孫悟飯は勇者である (桜開花)
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絶望への反抗
そんごはん


 窓から見える景色は何一つの混ざりのない、青い青い空だった。

 ひたすらに群青を貫く空の景色を眺めていると、窓の隙間から穏やかな風が入り込んできて少しくすぐったい。

 孫悟飯は、香川でやって来た一か月前の空もこんな風だったなと思い出していた。

 

「新しい生活には慣れましたか?」

 

 前を行く女教師の言葉に、立ち止まっていた悟飯は小走りで追いかける。

 

「はい、なんとか……」

 

 それは前触れもなく、唐突だった。

 いつの間にか知らない土地で母と弟と共に立っていたのだ。

 きっかけなど、どれだけ記憶を掘り返してみてもない。

 とはいえ、正直に言えばそういう非日常は悟飯にとって珍しい事ではなかった。だから、そこに関してはもう気にしてすらいない事ではある。

 

「大赦の方のお陰で、以前と殆ど変わらない生活が出来てますから」

 

 ただ今も気になっているのは、悟飯達が現れると同時に現れた大赦と名乗る組織が、家やお金などの生活基盤を整えてくれた事だった。

 それからのサポートも手厚く、困る事は少なかった。

 まだ産まれたばかりの弟、悟天の世話は数日の付き合いの筈のお隣さんが手伝ってくれた。母、チチも送られた新たな家電に前の地球よりも暮らしやすくて、大助かりだと笑っていた。

 そして、幾つか違う文化もあったが、それにも馴れてきた頃、大赦からある提案がされたのだ。

 

「じゃあ、ここで待っていてね」

「は、はいっ!」

 

 女教師がそう言って、教室内へと入っていくのを見送った。同時にその先から挨拶の声が聞こえてきた。

 それを聞いて、悟飯は朝起きてから段々と湧いてきていた実感が完全になった。

 大赦の提案、それは悟飯が指定された学校に通うと言う物だ。

 神樹館小学校。それがこの学校の名前だ。

 指定の制服がある学校であり、試着の段階から思っていた事だったが、どうにも合わない。サイズと言うよりは、気持ちの問題だ。

 まるでスーツを着ているような窮屈さに何とも言えないむず痒さがあるのだ。ようするに、動きにくい。その上、こういう服をあまり着た事がないから上手く着れているのかも心配でしかたない。

 とにかく、悟飯は落ち着かなかった。

 緊張もそうだ。

 むず痒さもそうだ。

 期待も、不安も。

 全てがぐちゃぐちゃになって悟飯の中で争っているのだ。

 六年二組と書かれた扉の隣で何もないのに背筋を伸ばし、少しの擦れが気になりブレザーを着なおし、名前を呼ばれるのはいまかいまかと待つ。

 

「うおおお、間に合えっ!」

 

 そんな時、慌てるような声と足音が聞こえた。

 その足音は猛スピードで近づき、悟飯の前で止まった。

 足音の主、ショートカットの活発そうな少女が、悟飯を不思議そうな目で見ていた。

 

「あれ、入らんの?」

「え、あっ、うん。ボクはまだ……」

 

 少女は首を捻り、皺を寄せながら悟飯を見つめてきた。

 悟飯が自分の顔に何かついてるかと、確認しようとした時、少女は破顔した。

 

「うーん、わからん!」

 

 何が分からないのか、悟飯はそんな少女に困惑していると、改めて教室の扉を見た少女は目を大きく見開いた。

 

「まずいっ、行かなきゃだ! 悪い、また今度ね!」

 

 そう言うと少女は教室の扉を勢い良く開いた。

 

「はざーすっ! 間に合った!」

 

 扉を開けた少女はそう言いながら教室内へと駆け込んでいく。

 その後、教室内から「間に合っていません」と先程の女教師の声が聞こえた。

 忙しない子だな、というのが第一印象だった。

 悟飯と会話している最中も、その場に留まりはしたが足踏みだけは続けていたのだ。

 そんな彼女はどうやら同じクラスらしい。

 それならば、きっとあるだろう次の機会にもう少し話せるように頑張ろうと自分を鼓舞した。

 

「いったー! せんせい、いったーい!」

 

 大げさに痛がる少女の声が響く。

 その後にクラス内から笑い声が聞こえてきた。

 大声を出して笑う訳ではないのが、悟飯にはちょっと意外だった。

 品があるとでも言えばいいのか、今までの環境だと全くと言って良い程そんな大人は居なかった。

 自分が馴染めるか再び不安になる。しかし同時に、雰囲気は硬くなさそうとも安心していた。

 悟飯の緊張の理由は初めての学校であるなど色々ある。

 その中でも一番の理由が、神樹館小学校の名前にある「神樹」だ。

 神樹とは、この国にとってとても大きく特別な意味を持つのだと聞いていた。それはもううんざりする程に。

 具体的にどう特別なのかは少し曖昧だが、端的に言えばこの学校は格式が高く、生徒全員がお金持ちと言う事だ。

 悟飯の家はそれほどでもない、むしろ貧乏だ。サポートはあるがそれはそれ。家計簿と睨み合うチチの姿を悟飯はこの一か月常に見てきた。

 だからこそ、理由は分からないが提案された神樹館への転入の話は悟飯にとってとても魅力的な話であったのだ。

 勉強をして欲しいという母の願いと同時に提案者である大赦から援助金が出て二重に母を喜ばせられるとなっては断る理由もなかった。

 その時の悟飯は学校に馴染めるかは一切考慮していなかった訳だが。

 

「さて、今日は転校生を紹介します。悟飯君、入ってきて」 

「はい!」

 

 担任による幾つかのお知らせが終わった所で、悟飯の名前が呼ばれる。

 少女が開きっぱなしにした扉をくぐって、教室内に入る。

 綺麗に並べられた机に全員が座っているのが見えた。そのすべての視線が悟飯に注がれているのも。

 教卓の隣まで辿り着き、改めて教室内を見渡す。

 やはり育ちがよいのだとすぐに分かった。綺麗に並べられた机、一切着崩されていない制服、伸びた背筋、真っすぐと見つめてくる瞳、ちょっと怖さを感じる位だ。

 後ろの壁には黒板と左右に色々と貼られている。特に目を引いたのが習字だ。皆字が上手い。

 内容は「温かい心」や「平和な朝」と言う恐らく例文が大半を占めている。しかし、「満漢全席」や「内角高め」に「富国強兵」となんだかおかしなものを見つけた。

 

「悟飯君?」

「あっ、は、はい!」

「あんまり緊張しすぎないようにね」

 

 習字に気を取られていたのを緊張と勘違いしたのか、担任は微笑みかけてきた。

 あんなに不安だったのに、意外にも教室内を見渡す余裕があったらしいのは、自分でも驚いていた。

 

「じゃあ、自己紹介お願いできるかな」

「は、はいっ。孫です、孫悟飯です。よろしくお願いします」

 

 悟飯は正確に九十度、丁寧に丁寧を重ねるように意識して頭を下げる。短い文だが噛まないように何度も練習したセリフを言えて、少し達成感を得ていた。

 

「悟飯さん、成る程、素晴らしい名前……」

「あーっ、転校生だったのか! どうりで見た事がないと思った!」

「わ~、すっごい筋肉だ~」

 

 拍手や幾つかの反応が止んで、頭をあげる。

 クラス中、転校生だからか、あるいはほかの理由からか、興味津々と言う風に悟飯を見ていた。

 自己紹介が終わると担任は窓際の端、空いている席を指差す。

 案内されるままに悟飯は席に着く。

 座ると同時、隣と前の席の子が簡単な自己紹介を小声で言ってきた。悟飯がよろしくね、と返すと後で話そうねと簡単に手を振られて、約束が取り付けられた。

 

「悟飯くん、でいいよね。体、凄いおっきいよね!」

「あ、あはは……」

「んっ、ん!」

 

 悟飯が返事に困ると同時、わざとらしい咳払いが飛んできた。

 それは二つ先の席に座る少女が出した物らしく、それを聞いた二人の生徒は苦笑いしてから体の向きを戻して、背筋を正した。

 どうやら彼女は真面目な人らしい。

 ただ、最初の自己紹介を見逃してくれていた。

 優しい人なのだろう。

 

「それじゃあ、今日日直の人」

「はい」

 

 二つ前の真面目で、日直でもあるらしい少女が立ち上がった。

 

「起立」

 

 彼女の言葉に合わせ、クラス全員が立ち上がる。悟飯も遅れて立ち上がるが、悟飯と同じタイミングで立ったのがもう一人。

 遅刻していた忙しない子だ。何かをしていたらしく、よく見ると机の上にまだ鞄を置いている。

 中身がちらりと見えた。

 なんと何もない。空っぽだった。

 

「礼」

 

 全員が礼をする。今度は悟飯も遅れない。

 が、次に全員が振り向いたのには流石に遅れた。完全に後ろ、と言う訳ではなく少し斜め後ろと言った振り向き具合なのは何か決まっている事らしい。悟飯も慌ててそれに合わせる。

 すると全員が手を合わせ、礼をする。

 

「神樹様のお陰で今日の私達があります」

 

 少し驚いたが、そういう物だと一応聞いてはいた事で、そういえばと思い出していた。

 神樹様。悟飯には説明だけでは今一ピンと来ていなかった。

 

「神棚に礼。……着席」

 

 そこまでして、やっと着席。

 郷に入っては郷に従え、悟飯の母が教えてくれた言葉だ。奇想天外な事ばかりする父親と上手く付き合うには、もう慣れるしかないと、いつも母は笑って言っていたか。

 

「では、授業を始めます」

 

 それからの授業は問題なく進んでいった。

 休み時間に時間割を見た時、やけに道徳と神道の多さには驚いた。

 神道とは、自己紹介を交わした友人曰くそんなに難しい授業じゃないよとの事で、心配はそんなになかった。

 その他の授業に関しては、悟飯は十分過ぎる程だった。

 

「わー孫君、頭いいんだねー。ノート見やすい!」

「それほどでもないですよ。今まで自習だけだったので、抜けてる所もきっと多くて」

「え、これ全部自習なの!?」

 

 授業の内容は自分なりに予習してきた内容で問題なさそうだったが、怪しい部分は教えて貰えた。逆に進み過ぎた部分は教えたりしていた。

 

「ねぇ、悟飯君ってどうして突然転入してきたの?」

「うーん、それがボクにも分からないんです。大赦の人がボクにぜひ入学をって言って、そのまま流れで……」

 

 何回目かの質問にテンプレートになってきた返事を返す。

 昼休みにも入れば、質問攻めも落ち着いてくる。

 今は悟飯の周りには最初に声を掛けてくれた佐々木さんと大西さんの二人になっていた。

 どうしてこの時期に転入したきたのか。

 それは悟飯も思っている事だ。しかし、肝心の大赦から大した回答を貰えていないから、悟飯も同じように大した回答が出来ていない。

 ただ、一言「貴方様が特別な存在の子孫だからです」とだけ言葉を貰っていた。

 それもよく分からなかったのだが。

 思いつくのは父親である孫悟空。

 しかし悟空はもう死んでいて、ここに居たという記録は見つからない。悟空の両親については一切知らないし、悟飯が生まれた時点でもう亡くなっていると母が言っていた。

 そもそも、大赦と言う組織に悟飯は詳しくない。宗教に似たような組織には思えたがその規模はあまりにも大きい。学校の転入やそもそも家などを用意できるなど、普通じゃありえない。

 

「そういえば、面白い習字ですね」

 

 悟飯が何を指して面白いと言っているのか、察したのだろう。二人は苦笑いをした。

 特に悟飯が気になったのは「満漢全席」と「富国強兵」だ。特に満漢全席は力強い字体にかなりぐっと来ていた。満漢全席、自分も食べてみたいと思うくらいに。

 

「富国強兵はあそこの鷲尾さんが書いたんだけど……」

 

 佐々木さんが指をさした先には朝の真面目な日直が居た。彼女が「富国強兵」の主らしい。習字にはフルネームが書かれている。

 鷲尾須美と言うらしい。

 言葉の意味はまだはっきりしていないが、きっと強くなることに関連しているのだろう。

 それには悟飯も多少なりとも興味はある。それ以上に勉強が大事なだけで。

 

「今度、話に行ってみようかな……」

「あ、こっちの方を書いた銀さんはね」

 

 大西さんが窓の外を見に行く。悟飯も佐々木さんも追いかけると、遠くに校庭で遊んでいるグループを見つけた。そこには朝の忙しそうな子もいた。

 大西さん曰く、彼女が銀らしい。

 フルネームは三ノ輪銀。

 元気一杯に駆け回っているのを見ると少し自分も行きたくなるが、あと数日は勉強すべきだろうと自分を抑える。

 

「それでえっと……内角高めの乃木園子さん。これ自分で言ってても笑っちゃう」

 

 その言葉に悟飯も苦笑いする。内角高め、流石に一切の意味が分からなかった物だ。確かにそれを書いた人は誰だか気になるなと、大西さんの次の言葉を待ってみる。

 ――しかし、その言葉が訪れる事はなかった。

 

「えっ……?」

 

 大西さんが口を開けたまま動いていない。外も見てみるが、完全に動きを止めているようだった。

 大西さんの方に至っては、息遣いさえも感じない。呼吸をしていないが、死んでしまったにしては体勢が流石に変だ。

 慌ててクラスを見渡すと、入り口付近の少女が立ったまま動いていない。横の少女が座ろうと中腰で固まっている。

 まるで時が止まったかのようだった。よう、と言うのは悟飯の他に三人、同じように驚いている少女が居たからだ。

 

「これって……」

 

 外の銀。そして須美ともう一人、眠そうな子が居た。須美が真っ先に立ち上がり、周りを見た。彼女は何が起こっているのか心当たりがあるのか、眠そうな子と目を合わせて、窓の外を見た。

 釣られるように悟飯も外を見る。

 チリン、と。

 そんな風鈴の音が聞こえた気がした。

 教室の前の扉が開かれ、息を切らした銀が入ってきた。疲れたからか言葉は出てないが、お互い頷き合っているのを見ると彼女達はやはり何かを知っているようである。

 窓に近づいた三人はまだ、悟飯には気付いていないようだった。

 

「来たんだ。私達がお役目をする時が」

 

 窓の外が光った。七色のそれはまるで世界を割ったように広がり、瞬く間に教室に辿り着いた。あまりの眩しさに目をつぶってしまう。悟飯は咄嗟に防御姿勢を取り、目をつぶる。しかし、数秒立っても想像していた衝撃は来ない。

 何が起こったかを確認しようと恐る恐る目を開ける。

 

 ――そこには別世界が広がっていた。



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そんごはん 二

 そこは、全てが植物で出来ていた。

 地面から地上へ。地上から地面へ。

 孤を描く蛇のようにして伸びる木の根で足場は構成されている。

 根は複数の色で構成されていて、そんなカラフルな光景は悟飯には不思議と神秘的に思えた。

 

「ここは……」

 

 根の上の一つで、悟飯は身構えていた。

 少なくとも、これは普通ではない事は間違いない。

 情報収集をしようにもそもそもこの場所についての知識がなさすぎる。

 故に待つ。

 移動した事には意味があると考えて。

 

「そ、孫さん?」

 

 しかし、構えると同時に後ろから声が掛けられた。

 振り向けば、そこには三人の少女が居た。

 時が止まったような場所でも動いていた三人。

 それぞれが驚いた顔で悟飯を見ていて、悟飯は慌てて構えを解く。

 

「皆さん! 無事だったんですねっ! 良かった……」

 

 安堵の声を出した悟飯は三人の方へと歩いていく。

 三人の方は目を合わせ、何やら話し合っていた。

 

「その、孫さんは、どうしてここに?」

 

 三人のうちの一人、須美が代表する様にそう聞いてきた。

 

「え、えっと……どうして、だろう……?」

 

 質問に質問で返す。頭を掻いて、困った風にして。

 悟飯のその様子に須美は訝し気な目を向けた。

 

「それに、此処が何処だかもわかっていなくて」

「ここは多分……神樹様の結界の中です」

 

 須美の答えに悟飯は心の中で復唱する。

 結界。

 意味自体は分かるが、こんな規模の、更に時間も止めるような大結界をはいそうですかとは飲み込めない。

 そもそもどうして結界が張られたのか。

 

「わたし達も、来たのは初めてだけどね~」

「そうなんです。私達も大赦から教わった以上の事は分からないんですけれど」

 

 教わるような事であればそんなに問題でもないだろうか。

 それでも時間が止まる、世界が変わるなんて事は普通ではない。

 

「あ、そうじゃん! 悟飯さんは授業まだ受けてないから樹海化について知らないのは当たり前か!」

 

 銀は納得したように手を叩いた。

 

「確かに……? でもそれならどうして孫さんが神樹様に選ばれたって私達に教えてくれなかったのかしら」

「う~ん、どうしてだろう?」

「神託よりも早かったし、間に合わなかったとかじゃ?」

「転校生だとしても、もっと先に伝えられた筈でしょう?」

 

 神樹に選ばれる、と言う言葉に悟飯は首を傾げる。

 悟飯にはそんな事を言われた記憶はない。

 記憶にあるのは子孫、と言う言葉だが選ばれるとは流石に違い過ぎる。

 

「えっと、ボクは選ばれたのかすら分からないんですけど」

「でも結局、来てるなら選ばれたって事じゃないすかね? あ、悟飯さんって名前で呼んじゃったけど大丈夫です?」

「う、うん大丈夫。えっと、三ノ輪さん」

 

 悟飯が迷いながら名前を呼んだところで、あーっ! と銀が大声を出した。

 その声に他二人も驚いて視線が集まる。

 

「自己紹介! していませんでしたね! あたし、三ノ輪銀って言います。銀ってよんでください。そういえば朝に一回挨拶したっけ」

「そうですね。えっと改めて。孫悟飯です、よろしく」

 

 銀が差し出した手を悟飯は握る。

 初対面と違って敬語に変わっているのが気になるが、初対面ではないと思っていなかったのだろうと自分で結論付ける。

 そんな後ろで、自己紹介をしていなかった事に気付いた須美の方も近づいてきた。

 

「鷲尾須美です! すみません、自己紹介を忘れるなんて……」

「乃木園子だよ~。わたしはそのっちって呼んで~」

「よろしくお願いします。鷲尾さん、そ、その……こさん?」

「あはは、難しいなら園子でいいよー」

 

 眠そうな子、園子が後ろから顔を出して、三者三様の自己紹介が終わった。

 個性豊かな人達だ、と心の中で思う。

 突然場所が変わって気を張っていたが、それも緩んでしまった。

 そんな時、それでと須美が人差し指を立てた。

 

「簡単にこの場所の説明をしますね」

 

 須美は簡潔に説明をしてくれた。

 ここは樹海と言う名前の場所である事。

 神樹様が作り出した結界であると言う事。

 その結界が作られるのはバーテックスと呼ばれる敵と戦う為である事。

 樹海に居ると言う事は神樹様に敵と戦う勇者に選ばれたのだと言う事。

 

「敵と戦う……勇者……?」

「はい、悟飯さんも勇者に選ばれたんだと思います」

「勇者か。なんだかまた凄い事になっちゃたな……」

 

 非日常は多少覚悟していた。ただ、まさか初日でこんな事に巻き込まれるとは思わなかったが。

 悟飯は小さくため息を吐く。

 非日常には慣れているが、好んでは決してない。

 

「それで……あれが大橋かな!」

「多分あれだね!」

 

 二人が興奮気味に指をさした方向には、植物ではない橋が見えた。

 植物の無い所のほとんどは海になっていて、先には取り囲む様にある壁がある。

 橋の先でもある四国を囲む巨大な壁は現実にもある。悟飯が香川に来て、一番最初に驚いたものだ。

 

「こちらと壁の外を繋ぐ橋、それが大橋。神樹様がわざと結界をあそこだけ弱くして敵を誘導しているの。つまり、大橋が私達の戦う場所」

「でもなんか、ワクワクするよね~!」

 

 敵、と言われて悟飯にはまだ今一ピンと来ていなかった。

 外、壁、結界に神樹。未だはっきりと理解しきれていない用語に惑っていて、何となくしかわかっていないのだ。

 とにかく、戦うと言う事を優先事項に置く。

 

「あっ、あそこ見て!」

 

 園子が指差した方には遠く、わずかにだが動く影が見えた。

 それは明らかに、人ではない。しかもかなり距離があるというのに、目視できると言う事は相当に巨大だ。

 

「あいつが橋を渡り、神樹様に辿り着いた時、世界が終わってしまう」

「え、えぇ!?」

 

 そんなに重い話だとは思わず悟飯は驚く。しかし、三人は特に気負う様子も見せていないで、寧ろ士気をあげてさえいた。

 

「だから、あたしたちがやるんだ!」

「私達で、止めないとね!」

 

 そう言って、三人はスマホを取り出した。最新式の携帯は、悟飯も転入と共に渡された記憶がある。どうもまだ操作になれず、あまり起動していないが。

 そんなスマホを大切そうに持った三人は静かに息を吸った。

 

「あめつちに、きゆらかすは、さゆらかす」

「かみわがも、かみこそは、きねゆかゆは、きゆらかす」

「みたまかり、たまかりまししかみは、いまぞきませる」

 

 突然唱えられた呪文に悟飯はたじろぐ。正確には祝詞だが、知識のない悟飯には困惑するしか出来ない。

 チラリと見えた彼女達のスマホ画面には、知らないアプリが開かれていた。

 どうやら花の絵柄を映しているようだが、三人の呪文に呼応するようにその絵を変えている。

 

「「「みたまみに、いまししかみは、いまぞきませる!」」」

 

 三人の言葉と同時、三人が光に包まれた。

 悟飯はとっさに顔を手で覆う。

 光が止んだ時、制服から別の衣装に身を包んだ三人が立っていた。

 

 鷲尾須美は、弓を手に、青の菊が咲いたかのような衣装を。

 三ノ輪銀は、二つの斧を手に、赤の牡丹が咲いたかのような衣装を。

 乃木園子は、槍を手に、黒の薔薇が咲いたかのような衣装を。

 

 それぞれが独自の衣装を身にまとっていた。

 変身と共に舞った花びらのせいか、悟飯にはそれがまるで花が咲いたかのように思えた。

 

「す、すごい……」

 

 一瞬の変身もそうだが、悟飯が驚いたのはその彼女達の力の高まりである。

 服こそ変われど、体格などに変わりはない。しかし悟飯の目には確かに強くなっているように見える。

 不思議な現象。しかし悟飯が最初に抱いた感想は頼もしい、だった。

 悟飯の視線に気付いた銀は笑顔を向けるとポーズを取った。

 

「どーよ、かっこいいだろ!」

「すっごくかっこいいですっ!」

 

 刃の部分が広く、そして銀の半分以上の大きさがある斧がぶんぶんと振られる。それに須美と園子が少し離れた。

 

「ちょっと三ノ輪さん! 気を付けて!」

「あ、悪い悪い」

 

 見るからに重そうな武器を軽々と扱う姿を見て、悟飯はただ感心していた。

 そんな悟飯に須美が不思議そうな目で見る。

 

「あの、孫さんは変身しないんですか?」

「たっ、確かに」

 

 須美の指摘にハッとして悟飯もスマホを取り出す。

 三人が使っていたアプリを開いてみるが、一向に画面が動かない。

 それどころか、けたたましいエラー音が出た。

 一応と祝詞を教えてもらい唱えてみるが、今度更に強くエラー音を響かせた。

 

「で、出来ない……」

 

 変身が出来ない。その事実に、また三人が驚き目を見合わせた。

 

「ど、どうするんだよ! 悟飯さん一人で待っててもらうとか……?」

「でも、そんな事して大丈夫なのかしら。もしここから落ちたりしたら……」

 

 二人が慌てたように話し出すのを他所に、当の悟飯は冷静だった。

 銀達のようなものではないが悟飯には一つ心当たりがあった。

 

「三人も変身したし、隠す訳にも行かないか」

 

 ブレザーを脱ぎ捨て、腰を落とす。

 その行為に、三人の視線が集まった。

 悟飯は一度深呼吸を挟んだのち、大きく叫ぶ。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

「え、何何!?」

 

 全身に力を込める。悟飯の表情はまるで鬼の形相になっていく。

 突然の悟飯の行動に、三人は慌てて悟飯から距離を取る。

 周囲の空気が変わる。それも物理的に。

 悟飯の方へと風が吹く。塵が浮き、渦へ。

 次第にそれは突風へ変わり、竜巻を作り上げる。

 そんな全てが悟飯に向って収束していっていく。

 

「ハアッ!」

 

 その叫びと共に同時、急に風が収まる。

 そして同時に悟飯は、変身していた。

 毛が逆立ち、金色に色が変わっている。

 威圧感とでもいうのか、鋭くなった悟飯の目つきに二人は一瞬震えたのが見えた。

 しかし、銀は違った。

 

「な、なんすかそれ! かっけー!」

「これは……なんて言おうかな。す、スーパー――」

 

 驚きながらも興奮した様子の銀に、悟飯は表情を崩す。

 悟飯が名前を言いかけて、銀の横から須美が大きく身を乗り出した。

 

「そ、それは怒髪天ね! しかも髪の色が神樹様のような色へ変わっている……。なるほど、男児の変身は歴史上一度もなかった筈だから知らなかったけれど、素晴らしい変身だわ! 孫さん!」

「あれ、スーパーじゃないの?」

「えっと、そうっ! 超怒髪天です!」

「超怒髪天っ! か、かっけー……」

 

 早口になった須美の圧に押され、名前が変わった。

 本来の名前、スーパーサイヤ人からサイヤ人の要素が消え、ただ髪の毛が逆立った事実が残ってしまった。

 とは言え最終的に、三人の反応は興味津々といった風で収まった。

 

「ともかく、大丈夫そうでよかった! ならよしっ、初めての実践だっ!」

「合同訓練はまだだったんだよね~」

「敵がご神託より早く出現してしまったせいでね」

「まぁ、行けるだろ。悟飯さんも増えたし!」

「そうだといいのだけれど」

 

 須美がふぅ、とわざとらしく息を吐いた。

 事情を知っている三人にも少し予想外のような反応があったのはその為かと納得する。

 

「ま、大丈夫だよね!」

「ぼ、ボクも頑張りますっ!」

「お先!」

 

 そんな会話の最中に、いの一番に飛び出したのは銀だった。勇者の力のお陰か、根の様な地面を飛び跳ねて渡っている。

 

「ボクも!」

「あ、待ってー!」

 

 悟飯が銀に続くように飛びだす。それを追い掛ける様に園子、須美も飛び出した。



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そんごはん 三

 大橋に辿り着いた時にはまだうっすら影だけだった。

 そこからさらに進んだあたりでその敵の全貌が明らかになる。

 金魚鉢、あるいは水瓶にも似た何か。硝子の様な中央部分に円形の水晶に似た部分が両脇についている。何とも言えない造形だ。

 その大きさはあまりにも巨大。十数メートル以上はあるだろうかと言う所。

 そしてそれは、浮遊して移動していた。

 

「お、大きい……」

 

 悟飯はその大きさに言葉を漏らす。

 それは他の三人も同じだったようで、少し気圧されている。

 道中に受けた説明を思い出す。

 向こうから来たもの、バーテックス。

 正体はまだ不明だが彼らは人を襲い、逆に人以外は襲わないのは分かっている。

 そして、勇者の力のみが彼らに対抗できるらしい。

 

「あ、あれっ!」

 

 園子がバーテックスが通った場所を指差した。そこにはまるで焼かれたような植物の地面があった。

 それも話にあった。

 バーテックスによる樹海の浸食。

 

「早く倒さないと、浸食によって元の世界に悪影響が出るっ!」

 

 須美はそう叫んで弓を構えた。しかし、須美よりも先に飛び出したのは銀だった。

 それを追うように園子も飛んだ。

 

「ちょっと、二人とも!」

 

 須美が二人を止めるべく声をあげたが届かない。

 残った須美と悟飯の目が合う。

 どうしようと聞いているかのようで、悟飯は一度考える。

 二人と二人。悟飯には遠距離の攻撃手段、気弾がある。つまりは槍と斧、弾と矢で分かれている。

 もしかすると丁度いいかもしれない。

 

「残ったボク達で二人の援護をしましょう!」

「そ、そうですね。あっ、三ノ輪さん!」

 

 須美の言葉に悟飯が振り向くと、銀がバーテックスが放った水の弾に襲われているが見えた。大きく飛び跳ねたせいで回避が上手く出来ていない。

 まばらにまかれたそれに集中砲火と言う訳ではない。

 けれど、腕と胴体の二発だけに被弾した。

 

「あっ――」

 

 弾は吸い付く様に銀に纏わり着くと同時に、勢いだけはそのままで大きく吹き飛ばされていった。

 地面にたたきつけられたのか大きな音と煙が上がる。

 

「しまったっ!」

「ミノさん!」

 

 園子が銀を呼ぶ声を聞いて、血の気が引く。

 つまりは気を取られたと言う事。

 案の定と言うべきか、今度はバーテックスの水晶部分からビームが放たれた。

 気を取られていた園子は直撃こそ避けたが、足場へと直撃する。

 体を浮かせた姿を最後に煙があがり、須美と悟飯の視界から消えた。

 これで二人。

 残りを掃除するかのように、バーテックスの矛先が須美達の方へ向いた。

 

「もう二人が……。鷲尾さん、ボクは銀さんの元に行きます。鷲尾さんはなんとか園子さんの援護を!」

「え、援護って、ちょっと!」

 

 返事を待たずに悟飯は飛び出す。

 弾の速度自体は大したことがなく、余裕をもって避けれた。

 銀が食らった時の様子を思い出す。

 体に纏わりついていたのを見るに、一発も食らえはしないだろう。

 

「とにかく、早く倒さなきゃか……」

 

 銀の落ちた所まで飛んでいく途中、須美の矢がバーテックスに命中しているのを見た。

 金魚鉢のような見た目と同じく、ガラスの様に一部が砕けたのも束の間。

 その傷は修復されていった。

 

「傷が治るのかっ」

「おりゃっ! あっ、悟飯さん!」

「銀さん、あまり無策に突っ込んでは……」

 

 大きく斧を振り下ろすと同時、体についた水が弾ける音がした。

 悟飯が銀の元へ降り立つと、銀は笑顔を見せる。どうやら深い傷にはなっていないらしい。

 しかし、悠長に話している余裕は得られなかった。悟飯達の方へ既に泡が向かってきていた。

 

「はあっ!」

 

 悟飯が泡の一つへ向けて手をかざす。同時に、光球が生み出され放たれた。

 そして弾の一つと相殺して弾ける。

 自身の身に宿る気を練り上げ弾にする初歩的な技、気弾。

 

「か、かっこいい技ですねそれっ!」

「と、とにかく銀さん、一緒に行きましょう!」

「へへ、了解!」

 

 カッコいいと言われ、満更ではない悟飯だったが、ここは戦場だと自分に言い聞かせる。

 悟飯の合図で二人は一斉に飛び出す。

 

「あ、あれっ? そうか舞空術は……」

 

 第一歩と同時に気付く。悟飯と銀の飛距離の差が大きく開いていた。

 跳躍力もあるが、その速度もまた悟飯と銀では差がある。

 移動中は話を聞くために抑えていたが、いざ力を出してみると悟飯の身体能力は三人とは比べ物にならない程に高いらしい。

 流石にだからと銀を置いていく訳にもいかず、一旦銀の元へと戻る。

 

「すいません、置いて行ってしまって……」

「悟飯さん飛びすぎでしょっ!」

 

 慌てて悟飯の元に駆け寄った銀が叫ぶ。

 舞空術で宙に浮いている悟飯はもはや飛ぶどころの話ではないのだが、それをしらない銀は不公平だーと頬を膨らませた。

 

「そう言われても……なっ、まずいっ!」

 

 目を離した隙だった。

 バーテックスは何かをチャージするかのように自身の中で渦巻を発生させていた。その標的、渦の中心の先を目で追うと園子が居る。泡の妨害と落下した衝撃で思うように動けていないように見えた。

 須美は多少近くに寄っているが、弓で戦う距離を保っていたせいか、少し遠い。

 

「乃木さんっ!」

「助けなきゃっ!」

「ちょ……うわぁっ!」

 

 悟飯が力を込めて飛び出した。同時に風圧で銀の悲鳴が聞こえた。

 攻撃よりもずっと速く、悟飯は園子の元に辿り着く。

 時間がないと、園子を抱えようとした時、後ろで何かが開いたような音がした。

 

「しまっ」

 

 気を取られて行動が一歩遅れた。

 咄嗟に防御姿勢を取って数秒。

 ……思っていたような衝撃は来なかった。

 

「うーっ!」

 

 防御姿勢を解いて見れば、園子の槍の刃を開き傘の様になっていた。

 

「これ、盾になるんだったー!」

 

 土壇場で思い出したらしい事実に悟飯が安堵すると同時にその槍を支える。

 真正面からの攻撃を受けて、ヒビなどが入る様子がない。強度はかなり信頼出来そうではある。

 ただ問題があるとすれば、園子自身だ。

 高い威力相手にいつまで腕が持つかの勝負になる。悟飯も支えている現在は良いが、ただただここで耐えていてもしょうがない。

 衝撃波からか泡は悟飯達の方へ来ていないが、ビームと泡は同時攻撃が可能だ。

 変化が訪れない理由は銀は恐らく泡を避けきれていないから。

 そして須美の矢は一撃しか見て居ないが、火力面に不安が出ていた。

 

「ありがとうゴッくん。ミノさんは……」

「銀さんは大丈夫です。ただ、こっちがそうもいかないですね……」

 

 攻撃を耐える事自体は問題がない。

 悟飯だけならこのまま反撃だって可能だろうがどうしても強引な手段になる。

 そして園子がここから離脱するのは容易じゃない。更には膝をすりむいているのだ。

 彼女の武器を借りでもすれば泡に襲われる危険もある。

 一応地面を支点に一人でも最初の一瞬は支えていたのを思い出す。

 少しだけなら持つだろう。

 

「園子さん、すみませんが少し耐えてください。ボクが止める!」

 

 園子を支えるのをやめ、悟飯は大きく距離を取る。

 全体を見渡せるような一番高い位置の地面に降りた時、遠くに弓を構えた須美も見えた。

 考えは同じらしいが、チャージ式のようで須美の周りには花の紋章がゆっくりと色を付け始めていた。

 あれが溜まるまででは遅い。

 ならばこそ、悟飯の出番だ。

 

「かめはめ――」

 

 腰に両手を持っていく。

 気を集め、両手の間に光球を生み出す。

 そして膨張と、抑え込みが繰り返されていた。

 何度もそれを繰り返す。

 そうして巨大化されていった光を、バーテックスへと向けて解き放つ。

 

「波っ!」

 

 かめはめ波。

 悟飯の得意技の一つだ。

 威力は記憶だけでも山は削る。文字通り一撃必殺の威力であると自負していた。

 悟飯の体よりも太く、速いそれがバーテックスを貫く。

 

 ――筈だった。

 

 直撃はした。煙をあがっている。

 衝撃は感じた。

 しかし、だというのに、バーテックスには傷一つついていない姿で煙の中から現れた。

 治ったかと思ったが、だとしたら須美の時よりも早すぎる。

 

「なっ……」

 

 手加減した訳でもない。

 一撃で倒すつもりで放った筈だった。

 だというのに、バーテックスは多少体勢が傾いただけで、傷らしい傷の一つも出来ていない。

 完全に効いていなかった。

 

「これっ、台風の凄いのみたいでっ」

「私がっ!」

 

 しかし、時間稼ぎにはなったらしい。

 須美の矢のチャージが溜まったようで、叫び声と共に矢が勢いよく放たれた。

 その矢は弾に捕らわれて動きを止めた。

 距離を取り過ぎたのもだろう。

 

「……何で」

 

 悟飯が気になったのは防御をしたと言う事実だった。

 防御をする知能がある。つまりはあのビームが園子から悟飯へ向くような事になっても良かった筈なのだ。

 しかしそうはならなかった。

 つまりは、かめはめ波は攻撃として見られていなかったのではないか。

 

「くっ、ああっ!」

 

 叫び声に思考から引き戻される。

 声をした場所えは須美が泡にはじかれ、足場から崩れ落ちるのが見えた。

 

「鷲尾さんっ!」

 

 悟飯が叫んで助けに行きたいが、未だに園子はバーテックスの攻撃を耐え続けている。

 ……優先順位をつけなくてはならない。

 少し探せば銀は見つかった。

 弾を回避するので精一杯のようで、前に全然進んでいない。

 

「これ、なんとかしてくれっ!」

「今っ……いや、先に園子さんを……でも、くそっ……」

 

 考える。

 銀を先に進めて、攻撃を止める?

 それとも園子と須美を助けて振り出しに戻す?

 あるいは他の……。

 思考が纏まらない。

 全員の援護に行ける程、悟飯は器用じゃない。

 それは、悟飯が超怒髪天のままで在ればの話だ。

 

「うおおおおっ!」

 

 悟飯は叫ぶ。

 自身の中にある気が高まるのを感じていた。いつか経験した進化一歩のような。

 それを更に限界まで引き上げるように叫び続ける。

 突風が暴風へと変わり、遂には大地が揺れ始める。

 己の内にある感情を解き放つように、声を、気を、力に変える。

 悟飯の周りに現れた弾が悟飯の熱に耐え切れずに消えていく。

 ――が、そこまでだった。

 

「ハアッ……! やっぱり2には……なれないか……」

 

 息を荒げた悟飯は悔しそうに拳を握る。

 もう一段階上の悟飯の変身。それは経験自体はあるのものの、それをはっきりコントロール出来る段階にまだ達していなかった。

 修行は、ここ最近は勉強ばかりでサボりっぱなしだった。

 後悔するが、しても仕方がない。

 悟飯は飛び上がり、額の上で両手を合わせる。

 つまるところ、優先順位の話に戻る事になる。

 

「とにかく、まず園子さんだっ。魔閃光っ!」

 

 悟飯の交差した両手から閃光が放たれた。

 かめはめ波と同じくバーテックスに直撃をしたものの、煙をあげて終わり。

 しかし、狙いはそこではない。横の水晶を狙ったそれは狙い通りに下方向へビームの軌道を変えた。

 

「きゃ、きゃああああ!」

 

 園子の叫び声が響く。

 ビームの向きが変わり、地面にぶつかるとその風圧で園子が吹き飛ばされたのだ。

 すぐに、悟飯は園子の方へと向かう。

 

「園子さんっ!」

 

 吹き飛ばされた園子を受け止めた悟飯の声に返事はない。

 ただ、気絶していた。

 離れた安全な場所へ園子を寝かす。

 彼女の傷は痛々しい。耐えてる時に出来たのだろう。腕や足の至る所に擦り傷が見える。

 悟飯がバーテックスへと振り向いた時、再び水晶が渦巻くのが見えた。

 回避を考えたが後ろには園子が居る。

 

「くそっ、勝てるか……。かめはめ――」

 

 再びかめはめ波を溜め始める。

 バーテックスに合わせるようにさっきよりもずっと長く、大きく。

 

「来たっ。波っ!」

 

 ビーム同士がぶつかり大きな衝撃を生む。

 最初は拮抗するが、威力だけなら悟飯の方がずっと上だった。

 押し合いになるとバーテックスはずっと劣勢で、かめはめ波はバーテックスを押し返していく。

 

「今ならいけるか。うおおおおっ!」

 

 叫び声をあげ、力を込める。

 勝ったのは悟飯だった。逆流するようにかめはめ波がビームの入り口を抑えた事で、大きな爆発が起きた。

 ダメージは入った。

 そう確信したのも束の間、煙の中からやはり無傷のバーテックスが現れた。

 

「やっぱり、ダメージが通っていない……」

 

 確かめるように口に出す。

 絶望的な事実だった。

 とにかくと、悟飯は園子から離れ上空へと向かう。

 状況は二人が気絶。銀はどうやら須美の方へと向かっているらしい。

 判断としては悟飯はそれが正解に思えた。とにかく、一旦体制を立て直すべきだ。

 しかし、バーテックスを放置するわけにもいかない。

 

「守れる力はある。ボクが、ボクがやるんだっ」

 

 悟飯は今度は拳だと全力でバーテックスに近づく。

 弾を避けて進むのは悟飯一人なら容易かった。

 すぐにバーテックスの元まで辿り着く。

 選んだのは勢いのつけたストレート。

 直接の打撃は、悟飯に確信を与えた。

 ……手応えがない。

 決して壊れない物を殴っているような。柔らかい訳でもなく、ただ、ただ硬い。

 須美と何が違うのか。

 悟飯には分からないが、それでも自分がこいつを倒せないのだと理解してしまう。

 

「うりゃりゃりゃっ!」

 

 ただ、それでも手を止めずに気弾をとにかくばらまく。

 大きくあがった煙を使い、須美や園子達から離れるように誘導するのが精一杯だった。

 絶望的に思えるが、悟飯にとって攻撃が全く効いていない経験は一度ではない。

 そしてそのどれも、突破口が何処かにあった。

 なればこそ、諦めない。

 

「――しまっ」

 

 思考に意識を割いていたせいか、煙の中から放たれたビームに対応が遅れた。

 しまったと言葉にすら出来ず、反射の防御しか取れずに直撃する。

 

「悟飯さんっ!」

 

 薄れかけた意識で、銀の叫び声が聞こえた気がした。



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わしおすみ

 須美は目を覚まして、すぐに意識を失っていた事に気付いた。

 バーテックスの姿がすぐ近くに見える。

 浸食が、広がっている。

 状況がまだはっきりとしていないが、どうやら良くはなっていないというのだけは分かった。

 

「どうしたら……」

 

 須美は考える。

 対処を。

 勝利への道筋を。

 須美の矢は直線的で軌道がバレやすい。一撃必殺どころか、威力としてはあまりにも低いのは先の攻撃で証明されてしまった。

 あるとすれば、速度と正確性。チャージして、となれば変わるだろうが一発は確実に当てられる自信がある。

 それ以降はきっと届かない。

 銀の斧は未知数ではあるが最も有効打に成り得る力を持っているだろう。

 しかし未だにその刃は一度たりとも届いていない。

 機動力に難がある。二つの斧は目立つ。奇襲すら出来るかどうか。

 園子は未知な部分が多すぎる。

 槍なのか? 盾なのか? 何をメインにして、どう戦って、どう連携を取れるのかが分からない。

 一番の問題は、孫悟飯だ。

 彼の機動力は目を見張る物がある。空中浮遊に高速移動。

 攻撃では遠、中距離をメインにしていたが。あの速度に任せた近距離戦闘も恐らく可能だ。

 致命的なのは、それら全てが有効打に成りえない事。

 波動砲は驚いた。見た目の威力、衝撃こそ須美の比じゃなかったの確かだった。

 しかしバーテックスは傷一つついていなかった。須美の攻撃でもダメージは通ったのに、だ。

 原因は分からないがそれが事実。

 つまるところ、個々の力で戦うには四人はあまりにも弱い。

 とても勝てるとは思えない現状。

 どうすればいいのだろう。

 そもそも他の皆は何処へ?

 

「あぶないっ!」

 

 突然押し倒された須美は、目の前を水弾が飛び去って行くのを見た。

 驚きに動きを止めていると視界の下から銀の顔が現れた。

 

「大丈夫か!?」

 

 そこでやっと理解する。助けられたらしい。

 

「動いてないとあぶな――」

 

 銀が顔に水弾を受け、吹き飛ばされていってしまった。

 

「三ノ輪さんっ!」

 

 須美が慌てて駆け寄ると、顔に水がまとわりついていた。

 脳裏をよぎったのは水攻め。溺れる。窒息死。

 血の気が引いたのが嫌でも分かった。

 

「は、剝がさないと……」

「もがっ、んんっ!」

 

 息が出来ずもがく銀を助けようと、須美は水を掴む。

 掴めた事実にも驚くがその水は弾力があるせいか、どうにも剥がれない。

 

「ミノさん!」

 

 後ろから聞こえた声に振り向くと園子が居た。

 園子も傷をいくつか抱えている。なんとか手当てをしないとと考えるが、すぐに考え直す。

 今一番危ないのは銀だ。

 纏わりつく水が決して離れない最悪の状態だ。須美の焦りは段々と高まっていく。

 まずい。

 まずいが、どうする?

 私に、何が出来る?

 

「はっ!」

 

 須美は最初、何が起こっているのか分からなかった。

 だが銀が喉を鳴らしていて、それに合わせ水が小さくなり始めたのに気付いて察する。

 飲んでいる。バーテックスの生み出した水を。

 しかも、ペースがかなり早い。目に見える程の速度で銀を包む水が消えていく。

 そして、完全に飲み切ってしまった。

 

「え、えぇ……」

「えっと、ミノさん、大丈夫?」

 

 いつの間にか、園子も近くに来ていた。

 ぷはーっと久しぶりの呼吸をしながら、銀が口元を拭った。

 

「神の力を得た勇者にとって、水を飲み干す事など造作もないのだ!」

 

 握りこぶしを作り、笑顔でそう語った銀だったが、すぐに口を押え「気持ち悪い」と涙目になった。

 言わんこっちゃないとは思いつつ、窮地を脱したのも事実で須美はあまり怒れない。

 

「ミノさん凄い! お味は?」

「最初はサイダーで、途中でウーロン茶に変化した……」

「まずそー……」

 

 そうなんだ、と思うが我に返るとする。

 そんな事よりバーテックスだ。そして、悟飯が居ない。

 最後の記憶では悟飯が波動砲を撃って、効かなかった事に狼狽えていた場面。まさか効かないとは須美も思っていなかったからはっきり覚えている。

 

「その、孫さんは……?」

「そうだ! 悟飯さんがっ!」

 

 銀が思い出したようにバーテックスを睨む。何があったのか。

 その問いに答える様に、叫び声が聞こえた。

 

「うおおぉぉぉぉぉぉ!」

 

 小さく、鈍い音が響いていた。

 音のした方向を見ると、そこでは悟飯がバーテックスに立ち向かっていた。しかも、その姿は金髪の怒髪天ではなく、黒髪の姿だ。

 だというのに彼は空中を浮遊し、バーテックスの攻撃を避けながらなんとか進行を食い止めている。

 

「悟飯さんが、バーテックスの攻撃受けて、変身が解けて……」

「えっ、変身が解けても戦えるの……?」

 

 須美の疑問は最もだった。

 銀も確かに、と呟いたが現に戦えてるから何も言えない。

 それと同時に、バーテックスから波動砲が放たれたのを見た。悟飯に向けて放たれたそれは、速度的に悟飯に当たりそうではなかった。

 しかし、悟飯はそれを両手で受けた。

 

「ぐっ、ぐうううう、はぁぁぁぁぁっ!」

 

 そしてそれを防ぎきって見せた。

 

「なっ……」

 

 園子が耐えるだけで精一杯だった筈なのに、悟飯はそれを一人で、しかも生身で防ぎぎってしまった。

 が、流石に無理をしていたのか両の手を力なくぶら下げていた。

 何故受け止めたのかと声に出しかけて気付く。、悟飯の後ろには大橋の一部があった。

 樹海のダメージは現実へと還元される。浸食よるものでも、勇者によるものでもそれは変わらない。

 

「まさか、ずっとあんな戦い方を……」

「とにかくっ! 悟飯さんが攻撃を全部防いでくれたお陰で、あたしが気付かれずにこれたんだ」

「しっかり、三人で集まれたのは良かったね」

 

 確かに体制を立て直す必要があった。

 しかし、悠長にもしていられない。あんなボロボロの体で、ダメージを負うだけの戦いを続けている悟飯はいつまで持つか。

 

「っ、援護しなきゃ!」

「あたしも! もう一度根性で」

「まって! 鷲尾さん、ミノさん!」

 

 園子に肩を掴まれ、須美が振り返る。

 銀も園子の言葉に足を止めていた。

 

「うおおおおおおおっ!」 

 

 三人が黙ると悟飯の叫び声が響いた。

 未だ変わらず、バーテックスは傷一つついていない。それでも多少は押し返したり出来ているお陰で、まだ大橋の出口には遠い。

 

「ゴッくんが無策で戦っているとは思えないんだ」

「つまり、何か目的がある……?」

「うーん、ちょっと違う……時間稼ぎかな?」

 

 園子の言葉に須美は改めて悟飯を見る。

 水弾を迎撃しながら、ダメージがないにも関わらず攻撃を続けている。

 それは確かに時間稼ぎのようにも見えた。

 

「なら、孫さんは何の時間を」

「わたし達がバーテックスを倒すまで、とか」

 

 悟飯の攻撃が通らない以上、勇者である須美達三人に託すしかない。

 

「つまり、わたし達に賭けてくれているんじゃないかな」

 

 園子の言葉に、改めて悟飯の姿を見る。

 悟飯が動く度、血が飛び散って痛々しい。

 今にも死んでしまうんじゃないかと思えて仕方がない。

 そんな状態になりながら、自分達を信じてくれている。そう考えると、弓を握る手に自然と力が籠った。

 

「それでねわたし、ぴっかーんと閃いたんよ~!」

 

――

 

 作戦開始の合図は、須美の一矢からだ。

 

「よし……」

 

 バーテックスに矢が刺さると爆発を起こす。

 須美はそれを見て安心する。私の攻撃は通ると。

 爆発で欠けた体はすぐに治ってしまう。しかし、注意は悟飯からこちらに向いた。

 想定通り、バーテックスは、須美達に向けて水弾を飛ばしてきた。

 

「よし、こっち向いたよ~」

「皆っ!」

 

 悟飯も須美達に気付く。

 作戦の概要はこうだ。

 まず、園子の作った盾で守りながら近づく。

 奇襲はしない。作戦には悟飯の力は必要だ。足止めだけさせる訳にはいかなかった。

 

「展開!」

 

 突き出された槍は、刃の部分を骨として傘のような盾へと変化させた。

 それはただ開いただけに終わらない。更に柄から離れ、更に大きく広がった。展開に時間を掛けたからか盾の部分が広がった事で、三人分丁度守り切れている。

 バーテックスの水弾はなんなく防ぐ。

 少しでも軌道が危なそうな物は須美が落とす。

 

「僕も落とします!」

 

 園子の負担を下げる役目を、説明していない悟飯に要求するのは多少賭けではあったが確かに水弾を落としてくれていた。

 急ごしらえの作戦にしてはなんとか上手くいっている。

 

「よし、このまま前進!」

 

 園子を先頭に三人が走り出す。

 銀が悔しそうに斧を握り直した音が聞こえた。

 

「頼んだぞ、みんな……!」

 

 バーテックスも馬鹿ではない。

 水弾が意味をなさないと分かるやいなや、波動砲へと攻撃を変えてきた。しかし、それも園子の盾は防ぐ。

 だが、前進が中断される。

 まだ想定内。

 

「行くよーっ! おーえす!」

 

 絶え間なく、波動砲が襲い続けている。

 しかし、今度は三人で支えている。故に、園子の掛け声と共に歩く程度だがゆっくりと、前進し始めていた。

 問題は波動砲を防ぐのに精一杯で周囲の状況を確認出来ない事。

 防いだ波動砲がカーテンのようになっていたのだ。

 これでは自分達は何処まで進んでいるのか分からない。

 が、まだ想定内だ。

 

「おーえす! おーえす!」

 

 園子の掛け声に合わせて前に進んでゆく。

 三人で支えているのにも関わらず、手が痺れてきた。

 震え続ける槍を抑え続けるだけでも精一杯で、歩くと更に余裕が無くなる。

 

「ほら鷲尾さんも! おーえす!」

「おーえす!」

「……おーえす!」

 

 歩幅が段々と合い始める。着実に速度が増していた。

 一瞬だけ水弾が見えたが、それは光球に落とされていた。

 

「おーえす!」

「っ! おーえす!」

 

 小さかった掛け声だが、吹っ切れたように全員が叫ぶようになり始めていた。

 距離は縮まっている。

 

「「「おーえす! おーえす!」」」

 

 近づいていく程に威力が上がっている。

 進んでいる実感はある。

 憶測になるが、一歩一歩進んで後何歩で終わりかと数えている。

 ただ、もしも、わかってくれるのならば、

 

「かめはめ」

 

 十分に近づいた事を知らせる観測者が必要だった。

 それを説明していない悟飯に求めたのも賭けだった。

 悟飯がもし、須美達を信じて賭けてくれているのであれば、私達も信じてみようと。

 そうでなくても、近づければいいという目的ではあった。

 しかし理解してくれた。

 

「波ああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 天を貫く青の柱が上がる。

 それは悟飯のかめはめ波が下から完全にバーテックスの波動砲を止めたのだと理解するまで一秒もいらなかった。

 全員の思考が一つに纏まった確信があった。

 そして、全力をもって飛び上がる。

 

 

「「「突撃ぃぃぃ!」」」

 

 十数メートルもある上空へ飛び上がった三人はそれぞれ武器を構える。

 須美は水弾を撃ち落とし、道を作る。

 園子は盾から槍へと持ち替えて構える。

 銀は、大きく息を吸って、これからの用意をする。

 

「ゴッくん!! ミノさんを、投げて!」

「っ、分かった!」

 

 悟飯は園子の指示に疑問を飲み込み、銀の手を握った。

 須美が複数の矢を生み出し、邪魔する泡を撃ち落とす。落下しながらは狙いにくいが、やるしかない。

 そして、槍が投げられる。

 突き刺さった槍は目印だ。

 

「着地はボクに任せろっ! いけーっ!」

「いって! 三ノ輪さんっ!」

「ミノさん、いけーっ!」

 

 悟飯は銀をバーテックスへ向けて投げ飛ばした。

 悟飯の全力。傷ついた体だがそれでもその速度は想像よりもずっと速い。

 不安になるのは、それに銀がついていけるかどうかだが。

 

「おおおおおおおっ!」

 

 叫びながら銀が振った斧は、勇者の力か、熱を持ち炎を纏い、バーテックスの水晶を切り裂いた。

 須美はやった、と声にしかけるが、まだ一部。

 つまりは、

 

「「「「次っ!」」」」

 

 着地地点には既に悟飯が待っていた。

 恐ろしい程の速さ。それだけは間違いがない彼が、銀の機動力を補助すれば絶対に勝てる。

 そんな単純なそれが、園子の作戦だった。

 そしてそれは間違いなく、事実だったと見せつけられている。

 銀の手を取り、悟飯を軸にした無理矢理な方向転換。

 下から上へ。上から下へ。

 右から。左から。

 四方八方から襲う神速の猛攻。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

 ただガラスが砕かれるような音が響く。

 響く。響く。響く。

 

「これでっ、最後だぁぁぁぁ!」

 

 持ち得る膂力を、襲い来る限界を、それでも振り絞った銀の一撃はバーテックスの中心を破壊した。

 

「ミノさんっ!」

 

 地面に落ちた衝撃に顔を歪ませた園子が立ち上がり、銀を探していた。

 動きが速すぎて、殆ど目視出来ていなかった。

 音が止んだ時、銀が何処にいるか須美は見つけられなかった。

 

「どうだぁぁぁ!」

 

 響き渡った勝鬨の声で、須美はようやく銀を見つけた。

 悟飯に抱かれて左腕だけ、震わせながらも天に突き出している。

 そこでやっと確信した。

 ああ、私達は勝利したのだと。



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わしおすみ 二

 銀を下ろした悟飯を見た時、須美は絶句した。

 彼の傷は尋常な物ではなかった。至る所に傷が見つかる。そしてそこから血が流れている。一番は破けた制服の間から見える両手両足の痣だ。

 大橋を守り続けた体はあまりにも、痛々しいと思った。

 

「皆さん、無事でよかった……」

「ご、悟飯さんが無事じゃないですよ!」

 

 駆け寄った須美と園子を見た時、悟飯は安堵したように笑みを浮かべた。しかし、隣の銀はかなり大慌てで悟飯をどうしていいのか迷って居る。

 大分疲労したようで息も荒く、膝をついて立っていられてすらいない。

 それもそうだ。変身がまず解けているのに攻撃を受けて、あろう事か銀の攻撃を最後まで支え続けたのだ。

 

「孫さんっ! 大丈夫ですか!? 変身も解けてしまって……」

「確かに、勇者の力がないのに大丈夫なんですかっ!」

 

 駆け寄った須美が悟飯を支えようとして、手で制された。

 

「えっと、ボクは……慣れていますから」

「慣れてるって……血がっ」

「ほら立って歩け……あいてて」

 

 立ち上がり、その場で足踏みをしてみせた悟飯だったがすぐに痛みによって中断された。ただ、その反応の軽さから重傷という訳ではないようにも思えたのも確かだ。

 だからと言って、安心できるものではないが。

 

「それよりも、バーテックスです。あいつは……」

「そ、それなら……鎮火の儀が」

 

 須美が指をさした先には、銀が切り裂いたバーテックスの残骸が浮いていた。

 もう攻撃はしてこない。前進もしないのを見るに完全に機能は停止している。

 そして、それを包むように花びらが舞っていた。

 

「あれが……鎮火の儀ですか……?」

「はい。バーテックスを樹海から追い出す儀」

 

 そう、追い出すのだ。

 バーテックスは修復機能のある不死身に近い怪物だった。近いというだけで完全な消滅は出来なくないが、少なくとも須美達のお役目はそれでよかった。

 消滅が望めないのは事前にも伝えられていた事で、倒し、神授様の鎮火の儀によって追い出す。それが元々須美達が聞いていた話だ。

 お役目が始まる前は消滅させてみせると意気込んでいたが、傲慢だったと思う。

 

「とにかくゴッくん、大活躍だったねー」

「確かに! バーテックスの進行を滅茶苦茶止めてくれてましたよね!」

「そ、そうかな……」

 

 興奮気味に二人が話すが、当の悟飯はあまり浮かない顔をしていた。

 須美も、一番勝利に貢献したのは間違いなく悟飯だとは思っていた。三人が立て直す時間を稼いだ事、園子の作戦を完全に理解しきった事など、あげて見れば凄まじい活躍だ。

 

「それにっ、わたしの作戦全部分かってくれて嬉しかったよ~」

「とにかく、皆に賭けるしかないって思って……」

「信じてくれたんだ~。嬉しいな~」

 

 園子がしゃがみこみ、悟飯を見つめる。ニコニコと笑みを浮かべて、純粋な好意を伝えてくる園子に悟飯は恥ずかしそうに目を逸らした。

 しかし、悟飯は目を逸らしたまま、ただと続けた。

 

「ボクの攻撃が効いてなかったですし、それのせいで皆が危ない目に」

 

 悟飯の言葉に全員が首を傾げた。

 元を辿れば悟飯の存在は予定外の事だ。悟飯を守って戦うならいざ知らず、一緒に戦っただけでも十分なのだ。

 更に言えば攻撃が通用しない、押し止めるだけしか出来ないのにも拘らず、あんなに戦えているのは、十分どころか問題だ。

 

「そんな事ないって! あれは先走ったあたしが悪かったし」

「わたしも、守ってもらってとっても頼もしかったよ~」

 

 二人が悟飯の言葉を否定すると同時に、反省会が始まった。全員があれが悪い、これが悪いと言い合っていく。しかし、そのどれもが自分の失態だ。

 しかし、それを具体的にどう改善するかは誰も何も思いつかないようで、失態をあげているばかりになっている。

 

「それならあたしも……いや、今回は勝ったし、やったーで終わらせないか? これずっと続きそうだ」

「……そうですね。ならえっと」

「嬉しいならばんざーい、だよ~」

 

 園子の言葉に銀と悟飯が顔を見合わせた。それと同時に笑う。

 

「あれ、わたし変な事言ったかな!?」

「いえ、乃木さんの言う事は正しいわ」

「じゃあほら、せーのっ!」

「「「「ばんざーい!」」」」

 

――

 

「孫君は無事よ。明日は問題なく学校に登校できるわ」

 

 担任の言葉に、三人は顔を見合わせて喜んだ。

 お役目が終わった時、須美達はすぐに気付いたらしい大赦の人間に連れられて、学校の保健室にいた。それもただの保健室ではなく、勇者の治療が出来る特別な保健室だ。

 一番始めに保健室の中へと入った悟飯が三人の診察が終わっても出てこなかった時は不安だったが、大丈夫だと聞いて一気に肩の力が抜けた。

 バーテックスの水を飲んだ銀の検査が先に終わった時は血の気が引いたが、同時に命に別状はないと伝えられて安堵したりと、感情が下がって上がって、心臓の音が耳に届き始めていた。

 

「それにしても、よくやってくれました」

 

 担任の声が優しくなった。

 

「神託の時期がずれて、合同訓練が間に合わなかったでしょう。そんな中でも四人で力を合わせてお役目を果たしてくれたことは、素晴らしい事だわ」

 

 そう誉め言葉を貰うと途端に嬉しくなる。しかし、須美はすぐに表情を硬くした。

 それは、悟飯の事だ。そして、銀や園子が危険な目に合い続けていた事。

 慢心もそうだ。結局、勝利の為に須美からした事は何一つもなかった。

 

「今日の所は家に帰って休むように」

 

 その言葉に顔をあげる。今日は終わり。

 須美はまだ、話したい事があった。樹海での反省会の続きしかり、もっと次に備えた何かを今からでもと言いたかった。

 

「よし、帰ろ帰ろ~! さようならー」

「あたしもっ、さようならー! 早く帰ってお風呂入りたいー」

 

 しかし、園子と銀は担任の言葉にわいわいと話しながら帰って行ってしまう背中を、須美はただ見つめるしか出来なかった。

 お役目で一緒である事。それ以外に須美には彼女達との接点がほぼなかった。同じ組の級友であるとはいっても、朝の挨拶程度。時折遅刻する銀やマイペースに眠る園子に小言を言う事もあるが、雑談に関しては全くなかった。

 

「どうしました、鷲尾さん?」

「あ、いえ何でもありません! さようなら!」

 

 須美が家に帰った時、両親は凄く驚いた。普段真面目な須美が体中に傷を抱えて帰れば、当然驚く。しかし、お役目を果たした事を話すと、両親はこれ以上ない位に褒めてくれた。

 家に居る使用人達もまるで自分のことのように喜んでくれて、「今日は御馳走を作ってあげるわ」と母が台所へと入って行ってしまった。

 台所へ行く前に、もちろん和食のね、と言った。須美にそれはとってかなり楽しみだった。

 

「私、お清めをしてからお風呂に入りますね」

 

 父に断りを入れてから、外に出る。それと同時に須美は、笑顔を見せていた表情を曇らせる。

 両親が褒めてくれた、それ自体は嬉しい。彼らの胸に抱かれるのは嫌いじゃない。しかし同時に、悔しくもあった。

 胸を張って、お役目を果たしてきたとは言えない結果だったからだ。

 

「くっ……」

 

 庭裏にある井戸で、冷水を浴びる。洋風の家の裏とはいえ、和のテイストで作られた井戸は須美の要望だった。

 そこで体を清め、心身ともに引き締めるのは須美の日課だった。

 今日はそれ以上に、振り返りがしたかった。

 

「辛勝だった……」

 

 呟きは思考となって広がる。

 バーテックスを侮っていた。自分が何処まで動けるかも理解していなかったが、それ以上に連携の取れていなさだ。

 最初に銀が飛び出したのもそう。悟飯と一緒に攻撃する事を怠った。園子と敵についての打開策を話し合う事も出来なかった。

 

「悔しいっ……」

 

 水を被る。

 冷たさに慣れ始めているのに気付いた。どうやらもうずっとここに居たらしい。

 須美は立ち上がり、呟く。

 

「連携……」

 

 銀、園子、悟飯の三人と連携を深めなくてはならない。つまりそれは、彼女達と仲を深めると言う事。

 しかし、須美はそれがとても難しい事のように思えて仕方がなかった。

 須美は真面目だった。それは自分の美点であるつもりだが、同時に他人にまでそれを求めてしまう癖があり、そういう欠点であるとも自覚していた。

 級友達はそれなりに仲良くしてくれるが、あまり良くない感情を向けられる事もない訳じゃない。それこそ、園子に関しては席が隣であり、彼女に小言を言ってしまう事は少なくない。

 銀も銀で、遅刻の常習犯で忘れ物も日常茶飯事になりつつある。

 須美だって言いたい訳じゃないのだが、小言を言いたくなるような事ばかりする園子と銀が、苦手だった。それが、同じ特別なお役目を果たす仲間であるから尚更。

 ただ、それは二人も同じじゃないか。それこそ悟飯も、二人のように自由奔放だったりして、同じように苦手になってしまったらと思うと不安になる。そんな自分が、仲良くなれるのか。不安だった。

 自分が苦手としているのに、更に相手にも苦手に思われていたらどうしよう、と。

 

 ……また水を被った。

 どうも思考が纏まらない。

 

「須美?」

 

 名前を呼ばれて、振り返る。そこには父が居た。お清めから戻ってこない須美を心配したのだろう彼は、タオルを片手に持っている。

 

「大丈夫か? 随分と長くいたようだが……」

「いえ、大丈夫です。今戻ります」

 

 須美は笑顔を作って答えた。

 お清めを終えて、父親からタオルを借りた。

 それから湯舟に浸かり、居間へと戻る。

 するとそこには豪華な料理が置かれていた。恐らく主役であろう中央に置かれているのはなんと鯛の活造りだ。

 

「わぁ……」

 

思わず声を漏らす。こんな短時間で、とも思ったが須美が家に帰ってもう三時間は過ぎていた。

 しかし、どこのどれを見ても和食で嬉しくなる。

 須美の両親は朝は洋食派だった。しかし、須美にはそれが許せず、毎朝の料理を自主的にし、和食を作り続けていたのだが、遂にそれが実を結んだのだ。

 朝以外も和食を意識するようになって比率があがればと考えていたが、自分のやってきた事は無駄ではなかったようだ。

 そんな須美の笑顔を見て、両親達も笑みを浮かべる。

 

「いつもは須美が作ってくれるからね。張り切っちゃった」

 

 そう言って腕を持って、見せつけてくる母に思わず笑ってしまう。

 そしてそれと同時に、一つ思いついた事があった。

 

「あっ、これだわっ!」

 

 須美の言葉に両親が首を傾げた。



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わしおすみ 三

「昨日お話した通り、四人には、大切なお役目があります。だから、昨日のように突然教室から居なくなることもありますが、慌てたり騒いだりはしないように」

 

 担任の口から、説明がされる。教室の前に立たされると少し身が引き締まる。

 隣に立つ悟飯もそれは同じようで背筋をまっすぐに伸ばして表情を硬くしていた。しかし、その隣、銀と園子はニコニコとしていて、あまり緊張をしていないらしい。

 ただ、気を張りすぎるのも問題だとは須美自身も自覚していて、ふと隣に立つ悟飯の顔を見る。

 須美に気付いた悟飯は頭を掻いて、困ったように笑いかけた。

 須美はそれに何も返せなかった。

 

「そして、心の中で四人を応援してあげてくださいね」

 

 そしてその日は放課後まで、結局いつも通りに過ごしてしまった。

 授業を受けて、休み時間に級友と楽しく話し、帰り支度をする。いつも通りだ。園子や銀、悟飯と一言も挨拶以外に言葉を交わさなかったのだ。

 須美は慌てて教室に残っている生徒は見る。その数はもう少なくなっていたが、悟飯、銀、園子の三人は居た。

 しかも、悟飯と銀は二人して数人に囲まれ質問攻めを受けていた。

 

「ね、お役目ってどんなだった?」

 

 お役目について、須美達以外はその内容も何も知らない。それこそ、勇者である事実、戦う事すらも知らないのだ。

 

「痛いの?」

「すみません、お役目について、話さなさいようにと言われてて……」

 

 悟飯が申し訳なさそうに話すのを見て、須美はホッとする。

 ただ、お役目については話す事はしてはいけないと常々言われていた。悟飯もその話はしっかりと受けたようで、二人も言えないと少し残念そうにではあるが話した。

 

「あたしもそうなんだー、悪いね!」

 

 銀も笑いながら答える。

 銀ならば自慢げに話してしまいそうな雰囲気があったが、杞憂に終わったらしい。

 ひとしきり質問時間が終わり、教室に居る生徒達も大きく数を減らした。

 それでも残った園子は少し眠そうに席に座っていて、悟飯と銀が帰り支度を始めたのを確認してから、須美は立ち上がる。

 

「あのっ!」

「うん?」

「あれ、どうしました? 鷲尾さん」

 

 膝裏で椅子を引いて立ち上がったのを珍しそうに二人が見てきた。

 三人に見られて少し言葉に詰まる。しかし、後に引けないと一度わざとらしく咳払いをする。

 

「そ、孫さん、乃木さん、三ノ輪さん。その、よければ、えっと、これからその……」

 

 言葉を詰まらせながらも精一杯の笑顔を作る。

 

「祝勝会でも、どうかしら?」

 

 その言葉に、悟飯と銀は目を合わせた。そして、笑った。

 

「良いねぇ!」

「ボクもやりたいです!」

「うんうん! 行こう行こう!」

 

 三人は頷いてくれた。それぞれに用事があるかどうかなど、断られる覚悟はしてきたつもりだったが、肯定されると一気に肩の力が抜けた。

 

「えっとそれじゃあ……」

 

 駅前にある巨大なショッピングモール、それがイネスだ。地域屈指の人気スポットであり、週末はここ! と家族で過ごす者まで居る。というのが銀談。

 後から須美が他に大きな施設がなく、公民館も併設されているだけなのだけれど、という補足を入れた。

 閑話休題。

 須美達はそこのフードコートで、席を囲んでいる。一旦ジュースだけそれぞれ買っている。鞄を椅子の後ろにかけ、須美が立ち上がった。

 

「えー、今日と言う日を無事に迎えられたことを、大変うれしく思います」

 

 硬い挨拶が響く。わざわざ用意した原稿を読み上げている。

 フードコートに須美達の他に人が居ないのはよかった。騒がしくて、大きな声を出さなくてはいけないという風になったら困ってしまう所だったから。

 

「本日は大変お日柄も良く、神世紀二百九十八年度、勇者初陣の祝勝会ということで、お集りの皆さんも、今後ますますの――」

「ふふっ、堅苦しいぞー。かんぱーい」

「えっ、かんぱーい」

 

 銀が勝手に始めた乾杯につられて悟飯も乾杯とコップを合わせ、飲み始めてしまった。それを園子が笑ってみている。硬すぎないかとは思ったが、やはりそうだったらしいと須美は反省する。

 園子が自分を見詰めているのに気付く。

 

「ありがとうね、すみすけ。本当はね、すみすけを誘うぞ誘うぞって思ってたの。でも中々言い出せなくて、誘って貰えて凄く嬉しいんだよ~」

「うん! 鷲尾さんから誘ってくるなんて初めてじゃない!?」

 

 二人が嬉しそうに話す。悟飯はまだ二日目だが、驚いたような顔をしていた。

 

「そうなんですか? ボクはてっきりみなさん仲が凄く良いのかと思ってたんですけど」

「実はそうなんだよ~。でもそう見えた? 嬉しいな~」

「合同練習もまだだったからなぁ。でもあたしら、初陣よくやったんじゃない?」

「ねー! 私も興奮しちゃってガンガン語りたかったんだよ~。ほら、スーパー……じゃなくて、超怒髪天とか!」

 

 話が盛り上がり始めたのを見て、須美は必要なくなった原稿を折り畳み椅子に座った。

 語りたい。それは須美も同じだ。辛勝ではあったが、勝利だ。嬉しくない訳ではないのだ。喜びを分かち合いたいと思わずにはいられなかった。

 だから、園子達の意外だったというのはかなり刺さった。

 やはり、そう思われていたのか、と。

 

「私も、話がしたくて、三人を誘ったの」

 

 ぽつりと話し出した須美の言葉に三人の言葉が止まる。もしかして止めてしまったかと思い視線をあげれば、三人は笑顔で須美の顔を見ていた。

 どうやら聞いてくれるらしい。

 

「私ね。二人の事を最初信頼出来てなかったの。悟飯さんは、それこそ突然で不安だった」

 

 意外だという風に三人は目を見合わせた。慌てて言葉を続けた。

 

「それはね! 皆の事が嫌いじゃなくて、私が……人を頼る事が苦手で」

「すみすけ……」

 

 本心だった。今までの須美は一人で何でもしたかった。身を清めるのもそうだ。一人で考えを纏める為。洋食好きな両親を変える為、わざわざ自分一人で和食を作っているのも、その本心の表れだ。だから、あまり人に頼る事が苦手になっていった。

 バーテックスとの闘いは初めての挫折とも言えた。

 

「でもそれじゃ駄目なんだよね。一人じゃ、何もできなかった」

 

 何度も悔しさを反芻した。痛みで辛かった。負けそうで怖かった。

 

「三人が居たから。だから、その……これから私と……」

 

 しかし、話していく程に用意していた筈の言葉を吐き出せない。

 真っ白になっていく頭の中、唯一の残った言葉を叫んだ。

 

「私と、仲良くしてくれますかっ!」

 

 須美にとってはこれが精一杯だった。

 その言葉に、三人はまた目を合わせて示し合わせると、笑みを浮かべた。

 

「もう既に仲良しだろ?」

「えっ……」

「銀さんの言う通りですよ」

 

 更に意外な言葉で返された。 

 もう仲良し? 本当に? 自問してみるが、銀の言葉が全て肯定してくる。そうして実感が湧いてくる。

 

「嬉しい! 私もすみすけと仲良くしたかったんだ~。私も友達作るの苦手だったから」

「乃木さん……」

「すみすけも同じ思いだったんだ。嬉しいな~すみすけ~」

 

 身を乗り出して喜ぶ園子に須美はちょっと下がる。決意はしたが、急にぐいぐい行けるかと言われれば流石にそうでもない。

 ただ、一つだけ気になる事があった。

 

「あの、乃木さん。そのすみすけって言うのは……?」

「あ~、いつの間にかあだ名で言ってた~」

「え、無自覚だったんですか……」

「あたしもいつの間にかミノさんって言われてたし、癖みたいなもんなのかね?」

 

 その理屈で言えば、思い出せば確かに銀の事をミノさんとも呼んでいた。前から仲良かったのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

 

「そういえば、ボクもゴッくんでしたっけ……」

 

 微妙そうな顔をした悟飯に同情する。

 

「私はその、すみすけっていうのあまり好きじゃないかな……」

「じゃあ、わっしーなは? アイドルっぽく!」

「もっと嫌」

 

 よくもまぁ、こんなに素早く新しいあだ名を思いつけるなと思いながら須美は却下した。

 アイドルは流石にあり得ない。

 

「えー」

「乃木さんも、そのこりんとか嫌でしょ?」

「わぁ……」

 

 お気に召したらしく、目を輝かせてしまった。慌てて忘れてとなかった事にする。あだ名、あだ名かぁと自分でも考えて見るが全く思いつかない。

 

「あっ、閃いた。わっしー! どう?」

「うーん……」

 

 手を叩いた園子の案は今までと比べると一番マシだった。須美は顎に手を当て、悩む素振りを取る。

 そもそも、あだ名で呼ぶ必要があるのか、とも思ったが、園子の目を見るとそうもいかないらしい。

 しぶしぶと言った風に頷く。

 

「それでいいかなぁ……」

「よし、じゃあ私の事は銀って呼んでよ! 三ノ輪さん、はよそよそしいからさ」

「えっと……」

 

 名前呼びは流石にちょっと恥ずかしかった。呼ばれるならまだしも呼ぶとなるとかなり恥ずかしい。が、そんな須美を見て、銀は立ち上がる。

 

「そうそう。悟飯さんも、銀って!」

「えっ、えっと、銀……でいいかな。ボクも悟飯で良いですよ」

「硬い硬い。お役目の時みたいにもっとタメで話してよ。クラスメイトなんだからさ!」

 

 そういえばと思い出す。確かに悟飯の言葉遣いが崩れていた。

 よく覚えているなと須美が感心していると、悟飯が少し困ったように頬を掻いた。

 

「が、頑張りま……頑張るよ」

「じゃあじゃあ、ゴッくん私もそのっちって呼んで!」

「その……園子じゃ、駄目かな」

「それでもいいよ~」

 

 三人がそれぞれ笑いながらそれぞれの呼び名が決まっていく。

 

「そしたら、須美さんは……」

「どうして私だけ、さん付けなんですか……」

「あっいや……す、須美……」

 

 指摘したのは自分だったが、実際に呼び捨てで呼ばれると少し恥ずかしくて須美は頬を赤らめる。

 

「へへ。よーし! 今日と言う日を祝って、皆でここの、絶品ジェラートを食べよう!」

「……へ?」

 

須美は間の抜けた声を出した。

 

――

 

 須美はカタカナが苦手だった。それに準ずるものの大半は理解が出来ないのだ。

 そしてそれは、ジェラートも同様で、須美は最初拒否しようと思っていた。だが、この祝勝会の目的を思い出して、断れなかった。

 そして今、餡子抹茶味を恐る恐ると口に運ぶ。

 

「……美味だわ」

 

 美味しい。須美にとって、初めての衝撃とも言えた。

 甘味など、ぼた餅など日本由来の物以外を食べてこなかった須美にとってジェラートは衝撃も衝撃。

 青天の霹靂である。

 

「こんな……軟派な食べ物が……でも……」

「あはは……。あ、えっと、超怒髪天についてでし……だっけ?」

 

 ジェラートの美味しさと自分の信念に須美が揺れていると、悟飯が思い出したように園子を見た。

 

「えっと、なんて説明したらいいんだろう……」

「普通の変身じゃなかったよね~」

「そうそう、すっごいカッコよかったなって!」

 

 園子と銀が興奮気味に身を乗り出した。その圧に悟飯は体を仰け反らせる。

 確かに須美も気になった。超怒髪天は勇者なのか、どうか。

 

「でも、ボクも何かなれると言った位で…」

 

 悟飯は言葉を濁す。サイヤ人の説明を上手く出来る気がしていないからだ。そもそも母からはあまり言いふらすようなものではないと言われていたのだ。

 

「じゃあじゃあ、あれは何ですか! ビーム!」

「かめはめ波の事?」

「おお、かっこいい名前!」

 

 そうですね、と考えた素振りをした後、悟飯は持ったジェラートを持っててもらえますか? と須美に渡してきた。

 席を立った悟飯は、自身の前で両手を合わせた。

 

「気、って言うのを込める。そうして、両手の中に気を込めながら、広がろうとするのを押さえつけて腰へと……」

 

 そう言いながら悟飯は、両手を腰辺りに持っていく。その時、両手の中に光が出来た。

 それを見て銀が慌てる。

 

「わ、わー! 今撃っちゃうとイネスがっ!」

「あはは、流石に撃ちませんよ」

 

 光が強くなる前に悟飯は構えを解く。すると光は霧散していった。

 

「ああやって放つのがかめはめ波。修行すれば、銀もきっと出来るよ」

「本当に!? ちょっと頑張ろうかな……」

 

 思い出したように口調を崩した悟飯を見て、これは暫くかかりそうだなと思う。

 

「先に説明してください。流石に驚いてしまいますから」

 

 呆れた表情で、須美は悟飯を見た。

 苦笑いで返した悟飯は、ジェラートを受け取った。

 

「ご、ごめんなさい……。あ、すみません持ってて貰っちゃって……あれ、味が違う……」

 

 悟飯が持っていたのは抹茶と大豆のハンドメイドジェラートだった筈だ。それが餡子抹茶味に変化していた。

 慌てて須美が自分の持っているのを見ると、それは悟飯の頼んだ抹茶大豆だった。

 

「あっ、私ったら間違えて……。こっち、返しますね」

「あー、一口食べちゃったな……。もしよかったら、僕のも食べます?」

「え!?」

 

 予想外だったのか、須美は大きい声を出して驚く。それに反応したのは園子だった。

 

「あー、それいいなぁ! わたしもやる~。まずミノさんから!」

「お、あたしの醬油豆ジェラートを食べたいと申すか。ほれあーん」

 

 冗談めかして始めた二人を見て、悟飯は頭を掻きながらスプーンでジェラートを掬うと須美へと向けてきた。

 

「あ、あーんです」

 

 直接じゃなくても良いと思ったが、二人が先にそれをやってしまい、何も言えなくなる。

 はしたないと断ってしまいたかったのだが、二人が早く早くと急かすような視線を向けてくるのだ。

 須美は意を決して目をつぶり、口を開けた。

 

「えっと……も、貰います」

 

 須美が食べる。抹茶大豆の味は悟飯的には凄く良かったが、須美は少し舌で味わった後、美味だわ! と笑みを見せた。

 

「次わたし!」

「じゃ、あたしは悟飯さんの貰いますね!」

 

 そうして、交換会が始まった。全員分が回り切って、それぞれがまた自分のを食べるとまた新たな発見に出会うを繰り返した。

 ただ、銀の醤油豆ジェラートは全員から好評が得られなかった。

 

――

 

これは■人の勇者の物語。

 

神に選ばれた少女達のおとぎ話。

 

いつだって神に見初められるのは無垢な少女である。

 

そして多くの場合その結末は――。

 

――この俺が、未来を変えて見せる。



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くんれん

「畑……?」

 

 夕飯の席で、悟飯は首を傾げていた。

 まだ食べ方が綺麗ではない悟天の口元を拭きながら、チチは話を続けた。

 

「ここに来て、おっとうの財宝は何にもなくなってしまっただ。今は大赦の人達がお金を出してくれているけど、働く必要があるんだべさ」

 

 悟飯の今の生活は全て大赦が用意してくれた物で構成されている。とは言え、そのままそれに甘えている訳にも行かない、と言うのがチチの考えだ。

 それで一番わかりやすく、自分でも出来ると話したのが、畑仕事だった。

 

「そこで大赦の人に相談してみたらえっと、白鳥家……? だったかって人達が畑をくれるって話になっただ」

「え、ふぁたけってほぉんなかんふぁんにもらえるも……?」

 

 随分と早い話の展開に悟飯は思わず、口に物を入れながら返事をしてしまった。

 一度水を飲んで改めて尋ねる。

 

「そんな簡単に畑ってもらえるんですか……?」

 

 土地と言うだけでも手に入れるのは相当な苦労がある。金持ちが周囲に多い状況とはいえ、今の四国しかない状況では土地と言う物はそれよりももっと、途方もなく重要な物だ。お金持ちというだけでは決して届かないと言える。

 それを簡単に分けるというのは流石に怪しいとしかいえない。

 

「でも実際に土地も見ただよ。それに、教えてくれる先生までつけてくれるって話だ」

 

 まさに至れり尽くせりだ。どうしてこうも自分達に尽くしてくるのか、その理由に皆目見当もつかない。それ故に少し怖さもあるのが悟飯の本音だった。

 ただ、白鳥家と言うのは悟飯は一度聞いた事があった。

 

「白鳥家……確か、初代勇者の中に居たっけか……」

 

 授業の中でたびたび出てきた苗字だ。大赦の中でも高い影響力の持つ家として、須美に説明された記憶もある。

 高嶋家や伊予島家の人達は、この世界に来た時に実際に顔を合わせた事があった。確か子孫がどうのと言っていたか。

 そこらへんの何故かと言う疑問は前からあったが、ここに来てさらに分からなくっていく。

 

「道具とか色々一式貰ったから、明日には始めるべさ! それで、今まで以上に悟飯ちゃんには悟天の世話を頼む事になっちまうけど……大丈夫だか?」

「それくらい任せてよ、お母さん」

 

 少し申し訳なさそうに聞いてくるチチだったが、悟飯としてはそれは喜ばしい事だった。

 忙しくなる。それ自体は少し困るが、なんだかんだと言って、悟飯は今を楽しんでいた。勉強が出来て、友達が出来て、充実していたのだ。

 そして、農業となれば自分も少しやってみたさがある。神樹様の恵み、と言うのを知る為にも。

 

「ま、お手伝いさんとか来るらしいから、あんまり任せっきりにはならない筈だ!」

「それでもボクも手伝うから、頑張ってね。お母さん」

「おうさ! あとは、悟飯ちゃん、勉強の具合はどうだ?」

「順調だよ! 友達とも一緒に勉強したりしてるから分からないところもバッチリだよ!」

 

 祝勝会以降、須美、銀、園子で集まって何かをする機会と言うのが大きく増えたのだ。勉強会は銀は得意じゃないのか常に唸っているし、園子は寝ているので実質須美と悟飯の二人きりである。

 合同訓練と言う物が始まり、顔を合わせる機会が増えたお陰か、悟飯も三人に対してすんなりと話せるようになっていた。

 

「須美ちゃん達とだか?」

「うん、訓練の時に一緒にやろうって話になって」

「ああ、お役目の訓練か……悟飯ちゃんにはあまりやってほしくないのだけんどな」

 

 チチは悟飯でも分かるぐらい度を超えた過保護だ。本来であれば悟飯が戦う事をあまり望んでいない。

 しかし、現状の生活はほとんど大赦の支援で成り立っていて、その理由が悟飯がお役目についているからとなれば流石に強くも言えない。

 事あるごとに怪我には気を付けてと言う回数が増えるぐらいに留まっていた。

 

「仕方ないよ……。皆の家族だって同じこと思ってる筈だよ」

「まぁ、おらに出来る事は悟飯ちゃんに美味しい物沢山食べさせて丈夫な体作ってやるくらいだかんな! ほら、おかわり!」

 

 無くなった茶碗を受け取ったチチは笑いながら白米を山盛りによそった。

 心配も、献身も、それは愛情である。

 そんなチチが悟飯は好きだった。

 

「ありがとう、お母さん」

「後は彼女でも作ってきたら、おらは言う事ねぇだ」

「あはは……」

 

 こういう所は直してほしいと悟飯は思った。

 

――

 

 合同訓練の休憩時間、お互いの特徴を把握しようという話になっていた。

 それはもう既に何回か行われているのだが、何が出来るか、その把握が難しいのが二人居た。

 悟飯と園子だ。

 

「まず舞空術。空が飛べる技」

「変身しなくても出来るっていうのは憧れちゃうなー」

「本当に、私達とは全然違うのよね。服も変わらないし。どういうシステムなのか少し興味があるけれど……」

 

 空に浮いた悟飯を見ながら銀が羨ましそうに言った。その横で須美が分析しようとしていた。

 

「気弾を撃つ」

「わぁ~」

 

 悟飯が外に置かれた的に手を向けた。と同時に高速で光球が放たれ、的は爆散した。

 その威力は須美の弓と変わらない。速さで言えばそれ以上だ。ただ、バーテックスに通用しない致命的な問題を抱えている。

 

「数も打てるから迎撃に役に立つと思うんだ」

「そうですね……」

「ボクのはダメージは与えられないけど、遠近のグループで分かれたりも出来るから」

「前回はそれをしようとして、失敗しましたけど……」

 

 須美が少し申し訳なさそうに呟いた。

 

「あ、後は魔閃光とかめはめ波かな!」

 

 悟飯が慌てて話を逸らした。そうして、悟飯が構えを取る。

 頭上で両手を交差して放つ気功波、それが魔閃光だ。悟飯の師、ピッコロから教わったお気に入りの技の一つだ。

 魔閃光の威力は跡形も残らなかった的を見れば一目瞭然だ。

 

「そして……これがかめはめ波っ!」

 

 両手で構えを取り、溜めて放つ気功波。これは父親から教わった技だ。

 同じ気功波ではあるが、違いは幾つかある。のだが、銀達からはあんまり分からないと言われて少しショックを受けたりもした。

 

「速い魔閃光とちょっと遅いけど威力の高いかめはめ波なんだけど……バーテックス相手だとあんまり変わらないかな」

「でも、かめはめ波はバーテックスが結構押し戻してたね~」

 

 魔閃光はどちらかと言えば咄嗟に撃つ事が多い。特に今の状況では、使い分けと言うよりは気分の問題の方が大きい。

 

「目立つのはこれくらいかな。後は体術とか……」

「ゴッくん足も速いよね~、力も強いし」

「強いってレベルじゃない気がするけど」

 

 悟飯の力、純粋な腕力だけでも相当な物だ。変身前の時点で岩は砕く。

 変身しなくてもそうなのか、については三、四歳頃から常に鍛え続けていたという話だけしかなく、実際にそうであるという事実を見せつけられてしまい全員が黙らず負えなくなっていた。

 それと同時に力の調整が下手という欠点も見つけた。バーテックス相手なら全力でもいいが、問題は昼休みのボール遊びだ。

 銀が誘うよりも前に、その事実が発覚したのは良かったと呟いてるのを悟飯は聞いた。

 

「い、今はちょっとずつ良くなってるから……」

「まだ駄目なんだ……」

「うっ」

 

 悟飯は目を逸らした。全力出す特訓ばかりしていたからか、丁度良い威力にするというのはどうにも難しかった。

 

「私は盾になって~、後は階段になる!」

 

 園子の槍の自由度は凄まじいものだった。

 幾つかの刃を操り、円形状にして盾を張る。

 階段状に刃を配置して、階段を作る。

 そして、完全に突進用に刃を更に槍の穂先にして二重に敵を貫くなんて事も出来た。

 多彩だが、故に園子のやるべきことは多い。盾として前線に出て、その後のアシスト、攻撃もやらなくてはならないだろう。

 

「階段って言うの凄いよなぁ」

「園子はかなり便利だけど……難しそうだ」

 

 それをしっかり使いこなしているのは、才能とも言えた。

 園子はのんびりとしているようでやる事はしっかりやっている。テストは点数は記入方法を間違えて零点こそ貰うが、回答自体が間違っている事は少ない。

 いわゆる天才型と言う奴だ。

 

「あたしは単純で良かったと思うよ。斧で切り裂く! 簡単だろ?」

 

 悟飯は目を逸らす。

 やった後で言うのもと思いながらも、銀の斧捌きは決して簡単な物ではないと悟飯は思う。

 自分の半分以上ある獲物、それも両斧を振り回し、巨大な敵を消滅させるというのは技術的な話だけでも相当だ。変身後のフィジカル面だけならば、悟飯といい勝負である。

 

「ミノさんはパワフルだよね~」

「見ていて少し不安になるくらいにね。三ノ輪さんはもう少し落ち着いてほしいと思うわ」

「……それは、すみません」

 

 反省会でも一番に挙げられたのは銀だ。一番に飛び出して水弾を食らったのはよくなかった。その後の窒息未遂もそうだが、もう少し考えるべきとは常々、主に須美からだが言われていた。

 特に最後のラッシュの部分だが、勇者の治癒力をもってしてもその日は少し腫れていたらしい。高速で飛んでいきながら方向転換はやはり負担が大きかったと後から反省した。

 

「あとは、デカいから盾代わりにもなるくらいかな」

「確かに。ただちょっと不安が残る……」

「基本は私が守るよー!」

 

 園子が槍を掲げて気合を入れた。

 なんだかんだで、役割分担自体ははっきりしていた。悟飯以外は。

 

「改めて確認する流れかしら……。えっと、私は弓ね。溜めの有無と何本か同時に放つ事が出来るわ」

 

 シンプルな須美の武器はそれ故に頼もしい。

 更にその矢は敵に当たった後に時間差で爆破もするから威力もそれなりにある。溜めてしまえばそれで撃破も視野に入るのではないかと思う程。

 なのだが、今の所戦績はまだ一度的を削った程度。水弾を打ち抜きもしたが、悟飯と比べてしまうとどうにも……。

 

「それくらい……かな」

「須美は分かりやすくいいよなぁ」

「命中精度は凄く頼もしいですよね」

 

 百発百中とまでは行かないが、須美はほとんど外した事がない。

 その正確性は凄まじいのだが、今回のお役目では須美は活躍が少なかった。如何せん相性が悪かったなと言う他ないのだが、ど真面目を絵に描いたような彼女がそれを気にしない訳がなかった。

 だからと、悟飯達はそれなりにフォローを入れていた。気を使わせると気付かれるともっと落ち込むだろうと銀と悟飯は事前に打ち合わせまでしている。

 

「しっかし、こう見てみると、あたし達の武器って中々バラバラだよなぁ」

「弓、槍、斧、素手……統一性はないねー」

 

 何を基準に武器が決まっているのかは、悟飯も気になる所だった。

 とは言え、それは恐らく神樹様のみぞしるという所でしかなく、うんうんと頭をうならせていると安芸先生がやってきた。

 

「貴方達、準備は良いかしら。神託では次の襲来は近いです。気を引き締めて、訓練に臨むように」

「「「「はい!」」」」

 

 四人が元気よく返事をする。

 合同訓練の内容はそれぞれが武器を上手く使う為の訓練だ。

 須美は特に気合が入ってた様な気がした。



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くんれん 二

 樹海の上、既に変身している悟飯達は、浮遊してゆっくりと進行してくる天秤にも似たバーテックスを見ていた。

 

「あれが、次のバーテックス……」

「天秤みたいだね」

 

 前回のお役目から半月程経っての襲撃、それは神託通りだ。

 合同訓練も本格的に始まっている。一度勝利をしていることも相まって、余裕も出てきたのか軽い準備運動をしながらバーテックスの観察をしていた。

 相変わらずの巨体だが、前回とは違い全体的に細身なデザインをしていた。

 

「バーテックスって、ウイルスの中で生まれたんだよね」

「ええ、世界中が死のウイルスに包まれてしまったというのを昨日したのは覚えていますか?」

「神樹様がそれから四国を守ってくれてると言うのは、覚えてるよ」

「そのウイルスの中から生まれたのがバーテックス、神樹様を破壊せんとする敵です。通常の兵器は効かず、私達神の力を借りた勇者が戦う必要がある」

 

 須美の説明を聞いて、改めてバーテックスを見る。

 どんなウイルスから生まれればあんな形のものが生まれるのか。どうして通常の攻撃が効かないのか。自分の攻撃が届かないのか。

 バーテックスに何か法則性があったりしたら分かるかと思ったが、思い出すのは前回の金魚鉢だ。

 

「天秤で、前回が金魚鉢……法則性はないか」

「ゴッくんどうしたの?」

「あ、いや今回は何をしてくるかって思って……」

 

 天秤のような見た目からは遠距離攻撃は出来そうには見えない。が、前回もしてきそうかと言われれば全くそうではない。

 警戒して損はないだろうと悟飯は構える。

 

「まずは私が!」

 

 前に出た須美が矢を放った。

 神の加護というのは凄まじいもので、その威力は空気を巻き込み、螺旋を描く。弾丸よりもずっと速く、一直線にバーテックスへ飛んでいった。

 しかし、そんな須美の攻撃は急な方向転換をしてバーテックスの分銅に引き寄せられた。

 あまりにも急な方向転換に矢の勢いが消え、着弾の爆破は多少ダメージを与えたが修復がすぐに追いついた。

 

「そんなっ……」

「えぇ、なんだよいまの」

「磁石みたいなものなのかなー?」

「くっ、もう一度!」

 

 須美が諦めずに矢を放つ。

 しかし、それは同じように分銅に引き寄せられ、大したダメージにならない。

 

「ミノさんがあれを落とせばわっしーの矢を通せるかも!」

「なるほどね、了解!」

 

 園子の言葉に銀と園子が飛び出した。

対するバーテックスはと言えば、動いていなかった。正確には前進以外の行動がない。攻撃行動が見られなかった。

 

「なんだ、あいつ……」

 

 疑問を抱きつつも、とりあえずと須美と悟飯は構え、銀と園子の動きを見守っていた。

 そして、遂にバーテックスが動きを見せた。

 中心を軸に、回転し始めたのだ。

 

「須美、何かする前に攻撃をっ!」

「了解!」

「押し込むぐらいなら出来る筈だ。かめはめっ……」

 

 須美に指示を出し、悟飯も構える。

 一瞬、タイミングがズレたのを感じた。  

 合同訓練の時よりも遅い。感覚だが、躊躇いのような。

 

「きたっ……波っ!」

 

 しかし、確かに矢は放たれた。それを確認して押し込むようにかめはめ波を放つ。

 矢は確かに速度を増した。しかし、矢は不自然な挙動をして、明後日の方向へ飛んで行った。

 

「そんな、どうしてっ」

 

 須美が叫んだ。悟飯も驚きはするが理由に想像がついていた。

 そして、その理由が四人を襲った。

 

「きゃあっ」

「うおっ、風が強い」

「ミノさん捕まって!」

 

 樹海に暴風が吹き荒れる。

 同時に巻き上がった樹海の一部が襲い始めた。

 距離のある須美と悟飯は風の影響が薄かった。木片の攻撃が届かない程には。けれど余裕を見せれるほどではなかった。

 須美の弓はまともに狙えず、たとえ無理に矢を放った所でこの風を突き抜けはしないだろう。

 そして、銀達だ。木片の攻撃もそうだが回転するという事はバーテックスのメインの攻撃手段は恐らく近接。

 

「銀達が危ないっ……」

 

 悟飯は大きく飛び上がり空に浮かぶ。影響が薄いお陰か気合を入れるだけで安定できていた。

 銀と園子を探すと二人はすぐに見つかった。槍を軸に風に耐えるので精一杯になっている。

 攻撃を避けるのは出来そうもない。

 

「かめはめ波っ!」

 

 回転は止まらない。多少後退はしたようにも見えるが無駄な攻撃になったと言っていいだろう。

 天秤は大橋の前進速度こそ遅いが、回転はかなり速い。そんな勢いの攻撃は前回のビーム以上かもしれない。

 ふと見えた樹海の一部が黒ずんでいた。

 浸食も進んでいる。

 

「行くしかないかっ!」

「孫さんっ!?」

 

 須美が叫ぶよりも早く、悟飯はバーテックスの持つ分銅部分へと飛んで行った。

 バーテックスの回転は速い。しかし、悟飯が捉えられない程ではない。

 

「ゴッくんっ、危ないよっ!」

 

 回転の中へ飛び込み、正面で受け止めようと構えた悟飯は、園子が叫びを聞いた。もしかすると此方に向かおうとしているかもしれない。しかし、それは間に合うことはない。

 

「うおおおおおおおおおおっ」

 

 悟飯は叫びながら、真正面に回転する分銅を殴りつけた。

 そしてそれは大きな鐘のような音を鳴らすと同時に動きを止めた。

 

「やっぱり力だけなら、ボクのほうが上だなっ」

「凄い、ゴッくん止めちゃった……」

 

 バーテックスの回転が止まると同時に突風も止まった。

 

「今だ!」

「よ、よし、あたしがっ!」

 

 呆気にとられていた園子達だったが悟飯の言葉で顔を振り、我に返った。

 そして一番早く反応したのは、銀だった。

 続いて園子は警戒に緩めず盾を構え、須美はすでに新たな矢をつがえている。

 しかし、バーテックスも受け止められ続ける訳がない。銀が辿り着くよりも前に、悟飯の受け止めていた鐘が逆回転を始めた。

 

「まずいっ銀っ!」

「せめて一撃だけでもっ……うわぁぁ!」

 

 突風が吹き始めるまで、一瞬だった。回転の開始とほぼ同時に吹き荒れた強風に銀が吹き飛んでしまった。

 つまり、残った二人はまだ風に耐える状態に戻ってしまっているだろうと想像がついた。また状況が元に戻るが、悟飯が止めたという事実は確かに残っている。

 

「逆回転したって受け止めてやる……なっ」

 

 振り向き、再び回りだした分銅を止めようと構えた悟飯だったが、その視界には予想通りの物が映る事はなかった。

 慌てて周囲を探せばすぐに見つかった。バーテックスが悟飯から離れるようにして動き出していた。そしてあろう事が強引に神樹様へと向かおうとしていた。

 

「くそっ、ボクを無視する気かっ」

「わっしー!」

 

 園子の声が聞こえて振り向くと、須美がいつの間にか近づき、体を宙に浮かせながら弓を構えていた。

 無茶だ、そう叫ぶよりも先に須美は決死の一矢を放った。しかし、その矢は当然のように突風に負けて、風に攫われていく。

 更にその矢は、突風に吹かれた勢いのまま、樹海の根の一つに突き刺さった。そして、爆発する。

 

「あっ……」

 

 爆発と共に根が抉れていた。

 須美は、もう風に吹き飛ばされていた。

 

「しまった……。くそ、まずいな……」

 

 樹海の侵食やダメージは現実に還元される。つまりは今の一撃は現実の大きな事故や災害となってしまうかもしれない訳である。

 守る筈が危険にさらすなど、あってはならない。

 須美の焦りは悟飯にも分かった。

 元々須美の攻撃は未だまともに入れられていないというのもある。浸食も進んでいる。吹き飛んだ銀は勇者とは言え、落下すればかなりのダメージだろう。

 悪くなっていく状況。

 焦るに決まっている。

 そんな事を分かっていながら一人にしたのは誰か。

 

「ボクが……」

 

 唯一風に耐えれる悟飯が火力面ではどうしても役に立たない。金魚鉢同様に、また打つ手なしの状況に陥っている。

 ……訳では無い。悟飯は首を振って頭をリセットする。

 

「まだだ!」

 

 風に吹き飛ばれた須美を悟飯が受け止める。ショックから戻ったようでハッとして周りを見渡した。

 

「良かった……」

「孫さん、す、すみません……」

 

 理由は悟飯も分かっていた。否、悟飯も変わらないと自覚していた。成功したから良くなっているが、分銅を止める行為は須美の行動と本質は変わらない独断行動。

 

「私、先走ってしまって……」

「あ、いや……ボクの方こそすみません。浸食は確かに広がってて、焦ってました。だから、あいつを早くなんとかしないとだけど」

 

 須美を近場に降ろす。須美は顔を伏せていた。

 更に浸食が広がっている。

 早く倒さないと現実に甚大な被害が出てしまう。それは避けなくてはならない。

 その時、ガンッと鈍い音がした。

 

「園子っ!」

 

 バーテックスが園子に近づいたらしく、回転させた分銅をぶつけられていた。

 盾で何とか防いでいるが今はそれが問題だった。

 立っているのも辛い状況で、槍を樹海に刺して軸にしている。つまりはバーテックスの攻撃による衝撃は全て樹海へと向かうことになる。

 悟飯は突風に耐えれると言っても、長く誰かを支えられる程余裕はない。攻撃手段として、銀を無理矢理連れて行くには危険すぎた。

 何にせよ、次は園子を助けなくてはいけない。

 

「須美はここで」

「待って悟飯!」

 

 悟飯が飛び出そうとした時、銀が駆け寄ってきた。

 

「このままじゃ埒が明かない。園子が言ってた。回転して風を起こしているのなら、頭上はもしかすると空いてるかもしれないって」

「……確かに」

「だから、あたしが上から一撃かましてやる」

 

 銀の作戦とも言えない作戦だった。

 突風の中、バーテックスを中心にして回っているなら、中心の上空は影響を受けずに攻撃が出来るだろう。

 しかし危険にも程がある。失敗すれば盾がない分酷く反撃を受けるだろう。

 そう考えを巡らせたが、悟飯は駄目だと言える代案を出せなかった。

 

「……吹き飛ばされたら、ボクがすぐに連れ戻してやる。だから信頼してる」

「サンキュー。あたしも悟飯を頼りにしてるよ」

 

 悟飯は銀を掴むと大橋の入り口を経由して、回り道をするようにはるか上空へと飛び上がる。

 銀が落ちてもダメージを受けないギリギリを考えながら、バーテックスの上空で停止した。

 

「舞空術だっけ、ひゃー……」

 

 あまりの高さに苦笑いした銀を余所に、悟飯は少しづつ地上のバーテックスへと近づいていく。

 

「まだ、もう少し……」

 

 悟飯の頬に、風が触れたのを感じた。

 恐らくこれが近づく限界だろう。

 

「今だっ!」

 

 悟飯は銀を投げ飛ばす。

 銀はそれに合わせ斧を召喚する。

 

「まかせろ! うおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

――

 

「ごり押しにも程があるでしょう!」

「す、すみません……安芸先生」

 

 生徒が居なくなった教室の中、四人は説教を受けていた。

 相手はクラス担任、安芸だった。

 大赦の人間でもあるらしく、お役目の内容を知っている大人の一人でもある。そんな彼女は勇者を監視すると共に、訓練をつけたりなどをしていた。

 

「はぁ、合同訓練も始まったばかりですがこうも……」

 

 あれからの話をすれば、結果は見事にバーテックスを鎮火の儀にて撤退させる事に成功した。

 が、簡単な話ではなかった。何度も吹き飛ばされ、その度に悟飯が銀を中心部へ連れ戻す。その間、須美と園子はバーテックスの気を引く為に様々に立ち向かっていた。

 その結果は、銀達の体にしっかり刻まれている。

 

「すみません……」

「ごめんなさい……」

 

 消毒液が染みる体を真っ直ぐに伸ばして、悟飯達は再び反省を言葉にする。

 

「このままじゃ、命がいくつあっても足りないわ」

 

 最もな言葉に誰も何も返せない。

 しかし、その後に安芸は微笑む。

 

「でも、お役目が成功して、現実の被害が軽微で済んだのはよくやってくれました」

「っそれは! 孫さん、三ノ輪さん、乃木さんのお陰です」

 

 食い気味に話した須美の言葉に銀と園子が照れたのが見えた。しかし、悟飯だけが少し浮かない顔をした。

 その時、悟飯は安芸と目があった気がした。しかしすぐに視線は逸らされ「そういう話ではありません」とため息を吐いた。

 

「貴方達の弱点は連携の弱さね」

 

 確かに、と悟飯は思った。

 先の二戦、各々が自由に動いてすぐに分断されてしまった。銀が最初に突っ走り、須美が焦って先走って止めを刺そうとして、二度も失敗している。

 悟飯が全員のフォローをするように動くのは良いが、突発的な事への対応にかなりの難がある。

 合同練習自体は始まっていたが、まだまだなのだ。

 

「じゃあ、そうね。四人の中で指揮を執る隊長を決めましょう」

 

 安芸先生の言葉に悟飯は自分は無理だなと、他の三人を見る。

 一番反応していたのは須美だった。

 言葉にこそしなかったが、目を見開き、自分だと言わんばかりに安芸先生を見ているのが見えた。

 須美は……と悟飯は考える。不安が残った。戦いだけではないが、どうにも真面目過ぎたように思えたのだ。

 

「乃木さん、隊長を頼めるかしら」

「えっ? 私、ですか?」

 

 選ばれたのは園子だった。園子は驚いたように、自分を指差す。

 まさか言われるとは思っていなかったのだろう。

 それでいいのかと聞くかの様に三人を見てきた。

 

「あたしはそういうの、柄じゃないから。あたしじゃないならどっちでも」

「僕も、あんまりそういうの得意じゃなくて……お願いします」

 

 銀と悟飯が頷いて肯定する。半ば押しつけのようではあるが、根拠もしっかりとある。園子が一番、状況把握と打開策を考えるのが上手い事だ。

 そして、目立ったミスをしていない事。

 須美はと言えば、制服のスカートを少し握りしめた後に、笑顔を見せた。

 

「私も、乃木さんが隊長で賛成よ」

「わっしー……」

 

 これで全員が賛成した。

 それを見て、安芸先生は全員賛成ねと横に置かれていた資料を手に取った。

 

「次の神託によると、次の襲来までは割と期間があります。なのでその間に連携を深める為の合宿を行います」

「「「「合宿?」」」」

 

 困惑した様に全員が首を傾げた。

 

「ええ、合宿です。場所は大赦の管理しているビーチで行います。今週末の三連休を使ってみっちり訓練しますのでそのつもりで」

「は、はいっ!」

 

 須美の返事に安芸は満足げに笑うと悟飯へと体を向けた。

 

「孫君には少し特別なお話があります。この後、残ってもらえますか」

「えっ。は、はい……」

 

 何かしたのかと言う風に三人に見られるが、悟飯には心当たりはなかった。

 それから、三人が帰ったのを見届けて、悟飯は安芸先生は椅子に座り向かい合っていた。

 

「……孫君は、神樹様について、どれくらい理解しているかしら」

 

 予想外の質問に、驚きつつ悟飯は考える。

 半月だが、多少勉強は進んでいる。

 

「えっと、ウイルスから四国を守ってくれる神様の集まりです。その恵みで作物などがよく育ったりしている。です」

「そうね。それでいいわ。孫君の言う通り、神樹様は私達に様々な恵みを与えてくれています。勇者の力もその一つね」

 

 壁や樹海によって四国が守られているのも、人間に勇者の力を与え、バーテックスと戦えているのも全て神樹様のお陰だ。

 神樹様に選ばれ、与えられた力によって変身した勇者のみが樹海で動け、そしてバーテックスと戦えるというのは悟飯も聞いていた話だ。

 だからこそ、悟飯も疑問に思っていた事がある。

 

「孫君の攻撃が、バーテックスに通用しなかった事。疑問に思ってるのではないかしら」

「は、はい……」

「はっきり言うわね。孫君、貴方は神樹様に選ばれた勇者ではありません」

「やっぱり……そうですか……」

 

 薄々感じていた事実を突きつけられ、悟飯は俯く。

 

「でも、ならどうしてボク達を大赦は……」

 

 勇者でない、神樹によって選ばれていない悟飯に、何故大赦は近づいたのか。悟飯にはそれが分からなかった。しかし、安芸先生は落ち着いた表情のまま、淡々と語る。

 

「ご神託があったからです」

「ご神託……?」

 

 神樹様から巫女と言う存在に対して伝えられる予言のようなもの、それがご神託。

 意味はわかるが、ご神託されるようなものが自分にあった覚えがない。

 

「孫悟飯を、保護せよと」

「随分、具体的なんですね……」

 

 わざわざ名指しとなってますます困惑する。なら勇者の力をくれても良いじゃないかとも思う。

 安芸先生は真面目な雰囲気と居て、悟飯に微笑む。

 

「神樹様の考えは私達にも分からないの。でも、神樹様は孫君に戦えとも言っていない」

「えっ」

「勇者の力がないと言う事は別の役割がある筈。それならば樹海で動けるのにも関わらず、戦う力を持たない事にも説明がつく」

「つまり……」

「孫君はこれ以上、戦う必要はないという事」

 

 戦わなくて良い。

 それは今まで、母親ぐらいしか言われた事がなかった言葉だった。

 しかしその言葉が言われた状況は地球が消えるか消えないかの瀬戸際。悟飯がやらなければならない状況だったように思う。

 では今はどうだろうか。

 変わらず、世界が終わってしまう状況ではあるが、ただ悟飯の攻撃はバーテックスに通用しないのだ。悟飯がやらなければならないだろうか?

 悟飯は役に立つのだろうか?

 そんなのは、考えるまでもなかった。

 

「ボクも、戦います」

「……どうして?」

 

 静かに、安芸先生は問いかけてきた。

 その目を、悟飯は力強く見つめ返した。

 

「守りたいんです、三人を」

 

 役に立つのかではない。役に立ってみせる。

 それが悟飯の答え。

 思い出すのは、四国に来るまでのまでの悟飯の闘い。

 ベジータ、フリーザ、セルやボージャック。誰も彼も世界を破壊しようとしていて、誰も彼もが強かった。敗北すらした。

 そんな戦いの中で父親を亡くした。

 大切な人間を亡くした。

 死に目に合わせ、自分も死にかけた。

 それも自分のせいで。

 

「ボクが神託に選ばれたなんて、正直関係ありません。ボクは、バーテックスと戦い、傷つく須美達を見ているだけなんてできない!」

 

 勿論、戦うのは嫌だった。出来るのならば戦わない方がいい。それは変わらない。

 しかしそれで三人が戦いで傷ついていくのならば、そんなのは許せない。

 今度こそ、守りたいと思ったのだ。

 

「ボクは、役に立ってみせます。三人の盾になりますっ! だから、連れてってください! 合宿にっ……!」

 

 悟飯は立ち上がって、頭を下げた。

 それと同時に、安芸先生が小さく息を吐いたのを聞いた気がした。

 

「そうね。私もそう思うわ」

 

 その呟きは、聞き間違いかと思うくらい、悲しい声色だった。

 顔をあげるとそこには変わらず真面目な顔をした安芸先生が居た。

 

「孫君、貴方の気持ちは分かりました。お母様にはこちらから伝えておきます。今週末、着替えなど、忘れないようにね」

「……は、はいっ!」



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くんれん 三

 合宿当日の朝。

 大通りにあるバス停で、一台のバスが止まっている。

 神樹館貸し切りと書かれたバスには既に、須美と園子が乗っている。一番後ろの席で。

 そして今、悟飯が乗り込んで三人。荷物を片手に手を振った。

 

「おはよう、須美」

「おはようございます、孫さん」

 

 悟飯の挨拶に須美は笑顔で返した。

 集合時間の十分前だというのに既に居るのは流石須美だなと感心する。園子は須美が心配だから迎えに行ったから、珍しいといえば珍しい。

 悟飯は少しづつ三人に慣れてきていた。

 須美の真面目さ。その隣で寝息を立てる園子のマイペースさ。そして、

 

「銀はまた、かな……」

「三ノ輪さんは、恐らくまた、かと」

 

 遅刻常習犯の銀だ。

 まだ十分前と言えどあまりの常習性にそうなのだろうなとこの時点で察してしまう。

 悟飯は二人の前、二人席に荷物を置いて座ろうとすると、須美が「あの!」と声をあげた。

 

「隣、空いてますから」

「ん? じゃあお言葉に甘えて」

 

 その言葉に悟飯は特に気にした様子もなく須美の隣に座った。ふと、隣を見ればかなり勇気を出したのか耳を赤くしていた。

 

「そ、孫さんは、素晴らしいですね!」

「え?」

「い、いえ……十分前行動の徹底。普段の言葉遣いや礼儀作法もしっかりとしていますから、素晴らしいなと、思いまして」

「そうかな? ボクからすれば須美や園子の方が凄く見えるよ」

「この国を守る勇者としては、これくらいはちゃんとしてないとっ」

 

 使命感、責任感が強い。

 それが悟飯の須美に対しての印象はそれだ。

 勇者という役目だけではなく、国を憂い、良くしようとする。否しなくては、と言った話の回数は、既に片手の指を超えている。

 そんな悟飯はただ、笑い返す。

 

「でも、うん。須美には敵わないよ」

「そう、でしょうか。私はまだまだで……」

 

 まさかと悟飯は笑う。

 須美が毎朝自分で朝食を作っていると聞いた時は驚いた。

 しかもそれが、洋食派の両親を和食派に変える為だと聞いた時は更に驚いた。更に毎日のお祈りやお清めなんかも欠かさない。

 須美の使命感の行動は多少やり過ぎに思うことはあるが悟飯からすれば、偉いの一言に尽きる。

 自分とは比べ物にならない程努力家の彼女を尊敬していた。

 

「孫さんは真面目で良かったです。その、こう言ってはなんですが、乃木さんと三ノ輪さんはあまり……」

「なんとなくわかるよ。あはは……」

 

 須美の言いたい事を理解して悟飯は苦笑いをする。

 現在進行形で須美の肩を枕に寝ている園子は特にだが、二人とも個性が強い。お役目の時はそれなりに問題ではないのだが、こういう日常生活ではなかなか困ったりもする。

 ただ、須美も個性の強さは変わらないと思ったが、それは言わなかった。

 

「銀、まだかな……」

 

 それから暫く須美と悟飯が話してもう二十分程立った頃、悟飯が心配そうに呟いた。

 運転手は貸し切りだから幾らでも待つよとは言っていたが、やはり遅いと銀の安否が気になってくる。

 

「やっぱりボク、銀を探して」

「はぁ、はぁ……悪い悪い遅くなっちゃった」

 

 悟飯が立ち上がると同時にバスのドアが開き、銀が乗り込んだ。

 

「良かった、事故に巻き込まれたとかじゃなくて」 

「三ノ輪さん遅いわよ!」

「いやー色々あって……いや、あたしが悪いな。ごめんよ須美、悟飯」

 

 須美の言葉に銀は笑いながら謝る。

 そんな銀に反省を感じられなかったのか、須美は指を立てて説教を続けた。

 

「この際だから言わしてもらうけど、三ノ輪さんは普段の生活がだらしなさ過ぎよ! もっとお役目に選ばれた勇者として、自覚をもった行動をして!」

「あはは、悪かったって」

「何回も聞いてます! そもそもこの合宿の目的を覚えていますか?」

 

 須美の小言が炸裂していく。非があるのは銀の方だからか、謝罪をしながらしっかりと聞いているようだった。

 

「ん……? あれ、お母さんここどこ……」

 

 須美の声に目を覚ましたらしい園子が、寝ぼけているのか、虚ろな目で周りを見渡し始めた。

 が、分からなかったのかまた夢の世界へ帰ってしまう。

 それを見て銀が笑った。

 

「園子ー……。えっと後ろの席で一列、ならあたしは悟飯の隣だっ」

 

 須美達が一列に座っているのを見てから、銀がダッシュで座り込んだ。

 悟飯の隣で大きくため息が聞こえてきた。須美の苦労が察せらる。

 

「孫さん、二人で頑張りましょう。この美しい国を守る為に!」

「え? う、うんそうだね」

「え、何々二人で何の話?」

 

 改めて、悟飯は須美も個性が強いなと苦笑いで返した。

 

――

 

 波風の吹く砂浜で、四人は並んでいた。

 その向かいには安芸がクリップボード片手に立っていて、説明を始めていた。

 

「お役目が本格的に始まった事により、大赦は貴方達勇者を全面的にバックアップします。ご家族にも説明はしてあります。全力で訓練に臨むように」

「「「「はいっ!」」」」

 

 波音だけの海岸で、四人の返事が響く。

 既に三人は勇者に変身していて、悟飯は道着に着替え、超怒髪天の変身していた。

 道着は母の用意してくれた亀仙流の道着だ。

 

「そして、貴方達にはこれから連携の特訓をしてもらいます」

 

 安芸先生が指差した先には砂浜に大量に置かれた射出機と、その奥にある崖上の道路に置かれたバスがあった。

 特訓の内容は簡単なものだった。

 安芸の指定した位置から銀をバスまで送り届ける事、のみである。

 当然にルールはある。と言うのも須美は砂浜から少し離れた防波堤の先から動く事が許されないというものだ。

 

「ここから動いちゃダメなんですかー?」

「駄目よー!」

 

 メガホンで拡大された声が響いた。

 悟飯も同様に指定がある。

 数十メートル上空、大声を出して声が届く位置から左右にズレても良いが降りる事はしていけない。

 そして、攻撃も一切してはいけないとの事だった。

 

「こっからジャンプすればあんなとこ届くんだけどな―」

「ズルは駄目だよー」 

 

 そして、銀と園子は砂浜の上。

 バスから大きく離れていた位置にスタンバイしている。そこから走って向かうというのが全体の流れだ。

 

「ボクは攻撃を、してはいけない……」

 

 どうしてかはわかっていた。悟飯の攻撃はバーテックスに通用しない。

 攻撃が効かない以上、悟飯は状況の把握を優先した方がいい。

 サポートなどをメインに動く為、前線に立ち、隊長として指示を出して動くのはやはり園子の方がいい。

 

「それでは、始めっ!」

 

 ホイッスルの音と共に、銀と園子が走り出した。射出機から撃ちだされたのはバレーボールだった。それがいくつも射出され、園子と銀を襲う。

 大半は園子の盾で防がれているが、どうしても銀は後ろについていくという関係上、軌道によっては守り切れない。

 悟飯がそれを見極め指示を出し、須美がそれを撃ち落とす。

 その筈が、一つを逃した。

 

「あいてっ」

 

 バレーボールが銀の顔へと直撃した。悟飯程ではないが、勇者は防御力も高くなる。バレーボールでは大した傷にはならない。

 ただ、当たった事でホイッスルが鳴る。

 再トライだ。

 

「ごめんなさい、三ノ輪さん……」

「どんまいだよ~!」

「良いって。呼び方も硬いんだよ! 銀で良いよ! 銀で!」

「私の事はそのっちで~」

 

 二人の言葉に須美は恥ずかしそうに目を逸らした。

 

「次は、ボクももっと早く指示出すから、頑張ろう!」

「はい早く戻って! 出来るまでやるわよ!」

 

 安芸先生の声が響く。バレーボールが別の大赦の人間に回収されるとすぐに二回目の挑戦が始まった。

 二回目、悟飯が指示を間違えた。

 三回目、銀が先走り直撃。

 四回目、須美がバレーボールを落としきれなかった。

 五回目、園子自身がバレーボールに当たった。

 つまりは失敗続きだった。

 結局、その日は一度も銀がバスへとたどり着く事はなかった。

 

――

 

「部屋、同じなんですか……?」

「これから貴方達四人には一緒に生活してもらいます」

 

 宿の一室に案内されると同時に安芸先生に、そう告げられた。

 一面畳の敷かれた大きな和室は確かに四人で過ごせるほどの大きさだ。

 

「連携を深めると言う事は、仲を深める事も含まれます。四人で四の力ではなく五にも十にもするの」

「なるほど……」

「そんな事よりお腹すいたー。あたしもうお腹と背中がくっついちまうよー」

 

 銀の言葉に宿の従業員が入ってきた。そして手際よく、食事の準備を進めていく。

 待機していたのだろうかと思う程の素早さだったが、その料理は出来立てのように湯気をあげている。

 

「お、おぉ! 豪華な料理だ! カニ!」

 

 料理のレパートリーも凄い。海が近いからか海産物が多めだが、鯛の活け造りに丸々のカニ。それ以外にも刺身や天ぷらなどなど。

 丁寧に盛り付けられたそれは、見ているだけで食欲がわいてくる。

 流石にその誘惑は強かったのか、満場一致で全員がすぐに席についた。

 

「「「「いただきます!」」」」

 

 そう言って食べ始めた悟飯の横に、猫のぬいぐるみが置かれた。やけに胴体の長い猫は机の上に手を置いてまるで餌を待っているかのよう。

 

「そ、園子。これは……?」

「この子はサンチョだよ~?」

「そ、そうなんだ」

 

 サンチョ、それがぬいぐるみの名前らしい。

 ただ、それをどうして隣に置いたのかと言う答えは貰えずに園子は料理を食べ始めてしまった。

 これはきっと答えを貰えても、きっとあまり納得できるものじゃないだろうと悟飯は諦め、カニを手に取った。

 

「……このカニ、ちょっと食べにくいな」

 

 足を切り離した後に中身を取り出そうと殻を剥がそうとするが、上手く行かない。

 そして悟飯はもどかしくなって力ずくで殻を割ろうとして、ミシリ、そう音がした。

 それと同時に向かいの須美が身を乗り出した。

 

「待って孫さん! あんまり力を入れると潰れて中身が飛んでしまうわ」

「えっ? こ、困ったなぁ」

「はさみがここにありますから、足はこれで切り込みを入れて、身を取り出すんです」

 

 須美が実践してみせる。

 まず足を完全に切り、その後関節近くに切り込みを入れる。その後、音が鳴るくらいに折ってみれば、すんなりと身だけが殻の中から取り出された。

 須美からハサミを受け取り、悟飯もやってみる。それは思ったよりもすんなりと取り出せた。

 

「出来たっ、ありがとう須美」

「い、いえ……」

「悟飯、力加減も慣れてきましたかな……?」

「あはは、おかげさまで」

 

 カニを上手く切れたのを見て、銀が茶々を入れてくる。

 実際今まで強く握ってハサミを曲げていた。銀と共に遊び兼力加減の練習をしていたのが実を結んだらしい。

 

「最初に比べれば出来るようになったつもりだけど」

「ボール蹴り飛ばしたら文字通り空の彼方まで飛んだ時は驚いたなー」

「うんうん。それに、ゴッくんを初めて見た時から凄い筋肉だよね~って思ってたんよ~。中学生の先輩みたいだな〜って!」

「そ、そうかな……?」

 

 腕まくりをして腕を見せてみる。悟飯のそれは同学年の男児とは、比べ物にならない程の筋肉がある。超怒髪天になればさらにそれが膨れ上がる。

 

「あとでちょっとあたしに触らせてよ!」

「それは良いけど」

「三人共、食事中なのだから、あまり雑談に夢中にならない」

 

 盛り上がり始めた所で須美に窘められる。はーい、とまた静かに四人は食べ始めた。

 

「「「「ごちそうさまでした」」」」

 

 手を合わせ、四人は声を合わせる。

 片付けは、三人のごちそうさまでしたの声を聴くと同時に現れた旅館の人達がやってくれた。

 随分と手厚いなとも思ったが、世界を守るお役目についている勇者に対してはこれくらいするだろうとも思えた。

 

「ふー……お腹いっぱいだ」

 

 悟飯の食事量に三人は慄いていた。白米だけでも一人で三合は食べている。そこから出されたおかずは全て平らげた。食べ盛りと言い訳をしていたが流石に苦しい。

 学校で他の人の食事を見た時、悟飯は驚いた。

 その量の少なさにである。悟飯の元居た世界には父を始め、大食いばかりが揃っていた。それこそ、肉は骨付きを丸々食べたりとワイルドな食事も少なくない。

 だから多少周りに合わせるように少なめに食べてみたのだが、豪華な食事を見せられたことで、悟飯は限界だったのだ。

 

「ゴッくんいっぱい食べたねー」

「あはははは……」

「やっぱり、あたしも一杯食べたら大きくなれるのかな」

「ミノさん、おっきくなりたいの?」

「そりぁあね!」

 

 悟飯の身長はこの場の誰よりも高い。銀と比べれば十センチ以上の差があった。

 食事の量で決まるなら、今ごろ自分は百八十以上あるだろうなと思いながら悟飯は目を逸らした。

 

「ところで、わっし~の荷物あれだけ?」

「え、変かしら……」

 

 園子が端に置かれた須美の荷物を見た。

 須美の荷物は着替えや歯磨きなど必要な物を最低限に抑えているのが見て取れる。服もタオルも綺麗に畳まれコンパクトに纏まっているのは、やはり須美らしい。

 

「少なくない?」

「足りると思うけど……それに、孫さんも同じくらいじゃない?」

「ボク? 着替えを多めに持ってきて……それくらいかな」

 

 悟飯の荷物に視線が集まる。悟飯も須美同様大半の荷物は最低限の量に収まっている。強いて言えば服の量が多い位だ。

 

「それなら、銀の荷物の方が気になったかな。もうお土産買ってるし……」

 

 銀の荷物の周りにはお土産が置かれている。家族用やクラスメイト用などなど、量もかなりあるせいか、そこそこのスペースを取っている。ただ、部屋が広いからそれほど問題ではないが。

 

「それを言うなら、園子の方が変じゃないかな……?」

「確かに……」

 

 園子の荷物は混沌だった。

 まずに目に入るのは黒い球体の物体だった。何に使うのかも分からないが、その横にあるのはまさかの石臼だ。更には謎のメモ帳やサンチョグッズなどなど。

 何がどうバックに詰められていたのかと疑問になる荷物達はもはやどう突っ込めばいいのかと困り果ててしまう。

 

「臼でおうどん作るんよ~」

 

 三人は苦笑いするしかなかった。



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みのわぎん

10話になります。
まずこの作品を読んでくださっている事、感謝いたします。
そして、お気に入りや評価。ひいては感想など、してくださっている方には更に感謝を。励みになります。
もしよろしければ、これからもお付き合いのほどをよろしくお願いします。


 宿の中、悟飯と三人が向かい合っていた。

 座布団の上で座禅を組んだ悟飯の周囲では重力を無視したように塵が舞い上がっていた。

 

「体の内にある、潜在パワーって言うのかな。それを感じれるといいんだけど」

 

 悟飯は今、三人にかめはめ波の特訓をしていた。

 かめはめ波は気を溜めて放つ技だが、気と言う言語化の難しい概念を持ち出してしまう。

 その為に、基礎と言う形で気の認識、そして操作を教えていた。と言ってもするのは精神集中であり、座禅の理由である。

 

「それを集めていくイメージを持つんだ。頭の中で描くように」

「うぐぐ……」

「目を閉じて、それだけに意識を向けて」

 

 悟飯の手のひらにはビー玉大の光球が生み出されている。

 銀は眉をひくつかせながら、必死になってイメージしているのが分かった。光が集まる気配すら見えないが、当然としか言えず悟飯は頬を掻く。

 ジッとしているような修行は苦手なようで、遂に倒れ込んでしまった。

 

「だっー! これ、本当に出来るのか?」

「流石に一朝一夕では難しいと思うけど……」

「むむむー」

 

 困ったように悟飯は座禅を続ける二人を見る。

 須美はただひたすらに目を閉じて動かない。

 ただ、園子は才能を見せていた。形こそ作れはしないが気が可視化され光が集まり始める段階にまでになっていた。

 だがそれまで。しばらくたってもそれが一つになる事なく、時間だけが過ぎているばかりだ。

 

「園子がおかしいだけかぁ。でも、あたしもずっとやれば出来るって事だよな。……でも、皆よくじっとしてられるなー」

「ボクも、あまり得意ではないけどね。子供のころからやってるからそれなりに出来るけど」

 

 子供、それこそ三、四歳の時だったなと悟飯は思い出に浸る。

 その頃から師匠であるピッコロに修行をつけてもらっていた。当時はあまり本意ではなかったが、それが今に役立っている。今では良い思い出の一つだ。

 その中に精神集中はある。気の操作技術はそれによって培ったと言っても過言ではないが、言語化が出来ず、ピッコロにいまにでも教えを乞いたい気持ちで一杯だった。

 

「うーん、実践の方が良いのかな」

「かめはめ波を撃つって事!? そっちの方があたしはいいかな」

「なら、一度やってみようか。須美と園子はどうする?」

「基礎があって、応用が出来るのだから、そう簡単に出来るとは思えないけど……」

「わたしも、かめはめ波、撃ってみたいでーす」

 

 座禅を解いた須美が困ったように言う。しかし、銀は聞いてないようで実践だーと部屋を飛び出してしまった。

 

「まぁ、見取り稽古も大事だって言うから……」

 

 ため息を吐いた須美に、悟飯が一応のフォローをする。

 四人が向かったのは海岸だ。遠くにはいつものトレーニング用の射出機が既にセットされていて、あと数十分もすればあれに立ち向かう事になる。

 

「じゃあまず、ボクがやってみるから、その後に続くって形で」

「はーい」

 

 一歩前に出た悟飯は海へと向けて両手をつき出す。

 

「まず、体内の気を両手に集めるよう意識する」

「おおっ!」

 

 悟飯の説明と同時に両手の間に光が集まり始める。球体として形作られたそれは他の形になろうとして、押さえつけられ縮み、再び広がってを繰り返している。

 腰元へと持って行った悟飯はそこから球体の肥大を加速させる。

 

「そして、これを抑えつけたまま、構えて……波っ!」

 

 光があふれ、両手から溢れ出す程になった時、悟飯が両手を開き、前へと付き出した。

 同時に抑えられていた光が、真っすぐ前へと飛び出していく。

 海を割らんとばかりに飛んで行ったかめはめ波だが、すぐに段々と細くなっていき消えた。

 後ろから三人の感嘆の声が聞こえて、悟飯は少し顔を赤くした。

 

「えっと、こういう感じ……かな」

「す、すっげー!」

 

 銀は悟飯の言葉に一番良い反応をする。

 それを聞くと調子に乗ってしまう。その証拠に、この場所でかめはめ波と言う大技を撃っていい許可など取っていないのだ。

 

「じゃああたしもやるっ!」

「わたしも~」

「わ、私はいいかな……」

 

 銀と園子が悟飯の隣に立ち、構えを真似る。

 空気を吸い込み、体の気を集める。簡単なようで難しい技だ。

しかし、園子はもう既に気を溜める行為については慣れ始めたらしい。気自体は簡単に生み出していた。後はそれを集め光球にするだけ。

 だが、少し片手に寄っている気がした。

 

「ボクも結構苦労したんだけどな……」

 

 頬を掻いて、隣の銀を見る。

 銀の方は、なんと光球を作り始めていた。とても小さいが、それでも確かにある。

 

「くっ……押さえつけるのがなかなかきつい……」

 

 しかし両手が震え、構えを取るまでに至らない。構えが解かれると光が霧散していった。

 

「凄いじゃないか銀! この調子なら、すぐ出来るよ!」

「ミノさん凄い! 私もやるよ~!」

 

 ただ、見よう見まねで出来るのであれば教師などいらない。いつか聞いた話では悟空はそれをやってのけたと聞いたが、それを求めるのは流石に酷だ。

 結局、それ以上進展する事はなく安芸先生がやってきてしまった。

 悟飯のかめはめ波はどうやらバレていないらしく、いつもと態度は変わっていなかった。

 

「ルールは前回と同じ。三ノ輪さんをバスの元へ送り届ける事。はい、各自配置につくように」

「「「「はいっ!」」」」

 

 素早く全員が配置につき、トレーニングは始まる。

 盾を構えた園子を先頭に二人が走り出す。

 バレーボールの挙動は一回一回決まっていない。だからこそ、悟飯の見極める力は大きく求められる。

 ふと、射出の間隔が大きく空いた場所を見つけた。

 

「二人とも、右だっ!」

「分かった!」

 

 悟飯の指示に従い、二人が右へと逸れる。

 同時に急激にその射出機の間隔が縮まり、二人を襲い始めた。それを気付いた時には遅すぎた。

 

「援護をっ! くっ、数がっ……」

 

 須美の矢の一つがボールを外す。園子の盾を越えて、銀へと命中した。

 

「しまった……」

「アウトー!」

 

 安芸先生の声が響く。銀が砂浜に倒れる。が、すぐに起き上がった。

 悟飯は自分の指示ミスの理由を考える。

 恐らくはブラフとしてわざと空いていたのだろう。それならば、間隔が空いている事を教えるだけでも良かった筈なのだ。

 そう反省して、悟飯はやはり、自分は隊長に向いてないなと改めて思った。

 

「ごめんなさーい!」

「ゴッくん、どんまいー!」

「気にすんなー! 次いこう次!」

 

 悟飯が手を合わせて謝罪すると、銀と園子が手を振る。

 その横で、安芸先生が手招きをしているのに気付き、安芸先生の元へと降りる。

 

「孫君は少し思ったらすぐに口に出し過ぎです。指示に理由を必ずつけてみなさい」

 

 安芸先生の指導をメモに取る。

 これで遂にニページ埋まってしまった。課題は多いなと思いながら改めて機械を見る。単純な訓練だと思ったが、それ故に難しい。指示もそうだが、自分でも出来る事がないかとずっと探しているのだが、それが思いつかない。

 

「やっぱり、攻撃をしちゃ駄目なんでしょうか……」

「はい、攻撃は禁止です。バレーボール一つ一つをバーテックスだと思ってください。機械を破壊するのも禁止です。孫君は今回は完全にサポートに回ってもらいます」

「そうですか……」

 

 肩を落とし、再び悟飯は指定位置へと戻る。

 どうすればもっとサポートが出来るのか、その答えは出る事なかった。そしてその日も、銀がバスへとたどり着く事はなかった。

 

――

 

 訓練後、温泉につま先を入れた瞬間から、須美は体中の疲れが溶けて無くなっていくような感覚を覚えた。

 宿に併設された温泉は露天風呂になっており、夜空を眺めながらの休息に精神的にも癒される。

 

「うー、傷がまた増えちゃったなー」

 

 銀が自分の体を見て呟く。その体は確かに傷だらけで、うら若き少女にとってかなり深刻な問題だ。

 ただ、大赦も一応の配慮はしているのか、温泉は貸し切りの上、薬湯になっている。傷の治りは勇者だからというのもあるが、普段よりは早い気もしていた。

 前日の傷はもう少しの痕が残っているだけだ。

 簡単な健康診断も毎日受けさせられていて、この程度ならば全て数日の内に痕も残らないと言われている。

 更には栄養バランスの取れた食事、その分をしっかり消費する運動、その他もろもろ健康的な生活はしている。

 だからこそ、銀は微妙な顔をした。その成果かは分からないが全体的に筋肉もつき始めているのだ。

 

「見て見て~、ゴッくんみたーい」

「喜んでいいのか、悪いのか……」

 

 立ち上がり、ガッツポーズを取った園子が二人に二の腕を見せびらかす。確かに力こぶが出来始めているのを見て、銀は微妙な表情をした。

 悟飯とは比べ物にならないのだが、そもそも彼の様に筋骨隆々となる園子を想像が出来ないし、なって欲しくないなとも思った。

 

「カッコいいとは思うけどさ、女の子ならもうちょっと……」

 

 そう言った銀は須美を見た。

 肩まで浸かってそれより下は見えないが、銀は彼女の持つ凶器を知っている。銀の思い描く理想の女性像の一つを彼女は備えている。

 言うなれば、山。

 

「……鷲尾さんちの須美さんや。貴方の体をみせなさーい!」

「きゅ、急に何!?」

 

 須美が体を隠して銀から距離を取る。

 何をどうしたらそこまで大きく育つのか、その秘密は暴かれるべきだと銀は手を伸ばす。

 

「ちょ、ちょっと三ノ輪さん!」

 

 抵抗する須美と銀は取っ組み合いになる。

 が、それと同時に温泉の扉が開いた。

 

「二人とも、温泉でははしゃがない!」

「「は、はい……」」

 

 安芸先生の言葉に二人が黙った。そして、そのまま体を洗いに、シャワーへと向かうのを二人は眺めた。

 差、を感じて黙ってしまったのだ。

 

「安芸先生、普段じゃそんなに感じなかったけど……大人って凄いな……」

「そうね、例えるなら戦艦長門……」

「え、長門?」

 

 独特な例えに銀は聞き返す。と同時に、須美が目つきを変えた。

 

「知りたい!?」

「え」

「旧世紀の我が国が誇る戦艦の名よ! 詳しく話してあげる!」

 

 銀は酷く後悔した。

 園子はのんびりとそれを眺めていた。

 

――

 

「あれ」

 

 ふと、須美が目を覚ました時、悟飯の布団が空になっているのに気付いた。

 その隣に寝る銀や園子は静かに寝息を立てているのを見て、須美は音を立てぬように注意を払いながら、布団から出た。

 窓の外を見た時、悟飯が砂浜の方に歩く姿を見つけて、須美は部屋を出た。

 

「孫さん?」

「あ、困ったな、見つかっちゃうなんて」

 

 道路から砂浜に続く階段の上で、遠くを眺める悟飯を見つけた。

 寝間着ではなく、道着姿になっている悟飯に、鍛錬でもしていたのかと思ったが、汗などはかいている様子は見えない。

 

「夜更かしはいけませんよ。明日の訓練に支障が出てしまいますから」

「そうだけど、ちょっと寝たくないなって思っちゃって……」

「それは、どういう……」

 

 悟飯が辺りを見回してから、砂浜の方を指差した。そこにはベンチが置いてあった。

 

「ちょっとだけ、話を聞いてくれないかな」

 

 二人が座った時、海を見る。

 月明りを反射した海は穏やかに波打っている。ただそれだけだというのに、幻想的な雰囲気を感じる。

 思わず見とれてしまいそうな景色。それを見ると須美は考える。これの美しい景色達を守らなくてはと。

 椅子に座って少しして、悟飯は静かに語りだした。

 

「ボク、今まで学校に通ってなかったんだ」

「えっ」

「ま、まぁ……勉強はしてたんだけど色々あって……」

 

 須美の驚きに悟飯が慌てて補足する。

 だが、それでも須美は驚いていた。悟飯の成績は優秀だ。他の誰よりも真面目で、須美ですら間違える問題もしっかりと答えている。

 そんな彼が今まで独学のみだったというのは衝撃だった。

 

「幼い頃から強くなれと言われて、学校も行けず、ずっと厳しい修行をしてた。そして、色んな敵と戦って。周りは皆大人ばっかで」

 

 遠くを見たまま、悟飯は笑って語る。

 須美は頷いていた。お役目が決まった時から、須美も大赦の人間から訓練を受け続けていた。

 それは国を守るためだと、須美は理解し自ら進んで訓練に臨んでいたが、苦だと思うことは少なからずあった。

 ただ、敵と言うのが引っ掛かった。バーテックスの侵攻は今以前はなかった筈なのだ。

 

「だから、こうして友達と過ごす時間が嬉しくて、この時間が続いてほしい、そう思ったら寝るのすら惜しくなっちゃって」

「孫さん……」

 

 波の音が静かに響く。悟飯が黙り込んだ後も、その横顔を須美は見ていた。訓練や戦闘時と違い、ずっと柔らかい笑みを浮かべている。優しい、とても優しい笑顔だった。

 ふと、彼は何故勇者に選ばれたのだろうか、そう疑問に思った。

 

「その、孫さんは……」

「悟飯で、いいのに」

「そ、それはちょっと……」

 

 須美が目を逸らす。祝勝会からまだ半月だ。

 どうしても、須美は悟飯達の事を心から友達と言えなかった。全員にまだ苦手意識が残っているのだ。

 悟飯は比較的マシな立ち位置にいる。

 その理由は二人よりも、真面目だからだろう。銀の様に遅刻はしない、園子の様にマイペースで生きても居ない。一番足並みを合わせやすい相手だった。

 だから須美は、最後に小さくまだ、と付け足した。

 

「そっか。そういえば、須美はどうして勇者になったの?」

「えっと、それは神樹様に選ばれたからで……」

 

 思わぬ質問に須美は考え込む。

 どうして勇者になったのか。強いていえば、血筋だ。勇者は大赦の関係者から排出される。

 鷲尾家、三ノ輪家、乃木家は大赦では重要なポジションに居る。

 思い当たる理由はそれくらいだった。

 

「鷲尾家、三ノ輪家、乃木家……それぞれ大赦の重要な関係者だから、そういう意味では血筋だと思います」

「そ、そんな凄い家の人だったんだ……」

 

 お金持ちとは聞いていたが、更にその上に居たらしいと聞いて悟飯の頬が少しひきつったのが見えた。

 

「特に乃木さんは別格です。大赦の最高権力者と言って過言ではないですから」

「初代勇者の家系……だっけ。それは聞いた事あったな。なんだか、敬語で話したほうがいい気がしてきたけど……今更かな……」

「乃木さんがそれでと言ってますし、大丈夫だと思いますよ」

「でも、須美は敬語を使ってるね」

「それは……」

「あはは、冗談だよ」

 

 悟飯が笑う。釣られるように須美も笑った。

 少し、真面目な雰囲気が崩れたのが分かった。そんなせいだからか、つい須美は呟いてしまう。

 

「だから、隊長に乃木さんが選ばれたのもそういう理由だと思うんです」

 

 それは須美の本音だった。

 家柄が関係しているのは勇者になるならないだけではない。きっと、前に立ち、他の者を率いる役割を担うのも、関係しているはずだ。だから、あの時隊長に園子が選ばれた。

 須美は、そう思っていた。

 

「なら……支えてあげないとかな」

「え?」

「血筋で決まったとしても、ボクにはボクの出来る事をするだけ。その出来る事は多分、支えてあげることなんじゃないかなって思うんだ」

 

 悟飯が、立ち上がり須美に手を差し出した。意図が掴めなかったが、その手を取ると悟飯が引っ張り須美を立ち上がらせた。

 手を握ったまま、悟飯が続ける。

 

「ボクは攻撃が出来ない。だけど、皆を守る事は出来る。……皆強いけど、でもそうやって、一緒に支えよう。須美」

 

 須美は真っすぐと見つめてきた悟飯の瞳に自分が映っているのを見た。

 顔が真っ赤にして、震えている自分の姿。

 自分にはなかった考え方。無い訳ではなかったが、どうしても自分で解決しそうになってしまうのだ。

 なるほど確かにそうだとは思う。

 ただ、少し恥ずかしいから、手を放してほしかった。

 

「そ、そうですね! 私も支えます。乃木さんや三ノ輪さん、そして、孫さんも! あの、それで……」

「うん、頑張ろう!」

 

 実質の隊長として、乃木さんを支えれば良いんだと思った。

 須美が海を見る。

 波が、強くなっていた。

 

「あ、ごめん! 手、握っちゃって」

「い、いえ……」



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みのわぎん 二

「左の弾幕多めだ!」

「了解!」

 

 四人の連携が段々と完成していた。

 悟飯の指示は具体的になり、危ない弾や警戒すべき場所を伝える。

 それを元に園子が守りながら、ルートを決める。

 須美は銀に当たりそうな弾を正確に落とし、道を作る。

 その道を、銀が突き抜ける。

 

「須美、大雑把に!」

「りょう……かいっ!」

 

 須美が複数の矢を同時に放つ。流石に数が増えれば命中精度は落ちる。しかし、同時に気弾が矢へと直撃した。

 

「曲がったっ!」

 

 気弾の当たった矢はその軌道を少しだけ変えた。そして、当たらない筈だったバレーボールを貫き、銀の行く道が生まれる。

 悟飯の出した結論。敵を攻撃出来ないなら味方を。昨日思いついたばかりの、悟飯の支え方。

 

「今だっ、銀っ!」

「うおおおおっ、ごぉぉぉぉる!」

 

 叫び声と共にバスが大破した。限界まで破壊しろと言われていた銀は更に回転しながら、バスを解体していった。

 

「やった!」

「やったやったー!」

 

 須美と園子が手をあげて喜ぶ。園子に至っては数時間も経っていた筈なのに、疲れを忘れ、飛び跳ねて喜びを表現している。

 銀の元へ向かった悟飯に、銀が気付く。

 

「やったな、銀!」

「くぅー疲れたぁー悟飯、だっこー!」

 

 手を伸ばしてその場の座り込んだ銀を見て、悟飯は笑う。

 合宿、三日目の朝の事だった。

 

――

 

 連携の特訓を完遂した四人は、合宿最終日を楽しんでいた。

 海で遊ぶという話になり、泳ぐは流石に寒いので却下されたが、バレーボールやビーチフラッグになった。

結果はバレーは悟飯須美チームの勝ち、ビーチフラッグは悟飯の圧勝、次点で銀、須美園子の順で終わりだ。

 その後は周辺の散歩と買い食いをしていたらいつの間にか夜である。

 そうして悟飯は今、勉強をしている。

 

「え、悟飯も弟居るのか!?」

 

 買ったお土産などの荷物を片付けていた銀が立ち上がった。

 宿に戻った銀と悟飯は部屋で雑談をしていた。須美と園子は安芸先生に呼ばれてしまって今は居ない。

 

「まだ二歳だけど、悟天って名前で一人。も、って事は銀にも弟が?」

「あたしんとこは二人。鉄男と金太郎って言うんだ。金太郎はまだ赤ん坊よ」

 

 机の上で開かれていたノートを取ると銀が漢字を書いて見せる。悟飯もそれの隣に同じように書いた。

 

「手は掛かる弟だよ。すぐ愚図るし、何がしたいのかもわかんなくて……」

「目を離すと勝手に動いて、危なっかしくて、困っちゃうけど……」

「「かわいい!」」

「そうなんだよなー!」

 

 二人が顔を見合わせ笑うと同時に、トレーにお菓子やジュースを持った須美達が部屋に入ってきた。

 それに気付いた銀が、おお! とテンションを上げる。

 

「なになにー、なんのお話?」

「弟について、かな」

「手が掛かって困っちゃうって話さ……」

 

 銀の言葉に園子が首を傾げた。

 

「弟? ゴッくんもミノさんも弟居たんだ〜」

「そうそう、あ、確か写真が……」

 

 銀は思い出したようにスマホを取り出し、三人に見せた。

 

「これが未来のあたしの舎弟さ」

「舎弟って……」

「弟が居るとは知ってたけどまだ赤ん坊……なのね」

 

 画面にはまだ赤ん坊と六歳前後であろう男の子が映っている。須美はそれを見て驚いていた。

 

「かわいいだろ?」

「ええ……。もしかして銀はいつもお世話を?」

「まぁね。うちはお手伝いさんとかは居ないからさ」

 

 あははと銀は笑った。

 

「それで、悟飯のは写真とかある?」

「一応お母さんが撮ったのが……あった」

 

 そこには銀の弟ほどではないが、かなり幼い子が映っている。これまた須美が驚いている。

 

「凄く独特な髪型ね……」

「確かに! ツンツンだ!」

 

 悟天の髪型はかなり独特だ。父親の悟空と全く変わらないレベルで、一度聞いてみた事がある。

チチが言うにはサイヤ人は同じような顔や髪のパターンばかりと言う話らしかった。

 

「いいな〜、私も弟欲しいな〜」

「そうね……兄弟は確かに羨ましいと感じるわ」

 

 それから暫くは弟がどう可愛いか、どう困るかという話が続いていた。

 それを聞いてる須美と園子が羨ましそうに聞いているのをみて、ついつい銀と悟飯はそれでと話し続けてしまう。

そうして、就寝時間が近づいた時、園子から提案があった。

 

「孫さんは、一番後ろに……いえ、いっそ前かしら」

「なんかポーズとらない? ヒーローみたいなさ」

「敬礼なら認めます」

「それはちょっと……」

 

 園子の提案は思い出を写真に残そうと言う事だった。カメラの用意は当然していたらしく、三脚につけられたカメラの前でそれぞれの立ち位置を決めていた。

 最初は身長順に銀、園子、須美、悟飯の順に横に並んでみたがいやに悟飯が目立つと言う事で集まろうという話になったのだが、どう集まるかが決まらない。

 

「そういえば、園子はどうして写真を?」

「メモも良いけど写真に残すのもとっても大切なんよ……」

「え、えっとそうなのか? まぁ、あたしは良いんだけどさ」

 

 そうして四人で話し合って、最終的に全員で肩を組むという風に決まった。

 

「……私まで?」

「はいっ! どうせならば皆で撮りたいなって!」

 

 何枚か撮った所で、銀の提案で四人は安芸先生も誘うおうと言う話になった。

 厳しいがそれ故に誠実で、生徒想いだというのは神樹館に通う人間なら周知の事実だ。撮らない訳にはいかない。

 

「五人か……そうだな、戦隊物のポーズを」

「戦隊か……ギニュー特戦隊を思い出すな……」

「お、なにか案があるのかね悟飯くん」

「あ、いやなんでもないですっ……」

 

 銀と悟飯がじゃれ合っている間に三人はさっさと準備を整えていく。

 場所を外に移し、旅館を背景に須美達三人が前でしゃがむ。悟飯と安芸先生が後ろで中腰で枠内に収まる。

 撮影はすぐに終わり、園子が内容を確認する。するとすぐにぱぁっと笑顔になった。

 

「ばっちり! ありがとう皆~」

「お、園子が見た事もない笑顔に……」

「乃木さんが楽しそうでよかったわ」

「仲がいいのは良い事だけど、そろそろ消灯時間だから早めに部屋に戻るようにね」

「はーい。安芸先生にも後でデータを送りますねー」

 

 そう言って宿へと戻って行ってしまった安芸先生を見送り、四人が残る。

 

「しかし、意外だったな。須美が写真がこんなに乗り気になるなんて」

「カメラやパソコンとか、替えの効かない物は私だって使います」

「あ、いやそうじゃなくて……それもあるけど、ちょっと嬉しくてさ」

 

 祝勝会から、須美は良く三人を誘うようになった。今まであまり交流少なかった二人からすれば確かに、嬉しい話だった。

 それを聞いて須美は振り返って、宿へと歩いて一定待った。

 

「そ、そろそろ消灯時間ですから部屋に戻りましょう!」

「あ、照れた」

「照れてる~」

 

 走って行ってしまった須美を追いかけて三人も宿へと戻っていく。

部屋に戻り、四人は布団を敷く。最後の日を終えようと悟飯が電気を消そうとした時、銀が立ち上がった。

 

「ちょっと待って悟飯。合宿の最終日だぞ、簡単に寝られると思ってるのか?」

「え、何かあった?」

「私は自分の枕持ってきてるからぐっすり~」

「それ枕だったんだ……」

 

 猫のぬいぐるみ、改めサンチョを枕にして寝転がっている園子に悟飯は困惑していた。しかし、それ以上に突っ込みたい事があるのだが、それは抑える。

 

「園子さんや、その服は……」

「鳥さん! 私焼き鳥すきなんよ~!」

「そっか……」

 

 銀が悟飯の言いたかった事を聞くと園子が体を起こして腕をパタパタと振った。鶏モチーフのパジャマで、靴下から頭のフードまで一式そろえられている。

 しかもその理由が焼き鳥が好きとなれば、全員が苦笑いする他なかった。

 

「よ、夜更かしは駄目よ! いつも通りに寝ないと、迎えが来てしまうのよ……!」

「迎え!?」

「アハハ……」

 

 須美のやけに真に迫る幽霊の演技に園子が怯え始めて銀が慌てて手を振る。

 

「違う違う。そう言うのじゃなくて、好きな人の言い合いっことかさ!」

「す、好きな人……」

「銀は居るの? 好きな人」

 

 悟飯が布団に戻って問いかける。それを見て銀が、にやりと笑った。

 

「そりゃあたしは、弟とか!」

「あー……」

「家族はずるいよ~」

 

 言いだしっぺが初手でズルをしてしまうと、その後に続くのもそうなってしまう。

 須美は居ない、悟飯も良く分からないと続いてしまった。

 

「なんだよー、園子は?」

「あたしは居るよ~」

「え、マジ? 教えて教えて!」

「え、く、クラスの人!?」

 

 二人が興味深々と言った風に園子を見る。

 ふっふっふ、と勿体ぶるように笑った後、園子は悟飯を見た。

 

「ゴッくん……」

「えっ」

「と、ミノさんとわっしー!」

「だと思ったよ……」

 

 ギャグマンガよろしくな転び方をした後、銀が笑った。須美は頬を赤らめたが、園子の言葉に少し頬を膨らませた。

どうやら本気で勘違いをしたらしい。

 

「これで良いのかね」

「小学生で恋愛って言うのは……聞いた事はないかな……」

「そうよ! それに、わたし達には神聖なお役目があるのだから!」

 

須美がそう力説して、電気を消しに行った。時間は消灯時間を少し過ぎていた。

欠伸をした悟飯はふと銀を見た。

銀は少し考えるように素振りをしていた。悟飯に気付くと手を振って、おやすみと

布団の中へと入って行ってしまった。

 

「じゃ、おやすみ!」

「おやすみ」

「おやすみー」

「おやすみなさい」

 

 そうして、最終日が終わっていく。

 

――

 

そして次の日朝、帰りのバスに銀が遅れて乗り込んでいた。

 

「わ、わるいわるい、野暮用で……」

 

 既にバスの一番後ろで座る三人に謝る。

 悟飯は苦笑いしながら手を振っているがその隣、須美が銀を睨んでいた。

 

「遅いっ! 何をそんなに遅れるの!」

「いや、ちょっと野暮用で……」

「野暮用って」

「大した事ないんだ! ごめんよ、須美」

 

 食い気味にかぶせながら手を合わせた銀を見て、須美は大きくため息を吐いた。

 それ以上の追及はなかったが、バスの中ずっと訝し気に見つめて、居心地がよくなさそうにしていた。

 

――

 

合宿から帰って、何事もなく学校は続いた。

 たった数日の話だったが、同年代の誰かと寝食を共に過ごす日々は初めてで、未だに嬉しさからか時折思い出す。

定期的に行われるらしい習字で、悟飯は「四位一体」と書くまでには。

一応思いつかなかったらと提示されたものはある。「温故知新」や「一日一善」など四字熟語が多いが、「団結」などそうでないという訳でもない。

クラスメイトの大半がその例を書いていて、それから外したのはあまり良くないかなと思ったが教室の後ろに全員分が張り出されると杞憂に終わった。

須美は「七生報国」と、常に日本という国についてを考えているのが良く分かる四字熟語だ。やけに満足気に自分の書いた文字を見ていた。

銀は「焼肉定食」、良くも悪くも自分に素直な彼女らしいものだ。書いた時の感情がよくわかる上に、紙一杯に使って書かれた力強い文字はクラスメイトから好評だった。

そして園子が「ZZZ」。もはや何もわからなかった。いやにキレイな文字で書かれているものだから悪いとも言えず、どう反応していいのか安芸先生すら困っていた。

 

「だから、三ノ輪さんの遅刻の理由を見つけて、それを改善するしかないわ」

 

 悟飯は放課後にそう言った須美の言葉を思い出していた。

 銀の遅刻癖は確かに気になる事ではあるが、銀だって不真面目であるという訳でもない。そんな気にしすぎる事だろうかと悟飯は思っていた。

 後ろを歩く園子もきっとそうだろう。

 ……園子が居ない。

 

「あれ、園子?」

「え、乃木さん!? 何処かではぐれたとか……」

 

 二人が、居なくなった園子を探して辺りを見回すとすぐに見つかった。

 道の端、アリの行列を眺めている園子がそこにはいた。

 

「へいへいアリさん、元気ですか~?」

 

 手まで振っている。

 悟飯達は今、銀の家へと向かっている最中だった。須美いわく、尾行してその原因を取り除かないと、との事だった。

 園子は須美に引きずられるように連れていかれてしまった。悟飯はそれを苦笑いで眺める。

 辿り着いた三ノ輪家は大豪邸と言う程ではないが、一般よりはやはり大きい。

 生け垣で覆われて中は見えないが、見える部分だけでも立派な日本家屋と言った風だ。

 

「それで、どうするの?」

「これよ」

 

 そう言って須美が取り出したのは先端に斜めにレンズのついた特殊な双眼鏡のような物だった。どうやら上に棒を伸ばし、塀の向こうが見れるらしい。

 本格的な覗きをしている須美に悟飯は呆れていた。

 周りが見れないというか、前しか見ていないというか、須美も大概なのだ。園子はそんな須美をキラキラとした目で見ている。

 しかし、悟飯も気になりはする。生け垣を少しかき分けて中を見た。

 少し草が邪魔で、更には遠い。

 

「すぅ……」

 

 悟飯は息を吸って目を凝らす。

 見えた縁側に、銀は居た。掃除をしていたようだが、家の奥から赤ん坊の泣き声がすると走って行ってしまう。

 

「あっー、はいはい、泣かないの。マイブラザ」

「……大変そうだ~」

 

 今度は弟を抱えて出てきた。

 赤ん坊の弟をあやしながら、掃除の続きをしている。

 大変そうと須美は呟いた。

 するとまた家の奥で銀の名前が呼ばれた。呼ばれた銀がそちらへ走って行ってしまう。

 

「どうしたのかしら……」

「お使いをしてと呼ばれたみたいだね」

「聞こえたの? 耳も良いんだ~」

 

 須美と園子が、悟飯を見た。なんと悟飯は超怒髪天へと変身していた。

 二人の視線に気付くと、すぐに元に戻ってあははと苦笑いした。

 須美が小言を言おうとしたが、それと同時に銀が家から出て行ったのが見えた。

 

「……とにかく追いかけましょう」

 

 問題はその道中だった。

 銀の目の前を通り過ぎようとした少年が大きく転んだ。顔は何とか守れたが、擦りむいた膝を抱えて泣き出してしまう。

 

「あ、子供が転んだ」

 

 銀の目の前を通り過ぎようとした少年が大きく転んだ。顔は何とか守れたが、擦りむいた膝を抱えて泣き出してしまう。

 銀は子供を抱き起こし、慰めていた。傷口に絆創膏貼ってあげて、暫く泣き止むのを待っていると母親が迎えに来た。

 

「ミノさん優し〜」

 

 そうして銀はまた歩き出す。

 

「倒れた自転車を起こしてる~」

 

 ドミノ式に倒れた自転車を一台一台丁寧に戻している。その行為に感化されて、近くの数名も戻し始めた。

 すぐに終わってまた歩き出す。

 

「……道案内してるわね」

 

 おばあちゃんに道を尋ねられ、手を取ってそこまで案内していた。

 そう遠くはないが、大きく時間を取った。

 

「トラブル体質なんだね~」

 

 少なくともお使い先であるイネスにつくまで、五回はトラブルに巻き込まれた。

 そして、イネスの中でも子供の喧嘩に巻き込まれたり、果物を落としたのを拾う手伝い。

 

「もう見てられないわ!」

 

 そう言って、走り出したのは須美だった。

 三人は落ちた果物を拾い上げていく。銀は驚いた顔をしたが、とりあえずと果物は拾いきった。

 お礼を言って去っていく背中を見送ってから、三人は銀と目を合わせた。

 

「それで、何でここに?」

「えっと……」

「ボクが話すよ。あっちで」

 

 悟飯が指差したのはフードコートだった。

 四人がそれぞれ料理を頼んでから席に着く。選んだのはうどんと、うどんと、うどんと、うどんだ。

 それぞれ違うが、悟飯が選んだのは銀おススメの肉ぶっかけうどんだ。

 悟飯から説明を聞いた銀はうどんを一回啜った後で、大きく笑った。

 

「なるほど、それでついてきてたのか。言ってくれればよかったのに」

「それじゃ尾行にならないでしょ。それに、元はと言えば、三ノ輪さんが遅刻を繰り返すのが悪いんです!」

「うげ、それは……そうですはい。あたしが悪かったです」

 

 痛い所をつかれ、銀は頭を下げた。

 

「とは言え、銀が率先して人助けしてるのを見て凄くカッコよかったよ」

「そうはっきり言われると、なんだか照れるな」

「ミノさんかわいい~!」

「よせやい!」

「孫さんもそうやって……確かに、行い自体は素晴らしい物だけど……」

 

 須美は納得がいっていないのか、でもと言っている。人助けをするなとは、言えないのだろう。

 勇者としての行動を求めるなら銀の行いは大手を振って褒めていい。しかし、その後はどうにかすべきだ。

 思いつかないのだが。

 

「それはそれ、これはこれです」

「わっしーは真面目さんだなぁ」

「少しくらい大目に見ても良いとは思うけど……。まぁ、忘れ物は無くした方が良いかな……」

 

 二人に言われると、流石に須美も考える。

 

「そうだそうだー。ま、須美はちょっと硬いんだよ。まだあたしのこと三ノ輪さんって呼んでるままだし、もっと柔らかく銀って呼んでほしいかな」

「わたしもわたしも! そのっちで!」

「そ、それは……」

 

 銀の言葉に須美が考える素振りをとった。今だに上の名前を読んでいるのは須美だけだ。

 それが気軽な関係であればよいが、須美には三人にも分かるくらいに恥じらいや遠慮を見せていた。

 

「まぁまぁ、二人とも――」

 

 悟飯が言葉を言い切る前に、四人は気付いた。

 勘のようなもので、ふと周りを見れば全てが時間が止まった様に動かなくなっていた。

 一番問題なのは持ち上げたまま浮いたうどんの箸だ。

 

「食事中だってのに空気読まないな―バーテックスは」

「それでもやりましょう。三人共」

「おうともさ」

「頑張ろう~!」

「そうだね」

 

 三人が須美の言葉に頷く。

 お役目の時間だ。



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みのわぎん 三

 それは動物に似ていた。牡牛か、あるいは山羊が持つような角を足にした姿をしている。

 しかし、地面を歩く訳ではなく、それは今までと変わらずに浮遊して移動している。 

 

「毎回思うけど、凄い見た目だよなー。今回はヴィジュアル系だ」

「そ、そうかな……?」

 

 バーテックスの見た目はそれぞれ違う。だというのにそれぞれが気持ち悪い見た目をしているのは中々凄い事だ。かと言って、かわいい見た目をされても困る。

 気兼ねなくやれていいな、と銀は笑うのに悟飯は同意する。

 

「隊長、号令を」

「えっ、あっ、出撃だー!」

「おー!」

「お、おー!」

 

 須美の言葉に思い出したように園子が号令をかけた。

 それに続いて銀、悟飯の順番で返事をする。何とも言えない調子で戦いの火ぶたは切られた。

 

「私と孫さんで遠距離で様子を見ます。三ノ輪さんと乃木さんはその間に前へ」

 

 須美の言葉に全員が頷く、須美は後方に、銀と園子が前に出る。

 悟飯は中央で全体を見渡せる位置に立つ。合宿の訓練通りのポジションだった。

 

「まずは私から……!」

 

 須美の言葉に、悟飯達は構える。

 バーテックスの動きを注視していると、バーテックスが地面の上に降り立った。何をするかと全員が防御姿勢を先に取る。しかし、バーテックスの中央から円形の何かが地面に伸ばされた。

 それと同時、地面が揺れた。

 

「じ、地震!?」

「あいつが起こしてるのかっ!」

 

 揺れは激しく、銀と園子は地面に手をついて何とか倒れないように保っている。

 ただ、一番遠くに居た須美だけはなんとか弓を構えていた。しかし、構えた矢も標準も上手く定まらない様で、攻撃は出来ていないようだった。

 しかし、バーテックスも地震を起こすだけでは止まらない。角のような足が、須美へと向いていた。

 

「なっ……」

「須美っ!」

 

 須美の前に悟飯が立つ。放たれた足は鋭利な先端で貫こうと悟飯と須美を襲った。

 しかし、悟飯は裏拳で大きく殴りつけると同時に、軌道が少しだが逸れた。須美の横を飛んでいき、足は樹海の虚空を貫いて止まった。

 

「やっぱり、ボクでもちゃんと守れる……!」

 

 勢いを失った足は、バーテックスとヒモで繋がっていて元に戻っていく。一応と攻撃をしてみるが、悟飯の攻撃では千切れる事はなかった。

 しかし、その間も地震は続いた。どうにも攻勢に出れそうになかった。

 バーテックスの攻撃は一回の射出から二回目までに大きく間隔が空いた。

 悟飯は明らかな隙にバーテックスに対し、何も出来ない自分に拳を握りしめる。ただ、それでもそれ以外に出来る事はある。

 

「無駄だっ!」

「くそっ、あたしも飛べればっ……」

 

 銀を襲った攻撃は、悟飯によって逸らされる。樹海に傷がついていないのもまた良い事ではあった。

 バーテックスの攻撃自体は単調な物で、悟飯が三人をカバーするのには問題なかった。しかしそれは、攻撃は受けないが、攻撃が出来ないと言う事でもある。

 銀と園子は震源に近いからか、膝どころか武器を支えにしても立つ事が出来ていない。唯一の可能性は、一番遠距離に居る須美だ。

 

「私が何とかするっ……しなきゃいけないのにっ……!」

 

 須美は何とか弓を引いたまま、須美はバーテックスを睨み続けていた。立っているのがやっとで、標準が定まらない限り弓は放てない。

 樹海に落ちた時の事を考えれば、外す訳にはいかないだろう。それに焦っているのか、須美が何かを呟いているのが見えた。

 その時、園子が悟飯の肩を叩いた。

 

「閃いたよ! ゴッくん、この前やったわっしーの矢の軌道って変えるって技、今なんとか出来ないかな」

「……なるほど、やってみる」

「後は、わっしーが……」

 

 園子の呟きを聞いて、悟飯が須美を見る。必死に狙いを定めようとしているが絶え間ない地震でそうもいかない。

 弓を強く握り始めているのが分かった。

 

「須美、落ち着けっ!」

「三ノ輪さん……? 落ち着いてって……」

 

 銀の言葉に須美が構えを解いた。

 力が抜けると同時に視界が広がり、自分の先に悟飯が居るのに気づいた。

 悟飯はただ、須美に背中を見せてバーテックスをじっと見つめている。

 重なるは合宿の風景。

 全員の背中を見るばかりの訓練だった。ただ、次第に頼もしいと思えてきた背中。

 信頼できる、友の背中だ。

 

「あたし達で、一緒に倒そう!」

 

 四人全員が、バーテックスを倒さなくてはいけない。

 四人の力を、合わせなくてはいけない。

 

「私だけではいけない。そう分かった筈だったのに……」

 

 須美の弓を握る力が抜けた。目を閉じて、一度大きく深呼吸をすると同時にすぐに、顔を上げた。

 弓が大きく引き絞られる。

 

「皆と一緒に……なんとかするっ!」

 

 矢が放たれる。やはり、その軌道はバーテックスからズレている。当たるとは誰も思えない。

 しかし、それでよかった。

 後は、悟飯の番だ。

 

「うおおおおっ!」

 

 悟飯が自身の横を通り抜けた矢を追いかけ、蹴り飛ばした。神の力を宿した矢は大きくズレる事はない。

 しかし、元々の須美の命中精度は高い。その程度で問題なかった。

 

「よしっ!」

「孫さん、押し込んでっ!」

 

 それは見事にバーテックスの中央部分に命中した。矢じりがバーテックスに突き刺さり、爆発までの一秒程度の花弁を模したカウントダウンが始まる。

 それと同時に、駄目押しと悟飯がもう一度蹴りつけた。矢を大きく押し込む。羽の部分まで完全に突き刺さったそれは大きな爆発と共に、それを完全に粉砕した。

 完全に砕けたせいか再生する様子は見えない。

 

「地震が止まった……やった……やったわ!」

「ナイス二人とも!」

 

 悟飯が、バーテックスの所から須美の方へと戻ると、ガッツポーズで喜んでいた。

 ここまで喜びを表現する須美を、悟飯は初めてみた。どうやら悟飯が思っている以上に嬉しかったらしいが、考えてみればこれが初めての明確な須美の戦果だった。

 園子と銀も集まり、全員が集合する。

 

「やったね、須美!」

「孫さん……はいっ!」

「あまり焦りすぎるなよ、須美」

「その、三ノ輪さん、ありがとう……」

「待って、何か仕掛けてくるよ!」

 

 園子の言葉に全員がバーテックスを見る。

 角のような足をこちらに向けていた。全員がすぐに、前に出た園子が開いた傘の盾に隠れた。

 先端を突き刺すように飛ばされた足は、園子の盾に弾かれた。

 

「離れたままだと危ないね。四人で近づこう!」

「「「了解!」」」

 

 園子が指示を出す。盾を構えた園子を先頭に全員がバーテックスへと接近を始める。

 正面からの攻撃を園子が全て弾く。須美と悟飯が攻撃を挟み直撃を避けていく。

 バーテックスの攻撃は地震を除けば、全て足の射出のみ以外はないようで、簡単に正面へとたどり着けた。

 

「よしついたっ、切り刻んでや――」

 

 しかし、ただ簡単に終わる訳がなかった。

 バーテックスは正面まで近づかれると、今度は大きく上に、自身を射出した。

 

「なっ」

 

 その飛距離は凄まじかった。バーテックスが一瞬にして小さくなる。

 見下ろされているようで気分はよくない。

 

「うそ、浮いてる……」

「くっ!」

 

 須美が矢を放った。しかし、バーテックスまで届く事なく海の方へと落ちていった。

 銀と園子は当然届かない。悟飯も飛ぶかと考えるが、降ろせるかは恐らく別の話だ。

 

「制空権を取られたっ……」

「なら、悟飯がさっきみたいに上に放った矢を蹴り飛ばしてみるのは?」

「流石に大きく飛ばせないから難しいな……」

 

 あくまでも出来るのは軌道だ。大きく上まで持ち上げると、勢いは死に切ってしまう。そうなれば矢についた加護がなくなり、悟飯の攻撃になってしまい、通用しなくなる。

 悟飯が三人の武器を借りて攻撃が、出来ないのはそれが理由だった。

 

「気を付けて、攻撃してくる!」

 

 園子が叫ぶ。全員が上を見るとバーテックスの足の一つが悟飯達を向いていた。

 全員が大きくその場を飛びのく。同時に地面を足が貫いた。その一撃だけでも現実にどれだけ被害が及ぶのか、想像したくなかった。

 

「しまった、離れたっ。けど、集まる余裕はないなっ……」

「どうしよう……」

 

 須美と悟飯と園子、銀の二つに分かれてしまった。すぐに集まろうにも、バーテックスの足は次々と悟飯達を襲い続ける。しかし、回避自体は難しい訳ではない。常に飛んでくる足が一度震えるという兆候がある。

 

「防御も難しいよ~」

「流石に逸らすだけだと厳しいな……」

 

 樹海の被害を考えながら戦う悟飯達は劣勢だった。このままの状態を続けても不利なのは悟飯達だった。

 しかし、その状況を変えたのはバーテックスだった。悟飯達に当たらないと見るや否や、バーテックスは攻撃を切り替えたのだ。

 全ての足を合わせて、回転を始めた。

 

「まず――」

 

 悟飯の言葉も言い終わらぬうちに放たれた速度は尋常なものではなかった。

 そしてそれは、銀を襲った。

 咄嗟に両斧で防御した銀だったが、回転も勢いも止まる事なく銀を押し潰さんとしている。

 

「ミノさんっ!」

「三ノ輪さんっ!」

「一分はもつ! それまでに、こいつをっ……!」

 

 二人の言葉に銀が叫ぶ。一分、長いようで短い時間だ。

 そもそも銀の斧を削って貫かない可能性もない。しかし、銀はそう言った。、

 それを信じるべきだ。そして、その上でもっと早くなんとかすればいい。

 

「一分……私の矢は届かないのに……でも、それまでに……」

 

 須美が呟きながらも、弓だけは構える。しかし、それは力なく、何処を狙っていいのかも分からないようだった。

 悟飯が須美の肩を叩く。

 

「銀を信じよう。一分、それまでになんとかするんだ」

「私に任せて!」

 

 園子が矢を大きく振った。それに合わせるように、盾を作っていた刃が今度は階段のようにバーテックスへと伸びた。流石に完全に伸び切らないが、それでも須美の矢が届く距離にはなる。

 

「わっしー、行って! ゴッくん、その後あれ、やろう!」

「りょ、了解!」

「あれ、本当にやるのか……了解!」

 

 園子の言葉に反射で須美は走り出した。きっと意図は完全に理解はしていないだろうにそれでも行動する須美を見て、悟飯は少し安心していた。

 

「須美、もう一度だ!」

「了解! 今度は、もっとっ、強くっ!」

 

 須美が弓を構えた。その周りに花弁の紋章が現れる。花弁に色をつけながら、チャージが進んでいく。

 響く銀を貫かんとする音に自然と前進に力が籠る。

 

「「友達は、傷つけさせないっ!」」

 

 須美が階段を上り切ると同時に、チャージが溜まり切ったのを見た。

 距離を少しでも近づけようと須美は階段の上を飛んで、バーテックスに狙いを定める。反省は活かさなくてはならないと、須美は空中で狙うというのは何度も想定して練習をしていた。

 つまり、ここで外す道理は最早無かった。

 

「南無八幡……大菩薩っ!」

 

 須美の矢を追い掛ける様に悟飯が飛んだ。

 落下していく、須美と一瞬だけ目が合う。力強く、悟飯を見つめていた。

 

「行って! そっ……悟飯っ!」

「貫け、龍! 翔! 拳だぁぁぁ!」

 

 須美の叫びに応えるように、悟飯は矢を殴りぬける。樹海の被害が心配ないここでならば、全力で殴りぬけられる。

 それは、確かにバーテックスへと突き刺さった。それと同時にバーテックスが勢いに負け、更に上へと浮きあがった。

 

「まだっ!」

 

 殴りぬけて、突き刺さった矢はバーテックスの中心よりも横に大きくズレていた。

 しかし、それはミスではない。

 まもなくして爆発した矢は、バーテックスの足を繋ぐヒモをちぎった。

 数としては片方の二本だけだが、回転するにはもう二本では足りない。下を見れば、切り離された足が銀によって海に放り投げられるのを見た。

 

「落ち始めたっ……ならっ」

 

 バーテックスが落下し始めるのを見て、悟飯の大急ぎで地上へと戻る。巨体の落下速度は速い。話し合う時間もないが、そんなものは必要がなかった。

 一つ、園子の言った「あれ」の準備をするだけだ。

 

「着地には気をつけてっ」

 

 悟飯がそういうとともに、三人よりも更に下の地面に降りた。

 

「ミノさん、わっしー! ちゃんと掴まってね!」

「任せとけって!」

「本当にやるの……これ……」

 

 銀と須美に合図を送った園子が槍を盾へと変える。

 そして、それを下へと向け大きく空中へと飛び出した。

 

「かめはめ……波ぁぁ!」

 

 悟飯が園子の盾へと向かいかめはめ波を放つ。かめはめ波は神の加護をうけた園子の防御を貫く事はない。

 つまりは、園子達を上へと一気に押し上げるエレベーターとなる。

 

「う、うわぁぁぁぁ!」

「は、はやいっ!」

 

 放ち切ったかめはめ波のポーズを取ったまま、悟飯は落下していくバーテックスへ向かって、三人が飛んでいくのを見送る。

 後は、仲間に、友達に全てを託すしかない。

 

「ここから、出ていけー!」

 

 盾から槍に戻した園子は、その槍の穂先にいくつもの刃を重ね、更に二重に穂先を作り上げていた。完全な攻撃形態だ。

 弾丸のような速度で飛ぶ園子はバーテックスを見事貫き大きな風穴を開けて、向こう側に辿り着く。

 その穴は巨大で、後に続いた二人もバーテックスの上へとたどり着いた。丁度そこで上昇も止まる。

 

「ミノさん、決めちゃって!」

「みの……銀、任せたわ」

「えっ……いや、ああ! 任せとけ!」

 

 須美が矢を取り出す。近距離だろうが、遠距離だろうが須美のやる事は変わらない。

 結局は全力で敵を討つ。それに限るのだ。

 須美は作り出した数本の矢を直接バーテックスに突き刺した。

 

「さてと、しっかり決めなきゃな」

 

 爆発と共にバーテックスの表面が削れる。絶え間がない攻撃の連続。バーテックスは最早修復が始まってすらいなかった。

 

「うおおおおおおおっ」

 

 銀の一撃でバーテックスの形が崩れる。

 抉れる。切り刻まれる。

 

「いけっ、銀!」

 

 悟飯が叫ぶ。

 三人はただ、切り刻まれるバーテックスを見ていた。

 銀が落ちてきたのは、その数秒後だった。

 

「へへ、完全勝利だ」

 

 悟飯に受け止められた銀は息を切らしながら天へと拳を突き出した。

 

「ちょっと傷だらけ、かな」

「……はは。手厳しい」

 

 頬の切り傷から流れる血を悟飯が拭うと、銀が目を閉じる。

 鎮火の儀が始まっていた。樹海が白く染まり、バーテックスだったものを花びらが覆っていく。

 それは勝利の儀式。

 そして、花びらに包まれた残骸は何処かへと消えた。

 

「ミノさんっ!」

 

 園子が駆け寄ってくる。悟飯から降りた銀は園子をハイタッチで迎えった。

 

「やったね、ミノさん! ハイターッチ!」

「「いぇいいぇい!」」

 

 息ぴったりに喜ぶ二人を悟飯が見ていると、いつの間にか須美が悟飯の隣に立っていた。

 その表情は何故か暗かった。

 何かあったのか、と尋ねようとした時、樹海化が終わった。

 

――

 

 戻ったのは、大橋近くの公園だった。

 草原広がる広場の様な場所で、四人は円を囲むように寝転がっていた。

 

「……はー、いてて」

「ミノさん大丈夫?」

「まぁね。あれはちょっと腰に来た」

 

 あはは、と笑う銀の声を聞いた。

 今回も激闘だった。一瞬も気が抜けなかった。

 誰一人欠けても勝てなかったと思えた。

 

「須美には助けられたよ。お疲れ様、須美」

「確かに! 須美は大活躍だったな! あ、あとさ!」

 

 銀と悟飯が体を起こして須美を見た。

 須美は、涙を流していた。

 

「え、えぇ!? どうしたんだよ須美!? 何処か痛い所でもあったか?」

「……そうじゃないの。私が、私が駄目だったの」

 

 三人が顔を見合わせた。

 全員が首を傾げ、何が駄目だったか、皆目見当もつかないと言った風。

 

「支えるつもりで出来てなかった……! 信頼するつもりで出来てなかった……!」

 

 それはまるで子供のように、泣きじゃくっていた。否、子供なのだ。普段の大人っぽい須美からは想像も出来なかった。

 そんな彼女の、年相応の姿を見れて嬉しくもあった。

 

「ごめんなさい……。次からはもっと息を合わせる……! もっと、頑張るから……!」

 

 その言葉に、銀が笑った。

 

「うん、頑張ろう!」

「次は完全勝利、目指そうな!」

「わたし達と一緒に、ね! はい、わっし~」

 

 銀に悟飯と園子が続く。

 園子がハンカチを差し出した。それを受け取った須美は涙を拭いた後、目を隠してから

 

「ありがとう……そのっち……」

 

 そう、小さく呟いた。

 

「わぁ……! もう一回言って! わっしー!」

 

 三人でまた顔を見合わせる。

 やはり戦闘中のあれは聞き間違いではなかったのだと、銀と悟飯は確信した。

 

「……そのっち」

 

 恥ずかしそうに、須美は名前を呼ぶ。さっきよりも更に声が小さかったが園子は満足らしく、嬉しさに体を震わしていた。

 それを見て、銀があたしも! と身を乗り出す。

 

「……銀も」

「え?」

「銀もありがとう!」

「なんだな嬉しいな……なんか、ようやく須美とダチになれた気がする」

「その……悟飯、ありがとう」

「……どういたしまして、だね。とりあえず立ち上がろう。服が汚れちゃうよ」

 

 改めて名前を呼ばれると嬉しくなるが、同時に恥ずかしさがあった。

 悟飯が手を差し出し、全員が立ち上がる。それと同時にあっ、と銀が手を叩いた。

 

「そういえばさ、やってない事あったよな!」

「え、何かあった?」

「ほら、嬉しい時にする事」

「ああ! 確かに~」

 

 思い出して園子が手を叩いた。

 どうせならばやっておくべきだろう。

 四人で円を作る。

 

「じゃ、今回のMVPである須美さんが合図を」

「えっ……えっと、じゃあ……せーのっ!」

「「「「ばんざーい!!!!」」」」

 

 気持ちのいい、四人のハイタッチの音が広場に響いた。



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やまぶししずく

実は昨日、月曜分まで一気に投稿してしまうミスをしてしまったので今回のは「おまけ回」になります。


「ありがと、悟飯くんは教えるの上手いから助かるよ」

 

 悟飯と机を合わせたクラスメイト、大西さんが机に倒れ込む。

 勉強があまり得意じゃないと自負する彼女は成績が悪く、時折悟飯に分からなかった所を聞いているのだ。

 しかし、最近ではそれを聞いた須美も時折混ざるようになって、彼女の成績は右肩上がりだ。

 

「教える事自体は良いけど、あんまり頼りきりにならないようにね」

「正論……次回は自分で頑張ります……」

 

 目を逸らして頭を下げた大西さんに少し呆れながら、悟飯は窓の外を見た。

 お昼休み、校庭ではしゃぐ銀の姿が見えた。悟飯も誘われてはいたのだが、球技は気を抜くとすぐ力加減をミスしてしまうと須美にキツく止められていた為に断念した。

 その須美はと言えば、日直としての仕事をこなしている。黒板を消して、クリーナーにかけてついた汚れを落とす。その次に配布物を配っていき……と、とにかくテキパキと真面目に進めている。

 

「調子はどうですか、大西さん」

「バッチリ! 終わりましたよ須美さん!」

 

 悟飯の元に配布物を渡しに来た須美が話しかけてくる。それに大西さんがピースで返す。

 悟飯を通じて須美も全体的にクラスメイトからの印象が堅そうから真面目さんに変わりつつあった。

 実際、小言が多めな彼女はどうしても少し敬遠されがちだった。彼女のまわりにも真面目な人達が集まると言った具合だったが、悟飯や銀を通して話す機会が増えるとそうでもないと全員が気付いていったのだ。

 

「いや~お役目に選ばれた人は違いますな」

「そんなんじゃないって」

「そうですよ。神樹様に選ばれるのと、勉強が出来るのは全然違います」

「しまった」

 

 須美の小言の時間が始まった。それに気付いて手で顔を覆った大西さんだが、もう手遅れだ。

 

「大西さんは少し授業中に眠そうな事が多いですよね。夜更かしをしているのですか?」

「ちょ、ちょっと……」

「だからですね。それに、夜更かしは成長も阻害しますよ。この前に背が伸びないと言っていましたけれど、そうやって不健康な生活をしているから」

 

 流石須美、クラスメイトをよく見ていると悟飯は感心していた。

 これは大西さんに限った話ではない。全員をしっかり見て、しっかりそれにあったアドバイスをしている。友達想いの須美らしいのだが、ちょっと一回が長い。

 助けを求めるような視線を送ってきた彼女に対し、首を振って諦めを促すと悟飯は立ち上がる。

 

「ちょっとお手洗いに」

 

 そう言って教室を出た悟飯は廊下をチラリとみる。廊下で会話している別クラスのグループだったりが居るが、その中で一人だけ教室を覗いている少女が居た。

 覗いているのが六年二組、悟飯達の教室であり少し気になった。

 

「どうしたんですか?」

「えっ……」

「誰か探してるなら、ボクが呼んできたりとか」

 

 振り向いた少女は前髪で片目が隠れてた大人しそうな雰囲気を持っていた。彼女は悟飯を見て、目を見開いて驚いている。

 それを見て、驚かせたかなと悟飯は少し屈む。目線を合わせると彼女は凄く目を泳がせて何かを言おうとしているのかその、えっとと繰り返している。

 

「そ、そういう訳じゃなくて……」

「あれ、そうなんですか? あっ、ボクは六年二組の孫悟飯です。よろしく」

「し、知ってる。お役目についてる……」

「えっ、そんなに有名なんだ……困ったなぁ」

 

 頭を掻いた悟飯を少女は凄く興味深そうに見ていた。

 その視線は悟飯も覚えがある。珍しそうな物を見る、と言う風な目だ。原因はそれなりに高い身長と異様に鍛えられた肉体だ。クラス中の力自慢は既に悟飯に敗北している。

 お役目以外でも有名になる要素は少なくなく、本人に自覚はないが、こうして別のクラスから悟飯を訪ねてくる人は少なくなかった。

 

「と言っても、お役目について話しちゃ駄目って言われてて……」

「そう、なんだ……。えっとなら私はこれで」

「あ、いやよく考えればお役目の内容以外だったら見せてもいいのかな」

 

 お役目の内容以外、かめはめ波は問題だが気については別に他人に話すなと言われていない。

 そもそもこんな所で見せびらかすものでもないが、折角来てくれた人をごめんねとだけで返す訳にも行けない。

 

「と、特別に見せれるものなら一個あるので外、行きませんか?」

「え、え? う、うん分かった……」

 

 何があるのか分からないと言った風の少女は流されるように悟飯の後ろを付いていった。

 辿り着いたのは体育館の裏である。人に見られないようには一応配慮する。

 

「えっと……ここでなにを」

 

 困惑する少女を横目に悟飯はすぅっと息を吸う。

 瞬間、悟飯の姿が変わった。

 

「なんだそりゃあ!?」

「スーパー、じゃなかった。超怒髪天って言うんだけど……」

「ちょうどは……よくわからねぇがなんだよそれ……」

「あれ……雰囲気変わった?」

「あっ、しまった。驚いて変わっちまったじゃねぇか」

 

 頭を掻いた少女は一度髪をかき上げた。

 隠れていた片目が現れ、目付きも変わった。一瞬にして大人しそうだった印象が荒っぽく変わる。

 

「てか、俺ら自己紹介すらしてねぇじゃねぇか」

「あっ、そうだった……」

「俺は山伏シズクだ。で、最初に会ったのがしずく」

「しずくさんと……しずくさん?」

「俺がシ、ズ、クだ!」

「えっと……分かった!」

 

 あまりわかっていないが悟飯は雰囲気で頷いた。

 とにかく目の前に居る荒っぽい雰囲気の山伏がシズクだろうと言う事は理解した。

 

「それはいいとして、なんなんだよそりゃ」

「お役目の為の……力? いや、違うのかな……とにかく凄い力を持ってるって感じかなぁ」

「なんで当の本人が曖昧なんだよ……。と言うか、俺達に見せても良かったのかよそれ」

「えっ……あー、多分大丈夫じゃないかな!」

 

 あははと苦笑いした悟飯に、シズクは呆れていた。悟飯としては折角来てくれたのだからと何かしてあげたかっただけなのだが、その後は何も考えていなかった。

 それに言いふらすような人にも見えなかったというのもある。

 

「お人好しにも程があるだろ……」

「まぁ、だからくれぐれもご内密にって感じで」

「はぁ。まぁ、分かったよ」

 

 呆れた態度のままシズクは頭を掻いた。それと同時にかき上げられた前髪がおりて、最初の雰囲気を取り戻した。

 それを見て、悟飯も変身を解く。

 

「その……えっとありがとう」

「え、ああうん。どういたしまして」

「やっぱり悟飯だ。おーい何してんのー?」

 

 遠くから掛けられた声に悟飯が振り向くとそこには銀が居た。短時間だが目一杯に遊んで少し汗をかいている。

 それを見て、休み時間の終わりが近い事に気付いた。

 

「三ノ輪銀、銀もお役目についてるけど」

「うん、見た事ある」

「おっと知らない人だ。あたし、三ノ輪銀って言います」

「山伏しずく、です」

 

 銀が自己紹介するとしずくも返した。

 それと同時に銀が悟飯を訝し気に見た。

 

「ところで二人は何してたんだ?」

「え、えーっと、お話?」

「お話って。怪しすぎる……」

 

 目を逸らしながら必死に言い訳を考えるが悟飯は思いつく事がなかった。かわりにしずくが一歩前に出る。

 

「私が、孫さんにお役目について聞いてて……。傷だらけになってるから大丈夫かなって」

「なーんだ、そう言う事か! でも最近は慣れてきて傷もなくなってきたから安心安全よ」

 

 笑顔を見せた銀にしずくも笑った。それを気まずそうに悟飯が見る。

 それと同時に休み時間の終わりが近い事を知らせる鐘の音がなった。

 

「あ、しまった。はやく戻んないとまた須美に色々言われる……」

「それはちょっと困るな……早く行こうか」

 

 駆け足で戻っていった銀を見送ってから悟飯は振り返ってしずくを見た。

 

「さっき誤魔化してくれて助かったよ。またお役目について以外でも話そう」

「あ……うん!」

「放課後とか、またねしずくさん!」

 

 銀を追い掛けるように悟飯は走っていってしまう。

 また、と言われて大抵はもう話す事はないだろうと思った。のだが、まさかの放課後と指定されて呆気に取られていた。

 そして忙しない人、と笑った。



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のぎそのこ

「土砂崩れか……」

 

 横向きに置かれたスマホが流すニュースを見て、言葉をこぼす。

 大赦から支給されたスマホはネットニュースなどを簡単に流せた。初めて知った時は凄い技術だと感じた物だが、しかし、代わりにポイポイカプセルなどはなく、一長一短だ。

 

「この程度で済んだと思うしかないのかな……」

 

 樹海の被害は地震などの災害と言う形になって還元されている。今回の被害は土砂崩れだったと言う事。

 しかし、それによっての死傷者は出ていない。前回前々回も怪我人が出た程度で済んでいるのはマシな結果ではあると言えた。

 

「法則性があるのは、本来だったらおかしいけど……」

 

 悟飯は今、開かれたノートにバーテックスの事を纏めていた。

 初回、二回目、三回目、それぞれ違う特性を持った恐ろしい敵だった。力を合わせ、撃破出来たのは素晴らしい事だが、次回もそうであるかはまた別だ。

 資料はまだ三体と少ないながらも、悟飯は法則性などを解き明かして、対策を立てようとしていた。

 あまり進みは良くないが。

 

「や、悟飯」

「……銀? 偶然だね……って思ったけど」

「あたしは休みはいつもイネスに居るからね! 逆に悟飯が居るなんて珍しいって思ってさ」

 

 突然肩を叩かれ、振り向いた先には銀が居た。そのまま悟飯の向かいに座った銀の手にはジェラートが二つ握られていた。

 

「はい、悟飯の分。難しい顔してたから気分転換にさ」

「ありがとう。バーテックスについて調べてたんだ」

 

 そう言って悟飯はノートの中身を見せる。

 仮称だが、水瓶、天秤、角バーテックス。それぞれ絵と共に確認した能力が記されている。それの実際の対策とそれ以外の対策案も添えられている。

 びっしりと文字で埋め尽くされたそれを見て、銀が苦い顔をした。

 

「うへー、あっ、でも絵はすっごい上手い……。凄いなー悟飯は」

「将来の夢が学者なんだ」

「学者さんか! 悟飯は頭いいからなー。うん、なれるよきっと」

 

 悟飯の幼い頃からの夢、それが学者だ。何の学者になるかは決まっておらず、漠然とした学者と言う目標を掲げているばかりだったが、悟飯は今、バーテックスについて調べる事をしていた。

 最後まで続けるとは思っていないが、それでも進めているのは学者よりももっと前の、根源的な理由。

 誰かの役に立ちたいからであった。

 そしてその結果は、大赦の人間にもその報告書を請われる程。

 

「あたしはそういう説明は苦手だからなぁ」

「あはは、ボクもあまり得意じゃないからこうやって練習してるんだけど」

 

 実際に見て、戦ったのは銀達であり、それを聞くしか出来ない大赦からすれば悟飯の報告書は喉から手が出る程に欲しかった。と、実際に言われた。

 銀と園子の説明は抽象的過ぎた。須美は詳しく話してはいるらしいが資料不足が否めないという話。が、悟飯は全体を見回す事が多く、一番情報を持っていた。

 

「将来の夢、銀はある?」

「え、あたし? 小さい頃は家族を守る美少女戦士! だったなぁ」

「今は今はー?」

「え」

 

 ガタン、と机に手をついて突然園子が現れた。

 ふと、後ろに目を向けると須美が呆れ顔で後からやってきていた。いつの間にか、四人が集まっていた。

 

「須美と園子も、偶然――」

「ではないです! 何度も連絡したのに悟飯が返事を返さなくてわざわざ家まで尋ねたんですよ!」

「えっ!? あ、ホントだ。ご、ごめん気付かなかったや……」

 

 普段から使いなれていないせいか、どうやら通知を切っていたらしく、スマホには何度も履歴だけが残っていた。

 その内容はこれから乃木家にて園子がやりたい事をする、と言う話だ。そして待ち合わせ場所はここ、イネス。それは完全に偶然だった。

 悟飯は手を合わせて謝る横で、園子がそんなことより、と銀を見た。

 

「それでそれで、ミノさんの夢が知りたいな〜」

「えっ……あー、えっと……」

 

 銀が露骨に目を逸らした。反応を見るに、ないという訳ではないようなのだが言えない理由を一度考える。が、思いつかない。

 

「銀の夢、ちょっと気になってきた」

「うっ、えっと……」

「あれ、照れてる?」

 

 指をあわせて、頬を赤らめた銀が恥ずかしそうに俯いていた。

 園子が指摘すると更に銀が顔を下に向けた後に呟いた。

 

「家族っていいもんだからさ……その、家庭を持つ……とかさ」

「うんうん」

「そうなると、将来の夢って言うと……その、お嫁さんになる……」

 

 お嫁さん。悟飯が心の中で復唱する。

 同時に園子と須美が目を輝かせた。

 

「ミノさんならすぐ叶うよ!」

「白無垢が楽しみね!」

 

 白無垢は決まってるんだと思いつつ、悟飯は銀を見る。

 銀は俯きつつも、少し顔をあげて悟飯の事を見ていた。それに気付いて、微笑みかける。

 

「凄く良い夢だね」

「そ、そうかな、えへへ……。って言うか、あたしが言ったんだから二人の夢も教えろ!」

「わたしはねー、小説家とかいいかなーって」

 

 あっけらかんに言った園子は懐からメモ帳を取り出した。その中には沢山のメモが書き連ねられている。絵なども添えられているのだが、凄まじく独特な世界が生み出されていた。

 サンチョと書かれた猫達が生活しているのだが、その世界がまさかの宇宙である。よくみれば、タイトル案もあり、タイトルは「スペースサンチョ」だ。

 

「もう既にサイトに投稿してんるんよ~」

「おおー」

 

 悟飯が調べてみるとすぐにヒットする。

 評価を簡単に見てみるが、高評価の嵐だった。

 

「それで、須美は?」

「私は歴史学者ね。昭和の時代など、失われつつある歴史をしっかり紐解いて、後世に伝えていきたいの」

 

 真面目で、日本好きな須美らしい夢だった。

 ぐっと握り拳を作ったその表情はある種の使命感に駆られているようなのが引っ掛かるが。

 

「須美は真面目さんだなぁ」

「悟飯の夢は何かしら?」

「ボクは学者……かな。漠然と偉い学者になりたいって思ってたな。今はバーテックスとかの調査とかしてる感じだけど」

「ゴッくんは頭いいからどんな学者さんにもなれるよ~」

 

 園子が笑った所で、ハッと声をあげて須美が固まった。

 三人がどうしたのかと須美を見る。

 

「そういえば、そのっちの家に集まる為に集合したんだったわ……」

「確かにそういえばだ~」

「悟飯はこの後大丈夫?」

「うん、ついていくよ」

「じゃあ、私の家に出発だー」

 

 成り行きだが、悟飯も荷物を持って立ち上がる。

 こんな凸凹な具合が、四人らしくていいなと思った。

 

「え、何この音楽……」

 

 園子の乗ってきた車はリムジンを思わせる長い高級車。

 恐る恐る乗り込んだ悟飯を迎えたのは、まさかの軍歌だった。

 

「わっしーが好きかなって、かけてたみたんぜい!」

「ああ……」

 

 やっぱりもう少し、緩やかでもいい気がした。

 

――

 

 乃木家は豪邸だった。

 メイド、執事というのを悟飯は初めて見た時、実在したんだという驚きがあった。廊下に置いてあるツボや絵画は指紋の一つも付けられないくらい綺麗に飾られ、まるで美術館のようでもあった。

 そんな悟飯は今、壁一枚を隔てて三人の会話を聞いていた。

 

「これはどうかしら!」

「こっちも良いと思うんよ~」

「いやあたしには似合わないってこれ……」

 

 その奥では須美と園子による銀の着せ替えショーが始まっている。その発端は園子の提案だった。

 乃木家に来た理由というのが、園子が思う服を須美に来て欲しいからと言うのがあった。フリフリのドレスに頬を引きつらせた須美が取った策は、銀への擦り付けだった。

 そして、園子はノリが良かった。

 

「これはゴッくんもキュンと来ちゃうんじゃないかな!」

 

 審査員は悟飯だ。

 ノリノリで始まったそれだが、銀の意思は完全に無視されている。一体どんな姿でやってくるのか、悟飯には想像がつかなかった。

 それは悟飯が服に対し無頓着と言うのもあるのだが。

 

「では第一回目、ゴッくんどうぞ~!」

「……じゃ、じゃあ入るよ」

 

 園子に呼ばれて扉を開ける。

 そこには可憐な美少女が居た。否、ゴシックなドレスを着た銀が居た。

 普段のボーイッシュな雰囲気から一転、可憐なお嬢様と言った雰囲気を纏っており、衣装一つでここまで変わるのかと、悟飯は絶句した。

 

「か、かわいいね」

「お、おお……。これは中々得点が高いのでは~?」

 

 理由は分からないが悟飯まで恥ずかしくなってしまい、目を逸らした。

 それを見て園子が目を輝かせた。銀は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 そして、須美は悟飯の隣に立って写真を撮り始めていた。

 

「え、えぇ……」

 

 まさかの反応に悟飯はちょっと引いていた。しかも須美の手にあるのはまさかの一眼レフである。

 一人を撮るには過剰すぎるそれを構えて、絶えずシャッター音を鳴らしている。正面以外にも360度様々な角度から撮り始めて居る須美は本来の得点付けの目的を忘れているようだった。

 ただ、普段よりもずっと楽しそうな須美を見て、止める気にもなれない。

 

「今のわっし~、まるでプロの写真家さんみたい!」

「写真は愛よ! 銀のこの姿は額縁飾っても良い位に素晴らしいわ! このまま色んな服を着ましょう!」

「……ぼ、ボクは一旦出ようか」

 

 まさかの須美が暴走し始めて銀に服を当て始めるのをみて、悟飯は一旦部屋の外へと戻った。

 外で待機していた乃木家の使用人と目が合った。微笑ましそうな目で見られ、苦笑いで返した。

 

「悟飯様、もしよければ椅子などお持ちしましょうか?」

「あ、いえ全然! 大丈夫です!」

「そうですか。もし何かありましたら、なんなりとご申しつけくださいませ」

「もう水まで貰ってますし、なんかすみません」

「いえ、園子様のご学友とあればこれくらい。それに、園子様がご友人を家に連れてくる事など初めてですから……」

 

 少し遠い目をした使用人はすぐに柔らかな笑顔に戻した。

 

「そうなんですか?」

「……ええ、あまり大きくは言えないですが、園子様はそれはもう大切に育てられていまして、お役目もあり、学校以外の外出許可が出たのはここ最近の事なのです」

「そ、そうだったんだ……」

 

 使用人が小声で語った事実は悟飯にとって衝撃だった。

 園子はかなり自由人だ。しかし常に迷惑の境界線を超えない配慮はあるし、別に他人を蔑ろにするわけでもない。それに友達想いだ。

 友達が上手くできなかったという話は聞いたが、須美達以外のクラスメイトと仲良く話している姿も見ているとそれも疑ってしまいそうになる程に、園子は明るいのだ。

 

「そう見えないのは恐らく、園子様がちゃんと今楽しく過ごしていらっしゃるからだと思います。それはひとえに同じお役目についている銀様、須美様、悟飯様のお陰です」

「そ、そうだと嬉しいですけど」

「なので、私達は出来る限り皆さんのお力になりたいのですよ」

 

 スッと飲み干されたコップに水が注ぎ足される。しっかり氷も入っている。

 

「ゴッくん、どうぞ~!」

「どうぞ行ってらっしゃいませ」

「えっと、ありがとうございます」

 

 頭を下げてから悟飯が扉を開ける。

 するとそこには、姫が居た。否、まさかのドレスを着た須美が居た。

 銀は? とみると悪そうな顔をして須美の事を写真に収めている。園子は相変わらず満足げにそれを見ながら時折メモを取っている。

 小説のネタにでもするのだろう。

 

「その、銀が色々な服を着るんじゃ?」

「その筈だったんだけど……」

「あたしだけじゃ不公平だからな、須美にも着てもらったんだ」

 

 ふっふっふっ、と腰に手を当て笑う銀は復讐を完了して満足しているらしい。最初のゴシックのドレスを着たままだがそれはもう気になっていないようだ。

 滅茶苦茶だとは思いつつも、悟飯としては普段見ない二人の姿を見てそれなりに楽しめているし、いいかと何も言わないようにした。

 

「しかし、須美のその衣装……お姫様みたいでもあるけど、アイドルみたいだね」

「確かに! 須美ならすぐにトップアイドルになれそうだな!」

「だ、駄目よ! こんな非国民な洋服は……」

「非国民って……」

 

 須美の語尾が段々と小さくなっていった。

 服に着られている訳でもなく、須美の魅力をしっかり引き出しているドレスだ。適当に選ばれた訳ではないのはすぐに分かる上に、何といっても綺麗だ。

 ドレスの装飾も、それを来た須美の姿もしっかりと似合っている。そう純粋な好評を得てしまったせいか、須美の信念が揺らいでいた。

 

「私ファン一号!」

「あ、じゃああたしは二号だ!」

「ボクは三号かな」

 

 三人で須美の周りに集まると、銀がシャッターを切った。

 その後も着せ替えショーは続いた。銀、須美と続いて園子も幾つか着替えたのだが、元々園子の持っている服であるからかどれもしっかりと着こなした。

 そして、まさかの男の物まで用意されており、悟飯もタキシードやまさかのヴィジュアル系など色々と着せ替えされた。

 扉の隙間から聞こえる声に、外に居た使用人達が微笑んでいた。



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のぎそのこ 二

5000UAを達成していました。
つまり、5000回この作品が一瞬でも読まれたと言う事です。
正直言って、こんなに嬉しい事はないです。
読んでくださっている方、お気に入りや評価などをして頂いている方には感謝してもしきれません。
これからもどうぞよければ、お付き合いの程、よろしくお願いします。


「ここが、トップアイドルの舞台だ。皆、準備は良い?」

 

 スーツに身を包んだ悟飯が振り返る。そこには、アイドル衣装に身を包んだ須美、銀、園子が居た。

 フリフリの衣装に身を包んだ須美。

 まさかの法被に鉢巻とアイドルかどうか怪しい銀。

 猫の着ぐるみに身を包んだ園子はもはや意味を聞くの野暮だ。

 

「遂にここまで来たのね。後はもう、やり切るだけよ」

「あたし達のロック、届けてやらないとな」

「ライブ、楽しみだな~」

 

 三者三様に意気込んでいる。

 それを見て満足そうに悟飯が頷いた。

 

「三人とここまでこれた事、ボクの宝物だよ……」

「ゴッくんプロデューサー……」

 

 少し目を逸らした悟飯の呟きに三人は目を合わせる。

 思い出すのは今までの日々だ。

 辛く苦しいレッスンでは、成長を実感できない日々に涙した事もあった。しかし、トレーナーからの言葉に、上達していたのを自覚した。その時に手に入れた自信は今もはっきりと残っている。

 楽しかった四人の日々。小学生の頃からずっと付き合って、ここまで共に歩んでくれた友達。

 出会い、支えてもらってきた両親、安芸先生、大赦の人達。ぶつかる事もあったが、最終的には背中を押してくれた大切な人達だ。

 様々な想いを背負って、四人は今この場所に立っているのだ。

 

「よし、いつもの。やろうか」

 

 四人が円を作って手を合わせる。

 

「ボク達の夢の為に」

「支えてくれた友の為に」

「頑張ってきた日々の為に!」

「楽しかった思い出をこれからも続ける為に!」

「「「「頑張ろう!」」」」

 

 勇者的な、最高のライブが始まる――。

 

――

 

「と言う夢を見たんよ~」

「園子達のアイドル、見てみたいな」

「ユニット名とかあった!?」

「うーん、なかったかも~」

 

 草原の坂で座りながら、四人はおにぎりやサンドイッチ片手に談笑していた。

 本来ならば休日も訓練があるのだが、安芸先生から神託によればバーテックスの侵攻は暫くないという話で、お休みになりますと言われてしまっていたからだ。

 その理由が、勇者に変身する為には精神状態が安定している事が必要であるから。しっかり休む事もお役目の一つだとなったのだ。

 そして、何するかと相談して孫家の畑の手伝いとなった。

 

「しかし、こういうのも良いな。あたし、種撒きとか初めてしたよ」

「ご飯食べたらこの後、白鳥家の人達の畑で収穫の手伝いしようって」

「おっきな大根引っこ抜いちゃうよ~」

「人参などの収穫らしいわ、気合入れてやりましょう!」

 

 まだ始まって数か月でしかない畑だが、かなり形になってきた。元々白鳥家の管理していた所と言うのもあり、更には常にサポートもあるという手厚さのお陰であるのだが。

 

「でも、ご飯後だとちょっと眠くなっちゃうな」

「食べてすぐ寝て牛になるというように、あまり横になるのは良くないのよ」

「牛さんにはなってみたいかも~。どーん」

「そう意味ではないのだけれど……」

 

 倒れてしまった園子に続く様に悟飯も倒れた。

 

「ちょっと悟飯まで……」

「いや、たまにはいいかなって」

「お、ならあたしも!」

「もう……なら私も……」

 

 銀、須美も寝転がった。

 今日は雲一つない晴天が広がっていた。

 四人の日常は一つとして同じはない。今日のように穏やかに過ごす事もあれば、イネスのゲームコーナーで大きくはしゃぐこともある。静かに勉強会を開いたり、時には休みを返上して訓練をしたり。

 決して飽きる事はないだろう日々だ。

 

「あ、園子が寝た」

「ちょっとそのっち、本当に寝るのは困るわ!」

 

 肩を揺らしても園子は起きる気配がない。

 

「ボクがとりあえず運ぶよ」

「収穫どうする?」

「時間もあるし、起きるまでもうちょっと待ってみよう」

「悟飯はそのっちに甘すぎるわ……」

 

 気持ちよく寝息を立てている園子を起こさないようにそっと抱えた悟飯に須美はため息を吐く。

 それをまぁまぁと銀が宥められ、須美は渋々と歩き出した。

 

「須美も丸くなったな」

「だね。前なら園子、本当に起こしてたんじゃないかな」

 

 銀と悟飯が笑いながら須美を追い掛ける。

 

「にしても、今日は手伝ってくれて助かったよ」

「農業は古くから続く日本の産業。それに今は神樹様の恵みを強く受けているものの一つ、土を耕し、種をまき、水を与える。どれも貴重な経験だったわ」

 

 突然始まった須美の熱弁に悟飯は苦笑いで返す。

 その横から銀が顔を出した。

 

「……なんか難しい事言われたけど、ようは須美も楽しかったって事だろ? だから気にすんなって事さ」

「そうだね」

 

 悟飯に抱かれて寝ている園子の頬をつつきながら、園子もさと銀は付け加えた。 

 園子は少し反応を見せるが、またむにゃむにゃと寝息を立てる。いつでも何処でもしっかり熟睡できるのはある意味才能だ。羨ましささえ感じる。

 

「あ、そうだ園子の寝顔撮っちゃお」

「良いわね。そのっちの恥ずかしがる顔が目に浮かぶわ」

「ならボクもやろうかな。ポケットの……」

「あ、あたしが取ろうか」

「助かるよ」

 

 園子を抱えて両手がふさがっている悟飯の代わりに銀がポケットからスマホを取り出す。

 ロックは? と聞こうとして、銀が固まった。

 

「ん、どうしたの……あっ」

「銀?」

「ご、ごーはーん! 何でこの写真持ってるんだよ!」

 

 銀が顔を真っ赤にしてスマホを悟飯に見せつけた。それは数日前の乃木家の着せ替えショーの写真だ。全員で一回だけと撮った写真を須美から受け取ってロック画面に当てていたのだ。

 

「い、いやー集合写真だから、丁度いいかなって」

「集合写真なら合宿のがあるだろっ!」

「か、かわいかったから……逃げろっ!」

 

 悟飯が先へと走っていってしまう。

 その後を銀が追いかけていく。

 後ろで、須美が呆れていた。

 

――

 

 梅雨が終わり七月が始まろうとしていた。

 そろそろと夏休みも近く、生徒達が楽しみか、それとも宿題に対して怯えているのかそわそわとし始めている。

 

「葉隠とは、一般的な武士道よりは仕える者の為の心構えなどを書いた書物の事よ。武士道とは、死ぬことと見つけたり、という有名な言葉はこの葉隠に書いてあるものなの」

 

 須美が誇らしげに語るのを聞いて悟飯は感心していた。

 教室後ろに張り出された新たな習字。悟飯の書いた字は「努力」だ。そこから、須美が「葉隠」、銀が「鰻重」。そして園子が「23センチ」。

 突っ込み方すら分からなかった。

 

「人の為、国の為に尽くす、そんな武士の姿に私は憧れてしまうわ……」

「それは……確かにカッコいいね」

「はい、朝礼始めるわよ」

「あら、もうこんな時間。戻りましょう」

 

 二人が席に戻ると朝礼が始まる。

 銀はここ最近は遅刻も減った。須美の出した結論は誰かと一緒に登校すればいいと言うものだった。

 家の近さは全員が似たり寄ったりなのだが、ここ最近は悟飯とよく登校するようになっている。

 

「そして、もうすぐ一年生とのオリエンテーションがあります。六年生としての自覚をもって、しっかりと後輩の面倒を見る事」

 

 オリエンテーション、悟飯の知らない行事だった。

 いつか言われていた気もするが、ここ最近はバーテックスの事と純粋に授業についていく事で頭がいっぱいいっぱいだったせいで、忘れていた。

 

「いくつか班を作ってもらうけど、今回は自由に組んでもらって大丈夫。その代わり、しっかり協力して楽しませるように」

 

 班、と考えてクラスを見渡す。

 心当たりは席の近い佐々木さんや大西さん。同じ男だと村上くんも居る。

 しかし、悟飯は一人と目が合った。銀が隠れるように頭をさげながら手を振っていた。意外、と感じたが悟飯も振り返した。

 

「それで、オリエンテーションって何するの?」

「まぁ、一年生と一緒に楽しく遊びましょうって事さ」

「楽しくか。結構難しいなぁ」

 

 班作りは滞りなく終わった。悟飯の作った班はいつもの四人で出来ていた。

 何をするかすらもまだ未定だが、言うて小学六年生だ。出来る事は限られている。うーんうーんと悩んでいると須美が立ち上がった。

 

「相手は真っ白な一年生。そして、私達勇者のお役目はこの国を護る事!」

「……うん?」

「つまり!」

「つまり……?」

「将来を見越して、愛国心の強い子供たちを育成する事も、任務の一環と言えるわ!」

「言えるか?」

「どうだろう……」

 

 須美がいつになくやる気を見せている時、悟飯はちょっと不安を覚えるようになっていた。

 

「なんだか楽しそうだね~、じゃあ計画を立てようよ」

 

 銀と悟飯が困り顔になる中、園子は乗り気にノートを取り出す。

 それと同時に机の中から紙が落ちた。

 

「……あれあれ?」

「手紙?」

 

 それは封までされた手紙だった。

 露骨にハートのシールで止められているのを見て、銀が目を輝かせた。須美は青ざめていた。

 

「ふ、不幸の手紙!?」

「いやいや、果たし状だな!」

「最近、気が付けば貴方を見ています」

「読み上げちゃうんだ……」

 

 ホラーな方面に勘違いしたらしい須美とバトルな方面へと勘違いした銀が立ち上がったのをよそに、園子が封を開けて読み上げ始めてしまった。

 

「やっぱり決闘か!」

「呪いよ、清めの塩が必要よ!」

「ちょっと静かに……」

「貴方と仲良くなりたいと思っています」

 

 騒がしくなった二人を気にする事なく、園子は読み上げ続ける。

 

「……うん?」

「ただの呪うよりも恐ろしい文章ね……」

 

 銀は気付いたが、須美がまだ勘違いしている。

 ただ、悟飯は特に大きなリアクションもないままに読み上げる園子が気になった。

 

「お役目で大変だとは思います。だからこそ、貴方を支えたいと思います」

「こ、これ悟飯もしかしてラのつくあれじゃないか」

「それ以外ないと思うな……」

「羅漢像!?」

「違う、ラブレター!」

 

 わざわざぼかして言ったがここまで来ても理解しない須美に銀が叫んだ。

 それと同時に須美が固まった。

 

「ら、らぶぶらぶれぶら!?」

「いや落ち着けよ」

「わぁ、私ラブレター貰ったんだぁ。嬉しいなぁ~」

「いや、こっちはこっちで冷静すぎか!」

「どうしてそのっちはそんなに冷静なのよ!?」

 

 やけにリアクションの薄めな園子に銀と須美が詰め寄った。

 

「字とかみればすぐわかるよ、これ書いたの女の子だよ」

「……なるほど。それでだったのか」

「なんだ女の子かぁ」

 

 安心したように二人が椅子に座った。

 ……とはいえ、女の子がこういう手紙を渡してくるという状況自体は中々驚くべき事だ。匿名でなければ、園子もすぐに会いに行ったのにと呟いていた。

 

「浮ついた話はあたし達にはまだ早かったか……」

「恋文一つで動揺するとは、不覚だったわ」

「そうかな……?」

 

 ふぅ、と全員が一度落ち着く。机の上に開かれた白紙のノートが静かに置かれている。

 それを見て、自分達が何をしようとしていたのかを全員が思い出した。

 

「そういえば、オリエンテーションの計画立てないとだった」

「それなら良い案があるよ~」

「お、聞かせて聞かせて」

「今日見た夢の話なんだけどね~」

 

――

 

 広い荒野が広がっていた。崩れた山。どこもかしこも破壊痕があり、大規模な戦闘があったと想像がつく。

 そしてそこに、似つかわしくないような巨大な大理石のリングが置かれていた。

 その中心には緑色の、人のような、虫のような怪物が居た。怪物の周りには沢山の倒れた人達がおり、怪物に負けてしまったのだろうとはすぐにわかった。

 

「やはり、期待できるのは孫悟空、奴だけか」

「「そこまでだっ!」」

「ほう?」

 

 その時、怪物の前に二つの影が舞い降りた。

 

「私は、悪は絶対許せない!」

「富国強兵!」

「「正義の味方!」」

「グレートサイヤマンだっ!」

「国防仮面だっ!」

 

 二人がそれぞれ別のポーズを取りながらばらばらに名乗りを上げた。

 国防仮面は敬礼を取りながら剣を突きつけて、それなりに問題はない。

 ただ、グレートサイヤマンの方が全身を使ってハートを描こうとして、よくわからないポーズになっている。端的に言えばダサいのだ。

 

「貴様の悪事はここまでだセル!」

「この人類滅亡を遊戯で賭けるその悪事! 見過ごせないわ!」

「ほぉ、この私を満足させられる事が貴様らに出来るのか?」

 

 セルと呼ばれた怪物は余裕の表情を浮かべていた。

 人類滅亡が賭けられていた驚愕の真実を話すと共に、二人は構える。

 サイヤマンは徒手空拳。国防仮面の武器はまさかの剣を捨てて懐から取り出した弓である。

 

「やるぞ、国防仮面っ!」

「ええっ!」

「紫電獣蹴撃ぃぃぃ!」

 

 合図すると同時、飛び出したサイヤマンが蹴りによる一撃を食らわせる。

 稲妻が落ちたような音共に、セルが吹き飛んだ。

 

「なにっ!?」

「まだよっ!」

 

 国防仮面の矢がセルを貫いた。

 完全に風穴があいた胴体にサイヤマンが両手を頭上で合わせる。

 

「激烈魔閃っ!」

「くそっ……ばかなぁぁぁ!」

 

 激烈魔閃に完全に貫かれたセルは完全に消滅していった。

 国防仮面とグレートサイヤマンの勝利である。

 

「この程度、私達にかかれば造作もない」

「困った時、私達は貴方の為に駆けつけるわ」

 

 いつの間にかいた園子の元に二人が駆け寄る。

 

「「この」」

「グレートサイヤマンがっ!」

「国防仮面がっ!」

 

 合わない二人のポーズはダサすぎて逆にありかもと園子は呟いた。

 

――

 

「わっしーがこんな感じ、ゴッくんがこんな恰好で、凄くカッコよかったなぁって」

「あら、お洒落な恰好」

「正義の味方か……カッコいいね」

「なんというか、ロックだな……」



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のぎそのこ 三

「……どうかな」

「おおー、カッコいいじゃん!」

 

 放課後、魔族服を着て教室に入ってきた悟飯を、銀達が絶賛する。

 園子の夢から着想を得た衣装を作り、それを使ってオリエンテーションをしようと言う話になった。

 それで、丁度いい服がないかと探している時、かつての師、ピッコロからもらった魔族服を思い出し、今、試しに見せていた。

 

「マントもしっかりあるし後は仮面とかつければ完璧だね~」

「この服、何処に売ってるんだ? イネスマスターのあたしでも見た事がないぞ」

「これはピッコロさんに貰ったから、売ってはないかなぁ」

 

 悟飯の服の大半はこの世界に来た時に持っていたもののままだ。

 ただ基本は体一つで放り出されてしまった為、この魔族服は、ピッコロから教わった物体出現魔術で作りだしたものだ。

 作れるのは服や武器程度で、知っている物に限られる。かなり精度も甘く今着ている服は十三回目のトライで生み出した物だ。

 お陰で今、衣装作成用の布には困っていない。

 

「仮面かぁ、どうせならお揃いのがいいかな」

「そしたらどっちに合わせる? グレートサイヤマンか、国防仮面か」

「国防仮面よ!」

「だよね〜」

 

 幾つかあるデザイン案から選ばれた衣装を須美達は手作りしている。

 しかも1からの手作りであり、その作業に関しては須美と園子が率先してくれている。家にいる使用人達から教わっているとのことで、やけにクオリティが高い。

 あまり器用な方ではない銀と悟飯はその衣装を使ってするイベントの準備だ。

 

「他の人も何するか楽しみなんだよな」

「大西さん達は確かラップだったよ」

「え、ラップ……?」

「えへへ、当日が楽しみだね~」

 

 悟飯に部屋を丸ごと借りてラップバトルをするのだと話してくれていて、今度別の機会に聞かせてもらうという約束をしていた。

 後はシンプルなけん玉やツイスターゲーム、オリジナルカードゲームを作るチームまでいる。どれも参加したくなるようなものばかりだった。

 

「ありがとう」

「うん?」

「三人のお陰で、最高のオリエンテーションになるわ」

 

 須美の言葉に三人が笑う。

 全員が思った事だ。きっと良い物になる。

 それこそ、他の誰よりも自分達が最高のものを作ったと胸を張れる。

 競争ではないがそれくらいの自信、信頼があった。

 

「よし、今日はもうひと頑張りしちゃうかな!」

「頑張ろうー!」

「「「おー!」」」

 

――

 

 オリエンテーション当日。

 午後の授業を全て使い、一年生が六年生と遊んでいた。このオリエンテーションの目的は学校に慣れると言う事であり、それは順調に達成されていると言える。

 しかし、須美に言わせればまだ足りない。

 そう、大切な事を教えていないのだ。

 教壇のあった場所から太鼓の音が響く。 

 

「うん?」

 

 その音に、教室内外から視線が集まる。

 そこには紙芝居の台と、太鼓を持った銀が居た。

 

「さぁ! 海の向こうから悪い大猿が我が国に攻めてくるぞ! 大変だ大変だ!」

 

 銀の語りになんだなんだと人が集まる。

 巨大な大猿が町を破壊する絵があるが、ポップな絵柄のお陰かニコニコと何が起こるか楽しみにしているのが分かった。

 それを見て銀の演技にも熱が入る。

 

「ずしーん、ずしーん。なんて綺麗な場所なんだ。この土地をよこせ!」

「うわぁ……」

「大変だ……」

「図々しい大猿はこんな事を言っているぞ。……君ならどうする!?」

 

 銀は太鼓のバチを使って一人の一年生を指名する。

 当てられた少年は驚いた後、少し考える。

 

「えっと……怖いし、逃げる……」

「それだと、大猿がここを盗っちゃうぞー」

「あ、そっか……」

 

 少年は俯いて考え込んでしまう。しかし、その隣で一人立ち上がった。

 

「戦う!」

 

 力強く拳を振り上げて言った少年に銀が笑う。

 

「そう! あたし達には神樹様がついている! 勇気を出して、戦いましょう!」

 

 そう言うと銀は台の後ろへと戻る。

 

「国防仮面と一緒に!」

 

 紙を引き抜き、次の話へ。

 ……と言う所で、一年生から疑問の声が上がる。

 

「あれ、何も書いてないよ」

 

 そう、次の紙は白紙だった。

 

「おお? 本当だ。なら、皆で呼んでみよう! お姉さんに続いて。せーのっ、国防仮面ー!」

「「「「国防仮面ー!」」」」

 

 一年生全員の叫びが教室の外にも響いた。

 一年生だけではない。ノリのいい六年生達、外から見ていた他のクラスの人間も国防仮面を呼んだ。

 廊下には誰も待機していない。教室にもそれらしき影はない。

 しかし、呼ばれたならば、ヒーローは現れる。

 ――風が吹いた。

 

「国を護れと人が呼ぶ」

 

 それと同時に、黒い衣装に身を包んだ背中が突然現れる。

 そう、彼女こそが国防仮面一号。

 

「えっ」

「突然現れた! すげぇー!」

 

 歓声が上がる。しかし、まだ口上は終わらない。

 風はまだ吹く。

 

「愛を護れと叫んでる!」

 

 今度は緑の衣装に身を包んだ背中が現れる。

 そして、彼女が国防仮面二号。

 軍服を思わせる衣装の二人が振り向く。

 

「全員気を付けっ!」

 

 そして二人の間に、白い衣装身の国防仮面三号が姿を現した。

 

「「「憂国の戦士、国防仮面! 見参!」」」

 

 敬礼の決めポーズと共に、一年生から当然に、六年生達からも歓声があがった。

 

「うおー!」

「わー!」

 

 まさかの登場の仕方に仕掛けなどを考えている者までいる。しかし、残念ながらこれはあまりにも原始的な方法によってなされている。

 純粋に悟飯が最高速で須美と園子を運ぶだけだ。目で捉えきれない程の速度で辿り着いてまた消えているから突然現れたように見えるだけだ。

 

「さぁ、今日は楽しく体操しながら国防の仕方を学んでいきましょう!」

「さぁ、立って立って!」

 

 その言葉に一年生達が大きく教室中に散らばる。両手を横に広げたポーズを基本にしている為か、自然と安全な距離が作られていく。

 想像以上の参加者に、数人の六年生が教室の外に追いやられていたのが見えた。

 銀がスマホに入れた音楽を流す。

 

「お友達とぶつからないように気を付けて。よし、行くぞっ!」

 

 三人がマントを脱ぎ捨てる。

 曲名は「国防体操」。

 歌うのは須美。

 ――さぁ、国防が始まる。

 

――

 

 闇の中、安芸先生が立っていた。

 目で見て分かるくらいに黒いオーラをもって、何故か国防仮面の衣装に身を包んでいる。

 

「ハッハッハッ」

「あわわわわわ」

「やばいよやばいよ」

 

 四人は怯え切っていた。

 理由は分からないが安芸先生がバーテックスよりもずっと恐ろしい存在に思えてならないのだ。

 現状に心当たりは全くない。

 

「まさか闇の国防仮面だなんて……」

「貴方達には下級生を洗脳した責任を取ってもらいます!」

「せ、洗脳……」

 

 訂正を入れる。

 四人には覚えしかない。

 

「一週間のうどん禁止、それが貴方達への罰です!」

「なっ、冗談ですよね?」

「そんなっ……」

「なんて酷い事するんだっ……」

 

 一週間もうどんを食べられない。

 想像しただけで体が震えてきた。お役目をこなすよりも何倍も辛い罰だ。

 そんな、あれはいけなかったのか。

 

「あ……ああ……」

 

 視界が黒く染まる。

 絶望に染まっていくのが分かった。

 ああ。そんなの、そんなのって、

 

「うどんが食べられないなんて、そんなのってないよー!」

「突然どうした!?」

「大変!? うどんが食べられないなんて、病院に見てもらいましょう!」

 

 夢だった。

 園子が涙目で周りを見ると、心配した風な須美、驚いた銀、呆れている悟飯が居た。しかも場所は教室だ。

 そういえば、と園子は思い出す。自分がオリエンテーションの終わりに疲れて寝てしまったのだと。

 

「どんな夢を見たの?」

「安芸先生にうどんを禁止される夢……」

「うわっ、おっそろしい夢だな。正夢にならなくてよかった」

 

 悟飯を除いた三人は大のうどん好きだ。

 ここ香川に住む人間であればうどんが嫌いな人間は全くと言っていい程いない。三食全てうどんな人も居るとかいないとかと言うレベルだ。

 一週間禁止とは、ほぼ断食と変わらないのだ。

 

「そしたら、帰りにうどん食べようか」

「うん! わたしも食べたい!」

「私も丁度食べたくなってきた所だったわ」

「決まりだな。じゃあイネスへレッツゴー!」

 

――

 

「そろそろ、バーテックスが来る頃になるのかー」

「そうね。細かい日にちは分からないけど、気を引決めないと」

「警戒態勢が復活すると、前みたいな事は難しくなるのは、ちょっと寂しいね」

「もうちょっと遊びたかったな~」

 

 うどんを食べた帰り道だった。

 銀が前を歩き、その後を三人がついていく。オリエンテーションでは国防仮面こそやらなかったが、しっかり体操も踊り切ったりと動いたのに一番元気なのは銀だった。

 

「オリエンテーションはちょっと怒られちゃったけど……楽しかったな!」

「ええ」

「あっという間だったからね~」

「また、休みが来たら遊ぼうよ。もっとこれまで以上に」

 

 思い返す日々。学校での日常、休日の非日常。

 それぞれまるっと纏めてかけがえのない日々だった。特に、悟飯にとってそれは初めての事ばかりの夢のような日々だ。

 色々思う所はある。それこそ元の世界の繋がりが絶たれてしまった事は辛い話だ。クリリン、ベジータ、それこそピッコロ。様々な縁が切れてここに居る。

 未練はある。

 でも前を、この世界での次を見たくなるくらい、楽しかった。

 

「そうだな! 今の内に、何するか考えとこうよ」

「わたし、今度わっしーにお料理教えて欲しい!」

「それ、ボクも教えてほしいな」

「いいなそれ。後は後はー」

 

 四人が話しながら道を歩くと分かれ道に出た。

 銀だけが、違う道だった。

 

「よし。じゃ、またね」

「あっ……」

 

 悟飯と園子が手を振った。

 振り返って歩き出す銀の背中を見て、自分達もと思った時だった。

 須美が走りだし、銀の手を握った。

 

「……須美?」

「わっし~……」

「須美……」

 

 全員が須美を見る。ただ、須美はぎゅっと手を握っていた。

 しかし、次第に自分の行為に気付いたのかハッとして、ごめんなさいと手を離した。

 が、銀がその手をもう一度握り返した。

 

「いや、気持ちは分かるよ」

「休みが終わっちゃう。そう思ったんだよね?」

「ボクも確かにもっと遊びたいからね」

 

 園子と悟飯が二人の元に歩く。

 

「あたし、休むのには自信あったんだけど、やっぱりお役目だから……そんなに休めるかなって不安だった」

「でも?」

「うん、四人で居ればいらない心配だったよ」

「私も!」

「ボクもだよ」

 

 銀が笑う。園子も、悟飯も、笑って、二人の繋がれた手に重ねるように、両手で握る。

 

「須美は……大丈夫そうだね」

「ああ、これはそうだと言ってる顔だ」

 

 須美も、笑う。

 

「……バーテックスが神樹様を壊したら、こういう日常も吹っ飛ぶんだよな」

「そんな事はボク達がさせない」

「ああ、そうだな!」

「うん!」

「ええ」

 

 須美と銀も、もう片方の手を重ねる。

 それは全員で、固めた決意だ。

 決して解ける事のない絆だ。

 間違いのない、友情だ。

 

「頑張ろう!」

 

 全員が全員の目を見つめる。

 これからも、頑張ろう。そう思った日だった。

 

「……これじゃ帰れないな。はい、解散!」

「閃いた! このままお泊り会とか!」

「じゃあ、銀の家か」

「それ、ありね」

「うちぃ!? 弟二人いるし、流石に突然過ぎないか……」

 

 そうやって、日が落ちていく。

 時間は、無常に、ただ進んでいく。

 

――

 

「やっぱり銀辺りに頼むべきかな」

 

 日が昇り始めたばかりの朝、人気のない砂浜で悟飯が呟く。

 訓練とは別の、自主的な修行の最中だったのだが、その成果はあまりよくない。その理由は、一つ悟飯のレベルに合う人間が居ないのだ。

 勇者としての力がある銀達でも、対人戦となれば悟飯には手も足も出ない。それくらいに力量差が開いてしまうと、地道な基礎以外が出来ないのだ。

 

「勘を取り戻す以上に、セルの時よりもずっと強くならなきゃなんだ……」

「孫君」

「えっ、うわぁ、安芸先生!」

 

 声を掛けられ振り向くと、そこには安芸先生が居た。慌てて道路の方を見るとそこにはまさかのリムジンが止まっている。同時にその周りにはいつか見た大赦の人間が居た。

 それで気付く。今の安芸先生は教師としてではなく、大赦の人間として悟飯の前に立っているのだと。

 

「突然押しかけてごめんなさい。孫君に話しておかなければならない事があるの」

「話しておかなければならない……。勇者についてですか?」

「半分は正解だけど……強いて言うなら、サイヤ人の事よ」



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えんそく

「ごーはーん! 話聞いてたか?」

「うわっ……。あ、ごめん聞いてなかったや……」

「珍しいじゃん、悟飯が上の空なんてさ」

「えっとさ、最近訓練厳しめだからかな」

「いや、そうじゃないような……」

「確かに! 手の豆がまだ痛いんだよ~」

 

 明らかなその場しのぎの言葉だったが、それに同調するように園子が悟飯の机に倒れ込んだ。

 園子の両手にははっきりと血豆が出来ている。それを見せられると、銀も確かにと考えこみ、なんとか話がそれた。

 

「槍の握り方、変えてみるとかは?」

「変えてもどうにもならないと思うな……」

 

 結局のところ、握るというのを変えなければそれは治らないだろう。ただ、慣れてくれば出来なくなるとは安芸先生が言ってくれていた。

 つまりは今はどうにもならないと言う事。

 

「よしよし、痛いの痛いの飛んでけ~」

「えへへ、飛んでった気がするよ~」

 

 銀に頭を撫でられて園子は満足そうに笑うと、全身の力を抜いていった。大きく振られた尻尾が見えてしまうくらいにはだらけた顔に悟飯も笑ってしまう。

 と、同時に悟飯の机に巨大な本が置かれた。

 

「えっと、須美さんや。こいつは一体……」

「旅のしおりよ」

「し、しおり……? 国語辞典とかではなく?」

 

 あまりの分厚さに、銀が須美と本を見比べながら訪ねた。

 ただ、国語辞典ならばまだよかっただろう。しかし、現実はもっと分厚かった。六法全書もはだしで逃げ出す厚みのそれが三つ、机の上にあるのだ。

 恐怖である。

 

「ええ、近々遠足があるでしょう? その為の遠足のしおりを作ったの。既にデータ版は三人の端末に送ってあるわ」

「……九千ページって書いてあるんだけど」

 

 何をどうしたらそこまで膨れ上がるのか疑問でしかないが、流し読みしてみるとしっかり全て内容があった。全体の注意点や、個別の注意点、バーテックスの襲来などの対処などお役目についても書かれているのだが、それでもこうはならないだろうと悟飯は思う。

 そうは思っても、現実はなっているのだが。

 

「と言うか、これをわざわざ作ったのか!?」

「張り切って夜更かししてしまったわ。そのせいで予定よりもずいぶんと量が増えてしまったけれど」

「随分……確かに随分な量だね……」

「わっし~は凝り性さんというか、のめり込んじゃうタイプだよね~」

 

 普段はそうでもないが、カチリとハマると普段の冷静な須美から一転して周りが見えなくなる事が多い。

 魅力の一つではあるが、悟飯は流石にやり過ぎだと思った。

 

「全く、須美の旦那になる奴は幸せだけど、色々大変そうだ」

「ボクのお母さんよりも怖いかも」

「何でそういう話になるのよ!」

 

 須美の母親姿は想像に難しくない。旦那を尻に敷いている姿が目に浮かぶ。

 

「ま、この三ノ輪銀のような男がいればなぁ」

「確かに、お似合いだね」

「そしたら私とゴッくんがくっ付いちゃお~」

「え、園子さん? 冗談ですよね?」

「え~どうだろう~?」

 

 悟飯の腕に抱きついた園子がニヤニヤと笑う。

 銀はちょっと本気にしているのか悟飯を見ると、顔を真っ赤にした。

 

「ともかく、このしおりを使って遠足の準備を済ませておくわよ!」

「開くのも一苦労だぞ……」

「持って帰るのも大変だ~」

「遅れるとお灸だからね」

 

――

 

「よし、と」

 

 自宅のリビングで、遠足用のリュックを閉じて、銀は一息ついた。

 旅のしおりは須美が夜なべ作っただけあって、しっかりと役に立った。たったのだが、しおりを入れる程のスペースが確保出来なかった。

 どうしたもんか、と銀はスマホを開く。

 

「遠足の用意が終わりましたわ」

「まぁ奥様、私もですわ」

「ビニール袋も要りましてよ」

「しおりを持っていくのはワシに任せよ」

 

 チャラランと音を連続で鳴らしながらチャットの返信が流れる。

 銀の雑な振りに三人が乗ってくれるのだが、大抵良いオチがつかなくなるのも四人のお約束だ。

 

「ワシって、悟飯の王様観どうなってんだ……。あ、ビニール袋入れてなかったな。汚れた物入れるようだような。あったかな~」

 

 部屋の中を見渡す。心当たりは隣の和室の方なのだが、そこには静かに寝息を立てる弟、金太郎が居た。

 満足そうな笑顔の寝顔を見て、銀は自然と口元が緩む。

 

「何度見てもかわいい奴!」

「なぁ姉ちゃん! お土産頼むよ!」

 

 襖を開けて元気よくリビングに入ってきたのはもう一人の弟、鉄男だ。

 鉄男の手にはロボのおもちゃが握られている。

 

「お土産をくれないと、こうだぞ!」

「ぐえっ」

 

 ロボの蹴りが銀の頭にクリーンヒットする。が、すぐに銀は鉄男を捕まえると馬乗りになった。

 

「こんなんで勇者を倒せると思いでか! ……それに、お土産とかそんな事ばかり覚えやがって」

「へへへ」

「褒めてないっての。その代わりちゃんと金太郎の面倒みろよ?」

「やった~! 金太郎の事は任せてよ!」

 

 二人が金太郎を見る。

 まだ眠っている金太郎だが、その顔を見るだけで、元気が湧いてくるようだった。

 

「そろそろハイハイするかな」

「だな。楽しみだ」

 

 いつか来る成長を想像して、二人が笑い合う。

 一体どんな男に育つだろうか。銀には、それが楽しみでしょうがなかった。

 

――

 

 そして、遠足当日。

 バスの中ではクラスメイト達がワイワイと話す声で溢れている。

 今回は銀の遅刻なし、須美の小言もなしで、仲良く四人で集まっていた。

 悟飯にとって大人数での行事は初めてであり、ワクワクで窓の外をしきりに気にしていた。お役目だからと許されたスマホでこっそり写真を撮っていた。

 

「楽しそうね、悟飯」

「こ、こう言うの初めてで……」

 

 前回は訓練の合宿だったから純粋に楽しむ目的なのはこれが初めてだ。

 

「園子はいつも通りだけどね」

「あはは……」

 

 銀の肩を枕にして眠る園子の姿を見て、三人は苦笑いする。

 こんな時でも園子はマイペースだ。

 遠足の目的地は香川の県庁所在地にある最大の公園だった。長い滑り台を始めとした様々な遊具が揃っており、クラスメイトの中にも一度行った事のある者もいた。

 しかし、それでも全員が遠足を楽しみにしているのはお昼ご飯を班に分かれて手作りするというイベントがあるからだ。

 

「意外と楽しいねこれ」

「でしょ? 悟飯くんは運動神経良さそうで憧れちゃうよ」

 

 吊るされたタイヤの間を行く、タイヤ飛びを越えた悟飯を見て、大西さんが笑う。

 後ろには銀、須美、園子が控えていた。

 

「勇者なら、これぐらい当然なのさ!」

 

 タイヤ飛びを越えた銀がポーズと共に飛び降りる。

 確かに勇者であると自然と運動神経は良くなってくる。現に銀に続いて須美もタイヤ飛びを越えて降りた。

 

「私ももうちょっと体動かした方がいいかな」

「え、私は滑り台とか行きたいんだけどなー」

「滑り台もいいけど、こうして体を動かすのも楽しいわよ、佐々木さん」

 

 須美の言葉に佐々木さんが微妙な顔をした。

 インドアらしい彼女は誰かのを見てるだけで満足だと、いまだに一つも遊具に手を付けていない。

 悟飯は少し勿体ないと思う。

 

「怖いならボクが支えたりするからさ」

「じゃあ、わたしを助けてよゴッくん~!」

 

 悟飯の言葉に反応したのは園子だった。

 園子はタイヤ飛びの入り口あたりで未だ苦戦していた。どうやら揺れる足場に怯えて次の一歩が出ていないようだった。そうして迷って体を震わしていると園子が足かけているタイヤも大きく揺れてしまい負の連鎖になってしまう。

 間隔は短く、地面との距離も短いが、それでも怖い物は怖いと涙目で助けを求めていた。

 

「乃木さん、あんまり迷わないでゴーだよ!」

「頑張れー園子さん!」

 

 大西さんと佐々木さんが応援するが、それで越えれたら苦労はない。

 

「園子がこの手の苦手なのは意外だったな」

「落ちたら奈落の底だと考えると、スリルを越えて、もうホラーだよ……」

「あれは、想像力が豊か過ぎるだなあれ」

「あはは、なんだそれ」

 

 怖い物が苦手気味なのは知っていたが、まさか自分でそれを加速させているとは思わず、悟飯は思わず笑ってしまった。

 しかし、その横で須美がわざとらしく咳払いをした。

 

「五本目のタイヤは踏んではいけません」

「えっ」

「触ったが最後、夜な夜な落ち武者の霊が枕元に立って田んぼを返せと……」

 

 迫真の演技による須美の怪談は、園子の怯えが加速してしまった。

 

「怖がらせてどうすんだよ」

「スリルを求めているなら提供しようと」

「多分違うと思うな……」

「全く、ほら頑張れ! 勇者は気合と根性だぞ!」

 

 銀がそう言うと、園子は目の色を変えて急にぐんぐんと進み始めた。

 全く揺れに動じなくなり、最後のタイヤを踏みつけ大きく飛び跳ねた。

 

「おおっと、キャッチ!」

 

 それを銀が受け止める。

 銀が園子を下ろすと、同時に頭を撫でた。

 

「うん、よくできました」

「孫くん、あたしも今からやるからあれやって!」

「あ、なら私も!」

「え、えぇー……」

 

 まさかの佐々木さんが走ってタイヤ飛びの列へと向かって行ってしまう。

 それを追い掛けて大西さんも行ってしまう。

 

「なら私達も受け止めて~」

「……え、ボクが?」

「行くよー!」

 

 まさかの悟飯が受け止め係に任命されると同時にまさかのクラスメイトが次々とタイヤ飛びから飛び降り始めた。

 かなり危ない行為なのだが、悟飯はそれを完璧に受け止めていく。

 園子の方は銀に撫でられて満足気だ。

 

「慣れたから次はもっとスムーズにいくよ~」

「……むむむ」

 

 それを見ていた須美が二人の間に割り込むように入った。

 

「何してんだ須美は」

「仲良くしてるから私もって思って」

「犬かお前は」

「きっとわっしーもミノさんに頭撫でられたいんだよ。上手いもんね、ミノさん」

「なんだ甘えんぼか、ほらよしよし」

 

 銀が須美の頭を撫でると少し恥ずかしくはあるのか頬を赤くした。しかし、嫌がらずにそのままなのは撫でられているのが気持ちいいからだろう。

 横目に見る悟飯は少し羨ましかったが流石に、と自制する。

 

「よし、完了!」

「あーよかった。あたしも撫でて~」

「え……。そ、それはちょっと恥ずかしいかな……」

「そんなー……」

 

 トボトボと帰っていく佐々木さんを見送って悟飯が三人の元に戻る。

 

「次は何処行こうか」

「銀ちゃん! 次鉄棒渡りしようよ!」

「お、行く行く!」

 

 別のクラスメイトが銀を呼んだ。

 銀はクラスメイトの中で一番の人気者だ。明るく元気で、運動もできる。一緒に居て楽しい相手だ。

 勉強は少し頑張った方がいいが。

 

「銀は人気者だね」

「元からずっと人気だよ~」

 

 鉄棒渡りを終えた銀の元にそういえば、と大西さんが話しかけていた。

 

「銀ちゃんのサインが欲しいって妹から頼まれててさ」

「あたしの?」

「そう。大きなお役目についてるって話聞いて憧れてるらしくて」

 

 お役目についているというのは、日曜朝のヒーロー番組のヒーローよりも良く映るらしい。

 そして、銀達の頑張りはどうやらそんなにも広まっていたらしく、大西さんを皮切りにあ、なら私もという声があちこちで聞こえた。

 出来たら皆のも欲しいけど、と付け加えた大西さんは遠くの安芸先生をチラリとみた。

 

「駄目って言われたらいやだから銀ちゃんのだけまずね」

「そうか、あたしももうサインをする側の人間だったのか!」

 

 少し嬉しそうに言うとポケットから取り出した小さな紙に銀がスラスラと書き込んでいく。

 それを見て、須美が小さく唇を尖らせていた。

 

「うーん、ジェラシー……」

「違うかな……。それ、須美に言わないようにね」

 

 園子が冗談めかして言う言葉に悟飯がツッコミを入れる。

 アスレチックコースを順調に制覇していき、時間的に午前の部最後の場所としたのは壁のぼりだった。

 

「結構高いな……」

「よーし、あたしが一番乗りだ」

 

 銀が一番に挑む。壁に垂れ下がった幾つかの結び目を使って上に登っていくのだが、銀は今までを余裕で越えてきたからなのか、左手を後ろに当てて片手で登り始めた。

 

「いやーちょっと簡単すぎるかな!」

「銀、片手は流石に危ないんじゃないか」

「へーきへーき、ほらこうやって」

 

 銀はするすると登っていく。確かに片手でも上がっていく事は出来ていたが、頂上近くの縄を握った時、銀の体が浮いた。

 厳しい訓練が最近続いていたのは園子だけじゃない。当然銀もそうであり、目立たないが血豆が出来ていた。それが今になって痛みとして襲ったのだ。

 

「銀!」

「……悟飯」

「大丈夫、ミノさん!?」

 

 手を離してしまった銀を悟飯が受け止める。

 すぐに園子が銀を覗き込むが、銀はただうん、と上の空で返した。

 

「び、びっくりした」

「楽しむのはいいけど、浮ついてないかしら? お役目の重さ、よく考えて」

「……借りは返すよ。そして反省する」

 

 悟飯に降ろされた銀は流石に反省したのか、俯いてそう言った。

 悟飯と須美が安心すると同時に銀が顔をあげた。

 

「口数を減らします!」

「本当に反省してるのかしら……」

 

 少し呆れつつも、まぁ、銀らしいなと笑うのだった。



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えんそく 二

 昼食として作るのは焼きそばだ。公園に用意された調理場でそれぞれ班ごとに作る。

 須美はこの手の作業に関しては右に出る者はいない。園子もそれなりの手際でこなしている。意外にも、銀が須美に続く位の手際の良さで作っていた。

 

「む、難しい……」

「あまり力を返すと飛び散ってしまうわ。ヘラに乗せて、軽くひっくり返すを意識してみるのよ」

「おっやった、出来まし……た……」

 

 が、回された焼きそばは一部焦げてしまっていた。

 そもそもあまりひっくり返すものではない上に、その行為に手間取っていれば当然の結果だ。

 

「いやー悟飯がこう言うの苦手なのは意外さんだったな」

「普段しないからね……。覚えるべきかな」

「了解のできる男はモテるぜ」

「あはは……」

 

 料理は悟飯の苦手な分野だ。手先の器用さを求められるような細かい作業と言うのが出来ず、どうしても大雑把な物になってしまうのだ。

 料理はそれを許してはくれないから、安芸先生に教わりながら挑戦しているのだが、それでもかなり苦戦していた。

 

「銀は逆に意外かも」

「時々家で手伝ってるからな! しっかし、い―匂いだ! あたしが作ったんだから当然だけど!」

 

 確かに作り途中でも分かる焼きそばの匂いは食欲を刺激する。すぐにでも食べてしまいたい気持ちを我慢しながら、そうだねと悟飯は同意する。

 

「銀、口数減らすんじゃなかったの?」

「ミノさんはわんぱくだね~」

「……そのっちも十分わんぱくだと思うわ」

 

 肩についたカブトムシを見て、須美が困ったように言った。

 いつからついてきたのか、この焼きそば作りの最中は園子の肩に泊まり続けているカブトムシは園子が多少つつく程度じゃ動じない。

 一切気にしない園子はもしかすると、このまま連れて帰る気なのかもしれない。

 

「わっし~、虫苦手なんだっけ」

「……うん」

 

 少し落ち込んだように須美が言った。

 見たり出来るだけでもマシだが、あまり苦手な事をそのままにしたくない須美は克服したいと三人に話した事があった。

 

「大丈夫だよ、仲良くなれるから」

「そ、そう?」

 

 園子の言葉に顔をあげた須美の前に、カブトムシが居た。

 どうやら匂いにつられたのか、園子につられたのか、二、三匹が飛んできた。なのだが、丁度眼前に飛んできてしまったカブトムシを見て、須美が悲鳴を上げた。

 

「ゴキブリにしか見えないぃぃ!」

「ありゃ克服は遠いな」

「須美ならいつかは大丈夫だよ」

「孫君よそ見しないっ!」

「ああ、しまったまた焦げるっ」

 

――

 

「うう、面倒ないというか」

「ほら顔あげて、気にすんなって」

 

 全員で作った分を山分けしたのだが、かなりはっきりと誰が作った部分なのかと分かった。須美と銀作はしっかりと色がついて美味しそうな匂いも漂わせている。薄い色の園子作の焼きそばはまだマシだが、少し黒め悟飯作の焼きそばは目立つ。

 

「いや全然おいしいぞこれ」

「そうね、味は損なわれてないわ。確かに、美味しい」

「本当? ……あ、美味しい」

 

 二人に言われて一口食べてみれば、それは確かに焼きそばの味をしていた。確かに総量で見れば焦げた部分は少なく、その程度なら覆い隠せるくらいの味だったらしい。

 そう気付いてしまえば悟飯の手は大きく進む。

 

「うんうん、今まで食べたものの中で一番美味しいよ~」

「園子はもっと良い物食べてるんじゃないのか?」

 

 乃木家の食生活は凄いとは噂になる。どれくらい凄いのかと言えば、高級食材は当然として、それを一流のシェフが調理している。

 そして完成した名前も聞いた事のない料理に、唯一知ってるトリュフを掛けにかけた物を、毎日のように食べている……と言われていた。

 が、肝心の園子は焼きそばと記憶の料理を比べた後、

 

「こっち方が美味しいよ?」

 

 と笑った。

 

「皆で作って、食べてるからね」

「おぉー!」

「気持ちは大切な調味料だからな。っと、園子ちょっとジッとして」

 

 銀はハンカチを取り出すと園子の口元を拭いた。

 

「ありがと~」

「良いって事よ」

 

 園子が銀に感謝した後、すぐに深いため息を吐いた。

 

「いや忙しいな」

「わっしーもミノさんもお料理出来て羨ましいな~って」

「それ、ボクも思ったよ。ちょっと今日は悔しかったな」

「焼きそばくらい、すぐ作れるようになるよ」

 

 銀はそういうが、結局一回失敗した例を作ってしまうとはいそうですかと納得は難しい。

 

「じゃあ、次のお休みにわっし~と教えて欲しいな!」

「なら、次の休みに須美と教えて欲しいな!」

「「いいけど」」

「お、全員ハモッた」

 

 園子と悟飯、銀と須美がそれぞれ重なった声に目を合わせて笑った。

 少しくだらない事のようにも思えたが、それが何よりも楽しかった。

 

「ところで、先生! ピーマン残してない!?」

「うっ」

 

 銀がキラリと目を光らせた。その先には背中を向けて、焼きそばを食べている安芸先生が居る。誰かと話してる訳でもなく、わざわざ隠れるように背を向けた彼女の手には、ピーマンの刺さった串が握られていた。

 肉やその他の野菜も刺さっていた筈なのだが、ご丁寧にピーマンだけ。

 

「やけに不動だと思ったら……」

「ちゃ、ちゃんと食べるわよ! ちょっと苦手だけど」

 

 ちょっと所ではない嫌がりようだった。味であれば焼きそばと一緒に食べたりがある。それ以外だと見た目なのだが、切ったりすればいい。

 好き嫌いはそういう理屈ではないのだが、安芸先生がそういう苦手を持っているのは、意外だった。

 

「前世で何かあったとか?」

「まさかー」

「そういう時はピーマンの精が夜中に会いに来てくれると楽しいですよ~」

「そ、それはユニークね。ありがとう……」

「夜中のせいでホラーになってない?」

 

 園子の描くピーマンの精と安芸先生の描くピーマンの精に乖離が見られた気がしたが、何とか食べれそうな雰囲気を出している。

 精霊に背中を押されるようにして、背中を見せた安芸先生は、少しの葛藤の後、体を一度大きく震わせた。

 

「先生に褒められた!」

「お、ならご褒美はベルの鳴らす権利だ」

「ベル?」

 

 昼食を終えて、三人は公園に存在するアスレチックを制覇していた。途中のトラブルはあれど、勇者である三人にとって難しいものはなかった。

 そして、最後の上り台の頂上で、園子がベルを鳴らしていた。

 

「アスレチック全面クリアー!」

「いえーい!」

「いえーい。……そしたら次は展望台かな」

 

 銀とハイタッチをした悟飯は降りると持ってきた地図を開いて、展望台の場所を確認する。

 

「あたし達の町見えるかな」

「恐らく見える筈よ」

「じゃあ見つけに行こう!」

 

 走り出した銀の後をついていくように三人も走り出す。

 そんなに感傷に浸る時間がないのは、遠足が今日一日で終わってしまうからだ。午前はもう既に終わっていて、アスレチックを終えた今はもう三時が見えてくる。

 そうするとゆっくりしていられる時間も少ない。

 

「あたし達の町は、あっちか?」

「ええ、あってるわ」

「流石に大橋やイネスは見えないなー」

 

 町が見えると言っても全貌が見える訳ではない。

 

「ミノさんはイネスが本当に大好きだね~」

「あったりまえよ。なんたってイネスは」

「中に公民館まであるんだから、よね?」

「あたり!」

 

 銀のイネス好きは周知の事実だ。

 流石にパターンも読めてくる。それを見て、園子が自分を指差した。

 

「流石に読まれてきたか」

「私も読まれたりするかな!」

「……そのっちは読めない」

「難しいなぁ……」

「きっといつまでも読めないかな」

 

 フリーダムの塊な園子を読めるのはきっと予知能力でもないと難しいだろう。

 

「それはそれでちょっと寂しい……」

 

 指先を合わせいじけるように俯いた園子みて、その頬を、須美がつついた。

 

「大丈夫よ」

「これくらいなら読めるよ」

「ほんと? じゃあわたしが今何してほしいか当ててみて!」

「えっ」

 

 輝いた瞳を向けた園子にしまったと三人は後悔した。

 読めるというのはそういう意味じゃないのだけれど、と悟飯が銀と須美に視線を向けると二人とも視線を逸らした。まさかの裏切りだ。

 

「ほ、ほーらよしよし」

「やったー! ホントに読まれてる~! ふぉ、foooo!」

「ちょ、ちょっと待ってよ園子!」

 

 悟飯に頭を撫でられると、飛び跳ねて喜んだ園子はそのまま何処かへ行ってしまった。

 流石にそのままにする訳にも行かず、悟飯が追い掛ける。

 

「流石そのっちね……」

「ちなみに、須美の事は取扱説明書が書けるくらいには分かってるぞ」

「あら、最初のページにはなんて書いてるのかしら?」

「結構大変な品物ですので、くれぐれご注意ください」

「面倒臭い人みたいな言い方ね……。でも納得してしまう……」

 

 真面目さは時に面倒にも映る。しかし、そんな物が書かれている時点で須美は受け入れられているのだと分かっているから、軽く受け流しながら町並みへと目を向けた。

 

「良いじゃん奥行きがあって。あたしなんか新聞並みに薄っぺらいぞ」

「そんな事ないわ。分かりやすくはあるけど、書く事は沢山あるわよ」

「……そ、そうか?」

 

 意外と押しに弱い銀は須美の言葉にちょっと顔を赤くする。

 例えば、と例をあげられそうになって大丈夫! と止める位には。

 

「これからも、色々な一面を暴いていこうと思うわ」

「お手柔らかに……」

「実はわたし、初めミノさんの事が苦手だったんだ」

 

 目を逸らした銀の隣に園子が戻っていた。悟飯も隣にいる。

 

「いきなりなんだよ!」

「私も同じよ」

「ご、悟飯もそうとか言わないよな……」

「ボクは、初めて会ったのがお役目の時だったから……カッコいい人だなって」

「それはそれで恥ずかしいけど……」

 

 悟飯の言葉に安心した銀だが、園子の言葉の真意を確かめるべく、ジト目で園子を見た。

 対する園子は笑顔を崩さないで、須美の隣へと回り込んだ。

 

「スポーツ出来て明るくて、なんだか種族が違う気がしたんだ」

「あ、ああ……」

 

 園子の言葉に銀は確かにと思っていた。

 全員が同じだった。銀は銀で乃木家のご令嬢である園子、そして真面目過ぎる須美の事を苦手とまではいかなくとも、少し避けていたのはあった。

 

「でも話してみたらこんなにいい人だった! わっしーも良いキャラだし!」

「私はキャラ!?」

「ゴッくんはそういう意味では凄く良かったな~」

「ボクが?」

「うん。樹海の中で出会った時はちょっと不思議な人だな~って思ったけど戦ってる姿はかっこいいし、何より優しい!」

 

 わぁ、と悟飯に抱き着いた園子を見て銀が確かに! と笑った。

 転入生である悟飯は三人とは付き合いが一番浅い。が、その出会い自体は一番衝撃的だ。

 お役目について何も知らないままで樹海で出会い、流れでバーテックスと戦った。苦戦を強いられていた時、一番全員を気遣い、そしてバーテックスに一番立ち向かったのも悟飯。

 その姿を見るだけで、悟飯は優しい人間なのだとすぐに理解出来た。

 

「悟飯は私も尊敬しているわ」

「面と向かって言われると恥ずかしいな……」

 

 悟飯が頬を掻いて笑う。

 いつの間にか、良い所を言い合う会のようになったが、そこで銀が大きく笑った。

 

「うん、なるほどね。皆、確かに話してみないと分からない事だらけだよな!」

「ええ、そうね」

「きっと皆もそうだよね~」

「気に入って貰えたならよかった」

「これからもダチ公として、よろしく!」

 

 銀がそう言って赤くなった手を出した。

 悟飯も自分の手を見る。銀と同じくらい真っ赤だった。そういえば痛かったなと今更ながらに思い出す。

 

「こちらこそ~」

「うん」

「ええ」

 

 悟飯が手を重ねる。その上に園子、須美も重ねた。

 重ねた手は、訓練の痛みを忘れてしまうくらいに、温かい。

 四人の友情を確かに感じた気がした。

 

――

 

 バスから降りたら、後は各自歩いて帰る事になっていた。

 悟飯達はいつも通りの道を疲れただの、楽しかっただのと話しながら帰っていた。

 

「……いい写真だ」

 

 悟飯がスマホを眺める。そこにはバスの後部座席で三人が仲良く寝ている写真だった。普段は見られない貴重なショットである。

 着せ替え会以降、悟飯はカメラをよく使うようになった。始まりはなんとなくだったが、確かに残る思い出が欲しかったというのもあった。

 いつか、元の世界に帰っても良いように。

 いつか、誰かと別れてもいいように。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

「そっか~……隙あり!」

 

 園子が画面を覗こうとしてきて慌ててスマホを隠した。

 隠されてしまえば、それを知りたくなるのが人の性というもので、園子はにやりを笑うと悟飯の手からスマホを奪い去った。

 

「おや、ゴッくんも好きですねぇ~」

「い、いや〜……」

「なになに、何の話?」

「秘密~」

「秘密だっ!」

「む、そう隠されるときになるなぁ!」

 

 悟飯のスマホをめぐって追いかけっこが始まりそうになった時だった。

 チリン、と小さな風鈴の音が何処からか響く。空を見れば鳥が動きを止めて、吹かれた木の葉が宙に浮いたままでいた。

 大きく期間が空いた物の、忘れる訳がない合図。

 

「ったく、楽しいままで終わりたかったけど仕方ないか」

「……来たのか。敵が」

「折角楽しい遠足だったのに~」

「遠足中じゃないだけマシじゃん?」

「家に帰るまでが遠足よ、銀」

「お母さんみたいな事言うな……」

 

 そう言いながら、悟飯以外の三人はアプリを起動して勇者服へと変身する。

 そして悟飯は自分の制服を握ると、その制服を魔族服へと変えた。マントは今回はなく、紫を基調とした道着のようになっている。

 本質的には違うが、動きやすさを重視した悟飯の勇者服だ。

 その上でスーパーサイヤ人もとい、超怒髪天へと変身した。

 

「やろう」

 

 悟飯の言葉に三人は頷く。

 ――四回目のお役目が始まる。



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えんそく 三

「そういえば、手は大丈夫?」

「血豆? 問題なし!」

 

 銀と悟飯は準備体操をしながら、バーテックスがやってくるのを待っていた。

 遠足の疲労はなんだかんだでバスでしっかり取った睡眠のお陰か気になる程ではない。

 

「段々、この景色も見慣れてきたな」

「気を付けて銀、そういう時が」

「一番危ない、でしょ?」

 

 須美に向って笑顔で答える銀だったが、そんな銀に須美はまだ不安そうな顔を向ける。

 

「あたしの服は接近戦用で丈夫だからな。大丈夫!」

「だからって油断は駄目よ。アスレチックの時も怪我しかけたのに」

 

 痛い所をつかれて、銀はそれ以上言葉を返せなくなった。

 

「ミノさん最近、わっしーに注意される事をわざと言ってるみたいだよね~」

「なんだか癖になってさ、須美に怒られるの」

「勘弁してほしいわ……」

 

 須美がはぁ、とため息を吐くと同時に全員が雰囲気が変わったのを感じた。

 大橋の奥からバーテックスがやってきていた。

 

「来たな。って、まさかあれ」

「二体……!」

 

 まだ距離があるが、それでもはっきりと二体のバーテックスが宙に浮いて進行していた。

 造形は二体とも生物に近かった。

 片方はカニのように見えるが、よくわからない棒がその周りを浮遊している。更についでのようにある尾にはハサミがついている。

 もう片方は、サソリのように思えた。玉を重ねた尾の先端に鋭利な針がある。毒があるかは未知数だが、食らいたくはない。

 

「……そうきたか」

「四対二、数の有利はまだ私達だわ、隊長」

「うん。私とミノさんで相手しよう。わっしーとゴッくんは遊撃で援護して!」

 

 園子がそう指示を出すと同時に、須美が弓を構え、銀と園子がバーテックスへと向かって飛び出した。とにかく何をするかを見なくてはならない。

 二人が正面までくると先に動いたのはサソリ型だった。

 

「やっぱり、近接メインか!」

 

 長い尾を突き立て、園子達を襲うが、それは盾に弾かれる。

 園子は一切動じる事なく攻撃を受けている。突破の心配はないだろう。

 

「あたしは気持ち悪い方と戦う!」

「どっちも気持ち悪いと思うんだ……」

 

 銀はカニ型の方へと飛んでいく。

 カニ型の周りに浮いた棒が薄い盾を展開した。それが回転してするのはまさかの物理的な体当たりだった。

 そうして銀を弾き返そうとするが、その程度でやられる銀ではない。斧で逆に盾を弾いて、一度地面に着地する。

 

「やっぱりこっちはあたし向きだ!」

 

 尾を自由に操るサソリ型よりはカニ型の方が確かに銀には向いていた。

 遅い攻撃に、脅威でないシールド。銀がカニの防御を引き剥がすと同時に、須美や矢を放った。

 溜められた強力な一矢が突き刺さる。大きく仰け反ったカニ型に追い打ちの様に爆発が起こる。

 

「ナイス、落ちろっ!」

 

 銀が地面に叩き付けるようにカニ型を切り裂く。盾を持っているだけして、完全に切り裂けなかったのは想定外ではあったが、大きく倒れ込んでいった。

 そんな銀を見て、悟飯が園子に合図をする。

 

「ボク達もそろそろ反撃に出よう」

「じゃあ攻撃に集中するよ~」

 

 悟飯が構える。それと同時に園子が盾を解いた。

 サソリ型はそれを好機とみて、園子へと尾を突き刺しにかかるが寸前でその動きが止まった。

 

「たとえ二体だろうと、誰一人傷つけさせない……!」

「わたし達は誰にも負けないんだからー!」

 

 尾を受け止めた悟飯がそういうと同時に園子が飛ぶ。尾を足場にして、サソリ型へと槍を構えると、回転しながら大きく切り裂いた。

 攻撃力で言えば、銀程ではない。しかし、それでも大きな一撃がサソリ型に入った。

 サソリ型を足蹴にして悟飯の隣へと園子が戻る。

 定まってきた連携に、二人は余裕の笑みを見せる。

 

「特殊な攻撃はまだしてこないか……」

「二体なのが、特殊ではあるけどね~」

 

 今までの傾向から竜巻や地震に似た攻撃は覚悟していたが、どうやらカニ型もサソリ型もそれらしき行動は見せない。

 

「油断をするのはよくないけど、警戒しすぎるのもよくないか……」

「数を減らしてミノさんの加勢をしよう」

「よし、次だっ」

 

 再び悟飯が飛び出そうとした時、戦士の勘か、あるいは偶然か。

 空から降る矢の嵐を見た。

 

「上だっ!」

 

 何が上なのか、確認することなく園子が槍を盾に変えた。

 須美は遠くから見ていたからか、一早く園子の横へと滑り込んだ。銀はカニ型を相手にしていて、悟飯の言葉でやっと気づいていた。

 

「ならっ」

 

 銀の元へ飛ぶと共に、銀を襲う盾の一つを蹴りぬいた。

 手の空いた一瞬で、悟飯は銀を抱え、園子の元へと戻る。

 

「あぶっ……なかった! サンキュ、悟飯」

「どういたしまして。それよりも……」

「これは一体……」

「何度も撃たれると危ないね」

 

 降り注ぐ矢の雨を見ながら、状況を整理する。

 絶え間ない矢の嵐に、発生源はおろか、二体のバーテックスすらどうしているのか上手く見れていない。

 しかし広域さからか、バーテックスもこの矢は確かに受けているのか攻撃自体は一旦の止みを見せている。

 時間にしてみれば五秒程度の短い時間だったが、その無数の矢は一旦の収まりを見せた瞬間に、サソリ型の尾が悟飯達を襲った。

 

「……連携してる」

「悟飯っ!」

 

 悟飯が片手でバーテックスを受け止めたと同時に、三体目のバーテックスがその姿を現していた。

 弓矢に似た形のバーテックスが悟飯達に標的を合わせている。

 再生力のあるバーテックスは矢の嵐を受けた所で止まらない。それを利用した強引な攻撃方法。上と横から同時に食らってしまえば傷所では決して済まない。

 

「そのっち、閃きそう?」

「うーん、まだちょっと……」

「なら、三体目はボクが相手する。時間ぐらいは作って見せる」

「気をつけて、悟飯」

「ああ……。あの矢はまずい、一度だって食らえないぞ……!」

 

 悟飯が樹海に突き刺さる矢を見る。

 樹海も柔い訳では消してない。須美達の戦闘に耐える程度の耐久力は確かにある筈なのに、弓矢型の矢のどれもが、半分以上突き刺さっている。

 それが無数に降るというのは大きな脅威だ。

 

「任せてもいい?」

「ゴッくんも、任せるよ」

 

 園子が頷くと同時に悟飯が飛び出す。

 弓矢型は正面にある開いた口のような部分から矢を射出していた。それ自体は問題ない。ただ、その口が二つあるのが問題だった。

 無数の矢は下の小さな口から射出されていて、まだ一つ大きな口は使用されていない。

 

「撃たせる前に……!」

 

 悟飯が両手を腰へと構えると同時、弓矢型の大口から巨大な矢が一本生み出された。

 銀達を優に超える大きさのそれは更にあろう事か、光を集めチャージらしき物までし始めていた。

 

「かめはめ波っ!」

 

 悟飯の放ったかめはめ波は確かに弓矢型の矢と衝突する。それと同時に煙幕が上がった。

 弓矢型がどうなったかは見えなかったが、勢いを失った矢は煙幕を抜け、樹海の底へと消えていくのが見えた。

 

「よし、十分止めれる……」

 

 悟飯の足止めが機能する事を確かめて、一度後ろを見る。

 銀達が二体を相手取り、再び優勢を築いていた。この調子であれば確実に数は減らせる。

 ――そう確信した時だった。

 

「なっ――」

 

 矢が、煙幕を貫いた。

 弓矢型の姿が現れる。それも、大口の矢を悟飯に狙いをつけた状態で。

 ブラフだった。そう気づいた時には遅かった。

 放たれたその矢は、弾丸以上。不意をつかれ、既に放たれているそれを悟飯は回避しきれなかった。

 

「ぐっ、うわあああああああああ」

 

 えぐれた左肩を押さえながら、叫ぶ。

 痺れ、痛み、そして、緩やかに襲う喪失感。

 唯一、変身だけは何とか解かずに耐えきった。まだ、動けるが致命的なダメージ。

 

「悟飯っ!」

 

 そう叫んだのは誰だったのか。

 しかし、それから先はなかった。

 悟飯の負傷という、その一瞬の隙をつき、銀達をサソリ型とカニ型が同時に三人を襲っているのが見えた。

 

「ぎ、銀っ! ……危ないっ、須美、園子っ!」

 

 悟飯の叫びは届かない。

 口の中に溢れる血が声を濁らせている。

 そして三人が大きく吹き飛ばされたのを見た。

 

「させるかぁぁぁぁ!」

 

 悟飯が三人の元まで飛んで行くが襲うのは二体同時。

 しかし、止められたのはカニ型の一撃のみ。

 それは即ち、銀への攻撃のみだった。

 

「悟飯っ! 肩がっ」

 

 庇われた銀が叫ぶが、その余裕すらももはやない。

 動きの鈍い左腕は気弾の一つも出せず、サソリの薙ぎ払いを食らい、吹き飛ばされてしまう須美達を見る事しか出来なかった。

 

「くそ、須美っ! 園子っ!」

「とにかく二人の元へ行くっ!」

 

 大きく吹き飛ばされた二人の元へ悟飯と銀は飛んで行く。

 それぞれ一撃づつ、たった二撃の壊滅だった。

 全身から血を流した二人が、倒れていた。園子はもう意識がない。骨が折れていたりしないだけでも幸運ではある。

 

「大丈夫か須美、園子っ!」

「うっ、うう……」

 

 須美はギリギリだが意識を残していた。

 しかし片目は開かない。顔もあげる事すらギリギリだ。

 

「無理しなくていい。銀、二人を安全な所へ」

「悟飯はどうする」

「立ち向かわなきゃ、いけないだろっ!」

 

 悟飯がそう叫ぶ。

 バーテックスはただゆっくりと進行していた。しかし、弓矢型のだけが斜め上を向いていた。

 既に放たれている無数の矢に、悟飯は覚悟を決める。

 

「か……め……」

「悟飯、離れないとっ」

 

 銀が二人を抱えてそう叫ぶ。

 しかし、悟飯はただ矢の雨を睨んでいた。

 

「は……め……」

「……信じるからなっ!」

 

 返事のない悟飯を見て、銀が背を向けた。

 矢の雨が届かない位置へと飛んでいくのを後ろで感じて、悟飯は一度目をつむる。

 激痛の左腕を酷使したらどうなるか、分からない訳ではない。だからこそ、溜めの構えをとらずに、集中だけしている。

 矢の範囲は馬鹿にならない。銀も傷ついている上に、須美達を抱えている。

 誰かが、時間を作らなければならないのだ。

 

「波ぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ノーモーションにより放たれたかめはめ波が矢の雨を押し返した。

 が、それを破壊するまでに至らない。勢いの死んだ矢は確かに落ちていく。しかし、絶え間ない後続と意識を乱す痛みに、かめはめ波の方が段々と力を無くし、細くなっていく。

 

「ぐ……くそっ、こんなもので……」

 

 激痛の中、放ち続けるかめはめ波を保とうとする悟飯の意思に反して、現実はただただ残酷に悟飯を襲う。

 

「ぐああああっ!」

 

 遂に途切れたかめはめ波の奥から数本の矢が悟飯を傷つける。

 完全な直撃はしていない。しかし、かすり傷でももはや堪えようのない激痛が全身を走った。

 肌が裂ける。

 意識が乱れる。

 

 ――サイヤ人の事よ。

 

 いつかの安芸先生の言葉が頭をよぎった。

 

「異なる星から来た宇宙人、それがサイヤ人。間違いないですね?」

「そ、それは間違いないです……」

 

 正直に言えばサイヤ人の事を大赦が把握しているのも悟飯にとっては驚くべきことだった。

 神樹様の神託なのだろうかとも思ったが、次に言われた言葉は更に衝撃的な物だった。

 

「そのサイヤ人がバーテックス、そして孫君両方影響を与えている可能性が出てきたのです」

「それって」

「神の加護を受けた勇者以外の貴方と戦う事で、バーテックスが更なる進化を果たしていく可能性があるのです。その上で、孫君のスーパー……いえ、超怒髪天だったかしら。その進化を、バーテックスが妨害している可能性があると言う事」

 

 その言葉に、心当たりはあった。それは、どうしてもなれない変身。

 サイヤ人の力を吸い取ったりする相手と戦う経験があるからこそ、その言葉を悟飯は信じた。

 

「つまり、バーテックスは……今までよりもずっと強くなっていく可能性があると言う事」

「ボクが、原因と言う事ですか?」

 

 意識が現実に戻った時、既に悟飯の変身は解けていた。

 すぐ横まで迫った、サソリ型の尾にすら気付けない。

 

「がっ――」

 

 声はもう出なかった。

 防御すら取れずに吹き飛んだ悟飯の体を、カニ型の盾二枚が悟飯を押し潰す。

 抵抗しようにも動かない片手、潰されていく度に開いていく傷、もはやまともな抵抗は出来ない。

 

「うあああああああああっ!」

 

 潰される体に無理矢理覚醒された意識で悲鳴を上げる。が、次第に声も、その力も弱くなっていき遂に、意識も途切れた。

 満足したのかカニ型は悟飯を開放する。

 そのまま力なく落ちていく悟飯をサソリ型が大橋の外、つまりは海へと吹き飛ばした。

 進攻は、続いている。

 

――

 

 大橋の入り口辺りまで戻っていた銀は、二人を樹海の上に寝かせていた。

 既に意識を無くしてしまっている二人はもうきっと戦力にはならないだろう。そして、殿を任せてしまった悟飯の為にも早く戻らなくてはいけない。

 

「ここは怖くても、頑張りどころだろ」

 

 頬を叩いて覚悟を決める。

 しかし、三体のバーテックスにどう立ち向かうのか、まだ考えついてない。

 四人でもこんなに傷をついたというのに、どうしたら勝てるというのか。

 怖い。が、悟飯が居る。後ろには須美と園子が居る。

 だからこそ、銀は進む前にただ二人に向けて手を振った。

 

「またね」

 

 その言葉を最後に銀はバーテックスの方へ飛んでいく。

 静寂の中、たった一人で。



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もえあがる

 斧で線を引く。

 それは誓いの線だ。

 撤退した間に、バーテックス達は随分と進行してしまっていた。

 半分以上を越えているから、恐らくはこれ以上は持たない。

 彼らを食い止めていた筈の、姿の見えない友を探す時間も、もうないのだ。

 

「お前ら」

 

 胸に手を当てて、想うは三人の親友。

 心に灯る小さな炎を握りしめ、拳を前に突き出す。

 

「随分と進んでくれたけどな」

 

 友の為、誓う。

 世界の為、覚悟を決める。

 これよりは、三ノ輪銀の、たった一人の決戦だ。

 

「ここから先は、通さない!」

 

 開幕、弓矢型の矢の嵐が飛んでくる。

 雨の様に降らすことなく、銀だけを狙った集中砲火だ。

 それを銀は斧を盾に強引に進んでいく。

 しかし、腕をかすめる。足を裂かれる。

 だが、無視をした。

 

「こんな程度で、止められると思うなよっ!」

 

 カニ型の盾が押し潰そうと襲う。

 しかし、銀は大きく跳ねて避けると同時に、盾を足場にカニ型へと接近し大きく切り裂く。

 防御力が高いのは分かっている。そして、全てがそうでないことも。

 しかし、銀の攻撃は再生に時間が掛かるのを知っていた。

 その時間稼ぎに、サソリ型が襲ってくるのも。

 

「それは知ってるよっ!」

 

 被害を最小限に抑える。それでいて、敵を出来うる限りにダメージを与える。

 悟飯程、周りを見切れる訳じゃない。攻撃を逸らすのすら難しいから、ただ堪えて突き進む。

 サソリ型の尾を伝い、今後は両斧を使って尾の根本を切り裂きにかかる……が、流石に硬い。

 すぐさま反撃を受けないように離れる。

 既に、いつもよりも動きのキレは悪い。銀も一撃はもらっているのだ。既にベストコンディションでもなく、そして須美、園子、悟飯も居ない。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!」

 

 だというのに、銀の心はいつも以上に燃え盛っていた。

 体に熱が迸って、銀の体を限界まで動かす。

 こんな程度では負けられないのだ。

 斧を一つ投げた。それは弓矢型の矢を砕きながら飛んでいくと、正面を直接突き刺した。しかし、須美の弓程連射は効かない。ダメージもない。

 その衝撃に仰け反る弓矢型を確認すると同時に、近くに居たサソリ型を飛び跳ね上る。

 

「一人だけ安全な場所に居やがって、落ちろっ!」

 

 斧を叩きつけながら、弓矢型の上に乗る。

 突き刺さった斧を回収し、もう一度叩き付けようとして、自分を覆った影に気付いた。

 すぐさま降りると、銀が居た場所をカニ型の盾が叩き付けていた。それを受けた弓矢型は大きく落下していくが、すぐさま浮き上がる。

 味方を攻撃するのも厭わない、最悪の連携だ。

 

「ぐ……」

 

 銀が一瞬足を止める。傷が開く、痛みが襲う。

 体の悲鳴を無視しようとして、簡単に出来る程人間は簡単ではない。

 ただ、バーテックスはそうではない。

 サソリ型の尾が再び銀を襲う。鈍った動きで回避は難しいと、斧で受けるが園子の盾ほど防御力は高くない。軸になる持ち手がないせいで、すり潰すように動く尾に銀はただ耐えるだけでもダメージが入る。

 

「や、やったな……」

 

 口に溜まった血を吐き捨てる。

 有限の体力。

 確実に失われていく血液。

 時間が経つ度に、不利がついていく。

 それでも、まだ燃える。

 熱は銀の体をめぐり、限界まで力を出し切らせる。

 飛んでくる矢よりも早く動く。

 押し潰さんとする盾を弾く。

 突き刺そうとした尾を、切り裂く。

 時間稼ぎではない。ただただ、勝つ為に一撃一撃入れていく。再生もさせない。それでいて、攻撃も防御もさせない。

 

「お前たちはここから……出ていけぇぇぇぇぇ!」

 

 限界まで燃え上がった銀はカニ型を滑るように切り裂く。

 防御力が高かった筈のその体が大きく砕けていく。

 どの攻撃も全てトドメを刺すつもりで、大きく、大きく削る。倒す。

 一体でも多く――

 

「あ――」

 

 弓矢型の矢が、銀の左腹を貫いた。

 カニ型を盾にするように位置取りは意識していた筈なのに。そう思った瞬間に見えたのは、カニ型の盾によって弾かれた矢が銀へと向かっていた。

 連携を取るならば、当然にシナジーがある。気付けなかった。

 完全に勢いが止まった銀は斧と共に樹海へと落ちていく。

 それを、サソリ型が地面へと叩き付けた。

 

「がはっ……」

 

 血を吐いて、樹海に倒れ込んでしまう。

 体はまだギリギリ動く。しかし、その間にバーテックス達は銀の与えた傷を全て修復していっていた。

 それはつまり今までの奮闘が無駄になったと言う事。

 酷い話だった。

 絶望以外の何物でもない。

 空いてしまった穴から更に血が流れる。体が一気に冷えた気がした。

 

「こいつらが神樹様を壊せば……」

 

 園子と食べたジェラートの味も。

 須美と学んだこれからの世界も。

 悟飯と語った今の幸せも。

 弟も。両親も。先生も。クラスメイトも。

 全部なくなってしまう。

 

「させる……もんか……」

 

 痛い。辛い。苦しい。怖い。

 でも、それ以上に。

 失いたくない。続けていたい。笑って居たい。

 かけがえのない日々をこれからも。

 だからこそ、三ノ輪銀は立ち上がるのだ。

 

「帰るんだ……!」

 

 ――それを人は、勇気と呼ぶ。

 ――彼女は紛れもなく、勇者だ。

 

「絶対……守るんだ!」

 

 銀は、己を鼓舞するように吼える。

 体はもう限界だった。

 なのに足が動く。斧が握れる。

 限界を超えた勇者の力が、銀の背中を押していた。

 

「化け物にはわかんないだろ、この力!」

 

 感情も、仲間意識すら化け物に、叫び続ける。

 頬が切れる。

 足を貫く矢。

 致命傷じゃないなら全て捨て去る。

 

「これが、これこそがっ!」

 

 両斧が赤く燃える。

 燃え上がる。炎は業火となる。

 しかし、銀は炎の結末を知っている。

 

「人間様の気合と、根性と!」

 

 疲労が溜まろうが、関係がない。

 燃え尽きるにはまだ早い。

 

「がっ……」

 

 ――しかし、銀は膝をついた。

 もう肌の色が見える所が少ない程血だらけ。

 気付けば動きが鈍くなっている所もある。

 それでも!

 諦めないのが!

 

「たましいって奴よぉぉぉぉ!」

 

 炎は、まだ燃え盛る。

 赤い光を放ちながら。

 

――

 

 深く、深く、落ちていく。

 絶望の底。

 後悔の果て。

 深海の闇の中、悟飯はただ、過去を見ていた。

 

「悟飯、俺の好きだった自然や動物達を……守ってやってくれ」

 

 ある心の優しい男の言葉。

 そんな彼は死んだ。

 それは、悟飯が甘えていたからだ。

 強大な敵を前に、自爆しようとまでした彼を止める事が出来なかったから。

 今もその悲しみは鮮明に思い出せた。

 

「母さんにすまねぇって言っておいてくれ」

 

 死に際の、父親の言葉。

 もう父親はこの世にはいない。

 それは、悟飯が愚かだったからだ。

 感情を制御しきれなかったせいで、必要のない犠牲を出す羽目になってしまったから。

 時折、隠れて涙を流す母親を見て、ずっと後悔している。

 

「貴様と居たこの一年、悪くなかったぜ……」

 

 自分を庇って倒れた師の言葉。

 一度死んでしまった尊敬している師。

 それは、悟飯が弱かったからだ。

 幼い自分を守らせてしまった。戦えたはずなのに怯えてしまった。

 彼の姿を見る度に、いつだって決意していた。

 

「16号さん、お父さん、ピッコロさん……」

 

 いつだって、悟飯は遅かったのだ。

 ベジータ達が来た時も。フリーザが来た時も。セルも、ボージャックも。

 倒したのは全部失った後だ。

 いつだって守り切れなかった事ばかりなのだ。

 だから戦いは嫌いなのだ。

それでも守りたいものを、守る為にしなきゃいけないと頑張ってきた。だが、その努力が遂に友達を瀕死の重傷に追い込んだのだ。

 自分のせいで。

 

「銀……須美……園子……」

 

音すら上手く作れない深海で、帰ってくるものは何もない。

もう友達の顔を思い出す事すら上手く出来ない。地上へ手も伸ばせない。

ただ一人だけだった。呼吸はしなくてもあと数時間は持つが、現在進行形で冷えていく体とどっちが早いかは比べるまでもない。

 沈む体に身を任せ、目を閉じるだけ。

 それで、全部終わる。

 

「これが……これこそがっ……!」

 

 かすかに何かが聞こえた。

 辺りには何もない。闇が広がり続けているだけだ。

 ただそれでも確信を持って悟飯は目を見開いた。

 

「銀……?」

 

 声で判別した訳ではない。ただ、見えた気がしたのだ。

銀が一人で戦っている姿が。

大橋は上だ。ましてや光の届かない程に沈んだ悟飯に見える所か、聞こえる筈もないのだ。

 だが、それは沈む悟飯を引き留めるには十分だった。

 

「人間様の気合と根性と!」

 

 ありえない事だとは十分に理解している。

 幻聴だろうとも想像がついた。

 しかし、それでも見えてしまうのだ。

 手を伸ばしてしまいたくなるような赤い光が。

 

「たましいって奴よおおおお!」

 

 その、叫びを聞いた時だった。

 悟飯の中で、何かが渦巻くのを自覚した。

 それと同時に、水面に波紋が生まれた。それは気にも留められないような小さな波紋だった。

 しかし、次第にその数を増やし、大きくなって波を作る。

 樹海を震わす。

 

「何だ……?」

 

 地上では全てが、動きを止めていた。

 銀も。

 バーテックスさえも。

 

「ふざけるな……」

 

 全身を駆け巡る熱。

 爆発する稲妻。

 何かが、抑えつけられるような感覚を自覚していた。

 

「こんな……こんなもので……」

 

 膨れ上がる気。

 膨張する筋肉。

 反転する重力。

 海は、悟飯を中心に渦巻いていく。

 

「――その、お嫁さんになる……」

 

 夢。

 

「――もっと、頑張るから……!」

 

 努力。

 

「――ゴッくん、ミノさんとわっし~!」

 

 友達。

 

「――悟飯ちゃんにはあまり、やってほしくはないんだけどな」

 

 家族。

 

「――地球はお前が守るんだ!」

 

 期待。

 

「――悟飯、お前とまともに話してくれたのはお前だけだった」

 

 信頼。

 

 ――悟飯の中の何かが、切れた音がした。 

 枷が。

 理性が。

 そして、悟飯の限界が。

 今、目覚める。

 

「うわあああああああああああ――っ!」

 

 叫びが、衝撃となって広がって世界を揺るがす。

 バーテックスすらも、押し潰す程の圧。

 空気すらも悟飯に従い、渦巻いている。

 悟飯の髪が更に逆立ってゆく。

 まるで、怒れる猛獣のように。

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 目も眩むほどの光が溢れる。

 そして、悟飯の姿が変わる。

 スーパーサイヤ人を超えた、進化の力。

 限界の先、怒りの極致。

 それこそが、スーパーサイヤ人2。

 

「もう許さないぞ、お前達」

 

 全身の熱が炎となり、黄金の光となって揺らめく。

 金色の戦士は今ここに降臨した。

 

 ――奇跡の炎が燃え盛る。



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もえあがる 二

 光が、溢れんばかりに悟飯を包む。

 今までとは全く違う、更に眩い光を放つ金色の戦士の降臨は、バーテックスに本能的な恐怖を与えていた。

 

「もう許さないぞ、お前達」

 

 睨まれたバーテックスが大きく後退する。

 変身時に膨れ上がった筋肉が、小さな傷を埋めている。一時的な応急処置でしかないが、その程度で良い。

 左腕はまだ痺れが残っているが、あの程度なら片腕で倒せる。

 そう、確信があった。

 

「銀、ごめん。一人で戦わせて」

「ご、悟飯……」

 

 立ち尽くす銀の元へ悟飯が一瞬にして現れる。

 それと同時に銀を右肩に抱え上げた。

 

「え、ちょ、ちょっと!」

「こっちで休んでおいて。全部、倒してくるから」

 

 銀の認識出来ないスピードで、バーテックスから少し離れた位置に移動した悟飯は銀を降ろすとそのまま手当まで始めた。

 道着の一部をちぎると包帯代わりにして、銀の出血をなんとか抑えていく。

 

「よし、大丈夫だ」

「大丈夫だって!? 悟飯はあいつらに――」

 

 銀が叫ぶ途中、二人を弓矢型の巨大な矢が襲った。

 が、それは片手で悟飯によって受け止められていた。しかも、目を向ける事すらなく。

 受け止めた矢を投げた悟飯は銀に笑い掛けるとまた消えた。

 次に現れたのはバーテックスの正面。

 

「どうした、来ないのか」

 

 その言葉に、仕掛けたのはサソリ型バーテックスだった。

 悟飯へと振り下ろされるサソリ型の尾。

 しかし、一瞬にしてサソリ型の懐に入った悟飯が大きく蹴り上げると、ゴムまりかのように大きく吹き飛んだ。

 

「その程度かっ!」

 

 悟飯が手の平を弓矢型へと向ける。

 口の開いた弓矢型に巨大な気弾が撃ち込まれた。巨大な爆発が起こると共に、弓矢型が衝撃に耐えきれずに吹き飛んだのが見えた。

 しかし、その体を傷つける事は、未だ出来ていない。

 それ見て、悟飯が怒りを露わに拳を握りしめる。

 

「神様なんて、越えてやる……」

 

 神樹様の加護がないと、バーテックスを攻撃できないなんて、認められない。

 バーテックスが強くなるなど、許せない。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 悟飯の叫びに呼応するように樹海が揺れる。

 唯一残ったカニ型が、悟飯と銀、両方を襲わんとそのハサミと盾を向けるが、一瞬にして全てが消えてしまった。

 悟飯の早すぎる動きに盾が吹き飛ぶ。ハサミがカニ型自身に刺さる。

 そして、カニ型本体が上空へと大きく吹き飛んだ。

 それだけでは終わらず、吹き飛ぶバーテックスを蹴り飛ばし、殴り飛ばす。もはやバーテックスはただただ、お手玉と化していた。

 対応できない所か、遥かに上がった力にバーテックスが耐えきれないのだ。

 神樹様の加護を持たない故にその体に傷がつかないのだけがバーテックスとって唯一の救いだった。

 

「無駄な事を」 

 

 放物線を描き、飛んできた無数の矢を見た。

 しかし、もはや迎撃すらせずに、ただ片手で悟飯は襲いくる矢を全て弾き切ってしまう。

 それを見て、弓矢型は今度は大口の矢を放とうと溜め始める。

 

「魔閃弾っ!」

 

 悟飯が構えた右手から、巨大な気弾が放たれる。

 口元に直撃した気弾が爆発し煙幕が起こるが、今度はその煙幕から衝撃に耐えきれず、弓矢型が更に吹き飛んだ。

 一瞬の隙を与える事なく、悟飯は弓矢型を蹴り飛ばした。同時に落ちてきたサソリ型、カニ型を巻き込み吹き飛んでゆく。

 バーテックス達は壁へと当たったのか、遠くで大きな煙が起こしたのが見えた。

 

「時間は、稼げるか」

 

 悟飯は背を向けて銀の元へと戻った。

 銀は、痛むのか自分の体を抱えながらも、目を見開いて悟飯を見ていた。

 

「……その姿」

「スーパーサイヤ人2、いや須美に合わせれば超怒髪天の……二式って所かな」

 

 銀の手当てを再開した悟飯は目を見て、笑い掛ける。

 怒りに震えていた数瞬前と今の穏やか過ぎる笑み。あまりの違いに、思わず銀は目を逸らしてしまう。

 恐ろしいのもあるが、それ以上に悟飯の姿が救世主、あるいは白馬の王子のように見えて仕方がなかった。

 余裕そうな姿を見ると今までの不安が消し飛んでしまう。

 安心してしまうのだ。

 

「血を流し過ぎてる。終わったらすぐに病院に行こう」

「悟飯、後ろっ!」

「大丈夫」

 

 遠くに見えたのは弓矢型だった。もう既に攻撃の届く距離まで進行している。

 最初よりも速度が速いのは、何か理由があるのか。単純に奴が早いだけなのか。

 

「ボクは負けない」

 

 そう言って振り向いた悟飯は、目を凝らす。カニ型、サソリ型がやっと今起き上がるのが見えた。

 傷が与えられなくとも、元々は追い返すのが目的だ。それならば、鎮火の儀を通さなくても結界の外に弾き飛ばせる事が出来ればなんとかなるかもしれない。

 

「やってみる価値はあるか」

 

 指先を額に合わせ、悟飯は構える。

 溜めは掛かるが悟飯の知る中でもっとも貫通力が高い技。

 

「魔貫光……殺法っ!」

 

 放たれた細い光線が弓矢型へと突き刺さった。が、貫通しきる事はなく、バーテックスがは押し返されるにとどまる。

 そもそもが未完成だった。魔貫光殺法とは指先の一点に溜めた気を解き放つ技だ。しかし、悟飯のはピッコロよりも太い、かめはめ波や魔閃光に近い放ち方になっている。支える左手もないからか、普段よりもブレが多い。

 直接習った訳ではなく、そもそもバーテックスを貫けたかも分からないが、それでも悟飯は悔いた。

 

「駄目かっ」

 

 再び二体を巻き込み、吹き飛んだ弓矢型を見て、違和感に気付いた。

 弓矢型の口から小さな何かが飛んだ。

 変身の影響か、異常なまでに上がった視力はそれが何かをとらえた。

 

「なんだ……あれ……」

 

 逆三角錐の何かが浮いていた。

 大赦の人間からも聞いた事のない、初めての現象。

 ただバーテックスから生み出された以上何か攻撃するかもしれないと構えると同時に、その弓矢型が動きを止めて完全に倒れ込んでいるのを見た。

 一つ、心当たりがあった。

 

「バーテックスが動きを止めて……吐き出された小さなもの……核かっ!」

 

 悟飯の記憶には再生する相手がいた。名前をセルと言う。

 セルも同じように再生するのだが、小さな核を持ち、それが残っていれば何度も再生するという特性を持っていた。逆に言えばそれを破壊すれば完全に死滅すると言う事。

 それは、ただの経験から来る可能性の一つに過ぎない。

 しかし、光明が見えた瞬間だった。

 

「ご、悟飯……」

「銀っ!? どうして立って」

「あたしだって……勇者なんだ……!」

 

 銀が悟飯の肩を借りながらも、バーテックスを睨みつけた。

 息も絶え絶えだ。たった数十メートルしか離れていないが、ここまで進むのにどれだけ苦労したのだろうか。

 その気持ちには、悟飯も覚えがある。

 それを否定は出来なかった。

 

「……バーテックスの、核らしき物が見えたんだ」

「核……?」

「そう。もしかすると、それを潰せば追い返すよりももっと、本当の意味で倒すが出来るかもしれない」

「なら、やるしかないな」

 

 ニッ、と笑った銀だがここからバーテックスまでの距離はかなり遠い。

 流石に抱えて向かうのならば、最初からいない方がいいだろう。きっと足手まといを自覚しているだろう銀を更に追い込む真似は避けたい。

 ならばこそ、一つだけうってつけの技があった。

 

「ああ、やろう。ボク達の、かめはめ波で!」

「へへ……任せとけっ!」

 

 悟飯は片手で、銀は両手で構えを取った。

 お互いの手に光が集まる。しかし、大きさはまるで違う。

 銀の小さな光よりも、悟飯の今までよりもずっと眩い輝きを放っていた。

 しかし、悟飯のそれを見て、銀は、笑うと共に、更に巨大に気を膨らませ始めた。

 

「「か……め……」」

 

 二人の大量の気が球となって膨らむ。悟飯に感化されるように銀もまた、どんどんと今まで以上に巨大に、それでいて小さくなっていく。

 練習した時のどれよりも光を放つそれをみて、悟飯もまた、笑っていた。

 

「「は……め……」」

 

 お互いがお互いを高めていた。

 それは信頼か、友情か、絆か。

 あるいは勇気か。

 限界を振り絞り、その先へ。

 未来への道筋を照らす為、二人は叫ぶ。

 

「「波ぁぁぁぁぁぁっ!」」

 

 バーテックスの体躯を優に超える巨大なかめはめ波。

 言うなれば、勇者かめはめ波。

 それがバーテックスを埋め尽くし、飲み込んだバーテックスを押し潰す。焼き尽くす。

 しかし、核はまだ、残っている。

 

「まだっ、出せるだろ、銀!」

「当たり前だっ!」

「行くぞっ」

「「フルパワーだっ!」」

 

 もう一段階。

 もっと。

 更に上へ。

 異常な力の上がり方を繰り返すそのかめはめ波が大橋のすべてを包み始める。

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 そして、遂に耐え切れなくなったのは、壁の方だった。

 大きな破壊音がすると同時にかめはめ波も細くなっていき、霧散する。

 押し出したのか、あるいは二人が貫き消滅したのか、かめはめ波の消えた先に、バーテックスはもう存在していなかった。

 しかし、壊れた筈の壁の穴も存在していなかった。

 

「壁の穴がない……?」

 

 悟飯には確かに壁を貫いた感覚があった。

 しかし、実際には閉じられている壁を見て、思い出す話があった。わざと結界に弱い場所を作ったりするという話。もしかすると、わざと穴を空けてすぐ閉じるというのも可能なのかもしれない。

 大きく息を吸ってから、悟飯は横を見る。まだ、手を突き出したままの銀が悟飯を見ていた。

 悟飯が親指を立てた。

 

「……やったな、銀」

「えへへ」

 

 銀は、頬を緩めると親指を立てて返しながら、体を倒した。

 

――

 

 病院の廊下で、悟飯と安芸先生が並び、座っていた。

 たった一人、大赦が来るよりも早く三人を運んだ悟飯が向かったのは安芸先生だった。事情を察した彼女は、大赦への連絡と勇者の治療が出来る病院をすぐに手配して、三人に治療を受けさせていた。

 特に銀は重症だ。体に完全に穴を空けられていて、多くの血を失っている。出来る限りの手当てはしたし、最後まで意識を保っていたが、それでも不安だった。

 

「孫君」

「……はい?」

「ありがとう、三人を守ってくれて」

 

 俯いたまま、安芸先生はそう言った。

 それは、大赦の人間でもなく、教師としてでもなく、一人の大人としての発言だった。

 それを受けて悟飯はただ、はいとだけ答えた。

 

「……大赦は三体同時に来る事、知っていたんですか」

「いいえ。こんな事になるとは全く」

 

 安芸先生は顔を伏せた。

 分かっていた答えを聞いてしまった。

 大赦もバーテックスについては神樹様の神託を通してしか分からない。時に外れる上に、大雑把な期間しか分からないのならば、数などはもってのほかだ。

 強くなるも曖昧だ。どれも全部、曖昧で、不確定な話なのだ。

 

「一つ、聞いても良いですか」

「ええ、答えられる事なら」

「銀達は今回死ぬかもしれなかった。ボクだって……本当にギリギリだった」

 

 悟飯が握りしめた左腕の感覚はもう既になくなっている。

 それは確かに、小学生の負って良い怪我ではない。バーテックスは勇者しか倒せないとしても、何かないのか。大赦から出来る勇者の援助は。

 日常生活ではなく、戦いは訓練以上にもっと。

 

「神樹様の力をスマホのアプリに込めて、変身している。そうやって神樹様の力を使う事、出来るんじゃないんですか! だったら、守ったり、力を強化したりは出来ないんですか!」

 

 立ち上がった悟飯に、安芸先生は顔を下に向けた。

 

「本来人の身にあまる力を、神樹様から借りて使うのが勇者。これ以上の力を使えばどうなるか、分からないの」

 

 淡々と事実を話す安芸先生に悟飯は、握りしめた拳を振り下ろす先を見失う。

 この戦いの結果が、完全に後遺症もなく終わったとしても、これからも戦わなければならないなんて酷すぎる話だった。お役目なんて大層な言葉を使っているが、大人が子供だけを死地に向かわせているのだ。

 悟飯だけならまだよかった。

 

「でも、私も出来るだけ、掛け合ってみるわ。貴方達を死なせたくないから」

 

 ただ、その言葉に、悟飯はいつの間にか強張ってしまっていた顔を緩めた。

 悟飯が話したのは感情の話だ。現実の話をすれば、それを実際に出来るかはまた別で、それをしっかり精査する必要はある。それで今以上に酷くなってしまっては元も子もないのだ。

 安芸先生はやっぱり大人だなと、悟飯は安堵していた。

 

「えっと、すみません。元はと言えば、ボクの我儘が原因なのに」

「いいえ、貴方の気持ちは痛い程分かる。貴方は何も悪くないのよ」

 

 ただ、どうしようもない事実だけが残って二人は黙り込んでしまう。

 その時、扉が開き看護師が出てきた。

 

「三ノ輪様は、無事です。命の危険は、ありませんでした」

「須美と園子はっ!」

「鷲尾様、乃木様も同様に無事ですよ」

 

 そう微笑んだ看護師に悟飯は胸をなでおろす。

 しかし、それと同時に悟飯の腕を看護師が掴んだ。

 

「状況が状況だけに、仕方なく後回しにしましたが、孫様も、ちゃんと検査受けてくださいね!」

「あー、はい……」

「孫君、貴方は少し自分を疎かにしすぎね。反省する事」

「おっしゃる通りです……」

 

 そう言って、引きずられていく悟飯を見送る安芸先生はただ一人、視線を下に向けて呟いた。

 

「サイヤ人。貴方達は……神の怒りを、また買ってしまうのね」



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もえあがる 三

 悟飯が目を覚ました時、動かない左腕に全部が現実だと思い知らされたような気がした。

 やけに重い体があの一夜を思い出させる。ただ、幸運なのは守れたという事実があった事だ。

 

「起きた? おはよう!」

 

 ベッドの横で、園子が手を振った。

 抱きかかえられたサンチョのぬいぐるみも同じように手を振った。

 

「えっと、おはよう?」

「うん! ゴッくん数日寝たきりだったからね。久しぶり〜」

「す、数日!? い、今何日なの……」

「二十日だよ」

「二十日!? 五日も寝てたのか……」

 

 体のだるさの原因はどうやらそれらしい。

 ただ、変身の反動にしては重すぎる気がしなくもない。動かない左腕を見る。

 ここまでの怪我だっただろうかとも思うが結果が全てだ。それに、怪我をした上に無理を重ねていた。完全に否定もできない。

 覚悟はしていたつもりだったが、いざ目にすると堪えてしまう。

 

「そ、そういえば、銀と須美は?」

「わっし~はミノさんのお世話してくれてるよ。今ゴッくんが起きた事伝えたから来ると思うよ」

「……そっか。良かった」

 

 安心したように笑みを浮かべた悟飯を見て、園子はピンと背を伸ばしてから悟飯の目をみた。

 

「ねぇ、ゴッくん。そろそろ教えてほしいな。ゴッくんが何者なのか」

「……何者って言われてもな」

「大赦の偉い人にゴッくんて何~? って聞いても皆はぐらかすの。孫家っていうのも突然現れて大赦の関係者にまでなっちゃってる」

「分からない……。けど、話せる事なら全部話すよ」

 

 それから淡々と語った悟飯の話は、素直に信じれるような話ではなかった。

 なんせ別の世界から来たという話だ。しかも特別な事なく、ただいつの間にいただけなのだから余計だ。そこからこの世界について知り、お役目に巻き込まれて今に至る。

 

「なんか、凄い話な筈なのにあんまり驚けないや……」

「正直、自分で言っててもあんまり凄い話な気がしないんだよね」

 

 途方もなく、現実味がない。この手の話は誇張がなくても、漫画や小説並みの話になりがちだが、悟飯のそれはそうでもないせいか、どうしてもいつの間にかいた以上の言葉にならないのだ。

 理由も調べようとせず、大半を流れに身を任せてしまった弊害とも言えた。

 

「後は、サイヤ人かな」

「サイヤ人?」

「ボクのお父さんが宇宙人なんだ。その名前がサイヤ人」

「え、ゴッくん宇宙人なの!?」

 

 驚きに身を乗り出した園子に少し体を仰け反らせながらも、悟飯は拳を握りしめると同時に、悟飯の髪が金色に染まる。

 

「そしてこれが、スーパーサイヤ人。サイヤ人がなれる、変身」

「宇宙人だから金髪になっちゃうの!?」

「え、えっとそうなるのかな。で、でも一応ハーフなんだ」

「おお……おおー」

 

 まさかの宇宙人と言うワードに園子が興奮し続けていた。確かに友人が実は宇宙人だったと言われれば興奮もするかもしれない。

 知ってはいたがその上変身までするのだ。

 小説家としてだろうか、さっさと何処からか取り出したメモに書き残すとそれそれでと詰め寄ってくる。

 

「宇宙船とか持ってたりするのかな!?」

「い、いや持ってないけど……」

「ワレワレハウチュウジンデアルって感じに話したりはしなかったの!?」

「ないかな……」

 

 園子の描く宇宙人像が悟飯によって悉く否定されてゆく。

 

「じゃ、じゃあたこ足の火星人とかは居ないの……?」

「それは……いるんじゃないかな」

「本当!? あった事あるの!?」

「い、いや、ボクの師匠も宇宙人なんだけど、腕伸ばしたり、肌が緑色だからそれくらいはいるのかなって」

「おお! 師匠さんも宇宙人!」

 

 ピッコロの話ではあるが、悟空も別の宇宙人と出会ったと話してくれた事もある。きっと探せば園子の言うたこ足の宇宙人は見つかるかもしれない。

 それに、宇宙船は持ってないがフリーザ軍のは覚えがある。

 

「宇宙船なら乗った事もあるからね」

「あるの!? じゃ、じゃあゴッくんの前の世界のお話聞かせて欲しいな!」

「ボクの? 面白い話あったかな……」

「どうやって地球に来たのとかさ!」

「地球に来た方法? ボクは生まれは地球だからな……あ、ならナメック星って別の星に行った時の話ならあるよ」

 

 そう言って指を立てた悟飯に園子は待ってましたとメモを取る準備を始める。

 それからの悟飯の話に園子は興奮しっぱなしだった。ナメック星で戦ったフリーザの話から始まり、最後は天下一武道会でのボージャックとの闘い。

 どれもあまりいい思い出とは言えないが、少しドラマ性を与えてやるだけで十分に面白い話になった。

 話していくうちに懐かしい気持ちにもなれた頃、悟飯の元へ須美と銀がやってきた。

 

「や、須美と……銀! 大丈夫なのか、傷は!」

「ああ、この通り」

「その、悟飯も手が動かなくなったって聞いたけれど本当……?」

「えっ? ああ、まぁ大丈夫だよ。利き腕じゃないし、ご飯だって食べれる」

 

 右手で頭を掻いて笑う悟飯に、須美は申し訳なさそうに悟飯の左腕を見ていた。

 ただ垂れ下がったそれは、もうただの重りと変わらない。

 

「それよりも、もって事は銀はっ」

「あたし? あたしはちょっと時間かかるけど、日常生活を送る分には問題ないってさ」

 

 左手をぷらぷらと振った銀が笑う。

 銀は右腕と左足の機能を失ってしまっていた。思い返せばそれはどれも弓矢型が貫いた場所だ。原因はそれだろうと簡単に想像がつく。名誉の負傷と言えば聞こえはいいが、重症は重傷。

 つまりは悟飯が遅かったせいだ。

 

「ごめん……」

「いいよいいよ。あたしだって別に覚悟してなかった訳じゃないんだ」

 

 明るく振る舞う銀に悟飯はただただ顔を暗くしてた。須美と園子も少し目を逸らしてしまっている。

 

「覚悟って……銀は利き腕、本当に大丈夫なのか?」

「ま、まぁ数か月ぐらい掛かるって話だよ。でもこうやって生きてる! それくらいへっちゃらさ」

 

 悟飯の言葉に、銀は誤魔化すように笑い続けていた。

 ただ、その後ろで須美が申し訳なさそうに銀の肩に手を乗せた。

 

「銀、その……お役目は」

「あ、そうそう! その事なんだけどさ!」

 

 須美の言葉を遮るように声を大きくした銀に、全員の視線が集まる。

 しかし、すぐに銀は目を逸らしてから頭を掻いた。

 

「えっと……さ。大赦の人に言われたんだ。あたし、お役目出来ないってさ」

「なっ……」

「勇者になっても杖をついたままじゃ流石に戦えないだろ? 急に補助するアームがどーんとか言う訳にもいかないらしくてさ」

 

 利き腕と片足。どちらか片方だけを失っても、正直に言えば悟飯は銀がお役目を続ける事は難しいだろうなと分かっていた。

 それと同時に、大赦の判断を非難する事も出来ない。寧ろ、それを何とかできる術があったとしても、続行する方が問題だ。

 それはどれだけ残酷な事だろうか。いつも通りの日常生活と、大切なお役目を両方を一気に失うなど、どれだけ辛い事なのか、悟飯は想像もつかない。

 しかし、銀は諦めたような顔で大丈夫だと笑うのだ。

 

「で……その、お願いがあるんだけどさ……」

「「「毎日来るよ!」」」

 

 銀の言葉が言い終わらない内に、三人は声を合わせた。

 目を逸らしたままだった銀が正面を向いて驚く。

 

「お見舞い、毎日だって行くよ。銀の好きな花とか、毎日飾るよ!」

「おっきなりんごとか沢山持ってきちゃうんよ~」

「悟飯、花は造花に。果物は私も持っていくから少なめにしましょう、そのっち」

「それで退院したらまた、イネスに行こうよ」

「ジェラート制覇はまだまだだからね!」

「遅れた分の勉強もしなきゃね」

 

 通院中から退院後まで話を進めていく三人に、銀は呆気に取られていた。

 信用していない訳じゃない。ただ、やっぱりどうしても不安になってしまうのだ。大切なお役目がなくなって、片手片足が動かなくなって。

 まだ小学生である少女が、どうして不安にならないでいられようか。

 

「な、ならあたしが右で悟飯が左だろ? ならこうやって動かないところを補完し合うようにすれば日常生活、完璧じゃないか!?」

「あ、相棒みたいでカッコいいかも……?」

「……銀、悟飯。ちょっと冗談が過ぎるわ」

「「はい……」」

 

 須美に怒られたと同時だった。

 音が響いた。

 風鈴の音が何処からか流れてくるのだ。

 それは五回目のお役目の合図。

 

「もう来たのか……」

「神託でも確かそう言ってたからね~」

「……銀は」

「あたしの事は良いよ。スマホももう預けちゃったから変身出来ないし。その代わりあたしの分まで、ビシッとやってつけてきてくれよ」

 

 須美の胸を叩いて、銀が笑う。

 それを受けて須美も、笑い返す。

 

「ええ」

 

――

 

 樹海に来た悟飯は、スーパーサイヤ人2へと変身していた。

 巨大な光を纏うと同時に周囲に稲妻が迸る。手を出すと強い静電気が襲ってくる〜、とは数秒前の園子の話。

 

「悟飯はその、戦えるの」

「片手の戦闘は慣れてないけど、足手まといにはならないよ」

「そうじゃなくて……いえ、なんでもないわ」

 

 須美の様子を不思議に思いつつも、悟飯は大橋を進む。

 やがて見えてきたバーテックスの姿は今までと比べるといくらか生物的だった。桃色の線を体に入れたそれは、今までと同じように浮遊して進行している。

 体に巻かれた布や尾のような部分にある発射口が恐らく武器なのだろうと想像がつく。

 

「あれか。やろう、銀の分まで」

「ええ、そうね」

「うん、わたし達だけでもやれるって所、ミノさんに見せてあげないとね!」

 

 三人が顔を見合わせると同時に、動いたのはバーテックスだった。

 尾から放たれた球体型の何かが三人を襲った。それに気付き、須美と園子は左右に避ける。が、悟飯は一歩も動かず、球体型の何かを正面に受けた。

 触れると同時に爆発したそれを見て、二人が叫ぶ。

 

「ゴッくん!」

「悟飯!?」

 

 しかし、爆発で起きた煙の中から出てきたのは無傷の悟飯だった。

 目視できる程の光が、悟飯のバリアになっているようだった。

 

「この程度か」

 

 そう呟くと同時、ゆっくりとバーテックスに続く道を歩き始めた悟飯を見て、二人はすぐさま前を見る。動揺か、横に居る二人を気にする事なく、攻撃の全てが悟飯に向いていた。

 布による打撃と爆弾の同時攻撃。しかし、そのどれもが悟飯に通用すらしていない。

 伸ばされた布は逸れ、爆弾はただ煙を生むばかりになっている。

 

「す、すごい……」

 

 歩くだけだというのに悟飯の圧は須美達も感じる程だった。

 一歩ごとに心臓が跳ねてしまう程に存在感。近づくたび、本能が逃げろと叫んでいるような気さえする。そんな心強い味方を背に、二人は再び動き出す。

 バーテックスの後ろを見る。二体目の増援は来るようには見えない。

 須美が空へと向けて矢を放った。

 一本ではなく、無数の矢の嵐を作り出し、バーテックスのへと迫るがそれが全て布によって防がれてしまう。

 

「まだっ――」

 

 自在に動く布は今度は須美を襲わんと動き出したと同時に須美も構える。

 迎撃と攻撃を重ねるように次の矢をつがえた時だった。

 バーテックスが後方へ大きく吹き飛んだ。

 

「悟飯……!」

 

 バーテックスの居た場所に立っていたのは悟飯だった。

 その表情は今までに見た事のない程怒りに満ちていた。今まで以上に逆立つ髪が余計そう感じさせているのか、須美の抱いた感情は「怖い」だった。

 頼りになるが、あまりにも強すぎる。

 まさに次元の違う強さ。並び立てる気のしない巨大な壁。

 

「うおおおおおおおっ」

 

 悟飯の叫びに地面が揺れた。

 巻き起こる竜巻に須美は思わず目を覆ってしまう。

 竜巻が止むと同時にバーテックスへと飛び出した悟飯を見て、須美は呆然としているしかなかった。その横に、同じように困った表情をした園子が降り立つ。

 

「わっしー、どうしよう、ゴッくん凄く強くなっちゃってる……」

 

 強いのは良い事だが、想像以上についていけなくなってしまっていた。

 三体のバーテックスを一人で追い返したと聞いた時には耳を疑ったが、本当にやってしまったんだなと理解せざるを得ない。

 そして同時に明確に開いた差をどう埋めるべきなのか、分からなくなっていた。

 

「もう攻撃も飛んでこないし、ゴッくんがこのまま追い返しちゃうかも……」

 

 既に空中に浮かされたバーテックスが四方八方から悟飯に襲われ、攻撃の一つもままならぬ状態になっている。

 しかし、それでもバーテックスに傷は出来ていないのを須美は見た。 

 

「いえ、私達にも出来る事がある筈よ。一緒に頑張りましょうそのっち!」

「……そうだよね! よーし、頑張るぞ」

 

 須美の言葉に園子が頬を叩いて気合を入れなおした。

 須美もそれに続いて、胸に手を当てて深呼吸で気持ちを落ち着ける。

 

「はぁぁっ!」

 

 二人が飛び出すと、須美が弓のチャージを溜める。

 悟飯がバーテックスを吹き飛ばした距離は恐ろしく遠い。十分に溜める時間がある。

 そして、勇者である二人が追いつくのはそう難しい事ではない。

 悟飯の連撃に抵抗という思考すら失われたバーテックスへ向かい矢を放つ。と、同時に悟飯がその矢を蹴り飛ばした。

 

「なっ」

 

 加算されたその威力は容易くバーテックスを貫いた。

 巨大な穴をあけたバーテックスの先、貫いた先で再び悟飯が矢を蹴り飛ばすと今度は進路を百八十度変えて再びバーテックスを襲い、突き刺さった。

 時間差で爆発した矢の中から出てきた悟飯は須美を見る事なく、次の攻撃に移る。

 それは連携と呼ぶにはあまりにも一方的な物だった。

 

「悟飯、どうして」

「飛ぶよっ!」

 

 呆気に取られる須美の隣で、園子が駆け出す。

 穂先を重ね、更に巨大な穂先を作り出すと、勇者の脚力をもって飛び跳ね、貫きにかかる。その速度は決して馬鹿に出来ない。

 それは確かにバーテックスの胴体を貫いた。しかしその後のケアは流石に出来ず、樹海へと落ちてしまうが、それでも確かにダメージを与えた。

 

「こんな無茶はしないでくれ」

「ご、ごめんなさい……ゴッくん」

 

 樹海に激突する直前、園子を悟飯が抱えていた。

 その瞳は今だバーテックスへと向いているままだが、助けてはくれたらしい。

 しかし、それで園子は分かってしまった。悟飯は二人を当てにしてくれていない。攻撃を通せるという点では当てにされているかもだが、それ以上はないのだ。

 攻撃も須美のを見れば手段の一つ以上の感情を持っているように見えなかった。

 

「ゴッくん、わたしっ――」

 

 そう言いだそうとした時、樹海が白く染まった。

 舞った花を見て、もう鎮火の儀が始まったのだと気付いた。

 須美が絶えず攻撃を続けていたらしく、顔らしき部分以外残っていないバーテックスが浮いている。

 

「……もう、鎮火の儀か」

 

 悟飯が園子を降ろすとそう呟いた。

 樹海が解けていくのが分かった。

 同時に、悟飯が何処かへ行ってしまうのが見えた。

 それを、園子はただ見つめているしか出来なかった。

 

――

 

 大橋前の公園で、三人は立っていた。

 遠くを見つめる悟飯の後ろで、園子と須美はそれを見つめていた。

 傷一つないからだ。求めていた完全勝利は成されたというのに喜ぶことができない。

 

「大赦の人迎えに来るらしいよ」

 

 スマホから顔を上げ、振り向いた悟飯の顔は穏やかに染まっていた。お役目の最中にみたあの鬼の様な顔は見る影もない。

 それが、須美にはたまらなく恐ろしく思えた。

 

「戻ろう、銀の元へ」

 

 悟飯の言葉に、二人は頷くしかなかった。

 ただ、それしか出来なかった。



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ともだち

「えっと、園子さんや。今は何をしているんでしょうか」

 

 困惑気味に尋ねた銀の視線の先、そこには病室には似つかわしくない程の大量の服達が並べられていた。その中から幾つか服を手に取り、園子の体に合わせているのは須美だ。

 

「ゴッくんが凄く強くなっちゃったでしょ? それで気付いたんだ、わたし達はこのままでは足手まといになっちゃうって」

「それは……」

「それでこれ!」

 

 バーンと全身を使って見せるのはハンガーにかけられた服。洋服から和服までどれも取りそろえられている。

 いつか銀と須美が来ていた服まで持ってきているのは偶然だろう。

 それよりも前に、話の流れがつかめない銀は困り果てたように服から目を逸らす。逸らした先、和服ばかりを手に取っている須美と目が合った。

 

「最初はそのっちから悟飯と気まずくなったって相談されたの」

「気まずい?」

「ええ、前回、前々回と私は隊長失格だ~って」

「それはっ」

「悪いとかじゃなくて、やっぱり悔しいんだ。何もできなかった事」

 

 真面目な顔に戻った園子を見て、銀も思い当たる所があった。悟飯が一人でバーテックスを圧倒している時、思ったのはどうして隣に立てないのかだ。

 最後の悟飯と共に打ったかめはめ波。あれがなかったら、正直勇者のお役目をやめきれなかったかもしれないと思うくらいには。

 多分自分は皆の隣に立ちたいのだと、そういう自覚があった。

 

「悟飯も、銀を護れなかった事凄く悔やんでる。だから、何とかしてあげたいって色々してたみたいなのだけれど……」

「それで気まずく? 何したんだ?」

「したっていうか、ゴッくんが最近……」

「最近?」

 

 目を逸らした園子の代わりに須美がスマホを取り出した。

 そして、園子の目を見て何かを確認して須美はうなずく。対する園子は左右にブンブンと振っているがそれを無視して、わざとらしい咳払いのあと、スマホの中を読み上げ始めた。

 

「最近、ゴッくんを見ると胸の奥が温かくなってしまう。彼に話しかけられるとまるで陽だまりの中に居るかのようにぽかぽかふわふわとしてしまい、上手く目を見て話せない」

「えっ」

「あわわわわわ」

「超怒髪天に変身した時のゴッくんの目を始めてしっかり見た。緑色に染まっていて、宝石のように輝いてとても綺麗だった。碧眼と呼ぶらしいその目を見てると、宝石みたいに何処か遠く、手の届かない人のように思えて仕方ない。それはやっぱり、寂しいな」

 

 がたがたと震え始めた園子を見て、銀は全てを察した。

 何でもないように語っていた須美ではあるが、今顔を見ると少し頬を赤くしている。それはそうだろう、聞いているだけの銀ですらかなりの恥ずかしさを感じていたのだから。

 

「ある日、ゴッくんの裸を見てしまった! ガッチリとした肉体に」

「わー! わー! もうやめてー!」

「須美、流石にそこまでにしてやってくれ。分かったから」

「あら……そうね。大体わかってくれたと思ったけど、これはそのっちの初恋なの」

「違うから!」

「……なるほどね。なら確かにおめかししてかないとだ」

「初恋とかそういう訳じゃないんだってー!」

 

 アハハと笑ってから銀はベッドの脇に置かれていた杖を取ってから、立ち上がる。

 一週間もすれば片足で歩くのにも慣れてくる。外出許可が出るのももうすぐだろうと先生は教えてくれた。

 そうして銀も混ざって服を幾つか手に取る。前回は散々着せ替え人形にされたからなと、にやりと笑う。こうして恥ずかしさに悶える園子は珍しい。

 今回は園子の番と言う訳だ。

 

「そういえば最初の方に戻るけど、話し合うって言っても何を話すんだ?」

「……それは」

「ゴッくんに大丈夫だよって言いに行くの」

「大丈夫?」

「うん。ゴッくんは今凄く頑張ってる。訓練の時怖いって思っちゃうくらい一人で頑張ってる。だから、わたしも一緒に頑張らせてって言いに行く。そうじゃないときっと、一人で頑張り過ぎちゃうから」

 

 悟飯の圧倒的な力を見て、銀が思ったのは格の違いだ。

 自分では決して届かないと思うような力に、憧れを抱いたのは事実。しかし、それはある日のヒーロー番組を見ているかのような、届かない物に手を伸ばすだけの憧れだ。

 隣に立つなんて、考えすらしなかった。

 

「あたしも、それ言いたいな」

「じゃあ一緒に言おう!」

「駄目よそのっち。順番に、一人ずつちゃんと言うって決めたでしょう」

 

 須美の言葉にあははーと目を逸らした。

 

「だから、そうしたいってわっし~に相談したんだけど」

「そのっちが間違えて悟飯への思いを綴ったメモを送ってきた時はビックリしたわ」

「それは間違いだって~!」

「ああー……」

 

 確かに言葉と悟飯の事を書いた日記なのか、メモなのかを見れば確かに恋をしていると思う。

 実際に恋しているのかは、園子の反応を見れば何となく銀にも分かった。

 慌てながら訂正している園子と、目が合ったのは銀の後ろでまさかの着物を取り出している須美だった。

 

「銀、これなんかどうかしら!」

「着物?」

「ええ、気合を入れるならこういうのも有りだと思うの」

「それはどうなのさ……。普通の服じゃ駄目なのか?」

「駄目よ! ……そういえば言ってなかったわね。決行日は夏祭りの日よ」

「えっ」

 

――

 

イネスのフードコート。全く人の居ない訳ではないが、数人程度のまばらな足音が響く。学校終わりのこの時間はもう少し先に進んだキッズコーナーがよく賑わっている。

 そんな丁度いい静かさを感じながら、空のうどんの皿を置いて、悟飯は呟く。

 

「どうして核が出たのか」

 

 机に開かれたノートと睨み合いながら、悟飯は大赦に提出する用のバーテックスの情報を書き記す。

 右手だけの悟飯にそれはさせられないと二人は言っていたが、これも慣れる為の手段の一つとして説得していた。

 そして今、最初のバーテックスの違和感について頭を抱えていた。

 イレギュラーな事ばかりだった。自分が原因で三体同時に現れた可能性があるが、後々冷静になれば、どうしてというのが抜け落ちている。

 

「最初の三体は様子見だったのか」

 

 そして、五回目のバーテックスが一体な事に納得いかない。

 そこにもし理由があるとしたら生まれる疑問。

 

「バーテックスの裏に何か居るのか」

 

 バーテックスは今まで知能の低い生物の様な何か、という認識があった。しかし、今回の事を受けて、自分の能力と味方の能力を把握したうえで、状況に応じた様々な連携を見せた三体は知能が低いとは決して言えなかった。

 そして、シナジーを持った三体が同時に来たというのも違和感だ。司令塔が絶対に存在しているはずだ。

 

「どうして、安芸先生はそれをボクに教えたのか」

 

 そこまで言ってペンが止まる。

 可能性を列挙してもバーテックスと言うウイルスから生まれた生物が答えを教えてくれる訳でもない。何か知っていそうな大赦も話してくれないだろう。

 大赦にとって最高クラスの権力者、乃木園子が知らない事を悟飯が聞けるとも思えない。

 これが一番の課題。話さざるを得ない状況に持ち込むしかないだろう。

 

「そもそもどうして星座なのか」

 

 最初のバーテックスからすべて、見た目が何かしら道具や生物に酷似していた。

 水瓶、天秤。三体目は長らく考えていたが、角が特徴的なのは山羊座だろうとなった。そして、サソリ座、かに座、いて座。今回のは体にある桃色の部分とやけに生物的な形状から考えてみれば、乙女座辺りが可能性としてあげられる。

 星座とバーテックスの関係性を疑うにはもう十分だった。何かしらの道具を模倣していた訳ではなく、星座。そこに何かヒントがありそうにも思える。

 

「でも、終わりがある」

 

 十二星座をモチーフとしているなら、残り五体のバーテックスを倒せば終わりだ。

 疑問は残るが、余計な事に気を取られていては勝てる勝負も勝てない。

 

「もっと頑張らないと……」

「あれ、悟飯くん! 偶然だ」

「あ、大西さん。こんにちは。お使い?」

「そ、で余ったお金でジェラート買おうかなって」

 

 買い物袋を片手にぶらさげた大西さんが、悟飯の向かいに座る。

 イネスでクラスメイトと合うのはそれほど珍しい事じゃない。銀もそうだが、一人が暇だったらイネスに来れば大抵の友人と出会える。遊ぶ場所にも困らないから数時間ぐらい余裕で潰せてしまう。

 

「悟飯くんは何してたの?」

「お役目、かな」

「あっあー……」

 

 閉じたノートをしまってから、そう濁した。

 拒絶をした訳じゃないが、お役目についてとなるとどうしても会話が途切れて沈黙がやってきてしまう。

 自分で作った状況とはいえ、気まずくなった悟飯はそう、と指を立てた。

 

「佐々木さんは一緒じゃないの?」

「ササ? どうして?」

「いつも一緒に居るから今日も一緒なのかなって」

 

 二人の仲の良さと言ったらかなりの物だ。大抵は二人揃っているし、悟飯が片方を見かけたら大体もう片方も居るという具合だ。

 その言葉に目を細めた大西さんは身を乗り出した。

 

「あのね、私がいつもササと一緒に居ると思ったら」

「あ、いたニッちゃん! 孫君も一緒じゃーん」

「大正解なんだけどさ」

 

 遠くから手を振ってきた佐々木さんはドーナツの箱を片手に持っていた。どうやら別れていた理由はそれらしい。

 佐々木さんが机にたどりつくと思わず、頬を緩めてしまうような柔らかい匂いが漂った。

 

「食べてきたろ」

「我慢できず……」

 

 佐々木さんが開けた箱の端には明らかに一つあっただろう隙間が空いている。

 

「孫君も食べる? 美味しいよ」

「いや、ボクは」

「ほら、遠慮しないで」

「もがっ!?」

 

 悟飯が断ろうと手を出すよりも先に、佐々木さんは悟飯の口にドーナツをねじ込んだ。エンゼルフレンチのクリームが口一杯に広がっていく。ちょっとむせる。

 甘さよりも流石に驚きが勝つ。エンゼルフレンチを勢いのまま飲み込んでしまった悟飯は慌てて水を手に取る。

 

「ちょ、ちょっと!」

「孫君、考え事には甘いものだよ」

「そ、それは良く聞くけどどうして突然」

「難しい顔をしてたからさ。悩み事あるなら相談乗るよ~」

 

 そんなに悩んでいたかなと顔を触りだした悟飯を見て、大西さんが笑った。

 

「そんな一瞬の表情じゃないよ。ここ最近悟飯くんずっとノートとにらめっこで大丈夫かなーって思ったの」

「左手使えないのに頑張りすぎなくらいね」

「……そ、そうかな」

 

 二人は頷いた。

 それを受けても、悟飯は渋い顔でそうかなぁとこぼした。

 

「お役目、大変じゃない?」

「お役目って辛くないの?」

「怖くでしょ」

「多分、疲れるよね?」

 

 悟飯の返事を待たずに想像でお役目をしている悟飯像が作られていく。

 しかもそのどれもが、ネガティブな言葉で出来ていた。

 

「そんな事っ、ないよ」

「……でしょ~?」

「え?」

「ほら、あたしの言った通りじゃ~ん。お役目は全然辛くないし、疲れないって~」

「えっ、ササもしかして素なの? あー……ま、悟飯くんが言うなら、そうなんだろうね」

「あっ……いや……」

 

 とっさの言葉に意見を急に変えた二人に悟飯は、困惑していた。

 全てを肯定されて、悟飯にとって良い事の筈なのに、なんだか胸の中にモヤが残っている。どうしてかすぐに晴れない何かの正体に、すぐ気付いた。

 

「違うんだ……」

「うん?」

「違うけど……」

「けど?」

「ボクのせいで、銀が……」

「え、孫君が銀ちゃんの事傷つけたの!? 駄目じゃん、謝ろ! 一緒に行くよ?」

「そ、そうじゃないけどっ」

 

 慌てて否定する。全部肯定されてしまうと、自分の本音が見えてきて、どうしてか逆に自分の言うべき言葉がどんどん分からなくなっていく。

 お役目は大変で、辛くて、怖くて、凄く疲れる。

 それで、銀を傷つけたのは、誰なのか。

 

「悟飯くん、ドーナツ食べようよ」

「えっ」

「考え事には、甘い物でしょ?」

「足りなかったらジェラート食べようよ!」

「……そうだね」

 

 まだ見えない答えだが、それでも何か違和感だけはしっかりと残った。

 疑問の歯車の中に、異物が入り込む。すると不思議な事に、何故か思考がはっきりとしていく。

 一気に考えすぎていたもの事が整理されていく気がした。

 口に含んだポン・デ・リングを飲み込んでから、しっかりと考えてみる。

 

「うーん、美味しい!」

「十個セットじゃすぐ無くなっちゃうね」

「ボクが新しいの買ってくるよ」

「ダメダメ。次はジェラートなんだから一緒にだよ」

 

 立ち上がった悟飯の袖を掴んで大西さんは悟飯を席に戻す。

 一瞬で食べきってしまったドーナツの汚れを手で拭きながら、大西さんはにやりと笑った。

 

「悟飯くん、園子さんの事どう思う?」

「え、藪から棒だなぁ。どうって、面白い人だなぁって」

「違う違う、かわいいよね!」

 

 予想だにしていない言葉に悟飯はドーナツをのどに詰まらせる。慌てて水を飲み干し、口を袖で拭いてから顔をあげる。

 

「と、突然何言うんだよ! いや、そうだけどさ」

「うんでしょ? めっちゃ面白いし、かわいい! でもさ、悟飯くん来るまで園子さん、凄く怖がられてたんだよ」

「分かる! 乃木家の人だから声掛けるのも不安だった!」

「マイペースに寝たりして。お母さん? なんて言ったりして、どう声を掛けていいのか迷ってたから」

 

 悟飯が来る前までの園子の話は、悟飯にとって意外な事ばかりだった。友達がいないとは聞いていたが、実際にその現状を聞くと信じられないと思うばかりだ。

 

「須美さんは分かりやすいかも。真面目で苦手~って思ってた」

「それはニッちゃんだけ。でも、あんまり三ノ輪さんとか乃木さんとか話すようには思えなかったよね」

「銀ちゃんは人気者だったね~。あ、知ってる? 銀ちゃんって別クラスの人も名前全員覚えてるんだって!」

「そういえば、一年生もちゃんと全員覚えてたね」

 

 オリエンテーションの時に手を振ってきた子全員に名前と共に一言を添えていったのは流石に驚いた。それからの慕われ具合は半端じゃなく、昼休みには今も銀と一年生がちょこちょこ遊んでいるのを見る。

 

「これ全部知れたのは、悟飯くんのお陰」

「ボクの?」

「うん! だから、えっとさ」

「ありがとうね! あたしと……じゃなかった。あたし達と友達になってくれて」

「大西さん、佐々木さん。こちらこそ、ありがとう!」

 

 そう言って佐々木さんと悟飯が手を握ると、頬を膨らませた大西さんが二人の手を上から握った。

 それがなんだかおもしろくなって、悟飯が笑う。

 釣られるように佐々木さんが笑って、その後に大西さんが笑った。

 

「お役目の事、別に話さなくてもいいけどさ、困ったなーって思ったら一緒にドーナツ食べようよ」

「うどんでしょ! うどん食べると幸せだよ! 乃木さん達も誘ってもいいからさ!」

「……頼りにする」

「えへへ、何でも言ってよ!」

「なら、今から一緒にジェラート食べよう。醤油味と混ぜて美味しい物を探したいんだ」

「「えっ……」」



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ともだち 二

 夏祭りが開催されると言う事で、神社への道を灯篭や提灯で彩り、道行く人の笑い声やはしゃぐ声で夜を派手に盛り上げている。

 神樹様と言う存在が認知された事で、八百万の神が実在する事が証明された。その影響で四国にある神社はどれも人が絶えず訪れるようになり、手入れが隅々まで行き届いていた。

 祭りの参加者のマナーもまた向上している。ゴミをその辺に捨てるなんて行為をするのは、少なくともここにはいない。

 屋台の出ている広場に出るまでにすれ違った人たちの笑顔がよく見えた。

 それだけで、楽しみも湧いてくるというもの。

 

「楽しみだね、ゴッくん!」

 

 悟飯の数歩前を歩く園子が振り返って、とびきりの笑顔を見せた。

 朝顔の装飾が施された浴衣の裾を摘まみ、くるりと一回転する。揺れる髪と周りの明かりで、まるで一瞬にして花が咲いたと思う程に綺麗な瞬間だった。

 夏の夜は少し冷えるというのに、悟飯の顔は赤くなる。

 

「そうだね。凄く楽しみだ」

「ではここで一発!」

 

 園子がスマホを構えると、悟飯も自分の着る浴衣を見せるように回る。

 

「えへへ、動画でしたー」

「どっちでもいいさ。後で園子のも、撮らせてほしいな」

「うん、バッチリ撮ってね!」

「銀と須美にも送らないとだ」

 

 銀と須美は別で開催されている夏祭りを先に見てくると連絡があった。

 どうせなら一緒にとは言ったが、何故か頑なに後で合流しましょうと言われたのが気になったが、園子に楽しみだねと言われてしまえばこれ以上何か言う事も出来なかった。

 

「二人よりも、目一杯楽しんでるってさ」

「うん、そうだね!」

 

 笑いかける悟飯の言葉に満足したのか隣にまで戻ると再び二人は歩き出した。

 その後を、銀と須美は眺めていた。

 それもかなり遠く、高い所にある歩道から、望遠鏡を目に当てている。

 更には園子の浴衣につけられた盗聴器で会話を聞く徹底具合だ。それに加えてもしもの時にスマホも通話で通しているから一度バレても問題はない。

 ただし園子に許可は取ってない。つまりはハッキングである。

 須美の周りには望遠鏡が何種か、ノートパソコンが一つに、盗聴器用の機械が一つ。友人の恋を応援するには些か重装すぎるそれを見て、銀は頭を抱えていた。

 

「いい走り出しね、そのっち」

「いやここまでしますかね須美さん」

「ええ、悟飯の五感は鋭いわ。ここまでしないと気付かれてしまうもの」

 

 ヘッドホンを付けた須美の姿はもはや夏祭りを楽しむ人間のしていいものではない。

 須美も銀も、浴衣をしっかり選んでいる。銀の方は、駄目元で外出許可が出て、慌てて選んだ浴衣だったがしばらくは見せる機会は訪れないだろう。幸先悪いとため息を吐く。

 

「巾着、ボクもそういうの持っておくべきだったかな」

「これ? これはうーん、おしゃれの一つだからゴッくんは大丈夫だよ」

「おしゃれか。うん、確かにかわいいね」

「えっ? あっ、うんありがとう……」

 

 やけにストレートな言葉を投げてくる悟飯に園子も顔を赤く染めていた。

 頬に手を当て、にやけそうになる顔を何とか抑えながらも悟飯の隣だけはしっかりとついていく。しばらく歩いていけば、神社の境内に出た。出入り口の付近はかなり込み合っている。

 恐らく原因は近くにある神社達のせいだろう。複数で開催されたこの祭りのせいで会場内よりはそれに向かう道路の方が込んでしまっていた。

 

「飛んで行ってもいいけど、はぐれないように手を繋ごうか」

「えっ!? わわわわ、ゴッくんがなんか積極的だよぉ!」

「……園子にはお世話になってるからね。これぐらいでお返しになるか分からないけど」

 

 悟飯が園子の手を握って歩き始める。

 これは入れ知恵である。誰のかと言われればクラスメイト達、大西さんを筆頭とした女子たちによる園子が喜びそうな事一覧のメモが悟飯のポケットに入っていた。

 

「さ、行こうか」

「は、はい……」

 

 人込みを抜け、会場に入ると、中央の道を挟むようにして様々な屋台が出ている。

 食べ物やゲーム、お面など興味を惹かれる物が沢山並び、悟飯がふと園子を見れば、そのどれもに輝やかせる瞳と目が合った。

 迷いすぎても良くないと、近くにある屋台を指差す。

 

「チョコバナナ、食べてみようか」

「定番だね! シンプルイズベスト!」

 

 駆け足で見えたチョコバナナののぼりに向かっていく園子が悟飯が追いかける。

 甘い物全般を売っているようで、チョコバナナのほかにもりんご飴やわたあめが隣に並べられている。値段はまぁまぁ良心的だ。

 

「へい大将! 五個くださいな!」

「五個!?」

「ゴッくんの分も! 一緒に食べよう!」

「あいよっ!」

 

 それからも園子のはしゃぎっぷりは凄かった。

 焼き鳥を二パックぎっしりと買って、やきそば、たこ焼き、イカ焼きと目につく者をそれはもうたくさん買い込んだ。

 最終装備の園子は、両手にチョコバナナ、りんご飴、わたあめのすべてを挟み、焼きそば達は袋の中となった。

 ただ流石に限界かなと神社の横にある石階段上で、二人は休憩する事にしていた。

 

「うーん、甘い! 美味しい~」

「たこ焼きとかはたまに食べるけど」

「お祭りで食べると」

「「特別!」」

 

 顔を見合わせて、二人が笑う。

 特別な日というのはなぜこうも心が躍るのか。普段食べる甘いチョコも、ただ甘いだけじゃなくて美味しいと記憶にしっかり刻まれる。忘れられない思い出の味になるのだ。

 

「食べ終わったら、射的とかやってみたいな」

「お祭りと言ったらだね!」

 

 階段上から見える屋台に幾つか当たりをつける。

 射的、金魚すくい、ヨーヨー釣りに型抜き。悟飯はそのどれもをやった事がある。が、出禁を経験していた。

 ちょっと気を込めると大きく壊れる射的、早すぎて水槽の金魚がなくなる金魚すくいなどなど、悪い思い出ではないのだが、いい思い出がないのも本音だ。

 

「……その、ありがとうね、ゴッくん」

「うん?」

「ゴッくんのお陰でこうやってお祭り楽しめてる。今、すっごく楽しいから」

 

 なくなってしまった食べ物たちをわきに置いてから、園子は呟いた。その視線は階段や祭りよりも先、町全体へと向けられていた。

 大橋の先、自分達が後ろに背負っている町だ。祭りのせいか、いつも以上に光を増している。

 

「お役目、三人が居なかったきっとここまで頑張れてなかったよ」

「ボクだってそうさ」

「でもね、ゴッくん今凄く強くなっちゃったでしょ」

 

 強くなった。良い事な筈なのに、悟飯には園子の表情は何処か寂しそうに思えた。

 

「バーテックスもほぼ一人で倒しちゃって。凄く悔しかった」

「それは……」

「ゴッくん一人で頑張らせて、隊長失格だーって泣いちゃったの」

「園子……」

「だからね、待っててゴッくん。わたし追いつくから。一杯頑張ってゴッくんの隣に立つから! 頼れる相棒って思ってくれるぐらい強くなる!」

 

 立ち上がった園子が悟飯の前に立った。

 決意表明と共に、力強く見つめてくるその瞳に、悟飯は言葉を失う。

 恐ろしい気持ちもある。しかし、眩しすぎる園子を見て温かくなっていくその気持ちを、何と呼べばいいのか、悟飯は知らない。

 

「園子は、怖くないの」

「好きだから。ゴッくん、ミノさん、わっし~が大好きだから! 怖くてもへっちゃらなんだよ」

「……そうか。そうだよな」

「でね、ゴッくんが凄く強いけど怖いって思ってるなら一緒に隣に立って手を繋ぎたいって思うんだ。一緒に歩きたいって」

 

 悟飯の手を握った園子が笑う。

 

「でも、銀がお役目出来なくなったのは……」

「舐めないで」

「えっ……」

「それはゴッくんのせいじゃないよ。確かにわたし達は弱かった。でも、一人の責任にしないといけないくらい弱くはない」

 

 園子が作った握り拳に力が込められていくのを見た。

 後悔か、怒りか、それとも両方か。何れにせよ、それは園子の本音だ。そして、強がりでもあった。

 どれだけ辛いかなんて考えるまでもない。きっと自分も同じ立場なら潰れてしまうだろう。

 

「ゴッくんはわたし達のヒーローなんだよ。とっても強くなってバーテックスを追い返してくれた、かっこいいヒーロー」

 

 悟飯の頭を園子は撫でた。

 悟飯はあまり三人と向き合わなかった。三人を大切にしようとして、一人で抱え込もうとして抱えきれなくて、こうやって心配をかけている。

 恥ずかしくて、情けなくて仕方がない。

 

「ゴッくんがいいんだ。ゴッくんだから、一緒に頑張りたいって思ったの」

「でも、ボクはもう誰も傷ついて欲しくないんだっ!」

「わたしもゴッくんが傷ついて欲しくないよ」

「怖いんだ、もう二度と失いたくないんだよ……」

 

 自身の手に落ちた雫でやっと、悟飯は自分が涙を流していた事に気付いた。

 誰かに頭を撫でられるのは一体いつぶりだろうか。本音を話すような相手はいただろうか。

 父親を失ってから、ずっと堪えてきた。

 

「頼りないかもだけどさ、わたし達にゴッくんを守らせて。ゴッくんはわたし達を守ってよ!」

 

 それが答え。

 お互いを支え合う。

 最初からそうだった筈の事。

 その名前は、きっと友達。そして、相棒だ。

 

「園子は、凄いな……」

「ううん。ゴッくんも凄いよ」

「……じゃあ、ボク達は凄いんだな」

「うん! ミノさんも、わっし~も凄い! なんたってわたし達?」

 

 目配せをした園子に合わせて、悟飯が息を吸う。

 

「「勇者だから」」

「ね!」

「ああ!」

 

 園子がその調子のままで階段を駆け下りる。忘れていった食べ物が入った袋を肩にかけるとその後を追いかけ始める。

 その顔は、晴れやかだった。

 

「……な、なぁ須美?」

「そのっちだけずるい!」

「えっ、ええー……」

 

 神社がギリギリに見える道路でガードレールを握りしめ、須美が叫んだ。

 自分で焚きつけておいて、その結果に嫉妬し頬を膨らましている須美に、銀は呆れていた。

 盗聴器で筒抜けの二人の会話だが、その内容にニコニコと笑っていたのは数秒前の話だというのに、忙しいのは須美の良い所だ。

 

「そろそろ合流しないか? あたしも悟飯と話したいなーって」

「え、ええそうね。でも、そのっちがまだ好きって言ってないわ」

「そういう雰囲気じゃなかっただろ! まぁ、あたし達小学生だからな。恋愛はまだ早いのかもしれないな……」

 

 遠い目をした銀に須美は首を傾げながらも立ち上がる。

 合流の為にスマホを取り出すと同時、ピロンと音を鳴らしてスマホが震えた。

 内容は勇者だけのグループで、悟飯が一言だけ、盗聴器は破壊します。とだけあった。

 

「バレたぞ須美」

「そんな、しっかり隠した筈なのに……どうして……」

「変身すると大体分かるようになるんだぜ。ねー?」

「なんで園子が自慢気なんだ……。まぁ、そういう事かな」

「ご、悟飯!?」

 

 二人が振り向いた先、悟飯が呆れた顔で立っていた。その髪は金色に逆立っていて、鉄棒のように園子が悟飯の右腕に掴まってはしゃいでいる。

 

「まー……二人きりで話したいって話でさ」

「だからって盗聴はどうなのさ……。銀もどうして止めてくれなかったのさ」

「うう、仰る通りすぎる。ごめんよ。ほら、須美も」

「ごめんなさい二人共、反省します……」

 

 銀の言葉に、言ってもないのに正座を始めた須美だったが流石に地面は冷えるのか少し眉をひそめたのをみた。

 

「それでさ、あたしの方も色々出来なかなって思ったらバーテックスの調査手伝えることになったんだよ」

 

 そういって銀が見せたのは悟飯とは別のバーテックスの報告書の写真だ。

 圧倒的な分量のそれは見やすさを度外視されているが、重要な事がいくつか書かれていた。悟飯もしらない、バーテックスの事。どこが脆くて、どこが硬くて、触った感触やバーテックスの中身など。

 

「あたしはあたしなりにやる。だからあんまり気負われると、こっちも申し訳なくなるというかさ」

「……そっか。ごめん」

「うん、許す! よし、この話はおしまい。そろそろ花火だしそれまでに夏祭り、楽しもうじゃないか!」

「おー!」

 

 歩き出した銀を、園子が追いかける。勇者だったからなのか、銀が普段と変わらない速度で歩いているのを見ると、たしかに大丈夫のように思えてくる。

 

「須美もほら、行こう」

「あっ、ありがとう、悟飯。そ、そしたら何処から周ろうかしら?」

 

 先ゆく二人に追いついてから、四人は並んで歩き出す。

 

「射的とかどうだろう。その次は金魚すくいに、棒引きとか」

「いやいや悟飯、あるもの全部やるだろ!」

「全制覇めざしてゴー!」

「この際、屋台すべて制覇してしまいましょう!」



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ともだち 三

10000UAを超えてました!
一万回この作品を見られたと言う事。かなり大きな数字にちょっと興奮気味でした。
正直、感謝が絶えません。ありがとうございます。



 神樹様とは、神の集合体である。

 その姿は、名の通りに香川のある場所に立った巨大な樹木であり、樹海化した時には更に巨大な金色の輝きを持つ樹となって勇者を見守る。平常時であればその大きさも常識の範囲内に収まるが。

 そこにあるだけだというのに漂う厳かな空気感に自然と背筋が伸びる。しかし、暖かな安らぐ風が頬に撫でると同時に心をあずけ、全てを委ねたくなるようなそんな安心感も同時に感じていた。

 樹齢約三百年。

 人類の隣で支えてくれている救世主である彼の前に立った鷲尾須美と乃木園子は、心臓の鼓動が速くなっているのを自覚した。

 

「……これが、神樹様」

 

 勇者が実際に神樹様にご挨拶をするのはこれが初めてだ。

 普段の衣服を脱ぎ、白の衣服一枚と共に神樹のすぐそばを流れる神聖な滝に打たれる。そうして、身を清めてやっと、神樹様の前に立てる。

 要するに勇者と言う役目の性質上、そういう時間がなかったりしたのだ。

 しかし、今回はそうもいかない。

 何故ならば、勇者システムのアップデートを果たしたからだ。つまりそれは、勇者である須美と園子が今まで以上に神樹様の力を使うと言う事である。

 神樹様との繋がりは勇者にとって何よりも大切な事だ。だからこそ、平日にも拘らず二人のご挨拶が決行されたのだ。

 須美はふと、隣の友を見る。

 普段マイペースで、誰にも物怖じしないような彼女が今回ばかりは緊張を全身で見せていた。硬い動きと反対にまばたきの回数は多く、呼吸全てが深呼吸かのように長い。

 それを見て、逆に須美は安心していた。

 

「ゴッくんも、来れたらよかったんだけどね」

「悟飯はそもそもが異例で、更に特別らしいから別の日に行うらしいわ。それに、代わりに今日の授業のノートを取ってもらってるのだから来ても困まってしまうわ」

「だって、流石に緊張するし、寒いよ~」

 

 自身の体を抱えて震えた園子にため息を吐く。普段から冷水を浴びている須美にとってはこの程度、冷たい内には入らない。

 

「そのっちも毎朝冷水を浴びて身を清めるのはどう? 身も心も引き締まるわよ」

「うーん、考えとこうかな……」

 

 語尾のトーンが落ちていくのを聞いて、須美はやらないだろうなと察した。

 

「というか、悟飯が居ても寒さは変わらないでしょう」

「ゴッくんが変身するとね、周りがちょっと暖かくなるんだよ?」

「そんな人を暖房みたいに……。それに悟飯は男児よ。流石にまだ小学生と言えど、肌を見せるのはちょっと……」

「あはは、確かに恥ずかしいかも」

 

 二人がそうやって雑談を挟むのは、なんとかして緊張を解す為だ。二人の周りに居る巫女達がそれを柔らかな目で見ているのは、それを理解しているからだろう。

 そうして二人にいつも通りの笑顔が戻ったころ、一人の巫女に促され、二人は神樹様の前へと進む。

 手で触れてしまえる距離にまで来た。

 今の世界は、神樹様がなければ決して成り立たない。

 作物が育つ。動物が生きる。世界を太陽が照らし、月が輝く。そんな簡単な事さえ、死のウイルスによってままならなくなっているのだ。

 だからこそ、神樹様は作物に恵みは与え、動物を導き、太陽と月の照らす道を作って人類を生かしていた。

 更に言えば神様だ。敬い、崇める対象としてこれ以上なく、だからこそ神樹様のそばにあり、支え続ける大赦は世界一の組織へと、世界を護る守護者へとなれているのだ。

 そんな全ての元に、すぅと小さく息を吸い込んでから、手で触れる。

 

「うっ……」

 

 その時、須美の脳内に直接送られるようにして映像を見た。思い出すとは何か違う、囁かれるようにその映像は進む。

 最初は星空が輝く世界だった。遠くを見てもきりがないような、美しいその世界に、一つの違和感が生まれる。

 遠くの星が一つ消えた。次の近くの星が消える。それをはっきり認識すると共に、電源が落ちるように世界が暗闇に染まる。

 そして、その中で、地の落ちてゆく星を見た。

 一つではなく、複数。近すぎて、正確な数までは分からない。直撃してしまうのではないかと不安に支配されていき、走って逃げてしまいたいと思ったが、それ以上に恐怖が体の支配権を奪っていた。

 

「わっし~?」

 

 須美の耳には、音が届かなくなっていた。上限鳴く早くなっていく鼓動に胸を抑えて、立つのが精いっぱいで、流れる汗も、溢れる涙に気が回らない。

 落ちる星。その落下地点が見える。そこでは一つの巨大な何かが見えた。金色に輝くそれは、手を伸ばし星へと触れる。

 そこで、須美の意識が落ちる。

 

――

 

「それは、神託ね」 

 

 大赦にあるベッドの上で、須美は安芸先生にそう告げられる。

 須美の傍らには園子の他に、悟飯と銀も居る。倒れたと聞いて、大慌てで駆けつけたが、幸いに須美の体には一切の異常は見つからなかった。

 

「神託、ですか?」

「ええ、鷲尾さんは勇者の適正だけではなく、巫女としての適性も高いという事ね」

「わっし~凄いよ! これはもう神世紀の明智光秀! いや、明智光秀もびっくりの総合力の高さかも!」

「そのっち、それ、誰だか知っているの?」

「えへへ、なんとなく~」

「もう……」

 

 園子の言葉に、だんだんと普段の調子を取り戻し始めた須美に安芸先生は言葉を続けた。

 

「ただ、その神託の内容は大変ね」

「それって、どういう事ですか?」

「神託は今までも巫女を通して受け取っている事は知っているわね?」

「はい……」

「先程聞いた通り言葉で神託は伝えられる事はなく、イメージなの。だからある程度共通するイメージがあるのだけれど、星が落ちる。それは、バーテックスの襲来を意味しているわ」

「なっ」

 

 須美は思わず言葉を漏らす。

 それは他の三人も同じようで、悟飯に至っては立ち上がってしまっていた。

 

「巫女を通してだけではなく、勇者の貴方は通したと言う事は恐らく、かなり緊急のメッセージと言う事」

「緊急……」

「他にも見えたイメージを話してもらえるかしら。他の巫女のイメージと組み合わせれば時期や数も絞れる筈よ」

 

 普段以上に緊迫した様子の安芸先生に須美は思わず、目を逸らしてから記憶を必死にたどった。

 空の星が消えた事。

 複数の星が目の前に振った事。

 そして、巨大な光が星に手を伸ばした事。

 それを聞いた安芸先生はパソコンを開いて、同時にスマホを耳に当てる。どうやら複数の誰かと会話し始めているらしく、その内容はたった今須美が話したばかりの神託の事だ

 

「星の数は他の神託と合わせて絞れるでしょうけど、恐らく六ではないかしら」

「そう……だった気がします。すみません、はっきりと見えていなくて」

「いえ、十分よ。孫君の仮説や大赦の調べと合わせれば、恐らく六体。全てのバーテックスが襲いに来るかもしれない」

「決戦って事か。須美、園子、悟飯、ここが頑張りどころだな!」

「ああ、ボク達なら勝てる」

「……ええ、絶対に」

 

 銀が立ち上がって、親指を立てた。

 最近に気に入っているらしいそれに、悟飯が返すのをみて、須美もゆっくりと返す。

 

「頑張るぞー!」

 

 園子が勢いよく立ち上がる。

 最後に立ち上がったのは、安芸先生だった。しかし、真剣なまま、スマホを見つめている。

 

「これから、貴方達はアップデートした勇者の機能を使いこなす為の訓練を受ける事になる。そして、それはとても辛く厳しくなるわ」

「覚悟は出来ています!」

「新しい力、ちょっと楽しみなんだよね~」

 

 そういって園子が悟飯に目配せしたのを見た。

 須美も同じ気持ちだ。悟飯のように新たな力を手に入れる事が出来るというのは凄く喜ばしい事だ。初めてその話を聞いた時、嬉しさで一時間ほど夜更かししてしまうくらいには。

 

「ボクも連携とか考えてみたんだ。後で皆で見てくれないかな」

「おおー、いいねいいねー!」

「ま、あたしも一杯支えるよ。勇者のマネージャーとして!」

「部活動みたいになったわね……」

「それいいな。中学生になったら四人で勇者部って部活でもやるのも面白そうだ!」

「楽しそうだけど、活動がバーテックス退治はやだな~」

 

 話が脱線しかけたが、来たる戦いへの気合を見せる四人を見て、安芸先生は微笑んだ。しかし、須美はその表情が大きく曇ったのを見た。

 しかし、その理由を尋ねる前に、安芸先生は部屋から出て行ってしまった。

 

――

 

 廊下に出た安芸は、その暗い表情を戻すことは出来なかった。

 これからする自分に課せられた使命は、鷲尾家、乃木家にアップデートした勇者システムの説明をする事だ。それを考えると気が重い。

 不幸中の幸いは、孫家、三ノ輪家に行かなくてよい事だ。決して比較できるものではないが、それでも兄弟を持つ彼らに、大赦の持つ真実を伝えると考えただけで吐き気すら襲う。

 どうなるか想像がつく。ついてしまえば、それを考えない様にしても、最悪の事態が頭の中で流れてしまって仕方がない。

 その上で、更に不安が増えた。

 須美の見た神託、星に手を伸ばした何か。確定はしていないが、大赦は既にその光に当たりを付けていた。それは酷く残酷な真実で、須美達に話せる勇気を彼女は持てなかった。

 駐車場に止まった長い黒の車に乗り込む。

 まずは、乃木家だ。

 道中は気が晴れず、外をみても、適当に入れてみたソーシャルゲームも手につかず、いつの間にか車が止まっていた。

 あっという間、ただただ残酷に進む時間を恨んだりもした。

 それでも、安芸は仮面をつけてから車を降りる。

 相変わらずの大豪邸だ。初代勇者の家系であり、もっとも大赦に貢献した家が乃木だ。庭の池を見ただけでも、他との違いは明確に分かる。

 入り口の門につけられたインターフォンを鳴らすと返事がなく門が開いた。

 道なりに進めば、玄関が開かれていて、そこでは園子の両親が立っていた。

 

「どうぞ、お入りください」

 

 案内されて入った応接室で、安芸は二人と向かい合う。

 そうして、安芸は話す。新しい勇者システムを。

 聞くたびに曇らせていく表情をはっきりと見た。

 酷く辛い事実だ。話す自分自身ですら苦悶の表情を浮かべてしまう程だった。だからこそ、辛いのは本人であり、その両親であるのに、自分が辛い表情を見せなくてすんだ仮面には感謝していた。

 

「それもお役目の一環だというのなら、仕方ありません」

 

 深く息を吐いてから、石のような重い声色でそう園子の父親は言った。

 初代勇者の家系という事は、自然と神樹進行も強まっていく。幼い園子は別にして、この両親も例外はない。

 神樹様が絶対なのだ。

 

「あの子には、何の責任もないのに」

 

 しかし、人である事には変わらない。

 園子の母親は顔を伏せ、呟いた。安芸の存在があるからこそ堪えているが、嘆いてしまいたい筈だ。叫んで、そんなの嫌だ、駄目だといってしまいたい筈だ。

 何も言うまいと硬く閉じる口の奥で、何かが削れる音がした。

 

「園子の魂はずっと、神樹様と共にいられるんだ。とても光栄な事なんだよ」

「分かっているわ、でも代われるなら、代わってあげたい……」

 

 そうして、席を立つ。

 頭を下げる。深く、長く。大赦としてではなく、一人の人間として、謝罪をしていた。

 それは、伝わらないとしても。

 

――

 

 鷲尾家に辿り着いた時、もう既に門は開いていた。

 使用人がそばで待っていて、車を降りると同時に案内される。早く終わらせたい一心でついていく。

 自分は上手く歩けているだろうかと心配になる。もはや、そんな普通の事すら出来なくなっている気がしていた。

 言葉も、何度も練習した。しかし、乃木家でも何度か詰まりかけた。

 用意した、テンプレートをなぞるだけが、こんなにも辛い。

 案内された部屋の中、待っていた須美の両親に頭を下げる。

 そうして、安芸の説明を受けた二人の表情は乃木家よりも深く沈んでいた。

 そうだろう。なぜならば、鷲尾家には子供が出来なかったから。

 

「その、新しいシステムの事、あの子達に伝えたら駄目なのかしらっ」

 

 そういった母親の顔は真剣だ。大赦がどうして、こうやって伝えているのか、その意味を分かったうえで聞いているのだろう。気持ちは痛い程分かる。

 須美の勇者としての適正が判明した時、鷲尾家は彼女を養子として迎えたいと提案していた。理由は元々勇者は大赦関係者から排出されるという伝統を守る為でもあったが、それ以上に二人は子供が欲しかったのだ。

 経緯は何にせよ、そうまでして手に入れて、時間をかけ家族となった彼女に辛い思いをさせ続けるのは、嫌に決まっている。

 神樹様の言葉よりも、きっと優先したくなる程に。

 

「こんな残酷な事、教えられる訳ないだろ」

 

 しかし、彼らは親だ。大人だ。

 その先を見据えて堪えるしかなくなってしまう。

 残酷な真実をきっと彼女達は受け入れきれない。否、受け入れてしまった時の方がもっと悪いかもしれない。

 だから大人は全員口をつぐむ。

 つぐむしかないのだ。

 

「心中お察しいたします。しかし、どうか、くれぐれも取り乱す事のないように、お願い致します」

「そんなっ……」

「神樹様と共にある彼女達の為にも」

「……それじゃあの子達はまるで、生贄じゃないですかっ!」

 

 叫ぶ声に、何も反論が出来ない。

 勇者なんて体よく取り繕っているが、その真実はそれだ。

 勇者は、三百年続いた、生贄の歴史。

 そして、それは今代も変わらない。




 年末年始辺りは誠に勝手で申し訳ないのですが、更新はありません。
 常に次回の更新は未定とはしていますが、7日を一応の予定としています。
 ここまで読んでいただいている方には感謝してもしきれません。感想や評価、お気に入り追加にしおりを挟んでいただけるだけでも、とても励みになっています。
 よろしければこれからもお付き合いの程、よろしくお願いいたします。


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たたかう

 十月も後半を迎え、世間はハロウィンムードに染まっていた。

 橙色の装飾が増え、街路樹も赤に染まる。そんな明るさで満たされていた町は冷えてゆく風にも負けず、自然と心が温まる気がしてくる。

 

「カボチャだカボチャだー! 外国のお祭り、ハロウィンだー!」

「我が国の懐の広さ故ね」

 

 はしゃぐ園子の隣で須美が自分の事のように誇らしげに話す。

 確かに、日本はあまり宗教に縛られるようなイベントの催し方はしない方であり、これからクリスマスに続いて正月の初詣なども控えている事を考えれば、その懐の広さは推して知るべしだろう。

 

「楽しめるイベントが多いのは良い事だろ? それに、ハロウィンはお菓子ももらえて、カボチャとか一杯食べれて大好きなのさ!」

「誘惑が多い、とも言うけどね」

 

 悟飯がチラリ横を見る。それにつられて隣の銀も振り向くと、そこにはキッチンカーが止まっていた。

 

「お、噂をすれば」

「銀、目的忘れないように」

 

 ハロウィン限定と書かれたカボチャを描いたスイーツ達の絵がでかでかと描かれている。

 思わず向かっていきそうになった所を悟飯に止められる。

 

「冗談だって冗談」

「本当かな……。でも、銀も来れてよかったよ」

「そうね、お土産は持って行けてもやっぱり一緒に楽しみたいもの」

「でもさ、なんか入院してるって感じが全然ないんだよね」

 

 銀の外出許可は思ったよりも簡単に取れていた。辛いリハビリなど覚悟をしていたが、今の所それが始まる様子がないのだ。

 おかげで病院のベッドの上で退屈な時間を過ごすばかりになってしまっていたのだが。

 

「何はともあれ、お菓子だろ! それにあたし、カボチャの煮物とか結構好きなんだよね」

「お母さんがカボチャ沢山もらったからって毎日食べてるんだよね……」

「そういえば、ゴッくんも白鳥さんちからカボチャ届いたって聞いたよ~! 甘くて美味しいよね~」

「それなら、イネスについたら、南瓜のお菓子を買いましょう。悟飯も、甘い物なら多少は大丈夫でしょう?」

 

 少しズレた園子の返事に続けて、須美が纏めていく。

 そんな風に歩きながら、四人は足を進めていく。四人の目的地はいつものイネスである。

 辿り着いたイネスには、休日と言う事も相まって、少年少女達がハロウィンの準備をしようと賑わっている。悟飯達も例外ではなく、ハロウィンの仮装グッズの置かれた店前でどれがいいかと品定めをしていた。

 

「見てみて、大猿ー!」

 

 園子が被り物の一つを手に取る。それは巨大な猿の被り物だ。

 普通の猿と違い、やけにするどい牙と赤く染まった瞳。逆立った毛と凶暴さを前面に押し出したその被り物は驚かせるという目的は達成出来そうだ。

 しかし、流石に怖すぎるのか、銀がちょっと引いていた。

 

「そういえば大猿って、何かのキャラクターだったりするの? 銀の紙芝居でも使ってたよね」

「ん、悟飯知らんの? ならば教えてしんぜよう! 頼んだ須美!」

「原点を辿れば大猿は特撮作品、御免ライダーが初出よ。その中に登場する悪役、ごぼうが変身した姿が大猿なの。月を見ると変身して、御免ライダーを苦しめていたわ」

 

 銀が須美に丸投げしたが意外にも、須美が指を立てて解説を始めた。

 須美がこの手の作品を見ているのは意外だった。特にライダーという部分で。

 

「それから恒例になってね~、その後の木綿ライダー、罷免ライダー、地面ライダーとみーんな大猿になる敵が登場してるんだよ~」

「もめ、ひめ……えっと、そんな人気になったんだ。御免ライダーのごぼうだっけ」

 

 やけに変な名前が多いなと思ったが銀だけはうんうんと頷いていた。須美の方はそれ以降は知らなかったらしくそんなに居たのねと呟いていた。

 

「ごぼうはクールなキャラでね~、戦いが大好きなんだ~。それで御免ライダーと何度も戦って実は全勝だったりするのです!」

「最初はそんな感じで悪役だけど、最後には味方になる熱い奴で、あたしは今も好きなんだよね。お前がくたばれーって振り向いて敵幹部倒すのはスカッとした!」

「わたしはとごぼうと心通わせた少女が好きだったなー。気弱な子が、一緒に御免ライダーを救ってくれませんか! って勇気を出してごぼうに頼むシーンが良かった〜」

 

 いつの間にか、御免ライダー談義が始まってしまっていた。

 意外にも三人全員が見ているという御免ライダー、並びにごぼうというキャラに興味をもった悟飯は、スマホでも調べてみる。すると確かに想像よりもずっと人気なコンテンツのようで、特撮だけでない様々な作品に影響を与えていたらしく、今やもう大猿はメジャーな敵役味方役として使われているようだ。

 更に言えば当時放送してる時の人気具合は、社会現象とまで言われたらしい。

 オリエンテーションの時にやった銀の紙芝居も、悟飯は何故大猿だったのかと思っていたが、やっと理由が分かった気がした。

 

「と、話を戻すけど、こういうのはどうかな」

 

 本来の目的を思い出した悟飯は手に取ったカボチャの被り物を三人に見せてから被ってみせる。顔全体がすっぽりとハマる大きさだ。視界がかなり狭まるから少し危なさを感じるが、悟飯にとってはそれほど気になるものではない。

 残りをマントで包んで、宙に浮いたりしてみれば完璧なジャックオーランタンの完成だろう。

 

「あら、良いじゃない! 凄く似合ってるわ」

「それなら、なにか一つに統一しないか? ジャックオーランタンなら全員でとか」

「お揃い、いいね! でも、色違いはあんまり置いてないだよね〜」

 

 園子が見る棚には色違いは二色程度しかおいておらず、四人でやるには少し足りない。

 もともと小道具を売っている店だとしてもハロウィン限定に大きく枠を使う事は出来ないのだろう、品揃えはちょっと少なめだ。

 他の店を見てもいいかなと、悟飯が提案しようとした時銀と須美がリストバンドを手に持っていた。

 しかも複数あり、赤、青、黄、紫の四種がある。それぞれに花の模様があり、中々おしゃれな小物だ。

 

「別にカボチャその物じゃなくても、こういうお揃いのリストバンドをつけて色分けもありじゃないか?」

「手首とかなら目に止まりやすいし、有りね」

「ならボクは、これかな」

「じゃあ私はこれ!」

 

 悟飯が手に取ったのは黄色のリストバンドだ。それに続いて、園子が紫、須美が青を取っていく。

 何となくで選んだが、変身後の姿の色をそれぞれが取っていた。

 残った赤を悟飯が銀の手にはめる。ありがと、返してからお互いのリストバンドを見せ合う。

 それほど目立つ訳でもないが、お揃いというだけで何だか嬉しさがあった。

 

「うん、しっくりくる」

「そういえば、悟飯はよくリストバンドしてたよな」

「汗どめとしての役割だからね。予備は何個があるけど……うん。これがいい」

 

 悟飯の着る道着にはリストバンドは確かにある。が、戦いの度にボロボロになって変えているからあまり愛着があるものではない。

 

「そしたら、仮装何にするか決めようか」

「なら私は……これね。魔女の帽子」

「お、凄く似合ってるじゃん」

「そ、そう?」

「うんうん、かわいいよね? ゴッくん」

「えっ? あ、ああ。かわいいよ」

「そ、そこまで言われるとちょっと恥ずかしい……」

 

 顔を赤くして伏せてしまった須美に悟飯は苦笑しつつ、銀はと隣を見ると、そこにはパタパタと小さな羽を使い、宙を浮く黒く丸い生物が居た。

 顔を含め、カラスのような見た目をしているのだが、足に下駄、衣服は袴と人間に近い見た目をしている。ただ、顔は謎にぬいぐるみのような簡単な目をしていて、可愛らしさを纏っていた。

 

「出てきちゃ駄目だってセバスチャンー!」

「セバスチャン?」

「そう、鴉・セバスチャン・天狗! ミドルネームをつけてみたの」

 

 そのカラスは、正式名称を鴉天狗と言う精霊だ。

 勇者システムのアップデートを果たしたと言う事で、勇者与えられた新たな力の一つであり、須美にも精霊が一体、青坊主という名前の卵型の精霊が居る。

 

「でも周りの目があるから、隠さないと」

「そうだね~。ほいっ」

 

 園子が指を鳴らすとそれを合図に鴉天狗が消える。消える時に花が散るようなエフェクトが出たのは神樹様の力が宿っている証拠だ。

 が、消えると同時に何故か今度はカボチャを被った鴉天狗が飛んできた。

 須美の精霊は勝手に出ないというのに、なぜか鴉天狗は自由だ。否、自由すぎる。

 

「こう手袋付けたらマジックで浮かしてる風に見えるんじゃないか?」

「流石にそれは難しいんじゃないかな……」

「おかーさん見て! 凄いマジック! どうやってるの!?」

「……あ、アルファ波で浮かんでいます」

「すげー!」

 

 声のした方を見ると子供を連れた母親が悟飯達に向けて頭をさげていた。しかし、完全に疑った様子がないのを見ると、銀の考えは当たっていたらしい。

 まさかと思うが、冷静に考えてみれば神は居れど超能力などはないとまだ思われている。浮いてると驚くよりも、マジックで浮かしてると先に思いつくのが自然だ。アルファ波はまた別だが。

 

「神樹様の遣わした精霊、なんだか凄く不安になるわ……」

「き、きっと役に立つよ……」

「セバスチャンは凄いよ! 遠くの物を持ってきてくれたりするからね」

「お、それあたしも欲しいな。いけセバスチャン! あのフランケンシュタインの被り物を持ってくるのだー」

 

 銀の言葉に店内を入っていった鴉天狗は、確かにフランケンシュタインの被り物を手に戻ってきた。

 しかも、その間店員に見られないようにルートを選んでいたのを見ると、それなりに知恵ももっているようだと、二人は少し安心する。

 が、ふと見ると鴉天狗が園子の頭の上で肘をついて寝転がってくつろいでいた。

 

「戦い終わらせて精霊を神樹様に返した方が良い気がしてきたわ」

「ボクも……」

 

――

 

 新しい勇者システムになってから訓練は厳しさを増した。

 バーテックスの襲来が近い事もあって、朝の時間の訓練も追加されると登校時間もギリギリになる事が増えた。事情を理解している担任からは遅刻の時間でも何も言いませんとは言われているが、それを真面目な須美がはいそうですかとゆっくり行く訳がなかった。

 同じく訓練を終えた悟飯と園子は一人で行かせるのは忍びないと同じように遅刻を避け続けていた。

 

「よし、今日も間に合った」

 

 悟飯は校舎につけられた時計を見て、ガッツポーズを取る。

 時間までは五分以上の余裕がある。後は歩いても問題ないだろう。

 

「追いついたー」

「今日も何とか間に合ってよかった」

 

 園子が悟飯の後ろから校門を通り抜けて隣に立つ。その後を須美がやってきて三人が揃う。銀は流石に登校は難しく病院で泣いている。そのせいか、最近の通知履歴が暇だーというチャットで埋まる事が増えた。

 

「二人共、お疲れ」

 

 訓練で汗をかき、その上走って来たというのに息切れ一つ見えないのは、勇者であると同時にやはり訓練の賜物だろう。そうやって訓練を増やしても、普段と変わらずに授業に臨めるからこそ、朝にも増やされているから、一長一短ではある。

 

「ゴッくん足速いから羨ましいよー、前見たいに運んでくれてもいいんだよー。ふわ……」

 

 園子が欠伸をする。それそれとして、早起きは辛いらしい。

 

「あはは、この腕じゃちょっと難しいかも」

「そっか。お役目終わったら、治るんだっけ?」

「うん、本格的な治療をって」

 

 悟飯の動かない腕。どうすれば治るのか、皆目見当もつかないが医者がいうには恐らく治る見込みはあるという話だった。

 それが何故かはわからないが、銀のリハビリも始まっていないのは気になる話だった。ただ、相手が小学生だから今はまだ治る見込みがあるといっているだけの可能性もある。

 医療などには詳しくない悟飯にはそうやって推測する事ぐらいしか出来ない。

 そんな話をしながら六年二組の扉を開ける。

 

「おはよう、皆」

「おはよう」

「おは、サンチョ」

 

 三人がそれぞれ挨拶をする。園子だけ悟飯の後ろに隠れてサンチョのぬいぐるみだけを横から出して、挨拶をさせていた。

 ただ、それに返事が返される事はなかった。

 勉強机の全てが扉側の壁に寄せられ、邪魔な椅子は机の上に反転して乗せられている。

 そしてその教室の黒板辺りにクラスメイト達が集まっている。

 

「あっ……あー」

「えっと、どうする?」

 

 クラスメイト達が悟飯達に気付くと困ったような顔をした。

 彼らの足元にしかれたブルーシートを見れば、何か作り物をしていたらしいが、悟飯にはそんな課題の心当たりはなかった。流石にお役目だからと省かれる事は無かった筈だ。

 

「まぁ、見せちゃおうよ」

 

 大西さんがそういうと、前に居たクラスメイトがどいていく。すると、そこに現れたのは大きな応援幕だった。

 手書きで書かれた「わたしたちの勇者がんばれ」という大きな文字の下に沢山の花が描かれている。その上にはイネスのジェラートがある。更には右端にはサンチョの絵、左端には恐らく神樹様だろう木がある。

 それを見て、三人は呆気に取られていた。

 

「先生に内緒で作ったんだ。皆でさ、出来る事ないかって話して」

 

 大西さんが前に立って言う。

 

「いつも通り接してあげるのが良いって先生は言ったんだけど、やっぱり何とか伝えたくてさ」

 

 目を逸らしていった大西さんのその視線の先には、悟飯の左腕があった。目に見える形になってしまったお役目の大変さを目の当たりにして、クラスメイトは普段通りに過ごし続けるというのは難しかった。

 それに加えて、登校出来ていない銀の事、大西さんと佐々木さんは悟飯が弱っている姿を見てしまったとなれば、そんな辛いお役目を頑張る友達を応援したいと考えるのは当然だった。

 

「こういう事は禁止されている筈でしょ」

「須美……?」

 

 そういって、近づいていく須美を追いかけて悟飯も教室の中へと入っていく。

 でも、と何人かがこぼす。その気持ちを分かるからこそ悟飯と園子は須美を止めようとして、隣に立って止まる。口調や言葉こそ冷たい物だが、その表情は小さな笑みを浮かべていて、嬉しさを隠しきれていなかったからだ。

 

「はい、鷲尾さん」

「えっ?」

 

 畳まれた応援幕が佐々木さんによって須美に手渡される。

 反射で受け取ってしまった須美は佐々木さんの顔を見返す。

 

「よければ、受け取ってほしいな。あたし達、鷲尾さんの事を応援してるって伝えたかったんだ」

「嬉しいね、わっし~!」

「……そうね。先生には、秘密にしないといけないわね」

 

 優しい目をして、受け取った応援幕を須美は見つめていた。

 それを見て悟飯と園子も安心していた。分かっていた事だが、須美も大分丸くなった。

 

「お役目っていつか終わるんでしょ? そしたら、普通に一緒に遊べるよね!」

「え、ええ」

 

 クラスメイトの少女が須美の手を握って、そう笑いかけた。どちらかといえば彼女は銀のように校庭に出て遊ぶような体育会系で須美と話している所はあまりない。

 だが、それでも最近の須美を見て、彼女は興味を持っていた。そのっちなんてあだ名をつけるくらいに丸くなった彼女とあだ名で呼び合いたい。……出来れば勉強も教えて欲しい、と勇気を出したのだ。

 

「実はさ、俺もサンチョグッズ持っててさ」

「え、本当!?」

今日アモーレのぬいぐるみ持ってきてるんだけど、他にもストラップとか」

 

 園子に近づいた少年は頬を掻きながら、鞄からサンチョとは色違いのぬいぐるみを取り出した。

 以前から園子を見ていた彼だが、性別の違いや男らしさとは少し離れたサンチョシリーズのアイテムを集めている事の公言を躊躇っていた。

 しかし、最近にハッキリ目にするようになった彼女の周りを気にしないマイペースさに背中を押されて最近はちょこちょこと同じ趣味を話せる友人を手に入れていた。

 そして、その中に園子も増やしたいと勇気を出したのだ。

 

「悟飯くん、今の内に取らないと誰かに取られちゃうよ」

「なんの事?」

 

 須美と園子の周りにクラスメイトが集まっていた。

 そんな中、机を片手で持ち上げた悟飯を見て、大西さんはため息吐いた。鈍感というか、そもそもその思考を持ち合わせていないというか、とにかく恋愛関連に対して全く面白くない悟飯だ。

 特に須美。マセた少年たちにとって須美のスタイルはかなり毒だ。成長著しい胸なんかは女子から見ても噂話の対象となる。

 そんな風に密かな人気がある事を大西さんは知っていた。だからこそ、悟飯にはここで攻めたりしてみて欲しい気持ちがあるが、どうやら無理そうだと肩を落とす。

 

「ニッちゃんはどうなの」

「私は、いいよ」

「……なら、あたしが孫君に告白してみよっかなー」

「振られるだけでしょ」

「そうなんだよねー。お役目終わったら、もっと遊んだりできるといいなー」

 

 肩をすくめてから、大西さんは机を並べ始めた悟飯を手伝いに歩く。

 いつか来る終わりの先を誰もが想像していた。当人の須美達はそれこそ、これ以上怪我などのない平和な日常になると。クラスメイト達は新たな友達とのきっと想像を超えるような楽しい日々になると。

 しかし、絶望の足音は静かに近づいていた。

 決意を新たにした三人の元へ、ゆっくりと。

 来たる決戦は、近い。



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たたかう 二

 銀の病室で、他愛もない雑談をしていた時だった。

 時間が止まるよりも、音が鳴り響くよりも先に、須美には予感がした。

 嫌な気配とでもいうのだろうか。重くのしかかるような圧が、大橋の方角からやってきてた。

 

「来るの?」

「ええ」

「そっか。もうなのか」

 

 ベッドの上で、銀が寂しそうに目を伏せた。

 大赦の人間はこれを最後の戦い、決戦だといっていた。それに参戦出来ないのは銀としても悔しい事の一つだろうが、それでも笑みを浮かべたままなのは信頼しているからだろう。

 

「銀は樹海に居るんだっけ」

「適正が無くなった訳ではないらしくてさ、樹海に飛ばされるけど神樹様が守ってくれるっぽかった。枝が伸びてある程度なら防御とか移動とか補助してくれた」

「なら安心だね~」

 

 前回の活躍を遠くからだけど見てたよと言われた時は驚いたが、そういう事情があったらしかった。変身の為のスマホはないが、一度選ばれてしまえば樹海に引きずりこまれてしまう。

 ただ帰るのは病室らしく、そこは優しさがあった。

 だからか、神樹様も万能じゃない、仕方ない事だろうと受け入れていた。

 

「あ、そうだわっしー」

「うん?」

「これ、持ってて」

 

 そういって渡したのは園子がいつも髪に付けていたリボンだった。

 紺と白のシンプルなそれだが、間違いなく園子のチャームポイントの一つだったものだ。それを受け取った須美は困惑したように園子を見つめ返す。

 

「髪につけても良いんだよ?」

「……戦いが終わったらね」

 

 最後の戦いに、誰かに何かを預けるというというのは聞いた事があった。

 それは絶対に生きて帰るという強い意思表示だ。

 

「え、あたしなんかあったかな……」

「そんな無理して探さなくてもいいんじゃないかな」

「私もないから平気よ、銀」

「ミノさんとゴッくんには帰ってきたらまたあげるよ~」

「そっか。なら期待しとこうかな。……さてと、須美」

「ええ」

 

 銀が四人の中心に拳を作って突き出した。呼ばれた須美は、それに合わせるように拳を突き出す。

 視線を向けてみれば、力強く見つめ返すその瞳があった。

 気合は十分らしい。

 

「園子」

「うん」

 

 次に拳を合わせたのは園子だ。

 振り向いて園子を見る。柔らかい笑みを向けてくるのは、きっと緊張もない、いつも通りの乃木園子が居るからだ。

 

「悟飯」

「ああ」

 

 悟飯が三人に拳を合わせる。一際大きい、頼もしい手だ。

 園子が言った怖いような鋭い目つきは変わらないが、その笑みは自信に満ち溢れているように思えた。

 きっと、三人なら成し遂げるだろうと確信しているように四人が視線をそれぞれ重ね、四色のリストバンドが、円を作る。

 最後に銀が歯を見せて笑う。

 

「頑張れ! あたしはここで待ってる。だから、またね!」

「また後で!」

「またね!」

「ええ、また!」

 

 そして、世界は光に包まれた。

 

――

 

 樹海に立つと早速と悟飯が握り拳を作り、その顔を怒りへと変える。その圧に息苦しさを前までは感じていた。しかし、今感じるのは頼もしさだ。

 風が巻き起こり始めたのを見てから、須美と園子はスマホを手に取り、己の姿を勇者へと変える。

 見た目から大きく変わっていた。装飾などが変化しているのだが、特に目立つのは須美は胸に、園子は腹に描かれた花の模様だ。

 

「ゴッくん、新しい勇者服はどうですかな?」

「えっ、あー、もう何度も見てるけど、うん。カッコいいよ」

 

 園子の前勇者服は制服に近い物を感じていたが、新勇者服は振袖にも似た長い袂のある袖などが増えて動きにくさが追加されたような気がしていた。しかし、その程度で動きが鈍る園子ではないのを知っている。

 須美は逆にその袖などが無くなり、スマートな風に変化している。そのせいか、しっかりと体のラインが出るようになったのは困りどころではある。

 服の変化にも理由があるのか気になっていたが、流石にそんな余裕がなかった。

 

「はぁっ!」

「やっぱいいねー超怒髪天! いつ見てもかっこいい!」

「ええ、とっても」

 

 訓練のお陰か日々増してゆく超怒髪天への変身時の、弾けるような衝撃にものともせず、変身した悟飯の隣に二人が立つ。

 悟飯の変身は服は変わらない。強いて言うなら制服から道着に着替えるくらいだ。

 

「あはは。えっと、須美は結構変わったよね。その武器までさ。シロガネ、だっけ」

「ええ、銀と一緒に決めたの。気持ちだけでも一緒に戦おうって話して」

 

 園子の武器も多少見た目が変わってはいるが、やはり変化が大きいのは須美だ。

 須美の武器は弓から変わり、西暦の時代にスナイパーライフルと呼ばれていた銃火器へと変わっていた。

 弓以上の火力を求めた結論がそれらしく、弓と扱いは大きく違うそれを使いこなすまで、須美は文字通り朝から晩まで訓練し続け、体にしみこませていた。

 

「おー、あたしも名前つけようかなー、何が良いかなー」

「残念だけど、そんな暇はないらしいね」

 

 悟飯がそういうと、二人は大橋の先を見る。

 そこにはバーテックスが海を泳いでいた。それは魚座の名を関するバーテックス、大赦がつけた呼称はピスケス・バーテックスだ。

 その名の通りに魚のように海の中から上空へ跳ねる様に泳いでいるが大橋の近くを泳いでるからそれほど問題にはならないだろう。しかし、速度の方は問題だ。

 

「私に任せて」

 

 樹海にシロガネを立てると須美は屈んでから標準を覗く。それから射撃までの時間は二秒となかった。

 放たれた弾丸は弓よりももっと速度をあげ、一瞬にして跳ねたピスケスを叩き落した。そして、それは当然一撃で終わらない。二弾目がピスケスを襲う。それを受けると完全にピスケスは行動を停止し、海中へと逃げようとした。

 

「やぁぁぁっ!」

 

 しかし、そんな隙を狙い園子が矢を突き立てた。

 直接ではなく、柄が伸ばされており、更に離れた上空からの勢いを付けられたその突きはピスケスを海中へと叩き付けた。

 しかし、須美達が居たのは大橋の入り口だった。勇者の身体能力をもってしてでも一分は掛かる距離。勇者が走ればの話だが。

 

「よし! いいぞ、園子!」

「私達も向かいましょう!」

 

 須美の隣には投球フォームを取り終えた悟飯が居た。それは勇者を投げ飛ばす膂力と園子の合わせる力あってこその連携だ。二式から始めなかったのは、こういう連携の為の力加減などが理由にある。

 そして、出来た時間を使って悟飯が須美の手を取る。

 

「飛ぶぞっ!」

「了解!」

 

 悟飯が舞空術で須美をぶらさげながら、園子の元まで飛んで行く。

 複数来るのが分かっているからこそ、求められるのは一体一体の早期の討伐。今までは移動時間のせいで大橋の半分あたりで戦っていたが今回は壁付近で討伐してしまおうというのが目的だった。

 結界に近ければ新手に気付かないなんて事はないだろうというのもある。

 悟飯が須美を降ろすと同時に、嫌な予感を感じて上空を見た。そこには二体目のバーテックスが居た。

 

「園子っ!」

「大丈夫!」

 

 悟飯の言葉に着地した園子が手を出して助けに行こうとする悟飯を制した。その直後、閃光が弾けた。

 その正体は雷。園子を襲わんと突き刺しにかかる雷撃が放たれていたが、それは園子の元へと到達する事はなかった。

 園子の前で浮遊する鴉天狗が、光のバリアを張って護っていたのだ。

 

「ありがとう、セバスチャン!」

 

 どうやら園子の方は守ってくれると確信があったらしい。園子の言葉にセバスチャンは任せろと言わんばかり頷いていた。

 精霊バリア、そう呼ばれる力は大赦はあらゆる攻撃を防ぐと言っていたが、本当にそうらしい。

 

「流石園子だな。よし、ボクだって」

 

 感心しながら、悟飯が二体目のバーテックス、牡羊座の元へと飛んで行く。

 大赦呼称、アリエス・バーテックスの頭上へと一瞬にして移動すると悟飯が選んだのは踵落としだ。衝撃に耐えきれずに頭を思わず下へと下げたアリエスに、追い打ちの銃弾が襲った。数発撃ちこまれると、流石に根をあげたのか徐々に高度を落とし始めた。

 それを見てから、悟飯は園子の隣へと降り立つ。

 

「今見えるのは二体だね、一体だけでもさっさと倒しちゃいたいけど……」

「どっちが厄介か……。そういえば園子、体はなんともない?」

「うん、ちょっとビリビリ来た程度で問題なし。今の内にやろう!」

 

 そう意気込み走り始めた園子だったが、同時に視界が暗闇に染まりその足を止めた。

 その発生源を悟飯はギリギリに捉えた。それはピスケスが放った煙幕だった。

 

「煙幕か。ならボクが」

「待ってゴッくん!」

 

 大橋全体を包み上げるようにして放たれた煙幕を突っ切ろうと、一歩踏み出そうとした悟飯を、園子が服を掴んで引き留める。

 その瞬間、精霊バリアが張られた。

 煙を弾くそのバリアを見て、その理由がすぐに思い当たった。

 

「毒か!」

「気を付けた方がいいかも。晴れるまで待つか、あるいは、ゴッくんならここから晴らす方法、ないかな?」

 

 その言葉と共に期待するような視線を向けられた悟飯は、笑みをもって返した。

 一歩、前に踏み出すとその拳を握りしめ、その表情を激しい怒りの形相へと変える。

 同時に、悟飯の元へと光が集まり始めた。溜まってゆく光が膨れ、その大きさを恐れるように大地が揺れる。

 アップデートしたというのに、その強くなってゆく衝撃に地面に立てた槍に掴まっていないと園子は吹き飛ばされるんじゃないかと思ってしまう程だ。

 しかし、そんな変身をバーテックスが待つ訳がなく、動き出したアリエスが煙幕に包まれた大橋を無差別に雷撃で襲い始めた。

 

「きゃあっ!」

「くっ……」

 

 須美と園子が悲鳴をあげるが、その攻撃も精霊バリアはしっかりと防いでいる。

 浸食が進むのが見えたが、まだ焦る程ではない。

 バリアが消えると共に、園子と須美の二人は自分の体に力が溜まっていくのに気付いた。勇者服にある花の模様へと目を向けると、いつの間にか色がついていた。

 それを確認すると同時、園子の隣で光が弾けた。

 

「はあああああああああああぁっ!」

 

 爆発にも似た衝撃に完全に辺りを包んでいた煙が全て消え失せる。と同時に、バーテックス二体も衝撃に怯む。精霊バリアのお陰か、園子達にはそれが伝わる事はないが、その存在感から来る圧はしっかりと感じていた。

 

「行くぞっ」

 

 その言葉を園子が聞いた時には、既にピスケスの体が宙に浮きあがっていた。同時にピスケスが居た場所に、足を振り上げた悟飯の姿を見つけた。

 二式の変身は、全ての髪を鋭い棘のように逆立たせ、獰猛さを溢れさせたような、そんな姿だ。その周囲にはスパークを迸り、自分達よりももっと上の、異次元の強さを持っているというのはその姿を見るだけで理解出来た。

 

「かっこいいなぁ、二式」

 

 深い瞬きをしてから、改めて悟飯を見た園子をそう呟く。

 普段と比べて緩む事のない険しい表情に、それだけでバーテックスを倒してしまいそうな程に鋭い目つきへと変わった悟飯を、初めて見た時は恐ろしいとすら感じていた。

 しかし、それでも孫悟飯ではある事には変わらないのに気付けば、そこに残るのは頼もしさだけだ。

 悟飯が浮き上がらせたピスケスを見て、園子は須美の方へ振り向く。

 偶然ではない、お互いが準備とその時が来たと分かっていたからだ。だからこそ、視線を合わせた二人は地面を蹴って飛ぶと共に、それぞれに溜まった力を解放させる。

 その力の名は――

 

「「満開っ!」」

 

 神に見初められた花が大きく咲き誇る。

 何処からか吹き始めた風に吹かれて、花びらを舞い散らせると共に、二人はその姿を変え、新たな武装を生み出す。

 それが神樹様の力を使う花達の切り札、満開だ。

 須美の満開はまさに、戦艦のようだった。生み出された巨大な台座のような乗り物には複数の砲座がついており、それが宙を進んでいるのだ。

 園子の満開はまさに、箱舟のようだった。生み出された巨大な穂先達がその船のオールのような役割を果たしていて、それが空を漕ぐように宙を進んでいるのだ。

 

「綺麗だ……」

 

 それを見た悟飯は思わずそう言葉を漏らす。

 咲き誇った花の輝き、彼女達の放つ神々しさに思わず見とれてしまいそうになる。そして変わったのは武器や見た目だけではない。威力や速度などの強さもまた、大きくあがっていた。

 悟飯風に言えば、気が大きく高まっている。そんな高まった気は、あらゆるものを通さない壁ともなる。それはバーテックスの攻撃さえも、容易く防いでしまう程に。

 

「お前達の攻撃は、もう届かない!」

 

 アリエスの雷撃を防ぎながら、複数の砲座の中心、須美の正面でエネルギーを集めていた。それは悟飯のかめはめ波からヒントを得た巨大なレーザービーム。

 一瞬にして溜まったチャージビームは雷撃を押し返すと同時に、その体を貫く。

 貫かれたアリエスは、修復する事なく弾け、消し飛んだ。そして、光の何かを空へと舞い上がらせてゆく。

 それは、意外にも綺麗さを持った不思議な散り方だった。

 

「園子、任せたっ!」

 

 悟飯が空中から落ちてくるピスケスの一部を掴み、園子へと投げ飛ばす。何倍もある巨体だというのにその速度は尋常ではない。

 しかし、園子は余裕の表情を浮かべると、指を鳴らした。

 

「ふふん、任された!」

 

 合図に合わせて船についていた穂先達が動き出す。園子の意思に従ってそれぞれ八本ほどの切っ先がピスケスへと向けられる。

 そして、ピスケスの全身を貫く。同時にアリエスと同じように弾けると共に光を舞い上がらせた。

 これで二体の撃破が完了した。

 

「三体目が見える前に倒せてよかった」

「悟飯、まだ四体も居るのよ。気を引き締め……て……」

 

 近づいた悟飯の言葉に須美は指を立てて、警戒を促す。しかし、その戦果は今までは考えられない程で、それこそヴァルゴのように無傷の完全勝利を成し遂げたのだ。

 須美の頬も少しは緩んでしまうと言う物だが、それと同時に、須美の体から力が抜けた。

 

「わっしー!? あれ、わたしも……」

「よっと、大丈夫? 力の反動かな。ちょっと休憩しよう」

「え、ええ……」

 

 落下していく二人を受け止め、壁から離れた場所へと降ろしてから、悟飯は壁を見る。

 そこには二体のバーテックスが居た。

 コケの生えたまるで岩石のような牡牛座、タウラス・バーテックスだ。そして、その隣には他のバーテックスよりも一回り大きいバーテックス、獅子座、レオ・バーテックス。

 彼らの進行速度から考えれば、悟飯達の元に辿り着くまでに五分程の余裕はあるだろう。

 

「よし、二人は休憩しとくように。さっきは二人が頑張ったから順番に行こう」

「気をつけ……あれ?」

「あ、足が……」

「どうしたんだ、二人とも?」

 

 二人の様子がおかしかった。

 須美は自身の足を見つめたまま立ち上がらない。

 立ち上がった園子だが、片目を開いたまま、動かない。

 

「なんか、かたっぽの目が見えないんだ……」

「私は、足が動かなくて……」

「な、なんだって!?」

 

 二人がそう言うと同時、変化があった。須美は頭から足へと延びるアームのようなものが。園子は右目を隠すような支えが現れた。機能の回復はないが、須美は行動力を再び手に入れていた。

 それを見た瞬間に、悟飯の目つきが変わる。何か悪い予感とでもいうのか、二人に背を向けて構えた。

 

「とにかく! 二人は休んでいて。もしかすると満開の反動が強いのかもしれない、他に何が起きても危ない」

「そう、だよね」

「ならわっし~とわたしで簡単な援護をするよ。その間は」

「ああ、ボクが二体を相手にする。頼りにしてるよ、須美、園子」

 

 悟飯が親指を立てる。銀と悟飯が何故か気に入って、多用していた合図のようなものだ。それに、園子と須美は返す。

 

「私も頼りにしてるわ、悟飯」

 

 そう言った園子だが、状況だけで言えば、形成は逆転しているように思えた。

 まず、突然の二人の不調だ。

 そして現れたレオは、ただでさえ巨大なバーテックスよりも更に大きい。そんなレオの攻撃は一体どんなものになるのか。もしかすると余波だけで大橋が壊れてしまうかもしれない。

 そして、隣を追従するタウラスは何をしてくるのか。角のような、足のような部位の鋭さや、謎の鐘。今までも、彼らの未知なる行動には四人時も苦しめられてきた。

 そんな不利な点が多いうえに、悟飯は片手しか使えない。攻撃は通じない。二人を護らなくてはならない。

 全くもって、絶望的だ。

 

「わたし達も任された!」

 

 しかし、一つだけ。たった一つだけ、それを覆す希望がある。

 ただ誰よりも強い男。

 世界を破壊せんとするバーテックスよりもずっと。

 孫悟飯、園子達の希望であり、信頼の出来る友であり、紛れもない勇者の名だ。

 

「さぁ、覚悟しろ。バーテックスッ!」

 

 二体のバーテックスへと振り向いて、そう叫ぶ。

 そんな、悟飯の勇気に呼応するように、黄金の光はより一層煌々と輝いた。



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たたかう 三

 樹海に響く轟音と、そこら中で起こる煙。

 須美と園子はもう、悟飯の姿を捉える事が出来ていなかった。ただ分かるのは完全に姿が消失したタウラスと悟飯が戦っていると言う事。そして、悟飯が一方的な戦いをしていると言う事だ。

 

「速すぎる、追いつけない……」

 

 須美はシロガネの標準から顔をあげる。見えない速度で動く相手をどうやって追い掛けようか。

 訓練でも悟飯の動きについてゆくというのは何度もした。お陰で今までと比べればある程度は見えるようになったが、それでも超怒髪天の動きですらまだついていけてはなかった。

 これでは援護どころの話ではなく、レオも悟飯がしっかりと攻撃を挟むお陰で攻撃の一つも出来ていない。

 悟飯に援護を任され、頼りにされたというのに。その焦りを自覚して、一度深呼吸する。

 

「ねぇわっしースマホ見て、スマホ!」

「スマホ?」

 

 園子に言われて自身の携帯を取り出そうとして、それは目の前に現れた。

 卵型の精霊、青坊主がどうやら取り出してくれたようで、その画面には地図アプリが開かれていた。樹海の状況を教えてくれるようになったそれは、現在位置は勿論の事、隣の園子の位置が見える。

 流石に追い切れないのか途切れ途切れになってはいるが、悟飯の位置もある。そして、レオとタウラスの位置もまた表示されていた。

 

「レオが、進んでる……?」

「うん、多分ゴッくんの攻撃じゃ進行は止めきれないんだと思うから、わたし達でレオを何とかしよーって思ったんだ。多分、ゴッくんの方は手を出した方が余計な気がするから」

 

 園子の語尾が少し小さくなったのは、恐らくは須美と同じ悔しさからだろう。しかし、それでも出来る事を見つけるのはやはり、隊長と言った所か。

 須美は改めてレオを見る。あまりの大きさに見ているだけでは気付かなかったがレオが確かに大橋を進んでいる。タウラスを行動不能には出来ている力をもって、時折にレオに攻撃を当て、押し返そうとしている悟飯だったが、やはりレオは特別らしい。

 

「とにかく攻撃するよりは何か作戦を立てないとね。そのっち、案はある?」

「満開ゲージの溜まる条件、多分バーテックスを攻撃したり、精霊バリアで防いだりする事だと思うんだ」

 

 園子が自身のへそ辺りにある花の模様に目を向ける。そこに色はなく、ゲージは溜まってないと言う事を示していた。

 訓練では一度も使用した事がなく、戦いで力を溜めて解放する大技とだけ聞いていた。だから、時間経過でも溜まる可能性はあったが、どうやらそれは間違いなようだった。

 

「満開……」

「やらないで勝てるならそれが良いけど、でも出来る様にして起きたいかなって」

 

 満開は自分達の不調を加速させる可能性があった。

 須美は自身の足を見る。急に一切の言う事を聞かなくなった両足。強烈な喪失感に耐えきれているのは今が戦場だからに他ならない。これ以上何かあったら、自分は耐えられるだろうか。

 ――そんなの、考えるまでもない。

 

「やりましょう」

 

 悟飯も、銀も、同じようにそれでも立ち向かっていたのだ。ここで自分が怯えている訳にはいかないのだ。

 須美は再びシロガネの標準を覗く。見えるのはレオだけだ。

 ここまで観察して気付いたのは、レオの攻撃は遅いという事。

 鬣を模しているだろう円形に均等に配置された針を持つ橙色の部位で力を溜めようとして、悟飯に悉く阻止されていた。

 ただ、それが放たれたらと考えると油断はできない。まだ見えていない残り二体の事もある。まず狙うなら、攻撃手段だ。

 

「――外れたっ!?」

 

 そう決めて、放たれた須美の弾丸は針の一つを貫く事はなかった。命中はした、位置も精度も良かった。

 悪いのは、真っ二つに割れたレオの方だ。

 レオは自身を中央から両断するようにして、二つに割れていた。更に、まるで扉が開く様に割れた体の間から赤の世界が生まれていた。

 そして、燃える灼熱のような空間から小さな何かが飛び出した。

 

「あれは、何……?」

「なんか、一杯居るよ!?」

 

 園子はそれは最初にピーナッツに似ていると思った。しかし、ピーナッツにしてはかわいくない程恐ろしい大きな口とその上に仮面の様な何かがついている。

 それに、小さいと言ってもバーテックス基準であり、須美達よりも数倍は大きい。

 バーテックスは星座を冠している、ならばそれから生まれた彼らに名前を付けるとすれば、星屑だろうか。

 

「はっ! よいしょ! 思ったより弱いかも!」

「耐久力は低いようね、だけどこれじゃ狙いにくい……」

 

 園子は槍を振り回し、次々と星屑達を切り裂いていく。もう少し硬いかと思っていた星屑だったが、それはすんなりと切り裂けた。

 対する須美はスナイパーライフルという関係上、近距離に近づいてくる沢山の星屑を打ち抜くのに苦労していた。そのせいで、何体かが須美を通り過ぎていってしまう。

 

「しまっ――」

「避けろっ!」

 

 自身の失態を取り戻そうとするよりも先に、須美は聞こえた声に反射で大橋の端へと避ける。追加されたアームの機動力は足が動いた時と変わらず、一瞬にして端には到達した。

 ふと、見えたのは反対の端に避難している園子の姿。そして、それを青い波動が覆い隠した。

 その正体は、悟飯のかめはめ波だ。片手だというのに大橋を覆いつくす程の巨大なそれは須美が打ち漏らした星屑も纏めて、押し返している。しかし、レオは違った。

 

「くそ、重い……」

 

 拮抗している訳ではないが、レオは抵抗していた。まだ悟飯が優勢で、少しづつ押し返しているが、その事実はまずい話だ。

 レオが悟飯に抵抗出来る程の力があるというの今の自分達にはレオを倒す手段がないかもしれない。

 唯一の可能性は満開だ。須美は自身の胸を見る。五枚ある花弁の内、四枚既に色がついている。恐らく後、一体でも星屑を倒せば満開が使えるだろう。

 なればこそ、須美は叫ぶ。

 

「悟飯、行けるわ!」

「分かった! 小さいのはボクに任せろ、タウラスを先に!」

 

 須美の言葉に合わせ、かめはめ波が消失する。そして、残ったのは押し返されている間にも増えていたのだろう、おびただしい程の数に膨れ上がった星屑達だった。

 タウラスはといえば、レオの足元辺りで完全に倒れ伏している。

 須美は構えていたシロガネで星屑を一体打ち抜くと同時に、飛び跳ねた。

 

「満開!」

 

 須美の元に光が集まり、戦艦が空を往く。

 複数の主砲は全てがタウラスに向けられる。無視される星屑達は須美を食らわんと口を開け襲う者もいれば、恐らく神樹様を破壊せんと向かう者も居る。しかし、それは須美の管轄外。

 須美が力を溜める中で、星屑が須美に到達する事はなかった。

 

「うおおおおおおおおおっ!」

 

 悟飯の叫びが樹海全体を揺らした。輝きが更に増していく悟飯の前に、それだけで星屑達が吹き飛んで、押し返されていく。

 そう、星屑は悟飯にとって敵にもならなかった。

 

「串刺しだー!」

 

 須美の後ろで、山積みに積み上げられた星屑達が居た。まるで壁にぶつかって落ちたかのように、その先に星屑は居ない。一定のラインを超えた星屑は等しく園子の前に積み上げられていた。

 須美を襲う星屑もそうだ。精霊バリアが張られるよりも先に、星屑が消失する。否、悟飯によって吹き飛ばされ再起不能にさせられていた。

 その処理を園子がしている訳だ。空中から槍の柄を伸ばして複数の星屑が消し去られていく。

 速すぎるそのペースは、悟飯と園子に余裕が出来始める程。

 

「満開ゲージもたまったし、いつでもおっけー!」

「時間制限もある筈だ、タウラスが倒れてから畳みかけよう」

「後ゴッくん、後二体も居る。一発で核を撃ちぬいちゃいたいんだ。あるのは多分一番中央、わっしーの弾の通りが一番悪かった場所。そこにわっしーのレーザーでどかーんとしよう」

 

 園子の言葉を聞いて、悟飯は笑みと頷きをもって返した。

 観察眼で言えば園子の方がやはり高い。星屑の処理も示し合わせた訳ではなかった。適応力や判断力、あらゆる全てにおいて頼りになる。

 流石、勇者の隊長様である。

 

「須美は……」

 

 悟飯がそう言いかけると同時に爆発音が前からした。

 タウラスが弾け、光が舞い上がっていた。後、三体だ。

 

「行こう!」

「任せて、満開!」

 

 園子が姿を変えて、再び二艘の船が空に降り立った。

 その中央には燃え盛る炎のように輝くオーラを纏った悟飯。それに相対するのは巨大なレオ・バーテックス。

 既に扉は閉じられているが、星屑はまだ残っている。簡単な処理だけ先に済ませようと悟飯が動こうとして、先に動いていたのはレオだった。

 顔を持たず、感情もないようなものがバーテックスだ。無言のまま、バーテックスは力を溜めていたようで、レオから放たれた炎がその中央に集まり、巨大な火球を生成していた。

 その大きさは、三人どころか、大橋を簡単に飲み込んでしまえる規模。

 火球の出す熱に汗が流れる。喉が渇く。それはまるで、

 

「太陽――」

 

 悟飯がそう、呟いた瞬間だった。

 どこからか、心臓の音にも似た音を聞いた。

 

「えっ?」

 

 その音は須美と園子にも届いていた。静かな、呼吸に合わせたような穏やかな音ではない。荒く、何かが迫ってくるような焦燥感を駆られるほどに速い鼓動。

 そして、急に悟飯の動きが止まっていた。胸を抑えるようにして浮かぶ悟飯の元へと向かおうとして、更なる変化が訪れる。

 上半身の服が破けた。同時に肥大化した筋肉とやけに毛深い体が現れる。 

 

「あ、がっ……」

「ゴッくん!?」

「悟飯っ!」

 

 尋常ではない変化を始めた悟飯に思わず二人は叫ぶ。

 しかし、同時に浮かんでいた悟飯の体が徐々にその高度を下げてゆくだけで、その返事はない。

 それを見届けながら、二人は悟飯の元に向かっていきたい気持ちを抑えつける。

 言うまでもなく、優先順位は目の前の火球だった。しかし、その規模に二人は思わず息を飲む。

 

「二人だけでやるしかないわ、そのっち!」

「そうだね! やるよー!」

 

 須美はエネルギーを溜め、似たようなエネルギー弾を生み出していく。園子は押し返す為の穂先で作った盾を構える。

 そして、それは激突した。

 

「はあああああっ!」

「やあああああっ!」

 

 絶えず送り続けられ巨大になっていくエネルギー弾と八つの刃で出来た盾でようやく拮抗していた。が、それは一体二だった場合だ。

 園子の前に、一体のバーテックスが居た。それは人型で、晒し台につけられたような嫌な見た目だ。それが、目の前に。

 

「えっ」

 

 蹴りが園子を襲わんと振るわれた。

 しかし、それは精霊バリアによって防がれる。ただ、バーテックスにはそれでよかった。

 

「そんな、押されてっ」

 

 園子の盾の力が緩んだ事で、拮抗していた力が崩れて火球が押し返し始めてしまう。それと同時、浸食が大きく進んだ。

 根で出来た地面が焼けたように白く変色していったのだ。そして、それは例えではなく、実際に焼け、炭とかしていたのだと気付く事になる。

 衝突を続ける二つの球の衝撃に、その根が崩れていき始めたのだ。その浸食の速さは今までの比ではない。

 もはや、大橋が完全に消失し始めてしまっていた。

 慌てて園子が盾を展開しようとしたが、もう遅い。

 二人の目の前に迫った火球に思わず、腕で顔を隠して防御姿勢を取った。

 

「……あれ?」

 

 しかし、想像していた衝撃は訪れる事はなかった。それどころか、感じていた熱も消えていた。

 二人が防御姿勢を解くと、そこにはただ黄色があった。

 

「え?」

「ウオオオオオオオオオオ!」

 

 心臓を握りつぶされそうな叫び声が響く。

 明らかに人間のそれではなく、改めてみればその大きさもまともな物ではない。バーテックスに劣らない巨体が樹海の上に立っていた。

 そして、振り上げられていた右手にはバーテックスが握られていた。

 

「あれ、さっきの!」

 

 それは、確かに園子の邪魔をしてきていた人型のバーテックスだった。

 そして、同時に二人の思考を察知したのか、スマホを持った青坊主が、鴉天狗がそれぞれ現れる。

 それは双子座、ジェミニ・バーテックスと呼ぶらしいバーテックスだった。そして、全く同じ場所に孫悟飯と書かれたアイコンがあった。

 

「もしかして、あれがゴッくんなの……?」

 

 園子の言葉に須美はまさかと思ったが、その時、巨体は握ったジェミニを握りつぶした。完全に粉砕されたジェミニは光を舞い上がらせて消えてしまう。

 

「……壊しちゃた」

 

 今まで傷の一つも与えられなかった悟飯がジェミニを握りつぶしている。その事実は二人は呆気に取られる。

 願いに近いが、須美はもしかすると悟飯じゃないかもしれないとも思っていたが、同時にその巨体の左腕がだらしなく垂れているのに気付いた。

 

「そんなどうして……」

「ウワアアアアアアアアア!」

 

 咆哮と共に、巨体が振り向く。そして気付く、そこには猿の顔があった。

 しかし、猿と言ってもニホンザルなど人に近い顔ではない。

 ヒヒの様に口が伸びているが、ヒヒの様に穏やかな顔でもない。

 怒り狂っているように寄せられた皺と、異常に赤く染まった瞳。そして、逆立った黄金の毛。

 それを何と呼ぶか、心当たりが二人にはあった。

 

「大猿……!」

「ガアアアアア……」

 

 黄金大猿。

 須美の言葉に答えるような叫び声と共に、大猿はその赤く染まった瞳に須美達を映していた。



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やくそく

「大猿が、どうして……ここに……」

 

 大猿とは、神世紀で昔から人気なキャラクターの一つで様々な作品に登場していた。元を辿れば西暦の終わり辺りから始まった御免ライダーのシリーズに登場したキャラクターだ。それからその大猿を使う作品が増えていった。

 その作品達を思い返せば、何故か共通のイメージがあった。今目の前に居る大猿の様に、ゴリラ、チンパンジーやヒヒなどを組み合わせたようなそんなイメージが。今思い返せば、著作権で騒ぐ者がいなかったのも違和感だったかもしれない。そして、何故大猿だったのか。

 その真実は二人の目の前だ。

 

「実在していたから……?」

「そんな、ありえないわ! 人が大猿になるなんてそれこそ創作でしか……」

 

 そこまで言って思い出す。創作で見た大猿は全て、人が大猿に変化していたなと。しかし、同時に大猿になるには太陽ではなく、満月が必要だった筈なのだ。

 須美は頭の片隅に違和感を残しながらも、衝撃の連続で動きを忘れた園子に対して、大猿はその大きな口を開いたのを見た。

 もしかして何か言うのかと思ったその時、鋭く生えそろった牙の奥に、赤い光が見えた。

 

「まずい、避けてそのっち!」

「え、あっ……」

「なっ、そのっち!」

 

 須美の言葉よりも早く、限界が来たのか園子の満開が解かれてしまった。しかし、それは幸運な事でもあった。

 満開が解けると同時に大猿の口から赤の光線が放たれる。その射線は、満開が解けなければ間違いなく園子を直撃していただろう。しかし、落下していく園子にはその風圧だけが遅い、放たれた光線は大橋を超え、町のあった場所へとぶつかり、巨大な爆発をあげた。

 

「なっ、何をしてるの悟飯!」

 

 怒気を孕んだ声で須美は叫ぶ。が、それを止めるようにして再び青坊主がスマホを見せる。そこは光線の着弾地点だった。そこにはジェミニと書かれたアイコンがあり、数秒後にアイコンが消えていった。

 慌てて振り向けば、そこには舞い上がる光が見えた。まさかあそこまで、バーテックスが進行していたというのか。

 

「気付かなかった……」

 

 悟飯の行動理由に気付いて、胸をなでおろす。どうやら大猿になっても悟飯である事には変わらないらしい。

 しかし、それでも危ない行動をしたのには変わりない。そこに不穏な気配を感じてしまう。

 その時、須美の船に園子が飛び乗った。

 

「そのっち! 無事だったのね、よかった!」

「ねぇ、やっぱりなんか変だよ。今度は左腕が動かなくなっちゃたよ! それにゴッくんが大猿になっちゃって……」

 

 園子が左腕を見せてくる。動いてるじゃないかと思ったが、その横に須美のアームの様に補助具がついているのに気付いた。

 そして、園子が握っていた切れてしまっているが黄色のリストバンド。それは、悟飯がつけていたものだ。

 しかし、それを気にしていられる程の余裕はなかった。

 

「分からない。でも、悟飯のお陰で後一体なの。それに、あいつを倒さないと、世界が終わってしまうのよ」

「……そうだね。後一体なんだよね、頑張ろう!」

 

 双子座の名を冠したジェミニで二体。十二星座なのに六体の神託となった時に、それは予想されていた。

 実際にそうだとは思っていなかったが、何はともあれ悟飯の仮説は当たり、実際に十二星座を冠していて、残り一体となった。

 後一体でお役目は終わる。その事実が二人の不安を覆い隠す。

 しかし、それは思わぬ形で覆される。

 

「――えっ」

 

 不意に飛んできた拳に、須美が吹き飛ばされた。園子も吹き飛ばされるが、精霊バリアで受けた須美程ではなく、すぐ近くの地面に着地する。

 対する須美は満開が解かれ大きく後ろへと吹き飛んで行った。

 

「わっしー!」

 

 バリアとは言え衝撃を完全に消せる訳ではない。落下の衝撃などダメージは防ぎはするから大きな怪我にはならないが、それでも心配で叫んでしまう。

 

「ゴッくん、どうして!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 須美を吹き飛ばした張本人、大猿は咆哮で答える。耳をつんざくその叫びに、思わず園子は耳を抑えて耐えるしか出来なかった。

 そして、それを止めたのは皮肉にも星屑だった。再びレオが開いた炎の空間から星屑達が現れる。大猿目掛け襲い来る星屑達だったが、巨体にも拘らずもった高い機動力によって握りつぶされ、踏みつぶされていく。

 

「……理性が、ないの?」

 

 大猿は目につくもの、全てを攻撃しているように思えた。

 しかし、その攻撃はあまりにも雑で、数体が大猿を超えて神樹へと向かっていた。

 そのすり抜けた星屑達を倒していきながら、園子は自分の満開ゲージが溜まっていくのを感じていた。

 

「左目、左腕、今度は、左足かな……」

 

 失われる機能に当たりを付ける。しかし、怖くはなかった。

 孫悟飯は片腕のみ。三ノ輪銀は利き腕と、片足。もう既に失われてしまった二人の姿を見ていた園子はきっと大丈夫だと確信していた。

 四人なら、クラスメイト達となら、どんな結果になってもお役目が終われば楽しく生きていけると。

 

「満開っ!」

 

 ゲージが溜まり切ると同時に、園子は三度箱舟を動かす。

 そして、同時にレオは現在扉を開けて隙を晒していた。多少雑でも星屑を大猿は処理している。

 今が、チャンスだ。

 

「ここからっ!」

 

 全速力で船を動かす。先端に穂先を重ね巨大な槍を生みだして、突撃を開始する。

 加速が繰り返される。

 羽ばたくように、神風の如く。

 少ない星屑を蹴散らしていく内に、園子の船は輝きを増していた。流れ込み続ける神樹様の力がオーラのようなものになって現れ始めていたのだ。

 そして、そのオーラは鳥のような形を取り始めてゆく。燃える炎のように揺らめきながら、翼を広げた姿はまるで不死鳥だ。

 

「出ていけえええええええ!」

 

 レオへと突っ込む。

 無防備に扉を開いていたレオは勢いに負け、そのまま壁に叩き付けると同時に、爆発を起こす。

 最後の光が、空に登ってゆくのを見た。

 近くで見て、初めてその光が虹色に輝いているのに気付いた。園子は綺麗なそれを見つめながら、息を吐く。

 

「終わったんだ……」

 

 そう安堵して、満開を解いた。

 壊れてしまった大橋ではなく、壁の上に降り立った時、園子は膝ついて倒れた。

 こみ上げる吐き気と謎の異物感に咳き込む。急に荒くなってしまった呼吸にまた、何か失われたのだと理解した。

 

「後はゴッくんを何とかしないとか」

 

 大猿の対処には心当たりがあった。

 それは尻尾を切る事だ。他人の創作からの知識ではあるが、大猿が実在した事を考えれば当てにしていいだろう。

 

「うん?」

 

 その時、園子の足に一つの球がぶつかった。それは拳よりも少し大きい程度の透明なボールだった。オレンジ色がついてはいるが向こうが透けて見えていて、その中心には四つの赤い星があった。

 

「なんだろうこれ」

 

 手に持ったそのボールを見て、考えてみるが思い当たるものはない。バーテックスが落とした物なのか。それすらも曖昧だが、不思議と見つめてしまう魅力があった。

 左右に顔をふって、現実を思い出す。

 悟飯を何とかしなければならないのだ。そう思い出して、園子はそのボールを懐へとしまってから、改めて大橋に向き直る

 

「よし、もう一つ踏ん張り――」

 

 その時、園子が見たのは、大橋から降り、海飛び込んでいた大猿が園子に向けて口を開いていた姿だった。

 反応したのは奇跡に近かった。咄嗟に盾に変形させた槍で防御の構えを取る。

 

「きゃああっ!」

 

 精霊バリアと合わせ、大きく威力は殺せた筈だというのに園子の体は浮き上がり、後ろへと弾かれてしまった。

 このままでは壁の外に落ちてしまう。そう思った時だった。

 急に視界が切り替わる。金色の壁が視界一杯に広がり、強い風が髪を吹き上げた。

 

「なに、ここ」

 

 槍を地面に突き立て、何とか壁の上に止まれた園子が振り向き、辺りを見回して見えたのは灼熱の地。赤で支配された景色だった。

 まるで世界が、終わっているようじゃないか。

 そう思ってしまう程に、何もかもが違う景色が目の前に広がっている。

 人は、驚きが限界を超えると逆に冷静になれるらしい。園子は、荒くなる息を自覚しながらも、ただ静かに周りを眺めていた。

 

「なに、あれ」

 

 その灼熱の地には、バーテックスが居た。それも一体だけではない。数えてみれば十一体のバーテックスが並んでいる。

 更には辺りを数多の星屑が徘徊している。 

 そこに平和な青空はなく、星空輝く夜空もない。見える空は、黒ではあるが白の星の様な何かだ。恐らくあれは、バーテックスなのだろう。

 思わず、胸に手をあてて、恐怖を紛らわそうとして、園子は気付いた。

 

「あれ、心臓、動いてない」

 

 ある筈の鼓動が感じられなかった。

 本来はそんな筈ないと確かめなおすだろうが、今までの経緯を考えれば事実、心臓は動いてないのだろう。

 力なく揺らした片手と共に、園子は大きく息を吐いた。

 

「ああ、わたし、わかっちゃった」

 

 小さな、か細い声は吹いた風にかき消される。

 この世界にとって、人間はちっぽけな存在だったらしい。

 神樹様が居なければ、本当に誰も生きていけない程にちっぽけで、矮小な存在。

 生き残る為には大切な何かを犠牲にし続けなければならない程に弱い。

 そして、その犠牲は――。

 

「はっ!」

 

 襲い来る星屑に気付いて、慌てて園子は元来た道を戻る。

 光の壁を潜り抜けると戻ったのは樹海だ。後ろを振り向くと、そこにはあの赤の景色はなく、まるで嘘だったかのように壁の外の景色、海が広がっているのが見えた。

 園子は、自分の抱えた気持ちを宙を往きながら、整理していく。

 

「GUAAAAAA!」

 

 伸ばした柄を棒高跳びのように使いながら海の上を飛んで行きながら、聞こえた叫び声の主を見た。

 園子を見失い、する事を見失ったからなのか、海へと拳を叩きつけたり、ドラミングと共に咆哮をあげる悟飯。

 彼はどうして大猿と化したのか、園子には皆目見当もつかない。しかし、尻尾を切ればなんとかなるかもしれない。最悪、満開してでも。

 

「わっしーは……居た!」

 

 大橋の端っこ、浸食によって白く炭のように色を失った根っこの上で、変身の解けた須美がへたり込んでいた。

 その視線の先には大猿が居る。確かに、友人が大猿になれば動揺もするだろう。

 そう考えて、園子は須美の前に降り立つ。

 

「わっしー! 大変なんだよ、壁の外がね――」

 

 そこまで言葉にして、園子は言葉を切った。思っている反応が来ない。それどころか、困ったような視線を向けられていた。

 自分を心配するでもなく、褒めてくれるでもなく、喜びを分かち合おうとする訳でもない。

 

「誰……ですか?」

 

 その言葉で、全てを察する。

 目や腕など、目に見える外側の機能だけが失われる訳ではないのは数分前に身をもって知った事だ。そして、それは恐らく脳、もっと言えば記憶までも対象となるのだろう。

 

「なんですか、一体……。ここは、あの怪物は……」

「あっ……」

「そうだっ、女の子がいたんです! 青鈍の髪の、とても元気な女の子がっ何処かに居て、一緒に逃げなきゃって……」

 

 ヒュ、と息を飲んだ音がした。

 ああ、なんて酷い話だろうと思った。

 

「わっしー!」

 

 思わず叫んでしまう。その言葉に何の意味もないと分かっていながら、願うように叫んだ。

 しかし、その願いは困惑の表情で消える。

 

「……なに、あれ」

 

 困ったように辺りを見回した須美が、壁の方を見て後退りをした。

 釣られるように園子も振り向けば、そこには外で見た十一体のバーテックスとさっき倒したばかりのレオも加えて十二体全てのバーテックスが居た。

 完成までが早すぎると思ったが、そんな泣き言を誰も聞いてはくれない。

 希望が絶望になってから、もう追い打ちを何度食らっただろうか。

 でも、それでも園子は一度目を伏せてから、バーテックス達を睨みつける。

 覚悟を決めたのだ。

 

「大丈夫」

 

 振り向いて、須美の手を取る。

 握りしめられているだけだった園子のリボンを、須美の手に結び始めた。

 

「後はわたしがなんとかする」

 

 精一杯の笑顔を作る。

 無理しているのを気付かれないように。涙を流さないように。

 

「わたしは乃木園子、貴方は鷲尾須美」

 

 後ろで爆発音がした気がした。

 悟飯がもう動き始めたのだろう。バリアはないが、大猿となっても強い彼がすぐに死ぬとも思えないが、大丈夫だろうかと不安になる。

 

「彼は孫悟飯、あの子は三ノ輪銀」

 

 結び終えたリボンを見て、園子は改めて笑みを浮かべる。

 うん、やっぱりちゃんと似合っている。髪につけてくれたらもっと似合っているのだろう。

 

「四人は友達なんだよ。ズッ友なんだよ」

 

 もうバラバラになってしまうだろうが、そう信じている。

 そう、約束をしたのだ。

 

「後で、また会えるから」

 

 だって、死なないのだから。

 須美が腕に受けられたリボンと、園子の顔を見比べるように何度も見てくる。

 きっと園子の言っている意味も分からないだろう。

 それでいい。

 それがいい。

 

「だから、ちょっと行ってくるね」

 

 背を向け、歩き出した園子の背中を、須美は無意識に手を伸ばしていた。

 自分でもどうしてかわからないだろうに。

 しかし、それが園子を掴む事はない。

 

「……満開っ!」

 

 走り出した園子は躊躇わずに切り札を使う。

 友を守る為。

 彼を救う為。

 友と笑う為。

 眩い光を放ち、その不死鳥は顕現する。

 光に相対するは、それを焼き尽くさんとするバーテックス。

 そして、大猿と化し理性を無くした悟飯だ。

 どれだけ満開すれば倒せるだろうか。正直見当もつかない。

 でも、何度死んだって倒して見せる。

 だって、死ねないのだから。



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やくそく 二

 本当に、酷い話だと思う。

 どれだけ満開して、神の力をその身に宿したとしても、届かない壁があるというのだ。

 そんな壁を相手にすれば、誰だって絶望してしまう。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 回数は覚えていない。どれだけ時間が経ったのかも数えていない。

 ただ、園子はまだ一体もバーテックスを倒す事が出来ていなかった。

 

「GUUUUUAAAAAAAA!」

 

 砕かれたピスケスの姿を見ても、園子は何も思う事が出来なかった。

 バーテックスを倒していたのは全て、悟飯だった。大猿の凶暴な力と、舞空術もなく、巨体にも関わらず陸海空を自由に駈ける高い身体能力にバーテックスは最早成すすべもなく一体、また一体と倒れ、砕け散ってゆく。

 では何故園子は満開をしたままなのか。

 悟飯が、ふと思い出したように園子を見た。と同時に姿が消えた。否、空をゆく園子の真下から跳躍して近づいてきたのだ。

 

「避けれないっ……!」

 

 そして、飛んできた悟飯の拳は精霊バリアと満開の盾を併用してようやく受け止め切れた。どちらか片方では衝撃を消しきれずに吹き飛ばされ、満開が解除されてしまうのだ。

 そう、つまりは悟飯は全てを荒らしていた。

 生き残っているバーテックスはもう水瓶座、アクエリアス・バーテックスと獅子座、レオ・バーテックスの二体だ。

 アクエリアスは悟飯に対して、水の波動砲を放つ。園子達が最初に戦った時よりも太さや速さが上がっているように見えたそれだが、悟飯は背中にそれを受けた後、防御する事なくアクエリアスに振り返った。

 

「……ほんとは嫌なのになぁっ!」

 

 悟飯という圧倒的な力が居た時、それ以外に勢力が二つ以上あればどうなるか。

 そう、共闘だ。バーテックスと共闘など悪夢でも見ているのかと思う程だが、悪夢だったらどれだけ楽かとも思えた。

 それくらいに酷い状況の中、アクエリアスを護る為に園子は悟飯の背後へと剣を伸ばす。尻尾さえ切れば、この悪夢は終わるのだ。

 しかし、反応速度もまた異常に高い悟飯はそれを避けながら、アクエリアスの前へと飛んでいく。そして、間もなくアクエリアスは悟飯の牙によって砕けた。

 

「もう、一体……それまでに……」

 

 そう呟く園子の前にいつの間にか大猿の顔があった。

 

「しまっ――」

 

 言葉を言い切るよりも、悟飯が開けた口から放たれた光線の方が速かった。

 防御もしきれずに、精霊バリアが園子を護るが満開は解けてしまう。それと同時に既に全身がアームで支えられている姿へと戻る。もう、自分の体では一歩も歩く事は出来ない。

 

「う……うぅ……」

 

 痛みか、それとも別の何か。園子の言葉は誰にも届かない。

 アームで支えられた右腕で顔をこすってから、立ち上がる。どれだけ失っても、それでも動けてしまうのも、また酷い話だ。

 動けるのなら、しなくてはいけないではないか。

 

「さぁ、かかってきなよゴッくん!」

 

 意を決したように園子が叫ぶ。

 彼女の意思は、希望はそれでも消えない。

 

「GUAAAAAAAAAAAA」

 

 悟飯は園子の叫びに反応し、再び園子へと飛び跳ねる。

 満開で船を出している時は的の大きさから回避が難しいが、通常時は何とか回避が出来た。更に言えば、精霊が増えているのにも気づいた。

 精霊バリアを逸らすように使いながら、園子は悟飯と何とか戦っていた。

 とは言え、反撃は出来そうにもない。このままではジリ貧である。

 園子が苦虫を嚙み潰したような表情で、悟飯の後ろを見た。そこには、巨大な火球が生み出されていた。悟飯が止めた火球よりも更に大きくなっている。全てのバーテックスが倒れるまで溜めていただけはあると思うが、にしても大きすぎるように思えた。レオを悠に飲み込める程の火球は、奥の手を出したのか、あるいはバーテックスが強くなっているのか。

 いずれにせよ、悟飯はどうしても振り向かなければならなくなった。

 

「これで、最後っ! うおおおおおおおおお、満開っ!」

 

 全てを使い切るようにして、箱舟が蘇る。

 死ななくとも、疲労は溜まる。これ以上、自分は戦えるのだろうか。そして、自分はこれ以上捧げられるものなんてあるのだろうか。

 そんな不安を振り切るように、箱舟が大きく進む。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAA」

 

 悟飯が片手を突き出し火球を受け止めた。が、流石に威力が高かったのか受け止めた直後に、悟飯が大きく後ろへと押し返されていく。

 熱もあるだろう、悟飯と火球の間から焼ける様な音と煙が上がっていた。

 しかし、それは悟飯を倒せる理由にはなりえなかった。

 火球はその動きを止めた。レオ・バーテックスの全ては、悟飯の手によって完全に止められてしまったのだ。片手だけなのは、もはや悟飯にとってハンデでもなんでもないらしい。

 更にあろうことか、悟飯のその足を一歩進め始めていく。

 

「嘘……」

 

 園子はもう、唖然とするしかなかった。

 あんな攻撃、自分だったら絶対に止められる事はない。だというのに、悟飯は押し返しているのだ。こんなのどう倒せばいいのかと思ってしまう。

 だが、それでもチャンスはやってきていた。

 押し返している悟飯の背中に園子は居る。つまり弱点の尻尾は今、無防備に園子の前に晒されていた。

 しかし、すぐに切ってしまえばこの火球は園子を容易く飲み込み、神樹様を破壊するだろう。だから、狙いをつけつつも、園子は耐える事しか出来なかった。

 

「GUAAAAA……」

「今だっ!」

 

 悟飯が一瞬、腕を引いたのを園子は見逃さなかった。それは反撃の合図。

 抑えていた手をどけると同時に、悟飯が火球を殴りつけた。

 その衝撃は、園子の船を容易く揺らした。荒波に揉まれるかのように、不安定に揺れる船体を園子は何とか抑える。

 既に園子は、飛ばした八つの刃を悟飯の尾の周囲に集めていた。いつでも切り裂けるようにと。

 

「と、閉じろぉぉぉぉぉ!」

 

 園子の叫びと共に刃が集まり、悟飯の尻尾が切り裂かれる。同時に、火球がレオに衝突した。

 レオも黙って火球に飲み込まれる訳ではなかった。再び同じような火球を作り、何とか抵抗を見せていた。そして最終的に、両方の火球はその形を保ち続ける事が出来なくなっていき、遂には爆発した。

 巨大な爆発と共に、レオも、悟飯も、園子も吹き飛ぶ。

 そして、大橋は、その大半の形を失った。

 

――

 

 悟飯が目を覚ました時、樹海が解除されていない事に気付いた。

 失われた服を見て、慌てて道着を生み出そうとして下半身、ズボンだけしか生み出せなかった。同時に酷い倦怠感に襲われて、自分の体が傷だらけになっている事に気付いた。

 

「良かった、ゴッくん目、覚めたんだ」

 

 声のした方向は足元だった。そして、そこには園子が居た。そして同時に絶句した。

 彼女の全身には数多のアームがあった。右目、両手、両足。片耳。目に見えるのはその程度だが、それでも異常だ。

 

「園子……それ、まさか」

 

 察しの良い悟飯に、園子は少し困ったように笑った。

 

「ごめんね、もうちょっとだから」

 

 満開ゲージを溜める為にはバーテックスと戦う必要がある。だが、もう園子にはその体力も機能も失われかけているのが見てとれた。

 顔をあげれば、レオ・バーテックスだけが壁から一体が、こちらに侵攻しているのが見えた。しかし、それはよくみれば今までと異なり、赤色に染まっていて内で何かがうごめいている様にも見える。まるでそれが、未完成かのように。

 だからこそ、悟飯は起き上がろうとする園子の肩を抑えた。

 

「どうしたの?」

「やめろ」

「なんで?」

 

 悟飯の祈るような言葉に、園子はいたずらっぽく笑った。

 悟飯も、分かっていた。

 

「でも誰かがやらなくちゃ」

「やめろって言ってるだろ!」

「ゴッくん……」

 

 悟飯の言葉に、園子は困ったふうに目を細めてから視線を逸らす。

 既に悟飯の変身は解かれていて、服が生み出しきれなかったのも見られているのだろう。悟飯も相当に限界が来ていた。

 だが。

 それでも。

 

「くそっ……くそ、くそっ!」

「大丈夫、ゴッくんは悪くないよ」

 

 地面を殴りつける。

 銀を救えた時、勘違いをしてしまったのかもしれない。

 今回もまた、そうなのか。ボクは、結局失うのかと。

 

「そんなの、認めるか……」

 

 それは、悟飯の我儘だ。

 

「こんなの、許せないに決まってるだろ……」

 

 そして、悟飯の怒りだ。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 そんな悟飯の叫びに答えるように、空気が渦巻き始める。

 地を揺らし、あらゆる音が消えてゆき、世界を黙らせる。

 そして、悟飯を内に秘めた怒りが可視化されたオーラとなって、天へと上った。

 

「うわああああああああ!」

 

 再び、髪が逆立ち始める。

 ほとんどなくなった体力が更に酷使され限界を超える。

 金色の輝きも保てず、黒髪から金髪へ、金髪から黒髪へと点滅するように繰り返していた。

 しかし、それでも最後の力は振り絞られた。

 

「ゴッくん……?」

 

 そして、園子は見た。

 逆立つ髪が、更に伸び始めているのを。

 悟飯の背中から、茶色の尻尾が伸びているのを。

 

「出来損ないの化け物は……」

 

 そして悟飯は、()()()()()()()()()()()

 それと共に手の平へと光が集まり始める。

 両手を合わせ構える。

 気を集め、球にする。それを肥大化させて、押さえつける。それがかめはめ波だ。

 しかし、それはもう爆発のようだった。膨れ上がる気が今までのどれとも違う。

 

「出ていけぇぇぇぇぇ!」

 

 最後に大きく縮められた気を解き放つ。

 それは太くはない。しかし、今までのどれよりも眩く、速く、強かった。

 レオに抵抗できる術はなかった。一瞬にして貫かれたレオは消滅こそしないが、一瞬にして壁の外へと押し込められる。

 姿が見えなくなって、何秒か。一分か、十分か。

 悟飯の体力がなくなるまで放たれ続けたかめはめ波はその勢いを段々と弱め、遂に光となって消えた。

 

「うおあああああああああああああ」

 

 悟飯の叫びが樹海に響く。

 それを聞き届ける園子は、言葉を失っていた。

 悟飯は追い返しただけではあるが、それ以上にもっと。

 腕が動いた事。

 悟飯の変わりかけた姿の事。

 変わらない頼もしさの事。

 そして、決して衰える事のない希望の光の存在を。

 それと同時に、戦いの終わりの合図。樹海化が解ける音を聞いた。

 

――

 

 樹海化が解けた時、三人の誰も意識はなかった。

 そして悟飯が目覚めた時、彼を迎えたのは三ノ輪銀ただ一人だった。銀が見たのは、大猿が神樹様に大きく近づいたジェミニを倒した所までだった。守り切るのが不可能とされたのか、神樹様の根に閉じ込められたと本人は語った。

 そして、その後の顛末を全て聞いた。

 大橋が大きく損傷し、修復不可能になってしまった事。

 乃木園子はお役目の最大の功労者として、大赦の何処かに連れられてしまった事。

 鷲尾須美は、酷い怪我で隔離されている事。

 

「……恐らく、再び会える可能性はとても低いかと」

「そんな……」

 

 そして暫く日が経ってから、更に補足として、大赦の神官を名乗った女はそう伝えられた。

 悟飯も全身傷だらけになっていたが一番傷が少ないという自覚があった。そして、大猿になっていた期間の記憶がない。だからこそ、それも仕方ない事だと受け入れるしかなく、それ以上の言葉が出なかった。

 

「元気出せって悟飯。全員生きてるんだ。可能性が低いが何だ! きっと会える!」

「そう、だよね」

 

 背中を叩いて励ましてくれた銀の言葉に、悟飯は笑顔を取り戻す。

 その時、銀はひゃあと声をあげて叩いた手をひっこめた。自分の後ろに何かあったかと思って振り向いてようやく気付いた。尻尾で銀の手を触っていたらしい。

 

「あっ、ごめん。まだ尻尾がある事になれていなくて」

「いや、いいんだけどくすぐったくて」

 

 戦いの後、悟飯には尻尾が生えていた。猿のような毛におおわれた長い尻尾は悟飯の意思で動きはするが、普段は無意識で動かしてしまい銀をくすぐらせていた。

 その事実を知った時は驚いていた。良い機会だと宇宙人とのハーフである事含め、全てを話していた。

 最初は驚いていたが、今更かと銀は簡単に受けれていた。

 最後の戦いを銀は悟飯が大猿になるところまでは見ていた。赤い光線を放ったあたりで大きく吹き飛ばされて、それ以降は見れていないが大体を目の当たりにしていたらしいのもあるだろう。

 だがそれはつまるところ、

 

「ボクは、園子達を攻撃していたんだよね」

「正直、理性を失ってるとは思った。本気で当てるつもりに見えたし」

「園子の怪我ってさ……ボクのせいなのかな」

 

 俯いてしまった悟飯を見て、銀は少し困った様に頬を掻いてから、背中を叩く。

 

「過ぎた事考えるよりも、これからどうするか、考えようぜ!」

「え?」

「お役目、一応終わったんだろ? でも暫く入院って話だし、勉強とかさ」

「あー」

「その事なのですが、一つ大赦から提案があります」

 

 そういえばと直立不動を崩さない大赦の神官は手に持ったタブレットの画面を見せた。

 そこには幾つかの中学が書かれていた。

 

「お二人とも、これからの生活に苦労される事と思います」

「ま、まぁ……」

「この中の学校であれば、障害を持った人へのアシストが充実しています。もし、ご検討なさる際は大赦の方に相談していただければ出来る限りのサポートをさせていただきます」

 

 受け取ったタブレットの中身は近い所から遠い所まで沢山の学校が並んでいた。そして、それぞれにあるサポート内容などが事細かく書いてある。

 特にこの、讃州中学は凄い手厚さだ。酷く遠い訳でもなく、引っ越す場合に一軒家も用意してくれるなど手厚さが尋常じゃない。

 

「讃州中学は、どうしてここまで手厚いんですか」

「それは、こちらとしても学校により、サポートのしやすさなどが出てきます。讃州中学はその中でも最もサポートしやすい学校なのです」

「そう、ですか」

 

 銀と顔を見合わせる。銀はまぁそうだよなと簡単に流しているが、悟飯は顎に手を当て考え込む。

 ここまでで、大赦に対する信用は大きく失われていた。嘘をついているとかではないが、話していない事があまりにも多すぎるのだ。この提案も恐らくは何か裏の理由があるのだと思えて仕方がない。

 

「園子は何処に進学するんですか?」

「乃木様は、進学出来る目途が立っておりません」

「須美は」

「……鷲尾様も、同様です」

 

 肩をすくめた銀を見て、悟飯は考える。とは言え今の、白鳥家との付き合いを切ってまで行くかとも考えるが、その思考を読んだのか神官は更に続けた。

 

「使用人などはご用意できます」

「うーん」

「その讃州中学に入ったら、お手伝いさんに、これから毎日弟たちの世話ってお願いできますか」

「銀?」

 

 あまり響いてない悟飯の横で、銀が真剣な顔でそう尋ねた。

 その銀の言葉に悟飯は当然に、神官も驚いていた。

 

「あたし、お見舞い来てくれてるけど、家族が大変になってるのが分かってさ。なんとかこういう形でもいいから支えたいって。ズルしてる気もするけど」

「三ノ輪様……」

「ボクも、お願いします」

「悟飯、どうしてお前まで」

 

 銀の理由を聞いた悟飯は頭を下げる。その気持ちは悟飯も同じだ。

 やっと落ち着いてきた悟天の世話だった筈なのに、自分のせいで負担を増やしていた事を、悟飯は気に病んでいた。

 それが解消されるというのなら、大赦の思惑に乗っても良いと言うものだった。

 

「分かりました。孫家、三ノ輪家へ最大限、支援させていただきます」

 

 そうして、悟飯達の讃州中学への入学は決まった。病室から出ていった神官を見送ってから、悟飯は隣を見る。

 どんな時も笑顔を崩さない、明るい友が笑い返してくれる。これから先、どうなるかなんて想像もつかないが、悟飯には幾つか目標が出来ていた。

 

「銀、決めたよ」

「え、何を?」

「夢だよ。前に話したじゃないか」

「あれ、学者じゃなかった?」

「それは変わらないんだけど。医学者っていうのかな、ボクの手や銀の手足、きっと須美も園子も沢山傷ついてる。それを何とか出来るような学者になりたいなって」

 

 人の役に立つという大雑把すぎた夢に、更に方向性が定まった瞬間だった。

 きっと同じように苦しんでいる人が居る筈で、自分含めて何とかしたいと本気で考えた末の結論だ。

 そして樹海での最後は記憶。

 何故か動いた左腕。今はうんともすんとも言わないが、それでも希望を見た。あれの正体を暴ければ、何かが変わるかもしれない。

 

「それ、凄く良いじゃんか! 応援する!」

「ありがとう。ねぇ、銀」

「うん?」

「これからも、四人は友達だよね」

「当たり前だろ?」

 

 そう言って、銀は左腕につけられたリスバンドを見せる。

 悟飯のリストバンドは大猿になってしまった時に、千切れてしまっていた。一応、園子が拾ってくれていたらしく、再び縫い合わせてある。

 何にせよ、これが友達の証として機能しているのには変わらない。

 

「中学行ったら須美と園子探してみようよ」

「それは……」

 

 見つかるだろうか。そもそも、合わせる顔がない気がして仕方がない。

 しかし、何もわからないまま終わった戦いの真実が知りたくはある。

 

「見つけたらさ、お疲れって言おう。もし、悟飯が大猿の時悪い事してたのなら、ごめんって謝ろう。あたしも一緒に言ってやるからさ」

「……ありがとう、銀」

 

 銀の明るさに背中を押され、悟飯も前を見る。

 色々な事があったが、それでも中学へ進学する所まで来ていた。自分達は着実に前へと進んでいる。

 そして、これから進む道のことを、考えると自然と頬も緩んでいった。

 未来は、きっと大丈夫だろうと思えた。

 病室の窓際に置かれた四つの星を持った球が、差し込んだ陽の光に照らされて輝いていた。

 

――

 

 それは、少女を寝かせるには不適切な場所だった。

 沢山の扉の先を抜けた先、常に神官が守る様に立っている部屋だった。その室内はいくつもの種類の札が張られ封じ込めているかのような様相だが、同時に部屋中央に置かれたベッドの周りには奉る様に神具や恐らくは神聖な何かだろう剣などが置かれていて、奉られている様にも見えた。

 

「セバスチャン、次その本とってー」

 

 そんなベッドの上で、乃木園子は自身の精霊、鴉天狗に日記を取らせていた。

 両脇に置かれた本の山は未読と読了済に分かれていて、今は丁度半分を超えた所だ。

 そうやって、園子は真実を幾つも手に入れていた。大赦が隠していた事、大赦が裏でしてきた事、その全てをだ。

 検閲が入ったものばかりではあるが、園子の今の権限ならば大体の事は分かる。それに、何が入っていたか解読してしまえばいい。

 皮肉だが、時間はたっぷりとあった。

 そんな園子は今、ある秘密を探していた。

 

「あっ……あれ?」

 

 鴉天狗に一ページ目を開かせた時、その日記がビリッと音を立てて破けてしまう。かなり劣化もしていたし、仕方ない事だ。もう既にこれで三回目の事だから焦りもない。

 ただ、今回は違う点が一つあった。更に小さな本が落ちたのだ。

 その表紙には何も書かれておらず、中身を見てみると、更に意味分からなくなった。どうやら日記か、メモ帳か何かのようだが、あまりの字の汚さに解読に大分な時間を要しそうに思えたのだ。

 しかし、その次のページを開くと今度はあまりにも丁寧な字で前ページの補足が書かれていた。恐らく内容を知るならこれだけでいいだろうぐらいに。

 

「……これだ」

 

 その補足の一つに書かれている単語が目に留まった。

 サイヤ人。園子の求めていた言葉。

 そして気付く。この本には大赦の検閲が一切入っていない事に。

 

「隠れてたのかな? ……ああ、そういう事か」

 

 表紙と一ページ目の間にあったと言う事は、隠されるようにあったと言う事だ。確かに、大赦も大切な日記を壊して中身を調べる事は流石にしないだろう。

 そしてつまりこの本は、誰かがわざと隠していたものだ。

 その人物は恐らく、その小さな本を隠していた大きな日記の持ち主。

 かつて、()()()()()()()()()()()

 

 ――初代勇者、白鳥歌野。




孫悟飯は勇者である「絶望への反抗」の章はこれで終了です。

一つの章が完結するまで読んでいただいた事感謝いたします。
何度も言いますがお気に入り、評価や感想など、本当にとても励みになっていました。重ねて感謝致します。
次の章は準備していますが、少しだけ期間を空けてから開始しますので気長にお待ちいただければ。
よろしければ、これからもお付き合いの程、よろしくお願いいたします。


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諏訪最終決戦
始まりの春


新章「諏訪最終決戦」編、始まります。
投稿ペースは都合により三月中は不定期ですが、四月から依然と同じように定期更新出来ればとなります。


 窓の隙間から吹いた風が木の匂いを運んでくる。厳しい冬が終わりを迎えて、温かくなってきた春風に髪を揺らしながら藤森水都は一人、近くにある小屋の中で窓の外を眺める。

 そこでは大人達が鍬を振るい畑を耕す姿がある。

 彼らは遠目でも分かる程に農作業用のジャージや手袋を茶に汚し、流れる汗を拭ったからか顔まで汚れている。

 しかし、その顔はやりがいに満ちた笑顔で溢れていた。

 

「ここでは何を育てようかねぇ!」

「キュウリはどうだ! 今年も良いのが育ちそうだしな!」

 

 水都にまで聞こえる程の大きな声で畑の上を飛び交う日常の会話をBGMに洗濯の終わった服を畳み始める。

 そんな時、甲高い少女の声が響いた。

 

「ごぼうの種が多めに残っていたのでこれを植えようかと!」

 

 声に反応して水都は外を再び見た。

 そこに居たのは水都の友人である白鳥歌野だった。

 水都と同じ十四歳の筈である歌野は農作業のジャージに身を包み、鍬を手に持ち、農作業に従事している。

 

「元気だなぁ、うたのんは」

 

 流した汗を眩しい位に輝かせながら、大人に混ざって力仕事をする歌野を見て水都は呟く。

 自分も試した事があるから、農作業を楽しんでいる歌野が凄い超人のように思えていた。

 水都がわざわざ小屋の窓の近くで洗濯物を畳む理由はここにある。太陽のように明るい彼女のカッコいい姿を見るのは水都の楽しみの一つだった。

 

「他には何かあったか~?」

「今の三月中旬に植える物で種があるのだと後は大根、人参辺りですね!」

 

 畑仕事の最中とは思えぬ程の元気溢れる声が飛び交う中で、一際響く歌野の声に大人達は笑顔を見せる。

 その表情に水都は共感する。

 歌野の姿は、声は、元気を与えてくれるのだと。そして、

 

「染み大根食いたくなってきたんだけど!」

「きんぴらごぼうにしよう!」

 

 などと、これから育てる野菜達に思いを馳せ、その手に握る鍬により一層の力を込める。

 

「……よし」

 

 頬を軽く叩いた水都もまた、己の仕事を進める気持ちを高めた。

 掃除は毎日していてあまり時間はかからなかった。

 洗濯も後数着畳んで今日の分はなくなる。

 軽い昼食は握ってあるおにぎりを持ち運びやすい様に籠に詰めて終わりだ。

 順調と言える様な進み具合だが、最後に控えたもっとも大きな仕事を水都は前に軽いため息を吐いた。

 

「まだ起きないのかな」

 

 水都の視線の先には、ベッドの上で眠っている男がいた。

 包帯が全身に巻かれた男の顔をタオルで拭く。熱が酷く、今ある薬も意識を取り戻さない為に飲ませる事も出来ない。

 苦しみ方が酷いと全身を力ませて体中にある傷の何処かを開いてしまったりするから目を離せない。

 今は問題ないが、いつまた傷を開いてしまうんじゃないかと不安になる。

 

「ぐっ……ぐうぅ……」

 

 苦しそうに呻く男に、水都は額に濡れたタオルを置く。

 男は、三日前に傷だらけで倒れた姿で見つかった。

 見つかったばかりの男はやけどや切り傷、銃創らしき傷などが全身に刻まれていた。発見者は歌野だ。御柱結界の近くで見つけたと言っていた。

 この辺りに住んでいる人間ではないと言うのは服装ですぐわかった。

 まるで戦闘服のようなジャケットにやけに長い肩当てやショルダーと日本かすら怪しい服装なのだ。顔付きも日本人のそれではなく、水都の知る中の外国人のどれでもないように思えた。

 そして極めつけは

 

「あっ、尻尾……」

 

 男が寝返りをうつと共に毛布の中から現れた、床に垂れるようにして伸びた尻尾だ。

 細長く、茶の毛で覆われた猿の尻尾のように見えるそれは、男の背中から確かに生えているのを水都は確認していた。

 アクセサリーではないそれの感触はどんなものか、水都が好奇心に負けて触ってみた感想は、結構サラサラとして触り心地がよかった。

 目に入れると再び触りたくなるような、そんな触り心地。

 それはもう、今も息を飲んで手を伸ばす程に。

 

「……ちょ、ちょっとだけ」

「何してやがる」

 

 水都は跳ねた。

 

「お、起きたんですか!?」

 

 水都の見開いた瞳の先には、体を起こした男が居た。

 男は警戒しているのか、目を細めながら周囲を見回した。

 

「ここは……」

 

 呟くように言った言葉に水都はどう説明をしようかと考える。

 

「くそ、その後が……思い出せねぇ……」

「む、無理しないでください! い、いま濡れたタオル持ってくるので」

 

 頭を押さえて苦しみだした男を水都は焦りながらも、近くに置いてあった畳まれたタオルを変えたばかりの水に浸して、絞る。

 

「は、はいこれ。熱もまだありますから安静にしていてください」

 

 水都からタオルを渡された男は受け取りはしたものの、それを見つめた後、怪訝な顔で水都を見た。

 その視線に思わず水都はたじろぐ。それは感謝ではなく、あまりにも鋭く、そして恐ろしい視線だった。

 

「何のつもりだ」

「え?」

「俺を助けて、何が目的だって聞いてんだ」

「え、えっと……」

 

 水都はその言葉に一度考えこむ。そして、男の言葉を思い出す。

 その後が思い出せない。恐らくは、何故自分は小屋で寝かされているのか。誰かに治療を受けたのか。その後の記憶がないのだろう。

 元々傷だらけだったのだ。そう考えれば警戒するのも納得が行く。

 

「い、今は大変な状況なんですし、だから、えっと、助け合わないとですから……?」

「俺に聞いてんじゃねぇよ」

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 緊張のあまり疑問形になってしまった水都は思わず顔を赤くした。

 そんな様子に男は大きくため息を吐いた。

 

「まぁ、いい。この星の名前を教えろ」

「え、星? え、えっと……ち、地球? です?」

 

 場所でもなく、土地でもなく、星と言われ再び疑問形で答えてしまう。しかし、地球という言葉を聞いた時、男は反射的に水都を見た。

 

「地球……?」

 

 考え込むように顎に手を当てた男の様子に何か間違った事を言ったかと水都は考える。

 

「あ、アース?」

「言語の問題じゃねぇ」

 

 そう言った時、水都は男の眉が段々とひそめられていくのを見た。

 男が耳元に手を当てるが、そこには何もない。

 その様子に眼鏡でもあったかと思ったが見つけた時、辺りにも眼鏡があったと言う話は聞いていなかった。しかし、男は左耳辺りだけを異様に確かめている。

 

「えっと、何かつけていたのでしたら、すみません。見つけた時はなくて……」

「なんだと? いや、何故俺はお前の言葉が分かる……くそ、また疑問が増えた……」

 

 男は再び頭を抱える。

 水都も困惑しっぱなしではあったのだが、今言った言語の事に関しては心当たりが一つだけあった。

 

「も、もしかすると土地神様のお陰かもしれないです」

「土地神だぁ? なんだそれは」

 

 男の言葉に水都は再び考え込む。土地神は土地神としか言いようがない。

 諏訪を護る神様と言って納得するかと言われれば、水都は違うだろうと確信していた。神様、と言って首を傾げた時点で水都はあの怪物の存在を知らない、もしくは覚えていないのだと分かったからだ。

 そうなれば真実をありのまま伝えるべきなのかとも考えてしまう。

 

「え、えっと……」

 

 とにかく大人の一人でも呼んでくるべきかとも思ったがその間、男を一人にしても良い物かと悩んでしまう。

 しかし、その時だった。けたたましい音が辺り全体に鳴り響いた。

 

「なんだ?」

 

 水都は反射的に外を見る。畑の周囲や、町の至る所にある警報機から鳴り響く音に、畑仕事をしていた者達は皆一斉に笑顔から険しい顔付きに変えていた。

 それは、襲撃の合図。

 

「バーテックスが来たんだ……行かなきゃ」

「おい待てっ!」

「あ、ごめんなさい。私行かなきゃいけなくて……ここで待っててください! 必ず戻るので!」

 

 そうまくし立てて部屋を飛び出した水都は、後ろで水都を呼び止める声を聞いたが、それを無視して小屋の外に出る。

 辺りを見渡せば、大人達が一点に集まっているのを見て、走る。

 恐らくそこに歌野は居る。

 

「白鳥歌野、征ってまいります!」

「待ってうたのん、私も行く!」

「みーちゃん! 良かった、話は向こうで!」

 

 水都が歌野に声を掛けると、歌野は一度手を振ってからそのまま駆け出して行ってしまった。

 警報が鳴るような緊急事態だから仕方がないのだが、水都はあまり体力がある訳ではない。それこそ、農作業をするような歌野と比べれば途方もなく、一瞬にして水都は歌野の姿を見失った。

 とは言え、向かう先は分かっているから足は止めない。

 諏訪大社上社本宮、歌野の勇者服と武器が収められている場所だ。

 

――――

 

 二〇十五年、七月末。それは大体、二年前の話だ。

 ある日から日本各地で地震、暴風、異常豪雨などの自然災害が頻発した。原因も分からない中、必死に耐える人類に追い打ちをかけるようにして現れた天敵、それがバーテックスがだった。

 バーテックスは空中を高速で動き回り人を襲う。銃やミサイルは通用せず、人類に出来る事は逃げる事のみだった。

 しかし、神は人を見捨てていなかった。そう、文字通りに。

 

「うたのん!」

 

 息も絶え絶えに走り続け、水都が本宮に辿り着く。

 親友の名前を呼びながらそこの神楽殿に入ると、まだ着替え途中の歌野が居た。

 

「みーちゃん、方向は!?」

「北西方向! 下社春宮だよ!」

「なるほど、懲りずに御柱結界を壊しに来てるのね」

 

 歌野は冷静に分析しながら、素早く着替えを進めていく。

 御柱結界、それは諏訪をバーテックスから護る神が作りだした結界だ。諏訪大社は四社、上社本宮、上社前宮、下社春宮、下社秋宮で分かれており現在、境内にある巨大な柱とはまた別に、大量の巨大な柱が立っている。それはバーテックスが襲来したと同時に、四社全てで生み出されたと同時に巨大な結界を生み出した。

 つまりはその柱、御柱が結界を生成、維持しており、結界内に居る人間はその柱をバーテックスに壊されぬように戦う必要があった。

 

「うたのん、大丈夫?」

「ん、大丈夫って?」

「うたのんはさっきまで農作業してて……距離も遠いし……」

 

 否、人間と言う大きな括りではなく更に狭い。

 勇者。つまり、十四歳のまだ幼い少女、白鳥歌野が戦う必要があるのだ。

 水都の不安そうな声に、歌野は気の抜けたような表情をした。

 

「ノープロブレムよみーちゃん。農作業で鍛え上げた私の足なら大丈夫!」

 

 着替え終わった歌野はそう言って、胸を叩いて見せる。歌野の勇者服は、黄色と白で構成されていた。儀式の際に使われるような衣装で、髪飾りなど装飾があるが、それでも基本は動きやすさに重きを置いたような服装だった。

 着替える意味はしっかりある。試してはないが恐らく銃弾などは貫通する事はないし、大きな爆発の中でも守ってくれる。何といっても、その勇者服には神の霊的な力が込められていた。

 神に勇者として選ばれた歌野にしか扱えない、霊的な力が。

 

「よし!」

 

 歌野は自身の武器である鞭を手に取る。

 諏訪を治める武神の使った藤蔓の力が宿った鞭。自在にうねり、しなやかな動きをしながらも、その威力は鉄を砕く。今までも、大量のバーテックスを屠った頼りになる武器だ。

 当初水都は剣とかであればと思ったものだが、この諏訪に伝わる神話と実績を見てからは考えを改めた。

 そして、準備を終えた歌野は外へと駆け出す。

 

「さて、ショーの始まりよ!」

 

 そう言って、歌野は飛んで行ってしまう。

 勇者の加護を受けた人間は何倍にも身体能力が上がる。当然、水都の足なんかよりも速く、すぐに姿は見えなくなってしまった。

 

「行っちゃった……」

 

 それを見送った水都はそう呟く。

 歌野に追いつける事は決して出来ない。そして、追いついたところで出来る事はない。

 ここから下社春宮までの距離は相当だ。水都の足であれば三十分以上は掛かってしまう。大人しく待って置くべきと言うのは水都自身も分かっていた。

 走る理由は歌野を一番に労う為だとか、色々な理由はある。しかし、一番は

 

「何か、嫌な予感がする……」

 

 ただの勘であった。

 しかし、水都もまた歌野と同様に神に巫女として選ばれた人間だった。神からの言葉、言語としてあらわされる事はないが、そういう神託を受け取れる特別な存在であり、故にその予感をただの気のせいと片付け切れない。

 だからこそ、水都は走り出した。

 無事を祈りながら。

 

――――

 

「ありがとうございました!」

 

 偶然に出会ったトラックの運転手に頭を下げてから水都は走り出す。

 大幅な短縮が出来たのは僥倖だった。とは言え、水都が辿り着いて何かが出来るかと言われればそうでもないのだが。

 そして結界の外、バーテックスが押し寄せて居る筈の戦場に水都が辿り着いた時、バーテックスの数はまだ多くを残していた。

 歌野はかなり後手に回っているようで、御柱を護るので精一杯のように見えた。 

 

「うたのん!」

 

 思わず水都は叫ぶ。しかしその声に答える程の余裕は歌野にはなく、一度顔を向けた後、笑顔を見せて再びバーテックスへと向き直った。

 単体の力はどれも歌野を超える訳ではなく、その数は確かに減りつつある。しかし問題はそのペースだ。

 歌野の武器である鞭は、長いリーチ故に集団戦は得意であるものの、それでも限界と言う物はある。御柱に限りなく近い所でギリギリの戦いをしているせいか、気を回さなくてはいけない所が増えている。

 自分と御柱、天秤にかける時間すら与えられていないようなのだ。

 

「土地神様……!」

 

 しかし、それを見ている水都に出来る事は祈る事ぐらいだ。結界の外に一度離れてから水都は両手を合わせ、諏訪を護る土地神に歌野の守護を願う事しか出来ない。

 歌野に勇者の力を与え、諏訪を護る結界を張った土地神に。故に、歌野はこれ以上守られる事はない。

 守れない。

 

「がはっ」

 

 少し奥、結界の外で土埃が上がった。そしてその中心で倒れた人物を歌野だと、水都は一瞬認識する事が出来なかった。

 ふらふらと立ち上がった歌野の全身は、赤黒く汚れていた。顔をあげれば歌野を見下ろす複数のバーテックスが居る。

 人の何倍も大きく、そして酷く気色の悪い見た。白く柔らかい体と対照的に、人のように生えそろった歯のある巨大な口だけがついている、まさに怪物と呼ぶにふさわしい姿。

 そして歌野を潰す、あるいは喰らわんと動き出したのが見えた。

 

「うたのんっ!」

 

 水都は思わず、走り出す。結界の外、勇者の力を持たない水都が出来る事はないと知りながら、それでも親友の危機を救う為、思わず走り出した。

 そして、痛みに顔を歪めて歌野に体当たりしながら自分もその方向へ、大きく転がった。

 

「なっ、みーちゃん!? なんで」

 

 歌野の言葉が遮られるようにして、歌野の居た位置で大きく土煙が上がった。

 すぐ理由に気付いたのか、歌野は驚きの顔をすぐに戻して土煙を睨みつけた。

 

「うたのん! もう、無理だよ!」

 

 水都は歌野の後ろで叫ぶ。

 歌野の体は限界だと言うのは明らかだった。今も、水都が歌野の動かさなければどうなっていたか、想像もしたくない。

 故に、逃げようと。そう言おうとして、歌野の顔を改めてみる。

 しかしその顔は困惑よりも強い、驚きに満ちていた。

 

「……え?」

 

 思わず振り向く。そこには煙が晴れ、襲ってくるであろうバーテックスが居る筈だった。

 しかし、そこにはなにも居なかった。衝撃が起こった証拠と言える地面のへこみだけがそこにはあった。

 辺りを見渡しても、バーテックスの姿が見当たらない。空には見つかるが、襲ってくる様子が見えず、それどころか一瞬引いてすら居るように見えたのだ。

 

「おい」

 

 ふと、後ろから声を掛けられた。

 振り向いた時、そこに居たのは小屋で寝ている筈の男だった。

 辺りを見渡した時には居なかったのに、いつの間にか現れた男はただ水都と歌野を見下ろしたまま

 

「邪魔だ」

 

 とだけ言った。

 水都は、その言葉に返事を返せなかった。衝撃の大きさに、ただ男を見つめるだけだった。

 そもそも気になるのはその恰好だ。小屋には男が元々着ていた服、というよりは防具のようなものだったが、それはかなりボロボロで借りてきたコートなどを置いていたのだ。

 しかし男は下にはタンクトップを着ているが、その上から肩当てなどボロボロなままにつけているのだ。

 そして、一番目立つのは赤のバンダナ。かなり汚れてしまっているというのに、それでもつけていた。

 つまりは、戦いをしに来ているように思えたのだ。

 

「な、下がって! 貴方が戦える相手じゃ」

「チッ」

 

 歌野の言葉に男が舌打ちをしたのを水都は聞いた。

 そして、同時に男が視界から消えるのを見た。

 

「えっ――」

 

 水都が漏らした言葉よりも先に、地面に何かがぶつかった。衝撃と舞う土に思わず手で顔を覆う。

 何が起こったのかと、煙が上がる中何とか目を開く。

 それは、バーテックスだった。

 

「え、な、なんで」

 

 逃げなくては、という思考に至るが、咄嗟の判断に体はついていかず、動けたのは後ずさり気味にでた、たった一歩だった。

 

「これじゃリハビリにもなりやしねぇ」

 

 男の声で気付く。男はバーテックスを足蹴にしていた。体格差を物ともしないようで、バーテックスは一切の身動きが取れていないようだった。

 そして、再び水都達に気付くと、男は歌野を見て目を細めた。

 

「ああ、てめぇだな。妙な術を使ってこいつらを消していたのは」

「え?」

「癪だが、俺がどれだけ殴っても傷の一つもつかねぇ。お前が消せ」

 

 そう言うと、男は足蹴にしていたバーテックスは大きく踏み潰すと、大きく飛び上がった。

 そして、空中で静止した。

 

「えっ……」

 

 そのまま、男はバーテックスへと向かっていく。それに立ち向かうように複数のバーテックスが男にその巨体で体当たりをしにいく。

 

「くたばれぇ!」

 

 しかし、男はそんなバーテックスへと、右手から生み出した青の光球が投げつけた。

 それは一瞬にしてバーテックスとぶつかると、光球は弾け、大きく爆発した。

 四方に大きく吹き飛ぶバーテックスだったが、そのどれもが行動不能になる事なく、今度は空中で踏みとどまってから、あるのか分からない目で男を捉えていた。

 

「す、凄い……」

「アンビリーバボー。空を浮くなんて、どんなトリックかしら。……それともマジック?」

「う、うたのん。大丈夫?」

「ええ。何だかよく分からないけれど、援軍が来たなら心強い事だわ。みーちゃんは隠れてて」

 

 理解の上をいく現状に呆気に取られるばかりの水都の隣で、歌野は武器を構えた。

 流れる血を一度拭ってから、歌野は水都に手を差し伸べて立たせる。

 

「わ、分かった!」

 

 水都が走って結界の中へと戻る。

 外からは上手く歌野やあの男の戦いは見えなかった。しかし、最初と比べて鳴り響く轟音の数は大きく増した。

 そうしてしばらくすれば、音の数は減っていく。そして、二人の姿が見えた。

 男は襲い掛かってきていた二体のバーテックス殴りつけるようにして、地面へと叩き落した。

 

「オーケー! 後は私がやるわ!」

 

 地面へと叩き付けられたバーテックスは効いた様子がないようで、すぐに起き上がると今度はすぐ近くに居た歌野へと向かい襲いにかかる。しかし、一体目は鞭の一閃によって打ち砕かれる。

 それと、同時に二体目がその真横、鞭が振られた方向から突進してきていた。振り切られた鞭はバーテックスを倒す程の威力まで引き上げる事は難しい、再回転も間に合うかどうか。

 ならばこそ、歌野は地面を蹴ると身を捻って空中で回転を始めた。

 

「これで、フィニッシュよ!」

 

 横が駄目ならば縦に。跳躍により、体当たりを回避されたバーテックスの背面へと回転による鞭の連打が浴びせられた。三撃目の時点でバーテックスは浮力を失い、光となっていた。

 その様子を見て、水都は安堵の息を吐いた。やはり歌野は強いと。

 

「みーちゃん、終わったわ!」

 

 そして歌野はそう叫んで水都に手を振った。

 その言葉に水都は笑みを浮かべて歌野の元へと駆け寄る。

 

「うたのん大丈夫!? 傷とか」

「ええ、ちょっと痛むけど土地神様の加護があるから、すぐ治るわ」

 

 歌野の言葉に安堵の息を吐いた後、水都は今度は男の方へ向く。

 少し離れた所で辺りを見渡すようにしていた男の元へ、水都と歌野は駆け寄る。

 

「あの、ありがとうござい」

 

 そこまで言い掛けて、男が突き出した手によって制された。

 

「勘違いすんな。俺はお前らと慣れ合いに来た訳じゃねぇ」

「……えっと、それならせめて名前くらいはプリーズ?」

「なんだその良く分からねぇ言葉は」

「自己紹介よ。私は白鳥歌野、勇者してるわ。そしてこっちがみーちゃん!」

「ふ、藤森水都です……」

 

 マイペースに自己紹介を始めた歌野と、促されるように頭を下げた水都を見つめながら男は大きくため息を吐いた。

 

「聞いちゃいねぇよ」

「でも呼び名がないと困るわ」

「別にいらねぇよ」

「そうはいかないわ!」

 

 男の言葉を無視するようにして顎に手を当てた歌野は考え込み始めた。

 そして、手を叩く。

 

「そうね……ツンツン頭だし、ドリアンさんなんてどうかしら!」

「う、うたのん幾らなんでもそれは」

 

 水都は恐る恐る男の方を見る。

 男の反応は、強く歯を食いしばっているかのような鬼の形相だった。しかし頭を振った男は顔を背けてから、

 

「……バーダック」

 

 そう名乗った。

 

「それが俺の名だ。だからドリアンはやめろ」

 

 男が名乗ると歌野はにっこりと笑みを浮かべた。

 それは歌野の作戦だったのか、あるいは素なのか。どちらにせよ、結局名乗った事には違いない。

 水都は本当に嫌だったんだな、と苦笑いをしていた。が、途中で違和感に気付く。

 バーダック。何処かで聞き覚えがある。

 

「あら、そんなに嫌だったの?」

 

 歌野はそう言って、首を傾げていた。

 

「でもバーダックって……? あれ?」

 

 歌野が何かを言い掛けて段々視線を下に下げながらバーダックね、バーダック……と小声で名前を繰り返し始めた。

 歌野も気付いたのを察して水都は咄嗟に話をバーダックに振る。

 

「あ、バーダックさん! そう言えば空を飛んでましたよね!」

「あぁ? そうだったらなんだ」

「そうバーダックよ!」

「……なんだ?」

 

 しかし水都の行動は意味をなさず、歌野は大きな声と共に顔をあげた。

 そして、笑顔でバーダックの正面へと回り込んだ。

 

「オーマイゴッド! これはもしかしなくても、ディスティニーよ!」

「う、うたのん……」

「おい何の話だ」

 

 バーダックはついていけていない様子で、水都に説明を求めるような視線を向けた。しかし、水都は頭を抱えているだけで、応える事は出来なかった。

 

「バーダック、英語のそれを日本語に直せば、ごぼうになるの。そして私は直前まで種まきをしていて、着替える前は丁度ごぼうの種を持っていたの!」

「おい、話が見えねぇぞ」

 

 言葉の意図が分からないとバーダックは目を細め、水都は首を傾げる。

 そんな二人の様子を見てから、歌野はバーダックへ手を伸ばす。

 

「私と一緒に、ごぼうを育ててみないかしら!」

 

 その言葉に、バーダックはただ呆気に取られていた。

 そして、小さくため息を吐くと、

 

「誰がやるかよ」

 

 そう言って、背中を見せた。



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始まりの春 2

 バーダックはあれから空を飛び、結界の外へと消えてしまっていた。

 追いかける事も出来ず、かといって結界の外であり莫大なリスクを抱えてまで捜索するかと言われれば、歌野はするかもだろうが、他がそれを許さなかった。

 結局、戦力は増えないままで終わってしまっていた。

 

「……ふぅ」

 

 水都は下社春宮の周辺を歩いていた。

 人の気配を完全に失ったこの辺りは、近々結界の強化の為に切り捨てられる予定だ。住民の移動も完了している。元々決まっていた事だが決定的な理由になったのはやはり歌野が重傷を負って帰ってきた事だろう。

 元々、諏訪の結界を一人で守り切る事自体不安視されていた。一年で諏訪は滅びると言われていたのだ。

 しかし歌野はそれを覆し、二年目の春を迎える事が出来ている。その努力が、失われていくと考えると水都はやはり悲しく思えるのだ。

 無駄なのか、と思う事もある。

 歌野は現在農作業中だ。いつもならばそれを隣で見ていたのだが、どうにもそう言う気分になれず、こうして散歩をしていた。

 皆で作った畑やテント。一致団結と書かれた旗なんかもある。縮小する為に置いていくしかなかった物達がここにはまだ置かれているままだ。

 きっとバーテックスに壊される。無くなってしまう。

 

「あれ」

 

 一つだけ、玄関が開きっぱなしの家を見つけた。

 特に急ぎでの避難ではなかった為、今までは大抵扉、窓などは閉め切られていたのだが、その家だけは何故か開いていた。狭い結果内故に水都はこの家の持ち主の事を覚えていて、几帳面だった記憶があった。

 だからこそ、少し気になって玄関の方へ近づいてみる。

 そして、まるで道しるべの様に赤い何かが玄関前から家の奥へと続いているのが見えた。

 まさか、と水都は家の中を見る。靴は置かれていない。しかし赤い印はリビングの方へと続いているのを確認して、水都は走った。

 

「誰だっ!」

 

 顔も確認せずに水都は名前を呼んだ。

 しかし、確かにリビングには人が居た。自身の体に包帯を巻いて手当をしているバーダックが一人。

 その体は数日前に見た姿よりも更に傷を増やしていた。

 

「てめぇは……」

 

 バーダックは少し驚いた表情をしたがすぐに睨むように水都を見た。

 

「何の用だ」

「え、何の用って言われると……バーダックさんが何してるのかなって思って」

「見りゃわかるだろ。ただの手当てだ。それともなんだ、他人の物を奪ってるのが気に食わねぇってか」

 

 バーダックは特に悪びれもせずに、手当を続けたままそう言った。視線は常に水都を向いていて、足を横に向け動き出す準備だけはしていた。

 警戒は確かにされているが、会話をするぐらいには信用されているのかも、と一瞬思ったが水都はすぐにただ敵だと認識されてないだけだと思い至る。

 だからこそ、少しだけ考えて、

 

「それは、えっと、緊急自体なので大丈夫だと……思いますけど……」

 

 バーダックを肯定する。

 実際今のバーダックの傷を見たら、水都も事後報告をする事を前提として近くの家から物は借りるだろう。だからこそ、これに関して水都は何も言わない。

 バーダックはそんな水都を意外だとでもいうかの様に瞬きを数回繰り返した。

 

「じゃあ、何だってんだよ」

 

 はぁ、と息を吐いてバーダックは座り込んだ。

 警戒が解けたらしいが、その理由に水都は心当たりがなかった。敵意がないとみなされたのか、それともお人好しが功を奏したのか。

 いずれにしても、水都が気になる事は別にあった。

 

「そんな手当てじゃ駄目ですっ!」

「あ?」

 

 水都はそう言うが早いか、バーダックの元へと向かう。

 そして、バーダックが巻いていた包帯を奪い去ると巻かれていた部分を全て取った。

 

「てめぇ何しやが――」

「汚れたままの傷だと病気になってしまうんです! だからその前に消毒をしなきゃ……」

 

 露わになるのは赤く染まった腕だ。予想通りに傷に直で包帯を巻いていた。

 噛み傷のようにも見える傷に、水都は顔をしかめながらもバーダックが使っていた応急箱から消毒液やコットンなどを取り出していく。

 

「それに、包帯も血で汚れちゃってるので別の……あった。こっちで巻きます」

 

 そこから水都の言葉にバーダックは言葉を返す事はなかった。

 とはいえ水都も医者ではない。切り傷の縫合などは知る由はないが、そもそもバーダックの傷はそれ程重傷という程でもなかった。数は多いが一つ一つは深くなく、物によっては絆創膏で押さえられる物もあった。

 

「い、痛かったら言ってくださいね」

「……この程度で根は上げねぇよ」

 

 水都の手際はお世辞にも上手いとは言えなかった。しかし、それでも一つ一つ確実に丁寧に処置をしていく。

 そんな水都に、バーダックは困った顔をしながらもなすがままにされていた。

 

「何だっててめぇはこんな事をするんだ。何の徳が」

「徳とかじゃないです。今は皆、手を取り合って生きてて、見過ごして良い人なんて、居ないって思うんです」

「俺が、星を襲う悪人でもか」

「え? えっと、それでもです。どんな悪い人でも……」

 

 水都は言葉に詰まる。

 諏訪には当然善人ばかりではない。生き延びて結界内に来た犯罪者も多くいた。しかし、彼らに対しての歌野の姿勢は何も変わらなかった。

 誰に対しても同じ言葉を掛ける。

 

「手を取り合って立ちがろうって」

 

 水都の憧れている歌野の言葉をそのまま借りてしまった事に、言ってから恥ずかしくなる。

 歌野の様になれたかと己惚れる訳にはいかないと慌ててごまかしの言葉を考えて、バーダックの顔を見た。そして、目が合った。

 ただ、呆気に取られたようなバーダックの目と。

 

「そ、それにバーダックさんは悪人じゃないと思います。私達を助けてくれましたし」

「あれはただの気まぐれだ」

「それに、そのハチマキ」

 

 水都がバーテックスの頭に巻かれたバンダナを見る。

 随分と汚れてしまったそれだが、バーダックは構わずにつけている。

 

「血、ですよねその赤」

 

 それは服の洗濯をした時に気付いた事実だった。

 異臭の放つバンダナが気になった時、その異臭の元に心当たりがあった。本来であれば覚え等ある筈はない、しかしバーテックスの襲撃から常に嗅いできた物。

 血の匂いだと。

 

「だったらなんだ」

「バーダックさんの傷、頭の方にしかなくて真っ赤になる程じゃないと思ったんです。でも、もしかしたらそのバーダックさん以外の人の物かなって思って」

 

 それが水都の行き着いた結論だった。

 バーダックにも仲間が居て、その仲間の血を拭いてバンダナにしているのだと考えれば少しだけ納得が行く。そうでなければ、数分前の時もバンダナで自分の血を拭かない理由がないのだ。

 

「だから、バーダックさんはきっと優しい人だって」

「言いたい事はそれだけか?」

「え、あ、はい……」

 

 バーダックはそれを肯定はしなかったが、否定もしなかった。そして水都は自身が何か言う度に、バーダックは視線を逸らしていたのを気付いていた。

 その理由が分からないままだったが、しかし一歩近づけたなと分かって心の中で自分を褒める。

 そう話している間に、包帯が巻き終わった。後はテープで止めれば、簡単な手当ては完了だ。

 

「終わりか?」

「え? あっ、はい、終わりです」

「礼は言わねぇぞ」

 

 バーダックはソファに座り込んでから一言、そう言うと顔をそむけた。

 

「お礼なんて、私にはこれくらいしか出来ないから……」

 

 他にもまだ傷は多い。血が流れるような物は腕だけだったが、残りはどうすればいいのか水都には分からなかった。そもそも、今の手当てもあっているのか自信がなくて、声のトーンを落ちたままだった。

 

「そうかよ」

 

 バーダックはそんな水都に対して何か言う事なく綺麗に巻かれた包帯を見つめていた。

 そこから、数分間無言の時間が流れた。

 水都はあまり会話は得意ではなかった。歌野とならばもう少しまともに会話できるが、相手が大人で、しかもぶっきらぼうなバーダックともなれば言葉の一つも出てこない。

 何か会話しなくちゃ、と思いながら家の中にある物から会話の糸口を探してみる。

 

「あ、あのバーダックさんは」

「飯」

「え?」

「何も出来なくても飯を作るぐらいはできるだろ。俺の腕はこんなん、だからな」

 

 腕を叩いてバーダックは笑って見せた。

 軽い冗談なのか、水都には判断がつかなかったがその言葉に水都は立ち上がって

 

「つ、作ります!」

「なんて……あ?」

「ざ、材料とか取ってくるのでここで待っていてください!」

「おい、別に」

 

 バーダックの言葉は聞こえていないようで、水都はそのまま家の外へと走り出した。

 

――

 

「お邪魔するわ!」

 

 ご機嫌な歌野の声が、一軒家の中全体に響く。

 それと同時にバーダックは眉をひそめたのを見た。鬱陶しい、とでも言いたげだったが歌野の持つ野菜達を見て、舌打ちしてから顔を逸らした。

 

「おい、何でこいつが」

「え、えっと……」

 

 水都も少し申し訳なさそうに話すが、来て欲しいと頼んだのは水都の方だった。

 作る、とは言ったが水都は特に料理が得意な訳じゃなく、人並み程度だ。せめて取れたての一番良い野菜を使った何かをと考えて、水都が歌野を見つけて声を掛けたのだ。

 二つ返事で返した歌野はもう、それはもうご機嫌に材料を集めて今に至ると言う訳だ。

 

「バーダックさんは、信州そばをご存じかしら?」

「……知るかよ」

 

 ドンっと歌野がリュックを降ろしてその中から料理道具を取り出していく。

 

「なら、今日バーダックさんは今日がディスティニーに出会う日ね!」

「運命だぁ?」

 

 歌野言葉に訝しげに首を傾げたバーダックはそれ以上何も言う事なく、歌野の持ってきた道具達を眺めていた。

 水都も改めてみるが、歌野が持ってきたのはそば鉢に小間板、生舟などなど。異様に多い道具にバーダックは何が始まるのかと思っている事だろうと言うのは想像に難くない。

 つまり今から始まるのは、まさかまさかの、

 

「ええ、今から作るのは手打ちそば。職人には遠く及ばないにしても、この長野の誇る蕎麦を食べさせてあげるわ!」

 

――

 

 歌野がそば作りを始めてから一時間程が経っていた。

 机の上に置かれたざる蕎麦を前に、バーダックは額に青筋を浮かべながら、

 

「も、もう少しよ! 中指を二つの間に挟んで……」

 

 箸を持つのに苦戦していた。

 バーダックが外人だ、と言うのは名前もそうだが日本人と違った顔付きや体格で察してはいた事だった。しかし、歌野の蕎麦推しの気持ちが勝ってしまったせいで、現在バーダックはまさかの箸持ち講座を受けていた。

 

「くそ、手掴みで良いだろうがっ!」

「それはリジェクトよ! つゆに手を濡らすのは勿体ないわ。それに箸でゆっくり食べるのは大事よ? この苦戦にしても、しっかり味わう時間になる。手掴みでその時間を失うのはビッグロスよ?」

 

 歌野の熱弁に水都はもうただただ苦笑いをするしかなかった。

 とは言え、バーダックもバーダックで着実に箸を上手く持ち始めていた。それで一口、また一口とざる蕎麦を口に運んでいた。

 そして、その度に一瞬の沈黙が流れるのだ。

 

「ざる蕎麦の魅力は何と言ってもその細さと喉ごしにあるの。つゆと合わせて食べた時の嚙み合わせの良さはうどんの遥か先を行くわ」

 

 その言葉にバーダックの言葉はなかった。ただ、咀嚼して時折目を見開いたりしている。

 しかし、水都もバーダックの気持ちは分かった。物の美味しさを言葉にするのは難しい。水都も歌野程ではないが蕎麦は好きだ。美味しいのは事実で、初めて食べたとなれば驚くのも無理はないと思う。

 故にか、箸の講座を素直に聞いていた。

 

「それに、蕎麦は健康食品と言っても過言ではないの。ルチンって言うのが含まれていて」

「次だ」

 

 歌野の言葉を遮り、バーダックはそばの入っていた皿を差し出した。

 歌野はそれを笑顔で受け取る。しかし、水都はそれをもう苦笑いで見ていた。まさかバーダックの食事量が十人前程度では足りないとは夢にも思わなかった。そもそもその量も今後も食べてもらう為に多めに用意していたのだが、それも足りなくなりそうな勢いである。

 

「う、うたのん大丈夫?」

「素晴らしい食べっぷりで、作るこっちまでハッピーになってしまう程よ? 私も作ったかいを感じてもっと作ってしまいそう!」

 

 歌野の言葉に流石だなぁ、と水都は呟く。

 

「さて、行くか」

 

 もう何杯目か数え切れぬほどそばを食べ終えて、バーダックは立ち上がった。

 それから軽い準備体操を始めたのを見て、歌野は肩をすくめた。

 

「ホワイ? 行くって、何処に?」

 

 しかし、バーダックはまだ傷は治り切っていない。行くと言っても何処へ行くつもりなのか。

 

「戦いに決まってんだろ」

「なっ、そんな傷で」

「だからジッとしてろってか? 冗談じゃねぇ、戦闘民族がかすり傷の一つで戦いをやめてたまるかよ」

 

 バーダックはそう言い残すと、二人の言葉を待たずに家の外へと行ってしまった。

 追いかける様に二人は大慌てで外に出るがバーダックの姿は既に空あった。

 

「そ、空を飛ぶってのは反則ね、もう見えなくなっちゃったわ」

「でも、今の方角って下社秋宮の方……え?」

「うん? みーちゃん?」

 

 歌野が心配そうに水都を覗き込む。対する水都はバーダックが飛んで行った下社秋宮ではなく、下社春宮の方を見て、目つきを変えた。

 

「神託が来た! 下社春宮にバーテックスの襲撃……なんだけど、数が少ない?」

 

 神託は映像の様な物で伝わる。簡単に言えば暗示であり、水都が見たのは数個の星が下社春宮に落ちる様子だ。

 星とはバーテックスの事であり、つまりそれ襲撃を暗示している事になる。しかし、いつもであればその数は水都には数えきれない程の量だった。

 それが今回は片手で数え切れる程の量だったのだ。

 

「とにかく下社春宮ね! 行ってくるわみーちゃん!」

 

 歌野は水都の言葉に走り出す。

 仕方がないが下社春宮とは逆方向、上社本宮の方へと向かう歌野を見て、少しでも、何かの足しになればと両手を合わせてから祈る。

 それから、下社秋宮の方へと走り出した。



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