人物が居るのであればそれは大物だろう。大きなネットワークを構築し、更には信憑性を持たせ、情報をコントロールする事もできる人物。

 

 しかし同時に疑問も沸いてくる、そこまでする必要があるのだろうかと。なぜ自分なのだろうかと。確かに自分はPK三昧してたが、自分よりも悪いやり方や、一方的なPKをする有名な奴なんてユグドラシルにはゴロゴロいるのだ。

 

 自分如きにここまでする理由が良く分からない。それ程の人物だ、潰そうと思えば自分如き軽く捻れそうな物だが。ヴィジュアルというが自分よりも綺麗なアバターの人だって沢山いる、盾の女がいい例だ。考えすぎなのではなかろうかと思う。

 

「まぁ、理由は分からんけどな。相棒をユグドラシルの一つのコンテンツに仕立て上げてもっと盛り上げようとしてるのかも知れねぇし、潰しにかかってきてるのかも知れねぇ、有名になれば敵も増えるからな、悪名なら猶更だ。大元を探ってもいいが、多分尻尾はつかめないぜ?まぁ、あれだな、深く考えすぎるのもなんだが、警戒はしといた方が良いかもな。」

 

 腕を組みリーネが深い思考の海に沈んで行く。その際、ゲンガーと言う男からは想像もできない様な小さな声で、まぁ、そいつの目星はなんとなく付くけどな、と言う言葉を吐いたが、それはリーネには聞こえなかった、深く思案している。

 

 その姿を他所に、いつもの軽い口調に戻ったゲンガーがリーネに対して喋り掛けてきた。

 

「あぁ、そうだ相棒、忘れてたわ、”フレンド登録”しようぜ。」

 

「...ん?...え?...フレンド?」

 

「へへへ、俺達もう、タッグ組んじまったレスラーだからよ...ダチだろ...俺達。」

 

 その言葉の意味を考えていく、先程よりも深く考えているのでは?と思わせる程だ、ゲッゲッゲッ言わせんなよな、と言う言葉も聞こえてくるが無視して考えていく、そして、その意味を完全に理解し―――

 

―――リーネの頭の中に満開のお花畑が出来上がった。

 

 フレンド―――それは友達である。自分の友達である。まるで天から光が刺したかの様な姿を連想する程の高揚感がそこにはあった。

 

 クランの仲間達も確かに大事な仲間であり、友達ではあるが、逆にリーネはそれ以外の友人はいないのだ。クランのメンツはこちらの世界での家族に近い存在達だ、このような、いつも一緒に居る様な当たり前の存在ではなく、たまに会える気の合う友達は存在しなかった。

 

 友達、友人、あぁ、なんと甘美な言葉だろうか、歓喜、歓喜、歓喜、清々しいまでの歓喜。この薄暗いヘルヘイムが、ゴッドゼウスの住まうオリンポス山の楽園に見えてきた程だ。

 

 まぁ、自分はカインアベル一筋なのだが。

 

「しょしょしょ、しょうがないですねぇええ、な、なってあげても...い、いいですよぉ。」

 

「ゲッゲッゲッ♪流石は俺の相棒だ♪話が早いぜ!俺達でユグドラシルを熱いプロレス団体に変えてやろうぜ!」

 

「あ、いや、それは一人でやって下さい。」

 

 相も変わらず訳の分からん事をゲンガー喋りながらリーネとフレンド登録を行っていく、途中に、フヒっという変な言葉が出てしまったが、最早気にならない、嬉しさの方が強いからだ。

 

 そしてフレンド登録を終えた後、何やらゲンガーがごそごそ何かを取り出し出した、それをリーネが不思議そうに見つめていると。

 

「うし!相棒!これやるよ!俺二つあるしな!」

 

「?なんです―――うえぇ!転移アイテム!良いんですか!?」

 

「当たり前田のクラッカーだぜ!ゲートまで使用できる高級品だ!これでいつでも遊べる(プロレス)ぜ!」

 

 友達まで出来て高級品まで貰えるとは、なんて日だと思ってしまう。先程の疲れなど全て吹き飛んでいった、そして感謝の気持ちを伝えようと喋り掛けていく。

 

「ありがとうございます!ゲンガーさん!」

 

「チチチ、違うぜ、相棒、俺の事はボスと呼べ、俺のロールキャラはボスって呼ばれてたからな!それと敬語禁止だ!俺達はダチだ!二人で一つ!いや!二人で二百だからな!」

 

 その言葉を聞き、あっ、それロールだったんだとリーネが思う。そのボスと呼ばれるキャラクターは、プロレスという剣術を使う者なのだろうとやっと理解できた。

 

 ロールプレイヤー恐るべしと思うが、敬語無しならそっちの方が良い、そっちの方が友達らしいと思い、喋り掛けていく。

 

「うん!分かったわ!ボス!ありがと!」

 

その言葉を聞き、ゲンガーからだはははと高笑いが起きていく。ゲッゲッゲッはどうしたの?と思っていると。

 

「なぁ、相棒!ユグドラシルはゲームだ、それも最高のゲームだ!辛い現実を忘れて自分をさらけ出せる最高の場所なんだよ!楽しまなきゃ損なのさ、楽しんだ者勝ちだ!所詮ゲームだし、只の浮世の夢かも知れねぇ、儚い人生と一緒さ!でもなこんな夢の無い時代だろ?だから夢見んのさ!だからよぉ、これからも一緒に、大笑いしていこうぜ!」

 

 相変わらずの煩さ、相変わらずの暑苦しさ、しかしそこには眩いまでの自由があった、その光景を見ながら、ほんの少しだけ、ゲンガーと言う男が理解できたような気がした。

 

 その光景をリーネが見つめていると、そんでよ~相棒、と言いながらゲンガーが近づいてくる。そしてリーネにあれよこれよと説明しだす。

 

 そして。

 

「よし!いくぜ!相棒!バシッと決めようや!」

 

「えぇ~、私嫌なんだけど...やらなきゃ駄目なの?これ。」

 

「俺達はエンターテイナーだぜぇ!最高のポージングを決めるぜぇ!せーの!」

 

「えっ?えっ?あぁもう!分かったわよぉ~!」

 

「「レアアイテム!GETだぜ!イーーーヤァッ!」」

 

 最高の掛け声で行われた、最高のポージング。

 

 それは。

 

 それはそれは見事な、プロレスLOVEポーズだったと言う。

 

 

 

 

 




 ちょっとした話

ゲンガー「このキャラは色々混ざってんだよ、昔のゲームとアニメとか漫画な!後は俺の愛するプロレスだ。」

リーネ「アニメ?漫画?たまに聞くわよ、それ。」

ゲンガー「かぁ~相棒勿体ねぇぜ、このサイト教えてやるからよ!コンソールから繋げるぜ!昔のアニメや漫画、はたまた実写までなんでも見れるからよ!見て見な!あっ、後レトロゲーもできるぜ!」

リーネ「わぁーい、ボスありがとー。」

 最高の娯楽を手に入れた。



 どうもちひろです

 今回の話は知っている人が少ないだろう名言が多く
 混乱した方もいらっしゃるのでは?と思います。
 1+1は200とかはググればすぐに出てくるので
 気になった方は調べて貰えればなと思います。
 きっとプロレスが好きになりますよ!

 長く続いた第ニ章ですが次で終わりかな?多分。
 話数的には少ないですが文字数は余裕でこちらの方が上です。

 七日以内に一話と言う謎の縛りを続けていた
 ちひろですが次回はちょっと無理かもですね。

 理由はすぐ分かります。


・オリキャラ

・ゲンガー・ゾンボルト

 ポケ〇ンのゲンガーの姿にスパ〇ボのスレード・ゲルミルというロボットの武装をし、キャラはスパ〇ボのゼンガー=ゾンボルトさん、そしてプロレスをこよなく愛する人物です。

 実際のゲンガーは黒じゃなくて紫だったんですね、白黒のイメージが強かったので黒くなってしまいました。なんか体から常時黒い靄とか出してる人です。あれは課金エフェクトの筈です。

 パロディ特盛というタグがあるので許して下さい。

 個人的にはこう言う、存在自体が意味不明なキャラは好きです。もはや愛しています。


最後まで読んでくれてありがとう。また読んで下さいね。


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いつまでもみんなで

 
    「ハァ・・・ハァ・・・間にあった・・・?
     ふぅ~、前回のぉ~あらすじぃ~
     プロレスラーの教示を~見せられた~
     アンティリーネ~プロレスって凄いとぉ~
 ちひろ 洗脳されつつありましたがぁ~
     何とか自力でぇ洗脳を解いて~行きました~
     しかしぃ~、気づけば自分はぁ~
     何者かの~陰謀にぃ~
     巻き込まれていたのでしたぁ~。     」
    
         


 

 

 

 

 

 

 カチャリと高い音が小さく響く、この広い空間に置いては、この程度の音量は別段気にもならないだろう。辺りを見渡せば、円形のテーブルが複数個置かれており、そのテーブルの周りには、その円に沿う様に椅子が置かれているのが見える。上を見上げて見れば大きなシャンデリアが中心に吊るされ、その周囲にも、似たように明かりが吊るされている。

 

 誰が見ても豪華と言う様な風貌をしたこの空間―――部屋の中央のテーブルでは一人の女性が食事をしているのが見えてくる。そう、食事と言う言葉の通り、ここはヘルヘイムにあるレストラン”あいつぶっ殺し亭”である。

 

 様々な種類の料理を提供するこのレストランは、派手な室内と、荒々しい名前のアンバランスさで非常に人気の高い場所でもある。そんな人気のレストランであるのだが、珍しい事に、現在の利用客は中央のテーブルで食事をしているこの女性一人である。

 

 女性が食事を再開しだす、すると先程と同じように高い小さな音が鳴り響いてくる。ここにもし、ユグドラシルと言うゲームを始めてプレイする人物が居たとしたら、余りのクオリティに度肝を抜かれる事だろう。

 

 女性が食器に盛られた料理をスプーンですくっていく際に奏でられる音が、すくわれた料理がその分減少していく光景が、まるでここが現実で、本当に食事を行っているかの様な錯覚を齎してくる。

 

 たかが料理に凝りすぎだろと言いたくはなるだろうが、逆に料理だからこそ、制作陣も力を入れるのであろう。現実世界では、料理など高級品で一般市民には手の届かない物だ、だからこそゲーム内でくらい味わ得る様にしたい、例え雰囲気だけでもだ。

 

 色々と罵声を飛ばされがちな、糞運営、糞制作だが、こういう地味な気配りが未だプレイヤーを虜にし続けている要因なのかもしれない。

 

 カチャリと高い音が鳴り響く、女性に目を向ければ、食器の隣にスプーンが優しく置かれていた。どうやら食事が終わった様だ。

 

「...素晴らしいわね...貴女、シェフを呼んでくれないかしら。」

 

 食事が終わり、女性が隣に立っている女性にそう言葉を吐いていく。勿論、ここはNPCのレストランである為にシェフなど、只厨房で突っ立っているだけであるし会話も出来はしない、今話掛けた人物もNPCのウエイトレスである、サキュバスのサキュちゃんだ。サキュバスの癖に妙に清楚な見た目をしていて、そのギャップから地味な人気を獲得しているこのレストランの看板娘、もとい看板NPCである。なので当然の如く言葉は返ってこない。

 

「...あぁ、なるほど、貴女がシェフなのね。素晴らしいわ、このジャンバラヤは。」

 

 サキュちゃんに向け、そんなわけないだろと言いたくなる様な言葉を吐きながら、妙に気取った仕草をしている、派手な見た目をした女性がそこには居た。

 

 赤い髪をポニーテールにしてその長さは腰の辺りまである。そしてその両の瞳は、髪の色と同じように真っ赤だ。顔はまだ若干幼さを残した感じがあり、少女と言えるかも知れない。そんな外見の少女であるが、その外見には一つ大きな特徴が見てとれる。それは非常に長い耳だ。酷く長く、尖った耳、エルフの耳だ。そんな派手な風貌をしたエルフの少女が、返事が返ってくる筈もないサキュちゃんに向けて、尚も言葉を発していく。

 

「そう、素晴らしいわ...そう、素晴らしいのよ...えっとぉ...なんか、こう、そうね...パラパラ!そう、パラパラよ!パラすばよ!すばパラよ!ニンニクもぉ~、なんかぎゅっとしてて、ニンニクなのよ、素晴らしいわ!サキュちゃんシェフ!文句なしの星沢山よ―――あら?どなたかいらっしゃったみたいね。」

 

 エルフの少女が評論家気取りでサキュちゃんに喋り掛けている中、入り口の扉が開き、室内に二人の異業種が入ってきた。

 

 邪悪な見た目をした骸骨の魔法詠唱者風な人物と、赤い瞳をした吸血鬼の神官戦士風の男が、少女を見るや、ゆっくりと歩き近づいてくる。そして少女の前でピタリと歩を止めていく。

 

「悪いな、リーネ。少し遅れてしまった、主にツーヤさんの所為だが。」

 

「ウッス、俺の所為っス!すんませんッス、ちんちくりんさん♪」

 

「...あら?リーネとは誰の事かしら?人違いではなくて?」

 

「はいはい、分かった分かった、いいから行くぞ。」

 

「何よぉ!その言い方!ちょっと雑過ぎない!?」

 

 目の前に現れた二人組、モモンガとツーヤから喋り掛けられたエルフの少女、リーネこと、アンティリーネが自分に対して雑な対応をしてきたモモンガに罵声を飛ばしていく。

 

「...ふぅ、何を言っているのかしら?骸骨さん?私はリーネではないわよ。」

 

「あっそ、”今日”は誰なんだ?」 

 

「私?私の名前は”アサギリ”!ジャンバラヤをこよなく愛する女よ!」

 

「ふぅん、今日はアサギリなん?ちんちくりん?てかサキュちゃんの店にジャンバラヤとかあったっけか?」

 

「ふふん、そう!私はアサギリ―――は?」

 

 自らをアサギリと名乗るリーネに対して至極面倒そうな雰囲気をモモンガが纏う。続いてツーヤが喋り掛けるが、その内容にリーネが驚愕していく。

 

「なん...だと...ジャンバラヤが無いですって。」

 

「それチャーハンじゃないのか?まぁ俺も良く分からんが。」

 

「えぇ?チャーハンとジャンバラヤは違うの!?」

 

 衝撃の事実がリーネを襲っていく、見た目が似ていた為、呼び方が違うだけで料理自体は一緒だと思っていたからだ。我に返ったリーネがギュルンとサキュちゃんに振り向き睨みつけていく。

 

「サキュちゃん、いつから私に、これがジャンバラヤだと錯覚させていたの?恐ろしい子ね...でも、可愛いから許すわ!」

 

「自分が悪いんじゃないか、もういいから行こう、ここにずっといても一緒だろ?バフ掛けはもう終わったんだし、適当にモンスター狩りでもしようじゃないか。」

 

「うっさいわねぇ、分かってても言わないのが優しさでしょ?そんなんだからモモンガさん彼女いないのよ!」

 

「おまえぇぇぇ!それ言ったら戦争だろうが!てかお前が優しさとか言うな!」

 

 やいのやいのと、いつもの親子喧嘩が開始されて行く。しばらく言い合いは続いていったが、二人共気が済んだのかピタリと言葉は止み、この後の予定の組み込みを行っていく。今日は恐らくこの三人での行動になっていくだろう、余り大きな事は出来そうにもないので、近場でモンスターでも狩ってぶらりと探索でもしようと言う事になっていった。

 

「そんじゃ、それで行きますかね、ちんちくりん居るしドラゴン狩りでも良いけど、まぁたまには行き当たりばったりも悪くはないわな。」

 

「行こ~行こ~♪それじゃねサキュちゃん美味しかったわ。」

 

 三人がレストランから帰っていく、それを見送るかの様に、サキュちゃんがジッと三人の後ろ姿を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 行き当たりばったりのぶらり旅が開始され、三人が談笑しながらフィールドを進んでいる。途中に少しの戦闘はあった物の、特に欲しいアイテムもドロップせず、美味しい敵を見つける為に三人は散策を続けている。

 

「しかし、ちんちくりん、マジで今日は派手だな。この間の真っ黒なショートのが似合ってたぜ?」

 

「そうですか?この間のは”即バレ”したんで、今日は逆に凄く派手にして見たんだけど。」

 

「有名人は大変だな、派手に暴れまわるからそうなるんだ。」

 

 談笑の中に不意に紛れ込んできたこの話題、リーネの容姿について二人が喋り掛けていく。ここ最近、リーネは頻繁に見た目を変えている、髪型や髪色、瞳の色からその耳に至るまで様々である。これは気分を変えたい時などに使用する、キャラメイクアイテムで一時的に見た目を変えているに過ぎない。

 

 そしてなぜこの様に見た目を変えているのかと言うと、最近の彼女の知名度の為だ。自分の知らない所で何やら悪評が膨れ上がり、気づけば有名人になってしまっていた。

 

 しかも悪評な為に知らない奴から急に喧嘩を吹っ掛けられたりする。異業種姫を倒したとあらばその人物の名も上がるだろう。なので最近は、出歩く時は変装して気づかれにくくしているのだ。

 

「うぅ、何も言えない...喧嘩を売られる位なら良いんだけど...異業種の人達が姫~、姫~って持て囃してくるのが...なんかちょっとこう、うへぇ~ってなるのよね。」

 

「ちんちくりんも遂にオタサーの姫になっちまったか。いや、イギョサーの姫か?貢物まで貰ってんだろ?」

 

「はぁ?お前それは初耳だぞ?それはいくら何でも。」

 

「貰って無い、貰って無い!ちゃんと返してるわよ!だってさぁ。色々なプレイヤーが居ますが、自分の最押しは姫ですぞ、これをお受け取り下さい!とか言われてもねぇ...ゾワゾワってなるわよ。」

 

「最早アイドルだな...まぁ、敵だらけになるよりはマシだと思うしかないな。」

 

「ですね、モモンガさん。まぁしかし、運営としては嬉しいでしょうね、ちんちくりんのお陰で、今ユグドラシルは凄く賑わってる。ネットのゲーム特集でも取り上げられた程ですよ?異業種のお姫様爆誕って、お陰でご新規さんも結構増えてるらしい。皆真新しい物が好きだよな。」

 

 ツーヤの言う通り、今ユグドラシルは非常に賑わいを見せている。自由度の高いゲームであるからこそ、プレイヤーの持つ影響力は絶大だ。自分の神業の様なプレイヤースキルやダンジョンRTAなどをネットで披露する者や、アイドル路線で歌を披露したりする者など様々である。結局の所、人間達が集まって出来ている空間である為、盛り上げるも盛下げるもプレイヤー達次第なのだろう。運営はその様な場を提供する事ぐらいしか出来はしないのだから。

 

 そう考えると、リーネの属性はてんこ盛りだ。派手な見た目と整った顔に加え、高いプレイヤースキルを持っている。しかも人間種なのに気持ちの悪い異業種達としかつるまず、極めつけは少女と言うロリっ子属性まで備えている。そんな完全無欠の存在がPKしまくりの極悪行動ばかり取っていれば有名にならない訳はないだろう。

 

(しかし、急すぎるな...誰かがトリガーを引いたとしか思えないな、悪評ばかりではなく、いい具合にアイドル路線にも持って行っている、潰しに来たと言う線は薄いだろうが、用心しといた方がいいか?考え過ぎなら良いんだが。)

 

(ちんちくりんと言う最高の素材をここまで引き立てられる...絶妙だな、出来そうな奴は限られてくるぞ...ま、証拠も掴めそうにはないけどな。)

 

「?二人共どうしたの?急に黙っちゃって。」

 

 先程まで楽しく喋っていた二人が急に黙ってしまった事に対して、リーネは不思議に思い二人に問いかける。二人共その言葉を聞き我に返ったのか、何でもないとだけ言い、また談笑にふけっていく。考えすぎるのも良くはないだろう、無駄に本人に心配させる必要もない訳であるし、ここは話題を変え、最近友達になったと言う人物の事を聞いて見る事にした。

 

「そう言えば、最近俺達以外に友達が出来たらしいな、クラン以外にも知り合いを作るのは良い事だ。まっ、俺はいないけどな!」

 

「モモンガさん...悲しくなるッスよ、それ。」

 

「ふふん♪凄いでしょ!私のコミュ力舐めないでよね!二人と違うんだから!」

 

「おぉん?俺だって友達くらいいるぞ?”山羊頭のデーモン”がな。今度会わせてやるよ。」

 

「へぇ~、ふぅん、いるんだ。あっそ。」

 

「モモンガさん!?拗ねないで下さいよ!」

 

 リーネがツーヤとクラン外の友達について話していると、友達のいないモモンガが少し不貞腐れだしたので、慌ててリーネがモモンガに喋り掛けていく。

 

「いやぁ~でも、モモンガさんあれよ、いたらいたで結構大変な事もあるからそんなに気にしなくてもいいんじゃないかな?この間なんか急にメッセージ飛んできて無理やり呼び出されたんだから。」

 

「へぇ~、良かったな、楽しそうで。」

 

 逆効果であった、そこは友達の話題を変えた方が良かったように思えたが、拗ねるモモンガに尚もリーネは友達の話をしていく。

 

「ふぅん、内容を聞いてもそう思えるかな?」

 

「ん?どういう事だ?」

 

「えっとねぇ、急に呼び出されたかと思ったら...ゲッゲッゲッ~♪相棒~、今日は楽しい楽しい、デスマッチだぁ~、いくぜぇ~、蛍光灯2000本デスマッチ~♪とか言って辺り一面に蛍光灯?とかいうガラス敷き詰めて取っ組み合いさせられたんだから。」

 

「おい!?大丈夫なのかそいつ!?変な事されてないだろうな!?」

 

「そいつやべぇな!?俺よりやべぇぞ!そいつ!?」

 

 余りの内容に二人が度肝を抜かれ、続いて心配になってくる。友達が出来るのは良い事だがもう少しまともな奴はいなかったのだろうか。慌てふためく二人にリーネが友達付き合いの大変さをくどくど語っていく。

 

「まぁ、そういう事よ、モモンガさん。意外と大変なのよ?だから拗ねないで。」

 

「いや、もう拗ねるとか吹き飛んだぞ!変な事されたら言うんだぞ!俺がビシッと言ってやるからな!」

 

「既にそこそこの事やられてますけどね。まぁ、ちんちくりんがそれでいいんならいいんじゃないですか?」

 

「でもですねぇ、ツーヤさん―――」

 

 言い合いをする二人を見ながら、リーネがほほ笑む。今日は特に何もしてはいない、三人でぶらぶらして、他愛無い会話をしているだけだ。それでも、自分はこんなに楽しい、ゲンガーも確かに友達で、掛け替えのない物なのかも知れない。それでも目の前で言い合っている二人も同じように大切で、掛け替えのない物だと思えたからだ。

 

 言い合いはまだ終わりそうもない、ふと視界の端に見えた岩に座りながら、二人の言い合いが終わるのを、ほほ笑みながら少女は見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この地を荒らす者よ、これ以上の暴挙は我が許さん、塵と消えるが良い。』

 

「おいぃぃーーー!城主さんじゃぁあないかよぉーーー!ここまで出張してんですかぁ?お疲れ様っスーーー!プギャーーー♪」

 

「城主さんお疲れ様ね♪この声の人いっぱい仕事あるから大変よねぇ。」

 

「二人共、そういうツッコミはやめてあげなさい。城主さんだってねぇ、大変なんだぞ?ヘルヘイムを守る為に必死なんだから。」

 

 軽い言葉を交わしながら、三人がチームで戦闘を行っている。三人の会話に出てくる城主と言うのは、ヘルヘイム城の主の事である。ユグドラシルの運営も、製作費を削りたいのか何なのかは分からないが、一人の声優を複数の場面で使用してくる事が多い。特にこの城主の声優さんは、他の声優さんよりも高い頻度で使用されている。色々な場面でこの声は聞ける為、その度にこの様に、出張と言われてしまう。

 

 少し可哀そうではあるが、ある意味プレイヤーからは愛されている声優さんである。そんな、出張している城主さんと戦闘を繰り広げているこの場所は、ヘルヘイムの薄暗い森林地帯で在り、霧の立ち込める不気味な場所だ。”霧の魔女”の落とすレアドロップでも狙ってみるかと三人で話し合い、ここまでやって来たのであるが、なぜか急に出現してきた、悪の魔法使い風な城主さんとエンカウントしてしまい、戦闘を行っている所である。

 

「しっかし、見た事ない敵だな~、よっと、”清浄投擲槍”ィ~。」

 

「私も見た事ないですねぇ~、もしかして隠し要素~、よっと、”レイザーエッジ”。」

 

「俺も知らないな?隠し要素と言う可能性は高いかもな~、それにしても、余り強くないな、まぁガチ勢二人いるから仕方ないよなぁ。あっ、死の騎士(デス・ナイト)、また魔法飛んできたぞぉ~、えっとぉ、この地点っと。」

 

「グオォォォーーー!」

 

「はい、ありがとう。あっ、死んだ。まぁいいや、魔法最強化(マキシマイズ・マジック)現断(リアリティ・スラッシュ)。あっ、城主さんも死んだ。」

 

『馬鹿なぁぁぁーーー!この我がぁぁぁーーー!ぐぎゃぁぁーーー!!』

 

「おぉ、凄いッスねぇ~、モモンガさん、断末魔までありますよ。強さ的にもボスクラスではないし、そんな奴にしっかり台詞入ってるって事は、マジで何かの隠し要素か?レアアイテムドロップするかな?」

 

 軽い言葉を交わしながら戦闘を続けていた三人であったが、いつの間にか城主さんは虫の息であったらしい。モモンガの魔法がトドメとなり、出張中の城主さんは断末魔をあげながら消滅していっている。そんな城主さんに三人は手を振りながら、サヨナラと別れを告げていった。

 

 消滅した城主さんから、キラキラとユグドラシル金貨が舞い散り、その中にレア度の高いアイテム特有の光を放つアイテムが三つ紛れ込んでいるのが見えた。

 

「おぉ?これは何だ?」

 

「わわわ、レアドロ!?何々!?」

 

「まてまて、ちんちくりん。モモンガさん、鑑定してもらっていいッスか?」

 

 ツーヤの言葉を聞いたモモンガがそのアイテム達を手に取り、鑑定をしていく。

 

 【魔力系魔法強化の腕輪(左)】魔力系魔法の威力を上昇します。

 

 【魔力量増加の腕輪(右)】最大MPを微増させます。

 

 【位階上昇化強化の首飾り】位階上昇化時の威力を上昇します。

 

「ふぅむ、馬鹿げて良くはないなぁ、後は上昇量だが、腕輪はいらないな。もっと優秀なのがあるし、でもこの首飾りは良いな。位階上昇化は結構使うし、これなら、マジック・アローとか発動させる時役に立ちそうだ。」

 

「ちぇ~、魔法詠唱者用の装備じゃない。いらな。」

 

「同じくだなぁ~、魔力系っしょ?それ。」

 

「そうですねぇ、ん?まだ何か書いてあるなぁ?何々?」

 

 モモンガが残りの項目を読み上げていく。そこに書かれていた内容は”この装備は単体では使用できません、三つで一つです”と言う内容であった。その言葉を聞き三人は。

 

「「「いらな!!」」」

 

 盛大に言葉を被せ合った。いくら何でも装備枠を三つ潰すのはあんまりだろと言う気持ちが三人の中で沸いてきたからだ。単品ならどうにか使っても良いかなと思えそうであるが、三つとなれば話は別である。耐性付与の装備を付けた方がマシだと思えた。

 

 言葉を盛大に被せ合った三人が黙り込み、しばらく見つめ合う、そしてその後、三人で一斉に笑い始めた。

 

「プギャーーー!何だよ何だよ!期待させやがってよぉ~、誰だよ、隠し要素なんて言ったのはよぉ!」

 

「ははは、ツーヤさん、それは俺達三人ですね!いや、一本取られましたね。まぁ、隠し要素ではあったのでしょうけど、ルーキー用だった見たいですね。通りで、城主が弱い訳だ。」

 

「ぷぷぷ、まぁ確かに、ご新規さんには立派なアイテムよねぇ。城主さんも確かに、ご新規さんにはきつそうだったし。」

 

 期待が大きかった半面、三人共間抜けな自分達が可笑しくて堪らないのだろう。これぞ行き当たりばったり、これぞぶらり旅である。

 

 リーネは笑う、可笑しくて堪らないからだ。そしてその大きな笑い声に比例していくかの様に、この時間が―――仲間達との時間が愛おしいと思えてくる。

 

 これからも、ずっと一緒に、この様な他愛無い関係が続けば良いと思った。

 

「しかし、どうするかなぁ、これ。別にいらないが、一応レアドロだしなぁ。コレクションにでもしようか―――あぁ!こらリーネ!」

 

「ヘッヘッーン♪いらないなら私貰っちゃうもんね~♪」

 

「おぉ~、ちんちくりん、モモンガさんから盗むたぁやるなぁ♪流石極悪非道♪異業種達のお姫様~、ヘルヘイムの殺戮姫、絶死絶め―――んぎゃぁ!噛むな噛むな!」

 

「このアンデットーーー♪」

 

 これからも、この仲間達と―――このクランと一緒に過ごせれば良いと思った。

 

「ははは、それはお前にやるから、俺は噛むなよぉ~、ははは。」

 

「モモンガさぁ~ん、酷いってぇ~、あぁ、もう何だよ。肩によじ登ってくんなって。」

 

「ぷぷぷ、搭乗完了♪いけぇ~、ツーヤ号♪時間はまだあるのよぉ、今度はこの森林を抜けた先~、死の山脈よぉ♪」

 

 これからも、皆一緒に―――いつまでも皆でいれると。

 

「あぁん?しゃぁねぇなぁ~♪振り落とされんなよ~☆」

 

 いつまでもみんなで―――そう思った。

 

「ははは、レッツゴ~♪モモンガさぁ~ん、ぶらり旅はまだ終わらないわよぉ!」

 

「ははは、全く、お前と居ると飽きないな。」

 

「ゴ~ゴ~♪ははは、ツーヤさん、はや~い♪」

 

「もっと飛ばすぜぇ~い☆」

 

(ははは、皆大好きだよ、モモンガさんも、ツーヤさんも、皆―――大好き。)

 

 いつまでもみんなでいられると。

 

 そう―――思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 酷く寒い風が吹きすさぶ、日の光が沈んだその場所では、少しの松明の明かりだけが周囲を照らしている。そんな視界の悪い中であるにも関わらず、多くの人間達が慌ただしく動き回っていた。

 

 そんな中、一つの天幕―――それも一際大きな天幕の中では、外で蠢いている人間達とは正反対に、静かな会話が繰り広げられていた。

 

「最悪ですね、一体急に何が起きたと言うのでしょうか...これまでを遥かに超える量の亜人やモンスター達が逃げまどっています。ファーイン様、これ以上は...。」

 

「...霧の竜の女王(クイーン)が動いたとでもいうのかしら...いや、それは考えずらいですね、あの温厚な女王が動くとは思えない。」

 

「ファーイン様...どちらにしろ、状況は一刻を争います。ご決断を。」

 

「そうですね...。」

 

 大天幕の中では、今回の軍の指揮官クラスの者達が一様に会し、深刻な会議を続けている。

 

 ウズルスの言葉を聞き、ファーインが深刻な面持ちで目を閉じる。そして、しばらく思案した後に目を開け、言葉を天幕内の全員に向け言い放っていく。

 

「神官長達に報告を、指示が出次第”作戦を決行”します。」

 

 




リーネ「えぇ~、ちひろさん。二章もこれで終わったわけですが。今の心境などは?」

ちひろ「あぁ~、うん、そうですねぇ~。やはり今回はこれからの下地といいますかぁ、色々とやらなければならない事が多かったのでぇ、大変でしたが、どうにかやり切りました。えぇ、非常に満足しております。えぇ。」

リーネ「なぁるほどぉ~、それと一つ気になる点があるのですが?」

ちひろ「はい?何でしょうか?」

リーネ「モモンガさんは、一話から頻繁に出ていたのですが、デス・ナイトさんは今回初めて出演しましたよねぇ?中々オバロSSでこのような展開は見ないのですがぁ、何か理由でも?」

ちひろ「すぅ~、あぁ、そうですねぇ~、やはりデス・ナイトさんはオバロの花ですのでぇ~、ここぞと言う時まで出し惜しみしておりました。はい。」

リーネ「あぁ~、成程ですねぇ~、で?実際の所は?」

ちひろ「存在を忘れていました。」



どうもちひろです  次章予告スタート!

リーネ「おぉーし、いくわ―――ぎゃん☆」

ヨンサマ「よっしゃ!行くぜ!」

リーネ「( ゚д゚)!!?」

    ―――BGM・轟〇DREAM―――

ヨンサマ「吹きすさぶ寒波の中で、人類存続
     の為の戦いが始まっていく!
     辺りを覆う白雪が、怒号を上げて
     天に舞いあがるぅ!!
     それを見て、悲しき宿命を背負う
     血濡れの修羅は何を思ったのか?
     
     次回 押す! アンティリーネ!
         
         第 2.5 章

      【アゼルリシア山脈攻防戦】

      アンティリーネの歴史にぃ!!
         また1ページ!     」 


リーネ「よぉ~し、もぐら叩き頑張るぞぉ(・x・)」ブンブン

※ 次回はスルシャーナが消滅するお話です。
  2.5章はその後です。


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番外編 そのころあいつらは その④

 前回のあらすじ

 ターバンのガキ現る。


 

 

 

 

 

 

 見渡す限りの荒野、ヘルヘイムの数あるフィールドの中でも上位に入る程の広さを誇るその荒野には、大小様々な岩が点在している。

 

 散りばめられたその岩場の間から、どこか聞いた事のある陽気な歌声が大音量で響き渡っていた。

 

「あんの凶器良いな♪こんの凶器良いな♪釘バット、鉄パイプいっぱいある~けどぉ~♪」

 

 中々に物騒な内容の歌を、陽気に歌い上げている人物、ゲンガー・ゾンボルトがリズミカルにスキップしながら荒野を散歩している。すると、ゲンガーの歌に呼応するかの様に、後方の岩場を物凄い勢いで蹴り上げながら、迫ってくる人物が見えてくる。

 

 その人物は異様であった。どの辺がと聞かれれば、それはその人物が周囲に纏っている炎であろう。赤々とした炎をその身に纏いながら、まるで忍者の如く岩を蹴り上げ飛び跳ねて行っている。

 

 そしてその勢いは留まる事を知らずに、瞬く間にゲンガーを追い越し、荒野の地平線に消えていった。

 

「ど~た~ま~をかち割りたい♪はい!パイプイス―――おっ?何だ何だ?スゲェ熱い野郎だな、あいつ。メラメラ燃えてんじゃねぇか。かぁ~、こりゃ負けてられんぜ!」

 

 目の前を瞬足で飛び交っていった人物を目にしたゲンガーが何が琴線に触れたのか急にその様な事を言いだし、あるアイテムを取り出し出した。

 

 そしてそのアイテムを使用し、ある人物にメッセージを飛ばしていく。

 

「元気ですかぁぁぁーーー!相棒!遊ぼうぜ!(デスマッチしよう)

 

『―――もう!耳がキーンってなるからやめてよ!遊ぼうって何するのよ。どうせ碌な事じゃないんでしょ?』

 

「何言ってんだ!面白い事に決まってんだろ!どうせ暇してんだろ!」

 

『まぁ、暇と言えば暇ね。だから漫画をサイトで読んでるわよ。なんか頭がハゲた人が一撃で敵を倒していく漫画。』

 

「何だそりゃあ!!スゲェ面白そうだな!おい!でもな、こっちのがもっと面白いぞ!」

 

『えぇ~?今良い所なのに。何か”地上最強の男”ってのが出てきたの。絶対この人、ハゲより強いわよ。』

 

「よっしゃあーーー!今荒野にいるからな!すぐ来いよ!」

 

『はぁ、はいはい、分かったわよ。じゃあ行くけど、何か嫌な予感しかしないな。』

 

 そう相手が言葉を言い終わった後に、アイテムの効果は切られていく。メッセージ相手の了承を得られたのが嬉しいのか、ゲンガーが意気揚々と遊びの準備を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムスペルヘイムの大都市、その都市内のプレイヤー達の交流所に、スルシャーナと”三人”の愉快な仲間達が、クランの今後について話合うと共に、軽い談笑を繰り広げていた。

 

「なぁなぁ、アラフのおっさん、遊び行こうぜぇ。魔法打てよ!ナイフぶっ刺すからよ♪」

 

「やかましいわ!ていうか刺すとか普通に言うなよ!お前のその精密機械みたいな刺突は何をどう特訓したら出来る様になるんだよ!」

 

「あぁ、それは僕もたまに思うよ、”ガンジョウ”の刺突は芸術の域だよね。」

 

「へへへ、スッと行ってドスっだぜ。」

 

 アーラ・アラフと物騒な会話をしているこの、頭にターバンを巻いている子供、ガンジョウの刺突の精密さに思わずスルシャーナも口を挟んでいく。

 

 この子供は以前間違えて一緒に遊んでしまった為に懐かれてしまい、良く分からないまま、いつの間にかクランのメンバーになってしまった子供だ。

 

 アラフやスルシャーナの言う様に、その刺突は正確無比であり、最早芸術の域にある。まぁ、ガンジョウはサモナーである為に、余り意味はないのであるが。

 

 そんな無意味な刺突マスターのガンジョウが、何かを閃いたのか、急に行きたい場所があると語り出した。

 

「あ、そうだ!おっさん達、ヘルヘイムに行こうぜ!俺PKプリンセスに会いたいぞ!」

 

「却下だ。」

 

「あぁ?何でだよ?いいじゃん行こうぜ!多分俺と歳あんま変わんないだろ?会ってみたいって!」

 

「だから却下だ。お前なんか行って見ろ、秒で殺されるぞ。お前が殺されるのは別に構わんが俺まで被害を被りかねん。変な事して目でも付けられてみろ、おちおち散歩も出来んくなるわ。」

 

「さりげなく俺達じゃなくて、俺って自分だけを指してるのは流石だねアラフ。まぁ、でも確かにそれは嫌だね、たっち・みーの怒りでも買えば...うぅ、僕達なんて吹いて飛んじゃうよ...あぁ、怖い。」

 

「スルシャーナまでそんな事言うなよなぁ。最近ファン倶楽部も出来てるらしいぜ?クシリンから絶死ちゃんアイコンも貰って来たんだからな!」

 

「はぁ?絶死ちゃんアイコン?何だそりゃ?そんなの出回ってんのか?」

 

 ガンジョウの言う絶死ちゃんアイコンとは雄志の方々―――つまりは同じプレイヤーの中にいるクリエイターさんが制作したアイコンである。公式で制作された訳では無いのでダウンロード料は無料であるが、ユグドラシル内には流されてはおらず、個人からコピーさせて貰う必要がある。最近ではそれなりに広まり出したが、それでも簡単には手には入らない代物だ。

 

 アラフの驚いた雰囲気に、ガンジョウが気を良くしたのか、コンソールを開き操作を始めていく。そしてその後、ガンジョウの頭上に、ポンっという風に一つのアイコンが表示されて行く。

 

##ぶっ殺すわよ##

 

「マ、マジかよ...嬢ちゃんスゲェな...たった一年で有名になりすぎだろ、てかボイス付かよ。」

 

 可愛らしいボイスと共に、頭上に表示されたアイコンがウインクをしていく。かなりマスコット的な風貌になっているが、そこに表示されていたのは間違いなく、一年前見たあの少女の顔であった。

 

「へぇ、これがアラフ達があったっていう子?しかし凄いね、たった一年で。」

 

「んあぁ~、うるせぇなぁ~、んん~居眠りしてたわ...んあ?嬢ちゃんじゃねぇか?なんだそりゃすげぇな!」

 

 騒ぎ立てるメンバーの声に、居眠りをしていたねこにゃんが目を覚まし、続いて目の前に表示されているアイコンを見て驚いている。そのアイコンをまじまじと見つめた後、ガンジョウと二人でいつも通りにハシャギ始めていった。

 

「始まったよ、うるせぇなぁあいつ。てかよスルシャーナ、どう思うよ?嬢ちゃんの件?急すぎじゃねぇか?有名っちゃ有名だったが、ヘルヘイムにヤバいガキがいる位の知名度しかなかったろ?絶対誰か一枚噛んでるぞこれ。」

 

「え?そうなの?それは考え過ぎじゃないのかな?」

 

「そうか?なんか人為的な気がすんだよな。嬢ちゃんのクラン...んと、ナインズ・オウン・ゴールだっけか?その連中が嬢ちゃんを人気者にして何か企んでんじゃねぇか?」

 

「それはいくらなんでも...仮にそうだとしても、どうやってここまで大ごとにするのさ?普通のプレイヤーにそんな事無理だよ。」

 

「んあ?それ”ギルバート”の仕業じゃねぇのか?」

 

 二人の会話にねこにゃんが割って入ってくる。いつのまにかガンジョウとの遊びは終わっていたみたいだ。固まる二人を他所に、ねこにゃんが椅子に座っていく。

 

「そんな情報操作みたいな事できるの、ギルバート位しかいないだろ。ユグドラシルの情報はギルバートに聞けって言われてる位だぞ?大手の情報ギルドや隠れた優秀な情報屋なんかも全員ギルバートとは関係がある筈だ。そのネットワークを使って情報を流すのも簡単だし、出所が分かんない様にもみ消す事もできそうじゃねぇか?ユグドラシルの全情報屋がギルバートとの関係は大切にしたい筈だしな。ギルバート個人では無理でも、ギルバートの持つ圧倒的なネットワークなら出来そうな気がするんだけどな。」

 

 その言葉を聞き、二人が更に固まっていく。そしてしばし固まった後に我に返った二人がねこにゃんに対して喋り掛けていった。

 

「ねこにゃん...お前...。」

 

「たまには鋭い事言うね。」

 

「んあ?俺はいつでも鋭いぞ?えっへんだぜ!」

 

 二人の言葉を聞いていき、ねこにゃんが得意げに胸を張っていく。お馬鹿であるからこそ深くは考えず、素直な感想がたまにはこうして的を得ている事もあるのだろう。ねこにゃんの言っている事もあながち間違いではない様に思える、しかし二人には疑問が残った。

 

「まぁ、でもだ。仮にギルバートだったとして、何でこんな事すんだ?嬢ちゃんとあの変人になんの関係が?」

 

「んあ?PKでもされたんじゃねぇのか?ギルバートはどこまでいってもロールプレイヤーだし、戦闘能力は低いだろ。弐式炎雷みたいな化け物と違うんだし、嬢ちゃんならボコボコにできんじゃないのか?」

 

「なぁなぁ。」 #ぶっ殺すわよ#

 

「それくらいであの変人が動くかな?PKとか意に返さなそうな人物だよ?まぁ、僕もあった事はないんだけどね。仮にPKの腹いせだったとしても、それなら大悪党に仕立てた方が良くない?」

 

「なぁなぁ。」 #ぶっ殺すわよ#

 

「んあ?そりゃあお前~...おぉん?」

 

「どうしたよ?鋭いんだろお前?その辺どうなんだよ?」

 

「なぁなぁ、なぁなぁ。」 #ぶっ殺すわよ# #ぶっ殺すわよ#

 

「ほらな?たまに鋭い事言ったって、結局お前は馬鹿なん―――あぁん!うるせぇな!何だよ!今はおっさん達で話してんだよ!」

 

「何かしようぜぇ~!」 #ぶっ殺すわよ# #ぶっ殺すわよ# #ぶっ殺すわよ# #ぶっ殺すわよ#

 

「やかましいわぁ!連打すんじゃねぇ!」

 

 おっさん達の熱い語らいの最中に、暇を持て余したガンジョウが割って入ってきて、遊びたいと三人に言ってくる。ついでに自分を放置した腹いせに絶死ちゃんアイコンの連打を見舞ってきた。その行動にアラフが腹を立てていると、スルシャーナにあるメッセージが送られてき、そのメッセージをスルシャーナが確認していく。

 

「おぉ!皆聞いてよ、クランのメンバー募集の為に、都市の掲示板に依頼かけてたんだけど、クラン入りしたいって人がいたみたいだよ。掲示板経由でメッセージが飛んできた。」

 

 スルシャーナに届いたメッセージはメンバー募集の掲示板からであった。ガンジョウをクラン入りさせた事で、冒険の幅は飛躍的に広がった。しかし、やはりまだ一パーティにも満たない以上、大きな事をする時は傭兵NPCを借りるなどしなければならない。その為の費用も手間も馬鹿にならないので、後二人位はメンバーに欲しいと思っている。

 

 急な朗報にスルシャーナが喜びながら、三人に喋り掛けていく。

 

「うわぁ~、嬉しいなぁ。僕達みたいな弱小クランには中々人は集まってこないからね。タンクと隠密で希望掛けてたけど、どっちなんだろ。」

 

「おい、待てスルシャーナ。喜ぶのはまだ早い、使えるか使えんかはまだ分からんからな...いや、最悪使えなくてもいい...馬鹿じゃなければそれでいい。」

 

「切実だね、まぁ取り合えず会って見ないと分からないよ。この都市は大きいから、個室の交流所で待ち合わせするって今連絡を返しておいたよ。どんな人なんだろ?僕楽しみだなぁ。」

 

「そうか、アラフ面接を始めるとしよう。」

 

「やめてよ、大手ギルドみたいな事しないでくれない、只でさえウチには人が来ないのに。ほら、二人も聞いただろ、今日は新しく仲間になるかもしれない人がくるから、くれぐれも失礼の無い様にね。」

 

「当たり前だぜスルシャーナ!俺良い子にしてるからな!どんな奴なんだろうな、俺ワクワクすっぞ!」

 

「おいターバン、お前が一番馬鹿なんだから、馬鹿がバレない様に黙って―――」

 

#ぶっ殺すわよ#

 

「―――ろよって、あぁん!?ぶっ殺すだぁ!?上等じゃねぇか!やって見ろやぁ!糞ターバン!」

 

「おぉ、凄いねそのアイコン。煽りにも使えるんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 交流所で一しきり騒いだ後、四人は現在都市の交流所の一室で待機している。怒り狂うアラフを宥めるのは大変であったが、どうにか彼の怒りも納まった様である。各々が新しいクランメンバーになるかもしれない人物を静かに待ち続ける。

 

「遅いな、俺を待たせるとは...減点1だな。」

 

「いや、遅くないよ?待ち合わせの時間にはまだなってないんだし、アラフってせっかちだよね...短気だし。」

 

「ん?なんか言ったか?」

 

「いいや、何も~♪」

 

 スルシャーナがぼそりと呟いた言葉にアラフが反応し、喋り掛けていく。その内容をスルシャーナに追及していたその時、個室のドアが叩かれ、外から大きな声が部屋内に届いてくる。

 

「頼もぉぉぉぉぉーーーーう!!!」

 

「んあん!?ビックリしたな!声デカすぎだろ...んあ?この声、女だな。」

 

「うわぁ、女性プレイヤーだったのか...大丈夫かな、こんなむさ苦しいクランで。」

 

「おい、言うな、悲しくなるだ―――」

 

「頼もぉぉぉう!頼もう頼もう頼もう頼もぉぉぉーーう!!」

 

「―――ろうって!あぁぁぁーーーうるせぇなぁ!すぐ行くから待ってろ!」

 

 扉が叩かれ第一声が発せられたその瞬間から、凄まじい勢いで扉が叩かれ続け、大声量で女性の声が部屋内に鳴り響く。その余りの煩さに、アラフが痺れを切らし扉を開けていった―――いったが。

 

「開けろぉぉぉーーー!!開けろ開けろ開けろ開けろぉぉぉーーー!!」

 

「開けるわ!ちょっとぐらい待てんのか―――ぐは!」

 

「お邪魔しまぁぁぁーーーす!」

 

 アラフが扉を開けたその瞬間、ショルダーアタックの要領で突っ込んできた声の主にアラフが盛大に吹き飛ばされて行く。吹き飛ばされたアラフがギュラギュラ転がっていき部屋の壁に衝突していく。

 

 吹き飛ばされたアラフを心配し、駆け寄ろうとした三人がピタリと動きを止めた。なぜ三人が動きを止めたかと言うと、それは吹き飛ばした相手の風貌に目が釘付けになっていったからだ。

 

 ボーイッシュなショートの髪型、そしてその髪色は、まるで燃え盛る炎が如く赤い色をしている。顔は非常に整っており、その瞳は髪色と同じくらい赤い色をしている。身に纏う装備は恐らくは忍者装束であろうか、しかしその色はこれまた真っ赤である。他の装備も赤、赤、赤、全てが真っ赤である。唯一違うのは忍者装束に刺繍されている炎の刺繍くらいか、その刺繍は金色であり、光に照らされる度にギラギラ輝いている。

 

 そんな、誰がどう見ても、お前全然忍べてないからなと言われてしまうような恰好をした忍者女が、三人の目の前で腕組をしながら仁王立ちしている。

 

「お待たせぇ!!あなた達の仲間になる為に、全速力で駆けつけて来たわよ!」

 

「...あ、あぁ、どうもすいません、ボーっとしてしまって、僕はスルシャーナと言います。」

 

「ちょっと待て、お前俺を吹き飛ばしといて誤りもしないのか?あん?」

 

 スルシャーナと忍者女が会話をしている最中に、吹き飛ばされたアラフが怒りをあらわにしながらズンズン歩いてくる。このままでは喧嘩に発展しかねないと思ったスルシャーナがアラフを宥める為に言葉を発していく。

 

「まぁまぁ、アラフ、ちょっとした事故じゃないか。取りあえず落ち着きなよ、ほら椅子に座って。」

 

「事故ってレベルじゃねぇぞ、ったく。」

 

「そうそう!骸骨さんの言う通り!ほら、シッダウン!シッダァウン!シッダァァウン!」

 

「わざわざ英語で言わんでいい!日本人なんだから日本語で言えば分かるわぁ!!」

 

 椅子に座る事を促されて行ったアラフが、盛大に忍者女に罵声を飛ばしながらもしぶしぶ椅子に座っていく。その姿をみて、スルシャーナが安心していくと共に、忍者女に言葉を投げ掛けていった。

 

「ふぅ、それじゃあ、初めましてですね。僕の名前はスルシャーナって言います。この白い髪の男が、アーラ・アラフ、青い髪の男が輝煌天使ねこにゃん、ターバンを巻いてる子がガンジョウですね。えっと、あなたのお名前は?」

 

「よくぞ聞いてくれましたぁ!私の名前は”火走炎火(ひばしりえんか)”燃え滾る情熱を秘めた、すっっっごく熱い女よ!」

 

「んあん?演歌?歌か?」

 

「違ぁぁぁう!炎火よ!炎火!火、火、火!火が三つで”炎火”よ!」

 

「マジでうるせぇなコイツ...ていうか暑苦しいわ。」

 

「暑苦しい!?最高の褒め言葉ねぇ!でもあんまり褒められると私照れるから、たまにでよろしくぅぅぅ!」

 

「褒めてねぇよ。ん?ていうか、炎火?もしかしてお前、火滅か?」

 

「えっ!?嘘!?本当かい、アラフ!?」

 

 火滅―――凶悪な炎系のスキルで瞬く間に辺りを焦土と化す、ユグドラシル一の炎使いと名高い人物の二つ名である。

 

 そしてアラフの言った様に、正に目の前の人物こそがその火滅―――火滅の炎火である。

 

「違ぁぁぁう!その名で私を呼ぶなぁぁぁ!そんな”熱さ”の欠片もない名前で私を呼ぶなぁぁぁ!」

 

「んあん?十分熱そうな名前じゃねぇか?」

 

「熱くなぁぁぁい!いいわ、聞きなさい!私は”炎のファイアーフレイム”火走炎火!座右の銘は”豪炎”よ!」

 

「火好きすぎだろ、どんだけ燃えてんだよお前。」

 

 言葉を交わせば交わす程に、目の前の女の暑苦しさは増していく、しかし、本当にこの女が火滅であるのならば、その実力は折り紙付きだろう。仲間に迎えれば強力な戦力になるだろうとスルシャーナが思う―――が、一つ疑問が浮かんできた。

 

「しかし、火滅...いや、炎のファイアーフレイムとまで言われるあなたが、なぜこんな弱小クランに?もっと大きなクラン...いや、ギルドにでも所属出来るんじゃないですか?」

 

「よぉぉぉくぞ聞いてくれました!うぅ~ん、ファイアァァァ!入っても直ぐに!追い出されるのよぉぉぉ!」

 

「だろうな、お前暑苦しいもんな。滅茶苦茶うるさいし、正直こっちとしてもお引き取り願いたいわ。」

 

「嫌よ!私は帰らないよ!だって...ここに蹴られたら私、もう行く所ないんだもん!一生ソロよ!アンタのその、全く熱くない冷えっ冷えの発言の所為で、一人のプレイヤーが一生ソロと言う孤独を抱えちゃうのよぉぉぉ!?アンタはその咎を背負う事が出来るのかしらぁぁぁ!?」

 

「...うん、暑苦しい。お前が追い出される理由よく分かった。別の所でも頑張れな。」

 

「ちょ!?ままま、待って待って待ぁぁぁって!決めるの早すぎない!?それは私の実力を見てからでも遅くはないでしょぉぉ!ほら、私の実力見せてあげる...いや、見て下さい!お願いしまぁぁぁす!もう行く所ないんですぅぅぅ!」

 

「お前俺の事舐めてるだろ?そんな感情に訴える様な言い方しても俺には通用せん。お前が一生ソロ?あぁ、それ良いな、なんか心が洗われて行くみたいだ。今日はログアウトしたらお前のその姿を想像しながら奮発して一杯飲もうかね。」

 

「...な、なんなの...この冷えっ冷えの男は...不味いわ!私の熱量が奪われて行く!シバリング!シバリングゥゥゥ!」

 

「まぁまぁ、アラフ、そう言わないで。多分実力は本物だと思うし、披露してくれるって言ってるんだし...ね?」

 

 アラフの氷の様な冷たい態度に、流石に可哀そうになってきたスルシャーナが助け船を出していく。実際、暑苦しく煩い女であるが、実力が伴うのであればそれ位は十分許容範囲内だとスルシャーナは思う。

 

 その言葉を聞き、炎火が喜びの雄たけびを上げながら部屋中を飛び跳ねだした。その姿を見ながら、スルシャーナがアラフを説得していき、炎火の実力を見るべく、五人でフィールドまで向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ファイアァァァーーー!!!」

 

 その雄たけびと共に、フィールドに巨大な火柱が上がっていく。それも一つではない、無数の火柱がフィールドの至る所に湧き上がり、立った火柱からは火の玉が雨あられの様に辺りに降り注いでいく。噴火した火山から舞い散る溶岩の如く、火の玉が周囲を爆撃していき、辺りのモンスター達を悉く殲滅していった。

 

「す、すご...え?この人忍者だよね?僕より殲滅力高いんですけど。」

 

「んあん?エンジュツシか?忍者と組み合わせてる奴初めて見たぞ、これがな。」

 

 圧倒的な殲滅能力を見せつけられ、スルシャーナが驚愕していく。火滅の名に偽りは無かったと思わせる程の圧巻の光景が目の前には広がっていた。

 

「へへ、燃えたろ。」

 

 スルシャーナが驚愕していると、モンスターを殲滅し終えた炎火が得意げにこちらまで歩いてきた。続いてスルシャーナ達に炎火が言葉を発していく。

 

「見た!素晴らしいフレイムだったでしょ!これはもう、私を仲間に迎え入れるしかないんじゃない!」

 

「あ、あぁ、確かに凄かったです...けど...えっと、その。」

 

「?」

 

「おい、お前、そんなん良いから隠密能力見せろよ。火滅がスゲェってのは知ってんだよ、見たいのはそこじゃねぇ。」

 

「は?隠密?嫌よ、何で私がコソコソ隠れなきゃならない訳?そ・ん・な!熱さの欠片もない行為はお断りよぉぉぉ!!」

 

 忍者としての能力を見せろと言うアラフに対して、そんな熱くない行為はしないと言う炎火。現状、クランに必要とされているのは殲滅能力ではない。アタッカーとヒーラーは優秀な二人がいるし、ガンジョウの加入によって召喚スキルで壁も作れる様になった。おかげでスルシャーナがフリーになっているので、後方支援全般を問題なく回す事が可能だ。なので今一番必要とされているのはアサシン系統の隠密スキルである。なのにこの女はその隠密をしたくないと言っている。

 

「あぁ、スルシャーナ、やっぱコイツ駄目だわ。こんな奴ほっといて、無名でもいいからきちんとした奴いれたがいいぜ。」

 

「ちょ!?待って待って待ぁぁぁって!見捨てないでぇぇぇ!!熱い殲滅スキルならファイアーできるからぁぁぁ!」

 

「うるせぇよ!あのな、チームにはな、役割ってのがあんだよ!殲滅は間に合ってんだよ!お前は忍者だろ!?忍者らしくそこは影に隠れて暗躍しろや!変なポリシーは捨てろよ!」

 

「うるさぁぁぁい!うるさい、うるさい、うるさぁぁぁい!そんな簡単にポリシー捨てれるんならね、ここには来てないわよ!捨てれないから捨てられ続けてここまで流れついてきたんでしょ!そんな事も分かんないの!?アンタ馬鹿じゃないの!?」

 

「馬鹿に馬鹿って言われたくねぇんだよぉ!」

 

「馬鹿でもいいもん!私は...私の思い描いた熱さを貫き通す...。」

 

 アラフと言い合っても尚、炎火は折れない。そして、自分のスタイルを貫き通すと言った後に、スルシャーナを一瞥し、しゅんと萎れていく。

 

「......もう良いじゃないか、アラフ。どんなに不合理でも...どんなにセオリーから外れてても...自分のやりたい様にする、それが出来るのがユグドラシルじゃないか。」

 

 炎火の言葉を聞きながら、何か思う所があったのか、スルシャーナが炎火を庇っていく。その言葉を聞きながら、アラフも少し言い過ぎたと思ったのか、バツが悪そうに言葉を発していった。

 

「うぅん...でもよ、スルシャーナ、実際、殲滅スキルしか使わない忍者なんて使い勝手が悪すぎるぞ。」

 

「はは、味があって良くないかい?尖ってる奴程、意外に使えたりするものだよ?それに...一人は寂しいよ。」

 

 そのスルシャーナの優しい言葉にアラフは言葉に詰まっていく。優しい男の言葉にアラフの心が動かされそうになった時―――小さな笑い声が耳に届いてきた。

 

「......へへ。」

 

「おいぃぃ、スルシャーナ!コイツ今笑ったぞ!」

 

「笑ってなぁぁぁい!!」

 

「嘘つけ!上手くいったわ♪みたいな笑い方しただろ!ちょいちょい思ってたけどお前小賢しいなおい!」

 

 計画通り。その様な表現が相応しいかの様な邪悪な笑い声を聞いたアラフが炎火に盛大に罵声を浴びせていく。最早デフォルトになりつつある、アラフボルテージがギュンギュン上昇していく中、宥めようとスルシャーナが口を開こうとした、その時、なにやら自信ありげな雰囲気を纏いながら炎火が先に言葉を発していった。

 

「どうどうどう、アラフ。アンタは一つ勘違いしてる。私はコソコソ隠れる様な冷めた行動が嫌と言っただけで、別に忍者のスキルを使わないなんて言ってないよね?影縫いで敵に突っ込んで、この二本の刀で肉弾戦を行う事だって出来るんだから。」

 

 そう言葉を発した炎火の腰には二本の刀が挿されている。忍者が肉弾戦を行う理由がどこにあるか追及したい所ではあるが、実際それが可能であるならば、もう少し使いようがある様に思える。

 

 問題はその実力がどの程度の物であるかだ。そう思ったアラフが、自信ありげな炎火に対し戦闘を促していった。

 

「しれっと呼び捨てにしやがって...まぁいい、おい、ねこにゃん、ターバン出番だぞ。」

 

「んあん!暇すぎて寝てたわ。なんだ?」

 

「なんだよおっさん?俺に何させるんだ?ナイフぐらいしか刺せないぜ?」

 

「この女が肉弾戦が出来るらしいからよ、ねこにゃん、お前がコイツの動きをみて実力を測れ。それとターバン、お前はモンスターを召喚してこの女にぶつけろ。」

 

 先程炎火がモンスターを一掃してしまったが為に、周辺には今モンスターがいない、なのでガンジョウに召喚してもらい、戦わせている際の動きをクラン一の戦闘者であるねこにゃんに評価してもらおうとアラフは言っている。

 

 その言葉を聞いた二人が了解の意を込めて頷いていく。

 

「見るがいいわ、私の愛刀が火を噴く様を!」

 

「おぉん、立派な刀だな。業物って感じがしていいな。」

 

「アンタ見る目があるわね!そうこれが私の愛刀、日本の歴史上もっとも熱いとされる名を冠した刀よ!その名も”シュウゾウ”!」

 

「んあん!シュウゾウ!?カッケェな!これがな!」

 

「カッコイイか?まぁ、想像以上にまともな名前だが。」

 

「ふふん♪そしてコイツが”ジャム”よ!」

 

「んあん?ジャム?それパンに付けるやつじゃなかったか?」

 

「はぁぁぁ!?アンタ馬鹿にしてんの!?GONG鳴らして私のSKILLでVICTORYしてやろうかぁ!」

 

 愛刀を馬鹿にされた事に腹を立てた炎火が憤慨しながらも戦闘体勢に入って行く。そしてその姿を見たガンジョウが召喚スキルを用いてモンスターを召喚していった。

 

 そしてモンスターが出現するや否や、炎火が影縫いを用いて瞬時に距離を詰めていき、二刀を用いて戦闘を開始した。

 

 炎火が二刀を巧みに使い、ガンジョウの召喚したエレメンタルの攻撃を見事な足さばきで回避し、その隙をつき縫うようにして斬りつけていく。攻撃の繋ぎにも無駄がなく、手の動きと足の動きが綺麗に連動し、エレメンタルを終始圧倒していく。

 

「...や、やるじゃないか。」

 

「もう、キチンと褒めてあげなよ。普通に凄いよ、あれ。」

 

「あぁ、良い運足だな、これがな。こんだけ動けるなら、スポット的に前衛に回る事も出来そうだな。勿論、敵との相性もあるけどな。」

 

「ほら、アラフ、ねこにゃんのお墨付きもでた事だし、採用でいいんじゃない?忍者なんだから偵察とか諸々して欲しい事はあるけど、強要するつもりは無いし、皆で彼女の使い道を考えていこうよ。」

 

「エンジュツシの忍者の使い道か...ふぅ、まぁ、あんだけ肉弾戦も出来るんならなんか使い道もあるか。」

 

「お~い、おっさん達、姉ちゃんなんか暴走してるぞ?」

 

「「暴走?」」

 

 ガンジョウのその言葉に会話をしていた三人が炎火の方向に振り向いていく。その視線の先には、いつのまにかガンジョウのエレメンタルを倒し終えた炎火が、POPしてきたモンスターに突っ込んで行っている姿が見えてきた。

 

 敵陣まで突っ込んで行った炎火が戦闘を開始する―――かと思われたが、戦闘は行われず、影縫いを用いて、なぜか炎火がPOPモンスター達の上空まで飛び上がっていった。何やってんだと四人が思ったのもつかの間。

 

 炎火の体が赤く発光し、メラメラ燃えだした。

 

「んあん?何だあれ?エンジュツシのスキルか?」

 

「さぁ?僕はその辺詳しくないから分かんないね、なんだろ?」

 

 メラメラ燃え盛る炎火の姿を四人が呆然と見つめていく。その間も炎火の体は燃え続け、その炎はどんどん激しくなっていく。

 

「あっつい...あっつくなってきたぁぁぁ!もう我慢できなぁぁぁい!!」

 

 百数十年前に流行ったシリアル食品のCMの様な言葉を炎火が盛大に叫んでいく。そして炎火の叫び声のすぐ後に、炎火が纏っていた炎が瞬時に収束していき、突如、炎火の背後から巨大な炎の翼の様な物が現れていく。

 

 そして良く目を凝らして見てみると、それは翼ではなく竜である。炎で具現化した八体の竜が八対の翼の様に炎火の背後にうねりを上げながら出現した。

 

 火走炎火―――忍者と言うクラスに就きながら、下積み以降のクラスを火を扱うクラスを主として取得していき、火滅と言われる程の殲滅力を得ていったユグドラシル一の炎使い―――炎術士である。

 

「おい、スルシャーナ...あれ、なんかやばそうじゃないか?」

 

「エンジュツシは派手だね。死霊系ももっと派手さがあればいいのに...おっと、巻きこまれたら大変だ。炎は僕の弱点だからね。耐性を付与しておこう。」

 

 そう、エンジュツシの炎スキルは巻き起こる爆炎によって、広範囲を瞬く間に焼き尽くしていく。炎火とスルシャーナはまだフレンド登録を行っていない為、スキルに巻き込まれた時の事を考えて炎に対する完全耐性を付与していった。

 

 これで巻き込まれても安心だとスルシャーナが空中に陣取る炎火に視線を戻していく。そう、これで安全なのだ―――エンジュツシならば。

 

「私は炎のファイアーフレイム!火走炎火!最高にぃぃぃ熱い女よぉぉぉ!」

 

 その炎火の叫び声とほぼ同時に、背後でうねりを上げていた八竜が拡散し炎火を包み込み、巨大な炎の球体になっていく。メラメラと燃え盛る球体、それはまるで―――太陽の様であった。

 

 火走炎火―――ユグドラシル一の炎使いであり、エンジュツシである。そして、そのエンジュツシの力は彼女の力のほんの一部に過ぎない。

 

 忍者という隠密クラスに炎の殲滅クラスばかりを取得すると言うありえないクラス構成が彼女に一つの隠しクラスを齎した。

 

 そのクラスの名は―――”カグツチ”、ユグドラシルの未知の一つであり、このクラスを取得した者は、ユグドラシル広しと言えども、たった二人だけである。

 

 太陽と化した炎火が炎をまき散らしながら影縫いで更に上空まで駆け上がっていく。火走炎火と言う忍びが―――カグツチが、大声で叫びながら軽快に空まで駆け巡る。

 

 忍びは瞬足で駆け巡る、火の海を―――火走りと言う神事を。

 

「火、火、火、火、火―――」

 

 忍びは瞬足で駆け巡る、火の海を、火走りと言う神事を―――軻遇突智命(かぐつちのみこと)の神前で。

 

「火、火、火、火、うあっ火ぃぃぃぃ!火が十個でぇぇぇ―――」

 

 カグツチ―――日本の火の神、軻遇突智命(かぐつちのみこと)の名を冠した隠しクラスである。

 

 エンジュツシすら遥かに凌駕し、究極の炎系殲滅クラス、カグツチの百時間に一度しか使用する事ができない切り札が、今発動していく。

 

 全てを焼き尽くし滅却する、究極の炎系スキル。その名も―――

 

       ―――火炎焱燚(かえんえんいつ)―――

 

 その名を炎火が叫んだ瞬間、炎火を覆っていた炎が消え失せ―――”フィールド”が炎のドームで覆われた。

 

 覆われたフィールドが超高温で熱せられていき、ドームが弾けて地面から炎が吹き上げていく。けたたましい音を鳴らしながら、フィールド全てを炎が焼き尽くしていく。

 

 そう、フィールド全てを焼き尽くしていく―――スルシャーナ達を焼き尽くしていく。

 

「んあぁぁぁ!?なんじゃあーこりゃー!?」

 

「嘘だろぉぉぉ!なんだこの範囲は!!超位魔法の比じゃねぇぞ!」

 

 強大な炎に身を焼かれ、アラフが驚愕していき、ねこにゃんが太陽にほえるかの如くそう叫んでいく。そして慌てふためく二人の隣からスルシャーナの声が二人に届いてきた。信じられない内容と共に。

 

「えぇ!?嘘!?なんでぇ、完全耐性付与してるのにHPがどんどん減ってるぅぅぅ!!」

 

「「はぁぁぁ!?」」

 

 信じられない内容とは、完全耐性を付与している筈のスルシャーナに炎のダメージが入っているという事だ。その意味とはつまり、耐性の貫通である。

 

治療(ヒール)治療(ヒール)治療(ヒール)!はぁぁ!?回復しねぇ!?」

 

「んあぁぁぁん!何か”大火傷”とか言うバッドステータスが付いてんぞぉぉ!」

 

「あぁぁぁ~、おっさん達~、俺もう死―――」

 

「ガンジョォォォーーー!!」

 

「ターバァァァーーーン!!」

 

 急激に減少していくHPを見ながら、アラフが回復魔法を発動させていく―――が、なぜかHPは回復しない。意味の分からない現象にアラフが混乱していると、すぐ隣でねこにゃんが謎のバッドステータスが付与されていると叫んできた。

 

 二人の中で混乱が渦を巻いていた時、LVの低いガンジョウのHPが持たず、目の前で焼け死んでいった。

 

上位治療(グレーター・ヒール)上位治療(グレーター・ヒール)!よし!回復した...はぁ!?回復量がおかしいぞ!通常の半分くらいしか回復しねぇじゃねぇか!」

 

「んあぁぁぁん!どんなアイテム使ってもバッドステータスが消えねぇぇぇ!」

 

 究極の炎系スキル、火炎焱燚(かえんえんいつ)、その効果はフィールド全てを覆いつくす程の超広範囲殲滅能力に加えて、完全耐性すら貫通していく。

 

 そして、その炎で焼かれた者は上位の回復魔法やアイテムでしか回復する事は出来ない、仮に回復したとしても炎に焼かれている間は回復量減少のペナルティがかせられていく。そして最も厄介なのが大火傷と言うバッドステータスの付与だ。これは割合ダメージが発生していき、常時HPが減少していく事に加え回復魔法やアイテムでは解除できず、時間経過か一度死ぬ事でしか解除する事は出来ない。

 

「あっつい...うあっついわぁぁぁ!今私は!このユグドラシルで、最も熱い女なのよぉぉぉ!!う火火火火火火(ひひひひひひ)ぃぃぃ!」

 

「あぁ...二人共、僕もう駄目かも―――」

 

「「スルシャァァァァナァァァァ!!」」

 

「ファイアァァァ!ファイアァァァ!お焔焔焔焔焔焔(ほほほほほほ)!」

 

 弱点の炎に晒され続けたスルシャーナのHPが底を尽き二人の目の前で光の粒子となり消滅していった。そして必死に抗い続けた二人であったが、MPとアイテムが底を尽き、二人仲良く消滅していった。

 

 四人が焼け死んだ後に、スキルの効果が切れていき、フィールドを覆っていた炎は消失した。そして、無人の焦土と化したフィールドに、一人の女が立ち尽くしていた。

 

「...ナァ~イス...フレェ~イム。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五人が最初に集まっていた個室の交流所にフィールドに出かける前と同じように五人が集まっていた。今現在、炎火のスキルに焼き殺されていった四人が都市にデスポーンしていき、炎火と合流した所である。

 

「ふふん!どう?これが私、炎のファイアーフレイム、火走炎火よ!私くらい熱い奴なんて、このユグドラシルに...後一人くらいしかいないわ!」

 

 その言葉を聞いても、返事は返ってこない。スルシャーナもアラフも黙っている。ガンジョウに至ってはぶるぶる震えている様な有様だ。唯一ねこにゃんだけが頭に腕を組み、口笛を吹いている。

 

 そんな四人を他所に、炎火が軽い口調で喋り掛けていった。

 

「それじゃあ、取りあえずフレンド登録しようよ。いつもはどこを拠点にしてるの?あれだったら私もスポーン地点登録とかしなきゃだし―――」

 

「帰れぇぇぇぇぇーーー!!!」

 

 軽い口調で仲間になろうとする炎火にアラフの怒号が飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

「んあん、明日からよろしくな!炎火!」

 

 

 

 

 

 

 → To Be continued...





 どうもちひろです。

 今回はナイスフレイムな熱いお話でしたね。

 ・オリキャラ

 土の神・ガンジョウ
 
 ターバンのガキ事、ガンジョウ君。
 二つ名は、刺突マスターガンジョウ。
 召喚スキルで幅広く活躍しております。
 活躍のついでにアラフさんの右太ももをナイフで刺すのが生きがいです。

 火の神・火走炎火
 
 全く忍ばない殲滅最強の忍びという存在自体が意味不明なキャラパート2。
 初期案では火走烈火でした。
 烈火はちょっといかついなぁと思い、炎火と言う可愛い名前に変えました。
 結果的に火が三つで炎火よ。と言う謳い文句が出来たので結果オーライです。
 なんか、火走り神社という所に祭られている神様がカグツチノミコトと言う火の神様で昔火走りと言う火の上を走る神事を行っていたのだとか。
 普通にその人達超人だと思います。熱くないのかな?
 ちなみに火炎焱燚とこの神様はなんの関係もありません。

 六大神も後一人ですね。それでは。

 読んでくれてありがとうございます。
 次回も読んでくださいね。


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2.5章 アゼルリシア山脈攻防戦
アゼルリシア山脈進行


 さぁ、サクッと短い話数で終わらせて3章に行きましょう!(フラグ)


 

 

 

 

 

 

 辺り一面に広がる銀世界。

 

 岩すら姿を隠し、草木は白さに埋もれていく。

 

 ヒュウヒュウと吹きすさぶ風の音が鳴り響き、そこに見える銀世界に相応しいだけの冷気を様々な場所に運び続けていく。

 

 そして、その風の音に紛れて、鈍い重厚な音が響き渡り出す。

 

 時を刻む毎に、その音は大きくなっていく。いや、正確には増えて行っているのであろう。鈍い重厚な音の数が増えていき、それが重なっていく事によって、実際に聞こえてくる音よりも大きく聞こえてきている。

 

 時が刻まれる―――音は更に増え、音量を増していく。

 

 その増えていく音に比例していくかの如く、先程までの銀世界に穴が出来ていき、その美しい姿を歪に変貌させていっている。

 

 銀世界の穴が―――足跡が無数に増え続け、ある場所を目掛けて進んでいく。

 

 足跡が進むその先には、ある生物が蹲り、目を閉じながら静かな時を過ごしている。

 

 そして、先頭の足跡がピタリと止まっていく。それに続き、後ろに続いていた足跡も、一つ、また一つと動きを止めていった。

 

 全ての足跡が止まっていくと共に、鳴り響いていた音もまた止んでいく。

 

 辺りに一瞬の静寂が訪れ、目を閉じていた生物が―――白き竜がゆっくりとその瞼を開いていった。

 

 白き竜は蹲ったまま目だけで辺りを見渡していく。その瞳に映るは、武器を手に持つ巨人達の軍団。

 

 数十、いや、数百はいるかもしれない巨人達を見渡した後に、白き竜がその巨体をゆっくりと気だるそうに起き上がらせる。

 

 そしてその瞬間、巨人達が大声量で吠える。まるで時が満ちたとでも言わんがばかりに吠え上げ、白き竜に向かい駆け出していく。

 

 押し寄せてくる巨人達を見つめながら、白き竜がその背にある大きな翼を広げていき、周囲に突風が吹き渡る。

 

 その巨大な翼を広げ、白き竜がその巨体を天に舞いあげる―――かに思われたが、白き竜は飛び上がらない、それどころかその場から動きもしない。

 

 巨人達の武器が白き竜に打ち付けられ、それと同時に巨人の大きな首が宙を舞っていく。しかし、それを意に返さぬ様に、別の巨人が武器を振るっていく。

 

 そしてまた巨人の首が宙を舞う。その巨体が二つに分かれ宙を舞う。

 

 白き竜の強大な鍵爪が、強大な咢が、巨人達を次次に葬っていく―――が、それに比例して、白き竜の体も徐々に傷つき疲弊していく。

 

 しかし、それでも白き竜はその場を動かない。その姿はまるで、その場所に打ち付けられているかの様な姿にも見え、何かを守っているかの様な姿にも見える。

 

 白き竜が必死に鍵爪を振るっていく。必死に強大な尾で叩き潰していく。必死に咢で食らいついていく。

 

 しばらくして、白き竜の動きが止まっていく。それに続いて先程まで鳴り響いていた轟音もピタリと鳴りやんでいく。

 

 動きを止めた白き竜が辺りを見渡していく。

 

 そこには夥しい量の巨人たちの死体と、巨人達の鮮血で真っ赤に染まった、先程まで銀世界であった場所。

 

 白き竜がゆっくりと蹲っていく。

 

 そこにある”希望”を抱きながら。

 

 白き竜は瞳を閉じ、眠りに付く。

 

 そこにある希望に”思いを馳せながら”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――以上が本国上層部からの伝達だ。何か質問がある者はいるか。」 

 

 アゼルリシア山脈付近に建てられている、法国軍の軍事拠点。現在その拠点内にある会議用の大天幕の前には、大勢の法国軍人が列を正し整列している。微動だにせず整列しているその姿は、正に周辺国家最強と言われるに相応しい精強さが滲み出ている。

 

 そんな精強な法国軍人達の列の前で、部隊長、バルマー・アルス・ウズルスが此度決行される事が決まった作戦の概要を軍の兵士達に説明して行っている。

 

「...質問は無いようだな。それでは、作戦の内容は以上になる、予定通りに本国からの物資が届けば、三日後には貴様らは戦場の真っただ中だ。それまでにシフトを組み、各々非番を儲け心と体を休めておくように。説明は以上だ、別れ!」

 

「別れます!」

 

 ウズルスの説明が終了し、整列していた兵士達が各々散っていく。持ち場に戻る者、そのまま非番に入って行く者など、それは様々であろう。

 

 そしてそんな散り散りになっていく兵士達の中に、自らの持ち場に戻っていくリーネの姿があった。

 

(大変だ...戦争が始まっちゃう。早く”知らせないと”。)

 

 普段見せない様な真剣な表情を作りながら、リーネがトボトボ持ち場に戻っていると、後方からウズルスの声が聞こえてき、呼び止められていく。

 

「アンティリーネ、少し良いか?」

 

「え?あっはい!部隊長、なんでしょうか?」

 

「今回の作戦はお前のお母さん...ファーイン様が作戦の主となる。自分の母親が敵本陣に打って出るのだ、心配だろう...。しかし安心しろ、お前のお母さんは強い、フロスト・ジャイアントになぞ遅れは取らんさ。」

 

 そのウズルスの言葉を聞き、真剣だったリーネの表情が少し和らいでいく、呼び止められた時は何事かと思ったが、どうやらこの男は自分を心配し気遣ってくれている様だ。ウズルスは他の法国軍人とは違い、自分にとても優しい、別れた後の自分の表情を見て元気づける為に駆けつけてきてくれたのだろう。

 

 それ程深刻そうな顔をしていたのかと、リーネは自分の頬を擦っていく。先程の表情は母への心配の為ではない、もっと別の事に対してだ。母の強さは良く知っている、心配が全くない訳ではないが、それでも、この山脈の生物に母が敗北するとはリーネは思ってはいない。

 

「近々本国から物資が届く、その中には、ファーイン様のみ使用する事が許されている秘宝も含まれているんだ。その秘宝で身を固められたファーイン様に勝てる者など存在しない。しかも陽光聖典も援軍で駆けつけてくれ、ファーイン様の周囲に配置される、盤石の布陣だ...だから、心配するな。」

 

「気を使って頂きありがとうございます、部隊長。」

 

「お前も私達と同じ前線の部隊に配属される...まぁ、お前の場合は後方の兵糧、物資班だがな。上手く隠しているつもりだろうが、お前は私よりも強いのだろう。」

 

「はい―――え?はっ、いや、そんな事は...。」

 

「はは、見ていれば分かるさ、あれだけの荷物を運び続けても汗一つ流さずに涼しい顔をしている。フィジカルは相当な物だろう。隠す理由は...まぁ色々あるのだろう、次からはその辺の演技も上手くする必要があるぞ?でも、いくら強くても、お前はまだ子供だ...無理はするなよ。」

 

「...はは、はぁ...ご忠告ありがとうございます、部隊長。」

 

「よし、良い顔になったな。それでは持ち場に戻れ!」

 

 そうリーネに言葉を掛けた後にウズルスは大天幕まで戻っていく。その後ろ姿を見送りながら、リーネがペコリと頭を下げていき、再度お礼の言葉を吐いていった。

 

 ウズルスを見送った後に、リーネは振り向き、またトボトボ歩を進めだす。そして歩を進めた先は自分の持ち場―――ではなく、拠点周囲の森林内であった。

 

 森林の影に隠れたリーネが右手を上げて空中に手を伸ばし出した、すると伸ばした右手が空間に吸い込まれるように消えていく。その後空間から右手が引き出され、その手には大きなどんぐりの様な物が握り締められていた。

 

「ふぅ、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)ごとアイテムを持ってきておいて正解だったわね。」

 

 そう言葉を呟きながら、リーネがどんぐりの様なアイテムに口を近づけて、何やら言葉を発しだした。

 

「ヨンサマ...ヨンサマ、聞こえる?」

 

『ん?おぉ、リーネか。聞こえるぞ、今日はどうしたんだ?』

 

「良かった、キチンと持っててくれたのね。」

 

『おう、キチンと首から下げて肌身離さず持ち歩いてるぞ!このアイテム凄いからな、持ってないと取られちまう。んで?どうしたんだ?』

 

 リーネが使用しているこのどんぐりの様なアイテムは所持者同士でメッセージを飛ばす事が出来るアイテムである。ヨンサマとは連絡を取る手段が無かった為、ユグドラシルからこちらの世界に持ち込み、ヨンサマに渡しておいたのだ。

 

 ヨンサマに対して、リーネが深刻そうな口調でメッセージを飛ばしていく。

 

「ヨンサマ、良く聞いて。法国の軍が遂に動きだすの、三日後には作戦が始まって、山脈は戦場になるわ。だから絶対に地中から出てこないで、軍に見つかったら間違いなく殺されちゃう...皆にもそう言って欲しいの。」

 

『法国...お前がいる人間の国だったな...そんなにヤバい戦いになるのか?』

 

「間違いなくね、ジャイアント掃討が今回の作戦なんだけど、それだけじゃ治まらないかも知れないわ。ドラゴンも巻き込んで山脈がぐちゃぐちゃになるかも知れない。」

 

『マジかよ。しかし、三日か...今から全氏族に伝えるのは無理かも知れないな。』

 

「全氏族に伝える必要はないわ、ペの氏族だけでいいの...出来そう?」

 

『あぁ、それなら大丈夫だ。』

 

 今回の大規模戦闘中にクアゴアの様な亜人が法国の軍に見つかれば間違いなく殺されてしまうだろう。だからこそ、作戦が終了するまでは地中で大人しく隠れていてもらうしかない。他の氏族には少し可哀そうに思えるが、リーネの中にはそんな気持ちさらさらない。自分の友達はヨンサマであって、面識があるのはペの氏族の皆だけである。クアゴア全てに思い入れがある訳ではないので、面識のない他の氏族まで救ってやろうとは思ってはいない。

 

『よし、分かった。ありがとなリーネ、知らせてくれて。言う事聞かない奴は黒の悪魔が頭を叩き潰しに来るぞって脅しておくぞ。』

 

「もう!またそれを言う!あれは知り合いに騙されたのよ、掘り起こさないでよぉ。」

 

 ヨンサマと友達になった後に、連絡手段が無かったのでアイテムを渡す為に一度、ぺの氏族の住処にリーネは訪れた事があった。

 

 大方の場所は聞いていたので、住処は直ぐに見つかったのであるが、その際ヨンサマの時と同様にクアゴアもぐら叩きを初めてしまった。血相を変えて飛び出してきたヨンサマのお陰で被害は出なかったが、ぺの氏族は皆リーネに怯えてしまっている。最近では他の氏族にも噂が流れてきている様だ。

 

『はは、お前が悪いんだからしょうがないだろ?俺達の住処に近づくときはバレない様にこの間みたいに、へんそう?でもしてきてくれ。』

 

「うぅ、ツーヤさんめぇ...私で遊んでぇ...。」

 

『...リーネ、お前なら大丈夫だとは思うが...死ぬなよ。ドラゴンもジャイアントも、お前が思うよりはおっかない奴らだ。』

 

「うん...ありがと。それじゃあね、ヨンサマ、落ち着いたらまた遊びましょ。」

 

『あぁ、じゃあな、リーネ。』

 

 そのヨンサマの言葉を最後に、アイテムの効果は切られて行く。

 

「ふぅ、これであっちはどうにかなるかな?後はヨンサマ次第ね...もうちょっとお話したかったけど、もう時間がないわね、持ち場に戻らなきゃ。」

 

 そう独り言を呟きながら、リーネが少し速足で持ち場まで向かっていく。三日後の戦いに思いを馳せながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦の決行が軍全体に伝達されてから三日後、特に異常事態も発生せずに、問題なく物資が陽光聖典の増援と共に本国から届いた。

 

 辺りでは兵士達が部隊毎に固まり、残り少ない山脈進行までの自由時間を各々が過ごしている。

 

 リラックスして地面に座り込む者、この後の作戦に緊張し、身を強張らせる者など、それは様々である。

 

 そんな兵士達の隙間を縫うようにして、リーネが少し速足で歩を進めて行っている。歩を進めていくリーネの視線の先には一つの天幕が見える。その天幕は今回の作戦の要であるファーインの住まう天幕であり、時間も差し迫っている為に、母と少し親子の会話でもしようと会いに行っている所だ。

 

 作戦が開始されればもう母と子ではない、作戦中は上官と部下である。気楽な会話は恐らく出来なくなると思ったリーネが寂しさを募らせ母の居る天幕内まで入って行った。

 

「お母さ~ん、入るよ~。」

 

 天幕内に向けリーネが言葉を発していくが、返事は返ってはこない。不思議に思ったリーネが返事を待たずして天幕内に立ち入っていく。

 

 そして、天幕内に立ち入ったリーネの目に飛び込んできたのは、膝を着き、祈りの姿勢に入っている母の姿であった。

 

 母が祈りを捧げているその左右には小さな像が三つ置かれていた。そして母の前方、祈りを向けている先には左右の三つの像より大きな三つの像が置かれている。その像の前で祈る母の斜め左後ろには、煌めく様な美しい剣が一本地面に置かれていた。

 

 ゴクリとリーネが喉を鳴らしていく。それは母の祈りの姿にではない、地面に置かれている美しい剣と母の身に纏っている真っ白な鎧に圧倒されてしまったからだ。

 

 母が身に纏っている白き鎧―――風神の鎧。

 

 地面に置かれている美しい剣―――水神の剣。

 

 その装備に目が釘付けになっていく。

 

 それも当然だ、なぜなら、リーネにはこの装備がどれ程の価値があるのか分かるのだから。

 

(これが、法国の秘宝...六大神と言われる、ユグドラシルプレイヤーの装備なのね、これ、間違いなく神器級(ゴッズ)よね。六大神は神器級(ゴッズ)で身を固められる程のプレイヤーって事なのね。)

 

 神器級(ゴッズ)で身を固めるなど、生半可なプレイヤーではない、神器級(ゴッズ)など、一つ作るだけでも途方もない労力が必要である。リーネですら、未だに一つも持ってはいないのだから。

 

 少しの間思考し、固まっていたリーネが我に返っていき、祈り続けている母へとゆっくり近づいて行く。

 

 しかしそれでも母は微動だにしない。深く深く祈り続けている。声を掛けるべきかリーネが迷っていると、目の前の母から祈りの声が聞こえてきた。

 

「この身の守の神、輝煌天使ねこにゃん―――」

 

(ねこにゃん!?何なの、そのふざけた名前は!絶対ユグドラシルプレイヤーだよその人!やめてお母さん...そんなふざけた名前の人に本気で祈らないでよ。)

 

 余りにもあんまりな名前に祈り続けている母の姿が哀れになって来たのかリーネが心の中でそう呟いていく。

 

 そんな娘の心の声など聞こえる筈もなく、母の祈りの言葉は続いていく。

 

「我が系譜の神、ルビアス。我ら漆黒の主の神、スルシャーナよ。此度この身が、神々の力を振るう事を許したまえ。」

 

 そう祈りの言葉を呟いた後に、母が更に祈りの姿勢を深くしていく。

 

 近づき声を掛けようと思ったリーネだが、どうやら声を掛けられそうな雰囲気では無い為に、諦めて部屋を出て行こうとしたが、リーネの足元には水神の美しい剣が無造作に置かれている。

 

 ほんの少し魔が刺したリーネがその水神の剣に手を伸ばし、触れていった。

 

 その瞬間、何かが”噛み合った”様な不思議な感覚にリーネは陥っていく。そしてその不思議な感覚に続いて、更に不思議な感覚がリーネに押し寄せてきた。

 

 何やら自分が知っている情報が脳に流れ込んでき、リーネがその感覚に戸惑っていきだした―――その時。

 

「何をしているのかしら。」

 

 その言葉を聞いた瞬間―――背筋が凍った。いや、そんな生易しい物ではない、冷たく鋭利な氷の刃でその身を切り刻まれたかのような感覚が全身を駆け巡り、体が硬直していく。

 

 顔を強張らせながら、リーネが声の方向に視線を向けていった。そこには、先程まで祈っていた母が祈りの姿勢のまま、顔をこちらに向け、氷の様な殺気を放ちながら、こちらを鋭い眼光で射抜いていた。

 

「もう一度言います。何をしているのかしら。その秘宝に触れる許可は誰が出したのですか?答えなさい、アンティリーネ兵士見習い。」

 

「あ、あう...そ、それは...。」

 

 その言葉に対して言葉を返していこうとするが言葉が口から出てはこない。今まで感じた事がない強烈なプレッシャーにリーネは飲まれ、言葉を発する事すらままならない。

 

(何で!?どうして!?言葉が出てこない!心臓を鷲掴みにされたみたい...何なの!?お母さんより、私の方が強いのに!?)

 

 今現在のリーネのLVは母よりも高い筈である。つまりはリーネの方が強いのだ。その筈なのであるが、このプレッシャーは一体なんだとリーネが混乱していく。

 

 どんな生物も、すぐに強くなる事は出来はしない。その強さに見合うだけの経験と死線を潜り抜けてきて初めてそれに見合う強さに行きついていく。

 

 ユグドラシルと言う世界で安全に、そして急激に力を付けてきたリーネにそんな物が在る筈もない。期せずして力を手に入れてしまった少女に、本物の力が濁流の如く押し寄せてくる。殺気と言う氷の様なプレッシャーが身を蝕んでいき、本能が刺激されて行く。

 

 恐怖と言う概念にリーネが蝕まれて行く。

 

「答えられないのですか?」

 

 そう言葉を発した直後に、母が―――ファーインが祈りの姿勢を辞めて立ち上がろうとする。

 

「ひ...。」

 

 立ち上がったファーインに対して、小さな悲鳴をリーネが上げ―――その瞬間、先程まで険しかったファーインの表情が緩やかな物へと変わっていった。

 

 それに続き、氷の様なプレッシャーも掻き消えていく。

 

「...ここから先は遊びではありません。死と隣合わせの戦場です。自らの生を掴み取るために、他者の生を踏みにじっていく...地獄です。その事をもう一度頭に入れて、気を引き締めなさい。分かりましたね。」

 

「は、はい。」

 

 そう言葉を残し、水神の剣を手に持ち、ファーインが天幕外に出ていった。

 

 ファーインが天幕外に出た後も、しばらく放心していたリーネであったが、なんとか立ち直り、額を叩いて気持ちを注入していく。

 

「めっちゃ怖かった...お母さんヤバすぎ怖すぎ...あれが法国の切り札としてのお母さんなのね。」

 

 今まで見た事もない母の姿に圧倒されて行ったリーネがそう独り言を呟いていく。親子談義をしたかったが、もうそんな雰囲気では無くなってしまった。

 

 時間も差し迫っている為に、天幕外に出て整列を始めようとリーネが歩を進めだしたが、先程の謎の現象がふと脳裏を過ってきた。

 

(なんだったんだろ?なんか頭の中に急に浮かんできたのよね...”エインヘリアル”?ワルキューレのチートスキルよね?まぁいいや、早く行こ、遅れたら今度こそぶっ叩かれるかも...こわ。)

 

 ブルリと身を震わせた後に、大急ぎでリーネが天幕外まで整列する為に駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アゼルリシア山脈の山道を、法国の軍が進行していっている。

 

 空を見上げて見ると、ここ最近ずっと懸かっていた薄暗い雲は姿を消し去り、爛々と輝く太陽が存在を主張しながら、周囲に少しの暖かさを齎している。いわゆる晴天と言う奴だ。

 

 そんな眩い日差しの中で、一際豪華な武装をした人物が、魔法詠唱者風な格好をした人物達と共に、最前列で歩を進めて行っていた。

 

(はぁ、やってしまったわね。)

 

 その豪華な武装をした人物―――ファーインが心の中で溜息をついていく。

 

 この溜息の理由は、先程娘に対して特大の殺気を浴びせてしまい、怖がらせてしまった事によるものだ。時間が経つにつれてじわじわ罪悪感が押し寄せてきている。

 

 神の血を引き、強大な力を覚醒させたと言えども、ファーインとて人間である。生死の懸かった戦場を前にして普通の精神状態でいられる筈もない、いやがおうにも神経はピリついていくだろう。自分の敗北は軍の―――法国の敗北である。

 

 それはすなわち人類の敗北でもある。

 

 自らに圧し掛かる巨大なプレッシャーが、ファーインの神経を極限まで尖らせていたその時に、無遠慮に踏み込み、神の秘宝にまで許可なく振れた者がいたのだ、殺気を向けられても当然かもしれない。しかし、それでも。

 

(あれは駄目よ...駄目よ私...怯えさせてしまったわ。もしかして嫌われた!?え、嘘嘘、それはないわよね!?あぁ...もう泣きそう。)

 

 様々な絶望が脳裏を支配していくが、この様な精神状態では駄目だと、頭を振りながら己を律していく。

 

 山道もそれなりに進んできている、まだジャイアントやドラゴンの生息域には到達はしてはいないが、危険区域に入っているのは間違いないであろう。

 

 ここから先はいつ戦闘に入っても可笑しくはない、余計な思考に囚われていれば足元を掬われかねないので、娘の事は一旦忘れて、法国の切り札としての自分へと気持ちを切り替えていく。

 

「...そろそろ小休止にした方が良いかもしれませんね。」

 

「左様ですか?他国の兵士ならともかく、我らが法国の兵士ならばこれくらいで堪えはしないと思いますが?」

 

 ファーインのその言葉に、護衛の陽光聖典の隊員が疑問の言葉を口にしていく。法国の兵士達は精鋭揃いだ、これくらいの行軍でへたばる筈もなく、実際後ろを振り向いて行けば、まだその顔には余裕が透けて見える。

 

 その隊員の疑問に対して、ファーインが自分の考えと共に現状置かれている状況を説明していく。

 

「確かに後方の兵士達は体力的にまだ余裕があるでしょう。しかし、向かう先をご覧ください。」

 

 ファーインの視線の先には山道を登り終えた先―――アゼルリシア山脈頂上部が見えてくる。そこには辺り一面を白く染め上げる程の雪景色が広がっている。

 

「この山道はそうでもありませんが、ここから先はご覧の通り雪が積もっています。あれ程の量です、足を取られ満足には歩けないでしょう。積雪の中では休止を取る事も容易ではありません。なので、比較的雪の少ないこの辺りで体を休め、万全の状態で頂上部に向かうべきだと私は思います。」

 

 ここ数日の突然の大雪によって、山脈には大量の雪が積もってしまっている。アゼルリシア山脈は元々寒冷地帯ではあるがここまで雪が積もる事は稀だろう。季節も相まって気温もかなり低めな為、余り長居は出来ない、今回の作戦はスピード勝負である。この極寒の中で夜を迎えるのは非常に危険だ、一夜位ならどうにか凌げるかもしれないが、二夜、三夜となると、ファーインはともかく、他の兵士達は凍え死んでしまうだろう。

 

 故にジャイアントの住処まで最短で進んでいき、即座に掃討し帰還する必要があるだろう、なので休止で余り時間を取られる訳にはいかないのであるが、後列の体力を考えるならここで一度休止を取り体を休めた方が、この後の行軍の進行率は良くなる様に思えた。 

 

「了解致しました。それではその旨後列に伝えてきます。」

 

「えぇ、お願いします。」

 

 そう言葉を言い残し、陽光聖典隊員が指示を伝えるべく、後列まで速足で向かっていく。その隊員の後ろ姿を見送っていると、別の隊員が喋り掛けてくる。

 

「厄介な雪ですね、本当に...時にファーイン様、なぜに手甲を付けておられないので?風の神の鎧には手甲は付いておられないのですか?」

 

 言葉を発していった陽光聖典隊員がファーインの手に視線を向けていく。その手には手甲が装備されてはいなかった。風神の鎧の豪華な風貌には非常にアンバランスなその光景に不思議に思った隊員が疑問を投げ掛けていく。

 

「あぁ、これですか?勿論手甲はありますよ、只単に私が装備していないだけです。此度の戦場は私も()()ですので...万全を期しているのですよ。」

 

「は、はぁ。」

 

(この隊員は私の事を余り知らない様ね、新米隊員かしら...いや、知らなくて当然ね、あの子を産んでから戦場には立たなくなったのだし、そう考えると十数年は戦場に立ってはいなかったと言う事ね...月日が経つのは早いわね...あら?どうしたのかしらあの子、何時になく真剣な表情ね。緊張しているのかしら?)

 

 ファーインが思いに馳せながら後列を見渡していると、指示を伝えに言った隊員の前で普段では考えられない様な真剣な表情を見せる我が子が目についた。その隣に立っているウズルスも自分と同じ事を思っているのだろう、我が子の表情を見ながら驚いた様な顔をしている。

 

(いつもあれくらい真剣だったらいいのだけれど―――)

 

「ファーイン様、亜人です。」

 

「―――そうですか、露払いをお願いできますか。」 

 

「御意。」

 

 そう言葉を交わす二人の視線の先には、みすぼらしい恰好をした亜人が少数で固まりこちらに近づいてきている。恐らくは逃亡中の亜人であろう、標的はジャイアントであるが、ここでみすみす亜人を見逃すなどあり得ない為、駆除する様隊員に指示を出していく。

 

火球(ファイアー・ボール)。」

 

 駆除するべく唱えられた隊員の魔法が亜人達に炸裂していき、亜人が宙を舞いながら山道の外―――崖下まで吹き飛んで行く。

 

(第三位階をこうまで易々と使用できるなんて、本当に陽光は優秀ね...あら?ふふ、凄く驚いてるわね。そうよね、あの子にとっては魔法は余り馴染みのない物だし、驚くのも当然よね。)

 

 陽光聖典の優秀さを褒め称えている最中にファーインの目に飛び込んできたのは、驚愕に目を見開く我が子の姿であった。アンティリーネにとっては魔法は余り馴染み深い物ではない、これからの為に魔法についても少し勉強させた方が良いのかとファーインが思っていた―――その時、ピューイと言う甲高い音が崖下から鳴り響き、ファーインの耳に届いてきた。

 

「―――ファーイン様!」

 

「~~~――しまった!斥候か!」

 

 そう、鳴り響いてきたのは崖下からだ、そしてその方角は先程吹き飛んで行った亜人達の方角である。あの亜人達は逃亡していたのではなかった。集団で進んでいく武装した集団達を発見した者達から送り出されてきた斥候であったのだ。

 

 油断した。そうファーインが思ったのもつかの間、少し遠く―――山脈頂上部付近から大きな影が姿を覗かせていた。

 

 大きな影が大きな岩を投げつけてきている姿が。

 

「後列散らばりなさい!投石です!」

 

 そのファーインの叫び声のすぐ後に、鈍い風切り音と共に岩石が後列付近に飛来してき、轟音を立て衝突していく。

 

 その衝撃で山道がぐらぐら揺れていく。

 

「不味い!後列、状況の報告を!被害は!?」

 

「兵糧の一部がやられました!人員被害は出ておりません!」

 

 ウズルスのその言葉を聞き、ファーインがしてやられたと盛大に舌打ちをしていく。続いて人員の被害が出てはいない事に安堵していっていると。

 

 聞きなれた声が大声量でファーインの耳に届いてきた。

 

「うわああああーーーー!」

 

「―――アンティリーネェェェーーー!!」

 

 聞きなれた声が聞こえてきた方角に視線を向けていったファーインの目に飛び込んできたのは、悲鳴を上げ崖から転落して行っている我が子の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アゼルリシア山脈の山道を後列の物資班に配属されたリーネが、大きなリュックを抱えながら行軍して行っている。

 

 肌を刺す様な寒さと共に、シャリシャリと雪を踏みしめる音が歩を進める度に鳴り響く。ユグドラシルでは寒さなど感じる事はなく、ちょっとしたバットステータスが付与されてしまうくらいであるのだが、現実はなんとも過酷な物だ。はぁと息を吐けば真っ白な吐息が口から漏れ出し、白い吐息の先に見える山脈頂上部は一面の銀世界である。

 

 今からあの場所まで行かなくてはならないのかと考えていくと非常に憂鬱な気分になっていく。あの雪の量だ、間違いなくこの山道よりも寒いであろう。

 

(うぅ、寒い...現実はクソゲーね。はぁ、お腹空いたなぁ。)

 

「はは、相変わらず余裕そうだな、アンティリーネ。」

 

「あ、部隊長...と?」

 

「あぁ、こちらの方は陽光聖典の隊員の方だ、どうやら小休止に入るらしくてな、前列から指示を伝えに来てくれたんだ。各員聞け、これより小休止に入る、ここから先はこの山道よりも厳しい状況になっていくだろう、しっかり休憩しておくんだ。無論、警戒は怠るなよ!」

 

 ウズルスの指示を聞き、各員が各々荷物を置き休憩に入る。当然リーネも休憩に入って行くわけだが、この寒さの所為でお腹が空いてしまった為に、休憩の前に栄養補給をしておこうと個人の首掛けリュックを漁っていく。確か非常食が支給されていた筈だ。

 

 リーネが必死にリュックを漁っていると、ウズルスが喋り掛けてくる。

 

「アンティリーネ、こちらの方がこの間話した、お前のお母さんの補佐に付かれる陽光聖典の隊員の方だ。」

 

「初めまして、アンティリーネ嬢。此度は貴女の母君の補佐を行わさせてもらう。この大役見事果たしてご覧に入れよう。」

 

「は、はい!よろしくお願いします。」

 

(何この人?何かカッコつけた言い回しね。陽光聖典って皆こうなのかな?)

 

「はは、この方達がいれば心配ないぞ、アンティリーネ。この方達は俺なんかと違ってエリート中のエリートだ。あの第三位階を十全に扱い、敵を瞬く間に殲滅していくんだからな。」

 

「―――!!?」

 

 ウズルスが得意げにそうリーネに説明していると、先程までは普通だったリーネの顔が急に強張り、真顔になっていく。その表情はいつになく真剣な表情に見える。

 

(うん?どうしたんだコイツ?いつになく真剣な顔つきになったな、いや、それも止む無しか、第三位階の使い手なぞ、中々お目にかかる事も無いだろうからな。緊張して当然か。)

 

 第三位階魔法の使い手を前にして緊張していると思われているリーネであったが。

 

(だ、第三位階!?エ、エリート!?ちょっと...待って...笑わせないでよ。)

 

 本当は盛大に笑いを我慢していた。

 

(耐えるのよ私!この人達は至って真面目なんだから!笑っちゃ駄目...我慢、がまん...。)

 

「はは、アンティリーネ、お前は魔法には余り詳しく無い様だな。第三位階ともなればあの火球(ファイアー・ボール)すら使用する事が出来るんだぞ。」

 

「......ぷす。」

 

「ん?はは、より一層真剣な顔になったな。どうだ、凄いだろ、この方達ならばファーイン様の護衛に相応しいと思わないか?」

 

「...ぷす...ぷす...。」

 

(がまん...がまん...がまん。)

 

 ユグドラシルの重鎮であるリーネに得意げに魔法の説明を始めていくウズルス。その言葉を聞きながらリーネは必死に笑いを堪えていく、歯を食いしばりながら必死に。

 

 そして笑いを堪えすぎるが余り、必死に閉じている口からぷすぷす息が漏れ出している。

 

 その姿を見ていたウズルスが、流石に様子がおかしいと声を掛けようと口を開こうとした時―――前列から爆発音と共に爆炎が舞い上がっていく。

 

 その音に驚きウズルスが前列に視線を向けていくと、爆炎に吹き飛ばされ、崖下に転落していく亜人達の姿が目に入ってきた。

 

「亜人の襲撃を受けていたのか!見ろ、アンティリーネ、あれが火球(ファイアー・ボール)だ!」

 

(がまん...がま...え?あれが火球(ファイアー・ボール)?あんなに範囲広かったっけ?)

 

 ウズルスの言葉を聞き、リーネが目を見開いていく。

 

 その理由は、自分の知っている火球(ファイアー・ボール)よりも明らかに広い効果範囲の為だ。ユグドラシルの火球(ファイアー・ボール)はあそこまで広範囲を爆撃は出来なかった筈だ。

 

 驚愕に目を見開くリーネであったが、その理由に即座に行きついていく。

 

(もしかして魔法範囲拡大(ワイデン・マジック)?それでも範囲が広すぎる気がするわね...あ!分かった、何かしらの効果範囲拡大のスキルを追加で使用していったのね!ふふん、やるじゃない。)

 

「―――なさい!投石です!」

 

「え?」

 

 頭の中で色々と思考していたリーネの耳に突如母の叫び声が届いてくる。

 

 その言葉に続き、飛来してきた岩石が後列に降ってき、大きな衝撃と共に山道がぐらぐら揺れていく。

 

「うわわわ、ととと、危なか―――あ。」

 

 山道のぐらつきにリーネが足を取られ山道の端までよろめいていく、そしてそのよろめいた先には―――地面は無かった。

 

「ちょっと!?嘘!?うわあああーーー!」

 

「アンティリーネェェェーーー!!」

 

 ファーインの叫び声が虚しく木霊する中、リーネが崖下まで転落していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンティリーネ!アンティリーネェェェーーー!!」

 

「ファーイン様、落ち着いて下さい。」

 

「―――落ち着けですって!?よくもまぁそんな言葉が―――」

 

 陽光聖典隊員の無神経な言葉に怒りを滲ませた言葉をファーインが吐きかけたが、突如崖下から響き渡ってきた轟音にその言葉はかき消されていく。

 

 その轟音にファーインだけでなく他の兵士達も皆一様に目が釘付けになっていく。

 

 全員の視線の先―――崖下に向かい山脈から発生した雪雪崩が鈍い音を立てながら押し寄せてきているのが見える。

 

 そしてその後に起きた光景に、今度こそ本当の意味で全員の目が釘付けになっていった。

 

「~~~――これは...いったい。」

 

「ファーイン様!」

 

「ウズルス部隊長。」

 

 全員の目の前では、押し寄せていた雪雪崩が轟音をあげながら、まるで噴水の様に空中に舞い上がっている。

 

 何かに押し戻されているかの様なその光景をファーインが呆然と見つめていると、後列からウズルスがファーインの元まで駆け寄ってきた。

 

「申し訳ありません、アンティリーネが...直ぐに捜索隊を派遣します。」

 

「部隊長殿、それはなりません。今回の作戦は特級の代物です。人員を割く余裕はないかと。」

 

「な!?しかし―――」

 

「...えぇ、その通りです、ウズルス部隊長。戦場で気を抜く方が悪いのです。この状況で下手に戦力を分散するのは危険すぎます...あの子一人よりも、部隊を優先すべきです。」

 

 ファーインがそう言葉を吐いていき、崖下を見渡していく。そこには先程の雪の噴水はもうなく、静かな風景が広がっていた。

 

 続いて先程投石された場所まで振り向いていく。そこには既に先程の巨人の姿は無かった。

 

(巨人がいなくなっている...なぜ?先程の光景に恐怖を抱いたから?という事はあれは巨人の仕業ではないと言う事かしら。雪雪崩は向こうの山脈付近から押し寄せてきた、雪雪崩を引き起こせる程の衝撃を起こせる者など...ドラゴン?いや、ドラゴンでも普通は無理でしょうね、考えられるとしたら...霧の竜の女王(クイーン)か?あのドラゴンが暴れているなら可能性はありえそうだけど...考えても無駄ね、取りあえずは目先の事に集中しましょう。)

 

「娘の事は心配なさらずに、ああ見えて悪運が強い子です。生きていると私は信じていますので...なので、即座に作戦を成功させてあの子の捜索に向かいます。」

 

「即座に?いくらファーイン様でもジャイアントの集団を簡単には...。」

 

「可能です。もう一度言います、即座に作戦を成功させてあの子の捜索に向かいます。よろしいですね?」

 

「...御意。」

 

(ふん、あぁそう。もうあの子はいらないのね...そういう事よね神官長(クソッタレ)共。)

 

 本国から陽光聖典の増援がくると聞いて、ファーインは自分の補佐と同時にアンティリーネの保護も兼ねていると睨んでいたがそれは外れた様だ。

 

 この隊員の態度を見るに間違いなく神官長達からその様な命令は受けてはいない。奴らは見限ったのだろう、いつまでも目が出てこない混ざり物を。

 

 本命が復帰した以上、もうスペアは必要ない。死んだら死んだ時、その程度だったという事だ。

 

「それでは先を急ぎましょう。また投石を開始されては厄介ですから。」

 

(あの子は強い...身体能力だけなら私を遥かに凌駕している。崖から落ちた程度、ちょっと痛い位だわ...そうよ、そうに違いないわ...アンティリーネ、無事でいてちょうだい。)

 

 ファーインが全体に指示を出し、行軍が再開されて行く。娘の無事を祈りながらも、法国の切り札としての自分が、歩を進めながら頭の中で情報を整理しだす。

 

(もし仮に霧の竜の女王(クイーン)がこの山脈の騒動に絡んでいるとしたら...厄介ね、霧の竜の女王(クイーン)の難度は最低でも180...それもかなり前の調査だし、200は見ておいた方が良いかも知れないわね。私以外ではどう足掻いても対処は出来ない、戦闘にならないよう祈るしかないわね。)

 

 ファーインは必死に進んでいく、最悪の状況を想定しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見渡す限りの雪景色、幻想的にすら思えるその風景の中に大きな物体がポツリと見えてくる。

 

 強い存在感を纏うその物体は、この世界の者なら誰しもが名前くらいは聞いた事はあるであろう、そうドラゴンだ。

 

 そのドラゴンはピクリとも動かない、地面で体をくるませ瞳を閉じている。恐らく絶賛睡眠中なのであろう。

 

 そしてそんなドラゴンの耳に遠くから大きな音が届いてくる。

 

(ん?何だ?)

 

 のそりと言う言葉が相応しいかの様な動きでドラゴンが体を起こしていき、音の方角を見つめていく。その視線の先には噴水の様に吹き上がる雪が見えてくる。

 

「あぁ?何だあれは?はぁ、全くこの山脈は、おちおち感傷にも浸らせてはくれないって事か。」

 

 そう言葉を吐きながら、ドラゴンがぶるりと体を震わせた後、その背に生えている翼を大きな音を立てて広げていく。

 

「たく、どこのどいつだ?訳の分からん事をしてやがるのは...俺は今、余り機嫌が良くないぞ、見つかったのが運の尽きだったな。」

 

 そしてドラゴンがその大きな羽を羽ばたかせ、盛大に空まで舞い上がっていく。

 

 向かう先は当然、先程の謎の現象が起きていた場所だ。

 

「ふん...少しは俺を楽しませてくれよ。」

 

 そう独り言を呟きながら、目的の場所までドラゴンが空中を飛んで行った。

 

 

 





 大寒波が押し寄せてきて、ぶるぶる震えながら、口から出る言葉は、サミーソーサーやサムシングエルス...若い子達がきょとんとしております。

 どうもちひろです。

 中途半端な2.5章が始まってしまいました。
 できるだけ早く終わらせていきたいと思います。
 お付き合いいただければなと思いますね。

 ここまで読んでくれてありがとうございます。
 次回は多分長くなりそうです。
 来週土曜には投稿出来るよう頑張ります。

 次回も読んで下さいね。それでは、シュバ!


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オラサーダルク?オタサーとは違うんですか?

 前回のあらすじ

 ...ぷす...ぷす...。
 


 

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 男は佇む。広い広い山頂で、自分と同じ有象無象と共に。

 

 男は見つめる。白い白い雪原で、有象無象と同じ様に、自らに出来る事は何もないと。

 

 白い吐息を吐き出しながら、ひたすらに見つめ続ける。

 

 雪原と言う名の真っ白なキャンパスに。

 

 鮮血と言う名の真っ赤な絵の具を。

 

 剣と言う筆に塗り、走らせながら。

 

 死と言う絵画を描き続ける光景を。

 

 描き続ける女を、只ひたすらに見つめていた。

 

 目をそらす事無く見つめ続けていた男が、ふとある事に気づいていく。

 

 絵画を執筆している女の纏う雰囲気が変わった。男はその意味を少し考え、すぐに答えに行きついていく。

 

 絵画の完成はもうすぐそこだと、女は最後の筆を走らせようとしているのだ。

 

 一挙一動を見逃すまいと、男が全神経を視覚に集中させていき―――女が消えた。

 

 それと同時に、女が使用していた絵具達もピタリと動きを止める。そしてすぐに真っ赤な絵の具が噴射され、赤が白を塗りつぶしていく。

 

 使用された絵の具達が大きな音を立てて倒れ込み絵画の一部になっていく。

 

 そして倒れた絵の具の後ろから、女が姿を表す。どうやら女は絵の具達の後ろに移動をしていた様だ。いつのまにそこまで移動したのかを男が考えていると、女が被っていた兜を脱ぎ去っていき、ゆっくりと空を見上げていった。

 

 素顔を晒した女が虚ろな目で空を見上げ続ける。

 

 その姿を、男は憐憫を含んだ目で見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

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「うわあああーーー!」

 

 アゼルリシア山脈に小さな影が地面に向けて落ちて行っているのが見えてくる。

 

 その正体はリーネである。巨人の投石の衝撃によってバランスを崩したリーネが崖から足を踏み外し、只今絶賛墜落中の所である。

 

「うわあああーーー...うわあ~~~。」

 

 耳を塞ぎたくなる様な恐ろしい風切り音と共に墜落していたリーネの叫び声の質が少し変わっていく。なんというか、余裕が見える声に変わっていく。

 

「エ~ア~リ~ア~ルゥ~...。」

 

 そう余裕の声の正体はスキルによる足場の確保を思い付いていったからだ。

 

 リーネの身体能力を考えれば、この程度の高度はなんら問題にはならないのではあるが、それでも少しは痛いであろう。両足で着地したとしても恐らくは足がジ~ンと痺れてしまう位には痛いだろう。

 

 痛いのは嫌なので空気振動衝撃(エアリアル・ブレイカー)を用いて足場の確保と共に、威力を押し殺して着地しようと思い、スキルを発動させようとする。

 

 そして、ふと何やら妙な感覚が押し寄せてきた。

 

 キチンとした表現は表せないが、なんと言うか、力の強弱の様な物がリーネに伝わってくる。

 

 その妙な感覚に一瞬リーネが困惑していくが、考えても良く分からなかったので、取りあえず、思いっきり空気に手を叩きつけていった。

 

「アッ!ブレイカ~~~♪」

 

 その瞬間、アゼルリシア山脈に轟音が轟いていく。

 

 打ち付けられた手から空間に亀裂が生じ、その亀裂が瞬く間に周囲を侵食していっている。

 

 亀裂は常人には視認できない程の速度で広がっていく。しかもそれは一つではない。

 

 無数に点在していく亀裂が山脈の物質達を次々に砕いていく。

 

 雪を纏った木が、岩が、空間の亀裂に挟み込まれ、現実から遮断されたかの如く切られ、砕かれ、山脈に倒れ伏していく。

 

 それに比例するかのように、地面が揺れ動く―――山脈が揺れ動く。

 

「は?」

 

 目の前で起きている信じられない光景にリーネの目が釘付けになっていく。着地をしようと思いスキルを発動させていったのだが、最早そんな物は頭から吹き飛んでしまった。全てを薙倒していく亀裂を見つめながら、リーネが盛大に地面に衝突していく。

 

「いででで...ん?あああーーー!!」

 

 足の小指を盛大にぶつけた様な痛みを受け、涙目になりながら起き上がっていく。

 

 するとどうだろうか、先程とはまた少し違った音が耳に届いてくる。鈍く低い音と考えれば先程と同じように思えるが、少し違う点がある。こちらの音は持続的である、音は鳴りやまずにゴゴゴゴと聞こえ続け、そしてその音はどんどん大きくなってきていた。

 

 不思議に思い音の方角に目をやると、ゴゴゴゴとギャグの様な音を立てながら、白い壁が自分目掛けて押し寄せてくるのがリーネの目に見えてくる。

 

 そして気づく、それは壁ではなく、雪雪崩だと。

 

「うわあああーーー!ブレイカァァ!!あああああ!?」

 

 迫ってくる雪雪崩にテンパったリーネが前方に空気振動衝撃(エアリアル・ブレイカー)を発動させて雪雪崩を防いでいき―――押し返される形となった雪雪崩が逃げ場を求めて盛大に上空まで舞い上がっていく。

 

 自分が行動を起こせば起こす程に繰り広げられる衝撃の光景に、ムンクの叫びの様な顔とポーズでリーネが盛大に悲鳴を上げ続ける。

 

 その悲鳴はその光景が落ち着くまでずっと続いていった。

 

 

 

 

 

 

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 雪雪崩も落ち着き、静寂が再度周囲に押し寄せてくる。

 

 辺りを見渡せば、バキバキにへし折れた木や砕かれた岩が雪に埋もれてちょこんと可愛く姿を覗かせている。

 

 その可愛らしい残害達を見つめながら、リーネがふふふと微笑を零す―――筈もなく、絶望に染まった表情をしながら呆然と立ち尽くしていた。流石にこの光景をみて笑っていられたら狂人であろう。

 

「なんで...?なんでこんな事になるの?いや、一旦落ち着くのよ私。確か、そう、素数を数えて落ち着くのよ私...素数ってなんだっけ?」

 

 一旦落ち着こうと、最近ハマってしまった漫画のキャラが言っていた言葉を呟き冷静になろうとするが、残念ながらお馬鹿なリーネに素数など分かる筈もなく、作戦は失敗に終わっていく。

 

 素数は良く分からなかったので、取りあえず深呼吸して気持ちを落ち着かせていると、少し落ち着いてきたのか、急にお腹がグゥグゥ鳴りだした。

 

 そこでふと思い出す。そうだ、確か自分はお腹が減ったから休憩中に何か食べようとしていた筈だと。こんな状況でも素直な自分の体に対して、若干苦笑いを浮かべながらも首掛けリュックを漁り出す。

 

(確か非常食が...あったあった...え?なにこれ?)

 

 リュックから取り出した非常食の包みを広げていき、リーネの目が点になる。

 

 そこにあったのは余り目にした事がない、クッキーの様なカチカチの固形物。

 

 保存期間も長く、その上軽く持ち運びに便利で、食べれば消化吸収がよく満腹感も大いに得られていく。そう、これこそが軍隊などで広く愛される究極の非常食―――乾パンである。

 

(これ食べ物なの?どう見ても美味しくなさそうだけど...いや、決めつけるのは良くないわね。頂きま~す...かた...まず...。)

 

 食べれば実は美味しいのでは?と思ったが普通に糞不味かった。

 

 バリバリと乾パンを貪りながら、先程の光景について考えを巡らせていく。

 

(やりすぎでしょあれ...まぁやったの私だけど。ていうか、何であんな大惨事になるのよ、たかが空気振動衝撃(エアリアル・ブレイカー)じゃない。ユグドラシルと現実では効果が違うの?フレーバーテキストにも大地を砕き、空をも割るとか書いてたし、まさか...。)

 

 フレーバーテキストの現実化。その恐ろしい考えにリーネは行きついていく。流石に完全に一緒とは言わないが、それでもスキルが現実になった事により、なんらかの影響をテキストから受けている事は十分に考えられる。そうでなくては先程の光景の説明がつきそうにもない。

 

(そう言えば、火球(ファイアー・ボール)の範囲もおかしかったよね。あれも現実になった結果なの?もし仮に超位魔法とか打ったらどうなっちゃうの?一発で法都が吹き飛ぶとかないよね...そんな事は...無いとは言い切れないかも。)

 

 リーネが身をぶるりと震わしていく。空気振動衝撃(エアリアル・ブレイカー)如きであの威力と範囲なのだ、最強の魔法である超位魔法であるならば都市一つ吹き飛ばせてもなんら不思議は無い様に思える。テキストにおいても、えげつない内容がびっしりと書き込まれている魔法だって沢山あるのだから。

 

 例え吹き飛ばなかったとしても、その魔法の余波で都市が機能不全に陥る事は間違いないだろう。魔法一発で自分の住む法都が壊滅してしまう光景をリーネは幻視してしまう。

 

(私以外にも世界を行き来している人は絶対にいる...でもプレイヤーも人間なんだし、そんな事はしないよね?うん、そんな事はしない!そんな酷い事が出来るなら、そいつはもう人間じゃないよ!)

 

 そんな事をすれば沢山の命も失われるだろう。人間であるプレイヤーがそんな酷い事をする筈がないとリーネは結論付け、その恐ろしい考えを頭を振りかき消していく。

 

 少し考えが脱線してしまった様だ、取りあえずは自分のスキルが現実に戻ってきた事により変貌を遂げてしまっていると言う事を頭に入れていき、続いてこの後の行動を考えて行く。

 

 乾パンをバリバリ食べながら、離れてしまった部隊とどう合流しようかと考えていると、急に体に異変が起きていく。

 

 しかしこれは悪い異変ではない。急に力が溢れてきたのだ。体の内から沸々と煮えたぎる様に大きな力が溢れてくる。

 

 全能感すら感じる程の力の本流をリーネが感じていく。

 

 一体何が起きたのかと考えて行き、真っ先に思い付いたのは今食べている乾パンであった。この食べ物は糞不味いとは思っていたが、これ程の効果―――バフを付与する食べ物であったのかと感動していく。

 

 勿論、これは只の乾パンだ。そんな効果が付与されている筈もなく、理由は別にある。

 

 とんでもないアイテムを見つけてしまったと、乾パンと睨めっこしているリーネの耳に少し遠くから音が届いてくる。そしてその音は時間が経つに連れて大きくなってきている。

 

 その音を聞いていったリーネが自分の考えが間違っていた事に気づき音の聞こえる方角を振り向いた。その音の発生源を見ながら―――羽音を立てている存在を見ながら、この状態の意味を完全に理解していく。

 

 この力の正体は乾パン等ではない。

 

 発動しているのだ―――竜殺しが。

 

 そして羽音は目の前で止まっていく。リーネを覆う様に大きな影が包み込み、その影を作っている存在がその大きな瞳でこちらを睨みつけてくる。

 

 そこに現れたのは巨大な白き竜であった。

 

 

 

 

 

 

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(ドラゴンだ。なんだ、竜殺しが発動してたのね。感動して損したなぁ。)

 

 自分の考えが間違いだったと気づき、盛大に落胆していく。とんでもない物を発見したと思ったが、なんの事は無い、やはりこれは只の糞不味いだけの食べ物だったらしい。

 

 この世界で最強の種族のドラゴンを目の前にしながらも、頭の中ではそんな下らない事ばかりが渦を巻いていく。普通の者ならこんな事は考えずに、泣きながら逃げていく所だろうが、残念ながらリーネは普通ではない。

 

 リーネにとってはドラゴンは怖い種族ではない、むしろ美味しい素材くらいの認識である。当然ながらそんな存在に怖がる筈もなく、狩った方が良いのか等と考えていると目の前のドラゴンから言葉が発せられていく。

 

「あん?人間かお前?ドワーフではないようだな。」

 

「わ、喋った。えぇっと、人間じゃないわよ。ハーフエルフ。」

 

「ハーフエルフ?エルフ...聞いた事くらいあるな。食った事は無いが。」

 

(わ、普通に食べるとか言ってる。エルフってご飯なんだ。)

 

「まぁいい、おいお前、さっきのあれは何だ?雪を舞い上げてただろ、魔法か?俺の縄張りの近くで騒音を立てたんだ、どうなるか分かってるんだろうな?」

 

「知らない。どうなるの?ていうかあんた誰よ、この山脈のボスなの?」

 

 偉そうな態度を取るドラゴンに対し、少しイラっときたのでチクリと言い返していく。矮小な存在からの思いがけない言葉にドラゴンが少し驚いた風な雰囲気を纏い、その後に豪快に笑いだした。

 

「ははは!面白い奴だなお前は、食い応えのありそうな餌は好きだぞ。俺が誰かだと、そうだな、冥土の土産に教えてやろう。」

 

「冥土の土産なんて言葉使ってる奴初めて見たわよ。あんた中々良いエンターテイナーになれそうね。」

 

「減らず口を、生きの良い餌だ。よく聞け、俺は”オラサーダルク・へイリリアル”いづれこの山脈を支配するオスだ。」

 

「オタサーダルク?」

 

「オラサーダルクだ!!食い殺すぞキサマァァァ!!」

 

(滅茶苦茶怒られた...まぁ、今のは私が悪いんだけど。)

 

「稀に見る豪胆な餌だから気分次第では見逃してやろうかと思ったが、舐められたとあっては話は別だ...食い殺す!」

 

 その言葉と共に、オラサーダルクの咢が迫ってき―――ピタリと動きを止める。いや、正確には動きを止められている。オラサーダルクの鼻先に、リーネの小さな手が添えられているからだ。

 

 オラサーダルクが驚愕に目を見開いていく。その後必死に押し返そうと力を入れているのだろうが、残念ながらリーネはびくともしない。

 

 一心不乱に力を入れ続けるオラサーダルクの鼻先に、もう片方の手をリーネが向けていき―――鈍い音と共にオラサーダルクの顔面が弾かれて行く。

 

「...必殺”デコピン改”。」

 

 オラサーダルクが顔面に強烈なデコピンを食らい、地面に倒れこむ―――まではいかずに、歯を食いしばりながら耐えて行っている。しかしそれでもかなりのダメージを負ってしまった様だ、足がプルプル震えている。

 

「うん、少し”使い方”が分かったかも。でも難しいな、もっと弱くするつもりだったんだけど。」

 

 必殺、デコピン改―――これは只のデコピンではない。指を弾く際に空気振動衝撃(エアリアル・ブレイカー)を発動させていったのである。

 

 先程空気振動衝撃(エアリアル・ブレイカー)を使用した際、力の強弱―――つまりは出力調整の様な感覚に見舞われた。その感覚に戸惑いながら全力で放っていった結果があの有様である。なので今回は出力を調整し、最小出力で放ったつもりであったが、まだ少し、強かった様だ。

 

 それと同時にこのデコピンはテキストがどこまで反映されているかの実験も兼ねられている。ユグドラシルでは一定のモーションからしか発動させる事は出来なかったが、テキスト通りならばどの部位からでも発動させる事が可能な筈なのだ。

 

 そして実験の結果、問題なく指先からもスキルの発動を確認できた。その実験の結果に満足していくと共に、現実世界でのスキルの効果の幅の広さに驚愕していく。

 

「何なんだお前は...お前まさか”汚物”か...?」

 

「汚物!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間からリーネの怒りメーターがギャンギャン上がっていく。実験に付き合ってくれたのだからこのまま返してやろうかと思っていたのだが、汚物とまで言われてしまえば流石に腹が立つ。

 

 やっぱり殺して素材でも剝ぎ取ろうかとリーネが考えていると、ぶるぶるとオラサーダルクが震えているのが目に入ってきた。

 

(なんでコイツこんなに震えてるんだろ?私何もしてないのに...もしかして殺気?)

 

 頭の中に数日前に母から受けた殺気が思い出される。ドラゴンの感覚は鋭敏だと聞く。自分の怒りを察知した事で震えているのではないかと思い、心を落ち着かせ、感情の高ぶりを静めていく。

 

 その結果、しばらくしてオラサーダルクの震えは治まっていった。

 

「~~~――この感覚...お前やっぱり汚物なんだな!」

 

「ねぇ、その汚物ってなによ、凄く嫌だから言うのやめてくれない。」

 

「そ、それは俺も知らん。俺も知り合いのドラゴンに聞いただけだからな...そのドラゴンも知り合いの”竜王”から聞いたと言っていたが...汚物はこの世界の敵で、最強の存在、古の竜王達ですら殺しまくった化け物だとな。絶対に手を出すなと言われたが、お前がそうなんだろう!」

 

「全然違うよ。私”こっち”でドラゴン殺した事ないし、だからその呼び方やめてよ。」

 

(それもしかしてユグドラシルプレイヤーの事かな?竜王ってお母さんが怖がってる様な奴らよね?そんな奴ら殺せるのってプレイヤーくらいしかいなさそう。じゃあ私も汚物じゃないの!?いや、落ち着くのよ私、多分それはプレイヤーを指す言葉じゃ無くて、個人を指す言葉なのよ!うん絶対そうだわ!)

 

 汚物ではないと言う言葉を聞いたオラサーダルクが、少し安心した様な雰囲気を纏ったが、すぐに再度警戒態勢を取っていく。じわじわ後ろに下がっているかの様にも見えるその姿を見つめながらリーネは思考していく。

 

 これはある意味チャンスかもしれない。今までここまで話の中にプレイヤーの影が見えた事は無い、そのオラサーダルクの知り合いのドラゴンに話を聞けばもっと多くの情報が得られるかもしれないとリーネは思っていく。

 

 しかしこの行為は非常に危険であるかもしれない。そのドラゴンが竜王と面識がある以上は、自分と言う存在の正体がバレない様に細心の注意を要するだろう。

 

 それでも聞きに行く価値は有ると思えた。自分以外にも、世界を行き来している存在は絶対にいる。

 

 自分はユグドラシルの嫌われ者だ。現実世界である以上は、異業種姫だからと言っても簡単に戦闘行為を取っては来ないとは思うが絶対とは限らないだろう。せめてプレイヤーがどの辺りで出現したのか位は知っておけば自分も注意しやすくなるだろう。

 

「ねぇ、私その知り合いのドラゴンに汚物の話を聞きたいの、会わせてくれないかな?」

 

「...それは無理だな...そいつはもう死んじまったからな。」

 

「え?そ、そうなんだ。」

 

 覚悟を決めて会いに行こうとしたが、どうやら既にそのドラゴンはこの世にいないらしい。落胆がリーネを包み込む中、オラサーダルクの雰囲気が少し変わったのをリーネは感じ取る。その雰囲気はなんというか、少し悲しげな雰囲気だった。

 

「あぁ、滅茶苦茶に強いメスだった...いつか俺がブチ殺す筈だったんだが、あの馬鹿が、ジャイアントなぞに殺されやがって...”卵”なんぞ守らずとっとと逃げりゃ良かったのによ」

 

「ジャイアント...もしかして今回の騒ぎもそれが原因なの?ていうか、卵を守ったって?」

 

「言葉の通りだ、そのドラゴンはこの山脈じゃ霧の竜の女王(クイーン)って呼ばれてる最強のメスだ。ドラゴンもジャイアントも誰もあいつには敵わない、普通ならな。だから狙われたのさ、産卵の瞬間をな...産卵で疲弊しきった所を狙われた、それでもあいつなら逃げる位はできた筈だ、けど逃げなかった、産んだばかりの卵を守って、あいつは死んだ...馬鹿が。」

 

「...どこが馬鹿なの?母親が子供を守ったんでしょ?命がけで!普通の事じゃない、何が馬鹿なのよ!」

 

「普通?どこが普通なんだ?お前の言ってる事が俺にはさっぱり分からん。俺達ドラゴンにとって、親も子供もない。メスも産む位はしてやるが守ったりはしないだろう。あいつが異常なだけなんだよ、エルフの価値観とドラゴンの価値観は違うのさ。お前の普通は俺達の普通じゃない。」

 

 その言葉にリーネは押し黙って行く。

 

 言い返したいが言い返す言葉が見つからないからだ。オラサーダルクは至極真っ当な事を言っている。理屈でこの言葉に反論する事は自分には出来そうもない。

 

 この世界には多種多様な生物が生息している。沢山の種族がいて、沢山の価値観がそこにはある。ドラゴンと言う視点で見てしまえばオラサーダルクの言う言葉の方が正解なのだろう。でもそれでも、その言葉を認めたくなかった、子供を守って死んだ母親が馬鹿だと言う言葉を。

 

 自分も守ってもらった、母から命がけで―――いや、いまでも守ってもらっているだろう、だからこそ、その言葉は認めたくなかった。

 

「...その卵はどうなったの?」

 

「卵か?卵はあの馬鹿の亡骸と一緒にある筈だが...なんでそんな事を聞く?」

 

「そのままだとどうなるの?」

 

「...孵化は多分するだろうが...その前に多分、他の生き物に叩き割られるだろうな、ドラゴンの卵なんぞ他の生き物にとっては百害あって一利無しだろうからな。自分達を食い殺す生き物が生まれてくるんだ、みすみす放っては置かんだろう。」

 

 間違いなくそうなる。そう思わせるだけの説得力がその言葉にはあった。そしてその言葉を聞いた後に、リーネが瞳を閉じ、思案を始める。

 

 しばらく思案した後、ゆっくりと瞳を開け、オラサーダルクに向かい言葉を発しだす。

 

「その卵、私が育てるわ。その場所に連れて行って。」

 

「馬鹿かお前は。」

 

「馬鹿じゃない。」

 

「いいや、馬鹿だ。エルフがドラゴンを育てる?正気か?」

 

 無茶な事を言っているのは自分でも分かっている。目先の事に囚われている事も。色々な事が脳裏を過っていくがリーネは退くつもりは無い。あきれ果てるオラサーダルクが頷くまでジッと睨み続けた。

 

 しばらくして観念したのか、オラサーダルクが大きなため息をつきながら言葉を発しだす。

 

「はぁ、エルフとはここまで愚かな生き物だったのか...もう良い、連れて行ってやるから背に乗れ。」

 

「...ありがと、迷惑かけるわね。」

 

「ふん、拒否し続けて殺されては堪ったもんじゃないからな。」

 

「そんな事しないよ?」

 

 どうだかなと言うオラサーダルクの背にのそのそとリーネがよじ登っていく。そして背に搭乗したのを確認したオラサーダルクがその背に生えている大きな翼を広げ空中に飛び上がる。肌を指す様な冷風に晒されながらリーネがオラサーダルクと共に例の卵の場所まで飛んでいく。

 

「うぅぅ~寒い~。でもなんか楽しいわね。私こっちで空飛んだの初めてよ!我儘聞いてくれてありがとうね!”アラサーオタク”!」

 

「キサマァァァーーー!!」

 

 

 

 

 

 

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 アゼルリシア山脈の寒空をしばらく飛行し続けたリーネとオラサーダルクが目的の場所まで到着していき、地面に着陸していく。

 

 そしてその着陸した場所には地獄が広がっていた。

 

 辺り一面に転がる、死体、死体、死体。引きちぎられ、嚙み殺され、叩き潰されたジャイアントの死体が辺り一面に散乱している。

 

 戦闘から日にちが経っている為か血の跡は見えないが、それでも苛烈な戦いの痕跡がそこにはあった。飛び散っている内蔵、雪に埋もれながらも漂ってくる血の匂い。ゲームとは違う生々しい現実に、リーネは吐き気を催したがグッと堪えていく。

 

 嘔吐しそうになりながらもリーネが少しづつ歩を進めていく。その向かう先には卵を守る様にして蹲る大きなドラゴンの死体が見える。

 

 そして歩が止まる。ドラゴンの死体の前まで辿り着いたからだ。リーネが目を顰めながら死体を凝視していく。そのドラゴンの体には沢山の傷跡が見える。

 

(守りながら戦ったんだ、必死に...こんなに傷だらけになりながら。)

 

 悲痛な面持ちで死体を凝視し続けるリーネがドラゴンの腹部辺りに目をやると、白い大きな卵が目についた。その卵を気づ付けない様に慎重にリーネは抱きかかえ、腹部付近から持ち出していく。

 

(傷一つ付いてない...凄いな、母親って...自分はボロボロなのに。)

 

 そう心の中で思いながら、卵を人撫でしていく。

 

 そうしていると、立ち尽くしているリーネの耳に小さな声が近くから聞こえてき、その方向に振り向いていく。そこには悲しげな雰囲気を纏いながら独り言を呟き続けるオラサーダルクの姿があった。

 

「情けない姿だな、エルミレ...馬鹿が、下らん死に方しやがって...俺はお前の様にはならん、俺はこの山脈の王になる。ジャイアントも他の種族も俺に膝まづかせて、俺が山脈を支配する。その姿を、地獄でいつもみたいにのんべんだらりして見てろ、この大馬鹿が。」

 

 独り言を呟き続けるオラサーダルクが視線を感じたのか、こちらを振り向いてくる。それと同時にふっと先程の雰囲気は掻き消え、いつもの偉そうな雰囲気に戻っていく。

 

「それで、どうするんだその卵。本当に育てるつもりなのか?」

 

「当たり前でしょ、その為に来たんだし、持って帰って育てるわよ。」

 

 その言葉を聞いたオラサーダルクが、はぁっと大きな溜息をついていく。そしてリーネを諭す様に言葉を投げ掛けてきた。

 

「持って帰る?一つ聞くが、お前はこの山脈に住んでいるのか?俺達フロスト・ドラゴンの卵は寒い場所でなくては孵化しない。持って帰ると言うがお前の住処は卵に適した温度なのか?」

 

「え...それは、その。」

 

「餌はどうするんだ?俺達が何を食うか知っているのか?幼竜は食う物も変わってくるぞ。」

 

「えっと、えっと...。」

 

「話にならんな、お前は簡単にドラゴンを育てると言ったが、お前は何も知らないではないか。もう一度言うぞ、馬鹿が。」

 

「...はい...ごめんなさい。」

 

 オラサーダルクの言葉に何一つ堪えられずにリーネがシュンと萎れていく。相手が言う様に、自分はドラゴンについて何も知らない。ここに向かう前愚かだと言われた意味がやっと今理解できた。只感情に任せて育てるなどと言う無責任な事を言っていった自分に嫌気が刺していき、項垂れていく。

 

「...あの頂が見えるか。あそこは俺の縄張りだ、ジャイアントも他のドラゴンも易々とは近づいてこん。卵を孵化させるには丁度いいかも知れんな。」

 

「え?それって、手伝ってくれるって事?」

 

「手伝う?まぁそう言う事になるのか?しかし勘違いするなよ、その卵から孵化するのはエルミレのガキだ。間違いなく強くなるだろう、これから先俺の野望の為に働かせるのであれば俺の縄張りを使わせてやってもいいぞ。」

 

「やったぁぁぁ!これで問題解決ね!何よぉ、アンタ良い所あるわね!このぉ、うりうり。」

 

「...お前俺の言葉の意味理解できてるか?」

 

 オラサーダルクのお陰で色々な問題が一気に解決していく。偉そうにしてるだけでコイツは実は良いドラゴンだったんだとリーネが思っていき喜びだし、それを見てオラサーダルクが今日何度吐いたかも分からない溜息をついていった。

 

「よし!私はトカゲは嫌いだけどアンタは見所ありそうね!軍団に入れてあげるわ、喜びなさい!」

 

「はぁ?嫌に決まってるだろ、お前の下につくなど御免だ。お前みたいな馬鹿の下に付いたら間違いなく身を亡ぼす。」

 

「うえぇ、断られた!良いじゃないの、私の軍団まだ一人しかいないのよ!」

 

「猶更嫌だな、と言うか、それは軍団じゃないぞ。」

 

 自分の勧誘を即決で断っていった相手に対して、どうにか軍団入りさせようと色々な言葉でリーネが捲し立てていく。その言葉の全てを突っぱねていたオラサーダルクが何やら不思議そうに言葉を投げ掛けてくる。

 

「本当にお前は訳の分からん奴だ、ドラゴンを育てると言ったり、俺を仲間にすると言ったり、お前の方が強いのだ、力づくで俺を従えればよかろう?」

 

「そんな事しないよ?それは私の思い描くクランじゃないもの。」

 

「くらん?よく分からんな。なら俺を仲間にしてどうする?お前のその軍団の目的はなんだ?」

 

「目的?う~ん...目的?」

 

 その問いに頭を捻っていく。ぶっちゃけた話特に目的などはない。何かしら目的を持った方が良いのかと考えていると―――目の前でオラサーダルクがくつくつと笑いだす。

 

「なるほどなるほど、良く分かった。この俺を片手で捻れるような奴が何を考えているのかと思ったが、なるほど、何も考えていないという事か。馬鹿が。」

 

 そう言いながら、再度くつくつと笑いだす。そしてにやりと笑う。

 

「興味が沸いたぞ。俺の名はオラサーダルク・へイリリアル、一度言ったな。お前の名前は何だ?」

 

「あぁ、言ってなかったわね。アンティリーネ・ヘラン・フーシェよ。」

 

「アンティリーネか。アンティリーネ、お前のその馬鹿がどう進んでいくのか俺は興味が沸いたぞ。軍団に入ってやる気はないが、お前がどう生きて、どう進んでいくのか、そしてどうなっていくか。その結果どう死んでいき、その時どんな顔をしているのか、見届けてやるよ。」

 

「ふふん、多分私笑ってるわよ!」

 

「はん、そうだと良いな。」

 

 嫌みったらしく死に様を見届けてやると言い、にやりと笑うオラサーダルクにリーネが負けじとにやりと笑っていく。

 

 そして連絡手段を確保する為に無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)から通信アイテムを取り出しオラサーダルクに渡していく―――渡していくが。

 

「おい!なんだその宝は!よこせ!すぐよこせ―――ヒャヒャヒャ、もう返せと言われても返さんからな!」

 

 アイテムを見せた瞬間に急にオラサーダルクが変貌していき、リーネの手からアイテムをぶんどっていく。そしてぶんどったアイテムを大事そうに持ち、ヒャヒャヒャと笑いだす。そこには先程までの貫禄は微塵もない。そこにいたのは只の守銭奴だ。

 

 最強の種族ドラゴン―――強靭な肉体に強大なブレスまでも吐き出していくその存在は正にこの世界で最強の存在であろう。

 

 そして、ドラゴンは光物などに代表されるお宝が大好きである。なので例に漏れず、オラサーダルクもお宝が大好きだ。高価なアイテムを見てしまえば、危険意識すら軽く吹き飛んでしまう位には好きだ。

 

 ドラゴンは、強大で、強欲で―――そして。

 

「おい!他にもあるだろ!よこせぇ!全部よこせぇ!ヒャヒャヒャー!」

 

「アンタ強欲過ぎでしょ!」

 

「これから”長い付き合いになる”んだ!友好の証だよ!よこせぇ!」

 

 そう、長い付き合いになるだろう。 

 

 ドラゴンは、強大で、強欲で、そして―――長寿だ。

 

 そして、アンティリーネもまた―――長寿である。

 

 ハーフエルフであるアンティリーネはこれから先長い時を生きていくだろう。そしてそのアンティリーネの時間には他の生物たちはついては来れない。

 

 大好きな母も、ナズルも、ヨンサマも、アンティリーネの歩んでいく時の流れについていく事は出来ない。誰もついていく事が出来ない時の中をアンティリーネは一人で歩き続けるしかないのだ。

 

 それでも、ドラゴンなら―――オラサーダルクなら、誰もついていく事が出来ない時の流れの中で、隣に立ち、一緒に歩み続ける事が出来るかも知れない。

 

 喚き散らすオラサーダルクに軽く引きながら、部屋の飾り用の大きなクリスタルをリーネが取り出し渡していく。それを見たオラサーダルクが更に半狂乱になり喚き散らしていく。

 

 その訳の分からない光景は―――この悪友との関係は、これから先、数十年、数百年と続いていくのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 リーネとオラサーダルクが、二人で漫才を繰り広げている頃、別の山脈山頂部では、ファーイン率いるジャイアント掃討部隊が、目標であるジャイアントの集団に接触する事に成功していた。

 

(思ったより少ないわね...ジャイアントもだけれど傘下の亜人達も少なく感じるわ。)

 

 そう考えて行くファーインの前方にはジャイアントの軍勢とその傘下の亜人達の集団が目に映る。本国の情報ではかなりの数が予想されていたが、想像よりも遥かに少ない。その光景を見ながら既に何かとやり合った後なのではないかとファーインがにらんでいく。

 

「ファーイン様、及ばずながら、我々も―――」

 

 そう言葉を掛けていく陽光聖典隊員をファーインが手で制していく。そして振り向き、言葉を投げ掛けていく。

 

「ここから先は私一人で結構です。あなた達はもし私が打ち漏らした場合の対処をお願いします。くれぐれも()()()()()()()様にお願いしますね。」

 

「は?それはどういう―――ファーイン様!?」

 

 疑問を口にしていく隊員を無視しながらゆっくりと歩きだす。その足が向かう先は決まっている、前方のジャイアント達の元である。

 

 歩を進めていくファーインが、右手に持つ水神の剣を強く握り締めながら、祈りの言葉を呟きだす。

 

「守の神、輝煌天使ねこにゃん、系譜の神、ルビアス、主の神、スルシャーナ...此度この身は神の力を振るう...私の大嫌いな、神の血の力をな!」

 

 その言葉を吐いた瞬間、ファーインが地を蹴り上げ敵陣まで突き進んでいく。

 

 異常な速度で。

 

 そして一瞬で一体のジャイアントの間合いまで侵入して行く。そこまでの使用時間は一秒弱と言った所だ。急に自らの間合いまで侵入してきた相手にジャイアントが急遽攻撃を開始しようとするが―――攻撃は開始される事はなく、そのまま仰向けに倒れ込み動かなくなっていく。

 

 その倒れ込んだジャイアントの周囲にファーインの姿はもうない。既に別のジャイアントの間合いに入り込み―――またもやジャイアントが倒れ込んでいく。

 

 その理解不能な現象に、敵であるジャイアントだけでなく、味方の法国軍すらも慌てふためきだす。理解が追いつかないからだ、ファーインの速度は異常だ、陽光聖典隊員ですら視認できない速度で戦場を駆け巡っている。それは分かる、神人なのだ、常軌を逸した身体能力を持っている事などここにいる誰もが知っている。

 

 理解できないのはそこではない、ファーインが視認できない速度で動き、攻撃をしているのは間違いないだろう。しかし、ならばなぜ血しぶき一つ上がらない。なぜジャイアントは倒れていく。

 

「いや...血は出ている...あそこは。」

 

 そう言葉を吐いたのはウズルスだ。その視線の先には仰向けに倒れているジャイアントの姿が見える。そしてじわじわと溢れ出していく赤い血が見えてきた。ジャイアントの胸の辺りからゆっくりと血が溢れ出していく。

 

 そして全員の理解がやっと追いついてきた、その血が溢れ出している部位は、心臓だ。ファーインは生物の弱点である心臓を的確に狙い、一突きにして行っている。

 

 戦場に置いて最も大事な事は何であろうか。それは敵を殺す事―――ではなく、敵を戦闘不能にする事である。なぜそれが殺す事より大事なのか、それは足手まといが出来るからだ。足を落とされ、目を潰された兵士を助ける為には倍の人数では効かないであろう。その救助に掛ける人員が戦場では致命的なハンデに成り得る上に、苦しむ兵士をみる事で他の兵士の士気も下がっていくだろう。逆に殺してしまえばそれまでだ、だからこそ、殺さない事が正解と言えるだろう。

 

 ならばファーインのやっている事は不正解なのか。それは違うだろう、その理論が適用されるのは人間の戦場だけだろう。亜人達は仲間が負傷しようがお構いなしに突っ込んでくる。ならばどうするか、正解は殺す事だ。しかしその正解は百点の正解ではない。

 

 ファーインが異常な速度で戦場を駆け巡りながら、ジャイアントの心臓を付き、一撃で葬り去っていく。剣を振りかざす必要もないからだ、生物―――それも人型の生物であるならば心臓を付けば死ぬ。剣を振るような無駄な動作は必要ない。そんな無駄な動きを、無駄な時間を掛ける必要は無い―――掛けてはいけないのだ。

 

 亜人達との戦いに置いて最も重要な事は、効率よく殺す事。無駄な時間を掛けずに素早く殺す事だ。

 

 人間は弱い、一般的な亜人達の身体能力ですら、人間を遥かに凌駕している。そんな亜人達と戦争をした場合、重要なのは強い者がどれだけ多くの亜人達を殺していけるかだろう。一握りの強者がどれだけ効率よく亜人を殺し、次の亜人を殺しに行けるのかが求められていく。無駄な時間を掛ける訳にはいかないのだ。

 

 魔法詠唱者ならば話は別だろうが、戦争を終結させられる程の魔法詠唱者を揃えるのは不可能に近いうえに、魔力が限られている魔法詠唱者は持続性が無いと言う点で見ていくと、やはり継戦能力が重要となる戦場では不利に思える。

 

 そうなると必然的に戦士が―――この場合は英雄級の戦士が亜人達を殺していく事になっていくだろう。

 

 ファーインが行っているのは、ファーインと言う最強の存在が最高率で敵を殺すと言う戦法である―――あるのだが、ファーインが行っているのは、更にその先だ。

 

 ジャイアントの間合いにファーインが入り込む。そこにはジャイアントの取り巻きである亜人達もいる。その亜人達を無視し、ジャイアントの心臓に刃が突き立てられると同時に、亜人の一体から血しぶきが待っていく。

 

 そして突き立てた剣を抜くと同時に隣に立っている亜人の首がはねられていく。剣を突き刺し引き抜くと言う動作の内に三体の敵が地に伏していった。

 

 そしてまた別の敵の元まで掛けていく―――最短で。

 

 そしてまたジャイアントが心臓を突かれると同時に亜人から血しぶきが舞っていく。その血しぶきが舞う場所は決まって一緒である。

 

 首筋からだ。

 

 血しぶきが舞う瞬間にファーインの左手が一瞬動き、首筋から血しぶきが舞っていく。ファーインがやっている事は至ってシンプルな事だ。

 

 掻いているのだ、敵の首筋を。左手の人差し指で―――亜人の頸動脈を。

 

 左手を遊ばせるなど勿体ない。亜人達との戦いに置いては使える物は全て使っていく。右手で攻撃していく際に左手の範囲に敵がいるのであるならば、左手を使って殺していくだけだ。人型の生物である以上は心臓と一緒で頸動脈も立派な弱点だ。ならばそこを狙う、軽く一指し指で掻いてやれば動脈は引きちぎれるのだから。実に合理的だ。ファーインは合理的な事が大好きな女だ。合理的になれないのは娘の事だけである。

 

 しかしこの戦法は指のスナップが重要になってくる。故に手甲は邪魔なのだ。だから装備せずに外している。ファーインが次々に亜人の動脈を指で引きちぎり絶命させていく。その際、亜人の中には鎧を身に纏っている者もいたが、それはファーインには余り関係の無い事だ。

 

 人差し指が亜人の目に突き刺さっていく。これは目つぶしの為ではない。突き刺された人差し指が亜人の眼球を押しつぶし、脳部まで到達していく。脳を一突きにされた亜人が力なくその場に倒れ込む。殲滅を終えたファーインが別の敵の元まで猛スピードで駆けていく。

 

 止まらない、ファーインは止まらない。

 

 亜人との戦いに置いて、強き者が効率よく亜人を殺す。これが正解である。そして、ファーインが行っているのは更にその先―――効率よく殺し続ける。

 

 効率よく殺し続ける、最短で、最速で―――その先を見据えて。

 

(頃合いね。)

 

 見つめる視線の先には、ジャイアントと亜人の集団が見える。

 

 密集している敵の集団が見える。

 

 最短で、最速で、最高率で殺し続けたその先には、散開していた敵が一か所に纏まり、密集している光景が目に入ってくる。

 

 ファーインは只殺し続けていたのではない。散っている敵にプレッシャーを与え続け、誘導していた。大勢の敵を一網打尽にする為に。最高率で殺す為に。

 

 目の前の敵を片っ端から殺していくなどこの女がする筈もない。そんな無駄な事をこの女がする筈もない。なぜならこの女は―――ファーインは合理的な女だからだ。

 

 そして。

 

(頃合いね、切り札を切る。)

 

 そして、合理からの―――非合理。

 

 ここで切り札を切るのは合理的ではない、非合理だ。目の前には敵が密集している、確かに切り札を切れば、一瞬で敵を殲滅できるだろう。そしてそれは確実である。しかし、目の前の敵が全てとは限らない、伏兵がいないとも限らないのだ。先を見据えるべきファーインが、ここで目先の利益の為にここで切り札を切るのは得策ではないだろう。

 

 ファーインの切り札は長時間使用出来る物ではない、そして使用した後は次回の使用までに時間を要する代物だ。

 

 そして最も恐ろしいのは、ファーインの真の切り札は、一歩間違えば、自分が破滅するだけでなく、自軍すら壊滅させる恐れがある。

 

 そんな代物を、この有利な状況下で、追い込まれていない状況下で使用するのは得策ではないだろう。合理的なファーインらしくない考えだ。

 

(これ以上は待てない。ここで終わりにする、ここで終わりにして、私は...娘を探しに行く!)

 

 そう、合理を追及し続けた女は―――血濡れの修羅は死んだ。

 

 ここにいるのは血濡れの修羅ではなく、合理を投げ捨て、蹴飛ばした、娘を心配する只の―――母親(非合理)だ。

 

 ファーインの纏う雰囲気が一変する、そして、切り札が切られて行く。

 

 この世界には、生まれ持った異能(タレント)という物が存在する。ユグドラシルと密接な関係を持ち、類似したこの世界ではあるが、この世界独自の力―――能力も少なからず存在している。

 

 生まれ持った異能(タレント)、武技、始原の魔法(ワイルド・マジック)。これらの能力はユグドラシルの理から外れ、ユグドラシルではあり得ない、成しえる事が出来ない事象を―――効果を発揮していく。

 

 真なる竜王すらも殺しうる可能性を秘めた最強の存在―――ユグドラシルプレイヤー。

 

 そのユグドラシルプレイヤーですら対処する事が出来ない力が、ユグドラシルの理を軽々と蹴り飛ばし、踏みにじる力が―――生まれ持った異能(タレント)が発動していく。

 

       ―――時間遅延―――

        ―――発動―――

 

 その瞬間、ファーインの周囲の時間が緩やかな物になっていく。雲の動きが、風が触れる感覚が、響く音さえもが全て緩やかに、遅くなっていく。

 

 そして当然、敵の動きも、遅く、スローモーションになっていく。

 

 その遅くなった時の中で、ファーインだけが通常と同じ速度で動くことができる。同じ速度で動き、そしてファーインはその時の中で、相手に()()()()()()出来る。

 

 これが生まれ持った異能(タレント)。ユグドラシルではあり得ない効果を引き起こし、その効果はユグドラシルの理では打破する事は出来ない。時間対策の魔法も、アイテムも、この生まれ持った異能(タレント)の前では無意味だ。

 

 そして幾何もせぬ内に、もう一つの切り札をファーインが切る。この生まれ持った異能(タレント)は発動時間が極めて短い、即座に次を切らなければ効果が切れてしまう。

 

 そしてもう一つの切り札が切られて行く。その切り札は、武技でも魔法でもない。只々純粋な、技術。

 

 常人では不可能な集中力で、ファーインが自らの脳に干渉していく―――ある現象を発動させる為に。

 

 人は自らの身が危険に晒された時に、辺りの風景がまるで時が遅れているかの様にスローモーションに見える時があると言う。恐怖のシグナルが、神経を通じて脳に伝わり、ある現象を引き起こす。

 

 その現象の名を―――タキサイキア現象と言う。

 

      ―――タキサイキア―――

        ―――発動―――

 

 タキサイキア現象の発動によって、遅れている時の流れが更に遅く感じられていく。周囲の風景の動きが、敵の動きが更に遅くなり、止まっていく―――疑似的に時が止まる。

 

(速度向上...速度超向上...精密性向上...精密性超向上。)

 

 畳みかけるかのように武技を発動させていく。疑似的に止めた時の中で更に速く動けるように、その時の中で寸分の狂いもなく敵の急所を射抜く為に。

 

 そして止められた時の中で敵を見据えていく。ファーインには見える、今まで幾度も自分が通り、積み上げ、踏みしだいてきた足跡が、血塗られた足跡が。

 

 進むべき道が、最短で、最速で、最高率で殺す事が出来る道が―――命を奪う為の軌跡が。

 

 そして足を踏み込み―――辺りには綺麗な血の雨が降り注ぎ、銀色の大地に、美しい血の花が咲き誇った。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 戦いはそこで終幕を迎えた。全てを殺し尽くしたファーインが、ゆっくりと風神の兜を脱ぎ、天を仰いでいく。

 

 この戦いの開幕から終幕に至るまでの時間は本当に僅かな物だった。時間にして数分と言った所か。そして、それは当たり前だと思えた。

 

 今ここに立っている女は、法国最強の女―――いや、法国の歴史上最強の神人、ファーイン・ヘラン・フーシェその人だからだ。

 

 法国の長い歴史を紐解けば、ファーインよりも強い覚醒を果たした者は存在している、しかし、最強はファーインである。

 

 血反吐を吐くかの様な鍛錬、それに比例するかのような殺意と鍛錬に裏打ちされた技術。そして、積み上げてきた屍の山と同じだけの経験と実力。

 

 この女こそ、法国五百年の集大成。

 

 人類史上最強の―――最凶の殺戮兵器。

 

 漆黒聖典元第一席次”死屍累々”ファーイン・ヘラン・フーシェ。

 

 辺りが静寂に包まれて行く。そのあっけない幕切れに。続いてぽつりと小さな声が聞こえてくる、味方の部隊から―――恐怖に支配された声音が。

 

「...ば、化け物...あ、あんなの...人間じゃない。」

 

「―――!?誰だ!今の言葉は誰が言った!訂正しろ!!」

 

 恐怖に支配された言葉が宙を舞った。それはどこから聞こえて来ただろう。方向からすると陽光聖典の隊員の方向だが。そして、その言葉を聞いた人物が烈火の如く怒りだす。その人物はウズルスだ。

 

「人間じゃないだと!誰が言った!誰のおかげでこの戦争は終結した!答えてみろ!」

 

 ウズルスの怒号が周囲に響き渡る。普段大人しい人物がここまでの声を出せるのかと思う程だ。そして、その声は当然ファーインにまで届いていく―――だが。

 

(...なに?なにかがきこえる...てきのこえ...?)

 

 幽鬼の様にファーインが声の方角まで振り向いていき、その声の発生源を見つめていく。その眼は虚ろだ、焦点が定まってはいない。

 

(あぁ...まだいたんだ...はやくころさなきゃ...あんてぃりーねがまってる...さむくてないてるかも...。)

 

 虚ろな目に薄暗い光が灯っていく。殺意が瞳を覆っていく。敵を殲滅しようと剣を握り直し―――強烈な頭痛が襲ってくる。

 

(―――痛ぅぅぅー!...危なかった...意識が混濁してたわね。まさか、たったあれだけで...。)

 

 意識の混濁。緊急時にしか外れない枷を無理やり外していったのだ、脳にかかる負担は計り知れないだろう。最早敵か味方かの区別もつかなくなっていたが、なんとか戻ってくる事が出来た様だ。そして、たったあれだけと言う様に、あの一瞬だけであれ程深く堕ちた事は無い。

 

(ブランクを舐めてたわね。まさかここまでとは、フィジカルは戻った、現役時代と変わらない、殺傷技術は...現役の半分くらいかしら。でも脳の方は深刻ね、あのままだと脳が焼き切れる所だったわ。)

 

 数十年のブランクによって脳はかなり弱まっている様である。実際は弱まると言うよりも、上手くコントロール出来ていないと言う事なのであるが。

 

 もしあのまま継続してタキサイキアを発動させていたら、脳が死に、良くて廃人、悪くて死亡であろう。タイミングに救われた。

 

 目の前では未だウズルスが喚き散らしている。思考が混濁していたので最初の方の内容は分からないが、なんとなく検討は付く。どうせいつも言われている事だろうから。

 

「―――お前達はそれでも法国軍人かぁぁ!」

 

「ウズルス部隊長、余り怒ると皺が増えますよ。いつもみたいににこやかではなくては。」

 

「ファーイン様...しかし...。」

 

 本当に優しい男だ、この男は。そんな事では戦場で足元を掬われてしまうと思いながら、ゆっくりと手で制していく。

 

 そして、にこやかに、優しい笑顔でウズルスを諭していく。

 

「いいんですよ、皆さんの言う通り、私は化け物です。人間じゃありませんから、だって、私は―――」

 

      ―――神人ですもの―――

 

 その笑顔は綺麗で、どこか寂し気な表情にも見える。騒がしかった周囲から声が聞こえなくなっていく。皆が一様に黙り込み、辺りは再度静寂に包まれ―――静寂の中、小さな足音が聞こえてくる。シャリシャリと雪を踏みしだく足音が。

 

 その音に気付いたファーインが音の方向に振り向いていく。そしてその音の発生源を確認した後に駆け出していく。風神の兜も、水神の剣も放り投げ、歩いてくる人物に向けて駆け出していく。

 

 そしてその人物を―――アンティリーネを強く抱きしめた。

 

「あ...おかあ...ファーインさ―――。」

 

「無事で良かった...本当に...。」

 

「アンティリーネ!無事だったのか!」

 

「あ、部隊長...あ~、なんか草がいっぱいあって...ぼふってなって...なんか助かりました。はは、はは。」

 

 苦しい言い訳を続けていく娘を、いつまでも、いつまでも抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 己の縄張りに戻り、オラサ―ダルクは体を丸め、地面に寝転んでいく。今日は非常に疲れてしまった様だ。大した時間は共にしてはいないが、自らの竜生の中でも取り分け濃い時間だった様に思える。猪突猛進の馬鹿垂れと関わっていくにはそれなりの労力が必要な様だ。

 

(あそこまで乗せてやったんだ、無事に帰れただろう。しかし、人間がジャイアントを殺せるとは...いや、あの馬鹿の親だ。あの馬鹿よりも強いのだろう。丁度いい、これから忙しくなるだろうからな。ジャイアントに気を配らなくて良くなったのはありがたい事だ。)

 

 くつくつとオラサーダルクがほくそ笑んでいく。あの辺一帯はジャイアントの縄張りの中でも大きな割合を占めている。あそこを陥落させてくれたのであれば、しばらくはジャイアントも大きく動く事は出来ない。受けた被害を回復させる為に力を蓄える必要があるからだ。

 

 フロスト・ドラゴンが―――オラサーダルクがジャイアントを一掃し、山脈を手中に収めるには絶好の機会だろう―――だが。

 

(この山脈の秩序である霧の竜の女王(クイーン)は死んだ。一つの時代が終り新しい時代がやってくるだろう...新たなる竜王の名を冠する為に、今まで陰に隠れていた猛者共が動き出す。)

 

 霧の竜の女王(クイーン)の時代は終わりを迎えた、次は新たなる竜王がこの山脈の歴史を作っていくだろう。今この時より、この山脈はドラゴン達により戦乱の世を迎えていくだろう。

 

(ふん...次の竜王は俺だ...誰にも渡さん。)

 

 そう誓いながら、瞳を閉じ、眠りに落ちていく。その懐に卵を大事そうに抱えながら。  

 

 そして夢を見ていく、昔の夢を―――遠い思い出を。

 

『坊や、どうしたの?酷い怪我だね?痛そう~、私痛いの嫌いだな~。』

 

『殺すぞ、誰だキサマは...。』

 

『ん?私?私はエルミレ、なんか周りからは霧の竜の女王(クイーン)て呼ばれてるよ。』

 

(あぁ、これは夢か...夢なんぞ久しぶりだな。これは初めて会った時か。)

 

『ねぇ、オラサ―ダルク。暇なら私と面白い事しよう。私の大好きな事だよ。』

 

『あ?何をするつもりなんだ?』

 

『それはね、ボーっとするんだよ。私はボーっとするの大好きなんだ。ここでこうやって...空を眺めて...ボーっと。』

 

(ふん、間抜け面だな...確かこの時は二日間動かなかったな。二日後会いに行った時は流石にたまげたぞ。)

  

『ねぇ、オラサ―ダルク...約束して、竜帝の汚物には絶対に手を出さないって。』

 

『あぁ?竜帝?そんな奴がいるのか?しかし汚物...どんな奴なんだ?』

 

『え?それは知らないよ。私も知り合いの竜王から聞いただけだし。』

 

『それじゃ気を付けようがないだろう、馬鹿が。というか、お前竜王に知り合いがいたのか。』

 

(あぁ、そうだ、確かこの時だったな。そうだ、竜帝だったか...ふん、たいそうな名前だな。)

 

『ねぇ、オラサ―ダルク。私ね、家族を持つのが夢なの。子供と一緒にね、山脈でボーっと過ごすのが夢なの。』

 

『かぞく?なんだそれは?お前の馬鹿には付いていけんな。親が子といる事になんの意味がある?太らせて食うのか?』

 

『そんな訳ないでしょ、いつものお返し、馬鹿が。意味なんてないよ、いたいからいるんだよ。それに家族がいれば、一人じゃ無理な事も、協力して乗り越えられるんだよ?オラサ―ダルクはこの山脈を支配したいんでしょ?なら家族み~んなで頑張れば、その夢叶うかもよ?だって一人じゃないから。そしてその時の喜びも家族分増えるんだから!』

 

(ふん...かぞく...か。)

 

 沢山の思い出が夢の中に現れ、消えていく。

 

 そして夢は唐突に終わりを迎えていく。深い眠りに落ちていく。

 

(ふん...あばよ...エルミレ―――)

 

      ―――楽しかったぞ―――

 

 

 

 

 

 

 





ヤングダルク「太らせて食うのか?」

デブゴン「ひぇ...。」



 どうもちひろです。

 このSSをここまで読んでくれている方達なら既にお気づきかと思いますが、このSSはお友達大作戦的な所があります。
 原作の絶死さんは本当に可哀そうな人だったとちひろは思います。
 結末もですが、歩んできた道もです。
 なのでちひろは二次創作でくらい助けてあげたいと思い色々と考えました。
 お母さんと和解させたのもその為です。
 原作でも、帰ったら何か遺品を探してみよう的な事も言ってましたし、何かしら母に対しては思う所もあったのではと思いました。
 かなり強引ですがこのSSでは和解が成立しました。まぁ、強引な事が出来るのが二次創作なので良しとしましょう。
 そして友達です。
 原作でも、気に入った奴は何人かいたと言ってました。過去形なんですね、つまりはもういないのでしょう。
 どんなに強くても、どんなに偉くなっても、一人はやっぱり寂しいと思います。
 隊長も、漆黒聖典の皆も、多分絶死さんは好きなのでしょう、それでも絶死さんの寿命に人間である彼らは付いていけません。皆絶死さんを置いて死んでしまうでしょう。
 色々な人と出会って、色々な人と別れ、死を見届けなくてはなりません。それが長寿の代償と言えばそれまでですが、それでもいつまでも一緒に居てあげられる様な友達がいても良いじゃないとちひろは思います。
 色々な物が変わっていく中で、変わらない物が身近にあると言うのは凄く安心できる事だと思います。
 だからこそのお友達大作戦!絶死救済!絶死救済!です!
 そこでまず抜擢されたのがドラゴン。
 オラサーダルクさん事ヤングダルクさんです。
 頼むよヤングさん。



 ・ファーインママ
 
 ファーインさんが戦闘をしたSSってあるのだろうか?
 あったとしても少なそう。
 なので何かインパクトを残したいなと思い色々考えた結果、とんでもない殺戮兵器になってしまいました。
 お話を考えながら、この人どんな顔で眼球潰してるんだろと考えて、絶対真顔だよねと思ったりしました。
 この人怖すぎ...。
 ちょっと盛りすぎたかなとか思います。
 合理性とか結構くどかったですね。反省。


 ・ヤングダルク

 オタサーでアラサーオタクなヤングダルクさんです。
 ドラゴンを友達にと考えた時、真っ先に浮かんだのがこの人です。
 実際この人、滅茶苦茶優秀だと思います。柔軟な発想が出来ると言うのでしょうか。
 原作では竜王にまでなって頭が凝り固まってしまってたけど、若い頃は結構頭が柔らかかったんじゃないのかなと思います。
 ツアーの様に、世界を旅し、見聞を広めた訳でもなく、アゼルリシア山脈と言う小さな世界に閉じこもっていたドラゴンとは思えません。
 決してちひろがオラサーさんが大好きだから褒めまくってるのではありません。
 本当ですよ?
 まぁそれでも、100年後、つまり原作開始くらいにはいつものオラサーさんになってると思います。
 ぶっちゃけ、うちのリーネと友達になったからと言って、そんなに優しくなってたりしません、あんま変わんないと思います。
 なのでご安心を、普通にムンウィニアと決闘して、普通にドワーフの都市一つ巻き込んで滅ぼして、普通にクアゴアを支配下に置いて、普通にクアゴアに酷い事してると思います。
 ヨンサマとはそれなりに仲間意識はありましたが、リユロには全くありません。普通に下等生物です。ぺの氏族には少しだけ優しいです。誰かがうるさいので。
 強さも原作と余り変わりませんね、魔法面が少し?結構?強化されてる位です。理由はちょっと言えません。
 お馬鹿なリーネちゃんを強い口調で注意し、時には正してくれる貴重な人材です。

 ・エルミレ
 
 速攻で死にました。
 何という事だ。
 滅茶苦茶にハチャメチャに強かったフロスト・ドラゴンです。
 そのLVは脅威の70です。
 エルミレ、貴女は強すぎた、殺す方法も中々浮かんでこなかった程です。
 あんな殺し方してごめんね。
 
 ・卵から生まれてくる子
 
 そのうち出ます。
 多分すぐ出ます。
 
 ここまで読んでくれてありがとうございます。

 次で2.5章は終わりですね。えっ?まだあるのかって?あるんです、これがな。

 次回も読んで下さいね。それでは、シュバ!


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運命分岐点

 前回のあらすじ

 軍団増員
 
 NEW 卵から生まれてくる子

 予定 ヤングダルク


 ♦

 

 

 

 

 

 

 アゼルリシア山脈での攻防戦から早一か月。法国軍による作戦は成功に終わり、事態は徐々にだが収束していっている。大きな被害を受けたジャイアント達は力を蓄える為に影に潜み、大人しくしている様だ。そんな状態のジャイアント達を支配下に置く為に、強い力を持ったドラゴン達が攻勢にでる物かと思われたが、そうはならなかった。

 

 霧の竜の女王(クイーン)亡き後に空いていった竜王と言う玉座を求め、山脈の名のあるドラゴン達が争いを始めたからだ。竜王とはその名の通り、ドラゴンの王。人間にとって王と言う名が特別な様に、ドラゴンにとってもまた、その名は特別で、殺し合ってでも欲しい物らしい。

 

 そのせいで山脈が今も尚慌ただしいのであるが、亜人達の下山はそれ程でもない。勿論全くない事は無いが、それでも山脈の騒動に比べれば少ない様に感じる。ドラゴン達はジャイアントの様に、亜人達を無理やり傘下に入れ、劣兵として送り出している訳では無い。この山脈の亜人達にとってはドラゴンは天災の様な物だ。自分達にはどうする事も出来ずに、只過ぎていくのを待つだけ。それは今に始まった事ではないだろう。昔から慣れ親しんだ物であり、いつも通りの光景なのかも知れない。

 

 なので今は只待っているのかも知れない、天災が通り過ぎていくのを、竜王が誕生し、このドラゴン達の争いが終わるのをだ。それまでは息を殺し、細々と暮らしていくのだろう。

 

 これが今のアゼルリシア山脈の現状である。そしてそんな中、法国軍はと言うと、一応は拠点を残し、稀に表れる亜人達を間引いている状況だ。間引きといっても作戦前よりは遥かに少ない。なのである程度の兵を残し、主力は本国に帰還して行っている。ファーインとアンティリーネもその帰還組の一員だ。

 

 その帰還したアンティリーネ事リーネだが、なぜか今、ここアゼルリシア山脈にいた。正確にはここはアゼルリシア山脈付近であるが、その山脈付近に、いつもの姿ではなく、黒髪に黒目、果ては耳はエルフと同じ長さにまで伸ばした、いわゆる変装をした姿で、元気な声を上げながら、ある人物と楽しそうにはしゃいでいる。

 

「いくわよ!ヨンサマ!これが~、アッ!ドロップキックよ!」

 

 そのある人物とは、クアゴアのソナタ事、ペ・ヨンサマである。作戦は終了し、法国軍の多くは本国に帰還して行っている。やっと地中から出てこれる様になったヨンサマの所に、非番を利用して遊びに来ているのだ。

 

 そしてなぜこんな遠くまで遊びにこれているのかと言うと、それは転移アイテムのお陰である。ゲンガーから貰った転移アイテムに地点を登録しておき、いつでも遊べる様にしておいたのだ。

 

 久しぶりの友達との遊びに上機嫌になりながら、ヨンサマの前でゲンガー流ドロップキックを披露していく。

 

「重たそうな蹴りだな、両足で蹴り飛ばすのか。でも当たるかそれ?避けられそうだ。」

 

「当たるかじゃないわ、当てるのよ!」

 

「簡単に言うなよな。」

 

 ドロップキックを見たヨンサマがそう喋り掛けてき、続いてドロップキックの練習をしていく。そんなヨンサマであるが、以前みた時より明らかに体格が良くなっている。恐らく以前食べた金属の効果が表れてきているのであろう。体全ての部位が太くなり、身長も既にクアゴアの平均を上回っている。まだ成長段階であるのにこの体格だ、これから先もっと逞しい体に変貌を遂げていくだろう。

 

「そうそう、そんな感じよ。クアゴアって肉体が武器なんだし、プロレスとか相性良さそうだもんね。体が硬いから攻撃を受けきるプロレスにはぴったりだわ。」

 

「なぁ...受けきる意味はあるのか?避けちゃ駄目なのか?」

 

「受けきるのがプロレスらしいわよ。私の友達がそう言ってた、そいつはたまに避けるけどね。」

 

「避けてるじゃないか...。」

 

 受けるんじゃないのかとぶつくさ言いながらも、ヨンサマが一生懸命プロレスの練習をしている。クアゴアはその体が武器の様な物だ。鋭い爪に鉄鉱石すら噛み砕く強靭な顎と歯を持ち、腕力も人間など遥かに凌駕している。リーネの言う様にモンクなどの肉弾戦を想定したクラスを取得していくのが理に適っているだろう。まぁ、プロレスがぴったりかは分からないが。

 

 一心不乱に練習をしているヨンサマに、次の技を伝授していく為に、リーネが場所を移す事を提案していく。

 

「よし、ヨンサマ、次はラリアットの練習よ!あそこに大きな木が見えるじゃない、あの木で練習しましょ!」

 

 リーネが指さした方角に視線を移せば、そこには大きな木が見えてくる。しかし、そこは丘の上付近であり、今から行けば少し時間が掛かってしまいそうである。練習するのは良いがあそこまでいくのは手間に思えた。

 

 そんなヨンサマの気持ちを察したのか、リーネがおもむろにヨンサマを背に担ぎ出す。そして、ホッっと一声上げながら盛大にジャンプしていった。

 

「おぉーーー!リーネ、お前やっぱり凄いな!俺結構重いと思うぞ!」

 

「ふふふ、私にかかればこれくらい問題ないわ。」

 

 丘までの長距離を、ヨンサマを抱えた状態でひとっ飛びしていく。綺麗な放物線を描きながら、二人が丘まで飛んでいく―――飛んでいくが、丘に近づいて行くにつれて、何やら違和感が押し寄せてくる。何と言うか、微妙に高さが足りない様に思えてくる。

 

 丘に少しづつ少しづつ近づいて行き―――ヨンサマが悲鳴を上げる。

 

「おい!おい、リーネ!ぶつかるぶつかる!壁にぶつかる!」

 

「問題ない。」

 

「問題あるわ!俺が死ぬわ!!」

 

 丘の上まで届かずに、崖の部分に激突しそうになる二人であったが。

 

「アッ!空気振動衝撃(エアリアル・ブレイカー)♪」

 

 崖に衝突する寸前に、リーネの足元に亀裂が出来ていき、それを足場にもう一度ぴょんとジャンプしていく。二段ジャンプの要領で、飛んで行った二人が無事丘の上まで辿り着き、綺麗に着地していく。

 

 アゼルリシア山脈の一件から一か月は経つ。既にある程度スキルの変貌は把握済みである。ユグドラシルではこの様に、足から亀裂を発生させたりは出来ない。しかし現実になった事により、テキスト通りに様々な部位から亀裂を発生させる事が出来る様になっていた。ユグドラシルでは微妙なスキルであったが、現実になる事により、途轍もない応用力を秘めた万能スキルに変貌を遂げている様だ。

 

「よっと!到着♪」

 

(かなり使いこなせる様になったなぁ。感覚があるからユグドラシルより格段に使いやすいわね。でも気を付けないと、これに慣れたら向こうで使いこなせなくなっちゃうな。その辺は要注意かも。)

 

「うおぉぉい!死ぬかと思ったぞ!やめてくれよな、俺はお前と違って簡単に死ぬんだぞ!」

 

「へへへ、驚いた?ドッキリ成功♪」

 

 相手にとっては洒落では済まないドッキリを仕掛けていき、意地悪な顔でそう言葉を返していく。そして怒ったヨンサマと追いかけっこをした後に、先程の続き―――プロレス技の練習をまた二人で始めていく。

 

 ドスンドスンと周囲に鈍い音が鳴り響いていく。その音と共に巨木がミシミシ揺れている光景を見つめながら、人間が食らえば潰れちゃうなとリーネが思っていると、練習をやめたヨンサマがこっちを振り向いている。

 

 どうしたのだろうと思い声を掛ければ、どうやら少し疲れてしまった様だ。一旦休憩を挟もうとヨンサマが提案してくる。その提案に了解の意を返していったリーネがある事を思い出し無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)漁り出す。

 

 そしてあるアイテム―――鉄鉱石を取り出していった。

 

「じゃじゃん!ヨンサマにお土産よ、アダマンタイトあげる!」

 

「うお!マジかよ!ありがとな、でももう俺は成長期が来てるからな、食っても強くなれないんだ。」

 

「えっ、そうなんだ...いらない?」

 

「んな訳あるかよ、俺の為に持ってきてくれたんだろ?ありがたく貰うさ!」

 

 パァっとリーネの顔が明るくなっていく。友達にプレゼントをあげるなど初めての事だったが、喜んでもらえた様だ。ニコニコ笑顔を作りながらアダマンタイトをヨンサマに手渡そうとしたリーネであったが―――手渡す寸前に、にやりと悪い笑みを浮かべていく。どうやら、また何かいたずらを考え付いた様である。

 

「ふふふ、ヨンサマ、もう疲れは取れたでしょ?休憩は終わりよね?」

 

「ん?あぁ、そうだな、もうそろそろいいかな―――って!おい!?」

 

「それなら良かったわ!特訓さいか~い!」

 

 そう叫びながら、手渡す筈だったアダマンタイトを盛大に放り投げていく。鉄鉱石とは思えないほどの速度で空中までアダマンタイトが飛んでいく。遠くに、遠くに飛んでいく。

 

「あれを取って戻ってくるのが今からの特訓よ!頑張ってね!」

 

「お前ぇぇぇ!覚えてろよぉぉぉ!」

 

「いってらっしゃーい♪」

 

 ニシシといたずらっ子な笑い顔で、叫びながら走っていくヨンサマの後ろ姿をリーネは見送っていく。盛大に罵声を飛ばしながらも、ヨンサマは一生懸命鉄鉱石を追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 目を覆いたくなる様な眩しい日差しが、アゼルリシア山脈を照らしていく。今日は晴天だ。空を見上げれば雲一つなく、いつもなら冷たい風も、日光のお陰かどこか暖かく感じる。

 

 そんなアゼルリシア山脈の麓に、山脈を目指し歩を進めていく人物の姿が見えてくる。

 

 立派な体格をした偉丈夫が、その体格に見合うような立派な全身鎧を身に纏い、山脈に向けて歩を進め続ける。

 

 その身に纏う全身鎧は白金で作られており、降り注ぐ日光を浴び、爛々と輝き続けている。

 

 その風貌から察するに、恐らくは何処かの国の―――それも上級な騎士だろうか。高名な冒険者と言う線もあり得そうだ。

 

 黙々と歩を進め続けていたその騎士風の人物の足がピタリと止まっていく。続いてその兜で覆われた顔で周囲を見渡し出した。

 

「...ここは余り変わらないな、最後に来たのはいつだっただろうか。」

 

 そして周囲を見渡した後に、ポツリと独り言を呟いていく。何やら懐かしがっている様な様子だ。

 

「久しぶりだと言うのに、この姿とはね。まぁ、私も簡単には外に出られない身だ。優しい彼女なら許してくれるだろう。」

 

 この言葉を聞くに、恐らくこの人物はこの山脈に誰かを訪ねて来たようだ。しかし、この山脈は亜人やドラゴンが跋扈する土地。人間などが住んでいる筈もないのであるが、一体この人物は誰に会いに来たと言うのだろうか。

 

 騎士風の人物が独り言を呟いた後、しばらく立ちすくむが、気も済んだのか、再度山脈に向け歩を進めようとした。

 

(―――なんの音だ...あれは、鉄鉱石...なぜあんな物が飛んでいる...それに...亜人が追いかけている?)

 

 歩を進めようとした瞬間に、遠くから物音が聞こえてき、そちらに振り向いていく。

 

 振り向いた先には風切り音を上げながら、飛来していく物体が遠目に見えてくる。騎士風の人物の言葉通りならその物体は鉄鉱石なのであろう。高速で飛来していく鉄鉱石を、常人なら視認する事すら難しい程の距離から、正確に正体を見破っていく。

 

 鉄鉱石が飛んでいると言う異常な事態に、騎士風の人物が困惑していると、その鉄鉱石を追いかける様に、一匹の亜人が走っている姿が見えてくる。その亜人が走っている姿を騎士風の人物は姿が見えなくなるまで見つめ続けた。

 

「...どういう状況なんだいこれは。鉄鉱石が飛んできた方向は...あの辺りか。」

 

 意味不明な状況に困惑する騎士風の人物が、飛んできた方向に視線を移す。そしてしばらく見つめ続ける。考え事をするかの様に、ジッと。

 

「気になるね。鉄鉱石といい、亜人といい。飛んできたと言う事は誰かが飛ばしたのかな。少し様子を見に行って見ようか。」

 

 そう独り言を呟きながら、好奇心に惹かれた騎士風の人物が、山脈とは別の方向に向け歩を進め―――突如ふわりと浮き上がる。

 

 目的の場所を見つめながら、空中を散歩でもするかの様に、騎士風の人物は飛び去って行った。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

「...ヨンサマ遅いな...遠くに投げすぎたかな?」

 

 鉄鉱石を追い駆けていったヨンサマを暇そうに待つリーネがそう独り言を呟く。少し強く投げすぎてしまった様だ。ヨンサマは一向に返っては来ない。

 

 地面に座り込み、ポカポカ陽気に晒されながら大きく口を開け欠伸をしていく。今日はいい天気だ、このまま帰ってくるまで昼寝でもしようかと思いながら頬を指でポリポリ掻いていく。そしてその指に付けている指輪に目がいく。

 

(この指輪を付けて正解ね。探知阻害を行ってると、強さが分からなくなるみたい。私が怒っちゃうと皆怖がっちゃうからね、ヨンサマもダルクも何も感じなくなったって言ってたし、良かった。でも逆に気味が悪いとか言ってたわね、二人共感覚鋭すぎ。)

 

 この世界はユグドラシルとは違う。自分の強すぎる力は他の生き物達にとっては物凄い重圧になる様である。特にドラゴンなどは感覚が鋭敏な分それが露骨に出てくる。オラサーダルクがぶるぶる震えていたのがいい例だ。

 

 自分が少し不機嫌になったくらいで二人を怯えさせたりなどしたくない。二人共友達で、対等の関係だ。言いたい事も言えず、口喧嘩の一つも出来ない様な関係等はご免である。

 

 指輪を見ながら、盛大にまた大きな欠伸をしながらウトウトしていると。

 

(―――んが?帰ってきたかな...え、誰?)

 

 寝落ちしそうになっていた所に気配を感じていき、そちらの方向に振り向いていく。そこにいたのはヨンサマではなく―――全身鎧を身に纏った大柄な人物であった。

 

 見事な鎧である。爛々と輝くその色は銀とは少し違う様な気がする、その輝きは恐らくは白金か。作りも非常に細かで、明らかに高価な物である事が伺える。

 

 その人物を訝し気に見つめていく。

 

 ここはアゼルリシア山脈付近、人間にとっては危険地帯である。見た所目の前の人物は一人の様に見える。こんな危険地帯に一人で来れる人間など生半可ではない。それが可能な人間を頭の中で考えて行き、一つ思い当たる事があった。

 

(もしかして冒険者?鎧もなんか豪華だし、噂のアダマンタイト級冒険者かな?)

 

 アダマンタイト級冒険者―――その称号を持つ者はこの世界では一騎当千の猛者達であり、周辺国家でも最強の一角に数えられる程だ。

 

 英雄と呼ばれる人外達に匹敵する程の強者であるならば、単独でここまで来れても不思議は無い様に思える。続いてここまで来る理由を考えて行き―――リーネの瞳に危なげな光が灯る。

 

(もしかして異業種狩り?いや、ここじゃ亜人狩りなのかな...ヨンサマとぺの氏族の皆を虐めたら許さない。)

 

 冒険者がここまで来る理由、それは亜人討伐などのモンスター退治であろう。山脈の調査と言う線もあり得そうだが、冒険者はモンスター退治の専門家達である。討伐と言う線で考えた方がしっくりくる。

 

 見据える目が徐々に鋭い物になっていく。もし仮にヨンサマに危害を加えるつもりならば、この人物には少々痛い目を見て貰う事になるだろう。殺すまではしないが、腕の一本位は覚悟して貰いたい。

 

 ちなみにオラサーダルクは余り心配されてはいない。なぜならアイツは滅茶苦茶に強いからだ。自分にとっては大した事は無くても、ドラゴンと言う最強種であるオラサーダルクが人間に殺される姿は想像がつかない。逆にこの人物を頭からバリボリ食べてしまいそうだ。

 

 地面からゆっくり立ち上がりながら、相手を見つめ続ける。先手を打って取り合えず一発ぶん殴った方が良いのだろうか。気絶させるくらいは容易いので、気絶させ、転移アイテムでどこか遠くに捨ててこようかなどと思いながら拳を握り締める―――が、それよりも先に向こうから喋り掛けてきた。

 

「驚いたな、この辺りにエルフが居たと言う記憶は無いんだが。君はこの山脈に住んでいるのかい?」

 

「...別に住んでないわ、友達に会いに来てただけ、ていうかおじさん誰よ?ここに何しにきたの?」

 

「私かい?私は...私は”リク”。ここには知り合いを尋ねに来ててね。そうしたらこの辺りから何かが飛んで行ったから、気になって見に来ただけさ。」

 

「知り合い?こんな所に?おじさん...じゃなかった、リクさんは知り合いに会いに来ただけで、別に亜人を殺しに来たわけじゃないのね?私の友達は亜人なの...傷つけたら只じゃおかないから。」

 

 少し剣呑な空気を纏いながら、リクに対して強い口調でそう言い放ち、その後リクの雰囲気が少し変わっていく。その姿は少し驚いている様であった。

 

「友達...亜人とエルフが。成程、あの亜人は君の友達だったのか。そうか...君の名は何と言うんだい?」

 

「え、私?私は...私は”リサリサ”。」

 

「リサリサ、種族の垣根を越えて、手を取り合える君は本当に素晴らしいと私は思うよ。私にも、昔様々な種族の友人がいた、一緒に旅をした、懐かしいね。いや...それを懐かしむ資格など私には無いのかも知れないがね。」

 

「?」 

 

「いや、こちらの事だ、気にしないでくれ...ほら、そろそろ君の友達が返ってくるよ。」

 

「は?何言ってるの?」

 

 友達が返ってくると言うリクがゆっくりと指を指していく。振り向きその方向を見てみるが、そこにはヨンサマの姿は見えない。

 

 どこにいるんだと目を細めながら見つめていると。

 

「もうしばらくしたらここまで辿り着くと思うよ。」

 

(そう、懐かしむ資格など私には無い...そうだね、リク...少し長居し過ぎてしまった。そろそろ行くとしよう。)

 

       ―――世界移動―――

 

 リクの周囲に淡い光が浮かび上がり、そのまま姿を消していく。そして姿を消すその瞬間まで、リクは目の前で一生懸命友達を探している人物を見つめ続けた。

 

(リサリサ、君のその道は茨の道かもしれないよ。君は私の様な過ちを犯さない様にね。しかし、エルフか...一体どこからここまで来ているのか。あの男の作った国からか?あのエルフの...オッドアイの軽戦士―――)

 

        ―――八欲王―――

 

(~~~――!!)

 

 リクの姿が搔き消えた瞬間、身を震わす程のプレッシャーがリーネを襲っていく。

 

 突如身を襲った心臓を突き刺す様なプレッシャーに目を見開き、全力で後方に振り向いていく―――が、そこには既に誰も居なかった。

 

(何なの、今の!?アイツは、リクはどこ!?)

 

 余りの出来事に放心状態になっていく。その場から動こうにも、足が地面に打ち付けられている様に動かない。息を少し荒げながら、リクの居た場所を見つめていたリーネの手にネチョリとした感触が伝わってくる。

 

 手を見て見れば、その手は汗で滲んでいる。今日は確かに晴天であり、暖かいのであるが、それでも汗をかく程の気温ではない。しかしそれでも、その手は汗で滲んでいる。

 

気圧(けお)された!?嘘でしょ、あんな奴に!?)

 

「お~い、リーネ~、飛ばし過ぎだぞ~。大変だったんだからな―――おい!どうしたんだお前、顔色悪いぞ!?」

 

「...え?何言ってるの、ヨンサマ、大丈夫よ。ていうか、ヨンサマ私の顔色とか分かるの?」

 

「嘘つけ!さっきと全然違うじゃないか!昨日今日あった仲じゃないんだ、他の人間なら分からないが、お前の顔色くらい分かるさ。強がってないで座って少し休めよ。」

 

「...うん、ありがと。」

 

 ヨンサマに介抱して貰いながら、地面に座っていきながらも、頭の中に渦巻くのは忽然と姿を消した先程の人物―――リクの事だ。

 

 先程受けた身も凍るようなプレッシャー、あれは以前受けた母からのプレッシャーすら上回っている様に感じられた。それが意味する事は母以上の強者である可能性。

 

 そして、今の自分より強者である可能性。

 

 そんな存在がこの世界に居るのかと考えて行った時―――考えられるのは一つだけだった。

 

(リク...間違いない...アイツが私と同じ、世界を行き来しているプレイヤー。それも多分カンストプレイヤーね。こんな所に普通に表れるとは思わなかった...危なかったわ。反応を見る感じ、異業種姫とは気づかれてなかった見たいね。変装しててよかった。)

 

 母や自分を凌駕している存在―――人間などこの世界には居ないだろう。考えられるのはただ一つ、それはプレイヤーだ。

 

 警戒はしているつもりだった。それでも、やはりどこか楽観的な部分があった―――頭の片隅にはいつも、自分を害せる者などこの世界には居ないと言う思いがあったのだろう。しかし、今回の件でその思いは完全に消し飛んで行った。

 

 自分はユグドラシルの嫌われ者、異業種姫だ。ある一定層からはやけに人気はあるが、それでも人間種のプレイヤーは自分を敵視している者の方が多いだろう。現実である以上は即座に殺し合いとはならないとは思うが絶対はない。

 

(リク...覚えたわよ。向こうに返ったら情報を集めた方が良いのかな...でもどうやって集めよう...私情報屋の知り合いなんていないよ。)

 

 自分の交友関係の狭さに悲しくなっていると、隣でヨンサマが心配そうな顔でこっちを見ているのが目に入ってきた。続いて自分もヨンサマの表情が分かる事に気づいていき、その事に嬉しくなり、少しほほ笑みながら、ヨンサマとお喋りを始めていった。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 リサリサの元から転移で移動していったリクの姿が山脈の頂に見える。

 

 白金の鎧を輝かせながら、一歩、また一歩と目的の場所に向け歩を進めていく。やがて目的の場所に辿り着いたのだろう。ピタリと歩を止め、目的の場所を―――知り合いを見つめていく。

 

「やあ、久しぶりだね、エルミレ。悪いね、知らせは聞いていたんだが、中々外に出れなくてね。来るのが遅れてしまったよ。まあ優しい君なら許してくれるね。」

 

 リクが言葉を発するその先には、大きな白い竜の―――エルミレの亡骸が見えてくる。

 

 死後一か月は経っているだろうその亡骸は、以前山脈の頂に蹲っている。寒冷地帯である山脈のお陰で、未だ原型を保ってはいるが、亡骸の至る所に傷みが見えてくる。徐々に腐食が始まっている。

 

 リクの知り合いとはエルミレの事だったのだろう。言葉を聞くに、エルミレの死去を聞き、最後の挨拶を済ませに来たと言う所か。

 

 リクの言葉にエルミレからは当然の如く言葉は返っては来ない。

 

 それでも、尚リクは語り掛けていく。

 

「君は君の竜生を全うできたんだね。生ある者はいつか死ぬ、そして死んだ君という存在は土に帰り、それを糧にこの山脈は育まれて行くだろう。君の死は確かに私も悲しい、それでも君は、君の大好きだったこの山脈に帰る事が出来た、その事が私は嬉しい。」

 

 エルミレに対して―――死んでいった友に対して哀愁の漂う言葉を投げ掛けていく。

 

 そして徐々に言葉に含まれている感情が変わっていく。悲しみとは別の感情が含まれていく。

 

「命は循環されて行く、世界の理に基づいて。私は、そんなこの世界が好きだ。だからこそ、この世界を荒らす者を私は許しはしない。私が世界を守る。」

 

 そこに含まれていたのは、怒りか、それとも憎悪か。

 

 言葉に熱が入ってきたリクがはっと我に返っていく。ここには最後の別れを告げに来たのだ。そんな場で彼女に掛ける言葉ではないだろう。

 

「悪いね、エルミレ、私の悪い所が出てしまったみたいだ。もう行くよ、今までありがとう...またいつか会おう...友よ。」

 

 その言葉を最後に、リクがその場を去っていく。

 

 そして去り際に悪い所と言う言葉が脳裏を過り、ある人物の事を思い出していく。

 

(リサリサには悪い事をしてしまったね。なぜかあのオッドアイのエルフの面影に彼女を重ねてしまい、いらぬ殺気を向けてしまった。いつか会えたら謝らなくてはね。)

 

 亜人を友達に持つエルフの少女―――リサリサ。

 

 転移する際に彼女の姿を見つめていたら、なぜか八欲王の姿が重なり、感情が高ぶってしまった。何一つ特徴は似てはいなかった筈なのだが。

 

(見た目も雰囲気も何も似てはいなかった筈なのにね。不思議な事だ。不思議と言えば、リサリサからは何も感じなかった...不気味な程何も。)

 

 本当に不思議な娘だと言いながら、リクの周囲に淡い光が漂いだす。そして転移を行い、山脈から姿を消していった。

 

(いつかまた会おう、リサリサ。その時はゆっくりと話したいものだね。君が信用に足る人物であるならば、私の本当の名前を教えてもいい。リサリサ、私の本当の名は―――)

 

  ―――ツァインドルクス=ヴァイシオン―――  

 

 





 どうもちひろです。

 今回は特に長々と書く事はありませんね。(いつもそうしろ)

 強いて言えば、この話の仮タイトルは「運命の分かれ道」でした。
 カッコつけたかったので分岐点にしたのですが、意味は合ってるのでしょうか?分からない。

 もう少しで死の運命に分岐する所でしたが、なんとか危機は脱しましたね。
 これを機に彼女も少しは危機感を持ってくれるんじゃないでしょうか。

 次回は幕間を投稿し、三章に入ります。
 そう、皆さまから、「うん、知ってた。」と言われる三章に・・・。

 2.5章まで読んでくれてありがとうございます。
 そして、感想を下さる皆さま、誤字脱字報告を下さる皆さま、評価を下さる皆さま。
 本当にありがとうございます。
 文章力や、お話の構成力なんかは、実際、今のちひろにはどうしようもない事です。
 なので、出来ない事は忘れて(努力しないとは言ってない)今のちひろに出来る事を全力で頑張って、次章も書き上げていきたいなと思います。

 次章も読んでくださいね。それでは、シュバ!


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幕間


 オリキャラが駄弁るだけの話になってしまった。

 なぜいつもこうなる……

 


 ♦

 

 

 

 

 

 

 アゼルリシア山脈のとある場所、そこには二つの影が見えてくる。大きな影と、小さな影の二つの影が。

 

「美味いか?」

 

「うん、美味しい。いつもありがとおじちゃん。」

 

 大きな影―――オラサーダルクが小さな影に向けてそう喋り掛ける。喋り掛けている相手に目を向けて見れば、小さな竜が大きな牛をもしゃもしゃ食べている姿が見えてくる。

 

「あ~、美味しかった~...えっと~...ごちそうさま?」

 

「はぁ...”アオ”、お前はドラゴンなんだ、ドラゴンとしての品性を忘れるなといつも言ってるだろう?それは命を頂く感謝の言葉だったか?そんな物俺達ドラゴンには必要ない、命など、俺達ドラゴンにとっては食らわれて当然―――」

 

「げぷぅ~...。」 

 

「―――はぁ、あの馬鹿が、可愛いのは分かるが甘やかしすぎだ。日に日にアオからドラゴンらしさが失われていく。」

 

 オラサーダルクが頭を抱えている目の前では、アオと呼ばれた小竜がゴロンと寝転がっている。それも只寝転がっているのではない。仰向けになり、いわゆる大の字になって寝転んでいる。ついでに右手でお腹をポリポリ掻きながらげぷぅと盛大にげっぷまでしていく始末だ。

 

 この小竜の名前は”アオイ”。とっても可愛いメスの幼竜だ。

 

 霧の竜の女王(クイーン)エルミレの忘れ形見であり、今はある人物―――アンティリーネの子供だ。

 

 フロスト・ドラゴン特有の青白い体の中でも、とりわけ青の色が強い為にそう名付けられた。ちなみに二人からはアオと言う愛称で呼ばれている。

 

 母であるアンティリーネは山脈によく来るが、常に一緒には居られない為、こうやってオラサーダルクが面倒を見てやっているのである。孵化してもうすぐ”二年”になる。やっと体が出来上がってき、大人と同じような物が食べれるようになってきた頃だ。

 

 しかし母の影響を受けてか最近ドラゴンらしからぬ行動を良く取りがちだ。エルミレもドラゴンっぽさが薄い竜であった、その性格をモロに受け継ぎ、尚且つ現在の母親はあのお馬鹿である。両母の影響を受け、最近急速にドラゴン離れが加速していっている。このままではいかんとオラサーダルクが頭を悩ませている所である。

 

「こら!アオ!ドラゴンがそんな寝方をするな!キチンとした姿勢で寝ろぉ!」

 

「お腹いっぱいだねぇ~、気持ちいぃ~。ねぇおじちゃん、ママは今日来るの?」

 

 ドラゴンとしてはあんまりな姿勢を注意すべく、怒鳴り声を上げていくが、最早この程度ではアオはびくともしない。言う事を聞かない相手に対しどうしようかと考えていき、ピンと閃きが浮かぶ。ニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 

「そうかそうか、アオは俺の言う事を聞かないんだな。なら今日はあの馬鹿に来るなと言っておこう。お前が来るとアオがいつまでたっても成長しないからなとな。」

 

「ぴょえ!?」

 

「よし、それじゃああの馬鹿に連絡でもするか―――」

 

「ぴょえぇぇ!?待って待って、ママに会いたいよ!」

 

「―――ならキチンとしろ!本当にしばらく会わせんぞ!」

 

 その怒鳴り声と共に、俊敏な動きでアオが姿勢を正していく。やれば出来るじゃないかと思うと共に、お前はそんなに俊敏に動けたのかとも思ってしまう。

 

(小竜に出来る動きじゃないな。やはりエルミレのガキだ、身体能力は計り知れん物が在る。だからこそ、今の内にキチンとドラゴンとして成長出来る様にしておかないとな。)

 

 将来は間違いなく強者になると確信を持って言える相手に対し、これからの教育方針を頭の中で思い描いていると―――ジィっと視線を感じていく。

 

 アオがこちらをジッと見つめてきている。そしてその表情は何処か心配そうだ。

 

「なんだ?どうした?」

 

「おじちゃんケガしてる...大丈夫?痛くないの?」

 

 アオが見つめる先―――オラサーダルクの体には無数の傷が見えてくる。

 

 エルミレが死んでから、山脈のドラゴン達は熾烈な争いを繰り広げている。二年経った今でもそれは治まる事を知らない。それどころか、更に激しさを増しているくらいだ。

 

 新たな竜王が誕生しない限り、この争いは治まる事は無いであろう。そして例に漏れずオラサーダルクもこの竜王を決める争いに参戦している。というか次の竜王の筆頭候補の一竜ですらある。

 

 つまりは他のドラゴン達にとっては最も始末しておきたいドラゴンである。生傷が絶えるはずもない。

 

「ふん、このくらいどうと言う事は無い。俺は次の竜王になるオスだ、この傷はその為の代償だ。」

 

「うわぁ!おじちゃん凄いね!アオ応援してるよ!頑張ってね!」

 

 自信に溢れる言葉を聞いていき本当に凄い者を見るかのようなキラキラした瞳でオラサーダルクをアオが見つめていく。

 

 そんなアオからの期待の眼差しを受け、少しむず痒くなっていく。

 

 自信はある、それに比例する実力も、しかし簡単な事でないのも事実だ。自分以外の竜王候補のドラゴンも一筋縄ではいかない奴らばかりだ。特にその内の一匹は厄介だ、自分に匹敵する実力を持つ。

 

 争いが激化する事に思いを巡らせると共に、もう一つ、これから先の事に対しても思いを巡らせていく。

 

(厄介なメスだ。エルミレに怯えて大人しくしていた臆病者の癖に、いなくなった途端暴れ回ってやがる。最後に決着を付ける事になるのはアイツだろうな。これから先、竜王を決める戦いは激しさを更に増していく...常にコイツを守ってやる事は出来んか。あの馬鹿にその辺を相談して、どうにかするしかないな。)

 

「おじちゃん?どうしたの~?」

 

「ん?...何でもない。」

 

 急に黙り込んだ事に対し、アオがきょとんとした顔で訪ねてくる。非常に間抜け面だ、本当にエルミレそっくりだと思いながらも、取りあえずはコイツをしっかりさせねばとアオに向かい合っていく。

 

「よし、アオ。飯は食ったんだ、今度は食った分動け。俺と戦いの練習だ、ドラゴンらしく力強く戦え!」

 

「ぴょえ!?」

 

「ぴょえじゃない!!ガーと言えぇ!!」

 

「がぴょえぇぇぇーーー!!」

 

 アゼルリシア山脈のとある場所で、二つの影が動き回る。

 

 そしてその影の小さな方が、ぐるぐるぐるぐる動き回る。

 

 どうやらその小さな影は、嫌だ嫌だと逃げ回っている様だ。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 ユグドラシル九つのワールドの一つ【ムスペルヘイム】。

 

 ここはそのムスペルヘイムの大都市、そしてその都市の中にある留置所に五人のプレイヤー達の姿が見える。

 

 五人が集まっている留置所は非常に豪華な部屋だ。

 

 基本的に留置所は殺風景な所が多いが、ここはそれとはまったく違う。頭上には大きなシャンデリアが吊るされており、辺りにも見事な調度品が置かれており、絢爛豪華と言う言葉が相応しいかも知れない。

 

 留置所は派手になればなるほど、豪華になればなるほど費用は高くなっていく。クランなどの集団が只集まるだけの場所なので、普通は安い部屋を借りるのであるが。

 

 恐らくこのプレイヤー達はここを自分達の拠点にしているのであろう。費用が高いと言っても、それはギルド拠点などに比べれば些細な物だ。都市内は戦闘禁止であり、安全なので、ギルド拠点とは違い拠点侵入などを受ける心配もない。

 

 ギルド拠点より費用も安く、安全と考えればこちらの方が賢い様にも思える。まあ、浪漫は全くないが。

 

 そんな豪華な一室で、五人のプレイヤー達が、暇を持て余す様に談笑にふけっていた。

 

「いんやぁ~、暇ッスね~。さんちゃんとひかりっちは今日来ないんスか?」

 

「さんとくは今日来ない言ってたアルヨ。アロビは知らんアル。どこかでPVPでもしてるんじゃないのカ?」

 

 目の細い、ボブカットの女性プレイヤー―――クシリンが、目の前に座っている中華風なプレイヤーに向けて喋り掛ける。

 

 この中華風なプレイヤーの名前は”(ロン)”。中華風な見た目の通り、この人物はれっきとした中国人であり、日本に住んでいる。

 

 非常に強いモンクであり、チームの頼れる前衛の一人でもある。

 

「PVPかぁ~、好きだね~。僕には良さが分からないね。皆よくやるよ。」

 

 クシリンと(ロン)の会話に、金髪にウェーブのかかった長髪の人物が割り込んでいく。

 

 このプレイヤーの名前は”ジャン・ニコラシカ”。

 

 優秀な神官で、チームのヒーラーだ。言葉の節々に見てとれる様に、温厚な人物で余り争いごとは好まない。しかし怒る時は凄まじく、仲間からは二重人格なんじゃないかと言われている程だ。

 

「ここ最近のアロービーチ殿は鬼気迫る物がある。ワールドチャンピオンの首でも狙っているのかと思う程だ。」

 

「ハリネズミの言う通りアルよ。私もそう思うアル。」

 

山荒(ヤマアラシ)だ。」

 

「ハリモグラっちの言う通りッスね。」

 

「ヤマアラシだ。」

 

「針の忍者の言う通りでござる。忍、忍。」

 

「おい、最早影も形もないぞ。」

 

 この言葉を発した瞬間から盛大にいじられている人物は山荒(ヤマアラシ)。ハリネズミでもハリモグラでもなく、ヤマアラシだ。

 

 本来は齧歯の可愛らしい動物の名前だが、その名前とは裏腹にこの人物は大柄でとてもイカツイ見た目をしている。

 

 しかしユグドラシルでは名前と見た目がアンバランスな存在などざらにいる。モモンガと言う可愛い小型哺乳類の名前の癖に見た目があれな人物に比べれば幾分かはマシであろう。

 

 そんな可愛い動物の名前を持つこのイカツイ人物は魔法詠唱者―――それも非常に優秀な魔法職に就いている。年齢もチームで一番上であり頼れる兄貴分と言った所だ。

 

 豪華な一室の中で五人が談笑を続けていく。しばらく山荒がいじられ続けていたが、いじるのも飽きてきたのか別の話題にシフトしていく。

 

 その話題とは、最近ブイブイ言わせている大型クランの事だ。

 

「そう言えばさ、皆知ってる?ナインズ・オウン・ゴールがまた盛大に暴れ回ってるらしいよ。いやぁ、おっかないね。」

 

「知ってるに決まってるアル。あそこには”ヘロヘロ”が居るからネ。一応言っておくけど、皆ヘロヘロ盗る駄目ヨ、アイツは私の獲物アル。」

 

「いやいや、盗らないッスよ。おっかないから近づきたくもないッス。しかし、あれッスね~。ヘロヘロにたっち・みー、弐式炎雷に”ウルベルト”...そうそうたる顔ぶれッスね~、地獄か。」

 

「そういえば、ウルベルトも居たネ。アイツは盗らないでやるヨ、山荒。」

 

「おっ、ワールド・ディザスター対決?いいね、面白そう、僕ポップコーンとコーラ持って見物に行くよ。」

 

「元よりそんなつもりは無い。まぁ、会って見たくはあるがな。」

 

 【ワールド・ディザスター】ワールドの名を冠する魔法職最強のクラス。

 

 特殊な条件を満たさなければ就く事が出来ず、また、数に限りもある非常に優秀で貴重なクラスである。山荒が就く優秀な魔法職と言うのがこのクラスだ。

 

 高火力で広範囲の殲滅魔法の応酬を間近で見れるとあれば、ジャンが見物したいと言うのも頷ける。

 

 ワイワイ騒ぐ三人に対し、山荒が言葉を発していく。一人重要な人物を忘れていると。

 

「お前達、一人忘れているぞ、あそこには異業種姫が居る。ここ数年でメキメキと力を付けてきている。今やワールド・チャンピオンを除けばヘルヘイム最強の一角に数えられる程だ。」

 

「あぁ、そいつも居たネ。戦士には余り興味ないからナ。名前負けヨ、アロビに掛かれば瞬殺アル。」

 

「瞬殺か、それはどうかな。噂では名だたる強豪達が、皆一様に異業種姫の前に地に伏していると聞く。まともにやり合えば、アロービーチ殿でもただでは済むまい。」

 

「異業種姫...PKプリンセスッスか...ずっと聞きたかった事があるんスけど、この際だから聞くッス...ギル。」

 

 クシリンがそう言い、ある人物に向け言葉を投げ掛ける。

 

 ワイワイ皆が談笑する中で、一人静かに聞き入っている人物へ、真っ黒な忍者装束を身に纏った人物―――ギルバート・リーへ。

 

「なんであの子をあそこまで有名にしたんッスか?あれギルの仕業ッスよね?なんか恨みでもあるんス?」

 

「...盾。」

 

「は?盾...スか?」

 

「盾の忍者...そして忍者プリンセス...激闘だったでござる。」

 

「...は?え、終わり?」

 

「忍。」

 

「あぁ~なる程ッスねぇ~、分からん。」

 

 盾の忍者、忍者プリンセス、激闘。この三つからどう答えを導きだせと言うのか。普通の人間ならあっけに取られる所だが、流石はクシリンと言った所だ。ギルバートとの付き合いも長い、こんな事は日常茶飯事である。理解できないからと言って聞き直しても、どうせ、忍としか返ってこないので、思考を瞬時にシャットアウトし、すぐに別の話題で他のメンツと盛り上がり出す。

 

「しかし、盾か...盾と言えば、昔アロービーチ殿を打ち負かした人物に盾を使う女性が居たと聞く。よもや、その人物か?」

 

「はぁ?アロビが負けた?それ本当アルか?」

 

「それ本当なの?僕聞いた事ないけどね。」

 

「あの御仁は余り自分を語らないからな、しかし一度だけ聞いた事がある。もうかなり前になるが、アロービーチ殿は盾の女性とPVPをし、そして敗北した。それも一方的にボコボコにされたと。」

 

「はあ!?ありえねぇだろ!旦那、そいつはいくらなんでも信じらんねぇぞ!」

 

「龍、口調、口調。」

 

「あ。う、うぅん。山荒、いくらなんでもそれあんまりヨ。私信じないアル。」

 

 衝撃的な内容に、喚き散らす龍であるが、なぜか先程のエセ中国人訛りではない。

 

 実はこの人物は普通に日本語を喋れる。れっきとした中国人ではあるが、日本生まれの日本育ちなのだ。

 

 ならなぜこの様な喋り方をしているのかと言うと、皆が持っている中国人のイメージを壊してがっかりして欲しくないと言う彼なりの優しさから、精一杯中国人を演じているだけなのである。なので驚いた事があるとこういう風に素が出てしまう。

 

「うわぁ~、そいつヤバいね。別にワールド・チャンピオンって訳でもないんでしょ?それでシャイニングをボコボコに出来るとか...どんなプレイヤースキルなの?そいつ人間やめてるね。」

 

「敗北したのはかなり前の事だ、今のアロービーチ殿は強さの階層が違う。今ならばあるいは―――ギル、どうした?」

 

「忍。」

 

「そうか。」

 

「え、山さん凄いね、分かるんだ。」

 

「分かる訳ないだろ。」

 

 談笑にふけるメンバーを他所に、ギルバートが席を立つ。そしてそのまま部屋から退出していった。

 

 コツコツと留置所の廊下をギルバートは歩いていく。そして歩き続けながら、ある人物の事を思い浮かべる。

 

(盾の忍者と忍者プリンセス...激闘でござった。盾の忍者の使うシールド忍法は聞きしに勝る程の凄まじさ、忍者プリンセスが勝てる筈もなかった。)

 

 思い浮かべるは、ある二人のプレイヤーの決闘。

 

 竜虎相搏つ―――などではなく、龍と鼠との戦いだった。勝てる筈もない、初めから勝敗が決している程の戦い。

 

 しかし、勝ったのは鼠だった。

 

(震えたでござる。これほど滾ったのはいつ以来でござろうか...ユグドラシルを初めてプレイした時...その時と同じくらいの衝撃と、感動を味わった。)

 

 コツコツと留置所の廊下を歩き続ける。

 

 歩は止まらない―――思考も止まらない。

 

(アンティリーネ殿、貴女には才能がある。人を引き付ける大きな才能が、それは只強いだけや、只見た目が良いだけでは出来ない事。スターになる素質が、光る物が必要でござる。貴女にはそれがある。)

 

 思考が渦を巻く、ギルバートの中にある思惑が渦を巻いていく。

 

(そろそろ一度接触を図るべきでござろうか...接触するならば急いだ方が良いでござるな。よもやあのクランがあれ程の大所帯になるとは、予想外でござった。あれはこのままクランとしての形は保てんでござろう。ギルドにでもなれば益々近づきにくくなる。これ以上大きくなる前に―――)

 

 コツコツと留置所の廊下に響いていた足音がピタリと止まる。どうやら留置所の入り口まで付いた様だ。目の前には大きな扉が見えてくる。

 

 その扉をギルバートが開く。目の前にはムスペルヘイムの大都市内が見える。行きかう大勢のプレイヤーに紛れるかの様に、ギルバートが留置所の外まで歩いていった。

 

(アンティリーネ殿、貴女は―――)

 

    ―――ユグドラシルは好きか―――





 どうもちひろです。
 
 次回遅れるかもです。
 活動報告に書いてます。

 それでは、次章予告やっちゃって下さい。

リーネ「(。-_-。)そわそわ……」

ギルバート「にぃぃぃぃぃん!」

リーネ「( ゚Д゚)誰!?」



     ―――BGM【甲〇忍法〇】―――

ギルバート 「ヘルヘイムの薄暗い荒野に
       閃光の如き矢が突き刺さる
       黄金に輝くかのような鳥人
       の隣には半森妖精の女が
       額に青筋を立てながら怒りの
       言葉を吐き続ける。その鳥人
       こそ正に、忍忍、ペロペロ、
       ペロ忍忍!!
            次章
       アンティリーネユグドラシル
            忍法帖
            
            第三章
         【ナザリック攻略戦】

       変態紳士よ!もはや止まれぬ!」


リーネ「ナザリックって何?ていうか私の出番は……(´;ω;`)」


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3章 ナザリック攻略戦
鳥と悪魔と粘体と半森妖精



 想像以上に遅れてしまいました、申し訳ない。

 ちひろは復活しました。

 そしてこのタイトルの適当さよ...。


 ♦

 

 

 

 

 

 

 薄暗く陰気な雰囲気が立ち込める。

 

 ここは【ヘルヘイム】、クラン【ナインズ・オウン・ゴール】が拠点とする世界で、肩身の狭い異形種プレイヤー達の憩いの世界でもある。

 

 そしてここはヘルヘイムの荒野―――フィールドである。

 

 周辺に目を向ければ、複数のモンスターが動き回っているのが目につく。

 

 カエルの様な見た目をしたモンスターと大きな蛇のモンスター。それぞれがAIの元、組まれた行動パターンに従って、周辺をうろついている。

 

 戦うべきプレイヤーを探しながら。

 

 そしてそのうろついているモンスターの一体―――カエルの様な見た目をしたモンスターが急に地面に倒れ伏す。

 

 地面に倒れ伏す前に”ドッ”と言う音を響かせながら。

 

 続いて大きな蛇のモンスターも、同じように地面に倒れていった。

 

 その際、先程と同じように、ドッと言う音が聞こえてきた。

 

 倒れ伏したモンスター達が光の粒子となり消滅していく。消滅と言う言葉の通り、これは誰か―――プレイヤーの手により攻撃され、倒されて行ったのだろう。

 

 しかし、周囲に人影はない。もしこれを行った人物がいるのなら、それは超遠距離から正確に攻撃を繰り出せる人物だろう。視認できない程の距離から、獲物を射抜き、仕留める。

 

 それはまごう事なき、神業である。

 

 倒れ、光の粒子になったモンスター達から可愛い効果音と共に、金貨やクリスタルが辺りに散らばっていく。

 

 しばらくするとその散らばった金貨やクリスタルの元に人影が映し出される。恐らくは先程モンスター達を射殺した人物であろう。散らばった金貨やクリスタルを戦利品として回収しにきたと言った所か。

 

 人影が大きくなってくる。その影は二つ合った。

 

「うわぁ、マジで当たってる。凄すぎない?」

 

「へっへっへっ、どう?凄いっしょ♪このぺロロンチーノ様に掛かればこれくらい朝飯前だぜ!」

 

 二つある影の一つはアンティリーネ。

 

 異形種姫などの数々の異名を持つ、ヘルヘイムの重鎮にして最強の一角を担うプレイヤーである。

 

 その隣でヘラヘラ笑っているこの人物の名前は”ぺロロンチーノ”。ぺペロンチーノではなくぺロロンチーノである。

 

 鳥人(バードマン)と呼ばれる種族―――異形種で、クラン、ナインズ・オウン・ゴール切手の弓使いであり、後方支援最強の男だ。

 

 ぺロロンチーノの神業に、アンティリーネ事リーネが、驚愕を露わにし褒め称えていると。

 

「コンソール捌きなら負けないぜ?この指でどんだけのエロゲやって来たと思ってんの?俺の指裁き、もといキーボード捌きで幾多のエロイン達をヒィヒィ言わせてきたんだからな!」

 

「...チッ...最低。」

 

 褒められている事に気を良くしたのか、ヘラヘラとした雰囲気が更に増していき、ペラペラとそう言葉を発しだす。

 

 しかし口から出てくる言葉は酷い物だ。間違っても女性に―――うら若き乙女に対して吐きかけて行っていい言葉ではない。

 

 ペラペラと最低な言葉を吐き続ける相手に対し、ゴミでも見る様な視線を浴びせながらリーネが盛大に舌打ちをしていく。

 

 しかしぺロロンチーノの言葉は止まない。たかだか舌打ちくらいでこの男が動じる筈もないのだ。ゴミを見る様な視線も、この男にとっては御褒美みたいな物である。エロゲーマーの精神は鋼で―――いや、七色鉱で出来ているのだから。

 

「ユグドラシルももっとエロ系モンスターを増やすべきだよな。ロリロリ吸血鬼とか最高かも!よぉ~し、お兄さん頑張っちゃうぞ~♪」

 

「~~~――...あ、そう。ペロさんの趣味にとやかく言うつもりないけどさ、私を襲うのはやめてね。可愛いからってお尻でも触ったらぶん殴るから。」

 

 手をわしゃわしゃさせながら、気持ちの悪い言葉を吐き続ける相手に対し、嫌言をチクリと言っていく―――言っていくが。

 

「は?何で俺がお前のケツ触んなきゃならない訳?俺は”ロリ”が好きなの、”ババア”は及びじゃないの。」

 

 爆弾が投下されて行く。

 

「バ、ババア!?私はまだ15歳よ!」

 

「何言ってんのお前?15ってババアじゃん。俺は10歳までしか認めない。もう5歳若くなってから出直してきな。でも心配すんなよ!ロリは愛でるもの、俺は紳士だからな、お触りは厳禁だ。」

 

 胸を張り、自信満々に相手がそう言い放つ。うら若き乙女の自分に対してババア呼ばわりしてくる相手に対し、信じられない物でも見るかのような視線を向けていく。

 

 続いて沸々と怒りが沸いてくる。だんだん腹が立ってきた。

 

「しんっじらんない!!!何なのこの人!?普通そんな事言わないでしょ!?」

 

「図星突かれたからって怒るなよぉ、おばさん。」

 

「羽毟って焼き鳥にするぞ!この糞鳥!」

 

「いやん怖い♪」

 

「あっ!待てぇぇぇ!」

 

 怒りの余りぶん殴ってやろうかと近づこうとしたが、危険を察知したのかぺロロンチーノがその背に生えている立派な羽を広げ急遽上空まで浮上していく。

 

 流石はぺロロンチーノと言った所か、危険を察知してから上空に逃げるまでのタイムラグは殆どない、離脱する際も確実に迎撃できる姿勢と角度で上空まで逃げていく。

 

 仲間に対してそこまで警戒して飛ぶ必要もない訳だが、日頃の癖が抜けていないのだろう。弓使いとして、いついかなる時も相手を射抜くのが彼の仕事なのだから。

 

 ぺロロンチーノ―――ふざけた言動とお茶らけた仕草で勘違いされがちだが、彼は非常に優秀な人物だ。癖の強いクランの中でも取り分け癖の強い男であるが、その実力はクランでも上位に位置する。つまりは凄く強い、リーネと同じガチ勢の一人である。

 

「この変態が!実力と性格がマッチしてないのよ!もう...かくなるうえは。」

 

 上空では自分に向かい、ババアだなんだと叫び続けるエロ鳥の姿が見えてくる。体をくねらせ気持ちの悪い踊りを披露する相手に対し、ふぅっと溜息を一つ吐く。

 

 続いて鋭い眼光を向けていく―――切り札を切る。

 

「ぜぇぇぇんぶ!”かぜっち”に言いつけてやるうぅぅぅ!」

 

「すいませんでしたぁぁぁぁーーー!!」

 

 切られた切り札【かぜっちに言いつける】がぺロロンチーノに炸裂していく。

 

 その効果は絶大だったようだ、上空を陣取り、変態踊りを披露していた相手がまるでミサイルの様に地面まで急降下してくる。

 

 砂煙を盛大に巻き上げながら相手が自分の元まで滑ってくる。そしてその姿勢は見事な物だ、両手を地につけ、額は地面に埋もれるが如く擦りつけられている。

 

 これこそが、リーネの切り札である、かぜっちに言いつけるに対抗するべく切られた、ぺロロンチーノの切り札【土下座】である。それもスライディング土下座だ。

 

 地面を滑る様に疾走していた相手がピタリと自分の目の前で止まっていく。自分の足元に、寸分の狂いもなくだ。こんな所でも高い技術を見せつけてくる相手に対し、勿体ない物を見るかのような目で見降ろしていき―――右足で盛大に頭を踏んづけていく。

 

「ねぇ、ペロさん...いいや、ペロロンチーノ。あなた言っていい事と悪い事の区別もつかない訳?あなた何歳なの?今年二十歳だったよねぇ。親しき中にも礼儀ありって言葉もあるのよぉ。ババアは流石に駄目でしょ?ねぇ聞いてる?」

 

 ぐりぐりぐりぐり踏んでいく。そうしていると、小さな笑い声が耳に届いてくる。非常に気持ち悪い笑い声が。

 

「...へへ...うへへへ。」

 

「う、嘘でしょ...よ、喜んでる...。」 

 

 そう、変態紳士であるぺロロンチーノからすれば、女性に頭を踏み付けられるなど、最早ご褒美にしかならない。それは15歳のババアであっても同じだ。できれば10歳以下のロリに踏まれたい所であるが、ロリに踏まれてしまえば理性が吹き飛んでしまうかもしれない。

 

「へ...何で?何で喜んでるの?」

 

「おっ、良いねその声。ドン引きしてるのが分かる。それも紳士たる俺にはご褒美だ。ありがとうございます。」

 

「気もちわるーーーい!!」

 

 悲鳴が上がる。その悲鳴はヘルヘイムの薄暗い大地に山彦の様に木霊していった。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

「怒んなよ~、軽いジョークじゃねかよ。」

 

「軽い?あれで?」

 

 一しきり漫才を続けた二人であるが、気を取り直して目的の場所まで向かっていく。

 

 今日は別に二人と言う訳では無い。他のメンバーとも遊ぶ約束がある為に、待ち合わせの場所まで二人は向かう。

 

「男は皆エロゲ好きなんだよ、モモンガさんだってああ見えて家ではエロゲしてんぜ、絶対。うへうへ言ってるって。」

 

「...そう、あの骨はもう駄目ね、手遅れだわ。」

 

 その様に談笑をしながら歩を進める二人。しばらく歩いた後、目的の場所が見えてくる。そこには二人の異形種の姿が見える。

 

「ほら、下らない事してたから、待たせてるじゃない。ヘロヘロさんとウルさんに謝んないとね。」 

 

 待ち合わせの場所で首を長くして待っているであろう二人―――ヘロヘロとウルベルトに申し訳なさが出てくる。

 

 ヘロヘロ―――古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)と言うスライム系統の最高位に位置する種族であり、漆黒を思わせる黒い塊が常時姿を変貌し続けている様は不気味さを際立たさせている。

 

 ウルベルト―――正式名称は”ウルベルト・アレイン・オードル”であり、山羊の顔に禍々しい眼帯を着用した、最上位悪魔(アーチ・デヴィル)であり、ワールド・ディザスターと言われる特殊な職業(クラス)に就く人物で、クラン最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)である。

 

「―――それでですね、うちの上司がですね。仕事をこれでもかと振ってくるわけですよ。もうきつ過ぎて...へろへろですよ。」

 

「うちも大概ブラックですけど、ヘロヘロさんの所には負けますね。おっ、馬鹿二人が着いたみたいですよ。」

 

「聞こえてるし、このエロ鳥と一緒にしないで。ていうか”建やん”は?」

 

 目の前の二人を見つめながら、周囲を見渡していく。今日は建御雷も来る筈であったのだが、姿が見えない。彼が遅れるのは珍しいなと思っていると。

 

「建御雷さんは今日用事が出来たみたいで来れないってさ。」

 

「...そう、残念。寂しいけどウルさんで我慢してあげる。」

 

「ほう、言うじゃねえか”ちんちく”。」

 

 その言葉を聞き、二人の間に剣呑な雰囲気が流れる―――などと言う訳では無く、それどころか、二人はどこか楽しげだ。

 

 たっち・みー、モモンガ、アンティリーネの三人から始まったクラン。気づけばそのクランは九人になり、”ナインズ・オウン・ゴール”と言うクラン名まで出来上がった。

 

 あれからもう二年になる。クランの人数の増加は留まる事を知らず、現在では二十八人にもなる。

 

 それだけの人間が集まれば、必然的に気の合うメンバー同士の集まりも出来てくる。いわゆる仲良しグループと言う奴だ。

 

 今のクランの中で特に仲の良いグループは、数少ない女性メンバー同士のグループ。建御雷と弐式炎雷のコンビ。これは昔からだが。モモンガとぺロロンチーノのコンビ。そしてこの二人、ウルベルトとリーネのコンビである。

 

「その口黙らしてやろうか?あん?」

 

「お、良いわね。PVP?前は良くやったわよね...懐かしい。言っておくけどウルさん。昔の私と思わない事ね、今の私に勝てるのは、ワールド・チャンピオンくらいよ。」

 

「この間建御雷さんに負けてたじゃねぇか。」

 

「たまには負けるわ。うん、たまには。」

 

 会話を続けていた二人が急に距離を取っていく。続いてコンソールを開き操作を始めた。二人が操作する内容は勿論、フレンドリィ・ファイアの解禁―――PVPモードへの移行である。

 

 飛行を発動させ、空中に陣取ったウルベルトが右腕を上げていく。非常に仰々しい動きだ。中二病的な動きとも言えるその動きはやけに堂に入っている。

 

 その動きを見据えながら、姿勢を尖らせる。鷹の様に鋭い眼光で空中に陣取る相手を見据えていく。

 

 そして右手が振り下ろされ、魔法による爆撃が開始される。

 

 仲良しコンビの決闘が―――PVPと言う名の遊びが始まっていく。

 

 魔法最強化(マキシマイズ・マジック)魔法三重化(トリプレット・マジック)で強化された魔法が雨あられの様に降り注ぐ。その魔法の雨を、まるで舞踊でも踊るかのように華麗にかわし続けていく。それも只かわすのではない、着実に相手の―――魔法詠唱者の懐に潜り込む為に接近していく。

 

 ワールド・ディザスターの魔法の嵐を回避し続けるなど普通のプレイヤーには不可能だろう。しかし、今魔法をかわし続けているのはヘルヘイムの恐怖の象徴とまで言われる化け物プレイヤー、異形種姫アンティリーネなのだ。

 

 この二年で、プレイヤースキルは飛躍的に向上した。クラス構成も隙の無いよう組まれており、生半可なプレイヤーでは最早手も足も出ない程だ。

 

 そんなプレイヤーなら、これくらい出来て当然だろう―――それ位は相手も分かっている。

 

「!!」

 

 華麗に魔法をかわし続け、地面を踏み抜いた瞬間に、けたたましい爆発音と共に地面が爆発していく。

 

 誘導―――予測。どちらかは分からないが、相手は自分が踏み抜く場所を正確に見抜き、その場所に爆撃地雷(エクスプロードマイン)を仕掛けられていた。爆音と共に煙が舞い上がる。ダメージは大した事はない―――が、視界が悪くなる。目的は恐らくこれか。

 

 視界を正常に戻す為に、煙を振り払っていく。そして振り払われた後に見えてきたのは巨大な炎の塊だった。

 

 直撃する―――そう思われたが。

 

「シッ!!」

 

 バァンと言う効果音の元、炎の塊がきびすを返し、弾き飛んでいく。弾き飛んで行った先は魔法を発動させていった人物―――ウルベルトの元だ。

 

 魔法を弾き返していった部分、リーネの左腕には小型の盾が手首に装着されている。この盾はこの二年間、一生懸命素材を集め、試行錯誤を重ねた自分の愛盾。

 

 神器(ゴッズ)アイテム”リーネシールド”である。

 

 この盾には反射(リフレクション)の効果が付与されており、パリィの要領でタイミングを合わせれば魔法を弾き返す事が可能である。

 

 しかしタイミングはシビアであり、簡単ではないのであるが、現在のリーネにはどうやら朝飯前の様である。

 

 弾き返された魔法がウルベルトに向け飛来していくが、瞬時にウルベルトの姿が掻き消える。転移魔法による回避を行ったのだろう。そして転移した先―――その周囲には空間にひび割れが点在していた。

 

「お?嘘だろ、マジで―――うおぉう!?」

 

「あちゃあ~、避けられたか、流石ウルさん。」

 

 空間のひび割れ―――空気振動衝撃(エアリアル・ブレイカー)の効果を確認していった瞬間、慌てて周囲を見渡していった所、目と鼻の先を足が通過していきウルベルトが悲鳴を上げていった。

 

 ウルベルトが転移で逃げる所までは読んでいたので、パリィの瞬間にスキルを発動させておき足場を作り空中を駆け抜けていた。

 

 見ればひび割れを右手で掴み、頭上に悲しみのアイコンを点灯させているリーネが見えてくる。ついさっき殺人キックをお見舞いした人物のアイコンとは思えない。

 

「やっぱお前頭おかしいわ、普通出来ねぇからなそんな事!」

 

「ふふん。次は私のダークネス・ボディブローをお見舞いするわ!」

 

「くうぅ、なんつうカッコイイ技名だ!」

 

 軽い言葉を交わしながら、二人はPVPを続けていく。

 

 前は良くこうやってPVPをして遊んだものだ。戦士と魔法詠唱者、お互いが自分と正反対の相手との立ち回りを勉強する為に切磋琢磨し続けた。

 

 なぜこの二人がここまで仲良く遊んでいたのかと言うと、それはウルベルトがある人物の友人であった為だ。ウルベルトはその人物と非常に仲が良かった。その人物の推薦で、このクランに参加したのだから。

 

 そして、リーネもその人物と非常に仲が良かった。いつも三人でつるみ、冒険した。沢山沢山悪さもした。たまには返り内に合う事もあったが、それでも良かった、なぜなら、また三人でやり返しに―――遊びに行けるのだから。

 

「二人共~、そろそろ終わらせてくださいよ。私とぺロロンさんは暇なんですけど。」

 

「は~い。」

 

「あいよ。」

 

 ヘロヘロの言葉に二人が了解の意を示していく。

 

 このままでは長期戦になりそうであったので、次に先に攻撃を受けた方が負けと言う事で二人は頷きあう。

 

 そして最後の攻防が始まっていく。楽しい楽しい遊びが終わりに近づいて行く。

 

 リーネとウルベルトはとても仲がいい。その中の良さはクランでも一番かも知れない。

 

 ウルベルトはある人物と非常に仲が良かった。そしてリーネもその人物と非常に仲が良かった―――その繋がりがあったから、この二人は今でもとても仲良しだ。

 

 二人は、ある人物と非常に仲が良かった。

 

 その人物は―――”ツーヤ”はもういない。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 空中から轟音を上げ何かが飛来してき、地面に衝突していく。舞い上がった砂煙が消えていき、そこに居たのはウルベルトだ。続いて空中からリーネが降りてくる。その両手は盛大にvサインを作っている。

 

 このPVP、勝ったのはアンティリーネ。

 

 魔法発動の一瞬の隙を付き、ウルベルトの腹部に強烈なボディブローを炸裂させていった。PVPを観戦していた二人が決闘を終えた二人の元に歩み寄っていく。

 

「うわぁ、痛そうですね。ウルベルトさん大丈夫ですか?」

 

「ゲームじゃなかったら悶絶してますよ。もう俺でも手が付けられませんよコイツは。」

 

 喋り掛けてきたヘロヘロに対しウルベルトがそう言葉を返していく。

 

 最早ウルベルトを持ってしてもリーネは手に余る。現在のクランのメンバーで彼女の相手を務める事が出来るのはたった二人だけ、たっちと建御雷くらいだ。

 

「はい私の勝ち~。ヘロヘロさんイエーイ!」

 

「ああ、おめでとう。イエーイ。」

 

 ヘロヘロとリーネが勝利のハイタッチをしていく。

 

 パチパチと手を叩きあう二人に混じろうとぺロロンチーノもウェーイと手を上げていくが―――その手は盛大に弾き返される。

 

「触んないでよ、変態。」

 

「嘘だろ!?ヘロヘロさんと俺で態度違い過ぎないかお前!?」

 

「あのねぇ、ペロさん。私はね、敬意を示す相手は選ぶ女なの。私の事をババアなんて呼ぶ相手には雑に対応するのは当然の事でしょ?むしろ、さんてつけてるだけありがたいと思って欲しい。」

 

 子供を諭す様にぺロロンチーノに喋り掛けていく。

 

 そしてその言葉にピクリと反応していったのはそばに居た二人だ。聞き捨てのならない言葉が聞こえてきたからだ。

 

「おいおい、ぺロロンさん。確かにコイツはちんちくりんだが、ババアは酷くないですか?」

 

「なんでだよ!だってババアじゃん!15歳ってババアじゃん!」

 

「ウルベルトさん、この鳥はもう駄目ですね。たっちポリスに連行しましょう。」

 

「...アイツは駄目だ、甘すぎる。ぶくぶく処刑人に処刑して貰った方が良いのでは?」

 

 二人の会話を聞き、不味いと思ったのかぺロロンチーノが空中に避難しようと身構えるが、時既に遅し。にゅるりと黒い粘体が動きだし、ぺロロンチーノの懐に潜り込む、そしてそのまま羽交い絞めにされていく。

 

 その動きを目にし、リーネが感嘆の溜息を吐いていく。

 

 見事な運足だ。文句一つ付けようがない、正に達人の域―――いや、そんな言葉でも収まらないかもしれない。

 

 少しの隙も無く、無駄を全て省いた動き。動きと動きの間の繋ぎ目がまるでないかのようだ。

 

 最も恐ろしいのは動きに移る際の予備動作が殆どない事だ。何かの動きをする際、その動きに移るまでの動作―――動きが必ず発生する。

 

 しかしヘロヘロの動きはそれを極限まで削っている。故に初動が分かりづらい、気づけば既にヘロヘロは動いているのだ。そしてスライムと言う粘体生物の体がその動きの読みづらさに拍車をかけていく。

 

 息をすってそれを吐くかの如く自然にそれ程の動きをしていくヘロヘロにリーネは戦慄していく。ぺロロンチーノ程の猛者が簡単に懐に潜られ、拘束されるのも頷けると言う物だ。

 

(この人本当に何者なの?体捌きだけならたっちさん超えてるわね。たっちさんは何も言わないけど絶対この人の異常さに気づいてるでしょ。盾のお姉さんといい、ヘロヘロさんといい、隠れた猛者はいる所にはいるのよね。)

 

「おいぃぃ!は・な・せ!は・な・せ!」

 

「ナイス、ヘロヘロさん。このままぶくぶく処刑人の元まで連行しようぜ。多分そろそろ留置所に皆集まってんだろ。」

 

「いやぁぁ!それだけはやめて下さいぃぃぃ!」

 

 羽交い絞めにされているぺロロンチーノが喚き散らす。と言うより最早泣き叫んでいるレベルだ。必死に拘束から抜け出そうとするがモンクであるヘロヘロの身体スペックに叶う筈もなく、そのままズルズルと引きずられて行く。

 

「もう、皆で今から楽しく遊ぼうと思ってたのに最悪。たっちさんとかぜっちに処刑と言う名の正義を執行して貰ってきなさい。」

 

「ふざけんなぁぁ!処刑が正義であってたまるかよぉぉーーー!ヘロヘロさん、慈悲をーーー!」

 

「15歳の女の子にババアとか言う人に慈悲はありません。さぁ行きますよ。ウルベルトさんお願いします。」

 

「あいよ。ゲート。」

 

 そしてウルベルトが最高位の転移魔法を唱えていく。禍々しい時空の穴はまるで地獄の入り口を連想させた。まぁ、連行されるぺロロンチーノからしてみれば、それは正真正銘地獄への入り口なのだが。

 

「はぁ、全く。いつの世も嫌な思いをするのは私みたいな善良なかわい子ちゃんなのよね。ペロさんみたいな変態の所為で世は荒廃するのよ。度し難し、度し難しってやつよ。」

 

「訳分かんねぇ事言ってんじゃねぇよぉ!あぁ、やめてぇ!姉貴は嫌だ!いやだぁぁ!」

 

 そして抵抗も虚しく、ぺロロンチーノはゲートの中まで引きずられて行った。茶釜送り完了である。

 

「じゃあな、ぺロロンチーノ。更生するのを祈ってるぜ。」

 

「いや、更生しないでしょ?多分明日にはヘラヘラしてるわよ、あれ。」

 

「はは、ちげぇねぇな。それがあの人の良い所でもあるんだが...あんま怒んなよ、悪気はねぇんだ、あれ。」

 

「何が?別に怒ってないわよ。ああいう人って知ってるし、面白いからからかってるだけだから。ウルさんこそ、あんまり気を使わなくていいんだよ。」

 

「けっ、ガキが言うじゃねぇか。全く、いつからそんな物分かりが良くなっちまったのかね。」

 

「あの日から...かな。」

 

「...だな、あの日からお前、我儘言わなくなったもんな...嫌な事思い出させてわりぃな。」

 

「ほら、またそうやって気を使う。私は良いの、ウルさんも処刑見たいでしょ。行って来て良いわよ。私もちょっとブラブラしてから留置所に行くから。」

 

「へいへい、湿っぽいのは俺ららしくねぇもんな。んじゃ先に帰っとくわ。」

 

 二人にとっての嫌な思い出、そして悲しい思い出。それを振り払うかの様にウルベルトが頭を振ってかき消していく。

 

 そしてクランのメンバーが集まっているであろう留置所に向かう為にゲートをくぐる。その際に、非常に小さな、誰にも聞こえない様な声量で一つ言葉を吐きながら。

 

「気を使ってんのはお前だろ...あんま無理すんじゃねぇよ。」

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

「あ~あ、行っちゃった。私やりたい事あったけど、しょうがないよね、雰囲気壊したくないし...それで嫌な空気になったら嫌だし。」

 

 ウルベルトを見送った後に、そう一人ごちる。自分としてはやりたい事はあったのであるが、はしゃぐ二人にその様な事も言える筈もない。

 

 辺りを見渡しながら、何をしようか考えていると。

 

「忍。」

 

「ぎゃああああ!!」

 

 考え事をしている最中に突然耳元で謎の単語が聞こえてくる。急な声に驚き、叫びながら振り向いていく。そして振り向いた先には誰も居ない―――かに思われたが、良く見れば空中で回転している忍者らしき人物が見えてきた。

 

 回転しているそれはそれは綺麗に。飛んでいる、見事な放物線を描きながら。

 

「あ、あ、ごめんなさい!」

 

 驚き振り向いた際に反射的に手が出てしまった。裏拳の要領で当てられた拳によって、忍者が吹き飛んで行く。

 

 そしてそのまま地面に落下する。ギュラギュラギュラギュラ回転しながら転がっていき時折バウンドしながら吹き飛んで行く。最早ギャグの様なその光景に少し笑いそうになってしまう。最終的にその人物は岩に直撃し動きを止めていったが、そのままピクリとも動かない。心配になって駆け寄っていくと。

 

「だ、大丈夫ですか?急に喋り掛けてくるから。」

 

「ニィィィン!忍法やせ我慢!!」

 

「あぁ、元気ですね。良かった良かった。」

 

 元気に立ち上がる相手を見て安心していく。続いてその風貌に目が行く。真っ黒な忍者装束、額当てまで付けており誰がどう見ても忍者な人物。この様な人物に知り合いはいない。一体何者だと考えていると。

 

「お初にお目にかかる、忍者プリンセス。」

 

 おや?と思い辺りを見渡す。もう一人忍者がいるのだろうか。キョロキョロリーネは辺りを見渡すが誰も居る気配はない。不思議に思いながらも向き直れば、忍者が未だこちらをジッと見つめている。

 

「は?え、私の事?」

 

「忍。そのとおりでござる、忍者プリンセス、アンティリーネ殿。」

 

「はは、遂に私も忍者になったか。はは...もうやめて、これ以上変な通り名増えるの嫌なんだけど。」

 

「これは拙者が呼んでるだけでござる。気にする事なかれ。名乗りが遅れた、拙者はギルバート・リーと申す。」

 

 ギルバート・リー、ユグドラシルでは超がつく程の有名人だ。その知名度は異業種姫を超えてくるだろう。

 

 驚きと共にリーネの纏う雰囲気が変わっていく。剣呑な雰囲気を纏いだす。

 

「あら、そっちから来るとは思わなかったわね。こそこそと良くもまぁ、ここまで大ごとにしてくれた物ね。アンタの所為で私のユグドラシル生活は波乱万丈よ。」

 

「ほう、気づいていたでござるか。」

 

「あのね、私こう見えても古参プレイヤーな訳よ。長い事居るんだし、出来そうな奴はだいたい検討は付くわ。アンタくらいしかいないでしょ。」

 

「流石は忍者プリンセスでござるな。それに波乱万丈でござるか。それはそれは良かったでござるな。やったかいがあるという物。」

 

「あ?殺す(PK)ぞ、てめぇ。」

 

「忍法不死身でござる。忍、忍。殺されても直ぐに復活するでござるよ。しかし、口が悪くなったでござるな。誰の影響でござろうか、あの悪魔の影響か?これはまた好都合、そちらの方が映えるでござるな。」

 

 少し強めに脅しを掛けていくが未だ相手は軽い雰囲気を崩さない。しかしこの反応は予想通りだ、ユグドラシルで殺された所でちょっとしたLVダウンが起こるだけ、むしろPKした事で警戒でもされればこれから先出会うのは困難になるだろう。なので実際にそんな事はしない。

 

(ムカつくわねコイツ。ていうか映えるってなによ、私をどうしたい訳?)

 

「忍、忍。」

 

(せめて理由くらい聞きたいけど、なんかはぐらかされそうね。)

 

「忍、忍。」

 

(本当、いい迷惑。)

 

「忍、忍。」

 

「―――ん?あぁ、呼んでたの?ていうか”ねぇねぇ”見たいに言うのやめてくれる、分かんないからそれ。」

 

「忍。」

 

「......。」

 

(会話にならないじゃないの!私コイツ嫌い!)

 

 成立しない会話。ギルバートとは会話にならないと言う噂は良く聞くが、正にその通りだったようだ。

 

 ギギギと有名な擬音が聞こえてきそうな程、歯噛みしていくリーネに対し、ギルバートが喋り掛けてくる。

 

「アンティリーネ殿、貴女を利用している事は拙者としても心苦しい。」

 

「あ?喋れるじゃん、いつもそうしてくんない?」

 

「しかしこれからも貴女を利用させてもらうでござる。その代わりと言ってはなんだが、拙者に出来る事なら出来るだけ貴女の力になりたいと思っている。」

 

「じゃあこの悪評消して。」

 

「それは出来んでござる。忍、忍。」

 

 帰ってきた言葉に、チッと一つ舌打ちをしていく。しかし考えようによってはこれは悪い事ではない。ギルバートの持つ情報は絶大だ。味方に付ければその恩恵は計り知れないだろう。

 

 相手は自分を利用する。自分も相手を利用する。良い関係とは言えないが、悪い関係とも言えないだろう。

 

「グレンデラ沼地。」

 

「ん?グレンデラ沼地?グレンデラ沼地ってあの毒沼の?ツヴェークの巣窟でしょ?」

 

「左様。頭の片隅にでも入れておくと良いでござる。何やら()()()()があるかもしれんでござるよ。」

 

「面白い物?」

 

「忍、忍。それでは失礼するでござる。」

 

「あっ、ちょっと待って。いきなりだけど、一つ頼み事してもいい?」

 

「...忍?」

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 辺り一面に広がる沼地。薄暗く日の光も届かない湿地帯で不気味な声が鳴り響く。

 

 グエグエグエグエと不気味な声を発しているのは、ツヴェークと呼ばれるモンスター達である。高LVのツヴェーク達が、湿地帯で蠢いている。

 

 そんなツヴェーク達に気づかれる事も無く、一つの影が姿を表す。その影から覗かせる眼光は鋭い。

 

(ふむ、頼み事とは人探しでござったか...しかし、”リク”でござるか。どこにでも居そうな名前でござるな。情報としては、恐らくカンストプレイヤー、そして白金の鎧を着ていると...カンストプレイヤーが白金の装備など装備するでござるか?なんともちぐはぐな奴。)

 

 鋭い眼光で先を見据えるギルバートが先程の頼まれ事に対して思いを巡らせる。

 

 どこにでも居そうな名前、LVに見合っていない装備、なんとも奇妙な人物だと。

 

(アンティリーネ殿、このギルバートの名に懸けて、全力で事に当たらせて貰おう。そして―――。)

 

 ギルバートの見据える先―――巨大な沼地の中央には大きな建物が見える。

 

 大きな建物が―――墳墓の様な物が。

 

(拙者の言葉を聞き流すか、はたまた信用し調査に来るか、それは貴女次第。そしてこれを発見し、貴女はどうする?)

 

 不気味な声が鳴り響く中、ある人物に思いを馳せていく。

 

 これからのユグドラシルを掻き乱し、盛り上げていくであろう人物に。

 

(この規模のダンジョン、一筋縄ではいかんでござるよ。しかしそれでも、これくらいはこなして貰わねば...アンティリーネ殿、貴女はユグドラシルの伝説になるのだから。)

 

 

 





はだしのリーネ「ギギギ...グギギ。」

ウルベルト「どうした?遂に逝っちまったか?」

 
 第三章 開幕 ナザリック攻略

 ・アンティリーネ15歳。

 少しフランクな感じになりましたね。
 お姉さんらしさが出せてたら嬉しいです。

 ・ツーヤ・タ・メーヤ = ヤーメ・タ・ヤーツ  
 
 さよなら、ツーヤさん。
 アンティリーネは泣いてたらしいですよ。

 
 どうもちひろです。

 遅くなり申し訳ない。
 そして今回も前回ばりの会話ばかりの退屈な回で本当に心苦しいです。
 お話を進めていくにあたって、細かい部分も入れた方が良いのかな?と思ったので書きました。
 実際どうなのかは分かりませんが、後に生きてくればいいなと思います。
 次とその次は現地のお話で進めたいなと予定しています。
 アイツやアイツやアイツが出てくる予定なので、そこで少しでもオバロ成分を摂取してもらって、ナザリックの攻略に臨みたいなと思います。
 次回ももしかしたら少し遅れるかも...
 
 それでは、読んでくれてありがとうございます。
 ギギギ...グギギ!!


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それがしの名は


 ちひろは生きてますよ。 

 
 前回のあらすじ

 ぺロロンチーノ、茶釜に処刑される。


 ♦

 

 

 

 

 

 

「アオちゃ~ん、ほら~、うりうり~♪」

 

「きゃはは、ママ~、くすぐったいよ~♪」

 

 アゼルリシア山脈に来ているリーネが、娘である小竜”アオイ”と楽しく遊んでいる。

 

 なんともほのぼのする光景である、アオイもドラゴンであるがまだ幼く体も小さい。お腹を擦られてキャッキャ喜ぶ姿はまるで子犬の様だ。

 

 種族は違えども、そこにあるのは確かな親子の姿。目を細めたくなる様な、心温まる光景がそこにはあった。

 

「うりうり~、うりうり~♪URyyyーーー♪」

 

「きゃははは♪」

 

 そしてこの二人が、アゼルリシア山脈と言う危険地帯でなぜこれほどほのぼの出来ているのかと言うと、ここがオラサーダルクの縄張りであるからだ。

 

 生態系の頂点であるドラゴンの縄張りには簡単に侵入者などやっては来ない。二人がここまでのんびり出来ているのはそのおかげだ。

 

 その肝心のオラサーダルクであるが、今はここには居ない。今ここにいるのは二人だけである。

 

「―――っと、うひゃ~、派手にやってるわね。」

 

 二人が無邪気にはしゃいでいた時、山脈に轟音が轟く。音の方角に目を見やれば、大きな砂煙が目についてきた。そしてその煙の中から二匹の巨大な生物が空中に飛び出てくる。

 

 そう、巨大な二匹のドラゴンが。

 

「...やっぱ、アイツ強いわね。今日の相手は山脈の五本指には入るって言ってた筈だけど。初めて会った時偉そうにしてただけの事はあるわね。」

 

 飛び出てきたドラゴンの一匹はオラサーダルクである。竜王を決める苛烈な戦いは今も尚続いている。特に今日の相手は次期竜王候補の一角である相当の猛者の筈であるのだが。

 

 一方的だ。どちらがなど言うまでもない、オラサーダルクが次期竜王候補の一竜を一方的に打ちのめしている。

 

 相手のドラゴンも必死に抵抗しているが勝負になっていない。まるで相手になっていない。

 

 最早蹂躙に近いのではと言う程の光景をリーネは遠くから見つめ続ける。

 

「いやぁ~、凄いわねこれ、怪獣大戦争みたい。」

 

「かいじゅう...だいせんそう?」

 

「そうよ、ママの大好きな作品なの、怪獣王って言うすっごく強い奴がいるのよ。そしてそこに出てくるの、おっきな体の金色のドラゴンが!首が三つあるのよ!凄いでしょ!」

 

「ぴょえ~、凄い。首が三つってお顔も三つあるの?」

 

「そうよ、そしてその口から、雷をバババババ~ってだすの!」

 

「ぴょ!?凄い!アオもそんな竜になれる?」

 

「う~ん、それは無理かなぁ~。ていうか、あんないかつくなったらママ嫌だなぁ。」

 

「そうなの?じゃあならない!!」

 

 可愛い。アオを見ているといつも思う言葉が脳裏を過る。本当にこの子は素直で、優しくて、良い子だと。ドラゴンらしくはないが、産みの親のドラゴンもかなりドラゴンからかけ離れた性格をしていたらしいのでその性格を受け継いでいるのだろう。

 

 そして今日ここに来た目的はこの子と遊ぶのが目的ではない。この子を、この笑顔を守る為にここに来たのだ。

 

(ダルクは強い、それでもアイツにも限界はある。いつまでもアオを気にかけて戦ってはいられない。ムンウィニアが出張ってでもくれば...アオを守りながら戦うのは至難の技ね。アイツの話をする時のダルクは目つきが違う。簡単に捻り潰すとか言ってるけど、恐らく、実力は拮抗している。)

 

 ムンウィニア=イリススリム。

 

 山脈最強のドラゴンに最も近いオラサーダルクに匹敵する程のメスのドラゴン。

 

 非常に好戦的なドラゴンで、エルミレと言う抑止力がいなくなった今、彼女の暴走を止める手立てはない。

 

 オラサーダルクと並び、竜王候補の一竜でもある。

 

(私も常に一緒には居られない。情けない話ね、親失格なのかな...えぇい、今はそんな事考えてる暇じゃない!)

 

 親としての責務を果たせない自分に罪悪感が沸いてくる。そしてその思いを頭を振りかき消していく。

 

 今日はそんな事を考える為にここに来たわけではないのだ。目的を忘れてはいけないと自分に言い聞かせ、一つのアイテムを取り出していく。

 

「ぴょぴょ?ママそれ何?」

 

「ふふん、てれれてってて~♪”カインアベルの血晶(けっしょう)”♪今日はアオのお世話係さん達を呼びます。」

 

 カインアベルの血晶―――ゴブリン将軍の角笛などに代表されるモンスター召喚用のアイテムである。

 

 カインアベルと言う名前の通り、召喚されるモンスターは吸血鬼であり30LVのヴァンパイア・ブライト、それも専門職に特化した者達が呼び出される。

 

 ヴァンパイア・ブライト、タイプ侍、タイプ矢伏(レンジャー)、タイプ魔法詠唱者の三体からなるモンスターが召喚され、時間経過で消える事はなく、消滅するまで存在し続ける。

 

 30LVでは少し心もとない気もするが永続召喚系アイテムでこのLVは破格だ。ゴブリン将軍の角笛などはゴブリンが10体以上出現するがそのLVは10前半程である。というか、どの召喚アイテムでもそんな物だ、そう考えると30LVは破格だと言えるだろう。

 

 これ以上のLVのモンスターを永続的に使役する為にはユグドラシル金貨を用いた傭兵モンスター召喚などの方法を取らなくてはならなくなる。そして実はリーネはその傭兵モンスター召喚用のアイテムも、モンスターデータもなに一つ保有してはいない、それはなぜか。

 

 大きな理由はリーネが所属しているのがクランである事が挙げられる、モンスターを召喚した際、その召喚したモンスターは留置所などの施設に収納する事が出来ず、野ざらしにせざるを得ないからだ、簡単に言えば置き場がないのである。

 

 そしてクランで大規模に活動する際も、人数が足りないチームに傭兵モンスターを入れるよりも、傭兵NPCをレンタルして組み込んだ方が安上がりであるし、モンスターと言う特色が強い存在よりも、キチンとしたビルドが組まれた専門職のNPCを組み込んだ方がチームとしてのバランスは良いからだ。

 

 高い金を払ってデメリットの多い傭兵モンスターを召喚するか、安い金で時間の制約はあるが傭兵NPCをレンタルするかを天秤に掛けていった際、やはりクランである以上はNPCの方に振れてしまうだろう。

 

 これがギルドであった場合は話がガラッと変わってくるのであるが、残念ながらリーネ達はギルド拠点を保有してはいない。

 

「ふぅ...緊張するな、大丈夫かなこれ。」

 

 鼓動が高鳴る。なぜならこれは諸刃の剣かも知れないからだ。

 

 ユグドラシルではこちらの指示に忠実に動いてくれる召喚モンスターであるが、ここは現実である、フレーバーテキストが現実化してしまう様な状況下で、必ずしもユグドラシルと同じようにモンスターが忠実である保証はない。召喚した瞬間、襲い掛かってくる可能性だって無きにしも非ずだ。

 

 ゴクリと唾を飲み込み、リーネはアイテムを発動させていく。

 

 その瞬間、血晶が砕け散り、辺りに鮮血が飛び散る。飛散した鮮血は血溜まりとなり、しばらくしてゴポゴポと言う効果音と共にある形を形成しだす。

 

 真っ赤な血が脈打ちながら、吸血鬼の姿に徐々に変貌していく、その光景を見つめ続けているリーネはと言うと。

 

(グッロォォォ!!アベルちゃん!グロすぎるってこれぇぇ!このアイテムには、暴力的なシーンや、グロテスクな表現が含まれていますって表記しといてよぉぉ!)

 

 盛大にドン引きしていた。

 

 最近よくやるレトロゲー―――版権切れの100年程前のゾンビゲーみたいに、キチンと表記しとけと心の中で喚き散らす。

 

 見る人によっては失神するくらいグロイ光景を引きつった表情で見つめていき、次第に姿形が鮮明になっていく。程なくして、完全に吸血鬼の姿が形作られた。

 

 黒い長髪を後ろで結び、刀を腰に差し、侍の服装をした吸血鬼。

 

 金の短髪でボーイッシュな見た目で、弓を手に持つ矢伏の吸血鬼。

 

 腰に届く程の銀の長髪を風になびかせ、豪華なローブを身に纏った吸血鬼。

 

 三体の吸血鬼が目の前に出現する。

 

 はぁ、と感嘆の溜息をリーネは吐く、三体の吸血鬼の共通する部分に対して。

 

 それはその美貌だ。美しい、同性である自分ですら見惚れる程の美がそこにはあった。これが魔性の美と言う奴なのであろうか。

 

(っと、いけないいけない、気を緩めるには早いわね。さてと、成功なのかな、襲ってくる気配はないけど。)

 

 成功か否か、重要な所はそこだ。成功であった場合、これから先、アオの安全はかなり高い確率で保障される。

 

 この三体はお世話係兼護衛役である。この三体のLVは30LVであり、この世界の言葉に言い換えるならば、難度90という事になる。

 

 難度90、それは人間で言えばアダマンタイト級冒険者の一部や、英雄と言われる一騎当千の猛者達と同格の強さである。

 

 そう、人類最高峰の猛者達と同格なのだ、数値上では。

 

 吸血鬼は強い。種族特性として魔法を扱える事に加えて、高い身体能力を有している。ハッキリ言って人間など比べ物にもならない、数値上では英雄と互角でも、身体能力で言えば英雄を遥かに凌駕している。

 

 ジッとこちらを見つめ続ける三体の吸血鬼をリーネは見渡していく。その中で一人の吸血鬼に目線が行く。それは侍の吸血鬼だ、この吸血鬼がこの中で一番ヤバい。

 

 肉弾戦が得意な吸血鬼の特性にガッチリとフィットしていくビルド。リーネが思い描く吸血鬼のビルドの中で二番目に強いだろうと思えるビルドだ。

 

 一番はバトルクレリックなどに代表される神官戦士だろう。只でさえ肉弾戦も出来る神官戦士が、吸血鬼の高い身体能力のかさましで、本職の戦士と比べてもなんら遜色のない程の域にまで到達する。

 

 それに加え、回復魔法、信仰系の攻撃魔法、バフやデバフの支援魔法に、吸血鬼の特性から来る魔力系魔法まで使ってくるという、最早やりたい放題っぷりである。

 

 残念ながら神官戦士の吸血鬼は召喚できなかったが、侍でも十分だろう。

 

 物理特化の侍と、周囲の探索に長けた矢伏、そして支援魔法と攻撃魔法を扱える魔法詠唱者の三人がいれば、アオに危険が迫った時、例えフロスト・ドラゴンが相手でも逃がす事くらいは出来るだろう。

 

「お初にお目にかかります、我らが主よ。」

 

「うわ、喋った!あ、そっか現実だから喋るか。」

 

 長い沈黙を破る様に、目の前の三体の吸血鬼の一人、侍の吸血鬼が言葉を発した。ユグドラシルでは召喚モンスターが喋るなどと言う事はない、現実とゲームの違いに驚いていると―――何やら様子がおかしい、自分の言葉を聞いた途端、相手の表情が変わった。その表情は、なんと言うか悲痛な表情に見える。

 

「主の許可なく言葉を発してしまうなど、僕失格...この罪、命を持って償います。」

 

「は?」

 

 侍の吸血鬼が急に訳の分からない事を言いだす。

 

 罪?命?何言ってんだコイツと思いながらリーネが戸惑っていると、気づけば侍の吸血鬼の右手には小刀が見える、恐らく脇差と呼ばれる物だろう。

 

 その脇差を両手に握り―――突如自分の腹部に向け振り落とす。

 

「切腹ぅぅぅ!!!」

 

「ちょ!?ちょ、ちょっと待って!!」

 

 脇差が腹部に突き刺さりそうになる寸前、ピタリと手が止まる。腹部に突き刺さる寸前で、皮一枚だがギリギリ静止させる事が出来た様だ。

 

 ぶわりと額から汗が噴き出てくる、それも変な汗だ、冷や汗とでも言うのだろうか。何でこんな訳の分からない事をするのか相手に問いただそうとするリーネであるが、テンパり過ぎて中々言葉が出てこない。

 

 少し呼吸を整え、意を決した様に相手に問いかけていく。

 

「あ、あのぉ~、何でそんな事するの?」

 

「許可なく言葉を発し、主を不快にさせました、なので死んで償おうと。」

 

「それぐらいで死ぬなぁ!生きろよぉ!頑張って生きてよぉ!そんなんで死なれたら罪悪感で私押しつぶされちゃうから!」

 

「...なるほど、生きろと。」

 

 ホッと胸を撫で下ろす。これからお願いしたい事が色々とあるのにこれくらいで死なれては堪った物ではない。

 

 リーネの必死の訴えに相手も理解してくれて―――

 

「忠義を尽くす主を不快にさせた、その罪を背負いながら、武士として生き恥を晒し続けろと...そう言うのですね。腹を切る事すら出来ぬ武士だと、笑われながら生きて行けと...それが罰なのですね。」

 

「うん、全然違う。取りあえず一旦落ち着こうよ、ね?ね?」

 

 ―――はいなかった。よく見れば侍の吸血鬼の言葉の後に、残る二人の吸血鬼がうん、うん、と頷いている。今の会話で一体何を理解したというのか、当事者のリーネですら何一つ理解できていないというのに。

 

(え?何?何なの?何かこいつら怖いんだけど、目つきが何かおかしいわよ、陽光聖典が光の神に祈ってる時とおんなじ目してるんだけど―――あ、ちょっと、アオ!)

 

「こんにちは!アオだよ!」

 

 トコトコと三体の吸血鬼に向け、アオが小走りで近寄っていき、元気よく挨拶を行っていく。活発なのはいい事だが、怖い物知らず過ぎる。見た感じこの三体から敵意は感じないが確証はまだない。

 

「...ドラゴン?」

 

「あ、あぁ、この子は私の娘なの、貴女達にはこの子のお世話と―――」

 

「ぴょ?挨拶が返ってこない?アオの元気が足りないから?よぉ~し、こんにちは!こんにちはぁ!!こんにちはぁぁ!!!」

 

「―――アオ、ママは今大事な話をしてるのよ、元気なのはいい事だけど、少し静かにしてね、いい子だから出来るよね?」

 

「うん!分かった!静かにする!!」

 

 そういいながら、口を両手でみゅーんと押さえていく。何なんだこの可愛い生き物はと思いながら、相手に向き直っていく。話の続きをする為だ。

 

「まぁ、早い話が私はこの子にずっと付いていてあげれないから、貴女達にお世話を任せたいの、あとこの辺りは物騒だから、護衛も兼ねてるわけ。出来る?」

 

「はっ!主よ、その大役見事果たしてご覧に入れましょう。」

 

「いや、そこまで気合を入れなくても...ていうか、主はやめて欲しいかな、私はアンティリーネ。アンティリーネ・ヘラン・フーシェよ。リーネって呼んでもいいわよ。」

 

「リーネなど、恐れ多い。アンティリーネ様、その大役我ら三人の命を懸けて果たしてご覧に入れます。おい、お前達。」

 

 侍の吸血鬼の言葉と共に残る二人の吸血鬼が一歩前に出る。先程から思っていたが、恐らくこの吸血鬼がこの三体の中のリーダー各なのであろう。自分との会話も全て請け負っているし、その様に考えながら何をするのか見ていると。

 

 すっと三体が片膝をつく。そしてゆっくりと頭を垂れていった。

 

「我ら三人、これよりアンティリーネ様に全身全霊を持って仕えさせて頂きます。我ら三人の命、如何様にもお使い下さい。ここに我ら三人の忠義を捧げます。」

 

「「捧げます!!」」

 

 その言葉の後に更に深々と頭を垂れていく。

 

「...ひゃ、ひゃい、よろしくお願いしまちゅ。」

 

 忠義の言葉に対し、噛み噛みの震え声でリーネは言葉を返していく。しかし恥ずかしさは微塵もない、むしろ言葉を発す事が出来た自分を褒めてあげたいほどである。

 

 頭を垂れ続ける三体に頭を上げる様にお願いしていき、その後アオの元にまで向かっていく。あるアイテムを渡す為に。

 

「アオ~、ママね、この後用事があるから帰らなきゃならないの、ごめんね。このアイテム渡しておくから、何かあったら使うのよ、ママとお話出来るから...何かされたら直ぐに呼ぶのよ、良いわね?」

 

「ぴょ?分かった!」

 

 三体に見つからない様に、こっそり通信アイテムを渡していく。あの様子を見る限りまず間違いなく大丈夫だとは思うが念には念をと言う奴だ。

 

「それじゃあ、私用事があるからさ、帰るけどアオの事よろしくね。」

 

「はっ、お嬢の事は心配なさらずに、全力でお守り致します。」

 

 その言葉を聞き、乾いた笑いを漏らしながら転移のアイテムを起動させていく。さて、どこに転移しようか。そう、どこにだ。

 

 ぶっちゃけて言うと、リーネにこの後の用事などない。単純にこの場から逃げ出したかったからあのような事を言っただけだ。あれ以上は耐えられない、あれ以上あの三体の相手は出来そうもなかった、精神が崩壊してしまいそうだったからだ。

 

 転移アイテムによってリーネはその場から消えていく。そして転移してきた場所は大きな森林地帯の付近である。ここは最近地点登録を済ませていたある森付近である。

 

 美しい自然を目の前に、リーネは大きく深呼吸をする。大きく息を吸い、そして吐き出していく。それを幾度か繰り返していくと少し気持ちが和らいでいく。

 

 そして美しい自然を見渡しながら、ポツリと一言呟いた。

 

「え...何、アイツら...アイツら...マジだ。」

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

「さてと、急に暇になったわね、こんな筈じゃなかったんだけど。丁度ここまで転移してきた事だし冒険の続きでもしようかな。」

 

 持て余した時間をどうしようかとリーネは考えて行く。そしてその後に続く言葉、冒険の続き。

 

 これは言葉通りの意味である。最近彼女は時間が出来ては色々な所を巡り、冒険をしている。この世界には彼女の知らない事は山ほどある、故に彼女は知りたいのだ、どんな場所があり、どんな生き物が存在しているのか。見た事の無いアイテムはあるのか、ダンジョンはあるのか。

 

 それは飽くなき未知への探求心。ユグドラシルと同じ、未知を既知の物に変えていく冒険である。その行為は、やはり彼女は生粋のユグドラシルプレイヤーと言う事なのであろう。

 

 周辺国家―――人類の生存圏の中ですら未知の領域は沢山ある。エイヴァ―ジャー大森林、カッツェ平野、トブの大森林、アゼルリシア山脈もその一つであるのだが、あそこは大体冒険し終えている。

 

 リーネの視線の先、少し遠くに見えるのはどこまでも続く森林地帯、”トブの大森林”。アゼルリシア山脈に続き、リーネが目指すのはトブの大森林の探索である。

 

 ゲンガーに貰った転移アイテムを駆使し、少し進んでは地点登録し、後日また探索に来るというやり方で、少しずつ進んで行くと言うのが彼女の冒険の方法だ。この方法なら帰るまでの時間を計算しなくて良いのでじっくり冒険する事が出来る。

 

「広い森...なんだかワクワクするわね。よし、それじゃ冒険に出る前に変装をしよう。今日は何にしようかな、久しぶりにジャンバラヤをこよなく愛する女、アサギリにでもなろうかなぁ。」

 

 外で活動する際定番となってしまった変装をしようとする―――しかし、今日はなんだかアサギリと言う気分ではない、何か別の、そう今まで変装した事の無いキャラに変装したいなと思っていく。

 

 色々と頭の中にキャラが浮かんでくるが、どうにもしっくりくる物が出てこないそんな中、ふと脳裏に先程の吸血鬼三姉妹が浮かんでくる。

 

 ピコンと頭の上に電球が浮かぶ、そうだ、今日は吸血鬼で行こうと。

 

「いいわね、趣味でヴァンパイアの恰好をしている謎の女エルフ、うん、良いかも!」

 

 そう思ってからは早かった、無限の背負い袋から少し大きめの化粧ポーチの様な物を取り出していき、更にその中から変装道具を取り出していく。このポーチも無限の背負い袋の様に四次元使用になっている様だ、中からワラワラと道具が取り出されていく。

 

 カラコン、付け耳、ピアス、メガネ、カツラ、そして様々な衣服。そのどれもがマジックアイテムである。そんな色とりどりのアイテムの中に不釣り合いな、泣いているのか笑っているのか分からない不気味な仮面がなんか紛れているのだが、あれは一体何なのだろうか。

 

「よっと~、つけまどうしよっかなぁ、今日はいらないか、ならこれで完成ね!」

 

 あっという間に変装が完了していく、実に手馴れた物だ。赤と黒を基調とした豪華なドレスに身を包んだヴァンパイア風味のエルフの爆誕である。目は赤く、肌も白いが、牙は無く、耳はキチンとエルフの特徴を残している。

 

 そして最後に決めるのは名前―――キャラクター名であるが、ここが一番の難関でもある、アンティリーネはその辺には拘る女だからだ。

 

「何が良いかな?吸血鬼かぁ、レミリ...なんか違うな、エヴァンジェ...私あんなロリじゃないもん、あっ、キスショ...ボン、キュッ、ボーン!私はツル、スト、ペタン...うぅ、あっ、赤夜(あかしや)も...だからボン、キュッ、ボーン!!」

 

 色々名前は浮かんでくるがどうにもしっくりこない、主に自分の体形の所為ではあるが、しかしなぜ女吸血鬼はあれほどロリとボン、キュッ、ボーンが多いのだろうか。最早二択なのでは?と別の方向に思考がシフトしそうになっていく。

 

「もう切り札使っちゃう?これ以上考えても”無駄無駄”な気がしてきたわ。でもアイツ男だからなぁ...あっ、そうだ”エリザベス”にしよう。」

 

 どうやら名前はエリザベスで決定したようだ。一瞬、最高にハイな名前が浮かんできたが、やはり男の名前は抵抗がある様である。

 

「うん、良いかも!じゃ、髪は銀髪ショートに変えてぇ...よぉし、準備完了ね!今日は時間もあるし、じっくり冒険するわよぉ!」

 

 準備は整った、意気揚々とリーネは森林に向けて歩を進めていく。

 

 今から始まるのは冒険―――アンティリーネのトブの大森林大冒険だ。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 辺りの風景を見渡しながらゆっくり歩を進めていくリーネ。小走りでもすれば一瞬で森林まで到達できるがそんな無粋な事はする気はない。じっくりと色々な物を見て周り、興味が沸く物を散策していく。それこそが冒険の醍醐味であるからだ。

 

「特に面白そうな物はないわねぇ。ちょっと遠回りしてみようかなぁ、もしかしたら何か発見があるかもだし―――ん~?人だ、この辺り人が居るんだ。村でもあるのかな?」

 

 辺りを散策しながら歩いていると、遠くに人影らしき者が見えてくる。目の前にはトブの大森林が見える、つまりはこの辺りはそれなりに危険な場所だと思われるのだが、村でもあるのだろうか。もしそうならトブの大森林は自分が思っているよりは安全な場所なのかも知れない。

 

 人影に向けてリーネは歩を進めていく。そしてやはりその影は人間だった。挨拶でもしようかと近づき続けていたリーネだが、挨拶をする前に先にあちらが気づいた様だ。

 

 中年に差し掛かる位のみすぼらしい恰好をした男性だ。そしてその人物が、急に顔を青くし慌てふためきだす。

 

「ひっ!ヴァ、ヴァンパイア!!」

 

 目の前の人物が急に慌てふためきだした、足はガクガク震え、終いには尻餅を着いていく。その光景を見ながらリーネの頭に浮かぶ物、それは?マークだ。

 

 いや、ヴァンパイアじゃないでしょ、この耳見なさいよ、どう見てもエルフじゃない。ヴァンパイアの恰好をしたエルフでしょぉ~、やだなぁこのおじさんは、といった風だ。

 

「赤い瞳、白い肌、間違いない、噂に聞くヴァンパイアだ!アンデッドがでたぞぉ!!」

 

「ふぅ、やれやれだぜ...よく見なさいおじさん、この耳を、エルフの耳でしょ、そして...い~、ほら、牙もない。私はヴァンパイアじゃないわ!」

 

「は?ヴァンパイアじゃない...エルフ?君は一体...。」

 

 来た!その言葉を待っていたと言わんばかりに偉そうに腕組をしていく。そして放つ、今日のキメ台詞を―――アンティリーネ・ヘラン・フーシェ渾身のギャグを。

 

「私は...趣味でヴァンパイアの恰好をしている者だ!」

 

 シーンとその場が静まり返る。ヒュウ~と言う風の音が鮮明に聞こえてくる程だ。

 

 想像していなかった静寂に、リーネはあるぅえ~?となっていく。昔ウルベルトに見せた際は彼は大爆笑していた、ツーヤもそのギャグはどこでも通用すると太鼓判を押してくれていた筈だ。

 

 締めが弱かったのかもしれないと、腕を組んだ姿勢のまま長い耳をぴょこん、ぴょこんと動かしていく。どや顔のまま、ぴょこんぴょこんと。

 

 するとどうだろうか、腰を抜かし尻餅を着いていた目の前の人物がゆっくりと立ち上がった。やはり締めが弱かったんだと思うリーネの元にその人物がズシズシ歩いてくる。

 

 おかしい、笑い声が聞こえない、なんだか目も笑っていない。

 

 どや顔のまま固まるリーネの頬に、ツゥと汗が一筋流れていく。ズシズシ近づいてくる人物を見つめているリーネだが、流石に分かった。これは良く見る表情だ。良く母が自分に向ける表情だ。そうこれは―――

 

「君は何を考えているんだ!こんな所でアンデッドのマネなどしおって!冒険者に殺されても文句は言えんぞぉ!」

 

 ―――これは怒られる時の表情だ。

 

「あ...はい。」

 

「何でこんな馬鹿げた事をしたんだ!!」

 

「あ、いや...笑ってくれるかなぁって...。」

 

「笑える訳ないだろ!寿命が縮まったよ!!」

 

「あ、はい...ごめんなさい...本当にすいませんでした。」

 

 ペコリと謝罪の意を込め、頭を下げていく。その間も相手の言葉は止まず、再度頭を下げていく。ペコリと頭を下げ続ける、次第にブンブンと頭を下げ続ける。

 

(ハゲマントの所為で怒られたぁ...くそぅ、くそぅ。)

 

 そして相手の怒りが収まるまで怒られ続け、頭を下げ続けていた彼女の瞳から一粒の涙が零れ落ちたそうな。

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

「村作り?」

 

「あぁ、そうさ、俺達は今この辺りに村を作ろうとしている所だ。」

 

 そう言う男の指さす先には数人の男女が汗水を垂らして農作業をしている姿が見える。そして周囲を見渡せば簡易的ではあるが家の様な物も目についた。

 

 確かに男の言う様にここは村に見えなくもない、まだまだ質素ではあるが、これから発展していくかも知れないという思いを抱かされる。なぜなら村人全員の目に活気がみなぎっているからだ。

 

 先程盛大に怒られた後、男に連れられ村まで立ち寄ったリーネ。村人も最初は驚いていたが男が事情を説明してくれた事で皆納得してくれた。非常に呆れた顔をされてしまったが。

 

 ちなみにこの男の名前は”トーマス・カルネ”と言うらしい。機関車みたいな名前だなと思ったが口には出さなかった。

 

「凄い...本当に...トーマスさん、私感動しました!」

 

「おっそうかい、感動する程の事でも無い気がするが。それでもそう言って貰えると嬉しいよ。」

 

 人が集まり、村ができる、そして更に発展し、人が増え、更に大きくなっていくのだろう。自分の知らない事がまた一つ埋まっていった事にリーネは嬉しくなる。これだから冒険は楽しい、未知への探求は止まらない。

 

 そうやって感動していたリーネであるが、一つ疑問が浮かんできた。ここは人類未開の地、トブの大森林の近くだ、つまりは非常に危険な場所の筈なのであるが、村人を見る限り戦えそうな人はいない。どうやって危機を脱しているのだろうという疑問だ。

 

「ねぇトーマスさん、見た感じ防護柵みたいなのも無いし危なくないんですか?モンスター来たら襲われちゃうよ?」

 

「ん?はは、エリザベスの言う事も最もだな、でもこれが大丈夫なんだ。この辺りはトブの大森林に居る”森の賢王”の縄張りの近くだからな、そいつを恐れてモンスターが近寄ってこないのさ。結果的に防護柵代わりになってるって事さ。」

 

「も、森の!”拳王”!?そんなヤバい奴が居るんですか!?」

 

「あぁ、居る。と言ってもその異名が着いたのは本当につい最近だけどな、命からがら逃げだしてきた冒険者がその異名を付けたのさ。」

 

 その言葉を聞きながら、リーネの中に渦巻く感情―――未知なる存在に対する好奇心と拳王と言われる覇者に対する恐怖心だ。

 

 高鳴る鼓動を感じながら、ゆっくりと深呼吸をしていく、そして徐々に鼓動の高鳴りは治まっていった。決心はついた、覚悟は決まった。

 

「よし!トーマスさん、頑張って下さいね!私応援してますから。それじゃ私は行きますけど、たまに様子を見に来ても良いですか?」

 

「おう、構わねぇぞ。またなエリザベス。後くれぐれも森の中には入るなよ、そして他の村にはその恰好で行くなよ。」

 

 最後の最後まで恰好の事を突っ込まれ、苦笑いをしながらリーネは村を後にする。さぁ、冒険の続きだ、そして今日の冒険の目標は決まった。

 

「よーし!それじゃあ張り切って行って見ましょうか!」

 

      アンティリーネの大冒険 

  

      ―――Mission①―――

 ―――大森林覇者【森の拳王】を見つけろ――― 

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

「がぁーーー!!」

 

「!!?キャン、キャンキャン!!」

 

 大森林覇者、森の拳王を探してトブの大森林の中をリーネは探索中である。そしてその道中に悪霊犬(バーゲスト)に遭遇したリーネであるが、がぁーっと一喝する。探知阻害の指輪を付けているので野生モンスターですら力を感じ取る事は出来ないのであるが、スキルは別である。今使用したのは戦士職のスキルの一つ【威圧Ⅰ】という物で、絶望のオーラの様に相手に恐怖を与える事ができるスキルだ。

 

 この世界では規格外も規格外なリーネの威圧に、悪霊犬(バーゲスト)が耐えられる筈もなく、子犬の様にキャンキャン言いながら逃げ出していく。

 

「ふ、100LVの私と戦うには力不足だった様ね、ケルベロスになってから出直してきなさい。」

 

 そうやって一しきりドヤった後探索を再開していく。トーマスの村から直ぐに森に侵入出来たなら話は早かったのであるが、あそこまで言われて目の前で森に侵入出来る筈もなく、村から外れて迂回するしか方法は無かった。

 

 それでもリーネに悪感情は無い、今日は時間もある、どの道ゆっくり森の中を探索したかったのだから丁度いいとさえ思えた。

 

 森を進むにつれてモンスターの姿が少なくなっていく、それはすなわち森の拳王の縄張りに近づいている事を意味しているのだろう。

 

「森の拳王か...流石に100LVって事はないと思いたいな、お母さんからもそんな奴の話は聞いた事ないし。どんな奴なんだろ、やっぱり馬に乗ってるのかな?だったら騎乗魔獣用の阻害アイテムとか準備しといた方が良いかもね。」

 

 今回の相手は未知数だ、負けるとは思ってはいないが油断する気もない。森の拳王について得られた情報は少ない為考えられる色々な事に対して準備をしていく。

 

 そして気づく、森の雰囲気が変わった、先程まで少しは感じ取れていた野生動物の気配がパタリと消えていったのだ、つまりは―――

 

「縄張りに入ったのかな?さぁ、出てきなさい、ヤバかったら全力で逃げれる準備は出来てるわよ!」

 

 ―――縄張りに侵入した可能性が高い。そして気を引き締めているリーネの耳に突如声が聞こえてくる。

 

「それがしの縄張りに侵入する愚か者よ、その命で償うと良いでござる。」

 

 その言葉と共に凄まじい速度で何かが飛来してくる。

 

 蛇の様な鱗に覆われた長細い尻尾が鞭の様にしなりながら、リーネの顔面に向け打ち付けられようとしていた―――だがしかし。

 

「おっそ。」

 

 ひょいっと可愛い効果音でも聞こえてきそうな程軽い感じで顔を背け、悠々とその尻尾を躱していく。躱された尻尾は再度襲い掛かってくる事はなく、そのまま木々の後ろにゆっくりと戻っていくのが見えた。

 

「見事、それがしの縄張りへの侵入者よ、先程の見事な回避に免じて、今逃走するのであれば逃がしてやるが...どうするでござるか?」

 

「ござる?ギルバートみたいな奴ね、隠れてないで姿を見せなさい。」

 

「言うではござらぬか、侵入者よ。ではそれがしの偉容に瞠目し畏怖するがよいでござる!」

 

 その言葉が聞こえてきた瞬間、森の茂みを踏み分けながら、森の拳王がその姿を表した。その姿が視界に入った時、リーネが大きく目を見開く。

 

 そう、想像の斜め上を行っていたからだ、森の拳王の姿はリーネの想像の遥か斜め上を行っていた。

 

「ふふふ、その雰囲気、驚愕と恐れが伝わってくるでござるな。怖気づいてももう遅いでござるよ。」

 

「う、嘘でしょ...だって...拳王って...。」

 

 ゆっくりと森の拳王が距離を縮めてくる。拳王だし、馬に乗ってるかもと思っていたが確かに馬程の大きさはありそうである、いやもっと大きいかも知れない。

 

 しかし、これは。

 

(は、は、は...ハァムスタァーーー!?)

 

 そう、目の前に現れたのはくりくりとした可愛い目をし、口からはちょこんと齧歯類特有の前歯を覗かせる、大人気愛玩動物、ハムスターであった。違う所を上げればその蛇の様な尻尾とその巨体か、ハムスターは確か手乗りサイズくらいだった筈である。

 

「うわぁ、楽しみにしてたのに、これはないわよ。強さも余り感じ取れないし。」

 

 ここまで楽しかった冒険であるが、その熱が一気に冷めていった。ワクワクドキドキした気持ちが昇天し、天に帰っていった気分である。

 

 勿論これは勝手に舞い上がり勘違いした自分が悪いのであるが、それでもハムスターはあんまりだろうと思う。

 

 ごそごそと無限の背負い袋からメガネの様なアイテムを取り出していく、これはLV看破用のアイテムである。力を余り感じ取れないので、これで確認しようという所か。

 

「LV30...あ、いや違うわね。こほん、戦闘力たったの30か、ゴミめ。」

 

「なんと!言うに事書いてゴミとは!もう許さんでござるよ侵入者!命を持って償うでござる!」

 

「いあつ~、れべるいち~。」

 

 その瞬間、森の拳王の全身の毛が逆立ち、そのままひっくり返り無防備に腹部をさらけ出す。

 

「こ、降参でごじゃるー!それがしの負けにござるよぉ!」

 

 その姿を生易しい目をしながらリーネは見つめていく。そしてゆっくりと右手を天に突き上げていく。今日の冒険の目標は達成したのだ。

 

 そう今日のアンティリーネの大冒険に一片の悔いなし。

 

       アンティリーネの大冒険 

  

       ―――Mission①―――

       ―――Complete―――

    ―――覇者はハムスターだった――― 

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

「姫!それがし、これから姫に忠義を尽くすでござるよ!」

 

「やめて、姫はやめて、ここでまで姫とか言われたくないから。後忠義もやめなさい、重いから、それすごく重いから。上司からの重圧に押しつぶされたモモンガさん見たいになっちゃうわよ私。」

 

「モモンガ?誰でござる?」

 

 森の拳王を退けたリーネであるが、どうやらその森の拳王こと大きなハムスターに懐かれてしまった様だ。

 

 姫~、姫~、と纏わりついてくるハムスターに若干嫌気がさしてくる。突き放しても引かない相手に対し、どうしようかと考えていく。

 

「しょうがないわねぇ、光栄に思いなさい、アンタを私の軍団に入れてあげるわよ!」

 

「おお!流石は姫でござるな!軍団をお持ちでござったか、それがしは入れて嬉しいでござるよ!」

 

「まぁ、あんまりいないんだけどね。でも今日でアンタを入れて”4人”増えた訳よね。クランらしくなってきたわね。所でアンタ名前はなんて言うの?」

 

「?名前でござるか?無いでござるよ、それがしはそれがしにござる。」

 

 マジか!と心の中でリーネはツッコミを入れていく。これからは軍団の一員として仲良くやっていかなければならないのだ、名前が無くては色々と不備がありそうである。

 

「そっかぁ、困ったわね、ハムスターだけじゃ可哀そうだものね。」

 

「ハムスターでござるか?」

 

「そ、アンタの種族名よ。多分ハムスターでしょ、違うの?」

 

「それがし自分の種族など知らぬでござるよ、それがしは物心ついた時から一人でござったゆえに。それがしの種族はハムスターと言うのであるな。」

 

「いや、ちょっと待ちなさい、違う、アンタの種族はハムスターじゃないわ、正確にはハムスターの亜種かもね、そうアンタの種族は―――」

 

 ハムスターは手乗りサイズの筈だ、間違ってもこんなバカでかくはない。あんちゃんことあんころもっちもちと動画を見たのでそれは確かである筈だ、つまりはコイツは。

 

「アンタの種族は”ジャイアント・ビッグ・ハムスター”よ!」

 

「おお!それがしの種族はジャイアント・ビッグ・ハムスターなのでござるか!流石は姫、物知りでござるな!」

 

 ドヤァと言う様な表情できっぱりとそう言い切った。間違いない、むしろそれ以外考えられないだろう。自分の素晴らしい頭脳に惚れ惚れしていき気を良くしたリーネは更にこのハムスターの名前を考えてやる事にする。

 

 ハッキリ言う、ネーミングセンスには自信がある。リーネシールドなどがそのいい例だ、あれほどの名前は中々付けれないだろう。間違ってもどこかの骸骨には不可能だ。

 

「気分がいいわ!アンタの名前私がつけてあげるわ!」

 

「なんと!姫直々にござるか!?光栄でござるよ!」

 

「そうね、アンタの名は...。」

 

「それがしの名は...?」

 

「アンタの名は...。」

 

「それがしの名は...?」

 

 閃きが舞い降りた、その名も”ダーク・インフェルノ・スパイラル・ハムスター”である。

 

 カッコイイ、なんて惚れ惚れする名なのだろうか。力強く、それでいて禍々しい名前だ、ウルベルトがこの名を聞けばあまりの自分のセンスに嫉妬する事であろう。

 

(これしかないわね、間違ってもモモンガさん見たいにセンスがない人は思いつかない名前だわ。仮にモモンガさんだったらなんてつけるのかな?あの骸骨センス皆無だものね。でっぱ?だいふく?ハム太郎?)

 

 様々な名前が脳裏に浮かんでいく、そしてそのどれもがセンスの欠片もない物ばかりだ、まったくあの骸骨はと思いながら、ある名前が更に浮かんでいく。そして思う、ああ、間違いなくこの名前を付けると。何やら確信的な物があると。

 

「...ハムスケ―――」

 

「おお!それがしの名はハムスケでござるか!!」

 

「―――あっ!いや、それはちが!」

 

「良い名前でござる!それがし嬉しいでござるよ!」

 

「あ、あのね、それは間違いで...。」

 

「ハムスケ♪ハムスケ♪でござる!」

 

 くりくりした目を輝かせながら、ハムスケが小躍りを始めた。よほど嬉しかったのだろう、ずっと踊っている。

 

「姫!この忠臣ハムスケ、この名に恥じぬ様に姫に忠義を尽くすでござる!」

 

「...ふ、やるじゃない。その言葉忘れないわよ。」

 

(さようなら、ダーク・インフェルノ・スパイラル・ハムスター。)

 

 この姿を見て訂正できる程、流石のリーネも図太くはない。付ける筈だった渾身の名前に脳内で別れを告げていく際―――ピクリとリーネの目が鋭い物に変わっていく。それに少し遅れてハムスケの目もだ。

 

「姫。」

 

「分かってるわ。私に探知されるなんてザルも良い所ね、誰?出てらっしゃい。」

 

 その言葉を言い終わった後に、少し遅れて何者かが姿を表す。そしてその姿は人間ではない。

 

「あのぉ~、君達ちょっといい?」

 

「...ドライアード?」

 

「あの、君達に危害を加える気はないんだよ、ちょっとさぁ、”頼み事”聞いてくれない?」

 

 突如姿を表したドライアードの言葉に、?マークが頭上に浮かぶ様な表情をし、リーネとハムスケは目を合わせる。

 

      アンティリーネの大冒険 

  

     ―――追加Mission発生―――

   ―――ドライアードの頼み事を聞け――― 

 

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 

 

 茂みを掻き分ける音が聞こえてくる。その音に続き小さな足音も。

 

 その場に目を向ければ、小さな人物が見える。姿形を見るに、それは人間の様に見えた。

 

 その人物は茂みを掻き分け、更に奥に奥に進んで行く。森林の奥へと、トブの大森林の中へと。

 

「そろそろいい所まで来たんじゃないか?”リグリット”が言うにはこの辺りの様だったが...もっと奥だったか?」

 

 独り言を呟きながら、その人物は歩を進めていく。

 

 その姿は非常に小柄だ、見た感じ少女の様に見える。間違ってもこんな危険な場所にいて良いような風貌ではない。

 

「どんな病も怪我も治す効能を持った薬草か、マジックアイテムの研究に使えるかもしれんな。」

 

 少女は歩を進めていく。森林の奥へと、只ひたすらに。

 

 奇妙な仮面を被った少女が。

 

 

 

 

 





 どうもちひろです

 着々と団員が増えてきてますね。
 アンティリーネの長い人生に寄り添っていけるような楽しくお馬鹿なメンツの紹介です。

 ・ハムスケ
 
 ようやく登場!もうかなりの話数言ってますがやっとですね。
 原作では、200年前には居なかったみたいな事をイビルアイは言ってました。
 なるほど、このSS100年前だしいけるでしょと思い出しました。
 戦闘能力については良く分かりません、100年前から既に完成されていたのか、それとも成長途中なのか、取りあえずは原作に近い位の戦闘能力を持ってますよ。
 ハムスケって身体スペックだけでも馬鹿げてるのに魔法まで使えるのずるいですよね。
 全種族魅了とかあの世界では結構な壊れだと思うんですが、そう思うのはちひろだけでしょうか?

 ・ヴァンパイア・シスターズ
 
 お世話係&護衛役として登場させました。
 吸血鬼なのは単純にちひろが吸血鬼が好きだからです。
 ユグドラシルでは綺麗な見た目をしているのは、ヴァンパイア・ブライトだけで後は皆醜い見た目をしているらしいです。
 せっかく出すなら綺麗な方が良いのでヴァンパイア・ブライト三体にしようとこのSSを書く前に考えていたのですが、なんかパンチが弱いなと思い、無理やりこの様な設定を作りました。
 原作では間違いなく、この様な、タイプ侍などはいないと思います。
 これはちひろのオリジナルです。

 長女が侍で名前は「あけみ」です。
 次女が矢伏で名前は「かなめ」です
 三女が魔法詠唱者(魔力系)で名前は「ともえ」です。

 ・暇人アンティリーネ。

 このSSではオーバーロードを除く色々な作品が鈴木悟さん達の世界には存在してます。
 アンティリーネは基本暇人なので、メンバーがいないときは一人で版権の切れた100年前のアニメや漫画を見たり、コンシューマーゲーム何かをしたりしてます。(特にRPGが好き見たいです)
 なのでこのように、不意にパロった台詞を吐く事があります。


 ここまで読んでくれてありがとうございます。
 お疲れさまでした。
 
 一体あのドライアードは何者なのでしょうか。
 そして謎の少女の登場...彼女も一体何者なのか。

 次回 ゆぐどらしる☆だい☆ぼう☆けん☆
 第十九話 「VampireMaiden」に続く~

 次回もまた読んでくださいね。
 それでは、シュバ!


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