ARMORED CORE 3 Replay ~ Stray Crow~ (神父三号)
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とある傭兵

アーマードコア25周年おめでとうございます。
新作が出るのを願って、時々不定期に書きます。
ほぼ3のお話をなぞる形式です。
独自解釈の設定が多数含まれますのでご注意ください。

12/9追記:アーマードコア6出ますね。本当におめでとうございます。


不思議と、あの日のことは今でも不意に思い出す。

 

孤児院の先輩から譲り受けたボロボロのランドセルを背負い、登校した初日のこと。

入学式を終え、数十人の児童が集められた教室の中。

 

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

 

適当に自己紹介を済ませた担任の教師が、突然無感情にそう言った。

連絡事項をただ告げたような、有無を言わせない口調だった。

教室が俄かにざわついた。

だが教師は気にせず教科書を開き、付け加えた。

 

『このことは教育上、君たちの年齢に達すれば、必ず教えることになっています。将来、別の階層に行く子もいるでしょう。それだけです』

 

何が、それだけなものか。

教室の児童達はもはや教師の声も耳に入らず、皆そわそわとして窓の外へ目をやっていた。

そこには、太陽に薄く照らされた曇り空が、いつものように広がっていた。

 

そう、生まれてからいつも目にしてきた曇り空である。

だがそれは、偽物の空だった。

 

 

………

……

 

 

「クソ教師」

 

 

青年は狭い空間、振動するコクピットの中で、名前も顔もとっくに忘れた教師を罵った。

 

《ん?何か言ったか、ボウズ》

「何も言ってねえよ、旦那」

 

隣のMTからの通信に、適当に返事する。

 

《よく分からんが、あんま作戦前にかっかすんなよ。怒りは戦場で発散しろ》

「分かってるってば。あと、別にかっかしてねえから」

 

嘘である。

クレスト社の旧式輸送機の乗り心地は、最悪と言ってよかった。

揺れる格納庫の中で愛機の重装型MT"スクータム"が同僚の機体と何度も肩をぶつけ合う。

5機ものスクータムが、空を行く輸送機の格納庫にひしめき合っているのだ。

積載量はほぼ限界で、機体を旋回させるスペースすらありはしない。

しかも、輸送機がヘボならばパイロットもヘボらしく、ちょっとした気流に羽を取られているようだった。

これでは目的地に着くころには、MTの装甲はベコベコになっていることだろう。

MT乗りの傭兵の扱いなどこんなもの――それは分かっているが、世知辛さを感じずにはいられない。

 

《作戦地点到達まで10分を切った。作戦の最終確認を行う》

 

無線通信が、輸送機の管制室から入る。

 

《作戦目標はセクション728。アヴァロンヒル東区にて演習を行っている、ミラージュの新型MT部隊への奇襲だ。正規の部隊を伴わない、本部隊だけの電撃作戦となる》

 

青年が乗るスクータムのモニターに、管制室から攻撃目標のデータが送信されてきた。

ミラージュ社が新開発した近接用MT"ギボン"。

対ACを前提に、地上での運動性を強化された機体らしい。

データの限りでは、ショットガン、ミサイル、そしてレーザーブレードを装備している。

 

《ミラージュの新型は、旧式の逆関節MTを相手に模擬戦中のはずだ。武装も、模擬戦仕様だろう。それを輸送機からのECMで攪乱し、一気に撃破する。諸君にとっては容易い任務だ。我がクレストの覚えをめでたくする好機だぞ》

 

接触回線で、隣のMT乗りが鼻で笑うのが聞こえてきた。

いくら新型とはいえ模擬戦仕様のMTを制圧したところで、傭兵にとってどれほどの評価になるというのだろうか。

実際、クレスト自身も大して重要な作戦だとは認識していまい。

ちょっとした妨害とMTのデータ採取が目的だろう。

旧式輸送機に一山いくらの傭兵を積んでいるのが良い証拠だ。

成功しても、失敗しても、どちらでも構わないと思っているに違いない。

 

《それと、クレストとしては今回の新型MTには興味がある。運よく鹵獲できた場合は、追加報酬を支払おう》

 

無理な注文だった。

この輸送機に載っているのは重装型MTスクータムが5機。

その装備はバズーカと携行型のシールドのみである。

もとより鹵獲用兵装などないのだ。

だから――

 

「ああ、了解した」

 

青年は適当な返事をして、管制室との通信を終えた。

 

《……へっ、鹵獲だって?オンボロ輸送機に傭兵のMTだけ載せて、ずいぶんと高望みしやがるな?》

「いいだろ。追加報酬なんだから物好きがやるだけだ」

《そもそも、このギュウギュウの格納庫にどうやって乗せて帰るんだろうな?》

「さあ?スパルタンの旦那が羽交い締めにでもすればいいんじゃないか」

《おいおい。冗談言うなって、ははは》

 

スパルタンと呼ばれた同僚が、通信機越しに人のよさそうな笑い声を上げる。

愛機のスクータムの肩には、特徴的な炎の魔人のエンブレムが刻まれている。

スパルタンは、MT乗りの傭兵の中では、それなりに名前が通った男だった。

裏表のない性格と、経験に裏付けされた確かな操縦技術で一定以上の評価を得ている。

 

《ハッチ開放、ハッチ開放》

 

青年が同僚と軽口を叩いていると、格納庫内に警報が鳴り響き始めた。

輸送機の後部ハッチが開放され、アヴァロンヒルの荒れた大地が機体のモニターに映る。

 

《ECM作動!全機発進しろ!》

 

青年は短い命令に併せてフットペダルを踏み込み、ブースターを吹かす。

重装型MTスクータムが5機、アヴァロンヒルの大地に降り立った。

同時に輸送機が放ったECMによって一時的に計器類が悲鳴を上げるも、すぐさま事前に知らされたコードを入力すると、正常に戻った。

 

《距離600!敵さんECMでまごついてやがる!いける、ぞっ……く!》

「お先に」

《俺もだ、じゃあごゆっくり》

《ああっ、て、てめえら!》

《くそっ、行くぜ!》

 

着地の衝撃に足を取られた3機の僚機を後目に、青年とスパルタンのスクータムが素早く加速した。

傭兵としての力量の違いである。

着地時のブースターの吹かし方一つで、同じMTであってもその動きは大きく変わるのだ。

まんまと先行した2機のスクータムは、ECMと奇襲に狼狽えている逆関節MT部隊に接近し、バズーカを撃ち込んだ。

 

《ぐわっ》

《き、奇襲!?まさかクレストの……》

《通信が……!》

 

逆関節MT"エピオルニス"が怯えたように、狙いも定めず両腕のガトリングをばら撒く。

しかし、ただでさえ集弾性の低い武装をめくら撃ちしたところで、重装型MTに有効打は与えられない。

スクータムの砲撃によって早々にエピオルニスは全滅し、アヴァロンヒルには目標の新型MT"ギボン"数機が孤立することとなった。

 

《ECMが効いてんなぁ……投降しろっても無理か》

「撃破でいいだろ」

 

青年が狙いを定めてトリガーを引き、バズーカを放つ。

しかし、ギボンは舞うような機動によって、砲撃を避けた。

反撃のショットガンが撃ち込まれ、スクータムはたまらずシールドを構える。

模擬戦仕様ということもあってか大した威力の散弾ではないものの、青年のコクピットには相応の衝撃が走った。

スクータムがアヴァロンヒルの大地を後ずさったところに、ギボンが1機接近してくる。

 

「くそっ!」

 

青年は咄嗟にスクータムのシールドを突き出し、発振されたレーザーブレードを受け止めた。

シールドの上半分が焼き切られ、切断面が溶解する。直撃すれば、スクータムでも危うい出力である。

模擬戦仕様とはいえ、一応の自衛手段は持たされているようだった。

仕掛けてきたギボンは押し合いはせず、すぐさま跳ねるようにして離れていく。

反撃のバズーカ――の狙いはなかなかに定まらない。

右へ左へあるいは上方へと、ミラージュの新型MTは縦横無尽に機動した。

そして、間断なく撃ち込まれるショットガンとミサイルの雨。

威力はないが、機体が大きく揺さぶられ、被弾の度に動きが止まってしまう。

 

《一旦退け、ボウズ。固まるぞ》

「分かったよ。相手は全部で何機だ?」

《4機だな。ブレードだけ実戦用の出力みてえだ。斬れるぜありゃ》

 

スパルタンがスポットした地点に、4機のスクータムが固まった。

残る1機は、前のめりに崩れて動かない。既にレーザーブレードの餌食となっていた。

敵のギボン部隊は優勢と見たのか撤退せず、スクータムを囲むようにして飛び跳ねては隙を伺ってくる。

輸送機が放ったECMの効果が切れれば、猛攻を開始することだろう。

 

《一番動きが鈍いのは、こいつだ。こいつに狙いを定める》

「集中砲火か?」

《そうだ。駄弁ってる暇はねえ。このスパルタンに従えよてめえら!》

 

スパルタンがマークした標的へ向けて、3機のスクータムが一斉に砲撃した。

ギボンは予測していたのかすんでのところで横跳びに回避――したところを青年のスクータムが仕留めた。

 

《おいてめえ、横取りだぞ!》

「結果オーライだろ……来る!」

 

僚機がやられて激昂したのか、2機のギボンが青年のスクータムめがけて突っ込んでくる。

青年はシールドを構えて懸命に後退しながら、歯を食いしばった。

ギボンのショットガンが、シールドを揺らす。レーザーブレードの赤い閃光が見えた。

だが引き金は、まだ引かない。まだ、まだ――

 

ドズン。

 

向かって来ていたギボンが1機、横合いからスパルタンに撃たれて吹き飛んだ。

ひるんだもう1機に青年は引き金を引き、風穴を空けた。

 

「さすが、スパルタンの旦那」

《うるせえ、死にたがりめ》

《おい、あと1機が逃げてくぜ!》

 

同僚からの通信に目をやると、最後のギボンが跳ねるように戦場から逃げていく。

4機のスクータムはブースターを全開に吹かし、バズーカで牽制しながら後を追った。

少しずつだが、彼我の距離が詰まる。

新型MTギボンは空間を自在に跳ね回る運動性はあっても、長距離を移動することはあまり得意ではなさそうだった。

 

《鹵獲、狙うか?》

「旦那がアレの足だけ狙えるならな」

《ああ、そりゃ無理だ》

 

アヴァロンヒルに、バズーカの砲声が轟いた。

 

 

………

……

 

 

作戦を完遂し、クレストの旧式輸送機はアヴァロンヒルを離陸した。

相変わらず揺れがひどく、4機のスクータムが戦闘による弾痕と土埃にまみれて、すし詰めになっている。

 

《弾薬費と機体の修理代、思ったよりかかるぜ。クレストのピンハネもあるしな。今回も大した儲けにならねえなぁ》

「新型のMTが相手だったんだ。死ななかっただけ、安いよ」

《まあ、そうだな。帰ったら一杯やろうぜ?》

「スパルタンの旦那のオゴりならな」

《ばっきゃろー。誰のおかげで生き延びたと思ってやがんだ》

 

青年はスパルタンの歯に衣着せぬ物言いに声をあげて笑った。

依頼を達成した後のくだらないやりとりが、今日も生き延びたと、生きる糧を得たのだと実感させてくれる。

孤児院を飛び出し、軍事工場に潜り込んで働き、いつしかこうしてMT乗りの傭兵として糊口をしのげるまでになった。

ただ適当な会社に入ってサラリーをやるよりは、充実した生き方をしていると思っていた。

だが。

 

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

 

また、これだ。また、あの時の教師の声が、耳の奥で響いた。

いい気分になる度に、かつて聞かされた何気ない言葉が、壊れた録音機器のように何度も頭の中でリピートされるのだ。

 

なんとなしに、愛機のスクータムのメインモニターを見る。

旧式輸送機の格納ハッチが、その整備不良故か完全に閉まりきらずに、遠くの曇り空を垣間見せていた。

 

本物の空ではない、人工の空。

偽物の空。

じゃあ、誰か本物の空を見たことがあるのか。

本物の空はどこにあるのか。

 

子どもの頃、教室で手を挙げて聞く勇気のなかった問いが、今でも頭の中で渦を巻いていた。

空が本物か偽物かなんて、実際のところ青年の人生には何の関係もない。

いや、それだけではない。

この地下世界"レイヤード"に生きる誰にも関係がない、はずだった。

本物の空なんて、もはや誰も見たことがないのだから。

だが、それでも。

もし、本物の空を、見られるとしたら。

 

ピー。ピー。

 

青年の感慨を裂くように、コクピットに聞き慣れた音が上がった。

収納スペースに突っ込んでいた、携帯端末の着信音。

青年自身の管理番号を表題とする、ごく短い電子メールだった。

 

「スパルタンの旦那」

《ああ、なんだよ?》

「やべえ、管理者から通信が来た」

《は……あぁっ!?》

 

メールを開くと、極めて事務的な文面が、"DOVE"――管理者のエンブレムと共に表示された。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:管理者

TITLE:0824-FK3203号

 

0824-FK3203号に、レイヴン適性試験を課します。

指定の日時に、グローバルコーテックス本社へ出頭してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「試験を受けろ、だってよ」

《お前それ、まさか……》

「レイヴン適性試験って書いてある、明日来いって」

《噂には聞いてたが、急すぎるだろ……任務帰りの輸送機の中だぜ》

「ああ。都市伝説か何かだと思ってたよ」

 

都市伝説。

確かに、この地下世界にはそういう都市伝説があった。

何の前触れも無しに送られてくるという、管理者からのメール。

"レイヴン"を志せという、管理者の命令である。

 

管理者は、地下世界"レイヤード"の神。

管理者の命令は、そこに住まう者にとって絶対だった。

 

 

 

レイヤード暦186年。

新たなレイヴンが、偽物の空の下に誕生しようとしていた。



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グローバルコーテックス

まだ動いていたPSPでAC3Pをやり直しつつ書いています。



地上の全てを破壊し尽くした未曾有の災厄"大破壊"。

"大破壊"を生き残ったわずかな人類は、地下世界へとその生活圏を移した。

 

地下世界は、"管理者"によって管理されていた。

人類は、管理されることを当然のものとして受け入れていた。

管理者の庇護の下、人々は徐々に復興し、やがて力を持つ者"企業"が生まれた。

 

ミラージュ。

クレスト。

キサラギ。

 

三大企業はより大きな力を追い求め、互いに終わりのない争いを始めた。

だがその争いすらも、管理者の管理下での出来事だった。

 

地下世界"レイヤード"。

人工の空、人工の海、人工の自然をも備え、全てが管理された地下世界。

 

文化、産業、戦争、そして人類そのもの。

全てが計画通りに発展し、廃棄され、あるいは再開発されていく世界。

 

管理者の作った営みのサイクルの中には、戦場の傭兵たちもいた。

最強の機動兵器"アーマードコア"を駆る傭兵"レイヴン"。

彼らは企業の経済戦争の尖兵として、その力を発揮することを管理者に求められた。

 

管理された地下世界に「例外」など、どこにもありはしなかった。

 

 

………

……

 

 

そして今日、MT乗りの青年がグローバルコーテックスを訪れるのも、管理者の予定する通りであった。

 

「でけえな……クレストの木っ端支社とはえらい違いだ」

 

カジュアルなジャケットを着た青年は、グローバルコーテックス本社の高層ビルの自動ドアをくぐって、ため息をついた。

清掃の行き届いた無機質な内装のホールは吹き抜けとなっており、上を向くと首が痛くなるほどに天井が高い。

 

コーテックス本社は、地下都市"レイヤード"の第一層第二都市区の中でも図抜けて巨大な建造物だった。

都市区の基幹セクションだというのに見渡す限り住居の見えない、丘陵の上にそびえるように立っている。

 

 

グローバルコーテックスは、管理者直属の傭兵斡旋機構である。

AC乗りの傭兵"レイヴン"を管理するこの組織は、企業の依頼の仲介からACパーツの売買、オペレーターの情報支援、そしてレイヴン同士のアリーナ興行に至るまで、幅広く活躍する。

しかも、その活動のいずれもが巨大企業を含む他の組織の干渉を一切受けないという、半ば管理者公認の特権階級といってもいい立ち位置にあった。

 

 

『コーテックスに所属できれば、曾孫の代まで生活に困らない』

 

 

その羽ぶりの良さを示すのに、市井でしばしばされる言い回しである。

青年は、三大企業の一つクレストの支社を拠点としてMT乗りの傭兵を行っていたが、施設の玄関口一つとっても、比較するのが馬鹿馬鹿しくなるほどの差があった。

場違いな、という気さえしてくるほどだ。

同僚の傭兵達におのぼりさんだなと散々からかわれたが、まさにその通りだった。

 

手持ち無沙汰になって携帯端末を開き、時刻を確認する。

ちょうど、管理者がメールで指定した時刻になったところだった。

 

カツカツ、とホールの床を鳴らしてどこからともなく美しい女性がやってきた。

怜悧な容貌、几帳面に結い上げられた金髪、卸し立てのようにシワひとつないスーツに高いピンヒールと、絵に描いたような"仕事の出来そうな女性"である。

 

「管理番号0824-FK3203号で間違いありませんか?」

 

クールな印象にマッチした、それでいてとてもよく通る、聞き取りやすい声だった。

これで愛想がよければな、と青年が思ったのも束の間、切れ長の青い目が僅かに細められ応答を促してきた。

 

「……ああ。間違いない。管理者の指示で来た」

「身分証の提示と、バイオメトリクスの確認を」

 

青年は言われた通りにIC身分証を提示し、女性の差し出した端末に掌をかざした。

女性は身分証の写真と端末の照合結果、そして青年の顔を見比べて、小さく頷いた。

 

「ようこそ、我がグローバルコーテックスへ。では、試験の説明会場へ案内します」

 

事務的な態度でホールの奥へと歩を進める女性についていく。

目の覚めるような美人にもかかわらず愛想に乏しい有様が、まさに特権階級の女性と言った感じだった。

 

二人で車一台は乗り込めそうな広さのエレベーターに乗り、57階という法外な高さに上った。

ガラス張りの窓から見える景色は、広大な平野。

よく目を凝らすと、遠方に工場かガレージとおぼしきものが点在していた。

 

「こちらです」

 

先導する女性に続き、長い回廊を歩く。

そして、特に標識もない部屋の前で止まり、中に入るように促された。

 

「お好きな席にどうぞ」

 

内部はよくある会議室だった。

特に何か考えることもなく、青年は中央付近の席についた。

 

「じきにもう一名の参加者もいらっしゃいますので。では」

 

軽く頭を下げ、案内役の女性は退出していった。

青年が軽く息を吐き、肩の力を抜いて腕を軽く回した。

 

クレストの依頼をこなして帰還する途中、輸送機の中で突如送られてきたメール。

地下世界"レイヤード"の管理者からの、レイヴン試験への参加要請。

どうやら、嘘というわけではないらしい。

名高きグローバルコーテックス本社のあるこのセクション301は、テロの防止もあって関係者以外は立ち入り禁止が原則だ。

傭兵とはいえ何の権限もない青年がコーテックスの会議室にこうして通されている以上、レイヴン試験を受けさせられるというのは間違いないのだろう。

 

「けど、急すぎるだろ……」

 

青年は会議室の机に頬杖を突き、思わず独りごちる。

まさか任務帰りに、しかも昨日の今日で来いと呼び出されるとは思っていなかった。

愛機のスクータムの整備も放り出して、普段着で来たのだ。

だが、こうやって急に試験に呼び出される理由が、青年には思い当たらなかった。

 

これまで上げてきた戦果か。

いや、戦果が基準というならば、スパルタンなど自分以上に経歴の長い傭兵達がいくらでもいる。

 

管理者への忠誠心か。

残念ながらそんなものは持っていない。

むしろ、クレストのくだらない礼賛に嫌気が差していたくらいだ。

 

まったく、謎である。

なぜ今日、レイヴン適性試験などに呼ばれたのか。

管理者に要望したわけでもないというのに。

いや、MT乗りを続けていればいずれACにも――と思ったことがないかといえば嘘になるかもしれない。

しかしそれは所詮夢というか希望というか、具体的な目標よりも漠然とした将来の話だった。

目標として形にするとすれば、それはもっとMT乗りとして、最低でもスパルタン以上に名声を得てからだと思っていた。

それなのに、今日だ。

 

管理者は昨日連絡してきて今日、何の前触れもなく青年にレイヴン適性試験を受けろと言う。

まったく、納得のできる話ではなかった。

 

プシュー。

 

物思いにふけっていると、会議室のドアが開いた。

カチコチに固まった少年が一人、さきほどの案内役の女性に連れられて入ってきた。

まだ幼さや初々しさがあった。学生に見える。どう見ても、MT乗りという感じでもない。

あの少年も、レイヴン試験を受けるのだろうか。

 

「お好きな席にどうぞ」

 

先ほどと一言一句口調も変わらない女性の言葉に促され、少年はきょろきょろと落ち着きなく会議室を見渡した。

なんとなく目が合った。

そそくさと、少年がやってきて青年の隣に座った。

なぜこれだけ席があるのにわざわざ隣に座りに来るのだろうか。

 

「よ、よろしくお願いします……!」

 

何をよろしくするんだよ、と聞こうと思ってやめた。

案内役の女性が、会議室の壇上に立ったからだ。

 

「はじめまして。今回のレイヴン試験受験者は、あなた達二名となります」

 

案内役がそのまま、試験の説明役をするらしい。

 

「我がグローバルコーテックスでは、受験者に共通のテストを課しています。テストは実戦です。今回は市街地を占拠している小部隊との戦闘となります。市街地に被害を出さないよう、速やかに排除してください」

 

待った、というように青年は手を挙げた。

話がどうにも早すぎる。手際よく要点だけを説明されても、呑み込めはしない。

 

「テストをやらされるのは分かったが、もっと詳しく説明してくれよ。こっちは何の説明も受けてないんだぞ」

 

女性が額にかかった金髪を軽く耳元にかき上げ、青年の方をじっと見た。

少しして手元の資料に視線を落とし、言葉を続けた。

 

「このテストはAC――アーマードコアに搭乗して行います。実戦とはいえ適性試験ですので、事前の動作テスト等は認められません」

「えっ……!?」

 

固まっていた少年が思わず声を上げる。

声を上げたいのは、青年も同じだった。

MTの操縦ノウハウがあるとはいえ、未知の機動兵器を実戦で急に動かせと言うのだ。

型が近いMT同士でも、機種が変われば機種転換訓練にある程度の時間を割くというのに。

 

「また、市街地に展開する部隊は、実際の武装勢力のものです。試験会場のトレネシティはミラージュの監督下にありますが、治安は劣悪。頻繁に反ミラージュの武装勢力が破壊活動を行っており、試験はその殲滅依頼を兼ねるものとなっています。なお、今回は市街地への被害を考慮し、作戦時間を限定します」

「企業からコーテックスへの依頼をそのまま試験にするのか?失敗したらどうするんだ」

「試験が失敗した場合は、作戦領域外に待機するレイヴンが速やかに後始末を行います」

「そうですかよ……」

 

急に管理者からメールを寄越されて、コーテックス本社に来させられて、それでこの仕打ちである。

MT乗りとして多少の場数を踏んでいる青年は、まだそういうものかとして試験内容を呑み込んだ。

だが隣の少年は、ガチガチと歯を鳴らし、顔面蒼白のひどい有様だった。

 

「一応聞くが、試験の辞退はできるのか?」

「……いえ。このレイヴン試験は、管理者権限によるレイヤード市民への最上位命令です。管理者自身が膨大なデータを元に一定以上の適性を持つ者を市民から選抜し、試験に参加させる運びとなっています」

「……つまり?」

「残念ながら……拒否権はありません。拒否はすなわち、レイヤードの市民権の喪失を意味します。また、作戦中の領域外への逃亡に関しても同様です。撃墜された場合は……言うまでもない、でしょう」

 

微かに言い澱む女性の視線の先には、未だに震えている怯えた少年がいた。

重い空気の会議室に、少年のひきつった呼吸だけが響く。

 

「……試験の開始は20時ちょうどです。18時半時点でお二人をACのガレージにご案内します。動作テストは認められませんが、基本的な操作説明は行いますので、そこまで怖がる必要はありません」

 

冷たい印象だった女性が少し表情を崩し、少年に対してフォローの言葉をかける。

だが、少年はまったく聞こえていないようで、傍から見ていて可哀想になるくらいに身体を震わせていた。

慰めも無駄と思ったのか、女性は小さくため息をつき、予め用意されていたであろう口上を口にした。

 

「我々が知りたいのは、あなたたちの意思と、そして力です。では、健闘を」

 

女性は言うべきことを言い終え、会議室を後にしていった。

後に残されたのは、青年と少年の二人だけだった。

 

「…………」

「…………」

 

深刻な空気が会議室に充満する。

当然だろう。管理者の急な呼び出しに応じて来てみれば、ACに乗って戦うか、レイヤード市民をやめるかの二択を迫られたのだ。

少年は歯を鳴らすのはやめたようだが、代わりに今にも泣きだしそうな、りんごのように真っ赤な顔になっていた。

青くなったり、赤くなったり、忙しい少年だった。

 

「まあ、気負うなよ」

「え……」

「AC――アーマードコアってよ。めちゃくちゃ装甲硬いんだぜ」

「そ、そうなんですか」

「ああ。戦場で一回だけ見たけどな、MTのバズーカ何十発耐えるんだよってくらいの硬さだ」

「…………」

「それに、武装勢力の装備なんてたかが知れてる。どうせ雑魚のモアかエピオルニスあたりだ。最悪、ダンスでも踊ってりゃ死にはしねえ」

「で、でも……」

「1機くらい気合で落として、あとは敵の注意を引かないように下がってろ。残りは何とかしてやる」

「……あ、ありがとうございます」

「まあ、二人だけの同期だからな。というかお前、いくつだよ」

「16、です……」

「学校は」

「学校は行ってます、いや、行ってました……管理者権限で昨日退学処分になったって先生が」

「親は」

「あの、ええと……第三層第一都市区の出身なので」

「孤児か。俺も似たようなもんだ。まあ、丁寧に逃げ道塞がれてるわな。じゃあ、腹くくろうぜ」

「う、ぅっ……いたっ」

「泣くなバカ、男だろ」

「はい、ごめんなさい……」

 

青年もMT乗りの傭兵としては、最年少の部類といってもいいほどの若手だった。

20歳になったばかりの自分より若い傭兵など、見かけはしない。

だからあまり、歳下と話すのは得意ではなかった。

 

「あー、あと30分でガレージ送りだぞ。楽しいことでも考えとけよ」

「た、楽しいこと?」

「AC乗りに、レイヴンになったらどうするかとか」

「ど、どうするんでしょう」

「とりあえずACに名前つけて……いや、先に傭兵としての通り名を決めないとな。カッコいい奴だ」

「…………ええと」

「お前顔が真っ赤なガキだから、通り名は……アップルボーイだな」

「え、えぇっ……格好悪いですよ、それ」

「うるせえ。もう決まりだ。じゃあクライベイビー(泣き虫)にするか」

「……アップルボーイでいいです」

 

ぶすっと不服そうに言う少年の顔は、先ほどよりも元気になっていた。

 

「……あの」

「ん?」

「ありがとうございます」

「何が」

「いえ、その……少し前向きになれました。アーマードコア……実はちょっと憧れてたんです。アリーナの配信とかで。でも、まさかこんな形で関わるなんて……レイヴンなんて、夢じゃないですよね?」

「感謝は管理者にしろよ。試験に生き残った後でな」

「はい……はい!」

「急に立つなよ、ビックリすんだろ」

「あ、すいません。ははは……」

 

重苦しかった会議室の空気は、少し和らいでいる。

青年も試験を受けてやるか、という気になっていた。

どうせMTに乗っていてもいずれ死ぬときは死ぬのだ。

MTより遥かに高性能なACに乗っている方がむしろ死にづらい。

それに傭兵として一定の経験がある分、試験でも有利なはずだ。

 

AC乗り――レイヴン。なってやろうじゃないか。

試験を直前に控え、そう思えるようになっていた。

 

「……あの」

「ん?」

「あなたは、あるんですか?」

「何が?」

「さっきの言い方からして傭兵さん、なんですよね?」

「ああ」

「だから……その……通り名あるんですか?」

「ああ……」

 

通り名。パイロットネーム。

実は妙に気恥ずかしくて、つけたことはなかった。

今までずっと、本名で活動していた。

孤児院の出で家族もいなかったし、有名でもなかったからそれで支障はなかったのだ。

だが本来、傭兵は通り名で活動するものだった。

もし名が売れるようになれば、実名での活動は不利益の方が多くなっていくだろう。

そうは言っても、今すぐに思いつくわけでも――

 

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

 

不意に、思い出の言葉が頭をかすめた。

何気なく、会議室の窓の外へと目をやる。

やはり、曇り空だった。

現在の時刻は18時すぎである。太陽がもうじき平野の彼方に沈もうとしている。

本物の空ではない、地下都市"レイヤード"の第一層第二都市区のための、人工の空だ。

これと同じ空が、レイヤードにはその区画の数だけある。

そう思うと、どこか馬鹿馬鹿しい光景だった。

それを気づかせてくれたあの時の教師を、呪いたくなるほどに。

 

「空……」

「えっ?」

「あー、空……スカイ……いや、そら……ソラだ」

「ソラ?」

「ソラだよ、それが俺の傭兵の通り名だ。アップルボーイ」

「ソラさん……分かりました。よろしくお願いします!」

 

差し出された手。

どこか期待するような、信頼を感じさせる眼差し。

握手のつもりだろうか。

どうして傭兵が、これから商売敵になるかもしれない相手と、命のやり取りをするかもしれない相手と、握手するのか。

こいつは長生きしないか、逆にやたら長生きするかのどちらかだろうなと思いつつ。

 

元MT乗りの青年――ソラはアップルボーイの握手に応じるのだった。



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レイヴン試験

時刻は19時55分。

 

グローバルコーテックスの双発式戦略輸送機が、トレネシティ上空を飛行していた。

管理者直属の組織が所有する最新の輸送機なだけあって、揺れは驚くほど少ない。

元MT乗りの青年ソラは格納庫内のAC――アーマードコアのコクピットで手持ち無沙汰にモニターを眺めていた。

 

操縦桿の握り具合も、シートの座り心地も、いまいちしっくり来ない。

品質が悪いわけではなく、まったくその逆だ。

これまで搭乗していたスクータムがガラクタに思えるほどに性能が良いのである。

モニターの表示物にしてもそうだ。

速度計や武装の残弾数はもちろん、外気温、高度、レーダー表示、さらには敵勢力の予測残数から攻撃に使用してくると予想される火器類の表示等々。

情報の表示だけでも、MTと違ってあまりにも細かな設定が可能となっている。

 

《す、すごいですね。数字が多過ぎて僕には何が何だか……MTもこうだったんですか?》

「まさか。いらない表示は切っとけよ。邪魔になる。必須は速度計と武器の残弾数……あとは外気温とレーダー表示くらいでいいだろ」

《わ、わかりました。ありがとうございます》

「ていうか、本当にアップルボーイで登録したのかよ、お前……」

《え?》

「いや……俺も人のこと言えないか」

 

ソラは頭をかきながら、小さくため息を吐いた。

通信相手の少年――アップルボーイはとにかく素直にソラの言うことを聞く。

素直すぎるとその内損するぞ、と言ってやろうとも思ったが、やめておいた。

昨日までただの学生で、戦闘や傭兵業のことなど何も分からないのだ。人の言うことは、聞くしかない。

もっとも、ACについてはソラ自身も素人だった。

先ほど簡単な操作説明を受けただけで、十全に動かせる自信はない。

 

《ええと、左上のAP表示が一番大切なんですよね?》

「らしいな。……ったく道理で化物みたいな硬さなわけだ」

《はい?》

「なんでもねえよ」

 

操作説明の中でソラが最も驚かされたのは、ACの装甲システムについてだった。

話によればACの装甲材質は本来、スクータムやギボンといった高性能MTとそれほど差がない。

決定的に違うのは、ジェネレーターから常時発生する極めて強固な防御スクリーンが機体全面を覆うという点である。

この防御スクリーンが作動している限り、実弾で攻撃されてもEN兵器で攻撃されても、ACの装甲は致命的なダメージを覆うことはない。

それを可視化しているのがモニター上部のAP表示らしい。

つまり、APが0になるか、ジェネレーターがチャージング(強制充電状態)を起こしてスクリーンの出力が落ちなければ、ACは実質無敵の装甲を持っているということになるのだ。

 

「やってられんわな。MT乗りなんてよ。こいつにとっちゃ、ただの的かよ」

《……?あの、ソラさん……?》

「そろそろ20時だぞ。アップルボーイ」

 

20時ちょうどに、ACの通信機が音を立てた。

輸送機の管制室からだ。

 

《そろそろ目標地点に到達する。もう一度、君達に課せられた試験内容を確認する》

 

ACのモニターに輸送機が撮影したトレネシティの様子が映し出された。

ビル街のいたる所で、煙が上がっている。

やはり事前の情報通り、武装勢力が暴れているらしい。

 

《目標は市街地を制圧している部隊の撃破。敵勢力は、MTが10機。市民は既に避難済みだ》

 

10機か、とソラは小さく呟いた。

仮に今の乗機がMTのスクータムであっても、ビルを遮蔽物として利用すれば不可能な数ではない。

そう、不可能な数ではないのだ。しかも、こちらはACが2機。

ソラはそれでも高鳴り始める心臓を鎮めるように、息を吸って吐いた。

 

《この依頼を達成した時、君達はレイヴンに登録される。このチャンスに二度目はない。必ず成功させることだ》

 

勝手に選んで、勝手に呼び出しておいて、何という言い草だろうか。

だが、もう賽は投げられようとしている。

レイヴンになるか、なれずに死ぬか。二つに一つだった。

 

《これよりACを作戦領域へ投下、レイヴン試験を開始する》

 

一瞬だけ、ACがオートパイロットへと切り替わった。

自動的に脚部が動き、格納庫から発進する。

夜空の下で煙に彩られたトレネシティが、モニターに広がった。

第一層第二都市区の中では治安も悪く、寂れた古い街だ。

 

《こ、これに生き残れば!》

 

アップルボーイの上ずった声がスピーカーから聞こえてくる。

ズズン、と重い着地の衝撃が、ソラのコクピットに伝わった。

 

《え、ACだと!?》

 

逆関節MT"モア"が突如飛来した最強の機動兵器に後ずさる。

モアは普及型の安価な戦闘MTだ。武装も短射程ライフルとロケット砲しか搭載されていない。

だが、それでも数は単純な強みである。

自分達の強みを思い出した武装勢力は、ガシャガシャと鳥脚を動かして密集しながらライフルとロケットをばら撒き始めた。

 

「く……っっ!?」

 

ソラは自分のACをビルの陰に入れようとして、そのままビルの側面に激突した。

スクータムとは比較にならない高出力なブースター。

フットペダルを少し踏み込んだだけで、制御ができなくなったのだ。

好機と見たのか、武装勢力のモア3機がじりじり距離を詰めながらロケット弾を撃ち込んでくる。

機体に激しい振動が走り、モニター左上のAPが削れていく。

嫌な汗が出るも、まだ危険域ではない。ACは、簡単に墜ちはしない。

そう思い直し、ソラはブースターを使うのをやめ、歩行で後ずさりつつライフルを数発放った。

ACにとっては最も標準的で威力も控えめなライフルだが、モアの1機があっという間に沈黙し、鳥脚を崩す。

前進してきていた2機が止まり、今度はライフルを撃ちながら後退し始めた。

 

「逃がすかよ……!」

 

MT乗りとして培った経験が、攻め時だと囁いた。

やはりまだ扱いきれないブースターは吹かさず、歩行で前進しつつライフルを連射する。

ビル街での激しいライフルの応酬。しかし、ACとMTでは兵器としての格が違う。

1分ともたずMTのモアは2機とも爆散し、貧相な装甲片が車道に飛び散った。

 

「ふう……管制室、あと7機か?」

《いや、あと6機だ》

 

滲む汗を拭いながら、短い報告を聞く。

どうやらアップルボーイも1機仕留めたらしい。

レーダーの表示範囲を拡大し、位置を確認する。

二つ向こうの大通りで、僚機が4機の敵に囲まれていた。

真っ赤になって泣きそうにしていた少年の顔が脳裏に過った。

 

「死ぬなよ……夢見が悪い!」

 

ACが通り抜けられそうなビルの隙間の車道を探し、ACの脚部を走らせて目標地点へと向かう。

ライフルの火線がモニターを横切った。

近い。ブースターを使って割り込むべきか。

いや、またビルに突っ込んだら立て直しに時間がかかる。

ソラは逸る気持ちを抑えつつ、着実にACを前進させた。

 

《う、うわぁあぁ!!》

 

目標地点の大通りでは僚機のACが前後左右、計4機のモアの砲撃を受け続けていた。

激しい着弾の衝撃でパイロットが錯乱しているのか、ライフルによる反撃もできずただ棒立ちしているだけだ。

 

「落ち着け馬鹿野郎!」

 

ソラはACをあえて砲撃の嵐の中に突っ込ませ、即座に1機のモアをライフルで狙った。

コクピットに砲弾が直撃し、爆散することもなくモアが停止する。

不意の横槍に、一瞬砲撃が止まった。

だが、それはほんの一瞬だけで、今度はすぐさまソラのACに向けてライフルとロケットが放たれた。

ソラは被弾しつつもACを旋回させ、目についたもう1機をロックサイトに捉え、ライフルを連射する。

しかし、そのモアは左右に踊るような動きで巧みにソラの砲撃をかわし、ビルの陰に素早く後退した。

他のモアも、それを見てのろのろと下がり始める。

 

「ちっ!おい撃て!」

《え、ぇっ……》

「いいから!雑でいいんだよ!」

 

ソラは唾を飛ばしながらトリガーを引き絞り、ライフルを連射した。

少し遅れてアップルボーイもライフルを撃ち始める。

下がり遅れたモアが2機、火を噴いて爆散した。

 

《残り3機だ》

 

管制室から通信が入る。

ソラは再びレーダー表示を拡大し、素早く下がった敵機が残りの2機と合流したのを確認した。

 

「あと3機……動きのいい奴がいたな。……こいつだ。こいつが隊長機だな」

《あ、あの……ありがとうございました。僕……》

「あと3機だ。マーキングを共有する。レーダー見ろ。こいつが一番腕がいいから、まず他を狙え」

《あ、あの……》

「死にたくないだろうが。あっちはMT3機、こっちはAC2機。さっきみたく棒立ち晒さなけりゃ、死にはしねえ」

《す、すいません……》

「謝るな。失敗なんてすぐに忘れろ。生きてるなら、次上手くやればいいんだ。いいな」

《は、はい……はいっ!》

 

ソラが初めてMTに乗った時、先輩の傭兵スパルタンに言われたことだった。

今度は自分が言う側になるとは――

そんなことを思いながら、ソラは残りのMT3機がいる地点に向けて、機体を動かし始めた。

やはりブースターは使わず、歩行での移動だ。

残り3機ならば、もう勝ったも同然だ。安全策を取ればいい。

先ほど逃がしたモアの動きがよかろうと、ACとモアとでは性能差がありすぎる。

アップルボーイもようやくそれを理解したのか、ゆっくりとだが機体を移動させ始めた。

あと一度、あと一度の応酬で、決着が付く。

レイヴン試験は無事、終わる。

 

はずだった。

 

 

《輸送機の飛来を確認》

 

 

管制室から急に通信が入った。

早鐘を打っていた心臓が、急に止まった気がした。

 

《どうやら敵の増援のようだ》

「なんだと……試験はどうなる?」

《試験内容は武装勢力の撃破だ。当然、試験の対象とする》

《そ、そんな……まだ……》

 

スピーカーから、アップルボーイの絶望が伝わってくる。

ソラは頭を切り替え、管制室にさらなる詳細を求めた。

 

《増援は3機……スクータムだな》

 

ソラのかつての愛機、スクータム。

スクータムは対要塞戦や高性能MTとの戦闘を想定して開発された、重装型MTだ。

バズーカとシールド、そしてブースターを標準装備とし、火力も装甲も機動性もモアとは比較にならない。

高性能だが普及型でもあるため、武装勢力が手に入れようと思えば入手できるものだった。

しかし、現状のよちよち歩きなACで、相手に出来るかどうか――

 

《予定外だが、敵は敵だ。全て撃破しろ》

 

ソラは通信を終えたスピーカーを殴りつけ、なんとか気持ちを落ち着けた。

やらなければ、死ぬ。レイヴンがどうこう以前の問題だ。やるしかないのだ。

まずモニター設定を素早く弄り、登録された僚機のAPを確認できるようにした。

 

「アップルボーイ、あとAP2000か」

《はい……ど、どうすれば……》

「俺は残り6000だ。言う通りにコンソールを弄れ。モニターに僚機のAPを表示できるようにしろ」

《は、はいっ》

 

レーダー上の敵機が、こちらに向けて動き始めた。

モアが3機に、スクータムが3機だ。

動きはやはり、スクータムの方が遥かに速い。

この大通りまで、あと1分と経たずに到着するだろう。

素早く片付けていかなければ、6対2の戦いになる。

いくらACが防御スクリーンで堅牢とはいえ、操作に慣れていないこの状況では、非常に危険と言わざるをえない。

 

《ど、どうしますか》

「お前はビルの陰に入ってひたすら撃て。ロックできたら撃ち続けろ。俺は大通りで相手する」

《そ、そんな……それじゃソラさんが》

「じゃあお前が大通りでやるか?」

《……っ》

 

アップルボーイはそれ以上の通信をやめ、ビルの陰にACを入れ、ライフルを構えた。

ソラはモニターに映る大通りの奥をひたすら睨みつけた。

レーダーが敵の接近を知らせる。赤黒い機影が、ビルの隙間から飛び出してきた。

 

「撃て!」

《うわああああああ!!》

 

二人して半ばやけになり、ロックされた敵機に向けて力いっぱい引き金を引いた。

1機のスクータムが爆発し、しかしその爆炎からすぐに2機目3機目がブースターを吹かして飛び出してきた。

さらにその後ろから、モアからと思しきライフルとロケット弾が撃ち込まれる。

スクータムのバズーカが発射され、直撃し、モニターに一瞬ノイズが走った。

ACが揺らぎ、ロックサイトがブレる。さらに、二発、三発とバズーカとロケットが直撃。

APの残量を確認する余裕もない。

ソラは被弾も気にせずひたすら、突っ込んでくるスクータムに向けてライフルを撃ち続けた。

2機目のスクータムも吹き飛び、3機目のスクータムは怖気づいたように砲撃をかわすような動きを見せた。

だが、逃がさない。ロックサイトをすぐさま合わせ、引き金を引く。

ACのライフルから砲弾が放たれ、リロードされ、また放たれ。

それが続いて、ついに3機目のスクータムがビルにもたれかかって動きを止めた。

いつしか、モアの援護射撃が止まっている。

レーダーを見ると、撤退を始めていた。

 

《逃がすな。確実に仕留めろ》

 

管制室から感情の無い命令が入った。

ソラはACを走らせて3機のモアを追い、そして3機とも鉄塊に変えた。

 

《……敵部隊の全滅を確認。レイヴンネーム"ソラ"。なかなかいい動きだ。そうでなくてはな》

「…………」

《レイヴンネーム"アップルボーイ"。お前もよくやった。ソラの手助けは受けたが、新人にしては、まあましなほうだ》

 

管制室の批評に、皮肉で応じる気力もなかった。

AP残り1000。あと一度敵MTの斉射を受ければ、防御スクリーンが剥がれ、死んでいたかもしれない。

これほど精神を削ったのは、MTで初出撃した時以来だった。

生き残ったという実感はあった。だが、それだけだ。

今はとにかく、疲労していた。

 

 

《力は見せてもらった。ようこそ、新たなるレイヴン。君達を歓迎しよう》

 

 

レイヴン。

レイヴンになった。

その事実だけが、疲れきった身体に染み込んでいき、そして――

 

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

 

「本物の、空か……」

 

何の意味も持たない独り言が、勝手にソラの口からこぼれ落ちた。

 

レイヴン。

レイヴンとは、渡り烏のことだという。

高く飛ぶ烏になれば、いつか本物の空を見ることができるのだろうか。

汗まみれになった操縦桿から無理やり手を引き剥がしながら、ソラは詮無いことを思った。

 

煙が立ち上る偽物の空は、どんよりと暗い夜の雲に覆われていた。



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レイン・マイヤーズ

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:管理者

TITLE:0824-FK3203号

 

0824-FK3203号をレイヴンとして承認。

以降、グローバルコーテックス登録下での活動に限り、ACの使用を許可します。

 

今後は、自己の有する影響力に十分配慮し、レイヤードの一員として遵守すべき規範を逸することなく、行動することを希望します。

なお、著しい逸脱行為があった場合、実力をもってこれを排除することを、あらかじめ警告しておきます。

 

では、今後の活躍に期待します。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

携帯端末にメールの着信があったことに気付いたのは、試験終了後の更衣室でのことだった。

アップルボーイも同じメールが届いていたようで、感極まって泣き出してしまった。

初めての命のやり取りも合わさって、緊張の糸が切れたのだろう。

 

ソラもまた、何もする気が起きず、届いた管理者からのメールをぼうっと眺めながら、アップルボーイが泣き止むまで黙っていた。

 

《レイヴンネーム"ソラ"。38階の第2会議室までお越しください。レイヴンネーム"アップルボーイ"。45階の第3会議室までお越しください》

「ぐすっ……な、なんの呼び出しでしょうか?まだ試験の続きが……」

「ないだろ。きっと、今後の手続きの説明か何かだ」

「で、ですよね。ははは、はぁぁ……」

 

涙で濡れた目を擦り、アップルボーイは笑った。

やはり顔は真っ赤なままだった。

 

「あの、ソラさん」

「ん?」

「試験では助けてくれて、ありがとうございました。本当に、ありがとうございます」

「……気にするな。孤立したら集中砲火受けるからな、弾避けが欲しかっただけだ」

「はい。でも、ありがとうございます。本当に、本当に……このお礼は絶対に……」

「いいってもう。さっさと行けよ。45階だってよ」

「はい……でも、あの……」

「行けって」

 

ソラが背中を押してあっちへ行けと手を振ると、アップルボーイは一礼してようやく更衣室を出ていった。

背中と頭が痒い。あれほど素直に感謝されるのは、あまり慣れていなかった。

 

「はぁ……38階の第2会議室、だったか?」

 

レンタルのパイロットスーツを乱暴にクリーニングボックスに突っ込み、ソラは呼び出しのあった場所へと向かった。

 

 

 

ソラは38階でエレベーターを降りた。

グローバルコーテックスの内部は、階数表示がなければ全く区別がつかないほどにどの階も構造が似通っていた。

民間の企業にはある乱雑なもの、余計なものが、一切通路に存在しないのだ。

注意喚起の張り紙一枚存在しない無機質さは、やはり管理者の直属組織故なのだろうか。

 

「第2会議室、ここか」

 

チャイムを鳴らすと、生体認証を求められた。

試験前にホールでそうしたように手をかざすと、ドアロックが解除される。

中で待っていたのは、試験の前に案内役兼説明役を務めた女性だった。

金髪を結い上げ、シワ一つないスーツに身を包んだ、怜悧な顔立ちの美人である。

 

「初めまして、レイヴン」

 

そう言って女性は行儀よく頭を下げた。

 

「はじめまして?あんたとは試験の前に会ったろ」

「あの時、あなたはレイヴンではありませんでした。レイヴンとして会うのはこれが初めてになります」

「……ああ、そういうことか」

 

短いやりとりだけで、女性の真面目さが伝わってきた。

発する声にも、緊張しているのか警戒しているのか、堅苦しさが目立つ。

 

「私は、この度あなたの補佐官として管理者に任命されました、レイン・マイヤーズと申します。よろしくお願いします」

「補佐官……専属オペレーターってことか?」

「はい。レイヴンはその性質上、企業のオペレーションとは一定の距離を置いていただくことになります。そのため、今後の任務遂行においては、私が専属でオペレーターを務めることになります」

「傭兵としての独立性を守るため、か」

「そうです。また、ひいてはグローバルコーテックスの中立を確保するためでもあります。……お好きな席にどうぞ」

 

ソラが適当な席につくと会議室の照明が落とされ、スクリーンに映像が投影された。

六つの角柱が重なり合い、「The Nest for Ravens」の文字が浮かび上がる。

グローバルコーテックスのシンボルエンブレムだ。

 

「ご存知の通り、我がグローバルコーテックスはこの地下世界"レイヤード"で発生する様々な紛争をレイヴンの派遣によって解決し、利益を得ている団体です」

 

エンブレムの上に、いくつかの依頼遂行現場と思しきスライドが表示された。

 

「あなた方レイヴンには、依頼の提供は勿論のこと、依頼遂行に必要な多くの事項に関して、可能な限りの協力をお約束します」

 

レインの説明に合わせてスライドが切り替わり、ACのパーツや武器、弾薬、アリーナの画像が表示されていく。

 

「なお、依頼の受諾・遂行に関しては、依頼主とあなたの自由意志を尊重し、一切干渉しません」

 

続けて、三つの企業のエンブレムが表示された。

地下世界最大の企業ミラージュ。

第二位の企業であり、管理者への帰属意識が強いクレスト。

近年、勢力拡大の著しい第三位の企業キサラギ。

レイヤードに住む誰もが知る、巨大企業だ。

そして、グローバルコーテックスはソラの知る限り、どこの企業にも特別な肩入れはしていない。

 

「また、依頼遂行に伴い、当事者間で何らかのトラブルが発生した場合にも、我々は関知しません。ご了承ください」

 

最後にスクリーンに映されたのは、"DOVE"のマーク。

管理者のエンブレムだった。

 

「試験でお疲れのことと思います。とりあえず本日は、簡単な説明とご挨拶まで。ようこそグローバルコーテックスへ。私たちはあなたを歓迎します」

 

会議室の照明が再び灯り、レイン・マイヤーズがまたソラに頭を下げた。

 

「……つまり、コーテックスは俺がレイヴンとして活動していくためのあらゆるサポートをしてくれるってことで、合ってるか?」

「はい。著しい逸脱が無い限りは、という注釈がつきますが。それと住居に関しても、このコーテックスと同じセクション301内に構えていただくことになります」

「……自腹で?」

「いえ、コーテックスが用意したACガレージ付きの住居を無償で供給します」

「ということは、レイヴンは皆このセクションに住んでいるのか?」

「ええ。もっとも、レイヴン間の紛争を防止するため、各住居間はかなりの物理的距離があり、レイヴン同士の接触にも制限がありますが」

 

ソラはエレベーターでこのコーテックス本社の上層に上がってきた時に眺めた景色を思い出した。

広大な平野に点在するガレージと思しき建物は、レイヴン達の住居だったのだ。

通常、レイヤードの居住用区画がこれほど贅沢な土地の使い方をすることはない。

巨大企業の上層部ですら、もっと人口が密集するセクションに住んでいるはずだ。

 

「まあ……常識外れすぎて驚くよ。コーテックス所属は特権階級、だなんて巷で言われる理由がよく分かった。レイヴンがこれほど優遇されてるなんてな」

「……そうでしょうか?」

 

事務的に話を進めていたレインが、そこで初めて首をかしげた。

 

「レイヴンとしての活動は、企業から個人まで極めて多くの人間の不満不興、そして怨恨や憎悪の対象となります」

「そんなのはレイヴン以外の傭兵でも同じだろ」

「あなたの経歴は調べさせていただいています。MT乗りの傭兵でしたね。それも、実名で活動されていた。ですが、あなたの名前を今ご自身の携帯端末で検索して、果たして情報が表示されますか?」

「……何が言いたい?」

「レイヴンは表示されます。容姿や実名、住所といった第一級のプライバシーは秘匿されますが、レイヴンネーム、ACネーム、ACのアセンブリ、依頼の遂行率や受注傾向、アリーナでの勝敗、簡単な略歴等、傭兵としての情報は全て、レイヤード全市民に常時開示されるのです」

「…………」

「それだけではありません。管理者からのメールにありませんでしたか?レイヴンは自己の影響力を考慮し、レイヤードの一員として行動することを希望すると」

「…………」

「だからこそコーテックスは、いえ、管理者はレイヴンに相応の便宜を図ります。この便宜は選民主義的な特権ではなく、あくまで影響力への配慮です。それは円滑な任務遂行のためであり、地下世界の秩序維持のためであり、何よりあなた自身を保護するためでもあります。なぜならあなたは……」

 

レインは一度言葉を切った。

冷たささえ感じる美貌に、少しだけ躊躇の影が差す。

言うべきか言わざるべきか、迷っているようにも見えた。

 

「望んでレイヴンになったわけでは、ないでしょうから」

 

沈黙が会議室を支配した。

ソラは、自身に向けられたレインの目を見続けた。

レインの目は真っ直ぐだが、少し押すだけでどこか崩れてしまいそうな、そんな弱さも垣間見せている――気がした。

 

「……一つ、質問してもいいか?」

「はい。どうぞ」

「あんたは、新人か?」

「…………はい。あなたが、私にとっての初めてのオペレーションとなります。……もっとも、コーテックスに所属したのは2年前ですが」

「じゃあもう一つ、質問させてくれ。さっきの発言は、管理者の言葉か?あんたの言葉か?」

「……それは……」

 

再びの沈黙。

だが今度のそれは長く続かず、ソラが席を立ったことで破られた。

 

「ACの調整がしたい。俺に割り当てられた場所を教えてくれるか」

「……よろしいのですか?今日はもう遅いですし、当施設内に部屋を取っていますが……」

「いや、大丈夫だ。住む家とガレージがセットなんだろ?なら今日の実戦の感覚が残っている内に、少しだけでも自分の機体に触っておきたい。休むのは、その後だ」

「……分かりました。でしたら、整備班も招集します」

「整備も専属なのか?」

「ほぼ専属です。レイヴンは定員制となっていて、整備班は複数のレイヴンを兼任しませんので」

「なるほど」

「移動手段の手配をしますので、1階のロビーでお待ちください」

「分かった……なあ。レインさん、だったか」

 

会議室を出る直前で、ソラはレインへと振り返った。

 

「……レインで構いません。何か?」

「俺は望んでレイヴンになったわけじゃない。あんたの言う通りだよ。昨日仕事中に管理者からメールが来て、今日試験を受けて、わけもわからずレイヴンになった」

「…………」

「だが、なった以上は上を目指す。半端では終わりたくないし、何より死にたくない。そのつもりで、今後はよろしく頼む」

「……はい、レイヴン」

「あとその、あれだ……あんたは……信用できる人間だと思っておくよ」

「……!はい、こちらこそ。よろしくお願いします」

 

レインはソラに向かって、今までで一番深く頭を下げた。

声音も、少しだけ和らいだ気がした。

 

レイン・マイヤーズ。

生真面目さの下に善良さが見え隠れする女性だと、ソラは感じた。

つい口走る言葉に、事務的態度に徹しきれない感情が乗っていた。

 

 

 

ソラが割り当てられた専用のガレージに行くと、既に先の試験で使用したACが搬入されていた。

整備班が集まって順番に自己紹介してくる。

十数人にも及ぶ自己紹介を聞き流しながら、ソラは自分のACを見上げていた。

 

それは、翼だった。

レイヴンとして高く飛ぶための、翼。

 

どこまで飛んでいけるのか。

高く飛んでいけば、偽物の空を越えて、本物の空に辿り着けるのか。

それは自分次第なのか、それとも管理者次第なのか。

 

ソラ自身にも、まだ分からなかった。



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ストレイクロウ

「この速度で最低出力クラスなのか?」

 

ソラがレイヴンになって2日目の朝は、テスト場でACを乗り回し、ガレージでメカニックと対話することから始まった。

 

「初期配備ACのブースターは"UN1"つってな。AC開発の黎明期に作られた骨董品だ。当然、出力も燃費も劣悪よ」

「……それでも、スクータムよりよっぽど速度が出るし、燃費もいいし、機敏だ」

「アンタ、元MT乗りなんだってな?先入観がある分、ACの機動性に慣れるのには苦労するかもなぁ」

 

ソラは本社近くのテスト場からガレージに帰還した後、コクピットシートに座ったまま、チーフメカニックと話した。

何の目標設定もない開けた空間でACを動かしただけだったが、やはりその速度には舌を巻いた。

ただの歩行で重装MTのブーストと同等の機動力、ブースターを吹かせば一秒足らずで時速280km前後に達する。

これで、中量二脚型ACとしては最低限の機動性能だと言うのだ。

ACが最強の機動兵器と言われる理由が、実感としてよく分かった。

 

「ACを戦場で見かけたのは、味方として一度だけだったがな。喧嘩しなくて、よかったよ」

「速度に馴染めないのなら、思いきってタンク型にするのもありだぜ。今の脚部を売却すれば、安いタンクパーツくらいなら買える」

「……いや。いくつか依頼をこなすまでは、この二脚構成のままだ。一番基本的なACも扱えないようじゃ、先が思いやられるだろ?」

「そうかいそうかい。まあ、せいぜい悪戦苦闘するこった。わっはっは」

 

チーフメカニックのアンドレイはしわくちゃ顔を歪めて笑い、伸び散らかした自身の白髭をわしゃわしゃとしごいた。

コーテックスの整備士としてはかなりのベテランらしい。

ACのパーツに関する知識も豊富で、各部位の説明も分かりやすくしてくれた。

整備士にありがちな職人気質というわけでもなく物腰もフランクで、整備に関しては頼れる味方になりそうだった。

それにどことなく、MT乗り時代の先輩であるスパルタンに雰囲気が似ていて、接しやすい。

 

「それで、チーフ。初日からさっそく無茶を頼みたいんだが」

「おう、なんだ?パーツを買う金なら貸せねえぞ。レイヴンなら手前で稼げよ?」

「違うよ。操縦系を、スクータムに似せられないか?」

「ほう……」

 

アンドレイが興味深そうに唸った。

先日の試験と先ほどのテストでACを動かして、ソラが一番気になったのは、やはり機動性と操縦性だ。

スクータムに乗っていた頃との違和感は、この二点が一番大きい。

これらさえクリアできれば、MT時代の経験がある程度は活かせそうだった。

 

「計器や操縦桿の配置を変えてくれとは言わない。ただ、少しでもスクータムに操作が近くなれば……」

「簡単なこった。システムをアサインモードに切り替えてみろ。それで機器や操縦系の操作方法をある程度調節できる」

「へえ、できるのか……ダメ元のつもりだったが」

「アンタみたいなこと言うレイヴンは結構見てきたぜ。当然、対応できる仕様になってる。管理者サマも気が利くわな」

 

ソラはアンドレイの言う通りに、コンソールを操作した。

モニター上にコクピットを再現した3D映像が表示され、各部の操作方法を調節できるようになった。

流石に操縦桿の位置までは変えられないものの、相当の融通が利くようだ。

 

「……チーフは、ここで長いのか?」

「見りゃ分かるだろ、このご立派な白髭をよ。コーテックスでAC弄って、酒かっくらって数十年だ」

「このセクション301に住んでるのか?」

「当たり前だろ。あの丘の上のデカい本社ビルがそのままワシらの家よ」

「あれが?」

「おうよ。コーテックスの職員は基本的にあそこに住んでる。無駄にデカくて高層建築してるわけじゃねえんだぜ。あらゆる施設が入ってんだ、あのビルは。映画館や呑み屋だってあるぜ」

「……レイヴンほどじゃないが、コーテックス職員もやっぱり良い暮らししてるんだな。まあ、市民の噂になるくらいだからな」

「そうは言うけどな、ワシもわけえ頃は苦労したんだぜ。ミラージュのお膝元でバリバリやってな。キャリア重ねて、管理者サマのご指名獲得よ」

 

アンドレイは誇らしげに白髭を手櫛で梳いた。

感慨深げに唸り、胸を張ってにんまりと微笑む。

 

「メカニックも、管理者が選ぶのか?」

「ワシらだけじゃねえ。美人揃いのオペも単なる事務員も、コーテックス職員は皆、管理者が直々に選んどる。基準は……そうだな、とびきり有能なことだろうな。ワシみたく」

「へえ、そりゃ頼りになるな。じゃあ俺も、管理者から見てとびきり有能だったってことか」

「さあな?アンタの前にココを使ってたレイヴンは、すぐ死んだ。三回目の出撃でベテランのレイヴンとかち合って、終了だ。その前の奴はそこそこ長いことやってたが、大規模作戦で無茶して逝っちまった」

「……そうかよ」

「アンタは、どうだろうな?」

「心配しなくても、すぐ死ぬ気はねえよ。チーフの方が先にぽっくり逝くかもな」

「わはは。言うねえ。レイヴンはそうでなくちゃな」

 

アンドレイと他愛もない会話をしながら、ソラはスクータムの操作系を思い出して、各操作方法を弄っていく。

戦場に出れば、"待った"は無しだ。このガレージの中で少しでも、自分のACを使いやすくする必要があった。

 

「そうだレイヴン。肝心なことをまだ聞いてねえな」

「なんだよ?」

「この機体のお名前だ。もう決めたのか?格好のつく奴をよ」

「…………」

 

コンソールを叩きつつ、ソラは答えた。

 

 

「"ストレイクロウ"」

 

 

「……迷い烏?縁起でもねえ名前だな。それに"クロウ"ってのは……」

「いいだろ、別に。詮索はよしてくれ。もう決めたんだ」

「まあ……ACの名前なんて何でもいいがな」

 

自分で聞いておいてこの白髭の爺は、何ということを言うのだろうか。

ソラは少しむっとしたが、それ以上の応酬はしなかった。

 

「……よし、弄り終えた。これでもう1回、テストに出る。いいよな?」

「おう、気が済むまでやってくれ。戦場で後悔しないようにな。それに……」

「それに?」

「テストはタダだし、付随する細かな整備代や弾薬費もコーテックス負担だからな。ワシらは整備報酬が貰えるが」

「……なるほど。じゃあテストすればするだけ、俺もあんたらメカニックも丸儲けか」

「わはは。100回でも200回でもテストに出てくれていいぞ。ワシらの稼ぎのためにな」

「テストなんかで管理者に目をつけられるのはごめんだ。今日はあと1、2回でやめるよ」

「わはは。わっはっは」

 

老メカニックの豪快な笑い声につられて、ソラも思わず笑った。

機械弄りは、元々嫌いではない。MT乗りになる前、孤児院を飛び出して工場に潜り込んだ頃からそうだった。

ACを弄るのも楽しいものだと、ソラは思った。

 

 

………

……

 

 

ソラがレイヴンになって4日目。

携帯端末に、着信があった。

以前の住居からの引っ越し作業がひと段落し、住居のリビングでACのパーツカタログを眺めている時だった。

相手は、専属オペレーターのレイン・マイヤーズだ。

 

《レイヴン、メッセージが届いています》

「依頼か?」

《はい。クレスト社からです》

 

ソラは住居とガレージの間に設置されているブリーフィングルームへ向かった。

レインと通信を繋いだまま、依頼のメッセージを再生する。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

老朽化のため、すでに閉鎖されることが決定している兵器開発工場を、閉鎖に反対する職員たちが強引に占拠し、立てこもっています。

 

どうやら以前から計画されていたものらしく、工場で使用されていた作業用メカに武装を施し、抵抗を続けています。

こちらの説得にも、応じる様子はありません。

 

不法占拠者の排除を依頼します。

 

全機撃破してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「工場職員の反乱、その鎮圧作戦、か……」

《作戦区域は第一層第二都市区、セクション303です。成功報酬は11,000C。予想戦力は武装した作業メカ数機。職員の武装蜂起ならば、おそらく戦闘用MTはいないでしょう》

「わざわざACを雇うような状況じゃないと思うがな。クレスト自前の治安維持部隊で、どうとでもなるだろ」

《同感ですが、他の工場で同様の事態を招かないための威圧も兼ねているものかと》

「……俺も、MT乗りの前は工場で働いていた。その工場は、もう閉鎖されてるがな」

《…………》

 

ソラの言葉にレインがしばし押し黙った。

もう数年前の話だ。ソラは中等教育もまともに受けず、クレストの兵器開発工場に潜り込んで働いていた。

生活費の稼ぎからMTの基礎的な操作、傭兵業のためのコネクションまで、今のソラの全てはその工場で培ったものだった。

 

《……依頼の受諾は、全面的にレイヴンに委ねられます。コーテックスは一切の干渉をしません。今回は拒否しても》

「いいや、依頼は受ける」

《よろしいのですか?》

「まだ依頼を選り好みできる身分じゃない。今は来た依頼を、確実にこなすのが最優先だ。これが初めての依頼でこの程度の内容なら、なおさらだ」

《……分かりました。依頼の受諾を、クレスト社に伝えます》

 

携帯端末の向こうで、レインが小さく息を吐いた気がした。

 

「作戦の段取りはどうするんだ?」

《細かな打ち合わせへの参加は必要ありません。輸送機の手配も含め、私が全て執り行います。レイヴンはこのままガレージで待機してください。出撃時間が決まり次第、連絡します》

「了解した」

《特記事項がある場合は、できるだけ早く伝達します。ACの装備に反映する必要があるでしょうから》

「分かったよ」

 

そんな金はまだないがな、と軽口を言おうとして思い直した。

少しだけ、自分の声が震えている。レインもだった。

初めての依頼に、お互いに緊張しているらしい。

 

「レイン」

《……はい》

「俺のレイヴンとしての初任務だ。よろしく頼む」

《……分かりました。こちらこそ。レイヴン》

 

通信を終え、ソラはガレージのアンドレイの元へと向かった。

足取りは少しだけ、重かった。

 



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工場占拠者排除

ミッションの展開はオリジナル要素を含んだり、含まなかったりします。
敵機の数や種類も必ずしもゲーム通りではありません。ご注意ください。


《作戦領域に到達。ストレイクロウ、出撃してください》

「了解」

 

コーテックス本社の作戦室に待機する専属オペレーターからの通信に応じ、双発式戦略輸送機から1機のACが出撃した。

まだパーツも初期配備品から更新されていないそれは、しかし腕部のエンブレムだけは独自の物を貼りつけていた。

淡い光条の下を、翼を広げて飛ぶ烏。傭兵ソラのAC"ストレイクロウ"のエンブレムだった。

 

レイヤード第一層第二都市区、セクション303。時刻は17時。

西の空に傾き始めた太陽が、不法占拠された建物をぼんやりと照らしていた。

閉鎖と再開発が既に決まっているセクション303有数の生産施設、クレストのジダン兵器開発工場である。

 

《コードキーを送信します。正面ゲートのロックを解除してください》

「了解……拍子抜けだな」

《はい?》

「本当に立てこもるつもりなら、ゲートと床を溶接するくらいはすべきだろうに」

 

ソラはオペレーターのレインにそう返すと、ACの頭部COMによって正面ゲートへのアクセスを開始した。

依頼遂行のために、クレスト本社から工場施設のコードキーが提供されている。

現場職員よりも上位のアクセス権が付与されたそれは、不法占拠者達の持つ権限では止められない。

ゲートのロックが解除されるのは、時間の問題だった。

 

「…………」

 

ACやMTも容易に出入り可能なサイズの巨大ゲートが、ゆっくり持ち上がり始める。

ソラはその場でACを旋回させ、周囲を伺った。

工場の外には、兵器の部品が入っていると思しきコンテナが大量に搬出され、山のように積み上げられていた。

本当に不法占拠で要求を呑ませようとするならば、工場内に運び入れてクレストとの交渉の材料に使うべき物だ。

 

「不法占拠、か」

《……クレストは『説得に応じない』と言っていましたが》

「説得したかも怪しいな。立てこもっているのは事実なんだろうがな」

《…………》

 

おそらく、それほど強引な占拠ではないのだろう。

職員達は今後もここで働き続けることを考えた上で、工場閉鎖に対して緩やかな抗議をしているだけかもしれない。

ジダン兵器開発工場は、工場での労働経験があるソラから見てもかなり大きな施設だった。

施設の規模が大きければ当然、労働に従事している市民も多い。

閉鎖後の再開発の際は、大規模な人員整理もあるだろう。

再び雇用されるかも分からない職員達にとっては、生活のためにやっていることなのだ。

 

「ゲート解放。内部に突入する」

《……了解です》

 

ソラはACを歩かせ、工場に侵入した。

やはり工場の内部はほぼもぬけの殻で、申し訳程度にバリケード代わりのコンテナが設置されているだけだった。

ACが戦闘機動を取ることも容易な広さがある。

肩部レーダーが、コンテナの向こう側にいくつかの機体反応を検知した。

不法占拠者の作業用メカだ。

ソラが目標に向けて機体を動かそうとした時、さらに反応が数個追加された。

占拠者が慌ててメカを起動させたようだ。まともな迎撃態勢も取れていない証拠である。

そして、レーダーに映らない影が工場の奥へとばらばら動くのを、ACの望遠カメラが捉えた。

メカに乗っていない生身の職員も、相当数いるらしい。

 

《数はいるようですが、ACとは比較になりません。……作戦を遂行してください》

 

レインのどこか沈んだ声が、ソラの行動を促す。

ソラはACを操作し、前方を塞ぐコンテナに向けてライフルを発砲した。

戦闘用の砲弾を受けてコンテナが吹き飛び、内部の部品類が散乱する。

 

《き、来たぞ!》

 

頭部COMが敵機の通信を傍受し、その動揺を伝えてくる。

ソラはさらに砲撃を撃ち込み、コンテナが形成するバリケードを蹴散らしていく。

コンテナの向こうに、2機の改造クレーン車が見えた。

すぐさまACのFCSがその動きを捉えて、1機をロックする。

 

《え、AC!?くそっ!そこまでするのかよ!!》

 

クレーン車はじりじりと下がりつつ、ACに向けて発砲してきた。

その改造は、粗末なものだった。

工場で製造しているとおぼしきMTのレーザー砲を、ただくくりつけただけである。

照準など定まりようもなく、ソラがACを動かしていないにも関わらず、射撃は外れて2本の熱線が工場の壁面を焼いた。

 

「…………」

 

ソラはACのブースタを吹かし、加速を開始した。

再びの敵からの発砲。今度はさきほどよりもマシな射撃だったが、それでも戦闘機動を取るACにはかすりすらしない。

反撃でライフルを一発撃ち込む。

何の装甲も持たないクレーン車が1機、操縦席のガラスを盛大にぶちまけ、沈黙した。

さらにもう一度、ライフルの砲声が轟いた。

外れようもない。残るもう1機が、火を吹いて爆発した。

 

「工場の奥に侵攻する」

 

短くオペレーターに伝え、ソラはさらに奥へと進んだ。

 

《ちくしょう!やっぱりやめとけば…》

《く、来るなぁ!》

 

ACがライフルを一発撃つ度、改造クレーン車が簡単に吹き飛んでいく。

時折撃たれる反撃のレーザーも、劣悪な射撃精度のせいで何の障害にもならない。

ソラは無感情に、FCSがロックする作業用メカに向けてひたすら引き金を引いた。

レーダーに表示されていた反応は瞬く間にその数を減らし、気づけば残り1つとなっていた。

 

《た、助けてくれ……》

 

工場の最奥、搬出用ハッチの手前に作業用逆脚MT"ディギー"が佇んでいた。

怯えたようにハッチにへばりつくそれは、もはや武装をこちらに向けてすらいない。

今回の不法占拠の主犯らしかった。

 

《お、俺達はただ生活のために……それがどうしてこんなっ……》

 

ACのコクピットに流れ込んでくる、悲痛な通信。

それを遮るように、ソラはライフルを撃ち込んだ。

砲弾が一撃でMTの逆脚をもぐ。

クレーン車よりはマシな手応えだが、それでも戦闘用MTに比べて遥かに脆い。

 

《ぅぁぁ……みんな、逃げ、ろ……》

 

火花を吹いて頭を垂れたディギーにもう一度、ライフルが放たれた。

 

《目標の全撃破を確認……帰還してください》

 

レインからの通信にソラは言葉を返さず、ACを工場の入り口へ向けて翻した。

ACが受けた損傷は、ない。

工場内には作業用メカの残骸が、無惨に散らばっている。

正面ゲートの外にはクレストの対人制圧部隊が待機していて、ソラのACと入れ替わるように内部に突入していった。

残存する生身の不法占拠者たちも、1人残らず"処理"されることだろう。

 

それは戦闘とすら呼べない、ただの虐殺だった。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:クレスト

TITLE:礼状

 

ご苦労でした。迅速な対応を感謝します。

 

多数のための少数の犠牲。厳しいようですが、これが現実です。

セクション303における再開発事業は、既に管理者が決定した事項なのです。

 

今後とも、我々に力を貸していただき、

共に秩序を、そして管理者の治めるこのレイヤードを守る存在として―――

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「相変わらずだな、クレストは」

 

形だけの感謝と管理者への礼讃が延々と綴られたクレストのメールを、ソラは最後まで読まずに削除した。

部屋の照明を落としたまま、着たままのパイロットスーツの襟元を緩めて、椅子の背もたれに体重を預ける。

企業の依頼や連絡事項を確認するためのブリーフィングルームには、ソラ一人だけしかいない。

つい先ほど、クレストの依頼から帰還したばかりである。

防音がしっかりと行き届いたこの部屋は、隣接するガレージの喧騒も聞こえてこないため、戦闘の熱を冷ますにはうってつけだった。

 

「はぁ……」

 

思わず、ため息が漏れる。

レイヴンとしての初仕事は、ソラに自分の置かれている現実を改めて叩きつけていた。

MT乗りをやっていた頃と、表面的には変わらない。

汚い依頼であれ何であれ、傭兵らしく報酬のために遂行するだけである。

だが、あの頃と決定的に違っている点があった。

それは乗っている兵器がMTではなくACであること、そして何より、自分のもたらす影響力の大きさである。

 

「…………」

 

ソラは携帯端末を取り出し、新着のニュースを確認した。

あの工場から帰還して数時間、今回こなした依頼のことが既に大々的に報道されていた。

 

曰く、クレストが所有するジダン兵器開発工場にて一部の職員による武装蜂起が発生した。

曰く、派遣されたレイヴンにより、工場は迅速に制圧された。

曰く、蜂起に使用された戦闘用MTから見て、他企業のなんらかの関与があった可能性がある。

曰く、クレストは自社の経済活動に対する不当な妨害を決して認めない。今後、類似の事例が発生した場合は徹底的な対処を行う。

 

虚実の織り交ざった報道には、労働者への見せしめと他企業への牽制の意図が、はっきりと表れていた。

これが、今回の依頼においてクレストが望んだ、本当の"成果"だろう。

そしてそれは、ソラがレイヴンとしてもたらした"影響"でもあった。

MT乗りとして、無名の傭兵として活動していた頃とは比較にならないほどに、自分はこの地下世界の情勢と太く繋がっていた。

 

「これがレイヴン、か……」

 

ソラは携帯端末を机の上に放り投げ、ノーマルスーツを脱ぎ捨ててインナー姿になった。

今日はもう、何もする気が起きなかった。

依頼遂行の報酬や、発生した費用のことなどは、明日考えればいい。

そう思い、シャワーを浴びに行こうと椅子から立ち上がった時だった。

 

ピー。ピー。

 

机の上の携帯端末が、着信音を響かせた。

相手は、自分の専属オペレーターだった。

 

《お疲れ様です、レイヴン》

「……ああ、あんたもお疲れ様。もう次の依頼の話か?」

《いえ……あの、報道はご覧になりましたか》

「ああ、さっきの戦闘の件がもう出てた。手際のいいことにな」

《あの工場に、戦闘用MTはいませんでした。他企業の関与があったとはとても……》

「報じてるのはクレスト御用達のメディアだ。分かってやってるんだろうよ」

《ええ……そう、でしょうね》

 

レインは言葉を濁し、そのまましばし沈黙していた。

ソラは椅子に座り直し、相手が話し始めるのをじっと待った。

 

《……レイヤードは》

 

端末の向こうでレインが口を開く。

 

《レイヤードは、AIシステムである管理者の手によって統治がなされています。このレイヤードにおいて、管理者の存在がいかに重要なものであるか、知らないものはいません》

「…………」

《今日排除作戦が行われたセクション303も、再開発を決定したのは管理者です。当然今回の様な事態は、管理者も想定の上でしょう》

「だろうな。工場の閉鎖に対する労働者の反発なんて珍しいことじゃない。クレストが今回わざわざACに制圧させたのは、あの兵器開発工場がかなり大規模だったからだろう。見せしめには最適だ」

《……実は今回のようなトラブルは近年、レイヤードの各地で増加傾向にあるようです》

「人口が増えてきてるのも理由の一つかもな。それに、滅多に報道されないが下の第三層……貧困層の労働事情は俺の知る限り、この第一層よりもっと酷い状態だ」

《このレイヤードという機構自体に、限界が来ているとは考えられないでしょうか》

 

レインはソラと言葉を交わしながらも、何かを確認するような、あるいは自分自身に言い聞かせるような口調で言葉を繋いでいく。

 

《それでも、管理者は絶対の存在です。我々レイヤード市民の日常は、管理者によって維持されているのですから。だから、今回の件もきっと……いえ、ですが……》

 

スピーカーから響くレインの声が、少しだけ震えた。

 

《……すいません、レイヴン。お疲れのところを、長話してしまいました。では、また連絡事項があれば……》

「レイン」

《……はい、何でしょう》

「言いたいことは、最後まではっきり言った方がいい。どうせ、俺しか聞いてない」

 

長い沈黙の後、携帯端末から小さく息を吐く音が聞こえてきた。

真っ暗なブリーフィングルームだからか、その音はソラの耳によく響いた。

 

《……今回、彼ら不法占拠者の辿った末路は、管理者の決定に反することの当然の報いなのだと思います。企業の厳しい対処も、理解はできます。ですが、それでも……私個人としては……》

「…………」

《彼らに、同情を禁じえません》

 

喉から無理やり絞り出したような声だった。

通話が切れ、ブリーフィングルームに再び静寂が戻った。

 

「…………」

 

ソラは、通話を終えた携帯端末に表示されている専属オペレーターの名前を、じっと見ていた。

 

レイン・マイヤーズは管理者によって選ばれた、コーテックスのオペレーターだ。

同じく管理者によって選ばれたレイヴンであるソラを補佐するのが、彼女に与えられた役割である。

 

レインやソラのように選ばれて特別な役割を与えられる人間がいる一方で、選ばれずに何の甲斐もなく死んでいくだけの人間もいる。

管理者が管理し、企業が争う地下世界"レイヤード"において、それは否定しようのない現実だった。

 

「……気にするなよ。気にしてたら死ぬぞ。死んだら終わりだ。だから、気にしねえのが一番だ。それでいいんだ、俺も、あんたも」

 

ソラは強く握りしめた携帯端末に、一人語りかける。

理不尽で、不条理な世界だった。

それでも、生きていくしかない。生き抜くしかない。

そうしていれば、きっといつか――

 

ソラはレインに短いメールを送り、ブリーフィングルームを出た。

 

迷い烏はまだ行く先も見えず、羽ばたき始めたばかりだった。



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アリーナ

独自設定の話です。アリーナの戦闘はたまに書こうと思っています。


「ん?被弾無しのはずだが、どうして修理費がかかってるんだ?」

 

ブリーフィングルームで一休みした後、ソラはACのガレージに戻り、今回の依頼遂行による収支を確認していた。

チーフメカニックのアンドレイがコクピットの調整をしているのを横目に、専属オペレーターのレインから送られてきた書類をめくる。

時刻は21時過ぎ。ガレージでは十数人の整備班が忙しなくACの周囲を行き交いしていて、活気がある。

 

「あん?ちょいと貸してみろ」

「これだ。弾薬費は分かるが、なんだ修理費内訳の調整費用って。1000Cもかかってるぞ」

「ああ……MTとACは違うからな」

 

アンドレイはソラの手渡した書類を見ながら、白髭をしごく。

 

「ACは基本的に防御スクリーンのおかげで被弾しても滅多に傷つかんが、代わりにその防御スクリーンが機体を痛めるんだ」

「どういうことだ?」

「そのまんまの意味さ。スクリーン技術はまだ発展途上。出撃するだけで、攻撃を受けずともACは傷つくんだよ。ジェネレーターの負荷や関節の摩耗、装甲の補修と色んな細かい修理に金がかかるってわけだ」

「はぁ……なるほど」

 

ソラは首を傾げながら、アンドレイの言葉を咀嚼した。

レイヴンになる前に乗っていたMTならば、被弾した部分の装甲を張り替えて簡単なチェックを受ければ、大した支障もなく次の任務に出られた。

特にスクータムのような重装MTの場合、致命的な被弾さえしていなければ整備無しで連戦できるほどだ。

だが、ACはそうではないらしい。

強大な戦闘力を持つ反面、MTよりも遥かに繊細な整備を要求するようだった。

 

「面倒な兵器だな、ACは」

「面倒でなけりゃ、こんな大所帯の整備班なんていらんだろ?まあ、必要経費だと思って我慢してくれや」

「分かったよ。しかし、思ったより簡単には儲からねえな、レイヴンってのも……」

 

ソラは初仕事の報酬額を睨みつける。

ACのパーツはそれなり以上に値が張る。1ランク上の物を買おうとしても、今の所持金では不可能だった。

MT乗りの頃の蓄えも、足しにならないほどしかない。

それでも、日常的な維持費や人件費、テストにかかる修繕費をコーテックスが担ってくれる分、負担は実際よりも遥かに安く済んでいるのだろう。

 

「やっぱり今のまま、いくつか依頼をこなして……」

「そういやまだ聞いてなかったな。アンタ、今後どういう方向で機体を強くしていく気だ?」

「とりあえず60,000Cほど貯めて、レーザーライフルの"XCW/90"を買おうと思ってる。EN兵器は弾薬費がかからないんだろ?弾代も馬鹿にならないしな」

「ほう。だけど、そいつは今のジェネレーターじゃ無理だぜ」

「え?」

「今積んでる"ROV6"は初期配備用のジェネレーターだ。ACを最低限動かせる程度の性能しかねえから、レーザーライフル撃とうとしたらブースターがまともに吹かせなくなる」

「何だって……」

「ちょっと待て……あー、最低でもこの辺のランクにしとかんとな。これでもギリギリだが」

 

アンドレイが手持ちの携帯端末を操作し、パーツカタログを見せてきた。

提示されたのはキサラギ製の"ZS4"というジェネレーターだった。

その価格は33,000C。レーザーライフルの購入費と合わせて、100,000C近い費用を稼がなければならない。

 

「……ジェネレーターにまで考えが及んでなかったよ」

「わはは、元MT乗りにありがちだな。MTは内装入れ替えるなんてしねえからな」

「100,000C稼ぐまで初期装備のままってのは……どうなんだ?」

「無理だな」

「チーフがそう言う根拠は?」

「今回の収支で分かったろ?ACはどんだけ慎重に扱っても、出撃すれば必ず色んな費用が発生するもんだ。そんで依頼には不測の事態が付き物よ。1回10,000Cの依頼を10回こなせば……なんて勘定はやめといた方がいい」

「……なるほど」

「それによ、レイヴンに回ってくる依頼は、今回みたいな簡単なもんばっかじゃねえぜ。今の初期配備品で対応できるようなのを選り好みしてたら、仕事がなくなっちまう」

「つまり、稼いだ金の範囲で細かく機体をアップデートしていった方がいいってことか?」

「おう。もっと言えば、今の状態で金が溜まるまで我慢なんてのを長く続けてたら、他のレイヴンと鉢合わせしたらそこでお終いだぜ」

「……確かに」

 

ソラはアンドレイの意見に頷いた。

ACが戦闘中に撃破される可能性が高いのは、やはり対AC戦だ。

依頼で不意に同じレイヴンに遭遇することを考慮すれば、少しずつでも機体を強化していくべきだった。

レイヴンが引き受ける依頼は、一般的なMT乗りのそれとは難度が違う。

小さな性能差が、そのまま依頼の成否や自身の生死に直結することは充分に考えられた。

 

「助かる、チーフ。方針を変えるよ。レーザーライフルはあきらめる」

「おうおう。年長者の意見を聞けるのはいいことだぜ。生き残るためにもな」

「ついでに年長者の意見とやらをもう一つくれ。最初は何を買うべきだと思う?」

 

携帯端末を返し、ソラは尋ねた。

アンドレイは軽く白髭を捏ね回した後、端末を操作してパーツカタログをめくっていく。

 

「まず武器だな。武器がよくなりゃ、その分敵を早く片づけて被弾を減らせる。今のライフルは正直ACの武器としては弱い。乗り換え先は、そうだな……ミラージュの"RF/220"ってロングレンジライフルがいいな。値段よし、威力よし、射程よしの傑作だ」

「29,000Cの奴か。まあ、それなら……」

「あとよ、今ACの肩に単発の小型ミサイルユニットついてるが、これ使ってねえだろ?」

「……そういえば、使ってないな。使う機会がなかったというか、試験も工場の依頼もライフルで事足りた」

「だろうな、戦闘ログに残ってねえし。思い切って売っちまうといい。単発ミサイルがないとまずい局面なんて、そうそうないぜ。いや、実は初期配備品の中では使えねえ武装じゃねえんだが……活かすのに工夫がいる」

「工夫?」

「この"S40-1"はなぁ……まあいいや、売っとけ売っとけ。今のライフルも売れば、そのままお目当ての"RF/220"が買えるぜ」

 

ソラはアンドレイの言う通りにガレージ内の取引用端末を操作し、パーツの売買手続きを済ませた。

新しいライフルは、明日の昼前には届くようだ。もっともコーテックスに追加費用を払えば、品の到着まで一時間とかからないらしい。

様々な依頼に対応するための措置だろうが、今回は必要ないと判断した。

 

「これで良し。新しいライフルの調整は任せた。できたら、明日の午後にはテスト場で試したい」

「おう、後悔はさせねえ。ベストな選択したぜ、アンタは。あとよ、次買うならジェネレーターがいい。これはACの心臓だからな。買い替えればはっきりと違いが出る。初期配備品はやっぱり最低限のもんだから、出来るだけ早く変えとけ」

「了解、ジェネレーターだな。最初の内は、あんたの言う通りにするよ。まだ色々試せるほど余裕はないしな」

「わはは、若い割に素直だなぁ。レイヴンは皆、アンタみてえのだと良いのにな。アンタの前の奴なんてよ、俺はやめとけって言ったのにあんな見た目だけのガラクタに手ぇ出して……」

「最初の内だけだよ。結局傭兵は、自分で考えられるようにならないとダメだろ」

「その通りだ。よしよし、じゃあついでにもう一個ベテランの意見聞いとけ?」

「なんだよ」

 

アンドレイがしわくちゃ顔をぐっとソラに近づけ、にんまりと笑った。

 

「アリーナだ」

「……アリーナ?ああ、興行の」

「そうだ。駆け出しの資金稼ぎは、あそこで勝つのが一番手っ取り早い。何でって?弾薬費も修理費もコーテックス持ちで、丸儲けだからな」

 

 

………

……

 

 

翌日の朝。

 

「アリーナ報酬は賞金の他にも、ランクが昇格した際等に褒賞パーツの支給があります」

「その上、弾薬費も修理費も要らないんだって?そこまでしてレイヴン同士戦わせて、コーテックスに何の得があるんだ」

「それは……管理者の意思ですので分かりかねます。あえて言うならレイヴンの客観的なランク付けには貢献していると思いますが」

「で、ランクが上がったら当然賞金も上がる、と。……これアリーナだけで食っていけるんじゃないか?」

「いえ、アリーナへの参加はレイヴンランクによって制限がかかります。ランク内での順位変動はアリーナの結果によりますが、昇格には依頼の遂行数も影響する上、降格制度もありますので、完全なアリーナ専門にはなれません」

 

ソラはオペレーターのレイン・マイヤーズと待ち合わせ、コーテックス本社内の通路を歩いていた。

 

「アリーナは週に数回、午前10時に戦闘開始です。対戦形式は、オーダーマッチとフリーマッチの2種類に分かれます」

「何が違うんだ?」

「オーダーマッチは管理者が指定した組み合わせで対戦を行います。基本的に同ランクのレイヴンと対戦し、勝敗によってランクが変動する場合のみ上位ランクまたは下位ランクを相手取ります。フリーマッチは、2人のレイヴンの合意と申請の元に開催されます。こちらはランク制限はありません」

 

レインと直に顔を合わせるのは、適性試験以来だった。

前回と同じくシワ一つないスーツをぴしっと着こなしていて、やはりクールで生真面目そうな印象の強い女性である。

 

「こちらへどうぞ」

 

案内されたのは、大きなスクリーンが設置された部屋だ。

試験の際に使用した会議室よりも一回り小さいが、置かれている椅子は映画館のようなリクライニングシートだった。

アリーナの中継自体はソラの住居でも見られるらしいが、問い合わせたレインに誘われて、コーテックス本社での観戦をすることになっていた。

 

「あと10分ありますね……何か飲まれますか?」

「アイスコーヒー。ブラックで」

「分かりました。では私もコーヒーを」

 

端末を操作し、レインが注文を行う。

1分とせずに壁面のハッチから紙コップが2つ出てきた。

ソラが手渡されたコーヒーを飲んでいると、レインが一緒に届いたシロップとミルクをコーヒーに投入した。

 

「…………」

「……あの、何か?」

「いや、あんたもブラックだと思ってた。なんとなく」

 

レインはソラの発言に一瞬眉をひそめ、だがすぐにいつもの落ち着いた表情に戻って紙コップを傾ける。

 

「……ブラックはちょっと」

「へえ、意外だ」

「あの、そろそろ始まりますので」

 

強引に話題を打ち切って、レインが手元の端末を弄る。

室内の照明が落ち、スクリーンに光が灯った。

映し出されたのは、巨大な円形の空間である。

 

「このセクション301の東端にある、ACアリーナです」

「広い空間だな。それに、何の障害物もない」

「本日の対戦はオーダーマッチですので。フリーマッチならば、双方合意の下である程度の障害物を設置できます」

「対戦カードは?」

「少し待ってください」

 

レインがまた端末を操作すると、スクリーン上に対戦予定者の情報が映し出された。

 

「ランクE-9"アデュー"とランクE-10"アップルボーイ"ですね」

「あいつか……」

 

ソラの頭に、レイヴン試験を共に受けた真っ赤な顔の少年が思い浮かぶ。

ソラはレインに端末を借り、より詳細な情報を確認した。

 

「……なんだ、あいつまだ一つも依頼受けてないじゃねえか」

「あなたにはMT乗りとしてのキャリアがありましたが、彼は一からのスタートです。企業も、何の実績もないレイヴンには慎重になります」

「だから、アリーナに参加して実績作りか。そういうスタートもありか」

「対戦相手のアデューもあなた達より少し前に試験をパスしたばかりの新人です。ACはどちらも初期装備。オッズは……五分ですね」

「オッズ?賭博の対象になるのかよ」

「はい。オーダーマッチ限定ですが、コーテックスを胴元にした勝敗予想が。知りませんでしたか?」

「アリーナの様子が市民に配信されてるのは知ってたがな。そこまで興味がなかった」

 

レインと話していると、部屋の両端に設置されたスピーカーから不意にビー、ビーと警報音が鳴り始めた。

そして2人のレイヴン"アデュー"と"アップルボーイ"のエンブレムが映し出され、それぞれの簡単な来歴が表示される。

続けて相対する2機のACを再現した3Dモデルが何度か回転。

けたたましい警報音が鳴り止んで、代わりに戦闘開始を煽る、どこか調子外れのファンファーレが響き渡った。

 

「……まるで見世物だな」

 

ソラが呻くのと同時にアリーナの両端のゲートが開放され、2機のACがブースターを吹かして飛び出してきた。

青いACがアデュー、赤いACがアップルボーイ。装備はほぼ同一ながら、対照的なカラーリングである。

 

「始まりましたね……どちらが勝つでしょうか」

「レインはコーテックスにもう2年いるんだろ。当ててみればいい」

「いえ……遠慮します。……こういった賭け事は、好きではありませんので」

「俺もだ」

 

ソラとレインが見守るスクリーンの向こうのアリーナでは、激しい射撃戦が展開されていた。

ライフルの砲弾が間断なく撃ち交わされ、時折放たれるミサイルがコアの迎撃レーザーによって爆発する。

新米のソラの目から見ても、アデューとアップルボーイの戦闘はあまり高度なものではなかった。

お互いに距離を取って近づかず、時折思い出したようにブースターを吹かして機体を左右に揺らしては単調な撃ち合いを繰り返すだけだ。

表示されたAPが、ライフルとミサイルの応酬によって両者共に少しずつ削られていく。

最低ランクのレイヴン同士の試合らしく、見世物としては退屈といってもいい、見栄えの悪い消耗戦である。

もっとも、今のソラ自身が戦ってもこの2人とそれほど変わらない動きしか出来ないだろうが。

 

「そろそろ決着か……」

 

食い入るように戦闘を見つめながら、ソラは思わず呟いていた。

APをすり減らした2機のACの内、片方が動きを変えたのだ。

仕掛けたのは赤いAC、アップルボーイのエスペランザである。

ライフルを連射しつつ、ブースターを吹かして一気に距離を詰めていく。

動きの変化に気付いたアデューは、ACを後ずさらせながらライフルで牽制する。

だが、アップルボーイは被弾に構わず突進し、そして――

 

「あっ」

 

レインが小さく声を上げて口元を覆う。

レーザーブレードが発振され、ACのコアを薙ぎ払っていた。

APの数値が一気に0になり、青いACが急停止してその場に膝を折る。

そして戦闘終了を告げるサイレンが、アリーナに力強く轟いた。

勝ったのは、アップルボーイだ。

そのAPは残り1000を切っていた。紙一重の決着である。

 

「……相手は死んだのか?」

「いえ、アリーナで使用される武装は威力に制限を受けます。APも実戦時より早く0になる仕様で、決着後の攻撃も禁止です。唯一危険があるとすればチャージングによる防御スクリーンの出力低下ですが、今回のようなケースならばパイロットは生きています……おそらくは」

「……最後のはアップルボーイの気合い勝ちだった。あいつの思いきりが良かったな」

 

ソラは大きく息を吐き、リクライニングシートの背もたれに背中を預けた。

観戦していただけだというのに、思ったより疲労していた。

AC同士の戦闘を見るのは、初めてのことだった。

この激しい削り合いを、今度は自分が当事者として行うことになるのだ。

そう思うと、ため息をつかずにはいられなかった。

 

「今回アップルボーイのオーダーマッチが組まれたということは、あなたの番も近いと思われます」

「だろうな」

「オーダーマッチへの参加は、管理者に申請することである程度頻度を増やすこともできますが……」

「だからチーフは、金稼ぎはアリーナが手っ取り早いって言ってたわけか。けど、これはこれで結構大変そうだな」

「……身の危険を感じたら、途中で棄権もできるはずです。あまり無理はしないでください」

「ああ、そうだな」

 

ソラは紙コップを取り、コーヒーを口に含んだ。

アイスコーヒーは、すっかりぬるくなっていた。

レインもまた、音を立てずに紙コップを傾ける。

暗い室内のスクリーンには、アリーナの端で膝を着いて煙を上げる青いACだけが映っている。

ソラがぼうっとそれを眺めていると、専任の整備班と思しき車両が数台、ACの元へと向かっていた。

中継映像は、そこで切れた。

 

「……あの。先日は、失礼しました」

 

レインが暗闇の中、不意にソラへ声をかけてきた。

 

「感情的な通信をしてしまいました。軽率な行為でした。申し訳ありません」

「別にいい。オペレーターの仕事は初めてだったんだろ」

「……コーテックスがどういう組織で、レイヴンの仕事がどういうものかは分かっていました。所属してからの2年は、依頼終了後の事務処理をしていたので」

「書類上の数字と、現場のオペレーションは違うってだけだ」

「……はい」

「レイヴン試験は管理者の最上位命令だって言ってたな。あんたらオペレーターの任命もなのか」

「……そうです。拒否権は、基本的にありません」

「なら、仕方ない。慣れてくれ。俺も、これから慣れていくところだ」

 

レインが再び、紙コップに口をつけた。

ソラも同じようにする。

ほぼ常温になったブラックコーヒーは、あまり美味しくはない。

苦味のついた水のようなものだ。

 

「さっき勝った赤いACに乗ってる奴……アップルボーイだけどな」

「え?」

「レイヴン試験じゃ錯乱して棒立ちして、敵のMTに撃たれまくってたんだよ。まあ、俺もACの操作に慣れずにだいぶ撃たれたけど」

「……そうなんですか」

「最初の説明受けてる時も、今にもちびりそうなくらい怯えてたろ」

「ええ。とても試験をパスできるとは、思えませんでした」

「だけど生き残ってレイヴンになって、今日のアリーナでもきっちり勝った。これで多分、企業からの依頼も入り出すんじゃないか?この前まで学生で、林檎みたく顔真っ赤で、震えてたのにな」

「…………」

 

ソラは携帯端末を取り出して、アップルボーイの情報を検索した。

アリーナのランクが初期値のE-10からE-9に繰り上がっている。

それは彼がレイヴンとして、羽ばたき始めた証だった。

 

「まあ、あれだ。俺達も負けてられないってことだ」

 

残りのコーヒーを一気に飲み干し、ソラは紙コップをくしゃりと握り潰した。

 

「照明つけてくれ。いい刺激になった。ガレージに戻る」

「……レイヴン」

「ん?」

「ありがとうございます」

 

暗闇の中で感謝の言葉が、ぽつりと呟かれた。

その後、ソラはレインに見送られてコーテックス本社を後にした。



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採掘場制圧

ミッション内容は思ったよりオリジナル色が強くなりそうです。ご了承ください。
機体構成が変更されたので記載しておきます。フレーバー程度ですので、あまり気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:MWG-RF/220
その他:全て初期装備(肩部ミサイル無し)


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

グラン採掘所の制圧を依頼する。

この採掘所は、これまでキサラギによる採掘が進められてきたが、つい先日莫大なレアメタル鉱脈の存在が確認された。

 

公正な協議の結果、同施設は三大企業の共同所有物とすることが正式に決定し、我々ミラージュが代表して採掘にあたることとなった。

ところが、この決定に確かに同意したはずのキサラギは既に明渡し期限が過ぎているにもかかわらず、強引に採掘を続けている。

 

ミラージュの立場を無視したからには、相応の報いを受けてもらう。

 

採掘所内に存在する敵戦力をすべて排除しろ。

失敗は許されないと思え。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はミラージュ社。作戦区域は第三層産業区、セクション554です。成功報酬は11,000Cで、施設の損壊度に応じて減算があります。予測戦力は……普及型の戦闘MTが10機前後とガードメカですね》

 

専用住居に併設されたブリーフィングルームでミラージュ社からのメッセージを再生し、レインの補足を聞く。

三大企業のキサラギが保有する採掘所の制圧。

ソラがレイヴンになって、2件目の依頼である。

 

「レアメタルの争奪戦、それも500系セクションのど真ん中か……重要度の割に、キサラギの戦力が少なくないか?」

《資料によると、明け渡し期限はかなりタイトに定められていたようです。キサラギ側も充分な戦力が確保できなかったのでしょう》

 

地下鉱脈のレアメタルは、兵器のみならずあらゆる工業品に活用される最重要資源である。

必然的に企業間の大きな火種にもなりやすく、紛争の激化を抑えるために採掘施設を共同所有物にすることも珍しくはない。

だが、依頼のメッセージに漂う不穏な空気は、到底協議の結果ともキサラギの確かな同意があったとも思えなかった。

クレストに至っては協議の場に呼ばれてもいまい。

おそらく、ミラージュによる体のいい侵攻である。

 

「期限切れを理由にした強襲前提で動いてたってところか。鉱脈が確認された時から武力制圧するつもりだったな、ミラージュは」

《依頼を受諾しますか?》

「ああ、やる。すぐに返事を頼む。俺みたいな駆け出しに依頼してくるくらいだ。多分ミラージュも相当急いでるだろ」

《了解しました。……それと、本依頼では僚機としてMTの雇用が認められていますが》

「僚機?」

《ええ。候補者のリストがミラージュより送付されています。レイヴンへの報酬とは別に予算を設けるとのことです》

「……普及型MTが相手なら要らないだろ。初対面の傭兵同士だと、連携も取りづらいしな。その代わりに報酬額を増やせないか、交渉を頼む」

《やってみます》

 

レインとの通信を終えて、ソラはふっと息を吐いた。

前回はクレストの依頼で第一層第二都市区へ、今回はミラージュの依頼で第三層産業区である。

MT乗りをしていた頃とは、行動範囲がまるで違っていた。

企業の産業区に立ち入るのは、人生で初めてのことである。

 

「失敗は許されないと思え、か。分かってますとも」

 

地下世界最大の企業に相応しい高圧的な言葉が、ソラには発破のように感じられた。

どの道、駆け出しでつまずけば、起き上がることは容易ではないのだ。

レイヴンを続けるためには、今は成功し続けるしかない。

 

「もしもしチーフ、俺だ。仕事が入った。出撃準備頼む。……ああ、ミラージュの依頼で産業区に下りろとよ。じゃあ、よろしく」

 

ソラはガレージの整備班に連絡を入れて、更衣室へと向かった。

 

 

………

……

 

 

グラン採掘所のメインフロアに続く通路を、ブースターを噴射してAC"ストレイクロウ"が一気に突破していく。

道中の迎撃にMTは含まれておらず、自動制御のガードメカと天井に据え付けの機関砲台のみだ。

FCSが自動でロックした砲台に向け、ソラは操縦桿の引き金を引いた。

つい先日購入した新型のライフル"RF/220"が砲声を轟かせ、徹甲弾を発射する。

豆鉄砲を無感情にバラ撒いていた砲台に風穴が空き、一瞬スパークして爆散した。

通路を塞ぐように居並ぶガードメカが反撃の機銃を撃ち込んでくる。

狭い通路ではかわしようがなく被弾するも、ACの防御スクリーンの前には到底有効なダメージを入れることはできない。

ほんの少しだけ低下したAP表示に一瞥をくれた後、ソラはライフルを連射した。

1機、2機、3機とガードメカが次々に吹き飛び、ほどなくして通路にはソラの駆るACのみが残った。

 

《進路クリア。コードキー入力。メインフロアへのゲートロックを解除します。少し待ってください》

「……良い買い物をした。チーフに礼を言わないとな」

 

ソラはコクピットの中で一人、新調したライフルの性能を称賛した。

連射性能はそのままに、威力、射程、弾数、射撃精度の全てが確実に、初期配備のライフルより向上している。

ここまでの侵攻で既に、その使い勝手の良さを実感していた。

そしてそれは同時に、ACという兵器の発展性を再確認することでもあった。

まだ、初期配備品からライフルを変更しただけなのである。

まだまだこの機体は強くなる。ソラはそう確信していた。

 

《ゲートロック解除。レイヴン、突入を》

「了解。……いや、待て」

 

ソラはゲートの開き方に違和感を覚え、突入する前にその四隅をライフルで撃った。

瞬間、ゲートが爆発し、通路を大量の光る粉塵が覆った。

ソラは息を呑み、ブースターを吹かさずACを素早く、大きく後退させる。

一瞬遅れて粉塵の向こうから砲声が轟き、通路を激しい爆炎が包み込んだ。

ナパーム弾が撃ち込まれ、引火性の化学物質と反応して大爆発を起こしたようだった。

大きな振動と共に黒色の煙が充満し、モニターの視界が塞がる。

 

《……!レイヴン、何かありましたか!?》

「問題ない、無事だ。クソっ、流石に一筋縄じゃいかないな、キサラギは……」

 

無意識に悪態が口をついた。8500近くあったAPが一気に7000まで減少している。

乗っているのがACでなければ、木っ端微塵だっただろう。

手荒な歓迎をなんとかやり過ごしたソラは、レーダーとFCSの予測を頼りに通路の奥からメインフロアに向けて砲撃した。

ロングレンジライフルの砲弾が煙の中を飛び込んでいき、レーダーから機影を消滅させた。

手応えが弱すぎる。おそらくはこれも、自動制御のガードメカだろう。

さらなる反撃が来ないことを確認した後、ソラはACの脚部を走らせ、採掘所のメインフロアへと乗り込んだ。

鉱山内とは思えないほどに広大な空間には、いたるところにコンテナや鋼材が積まれ、クレーン車が放置されている。

 

「敵影なし。いや……レーダーに障害か。表示範囲が虫食いになってやがる」

《開いたままのゲートが複数箇所ありますね。採掘所内には、ミラージュも把握していないルートがいくつかあるようです。脱出したのでしょうか?》

「非戦闘員は全員逃げてるだろうな。だが、さっきの歓迎とこのレーダー妨害を見るに居残りがいるはずだ。そいつらだけでも片づける」

 

ソラはコクピット内のコンソールを操作して、肩部レーダーの表示範囲を最大にした。

やはりレーダーは正常に機能せず、ところどころが虫に食われたようにブラックアウトしている。

だが、それは言い換えれば目印でもあった。

「索敵を妨害する何か」がそこにあるということである。

 

「ストレイクロウの頭部COMじゃ地形解析はできない。レイン、非表示範囲の内、大きなところを調べてくれ」

《はい、マップデータと照合します》

 

レインがソラの指示を受け、解析を開始する。

ミラージュから事前に提供された採掘所内の見取り図と照らし合わせれば、おおよその敵配置は予想できるはずだった。

特に大きな非表示範囲が、マップ上の空間と一致するのだ。

 

《ACにデータ転送。レーダー上にスポットします》

「……怪しいのは3ヶ所か。どれもサブフロアで別方向。面倒だな」

 

時間を稼ぐ意図が見え透いた配置である。

既にもぬけの殻になり、放棄されたも同然の採掘所でそんなことをする意味は、一つだけだ。

 

「……回収しきれない資機材を破壊してるな、こいつら」

《そんなことを?》

「やるだろうよ。ミラージュに奪われるよりはマシだ。……急ぐ!」

 

ソラはACのブースターを全開にして、最も近いサブフロアへと急行した。

ゲートが半ばまで開いた瞬間、小さな爆発音と共に先ほど同じ光る粉塵が舞う。

 

「くどい!」

 

予想していた迎撃にソラは一気にブーストで機体を後退させ、襲いかかる爆炎を躱した。

煙の中でうごめく複数の影に、反撃のライフルを撃ち込む。

たやすく吹き飛んだのは、やはりガードメカだった。

炎の勢いが収まったのを確認して突入すると、資機材が散乱するフロアの奥にMTが3機見えた。

普及型の逆脚MT"モア"だ。頭部にECM装置と思しき装備をつけている。

迎撃の砲火は、ない。

モアは突入してきたACに構わず、コンテナやクレーンに向けてロケットを撃ち込んでいた。

 

「やっぱりな……そこまでだ!」

 

ライフルを向けると、FCSがフロア奥の敵をロックする。

従来のライフルでは届かなかった距離も、新調したロングレンジライフルならば届く。

砲声が轟いたその時、モアは積み上げられた鉄骨の山に身を隠す寸前だった。

隠れきれなかった機体の後ろ半分が砲弾に抉られ、そのまま頓挫して、鉄骨へともたれかかる。

山が崩れ、フロアにガラガラと耳障りな金属音が響いた。

そしてソラが舌打ちした瞬間。

残り2機のモアから、パイロットが飛び降りるのが見えた。

だがモアは2機とも、動きを止めない。

1機は巨大クレーン車へ、もう1機は一際大きなコンテナへと脚を向けている。

 

「くそったれが!!」

 

咄嗟の判断。

ソラはクレーン車に突っ込もうとしたモアを撃った。

コクピットを的確に撃ち抜く射撃がモアをのけ反らせ、さらに追撃が片脚をへし折った。

止められた――と思ったのも束の間、止められなかったもう1機がコンテナに衝突し、爆散した。

爆音と共にAC大のコンテナが紙のように吹き飛び、金属片を撒き散らしながらフロアの床を転がった。

自爆、だった。中に入っていた部品はひしゃげ、炎上し、もはや使いものになるまい。

 

《……レイヴン、残りのフロアの制圧を!》

 

落ち込むより前に、専属オペレーターの通信がソラの耳を貫く。

 

『失敗なんてすぐに忘れろ。生きてるなら、次上手くやればいい』

 

かつて先輩の傭兵スパルタンに教わった言葉を思い出し、ソラはACを旋回させた。

 

残り2つのサブフロアでも、キサラギの手口は同じだった。

ゲート際でのガードメカと化学物質での足止め、そしてACを無視して破壊工作に専念するMT。

その全てに十全に対処できたのは、最後のフロアだけだった。

採掘所内は、まるで爆撃でも受けたかのように煙がいたるところから噴き上がり、惨憺たる有様となっていた。

 

《……全目標の排除を確認。レイヴン、お疲れ様でした》

「採掘所はボロボロだ。キサラギが一枚上手だったな」

《……それは》

「レイン、良いサポートだった。おかげでなんとか、この程度で済んだってところだ」

《いえ……あの……逃亡したMTパイロットの確保を、ミラージュに提案しておきます》

「ああ。まったく……いくら報酬から差っ引かれるか、楽しみだな」

 

ソラはパイロットスーツの胸元をくつろげ、側面の計器を軽く殴りつけた。

 

キサラギは急成長著しく、近年一気に台頭してきた企業である。

その躍進は決して勢いだけのものではないらしい。

新興企業とは思えない老獪さが、この採掘所の放棄一つとってもソラには感じ取られた。

 

「帰還する。輸送機を回してくれ」

《了解しました》

 

巨大企業の洗礼。いい勉強が出来た。

そう思うしかないと、ソラは息を吐いた。



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VS E-5スネークウッド

アリーナ戦です。全ランカーと対戦はしません。
特定の相手とのみになります。


「わはは、すげえ収支だな。特別減算が5000Cだ?ずいぶんやらかしたな。ミラージュはカンカンだったろう」

「ああ、皮肉たっぷりの礼状がメールで届いたよ。これからもミラージュのためにせいぜい精進して働けだってさ」

「わはは、わっはっはっは!!」

 

ソラは大笑いするメカニックチーフのアンドレイからミッションレポートを奪い返し、改めて並んだ数字を見つめた。

施設損壊の特別減算だけでなく武器の弾薬費も、機体の修理費もそれなりにかかっている。

レインに頼んで僚機雇用分の報酬を上乗せしてもらっていなければ、赤字だったかもしれない。

だがそれでも、ため息を抑えきれない結果ではあるが、作戦は成功扱いだったし、収支上は黒字である。

 

「……初めから何もかも上手くいくなんて思ってねえよ。武装勢力より企業相手の依頼の方がずっと手強い。そういう再確認は出来た」

「殊勝なのはいいことだぜ。まあ、何事も切り替えが大事だわな。それでどうだった?新調した"RF/220"の撃ち心地は」

「文句ない性能だったよ。新しいパーツが欲しくなった」

「おう。どんどん欲出してけ。ACはパーツを替えれば替えるほど強くなるからな。その内初期配備品で驚いてた頃が懐かしくなるぜ?」

「そうなるといいな」

 

そんな他愛もない談笑をしつつ、機体の修理状況を整備班と確認していた時のことだった。

ソラの携帯端末が電子音を響かせ、メールの着信を告げた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:管理者

TITLE:アリーナ参加要請

 

E-10ランカー"ソラ"に、アリーナにおけるオーダーマッチへの参加を要請します。

対戦相手は、E-5ランカー"スネークウッド"となります。

 

勝利報酬:12,500C(別途褒賞あり)

 

参加手続きを専属補佐官に確認し、指定の日時にアリーナ用調整ガレージA-1へ出頭してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

初めてのアリーナへの参加要請である。

ソラはガレージからブリーフィングルームへ移動し、レインに連絡した。

 

「報酬額がすごいな……企業の依頼報酬並にくれるのか。それに弾薬費も修理費もコーテックス持ちで、別途褒賞あり……」

《褒賞はおそらく、慣例的にACパーツかと思われます》

「なるほど、ありがたい……それにしても、E-10ランクの俺の相手がどうしていきなりE-5なんだ?同じE-10のアップルボーイはE-9と戦ってたろ」

《前にもお話しましたが、オーダーマッチの組み合わせは管理者が指定します。その判断基準はミッション遂行率やACの動作テストの成績、これまでのキャリア等様々ですから》

「……まあ、見込まれてるとでも思っとくよ。レイン、この対戦相手……スネークウッドの情報は?」

《開示情報に限定されますが、整理済みです。E-5ランカー"スネークウッド"。レイヴンとしての活動歴は2年ほど。一時期Dランクまで上がっていましたが、連敗し、現在はEランクに落ちてきています。元々アリーナではなく依頼遂行に重点を置いていたレイヴンのようですが、依頼の遂行率、遂行頻度共に最近は低下してきていますね》

 

レインがスネークウッドのデータを送信してきた。

ACのアセンブリから依頼の遂行率まで、かなり細かなデータである。

レイヴンの各情報が常時開示されるというのは、これまで実感が持てていなかったが本当らしい。

 

「落ち目のレイヴンってことか。機体名は"ゲートウェイ"、構成は……あー……知らないパーツばっかりだ。レイン、分かるか?」

《型番で調べましたが、高出力のイクシードオービット内臓コア、ハンドミサイルユニット、エクステンションの迎撃レーザーを装備した逆関節ACですね。遠距離戦を重視した構成かと》

「遠距離戦……こっちもロングレンジライフル装備だ。付き合えなくはないが、FCSが遠距離仕様じゃないからな……」

《あの……勝てそうでしょうか?》

 

通信端末の向こうで、レインが低く声をひそめた。

いつもの怜悧な声音に、少しながら心配するような色が混ざっている。

 

「勝つさ。報酬も美味いしな。採掘所で減算くらった分を取り返してやるよ」

《……了解しました。健闘を祈ります。参加手続きの一切は任せてください。レイヴンは指定の日時に、調整ガレージへどうぞ》

「ああ。当日は見物しててくれ」

 

レインとの通信を終え、ソラはブリーフィングルームを後にしようとして、端末の着信に気付いた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:スネークウッド

TITLE:無題

 

お前が今度の相手だな。

駆け出しがそんな機体で勝てるほど、俺は甘くない。

 

覚悟しておくことだ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……ゴングの前のジャブって奴か」

 

対戦相手からの攻撃的なメールに、ソラは目を細めた。

ソラがスネークウッドのデータを確認したように、スネークウッド側もソラのデータを確認するのは、当然のことである。

そんな機体で、とは初期配備品からライフルのみを新調したソラのACのことを揶揄しているのだろう。

 

「悪かったな、こんな機体で」

 

ソラはスネークウッドからのメールに返信しなかった。

売り言葉には砲弾で答えてやろうと、思ったからだった。

 

 

………

……

 

 

数日後。

 

セクション301東端のアリーナに、オーダーマッチを行う2機のACが搬入された。

アリーナ両端のゲート内に待機するのは、E-10ランカー"ソラ"のAC"ストレイクロウ"と、E-5ランカー"スネークウッド"のAC"ゲートウェイ"だ。

 

やがて、対戦時間がやってくる。

先ほどまで調整ガレージからゲートへの誘導を繰り返していたAI音声が途絶え、代わりに耳障りな警報音がビー、ビーと鳴り始めた。

ソラがコーテックス本社でアリーナを見物した時と同じ、アリーナ開幕を告げる音である。

 

「これ、ACにも流れるのかよ……」

 

通信機のボリュームを下げつつ、ソラはコクピット内で独りごちた。

せめてあの気の抜けたファンファーレは流れないように、とだけ祈る。

ACの前方モニターには、アリーナの戦闘場へと続くゲートの壁が映っていた。

 

ビー、ビー。

ビー、ビー。

ビー、ビー。

 

やむことなくコクピット内に響き続ける警報音。

その規則正しい音を何度も聞いている内にやがて、ソラの中で何かが昂ぶり始めた。

頭が妙に熱く、操縦桿を握る手に力が入る。

企業の依頼を遂行する時とはまた異質な、言葉にできない高揚だった。

そして。

 

ビーーーーーーー。

 

一際甲高く長い警報が、通信機から轟いた。

ゲートが素早く開く。フットペダルを踏み締める。

ブースタを全開に吹かし、ライフルを正面に向けながら、ソラのAC"ストレイクロウ"がアリーナの戦場へと躍り出た。

スネークウッドのAC"ゲートウェイ"もまた、アリーナへと滑り出てくる。

 

「行くぜ……!」

 

気合を吐き、ソラはロックサイトを遠方の敵ACへと合わせ――

 

「!?」

 

ミサイルが孤を描きながら2発、飛来してきた。

1発がコアの迎撃レーザーに撃ち落とされ、だがもう1発がストレイクロウの右腕部に直撃する。

決して軽くない衝撃が走り、ロックサイトがブレた。

ソラは一瞬混乱した思考を素早く整理し、ブースタを吹かせて地面を滑り、ストレイクロウを右方へと逃がす。

さらに2発、ミサイルが追って来て、ACの肩口をかすめて外れた。

敵ACのゲートウェイは、まだロックできていない。

こちらのFCSの射程範囲外にいるようだった。

逆に、相手のFCSはこちらをしっかりと捉えている。

 

「遠距離戦特化の、機体か……!」

 

横方向へのブーストに身体を傾けながら、ソラは呻く。

ゲートウェイは、まったく接近してこない。

大きく距離を保ちながら、特に派手な機動もせず、ただハンドミサイルを撃ち込んでくるだけだ。

ソラはACを旋回させつつ渦巻状の機動で、徐々に距離を詰めた。

何発かミサイルに被弾しつつも、ようやく敵ACにロックがかかった。

 

「くらえ……!」

 

ストレイクロウがロングレンジライフルを連射する。

鋭い徹甲弾が空を裂き、敵機の胴体に、腕部にと何発も当たった。

引き金を引いたまま、ソラはさらに機体を近づける。

ゲートウェイは機体を左右に揺らしながらブースタを吹かしつつ後退する――が、そのまま真っ直ぐ下がり続ければ後ろは壁だ。

接近までにミサイルで受けたダメージを、ソラは挽回しつつあった。

高機動のACに対して、ハンドミサイルユニットはロック時間がかかり手数に乏しい。

このまま敵をライフルの射程内に収め続ければ、ダメージレースで勝てる。

そう思い、ソラはさらに距離を詰めていって――

 

「なんっ……コアから砲台!?」

 

ゲートウェイの重量級コアから見たことのない浮遊砲台が飛び出し、強烈なレーザーキャノンが放たれた。

イクシードオービット。まだ開発されて間もない、追従型自律砲台機能だ。

不意を打った近距離砲撃がストレイクロウのコアに直撃し、APを大きく削る。

同時にソラのコクピット内にアラート。ジェネレーターがレッドゾーンに達し、悲鳴を上げていた。

 

「ぐっ……!」

 

ソラはブースタを休め、少しでも被弾を減らそうとジグザグに歩行しながらライフルをバラ撒く。

レインかアンドレイにもっと敵の装備について聞いておくべきだったと後悔し、だがすぐに頭を切り替えた。

スネークウッドが逆関節脚部を大きく動かし、斜め後方に跳び退って一気に距離を稼いできたからだ。

そして、動きが鈍ったストレイクロウに、ハンドミサイルの雨が降る。

 

「くそ、ジェネが……やっぱりジェネかよ!」

 

上手く言葉にならない言葉を吐き出し、ソラはレッドゾーンに達した初期配備品のジェネレーターを酷使した。

ブースタを小刻みに吹かしながら機体を叱咤し、ミサイルをなんとか躱しては、ライフルで反撃する。

ジェネレーターのEN残量が尽きてチャージング(強制充電状態)に陥れば、防御スクリーンの出力は低下し、ブースタも吹かせない。

それは事実上の負けを意味する。

ソラはなんとかEN残量に気を遣いつつも、逃げながらハンドミサイルをばら撒くゲートウェイを追い続けた。

再び、敵のイクシードオービットが火を噴く。

青いレーザー光がストレイクロウの脚部をかすめ、アリーナの地面を焦がした。

ストレイクロウのAPは3500、ゲートウェイのAPは4000。

劣勢である。だが、ストレイクロウにはライフルとレーザーブレードしかない。

ジェネレーターは悲鳴を上げ続け、ブースタで距離を詰めきることもできない。

しつこくライフルでハンドミサイルと応酬するほかなかった。

そして一番の脅威は、やはりあのイクシードオービットである。

 

「……!」

 

ゲートウェイのオービットが、再び輝いた。

高出力レーザーはしかし、ストレイクロウの脇を掠めて外れた。

これで三度目のレーザー砲撃。ソラは閃いた。

三度受けた砲撃で、当てられたのは近づきすぎた初回のみ。

自律砲台は、狙いが甘い。機体を動かしていれば、当たらないのではと。

 

「落ち着け……近づきすぎるな……当て続けろ」

 

ジェネレーターは先ほどからずっとアラートを鳴り響かせ、レッドゾーンのままだ。

しかし、小刻みにブースタを吹かせば、少ない消費でEN残量をやりくりできることにソラは気づきつつあった。

焦る心を落ち着けて、モニター上で逃げ続ける敵ACを凝視した。

敵のハンドミサイルは、最大で4連発。

だがACの機動性相手にフルにロックすることは困難な上、コアの迎撃レーザーがある程度は対処してくれる。

高火力のイクシードオービットは、動いていれば当たらない。

こちらのライフルの残弾は充分。

勝てそうだ。勝てる。勝つのだ。

 

「落ち着け……落ち着け……落ち着け……」

 

ソラは操縦桿のトリガーを引き続けながら、うわごとのように繰り返す。

ライフルの砲撃は命中し続けている。間合いは近いが、近すぎてはいない。既にブースタで一気に離される距離でもなかった。

スネークウッドも焦っているのか、ACの動きが雑になり始めていた。

ハンドミサイルを発射する間隔が短くなり、こちらの距離や位置を気にせずに、単発でひたすら垂れ流してくる。

残りAPはお互いに1000を切っていた。ほぼ差がない。

コクピット内に警報音が鳴り響く。うるさい。

だが被弾頻度を考えれば、このままいけば――

 

「っ!!」

 

その時だった。

追いすがるストレイクロウからひたすら距離を置き続けていたゲートウェイが、突如急接近してきた。

距離が一気に縮まる、ソラの目に敵機腕部のエンブレムがはっきり見えた。

ハンドミサイルの牽制。輝くオービット。一か八かの至近射撃だった。

 

「おおおぉ!!」

 

ソラは、フットペダルを壊れんばかりに踏み込んだ。

ストレイクロウが、最後の力を振り絞って敵ACにぶつかっていく。

咄嗟の無意識が、左腕のレーザーブレードを起動していた。

 

ザグンッ。

 

機体に走る衝撃。

互いの機体がもつれ合い、そして、戦闘終了を告げるサイレンがアリーナの天井に轟いた。

 

《くそっ、俺も……焼きが回ったな……こんな、しょぼいAC相手に……》

 

接触回線で、スネークウッドの呻きが聞こえてきた。

 

「……強かったよ、あんた。レイヴンって、すげえな」

 

ソラはシートに疲れきった身体を預けながら、茫洋とした目をモニターに向けていた。

ストレイクロウのモニターは蓄積したダメージ故か、あるいは最後の激突が原因か、不具合を起こして乱れに乱れ、しかし、大切な事実だけはしっかりと表示していた。

 

 

ソラの勝利、と。

 

 

酷使を続けたジェネレーターはとうとう息を引き取り、チャージングに入っていた。

ピーッ、ピーッ、ピーッとまるでひきつけを起こしたような音を立て、EN残量がのろのろと回復していく。

ソラはそんなジェネレーターの悲鳴を聞きながら、コクピットの低い天井に向けて拳を突き上げるのだった。



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アリーナ防衛

アリーナ防衛です。ゲーム本編とだいぶ違います。
今後、ミッション毎に色々な僚機を出す予定です。


「もしもし、いてっ。やめろってば……あ、レインか?」

《はい、午前中のアリーナはお疲れ様でした。初勝利おめでとうございます、レイヴン》

「おう、なんとか勝てたよ、おかげさまで。……やめろって、通話中だから。それで、何かあったのか?もう次の依頼か?」

《いえ、そういうわけでは……その……ひやひやしながら見ていました》

「ああ……対AC戦なんて初めてだったし、コアに内蔵する自律砲台も初見だったからな」

《ACは無事ですか?》

「中破ってところだ。防御スクリーンが切れる寸前で決着ついたからな。まあ、アリーナの修理費はコーテックス持ちだって言うし、パーツ片っ端から替えるから、4日はかかるってよ」

《そうですか……あなた自身は、怪我などは》

「最後の激突で、ちょっと打撲したくらいだ。あとは帰ってきた後でこいつら整備班にもみくちゃに……うるせえよさっきから!!」

 

ソラは携帯端末から顔を離し、周囲の整備班を怒鳴った。

ヒューヒューと酒の勢いで騒がしく囃したてていた連中はそれを聞いてさらに大笑いし、再び飲み食いに戻っていった。

ACガレージはボロボロで帰還したストレイクロウを放置したまま、宴会の最中だった。

担当レイヴンのオーダーマッチに金を賭けるのが、コーテックス整備士の密かな伝統らしい。

チーフのアンドレイから聞いた話だが、本当かどうかは分からない。

はっきりしているのは、アリーナから帰ってきてこっち、酔っぱらった整備班の絡みが鬱陶しいことだけだ。

 

《あの……とにかく、お疲れ様です。それで、どうしますか?ACの修理が完了するまでは、もし依頼が入ってもこちらでキャンセルしておきましょうか?》

「そうだな。半端な状態で出撃するわけにもいかないしな。だけど……」

《?》

「いいや、アリーナに出る度にここまでボロボロになってたら仕事が滞ると思っただけだ。まあ、ACの性能も俺の腕も、まだまだ上げていかないとな」

《……私も、可能な限りサポートできるよう努めます。では、これで》

「ああ、じゃあまた」

 

ソラが通話を終えると、それを遠巻きに見ていた整備班が再びヒューヒューと囃したて始めた。

チーフのアンドレイが赤ら顔のまま、酒瓶片手にふらふらと近寄ってくる。

 

「でへっ、ええなぁ。初勝利を祝ってくれる美人オペ子」

「酒臭えよチーフ。くっつくなって」

「ワシも、あと30若けりゃなぁ……ミラージュ時代は結構モテたもんだ。知っとるか?」

「知らねえ」

「オペ子とそういうカンケイになるレイヴンって多いんだってな。ええ?このスケベが」

「スケベはチーフだろ……いいからいい加減、離れろって……!」

「いたた、わはは!おーい、お前らじゃんじゃん飲めぇーい!!いきなりE-5に上がった我らがレイヴンに、かんぱーい!!いえーい大儲けー!!」

 

カンパーイ、と整備士たちの合いの手がガレージ中に響き渡る。

これからはアリーナで勝つ度にこんな調子かと思うと、ソラは少しだけ気が重くなった。

 

「あ、そんでな。ひっく。コーテックスから褒賞パーツが届くんだけどよ。ええ、なんだっけ?納期に遅れが……あー、二日後くらいらってよ!」

「褒賞?ああ、なんかそんなことメールに書いてたな。遅れるのか……いや、そういうのは先に言ってくれよ」

「あのパーツはなぁ、初勝利するとだいたいあれよ……あー、なんだったか……まあええか、明日明日。わははははっ!ほら、アンタも飲まんかい!主役が飲まんでどうする!」

「分かったよ、分かった分かった。まったく、ははは……」

 

アリーナ初勝利を祝す宴会は、空が白むまで続いたのだった。

 

 

………

……

 

 

5日後。

 

専用住居で朝のニュースを見終えたソラの元に、レインから通信が入った。

 

《レイヴン、先ほどの報道はご覧になりましたか?》

「ああ。コーテックスがレイヤードの癌なんだって?」

《……企業間紛争に大きく関与していると言われれば、否定はできませんが》

「冗談だ。武装勢力の言い分なんて、真面目に聞くもんじゃねえよ」

《そうですね》

 

レインが携帯端末の向こう側で小さくため息を吐いた。

用件はやはり、先ほどニュースで取り上げられていた武装勢力の犯行声明のようだった。

声明によれば、攻撃対象はこのセクション301――グローバルコーテックスだ。

 

《既に隣接するセクション302において、所属不明のMT部隊の集結が報告されています。数日前から、不穏な動きはあったようですが……》

「奇襲してくればいいものを。声明なんて馬鹿正直に出すとはな」

《……それで、本件の対処について、レイヴンにコーテックス本社から出撃依頼が入っています》

「俺に?」

《続きはブリーフィングルームで話しましょう》

 

レインに求められ、ソラはブリーフィングルームに移動した。

備え付けの端末に、コーテックスから依頼のメッセージが届いていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

我がグローバルコーテックスに対する、テロ攻撃の動きがあります。

 

彼らはコーテックスの経済活動の停止と、所属レイヴン全員の身柄の引き渡しを要求しています。

武装勢力の背景は現在のところ不明ですが、レイヴンの活動に恨みを持つ者は多く、また既にセクション302に大部隊の集結が確認されています。

 

声明によれば、要求が受け入れられない場合、彼らはACアリーナ及びコーテックス本社ビルを破壊するつもりのようです。

当然、グローバルコーテックスは武装勢力に従うつもりはありません。

 

そこで、各レイヴンは敵部隊の侵攻ルート上で待機し、施設に被害が出る前に1機残らず殲滅してください。

 

なお、今回の依頼に関する報酬は、撃破した敵の機体数に応じて支払うこととさせてもらいます。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「レイン、メッセージを確認した。複数名のレイヴンによる共同作戦だな?」

《はい。あなたと同じように、Eランクのレイヴン数名に参加を呼びかけています》

「Eランク?このセクション301への直接攻撃なのに、最低ランクのレイヴンしか動員しないのか?」

《管理者の指示です。敵はかなりの頭数を揃えているとはいえ、安価な普及型MTが中心と予想されます。また、企業のような統率の取れた作戦行動は難しいという判断です。ですから、こちらも相応の戦力で対応すると》

「……なるほど」

《それと……Eランクレイヴンのみを動員する一番の狙いは、彼我の圧倒的な力の差を見せつけることにあります。管理者の予測によれば、およそ3機のEランクACでこちらの被害を最小限に抑えつつ敵勢力の殲滅が可能とのことです》

「一番低いランクのレイヴンにさえ敵わないんだから、無謀なことは考えるなってことか」

《はい。今後同様の活動を抑止するためにも、必要最小限の戦力で完全な迎撃を遂行するそうです》

「報酬は歩合制……分かった。依頼を受ける。本社の管制室に参加を伝えてくれ」

《分かりました。今日はガレージで待機をお願いします。出撃時刻が決まり次第、伝達します》

「了解」

 

通信を終え、静まり返ったブリーフィングルームで、ソラは携帯端末を操作した。

各メディアで武装勢力の声明の件が、既に大々的に報道されている。

グローバルコーテックスが、その要求を拒否した件についてもだ。

武装勢力の情報は、ほぼ筒抜けと言ってもよかった。

 

「……こいつら、何が目的だ?ただの自殺行為だろ。それとも、何か別の狙いでもあるのか?」

 

ソラの疑問に、答える者はいなかった。

 

 

………

……

 

 

今日の偽物の空には、青空が映し出されていた。

コーテックス所有の双発式戦略輸送機から、ソラのAC"ストレイクロウ"が投下される。

 

《レイヴン、待機場所をスポットします。そちらへ向かってください》

「了解」

 

ACのレーダーに、レインの記したスポットが表示される。

輸送機から降りたのは、ソラが最後だった。

残りの2機のACは、既に所定ポイントへ投下されていた。

 

《各レイヴンへ連絡。敵勢力のセクション侵入を確認……数は逆脚型MTが約30、ホバー型戦闘車両が約20。エスペランザ、アリーナ方面への誘導を開始しろ。ゲルニカは調整用ガレージB-2付近で待機。ストレイクロウはスポットした高台で待機だ》

 

通信機を通して、コーテックス本社の管制室が呼びかけてくる。

アリーナ施設から南東へ約500mの地点の高台に、ストレイクロウは陣取った。

歩行型MTや戦闘車両でアリーナに向かうためには、通過せざるをえない地点である。

 

「MT30機、戦闘車両20台か。武装勢力にしては随分と頑張ったな……企業でもなかなか用意できないだろ」

《ええ。予想以上に戦力を投入してきたようです。……一体どうやってこれほどの数を》

「参加レイヴンは俺とアップルボーイと……ゲルニカ……誰だ?レイン」

《"ゲルニカ"の搭乗者はE-3ランカー"ゲド"です。DランクとEランクを往復している、比較的ベテランのレイヴンですね。ミッションの遂行率も高めです》

「E-9と、E-5と、E-3……普及型MTが相手ならこれで充分だって判断か」

 

やがて、AC頭部の望遠カメラが、遠方で火線と爆発を確認した。

このセクション301と隣のセクション302を繋ぐ大橋の近くである。

既に、最前線のアップルボーイのAC"エスペランザ"が武装勢力と戦闘を始めたようだった。

 

《エスペランザ、分散しようとする敵を迎撃して、アリーナ方面に進路を向けさせろ。…………そうだ、それでいい。撃破は無理のない範囲で構わん。残りはゲルニカとストレイクロウがやる》

 

どうやら、アップルボーイが上手くゲドとソラの方向へ敵を誘導しているらしい。

事前の管制室との打ち合わせ通りである。

武装勢力は予想外の行動をとることもなく、素直にコーテックスの思惑に乗っていた。

 

《……ガレージB-2付近で、ゲルニカが交戦を開始しました》

「なんだ、あのレーザーの嵐は……」

 

頭部の望遠カメラが捉えたゲドのAC"ゲルニカ"の戦闘に、ソラは目を奪われた。

見たこともない密度と頻度で、赤い逆関節ACが腕部から拡散レーザーを撃ち出していた。

密集していたMTと戦闘車両が数機まとめて、光の嵐に焼かれて爆散していく。

"武器腕"と呼ばれる、短期決戦特化の腕部パーツである。

そして武器腕のレーザーが止まったかと思えば、今度はコアがイクシードオービットを射出し、これもまたレーザーを乱射しては敵機を薙ぎ払う。

大雑把な攻撃だが、普及型MTごときでは手も足も出ない火力であることは明白だった。

こういう派手な戦い方もあるのかと、ソラは少なからず衝撃を受けた。

 

《ストレイクロウ、出番だ。アリーナに向かってくる敵を駆逐しろ》

「……了解」

 

管制室から入った通信に、ソラは気持ちを切り替えた。

たまらずゲルニカの乱射から逃げた敵部隊が、高台の坂の下に向かってくる。

ストレイクロウがブースタを吹いて躍り出し、坂を駆け下りながら先頭のMTに向けてロングレンジライフルを見舞った。

 

「エピオルニスか……悪いが消えてくれ」

 

普及型逆脚MT"エピオルニス"数機が反撃のガトリングをばら撒いてくる。

弾幕は決して薄くないが、ACの防御スクリーンを大きく削るほどの威力はない。

ソラはACに回避運動を取らせつつも冷静にトリガーを引き、MTを1機ずつ丁寧に撃破していった。

随伴していた戦闘車両からも、ロケット弾が撃ち込まれる。

狙いはたいして正確ではない。とりあえず牽制に撃っているという程度だ。

ライフルを撃ち込み、敵の攻撃をかわし、反撃にまたライフルを撃ち込み、堅実に立ち回った。

 

《この……管理者の犬が!知ってるんだぞ、お前ら地じょ》

 

激しい砲弾の応酬の最中、頭部COMが傍受した敵MTの戯言をライフルで黙らせる。

ソラは傍受機能を切りつつ、舌打ちした。

思っていたより敵の数が減らず、こちらのAPが削られている。残りAP6000。

調整用ガレージ付近で待ち伏せるゲルニカの砲撃を迂回した敵が、次々に合流してきているからだ。

ゲルニカはEN兵器をばら撒く戦法を取るため機動力と継戦力に欠け、積極的な追撃ができないのだろう。

エスペランザが誘導に徹し、ゲルニカから敵が逃げて来れば、必然的にこのアリーナ手前の坂が激戦区となるのだった。

 

「レイン、敵の数は?」

《……現在15機。いえ、まだ来ます!》

 

普段より焦ったレインの報告に、ソラは額の汗を拭った。

ロングレンジライフル一丁では、とても処理が追いつかない。

無理にでも例の褒賞パーツを、装備してくるべきだった。

このまま高台付近の数が増えると、突破を許してアリーナに攻撃される恐れがある。

念のため管制室に一報入れるべきか――そうソラが思い始めた時だった。

 

《手こずっているようだな……手を貸そう》

 

レーザーの嵐が、並んだMT数機を後方から貫いた。

持ち場を離れ、こちらにゲドのゲルニカが合流してきたのだった。

 

《すまないな。思ったより逃がしてしまった》

「いや、助かった。挟み撃ちでいこう」

《了解。手早くな》

 

背後から追いついてきたACの奇襲に、武装勢力は目に見えて浮足立った。

動きを停止する機体、めくらに撃つ機体、僚機ともつれ合う機体とまるで統率が取れなくなり、坂の下はレイヴン2人の狩場となった。

ライフルとレーザーが前後から撃ち交わされ、MTも戦闘車両も次々に爆散した。

 

《これで……打ち止めだ》

 

拡散レーザーが吐き出されて、最後のエピオルニスを焼き尽くす。

2機のAC――ストレイクロウとゲルニカの間で、動く物体は何一つない。

夥しい数の兵器の残骸が、焼け野原の上に散らばっていた。

あとはレーダーの端に、この高台まで到達できずに撤退していく敵が数機、映っているのみだ。

 

《武装勢力は撤退を開始。エスペランザ、1機も逃がすな。ゲルニカ、ストレイクロウ、まだやれそうか?》

《こちらはゲルニカだ。拡散レーザーは弾切れだ。イクシードオービットも回復には時間がかかる》

「こちらストレイクロウ。まだやれる」

《了解。ストレイクロウ、エスペランザの援護に向かえ》

「分かった」

 

管制室の指示に従い、ソラはACを動かした。

武器腕を下ろし、臨戦態勢を解いたゲドの赤いACとすれ違う。

通信が入った。

 

《いい腕をしているな、小僧》

「……あんたも。すげえなそのレーザー」

《戦場かアリーナで、また会うとしよう。その時は失望させるなよ》

「ああ、楽しみにしてる」

 

その後、残存の敵機を軽く始末し、ソラはコーテックスの依頼を終えた。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:アップルボーイ

TITLE:お疲れ様でした

 

アリーナ防衛任務、お疲れ様でした。

ソラさん、この前のアリーナ見ていました。

いきなりE-5ランカーと戦って、しかも勝つなんてすごいです。

 

僕はつい一週間前に初めての任務で、今回が二度目の任務でしたが、どうにか管制室とオペレーターの指示通りにこなすことができました。

ソラさんとも共闘できて嬉しかったです。

 

ソラさんのACが装備しているライフルって強いんでしょうか?

僕もそろそろエスペランザの武器を替えようと思ってまして、とりあえず褒賞のミサイルユニットをつけたんですが、しっくりこなくて困っています。

やっぱりFCSを先に替えるべきでしょうか?今のFCSだとミサイルの連続発射機能を活かしきれないように思います。

 

また、任務で共闘できれば幸いです。

そういえば、今回の武装勢力の襲撃ですが、彼らはどうも気になる―――

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「俺はお前の友達かっつーの」

 

ソラは途中でメールを読むのをやめ、机の上に携帯端末を放り投げた。

一人きりのブリーフィングルームでパイロットスーツの上半分を脱ぎ、一息つく。

 

「……………」

 

戦闘で熱くなっていた頭を冷やし、考える。

この前のスネークウッドと戦ったアリーナ戦。

そして今回の防衛任務。

ジェネレーターに悩まされ、武装の択の少なさに悩まされた。

少しずつ、自分のACに何が足りないのかが分かってきた気がしていた。

それを補うための費用も、徐々に溜まりつつある。

 

「……よし」

 

少しずつ、少しずつだが前に進んでいる。

レイヴンとして、飛べ始めている。

自分は、やれる人間だ。

 

ソラは芽生え始めた"実感"に、一人両手を握ったのだった。



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ガレージにて

パーツ購入とカラーリング変更の話です。
ゲームプレイを元にアセンを組み立てているので、機体強化は少しずつしかされません。


「ジェネレータにブースタ、FCS、そんでオプション……こりゃ一気に弄り回したもんだな、駆け出しレイヴンさんよ」

「まとまった収入が入ったからな。性能に限界も感じてたし、頃合いだった」

「まずは内装からってのは良い判断だと思うぜ。使い勝手に直結する部分だからよ」

 

ガレージでたたずむ自分のACを見上げ、ソラはメカニックチーフのアンドレイと並んで話をしていた。

整備ハンガーに固定されたソラのAC"ストレイクロウ"の周囲では、十数人の整備班が忙しなく行き交い、換装部分のマッチングを行っている。

アリーナ防衛による歩合報酬と褒賞パーツのミサイルユニットの内1つを売却したことでそれなりの資金を得たため、思いきってACの大改修を行ったのだった。

初期配備品からそれぞれ、ジェネレータを安定した性能の"ZS4"に、ブースタを効率重視型の"OX/E9"に、FCSを上位互換の"ST-6"に変更し、改修前のパーツについては売却した。

さらに、ジェネレータのオプショナルパーツとしてEN制御の効率化を促す"E/CND"を装着。

これで、特に機体の足回りについては初期配備品より数段の性能向上が見られるはずである。

 

「最初の説明でコーテックスは資金面の援助はしないと言ってはいたが、パーツの売値に色をつけてくれるだけで大助かりだよ。初期配備品を残してても仕方ないしな」

「そういやアリーナ褒賞の肩部ミサイルユニット、1個は売ったがもう1個残ってるぞ。どうすんだあれは」

「装備するよ。内装の交換が終わったら、皆に伝えてくれ。今のロングレンジライフルはチーフが勧めるだけあって良い武器だけど、あれ一丁じゃ対応力がな。FCSを多重ロック型に変えたのはミサイル用だ」

「ほうほう……」

 

アンドレイが感心したように唸り、もじゃもじゃの白髭をしごく。

アリーナ初勝利褒賞の肩部ミサイルユニット"S60-10"は2個あったため、試しに1個装備してみることにしていた。

スペック上はミサイル10発の連続発射が可能な武装である。

ライフルではどうにも出しづらい瞬間火力を補えるのではと期待してのことだった。

スネークウッドやゲドの戦い方を見ていても、複数の武装を巧みに使い分けていた。

これから先、依頼をこなすにしてもアリーナでACを相手取るにしても、武装の選択肢は多いほうがいい。

 

「ほーん……ここ数日コクピットでパーツカタログと睨めっこしてると思ってたら、やるじゃねえか」

「チーフがそう言ってくれるなら、一応強化の方向性はあってるってことかな」

「まあ、一端のレイヴンらしくはなってきたぜ。外見じゃなくて、中身がな」

「ああ、外装パーツは……正直まだ検討中だ。優先して替えるなら頭部か脚部だとは思ってるけど」

「だな。いっそフロートにしてみるとかよ」

「いきなりそこまで冒険するかっての」

「わはは……そうだ、せっかくだからまたこのスゴ腕ベテランメカニックが為になるアドバイスしてやらあな」

「ん?」

「ちとコクピットまで行こうや」

 

アンドレイに促され、ソラはACのコクピットに上がった。

シートに腰かけたソラに対して、しわくちゃ顔のベテラン整備士が身を乗り出してくる。

アンドレイはそのまま外から腕を伸ばし、ACのメインコンソールをカタカタと弄った。

コンソール横のサブモニターに、現在のACの全身が3Dモデルで映し出される。

 

「なあ、せっかくらしくなってきたんだ。そろそろACのカラーリング考えようぜ」

「カラーリング?……ああ、そういえば」

 

言われてソラはハッとした。

ストレイクロウはエンブレムこそ腕部に専用の物を貼りつけてはいるものの、機体色については未だに初期配備時の金属色のままだった。

 

「いかにも金属の塊ですよ、なんて色のままじゃACが泣いちまうぜ。というかな、カラーリングもしてないんじゃいつまでもよちよち歩きって感じなんだわ」

「内装は大きく弄ったが、外装は初期配備品のままだぞ。色変えただけで、それっぽくなるかよ」

「なるともさ。機体のカラーリングってのは馬鹿にできねえ。愛着が沸いて気合が入るし、名が売れれば敵さんには恐怖の象徴にもなる。言っちまえば、レイヴンの化粧みたいなもんだ。他のレイヴン達も、綺麗な色つけてたろ」

「……まあ、言われてみればな。けど、それで何でコクピットに」

 

くっくっくとアンドレイが喉を唸らせて笑った。

これだからひよっこは、と言外に言われているようでソラは少しむっとした。

 

「ACはよ、いちいちペンキで装甲塗ったりしねえんだ。そもそも防御スクリーンあんだぞ?戦闘モードに入ったら塗料なんて蒸発して消し飛んじまう」

「エンブレムは無事じゃねえか」

「ありゃ塗料じゃねえ。装甲表面の薄皮を一枚剥いで構造粒子を電気的に刺激してだな……」

「はあ……まあ、いいけど。それで、どうやって機体に色塗るんだ?」

「スクリーンの電圧を細かく弄って色付けるんだよ。ハイテクノロジーだろ」

「防御力に影響が出たりは?」

「するかよ、心配いらねえ。ACの基礎設計は管理者サマがしてんだぞ?そんな欠陥あるかって」

 

アンドレイが唾を飛ばしながら、ソラの眼前でACのコンソールをさらに叩く。

サブモニターに表示されたACの周囲に、各部のカラーリングを示すRGBゲージが表示され、ペイントモードが立ち上がった。

 

「ほれ、後は好きにしろ。ここで設定しとけば戦闘モードに入った時、勝手に機体表面に色が乗る」

「へぇ……確かにハイテクだな。さすがAC」

「おう、もっと褒めろ褒めろ。わはは」

「別にチーフは褒めてねえよ」

「わはは、わはははははっ!」

 

アンドレイのいつものしわがれた笑い声がガレージに響いた。

景気の良い笑い声に、ソラは笑みを感染させられながら、ペイントモードを弄っていった。

黒色をベースカラーとし、サブカラーにくすんだグレー、各種ディティール部分には赤の差し色を施して、色合いを整える。

派手さはないが、"迷い烏"の機体名に相応しいとも言える、落ち着いたカラーリングとなった。

外装は初期配備品のままだというのに、色が変わるだけでストレイクロウがまるで別の機体のように見える。

確かにベテランメカニックの言う通り、これはレイヴンの化粧といってもいい――ソラはサブモニターの3Dモデルを眺めながら、愛機の様変わりした姿に少し感動した。

 

「目が輝いてるぜ、駆け出しさん」

「そうかな……いや、そうかもな。確かにこれは重要だったかも。礼を言うよ、チーフ」

「わはは、そりゃどういたしまして」

「内装のマッチングとミサイルユニットの装備が終わったら、テストに行ってくる。整備班には適度に休憩入れるよう言ってくれ」

「あいよ」

 

コクピットを下り、ソラはハンガーの通路から自分のACを見下ろした。

ガレージでは、ACは金属色のままである。

だが、内装も武装も、戦場でのカラーリングも昨日までとは大きく変わっている。

ストレイクロウは、確実に機動兵器としてより強く進歩していた。

 

「おーい!ちょっといいか~!」

「ん?なんだよチーフ」

「戦闘ログ見たけどアンタ、全然オーバードブースト使ってねえだろ?ジェネレータ変えたから、まともに使えるようになったはずだ。ついでにテストしてこいや!」

「オーバードブースト……?ああ、そんなのあったような……マニュアル読むか」

 

その後、ソラは整備班の作業を一通り見届けてから、テスト場へと繰り出していった。

 



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橋上占拠者排除

ここからミッション回が続きます。
機体構成が変更されたので記載しておきます。
フレーバー程度ですので、武器以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:MWG-RF/220(ロングレンジライフル)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
ジェネレーター:KGP-ZS4
ブースタ:MBT-OX/E9
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-E/CND
その他:全て初期装備


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

セクション596-597間で建造中のナイアーブリッジが、武装勢力に占拠された。

占拠者どもは即刻工事計画を中止しなければ、橋を破壊すると通達してきている。

 

この橋の開通は、これまで正式な流通が行われていなかった2つのセクションを直接結ぶ、経済的に極めて重要な計画だ。

 

おそらく犯人は、これまで同セクション間の非合法な物資輸送で利益を得てきた連中だろう。

それも、我が社の警備部隊ではいささか手に余る兵力を持っているようだ。

どこぞの企業に唆されたのだろうが、不愉快なことだ。

 

このままでは我々ミラージュの経済活動に支障が出る事態となる。

 

大至急、敵を排除しろ。

なお、橋の破壊を万全に防ぐため、今回の任務は我々の雇ったMT傭兵と協働してもらう。

失敗は許されないと思え。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

《日没後に失礼します、レイヴン》

「大丈夫だ。レイン、依頼の補足を頼む」

《緊急で依頼してきたのはミラージュ社です。作戦区域は第三層産業区、ナイアーブリッジ建設現場。成功報酬は18,000C。警備部隊からの報告によると、敵戦力は四脚型MTと重装型MTが10機前後。パワードスーツ部隊も確認しています》

「写真からして、重装型はスクータムか。だが、四脚型MT……?なんでそんな代物を、運び屋崩れの武装勢力が持ってる?普及型じゃないだろ」

《提供された現場写真を分析しましたが、四脚型MTは"クアドルペッド"と思われます。ACの四脚パーツをダウングレードして使用した、高級MTですね……主にキサラギが運用している機体のはずです》

「……この前のグラン採掘所の一件以来、キサラギ系のメディアはミラージュ叩きばっかりだ。武装勢力を鉄砲玉にして意趣返しってところか。まあ、ミラージュも勘づいてるみたいだが」

《ミラージュは返答を急いでいます。夜間任務となりますが、どうしましょうか?》

「受ける。機体を大きく改修したところだ。キサラギに採掘所での借りを返してやる」

《了解です。いつも通り、ガレージで待機をお願いします。先に輸送機を向かわせますので。とにかく急ぎとのことですから、細かな作戦プランはMT傭兵と合流後に、現場で説明します》

「ああ。……そういえば、協働するMT傭兵の情報はあるか?」

《はい、ちょっと待ってください……リップハンターという傭兵です》

「リップハンター……道理で」

《?》

「レイン、補足事項があったら携帯端末にかけてくれ。よろしく頼む」

《分かりました》

 

ソラはレインとの通信を終え、ガレージへと向かった。

 

 

………

……

 

 

《作戦領域に到達。レイヴン、足場に気を付けてください》

「分かってる」

 

コーテックス本社の通信室に待機するレインからのスポットを頼りに、ソラのAC"ストレイクロウ"が橋上の指定ポイントに到着した。

現在時刻は21時過ぎ。

セクション596と597の間、建設途中のナイアーブリッジは、暗闇に包まれていた。

地下都市レイヤードの偽物の空は、夜には"天体"と呼ばれる照明を空に灯すこともあるが、セクションとセクションの狭間の区間にはその機能はない。

ナイアーブリッジ据え付けの照明が満足に機能していない以上、暗視機能を持たないストレイクロウの頭部カメラでは満足に足元も見えかった。

そんな暗がりの中を、ソラはかなり手前で輸送機を降り、投光器もつけず、出来るだけブースタも吹かさずに忍んでここまでやってきたのだ。

AC頭部の望遠カメラを最大倍率にすると、橋梁の奥に灯りがちらつき、時折動くのが確認できる。

十中八九、武装勢力のMT部隊である。

ミラージュの予測によれば、このポイントが敵に勘付かれないギリギリの位置だった。

 

「それにしても暗いな……」

《ですが、この暗さのおかげで敵はまだこちらの動きに気付いていません》

 

朝を待たず、わざわざ戦闘行動には不向きな時間に作戦を開始したのは、ミラージュの焦りが理由だった。

このナイアーブリッジは、それほどに重要な建造物ということである。

 

《悪いわね、こちらの都合で出撃を急がせて》

 

後方から合流してきたミラージュ製の高級MT"ギボン"から、通信が入った。

妙齢と思しき、女性の声だった。

 

「リップハンターだな。噂は山ほど聞いてるよ、ミラージュの凄腕」

《私は傭兵よ。あくまでね》

 

リップハンター。

ミラージュの作戦にしばしば姿を現すことで知られる、名うてのMT乗りである。

スパルタンか、リップハンターか。MT乗りの傭兵の間で世間話になれば、上がる名前は必ずこの2つのどちらかだ。

 

「ミラージュの最新型MTだろ、それ。随分と強いコネがあるんだな」

《おしゃべりは無しにしましょう。それより作戦を。オペレーター?》

《はい。ミラージュの提案した作戦を確認します》

 

レインからデータが送られてきて、ACのモニターに橋の図面が表示された。

 

《偵察したミラージュの警備部隊により、橋下のモノレール保護通路内へのパワードスーツ部隊の待機が確認されています。事前の通告通り、こちらの動き次第では橋脚に対して爆発物を設置すると予測されます》

 

図面上に、パワードスーツ部隊の予測位置が表示される。予測では、総勢15名と言った程度だ。

 

《橋上には重装型MTと四脚型MTの混成部隊が計9機。バリケードの設置も多々見られます。この内、撃破優先度が高いのはパワードスーツ部隊です。ミラージュは橋桁が破壊されるよりも、橋脚に被害が出ることを危惧しています》

 

ACとMTが2機並んで待機する暗闇の橋上。

ストレイクロウのコクピットには、レインのはっきりとした声だけが響いている。

これほど静かな戦場は、ソラにとって初めてだった。

 

《よって、まず橋下の保護通路内をギボンが先行。パワードスーツ部隊に奇襲を加えた後、敵が落ち着く前に橋上のMT部隊にストレイクロウが攻撃を行います。MTの撃破は質量兵器のバズーカを装備したスクータムを優先してください。なお、敵に気取られないよう、攻撃開始までブースタ及び投光器の使用は極力控えるように。以上です》

「分かった。仕掛けるタイミングは、リップハンターに任せる」

《了解よ。健闘を祈るわ、レイヴン。じゃあね》

 

そう言うと、リップハンターのギボンは速やかに橋の上から飛び降り、姿を消した。

肩部レーダーだけが、その動きを捉えている。

よどみない、スムーズな動きでレーダー上の光点が遠ざかっていく。

 

「……橋下の保護通路内は橋上にも増して真っ暗だろう。投光器無しでどうやって進んでるんだ?」

《暗視スコープを装備しているのでは?》

「だとしたら、用意がいいな。ミラージュ御用達なだけはある」

《……御用達、ですか?》

「そういう噂だ。あるいは傭兵はガワだけで、ミラージュの特殊部隊所属って話も……まあいい。レイン、リップハンターの動向を見ててくれ」

《了解です》

 

その場でACを待機させたまま、ソラはモニター上のレーダーを見つめていた。

少ししてギボンの反応が、レーダーから消えた。

直後、静けさを保っていた大橋が、ズズンとわずかに振動した。

 

《……リップハンターが攻撃を開始!レイヴン!》

「投光器起動。オーバードブーストで一気に突っ込む!」

 

ソラは操縦桿横のレバーを引き上げ、前方に勢いよく倒した。

コアの後部ハッチが開放され、内臓の大型ブースタが露出する。

甲高いENチャージ音が鳴った後、ACが急加速して、ソラはシートに強く押し付けられた。

歯を食いしばり、加速の凄まじいGに耐える。

モニターに表示される景色が一気に後方に流れていき、最高速度が時速700km超に達する。

オーバートブースト。ACのコアに搭載された強襲用、あるいは緊急離脱用の大推力ユニットである。

その加速力に任せて橋上のバリケードを何枚も突き破り、ストレイクロウは一瞬でMT部隊の喉元に迫った。

 

《おい応答しろ、下で何が……AC!?》

 

保護通路の部隊と連絡していたと思しき、正面のスクータムに最接近。

オーバードブーストを解除し、レーザーブレードを見舞う。

シールドを構える間もなく、スクータムはその正面装甲を切り裂かれて沈黙した。

 

《MT部隊……残り8機です!》

 

レインの報告。ソラはその場でACを跳躍させた。

状況把握の素早い敵が数機反応し、空中のストレイクロウに対して砲撃してくる。

パルス砲、パルス砲、バズーカ、パルス砲。

優先すべきはバズーカの発射元、スクータムだ。

ソラはブースタを軽く吹かせ、慣性を活かして素早く対応してきたスクータムの間近に着地した。

 

《舐めるなっ!》

 

スクータムがシールドを正面に構え、そのまま突進してくる。

ソラはあえて突進を受け止め、零距離の状態でレーザーブレードを発振させ、コクピットを焼き貫いた。

爆散することもなく、スクータムの分厚いボディがその場に停止する。

残り7機。

 

《おい、パワードスーツ部隊何してる!橋脚を破壊しろ!早く!おいどうした!?》

 

ACの頭部COMが剣呑な通信を傍受する。敵の隊長機らしい。

リップハンターは下で上手くやっているようだが、こちらも悠長にはしていられなかった。

次のスクータムを探そうとしたその時。

モニターの端から、四脚型MTクアドルペッドが3機、並んで動きつつパルス砲を撃ち込んできた。

ACの防御スクリーンを、EN兵器の光弾が少しく焼き炙る。

だが、なめらかで良好な機動性を持つクアドルペッドも、狭い橋の上ではその強みが活かしきれない。

ソラはライフルで3機の内中央の1機のみを撃った。

MTの四本脚が一本もげ、バランスを崩してガリガリと地面を擦り火花を散らす。

動きを止めたその1機にもつれるように残りの2機が激突して、すっ転んだ。

肩部ミサイルユニットを起動、バランスを崩した敵機にFCSが素早く多重ロックをかける。

よろよろと立ち上がろうとする3機に向けて、ミサイルを4発見舞った。

命中、爆発。MTがまとめて木っ端みじんに吹き飛び、金属片を飛び散らせた。

 

《残り4機です!スクータムが1機残っています!》

《クソ!パワードスーツ部隊!!……ちくしょうダメか!ふざけろ!一泡吹かせてやる!》

 

ストレイクロウは再びその場で跳んだ。

今度はブースタを吹かし、より高く。

パルス砲が何発も撃ち込まれてくる。だがバズーカの砲撃はない。

ソラは頭部カメラを下に向けた。

最後のスクータムが、ブースタを吹かして橋の縁へと移動し始めている。

飛び降りるのか。ソラは直感した。

飛び降りつつ捨て身でバズーカを放ち、橋脚を少しでも破壊する気だと。

ソラはロックサイトを向け、ミサイルの多重ロックをかけた。

1発、2発、3発、スクータムの脚が橋桁の際にかかり、4発目のロック。

発射。4本の噴射炎がスクータムに向かい、そして。

 

《ぐわぁっ》

 

ミサイルがスクータムの背中を直撃した。

暗闇に身を乗り出していた重装MTは、爆発の衝撃で四肢をバラバラにもがれながら落下していった。

ストレイクロウが橋の上にズンと着地する。

残る3機のクアドルペッドが最後の意地とばかりに、突進しながらパルス砲を乱射してきた。

 

《こちらギボン。パワードスーツの殲滅完了。橋脚は無傷よ》

 

リップハンターの通信が入った。

ソラは了解、とだけ返し、ライフルを連射した。

 

《……武装勢力の全滅を確認。お疲れ様でした》

《お疲れ様。よいしょっと》

 

リップハンターのギボンが器用にブースタを吹かし、橋の下から上がってきた。

狭い通路内で多数を相手に戦闘していたはずなのに、ギボンには目立った損傷はなかった。

 

《高級MTが9機……そう容易くないはずだけど。やるわね、さすがレイヴンだわ》

「戦場がよかった。橋の上じゃ四脚型MTはあまり素早く動けないからな。そっちこそ、噂以上の凄腕だ」

《ありがとう。じゃあ、これで失礼するわ。機会があれば、またよろしく》

 

リップハンターはギボンを空中で旋回させると、ブースタを吹かして橋の上を引き返していった。

 

《レイヴン、ミラージュの警備部隊から通信です。よくやってくれた、とのことです》

「ああ。輸送機は……橋の上には着陸できないか」

《ええ。レイヴンも、最初の投下ポイントまで引き返してください。機体の回収はそこで》

 

レインの言葉を聞きながらソラは何気なく、橋の上の暗闇にACのカメラを向けていた。

激しい戦闘で昂ぶっていた気持ちが、再び訪れた静寂と暗黒によって急速に冷まされていく。

 

「……静かだな」

 

リップハンターのMTは既にレーダーの外だ。周囲で動くものはもう、何一つない。

余りに現実味のない静けさに、ソラは変な感覚を覚えた。

見上げるのは天体照明の灯りすらない、セクション間特有の暗い空。

ここからACのブースタで上昇して行けば、きっと何の意味もない無機質な鉄板か岩盤のみがモニターに映るだろう。

このレイヤードが地下都市で、その空が本物の空でないことの証を、見ることになるのだ。

そう思うと、妙に心がざわついた。

頭が、ぎしぎしと痛む。

あの日、幼い頃に、自分に偽物の空を教えた教師の顔が――

 

「…………」

《……?レイヴン?どうしましたか?レイヴン?》

「え、ああ。悪い、ぼっとしていた。レイン、今回も良いオペレートだった」

《……はい、あの》

「ん?」

《いえ……お疲れ様でした》

「ああ、お疲れ様」

 

ソラは、ナイアーブリッジの上を引き返した。

カメラを再び空に向けることは、しなかった。



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輸送車両護衛

輸送車両はオリジナル設定です。原作だとただのトラックでしたが、少し変更しています。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ミラージュ

TITLE:礼状

 

低ランクのレイヴンにしては、なかなかの働きをした。

完成を間近に控えたナイアーブリッジは、我々ミラージュの新たな流通計画の要となるものだ。

その破壊を未然に防げたのは、お前のグラン採掘所での失態を十分に挽回するものといっていい。

 

よって、今回の働きを考慮して、特別報酬となるパーツをガレージに送る。

AC用頭部パーツ"04-YIV"だ。

 

クレストの施設から接収したものだが、カタログ上の性能はそれなりに高い。

好きに使え。

 

今後も、我が社への貢献を期待する。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「すげえ上から目線の礼状……はいいとして。チーフ、なんだこの頭部パーツ?」

「おー、クレストの"YIV"じゃねえか。良いもん貰ったな」

「良いのか、これ?……そうは見えないが」

 

ミラージュから届いたコンテナを前に、ソラは口をぽかんと開けて特別報酬のパーツを見ていた。

確かに資料上のスペックはどの項目も初期配備品の頭部を凌駕しており、オートマップ機能まで備えていて、使い勝手は良さそうである。

だが、見た目が問題だった。

分厚い皿、潰れたカエル、脚と腹のない蜘蛛、そんな表現が似合う奇抜なデザインである。

 

「確かに性能はいいが、さすがにちょっとこの外見はな……」

「えぇ、そうかぁ?味があると言うんだわこういうのは。洗練された機能美とも言うな。まあ、20そこそこの坊ちゃんには分からんかな」

「そうですかよ……」

「で、どうする?装備するか?ワシはするべきだと思うが。強く」

「……保留で。オートマップ機能が役立つ依頼が来たら、考える」

「なんでえ、こんなイケとるのに。まあ、パーツを貯めて選択肢を増やすのはいいことだわな。あと、愛機の見た目に凝るのもな」

「……悪かったな、格好つけで」

 

アンドレイが白髭をもしゃくりながら、いつものようにからからと笑った。

ため息をついたソラのポケットで、不意に携帯端末が鳴った。

 

「もしもし、レインか?」

《はい。レイヴン、先日はお疲れ様でした。今はガレージですか?》

「ああ、用件は?依頼か?」

《ええ、緊急の依頼です。至急、ブリーフィングルームへお願いします》

「了解……仕事だ、チーフ。機体のチェックを頼む。この頭部パーツは、保管しておいてくれ」

「あいよ。さあ、忙しくならぁな。おい、テメェら!出撃準備急げぇー!!」

 

しわがれても野太く響く怒号が、ガレージに反響した。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

レイヴン、緊急の依頼だ。

 

現在セクション324の基幹高速道路を走行している、我がキサラギの超大型輸送車両"アレグロ"に、強力な爆発物が仕掛けられていることが判明した。

我々の物流施設に潜入していたクレストの工作員を捕縛し、得た情報だ。

 

仕掛けられた爆弾は、輸送車両が一定以下の速度になると自動的に爆発する仕掛けになっているらしく、走行を止めて対処することは不可能だ。

 

輸送車両"アレグロ"の名は、レイヴンも知っているだろう。

我が社の物流部門の象徴ともいえる希少な大型車両であり、決して破壊を許すわけにはいかない。

 

現在、当該道路の全面的な封鎖を行い、MT部隊を随伴させているが、万が一ということもある。

本社の爆発物処理部隊との合流まで、ACによる護衛を依頼したい。

 

なお、事態が解決するまで、輸送車両への直接的妨害は一切許容できない。

護衛に関しては、くれぐれも慎重に頼む。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はキサラギ社です。作戦区域は第一層第二都市区、セクション324の基幹高速道路。報酬は先払いが5,000C、成功報酬が12,000Cとなっています》

「輸送車両アレグロ……キサラギ系メディアのCMでしょっちゅう見るアレか」

《はい、ACすら超えるサイズの巨大連結トレーラーにより、様々な物資の大量輸送を行う特殊車両ですね。キサラギの企業イメージにおいても、重要なものかと》

「先払い報酬まで出すあたり、キサラギは相当焦ってるな。しかも、採掘所でもナイアーブリッジでも邪魔した俺に対してだ」

《依頼の特殊性から、既に何人かのレイヴンに断られているそうです。どうしますか?》

「……やる。敵対はしたが別にキサラギに恨みがあるわけじゃないし、こういう変わった依頼も経験しておくべきだ。レイン、すぐに輸送機の手配を頼む」

《了解しました。……ただの護衛で終わるといいですが》

「どうだかな」

 

 

………

……

 

 

《ルートA-24の封鎖を解除!アレグロはもうじきここに来る!レイヴン、よろしく頼むぞ!》

「了解だ」

 

ブースタを吹かし、ソラの黒いAC"ストレイクロウ"が合流口から基幹高速道路へと躍り出る。

肩部レーダーが、複数の反応を捉えて捕捉した。

反応表示にサイズを反映するよう設定すると、巨大な光点が1つ、左右と後方を囲む小さな光点が3つ。

やがて高速道路の振動が地震のように振動し、ACのコクピットまで伝わってきた。

緩やかなカーブから、護衛目標の車両が顔を出した。

ACよりも確実に背が高い。

並走している四脚型MT"クアドルペッド"がまるで子どものように見える。

キサラギの物流の象徴、超大型輸送車両"アレグロ"だ。

 

《アレグロと合流。レイヴン、作戦通り先行しましょう。距離を開け過ぎないように》

「分かってる。レイン、アレグロは今時速何㎞だ?」

《時速100㎞です。これ以上は速度を落とせないようです》

 

時速100㎞か、とソラは独りごちた。

ブースタを新型に変えた今、ストレイクロウは時速330kmは出る。

ブースタを使用せずに走行しても、130㎞は安定する。

動いてさえいれば、アレグロに追いつかれる心配はない。

 

《れ、レイヴンか!?こちらアレグロだ。よく来てくれた……》

「運転手、爆発物は大丈夫なんだろうな?」

《分からん!本社によれば今の速度で走っていれば問題ないとのことだ。だが、トレーラーを3台も連結している!細かいライン取りはできんから、注意してくれ!》

「ああ。任せろ」

《通信……キサラギのMT部隊長、デルタ1だ。アレグロの周囲にはクアドルペッドが展開する。……レイヴンは前だけに集中しろ》

「了解した」

 

アレグロとの距離が500になったところで、ソラはACのブースタを吹かせて護衛任務を開始した。

レーダー表示に気を配り、モニターでも道路上に障害物が落ちていないかを確認しつつ先行する。

そして時折ブースタを切りつつ、アレグロとの距離を保ってはその無事を確かめて、再び発進を繰り返していく。

単調な任務だが、緊張感はあった。ACより巨大な車両に、常に追いかけられているのだ。

何か不測の事態が発生しても、対処できる時間や方法は限られている。

 

「A-24通過、A-25に侵入。アレグロも異状なし。レイン、爆発物処理部隊はどうなってる?」

《現在、ルートA-41地点を走行中です。このまま行けばA-33付近で……!?待ってください、処理部隊から通信です!……所属不明の部隊から攻撃を受けたとのこと!》

「何だって……」

 

レインの焦った声。ソラの額に、ぶわっと汗が浮いた。

嫌な予感がして、さらにその予感を確信に変える、キサラギの通信が入る。

 

《レイヴン大変だ!A-26の封鎖が謎のMT部隊に突破された!A-27の合流口も攻撃を受けている!敵が上がってくるぞ、至急排除してくれ!》

「やっぱりこうなるかよ……クソっ!アレグロ!ACは大きく先行する!」

 

ソラは舌打ちしつつ、オーバードブーストを起動。

コア背面から大型ブースタが露出し、一気に加速する。

高速道路のルートA-25をACが時速700kmで瞬時に駆け抜け、A-26地点へと到達した。

頭部の望遠カメラが、合流口から侵入してきたMT部隊を確かに捉える。

基幹高速道路に入ってきたのは、逆脚MT"エピオルニス"2機だけだった。

はっきり言ってACの敵ではない。だが、問題はこの状況そのものである。

 

《レイヴン、MTを爆散させないでください!路上に破片が散らばれば、アレグロの走行に支障が出ます!》

「分かってる!なら……!」

 

ストレイクロウを捕捉したエピオルニス達がガトリングを斉射し始める。

悠長に回避行動を取る余裕などない。アレグロが追いついてきたら、終わりなのだ。

弾幕で機体が揺れるのを気にせず、ソラは素早くコンソールを引き出してキーを叩いた。

FCSのオートロックを切り、マニュアルロックへと切り替えたのである。

そしてジェネレーターのEN残量を確認しつつ、ブースタを吹かして敵に最接近した。

 

「くらえ…!」

 

コクピットに照準を合わせ、至近からライフルを撃ち込む。

パイロットが即死し、機体が沈黙した。

もう1機のエピオルニスがそれを見て、後ずさる。

 

「お前もだ!」

 

ソラはまたもコクピットのみを撃ち抜き、MTを撃破。

これで道路上には動くことのないMT2機が鎮座した。

 

《レイヴン、どうするつもりですか?》

「オーバードブーストで、無理やり端に寄せる!」

 

ストレイクロウを止まったエピオルニスにぶつけ、ソラはオーバードブーストを起動。

爆発的な推力がACもろとも敵機を無理やり道路から押し出し、高速道路の壁面へと乱暴に叩きつけた。

爆発はない。金属片の類も、飛び散ってはいない。

 

「もう一機も!」

 

残るMTに対しても、連続してオーバードブースト。ジェネレーターが過熱して悲鳴を上げ、冷却するラジエーターが警告音を響かせる。

だがソラの目論見通り、道路に侵入したMTは2機とも道路の端に追いやることに成功した。

 

「これでいい……レイン、アレグロとMT部隊に通信!」

《分かりました!》

「俺はA-27に向かう!」

 

ジェネレーターとラジエーターの復調を待ちつつ、ソラはACを走らせた。

少しでもアレグロが近づいてくる前に、敵機を片づけなければならない。

急げ、急げ、だが焦るなと、心の中で何度も繰り返す。

 

《レイヴン、A-27の封鎖も突破された!気を付けろ!》

 

キサラギからの通信。予測済みだった。

またオーバードブーストを起動して、ルートA-26を一気に通過、A-27に入る。

合流口付近に機影。先ほどと同じくエピオルニス。今度は3機だ。

 

「3機……やるしかねえ!」

 

オーバードブーストを切り、莫大な慣性で機体を滑らせつつ牽制のライフルを放つ。

当てるわけではなく、あくまで足止めの牽制だ。

合流口付近で敵を仕留めれば、わざわざ端に寄せる必要もない。

だから、このまま撃破すればいいだけだ。

MT達は迎撃のガトリングを撃ってくるも、照準は定まっていない。

 

「よし、このまま潰して……!?」

 

ソラは敵機の挙動に違和感を覚えた。

3機の内、迎撃は2機だけ。

残る1機は妙に落ち着いている。銃口をこちらに向けてすらいない。

淡々と合流口から、道路の中央へ向かおうとしていた。

そして、パイロットがコクピットから、飛び降りた――

 

「やめろっ!!」

 

オーバードブーストで、不自然な1機に向けて無理やり突っ込む。

ソラは歯を食いしばり、フットペダルを踏み込んで通常ブースタも点火、激烈な加速でMTに体当たりした。

瞬間、ACのメインモニターが閃光に包まれ、コクピットが轟音を立てて激しく揺さぶられる。

APが一瞬で2000近く消し飛び、自爆したMTはぐちゃぐちゃのズタズタになって、その破片を撒き散らした。

――道路の左端に。

 

《な、なんて奴だ……》

 

めまい、耳鳴り、視界の明滅。

ジェネレーターはチャージング寸前、ラジエーターは冷却が追いつかずに熱暴走アラートを出している。

ソラは全身が痛みで軋む感覚をこらえながら、残る2機のMTに向けてACを旋回させた。

まるで逃げるように合流口へと後ずさるエピオルニス達。

数秒遅れて、今さら己の仕事を思い出したとばかりに、ガトリングを撃ち込んできた。

 

「げほっ……消えてくれ」

 

ソラはマニュアル照準を敵機のコクピットに向け、ライフルの引き金を引いた。

 

《A-27の敵機を排除。……レイヴン、大丈夫ですか?》

「口の中切った。それより、少しだけ道路にMTの破片が飛んじまった。アレグロには、車線の右側を通るように伝えてくれ。……あと爆発物処理部隊はどうなった?」

《敵部隊は撃退したようですが、処理班の車両が破壊されたそうです》

「アレグロの爆弾はどうする?」

《それが……緊急事態に備えて随伴させていた、特殊傭兵を向かわせるとのことです》

「特殊傭兵?」

《詳細は不明ですが、予定通りA-33付近まで護衛を継続してください》

 

やがて、ルートA-27にアレグロが追いついてきた。

ソラは一定の距離を確保しつつ先導を再開した。

もう、敵部隊の襲撃の気配はなかった。

 

「A-32通過、A-33に入った……あれか?特殊傭兵ってのは」

《あれは……カバルリー?》

 

ストレイクロウの前方から、白銀色のMTが1機接近してきていた。

プラズマ砲とフロート機構を持つ高機動型MT"カバルリー"だった。

 

《レイヴン、後は私の仕事だ。任せてもらって構わない》

 

入った通信は、若い女性の声である。

 

「……ん、ああ。そのMTでどうするんだ。プラズマで爆弾ごと吹き飛ばすのか?」

《まさか。見物しているといい》

 

A-32のカーブから、アレグロが姿を見せる。

カバルリーはそのままアレグロへと向かっていき、やがて器用に速度を保ったまま旋回して、並走し始めた。

 

「ん?……んんっ!?」

 

ソラは望遠カメラの映像に、頓狂な声をあげた。

カバルリーのコクピットから飛び出したパイロットが、ワイヤーフックを射出してアレグロの巨大トレーラーへと生身で乗り移ったのだ。

 

《こちらアレグロ。レイヴン、助かった。"デュミナス"が来てくれれば、もう安心だ……》

《通信……MT部隊長、デルタ1だ。レイヴン、護衛はここまででいい。作戦は終了だ。……礼を言う》

「あ、ああ……そうか」

 

キサラギのMT部隊から通信を受け、ソラはACを道路端に寄せて戦闘モードを解除した。

超大型輸送車両アレグロが四脚型MT部隊に守られ、巨大トレーラーを引きずりながら目の前を通り過ぎていく。

パイロットを失ったカバルリーはオート操縦に切り替わったのか、ある程度進んだ後、その場に停止した。

やがて、レインが帰還用の輸送機をルートA-35付近に寄越すと連絡してきたため、ソラは再びACで高速道路を走った。

 

「……止まってる。もう爆弾を解除したのか?」

 

アレグロは道路脇に停車し、先ほどのカバルリーのパイロットと思しき人物が、トレーラーの上で携帯端末を弄っていた。

 

《レイヴン、輸送機が到着しました。イレギュラーの多い任務でしたが、改めてお疲れ様でした》

「ああ。やっぱりただ護衛して終わりじゃなかったな」

 

ソラは、長く大きく息を吐いた。

とても厳しい依頼だったが、それだけに達成感がある。

 

「……特殊傭兵"デュミナス"か。レイヤードは広いな」

 

頬を擦ると、口内の切れた場所が痛み、鉄分の味が舌に染みた。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:キサラギ

TITLE:礼状

 

大した腕だ。

輸送車両"アレグロ"の爆発物は、無事解除された。

 

道中乱入してきた所属不明部隊は、おそらくクレストの差し金だろう。

奴らの汚いやり口には、我々も手を焼いている。

 

レイヴンも気を付けてほしい。

力を貸す相手は、慎重に選ぶことだ。

 

また依頼する。その時は是非、協力してくれ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――



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工場占拠者再排除

マニュアル照準でとある武装を撃つシーンがありますが、小説のオリジナル要素です。
4系ではできますが、3系ではできません。ご了承ください。


輸送車両アレグロを防衛した次の日のこと。

 

《ひっく。はぁぁ?ジェミニ・S?ああ、女モノのブランドだっけ?女装でもするのか》

「いや、だから。"デュミナス"だってば。スパルタンの旦那、何か知らねえか?」

 

専用住居のリビングで、ソラは携帯端末に向けて怒鳴っていた。

 

《なんだよ、ボウズ。久々に連絡してきたと思ったら、"デュミナス"の話だぁ?》

「ボウズじゃない、今はソラって名乗ってる。レイヴンだからな」

《へいへい、レイヴン様。ひっく……"デュミナス"ってのは知る人ぞ知る特殊工作傭兵よ。便利屋みたいなもんで、MT戦闘に関しても俺やリップハンター並だって話だ。だが、特殊な依頼ばっか請け負うらしいから、MT乗りの間じゃ名前はほぼ知られてねえ。企業は重宝してるだろうがな》

「へぇ……さすがに旦那はよく知ってるな」

《ばっきゃろー!俺が何年傭兵やってると思ってる?それなのにお前みたいなクソガキが先にレイヴンになるんだからよ……ひっく、管理者ってのはつくづく節穴だなぁ……》

「……いや、きちんと適性見てるらしいぜ?」

《んなわけあるか!俺の着信履歴には管理者のかの字もねえぜ!こういう時クレームはどこにつけたらいいんだ?コーテックスか?》

「ははは……やめてくれよ」

 

端末のスピーカーから、聞き慣れた野太い声が何度も騒ぎたてる。

久しぶりの旧知との会話は、ソラにとって楽しいものだった。

MT乗り傭兵時代の先輩、スパルタンは相変わらずの乱暴さで、端末の向こうで怒鳴っていた。

普段よりテンションが高いところを見るに、昼間から一杯やっているらしい。

スパルタンには、無事レイヴンになれたことを今まで話していなかった。

せめて、レイヴンとして一応はやっていけるようになってから、と決めていたのだ。

 

《レイヴンネーム"ソラ"、ACネーム"ストレイクロウ"ねぇ。ひっく……つかよ、データ見るに全然機体弄ってねえじゃねえか。こんなんでやっていけてんのか?》

「内装優先で弄ってるんだよ。ちゃんと中身はアップデートしてるさ」

《本当かよ……どれ、依頼遂行率は……100%。ははは、ウソつけ》

「ウソじゃねえよ、ちゃんとしたデータだ。……まだそんなに依頼こなしてないけど」

《そうかい。……まあ、上手くやってるようで何よりだぜ》

「ははは……」

《で?いつ俺に仕事回すんだ?》

「はい?」

《せっかくレイヴンになったんだ。少しはおこぼれに預からせろよな》

「別に、俺のおこぼれ待たなくても、旦那は仕事に困ってねえだろ」

《ばっきゃろー。MT乗りに直接来る依頼なんて、企業にとっちゃ鼻くそみてえなもんだ。レイヴンに随伴した方が、評価高いんだよ。ひっく……俺、レイヴンにツテないしなぁ……いや、あるにはあるんだぜ?けどよ、恨み買ってる奴らと、いけすかないアイツくらいでよぉ……》

「そういうもんか?」

《おう、そういうもんだな。何より俺も管理者の目にとまって、晴れてレイヴンになんてなったら、ひっく……んー、困っちまんぐ》

「……酒、せめて夜だけにしとけよ」

《ばっきゃろー!傭兵には酒!MTにはオイル!何度も教えたろうが!》

「はいはい。じゃあな、スパルタンの旦那。何かあったら依頼する、かもな」

《かもな、じゃねえ。……じゃあな、風邪引くなよ》

 

通話の切れた携帯端末を握り、ソラはくすくすと笑った。

スパルタンは、特に変わっていなかった。

工場で作業用MTを乗り回していたソラに目をつけ、口から出まかせとゴリ押しと無茶な訓練で傭兵にしてくれた、あの頃のままだった。

 

「さてと、金が溜まったら次は何のパーツ買うかな……」

 

ソラは普段より少しだけ上機嫌に、ガレージへと向かった。

 

 

………

……

 

 

翌日。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

以前掃討をお願いしたジダン兵器開発工場が、閉鎖直後に再び占拠されました。

占拠者たちは以前制圧した連中の残党を名乗っていますが、装備の質に大きな変化が見られ、戦闘用MTを多数確認しています。

さらに厄介なことに、どうやら毒ガスタンクまで持ち込んでいるようです。

 

彼らは工場の再開発を撤回しなければ、工場周辺に毒ガスをばら撒くと脅してきました。

要求してきた回答の期限まで、あまり時間はありません。

 

前回の作戦で不法占拠者はあらかた排除したはずですが、今回このような暴挙に及んできています。

おそらく、いずれかの企業が背後にいるのでしょう。

もはや話し合いの余地はありません。

 

依頼内容は2つです。

 

まず、毒ガスタンクの中身の回収。

こちらの動きに敵が気づけば、どんな行動に出るか分かりません。

これを最優先とし、出来る限り迅速に行ってください。

 

毒ガスを回収後は、速やかに不法占拠者を排除してください。

なお、犯人の逃亡を完全に防止するため、我が社も治安維持部隊を周辺に配置します。

 

我が社にとっては、既に閉鎖済みの工場です。

遠慮はいりません。殲滅でお願いします。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

《依頼主はクレスト社。作戦区域は第一層第二都市区、セクション303の……ジダン兵器開発工場です。成功報酬は15,000C。敵の戦力は、スクータムとエピオルニス計15機ほどと予想されます》

「前回の不法占拠者の残党ってのは……間違いなく嘘だな。敵対企業をバックにつけるなんて悪手は、工場労働の当事者なら絶対にやらない。しかも、求めてるのが再開発の撤回だなんてな。閉鎖直後なんだから、要求するなら閉鎖の撤回だろ」

《毒ガスを工場周辺にばら撒くのも、労働者である自分達の首を絞めるだけに思われます。ミラージュかキサラギの工作……でしょうか?》

「現状、どっちかは絞れないがな。ご丁寧に戦力が全部普及型MTだ。クレストも織り込み済みだから、治安維持部隊まで投入するんだろう。鎮圧後は、各企業のメディアで何でもありのバッシング合戦が始まるだろうよ」

《……依頼を受けますか?》

「受ける。別に気にしてないが、この工場には因縁があるからな」

《……そうですね。それと、クレストによれば今回は僚機雇用に関しても予算を設けるそうですが、どうしましょうか?》

「あー……候補者のリストを。…………よし、スパルタンって奴に連絡してくれ」

《分かりました》

 

 

………

……

 

 

17時30分。

黄昏色の曇り空の下を、グローバルコーテックスの双発式戦略輸送機が飛行していた。

セクション303の兵器開発工場まで、残り数分の距離である。

輸送機内には、ソラのAC"ストレイクロウ"ともう一機、スパルタンの重装型MT"スクータム"が乗っていた。

 

《……昨日の今日で、いきなりだな》

「おこぼれが欲しかったんだろ?頼りにしてるぜ、スパルタンの旦那」

《しゃあねえな……しかし、その黒いAC……お前、本当にレイヴンになったんだな》

「まだ信じてなかったのかよ」

 

雑談を遮って、通信機に聞き慣れた専属オペレーターの声が入る。

 

《レイヴン、もうすぐ作戦領域に到達します。もう一度、作戦プランを確認します。クレストの潜入偵察員によれば、毒ガスタンクは現在工場の最奥に保管されているようです。よって、ストレイクロウがオーバードブーストを使用してこれを確保。その後、スクータムが工場に突入し、入口と最奥から挟撃する形で敵を排除します》

「了解した。変な動きを起こされても困る。最初の突撃では、敵は全て無視するぞ」

《はい。集中砲火には、くれぐれも気を付けてください。……そろそろ作戦領域に到達します。先にストレイクロウを投下。数分遅れで、スクータムを投下します》

「先に行くぞ、旦那」

《……めっちゃ良い声だな、お前のオペレーター》

「は?」

《美人か?》

「……ストレイクロウ、出撃する」

 

スパルタンを置き去りに、ソラはACを輸送機から降ろした。

 

《レイヴン、クレストの治安維持部隊の展開で、不法占拠者に動きを勘づかれている可能性があります。突入時には、気を付けてください》

「分かってる……コードキーを入力して、正面ゲートのロックを解除する」

 

ソラがACを正面ゲートに近づけた、その瞬間だった。

工場内から何発もの砲声が轟き、正面ゲートの分厚い鉄板がずどんと吹き飛んだ。

 

《レイヴン!》

「読めてるよ、そんなのは!」

 

敵が待ち構えていることなど、レーダー反応で分かっていた。

ソラは予め吹かしておいたブースタで下がりつつ照準をマニュアルに変更、不自然に勢い良く噴き出す煙に向けて肩部ミサイルを数発放つ。

噴射炎を輝かせて飛び込んだ小型ミサイル。それが煙に触れた瞬間、パパパと光が明滅し、連鎖的な大爆発が発生した。

正面ゲートどころか工場の外壁も窓ガラスも破片を派手に飛び散らせ、戦闘が開始される。

 

「これで自称労働者の残党だから、恐れ入る…!」

 

ソラは照準をオートロックに戻してACを跳躍させ、操縦桿横のレバーを引き上げた。

オーバードブースト起動。大出力ブースタが全開でACを加速させ、まだ晴れない煙の中へと飛び込ませる。

 

《ACが突っ込んできたぞ!生かして返すな!》

《速い!当たらねえ!》

 

ストレイクロウは天井に当たらないギリギリの高度を取り、一気に敵MT部隊とバリケート代わりのコンテナの山をすり抜けていく。

後ろからの砲撃が追いすがるもMTのFCSでは、この速度を捉えて当てることは困難だ。

そのまま工場の奥へ奥へと、ソラはオーバードブーストを吹かし続けた。

 

「EN残量、レッドゾーン……オーバードブースト停止。敵は、3機か」

 

どうやら不法占拠者はその戦力を正面ゲートの迎撃に集中していたようで、奥部に待機するMTはかなり少ない。

出迎えのガトリングを撃ち鳴らす逆脚MTエピオルニスに向け、ソラはロングレンジライフルを撃ち込んだ。

腕部の砲身が弾け飛び、続けて脚、最後にコクピットと、徹甲弾がMTの装甲を撃ち抜いていく。

続けてコンテナの陰から現れたのも、エピオルニスだった。やはりライフルで対応。

今度は当たり所がよく、一撃でコクピットを砲弾が貫き、沈黙させた。

最後の敵機は、スクータムだ。シールドに、3本のラインマーキングがしてあった。

 

《毒ガスは渡さん!》

 

動きがいい、とソラは直感で思った。

こちらに対して機体を半身にすることで的確にライフルの着弾をシールドに集め、バズーカで反撃してくる。

明らかに、高度な戦闘訓練を受けた者の動きだった。

無視して突っ込もうとしても、まだENが回復しきっていない。

ならば、とソラはライフルを下ろしてミサイルユニットを起動した。

どれだけ戦闘慣れしていても、スクータムの機動性では――

 

《舐めるなよ、レイヴン!》

 

スクータムのパイロットが吼える。

バリケード代わりのコンテナに隠れ、ミサイルのオートロックを無理やり切ったのだ。

さらにバズーカだけを突き出して、一発、二発とストレイクロウに当ててきた。

鬱陶しい、そう思った矢先。

不意にモニター上のレーダー表示が目に入った。敵が、一斉に引き返してきている。

時間をかけ過ぎれば、毒ガスの回収どころか自分の生存も危うくなってしまう。

舌打ちして、オーバードブーストのレバーに手を伸ばした時だった。

 

《待たせたな、やるぜ!》

 

スパルタンからの通信、レーダー上の敵機が皆足を止め、半分近くが正面ゲートへ引き返した。

慣れ親しんだ声と僚機の登場に、一気に気持ちが楽になる。

 

「お前の相手は後だ!」

 

ソラは再び、オーバードブーストを起動した。

スクータムのバズーカを無視し、さらに工場の奥へ奥へと、最奥へと進んだ。

 

《よくここまで来たな、大した奴だ。おっと、それ以上近づくなよ。俺のガトリングがこいつを破壊したら……ぐわぁーっ》

 

うるさい逆脚MTを始末し、巨大なガスタンクの傍へと寄った。

一時期に防御スクリーンを解除して、クレストから提供を受けていた特製の超高圧縮吸引装置をAC腕部のインサイド格納庫から引き出し、タンクの基部へと接続する。

 

「レイン、毒ガス回収完了まで、どれくらいかかりそうだ?」

《待ってください……残り1分ほどです》

 

ソラはレーダー表示を最大範囲に切り替えた。

先ほど無視したやり手のスクータムと思しき機影は、他のMTと合流してからこちらに向かってきていた。

致命的な判断ミスだった。ジダン兵器開発工場は、ACにとってすらかなり広い。

スクータムのブースタでは、この最奥部まで1分以上はかかる。

毒ガスの回収は、これで確実なものとなった。

問題は、正面ゲートで交戦しているスパルタンだ。

 

「レイン……スパルタンは?」

《現在、MTを4機撃破。損傷はシールドと機体側面に少々の被弾があるだけです。正面ゲートの敵は、あとエピオルニスとスクータム1機ずつ》

「……さすが旦那」

 

やがて、毒ガスの回収が終わった。

腕部インサイドに吸引装置を厳重に格納し、再び防御スクリーンを展開する。

 

「工場を逆走して、MT部隊を排除。スクータムに合流する」

《了解です。インサイドに格納しているとはいえ、吸引装置の損壊には十分に注意してください》

 

分かってる、と答えたその時。

遠方からバズーカの弾頭がACをかすめて工場内壁を破壊した。

 

《レイヴン、毒ガスを返せ。格納場所は見当がつく。腕をもいで、それで終わりだ……!》

 

ラインマーキングのシールドを構えた、例のスクータムだった。

背後に、同じくスクータムが5機。計6機である。

 

「終わるのはお前らだ」

 

ソラは呟き、肩部ミサイルユニットを起動する。

スクータムが全て別方向に散らばっていく。

動き出しの遅かった1機に向けて、小型ミサイル群が殺到した。

残り5機。

バズーカの砲弾が雨あられと飛来してくる。

ブースタで機体を左右に揺らして回避し、再びミサイルを発射。

残り4機。

生き残りは素早くコンテナの陰に隠れていった。

マニュアル照準でコンテナに向けてミサイルを撃ち込み、吹き飛ばして、姿を現したスクータムにそのままライフルを連射。

残り3機。

コンテナ越しに射撃できているのは、例のラインマーキングだけだ。

あとは時折機体全体を露出させては撃ってくる。

フットペダルを踏み込み、ブースタを全開。

飛び出してきた瞬間を狙って接近し、レーザーブレードで切り裂いた。

残り2機。

ACの頭部COMが激昂した敵の雄叫びを拾う。

隠れるのをやめて突撃してきたスクータム。

がむしゃらな砲撃がモニターを揺らすが、ソラは冷静にミサイルで多重ロックし、引き金を引いた。

 

《レイヴン、正面ゲートの敵は掃討しました。残り1機です》

 

その残り1機、ラインマーキングのスクータムは巧みにソラの射撃の隙間を縫って移動し、盾代わりのコンテナを次々に入れ替えてはバズーカを撃ち込んでくる。

回避もさることながら射撃も正確で、かわしきれなかった砲撃によってAPが徐々に徐々に削られていく。

だが、もう終わりにする。

ソラは息を止め、オーバードブーストを起動した。

背面の大型ブースタが唸り、一気に炎を吐き出す。

突進したのは、敵が隠れたばかりのコンテナに向けてだった。

衝突寸前に、ミサイルを撃ち込む。

ひしゃげ潰れて弾け飛んだコンテナの先に、三本線のマーキングが見えた。

バズーカが、待っていたとばかりに火を噴く。

レーザーブレードが発振。

至近距離での直撃弾で、モニターが一瞬ブラックアウトした。

 

《……!》

 

声にならない呻きが、接触回線で聞こえてきた。

ソラは息を大きく吐き、自らがしとめた敵の無惨な姿を睨みつけていた。

 

《……敵勢力の全撃破を確認。レイヴン、お疲れ様です》

「AP3000……危なかったな」

《なんだ、もう終わりか?せっかく追いついてきたのによ》

「旦那……もうちょっと早く来てくれよ」

《うるせぇ、レイヴンが甘ったれてんじゃねえ》

 

先輩傭兵の暴言がかえって心地よく、ソラは力無く笑った。

 

「……この3本線のラインマーキング、見たことあるか?」

《ねえな。……腕利きか?》

「MTでAC相手に粘れる奴だ。ずいぶんと手こずった」

《なら、企業の最精鋭だろうよ。どこの企業も、こういうのを隠れて飼ってる。本当にほんの、一握りだけな》

「……やっぱりか」

《レイヴン、クレストの治安維持部隊から連絡です。工場からの逃亡者を数名確保。もう少しの間、周辺を固めるそうです。レイヴンは帰還していいとのことでした》

 

ソラは脱力し、シートに背を預ける。

今日も任務は完了した。それも先輩傭兵の前で、やりきったのだ。

危ない橋だったが、成功は成功だった。

 

《ボウズよぉ。言うだけあって、なかなか上手くやれてたじゃねえか》

「だろ?……けど本当は、毎回ひやひやしてんだ」

《当たり前だろ、そんなの。傭兵なんて、誰でもそうだ。MT乗りもレイヴンも関係ねえ。そういうひやひやを忘れたらお終いだぜ。呑まれるか狂うかしかなくなっちまう》

「……ああ、そうだな。スパルタンの旦那、今日は助かったよ」

《ばっきゃろー。仕事はガンガン回せよ?俺がレイヴンになれるまでな》

「はいはい、お疲れ様でした。帰りはスクータムのブースタで帰れよな」

《ははは、何言ってやがる、ぶっとばすぞ!はははははっ!!》

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:クレスト

TITLE:礼状

 

ご苦労でした。

レイヴンの適切な対応により、大惨事となる前に事態を解決できました。

 

捕らえた不法占拠者を尋問したところ、やはりミラージュによる工作であったことが判明しました。

クレストの工場労働者を騙り、あまつさえ管理者が決定した再開発事業を妨害しようなど、あまりにも度が過ぎています。

 

本件に関して、我が社は管理者への逸脱報告とミラージュ関連施設への抗議活動を正式に決定しました。

詳細はクレスト関連会社の各報道をご確認ください。

 

我々クレストはこの地下都市レイヤードの秩序を守り、管理者の求める世界を実現する存在として、日々適切な行動を取っています。

レイヴンにおかれましては、今後とも我が社に力を貸していただければと、切に願っております。

 

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VS E-1ツインヘッドW

クレストの依頼を終えた翌朝。

 

「ふわぁ……眠い。あー……ラジエーターをいい加減変えるか。それと頭部……安くてできるだけ高機能な……ん?何見てんだ、チーフ」

「よぉ、おはようさん。いやな、昨日アンタが片づけた兵器開発工場の報道よ。あれ、トップニュース扱いされてるぜ」

「トップニュース?何でそんな大事に……」

 

ガレージの備え付け端末を覗き込んでいたメカニックチーフのアンドレイがソラの方を振り返り、手招きしてきた。

モニターに表示されている報道は、クレスト系メディアのものだ。

 

「ん、なになに……『第二都市区の居住セクション303において、ミラージュの工作部隊が工場を占拠。セクション上空への毒ガス散布により、市民の虐殺を目論んでいたことが発覚した。クレスト本社はレイヴンを派遣し、これを未然に鎮圧。地下都市の秩序を揺るがしかねないミラージュの凶行に、市民たちは戦慄した。クレストは本件を地下都市の秩序保全に関する協定からの逸脱と判断し、管理者に対して……』あー、やっぱりこういう報道になったんだな」

「依頼の詳細は聞いてねえが、どうせ盛ってんだろ?」

「まあね。けどまあ、こんなのどこの企業も毎回やってるしな。どうせミラージュはミラージュで『事実無根の中傷である』とか報道してるだろうし」

「正解だ。ほれ」

 

アンドレイが端末を操作し、ミラージュ系メディアの報道を見せてくれた。

見出しの一文は『クレスト恒例の自作自演。無辜の市民すら巻き込む、恥知らずな企業体質』である。

その下には、クレスト系工場における凄惨な労働状況の実態が、工場労働者への取材を交えて長々と特集されている。

 

「やっぱりな……こんなあからさまなポジショントークを毎日読まされてる市民のこと考えろっての」

「わはは、確かに。……だが重要なのは、メディアのトップニュースにアンタの対応した案件が載ったってことだぜ」

「え?」

 

アンドレイが普段のお気楽な雰囲気とは違う、少し真面目な表情と声音でソラを見上げてくる。

 

「アンタに直接依頼したクレストは当然のこと、ミラージュもキサラギもトップニュース案件に関わったアンタの情報を、改めてリサーチしてるはずだ。これからは、ややこしい依頼が今まで以上に舞い込むと思えや」

「……レイヴンの有する"影響力"って奴か」

「おう。まあよ、前向きに考えりゃ稼ぎやすくなるってこった」

「簡単に言ってくれるな、チーフ……」

「どの道、これでアンタはもう名実ともに一端のレイヴンだってことよ。気張っていけや」

「……ああ、そうする。精進するさ」

「おうおう、その意気だその意気だ!いやあ、整備班も鼻が高いねぇ!将来有望なレイヴンを担いでると思うとよ!」

 

しわがれた声で笑い出したアンドレイを横目に、ソラは頭をかいた。

まだEランクレイヴンの自分が、企業報道のトップニュースに関わるなんて。

自分が思っているよりも、自分は順調に行き過ぎているのかもしれない。

覚えた感覚は達成感や自己肯定感ではなく、ある種の危機感に近かった。

 

「……ん?」

 

再び端末で各報道を読み始めたアンドレイに、背中を向けた時。

ソラの携帯端末に、メールの着信があった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:管理者

TITLE:アリーナ参加要請

 

E-5ランカー"ソラ"に、アリーナにおけるオーダーマッチへの参加を要請します。

対戦相手は、E-1ランカー"ツインヘッドW"となります。

 

勝利報酬:19,000C

 

参加手続きを専属補佐官に確認し、指定の日時にアリーナ用調整ガレージA-2へ出頭してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

《おはようございます、レイヴン。2回目のアリーナ戦ですね……》

「ああ、おはよう。レイン、早速だけど相手の情報を頼む」

《はい。今回の対戦相手は、E-1ランカー"ツインヘッドW"。レイヴン歴は半年ほど。通常の依頼では、同時期にレイヴンとなったE-7ランカー"ツインヘッドB"と協働することが多く、集団戦闘を得意とするレイヴンのようですね。ですが、最近になってアリーナへの参戦回数の増加を申請しており、その結果連勝、少し前まではDランクに在籍していました。ランク入れ替わり戦に破れ、現在はEに降格となっていますが、戦歴の割にアリーナの経験値は高いかと》

「アリーナに力を入れ始めた、新進気鋭か……」

「うむ。積極的に経験を積もうとする若手はこええぞ。実力以上のもんを発揮してくるからな」

《…………。あの、レイヴン?》

 

レインが通信機の向こうから、訝しげな声をあげる。

ソラの隣の席で、もじゃもじゃの白髭がふんぞり返って腕を組んでいた。

 

「悪い、言ってなかったな。今回、試しにメカニックチーフのアンドレイにもブリーフィングに参加してもらおうと思う。チーフはACの専門家だ。対AC戦では頼れそうだからな」

《……そうですか。レイヴンがよろしければ、私はそれでも構いませんが》

「よ、オペ子ちゃん。ワシが噂のド有能ベテランチーフのアンドレイじゃ。しかし、えらく美人な声しとるなぁ。直にお会いしたいもんだのう、でへへ……」

「やっぱり出て行ってくれ」

「すまんかった」

《…………はぁ》

 

レインがため息をつき、"ツインヘッドW"のAC"スクリーミングアニマル"のデータをブリーフィングルームの端末へと送信してきた。

白いカラーリングが眩しい四脚型ACである。

 

「ふむふむ。武装はパルスライフル、ENシールド、肩に連発式小型ミサイルユニット、そんでイクシードオービット内蔵中量コアか」

「どう見る?チーフ」

「はっきり言うが、あんまり上手なアセンじゃねえな。四脚ってのは安定性や状況対応力は高いが、その分EN消費が激しい脚部だ。これでパルスとシールドを併用なんてしたら、イクシードオービットはほぼ使えねえし、機動性にも支障が出るだろうよ」

《機動性に関しては、エクステンションのマルチブースタで補うつもりでは?》

「机上の空論だな、そいつは。この"OX/MB"は緊急加速用として開発されたもんだが、自機が今向いてる方向に超短距離しか進めねえ難物だ。有効に扱えるのは、レーザーブレードでの格闘戦を得意とするような、手練れ中の手練れだけよ。要は飾りと思っといていいってこった」

《……なるほど》

「あとあえて言うなら……肩の小型ミサイルユニットだな。これがもったいねえ。積載にも余裕がありそうなのに。ワシならキャノンかチェインガンを担ぐね」

「まとめると、そこまで怖くはないってことか?」

「うーむ、シールド構えてパルスでちまちま消耗戦でもやるんでねえかね。そこそこACを振り回せる腕があれば、低ランクならそれで十分ってことだな。けどな、オペ子ちゃんが初めに言っていたようにアリーナ戦の経験値はアンタよりあるだろうから、そこに注意しとけ」

「経験値……」

 

ソラは端末上に表示された敵の情報を睨みつけた。

確かに、このランクにしては対戦回数が多い。

自分はこれが2戦目だと言うのに、このツインヘッドWは既に7回も戦っている。

それが、具体的に戦闘にどう影響してくるのか。

経験の少ない自分では、それすらもはっきりとしない。

 

「ありがとう、チーフ。いいアドバイスだった」

「おう、じゃあワシらは今回もアンタに賭けるからな。絶対負けるんじゃねえぞ。負けたら3日はACが整備されないと思えや」

「はぁ!?」

「わはは、冗談じゃ冗談。よっこらしょ、そいじゃワシはガレージに戻るからの」

 

手をひらひらさせながら、アンドレイがブリーフィングルームを出ていった。

気まずい沈黙が、室内に充満する。

 

《……やはり賭博してるんですね。整備班の方々は》

「えー、あー、あれだ。伝統らしいぜ、自分の担当レイヴンに賭けるのが」

《ええ、先輩オペレーターにもそう聞いています。……そもそもアリーナの勝敗予想は管理者が認めた公営賭博ですので、どうこう言うつもりはありませんが》

「お、おう」

 

通信機から聞こえてくるレインの声は、今までにない剣呑な雰囲気を纏っていた。

依頼遂行中にも見せない冷ややかな態度が、通信機からじんわりと伝わってくる。

 

「まあ、ちゃんと勝つから。本社ビルで見物しててくれよ」

《……はい。健闘を祈っています。それと……いつもお疲れ様です、レイヴン。前回のアリーナ後も、大変だったのでは?》

「ははは……試しに一日だけ替わってみるか?なんて」

《お断りします。では、参加手続きをしますので》

 

通信がぷつっと切られた。

アンドレイをブリーフィングに呼んだのは失敗だったかなと思いながら、ソラは端末に表示された敵ACを軽く人差し指で弾いた。

 

 

………

……

 

 

2日後。

 

調整用ガレージから搬出されたソラのAC"ストレイクロウ"がアリーナへと入場した。

ゲートの前で、恒例のビー、ビーとうるさい警報音が鳴り始める。

アリーナ開戦の合図である。

 

「……すー、はー」

 

ソラは深呼吸で逸る気持ちを抑えつつ、操縦桿を握り直した。

規則正しい警報音が、それでも戦意を昂ぶらせ、心臓の鼓動を早めてくる。

2度目となる対AC戦闘だった。相手のアセンブリは、頭に叩き込んである。

あとは、戦って勝つだけだ。

 

ビー、ビー。

ビー、ビー。

ビー、ビー。

 

ビーーーーーーー。

 

ゲートが開く。

ストレイクロウが黒いボディを躍らせ、アリーナへと突っ込んだ。

向かいのゲートからは、白い四脚型AC。

"ツインヘッドW"の機体"スクリーミングアニマル"だ。

 

「……!?」

 

開幕、ソラは意表を突かれて、思わず目を見開く。

事前のデータと、敵の肩武装が違っていた。

瞬時に頭の中でパーツカタログをめくる。分からない。

しかし幸か不幸か、それがどういうパーツかは、すぐに分かった。

 

「両肩ミサイルかっ!」

 

束になって突っ込んでくるミサイル弾頭。

一瞬の困惑が、回避行動を鈍らせる。

ズズズン、とコクピットが振動し、モニター上のAPが一気に1000近く飛んだ。

ミサイルの爆炎で機体温度が一瞬で上昇し、ラジエータが悲鳴を上げて熱暴走を訴える。

さらに追い撃つように、矢のようなパルス弾頭が間断なく撃ち込まれてきた。

開幕から、劣勢だった。

 

『アリーナ戦の経験値はアンタよりあるだろうから、そこに注意しとけ』

 

ソラはアンドレイのアドバイスを、今さら噛みしめる。

敵は機体構成を知られていること前提に、調整用ガレージで戦闘直前に肩武装を換装したのだ。

データに頼りきっていた自分への、手痛い先制攻撃だった。

 

「落ち着け……立て直せ……」

 

ソラはパルスライフルの射撃を冷静にやり過ごしつつ、ロングレンジライフルを放ち始める。

スクリーミングアニマルが左腕のENシールドを正面に構えた。

余剰ENを常時振り分けることで、コア周辺への被弾を抑えるパーツだ。

加えてパルス砲の連射。相手の燃費は必然的に大きく悪化し、機動性が低下する。

やはり、ブースタによる移動が目に見えて散発的になった。

ソラはストレイクロウを左右に振り回しながら、肩部ミサイルユニットを起動した。

ロックサイトをあわせ、動きの鈍った相手に多重ロックをかける。

 

「お返しだ……くらえ!」

 

4発のミサイルが連続発射され、スクリーミングアニマルへと向かっていく。

相手は弾幕をかわしきれず、うち3発に被弾した。

いくらシールドで守っていても、爆発の衝撃と熱量を完全に消すことはできない。

スクリーミングアニマルは、苛立ったようにマルチブースタを吹かして突進してきた。

彼我の距離が、一気に近づく。

ソラはレーザーブレードを発振して迎え撃つが、相手はさらにマルチブースタを吹かしてすれ違うように回避。

お互いに、背を向ける状況となった。

 

「何のつもりだ……?」

 

ブースタで回避運動をしつつも、機体を敵方向に向き直らせようとするソラ。

だが、敵はこちらよりも素早かった。

ストレイクロウが振り向ききる前に、スクリーミングアニマルが再び両肩ミサイルを発射したのだ。

ソラは咄嗟に旋回をやめてフットペダルを踏み込み、ブースタで一気にACを加速させる。

ミサイルがしつこく追尾してきて、2発だけ機体側面に当たった。

 

「そういうことか……!すげえ!」

 

アリーナの先達の戦法にソラは思わず声を上げた。

ツインヘッドWは、二脚と四脚の旋回速度の差を利用したのだ。

互いに向き合いすれ違ってから同時に旋回すれば、四脚の方が早い。

そして旋回に勝る分、攻撃再開も早くなり、結果として安全に先手を取れるということになる。

ACの旋回速度などろくに気にしてこなかったソラにとって、相手の取った戦法は衝撃的だった。

だが、同時にそんな巧みな相手に勝ちたいと気持ちが強く、大きくなる。

 

ソラは敵機へと機体を向き直らせ、再びライフルを放った。

相手がパルスライフルを下ろした。来る。

両肩のミサイルユニットからミサイル4発が束になってストレイクロウへと襲いかかってきた。

ソラは懸命に斜め後ろへと下がりながら、その弾道を見極めようとした。

ミサイルは孤を描いて追ってくる。ならば、とソラは操縦桿をひねった。

瞬間、ACがそれまで機動していた方向と逆に推進し、ミサイル群はその動きを追尾しきれず地面に着弾した。

矢のようなパルス弾の追撃が来る。

ソラは不規則に機体を揺らし、オートロックの偏差射撃を攪乱した。

 

「よし!」

 

5発放たれたパルスを4発かわせたことに思わず声をあげ、お返しにライフルを連射する。

ENシールドを構えたままの相手は、パルスを連射した後は満足に機動できない。

徹甲弾が連続でヒットし、確実に敵のAPを削り取っていく。

ついに、スクリーミングアニマルはしびれを切らし、ENシールドを下ろした。

そして再び、こちらへと向かってくる。

 

距離が詰まりきる前にソラは武装を切り替え、肩ミサイルを2発発射。

直撃。だが、しつこくスクリーミングアニマルは突進してくる。

至近距離。こちらがレーザーブレードを振る前に、相手がマルチブースタを吹かす。

またも白と黒、2機のACが正面からすれ違った。

 

「その手は食うか!」

 

ソラは唾を飛ばしながら、機体の姿勢を後ろに倒し、ブースタを吹かした。

ストレイクロウが高速で後退し、こちらに旋回しようとする敵機の横を通り過ぎて、そのバックを取る。

敵は予想外の動きに虚を突かれ、動きを止めた。

撃ち放題だった。

 

「……っ!」

 

操縦桿のトリガーを引きしぼり、ライフルをしつこく連射しつつ、接近。

ようやく旋回を始めた敵の肩口に向けて、レーザーブレードで斬りかかった。

橙色のレーザー刃が敵ACに直撃して、大きなダメージを与える。

敵ACがたまらず四脚をばたつかせて跳躍し、空中で旋回しようともがく。

だが、まだ攻められる。ソラはそう判断し、地上からライフルを連射した。

徹甲弾が何発も何発も命中。

スクリーミングアニマルがようやく向き直り、着地して反撃のパルスをばら撒き始める。

回避しつつ下がりながら、今さらソラはモニタ―上の互いのAP表示を確認した。

 

ストレイクロウのAP4500、スクリーミングアニマルのAP2500。

異様に集中していたから、気づかなかった。

ソラはダメージレースに、完全に競り勝っていた。

 

「勝つ……!今回も、これからも!」

 

独り気炎を上げ、ソラはひたすらにライフルを連射した。

敵ACはENシールドでの防御を再開するが、もう遅い。

確実に、そのAPは0へと近づきつつあった。

苦し紛れに放たれる、ミサイル弾幕。

もう三度も見た。分かっている。

斜め後ろに下がって引きつけつつ、一気に逆方向へ加速する。

ミサイルの束が、虚しく横を通り過ぎた。

パルスの反撃が収まっている間に、ライフルを撃ち込む。

相手はしつこくミサイルを放ってくる。

しっかりと回避し、反撃でこちらもミサイルを連続発射。

相手はマルチブースタの急加速でやり過ごそうとするもタイミングを見誤り、全弾被弾した。

パルスの矢。オートロックの予測を外すようにランダムに動き回って、そしてライフルを当てる。

敵の残りAP500、400、300、200、100――

 

ボンッ、ボシュゥゥ……

 

スクリーミングアニマルが煙を吹き、その場に崩れ落ちる。

そして戦闘終了を告げる、大仰なサイレンの轟音。

ストレイクロウのモニターに、『WIN』の文字が躍った。

 

「はぁっ、はぁっ……勝った。また、勝ったぞ」

 

ソラは操縦桿から手を離し、震える拳を握りしめて、コクピットで勝利を噛みしめた。

 

分かってきた。

ミサイルを上手く回避する方法が。

知ることができた。

旋回速度を駆使する戦い方を。

 

得る物の大きい勝利に、ソラは額の汗を拭いながら笑みを浮かべるのだった。



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レイヴン試験妨害阻止・1

レジーナ登場。レジーナの出番は少しゲーム本編より増えるかもしれません。


ソラがE-1ランクに昇格して2日後。

 

専用住居に併設されたガレージには、山のようにコンテナが届いていた。

最近の依頼とアリーナ戦の報酬を足し合わせて購入した、新パーツ一式である。

 

「よぉ、おはようさん……これまた一気に買い込んだもんだのぅ……げぷ」

「やめろってチーフ、酒クセえ。……まさか昨日も飲んでたのか?」

「そーだが?そろそろアンタがパーツ買うだろと思って、どーせ今の外装直してもと思って、んで2日連続パーリィよ……げぷ。まあ、あれよ。整備士には酒、ACにはオイルって言うんだわ」

「……どっかの傭兵と同じようなこと言いやがって。昨日もガレージに来てりゃよかった。頼むから整備中に事故らないでくれよ」

「だいじょーぶだいじょーぶ。げぷ。うっ、ちょっと吐きそうだ……」

「他の整備班は大丈夫だろうな」

「あー……おい集合しろやぁ~!今日はレイヴン様が直々に点呼取るからなぁ~!……じゃあ、あと頼む、ワシトイレ……!」

「……あーあ」

 

背を丸めてトイレに走っていったチーフのアンドレイをジト目で見送り、ソラは集まってきた整備班の点呼を代わりに取った。

皆、一昨日のアリーナ戦直後の宴会の酔いはもう抜けきったようだ。

つまり、2日連続でハメを外したのはあの白髭もじゃもじゃの大ベテランだけということだ。

 

「……誰か、あの爺さんの代わりにチーフやってくれないか?」

 

整備班は全員、苦笑いして首を横に振るのだった。

 

 

………

……

 

 

十数人の整備班がパーツ入りコンテナを移動させながら忙しく行き交うガレージの中。

コアだけとなったストレイクロウが吊るされたACハンガーの前で、ソラはトイレから無事帰還したアンドレイと話していた。

 

「ほーん、頭部を多機能の"02-TIE"、腕部をバランスに優れた"11-SOL"、脚部は旋回速度重視の"MX/066"、んでラジエーターに高効率の"SA44"か……やっぱりワシの予想通り、コア以外全部変えてきたなぁ」

「ここ最近、緊急の出撃が多くてパーツを買う暇もなかったからな。金も溜まってたし、思いきって目をつけてた奴全部買った。おかげでまた素寒貧だけどな。ま、依頼をこなしていけばいいだけだ」

「ん?そういやぁ、保管してあった"04-YIV"は?」

「え、売ったよ。さっきコンテナ搬入した時に、業者が持ってっただろ」

「何じゃとぉ……!?アンタ、やっぱりあの機能美が分からんかったか」

「いいだろ別に……頭部ならあの皿頭よりこの"TIE"の方がかっこいいし、多機能だし」

「うぅ、可哀想な"YIV"……」

「あと、ジェネレーターのオプションパーツに防御スクリーンの対実弾防御効率を向上させる"S-SCR"だ。これで、おおかた初期配備品は卒業だな。あ、ブレードと肩部レーダーはまだ初期装備だけど、これも近い内にアップデートする予定だ」

「むぅ……正直、予想しとったより相当早いぞ。ここまで来るのにもう少し時間がかかると思っとったが……なかなかどうして」

「そうか?結構四苦八苦したし、ここまで長かったけどな。依頼何回もこなして、アリーナもE-1まで来て、それでようやくACも一皮剥けた」

 

ソラは感慨深く目を細め、自分の愛機を見上げた。

整備班により、まず新しい頭部がコアに接続されようとしている。

昼過ぎには全ての部位の接続とマッチングが終わり、テストに出られる予定だ。

 

「なぁ、チーフ。やっぱりこれだけ外装変えたらだいぶ操縦感覚変わるかな?」

「いいや。外装が操作性に大きく影響するのは脚部のカテゴリを変更した時くらいよ。同じパーツカテゴリ内で変えたぐらいなら、従来とほぼ同じ感覚で動かせるはずだの。まあ、頭部が多機能型になった分、依頼遂行はだいぶ楽になろうがな」

「そうか。でも、テストに出るのが楽しみだよ。ようやく、自分の思うようなアセンになってきたし」

「うむ……そうかそうか、思うようなアセンに……うむうむ、うーーむ」

 

アンドレイが目を瞑って腕を組み、何やら唸り始めた。

ソラが見守っていると、その場で首をぐるぐると回し出し、5回転したくらいで制止した。

 

「じゃがな、若者よ」

「な、何だよ急に改まって」

「アンタ、パーツカタログでスペックとデザイン見て選んだろう?」

「は……はぁ!?……ぅっ!……そ、そうといえばそうだけど」

「ふん、まだまだ甘いな」

「何が……?」

「足りんのよ、個性という名の切れ味が。こんなのは無難に万能で、どんな状況にでもある程度は対応できる機体になっただけだ」

「……いいことじゃねえの?」

「いいことだわな、間違いなく。だが、アンタは企業のトップニュースに関わり、Eランクの頂点にも立ち、もう一端の有望なレイヴンとなった。それなら、もっとこう……あるじゃろ!?」

 

ベテランのメカニックチーフは両手をわきわきとさせ、名状し難い表情とポーズを取った。

 

「ワシが勧めた"YIV"を売り飛ばしたのもそうよな。メカニックの目からみれば、アンタのアセンは量産型極まる最大公約数的アセンよ。武器も外装も内装も、カタログ眺めとれば誰でも思いつくわい。そんなアセンは、そう……面白くない!鴉の嘴のごとき尖ったコンセプトが足りん!!」

「はぁ。じゃあ、チーフが代案出せよ。というか武器のロングレンジライフルはチーフが選んだんだけどな」

 

ソラは熱弁を振るうアンドレイに、パーツカタログを表示した携帯端末を渡した。

 

「そうさの。まず頭部は各種センサー及び広範囲レーダー完備の"07-VEN"!コアは最も高い拡張性を誇る"SS/ORCA"!腕部に武器腕バズーカの"DBZ-48"!脚部は戦艦のごとき重フロート"SS/REM"!そして肩にマルチミサイルユニット"MM16/1"と追加弾倉の"AD/20"!インサイドへ移動式ダミー射出装置"DM-30"を格納し、締めはエクステンション多連動ミサイル"CWEM-R20"!!」

「…………」

「フロートの機動性とダミーで敵を攪乱しつつ、ミサイル弾幕と連装バズーカで一方的に圧殺する……どうじゃ?これが玄人のアセンブリよ」

「……そのアセン、金が全然足りねえんだけど」

「えっ?」

「だから、今のパーツ全部売っても無理なんだけど」

 

沈黙。

 

「……ふむ。中々ええ機体になったな、ストレイクロウは。まあ、これはこれでありじゃないか?」

 

一回張り倒してやろうかと思ったがソラはぐっと堪え、機体が仕上がるのを住居で待つことにした。

 

 

………

……

 

 

偽物の空の、人工太陽が傾き始めたころ。

 

ソラは新生したストレイクロウの動作テストを終えた足で、グローバルコーテックス本社ビルを訪れていた。

吹き抜けのロビーは相変わらず無機質で殺風景で、余分なものが何一つない。

壁際で携帯端末を弄りつつ待っていると、見慣れた顔の専属オペレーターがこつこつとヒールで床を鳴らしながらやってきた。

 

「レイヴン、わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます」

「いいよ。テスト場からなら、住居に戻るよりこっちに来た方が早いしな。それで、用件は新しい依頼か?レイン」

「……その件ですが、少しお待ちいただけますか?そろそろ指定時間ですので」

「?」

 

腕時計を確認するレインにソラが首を傾げた直後、入口の自動ドアが開いた。

少し丈の長いコートを着た少女が、赤いサイドポニーを揺らしてキョロキョロとしながら入ってくる。

一見して若い、いやまだ幼いといってもいい容貌だった。

元学生のアップルボーイと同年代か、さらに歳下かもしれない。

落ち着かない様子の少女に、レインが静かに歩み寄っていく。

 

「あ……ねえ。管理者の言ってた待ち合わせって、ココでいいわけ?」

「はい。管理番号0916-RA7866号で間違いありませんか?」

「うん、そうだけど」

「身分証の提示と、バイオメトリクスの確認を」

「へ?ああ、身分証ね……ちょっと待ってよ……んと、どこ入れたっけ……あれ?……あった!はい、これ……と、手を出せばいいの?」

「……確認できました。ようこそ、我がグローバルコーテックスへ。……少々お待ちください」

 

見覚えのあるやり取りを済ませたレインが、遠巻きに眺めていたソラの元へと戻ってくる。

 

「すいません、レイヴン。今日は急遽適性試験の説明官を兼任することになっていまして。別室で待っていてもらえますか?」

「いいけど、あの子は新しいレイヴン候補か?」

「……ええ。今回の依頼にも関わることですので、話の続きは後ほど」

「ねえ、ちょっと!」

 

声を抑えて話していたソラとレインの元に、いつの間にか少女が接近していた。

勝気そうだが可愛らしく整った顔立ちが、不満そうに眉をひそめている。

でん、とえらそうに組んだ腕がどうにも背伸びしているようで、少し微笑ましい。

 

「そっちが呼び出したくせに、ほっといてひそひそ話し込まないでよね」

「……そうですね、失礼しました。では、試験の説明会場へ案内します。レイヴンは、45階の第2ブリーフィングルームへ」

「分かった」

「……レイヴン!?あんたレイヴンなの!?」

 

目を見開いて急に食いついてくる少女。

 

「……そうだが」

「じゃあ、"トルーパー"って奴と知り合いだったりしない?Cランクの」

「は?いや、面識ねえけど」

「っ……あっそ。はぁ……説明会場どこ?」

「エレベーターで57階まで上がります」

「分かった、じゃあ行くわよ。ほらほら急いでお姉さん」

「あの、待ってください、エレベーターはそちらでは……!申し訳ありませんレイヴン。また後で……」

 

なぜかずかずかと見当違いな方向に先行する少女に戸惑いながら、レインはソラに会釈して去っていった。

広いホールには、呆気に取られていたソラがぽつりと残された。

 

「慌ただしい奴。レインも大変だな……」

 

ソラは真面目な専属オペレーターの気苦労を慮りながら、自分もエレベーターへと向かった。

そして、45階の第2ブリーフィングルームで待つこと30分。

少し乱れた髪を整えながら、レインが足早に入室してきた。

 

「すいません、レイヴン。大変お待たせしました」

「大丈夫だ。……さっきの奴、説明中も騒がしかったのか?」

「……ええ、まあ。それよりも、依頼の説明をさせていただきます」

 

レインが端末を操作すると、部屋の照明が落ち、スクリーンに映像が投影される。

どうやら、どこかの市街地のようだった。

ソラが以前、レイヴン試験を受けた街によく似ていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

以前に我がグローバルコーテックスに対してテロ攻撃を行った武装集団の、新たな動きが確認されました。

 

前回のアリーナ防衛戦によって戦力を全て失い、その活動を停止すると予測されていた彼らですが、どこから資金を得たのか再び武装を整え、コーテックスの活動に対する再攻撃の犯行声明を出しています。

 

現地の偵察情報によれば、武装勢力は爆撃機とMT部隊によるアダンシティへの侵入を計画し、既に郊外で戦力を集結させています。

同地域では、市街地を攻撃中のテログループ排除を目標としたレイヴン適性試験が本日21時30分から実施される予定であり、彼らの目的はこの試験の妨害にあると推測されます。

 

我々の威信にかけても、試験の妨害を許すわけにはいきません。

試験が行われる区画へ侵入される前に、爆撃機及びMT部隊を迅速に撃破してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

レインが依頼メッセージを読み上げ、スクリーン上の映像を切り替える。

作戦領域となる市街地の詳細な現況写真が表示された。

 

「作戦区域は第一層第二都市区、セクション307のアダンシティです。成功報酬は18,000C。予測戦力は高機動型MT"カバルリー"が10機前後、戦闘ヘリ多数、戦術爆撃機が1機です。シティへの侵入前にこれらを完全に排除することは時間的に不可能であり、市街地戦になると予想されます」

「さっきの子が受けるレイヴン試験の……妨害阻止か。奴ら、Eランクレイヴンに蹴散らされたからって、今度はレイヴンの卵を狙うなんてな」

「前回のアリーナ防衛戦よりMTの数は減少していますが、その代わりに戦術爆撃機の待機が確認されています。市街地を焦土に変えてでも、試験を強引に中止させるつもりでしょう」

「……レイヴン試験の時間や場所を変更することは?」

「できません。ご存じの通り、レイヴン試験は管理者権限によるレイヤード市民への最上位命令です。武装勢力の妨害で撤回したとあっては、コーテックスだけでなく管理者の威信に関わります」

「今18時すぎか……時間が時間だ。本社から指名を受けた以上、依頼は受ける」

「ありがとうございます。すぐに輸送機の手配をします。試験用の輸送機には、バックアップのレイヴンは同乗できない決まりですので。発進はテスト場前からになりますが、構いませんか?」

「構わない。だが、一応ACのチェックもしたい。動作テストで長時間稼働させた直後だ。整備班のチーフに連絡取って、何人か連れてテスト場のガレージへ出張するように伝えてくれ」

「了解しました」

 

レインがその場で携帯端末を使い、各部署へ連絡を取り始める。

ソラはそのやりとりを聞きながら、スクリーンに映し出されている市街地を睨みつけていた。

 

「レイヴン、各手配が終わりました。20時には輸送機にACを載せて出撃が可能です。21時すぎにはアダンシティ周辺に到着できます」

「試験の時間はずらせないんだろ?もし21時30分までに敵勢力が排除できなかった場合、あるいは試験区画に侵入された場合はどうするんだ?」

「試験開始時刻は厳守です。武装勢力の排除が完了しなかった場合についても、予定通り試験開始となります。また、試験区画へのレイヴンの侵入は認められません。区画内に敵の侵入があった場合、対処するのは受験者自身となります。よって、レイヴンは試験開始に先んじて出撃し、少しでも早く事態を収拾してください」

「分かった。準備が整い次第、出撃する。だが……今回の敵には、不可解な点があるな」

「……はい。なぜ管理者が決定した試験場所と開始時間が漏れたのか、ですね。……まさかコーテックス内部に?」

「いや、職員のリークを待ってから戦力を確保してセクション307に向かうなんて現実的じゃない。……試験はコーテックスに出された実際の依頼の遂行を兼ねるものだって話だろ?つまり、今アダンシティで暴れてるテログループは、試験妨害を狙ってる連中と事前に何かしら示し合わせてたんじゃないか」

「テログループの行動が撒き餌だった、ということでしょうか?」

「ああ、だけど……」

 

ソラは続けようとした言葉を呑み込んだ。

もしそうだとしたら、管理者が最上位命令で行う試験に対して、なぜこんな撒き餌が通用したのかという疑問が出てくるのだ。

犯行声明を出した武装勢力が既に試験場のアダンシティ郊外に集結しているということは、素直に受け取れば管理者を出し抜いて待ち伏せを成功させたということになる。

地下世界レイヤードの神たる管理者が、この程度で出し抜かれるものなのだろうか。

あるいは、管理者は試験の妨害などまったく気にしていないのだろうか。

レイヴンを動員すれば、容易に解決できる障害だと考えているのか。

それとも、考えたくはないが管理者自身が事前に情報をリークしたのか――

 

「いや、それはないな……」

 

管理者が直轄しているグローバルコーテックスの活動を、管理者自身が妨害する理由がない。

さすがに考え過ぎだと、ソラは頭を振った。

 

「……レイヴン?」

「何でもない。それより敵戦力……カバルリーが10機前後か」

 

この予測戦力が高機動型MTのカバルリーだという点も、ソラは気になっていた。

カバルリーは普及型でない高級MTに属し、根無し草の武装勢力が容易く数を揃えられるものではない。

この機体を主に運用しているのは、ミラージュのはずだ。

戦術爆撃機も、武装勢力の持ち物としてはあまりに大仰過ぎる代物である。

そしてさらに遡れば、アリーナ防衛戦時の過剰とも言える物量。

 

「……レイン、このアダンシティはどこの企業の勢力圏だ?それと、テログループ排除の依頼主は?」

「どちらもミラージュですね。…………あっ」

 

レインが自分の発した言葉に、息を呑んだ。

どうやらソラが考えていることに、レインも思い至ったようだ。

 

「深読みになるからあえて言わないけどな。だが、俺達が考えつくってことは、コーテックス上層部も管理者も察してるはずだ。この事態を解決した後どうするかは、そいつら次第だろうよ」

「……はい」

 

ソラは深くため息を吐き、頭をかいた。

 

武装勢力という存在は、レイヤードでは珍しくない。

その活動目的は単なる下種の凶行から、利権の確保、企業への抗議、カルト団体の暴走まで、実に様々だ。

しかしながら、アリーナ防衛戦でもそうだったが、このコーテックスを目の敵にした武装勢力の動向には何かしら引っかかる点があった。

大きな何かが、密かにうねり始めている。

そう感じずには、いられなかった。

 

「……まあ、俺がやることは依頼をこなす、それだけだ」

 

出撃までまだ1時間以上ある。

ソラは手持ち無沙汰に席を立ち、ブリーフィングルームの窓から外を眺めた。

人工太陽が沈んだ偽物の空は、どんより暗く分厚い雲に覆われていた。



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レイヴン試験妨害阻止・2

前回機体構成が大幅に変更されたのでまとめて記載しておきます。
フレーバー程度ですので、武器以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:MWG-RF/220(ロングレンジライフル)
左腕部武装:CLB-LS-1551(初期ブレード)
右肩部武装:CRU-A10(初期肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAM-11-SOL
脚部:MLM-MX/066

ジェネレーター:KGP-ZS4
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:MBT-OX/E9
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)


時刻は21時15分。

 

レイヤード第一層第二都市区セクション307の暗い夜空を、コーテックスの双発式戦略輸送機が飛行していた。

 

《レイヴン、そろそろアダンシティ上空です。出撃準備をお願いします》

「分かった……敵の姿は見えてるか?」

《はい、輸送機のカメラが捉えています……既に市街地の北部に展開済みです》

「市民は?」

《避難命令が数時間前に発令済みです》

「了解。下ろしてくれ。これ以上接近すると、輸送機も危険だ」

《分かりました。……では、くれぐれもお願いします》

 

輸送機の後部ハッチから、ソラの黒いAC"ストレイクロウ"が飛び降りた。

モニターに映るビル群は半数以上が停電していて、市街の地南部では煙が幾筋も立ちのぼっている。

試験目標のテログループが暴れているのだろう。

だが、ソラの任務はそちらではない。

目標はレイヴン試験の妨害阻止。北部に展開している武装勢力の掃討と、爆撃機の迎撃だ。

 

「オーバードブースト起動。一気にアダンシティへ突入する!」

 

操縦桿横のレバーを引き上げ、コア内蔵の大型ブースタが火を噴く。

ACが急加速し、ビル群へ向けて突進した。

高層建築の間から、戦闘ヘリが羽虫のように湧き出してくる。

ソラは牽制のために、まだ敵をロックできていないライフルを連射した。

徹甲弾がビルの外壁を削り、きらきらと光るガラス片をぶちまける。

オーバードブーストが、彼我の距離をどんどん縮めていった。

 

《シティへ到達!カバルリー9機、戦闘ヘリ……12機!全機向かってきます!》

 

シティの舗装路へと脚を踏み入れたストレイクロウに対して、戦闘ヘリ部隊が一斉に機銃とロケットを撃ち込んできた。

ACに対してはろくに有効打となりえない、豆鉄砲だ。

ソラは回避運動を取らず、オーバードブーストの莫大な慣性で機体を滑らせながら、モニター上のレーダーへと視線を送った。

肩部レーダーが大量の敵影を全て捕捉しようとして、自動で最大範囲表示へと切り替わっている。

レインの報告の通り、シティ北部に展開していた武装勢力は、全てソラの元へと向かってきているようだった。

好都合である。シティ南部の試験区画への立ち入りが禁止されている以上、この北部ですべて片づけるしかないのだから。

 

「よし……まとめて相手してやる」

 

ソラが独り啖呵を切った直後、ビルとビルの間から3機のMTが地面を滑るように素早く姿を現した。

同時に放たれる、赤いプラズマの閃光。

弾速の速い3本の熱線、うち2本がACへと直撃した。

削れるAP、上昇する機体温度。

高機動型MT"カバルリー"だ。

 

「鬱陶しい!」

 

1機で突出してきたMTをライフルで粉砕する。

残りの2機は無理攻めせず、ビルの陰に姿を隠した。

かと思えば、別のMTが現れ、プラズマを撃ち込んでくる。

ソラがACを上空へと逃すと、ヘリが一斉射撃で飛翔を阻もうとした。

集中砲火で高度を取れずに思わず着地、再びカバルリー達が一撃離脱を仕掛けてくる。

 

「……っ」

 

思わず舌打ちが漏れた。

高機動型MTカバルリーはビルを遮蔽物に使うことでプラズマ砲のリロードの隙を消しつつ、上手く奇襲をしかけてくる。

ヘリは遠巻きにACを数で囲んで乱射し、ひたすら妨害に徹するだけだ。

アリーナ防衛戦の時のお粗末な侵攻からかなり改善された、組織的な戦闘である。

それは、武装勢力に確かな支援があることを物語っていた。

 

「少しは勉強してきたか……だがな!」

 

ソラはブースタを吹かして大通りを進み、ビルから飛び出してきたカバルリーを出会いがしらにレーザーブレードで一閃。

ロックサイトに入った目障りなヘリへ向けてトリガーを引き、撃墜。

敵MTが一斉に姿を見せた瞬間に、ACを素早く後退させながら機体を左右に揺らした。

MTのFCSではACの運動性を捉えきることはできず、プラズマの火線が虚しくビルへと突き刺さる。

そして、欲をかいて追撃してきた1機へと、ライフルを連射した。

カバルリーも懸命にかわそうともがくが、かわしきれずに被弾して沈黙する。

 

「レイン、MTの残数だけ報告しろ!」

《はい、MTは残り6機です!》

 

戦闘ヘリには、強力な火器も機動性もない。

MTを始末し終えてから片づけてもいいし、最悪シティの南部へ逃げられても適性試験に大きな支障は出ない。

今倒すべきは、強力なプラズマ砲を備えた高機動型MTだった。

ソラはストレイクロウをわざとシティの北へと大きく退かせた。

ヘリが何とかACの動きを止めようと、上空からまとまって追いかけてくる。何の対応もせず、無視。

すると、カバルリー達もまた、逃げたACの様子を窺おうとして、3機がビルの陰から這い出してきた。

ソラはオーバードブーストを起動、逃げていた大通りを一気に逆走して、追ってくるカバルリーの群れに迫った。

驚いた敵機達がプラズマで迎撃してくるも、焦って撃ったせいでまともに当たらない。

先頭の1機に最接近、ブレードで薙いだ。怯えて動きを止めた1機に、ライフル連射。ビルの陰に隠れた最後の1機を執拗に追いかけ、これも撃破した。

 

《MT、残り3機……レイヴン、現在21時25分です。受験生を載せた輸送機が、アダンシティに南から接近します。……っ!さらに偵察班から報告あり!武装勢力の戦術爆撃機がシティ北部に接近中!至急、迎撃準備を!》

「始まるか……急がないとな」

 

そう呟いた矢先だった。

残り3機となったカバルリーが、レーダー上でその動きを変えた。

先ほどまでじりじりと距離を詰めていたのに、今度は遠ざかっていく。

ソラは直感した。受験生狙いに目標を切り替えたのだ。

 

「させるかよ!」

 

しつこく邪魔立てしてくるヘリ部隊の乱射を無視して、MT達を追う。

ビルの上へとACを飛び乗らせてさらに跳躍し、オーバードブースト3度目の起動。

カバルリーがいくら高機動型MTとはいえ、ACの大型ブースタには歯が立たない。

ストレイクロウは一息にカバルリーを3機とも追い越した。

 

「……っ」

 

ブースタを止めるも、慣性に機体が大きく引っ張られる。

ソラはコクピットシートで身体を傾けながらも操縦桿を強く引き倒して、ACを180度旋回させた。

新調した脚部がその姿勢制御スラスターでソラの操縦に応え、素早く意図した方向に向き直る。

ロックサイトが、追い越されて慌てるMTを捉えた。

 

「まず1機!」

 

トリガーを引くと、ライフルが徹甲弾で敵機のコクピットを穿つ。

 

《戦術爆撃機、シティに突入!レイヴンっ!》

 

レインの焦った通信。

せめてもう1機。モニター上をソラの視線が往復し、迂回しようとするカバルリーを睨む。

ビルの隙間に逃げていくそれを、ACが追いかけ、捕捉し、3度撃ち抜いて鉄屑に変えた。

最後の1機は、ソラの後ろにすり抜けていった。だが、もう構っている暇はない。

戦術爆撃機が、上空を通過しようとするのが見えた。

 

「間に合え!」

 

肩部ミサイルユニットを準備しつつ、ブースタで爆撃機めがけて飛翔する。

何とか追いついてきていたヘリ数機が、必死に押しとどめようと弾幕を張ってくる。

敵の高度が、思ったより高い。FCSがようやく標的をロックし始めた時、ジェネレーターのEN残量は半分を下回っていた。

1発、2発、3発、4発、爆撃機にミサイルの多重ロックがかかっていく。

突如コクピットに衝撃。赤いプラズマの残滓が、モニター端に映った。カバルリーからの砲撃だ。気にする余裕などない。

ジェネレーターレッドゾーン突入、5発、6発――

 

「落ちろっ!!」

 

ソラはトリガーを引いた。

肩のユニットからミサイルが6発連続発射され、空を行く巨体へと殺到する。

爆撃機は一瞬旋回しようと機首をひねり、だが虚しくミサイルの大爆発に呑まれて翼を傾けた。

 

《や、やった、また1機撃破!えっ、え、何あれ、爆撃機!?何よそれ!そんなの聞いてない!!……ってあれ?》

 

受験生の大きな独り言を、自由落下中のストレイクロウの新型頭部COMが傍受する。

武装勢力の戦術爆撃機は大きく炎上しながら、徐々に高度を落として墜落していった。

そしてそれは一際大きなビルの壁面へと突き刺さり、搭載していた大量の爆弾もろとも大爆発して、木っ端微塵に消し飛んだ。

 

《爆撃機の撃墜を確認!レイヴン、お見事でした!》

《……よくやってくれた、レイヴンネーム"ソラ"。短期間で、随分と見違えたな》

 

通信機が珍しく上ずったレインの声に続けて、低く落ち着いた音声を発した。

忘れもしない、適性試験の時の管制室の声だった。

降って湧いた増援のスクータムを全て仕留めろと冷酷に告げてきた、あの声である。

 

「……悪い、試験管制室。カバルリーを1機、試験区画に逃がしちまった」

《構わん。レイヴン試験に不測の事態は付き物だ。高機動型MT1機程度なら、かえって受験生のいい刺激になる》

「そう言ってくれると助かる。さてと……レイン、あとは戦闘ヘリをできるだけ片づけて撤退するぞ」

《了解しました》

「その前に……ジェネレーターの回復が先か」

 

ソラはビルの陰にACを入れてヘリ部隊から隠れながら、コクピットに鳴り響く警報音を聞いていた。

ジェネーレーターのチャージング(強制充電状態)。

防御スクリーンの出力が大幅に低下し、ブースタも吹かせなくなる、ACにとって最も危険な状態だ。

 

「はぁ……間一髪だったな。あのカバルリーがこっちに残ってたらと思うと……まあいいか。頑張れよ、受験生」

 

やがて、ジェネレーターのチャージが完了し、ストレイクロウが息を吹き返した。

本社ビルのロビーで出会った勝気そうな赤毛の少女の顔を思い出しながら、ソラは再びフットペダルを踏み込む。

黒いACがビルの陰から躍り出しながら、露払いを完遂すべく、ヘリ部隊へと向かっていった――

 

《……武装勢力の殲滅を確認。作戦は成功です。レイヴン、お疲れ様でした》

 

いつものレインの労いの言葉。

その直後だった。

 

《力は見せてもらった。ようこそ、新たなるレイヴン。君を歓迎しよう》

 

レイヴン適性試験は、受験生の合格をもって、無事終了したのだった。



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モノレール防衛

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:レジーナ

TITLE:礼

 

レイヴン試験の時に爆撃機を撃墜したのはあなただと試験官に聞いた。

おかげでレイヴンになれたし、会いたかった奴にも会えた。

ちょっと色々あったけど。

 

とりあえず、礼は言っておく。

ありがとう。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:トルーパー

TITLE:迷惑をかけた

 

あいつから話は聞いた。

まさかあいつがレイヴンになるとは思っていなかったが、なった以上は仕方のないことだ。

 

君には、関係者として礼を言わせてもらいたい。

迷惑をかけたな。依頼かアリーナで会った時は、お手柔らかに頼む。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「2件のメール……"レジーナ"は、あの受験生だよな。それと"トルーパー"……あった、Cランクのこいつか」

 

専用住居のリビングで冷凍食品を腹に入れながら、ソラは携帯端末でデータを確認していた。

トルーパー。C-7ランクのレイヴンで、四脚型AC乗りである。

レイヴン歴は5年以上、ベテランと呼んでいい傭兵だった。

開示情報には、個人を特定できるような情報は記載されないため、このトルーパーというレイヴンの事情は分からない。

ロビーでの発言やこの両者の文面からしてレジーナとトルーパーには何かしら繋がりがあるようだが、他人が首を突っ込むべきではないだろう。

新しい同業者が誕生して、Cランクのレイヴンと関わりを持った。

ソラにとっては、それだけのことなのだ。

 

「……ん?」

 

使い終えた食器をシンクで洗ってから、携帯端末にもう1件メールが来ていたことに気付いた。

コーテックス本社からの、注意喚起のメールだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:グローバルコーテックス

TITLE:レイヴンの紛争抑止について

 

先日、レイヴン2名が直接接触し、口論の末、暴力沙汰に発展したという事案が報告されています。

このセクション301においては、紛争抑止の観点から各住居間は相応の物理的距離を設けており、またレイヴン同士の接触にも制限があることを、改めてご承知おきください。

 

なお、本件については、管理者の判断により特別な制裁措置は行いません。

しかしながら、各レイヴンは今一度、専用住居の備え付け端末よりレイヴン活動に関する規約をご確認の上、不必要な紛争を起こさないよう注意してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

ソラは改めてレジーナとトルーパーのメールを見比べた。

 

「…………まあ、いいか」

 

それ以上この件について考えるのをやめ、ソラはガレージへと脚を運ぶことにした。

 

 

………

……

 

 

《レイヴン、深夜に失礼します》

「ふわ……大丈夫だ。ブリーフィングルームに入る。依頼を確認させてくれ」

《はい》

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

レイヴン、我々ミラージュから緊急の依頼だ。

 

当社の兵器研究施設が、所属不明部隊の襲撃を受けた。

 

常駐させていた防衛部隊が現在も応戦を続けているが、戦況は芳しくない。

幸い、素早く襲撃を察知できたため、研究者達は施設専用のモノレールで脱出した。

 

ところが、何らかのトラブルにより、施設への電力供給が突然停止し、現在地下線路の途上で車両が立ち往生している。

原因はまったくもって不明で、特に電力供給箇所への攻撃を受けた痕跡もない。

これは管理者のエネルギー調整スケジュールにも含まれていない、通常では考えられない事態だ。

 

復旧を急がせてはいるが、所属不明部隊が防衛線を突破して追撃してくることは十分に考えられる。

直ちに現地に向かい、復旧までモノレールの護衛を頼む。

なお、今回は作戦完遂を万全のものとするため、お前以外に僚機としてレイヴンをもう1名雇用する。

 

研究所は比較的古い施設だが、在籍する研究者達は我が社にとって貴重な知的資産だ。失えば、かなりの痛手となる。

失敗は許されないと思え。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はミラージュ社。作戦区域は第三層産業区セクション578、ファルナ研究所。成功報酬は20,000C。ミラージュによれば、敵戦力は重装型MT"スクータム"10機前後と推測されます。研究所の防衛部隊壊滅は時間の問題、とのことです》

「……ミラージュ、ね。結局この前の試験妨害の件は、深く突っ込まないようにしたのか」

《……決定的な証拠はありませんでしたから。それに、コーテックスが三大企業に直接報復措置を取るようなことは、管理者が禁じています》

「いいけどよ。それはともかく、産業区の重要な兵器研究施設なら、それなり以上の防衛部隊がいるだろ?スクータム10機を片づけられないものなのか?」

《分かりません。確かに予測戦力から言えば、レイヴンを2名も雇用する任務ではないようにも思えますが》

 

ソラは腕を組み、シートに背中を預けた。

ミラージュの言う通り、優秀な研究者は企業にとって替えが効かない重要な存在だ。

その安全確保に万全を期するため、レイヴンを複数動員するというのも、理解できなくもない。

だが、その相手が普及型MTのスクータム10機前後とは。

クレストかキサラギが、精鋭部隊でも送り込んできたのだろうか。

 

「ちなみに協働するレイヴンは?」

《……E-4ランカー"ゲド"ですね》

「あの拡散レーザーのACか。……よし、もう二度寝する気分でもない。出撃するぞ、レイン」

《了解です。輸送機の手配をします》

 

ソラは、頭を悩ませるのをやめた。

やると決まったら、やるだけなのだ。

それが、レイヴンであった。

 

 

………

……

 

 

《久しぶりだな、今回もよろしく頼むぞ》

「……ああ、こっちこそ」

 

第三層産業区のセクション578、ミラージュが送信してきたマップデータを頼りに、2機のACが並走していた。

ソラの黒いAC"ストレイクロウ"と、ゲドの赤いAC"ゲルニカ"である。

網の目に張り巡らされた地下線路を右へ左へと曲がりつつ、モノレールが立ち往生している地点まで向かう。

電力供給が止まっているせいで、線路内は真っ暗だった。

ACの投光器のみが頼りで、実に見通しが悪い。

 

《ミラージュより通信です……研究所の防衛部隊は壊滅した模様。所属不明部隊は全機、モノレールを追ったとのことです》

「こちらストレイクロウ、もうすぐモノレールの停止位置に到着する。レイン、敵部隊の状況は分かるか?」

《……駄目です。電力供給が止まっていては、こちらのオペレートはACのデータ越しにしか》

「そうか」

《幸い、通信は電力が生きている地区からACにアクセスすることで可能です。できるだけ、やってみます》

「頼んだ、レイン」

 

通常、レイヴンの専属オペレーター達はコーテックス本社ビルの通信室から支援を行う。

現場に来る必要がないのは、管理者がレイヤード全体に張り巡らせた情報送受信ネットワークを、そのままオペレーションに利用できるためだ。

そのため、よほどセキュリティレベルの高い企業の直轄施設等以外では、オペレーターはACのレーダー範囲を超えた情報把握が可能となる。

しかしそれも、今回のように電力供給が完全に止まっていては不可能だった。

 

《ストレイクロウ、俺のACの頭部は探索特化型装備だ。レーダー範囲もそちらより広い。状況を逐次伝えてやる》

「了解だ、ゲルニカ。頼りにさせてもらう」

 

やがて、2機のACは立ち往生しているモノレールを発見した。

 

《れ、レイヴン……か!?》

 

ノイズ交じりに、モノレールの運転手が通信してきた。

極めて通信の音質が悪い。おそらく、備え付けの非常通信装置を使っているのだろう。

 

「そうだ。状況はどれだけ把握している?」

《……防衛部隊からの通信は……途絶した!ミラージュ……本社からの通信も……ダメだ!車内は……一応非常電源が……今どうなってるんだ!?》

《本社が復旧作業中だ。敵部隊は我々が何とかする。お前達が出来ることはない。大人しく待っていろ》

《……!!りょ、了解した》

 

ゲドは運転手に的確な指示を出した。

そう、この状態でモノレール乗組員が出来ることなど、管理者に祈る程度しかないのだ。

あとは、レイヴンの仕事だった。

2機のACはモノレールを戦闘に巻き込まないように出来るだけ離れ、研究所方面からやってくる敵部隊を迎撃できる位置へ展開する。

地下線路内は視界は悪いものの、ACが戦闘できる程度の広さはあった。

MTによる作業を行うことを前提とした設計によるものだ。

こうした余裕を持たせた施設設計は、地下世界レイヤードでは基本である。

 

《……こちらゲルニカ、先行する敵影を2機捕捉。……なんだ、この速さは……?》

「どうした?」

《……スクータムじゃないのか?距離900、来るぞ!!》

 

ゲドが少し焦った声音で、ソラに通信してきた。

遠方から、敵部隊のブースタ音が線路内に反響してくる。

ストレイクロウの頭部望遠カメラが、敵の光りを放つカメラアイを捉えた。

確かに、2機だった。

 

「俺の方が射程が長い!しかけるぞ!」

《了解した!》

 

ソラはフットペダルを踏み込み、ACをゲドより先行させる。

ストレイクロウの肩部レーダー表示にも、敵機の光点が2つ入ってきた。

確かに、速い。

あっという間に、ロングレンジライフルの射程に飛び込んでくる。

 

「なんだ、お前らは!」

 

ソラは唾を飛ばし、トリガーを引いた。

先行する1機に対し、徹甲弾が空を割いて迫り、そして、外れた。

 

「!?」

 

違う、『かわされた』のだ。

そう認識したソラは、ロックサイトの中央にスクータムを捉え直し、ライフルを連射した。

敵はシールドを構えたまま、規則的な動きで細かくジグザグと走行し、少しでも偏差射撃をかわそうとしてくる。

ACの高性能なFCSもこう暗くては、高速で動く敵を完全には捉えきれない。

距離がさらに詰まった。距離300。

スクータムがバズーカを構えた。

 

「ぐっ……しまっ!?」

 

焦りから周囲の状況確認を怠ったソラはブースタを吹かした瞬間、ACが何かに激突したことに気付いた。

地下線路内に無数に乱立するコンクリート柱だ。

敵のバズーカが火を噴く。

それも、3連続で。

 

《3連射!?そんなスクータムが……!》

 

レインが通信機の向こうで声を裏返した。

直撃でAPが一気に1000近く削れている。

だが、ソラは吼えてライフルを連射した。

スクータムは被弾しつつも、無感情に突進してくる。

距離200。100。

 

「くそったれ!!」

 

レーザーブレードを発振し、迎撃する。

シールドを切り裂いた瞬間、またバズーカが発射された。

近すぎて狙いが定まらず着弾は1発、2発が地面を凹ませた。

ソラはもう一度、ACにレーザーブレードを振らせた。

強い手応え。崩れ落ちる重装甲。今度こそ、スクータムを1機撃破した。

息を吐く前に、脇をもう1機が高速ですり抜ける。

 

「ゲルニカ!頼む!」

《おおっ!!》

 

ゲルニカが武器腕から拡散レーザーの嵐を見舞う。

敵MTは一矢報いろうとばかりに一度だけバズーカを3連射し、そのまま穴だらけになって爆散した。

 

「異常な速度に連射機能付きバズーカ?こいつら何なんだ!」

《ACのカメラを分析しましたが、さっきのスクータムは時速300㎞近い速度でした》

 

時速300㎞といえば、ACの機動性とほぼ変わらない。

普及型のスクータムは、ブースタを吹かしてもせいぜい時速120㎞が限界だ。

重装型MTとしては、あまりにも現実離れしたスピードだった。

 

「レイン、出来るだけデータを取ってくれ。こんな奴らがワラワラ出てきたら……」

《おい、また来るぞ!今度は3機だ!……さっきと同じ速度!》

「ゲルニカ、前に出よう!あの火力じゃ、1機でもすり抜けられたらモノレールは終わりだ!」

《了解だ!やるぞ!》

 

ストレイクロウとゲルニカがブースタを吹かしてモノレールからさらに距離を取る。

3機のスクータムが、やはり先ほどと同じ高速で暗闇の中を突っ込んできた。

ソラは肩部ミサイルユニットを起動して、多重ロックをかける。

 

「行けっ!」

 

4発のミサイルが先頭のスクータムに噴射炎を輝かせて突進し、そして大爆発した。

 

《敵、速度を落としません!》

 

レインの通信にソラはライフルを構え、FCS頼りに煙へ向けて連射する。

ゲドもまた、拡散レーザーを間断なく発射した。

煙から勢いよく飛び出してきたスクータムが弾幕に呑まれて突っ伏し、ギャリギャリと地面を削って沈黙する。

さらにもう1機、こちらの射撃の隙を突き、煙の中からスクータムが抜け出した。

 

《くっ、リロードが間に合わん!》

 

ゲルニカがコアから中型イクシードオービットを射出してレーザーを吐く。

だが、AC並の速度で走行するMTには、満足に命中しなかった。

ストレイクロウのライフルもそうだ。当たりはするが、シールドを正面に構えられているせいで致命傷にはならない。

お返しとばかりに、3点バーストのバズーカ弾が撃ち込まれてくる。

ここはコンクリート柱が乱立する地下線路内。まともな回避行動も取れずに、ストレイクロウは被弾した。

そして、2機のACの間を、敵が通り過ぎた。

 

《レイヴン、モノレールの防衛を!》

「分かってる!ゲルニカ!」

《ダメだ、まだ来る!3機!》

「……っ、そっちは頼む!俺は抜けた奴だ!」

 

素早く役割を分担し、ソラは逃がした敵を追った。

速度はほぼこちらと変わらない。これだけ柱があれば、余計に詰め寄ることは難しかった。

こちらがライフルで追撃するが、敵は脇目も振らずに、細かくジグザクと機動しながら進んでいく。

モノレールが、レーダー上に見えてきた。

まずい、くそっ――ソラの背すじがざわつき、口から悪態が漏れた瞬間だった。

 

「!?」

 

スクータムが、動きを止めた。

バズーカすら下ろし、その場に完全に停止する。

だが、気にする余裕はなかった。

 

「くたばれ!」

 

ACのレーザーブレードで、背中から串刺しにした。

倒れ込み、ボンと煙を吐く敵MT。

 

《ストレイクロウ、早く来い!もうもちそうにない!こいつらめ!》

「……ああ!」

 

ソラは浮かんだ疑問を頭から追いやり、ゲルニカの援護に回った。

最前線では、ゲルニカがMT3機を相手取り、必死に攻撃をやり過ごしていた。

そのスクータム部隊は先行してきた5機の動きとは対照的に、一切突っ込むような動きを見せず、逆にその機動性で大きく機体を左右に揺らしながらバズーカの3連射を繰り返してくる。

ゲルニカの拡散レーザーが有効打となる距離の、ギリギリ外からの集中砲火だった。

 

「待たせた!ゲルニカ下がれ!」

《すまん!》

 

ストレイクロウは前に出て、敵の注意をゲルニカから逸らした。

バズーカの雨が飛来する。

この狭く暗い地下線路内で、躱しきることは困難だ。

ソラは何発も被弾しつつ肩部ミサイルユニットを起動するも、速く大きく左右に踊るスクータムを多重ロックすることは容易ではなかった。

 

「こうなったら、やるしかねえ!」

《レイヴン!?どうするつもりですか!》

 

コンクリート柱が正面にないことを確認し、ソラは操縦桿横のレバーを引き上げた。

コアに内蔵された大型ブースタが露出し、甲高いENチャージ音を地下線路内に響かせる。

 

「行けよ!!」

 

オーバードブーストで突撃。敵部隊の中心へ。

急加速でバズーカ弾幕を躱し、目論見通り3機の密集地に飛び込む。

さらに通常のブースタ点火、真ん中のスクータムの至近に取りついた。

左右のスクータムが、ストレイクロウめがけてバズーカを構える。

 

「今だ!」

 

ACを仰け反らせてブースタを強く噴射し、一気に後ろに下がる。

左右の3連発バズーカが一斉に火を噴き、真ん中の1機が粉々に消し飛んだ。

激しい爆風が地下線路内に充満し、その場の全機の視界を一気に奪う。

賭けだった。この異常な高性能機が、レーダーまで高性能でないことに賭けたのだ。

ソラは、賭けに勝った。

左右の動きが、レーダー上で明らかに鈍った。

 

「っしゃぁ!」

 

右のスクータムへとブースタ全開で突っ込む。

圧倒的な反応速度でバズーカが向けられ、機体が着弾で揺さぶられるも、気にしない。

そのまま、レーザーブレードで斬りつけた。

浅い。スクータムは下がる。しつこく追って、もう一度ブレードを見舞って、潰した。

 

「ぐぅっ!?」

 

コクピットが激しく振動し、APが吹っ飛ぶ。

左のスクータムが、仲間の死に何の動揺も見せず冷静にバズーカを撃ち込んできたのだった。

ソラはストレイクロウを柱に隠しつつも、懸命に180度旋回しようとした。

またも、3連バズーカが火を噴く。

そう思われた瞬間。

 

《忘れてもらっては、困る》

 

ゲルニカの拡散レーザーが横合いから突き刺さり、スクータムは膝を折って爆散した。

 

「はぁっ、はぁっ……ゲルニカ、これで8機だ、全部片付いたか?」

《…………いや。もう2機、いる。距離900だ》

「……!」

《そんな、まだ……レイヴン……!》

 

ソラは荒れた息を整え、汗まみれの操縦桿を握り直した。

APは、もう1500もない。ゲルニカに至っては1000を切っている。

もしも最後の2機が突っ込んで来たら、おそらくソラかゲドのどちらかが、あるいは両方が死ぬ。

死ぬのだ。ここで終わる。

この地下通路の暗闇の中で、本物の空を見ることもなく――

心臓の鼓動が早鐘のようになり、止まらなくなった。

額を流れる汗が、妙に冷たくて気持ち悪い。

逃げるか。たかが企業の依頼で死ぬことはない。逃げたって――

 

《来る。距離850、800、750……》

 

ゲドからの状況報告が淡々と入って、ソラの思考を中断させた。

ソラは覚悟を決めて、暗闇の向こうを見つめた。

それは長い、長すぎるほどに長く感じる時間だった。

やがて、ストレイクロウの肩部レーダーの表示範囲にも、敵は姿を見せた。

だが。

 

《…………え?接近してこない?止まった……?》

 

レインの訝しむ声が、通信機から聞こえた。

スクータムのカメラアイの光は、確かに線路の先に見えている。

だが、敵は距離700から接近してこない。

完全に、止まっていた。

 

《どういう、ことだ?》

「……諦めたのか?」

 

その瞬間だった。

真っ暗だった地下線路内の照明が、一斉に光を取り戻した。

 

《や、やった!レイヴン、電力が回復した!全速でここから離脱する!助かった……!!》

 

モノレールから喜びと安堵の通信が入る。

敵MT2機は、やはり動かないままだった。

 

《レイヴン、モノレー………え、通信……が……レイ……!?》

《おい……うした?なぜこの距離で……なってい……?》

「レイン?ゲルニカ?どうした、通信が……」

 

通信機のチャンネルを調整しつつ、レイヴンはオペレーターと僚機に呼びかけようとして。

 

《……なるほど》

「!?」

 

聞いたことのない声が、通信機から響いた。

男と女の声が重なったような、不気味な声。

 

「誰だ、お前は……?」

《…………いずれ》

 

そして、ストレイクロウの頭部望遠カメラが、前方で2つの爆発を確認した。

同時に、2機のACの周囲、そして後方でも爆発が起こった。

 

《通信回復……どうなったのだ?奴らは》

《レイヴン、残存していた2機のMT及び、撃破したMTの残骸が全て自爆しました。木っ端微塵です。いったいこれは……》

「……いずれ?」

《レイヴン?》

「いや……何でもない。レイン、ミラージュに通信してくれ。作戦はこれで終了でいいかどうか」

《……はい、了解しました》

 

ソラはストレイクロウの戦闘モードを解除して、コクピットの天井を見上げた。

 

「何だったんだ、あいつらは……」

 

ソラの耳には、先ほどの短い通信がこびりついていた。

無機質で、無感情で、しかし確かに男と女の入り混じった声だった。

 

「…………」

 

激戦を終え、達成感と脱力感で茫洋としながら、ソラはコクピットの天井をじっと見つめて、ある記憶を思い出していた。

 

それは幼い頃。

ボロボロのランドセルを背負い、学校に登校した初日のこと。

入学式を終え、数十人の児童が集められた教室の中。

 

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

 

名前も顔も忘れた教師のあの言葉が、不思議と、先ほどの不気味な声で再生された――



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ガレージにて・2

10万字越えてました。長くて申し訳ありません。
まだまだ続きます。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ミラージュ

TITLE:伝達事項

 

レイヴン、ファルナ研究所の職員達は無事回収できた。

礼を言っておく。

 

セクションの総エネルギー量調整に伴う電力供給の停止は珍しいことではないが、通常、管理者の厳密なスケジュール管理と事前予告のもとに行われるものであり、今回のケースはあまりに唐突だった。

結局のところ、レイヤードの維持に伴う管理者の判断ということならば止むを得ないとも言える。

しかしながら、結果としてファルナ研究所は全壊、防衛部隊も壊滅した上に、先の所属不明部隊の身元は一切判明していない。

ミラージュの損害は莫大なものとなった。

 

近年のレイヤードの人口増加については、お前も知っているだろう。

エネルギー調整さえも管理者に依存しきっている現状では、今後も膨れ上がっていく地下世界を管理する事は困難を極める。

 

管理者は当然、必要不可欠な存在だ。

だが、今後我々はその存在をより活かし、この世界により確かな秩序をもたらさなければならない。

 

レイヴン、お前にも分かっているはずだ。

一体誰が、このレイヤードを真に導いていく存在なのかが。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

専用住居に併設されたガレージにて。

 

「どうだ?チーフ」

「……戦闘ログは見たけどよ。にわかに信じられねえな……」

 

ACのコクピットから出てきたメカニックチーフのアンドレイが、ソラの前でふうっと息を吐いた。

その額には、大粒の汗が浮かんでいた。しきりにもじゃもじゃの白髭をしごき、何かを考えるように唸る。

 

「確かに映像の限りじゃ、スクータムが時速300km近く出してやがる。見た目には、カスタマイズされてるように見えんのだが……」

「ブースタが通常のものと違うんじゃないのか?」

「背面を映した場面は見たが、通常の規格品と同じものにしか見えねえ。噴射炎の色も同じだ。あと、バズーカだってそうだ。あれの構造をそのまま使ってバースト射撃すんなら、相当特殊なカートリッジと炸薬を使わんと……」

 

アンドレイはハンガーの通路に膝を下り、指で地面をなぞりながら、ぶつぶつと呟いた。

やはり、かつてはミラージュに勤め、ACにも長年関わっているベテランでさえ、そう容易くは信じられない機体らしい。

 

「ふー。あのMTが何なのか……仮説としてワシが思いつくのは2つ……いや、3つだな」

「仮説でいい。教えてくれ」

「1つ目、企業が既存のスクータムを限界までチューンした説。三大企業はACの私的運用こそ管理者に認められてねえが、パーツの構造を流用することについては許可が出てる。ACのジェネレーター構造を流用すれば、短時間だがMTのブースタをACの速度域でぶん回すことは不可能じゃねえ、とワシは思う」

「バズーカの3連射もか?」

「うーむ、企業のチューンナップ説の問題はそこなんだよな。ライフルやパルスならバースト機構を持たせるのは難しくねえんだが、バズーカみたいな大口径兵器では聞いたことがねえ……だいたい、そんな技術あったら真っ先にACがその恩恵に預かってらぁ。戦闘兵器技術の大元は、全部管理者なんだからよ」

「…………」

「あと、こんな無茶苦茶な改造したら、間違いなく継戦能力が犠牲になる。だが、こいつらはミラージュの防衛部隊を潰して研究所を破壊した後で、ACと交戦してやがる。これだけ無理な改造したMTが、そんな長丁場に耐えられるとは思えねえ。……自分で言っといてなんだが、チューンナップ説はねえな、うん」

 

アンドレイはそこまで言って、また指で地面をなぞり始めた。

ここまで真面目な表情のチーフを見るのは、ソラも初めてだった。

 

「……2つ目の仮説は?」

「2つ目も企業だ。ガワだけスクータムな、新型の超高性能MTが開発された説。まあ、重装型MTとしてはイカれた高機動に連射式バズーカ担いでんだ。中身はスクータムじゃないと考えた方が自然だわな。……だが、この説にも問題があって、まずスクータムのガワを使う意味がねえ。スクータムがあんな高性能じゃないことくらい誰が見ても分かるし、何より重装型MTのフレームでここまで無茶やるなんて非効率だ。同じ内装パーツ使っても、フレームごと新造した方が確実に性能が良くなる」

「偽装目的で、スクータムのガワをかぶせてる可能性はあるんじゃないか?」

「まあ、なくはないな。こいつら丁寧に最後自爆して、証拠隠滅してやがるからな。だが、この新型MT開発説にはもっと根本的な問題がある」

「根本的な問題?」

「管理者が許さねえって問題よ。レイヤードにおける最強の機動兵器は、レイヴンのアーマードコア。これは管理者が秩序維持のためにこしらえた不文律の枠組みだ。このスペックの高性能MTを独自に開発・量産するなんてのは、経済戦争のバランスを崩す、逸脱行為に該当するだろうよ。管理者からどんな裁きが下るか分からねえ」

「管理者崇拝のクレストはまずやらない。ミラージュも被害者側。なら……キサラギか?」

「それもどうだろうかの?……アンタ、自分が前奪った採掘所のニュース、追っとるか?」

「?いや……何だよ急に」

 

アンドレイが立ち上がり、自分の携帯端末を操作して、ソラに見せた。

それはかつてソラがミラージュの依頼で制圧した、グラン採掘所関連の報道だった。

採掘所はあの後も、ミラージュとキサラギの間で激しく争奪戦が続いているらしい。

記事によれば、紛争はお互いに高ランクのレイヴンまで雇用する事態にまでなっており、既に数名のレイヴンが死去しているとあった。

 

「ファルナ研究所はワシも知っとる。ミラージュの施設の中では古い方よ。研究者の数は多いが、わざわざリスキーな虎の子の新型で奇襲するほどの価値はないわい。もしキサラギがやるなら、真っ先にこっちのグラン採掘所に投入するろうな。ワシならそうするね。レアメタル鉱脈は、たとえセクションの主導権をいくつか放棄してでも欲しい代物だからな」

「……最後の3つ目の仮説は?」

「……………」

 

アンドレイは黙りこくって、俯いた。

言うか言うまいか、迷っているような素振りだった。

ソラは、ベテランのチーフが言葉を切り出すのをじっと待った。

 

「……耳を貸せ。誰かに聞かれるとまずい」

「ん?」

「……3つ目。管理者の差し金」

「……!?」

 

アンドレイはソラにだけ聞こえるよう、声を極めて小さくひそめた。

 

「企業が開発するMTや、ACパーツの基礎設計は、全部管理者が段階的に提供しとる。技術力の向上とレイヤードの勢力の均衡を見つつ、な。言い換えれば、管理者はACやMTのスペックを知り尽くし、その性能をコントロールしてるってことだ」

「……ちょっと待て。つまり、性能を抑えずに作ったスクータム本来のスペックが、あれだってことか?」

「この仮説によればそうなる。粉微塵に自爆したのも、企業にその情報を渡さないためと考えれば辻褄が合う。モノレールの逃亡中に電力供給が都合良く遮断されたのも、管理者ならば容易いしの」

「管理者が直接攻撃……ミラージュの古い研究所に何の問題があって……?」

「分からん。それこそミラージュが逸脱行為に該当するような研究をしとったか……まあ、元から管理者の考えることなど、ワシら直轄のコーテックス社員すら分からんもんだ」

「…………」

「言っとくが、仮説じゃからな。あくまで仮説じゃ。んで、もっと仮説に仮説を重ねて言えば……」

「?」

「管理者の目的はアンタらレイヴンだった可能性も、なくはない」

「……!?」

「施設は破壊した癖に、肝心の研究者のモノレールを狙う好機は手放した点から考えればな。研究所の襲撃から全部、レイヴンを釣り出すための餌だったって説よ」

 

ソラは、敵MTが自爆する直前の、通信を思い出した。

男と女が入り混じったような、不気味で無感情な声。

 

「チーフ……あのボイスログ」

「ああ、途中でオペ子や僚機と通信できなくなったあれか?あれもよく分からんな……多分電力供給の急激な再開による高密度の電波放射の影響だと思うが」

「いや、それじゃなくてその後の……」

「その後……?通信回復後のやりとりか?オペ子がミラージュへ通信した件か?」

「……いや、何でもない。忘れてくれ」

「??まあ、戦闘記録に何か不備があればオペ子通してコーテックス本社に言えや。管理者がACのログを吸い上げて、一括管理しとるからよ」

「……分析ありがとうよ、チーフ。さすが、大ベテランなだけあるぜ」

「わはは、まあな。……老婆心で言っとくが、終わったことはあまり気にせん方がいいぞ。終わった依頼のことなど、悩んでもしかたないのがレイヴンじゃ。渡り鴉は、前だけ向いて飛んどればええんだ」

「分かってるよ。整備班に休憩するよう言ってくれ。もうすぐ新パーツが届くからな。その前に休憩しよう」

「おう。おーーーーーい、テメエらぁ!!昼休みだぁぁぁ!!茶の用意せぇぇーーーーい!!!」

 

ガレージ中からおう、おうと野太い返事が返ってきた。

アンドレイも汗を拭い、身体を伸ばしてハンガーを下りていく。

午後には、新しく購入したクレスト製のレーザーブレード"LS-2551"が届く予定だった。

武装のマッチングが済めば、そのままテストの予定である。

 

「んー?レイヴン様、アンタは休憩せんのか?」

「……ちょっと、コクピットで調整。やっときたいことがあってさ」

「わかった、根詰めるなよ」

 

ソラはコクピットシートに座り、先日の戦闘のボイスログを再生した。

 

《レイヴン、モノレー………え、通信……が……レイ……!?》

《おい……うした?なぜこの距離で……なってい……?》

《レイン?ゲルニカ?どうした、通信が……》

《通信回復……どうなったのだ?奴らは》

《レイヴン、残存していた2機のMT及び、撃破したMTの残骸が全て自爆しました。木っ端微塵です。いったいこれは……》

《レイン、ミラージュに通信してくれ。作戦はこれで終了でいいかどうか》

《……はい、了解しました》

 

あの不気味な声は、録音されていなかった。

ソラが確かに聞いたはずの、あの声が。

ボイスログの会話からあの声が、ソラの反応まで含めて、ごく自然に切り取られていた。

何度再生し直しても、それは変わらなかった。

ソラが使用するAC"ストレイクロウ"のコクピットは、ソラ自身を除けばチーフのアンドレイしか触らない。

他にログの編集ができるとすれば、それはACの操縦システムのバックアップ兼マザーコンピュータにあたる――

 

「……管理者?」

 

モノレール護衛で出会った、異常に高性能なMT部隊。

ログから削除された、あの声。

アンドレイの3つの仮説、その3つ目。

 

管理者。

 

ソラは、思わず後ろを振り返った。

ACのコアから引き出されたコクピット、その後方には当然、ガレージの壁しかなかった。

だが。

 

管理者。

地下世界レイヤードの、神。

 

ソラは生まれて初めて、その神の"視線"を感じた気がした。



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工作部隊救出

前回ブレードが変更されたので、武器構成をまとめて記載しておきます。
フレーバー程度ですので、気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:MWG-RF/220(ロングレンジライフル)
左腕部武装:CLB-LS-2551(緑ブレード)
右肩部武装:CRU-A10(初期肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

グラン採掘所に潜入工作をおこなっていた我が社の特殊部隊が、脱出中に敵に発見された。

現在、採掘所から繋がる地下下水道内で窮地に陥っている。

 

特殊部隊はミラージュの追跡部隊を凌ぎつつ撤退中だが、兵力差は歴然としている。

また、いくつかの経路も既にミラージュによって封鎖されており、このままでは全滅も時間の問題だろう。

 

特殊部隊は当採掘所の争奪戦において重要な情報を持ち帰る予定であり、我々キサラギの最精鋭ともいえる貴重な人材も含まれている。

損失は、可能な限り避けたいところだ。

 

大至急、部隊の救出に向かってほしい。

 

レイヴンの実力は、我々も高く評価している。

よろしく頼む。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はキサラギ社です。作戦区域は第三層産業区セクション554、以前制圧したグラン採掘所から繋がる地下下水道。報酬は24,000C。特殊部隊の生存率によっては、特別報酬を提供すると言ってきています》

「予測戦力は?」

《現場からの報告では、逆脚MT"エピオルニス"、近接用MT"ギボン"、フロート型MT"カバルリー"。数は不明ですが、かなりの攻勢を受けている様子です》

「グラン採掘所か……俺が一度制圧して以降、相当熾烈な奪い合いになっているとは報道で見たが」

《ええ。当採掘所関連のミッションにおいて既に、レイヴンが数名死亡しています……ミラージュ側が雇ったレイヴンと遭遇する可能性もあるかと》

「見送ってもいいが……24,000Cに特別報酬か……随分と出したな」

《レイヴン、どうしますか?》

「受ける。今すぐ輸送機の手配を頼む。着いた時にはもう救出対象が全滅してた、なんてごめんだ」

《了解しました。ガレージで待機をお願いします》

 

レインとの通信を終え、ソラは静まり返ったブリーフィングルームで独り項垂れた。

理由は、前回のモノレール防衛での一件だった。

あの時のように、また所属不明の超高性能MTに攻撃されたら。

そう思うと、鳥肌が立った。

 

「落ち着け。今回はミラージュが相手だ。あんなこと、もう起きるもんか。今まで通り、依頼をこなすだけだ。落ち着け、落ち着け……」

 

ソラは自分の腕を擦り、何度も呟いた。

 

 

………

……

 

 

作戦区域の地下下水道内は薄暗かったが、非常用照明が点灯しているおかげで、最低限の明るさは確保されていた。

流れる汚水の音、そしてその汚水を描き分けて進むACの足音を頭部COMがしっかりと拾ってくる。

ソラはコンソールを叩き、余分な雑音を拾わないようにCOMの感度を調節した。

調節しながらも、サブモニターのマップデータを確認しつつACの歩を進めていく。

キサラギから提供された下水道の図面は、まるで蟻の巣のように複雑な構造となっていた。

 

《レイヴン、キサラギの特殊部隊は現在、下水道ルートL9にいます》

「L9……思ったより近かったな。分かった、今ルートL8だ。そろそろ合流できる」

 

ソラは既に2度、サブルートから合流してきたミラージュのMT部隊と交戦していた。

グラン採掘所地下の下水道は、ACやMTが戦闘できるほどの道幅がある。

作業用MTのために建造していたとしても、広い通路だ。

おそらく、今回のような採掘所の争奪戦を視野に入れた上で、キサラギが事前に準備していたものだろう。

重要な採掘施設は、こういう紛争になった場合のことを考えた構造になっているものが多いのだ。

 

《通信……AC、ストレイクロウか?》

 

水路の比較的開けた場所に、キサラギの特殊部隊は留まっていた。

部隊は四脚型MTが3機、パワードスーツ10名。

こちらにパルス砲を向けたまま、四脚型MTのクアドルペッドから通信が入る。

聞き覚えのある、寡黙そうで落ち着いた声だった。

 

「そうだ。開示情報で照合してくれ」

《……いや、覚えのあるエンブレムと声だ。部隊長、デルタ1だ。……アレグロの時は世話になったな》

「……ああ、あの時の。どうも」

《雑談は抜きにしよう。……ルートL1まで行き、そこからK28、J37と通って、地上部隊へ合流する》

「了解。ここまで通ってきたルートだ。俺が先行する」

《……頼む》

 

用件を確認するだけの手短な通信を終え、ソラは特殊部隊から先行した。

距離を200ほど開けて、ACを進める。

進んできた道中を、地上まで逆走するだけである。ACにとっては、それほど長い道程ではない。

 

《デルタ1、ここまでストレイクロウは既に2度、ミラージュのMT部隊と交戦しています。ミラージュは、この救出の動きに気付いてるはずです》

《……了解した。デルタ2、3は後方に陣取れ。パワードスーツ部隊はMT部隊の内側で可能な限り散開》

 

レインの報告を受け、デルタ1と名乗った部隊長が滔々と指示を出していく。

輸送車両アレグロの護衛、そして今回の特殊部隊の指揮。

キサラギが言っていた『最精鋭』はこの男で間違いなさそうだった。

 

「L7クリア、L6に進む」

《レイヴン、L6中間地点のサブゲートが開きます。敵です!》

「了解。排除する」

 

ブースタを吹かし、下水を跳ね散らしながら、ストレイクロウが駆ける。

L6水路のサブゲートから滑るように沸いてきたのは、フロート型の高機動MT"カバルリー"だった。

水辺に足を取られない良好な機動性とプラズマ砲の火力は、MTにとっては脅威となる。

3機。

 

「ここは狭いぞ……フロートじゃあな!」

 

先行してきた1機にライフルを連射すると、速度の代わりに犠牲にした薄い装甲がいとも容易くちぎれ、カバルリーは浅い下水路へと頭を垂れた。

大きく姿勢を崩した先頭に足止めをくらい、後ろの2機も大きく速度を落とす。

そして既に、ACのFCSがその2機を捉えていた。肩部ミサイルが4発放たれ、吸い込まれるようにカバルリー達へと向かう。

汚水の飛沫を散らしながら、ミラージュのMT部隊は吹き飛んだ。

 

《……まだだ。まだいるぞ》

 

一機で追いついてきたデルタ1のクアドルペッドが、サブゲート内にパルス砲を連射する。

通路の奥でふよふよと浮かんでいたメカが、ボンと地味な音を立てて爆散した。

 

「下がってくれ。護衛対象だ、あんたは……片づけてくる」

 

ソラが言うとデルタ1は素直に下がった。

レーダーがあと1つ、ゲート内に浮遊する機影を捕捉していた。

射程に入れてロックし、トリガーを引く。

ライフル1射でそのメカは簡単に墜ちた。

 

《これは……探査用自律メカ"アントラーモス"ですね》

《……そうだ。武装はないが自動で動き回り、追加レーダーの役割を果たす機体だ》

「こいつが生きてたら、こっちの位置が知られるってことか」

《……墜としても、そこで何かあったと知られてしまうがな》

《それでも、可能な限り撃墜した方がいいでしょう。敵に詳細な位置を知られてしまいます》

「分かった。こいつには注意して進もう」

 

ソラは再び特殊部隊から先行し、さらに地下下水道内を進んだ。

探査用自律メカは、水路の至るところに配置されていた。

ルートL3到達までに、サブゲート内を含めて7機のアントラーモスをソラは落とした。

 

《L3到達。あれから敵の襲撃がありませんね……これだけ探査メカを落とせばミラージュ側も……》

《ああ……こちらの進行ルートは、把握されているはずだ。そろそろだろう》

「そろそろ……っ!?」

 

突如、水路を薄暗く照らしていた照明が、全て落ちた。

ソラは素早く投光器を起動し、モニター上のレーダーを確認する。

レーダーが、ブラックアウトしていた。

後方から、赤い熱線がACの頭上を通りすぎた。

さらに前方に、カメラアイの輝きが複数。

 

《……ストレイクロウ、前方を排除しろ!あとは私と後方だ!パワードスーツは天井へ浮上!いくぞ!》

 

デルタ1の的確な指示に、ソラは素直に従った。

時間が惜しい。オーバードブーストを起動し、一気に詰め寄る。

前方に並んでいるのは、エピオルニスだった。

正面の1機を新型のレーザーブレードで斬りつける。

緑色のレーザー刃は初期配備品より高出力で、MTが綺麗に両断され、数拍遅れて爆散した。

さらに旋回し、目についたエピオルニスをレーザーブレードで斬った。

ふと、モニター上部を身軽な影が2つ横切った。

ミラージュの近接用MT"ギボン"だ。

ブースタで接近しつつ、天井に張りつくパワードスーツ部隊を狙って、腕の銃器を持ち上げている。

 

「待て!!」

 

ソラはギボンを追った。残ったエピオルニスに背中を撃たれるも、無視する。

FCSのロック先にライフルを連射し、ギボンの腕をもぎ、足をもぎ、胴体をひしゃげさせ、1機片づけた。

だがもう1機のギボンは僚機の撃破を気にせず、ショットガンを撃った。

パワードスーツが2名、天井から落ちた。

 

「くそっ!」

 

接近し、ギボンへと素早く斬りかかる。ギボンは躱そうとブースタを吹かして跳んだが一歩遅く、胴体から真っ二つになった。

 

《レイヴン!エピオルニスさらに増援!計5機です!》

 

レインの通信に、ソラは脚部を旋回させ、置き去りにしてきたエピオルニス部隊へと振り向く。

数が増えたエピオルニスは、逆脚をバタつかせて少しずつ近づいてきていた。

ミサイルユニットに切り替え、複数機にマルチロックをかける。

ロック数が5機になったところで、ストレイクロウはミサイルを放った。

コクピットに当たって行動不能になったのは3機。

残る2機はダメージこそ受けたものの健在で、天井にガトリングを向けようとしている。

ソラは再び武器を切り替え、ライフルで始末した。

 

「デルタ1、そっちは!」

《……デルタ2のパルスがもがれたが、敵のフロートMTは全て始末した》

「すまん、パワードスーツ部隊を2人やられた」

《……合流まで気を抜くな、レイヴン》

「……了解」

 

キサラギの部隊長デルタ1はどこまでも冷静な通信を返してきた。

ソラも落ち着いて前方を確認、今さらながら頭部パーツ"TIE"のECMキャンセル機能を思い出して、起動した。

表示範囲こそ半分以下に短縮されたものの、肩部レーダーがブラックアウトから復帰する。

レーダーの表示範囲に、敵影はない。

そのままソラは特殊部隊と共に、ルートL1へと入った。

L1は見通しの良い直線状に伸びた水路だった。ここを抜ければ、目標の合流地点まであとわずか。

しかし―――

 

「デルタ1、ACの望遠カメラに、敵の投光器とおぼしき光が見える。レーダーはまだ捉えてないが、5機以上はいる。多分L1の出口付近だ」

《……任せる。パワードスーツ部隊は再び天井まで浮上。デルタ2はスーツ部隊の真下で護衛。デルタ3は私と後方を警戒》

「突っ込むぞ。いいんだな」

《……手早く頼む》

 

ソラは操縦桿横のレバーを引き上げた。

オーバードブーストが火を噴き、一気に機体を急加速させて、暗い水路を駆け抜ける。

 

《……エピオルニス4、ギボン2、カバルリー3です!レイヴン、まずカバルリーを!》

 

フロートMTはACの急接近を見るやいなや、全機真っ直ぐ突っ込んできた。

プラズマ砲が着弾し、防御スクリーン表面で赤い粒子が弾け飛ぶ。

1機でもACを抜ければいい。そう思っているのだろう。

だが、1機でも抜けてしまえばと思っているのは、ソラも同じだった。

 

「ミサイル!」

 

ソラは急ブレーキを踏み、慣性を殺してGに耐えながら、既に起動していた肩部ミサイルユニットをカバルリーに向けた。

3機をロックしきるのに、数秒とかからない。

距離100。トリガーを引いた。

 

《ギボンが来ます!》

 

水路へ盛大にばらけたフロート部品の金属片を気にする暇もなく、2機のギボンが突進してくる。

今度は抜こうとしない。1機はミサイルを、もう1機はショットガンを放ちながら、ストレイクロウへと迫ってきた。

ソラは冷静にブースタで下がりながら、ライフルを撃った。

ギボン達は持ち前の運動性で水路を縦横に跳びはね、FCSの追従を器用に躱す。

ブレードの間合いだった。お互いに。

 

《死ね!》

 

頭部COMが、裏返った雄叫びを拾う。

ACのモニターを、橙色の閃光が横切った。

 

「お前がな」

 

ストレイクロウは反撃のレーザーブレードでギボンを両断した。

APが1000近く削れたが、それでもギボンのブレードでは一撃でACの防御スクリーンを断ち切ることはできない。

ACとMTでは、それだけ差があるのだ。

僚機の惨状に、残るギボンは怖じたのか後退し始める。

ショットガンをめくらに垂れ流し、ただ下がっていくだけだ。

ソラは散弾を受けながら冷静に敵をロックし、ライフルを連射した。

ギボンは徹甲弾を数発躱すも着地の際に水路のぬめりに足を取られたのか突如姿勢が崩れ、そこに何発もくらって、爆ぜ飛んだ。

残るは、エピオルニス部隊のみ。

 

ドオォォンッ。

 

その時だった。

後方で大爆発が起き、下水路を激しい爆風が駆け抜けた。

 

「……!?」

 

エピオルニスがここぞとばかりに動き、ガトリングの嵐を浴びせてくる。

だが、ソラは被弾を気にせずに後方へ旋回した。

 

「デルタ1っ!!」

《……無事だ。スーツ部隊が3名、爆風にやられたが。ミラージュめ、水路の合流口に機雷を流したようだ》

「機雷……」

《……おそらくもう猶予はない。全速で突っ切るぞ。レイヴン、先導を頼む》

「……了解!」

 

ソラは進行方向へと向き直った。

ガトリングの弾幕へと、ライフルを撃ちながら突進した。

 

そして、ルートL1に待ち伏せていたMT部隊を撃破した後、もう一度水路からの機雷攻撃があった。

だが、デルタ1の状況判断により一行は爆発をやり過ごし、ルートK28、J37を通過、キサラギの地上部隊との合流に成功した。

 

《作戦終了です。レイヴン、お疲れ様でした》

「ああ、レインもな。……デルタ1、結局パワードスーツ部隊は半数しか生き残れなかった。俺の失態だ」

《……ミラージュの追跡部隊がやり手だった。レイヴンは十分な仕事をした。本社には、私からそう報告しておく》

「そう言ってくれると、気が楽になるが」

 

特殊部隊の撤収作業をACのコクピットから眺めながら、ソラはデルタ1と話していた。

コーテックスの輸送機は、既に到着している。

本当は、すぐに帰還してもよかった。

だが、今回そうしなかったのは、気まぐれに近い興味か、あるいは同じ窮地をくぐり抜けた故の連帯感か。

いずれにせよ、ソラはなんとなく通信をデルタ1のクアドルペッドに繋いだままだった。

 

《……元々、パワードスーツが全滅しても、MT3機のうち1機でも生き延びれば作戦は成功だった》

「つまりスーツ部隊は……最悪囮か」

《……特殊部隊はそれが仕事だ。皆承知の上だ》

「あんたもか?」

《……当然だ。私が犠牲になることで誰かが地上部隊と合流できるならば、躊躇いなくそうした》

 

ソラは通信相手に気づかれないように息を吐いた。

企業の特殊部隊とは、こういう職業意識なのだと、改めて思い知らされた。

思えば、グラン採掘所を自分が制圧した時、MT達は現れたACに目もくれずに、資機材のみを攻撃していた。

MTを資機材にぶつけて自爆させる時も、自身が爆風に巻き込まれるかなど関係なく、躊躇せずに任務を実行した。

ジダン兵器開発工場を占拠した、手練れのスクータム乗りもそうだった。

相手がACだろうと関係なく、自分の任務を遂行しようとしていた。

これが、三大企業の特殊部隊――『精鋭』と呼ばれる人間ということなのだろう。

ACに質で劣る兵器で戦場を駆けるとは、こういうことなのだ。

ソラも一応、先輩のスパルタンに教わったことではある。

だが、MT乗りの傭兵と企業の特殊部隊とでは、また意識が違うのだとソラは感じた。

 

《……それでも、多くの部下が生き残れたのは、お前のおかげだ。改めて礼を言う、レイヴン》

「こちらこそだ、デルタ1。……あんた、良い声してるな」

《……声?》

「いや、人を落ち着かせる、渋い声だと思ってな」

《……はははっ》

 

デルタ1が、通信機の向こうで笑った。

 

《……声を褒められたのは、初めてだ》

「そうかよ。失業したら、ナレーターかラジオパーソナリティにでもなればいい」

《……ああ。考えておこう》

 

そう言って、デルタ1はまた笑った。

やはり良い声だと、ソラは思ったのだった。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:キサラギ

TITLE:礼状

 

レイヴン、よくやってくれた。

今回の作戦成功により、我々はグラン採掘所争奪戦を優位に進められそうだ。

ミラージュ側もレイヴンに追撃させてきていたようだが、君の迅速な救出が功を奏し、特殊部隊は予想より多くの隊員が生還できた。

 

よって、今回は特別に追加報酬を用意した。

AC用エクステンションパーツ"OX/MB"だ

 

本来はミラージュで開発されたものだが、紆余曲折を経て生産・販売権は我が社にある品だ。

これを報酬として提供させてもらう。

 

また依頼する。その時は是非、協力してくれ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――



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VS E-4レジーナ

アリーナのレジーナ戦です。主人公機の武装がライフルからバズーカに変わります。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:アップルボーイ

TITLE:お疲れ様です

 

ソラさん、お疲れ様です。

調子はいかがでしょうか?気づけばソラさんはもうE-1ランクまで上がっていて、すごいですね。

僕はといえば、依頼で下水道に潜ったら何もできずに敵に逃げられたり、せっかくE-4まで上がったのに昨日後輩のレイヴンに負けてE-5に落ちたりと四苦八苦しています。

その後輩レイヴンですが、まだあまりパーツを変えていないのに、かなり動きが良かったですよ。

これが才能の差なのかなと、落ち込んでしまいました。

 

前置きが長くなりましたが、クレスト管轄のセクション302封鎖の話は聞きましたか?

このコーテックス本社やアリーナのあるセクション301の隣接区ですから、少し驚きました。

クレスト系のメディアによれば、非合法な地下組織の破壊工作を受けて管理者が決定したらしいですが、もしかしたら302からアリーナに攻め込んできた連中もその地下組織の一味なんでしょうか。

 

セクションの封鎖は確か数年前にも大規模に行われて、当時は第三層第一都市区が多くその対象となっていましたが、その時も居住していた市民達は強制退去させられていたはずです。

急に仕事も住居も奪われて移住させられても、市民はそう簡単に生活が再建できません。

結果的に多くの人が死んだり、僕みたいな孤児が大量に増えたりするかと思うと、悲しいですね。

 

また、縁があれば依頼で共闘できれば嬉しいです。

お互い頑張りましょう。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「こいつ文章長いな、相変わらず……」

 

ソラは専用住居のリビングで、同期の少年レイヴンから送られてきたメールを見ていた。

アップルボーイの言う通り、メディア報道はどのチャンネルにしてもセクション302封鎖のことでもちきりだった。

 

セクション302は、第一層第二都市区の中でもかなり大規模な居住セクションだ。

封鎖に際しては、管理者が市民一人ひとりの移住先を振り分けるはずだが、あまりに急な決定で生計の立て直しに苦しむ市民の数は計り知れないだろう。

レイヤードは近年、人口増加が取り沙汰され、労働環境の悪化や孤児の増加は社会問題になっている。

また、クレストも管轄の大規模セクションを失ったことで、大きな打撃を受けるはずだ。

管理者崇拝の意識が強いクレストはそれでも、管理者の決定は絶対だと繰り返し報道で訴えていた。

そして、原因となった地下組織を必ず撲滅するとも。

 

「管理者か……」

 

ファルナ研究所での超高性能MT部隊の強襲、不気味な通信、ボイスログの改竄。

ソラは元々、管理者に対して強い従属意識がある類の人間ではない。

だが、最近我が身に振りかかった不可解な出来事によって、今までよりも強く意識するようになっていた。

 

管理者とは一体何を考えているのか、と。

 

 

………

……

 

 

「……はぁ」

「よお、お帰り。どうでい、キサラギ様がくだすったマルチブースタの使い心地は?」

「……いや、良さがまったく分からん。俺が下手くそなだけか?」

「わはは、だから言ったろう?玄人好みの装備だってな」

 

テスト場から帰還して即、首を傾げならため息をついたソラにアンドレイが笑いかけてきた。

キサラギが特別報酬として提供してきたエクステンションのマルチブースタ"OX/MB"の試運転に出ていたのだ。

その結果は、はっきり言って微妙だった。

進行方向に対して超短距離だけ加速する装備の何がいいのか、ソラにはよく分からなかったのだ。

前回のアリーナ戦で対戦相手が装備していたから一定の興味はあったものの、実際に使ってみると期待外れといった印象が強かった。

 

「パーツカタログでも色々見かけるけどよ。この手のヘンテコな装備、使いこなせる奴いるのかね」

「まあ、こいつは不意打ちで急接近するための装備だからな。レーザーブレード一本で何でもやっちまうような、そんな輩が使う代物だ」

「そんなの本当にいるのかよ」

「いるさ。上位に"ノクターン"って奴がな。格闘戦の名手と名高い大ベテランよ」

「ノクターン……どれどれ」

 

アンドレイが口に出したレイヴンの名前を、携帯端末で調べる。

ノクターンは、B-5ランクのレイヴンだった。見たこともない黄金色の大型レーザーブレードを装備している。

しかし。

 

「……マルチブースタ積んでないじゃんか、こいつ」

「んん?前は積んでたんだが……あ、ほんとだ。外したんだな、使いづらくて!わははははっ!じゃあもう売っちまってええわ、こいつに無理なら誰にも使えん!!」

 

アンドレイが笑いながら、とんでもないことを言い出した。

的確なアドバイスどうも、とソラは皮肉を言い、そのまま端末で業者に買取りを依頼した。

 

「けど、ええ勉強になったろ。企業も、ACについては手探りも手探りなんだわ。だいたい、レイヴンがコーテックス所属でしかも定員制だから、装備を作っても試行回数が少なすぎる。管理者の命令で生産させられてはいるが、自分達で満足に試せないんだもんな。そりゃこういうパーツも出てくるわな」

「時代が変わって、もっとレイヴンが増えて、色んな奴が試すようになれば、使える代物になるかもってことか……」

「そうなるな。あるいは、企業が直接レイヴンを飼うようになるとかな」

「そんな時代来るのかよ、というか企業の専属ならそれはもう"渡り鴉"とは呼べないだろ」

「そうだな。ま、そんな時代が来るかは管理者サマ次第ってところだの」

「管理者サマ次第、ね……」

 

いつになるかも知れない未来の話をしながら、ソラは携帯端末のパーツカタログをめくっていた。

マルチブースタを売ったので前回の依頼と合わせて、またそれなりの金が溜まったのだ。

 

「チーフ、そろそろバズーカとか試したいと思ってんだが」

「おー、ええな。スタンダードな奴からいくか?」

「そうする予定。ライフルとミサイル以外の選択肢も、そろそろ持っておきたいからな。これ買おうかなって」

「"BZ-50"か!買え買え!どんどん試してけ!わはははは!!」

 

整備班の行き交うガレージに、いつものしわがれた大笑いが響き渡った。

 

 

………

……

 

 

数日後。

管理者からソラのもとへ、アリーナの参加要請が届いていた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:管理者

TITLE:アリーナ参加要請

 

E-1ランカー"ソラ"に、アリーナにおけるオーダーマッチへの参加を要請します。

対戦相手は、E-4ランカー"レジーナ"となります。

 

勝利報酬:10,000C

 

参加手続きを専属補佐官に確認し、指定の日時にアリーナ用調整ガレージA-2へ出頭してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「報酬額が微妙だな……」

《自分より下位のランカーとのオーダーマッチは、自動的に10,000Cになりますので》

「E-4ランク"レジーナ"……こいつ、前にレイヴン試験受けてた子だろ?もうE-1の俺とやるのか?」

《依頼遂行数はまだ2つですが、アリーナでの対戦回数が非常に多いようです。現時点で、既に9戦しています》

「9戦って……この前アップルボーイがこいつとやってE-5に落ちたって言ってたぞ。どうやってE-10からE-4までの間にそんなに戦ってるんだ?」

《待ってください……詳細な戦績は、9戦2勝です。E-10ランク時にフリーマッチでCランクの"トルーパー"と8連戦し、1勝。先日、E-4の"アップルボーイ"に勝ってもう1勝で、計2勝ですね》

「フリーマッチ……あー、確かレイヴン2人の合意で出来るっていう……」

 

以前にコーテックス本社でレインから聞いた話を、ソラは思い出した。

そして、レイヴン試験の妨害を阻止した直後に送られてきた、レジーナとトルーパーのメールの件も。

 

「身内に鍛えてもらったってことか。そういうの、有りなんだな……」

《知人同士でフリーマッチを申請することは、しばしばあることのようです。ランク変動や報酬は発生しませんし、賭博や配信の対象からも外れますから、純粋に腕試しにしかなりませんが》

「Cランクに1回勝ってるなら、E-4のアップルボーイが負けてもおかしくないか……レイン、こいつの機体情報をくれ」

《はい、すぐに》

 

レインが、ブリーフィングルームの据え付け端末にレジーナの愛機"エキドナ"の詳細な情報を送ってきた。

赤く塗られたACの機体構成は、大半が初期配備品。

だが肩部ミサイルが取り外され、右腕部武装が見覚えのない長物になっている。

 

「レイン、右腕の武装はなんだ?」

《型番で調べましたが、グレネードライフルのようですね》

「携行型グレネードか……面白い物積んでるな」

《威力は高いものの弾数はわずか12発。撃ちきれば、武装は左腕のレーザーブレードしか残りません》

「これでCランクレイヴンとアップルボーイに勝ったのか……油断できないな」

《ええ。管理者がいきなりE-4との対戦を組んだ点からいっても、優れた素質を持っていると思われます》

「けど、俺だってEランクの一番上まで来たんだ。こんなところで、後輩に負けてられるか」

《……そうですね。……あの、レイヴン》

「ん?」

 

通信機の向こうで、レインが一瞬黙りこくった。

 

《その……頑張ってくださいね》

「……ああ、任せろ」

 

真面目で事務的な彼女には珍しい労いの言葉に、ソラは思わず笑みをこぼした。

 

 

………

……

 

 

セクション301東端のアリーナに、調整用ガレージから2機のACが運び込まれた。

1機はE-1ランカー"ソラ"の黒いAC"ストレイクロウ"。

もう1機はE-4ランカー"レジーナ"の赤いAC"エキドナ"だ。

 

「バズーカか……一応、軽くテストはしたが」

 

ソラは今回、ロングレンジライフルではなく携行型バズーカ"BZ-50"を持って参戦していた。

ACの機動性相手に本番で通用するならば、依頼で戦うMT相手にも十分に戦力になる。

そう考えての実戦投入である。

別に、対戦相手のレジーナを侮っているわけではない。

一気に自分の足元に追いついてきた相手だからこそ、試す価値があると思っていた。

 

ビー、ビー。

ビー、ビー。

ビー、ビー。

 

ビーーーーーーー。

 

対戦開始。

開いたゲートの向こうめがけて、ソラはフットペダルを踏み込んだ。

ストレイクロウがブースタ全開で、何の遮蔽物もない戦場へと発進する。

レジーナのACエキドナも、ゲートから勢いよく飛び出してきた。

 

「行くぞ、まずは……!」

 

ソラは肩部ミサイルユニットを起動し、多重ロックをかけた。

こちらが狙いすましていても、相手はあまり大きくは動かない。

ジェネレーターもブースタも初期配備品だから、動きたくても動けないというべきだろうか。

4発までのロックが滞りなく完了し、小型ミサイルが連続発射された。

噴射炎を輝かせて殺到する誘導弾、コアの迎撃レーザーが1発落とし、残り3発がエキドナに迫る。

だが、エキドナは必要最小限にブースタでの機動を切り返すことで、ミサイル群を上手く避けた。

 

「……やるな!」

 

ストレイクロウは武装をバズーカに切り替え、牽制の砲弾を撃った。

これも、丁寧な左右への動きでかわされた。

ジェネレーター出力もブースタ推力も余裕がないはずなのに、エキドナは上手く動いてソラの射撃を回避してくる。

新人だと、格下だと思わない方がいい。

たった数度のやり取りで、ソラは気持ちを引き締めた。

ブースタを小刻みに吹かし、グレネードの無駄打ちを誘いつつ時折バズーカを発砲し、距離を詰めていく。

バズーカの弾速とACの運動性を考慮すると、やはり交戦距離は近い方がいいと考えたためだ。

エキドナはグレネードライフルを向けたまま、未だに撃ってこない。

ずっと、回避行動を取るだけだった。

バズーカの砲弾が、敵ACを捉え始めた。

 

「どうした……逃げ回るだけか?」

 

数発の射撃を当て、さらに間合いが詰まり、距離150。

ソラはストライクロウを空中に飛ばせ、ロックサイトに捉えた敵ACめがけて、バズーカを撃った。

また命中。だが同時に敵のグレネードが、初めて火を噴いた。

 

「ぐっ!」

 

火球が直撃した。ラジエーターが一発で悲鳴を上げ、緊急冷却を開始する。

機体が強力な衝撃を受けて空中で揺さぶられ、ドズンと不格好に着地してしまう。

ストレイクロウは体勢を崩され、一瞬身動きが取れなくなった。

そして向けられる、グレネード。

 

「……!」

 

ソラは必死にフットペダルを踏み込むも、一瞬レジーナの発砲が早かった。

再びグレネードが直撃し、一撃で1000近いAPが奪われる。

これでAPはほぼ互角。何発か当てたバズーカのダメージを、たった2射で挽回されてしまった。

ソラに油断はなかった。ただ、レジーナが巧いのだ。

 

「まだまだ!」

 

ソラはブースタを吹かし、右方向に機体を大きく回り込ませようとした。

相手から見れば、左方向。右腕のグレネードでは狙いづらい位置である。

さらに、初期脚部では、ストレイクロウの高機動型脚部の旋回性には追いつけない。

必死に旋回してくる相手に向けて、ソラはバズーカを連射した。

高反動の砲撃が何度も相手の動きを止め、APを削り取る。

再びソラの優勢。このまま行けばと思うも、レジーナが動きを変えた。

エキドナを下がらせながら、コアの大型ブースタ"オーバードブースト"を起動。

その急加速で一気に、アリーナの反対側までかっとんで行ったのだ。

 

「仕切り直し、か……」

 

AC同士の接近戦中に緊急離脱目的でオーバードブーストを使う発想は、ソラにはなかった。

それも、初期ジェネレーターでそんな無茶をするとは。

距離を稼いだレジーナが、またしっかりとエキドナにグレネードライフルを構えさせ、ストレイクロウを狙ってくる。

だが、撃ちはしない。

遠距離で闇雲に放ってもACには通用しないことを、熟知しているのだ。

コーテックスのロビーで会った時はいかにも勝気でせっかちに見えたのに、その戦い方は驚くほどに冷静で合理的だった。

 

「分かってる、近づいてやるよ……!」

 

ソラはブースタを吹かし、またエキドナに近づいていった。

わざと一直線に近寄り、グレネードを誘う。

バズーカを撃った瞬間、やはり火球が放たれた。

咄嗟に回避運動。だが、無情にも直撃を喰らった。

APがまた1000吹っ飛ぶ。残り5000。

ソラは冷静に、冷静にと口の中で呟きながら、バズーカを何度も放った。

確かに威力はエキドナのグレネードが勝る。

だが、連射性能と取り回しはストレイクロウのバズーカが上だ。

高火力の大口径榴弾を撃ち出す非常に長い砲身は、近距離まで寄れば逆に重荷になる。

ジェネレーター、ブースタ、そして脚部。それらで生まれる機動性能の差を利用してしつこくエキドナに食らいつき、受けたダメージをきっちりと取り返した。

またも、エキドナがオーバードブーストを起動。

一気に距離を離そうとする。

だが、ソラもまた、オーバードブーストを使った。

 

「悪いな、もう逃がさない!」

 

張りつくように高出力ブースタを吹かせば、当然、息切れはエキドナが先だった。

レジーナは途中でオーバードブーストを切り、エネルギーの回復を待ちつつエキドナを左右に踊らせながらまたグレネードを向けようとしてくる。

ソラはやはり、エキドナの近距離を旋回しつつひたすらに張りついた。

アップデートされ続けたストレイクロウ、ほぼ初期配備品のエキドナ。

機体性能差を露骨に利用した戦法だ。だが、勝ちにこだわってそうせざるをえないほど、レジーナの操縦には光る物を感じさせた。

バズーカを当て、当て、当てては当て、だが一発反撃を貰い、敵の残りAP2500。自分は残り4000。

勝っている、このまま仕留めてやる、ソラがそう思った矢先。

不意にレジーナがエキドナを跳ばせ、素早くグレネードを迸らせた。

火球はストレイクロウの脇をかすめて、地面に着弾。

しかし大きな爆炎によって、ACの機体温度が上昇、モニターが一瞬乱れる。

 

「っ……!?」

 

まばたきの刹那、エキドナが空中からレーザーブレードで斬りかかってくる。

ソラは反射的にブレードを発振するも間に合わず、コアに直撃を貰った。

舌打ちが漏れ、バズーカを至近で放った。直撃。反撃のブレードを見舞おうとして。

そこでグレネードがまたも火を噴いた。機体が押し留められ、斬撃が空振った。

APが、2000で並んだ。

 

「っ……ぐっ……!!」

 

ソラはもう考えていられなかった。

バズーカのトリガーを引きっぱなしにして、ひたすら相手にロックサイトを向ける。

レジーナもついに冷静さを失ったのか、愚直に距離を詰め始めた。

ブンブンとレーザーブレードを振り回し、隙を消すようにグレネードを必死で垂れ流してくる。

モニターに大きく映った敵ACめがけ、ソラもレーザーブレードを連続で振った。

危うくぶつかり合うほどの至近距離。

互いの砲弾が機体をかすめ、ブレードが空を裂き、それが何度か続いたのち、そして――

 

ザグンッ。

 

レーザーブレードが、ようやく直撃。

当てたのは、ストレイクロウだった。

 

ボンッ、ボシュゥゥ……

 

暴れ回っていたエキドナが全身から煙を吹き、急停止した。

戦闘終了を告げる、大仰なサイレンの轟音が鳴り響く。

ストレイクロウのモニターに、『WIN』の文字が躍った。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……っ、はぁっ、はぁっ」

 

乱れた息を整いきれず、ソラは何度も肩を上下させた。

薄氷を踏むような、ギリギリの勝利だった。

慣れていないバズーカを使ったとはいえ、機体性能も、レイヴンとしての経験も、自分の方が上のはずだった。

それにも関わらず。いや、これでもし機体性能が互角だったら――

 

「はぁ、はぁ……。……………」

 

ソラはモニターに映る、膝を折った赤いACをじっと見つめていた。

順調に高く、高く飛べていたはずの自分を猛追してきた、後輩。

 

レジーナ。

コーテックスのロビーで、えらそうに腕を組んでいた赤いサイドポニーの少女。

それがこのACに乗って、自分を追い詰めたのだ。

 

「レジーナ、か……」

 

ソラはその日。

下から突き上げられる恐怖を、初めて知った。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:レジーナ

TITLE:次こそは

 

今回は負けた。

でも、次こそは負けない。

 

次戦う時は、私が勝つから。

それまで、負けないようにしてほしい。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

TO:レジーナ

TITLE:次も

 

悪いが、次も俺が勝つ。

追ってきてみろ。

 

足踏みしたら、置いていくぞ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――




レジーナの強さはEXアリーナのBランク設定を反映した形になっています。
格下とのアリーナ戦は、あまりやらない予定です。


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侵入者挟撃

前回右腕部武装が変更されたので、武器構成をまとめて記載しておきます。
フレーバー程度ですので、気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:CWG-BZ-50(50発バズーカ)
左腕部武装:CLB-LS-2551(緑ブレード)
右肩部武装:CRU-A10(初期肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)

全体的な機体構成はレイヴン試験妨害阻止・2の前書きをご参照ください。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

我がキサラギの兵器開発拠点の一つ"リックス研究所"に対し、何者かが秘密裏にハッキングを仕掛けている。

我々は独自に調査を行い、その犯人グループの所在地特定に成功した。

 

犯人達は隣接セクションの、閉鎖済みの兵器工場に併設された立体駐車場に潜んでいるようだ。

偵察員の報告によれば、普及型ではない特殊MTを複数機確認している。

ただの悪戯にしては、あまりにも用意が良すぎる。

なんとか捕らえて、その所属を明らかにしたい。

 

そこで、レイヴンの出番だ。

立体駐車場を奇襲し、敵戦力を排除してくれ。

周辺に我が社の特殊部隊を待機させ、逃亡を図るだろう犯人達を一網打尽にする。

 

我々を甘く見たらどうなるか、彼らには存分に思い知ってもらうつもりだ。

 

なお今回は、複数のレイヴンに仕事を依頼する。

情報の破壊や漏洩を防ぐ意味もあり、迅速に始末してほしい。

 

状況が状況だ。手早く片付けた場合は、報酬の上乗せを約束する。

よろしく頼む。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主は前回と同じくキサラギ社。作戦区域は第三層第一都市区セクション549、立体駐車場となっています。成功報酬は15,000Cですが、達成時間次第で加算あり。予測戦力は、特殊MTが5機前後ですね。他に何らかの迎撃手段を備えている可能性はありますが》

「特殊MTって、具体的に機種は何だ?」

《偵察から写真は提供されていますが、キサラギも詳細は不明とのことです》

 

レインが端末に送ってきた写真を、ソラは見た。

重装の二脚型MTに見えるが、明らかにスクータムではない。見たことのない機種だった。

ソラの脳裏を、ファルナ研究所の一件がかすめる。

 

「……協働するレイヴンの情報は?」

《C-9ランカー"トラファルガー"ですね。依頼遂行率、アリーナ勝率共に高い、優秀なレイヴンのようです》

「Cランク……分かった、やろう。レイン、キサラギに返事と輸送機の手配だ」

《……レイヴン》

「ん、何だ?」

《いえ、あの……この未確認MTが以前のモノレール防衛時のような、異常に高性能なMTだったら……》

「……それはその時の話だ。というか、そんなこと毎回考えてたら、受けられる依頼がなくなっちまうだろ」

《……そうですね。すいませんでした。すぐに手配にかかります》

「ああ。……悪いな、心配させて」

《いえ……》

 

レインとの通信を終え、ソラはブリーフィングルームの天井を眺めた。

ソラがそうであるように、レインもあのファルナ研究所を襲ったMT部隊の件がまだ気にかかっているらしい。

だが、いつまでも気にしていてもしかたない。

この見慣れない特殊MTが何であれ、レイヴンである自分にできることは依頼をこなしていくことだけなのだ。

それに可能性としては、単にミラージュかクレストが新開発したMTの可能性の方がずっと高い。

つまりは考えすぎ、あるいは考えるだけ無駄かもしれないのである。

 

「どうも……ダメだな。ずっと、頭の中で引っかかってるんだ……切り替えないと」

 

ソラは机の端に軽く頭を打ちつけた後、パイロットスーツに着替えに向かった。

 

 

………

……

 

 

《輸送機が立体駐車場上空に到着。レイヴン、地上からトラファルガーのAC"ダブルトリガー"が侵入を開始しています。こちらも攻撃を》

「分かった、ストレイクロウ発進する」

 

ソラはフットペダルを踏み締め、ACを輸送機の後部ハッチから発進させた。

時刻は17時30分。西の空に傾いた人工太陽が照らす立体駐車場は10階建てで、かなりの大きさがある。

兵器工場に併設されているものだ。道路幅も相当広い。おそらく、MTも収容できる規模で作られているのだろう。

その駐車場の屋上に、ストレイクロウはドスンと力強く着地した。

 

《ダブルトリガー、1階を制圧中。迎撃用のガードメカが多数展開している模様です》

「よし、こっちも上から下に向けて制圧していく」

《念のため、各階を満遍なく調べてください。この襲撃を受けて犯人グループがどの階層に移動したのか、分かりません》

「了解」

 

ブースタを吹かし、階下に続く下り坂を降りる。

まず、9階。突入した途端、豆鉄砲のような機銃の嵐が掃射された。

床を滑るように動き回る、自律制御ガードメカだ。

さらに、天井据え付けのパトライトが一斉に輝き始め、非常事態を知らせる。

通常の照明の光もある。どうやら、施設の電源が丸ごと生きているようだった。

 

「鬱陶しい」

 

ソラはACの右腕に装備したバズーカで、ガードメカの群れを一撃で吹き飛ばしていく。

パトライトの赤く鋭い発光がACの頭部カメラに何度も差し込んできて、少し気が散る。

だが、惑わされるほどでもない。ソラは冷静に地上を走り回っていたガードメカを片づけ終え、レインに通信を入れた。

 

「レイン、上空の輸送機を旋回させて、カメラで駐車場の屋上と外観を確認させてくれ。犯人が生身で脱出を図る可能性もある」

《了解です》

 

これで9階はクリア。ソラはACを走らせ、8階へと向かった。

8階でも、同じような歓迎を受けた。

ガードメカの弾幕、目障りに光り輝くパトライト。

バズーカの砲撃で、うるさい自律兵器達を一発で黙らせていく。

 

《こちらダブルトリガーだ、3階を制圧。上階のレイヴン、聞こえるか?》

「ストレイクロウだ。聞こえてる。今8階を攻撃中。ガードメカばっかりだ。あとパトライトがやたら明滅してる。こっちがどの階にいるか筒抜けだぞ」

《下の階でもそうだ。だが、上下から挟み撃ちすれば、相手の逃げ場は確実に潰れていく。とにかく挟撃は続行だ》

「ああ。このままやろう」

 

トラファルガーからの通信の通り、ソラは黙々とガードメカを蹴散らし続けた。

8階もクリアして、7階へとACを降ろす。

7階は、少し様相が変わっていた。

床を走るガードメカは同じ。だが、それに天井を這うガードメカが加わったのだ。

 

「くだらない揺さぶりだ。所詮自律制御のガードメカじゃ……ん!?」

 

輝いていたパトライトが消え、加えて駐車場の通常照明も全て落ちた。

ソラは投光器を起動して前方の視界を確保。

だが、この駐車場は外の陽光を取り込まない窓無しの密閉構造になっている。

暗い駐車場内には大量のコンクリート柱が乱立していることもあり、見通しは一気に悪化した。

 

「レイン、駐車場の消灯を確認。何があった?」

《おそらく犯人が電力供給を切ったと思われます。……っ!輸送機のカメラが非常階段に人影を確認!地上に逃亡するものかと!》

「キサラギに伝えろ!周辺に特殊部隊が待機しているはずだ!」

《分かりました!》

《ダブルトリガー、4階を制圧完了。ストレイクロウ、今どこだ》

「7階だ」

《遅いぞ、急げ》

「だが、こちらの輸送機が階段から逃亡する人影を確認したぞ。キサラギの部隊が……」

《それは別の話だ。依頼は、駐車場の敵勢力の排除だ。お前が遅れているのは事実。違うか?》

「……いや、あんたの言う通りだ。すまない」

 

Cランクレイヴン"トラファルガー"の物言いは不愛想だが、正論だった。

階段から地上に逃げた連中は、キサラギが対応する話なのだ。

レイヴンである自分達の目的は、立体駐車場の掃討である。

ソラは気持ちを切り替え、7階のガードメカを片づけることに専念した。

床と天井の両方からガードメカが攪乱してくる。

だが、ACの防御スクリーンの前には小口径の機銃などほぼ無意味である。

落ち着いてバズーカを命中させ、丁寧に片づけていった。

 

《ダブルトリガー、5階制圧。今から6階に向かう》

「ストレイクロウ、6階に到達」

 

先に6階に入ったのは、ソラだった。

だが。

 

「……?何もいない?MTもガードメカもなし……どういうことだ?」

 

ACの頭部望遠カメラで、真っ暗な駐車場内をぐるりと見まわす。

だが、やはり敵は一切確認できなかった。

レーダーにも、敵の機影は表示されていない。

まさか、逃げられたか。上下からしらみつぶしに挟撃したのに、どうやって。

MTを放棄して生身で逃亡した可能性はある。だが、この階にはその放棄された特殊MTすらいない。どういうことなのか。

ソラの頭の中で、ぐるぐると疑問が渦巻いた。

そんな時、駐車場のフロアのちょうど対角線上に位置する上り坂から、トラファルガーのACダブルトリガーが上がってきた。

 

《ストレイクロウ、どうした?》

「ダブルトリガー、敵がいない。レーダー反応も無し。6階はもぬけの殻だ。これは……」

《……ああ。そういうことか。くだらない真似を》

 

そう言うなり、ダブルトリガーは両手に携えた銃器を適当な方向に向けて垂れ流し始めた。

ソラが状況についていけずに見守っていると、爆炎の中からMTが突如現れて膝を崩し、爆散した。

 

「……!?光学迷彩?ステルス機能のMTか!」

《全部俺がやる。邪魔にならない位置に突っ立っていろ》

 

ダブルトリガーは消えている敵の位置が全て分かっているかのようにフロアをうろつき、的確に処理していく。

右腕のショットガンと左腕の拡散投擲銃が斉射される度に、特殊MTが光学迷彩の皮を剥がされて吹き飛んでいった。

 

《……く、クソっ!何で分かるんだ!?ちくしょうが!》

 

ソラのACが通信を傍受した。

敵MTがステルスを解き、一か八かダブルトリガーに仕掛けていったのだ。

だが何の甲斐もなく迎撃され、分厚い弾幕によってぐちゃぐちゃの金属塊に変えられて、そのまま沈黙した。

 

《……これで全部だな。任務終了だ、ストレイクロウ。あとはキサラギがやるべき仕事だ》

「ああ……なあ、どうしてステルス中の敵の位置が分かったんだ?」

《俺はお前の教師じゃない。自分で調べるんだな、ルーキー》

 

トラファルガーは突き放すようにそう言うと、ダブルトリガーのブースタを吹かし、また下の階へと降りていった。

ソラはトラファルガーが撃破した敵MTの元へとACの足を向けた。

キサラギが事前に寄越した写真にあった特殊MTで間違いなかった。

レーザーライフルやマシンガン、ミサイルランチャーらしき物を搭載していて、豊富な武装からも高級機であることが分かる。

あえなく全滅はしたが、どこかの企業が新開発したMTに違いなかった。

 

《レイヴン、キサラギより通信です。立体駐車場から逃亡した犯人グループの身柄を確保。作戦は終了とのことです。お疲れ様でした》

「ああ……レイン、ちょっと調べものを頼んでいいか?」

《はい?構いませんが……》

「帰還してから、ブリーフィングルームで話そう」

《分かりました》

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:キサラギ

TITLE:礼状

 

レイヴン、よくやってくれた。

犯人グループの身柄は無事拘束、尋問の結果、その所属も明らかに出来た。

どうやらミラージュが、新型MTのテストも兼ねて工作部隊にハッキングを行わせていたらしい。

 

相も変わらず、くだらない小細工ばかりする連中だ。

地下世界第一の企業を自負しているらしいが、結局のところ、この姑息さが奴らの本質といってもいいだろう。

 

なお、今回君達が撃破した特殊MTの残骸は、こちらで回収した。

比較的損壊の少ない個体もあったため、これで奴らのノウハウを知ることもできそうだ。

期せずして、ミラージュの新型MTのデータが手に入ったのは朗報だった。

レイヴンに依頼した甲斐もあったというものだ。

 

また依頼する。その時は是非、協力してくれ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《……レイヴン、これです。コーテックスのデータベースにありました。2年ほど前、試験的に光学迷彩を使用した高機動MT"カバルリー"がとある戦場で確認されています》

「カバルリーに光学迷彩……高機動高火力のMTにステルス機能が合わされば、確かに有用だ」

《しかしながら、高速移動する機体に光学迷彩を有効に定着させることができなかったのか、結局その後量産は行われていません》

「だから代わりに、二脚型の重装MTに光学迷彩機能を付与して実戦投入か。なるほど、ミラージュも色々工夫するもんだ」

《それと、戦闘中にダブルトリガーがステルスMTを捕捉できた件についてですが》

「ああ、こっちでも調べたよ。というか、パーツカタログに答えがあった。ステルスセンサー付の肩部レーダーなんてものがあったとな」

《ええ。ダブルトリガーはこのレーダーを使っていたから、ステルスに惑わされることなく対処ができたようです》

「特殊MTが相手って聞いた時に、トラファルガーはピンと来ていたのかもな。頭部もECMキャンセル機能付きだったようだし、特殊な相手への備えは万全だったわけだ」

 

ソラはレインの寄越したデータと、携帯端末に表示させたトラファルガーの開示情報を見比べながら、思わず唸った。

レイヴンに必要なのは、ACの操縦技術だけではない。

傭兵として依頼に集中する姿勢。

アセンブリによる適切な状況対応。

トラファルガーは自身を教師ではないと語ったが、その在り方はソラにとって良い教師そのものだった。

 

「まだまだ、勉強することが多いな。やっぱり」

《……作戦自体は成功でした。ですが、こういう特殊な事例は、とにかく経験を増やしていくしかないですね》

「だな。レイン、これからもサポートをよろしく頼む」

《はい、分かっています》

「あー、レインにもチーフにも頼ってばかりだな、俺は」

《……別に私は構いません。できることがあれば、遠慮せず言ってください》

「……ああ。そうする。じゃあな、今日はお疲れ」

《お疲れ様でした。……おやすみなさい。レイヴン》

 

専属オペレーターとの通信を終えたソラは、改めて携帯端末上のトラファルガーのデータを見た。

C-9ランク。Eランクの自分にとっては、まだまだ届かない高みだ。

 

「……それでも高く飛ぶんだ。いつか……本物の空を見るまで」

 

未だ偽物の空の天井すら、ソラには遠かった。




ステルスMTは実際のゲーム本編では、ステルスセンサー無しの肩レーダーでも機影が分かります。本小説では少し設定を改変していますので、ご了承ください。


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毒物混入阻止

骨休め的な話です。ゲーム本編と作戦内容が著しく乖離していますので、ご了承ください。
ゲームでもダムに潜入してスイッチ押すだけですが、個人的に好きなミッションでした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

産業区のバレルダムが先ほど、武装集団に占拠された。

武装集団は我々ミラージュに対して、実弾兵器類の製造を縮小せよと奇妙な要求をしてきている。

 

連中はダム内部に毒物入りのタンクを仕掛けたらしく、こちらの要求に従わなければタンクを爆破すると宣言している。

 

ダム周辺には、戦闘ヘリやガードメカが多数配備されているようだ。

取るに足りない戦力ではあるが、足止めには十分だ。

無理に制圧を図ろうとすれば、その間にタンクは爆破されてしまうだろう。

 

奴らの素性は定かではないが、こんな馬鹿げた要求など、決して呑むわけにはいかない。

 

そこで、レイヴンに依頼したい。

今回は少し特殊な依頼だ。

 

我々が犯人との交渉を引き伸ばしている隙に、バレルダムの貯水湖周辺にACで出撃し、武装集団の注目を引きつけてほしい。

同時に、特殊工作傭兵がダムへと潜入し、毒物入りタンクの起爆装置を解除する手はずとなっている。

 

特殊傭兵が事態を解決するまで、敵戦力を撃破する必要は一切ない。

むしろ、存分に苦戦して時間を稼いでくれ。

毒物混入の危険性がなくなった後は、容赦なく殲滅してもらって構わん。

 

なお、今回は依頼の特殊性を考慮し、ACパーツを報酬とする。

それなりに高価な品だ。報酬には充分だろう。

 

お前の評価は、我が社内でも比較的高い。

その評価を、より高める好機だと思え。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「テスト中に急に呼び出してきたと思ったら、すごい依頼が来たな……」

《すいません、レイヴン。ぜひあなたに、とのことでしたので》

 

ソラはテスト場内の研修室でパイロットスーツも脱がずに、ミラージュからのメッセージを確認していた。

ACの操縦訓練をしている時に、レインが緊急で持ってきた依頼だった。

 

《依頼主はミラージュ社。作戦区域は、第三層産業区セクション575のバレルダムです。成功報酬は80,000C相当のACパーツ。予測戦力は……戦闘ヘリが15機、ガードメカが20機ですね》

「要は潜入工作完了まで陽動しろってことだろ?ミラージュが自前の部隊で出来ないもんかね……」

《特殊傭兵が事態解決にどれほどの時間を要するのか、正確に予測できないからでしょう。大部隊を投入すれば武装勢力を刺激しかねませんし、経歴の浅いEランクのレイヴンなら……》

「この戦力に苦戦しても客観的に不自然じゃない、か。最悪、毒物混入の責任も押し付けられるもんな……」

《企業とはいえ、流石にそんな非道なことは……》

「さあな……特殊工作傭兵ってのは"デュミナス"か?」

《特に情報はありません》

「まあ、80,000C貰えると考えれば、美味い仕事か……分かった、やるよ。レイン、輸送機の手配はこのテスト場に頼む」

《はい。……テスト中とのことですが、ACのチェックは?》

「急ぎの依頼だ。動作テストは良好だったから、連れてきてるメカニック達に最低限のチェックだけさせるよ」

《了解しました》

 

レインが通信を切り、手配に動き始める。

ソラも汗を拭った後、改めてパイロットスーツを着直してACのもとへ向かった。

 

 

………

……

 

 

《輸送機がバレルダム貯水湖に到達。AC投下。……レイヴン、落ち着いて対応してください》

「分かってるよ。せいぜい上手く逃げ回る」

 

ソラは愛機の黒いAC"ストレイクロウ"を輸送機から走り出させた。

着地した場所は、ダムの導流壁から距離1000ほど離れた、貯水湖傍の岸辺だ。

コクピット内には、いつも使用している備え付けの通信機とは別に、もう一つ通信機が後付けで設置されていた。

レインが用意させたそれは、ミラージュからの要求によるものらしい。

さらに、自分が私用で使っている携帯端末まで持ってこさせられている。

一体なんだというのだろうか。

 

「現場に到着。レイン、状況が知りたい。ミラージュの交渉をACにも聞こえるようにしてくれ」

《了解。少し待ってください…………え?レイヴン、バレルダム管理部署から通信を繋いでほしいと》

「何?ちょっとレイン、何で俺がダムと通信を……」

《……ミラージュ本社からも通信です。演技しろ、適当に口裏を合わせて時間を稼げ、とのことです》

「マジかよ……」

《……レイヴン、携帯端末を持ってきていますよね?私からの連絡はそちらに入れます》

 

レインがそう言った直後、備え付けの通信機から中年男性の声が流れ込んできた。

 

《えー、レイヴン、聞こえるか。こちらはバレルダム所長だ。レイヴン、どうぞ》

「……こちらレイヴン。あー……Eランカーの"ソラ"だ。どうぞ」

《えー、駆けつけてもらったところ悪いが、手出しはやめてくれ。君が動けば、えー、ダムに毒物を入れられてしまう。えー、そのまま待機するように、どうぞ》

「こちらレイヴン……それはミラージュ本社の命令か?」

《ああ、そうだ。手出ししないように。いいか、くれぐれも手出しは……え?通信を代われ?ちょ、ちょっと待ってくれ……》

 

通信機の向こうで、中年男性が慌てた様子でバタバタガサガサとし始めた。

数秒後、スピーカーから流れてくる声が変わった。

 

《レイヴンですか?こちらは犯人グループです》

「……こちらレイヴン。テロリストが何の用だ」

《バレルダムは既に私達の手中に堕ちています。ミラージュからの依頼で来たようですが、手出しはやめていただけないでしょうか?》

 

綺麗な大人の女性の声だった。

武力で企業の施設を占拠し、あまつさえ毒物を仕掛けて脅迫しているとは到底思えない、とても落ち着いた声音だ。

そして、肩部レーダーとモニターの両方に、複数の機影が映った。

戦闘ヘリが、数機まとまってACのもとに向かってきている。

 

「……手出しするかしないかは、俺の判断じゃない。ミラージュ次第になるが」

《レイヴン、緊急の通信です。ミラージュ本社からです》

 

後付け通信機からレインの通信が入り、続けてミラージュ本社と通信が繋がった。

備え付け通信機の向こう側、犯人グループにも、通信が聞こえる状況である。

どうやらわざわざ通信機を後付けしたのは、相手を攪乱するためらしい。

 

《レイヴン、現場の状況は我々が思っている以上に切迫していたようだ。悪いが、攻撃は中止だ》

「……は?ちょっと待て、じゃあどうすんだよ俺は。このまま帰れってか?報酬はどうなる?」

《とにかく、攻撃は中止だ。輸送機を下に降ろして、コーテックスへ帰還しろ》

「いや、あのな……ここまで来て」

《レイヴン、勝手な攻撃は許さん!貴様は知らんかもしれんが、バレルダムは第一都市区の市民の生活用水に利用されている、重要な貯水施設だ。毒物がダムに混入されれば、市民に甚大な被害が出る。一傭兵のお前が、その責任をどう取る気だ?》

「……それは、あー……」

 

ソラは構えていたバズーカを下げ、適当にその場からACを数歩後退させた。

モニターに映る戦闘ヘリを誤ってロックしてしまわないように、適当に機体を揺らす。

額に嫌な汗がじんわりと浮いていた。

緊急の指名で雇われて、現地で寸劇めいた通信をやらされるとは思っていなかった。

台本など貰っていないのだ。今ミラージュから入っている通信が、本当に演技かどうかも分からない。

これが本気の通信だったら――そう考えるとやはり大人しく帰るべきかともソラは思い始めた。

そんな時、携帯端末へレインからメールが来た。

『何とかそのまま続けてください』と。

 

「だ、だが、ミラージュ本社!えー、今、周囲に戦闘ヘリが展開している。こんな状況では輸送機は降ろせない。せめて、犯人グループにこいつらをなんとかするように伝えてくれ!」

《なんだと?戦闘ヘリが周囲に?……少し待っていろ、交渉する》

 

茶番もいいところだ。

ソラはそう思った。にも関わらず、普段の依頼より遥かに心臓がバクバクと高鳴っている。

 

《すみません。今ミラージュ本社と交渉中です。少々待ってください……その間に、レイヴン?いいでしょうか?》

「え?」

 

備え付けの通信機から、犯人グループの女が声をかけてきた。

 

《開示情報であなたのデータを拝見しました。E-1ランクの"ソラ"さんでお間違いないでしょうか?》

「はあ、そうだけど……」

《ソラさんはACの武装をバズーカとミサイルで構成していますが、何故ですか?》

「は?……なんだよ急に」

《それらは実弾兵器ではありませんか?》

「……だったらなんだよ」

《なぜ、EN兵器を使わないのでしょうか?》

「…………はい?」

 

何だこいつ、とソラは首をひねった。

突如まったく場違いな話題を始めた、通信機の向こうの女。

 

《ACにはレーザーライフルやパルスライフルが装備できると思いますが》

「……あー、よくご存じで」

《なぜ、それらを使わずに実弾兵器を?弾薬費も抑えられるはずでは?》

「……いや、俺も最初は弾薬費のこと考えてレーザーライフル積もうと思ったんだよ。けど、メカニックにジェネレーターを変えないとって言われて」

《今のジェネレーターでは装備できないのですか?》

「いや、今はもう出来るんだけど、何となくタイミングを逃がしてたっていうか、他のパーツとの兼ね合いで金銭面が……ってこの話今しなくてもいいだろ?」

《いえ、とても重要なお話です》

「何で」

《ソラさんは今回の私達の要求を知っていますか?》

「実弾兵器の製造縮小だろ?」

《はい。何故そんな要求をするのか、分かりますか?》

「……さあ」

《終わることなく続く企業の経済戦争。その戦争によって、日々どれほどの武器弾薬が消費されているか、ソラさんは考えたことがありますか?》

「まあ、すごい量だろうけど」

《そうですね。特に消費が著しいのは、弾薬類なのです。三大企業が一部の富裕層向けに出している経済白書を、ソラさんはご覧になっていますか?》

「……ご覧になってない」

《例えば5年ほど前、自然区のアヴァロンヒル西部で数か月間の長きに渡り行われたミラージュとクレストによる大規模紛争ですが……》

 

『まだか?』

ソラは犯人グループの女の高説を聞き流しながら、携帯端末でレインにメールを送った。

『もう少しの辛抱です。頑張って』

レインからメールが帰ってきた。

 

《つまり、企業がその戦争における武器の主流を実弾兵器からEN兵器に転換するだけで、レイヤードの鉱脈資源の消費量が大幅に削減でき、ひいては市民生活の向上と環境の改善に繋がるのです》

「……はぁ」

《ちなみに、今あなたのACを包囲している戦闘ヘリも、ヘリ施設内に展開させてあるガードメカも、実弾は一切装備していません。全て、レーザーまたはパルスを発射するように改造しています》

「そうですか……」

《ですからソラさんも、環境保護の観点からEN兵器の採用をぜひ検討してください。ね?》

「まあ、お金が溜まったらね、うん……」

《うふふ、ありがとうございます。ところでソラさん。せっかく現役のレイヴンと交流できる機会ですので、少し個人的にお話したいのですが》

「え、まだ話続くのか……それよりミラージュとの交しょ」

《ここ最近メディアで盛んに報道されているミラージュとキサラギのグラン採掘所争奪戦についてですが、採掘所を巡って複数名のレイヴンが死亡しているとの旨が報道されていますよね?》

「……ああ、らしいな」

《だからでしょうか。ここだけの話、私も今日管理者様から……はい?……えっ、起爆装置が?》

 

《レイヴン、待たせたな。あとは存分にやれ》

 

ソラは備え付けの通信機を切断し、バズーカで戦闘ヘリを吹き飛ばした。

 

「遅えよ、気が狂うかと思った」

 

事態の急変に何もできないヘリを片っ端から、バズーカで叩き落としていく。

周囲を手早く片づけ、ソラはACの頭部カメラをダムの導流壁へと向けた。

まだ戦闘ヘリは、10機近く残っている。

 

《レイヴン、貯水湖上空のヘリを撃墜すると、破片が水面に落下する恐れがあります》

「ああ。そこはミラージュの判断を、ってあいつら……」

 

ソラが何をするでもなく、湖上を飛んでいた戦闘ヘリ達は、全て陸地のACの方へと突っ込んできた。

何の統制も駆け引きもない、戦力差も弁えない愚直な突撃だった。

 

「楽で助かるけど……何がしたいんだか」

 

ソラは気休め程度のレーザー砲を撃ちながら突っ込んでくるヘリに対して、無感情にバズーカの引き金を引き続けた。

全てを墜としきるにのに、2分とかからなかった。

殲滅を終えたソラが念のためにレーダーの表示範囲を広げて索敵していると、機影が1機入り込んできた。

カメラで確認すると、いつかの輸送車両護衛で見かけた、白銀色の高機動型MT"カバルリー"だった。

 

《レイヴン、起爆装置は解除済みだ。毒物入りタンクも回収してきた。あとはダムの内部を頼む。まだ多数のガードメカがそのまま残っていてな》

「あんた"デュミナス"だな。アレグロの時の」

《……そうだ、待たせてすまない。フフッ、随分と気を揉ませてしまったな》

「まったくだ。もっと早く何とかしてくれよ」

《言うな。私もあの通信は傍受していた。おかげで手元が狂いそうだったよ》

「そうかよ……お疲れ様」

《ああ。私の仕事はここまでだ。では、後はお願いしよう》

 

カバルリーを駆る特殊傭兵の女"デュミナス"は、そのままいずこかへと去っていった。

 

《ミラージュより通信です。導流壁内部のガードメカも掃討するように、とのことです》

「分かってる。さっさと片づけるぞ。もうダムはこりごりだ。あの女、ちゃんと捕まるだろうな……」

 

その後、特に波乱もなくソラはダム内部の武装勢力を掃討した。

地下世界の広さを、噛みしめながら。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ミラージュ

TITLE:礼状

 

レイヴン、バレルダムでは世話になった。

礼を言おう。

 

犯人グループの正体は、環境保護団体"グリーンウィッチ"だったようだ。

奴らは元々小規模な市民運動から始まった組織だが、物好きな富裕層を取り込んだらしく、近年その勢力を大きく拡大していた。

 

少々過激な活動も目立ち始めていたところだったが、今回の一件で、その主要メンバーの多くを捕らえることができた。

このバレルダム占拠の件を市民に報道すれば、組織だった活動も縮小していかざるをえないだろう。

 

レイヤードの環境保護を謳っておいてやることがこれとは、どこまでも救いようのない奴らだ。

 

レイヴンには今回の成功報酬として、パーツをガレージに送っておいた。

AC用肩武装パーツ"M/45"だ。好きに使うがいい。

 

今後とも、我が社への貢献を期待する。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ビルバオ

TITLE:よろしくお願いいたします

 

ソラさん、バレルダムではお世話になりましたね。

 

私はこの度、管理者様に選ばれ、晴れてレイヴンとなりました。

ビルバオと申します。

 

私達の団体はダムの一件でとても大きな痛手を被り、方針転換を余儀なくされてしまいました。

よって、今後は私が団体の代表として、レイヴン活動によって得た収入を緑化運動等に提供することで、レイヤードの環境保護に貢献していければと考えています。

 

私達の、環境に対する想いは決して変わりません。

ただ少し、今までとやり方が変わるだけです。

大丈夫です。強い決意さえあれば、世界はより良いものにできる――私達はそう信じていますから。

その強い決意の証として、ACネームは団体名と同じく"グリーンウィッチ"としています。

 

ソラさんもご縁があれば、その時はご協力をお願いしますね。

 

長くなりましたが、地下世界を愛する同志として、今後ともよろしくお願いいたします。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 




AC6ついに出ますね。元々新作発売の願掛けで書いてたものなのでここで打ち切ろうかとも思いましたが、せっかくなので最後まで頑張ろうと思います。
読んでくださっている方々、本当にありがとうございます。


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VS D-13フィクサー

偽物の空が、いつものように曇り空を映し出す朝。

ソラの専用住居に併設されたガレージに、新たなパーツコンテナが運び込まれてきた。

 

「よう、レイヴン様。お目当てのパーツが届いたぜ」

「よし、待ってた。チーフ、整備班に集合かけてくれ」

「あのミラージュから貰った中型ロケット、本当に2つとも即売っちまってよかったのか?」

「ああ。好きに使えって言われたんだ。好きに使っただけさ。おかげで一気に80,000Cボロ儲けだ」

「その割にここ数日落ち込んでたじゃねえか」

「……ちょっとバレルダムで色々あってな。そう、色々……」

 

ソラは遠い眼で呟いた後、携帯端末のメールボックスに視線を落とした。

頼んだ覚えのない環境保護に関するメールマガジンが、既に二十件近く溜まっていた。

送り主は分かっている。

ミラージュのダムを占拠したのに捕まらず、なぜか先日レイヴンになった環境保護団体の女"ビルバオ"からだ。

着信拒否しても、アドレスを変えてひっきり無しにメールマガジンが届くのである。

近々、コーテックスに他レイヴンからの妨害行為案件として報告しようかと思っていた。

それとも、ミラージュ本社に通報した方が有効だろうか。

 

「まあいいけどよ。どれどれ、新パーツは……ほー、エクステンションの連動ミサイル"R/24"と、ロック速度向上オプション"L-AXL"か」

「エクステンションは前から興味あったパーツなんだ。高くて手が出なかったけど、いい機会だったから。オプションはまあ、金が余ってたからつい」

「悪くねえが……連動ミサイル垂れ流したら弾薬費がバカにならねえぞ?」

「分かってるよ。アリーナ戦か、ここぞという時に使う予定だ。……基本、対AC用かな」

「なるほどな。確かに、そろそろ依頼で他のレイヴンとかち合い始めてもおかしくねえわな」

「一度採掘所の地下水路で追いかけられてたことはあったしな。今後のことを考えての、一種の保険だ」

「保険な。そういうこと考えられる程度には、レイヴン稼業に余裕が出てきたってことだの。わはは!」

「ああ、皆のサポートのおかげでな。ははは」

 

ソラとアンドレイは顔を突き合わせて笑い合った。

その横で整備班がコンテナからパーツを取り出し、ハンガーへと運んでマッチング作業に取り掛かっていく。

既にソラの愛機"ストレイクロウ"に、初期配備品の面影はほぼない。

レーダーとコア以外は全て、自身の実力で稼いで買ったパーツに差し替わっている。

それは、ソラが積み上げてきた実績の証でもあった。

 

「……わはは。これだけモノになってきたら、もうそろそろだろうなぁ」

「へ?何がだよ、チーフ?」

「すぐ分からぁ。マッチングが出来たら、いつも通りテスト行くんだろ?今日はちょいと長めに動かしてこいや」

「長めに?」

「ああ、多分そうすりゃアンタも感じるはずだ」

「……?」

 

ソラはベテランのメカニックチーフの呟きが理解できず、首を傾げるのだった。

 

 

………

……

 

 

その日の夕方。

テスト場で動作確認を終えたソラは、ガレージで待機しているアンドレイに連絡した。

 

《よぉ、テストお疲れさん。んで?どうだったよ、ご感想は?》

「……重いな」

《ほお、ブースト速度がか?》

「いや、機動性は大して下がってないけど……ジェネレーターが、なんていうか……」

《気づいたか。さすがだの》

「ENの回復が遅くて、すぐレッドゾーン間際になっちまう。これはエクステンションを装備したせいか?」

《それもある。だが一番の根本的原因は、アンタがACを振り回せるようになってきたからだ》

「俺が、ACを?」

《そうさ。ACに対する要求が増え始めたとでも言うべきか。物足りなくなってきてんのよ、自分自身の機体に》

「……どうだろう。あまり、自覚してねえ」

《少なくとも、ジェネレーター出力には物足りなさを感じとる。違うか?》

「……それはそうかも」

《なら、グレードアップせい。そうやってACは強くなっていくもんだ》

「分かった。考えてみるよ。ありがとう、チーフ」

《わはは、まあガレージに帰ってきてから悩めや!》

「おう。じゃあな。……ジェネレーターの買い替えか。金もう残ってないけど、とりあえず帰ってカタログ……ん?」

 

ソラの携帯端末が、いつもの着信音を響かせた。

管理者からのメールだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:管理者

TITLE:アリーナ参加要請

 

E-1ランカー"ソラ"に、アリーナにおけるオーダーマッチへの参加を要請します。

対戦相手は、D-13ランカー"フィクサー"となります。

 

勝利報酬:19,500C(別途褒賞あり)

 

参加手続きを専属補佐官に確認し、指定の日時にアリーナ用調整ガレージA-2へ出頭してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

テスト場から専用住居に帰還したソラは、ブリーフィングルームに入り、専属オペレーターのレインと連絡を繋いだ。

恒例となった、アリーナ戦前の打ち合わせである。

 

《今回の対戦相手は、D-13ランカー"フィクサー"。レイヴン歴は3年ほどです。……元Bランクのレイヴンですね》

「元Bランク?なんでそんな上位だった奴がDランクの底にいるんだ」

 

ソラはレインの報告に思わず声をあげた。

Bランクといえば、レイヴンの上位10名に入る強者達である。

 

《それが……アリーナの対戦成績に非常にムラがあるレイヴンのようです。ここまでムラがあるのは……》

「詳しいデータを送ってくれ。あと説明も」

《はい。私自身、少し気になって調べてみたのですが》

 

ブリーフィングルームの据え付け端末に、今回の対戦相手"フィクサー"の詳細なデータを送られてきた。

基本的な開示情報に加えて、レインが独自に調べ上げた戦績が掲載された、これまでよりも充実した内容になっている。

 

《フィクサーはレイヴンになってから、アリーナでほぼ負け知らずのままBランクまで昇格しています。そして半年ほどB下位とC上位を往復した後、突如連敗がかさみ、Dランクの最下位付近まで降格。それ以降、この辺りの順位でずっと停滞しています》

「停滞……勝ったり負けたりの繰り返しか。元々Bランクだったレイヴンが、Dランクのアリーナ戦で」

《ええ。特筆すべきなのは、Eランクから昇格してくるレイヴンに対してはかなりの確率で勝利している点です。9割近い勝率を誇っています。一方で、自分より上位のレイヴンとの対戦では、ほぼ負けている……》

「……ルーキーいじめの門番気取りか?」

《そのようにも思えます。あまりにも対戦成績が歪過ぎますし、何より……》

「……何より?」

 

レインが、通信機の向こうで言い澱んだ。

ブリーフィングルームに一瞬、不穏な静寂が満ちる。

 

《先輩オペレーターから聞いたことがあります。アリーナの一部レイヴンの間で、八百長が行われていると》

「…………」

《フィクサーはアリーナでの活動を主としたレイヴンです。依頼遂行数もレイヴンランクの降格処分やアリーナの参加停止を受けない最低限の数字となっています。私の調査では、こういったレイヴンは他にも複数います。特にA-3とA-2の2人は……》

「……最初、レインにアリーナの話を聞いた時に思ったんだよ」

《え?》

「上手くやれば、ほぼアリーナだけで食っていけるんじゃねえかってな。弾薬費も修理費もコーテックス負担で、死亡の心配もほぼ無く、報酬も企業の並の依頼以上にある。しかも、管理者公認の公営賭博の対象。まあ、俺が思うってことは当然他の奴らも同じこと考えるだろうな」

《……レイヴンは、どうするつもりですか?》

 

そう聞くレインの声音は、いつも以上の真剣さを帯びていた。

真面目で冷静な口調の中に、何かを探ろうとするような気配が混じっていた。

 

「どうもこうもねえよ。八百長野郎に気を遣ってやるほど、お人好しじゃねえ。蹴散らして、上にあがるだけだ」

《……そうですね。それでいいと思います。……安心しました》

「フィクサーの経歴の話はここまでだ。レイン、機体構成の話に移ってくれ」

《はい、まず武装はハンドガン、レーザーブレード、イクシードオービット内蔵コアに、種類の異なる肩部ミサイルユニットが2つ。一見統一性のない装備に思えますが、実はフィクサーはこれらの武装により……》

 

レインの声が明るくなり、流暢に対戦相手の機体説明をし始める。

ソラはふと、スパルタンやアンドレイがレインの声を褒めていたことを思い出した。

確かに、いつまでも聞いていられる綺麗な声だと、何気なく思った。

ソラはレインの説明を聞きながら、ついさっき携帯端末に届いていたメールを削除した。

A-3ランク"ロイヤルミスト"からのメールを。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:フィクサー

TITLE:無題

 

お前のことは聞いている。

ロイヤルミストの提案を無視したそうだな。

 

なら、今回は本気を出させてもらう。

素直に負けておくことだ。

 

アリーナにも秩序があるからな。

お前みたいな新参は現実を知って、これ以上は望まないほうが身のためだ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

TO:フィクサー

TITLE:無題

 

下らないメールを送ってくるな。

 

お望み通り、踏み台にしてやるよ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

ビーーーーーーー。

 

アリーナの開戦を告げる、景気の良い号砲。

それが巨大な円形の戦場に鳴り響き、両端のゲートから2機のACが飛び出した。

E-1ランカー"ソラ"のAC"ストレイクロウ"と、D-13ランカー"フィクサー"のAC"アインハンダー"だ。

2機は互いにブースタを吹かしながら、一気に距離を詰めていく。

 

「……行くぜ、元Bランカー!」

 

ソラはコクピットで気を吐き、肩部ミサイルユニットとエクステンションを同時に起動した。

まだ距離を詰めきらない敵のアインハンダーに向けてロック、ミサイルの束を発射する。

だが、アインハンダーは軽快な動きで左右に踊り、ミサイルの追尾を巧みに振り切った。

虚しく地面で爆発したストレイクロウのミサイル。

そして、お返しとばかりにアインハンダーもミサイル弾頭を発射してきた。

 

「……っ!?」

 

地面を這うような特殊弾頭の動き、そしてそれが破裂して、4つの光が扇状に広がってくる。

それがミサイルだと気づいた瞬間、ソラは回避行動を取っていた。

だが、大きく広がるミサイルを全て躱すことはできず、1発に被弾してコクピットが揺れた。

レインから事前に聞いていた特殊ミサイル、俗に言う"地上魚雷"である。

説明されるのと体験するのとではまた違う、特異な挙動の兵器だった。

 

「……そういう武器か、面白え」

 

ソラは再度肩部ミサイルを、今度は多重ロックして放つ。

連続発射されるミサイルにエクステンションの連動ミサイルが合わさり、長く分厚いミサイル弾幕を形成した。

アインハンダーは下がりつつ躱そうとするも、躱しきれずに2発ほどに被弾、だが反撃でまたもミサイルを撃ち返してくる。

今度の敵のミサイルは地面を這わず、まるで放り投げられたかのように上空に舞い上がった。

そして、ある程度の高度に達して破裂、4発のミサイルが今度はストレイクロウを包み込むように殺到する。

これも特殊ミサイル、"マルチミサイル"である。

反射的にフットペダルを踏み込み、ミサイルの包囲の内側に入るようにブースタで躱すソラ。

だがそこに今度は、間断ない射撃が見舞われた。

 

「……っ、ハンドガン!」

 

一発一発の威力は大したことはなく、衝撃も気にするほどではない。

だが、連続被弾に伴い、ストレイクロウの機体温度が急上昇し始める。

AC用ハンドガンの特性、熱量を発生させる特殊弾頭によるものだった。

さらにモニター上で、敵ACのコアから大型自律砲台が2つ切り離された。イクシードオービットだ。

 

『フィクサーのAC"アインハンダー"は2つの特殊ミサイルによって遠距離をカバーすると共に、こちらに接近を強制させてきます。そしてこちらが迂闊に接近すれば、今度はハンドガンの連射とイクシードオービットの高火力で一気にAPを奪ってくる。これが彼の基本戦術のようです』

『複数の武装を組み合わせての、きちんとした戦術プランがあるのか。これまでの対戦相手には無いタイプだな』

『ええ。この戦闘センスが、フィクサーを一度はBランクまで押し上げた原動力なのでしょう』

 

レインとの打ち合わせが、ソラの脳裏を過ぎる。

輝くオービットの砲撃が、ストレイクロウをかすめてアリーナの壁面を焦がした。

先ほどからずっと、ラジエーターが悲鳴を上げ続け、ジェネレーターが出力低下を、そしてAPの減少を告げてくる。

ジェネレーターの出力低下によって機動性に制限がかかり、さらにハンドガンへの被弾が加速した。AP残り5000。

周到。巧妙。そんな言葉すら浮かぶような、アリーナでの戦闘を知り尽くした戦術。

汗がじんわりと、ソラの額に浮いた。

だが。

 

「負けるかよ……八百長野郎!」

 

ソラは自分を奮い立たせ、ロックサイトに捉えたアインハンダーに向けてバズーカを発射。

大口径砲弾が直撃し、モニター上の敵機が大きく姿勢を崩す。

ハンドガンの連射がやみ、一瞬敵の動きが止まった。

好機。ソラはブースタでさらに敵の間近まで踏み込み、バズーカを連射した。

ストレイクロウが躍動し、アインハンダーの捕捉を振りきって、押し返し始める。

ハンドガンは確かに鬱陶しい武装だ。だが、一発の威力はバズーカの方が遥かに上。

そして高出力のイクシードオービットも、AC同士の近距離戦では精度の甘さが災いして虚空を撃つのみだ。

ハンドガンの連射が止んだことで機体温度が低下、ジェネレーターも復調した。

機動性が回復し、さらに張りつきがしやすくなる。

一連の応酬で2機のACのAPが並び、そして――バズーカ砲弾の何度目かの直撃によって、ソラがフィクサーに逆転した。

 

「……!」

 

それでも至近に張りついてはしつこくバズーカを撃ち込んでいくと、アインハンダーがしびれを切らしたようにレーザーブレードを振るった。

分厚く青白いレーザー刃が、ストレイクロウの鼻先をかすめる。

この武装のことも、レインから聞いていた。

かつて高ランカーだった証、特注生産の超高出力ブレード。アインハンダーの奥の手。

イクシードオービットを格納し、空中で、地上で、敵のACはしつこく高出力ブレードを何度も振り回してきた。

一撃当てれば、また優位に立てる。そう思っているのだろうし、事実そうなのである。

そのあまりの荒ぶりようによって、ソラはついにACを敵機から離さざるをえなくなった。

詰めきっていた距離が開いたところに、フィクサーはさらに機体を大きく後退させ、ミサイル戦法に切り替えてくる。

 

「……やるな、元Bランカー!」

 

強引ながらも状況を仕切り直したその対応力を、ソラは素直に称賛した。

2種の特殊ミサイル、"地上魚雷"と"マルチミサイル"は全弾直撃することこそないものの、躱しきるのは至難の業である。

地を這うように迫り、空に打ち上げられては拡散し、ストレイクロウを上下からミサイルの嵐が何度も襲った。

ソラも負けじと、小型ミサイルを連動ミサイルと束にして撃ち返した。

だが、その素直過ぎる弾道をフィクサーは巧みに回避して、さらに反撃を見舞ってくる。

APという名の天秤が再び、フィクサーに傾き始めていた。

ストレイクロウの残りAP3000、アインハンダーの残りAP3500。

 

「もう一度っ……近づくしか、ねえ!」

 

ソラは何度目かも分からない扇状のミサイル弾幕にコクピットを揺らされながら、操縦桿横のレバーを引き上げた。

オーバードブースト起動。機体温度上昇、エネルギーの大量消費と引き換えに、機体が爆発的推力を得る。

アインハンダーの至近距離に、一息に迫った。

勝負の時だった。ソラは目を見開き、息を止め、歯を食いしばり、集中力を研ぎ澄ます。

敵ACのコアから再び、イクシードオービットが放たれた。そして左腕から発振される、青白い刀身。

フィクサーも、よく分かっていた。ソラが仕掛けた勝負を。

AC同士が最接近し、ほぼ零距離――

 

「今だっ!!」

 

ソラはオーバードブーストを停止し、慣性を受け流すように通常ブースタで機体を斜め前方に逸らしながら、無理やり旋回した。

イクシードオービットもレーザーブレードも、アインハンダーの攻撃は全て外れ、互いがすれ違い。

そして無防備な背中が、ストレイクロウの正面に晒された。

かは、と息を吐き出し、バズーカのトリガーを強く、引き絞った。

大口径砲弾が発射され、命中。発射され、命中。

敵が旋回しようともがく。だが、ひたすらロックサイトに捉えて、発射、命中。発射、命中。

 

やがて、敵APが残り1000を切り、500に迫った時。

アインハンダーは抵抗をやめて、一切の動きを止めた。

現実を受け入れないように、頭部を真上に向けながら。

 

「……そんなだから堕ちたんだよ、あんたは」

 

ソラは勝負を放棄した相手に、きっちりとトドメを差した。

 

ブォーーーーーーー。

 

戦闘終了を告げる、勢いの良いサイレン音。

ストレイクロウのモニターには今回も、『WIN』の文字が躍った。

 

元Bランクレイヴンを破っての、Dランク昇格。

大きな大きな戦果に、ソラは額の汗を拭って、独り吼えた。

 

 

………

……

 

 

「もしもし、いてっ。うぐ、やめろってば……あ、レインか?」

《はい、午前中のアリーナはお疲れ様でした。……Dランク昇格、おめでとうございます、レイヴン》

「ああ、レインの分析のおかげだな。今回は特にたすかっ……やめろチーフ、通話中だから」

《……本社でずっと、見ていました。本当に、勝ててよかったです。レイヴン、私は……》

「おいちょっと!人の皿に箸突っ込むんじゃねえよ!あとヒューヒュー言うのやめろ酔っ払い共!」

《……その、本当は少し心配、して……》

「え?すまん、整備班が鬱陶しくて。悪いけど、依頼ならキャンセルしてくれ。多分、今日は……このっ、俺のチキン返せ、無理だと思う!」

《…………あ、はい。あの、お疲れ様でした、レイヴン》

「ああ、お疲れ……だからうるせえよさっきから!!Dランクレイヴン様がオペレーターと喋ってんだろうがぁっ!!」

 

ソラはテーブルにダンと足を乗り上げ、チキンと携帯端末を手に叫んだ。

もうすっかりデキあがった整備班は、激怒するレイヴンを見て静まるどころかさらに大盛り上がりし、まだ大量に残っているクラッカーをパンパンとやかましく打ち鳴らした。

一斉に差し出されたグラスから無造作に一つを取り、勢いよく飲み干すソラ。

かなり度数の高い酒に当たったのか、先ほどまでは何とかアルコールに耐えていたソラも、一気に顔が赤くなる。

またテーブルがどかんと破裂したように爆笑し、白髭もじゃもじゃのベテランメカニックまでもがテーブルの上に立ち上がった。

 

「わはは、わははははははっ!!アリーナ戦で大儲けー!大穴勝利で大儲けー!我らがレイヴン、さいこー!管理者サマバンザーイ!!」

「なぁチーフ、さっき本社からメール来てたんだけどぉ、ひっく。明日には褒賞パーツ届くってよ!ちょうど欲しかった高出力ジェネだってよ!あとEN防御のオプショナルパーツも買ったからな!明日もベロベロだったらぶっ飛ばすぞ!!」

《…………》

「わははのはーーっ!あぁ~~、酒が!ン美味いィッ!!」

「あー、ダメだこの爺さん!ひっく、早く退職しろよもう!おい誰か代わりにチーフやる人ー!この爺さん下取りに出すからぁ!」

《……こほん。レイヴン、あまり羽目を外しすぎないように。では、失礼します》

「えぇ、レイン?ちょっと……あ、切れた……ひっく。お前らがギャーギャーうるさいからだよっ!どうしてくれんだオペ子の機嫌損ねたらぁ!!」

 

少し冷たい口調で切断された携帯端末。

ソラは赤ら顔で声を裏返し、何度目かも分からない大声で叫んだ。

結局、ガレージは深夜を通り過ぎて空が白むまでずっと、祝勝の宴で大騒ぎし続けたのだった。

 

 




フィクサーはゲーム本編では試合放棄はしません。ちゃんと最後まで必死に戦います。ご了承ください。
私はあのアセンが結構好きです。


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封鎖地区侵入者排除

前回機体構成が変更されたのでまとめて記載しておきます。
今回はライフルで戦います。
フレーバー程度ですので、武器以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:MWG-RF/220(ロングレンジライフル)
左腕部武装:CLB-LS-2551(緑ブレード)
右肩部武装:CRU-A10(初期肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:MWEM-R/24(2発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAM-11-SOL
脚部:MLM-MX/066

ジェネレーター:MGP-VE905
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:MBT-OX/E9
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)


Dランク昇格から3日後。

レインの連絡に応じ、ソラはいつものようにブリーフィングルームに入っていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

極秘の任務を依頼します。

至急、第三層第一都市区セクション513に向かってください。

 

セクション513は、数年前に発生した地殻変動によって都市の大部分が壊滅、多数の市民が犠牲となったため、管理者権限により封鎖されました。

同セクションは現在も不安定な状況にあるため、管理者の指示を受けて無人のまま我々クレストが管理し、立ち入りを厳重に禁じています。

 

ところがここ最近、セクション内部に侵入者の痕跡が何度も認められていました。

目的は不明ですが、あそこで何か騒ぎを起こされれば、周辺セクションへも影響を与えかねない重大な事態に発展する可能性もあります。

 

そして先ほど、配備してあった警備部隊から、件の侵入者をついに発見したとの連絡が入りました。

彼らが何者であろうと、この行為を認めるわけにはいきません。

管理者の決定は、絶対なのです。

 

今回の依頼に限り、レイヴンには特例的にセクション513への立ち入りを許可します。

 

侵入者を一人残らず、殲滅してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はクレスト社です。作戦区域は第三層第一都市区の封鎖済みセクション513。報酬は先払いが5,000C、成功報酬が17,000C。予測戦力は……パワードスーツ部隊が多数ですね。MTは報告されていません》

「敵はパワードスーツのみって、何だそりゃ……その程度の戦力相手に、先払い報酬まで出すのか?」

《現地写真等の提供はありませんでしたが、地殻変動が原因で封鎖された区画の一つです。おそらく路面コンディションは相当劣悪。MT部隊の走破性能では無理があるからACを、という判断でしょうか……》

「極秘の依頼で、特例的に立ち入りを……管理者権限の封鎖……」

 

ソラはクレストのメッセージ文章を読みながら、以前貰ったアップルボーイからのメールを思い出していた。

貧困層が多く居住する第三層第一都市区では数年前に、大規模なセクション封鎖が行われた、と。

ソラは第一層第二都市区の出身な上に当時は工場勤務だったため、あまりその手の報道を気にしたことはなかったが、地殻変動が原因というのは初耳だった。

レイヤードは地下世界。確かに地殻変動が広範囲に発生すれば、多くのセクションを管理者が封鎖するというのも頷ける。

 

《レイヴン、どうしましょうか?》

「パワードスーツ蹴散らして20,000Cなら、受けない理由はないな。けど……」

 

管理者の命令で封鎖された壊滅済みのセクションに、敵がわざわざ危険を冒して侵入する理由は何なのか。

そんなことをして、何になるのか。何が狙いなのか。それが、ソラの中では強く引っかかっていた。

 

《……レイヴン?》

「悪い、考え事してた。依頼は受けるよ。レイン、輸送機の手配を」

《はい……確かに少し、妙な依頼ですね》

「まあな。けど、依頼は依頼だ。受ける以上は、言われたことをやるだけだ」

 

自分は傭兵なのだから、とソラは心の中で呟いた。

企業には企業の思惑が、侵入者には侵入者の思惑がある。

そしてそれは、本質的にはソラには関係のないことなのだ。

自分はレイヴン、ただのコーテックス所属のAC乗りの傭兵。

鎌首をもたげかけた疑念を、ソラは自分の中に抑え込んだ。

 

 

………

……

 

 

時刻は13時30分。

 

《レイヴン、そろそろセクション513のメインゲートです。残り距離500。ゲート付近に、クレストの警備部隊が待機しています》

「了解。一報入れて、このまま進行だ」

 

封鎖されていないセクションから伸びる大橋の上をブースタを吹かして走行し、やがてソラのAC"ストレイクロウ"は巨大なゲートへとたどり着いた。

レインからの通信通り、ゲートの周辺にはクレストのMT部隊が展開していて、ソラの到着を待っていたようだった。

 

《本社が依頼したレイヴンだな?》

 

黄土色に塗られた逆脚MT"モア"が前に進み出て、通信を繋いできた。

他の一般機とは異なり、連装ミサイルランチャーと思しき武装を頭部にくっつけている。おそらく、隊長機らしい

 

「そうだ、ストレイクロウだ……あんたは?」

《こちらはクレストMT部隊長、ハート1だ》

「ハート1、内部の状況は?」

《侵入者達はまだ内部にいるようだ。遠慮はいらない、殲滅で頼む。それと……本社から伝達事項。内部で見たことは他言無用、だそうだ》

「……分かってるよ。極秘の任務だと聞いてる」

《話が早くて助かる。待っててくれ、封鎖を解除する。あとは任せるからな》

 

ガシャン、ガシャンとハート1のモアが後ろに下がり、警備部隊が慌ただしく動き出す。

ソラがその場で待つこと1分ほど。封鎖済みのセクションへと通じるメインゲートが、地響きを立てて持ちあがり始めた。

 

《俺達クレスト部隊は、このままゲート付近で待機する。何かあれば、通信する》

「ああ。じゃあ、行ってくる」

 

ソラはACを走らせて、ゲートをくぐった。

幸い、偽物の空の人工気象システムは生きていたようで、昼過ぎの時間帯に見合った明るさは確保されている。

 

「空は生きてるのか……レイン、オペレートは?」

《可能みたいです。封鎖済みなのに電力供給が止まっていない……?どうして……》

 

そのまま大橋を進んでいるとやがて、セクション513の市街地が見えてきた。

それは、土埃をかぶって色褪せた高層建築群だった。

遠目に見ても人が住んでいる気配などない、静寂に満ちた、放棄された街。

しかし――

 

《え、これは……どういうこと?地殻変動の痕跡なんて、どこにも……!?》

 

通信機からレインの困惑が伝わってくる。

ソラもまた、ビル群を見上げながら言葉に窮していた。

地殻変動によって都市の大部分が壊滅したセクション。

クレストは確かに、依頼のメッセージでそう言っていた。

だが、市街地はまったくの無傷だった。

ブースタを吹かして交差点を曲がり、大通りに入った。

確かに、居住区としての都市機能は稼働していない。建築物や看板の照明も、街灯も信号機も、全て消えたままだ。

だが、道路の舗装や立ち並ぶビル群は何一つ、地殻変動のダメージを負っていなかった。

 

「……これで、封鎖?何で……っ!」

 

ソラが疑問を口にした瞬間、レーダーがいくつかの反応を捉えた。

無数の光点が3つずつほどで束になって市街地を動き回っている。

パワードスーツ部隊だ。

 

「レイン、とりあえず掃討を開始する。何かあれば、知らせてくれ」

《……分かりました》

 

ソラはフットペダルを踏み込み、都市の交差点をもう一つ勢い良く曲がった。

やはり、パワードスーツの一団がそこにはいた。

ビルに張りつき、何やら作業をしている。

 

「悪いが、死んでくれ」

 

ACが右腕の武装を持ち上げる。今日の装備は、取り回しと連射力に優れたライフルだ。

パワードスーツを蹴散らすだけなら、バズーカよりも効率的だという判断だった。

ソラが操縦桿のトリガーを引くと徹甲弾が発射され、パワードスーツを着た人間を1人、一瞬で血霧に変えた。

 

《AC!?クレストの差し金か……!》

《待機部隊に報告しろ!我々はサブゲートへ!急げ!》

「サブゲート……レイン、都市のサブゲートの位置を念のため調べてくれ。それとクレストに伝達だ」

《了解しました》

《クソっ……く、来るなぁっ!》

 

ACの高性能頭部COMが敵の通信を傍受し、その狼狽えようを伝えてくる。

そして、マイクロミサイルランチャーや携行マシンガンによる散発的な迎撃。

ACにとっては何一つ痛手にならない、無意味な豆鉄砲である。

だが、ソラは無慈悲に引き金を引き続けた。

パワードスーツの金属反応をFCSが捉えてロックし、ライフルの銃口から吐き出された砲弾が的確に相手を消滅させていく。

人間が虫を踏み潰すよりも手応えのない、一方的な虐殺である。

小隊を一つ消した後は市街地を走って進み、また見つけた小隊に向けてライフルを撃ち込む。

それをただ繰り返すだけで、レーダー上の敵反応はどんどん減っていった。

こんな任務に雇いやがって――ソラが思わず舌打ちしたその時だった。

 

《れ、レイヴン、こちら……ハート1!ゲートがACの攻撃を受けて……突破された!》

「何だって、AC……!?部隊は無事なのか!」

《ほぼ壊滅だ……クソッ。奴はそっちに行ったぞ、気を付けろ!》

「レイン!」

《こちらでも捕捉しました!っ、速い!識別コード特定、少し待って……!》

 

焦るレインの声。

レーダーが、急接近してくる機影を捉えた。

ソラは元来た道を旋回して振り返り、ライフルを向けて待ち構える。

土埃舞う薄暗い大通りの曲がり角の向こうから、それはやってきていた。

肌がひりつき、額に汗が滲む緊張感。

 

《……D-8ランカーAC"ブラッククロス"確認!!》

 

レインが声を張った瞬間、曲がり角から赤いACが飛び出してきた。

 

「ついに来たな、AC!」

 

ソラは唾を飛ばして、ライフルを連射した。

しかしブラッククロスは大通りを縦横に飛び跳ね、ソラの先制攻撃を躱しきって、さらに接近してくる。

一目でわかる巧みな動き。D-8ランク。自分より上。ソラの思考が、警戒レベルを一気に跳ね上げた。

 

《……あー、格下?よかった、消えてちょうだい》

 

いまいち緊張感のない女の通信と共に、敵ACの速射マシンガンと連射型イクシードオービットが同時に火を噴く。

実弾とEN弾の分厚い弾幕を、ソラは大通りを素早く退きながら躱した。

後ろからも機影、パワードスーツ部隊がマイクロミサイルでちょっかいを出してくる。

構っている暇などなく、目の前のACに集中した。

 

《敵は軽量二脚AC、高機動と連射力の高い武装が特徴です!》

「見れば分かる!」

 

思わずレインに言い返しながら、ソラは肩部ミサイルと連動ミサイルを起動した。

跳ね回っていても、所詮はビルとビルの間、大きな回避運動は取れない。

FCSが3発分のロックを完了、トリガーを引くとミサイルが連続発射されて、ブラッククロスに群がっていく。

ブラッククロスのエクステンションが、迎撃ミサイルを吐いた。

爆発力の大きなそれに吸い込まれるようにしてストレイクロウの発射したミサイルが無力化され、爆煙の向こうからしつこく反撃のマシンガンが撃ち返されてくる。

 

「……っ、手数が多い!」

 

敵はそれほど射撃精度はよくないが、とにかく弾幕が厚かった。

ソラが2発ライフルを撃つ間に、相手は10発は連射弾を撃ち込んでくる。

アリーナとはまた違う、市街地の大通りというバトルフィールドでの対AC戦は、ソラにとってはまったく未経験だった。

だが、ブラッククロスのパイロットはちょこまかとACを走らせ、時には跳ばせ、ブースタを吹かしてはこちらを攪乱してくる。

ソラがビルの壁面に少し引っかかれば、即イクシードオービットを起動、連射レーザーが一気にAPを削ろうと狙う。

慣れていた。市街地戦に。

だが、負けるわけにはいかなかった。

アリーナとは違い、これは本物の戦場。AP0は即ち、死を意味するのだから。

 

「く、ぅぅっ!」

 

ソラは接近してきて少しでも弾幕を当てようとする敵ACから退きつつ、ライフルを粘り強く連射した。

最初は虚しく通り過ぎていた砲弾も、ソラの目が軽量型ACの高機動に慣れ始め、ロックサイトが追いついて、敵を捉えるようになっていく。

だが、大通りで回避行動を十全に取れないまま打ち合えば、ライフルだけしか決め手のないソラの方が不利なのは否めなかった。

敵にはマシンガンとイクシードオービットで2種の連射武装があるのだ。

 

「レイン、地形を探れ!」

《次の交差点を右折です!開けた公園があります!》

「よし、そこだ!」

《スポットを!》

 

ソラはひたすら引き撃ちに徹しながら、レーダー上のレインのスポットを頼りに公園まで下がっていった。

 

《粘るわね、あんた……っ!》

 

ブラッククロスのレイヴンが、ACを公園に飛び込ませて息を呑む。

ストレイクロウが、大量のミサイルを発射したからだ。

迎撃ミサイルが片っ端から撃ち落とすも、それでも弾幕は消し切れず、3発が命中。

軽量機故の安定性能の低さでブラッククロスは大きく体勢を崩してよろめき、武器の連射を止めた。

その好機に、ソラがライフルを何発も叩き込んでいった。

 

《っ……しつこい!なら、これはどうよ!》

 

立て直したブラッククロスがぶんと腕を振るうと、地面に何かがばら撒かれた。

その正体が分からず、ソラの集中が思わず地面に奪われる。

ソラが目線を下げた一瞬の隙を突き、ブラッククロスは大きく飛んだ。

さらに何かがばら撒かれて。突っ込もうとしてそれを踏んだストレイクロウの脚元で、大きな爆発が起きた。

 

「っ、地雷か!?腕部インサイドの!」

《ほら、足元見ないとドカンよ!》

 

叫びながら、ブラッククロスは空中からマシンガンとイクシードオービットを連射し続けてくる。

ソラは歯を食いしばった。モニター上のAPが4000を切っている。

ここはアリーナではない。敵のAPは分からない。

地面には大量の地雷。空中からはACの弾幕。

形勢は圧倒的に不利だった。

公園に出ればと思ったが、この公園は行き止まり。逆に自分の状況を悪くしてしまっていた。

 

「くっそぉっ!!」

 

ソラはトップアタックをしかけてくるブラッククロスに、ライフルを何度も撃ち放った。

当たれば敵はよろけ、弾幕が止まる。そこにさらに当てていく。

当てさえすれば、相手の攻撃は止まるのだ。

弾幕から逃げ回りながら忍耐強く、一発一発当てていく。これしかなかった。

やがて、ブラッククロスが空中から地上に降りて、歩行で距離を取り始めた。

イクシードオービットのレーザー連射で、EN残量が苦しくなったのだ。

ソラは攻め時だと直感し、肩ミサイルを起動しつつACを突っ込ませた。

動きの鈍った敵にミサイルを一斉発射、さらに地雷の爆発も気にせず、がむしゃらに突撃する。

 

「くたばれ!」

《誰が!》

 

ミサイルの直撃でまたもよろめいたブラッククロスめがけ、レーザーブレードで斬りかかる。

敵は左腕のENシールドを咄嗟に展開して、受け止めた。

ほんの数拍の鍔迫り合い。だが腕部のパワーは、中量型のこちらが勝っていた。

ぎりぎりと押し込み、そして――敵のコアを斬った。

 

《やばっ……死んじゃう!もういいでしょ!報酬分はやったわ!退くわよ!》

 

敵が誰かに通信し、背中を見せて大通りを逆走し始めた。

逃走方向は、パワードスーツが言っていたサブゲートのようだ。

ソラは追いすがりつつ、ブラッククロスの背中に向けてライフルを何度も放った。

砲撃はあくまで牽制、このまま逃がしてもいい。そう思っていた。

レーダー上の光点は、気づけば敵ACだけになっている。

ソラがブラッククロスに気を取られていた間に、パワードスーツ部隊は上手く逃げていたのだ。

殲滅作戦は、失敗だった。

 

「……クソ、負けた」

 

追撃の最中、じりじりとストレイクロウが敵ACに離され始めた。

こちらは中量ACで、相手は軽量ACなのだから、逃げに徹されれば当然のことである。

やがて、退き続けていたブラッククロスが、隣接セクションに繋がるサブゲートと思しき場所まで到達した。

そこから逃走するつもりのようで、もはや戦意は感じられない。

ソラ自身も、もう戦う気はなかった。あとはブラッククロスの撤退を見届けて終わり――

のはずだった。

 

《な、ゲートロック……!?はぁっ!?操作不能って……それどういうこと!?話が違うわ!ユニオン、ねえ、ユニオンっ!!》

「……っ!?」

 

ブラッククロスが、作動しないサブゲートの前で右往左往し始めた。

絶好の好機だった。ソラは状況を呑み込めないまま反射的にブラッククロスを多重ロックして、ミサイルの群れを放った。

全弾命中。ブラッククロスの全身から煙が噴き出した。

 

《ちく、しょう……ふざけないでよ……こんな、ところ、で……》

 

バチバチと各部がスパークし、膝から崩れ、やがて敵ACは大爆発を起こして消滅した。

金属片が多数散らばって、舗装路がズタズタになった市街地には、ソラのACだけがポツンと取り残された。

 

「ユニオン……?なんだ、それは……」

《レイヴン、クレストより通信です。偵察部隊が敵の逃走経路を捕捉。あとはこちらで処理する、とのことでした。作戦は……成功です》

「…………」

《レイヴン、お疲れ様でした。輸送機を最初の場所へ……レイヴン?》

「悪い、レイン。ちょっと……」

 

ソラはACを飛ばせ、一際高いビルの上に着地させた。

そして、望遠カメラで市街地の様子を確認する。

ストレイクロウとブラッククロスが戦っていた場所からは煙が立っているものの、それ以外はやはり、全くの無傷といってよかった。

上空の人工気象も、何の支障もなく作動している。

ACまで雇った侵入者達、ユニオン。

彼らは一体、ここで何をしていたのか。

 

《……何なのでしょうか、ここは一体……》

「分からない。このセクションが封鎖された時は確か、他のセクションもまとめて封鎖されたんだったよな」

《……はい。もしかして、他の封鎖セクションも無傷で……?それに、ブラッククロスが言っていた"ユニオン"とは……》

 

ソラは、ACの頭部を上空に向けた。

偽物の空が、見慣れた曇り空を映していた。

幼い頃、学校で真実を突きつけられたあの日から何度見上げたかもわからない、規則的な雲の流れ。

思わず、フットペダルを踏み込んでいた。

 

《……レイヴン?》

 

機体がブースタの助けを借りて、空へ空へと上がっていく。

ジェネレーターのEN容量が減っていき、レッドゾーンに達して警告音が鳴り響き、やがて、チャージング状態に入った。

機体が偽物の空の天井に届かずに、重力に引かれて自由落下を始めた。

まるで『お前にはまだ早い』と、抑えつけるかのように。

 

《…………。……!レイヴン、クレストより通信です。作戦は終了した、すぐにメインゲートまで引き返せ、と言っています》

「ああ、分かってるよ」

 

ソラは市街地の地面に着地した後、大人しくすごすごと元来た道を引き返した。

自分自身でもよく分からないものが、胸の奥でざわついていた。

ただ、はっきりと分かるのは。

 

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

 

あの日の言葉が、鬱陶しいくらいに何度も何度も、頭の中で響き続けていることだけだった。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:クレスト

TITLE:礼状

 

この度はご協力、感謝します。

 

あのセクションの封鎖は、管理者によって決定された事項です。

我々レイヤード市民は、その決定を守らねばなりません。

それが、このレイヤードの秩序です。

 

レイヤードは、閉ざされた地下世界です。

心無い一部の者達の暴走は、この世界全体に取り返しのつかない事態を引き起こす可能性を孕みます。

 

それを阻止するために、我々は秩序を重んじ、管理者に全てを委ねているのです。

その事実を、貴方も忘れないでください。

 

あのセクションは確かに、地殻変動によって封鎖されました。

優れたレイヴンである貴方なら、それが正しい事はわかるでしょう。

 

では。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 




ゲーム本編ではブラッククロスの性別は不明です。イクシードオービットも使ってきません。ご了承ください。


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重要物資護衛

ゲーム本編ではクレストから受注する依頼ですが、独自改変しています。ご了承ください。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:レイン・マイヤーズ

TITLE:ユニオンについて

 

レイヴン、夜分遅くに失礼します。

先日のセクション513での依頼は、お疲れ様でした。

 

ブラッククロスの通信を傍受した際に出ていた"ユニオン"について、私の方で少しだけ調べました。

どうやら彼らは、『脱管理者』を掲げる非合法な地下組織のようです。

 

管理者の方針に異を唱える彼らは、クレストによって度重なる弾圧を受けているようですが、どういうわけか常に一定の勢力を保持し続けています。

セクション301への襲撃や、レイヴン試験の妨害を狙ったのもおそらく彼らだと思われます。

その理由はやはり『脱管理者』思想によるものでしょう。

グローバルコーテックスは、管理者直属の組織ですから。

 

そういえば、あのセクション513は何故、封鎖されたのでしょうか。

数年前の大規模な第三層第一都市区のセクション封鎖ですが、これも私の調べた限りでは、封鎖理由は一律で地殻変動の影響となっていました。

ですが、少なくともレイヴンが立ち入ったセクションは、地殻変動で封鎖されたようには見えませんでした。

しかも、電力供給も生きたまま……あまりにも不可解な状態だったと言わざるを得ません。

 

ユニオンはあのセクションと、何の関わりがあるのでしょうか。

 

一体、レイヤードで今、何が起こっているのでしょう?

私は少し、不安に思います。

 

夜中にすいませんでした。おやすみなさい。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「真面目だな、レインは……本当に良いオペレーターだ……ありがたい……」

 

ソラは枕元に携帯端末を置き、眠気に負けそうな瞼を擦って、寝室の暗い天井を見上げた。

あの封鎖済みセクションでの任務から、2日が過ぎた。

レインはこの2日間、独自に調査を続けていたらしい。

確かに、あれは奇妙な依頼だった。

クレストは何かを隠すように、あるいは自分に言い聞かせるように、長い礼状を寄越してきた。

勘繰るな、と暗に語っていたその文面は、逆にソラの中に疑念を産んだ。

 

セクションの封鎖権限は、管理者の最上位命令だ。

各企業には、決定権も拒否権もありはしない。

封鎖すると管理者が言えば、封鎖しなければならないのである。

だが、封鎖の理由が不明なのは事実だった。

地殻変動で壊滅したという市街地は、現に無傷だったのだから。

もしかしたら、ユニオンもその真相を探りに来ていたのかもしれない。

 

「ふわぁ……何なんだよ、管理者……お前は一体、何考えてんだ……」

 

ソラは天井に向かって呟きながら、再び目を閉じた――

 

 

………

……

 

 

翌日。

ガレージでACの調整をしていたソラに対して、通信があった。

 

《レイヴン、今構いませんか?》

「レインか。ああ、今コクピットで調整中だ。依頼か?」

《はい。クレスト社から、依頼が入っています。自然区のアビア湾での作戦行動のようですが》

「アビア湾?ああ、なんだっけ……金持ち御用達の……けど、フロート脚部持ってないしな……それに、クレストか……」

《……どうしましょうか?》

 

ソラは携帯端末片手に、コクピットのコンソールを弄りながら唸った。

クレストには、先のセクション513の依頼で少し思うところがあった。

それは嫌悪感や不信感に近い感情である。

もっとも、地下世界ナンバー2の企業の依頼を無碍にできるほど、ソラはまだ上等なレイヴンではない。

ミラージュにも、キサラギにも、同じような感情を抱いたことは当然ある。

しかし。

 

「悪い。断っておいてくれ。アビア湾での作戦じゃ、状況にあった装備が調達できそうにない」

《……そうですね。分かりました》

「……レイン、迷惑かけてすまん」

《いえ、正しい判断だと思います。では》

 

レインとの通話が切れ、ソラは大きなため息を吐いた。

 

「おーどうしたどうした。若いのにハァハァ言ってよぉ」

「クレストと色々あったんだよ、前の依頼で。それよりチーフ、午前のテストでちょっと旋回や姿勢制御の乱れが気になったんだけど」

「ん。前の戦闘で地雷踏んづけてたみてえだから、多分それでバランサーが狂ったんかな。すぐ直る。俺の端末に、テストデータ送ってくれ」

「おう」

「……まあよぉ。企業にゃ、それは腹黒いところ山ほどあるぜ。クレストに限ったわけじゃなく、な?」

「分かってるよ、チーフ。別に、これからずっとクレストの依頼を蹴る、なんてつもりは毛頭ない。ただ、今回はまだ……少し気持ちの整理がついてない。クレストの依頼を受けて頑張るって気に、どうしてもならねえんだ」

「ほーん。まあ、いいさ。ワシら整備班は、アンタがどんな依頼受けようが、受けなかろうが」

「……そうかよ」

「おっと、いじけんなよ?別に突き放してるわけじゃねえんだぞ。メカニックの心構えって奴だ。ワシらは戦場で命賭けたりなんてしねえ。だから、せめて実際に命賭けるレイヴンのケツくらいは、きっちり支えてやるってな。何があってもよ」

「……はあ、ありがとう」

 

ベテランメカニックの突然のこそばゆい話に、ソラはどう返していいか分からず、ボソっと礼だけを返した。

 

「どうだ?ワシを少しは見直したか?」

「……そういうこと聞かなかったら、もっと見直してたよ」

「なんでいなんでい。わははは」

 

相変わらず調子のいい髭もじゃの笑い声に、ソラもつられて笑った。

自分は少なくとも、周囲の人物には恵まれていると、改めて実感した。

 

ピー。ピー。

 

「ん?携帯に着信……げ」

「なんだ、またオペ子からか?」

「いいや、スパムメールだよ。……E-9ランカー様からの。どうせ環境についてのありがたいお話だ」

「ああ、例のグリーン何たらのな……わはは」

「笑いごとじゃねえよ。せっかくコーテックスに通報してメルマガ爆撃収まってたのに……誰が読むか。削除、と」

 

ソラがE-9ランカー"ビルバオ"からのメールを削除した直後。

携帯端末に、新たな着信があった。今度はメールではなく、通話。

相手は、レインだった。

 

《レイヴン、度々すいません》

「どうした?」

《つい先ほどクレストとは別の……団体からの依頼が入りました》

「別の"団体"?企業じゃなくてか?」

《はい。是非レイヴンに、と……》

「……まさか"ユニ……レインが調べた奴らか?」

《いえ、違います。えー、その……とりあえず依頼メッセージを閲覧してほしいとのことですが》

「?ああ、分かった。チーフ、あと頼む」

「おー。そういやさっき届いた入口のパーツコンテナ、ありゃ中身何だ?」

「へ?んん……何だあのコンテナ?……いや、後で確認するよ。先にブリーフィングだ」

 

珍しく非常に歯切れの悪い、レインの口調。

そして、注文した覚えのないパーツコンテナ。

若干の不安を覚えつつ、ソラは後の調整をアンドレイに任せてブリーフィングルームへ向かった。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

私達"グリーンウィッチ"の所有する輸送機が、アビア湾上空を飛行中にクレストの航空隊から攻撃を受け、撃墜されてしまいました。

 

輸送機の中には、グリーンウィッチの支援者の方々に関連した積み荷を多数積載していました。

非常に残念なことです。

 

脱出した乗組員によれば、積み荷のうち重要なものは強固な輸送用カプセルに保管していたらしく、おそらくは無事と思われます。

ですが、これらのカプセルはなんと、アビア湾沿岸の水浄化施設付近を漂流しているようなのです。

 

この施設はクレストの管轄であり、回収部隊を呼ばれると、カプセルを強奪されてしまいます。

心優しい支援者の方々の貴重品を、企業に奪われるわけにはいきません。

 

そこで、ソラさんには水浄化施設を襲撃し、カプセルの回収協力をお願いしたく思います。

本作戦にはこの私"ビルバオ"も団体から正式に依頼を受ける形で出撃しますので、ソラさんは施設に配備された敵部隊を排除するだけで構いません。

なお、水浄化施設は環境保護の観点から非常に重要な施設です。

施設自体への攻撃は決してしないよう、お願いします。

 

ソラさんには是非とも、私達の手配したEN兵器を装備してお越しいただければ幸いです。

お待ちしていますね。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「…………」

《…………》

「……依頼主は」

《環境保護団体"グリーンウィッチ"ですね》

「この私"ビルバオ"って言ってたが。レイヴンがレイヴンに依頼するのは、確かルール違反じゃないのか?」

《どうやら、あくまで依頼はグリーンウィッチという団体からのものであるということで、コーテックス本社及び管理者は通したようです》

「あ、そう……じゃあ依頼は拒否で……と思ったけど、『私達の手配したEN兵器』って。あの見覚えのないコンテナか」

《資料によれば、レーザーライフル"XCW/90"をレイヴンのガレージに送ったそうですが……》

「あー……あれかよ……」

 

型番を聞いてソラは思わず、頭を抱えた。

レイヴンになった当初、パーツカタログで『これが欲しい』と思って、よく眺めていたパーツである。

一度はアンドレイに購入を相談したが、ジェネレーターの性能不足を理由に見送って以後、買うタイミングを逃していた。

値段も覚えている。59,000Cもする、それなり以上の高額パーツだ。

それがよりによって、バレルダムで一悶着あった連中から送られてくるとは。

 

《あの……依頼についての補足ですが》

「……おう」

《作戦区域は第一層自然区アビア湾、セクション714のクレスト水浄化施設です。報酬は32,000C。予測戦力は、水上戦闘MTと普及型MT、及び戦闘機となっています》

「報酬はかなりいいけど……レーザーライフルもらっても、そもそも俺のACは水上戦闘できないんだがな」

《それが……水上は協働するE-9ランカー"ビルバオ"のフロートACがカバーするそうです》

「は?あいつこの前レイヴンになったばっかだろ。そんな金がどこに……」

 

ソラは携帯端末を取り出して、ビルバオの開示情報を確認した。

ビルバオのACのアセンは確かにフロート型で、しかも初期配備品の面影がほぼ見られないほど全面改修されていた。

そう言えばミラージュがバレルダム戦の礼状で、グリーンウィッチという団体は富裕層を取り込んでいると書いていたのを、ソラは思い出した。

レイヴン活動の支援も、相当分厚いようだ。

 

《レイヴン……あの》

「……やるよ。依頼を受ける。……というか、お高いレーザーライフル貰うだけ貰って、依頼は受けませんってのもできないだろ」

《分かりました。輸送機の手配をします。その輸送機ですが……協働相手のビルバオより、同乗を提案されていますが》

「嫌だ、って言っといてくれ。輸送機は絶対に別だ。レイン、頼むぞ」

《……ええ、お任せください。レイヴン、それではレーザーライフルの装備を忘れないように》

 

通信機の向こうで、レインが少しだけ笑った気がした。

ソラはといえば、長く大きなため息を吐き、ぐでっと机に突っ伏した。

 

 

………

……

 

 

第一層自然区。

 

地下世界レイヤードの黎明期から存在すると言われる、古い区画である。

その区画には、かつて地上に存在したらしい自然環境が再現されている。

市民の立ち入りはほぼ認められていない。

ごく一部の富裕層と企業関係者、そして企業に雇われた傭兵だけが、立ち入りを許される区画だった。

ソラ自身、今まで立ち入ったことがあるのは"アヴァロンヒル"と呼ばれる荒野のセクションだけである。

 

《目標地点に到達。レイヴン、ACを出撃させてください。僚機のAC"グリーンウィッチ"到着までは、そのまま待機を》

「了解」

 

開いた輸送機の後部ハッチが開いた瞬間、ソラはあまりの眩しさに目を細めた。

メインモニターをまばゆい光が照らしている。

人工太陽が夕方の色合いを帯びながら、アビア湾にその光の束を反射させているのだった。

 

「……すげえ」

 

ソラは輸送機からACを降ろすのも忘れ、その光景に目を奪われた。

セクション710系、アビア湾。

それは、管理者によって再現された"海"という地上の自然。

ソラが"海"というものの存在を知ったのは、MT乗りの傭兵を始めて、自然区に入れるようになってからだ。

スクータムに乗ってボロい輸送機の中で揺れながら、先輩傭兵のスパルタンに教わったのだ。

だが、人伝に聞くそれと、今眼下に広がるそれは、まったく違っていた。

 

「これが"海"なのか」

 

砂の浜辺があり、岩の岸壁があり、そして遥か彼方まで続く水面があり。

当然、レイヤードに住む誰も本物の海など見たことがない。

これが本当に、"海"の姿を再現できているのかすら誰も分かりはしないのだ。

だがそれでも、それはソラが生まれて初めて目にした"海"だった。

たとえ管理者が作った偽物であっても。

海は、ソラの目の前にあった。

こんな現実味のない世界が本当に、地下世界の外には広がっているというのだろうか。

ならば、本物の空だって、きっと――

 

《……レイヴン、グリーンウィッチの輸送機が到着しました。出撃を!》

「……え?あ、分かった!……ストレイクロウ、出撃する!」

 

レインの催促に、ソラは頭を振り、ACを輸送機から発進させた。

近くを飛んでいた別の輸送機からも、緑色のACが降下してきた。

アビア湾の水面に隣接するクレストの水浄化施設まで、距離1000といった地点である。

 

《こちらビルバオです。ソラさん、よろしくお願いしますね》

「……ああ、よろしく」

 

僚機のACから通信が入り、ソラは事務的に応じた。

こんな素晴らしい光景が、このひどく個性的な女のおかげで見られたかと思うと、少し複雑な気分だった。

 

《レイヴン、浄化施設の警備部隊に動きがありました。航空隊が発進。MT部隊も展開を始めています》

「グリーンウィッチ、作戦は?」

《二手に分かれましょう。ソラさんはこのまま正面から警備部隊のお相手を。私は回り込んで、水上で回収部隊の撃破とカプセル回収を担当します》

「了解、あの数なら余裕だ」

《ふふふ、心強いです。あ、そうです。くれぐれも浄化施設自体への攻撃はしないよう、お願いしますね?》

「分かってるよ……じゃあな!」

 

ソラは通信を切り、先行してきた戦闘機部隊に向けて、レーザーライフルを発射した。

弾速の極めて速いレーザーが一瞬で戦闘機の胴体を焼き貫き、炎上させる。

ロックを切り替え、別の戦闘機にも撃ち込んで、撃墜。

戦闘機部隊はミサイルで反撃してくるも、あまりに素直な軌道のそれはかわすに容易く、ソラは回避行動を取りながら3発目の引き金を引いた。

敵の航空隊はこちらに到達するまでにその半数を失い、少し怯えたかのように機首を逸らして散開する。

ソラは横っ腹を晒す戦闘機達に容赦なくレーザーを見舞って、全機叩き落とした。

 

「いいな、このレーザーライフル……」

 

期せずして手に入った念願の武装は、弾速、威力、連射性能全て文句無しだった。

 

《グリーンウィッチ、海に入ります。ソラさん、そちらは?》

「問題ない。航空隊は片づけた」

《了解です。そのままお願いしますね。……あら、水上MT……あ、カプセルを。すみません、待ってください》

 

ビルバオのAC"グリーンウィッチ"も、水上で接敵したようだ。

ソラはACのオーバードブーストを起動し、時速700km超で一気に水浄化施設の敷地内へと突っ込んだ。

 

《レイヴン、エピオルニス8、スクータム6です》

 

レインから敵数の報告が入る。

普及型MT"エピオルニス"と"スクータム"がそれぞれ、水上で戦闘中のグリーンウィッチを水辺から狙おうと砲を向けていた。

だが、フロートACの高機動故か、あまり戦闘慣れしていないのか、クレストの正規部隊にしては射撃精度が杜撰で、まともに捉えられていない。

その上、背後への警戒も甘かった。

 

「おいおい、こっちは2機いるんだぞ……俺の方も見ろよな!」

 

ソラは並んでアビア湾に砲身を向けているMT部隊に、レーザーライフルを連射した。

元々MTは基本的に背面装甲が薄い。

ACの携行兵器レベルのレーザー火線を背中に受ければ、一発で風穴が空いてしまう。

オーバードブーストでの急接近を考えていなかったのか、MT部隊は今さら慌ててストレイクロウの方へと向き直り始めた。

ソラはその動揺の隙に容赦なく敵機の数を減らしていく。

仕留めやすいエピオルニスにレーザーを浴びせていき、ガトリングをもぎ、逆脚をもぎ、コクピットに致命の一射を撃ち込む。

ガトリングとバズーカの反撃がくるも、やはり射撃精度が甘い。

軽く機体を空中で左右に揺らしつつ、レーザーを撃ち返した。

 

「ん……レッドゾーンか」

 

ジェネレーターの警告が、ACのコクピットに響く。

フィクサー戦の褒賞で得た高出力ジェネレーターでも、さすがにここまでブースタを吹かしながらレーザーを連射すれば悲鳴を上げるらしい。

ぶっつけ本番ということもあり、ソラは一旦攻撃の手を休めた。

だが、もはや敵も残り少ない。

スクータムが3機、残るのみである。

 

《クソッ、なんでACがわざわざこんなところに……!》

《し、死にたくねえ……!》

 

クレストMT部隊の弱音を頭部COMが傍受する。

それもそうだろう。水浄化施設は、アビア湾の莫大な水量を浄化してレイヤード市民に供給する、ダムの役割に近い施設である。

バレルダム同様、あまりに市民生活への影響度が高すぎて、かえって企業の経済戦争の戦火を被ってこなかったはずだ。

当然、常駐する部隊の質は最低で、士気もほぼ皆無というわけだ。

こんな場所に攻め込むのは、よほどのアナーキズムの持ち主か、あるいは今のソラの雇い主くらいだろう。

 

「悪いな、これも依頼だ」

 

恐怖のあまりバズーカすら向けずに散らばり始めた生き残りのスクータム達を、ソラは無慈悲にレーザーライフルで全機撃破した。

これでもう、水浄化施設は丸裸も同然である。

 

《こ、こちらはクレスト浄化施設、施設長だ!レイヴン、お前達の要求はな、何だっ!?ここがどれだけ重要な施設だと思って……!》

 

惨状を見兼ねたのか、浄化施設の管制室がソラのACに通信を繋いできた。

 

「俺じゃなくて、要求はフロートACの方に聞いてくれ」

《えっ!?》

《ソラさん、カプセル回収完了です。水上MTも全機撃破しました。よかった……これで支援者の皆様に顔向けできます》

「グリーンウィッチ、施設長が話したいってよ」

《まあ……そうですね。少しお詫びと環境についてのお話を……》

 

ビルバオのフロートACが水上を滑って水浄化施設へと呑気に近づいていく。

ストレイクロウの頭部COMが施設長の裏返った悲鳴を拾った。

ソラはため息を吐き、僚機を放置して近くの岸壁へとACを登らせた。

アビア湾はやはり、美しかった。

静かに揺れる水面を夕暮れの太陽が照らし、きらきらと輝かせている。

MTの破片が大量に浮いているが。

 

「海、か……いいな。海も」

《……レイヴンは、海を見るのは初めてですか?》

 

見惚れていたソラに、レインが通信してきた。

 

「普通そうだろ?超金持ちがお遊びで使うってのは、スパルタンの旦那に聞いたが」

《……そうですね。私も……海は数回しか》

「へ?」

《いえ、何でもありません。……グリーンウィッチはまだ施設と話しているようですが》

「気が済むまでやらせてやれよ。……と思ったけど、本社の精鋭部隊が来たら面倒だな」

 

やがて、グリーンウィッチが施設から離れ、ストレイクロウが佇む岸壁のすぐ下までやってきた。

 

《ソラさん、お待たせしました。輸送機で帰還してください。私は、このままカプセルをセクション715まで持って行きますので》

「715?何でだよ?」

《支援者の方々がちょうどアビアンリゾートにいらっしゃいますので。ACをご覧になりたいと、以前からおっしゃられていましたし》

「いや、ACで乗りつけたら大騒ぎになるだろ……まあ、いいか。じゃあ、俺は先に帰還するよ」

《はい!ところで……どうでしたか?EN兵器のレーザーライフルは?》

「……あー、良かったよ。けど、本当にいいのか?これ貰っても」

《ええ。お近づきの印に、とでも思ってください。ふふふ、これからも仲良くしてください、ね?》

「……まあ、考えとく」

 

ビルバオと通信しながら、ソラは今さら海から何か音が響いているのに気付いた。

ざざん、ざざんと規則的で小さな音を、ACの頭部COMが集音して拾い続けている。

 

《レイヴン、どうしましたか?》

「……いや。なんださっきから、この音……スピーカーの故障か?」

《ああ、それは……》

《波の音ですね。海では波が音を立てるものなのです。素敵でしょう?》

「波……波がこんな音立てるのか。それって、どんな水の量だよ。贅沢だな……」

 

ソラは改めて、海の雄大さに驚いた。

20年生きてきても、自然については知らないことばかりだった。

管理者は、この自然区を作った管理者は、一体どれほどのことを知っているのだろうか。

海の波の音はただ聞いているだけで、ソラの胸を高鳴らせた。

 

「……ビルバオ」

《はい?》

「えーと……レーザーライフル、ありがたく貰うから。それと、海。海見せてくれて……礼を言う」

《うふふ、ええ。ソラさんもこの機会に、もっと環境のことを考えてみてくださいね》

「……まあ、そうだな。少しだけ、な」

 

ソラは頭をかきながら、ACを旋回させて、海に背を向けた。

それ以上長く見ていると、帰りたくなくなりそうだった。

自然区の"海"は、偽物の空を見上げて孤児院で育ったソラには、あまりにも魅力的だった。

 

 

依頼を終えた後、ビルバオのメールマガジン攻撃が、激化して再開された。

最初は真面目に読んでいたソラだったが、やはりコーテックス本社に通報して、やめさせたのだった。



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脱出部隊護衛

ゲーム本編ではクアドルペッドが大勢で来るミッションです。弾切れが怖い。
今回はバズーカ装備です。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

レイヴン、お前の力量を見込んでの重要な依頼だ。

 

産業区のグラン採掘所を巡った紛争は、お前もよく知っているだろう。

先日キサラギから接収したこのグラン採掘所だが、我々ミラージュが正当な採掘権を得ているにも関わらず、未だにレアメタル鉱脈に固執するキサラギによって日々、悪質な妨害工作を受け続けている。

 

キサラギは施設の構造を熟知しており、まだ我々の調査の及ばないルートを駆使して、巧みに警戒網の裏をかいてくる。

高ランクレイヴンまで動員し、幾度となく攻撃を退けてはきたが、被害は拡大する一方だ。

 

そこで、ミラージュ本社は採掘所から作業員達を一時撤収させ、構造面の全面改修を行なうことを、採掘所の全駐屯部隊に通知した。

駐屯部隊の中に、キサラギに通じている者がいることを、承知の上でな。

つまりこの情報は、確実にキサラギ側も把握することになる。

 

撤収作業の妨害と採掘所の占拠を狙って、奴らは必ず大攻勢をしかけてくるだろう。

お前には他のレイヴン及び我が社の迎撃部隊と協働し、キサラギの強襲部隊を撃滅してもらいたい。

キサラギに手痛い打撃を与え、しばらくは大人しくしてもらおうというのが、この作戦の意図するところだ。

 

なお、作業員の撤収や構造面の見直しについては、完全なブラフというわけでもない。

どの道、これほど頻繁に妨害を繰り返されれば、レアメタルの採掘どころではないからな。

撤退時の損害を抑えられれば、その分追加報酬を支払おう。

また、キサラギ側がレイヴンを動員してきた場合についても、撃破すれば報酬の上乗せを約束する。

 

この紛争も、いい加減に決着をつけたいところだ。

頼んだぞ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はミラージュ社。作戦区域は、第三層産業区セクション554のグラン採掘所です。成功報酬は基本が30,000Cですが、条件に応じて特別加算あり。予測戦力は……四脚型MTクアドルペッドが主力と推定。また、キサラギ側もレイヴンを投入してくる可能性が高いとのことです》

「グラン採掘所争奪戦の山場ってところか……ミラージュもキサラギも本気だな」

《依頼名は"脱出部隊護衛"となってはいますが、その実キサラギ主力部隊の撃破という側面の方が強いでしょう》

「レイン、協働するレイヴンは?」

《はい……B-2ランカー"ファンファーレ"ですね。ミラージュ社の依頼受諾率が非常に高いことで知られるレイヴンです。実質、ミラージュの最高戦力といっていいかと》

「B-2……上澄みも上澄みじゃねえか。……ミラージュ御用達傭兵の"リップハンター"も、多分出てくるだろうな」

《……正直なところ、非常に危険な依頼だと思います。キサラギも相応の大戦力で来るでしょうし》

「それでも、受ける。最悪、面倒な相手はB-2ランカー様に押し付けてやればいいし、何より……」

《何より?》

「ここでつまずくようなら、俺はそこまでだってことだ。高く飛べずに、終わる。そんな気がする」

《……レイヴンは》

「ん?」

《……いえ、何でもありません。依頼の受諾をミラージュに伝えます。ガレージで待機をお願いします》

「了解だ。……大仕事だな。気合入れるぞ、レイン」

《……はい》

 

 

………

……

 

 

そして。

 

ソラは愛機のAC"ストレイクロウ"を駆り、ミラージュ管理下のグラン採掘所内部に脚を踏み入れた。

かつてキサラギからの手荒い歓迎を受けたメインフロアは、今や忙しく行き交うミラージュの作業員や輸送車両でごった返している。

MT部隊も複数見受けられた。近接型二脚MT"ギボン"、普及型重装MT"スクータム"、普及型逆脚MT"エピオルニス"、高機動型フロートMT"カバルリー"と、多種多様である。

まだ撤収は始まっておらず、迎撃準備も万全には整っていないが、それでも採掘所内にはひりつくような重い空気が流れていた。

ACの頭部カメラに映る生身の作業員達は、誰しもが落ち着きなく周囲を見渡しては、ため息を吐いたり身震いをしている。

 

《レイヴン、ストレイクロウの配置はB-1からB-7ゲート付近です》

「了解。レイン、提供されたマップデータ上にゲートの場所を全部スポットしておいてくれ。少しでも見やすくしておきたい」

《分かりました》

 

ソラがストレイクロウを所定のポイントへ移動させていると、並走する赤いギボンから通信が入った。

 

《どうも、レイヴン。ナイアーブリッジ以来ね。そのACも、あの頃から随分と見違えたじゃない?》

「……リップハンターか。やっぱりあんたも来たんだな」

《私は傭兵よ?お金を積まれたら、どこにだって行くわ》

「へえ……クレストやキサラギからの依頼でもか?」

《さあ?気分と報酬次第ね。じゃあ、頑張りましょう?私達ギボン部隊がCゲート群、スクータム部隊がAゲート群を担当するから。もし何かあれば、その時は呼ぶわ》

「何かって何だよ?」

《分かってるくせに……あなたの同業者が来た時よ》

 

そう笑って離れていくリップハンターの後ろには、ミラージュの正規部隊と思しきギボン達が何機も続いていた。

いくら名が知られているとはいえ、ただのMT乗りの傭兵に、企業が高性能MT部隊を率いさせるわけがない。

この大舞台に呼ばれて一方面を担当しているということは、やはり"そういうこと"なのだろう。

ソラが去っていく赤いMTを眺めながらそんな思考を巡らせていると、採掘所内の館内放送が響き渡った。

 

《作業員は輸送車両へ!作業員は速やかに輸送車両へ!社員IDの確認を受けて乗車せよ!駐屯部隊は3分後に撤収を開始する!遅れたら置いていくぞ!》

 

バタバタと、メインフロアに散らばっていた作業員たちが駆け足で輸送車両へと走っていく。

まだメインフロアには回収しきれていない資機材が散らばっていた。

作業は途中に見えたが、それでも今から撤収を開始するらしい。

それも、いきなり3分後とは。ソラは、操縦桿を無意識のうちに強く握りしめ、静かに息を吸い込んだ。

 

《ミラージュ全迎撃部隊に伝達。Bランクレイヴン"ファンファーレ"……AC"インターピッド"だ。本社の意向により、この迎撃の指揮は私が取る》

 

ストレイクロウの通信機が、ひどく冷静な男の声を吐いた。

寡黙というより、感情がなさそうなほどに事務的な声である。

ファンファーレ。道中、輸送機に揺られながら、ソラはレインが調べたデータを確認していた。

アリーナのB-2ランクという極めて高い位置にいるにも関わらず、多くの依頼を――中でも特にミラージュからの依頼を優先して遂行する、現場重視のレイヴンである。

レインはこのレイヴンこそが、ミラージュの実質的な最高戦力だと分析していた。

 

《駐屯部隊は順次、輸送車両の移動を開始。カバルリーは車両に先行、車両の後方はエピオルニスだ。鉱山の麓の、本社部隊との合流まで防衛するように》

 

駐屯部隊の輸送車両の群れがMT部隊に護衛されながら、移動を開始した。

 

《迎撃部隊。ミラージュが鉱山内各ルートに放っていた大量の探査用メカが、徐々に消滅し始めている。キサラギの部隊はここへ接近中と見ていい。第一陣到着はおそらく、ストレイクロウの担当するBゲート群だ》

「了解。確認次第迎撃する」

《その前に……全部隊。各ゲート内に配置されている、普及型MTを攻撃しろ》

「……なんだって?」

《バリケード代わりだ》

 

必要なこと以外一切喋らない端的な説明に、ソラは素直に従った。

開きっぱなしになっている各ゲート内部に放置された逆脚MT"モア"の脚をマニュアル照準で狙い、バズーカで吹き飛ばしていく。

モアはその場で頓挫し、ゲート内通路のど真ん中を塞いだ。

 

《迎撃部隊は各担当ゲートの防衛に集中するように。防衛網を突破された場合は、ストレイクロウまたはギボン部隊が追え。他の想定外ルートからの奇襲は全て、私のインターピッドが遊軍として請け負う。なお、ACが出てきた場合、相手取るのは基本的にACとする。質問は?》

「ないが……レーダーに反応!Bゲート通路内に機影多数だ!」

《こちらもよ!始めていいかしら?》

《ああ、作戦開始だ》

 

ファンファーレの静かな声をかき消すように、ゲート内部でモアが爆散しその金属片がメインフロアの方へと勢いよく吹き飛んできた。

ソラは素早く左右を確認、動いたのは2ヵ所だ。

 

《レイヴン、先陣のクアドルペッドです!B-2から3機!B-5から2機!》

「いくぞ!」

 

火蓋が切られた。ソラはB-2ゲート正面に待ち構え、煙の中から飛び出してきた四脚MTにバズーカを見舞った。

高機動のクアドルペッドも狭い通路内では砲弾の避けようがなく、直撃を受けて爆散。ソラはそのまま、通路内にバズーカを連射した。

ほぼめくら撃ちだが、大口径砲弾ならば十分にクアドルペッドを始末できると考え、実際にそうなった。

B-2から3つの機影が全て消える。次はB-5だ。

ソラがACを向かわせようとした時、モニターの端でメインフロアの天井が大爆発した。

 

「!?」

 

一瞬視線を向けると、キサラギのスクータムがバラバラと降下してきていた。

まず5機。いや、まだ降りてくる。

どうする、とソラの一瞬の逡巡でACの足が止まり、だが次の瞬間、スクータムが横合いからの乱射で数機まとめて吹き飛んだ。

遊軍、インターピッドの射撃だった。拡散投擲銃と携行型2連ロケットをばら撒く、極めて高火力な攻撃。

 

《構わん。ゲートの迎撃に集中しろ》

 

ファンファーレからの通信に頭を切り替え、ソラはB-5ゲートに向けてフットペダルを踏んだ。

ゲートからクアドルペッドが1機顔を見せ、搭載された連装ミサイルランチャーを発射してくる。

ストレイクロウの正面装甲に被弾、だがソラは気にせずにバズーカを撃ち返した。

敵が沈黙した直後に、またもう1機がゲートから飛び出してきた。

左右に不規則に動きながらACを躱してフロアを進もうとするそれを、ソラは落ち着いて狙いすまし、バズーカ砲弾で叩き潰した。

 

《今度はエピオルニスです!B-1奥に3機!》

「スルーだ!出てきてからで間に合う!」

《……!クアドルペッドがB-4に2機出現!》

「よし、そっちを……」

《レイヴン、すまん!こちらAゲート!突破された!クアドルペッド2機だ!》

「何!?」

 

ソラは機体を旋回させ、フロアの中央を見た。

降下してくるMTを蹴散らし続けるファンファーレの横を回り込むようにして、四脚MTが通り過ぎようとしていた。

 

《スクータムじゃ追いつけん!》

「分かったよ!」

 

幸いにも射程範囲。肩部ミサイル及び連動ミサイルを起動。

ソラはBゲートの前から動かず、メインフロアを通り抜けようとするクアドルペッド達にミサイルを2度に分けて放った。

2機ともに命中。爆散。

そして、採掘所のサブフロアから繋がるゲートが吹き飛んだ。

撤退する輸送車両の列の、すぐ傍だった。

 

《え……!?レイヴン、サブフロアから敵多数!スクータムとエピオルニスです!そんなルートが……》

「何だと……クソっ」

《そっちも俺だ。迎撃部隊は担当ゲートに集中しろ》

 

インターピッドがオーバードブーストを起動して、サブフロアの前へと急行していった。

天井からの奇襲部隊は、もう片づけ終えたようだ。

ソラはBランクレイヴンの仕事の早さに舌を巻きながら、B-4ゲートから飛び出してきた四脚MT2機を続けて撃ち落とした。

さらに、遊ばせていたエピオルニスが3機、B-1ゲートから姿を見せてガトリングをばら撒き始める。

ミサイルを起動してマルチロック、連動ミサイルと合わせて発射し、まとめて屠った。

 

「ひっきりなしかよ。弾足りるのか……?」

《こちらインターピッド、サブフロア内隠し通路からACだ。……C-2ランク。少し時間がかかる。エピオルニス、輸送車両を守り抜け》

《こちらリップハンター、C-5ゲート奥からもAC接近!レイヴン頼んだわ!》

「……了解!リップハンター!代わりにBゲートをギボン部隊にフォローさせろ!」

 

ソラがCゲート群に向かい、C-7ゲートを抜けてきた四脚MTをミサイルで吹き飛ばした時だった。

C-5ゲートから、黄色い四脚型ACが勢い良く飛び出してきた。

 

《D-11ランカーAC"ヴァリアント"です!》

「……武器腕か!お前の相手は俺だ!」

《フィクサーに勝った奴だな?……興味があった》

 

不敵な台詞と共に、敵AC"ヴァリアント"がこちらに向けて武器腕マシンガンを展開した。

4発同時発射の、嵐のような銃弾がストレイクロウに降り注ぎ、モニター上のAPが溶けるように消えていく。

パーツカタログで見たことがあったため、パニックにはならなかった。だが、それでも凄まじい瞬間火力。

ソラは歯を食いしばって、ミサイルを束ねて冷静に反撃した。

劣悪な集弾性の弾幕にミサイル群が引っかかり、2機のACの間で大爆発を起こす。

撒き散らされる爆煙。

連射が止まったその隙にソラは大きくACを飛び跳ねさせて後退させ、立て直しつつバズーカを連射した。

煙から這い出してきたヴァリアントが躱しきれずに、大口径砲弾の連続直撃で姿勢を崩す。

メインフロアには資機材がまだ大量に残っている。お互いACの機動性と運動性をフルには発揮できない。

一度距離が開けばそう簡単には詰め寄れず、マシンガンよりもバズーカが有利だった。

 

《……舐めるなよ!》

 

敵レイヴンが吼え、肩部の長い砲身を展開する。

弾幕の質が変わった。集弾性に優れた徹甲弾がドッドッドッと鈍い音を立てて間断なくばら撒かれてくる。

チェインガンだ。瞬間火力は武器腕に劣る分、連射の一発一発が高威力であり、命中率も高い。

ストレイクロウのAPが4000を切った。

ならばと肩部ミサイルを多重ロック、連動ミサイルと共に発射して、ダメージを取り返す。

壮絶な削り合いだった。

ストレイクロウもヴァリアントも、自身の回避よりも敵への攻撃を考えて動いていた。

 

「ちっ……!?」

 

ソラが舌打ちし、目瞬きした時、採掘所内の状況が大きく変わっているのに気づいた。

メインフロアを、5機以上の四脚MTがわらわら通り過ぎていく。

ギボン部隊が、必死に追っては散弾とミサイルを撃ち込んでいた。

 

「レイン!リップハンター!状況は!」

《インターピッドはC-2"スタリオン"と戦闘中!優勢ですが、サブフロアから沸いた敵部隊がすり抜けて輸送車両を追撃、エピオルニス部隊と激しく交戦しています!》

《こちらリップハンター!Aゲートのスクータムがほぼ壊滅!おかげでクアドルペッドが6機抜けて、輸送車両に向かってる!ちょっと厳しいわ!ギボンの速度でも……離される!》

「だってよ!」

 

ソラは唾を飛ばし、目の前の敵ACに苛立ちをぶつけるようにバズーカをぶち込んだ。

また直撃、これで9発か10発目。敵ACヴァリアントがあからさまに及び腰になり始めた。

武器腕はAPの確保ができないはずだ。もう相当辛いに違いない。もう、トドメを差すべきだ。

ソラはACを空中へと飛び上がらせて距離を取り、射線を確保しながら肩部ミサイルユニットと連動ミサイルを起動、多重ロックを可能な限りかけていった。

 

《クソが……いい加減に……!》

 

ヴァリアントがチェインガンを畳み、背面の大型ブースタを起動させた。

オーバードブーストだ。一気に接近し、武器腕マシンガンの一斉掃射で勝負をつける。

見え見えの、だが必殺となる逆転の一手。

 

「さすかぁっ!」

 

ソラは空中からミサイル発射のトリガーを引いた。

ミサイルの輝く噴射炎が連続して、ヴァリアントに殺到する。

そしてそれはヴァリアントの加速開始より一瞬、早かった。

連鎖爆発が黄色い四脚を丸ごと呑み込み、だが、ヴァリアントはその爆風の中からマシンガンを乱射しながら真っ直ぐに飛び出してきた。

 

《死ねぇっ!!》

「死ぬかよっ!!」

 

ソラもあえて、ACを突っ込ませた。

圧倒的な弾幕にストレイクロウのAPが溶けていく。

3000、2500、2000――そこまでだった。

ストレイクロウが、空中でレーザーブレードを一閃した。

 

《この俺が……!》

 

断末魔の呻きと共にヴァリアントはオーバードブーストの慣性で彼方へと飛んでいき、大爆発を起こして消し飛んだ。

 

《ヴァリアント撃破!レイヴン、無事ですか!?》

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……ああ、AP2000。だけど、キサラギのMTを追わないと」

 

ソラが操縦桿を握り直して息を整え、レーダーから遠ざかっていく四脚MTの群れを睨みつけた。

あとAP2000。無茶はできないと慎重になった時、四脚MTが横合いからの砲撃で次々に爆散していった。

一直線に輸送車両へと向かっていたクアドルペッド達の挙動が乱れ、あからさまに怯えたようにメインフロアに散開する。

 

《こちらインターピッド。敵ACは撃破した。クアドルペッドは私がやる。他はサブフロアから沸いた敵部隊を追え。リップハンター、ギボン部隊を連れて先行しろ》

《……ふぅ、了解。さすがだわ、ファンファーレ》

《最後まで気を抜くな。職務を全うしろ》

《はいはい。相変わらずな男……》

《スクータム部隊、その損耗率では足手まといになる。待機しておけ》

 

ファンファーレとリップハンターのやり取りを通信で聞きながら、ソラは息を吐いた。

 

《レイヴンも、無理のない範囲で追撃を。ファンファーレのインターピッドは、APを4000以上残していますから》

「そうか、C-2ランカーを相手にして……すげえなファンファーレは。さすがB-2ランカーだ」

《ストレイクロウ、早く来い。残る敵機を掃討するぞ》

「……ああ、了解」

 

ソラはフットペダルを踏み締め、ストレイクロウのブースタを吹かして、クアドルペッドを蹴散らし続けるインターピッドに合流した。

その後、輸送車両へと追いすがるキサラギのMT部隊を排除して、作戦は無事成功となったのだった。

作戦を終えた時、ストレイクロウのAPは800。

弾薬もバズーカと連動ミサイルは全て撃ち尽くし、肩部ミサイルしか残っていなかった。

 

まさにギリギリの勝利。

だが、戦いの中で得た物は大きかったと、ソラはレインのいつもの労いの言葉を聞きながら、コクピットシートに背中を預けるのだった。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ミラージュ

TITLE:礼状

 

レイヴン、グラン採掘所からの作業員撤収は軽微な損害で完了した。

また、キサラギの派遣してきた大部隊も壊滅し、多大な損害を与えることができた。

もはや奴らに、再度の攻勢をしかける余力は残っていまい。

 

長期化しつつあったグラン採掘所の争奪戦も、今回の我々の勝利をもって終息に向かうはずだ。

地下世界最大最強の企業たるミラージュの実力を、キサラギも存分に思い知ったことだろう。

 

今回の作戦成功はミラージュ社内におけるお前の評価を引き上げる、十分な活躍だったと言わざるをえない。

我々としては、今後のお前の貢献次第で、特別な支援を与える用意もある。

 

せいぜい、励むことだ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 




チェーンインパクトは本来、このミッションの追加依頼で出る敵でしたが、合流させました。彼のヴァリアントはコンセプトが非常に明確でかっこいい機体です。


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ミラージュ部隊強襲

レジーナ再登場。今回はレーザーライフル装備です。

オプションが追加されたのでまとめて記載しておきます。
フレーバー程度ですので、武器以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:MWG-XCW/90(90発レーザーライフル)
左腕部武装:CLB-LS-2551(緑ブレード)
右肩部武装:CRU-A10(初期肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:MWEM-R/24(2発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAM-11-SOL
脚部:MLM-MX/066

ジェネレーター:MGP-VE905
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:MBT-OX/E9
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)、SP/E++(EN武器威力上昇)


朝早くのことだった。

セクション301の偽物の空は、いつもの如く曇り空。

レイヤード市民の誰もが見飽きている、分厚い雲が映し出されていた。

 

『急転直下!ミラージュ大誤算の撤収作戦、高ランクレイヴン投入も虚しく"大赤字"』

『蠢く卑劣な陰謀、キサラギの偏執的強欲と逸脱行為の数々』

『レアメタルは誰のモノ?協定と秩序を破る二社の行き過ぎた資源闘争』

 

「あーあ……すごいことになってら……」

 

専用住居のリビングで、ソラはソファに寝そべって携帯端末をつつきながら、独りごちた。

レインから一報を受け、各メディアの報道を閲覧していたのである。

 

どの企業系メディアも、トップニュースはグラン採掘所争奪戦の顛末についてだった。

内容はもちろん、争奪戦におけるミラージュの勝利――ではなかった。

そのまったく逆である。

 

キサラギがグラン採掘所を占拠したと、どこも報じていた。

 

各メディアをソラが見るに、争奪戦の顛末はこうである。

 

ミラージュによる非戦闘員及び駐屯部隊の撤収作戦にキサラギが奇襲をかけ、互いに複数名のレイヴンと大部隊が投入されての激戦となった。

戦闘はミラージュ側の勝利に終わり、キサラギの部隊は壊滅。ミラージュは駐屯部隊を無事撤収させた。

しかしながら、それはキサラギの思惑の通りだった。

キサラギはミラージュが迎撃部隊を解散し、採掘所内がもぬけの殻となった一瞬の隙をついて、本命の特殊部隊を極秘のルートから投入。

施設全域の制御権を瞬く間に掌握し、鉱山からのミラージュの完全な締め出しに成功した。

部隊の損害著しく、レイヴンも撤収し、非戦闘員を大量に抱えたままのミラージュはどうすることもできず、そのまま採掘所から撤退するほかなかった。

 

とのことであった。

 

「ミラージュは完全にしてやられたってことか……」

 

確かに思い返せば、あの戦闘でキサラギの部隊は主力MTのクアドルペッドを大量投入してきた割に、手練れらしい手練れがいなかった。

あれが精鋭部隊ならば、ACをもってしても苦戦するMT乗りが複数名混じっているはずなのである。

もっとも、Cランク上位のレイヴンまで投入した大攻勢が、まさか本命でなかったなどと予想できるはずもない。

ミラージュが今回の攻防に関して、完全にキサラギに上をいかれたのは、客観的に明白だった。

怒り狂った罵倒の文面がミラージュ系の報道に躍っているのを見ても、それは確かだろう。

 

「最精鋭のデルタ1も本命側で温存されてたのかね。あいつがこれに関わらないわけがないし……それに」

 

ソラは携帯端末に表示した画像を拡大した。

キサラギ系メディアの映した採掘所制圧後の写真の隅に、白銀色のMTと思しき機影がほんの一部分だけ映っている。

おそらく、特殊工作傭兵の"デュミナス"である。

キサラギが施設の制御権を迅速に掌握できたのは、この傭兵のおかげでもあるだろう。

彼女の存在は、キサラギの極めて周到な事前準備を言外に物語っていた。

 

「俺の苦労がパーかよ……あーあ」

 

ソラはため息を吐き、携帯端末をポイと机の上に投げた。

礼状で高らかに勝利宣言をしていたミラージュの気持ちを慮ると、こちらまで顔が赤くなる。

ソラはそのままもぞもぞとソファの上で身体をくねらせ、もう一度ため息を吐いて。

 

「朝飯食うか……」

 

キッチンへと足取り重く向かった。

 

 

………

……

 

 

数日後。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

レイヴン、グラン採掘所での活躍は存分に見せてもらった。

その腕前を見込んで、重要な依頼を頼みたい。

 

我が社は偽の情報を流す事で、ミラージュの大部隊を自然区のアヴァロンヒル西部に誘き出す事に成功した。

このアヴァロンヒルに展開しつつある敵部隊を襲撃し、全滅させてくれ。

 

ミラージュは採掘所陥落の件で、相当焦っているらしい。

先の消耗を回復せぬ間に、我々の誘導にまんまとかかり、またも大がかりな戦力を投入してきている。

ここで痛手を与えれば、ミラージュの力を削ぐ、絶好の機会となることは疑いようがない。

 

なお、我々キサラギもグラン採掘所で大規模な攻勢をかけたばかりだ。

正規の部隊を動員することは厳しいため、今回は君の僚機に相応しい、有望なレイヴンを雇用している。

 

彼女と連携し、必ずこの奇襲を成功させてほしい。

よろしく頼む。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はキサラギ社。作戦区域は第一層自然区セクション720、アヴァロンヒル西部です。成功報酬は35,000C。予測戦力は、重装型MT"スクータム"が約20機、近接用MT"ギボン"が約10機、機動装甲車多数です》

「キサラギの野郎、採掘所でやり合った直後に依頼してくるのかよ……まあ、こういうの今までもあったけどさ」

《報酬額は多いですが、その分敵戦力もかなり大規模ですね……僚機がAC1機ということを考えれば、前回のミラージュの依頼以上の負担になるかもしれません》

「ちなみに僚機の『有望なレイヴン』って誰だ?」

《待ってください……あっ。D-12ランカー"レジーナ"です》

「レジーナ……あいつが?しかもD-12って俺のすぐ上……いや、すぐ下か?」

 

ソラは急いで携帯端末を開き、レジーナの開示情報を確認した。

レジーナは確かにD-12ランカーになっていた。

愛機のAC"エキドナ"も、右腕の携行型グレネードはそのままに、より攻撃的で実戦的なアセンに変貌している。

もっとも、D-8ブラッククロス搭乗のドロール、D-11ヴァリアント搭乗のチェーンインパクトが立て続けに死亡したことで、ソラ自身もD-11に繰り上がっていたが。

アリーナ戦の時以外、ランクをあまり気にしていなかったソラにとって、あの少女が既に自分の真下につけていることは予想外だった。

 

「いつの間に……」

《どうやら彼女もフィクサーに競り勝ち、Dランクに上がってきたようです。依頼遂行率も現在100%を維持。確かに有望なレイヴンですね》

「……こいつが出てくるんなら、俺が逃げるわけにもいかないか。レイン、依頼を受けるぞ。輸送機の準備だ」

《了解しました。……アリーナでの対決から、彼女もきっと成長しているでしょうね》

「成長してるのは俺とストレイクロウも同じさ。実戦で、先輩風吹かせてやるよ」

《……ええ。レイヴン、後輩に負けないよう、お願いします》

 

各手配を終えた後、奇遇にも協働することになった後輩レイヴンのことを、ソラとレインは語り合った。

彼女がレイヴン試験の説明会で、如何に騒ぎたてたか。

彼女がアリーナでの直接対決で、如何に手ごわかったか。

2人の話が面白おかしく弾むのは、それが初めてだった。

 

 

………

……

 

 

第一層自然区、セクション720のアヴァロンヒル西部。

見渡す限りの広大な荒野を、人工太陽を追うかのように、グローバルコーテックスの双発式戦略輸送機が飛行していた。

輸送機の内部では、黒の"ストレイクロウ"と赤の"エキドナ"、2機のACが獲物を待ちわびている。

 

《ふーん。じゃ、あの美人なお姉さんとあたしをダシに盛り上がったわけ?出撃の直前に。さいてー》

 

ソラの後輩"レジーナ"は非常にフランクな、というより礼儀の欠片もない馴れ馴れしさでソラに通信を繋いできていた。

 

「お前こそ、先輩レイヴンの専属オペレーターに、随分と失礼なクチを聞いたんだってな?」

《知らないわよそんなの。急に呼び出してこれから試験に出ろ、出ないと市民権剥奪だなんて、そっちの方が失礼でしょ?管理者ってバカじゃないの?》

「……あー、それには同意する」

《でしょー?まあ、おかげであのバカ親父をブン殴れたし、無事レイヴンにもなれたし、いいんだけど》

「いいのかよ。もっと葛藤とかなかったのか。学生だったんだろ?」

《無いわ、別に。こちとらアホ親父が連絡も寄越さず金だけバカスカ入れるから腹が立って、中等教育ズルけて工場に潜り込んでMT乗り回して……》

「分かった分かった。その後は酒呑み傭兵に捕まってMT乗りでもやってたか?」

《そういうプランもあったんだけどね。気づいたら、色々すっ飛ばしてレイヴンになっちゃった》

「そうかよ。ご愁傷さま」

《本当にね。……それにしても企業ってどうして、奇襲だの破壊工作だの逃亡者追撃だの、悪趣味な依頼しかしてこないのかしら?もっとこう、素直に人様の役に立つような……》

「おい、そろそろ作戦時間だぞ。仕事する気になれよ」

《……分かってるわよ。そっちこそ、必要な時以外通信しないでよね。もう集中するから》

 

年頃の少女らしく、ずっと姦しく騒いでたレジーナが急に声のトーンを落として、通信を切った。

 

《レイヴン、作戦区域上空です。既に輸送機のカメラが敵部隊の展開を捉えています。……あちらも、迎撃態勢を取りつつあるようです》

 

ストレイクロウのモニターに輸送機のカメラ映像が送られてくる。

ミラージュの部隊が展開しているのは、アヴァロンヒル西部の中でも比較的起伏の緩やかなエリアで、またその中央には、巨大な落下物が突き刺さっていた。

アヴァロンヒル西部では、5年ほど前にミラージュとクレストによる大規模な紛争があったはずだ。

その際に落下した、区画の天井板か何かだろう。

 

「……奇襲って言っても上空を飛んでたら、当然気づかれるだろうな。レイン、輸送機が敵の射程に入る前に下りるぞ。目安は距離1000だ」

《了解しました》

「エキドナ、それでいいな?」

《……問題無いわ。いつでもいける》

 

レジーナの声は、先ほどまでの騒々しさが嘘のように凍りついていた。

緊張している――わけではなかった。

その逆だ。恐ろしいほどに、集中している。

まるでスイッチを切り替えたかのように、一瞬で。

彼女の今の雰囲気は、アリーナ戦での異様な冷静さによく似ていた。

レイヴン試験で爆撃機に狼狽えていた少女と同一人物とは、到底思えない。

この集中力がレジーナのレイヴンとしての資質なのだと、ソラは悟った。

 

「……距離1000。ストレイクロウ、出るぞ」

《エキドナ、行きます》

 

2機のACが、起伏激しい荒野へと飛び降りた。

 

「援軍を呼ばれても面倒だ。一気に……」

《待ってください!剥がれた天井板の陰から……AC!?識別コードを照合します!》

「AC……!?情報にないぞ……」

《……D-6ランカーAC"リバイバル"確認!》

 

濃緑色のフロートACがオーバードブーストを起動し、一気に距離を詰めてきた。

その後ろで、他の部隊も一斉にこちらに向かい始める。

先行してきているのは、機動装甲車だ。

 

《……ストレイクロウ、ACは私がやるわ》

「いいのか?」

《フロートなら、そう時間はかからない。仕留めたら援護に回るから》

「了解した。頼んだぞエキドナ」

 

エキドナはあまり総弾数の多くない、瞬間火力に特化したタイプのACだ。

確かに、敵のフロートACを相手にさせて、その間に自分がMT部隊とやり合った方がいい。

ソラはレジーナの提案に納得し、オーバードブーストを起動した。

 

「先に行ってるぞ!」

 

あえて突撃してくる敵AC"リバイバル"とすれ違うようにして、高出力ブースタで突っ込んでいく。

リバイバルは一瞬マシンガンを構えたが、この一瞬の交錯で当てるのは無理と判断したのか、そのままソラのストレイクロウとすれ違った。

ソラの背後で、携行型グレネードの砲声が轟いた。

 

《レイヴン、敵は多数です。集中攻撃を受けないようにしてください》

「分かってる!」

 

オーバードブーストを停止し、荒野を慣性で滑りながら、ソラは第一陣の機動装甲車群をロックサイトに収めた。

レーザーライフルを向けられたことに気付いたのか、敵部隊は散開し始める。

だがそれより先に、レーザーの一射目が装甲車をぶち抜いた。

 

「レーザー強化オプション……どれくらい意味があるかだが……」

 

新しく搭載したオプショナルパーツ"SP/E++"を思いつつ、ソラはレーザーライフルを連射した。

1機、2機、3機と確実に機動装甲車を射抜き、撃墜していく。

敵もレーザーで撃ち返してくるが、大した威力ではないし狙いも甘い。

やがて、撃ち漏らした装甲車部隊が横を通り過ぎていった。

そして同時に、大口径砲弾がストレイクロウの周囲に着弾し始める。

重装MT"スクータム"が追いついてきたのだ。

 

「装甲車は後回しだ……まずは主力から」

《観念しろキサラギ!貴様らの奇襲など分かりきっていた!》

 

ACの頭部COMが、敵の威勢のいい啖呵を傍受する。

横一列に並び、バズーカを間断なく唸らせながらゆっくりと距離を詰めてくるスクータム部隊から、ソラはブースタで距離を取った。

昔乗っていたMTだ。スクータムの有効射程範囲は分かっている。この広い荒野でならバズーカの射撃精度がどこまで遠ざかれば急激に落ちるかも把握しやすい。

適切な距離を見極め、ACを左右に躍らせて砲弾の嵐をかいくぐりながら、ソラはレーザーライフルの引き金を引いた。

極めて弾速の速いレーザー火線が飛来していき、スクータムの正面装甲を一撃で破って、沈黙させる。

強化オプションの効果はしっかりと出ているようだ。

シールドにさえ吸われなければ、バズーカの間合いの外からでもスクータムを倒せる。

ならばあとは、根気の問題だ。

レーダーに映っているスクータムは――10機ほど。

 

「レイン、残りのスクータムとギボンは何をやってる?」

《旋回中の輸送機のカメラが捉えています。二手に分かれて、レーダー範囲の外から大きく回り込んでいるようです》

「包囲狙いか。じゃあ、目の前をさっさと片づける!」

 

ソラはそう宣言し、レーザーライフルのトリガーを引き絞った。

レーザーが連発で放たれ、1発はシールドで受け止められるも、もう1発は装甲を貫通し、敵を撃ち沈める。

反撃のバズーカ砲弾も、ACの運動性で大きく動き回っていればそう痛打はない。

通り過ぎていった装甲車が回り込んできたのか、横合いから低出力レーザーで気を散らしてきた。

とはいえ、取り合うつもりはない。ソラは努めて冷静に、目の前のスクータム部隊だけを見てレーザーライフルを撃ち込んでいった。

やがて、敵の数が減り、砲弾の迎撃も減り、戦いやすくなってきた。

そして敵部隊の中にやはり、何人か手練れが混ざっているのにも、気づいた。

 

「マーキング……右から2番目と左端。この2機以外は雑魚だ」

《レイヴン、迂回していたMT部隊が急接近中!スクータム10、ギボン10が挟み撃ちしてきます!》

「エキドナ!そっちは!」

《直に終わるわよ。あと……3発くらい》

 

レジーナの落ち着き払った声が応答してくる。

ソラは残り4機になった正面のスクータム部隊をまず片づけることにした。

レーザーでマークしたやり手以外を撃ち殺し、そのままオーバードブーストを起動、一気に距離を詰める。

2機のやり手は突進するACをもしっかり捕捉して、バズーカを当ててきた。

だが、もう遅い。レーザーブレードの間合いに、入っていた。

 

「まず1機!」

 

ブレードの光刃を振るい、身をかわそうとしたスクータムを仕留めた。

最後の1機は必死にブースタで後退しながら、バズーカを直撃させてくる。

半身になってシールドを大きく前に押し出し、少しでも粘ろうとするその手管は、ジダン兵器開発工場の腕利きを彷彿とさせた。

だが、あの時とは状況が違っていた。このアヴァロンヒルには、何の遮蔽物もないのだ。

機動性の差が、ACとMTの性能差が、如実に出る。

装甲車が決死の妨害をするように、モニター上を何機か横切った。

自動で最大範囲になったレーダーが回り込んできた敵部隊を映し始めている。

ソラはバズーカの被弾にも構わずにフットペダルを踏み込んで、ブースタ全開で突進した。

スクータムはシールドをしっかりと正面に構えている。

レーザーブレード発振。

斬りかかった。シールドを容易く両断。バズーカの反撃でコクピットが揺れる。

そして。

 

「終わりだ」

 

スクータムを真っ二つに両断し、ソラはぽつりと呟いた。

これで正面の部隊は全滅。残りAP6500。無理攻めしなければ、何とでもなりそうだった。

 

《……こっちも終わり》

《エキドナがリバイバルを撃破》

 

レインとレジーナから、ほぼ同時に通信が入る。

 

「エキドナ、損傷は?」

《AP5000。まだやれる》

「じゃあ左の10機をやってくれ。俺は右の10機だ……ギボンのブレードには気を付けろ。あと腕利きが混ざってるぞ。危なくなったら無理せず後退しろよ」

《了解。じゃあね》

 

フロート型でAPが少ないとはいえ、格上のDランカーをそんなにもあっさりやれるものかと、ソラは密かに感心した。

レジーナの集中力と技量は、やはりかなりの物だ。

そんなことを考えている内に、またスクータムのバズーカ砲弾が飛来してきた。

回り込んでいた部隊が追いついてきたのだ。

固まって来ればよかったものを――ソラは一瞬そう思った。

だが、実際に20機ものスクータムが密集すれば砲撃による同士撃ちがありえるし、ギボンの運動性とブレードも活かしづらくなる。

これだけ早くに正面部隊とACがやられなければ、十分有効な手だっただろう。

 

《敵MT部隊、さらに接近!ギボンが先行してきます!スクータムの援護射撃に注意してください!》

 

緩やかな高台からのスクータムの砲撃に、ギボンのミサイルとショットガンが混じり始める。

装甲車部隊は相変わらず、ACの周囲を大きく旋回しつつ鬱陶しい豆鉄砲のレーザーを何度も撃ち込んできた。

だが、特にもう脅威を感じなかった。

 

「……よし。もう少し」

 

ソラは先ほどまでと同じくACに距離を取らせ、先陣を切ってきたギボンにレーザーを浴びせた。

ギボンはブレードの間合いに入ることもできずに直撃弾を浴びて、荒野にひっくり返った。

 

「残念だったな、ミラージュ」

 

ソラは肩部ミサイルユニット及び連動ミサイルを起動。

3機でしかけてきたギボンにまとめてロックをかけ、ミサイル弾幕を発射。

上手く躱して生き延びた1機に素早くマーキング。

別方向から回り込んできたギボン3機にも、同じようにミサイルを放って、生き残りをマーキングした。

マーキングした連中が、果敢にもブレードで斬りかかってくる。

ソラはストレイクロウを跳躍させて躱し、オーバードブーストを起動して、大きく操縦桿をひねった。

大出力ブースタの急加速が一気に機体を敵部隊から引き離し、ギボンの必死の追撃を振り切って、振り出しに戻す。

ソラはバズーカの追撃を躱しながら、遠方に遠のいたMT部隊をまた、FCSでマルチロックしていった。

 

「これでキサラギに連敗だな」

 

トリガーを引いてミサイルを連続で撃ち放ちながら、ソラは地下世界最大企業の無念を慮った。

 

 

………

……

 

 

アヴァロンヒルから帰還する、輸送機の中。

格納庫には行きと同じく、黒と赤、2機のACが佇んでいた。

 

《んー……何かアレね。散々大部隊だの大がかりだの脅してきた割に、大したことなかったわね》

「ACがいただろ」

《居たけど?それでも大したことがない範囲よ。あのフロートAC、機動性だけだったもん。武装しょっぱかったし》

「……D-6ランカーだって聞いたが」

《あっそ。まあ?あたしが強すぎるのかもね。あーあ、これでまた企業からの胸糞な依頼が増えるわね、大変だわ》

「お前のポジティブさが羨ましいよ、俺は」

《何よ。いいでしょ、仕事終わりくらいポジティブになっても。あんたアレ?ガレージに帰ったら戦闘ログ睨みつけながら反省会とかするタイプ?》

「……たまにするが。いや、普通はするんだぞ。特に見たことのない相手と戦った時とか」

《えー、アホらし。終わったこと気にしても仕方ないじゃない。終わったら次のこと考えた方が絶対いいのに。パーツ何買うかとか、次の依頼まで何して過ごすかとか》

「次のこと考えるために、終わったことの整理つけるんだよ」

《はいはい、そうなんですか。……まあ確かに、そういうのも必要かぁ……うん》

 

作戦終了からずっと、ペチャクチャと喋り倒していたレジーナが不意に押し黙った。

ようやくうるさい口を閉じたかとソラが肩を回した時、また後輩の少女は口を開いた。

 

《ねえ、ちょうどいいから聞いといていい?》

「あ?何をだよ」

《あんた、戦闘中に変な通信受けたことない?》

「……は?」

《この前キサラギの依頼受けて、ミラージュの何とかブリッジでドンパチした時なんだけど》

「…………」

《やばいくらい動きの良いギボンが5機くらい割り込んできてさ。キサラギもミラージュも片っ端からやられちゃったのよ》

「…………」

《まあ、結局あたしが全部片づけたけどね。そしたら、急になんか通信障害が出て、その直後に妙な、男と女の声が混じったような通信が入ってきて》

「……いずれ?」

《あー、それそれ。そんな感じのことポツリって言ってた。って、なんで知ってるの?》

「……他に何か言ってなかったか?」

《他?えーと、それだけだった……ような。というかそもそもAPやばかったし、オペレーターも聞き取れてなかったし。何だったんだろあれ》

「……レジーナ」

《何よ》

「帰ったらその戦闘のボイスログ、聞いてみてくれ」

《は?何で?》

「…………」

《ちょっと、急に黙らないでよ》

「…………」

《何なわけ?気になるじゃないのよー!》

 

ソラは喚くレジーナを他所に、彼女の話したことを考えていた。

異常に高性能なMT。企業への無差別攻撃。そして、奇妙な通信。

ファルナ研究所のモノレール防衛で、自分が体験したことと、よく似ていた。

 

"あれ"を体験したのは、自分とゲドだけではなかった。

レジーナも、同じような目に遭っていたのだ。

"あれ"は、やはり――

 

《……レイヴン?そろそろ、セクション301です》

「あ、ああ。分かった」

《ちょっとー!無視するなってば!あのアホ親父といい、レイヴンの男ってホント何でこう、自分勝っ》

 

うるさい通信機を切りながら、ソラは底冷えのするような感覚を、思い出していた。

管理者の"視線"を感じた、あの感覚を。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:キサラギ

TITLE:礼状

 

レイヴン、よくやってくれた。

アヴァロンヒルに展開していた大部隊は、どうやらこちらの誘導に勘付いていたようだが、それでも君達の活躍によりこれを撃破することができた。

わざわざレイヴンを雇って待ち構えていたにも関わらず、奴らも哀れなことだ。

 

グラン採掘所の一件以来、ミラージュもキサラギの実力をいよいよ実感しつつあるはずだ。

我々は採掘所を巡る抗争は、まだ続くと見ている。

さらに今後は、事態を静観していたクレストも、この抗争に関与してくる可能性が高い。

 

レアメタル資源は、それほどに貴重ということだ。

地下世界レイヤードはクレストの言うような"秩序ある理想郷"では断じてない

管理者の監視のもとで、有限な物資を巡って誰もが争い合う。

それがレイヤードの現実だ。

 

だからこそ我々は、この現実に向き合い、正しい道をつねに模索しなければならない。

 

また依頼する。その時は是非、協力してくれ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:レジーナ

TITLE:確認した

 

輸送機であなたが言っていた件だけど、確認した。

あの声のログは無かった。

管理者の保管しているログバンクに照会をかけても、同じだった。

 

あれは何なんだろう。

気味が悪い。

 

何か分かったら、私にも教えて。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 




レジーナはゲーム本編の僚機時はもう少し礼儀正しいです。小説化するにあたってだいぶ脚色しています。ご了承ください。


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VS D-3パイソン

アリーナ回です。今回の武装はバズーカです。
誤字報告をくださっている方々、ありがとうございます。本当に助かります。
誤字が多くて申し訳ありません。


アヴァロンヒルでの戦闘から2日後。

ソラは専用住居のリビングで、知人に連絡を取っていた。

 

《なるほど……異常な高性能MTねぇ》

「ああ。俺達以外にも見たレイヴンがいた。俺達の時はスクータムで、そいつの時はギボンだ」

《……その2機種なら、怪しいのはミラージュじゃねえのか?》

「分からない。少なくとも、俺がスクータムと戦った時に被害を受けたのはミラージュだった。ギボンの襲撃があったのも、ミラージュとキサラギの交戦中だったって言うし。スパルタンの旦那は、そういう奴らに出会ったことねえか?」

《んー……》

 

携帯端末の向こうで、傭兵の先輩が低い声で唸る。

スパルタンは今日は素面らしく、ごく真面目な態度で通話に出てくれていた。

 

《ねえな。少なくとも俺の傭兵生活の中で、そんなブッ飛んだ性能のMTを戦場で見たことはねえ》

「……そうか」

《というか、ACでも苦戦するような代物にMTで出会ってたら、命がいくつあっても足りねえだろ》

「……まあ、言われてみたらそうかも」

《ばっきゃろー、納得してんじゃねえ!もう少し俺の腕を信用して『そんなことないだろ』とか言えねえのか!?》

「そんなことないだろ」

《後出しで言うんじゃねえよ!はぁ……まあ冗談はさておきだな。俺自身は見かけたことないが、実はボウズの話によく似た噂は知ってる》

「噂?」

《おうよ》

 

端末の向こうで、スパルタンがふぅっと息を吐き、声をひそめた。

 

《"実働部隊"って言ってな。どこの企業にも属さない、管理者直属の処刑部隊……言っちまえば死神よ》

「……実働部隊。死神……」

 

ソラはスパルタンの言葉を、舌の上で転がした。

管理者直属という着眼点は、奇しくもメカニックチーフのアンドレイの仮説と同じだった。

 

《MT乗りの昔からの言い伝えでな。その"実働部隊"は、見た目は普通なのに通常の数倍の性能のACやMTで構成されてるって話でよ。戦場で見かけたら絶対に死ぬっつー、まあ安直な伝説だ》

「……なんだそりゃ。オカルトか?何の謂われがあって」

《謂われは知らん。ボウズみてえに、イカれた性能の機体を誰かが実際に見たのか。あるいは、管理者への畏れの表れみたいなもんか》

「…………」

《だがまあ、この噂はどっちかというと傭兵の戒めに使われる話でよ。色んな企業に節操なくシッポ振ったりしてると、管理者の実働部隊に目をつけられちまうぜってな》

「そんなの、レイヴンはほぼ全員アウトじゃねえか」

《ははは、だな。まあ、だからこいつはあくまで、MT乗りの間の言い伝えだ。元々MT乗り傭兵は、リップハンターみたく一つの企業にだけ味方した方が美味い飯が食えるからな。俺も、あえて言うならクレスト寄りの傭兵だしな》

「そうか……実働部隊……そんな奴らが」

《あー、あんま真に受けるなよ?噂だぞ、単なる。根拠も何もねえんだ。ボウズが見たっていうMT部隊がその実働部隊だなんて断言する気はねえからな》

「分かってるよ。けど、参考になった。じゃあ……」

《……待て、ボウズ。話変わるが、いい機会だ。ちょっと聞いとけ」

「え?」

 

ソラが通話を終えようとした時、スパルタンが息を吸い込み、ぷはっと吐いた。

どうやら携帯端末の向こうで、煙草を吸っているようだった。

酒、煙草、女。スパルタンは歴戦の傭兵らしい、非常に分かりやすい男である。

 

《……俺はどうも、最近クレストがピリピリしてるように思う》

「クレストが?」

《ボウズ……"脱管理者"って言葉を、聞いたことあるか?》

「……"ユニオン"のことか?」

《おう、さすがレイヴン様は耳が早いな。……管理者至上主義のクレストはどうも、その勢力をひどく恐れてる。俺も、何度か奴らの拠点への襲撃に駆り出されたけどよ》

「…………」

《まず第一都市区だろ?第二都市区、産業区にも行ったな……とにかく結構回ったし、レイヴンが動員されてるのも見かけた。けど、ユニオンはクレストがどれだけ叩いてもしぶとく生き延びてやがる》

「……規模がデカいってことか?」

《それもあるだろな。なんてったって今の管理者体制はイコール、企業の経済戦争体制だ。管理者はともかく、企業の横暴が嫌いな奴らはごまんといるからな。……だが、クレストがピリついてる本質はそこじゃねえ、と俺は見てる》

「そこじゃねえ?」

《俺が見てきたのはだいたいしょっぱいアジトなんだが、レイヴンも駆り出されるようなそこそこの拠点になるとユニオンの戦力も顔ぶれが変わってな。……ミラージュのカバルリー、キサラギのクアドルペッド。いわゆる市場に出回ってる普及型じゃねえ、各企業固有の高級機だ。こいつらがなぜか出てくる》

 

ソラはスパルタンの話で、アダンシティでの戦闘を思い出した。

カバルリーと戦術爆撃機を使った、武装勢力のレイヴン試験妨害。

あれもレインの見立てでは、ユニオンの関与があったはずだ。

そして、結局有耶無耶になってそのまま忘れていたが、あの動きにはミラージュの支援があるとソラ自身も感じていた。

 

「……そういうのは俺にも少し、覚えがある」

《だろ?きな臭えんだよな……"脱管理者"団体の動きに、企業の影が見え隠れしてるなんてよ。んで、俺みてえな傭兵でも気づくくらいだから、当然、クレスト本社も勘付いてるはずだ》

「だからピリピリしてる、と?」

《ああ。ちょっと前に、第二都市区のセクション302が封鎖になったろ?あれもユニオンのせいだって発表してたしよ。ああいうのもあって、クレストはユニオン撲滅に血眼なんだわ。支社で依頼受ける度にしょっちゅう聞かされるぜ?管理者への冒涜とか、秩序への挑戦とかってよぉ。その内、ボウズにも声がかかるだろうな》

「けど、クレストも……」

《あん?》

 

ソラはクレストの依頼で訪れた、セクション513のことを思い出していた。

地殻変動で壊滅したはずなのに全くの無傷だった、第一都市区の封鎖済みセクション。

セクション302の封鎖も、本当にユニオンが原因かは怪しいところだ。

だが、その話をクレスト寄り傭兵のスパルタンにするのは、彼にとって不利益になるように思えた。

 

「……いや、何でもない。ユニオンか。やっぱり、要注意なんだな」

《ああ。"脱管理者"なんて掲げてるくらいだ。ひょっとすると、噂の"実働部隊"もユニオンの処刑に現れるかも、なんてな》

「どうだろうな。ミラージュもキサラギも、見境なく襲われるくらいだぞ?実働部隊ってのは、人間が相手なら何でもいいんじゃないか?……それがたとえ、管理者崇拝のクレストでも」

《知るかよ。というか、お前が見たそのイカレ性能MTが実働部隊だとは、まだ決まってねえからな?オカルト信じて、鵜呑みにすんなよ?》

「分かってるよ。旦那、ありがとな」

《おう。それにしてもよ、ボウズお前……俺に全然依頼まわさねえじゃねえか!!このままじゃレイヴンになれねー!嫌だぜパイソンのアホアホ牛野郎に頭下げ》

「じゃあな旦那、レイヴン目指して頑張れよ」

 

ソラはスパルタンの長くなりそうだった愚痴を、すっぱりと切った。

一人きりの静かな専用住居のリビングで息を吐き、頭をかく。

 

管理者の"実働部隊"の噂。

ユニオンの粘り強い活動。

クレストの焦り。

ミラージュやキサラギの暗躍。

 

頭が、こんがらがりそうだった。

容易に答えの見えない巨大な物が、レイヤードで蠢いている。

それを感じるのは確かである。

 

あるいは、ともソラは思った。

レイヴンは所詮、傭兵である。

来た依頼をこなすことだけを考えていればいいのではないか。

難しいことを、自分ではどうしようもない大きなことを考える必要など、どこにもないのではないか。

そんな気もしていた。

 

しかし。

ソラの胸の内でざわめく物は、日増しに大きくなりつつあった。

 

ピー。ピー。

 

そんな時である。

手に握りしめたままだった携帯端末が、着信音を響かせた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:管理者

TITLE:アリーナ参加要請

 

D-10ランカー"ソラ"に、アリーナにおけるオーダーマッチへの参加を要請します。

対戦相手は、D-3ランカー"パイソン"となります。

 

勝利報酬:78,500C(別途褒賞あり)

 

参加手続きを専属補佐官に確認し、指定の日時にアリーナ用調整ガレージA-1へ出頭してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……管理者の野郎、俺のこと監視してないだろうな」

 

ソラはあまりにタイミングのいい管理者からのメールを、じっと睨みつけた。

 

 

………

……

 

 

次のアリーナの対戦相手が決まったことを受け、ソラはレインと戦闘前の打ち合わせをしていた。

いつも通りブリーフィングルームにて、二人だけの作戦会議である。

 

「急に勝利報酬の額が跳ね上がったな。78,500Cって。レイン、どうなってるんだ?」

《私の個人的な見解ですが、この辺りからレイヴンはいわゆる"ベテラン"がかなり多く混じるようになっていきます。ベテランといってもそれはレイヴン歴が長いということを意味しているのであって、必ずしも依頼遂行率やアリーナの勝率に優れているというわけではありません》

「……つまり?」

《レイヴンとしての成績の向上が、このDランクで頭打ちになるケースが多いということです。アリーナにおける昇格と降格、依頼における成功と失敗のバランスが取れてくる、と言うべきでしょうか。それはつまり、このランク帯であなたのように飛び級気味に昇格するレイヴンが稀であるという意味でもあります。だからこそ、フィクサーのような問題のあるレイヴンが幅を利かせられるのでしょうけど……》

「なるほど。コーテックス側も大幅な昇格をあまり考慮せずに報酬額を決めているから、一気にランクが上がるようなオーダーマッチが組まれるとその分報酬が跳ね上がる、と」

《そういうことですね》

「……管理者に、俺は有望扱いされてるってことだよな?」

《ええ。それは間違いないと思いますよ》

 

通信機の向こうで、レインが少しだけ嬉しそうに声音を和らげた。

やはり、オペレーターにとっても担当するレイヴンの躍進は嬉しいものなのだろうか。

だが、レインの様子にソラは頬を緩ませながらも少しだけ、引っかかるものを感じていた。

まるで、ソラの動揺を見透かしたように送られてきたオーダーマッチの通知に。

 

「……レイン、変なこと聞いていいか?」

《はい、何か?》

「オーダーマッチって拒否することは出来るのか?」

《……制度としては可能です。緊急の依頼等を優先するケースもあるでしょうから。ただ、その場合は不戦敗扱いとなり、ランクが通常の敗北より大きく低下します》

「そうか」

《もっともオーダーマッチは基本的に管理者がレイヴンのスケジュールやACの整備状況を考慮して組むものですので、よほどのことがない限り辞退する理由はないと思いますが……何か気になることでも?》

「いや……別に」

《……先日の作戦終了後に、レジーナさんと話していた件ですか?》

 

レインが声をひそめて、ソラに問うた。

ソラはその問いかけにしばしの沈黙で返し、話題をアリーナ戦に戻すことにした。

 

「変なこと聞いてすまない。それより、相手の"パイソン"って奴のデータは?」

《……はい、端末に送信します》

 

備え付け端末に、例の如くレインが見やすく丁寧に編集した対戦相手のデータが送信されてくる。

 

《D-3ランカー"パイソン"のAC"ガントレット"は非常に堅牢な重量タンク型ACです。外装の構成を型番で調べましたが、カタログスペック上はACでもほぼ最硬クラスの重装甲となっています》

「確かに、見るからに硬そうだ」

《武装は速射型マシンガン、拡散投擲銃、そして両肩の特殊コンテナミサイル。いずれも弾数に乏しいですが、瞬間火力に非常に優れる武装群です。また、過去の対戦を分析したところ、この機体はタンク型ACとしてはかなりオーバードブーストの多用が見られます》

「重装甲に物を言わせてオーバードブーストで肉薄、瞬間火力で一気に削りきるって感じか。今までにないタイプの相手だな……」

《はい。レイヴンはこれまでタンク型ACとの対戦経験がないですから、未知の部分が多い相手になるかと思われます》

「こっちの武装はバズーカだな。ライフルやレーザーライフルで持久戦は無理だろう。けど、厳しい戦いになりそうだ」

 

ソラは自身のAC"ストレイクロウ"のアセンを思い起こした。

バズーカ、小型ミサイル、連動ミサイルを装備した、汎用型中量ACである。

今なら、かつてメカニックチーフのアンドレイが口にした『最大公約数的なアセン』という評もうなずける。

今回のような極端なコンセプトの敵を相手取る場合、決め手らしい決め手がなく、じり貧の戦闘をせざるをえないのだ。

それはおそらく、相手が重装甲ではなく高機動タイプだったとしても同じことだろう。

やはり現状のストレイクロウは、器用貧乏に近いというべきか。

そろそろ、選択肢を増やすことを考えていくべきかもしれない。

 

《レイヴン、大丈夫ですか?》

「……大丈夫だ。今はやれることをやるしかない。この勝負に勝てば、報酬もデカいんだ。何としても勝って、金が入ったらその時考えるさ。気合だ、気合」

《はい、頑張ってください。……その、私も応援してますので》

「ああ、本社で見ててくれよ、レイン」

 

ふと、ソラは思った。

少しずつだが、レインの態度が柔らかくなっている――そんな気がした。

 

《ですが、勝った後に整備班に乗せられて羽目を外しすぎないように。フィクサー戦後の通信は、あまり褒められたものではありませんでした》

「あ、はい……ごめんなさい」

 

気のせいかもしれなかった。

ソラは専属オペレーターの冷たい注意にいたたまれず、端末に表示されたパイソンのエンブレムを、二丁拳銃をかっこよく構えた牛をなんとなく見つめた。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:パイソン

TITLE:待っていた

 

スパルタンの奴から、お前の話は聞かされている。

 

対戦を心待ちにしていた。

俺の猛牛のごとき突進を受けてみろ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

TO:パイソン

TITLE:気になったんだが

 

なんでエンブレムが牛なのに、レイヴンネームはパイソン(蛇)なんだ?

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:パイソン

TITLE:それは

 

ちゃんと自分でも気づいている。

だが、管理者がレイヴンネーム変更を許可してくれなかった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

「じゃあ蛇のエンブレムにすりゃいいのに……」

 

ソラがアリーナのゲート内で呟いた瞬間。

 

ビーーーーーーー。

 

開戦の号砲が鳴り響き、ストレイクロウがブースタ全開で戦場へと突っ込んだ。

敵の赤いタンクAC"ガントレット"の攻め方をじっくり確認――する間もなく、相手はオーバードブーストでこちらへと突っ込んできた。

 

「いきなりか!」

 

突進をかわすように右方向へブーストを吹いたその時、ガントレットが肩のコンテナユニットを発射。

コンテナはソラのストレイクロウをかすめた直後、大量のミサイルを一斉にばら撒いた。

ミサイルは好き放題に四散し、ある物はストレイクロウに直撃し、ある物は地面で爆発し、またある物は天井へと向かう、まるで無秩序な弾幕。

それに気を取られたソラめがけ、またも至近距離からガントレットがオーバードブーストで突撃してくる。

2つ目のコンテナを撃ち出した直後、速射マシンガンと拡散投擲銃が火を噴いた。

 

「くっ……!」

 

激しくも激しすぎる、パイソンの攻め。

まるで様子見など一切せずに武器を全てぶっぱなし、開幕から全身全霊でしかけてくる。

ソラも負けじと機体を下げながら、バズーカをガントレットに撃った。

だが、大口径砲弾のストッピングパワーをものともしない安定性で、ガントレットは執拗に攻撃してくる。

3つ目のコンテナ射出。また大量のミサイルが発射され、モニターの視界が塞がった瞬間、オーバードブーストの甲高い音。

そして、分厚い弾幕。

既にストレイクロウのAPは5000を切った。

 

「クソ、がぁっ!」

 

ソラは迫るガントレットを躱そうと、操縦桿横のレバーに手を伸ばす。

ストレイクロウもオーバードブーストを起動、機体が一気に大推力を得て、突進する猛牛から遠ざかった。

距離を稼いだ直後、ソラは一瞬操縦桿から手を離し、自分のこめかみを軽く殴りつけて、冷静さを取り戻そうとした。

そして考える。敵は4つのコンテナミサイルの内、既に3つを喪失。

オーバードブーストも連打して、機体の内部温度は相当上がっているはずだ。その証拠にラジエーターが熱暴走したようで、APがじわじわと減っている。

開幕からの大攻勢には驚かされたが、まだ立て直しは利く。

距離は450開いた。ここから、取り返せばいい。

 

「……よし!ここからだ!」

 

ソラは気合と共にバズーカを放った。

それほど弾速のない大口径砲弾でも、敵のタンクACはかわせず被弾する。

重装甲の代償で、俊敏性を大幅に犠牲にしているのだ。

それを補うためのオーバードブーストも、連続使用がたたれば次の起動まで大きなタイムラグが生まれる。

攻め時だった。

ソラは肩部ミサイルユニットを起こし、のろのろと向かってくるガントレットを多重ロックして、連動ミサイルもろともに弾幕を張った。

コアの迎撃レーザーに2発撃ち落とされたが残りは全弾命中し、一気に800近いAPを奪った。

さらに追撃のバズーカを連射する。

敵の残りAPが8000にまで減った。

 

「結構しかけたぞ……まだ8000かよ、化物タンク!」

 

ソラは敵の硬さに文句を垂れながらも、堅実にAPを奪っていく。

そして、赤い猛牛が再び動いた。

被弾しながらも、オーバードブーストを起動。また一直線に突っ込んでくる。

さらに4つ目、最後のコンテナユニットを射出。

その手はもう食うか、とソラも再びオーバードブーストを使った。

敵ACの直線的突進とミサイルの嵐から離れるようにして、ソラのACが大きく横方向へと大推力で逃げる。

相手は当てが外れたのか、逃げていくストレイクロウに向け、一瞬遅れてマシンガンと投擲銃で追撃してくる。が、もう遅かった。

既に射程距離外に逃れたストレイクロウの防御スクリーンを、減衰しきったマシンガンの豆鉄砲がかすめるも、まったくダメージにはならない。

そして、ソラはお返しのマルチロックミサイルとバズーカを見舞った。

オーバードブーストでENを使い込んだ直後のガントレットは到底かわせず、全ての砲撃に被弾。

こちらの視界と注意を奪うようにバラ撒かれた投擲銃も、やはり射程の外、虚しく地面に落ちて爆発した。

 

「最初だけだったな……もう手はないだろ!」

 

ソラはストレイクロウを大回りに動かしつつ、敵の射程距離の外から粘り強く砲撃を加えていく。

タンクACはとにかく硬いが、回避性能は皆無に近かった。

苦し紛れにブースタを吹かして左右に小さく飛び跳ねるのが関の山。それではバズーカとミサイルを十分に躱すことはできない。

そしてやはり何より、機動性。

一定距離を確保するように時速300km越えで機敏に動くストレイクロウに対して、敵のガントレットが一気に距離を詰める手段は、オーバードブーストしかないのだ。

つまり。

 

「また来る……分かってるぞ、牛さん」

 

相手のオーバードブーストの突進に合わせて、ソラもオーバードブーストで大きく逃げれば、距離は永遠に縮まらない。

両肩のコンテナミサイルを使いきった今、ガントレットの武装は短射程のマシンガンと投擲銃があるだけ。

その状況でパイソンの出来ることは、やはり大出力ブースタによる突撃のみ。

ソラのやることも、その突撃に合わせて離れるのみ。

いくら最硬の重装甲を誇ろうとも、もう猛牛に打つ手はなかった。

ガントレットが追いかけ、ストレイクロウが逃げては撃つ。

何度も何度も、その同じやり取りが続き、ついに。

 

ブォーーーーーーー。

 

サイレン音が、戦闘終了を告げた。

長時間にわたってバズーカとミサイルを受け続けたガントレットは、黒焦げで煙を噴き上げて、力なく項垂れていた。

 

「はぁ、はぁ……よし、これでD-3だ!」

 

ソラは額を滴る大粒の汗を手の甲で拭い、ぐっと拳を前に突き上げた。

今までで一番長く、気を張り続けた対AC戦だった。

無駄弾はほとんど撃ってないにもかかわらず、もうバズーカもミサイルも残弾がほぼない。

敵ながら感心してしまうほどの、極端な重装甲に頼った突撃アセン。

こういうACも有りなのかと、ソラはまた貴重な経験を噛みしめるのだった。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:パイソン

TITLE:負けたよ

 

大した腕だ。

この先のアリーナでも、頑張れよ。

 

あと、良ければスパルタンの奴を、また依頼に連れていってやってくれ。

俺も、奴とは若い頃からの腐れ縁だ。

さっきのアリーナ戦を見ていたようで、お前の自慢と俺への嫌味とレイヴンになれない愚痴ばかり言ってくる。

なんとかしてくれ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

TO:パイソン

TITLE:こちらこそ

 

いい勝負だった。

あの呑んだくれが迷惑かけてるようで、すまない。

まあ、なんとかできる範囲でなんとかする。多分。

 

それと、レイヴンネームが変えられないなら、エンブレムを蛇にするんじゃダメなのか。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:パイソン

TITLE:それは

 

ダメだ。

俺は猛牛だ。

そういう生き方をするんだ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「そうか……でも名前は蛇なのに」

 

パイソンの、並々ならぬ牛へのこだわり。

その生き様に感じ入りつつ、ソラは携帯端末を片手に、更衣室を出た。

 

専用住居付きガレージでは既に、整備班がいつもの祝勝の宴会で大盛り上がりしていた。



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訓練補助

年内の更新はあと1回だけになる予定です。
訓練補助は本来、キサラギの依頼ですがクレストに変わってます。ご了承ください。


アリーナでのパイソン戦を終え、祝勝会の酔いも冷めた翌日の午前だった。

例によって例の如く、ソラの専用住居付きガレージに、パーツコンテナが複数運び込まれていた。

忙しくハンガーとコンテナの間を往復する整備班を眺めつつ、ソラとアンドレイが話し込む。

 

「ほうほう。アリーナの報酬で何を買ったかと思えば、バランス型マシンガン"MG-500"に、範囲ロック数両立型FCS"WS-3"、そしてキサラギの左腕投擲銃"HZL50"か……」

「ああ。勝利特典の褒賞パーツを売って買ったから、まだ金はちょっと余ってるけどな」

「アンタも2丁拳銃にデビューか。まあ、悪くねえやな。先日タンクAC相手にして、右腕武器だけじゃ火力に限界感じたってところだろ?」

「……まあな。あと、CランクのトラファルガーとかBランクのファンファーレとかこの前のパイソンとか、2丁拳銃使いのレイヴンを結構見てきた。興味があったんだ、左腕に装備する銃」

「んで、投擲銃な。キサラギも面白いもん作ったもんだぜ。榴弾を投射する銃なんかを左腕に装備するってんだから」

「カタログスペックはかなり良かったし、安いから買ったけどな。使って見ないとなんとも」

「火炎放射機は?これも左腕に装備できるぜ」

「いらねえ」

「なんでぇ、相変わらずロマンの分からん奴だな……」

「チーフ、マッチングが済めば、早速テストするからな。投擲銃がモノになれば、今後の依頼でACに出くわしても、火力負けすることは少なくなるだろ?」

「だな。けど気を付けろよ、マシンガンも投擲銃も金食い虫だぜ。依頼は成功したが赤字が出た、なんてことにならねえようにしろよ?」

「そこだな。まあ依頼内容を見極めつつ、レーザーライフルやバズーカやライフルなんかも併用して、やりくりしていくしかねえな」

「わはは、どの道レイヴン様の腕と目利き次第ってことだな。せいぜい頑張れ頑張れ」

 

メカニックチーフのアンドレイがいつもの陽気さで、ソラの肩をばしばしと叩いてきた。

少し痛いが、この老人なりの激励であることは分かっている。

ソラは適当に受け流しつつ、ハンガーに佇む自分の黒いAC"ストレイクロウ"を見上げた。

ACとしての基本の形は、既に出来上がっている。そろそろ、次の段階に移行する時期だった。

そのためにまず今回、武装の選択肢を増やした。左腕部武装に投擲銃が選べるようになれば、それだけで色んな武装の組み合わせができるようになる。

そして次は、新しい脚部だ。今の"MX/066"は中量二脚としては高機動で扱いやすいが、少し積載量が低い。

買い替えというより、武装の択次第で換装できるように、もう1種類は脚部を持ちたかった。

 

「うーん、ミラージュの"SS/ORC"かクレストの"03-SRVT"……」

「お、脚部の話か」

「ああ、こっちも選択肢を増やそうかと」

「ならフロートを買え!買わんか!」

「ぐ、ぐるぢぃ。いやフロートはちょっと俺の美意識に……」

「なんでぇ……あんなにかっこええのに……こっそり注文しといてやるか」

「本社に言うぞ爺さん」

「冗談じゃ冗談、わははっ!」

 

まだ昨日の酒が抜けてないのかと、ソラは髭もじゃのベテランをジトっと睨みつけた。

最初の頃は的確な助言やパーツ知識をくれる凄腕メカニックといった感じだったのに、いつの間にか隙あらば自分の趣味を押し付けてくる厄介な爺さんになっている。

 

「まったく、最初はすげえ頼りになる爺さんだと思ったのに」

「何を言っとる。アンタもうワシがおてて引いてやらんでも上手くやっていけるようになったろうが。だからワシも、遠慮はやめたんだわ。これがワシの素よ」

「猫かぶってた頃のあんたの方が、俺は好きだったよ」

「わはは、これだから若いもんは!わはははははっ!」

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

レイヴン、我々クレストが新開発した高性能MTの性能試験への協力をお願いします。

 

今回の試験では、搭載武装による攻撃テストと、機動力による回避テストの2項目を行う予定です。

 

貴方には回避テストにおける攻撃役を頼みます。

こちらの用意した模擬戦用武器を使い、MTに対して攻撃をしかけてください。

 

あくまで模擬戦形式であり、レイヴン及びMTパイロット双方の安全には十分に配慮しますが、一つ条件をつけます。

お互い、より実戦に近い緊張感を持つため、そちらの命中率に応じて、報酬を支払うこととさせていただきたいのです。

 

なお、攻撃テストについては、標的役を別のレイヴンに依頼する予定です。

 

使用する武器については、事前にそちらのガレージに送りますが、新型MTの説明や細かい訓練内容については、現地で伝達します。

また、もし依頼内容が不審であれば、模擬戦用武器以外にも武器を装備して参加してもらってかまいません。

我が社なりの誠意と思ってください。

 

以上です。連絡を待っています。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はクレスト社。作戦領域は第三層産業区、セクション582のガルナット軍事工場の兵器試験場です。報酬額は回避テストにおける命中率で決定し、最大で50,000Cとなっています》

「50,000C……新型MTのテストへの参加ねぇ。その新型MTとやらの情報は?」

《依頼受諾前に明かせるのは、この画像だけとのことです》

 

ブリーフィングルームの備え付け端末に、レインが新型MTの画像を送信してきた。

赤い二脚型MTが、大型のブースタユニットを2基搭載している。

 

「高機動MTか?確かに速そうだ……しかし、AC相手に性能試験とはずいぶんと強気だな」

《AC戦前提の機体に仕上がるとすれば、レイヴン自身の手で厄介な敵を育てることになってしまいますが……》

「……そうだな。けど、所詮管理者が企業に提供したデータで作られたMTだもんな……」

 

レイヤードにおける最強の機動兵器は、アーマードコア。

この大前提を崩すことが許されない以上、企業がどれだけ頑張ってもそう大した代物が出てくるとは思えなかった。

 

《それと、貸与される模擬戦用武器は、初期配備ライフル"RF-200"及び初期配備肩ミサイルユニット"S40-1"をペイント弾仕様にしたものとのことです》

「ああ、初期配備品のな……もう懐かしいな、あれも」

《クレストの依頼ですが……受けますか?》

 

レインが含みを持たせた質問をしてきた。

以前の封鎖済みセクションの一件を言っているのだろう。

だが、どの道いつまでも引きずる話ではないし、自分の中でもある程度整理はついていた。

 

「受ける。輸送機の準備を。ただ、わざわざクレストが断ってくれてんだ。一応、左腕や肩には別の武装を載せていくって伝えてくれ」

《分かりました》

「あ、そうだ。回避テストは俺が担当するとして、攻撃テストは誰の担当だ?」

《待ってください……E-3ランカー"アップルボーイ"ですね》

「……あいつかよ。久しぶりの協働任務だな」

《輸送機は同乗でも?》

「まあ、いいだろ」

《はい。では、準備が出来次第連絡します》

 

同じ日に試験を受けてレイヴンになった赤ら顔の少年。

たまにメールをくれていたが、任務で会うのは久々だった。

 

 

………

……

 

 

セクション582上空。

コーテクックスの最新型輸送機の中には、"ストレイクロウ"と"エスペランザ"、2機のACが乗せられている。

作戦区域に到達するまでの間、ソラは同期の少年"アップルボーイ"と通信機を挟んで話をしていた。

 

《超高性能MT部隊……いえ、僕は遭遇したことありませんね……》

「そうか。それならそれでいいんだが」

《でも、もし企業が運用してるものなら、逸脱行為扱いになったりするんじゃないですか?レイヤードの軍事バランス上、最強の機動兵器はアーマードコアでなければならない、って整備班が言ってたような》

「ああ、そうだな。そういう話もある」

《コーテックス本社に通して、戦闘ログを管理者に報告しておくとか》

「……んー、考えてみるわ」

 

アップルボーイはレジーナとは違って、正体不明の高性能部隊との遭遇経験はなさそうだった。

反応を見る限り、そういうMT部隊が出没していることすら知らなかったようだ。

 

「ところでお前、何でACが丸腰なんだ。ブレードすら無いって」

《え?だって、MTの攻撃を回避し続けてほしいって依頼ですよ?》

「いや、だけどよ……」

《武装を積んでいたらその分、動きが鈍くなって不利じゃないですか》

「……まあ、そうだけどさ」

《え?……え?》

 

純粋に疑問符を浮かべている少年レイヴンに、ソラは頭を抱えた。

これがもしクレストの騙し討ちならばとか、もしテスト中に他の企業が邪魔しに来たらとか、微塵も考えなかったのだろうか。

クレストがわざわざ依頼メッセージで『武装してきても構わない』と言った意味を、どうやら分かっていないらしい。

ちなみにソラのストレイクロウは模擬戦用武器の他に、左腕に投擲銃を、肩に10連小型ミサイルユニットをそれぞれ装備してきている。

 

「お前……ちなみに依頼遂行率とかどうなんだ」

《え、あはは……正直あまり良くなくて。間が悪いというか、救援に行ったら到着前に全滅してたとか、追撃に出たら一回も追いつけずに逃がしたりとか、そういうの多くて》

「……はあ。そうかよ。頼むから頑張れよ。一応同期なんだから、死なれると夢見が悪くなるからな」

《ソラさん……!はい、頑張ります!》

 

あまりに純朴で素直な返事に、ソラはもう一度頭を抱えた。

 

《あ、でもアリーナはなんだかんだでE-3まで来たんですよ》

「知ってるよ。早くDに上がれよな」

《うーん、どうなんでしょう。次の対戦相手が誰か次第ですし。そういえば僕達の後輩の……レジーナさんでしたっけ。あの人はもうD-7になってましたね。すごいですね!》

「……そうだな」

 

こいつはその内、こっぴどく騙されて死にそうだ。

ソラは適当に返事をしつつ、レイヴンとしてはあまりに真っ直ぐすぎる性格の少年の未来を慮った。

 

《レイヴン、ガルナット軍事工場の試験場に到達。降下してください》

「了解。行くぞエスペランザ」

《はい!》

 

2機のACが、クレストの巨大工場横に併設された大きな試験場へと降りたつ。

その直後、試験場の管制室から通信が入った。

 

《レイヴン、よく来てくれた。まず、紹介しておく。我が社の最新型高機動MT"フィーンド"だ》

 

地下よりせり上がってきたハンガーから、5機の見慣れぬMTが姿を現した。

事前に画像で見た通り、赤く細身な人型の胴体に大型のブースタユニットが2つ装備されている。

 

《本機体はミラージュやキサラギの高級機に対抗すべく開発されたもので、非常に高い滞空能力に加え、3連射バーストパルスとデュアルミサイル、そして高度な操縦補助システムを備えた、高火力高機動MTである。間違いなく今後の企業間経済戦争の趨勢に大きく影響するだろう、我がクレスト社の傑作機だ。ちなみに本体の赤いカラーリングはただのお洒落ではない。対レーザー防御を高めるための特殊コーティングとなっている。また、左肩には"9"の意匠が刻印されているが、これは人類が地下に潜る前に実際に存在したとされる……なお、機体名の"フィーンド"についても人類史に残る伝説上の……》

《なるほど、かっこいい……》

「そうか……?」

 

途中から意匠や機体名の由来といった蘊蓄の域に入り始めた管制室の自慢げで冗長な説明を聞き飛ばしながら、ソラは肩を回した。

アップルボーイは聞き入っているようだが、ソラにとってはただのMTの性能試験だ。

早く始めてほしかった。

 

《というわけで、試験を開始する。1から3号機が攻撃テスト。4、5号機が回避テストだ。所定の位置から離れすぎないように頼む》

 

ソラはACのブースタを吹かして、広い試験場の東端へ向かった。

アップルボーイのエスペランザは反対の西端へと向かったようだ。

クレストの新型MT"フィーンド"が2機、ふよふよと浮遊するように飛行しながら、ストレイクロウを追ってきた。

 

「速度は……時速200㎞前後か?まあ、高機動MTならそんなもんか」

 

一瞬、時速300km近い速度を叩き出していたファルナ研究所のスクータムが脳裏をよぎる。

だがソラは、すぐにそれを頭の中から叩き出して、フィーンドにライフルを向けた。

 

「こちらストレイクロウ。どうする?まずライフルの回避テストでいいのか?」

《こちらフィーンド4。それでいい。距離400を確保した後、通信で合図してから射撃を開始してくれ》

「了解。…………距離400だ。射撃訓練を開始するぞ」

《よろしく頼む》

 

ソラはとりあえずFCSがロックした4号機に向けて、模擬戦用ライフルを1発撃った。

フィーンドが躱そうとして横に動くも躱しきれずに、大型ブースタにペイント弾の黄色が付着した。

 

《フィーンド4。何をやっている!》

《こちらフィーンド4。どうやら、ブースタの加速開始に計算以上のラグがあるようだ。この距離のライフルがかわせないとは……》

《ブースタ出力を全開にした状態で試せ。レイヴン、射撃再開だ》

「了解」

 

ソラはライフルを3秒刻みの規則的なタイミングで撃った。

1発、2発、3発、4発、5発――全弾命中。

フィーンド4号機は胴体もブースタも黄色一色になった。

実戦ならば、木っ端微塵だろう。

 

《こ、こちらフィーンド4!やはりブースタ全開でも避けきれない!モアのライフルはオートで避けきれたのに!それと、モニターがペイント弾で染まって見えん!》

《放水車を回す!後退しろ!次、フィーンド5!ミサイル回避テストだ!》

《了解!》

「おいおい……全然ダメじゃねえか」

《レイヴン、模擬戦用ミサイルで5号機を狙え!》

「……了解」

 

4号機が後ろに下がっていき、放水車の放水を受け始める。

ソラは武装を模擬戦用肩ミサイルユニットに切り替え、次は5号機に狙いを定めた。

これもただ、FCSのロック通りに単発を撃つだけだ。

ミサイルは噴射炎を輝かせて放たれ、そしてフィーンド5号機の赤い胴体に当たって、黄色の塗料を撒き散らした。

 

「…………」

《フィーンド5!なぜ避けられん!計算では、単発の小型ミサイルならばオートで回避できるはずだぞ!》

《こちらフィーンド5!オート回避プログラムの反応開始があまりにも遅すぎる!一度セミオートでやらせてくれ!レイヴン!》

「ああ、もう1回ミサイル撃つぞ」

《来い!》

 

ソラはもう一度、5号機をロックしてミサイルを発射した。

フィーンドが大きく横にスライドし、ミサイルの追尾を引きつける。

そして、十分に引き付けた後、逆方向に加速。

ミサイルの直撃を受けた。

 

《こちらフィーンド5!ブースタの逆噴射が前回試験時より鈍い!あと、オートパイロットの操縦補正が邪魔だ!》

《そんなはずはない!装甲車のミサイルは十分にオートで回避できたんだぞ!》

「…………」

 

管制室とMTパイロットの唾の飛ばし合いを聞きながら、ソラはシートに背中をもたれた。

回避の試験を頼んできた割に、クレストの新型高機動MTの動きはあまりにもお粗末だった。

もしかしなくても、腕利きの乗ったスクータムの方が遥かに上手く避けるだろう。

結局、フィーンド4号機と5号機は整備ハンガーに戻っていった。

 

《すまん、レイヴン。とんだ失態だ……》

「いいけど、攻撃テストはどうなってるんだ?」

《ああ……そちらは順調なようだ。バーストパルスガンもデュアルミサイルランチャーも、上手くACを捉えている》

「なるほど」

 

つまり、アップルボーイは良い的にされているということだった。

 

「エスペランザ。こちらストレイクロウ。調子は?」

《……くっ!この新型機、すごいですよ!特にパルスの連射が!ミサイルも回避がきつくて……!》

「そうか。相手がパルスガンを構えたら、機体を大きく、不規則に左右に振り回してみろ。パルスは、目視してからの回避は難しいだろ。反射でかわそうとするより、FCSの偏差ロックを攪乱するように動く方が結果的に回避しやすいはずだ」

《……あ、なるほど!やってみます!》

「それとミサイル。ギリギリまで引きつけたら、一気にブースタを切り返せ。それで通常の追尾弾頭ならほぼやり過ごせるから」

《そんな手が!ありがとうございます、ソラさん!》

 

純粋な感謝の言葉に、ソラは頭をかいた。

同じ年頃のレジーナが異常に練達しているから考えなかったが、そう言えばアップルボーイも本来はまだ学生の年齢だ。

まともな操縦訓練もアドバイスも受けたことがないまま、完全な我流でここまでやってきたのだろう。

逆に言えば、それでもE-3に上がってこれているのだから素質は十分にあるはずだった。

 

《すまん待たせた、レイヴン。再び距離400から、フィーンド4へのライフル射撃を再開してくれ》

「了解、さっきと同じく規則的に撃つぞ」

《頼む》

 

管制室と通信し、また出てきたフィーンド4号機にライフルを3度撃った。

フィーンドは1発目をかわし、2発目は当たったが、3発目も上手く切り返して回避に成功した。

さっきよりも確実に機敏に動いている。

 

《やったぞ!かわせるようになった!》

《うむぅ……オートを完全に切ったマニュアル回避ならば、か。だがこれでは結局、熟練パイロットしか生き残れない機体になってしまう。このままロールアウトすれば、生存率の低い従来のMTと同じだ……》

《しかし管制室、現状のAI補助技術ではこれが限界では?》

《それではいかんのだ!フィーンドは双発式大型ブースタに細身の胴体と、全身がバイタルポイントの塊だ。スクータムのように堅牢なフレームでない以上、1発でも直撃を受ければそれで戦闘不能になってしまう可能性が高いし、パイロットの生存率にも……》

《いっそ被弾時にブースタを切り離して、地上戦に対応できる仕様にするというのは?》

《そうなれば今度は脚部の姿勢制御バーニアが邪魔になる!……いや待て、ミラージュのカバルリーのような一撃離脱を、空中から地上に降りたって行うというのは……?今のフィーンドとはまったく別のフレームが必要だが、管理者に設計を提案してみる価値は……おい、メモとペンを取ってくれ!》

「……なあ、回避訓練の続きは?」

《ああ、すまん!次はミサイル回避だ!フィーンド5に対しておこなってくれ!》

「企業の開発部ってこんな奴らかよ……傑作機じゃなかったのか?MTの設計図は管理者から貰ってるはずだろ……」

 

ソラは少しうんざりしながら、入れ替わりに前に出てきた5号機にミサイルを撃った。

1発目がかわされ、2発目もかわされ、3発目は当たった。

 

《……ダメだ、管制室!マニュアル回避はなんとか出来るが、やはりオート回避プログラムでは回避できん!》

《いや……それはおかしいぞ。前の試験では、装甲車のミサイルは十分にオートでかわせたんだ。ACのミサイルであってもそこまで性能が変わるはずが……》

《だが、実際にかわせていないぞ!》

《ちょっと待て!さっきの回避ログを再生する…………そうか、やはりカメラが飛来するミサイルの軌道を正常に認識できていない。オートフォーカスシステムが、ACのジェネレーターが発する防御スクリーン粒子の影響を微弱ながら受けているとしたら……?FCSならば無視できる影響でも、回避プログラムでは無視できないのか……だが、現行のAI技術でそんな影響を自動で補正することは……》

《スケール認識に切り替えて、一定スケール以上の認識をオートフォーカスから外せばいいのでは?》

《……ダメだ!そうすると、今度は回避行動中にFCSが敵機をロックできなくなる!それでは機動兵器として欠陥品だ……そもそも回避と攻撃を同時に処理すること自体が問題か?ACのコア迎撃システムの構造流用をしているから理論上は問題ないはずだが……こうなったら回避周りのシステムを一から再構築し直すしか……クソッ!我々のフィーンドは、このままでは……このままでは……!》

 

ダンッ、と机を叩いた音が、通信機の向こうから聞こえてきた。

ソラは試験場の床を眺めながら、次に買うパーツのことを考えていた。

やはり、脚部か。積載量でいえばミラージュの"SS/ORC"だと思ったが、これはレジーナが使っていたはずだ。

あいつと構成が被るのもな、と思っていた矢先、何やらヒートアップしていた管制室から通信が入ってきた。

 

《……レイヴン、ご苦労だった。回避テストはこれで一旦終了とする》

「え、もう?というか模擬戦になってないだろこれは」

《非常に有意義なデータが取れた。はぁぁぁぁ~~……あーあ。礼を言う》

「いいのかよ、終わりで……」

 

この世の終わりかのようなため息と投げやりな感謝が、通信機から漏れ出てきた。

ため息を吐きたいのはこっちだと言いそうになったのをソラはこらえ、攻撃テストの標的役を務めるアップルボーイの見学に向かった。

こちらでは、比較的まともな訓練が続いていた。

フィーンド3機が順番に繰り出すパルスやミサイルを、エスペランザが躱している。

 

《よし、パルスのデータは十分取れた!次は距離450、最大射程だ!ミサイルだけの訓練になるぞ、レイヴン!》

《はい、いつでもどうぞ!》

 

アップルボーイのエスペランザはセオリー通りにミサイルを引きつけ、一気に逆方向に加速する動きで、ミサイルを上手く避けていった。

フィーンドのデュアルミサイルも中々しつこく追尾しているが、中量二脚ACの運動性を捉えるほどではない。

先ほどのちょっとしたソラのアドバイスだけで、アップルボーイは短時間の間にミサイルを躱しきれるようになっていた。

 

《いいぞ、いいぞレイヴン!有意義なデータが取れているぞ!この回避運動をAIに学習させれば……!》

《ありがとうございます!僕も、どんどん上手くかわせるようになってきました!》

「やるなぁ、あいつも……レジーナといい、俺より年下なのによ」

 

ソラは端っこで自分のACを休ませながら、ミサイルを回避しようと必死に躍動する赤いACを眺めていた。

あのアップルボーイも、いずれ依頼かアリーナでかち合うことになるかもしれない相手だ。

本当は、塩を送るべきではなかったのかもしれない。

だが、そのひたむきなACの動きを見ていると、ソラにも過去の思い出がよぎった。

 

先輩傭兵のスパルタンに見出され、借り物のスクータムのコクピットで必死に操縦桿を握っていた頃のことを。

スパルタンの乗るスクータムを相手に、何度も何度も罵声を受けながら、砲弾を避けたりシールドで受ける訓練をさせられた。

死と隣合わせの厳しい訓練だった。だが、今となっては自分の操縦技術の根幹を形作っている、大事な思い出だ。

蘇った懐かしい記憶に笑みをこぼし、ソラはつい偽物の空を見上げた。

 

「こうやって、皆、進歩していくのかな……」

 

結局、ロクに攻撃を回避できずにペイント弾の黄色に染まったフィーンド。

パルスにもミサイルにも順応し始め、ACを振り回せるようになってきたアップルボーイ。

そして、また一つ変わった依頼の経験ができたソラ。

 

人間も、機械も、こうして進歩していくのかもしれない。

たとえその進歩が、管理者の掌の上だったとしても。

見上げた空が、偽物の空でしかなかったとしても。

 

《レイヴンっ!レイヴンすまん!もう一度回避テストに付き合ってくれ!今度はいい結果が出せそうだ!早く!この入力データを検証せずに君を帰すわけにはいかん!》

「……はいはい、了解了解」

 

ソラは、鼻息を荒くして通信機から喚き散らしてくる管制室に応じ、また回避テストに付き合うのだった。

 



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中央研究所防衛

今年最後の更新です。お正月は休みますので、更新は少し間が空きます。ご了承ください。

武器とFCSが変更されたのでまとめて記載しておきます。今回は500マシと投擲銃です。
フレーバー程度ですので、武器以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:CWG-MG-500(500発マシンガン)
左腕部武装:KWG-HZL50(投擲銃)
右肩部武装:CRU-A10(初期肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:MWEM-R/24(2発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAM-11-SOL
脚部:MLM-MX/066

ジェネレーター:MGP-VE905
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:MBT-OX/E9
FCS:AOX-X/WS-3
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)



空が好きだった。

 

孤児院にいたあの頃、遊び疲れてふと見上げる空が。

空はいつも曇り空で、太陽が雲の向こうでうっすらと光っていて。

だけど本当にたまに晴れていて、そうしたら太陽は真っ直ぐに見つめられないくらいにまぶしくて。

 

先生が夕食だから部屋に入れと呼びに来て、泥まみれのボールを抱えて戻る時。

いつも西の空を見ていた。

西に沈む太陽はじんわりと赤くなっていて、それで雲も淡い赤に染まって。

その色が、すごく好きだった。

 

大人になったら飛行機に乗って、空を飛ぶ仕事をしたいと、先生に話していた記憶がある。

まだ学校にも通ってなかった頃の、何も知らない子供の頃の話だ。

 

それなのに。

あの日。初めて学校に通ったあの日。

 

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

 

何か大切な物が、奪われた気がした。

それはきっと、日常とか、将来の夢とか、空への憧れとか、そういうものとは少し違っていて。

 

もっと大切な、大切な、何か言葉にできないくらい、大切なものだった。

 

 

 

「………………」

 

「…………」

 

「……ん」

 

目が覚めてソラが見上げたのは、いつもの天井だった。

レイヴンになった時に、グローバルコーテックスに貰った専用住居。その寝室の天井だ。

時計を見る。早朝の6時前。

カーテンの隙間から、うっすらと朝の弱い日差しが差し込んでいる。

 

「また……あの頃の夢か……」

 

ソラは背中を起こし、指先で目を擦った。

 

「…………」

 

ベッドから立ち上がり、カーテンを開く。

東の空に太陽が昇ろうとしている。

今日はいつもの曇り空だ。

地下世界の人工気象システムが作る、偽物の空。

本物の空じゃない、偽物の――

 

「俺って、やっぱ変なのかな……」

 

空を見つめている内に、そんな言葉が口からこぼれ出た。

誰にも相談したことのない、悩みだった。

いつまで経っても、"あの日"のことをずっと覚えている。

事あるごとに、思い出してしまう。

 

それは決して、特別な体験ではない。

このレイヤードに住む誰もが幼い頃に知る、どうしようもない現実。

だがソラはその現実を、大人になった今でもずっと、苦々しく噛みしめていた。

 

ぐぎゅるるー。

 

「……空は偽物でも、腹は減る……なんてな。意味わからねえな、ははは……よし!飯だ飯!食ったらガレージ!依頼来ねえかなぁ!」

 

バシっと両頬をぶっ叩き、わざと大きく声を張りながら、ソラはリビングへと下りていった。

 

 

………

……

 

 

夕暮れ時。

ソラがテスト場で、ACの訓練をしていた時だった。

コクピットから出て、メカニックが渡してきた携帯端末を受け取り、レインと話す。

 

《テスト中に失礼します、レイヴン》

「いい。クレストの重要な緊急依頼だって?」

《はい、テスト場のブリーフィングルームで話せますか?》

「すぐ行く。……悪い!機体のチェック頼む!多分、そのまま出撃だ!動作に異常はなかったから、簡単なチェックだけでいい!」

 

ソラは同伴していた数名の整備班に指示を出して、ブリーフィングルームに向かった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

レイヴン、緊急の依頼です。

 

我が社の中央研究施設であるルグレン研究所が、ミラージュの部隊による襲撃を受けています。

大至急、救援をお願いします。

 

敵部隊は施設のA棟に侵攻を図ろうと破壊活動を続けています。

こちらも3名のレイヴンを含む、相応の戦力を投入しましたが、信じられないことに圧倒されています。

 

現状、敵部隊の攻勢はまったく止む気配がありません。

攻撃の手は、おそらくA棟だけにとどまらないでしょう。

残るB棟及びC棟からは重要物資の移送と研究員の退避を急がせていますので、それまでの時間を稼ぐだけで構いません。

 

敵部隊は極めて強大です。

必ずしも、撃破する必要はありません。

他のレイヴンや我が社のMT部隊と協働し、施設放棄までの時間稼ぎを、よろしくお願いします。

 

可能な限り、急いでください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「…………」

《クレスト社の緊急依頼です。作戦区域は第一層特殊実験区セクション605、ルグレン研究所。報酬は34,000C。確認されている戦力はギボン、カバルリー、スクータム計15機と……AC1機です》

「……敵ACの詳細は?」

《不明です。クレストからは何も情報がありません》

「AC1機とMT15機で、レイヴン3人とクレストのMT部隊を圧倒……?敵は本当に、ミラージュの部隊か……?」

《やはり……以前ファルナ研究所を襲撃した部隊と関係が?》

 

間違いなくそうだ、とソラの本能が告げていた。

依頼のメッセージを読むだけで、クレストも敵の攻勢に驚愕しているのが分かる。

戦力の数字だけを見れば、どう考えてもクレストの方が優勢になるはずなのだから。

ソラの額に、汗が滲む。

リスクを考えれば、決して受けるべきでない依頼だ。

あの図抜けた高性能MT達とまたやり合いに行くなど、正気の沙汰ではない。

だが。

 

「……依頼を受ける。レイン、輸送機の手配をしてくれ。このテスト場から、すぐに発つぞ」

《……いいのですか。これは明らかに……》

「俺は知りたい。こいつらが何なのか。それだけだ」

《……分かりました。直ちに手配します》

「悪いな、いつも」

 

レインが各手配に動き始める。

ソラは、ファルナ研究所のモノレール防衛戦で自分だけが聞いた、謎の通信を思い出していた。

 

『いずれ』

 

いずれ、とは今回のことなのだろうか。

だとしたらやはり、この依頼から逃げるわけにはいかなかった。

 

自分の早とちりかもしれない。全く無関係で、本当にミラージュの部隊かもしれない。

そんな楽観的な意識は、一切なかった。

何の根拠もない確信に似た予感が、ソラの中にはあった。

 

あの時の声に、呼ばれていると。

 

 

………

……

 

 

時刻は18時30分。

ストレイクロウを載せた輸送機が、セクション605上空に入った。

 

《レイヴン、クレストから通信です。研究所内部で防戦中のACの内、D-1ランカーAC"ジョーカー"が撃破されたそうです。残るD-5"ナイトフライヤー"、C-3"マルチボックス"は現在も戦闘中》

「……そうか」

《それと、D-7"エキドナ"ももうすぐ現地入りするとのことです》

「レジーナもか。これでレイヴンを合計5人も投入……とんでもないことになってきたな」

《ルグレン研究所が最重要施設だというのもあるでしょうが、それにしてもこのクレストの焦りようは……》

「奴らも感じてるんだろ。敵部隊が普通じゃないってな」

 

やがて輸送機のカメラが目標のルグレン研究所を捉えて、ACのコクピットモニターに映像を送ってきた。

極めて敷地面積の広い施設の内、南側の研究施設が火の海に包まれ、夕焼け空に黒い煙を幾筋も噴き上げている。

 

「よし、そろそろ降りるぞ。ハッチ開放。輸送機は旋回して……」

《待って、捕捉されています!すぐに回避を!!》

 

レインが叫んだ直後だった。

輸送機のコクピット部分が極太の青白い閃光に包まれて、消滅した。

格納庫でも誘爆が発生し、機体が傾き始める。

 

「クソッ、待ったなしかよ!この射程距離……どんなMTだ!?」

 

ソラはACのオーバードブーストを起動。炎上して墜ちていく輸送機から素早く脱出した。

輸送機はルグレン研究所の敷地内に墜落し、大爆発を起こした。

ストレイクロウが研究所の正門前にドスンと着地し、武器のマシンガンと投擲銃を前方に構える。

 

「こちらレイヴン!ストレイクロウだ!クレストMT部隊聞こえるか?現状を……」

《レイヴン、来ます!カバルリー3!》

 

施設のコンクリート塀が一瞬で溶け去り、3本の超高出力プラズマがソラのACを掠めた。

ソラが舌打ちする間もなく、フロートMT"カバルリー"3機が消滅した塀を乗り越えてくる。

いずれも一定距離以上に近寄らず、左右に踊るような動き。だが、その速度が尋常じゃない。

薄暮の暗闇に残像が残るほどに、激しく機動している。

FCSがその速度を処理しきれないのか、ロックオン表示が敵の動きについていけていない。

ブリーフィング時の予感は、的中していた。

超高性能MT部隊である。

 

「こいつら……!」

《プラズマに気を付けてください!普通の威力じゃありません!》

「見りゃ分かる……この!」

 

ソラはブレるロックに構わず、マシンガンと投擲銃を斉射した。

カバルリーは一斉に左右に散らばって躱し、青白く輝くプラズマキャノンを撃ち放ってくる。

ソラは機体を大きく退かせながら、3本の閃光を何とか避けた。

今回のストレイクロウは近距離仕様の装備だ。

距離を取らされては不利だが、迂闊に近寄れば輸送機すら一撃で抉り取った攻撃を受けてしまう。

 

「まだ施設の敷居すら跨いでないんだぞ……こいつらっ!」

 

ソラは1機だけ孤立したカバルリーにブースタを吹かして突っ込んだ。

カバルリーは素早く横に動くも、距離は取ろうとしない。後ろに研究所の塀があるせいだ。

近寄ると、通常のカバルリーと同じ砲身が、常に帯電して青白く光っているのが分かった。

マシンガンと投擲銃を乱れ撃つ。敵機は弾幕をかわしきれずに被弾しつつ、砲身をACに向けてきた。

モニターを埋め尽くす閃光。

 

「ぐ、ぅっ……っ……っぶねぇっ!」

 

敵MTを1機撃破して、ソラは残る2機へと向き直りながら再び距離を取った。

撃破と同時にストレイクロウは、横合いからのプラズマキャノンを回避していた。

直撃したのは、撃破した敵に刺し違える形でもらった1発のみ。

だが、その1発でAPが2000近く削れてしまっている。

MTとしては、異常過ぎる火力だ。

 

《レイヴン、クレストの部隊と通信ができました。他の敵MTは施設内部に残り9機。ギボン5、スクータム4。レイヴン2名とMT部隊が応戦中。それと敵ACは依然として健在、A棟の奥で破壊活動中だそうです》

「分かった。けど……」

 

ソラは再び左右に激しく踊り始めたカバルリー2機を睨みつけた。

撃破するごとにダメージを貰っていたら、どうしようもない。

何とか手を打たないと――そう考えていた時だった。

カバルリー達の砲身が上空に向き、プラズマを発射。

入れ替わるように飛んできた火球が1機を粉砕した。

 

《エキドナ到着!待たせたわね、先輩!》

「レジーナか……よし!あと1機だ、挟み撃ちにするぞ」

《……了解!》

 

集中状態に入ったレジーナが、愛機"エキドナ"のブースタを吹かして横に飛ぶ。

ソラもストレイクロウを反対側に動かし、左右からグレネードとマシンガンを見舞って、最後の1機を吹き飛ばした。

 

《今どうなってるの?》

「後の敵は全部内部だ。AC入れて10機らしい。内部のレイヴン2人と合流するぞ」

《オーケー》

 

ストレイクロウとエキドナは並んで、ルグレン研究所A棟の内部へと突入していった。

正面ゲートは全壊し、施設の中は至る所が破損、爆裂、漏電しており、惨憺たる有様だった。

 

《れ、レイヴンか?こちらハート1だ!》

 

フロアを3つほど進んだ時、黄土色に塗られた逆脚MT"モア"が1機、接近してきた。

脚関節に損傷があるのか、スパークしていて、挙動もぎこちない。

 

「クレストか。敵は今どこだ?」

《隣のブロックで激しい撃ち合いになってる!状況はかなり悪い!MT部隊は俺以外全滅だ!》

「分かった。いくぞ、エキドナ」

《了解》

 

そうしてソラのACが隣接フロアのゲートにアクセスし、開いた瞬間。

3連バズーカの大口径砲弾が飛来してきた。

 

「いきなりかよ!」

《こちらナイトフライヤー!よく来た!もうAPがやばい!すまんが前に出てくれ!》

《ま、マルチボックスだ!気を付けろよ!こいつらただのMTじゃないぞ!》

「知ってるよ!」

《……前みたくグレネードを当てれば!》

 

四脚AC"ナイトフライヤー"と逆脚AC"マルチボックス"が、ソラ及びレジーナと入れ替わるように後ろに下がる。

前に出たソラ達を、フロア奥に陣取ったスクータム達のカメラアイがじろっと捉え、バズーカを構えてきた。残り3機に減っている。

だが、レーダーにはまだ機影。

 

「……ギボンは!?」

《天井だ!》

 

ナイトフライヤーが叫んだ瞬間、スクータム3機が一斉に砲撃、地面に炸裂した爆風を切り裂くように、ギボンが2機上空から降ってきた。

ショットガンをばら撒きながらも、青白いレーザーブレードを発振させている。

ソラは反射的にトリガーを引いた。

投擲銃の榴弾が直撃し、降ってきたギボンを衝撃で押し返すも、敵機はブースタで無理やり距離を詰め、ブレードを振りきった。

APが大きく消し飛ぶ。

マシンガンで反撃。蜂の巣にして、ようやく息の根を止めた。

エキドナも、1機落としたようだった。

続いて降下しようとしてきたギボン達を、ナイトフライヤーのパルスキャノンとマルチボックスのミサイルが咄嗟に追い払う。

ギボンはブースタの異常な滞空能力で、ずっと天井に張りついて隙を伺っている。これで残り2機だ。

 

「スクータムが隙を作ったら、ってところか?」

《じゃあまず、スクータムをやるべきよ》

《あ、あいつら、器用に避けるぞ。ミサイルもかわすかシールドで受けるかで、上手い》

《4機で一斉射撃すればいけるんじゃないか?》

「ッ!また来るぞ」

 

スクータム部隊のバーストバズーカが火を噴いた。

今度は直撃コース。AC4機はそれぞれ飛び退ったが、マルチボックスが運悪く被弾。その隙を狙い、ギボンがまた天井から一気に突っ込んできた。

 

《ま、待てっ!》

 

分厚い高出力ブレードがマルチボックスのコアを斬りつける。

防御スクリーンの限界が来ていたのか、マルチボックスはまるで安価な作業用メカのように容易く両断され、大爆発を起こした。

 

《逃がさない!》

 

僚機撃破の衝撃にも狼狽えず、エキドナがグレネードをギボンに見舞って、破壊。

その瞬間、最後のギボンが降下、ショットガンを撃ち込みつつブレードでエキドナを狙ってきた。

 

「さすかよ!」

 

ストレイクロウはロックが間に合わず、ほぼマニュアル照準でエキドナに斬りつけた直後のギボンを撃った。

マシンガンと投擲銃の弾幕が、身軽な高機動MTの装甲をぐちゃぐちゃに引き裂き、仕留める。

 

これでフロア内の敵は残り、スクータムが3機だけだ。

 

「ストレイクロウ、残りAP4500。そっちは?」

《ナイトフライヤー、AP2000だ》

《エキドナ、AP5500。私が一番余裕がある》

「じゃあ、俺とエキドナが仕掛ける。ナイトフライヤーは援護だ」

《……ああ。死ぬなよ!》

「一気に終わらせるぞ!」

 

ソラとレジーナがフットペダルを強く踏みしめ、フロア奥で待ち構えるスクータム3機に同時に突っ込んだ。

スクータムも一斉にブースタで動き、シールドを突き出して時速300km近い高機動で迫ってくる。

バズーカが構えられ、3点バーストが唸った。

3発当たっても、削れるAPは1000だ。そう考えれば、気が楽になった。

バズーカ砲弾がストレイクロウに直撃した。隣でエキドナがグレネードを撃つ。後ろからパルスキャノンの援護。ソラも両腕の火器を同時にぶっ放した。

シールドごとスクータムが2機爆散。残り1機が横に滑りながら、執拗にバズーカでソラを狙ってくる。3点バースト。タイミングを掴み、回避に成功した。

 

「今だ、やれ!」

 

3機のACが一斉射撃をしかける。

最後のスクータムも防ぎきれず、木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「やった、なんとかなったな……」

《ふしゅー……さすが!》

《終わったか、助かったぞ2人とも。マルチボックスは可哀想だったが……》

 

3人のレイヴンは決着に安堵し、それぞれを労い合った。

あまりの激戦によって、大事なことを忘れて。

 

《レイヴン、クレストから通信!未確認ACが突如破壊活動を停止!そちらのフロアへ一直線に向かっています!》

「何だと……忘れてた。まだそいつがいたか!」

《ですが、物資の移送と職員の退避は完了済みです!もう施設から脱出して構わないとのことです!》

《どうする?俺は脱出だ。このAPじゃ、AC戦は無理だ》

《私も、これ以上はやめとくわ。集中切れちゃったし……ていうかあいつらの親玉って考えたら、相当ヤバそう》

「……決まりだな、脱出しよう」

 

ソラはモニタ-上部のAP表示を見た。残り3500。

エキドナもナイトフライヤーも満身創痍だ。

未確認ACは気になるが、これ以上の戦闘は難しそうだった。

ソラ達は先ほどくぐってきたゲートに素早く向かい、ロックを解除――できなかった。

 

「……え?」

《ちょっと、何やってるのよ。早くゲートを……》

「開かない……レイン、ゲートが作動しないぞ!」

《そんなはずは……!?ま、待ってください、すぐクレストに確認を!》

《代わってみろ!俺のACの頭部COMなら……》

 

ナイトフライヤーが入れ替わりにゲートへアクセスするも、やはり開かなかった。

 

《レイヴン、クレストより!施設の制御権を喪失!全ゲートがアクセス不能になっています!》

「なんだって……」

《原因を究明するとのことです!もうしばらく……》

《どいて!あたしのグレネードでゲートを吹き飛ばすわ!》

《おい待て!この手の施設のゲートはそれじゃ無理だ!そもそもそれでゲートが歪んだら……!》

 

その時。

ゲートが開いた。

逆方向の、ゲートが。

けたたましく言い合っていた通信が、静まり返る。

そして通信機から、誰かの息を呑む声が聞こえてきた。

 

入ってきたのは、見知らぬACだった。

 

「っ、散開しろ!レイン!データ照会急げ!」

《は、はいっ!》

 

撃ち込まれたグレネードを、3機のACが咄嗟に躱して散らばった。

 

《くっ、やるしかないか!》

《こなくそーっ!》

 

フラジャイルが対ACライフルを、エキドナがイクシードオービットとグレネードを敵AC向けて乱射する。

だが、敵はブースタで空中へと舞い上がり、出鱈目な機動性で砲撃を躱しきった。

オーバードブーストほどではないが、中量機にもかかわらず軽量AC以上の速度が出ている。しかも、細かく軌道を制御しながら。

ありえない。ソラは戦慄しながらも、傭兵の勘でその着地際を狙い、二丁拳銃の斉射を合わせた。

弾幕は確かに敵を捉えたが、そこはやはりAC。防御スクリーンが張られているようで、容易く致命打にはならない。

グレネードが、またもストレイクロウめがけて飛来した。

直撃は避けたが発生した爆炎に晒され、機体温度が上昇する。

 

「撃ちまくれ!3対1だ!火力はこっちが上だ!」

 

そう叫びながら、ソラはマシンガンも投擲銃もトリガーを引きっぱなしにした。

縦横無尽に空中を駆ける敵機を完全に捉えきることはできない。

だがそれでも、こちらはAC3機での同時射撃だ。少しずつだが攻撃は当たっている。

このまま行けば――そう思った直後だった。

敵が肩のグレネードを下げ、その反対側の見慣れぬ球体ユニットを展開した。

 

「何を……っ!?」

 

小さな子機が複数射出され、ナイトフライヤーを囲んでレーザーを連射し始めた。

さらに敵ACはコアのイクシードオービットを展開、これもレーザーを高速で発射し出す。

 

《待っ、レーザーが……や、やめっ!》

 

既に虫の息だったナイトフライヤーがその四脚を地面に垂らし、煙をボンっと吹いて力無く崩れた。

それでも、子機とイクシードオービットのレーザー弾幕は止まらない。

凄絶な熱線の嵐を受け、言葉にならない絶叫を通信機から響かせながら、ナイトフライヤーは爆散した。

これで、2対1。

 

《……敵ACのデータ無し!ですが、さきほどの武装はおそらくオービットの類です!子機が放たれたら、とにかく動き回ってください!》

《ふざけないでよ……!こんなところで、死ねるかってのっ!!》

「エキドナ!無理に突っ込むな!」

 

激昂したレジーナが、ソラの制止も聞かず敵ACに突っかかっていく。

狙いの定まらないグレネードを撃ち、肩のトリプルロケットを放ち、イクシードオービットで弾幕を張っての激しい攻勢。

敵ACは地上に降りて激しく機体を左右に揺らしながらも、分厚い射撃に何度か被弾した。

しかし、反撃のレーザーライフルが高速で連射され、エキドナを何度も炙り、蝕んでいった。

エキドナのAPが見る見る間に減っていく。もう、ソラも突っ込むしかなかった。

雄叫びを上げながら、挟み撃つようにしてマシンガンを撃ちっ放す。

そしてまた、敵ACが飛び上がり、肩の球体ユニットを展開させた。

バシュバシュバシュッと放出される自律子機。その小さな砲口は、エキドナを向いていた。

 

《やばっ、グレネードが切れ……っ!》

 

レーザーが乱射され始める。子機だけではない。コアのイクシードオービットからもだ。

レジーナは必死に機体を動かし、オービットの砲撃を躱し続けた。

フロア内をブースタ全開で疾走し、追いかけてくる子機を振り切ろうともがく。

ソラも、少しでも気を逸らそうと横合いから敵機に砲撃を浴びせた。

だが、それでも。

 

《ダメ、もうエネルギーが……!きゃあああぁっ!!》

 

レーザーの嵐がついにエキドナを捉えて、一気にAPを奪っていった。

スピーカーから響いた少女の悲鳴が、ソラの耳をつんざく。

エキドナはレーザーを受けながら勢い余ってフロア内の壁に激突し、そのまま動きを停めた。

APは、ギリギリ30だけ残っていた。

だが機体の至る所がスパークし、防御スクリーンが装甲表面で乱れに乱れ、もう次の攻撃で爆発してもおかしくないほどに煙を噴き上げている。

敵ACはそんなズタボロのエキドナの前に着地し、黒いレーザーライフルを向けた。

 

「待て、やめろっ!!」

 

ソラは反射的にオーバードブーストを動かし、敵機に横合いからぶつかっていった。

敵ACはストレイクロウの突撃に反応して素早く飛び、マシンガンと投擲銃の乱れ撃ちが空振りに終わる。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

ACとMTの残骸が無数に散らばった、脱出不能のフロアで。

ソラは息を荒げ、肩を上下させながら、敵ACと相対していた。

ナイトフライヤーは爆散。エキドナは戦闘不能。

数の優位は脆くも崩れ、既に動けるのはソラのストレイクロウしかいない。

それも、APは残り3000を切っていた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

心臓が、口から飛び出そうなほどに高鳴っている。

通信機の向こうで、レインが何かを必死に叫んでいた。

だが、ソラにはもはや自分の荒い息遣いしか聞こえなかった。

その目には、正体不明のAC――いや、ACの皮を被った"何か"しか見えていなかった。

"死"という概念が、人型兵器の形を取っている。

そんな気さえしてしまうほどに、ソラは恐怖していた。

 

「嫌だ……死にたくない……嫌だ……」

 

操縦桿を握る腕の震えが、止まらない。

歯がカチカチと鳴り、口から弱音が絶え間なく漏れ出てくる。

そして、敵ACが肩の球体ユニットを、また展開した。

 

「いや、だ――」

 

飛んでくる子機。コアから浮かび上がったイクシードオービット。

その全てが、スローに見えた。

死が迫っているからだと、思った。

ここで死ぬのだと、砲口を輝かせる自律砲台を見ながら、思った。

 

――そして。

 

 

 

ソラの耳が、あの言葉を聞いた。

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

今聞こえるはずがない、言葉だった。

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

うるさい、何で今さら。もう、死ぬのに。

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

うるさい、うるさい。もう終わったんだ。終わるんだ。

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

うるさい。もう――だけど。

 

『本物の空ではありません』

『本物の空ではありません』

『本物の空ではありません』

 

だけど、俺はまだ、本物の空を――

 

 

 

「あああああああぁあぁっっ!!!」

 

ソラは唾を撒き散らして吼え猛り、フットペダルを壊れんばかりに踏み抜いた。

オービット兵器のレーザーが絶え間なく、ストレイクロウの頭上をかすめてくる。

敵ACがグレネードランチャーを起こした。砲口が、真っ直ぐ突っ込むソラの脳天を捉えている。

 

「くそったれええええ!!」

 

操縦桿横のレバーを力任せに引き上げ、オーバードブースト発動。

時速700km超の猛加速で、敵ACに激突した。

敵機はブースタを吹かして耐えるもずるずると後方に押し込まれていき、やがてフロアの壁に叩きつけられる。

ソラは歯を食いしばり、モニターに映し出される敵ACの頭部を睨みつけた。

そして、両手の操縦桿のトリガーを握りしめた。

 

ドド、ガガガガガガガッ!!ドンッ、ドドド、ガガガガガガガッ!!

 

零距離で、両腕のマシンガンと投擲銃が唸りを上げる。

 

「おおおおおぉぉぉぉっ!!!」

 

EN容量が、そしてAPがガリガリと擦り減っていく。

ぶつかり合った防御スクリーン同士が激しく干渉し合い、さらに頭上からオービットが乱射されているせいだ。

それでもソラは叫び、フットペダルを踏み込み、トリガーを引き続けるしかなかった。

そうして体当たりしたまま何度も何度もマシンガンが唸り榴弾が爆発し、ついにコクピットにAP限界のアラートが表示されて、モニターが乱れ始めた。

死ぬ。もう死ぬかもしれない。いや、それでも生きる。生きてやる。

絶対にここで、死んでたまるか。

ソラはそう思って、強くそう思って、攻撃をやめなかった。

ずっとずっと、狂ったように叫んでトリガーを引き続け。

――そして。

 

《レイヴン》

「……え?え……あっ……」

 

自身を呼んだ声にソラはふと正気に戻って、半分近くブラックアウトしたコクピットモニターを改めて見つめた。

敵ACはいつのまにかぐちゃぐちゃに押し潰れ、穴だらけになって機能を停止していた。

ストレイクロウのオーバードブーストも停止し、コクピット中の計器という計器が、まるでこの世の終わりとばかりにアラートを鳴り響かせている。

操縦桿のトリガーは強く引いたままなのに、もう砲弾は発射されていない。

マシンガンは弾切れし、投擲銃は榴弾を至近で撃ち過ぎたせいでひしゃげて潰れていた。

 

「勝……った?え、俺……生きて……さっきの声……」

《……ギー反応!……ヴン下がっ……さい!!》

「え?」

 

レインの途切れ途切れの声に、通信機をちらと見た瞬間。

 

《フェーズ1、クリア。フェーズ2へ、移行》

 

先ほど呼びかけてきた声だった。

それは男と女が入り混じったような、あの無感情な声。

 

「移行?なん……っ!?」

 

敵ACの残骸が、ソラの前で光り輝いた。

ソラは咄嗟に、顔面を腕で覆い隠した。

轟音。振動。衝撃。

 

ストレイクロウは爆発に巻き込まれ、大きく吹き飛んでフロアの床に叩きつけられた。

 

APがちょうど、0になった――



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病院にて

今年もよろしくお願いします。


ルグレン研究所での戦闘から、数日後。

 

セクション301。

グローバルコーテックス及び全レイヴンの拠点となる、第一層第二都市区の基幹セクション。

その広大なセクションの中央、コーテックス本社ビルのすぐ傍に建てられている総合病院は、規模こそさほど大きくはなかったが、最新鋭の医療設備が揃っていた。

病室もレイヴンに対してはしっかりと個室が与えられ、都市区の下手な宿泊施設などよりも広く、快適である。

 

「もう、何度もこないでよバカ親父!レイヴン同士の紛争禁止って叱られたでしょ!心配しなくてもただの骨折とかすり傷よこんなの!だから早くお見舞いの品置いて出てけ!ベー!」

 

そう、ソラも入院生活自体は快適である。

 

「ちょっ!?何よこの収支!!すっからかんになるじゃない!!あーもう、アリーナのお金残しとけばよかったー!!」

 

快適ではあった。

 

「あぁ~!あいつらぁっ!思い出したらムカついてきた!あたしのエキドナをよくもっ!!次会ったらコテンパンのギッタギタのボッコボコにしてやるからー!!」

 

隣の個室が非常にうるさいという点を除けば。

 

「……レジーナさんはずっとあんな調子ですか?」

「そうだよ。最初は大人しかったらしいんだけどな。身内が見舞いに来てから、元気になったみたいでな。うるさすぎて、おかげで意識が戻ったよ」

「それは……心中お察しします、レイヴン。病室の壁、薄くはないはずですが……」

 

見舞いにやってきたレインがベッド横の椅子に腰かけたまま、包帯まみれで寝そべるソラに対して苦笑をこぼした。

いつもの生真面目でお堅そうなスーツ姿とは違う、少しだけビジネスカジュアルに寄った私服姿である。

その胸元には、抱えるようにして分厚い封筒を携えている。

 

「それにしても、最新の高度医療ってすごいな。全治数ヶ月は覚悟してたけど、2週間で後遺症無く退院できるってよ。これだけ包帯とギプスの全身フル装備なのに」

「医療費もコーテックスがある程度負担しますからね。ですが、それでも火傷、裂傷、打撲、骨折……あなたが救助された時は酷い有様だったと聞きます」

「生きてたんだ。それ以上は望まない。……それより、俺のACは?」

「……これを」

 

レインが封筒を差し出してきた。

ソラはベッドから軋む身体を起こし、一度だけ深呼吸して、中の書類を取り出した。

その1ページ目は、ルグレン研究所戦の収支報告だった。

 

「ん……あれ、こんなもんか?全部直して、これ?」

「ええ、完全に破損した投擲銃の再購入費は含んでいませんが」

 

資料に並んだ弾薬費と修理費の数字は、確かに今まで依頼をこなしてきた中で一番大きな額だった。

だがそれでも、法外というわけではなく、常識的な範囲の金額に収まっていた。

 

「うーん……今回の報酬と残してた金で、帳消しって感じだな。AP0になって、全部丸ごとスクラップになったと思ってたが」

「2ページ目以降に、整備班から提供された現状の写真と説明があります。敵ACの自爆に巻き込まれた直後にAPが0になり、防御スクリーンが消失したために、機体の完全な損壊は免れたようですね。大きなダメージを受けたのは、ほぼ装甲部分のようです」

「我ながら運がよかったな。自爆くらってAP0になるのと、AP0になってから自爆くらうのでは結果は違ってたろ」

 

ソラは資料をペラペラとめくりながら、撮影されたストレイクロウの各部をチェックしていった。

整備班の説明書きによれば、装甲はズタズタだが内部フレームや内装パーツは無事だったので、比較的安価な修理費で何とかなるらしい。

これでもしフレームに重篤なダメージがあれば、直すより買い替えた方が安くついたかもしれないと、チーフのアンドレイがページの端に手書きでコメントしていた。

不幸中の幸いだった。クレストもしっかりと成功報酬を払ってくれており、AC撃破に対する特別加算までつけてあった。

偶然と言うべきか奇跡と言うべきか、なんとか五体満足で、借金も背負わず、あの厳しい戦いを凌いだのだ。

ソラは改めてそれを実感し、思わず大きくため息を吐いて、ベッドにぼふんと背を倒した。

 

「よかった……乗り切ったな、あれを」

「……はい。本当に、お疲れ様でした。レイヴン」

 

レインがいつも以上に声に感情を乗せて、ソラをいつもの言葉で労ってくれた。

いつも通信機越しに聞いている言葉だが、直に聞くと、何故だか妙に気恥ずかしかった。

今さらながらに、レインが並外れて端正な容姿をしていることを意識させられてしまう。

ソラは思わず頭をかいて顔を逸らした。

 

「……ありがとな。レインも、お疲れ様」

「あ……いえ、私は何も……」

「そんなことない。いつも、助けてもらってる」

「……はい、ありがとうございます」

「まあ、あれだ。お互いさまってことで」

「……そうですね。お互い様、ですね」

 

それから少しの間、ソラとレインは黙って、病室の窓から空を眺めていた。

今日の人工気象システムが映す空は、珍しく快晴であった。

穏やかで静かな時間。何の会話もないが、こういうひと時も悪くないと、ソラは思った。

 

「ねえねえ、もしもーし!看護師さん?暇だからなんか雑誌欲しいんだけど、お願いしてもいい?……やった、サンキュー!!ええとね、ファッション系とね、漫画とね、あと週刊レイヤード422ね!」

 

雰囲気をぶち壊す後輩レイヴンの大声が、病室の厚い壁をぶち抜いてソラの鼓膜を震わせた。

 

「……レイン。隣の内線番号聞いてきてくれ。怒鳴り散らしてやる」

「ふふっ……出来ればこらえてあげてください。レイヴン同士の紛争は禁止されていますので」

「あのガキンチョめ……ここは病院だぞ。わかってんのか」

「くすっ……ぷ、ふふ……」

 

むくれるソラの横で、レインは肩を揺らして目をつむり、笑い声をこらえようとしていた。

専属オペレーターの珍しい姿にソラもおかしくなり、しばらくの間二人してクスクスと笑い合った。

ソラがレインと直で打ち解けるのは、思えばこれが初めてのことだった。

 

「……それで、ルグレン研究所を襲った連中の件は、何か分かったか?」

「いいえ。ミラージュのファルナ研究所の時のように、敵ACの撃破と共にMTの残骸は全て自爆、企業による調査は困難のようでした」

「スクータムの性能も同じだったし、撃破後の行動も同じか。やっぱり、あの時仕掛けてきた連中だな」

「あの部隊は結局、何者なのでしょう?特にAC……改めて調査しましたが、やはりグローバルコーテックスに登録のない機体でした。乗っていたレイヴンが誰なのかも不明です」

「クレストは最初の依頼メッセージで、ミラージュの部隊だと言っていた。確かに、スクータム、ギボン、カバルリーという編成はミラージュのそれだ。ACの機体構成も一見ミラージュ製が多く見えたが……」

「MTはどの機種も、通常の機体と明らかに異なる高い性能を有していましたね。ACについても機動力が底上げされていましたし、あの機種のレーザーライフルやイクシードオービットには、あそこまでの連射力はないはずです。そして肩のオービット兵装……調べましたが、ミラージュがつい先日開発成功をコーテックスに報告してきたオービットキャノンと呼ばれる武装です。まだレイヴンには供給されていないはず……」

「ミラージュが怪しいことは怪しいが、そもそも企業にACの所有は認められてない。その上、俺達やレジーナが以前に遭遇した部隊は、そのミラージュにも攻撃をしかけていた。やっぱりあれがミラージュの部隊だとは、とてもな……」

 

「クレストは、ミラージュの部隊ってことで押し通す気みたいよ?」

 

ソラが顔を上げると、松葉杖を脇に挟み、えらそうに腕組みしたレジーナが病室の戸口にもたれかかっていた。

赤毛のサイドポニーは下ろされ、以前よりも少女らしい雰囲気になってはいるが、ふんぞり返った態度で台無しである。

 

「おう、レイヴン同士の紛争は禁止だぞ。出てけ。あとうるせえぞ毎日毎日。病室引っ越せよ」

「ふんだ。負傷したレディに対して何その態度。そんなことより、はいコレ」

 

ひょいと、ソラのベッドの上に雑誌が放り投げられた。

クレスト系の報道誌"週刊レイヤード422"だ。

折り目をつけられたページを開くと、燃え盛るルグレン研究所の写真がデカデカと見開きで掲載され、『非道、ミラージュの無差別攻撃』の見出しが踊っている。

記事には、ミラージュの特殊部隊が何の勧告もなく突如一般職員とその家族が暮らす施設を襲撃したこと、無差別殺戮をおこなったこと、派遣されたレイヴン複数名含め多数の死者が出たことが書かれていた。

 

「ま、さもありなんって内容でしょ。研究所を襲ったMT部隊とACの異常性については何の報道も無し。携帯に来るニュースでもね。まったく、あたしらがどれだけ苦労したと思ってるんだか」

「クレストはこの路線でいくってことか。てっきり隠すかと思ったが。あれだけデカい施設が壊滅的被害を受けると、さすがに伏せるわけにもいかないか」

「で、結局こいつらって何なの?あたしが初遭遇した時はミラージュとキサラギに喧嘩売って、今回はクレスト。あんなぶっ飛んだ性能の奴らが全方位喧嘩腰って、明らかにやばいでしょ」

「……分かりません。彼らが何なのか、今は事例を少しでも多く集めて、検討するしか」

「事例を集めてって。つまり、それってこいつらがまたどこかで暴れるまでどうしようもないってことよね?そんなの……」

「仕方ないだろ。何の手がかりもないんだから。俺達に噛みつかないでくれ」

 

病室の中に、重たい沈黙が流れた。

実際のところ、ソラには何の手がかりもないわけではなかった。

敵ACを撃破した時に聞いた、あの男と女が入り混じった無機質な声の通信。

 

『フェーズ1、クリア。フェーズ2へ、移行』

 

やはり生身の人間の声ではなかった。

傭兵の先輩スパルタンが教えてくれた、オカルトめいた噂が頭をかすめる。

管理者直属の"実働部隊"。

ソラは密かに、その存在と暗躍を信じ始めていた。

だが、それが三大企業を無差別に襲う理由が分からなかった。

もし、あれらの部隊の正体が管理者の手先だとして、その目的がまるで分からないのだ。

 

「はあ……ごめんなさい。あたし気が立ってた。急に別のレイヴンの病室におしかけるなんて。ここ数日うるさかったでしょ。それもごめん。あたし生きてるんだって思ったらつい、ね……」

「……いいよ。あんな奴らとやり合って、死ぬ直前まで行ったんだ。何も考えない方が変だろ」

「……そうね。あと、お礼。言ってなかったわね。先輩、助けてくれてありがとう。あたし、死ぬところだった。今生きてるのは先輩のおかげ。本当にありがとう」

 

レジーナは真面目な顔でそう言うと、深々とその場で頭を下げた。

下げたまま、ソラが声をかけるまで、頭を上げようとしなかった。

 

「じゃあ、あたし大人しく漫画読むから。病室であんまりイチャイチャしないようにね」

「は!?な、何言ってんだお前イチャイチャって」

「そ、そうですよ……レイヴンと私はそういう関係では……」

「はいはい。じゃあ、ごゆっくり」

 

レジーナは手をひらひらと振った後、病室へと戻っていった。

あとには、気まずい空気のソラとレインだけが取り残された。

 

「……え、ええとレイヴン。私もこれで失礼しますね。何かあったら携帯端末に連絡しますので、一応電源は入れておいてください」

「お、おう。じゃあな。あ、依頼は退院までキャンセルで頼む」

「はい。では……あの。本当に緊急の案件以外は全て私の判断で処理しますから。あなたは入院している間くらいゆっくりしてくださいね」

「ん、あ、ああ……ありがとう」

 

早口でそう言うとレインもまた、頭を下げてそそくさと病室を出ていった。

 

「あのガキンチョ……どうしてくれんだ、この何とも言えない感じを」

 

ソラは鼻を鳴らし、ベッドの上の枕に勢いよく後頭部をうずめた。

包帯を巻いたあちこちが軋んで痛んで、思わず呻いてしまう。

軽率な振る舞いが我ながら情けなく、反省しながらぼんやりと天井を眺めた。

足はギプスをはめていて動かない。

腕にも頭にも胴体にも包帯が巻いてあって、身動きがとりづらい。

もごもごと舌を回すと、大きく切ったと思しき場所が痛みで沁みた。

 

「……生きてるんだな、俺」

 

ソラは改めて生を実感し、呟いた。

 

「まだ、飛べるんだな」

 

もう一度、呟いた。

 

「本物の、空へ……」

 

身体を温めるようなじんわりとした痛みに浸りながら、ゆっくりと、目を閉じた。

目の端が熱くて、涙がこぼれ出た。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ユニオン

TITLE:ある仮説について

 

レイヴン、こうして連絡するのは初めてのことになる。

 

コーテックスへの妨害活動、そして封鎖済みセクションの探査。

我々と君は、随分と縁があるようだ。

 

ルグレン研究所での騒動は、もちろん調べさせてもらった。

一度の突発的な屋内戦闘で、レイヴンが複数名死亡するほどの激戦だ。

不審に思わない方がおかしい。

 

はっきり言おう。

君が交戦した相手は、もちろんミラージュの部隊などではない。

あれこそが、管理者の"実働部隊"だ。

この部隊の存在は、決してオカルトや伝説の類ではないのだ。

 

そして、今回の事件には一つ、大きな疑問点がある。

最も管理者を信奉し、その意に従順に従っているクレストまでもが、何故管理者に襲われるのか、という点だ。

 

実のところ、これまでの我々の数多くの行動は、ある一つの"仮説"を裏付ける証拠を集めるためのものだ。

その仮説が事実なら、ここ数年の間に地下世界で起こっている異常にも、説明がつくのだ。

だが、それはあくまでまだ仮説にすぎない。

まだ、我々自身もそれを信じ切れずにいるのだ。

 

もしも、君に真実を知る意思があるのなら、我々に協力して欲しい。

近いうちに、また連絡する。

 

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正体不明生物駆除

ゲーム本編ではルグレン研究所で酸に弱いダニを駆除する依頼ですが、シナリオの都合で大幅に改変しています。ご了承ください。


2週間後。

病院から無事に退院したソラが初めにしたことは、整備班への謝罪と労いだった。

 

「恥ずかしながら2週間、病院でサボってた。皆、心配と迷惑をかけてすまない!俺がボロボロにしたACを直してくれて、本当にありがとう!」

 

整備用ハンガーに固定された、完璧に修理された状態のストレイクロウ。

その足元に呼び集めた十数人の整備班に対して、ソラは大きな声で感謝を伝え、頭を下げた。

パチパチとメカニック達が拍手し、逆にソラへと次々に温かい言葉をかけてくれる。

和やかな雰囲気の中、チーフのアンドレイが前に歩み出てきて、ソラの肩をぽんと叩いた。

 

「どうじゃ。看護師も、美人揃いだったろう?」

「うるせっ」

 

ソラが髭もじゃの爺にツッコミを入れると、ガレージがどっと笑いに包まれた。

 

「ということでチーフ、俺入院で鈍りまくってるから今日の午後には早速テスト場に行ってくるぞ」

「おうおう、行ってこい行ってこい。ワシらの汗と涙で蘇ったACを堪能してこいや」

「ああ。皆、今日からまた忙しくなるからな!よろしく頼む!」

 

おうっ、とメカニック達の野太い声が、威勢よく響き渡った。

 

 

………

……

 

 

 

「んで、どうよ?久々のACの乗り心地は」

「良好。問題なし。さすが、完璧な修理だぜチーフ。ただ、ちょっと俺自身の勘が鈍ってる気はするな」

 

テスト場から戻り、ハンガーでコクピットの微調整をしていたソラにアンドレイが話しかけてきた。

 

「2週間もベッドで寝てたら当然だわな。それに、金も素寒貧だろ?」

「ああ、当分レーザーライフルとブレードでやりくりしようかと。ミサイルぶっ放すのも、控えないとな」

「それがええわな。マシンガンは弾代かかるし、投擲銃もおじゃんで買い直しだしな」

「ははは……本当は新しい脚部買う予定だったのに」

「まあ、命あっての物種と言う奴じゃねえか?んで、話変わるけどよ」

「何だよ?」

 

少し声を低めたアンドレイに、ソラは振り返ってモニターから視線を移した。

白髭が眩しいベテランは、手元の携帯端末に視線を落としていた。

 

「アンタ入院中、報道は見とったか?」

「……ああ。なんか色々起きてるな」

「うむ、今日もこれだ。ほれ、第三層第一都市区で大規模停電。復旧の目途立たず。今度はクレスト管轄のセクションだってよ」

「この前はミラージュ管轄の産業区だったな。管理者のスケジュール外の停電がこんなに頻発するとは」

「困るぜ、都市区の電力供給止まったらよぉ。しかも今回は市街地どころか、お空の人工気象システムや気温管理システムまで逝ったらしい。酸素供給が止まらなかったのは不幸中の幸いだが……」

「それでも長引いたら死人が出るぞ。第一都市区はただでさえ貧困層が多いのに」

「しかも1週間前には、また第二都市区のセクション封鎖があったろ?それもクレスト、今回もクレスト。クレストも報われねえな、あれだけ熱心に管理者拝んでるのに」

 

アンドレイの差し出してきた携帯端末の報道を、ソラは見た。

やはり、都市区の大規模停電の詳しい原因は不明なようだ。

だが、セクション封鎖の件と合わせて、クレスト系メディアは盛んに非合法な地下組織の暗躍によるものだと主張していた。

非合法な地下組織、おそらく"ユニオン"のことを指しているに違いない。

入院中だったソラに、コンタクトを取ってきた連中だ。

ユニオンはソラに、ルグレン研究所を襲った部隊が管理者の"実働部隊"だと告げてきた。

そして何らかの"仮説"を検証しているとも。

ここ最近レイヤードで頻発し始めた異常も、彼らは検証しているのだろうか。

 

「この先どうなっちまうんだろうな、レイヤードは」

「……さあな」

「どうするよ?このセクション301も急にバツン、って停電起きたら」

「そうだな。今の内に、電池と毛布と非常食買っとかないとな、あと……発電機とかか?」

「そうさな。しかしまあ、結局ワシらに出来ることなんて決まっとるんだがな」

「出来ること?」

「ACの整備よ。コーテックスの整備班に出来るのは、それだけだ。レイヤードがどうなってもな」

「いや、停電起きたら、出来ないだろ」

「かぁ~。分かっとらんなぁ、これだから若いのは。心意気の話をしとるんだ心意気の」

「はぁ……」

「つまりよ……お前さん次第ってことだ」

「何が……?」

「わははははっ!オーイお前らぁ!!ちょっくらコーテックス本社へ買い物に行ってこい!!非常用のもん色々買っとけ~~!!」

 

アンドレイは、いつものしわがれた大笑いで一人盛り上がってハンガーを下りていった。

ソラは要領を得ないベテランの言葉に首を傾げながら、ACの調整に戻るのだった。

 

 

………

……

 

 

翌日の朝。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

レイヴン、前例のない事態だ。

 

現在、我が社が管轄する第二都市区の複数のセクションにおいて、正体不明の生物が大量発生し、市街地を襲撃している。

 

我々としてもこの生物を駆除しようと手を尽くしてはいるが、発生箇所が非常に広範囲に渡っており、侵入経路の封鎖で手いっぱいの状況だ。

これ以上数が増えないとは思うが、市街地内で活動している生物を片づけなければならん。

 

そこで、レイヴンに駆除を頼みたい。

こちらの指定したセクションに向かい、この生物を一匹残らず撃破してくれ。

 

なお、生物とは言うが、どういうわけか奴らは装甲車程度なら貫く威力の熱線を撃ち出してくる。

くれぐれも油断はせず、迅速に対処しろ。

 

失敗は許されないと思え。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はミラージュ社。作戦区域は第一層第二都市区セクション309、ネリスシティ市街地です。報酬は26,000C。敵不明生物は、百匹近くを市街地に確認しているとのことでした》

「さっき報道で見たばっかだ。デカい蜘蛛みたいな化物だったな。レイン、現場はどうなってるんだ?」

《不明生物が確認されたのは、セクション305から309までです。市民の避難は現在も継続中……ですが急激な大量発生だったために、多数の被害が出ています。発生源は不明ですがおそらくセクション地下に張り巡らされた下水道を通って侵入してきているらしく、ミラージュの部隊はそちらへの対処に追われています。市街地の駆除は、他のセクションも全てレイヴンに依頼するみたいですね。かなり大掛かりな駆除作業になるかと》

「クレストかキサラギの仕業って線は……どうなんだろうな」

《……分かりません。ミラージュもメッセージで言っていますが、とにかく前例のない事態です。生物の形態を模した兵器というのであれば、企業の関与はありえますが、もしそうでないとしたら……》

「ああ、企業の仕業ならまだいい。むしろ、自然に発生したケースが一番怖い。なにしろ自然区や下水道は、第二層の環境制御区を通して管理者自身が管理してるはずだからな」

《管理者……そういえば近頃、各セクションで原因不明の停電が相次いでいますが、本件と何か関係が?》

「分からない」

 

ソラもレイン同様、急に頻発し始めたセクションの異常を考えていた。

これも、管理者に原因を辿れる異常だとすれば、企業もただ駆除して一件落着というわけにもいくまい。

 

《レイヴン、ユニオンからあなた宛てに届いたというメールの話ですが……》

「奴らも当然、この正体不明生物のことは調べてるだろうな。なんでも"仮説"を検証しているらしいからな」

《彼らの言う"仮説"とはいったい、何なのでしょうか?それに、"実働部隊"とは……》

「さあな……けど、今はそれより依頼だ、レイン。依頼は受けるぞ。いつも通り、輸送機をガレージに回してくれ」

《分かりました。それと、ミラージュより今回の依頼に関しては、僚機の雇用に予算を構えているそうですが》

「候補者のリストを。……レイヴンは無理か。当然だな、人手が足りないだろうし。じゃあ、僚機はスパルタンだ。手配を」

《了解しました。……駆除して、それで本当に終わりとなるでしょうか》

「今はレイヴンとして、出来ることをやるだけだ」

《……はい。ではまた後で》

 

通信の切れたブリーフィングルームで、ソラは携帯端末を操作して各社の報道を見た。

現在発生している正体不明生物のニュースではない。

その前の、各地の停電発生についてだ。

クレストは、地下組織の暗躍を主張していた。

ミラージュは、管理者の不完全性と老朽化、その改善を謳っている。

キサラギは、ただ起きた事実をそのまま報道しているだけだ。

それはそのまま、レイヤードに起こりつつある異常に対する、そして管理者に対する各社のスタンスを表しているように思えた。

どの企業が正しいか間違っているかではない。

どの企業も、各々の姿勢で向き合っているのだ。

そしてそれは、レイヴンであるソラ自身もそうしなければならなかった。

地下世界レイヤードの異常は、そこに住む全人類にとって、決して他人事ではないのだから。

 

「……俺は傭兵だ。依頼がくれば、こなす。結局それだけだ」

 

今はそれでいい。そうするべきである。レイヴンとして、正しい姿勢には違いない。

だが、もしそれ以上の判断を求められる瞬間が来たとすれば?その時はどうするのか?

ソラは自問した。その時自分は管理者に対して、この変わりつつある世界に対して、どう向き合っていくのか。

答えの見つからない問いだった。少なくとも、今答えを出すことはできそうにもない。

 

「とにかく準備だ。出撃の準備しないと」

 

ソラは頭を戦闘向けに切り替えつつ、更衣室へと向かっていった。

 

 

………

……

 

 

11時30分ごろ。

 

《レイヴン、スパルタン、まもなくネリスシティ上空です。市民の避難は既に完了。出撃準備をお願いします》

《やれやれ、お声がかかったと思ったら害虫駆除かよ。たまんねえなオイ》

「百匹近い上にレーザー吐くって話だ。囲まれたら死ぬからな、スパルタンの旦那」

《ばっきゃろー。そんなヘマするかよ。弾もいつも以上にたんまり持ってきてる。だが、FCSに気を付けろよ、ボウズ》

「FCS?……ああ、生体ロックの話か」

 

ソラは出撃直前にアンドレイにもされた話を思い出した。

特定のAC頭部にのみ付与されている生体ロック機能。

生体ロックは本来対人制圧や自然区での特殊任務などに使用されるものだが、ストレイクロウの頭部"TIE"には備わっていない。

今回の敵は生物なため、もしかしたらFCSによるオートロックができないかもしれないと、アンドレイの指摘があったのだ。

 

「敵さん、生物なんだろ?金属反応がねえと、マニュアルで撃つしかねえはずだ。そのAC、生体ロック機能ついてんのか?」

「……ついてない。金欠だし」

「かぁー!頼むぜおい。いつまでも新人気分か?」

「仕方ないだろ……この前の機体修理で有り金吹っ飛んだんだから。そういう旦那はどうなんだよ」

「俺か?俺はもちろん」

《ネリスシティ北部へ到達。投下ポイントです。2機とも出撃してください》

「ねえよ、そんなものは」

 

ブースタを吹かし、コーテックスの輸送機からソラのストレイクロウとスパルタンのスクータムが飛び降りた。

着地してすぐ前方のビルの壁面に、全長10mはあろうかという白い大蜘蛛が数匹固まって張りついていた。

こちらに気付いたようで、カサカサと8本の長い足をばたつかせて、振り向いてくる。

そして、緑色の熱線を撃ち込んできた。

当然、そんな見え透いた攻撃に当たるソラとスパルタンではない。

機体を左右に揺らしてかわし、反撃のレーザーライフルとバズーカをマニュアル照準でぶち込んだ。

大蜘蛛はさすがにそれほどの堅牢さはないようで、一撃貰うと盛大に緑の体液を跳び散らして絶命した。

 

「やっぱりFCS反応無し……レーダーもダメか」

《街は広いぞ。全部の通りを1個1個当たるのか?》

「冗談だろ……レイン!コーテックスのオペレーションシステムで、敵の居場所を把握できないか?」

《市街地の管制機能を経由していくつかスキャン方法を試しましたが、熱源での探知が可能なようです。この生物はかなりの熱量がありますので、それでおおよその場所は分かります。熱線を吐くために高熱の器官でもあるのでしょうか……》

「レーダー上にスポットだ。とりあえず数が多い場所が最優先。余裕が出来たら、全ての生物の居場所をスポットしてくれ」

《了解です。一番近い密集地帯は……北東の公園です。どうしてこんな場所に……》

「理由は知らん。そこへ行く。旦那、俺が先行するから、追いついてきてくれ。道中で化物を見かけたら、代わりに撃破頼む」

《任せとけ。お前はとりあえず目的地へ急げ》

「ああ、行くぞ!」

 

レインやスパルタンと打ち合わせ、ソラはACのブースタを吹かして北東の公園へと動いた。

道中、何匹かの蜘蛛が道路やビル壁面にいるのを見かけたが、無視して進む。

その度にスクータムの砲声が後ろで響いて、ソラの背中を押してくれた。

 

「目標の公園に到達し……なんだあいつら、何やってる?」

 

公園内には、奇妙な光景が広がっていた。

蜘蛛の巣のような物がそこかしこに張り巡らされ、公園の中央部を走る水路に20匹近い蜘蛛が群がり、何やらもぞもぞと蠢いている。

水を飲んでいるのかと不審がりながら、ソラが公園の敷地にACを入れた時だった。

 

「っ!?」

 

蜘蛛が一斉に水面から顔を上げ、ストレイクロウめがけて熱線を浴びせかけてきた。

ソラは何発かに被弾しつつもブースタで素早く距離を取り、最寄りのビルの陰に身を潜めて手荒い歓迎をしのぐ。

だが、敵の乱射はいっこうに終わる気配がない。20匹が群れているのだから、射撃の隙間などあるはずもなかった。

ソラは舌打ちしながら、機体をビルから出してレーザーライフルを群れにめがけて放った。

あまりに密集しているものだから、狙いすまさなくてもレーザーは蜘蛛を数匹まとめて焼き尽くす。

お返しとばかりに撃ち返される熱線を、ソラはこまめに避けながら辛抱強く反撃していった。

 

《おいおい、パーティか……よっと!》

「旦那、気を付けろ!こいつらしつこいぞ!」

《見りゃ分かるわそんなの!》

 

追いついてきたスパルタンが、スクータムをビルの陰に隠しつつバズーカだけを突き出して砲撃する。

ソラはあえて機体を晒して注意を引きながら、蜘蛛の数を減らした。

残り10匹。

数が減ると、敵の狙いの甘さが浮き彫りになった。

蜘蛛達はFCSなど積んでいないのだ。生物的な反射で撃っているだけでは、縦横に飛び跳ねるACを正確に狙い撃つことなどできない。

それが分かると、ソラは一気に気分が楽になった。

残り5匹。スクータムのバズーカが2匹をまとめて爆発で吹き飛ばし、残り3匹。

残り3匹もレーザーライフルで確実に、しとめきった。

 

《周辺に熱源無し。公園の掃討は完了です》

《ふぅー。本当に虫の本能だけで攻撃してきてる感じだな。数が多いと厄介だが、減ったらまったく大したことねえ》

「ああ。このまま他の密集地点も……」

《レイヴン、ミラージュ社から通信です。敵生物の習性がある程度判明。どうやら水辺に巣を作り、卵を産み付ける性質を持っているようです。下水道内で多く見られた事例ですので、間違いないだろうとのことです》

「なるほど、それで水路がある公園か」

《ミラージュは、卵の排除も頼むと言ってきています》

「……了解。本格的に駆除作業になってきたな」

《レーザーブレードでやっちまえ。弾がもったいねえぞ》

「だな。ちょっと待っててくれ」

 

ソラはACを公園の水路に近寄らせた。

グロテスクなマーブル模様の球体が、粘っこい糸に包まれて大量に水中に沈んでいる。

モニター越しとはいえ、正直直視したい光景ではない。

レーザーブレードを発振し、ソラは無心で水中の卵を焼き払った。

 

「これでよし。レイン、残るポイントは?」

《残りは3ヶ所。やはり、どこも公園のようですね。このネリスシティは景観に配慮した新しめの街ですから、他の市街地に比べても公園施設が多いようです》

「残りAP7500か……まあ、余裕だろう。旦那、順番に回ろう」

《おうよ。ったく、停電連発の次はドデカ害虫騒ぎかよ。レイヤードはどうしちまったんだろうな》

「……知るかよ。管理者に聞いてくれ」

 

レインがスポットした次の場所も、同じような有様だった。

大量の蜘蛛の糸、水辺に群がる数十匹単位の大蜘蛛、そして熱線の嵐。

数が多少増減しただけで、敵の行動はまったく変わらない。

公園手前の大通りで機体を踊らせて被弾を減らしつつ反撃を繰り返し、スクータムに援護射撃を貰いつつ、数を減らしていく。

数が減れば何の脅威にもならなくなり、やがてその場の蜘蛛は全滅。

終いに水路に産み付けられた卵を焼き、またも駆除は一段落した。

 

「これで、あと2ヶ所だな」

《張り合いのねえ仕事だぜ。所詮、デカくても虫だな》

「めんどくさくなくて楽でいいだろ、旦那」

《おう。さっさと残りも終わらせて家で酒でも……》

《……!?待ってください、熱源が一斉に移動を開始!……え、これは……残る敵が、全て特定ポイントに向かっています!》

 

レインが焦ったように報告してきた。

 

「特定ポイント?どこだ」

《場所は……ネリス中央公園!……いえ、その傍のミラージュ支社の高層ビルに群がっています!》

「何だって……それはどういう……いや、とりあえず現地で状況を確認しよう。旦那、先行するからな!」

《おう!》

 

ソラはレインのスポットマーカーに従い、ACを急行させた。

交差点を3つほど曲がり、ネリスシティの目抜き通りを突っ走る。

その突き当り、中央公園に隣接したミラージュ支社のビル壁面には、夥しい数の大蜘蛛が散開して張りついていた。

まだ距離は700以上あるが、それでもACの頭部望遠カメラがそのおぞましい群れの姿を見せつけてくる。

 

《やはり、ビル壁面に50匹近くがいます!》

「あいつら、何をやってるんだ……?」

 

距離600まで近づいた。マニュアル照準でも、一応敵が狙える距離。

その時だった。目抜き通りを進むストレイクロウめがけて、敵が一斉に熱線を放ってきた。

 

「く、っっ!?」

 

集中砲火という言葉がふさわしい、異常な乱射にソラは慌てふためき、ACをすぐさまビルの陰に入れた。

狙いはまったく正確ではないが、不意打ちの弾幕でかなりの被弾を受けてしまっていた。

1回の一斉射撃でAPが1000近く消し飛んでいる。

 

「奴ら、あんなところで何をしてるんだ!?」

《……ビルの最上階付近に、一際大型の熱源があります。レイヴン、望遠カメラのログで確認できませんか?》

「大型の熱源?待っててくれ」

 

ソラはコンソールを叩き、素早く戦闘ログを確認した。

ビルに距離600まで近づいたところで再生を止め、建物の頂上付近を拡大する。

確かに、他より一回り大型の蜘蛛がそこにはいた。

 

「なるほど。こいつが親玉で、他の蜘蛛達を指揮してるのかもな。数が減り始めたから、集まるように呼びかけたのか」

《なんとかこの大型を叩ければ……》

「難しいな。かなり高い場所だ。近づく前に熱線の集中砲火でやられちまう」

《悪い。待たせた。……もしかしてピンチか?》

 

道路の斜向かいのビルの陰に、スパルタンのスクータムが潜り込んだ。

カメラアイを向けて、ソラに状況を確認してくる。

 

「ああ。正面奥のビル見たろ。あいつら、ビル壁面で散開して待ち構えてる。一番上に親玉らしき奴がいて、多分だけどそいつの指示だ。スナイパーライフルでもあれば話は別だが、この距離だとちまちまやるのも骨だ」

《……なるほどなぁ。じゃあ、あれやるぞ》

「あれ?」

 

スパルタンの発言に、ソラは首をかしげた。

 

《囮作戦で、挟み撃ちだ。ここまでやり合ってよく分かった。あいつら所詮は虫だ。目の前の敵を反射的に撃つしか出来ねえ。今まとまってるのも、その親玉がちょびっとだけ賢いからだろ》

「囮で挟み撃ちって……どうするんだよ」

《決まってる。俺がこの距離で踊ってるから、お前はグルっとビルの裏側に回り込め》

「……スクータムで?危なすぎる」

《仕方ねえだろ。役割逆にしても、スクータムのブースタじゃビルの上まで上がれねえ。お前のACしか出来ねえんだよ、ボウズ》

 

ソラは歯を食いしばった。

非常に危険な作戦だ。

重装型MTといえ、スクータムの装甲などタカが知れている。機動性もだ。

スパルタンがいかに歴戦の傭兵といえど、50発の熱線を凌ぎ続けるなど、不可能に近い。

 

「……この距離で正面から狙撃してじわじわ数を減らすってのは?」

《あの物量から反撃受けながらか?そっちの方が分が悪いだろ。頭叩いて、敵さんが混乱した隙に畳みかけた方がいい》

「…………」

《ボウズ、お前俺が死ぬとか思ってんだろ?余計なお世話だぜ、そりゃ。レイヴンになるまで、俺は死なねえ!さっさと行け!それとも、昔みたいに怒鳴り散らさねえとペダルも踏めねえか!?》

 

スパルタンがバズーカをソラのACに向けて吼えた。

懐かしい怒鳴り声だった。

ソラは戦闘用MTに乗りたての頃、しょっちゅうこの声音で怒鳴られたものだ。

 

「……死ぬなよ、旦那!」

《ばっきゃろー!死ぬか!うおっしゃあー!》

 

スクータムがビルの陰から飛び出していく。熱線の雨が、降り注ぎ始めた。

ソラはACを旋回させて、別のルートへと進んだ。

 

「レイン!」

《市街地のルート分析結果を送ります!このルートなら、敵の視界に触れることなく裏側に回れるはずです!》

「急ぐぞ!」

 

操縦桿横のレバーを引き上げ、オーバードブースト起動。

もはや慣れ親しんだ急加速で、ソラは大通りをひたすら突き進んだ。

指定された交差点で曲がり、脚部で走行しながらエネルギーの回復を待つ。

エネルギーが溜まれば、再びオーバードブースト。

スパルタンがどうなっているかは、聞かなかった。

レインも、あえて報告してこなかった。

ソラはラジエーターの悲鳴も気にせず、何度もオーバードブーストを使った。

 

《到達しました!ミラージュ支社の裏側です!》

「待ってろクソ虫!」

 

ブースタを吹かして、上昇。窓からちらちら見えるビルの反対側では、まだ夥しい熱線の発光が続いている。

屋上に到達し、ソラはビルの壁面を見下ろした。

ACの頭部カメラを通して、最も大型の蜘蛛と目が合った。

 

「くたばれこの野郎!」

 

レーザーライフル連射。

大型蜘蛛は一瞬逃げようとしたが、足をもがれ、腹を撃ち抜かれ、頭を消し飛ばされて、大量の体液を撒き散らしながら壁面から滑り落ちていった。

親玉の死亡に蜘蛛達は熱線乱射を止め、我を忘れたかのようにビルの壁を右往左往し始める。

今が好機。ソラはレーザーライフルをマニュアル照準でひたすら撃ち下ろし、1匹、また1匹と敵の数を素早く、確実に減らしていった――

 

《……正体不明生物の全滅を確認。中央公園の卵も焼却完了。ミラージュ本社より通信、下水道からの敵の侵入も停止したそうです。もう1ヶ所残った公園の卵は、ミラージュの部隊が対処するとのことです。レイヴン、スパルタン、お疲れ様でした》

《おお……キレイな声したねーちゃんに労ってもらうと、なんか達成感もひとしおだな。レインちゃんって言ったか。今度おじさんと呑まねえ?》

「……蜘蛛に撃ち殺されてりゃよかったのに」

《んだとぉ!?お前、誰のせいで俺のスクータムがスクラップ寸前になったと思ってんだ!これじゃ当分依頼受けらんねぇぜ!あーあ、レイヴン様のお仕事が遅いからよー!》

「あーはいはい。レイン、輸送機回してくれ。それと、このおっさんの言うことは真に受けなくていいからな」

《……クスっ。はい、了解しました》

 

ソラはACをスクータムのすぐ傍まで近寄らせた。

スクータムは、スパルタンの言う通りボロボロだった。

シールドはもはやどろどろに溶けて原型をまったくとどめておらず、バズーカもひしゃげて潰れ、機体本体には無数の弾痕。

この有様にも拘らずパイロット本人はぴんぴんしていて、作戦終了後に僚機の専属オペレーターを口説き始めるのだから、歴戦の傭兵は伊達ではない。

スパルタンといえば、MT乗りの間では知らぬもののない、凄腕の代名詞的存在なのだ。

そして、ソラの傭兵としての先輩でもあり、師匠でもあった。

 

「生きててよかった、スパルタンの旦那」

《ばっきゃろー。俺を誰だと思ってる。クソ虫の雑な攻撃なんざ、目をつぶっててもかわせらぁ!》

「それでも、生きててよかった」

《……へっ、そうかよ。そりゃどうも》

「旦那がレイヴンになれたら、一杯やろう」

《たりめえだ。当然、お前のオゴリでな?》

「はぁ?オゴるのは旦那の方だろ。旦那がレイヴンになれるとしたら、絶対俺が依頼回したおかげなんだから」

《言ったなてめえ!覚えてろよ、AC手に入れたらアリーナでヒーヒー言わせてやるからよ》

「無理無理。ACじゃ俺の方が先輩だし。返り討ちで終わりだわ」

《あーこいつ、ホントよぉ!なんでこんなクソガキが俺より先にレイヴンになれるんだ!?管理者のばっきゃろー!!》

 

輸送機が迎えに来るまでの束の間、ソラはスパルタンとじゃれて過ごしたのだった。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ミラージュ

TITLE:礼状

 

レイヴン、第二都市区への正体不明生物の侵入は一旦沈静化した。

ひとまずは礼を言おう。

 

市街地に多数の被害が出た事件だったが、生物の発生理由はまったく不明だ。

研究員が死骸の分析を行ったところ、金属反応は一切見られず、生態系の異常が産んだ化物としか言えない結果が出た。

お前も知っているだろうが、レイヤードにおける生態系は管理者が厳重に管理しており、今回のような生物の突然変異は本来ありえないことだ。

 

また、同様の生物の襲撃がクレスト・キサラギ管轄のセクションにおいても発生し始めたらしい。

ついては、三大企業で協議した結果、各管轄の地下下水道及び自然区・環境制御区の大規模調査を行うことが決定した。

 

発生源を絶たない限り、今後も正体不明生物の攻勢はやまないだろう。

長引けば、レイヤード全体に甚大な影響が出ることになるやもしれん。

お前も当分は、今回のような状況への対処が続くと思っておけ。

 

管理者が昨今のような失態を繰り返すならば、やはり我々ミラージュが率先して管理者とレイヤードを正しき方向へ導いていかねばならん。

時代が、より確かな秩序を求め始めているということだ。

 

今後とも、我が社への貢献を期待する。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 



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下水溝調査

生体兵器戦続きです。自然発生なのに兵器分類でいいんでしょうか。

生体兵器戦仕様の構成をまとめて記載しておきます。今回はレーザーライフルと投擲銃です。
フレーバー程度ですので、武器以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:MWG-XCW/90(90発レーザーライフル)
左腕部武装:KWG-HZL50(投擲銃)
右肩部武装:CRU-A102(生体センサー付き肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:MWEM-R/24(2発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-01-ATE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAM-11-SOL
脚部:MLM-MX/066

ジェネレーター:MGP-VE905
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:MBT-OX/E9
FCS:AOX-X/WS-3
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)、SP/E++(EN武器威力上昇)


「よぉ、お疲れさん。どうだった、本日の害虫駆除は」

「変わらねえよ。水辺に群がってるのを蹴散らして、卵焼いて、それの繰り返しだ。んぐ……はぁ。もう今回で5度目だぞ、この手の依頼は」

 

ソラはACのコクピットからハンガーに移り、アンドレイに渡されたドリンクを飲みながら、ため息を吐いた。

整備班がすぐに機体に駆け寄ってきて、各部の損傷チェックを開始する。

今日も今日とて、クレストの依頼で第三層第一都市区の正体不明生物駆除に行ってきたところだ。

 

2週間前、最初にミラージュが駆除を依頼してきた時ほどの物量はもう無かったが、それでも大変な依頼には違いなかった。

ACの頭部も、この手の駆除依頼をこなすためにわざわざ生体ロック機能を搭載した初期配備品"01-ATE"を買い直していた。

肩のレーダーも生体センサー機能を備えた"A102"へと買い替え、ほぼ対不明生物仕様といってもいい機体構成になっている。

 

「レインに聞いた。他のレイヴンも大半が、ひっきりなしに害虫駆除へ駆り出されてるってよ」

「いつまで続くんだかな。三大企業が皆して原因調査してるって話だろ?進展ねえのかよ」

「なさそうだな。まったく困ったもんだ。……ホント、勘弁してほしいよ」

 

ソラはもう一度ドリンクを喉に流し込んだ後、一際大きなため息を吐いた。

各企業の報道はやはり正体不明生物関連の話題が非常に多いが、まだこの生物発生の原因は不明である。

発生が頻発しすぎているためか、どの企業も駆除依頼に関しては報酬額をほぼ最低限にしており、レイヴンには実入りも少ない。

その上、現場ではグロテスクな蜘蛛の化物を何十匹も見ながら、体液をぶちまけさせ、卵を潰し、蜘蛛の巣を焼かねばならないのだ。

正直、気が滅入りそうだった。

 

「まったく、ワシもそこそこ長く生きてきたが、ここまでの混乱は初めてだの。……お、何じゃ?またニュースか」

 

アンドレイが自身の携帯端末を取り出して、もじゃもじゃの白髭をしごいた。

 

「……また停電だとよ。近いぞ。今回はセクション303。……お、もう1個ある。なになに、『産業区のセクション552の封鎖が管理者の意向により決定。管轄するキサラギは正体不明生物への対処に追われ、セクション閉鎖という大規模事業の即実行は困難と主張』……そりゃそうだ。何だって今言うんかね、管理者サマは」

「はぁ……停電、セクション封鎖、その上に化け蜘蛛。レイヤードはいきなりどうしちまったのかな」

「まあ、やれることをやるしかないわい。ワシらは整備、アンタは依頼。そうだろ?」

「……だな。悪い、あと頼む。休憩に入るから」

「おう。見た所、今回はダメージも少ない。すぐ終わるぞ」

 

ソラはドリンクのカップを握りつぶして、手の甲で口を拭った。

最近は依頼から帰ってきたら、出来るだけすぐ休むことにしていた。

状況が状況である。

精神的にも肉体的にも十分な休養を取れる時に取って、不意の出撃に備えた方がいいという判断だ。

レイヴンが蜘蛛ごときに遅れを取ったら笑い話にもならない。

ミラージュが礼状で言ってきた通り、害虫駆除はまだ当分続くかもしれないのだから。

 

 

『フェーズ1、クリア。フェーズ2へ、移行』

 

 

ソラは寝室のベッドに寝そべって天井を眺めながら、あの時、クレストのルグレン研究所で聞いた謎の通信を思い出していた。

地下組織"ユニオン"は、あの研究所を襲った部隊は管理者の"実働部隊"だと断言していた。

だとすれば、あの無機質な声の通信も、管理者の部隊によるものなのだろうか。

ということは、この異常事態の頻発こそが"フェーズ2"であり、それは管理者が宣言したことでもある――

 

「……今がフェーズ2ってことは、まさかフェーズ3もあるのか?」

 

ソラは頭に浮かんだ疑問を、なんとなく口に出した。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

正体不明生物の調査のため、我が社が管轄する下水道のとある区画に立ち入った調査部隊が、突如消息を絶った。

 

そして、この調査部隊の最後の報告により、当下水道内で水位が異常上昇し始めていることが分かった。

下水道の水位管理は、管理者の制御下にある排出コントロール機能によって、常時適正に行われているはずだ。

このような異常には前例が無い。

 

状況から見てこの区画に不明生物の発生源がある可能性が高いため、高ランクのレイヴンを送り込んだのだが、彼もまた連絡が途絶えてしまっている。

 

一体何が起きているのか、早急に把握して対処しなければならない。

そこで、レイヴンには我が社の精鋭部隊と共に、下水の調査に向かってもらいたい。

 

君の実力は、これまでの仕事ぶりで我々も十分に把握している。

だが、それを踏まえても非常に危険な任務だ。

よって、今回は通常の成功報酬に加えて、追加報酬としてAC用パーツを提供する。

 

よろしく頼む。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はキサラギ社です。作戦区域は第三層産業区セクション557地下の下水道。成功報酬は45,000Cに加えて、60,000C相当のACパーツを提供するとのことです。敵戦力は例の正体不明生物多数と予測されます》

「蜘蛛の発生源だって?レイン、キサラギの情報は確かなのか?」

《分かりません。ですが、調査部隊及び高ランクレイヴンが行方不明になった上、水位の異常上昇が観測されているため、どの道現場を調査する必要はあるでしょう》

「水位はどの程度なんだ?ACの腰より上だと、さすがに行動できないぞ」

《現在、通常水位0.8mが2.0m近くまで上昇しているようです。ACならば二脚型でもまだ活動できる範囲と思われます。また、キサラギ社は緊急の場合、現場判断の手動操作で水位を調整すると言ってきています》

「このまま放置すれば、産業区は汚水まみれな上に俺達レイヴンはずっと蜘蛛退治続行か……やるしかないな」

《……企業が『非常に危険』と予め告知までしてきた依頼です。かなりの激戦が予想されますが……》

「分かってるよ。それでもやる。今、ニュースじゃいつも蜘蛛が蜘蛛がって流れてるだろ?どこかの誰かがなんとかするのをじっと待ってるより、自分自身で動く方が気が楽だ。もう蜘蛛の巣と格闘するのは、これで最後にしたいからな」

《……了解しました。輸送機の手配を行います》

 

レインがいつも以上に深刻な雰囲気でそう言って、通信を切った。

 

「ケリをつけてやる、蜘蛛野郎。フェーズ2だか何だか知らねえがな」

 

ソラはバンと机を叩いて勢いよく立ち上がり、更衣室へと走った。

管理者の制御下での、異常事態。

蠢く蜘蛛達の向こうで、管理者がまた呼んでいる。そんな気がした。

管理者め、今に見ていろ。ソラは昂ぶる戦意と反骨心に強く突き動かされていた。

 

 

………

……

 

 

《輸送機が合流地点に到着。レイヴン……気を付けてください》

「分かってる。……来てるな、キサラギも」

 

ソラのストレイクロウが指定ポイントで輸送機から飛び下りた。

今回の装備は右腕にレーザーライフル、左腕に投擲銃、肩にミサイルユニットとエクステンション連動ミサイルだ。

レーザーブレードは持ってこずに、代わりに二丁拳銃の高火力仕様にしていた。

卵の後始末程度は、随伴するキサラギの部隊に任せようと考えたためだ。

 

下水道への侵入口には、キサラギの高機動型四脚MT"クアドルペッド"が5機、待機していた。

たった5機だが、いずれも脚部が通常の機体より大型化し、武装もパルス砲とミサイルランチャーを両方装備している。

クアドルペッドはこれまでも戦場で見かけてきたが、ソラが初めて見るタイプだった。

 

《通信……こちらキサラギMT部隊。部隊長、デルタ1だ》

 

落ち着いた渋い声が、通信機が聞こえてくる。

キサラギの現場では、もう馴染みの声だった。

 

「こちらストレイクロウ。……やっぱり指揮官はあんたか、デルタ1」

《……今回、クアドルペッドは全機特務仕様となっている。水位次第では、我々がACより先行する》

「了解した」

《……いくぞ》

 

ストレイクロウを先頭に、調査部隊は下水道内へと突入した。

非常照明のついた通路を進んでいき、道中で散発的に沸いた蜘蛛を素早く処理しつつ、サブゲートを解放、問題の区画の水路へと入る。

明らかに水量が多い。水路脇の作業員用通路も水没し、汚水がかなりの勢いで流れていた。

 

《キサラギより通信です。現在このL9区画の水位は2.5m。なおも上昇中とのことです》

「2.5m……ちょうどACの膝くらいか。クアドルペッドじゃ溺れないか?」

《……問題ない。全機、磁気駆動システムを起動しろ》

 

特務仕様のクアドルペッド達が、水路の壁を駆け上がり始めた。

垂直の壁面に対して、まるで蜘蛛のように張りついている。

数mサイズのMTとしては、ありえないほどの走破性能だ。

 

「なるほど。特務仕様って言うだけはある」

《……金食い虫の虎の子だ。逸脱行為ギリギリのな。こういう機会にしか使えん》

《っ!レイヴン、熱源を多数感知しました!一斉にそちらへ向かっています!》

「よし、やるぞデルタ1!」

 

ソラは気炎を吐き、ストレイクロウのブースタを吹かして豪快に水路へと突っ込んだ。

かなりの水量によって僅かに操縦桿が重くなるも、ACの高出力の前ではこの水位はまださほど問題にはならない。

肩部レーダーの生体センサーが、敵影を捉え始めた。

距離600。数は、20ほどだ。

 

「俺が突っ込む!援護は任せた!」

《……デルタ4と5は天井を伝って逆サイドに回れ!全機、砲撃戦開始!ACに当てるなよ!》

 

ストレイクロウがレーザーライフルを撃つのに合わせ、クアドルペッド達もパルス砲を撃ち始めた。

蜘蛛は熱線を吐く暇もなくどんどん撃ち殺されて水路に落ち、あるいは熱線を吐いても虚しく宙を貫くだけだった。

AC1機、MT5機の一斉射撃の前にあっという間に20匹が死滅し、ソラ達の進路が開けた。

 

《……このまま先行した部隊の反応消失地点まで向かう!》

 

デルタ1の力強くも落ち着きのある声が部隊を鼓舞し、ソラ達は静かに、だが勢いよく進撃した。

道中、水路の横穴から幾度となく沸き出てきた蜘蛛の群れを問答無用で蹴散らしていき、やがて、すんなりと目標地点に到達した。

隣のL10区画へのメインゲート付近である。

 

《メインゲートが閉じている?それにこれは、ACの破片……!?》

 

通信機の向こうでレインが息を呑む。

キサラギが直近に雇ったと思しきACの残骸が、蜘蛛の糸によって壁に磔にされ、無数の卵の苗床にされていた。

水路のメインゲートには蜘蛛の糸がびっしりと張り巡らされている。

加えて、ゲート下部の排水口から溢れ出してくる汚水は、管理者がまったく流量をコントロールしていないのかその勢いが凄まじく、ACでも接近は困難だった。

この隣の区画から流れ込む大量の汚水が、下水道の異常な水位上昇の原因なのだろう。

ゲートの内部がどうなっているのか、まるで予想もつかない。

 

《ACがこれほどに損壊していては、データ照合もできませんね……デルタ1、何か知りませんか?》

《……C-1ランカーの"ファウスト"だ。キサラギが雇ったレイヴンに間違いない。だが、このランクのレイヴンが蜘蛛ごときにそう遅れを取るとは思えない。やはりこの奥で何かあったな。レイヴン、メインゲートの管制パネルへアクセスしてくれ》

「了解、コードキーを入力する」

 

ソラがコンソールを叩き、管制パネルへと事前に提供されていたコードキーを入力しようとする。

だが、パネルは一切の反応を見せなかった。

 

《水位の異常上昇によって、パネルへの電力供給がカットされているのでしょう。ゲートが閉じているのも、おそらく異常事態へのセーフティです。これでは先に進めません》

《……水位調節の判断は私に一任されている。これ以上水位が上昇すれば、作戦行動も取れなくなる。……デルタ4、5。L8区画のサブゲート内に緊急用の排水量調整装置がある。起動してこい》

《了解!》

 

クアドルペッドが2機、来た道を素早く引き返していった。

後に残ったのはソラのストレイクロウと、デルタ1~3が乗るクアドルペッドだ。

 

「これだけメインゲートの排水口から水が溢れ出してるってことは、L10区画の水位はこのL9より多いはずだろ?そっちは問題にならなかったのか?」

《……下水道の水位は、管理者の排出管制システムを通して区画ごとのデータが常に送信されてきている。この先のL10区画は通常の水路とは違って広場のような造りになっている、流量調整のための貯水機能付きブロックだ。最近、確かに水位の上昇は見られていたが正常な範囲であり、キサラギもさほど気にはしていなかった。だが……》

「だが?」

《L9のデータが送信されなくなった後、キサラギはその原因が正体不明生物にあると見て、それなりの戦力を伴った調査部隊を送り込んだ。そして調査部隊がL9の異常な水位上昇を報告して消息を絶ったため、今度は先ほどのレイヴンを派遣。すると、続けてL10のデータも送られてこなくなったのだ》

「……状況から見て、C-1のファウストがL9の異常の原因がL10にあると見て乗り込んだ後、そこで何かが起こった?」

《……そうなるな。そして、何が起こったかはこれから分かる》

 

デルタ1がそう言った直後、水路にビー、ビーと警報音が鳴り響き、非常照明が赤く点滅し始めた。

 

《緊急排水システムの起動を確認。汚水の緊急排水を行います。職員は直ちに退避してください。繰り返します。汚水の緊急排水を行います。職員は直ちに退避してください》

 

館内放送が警告を何度か繰り返した後、水路側面に無数に設置されている予備の排水口が開き、強制的に水路上の汚水を排出していった。

異常上昇していた水位が目に見えてぐんぐんと下がっていき、ACの操縦桿も軽くなって、ごうごうと音を立てて流れていた汚水の勢いも大幅に弱まる。

ソラはデルタ4と5の合流を待ってから、メインゲートの管制パネルに再度アクセスした。

 

《L10区画へのロックを解除。L10区画へのロックを解除。メインゲートオープン。メインゲートオープン。汚水が大量に流入する可能性があります。職員は直ちに退避してください。繰り返します。汚水が大量に流入する可能性があります。職員は直ちに退避してください》

 

再度の警報と館内放送。ソラ達は念のため、メインゲートから大きく距離を取る。

ゲートが開き始めた途端、やはりL10区画から大量の汚水が怒涛の勢いで流れ出してきた。

 

「……湯気?」

 

ソラはACが流されないように脚部に気を配るも、L10区画から流れてきた汚水の不自然さに目を奪われた。

汚水から、もうもうと湯気が立っている。

モニター上の外気温を確認。先ほどまで30度未満だった気温が、48度まで跳ね上がっていた。

 

「何が……っ!?」

 

L10区画の暗闇の向こうに、蠢く影。そして発光。

ソラは反射的にACを跳ばせた。

直後、水面に極太の青い閃光が着弾し、じゅわと水蒸気を噴き上げた。

 

《熱線!?でも、この威力は……っ!?気を付けてください、極めて大型の熱源反応です!こんな大きさ、見たことない……!》

 

レインの慌てた声が、ソラの緊張を高める。

またも放たれた、極太の熱線。

ソラはそれを躱しながらフットペダルを踏み込んでブースタを吹かし、ストレイクロウを汚水の排出が終わったL10区画へと突っ込ませた。

 

「な、何だこいつはっ!?」

 

あまりに非現実的な光景にソラは思わず操縦を忘れ、叫ぶことしかできなかった。

禍々しく尖った8本の足。

獲物を食い破るための鋭い牙。

そして、胴体の不気味な青白い発光。

ACの優に3倍はある巨体の化け蜘蛛が、天井にへばりついて待ち構えていた。

 

《……全機散開!戦闘態勢!レイヴン、気を引き締めろ!》

 

デルタ1の呼びかけに、ソラは我を取り戻した。

半ば無意識の操作でACを飛び退かせ、またも放たれた化け蜘蛛の熱線を回避する。

しかし同時に、今まで飽きるほど見てきた蜘蛛達が足元にわらわらと群がっているのに気づいた。

親蜘蛛の攻撃に続くように、子蜘蛛達も熱線を吐きかけてくる。

咄嗟に操縦桿を切るも何十もの閃光を完全に躱しきることなどできず、ストレイクロウは防御スクリーンにダメージを受けた。

続けて、またも天井の親蜘蛛が強く発光し、熱線を放射。

狙いは甘い。ブースタを空中で吹かして機体をスライドさせることでやり過ごして、反撃のレーザーライフルと投擲銃を撃ち込んだ。

しかし。

 

「効いてない!?ホントに虫かよこいつは!」

 

着地したACめがけて、子蜘蛛達がわらわらと群がってくる。

だがその無秩序な突進を横合いから、パルスとミサイルが食い止めた。

 

《……子蜘蛛は私達が引き受ける!レイヴンは天井の親蜘蛛をやれ!》

 

5機の特務仕様クアドルペッド達が区画の壁面を縦横に機動し、パルス砲を、ミサイルランチャーを間断なく子蜘蛛の群れに撃ち込んだ。

たまらず蜘蛛達はACへの突進をやめ、邪魔をしてきたMT部隊への反撃に行動を切り替える。

が、やはり生物的な反射による砲撃では高機動MTを捉えるのは困難なようで、デルタ1達は熱線の乱射を巧みにすり抜けて、子蜘蛛の群れを削っていった。

さすがにキサラギの精鋭、心強い味方だった。

ならばソラも、怖気づいている場合ではない。

 

「行くぞ親玉ァ!」

 

こちらを威嚇するようにキシキシと息を吐く親蜘蛛に向けて、ブースタで宙を舞う。

粘ついた涎を幾筋も垂らす口がストレイクロウに向けられ、青白く輝いた。

熱線の放射。だが、予備動作が分かりやすく狙いも杜撰な攻撃を受けるソラではない。

かすめる閃光に目を細めながらも、反撃のレーザーと榴弾を撃ち込む。

親蜘蛛はむず痒そうに巨体を震わせ、なおも攻撃してきた。

空中での不規則な機動によって回避し、反撃。

回避と反撃を繰り返し、エネルギー残量が危うくなれば、子蜘蛛の群れの中に乱暴に着地する。

脚部で何匹かを踏み潰すと、MTに向いていた子蜘蛛の注意がまたACに集まった。

しかし、そこにデルタ1達が素早く援護射撃し、再び注意を逸らしてくれる。

そして、天井の親蜘蛛が地上のAC向けて8本足を旋回させ、大口を開いて喉を輝かせた。

 

「当たるかよ!」

 

再びACを跳躍させ、強力な熱線を回避。

ブースタでそのまま突進。化け蜘蛛がもう一度熱線を吐こうとしているところに、武器を構えて突っ込んだ。

ほんの少し、間に合わない。

だが熱線の直撃で機体の体勢を崩されながらも、ソラはフットペダルを踏み込んでACの高度を無理やり維持し、両手のトリガーを引き絞った。

レーザーライフルと投擲銃が連射され、口を開いたままの醜い顔面に何発も射撃をぶち込んだ。

 

「ギシャァァアァ!?」

 

親蜘蛛が直撃に全身をのたうち回らせ、熱線をめくらに撒き散らす。

子蜘蛛の群れがそれに巻き込まれて何匹もまとめて消し飛ぶが、それでも親蜘蛛はのたうつのをやめない。

 

《……レイヴン!畳みかけろ!》

「分かってる!」

 

デルタ1の声に、ソラは水路に着地したACを再び飛ばせる。

そしてレーザーと榴弾の激しい連射で、足を2本もいだ。

バランスを崩した親蜘蛛が、怖じたように区画の端に退き始める。

痛みと恐怖。図体の大きさがかえって無駄な知性や感覚を与えているのか、化け蜘蛛は戦意を半ば喪失したように見えた。

親の動揺に子蜘蛛達も引きずられ、目に見えて動きが鈍って、飛び交う熱線の嵐がやむ。

今が好機だった。

ソラは肩ミサイルと連動ミサイルを起動し、怖じた巨体を素早く多重ロックしていった。

同時に投擲銃も構えて、狙いを定める。

 

「デルタ1、援護くれ!しとめる!」

《……了解した!全機包囲、親蜘蛛に一斉射撃!》

 

ミサイル、榴弾、パルス、ミサイル。

AC1機とMT5機の集中砲火が、天井の化け蜘蛛に襲いかかる。

ミサイルの束が起こした大爆発で足がまた2本引きちぎれ、親蜘蛛は痛みに耐えるように身を丸めた。

勝った。ソラはもう一度ミサイルの多重ロックをかけながら、そう思った。

思った直後だった。

 

《っ!?熱量が急速増大!レイヴン、何かき……!》

 

レインの通信は一歩遅かった。

親蜘蛛が"爆発"したのだ。

その身を四散させたわけではない。

青白い胴体が異常発光し、エネルギー波を全方位に照射した。

凄まじい閃光と衝撃がACを吹き飛ばし、足元の子蜘蛛達を汚水ごとまとめて蒸発させ、包囲していたMT部隊をも薙ぎ払う。

 

「ギシシシ……」

 

暗い広場に、化け蜘蛛の嘲るような鳴き声が静かに響いた。

L10区画で動いているのはもはや、再び足を開いた化け蜘蛛と、何とか立ち上がったソラのストレイクロウだけだった。

 

《き、キサラギMT部隊全滅!レイヴン、無事ですか!?》

「ふざけやがって……クソ虫が……!」

 

ソラはモニターの向こう側で再び大口を光らせ始めた化物を睨みつけた。

APが先ほどの爆発で3000以上消し飛んで、残り3000を切っていた。

あと2射か3射、熱線の直撃を受ければ、ACといえど危ない。

だが、そんなことはもうどうでもよかった。

モニターの端でクアドルペッドがぐちゃぐちゃに押し潰れ、赤熱して地面に転がっている。

デルタ1の機体だ。こんな醜い害虫なんかに――

ソラは自分でもよく分からないほどに、激昂していた。

目の前の敵を殺す。もうそれだけが、頭の中を支配していた。

 

「くたばれ化物ぉっ!!」

 

オーバードブースト起動。

迎撃の熱線が直撃する。

APが2000を切った。

青白い光の束を力任せに突き破り、ソラは化物と至近距離で目を合わせる。

そして牙を向く醜悪な口に、左腕の投擲銃を無理やり突っ込んだ。

 

「うぉおぉぉぉ!!」

 

榴弾を腹の中にぶち込んで、ぶち込んで、ぶち込んで、ぶち込む。

トリガーを引き、爆発が起きる度に、化物の喉と腹が膨れて、膨れに膨れて、やがて、破裂して緑色の体液を勢いよく撒き散らした。

 

「ギシアァァァァ……」

 

気味の悪い断末魔を上げながら、化物は天井から地面に落下していった。

少し遅れてジェネレーターがチャージングを起こし、ソラのストレイクロウも地面に落ちた。

落下したのは、化物の頭の上。全高10mの金属塊がその重量でぐしゃりとグロテスクな頭部を押し潰し、確実にとどめを刺した。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……デルタ1!デルタ1、応答しろ!」

《……れ、レイヴン……やった、のか……》

 

一縷の望みを託したソラの呼びかけは、相手に届いた。

 

「ああ、しとめた!無事か!?」

《……ほ、本社に、報告……"デルタ"は、任務を……ぅ、完了、した……イヴンのおかげ……だ…………》

「……デルタ1?おい、おいっ!」

 

その後、ソラはキサラギに救援部隊を寄越すよう、レインに要請させた。

救援部隊が到着した時、特務仕様のクアドルペッドに搭乗していた5人の精鋭は、既にこと切れていた。

 

《レイヴン、作戦は終了です……お疲れ様でした》

「……三大企業の最精鋭が害虫駆除なんかで死ぬって、そんな死に方があるかよ。使い捨ての殺虫剤じゃねえんだぞ……」

《…………》

 

ドン、とソラはコクピットのサイドモニターを拳で叩いた。

MT乗りの時代から、人の死には慣れていた。

ついさっきまで会話していた僚機が、次の瞬間砲弾に当たって死ぬ。

そんなことは、ざらだった。

気にするな、引きずるなともスパルタンに言われていた。

気にすれば鈍る、引きずれば死ぬ、そう教わっていた。

だから、気にしたことも、引きずったこともなかった。

ないつもりだった。

 

本当は、頭では分かっていても、どうしてもやりきれない時があった。

理由は分からない。

何度も関わったからか。腕前を買っていたからか。人柄を気に入っていたからか。

いずれにせよ今回は、その"やりきれない時"だった。

 

「……っ、ふざけんなよ、クソったれ……」

《……レイヴン》

 

抑え込もうとした物が、ソラの口からこぼれ落ちた。

 

輸送車両アレグロの護衛。

グラン採掘所地下下水道からの脱出。

そして、今回の調査。

 

3度にわたって協働した"戦友"の死。

その死が報われることを、ソラはただ願いながら帰還したのだった。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:キサラギ

TITLE:礼状

 

レイヴン、今回はよくやってくれた。

 

正体不明生物に関する一連の騒動だが、下水道での超大型個体撃破以降、各地の生物達の動きが急速に鎮静化し、中にはショック死したと思しき個体まで報告されている。

大型個体を撃破した際に群れに混乱が生じる特性は以前から確認されていたが、奴らはやはり、各々が集団の長と極めて強く結びついた生物だったらしい。

今回撃破した超大型個体が、正体不明生物全体の元締めだったということだろう。

 

キサラギも最精鋭を多く失い、多大な出血を強いられたが、それでもこの未曾有の事態を終息できたのは幸いだった。

 

だが、レイヤードは今も、苦境に立たされている。

ミラージュもクレストも、異常事態の頻発に右往左往するばかりだ。

しかし我々キサラギは、このまま管理者の気まぐれに踊らされ続けるつもりはない。

 

今回の事態を収めた君の力は、今やこの地下世界において確かな頭角を現しつつあると我々は見ている。

近い内にまた、その力を借りる時が来るだろう。

 

その時は是非、協力してくれ。

 

なお、約束通り今回は特別に追加報酬を用意した。

AC用肩武装パーツ、KWM-AD-50だ。

自由に使ってくれて構わない。

 

以上だ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 




今回死亡した"デルタ1"は、ゲーム本編だと"スキュラ"という名前の僚機でした。
愛機の四脚AC"デルタ"は立体化もされています。
キサラギにエースが欲しいという思惑からこういう立ち回りになりました。
大幅な独自改変になっていますが、ご了承ください。


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VS C-10OX

今回はバズーカと投擲銃です。
OXのゲームでの順位はC-13ですがゲーム本編とは違いCランク上位が何人か死亡しているためC-10になっています。


下水道調査の翌朝。

ソラは専用住居のリビングで報道を見ながら、先輩傭兵のスパルタンに連絡を取っていた。

 

《よぉ、ボウズ。ニュース見てるぜ。蜘蛛騒動もようやく終わりそうだな》

「……ああ。旦那に見せてやりたかったよ、超大型の化け蜘蛛。ACの数倍はデカかった」

《ははぁ、その言い方じゃ、あいつらの親玉仕留めたのはお前かよ。やるじゃねえか、レイヴン様》

「……まあね」

《んだよ、その割に元気ねえな……で、用件は何だよ?また依頼の僚機か?》

「いや、なんていうか……旦那の声が聞きたくて」

《はぁぁ!?》

 

携帯端末の向こうで、スパルタンの野太い声が裏返った。

 

《ばっきゃろー!気持ち悪いこと言うな!俺はお前のカノジョかママか!?》

「冗談だってば、ははは……」

《…………》

「…………」

《…………あー分かった分かった。おおかた、知り合いの腕利きが作戦中に目の前で死んだってところか》

「っ!」

《慰めは言わねえぞ。俺はお前に教えたはずだぜ。引きずったら死ぬぞって》

「……分かってるよ」

 

歴戦の傭兵は、ソラが連絡した理由をすぐに見抜いた。

とはいえ、ソラ自身も別に、慰めや励ましが欲しかったわけではない。

ただ、自分の中の言葉に出来ない部分がスパルタンという男の声を聞きたがったのだった。

 

《……なーんて言うが、戦友が死んで一切気にしないってのもクソ野郎みたいでクソだな。いいんじゃねえの、落ち込む時は落ち込めばよ》

「引きずったら死ぬんじゃなかったのかよ」

《そうだ。次の戦場にも、そんな落ち込んだ気分で行けば死ぬ。当然だ。けど、死を悼んでやるのは別にいいだろ。俺だって知り合いがおっ死んで呑んだくれたこと山ほどあるぜ。アジャンテだろ?マスチフだろ?》

「マスチフって。マスチフさん死んだ時、目の上のたんこぶが消えてせいせいしたって言ってたじゃねえか」

《ばっきゃろー。男ってのはそう簡単なもんじゃねえんだ。俺とあの人がどれだけ長い付き合いだったか。あそこまで長く張り合ってたのは、他にはパイソンの野郎くらいだ》

「はぁ……そうかよ」

《そうだよ。……まあ、あれだ。月並みな言い方になるが、死んだ奴はもう生き返らねえ。どんな夢や目標や任務があろうが、死ねばそれで終いだ。なら、お前に出来るのはそいつが稼ぐはずだった分まで稼いでやることだけだろ》

「……分かってるよ」

《ならよし。もうくだらねえ電話してくんなよ。ははは》

 

そう言って笑うスパルタンの声は、とても柔らかかった。

 

《ったく。朝っぱらにかけてきたかと思えば、湿っぽい話させやがって。言っとくが俺スクータム買い直したんだぞ?この前の害虫駆除で穴だらけのスクラップになったからよぉ。これで明日にでもレイヴン試験のメール来たら、俺は買い替え代丸損か?》

「じゃあ来ないんじゃねえの。そのまましばらくスクータム乗っとけよ」

《ざけんなっ!あー早くレイヴンになりてえ!美人オペ子に『スパルタンさん、今日もお疲れ様でした!ちゅっ』って言ってほしい!》

「そっかー。じゃあな、あんま朝から呑むなよ」

《やだね、呑む!蜘蛛騒動一件落着祝いだ!わははは、たまにはお高い奴開けるか!》

「ははは……」

 

どたどたと端末から離れて冷蔵庫に向かったらしいスパルタンに苦笑をこぼし、ソラは携帯端末を切った。

 

「……ありがとう、旦那」

 

それから、ソラも冷蔵庫に酒を取りに行った。

別にアルコールに溺れるためではない。

それは大蜘蛛騒動集結の祝いであり、デルタ1への弔いであり、あるいは自分は絶対に生き抜いてやるという誓いであり。

つまりは、けじめをつけるための一種の"儀式"のようなものだった

 

そして、その儀式を終えた直後。

管理者からメールがやってきた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:管理者

TITLE:アリーナ参加要請

 

D-2ランカー"ソラ"に、アリーナにおけるオーダーマッチへの参加を要請します。

対戦相手は、C-10ランカー"OX"となります。

 

勝利報酬:67,000C(別途褒賞あり)

 

参加手続きを専属補佐官に確認し、指定の日時にアリーナ用調整ガレージA-2へ出頭してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

アリーナの試合を控え、ソラはいつも通りブリーフィングルームでレインと通信を繋いだ。

ソラがアリーナに参加するのは、ルグレン研究所の任務で入院して、正体不明生物の駆除に追われてと色々あって、かれこれ1ヶ月ぶりである。

 

「久々のアリーナ戦だな。しかし、害虫駆除は一段落ついても停電騒ぎその他は収まってないのに、アリーナだけはきっちりやるんだな、管理者の野郎」

《それが……実はそういうわけでもありません》

「え?」

 

ソラがついこぼした皮肉に、レインが思わぬ返答を返してきた。

 

《レイヴンはあまりアリーナの配信を見ないでしょうからご存じないかもしれませんが、実はここ最近、管理者の組むオーダーマッチの開催傾向が変わってきています》

「傾向が?どんな具合にだ」

《開催頻度は週に数回で変わりませんが、上位ランクのマッチングがなくなりました。このCランク以下でしか、試合が組まれなくなっているのです》

「妙な異常だな。なんでそんなことに……」

《理由が無いかと言えば、一応は説明がつきます。ミラージュとキサラギのグラン採掘所争奪戦以降、レイヴンの死亡率が急激に高まってきているからだと思われます。レイヴンは定員制ですので、現役が1人戦死すればEランカーの新人が1人補充されます。オーダーマッチは、新人レイヴンが優先される傾向がありますので……》

「なるほど。それで必然的に最近のアリーナは下位のレイヴンばかりが戦う羽目になってるってことか」

《はい。ですが、それでもこれまでのローテーションから言えば、上位ランクがアリーナで戦うスケジュールは組めると思います。皆無になっている現状はどうにも説明が……》

「結局、こんなところにも管理者の何らかの不自然さが出てきてるのかもな」

《ええ……とはいえ、各地で頻発している異常現象に比べれば、グローバルコーテックスが現状受けている影響は微々たるものと言っていいかもしれませんが》

「依頼の逸脱性なんかも管理者が判断してるんだったよな?」

《その部分については、特に支障はないようなのですが……申し訳ありません、レイヴン》

「別にレインが謝ることじゃない。……まあ愚痴言っても仕方ない、アリーナの話するか。報酬が出る以上、頑張らないわけにもいかないしな」

《……はい》

 

レインが対戦相手の情報をまとめたデータを送信してきた。

ブリーフィングルームの備え付け端末に表示されたのは、青い四脚型ACだ。

 

《今回の対戦相手は、C-10ランカー"OX"です。武器構成は……武器腕のバズーカと高出力イクシードオービットのみですね》

「ずいぶんと潔い構成だな。肩に積んでるのは、俺がこの前キサラギに貰った追加弾倉か」

《はい。調べたところ、OXのAC"パルテノン"はかつてはライフルとチェインガンを装備した機体で、ランクもCランク上位で安定していましたが、一度Bランクとの戦闘において現在の武器腕バズーカを使用。勝利して以来は、ずっとこの武器腕をメインとしたアセンブリを構築しているようです》

「武器腕バズーカね……なんかやたらチーフが好きでな。飽きるほど聞かされたよ。4発同時発射モードの瞬間火力はあらゆる武器の中でもトップクラスだとか」

《ええ。試合に関してもかなり大味な展開になることが多く、1回の砲撃の当たり外れがそのまま勝敗に直結する展開も少なくありません。最近は勝ち星に恵まれず、ランクを落としてきていますが……》

「Bランクに1回勝ったせいで、病みつきになってんじゃねえだろうな……まあ、いいや。なら、バズーカにはバズーカで勝負してやる」

《……この試合に勝てば、いよいよCランクですね》

「ああ。勝つから、見ててくれよ」

《はい。……ちゃんと見ています》

 

ソラはレインとの通信を終えて、ガレージに向かった。

整備班を集めてアリーナの対戦相手と今回の武装構成が決まったことを告げ、機体の調整を依頼する。

バラバラと己の持ち場に散っていく面々の中、チーフのアンドレイだけはでんとその場で腕組みをして構えていた。

 

「どうしたんだよチーフ」

「うむ……ついにあやつとの対戦が決まったか」

「OXと知り合いなのか?」

「いや別に。じゃが、その戦いぶりはよう知っとる」

「はぁ」

「奴は"鉄の闘牛"の異名で知られるアリーナ随一の暴れん坊よ。ワシのイチオシレイヴンじゃ」

「はぁ」

「ロマンが分かる男じゃ。両肩に追加弾倉を背負ってまで腕バズの必殺に賭けるあの漢気!一人の男として、この勝負を受けないわけにいくまい」

「はぁ……」

「ということで腕バズ買わんか?」

「買わねえ」

「何でじゃい!?」

「うぐぐ、趣味に合わねえしそもそも使いづらそうだし、ていうか今買っても戦闘までにテストできねえだろうが!」

「そこをなんとか!」

「いだだ、今回はバズーカで戦うからそれで勘弁してくれ!」

「いやじゃー!腕バズ欲しいー!」

 

アンドレイは見かねた整備士達によってつまみ出された。

 

「げほっ……"鉄の闘牛"ね。なんかこの前のパイソンも猛牛がどうのって言ってたっけ。流行ってんのかな、牛……」

 

携帯端末に表示させた、対戦相手の開示情報。

角を突き出した雄々しい牛のエンブレムを眺めながら、ソラは呟いた。

 

 

………

……

 

ビーーーーーーー。

 

アリーナ開戦の合図と共に、戦場に滑り出たソラのAC"ストレイクロウ"。

右腕にはバズーカ、左腕には投擲銃を装備した、高火力戦特化の武装構成だ。

まずは敵の出方をと思った瞬間、バズーカの砲弾が2発並んで真っ直ぐに飛来してきた。

 

「っ、いきなりだな!」

 

ソラは咄嗟に操縦桿を操り、先制攻撃を回避して息を吐いた。

開示情報から、遠距離攻撃用のFCSを装備していることは分かっていた。

だが、バズーカの遅い弾速を考えれば、距離を開けての射撃はあまり利口とはいえない攻撃である。

それでも対戦相手"OX"のAC"パルテノン"は構わずに、開幕から間断なく武器腕のバズーカを撃ち込んできた。

絶えることのない砲撃の連打に、ソラはアリーナの戦場に飛び込んで早々回避行動の連続を強いられる。

こちらのFCSは、まだ相手を捉えてすらいない。

"闘牛"の異名に相応しい、あまりにも荒々しい攻めだ。

 

「弾切れなんか怖くないってか……負けてられるか!」

 

攻撃を通して伝わる対戦相手の気迫に、負けじとソラも猛った。

フットペダルを踏み込み、ブースタを全開。

敵の捕捉をかわすように回り込みつつ、距離を詰めていく。

距離400。中距離用FCSが機能し始めた。だが、まだバズーカの間合いとしては遠い。

ソラは牽制のために肩部ミサイルと連動ミサイルを起動し、弾幕を放った。

素直な軌道のミサイルはCランクまで来るとさすがにまともに当たらず、相手は上手く躱しつつ自ら距離を詰めてくる。

距離300。互いに、良い間合いとなった。

 

「いくぞ、牛野郎!」

 

ソラは空中で機体を踊らせながら、携行バズーカと投擲銃を発射する。

榴弾は外れるも、バズーカが命中。だが、四脚ACの安定性ゆえか相手は体勢を崩さず、即座に腕のバズーカで反撃をかましてきた。

2発ではない、4発同時発射である。

適度にバラけた大口径砲弾がストレイクロウの頭上をかすめていく。

これだ。

ソラは一瞬息を止め、ぐっと警戒を強めた。

バズーカは1発でもライフルやマシンガンとは比較にならない破壊力を持つ。

それが4発同時に発射されるのだ。

至近距離でまともに浴びれば、戦闘の流れは即変わるといっていい。

 

「っ!」

 

ソラが機体を着地させ、敵の武器腕の砲口に集中しようとしたその時、パルテノンの重量級コアが自律砲台イクシードオービットを射出した。

青白い高出力レーザーが飛来、反射的に反応して避けたストレイクロウの足元を焦がす。

レーザー回避のために動きが直線的になった瞬間、敵の武器腕バズーカが火を噴いた。

4発のうち、3発が命中。APが1000以上、一気に吹っ飛ぶ。

 

「やるな、そうこなくちゃ!」

 

自律砲台で気を逸らし、高火力砲撃を叩き込む。

パルテノンの攻めはとても分かりやすかった。

しかし、それだけに洗練されている。

これで勝つと決めた戦い方なのだろう。

確かに潔く、真っ直ぐだ。アンドレイが褒めるのも頷ける。

だが、それでも。いや、だからこそ。

ソラも全力で相手にぶつかり、叩き潰してやろうといきり立った。

 

「今度はこっちが!」

 

またも放たれた砲弾の群れを避け、お返しに両腕の武装を叩き込む。

距離200。

互いに、とても射撃を見てからかわせる距離ではない。

この距離で重要なのは、相手に撃たせずに自分が撃てるような、立ち回りの精度である。

ソラは操縦桿をひねりながら、機動力重視の脚部"MX/066"の力を存分に活かした。

敵の追尾を振り切りながら側面に回り込み、二丁拳銃を当てる。

さすがにバズーカだけではなく榴弾も同時に浴びれば、パルテノンの四脚も一瞬動きが止まった。

そこにつけ込み、さらに回り込んでいって、砲撃を当て続けた。

 

パルテノンの四脚は、武器腕で割を食った防御力を補うように重量級が選択されているため、同カテゴリの中では旋回性が低い。

加えて、遠距離特化のFCSでは至近距離で激しく動く相手を、まともに捕捉できようはずもない。

至近に張り付くストレイクロウに追いつけないまま、敵ACは武器腕バズーカを苛立ったように虚空に放った。

とはいえ、そんなこけ脅しで距離を取るソラではない。

ひたすらしつこく旋回戦に持ち込み、丁寧に自分の攻撃を当てていった。

 

「っと!……退いたか、上手いな……!」

 

不意を打つイクシードオービットの射撃をソラが避けた瞬間、パルテノンは素早く一気に後退した。

距離を離しきらない程度に離し、またも4発同時発射のバズーカ砲弾をばら撒いてくる。

集弾性の低さが幸いしているのか、ある程度捕捉して撃つだけでも時折1発か2発がソラのACに当たり、APを削った。

だが、ほぼまぐれ当たりに近い射撃は、長続きしない。

ソラは再び回り込むように距離を詰め、今度はミサイルの束を放った。

突然迫った誘導弾にパルテノンの動きがおざなりになり、かわすのに集中して砲撃の追尾が途切れる。

好機と、ソラはまたも旋回戦の間合いに入った。

敵のAPは既に2000を切っている。こちらはまだ、5000以上。

 

「観念しろ!」

 

ソラは最後の攻めをしかけていった。

敵ACも、意地を見せようと粘る。

パルテノンは旋回でストレイクロウを追いかけるのを諦め、オービットをしまってブースタで宙に飛んだ。

武器腕バズーカをもはや撃ちっ放しにして、ソラの接近を強く拒絶する。

ヤケクソのような砲撃だが、これだけ距離が近ければ少なからず効果はある。

ソラはあと少しのAP奪取を追い求める内に、いくらか被弾した。

それでもソラは、既に勝利を確信していた。

冷静に敵をロックサイトに納め、バズーカ砲と投擲銃を同時にかます。

クリーンヒット。空中で体勢を崩したパルテノンが、無様な姿勢でドスンと着地した。

これで最後。ソラは締めのバズーカを見舞い、敵のAPを削りきった。

 

ブォーーーーーーー。

 

戦闘終了を告げる、いつものサイレンの轟音。

ストレイクロウのモニターにひと月ぶりに、『WIN』の文字が景気よく躍った。

 

「はぁー……よし。これでCランクだ!いい勝負だったぜ」

 

モニターの向こうで煙を噴き上げる"鉄の闘牛"の健闘を讃えながら、ソラは額の汗を拭って笑った。

 

ついにCランクに上った。

誰にも文句は言わせない、名実ともにひとかどのレイヴンである。

 

普段のあれこれを忘れ、今はただ、ソラは勝利の美酒に酔いしれた。

 



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重要物資移送

あの人が再登場します。
今回はレーザーライフルとブレード装備です。
色々変わってますがフレーバー程度ですので、武器以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:MWG-XCW/90(90発レーザーライフル)
左腕部武装:CLB-LS-2551(緑ブレード)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:CWEM-R20(4発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAM-11-SOL
脚部:CLM-03-SRVT

ジェネレーター:MGP-VE905
ラジエーター:RMR-SA77
ブースタ:MBT-OX/002
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)、SP/E++(EN武器威力上昇)


ソラがCランクに昇格した2日後。

専用住居に併設されたガレージには、かつてないほどの量のパーツコンテナが運び込まれていた。

山と積まれた資材の前で、ソラとアンドレイが大量のマニュアルをめくりながら納品を確かめる。

 

「えー、重装甲中量二脚の"03-SRVT"、エクステンション四連動ミサイル"R20"、多機能型レーダー"RE/111"、最新型高出力ブースタ"OX/002"、緊急時重視型ラジエーター"SA77"……買い込みやがったなぁ」

「一連の害虫駆除とアリーナでだいぶ資金が溜まってたからな。どの部位も選択肢を増やそうと思ってたのもある。あとチーフ、これも追加だ。はいマニュアル」

「ん?おおっ!ワシの推しとった重フロート"SS/REM"!そうか……ようやくアンタもフロートデビューか」

「特殊任務があった時用だ。この前のアビア湾に呼ばれた時みたいにな。常用する気はあんまないよ」

「ええわいええわい。じゃが、テストはみっちりしとけよ。フロートの挙動は二脚のそれとはまるで違うぞ」

「分かってる。悪いな、一気に買い物して。午後からはさっそく新装備のテスト地獄だ。メカニックは忙しくなるかもな」

「構うもんかい。こういうのは"やりがい"っつーんだ。なあ、テメエらっ!!」

 

チーフが振り返ってしわがれた声を張った。

おうっ、と威勢のいい声がガレージ中から帰ってくる。

相変わらず、士気の高い整備班である。

ソラにとっては、縁の下の力持ちとも言うべき頼れる仕事仲間達だ。

 

「さてと、これで買いたいもんは買ったし、また小金持ちは卒業だ。使った分、みっちり稼がないとな」

「レイヴンらしい生き方しとるじゃねえか。けど気持ちは分かるぜ。パーッと有り金使う時の心地よさと来たらな」

「アリーナ賭博と一緒にしないでくれよ」

「うむ、だがこれでアンタも早々とCランクレイヴンか……」

「ああ、おかげさまでな」

「このランクでも飛び級のオーダーマッチが組まれるなら、アンタはまごうことなき本物だ。気張れよ」

 

ぽんとソラの肩を叩いてくるアンドレイ。

髭もじゃでしわくちゃの顔面は、抑えきれない笑顔で綻んでおり、確かな信頼を感じさせる。

 

「ああ、頑張る。……チーフが俺以外に賭けないようにしないとな?」

「うぐっ、その話はもうええだろ!ワシは"鉄の闘牛"の大ファンだったんじゃ!」

 

アンドレイが笑みを崩してしかめ面を浮かべて絆創膏を張った鼻を弄り、まるで子供のようにそっぽを向いた。

先日のCランク昇格祝いの宴会で知れ渡ったことだ。

メカニックチーフともあろうものが、整備士の密かな伝統を破り、担当レイヴンではなく対戦相手のレイヴンに賭けていたのである。

当然、他の整備班からもソラからも追及され、タコ殴りの憂き目にあっていた。

 

「まさか、大のベテランメカニックとあろうものがねぇ。俺は傷ついたぜ」

「ううう、アンタだってOXの戦い方を称賛しとった癖に……」

「ははは。確かに、相手の戦い方は男らしくて派手だったよ」

「じゃろう?ということで次買うのは腕バズな!」

「却下」

「なにを~?わはははははっ!」

 

忙しくコンテナの中身を改め始めた整備班の前で、アンドレイはいつもの大笑いをした。

やれやれ、と言った顔で首を振るソラ。

ガレージは今日も、賑やかで活気に満ち溢れていた。

 

 

………

……

 

 

翌日。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

第三層第一都市区セクション518から、セクション517にある我が社の研究施設へと向かう、輸送部隊の護衛をお願いします。

 

積荷は近年我々クレストが研究を続けてきた、新合金のサンプルです。

この合金は兵器開発を始め、様々な分野への応用が可能な極めて画期的なもので、実用化されれば莫大な利益が期待されます。

それだけに、このサンプル完成にこぎつけるまでには多大なコストがかかっています。

 

しかし、ここ最近頻発している、地下組織によるレイヤードの異常によって、この合金を研究していたセクションの閉鎖が決定し、物資の移送を余儀なくされてしまいました。

この合金については、これまでの研究過程において、幾度となく妨害工作を受けています。

今回の移送に関しても見通しの悪い都市部とセクションゲートを通過して行うため、敵の襲撃が十分に予想されます。

万一にもこの合金が他社の手に渡ることだけは、避けなければなりません。

 

輸送部隊を狙う者が現れた場合、これを速やかに排除してください。

 

よろしくお願いします。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《レイヴン、依頼主はクレスト社です。作戦区域は第三層第一都市区セクション518から517への輸送ルート。成功報酬は30,000C》

「久々にまともな依頼って感じだ。最近は害虫駆除ばっかだったからな。レイン、予測戦力はどうなってる?」

《敵戦力は……不明とされていますね。現れない可能性もありますが、その場合でも輸送が成功すれば、報酬は満額支払うとのことです》

「セクション封鎖時はとにかくゴタゴタするだろ。クレストの監視の目をすり抜けてくるのは容易だ。メッセージ通りの重要物資なら、まあ敵は来るだろうよ。だけど……」

《どうしましたか?》

「いや……」

 

ソラは口ごもった。

クレストからの依頼のメッセージには、はっきりと『地下組織によるレイヤードの異常』と書いてあった。

最近頻発している多くの異常事態を、クレストは地下組織の暗躍によるものだと断じているようだ。

つまりそれは、入院中のソラにも連絡を寄越してきたあの組織――

 

《……文中で暗に仄めかされている、ユニオンのことですか?》

「……ああ。クレストらしいといえばらしいが、随分はっきりと断言するんだなと思って」

《そうですね……ユニオンの暗躍と断ずるには、最近のレイヤードの異常はあまりにも規模が大きすぎますが》

「……いや、いいさ。依頼自体に、不審な点はない。受けるよ。レイン、各手配を」

《分かりました。それと、今回クレストは僚機雇用について予算を設けるとのことですが》

「候補者リストを。……ん、今回はレイヴンもありか」

 

レインから送信されてきたリストに、ソラは目を通した。

予算枠15,000Cで、EランクレイヴンからMT乗りまで、多様なタイプの傭兵がリストアップされている。

僚機を雇わなければ、その分の報酬を上乗せするとも記載があった。

しかし、今回は輸送の護衛だ。敵に数で押された場合、自機だけで守りきるのは至難だろう。

出来れば、自分と同じレイヴンがよかった。

それも、信頼できる腕の持ち主が。

 

「ビルバオはうーん……カスケードって奴は知らない……E-2のゲドだな。過去に協働しているから連携が取りやすいし、ACの索敵能力や火力も知ってる。レイン、ゲドに連絡を」

《了解です。ではレイヴンは、いつも通りガレージで待機をお願いします》

「ああ」

 

ブリーフィングを終え、静かになった室内でソラは椅子の背もたれに体重を預けた。

 

「……俺もついに、下位のレイヴンを使える側か」

 

実力で勝ちとった、Cランクレイヴンという地位。

その地位の高さを、ソラは改めて噛みしめた。

 

 

………

……

 

 

第一都市区の上空を飛ぶコーテックスの最新型輸送機が、セクション518へと入った。

機内には、ソラの"ストレイクロウ"とゲドの"ゲルニカ"の2機のACが搭載されている。

ストレイクロウの装備はレーザーライフルとブレード、そして肩部ミサイルとエクステンションの四連動ミサイルだ。

 

《そろそろクレストが指定した合流地点となります。ストレイクロウ、ゲルニカは出撃の用意を》

「了解。……頼んだぜ、ゲルニカ。モノレール防衛以来だな」

《うむ……しかし、お前はこの数ヶ月で見違えたな》

「え?」

 

輸送機に乗る際の挨拶以来、言葉少なに黙り込んでいたゲドが通信機の向こうで口を開いた。

 

《いつの間にか、Cランクとは。ふっ……すっかり立場が入れ変わってしまった》

「……色んな経験が出来たからさ。あんたや他のレイヴンと協働したり戦闘したり、そういうのが糧になってる」

《殊勝な態度だな。だが、年季だけは一人前の傭兵からの賛辞だ。素直に受け取れ》

「……分かった。ありがとう」

《よし、ゲルニカ出るぞ》

 

特徴的な武器腕拡散レーザーを装備した赤い逆関節ACが、輸送機から飛び降りていく。

ソラも鼻を擦り、すぐ後に続いた。

合流ポイントはクレストの研究施設の門前。

重装MTスクータムの部隊に守られたトレーラーの群れが待っていた。

 

《護衛のレイヴンだな。このセクション518から、隣のセクション517の研究所に向かう。よろしく頼む》

「ああ。ルートはどうする?」

《隊長機が先導するから、周辺を固めてくれ》

「ストレイクロウ、了解」

《ゲルニカも了解した》

 

簡単な打ち合わせの後、輸送部隊がセクション518の市街地を進み始めた。

輸送トレーラーの速度に合わせた進軍である。

ACやMTにとってはかなり鈍く、長丁場となることが予想された。

 

《ストレイクロウ、索敵は主に俺のゲルニカが行う。だが、そちらもレーダーのステルスセンサーは起動しておけよ。奇襲があるとすれば、ステルスMTの可能性が高い》

「分かってる。レーダー最大範囲表示、ステルスセンサー起動。……さあ、どこで仕掛けてくる?」

 

新調したレーダー"RE/111"の設定をコンソールで弄りつつ、ソラはACの足を動かして輸送部隊に随伴させた。

脚部も中量二脚としては重装甲の"03-SRVT"に変えてあるが、それでも輸送トレーラーの速度程度なら、歩行で十分についていくことが可能だった。

輸送部隊は先頭を走行する隊長機のスクータムに続く形で、研究施設から伸びる大通りを真っ直ぐに進み、やがて大きな交差点に出た。

そこでスクータムが交差点を右に曲がろうとして、少し足を止めた。

 

《なんだ、どうした?なぜ止まる》

《……レイヴン、警備部隊から通信が入った。市民の暴動だ》

「何?」

 

立ち往生する隊長機に追いつき、ソラがACの頭部カメラを進行方向に向けると、確かに大通りの奥に市民の一団がいた。

数百人規模の市民の集団が旗や横断幕、あるいは鉄パイプやスコップを手に携え、クレーン車や一般車両を持ち出して、騒ぎに騒いでいる。

クレストの警備部隊と衝突しているようで、無数の煙が上がっていた。

 

「セクション封鎖への抗議か……まあ、当然の反応だ。どうするんだ?」

《俺に言わせれば、この手の輸送を行う際は、事前に人払いや交通規制をするものだがな。さすがにセクション封鎖と同時並行では無理があったようだな》

《くっ……本社に問い合わせる。レイヴン、少し待ってくれ。トレーラーは走行停止だ》

 

輸送部隊が往来に立ち往生し、本社からの回答を待った。

待機の間にもソラとゲドはACを近隣の建物の屋上まで飛ばし、カメラとレーダーの両方で索敵して警戒する。

敵影は一切なし。そうこうしている内にオペレーターのレインから通信があった。

 

《……レイヴン、クレスト社より通信です。ルート変更はしない……とのことです》

「何だって?暴徒の中を突っ切るってのか?」

《それが……ACで先行し、市民の暴動を牽制するように、と》

《ちょうどいいから鎮圧にACを使おうというわけか。馬鹿げた命令だな。そもそも、輸送部隊の護衛という依頼の趣旨とかけ離れている。オペレーター、報酬の上乗せを提案しておけよ》

《……そうですね》

 

レインもゲドも、不平そうに声を低めた。

ソラも思わず舌打ちを漏らす。

ルート上の暴動の鎮圧など本来は警備部隊の仕事であり、ゲドが言うようにクレストが事前に済ませておくべきことなのだ。

これも、セクションの封鎖事業と並行して重要物資の移送をするという忙しさから言えば、仕方のないことなのだろうか。

 

「やるのかよ、ゲルニカ」

《やるしかないな。まあ、発砲もいらん。適当に目の前まで突っ込めばいい》

「はぁ……仕方ないか」

 

輸送トレーラーが再び移動を開始した。

ストレイクロウとゲルニカは大通りをブースタを吹かして先行、暴動を起こす市民の群れへ一気に迫った。

ソラのコクピットモニターに、突然のAC登場に慌てふためく市民達が映る。

先ほどから傍受していた怒りの叫びが一瞬で恐怖の悲鳴に変わり、蜘蛛の子を散らすように数百人の人間が慌ただしく逃げ回り始めた。

クレストの警備部隊も怯えたように足早に道路脇へ避難していく。

当然である。最強の機動兵器であるACが突如、2機も暴動の最中に現れたのだ。

そんな異常事態に狂騒が長続きするわけもなく、騒がしかった大通りは一瞬で静まり返った。

 

「そりゃそうだろ……俺でも逃げるわ」

《レイヴン、すまんが路上に放置された車両が邪魔だ。道路脇に寄せてくれ。トレーラーの邪魔になるから、破壊は厳禁だ》

「……了解」

 

市民がバリケード代わりに置いたクレーン車や一般車両。

それらを、ソラとゲドは黙々と処理した。

クレーン車はACの腕部で押すようにして寄せ、一般車両は大通りの脇に蹴り飛ばして排除する。

武装集団や企業の部隊を相手にする際には感じない、何ともいえない後味の悪さがあった。

通信機の向こうで、レインが悩ましそうに小さく息を吐いた。

 

《進路クリア。レイヴン、協力に感謝する。この大通りを真っ直ぐ進めば、517へのセクションゲートだ。ここからが本番だぞ》

「……ああ」

《さっさと終わらせるぞ。輸送部隊を急がせろよ》

《う……分かった》

 

ゲドのドスのきいた通信に、クレストの隊長が圧倒されて呻いた。

不機嫌なのは、ソラだけではないらしい。

トレーラーの走行速度が上がり、ACやMTを随伴させながら大通りを進んでいく。

そして、セクションゲートがACの望遠カメラに映った時だった。

 

《む……敵影感知。数は8》

「ようやく来たか……レイン!」

《待ってください。都市部の管制システム経由で確認していますが、こちらでは捕捉できません》

「決まりだな。ステルスMTか。クレスト隊長機、敵襲だ」

《来たのか!?》

《我々レイヴンがやる。お前達はそのまま進軍を続けろ。何かあれば、こちらから指示を出す》

《た、頼んだぞレイヴンっ!この物資は奪われるわけにはいかんのだ》

 

ソラは気を引き締めつつ、ゲドのゲルニカと共に少しだけ輸送部隊から先行した。

索敵に優れたゲルニカが先に捉えていた敵影が、ストレイクロウのレーダー上にも表示され始める。

右に5、左に3だ。試しにステルスセンサーを切ると、それらの反応は消失した。

これではっきりした。やはり最新型のステルスMT。

つまりこの敵襲はおそらく、ミラージュによるものだ。

 

「ゲルニカ、左の3を頼む。俺は右の5だ」

《了解した。しかけるぞ!》

 

ソラはフットペダルを踏み締める。

ビル街をストレイクロウが高出力ブースタで駆け抜け、敵の潜んでいるビルの陰へと辿り着いた。

道路と建物の狭間がほんの少しだけ不自然に乱れており、かつ徐々にその乱れがACから遠ざかっていく。

光学迷彩機能を纏った、ステルスMTの挙動に違いなかった。

 

「見え見えなんだよ!」

 

レーザーブレードを発振。不自然な場所に向けてストレイクロウが左腕を払った。

高出力の緑色の刀身に切り裂かれたMTが、ボンと爆発して姿を現して沈黙する。

かつて立体駐車場で見た機体と同じだった。

 

《レイヴン、最近各地のミラージュの戦線で多く確認されるようになったため、コーテックスのデータベースにこの機体についての情報が入っています。重装型ステルスMT"フリューク"と言うそうです》

 

レーダー上の残りの敵影が、ゆっくりとだが輸送部隊に向けて動き始めた。

だが、遅い。スクータムがブースタを吹かしてもまだこれよりは速いという程度の速度だ。

ステルス機能を付与している分、機動性を確保できないのだろう。

これならば、十分に対処できる。

 

「一気に片づける!」

 

まず最も輸送部隊に接近している反応に向かった。

ビルの上に飛び乗り、そこからオーバードブーストで急行する。

着地した路地では、フリュークが姿を消したまま、ブースタを吹かして移動していた。

光学迷彩がブースタの噴射炎を隠しきれずにゆらめいていて、FCSでも位置を捉えることが出来る。

ACの登場に気付いたのか、ブースタを止めて、旋回し始めるMT。

だが、もはや遅かった。

ソラはレーザーライフルをマニュアル照準で撃った。

命中する度にもげた部位が、光学迷彩から切り離されてこぼれ落ちる。

3発目で、迷彩機能自体が解除されて、敵機は爆散した。

残り3機。

 

《敵機撃破。残り2》

 

ゲルニカから通信が入った。

次の敵反応へと向かう。2機が固まっていた。

輸送部隊が進む大通りへと向かう敵機の行く手をふさぐように、ACを躍り出させる。

フリュークは透明な状態のまま、レーザーとマシンガン、そしてミサイルを発砲してきた。

最新鋭の高級機らしく、MTとしてはかなりの重武装だ。

だがACの防御スクリーンを大きく削るほどの威力はない上に、攻撃のせいで姿を消していても位置が丸分かりだ。

ソラは肩部ミサイルと四連動ミサイルを起動し、敵の位置に向けてトリガーを引いた。

大量のミサイルがMT及びその周囲に着弾して爆炎を巻き起こし、噴き上がった煙で敵影がしっかりと炙り出される。

あとは簡単だった。ブースタで一気に接近し、2機ともにブレードで両断して処理を完了した。

 

《こちらゲルニカ、あと1機だ》

 

こちらも残り1機。最後の1機は他が餌食になっている間に、大通りに出ていた。

輸送部隊まで、距離500の地点。

ソラは再びビル街の上にACを飛翔させ、オーバードブーストを起動した。

すっかり慣れた強烈なGと共に景色が流れ、レーダー上の敵影に急接近する。

明るく開けた大通りにおいて、ステルスはあまり機能していなかった。

ぼんやりとだが、光学迷彩と周囲の切れ目が分かり、敵MTの位置が見てとれる。

ソラはオーバードブーストを切り、加速の慣性で流される機体を巧みにコントロールして、ステルスMTの頭に飛び乗らせた。

 

《ぐぁっ!?》

 

接触回線でMTのパイロットの断末魔が聞こえてくる。

ACに勢いよく足蹴にされたフリュークは爆散こそしなかったが、光学迷彩機能を解除して沈黙した。

念のためにレーザーブレードで、コクピットがあると思しき部位を焼き貫いた。

 

《ゲルニカ、敵機の掃討を完了。合流するぞ》

「ストレイクロウだ。こっちも終わった」

《レイヴン、見事な手際だ!さすがだな!》

 

崩れ落ちた敵機をオーバードブーストを使って道路脇に寄せていると、隊長機のスクータムが興奮した様子で通信を入れてきた。

フリュークはどうやら通信の傍受でステルス性が損なわれることを恐れてか、あまり連携が上手く取れないらしい。

移動速度も遅く、待ち伏せに特化した機体といってもよかった。

とはいえ、クレスト管轄セクションの市街地で奇襲をかけようとすれば、有効な手が限定されるのも確かだった。

新調した多機能型レーダーが早速役立ったことを密かに喜びつつ、ソラは輸送部隊の随伴に戻った。

ゲドも、セクションゲート間際で合流してきた。

 

《ゲートロック解除。輸送部隊の内、合金サンプルを搭載したトレーラーと隊長の私、及びAC2機が先行。後は待機だ》

《518セクションゲート開放中。セキュリティ維持のため、ゲートが閉じるまで517セクションゲートは開放できません。518セクションゲート開放中》

 

機械音声と共に開き始めたセクションゲートの狭い内部に、トレーラーと隊長機のスクータム、そしてストレイクロウとゲルニカが入った。

セクション518側の巨大なゲートがゆっくりと閉じていく。

閉じきった後に、セクション517のゲートロックが解除できる仕組みである。

第三層第一都市区の、古いセクション間を結ぶ地上ゲートではよくある仕様だった。

管理者か企業にロック解除権を付与された者が少数でしか、セクション間の地上移動をできないようになっているのだ。

これが比較的新しい第一層第二都市区になるとまた話は違ってくるのだが、この古めかしくも厳重なセキュリティ性から、わざわざ第一都市区に企業の施設が建造されることは珍しくない。

 

《レイヴン、セクション517はまだ封鎖もされてないクレストの管轄区だ。先ほど念のために、追加の護衛部隊も頼んだ。518での奇襲を切り抜けた以上、もうこの移送作戦は成功したも同然だ。517のゲートロックを解除する!》

《……随分と呑気な隊長だな。なぜ最悪の事態を想定せん?》

《え?》

《俺が襲撃側なら、このセクションゲートで部隊が分断される時を狙う。それも、最大戦力でな》

 

ゲルニカがそう言ってセクション517側のゲートが開き、全員が外に出た瞬間だった。

 

《……っ!レイヴン、クレスト本社から通信です!こちらに向かっていた護衛部隊が急襲されました!壊滅は時間の問題!敵はAC1機に、ステルスMT複数!》

《そら、来たぞ。どうする?》

《そんな……どうやってこっちにまで潜入を!?いや、それよりも今は……ど、どうすれば!?》

「どうもこうもないだろ隊長さん。企業がその気になれば、抜け道はいくらでもあるってことだ。レイン、研究施設と護衛部隊の位置を俺とゲルニカに送ってくれ。トレーラーは迂回してでも移動を開始した方がいい。ここで後続を待ってたら囲まれる恐れがある」

《わ、分かった……レイヴンの指示通りにしよう。後続は後で合流させる》

《まったく、クレストも質が落ちたな。重要物資の護衛に精鋭も回せんとは》

 

交戦していると思しき護衛部隊から距離を取るように、新合金を積んだトレーラーとスクータムが迂回を始める。

ソラとゲドは随伴しつつ、レーダーを見ながら作戦を練った。

 

「こっちのレーダーにはまだ反応がない。ゲルニカ、そっちは?」

《捕捉している。機影は11機。うち、護衛部隊と交戦中が6機、こちらに向かっているのが5機だ。……交戦中の機影の中に激しく動いているのが1機いる。これがACだろう。それと……ステルスセンサーのオンオフで確認した。残りは全部ステルスMTだ》

「レイン、敵ACの詳細を」

《はい。この市街地の管制システムと接続しています。敵AC捕捉……データ照合開始。少し待ってください》

「ステルス野郎は足が遅いから先手が取れるが、ACにゴリ押しで攻めてこられたら護衛は困難だ。俺が敵ACの迎撃に向かう」

《それがいいな。トレーラーは任せろ》

「ああ、頼んだぞゲルニカ!」

 

ソラはゲドと別れてビル街から飛翔し、護衛部隊の交戦地点に向けてオーバードブーストを使用した。

コア内蔵の高出力ブースタがジェネレーター容量を一気に喰らい、機体に爆発的な機動力を与える。

時速700km超で市街地上空を飛んでいると、ストレイクロウのレーダーに反応があった。

敵の反応だ。それも、かなり速い。相手もオーバードブーストを使っているらしい。

彼我の距離が一瞬で詰まっていき、距離400まで迫った。

 

《……C-9ランカーAC"クラッシュボーン"確認!護衛部隊は既に全滅です!》

 

大きな交差点にソラがACを着地させた瞬間、レインが声を張り上げた。

緑色のACが前方の曲がり角でオーバードブーストを切り、慣性に流されてビルの壁面を肩で荒々しく削りながらも体勢を立て直して現れる。

ソラは息を止め、肩部ミサイルと四連動ミサイルを起こし、敵ACに多重ロックをかけていった。

 

「くらえ!」

 

7発ものミサイルがクラッシュボーンにめがけて殺到。

しかし、敵は避ける素振りすら見せず、左腕のENシールドを展開した。

爆発が連鎖し、大通りが黒々とした煙で充満する。

ソラがレーザーライフルに武装を切り替えて待ち構える中、敵ACは煙から勢いよく抜け出してきた。

 

「回避しないのか!?減速も無しで……!」

 

レーザーライフルを撃ちながら、ソラはあまりに無謀な敵機の突進に驚かされた。

クラッシュボーンはEMシールドを構えたまま、被弾をものともせず真っ直ぐに突っ込んでくる。

真っ直ぐに、ひたすら真っ直ぐに。

そして――

 

「ぅぐっ!!」

 

躱しきれずに、AC同士が激突した。

大きく揺さぶられるコクピット。

機体表面の防御スクリーンが干渉を起こしてスパークする。

モニターにでかでかと映った敵ACが密着したまま、右腕を大きく振りかぶった。

その右腕には、射突型ブレード。

まずい。ソラはそう思った瞬間に、左腕のレーザーブレードを発振した。

 

ズドンッ。

 

ストレイクロウのコアめがけて撃ち込まれる、重金属の杭。

そこにすんでのところで、左腕が割り込んだ。

干渉で出力の落ちた防御スクリーンが容易くぶち抜かれ、レーザーブレードの発振器ごと左腕が敵の実体ブレードに貫通される。

一撃必殺の威力によって風穴の空いた左腕が無惨にもげ落ち、爆散した。

だが、コアへの直撃は避けられた。

ソラの頭に嫌な汗が一気に沸いた。

 

《……見事だ!》

「うるせえ!」

 

ソラは機体を大きく後退させながら、レーザーライフルを連射した。

敵はENシールドで耐えつつもしつこく追いすがり、肩のロケット砲を撃ち込んでくる。

クラッシュボーンはこちらより高出力なブースタを搭載しているらしく、ロケットの直撃で機体が揺れる度に相手との距離が縮まる。

避けられない。またぶつかる。

そう思った瞬間、先ほどと同じく2機のACが衝突した。

そして、右腕を振りかぶるクラッシュボーン。

ソラは咄嗟に、操縦桿横のレバーを握っていた。

 

《撃墜する!》

 

ストレイクロウはオーバードブーストによる横方向への急加速で、強烈な一撃を躱した。

射突型ブレード。鋭く研磨された重金属の杭を炸薬によって高速で撃ち出し、ACの防御スクリーンすら半ば無視しての一撃必殺を可能とする武装。

パーツカタログで知っていたが、そんなリスキーな代物を本当に運用しているレイヴンがいるとは思いもよらなかった。

 

「よくやるな……まったく!」

 

なんとか距離を取りつつレーザーライフルで応戦するソラ。

しかし、クラッシュボーンは高出力ブースタとENシールドの防御力に物を言わせ、何度でも間合いを詰めてきた。

市街地はACが機動性を発揮するには少々狭く、思うように距離が離せない。

必然的にクロスレンジでの戦闘を余儀なくされ、さらにここまで執拗に接近され続けては、ロックに時間のかかるミサイルも役に立たなかった。

C-9ランカーAC"クラッシュボーン"。C-10である自分の一つ上。

こんな正気の沙汰とは思えない突撃戦法で、それなり以上のランクに至っているのだ。

被弾を恐れずひたすら至近距離に食らいつき続ける敵レイヴンの腕前と度胸は、相当な物だった。

称賛せざるをえないその攻めの激しさに、ソラは歯を食いしばった。

左腕が吹っ飛んだせいでAPも一気に減り、残り5000。

面白い。やってやる。

ソラは乱暴に汗を拭い、操縦桿を握り直した。

頭の中で瞬時にこの強敵への対抗策をひねり出し、そして。

 

「ついてこい!」

 

オーバードブーストを起動。

すると、敵もやはり高出力ブースタがせり上がった。

甲高いENチャージ音が響き、両方の機体が急加速。

クラッシュボーンはこちらに対して真っ直ぐに。

そしてストレイクロウは、そんなクラッシュボーンに対してすれ違うように直進した。

 

《っ!?》

 

傍受した通信から、敵が息を呑んだのが伝わってくる。

おおかたこちらは横方向に逃げると思っていたのだろう。

そんな敵レイヴンの予測を逆手に取り、ソラは前方に障害のなくなった大通りを長々と直進した。

距離を800まで稼いでオーバードブーストを切り、ガリガリと舗装路を脚部で削りながらも荒々しく180度旋回する。

そして、ミサイルユニットを起動した。

やはり、クラッシュボーンは再びオーバードブーストでこちらに真っ直ぐ向かってくる。

格好の的だった。

最大までロックし、肩部ミサイルを6連続発射。連動ミサイルの4発も合わさり、計10発もの弾頭がクラッシュボーンに殺到した。

市街地の往来では大きく回避行動をとることも出来ない。

さすがにコア内蔵ブースタとは併用が苦しいのか、ENシールドも展開していない。

そして、急加速の勢いのままに敵機は正面から全弾直撃を浴びた。

ミサイル群が起こした爆発の衝撃で周辺のビルのガラスが一斉に割れ砕け、輝く破片が撒き散らされる。

 

《……おおおっ!!》

 

それでもなお、クラッシュボーンは爆炎から抜け出して迫ってきた。

猛烈な突進力を保ったまま、肩部ロケットをばら撒いてこちらの動きを牽制し、射突型ブレードの直撃を狙う。

ソラは冷静にレーザーライフルで迎撃しながら、機体を少し右方向にずらして、再び操縦桿横のレバーを引き上げた。

互いに時速700㎞を超える超高速で、2機のACが再びすれ違う。

振り抜かれた射突型ブレードは、虚空を貫いた。

そして、距離が大きく開いたのを確認して、ソラはもう一度ミサイルの多重ロックをしかけた。

 

《見事だ……!》

「見事なのはあんただよ」

 

クラッシュボーンは最後まで突進をやめなかった。

最後の最後まで射突型ブレードの一撃に賭けて突っ込み、そしてミサイル弾幕の直撃を真正面から受け止めて大爆発した。

 

《レイヴン、ゲルニカが目標の施設までの護衛を完了しました。トレーラーは無事です》

「そうか……やっぱりゲルニカに任せてよかった」

《ゲルニカより、残存する敵機がまだ施設に向かってきているとのことでしたが》

「クラッシュボーンが置き去りにした奴らだろう。AP4000か……俺が片づける。ゲルニカには、終わるまで施設の防衛をするように伝えてくれ」

《了解しました》

 

その後、ソラは市街各地のステルスMTを掃討し、任務を完了した。

レインが指定したAC回収地点では、ゲルニカが先に待っていた。

 

《随分と手ひどくやられたな。左腕がもげているぞ》

「ああ。凄腕のレイヴンだったよ。C-9ランカーだってよ。俺より1つ上だ」

《……そうか》

「レーザーブレードも腕部も買い直しだ。大赤字だぜ……」

《…………》

 

グローバルコーテックスの輸送機が降りてきて、格納ハッチを開く。

ストレイクロウとゲルニカが格納庫内に乗り込むと、輸送機の管制室から発進すると連絡があった。

 

《……ストレイクロウ。良いレイヴンになったな》

「え?」

 

不意に、ゲドが通信を繋いできた。

 

《初めてアリーナ防衛で協働した時、はっきり言ってお前は、どこにでもいる少し筋が良いだけの新人だった。だが、今は違う。クラッシュボーンのレイヴン"シャドーエッジ"は、俺も知っている。偏屈だが近接戦の名手……かなりの腕利きだ。狭い市街地戦で、そう容易く破れる男ではない》

「……ええと」

《モノレール防衛の時にも片鱗を見せていたが、お前はやはり、高く飛ぶべくして飛ぶレイヴンなようだ》

「な、なんだよさっきから。作戦開始前といい、そんな褒めても何も出ないぞ、ゲルニカ」

《そうか。ならば、褒めて損をしたな》

「あのな……」

《ははは》

 

ゲドが通信機の向こうで笑った。

その笑い声は、どこか寂しいような、何とも言えない雰囲気を纏っていた。

 

《まあ、ロートルの戯言だ。あまり真面目に受け取るなよ。次に会うまで、せいぜい死なずにいることだ》

「……分かってるよ。……あんたも、死ぬなよな」

 

ソラはゲドの通信に言葉を返しながら、高鳴る胸を手で押さえていた。

ベテランのレイヴンに直に認められたことが嬉しかった。

ランクは既に自分より下だが、ゲドが信頼に値するレイヴンであることは三度の協働を経て分かっていた。

 

「……あー、今日は助かったよ。あんたに僚機を依頼して、よかった。索敵に敵の掃討に、大活躍だったじゃねえか」

《ふん、褒めても何も出んぞ》

「そっか。なら、褒めて損したな」

《……くくっ、ははは!》

 

ソラとゲドは笑い合いながら、偽物の空を飛ぶ輸送機に揺られて帰ったのだった。



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座礁船内探索

戦水艦っぽいフロート脚部で探索任務。
今回もレーザーライフルとブレード装備です。
フレーバー程度ですので、武器と脚部以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:MWG-XCW/90(90発レーザーライフル)
左腕部武装:CLB-LS-2551(緑ブレード)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:MWEM-R/24(2発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAL-MARTE
脚部:MLR-SS/REM

ジェネレーター:MGP-VE905
ラジエーター:RMR-SA77
ブースタ:脚部に内蔵
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)、SP/E++(EN武器威力上昇)


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

レイヴン、極秘の依頼だ。

我が社が保有する超大型軍事研究船"オストリカ"の探索のため、自然区のアビア湾セクション711に向かってもらいたい。

 

報道を伏せていたが、先日からこのセクションの海域では温度管理システムの異常により大量の氷塊が発生しつつあった。

このままではオストリカの運用にも影響が出ると判断したため、同船は隣接セクションへの避難を図ったのだが、航行中に氷塊と接触し、半壊した状態で座礁してしまっている。

海面が凍りつくなどまったく予測がつかなかったとはいえ、ひどい失態だ。

 

船員はどうにか退避したものの、船内には研究物資が大量に残っている。

その中でも特に重要なのは、最深部にある機密カプセルだ。

 

我々も回収部隊を向かわせたが、船内の防衛システムが暴走して制御不能に陥り、大量の新型ガードメカが稼働している。

半端な戦力ではカプセルの持ち出しどころか、近づくことすらままならない状況だ。

 

依頼の目的は、もちろん機密カプセルの回収だ。

何が起ころうとも、このカプセルだけは回収してもらう。

また、可能であれば他の研究物資も破壊しておいてくれ。こちらは追加報酬の対象とする。

 

なお、カプセルの回収を確実なものとするため、今回の依頼に関しては特殊工作傭兵を同時に雇用する。

特殊任務のスペシャリストだ。彼女と協働し、必ず成功させてくれ。

 

船は損傷しており、いつ沈むかわからん。

失敗は許されないと思え。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

テスト場内のブリーフィングルームで、ソラは企業からの緊急依頼を確認していた。

買い直したレーザーブレードと新しい腕部"MARTE"のマッチングテストをしていたところだった。

 

《依頼主はミラージュ社。作戦区域は、第一層自然区アビア湾のセクション711区域です。成功報酬は31,000Cに加えて45,000C相当のACパーツ、研究物資の破壊数に応じて追加報酬もあり。予測戦力は、新型ガードメカが多数ですね》

「テスト中に依頼が来るのにも、もう慣れたな。それにしても……海に氷だって?そんなことありえるのかよ……レイン、画像はあるのか?」

《はい、現場の空撮写真でよければ》

 

備え付け端末に送られてきた画像を見て、ソラは言葉を失った。

以前ビルバオからの依頼で初めて見たアビア湾に大量の白い氷が浮いていて、そこに巨大な船が引っかかって傾いている。

この世の物とは思えない、非現実的な光景だった。

思わず眉間を揉み、まじまじと画像を見つめ直してしまう。

 

「……すごいな。何だこれは」

《私も、こんなアビア湾は初めて見ました。しかしこの依頼、もし探索中に船が沈没したら……》

「確かに"失敗は許されない"な。今回ばかりは、ミラージュの常套句ってだけでもないらしい。その証拠に、報酬を相当手厚くしてきてる。危険度の表れだろう」

 

ブリーフィングルームに重たい空気が満ちる。

携帯端末の向こう側で、レインが息を潜めてソラの回答を待っていた。

 

「…………受ける。輸送機の用意だ、レイン」

《よろしいのですか?座礁船の探索任務というのは私の知る限り前例が無く、不確定要素が多過ぎます。オペレートも外観把握とACのデータ越しにしかできません。もし失敗すれば……》

「失敗すれば死ぬ、なんてのはどんな依頼でも言えることだ。不確定要素云々もな。それに特殊工作傭兵の女……多分"デュミナス"だ。アレグロやバレルダムの件で腕は知ってる。こいつとの協働なら、そこまで危ない橋でもないだろう」

《……分かりました。すぐに手配を》

「悪いな、レイン」

《いえ……ですが……レイヴンに提案があります》

「提案?」

 

基本的に依頼遂行に口を挟まないレインにしては、珍しい言葉だった。

 

《できればフロート脚部で依頼に臨んでください。船体の沈み方やACの損傷次第では、作戦終了後の回収が海上になる可能性があります。輸送機も通常の輸送機ではなく、ACの吊り上げ回収が可能な戦略輸送ヘリを使用します》

「……確かに、氷の上に乗って回収を受けるわけにもいかないな。今回はフロートが適任か……テストはしてあるから実戦投入は可能だ」

 

レインの提案には、確かな説得力があった。

作戦が成功しても脱出がギリギリになった場合、二脚では思うように回収作業ができない場合がある。

迅速な作戦遂行が求められるのもあって、レインの言う通りに、機動力と浮遊機能を持つフロートが適任な任務に思えた。

しかしそれと同時に、いつものレインらしくないともソラは思った。

専属オペレーターとして、彼女が直接的にソラのアセンブリに助言を出すのはこれが初めてだった。

極めて特殊な状況下の危険な作戦に、思わず意見を出してしまったのか。

 

「……もしかして、心配してくれてるのか?」

《……いえ、レイヴンの腕は信頼しています。ですが、万が一ということがありますので……》

「そうか……分かった」

 

レインの言葉に、ソラは神妙に頷いた。

現場で命を賭けるのは、確かに自分だ。

だが、その命を賭ける自分のことを、心配してくれる人がいる。

傭兵にとってそれは、得難い物だった。

 

「レイン」

《……はい》

「ありがとう。きっちり稼いで戻ってくる」

《……了解です、レイヴン》

 

下手をすれば海中から帰ってこれないかもしれない。

砲弾をくらってコクピットを吹き飛ばされるより、辛い死に方をするかもしれない。

それが分かっていてもなお、ソラは携帯端末から響く綺麗な声に笑みをこぼした。

レインの心遣いが、嬉しかった。

 

 

………

……

 

 

グローバルコーテックスの戦略輸送ヘリは、ACを2機までそのまま懸架して運ぶことができる、ヘリとしてはかなり大型のものだ。

いつも使っている双発式戦略輸送機のようなきちんとした格納庫はないものの、ジェット機では対応できない局面でもACを投下、回収できる優れものである。

夕暮れのアビア湾を――"海"をソラが直に見るのは、これで2度目だった。

だがビルバオの依頼で来た時と違い、今の海には大量の異物が浮いていた。

水温管理システムの異常の結果発生した、夥しい数の氷塊。そして、その氷塊に引っかかって傾く巨大な船舶。

コクピットモニターの温度計も、氷点下を指している。

これもまた、前例の無い管理者のシステム異常によるものだろう。

 

《レイヴン、ミラージュの研究船"オストリカ"まであと500です。降下準備に入ってください》

「ああ。降下は、オストリカ手前の水上だ。特殊工作傭兵と合流しないとな」

《……接近する輸送ヘリを確認。通信がありました。作戦を開始するとのことです》

「了解、行ってくる」

《……船内の状況は不明です。くれぐれも注意してください》

 

肩部を固定していた器具が外れ、ACが海面へと降下した。

ストレイクロウのフロート脚部"SS/REM"の内蔵ブースタが緩やかに噴射を開始し、そのまま水中へ没するのを防いで、浮遊状態に入る。

フロート脚部の最大の特徴だ。

常時起動する小型ブースタ群がジェネレーター出力を一部占有することで、常に浮遊することができる。

フットペダルを踏み込んでわざわざブースタを吹かさずとも重量級AC程度の機動性は発揮することができる上、走破性能にも優れた特殊な脚部である。

ソラにとってフロート脚部は、初めての実戦投入でもあった。

隣の輸送ヘリからも、白銀色のフロートMT"カバルリー"が降下してくる。

 

《こちら"デュミナス"だ。レイヴン、君とはバレルダム以来だな。よろしく頼むよ》

「こちら"ストレイクロウ"。やっぱりあんただったな。こっちこそ、頼りにしてるぞ」

《レイヴン、輸送ヘリは2機とも船体外観の監視をさせます。異常があれば伝達します。……甲板上の管制パネルを破壊してください。中へ侵入できるはずです。侵入後は、ミラージュのマップデータ通りに進行を》

 

レインがソラのコクピットに、侵入口のスポットとマップデータを送ってくれた。

奥まで行って、カプセルを取って帰ってくるだけの任務だ。

だが、いつ訪れるともしれない制限時間との勝負でもある。

 

「了解。行くぞデュミナス」

《待て。その前に、お互いの意識共有をしておきたい。2つだけ、確認しよう》

「意識共有?」

《1つ。戦闘は基本的にレイヴンが先行して行うこと。私のカバルリーは今回、回収作業やゲートアクセスに備えた特殊装備を搭載している。戦力のあてにしないでほしい。2つ。カプセルを回収後、格納はACにすること。防御スクリーンの堅牢さを考えればその方が確実だ。万が一を考えて、ね》

「……了解した。こういう任務はあんたの方が専門だ。できる限り、指示には従おう」

《よし、行くとしようか》

 

ソラはレーザーライフルで甲板の管制パネルを破壊して、オストリカ内部へデュミナスと共に侵入した。

縦に長い通路内をひたすら降下していく。

 

「マップデータ表示……最深部がカプセルか。脇道のTARGETマークは……」

《依頼メッセージにあった、その他の研究物資です。可能であれば破壊するようにとのことでした》

《どれほどの時間的猶予があるかもわからない。行きは全て無視した方がいいね。帰りに時間の余裕がありそうなら、破壊しよう》

「そうだな。それがいい……ん?」

 

作業MT用に広く造られた通路、その曲がり角を曲がった時だった。

ローターと砲口を2つずつ装備した浮遊型ガードメカがレーザーを飛ばしてきた。

一発貰ったが、即座に反撃のレーザーライフルで撃ち落とす。

メッセージにあった新型ガードメカらしい。

確かに、従来の浮遊型に比べれば重武装に見えるが、それでも所詮はガードメカである。

ACにとっては、なんら脅威にはなりえない。

 

「この程度のガードメカなら、問題じゃないな」

《それはどうかな》

「何?」

《レーダー表示を最大範囲にしてみると分かる》

「ん……これは」

 

デュミナスの言う通りにレーダー範囲を広げると、数十ではきかない数の敵影が表示された。

さすがに数が多過ぎる。全て先ほどのガードメカと同じとすると、厄介だった。

 

《とはいえ、基本的にはルート上の目についた敵をしとめていけばいいだけだよ。急ごう》

「……了解」

 

その後、ソラとデュミナスは部屋を3つ4つ通り過ぎ、そのたびに沸いてくるガードメカを撃墜しながら、さらに奥深くへと進んだ。

外観からもこの船が巨大であることは分かっていたが、それでも予想以上の広さがあった。

通路も区画も、数が尋常ではない。

 

「こんなデカい船で、一体何を研究してたんだ?この鬱陶しいガードメカだけか?」

《何だ。一介の傭兵なのに、そんなことを気にしているのかい?》

「……悪いかよ。ちょっと気になっただけだ」

《まあ、着眼点は悪くない。わざわざガードメカを作るのに、こんな大がかりな研究船をこしらえる必要はないだろう。産業区に研究所を作ればいいだけだから》

「じゃあ、何で?」

《……おそらくその答えが、今回の作戦目標である機密カプセルということさ》

 

デュミナスは、今回ミラージュが回収を命じてきたカプセルについて、何か察しがついているようだった。

だが、ソラには皆目見当もつかなかった。

ミラージュが自然区のアビア湾にわざわざ大型船舶を建造してまで研究するものなど、まったく予想もつかない。

 

そんなやり取りをしている間に、また開けた区画に入った。大量のコンテナが散乱している。

どうやら、研究物資の格納庫らしい。そして例の如く、新型ガードメカがローター音を響かせつつわらわらと寄ってくる。

レーザーとロケットの嵐が、先に部屋に突入したソラのストレイクロウに降りかかってくる。

だが、フロート脚部の機動性にはそうそう当たるものではない。

軽く機体を左右に揺らしているだけでメカ達は挙動を追いきれず、当たらない虚しい射撃を飛ばしてくる。

 

「数だけ多くてもな」

 

レーザーライフルによる、一射一殺。

ローターや胴体部を撃ち抜くたびに、装甲らしい装甲を持たないガードメカは簡単に爆散して地に落ちていく。

やがて、また1つの部屋が静かになった。

 

「よし、クリア。進むぞ……ん?」

《ゲートチェック。防衛システム作動中。ロック解除できません》

 

奥へと続くゲートの機械音声が、ソラのACの頭部COMに拒絶反応を返してきた。

何度アクセスを繰り返しても、結果は同じだった。

 

《私の出番だな。任せてもらうよ》

 

デュミナスがそう言ってカバルリーからワイヤーを伸ばし、ゲート横の管制パネルに取りつけた。

待つこと30秒。管制パネルが物言わずに、ゲートを開き始めた。

 

「さすがだ」

《いや、そうでもない。さすがなのは、この船の方だ》

「は?何が……」

 

ソラが聞き返した瞬間だった。

天井の照明が一斉に赤く点灯し、船内に警報音が鳴り響いた。

 

《侵入者発見、戦闘態勢に移行。侵入者発見、戦闘態勢に移行。ゲートセキュリティ、S-1へシフト。ガードメカ全機発進。乗組員は所定のエリアに退避してください。侵入者発見、戦闘態勢に移行。ガードメカ全機発進。乗組員は所定のエリアに退避してください》

「おいおい」

《どうやら一定以上のセキュリティレベルを持った管制パネルをハッキングすると、自動的に防衛システムが激化するらしい。よく出来ているな》

「感心してる場合かよ……来るぞ!」

 

レーダーに表示されていた敵影が一気に二倍近くに膨れ上がった。

静かになったばかりのこの部屋にも、天井近くのハッチから新手のガードメカが沸き出してくる。

ソラはある程度のガードメカを叩き落とした後、らちが明かないと見て肩ミサイルを起動し、各ハッチを吹き飛ばした。

 

「急ぐぞ!あんたを護衛しながらだとジリ貧だ!」

《それがいい。迅速に進もう》

 

通路へと入り、出迎えの自律砲台を破壊して、さらに次の部屋に進む。

その区画でも、ガードメカが大量に待ち構えていた。

立ち入った直後のストレイクロウに向けて、容赦のない弾幕が見舞われる。

一発一発は大した威力ではないものの、集中砲火を受け続ければ、フロート装備のACではAPが心配になってくる。

ソラはフットペダルと操縦桿を巧みに操り、広くはない区画を縦横無尽にフロートで駆け抜けた。

旋回性能の低いガードメカは、ストレイクロウが大きく移動すると追いきれず、射撃を止めてしまう。

そこを狙って、1機ずつ確実にしとめていく。

ブースタを吹かしたフロート脚部の機動性は、中量二脚のそれとは比べものにならない。

止まりさえしなければ、自律制御メカ程度ではまともに捕捉することすら困難だった。

そうこうしている内に、部屋の敵の数が減ってくる。

頃合いを見計らって、ソラはまた天井付近の出撃ハッチをミサイルのマニュアル射撃で潰した。

これでもう、増援が現れることはない。あとは、残敵を片づける。

 

「……終わったぞ、デュミナス!次のゲートを開けてくれ!」

《了解。……セキュリティレベルが上がっているね。ミラージュの責任者コードを要求するようになっている。だが、抜け道はあるものだ…………よし、開いた》

 

2つ目のゲートをくぐり、3つ目のゲートもくぐり、さらに奥へ奥へと進んでいく2人。

もう目標は目と鼻の先だった。

 

「マップデータだと、この通路を行けば最深部だ。何とかなっ……っ!?」

 

ソラとデュミナスが最深部へと続く通路を駆けている時だった。

急に通路に亀裂が入り、ブシャーと猛烈な勢いで海水が流入し始めた。

 

《レイヴン、船体の傾きが徐々に大きくなっています!目標の回収を急いでください!》

「ミサイルを撃ち過ぎたか……だけどもう最深部まで来てる!すぐに帰れる!デュミナス、最後のゲートだ!」

《分かっている。焦るなレイヴン、こういう時こそ落ち着いて行動するものだよ》

「あのな……」

 

マイペースに冷静に、デュミナスは最後のゲートを開いた。

最深部には、カプセルがいかにも厳重に保管されていた。

デュミナスがカバルリーから飛び降りて、カプセルが保管されている装置へと向かう。

 

「無理やり取り出して大丈夫なのか?」

《大丈夫なわけないね。だが、ミラージュから提供されているシークレットコードがある。…………クリア。レイヴン、これが目標の機密カプセルだ。腕部インサイドに格納しよう。防御スクリーンを切ってくれ》

「分かった。作業を手伝う」

《いや、いい。こういう時のための特殊装備だ。私の愛機に任せてもらう。フロートの浮遊機能を一時中断、接地してくれ》

「了解」

 

デュミナスがカバルリーに戻り、ワイヤーをソラのストレイクロウの腕部に引っかけて、特殊装備を起動する。

カプセルは人間と同じくらいの大きさだった。それがカバルリーからゆっくりと、ストレイクロウの腕部インサイドへと運搬されていく。

その時。

ゴゴンッと、船内に鈍く嫌な音が響いた。

そして、ほんの少しずつだが、船内の傾きがソラ達の居場所にも影響を与え始める。

視界が、斜めになりつつあった。

 

「やべぇ……!デュミナス!」

《格納完了。さあ……ここからは、時間との勝負だ》

「分かってるよ!行くぞ!」

 

来た道を、ストレイクロウとカバルリーは全力で引き返した。

ハッチを潰した部屋には新手のガードメカはおらず、素通りできたが、通路にはどこからか大量のガードメカが沸いていた。

船体の傾きが激しくなってきている。

 

「デュミナス、全機撃破は無理だぞ!大丈夫か?」

《問題ない。数を減らしてくれれば、かわすくらいは出来る》

 

カバルリーの盾となりながら、レーザーライフルのトリガーを引きっぱなしにして、ストレイクロウは通路を突っ走った。

そして、研究物資の格納庫に入った時。

先ほどまでのガードメカとは違う、見慣れないメカがこちらに向かってきた。

そして、何やら卵のような物を大量に発射し始める。

 

「……!?」

《機雷だ!飛べ!》

 

デュミナスの声で、ソラは反射的にフットペダルを踏み込んだ。

瞬間、床で爆発が連鎖し、研究物資のコンテナが木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 

「ふざけたもん作りやがってミラージュ!」

 

ソラは毒を吐き、レーザーライフルで機雷散布メカを次々と落とす。

爆発する機雷とレーザーの応酬で、格納庫の研究物資が次々に消し飛んでいった。

それだけではない。機雷の数と威力故か、格納庫でも浸水が目に見えて起き始めた。

 

《キリがないね……レイヴン、突っ切ろう!》

「そうするか、クソっ!」

《船体が折れ曲がっていきます!レイヴン、もう時間がありません!早く!!》

 

レインの切羽詰まった通信。

襲い来るガードメカを無視して、ソラとデュミナスはひたすら素早く戻った。

通路を曲がる度に、船体の傾きが激しくなっていくのが分かる。

もはや、機体が斜め45度で走っているほどだった。

そして、最初に下りた縦に長い通路。

既に縦の通路ではない。横向きになっている。

船体がVの字に割れて沈み始めているのだ。

通路の先に見える夕焼け空が、下がっていくのが分かる。

まずい。このままだと間に合わない。

ソラはそう思った瞬間、デュミナスに通信を入れた。

 

「デュミナス!ストレイクロウのコアにワイヤーをかけろ!」

《何だって!?》

「オーバードブーストを使う!早く!」

《なるほど……いいぞ、頼んだ!》

「行けえっ!!」

 

操縦桿横のレバーを握りしめて、オーバードブーストを起動。

さらにフットペダルを踏み込んで通常ブースタも動かし、加速力を増加。

カバルリーを引っ張りながら、ソラのストレイクロウは出口に向けて猛進した。

そして2機が外に飛び出した瞬間、侵入口には水が激しい勢いで流入し、オストリカの沈没が早まった。

 

《レイヴン、無事ですか!?》

「ああ、なんとかな。死ぬかと思ったけど……」

 

間一髪の脱出劇に、思わずコクピットシートに背をもたれて息を吐くソラ。

そんなソラに、デュミナスが通信を繋いできた。

 

《レイヴン……最後、私を助けようとしなければもっと確実に脱出できたはずだ》

「え?」

《カプセルは君に預けてあった。私のMTを牽引して、もし脱出できなかったらどうするつもりだった?》

「……あー。そうだな、デュミナスの言う通りだ。でも、あんただって、ワイヤーを俺に繋いできただろ。結果的に、俺は助けた。あんたは助かった。作戦も成功した。だからそれで終わりの話だ」

《……ふっ、なるほど。それもそうだ、一本取られたね。確かに、私も死にたくなかった。海に呑まれて死ぬなんてごめんだったよ》

「だろ?だから、いいじゃねえか。両方助かったんだから」

《まあ、そういうことにしておこうか。……礼を言うよ、レイヴン》

「ん」

 

巨大船オストリカは、真っ二つに割れて折れ曲がり、そのままみるみるうちに海の中へと消えていった。

ソラはその様子を眺めながら、海に想いを馳せた。

凍り付いた海。その下にこれほどの巨体が沈めば今の技術力ではもう二度と、引き上げることはできないだろう。

そう考えると、海は怖い物だと思った。

雄大であるが故に、底知れない怖さがある。

自分やデュミナスも、あと一歩遅ければ、その海に引きずり込まれていたのだ。

 

《レイヴン、作戦は終了です。お疲れ様でした》

「ああ。レインもお疲れ様。今回フロートにしてよかったよ。レインさまさまだな」

《いえ、私は……とにかく、無事で何よりでした》

「おう。それじゃ、帰ろうか」

 

その後、ソラはデュミナスに機密カプセルを渡し、輸送ヘリに吊り上げられて帰還した。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ミラージュ

TITLE:礼状

 

レイヴン、オストリカでの働きは見事だった。

礼を言おう。

 

今回回収してもらった機密カプセルは、我が社にとって決して失うことができないものだった。

中身を明かすわけにはいかないが、これの回収に成功したのはお前の評価を大きく高めたと言っていい。

 

オストリカを襲った大量の氷塊といい、昨今の停電やセクション封鎖といい、管理者はその管理能力を急速に衰えさせているように思える。

そしてその結果は、知っての通り、我々企業やレイヤードに住む市民への被害に直結する。

やはり、この地下世界の全てを管理者に依存する体制は間違いなのだ。

 

管理者が不要と言うわけでは、決してない。

しかし、管理者をよりよく活用するための方策を、我々は考えなければならない時期に来ていると言えよう。

 

なお、今回の成功報酬として、パーツをガレージに送っておいた。

AC用右腕武装パーツ"SBZ/24"だ。好きに使うがいい。

 

お前の数々の働きには、我々としても目を見張るものがある。

今後とも、我が社への貢献を期待する。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:デュミナス

TITLE:レイヤード

 

座礁船の探索では世話になったな。

今回の機密カプセル、あれはおそらくこの世界そのものに影響を与える代物だと私は見ている。

 

でなければ、ミラージュがわざわざ自然区に船を浮かべて極秘の研究などするわけもない。

あれが何なのかはいずれ分かることだろう。

その時にはおそらく、また私か君か、あるいはその両方が関わることになるはずだ。

あくまで、私の直感だが。

 

レイヴン、君は気づいているか。

自分達が徐々に、レイヤードの未来と関わり始めていることを。

 

最近の異常事態の頻発。

このレイヤードはもはや、適切に管理されつくした世界ではなくなりつつある。

ただの傭兵――もうそういう風には生きられない時代がそこまで来ているかもしれない。

傭兵としての評価が良くも悪くも高まれば高まるほど、私達はこの世界の困難に直面するのだから。

 

身の振り方には、十分気を付けることだ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「……俺が、レイヤードの未来と……」

 

深夜2時。

特殊工作傭兵から突如送られてきたメールに、ソラはベッドの上で首をかしげた。

寝ぼけ眼を擦って欠伸を噛みしめながら、デュミナスのメールを咀嚼しようとする。

 

だが、抽象的なその内容は、眠気に脅かされるソラにはあまり深く理解できないものだった。

元々、デュミナスは謎めいた女性だった。

特殊工作傭兵で、特殊任務を専門に受ける凄腕ということ以外、ソラはよく知らない。

どんな思想や過去があって、そんな危ないことをしているのかも知りはしないのだ。

知らないことは分からない。眠たい今、考えてもしかたがない。

というよりも、考え込んだら眠れなくなりそうだと直感した。

睡眠は、取れる時に取らなければならない。

思考を巡らせるのは、起きてからでいい。少なくとも、今この瞬間は。

 

ソラは携帯端末を枕元に放り、また目を閉じて、寝息を立て始めるのだった。

 

 




実はゲーム本編では、フロートで行くと色々なところに引っかかって逆にしんどいミッションです。
あと、どうみてもこの船雪山に埋まっています。座礁とは一体。


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VS C-5トラファルガー

元祖ダブルトリガーと戦闘です。
武装は500マシと投擲銃になります。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:リップハンター

TITLE:よろしく

 

お久しぶりです。グラン採掘所争奪戦以来ね。

先日レイヴン試験をパスしました。

 

これからはレイヴン同士ということになります。

敵か味方かいずれにせよ、戦場で会うことがあれば、その時はよろしく。

 

それでは。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「ほー。リップハンターがついにレイヴンにねぇ……」

「俺のMT乗り時代の先輩も大騒ぎしてたよ。ミラージュ派閥のMT傭兵ではトップだった奴だし」

「知ってらぁな。ワシも古巣はミラージュだ。ツテから有力者の情報は入ってくる。これでミラージュはあのB-2ランカー"ファンファーレ"に並ぶ看板を手に入れたわけだ」

 

ガレージのハンガーでコクピットの調整をしながら、ソラはチーフのアンドレイと雑談をしていた。

過去に協働したこともある、MT乗りの傭兵からのレイヴン就任のメール。

リップハンターはミラージュ寄りで知られる、腕利きの傭兵だ。

クレスト寄りのスパルタンと同様に、MT乗りの間では強者として名高い。

 

「とは言っても、いきなりバリバリやるのは無理だろ。初期配備ACからパーツを入れ替えていこうとしたら、いくつ依頼こなさないといけないかって話だ」

「ふっ、甘いな若造。このレベルの有名どころになると、違うんだわ」

「へ?それってどういう……」

「リップハンターの開示情報見てみ」

 

ソラはアンドレイに促されるままに、携帯端末でリップハンターの情報を検索する。

レイヴンになれば、機体の名前からアセンブリ、依頼遂行率その他に至るまで、多くの情報がレイヤード中に常時開示されるのである。

リップハンターのACの名前は"ルージュ"。カラーリングは白色と桃色を基調にした機体だった。

そして、その構成は当然初期配備品――

ではなかった。

 

「……なんだこれ。メールが来たのは昨日だぞ。なんでもうこんなにアセンが完成してるんだ?」

「わはは、やっぱりな。片っ端からミラージュ製じゃ」

 

ルージュのアセンブリには、初期配備ACの面影は既に微塵もない。

レーザーライフル、ブレード、最高位レーダー、イクシードオービット内蔵コア。

そしてルグレン研究所で暴れた謎のACが使っていた肩武装、オービットキャノン。

病院でのレインの話によれば、開発が成功したばかりの最新鋭の品だったはずだ。

 

「リップハンターと言えば、ほぼミラージュ専属。当然、レイヴンになればミラージュは手厚く支援する。それだけのことよ」

「企業に近い傭兵の強みってわけか……なんかズルいな。いきなりこんな機体に乗れるなんて」

「まあ、渡り鴉としてのレイヴンの理想からは外れとるかもな。だが、アンタも企業からの恩恵は一定受けとるがね」

「?」

「アリーナの特別褒賞よ。あれはコーテックスの厚意100%で配られとるわけじゃない。企業のレイヴンへの媚び売りの意味もある。コーテックスは企業とレイヴンの仲介をする都合上、両者にある程度の距離は置かせるが、支援を受けることについてはとやかく言わんからの」

「ああ……なるほど」

 

そう言われて、ソラもこれまで多くのパーツの供与を各企業から受けてきたことを思い出した。

だいたいのパーツは売るなどして早々と手元から手放したが、肩部ミサイルユニットと高出力ジェネレーターについては今でも愛用している。

ソラ自身、リップハンターの優遇を咎められるほどに企業の思惑から潔白というわけではないのである。

 

「同じような例だと、ビルバオの奴も最初からアセンを弄り倒してたな。あれは富裕層の支援らしいが」

「根無し草よりも、何らかのコネクションがある方が有利。どんな業界でも当たり前の話じゃな。ぽっと出なんぞ、そう簡単には信用されん。そもそも、傭兵のキャリアでいえば20そこらのアンタよりリップハンターの方が遥かに上だろうしな」

「俺も一応MT乗り時代はクレスト寄りだったんだが……そういや、リップハンターっていくつなんだ?」

「レディーの歳を気にするのは野暮よ。ほれほれ、それより機体の調整の続きをせい」

「……おう」

 

アンドレイに促されて、ソラはコクピットモニターに視線を戻した。

機体構成変更後のテストや依頼遂行中で気になった箇所を、メカニックの助言の下でコンソールを使って修正していく。

もうすっかり日課となった、いつもの調整である。

こうしてアセンブリごとに微調整した数値の数々を記録しておけば、緊急で出撃する場合でも即座に違和感のないパーツ変更ができるようになる。

 

「しかし……あのリップハンターがレイヴン、か。スパルタンの旦那も、もうじき本当にお声がかかるかもな……」

 

ピー。ピー。

 

携帯端末が着信音を響かせた。メールである。

片手でコンソールを叩きながら、その内容を確認する。

 

「ん?……もう次?」

 

ソラは思わず声をあげた。

携帯端末には、管理者からメールが届いていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:管理者

TITLE:アリーナ参加要請

 

C-9ランカー"ソラ"に、アリーナにおけるオーダーマッチへの参加を要請します。

対戦相手は、C-5ランカー"トラファルガー"となります。

 

勝利報酬:128,000C(別途褒賞あり)

 

参加手続きを専属補佐官に確認し、指定の日時にアリーナ用調整ガレージA-2へ出頭してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

ソラは機体の調整を終えてレインに連絡を取った後、ブリーフィングルームに入って備え付け端末を起動した。

レインがブリーフィングに指定した時間は珍しく、夜遅くだった。

 

《今回の対戦相手は、C-5ランカー"トラファルガー"です》

「前に立体駐車場で協働したレイヴンだな。ステルスMTに完璧に対処していたから、覚えている」

《機体は重量二脚AC"ダブルトリガー"。武器の構成は……イクシードオービット内蔵コアに、二丁拳銃を装備することがほとんどですね》

「その言い方だと、決まりきった構成はないタイプなのか?」

《はい》

 

レインがソラの目の前の端末にデータを送信してくる。

対戦相手であるトラファルガーの過去10戦ほどの対戦記録のようだ。

 

《トラファルガーはAC本体のパーツ構成こそ大きく変更しませんが、その代わり頻繁に武装を変えるレイヴンのようです。過去のアリーナにおいても使用した武装は数多く、ライフル、ショットガン、バズーカ、パルスライフル、プラズマライフルなど多岐に渡ります。肩武装についても同様で、各種ミサイルとロケットを巧みに使い分けています。開示情報の履歴を見ていくと、依頼についても同じ傾向が見られるようですね》

「多様な任務や相手に上手く対応する、レイヴンらしいレイヴンって感じだな。俺も武装は結構変えるタイプだが、今までのアリーナで事前情報から武装を変えてきたのは案外EランカーのツインヘッドWくらいしかいなかった」

《依頼遂行数、遂行率共にCランクの中でも非常に優秀なレイヴンです。現場重視、とでもいうべきでしょうか。どの企業にも特別加担せずに、満遍なく依頼をこなしています。このCランクアリーナについても、勝率は比較的高いですね》

 

ソラは手元の携帯端末でもトラファルガーの開示情報を調べた。

現在の武装は対ACライフルと拡散投擲銃、そして垂直ミサイルだ。

だが、レインの話を聞く限りではこの情報は参考にならない可能性が高いだろう。

 

《しかし左腕武装については、理由は不明ですが拡散投擲銃で常に固定しています。よって、必然的に右腕の武装は投擲銃のレンジに合った、近~中距離型になると予測しています》

「重量二脚で近距離戦狙いか……なら、こっちは思いきって旋回戦に持ち込んだ方がいいな。機体構成は機動力重視にして、武装はマシンガンと投擲銃……接近までの牽制は、連動ミサイルで……」

《…………》

 

ソラが頭の中で機体構成を練る間、レインは静かに口を閉ざしていた。

 

「よし、だいたい方針は決まった。レイン、他に補足情報はあるか?」

《……いえ。特には…………すいません、1つだけあります。実は……前回のOX戦以来、Cランク以上でオーダーマッチが組まれるのは今回が初めてになります》

「……何だって?」

《以前、上位ランクレイヴン達のマッチが組まれなくなったという話をしたのは覚えていますか?》

 

もちろん覚えていた。

オーダーマッチの開催傾向が変わってきているという件だ。

頻度こそ変わらないものの、Cランク以下でしかアリーナが開催されなくなり、Bランク以上はマッチングがなくなったとレインから聞いていた。

 

《あれから2週間ほど経過しますが、レイヴンが前回OXと戦って以降、Cランクのオーダーマッチも皆無になっていました。この期間でオーダーマッチが組まれたのは全て、DランクとEランクになります》

「……MT乗りのリップハンターがレイヴンになったという知らせは受けた。今、そんなに新人レイヴンが頻繁に補充されているのか?」

《上位ランクでも依頼で死亡するケースが以前より起こり始めているのは確かです。ですが、やはりオーダーマッチを不自然に偏らせる必要があるほどとは思えません。それも、B以上のみならずCまでも……》

「なのに、俺はCランカーと連戦。つまり、今Cランク以上でアリーナをやっているのは、俺とその対戦相手だけか」

《……はい》

 

レインが沈んだ声音で応答する。

ソラは腕を組み、俯いた。

アリーナにおけるオーダーマッチの組み合わせは、管理者が決めている。

ならばこういった異常な状態になっているのは、管理者の意志によるものだということだ。

 

《……本件に関連して、コーテックス上層部から諮問を受けました》

「レインが?」

《ええ。あなたの周辺について、最近何か変わったことはなかったかと》

「…………」

《もっとも、管理者に選ばれてあなたの専属補佐官になった私には、諮問に対する一定の拒否権があります。直近で受けた依頼の概要しか……データベースで調べれば誰でも把握できる内容しか話していません。……例の高性能部隊やユニオンから送られてきたメールについては、伏せました》

「……悪いな、レイン。俺が迷惑をかけてるみたいだ」

《いえ、私は構いません。それより、レイヴンの方です。正直に話しますと、コーテックス内であなたは今……上手く言えませんが、良くない目立ち方をしつつあります》

「管理者が、俺だけに配慮したようなオーダーマッチを組んでいるように見えるからか。しかも飛び級のマッチだから、余計に目立つ」

《アリーナに注目しているレイヴンはかなりの数います。特にCランク以上は、この異変の当事者です。気付いている可能性は高いでしょう。各企業もアリーナの対戦結果は欠かさずチェックしています。……それらを踏まえて、補佐官の立場からの意見を言いますが……》

「…………」

《アリーナの棄権を……考えてもいいのではないでしょうか》

 

ミラージュのファルナ研究所でのモノレール防衛。

クレストのルグレン研究所での所属不明ACとの戦闘。

それらで起こった謎の通信。ユニオンからのメール。"実働部隊"の存在の示唆。

レイヤードにおける異常事態の頻発。そして、現在のアリーナにおけるオーダーマッチの不自然な偏り。

管理者からソラに向けられた、視線――

 

ソラは頭を抱えた。

レインの言うことも、もっともだった。

管理者の異常なのかあるいは作為なのか分からないが、自分が悪目立ちをしているのは確かである。

アリーナは制度上、棄権が認められている。

棄権による不戦敗は、通常の敗北よりも大きくランクが低下する。

今Cランクの下位にいるソラは、棄権すればDランクに下がる可能性が高い。

そうなれば確かに、悪目立ちの状況はマシになるだろう。

Dランク以下のオーダーマッチは正常に行われているのだ。

棄権して、その中に入ってしまえば。

 

だが、ソラの中で"何か"が囁いた。

ここで棄権することは、逃げではないのか。

管理者に背を向けて、逃げることになりはしないか。

そもそも、このレイヤードの偽物の空の下で、管理者から逃げられるものなのか。

逃げて、何になるのか。

ひたすら目指してきた本物の空から、遠ざかることにならないか。

根拠も具体性もない"何か"が、ソラに逃げるなと告げていた。

 

「レイン、俺は……」

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:トラファルガー

TITLE:どうする

 

アリーナの異常は、気づいているな?

 

お前はどうする気だ。

俺はどちらでも構わない。

向かってくれば、叩き潰す。棄権しても、咎めはしない。

 

どちらかを選べ。レイヴンならば、己の意志でな。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

TO:トラファルガー

TITLE:逃げない

 

キサラギの依頼では世話になった。

あんたを倒して、俺は上に行く。

 

勝負だ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

アリーナ当日。

調整用ガレージからアリーナへと、ソラを乗せたAC"ストレイクロウ"が搬入された。

戦場へと繋がるゲートの前で、恒例の耳障りな警報音が響き始める。

 

ビー、ビー。

ビー、ビー。

ビー、ビー。

 

「……誰が逃げるかよ。見てるなら見てろ、管理者」

 

ソラはゲートを睨みつけて呟き、操縦桿を強く握りしめた。

 

ビーーーーーーー。

 

開いたゲートから、ストレイクロウがブースタを吹かして勢いよく駆け出す。

最高速度に達する前に、ロケット砲弾が正面から飛来してきた。

軽く操縦桿を傾けるだけで躱せる程度のそれは、しかし3発ずつが散らばりつつ間断なく撃ち込まれてくる。

トラファルガーの黒い愛機"ダブルトリガー"の肩に搭載された、3連小型ロケットだ。

当てるつもりで撃ってはいまい。接近するまでの間、少しでもこちらの動きを鈍らせればいいという意図によるものだろう。

 

「なら、こっちもだ!」

 

ソラは肩部ミサイルユニットと4連動ミサイルを起動し、距離を詰めてくるダブルトリガーをロックをかけていく。

敵は多重ロックにも臆することなく、正面から突っ込んできた。

重量二脚の運動性では、ロックを振り切ることは困難と諦めたのか、あるいは。

ロケットのお返しにと引き金が引かれ、ミサイルが束になって飛び出した。

しかし同時に、ダブルトリガーのエクステンションがミサイルを吐く。

迎撃ミサイルだ。爆発力の強いそれにミサイル弾幕が吸い込まれ、空中で虚しく爆炎を撒き散らす。

さらにもうもうとわき上がった煙を貫くようにロケットがばら撒かれてはストレイクロウの肩口に、足元に、着弾した。

お前の狙いなど分かっている。そう言わんばかりの激しい牽制。

そして煙を抜けて、ダブルトリガーがその重量級のボディを現した。

構えた二丁拳銃は、ショットガンと拡散投擲銃。

散弾の嵐が、ストレイクロウに襲いかかった。

 

「………っ!」

 

応戦のマシンガンを放ちつつ、突進してきたダブルトリガーの側面に回り込もうと、ソラがフットペダルを踏み込みブースタを全開にする。

ばらけた榴弾が、加速するストレイクロウの周囲で爆発し、さらにショットガンが火を噴いて機体を揺らしてきた。

今回装備している中量脚部"MX/066"は、機動性を高めるために軽量化されており、その分被弾時の安定性が高くない。

つまり当てさえすれば、小口径の散弾と拡散榴弾のストッピングパワーだけでも十分に旋回戦法を妨げることが出来る。

機動性重視とはいえ中量脚部相手ならば、旋回性に劣っていても広範囲射撃で命中が見込めると言う判断だろう。

遠距離では三連ロケット、近距離では散弾で敵の足を止めて、徐々に削る。

トラファルガーの戦い方は理に適った、そしてソラのアセンブリと戦法を見透かしたものだった。

まさに、実戦重視の傭兵と呼ぶに相応しい勝負勘。

 

「……おもしれぇ!」

 

ソラは格上の相手の力量に奮い立ちながら、左腕の投擲銃を放った。

頭部付近への直撃によって、ダブルトリガーの弾幕が一瞬だが途切れる。

その隙を突こうと大きく回り込むストレイクロウ。

だが、トラファルガーは自機を旋回させつつ後ろに下がらせて、回り込みを制してきた。

必然的に正面から撃ち合う形になり、ソラは舌打ちしつつ操縦桿の引き金を引き絞る。

ダブルトリガーはさらにイクシードオービットを展開、低出力レーザーが高速で連射され始めた。

マシンガンと投擲銃、ショットガンと拡散投擲銃とレーザーが至近距離で撃ち交わされ、互いのAPを激しく削っていく。

だが、中量ACと重量ACが馬鹿正直な撃ち合いを続ければ、装甲で勝る重量ACの有利は否めない。

削れていくAP表示に一瞬目をやるソラ。残り6200。敵は7300。やはり、ダブルトリガーが優勢だ。

こうなったら。

操縦桿からソラの手が離れ、操縦桿横のレバーを掴んだ。

 

「……行くぞ!」

 

オーバードブースト起動。コア背部からせり上がった高出力ブースタがチャージ音を響かせ、急加速を開始する。

向かう方向は、斜め前方。トラファルガーのサイティングを振り切るように、突っ込んだ。

半ばすれ違う直前でブーストを切り、機動型脚部の旋回性能を活かして敵をロックし、素早くマシンガンを撃ち込む。

ダブルトリガーはロックサイトから逃れたストレイクロウを追おうと、細かく位置を調整しつつ旋回してくる。

そうして再びショットガンを突きつけられた瞬間、ソラはまたしてもオーバードブーストを使った。

瞬間的な加速によってまたもストレイクロウが敵の視界から姿を消し、ロックが追いついてくるまでに可能な限り攻撃をぶち当て、捕捉された瞬間にまたオーバードブーストで逃げる。

にわか仕込みの高機動戦法は幸運にも功を奏し、敵ACの翻弄に成功した。

咄嗟の閃きで編み出した、新しい旋回戦の形だった。

 

「……くっ、レッドゾーン……!」

 

APを逆転して圧倒し、そのまま3000近い差をつけた頃。

緊急加速の連続使用のせいでラジエーターが悲鳴を上げ、ジェネレーターの出力が低下して、思わずACの動きが鈍った。

ダブルトリガーが好機とばかりにこちらを正面に捉え、イクシードオービットを展開しつつ二丁拳銃で激しい反撃を見舞ってくる。

ストレイクロウも脚をばたばたと走らせながら、両腕の火器を撃ち鳴らした。

激しい被弾でコクピットが揺れる。ラジエーターは先ほどから警報を鳴らしっぱなしだ。

だが、ジェネレーターのエネルギー容量はじわじわと回復していく。

半分近くに戻ったところで、ソラは再度オーバードブーストに火を入れた。

 

「これで決めてやる!」

 

AP残り4000。敵は2000。

ソラは旋回戦を再開した。

先ほどのやり取りで新しい戦術の感覚は把握できた。

今度はオーバードブーストの噴射時間を必要最低限にして、慣性による移動を織り交ぜつつ、より効率的な動きを目指す。

ダブルトリガーはそれに対抗するように大きく後方へと下がった。

アリーナ場の壁際まで一気に後退し、ソラのオーバードブーストによる斜め前方への加速を阻止してくる。

再び、向かい合っての乱射戦になった。

だが、もう遅い。彼我のAP差が大きいのだ。

ダブルトリガーの旋回封じは一定の効果を上げたものの、一方で自分自身の逃げ場まで奪ってしまっている。

旋回性能で勝る相手に重量機が壁を背にすればもう、回避行動をとることは困難だった。

それでも、ダブルトリガーは両腕の火器とイクシードオービットを唸らせ、泥沼の撃ち合いをしかけてくる。

ソラはその撃ち合いに真っ向から応えつつも、敵の拡散弾頭が効果を発揮しきれない距離感を巧みに維持し続けた。

集弾性は、相手のショットガンよりもこちらのマシンガンの方が勝る。

イクシードオービットの連射力は凄まじいが、やはり精度が甘く、動き回っていれば連続で当たりはしない。

AP差が縮まりきらないまま、じわじわと状況は決着へと向かっていった。

 

「いける……勝てる……!」

 

トラファルガーは最後にはあがくようにショットガンから3連ロケットに武器を切り替え、拡散投擲銃と共に遮二無二ばら撒いてきたが、それも大して意味をなさなかった。

ソラは冷静にエネルギー管理をしながら、マシンガンと投擲銃をロックした敵ACに撃ち込み続けた。

敵AP残り800、600、400、200――

 

ブォーーーーーーー。

 

決着はついた。

C-5ランクの歴戦の傭兵"トラファルガー"を下し、勝利をこの手に掴んだ。

ソラは戦闘の高揚で上がった体温を冷まそうとパイロットスーツの襟を着崩し、大きく息を吐いた。

膝を折った敵ACから噴き上がる黒煙。モニターに踊る"WIN"の文字。

 

「……よっしゃあっ!」

 

ぎゅっと拳を握り、勝利の余韻を噛みしめるように、吼えた。

今この瞬間だけは、ソラは純粋に一人の戦士としてアリーナに立っていた。

 

 

………

……

 

 

その日の午後、ソラは整備班がいつもの大騒ぎを繰り広げるガレージから離れて、ブリーフィングルームに1人で入った。

 

「……もしもし、レインか?今、大丈夫か?」

《ええ、試合見ていました。勝利おめでとうございます、レイヴン》

「ああ、ありがとう。おかげさまで今回も何とかなった。ガレージじゃ、いつも通りのどんちゃん騒ぎやってるよ」

《でしょうね……ですがその祝勝会の最中に、何かあったのですか?》

「宴会は抜けてきた。……ちょっと酔いも冷めるメールが来てな」

《メール?》

「"ユニオン"からだ。あいつら、ついに大きく動くらしい。依頼があったら、すぐに教えてくれ」

《……了解しました》

 

通話を終えた携帯端末を操作し、先ほど届いたメールを睨みつける。

ガレージで大笑いするアンドレイのしわがれた声が、ブリーフィングルームにまで響いてきた。

だが、もう宴を楽しむ気分ではなかった。

 

「……管理者」

 

ソラはぽつりと呟く。

地下世界レイヤードの、神の名前を。

その呟きに応える者は、誰もいなかった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ユニオン

TITLE:管理者の真実

 

突然の電力供給の停止、セクションの強制封鎖。

生態系の暴走、自然環境の激変。

 

レイヤード各地では、次々と多くの異常が発生し、今この時にも被害が広がっている。

この世界は、もはや管理者による理想郷ではない。

 

我々はここに管理者の真実を明らかにする。

ついに、本格的な行動を開始する時が来た。

 

レイヴン――力を持つ者たちよ。

協力を頼む。

 

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データバンク侵入・1

非常に長くなったので分割。今回は前置きの話です。
作戦参加者は、ゲーム本編と一部変更しています。


第一層第二都市区の基幹セクション301中央部。

 

小高い丘の上にそびえるグローバルコーテックス本社ビルに、ソラは足を運んでいた。

今回の依頼に関連しての、詳細な説明を受けるためである。

レインによれば、メッセージや送付資料だけでは説明しきれない大がかりな特殊依頼の場合、コーテックス本社で説明会を行うことが許可されるそうだった。

 

携帯端末へ送られてきたメールに記載された階でエレベーターを降り、清掃の行き届いた無機質な廊下を歩く。

立ち止まって見上げたルームプレートには"第3研修室"と書いてあった。

ドアの横にあるチャイムを鳴らす。

 

《参加者でしょうか?》

「そうだ。認証番号、51239」

《……はい。確認しました。生体認証で入室してください》

 

見知らぬ女性の声である。

だが、その聞き取りやすさと事務的な対応は自身の専属オペレーターを思い起こさせる。

ソラは言われた通りに認証装置に手をかざし、ドアロックを開けた。

出迎えたのは、眼鏡をかけて分厚い冊子を抱いた背の低いスーツ姿の女性職員。

職員はどこか緊張した様子を漂わせながら無表情で軽く一礼し、着席を求めてきた。

そこそこの広さがある研修室には既に、何人か先客がいる。

 

「……ん」

 

ソラは先客の1人と目が合った。

最前列の窓際に陣取って頬杖を突く、赤毛をサイドポニーに束ねた少女――レジーナだ。

レジーナは例の如くえらそうな態度で隣の席をポンポンと叩いた。

ここに座れ、ということらしい。

どうしてこんな広い研修室で、騒がしい歳下と隣り合って座らなければならないのか。

ソラは後輩の指図を無視し、後ろの適当な席につこうと歩き出して。

 

「おい」

 

低い声にすぐ呼び止められた。

目を向けると、レジーナよりさらにえらそうな態度で席にふんぞり返り、厚手のブーツを机の上に乗せた大男の姿。

当然、知らない顔である。しかしその眼差しは、獲物を品定めする猛禽のような鋭さがあった。

 

「お前、ランクは?」

「……何だよ急に。誰だあんた」

「A-3」

 

短い名乗りだった。

だが、それだけでソラはその大男の正体に気付いた。

レイヴンの中で最高峰のAランクに位置する者は3人しかいない。

アリーナに興味が薄いソラでも、上位3人の名前くらいは知っている。

A-1ランカー、"エース"。

A-2ランカー、"BB"。

そしてA-3ランカーは。

 

「"ロイヤルミスト"……」

「で?お前、ランクは?」

「……C-5」

「あぁ?じゃあお前が例の奴か」

「何の話だよ」

「今のアリーナ見てれば誰でも気づく。Cランク以上でマッチが組まれてるのはお前だけだ」

「……だから?」

 

ソラの問いかけを無視し、ロイヤルミストは自分の携帯端末を触り始めた。

 

「C-5ランカー、ソラ。ACネーム、ストレイクロウ……覚えてるぜ。お前も以前、俺の忠告を無視した奴だな」

「…………」

 

忠告。

以前、D-13ランクのフィクサーとやり合う前に、ロイヤルミストが送ってきたメールのことだろう。

八百長を持ちかける、薄汚い内容だった。

 

「まあ、勢いでフィクサーを乗り越える奴はたまにいる。あいつも随分腕が鈍ったしな。だが、この前のアリーナは見てたぜ。まさかトラファルガーにまで勝つとはな」

「…………」

「くくく……なあ、教えてくれよ」

 

目を細め、ロイヤルミストは口の端を歪めた。

 

「どうやったら他の上位ランカー全員ほったらかして、お前だけ連戦なんて真似が出来るんだ?管理者にケツの穴でも差し出したか?おかげさまで、俺のアリーナは滅茶苦茶だぜ」

「……知らねえよ。管理者に問い合わせてくれ。あんた、メール送るのが趣味なんだろ」

「あ?」

 

猛禽のような目が見開かれ、ブーツの踵がだんっと机を叩いた。

そして、大男がゆらりと立ち上がる。筋肉の盛り上がった太い腕の先で、5本の指がパキパキと鳴った。

ロイヤルミストの刺すような視線を、ソラは静かに真っ向から受け止めた。

いつでも動けるように、重心を整えた上で。

視界の端でレジーナが慌てて席を立ち、女性職員があわあわと手持ちの冊子をめくり始める。

 

「ストップ。そこまでにしなさいロイヤルミスト」

 

2人の睨み合いに、妙齢の女性が割って入ってきた。

ミディアムショートの金髪できっちりと化粧をした、背の高い女だ。

 

「止めんなよ、"ワルキューレ"。世間知らずのガキには、身の程を教えてやらねえとだろ」

「セクション301ではレイヴン同士の紛争は禁止。あなた、Aランクでしょう?全レイヴンの手本になるべき地位なのよ」

「知らねえな。力で手に入れた地位だ」

「そうね。でも、今はやめて。依頼主にもコーテックスにも迷惑がかかるわ。ほら、あなたも早く席に座りなさい。喧嘩するためにここに来たわけじゃないでしょう。依頼の説明を聞くために来たはずよ」

「……分かった。すまない、気を遣わせた」

 

ソラはロイヤルミストではなく、ワルキューレと呼ばれたレイヴンにだけ謝り、その場を離れた。

そしてぶんぶんと身振り手振りで席を勧めてくるレジーナの横に、大人しく座った。

 

「……急におっぱじめないでよ、先輩」

「喧嘩売ってきたあいつに言えよ」

「あたしが我慢したのが馬鹿みたいじゃない」

「お前もなんか言われたのか」

「そうよ。ありがたい八百長メールを無視した件でね」

 

レジーナにひそひそと耳打ちされながら、ソラは改めてロイヤルミストの方を振り返った。

猛禽の如き目つきの大男は、視線に気付くと中指を突きたててきた。

どこまでも不愉快で、粗野な男だった。

だが、それでもAランクを名乗るだけの風格は感じさせられた。

座っているだけで周囲を威圧し、ソラに向けて未だに鋭い殺気を放っている。

ソラは出来るだけ自然な仕草でそっと、首筋に浮いた汗を拭った。

 

「参加者でしょうか?…………はい。確認しました。生体認証で入室してください」

 

研修室の入口では女性職員がずり落ちた眼鏡を直しながら、訪れるレイヴンの出迎えを続けている。

定刻が迫る頃には、総勢8人のレイヴンが研修室に揃っていた。

 

「えー……時間となりました。クライアントとの通信を繋ぎます。モニターをご覧下さい。なお、グローバルコーテックスは本通信について、一切の干渉を致しません」

 

手元の資料を読み上げながら、職員が映像設備を起動した。

照明の落とされた室内で、天井から降りてきた巨大モニターが光を放ち始める。

 

画面に映し出されたのは、白地に緑のエンブレム。そして、"CREATE THE FUTURE"の文字。

今回ソラに本社での依頼説明を持ちかけてきた依頼主、ユニオンだった。

 

《……同志諸君、よく集まってくれた。まず、改めて名乗ろう。我々は"ユニオン"。地下世界の未来のために立ち上がった組織である》

 

スピーカーから聞こえてきた男の声に、ロイヤルミストが鼻を鳴らした。

 

《多忙な君達レイヴンを今日この場にわざわざ集めたのはもちろん、依頼のためだ。この世界にとって極めて重要で、重大な依頼――それを君達には遂行してもらいたい》

 

画面が切り替わり、いくつかの映像が流れ始める。

停電した市街地、闊歩する化け蜘蛛、凍ったアビア湾。

ソラも実際に見てきた、レイヤードの異変の数々だ。

 

《今、この地下世界"レイヤード"では数多くの異常事態が起きている。諸君も、多くの依頼を通して実際に体験したことだろう。もはや、レイヤードは完全無欠の管理世界ではない。力を持つ企業すら前例のない事態の連続に、管理者の意志を図りかねている》

 

息を殺した沈黙が、暗い研修室に満ちた。

ソラの隣で、レジーナが真剣な表情をして腕を組む。

 

《我々ユニオンはこの事態の解決のために、今こそ立ち上がる》

「企業がどうにもできない問題を、お前らなら解決できるって?」

 

ロイヤルミストがユニオンの通信を遮って声をあげた。

 

「このセクションを襲って、レイヴン試験を妨害して、どれも失敗して、その後はクレストにぷちぷち踏み潰されてるだけのお前らが?はっ……どうやって?」

《もっともな疑問だ。その件については、まず詫びておこう。グローバルコーテックス及び君達レイヴンを標的とした数々の戦闘行為。今日呼んだ者の中にその当事者がいることも把握している》

「……謝るくらいならすんなっての」

「まったくだ」

 

レジーナの呟きに、ソラは同調する。

 

《どうやってこの異常事態の連続を収拾するのか。その疑問に対して、我々が提示する回答は一つだ。……管理者の存在する"レイヤード中枢"へ侵入する》

「……何だと?」

 

耳を疑ったのは、ロイヤルミストだけではなかった。

室内に、ただならぬ緊張が走る。

ソラのすぐ後ろで、誰かが息を呑む気配が伝わってきた。

 

「待って。今私達レイヴンがどこにいるのか分かってる?分かってて、あなた達はそんなことを言ってるの?」

 

部屋の後方からワルキューレがまくしたてるように声をあげた。

 

「……ここは管理者直属の組織"グローバルコーテックス"本社。密室での会議とはいえ、こんな場所で通信すればその内容は全て保存され、当然管理者の検閲を受ける。この場に集った我々をまとめて逸脱行為者にする気か?」

 

モニターの光が届かない研修室の奥隅の暗闇から、落ち着いた女性の声が響いた。

誰の言葉か分からなかったが、ソラもその意見に同感だった。

ユニオンの提案はあまりにも突飛で、危険に過ぎた。

 

《その懸念については、クリア済みだ》

「何それ。どういうこと?」

《既に本作戦に関する依頼が管理者によって承認、受理されているからだ。この会議が終了次第、君たちの専属オペレーターに連絡がいく手はずになっている》

「管理者が受理?どうしてこんな作戦を」

 

ユニオンの言葉に、それまで大人しくしていたソラもつい聞き返した。

 

《詳細については話せない。だが、我々ユニオンには多くの賛同者協力者がいる。その中には極めて特殊な人脈もあり……言ってしまえば、管理者とも繋がるコネクションがあるということだ》

「特殊な人脈……コネクション……」

 

ソラは思い返した。

かつてレイヴン試験の妨害阻止依頼を受けた時のことを。

ユニオンはどこからか情報を掴み、レイヴン試験の会場に先回りしていた。

管理者が最上位権限で決定した試験場所と開始時間をあまりにも早く入手した件については、当時ソラも疑問を持った。

封鎖済みセクションでの一件についてもそうだ。

管理者権限で封鎖されたセクションに潜入し、あまつさえコーテックスを通して護衛のレイヴンまで雇い入れていた。

今回の依頼受理に関しても、それらと同様の力が働いているのだろうか。

少なくともユニオンという組織は、ただの非合法な地下組織に収まらないだけのものを持っているらしかった。

 

「だ、だがアテはあるのかよ?"レイヤード中枢"なんて、俺は聞いたこともないぜ。管理者がどこにいるかなんて、誰も知らないんじゃないか?だってそれを知ってたら、ミラージュ辺りがとっくに入ってるはずだろ」

 

ソラのすぐ後ろの席に座っていたレイヴンが言った。

 

《レイヤード中枢の場所は、現状確かに未知数だ。しかし、それを知ることのできる場所を我々は掴んでいる。レイヤードの覇権を握るクレストとミラージュの、中央データバンク。このどちらかに侵入すれば、管理者の所在を知ることができるはずなのだ》

「……えーとつまり、今回の依頼はその……データバンクへの侵入援護なわけ?」

《その通りだ。今回は、クレストのデータバンクへと侵入する》

「私からも一つ質問しよう。なぜクレストのデータバンクを選んだ?お前達ユニオンは、ミラージュやキサラギの支援を受けているはずだ。私はお前達との交戦の際に、カバルリーやクアドルペッドといった高級MTを見ている。なぜ穏便に、ミラージュのデータバンクへアクセスしない?」

《……この作戦は、キサラギの全面支援を受けた上での、ミラージュとの共同作戦だ。それ以上は回答できん》

「……なるほど。了解した」

 

部屋の奥隅から質問を投げかけた女性レイヴンは、言葉を濁すようなユニオンの返答に納得したような口ぶりを見せた。

顔も見えないレイヴンの理解を、ソラもまた同様に感じ取った。

結局のところ、これは企業の代理戦争のようなものだということだ。

三大企業のうち、ミラージュとキサラギの思惑がユニオンの作戦行動を強く後押ししている。

だから、クレストのデータバンクへの侵入を図るのだろう。

ユニオンも不明なコネクションを有しているとはいえ、レイヤードのパワーバランスから完全に独立して成り立っている組織ではないのである。

しかし。一つ引っかかる部分があった。

クレストとミラージュ、その両方が管理者の所在を知っているという点である。

妄信的なクレストが聖域とも呼べるそこに踏み込まないのは分かる。

だが、なぜ現レイヤード体制の改善を訴えるミラージュも、管理者への接触を自社で試みないのか。

所在を知っているだけではどうにもできない何かがあるのか、あるいは――

ソラがそこまで考えたところで、ユニオンの通信が言葉を続けた。

 

《それともう一つ。今回、この場を設けて諸君に集まってもらったのは、我々ユニオンが検証してきた仮説について、知ってもらうためでもある》

「仮説?どうして私達にそれを話すの?私達はレイヴンよ。依頼遂行に関係ないことを、わざわざ知る必要はないわ。話されたって」

《いや、君達には知る権利がある。なぜなら、この場にいる君達にはレイヤードの異変に関して、とある共通事項があるからだ。超高性能MT……そう言えば分かるだろう》

「……管理者の"実働部隊"」

 

ソラがぽつりと漏らすと、立ち上がっていたワルキューレが黙って席に着いた。

 

《そうだ。我々の調べた限り、ここに集まってもらった8人のレイヴンは全員、既に管理者のものと思しき高性能部隊と交戦している。だからこそ、今回こうして参加を呼びかけ、この重要任務を託し、我々の長年の検証を知ってもらおうと考えたのだ》

「いや、交戦……?ああ、もしかしてあの時の。けど俺は逃げただけっていうか……見るからにやばそうだったし」

「あたしは2回やり合ったわ。ウソ、他の人たちもあいつらと戦ってたっての?」

《……管理者の"実働部隊"が初めて目撃されたのは、レイヤード暦172年。実に14年前に遡る》

「14年前……第一都市区での環境制御システムの一斉暴走事件か」

 

部屋の奥に座る女性レイヴンが呟いたそれは、ソラの知らない事件だった。

14年前といえば、ソラがちょうど学校に通い始めた時期である。

第二都市区育ちの自分は、覚えていなくて当然だった。

 

《そうだ。当時市街地では原因不明の水質悪化と空気汚染が発生、暴徒と化した市民の鎮圧にあたっていたクレストの部隊を謎の高性能MT部隊が急襲した。クレストにも市民にも多大な被害が出ることとなった事件だ。我々ユニオンの活動は、この一件から始まった。管理者の不完全性を懸念し、"脱管理者"を掲げる組織として》

「"脱管理者"……はっ」

 

ロイヤルミストがユニオンの言葉を笑い飛ばす。

モニターに、当時の映像が流された。

激しく揺れるカメラが、叫び狂って逃げ惑う大勢の市民の向こうで、爆散するクレストのMTを撮影している。

 

《再び実働部隊が目撃されたのは、5年前のアヴァロンヒル西部攻防戦だ。ミラージュとクレストによる大規模紛争の佳境において、またも謎の部隊が乱入。突然の攻撃に両企業は混乱状態となり、統制が利かなくなった結果、結果的にセクションの天井板が落下するほどの激戦が繰り広げられた。企業が経済白書に特記した上、大勢のレイヴンが参加した紛争でもある。当時の混乱は、君達の中にも知っているものがいるだろう。もっとも、この時の実働部隊の乱入の実態は極めて小規模。被害が膨れ上がったのは、心理的パニックが原因と見られるがな》

 

そうして出された映像は、ソラがレジーナと協働した戦場である。

自然区アヴァロンヒルの落下した天井板が、モニターにでかでかと映された。

 

《そして、このアヴァロンヒル紛争の時期からだ。管理者の管理体制に、本格的な異常が見られ始めたのは》

 

モニターが再び切り替わる。

次もまた、ソラの知っている場所だった。

色褪せて死んだ市街地。クレストが管理していた、第一都市区の封鎖済みセクション。

 

《この頃から、管理者はセクションの大規模封鎖を始めた。散発的な封鎖自体は以前からあったことだが、それは新たなセクションの開発と同時に行われるのが通例だった。しかし、どういうわけか理由のない奇妙なセクション封鎖が見られるようになったのだ。それが数年前に起こった、第一都市区のセクション大量封鎖事件。当時クレストは地殻変動が原因だと報道していたが、これは真っ赤な嘘だ。我々の調査部隊が数年がかりで17個の封鎖済みセクションに潜入して調査したが、一つとして地殻変動が起きた形跡はなく、都市機能に損傷は見られなかった》

 

モニターの映像が、この会議の始めに流されたものに戻った。

停電した街、蜘蛛の化物、凍った海、セクション封鎖に怒る暴徒。

今まさに、レイヤード中を苦しめている異常現象の生の姿だ。

 

《我々ユニオンは発足以来、レイヤードに起こり続ける数多くの異常を調査してきた。管理者直属のコーテックスに対して一時期敵対行動をとったのも、直接的に牙を剥かれた場合の管理者の出方を窺うためだ。これに関しては異常な反応は得られなかったが……いずれにせよこの現状がある。電力供給の不自然な中断。巨大な害虫の発生。環境制御システムの暴走。そして、君達を襲った高性能部隊の出没。アリーナについても、上位ランクのオーダーマッチが機能しなくなったことは確認済みだ。君達はこれをどう思う?地下世界の神たるAIシステム"管理者"が、正常に機能していると言えるか?このレイヤードが、まだ管理されきった理想郷だと言えるか?……我々はそうは思わない。企業も、君達レイヴンも、密かに感じ始めているはずだ》

 

ユニオンが、通信の向こうで息を吸って、吐いた。

 

《管理者が、狂った――と》

 

だん、と通信の向こうでユニオンの男が机を叩く。

 

《今や管理者はこの地下世界を管理するという使命を放棄し、人類を害そうとしている。これが数多くの検証を経て我々が辿り着いた、"真実"だ。だからこそ、管理者にその真意を問うために、我々はレイヤード中枢を目指す。ユニオンは本気だ。その本気を知ってもらうために、君達を今日ここに呼んだ》

 

十秒。二十秒。三十秒。

誰も言葉を発さない、重たい沈黙が薄暗い研修室にのしかかった。

そして、長い沈黙を破ったのは、ブーツが机を蹴る耳障りな音だった。

ロイヤルミストである。

 

「あー、御託はそれで終わりか?じゃあ、俺はもう帰るぞ」

《な……!》

「思想がかった連中にありがちな勘違いをしてるようだから、教えといてやるよ。レイヴンと依頼主の関係で重要なのは、依頼を受けるのか受けないのか、依頼が成功したか失敗したか。それだけだ。体制の是非だの管理者への懸念だのを、わざわざ呼びつけて長々と説くんじゃねえ。そういうのは企業みたく、誰も読まない礼状にでも書いとけ」

《わ、我々は今回の作戦にレイヤードの未来を……!》

「それはお前らの都合だ。ただの傭兵であるレイヴンには関係ない。いいか、レイヴンってのは"力"だ。金で買える"力"。銃やミサイルと同じなんだよ。戦場で俺達をどう使おうがてめえらの自由だが、銃やミサイルと同じもんに高説を垂れるなんて、間抜けな真似はやめろ。分かったら、大人しく依頼の返事を待っとけ。じゃあな」

 

言いたいことを言い終え、ロイヤルミストが席を立った。

ユニオンは二の句が継げない様子で黙りこくっている。

レイヴンの中でも三指に入る実力と実績を持つ大男は、そのままずかずかと研修室の出入口へと向かい、ふとソラの方を振り返った。

 

「ああそうだ、決めたぜユニオン。俺が依頼を受ける条件は、そこのC-5ランカー"ソラ"の参加もしくは敵対だ。どっちかを報告してこい。その時はきっちり報酬に見合った仕事をしてやるよ。ははは……」

 

プシューとドアが開き、A-3ランカーが退出していった。

 

「……めっちゃ嫌な奴。さいてー」

 

ソラの横でレジーナが舌を出して、机の埃を払うようなしぐさをした。

 

《……我々が本会議で伝えることは以上だ。作戦に関する細かなプランについては、依頼受諾後に改めて通達する。……諸君の色よい返事を期待する。このレイヤードを想っているのならば、是非ともその力を貸してほしい》

 

モニターの映像が、初めのユニオンのエンブレムへと戻った。

通信は切れたようだった。

ずっと黙っていたコーテックスの女性職員が、部屋の照明を点けた。

 

「えー……以上でクライアントとの通信を終わります。レイヴンにおかれましては、速やかに退席してください。では、失礼します」

 

ぺこりと頭を下げ、職員は先に研修室を出ていった。

 

「さてと、どうするのよ先輩」

「俺に振るなよ……なんなんだ、ロイヤルミストの奴。因縁つけやがって」

「悪いわね、傍若無人な男で。普段最低限の依頼しか受けない癖に、たまに大舞台に出てきたらこれなんだからホント……。アリーナばかりやってるせいだわ」

 

ソラとレジーナの席に、ワルキューレがやってきた。

 

「けど、そのアリーナでも八百長してるんだろ?」

「そうね。まあ、フィクサーに勝ったんなら知ってるわよね。でも彼の名誉のために言うけど、自分の対戦では小細工しない程度の矜持はあるの。だからなおのこと、今のあなたには目をつけてるのよ。彼、アリーナを仕切るのが生き甲斐みたいな男だから」

「……オーダーマッチの不具合は、俺のせいじゃない」

「ロイヤルミストはそう思ってないわ。メールしてきたと思ったら、あなたの悪口ばかり」

「いい迷惑だ」

「……うわっ。開示情報見たけど、ワルキューレさんってB-4ランク?すご……まだ全然若く見えるのに」

「お前な。もう少し……」

「うふふ……ええ。だけどあなただって凄いじゃない、レジーナ。見た所、まだ学生くらいの年頃でしょう?なのにもうD-1だなんて。将来有望だわ」

「ふふん、まあね。でもそれも、アリーナのオーダーマッチが不具合起こしてるんじゃなー。何とかしなさいよ先輩。あたしがCランクに上がれないじゃん」

「だから、俺のせいじゃねえって」

 

小突いてくるレジーナを適当にいなしながら、ソラはモニターに映されたままの緑色のエンブレムを見つめた。

ユニオンの懸念は分かった。

彼らが検証してきた仮説が何であったかも。

管理者が狂っていると、真意を問わなければならないと、そう主張する根拠も。

あとは、ソラ自身が依頼を受けるか決めるだけだ。

 

「レジーナ、お前はどうする」

「あたし?当然受けるわよ。管理者の部隊には借りがあるもの。管理者に一泡吹かせるのは大歓迎だわ」

「ワルキューレは?」

「私も参加するわ。上位のオーダーマッチが止まって、楽しみがないの。ロイヤルミストほどじゃないけど、私もアリーナが好きなのよ。現状が変わる可能性があるなら、ユニオンに手を貸してもいいと思ってる」

「俺も参加だ!」

「……え?誰だ?」

 

ソラのすぐ後ろの席で、ツンツンした頭の青年が勢いよく立ち上がった。

 

「E-1ランク"ツインヘッドW"だ。アリーナでは世話になったな、"ソラ"」

「……!ああ、あの時の白い四脚AC。……まだE-1のままだったのか」

「おまっ!普通そんなポンポン上がらねえの!俺は勝ったり負けたりでずっとこの辺うろうろしてるの!この前もフィクサーの奴に負けたし!」

「んー……さっきからよく聞くけど、フィクサーって誰だっけ?」

「お前も勝った相手だよ嬢ちゃん!さっきのロイヤル野郎が八百長メール送ってきた時にやりあったろ!?」

「あー……あー?んー」

「あーあ……これだから才能ある奴って嫌なんだよな……」

「ふふっ、あなたも素質は十分あると思うわよ。経験を積んでいけばその内、安定するようになるわ」

「ワルキューレさん……ありがとうございます!俺頑張ります!」

 

ツインヘッドWはなかなかの好青年だった。

ソラはなんとなく同期のアップルボーイを思い出した。

ひとしきり会話した後、ツインヘッドWとワルキューレは部屋を出ていった。

いつの間にか研修室に残ったのはソラとレジーナ、そして部屋の奥に座っている女性レイヴンだけになっている。

 

「じゃあね、先輩。あたし映画見て帰るから」

「は?本社ビルの娯楽施設は職員用だろ。レイヴンは面倒な事前申請しないと利用できないはずだぞ」

「メカニックに変装していくに決まってるでしょ。ちゃんと整備班に作業服と社員証借りてきてるんだから。これ、レイヴンの小技ね。娯楽セクションはわざわざバイオメトリクスやらないんだって。常識よ、常識」

「誰に教わったんだ、その常識……そもそも依頼受ける気ならさっさと帰れよ」

「オペレーターには連絡するもん。どうせ手配に時間かかるし。ま、これがあたし流のコンディショニングって奴なのよ」

 

レジーナはどこから取り出したのかリュックを担ぎ、鼻歌混じりにソラを置いて去った。

ソラも特に残っている必要がなくなったので、席を立った。

そして、天井から降りたままのモニターの前で立ち止まる。

モニターにはユニオンのエンブレムが映ったままだ。

"CREATE THE FUTURE"――未来を創る。エンブレムにはそう刻印してあった。

ユニオンは、本気だと言っていた。

本気で管理者に真意を問うと。そのためにレイヤード中枢へ侵入すると。

しかし、もしもそれで管理者が答えなければ。あるいは、回答が狂っていたら。

その時は、どうするのだろうか。なんとかして管理者を直すのか。それとも。

ユニオンは、あえてそこには触れなかった。

他のレイヴン達も、誰も質問しなかった。

なぜだろうか。ソラは自問する。それはきっと――

 

「ユニオンは管理者が狂っていると言った。しかし、その狂った管理者に真意を問うとも言った。狂っているものに問いかけて、その後はどうする?結局彼らは、一番重要なところをぼかした。なぜだろうな」

 

後ろからの声に、ソラは振り返った。

部屋の奥隅に座っていたレイヴンが、すぐ傍まで来ていた。

右目に赤い眼帯を着けた、美しい女性だった。

長い黒髪がよく似合う、レインに匹敵するほどの美人だ。

 

「なぜって、それは……」

「おそらく、皆考えたくないからだ。だから、言葉にしない。少なくとも、今は」

「……あんたは?」

「"ファナティック"。C-1ランカーだ。私もこの作戦には参加する。お前はどうする?」

 

ファナティックと名乗ったレイヴンは、物憂げな微笑をソラに向けた。

見惚れそうになるほど美しい黒髪の艶やかさから無理やり目を逸らしながら、ソラは沈黙を貫いた。

 

管理者。

地下世界"レイヤード"の神。

ユニオンの言う通り、本当に狂ってしまったのか。

この依頼をこなせば、それが分かるのか。

もし分かれば、その時ユニオンはどうするのか。

自分はどうするのか。

 

ファナティックの言う通りだった。

少なくとも今はまだ、そこから先を考えたくなかった。



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データバンク侵入・2

侵入戦本番です。文字数多くてすいません。
今回はバズーカと投擲銃装備です。
フレーバー程度ですので、武器以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:CWG-BZ-50(50発バズーカ)
左腕部武装:KWG-HZL50(投擲銃)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:CWEM-R20(4発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAL-MARTE
脚部:CLM-03-SRVT

ジェネレーター:MGP-VE905
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:MBT-OX/002
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)


専用住居に併設されたブリーフィングルームは、重苦しい空気に包まれていた。

ソラはレインと通信を繋いだまま、送られてきた依頼のメッセージを無言で再生する。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

我々ユニオンはレイヤード中枢への侵入経路を把握すべく、クレストの中央データバンクへの侵入を図る。

 

当然、データバンクには厳重な警備システムが敷かれており、易々と攻略できるような場所ではない。

さらに施設周辺には、クレストの大部隊が迎撃のために集結するものと予想されている。

 

我々が調査した結果、データバンクC棟にある動力装置を破壊すれば、施設全体のセキュリティを無力化できることが判明した。

 

本作戦においてレイヴンが達成すべき目標は2つ。

1つは、施設周辺の警備部隊の掃討。

そしてもう1つは、動力設備を破壊してセキュリティを停止させること。

両者を沈黙させた後、我々の部隊がデータバンク最深部に侵入し、管理者の所在を突き止める。

 

今回は事前のミーティングの通り、キサラギの全面支援のもと、複数のレイヴンと契約する。

全ての敵勢力を一気に殲滅するためだ。

 

最深部への突入には、我々に近い意思を持つミラージュの部隊にも参加を呼びかけている。

 

レイヤードの未来のためにも、決して失敗は許されない。

以上だ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はユニオン。作戦区域は、第二層環境制御区の……クレスト中央データバンクです。成功報酬は51,000Cですが、敵勢力の撃破数に応じて報酬の上乗せがあります》

「……よりによって環境制御区狙いかよ。本当にコーテックスが……いや、管理者がこの依頼を通すとはな」

《コーテックス上層部も管理者の判断に疑問を持っているようでした。地下世界の秩序に触れる逸脱行為に該当しそうな内容に思えますが……もしこの作戦が成功すれば、それは……》

 

レインが通信機の向こうで言葉を詰まらせた。

彼女の戸惑いが、スピーカー越しにソラにも伝わってくる。

当然だろう。管理者に牙を剥くような、尋常ならざる作戦である。

 

「ユニオンは本社での会議で、"特殊な人脈"があると言っていた。この依頼が通ったのは、そいつの働きかけらしいが……レイン、心当たりはあるか?」

《……すいません、私では分かりかねます。ですが、もしこれほどの無理を押し通すことが出来る人物がいるとすれば、それは少なくともコーテックス内部の人間ではないと思います》

「どうしてだ?」

《グローバルコーテックスは、管理者直属の組織ですから。管理者の最上位権限によって選ばれた人材が、管理者の命令を忠実に実行する……そのための組織です。依頼の斡旋という基幹業務において、コーテックス職員が管理者の判断に介入することはありません。というよりも私の知る限り、それほどの手腕と権限を持つ者は、コーテックス社内にはいないはずです》

「なるほど……まあ、詮索してもしかたないことか」

 

ソラはため息を吐き、椅子の背もたれに身体を預けた。

あらゆる意味で、極めて危険な依頼だ。

ユニオンの動きは、クレストに把握されている可能性が高い。

キサラギとミラージュのバックアップがあるのだ。

どれだけ密かに準備しても、その動きは大がかりで察知しやすいものになるはずである。

メッセージ内で大部隊の集結が予測されているのは、そのためだろう。

戦闘が激戦になることは必至だった。

 

《……会議に集められた他のレイヴン達の様子は、どうでしたか?》

「8人集められて、はっきり参加すると言ってたのがレジーナ、ワルキューレ、ツインヘッドW……あとファナティックって奴だ。A-3のロイヤルミストは……俺次第だとよ」

《ロイヤルミストが?なぜそのようなことを……》

「さあ……俺がアリーナで悪目立ちしてるのが気に食わないんだろ」

 

ソラは唇を噛んで、メッセージの表示された端末を睨みつけた。

ロイヤルミストがつけてきた因縁はどうでもいい。

だがこの依頼は、ソラの人生における、大きな岐路に思えた。

心の中ではもう、向かう方向はなんとなく決まっていた。

しかし、地下世界レイヤードの秩序に重大な影響を与える依頼である。

頭の中で、色々なことを考えてしまう。

作戦が成功したら、管理者はどうなるのか。

ユニオンはどうするのか。クレストは、いや三大企業はどうするのか。

それだけではない。これはクレストの逆鱗に触れる内容だ。

ソラ自身は、どうなるのか。ソラの身の回りの人間だって――

だけど。

 

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

 

いつもの如く頭を過る、あの日の言葉。

ブリーフィングルームの窓に目が行く。

遮光ブラインドの隙間から、偽物の空が覗いていた。

一度飛び立ったからには、高く飛んでみせると決めた空だった。

そして、いつかは本物の空へ。

思わず握りしめた拳の中で、指先が得体の知れない熱を持った。

 

「……ユニオンの依頼を受ける。レイン、手配頼む」

《……分かりました》

「それと、もしこの依頼であんたに迷惑がかかるようなら」

《大丈夫です》

「いや、もしもの話にはなるけど」

《グローバルコーテックスは、レイヴンの自由意志を尊重します》

 

事務的な言い回しだった。

出会ったばかりの頃ならば、突き放した冷たい言葉だと思ったかもしれない。

しかし、その型にはまった言葉の裏に、ソラはレインからの信頼を確かに感じた。

 

「そういえば、レインってお酒呑めるのか?」

《え?……いえ、お酒は……得意ではありませんが》

「そっか、残念だな。酔ったらどうなるか、見てみたかったのに」

《……各手配に入ります。何かあれば、携帯端末に連絡しますので》

「了解」

《……こんな時にからかわないでください》

「ん、了解」

《それでは失礼します。レイヴン、また後で》

 

レインが少しだけ柔らかな口調でそう言い、通信を切った。

ソラは椅子から立ち上がって、身体を伸ばした。

考えなければならないことは山ほどある。

だが、それは依頼をこなした後の話だ。

受けると決めた以上、今は依頼を遂行することに全神経を注ぐのだ。

自分は、レイヴンなのだから。

 

両頬をパシンと叩いて気合を入れ、ソラは更衣室へと向かった。

 

 

………

……

 

 

レイヤード第二層、環境制御区。

ここは、第一層及び第三層に通じる地下世界の大動脈である。

各セクションの天候、電力、上下水、そして酸素供給から廃棄物処理まで、人類の生存に必要なあらゆる環境を制御するこの階層は、その大半が管理者の直轄区であり、出入りは基本的に大企業本社の職員のみに制限され、テロリストやレイヴンであっても軽々しく踏み込むことはない。

紛争を起こそうにも、レイヤード全体に及ぼす影響が極めて大きいからだ。

各企業もそれは承知しており、必然的にこの第二層の管轄区には決して失うことのできない最重要施設が設置されている。

クレストの場合は本社と、今回ユニオンの標的となった"中央データバンク"がそれだった。

 

《W29地区、クレストに押し返されているぞ!増援はまだなのか!?》

《N35、N35!敵の戦力が分厚すぎる!これ以上の侵攻は困難!》

《S16は予定通り進行中……っ!?いや待て、あれは……ぐぁっ!》

《こちらE03!新型の高機動MTを確認!クアドルペッドは優先して回してくれ!ここを突破できれば……!》

 

ソラのAC"ストレイクロウ"の頭部COMが傍受した通信から、ユニオンの苦戦が伝わってくる。

しかしそれと同じだけ、クレスト部隊の呻きも聞こえてきた。

いずれもコクピットモニターに映った、中央データバンク前の職員用居住区からだ。

コーテックスの大型輸送ヘリにACを懸架された状態で見下ろすビル街は、その至るところで黒煙が上がり、砲声が轟き、絶え間ない火線が光っている。

最大範囲に設定したレーダー表示は赤と緑の光点が入り乱れ、もはや訳が分からない状態になっていた。

侵攻するユニオン、迎撃するクレスト。

小さな都市が丸々燃え盛っているかのような戦闘は、ソラがこれまで体験した中でも、間違いなく最大規模のものだった。

 

《ねぇちょっと!あたし達いつになったら降りられるわけ!?》

 

同じ輸送ヘリの後方に懸架されている赤いAC"エキドナ"から、痺れを切らしたレジーナが叫ぶ。

知るかと答え、ソラは通信の傍受範囲を狭めた。

あまりに騒々しく無秩序で、戦況把握の役にも立たないからだ。

輸送ヘリの望遠カメラの映像を見ても同じである。

現在味方が押しているのか押されているのかも分からない。

第二層侵入直前に提示された作戦によれば、ユニオンとキサラギの混成部隊が中央データバンクまでの露払いをした上で、全ACが一斉に施設周辺へ降下して侵入を図ることになっていた。

しかしながらユニオンの管制室は、30分ほど前に『まだだ。降下のタイミングを知らせるまで待機しろ』と言ったのを最後に、それから何も言ってこない。

ソラ達は戦場に到着してからずっと、砲撃に晒されない高度を輸送ヘリで旋回しているだけだった。

もうかれこれ、2時間になる。

 

「レイン、今どうなってる?戦況は?」

《再三ユニオンの管制室に確認していますが、『待機を継続しろ』の一点張りです。どうやら指揮系統が混乱し、こちらに指示する余裕がないようです》

「そうかよ……くそったれが」

 

ソラはレインの返答に、思わず悪態をついた。

ソラとレジーナの輸送ヘリの周辺には、同じようにしてACを懸架するヘリが2機、手持ち無沙汰に飛んでいた。

あの研修室に集まった8人のレイヴンの内、ソラを含む6人が依頼を受諾して参加してきているのである。

ソラのAC"ストレイクロウ"。レジーナのAC"エキドナ"。

ファナティックのAC"レッドアイ"。ツインヘッドWのAC"スクリーミングアニマル"。

ワルキューレのAC"グナー"。そして、ロイヤルミストのAC"カイザー"。

AC6機という大戦力を戦場の上空でむざむざ遊ばせたままにしているユニオンの戦法は、極めて稚拙なものだった。

おそらくユニオンは、組織としてこれほどの大規模な作戦行動を取るのは初めてなのだろう。

キサラギの全面支援があると言っていたが、混成部隊故に統制が取れず振り回されている可能性もある。

このままでは時間と戦力を無駄にするどころか、レイヴンが投入される前に作戦が失敗しかねない。

焦れたソラがレインに指示を出そうとした時、モニター上のレーダー表示が自動的に狭まり、接近してくる複数の光点を捉えた。

 

「また戦闘機接近、数は3!グナー!」

《捕捉してるわ》

 

スピーカー越しの返答と同時に、右方のヘリに吊るされた白い軽量ACが発砲する。

スナイパーライフルから放たれた3発の弾丸が、接近すら許さず戦闘機を撃ち落とした。

クレストの迎撃部隊は空中で待機するソラ達に気付いているようで、先ほどから散発的に攻撃をしかけてくる。

だが、グナーの狙撃がそれらを完璧に抑え込んでいた。

 

「レイン、このままじゃらちが明かない。ユニオンの管制室にもう一度……」

《おい、こちらカイザーだ。AC各機、応答しろ》

 

ソラの言葉を遮って、僚機のACが通信を入れてきた。

A-3ランカーのロイヤルミストからである。

 

《こちらエキドナ!何よ!》

《はい、こちらスクリーミングアニマル!どうぞ!》

《ユニオンから連絡だ。『今は忙しい』だとよ。よって、AC部隊の指揮は俺がとる》

《こちらレッドアイ。……それは管制室からの指示によるものか?》

《そう言ってるだろ。不服か?》

 

ロイヤルミストの問いかけに、誰も何も言わなかった。

ユニオンが混成部隊の指揮だけで手いっぱいなのは、漏れ聞こえてくる通信からも分かる。

レイヴンの最高位であるAランカーへACの指揮を任せることは、十分理解できることだった。

 

《各機、コーテックス専用緊急チャンネルの25番を開け。今後、AC同士の通信はこれを使う》

《待ちなさいカイザー。緊急チャンネルを作戦行動に使うなんて……》

《うるせえよグナー。どうせどうでもいい警告メールが後で来るだけだ。早くしろ》

 

ソラは大人しくコンソールを弄り、緊急チャンネルを開いた。

表示された物々しい警告文を無視して、ロイヤルミストに指定された回線を通信機に設定する。

グローバルコーテックスの持つ非常用回線である。

レイヤードの秩序維持に関わる緊急事態に遭遇した場合に限り、使用が許されるものだった。

管理者の専用通信網を一時的に利用するもので、あらゆる場所で乱雑な混線や電波妨害を無視して鮮明な長距離通信ができる。

 

「こちらストレイクロウ。聞こえるか?」

《スクリーミングアニマルだけどよ。マジかよ……上位ランカーってこんなことしてるのか!?》

《レッドアイ、設定完了。……普通はしない。真似するなよ》

《エキドナもOK!さっさと続きどうぞ!》

《はぁ……知らないわよ、もう》

《部隊を3つの班に分けるぞ。ユニオンを救援する市街地の遊撃。後の最深部侵入のための施設周辺の掃討。セキュリティシステムを停止するデータバンクC棟への突入の3つだ》

 

ロイヤルミストがよどみなく言葉を繋げていく。

会議室でソラが相対した時とは違い、粗野で乱暴な雰囲気が少々薄れ、代わりに鋭さが際立っている。

レジーナと同じく、戦場ではスイッチが入るタイプの男らしい。

 

《遊撃はレッドアイとスクリーミングアニマル。掃討はグナーとエキドナ。突入は俺とストレイクロウだ》

「俺とあんたが?」

《戦力バランスを考えてのことだ。狙撃型のグナーは屋内戦に不向き。遊撃には腕利きが要るから、レッドアイを回す》

 

あとは消去法だと、ロイヤルミストは暗に言っているのだった。

通信機から、それを悟ったレジーナの唸り声がぐぬぬと漏れてくる。

しかしレイヴンランクのバランスを考えれば、ソラに異論を差し挟む余地はなかった。

 

《レッドアイは了解した。私はN地区に回る。そこが一番の激戦区のようだからな。スクリーミングアニマル、W地区に行ってくれるか?》

《おう、了解!》

《……グナーも了解。頼りにしてるわよ、エキドナ》

《なんかむかつくけど……すー……よし》

《戦況が一段落する度に通信で情報共有しろ。ACと遭遇した場合もな。進軍、合流、後退は各班の判断でやれ。ユニオンから指示があればそっちを優先。……まあ、レイヴンなら報酬分くらいは真面目に働けってことだ。ヘリ全機、高度を上げろ。ACの投下は高度800からだ》

 

ロイヤルミストの指示で、3機の大型輸送ヘリが、敵に捕捉されづらい空高くへと舞い上がる。

そして順次、遊撃と掃討を担当する4機のACが投下されていった。

上空に残ったのは、ストレイクロウとカイザーだけとなった。

ヘリは2機のACを吊るしたまま、中央データバンク直上へと迫る。

 

《クレストも間抜けじゃねえ。施設の防衛には、上位ランカーを雇ってくるだろうよ》

「だろうな」

《こういう状況でクレストに雇われる奴は、だいたい決まってる。教えといてやろうか》

「いらねえよ。出てきたら倒すだけだ」

《はっ……分かってるじゃねえか、クソガキ》

 

ソラは足元の施設ではなく、天井に映し出された偽物の空に目を向けていた。

そうした方が、集中が研ぎ澄まされるような気がしたからだ。

 

《レイヴンってのは、力が全てだ。俺に力を見せろ、ストレイクロウ。管理者に目をかけられる、お前の力をな》

「……言われるまでもない」

 

ヘリから通信が入り、ACが投下された。

 

 

………

……

 

 

ソラが右手に握った操縦桿、そのトリガーを引き絞ると、愛機のストレイクロウがバズーカを轟かせる。

大口径砲弾が発射され、後ろに下がろうとしていたスクータムの胴体へ直撃した。

MTの中では重装甲な機体だが、当たり所が良かったのかそのまま後ろに倒れ込み、沈黙した。

これで、このブロックの敵は最後だった。

クレスト中央データバンクのC棟。ここの最深部にある、施設全体を統括するセキュリティシステムの無力化が、ソラとロイヤルミストの任務だ。

 

《C31クリア。レイヴン、次はC23ブロックへ向かってください》

「了解。カイザー、ストレイクロウはC31クリアだ」

《こちらカイザー、C27クリア。このまま攻めるぞ》

 

別のルートから侵攻するロイヤルミストに進捗を連絡し、ソラは戦闘中に見つけていた次のゲートへと向かう。

やはりこのC31ブロックまでの道中と同じく、コードキーの入力も無しにゲートは素直に開いた。

MT用に整えられた通路へ飛び出すと、天井から自律砲台が2つほど姿を現して、照準を合わせてくる。

だが、鈍い。豆鉄砲を放つ前に、投擲銃の榴弾が砲台をまとめて吹き飛ばした。

ソラはそのままACのブースタを吹かし、C23ブロックのゲートを目指す。

マップデータはC棟入口の防衛部隊を片づけた時に、ユニオンから送信されてきている。

サブモニターに見取り図を表示させたまま、レインのオペレート通りに侵攻していった。

 

「脆いな……こんなもんか?」

 

中央データバンクのセキュリティは、ソラの目から見ても万全とは程遠いものだった。

曲がり角を曲がると、浮遊型ガードメカが数機ふよふよと寄ってきて、ラインビームを撃ち込んでくる。

回避するほどの威力もないそれを受け止めながら、ミサイルで適当に片づけた。

 

《想定より防衛システムの稼働率が低いですね。MT相手ならば十分な水準でしょうが……》

「ああ、動いてる砲台が少ない。ガードメカの出撃ハッチも、半分近く閉じたままだ。ユニオンのハッキングか?」

 

どうやらクレストの防衛戦力は、施設周辺で暴れているレジーナとワルキューレの他にも何らかの妨害を受けているらしい。

環境制御区に置かれた企業の最重要施設のセキュリティをユニオンがここまで弱体化できるとは、ソラも予想していなかった。

その上、今になってあつらえたようにマップデータまで。

これらもまた、ユニオンの言っていた"特殊な人脈"によるものなのだろうか――

 

《レッドアイ、N32クリア。これで激戦区はあらかた抑えた。スクリーミングアニマル、そちらは?》

《こちらスクリーミングアニマル!W地区は制圧完了!思ったより楽だったぜ!ユニオンの要請で、次はS08へ向かう!》

 

僚機からの状況報告を受けて、ソラは浮かんだ雑念を頭から追い出した。

今は、目の前の依頼を遂行することに集中すべきだった。

ちらとモニター上部のレーダーを見る。敵影は8つだ。

操縦桿横のレバーを握りながら、C23と刻印されたゲートをオープン。

内部へとACを突入させた。

 

《来たぞ!撃て!》

 

ここでも待ち伏せの一斉射撃が出迎えてくる。

だが砲撃が届く前に、ストレイクロウは予め起動していたオーバードブーストで横方向に逃れていた。

一瞬の急加速で射線をくぐり抜け、慣性に引っ張られる機体を制御しつつ、ソラはモニターに映し出された敵影を素早く把握した。

スクータムが5機。そして、天井近くで滞空する赤いMTが3機。

次のブロックへのゲートを守るように密集している。

赤いMTの方は、かつて依頼でテストに立ち会った高機動型MT"フィーンド"である。

待機中の通信でもそれらしい報告がされていた。この重要な局面に来て、ようやく実戦投入がされたらしい。

 

《グナー、E01クリア。これで施設の正面は片付いたわ》

《エキドナ、E07クリア!次はE05に向かいます》

 

施設周辺の掃討をしているワルキューレ達からの通信を聞きながら、ソラは肩部ミサイルユニットを起こした。

狙いはパルスライフルを連射してくるフィーンドだ。マルチロックで一気に片づける。

それを察知したスクータム部隊が気を逸らそうと必死にバズーカを乱れ撃ってくるが機体を踊らせつつ無視、FCSによって空中の赤い機影へ素早く多重ロックをかけていく。

 

《舐めるなレイヴン!このフィーンドは!》

 

MTのパイロットが猛り、フィーンドの大型ブースタがボシュッと炎を噴いて散開し始める。

知ってるよ、と呟いてソラは左手のトリガーを引いた。

天井向けて撃ち出された榴弾がフィーンドの真横に着弾し、発生した爆風が機動性を奪う。

そしてミサイルの連続発射。榴弾で動きが止まった1機と、判断の遅れた1機が同時に直撃を受けて、炎上しつつ地に落ちた。

 

《よくも!》

《撃て!屋内じゃACは鈍い!》

 

地上からバズーカ砲が、天井からパルスとミサイルが降り注ぐ。

ソラは当初の予定通り、飛行するフィーンドを先にしとめにかかった。

フットペダルと操縦桿を巧みに操り、不規則な動きで敵部隊の砲撃をやり過ごしつつ、バズーカを放つ。

1発は躱されたが、欲をかいて反撃を試みた相手の隙に無理やりもう1発を捻じ込み、叩き落とすことに成功した。

高火力と高機動性を追求した故に、全身がバイタルポイントなのがこの赤い最新型の弱点である。

テストに付き合ったソラにとっては、よく知っていることだ。

そして、このブロックに残る敵はスクータムが5機だけ。

ストレイクロウが天井から地上に視線を落とした時、今さらながらスクータム達は散らばり出した。

それは戦術的な動きではない。あっけなく新型MTがやられたことに怯えたのが、明白だった。

もはやソラにとって、彼らは何の障害にもならなかった。

 

《C23クリア。レイヴン、次はC14です》

《こちらカイザー、C20クリア。ストレイクロウ、報告しろ》

「C23クリアだ。C14へ向かう」

《了解、思ったより早いな。Cランクにしては上出来だ。だが……そろそろ来るぞ》

「……ああ、そんな気がしてる」

 

ロイヤルミストにそう返した時である。

 

《突入班、こちらグナー!ユニオンの部隊が敵ACのC棟侵入を確認したわ!フロート型!捕捉しきれなかったからランクは不明!けど、カイザーの方面よ!》

《……やっぱり来たか。はっ、俺の方かよあのイカレ野郎。まあ、ちょうどいいか》

「カイザー、合流するか?」

《馬鹿かお前は。目標の動力装置はC00だ。さっさと行け》

「……了解。レイン、C14へ向かうぞ」

 

ソラは通路を抜け、C14のゲートをくぐった。

フィーンド部隊が天井に張り付いてパルスとミサイルを乱射してくる。5機。

だが、2機ほどは持ち場を離れようと奥のゲートの方を向いていた。

投擲銃の爆風で動きを鈍らせつつ、肩のミサイルで1機1機確実に処理していく。

 

《っ、スクリーミングアニマル!S06で敵ACと遭遇した!C-3の……スタティック・マンだ!知ってるぞこいつ、やべえ……合流頼む!》

《こちらレッドアイだ。スクリーミングアニマル、S01で合流を……っ……すまない、私の方にもACだ。……Dランクのアパシーか。手荒い挨拶だな》

《エキドナよりグナーへ、E03にAC確認!B-6のフラッグ!施設に入ろうとしてる!》

《グナー了解。そいつは手強いわ、協働しましょう》

 

緊急チャンネルに、レイヴン達の通信が次々と入ってくる。

各地区に敵側のACが一斉投入され、状況が大きく動き出していた。

尻に火がついたクレストの反撃が始まったらしい。

 

「敵ACは……合計4機か?レイン、C14クリアだ」

《レイヴン、次はC06へ。ここを抜ければ目標のC00です。……最初の混戦状態が長引いたためですね。こちら側にACが6機もいたことで、クレストも焦ったのでしょう》

「仕方ないな。ユニオンの判断が遅過ぎた。カイザーへ、ストレイクロウはC14をクリア」

《こちらカイザー。B-7テン・コマンドメンツと交戦開始。ご丁寧に、精鋭部隊と挟み撃ちだ。くだらねえ……》

 

ロイヤルミストは不機嫌な口調で通信を返してきた。

どうやらACだけでなく、クレストの精鋭達とも交戦しているようだ。

確かにこの状況ならば、当然投入されるだろう。

そしてそれはおそらく、ロイヤルミスト側のルートだけではないはずだ。

ソラの眼前のモニターに、C06ブロックのゲートが近づいてきた。

レーダーには、待ち構える4つの敵影。

息を止め、ゲートを開いた。

 

《……来たわね》

 

通信。敵AC。タンク型。

視認した瞬間、ソラをフットペダルを強く踏み込んだ。

斜め上方に素早く跳んだストレイクロウを、火球が追ってくる。違う、予測されていたのだ。

榴弾が直撃し、機体が空中で大きく揺れた。

爆炎と衝撃で乱れるモニターの奥で、敵の携行型グレネードの砲口が煙を上げている。

 

「くっ……!」

《敵AC捕捉!データを照合します!》

 

レインの解析を待つ間もなく、MT達から追撃のパルスが浴びせかけられる。

ソラは無茶苦茶に操縦桿を振り回し、FCSの捕捉を攪乱してその大半を回避した。

ストレイクロウの着地と同時に、再びグレネードが轟く。加えてイクシードオービットの高出力レーザー。

だが、ソラは既にオーバードブーストを起動していた。

大型ブースタでACが大きくスライドし、激しい追撃をかわしきって、ようやくソラはぶはっと息を吐いた。

グレネードの熱量とブーストの発熱でラジエーターが悲鳴を上げるも、構っている余裕などない。

 

《……C-2ランカーAC"セミラチス"です!》

「カイザー、こちらストレイクロウ!C-2のセミラチスと戦闘する!」

 

もはや格上という事実にいちいち反応するソラではなかった。

敵として立ちはだかる以上は倒すだけなのだ。

赤褐色のタンク型ACセミラチスは、C00ブロックへと続くゲートの前に陣取っている。

その上空を固める3機のフィーンドは、通常と異なる黒いカラーリングに金色のラインマーキング。

クレストの誇る精鋭部隊がやはり、こちらのルートにも待ち構えていたようだ。

 

《死んで》

 

セミラチスのレイヴンが呟き、左腕のENシールドで機体を保護しながら携行型グレネードとイクシードオービットを立て続けに放ってくる。

さらにフィーンド達が天井に沿うようにして散開し、パルスとミサイルで援護射撃。

ソラはブースタを吹かしては緩め、緩めては吹かし、左右に飛び跳ねつつもバズーカで反撃を繰り返した。

セミラチスはゲートを塞いだまま、一切の回避行動を取らない。

下手に動いて突破されることを危惧しているのだろう。

数の有利に加え、タンク型の装甲と火力があれば十分に勝てるという至極妥当な判断だった。

ストレイクロウの残りAPは5000。

足を止めれば、たちまち削り殺されてもおかしくはない。

 

「死ぬかよ……!」

 

食いしばった歯の隙間から絞り出すように呟き、ソラは目を見開いて集中を研ぎ澄ませた。

上空を囲む黒いMT部隊を素早く見渡す。

そしてセミラチスのリロードの隙を突き、機体を宙に躍らせた。

最も近いフィーンドに向けて接近しながら、バズーカを見舞う。

敵も精鋭、単発の射撃など容易く回避し、腕部に装備されたパルス砲を向けてきた。

撃たれる前に、投擲銃で時間差射撃。これも器用に躱され、しかしソラの目論み通り距離が詰まった。

 

ガンッ。

 

ストレイクロウは中量級の中でも重装甲を誇る脚部で、フィーンドの胴体を勢い任せに蹴りつけた。

滞空能力と機動性に特化した最新鋭機の装甲は、非常に軽く脆い。

時速250㎞超の大質量の直撃で容易くひしゃげ、風に吹かれた木の葉のように吹き飛んだ。

しかし、残る敵に動揺はない。

むしろこれ幸いとばかりに火線が空中のストレイクロウに殺到した。

ソラはあえてACの射撃だけに神経を尖らせて避け、MTのパルスはある程度無視して被弾に任せる。

そしてギロリと次のフィーンドを捉えて、地上へと降りる最中に両腕の火器で砲撃した。

直進するバズーカ砲弾と山なりの軌道を描く投擲榴弾を同時に躱す最適解は、高度を下げることだ。

フィーンドはソラの思惑通りに一瞬ブースタを切って高度を素早く下げ、そして重力に負けないように再びブースタを噴射し始める。

その一瞬の静止を狙い撃つように、ソラはバズーカを放った。

精鋭たるフィーンドは咄嗟の反応でこれを回避――しきれずに脚部に被弾、大きくバランスを崩してそのまま室内の壁面に叩きつけられた。

大型ブースタが漆黒の本体からちぎれ取れて、そのまま地上に落ちる。

 

《やらせない……それ以上は!》

 

ゲート前からのセミラチスの弾幕が、グレネードの火球からパルスの光弾へと変わった。

連射力の高いパルスキャノンは、他に意識を割きながら適当にやり過ごせる代物ではない。

必然的にセミラチスに集中せざるをえなくなったソラに対して、最後のフィーンドが横槍を入れてくる。

残りAP4000。1発貰った、3700。

ソラは己の死線を感じていた。

ここで勝負をしかけなければ、負けだ。

ソラはあえて視界を敵ACから離して、最後のフィーンドのみに集中した。

フィーンドは注意を向けられたことに気づいたのか大きく機体を動かし、セミラチスがソラの死角に入るように仕向けてきた。

セミラチスは側面を晒したストレイクロウに対して、パルスキャノンとイクシードオービットを撃ち続けてくる。

もう考える猶予はなかった。

ソラは黒いフィーンド向けて飛んだ。

 

「っ……!」

 

ACからの砲撃がモニターを何度もかすめる。1発2発と当たったが、気にしない。

バズーカの初撃が躱され、MTのパルスがこちらに直撃して弾けた。

投擲銃で反撃――だがこれもブースタの中断で高度を下げて躱される。

ブースタの再噴射、フィーンドの動きが止まる。バズーカ発射。クレスト最後の精鋭はそれすらも半身で巧く回避した。

しかし距離が詰まる。このまま1機目と同じく、勢いのまま蹴りつければ。

それを察したフィーンドが賭けに出た。ブースタを再び切って自由落下で蹴りを避け、直上を取ったストレイクロウに腕部のパルス砲を向けて――

 

「潰れろ」

 

脚部の防御スクリーンに当たって爆ぜた光弾。

それに構わず、ストレイクロウはフィーンドを頭の上から踏み潰した。

自慢の大型ブースタも、自重に加えてACの重量を支えて飛ぶほどの出力はない。

再噴射で堪える猶予もなかった。

ストレイクロウはフィーンドの頭を踏んだまま、地面にドズンと勢いよく着地した。

潰れて砕けた黒いMTの装甲の隙間から、オイルがじわと地面に広がった。

 

《……そんな》

 

セミラチスのレイヴンが絶句し、パルスの連射を止めた。

4対1の絶対的な数的有利が、これで消えたのだ。

ソラは息を整え、APを確認。残り2600。

この残り2600で、C-2ランカーを倒さなければならない。

弾薬も、ここまでの連戦で半分しか残っていない。

だが、不思議と負ける気はしなかった。

鋭い刃のように研ぎ澄まされた意識が、指の爪先まで網羅するように全身に張り巡らされているのを感じる。

目の前でゲートに陣取る敵の身じろぎが、そして動揺が、手に取るように伝わってきた。

 

「悪いな。死んでくれ」

《っ……誰が!》

 

ストレイクロウとセミラチスは、手に持つ火器を互いに向け合った。

 

 

………

……

 

 

クレスト中央データバンクのC00ブロック。

ソラとロイヤルミストがデータバンク全体のセキュリティシステムを統括するそこに到達したのはほぼ同時――いや、僅かにソラが早かった。

 

《やるじゃねえか、ストレイクロウ》

 

逆方向のゲートより侵入してきた金色の重量級ACから通信が入る。

 

「……どうも。だけど、もう弾薬が残ってない。カイザー、設備の破壊を頼めるか?」

《なんだそりゃ。しまらねえ奴だ。まあ、ミダスのタンクとクレストの最精鋭が相手ならそんなもんか》

 

カイザーがショットガンと拡散投擲銃で居並ぶ動力設備を破壊していく。

筒状のユニットが炎上する度に天井からけたたましい警報が鳴り響き、パトライトが目障りに赤く輝いた。

 

《……勝負はお前の勝ちだ》

「勝負?何の?」

《力を見せろって言っただろ。お前はきっちりとミダスを倒して、俺より先にここに辿り着きやがった》

「……こっちのルートにいたレイヴンはC-2。あんたのルートにいたのはB-7。あんたの方が状況は厳しかったはずだ」

 

謙遜からの発言ではない。

ソラのストレイクロウは両腕の火器どころか肩のミサイルも撃ち尽くしている上に、APは既に1000を切ってアラートが鳴りっぱなしになっている。

対してロイヤルミストのカイザーは、まだ余力を残しているように見えた。

言動は横柄とはいえやはりA-3ランカー、数多いるレイヴンの中でも三指に入る強者なだけはある。

 

《……B-7テン・コマンドメンツの中身はアリーナでも指折りの腕利きだが、それ以上にキレた管理者信者でな。自分の生死すら管理者に導かれてると本気で思ってる野郎だ》

「?」

《イカれてはいるが、そのイカれた思考もレイヴンとしての力の一つだ。頭ん中に管理者の意志って名前の手前勝手な"逃げ道"が常にあるから、背中を向けることに躊躇が無い。だからこそ経験を積み重ねて、何度でも戦場に出てきては生き延びる。……今回もそうだ。土壇場でクレストの連中を盾にして逃げやがった。この局面で逃げてもクレストにとっては自社派閥の最重要戦力、どうせ許されると分かってやがる。クソ野郎が……今日こそ消してやろうと思ってたが》

「それは……ええと」

《ちっ……だからよ。俺は目当てのレイヴンを潰せてねえ。自分の戦果に満足してねえんだよ》

 

ロイヤルミストが、通信機の向こうで苛立たしげに息を吐いた。

不器用な物言いである。しかし、遠回しにソラを称賛してくれているのは伝わってきた。

ソラはあえてその称賛に返答しなかった。

レイヴンとしての力。その力を自分は戦果という形で見せ、相手はそれを認めた。

それでいいのだ。

 

「外の4機は?戦闘に集中してて、状況を把握しきれてない」

《グナーとエキドナは施設周辺の敵部隊を殲滅、ACも撃破。レッドアイも市街をあらかた片づけたらしい。スクリーミングアニマルは戦死だ》

「戦死……あいつが……」

《しかたねえな。だいぶ粘ってたみたいだが、スタティック・マンはEランカーの手に負える奴じゃねえ。だが、どの道クレスト側のレイヴンは撤退か戦死で、全員戦場から消えた。これでユニオンの依頼は終わりだ》

「……そうか。これで」

《カイザーから各機へ、依頼の完遂を管制室に報告する。撤収の準備をしろ。あとはユニオンどもの仕事だ》

《グナー了解。……全員お疲れ様。スクリーミングアニマルは残念だったけど……》

《ふしゅー。くはぁ、疲れたぁ……もう弾薬残ってないわよ、出費ヤバ……けど生き残れたから、いっか……》

《こちらレッドアイ。居住区はほぼ焼け野原、クレストの部隊は殲滅したがユニオンとキサラギの混成部隊も被害甚大だ。ここからはミラージュ次第だな》

 

AC各機から通信が入る。

作戦に参加した6人のレイヴンの内、戦死者は1人。

ツインヘッドWが逝き、他は無事作戦目標を達成した。

データバンクを巡った攻防、そしてレイヴン同士の衝突という意味では、緒戦は間違いなくユニオンの勝利だった。

ソラ達の仕事はここまでで、丸裸となったデータバンク最深部への侵入と管理者の所在把握は、ユニオンとミラージュが連携して行うことになっている。

 

《レイヴン、指定ポイントに輸送ヘリを向かわせます。施設から脱出し、エキドナと合流してください。……激戦でしたね。お疲れ様でした》

 

レインのいつもの労いが、ソラの身に染みわたる。

ソラは汗まみれの顔面を腕で拭い、シートに背中を深く預けた。

終わった。やり遂げた。厳しい任務だった。

そう思うと、一気に集中が切れて、身体から力が抜けていく気がした。

 

《おいストレイクロウ、さっさと脱出するぞ》

「ん……ああ」

《ああ、じゃねえよ。ついてこい》

「え?」

《弾薬切れたんだろ。……面倒だが、露払いくらいはしてやる。ちんたらしてたら、トドメ差すぞ》

「……了解。助かる、カイザー」

《ふん……アリーナでの特別扱いは、まあ見逃してやるよ。管理者はどうやら本格的に馬鹿になっちまったらしい。ユニオンに小突かれれば、少しは目を覚ますかもな》

「……だといいな」

 

ソラはぶっきらぼうなAランカーに先導され、施設を無事に脱出した。

先ほどの通信通り、中央データバンク周辺と居住区は大規模戦闘によって惨憺たる有様になっていた。

ユニオンの管制室に礼を言われ、レイヴン達を乗せた輸送ヘリ群は偽物の空へ飛んだ。

 

「これで、管理者は……」

 

ヘリに懸架されて揺れるACのコクピットで、ソラは呟いた。

眼下では、生き残ったユニオンとキサラギの部隊が、無防備を晒すクレスト中央データバンクへ少しずつ進軍していく。

クレストも必死に増援を要請しているだろうが、これほど殲滅されればもはや間に合いはしないだろう。

ここにミラージュの部隊が合流すれば、ユニオンの目的は達成される。

 

人類がついに、管理者に接触するのだ。

それは長く続くレイヤードの混乱の終わりを、そして新たなる何かの始まりを、意味するのだろうか。

きっと、そうであって欲しかった。

このまま何も変わらなければ自分はきっと、いつまでもこの偽物の空の下を飛んでいるだけだと、なんとなく思った。

 

「…………疲れた」

 

心地よい揺れの中で、ソラは目蓋を閉じた。

再び目を開けた時、世界が変わり始めていることを、願いながら。

 

 

 




前後編に分かれて非常に長くなったので、参加したレイヴンをまとめておきます。

◆ユニオン側
A-3ロイヤルミスト(カイザー)
B-4ワルキューレ(グナー)
C-1ファナティック(レッドアイ)
C-5ソラ(ストレイクロウ)
D-1レジーナ(エキドナ)
E-1ツインヘッドW(スクリーミングアニマル)→死亡

◆クレスト側
B-6フライングフィックス(フラッグ)→死亡
B-7サイプレス(テン・コマンドメンツ)→撤退
C-2ミダス(セミラチス)→死亡
C-3ストリートエネミー(スタティック・マン)→撤退
D-8イエローボート(アパシー)→死亡

これまでの話で死亡したレイヴンが多いため、ランク設定は必ずしもゲーム本編と同じではありません。
また、C-2ミダスの死亡により、ソラは今後C-4へ繰り上がります。


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溶鉱炉破壊阻止

今回はマシンガンと投擲銃装備です。
ゲーム本編では、クリアするだけなら楽なミッションでした。でも熱い。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ユニオン

TITLE:同志達へ

 

残念な報告だ。

レイヤード中枢へ至る経路の情報は、入手できなかった。

作戦は失敗だ。

 

君達による一次作戦の成功後、我々は計画どおり中央データバンク最深部へと侵入した。

だが、援軍として施設を挟撃するはずだった、ミラージュの部隊が現れなかったのだ。

結果的に、クレストが増援に雇ったレイヴン達によって押し返され、管理者の所在は掴めなかった。

 

だが、我々は諦めたわけではない。

どんな手段をとろうと、管理者の真意を暴いてみせるつもりだ。

また連絡する。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ロイヤルミスト

TITLE:くだらねえ

 

くだらなさすぎる。

茶番だったな。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

中央データバンクでの戦いの翌日、ソラがガレージに顔を出したのは昼過ぎだった。

昨日の戦闘で大きく消耗したストレイクロウはまだ整備の途中だったが今は休憩時間のようで、ハンガーの前では整備班が固まって食事を取っている。

頭部も腕部も脚部もコアから取り外され、さながらオーバーホールを受けているような有様だった。

メカニックチーフのアンドレイも休憩の最中らしく、コーヒーカップを片手に備え付け端末の前でくつろいでいた。

 

「おー、おはようさん我らがレイヴン。珍しく遅起きだな?」

「いつも通りの時間に起きてたよ。けど……はぁ、色々とあってな。ガレージに来るのが遅れた。すまない」

「分かっとるわい。皆まで言うな。クレストのニュース見たぞ」

 

アンドレイが端末を弄り、クレストの報道チャンネルに接続した。

不愉快な大音量と共に、モニターに剣呑な映像が映る。

揺れるカメラ。吹き飛ぶMT。煙を上げてへし折れる高層ビル。

テロップのタイトルは"ユニオンの暴虐、ここに極まる"だ。

 

 

《各地で破壊工作を続ける非合法組織"ユニオン"の魔の手が、ついに第二層環境制御区にまで及びました。ご存じの通り、環境制御区はレイヤードの急所とも言える非常に重要な階層であり、これほどのテロリズムは過去に前例がなく、クレスト当局は……》

 

《えーこちら、第二都市区セクション303中央通りより中継です。今私の目の前では一連のユニオンの非道に対して、市民による大規模な抗議デモが行われています。このセクション303ではつい先日も、ユニオンの工作によって市街全域が長時間停電するという事態に見舞われており……》

 

《ユニオン反対!ユニオンを潰せ!俺達のレイヤードを返せ!》

《入院していた息子が死んだのよ!停電のせいで生命維持装置が止まって!こんなことって、こんなことって!!》

《いや、本当に怖すぎですよ。レイヤードに何の恨みがあるんでしょうね。こういう連中が暴れて一番困るのって、やっぱり私達一般市民ですよ。本当にね》

 

《クレスト代表は今回の環境制御区へのテロ攻撃に関して、本日18時より緊急記者会見を行う模様です。なお、クレスト本社によれば、本襲撃事件にはキサラギの関与があるのではという疑惑があり、ユニオンとキサラギの関係性についても、続報が待たれるところです》

 

 

クレスト系の報道はどれも、今回の事件一色である。

ソラが専用住居のリビングで朝見ていた内容が、そのまま延々と繰り返されているようだ。

 

「整備の合間にちびちび見とったがな。ずーーーっとこれよ。クレストのチャンネルはバラエティのバの字もないわい」

「ユニオン批判の一点張りか。まあ、環境制御区にまで攻撃をしかけたんだ。クレストの怒りはもっともだ」

 

攻撃を受けたクレストの反応は、おおかたの予想通りだった。

むしろこういう状況において気にするべきは、キサラギとミラージュの反応である。

ソラはアンドレイに席を譲ってもらい、端末の報道チャンネルをいくつか切り替えていった。

 

「……やっぱりだ。キサラギはこの件に触れる気が無いみたいだな。朝からチェックしてたけど、いっこうに報道がない」

「ユニオンの作戦行動にはキサラギの支援があったんだってな?当然だわな。やぶ蛇つつくより、無視した方が賢明だ」

「ああ。けど、それより気になるのは……」

 

ソラは言葉を濁し、モニターに映した報道番組を見つめた。

今朝から特に注目して見ていた、ミラージュ系の報道である。

ミラージュは無視を決め込むキサラギと異なり、今回のユニオンのデータバンク襲撃を取り上げていた。

クレストほど市民感情を煽るような過激なニュースは流していないが、この襲撃は非合法組織"ユニオン"によるテロリズムだと、レイヤードの秩序を乱す重大事件だと、確かに断言している。

それだけでなく、クレストと同様に本件へのキサラギの関与をほのめかしてもいた。

 

「ミラージュ……何を考えてんだ……」

 

ユニオンはデータバンク侵入作戦の後半において、ミラージュと合流する予定だった。

そしてユニオンから作戦終了後に送られてきたメールの通り、ミラージュの部隊は結局データバンクに現れず、レイヤード中枢の情報入手は失敗している。

もしも、ミラージュがユニオン側として参戦してきていれば、結果は違ったものになったかもしれない。

作戦に従事したソラ達6人のレイヴンの苦労も、無駄にならずに済んだかもしれない。

管理者の不調についても、何か対策ができたかもしれない。

そう考えると、今回のミラージュの態度には納得できないところがあった。

ミラージュも管理者の改善については、前向きな姿勢を見せていたはずなのに。

 

「…………」

「…………」

「……うむ、そろそろ危ないか」

「……え?何か言ったかチーフ?」

「お前さん、まただいぶ金が溜まってきたろ?」

「ああ……まあ、そこそこかな」

「何か買う予定のパーツは?」

「なんだよ、すげえ急な話だな……あー……もう一段階上のジェネ買おうかと思ってる。"ROZ"だったか。あと前から興味があったインサイドのデコイとオプショナルパーツと、肩武器の選択肢として中型か大型のロケットを……それくらいかな。というか、もう手持ちのパーツでほぼやりくりできるようになってるから、そっから先は考えてない」

「よし分かった。買うもんは早めに買っとけ。んで、それを買ったら、今度はよく使うパーツの予備を買っていくようにするんじゃ。理想は、全ての主力パーツが複数あることだの」

「は?何でだよ、どうしてそんなこと……」

「老いぼれの勘よ」

「どういうことだ?」

 

アンドレイはしわくちゃの顔をソラに近づけ、声をひそめた。

 

「クレストは今回の一件でカンカン。キサラギはユニオンとの癒着を疑われて針のむしろ。ミラージュも動きが怪しいとアンタは感じとる。そうだろ?だが、レイヴンである以上、ACのパーツは企業から買う。買わざるをえん。……そういうことだ」

「……、……っ!それって……いや、そんなことがありえるのか?」

 

ソラもまた、アンドレイに合わせて声を低く抑えた。

このベテランメカニックが遠回しに言わんとしていることが、なんとなく理解できたからだ。

レイヤード第2位の企業であるクレストの怒りを買ったという、確かな実感もある。

しかしそれでもそれは、ソラにとって少なからず自分の足元を揺るがされるような、ある種の不安を煽る提案だった。

 

「……企業がいずれ俺にパーツを売らなくなる。チーフはそう考えてるのか?いくらなんでも……」

「分からん。少なくとも、ワシの知る限りでは無いことじゃ。だから勘と言った。……アンタはもうどの企業にとっても、凡百のレイヴンではない。良くも悪くもな。ストレイクロウの戦闘ログを一番見とるのはワシだ。ワシにはよく分かっとる。……まあ、どうするかは任せる。ちびちび保険をかけていくのも良し、老いぼれの妄言だと思うなら無視してもええ」

「…………」

「ぃよーし、休憩終わりっ!テメェら、気張ってけよぉ!日が傾くまでには完璧に仕上げっぞぉ!!」

 

おおっ、と野太い応答がガレージ中に響き渡り、整備班は慌ただしく動き始めた。

白髪の眩しい高齢ながら、背筋がまっすぐ伸びたアンドレイの後ろ姿を、ソラは黙って見つめていた。

 

 

………

……

 

 

数日後。

新たに買い込んだパーツを検品していたソラの元に、レインから依頼の連絡が入った。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

報道は把握済みかと思います。

地下組織"ユニオン"は、ついに環境制御区にまで攻撃を始めました。

 

各地で頻発している様々なトラブルも、全てはユニオンの仕業です。

彼らは『管理者が狂った』と支離滅裂な主張をして、自分達で各地の騒動を引き起こしているのです。

 

中央データバンクでの戦闘で、彼らの活動を裏で支えていたのがキサラギだという事実も証明されました。

キサラギはユニオンと結託して我々を落とし入れ、勢力拡大を図ったのでしょう。

討伐を繰り返しても活動を続けるユニオンの粘り強さについても、これで説明がつきます。

 

そして、我々クレストは彼らの次の行動について情報を得ました。

 

狙いは再び、クレスト管轄の環境制御区です。

今度はレイヤードの各都市区と通じている廃棄物処理施設群に、爆弾を仕掛ける計画のようです。

 

各施設に対して部隊を派遣する予定ですが、レイヴンにも協力を依頼します。

作戦区域は各地の産業廃棄物が最後に流れ着く、中央溶鉱炉です。

ユニオンの襲撃を待ち構え、施設が破壊される前に排除してください。

 

クレストは管理者を冒涜する者を、決して許しません。

レイヤードの秩序を正しく維持するために、協力をお願いします。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はクレスト社となります。作戦区域は第二層環境制御区、クレスト管轄の中央溶鉱炉内部。成功報酬は基本額を30,000Cとして、戦果に応じて増額するとのことです》

「ユニオンが廃棄物処理施設を襲撃?レイン、裏付けはあるのか?」

《……クレストからの情報は、施設内部の見取り図だけです。襲撃が無かった場合も、報酬は支払うとのことですが》

 

ブリーフィングルームでソラが首をかしげて睨みつける、備え付け端末。

そのモニターに表示されているのは、クレストからの依頼メッセージと作戦区域のデータだ。

環境制御区の処理施設といえばクレストの言う通り、多数の都市区で発生した廃棄物を集約して処分するための、市民の生活にとって極めて重要な場所である。

レイヤード市民の多くを害するような無法なテロリズムの標的としては、確かに相応しい。

しかし。

 

「分からないな。管理者へのアクセスを狙ってるはずのユニオンが、どうしてゴミ捨て場を襲うんだ?」

《再度のデータバンク侵入を前提に、クレストの注意を引きつけるため……厳しいでしょうか?》

「……厳しい、と思う。そもそも、あれからまだ1週間と経ってない。データバンクでの戦闘はかなりの規模で、双方被害も大きかった。こんなすぐに次の手を打つなんて、ユニオンにまだやる気があってもキサラギが支援を躊躇うんじゃないか?それに、ミラージュの真意も不鮮明なままだ」

《…………》

「もっと言えば、クレストがこれをわざわざ俺に依頼するのも……」

 

環境制御区はレイヤードの大動脈であり、各企業の最重要施設が置かれているのは周知の事実だ。

そこでの作戦行動となれば当然、企業にとって信頼がおけるレイヴンに任せるものだろう。

だがソラはつい先日、ユニオンのデータバンク襲撃という逸脱極まる行為に協力して、多大な損害をクレストに与えている。

そんなレイヴンに、このような重大任務を依頼するだろうか。

所詮は傭兵、金を積めば動く駒でしかないという判断によるものかもしれないが――ソラはなんとなくそれ以上の意味合いを、依頼のメッセージから感じ取っていた。

 

「……踏み絵、かもな」

《踏み絵?》

「俺がユニオンの忠実な犬か、そうじゃないか。きっとクレストが知りたいのはそこなんだろう。なんとなく、そんな気がする」

《そのために、環境制御区での依頼遂行を?》

「迎撃なら施設の外でやらせればいいのに、わざわざ溶鉱炉内部で待機するようになってる。これで妙な動きを見せれば上位ランクのレイヴンを雇って消すとか、外から鍵をかけるとかな」

《……まさかそんな》

 

どうだかな、とぼやいてソラはブリーフィングルームの天井を仰いだ。

アンドレイの懸念は、考えすぎというわけでもなかったらしい。

実力をつけ、功績を上げ、名声を高めていけば、否が応にも企業に対しての立ち位置を問われるということだ。

リップハンターのように、特定企業と接近して分厚い支援を受ける者。

ロイヤルミストのように、アリーナに傾倒して最低限しか依頼を受けなくなる者。

"ただの傭兵"をやるのも、並大抵のことではなくなっていくのだ。

明確な敵対者ではなく、金で素直に雇われて仕事をこなす都合がいい存在なのか。

クレストが知りたいのは結局、そこに違いない。

 

「……レイン、この依頼を受けるぞ。すぐに必要な手配と……それとクレストに一つ注文を頼む。もし敵戦力にレイヴンがいた場合、撃破すれば特別報酬としてACパーツを寄越すように言ってくれ」

《特別報酬、ですか?》

「まあ、やる気のアピールみたいなもんだ。環境制御区での重要任務なんだ。誰が30,000Cで受けてやるかよ」

《……そうですね。確かに、Cランク上位のレイヴンに対する報酬としては低いように感じますが》

 

そう言いつつ、レインは少し意外そうに反応した。

まるでユニオンに対するロイヤルミストみたいだ、とソラも我ながら思った。

今考えてみれば彼のあの横暴な態度は、自身の立ち位置を明確にするためのものだったのかもしれない。

誰にでも簡単に尻尾を振るわけではない。迎合もしない。

しかし依頼主が誠意を見せれば、それに見合った仕事は確実にこなす。

それは決して傲慢ではなく、プロフェッショナルが独立と信頼を保っていくために必要なものである。

 

「悪いな、面倒かけて」

《いえ。報酬の上乗せは約束させます。では、ガレージで準備をお願いします》

「了解」

 

通信が切れ、レインが各手配に動き始める。

彼女の仕事ぶりはソラが一番よく知っている。

特別報酬の件も、きっちりクレストに呑ませるだろう。

あとはソラが現場でそれに応えるだけだ。

 

「難しいよなぁ……」

 

ソラは溶鉱炉の見取り図を眺めながら、しみじみ呟いた。

 

ユニオンの作戦に期待していたものが無かったかと言えば、嘘になる。

あのデータバンク攻防戦で、管理者の何かが変わることを、世界の何かが変わることを願っていたのは確かだ。

 

だけど、別にユニオンの"脱管理者"思想に同調したわけではない。

一方で、クレストの管理者崇拝におもねるわけでもない。

ならばどうしたいのか。どうするのか。

 

「それでも俺は、レイヴンだ」

 

発した言葉は、何の答えにもなっていなかった。

それでも、どれだけ迷おうとも、目指すのは遥かな高み。そして、その先――

レイヴンとして羽ばたき始めた時から、その気持ちだけは変わっていなかった。

 

 

………

……

 

 

廃棄物処理施設の内部を、マシンガンと投擲銃を携えた黒いAC"ストレイクロウ"が走行する。

特にレーダーが敵影を感知することもなく、ストレイクロウは作戦区域に指定された溶鉱炉に辿り着いた。

分厚く重たそうな隔壁へ近づき、頭部COMからコードキーを入力する。

 

《溶鉱炉内部への隔壁を開放。レイヴン、あとはユニオンの襲撃まで待機してください》

「了解……機体温度370℃、外気温620℃か。まだ熱暴走はしてないが……」

 

ACの頭部カメラが赤熱して煮えたぎる溶鉄を捉えて、ソラが見つめるコクピットモニターに表示してくる。

中央溶鉱炉は各都市区で生じた産業廃棄物の中でも特に金属類を集約し、高熱で溶かしてリサイクルするための施設だ。

ベルトコンベアは非常事態ということで停止しており、新たな廃棄物が送り込まれてくることはない。

しかし、炉の機能を完全に停止させれば再稼働に長い時間と手間がかかるため、溶解処理自体は継続したままになっていた。

 

《最下層は溶鉄で満たされており、非常に高温です。ACの防御スクリーンでも接触すれば長くはもちません。落ちないように注意を》

「分かってる」

 

ソラはモニター上部に表示された温度計に目をやりながら、フットペダルを踏み込んだ。

ブースタが点火され、機体温度が若干ながら上昇する。

ストレイクロウは施設上部に設置されたバーナーが吐き出す炎に接触しないように飛行しながら、停止中のベルトコンベアの上に着地した。

 

「……ふう」

 

戦闘機動を取りやすい位置に軽く移動しただけだというのに、ソラは思わず息を吐いた。

ACの表面に展開された防御スクリーンのおかげで、コクピットの中は別に暑くない。

だが、ブースタを吹かした際の機体温度は400℃弱、熱暴走しない限界ギリギリと言った数値であった。

装備しているラジエーター"SA77"は、被弾時の緊急冷却に優れたタイプだ。

通常時の性能は標準的なため、これ以上の冷却は望めそうもない。

緊急冷却重視といってもこれほどの高温環境では、戦闘中の熱暴走による出力低下は避けられないだろう。

もっと高性能なラジエーターを買えば良かったかとも思ったが、今回の脚部は中量二脚の中でも高機動型な"MX/066"である。

それほど積載に余裕はなく、結局いつもの慣れたラジエーターを使っていた。

 

「ユニオンは……本当にこんな場所へのこのこ来るのか?」

 

ソラは頭に浮かんだ疑問を言葉にする。

溶鉱炉内部は、ACのラジエーターと防御スクリーンをもってしても劣悪な環境である。

こんな場所では戦闘どころか、破壊工作の遂行すら危ういはずだ。

おそらくそれをなし得るとすれば、特殊装備を施した企業の高級MTか、あるいはACだろう。

そもそも、少し前に多大な被害を受けたばかりのユニオンが、またキサラギと組んで行動できるかはやはり疑問だった。

操縦桿から手を離して額の汗を拭い、ソラはひたすら待った。

外気温は一応安定しているが、やはり不意の熱暴走が怖い。

あまり長時間待機したくはなかった。

 

《……クレストより緊急通信です。先ほど処理施設のメインゲートをACが奇襲。突破されたとのことです》

「来たか……やっぱりレイヴンか。レイン、ACの侵攻ルートをできるだけクレストに追跡させてくれ。溶鉱炉以外で破壊工作をするようなら、作戦区域の変更が必要になる」

《分かりました》

 

ソラはレインに指示を出した後、深呼吸して落ち着こうとした。

いつもより少しだけ、心臓の鼓動が早い。

これほど息が詰まる空間で戦闘するのは、今まで経験を積み重ねてきたソラといえど初めてなのだ。

 

《レイヴン、やはり敵ACの目標は中央溶鉱炉です。ストレイクロウと反対側の隔壁から来ます》

「ああ、レーダーの端に見えた。ここへの侵入はコードキーが要求されるはずだが……これもユニオンお得意の特殊なコネクション……っっ!?」

 

ガコン。

 

突如モニターが振動し、ストレイクロウが勝手に前方へ動き出す。

ソラはブースタも脚部も動かしていない。

動いているのは、足元のベルトコンベアだった。

ソラは突然のことに一瞬動揺したが、すぐさま機体を走らせて溶鉱炉への落下を防いだ。

だが、そこへさらにコンベア奥のシャッターが開放、産業廃棄物がバラバラと送り込まれてきた。

 

「レイン、ベルトコンベアが作動し始めた!クレストに確認させろ!」

《作戦中は停止させるはずでは……!すぐに確認します!》

「くっ、どうなってるんだ……っ!?敵AC……来たのか!?」

 

コンベアを必死に逆送しているストレイクロウの後ろで、溶鉱炉の隔壁が開いた。

乗り込んできたのは、赤いフロート型ACだ。

 

《……E-7ランカーAC"ボルケイノ"です!》

「Eランク……今はコンベアの停止が最優先だ!」

《はい!》

 

大小様々な廃棄物を蹴り飛ばしながら、流れるベルトコンベアの上であがくストレイクロウ。

しかし敵AC"ボルケイノ"はそんなソラの苦境をこれ幸いとばかりに、右腕のマシンガンと連射型イクシードオービットを放ってきた。

 

《はははっ!無様だな、Cランカー!溶鉱炉に沈んでもらうぜ!》

 

敵のフロート型ACは、この特殊な戦場に相性がよかった。

ボルケイノはこちらを狙いやすいように別のベルトコンベアの上に移動するも、低空を常に浮遊するフロート脚部の特性によって足を取られることなく、安定した攻撃を繰り出してくる。

ソラは舌打ちしつつもフットペダルを強く踏み締め、ブースタでコンベア上に何とか踏みとどまりながら、マシンガンと投擲銃を撃ち返した。

しかしそれも足場が悪すぎて射線がぶれ、満足に当てられない。

相手の攻撃はEランクの中でも下位のレイヴンらしく、ただ機体を左右へ適当に揺らしてはマシンガンとイクシードオービットを垂れ流すだけの雑な射撃だ。

だが、身動きが取りづらいこの状況にあっては、被弾は避けられない。

ストレイクロウのAPが削れ、機体温度が上昇し、何とか堪えていたラジエーターが悲鳴を上げ始める。

 

《へへっ……苦労してんなぁ、おい!けどよ、こちとらデカい報酬積まれてんだ!ここでなら俺だってやれるんだよ!》

 

ボルケイノのレイヴンが噛みつくように吠え散らし、ひたすら武装を乱れ撃つ。

パーツカタログで見たことがある、携行弾数特化型マシンガンだ。イクシードオービットも時間が経てば弾数が自動回復していく。

弾切れまで粘るのは現実的ではない。

何とかして撃ち合いに競り勝つしかないのか。それとも、場所を変えるか。

ソラは乗機が溶鉱炉に落ちないように悪戦苦闘しながらも敵ACから一瞬視線を切り、上部を見上げた。

青い炎を噴き出す天井のバーナーの横に、なんとか破壊して通過できそうな金網がある。

 

《レイヴン、クレストから返答です!現在、ユニオンのハッキングによって施設の制御権を喪失中!コンベアの停止は不可能なようです!》

「そうかよ!なら、場所変えだ!」

 

ソラはACを空中に踊らせて、肩部ミサイルと連動ミサイルを起動した。

狙うのは敵ACではなく、天井の金網。その先には、少しだけ開けた空間があるはずだった。

そこでなら、EランクのAC相手に後れを取りはしない。

 

《さすかぁ!》

 

こちらの狙いを察したボルケイノが、肩のデュアルミサイルを放ってくる。

挟み込むように迫る2発のミサイルがストレイクロウの脚部を捉えて、大きく揺らした。

ソラがマニュアル照準で放ったミサイル群はその衝撃で金網を外れ、バーナーを1本爆風で吹き飛ばすだけに終わる。

さらに被弾によって機体温度が急上昇、出力低下の警告が表示され、EN残量がレッドゾーンに近づいた。

ここで万が一チャージングを起こせば、防御スクリーンがパワーダウンした状態で溶鉄の中に叩き落とされ、取り返しのつかないことになる。

ソラは歯を食いしばって、動き続けるベルトコンベアの上に再び着地せざるをえなかった。

そこへボルケイノがまたもマシンガンを撃ちっ放す。

ストレイクロウのAPが徐々に削れていく。残り、6000。

 

《レイヴン!炉への廃棄物投入で室内温度が上昇しています!熱暴走に気を付けてください!》

「くそっ、クソが……!」

 

なんとか撃ち返しつつも、思わず悪態がソラの口から漏れる。

悪い流れだった。完全にペースを握られている。

ボルケイノはろくな回避行動も見せずに稚拙な乱射一辺倒だが、状況を味方につけ、格上のソラに対して優位に立っていた。

フロート脚部で足場の悪影響を遮断し、勢い任せに攻める。

それだけの攻撃が、今のソラにとってはとんでもなく厄介だった。

 

《ははは、大人しく死ね!お前を潰せば、俺も一気にのし上がれる!》

 

焦る。

熱暴走が止まらない。

焦ってしまう。

削れるAP表示。高まる温度。

鳴り響く警告音。飛来する弾幕。

焦りに、思考が蝕まれていく――

 

「……駄目だ。馬鹿になってる」

 

ソラはそう呟き、操縦桿から離した手を握り拳に固めて、自分の頬を強く殴った。

口の中で広がる鉄分の味。血が上った頭を、無理やり緊急冷却する。

思考回路を冷やすのだ。彼我の力量差を考えれば、置かれた状況が悪くても十二分に勝てる相手だ。

敵の赤いフロートはやはり、まともな戦闘機動も取らずにマシンガンとイクシードオービットを撃ってくるだけにすぎない。

そんな稚拙な攻撃は、雑兵の乗るMTとさほど変わらない。

これまで多くの手練れを倒してきた自分にとっては、どうってことのない相手だ。

 

「……おい、やるぞ」

《ああっ!?やるのは俺の方だ!とっととやられろ!》

 

ソラはブースタであがくのをしばしやめ、被弾に任せた。

APが5000を切る。だが、完全に動きを停止したことで、ジェネレーターの容量が回復していく。

ベルトコンベアが産業廃棄物もろとも、ストレイクロウを空中に放り出した。

そこでようやく、ソラは動き始めた。

機体が落下する前にブースタを吹かして上昇し、高高度からボルケイノ側のベルトコンベアへ突っ込む。

 

《なっ、来るんじゃねえ!》

 

機体を不規則に揺らしながら、弾幕の真上をすり抜けるのは比較的容易だった。

上下のサイティングが左右のそれより難しいのは、自分もよく知っている。

そうしてボルケイノの頭上を通り過ぎて、180度旋回しつつベルトコンベアの上部へと着地する。

ちょうど、敵の背中を取る位置だ。

 

《クソっ、後ろか……!》

 

ボルケイノは棒立ちのまま、その場でだらだらと旋回を始めた。

ソラはその大きな隙に、両腕のマシンガンと投擲銃を叩き込む。

同じコンベアの上ならば、足場の悪さもさほど影響しない。

投擲榴弾が命中する度に、相手のフロート脚部はガクガクと揺れて動きを止めた。

フロートは常時浮遊しているが故に、被弾時の安定性能に難があるのだ。

操縦者の技量の低さもあって、こちらに向き直るまでボルケイノはほぼ無防備も同然だった。

 

《やってくれたな、もう観念し……えっ!?》

 

ボルケイノがこちらを捉えた瞬間、ソラは機体を飛翔させた。

もう一度敵ACの頭上を抜け、空中で旋回しながら別のベルトコンベアに移る。

これで再度、ボルケイノの死角を取った。

今度は肩のミサイルユニットで多重ロックをかけ、連動ミサイルと共に発射。

ボルケイノは旋回に集中していたせいでせっかくのフロートの高機動をまったく活かせず、ミサイルの全弾直撃を浴びた。

 

《えっ、は?くっ、あ、っっ……!?》

 

敵レイヴンは先ほどまでの威勢が失せ、動揺が隠せなくなった。

それでも何とか旋回してこちらにマシンガンを向けてくる、そのタイミングを見計らって三度、ソラはベルトコンベアから飛んだ。

稚拙な捕捉を巧みに振り切って敵機を飛び越え、その後方に降り立つ。

 

《……ひ、卑怯だぞてめぇ!正々堂々と勝負しろ!》

 

ソラは通信を聞き流し、冷静に引き金を引き続けた。

 

あとは数分とかからなかった。

産業廃棄物に混じり、鉄屑となったフロートが溶鉱炉の底に落ちていった。

 

《敵AC撃破。……レイヴン、クレストから通信です。増援の気配も無いため、作戦は終了するとのことです》

「了解。何とかなったな。相手がEランカーでよかった」

《…………》

 

最初に通ってきた隔壁を抜け、ソラは施設の通路を引き返した。

鳴り続けていた熱暴走のアラートは止まり、機体温度は通常の値に戻りつつある。

 

「レイン、ハッキングによる施設への影響はどうなった?」

《……先ほど復旧したそうです》

「そうか。良かったな」

《……そうですね》

 

ソラはそれ以上、何も言わなかった。

残りAPは4000。

極限状況で高めた集中は、まだ途切れてはいない。

仮に"何か"があっても、何とかできる自信はあった。

 

幸いなことに何も起きず、ソラはクレスト本社に礼を言われて、無事に環境制御区を後にした。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:クレスト

TITLE:礼状

 

この度はご協力、感謝します。

 

非合法組織"ユニオン"による環境制御区への新たな破壊工作は、未然に防ぐことができました。

しかしながら、ユニオンは今もなお各地で騒乱を起こし続けており、レイヤードの安寧を妨げています。

市民感情も悪化の一途を辿り、都市区では大規模な暴動も頻繁に行われるようになってきました。

 

我々クレストはユニオン撲滅に向けて、よりいっそうの戦力の強化を図るつもりです。

また、彼らの本拠地の所在についても、物資の流れからおおよその見当がつきつつあります。

 

来たるべき時には、再び協力を依頼するでしょう。

その際は、どうぞよろしくお願いします。

 

なお、今回の貴方の貢献に対し、約束通り特別報酬を用意しました。

AC用右腕武装パーツ"XCB/75"です。

これはミラージュが先日開発した試作品ですが、とある事情から今はクレストが所有しています。

ガレージに届けておきますので、ご自由にお使いください。

 

貴方がレイヴンの中でも特に力ある人材であることは、我が社も承知しています。

優れた力は正しく発揮されてこそ意義があるのだということを、くれぐれもご理解ください。

 

では。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――



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制御装置破壊

ずっと重たい話が続いてすいません。
今回はレーザーライフルとブレード装備です。
フレーバー程度ですので、武器以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:MWG-XCB/75(75発レーザーライフル)
左腕部武装:CLB-LS-2551(緑ブレード)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:CWEM-R20(4発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAL-MARTE
脚部:CLM-03-SRVT

ジェネレーター:CGP-ROZ
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:MBT-OX/002
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)、SP/E++(EN武器威力上昇)


溶鉱炉の防衛から数日が経ち、ソラの専用住居に併設されたガレージにはクレストとの約束通り、特別報酬のパーツコンテナが運び込まれてきた。

 

「"XCB/75"……ほう、ミラージュの最新型試作レーザーライフルかい。クレストめ、どのルートでぶんどったのやら。しかしこりゃぁ……」

 

ソラのすぐ隣でマニュアルを眺めていたメカニックチーフのアンドレイが、神妙そうに顔を上げて呟いた。

整備班が運搬車両を使って、コンテナからその黒い砲身を引っ張り出す。

ソラにとっては戦場で、アンドレイにとっては戦闘ログで、それぞれ見覚えがある兵装だ。

 

「ああそうだ、チーフ。俺がクレストのルグレン研究所で戦った、所属不明ACが持ってたライフルだ」

「むぅ。奴が肩に積んでいたオービットキャノンはあれからほどなくしてミラージュに正規開発され、僅かだが市場に出回り始めとる。こいつも……ようやく企業の技術が追いついたってとこか」

 

ソラはアンドレイからライフルのマニュアルを受け取り、ぺらぺらとめくって各項目の数値を確認した。

数値を睨みつつも、ソラの脳裏にあの日のルグレン研究所での激戦が思い起こされる。

通常では考えられない性能を有したMT部隊。そして、グローバルコーテックスに登録のないAC。

友軍のレイヴンは軒並み撃破され、あの戦闘を辛くも生き延びたのはソラとレジーナだけだった。

もう数ヶ月前のことで怪我も完治しているのに、あの戦いで感じた死の恐怖は、まだ忘れていない。

そして、あれからだ。

都市部の停電、セクションの封鎖、生態系の異常、気象変動、相次ぐ市民の暴動――地下世界がこんなにも騒がしくなったのは。

 

「……カタログスペックは既存の"XCW/90"の威力とEN消費を増して、その分弾数を減らしただけって感じだ。確かに良い武器だけど、あのACが使ってた奴は……特にリロード間隔が確実にこの数値より短かった」

「現行のミラージュの技術力ではこの性能が限界ってことだの。"XCW/90"は傑作じゃ。あれを完全に上回るレーザーライフルはそう簡単に作れん。必然的に、各パラメータの長短を調節しただけのような物になるわけだ」

「まあ、それでも最新鋭の試作品であることは間違いないか。コーテックスのパーツカタログにも載ってないしな。……クレストの野郎、随分と厄介な代物を送ってくれたな」

 

カタログに記載されていないパーツを企業から供与されるのは、これが初めてのことではない。

大半は売却して金に換えてきたが、依頼の特別報酬として提供された物の中には特注品もいくつかあった。

だがこの黒いレーザーライフルは、ユニオンが管理者の"実働部隊"と断言したACが装備していたものである。

クレストとしては既にデータを取り終えており、レイヴンに譲渡しても問題ないと判断した製品なのだろう。

もう少し時間が経てば、正式に販売され始めるかもしれない。

それでも、あれだけの死闘を演じた敵が引っ提げていた武器だと考えると、ソラの心は穏やかでなかった。

 

クレストの礼状を信じるならば、この"XCB/75"は先日ミラージュで開発されたばかりの試作品。

そのマニュアルに記された性能は、自分が戦場で体験したものに及ばない。

それは即ち、あの時戦ったACがまぎれもなく通常の機体でなかったことの追認である。

やはり、ユニオンの言う通り実在しているのだ。

管理者の"実働部隊"は。

 

「ほんで、アンタこれをどうする気だ?」

「……使うよ。性能は良いんだ。上がったEN消費も、この前買った高出力ジェネレーターの"ROZ"なら問題なさそうだし、重量も脚部を"SRVT"にすれば十分余裕がある。テストして使い心地が悪くなければ、"XCW/90"の代わりに常用してもいい」

「……いいのか?」

 

アンドレイはしわくちゃ顔をさらにしわくちゃにして、渋い表情をソラに向けていた。

伊達に歳と経験を重ねてきた大ベテランではないらしく、ソラの複雑な内心を見透かしているようだった。

 

「大丈夫だってば、チーフ。今度奴らが出てきたら、逆にこいつで撃ち抜いてやるよ。大丈夫、大丈夫」

 

ソラは歯を見せて笑った。

ぎこちない笑い方だと、我ながら思うのだった。

 

 

………

……

 

 

3日後。

いつものごとく、ソラはブリーフィングルームで端末のモニターに向き合っていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

クレストの重要施設である"ガルナット軍事工場"を襲撃して欲しい。

 

ガルナット軍事工場は新型MT開発も実施されている、クレストの一大拠点だ。

これを徹底的に破壊し、奴らの兵器開発能力を大きく削ぐことが今回の作戦目的となる。

 

この工場は、最深部に置かれている制御装置で内部のセキュリティを集中制御しており、この装置さえ破壊すれば全体の機能を麻痺させることが可能だ。

最近のユニオンの騒ぎから、クレストは各地へ部隊を分散させている。

当軍事工場についても警備が手薄になっており、今ならその隙を突くことが出来るはずだ。

 

我々が秘密裏に入手したコードキーを使用して工場内部へ侵入し、制御装置を破壊した後は、設備を可能な限り破壊して脱出してくれ。

破壊活動には当然、遂行率に応じて相応の追加報酬を出す。

 

なお、今回の作戦はお前の他にもう1名レイヴンを雇用し、工場周辺からの部隊集結を妨害させる。

協働するレイヴンは、我々ミラージュにとっては失うことのできない人材だ。

現場の指揮は彼女に一任するため、その指示には必ず従ってもらう。

 

以上だ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はミラージュ社。作戦区域は、第三層産業区セクション582のガルナット軍事工場です。成功報酬は42,000Cですが、工場設備の破壊に応じて増額。予測戦力は、ガードメカ及び少数のMT部隊ですね》

「ガルナット軍事工場……以前アップルボーイと新型MTの試験に付き合った場所だな。兵器試験場も併設された、相当大きな工場だった。単純に破壊活動といっても、かなり大変そうだ」

《ええ。加えて、セクション582は完全なクレストの直轄地区です。ACの輸送機が区画に侵入した時点で、防衛部隊に察知されると思われます》

「必然的に工場周辺で注意を引きつけるレイヴンが重要になってくるが……まあ、あいつだろ」

《協働するレイヴンは、D-1ランカー"リップハンター"です》

 

やっぱりな、とソラはレインの送ってきたデータを一瞥して呟いた。

"リップハンター"。ミラージュ派閥の最有力傭兵であり、少し前にレイヴン試験をパスした腕利きの女性である。

現在D-1ランクということは、レイヴンになってごく短期間にアリーナを駆け上がり、既にレジーナも蹴落としたらしい。

ソラの師にあたる"スパルタン"と同様にMT乗りとして広く名を馳せた存在だったが、ACに乗り換えてもその腕前は健在のようだ。

 

「B-2の"ファンファーレ"がミラージュの最高戦力だって話だが、リップハンターも案の定実績を上げてきてるな。このまま2枚看板体制になるのか」

《攻撃対象のクレストからは先日、ユニオンに関連して溶鉱炉防衛作戦を受けたばかりですが……》

「別にユニオンの犬じゃないってことは示したんだ。遠慮してやる義理はない。依頼を受けるぞ、レイン。手配頼む」

《了解です》

「まあ、気になることがなくはないけどな……」

 

ソラはレインに依頼受諾の意志を示した後、手持ちの携帯端末に視線を落とした。

表示されているニュース記事は、ミラージュの施設に関連するものだった。

 

《……今朝報道されていた、ユニオンの細菌テロ未遂の件ですか?》

「ああ」

 

レインもソラと同じ記事を読んだようだ。

ミラージュ系の報道によれば、ミラージュ管轄の生化学工場において、ユニオンに加担する反乱分子が細菌兵器を極秘開発していたらしい。

実際のテロに及ぶ前に本社がこれを察知し、レイヴンを雇って工場ごと破壊することで最悪の事態を免れた――そう報道されていたが、ソラは素直に受け取れなかった。

そもそも、ミラージュはユニオンに対して高級MTを含む兵器支援を行っていて、確かな繋がりがあったはずなのだ。

それはユニオンが以前のクレスト中央データバンク侵入作戦において、ミラージュの部隊と協力するつもりだったことからも分かる。

 

「ミラージュは、ユニオンとがっつり繋がってたはずだ。なのにあの時、データバンク侵入作戦の土壇場で、ミラージュは現れなかった。むしろあの一件では、環境制御区を襲撃したユニオンを報道で批判してさえいた」

《そして、今朝になってこの細菌兵器に関するニュース……ですか》

 

ミラージュが何らかの理由で、確実に繋がっていたユニオンとのパイプを今さら切ろうとしているのは確かだった。

クレストに繋がりが露見するのを恐れたのか。

それとも、もっと別の理由があるのか。

いずれにせよ、ミラージュは既にユニオンの味方をしているとは言えなかった。

 

「細菌テロ未遂は、今回の軍事工場襲撃の依頼とは無関係だろうけど……それでも今朝のことだ。クレストが対ユニオンに本腰を入れ始めているのは誰が見ても明らかだが、ミラージュはユニオンを見放すのか」

《……あのデータバンク事件を受けて、地下世界の市民の間では、ユニオン排斥の熱狂が大きく高まっています。私の調べた限りでは、どの企業の管轄都市区でも大なり小なりの暴動やデモが確認されていますし……クレストが過剰に煽っているとはいえ、少し異様にも思えますね》

「気持ちは……分かる。レイヤードの異常は、まだ全然収まってないからな。昨日も第一都市区で数か所のセクションが停電、ミラージュ産業区のセクションが封鎖で労働者の大量解雇……もう市民も限界だろ」

 

つまり、誰もが捌け口を求めているのだ。

レイヤードに蔓延する混乱や閉塞感、不信感の捌け口を。

それがユニオンへの憎悪となって、噴出している。

 

《クレストは盛んに本格的な掃討作戦の決行を匂わせています。……実際のところ、ユニオンがキサラギの支援を受けていても、総力戦となればクレストに軍配が上がるでしょう》

「報道で完全に無視を決め込んでいる辺り、キサラギはキサラギでユニオンを切り捨てる気はなさそうだ。あとはミラージュがどうするかなんだが……今の動きを見るにユニオンに味方することはないだろうな。この依頼だって、別にユニオンの援護とかそういうのじゃないだろう」

《……レイヴン、あの》

 

通信機の向こうで、レインが言葉を濁した。

付き合いを重ねる中で、何となく分かってきた。

利発で真面目な彼女がそうやって言い淀む時は、何かしら本心を伝えたい時である。

ソラは、彼女が言葉を繋げるのを静かに待った。

 

《ユニオンは本当に、このまま解体されていいのでしょうか?彼らの主張や行動が受け入れがたいのは分かります。ですが、レイヤードの現状を考えれば……もしも、真実が彼らの方にあるのだとすれば……》

「…………」

 

ソラは腕を組み、目を閉じた。

レイヤード中枢を探る、データバンク侵入作戦。

あの時もしも作戦が成功し、管理者の所在が分かっていれば。

管理者に現状の真意を問いただすことができていれば。

何かが変わったかもしれない。

だが、結局現状は何も変わらなかった。

レイヤードは今も混乱の渦中にあり、ユニオンの言うように"管理者が狂った"のかどうかすら分からない。

そんな中で、少なくとも管理者の行動に疑問を投げかけているユニオンが、よく分からない熱狂の中で潰されようとしている。

もしもユニオンが消えたとして、レイヤードは何かが変わるのだろうか。改善するのだろうか。

もしも今より事態が悪化すれば。

そうなればレイヤードはいつか、偽物の空を天井に映し出すことすら、やめてしまうかもしれない。

そんな中にあって、自分は――

 

「……分からない。分からないことが多過ぎる。でも、歩みは止めたくない。何かしていないと、気が変になりそうだ」

《レイヴン……》

「レイン、今は依頼に集中しよう。俺はレイヴンで、あんたはオペレーターだろう」

《……分かりました》

 

そう言いつつも、レインは納得したという様子ではなかった。

ソラ自身もそうだ。

本当は何も分かっていない中で、何とか前に進もうともがいていた。

 

 

………

……

 

 

《レイヴン、クレストのセクション管理局より停止要請が入っています》

「止まるなら最初から侵入してない。このままギリギリまで工場に近づくぞ」

《分かりました》

 

コーテックスの双発式戦略輸送機に搭載された望遠カメラから、ソラが座るACのコクピットにセクション582の市街地の様子が送られてくる。

現在21時前、偽物の空に"天体"と呼ばれる照明が灯っている時間だ。

夜の暗闇に包まれたビル街から幾筋ものライトが上空へ向けられ、市街地が警戒態勢に入っていることが窺えた。

眼下に望む夜景の奥、襲撃目標のガルナット軍事工場は特に明るく照らされている。

 

「レイン、リップハンターのAC"ルージュ"はもう来てるのか?」

《こちらルージュ。呼んだかしら》

「呼んだ。ストレイクロウは現在輸送機内にて待機中、ガルナット軍事工場まで1500の距離だ。あまり接近すれば、輸送機を潰しに航空戦力が上がってくるぞ」

《分かってるわ、こちらは距離1300。……多分ここが限界ね。じゃあ、作戦を始めましょう。通信はコーテックス専用緊急チャンネルの11番を使用、設定お願い》

「……待てよ、緊急チャンネルは」

《ええ、便利よねこれ。傍受も妨害もされないなんてね。レイヴンってズルいお仕事だわ。特権がいっぱいあるんだから》

 

飄々とした態度で言い放つ元MT傭兵の手練れ。

自分もかつて同じようなことを言っていたな、と思いながらソラは緊急チャンネルを通信機に設定した。

通常の作戦行動では使用を許されていない、緊急事態専用の強固な回線である。

物々しい警告文を見るのは、これで2度目だ。

ただでさえアリーナで悪目立ちしている上に、ユニオンの一件でクレストに踏み絵を踏まされたばかりだというのに、短期間でこんな違反を繰り返していると思うと自分の今後が危ぶまれる。

 

《ふふっ、心配しないで。警告を受ける分、きっちり稼がせてあげるから》

「対ユニオンで兵力を割いてるとはいえ、クレストの大規模拠点だぞ。油断するなよ」

《問題ないわ。私が有名人になった理由、知ってるでしょう?……ルージュ出撃するわ!》

 

リップハンターがそう言い放って間もなくして、市街地から砲声が轟き始めた。

爆発と思しき光が連続して夜の高層ビル群を照らし、彼女の愛機"ルージュ"が暴れ出したのが分かる。

MT乗りとして腕っぷし一つで、抜群の名声を誇った傭兵だ。

自信を支える確かな実力が伴っているのは、ソラも知っている。

 

《ストレイクロウも距離1300で出撃、迎撃は無視して工場に突っ込んで。進捗報告はこまめにお願い》

「……了解」

 

ストレイクロウを載せた輸送機が投下ポイントに到達し、旋回を始める。

開いたハッチから、ACの頭部カメラが軍事工場を捉えた。

 

「輸送機はこのまま後退だ!ストレイクロウ、出るぞ!」

 

オーバードブースト起動。

莫大な加速を得た黒い迷い烏が、偽物の夜空に飛んだ。

 

 

………

……

 

 

レーザーライフル"XCB/75"の銃口が輝き、今さら逃げようとあがいた逆脚MTの横腹に風穴を空ける。

最新型の性能をオプショナルパーツでさらに補強しているだけはあり、威力は申し分ない。

これで工場のメインゲート防衛に出てきた10機のMT達は全滅。

敵は全て、モアやエピオルニスといった安価な普及型MTである。

各地へ部隊を分散させ、工場の警備が手薄になっているというミラージュの読みは、やはり正しかったようだ。

 

《コードキー入力完了。ゲートが開放されます》

「フィーンドどころか、スクータムもいないのか。クレストはユニオンにムキになりすぎてるな」

《ミラージュの情報によれば、2つ先のフロアのエレベーターから工場の地下に降りられます。制御装置はその一番奥です》

「分かった。ルージュへ通信、こちらストレイクロウ。工場に突入する」

《こちらルージュ。市街地は問題なしよ。ゆっくりしてくるといいわ》

「随分と余裕そうだな?」

《慢心じゃないわよ。腕利きは全部ユニオンの相手に回されてるみたい。残飯を漁ってる気分だわ》

 

リップハンターは通信機の向こうでつまらなさそうに呟く。

それと同時にメインゲートが開放され、待ち構えていたエピオルニス5機がガトリングを撃ち鳴らしてきた。

しかし、元々AC相手には火力不足な上に捕捉も稚拙で、不規則に機体を左右に揺らすだけでほとんどの弾幕を回避できてしまう。

肩のミサイルユニットを起こしてマルチロックをかけても、敵部隊は満足な回避運動も見せずに密集したままだ。

ロック完了と共に斉射、それで最初のフロアはすぐに決着がついた。

 

「レイン、次のフロアだな?」

《はい》

 

次のフロアも、迎撃はまばらだった。

1機だけ混じっていたスクータムが少し粘ったものの、精鋭と呼ぶには程遠い技量でしかなく、さほどもたずに沈黙する。

重要拠点を巡る攻防としては物足りないという気持ちは、確かにソラにも若干あった。

だが、ソラの仕事はここからだ。

レイヴンが防衛に雇われる可能性もある以上、気は引き締めておく必要がある。

エレベーターにACを乗せて、制御装置のある地下へと下っていく。

 

《リップハンターよ、市街地西部はほぼ制圧完了。あとは東部と……ヘリ部隊ね。帰る時に邪魔されないようにしておこうかしら》

 

リップハンターは迅速に仕事をこなしていく。

負けじと、ソラもエレベーターからブーストを吹かして駆け出した。

通路に出た瞬間、複数のガードメカと天井の自律砲台が一斉に豆鉄砲を吐き出してくる。

パトライトが真っ赤に明滅し、非常事態を知らせるアラートが鳴りっぱなしになっている。

さすがにクレストの主要な軍事工場だけあり、セキュリティシステムの歓迎は手荒だった。

ソラはモニターを揺らすロケット砲や機銃にうろたえずに、確実に1機ずつ迎撃を排除していった。

威力重視のレーザーライフルは、大半の目標を一撃で戦闘不能にするだけの火力がある。

無駄弾を撃たないように慎重に射撃しつつも通路を通り過ぎ、地下最初のフロアに向かう。

レーダーに敵影が6機、進行方向に密集して映っている。ソラは操縦桿横のレバーを握った。

 

《く、クソっ……ACめ!》

 

フロアのゲートを開いた瞬間、頭部COMが敵の音声を傍受して、ロケット砲とガトリングの斉射が浴びせかけられた。

待ち伏せを受けるなど当然想定内、一瞬吹かしたオーバードブーストで敵のFCSによる捕捉を振りきり、素早く状況確認に努める。

モア3、エピオルニス2。

そして天井付近で滞空する、新型高機動MTのフィーンドが1。

 

「1機だけか」

 

ならば無視してよい。

ソラはそう判断し、素早く地上の始末に取りかかる。

ブースタで接近しつつ右端のモアのコクピットをレーザーで撃ち抜いて、続けてFCSがロックする通りにトリガーを引き、エピオルニス2機を沈黙させる。

残るモア達があたふたと散らばり始め、上方からフィーンドのパルスが降り注いだ。

さらに接近して、1機をレーザーブレードで両断。最後のモアは恐怖からか、もうこちらを向いてすらいない。

手早く撃ち殺して、そのままストレイクロウを飛翔させた。

 

《ひぃっ……!》

 

ひきつった敵パイロットの声。

ソラは空中でACにブレードを振らせて、高出力ブースタごとフィーンドを真っ二つに斬り裂いた。

 

「クリアだ。このまま進行する」

 

次の通路も、次のフロアも、そしてその次のフロアも、クレストの反撃の手は変わり映えしなかった。

ガードメカと自律砲台、そしてMT部隊の待ち伏せ。

特に苦戦することもなく、ソラは最深部の制御装置へと辿り着き、破壊した。

目障りに輝いていたパトライトが停止し、アラートも止んで、施設が静寂に包まれる。

 

「リップハンターへ、こちらストレイクロウだ。最深部の制御装置は潰した。あとは可能な限り工場設備を破壊して脱出する」

《こちらリップハンター、敵ACと交戦開始。……D-12"アインハンダー"……ああ、"フィクサー"じゃない。ちゃんと戦場に出る男だったのね、驚きだわ》

「フィクサー?そいつは元Bランカーだ。合流するか?」

《必要ないわよ。今はDランカーでしかないもの。じゃあ、設備はしっかりと破壊するようにね》

 

フィクサーはソラもアリーナでやり合ったことがある。

Dランクの門番といっていい、元上位ランクのレイヴンだ。

しかし、リップハンターはそんな難敵の増援に焦った様子も無かった。

ソラは念のためレインにリップハンターの戦況を逐一報告するように伝え、フロアのクレーン装置にブレードで斬りかかった。

支柱を超高熱で焼き斬られた巨大な機械が、ソラの眼前でゆっくりと倒れていく。

これでこの工場は長期間閉鎖されて、クレストのMT開発能力は大打撃を受け、市民にも大量の失業者が出ることだろう。

ソラは保ったままの集中の片隅で一瞬そんなことを考えながら、資機材の詰まったコンテナにブレードを振るった。

 

ボンッ。バチバチ。ギギギ。

 

レーザーブレードを振り回す度に、工場の悲惨な断末魔がフロアに響き渡る。

傍受した通信が、接近する機影が、クレスト警備部隊の抵抗を伝えてくる。

やがてソラは、最後の力を振り絞ったMT部隊残党も始末して、ズタボロになった工場を後にした。

 

リップハンターは回収ポイントに先んじて到着しており、ソラに労いの言葉を投げかけてきた。

 

 

………

……

 

 

《やるわね、ストレイクロウ。もう少しかかると思ってたわ。ガルナットはクレストの中でも屈指の大工場だから》

「そっちこそ、あのフィクサーをあっさり仕留めるなんてな。ミラージュ御用達の凄腕なだけはある」

《はぁ……またそういうこと言うのね?まあ、もうはぐらかさなくていいわね。そうよ、私はミラージュ専属。でも、あくまで傭兵よ。別にミラージュ精鋭部隊出身とかそんなお洒落な過去はないわ》

 

グローバルコーテックスの拠点があるセクション301へ向けて、並んで飛行する2機の輸送機。

ソラは緊急チャンネルを閉じ、通常回線でリップハンターと言葉を交わしていた。

 

《……フィクサーはくだらない男だったわ。アリーナでずっとルーキーいじめをしていればいいのに、わざわざこんな所に出てきて》

「…………」

《通信でも延々と威勢のいい言葉を吐いて、その癖負けると分かったら言い訳をして逃げようとする。格好の悪い人》

「……生き延びて経験を積み重ねるのも、レイヴンの力だ。前に上位ランカーに、そう言われたことがあった」

《それは向上心があればの話よ。本質的にはもう前を向いてないから、腐って自分から落ちていく。そうして下に見ていたはずの奴らに追いつかれて、追い抜かれて、気づけばどうしようもなくなって死ぬ。何人も見てきたわ、そういう連中は》

 

リップハンターの言葉は、重たかった。

ソラの恩師であるスパルタンがしみじみと真剣に語る時と、同じ雰囲気があった。

腕っぷし一つで多くの死線と屍を踏み越えてきた者が持つ、独特の重さだ。

 

《……なんてね。私もあまり人のこと言えないんだけど》

「何でだ?あんたは名声を積み重ねてレイヴンになって、あっという間にD-1まで上がっただろ?」

《そう。いつか管理者に認められてレイヴンになるのが、一つの目標だった。そして念願がかなって、ついにレイヴンになった。アリーナで切磋琢磨して、ガレージで整備班と打ち合わせて、ミラージュはこれまで以上に重要な案件をどんどん任せてくれる。やりがいのある毎日で、とても充実してるわ》

「いいことだ」

《……でもね、これはやり直してるだけよ》

「え?」

 

通信機から、リップハンターが息を吐く音が聞こえてきた。

 

《MT乗りとして成り上がっていった頃の充実感を、もう一度味わい直しているだけ。それだけでしかない》

「……よく分からないけど。そう思うのは、ミラージュの依頼ばっか受けてるからじゃないのか?」

《かもしれないわね。だって私は"ミラージュ専属のリップハンター"だもの》

「その現状が不服なら、今からでも変えればいいだけだ。レイヴンになったことを理由に、もうミラージュから適当に距離を置けばいい」

《できないわ。もう、そうなってしまっているから。もうそういう存在として世界の枠組みの中に、自分を置いてしまった。だから私は結局、あの格好の悪いフィクサーと同じ》

 

自分は一体、この傭兵と何の話をしているんだろう。

ソラは通信機に耳を傾ける自分自身を、背中の後ろから見つめてそう思った。

 

「さっきから何が言いたいんだよ、あんたは。そんな話を俺にして、何の意味がある?」

《……意味なら、あなたにもいつか分かるわ。だって、あなたは高く飛んでいるから。戦場で見かける度に腕を上げている。だから、いつかきっと分かる》

「だから何を言って……」

 

《ねえ、ミラージュはどうしてユニオンを切ったと思う?》

 

突然の問いかけに、ソラは思わず息を止めた。

そして、リップハンターの次の言葉に備えた。

 

しかし、彼女はそれ以上何も言おうとしなかった。

ソラはもやもやした気分を抱えたまま、帰還した。

 

 

 




作中ではこんな扱いになりましたが、フィクサーはとても良いレイヴンです。
マルチミサイルと地上魚雷にハンドガンを組み合わせるコンセプトで、アリーナの登竜門をやっているのは結構渋いなと思います。
重EOをもっと活用するロジックだったらより強かったはず。


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VS C-1ファナティック

とても忙しくてだいぶ更新が開いてしまいました。すいません。
そろそろ始まります。


ガルナット軍事工場襲撃作戦から3日後。

 

深夜3時。地下世界の偽物の空に天体照明がまばらに輝く時間。

日中は専用住居にまで届いてくるガレージの慌ただしさもこの真夜中になればすっかり落ち着きを見せ、物音を立てる存在は寝室でベッドに寝転ぶソラ自身しかいない。

 

「…………」

 

ソラはシーツに包まったまま、何度目かも分からない寝返りを打った。

寝よう、寝ようと思って無理やり閉じていた両目をうっすらと明け、カーテンの隙間から差し込む淡い天体の光をぼんやり眺める。

傭兵業というのは体力勝負であり、いつやってくるかも分からない依頼に備えて、休むべき時には確実に休むことが求められる。

深夜3時という時間は、緊急の依頼や整備班との宴会がない限り、普段ならば意識を手放しているべき、眠りに落ちているべき時間であった。

だが、寝られない。

昨日も、一昨日もそうだ。

気温や湿度が寝苦しいわけではない。

頭の中で、ガルナットでの作戦終了後のことが何度も旋回しているのだ。

 

 

『ねえ、ミラージュはどうしてユニオンを切ったと思う?』

 

 

協働したレイヴン"リップハンター"が問いかけてきた言葉。

今まで散々ユニオンを支援してきたミラージュが、管理者の中枢に迫る土壇場で翻意して、ユニオンを切り捨てた理由。

データバンク侵入作戦が失敗に終わった時から、ずっと頭の中に引っかかっていたことだった。

リップハンターは結局、問いかけるだけで答えをくれなかった。

だから、ソラが自分自身で答えを見つけるしかなかった。

しかし、何度考えても分からない。

 

悩みはそれだけではない。

今晩の報道でクレストが、ユニオンの本拠地をついに特定したと大々的に喧伝したのだ。

現在は掃討作戦のための部隊集結を急いでいるという。

キサラギはおそらく、ユニオンと組んでクレストと激しく争うだろう。

ミラージュが両社の動きに対してどう立ち回るつもりかは、やはり分からない。

先日のように漁夫の利を得る程度の無難な行動を繰り返すのか、それともどちらかに加担するのか。

 

ユニオンを巡る戦いは、ソラにとって決して他人事ではなかった。

おそらくどちらかの陣営、あるいはその両方から作戦参加を求められるだろうという、予感があった。

何も考えがまとまらず、答えの見つからない中で、また大きな戦いに駆り出されるのだ。

レインは総力戦になれば、クレストに軍配が上がると予想していた。

そうなれば、ユニオンは消える。

ユニオンが消えれば、レイヤードは平穏を取り戻すのか。

それともよりいっそう混乱していくのか。

結局これも、分からないままだ。

 

考えても分からないことが多過ぎる。

なのに、考えずにはいられない。

その結果がこれだ。深夜3時。

レイヴンとして常に整えておくべきコンディションは、最悪だった。

 

「……水」

 

ソラは寝室から抜け出して、キッチンでコップ一杯の水を飲んだ。

顔を洗い、その場で軽くストレッチを試みる。

何もすっきりしない。疲れと眠気は確かにある。だが、全然寝られない。

 

「……っ」

 

不意に猛烈な苛立ちを覚え、ソラは思わずコップをシンクに放り投げた。

乱暴に扱われたガラス製のコップはガシャンと音を立てて容易く割れ、破片が散らばった。

深いため息が溢れ出た。

それを片づけるのは、結局自分自身なのだ。

こんなことをしても残るのは、後悔と自己嫌悪だけだ。

 

「何でこんなに……悩まなきゃいけねえんだよ」

 

ソラは散乱したガラス片を拾い集めながら、苦々しく呟いた。

レイヤード各地の異常は、まだ変わらず続いている。

停電もセクション封鎖も、それに対する市民の暴動も、落ち着く気配がない。

 

「俺は、ただ……」

 

ソラの弱々しい呟きを聞いてくれる者は、誰もいなかった。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:スパルタン

TITLE:待たせたな

 

昨日レイヴン試験に受かった。

これでようやく、俺もお前と同じレイヴンだ。

 

待たせたな。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

TO:スパルタン

TITLE:おめでとう

 

本当にレイヴンになったんだな。

 

これからはレイヴン同士、よろしく頼む。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:スパルタン

TITLE:よし

 

呑むぞ。お前のオゴリで。

明後日の18時に本社ビルのロビーへ集合。

オペレーター連れて来いよ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

「うぉぉい!あのキレイな声のオペ子は!?」

 

ソラが本社ビル入口の自動ドアをくぐった直後、待ち合わせの相手が無機質なロビーによく反響する野太い声を張り上げた。

 

「ふわぁ……会議があるから無理だって」

「なんだそりゃ!俺のレイヴン就職祝いだぞ!?このめでてえ宴の日に!」

「前に酒苦手だって言ってたし。そもそも真面目なタイプなんだ。あんたみたいなセクハラ親父にプライベートで会わせられるかよ」

「まだセクハラしてねえだろ!かぁ~っ、誰が酒注ぐんだよ!」

 

無精髭を生やしたいかつい面構えが太く濃い眉を釣り上げ、ソラを見下ろして口から唾を飛ばす。

その熊のような巨体を包む整備士用の作業着は全身の筋肉で膨れ上がっており、特に分厚い胸板はパツパツで今にもボタンが弾け飛びそうだ。

スパルタン。

リップハンターに並ぶ名声を誇る歴戦の傭兵であり、ソラのMT乗り時代の師であり、そしてつい先日適性試験に合格した新米レイヴンである。

 

「そういう旦那もオペレーター連れてないけど」

「……おう。それがな」

「?」

「俺の担当、男なんだよ……」

 

今日で世界が終わると言わんばかりの絶望を顔面に滲ませ、スパルタンは呆然と呟いた。

ソラは肩を落とす大男にあえて何も言わず、慣れない衣服の襟元を手持ち無沙汰に直した。

スパルタンと同じく、整備班から借りてきたグローバルコーテックスの作業着だ。

レイヴンがコーテックス本社の娯楽施設を使用する場合は面倒な申請が必要になるため、こうして整備士に偽装して身分を誤魔化すのが密かな伝統らしい。

正直言って、酒を楽しむような気持ちにはなっていない。まだ寝不足のままなのだ。

加えてクレストのユニオン掃討作戦のことを考えれば、今は遊ぶべき時ではないかもしれない。

それでも、スパルタンの見慣れた顔と聞き慣れた声に触れている内に、少しだけ気分は上向きになっていた。

 

「まあ、とりあえず行こうぜ旦那」

「結局ボウズとサシ呑みかよ……せっかくレイヴンになったのによぉ……あーあ、世知辛いよなぁ……」

「前の約束通りおごってやるから。うちのチーフ曰く、15階に砕けた雰囲気の店があるってよ」

 

吹き抜けを見上げ、ブツブツと独り呟くスパルタン。

その広い背中をソラは叩いて無理やり前に押していった。

とても長いスパンで壮大なため息を吐き続けるスパルタンを道中、すれ違う職員達が怪訝な目で見てきた。

 

 

………

……

 

 

「ぷはぁ~!ウメェー!やっぱ酒ってのは、他人様の金で呑むのが一番だぜぇ~!」

 

一気に煽って空にしたジョッキをダンと机に叩きつけ、スパルタンは吼えた。

先ほどまでの落胆ぶりが嘘のように機嫌がよく、既に早々と5杯目を呑み干したところである。

顔はさほど赤らんでいない。

人並み外れた巨体に相応しく、この程度のアルコールは浴びた内に入らないのだ。

 

「結構落ち着く店だな。良い意味で、コーテックスらしくない」

 

ソラもグラスを傾けながら、店内を見渡す。

レトロな色合いの照明に照らされたバーは、そこかしこに俗っぽいポスターやチラシが貼られ、小物類が飾られており、眺めているだけで飽きない。

備え付けのメニューも手書きであり、木製のカウンター机を撫でれば細かい凹みや擦り傷の感触が指先をくすぐる。

酒の肴の鶏肉を口に入れた直後、後ろのボックス席からどっと笑い声が起こった。

どうやら本社勤務の職員達も一杯やっているらしい。

無機質で落ち着いたグローバルコーテックスのビルの中とは思えない、庶民的な風情を醸した店だった。

 

「んぐ……最初このビル入った時は驚いたぜ。貼り紙の1枚も貼ってねえでやんの。無人かと思っちまった」

「ここは真逆だな。とにかく物が多くて雑多だ。都市区のその辺にある安い店っぽい」

「こういう雰囲気の方が俺は好きだね。経営者はよく分かってらぁ。んぐんぐっ……兄ちゃん、ツマミ追加な!げぷ、あとそこの棚にある赤い瓶の奴くれ!このジョッキになみなみと頼むぜぇ!」

 

カウンターの奥で男性店員があいよ、と威勢よく返事をした。

半袖シャツと腰エプロンのカジュアルな姿が、よく店の雰囲気に合っている。

忙しそうに動き回っている彼らもまた、管理者に選ばれてここに配属されたのだろうか。

活き活きとしたその姿は、とてもそうは見えなかった。

 

「それで旦那、レイヴン試験どうだった?」

「どうもこうもねえよ!停電騒ぎの混乱で火事場泥棒狙う、チンケな連中の始末だ。テロ屋のモア10機なんざ、その辺のMT借りても余裕だったぜ」

「火事場泥棒ね。やっぱそういうのいるんだな」

「当然といえば当然だろ。おっ、これ美味ぇな……やめとけばいいのによ。企業が神経質になってんのが分かんねえのかね」

「クレストがユニオン本拠地に総攻撃するって公言したから、チャンスだと思ったんじゃないのか?」

「なわけねえのにな。まあ、おかげ様で俺がレイヴンになれたわけだが……んぐぐっ、ぷはっ、よっしゃあもう一杯来い!」

 

ジョッキを立て続けに呑み干すスパルタンを横目に、ソラは携帯端末で報道を調べた。

特に停電を狙った武装勢力に関するニュースはない。

もはやその程度の内容では、話題にするに値しないのかもしれない。

 

「へへへ……んでよ。俺のAC、見たか?」

「見てない。まだ初期配備機体だろ?」

「なわけあるかぁ。わはは、さっさと開示情報見ろや、ほれほれ」

 

スパルタンが至極機嫌よさそうに、空のジョッキでソラの肩をぐいぐいと押してくる。

鬱陶しい絡みをしっしと追い払いながらも、ソラは言われた通りにスパルタンのレイヴンとしての開示情報を調べた。

 

「……あー、なるほど」

 

スパルタンはレイヴンになったばかりにもかかわらず、既にACのアセンブリが完成していた。

いかにもなタンク型の重量級ACに500発マシンガンと拡散投擲銃、そしてコンテナミサイルユニットと追加装甲といった装備だ。

高火力と重装甲による圧倒を想定した機体だろう。

タンク型にあえてオーバードブースト搭載のコアを採用しているのも面白く、これはスパルタンの高い技量を反映する意図が見える。

 

「ガチガチの強襲タンク、名付けて"テンペスト"だ!どうだ、イカすだろ?」

「クレストの支援……だけじゃないな。ミラージュやキサラギのパーツもある」

「おう!俺がレイヴン試験受かった途端、三大企業が全部コンタクトしてきやがった。『おめでとうございます』の大合唱よ。だからゴマすりの品々はありがたーく頂戴してやったわけだ」

「旦那って一応クレスト寄りじゃなかったのか?いいのかよ、どこからも支援受けたりなんかして」

「俺はどうぞどうぞって勝手に寄越されたもんを素直に貰っただけだぜ。スクータムの整備はクレストの支社が一番上手いからつるんでたけどよ……んぐんぐ。せっかくレイヴンになったんだ。これからは好きにやらねえとな」

「はぁ……ほんと、MT乗りの名声って効くよな。俺がレイヴンになった時は、どこもパーツなんか恵んでくれなかったのに」

「ばっきゃろー、俺とボウズとじゃ年季が違うわ。リップハンターの奴だって、いきなりお高そうなACに乗ってたろ?」

「……それもそうだな」

 

確かにリップハンターの時もそうだった。

実力者はその力と名声に相応しく、最初から強力で完成された機体を乗り回せるというわけだ。

もっともスパルタンがリップハンターと違うのは、特定の企業への加担をあからさまに宣言するような機体構成ではない点である。

傭兵としての思想、姿勢の違いが感じ取れるというべきか。

少なくともかつてクレスト寄りで知られたソラの恩師は、レイヴンになった後もクレストと蜜月を過ごすわけではないらしい。

そういえばリップハンターは、ミラージュとユニオンの件以外にも意味深なことを言って――

危うく眉間に皺が寄りそうになって、ソラは無理やり頭の中から思考を追い出した。

せっかく馴染みの顔が楽しそうに呑んでいるのだ。要らぬ気遣いはさせたくなかった。

 

「んでよんでよ。このかっけえエンブレムを書くのにな?今日ACのテストもぶん投げて丸一日かけたんだ俺は」

「何だこれ。わたあめの化物?」

「違うわ馬鹿たれ!炎だ!そう、俺は炎の傭兵スパルタン!その愛機は嵐のごとき弾幕で敵を吹き飛ばすテンペスト!どうだ、んぐっんぐっ……ひっく、映画化されそうだろ!」

「されるわけないだろ……」

「いいや、されるね!つーか俺がする!映画の予算くらい一瞬で稼げるからよ!主演はもちろん俺だ!ひっく、主題歌は……あー、ワールド・ウイングのロイヤーズに歌わせるか」

「どこ向けだよ、ヴィジュアルバンドじゃねえか。旦那のツラならどっちかというと渋めのロック……うぷっ!」

「わははははは!るせえぞガンガン呑め呑め!俺のバラ色レイヴン人生を祝えオラァ!!」

 

呑みかけのジョッキをぶつけるように押し付けてくるスパルタン。

ソラは半笑いでそれをいなしながら、ツマミを口に運んだ。

お互いレイヴンになった以上、これからは戦場で真っ向からやり合うことになるかもしれない。

いずれは敵として、殺し合うことになるかもしれない。

そんなことは分かっていた。

だが今は、長年の夢を叶えて大笑いする歴戦の傭兵の姿が眩しく思えた。

 

「じゃあ改めて。旦那のレイヴン合格に、乾杯」

「おうよ!かんぱーい!」

 

ソラはスパルタンの差し出したジョッキに自分のグラスをカチンとぶつけ、一息に煽った。

とりあえず様子見で頼んだ、アルコール度数の低い酒である。

だが、ここからは強い酒を頼む。

今夜は、互いに酔いつぶれるまで呑み競うのだ。

全てを忘れて、楽しむのだ。

 

「んぐんぐ、んぐ、ぐふっ……ひっく、よし次ぃ!どんどん行くぞボウズぅ!!」

「ごくっ……よっしゃ、俺も本格的にやるぞ!旦那、先輩レイヴンの力見せてやるぜ!」

「ばっきゃろー!お前なんて、俺から見ればいつまでもヒヨッコだ!わはは!むはぁ、この酒うめぇ~~!!あんちゃんこれ追加頼むっ、このヒヨッコにも!わーーはっはっはっは!!」

 

呑めば注ぎ、注がれれば呑む。

ソラとスパルタンは2人だけの盛大な宴会に熱中し、大いに盛り上がっていった――

 

 

………

……

 

 

翌日。

 

「…………」

「ぐごー!ぐがー!」

「……」

「ぐごー!ぎぎぎ!ぐごー!」

「……。…………んん?」

 

ソラは大きなイビキの音で目が覚めた。

背中に伝わるのは、いつものベッドの柔らかさではない。

固いベンチの感触だ。

涙でぼやける視界には、芸術性の高そうな巨大モニュメントが映っている。

 

「ぐふふ……オペちゃん、お疲れ様ぁ……ぅ、ぐしっ……ぐごごー」

 

ベンチの足元には、昨晩呑み競った巨漢が大口を開けてひっくり返っていた。

頭がガンガンと殴りつけられているように痛む。

なぜか手に握っている携帯端末を見た。

朝の5時半。まだ人工太陽が上る時間ですらない。

どうも昨日のバーで限界まで呑んだ後、この娯楽施設内の広場にふらふらとやってきて、いつの間にか眠ってしまったらしい。

そのままベンチに寝そべってぼーっとしていると自然に欠伸が漏れ、自分でも分かるほどに酒臭い息が出た。

 

「随分とハメを外したようだな、"ソラ"」

「……へ?」

 

頓狂な声をあげて頭を起こすと、隣のベンチに女性が腰かけていた。

輝くような黒髪を束ねた女性はソラ達と同じ作業着姿ながらとても美しく、しかしその秀麗な容貌に蓋をするように、右目に赤い眼帯をしている。

その女性は、抱えるように持ったスケッチブックに澱みなく鉛筆を走らせ続ける。

どこかで見覚えのある人物だ。

だが、アルコールが回っているせいかなかなか頭に答えが浮かばない。

とりあえず先ほどからイビキがうるさいスパルタンをうつ伏せにひっくり返し、ベンチに腰掛けてこめかみを軽く揉んでみる。

それでもやはり、どこで会った人物か思い出せない。

 

「"ファナティック"だ」

「……!……C-1ランカーの?」

「そうだ。ふふっ、少しは目が覚めたか」

 

C-1ランカー"ファナティック"。

以前ユニオンのデータバンク侵入作戦の事前会議で顔を合わせ、その後は戦場で協働したレイヴンである。

なぜこんなところに。何をしているのか。

そんな疑問が沸くも、ひどい二日酔いで言葉を発する気分になれなかった。

 

「……悪い。まだ本調子じゃないみたいだ」

「そうか。なら、もう少し横になっているといい。私は構わん」

 

ソラはファナティックの言葉に甘え、身体を再びベンチへ寝かせた。

特に何をするでもなくぼんやり目の前のモニュメントを見つめていると、くぐもったイビキに紛れ、スケッチブックを鉛筆が擦る音がかすかに聞こえてくる。

広場にはソラとスパルタンとファナティックの3人しかいない。通路を誰かが近づいてくる気配もない。

さすがに朝の5時半ともなれば、娯楽施設に人の気配はそうそうないようだ。

ソラは軽く顎を持ち上げ、ベンチの隙間から眼帯のレイヴンを見上げた。

 

「……ファナティック。あんた何をしてるんだ?」

「見れば分かるだろう」

「……絵を描いてる」

「正解だ」

「どうしてこんな朝早くに、こんな場所で?」

「別に深い理由があるわけじゃない。偶然、この時間にここへ来ただけだ。そうしたらまさか、見知った顔がひっくり返っているとはな。驚いた」

「……すまん。恥ずかしいところ見せてるな」

「その大男は?」

「"スパルタン"。つい先日レイヴンになった」

「元MT乗りの実力者か。よく通った名だ」

「まあ、戦場の外だとこんなだけど」

 

いっこうに覚醒する気配なくイビキを響かせているスパルタンの尻を、ソラは軽く叩いた。

ファナティックがくすりと笑い、かるく身体をよじる。

そうして彼女は横に置いてあるペンケースから青い色鉛筆を取り出し、スケッチブックの上に走らせ始めた。

ソラは目の前のモニュメントに視線を戻した。

広場の天井まで高々と伸びた金属製のそれは、銀一色だ。

 

「どこにも青色なんてないぞ」

「青が頭に浮かんだ。だから青を使う」

「……そういうもんか。絵心なんてないから、分からないな」

「私自身よく分かっていない」

「何だそりゃ」

「絵を描くのは好きだが、別に技法のあれこれや上手く描くことに興味はない」

「じゃあ、何で絵を描いてるんだよ」

「そうだな……強いて言うなら、考えごとをするためだ」

 

ソラはもう一度、隣のベンチに目を向けた。

ファナティックは赤い眼帯を指先で撫でながら、ずっとスケッチブックを見つめていた。

そういえば彼女は先ほどから一度も、モニュメントの方を見ていない。

 

「手を動かしながら、とにかく何かを考える。くだらないことから、重要なことまで。私の日課だ」

「なら、俺達がいたら邪魔じゃないのか?」

「そうでもない。メカニックに作業着を借りて、エレベーターでこの階に降りて、通路を歩いて、この広場に辿り着いて。それで今日はここで描こう、考えようと決めた。だから隣にいるお前達のことも、考える材料だ」

「はぁ……」

 

ソラは上手に応答できず、二日酔いで痛む頭をかいた。

抽象的で浮いたような物言いである。

レジーナ、ビルバオ、リップハンター。

自分が出会ってきた女性レイヴンは癖のある人物が多い。

その例に漏れず、ファナティックも少し変わっているらしい。

早めに会話を切り上げて、スパルタンを置いて帰ろうか――そう思った。

しかし、ファナティックの額に滲んだ汗が目に入り、気づけば言葉が口をついて出ていた。

 

「今日は何をそんなに深く考えてるんだ?」

「……このレイヤードのことだ」

「レイヤードのこと?」

「ユニオンが示唆した、管理者の異常。実際に起こり続ける、各地の異変。ミラージュ、クレスト、キサラギの動向。それに対する、私の立ち位置」

「…………」

「今は特に、ユニオンを巡った情勢が気になっている。クレストがついに掃討作戦の決行を宣言したからな。クレストのユニオン殲滅は成功するのか?キサラギはユニオンを支援し続けるのか?そして……」

「……ミラージュは何でユニオンを切り捨てたのか」

 

赤い眼帯が、ソラの方へと向いた。

 

「ソラ、お前も色々考えているようだな」

「……まあな」

「どうだ、自分なりの答えは得たのか?」

「……分かんねえよ。何で俺に聞くんだ。普段どれだけ考えても分からないってのに、今二日酔いの最中なんだぞ。その上、さっきからうるさい足元のおっさんのイビキ……分かんねえ、何も」

 

ソラは怜悧な美貌から目を逸らしながら、口を動かした。

 

「色々分からなすぎて、考える意味あるのかって思っちまう。俺はレイヴンなんだから、来た依頼をこなすだけじゃダメなのかって。というかそもそも、それ以上のことなんて出来ないんだし」

「…………」

「見えてるもんは依頼と報道とメールだけ。企業もユニオンも、言ってることが本当かどうか分からない。正しいかどうかも分からない。リップハンターは知った風なこと言ってくる癖に何も教えてくれなかった。わざわざあの後メールで問い正したんだぞ。無視しやがって……くそったれが」

 

頭が熱かった。

二日酔いの熱さではない。

堰を切ったように、熱さがこみ上げてくる。

名前を知っている程度の間柄の同業者にぶつけるようなものではない。

自覚はあっても、こみ上げて溢れ出したものが抑えられなかった。

 

「結局どれだけ考えても悩んでも、答えなんて出てこない。苦しくなって時間を無駄にして終わりだ。だからきっと、考えるだけ無駄なんだよ。あんな意味不明なモニュメントの絵を描いたり、天井に映った偽物の空を睨みつけたって、答えなんて出てくるわけねえんだ」

 

ソラはいつの間にか握りしめていた拳でベンチの板張りを殴りつけた。

じんじんとした痛みが、さらにソラの口から言葉を吐き出させる。

 

「……そうだよ。ユニオンとの会議で、ロイヤルミストが言ってただろ。レイヴンは"力"だってよ。銃やミサイルと同じ力だって。多分、全部その通りなんだ。俺達は、俺はACに乗って鉄砲玉するのが存在価値で、それが管理者の……管理者は……」

 

管理者。

ソラは自分の吐いた言葉に呻いて、思わずモニュメントに向き直った。

いつの日か感じた、地下世界の神の"視線"。

広場にそびえる巨大な銀色の物体が、それと同じ不気味さを発していた。

 

見られている。

 

いや、そんなはずはない。

考えすぎだ。アルコールが頭を焼いているのだ。それとも何か心の病気か。

やはり最近、どうにも自分がおかしくなっている気がする。

きっとユニオンが会議室に呼びつけて、変なことを吹き込んできたせいだ。

クレストが踏み絵を踏ませるような依頼をしてきたせいだ。

リップハンターが作戦終了後に、思わせぶりなことを言ったせいだ。

いくらそんなことをされたって、自分はどうにもできないのだ。

自分がやれる以上のことを、やれはしないのだ。

企業、ユニオン、そして管理者。

大して賢くもない頭で考えたところで、答えなんて絶対に出るわけがないのだ。

なのにいつも、考えてしまう。

頭の中が今みたいにグルグルと回ってよく分からなくなってしまう。

どうして世界は、こんなにも面倒なことを考えさせてくるのだろう。

自分はただ、自分は――

 

 

「俺はただ……本物の空が見たいだけなのに」

 

 

ソラはベンチの上で、子供のように身体を丸めた。

気づかぬ内にスパルタンのイビキは止まっていて、広場はしんと静まり返っていた。

 

「……レイヴンは"力"か。私も、かつてはそう思っていた」

 

ファナティックが眼帯をなぞり、呟いた。

 

「貧民街で何も持たずに育って、レイヴンの資格だけをある日突然、管理者に与えられた。それからはずっと、ただ依頼を遂行することにひたむきだった。ACの持つ圧倒的な暴力が、私の全てだった。だが、ある時失敗して、立ち止まった。この眼を失って……それからだ。絵を描くこと、考えることを始めたのは」

 

丸まったままのソラの耳を、繊細な音がくすぐった。

スケッチブックの紙の表面を、細い指先が優しく撫でる音だ。

 

「毎日絵を描きながら、色々なことを考えるようになった。こなした依頼。撃ち殺した敵。それが世界に与える影響……昨日食べた物。今日行きたい場所。明日の予定」

「……そのくらい、俺だっていつも考えてる」

「かもな。だが私は片眼になってようやく、そんなあれこれを真剣に考え始めた。傭兵として依頼に向き合う日々は、確かに変わらない。それでも、考えることで私自身は確かに変わった。そうして初めて、生きているのだと実感できた」

「大げさな奴だな。いくら考えたって、分からないものは分からないままだろ。結局俺達は……」

「私達は"レイヴン"。地下世界において人間に許された最強の機動兵器"アーマードコア"を駆る傭兵」

「……ああ。だから」

「だからこそ、私達レイヴンはただの"力"などではない。私達には、銃やミサイルにはない物がある」

「何があるってんだ」

「"意思"だ」

「何だそれ。そんなもの、人間になら誰にだってあるだろ」

「そうだ。私達は命令を実行するだけの機械ではなく、生きた人間なのだから。"意思"と"力"、それがレイヴンがレイヴンであることの証だ」

「…………」

「だから、今こうしてあれこれと考えることは決して無駄ではない。"意思"を自分の形にするために、必要なことだ。そうやって形にした"意思"はきっと、より大きな"力"に繋がっていく。私はそう信じている」

 

ソラはゆっくりと起き上がった。

そして、ファナティックの赤い眼帯と力強い眼差しを正面から受け止めた。

どれくらいそうしていただろうか。

数十秒、あるいは数分。

無言のまま、ソラはファナティックとひたすら見つめ合った。

そうしているだけで、胸の中に染み込んでくるものがあった。

彼女が語った多くの言葉にもまして、深く熱く染み込んでくるものが。

それはきっと、彼女が"意思"と呼んだものに違いない。

 

「……あんた、変わってるな。そんな臭いこと真顔で言う奴、初めて見た」

「お前こそ」

「え?」

「本物の空が見たい、か。良い夢だな、ソラ」

「!?な、何だよ急にっ……さっきのアレは別にそういうんじゃなくて……!ていうか、い、いいだろ別に!」

「なんだ、照れているのか?顔が真っ赤だぞ」

「うるせえ!二日酔いだっつってるだろ!」

「ぷっ、ははは……」

 

柔らかく綻んだ美貌。ぱたんと畳まれたスケッチブック。

ファナティックが立ち上がり、束ねていた長髪を解いた。

照明の光を受け、艶やかな黒色が照り輝く。

 

「今日、この時間にここへ来てよかった。とても充実を感じている。……アリーナは棄権しよう。これも、私の"意思"というわけだ」

「アリーナ?何のこと……」

「次にお前と会うのは戦場だ。そう決めた。味方であってくれると、嬉しい。だが、敵でも容赦はしない……ソラ、楽しみにしているぞ」

 

白い手をひらひらと振り、ファナティックは広場を去っていった。

ソラはその美しく流れる黒髪が通路の影へと消えていくのを、黙って見守っていた。

そして思い出したように携帯端末を見て、メールの着信に今さら気付いた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:管理者

TITLE:アリーナ参加要請

 

C-4ランカー"ソラ"に、アリーナにおけるオーダーマッチへの参加を要請します。

対戦相手は、C-1ランカー"ファナティック"となります。

 

勝利報酬:132,000C

 

参加手続きを専属補佐官に確認し、指定の日時にアリーナ用調整ガレージA-1へ出頭してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

ソラは端末画面に映った文面を見下ろしながら、先ほどの問答を想った。

 

"意思"と"力"。

レイヴンがレイヴンであることの証。

 

ファナティックはソラの夢を認めてくれた。

そして、アリーナの勝利を譲ってくれた。

レイヴンとして高く、もっと高く飛べ。本物の空に向けて。

そう背中を押されている――そんな気がした。

 

「…………んぁ。んだよ、もういいのか……ふぐ、ぉふわぁあぁあぁ……」

 

スパルタンが目覚め、広場の床で四肢を伸ばしながら地鳴りのような欠伸をかく。

 

「おはよう、旦那。二日酔いは平気かよ」

「ばっきゃろー、あれくらいの酒でこの俺が……うっぷ」

「無理すんなって。今回はこれでお開きにしようぜ」

「……ま、そうだな。どうだ、ボウズも良い気晴らしになっただろ?」

「あんだけ呑まされたら気晴らしもクソもねえよ。今日は家帰ったら寝直して終わりだな、うん」

「わはは、いいじゃねえかそういう日があっても。それによ、ボウズ」

「それに?」

 

後輩レイヴンにして恩師でもあるその巨漢はよっこらせとあぐらをかき、ソラの顔を見上げてきた。

 

「へっ……昨日呑み始めた時よか、ずっと良い顔になってるぜ」

 

見慣れたむさ苦しい顔面が目を細め、白い歯を見せる。

ソラは向けられた笑顔に笑顔を返し、ベンチの上で大きく身体を伸ばした。

 

いつの間にか上っていた人工太陽の光が、通路の窓ガラスから広場の方にも差し込んでくる。

広場中央の巨大モニュメントが日差しを反射して、まぶしく輝いた。

 

先ほどまでの不気味さは消え失せ、代わりに見惚れるほどの美しさが、そこにはあった。

 

 

 




不思議な役回りになりましたが、アリーナのファナティックは500マシの強さを感じる相手です。
でも四脚にEN盾と追加装甲で燃費最悪です。スラッグは好き。


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ユニオン防衛・1

ゲーム本編だと「ユニオン襲撃」ですが、今作では「ユニオン防衛」になります。
戦闘内容もかなり変わっていますので、ご了承ください。
今回の装備はマシンガンと投擲銃、肩に中型ロケットです。
フレーバー程度ですので、武器以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:CWG-MG-500(500発マシンガン)
左腕部武装:KWG-HZL50(投擲銃)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:MWR-M/45(45発中型ロケット)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAL-MARTE
脚部:MLM-MX/066

ジェネレーター:CGP-ROZ
ラジエーター:RMR-SA77
ブースタ:MBT-OX/002
FCS:AOX-X/WS-3
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-S/STAB(被弾時反動軽減)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)


―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ロイヤルミスト

TITLE:話は聞いた

 

ファナティックから話は聞いた。

不戦勝でも、これでお前はCランクの頂点に立ったわけだ。

 

ファナティックは真面目な女だ。

実力も実績も、C-1に相応しいだけのものを持っていた。

奴がお前を認めて勝ちを譲った以上、どうこう言うつもりはない。

 

クレストとユニオンのくだらねえ喧嘩に、これ以上俺は付き合わない。

お前やワルキューレで何とかしろ。

 

レイヴンは、力が全てだ。

自分の意思を押し通せるのも、結局自分の力でしかないからだ。

それを忘れるなよ、C-1ランカー。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

専属オペレーターのレインからソラに連絡があったのは、スパルタンと呑んだ2日後。

専用住居のリビングで、クレストの報道を見ていた時だった。

 

「ソラだ。レイン、依頼か?」

《はい。クレストとユニオンの……両方からです》

 

その手短な説明で、ソラは全てを察した。

リビングの大型テレビには、群れをなして基地を飛び立つクレストの輸送機が映っている。

ユニオンの本拠地が特定され、ついにクレストが本格的な掃討作戦を決行するのだ。

混乱が続くレイヤードにあって、全ての市民が注目するであろう戦闘が始まろうとしていた。

クレスト曰く、地下世界の秩序と安寧を取り戻すための戦いである。

 

「10分後にブリーフィングルームで依頼の確認と打ち合わせを。レイン、データの取りまとめは出来るか?」

《可能です。……レイヴン、どちらの依頼を?》

 

レインの問いかけに、ソラは目を閉じた。

この争乱に対して自分が取る立ち位置は、既に決めていた。

 

「ユニオンの依頼を受ける」

 

レインは何も聞かず、分かりましたとだけ応答した。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

我々ユニオンの本拠地に対して、ついにクレストが侵攻を開始した。

 

セクション614最北に存在するこの拠点は、ユニオンが活動を継続していくために必要不可欠なものだ。

当然、そう易々と放棄することはできない。

よってキサラギの全面支援のもと、クレストの掃討部隊を迎撃する。

 

セクション614は、かつて自然区の湿地帯として建造された区域だが、近年、植物が異常な成長を遂げ、一帯はまるで密林のような様相を呈している。

潜伏に最適な場所だったとはいえ、いつまでもクレストの目をくぐり抜けられるわけではないことは分かっていた。

こういう事態に備えて、我々はこの密林の中に多数の大型砲台を設置してある。

クレストがいかに大戦力を送り込んできても、地の利はユニオンにあるというわけだ。

 

だがそれを踏まえても、通常戦力同士の衝突は、消耗戦になることが予想される。

クレストもそれは承知の上だろう。

ならばやはり、この戦いの趨勢を決めるのはレイヴンの存在に他ならない。

 

データバンク襲撃と同様に、今回も複数のレイヴンと契約する。

 

我々がレイヴン諸君に対して望むのは、2つだ。

1つ目は、クレストが送り込んでくると予測される、敵レイヴン達の排除。

2つ目は、作戦領域に展開する敵MT部隊の殲滅。

長期戦になる。試作型の補給車を用意するので、上手く活用してくれ。

 

非常に困難な任務を依頼していることは分かっている。

それでも、ユニオンはここで消えるわけにはいかない。

力を貸してほしい。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はユニオン。作戦区域は、第一層特殊実験区のセクション614です。成功報酬は70,000Cですが、敵勢力の撃破数に応じて増額。予測戦力は敵AC部隊及びMT部隊。特にMT部隊は、偵察で確認しているだけでも100機近い大戦力とのことです》

「MT100機か……まあ、クレストが各地からかき集めたんだ。精鋭だって多く混ざってるだろうし、まだ数は増えるかもしれない。……レイン、特殊実験区ってのは?自然区とは違うのか?」

《特殊実験区は、自然区の中でもごく一部の区画を指す呼称です。依頼メッセージにあるような生態系異常の観測をおこなったり、特殊な自然環境が再現されている区画で、一般的にその内部は公表されていません。立ち入りも、企業の研究者に限定されているはずです》

「……なるほど。だからクレストはユニオンの本拠地を特定するのに手間取ってたのか。このセクション614はおおかた、キサラギ管轄の実験区域ってことだろ?」

《そのようですね。ユニオンからの情報によれば、キサラギも今回の戦闘に臨むにあたって、クレストほどではないにしろ大戦力を集めたようです。私が調べていた限りでは大掛かりな動きは見られなかったのですが……自社管轄であり、かつ機密性の高いこの特殊実験区ならばそれも可能、ということでしょうか》

「数は及ばなくても、大型砲台の支援と地の利を考慮すれば激戦は必至。となると、戦局を左右するのは両陣営のレイヴンの力になる……か」

 

ブリーフィングルームの椅子の背もたれに背中を預け、ソラは腕を組んだ。

キサラギが自社の機密区画を差し出し、大規模戦力を投入してまでユニオン存続に協力する辺り、両者の繋がりは相当深いものがあるらしい。

以前寄越した礼状でキサラギは、『このまま管理者の気まぐれに踊らされ続けるつもりはない』と宣言していた。

ユニオンをこれほど手厚く支援するということは、やはり潜在的に"脱管理者"の思想が強いのだろう。

この情勢において、今まで巧みに隠されてきたそれが、ついに表面化してきたというべきか。

ここに及んでは、管理者崇拝意識の強いクレストはユニオンのみならずキサラギも、決して許すつもりはないだろう。

この戦いはもはや、単純にユニオンの存続を巡るものではない。

クレストとキサラギ、三大企業のうちの二社による戦争なのだ。

 

「……レイン、ちょっと独りごとを言わせてくれ」

「はい」

「最近、ずっと考え事をしていた。ユニオンはこのまま消えていいのかとか、各企業のスタンスはどうだとか、管理者は何を考えているだとか」

「…………」

「結局、いくら考えても正解と思えるような答えは出てこない。だけど、ある人に言われた。考えて頭を悩ませることは、決して無駄じゃない。"意思"を形にするために必要なことだって」

「…………」

「ユニオンはここで潰させない。別にあいつらの考え方が全面的に正しいとは思ってない。それでも、異常続きの現状を打破しようとあがいてる連中だ。……まだレイヤードにいてほしい。これが色々悩んで何とか形にした、俺の"意思"だ」

 

ソラは、思いを言葉にして口から吐き出した。

誰かに聞いて、意見を言ってほしいからではない。自分で自分の意思を確認するためだ。

レインならばそれを理解してくれることは、これまでの付き合いから分かっていた。

 

「依頼を受けるぞ。手配を頼めるか?」

「もちろんです。……万全に、サポートしてみせます」

「……いつも助かる」

 

ソラは席を立った。

気持ちが昂り、無意識に握った拳が震える。

しかし、嫌な気分ではなかった。

むしろ最高のコンディションにあると、自覚していた。

 

 

………

……

 

 

《湿度95%……気象管理システムが上手く作動していないようです。レイヴン、機体に異常はありませんか?》

「問題ない。……だけどこんな森は初めて見たな」

《ACの防御スクリーンが作動した状態なら、ある程度の大きさの樹木は通常のブースト速度で体当たりするだけでも容易に排除できるはずです。それでも戦闘では、足を取られないよう十分注意してください》

「ああ。分かった」

 

レインの助言に耳を貸しながら、ソラは額に浮いたぬめつく汗を拭った。

愛機"ストレイクロウ"のコクピットモニターに映るのは、無秩序で乱雑に伸びた、ACの背丈以上の巨木群。

十分な戦闘機動を取ろうとすれば、木々を越えて空を飛ぶしかない有様だ。

都市区はもちろん、通常の自然区ですら見られない、自然の暴走とでも呼ぶべき環境。

これも管理者の管理体制に異常が出ている証なのだろうか。

いずれにせよ、以前訪れた溶鉱炉とは別の意味で悪辣な戦場だった。

 

《AC各機へ。こちらB-4"ワルキューレ"。AC"グナー"よ。ユニオン管制室の要請により、AC部隊の指揮は私が取ります。通信は、コーテックス緊急チャンネルの7番を使用。……緊急回線を使うのはとても不本意だけど、かなりの大規模戦闘になる以上、これが確実よ。警告は無視しても大丈夫。設定が終われば、各自応答を》

 

通信機に、聞き知った声が指示を送ってくる。

 

「ストレイクロウ、設定完了した。各機通信テスト頼む」

《こちらエキドナです。ぼさぼさのジャングルで何も見えません!どうぞ!》

《アトミックポッドだ。ちっ、本当にふざけた戦場だな。木が邪魔過ぎる……受けるんじゃなかったぜ……》

《レッドアイ、設定完了。……それでも地形データがある分、私達の方が有利なはずだ。あとは、敵の出方次第だが》

《こちらヴァルナー……特に問題無し。だけど依頼遂行にコーテックス緊急チャンネルを使うのは、正直賛成できないね。こういうのが常態化していくと、良くないよ》

《こちらゲルニカだ。キサラギの支援があるとはいえ、随分と頭数を揃えたものだ……クレスト側もそうだろうな》

 

コーテックスの緊急チャンネルには、ユニオンに雇われた7機のACが通信を繋いでいた。

指揮を任された、B-4ワルキューレのAC"グナー"。

C-1ソラのAC"ストレイクロウ"。C-4ホスタイルのAC"アトミックポッド"。

C-6ファナティックのAC"レッドアイ"。D-2レジーナのAC"エキドナ"。

D-5スウィートスウィーパーのAC"ヴァルナー"。そしてE-2ゲドのAC"ゲルニカ"。

 

とはいえ、ストレイクロウのレーダーに映っている味方の機影はその内1機のみ。

事前の打ち合わせによれば、ホスタイルのアトミックポッドだ。

AC部隊は管制室の指示通り、南方のユニオン・キサラギの混成部隊とは真逆の方向、西から北にかけて大きく散開し、拠点周囲の広範囲をカバーしていた。

 

《グナーから各機へ。管制室からの戦況報告を共有します。現在南のユニオン・キサラギの迎撃部隊はさらに南方のクレスト部隊と、セクション中央部を東西に流れる河川を挟むようにして対峙中。散発的応酬はあるものの、本格的な戦闘状態には入っていないわ》

《エキドナ質問です。なんでさっさとドンパチ始めないの?》

《ユニオン側の理由は、設置した固定砲台の射程にクレストがなかなか入ってこないからよ。偵察や内通でおおよその位置がバレているためでしょうね。下手に踏み込めばMTの交戦距離に入る前に甚大な被害を受けるから、クレストの判断は正しいわ。でも、クレストだって睨み合いをするためだけにこんなジャングルに大部隊を送ってきたわけじゃない》

《……痺れを切らして、必ずしかけてくる。被害を最小限にするために、まずは少数による奇襲で。MTの機動性では無理だから、ACを使うんだね》

《正解よ、ヴァルナー。ユニオン管制室は、クレスト側のACが河川を大きく回り込んでくるのを予測しているわ。その上で二手に分かれるはずよ。一方は固定砲台の排除、もう一方はセクション最奥の拠点への強行突撃》

「これだけ鬱蒼とした密林地帯だ。とりあえずこうして広範囲に散らばっておけば、空をオーバードブーストで飛ばれても捕捉できるし、地上を行かれても割って入るのは容易……ってことか」

 

ソラは通信機に向かって喋りながら、コンソールを叩いてACの集音性能を高めた。

鳥のものと思しき不気味な鳴き声を、頭部COMが拾う。

そしてさらに遠方から、まるで他人事のように響いてくる少数の砲声。

確かに戦闘の激しさは、今のところまったく感じない。

どちらの陣営も、とりあえず威嚇で撃っているという程度でしかないようだ。

それはまるで、開戦を待ちわびているようでもあった。

 

《攻めてくる敵の配置やランクが分からない以上、重要になるのは迅速な情報共有よ。各レイヴンはオペレーターに厳命、戦況分析は敵ACのランク確認を最優先にすること。その上で通信を使って即座に伝達、あまりにもランクが上の相手なら付近の味方と合流して対応しましょう。レーダーを搭載したACは特に周囲の様子に気を配って。ストレイクロウ、レッドアイ、ゲルニカ、大丈夫?》

《ああ、俺のゲルニカは索敵性能特化型だ。可能な限り素早く状況を知らせよう》

「ストレイクロウも問題なし。もう少し前に出ておく」

《適材適所で行くってことだよね。でもグナーさん、その対応プランには1つ問題があるよ》

《……ヴァルナーの言う通りだ。もしクレストが雇ったレイヴンの総数が私達より多い場合はどう対応するか……だな》

 

ファナティックが発した問いかけに、レジーナが少しだけ不安そうに唸った。

だが、ワルキューレの回答は明朗だった。

 

《その場合は固定砲台に向かう敵を放置するわ。ユニオンの拠点死守に戦力を集中します。撃破された味方機が増えてきて戦力の均衡が崩れた場合も同様よ。指示はその都度私が出すから従うように。……以上よ。何か質問は?》

《ねえよ。さっさと来いっての。無駄に肥えた木を見てるだけでムカムカしてくるぜ》

 

ホスタイルがそう吼えた直後だった。

轟く砲声と共に、火球が密林の空を切り裂いて遠方から飛んできた。

鳥達が騒がしく鳴き叫びながら、ばたばたと一斉に空へ舞い上がっていく。

ソラは咄嗟にレーダー表示に視線を走らせた。

何も映っていない。

 

「ゲルニカ!」

《捕捉した!南西から敵影が4つ!速度からしてAC!……散開しているが、全機拠点狙いだ!》

《7対4なら楽勝!すー……よぉし!》

《待ちくたびれたぜ……!憂さ晴らしさせろぉ!》

 

北のレジーナとホスタイルが気炎を吐き、動き始める。

だが、ソラは動かなかった。

違和感を覚えたためだ。

 

「データバンクの時は5機以上集めたのに、この局面に4機だけ……?グナー!砲台側の様子を管制室に聞いた方がいい!」

《確認したわ!砲台陣地の傍にもACが出現!数は2!上手いことばらけたわね……!》

《……グナーさん、指示を》

《部隊を分けます!ヴァルナーとゲルニカが砲台の防衛に急行!あとの5機で拠点狙いを撃破!5対4と2対2の構図よ、有利なのはこっちだわ!》

《行ってきます》

《状況は適宜報告する!そちらは任せたぞ!》

 

スウィートスウィーパーとゲドが砲台の防衛のために、南方へと向かっていく。

ソラもフットペダルを踏み締め、目の前の邪魔な木々を新装備の肩部中型ロケットで薙ぎ倒しつつ前に出た。

肩の多機能型レーダーが、赤く輝く敵影を捉える。

映っているのは、2機。

その内の1機に、先行したホスタイルのアトミックポッドがぶつかった。

 

《アトミックポッドだ!B-6テン・コマンドメンツと交戦するぜ!へっ、管理者狂いのイカレ野郎が……!先手必勝、くたばれや!》

「アトミックポッド、そいつは手強い!合流して対処……っ!?」

 

反射的に機体を跳ばせた瞬間、さきほど空を切り裂いた火球が地面に着弾した。

高速で放たれた榴弾が起こした爆炎によって草木が燃え散り、黒煙が周囲に充満する。

歯を食いしばってモニターを凝視したソラの眼前に、武器腕のキャノン砲を突き出した真紅のタンク型ACが現れた。

 

《まさかこんな所で会えるとはな……ストレイクロウ!》

「何?」

《……C-9ランカーAC"カルマ"確認!》

 

レインの報告と同時に、タンク型の両腕が再び火を吹いた。

轟音と共に榴弾が飛来し、ストレイクロウの肩をかすめて後方で爆ぜる。

襲来した敵AC"カルマ"の武装は両腕、両肩全てグレネードキャノン。

怒りと憎悪を剥き出しにしたかのような、極端な構成だった。

 

《ミダスの仇め……!お前をずっと探していた!》

「ミダス?確か"セミラチス"の……ぐっ!」

 

砲撃を間一髪躱し、ストレイクロウは木々の間から空へと舞った。

カルマがオーバードブーストを起動し、真っ直ぐに飛翔してくる。

向けられた砲口から殺意にまみれた砲弾が放たれるも当たらず、しかしACとACが空中で激しく激突した。

 

《おおおおっ!!》

「こちらストレイクロウ!C-9カルマと交戦開始!……離れろてめぇ!!」

 

肩部中型ロケットと左腕の投擲銃を放ち、相手の視界を塞いで蹴り返す。

至近距離で撃ち出された榴弾が虚しく外れ、空の彼方へと消えていった。

木々の隙間に上手く降り立ったストレイクロウと対照的に、カルマは不格好ながら荒々しく巨木をへし折って着地する。

 

《こちらエキドナ!C-10バトルフィールドと接敵!何あれ、二脚にあんなキャノン積んでどういう……?》

《レッドアイ、B-3アルルカンを捕捉。アリーナの"アーティスト"か。よくクレストの依頼に応じたものだな……》

《こちらグナー、レッドアイ合流しましょう。……ストレイクロウ聞こえる?拠点狙いの4機の中では、テン・コマンドメンツが一番危険だわ。アトミックポッドと上手く連携して》

「ああ、そうしたい……が!」

 

ソラはワルキューレからの通信に応じながらも、カルマが砲撃するより先に機体を跳び退かせた。

ACの背中に当たる木々は防御スクリーンの干渉で抵抗なくへし折れ、戦闘機動には懸念していたほどの支障はない。

だが、それでもカルマの敵レイヴンが放つプレッシャーは異常だった。

まるでリロードの隙や動きの見極めなど眼中にないとばかりに、矢継ぎ早に大火力の榴弾を押し付けてくる。

 

《くらえ、くらえぇっ!》

「仇討ちか……そういうの初めてだな。だけどな……!」

 

傍受する通信から伝わってくる激昂。

かつて討った敵の家族か、恋人か。

 

「やられてはやれねえよ」

 

高めた集中が同情や慮る気持ちを消し去り、無情に引き金を引き、フットペダルを踏む。

腕部から同時発射される二連装グレネードの業火を最小限の動きで避けながら、ストレイクロウはマシンガンと投擲銃を撃ち鳴らした。

 

《ぐぅぅっ!?なんだこいつ、何でフロートが空中で……!?くっ、そっ……おい、早く合流してくれっ!》

「数分耐えろアトミックポッド。救援に行く」

 

またグレネードを外したカルマが、苛立ったようにオーバードブーストで突進してくる。

ソラは一瞬だけ起こしたオーバードブーストで横に素早く急加速し、向けられたロックを切ってすぐさま反撃した。

横合いから放った弾幕を、カルマはあえてオーバードブーストを解除せず加速し続けることで躱す。

さらに脚部を旋回させて滑らせながら、一際大きい巨木にぶち当てることで無理やりこちらに向き直り、続けて砲撃を見舞ってくる。

Cランクに相応しい判断力と技量の片鱗を感じさせる動きだ。しかし、今はその全てが鈍っていた。

怒りで手元が震えているのか、せっかくの強烈な一撃がまったく当てられない。

冷静でさえあれば、仇討ちに燃えていなければ、今のソラにとっても間違いなく強敵だっただろう。

だが、そうはならなかった。

ソラは何度も敵の突進をやり過ごし、その都度タンク脚部が旋回しきるよりも早く両腕の火器で集中砲火を加え、タイミングよくオーバードブーストで捕捉を振りきった。

やがて、カルマの両腕が沈黙した。

 

《ぐ、うぅぅうぅっ……!!》

 

世を呪う狂犬のような呻きが、スピーカーを震わせる。

投擲銃の榴弾がカルマの頭部に直撃した時、敵レイヴンは雄叫びを上げた。

何度目かも分からないオーバードブースト起動。

木々を薙ぎ倒し、カメラアイをぎらつかせ、肩のグレネードキャノンを構え、タンクがまるで1個の砲弾となったかのような勢いで特攻をかけてくる。

躱せる動きだった。躱すべきだった。

だが、ソラは冷めた判断を下す理性を追いやってオーバードブーストを吹かし、あえて相手の気迫と真っ向からぶつかった。

2機の防御スクリーンが激しく干渉し、スパークする。

ジェネレーターが出力低下を訴え、あっという間にEN容量が減っていく。

零距離で向けられた長い砲身。それよりも早くストレイクロウの肩ロケットが唸る。1発。2発。

カルマのキャノンが轟いた。APが1000消し飛ぶ。

ロケットで反撃。3発。4発。5発――

 

《ミダ、ス……》

 

2機のACが離れた時。

真紅のACはうなだれるようにキャノン砲を下ろしながら、爆散した。

上半身の破片が無惨に飛び散り、タンク脚部だけがぽつんとその場に残って復讐者の末路をソラに訴えかける。

憎悪で燃え盛る火球の連射によって、気づけば周囲は火の海になっていた。

 

「……C-9カルマ撃破。アトミックポッド、すぐ援護に……」

《雑魚が……》

 

低い呟きと共に、レーダー上のアトミックポッドが消滅する。

 

《Cランカーなら、この程度だろうな》

「……誰のことを言ってる?」

《決まっているだろうが》

 

炎上する大木がミシミシと音を立ててへし折れ、地面に倒れた勢いで黒煙を霧散させる。

風で揺らめく炎の向こうから、赤いフロートACが姿を見せた。

 

《さっきの負け犬と、そこの負け犬だ》

 

B-6ランカーAC"テン・コマンドメンツ"だ。

クレストの最重要戦力と呼ばれる、ただならぬ強者。

 

《そしてお前も、じきにそうなる》

 

敵は肩のチェインガンをゆっくりと起こしながら、ソラに向かって宣言した。

 

 

 




続きます。現状の両陣営レイヴンを載せておきます。

◆ユニオン側
B-4ワルキューレ(グナー)
C-1ソラ(ストレイクロウ)
C-4ホスタイル(アトミックポッド)→死亡
C-6ファナティック(レッドアイ)
D-2レジーナ(エキドナ)
D-5スウィートスウィーパー(ヴァルナー)
E-2ゲド(ゲルニカ)

◆クレスト側
B-3コルレット(アルルカン)
B-6サイプレス(テン・コマンドメンツ)
C-9バーチェッタ(カルマ)→死亡
C-10サンダーハウス(バトルフィールド)
???
???

これまでの話で死亡したレイヴンが多いため、ランク設定は必ずしもゲーム本編と同じではありません。
ファナティックはC-1でしたが、アリーナ棄権のペナルティで大幅にランクが低下しています。


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ユニオン防衛・2

年度を跨ぐ時期はどうしてもペースが安定しませんね。
AC6発売までに何とか終わらせたいです。


《こちらヴァルナーです。クレスト側のD-6ランカーエスペランザと戦闘を開始。大丈夫、最近アリーナで勝った相手だ。やれるよ》

《ゲルニカだ。E-5ザ・サンと接敵した。砲台の破壊は現状許容範囲だ。クレストはAC2機の援護でMT部隊を複数押し出してきているが、未だ本隊に目立った動きはない。以上だ……ACを排除する!》

 

ユニオン陣営のうち、固定砲台の防衛に向かった2機から通信が入る。

ユニオン側はC-4アトミックポッドを失い、クレスト側もソラのストレイクロウによってC-9カルマが撃破されている。

これでAC部隊同士の戦況はユニオン6機、クレスト5機。

 

加えて現在、敵のB-3アルルカンにはグナーとレッドアイが2機がかりで挑んでいるところだ。

元々、地の利はユニオンにある。このままレイヴン同士の均衡が崩れていけば、さらに戦況はユニオンに傾くだろう

そこまで考えを巡らせ、ソラは操縦桿を握る指に力を込めて、目の前に現れたフロート型ACを見つめた。

 

B-6ランカーAC"テン・コマンドメンツ"。

以前、ロイヤルミストが取り逃した相手だ。

右腕にハンドガン、左腕にブレード、そして両肩にチェインガン。

奇抜な構成だった。チェインガンなど、フロートに積んでも何の役にも立たない。

 

《消す前に一つ、教えてやろう》

「何をだ?」

《なぜ機能不全に陥ったアリーナでお前だけが贔屓され、C-1にまで上がってこれたか。分かるか?》

「……知るかよ。管理者の気まぐれか何かだろ」

《違う》

 

テン・コマンドメンツのレイヴンは、きっぱりと否定した。

ソラは眉をひそめ、両腕の火器を赤いフロートに向けつつも続く言葉を待った。

 

《今日ここで、俺に消されるためだ》

「…………」

《お前はレイヤードに不要なのさ。だから今、管理者の思し召しで巡り巡ってここにいる。アリーナを駆け上がったのも、それで目立ってユニオンの依頼を受けたのも、管理者が定められたお前の運命……敷かれたレールの終着点が、この鬱陶しいジャングルというわけだ》

「……ロイヤルミストの言う通り、イカれてるらしいな」

 

理解不能な言説をソラは一刀両断し、トリガーを引いた。

マシンガンと投擲銃が唸り、弾幕が敵に殺到する。

テン・コマンドメンツは滑らかな動きで斜め後方に下がり、ストレイクロウの砲撃を巧みにやり過ごして、そのまま宙に飛んだ。

 

「!?」

 

巨木群の緑を突き抜け、上空に姿を消したフロート。

ソラは予想だにしない敵の動きに、一瞬思考を止める。

そこに、徹甲弾が撃ち下ろされてきた。

ハンドガン――の連射速度ではない。

 

「チェインガン!?フロートでどうやって……!」

 

間断なく降り注ぐ弾丸を不規則な機動でやり過ごしつつ、木々の隙間から敵の姿を垣間見る。

やはりチェインガンを発砲している。ありえない。

フロート脚部で長砲身の肩武装を使う場合は、完全に動きを止めて接地する必要があるはずだ。

そうでなければ激しい反動に機体が耐えきれず、敵を捕捉するどころか満足に発砲することもできはしない。

だが、テン・コマンドメンツは空中に浮遊したまま当然のようにチェインガンを放ってきていた。

そういうことを可能にするパーツがあるのか、それとも特殊な技巧のなせる業か――

そこまで考えて、ソラは思考を切り替えた。

今は目の前の現実が全てだ。

この鬱蒼とした密林で十全に連射武装を躱しきるなど不可能。

困惑している暇があったら、撃ち返した方がいい。

 

《さっさと死ね》

「死ぬのはお前だ!」

 

肩の中型ロケット砲を敵ACに撃ち込む。

高反動砲弾の直撃で、浮遊していたフロートの高度がガクンと落ち、こちらを狙っていた弾幕に乱れが生じた。

そしてテン・コマンドメンツはそのまま高度を下げて地上にふわりと降りる。

ソラは好機と見て一気に距離を詰め、マシンガンと投擲銃の連射を浴びせた。

 

《無駄なことはやめろ》

 

しかし、テン・コマンドメンツは相次ぐ被弾に動揺も見せず、器用に木々の間をブーストですり抜けて距離を稼いできた。

逃がすものかとソラが放った投擲榴弾を急制動からの切り返しで難なく躱し、武装を手持ちのハンドガンに替えて当ててくる。

低威力の代わりにストッピングパワーに優れた特殊弾頭の着弾で、ストレイクロウは追撃を妨げられてしまう。

立ち並ぶ巨木群の邪魔もあって、二脚型ではどうしても逃げるフロートを完璧にマークすることはできない。

そうしてマシンガンでは痛打の厳しくなった距離で再び、テン・コマンドメンツは飛翔した。

密林の上を左右に踊るように浮遊し、またもチェインガンを連射し始める。

 

「……っ」

 

この障害物だらけの状況をものともしない敵レイヴンのセンスに、ソラは舌打ちを漏らした。

チェインガンは、ライフル並の威力を持つ徹甲弾をマシンガン並の速度で連射できる強力な武装だ。

その上、長い砲身によって担保された集弾性によって、容易に回避ができるものでもない。

通常は安定性に優れたタンクや四脚に搭載する代物を、テン・コマンドメンツは掟破りにもフロート脚部で運用しているのだ。

気を抜けば足を止められそうなこの密林にあっては、まさに難敵極まる。

APは5000を切った。

ストレイクロウはなんとか連射をかいくぐりつつも、必死に撃ち返す。

中型ロケットの衝撃で落下を狙うが、警戒されているのか先ほどのように当たってはくれない。

体感、まだ自分はさほど打撃を与えられていなかった。

このままでは、撃ち負ける。

ソラは操縦桿を前後左右に忙しく振りつつも、必死に頭を回した。

自分のマシンガン、投擲銃、ロケット。敵のチェインガン、ハンドガン。

この状況で最善は――

 

「……勝負だ!」

 

ソラは自身の閃きを信じて、操縦桿横のレバーを勢いよく引き上げた。

コアの背面から高出力ブースタがせり上がり、甲高い音を上げてEN容量を喰らう。

ストレイクロウがオーバードブーストの急加速で、空中の標的に向けて舞い上がった。

 

《くだらん》

 

切り捨てる敵レイヴン。テン・コマンドメンツもまた、オーバードブーストを起動。

横方向へ大きくスライドしてソラの突進を躱し、そのまま密林の中へと降りていく。

ソラはレーダー表示を一瞬見た。やはり、大して離れてはいない。

そして木々の隙間に見える赤い敵影を視認し、もう一度オーバードブーストを、追いかけるように吹かした。

 

《……っ!》

 

初めて敵が動揺した。

ハンドガンの迎撃。だが先ほどのようにブースタで素早く距離を取ろうとはしない。

当然だ。長時間の滞空とオーバードブーストで、ジェネレーターは窒息寸前なのだから。

ソラの仕掛けは功を奏した。瞬く間に彼我の距離を詰め、張りついて撃ち合いに持ち込む。

こちらはマシンガンと投擲銃、相手はハンドガンのみ。削り合いの勝敗は見えている。

 

《ちっ……鬱陶しい!》

 

砲撃を浴びつつもEN容量を回復したテン・コマンドメンツは、何とか距離を取ろうともがく。

ロケット砲と投擲榴弾で強引に足を止め、激しく追いすがるソラ。

 

《離れろ!》

「いいや、このまま付き合ってもらう!」

 

ハンドガンを浴びて振動するACを、ソラはオーバードブーストも駆使しつつ強引に相手に張りつかせ続ける。

細い木々を轢き倒しつつも地上を滑るように逃げ惑うテン・コマンドメンツは、しかし高火力のチェインガンを使ってこない。

おそらく、使えないのだろう。ソラの咄嗟の閃きは当たっていた。

わざわざ空中に上がってチェインガンを使っていたのは、フロートには過大な反動を上手く制御するためなのだ。

それを可能にしているのはやはり何らかの特殊オプションではなく、極めて緻密で繊細な操縦技術。

しかしそれ故に、地上付近で派手に応酬している最中はチェインガンを展開できない。

操作ミスをすれば、フロート脚部がバランスを崩して地面に激突してしまうからだ。

だから距離を稼ぐために、高反動で追撃の足を止められるハンドガンを採用しているのだろう。

敵の意表を突きつつ、チェインガンの強烈な火力を押し付けるために組まれた、歴戦の強者らしい合理的で攻撃的なアセンブリ。

だがその合理性が災いして、歯車が一度狂って劣勢に回ると立て直しが厳しくなる。

確かな手応えに、ソラは勝機を感じていた。

フロート脚部ではAPが確保できない。その上、敵も連戦で消耗しているはずだ。

このまま行けば――

 

《舐めるなよ雑魚がぁ!!》

「!?」

 

敵レイヴンが猛り、オーバードブーストを爆発させた。

逃げるためではなく、突っ込むために。

意表を突かれたストレイクロウは、テン・コマンドメンツの体当たりで大きく体勢を崩され、樹木を数本巻き込みながら吹き飛んだ。

脳が痺れて視界が明滅するソラの前で、敵ACは肩のチェインガンを起こす。

 

「地上じゃ使えねえだろ!」

《舐めるなと言っているんだっ!!》

 

大喝と共に撃ち放たれる無数の徹甲弾が、ソラを襲った。

異様な気迫に押され、もつれる木をへし折りながらストレイクロウは反撃することも忘れて逃げ惑う。

乱れに乱れる弾幕は、立ち並ぶ密林を片っ端から吹き飛ばしていく。

必死に下がろうとするストレイクロウを、テン・コマンドメンツはブースタを全開で吹かし、チェインガンを轟かせて追いかけてきた。

驚くべきことにこの赤いフロートACは、地上に激突する限界ギリギリの高度を維持したまま、長砲身の高反動武装を連射してくる。

 

「ありえるのか、こんな戦い方……ぐっ、ぅ!?」

《Cランク風情が!つけあがるなよ!!》

 

トリガーを引きっぱなすような激しい射撃はやがて、ストレイクロウの逃げる先を正確に予測すらし始めた。

確実に無理無謀な戦法をとっているはずだというのに、土壇場でその攻撃精度が高まっていく。

これがBランカー、これがクレストの最重要戦力。

 

「すげえ……!」

 

その技量と意地に、ソラは尊敬の念すら覚えた。

徹甲弾が続けざまに防御スクリーンを削り、残りAP2500。

だが、勝機は既に目の前にあった。激昂して、真っ直ぐに迫ってくる。

ソラは息を止めて目を見開く。確実な一瞬を物にするために狙い澄まし、そして。

肩のロケット砲を、敵の進路めがけて放った。

 

《ぅぐっ!?》

 

脚部に命中。

チェインガンの乱射で極限の挙動を強いられていたテン・コマンドメンツは限界を越え、地面の苔を削って無様に横転し、一際分厚い巨木にぶち当たって沈黙した。

 

「ぶはっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

勝負はついた。

煙を噴き上げ、防御スクリーンをショートさせている敵ACはもはや虫の息だ。

もうロケット砲数発で片が付く。

情けをかける義理もない。

撃破して、味方に合流する。

ソラは荒れた息を整えながら、トリガーにかけた指先に、力を込めた。

 

ポツッ。

 

その時だった。

コクピットモニターの中央に、水滴が落ちてきた。

さらに続けて数滴。また数滴。

水滴は、止まらなかった。

 

ポツッ、ポツポツ、ポツポツポツッ。

 

「なんだ、これ……」

《これは"雨"……?》

「"雨"?これが……」

 

通信機の向こうでレインが口にした言葉を、ソラは繰り返した。

ACの頭部カメラが見上げた、偽物の空。

水滴がとめどなく、地上に向けて降り注ぐ。

"雨"はそのまま、激しさを増し始めた。

 

《ははは、はは……ありがたい……!》

「っ!?」

《おお、管理者よ、おお!!》

 

ソラが意識を奪われている僅かな間に、テン・コマンドメンツは体勢を立て直していた。

そしてオーバードブーストで脇目も振らずに、密林の彼方へと消えていく。

ユニオンの拠点とは真逆の方向だ。

取り逃がした。だがもう、この戦場に戻ってはこれまい。

 

《はぁ、はぁ……ふしゅー、やった……!こちらエキドナ、バトルフィールド撃破!ほんと、こいつのキャノンどういうインチキ……えっ何これ、水?何で空から水が……》

《レッドアイとグナーだ。こちらもB-3アルルカンは倒したが両機とも大幅に消耗、今から補給に入る。……"雨"か。初めて見たな》

《どういうこと?どうして今、"雨"が……こちらグナー!ヴァルナー、ゲルニカ応答して!砲台に向かった敵ACは?》

《……ヴァルナーは戦死だ。俺もザ・サンは追い払ったが、弾切れした。一度戻るぞ。それと……少しまずいことになった》

《まずい?何が……管制室、こちらグナーです!ええ、はい…………っ!?クレスト側のACに増援!?そんな……》

 

各地のAC戦が一段落したためか、緊急チャンネルが一気に慌ただしくなった。

 

「……グナー、クレストの本隊が南の河を渡ってくるのか?」

《そうみたい。固定砲台は今しがた壊滅して、ユニオン・キサラギの前線は混乱状態だそうよ。敵ACの増援は3機、ヴァルナーをやったエスペランザを入れたら計4機ね……テン・コマンドメンツは?》

「すまない、仕留め損ねた。撤退はさせたが……」

《十分な戦果だわ。これで拠点を直接狙ってきたAC部隊は一掃できたもの。……皆、いったんユニオンの拠点に集合して。補給を受けましょう》

《ちょっと待ってよ、南の部隊の救援はどうするの!?クレストの雇ったACが4機も暴れてるんでしょ?》

《エキドナ、落ち着いてモニターのAP表示を見なさい。あなたも余力はないはずよ。戻ってきてキサラギの試作型補給車を使うように。防御スクリーンの出力をある程度回復できるわ》

「戦場で防御スクリーンを?どういう技術で……」

《そんなことはどうでもいいわ。管制室は防衛ラインを大きく後退させると言っていた。ここからは時間との勝負よ。幸い、この"雨"でクレストの主力であるMT部隊の動きは鈍るはず。ACの数が5対4なら、まだ押し返せる。全機速やかに一時撤収!これは命令です!》

 

指揮役のワルキューレがぴしゃりと、レイヴン達の混乱を抑えた。

ソラは途切れることなく降り続ける"雨"を見上げながら、ユニオンの拠点にACの足を向けた。

 

 

………

……

 

 

《レイヴン、ACを5番ガレージへ入れてください。この雨の中では補給車が正常に機能しない可能性があるそうです》

「了解」

 

ソラがレインの指示通りにガレージへストレイクロウを入れて防御スクリーンを解除すると、すぐにキサラギの補給車や整備士達がわらわらと群がってきた。

片膝をついたACのコアに何本もの太ましいケーブルが接続され、徐々にだがコクピットモニター上のAPの数値が2500から回復していく。

 

《こちら整備班!レイヴン、同時に各武装類の補給と機体調整も行うぞ!》

「調整?まだ戦闘の最中だぞ」

《"雨"の中では射撃精度が大幅に狂う。レーダーもだ。FCSと索敵機能まわりの調整を受けた方がいい!》

「クレストやミラージュの品が大量に混ざってる。やれるのか?」

《出来る。"雨"のデータは持っているからな。"技術のキサラギ"に任せてくれ》

「……分かった。悪いが手早く頼む」

 

コアから引き出されたコクピットブロックに高所作業車が横付けされ、年配の整備士がソラと入れ替わりで乗り込む。

ソラは手渡されたドリンクを一気に飲み干して、大きく息を吐いた。

取り外してきた通信機には、ユニオン側の各レイヴン達が緊急チャンネルを介して逐一現状を知らせてくる。

エキドナとゲルニカは別のガレージで補給を開始したばかり、グナーとレッドアイはもうじき補給作業が完了して、先んじて偵察に出るらしい。

 

「……"雨"か。派手な水の無駄遣いだな」

 

開け放たれたガレージのゲートから外を眺めて、ソラは呟いた。

ユニオンの本拠地は、見るからに騒然としていた。

先ほどから防水シートをかぶった車両やMTが、雨粒に濡れた舗装路を忙しなく行き交っている。

温存されていた戦力が、南で苦戦している前線部隊の支援に――いや、この本拠地の防衛ラインの形成に回されるのだろう。

モア、エピオルニス、スクータム、クアドルペッドと多様なMTがガレージの前を通り過ぎていく。

 

「レイン、この"雨"はどれだけ戦闘に影響するんだ?」

《メカニックチーフに確認を取り、可能な限りデータベースも探しました。ACに関しては防御スクリーンが正常作動していれば、最小限の機動力低下で収まるはずです。実弾兵器も調整さえ受ければ発砲は可能……ですがEN兵器は空気中の水分の影響で大幅に減衰するかと》

「なるほど。武器腕レーザー主体のゲルニカは相当厳しいな……それとイクシードオービット類もダメか」

《また、AC以外の通常兵器……MT等は基本的に"雨"の中での戦闘を想定していません。応急の防水処理が出来ない前線の部隊は、火力も機動性も著しく劣化する可能性が高いですね》

「……つまり戦場はACの独壇場になる。クレストはこの"雨"が降ることを知っていて、砲台側のACを温存してたのか?」

《いえ、それはない……と思います》

 

通信機の向こうでレインが押し黙った。何かの資料を確認しているのだろう。

整備士たちの怒号と補給車が立てる甲高い機械音、そして絶え間なく外で地面を叩く水滴の音が入り混じって、非常に騒々しい。

 

《レイヴンは、"雨"のことをどこまで?》

「一般常識の範囲……要は存在を知っている程度だ。都市区や産業区ではありえない現象で、自然区でたまにあるんだっけか。これも、全部管理者がやってるんだろ?」

《はい。"雨"は地上の自然再現のための重要気象ですが、循環システムを稼働させても膨大な水量を無意味に消耗して区画の寿命を縮めるため、管理者の最上位命令で指定された日時でしか実施されません。ご存じのように実施は自然区の、特に森林地帯に限定されていますが、特殊実験区であってもその頻度は数年に一度ほどで、発生通知も管轄企業のみに限定。クレストがこのセクション614の"雨"を事前に察知する、あるいは前提として軍事行動を起こしたということはないでしょう》

「……なら、依頼主のユニオンが事前に俺達レイヴンへ伝えるべきだったな。戦況への影響があまりにもデカすぎるし、EN兵器の使用が限定されるならなおさらだ」

「いや、実際のところそれも難しかった」

 

コクピットシートから出てきたキサラギの整備士が腕で汗を拭い、ソラとレインの会話に割り入ってくる。

 

「"雨"はつい先月降ったばかりだからだ」

「先月?数年に一度じゃないのかよ」

「そうだ。だから、今日の"雨"は我々キサラギも、当然ユニオンの連中も予測していなかった」

《こんなところでも管理者の異常が出ている……のかもしれませんね》

「ああ……すまん、各作業が終わった。レイヴン、確認を頼む」

 

ソラはコクピットに再び入り、コンソールで調整内容を確認する。

弾薬は全回復し、各数値はFCSとレーダーと姿勢制御周りのものだけが最小限弄られている。

短時間で見事な手際だった。

 

「整備士、これで外の"雨"に対応できるのか?」

「出来るはずだ。キサラギがこのセクションで集めてきた実際の気象データを元に調節してある」

「……助かる。APは7000……これ以上は無理か?」

「今の試作型補給車ではこれが限界だな。弾薬は何とかしたがこればかりは……」

「十分だ。AC戦もやれる数字だからな。……グナー!こちらストレイクロウ、補給完了!いつでも出られる!」

 

通信機に報告を入れ、ソラは整備士達に退避するようスピーカーで促した。

ACの周囲にひしめいていた車両や人員が蜘蛛の子を散らすように離れていく。

 

《エキドナです!こっちも整備OK!》

《ゲルニカだ、AP6500で出られる。……これほど激しい"雨"の中ではレーザーがどうやっても無理らしい。すまんがここからは最低限の支援しかできんぞ》

《こちらグナー!現在、レッドアイと前線に先行中。だけど、4対2じゃ追い返されて勝負にならない。最低限の妨害が精いっぱいだわ。クレスト側のAC達はしつこくユニオンの前線部隊を攻撃してる。……防戦しつつ後退しているけど、多分壊滅するわね》

「了解、すぐに出る。相手のACはアップル……D-6エスペランザを入れた4機だったな。他に誰が来てるんだ?」

《レッドアイが全機確認済みだ。C-2スタティック・マン、C-5ダブルトリガー、E-10テンペスト》

 

テンペスト。

防御スクリーンが再起動し、立ち上がったACの振動に身体を揺さぶられながらソラはその名前を噛みしめた。

先日レイヴンになった傭兵としての恩師、スパルタンが自慢していた機体だ。

さらに同期のアップルボーイや、かつてアリーナで戦ったトラファルガーもクレスト陣営にいる。

その事実に何の感慨も沸かないほど、ソラは冷徹ではなかった。

 

《全機、本拠地南の指定ポイントで合流して。5対4で一気に逆転しましょう》

《よし、エキドナ行きます!待ってて!》

《ゲルニカもすぐに向かう。細かな作戦プランは現地だな?》

《ええ、出来るだけ急いで。AC戦を制すれば、この"雨"を利用してまだ挽回できるはずよ》

 

急かすワルキューレの声を聞きながらソラは舗装路の上でACを飛翔させ、オーバードブーストを起動する。

密林の上を効率的に飛行していけば、指定ポイントまでは数分の距離だ。

ソラは頭に浮かんだスパルタンやアップルボーイの顔をかき消しながら、急加速に身を任せた。

雨粒が猛烈な勢いで防御スクリーンの上で弾けては蒸発していく。

見たことも無いほどに分厚くどす黒い曇り空が、視界の上方に広がっている。

まるで、夜の中を飛んでいるような気分だった。

 

「……!?」

 

ほんの一瞬、真っ暗な偽物の空が白く光った。

見間違いではなく、確かに閃光を放った。

だが、それが何を意味するのか、ソラには分からなかった。

 

 

………

……

 

 

「超大型ミサイルだって?確かなのか?」

 

ソラは思わず、目の前の白い軽量二脚ACに聞き返した。

先行した2機が待つ合流ポイントに到着した矢先のことだった。

 

《管制室に複数の偵察報告があったらしいわ。……場所はここ、河の向こう岸の密林の中。かなり前まで出てきてる》

「陽動やブラフの可能性は?この"雨"の中で撃てるかよ、そんなもの」

《"雨"のデータはクレストだって持っているはずよ。絶対撃ってこない保証はできないの》

 

ワルキューレの返しに、ソラは呻いた。

まだエキドナとゲルニカは合流してきていない。

この場には、ストレイクロウとグナーとレッドアイの3機だけだった。

降りしきる雨は、ますますその勢いを強めている。

防御スクリーンで弾け飛ぶ水滴が多過ぎて、もうモニターを見つめているのが苦痛なほどだ。

 

《形状からして5年前のアヴァロンヒル西部攻防戦の最終盤で使用された、クレストの虎の子だそうよ》

《……確か当時逸脱行為に認定されて、管理者が使用と製造を禁止したはずだがな。結果的にクレストとミラージュの勢力が落ち込んで、キサラギの躍進のきっかけになった兵器でもある》

《あなたもレイヴンなら、アヴァロンヒル西部の話は聞いたことあるでしょう?レイヤードの天井板を吹き飛ばした代物だから、本拠地に撃たれればユニオンもキサラギもひとたまりもない。クレストがここまで本気だとは思わなかったわ……誰かが止めないといけないのよ》

 

以前レジーナと共にミラージュの部隊を急襲した戦場で、ソラもその巨大な天井板を見ていた。

アヴァロンヒルに深々と突き刺さってそびえ立つ、高層ビル以上の高さと分厚さを有した戦争の残滓。

どうやってあんなものを引き剥がしたのか分からなかったが、それをやってのけた兵器が南方に迫っているというのだ。

 

「急行や緊急離脱ができるオーバードブーストを搭載してるのは、俺のストレイクロウだけ……か」

《そういうことよ。この"雨"の中では正確なミサイル迎撃は不可能。もし発射されれば、それだけで決着をつけられてしまう》

「だけど、クレストのAC4機は……」

《4機とも、河を渡ってユニオンのMT部隊を追ってきてるわ。クレストの精鋭達もね。川の増水で奴らも分断されてるから、そこまで防衛網は分厚くないはず》

《私の見た限り、エスペランザは相当消耗していた。おそらく戦線から離脱する。お前が抜けても戦況は4対3で、まだ私達が数の上では有利だ》

「…………」

 

迷っている時間はなかった。

ソラが、行くしかなかった。

 

「……了解。俺がやる」

《お願い、ストレイクロウ》

「状況が二転三転するな。ほんと、面倒な依頼だ」

《同感だな。だが、その分乗り越えがいがあるだろう?高く飛ぶため……だ》

「ははは……終わったら、皆でユニオンに報酬の増額をせびってやろうぜ」

《ええ、当然の権利よね。……まったく、ロイヤルミストもロイヤルミストよ。好き勝手する癖に、毎度厄介ごとは他人任せなんだから。少しは自分で後始末を……ごほんっ。まあ、それはいいわ。ストレイクロウ、私のオペレーターが作成したルートデータを送るからそれを見て動いて。東から少し迂回するといいわ。途中の妨害をかわせるはずだから》

「ああ……行ってくる!」

 

グナーとレッドアイを置き去りにして、ストレイクロウはまた雨の中にオーバードブーストで飛んだ。

 

《……状況は通信で聞いていた。試し撃ちしたが、やはり武器腕もイクシードオービットも駄目だ。だが、ここまで来たら俺は最後まで付き合うぞ》

《あたしもだけど。ねえ、それよりさっきから"雨"に混じって変な音がしてない?ゴロゴロって唸るような……》

《うん?……確かにな。何の音だ、これは……?》

《エキドナ、レッドアイ、そろそろ集中しなさい。正念場よ。……私達も南に向かいます!敵AC達がミサイルの防衛に引き返したら面倒だわ!こちらから仕掛けて、釘付けにする!》

 

ワルキューレが面倒見よく仕切る声を聞きながら、ソラは黙って独り密林の中を進んだ。

レーダーに反映させたルート表示を頼りに木々を轢き倒し、ENに余裕ができればオーバードブーストを使って加速して、河を目指してひたすら南下していく。

立ち並ぶ木々、そして猛烈な"雨"の中をずっとそうして押し進んでいると、ソラの中に不思議な感覚が芽生え始めた。

まるで偽物の空ではなく、本物の空の下で動いているような、現実と乖離した感覚。

少なくとも頭の上にある黒々とした曇天と、降り注ぐ水滴の束は、ソラが今までの人生で目にしたことのないものだった。

それはいわばレイヤードが、この地下世界そのものが生きていると思えるような、奇妙な実感。

企業の想定すら完全に上回るこの"自然"の表出はまさにレイヤードの息遣い、いや、もっと言えば管理者の――

 

《レイヴン、もうすぐ目標地点です。ルート上の妨害はありません。攻撃準備を》

「……ん、分かってる。……ミサイルの横腹にロケット一発ぶち込めば終わりだ。すぐに片づけて、グナー達に合流してやる」

 

一際大きな巨木を回り込むと、密林の中に少しだけ開けた空間があった。

ストレイクロウは足を止めることなくブースタを吹かして猛進する。

ふと、ソラは視線を上げた。

また偽物の空が一瞬白く光ったからだ。

そして頭部COMが雨音に混じって拾った、何か不気味な唸り声。

 

《ミサイルまで距離1000!レイヴン!》

 

しかし意識が逸れるより先に、ストレイクロウは密林を突破しきった。

河の濁流が、モニターに映し出される。

視界を素早く左右に振る。

見つけた。向こう岸の密林の、奥の奥。

巨木群よりもさらに高く起立する、馬鹿げた大きさのミサイルがあった。

ここから狙撃はできない。

ロケットの有効射程距離まで、もう少し近づく必要がある。

ACの襲来に気付いた河辺のスクータムが5機、バズーカとシールドを突き出して近寄ってきた。

 

「邪魔だ!」

 

唾を飛ばし、ソラはブースタを吹かした。

増水した河を一息で飛び越し、"雨"のせいでまるで狙いの定まらない弾幕の中をすり抜けながら木々をへし折って密林に突入して、肩のロケット砲を起動しつつそびえ立つミサイルに接近する。

すると、歯を食いしばって睨みつけていたミサイルの先端が、僅かに北へ傾いた。

 

《ミサイル発射態勢!急いでください!!》

 

レインが急かしたのと同時に、前方の木影からスクータムとエピオルニスがわらわら現れる。

相手をしている暇などない。ソラはACを木々の隙間から舞い上がらせた。

空がまた白く光った。

ミサイルが若干震え、そしてついに、密林の中からその巨体がゆっくりと飛翔し始める。

遅かった。いや、まだ間に合う。まだやれる。

距離800、ロケットの射程範囲ギリギリ。だが、少しでも近づきたい。確実に当てるために。

全神経を集中したソラ。

目標の先端を凝視し、ロケット砲の射線を示すガイドラインを操縦桿で微調整しながら、フットペダルを踏み込む。

しかしミサイルの総身が、密林から現れた。緩やかだった飛翔速度が確実に、加速し始めている。

ダメだ、これ以上は。今撃たないと。撃つしかない。

そう直感し、今にも空高くに舞い上がらんとする大型弾頭に向け、トリガーを――

 

その時。

空から一筋の光が落ちて、ミサイルを貫いた。

 

全てが止まったような気がした。

超大型ミサイルが空中で止まり、ACがロケットを放つ直前で止まり、火器を持ち上げたMT達が止まり、雨粒が止まり。

瞬間、ミサイルがひび割れながら、不自然に膨れ上がった。

 

ズァッ。

 

放たれた閃光がソラの視界を焼き、爆音が遅れて鼓膜をつんざき、さらに遅れて炎の渦と衝撃波が吹き荒れる。

ACもMTも紙のように弾き飛ばされ、周辺の樹木は片っ端から蒸発した。

火柱が高々と上がり、そのまばゆい輝きが曇天も密林も照らし尽くした。

まるで、人工太陽が地上に落ちたかのようだった。

炎の渦は荒れに荒れ、のたうちにのたうち回り、激しいプラズマの奔流を生みつつ、やがて雨雲を押しのけて巨大なきのこ雲を発生させた。

 

《……イヴン!返事をし……さい……ヴン!!》

 

乱れる通信で必死に呼びかけてくる専属オペレーター。

ソラはシートに座ったまま全身を激しく揺さぶられ、コクピット内にもはや何を知らせているかも分からない大量のアラートが鳴り響く。

半分近くブラックアウトしたモニターに映っているのは、光輝く渦と煙だけだ。

ソラは歯を食いしばり、操縦桿を強く握りしめながら、ひたすら衝撃と地響きに耐えた。

次の瞬間に防御スクリーンが消滅し、自分はACごと蒸発するかもしれない。

そんな恐怖を噛みしめながら、超大型ミサイルの法外な威力の余波に耐えるしかなかった。

 

次第に、破裂した光の奔流が薄れていった。

思い出したかのように、"雨"の雫がまたACのモニターを濡らし始める。

防御スクリーンをショートさせつつも、何とか立ち上がったストレイクロウ。

周囲には密林の代わりに、見渡す限りの火の海だけが広がっていた。

妨害してきたクレストの部隊すらまとめて消し飛んだらしく、ミサイルの爆心地近くで動くものはソラのACだけだ。

 

「ぐっ……っ……はぁ、ど、どうなったんだ……?」

 

混濁する意識と全身を軋ませる痛みと激しい耳鳴り、そしてあまりにも様変わりした景色のせいで、ソラは現状を理解するまでに少々の時間を有した。

通信障害がある程度回復し、レインが何度か呼びかけてきてようやく、ミサイル攻撃を阻止したという実感が沸いてきた。

APは残り2000弱。

ミサイルからある程度の距離を空けて爆発を浴びたのにも関わらず、一撃で5000以上のAPが消し飛んでいる。

もしもあと少しACをミサイルに接近させていれば、防御スクリーンが爆発に耐えきれずに死んでいたかもしれない。

 

《レイヴン、ミサイルの発射阻止は成功です!これで戦況はもう……》

「いや、俺がやったというより、空から光が落ちてきて、それで……」

《空から光、ですか?……まさか、"雷"……?》

「"雷"?……まあいい。とりあえず、報告だ。グナー!こちらストレイクロウ!そっちからも見えただろうが、ミサイルの発射阻止に成功!グナー、応答してくれ!」

 

ピピー、ガガガ、ガガ、ピー。

 

グローバルコーテックスの緊急チャンネルから返ってきたのは、雑音だけだった。

さすがの管理者専用通信網もあれだけの爆発の後では、一時的に機能不全に陥るらしい。

だが、レインとはこうして通信が出来ているのに、なぜより強靭な回線である緊急チャンネルが使えないのか。

ソラは少し違和感を覚えつつも、とりあえず撤退しようとした。

しかし。

 

《ミサイル……失敗!待機部……余波で……害甚大!》

《クソ、本社に……仰げ!……てくれたな、レイヴンめ!》

《待ってくだ……応多数、あれは……?》

《MT?どうやって我……後方に!?》

《スクータ……カバルリー?……ミラージュなのか!?》

 

ACの頭部COMが、いくつかの通信を傍受した。

超大型ミサイル爆発の余波がまだあるのか、あるいは妨害電波か、その通信は鮮明ではない。

だが、クレストのものであることは分かった。

今周辺にいる可能性があるのは、クレストの部隊だけだからだ。

 

「……クレストの後方に、カバルリー?何がどうなって……」

 

不審に思ったソラがコンソールを操作し、傍受範囲と精度を引き上げた直後だった。

 

《う、うわぁぁあぁっ!》

《何だこいつら、スクータムの速度じゃ……》

《この"雨"の中で、どうやってレーザーを……ぐぁぁっ》

《レイヴン達を呼び戻せ!早く!》

 

嫌な予感がした。

ソラは反射的にオーバードブーストを起動し、ユニオンの本拠地の方角に向かってすぐさま飛翔した。

 

「レイン!緊急チャンネルが使えなくなってる!何とかそっちでグナーのオペレーターに直接確認してくれ!本社にいるだろ!グナー達の状況を知りたい!」

《ま、待ってください、何とかします!》

 

あれほどの大爆発を受けてもまるで意に介さず、降ることをやめない雨。

降り注ぐ大量の水滴が濡らし続ける密林の上を、ストレイクロウは出来る限りの速度で戻った。

予感は胸騒ぎに変わり、そして焦りが頭の中で大きくなっていく。

 

「グナー!レッドアイ!エキドナ!ゲルニカ!応答しろ!おい!」

 

やはり、緊急チャンネルからは反応がなかった。

仕方なく通信を通常回線に切り替えて、再度呼びかける。

それでも、反応はない。

通常回線が繋がる範囲には、いないのだろうか。

そうしてストレイクロウが何とか、先ほどの合流ポイントまで引き返した時だった。

 

《レイヴン!ユニオン本拠地を所属不明のMT部隊が襲撃しているそうです!グナー以下、引き返した4機のACが現在防戦中!敵MTは……異常な高性能を発揮!》

 

来た。

来たのだ。

管理者が。

管理者の"実働部隊"が。

 

ソラは顔面を引きつらせたまま、もう一度オーバードブーストを起動した。

とにかく一刻も早く、ユニオンの本拠地に戻らないといけない。

密林の緑を振り払い、高速で空へと駆け上がったストレイクロウ。

その頭部カメラは、遠方の基地を捉えていた。

基地では既に火線が飛び交い、激しい交戦状態にあった。

ユニオンの管制室は、キサラギの部隊は、そして僚機のレイヴン達は、無事だろうか。

急げ、急げ。

そんな全身が泡立つような焦燥が判断ミスを生み、オーバードブーストが誤ってジェネレーターのEN容量を喰らい尽くして、ストレイクロウを密林の中へと落下させた。

 

「クソったれ!何やってんだ、俺は!」

 

チャージングのアラートを鳴らすスピーカーを苛立ちに任せて殴りつけ、ソラはそれでもACの脚部を懸命に走らせた。

立ち塞がる邪魔な木々を体当たりとロケットで乱暴に蹴散らし、何とか早く基地まで帰還しようともがく。

早く、少しでも早く戻らなければ。

落ち着け、落ち着け。

そんな言葉を繰り返し呟きながら、ジェネレーターの復調を待つ。

だが。

 

《レイヴン》

 

そんなソラに、通信機から、語りかける声があった。

男と女が入り混じったような、無機質で無感情な声。

ソラは思わずACの足を止め、視線をゆっくりと、通信機に落とした。

 

 

《フェーズ2、終了。フェーズ3へ、移行》

 

 

かつてファルナ研究所やルグレン研究所で聞いた、あの声だった。

 

またしても空が白く光った。

直後。不可思議な力が轟音を響かせながら、ソラの眼前の巨木を爆散させた。

 

ソラは呆然と、激しく炎上を始めたその木を見つめた。

レインが"雷"と呼んだ、空からの光。

その理屈なんて分からないし、どうでもいい。

しかしその一撃はまるで、ソラに対する宣告に思えた。

 

 

管理者が――地下世界の神が、動き出すのだと。

 

 

偽物の空が降らす"雨"は、やみそうになかった。

 

 

 




今更ですが、本作では強化人間オプションのINTENSIFYは出ない予定です。
なので、テン・コマンドメンツは技量で無理やりチェインガンを運用している設定になります。

両陣営のレイヴンを載せておきます。

◆ユニオン側
B-4ワルキューレ(グナー)
C-1ソラ(ストレイクロウ)
C-4ホスタイル(アトミックポッド)→死亡
C-6ファナティック(レッドアイ)
D-2レジーナ(エキドナ)
D-5スウィートスウィーパー(ヴァルナー)→死亡
E-2ゲド(ゲルニカ)

◆クレスト側
B-3コルレット(アルルカン)→死亡
B-6サイプレス(テン・コマンドメンツ)→撤退
C-2ストリートエネミー(スタティック・マン)
C-5トラファルガー(ダブルトリガー)
C-9バーチェッタ(カルマ)→死亡
C-10サンダーハウス(バトルフィールド)→死亡
D-6アップルボーイ(エスペランザ)→撤退
E-5コールハート(ザ・サン)→撤退
E-10スパルタン(テンペスト)

これまでの話で死亡したレイヴンが多いため、ランク設定は必ずしもゲーム本編と同じではありません。
また、どうしても名前だけ出演する形式が多くなってしまっています。何人かは今後も絡む予定です。

ゲーム本編だと一つの戦場にここまで多くのレイヴンが投入されることはありません。
ただ、3のデータバンク侵入やSLの旧基幹要塞制圧などの描写からして、大規模作戦ならばありえなくはないだろうということでこういう描写にしています。
ご了承ください。


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新体制

更新が滞っていてすいません。
ここからゲームの進行度的には終盤に入ります。
そろそろAC6の新情報が欲しいですね。実機のプレイ画面とか。


キサラギ管轄の第一層特殊実験区セクション614最北端、機密ゲート。

開放された巨大なセクションゲートの前にはユニオン・キサラギのMT部隊や車両群が粛々と長蛇の列を形勢して、少しずつこの密林生い茂るセクションから撤退していた。

 

《こちらレッドアイ、東方に敵影なし。ストレイクロウ、そっちはどうだ?》

「こちらストレイクロウ。西側も大丈夫だ」

 

今のところはな、と付け加えてソラはレーダー表示から視線を切り、ACの頭部カメラを上方に向けた。

大粒の"雨"が、偽物の空からやむこと無く降り続いている。

それだけではない。黒く分厚い雲はまるで地鳴りのような唸り声をあげ、時折白く光っては恐ろしい破裂音を響かせていた。

"雷"と呼ばれる、自然現象の一つらしい。

クレストの超大型ミサイルを貫き、そして管理者の"実働部隊"の襲来を告げた号砲だ。

 

結局、防衛ラインを敷いて守っていたユニオンの本拠地は、あれから間もなく放棄された。

ソラが帰還した時には既に、実働部隊の猛攻によって基地施設は壊滅させられ、AC"ゲルニカ"を含む多数の味方戦力が戦闘不能に陥っていた。

ゲルニカのレイヴンであるゲドは幸いにも死亡はしていなかったが大怪我を負い、スクラップになった愛機と共に、一足先に輸送機で空へと消えた。

 

今こうして敵襲を凌いで撤退作業に付き添っているACは、ストレイクロウ、グナー、レッドアイ、エキドナの4機だけだ。

セクション南部に陣を敷いていたクレストからの追撃はない。

おそらく、あちらでも撤退が始まっているのだろう。

もはや交戦を継続することすらままならないほどに、両軍とも実働部隊の猛威に脅かされているのだ。

 

《……レッドアイだ。各機へ通達。東から敵増援が接近……10機だ。……速い。やはりクレストじゃないな》

《あいつらまだ来るの?しつこいわよ、いい加減……!》

《エキドナ、あまり前には出ないようにしなさい。グレネード切れてるでしょう?ゲルニカみたいになるわよ》

《……分かってる。でも、援護はするから》

「気負うなよ。撤退が終わるまでの辛抱だ」

 

後輩のレジーナをなだめながら、ソラは愛機の足を東へと向けた。

ブースタで撤退中の部隊の頭上を通り過ぎ、迎撃に向かう。

ストレイクロウの多機能型レーダーにも、敵影が映った。

確かに速い。通常のMTの速度ではない。

つまり、管理者の部隊ということである。

 

睨みつけていた密林の隙間から、MT部隊が現れた。

まず滑り出てきたのはクアドルペッドだ。本来はキサラギの高級MTである。

その後ろでスクータムがシールドに半身を隠し、バズーカを構えながら真っ直ぐ高速で向かってくる。

ソラはモニター左上のAP表示に一瞬、視線を走らせた。

自分も含め、僚機のAC全てがAP2000を切っている。

満身創痍もいいところだ。

 

《散開!1機ずつ確実にしとめて!》

 

ワルキューレの指示のもと、AC4機が扇のように広がる。

距離500。MTのパルスやバズーカが一斉に火を噴いた。

通常のMTとは比べものにならない連射速度。

 

ソラは必死の形相で弾道を見切り、操縦桿を振り回して砲撃を回避しきった。

最も近いクアドルペッドに向けて、中型ロケットを放つ。

しかし、人が乗っていては到底不可能なほどの急制動からの切り返しで、砲撃は容易く躱された。

次の一手を思考する暇もなく、クアドルペッドは猛烈な加速で突進してくる。

投擲榴弾を進行方向に向けて放った。

やはり急停止から反撃のパルスが乱射される。

だが、こちらも有効射程距離。

ストレイクロウの右腕のマシンガンが唸り、一発被弾したパルス光弾の、数倍の弾丸を浴びせ返した。

クアドルペッドは無秩序なまでの高機動で躱そうとするも躱しきれず、脚部に被弾してそのまますっ転んだ。

撃破はできていない。だが、無力化した相手に意識を割いている余裕などない。

次に迫ってきたスクータムがバズーカをストレイクロウに向けて突っ込んできた。

時速300kmに達するほどのブースト速度は、息を落ち着ける間すら与えてくれなかった。

 

「……!」

 

砲口はこちらを捉えている。が、撃ってこない。

距離を詰めて確実に当てる気か。そういう判断すら出来るのか。

そこまで考えてソラは、すぐさま左腕の投擲銃を放った。

榴弾が胸部装甲に当たって爆裂し、のけぞったスクータムが直後、バズーカを上空に誤射する。

一瞬の差だった。

バランスを崩したまま突進してくる敵機の腹を、ストレイクロウは中型ロケットで貫いた。

 

《ごめん、抜かれた!》

 

レジーナの切羽詰まった通信が耳に飛び込んでくる。

誰も応答できなかった。

レッドアイに突っ込んでいたスクータムが爆散。

グナーが空中から撃ち下ろしたスナイパーライフルが、クアドルペッドをしとめる。

ストレイクロウの前に、2機目のスクータムが来た。

捕捉を振り切るように機体を不規則に揺らして後退しつつ、ソラはトリガーを引いた。

マシンガンが唸り、まずバズーカを、次いでシールドを、そして本体の足を蜂の巣にした。

 

《これで…2機目!あと何機!?》

《2機逃がしたぞ!クアドルとスクータム!》

《こなくそぉっ!》

 

前方にもう敵はいない。

ソラは急いでストレイクロウを180度切り返した。

撤退中の車両が、砲撃を受けて何台か吹き飛ぶのが見えた。

焦りで思わず舌打ちが漏れる。

オーバードブーストで暴れ回る敵機に迫り、背中にロケット弾を見舞って、沈黙させた。

もう1機をしとめたのは、グナーの狙撃だった。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

心臓が口から飛び出そうなほどに、ソラの息が荒れる。

極限状態もいいところだった。

バズーカが数発直撃すればもう後がないほどのAPで、防衛戦を強いられているのだ。

通信機からも、他のレイヴン達の苦悶の呻きが聞こえてくる。

正直言ってもう一度、襲撃があれば――

 

《全機、警戒を継続して。もうすぐ撤退作業が完了するわ。……何とか、頑張りましょう》

 

ワルキューレの弱々しい発破に汗を拭い、ソラは操縦桿を握り直した。

鼻の奥がツンとして、頭がガンガンと締めつけられるように痛い。

集中のし過ぎかもしれない。

密林でのAC戦から超大型ミサイルの発射阻止、そしてこの撤退部隊防衛と、通常の依頼の数倍の仕事量をこなしているのだ。

 

《っ、やば……鼻血出た》

 

通信機の向こうで、レジーナがぽつりと呟いた。

何とか体勢を立て直して撤退を再開した混成部隊を見つめながら、ソラは詮無きことを思った。

 

この依頼は成功なのか、それとも失敗なのか、と。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:レイン・マイヤーズ

TITLE:情報共有

 

夜分遅くに失礼します。

先日のミッションはお疲れ様でした。

 

各社の報道は確認していますか?

 

ユニオン・キサラギとクレストの決戦が正体不明部隊の乱入で痛み分けに終わった後、同様のものと思われる高性能MT部隊が各地で目撃され始めています。

報道されているだけでも、第一都市区、第二都市区、産業区に部隊が出現し、企業の関連施設のみならず民間人にも多数の被害が出ています。

また、無用な混乱を避けるために報道こそされていませんが、第一都市区の生活用水を管理するバレルダムに対しても襲撃があり、レイヴン数名が対応して最悪の事態を未然に防ぎました。

正体不明部隊の攻撃はあまりにも無差別で、まるでレイヤード市民全てを標的にしているかの動きが目立ちます。

 

この事態を受け、ミラージュ、クレスト、キサラギの3社及びグローバルコーテックスによる緊急会議がとり行われました。

コーテックス上層部からの報告によれば、正体不明部隊はやはり、管理者によって指揮される"実働部隊"だという認識が持たれたようです。

 

とにかく前例のない事態が続いています。

そこで、コーテックス所属の全レイヴンに対して、情報共有や今後の方針対応も含め、近日中に非常招集をかける予定です。

詳しい日時が決まり次第、改めて連絡します。

 

おやすみなさい。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

第一層第二都市区セクション301、グローバルコーテックス本社ビル。

30階でエレベーターを降りたソラは、"中央講堂"のネームプレートが掲げられた大扉へと近づいていった。

大仰な扉だった。このビルにありがちな無機質さはなく、厳かな装飾が細かく施され、どっしりと分厚く格式ある風情を醸していた。

どこからどう見ても、普段使いをする場所ではない。

何か特別なことに使われていそうな場所だった。

それこそ、今日の非常招集のような。

 

待機していた職員に促され、ソラが扉横の生体認証端末に手をかざすと、ゴゴゴと重たい音を立てて大扉が開いた。

大扉に相応しく、中はとても広かった。

カレッジの講義室のような階段状の空間で、床には真紅の絨毯が敷かれ、規則正しく並ぶ机と椅子の正面には巨大スクリーンが備え付けられている。

金持ち用の映画館みたいだ、と職員から資料を受け取りながらソラは思った。

 

「よう、C-1ランカー」

 

ぼんやりとスクリーンを見上げていたソラの死角から、声がかけられた。

一度聞いたら忘れない、低音ながら刺すような鋭さのある声だ。

振り向くと、最前列の机の上にえらそうに厚手のブーツをどかっと乗せた、粗野な大男がそこにいた。

その隣にいるのは、ユニオン防衛作戦でも協働したワルキューレだ。

 

「……ロイヤルミスト」

「ワルキューレに聞いたぞ。サイプレス……テン・コマンドメンツを仕留めそこなったんだってな。何やってやがる、間抜けめ」

 

Aランカーのいきなりの暴言に、ワルキューレが何か言いたげに口を開こうとしたが、注意するだけ無駄だと思ったのか、頬杖を突いて目を逸らし、むすっと押し黙った。

 

「なら、あんただって間抜けだろ。仕留めそこなったのはお互い様だ」

「はっ……とっとと行け」

 

ロイヤルミストは顎で斜め後方をしゃくり、その後は大きく欠伸をして、シートに背をもたれた。

もうそれ以上つっかかってくる気はないらしい。

ソラは講堂を見渡した。

通常の研修室のゆうに5倍以上の広さ、数百は席がある中央講堂には、既に何人ものレイヴンが着席していた。

2、3人で固まっているレイヴン達もいるが、基本は皆間隔を開けてバラバラに座っている。

最後列の端には、赤い眼帯をした黒髪のファナティックがいた。

スケッチブックに、何かを熱心に描いている。

 

「先輩、先輩」

 

見ると、中央付近の席で立ち上がったレジーナが身振り手振りで激しく主張してきた。

無視――する理由もないため、そのまま隣まで行き、席に座った。

妙に勝ち誇ってふんぞり返るレジーナ。

ソラは気にせずに、入口で貰った資料に目を通した。

 

配布資料は、近頃盛んに報道されていた各地の正体不明部隊襲撃の詳細をまとめたものらしい。

都市区や産業区を襲った部隊の情報は、ソラも逐一チェックしていたが、中には知らない事件もいくつかあった。

各企業の重要施設への襲撃情報だ。

レインがメールで言っていた通り、一般には報道されていないケースも多数あるようだ。

 

「先輩、こういうことって今まであったの?」

「何が」

「レイヴンの非常招集」

「……ないな、俺は初めてだ」

「ふーん。じゃ、やっぱあいつらのせいか……あ、ミラージュの何とかブリッジまたやられてる」

「あのー……隣、いいですか?」

 

ソラとレジーナが資料から顔を上げると、頬がほのかに赤い、見知った少年が気まずそうに笑っていた。

頭には包帯、右腕にはギプス、左腕は松葉杖をついている。

 

「アップルボーイ……どうしたんだ、その怪我」

「いやぁ、前の依頼で撤退中にクレストのミサイルに吹き飛ばされちゃいまして……ははは」

「……あー……」

 

ソラは気まずさに額をかいた。

ユニオン防衛戦で、アップルボーイのACエスペランザは消耗激しく途中で戦線を離脱したはずだ。

おそらくその際に、ソラが超大型ミサイルを阻止した余波を受けたのだろう。

ユニオン陣営にいたゲドも、生き残りはしたが入院して絶対安静状態だと聞いていた。

とはいえ、戦場に出るとはそういうことだ。

それに、グローバルコーテックスの高度医療ならばほとんどの怪我は後遺症なく治るだろう。

陣営を分かれて対峙した遺恨を引きずっているわけでもなく、気安く話しかけてくる同期のアップルボーイにソラは特に何も言わず、席を詰めてスペースを開けた。

 

「あ、ソラさんはあの時ユニオン側にいたんですよね?ぶつからなくてよかったです」

「……そうだな。というかお前、そんなボロボロの身体で招集にくるなよ。病院で寝てればいいのに」

「そうはいきませんよ。全レイヴン参加の非常招集だって書いてあったし」

「あれ?参加不可能なら後で資料と議事録送るって書いてなかったっけ?」

「あっ、そういえばそうでしたね……でも、せっかく来ちゃったし……いたた」

「うーん……顔は及第点だけど、間が抜けてる感じが減点」

 

座ろうとしただけで苦しそうに呻くアップルボーイ。

そんなアップルボーイを、腕を組んでえらそうに品定めするレジーナ。

ソラは歳下のレイヴン2人に席を挟まれ、それとなくため息をついた。

 

「ああっ!?Aランカー様だか何だか知らねえが、俺の栄光のキャリアにケチつけるとは良い度胸だな!!」

 

講堂の最前列で野太い声が張り上げられる。

視線を送ると、これまた馴染みの巨漢が、ロイヤルミストに絡んでいた。

ワルキューレが2人の間に割って入り、取っ組み合いにならないように必死に仲裁している。

ソラのMT乗り時代の恩師、スパルタンだった。

どうやらロイヤルミストが不躾な発言をしたらしい。

 

「ありゃー、ワルキューレさんも大変ねー。面倒見が良い人って、だいたい損する立場よね」

「あれEランカーのスパルタンさんですよね?悪い人じゃないですよ。戦場で一緒になりましたけど、頼りがいもあったし」

「いいや、あたしのクソ親父センサーが告げてるわ。あれは酒癖悪いタイプ。多分、呑んできてるわね。さいてー」

「そんなまさか……まだ昼間ですよ?それに非常招集あるってメールが来てたのに」

 

ソラを挟んでひそひそと囁き合うアップルボーイとレジーナ。

ソラはじっと腕を組んで我関せずの態度を貫いていたが、ロイヤルミストから離れたスパルタンの視線が不意に向いてきた。

そのままむさ苦しい大男がのしのしと階段を上がってくる。

 

「よう、林檎少年。席詰めてくれや」

「あ、はい。お疲れ様です、スパルタンさ……ん」

「ちょっと、お酒臭いわよおっさん!昼間から呑んでんじゃないわよ!」

「ばっきゃろー、気つけ程度にしか呑んでねえよ!非常招集だっつーから気合入れて来ねえとな?な、ボウズ」

「……俺に振らないでくれよ、旦那」

 

スパルタン、アップルボーイ、ソラ、レジーナが並んで座る講堂の中央。

多くのレイヴンが来ている以上、騒いで目立つのは避けるべきだったが、豪放なスパルタンと勝気なレジーナのせいでそうもいかなかった。

中年と少女の間でギャーギャーと他愛のない言い合いが始まり、アップルボーイは赤みのある顔をさらに真っ赤に染めて恥じ入り、ソラは腕を組んだまま天井を仰いでひたすら黙っていた。

そうこうしている間にも、バラバラとレイヴン達が講堂に入場してくる。

騒ぐソラ達を見て鼻で笑う者、呆れる者、楽しそうに野次る者、完全に無視を決め込む者、反応は様々だった。

 

そうしてそれなりの人数が集まったように見えた時。

前方のスクリーンの前に、一人の青年が歩み出た。

 

「レイヴン諸君、今日はよく来てくれた」

 

講堂中に、よく通る声だった。

金髪碧眼のその青年は長身の背筋をピンと綺麗に伸ばし、全身から自信と覇気が満ち溢れているような、ただならぬ雰囲気を醸し出している。

 

「多くの者には初見となるな。A-1ランカー"エース"だ。よろしく頼む」

 

講堂が俄かにざわついた。

無敗でアリーナの頂点を極めたというレイヴン、エース。

3人しかいないAランカーの中でも最強を謳われる、渡り鴉の王者だった。

 

「やば、超イケメン……」

 

息を呑むレジーナ。食い入るように見惚れるアップルボーイ。鼻毛を抜くスパルタン。

 

「多忙を極める諸君にわざわざ集まってもらったのは他でもない。グローバルコーテックスの、ひいては私達レイヴンの今後について話すためだ」

 

最前列で、ロイヤルミストが手を挙げた。

エースが目配せし、発言を促す。

 

「この会議はトップランカーサマが仕切んのか?コーテックス上層部は何やってる」

「まさか。私は挨拶を求められたから壇上に上がっただけだよ。本題はこの後上層部がする。ただ、その前に一言だけ言わせてくれ」

 

エースは講堂をゆっくりと時間をかけて見渡し、その後口を開いた。

 

「レイヤードは今、未曾有の事態に直面している。我々レイヴン一人一人の戦いが、この地下世界の行く末に直結する時が来たと言っていい。そのことを念頭に置いて、これからの話を聞いてほしい」

 

エースはもう一度、まばらに席に座ったレイヴン達に視線を送り、軽く会釈をしてスクリーンから離れた。

そのまま、最前列のロイヤルミストの隣に腰かける。

ロイヤルミストはそっと、机に乗せていたブーツを下ろした。

どうやらエースは、今回の非常招集で話される内容について、事前に知らされているらしかった。

 

「えー、ここからは我々グローバルコーテックスが話をします。各レイヴンにおかれましては、スクリーン及びお手元の資料をご覧ください」

 

眼鏡をかけた神経質そうな痩せぎすのコーテックス担当官が、スクリーンの脇でマイクとリモコンを手に持って話し始めた。

照明が落とされ、大型スクリーンに戦闘の映像が映り始める。

木々がへし折れて荒れ果てた密林でMT部隊が入り乱れるように交戦する様子を撮影したものだ。

映像の画質から、ソラはそれがどうやって撮られたものかすぐに見当がついた。

ACの頭部COMによる、戦闘ログだ。

 

「報道で聞き及んでいるでしょうが、先日特殊実験区におけるユニオン・キサラギとクレストの大規模戦闘に、正体不明部隊が乱入しました」

 

それだけなら特に大事というわけではありませんが、と担当官は続け、リモコンを操作する。

スクリーンが切り替わり、レイヤードの各階層の大まかな見取り図が映された。

 

「この乱入とほぼ時を同じくして、第一層第二都市区セクション318キサラギ管轄市街地、第三層第一都市区セクション515クレスト軍事工場、第三層産業区セクション560ミラージュ研究所と、同じく正体不明部隊による襲撃が確認されました。以後さらに襲撃は続き、現在企業からコーテックスに報告があがっているだけでも、既に20か所近くに達しています」

 

各階層に、襲撃のあった場所とその被害規模が記されていく。

軍事工場壊滅、研究所炎上、市街地に至っては居住区が直接狙われ、1ヶ所あたり千人規模の死傷者が発生していた。

 

「これら不明部隊はスクータムを中心としつつも、カバルリー、フィーンド、クアドルペッドといった各企業の高級MTが混在しており、少なくとも一介の武装勢力が確保できる代物ではありません。そして、そのいずれもが通常のMTとは明らかに一線を画した高性能を発揮……現場で遭遇したレイヴンは実感していることでしょう。さらにその全てが鹵獲もままならず、襲撃行動後に自爆し、痕跡を辿ることすら困難となっています」

 

スクリーンに表示されたのは、スクータムが3点バーストバズーカを撃っている場面だった。

レイヴン達がざわつき始める。中には、明らかに不安がるような声もあった。

ソラは当然の反応だと思った。この正体不明部隊と交戦したことのないレイヴンも、多数いるのだろうから。

当事者であるレジーナは、真剣な顔でスクリーンを睨みつけていた。スパルタンも同じくだ。

アップルボーイは落ち着かない様子で頭の包帯をさすっている。

 

「重要なのは、この正体不明部隊があらゆる企業や施設、民間人を無差別に攻撃しているということです。クレストはユニオンの関与を強く主張していましたが、当のユニオンもこの部隊によって壊滅的な打撃を受けています。客観的に見て、ユニオン主導とは言い難いものがありました。そこで、三大企業及びグローバルコーテックスは、この一連の襲撃事件について先日緊急会議を実施しました。こうした対応は先の不明生物の大量発生以来でしたが、今回の会議の結論としては……」

 

担当官が言葉を切り、息を継いだ。

 

「これらの正体不明部隊は管理者によって直接指揮される"実働部隊"である、という見解に達しました」

 

しん、と講堂が静まり返った。

そして少しして、さざ波のように動揺が広がっていく。

管理者麾下の"実働部隊"の噂は、傭兵ならば聞いたことがある者も多い。

だが、それが三大企業及びグローバルコーテックスの出した公的な結論というならば、話は別だった。

半ば都市伝説めいた死神部隊が実在し、あまつさえ今まさにレイヤードで暴れ出しているという話を、力ある企業達が支持しているのだ。

 

「"実働部隊"、ね。ガチのマジでそういう話になるとはなぁ」

「それしか思い当たるフシがないんだから、そうなんでしょ。まさかその辺の武装勢力が超強化されたMTを使ってますなんて、ありえないし」

「僕はまだ戦場で戦ったことがありませんが……でも、もしそうだとしたら……」

 

スパルタン達もまた三者三様の反応を見せる。

だが、ソラが気になっているのは、そこから先の話だった。

 

「話の途中だが、質問をしたい」

 

講堂の最上段から、澄んだ声が響いた。

赤い眼帯をはめた傭兵、ファナティックだ。

 

「今までオカルトの類だった"実働部隊"の存在を、企業やコーテックスがついに認めた、というのは分かった。企業の技術力を越えた高性能MTの存在から、管理者の暗躍という説に帰結するのは十分にうなずける。だが、そう認識したとしてコーテックスはどうする気だ?グローバルコーテックスは管理者直属の組織で、我々レイヴンはそのコーテックス登録下の傭兵だろう?」

「質問に感謝します。ここまでの話は、各専属補佐官を通してメールでお知らせした内容を復唱したにすぎません。この程度の情報共有ならば、わざわざレイヴンに集まっていただく必要もなかった。本題はここからです。ですが、その前に一つ」

 

担当官の眼鏡がエースを、いやその隣のロイヤルミストに向いた。

ロイヤルミストが身じろぎし、ソラの席からでも分かるほどに大きなため息をついた。

 

「わざわざ俺に言わせるんじゃねえよ、クソったれ。……まあいい。気づいてる奴らもいるだろうが、アリーナが完全に止まった。マッチングが偏るとかでもなく、完全に止まった」

 

机を拳で殴りつけ、ロイヤルミストが吐き捨てるように言った。

ソラはアリーナの異常に気づいていなかったが、ワルキューレやエースは神妙そうに頷いていた。

 

「その通りです。そして、その件を管理者に問い合わせた上層部に対して、次のような返信がありました。これが、今回の非常招集の本題です」

 

担当官が深呼吸して、スクリーンを切り替えた。

メールの文面のようだ。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:管理者

TITLE:-

 

管理者の最上位命令により、アリーナの開催を停止します。

 

管理者の最上位命令により、レイヴン試験を停止します。

 

管理者の最上位命令により、依頼の審査を停止します。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「はぁっ!?」

 

レジーナとスパルタンが同時に吠え、机をバンと叩いて立ち上がった。

同じように声をあげたレイヴンは、他に何人もいた。

ソラも思わず声をあげそうになったが、レジーナに吹っ飛ばされたアップルボーイがもたれかかってきたので、何とか冷静さを保つことができた。

あまりにも衝撃的な内容だった。

 

「……グローバルコーテックスは、管理者直属の組織です。管理者によって選ばれた人材が管理者の命令を忠実に実行する……そのための組織です。そして、この混乱に対して出された管理者の命令が、この文面となります。何度問い合わせても、返ってくる内容は同じものでした」

「ちょっと!ちょっと待ってよ、アリーナやレイヴン試験はともかく、依頼の審査停止ってそれ……!?」

「そうだ、おかしいぜそんなの!レイヴン廃業と同義じゃねえか!こちとらせっかく念願のレイヴンになったってのによ!」

「何かの間違いじゃないの?こんな内容……」

「アリーナの様子がおかしかったことには気づいてたが……」

「管理者はどうかしてしまったのか!?」

「いや、落ち着けよ。管理者が言う以上は何か深い考えが……」

「確かにそうだ、管理者が意味も無くこんな命令を出すとは思えん。今は冷静になるべきだ」

「どう冷静になれってんだよ!?」

「今後、俺達レイヴンはどうなるんだ……?管理者に見放されたってんなら、もう……」

「もう一度管理者に問い合わせるべきだ!こんなの普通じゃないぞ!」

 

口火を切ったレジーナとスパルタンに釣られ、講堂中のレイヴン達が次々に思いの丈を言葉に乗せる。

ざわめきは次第に喧噪に変わり、面と向かって言い合いを始めた者たちも現れ始めた。

担当官は騒ぎを鎮めるでもなく、じっと神妙な表情で目を瞑っていた。

 

「いい加減にしろ!!」

 

痺れを切らして動いたのは、最前列の大男だった。

ロイヤルミストはその場で席を立つと、猛禽を思わせる威圧的な眼差しでギロリと講堂を睨み回した。

アリーナの顔役として最も名実の知れたAランカーに一喝されてまで言い合いを続ける者はおらず、炎のように燃え盛っていた混乱は瞬く間に勢いを失った。

 

「キレたいのは俺も同じだ。だが、エースの野郎に臭い挨拶までさせたんだ。ハイ分かりました、じゃあレイヴンは全員クビですってつもりはねえに決まってるだろ。……さっさと話を先に進めろ、コーテックス」

「ありがとうございます、ロイヤルミスト」

 

担当官は眼鏡をくいと人差し指で押し上げ、再びマイクを口に当てた。

 

「グローバルコーテックスにとって、管理者は絶対的存在。コーテックスのあらゆる業務は、管理者の命令を実行し、補佐するという形で執り行われてきました。最たる例はご存知の通り、依頼の逸脱性審査。管理者は様々な情報を元に高度な予測を立て、レイヤードの秩序に影響を与えない範囲で日々大量の依頼を見極めてきたのです。当然、我々職員がすぐさま代行できるほど容易いものではありません。アリーナの開催においても同じです。管理者抜きでレイヴン間の緻密なスケジュール及びコンディションを調整するのは困難でしょう。そして、レイヴン試験についても、適性ある人材をレイヤード市民から選抜することは実質不可能になりました。管理者がどういう基準で人材を選んでいたのか、我々は知らされていないのですから。……グローバルコーテックスは今回の管理者の最上位命令により、ほぼ機能不全に陥ったと言わざるをえません」

 

一拍置いて担当官は、ですが、と言葉を繋げた。

 

「管理者の"実働部隊"の相次ぐ襲撃、あれら高性能MTに対して、企業だけでは為す術がありません。このレイヤードにおいて人類が有する最強の武力は"アーマードコア"とあなた達"レイヴン"なのです。管理者が依頼審査を停止したからといって、この混乱期に我々が何もしないわけにはいかない。そこで、コーテックスは従来の中立的な立ち位置を維持しつつも、その機能を制限する形で"新体制"を整え、活動を続行します」

「機能を制限した上での"新体制"……それは具体的には、アリーナ及びレイヴン試験を停止するということでいいのか?」

 

ソラが挙手して問いかけると、担当官はこくりと頷いた。

 

「我がグローバルコーテックスは、レイヤードで発生する様々な紛争をレイヴンの派遣によって解決する……その基本的機能の維持のみに今後しばらくはリソースを集中します。幸い、管理者がコーテックス関連業務を停止しても、各インフラやコネクションは生きていますから、組織を再編成すれば業務継続は可能な見込みです。また、この新体制は三大企業の合意も得ています。どの道、管理者が一切の干渉を停止する以上、我々は自分で考えて行動しなければならない。アリーナやレイヴン試験を再開するのは、この新体制が安定してからとなるでしょう」

「質問!今回の動きは管理者への反逆行為に該当しないのか?最上位命令で停止がかかってるんだろう?勝手に依頼仲介の継続をするのは、まずいんじゃないか?」

 

とあるレイヴンが手を挙げて聞く。

 

「……メールの文面では『管理者の最上位命令により、依頼の審査を停止する』とあります。依頼仲介のプロセスは審査と受理に分かれており、審査のプロセスはこれまで管理者のみが行っていたものです。受理についてはコーテックスも補佐という形で関わってきており、今回の命令でも特に何も言われていない。詭弁に思われるかもしれませんが、依頼の仲介業務を続行することは反逆行為に当たらないと上層部は判断しています」

「ごめんなさい、Dランクのフレアです。私からも質問させて。アリーナが完全に停止したのはごく最近だったはず。実働部隊の各地出現に伴う三大企業との会合、そして管理者のメールから新体制移行決定まで随分動きが早いけど、これは裏で準備が進んでたの?」

「結論から言えば、その通りです。各地で停電やセクション封鎖が相次ぎ、アリーナに不具合が出始めた頃から、上層部では何度も今後のコーテックスの在り方に関する会議が行われてきていました。しかし、それはあくまでこのまま事態が悪化し、管理者の悪影響が決定的になればという前提でしたが。そしてその結果が今回の管理者からの命令、というわけです。コーテックスとしても、誠に遺憾なことではあります」

「了解したわ。でも、管理者抜きで依頼の仲介を続けるのって、その……無視できない大きな問題があると思うんだけれど」

「……ええ。そうですね。今後問題になってくるのは……」

 

言葉を詰まらせた担当官に変わって、エースが席から立ちあがった。

 

「フレアの指摘の通りだ。今回のコーテックス新体制における最大の問題は、依頼の審査を管理者が実施してくれないという点だ。特に、レイヤードの秩序を脅かすような逸脱行為に該当するかどうかの中立的判断が、非常に難しい。先のユニオン本拠地を巡った攻防戦で、クレストがかつて逸脱行為に認定された超大型ミサイルを持ち出したという話もある。正体不明部隊襲撃の混乱に乗じて企業の経済戦争が加熱し、そこに我々レイヴンが加担していけば、レイヤードの秩序に影響を及ぼす事態に発展しかねないのではという、懸念がある」

「はい、エースの言う通りです。ですからこの新体制移行に伴い、レイヴンの皆様にここに集まっていただいたのです。あなた方は、適性試験に合格したその日に、管理者より送られてきたメールを覚えていますか?携帯端末をお持ちの方は、その時のメールを今この場でご確認ください」

 

ソラは促されるままに携帯端末のメールボックスを開いた。

もう1年近く前になるだろうか。

レイヴン試験に合格した直後に送られてきたメールは、きちんと保存されていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:管理者

TITLE:0824-FK3203号

 

0824-FK3203号をレイヴンとして認証。

以降、グローバルコーテックス登録下での活動に限り、ACの使用を許可します。

 

今後は、自己の有する影響力に十分配慮し、レイヤードの一員として遵守すべき規範を逸することなく、行動することを希望します。

なお、著しい逸脱行為があった場合、実力をもってこれを排除することを、あらかじめ警告しておきます。

 

では、今後の活躍に期待します。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「今後、グローバルコーテックスはこれまで通り、レイヴンに対して依頼の仲介や各種サポートを約束します。ですが提供される依頼は、管理者によって審査されないものです。極端な大量虐殺や大量破壊を伴う内容の場合は検討しますが、中立性の担保や癒着の危険性を考え、基本的には我々の方で依頼の選別をすることは控えるつもりです。見方を変えれば、あなた方レイヴンは今まで以上に自由になります。依頼の審査をするのは、レイヴン自身になるといっていいでしょう。だからこそ、あなた方は最初に管理者から送られてきたそのメールにある通り、自己の有する影響力に十分配慮し、このレイヤードの一員として行動していただきたいのです」

 

担当官はそこで言葉を区切り、深々と頭を下げた。

それは謝罪なのか、懇願なのか、あるいは同情なのか、ソラには分からなかった。

 

「本日あなた方をここにお呼びしたのは、このコーテックス"新体制"への移行を知っていただくため、そして、レイヴンとしての初心を思い出していただくためです。会議はこれで終わりといたします。エース、すいませんが……」

 

話を振られたエースが、再びスクリーンの前に立った。

毅然で堂々とした姿勢と、ゆるぎない眼差しは、戦士の手本と言ってもいいほどだ。

 

「グローバルコーテックスは変わる。変わらざるをえない時が来た。だが、それは我々レイヴンも同じだ。これから自分がどうあるべきか、どうすべきか。それを今まで以上に考えながら日々の依頼に向き合わなければならない。度重なる停電やセクション閉鎖、生態系異常、そして管理者の実働部隊の猛威。レイヤードはもはや適切に管理された楽園ではいられないのかもしれない。だが、私は信じている。戦うことは、理想を追うことだ。理想を追うことはつまり、レイヴンとして高く飛ぶということでもある。レイヴン達よ、戦おう、高く飛ぼう。以上だ」

 

謳い上げるような演説に対して、拍手は起きなかった。

エースは立派な人物だと、ソラは思った。

アリーナ随一の実力に、高潔な人格が伴っている。

だが、その実力と人格をもってしても、レイヴン達を導いていけるわけではない。

もとより、戦場で出会えば敵か味方、そういう微妙な立ち位置の人物なのだ。

そして何より、ここからの情勢は誰しもにとって完全に未知の物となる。

 

コーテックスの担当官は、まるで管理者の"実働部隊"に立ち向かうために、コーテックスは活動継続を決めたように語っていた。

事実、三大企業も目下レイヴンに望む役割は、実働部隊に対するための尖兵だろう。

だが、これからの依頼が対実働部隊に終始するかといえば、おそらくそうはならない。

実働部隊の暴虐の最中でも、企業は企業で争い続けるのが目に見えていた。

さらにクレストは、ユニオンに対しても苛烈な掃討作戦を続行するだろう。

それは言ってしまえば今まで通りではあるのだ。

企業は今まで通り戦争を起こして、レイヴンは今まで通り傭兵としてその戦争に参加する。

だが、そこに管理者が横槍を入れてくる。

混乱は続くし、さらに深まっていくだろう。

実働部隊の猛威と企業の争いが加速していけば、もう誰にも取り返しのつかないことになる可能性だってある。

 

そして、わざわざレイヴンに初心を思い出させようとする辺り、コーテックスもそれは十分に分かっているようだ。

分かっていて企業と合議し、早々と新体制を起こしてまで依頼仲介の継続を決めた。

結局誰も彼も、今できることをするしかないのだろう。

明確に様子がおかしくなり始めた管理者の下、レイヤードの中で生きていくにはエースの言う通り、戦うしかないのだから。

 

 

《フェーズ2、終了。フェーズ3へ、移行》

 

 

あの時、あの"雨"と"雷"が降り注ぐ中で、管理者はついに賽を投げた。ソラにはそんな気がしていた。

もう、後戻りはできないのだと。

やはり管理者はユニオンの言う通り、本当に狂ってしまったのだろうか。

"雨"がやみ、"雷"が収まるように、耐え忍んでいればいつかは、この管理者の行き過ぎた暴走は止まるのだろうか。

もしも止まらないとしたら、その時は――

 

「んー、まあやることは特に変わらないんでしょ?依頼が来て、選んで、こなすだけ。アリーナが無くなっちゃったのは残念だけど、シンプルに考えるのが一番よ」

「おう、ジャリん娘。まさかの意見一致だな。そうだ、傭兵ってのは好きなように依頼を受けて、がっつり金を稼いで、ぱーっと散財する。それでいいんだよ」

「そ、そうですか……?なんかそれもちょっと違うような……もっとこう、レイヤードの平和とか秩序とか……いたた」

「ばっきゃろー、こまけえこと言うな林檎少年。仕方ねえなぁ……俺がおめえを鍛えてやる。今から娯楽施設に来い!」

「ええっ!?ぼぼぼ、僕は未成年ですよ!怪我だってしてるし、それに娯楽施設利用は申請しないと……」

「んばっきゃろー!根性が足りねえんだよ!漢気を叩き込んでやらぁ!今すぐメカニックに社員証とツナギを持ってこさせろ!」

「あーあ、最低なおっさん。あたしはカフェに寄ってかえろ。先輩もたまにはどう?特に趣味とかなさそうな先輩に、あたしが優雅なティータイムって奴を教えてあげるわ」

「ん、ああ。いいぞ」

 

うきうきと帰り支度を始めたレジーナに適当に生返事を返しながら、ソラの視線は階段を下りてくる黒髪のレイヴンに向いていた。

退出しようとしていたファナティックと、目が合った。

 

「ソラ、不思議なものだな」

「何がだよ」

「コーテックスは管理者と決別するかのように新体制への移行を宣言した。なのにレイヴンに対しては、管理者からのメールを見て初心を思い出せと言っている」

「…………」

「結局のところ、我々にとって管理者とは何なのだろうな。親か、神か、それともそれ以上の存在か」

「……あんたはどう思うんだ?」

「さあな。ただ、私が今レイヤードに生きているのは確かな事実だ。ならば私の"意思"も"力"も、管理者の管理するこの地下世界と無縁ではいられないだろう。……これまで以上に」

 

彼女はそう言うと、少しだけ微笑んで、立ち去っていった。

 

"意思"と"力"。

レイヴンがレイヴンであることの証。

 

ファナティックの言うように、これまで以上にそれが試されようとしていた。

 

 

 




ゲーム本編ではアリーナが停止されることはありません。本作オリジナルの要素です。ご了承ください。


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水浄化施設防衛

ついに6のゲームプレイトレーラーが出ましたね。
四脚の空中での挙動が面白そうなのと、タンクがどこか軽快な動きをしていたのが個人的な注目ポイントでした。あとマルチプルパルスの実弾版みたいなのと主人公の識別名がレイヴンなところと壁越えさんのかっこいい軽量機とそれとそれと……


前回登場しなかったあのランカーが登場。それとフロート脚部で防衛任務です。
ゲーム本編だとキサラギの依頼ですが、クレストの依頼に改変しています。
今回はレーザーライフルとブレード装備です。
フレーバー程度ですので、武器と脚部以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:MWG-XCB/75(75発レーザーライフル)
左腕部武装:CLB-LS-2551(緑ブレード)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:MWEM-R/24(2発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAL-MARTE
脚部:MLR-SS/REM

ジェネレーター:CGP-ROZ
ラジエーター:RMR-SA77
ブースタ:脚部に内蔵
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)、SP/E++(EN武器威力上昇)


コーテックス本社ビル18階のカフェテリアで、レジーナと一服した後のことだった。

エレベーターホールの方へと去っていった赤毛の少女を見送り、ソラは娯楽施設の通路を引き返した。

特に行き先や待ち合わせがある訳ではない。

ただ、何となくだった。

何となく一人でいる時間が欲しかった。

 

「コーテックスの"新体制"、か……」

 

ソラが俯き気味に歩いていても、すれ違う歩行者はいない。

娯楽施設に人通りはなく、営業している店舗もごく僅かだった。

新体制の移行に伴い、大幅な人事異動が実施されるためだろうか。

少なくとも、アリーナやレイヴン試験に関わっていた職員は配置転換を余儀なくされるに違いない。

もしかしたら自分のオペレーターも、レイン・マイヤーズから別の担当者に変わるかもしれない。

専属の整備班も、メンバーが入れ替わる可能性もある。

明日からどうなるのか。自分を取り巻く環境は、どの程度変わるのだろうか。

そんなことを考えながら店で飲んだコーヒーは、よく味も分からなかった。

レジーナもそれは同様らしく、人を得意げに誘ってきた割に普段のような活気はなく、何か物思いにふけるように窓の外を眺めてはため息をついていた。

 

「……ん。こいつは……この階にもあるのか」

 

無意識に足を動かし続けてたどり着いた広場。

そこでソラは視線を上げ、独り呟いた。

広場の中央には、見覚えのある巨大モニュメントが飾られていた。

以前ファナティックと出会った場所にもあった、天井まで届く銀色の芸術的なオブジェだ。

幾何学的な図形を一件無秩序に組み合わせて形作られたそれは、通路のガラス張りから差し込む偽物の空の淡い陽光に照らされ、ぼんやりとした輝きを放ち続けている。

ふと気になり、ソラはそのモニュメントの傍近くへと歩み寄っていった。

備え付けられたプレートに、作品の名が刻まれている。

 

 

『管理者の威光』

 

 

ソラはもう一度、視線を上げた。

モニュメントは、得体のしれない不気味さを纏っている。

ずっと見つめていると、不思議な感覚が広がっていく。

あの時と同じだ。どこか見透かされるような、銀色の輝きの中に引きずり込まれるような、あるいは、胸がざわめくような――

 

「あまり見つめるな。呑まれるぞ」

 

不意に背中にかけられた声に、ソラは驚いて振り返った。

背の曲がった白髪の老人が、ベンチに座って杖に体重を預けていた。

 

「儂が若かった頃から、ずっとある物だ。誰が作ったのかは分からんが、悪趣味な作品だ」

 

レイヴンだと、ソラの直感が告げた。

落ち着き払った口調と裏腹に、その眼差しにはただならぬ威圧感がある。

獲物を品定めするような、猛禽のごとき瞳だ。

加齢でしわくちゃになって窪んだ目元に似つかわしくない、煌々と輝く眼光。

それが発する鋭さは、多くの人の死を力づくで踏み越えてきた者が持つものだった。

 

「……あんたは?」

「不勉強だな、若造。儂を知らんのか」

「あいにく、顔見て名前が分かるような超能力は持ってない。……ただ、レイヴンだってのは分かる」

「ならば、勘で当ててみればどうだ?知ってる名前を適当に言えば、当たるかもしれんぞ」

 

老人は首を軽くかしげて口角を吊り上げた。

たったそれだけのしぐさで、威圧がさらにぐっと強まったように感じる。

その老人と向かい合うこのひと時は、ロイヤルミストと初めて睨み合った時をソラに彷彿とさせた。

類稀な強者と相対した時の、纏う雰囲気に気圧されるような感覚だ。

 

「……A-2ランカーの"BB"」

「フフフ……ハハハ。やればできるじゃないか。C-1ストレイクロウ」

 

肩を小さく揺らして老人は、ソラを機体名で呼んで満足げに笑った。

A-2ランカー"BB"。

かつて、レインに聞いたことがあった。

ロイヤルミストと共にアリーナを仕切る、レイヴンの宿老だと。

 

「あんたはどうして俺を知ってる?」

「知らないわけがあると思うか?アリーナが機能不全に陥り始めてからも、お前のマッチだけは正常に組まれ続けた。協働したカイザーやグナーからも、活躍は聞いている。近いうちにBランクに上がってくると思っていた。その前に、アリーナは止まってしまったがな」

「……そりゃどうも」

「座りなさい」

 

穏やかな言葉だが、それは命令に等しかった。

ソラは大人しく、BBの隣に腰掛けた。

BBはソラに杖を預け、懷から何かのカプセル薬剤を取り出して、喉に流し込んだ。

 

「非常招集に来てなかったな、あんた。何でだ」

「……我々Aランカーには、新体制に関する話は予め通達されていた。アリーナとレイヴン試験の停止、依頼仲介の続行。不愉快な話を繰り返し聞くだけだというに、わざわざあんな大げさな場所に集まる気になどなれん」

「エースもロイヤルミストも来てたぞ」

「ならばなおのこと、儂は必要あるまい。もうアリーナの仕切りは、カイザーに大半を引き継いであるのだ。レイヴン達の動揺を抑えるのも、トップランカーであるアルカディアが適任だろう?」

「隠居してるってことか?それで、非常招集の日もこんな広場でボーっとしてたって?レイヴンの頂点のAランカーじゃないのかよ、あんた」

「ハハハ……中々言いたいことを言ってくれるな、若造。お前も、こんな日に娯楽施設にいるくせにな」

 

ソラが杖を返すと、BBは杖の先で床をトンと突いた。

 

「……コア構想を取り入れた次世代型MT"アーマードコア"。それが生まれ、"グローバルコーテックス"が結成されて数十年。儂はミラージュのMT乗りからレイヴンの第一期生として管理者に選ばれ、ずっと戦い続けてきた。もうあの頃のレイヴンは、儂しか生き残っておらん」

「……急になんだよ」

「ずっと向こう見ずにやってきた。報酬額のみで受ける依頼を決め、あらゆる者を踏み潰し、蹴落とし、時には苦い敗北を味わい、大怪我をして病院に叩き込まれ、だがまた復帰し、そんなことを繰り返しては繰り返し、やがて大きな力と名声を得ていった。まさにレイヴンらしく、ひたすら高みへと飛び上がる日々だった。……儂は特に、アリーナが好きでな。同じレイヴン達と鎬を削り合う高揚と興奮、勝利した時の感動と優越感はそれは格別なものだった」

「…………」

「数多の戦いを勝ち抜き、ついにトップランカーとなった日の喜びは、今でも忘れられん。5年前……アルカディアの若造に蹴落とされた日の屈辱もな。そうしてカイザーまでもが足元に駆け上がってきた時、儂はとうとうアリーナに秩序を敷くことを決めた」

「知ってるよ、八百長だろ」

「違うな。力あるレイヴンの選別と管理だ」

「元BランカーのフィクサーにDランクの門番をさせたり、ロイヤルミストに脅迫メールを出させていたことがか?」

「結果的に、気骨と実力のあるものしかアリーナを上ってこれなくなった。そぐわない者が、身の丈に合わない高みに上がることを防いだ。高く飛ぶレイヴン達が、高く飛び続けられる環境を作った」

「ものは言いようだな。そこまでして執着する価値があるのかよ、上位ランカーってのは」

「あるとも」

 

BBは言いきった。

 

「アリーナのランクはレイヴンにとって、自分が高く飛んでいる名誉の証だ。違うか?」

「…………」

「儂はどんな手段を使っても、人生をかけて勝ち取ったAランカーの称号を守り抜きたかった。アリーナというレイヴンが最も輝く舞台で、その頂点で飛び続けていたかった」

「……じゃあロイヤルミストとあんた、戦ったらどっちが勝つ?」

「本気でやり合えば十中八九、カイザーだろう。だが、あれは存外、目上を立てる男でな。……そういうことだ」

「恥ずかしい爺さんだな、あんたは」

「ハハハ、間違いない。失望したか?儂のような男が、A-2であることに」

「失望した。けど、心のどこかでもうそれでもいいかって思ってる自分もいる」

「だろうな。儂も、今日出会ったばかりのお前にこんな惨めな話をするとは思っていなかった」

 

二人はしばし沈黙した。

ベンチに並んで座ったまま、広場の中央の『管理者の威光』をぼんやりと眺め続けていた。

 

「……アリーナが止まったから」

「そうだ。管理者から送られてきたあのメールを、儂はお前たちに先立ってコーテックス上層部に見せられた。無感情で、無機質で、無慈悲な文面だった。管理者め、儂が長年かけて積み上げてきたものを、一体何だと思っている?」

 

歴戦の古強者は、腹の底から呻くようにして声を発した。

鋭い眼光は、眼前のモニュメントをまるで仇のように睨みつけていた。

この老人にとって、管理者があらゆる管理を停止したことが、そしてコーテックスが"新体制"への移行を決定したことが、どれだけ腹立たしく、自分の人生を否定されるようなものであったか。

すぐ傍で震える肩が、ソラにそれをはっきりと物語っていた。

 

「……別にアリーナだけがレイヴンの全てじゃないだろ」

「お前のような若造にとってはな。困難な依頼に臨み、名声と経験を得る。それもまた、レイヴンとして高く飛ぶということだ」

「あんたはもう依頼を受けてないのか?」

「依頼とも呼べないような依頼を回してもらって、機械的にこなすだけだ。アリーナの出場権を失わないように」

「……やっぱり恥ずかしいよ、あんた。聞いてて、悲しくなる」

「ハハハ、そうか、そうか……お前は非常招集に出たのだろう?アルカディアの若造はどうだった?」

「立派な人だったよ。俺達に戦おうって、高く飛ぼうって言ってくれた」

「カイザーは?」

「怒ってた。あんたみたく、管理者の無茶苦茶なメールに。だけど、これで終わりだとは思ってなさそうだった。前を向いていた」

「……さすがだ。2人ともそれでこそ、Aランカーだ」

 

BBはどこか羨ましそうに、あるいは憧れるように、ポツリとそう呟いた。

 

「……いい機会だろ。あんたはもう引退すればいいんじゃないのか」

「それはできん」

「生き甲斐だったアリーナが無くなって、まだ何かしがみつくものがあるのかよ」

「ある。まだしがみつくべきものが」

 

老人はベンチから立ち上がった。

しかしその背は、真っ直ぐに胸を張って伸びていた。

 

 

「レイヴンとして生きた証を、儂はまだ残していない」

 

 

しっかりとした足取りで杖を突かず、BBは広場を去っていった。

鋭さを保った眼差しとは真逆に、BBの背中は小さかった。

かつてはとても大きかったのかもしれない。

だが今となってはそれは、小さく縮んだ背中だった。

 

ソラはその背中が通路の曲がり角に消えていくのを、ただ黙って見ていた。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

セクション714にある我がクレストの水浄化施設群が例の所属不明部隊の襲撃を受け、次々に破壊されています。

すでに多くの施設が攻撃を受けて大破しており、これ以上の損害を出せば、多数の市民の生活のみならず、レイヤードにおけるクレストの地位にも影響を与えかねません。

 

まだ襲撃を受けていない施設には、護衛部隊の配備を進めていますが、我が社の戦力だけでは到底手が回りきらないのが実情です。

 

そこで、レイヴンの出番というわけです。

 

水浄化施設のうち、特に大規模な主要施設の防衛をお願いします。

なお、所属不明部隊は通常では考えられないほどの高性能MTによって構成されている上、海上と陸地の両方から攻撃をしかけています。

貴方のような実力あるレイヴンといえど単機では苦戦は免れないでしょう。

僚機が務まるであろうレイヴン達をピックアップしたため、そちらの判断で同行させてください。

 

では、よろしくお願いします。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《依頼主はクレスト社。作戦区域は第一層自然区セクション714のアビア湾沿岸部に存在する、水浄化施設となっています。成功報酬は48,000C。敵戦力はカバルリー及びスクータム。いずれも通常の仕様とは異なる高性能タイプと報告されています》

「メッセージの書き方からして、まず間違いなくユニオン防衛に乱入してきた管理者の"実働部隊"だな……管理者崇拝意識の強いクレストの重要施設でも、お構いなしか」

《はい。管理者の部隊が企業や市民を無差別に攻撃しているのは各地の被害で明らかです。クレストといえど、決して例外ではないようですね。それでも、まさか水浄化施設を狙うなんて……》

 

オペレーターのレインが言葉を詰まらせた。

アビア湾の水浄化施設といえば、莫大な海水を生活用水に変換する、レイヤード市民にとっての最重要施設の一つだ。

被害が出れば市民生活への悪影響が計り知れないものになるため、企業同士の経済戦争でも標的とされることがない場所である。

こんな場所に攻め込むのは、よほどのアナーキストか破滅主義者くらいのもの、と言っていい場所だった。

もっとも、ソラは環境保護団体"グリーンウィッチ"のビルバオに依頼されて襲撃したことがあるが、それにしても施設そのものの破壊が目的ではなかった。

そんな施設を、よりにもよって管理者の部隊と思しき勢力が攻撃するとは。

とはいえ、直近でもバレルダムが襲撃された前例がある。

レイヤード市民の生活を大きく脅かす暴挙を実働部隊が行うのは、これが初めてではないのだ。

 

「だけど、俺は過去2回の大規模戦闘でユニオン側についてクレストと敵対した。クレストからすれば、相当心象が悪いはずだ。そんな俺に依頼を回してくるなんてな」

《実働部隊の襲撃活動は同時多発的に行われています。都市区を直接狙ったような攻撃も見られる上、他の重要施設の防衛依頼もコーテックスには入っていました。遂行率の高いレイヴンを確保するためにはなりふり構っていられない、ということでしょうね……》

「今後はあのイカれた性能の連中をしょっちゅう相手にしていくのかと思うと、ゾっとするな」

《……ええ》

 

ソラはこれまで以上の困難が予測される今後の活動を想い、大きくため息をついた。

不幸中の幸いは、グローバルコーテックス新体制の影響が、ソラ自身に対しては最小限で済んだことだ。

専属補佐官はレインのままであり、ACを任せる整備班も気心の知れたメンバーがそのまま続投することになっている。

レイヴンとして活動していくための環境は、ありがたいことにこれまでと変わらない。

あとは、この厳しい現状に順応していくだけだ。

 

「……依頼を受ける。レイン、僚機のリストを」

《了解です。DとEランクのレイヴンが選抜されていますが……》

 

レインから送信されてきたリストを眺めるソラ。

知らない名前ばかりだった。

だが、海上と陸地の両方に対処することを考えれば、僚機はフロート乗りのレイヴンが適任に思える。

以前依頼に付き合わされたビルバオの緊張感のない声が一瞬頭をよぎったが、当然のようにクレストの上げてきたリストにはない。

水浄化施設を襲撃した前科があるため、除外されたのだろう。

となれば、可能な限り高いランクのレイヴンを選ぶべきだった。

 

「……D-8のアスターに協働要請をしてくれ」

《分かりました。レイヴンはガレージにて待機をお願いします。すぐに輸送機の手配をしますので》

「頼む」

 

フェーズ3。

あの時、"雨"と"雷"の中で聞いた言葉。

やはりあれは、管理者の発した言葉だったと、ソラは心のどこかで確信していた。

なぜそれを自分に告げたのかは分からない。

だが、地下世界はあの宣言の通りに、新たな段階に進もうとしていた。

ついに明確に牙を剥き始めた、管理者の部隊。

その目的も分からないまま、今はただ、戦うしかなかった。

 

 

………

……

 

 

第一層自然区セクション714。時刻は18時25分。

その空はユニオン防衛の時とは違い、雨粒一つ降っていなかった。

ただいつもと同じ、傾く人工太陽で薄明るく照らされた偽物の曇り空が広がっているだけだ。

 

《作戦領域到達まで、距離2000です。レイヴン、降下準備をお願いします》

「分かった。レイン、強化型カバルリーの超長距離射撃が来る可能性がある。降下は1500でやる。輸送機は投下後に旋回。作戦領域から出来るだけ距離を取らせてくれ」

《了解しました》

「……"メガラオ"、いけるか?」

 

各計器の最終確認をしつつ、ソラは愛機ストレイクロウのコクピットから僚機へと呼びかけた。

 

《こちらアスター。AC"メガラオ"だ。問題無し。だが……》

「どうした?」

《俺は管理者の"実働部隊"と交戦したことがない。通常とは違う高性能とは聞いている。今回の敵はカバルリーとスクータムらしいが、実際どの程度なんだ?》

「カバルリーは超高出力レーザー。スクータムはバズーカが3点バーストになってる。あと、機動性がそれぞれ倍以上ってところか」

《何だって……そんな化物共とやり合うのか》

「メガラオ、さっきクレストから通信があった。カバルリーは海上を移動、スクータムは陸地を移動して作戦領域に向かってきてるらしい……あんたの方が俺よりランクは下だ。どっちを相手する方が良いか、選んでくれ」

 

我ながらランクを笠に着たような無礼な物言いだとソラは思った。

だが、C-1の自分とD-8の僚機ではやはり、考慮せざるをえない実力差がある。

それに、今回のアセンブリはストレイクロウもフロート脚部"SS/REM"を採用してきている。

陸戦も海戦も対応は可能だ。

ならば、出来るだけ下位ランクのメガラオが自信を持って挑めるような状況を整えてやるべきだと考えていた。

 

《……海上だ。アビア湾での任務は、これが初めてじゃない。フロートの機動性が制限無く活かせる分、海上の方が俺には都合がいい》

「分かった。じゃあ、海上のカバルリーは任せるぞ。施設に接近されないよう、かなり手前で撃破してくれ」

《了解した……お互い、生き残ろう》

「……ああ。よろしく頼むぜ」

 

メガラオのレイヴン"アスター"は、ソラと同じくらいの年頃の青年に思えた。

だが、ソラより遥かに緊張しているようで、声が少し震えている。

仕方がないことだ。

グローバルコーテックスの非常招集でも今回の依頼メッセージでも散々実働部隊の猛威を聞かされて、ここに来ているのだ。

しかし、レイヴンとして依頼を受けて戦場にやってきた以上は全力で戦ってもらうしかない。

 

《作戦領域まで距離1500!レイヴン、降下してください!》

「よし、ストレイクロウ出るぞ!」

《メガラオもだ!発進する!》

 

2機のフロートACが自然区の荒れ地に舞い降り、そして内蔵ブースタを吹かして水浄化施設とアビア湾へ近づいていった。

浄化施設の周囲では数機の戦闘機が絶え間なく旋回し、普及型の戦闘MT達が落ち着かない様子でバタバタと脚部を動かしている。

 

《れ、レイヴン達か!?よく来てくれた!》

「施設の管制室だな?状況は?」

《すぐ東の浄化施設ともついに連絡が取れなくなった!襲撃を受けたという報告があって10分と経たずだ。お、おそらくこちらにもじきにやってくる……!》

「……了解。メガラオ、浜辺から海に出ろ。気をつけろよ、奴らは普通のカバルリーよりも遥かに射程が長い」

《分かっている。……最善を尽くす》

「その意気だ。……管制室!配備されている防衛戦力の内訳を教えてくれ」

《スクータムが10、エピオルニスが15、航空戦力がおよそ20だ》

 

海面を滑っていく僚機の青いフロートを視界の端に捉えながら、ソラは管制室と情報を共有した。

以前ソラが襲撃した時よりは戦力が充実しているのは幸いだった。

 

《レイヴン、少しよろしいか。私はこの施設の施設長だ。……知っての通り水浄化施設群は企業戦争の戦火に晒されることなくやってきた施設だ。駐屯部隊の練度はあてにできないと思ってほしい。さらにクレスト本社の護衛戦力もここまででそのほとんどが撃破され、すぐそこまで正体不明部隊が来ている。もう周辺の関連施設群は軒並み破壊されてしまった。我々にとっては、ここが最後の砦だ。……恥を偲んで頼むが、レイヴンに部隊の指揮を頼みたい》

 

施設長からの通信は、声が震えていた。

僚機のメガラオと同じだ。

MT部隊も、動きの落ち着きのなさから怯えが目に見えて伝わってくる。

この場で最も戦闘の経験値が高いのは、C-1ランカーであるソラだった。

 

「……了解した。なら指示を出すからその通りにしてくれ。まず前提として、敵高性能MTは通常戦力じゃ歯が立たない。駐屯部隊は、あくまで施設防衛とACの支援に集中してほしい」

 

ソラは通信機に向けて言葉を発しながら、コクピットコンソールを叩いて、肩の多機能型レーダーの表示範囲を最大に設定した。

幸いながら、まだ敵影は現れていない。

 

「スクータム、エピオルニスは全機、地上から迫る敵に対応。最前線の俺が撃ち漏らした敵機の足止めだ。無理に狙って当てる必要はない。ただ撃ちまくれ。航空戦力は5機が施設の東方……先に襲撃された近隣施設の方面を偵察、敵地上部隊の接近を知らせるように。……あとの航空戦力は海側の偵察と援護だ。メガラオに敵の攻撃が集中しすぎないように、周辺を飛び回ってとりあえずミサイルなりロケットなりをばら撒いてくれ」

《承知した。部隊は全てレイヴンの指示通りに動かす。……この施設までもが破壊されれば、都市区の市民は干上がってしまう。絶対に守り抜いてほしい》

「……了解」

 

ソラの指示通りにクレストのMT部隊が忙しなく防衛ラインを形成し始め、待機していた戦闘機や戦闘ヘリも次々に空へと上がり始めた。

作戦領域内しか捕捉しきれないレーダーよりも、上空からの報告の方が正確で早い。

ソラはストレイクロウを浄化施設近くの高台に上げ、頭部カメラをセクションの東方に向けた。

海の発する波の音を聞きながら、ソラはじっと待ち構えた。

人工太陽がさらに傾き始め、明るく照り輝いていた薄雲がどんよりと暗みを帯び始める。

ACの機体各部に装備された投光器をつけた。

波の音が、止んだ気がした。

 

《イーグル1よりレイヴンへ!地上部隊の接近を捕捉!スクータムが15!は、速すぎる……あれが普及型MTの速度なのか!?》

《こちらホーク3!海上からもカバルリーが接近!数は約10機……っ!?うぁぁっ、こんな距離から砲撃!?》

「来たか…メガラオ!」

《施設からできるだけ離れて交戦する!航空部隊は全機続け!》

「MT部隊は防衛ラインを維持だ!射程に入った敵だけに砲撃しろよ!……行くぞ!」

 

気炎を吐き、ソラは操縦桿横のレバーを引き上げた。

コアから高出力の大型ブースタがせり上がり、一気に機体を加速させて、荒野を疾走する。

上空で小さな爆発が起きた。

どうやら先ほど報告を入れてきた偵察機が、撃ち落とされたらしい。

薄暮の暗がりの先で、スクータム達のカメラアイが妖しく赤い輝きを放っていた。

最大範囲のレーダー表示に、敵影が一気に移り始める。

2機、4機、6機――そこでソラは数えるのをやめた。

 

「かかってこい、実働部隊共!」

 

ソラはオーバードブーストを止め、莫大な慣性でフロート脚部を滑らせながら、先頭のスクータムに向けて右手のトリガーを引き絞った。

携行武装としては比較的長射程を誇る試作型レーザーライフルが甲高い射撃音と共に、熱線を撃ち出す。

強化オプションによって出力が増強された青白いレーザーは、最初の敵機の胸部装甲を容易く貫いて、爆散させた。

まだ敵の反撃はない。バーストバズーカは、瞬間火力こそ高いものの、射程が長いわけではないらしかった。

 

「っ!」

 

撃破されたスクータムから噴き上がる爆煙を回り込むようにして、残りのスクータム達が疾走してくる。

やはり速い。まだ600はあったはずの距離を瞬く間に詰めてくる。

だが、まだ撃ってこない。

歯を食いしばり、ソラはロックサイトを睨みつけながら、3度トリガーを引いた。

1発躱されたが、2発は命中し、1機が沈黙。もう1機は脚に被弾したようで、倒れ込んでそのまま後続を巻き込みながら爆発した。

距離450。前衛の敵は7。さらに後ろに5。

ソラはフットペダルを踏み締め、フロートを素早く滑走させた。

直前までストレイクロウがいた場所に十数発のバズーカ砲弾が着弾して大爆発を起こす。

躱せたと安堵している暇などない。

高出力なフロートの内蔵ブースタで絶え間なく機動しながら、ソラは何度もレーザーライフルを放った。

回避行動を見せたスクータムは僅か3機。残りは全てACの砲撃を無視するように、まとまって浄化施設へと向かおうとする。

 

「MT部隊撃て!当てなくていい!足を止めろ!!」

 

吠えたソラに呼応し、防衛ラインを敷いていたMT部隊25機が一斉に発砲し始めた。

バズーカ、ガトリング、ミサイル。大量の弾幕がまるで無秩序に降り注ぎ、ストレイクロウにも流れ弾が命中する。

だが激しい迎撃は功を奏し、実働部隊の侵攻速度を大幅に鈍らせた。

ソラは動きの止まった敵機を横合いから1機、2機、3機と確実に片づけていった。

そのまま殲滅――というわけにはいかず、実働部隊の高性能スクータムは素早く散り散りに散開し、大きく弧を描くように防衛ラインを左右から回り込もうとし始めた。

右に4、左に5。

 

《レイヴンどうすればいい!?》

「左の5機に撃ちまくれ!」

 

一瞬の判断で叫ぶように指示を出し、ソラは右方の部隊を追った。

2機のスクータムが高速移動しながらも器用に上半身をひねり、ストレイクロウにバズーカとシールドを向ける。

ソラは空気をかっ食らうように息を吸い込み、肩部ミサイルと連動ミサイルを起こした。

大量の大口径砲弾が飛来する。躱す余裕はない。被弾で揺れるモニター。

お返しにと、マルチロックをかけたミサイル群を放った。

殺到する誘導弾がスクータムを2機まとめて吹き飛ばす。

右は残り2。先頭の機体が、前方にバズーカを向けた。

施設狙いだ。オーバードブーストとフロートの内蔵ブースタを同時に起動。

放たれた矢のような速度でストレイクロウは2機の敵に突っ込んだ。

フロート脚部"SS/REM"の尖った先端で1機を後ろから乱暴に轢き飛ばし、そのままギャリギャリと引きずりながら、今にもバズーカを放たんとするもう1機のスクータムの、その砲身をレーザーで撃ち抜いた。

右腕ごと大爆発を起こして倒れ伏すMT。轢き潰したスクータムが、ギギギと振り向いてバズーカを向けてくる。

 

「消えろ!」

 

左腕のレーザーブレードを振り抜いて、両断した。

だがまだだ、まだ終わっていない。

 

「MT部隊!左はあと何機残ってる!?」

《残り4だ!なんとかもちこたえ……いやダメだっ、相手にならない!レイヴン早く来てくれえっ!!》

 

絶叫のような通信を聞きながら、激しい爆発が連続している左方の戦場に、ソラは脚部を向けた。

しかし。

 

《……く、しょうっ……ここまでかっ!!ぐわぁぁあぁっ!!!!》

 

断末魔が通信機から響き渡った。

 

「レイン、状況は!?」

《メガラオ撃破されました!航空戦力も被害甚大です!カバルリーは……残り4!》

 

超高出力のレーザーキャノンを有するカバルリーが、まだ4機も。

メガラオはよく数を減らしたが、施設の防衛はこれでほぼ絶望的になった。

今から地上のスクータムをどれだけ素早く片づけても、高速移動と長距離射撃を兼ね備えた実働部隊のカバルリーの迎撃にはほぼ間に合わない。

この最後の水浄化施設は青白い極太の熱線に焼き消され、大爆発を起こしてレイヤード市民の生活を脅かすことだろう。

ここまでか。作戦は、失敗――

ソラがトリガーを握る手を無意識に緩めたその時。

 

《こちらビルバオ!AC"グリーンウィッチ"です!救援に参りました!》

「!?ビルバ……何でお前が!?」

《ソラさん、海上の敵は私が食い止めます!今の内に!》

 

突如現れた予期せぬ援軍に混乱したのも一瞬、ソラはすぐに頭を切り替えた。

オーバードブーストで一気に残りの地上部隊の元に向かう。

防衛ラインは激しい応酬によって、もはやズタズタだった。

動いているMTより、物言わぬ鉄塊になったMTの方が見るからに多いくらいだ。

だが、ギリギリ踏みとどまっていた。

実働部隊のスクータム4機を相手に必死に応戦し、なんとか施設への攻撃をすんでのところで食い止めている。

 

《レイヴン、来てくれたか!》

「よく守った!あとは任せろ!」

 

彼らの奮戦に応えなければ、最強の機動兵器と渡り鴉の名が泣く。

ソラはACの肩からミサイルをぶっ放した。

敵のスクータム達は時速300㎞に迫る機動力と急制動の連発でミサイル群をすり抜け、MT部隊の残骸を蹴飛ばしながら一斉にストレイクロウへと向かってくる。

先ほどの右の4機より明らかに動きの質が良かった。

1機だけ、ブレードアンテナのような物を頭部に装着した機体がいる。

指揮官機だろうか。動きが良い原因は、こいつか。

3点バーストが間断なく轟く。被弾が相次ぎ、APがガンガン削れていく。

だが、ACがMTに負けるはずがない。負けてたまるか。

ソラは揺れるモニターのロックサイトに意識を集中し、指揮官機と思しき機体に狙いを澄ました。

ストレイクロウが突き出した試作型レーザーライフルがビィっと甲高い音を上げ、熱線を放つ。

射撃は寸分違わず、指揮官機の顔面をぶち抜いた――

 

 

………

……

 

 

30分後。

 

ソラのストレイクロウは、海岸近くの高台に佇んでいた。

隣では、緑色のフロートACが機体の各所から火花を噴き上げながら接地している。

ソラにとっては因縁ある環境活動家のEランカー"ビルバオ"のAC"グリーンウィッチ"だった。

 

《はぁ……さすがは管理者様の直属部隊、とんでもない相手でしたね。まさかMTたったの4機相手に、私のグリーンウィッチが……》

「ビルバオ……どうしてあんたがここに?クレストの依頼か?」

《いいえ。隣のセクション715のリゾートで出資者の方達とささやかなパーティを催していたのですが、水浄化施設群が攻撃を受けていると小耳に挟んで、つい居ても立っても居られなくなってしまいまして……》

「パーティって、このご時世になにやってんだ……いや、というかレイヴンってそういうもんじゃないだろ。依頼も無しに戦場に乗り込んでくるなんてよ」

《ふふ、そうですね。ですが、来てよかったと思います。この水浄化施設は、レイヤード市民の宝。環境保護の観点から、欠かすことのできない施設ですから》

 

防衛が成功した浄化施設周辺では、大打撃を負った駐屯部隊員達の救出・救護活動が慌ただしく行われていた。

人工太陽が沈んだ夜の海はとても黒く不気味で、波の音もどこか不安を煽ってくるように感じた。

そんな中にあって、ビルバオは以前と変わらず、超然としているというか異常にマイペースというか、ソラを不思議な気分にさせる存在だった。

 

「……まあ、いいや。色々言いたいことはあるけど、今はとにかく礼を言わせてくれ。あんたが来てくれたおかげで、依頼は無事成功した。施設の防衛は、何とかなった。……ありがとう」

《お礼なんて構いませんよ。我々環境保護団体"グリーンウィッチ"は、レイヤードの環境を守るのが使命なのですから。……多くの施設は破壊されてしまったようですが、ここだけでも守りきれて、本当に良かったです》

「……ボロボロになったACの修理費は、オペレーターを通して俺に請求してくれ。そのくらいはさせて貰うつもりだ」

《そんなことよりもソラさん……その素敵なレーザーライフルといい、今回の防衛任務といい、あなたはやはり環境のことを大切に思ってくれていたのですね……ぐすっ、う、う……》

 

通信機の向こうで、ビルバオが突如涙ぐみ始めた。

 

「えっ!?いや別に俺は……!なんていうか管理者の部隊に好き勝手されるのが嫌なだっただけで、別に環境がどうとか、それにこのレーザーライフルは一撃で確実に仕留められる手持ちの長射程武装としてだな」

《ぐすっ……ふふふ、分かっていますよ。ソラさんがとてもお優しい方なのは。また私の団体の会報をお送りしますね》

「……いらないですが」

《まあそう言わずに。ふふふ……》

「……またコーテックス本社に通報するぞ」

《まあ、それは困りましたね……では、また何かEN兵器をお送りしましょうか?そうですね……パルスキャノンなどどうでしょうか?》

「いらねえって!これ以上妙な恩を着せてくれるな!」

 

2人のやりとりをじっと聞いていたレインが、声を殺して少しだけ笑った。

ソラはペースを乱されながらも、今日も困難な依頼をこなしたという達成感と、管理者の実働部隊を退けた勝利の余韻に浸るのだった。

寄せては返す波の音は、いつしか心地よい物に変わっていた。

 

そうしてソラとビルバオは他愛ないやりとりを繰り返し、夜の海を見つめながら、輸送機の回収を待った。

 

その見つめる海の、遥か沖合。

静かな波の下で黒い海をさらにどす黒く染めている影の存在に、気づかないまま。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:レイン・マイヤーズ

TITLE:緊急連絡

 

依頼終了直後でお疲れのところ、申し訳ありません。

緊急の連絡事項が2点あります。

 

まず1点目ですが、先ほどの防衛作戦が終了し、レイヴンがコーテックスに帰還した直後、水浄化施設が突如消滅したそうです。

施設の駐屯部隊は念のため周辺に偵察機を出していたそうですが、まとまった数の敵増援も特に確認されないまま、施設が完全に破壊されたという報告を受けています。

管制室からの最後の通信によれば、海中から何らかの攻撃を受けたようですが、詳細は不明です。

また今回の被害により、第一都市区及び第二都市区、中でも特にクレスト管轄セクションへの生活用水の供給量が大幅に低下する見込みです。

各地で続く管理者の部隊の襲撃によって都市区での支援活動も厳しく、多数の市民の生活が危ぶまれています。

 

2点目です。

水浄化施設の消滅とほぼ時を同じくして、産業区のキサラギ本社が管理者の大部隊に襲撃されました。

この襲撃によって本社機能は壊滅し、多数の社員や派遣されたレイヴンが死亡、キサラギ代表の生死も不明であるとコーテックスには情報が入っています。

これは私見ですが、防衛部隊の一部が戦闘中に現場を放棄して撤退したそうですから、おそらく代表は彼らに保護されたものと思われます。

現在は情報が錯綜しており、正確な状況はつかめていませんが、以前クレストのルグレン研究所に現れた未登録機体の同型機と思しきACも確認されたようです。

 

このたった一夜の間に、クレストもキサラギも致命的と言えるほどの大きな被害を受けています。

これは、今後の彼らの動向にも深く関わってくるでしょう。

 

しかし、管理者が急にこれほどの攻勢を始めたのは、一体どうしてでしょうか?

企業が、いえ、私達レイヤード市民が、何か管理者の逆鱗に触れるようなことをしたのでしょうか?

それとも一連の襲撃には管理者なりの、何か深い理由があるのでしょうか?

レイヤードは一体どうなってしまうのでしょうか?

 

私にはまったく、見当もつきません。

今はただ事態を見守り、依頼を待つしかない状況です。

 

夜中に失礼しました。

レイヴンは休める内に、しっかりと休んでください。

おやすみなさい。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 




このペースだと多分6発売までに終わらない気がします。
でも6が発売されても最後まで書きますので、よろしくお願いします。

反省文
当初のプロットでは前回の非常招集でBBを顔見せする予定でしたが、筆の勢いに任せて書いてる内に出すのを忘れてしまって、投稿後に感想のご指摘を見て気づきました。
ご指摘ありがとうございました。すいませんでした。でもAランカー3人もあの場にいたらごちゃつくし、これはこれで結果オーライだったんじゃないかと思ったり……。


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キサラギ掃討阻止・1

キサラギ掃討作戦です。ゲーム本編とは依頼内容が変わります。
今回はバズーカと投擲銃装備です。
フレーバー程度ですので、武器以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:CWG-BZ-50(50発バズーカ)
左腕部武装:KWG-HZL50(投擲銃)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:CWEM-R20(4発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAL-MARTE
脚部:CLM-03-SRVT

ジェネレーター:CGP-ROZ
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:MBT-OX/002
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)


「うむぅ、ついにキサラギ失陥か……まさか本社が直接襲われるとはの……」

 

昨晩依頼から帰還した黒い機体の足元を、整備班が忙しく往来するACガレージ。

メカニックチーフを務める髭もじゃの老人アンドレイは、いつになく真剣な声で唸りながら備え付け端末を睨みつけていた。

 

「キサラギの管轄セクション……特に都市区は大パニックだろうな。今ごろ各支社の窓口に市民が殺到してるだろうよ」

 

ソラはアンドレイの隣でパイプ椅子に座ったまま、携帯端末からパーツカタログを確認していた。

ページをめくってはキサラギ製の主だったパーツを表示させ、片っ端から購入ボタンをタップする。

しかし。

 

「……ダメだ。やっぱりどれも購入不可能。当然か、本社が直接やられたんだから」

「三大企業の中でもキサラギは比較的歴史が浅い。MTやACパーツの独自路線、そして手段を選ばん工作活動で急速に伸びてきた企業じゃ。ミラージュやクレストよりも、本社への依存度が大きいのよ」

「前にチーフが言ってた通り、パーツの複数買いを始めていて正解だったな。ベテランの勘のおかげだ」

「結果的にはな。しかし流石のワシも、まさか企業の本社がやられてパーツが買えなくなるなど、つゆほども予想しとらんかったわ」

 

ソラとアンドレイはガレージの端に吊るされたAC用の火器を眺めた。

左腕部兵装の投擲銃"HZL50"だ。

愛機ストレイクロウが普段使いしているキサラギ製のパーツはこれくらいしかない。

だが、二丁拳銃においてACの火力を支える重要な武装だ。

溜まりつつあった資金を使い、複数個をあらかじめ購入していたが、どうやら無駄にはならずに済みそうだった。

 

「俺が使ってるパーツは、あの投擲銃以外ほぼミラージュとクレスト製だ。……チーフは今後、この2社についても同じことが起きると思うか?」

「どうだかのう。ミラージュとクレストの物流は、キサラギほど中央集権的ではない。だが、同じような事態がもし起きれば、分からなくなるな。本社機能がいきなり失陥するなど、未曾有も未曾有じゃからな」

「……それもそうだな」

 

ソラはアンドレイと席を入れ替わり、備え付け端末を叩いた。

キサラギ本社の壊滅を主に報道しているのは、いずれの企業にも属さない独立系の小規模メディア達だ。

肝心のキサラギ系の報道はというと、本社の状況には触れず、コールセンターへの誘導と支社における配給品の提供、そして各種市民サービスの規模縮小と打ち切りを伝えるニュースがひたすら繰り返されている。

それはもはや報道の体をなしていない。壊れたラジオのように、同じ内容を機械音声が何度も垂れ流しているだけだ。

 

「企業がやられるってのは、こういうことか……」

「代表が行方不明になった割に、末端の動きはしっかりとしとるな。最低限生活に必要なインフラと流通の維持のみにマンパワーを絞れば、支社の裁量でもある程度はやっていけるんだろう。ある程度は、な」

「……この機に乗じてミラージュとクレストがキサラギの管轄区を奪い取る可能性は?」

「ないな。それどころじゃなかろう。管理者の部隊はレイヤード全土で満遍なく暴れとるからな。奪い取っても維持する余力がないわい。まあ、生き残ってる支社や工場にちょっかいをかける程度じゃないか?もう少し現状が落ち着かんことにはな……」

 

ソラは適当に報道のチャンネルを切り替えていった。

ミラージュ系もクレスト系も第一に報じているのは、市民サービスの縮小についてだ。

最近頻発している実働部隊の襲撃行為は兵器産業のみならず、レイヤード市民の日常生活への影響も計り知れないものがあった。

地下世界最大の企業であるミラージュすら、多数の生産施設や管轄居住区に大打撃を負い、企業活動の停滞を余儀なくされている。

キサラギは本社が壊滅し、支社がぎりぎりのところで市民への応急対応をしているのが現状だ。

そして、クレストにあっては、先日の水浄化施設の壊滅による、都市区への生活用水供給の大幅低下。

 

「……昨日の浄化施設の一件は、残念じゃったな」

「俺達が帰還した直後を狙われたんだ。どうしようもなかった」

「まったくだの。あんな襲撃の仕方をされれば、どんなレイヴンでも対応のしようがあるまい」

「まさか高性能MT25機が丸々囮だったなんてな。あれの相手だけでも、相当消耗してた。仮にもしあの後、本命の登場まで俺達があそこで待ち構えていられたとしても、結果は大して変わらなかったろうよ」

「アンタが死ななかっただけマシだった、というところかな」

「……やりきれねえがな。結局都市区への悪影響は甚大だ」

 

メカニックチーフの言う通りだった。

防衛作戦が終了して帰還した直後を襲撃してくるなんてやり方をしてくるならば、実質実働部隊に抗する手段はない。

元々、連中がどこから沸いてきているのか、どれほどの総戦力を抱えているのかも不明なのだ。

となればまさに絶望的な防戦を、企業もコーテックスも強いられ続けることになる。

そしてそれがいつまで続くかも分からない。

だが、レイヴン達がいつまで持ちこたえられるかは、決まっている。

ソラは携帯端末を弄り、レイヴンの開示情報を確認した。

 

「……あと、30人ちょっとか」

 

ソラがレイヴン試験に合格した当時、レイヴンは50人はいたはずだ。

レイヴンは戦死すれば、新たな適性者が選抜されて補充されるため、本来はそのくらいの人数が常時いるはずなのだ。

だが、停電と同時期に起こった生態系異常による正体不明生物への対処。

クレストとユニオン・キサラギを巡る大規模戦闘の連続。

現状の管理者の部隊との度重なる各地の争乱。

それらの事象が連続して起きた故か、開示情報を調べて出てくるレイヴンは30人強しかいなかった。

そして、管理者者命令によってレイヴン試験が停止されたため、これ以上レイヴンが増えることはない。

 

さらに、実力的にいえばEランク、Dランクのレイヴンは、先日のアスターのように管理者の部隊との戦闘で死亡する可能性が高い。

Cランク以上でも、敵の物量や状況次第では戦死のリスクは大きいだろう。

レイヴンの数は即ち、人類が運用できるアーマードコアの数と同義だ。

通常兵器だけでは管理者の高性能MTと満足に渡り合えない以上、レイヴンとアーマードコアはこれまで以上に重要な戦力とされるのが目に見えていた。

そしてそれは、状況の打開のために積極的に投入せざるをえない戦力でもある。

その数が、残り30と少し。有限にもほどがあった。

レイヴンが死に絶え、企業が窒息して人類の牙が折れるのが先か、管理者の暴走が止まるのが先か。

この非常事態の先を見通せば、どうしてもそういう話になってくるのだ。

もしこのままレイヴンが消耗して数が減っていっても実働部隊の暴挙が続き、人類の存続に必要な施設が破壊されていくとすれば――

 

「……あまり気負いすぎるなよ。アンタは来た依頼をこなす、それだけ考えてればええんだ」

「ありがとう、チーフ。分かってるさ。分かってるけど、な……」

「……ええーい!なんかこう、心躍るようなニュースはないんか!面白いバラエティもやっとらん!どのチャンネルも辛気臭い内容ばかり流しよってからに!」

 

白髭を大げさにもじゃくり、チーフがでたらめに備え付け端末を叩き始めた。

どこかコミカルなその仕草に、ソラは笑みをこぼした。

オペレーターといい、メカニックといい、自分は少なくとも周囲の人物には恵まれている。

それを感じるだけでも、気持ちの沈みは和らいだ。

 

「……お、クレストの広報チャンネルが。…………はぁ~~、バッカじゃなぁ。ユニオンがどうのキサラギの関与がどうのと騒ぐ段階はとうに過ぎとろうに……」

 

アンドレイが目をつけたのは、クレスト系の報道の一つだった。

報道内容は、この期に及んでなおキサラギがユニオン残党を匿っていると喧伝するものだ。

 

「……グラン採掘所に、キサラギ本社防衛部隊の残党が集結を開始。同じく先の掃討作戦で打撃を負ったユニオンと合流すると見られる。地下世界の混乱の発端となった非合法組織を未だに支援する同社の姿勢はもはや擁護のしようもなく、秩序を乱すこの逸脱行為に対してクレストは再び掃討作戦を……」

「やっとる場合か。ただでさえ戦力が削られていっとる状況にあって、もしまた作戦中に管理者の部隊が乱入してきたら、とかワシでも思いつくがの」

「停電やセクション封鎖から続く現状の混乱は、ユニオンに原因がある。クレストがずっと主張してきたことだ。今さらやめられないんだろ。あわよくば、キサラギにトドメを刺せるかもしれないしな」

「馬鹿な。キサラギにトドメを刺したら、キサラギ管轄のセクションはどうなる?支社の機能までもが止まればそれこそ、市民はそのまま野垂れ死に確定じゃ。どれだけの数が死ぬか想像もできんぞ」

「…………」

「クレストは現実が見えとらん。今はユニオンなんてどうでもよかろう。今は暴れ回っとる連中にどう立ち向かうかを考えるべきじゃ」

 

アンドレイの言うことはもっともだった。

だが、それでもクレストがユニオン撲滅に動くのは何故か。

ずっとずっと、クレストはレイヤードの異常事態はユニオンに原因があると主張し続けてきた。

それはもしかすると、一種の願いというか、希望的観測なのかもしれない。

ユニオンさえ滅ぼせば、管理者が全てを許してくれるかもしれない、と。

生贄を差し出せば、暴れ狂う地下世界の神が怒りの矛を収めてくれるかもしれない、と。

だが、ソラにはそうは思えなかった。

ユニオンが消えてそれで全てが収まる気が、まったくしないのだ。

それはなぜだろうか。

 

「チーフ、これは独り言なんだけど」

「…………」

「際限なく沸いてくる管理者の部隊に対処していって、頑張って迎撃して、ぶっ倒して、それでも結局攻撃を止められなくてって。そんなことがいつまで続くんだろうな」

「…………」

「実働部隊の戦力が尽きるまで?管理者の機嫌が直るまで?管理者の機嫌が直ったら、またレイヤードは平和になるのか?企業やコーテックスや市民は立ち直れるのか?それとも、もう管理者はこのまま……」

 

ソラは小さく息を吐いた。

 

 

「俺達人間は管理者無しじゃ、生きられないのかな」

 

 

瞬間、アンドレイが今まで見せたことのない表情でソラを見た。

それはまるで、親とはぐれて不安に怯える迷子のような顔だった。

その揺れる眼差しと食いしばった歯の意味するところが、ソラには痛いほどよく分かった。

 

だが。

 

"脱管理者"――今になってユニオンの思想が、ソラの頭の中にそれなりの形を持って浮かぶようになっていた。

 

 

………

……

 

 

「依頼が複数同時にだって?」

《はい。ミラージュからは、キサラギの主要工場の襲撃。クレストからは、キサラギ掃討への参加。キサラギからは、クレストの掃討部隊の迎撃がそれぞれ依頼されています》

「参ったな……」

 

ソラは携帯端末でレインと話しながら専用住居を出て、併設されているブリーフィングルームへと入った。

端末の電源を入れ、送られてきた依頼を全て確認する。

 

「全部、実働部隊とは無関係の企業間抗争か。本当に飽きないな。こんな時でもこれかよ」

《……キサラギが本社機能を失った直後です。ミラージュもクレストも見逃さずにしかけてきましたね。特にクレストは、ユニオンとキサラギを同時に叩ける好機だと思っているでしょうから》

「ユニオンを、な……」

 

クレストの依頼メッセージはやはり、ユニオンの狂った暴挙とそれを支援するキサラギに終止符を打つと息巻いていた。

一方でミラージュはあくまで冷徹に、キサラギの混乱につけ入るという言い回しだ。

しかし、ソラの目を一番引いたのはキサラギのメッセージだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

グラン採掘所最奥に集結した、我が社とユニオンの勢力の防衛を依頼したい。

知っての通り我々キサラギは先日、本社を管理者の部隊によって壊滅させられ、既に企業としての力の大半を失いつつある。

この採掘所の死守は、我が社の存続のために必要不可欠だ。

ユニオンにとっても、これ以上打撃を受ければ後がない現状がある。

 

そこで、レイヴンには採掘所内の特定ルートにて待機し、クレストの掃討部隊の主力を迎撃してもらいたい。

クレストも先の特殊実験区での大規模戦闘や、連日の管理者の部隊への対応でかなり疲弊しているだろう。

投入される戦力は、精鋭部隊とレイヴン数名程度だと予想している。

こちらも本社の精鋭に加え、信頼に足るレイヴンをもう一人雇っている。

上手く協働して、なんとかこの攻勢を凌いでほしい。

 

この戦いを持ちこたえ、我々キサラギは企業として再起を図る。

ここで大人しく潰えるつもりは、決してない。

そのためにも、優秀なレイヴンである君の力を貸してほしい。

 

なお、君個人に対して、ユニオンの指導者から言伝を預かっている。

作戦終了後に、それについても話をしたい。

 

依頼の受諾を待っている。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

《これはキサラギ社からの依頼ですね。作戦領域は第三層産業区セクション554のグラン採掘所。成功報酬は80,000Cとなっています。予測戦力は、クレストの精鋭部隊とAC複数です》

「ユニオンの指導者からメッセージ?レイン、何か補足は?」

《いえ、この件については何も……そもそも、こういう個人的な伝達事項を依頼文に載せること自体があまり例のないことですが》

 

ソラは腕を組み、頭をひねった。

キサラギはまさに存亡の瀬戸際だ。

正体不明生物の一件で最精鋭と協働し、ユニオンとも複数回手を組んだ経験のあるソラを、何としても戦力として確保したいという想いがあるのだろう。

それがこういう関心を引くようなメッセージの書き方をさせたのか。

そして、もしこの内容が本当だとして、ユニオンの指導者がソラに何の用件があるというのか。

 

だが、いずれにせよキサラギにもユニオンにもこのまま消えてほしくはないという気持ちがソラの中にはあった。

アンドレイが言っていたように、ここでキサラギが完全に潰れれば、間接的にレイヤードにどれだけの被害が出るのか分かったものではないのだ。

キサラギ製のパーツだって、恒久的に手に入らなくなる可能性がある。

 

そして、ユニオンだ。

これまでの戦いで手を貸してきた以上、その努力が全て無駄になるのは惜しい。

現状を打破しようとあがいている彼らにまだ存続していてほしいとは、ソラも強く思っているのだ。

少なくとも消える前に、自分の今までの協力に値するだけの成果を何か示してほしかった。

となればやはり、言伝とやらの内容が気になるところである。

 

「キサラギの依頼を受ける。グラン採掘所の防衛だ。レイン、手配を」

《分かりました。……ユニオンは一体、レイヴンに何を伝えるつもりでしょうか?》

「さあな。気を引くためのフカシじゃないことを祈ろう」

 

ソラはレインに応じながら、目を閉じた。

嫌な感覚が身体を包み込んでいた。

それは"何か"に見られているような、じんわりとした圧迫感だ。

この感覚を味わうのは、もう一度や二度のことではない。

ゆっくりと目を開いて、ブリーフィングルームの天井を睨みつけた。

その天井の上、遥か上には偽物の空がある。

そう思うと、"何か"の視線が重みを増す気がした。

その"何か"が何なのか、本当は分かっていた。

だが、あえて深く考えなかった。

どうせ、これから向かう戦場にもそれの手先がやってくるのだ。

ソラは根拠もなく、確信していた。

無意識に震える手を、ぎゅっと握りしめた。

 

 

………

……

 

 

作戦領域に指定されたグラン採掘所は、これまでミラージュとキサラギの間で熾烈な奪い合いが繰り広げられてきた場所だった。

ソラ自身、新人レイヴンだった頃からその紛争に複数回加担している。

キサラギの作業員を作業現場から追い出したり、かと思えば今は亡きデルタ1達キサラギ特殊部隊の脱出を支援したり、ミラージュの誘引作戦にリップハンターやファンファーレと参加したり。

当然ソラが関与していない戦いも、採掘所では今まで何度も起きてきたことだろう。

貴重な資源であるレアメタル鉱を採取できる現場は、企業にとって喉から手が出るほど欲しい場所なのだ。

結局、企業間の長きに渡る争奪戦はキサラギの大胆な奇策によって決着し、グラン採掘所はキサラギ管轄となった。

 

そして今。

この重要拠点にはキサラギの本社勢力がユニオン残党と共に身を寄せ、クレストの掃討部隊がそれを撃滅しようと麓の連絡路を包囲していた。

 

《コードキー入力。ゲートを開放します。レイヴン、ここをマップデータの通りに進めば、キサラギの指定した合流ポイントです》

「了解……鉱山への侵入路はとっくに調べ尽くされたと思ってたが、まさかまだ秘密のルートがあったなんてな」

《ああ。近隣のセクション連絡路と直結する抜け道とは、考えたものだ》

 

ACがようやく通過できるほどの狭く荒れた通路をブースタを小刻みに吹かして走行しながら、ソラは協働相手のレイヴンと通信を交わした。

淡緑の逆関節AC"インソムニア"を駆るD-3ランカー"クライゼン"だ。

クライゼンはぐねぐねとした複雑な隠し道をマップデータ頼りに進むストレイクロウの背後に付かず離れず、適切な距離を保って巧みに追走してくる。

窮地にあるキサラギがこの局面で頼りにするだけはあり、確かにランク以上の実力を感じさせた。

作戦開始前にレインから聞いた情報によれば、クライゼンは現在最低限しか活動していない、半ば引退したレイヴンであるらしい。

かつてはとあるレイヴンとバディを組み、現場重視の傭兵として上位ランカーにも匹敵する評価を得ていたという。

 

「……インソムニア。あんたキサラギとは長いのか?」

《急にどうした?》

「いや、キサラギが信頼に足るレイヴンだってあんたを褒めてたから」

《……連中がまだよちよち歩きの新興企業だった頃に、色々と面倒ごとをな。こんな時勢で今さらまた頼られるとは、思っていなかったが》

「キサラギが新興企業だった頃?……いつからACに乗ってるんだ」

《言うな。もう老兵の部類だ、俺も。……まあ、BBよりは若い、とだけ言っておこう》

「……そうか。すごいんだな、あんた」

《そろそろ合流地点だ。集中しろよ、ゴールデンルーキー》

 

2機のACが狭い通路を進んだ先には、開けた空間があった。

見慣れた重機や大型クレーンが立ち並ぶ、グラン採掘所の作業現場だ。

出迎えたのは、十数機の四脚型高機動MT"クアドルペッド"。

いずれも正体不明生物駆除作戦で見かけた、特務仕様の大型機体だった。

かつてソラと共に戦ったキサラギの最精鋭"デルタ1"はこの機体を同社の虎の子だと言っていたが、それがこれだけの数投入されているのは、まさに正念場を思わせた。

 

《来たな。協力に感謝するぞ、レイヴン達。……クライゼン、アンタとまた同じ戦場で戦えるとはな。長生きはするもんだ》

 

通信を繋いできたのは、十字のラインマーキングが施された隊長機である。

貫禄のあるしわがれた声は、過去の栄光を懐かしむような色を帯びていた。

 

《本社お抱えの精鋭部隊"スキュラ"共か。昔話をしに来たわけじゃない。早く始めるぞ》

《そうだな。最新のマップデータを送る。差し替えてくれ》

 

精鋭部隊"スキュラ"の隊長機から送信されてきたマップデータが、ソラの眼前のコクピットモニターに大きく表示される。

網の目のように複雑なそのデータ図が依頼受諾時に送られてきたものと違うのは、連絡路が片っ端から潰されている点だった。

 

《クレストの襲来に先んじて、我々は鉱山内部に通じる侵入ルートを徹底的に破壊した。×印のついているルートは全て崩落し、今回の戦闘では使い物にならない》

「×印のルートはって……ほぼ全てじゃないか」

《そうだ。生かしているのは3つだけ。それも道中に小細工を大量にしかけてある。クレストの侵攻経路はこれ以外にない。連中も今ごろそれに気づき、部隊を再編制している頃だろう》

「待てよ。逆にこのルートを外から破壊されたら危険じゃないか?」

《心配はいらない。グラン採掘所は今回のような事態に備え、かなりの期間を費やして要塞化を施してきた、我々キサラギの最終拠点だ。レイヴンに提供しているルートデータも、今回の作戦に関係する場所以外は省いてある》

「……なるほど。道理でミラージュが戦力を大量投入してもここを奪えなかったわけだ。だけど、この他にも秘密のルートがあるならどうして正面のルートをわざわざ3つ生かしているんだ?全部潰せば、クレストはそれで諦めて帰るんじゃないのか?」

《目に見えている侵入ルートを全て潰せば、他にも抜け道があると教えるようなものだ。クレストに鉱山の周囲を探られるのは、それだけでリスクになる。それをさせないためにもルートをあえて限定して侵攻させ、完膚なきまでに撃退して戦力を削ぐ。そうすれば、管理者の部隊の襲撃が相次いでいる中で長期間採掘所攻略にこだわるのは、奴らも避けるだろう。短期決戦に仕向けるのも、狙いの一つだ》

《まあ、キサラギの企み癖は今に始まったことじゃない。ならばレイヴンとしてはシンプルに考えるだけだ。ここに集ったメンバーで協働し、3つのルートでクレストを撃退すればいい。そうだな?》

 

クライゼンの問いかけに、キサラギの精鋭部隊長は短く、その通りだと答えた。

 

《クレストの戦力は偵察で分かっている。精鋭MT部隊約20機と、自社派閥のランカーACが2機だ。これ以上の戦力投入はおそらくない。グラン採掘所は我々の城だ。雑兵を送り込んでも大量にしかけられたトラップの餌食になると、連中も理解しているだろう》

「ACは2機だけか。思ったより少ないな」

《前回のユニオン掃討作戦の失敗から立ち直りきれてないのに加え、管理者の部隊の襲撃は今この時も続いているからな。それでも投入されているのは、クレスト寄りとしてはほぼ最高ランクのレイヴンだ》

《1人は分かりきっている。B-5サイプレス……"テン・コマンドメンツ"だろう。……もう1人は?》

《……C-2ストリートエネミーの"スタティック・マン"だ、クライゼン》

《…………そうか》

 

クライゼンの息をひん呑むような呻きが、通信機から伝わってきた。

 

「スタティック・マンか……確かに今まで何度も聞いた名前だ。MT部隊の相手はあんたらキサラギの精鋭がするってことでいいんだな?」

《ああ、そのつもりだ。後はACの分担だが……》

《……スタティック・マンの相手は、俺だ。ストレイクロウ、お前は……》

「了解した。テン・コマンドメンツは俺がやる。キャリアはともかく、レイヴンのランクは今のあんたより俺の方が上だからな。それに奴には1回勝ってる。今度こそ仕留めてやるさ」

《……すまんな、すまん》

 

先ほどまでの歴戦の貫禄が嘘のように、クライゼンはぼそぼそと小声で謝った。

後ろめたさと諦観を伴ったような声音だった。

スタティック・マンのレイヴンであるストリートエネミーと、過去に何かがあったのだろうか。

だが、ソラがそれを問いただすより先にクライゼンは態度を切り替え、キサラギの隊長と細かな迎撃プランの打ち合わせに取り組み始めた。

一瞬見せた脆さが嘘のように、毅然とした傭兵の在り方に戻っていた。

だから、ソラもあえて何も聞かずに打ち合わせに加わった。

長く戦場にあって、そして今は半ば引退していたというのは、それだけ多くのしがらみを背負ってきたが故なのだろう。

それは仕方のないことだ。命のやり取りの場にまで引きずらなければ、誰にも責められる謂れはない。

 

《ストレイクロウ、君の担当ルート上には、連絡橋がある。鉱山内の深い縦穴をまたぐ橋だ。ACからすれば少々手狭かもしれないが、迎撃には最適な場所だ。落ちないように気を付けてくれ》

「逆にそこに敵を落とせば、あっという間に決着がつけられるな。やってやる」

《気負うなよ。防衛戦は、撃破しなくても撃退すれば勝ちだ》

《……レイヴン達、よろしく頼んだぞ。キサラギの命運が、この戦いにかかっている。必ず勝利を!》

 

作戦行動が始まった。

特務仕様のクアドルペッド達が四脚を滑らせ、正面のゲートから坑道に飛び出していく。

最後に残った隊長機も、2機のACにまるで頭を下げるように身じろぎした後、ゲートに向かい始めた。

 

《……担当するACを退けたら、そのままMT部隊の支援だ。スキュラが抜かれれば、キサラギには後がないからな。テン・コマンドメンツが相手とはいえ、AC戦の手助けをしてやる余裕はないぞ。分かっているな、ルーキー》

「分かってるよ。手助けが出来ないのはお互いさまだ。あと俺はルーキーじゃない。もうC-1まで来たんだぞ」

《だが、まだ若い。だからルーキーはルーキーだ。まだまだ、高く飛ぶんだろう?》

「……ああ、そのつもりだ」

《やるぞ。死ぬなよ》

「そっちも」

 

ソラはクライゼンのインソムニアと別れ、担当するルートへと続くゲートをくぐった。

ストレイクロウのブースタが、普段より力強く炎を噴き出しているようだった。

老兵の言葉が、ACの背中を押してくれていた。

 

 

………

……

 

 

《インソムニア、スタティック・マンと交戦を開始。……悪く思うなよ、ストリートエネミー》

《レイヴン、こちらも来ました!》

 

クライゼンとレイン、2人の緊張した声が、通信機からコクピット内に響く。

ストレイクロウがバズーカと投擲銃を向けたその先で、ゲートが轟音と共に吹き飛んだ。

黒々とした爆煙がもうもうと湧き立ち、ソラの待ち構える連絡橋にまで一気に広がってくる。

少しの間を置き、ガードメカと思しき残骸が乱暴に投げ捨てられて、ストレイクロウの足元に転がった。

薄らいでいく煙の奥に、フロート型ACのシルエットが浮かび上がる。

 

《くたばり損ない共が。こんな洞穴にコソコソ隠れてまで、管理者の裁きを逃れようとはな》

 

通信機のスピーカーから嘲笑の声が溢れ出す。

 

《見苦しい》

「キサラギもユニオンも、あんたにだけは言われたくないだろうよ」

 

かつて雨降る戦場で取り逃がした管理者の信奉者。

侵攻してきたクレストの尖兵たるその上位ランカーに向けて、ソラは毒を吐いた。

 

「くたばり損ないはあんたの方だ、テン・コマンドメンツ」

《あの"雨"が、管理者の導きが、俺を生かした。今日この日の為……そしてこれからやってくる、選ばれた者だけが生き残る新時代の為にな。裁きの時は近い。だがその前にお前は俺の手で、このレイヤードから消し去ってやる》

 

赤いフロートが肩のチェインガンを起こし、その長大な砲身をストレイクロウに突きつける。

 

「何度やっても、結果は同じだ」

《ふん。口先の切れ味だけは、トップランカー気取りか?》

 

不毛な舌戦をやめ、ソラは何の予告も無しに両手のトリガーを引いた。

バズーカ砲弾と投擲榴弾が砲声を轟かせ、不遜な獲物へと襲いかかる。

当然のように躱したテン・コマンドメンツは、そのまま連絡橋のかかる縦穴を、ブースタで上昇していく。

数瞬の間を空け、チェインガンが徹甲弾を撃ち下ろし始めた。

 

「もう見飽きてんだよ、その手品は!」

 

熟達の技量による空中からの連射を、ソラは橋の上で不規則に飛び跳ねるようにやり過ごしつつ、高火力の二丁拳銃で反撃する。

AC同士がなんとか戦闘できるほどの広さがあるとはいえ、戦場は上下に長い縦穴と連絡橋だ。

リスクを取って空中から攻めてくる敵は、一度橋の下に落とせばそれだけで仕留められる。

撃ち落とせばいいだけだ。フロートの高機動も、滞空状態では活かしきれない。

ソラはACを細かく前後左右に振り回しながら、ひたすらにトリガーを引き続けた。

やがて、砲撃と被弾の反動を殺しきれなくなったテン・コマンドメンツがよろよろと高度を下げ、なんとか橋の上に着地した。

絶好の攻め時。ソラはフットペダルを踏み込み、ブースタを全開にして大きく機体を前進させた。

 

「ジャングルとは訳が違うぞ、観念しろ!」

《クソガキが!俺の力をまだ分かっていないようだな!》

 

張りついて旋回戦をしかけようとしたソラの動きに対し、テン・コマンドメンツはオーバードブーストを起動した。

猛烈な加速でストレイクロウの脇をすり抜け、そのまま連絡橋の奥へと突き進んでいく。

橋の突破を許しては中量二脚ではフロートに追いつけない。

ソラは180度旋回し、急いでオーバードブーストで敵を追った。

だがその眼前で敵ACは突如急制動をかけ、一気に後退。再びすれ違うようにして、わざとソラに追い抜かせた。

結果、ストレイクロウは無防備な背中を、敵のチェインガンの前にまんまと晒してしまった。

 

《死ね》

 

後方から吹き荒れる弾幕が、防御スクリーンをゴリゴリと削っていく。

ソラは歯を強く食いしばり、ACの脚を橋の外へと投げ出させた。

なんとか橋板の下をくぐり抜けつつ旋回し、敵機の背後を取るためだ。

しかしレーダーでその動きを看破したテン・コマンドメンツは、橋上に浮上してきたソラを、銃口を向けて待ち構えていた。

 

「……っ!」

《さっきまでの威勢はどうした、Cランカー!》

 

テン・コマンドメンツのレイヴン"サイプレス"の実力とセンスは、やはり本物だ。

ユニオン防衛では不安定極まりなかった地上付近でのチェインガン連射を今回はそつなくこなし、それでいて地の利をソラから巧みに奪い去って苛烈に攻め立ててくる。

ソラもバズーカと投擲銃を必死に撃ち返すも、横幅が強く限定される橋の上での回避能力は、フロートに軍配が上がる。

左右にスライドするような高速のブースト移動を連発しつつ、ひたすらチェインガンの瞬間火力を押し付けてくる動きが、とてつもなく強い。

ミサイルを束ねて撃つ余裕すらない。熾烈な射撃戦で、APがあっという間に7000を下回る。

どれだけ器用に飛び跳ねても、この狭い戦場でチェインガンを回避しきるのは不可能に近かった。

 

《さっさと死に腐れ!》

「死ぬのはてめえだ、イカレ野郎!」

 

暴言に暴言で返しつつも頭を冷やし、ソラは集中力を高める。

機動性と連射力は敵に分があっても、こちらも攻撃を当てられていないわけではない。元々、フロート型の方がAPは低いのだ。

それに地上付近でのチェインガンの運用は空中のそれよりも遥かに繊細だ。砲弾を当てればとりあえずは射撃の手を鈍らせることができる。

連射をまともに貰わないように集中して射線を見切り、ロックサイトに捉えた相手に確実に砲撃を命中させる。それしかない。

オーバードブーストでの強襲も張りついての旋回戦も、テン・コマンドメンツほどの実力者には何度も通用するまい。

失敗して先ほどのような隙を晒せば、ダメージレースで致命的に不利になる。

有効な打開策も思い浮かばない以上、この泥沼の削り合いに競り勝つほかなかった。

深い縦穴に砲撃の轟音が滅茶苦茶に反響し、連絡橋が流れ弾で何度も振動した。

モニター上部に表示されたAPが、5500を切った。

その時だった。

 

ズドンッ。

 

《!?》

「!?」

 

焼け焦げたゲートの奥から火球が高速で飛来して、テン・コマンドメンツの背中に直撃した。

撃ち合いが止まり、2人のレイヴンの思考回路がスパークする。

 

――クレストの裏切り?そんなはずはない。最重要戦力である俺を切り捨てるわけがない。

――インソムニアが合流してきた?いや違う。もしそうならば、俺の背後から来るはずだ。

 

――ならば。まさか。

 

その"答え"は、すぐに姿を現した。

それは、アーマードコア。

かつてソラがルグレン研究所で戦った、そして先日キサラギの本社を襲った、あの未登録機体だ。

出撃前の予感は、やはり現実のものとなったのだ。

 

《レイヴン、キサラギ精鋭部隊より通信です!管理者のMT部隊がクレストの後方から突如出現!無差別攻撃を開始!!》

 

レインの通信に合わせて、再度グレネードランチャーの火球が放たれた。

ストレイクロウもテン・コマンドメンツも、咄嗟に橋上から飛翔して離脱する。

次に通信機から聞こえてきたのは、狂ったような笑い声だった。

 

《来たぞ、来たぞ!裁きの時だ!管理者の力を思い知れ、不届き者共……っ!!?》

 

吼える赤いフロートの周りに自律砲台が複数放たれ、全方位からレーザーを乱射し始めた。

 

《な、なぜだ管理者!?俺は貴方に選ばれ……こ、こんな、待ってくれぇっ!!》

 

さらにレーザーライフルとイクシードオービットの火線が殺到した。

テン・コマンドメンツは言葉にならない絶叫を撒き散らしながら吹き飛び、鉱山の縦穴の奥深くへと墜ちていった。

 

《……こちらインソムニアだ。ストリートエネミーは、殺した。……スキュラ達の援護に向かう》

《レイヴン!一度撤退し、インソムニアやキサラギと合流を!》

「こいつに追われながら?……無理だな」

 

珍しく切羽詰まった様子のレインにそう返し、ソラは自分の頬を殴りつけた。

鉄の味がじわりと口内に広がり、状況の急変で沸騰しかけていた脳を一気に冷却する。

敵ACが一歩、また一歩とブースタも吹かさず、まるで威圧するかのように橋の上を歩み寄ってくる。

ルグレン研究所の戦いでは、レイヴン3人がかりで刺し違えた相手だ。

だが、今はソラ1人。

だが、あの時とは違う。

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

幼き日の、呪いの言葉が蘇り、鼓膜を確かに震わせた。

しかしそれすら、今のソラにとってはレイヴンとしての"意思"と"力"を産む源だ。

ここまで必死に飛んできた。これからも、高く飛ぶのだ。いつか、本物の空に辿り着くまで。

こんな所で、薄暗い洞穴で、いや、偽物の空の下で、ただ虚しく死んで終わるつもりなどない。

 

AP、残り5300。

ソラは目の前の敵を見据えて、気を吐いた。

 

「……来いよ。あの時とは違うぜ」

 

管理者のACが、肩のオービットキャノンをゆっくりと、展開した――

 

 

 




テン・コマンドメンツは今回で退場になります。
キャラ付けの脚色が大きい本作ですが、彼については特に意識的に極端なキャラにしていました。
彼がどうなったかはサイレントラインをプレイすると分かります。
3系でも特にストーリー性があって好きなキャラでした。


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キサラギ掃討阻止・2

グラン採掘所防衛戦後半、実働部隊のAC戦です。
敵機体は「中央研究所防衛」に出てきたACと同タイプになります。
どういうビジュアルの機体かはゲーム本編や動画でご確認ください。
小説内で完全に説明できればそれが一番なんですが、ACのアセンブリは細かく描写しづらいのが悩みどころです。




ボシュボシュボシュッ。

 

実働部隊のACの肩武装、オービットキャノンから放たれた3基の自律砲台。

ガードメカよりもさらに小ぶりなそれらは空中に浮遊し、こちらへ向けた銃口から威勢よくレーザーを発射し始める。

一瞬前までストレイクロウが立っていた場所を3方向からの熱線が焼け焦がし、そして躱せたと安堵する間もなく、砲台達はグンと距離を詰めてさらに追撃を撃ち放ってくる。

極めて独特な挙動の武装だ。

多方向からの途切れない弾幕を形勢しながら、しつこく追従してくる動き。

レーザー発射のタイミングはそれぞれ僅かにずれており、どれほど複雑な戦闘機動を描いても回避しきることは不可能に近い。

ましてや、戦場は狭い橋の上だ。

否応なく防御スクリーンが削られ、高めた集中を乱してくる。

しかし、とソラは息を吐いた。

しかしながら、1発1発はガードメカのラインレーザーよりもさらに弱々しい。

ただ鬱陶しいだけだ。

ならば、取るべき行動は決まっていた。

 

無視する。

 

小うるさい取り巻きに気を取られ、本命にしてやられては意味がない。

APはまだ5000ある。時間制限を課されているようなものだと思い、落ち着いて腹をくくるしかない。

ソラは視線を意識的に自律砲台から背け、正面で黒いレーザーライフルを構える敵ACをしっかりと見据えた。

両手に握りしめた操縦桿のトリガーを引き絞り、バズーカと投擲銃を発射する。

敵ACは中量級とは思えないほど機敏な跳躍で、ソラの射撃を容易く避けた。

そのままブースタを吹かして空中に留まり、次の瞬間には急加速してロックサイトから離れていく。

オーバードブースト――ではない。通常のブースト移動だ。

サイティングは追いきれないが、ソラの目はしっかりと敵の動きを捉えていた。

橋から舞い上がった敵ACは上下にジグザグに機体を揺らしながら、右腕の銃器を連射してくる。

 

「……っ!」

 

自律砲台のレーザーなど比較にもならない、高出力の青白い火線。

撃ち放っているのはソラも運用している武装、黒い試作型レーザーライフル"XCB/75"だ。

だが、リロードの早さもレーザーの出力も、勝手知ったるそれとは程遠い。

唯一の救いは、高められた連射性と威力の影響なのか、レーザーライフルの強みである弾速がいくらか犠牲になっていることだった。

発射を視認してから躱せるほど遅くはないものの、こちらに狙いを定めてくる銃口の動きから射線を予測して先んじて動いていれば、連続して被弾はしない。

続けて3発撃たれた高出力レーザーを1発被弾しながらも何とかやり過ごし、お返しにバズーカを撃つも外れ、だがタイミングをずらした投擲榴弾は当たった。

 

「よし……!」

 

まずは一撃。

管理者部隊の特別仕様とはいえ被弾時の安定性まではさすがに図抜けていないのか、榴弾の爆炎と衝撃で敵の飛行速度が低下し、さらに何発か追撃が命中した。

周辺で騒いでいた自律砲台も限界を迎えたらしく、爆散して消失する。

敵の主力兵装は躱せる。自分の二丁拳銃は当てられる。

ならば、勝ち目は充分にあるということだ。

テン・コマンドメンツ戦と同様に、元々この橋と縦穴の狭い戦場ではどう巧く立ち回っても速く立ち回っても、結局はダメージレースになる。

最終的には、射撃戦に競り勝つしかないのだ。

一発でも多く回避し、一発でも多く命中させる。

それに全ての意識を注ぐ。

腹をくくったソラは俄然勢いに乗り、残弾を気にせずに両腕の火器を連射し始めた。

APは残り、4200。

 

「やってやるよ……覚悟しやがれ!」

 

調子を上げるストレイクロウに対し、敵ACは橋がかかる深い縦穴を高速で飛行しながら、こちらの背後へ背後へと回り込もうとしてきた。

明らかに、旋回戦を狙った動きだった。

今回ストレイクロウが採用しているのは、撃ち合いを想定した重装甲仕様の中量脚部"03-SRVT"だ。

軽量機以上の速度で周囲をうろちょろされれば、やはり対応はしづらくなる。

そこまで思考したところで、敵ACがライフルを下ろして再びオービットキャノンを起動した。

バラ撒かれた小型自律砲台が再び、レーザーを多方向から乱射し始める。

さらに敵ACはライフルを構え直すと同時に、コアからも自律兵器イクシードオービットを2基浮遊させた。

 

「クソっ、贅沢なことしやがって!」

 

連射されるレーザーライフルとオービットキャノンの隙を補完するように、さらにEN砲弾が追加された。

尋常でなく分厚い弾幕だ。回避運動を一瞬でも緩めれば、瞬く間にAPをもっていかれるだろう。

高速飛行しながらのEN兵器3種の過剰な乱射は、通常のACならばあっという間にジェネレータが干上がってチャージングするほどの猛攻である。

だが、敵ACはリソース管理の機微などまるで考慮していないかのように、暴力的な火力を押し付けてきている。

当然である。管理者の実働部隊だからだ。そういう戦闘が可能だから、そうしているだけだ。

オービットキャノンの反対側に装備されたグレネードランチャーを使ってくれればまだリロードの合間に一息つけるだろうに、そちらはまるで使う気配がない。

このまま飽和射撃で圧殺するのが狙いなのだろう。どこまでも機械的で、そして合理的な戦闘判断である。

 

「……っ、っ、っ!」

 

回避すべき火線の量が増えたことで、ソラの操縦はさらに忙しくなった。

モニターから姿を消そうと飛び回る敵影を操縦桿を傾けて必死に追いかけながらトリガーを引き、地団太を踏むようにフットペダルを連打してはEN容量とAPをこまめに確認する。

躱しきれる物量ではない。瞬間瞬間でどれだけ最適解を選ぼうとも被弾は免れない。APは3000を切った。

砲撃を応酬する度に、神経がすり潰されそうなほどのプレッシャーを感じる。

このままでは――

 

「……っぅ、っ!」

 

呑まれそうになる心を奮い立たせ、ソラは橋の上を思いきって大きく素早く後退した。

空中から追いすがってくる敵をロックサイトに捉えて、そのまま迎撃の砲弾を浴びせかける。

またも命中。だが反撃のレーザーの嵐が返ってくる。回避した。反撃した。敵がまた回り込もうとしてくる。回避。回避。反撃。回避。

息を吸う暇も吐く暇もない。

先ほどからずっと、ソラの口の端は吊り上がったままだ。目は見開かれたままだ。

本能が告げていた。

集中が途切れれば、その瞬間死ぬと。

チャンスを掴めなくても、このまま終わりだと。

 

ボンッ。

 

低出力レーザーを吐いていたうるさい小蠅達が寿命を迎え、揃って爆散した瞬間、またも敵のオービットキャノンが起こされる。

緩んだ攻めの隙を見逃すことなく、ソラはバズーカと投擲銃をブチ当てた。

空中で相手の挙動が乱れ、縦穴の壁面をガリガリと肩が削り、ふらついて、攻撃の手がぴたりと止まった。

 

「来たっ」

 

絶好の機会を、ソラは見逃さなかった。

高威力高反動の両腕火器を何度も撃ち込み、そのまま壁面に敵を押さえつけるように命中させていく。

相手は何とか逃れようともがくも、特徴的な腕部の肩装甲の突起が荒れた岩壁に何度も引っかかっているようで、上手く動けていない。

粘り強く勝ち取った、好機だった。

勝てる。落とせる。

 

「いけ、いけっ!」

 

トリガーを引きっぱなしたまま、思わずシートから身を乗り出すソラ。

しかし次の瞬間。

実働部隊のACは、相次ぐ被弾を誤魔化すように岩壁を脚で蹴って強引に加速し、ブースタを全開で噴射。

コクピットモニターの斜め上部へと消えた。

予期せぬ行動に真っ白になるソラの思考。しかし反射的に本能が機体を動かした。

頭部カメラを向けると同時にひねった操縦桿。踏み込んだフットペダル。3本のレーザーが脚部の爪先をかすめる。

立て直した敵機は、上空から橋に向けて、いやストレイクロウに向けて真っ直ぐに突っ込んできていた。

距離を詰めれば、当然攻撃は躱しづらくなる。両者共に。

勝つのは、APが多い方だ。相手のAPは今――。

連続して撃ち下ろされるレーザー。

ストレイクロウのAP2300、一発当たって1700。

ソラは神経を極限まで研ぎ澄ませ、最も火力の出る選択肢を咄嗟に選んでいた。

バズーカを下ろし、肩のミサイルユニットを連動ミサイルと共に起こす。

上空から突進してくるだけの敵機を、FCSがのろのろとロックをかけ出した。

また当たった。AP1100。レーザーがしつこく降り注ぐ。

遅いっ。声を裏返して叫び、ぐちゃぐちゃに操縦桿を振り回すソラ。

ロックオン完了、反射的に両手のトリガーを引いた。

投擲榴弾とミサイル5発。これが瞬間的な最大火力。

叩き込んだ弾幕が敵ACに直撃し、橋の上空で大爆発を起こした。

 

《……はり。……けた》

 

黒煙を裂いて飛来したレーザーが1発だけ、ストレイクロウのコアに当たって弾けた。

残りAP500。

充満した煙が晴れるより先に、ばらばらとACの残骸が橋台に散らばった。

 

《敵未登録機体……っ、反応消失!完全に撃破しました!》

 

ずっと息を潜めて見守っていたレインが声を上ずらせ、状況を報告した。

ソラは操縦桿から震える右手を離して、ぐっと拳を突き上げた。

息をぶはぁと吐き、大きく吸い込んでようやく肺を安らげる。

――勝った。

管理者のACに、今度こそ本当に、1対1で。

頭の中で、何かが弾けたようだった。

薄雲が晴れていくような、光が差し込んでくるような、圧倒的な達成感。

そして、それだけではない。

極限の死線を味わったが故に、ソラの集中は遥かな高みに達していた。

操縦桿を握る五指から、フットペダルを踏む足裏から、アーマードコアの鼓動が伝わってくるようにすら感じる。

これは、あの時の感覚だ。

かつてデータバンク侵入戦でクレストの最精鋭達と戦った時にも感じた、髪の毛先から指の爪先まで神経が完全に網羅するような不思議な感覚。

言うなれば、脳髄に染み渡るような"全能の感覚"である。

 

「……レイン、インソムニアとキサラギはどこで戦っている?」

《えっ?》

「援護に行く。まだ管理者やクレストの部隊が残ってるんだろ」

《しかし……残りAPは500ですよ、レイヴン。無理をせずに待機した方が》

「いや、やれる。まだこの"感覚"が残っている内に少しでも……やってやる」

《……分かりました。交戦中のポイントをマップデータ上に表示します》

 

驕っているとは、思わなかった。

退くべきだとも、思わなかった。

本当にやれるとしか、思わなかった。

 

その後。

ソラは防御スクリーンをショートさせるストレイクロウを動かし、クライゼンのAC"インソムニア"とキサラギの精鋭部隊の加勢に向かい――

敵部隊の殲滅に、成功した。

 

 

………

……

 

 

30分後。

 

「話と違うな」

 

グラン採掘所最深部の小部屋の中でソラは両手を天井に向け、ぽつりと呟いた。

 

「代表サマが直々に労ってくれるって、そう聞いてきたんだが」

 

不満げな呟きと眼差しの先には、拳銃を突きつける初老の男性が立っていた。

色褪せた長めの金髪を束ねた、紺色のスーツが似合う精悍な男だった。

 

「ソラ。君は極めて優秀な傭兵だが、心構えはまだまだ未熟だな」

「…………」

「クライアントに求められたとはいえ、レイヴンが戦場でACを降りるべきではない。違うか?」

「……おっしゃる通りで」

 

反論の余地はなかった。

撤退前の防御スクリーン補給というキサラギの提案は甘んじて受け入れても、もう一つの提案は断るべきだった。

「我々の代表と面会してほしい」という提案の方は。

 

「オペレーターにも警告されたよ、危険だからやめろって」

「当然のことだな。いくらアーマードコアがレイヤード最強の機動兵器とはいえ、中身はただの人間だ。生身を晒せば、こんな拳銃一つで簡単に死んでしまう。軽率極まる」

 

ソラはホールドアップの体勢のまま向けられた銃口から目を逸らし、部屋の中を見渡した。

巨大企業の鉱山に似つかわしくない瀟洒な部屋の中にはアンティークな調度品や家具が並び、趣味の良い富豪の私室のような居心地良い風情を醸している。

あるいは、自然区の富裕層向けリゾートホテルのスイートルームだろうか。

いずれにせよ言えるのは、この部屋は眼前の男性の纏う雰囲気によく合っているということだ。

こんな危機的状況でも、なぜか敵愾心より好感が勝るほどに。

 

「……あんたが、キサラギの代表?」

「そうだと言ったら?」

「聞きたいことがある」

「何だ」

「どうしてこんな小部屋で、俺と2人きりになった?」

「…………」

「ただ用済みの俺を始末するつもりなら、適当な兵士にやらせればいいだけだ。あるいは部屋に招き入れた直後に外から爆破するとかな。……もしあんたが本当に企業の代表ほど偉い人なら、どうして護衛もつけずに俺を部屋に呼んで、わざわざ対面した?」

「護衛ならば、そこの家具の裏に隠れているかもしれんぞ?」

「いないだろ。そのくらい分かる。それに……」

「それに?」

「多分、この状況でも俺は逆にあんたを殺せる。銃弾なんか、適当に躱してな」

 

テン・コマンドメンツや実働部隊との激闘の中で極限まで研ぎ澄まされた"感覚"は、まだ消えていなかった。

部屋の中には本当にソラとこの金髪の男性が2人きりで、外に見張りが張りついていないことも把握できていた。

知りたかったのは、なぜこんな状況をこの男が望んだのかということだ。

ソラは若くても傭兵だ。男が本当に企業の代表ならば、あまりにも返り討ちのリスクが高すぎる。

 

「……ふっ、レイヴン"ソラ"。度重なる我が社の重要任務への協力、キサラギの代表として心より感謝している」

 

代表と名乗った男はそう言って銃をしまい、ソラに小さな円卓への着席を促した。

素直に座ったソラに対して、代表は部屋奥の棚から缶コーヒーを取り出して寄越してくれた。

 

「無礼の詫びと、今回の戦闘の労いだ。一杯付き合って欲しい」

「……いいけど。こういう時って、普通いかにもお高そうなブランド物を淹れるとかじゃないのか?缶コーヒーかよ。しかもこれ常温……」

「ははは。すまんな、私のこだわりだ。初心を忘れたくなくてな。若い頃からずっと……この地位についてからも、コーヒーだけはこの手の安物を選んできた」

「若い頃?」

「そう。この身一つで、友人達とゴミ山を漁っていた頃だ。時折廃材に混ざって無傷で見つかるこういう缶コーヒーが、ささやかな幸福だった。まあ、たいがいは賞味期限切れの廃棄品だったがな」

「…………ああ、なるほど。あんたって」

 

口から吐き出そうとした言葉を、ソラは直前で強引に呑み込んだ。

企業の代表に対して、あまりにも失礼だと思ったからだ。

しかしそんなソラの前で、キサラギの代表は肩をすくめて苦笑した。

 

「君の推測は正しい。私は"地底"出身だ」

 

思わぬ告白に気まずくなり、ソラは缶コーヒーを開けて一口飲んだ。

 

"地底"とは、第三層第一都市区セクション501を指す蔑称だ。

レイヤード最古の基幹セクションの1つにも関わらず、地殻変動で崩壊したこのセクション501は現在、産業区や都市区の廃棄物を第二層の処理場に送るための集積所として利用される場所だった。

都市区としては当然一般市民が住めるような環境ではなく、各地から最貧民や犯罪者が廃棄物に紛れて密かに集まる、劣悪なスラム街としての性質が強い。

まさに地下世界レイヤードの最底辺。故に通称"地底"と呼ばれる場所だ。

 

だが、"地底"はレイヤード中のあらゆる物や人が流れ着き、吹き溜まるという性質故に、独特な文化や地位を築いていることでも知られていた。

よく言われるのが、地下世界で武力を持つ団体のほぼ全てが、この"地底"と何らかの繋がりを持つということである。

反体制的な武装勢力だけではない。MT乗りの独立傭兵や企業の特殊部隊、さらには管理者の選抜するコーテックス職員やレイヴンにも、"地底"の出身者は一定数いるとソラは聞いたことがあった。

キサラギという巨大企業の代表がそうだとしても、なんらおかしな話ではないということだろうか。

 

「クライゼンやストリートエネミーとは、"地底"時代から個人的によくバカをやってつるんでいた仲でな。ゴミ山出身の2羽のバカ鴉と、二大企業に挑む無謀なバカ野郎が1人だ。……事業を立ち上げた時には、色々なことを手伝ってもらった。卑劣な悪事にも協力させ続けた。彼らがいなければ、キサラギも無かった」

「……そりゃ悪かったな。生き残ったのがクライゼンの方じゃなくて。ストリートエネミーも、さっきの戦闘で死んだぞ」

「分かっているさ。気に病んではいない。むしろ、彼らは長く戦場にい過ぎた。稼ぎ終えたらレイヴンなどさっさと引退してやると、駆け出しの頃は口を揃えて何度も言っていたのにな。ストリートエネミーはいつしかクレスト御用達になってここに現れ、旧友のクライゼンとまるで示し合わせたように同じ戦場で死んだ。生き残ったバカは、私だけだ。彼らは本質的に、人が好すぎたんだろうな。2人共ひどく強面の癖に、頼みごとを断れない性質だった」

 

代表は寂しげに笑い、缶コーヒーを音を立てて啜った。

協働相手のレイヴン"クライゼン"は、クレストに雇われた"ストリートエネミー"を別ルートで撃破した後、先の管理者の部隊との戦闘で死亡していた。

直前のAC戦で大幅に疲弊していたこともあり、避けられない死だった。

管理者の高性能MT部隊とこの閉鎖空間で戦うというのは、本来そういうことなのだ。

あの戦闘に満身創痍の状態で参戦したソラも、一歩間違えば死んでいたかもしれない。

研ぎ澄まされた"感覚"がまだ残る喉を常温の缶コーヒーがぬるりと流れる感触が、少しだけ気持ち悪かった。

 

「……で?」

「ん?」

「キサラギの代表サマが、わざわざ俺に何の用なんだよ?"地底"の昔話に付き合わせるのが本当の目的じゃないだろ。依頼文にあった、ユニオンの言伝の話か?」

「それもある。が……そうだな。本当はクライゼンの奴と、作戦終了後にこうしてコーヒーを飲もうと思っていた。あの頃の昔話を軽くして、いい加減にレイヴンをやめたらどうだと伝えるつもりだった」

「…………」

「本社に現れたあの恐ろしいACがここにもやって来たと報告を受けた時、私は全滅を覚悟したよ。クライゼンも死に、ストリートエネミーも死に、君も死に、我が社の精鋭部隊も匿っているユニオン残党も皆死に……そして私が死んで、キサラギという企業はレイヤードから滅び去るとな」

「……俺があれに勝つとは思ってなかったのか」

「クライゼンのことはよく知っているが、私にとっての君は今まで報告書の中の人物だった。実際に戦っているところを見たことはない。しかも、クレストの最重要戦力であるテン・コマンドメンツと連戦だ。十中八九、戦死を予想するだろう?」

「……言いたいことは分かる。所詮C-1ランカーだしな、俺は」

「だが、君はあれに勝利して生き残り、今私とこうしてコーヒーを飲んでいる」

 

代表はまた、缶コーヒーを傾けた。

ソラも同じようにした。

どこにでもある、普通のブラックだ。

コーテックスの研修室で無料で飲めるドリップの方が、味は遥かに良い。

これが企業の代表の嗜む味なのかと思うと、不思議な気分だった。

レイヤードに君臨する三大企業、その一角であるキサラギの代表を務める人物が、自分と卓を囲んで安物のコーヒーを飲んでいるというのが不思議だった。

自分と何の変わり映えもしない、むしろ生まれも育ちもより劣悪な人物だというのが、不思議だった。

 

「……私が君をここに招いてまで知りたかったのは、その力の源についてだ」

「力の源?どういうことだ?」

「企業すら打ち倒すほどの管理者の部隊を屠った、君の力。その原動力は一体なんだ?どうして、そんなことが出来る?君はまだ20そこらの青年だ。経験も技量も、積み上げてきたと誇るには若過ぎる。なぜ、それほどの力を君は発揮できている?」

 

キサラギの代表の青い瞳が、真っ直ぐにソラを見つめていた。

探りを入れるようなしたたかさ、年下を見守るような温かさ、純粋な疑問、そして何かを見出そうとするような意志の強さがないまぜになった、複雑な輝きをソラは感じていた。

複雑だが、嫌いな輝きではなかった。

ソラは俯いて、音を立てず静かにコーヒーを口に含んだ。

 

「あんたこそ、"地底"から一代でミラージュやクレストと張る巨大企業を作ったんだろ?そっちの方がすごすぎるだろ。俺はその力の源の方が知りたいよ」

「……私にはあった。幼い頃からゴミを漁りながらも、ずっと追い続けていた"夢"が」

「"夢"……」

「そう、単純な夢だ。この管理者が全てを支配する世界で、最も重要な人間になる。管理者にとって、いや世界にとって、最も重要で最も偉大な人間になるという夢」

「……世界征服を夢見る魔王、みたいな」

「そうだな。そういう類の幼稚な夢だ。だが、絶対にあきらめられなかった。日々際限なく捨てられ、積み上げられていくゴミ山を漁りながら、こんな風に掃いて捨てられない存在になってみせると、毎日誓っていた」

 

代表は缶コーヒーの縁を指先で何度かなぞり、柔らかいながらも力強い笑みを浮かべた。

 

「なのに結局、管理者直々に掃いて捨てられちまったのか」

「ああ。本社がやられた時は、ショックだったよ。私が何十年とかけて必死に築き上げてきた物が、管理者の前では――地下世界の神の前では、結局ゴミ山に過ぎなかったというわけだ。大勢の部下の手前、何とか虚勢を張ってここまで逃れてきたが、気を緩めれば叫び出してしまいそうだった」

「…………」

「だが、全てが終わったわけではない。君に救われて、この身一つと僅かばかりの勢力が残った。本社は燃えた。大切な友人達――クライゼンもストリートエネミーもついに死んだ。だが、まだ私は生きている。だからまた、やり直すだけだ。あの頃のようにゴミを拾い集めて、のし上がることだけを考えて。それでいいじゃないかと、今日という日を生き延びて思った」

「その原動力が、"夢"なのか?」

「そういうことになる。……改めて言葉にすると、なんとも恥ずかしいものだな」

 

夢。

キサラギの代表が語るそれは何の具体性のない、本当に幼いものだった。

そんな夢を叶えるために、企業を立ち上げ、ミラージュやクレストに挑み、レイヴンを雇い、MTを作り、工作活動や経済活動に日々勤しんで、ここまでの存在になったのか。

ため息が出るような、馬鹿げた壮大さの塊だった。

これが企業の代表というものなのかと、ソラは思い知らされた。

だが、夢ならば、自分にだってある。

決して諦めきれない、今でも思い描いている夢が。

 

「……俺は、本物の空を見たいんだ」

「空を?」

「子どもの頃、空が好きだった。朝の空も、昼の空も、夕焼けの空も、夜の空も。だけどそれは全部偽物だってある日気づかされて、それが悔しくて」

 

ソラはコーヒーをぐいと一気に飲み干した。

そして、そのまま力任せに缶を握り潰していく。

再生金属で作られた安物の空き缶は、いとも簡単にひしゃげていった。

 

「それでもレイヴンとして高く、高く飛んでいけば、いつかって思ってる」

「……本物の空」

「そうだ。偽物の空の下じゃ、終われない。本物の空を飛んでみたい。俺の"夢"だ。あんたと同じだよ。多分この"夢"が俺の、力の源って奴なんだ」

 

代表はそれを聞いても何も言わなかった。

ただ机の表面を見つめ、何かを考えているような素振りを見せた。

ソラは無性に居ても立っても居られず、椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。

 

「依頼はこれで完了だよな。ACの補給も終わってるだろ?俺、帰るから」

「……そうだな。次の依頼が君を待っていることだろう。多大な貢献に対してこの程度の礼しか出来なくて、すまないな」

「いいよ、貰うべきものは貰うんだし。……あ、そうだ。ユニオンの言伝って結局何だったんだよ?」

「……これだ。ここにメールをしてやってくれ」

 

スーツのポケットから取り出された紙切れをソラは受け取ってあらためた。

5行ほどの意味不明な文字列で構成されたそれはどうやら、メールアドレスのようだ。

 

「なんだこれ。こんな長いアドレス端末に入るかよ」

「やってみれば分かる」

「ん……そういえばあんたらキサラギは、どうしてこんなギリギリまでユニオンを庇ってたんだ?」

「……二大企業に食らいつく第三位の企業として彼ら……いや"彼女"がもたらす利益は計りしれない物があった。そして利益を受けてきた以上、この戦いを生き残った君にこれを渡さねばならない。約束通りに。それだけだ」

「"彼女"……?」

「私からユニオンについて語ることはしない。そういう約束だ……さあ、これで我が社の依頼は全て終了だ」

「……分かった。あんたはこの採掘所でずっと籠城するのか?」

「いや、精鋭部隊も先の防衛戦で半壊状態だ。管理者かクレストが再び攻めてきたら耐えられない。ここは放棄する。ユニオン残党はもう撤収させている。我々はもっと鉱山の奥深くに潜って、そこから別の場所に行く」

「そうか。用意周到だな」

「……ふっ。さて、せっかく面識を持ったんだ。次の依頼の予約でもしておこうか。レイヴン"ソラ"、私がキサラギを立て直したその時に、君にまた必ず任務を依頼しよう」

「いいぜ。またミラージュやクレストに並ぶ大企業に戻ったら、その時は雇われてやるよ……まあ、報酬と内容次第でな」

「ああ、必ず。……この混乱を、お互い生き抜こう。見果てぬ"夢"のために」

 

代表が差し出してきた手を、ソラは素直に握り返した。

キサラギの代表は、その地位に似合わずゴツゴツとした手をしていた。

血マメを何度も何度も潰し続けた、固い手だ。

これと似た手をソラは握ったことがあった。

恩師の傭兵スパルタンとよく似た手だった。

初対面で好感を覚えた理由が、なんとなく分かった気がした。

 

「レイン、待たせたな。帰還するぞ。指定ポイントに輸送機を回してくれ」

《了解しました。……あの、レイヴン》

「ん?」

《キサラギの代表は、あなたに何を?》

「別に何も。コーヒー飲んで、ユニオンの言伝貰って、それで終わりだ」

 

コンソールを弄ってサブモニターに表示させた帰り道のマップデータ。

それを頼りに、ソラはストレイクロウを動かし始めた。

管理者のACを倒した時に得た"感覚"は、いつの間にか消え失せていた。

だが、ソラは確信していた。

今日という日を越えて培ったものは、必ず自分がより高く飛んでいくための原動力になると。

出会いも別れも戦いも、決して無駄ではないと。

 

 

「じゃあな、キサラギ」

 

 

ソラが隠し道から鉱山を出た直後、グラン採掘所は地響きを立てて、各所が大規模に爆破、粉砕された。

それはレイヤードを代表する巨大企業"キサラギ"の終焉と、そして新たな始まりを意味していた。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:フレデリカ・クリーデンス

TITLE:感謝します

 

レイヴン、連絡に感謝します。

はじめまして。私はユニオン副官、フレデリカ・クリーデンスです。

今回の一件ではお世話になりました。

おかげさまで、ユニオンは無事グラン採掘所から脱出することができました。

 

管理者はついに、企業本社への直接攻撃まで始めました。

人類に残された時間は限られています。

 

あなたに、ミラージュへの協力をお願いします。

ミラージュは管理者に直接アクセスするためのプログラムを極秘開発しています。

彼らにはいずれ、あなたの力が必要になるでしょう。

 

また連絡します。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 




キサラギはこれで退場です。終わりが見えてきました。

雑談ですが、もしもサイレントラインの話を書くなら女主人公がいいなと思っています。
クレスト強襲型の横に女性パイロットが映っているポスターがあった覚えがあります。
でも多分書きません。3で燃え尽きそう。


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都市侵攻部隊排除

ゲーム本編とだいぶミッション内容が変わっています。
ゲームではファナティックと協働するミッションです。
すぐキレるファナティックが見れる楽しいミッションでした。

AC6のプレイデモ公開されたけどめっちゃブレードが使いやすそうになってて感動しました。
あと多分旋回がすごい速い?というかなんか旋回の仕様が相当カジュアルになってそうな予感がします。


右腕部武装:MWG-XCB/75(75発レーザーライフル)
左腕部武装:KWG-HZL50(投擲銃)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:MWEM-R/24(2発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAL-MARTE
脚部:MLM-MX/066

ジェネレーター:CGP-ROZ
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:MBT-OX/002
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)、SP/E++(EN武器威力上昇)


「お疲れ様です、レイヴン」

「悪いな、レイン。わざわざテスト場まで来させて」

 

テスト場のハンガーに固定された黒い中量二脚AC"ストレイクロウ"。

コアから引き出されたコクピットブロックより降りたソラに、専属オペレーターのレイン・マイヤーズがドリンクを差し出してきた。

レインはいつも通りに輝くような金髪を結い上げ、シワ一つないスーツをお堅そうに着こなしている。

しかし、その怜悧な目元には、若干ながら疲労の色が滲んでいた。

 

「コーテックス新体制は、やっぱり大変か」

「……ええ。大幅な人事異動がありましたし、通常時なら管理者が処理していた業務プロセスをほぼ人力でこなしていますから。レイヴンの補佐官である私達も、ある程度の雑務の振り分けが追加されています」

「チーフもしょっちゅう本社に出かけてるもんな。お疲れ様」

「あなた達レイヴンほどではありませんよ。戦場は管理者の実働部隊の登場で、より過酷になっているはずです」

「んぐ、んぐ……まあ、そうだな。このテスト場にも、滅多に来なくなったしな」

 

栄養剤のたっぷり入ったドリンクを一息に飲み干し、ソラは口を拭った。

ハンガーの通路から見下ろすガレージでは、見慣れた顔の整備班が数人行き来している。

新しいパーツを買わなくなったのもあるが、それ以上に体力の温存の観点から、ソラは最近ACの機動テストをしなくなっていた。

訓練と実戦では、あまりに感覚が乖離しているからである。

動かない的や決まった動作しかしないMT相手に模擬弾を撃った所で、管理者の高性能MT部隊との戦闘の役には立たないのだ。

今日このテスト場で愛機を1時間ほど漫然と振り回し、ソラはそれを再認識していた。

集中力や五感を研ぎ澄ませ、戦場の雰囲気を反芻するならむしろ、ただコクピットシートに座って深呼吸でもしていた方が良い。

それは他のレイヴンも同じなのか、いつもは複数が埋まっているテスト場併設のガレージ群はもぬけの殻で、ソラしか来ていなかった。

とはいえ今日、ソラが久しぶりにテスト場へACを持ってきたのは訓練ではなく、また別の目的があったからだ。

 

「ちょうどいい時間だ!みんな、ちょっと休憩にしよう!昼飯でも食っててくれ!」

 

ソラは声を張り、各部のチェックを行っていた整備班にストップをかけた。

時刻はちょうど昼飯時。随伴させてきた数人のメカニック達は肩や首を回しながらACから離れていき、持参していた昼食を広げ始める。

ハンガー周辺には、ソラとレインの2人だけになった。

ソラが改めて自身の専属補佐官に目配せすると、彼女はこくりと頷き、持参していた鞄からファイルを1冊取り出した。

 

「……これを。調査に手間取って、申し訳ありません」

「あれからまだ3日だ。仕事が早くて助かる」

 

手渡されたファイルを開き、1ページ目にソラは視線を落とした。

眼鏡をかけた妙齢の女性の顔写真と、その略歴が記載されていた。

 

「あなたにメールを寄越し、ユニオン副官を名乗った女性"フレデリカ・クリーデンス"……市井のネットワークや各種報道記録、そしてコーテックスのデータベースから収集できた同姓同名の人物は、3名です」

「3名……多いのか少ないのか。クリーデンスってのは、聞き慣れないファミリーネームだが」

「1人目はもっとも容易にヒットする人物で、ミラージュ管轄のダーレン・カレッジに所属する文化人類学の客員教授である"フレデリカ・クリーデンス"となります」

「文化人類学?」

「論文をいくつか執筆していますが、主にレイヤードの富裕層や名家に受け継がれてきた旧時代の文献から、人類が地上にいた頃の文化を分析する研究をしていたようです」

「へぇ……地上の文化か。面白そうだな」

 

ソラは呟きながら、レインの調べ上げた資料をぱらぱらとめくった。

グラン採掘所での防衛作戦から帰還後、ソラはキサラギ代表に渡されたメールアドレスを使って、ユニオン副官を名乗る人物とコンタクトしていた。

それが、"フレデリカ・クリーデンス"。

彼女は、ミラージュが管理者へのアクセスプログラムを極秘裏に開発しているとソラに告げ、協力を促してきた。

何故そんなことを知っているのか?何故既に自分達を切り捨てたミラージュへの協力を、ユニオンが求めるのか?

頭に浮かんだ疑問をメールで問うても、返答はなかった。

だから、レインに調査を依頼したのだ。

明かす必要のない自身の名前をわざわざ明かした以上、そこには何かしらの意図があるとソラは直感していた。

 

そして、こういったことを話すのに最も適しているとソラが考えたのが、テスト場の整備ハンガーだった。

これだけ開けた閉鎖空間の中で2人で顔を突き合わせて話せば、たとえ誰であっても、神の如き管理者といえども、盗聴も盗撮もそう簡単に出来はしないだろう。

それほどに今回のことは最大限に警戒して話すべきだと、傭兵の勘が告げていた。

単純にユニオンの内部事情の詮索という以上に、何か触れてはいけないものに触れているのではという感覚が、ソラにはあった。

 

「ユニオンの発祥は、元々は一部の教養層からとも噂されています。こういうアカデミックな人物が深く関わっている線は、なくはないでしょう」

「なるほどな……ん、せっかく論文を添付してくれてるけど、内容が難しすぎる。俺はどうもこの手の学問とは縁がないし」

「そうですね……とりあえずこの人物が、おそらくレイヤードで最も広く知られた"フレデリカ・クリーデンス"になります」

「研究室のアドレスがあるな。コンタクト取れるのか?」

「それが……ダーレン・カレッジの所在地であるセクション312ダーレンシティは、先日管理者の部隊によって襲撃を受け、都市機能を消失しています。カレッジも破壊され、関係者の生死や所在は不明です。この人物が隣接セクションに避難している可能性はありますが」

「……いや、そもそもこの前のメールでは、本人はグラン採掘所から脱出したような書き方だった。今さら研究室に連絡しても無意味だろう」

「はい。それで、2人目についてですが」

 

ソラは難解な長文で埋め尽くされた研究論文を一気にすっ飛ばし、フセンの貼られたページを開いた。

次の人物のページには、顔写真がなかった。

代わりにネットメディアの記事の切り抜きが綴じてある。

 

「2人目の"フレデリカ・クリーデンス"は、キサラギ第三十二支社の支社長です」

「キサラギの支社……」

「第三十二支社は、第二層環境制御区にある電力・酸素供給システムのメンテナンスを行っていた会社です。そこの支社長が、この名を持っていました」

「分かっているのは……肩書きだけか」

「ご存知の通り環境制御区は、レイヤードの維持管理に直接影響する、地下世界の大動脈です。先のユニオンのデータバンク侵入作戦より前には、直接的な争乱が起こったことはありませんでした。ですからこの支社がコーテックスへ依頼を行った記録もなく、また基幹システムのメンテナンスという機密性の高い業務内容から、込み入った内部事情はコーテックスでも分かりません」

「本社は落ちたけど、この支社はまだ稼働しているのか?」

「連日の報道の通りです。キサラギは本社機能は失陥しても、支社は最低限の業務や市民サービスを継続しています。代表の死亡が確認されていない以上、今後も何らかの形で存続はしていくでしょう」

「確かに。あの代表のことだ。潜伏はしつつも指示は出してそうだしな……この記事は、どこで手に入れたんだ?」

「キサラギ系メディアのホームページログです。この第三十二支社は数年前に一度だけハイスクールの見学を受け入れたことがあったようで、支社長のコメントが掲載されていました。2人目の"フレデリカ・クリーデンス"に関する情報は、それが全てになります」

 

綴じられている当時のメディアの記事は何の変哲もない、支社長から学生への歓迎コメントと業務内容についてのインタビュー文章だ。

電力と酸素という、地下世界の重要インフラを支えていることの矜持について簡潔に語られている。

 

「キサラギの支社長、ね。この報道の裏取りは?」

「当時のニュースを様々な媒体で調べましたが、これに関連したものはありませんでした。ただ、こういうホームページだけでなされる小規模報道というものは、どのメディアでも珍しくはありません。キサラギ系ということもあり、現在は機能不全でメディアに確認を取ることも不可能です。支社長のプロフィールも、テロを警戒して滅多に表に出されないのが通例です。よって、この記事にどれほどのエビデンスがあるのかは不明となります」

「ギリギリまでユニオンを匿っていたキサラギを思えば、この繋がりも確かに臭くはあるな……。支社に連絡は……取っても無意味か」

「ええ、定型文章のメッセージが返信されてくるだけです。当然ではあります。キサラギ本社の消失もあって、支社は現状を維持するので精一杯でしょうから」

「3人目は?」

「……それが」

 

レインが言葉を詰まらせ、形の良い眉をひそめた。

ソラは首を傾げ、次のフセンが貼ってあるページを開く。

ここまでの2人のような、調査内容を端的にまとめた見やすいページではない。

ページを隅から隅まで真っ黒に埋め尽くすようなプログラムのソースコードが、数十ページに渡ってそのまま印刷されていた。

 

「なんだこれ?」

「"フレデリカ・クリーデンス"という名に関するグローバルコーテックスのデータベースの検索結果です」

「変なエラーを吐くってことか?」

「この表示自体は正常です。懸念されていた管理者の検閲や閲覧制限も、現在は特に見受けられませんでした。……コーテックスのデータベースは外部からの不正アクセスを弾くために、検索結果をこういった大量の暗号文書で出力します。そのほとんどが意味のない文字列で、一定以上の権限を持った者にしか解析できず、実際の内容はかなりコンパクトなのですが……」

「レインの権限じゃ解析できないとか?」

「いえ、私達レイヴンの専属補佐官にはかなり上位の権限があるので、解析はできました。ですが、この膨大な内容に記されているのは、一文だけなのです」

「一文だけ?」

「"AI研究所職員"。この一文が意味もなく、不自然に延々と繰り返されています」

「"AI研究所"……?」

 

レインに告げられた言葉を、ソラは舌の上で転がした。

 

「まあ、表現からなんとなくどういうものかは予想はつくが……レイン、この単語で思い当たる特定の施設は?」

「……これだけではどうにも。何に関連したAIなのかがまず不鮮明ですので。該当しそうな施設をとりあえずリストアップしましたが……」

「うーん……」

 

ソースコードの後のページには、"AI研究所"という単語に関連すると思われる施設の概要が、レインによって数十か所調べ上げられていた。

そのほとんどは三大企業に関連して、主にMTやガードメカ、作業メカ、セキュリティシステム等のAI制御を研究していると思わしき施設だ。

だが、どれも似たり寄ったりなものであり、かつレイヤード中に点在していることから、この混乱の最中に一から調べ上げていくことはほぼ不可能に思われた。

 

「管理者の部隊の攻撃を受けたセクションに存在する研究施設も、複数あります。残念ながら、これ以上の調査は……」

「……いや、レインはよくやってくれたよ。とりあえずユニオンの副官"フレデリカ・クリーデンス"と思しき奴は3人いて、1人は文化人類学者、1人はキサラギの支社長、1人はAI研究所職員。いずれも細かな足取りは掴めず、直接的なコンタクトも不可能。今はこれだけ頭に入っていればいい」

「教養層、企業の重役、いずれも地下組織ユニオンの副官としてはありえるプロフィールです。……個人的には、最後の"AI研究所職員"が気になるところですが。コーテックスのデータベースが、短い一文だけを繰り返し出力するなどという反応は、初めて見ました」

「確かに気になるな。だけど、どこのAI研究所か分からない以上はな。今のところの詮索は、ここまでにするしかないか。まあ、何かあればまた向こうから連絡してくるだろ。……それに」

「それに?」

「まだ、考えるべきことがある」

「……ミラージュの、管理者へのアクセスプログラムですか」

 

ソラは頷き、携帯端末をポケットから取り出して、改めてフレデリカからのメールを見た。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

あなたに、ミラージュへの協力をお願いします。

ミラージュは管理者に直接アクセスするためのプログラムを極秘開発しています。

彼らにはいずれ、あなたの力が必要になるでしょう。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

メールには、そう書いてあった。

突拍子もない話だ。

管理者の部隊に各地でいいようにされていて、防戦一方と報道されているミラージュが、起死回生の一手を講じているというのだから。

だが、ソラにとっては思い当たる節がないわけでもなかった。

 

「レイン、アビア湾の流氷に大型船舶が座礁した一件を覚えてるか?」

「レイヴンが特殊傭兵"デュミナス"と協働した"オストリカ"の探索任務ですね」

「あの時ミラージュは、機密カプセルの回収について相当切羽詰まった様子を依頼文から見せていた。デュミナスの奴もそれを感じていたのか、あの時回収したカプセルが何か重大な物だと確信していた感じだった。確かに思い返せば、自然区にどデカい船舶を浮かべてその船底でこっそり研究する必要があるブツなんて、怪しすぎる話だったが」

「では、ユニオンの言う管理者へのアクセスプログラムは実在すると?」

「……少なくともユニオン副官を名乗る例の女はそう思っているらしい。だけど……」

 

協力をお願いしますと言われても、ソラはあくまで傭兵だ。

急に送られてきたメールを信じて依頼されてもいない案件に首を突っ込むほど、世話焼きでも頭足らずでもない。

そもそも、どういう形で自分の力を求められるのかすら分からないわけだから、ミラージュが声をかけてこない限りは動きようがなかった。

 

「……データバンク侵入の一件以来、ユニオンはミラージュから切り捨てられていたはずです。なぜ、この女性はミラージュの機密事項を?」

「聞いてみたんだけど、返答無しだ。まあ、ユニオンの連中に特殊なコネクションがあるのは薄々感じてたし、この前のキサラギ代表の反応からしてそれはやっぱりそうなんだろうけど……」

 

ソラはファイルをレインに返し、手に持ったままだった空の紙コップをくしゃくしゃと握りつぶした。

管理者のACをついに撃破し、キサラギの代表と言葉を交わした末にコンタクトした、謎の女性。

その人物がもたらした、ミラージュの管理者へのアクセスプログラムという極秘情報。

一介のレイヴン――依頼を受けてこなすだけの傭兵である自分が関わるにしては、話が妙に大きくなりすぎている感があった。

メールを寄越してきた謎の女性に対して探偵まがいのことをオペーレーターにやらせるのだって、本来はおかしな話だ。

 

「悪いな、レイン」

「え?」

「変なこと調べさせただろ。もしこれが危ない橋だっていうなら、俺は相方のあんたを不当に巻き込んでいることになる。嫌なら嫌だって言ってくれれば……」

「……いえ。私も、知りたがりなんです。各地の被害について、レイヤード中の騒乱について、出来る限りのことを調べずにはいられません。自分が今出来ることをしていないと、不安が大きくなって、押し潰されそうで」

 

レインはそう語り、調査ファイルをぎゅっと胸に抱きしめた。

 

「レイヴンに聞かされた"フレデリカ・クリーデンス"についてもおそらく、依頼されなくても勝手に調べていたと思います。ですから、お気になさらずに」

「……分かった、気にしない。…………はぁー、なんかここ最近面倒なことばっかり抱え込んでる気がするな。色んな奴らに色んな話されてよ。それで考えても仕方ないことばっかりが増えていって、でも考えずにはいられなくって。なんでなんだろうな」

「お疲れですか?」

「疲れる。本当に押し潰されそうな、嫌な気分になったこともあった。だけど、何だろうな。今は不思議と、面倒だと思っているなりに向き合えている気がする」

「……それはきっと、あなたがレイヴンとして高く飛んでいるからですよ」

「そうかな?」

「ええ。ユニオンの存亡に関わったり、キサラギの代表と直接話されたり、ユニオン副官を名乗る女性とコンタクトしたり、ミラージュの極秘事項を知らされたり。それも結局は全て、目の前の依頼を真摯に遂行していった結果でしょう?」

「…………」

「Aランカーの方々も、コーテックス上層部に意見を求められる機会が増えているようです。きっと"高く飛ぶ"とはそういうことなんでしょう。ただの傭兵の枠組みを超えて、世界の有り様と向き合っていく。あなたが、立派なレイヴンである証拠ですよ」

 

ソラは鼻をすすり、ガレージの天井を見上げた。

遠くから、整備班が笑う声が響いてくる。

ぐぎゅーっと、腹の虫が鳴った。

 

「レイン」

「はい」

「昼飯、一緒に食わないか。もちろん、俺のおごりだ」

「ふふっ、そうですね。少し足を伸ばして、本社に行きましょうか。デザートが充実したお店がいいですね」

「おっしゃ、行くか」

 

目を細めて柔らかく微笑む専属補佐官に見惚れそうになりながら、ソラは照れ隠しに身体を伸ばした。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

我々ミラージュ最大の研究施設であるレヒト研究所に対し、クレストの大部隊が侵攻を開始した。

第四層エネルギー生成区内の都市への攻撃は完全な逸脱行為であり、決して許される行いではない。

しかしながら既に近隣セクションの壊滅は時間の問題であり、レヒト研究所はじきに集中攻撃を受けかねない。

至急現地へ向かい、これを迎え撃ってもらいたい。

 

クレストは本気だ。

管理者の部隊が各地で蹂躙を繰り返している現状にあって、それらの対処を放置してまで多数の部隊を投入してきており、どうやら研究所の完全破壊を狙っているらしい。

 

だが、レイヤードの趨勢はまさに佳境にある。

詳細はまだ明かせないが、我々の試みも、今まさに実を結ぼうとしているところだ。

レヒト研究所の陥落は、なんとしても避けなければならない。

 

ミラージュは今回の防衛に対して、自社派閥の最有力レイヴン達を派遣する。

協力して防衛作戦にあたってくれ。

 

報酬は歩合制だ。敵の撃破数に応じて可能な限りの額を支払おう

敵レイヴンを撃破した場合は当然、追加報酬を支払う。

 

頼んだぞ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

「……本当にミラージュが声をかけてくるとはな。それもこんなすぐに」

 

ソラはコーテックスの双発式戦略輸送機の格納庫、小さく揺れるストレイクロウのコクピットの中で独りごちた。

 

レイヤードの第四層エネルギー生成区。

ミラージュ最大の研究施設"レヒト研究所"が置かれている場所だ。

エネルギー生成区はレイヤードの最下層に位置し、各層の計画的な稼働を支えるための大量のエネルギー炉と、関連する重要施設が集中している。

当然、第二層環境制御区と同じく、地下世界における重要度の観点から経済戦争の外に置かれて然るべき階層であり、特に破壊された場合の復旧の困難さ故に、紛争行為は暗黙のタブーどころか明確に逸脱行為に指定されているほどの、最重要区画である。

環境制御区がレイヤードの大動脈であるならば、このエネルギー生成区はレイヤードの心臓と言ってもいい。

 

だが、今はもうそんなことは関係ないとばかりに、輸送機のカメラが捉える眼下の映像は、荒れに荒れていた。

レヒト研究所の職員が暮らしていると思しきベッドタウンは幾筋も立ちのぼる黒煙に呑まれ、砲声が轟き、火線がしつこく瞬いていた。

 

「もう始まってるぞ。到着が遅かったのか?」

《ミラージュ管制室より通信です。レヒト研究所はまだ健在です。インターピッド、ルージュは既にE地区へ降りています。ストレイクロウ、ザインはこのままN地区に降下。直ちにAC"ダブルトリガー"及び新型飛行MT部隊を撃破しろとのことです》

「"ダブルトリガー"……トラファルガーか。手ごわい相手だ。それに飛行MT……レインがブリーフィングで言ってた奴だな。ザイン、敵の分担だが……」

《そんなことはどうでもいい》

「何?」

 

輸送機の狭い格納庫、ストレイクロウの後方で陣取る赤いAC"ザイン"が複眼のカメラアイを輝かせ、身じろいだ。

B-4ランカーの腕利きであるノクターンが駆る、接近戦特化型機体だ。

 

《お前、サイプレスを……テン・コマンドメンツを仕留めたな》

「……?」

《その前はシャドーエッジのクラッシュボーン。ミダスのセミラチス。アリーナでフィクサーのアインハンダーを倒したのも知っている》

「急になんだよ。さっきまでずっと黙りこくってたくせに」

《答えろ。テン・コマンドメンツをやったのか?》

「……仕留めてはいない。管理者のACの横槍で、あいつが自滅しただけだ」

《なるほど。じゃあ管理者のACを潰したのか。それは確かに楽しめそうだ》

「何が」

 

突然。

"ザイン"が左腕の超高出力レーザーブレードから、青白い刃を発振させた。

そしてそのまま緩慢に、無造作に斬りかかってくる。

ソラは大慌てで機体ごとザインに体当たりし、振り抜かれようとした左腕を食い止めた。

空飛ぶ輸送機の格納庫がズズンと一瞬、バランスを崩して揺れた。

 

「気狂いかてめえは!僚機だぞ俺は!」

《……こちらルージュ、物騒な通信が聞こえたわ。ザイン、あなた何をやってるの?》

《……そうだった。すまん、まだだったな。つい、欲しがってしまった》

「?何言ってやがる……」

《離れろストレイクロウ。出撃だろう?》

「そっちからしかけてきといて、てめえな……」

《こちらインターピッドだ。今回の作戦ではミラージュの全軍指揮を取る。現在、本機はルージュと共にE-5ザ・サン、E-1ファイアフライと交戦開始。ストレイクロウ、N地区のC-3ダブルトリガーはお前が止めろ。今回のクレストの最高戦力はそいつだ。ザインは飛行MT部隊の相手をしろ。こいつらは素早いだけで脆い。散弾でも叩き落とせる》

 

ミラージュの最高戦力と目されるレイヴンD-1"リップハンター"とB-2"ファンファーレ"が通信で仲裁してくる。

ソラは抑え込んでいた赤いACからゆっくりと距離を取り、いつでも発砲できるように両腕のレーザーライフルと投擲銃を構えた。

レインが通信を入れてきて降下のタイミングを告げ、輸送機のハッチが開放される。

 

「……次斬りかかってきたら、僚機だろうが関係ない。風穴空けるぞ」

「心配するな。もうやらん。だが」

「…………」

「いずれ戦場で相対したら、その時は真っ二つにしてやる」

 

オーバードブーストを起動し、複眼をぎらつかせながらザインは輸送機から飛び立っていった。

あまりにも理不尽で好戦的な僚機に釈然としない思いを抱えたまま、ソラも輸送機から飛び降りた。

 

ビル街に降り立つより先に、迎撃の青いMTが数機空中を突っ込んできた。

ブリーフィングの事前報告にあったクレストの可変型MT"ブルーオスプリー"だ。

空中では巡航形態を取りライフルを、地上では逆関節形態で接地してレーザーキャノンを放つ、空陸両用の最新鋭機である。

ストレイクロウのレーダー表示に映るだけでも10機近い数がいる。

戦場全体では、数十機に上るだろう。

管理者部隊の猛威を無視して最新型をこれだけの数投入してくるあたり、クレストのレヒト研究所攻撃にかける想いが伝わってくるようだった。

やはりユニオン副官のしていたアクセスプログラムの話は本当で、その開発はここで行われているというところだろうか。

 

「っ」

 

ソラが一瞬戦場の埒外に思考を飛ばした隙を縫って、飛びかかってきたブルーオスプリー達がライフルを撃ち放つ。

確かに新型なだけあり、MTながらに戦闘機並の飛行速度が確保されていて、基本性能の高さが伺えた。

だが、所詮は図体の大きなMTだ。それに、管理者の高性能MT部隊と比べれば、惰弱もいいところだった。

空中で四方からのライフルを躱しきったソラは、ビルの屋上に着地すると同時に飛翔し、旋回する青い敵MTと高度を合わせて試作型レーザーライフルを放った。

可変型の飛行MTというコンセプトはやはり装甲に難があるのか、高出力レーザーの直撃を受けると真っ二つにへし折れて爆散し、そのままビルの外壁に突っ込んで炎上する。

2機、3機、4機とビルを飛び移りながら立て続けに落としたところで、下方から援護射撃の散弾が飛んできた。

 

《ストレイクロウ、雑魚と遊ぶな。ダブルトリガーがだいぶ先行してるぞ。研究所の敷地に入れるなと、ファンファーレのお達しだ》

「お前が来るのを待ってたんだよ、ザイン。ここは任せるぞ」

《……管理者とやり合っている最中に、こんなお遊びみたいな新型と、Cランカー風情を頼みに決戦とはな。クレストもいい加減限界らしい》

 

吐き捨てるようなノクターンの通信を聞き流しながら、ソラは操縦桿横のレバーを引き上げてオーバードブーストを起動した。

南方のレヒト研究所めがけて、N地区の戦場を一気に加速する。

レーダーで探すまでもなかった。

一際激しく部隊が交戦している箇所に、標的はいた。

 

《……来たか。出来れば、ファンファーレの阿呆を仕留めてやりたかったがな》

 

カバルリーを3機まとめて爆散させ、怯えて下がろうとしたスクータムとモアの混成部隊を一瞬で蜂の巣にして、敵ACがドズンとビル街の大通りを揺らして着地した。

右腕にはショットガン、左腕には拡散投擲銃、肩には3連ロケットとバランスよく重装備を整えた、漆黒の重量二脚型だ。

 

「悪いな。俺で満足してくれ」

《ああ、そうしよう……アリーナの返礼と依頼の達成。両方狙うぞ、俺は》

「できるもんかよ。ここで死んでもらう」

《言ってくれるな。それでこそ、乗り越え甲斐がある……!》

 

気迫の籠った通信と真逆に、ダブルトリガーは後ろに跳んだ。

こっそり後方から挟み撃ちしようとしていたらしい味方のカバルリーが狼狽えてビルの壁面にぶつかり、動きを止める。

ダブルトリガーはその無様なMTの上に勢いよく着地してコクピットを踏み潰し、それと同時に脚部を大きく動かした。

蹴り飛ばされたカバルリーがひしゃげてストレイクロウに突っ込んできて、ソラは思わず意識を奪われる。

仕方なく味方機をレーザーでぶち抜き排除するも、爆煙で前方の視界が塞がった。

レーダーに視線を走らせる。味方機を表す緑色の光点が1つ2つと消え、赤い点が遠ざかっていく。

 

「逃がすか!」

 

ソラは跳躍してオーバードブーストを起動。

MTの残骸の上を飛行しながら、空中から一気にダブルトリガーを追った。

オーバードブーストも積んでいない重量機では当然、中量二脚型の猛追から逃げ切ることはできない。

すぐに次の迎撃部隊と交戦しているダブルトリガーをストレイクロウは捕捉し、レーザーライフルと投擲銃を見舞った。

だが、敵ACは撃ち返してこない。巧みにミラージュのMT部隊を次々に防壁代わりに使い、自身の被弾を抑えた後、先ほどのように再び蹴り飛ばしてきた。

軽量型MTのカバルリーやモアならば、高出力な重量級ACの蹴りで容易く宙を舞う。

管理者の部隊相手に消耗しきったミラージュ軍の練度では、ダブルトリガーの思惑と技巧に為す術もなく翻弄され、利用されるばかりだ。

ダブルトリガーは自身がしとめた、あるいはストレイクロウからの弾除けに使ったMTを、まるでサッカーボールのように次々に蹴り出してくる。

味方の識別信号を吐いたままのそれは避けるにも撃ち抜くにも若干のタイムラグが発生し、その度にダブルトリガーは距離を稼いでN地区のメインストリートを南下していった。

ほとんど被弾らしい被弾もせぬままにMT部隊を排除し、ソラの追撃をやり過ごし、目標の研究所へと向かっていくのだ。

啖呵を切った上でソラから素早く逃げていくのも、最終的にレヒト研究所内での戦闘を見越しているためだろう。

研究所の敷地内で対AC戦にもつれこませれば、ソラの攻撃と逃走を大きく制限した上で自分は自由に立ち回ることができる。

感嘆すべき力量と状況判断である。

所詮、自分より下位のランカーだという慢心がソラの中にはあった。

アリーナで一度下した相手だという想いもあった。

だが、戦場での応酬は別物だとばかりにトラファルガーの手腕は冴えに冴えていた。

それが、ソラの闘争本能に火をつけた。レイヴンとして燃え上がらせた。

 

「ならよぉ!」

 

オーバードブースト全開。

レヒト研究所へと南下するダブルトリガーを追いかけ、追い越して、さらに大通りを進んだ。

莫大な慣性に引っ張られながらも急ブレーキと急旋回をかけ、180度振り返る。

こちらが追っているから容易に倒せないのだ。

逆に、進路を塞いで無理やり追い越さざるをえない状況にしてやればいい。

 

《ふん、甘いぞ!》

 

2機のACの間から慌てて逃げようとしたモアを3連ロケットでガラクタに変え、爆発に紛れてダブルトリガーがビル街の横路地に入る。

だが、モニター上のレーダー表示にその機影はしっかりと映っていた。

ストレイクロウはブースタを吹かしつつもビルの外壁を蹴ってさらに勢いをつけて一気に上昇。動きを把握する。

ダブルトリガーは路地を西方に2つ過ぎた所から別の大通りに出て、再び目標の研究所を目指そうとしている。

ソラはもう一度、オーバードブーストを使った。

敵が入った大通りに先回りするため――ではなく、さらにそこから一歩敵の上を行くために。

トラファルガーはやはり、ストレイクロウの急加速をレーダーで確認して、すぐさま進路を切り返してきた。

慣性とエネルギー消費でオーバードブーストは連続使用できず、長距離を移動すれば、その分追いつきづらくなる。

そんなことは、ソラも分かっていた。

分かった上で、使ったのだ。

 

「っっぁっ!!」

 

コア内蔵の高出力ブースタ点火中に一気に高度を落とし、ビルの外壁へと突っ込む。

中量二脚がグギャギギと火花と悲鳴を上げながらも、ビルを強引に蹴り返した。

その勢いに任せ、オーバードブーストの軌道を急変更、こちらの動きを予測しつつ進行方向を翻していたダブルトリガーの目と鼻の先に無理やり着地した。

 

《……くははっ。やってくれるな、ストレイクロウ!》

 

狭い路地の、その真ん中だった。

撃ち合うほかない場所だった。

ダブルトリガーは両腕の火器を持ち上げ、イクシードオービットを起動した。

 

「勝負だ、ダブルトリガー!!」

 

ソラは吠え、両手に握った操縦桿のトリガーを引き絞った。

地面のコンクリートがめくれ上がり、ビルのガラスは割れ飛び、援護に駆け付けたミラージュとクレストのMT達はもののついでに蹴散らされた。

C-1ランカーとC-3ランカーの真っ向勝負は誰の介入も許さぬまま続き、そして。

 

 

《……いい腕になったな、レイヴン》

 

 

C-3ランカーの賞賛の声と共に決着がついた。

 

《……こちらザイン。ダブルトリガーをやったのか?》

「ああ、やった。そっちは?」

《クレストの青い新型はあらかた排除した。E地区のレイヴンやMTも順当にインターピッドとルージュが片づけたらしい》

「終わったな、俺達の勝ちか」

《いや、痛み分け……むしろ負けだな》

「何だと?」

 

ノクターンの通信が切れると同時に、ミラージュ部隊の指揮を取っていたファンファーレから通信が入った。

 

《こちらインターピッド。AC全機及びMT部隊はレヒト研究所周辺から即刻退避しろ。その上で、マップデータにスポットする地点から距離を取れ。撤退作業は順次E地区から行う》

「は、撤退?どういうことだよ」

《クレストが超大型ミサイルを持ち出してきた。例の逸脱兵器だ。迎撃行動を見せれば、即刻市街地で爆破すると通達した上でな》

「何だって……!?」

 

ファンファーレの口ぶりからして、特殊実験区のユニオン防衛作戦で使用された代物だろうとソラは思い当たった。

5年前のアヴァロンヒルの戦争ではレイヤードの天井板すら吹き飛ばした、管理者から逸脱行為に指定された禁止兵器である。

それをまたもクレストが持ち出してきたというのだ。

スポットされた場所はソラとノクターンがいるN地区の最北端、セクション連絡路の辺りだった。

 

「ダブルトリガーの素早い南下はこいつを察知させないための陽動か……。俺達が存在に気付いていれば」

《いや、同じことだ。至近で破壊すれば、ACといえど防御スクリーンごと消し飛びかねん。新型MTやAC部隊相手に消耗していればなおさらな。仮に市街地で爆破されても、余波を受ければ残存部隊も研究所もただでは済まないだろう。セクション内部に運び込まれた時点で、この戦闘はクレストの勝ちだった》

「どうするんだ」

《どうもしない。レヒト研究所及びこのセクションは放棄して、ミラージュは全軍撤退だ。クレストも壊滅的被害を受けていて余力がない。所詮は苦肉の策だ。研究所を消し飛ばせば、それで満足して帰るだろう》

「……ファンファーレ。あんたミラージュの最高戦力なんだろ?それでいいのかよ」

《……それでいい。ストレイクロウ、次の任務を待て》

 

どこまでも冷静で、無感情なまでに事務的に喋るB-2ランカーの言葉には、しかしながら何かしらの"含み"があった。

次の任務を待て。

次。このアクセスプログラムを巡った戦いには"次"があるのだと、言外に語っていた。

 

「……分かった。撤退する」

《ザインもだ。E地区で合流する》

《ルージュも撤退するわ。逸脱行為を連発するなんて、秩序秩序とうるさかったクレストも堕ちたものね。…………それよりストレイクロウ、ちょっといいかしら?》

「なんだよ?」

《あなたAPいくつ残ってる?》

「?……5500だけど」

《……へぇ。この戦場でトラファルガーを相手に、ね》

「??」

 

リップハンターは通信機の向こうで声を低めた。

ソラはそれが何を意味するのか分からないまま、レインに機体の回収を促した。

 

4機のACを回収したコーテックスの輸送機が戦場を飛び立った後。

巨大な光の柱が、レヒト研究所を消し去った。

超大型ミサイルによって発生した大爆発はその衝撃波で輸送機をガタガタと揺らし、ソラに言いようのない敗北感を植え付けた。

 

防げたかもしれない。

ユニオン防衛戦の時は、防げたのだ。

クレストがまたこんな暴挙に出ると、分かっていれば。

自分がダブルトリガーに気を取られていなければ。

管理者に繋がるアクセスプログラムを研究していた施設を、破壊されずに済んだかもしれない。

 

だが、考えても詮なきことだった。

 

今はファンファーレの言葉の通り、いつあるとも知れぬ"次"を待つしかなかった。

 

 

 




作中だと扱い悪いですがブルーオスプリーはゲーム本編だと超強いです。
というか飛んでるくせに硬いです。しかも速い。素敵です。


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クレスト施設制圧

ゲーム本編ではロードも挟む、長丁場で好きなミッションです。
なので、本作でも長くなりました。すいません。

今回はバズーカとブレード装備です。
フレーバー程度ですので、武器以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:CWG-BZ-50(50発バズーカ)
左腕部武装:CLB-LS-2551(緑ブレード)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:MWEM-R/24(2発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAL-MARTE
脚部:MLM-MX/066

ジェネレーター:MGP-VE905
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:MBT-OX/002
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)


第一層第二都市区セクション301、ソラの専用住居に併設された専用ACガレージ。

ハンガーに固定された黒いAC"ストレイクロウ"の足元には十数人の整備班が集まり、事の様子を固唾を呑んで見守っていた。

 

「よし、よし……ええぞ。やってみろ!」

 

白髭をもじゃもじゃと生やしたメカニックチーフのアンドレイがハンガー通路の端末の前で声をあげ、コクピットシートに座るソラを促した。

了解、と返事をしてソラは各計器を操作していく。

まず最初にモニターの電源を入れてオペレーティングシステムを起動し、続いてFCSを、さらにジェネレーターとラジエーターを稼働させた。

火が入ったACがブゥーンと低く四肢のモーターを唸らせ、ハンガーの中で出撃が待ちきれないとばかりに微細に揺れ始める。

頭部パーツ"02-TIE"のカメラアイにも、赤い光が力強く宿った。

ACが呼吸するかのような慣れ親しんだ振動が、シートのクッションを通じてソラ自身に伝わってくる。

モニター上には、AP、EN残量、レーダー、外気温、武器の残弾が表示され、特に過不足はない。

ソラはさらにコンソールを叩き、機体の状態を待機モードから切り替えた。

 

《メインシステム、戦闘モード起動します》

 

頭部AIがいつも通りに機械音声を発し、モニター上にロックサイトが浮かび上がる。

ロックサイトは今は何物も捉えてはいないが、まるで通り過ぎる獲物を待つかのようにピピ、ピピピとFCSが索敵音を時折鳴らしていた。

 

――いつも通りだ。

至極いつも通りに、ストレイクロウはスムーズに起動を完了していた。

 

「よっしゃ、成功じゃー!」

 

端末のモニターにかじりついていたアンドレイが何度も手を叩いて喜びの声を上げる。

ACの足元で待機していたメカニック達も喝采しながら互いに握手し、肩や背を叩き合って労苦をねぎらった。

ここ数日昼夜を徹して続いた大作業が、ついに実を結んだのだった。

 

「よし、問題なし。皆、お疲れ様!……といっても、コクピットに座ってる限りじゃ、全然何かが変わったって実感ないんだけど」

「当たり前じゃ。変わってたまるか。そのために繊細な調整を繰り返したんじゃからな」

 

引き出されたコクピットシートからハンガー通路へ乗り移ったソラに、アンドレイが鼻を鳴らして腕を組み、自慢げにふんぞり返った。

皺くちゃの目元はいつもより窪み、隈が浮かんで老体の疲労を感じさせる。

ハンガー下に集まった整備班の面々も喜んだのは束の間、すぐに肩を落として長く大きなため息を吐いている。

無理もない。連日徹夜だったのだ。

おそらくソラのガレージだけでなく、どのレイヴンのガレージでも同じようなことになっているだろう。

 

グローバルコーテックス本社から通達を受け、各レイヴンとその整備班はここ数日、ひたすらアーマードコアのシステム調整に明け暮れていたのだ。

その通達とは、管理者とACとのシステムコネクションを全面的にシャットアウトすること。

従来、ACは戦闘ログをリアルタイムで管理者に送信し、そのデータベースに蓄積させて、レイヤードの紛争の把握に役立てるという機能を有していた。

だが、最近各地で始まった管理者の高性能MT部隊の暴走以降、その機能は内外から大きく危険視された。

 

――管理者に戦場でのレイヴンの活動状況を知られ、後出しで部隊を派遣されるのではないか、と。

 

事実、危惧された通りの事例が何度も相次ぎ、レイヴンが管理者の部隊を制圧して撤退した直後に後詰めの部隊が現れて攻撃を再開するという現象が各地で見られた。

ソラ自身も、アビア湾でのクレストの水浄化施設を巡った戦いで撤退直後の追撃を経験している。

管理者の部隊の出現は法則性がなく突発的で、人類は満足な防衛行動を取ることができずにいた。

おそらく管理者が保有している各セクションの機密通路を使って侵攻してきているのだろうという予測はされていたが、それがどこにどう繋がっているのか、把握している者は当の管理者以外誰もいないのだ。

だからこそ、企業もグローバルコーテックスも自分達に出来る限りの対応をするしかなかった。

企業にあっては、通常戦力による市街地や重要施設周辺の警備強化。

コーテックスにあっては、今回実施されたACのインターフェースの切断である。

切断作業は本社が決定した後、依頼遂行に支障をきたさないよう、まさに各自の突貫作業で行われた。

 

本社の技術者が独立システムの雛型を構築し、現場の整備班が不眠不休でACに実装したこの試みが、管理者の攻勢にどの程度通用するかは分からない。

だが、何も策を講じないよりはマシだろうという一心で、レイヴンやメカニック達は依頼の隙間を縫うようにして必死に取り組んでいた。

ソラのガレージではそれが今日この朝、ようやく完成したのだった。

 

「ふぃー……まったく、本社のエンジニア共の杜撰なことよ。ACが精密機械で、複雑なプログラムの集合体だということをまるで考慮しとらん。ただ管理者に繋がるパスだけを片っ端から切り飛ばせばええと思っとるんだからの。それじゃメインシステムに支障が出るとミーティングで口をすっぱくしてやったのに、そのまま現場にぶん投げおってからに。おかげでワシらがどれだけ苦労したことか……」

「突貫だったんだし、仕方ないだろ。いずれにせよ、こんな素早くよくやってくれたよ。一応、午後にはテスト場で動かしてくるけど、いいよな?」

「おう、ガンガンやっとくれ。戦場で致命的なエラーを吐くよりはずっとええ」

「……これで管理者の後出し攻撃にはある程度対応できるかな」

「うーーーむ。ま、無理じゃな」

 

ソラの何気ない呟きを、熟練のメカニックは鼻をほじりながら一刀両断した。

2人が会話するハンガーの下では整備班達が自身の業務に戻って、忙しなく往来している。

 

「この数日これだけ整備班全員で骨を折っといて、こんな興醒めなこと言うのも何じゃがな」

「はっきり言うな、チーフ……」

「ここだけの話よ。本社はまるでACが管理者のスパイになっとるみたいな口ぶりだったがな。そもそも、このレイヤードにどれだけの"管理者の目"があると思っとる?ACの戦闘ログごときの盗み見を防いだとて、根本的解決にはならんよ。たとえば、ほれ」

 

老人の指差した先には、開け放たれたガレージの正面ゲートがあった。

外の景色は例によって、見慣れた淡い曇り空だ。

 

「お空の人工気象システム。あれだって、"管理者の目"じゃろう。何の監視装置も備わってないわけがない」

「…………」

「各企業の施設にしたってそうじゃ。ACはどこまで行っても単体の戦闘兵器じゃから比較的容易く管理者から切り離せたが、軍事基地や研究所、管理施設なんかはそうはいかん。何かしらのデータを常に管理者に献上し、その見返りとしてシステムの補助を受けておるはずよ。コーテックス本社ビルがまさにそうであるようにな。管理者からの干渉を切り離そうと思えば、全てを一から設計し直すレベルの労力がいるわい。まあ、この偽物の空の下で人間が動いてる限り、"管理者の目"からは逃れられんってことだの」

「……いつまで続くんだろうな、実働部隊の攻撃は」

「さぁ。管理者に聞くしかないわ」

「聞けたら胸倉掴んで聞いてやるのに」

「わはは。管理者に胸倉があるわけないじゃろが」

「ははは、はは…………ん……?」

 

その時だった。

ソラは笑うアンドレイの後ろで、工具がカタカタと震えるのを見た。

 

「チーフ、ちょっと。……揺れてないか」

「……んんっ!?何じゃ、地殻変動か?おわっ」

 

 

ゴゴゴ、ゴゴ、ズズン、ゴゴゴ……

 

 

チーフが転げそうになって手すりを掴み、片手で白髪頭を保護する。

ソラも通路から落ちないよう、足を踏ん張って手すりに身をもたれ、その場にこらえた。

そうしているとより強まった震動がハンガーを揺らし、ガレージ全体をも揺らし始めた。

ソラの眼下で整備班達も驚きの表情を浮かべ、しゃがみ込んでいる。

乱雑に積まれていた部品類が音を立てて崩れ、床にバラバラ散乱した。

固定されたACがひっくり返るような大きな揺れではない。

だが確かに、レイヤードは揺れていた。

地響きを立てて、何度も、何度も揺れて、やがて、次第に収まっていった。

 

「何だったんだ?今の揺れは……」

「報道じゃ、報道!はよ行くぞ!」

「あ、ああ……」

 

ガレージの隅に置かれた備え付け端末の元に、その場の全員が集まる。

ソラは整備班に後ろから覗き込まれながらも、端末を操作して各地の報道を確認していった。

キサラギ系の報道は、本社失陥のせいでやはり機能していない。

ミラージュ系の報道は、先ほどの揺れには気づいていたが、事態の詳細はまだ把握していなかった。

情報を発信していたのは、クレスト系の報道だった。

剣呑な警告音と共に画面が真っ赤に染まり、物騒な太い黒文字でメッセージが流されている。

 

《緊急事態発生。緊急事態発生。セクション連絡路を開放します。セクション540系住民はすぐに誘導に従い、避難行動を始めてください。緊急事態発生、緊急事態発生。セクション連絡路を開放します。セクション540系住民はすぐに誘導に従い、避難行動を始めてください》

 

「……緊急事態?」

「何の緊急事態じゃ?詳細は分からんのか?」

 

ソラは何度かチャンネルを変えた。

だがどの報道も、真っ赤な画面でセクション540系住民の避難を促すのみで、その詳細は報道していなかった。

現地の様子も分からない。

セクション540系といえばクレスト管轄の都市区で、大勢の中流市民が居住する区画だ。

旧式化した第三層第一都市区の復興を掲げたクレストが近年特に力を入れて再開発していた地区で、企業間紛争や管理者の攻撃にもあまり晒されていない、比較的恵まれたセクション群である。

 

「……このクレストの慌てようは地殻変動じゃない、のか?一体何が」

 

訝しむソラのポケットで、携帯端末が鳴った。

専属オペレーターのレインからだった。

 

《レイヴン、無事ですか?》

「大丈夫だ。レインは?」

《私も問題ありません。それより、緊急事態が起こったようです。第二層環境制御区で、クレスト管轄の動力施設群が一斉に暴走。大爆発が相次ぎ、大量の放射性物質が下層の第一都市区に流出したと、コーテックスに一報が》

「放射性物質が流出……!?」

 

思わず声を上げたソラの後ろで、整備班達がざわつき始める。

アンドレイがソラと入れ替わりに席に座り、小規模な独立系メディアの報道を確認し始めた。

一部のメディアが、高層ビルの一室から現地の都市部の様子を撮影していた。

人工気象システムが停止し、無骨な構造を晒す天井板の下で、大勢の市民がパニックを起こした蟻のようにセクション連絡路に向かって逃げ惑っている。

さらに、報道カメラにはもうもうと沸き立つ煙と青白いレーザーの火線が映り込んだ。

ズズン、と音を立ててビルがへし折れ、隣のビルへともたれかかるように倒れ込んでいく。

どうやら管理者の部隊が、時を同じくして現れたらしい。

 

「地獄絵図じゃな。540系といえばクレストお気に入りの新興住宅地があったろうに……急に何がどうなっとるんじゃ」

「環境制御区の動力施設群が片っ端から吹っ飛んだってよ。さっき揺れたのはそういうことか。んで、それに乗じて、実働部隊お得意の無差別攻撃かよ。レイン、どうなるんだ?」

《……緊急事態ですが、あくまでクレスト管轄のセクションで起きていることです。クレストが然るべきレイヴンを雇用して、対処するものかと》

「環境制御区が吹き飛んだと言ったな?まずいぞ、各都市区に対する電力や酸素供給にも大きく支障をきたすやもしれん。流出した放射性物質だって、処理には莫大な金、時間、人員がいる。キサラギ管轄と同様に、クレスト管轄セクションも洒落にならん事態になるぞ……」

 

アンドレイがそわそわと落ち着かなさそうに爪を噛んだ。

 

「……動力施設をやったのは、実働部隊か?」

《コーテックスには緊急報告があったのみで、詳細は不明です。ですが管理者の監視下で厳密に運用されている環境制御区で、これほどのヒューマンエラーが起こることはありえません。つまり……》

「これも管理者の仕業、か。まさか環境制御区にまで攻撃するとはな。レイヤードをどうする気なんだよ……」

 

やがて、独立系メディアの報道を行っていた現地リポーターがあまりの悲惨な事態に錯乱したように、大声で喚き始めた。

リポーターは管理者に対して暴言を吐き、かと思えばすぐさま怯えたかのように無礼の許しを乞い、まるで報道の体を為していない狂乱を、カメラに向かって演じ始めた。

アンドレイは聞くに堪えんとぼやき、端末の音声を切った。

 

「レイン、クレストはどこまで対処できると思う?」

《……被害規模に関わらず、動力施設の復旧作業には管理者の支援が必要不可欠でしょう。環境制御区の重要施設はそのほとんどが、管理者の設計図提供によって成り立っていますから》

 

重たい沈黙がその場を支配した。

整備班達は皆唇を噛みしめ、沈痛な表情を浮かべて俯いている。

停電やセクション閉鎖、市街地や施設への襲撃の報道は確かに今まで何度もされてきた。

だが、今回の衝撃はその比ではなかった。

レイヤードの大動脈たる環境制御区で起こったことなのだ。

 

別のセクションで、遠い場所で起こったことだと、今までのように割りきって終わる問題ではない。

誰もが改めて実感していた。

管理者はどこまでも無差別に攻撃をしかけ始めている。

だからこの異常はいずれ、自分たちの身に降りかかることかもしれないのだ、と。

今はまだ、たまたま無事なだけだとも言えるのだ、と。

管理者の気まぐれ一つで、生命も財産も全てが奪われる。

コーテックス職員だって関係がない。

そんな未来が来ないとは、誰にも言えなかった。

 

「人類の何がそんなに気に食わないんじゃ……何をそんなに怒っとる……早く、元の管理者サマに戻ってくれ……」

 

アンドレイは端末の前で頭を垂れ、すがるように言葉を絞り出した。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

我々はついに、管理者への直接アクセスを可能にするプログラムを完成させた。

これがあれば、現在の異常事態を解消することが可能なはずだ。

 

だが、先日このプログラムの存在をかぎつけたクレストによってレヒト中央研究所が破壊され、アクセスプログラムの実行が不可能となってしまった。

 

プログラムそのものは襲撃直前に完成していたため、戦闘の混乱に乗じて運び出すことで守り抜いたが、研究所の修復を待っている余裕はない。

レヒト研究所と同レベルの設備を備えた施設を所有しているのは、我々以外にはクレストのみだ。

 

そこで、クレストの先進的実験施設であるリツデン情報管理施設を襲撃し、奪取を図る。

ついては、レイヴンに協力を求めたい。

 

B-2ランカー"ファンファーレ"の指揮の下、全ての周辺基地及び防衛部隊を無力化して欲しい。

クレストは先の環境制御区の事件によって管理者の直接攻撃を恐れ、本社に部隊を集結させ始めており、大規模な戦力投入は不可能だろう。

しかし、我々に利用されることを危惧して施設を自爆させる可能性は少なくない。

敵に余計な判断を下す時間を与えないよう、攻撃は可能な限り迅速に行うようにしてくれ。

 

防衛部隊撃破後は特殊工作傭兵がセキュリティ掌握を行い、然る後に丸裸となった施設をミラージュの本隊が制圧する算段だ。

 

では、頼んだぞ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

「なんだこれは……!?」

 

作戦領域である第一層特殊実験区セクション637に突入したコーテックスの双発式戦略輸送機。

その積載カメラが捉えた戦場の様子は、ソラが今まで見たことがないものだった。

空から猛烈な勢いで降りしきる"それ"は、かつて密林のユニオン防衛戦で目にした"雨"にも似ていて、しかしより白く、まるで大粒の粉のようなものだ。

 

「レイン、どうなってる?空から何が降ってるんだ?」

《これは確か……"雪"と言われる自然現象です。"雨"が氷の粒になったものです。通常の気象ではありませんから、本来は"雨"のように管理者の厳密なスケジュールで実施されるはず……おそらく、人工気象システムの暴走によるものかと》

「ブリーフィングではこんな情報はなかったろ」

《……ミラージュ本隊より通信です。……"雪"は30分前に突如発生。MT部隊は視界不良な上に、レーダー機器やFCSに支障が出ていて満足な作戦行動が取れないそうです》

「だろうな……ファンファーレ!こちらストレイクロウ!どうするんだ、降りるのか?」

 

ソラは通信機越しに、本作戦の指揮官に問いただす。

一拍の間の後、B-2ランカーは落ち着き払った声で返答してきた。

 

《作戦は続行だ》

「レーダーもFCSも正常に作動しないんだぞ」

《だからこそだ。特殊実験区といえど、"雪"が観測されることは滅多にない。当然、この特異な状況に対応する装備やマニュアルはクレストも有していないだろう。奇襲には最適だ》

「後詰めの本隊が動けないのにか?」

《AC3機と特殊工作傭兵で片づける。ミラージュ本隊は"デュミナス"を向かわせろ。インターピッド、ストレイクロウは輸送機から発進。オーバードブーストで周辺基地を強襲する。ルージュは空中で待機だ。掃討後に施設に突入してもらう》

《ルージュ了解。2人にお任せするわ》

「……無茶させてくれるな」

《お前ももうひとかどのレイヴンだろう。無茶など、今までいくらでもしてきたはずだ》

 

ファンファーレの物言いは挑発的だったが、生粋の冷静な声音がその言葉に説得力を与えていた。

それはBランカー上位にまで駆け上がり、ミラージュから絶大な信頼を得るまでになった男の自信の表れであり、そしてソラの実力を一定買っている証明でもあった。

 

「……まあ、ここまで来て帰るわけにもいかないな。レイン、"雪"への対応について、メカニックチーフにACの調整事項を確認してくれ」

《了解しました》

「よし……ストレイクロウ、出るぞ!」

 

輸送機からブースタを吹かし、黒いACが白い空に舞った。

舞い散る"雪"を防御スクリーンで蒸発させながら、巨体が勢い良く大地に降り立つ。

ストレイクロウが着地した途端、サブモニターに脚部の異常が表示された。

うっすらと堆積した氷の絨毯のせいで、ブレーキング性能が大幅に低下しているらしい。

ソラが軽くフットペダルを倒してACを歩かせてみると、確かに足が流されるような挙動の軽さを感じた。

だが、戦えないほどではない。

 

《インターピッド降下。……ストレイクロウ、最優先目標は情報管理施設周辺に5つある基地のレーダー設備だ。ミラージュの偵察によるスポットを共有する。手早くやるぞ》

「了解……っ!」

 

レーダー上のスポットの位置めがけ、ソラは操縦桿横のレバーを引き上げて、オーバードブーストを起動した。

叩きつけるような白い氷粒の中を、ACが猛烈な勢いで突き進んでいく。

モニターには"雪"が舞う様子しか映っていない。

ロックサイトの中でFCSのロックオン表示が誤作動して暴れ、雪中戦闘の困難さを予感させた。

 

「……見つけた!」

 

"雪"の彼方に一瞬、通信アンテナと思しき巨大な影がちらついた。

フットペダルを踏み込み、さらに加速して距離を詰めていく。

すぐに影はくっきりとした形を伴い、モニターの中心にデカデカと表示された。

迎撃は、ない。

 

「まずは1つ!」

 

オーバードブーストを停止し、慣性で地面を大きく滑りながらストレイクロウは右腕のバズーカを持ち上げた。

レーダー設備に砲口を向け、マニュアル照準で射撃を撃ち込む。

何の装甲も持たないそれは2発の大口径砲弾の直撃で木っ端微塵に吹き飛び、鉄骨を撒き散らしながら音を立てて崩れた。

 

《なんだ、アンテナが……!?》

《敵襲、敵襲だ!》

《管制室、周辺基地に増援を!》

 

ACの頭部COMが敵の混乱する様を傍受する。

やがて、基地の奥から計10機ほどのスクータムとエピオルニスがのろのろと向かってきた。

通常なら十全にロックできる距離でも、降り注ぐ"雪"の中では上手くいかない。

それどころかFCSはやはり狂ったようにロックを乱し、MTではなく"雪"の大粒を捉えたり端のガレージを捉えたりと、まったく正常に作動していない。

 

「ちっ……!」

 

ソラは素早くロックサイトを非表示にし、ブースタ全開で敵MT部隊に突っ込んだ。

突然の強襲に慌てたMT達は、バズーカやガトリングを必死に撃ち鳴らすも、FCSの異常もあってかまるで射線が定まらない。

先頭のスクータムめがけて、ソラは機体ごと体当たりした。

MTの正面装甲を脚部"MX/066"の膝装甲の突起で串刺しにして沈黙させ、同時にバズーカのノーロック射撃ですぐ真横のスクータムの顔面を吹き飛ばす。

さらに怯えて下がろうとしたエピオルニスに追いすがって、レーザーブレードで両断した。

一瞬で3機を屠ったACの乱暴な攻撃に、クレストのMT部隊は明らかに浮足立った。

重要施設とはいえ、元々僻地の特殊実験区勤務の部隊だ。実戦経験など皆無なのだろう。

怯えたように叫びながら、がむしゃらに射撃を繰り返すだけの粗末な反撃しかしてこない。

ソラはあっという間に、基地の守備隊を制圧した。

念のために管制塔も吹き飛ばし、近隣基地への情報共有を食い止める。

 

《レイヴン、メカニックチーフに確認が取れました。簡単な調整で、FCSの異常だけでも解消できるそうです》

「すぐ弄る。手順を頼む」

《はい》

 

ソラはレインの指示通りにコンソールを叩き、FCSの設定を変更した。

オートロックの感度を低下させ、識別タイプを熱量感知のみに変更し、余計な捕捉機能は切断していく。

FCSの異常は収まり、必死に"雪"の粒をロックオンしようと暴れていたロックマーカーが正常に戻る。

 

「よし、次だ」

 

レーダー上のスポット表示が1つ消えている。

ファンファーレが別の基地を潰したらしい。

ソラは再びオーバードブーストを起動し、"雪"を蹴散らしながら次の目標へと向かった。

半ば凍り付いた小河を飛び越え、2つ目の基地に接近する。

レーダー設備の影を視認するより先に、赤いプラズマがストレイクロウの肩を掠めた。

間違いない。フロート型MT"カバルリー"の砲撃だ。

この視界不良な悪天候の中で、ACより先にこちらを捕捉しているらしい。

つまりこの突発的な異常気象に素早く対応できた、少しは出来る指揮官がいるということである。

 

「だが悪いけど、同じことだ」

 

比較的正確にACを狙い撃ってくるプラズマを高出力ブースタでかいくぐりつつ、ソラはレーダー設備に最接近した。

巨大なアンテナをバズーカで爆破し、次いでわらわらと囲んでくるカバルリー達と対峙する。

カバルリー部隊は一定の距離を置きながら左右に機体を揺らしつつ、不規則にプラズマを撃ち放ってきた。

砲撃を躱した直後にさらに追撃が放たれ、なかなか息をつく暇もなく回避行動を強いられる。

フロート型MTの高機動と高火力、そして数の利を活かした、有効な戦い方だ。

だがそれは所詮、教科書通りの優秀さだった。

管理者の高性能MT部隊と幾度もやり合ってきたソラにとっては、少々手がかかる程度でしかない。

 

「っ!」

 

オーバードブーストで無理やり包囲を突破し、基地内部に侵入する。

真っ先に狙ったのは、そびえ立つ管制塔だ。

ストレイクロウはガラス張りの司令室めがけて飛翔し、レーザーブレードで薙ぎ払った。

司令室は容易く溶断され、中にいた人間達は一瞬で蒸発してこの世から消え去る。

 

《し、司令!!》

《クソっ、レイヴンめ!》

 

指揮官を直接狙った速攻に遅れて反応したMT達が、隊列を乱してACを追ってくる。

やはり、指揮を取っていた男が優秀なだけだったらしい。

先ほどまで整った動きを見せていたMT部隊は統制を失い、射撃も雑になり、何機かは喚きながら真っ直ぐ突っ込んできている。

もう、敵ではなかった。

ものの数分とかからず、ソラは2つ目の基地を制圧し終えた。

 

「こちらストレイクロウ、周辺基地を2つ落としたぞ」

《インターピッド了解、こちらも2つ目を潰したところだ。あと1つだな。……ストレイクロウ、ルージュ及びデュミナスと共にリツデン情報管理施設に突入しろ》

「俺も?」

《……施設の中にも守備隊がいるだろう。1機より2機でやった方が効率がいい》

《ルージュは了解したわ。ストレイクロウ、疲れてるなら私1人でもいいけれど?》

「……余裕だよ。デュミナスは?」

《安全なルートを侵攻中だ。そのまま施設の正面でお前達と合流させる。インターピッドは最後の周辺基地に向かう。施設の位置はスポットを参考にしろ。……ルージュ、判断は任せる》

《…………了解》

 

通信がぶつりと切られ、ソラは息を吐いた。

B-2ランカー"ファンファーレ"は確かにミラージュの最高戦力に相応しい、優秀なレイヴンに違いなかった。

だが、ソラにとっては妙に肩が凝る相手でもあった。

怜悧さの中に人間味が垣間見えるレインとも違う、どこまでも事務的で冷徹な口調があまり好きでないのかもしれない。

そんなことを思いながら、ソラはまたオーバードブーストを吹かす。

"雪"の残滓ですっかり白く染まった大地を駆け抜けながら、目標のリツデン情報管理施設へと向かった。

 

《やぁ、久しぶりだね。ストレイクロウ》

 

先行したリップハンターのAC"ルージュ"によって、施設周辺の防衛部隊は既に制圧されていた。

遅れて参じたソラを出迎えたのは、白銀色のカバルリー。

何度か戦場で協働した特殊工作傭兵"デュミナス"だ。

 

「デュミナスか、待たせたな」

《アビア湾の座礁船の一件、やっぱりこういうことだったようだね。管理者へのアクセスプログラムだなんて……そんな畏れ多い物をよく作るよ、ミラージュは》

「だけどこれが成功すれば、レイヤードの混乱も終わりだろ?」

《……ああ。成功すれば、ね。まあ、成功しても……だろうけど》

「?」

 

デュミナスの含みある言い方にソラが口を開こうとした時、ルージュの通信が割り込んできた。

 

《ストレイクロウ、施設の侵入口は2つよ。丘陵を挟んだ北側にもう1つ入口があるみたい》

「正面突破か裏口かってことか?コードキーは?」

《内通者からある程度のデータ提供は受けている。両方とも、私が何とかするよ》

《……ストレイクロウは正面から行って。デュミナスは私と一緒に裏口から》

《マップデータはあるのかい?》

《ないわよ。それを何とかするのがあなたの仕事でしょ?特殊工作傭兵さん》

《……言うね、彼女。私としては、出来れば護衛は君の方がいいんだけど》

「リップハンターの実力はMT乗りなら知ってるだろ。……大一番だ、頼むぞ」

《…………そうだね、善処するさ》

 

デュミナスのカバルリーが施設正面のゲートに接近し、アクセスを開始した。

1分と経たずに、ゲートは開いた。

 

「さすがだな」

《……ストレイクロウ、戦闘ログを確認しておいてほしい》

「?」

 

デュミナスが促す通りに、ソラはコンソールを叩いて戦闘ログを確認した。

レインやファンファーレ、リップハンターとのやり取りに混じって、デュミナスから電文が送信されていた。

 

 

《ミラージュ ニハ キヲツケロ》

 

 

「……!?」

《じゃあ、正面は任せたよ》

「……っ、え、ああ。了解」

 

カバルリーは白い丘を滑り、反対側の裏口へと向かっていった。

ソラは少し考え込んだ後、ストレイクロウを動かし、施設のメインゲートから内部へと入っていった。

 

 

………

……

 

 

リツデン情報管理施設地下の、大きく開けた空間。

広大な空間の壁面にはかなり大型の精密機械が大量に埋め込まれ、何やら怪しげな発光を繰り返している。

データを集積管理している、サーバールームか何かだろうか。

そんな重要度の高そうな室内で、ソラはコクピットモニターを睨みつけ、操縦桿を握る指に力を込めていた。

 

《テン・コマンドメンツもダブルトリガーも。やったのは貴方らしいわね、ストレイクロウ》

「…………」

《ファナティックが目をかけるだけあるわ。ふふっ、戦う時を楽しみにしていたの》

「……そりゃどうも」

 

ストレイクロウが相対する白い軽量二脚ACから、妙齢の女性と思しき美しい声音の通信が入る。

そしてもう1機、白いACの後方から橙色のタンク型ACが姿を現した。

 

《まあ、袋のネズミって奴だ。2対1だが、悪く思うなよ。これも依頼だ》

 

クレストの雇った迎撃の待ち伏せ――ではなかった。

ソラが行き止まりと思しきこの空間に到達した後で、これまで通ってきたゲートから2機のACが現れたのだ。

つまり、追跡されていたということになる。

 

《データ照合完了……C-4ランカーAC"ネージュ"、D-7ランカーAC"カストール"です、レイヴン》

「クレストの差し金か?よく間に合ったな」

《……ええ、間に合ってよかったわ。じゃあ、悪いけれど》

 

白い二脚AC"ネージュ"が、肩のミサイルポッドと連動ユニットを起こした。

 

《死んで》

 

歌うような美声が発した、死の宣告。

ネージュが放った5発ものミサイルが、噴射炎を吐きながらストレイクロウに向かってくる。

ソラはフットペダルを踏み締め、ACを跳躍させてミサイルの束を躱した。

そこに殺到する、徹甲弾の激しい連射。

"カストール"が右腕に持つ、対ACライフルだ。

機体をスウェーさせつつ弾幕をやり過ごし、ソラは素早く部屋の壁際まで後退した。

 

「ここはサーバールームか何かだろ?クレストにとっても重要な施設のはずだ!そんな無神経に撃ちまくっていいのかよ!」

《クライアントからは、特に何も言われてないわ》

《ああ。"消せ"とだけしか、な》

 

クライアント。クライアントか。

先ほどのデュミナスの意味深な電文。

ソラの脳裏に、嫌な予感が過る。

だが、その予感に向き合うよりも先に、2機のACは猛攻をしかけてきた。

AC2機分の弾幕ともなれば、余計なことを考える暇などなかった。

 

「こちらストレイクロウだ!ルージュ!AC2機と交戦中だ!」

《こちらルージュ。現在、デュミナスがシステム掌握作業中。……裏口側にもMT部隊がいたわ。悪いけれど、援護には行ってあげられないから》

「……っ、インターピッド!」

《インターピッドだ。クレストの増援と交戦している。突入班は施設の制圧を急げ。なお、不用意に設備を破壊するなよ。目標はあくまで基地の奪取だ》

「そうかよ、クソがっ!」

 

どこ吹く風の通信を返してきた僚機達に唾を吐き、ソラは操縦桿を滅茶苦茶に振り回す。

軽量二脚のネージュが前衛、タンク型のカストールが後衛のシンプルな攻勢だ。

ネージュは軽量の機動性を活かして空中を飛び回りつつハンドガンをばら撒き、カストールがその後ろから対ACライフルで狙い撃ってくる。

施設の損壊などまるで考慮しないような2機の苛烈な攻撃は、ソラの神経とストレイクロウのAPをガリガリと削っていく。

AC2機と連戦したことはあった。

だが、AC2機と同時にやり合うのはこれが初めてだった。

普段ならば躱せるような射撃でも、タイミングをずらしながら二重で撃たれれば厳しい。

それに今回のストレイクロウの装備はバズーカとブレード、そしてミサイルだ。

バズーカとミサイルでは、もし射撃が外れて壁面に命中すれば、設備にダメージを与えてしまう。

いっそのこと、生き残ることだけを考えて、気にせず撃つか。

いや、それでミラージュのアクセスプログラムが使えなくなれば、元も子もない。

躊躇するソラに構わず、ネージュがまたもミサイルを撃ち放ってきた。

マルチロックによって矢継ぎ早に放たれる誘導弾を、ソラは本能と経験で躱す。

外れたミサイルが後方に着弾、部屋中の精密機器が次々に爆散していく。

さらに、カストールがライフルを下ろし、肩のパルスキャノンに切り替えた。

連射性能に優れた光弾が、レイヴンの力量故か、さほど射線が定まらずに降り注いでくる。

これもまた、無神経に設備を破壊していった。

 

「……ぐっ、っ、かはっ!!」

 

ソラは切羽詰まって荒く息を吐き、目を見開いた。

そして頭をすぐに冷やし、考え方を改める。

自分がろくに反撃せずとも、敵AC2機は攻撃の手を緩めない。

施設の損壊など気にせずに、ひたすら撃ち込んでくる。

ならば、躊躇するだけ無駄だ。

いや、もっといい方法があるじゃないか。

攻撃を、外さなければいい。

全て、敵機に命中させればいい。

それで設備の破壊は防げる。窮地も脱せられる。

敵ACの速やかな撃破に、全神経を注ぐのだ。

 

《っ!?》

 

やると決めてからの、ソラの動きは素早かった。

前衛を務めるネージュにオーバードブーストで突撃し、迎撃のブレードを掻い潜って、逆にブレードを一閃する。

そしてその勢いのまま、中量脚部"MX/066"の尖った膝装甲で蹴りを見舞った。

空中で連撃を受けたネージュは安定性を失い、体勢を崩して地上へと落下する。

 

《粘るな!》

 

カストールのレイヴンが吠え、イクシードオービットを射出して、パルスとレーザーの嵐を放った。

だが、狙った先にはもうストレイクロウはいなかった。

オーバードブーストで敵のロックオンをすり抜けるようにして回り込み、側面からバズーカで牽制した後、ブレードを見舞った。

高出力型のレーザー刃もさすがに一撃だけではACの致命傷とはならないが、何度も振るえば話は別だ。

パルスキャノンとイクシードオービットが銃口を向けるよりも早く、3度の斬撃を見舞い、カストールの旋回完了に合わせてソラは素早く離脱した。

ミサイル弾幕の置き土産と一緒に。

 

《畜生、なんだこいつっ……急に動きが!》

《そう来なくちゃね……!C-1ランカー!》

 

立ち直ったネージュがハンドガンを連射しながら空中を突進してきた。

狙いは見えていた。ソラはバズーカの連射で食い止めながら、それでも突っ込んでくる敵の接近を待ち受ける。

赤いレーザー刃が発振され、ストレイクロウの頭部向けて振りかぶられる。

振り下ろされた敵の左腕を、ソラはバズーカの砲身で殴りつけて無理やり弾いていなし、お返しの斬撃をくらわせた。

 

《……っ、ふふふっ、やるじゃない、若造が……!》

 

歌うようだったネージュのレイヴンの語気が獰猛に変化し、昂奮したように笑った。

ミサイルの爆煙から現れたカストールがパルスキャノンを撃ちっぱなす。

ストレイクロウは空中に飛翔して不規則に上下に揺れ動き、捕捉を躱しながら旋回して、またカストールに向けてブースタを吹かした。

めくら撃ちされるライフルを掻い潜り、正面装甲をレーザーブレードで薙ぎ払う。

カストールが動きを止めたのは一瞬だった。タンク型ACの安定性を活用し、そのまま橙色の敵機はブレードで反撃の突きを放つ。

これもまた、ソラはバズーカの砲身で左腕を払いのけることでやり過ごし、ブレードを振るってコアを再び薙いだ後、素早く離脱した。

 

《……ぐ、くそったれこの野郎!2対1だぞ!?》

《怖気ないでカストール!そいつはさっきから動きっぱなしよ!もうじきエネルギーが切れる!》

 

鋭いネージュの指摘に、ソラは冷静にEN残量を確認した。

レッドゾーンギリギリ。レーザーブレードを1回振れば、チャージングはすぐ目の前だ。

空中を飛び回ることも出来ない。

ストレイクロウは大人しく着地して、脚部を走らせてはバズーカで弾幕を張り始めた。

狙うのは、Dランクのカストールだ。レイヴンとしての力量も判断力もネージュに劣るため、中距離からでもバズーカを当てやすい。

バズーカの直撃を何度も受けながら、敵タンク型ACはパルスキャノンとイクシードオービットを垂れ流してくる。

だが、やはり狙いが甘い。地上でブースタを使わずとも、跳躍と走行である程度は凌げてしまう。

応酬の内にカストールの防御スクリーンが時折ショートし始め、レイヴンの切羽詰まった呻きが通信に漏れ始める。

しかし、僚機が削り尽くされていくのを黙って見過ごすネージュではなかった。

 

《そこまでよ!》

 

ハンドガンの正確な射撃が、ストレイクロウの攻撃を逐一妨げる。

手練れのC-4ランカーは、もうブレードの間合いには近寄ってこない。

連射力とストッピングパワーに優れたハンドガンで、火力の分厚いカストールの援護をしようという腹だろう。

カストールさえ生かせば、数の利で押し勝てると踏んだのだ。

間違っていなかった。

だがソラの集中力は、かつてグラン採掘所で管理者のACとやり合った時同様、極限に達しようとしていた。

 

「行くぞ……!」

 

EN残量セーフティ。オーバードブースト起動。

カストールに頭部カメラを向ける。

ハンドガンの連射が止んだ。マルチロックがかけられている。

だがもう遅かった。

降り注ぐミサイルの雨をすり抜けながらストレイクロウは飛ぶようにして、カストールへと突っ込んだ。

 

《おあああぁっ!!》

 

乾坤一擲。カストールはレーザーブレードを最大出力で発振し、ブースタ全開で突きを放ってきた。

まぐれか火事場の力か、コアを正確に狙った必殺の一撃。

だが届かなかった。

微細にブースタの噴射方向を調整したストレイクロウは突きを間一髪で躱し、代わりに膝装甲の突起を敵のコアめがけて叩き込んだ。

 

ドギャッ。

 

凄まじい勢いで衝突した防御スクリーン同士が一瞬スパークし、APが有り余っていたストレイクロウが競り勝って、カストールのコアがひしゃげて吹き飛んだ。

黒煙を噴き上げる橙色のタンク型ACは、もう項垂れたままピクリとも動かない。

 

《見事ね……》

 

ネージュのレイヴンが呟き、ふわりとストレイクロウの前に着地した。

ハンドガンを、ミサイルユニットをパージし、レーザーブレードで切りかかってくる。

ソラはブレードの薙ぎ払いを跳んで躱し、お返しに空中から逆袈裟に斬った。

ネージュの防御スクリーンもまた、ショートし始める。

だが、ネージュはそれでもブレードを振り続けた。

ソラもまた、その勝負に付き合った。

何度目かのブレードが直撃した時。

ネージュはとうとうレーザー刃の高熱に耐えきれなくなり、コアを溶断されて爆散した。

 

《こちらルージュ。ストレイクロウ、生きてるの?》

「生きてるよ。おかげさまでな」

《……それは良かったわ。施設の掌握は完了よ。作戦は終了ね》

「デュミナスはどうしてる?」

《無事だよ。何とかね。なかなかハードな作業だったけど、貴重な体験が出来た》

「……………」

《……君も、無事で何より》

「……ああ」

《ルージュよりインターピッドへ。施設の制圧は成功。……今回はこれで終わりにしましょう》

《……インターピッド了解。後はミラージュの技術者達の仕事だ。速やかに撤退するぞ》

 

リップハンターとファンファーレは、何事も無かったかのように飄々と通信を返してきた。

デュミナスも無事だったようだ。

ソラは戦いの中で研ぎ澄まされきった"感覚"に身を委ねながら、息を吸っては吐いてを繰り返した。

 

《レイヴン……あの、先ほど襲ってきた2機のACですが……》

「作戦は終了だ、レイン。今はそれでいい。このままちゃんと家に帰してくれるなら、な」

 

深刻そうに言うレインに、ソラは目を閉じて言葉を返した。

本当は、考えるべきことがあるのかもしれない。

この後施設を出た先で、何かが起こるかもしれない。

 

しかし今は、ミラージュの管理者へのアクセスが成功するのを、素直に願うことにした。

それでレイヤードが、管理者が、正常に戻るのならば。

 

だが、もしも。万が一、ここで。

ソラは目を開き、APを確認した。

残りAP4000。

 

《……ねえ、ストレイクロウ。よく2対1を切り抜けたわね。さすが、と言うべきかしら》

「まあな。そうは言っても、CランカーとDランカーだ。相手が大したことなかったんだよ」

《……そうかしら。それだけとは、思えないけれど?あなたは何か"普通じゃない"。そんな気がするわ》

「どうかな。もしもアンタとファンファーレの2人がかりなら、さすがに死んでたさ。なあ、リップハンターさんよ」

《……何が言いたいの?》

 

通信機の向こう側で、リップハンターが声を低めた。

 

「別に。……それよりリップハンター、一つ聞かせてくれよ。以前、クレストのガルナット軍事工場を襲った帰りだ。あんた輸送機で言ったよな」

《…………》

「"ミラージュはどうしてユニオンを切ったと思う?"ってよ。どうしてなんだ?」

《変な男ね。そんなこと、今さら聞いてどうするの?》

「必死にあれこれ考えたけど、俺には結局分からなかったよ。あんたには、分かるんだろ?」

《……ええ。何となくね》

「じゃあ、ちょうどいい機会だから教えてくれよ。キサラギの壊滅でユニオンはもうお終いみたいなもんだし、ミラージュがこのまま管理者にアクセスできれば、レイヤードはミラージュの天下だろ?俺も、今後の身の振り方を真剣に考えなくちゃな」

《……そう。なら、教えてあげる》

 

そう言ってリップハンターは、苛立ったように息を吸い込んだ。

苛立ったようにと感じたのは、ソラの思い込みかもしれない。

だが少なくとも何か暗い感情が、彼女の発言を後ろから押しているように感じられた。

 

 

《必死に高く飛んでも、どれだけ高く飛んでも、レイヤードの空の先には天井板しかない。この地下世界には、地下世界の神様が決めた、人間の限界がある。それが分からない人達だけが、いつまでも無駄なことをしている。そういうことよ》

 

 

ソラは返事を返さずに、そのまま通信を切った。

戦場で協働し始めてから薄々と、ずっと思っていたことの、確信を得た気分だった。

この女は――リップハンターは好きになれない。

 

あの日、初めて登校した学校で、教壇の上で喋っていた教師と同じなのだ。

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

 

そう告げた教師と、同じなのだ。

どうしてあの言葉をずっと覚えていたのか、どうしてあの教師をクソだと思ったのか、今何となくソラは分かった気がした。

 

ただ空への憧憬を汚されたからだけではない。

幼い頃の夢を無感情に奪われたからだけではない。

 

きっとあの、全てを諦めて悟ったような口ぶりが、心底嫌いだったからだ。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ミラージュ代表

TITLE:アクセス不能

 

レイヴン"ソラ"、度重なる我が社への協力に対して、ミラージュ代表として改めて礼を言う。

ファンファーレ、リップハンター両名から、お前の評価は聞いている。

 

現在、我がミラージュは制圧したリツデン情報管理施設より、管理者へのアクセスを試みている。

しかし、状況は芳しくない。

 

どうやら管理者は常に自己のプログラムを改修し続けており、これを掌握するには管理者の情報処理速度を超える必要があるらしい。

技術者連中は、大量の機材と人材をかき集めて時間をかければ掌握は不可能ではないと話しているが、もはや我が社にそこまでの余力はない。

 

管理者の実働部隊の暴走はいっこうに収まらず、工場や研究施設のみならず、市民の居住区までもが次々と破壊されている。

MT部隊やレイヴンを投入しても、奴らの予測不能な攻勢の前では、焼け石に水をかける程度でしかないというのが現状だ。

 

旧キサラギ管轄セクションは、ろくな支援や監督も行き渡らずに半ば無法地帯と化しており、その恐慌と暴動は他の都市部にも広まりつつある。

それに加えて、先日の環境制御区における動力施設群の消失だ。

一部の区画では既に電力・酸素供給が停止し始めたという情報もあり、クレスト管轄セクションの多くも直に、惨状を呈することになるだろう。

 

ミラージュの支配領域においても、悪影響がまるで抑えきれなくなってきている。

人材も兵器も資源も、理不尽な速度で削られていく一方なのだ。

 

もはや、地下世界"レイヤード"の維持そのものが困難になりつつあると言っていいのかもしれない。

 

レイヴン、我々はどうすればいい。

我々は、管理者を怒らせてしまったのだろうか。

だとすれば一体どこで、間違えてしまったのだろうか。

一体どうすれば、管理者は鎮まるのだろうか。

 

管理者は我々を拒絶するばかりで、何も答えてはくれない。

だがそれでも、我々は呼びかけ続けるしかないのだ。

 

人類には、管理者が必要なのだから。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:フレデリカ・クリーデンス

TITLE:直接連絡

 

レイヴン、アクセスプログラムの件は残念でした。

地下世界最大の企業ですら及ばなかった以上、人類が管理者に抗する術はいよいよなくなりつつあると言わざるをえません。

 

つきましては、一度直接連絡を取れないでしょうか。

 

レイヤードの現状について、ユニオン副官としてあなたと話がしたいと思っています。

 

連絡は、こちらからあなたの携帯端末に行います。

日時を指定してください。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

人工太陽がセクション301の西端に沈む頃。

ソラは神妙な顔でリビングのソファに腰かけ、眼前の机に置いた携帯端末をじっと見つめていた。

 

約束の時刻まで、あと30秒。

あと20秒。

10秒。

5秒。

 

ピー。ピー。

 

「……もしもし」

《初めまして、レイヴン"ソラ"。改めてご挨拶を。私はユニオン副官、フレデリカ・クリーデンスと申します》

 

奇妙な違和感を覚えた。

ソラは黙りこくって口をもごつかせながらその違和感の正体を探り、やがて何となく思った。

 

どこかで聞いたことのある声だ、と。



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フレデリカ・クリーデンス

AC6のストーリートレーラーが出ましたね。発売がいよいよ迫ってきて楽しみです。
新作発売祈願で書き始めたのに肝心の発売までに完結しそうになくて情けないですが、このペースで行こうと思います。
今回は戦闘はありません。管理者のお話です。


《初めまして、レイヴン"ソラ"。改めてご挨拶を。私はユニオン副官、フレデリカ・クリーデンスと申します》

 

わずかな沈黙の間に、ソラは端末の向こう側にいる相手に聞くべきことを考えた。

彼女からの連絡を待っている間、考えていたことは山ほどあった。

しかしながらとりあえず、最も気になることを問いかけることにした。

 

「……いきなりで悪い。あんたは、どの"フレデリカ・クリーデンス"なんだ?」

《どの、と言いますと?》

「俺が調べた限りでは、その名前を持つ者は3人いた。カレッジの研究者、キサラギの支社長、AI研究所職員。本来は名前を明かす必要なんてないのにわざわざ明かした以上、何らかの意図があってのことだろ。何で名前を明かして、俺にコンタクトを取ってきた?」

《なるほど》

 

独り納得したように呟き、フレデリカ・クリーデンスはソラの質問に答え始める。

 

《どの、ということであればあなたが挙げた3人は、全て私になります。管理番号上では、ダーレン・カレッジの客員教授ということで通していますので。カレッジはもう実働部隊によって破壊されましたが。キサラギの支社長の肩書についても、キサラギから協力者の証として供与された、私の社会的身分で間違いありません》

「……管理番号上?社会的身分?」

《私の本来の職務は、AI研究所職員。グローバルコーテックスのデータベースに記載されている通りです》

 

窓から差し込む、偽物の空の夕陽に目を薄めながら、ソラは相手の言葉をゆっくりと咀嚼した。

 

「……俺はコーテックスのデータベースだなんて一言も言っていないが」

《そうですね。ですが、私の素性をAI研究所職員として出力するのは、あのデータベースだけです》

「その口ぶりからして、グローバルコーテックスのネットワークにアクセスできるのか?何者だ、あんた。AI研究所って、どこの研究所だよ」

 

ソラはまくしたてるように携帯端末に言葉を吐いた。

妙な緊張感がある。

腹の探り合いは苦手だった。レインも同席させればよかったと、今さらながら後悔していた。

 

《管理者直属の組織が、グローバルコーテックスだけではないのは知っていますか?》

「……知らない」

《公に名の知られたコーテックス以外にも、管理者は特務機関をもう1つ有していました。コーテックスと同じく、管理者によって選抜された人間が職員として働く組織です》

「それが、あんたの言う"AI研究所"なのか?」

《はい。私はそこで勤務していました》

「何をするための組織なんだ」

《管理者のメインシステム――レイヤード管理プログラムの実行補佐とメンテナンス業務です》

 

ソラはフレデリカの言葉に、息を止めた。

管理者のレイヤード管理プログラム。実行補佐とメンテナンス。

その意味を理解した時、最初に浮かんだのは、怒りの感情だった。

 

「待てよ。それってどの範囲の管理プログラムだよ」

《全般です。人工気象の調整、電力・酸素の供給、資源の循環、ネットワークの監視、企業への設計図提供、そしてグローバルコーテックスの統括までも。地下世界の管理保全や生産開発に必要なあらゆる事象の管理を私達"AI研究所"は補佐し、管理者が日々出力する膨大なデータから異常の有無を観測していました》

「……あんた、レイヤードの現状を分かってんのか?」

《分かっています》

「分かってます、じゃねえよ。そんなとんでもなく重要な立ち位置にいたのなら、何で管理者の暴走を」

《管理者は既に、我々の補佐を受け付けなくなっています。"AI研究所"は、役目を終えた組織です》

「役目を終えた?」

《グローバルコーテックスにも、管理者からの指示があったはずです。アリーナ開催やレイヴン試験、依頼審査を停止すると。それと同じような内容の停止命令が、先んじて"AI研究所"にも出されていました》

「……いつだ?」

《約1年ほど前です。レイヤードの異常が顕在化し、セクションの封鎖や停電現象が頻発し始める少し前に、特務機関"AI研究所"は事実上組織としての機能を停止しています》

 

ソラは思わず頭を抱えた。

全てが初耳だった。

グローバルコーテックスの他にも、管理者直属の組織があったこと。

その組織が、レイヤード管理の全面的な補佐を担っていたこと。

そして既に、役目を終えていること。

全部真っ赤な嘘、デタラメなんじゃないかとも思った。

だが、携帯端末に響いてくる女性の声は、ただ淡々と事実だけを告げるような口調で、真実味がありすぎた。

 

「……なんでそんな立場の人間が、非合法組織ユニオンの副官なんてやっている?」

《私個人がユニオンに関わり始めたのは、5年前のアヴァロンヒル西部攻防戦からです》

「所属不明部隊……いや、管理者の部隊が乱入して自然区の天井板が落ちた事件だったか」

《はい。この頃から管理者の管理プログラムのキャッシュデータ上に、奇妙な単語が頻繁に出現し始めたのを"AI研究所"は観測していたのです》

「奇妙な単語?」

《"フェーズ1"。何に関するフェーズなのかは不明でしたが、この単語が見られ始めてから、管理者は我々にも把握できない事象を引き起こすようになっていきました》

 

ソラはそれらの言い回しを、謎の通信を通して耳にしたことがあった。

確か、クレストのルグレン研究所で『フェーズ1クリア、フェーズ2へ移行』。

そして、特殊実験区のユニオン防衛戦で『フェーズ2クリア、フェーズ3へ移行』。

つまり、ソラが把握している限りでは、現在の管理者の管理プログラムは"フェーズ3"の段階にあるということになる。

それを共有すべきかと頭を回している間にも、フレデリカ・クリーデンスは言葉を続けていった。

 

《"AI研究所"の役割は、管理者がこのレイヤードを管理するにあたって、最低限人間の手によって監査を行うことだと、私は考えていました。事実、管理プログラム上で何らかの問題点があった場合は――主に企業間のパワーバランスへの関与についてですが――我々の具申によって管理者の方針を転換させたこともあります》

「……あんたらは地下世界の神に仕える神官みたいなもん、ってことか?」

《そのはずでした。ですが、5年前の"フェーズ1"出現以降、管理者は我々の補佐すら無視して動き出していきました。だからです。私が"脱管理者"を掲げるユニオンに接触したのは》

 

理解のできる話だった。

ユニオンは、管理者の異常を目の当たりにした連中が興した組織だ。

ならば、最も間近でその異常に触れていた組織から協力する者が出てきても、おかしくはない。

 

「……俺の知る限り、ユニオンは時折、"特殊な人脈"って奴による動きを何度も見せていた。レイヴン試験への先回り、封鎖済みセクションへの侵入、逸脱行為と思しき依頼の審査通過。……全部あんたが背後にいたのか?」

《"AI研究所"の職員に与えられた権限は、コーテックス上層部職員のそれをも遥かに凌ぎます。管理者の排出する管理データを直接閲覧し、場合によってはある程度の干渉を行うことができるのですから。レイヴン試験の日程把握や、セクションゲート及び監視システムの掌握、依頼審査の通過などは、容易いことでした》

 

本当に?

ソラは彼女の淡々とした言葉を聞きながら、ふと思った。

管理者は、地下世界において絶対的な存在。

その管理者の為す行為に、そこまで横暴にタッチできる人間達がいるのだろうか?

いるとすればそれは企業以上にレイヤードの実権を握り、多様な物事のバランスを意図的に操ることが出来る恐れのある、非常に危険な存在だ。

本当に管理者が、そんな人間達の存在を許していたのだろうか?

しかし、彼女のはっきりとした語り口は、嘘を吐いているようにも思えない。

現に彼女が起こしてきたという行動によって、ユニオンの一連の活動が成り立っているのだ。

だけど、それでも――

最初に彼女の第一声を聞いた時に感じた奇妙な違和感が、ソラの中でずっと持続していた。

 

「…………いや、考えてもしかたないか。悪いけどこの際だから、聞きたかったこと全部聞かせてもらうぞ」

《私が答えられる範囲のことならば、どうぞ》

「あんた達ユニオンは、ミラージュと一時的に協力関係にあった。そうだよな?」

《はい》

「だけどクレストのデータバンク侵入の際に切り捨てられた。それは各種の報道やミラージュの態度で傍目にも分かることだった。なのに、あんたはミラージュが管理者へのアクセスプログラムを作っていたことを知っていた。どうしてだ?」

《そのプログラムの原型を作成したのが私だからです》

 

思わぬ答えに、ソラは面食らった。

 

「……何だって?」

《そもそも、ユニオンは弱小の組織でした。教養層から興ったこの組織は人材こそ多少は抱えていましたが、何ら効果的な活動は起こせずにいました。組織だった具体的行動を開始したのは、私が所属して、企業と繋がりを得てからです》

「それが、ミラージュとキサラギ?」

《クレストもです。私はまず"AI研究所"職員の身分と権限を使い、三大企業の代表達とコンタクトを取りました。交渉材料は、経済活動に有用な管理者の一部管理スケジュールの継続的な提供、そして独自に開発した"管理者の雛"とも呼ぶべきAIプログラムでした》

「"管理者の雛"?どういうものだ」

《管理者をスケールダウンさせた、レイヤード管理プログラムのアーキタイプです。所詮個人の作成したものでしたからその規模は小さなものですが、居住区1つ分くらいは管理できるように仕上げたものを、三大企業に提供しました》

「…………」

《クレストは拒絶しました。管理者への冒涜である、と。ですが、ミラージュとキサラギは交渉に乗ってきたのです。彼らは"雛"を研究して応用すれば、管理者を欺き、あるいは制御できるかもしれないと考えたのでしょう。2つの企業の支援を受けたユニオンは瞬く間に組織の規模を拡大していき、各地で十全な活動ができるようになりました》

「その果てに起こしたのが、クレストの中央データバンク侵入作戦か……」

《はい。結果的にミラージュはユニオンを切り捨て、支援を続けたのはキサラギのみとなりましたが》

「だけど、ユニオンを捨てた後もミラージュはあんたが提供した"管理者の雛"の研究を続けてて、それがアクセスプログラムに結びついたってことか?」

《ユニオンが気づく管理者の異常行動に、実際に各セクションを管轄する企業が気づかないわけはありませんでした。それでもキサラギはあくまで自社の勢力拡大に私の提供物を利用していましたが、一方でミラージュは管理者を制御する道を模索しているようでした。自然区のアビア湾に浮かべた超大型船舶"オストリカ"。わざわざ管理者の関与を一切排した設計による巨大な水上研究施設の存在は、アクセスプログラムの極秘研究を暗に物語っていました。オストリカが沈没し、プログラムがレヒト研究所に移された後も、ブラックボックスと呼べる干渉不可区画の中で研究が続いていることは明白でした。そして、地下世界最大の企業ミラージュならば土壇場でその完成を間に合わせるだろうことも、私の予測の範疇にありました》

「……企業の最重要機密の動向が、そこまであんたに筒抜けなのは」

《我々"AI研究所"職員は、管理者から業務停止命令が出された後も権限の保持は許されています。コーテックス職員が、未だにデータベースを使用できるのと同じです。地下世界を網羅する管理プログラムを日々眺めていれば、必然的にその網の目の空白にも気づきます。すり抜けようとするような動きは、かえって目立つのです。ミラージュは秘密裏に開発を行っていたようですが、それ故に動向は探りやすいものでした。レイヤードにあっては、管理者の目と耳を躱しきることなどできないのですから。それに、どれだけ秘密主義を貫こうと、従事しているのが人間である以上、一切情報が漏れ出ないなどということはありません》

「クレストがかぎつけて妨害しに来るくらいだから、そうなんだろうな。……だがその言い分だとあんただけじゃなく、管理者もアクセスプログラムの存在には気づいてた可能性が高いってわけか?」

《おそらくは》

「なら、実働部隊が潰しに来なかったのは何故だ?結局アクセスプログラムは一応完成して、クレストの施設で実行するところまでは行ったんだぞ。管理者もあわや、だったんじゃないか」

《…………》

 

これまで問答に素早く応じていたフレデリカ・クリーデンスが不意に黙った。

沈黙は5秒、10秒と続いた。

窓の外はもう薄暗い。人工太陽が沈んで消えたようだ。

ソラは机の上に置いてあったリモコンで、リビングの照明を点けた。

 

《レイヴンは、なぜだと思いますか?》

「俺に振るなよ。知らねえよ。他のセクションの襲撃で忙しかったとか、いや、最優先で潰しに来てもおかしくないか……分かんねえ」

《そうですね。分かりませんね。ですが重要なのは、ミラージュですら管理者の掌握には失敗した、ということです》

「まあ、そうだな。……それを踏まえて聞くけど。あんたがメールで寄越してきた内容の話だ。レイヤードの現状……いや今後について、ユニオン副官であるあんたの意見を教えてくれ」

 

また、フレデリカは沈黙した。

彼女はさっきよりも長く、黙りこくっていた。

ソラが口を開こうとした時、携帯端末から再び声が発せられ始めた。

 

《レイヤードの現状についてですが、セクションの封鎖、人工気象システムの暴走、電力・酸素供給の停止、放射性物質の流出、そして実働部隊の襲撃……ユニオン構成員間の情報共有によれば主に人類が生活圏とする産業区と都市区の内、何らかの被害を受けたセクションは、既に全体の8割に上ります》

「8割……」

《うち、致命的な損害が発生したセクションは2割ほどです。しかし、今後も管理者の異常が継続すれば、確実に被害は拡大していくことでしょう》

「"AI研究所"の権限で、管理プログラムの修正は出来ないのか?メンテナンスも職務の内なんだろ?」

《先ほども言いましたが、"AI研究所"は管理者の最上位命令によって既に機能停止状態にあります。権限が職員に残されているといっても、管理者そのものをどうこうすることはできません》

「じゃあ、どうするんだよ。ミラージュは管理者へのアクセスに失敗して、キサラギは既に壊滅状態、クレストだって本社に部隊を集めてるんだぞ」

《レイヤードの今後をどう考えるのかについては、ユニオン内部でも意見が分かれています。そもそも"脱管理者"という組織の思想が現状に不適当である、という意見まで出てきました》

「はあ?それはどういう……つーか今さらになって何言って」

《この地下世界は、どこまでも管理者ありきだということです》

 

フレデリカの言葉に、ソラは開いていた口を閉じた。

 

《レイヴン。あなたは今、酸素を吸っていますね?住居の中で、電力を使っていますね?携帯端末でネットワークを介して、私と会話していますね?人工気象システムの作り出した偽物の空の下で生きていますね?》

「…………」

《アーマードコアに乗ることを、許されていますね?》

「それが何だって……」

《誰がそれらを、許可していますか?》

 

黙るしかなかった。

この地下世界で生きていく上で、当然と思って受け入れていたこと。

その根底を、フレデリカ・クリーデンスは揺さぶっていた。

 

《"脱管理者"――管理者という存在から、離れて生きていくこと。それがユニオンの掲げた理想でした。ですがこの窮状にあって、その理想は半ば現実味を失いつつあります。人類はずっと、地下に潜ったその時から、管理者に管理されて生きてきました。生きることを許されて生きてきました。それは、まぎれもない事実なのですから》

「……だけど、地上にいた頃は違ったはずだろ」

《確かに。私は今でこそ"AI研究所"の職員ですが、曲がりなりにカレッジで文化人類学を専攻していたことも事実であり、地下人類が語り継いできた地上の文化に少量ながら触れてきました》

「だったら……」

《ですが、その地上を今の人類は誰も実体験として知りません。"雨"も"雷"も"雪"も、空の色さえも、管理者が再現して与えたものしか知りません。管理者によって管理されることが当然の世界しか、人類は知らないのです》

「……っ!」

《"脱管理者"は、本当に正しいのでしょうか?管理者のいない世界を、果たして人類は生きられるのでしょうか?管理者の暴走すら止められない人類に、自立する力があるのでしょうか?ユニオンは……いえ、私は、それが気がかりなのです》

「…………」

《レイヴン。あなたは、どう思いますか?》

 

知らねえよ。

俺に聞くな。

難しいことなんて分かんねえ。

そう吐き捨ててやりたかった。

だけど、そうすると何かに負けるような気がして、できなかった。

ソラはただ歯を食いしばって、携帯端末を力の限り握りしめるしかなかった。

 

「……それでも」

《…………》

「それでも、このまま管理者にじわじわ滅ぼされて終わりなんて、俺は納得いかねえ」

《もしも管理者が、どこかで矛を収めてくれるとしたら?いつか、正常に戻るのだとしたら?》

「戻らなかったらどうするんだよ。じっと震えて耐え忍んで、それで管理者の癇癪が止まる保証はないんだろ。人類が全滅するまで暴走を続けられたら、それこそ俺達ただの死に損じゃねえか」

《ユニオンの一部は、そうするのも手だと考え始めています。現状を甘んじて受け入れ、いつか管理者の異常が回復するのを待つべきだ、と。当然、生存のための最低限の防衛行動はすべきでしょう。ですが、今は耐えるべき時ではないか、と。そういう意見も出てきています》

「……企業もそうなのか」

《クレストはそうでしょうね。各セクションに分散させていた部隊を、全て本社のセクション及び隣接セクションに集結させつつあります。他を切り捨ててでも、本社機能だけは守りぬくつもりでしょう》

「ミラージュも?」

《アクセスプログラムの実行に失敗した以上、ミラージュが起こすであろう行動は2つに1つです》

「何だよ、2つって」

《クレストと同じように自分達の本拠地だけでも守り抜くか、あるいは》

 

あるいは――

その先を、フレデリカは言わなかった。

だが、ソラには何となく彼女の言わんとすることが分かった。

ミラージュは、管理者の所在を知っているはずなのだ。

 

「……なあ、フレデリカさん。教えてくれ」

《はい》

「どうして俺に、こんな通信を入れてきたんだ?」

《…………》

「俺はレイヴン、ただの傭兵だ。金で雇われて、雇い主の依頼をこなすだけの傭兵。正直なところ、レイヤードの今後なんて話し合っても、結局はクライアントがどうするかに乗っかるだけの存在だ」

《あなたはユニオンを生かそうとしました。ミラージュのアクセスプログラムを守ろうとしました》

「……それはそう依頼されたからだ」

《本当にそうでしょうか?》

「何?」

《あなたには、困難に立ち向かう"意思"と"力"がある。違いますか?》

「え……」

《依頼を受けるのは、"意思"があるから。依頼を達成できたのは、"力"があるから。そうではないですか?》

 

フレデリカ・クリーデンスの声の調子は、ずっと変わらなかった。

息を継ぐ気配すらなく、ただ事実を告げるような事務的な口調が、言葉を紡いでいく。

しかし。

 

《ユニオンも迷っています。ですが、それはおそらく一時的なものです。"脱管理者"を掲げてからの15年間、私が所属してからの5年間、彼らは理想のためにひたすら辛抱強く、時には大胆に行動してきました。その努力は実を結ばないことの方が多かったでしょう。私が手を貸さなければ、表舞台に出てくることもなかったでしょう。そして今やキサラギの支援すら断たれ、風前の灯火といってもいい窮地にあります。ですが、時が迫ればユニオンは再び立ち上がります。そして、レイヴンに依頼するでしょう》

「……何を?」

《"未来"のために、なすべきことを》

 

フレデリカ・クリーデンスは、その感情の希薄な口調の裏側に、何か巨大なものを漂わせていた。

それは感情、とは少し違う。もっと巨大で、祈りにも似た、しかし言葉に出来ないものだ。

"CREATE THE FUTURE"――未来を創る。

かつてコーテックスの研修室で見たユニオンのエンブレムに、そう刻印してあったのをソラは思い出した。

 

「……最後にもう1つだけ、聞かせてくれ」

《はい。何でしょうか》

「最初に聞いた質問だ。あんた、はぐらかしたよな」

 

ソラは、無意識に少しだけ穏やかな口調で言葉を発した。

 

「何で俺に、名前を明かしたんだ?明かす必要が、どこにあった?」

《名前は名乗るために存在するものでしょう?だから名乗りました。私の名前"フレデリカ・クリーデンス"は、私の生みの親が下さったものの一つです。私の"使命"の証です》

「何だそりゃ」

《レイヴン"ソラ"。あなたのその名前だって、あなたの"使命"の証のはずです》

「……大げさだな。俺のこの名前は別に……」

《レイヴン、もうすぐ"フェーズ4"が始まります。管理者の排出するデータがそれを裏付けています》

「"フェーズ4"?」

《もう残された時間は僅かです。私は、私の"使命"を最後まで果たします。あなたも、あなたの"使命"を全うしてください。それでは》

 

通話は、そこで終わった。

ソラは携帯端末を机に置き、ソファに背をもたれて、ボーっとしていた。

 

ふと、窓の外に視線が向かった。

もう外は真っ暗だった。

 

フレデリカ・クリーデンスという女が、ソラにはよく分からなかった。

強大な権限を持つ、特務機関の職員。

ユニオンの副官を務め、方々で暗躍し、企業にアクセスプログラムの雛型を提供した女性。

得体の知れない、底がまるで見えない人物であることは間違いない。

だが、そんなことよりも。

彼女がどこまでも事務的な口調で発した言葉の数々が、ソラの心を強く打っていた。

 

意思。

力。

未来。

使命。

 

それらは希望や可能性を示す言葉だ。

かつて思い悩むソラにファナティックがそうしたように、大きな熱量をもって、前向きに語られるべき言葉だ。

 

そして、今のレイヤードの惨状を知っていてなお発するには、重たい言葉だった。

 

だが、彼女はそれらを口にした。

上っ面だけの言葉を吐いているとは、思えなかった。

 

なぜだろうか。

 

ソラは孤児院にいた頃、実の母のように良くしてくれた先生がいたことを、なんとなく思い出した。

あの先生は今、どうしているだろうか。

この混乱の中で無事でいるだろうか。

今でも自分のことを、覚えてくれているだろうか。

懐かしんだり心配したりしてくれているだろうか。

 

そんな他愛もないことを思いながら、ソラは窓の外の偽物の空を眺め続けていた。

 

暗い夜空は何故かいつもより、優しげに感じられた。



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管理者部隊迎撃・1

クレスト本社防衛編です。前後編です。
今回はレーザーライフルとブレードとロケット装備です。
フレーバー程度ですので、武器以外は一切気にしなくても大丈夫です。

右腕部武装:MWG-XCB/75(75発レーザーライフル)
左腕部武装:CLB-LS-2551(緑ブレード)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:MWR-M/45(45発中型ロケット)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAL-MARTE
脚部:MLM-MX/066

ジェネレーター:CGP-ROZ
ラジエーター:RMR-SA77
ブースタ:MBT-OX/002
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)、SP/E++(EN武器威力上昇)


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FROM:スパルタン

TITLE:クレストについて

 

相当まずいな。

クレストはかなり焦ってる。

 

奴らの本社防衛依頼を受けたのは、今日で4度目だ。

別に本当に攻撃を受けたわけでもないのに、実質ただの哨戒任務を繰り返し依頼してきやがる。

 

林檎少年とか他の知り合いのレイヴン達も、ひっきりなしに本社の防衛に駆り出されてる状況だ。

クレストは管理者が怖くて怖くて仕方がないらしい。

 

まあ、それも仕方ねえだろうな。

キサラギ本社が実働部隊にやられて落ちた前例があるんだから。

 

長年の勘だ。

クレスト製のパーツで、目をつけてる物があったら今の内に買っとけ。

 

もうクレストは長くねえぞ。

 

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FROM:アップルボーイ

TITLE:お元気ですか?

 

ソラさん、お久しぶりです。同期のアップルボーイです。

お元気ですか?

 

僕の方は最近、クレスト本社があるセクション422の防衛依頼をよく受けます。

といっても、何か襲撃があるわけでもなくて、作戦中はよく僚機のスパルタンさんと話をしています。

スパルタンさんはさすが歴戦の傭兵という感じで、色々なことを知っていて博識ぶりにいつも驚かされています。

 

そのスパルタンさんですが、「そろそろクレストは終わりだ」と言っていました。

実際のところ、どうなんでしょうか?

 

確かに、今のクレストの過剰な警戒の仕方は危ういものを感じます。

でも、本社の防衛戦力増強はミラージュも行っていて、僕はそちらからも防衛依頼(実際はただの見回りでしたけど)を受けたことがあります。

スパルタンさん曰く、本格的に守りに入り始めるのは後がない証拠だそうですが、その理屈だとミラージュもまずいってことですよね?

 

レイヤードはもう、管理者の部隊の襲撃で無茶苦茶です。

僕自身、産業区でも都市区でも彼らの暴走による被害を直に目の当たりにしてますし、力及ばず撤退したことだって何度もありました。

一体、いつになったらこの状況は終わるんでしょうか?

管理者の部隊って、戦力が途切れることはないんでしょうか?

先行きが全然見えなくて、このまま攻撃がいつまでも続いたらと、すごく不安に思ってしまいます。

 

それと、気になることがもう1つあります。

 

独立系の報道で見ましたけど、一般市民の間で急速に管理者信仰が強まっているそうなんです。

この一連の襲撃は管理者が増長した人類を裁くために行っているものだって、人類は甘んじてそれを受け入れるべきだって、そう主張するカルト団体も勢力を強めているみたいです。

 

僕は正直言って、そういう極端な意見は信じていません。

だって、管理者は人工のAIシステムなんでしょう?

人類の役に立つために、人類によって作られたはずじゃないですか。

本物の神様みたいに信仰して裁きを受けるなんて考えは、どこか間違っている気がします。

それに、もし本当にそうなら、僕達レイヴンや企業の兵士達が必死に頑張っているのは無駄ってことになるじゃないですか。

だとしたら、悲しすぎます。

もう既に大勢の人が死んでいるのに、それを受け入れろだなんて、死んでいった人達にも失礼ですよ。

 

ソラさんは、どう思いますか?

 

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………

……

 

 

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FROM:ワルキューレ

TITLE:全レイヴンに伝達

 

こちらは、B-3ランカー"ワルキューレ"です。

A-1ランカー"エース"及びA-3ランカー"ロイヤルミスト"の要請により、全レイヴンへこのメールを送っています。

 

用件は2つ。

 

1つ目は、パーツの購入について。

情勢の悪化によって企業からのパーツ入手が今後難しくなっていく可能性があります。

手持ちの資金と相談しつつ、今後必要となるパーツ及び常用しているパーツについては、計画的な買い溜めを推奨します。

また、弾薬費及び機体修理費の負担軽減について、Aランカー3名がコーテックス上層部と交渉する予定です。

 

2つ目は、企業との専属契約について。

最近、クレストが一部の下位ランクレイヴンに対して、専属契約を強引に要求した事例を確認しています。

信条に即した依頼の取捨選択は勿論自由ですが、レイヴンはあくまでグローバルコーテックスに依頼を斡旋されて活動する傭兵であることを忘れないように。

専属契約が判明した場合は、コーテックスからの支援が打ち切られ、レイヴン登録が抹消される可能性がありますので、注意してください。

 

地下世界の騒乱において、私達レイヴンはまぎれもなく当事者であり、人類にとっての最高戦力でもあります。

その自覚を持ち、傭兵活動を続けていきましょう。

高く飛ぶために。

 

以上。

 

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………

……

 

 

グローバルコーテックス本社近くのテスト場。

ACが十全に戦闘機動を取れるほどの規模で建造された屋内実験場はしかし、管理者の部隊が暴走し始めて以降、利用者が激減していた。

そこに併設されたガレージに黒いACが1機、テストを終えて帰還する。

新しく購入した大型ロケット"HECTO"を装備した、ソラのAC"ストレイクロウ"であった。

 

「レイヴン、お疲れさまです」

「ああ、悪いなレイン。本社の仕事が忙しいだろうに」

 

コクピットシートからハンガー通路に移ったソラは、出迎えてくれた専属オペレーターのレインに手をあげた。

レインは目を閉じて軽く会釈し、垂れた金色の前髪を自然な動作で耳の上にかき上げる。

何気ない仕草ですら絵になるのだから美人は得だとソラは思いながら、手渡されたファイルを早速開いた。

内容は調査を依頼していた、管理者直属の特務機関"AI研究所"についてだ。

 

「すいません。結論から言いますが、ユニオン副官フレデリカ・クリーデンスの所属しているという"AI研究所"については、何も分かりませんでした」

「……やっぱりか」

「ええ。そもそも彼女の言う通り、その組織がコーテックスよりも上位の権限を有しているのならば、私のような一職員の調査では……」

「いいよ。駄目元だったんだ。実際のところ、本当に存在しているかも怪しいしな。あの女が嘘を並べていた可能性だって、大いにある」

「ですが、ユニオンの一連の高度な暗躍は、企業やコーテックスよりも大きな力を有している者が支援していないと、不可能な物が多かったように思います」

「まあな。だからこそ、調査を頼んだんだが……」

 

ソラはそこで言葉を切って、ファイルをペラペラとめくっていった。

レインの調査はとても精密だった。

コーテックスの関係機関のピックアップから始まり、レイヤード中の大規模施設及び研究所の情報収集、特殊実験区や環境制御区など特殊な区画における不自然な空白部分まで、レイヤードにおいてきな臭いと思われる箇所は片っ端から網羅していた。

この分厚いファイル1つとっても、彼女の優秀さと真面目さ、そしてソラの要請に真摯に応えようとしたことがよく分かる。

だからこそ、"AI研究所"についてこれ以上探りを入れることは不可能だろうと、ソラは改めて思った。

レイヴンの担当補佐官には、グローバルコーテックスの中でも上位の権限が与えられている。

その力をもってすら、フレデリカ・クリーデンスという女の素性を確かめることはできないのだ。

あとはソラ自身が、彼女の言葉の数々を信じるかどうか。

それだけだった。

 

「レイン。管理者の管理プログラムを補佐する特務機関なんてものが本当にあったとして、発生する問題は何だと思う?」

「……レイヤードにおいて企業を遥かに越える権力を一部の人間が握っていること、でしょうか。もしもそれが真実ならば、地下世界の管理体制そのものの根底が崩れます。絶対の存在であるはずの管理者の頭脳に、ある程度干渉できる人間がいるなんて……」

「じゃあ逆に、もしそんな機関がなかった場合の問題は?」

「ユニオン副官を名乗る女性"フレデリカ・クリーデンス"の素性と技術の根拠が一切不明になること、ですね。"AI研究所"の存在が虚偽だとした場合、実際に彼女がユニオンや企業にもたらしたと主張する恩恵がどうやって生み出されたのかが謎になります」

「だよな。彼女の連絡先はもともと、キサラギ代表が直接俺に手渡したものだ。少なくとも企業とのコネクションは本物だった。そして現実としてユニオンが起こしてきたあれこれを考えるならば一定、フレデリカの力とその背景には真実味がある……とすれば」

 

ソラはハンガーの手すりに背中を預け、ガレージの高い天井を見上げながら、専用住居で携帯端末越しに行った彼女との問答を思い出した。

 

「……"フェーズ4"。狂った管理者の起こす次のアクション。現実的にはそれが問題になってくる」

「今以上に、状況が悪化するということですか?」

「少なくともあの女はそう仄めかしてた。けど、具体的に何が起こるのかまでは……いや……」

 

ピー、ピー。

 

携帯端末の着信音が鳴った。

ソラの物ではない。レインの端末である。

 

「…………レイヴン、依頼です」

「どこから?」

「クレスト社です。本社の防衛を依頼したい、と」

「……ユニオンのデータバンク襲撃以降、俺はなんだかんだでずっとクレストの邪魔をしてきた立場だ。そんな俺に、本社を?」

「最近のクレストはもうなりふり構っていません。とにかく声をかけられるレイヴンを交替で本社の防衛に呼び出しています。今まで要所で対立してきたとはいえ、あなたは今やレイヴンとしては上位の実力者です。それだけ、管理者の部隊の襲撃が怖いのでしょうね」

「……そうか。クレストの連中、あれだけ熱心に管理者を拝んでたのにな」

 

ソラはスパルタンやアップルボーイが先日寄越してきたメールを思い出した。

スパルタンは、クレストはもう終わりだと直感していた。

アップルボーイは、ミラージュも危ういのではないかと心配していた。

キサラギが倒れ、フレデリカ・クリーデンスが"フェーズ4"を告げた今、これ以上事態が悪化するとすればそれは――

 

クレストかミラージュの陥落。

それしか思いつかなかった。

 

「……レイン、1つ聞いていいか?」

「ええ。何か?」

「昨日、ワルキューレがAランカーの要請で全レイヴンに送ったメールの件だ。コーテックス本社も把握してるんだろ?ああいう内容は本来、本社が出すものじゃないのか?どうしてレイヴンが主導を?」

「……先日のことです。経歴の浅い下位ランクのレイヴンが数名、登録の抹消をコーテックスに要求してきました。うち1名は企業と専属契約を結ぶため、残りは傭兵活動の継続困難を主張していました」

「それって……」

「専属契約の件は本人への厳重注意と企業への抗議という形で未然に阻止されています。ですがこの件の本質は、レイヴンですら現状に耐えかねている者が出始めている、ということです。ですからA-1ランカー"エース"の提案で、全レイヴンにあのメールが送られました。コーテックス社内でも、上層部から同様の通達がされています」

「レイヴンにもコーテックス職員にも、限界が来ている感じか?」

「……はい。独立系メディアが報道していたカルト団体の件は、ご存じですか?この現状は管理者の裁きであるとする声は、予想以上に広がり始めています。私達のセクション301は未だ目立った被害は受けていませんが、それでもコーテックスにはレイヤード中の凄惨な被害情報が集まります。だから、飛躍したような終末論も少しずつ広がって……いえ、違いますね。実際に広がっているのは、管理者の圧倒的な力に対する無力感、というべきでしょうか」

 

レインは俯き、ハンガーの手すりにそっと手を置いた。

その横顔は、かなり疲弊して見えた。

それもそうだろう。

普段の業務やソラの依頼した調査をこなす中で、彼女はレイヤード中の惨状と向き合っているはずなのだ。

ソラはかける言葉も見つからず、ただ手持ち無沙汰に手に持ったファイルを見つめた。

 

「……レイヴン、クレストが本社防衛に異常に固執し始めているのには、おそらく理由があります」

「理由?」

「直近の実働部隊の出現データを整理すると、見えてくるのです。クレスト本社――セクション422に向けてじわじわと、管理者の部隊の出現が集束しつつあります。先日の環境制御区の動力施設群壊滅事件以降、明らかにそういう傾向が現れてきています」

「……本当なのか?」

「はい。コーテックスが気づく傾向に、当事者のクレストが気づかないはずはありません」

 

ソラは何気なく、ハンガーに固定された愛機に目をやった。

そして続けて、その周辺に待機している専任の整備班達にも。

彼らは一様に、疲れきった顔をしていた。おそらくACの整備による疲れではない。

もっと精神的な疲れが、その落ちた肩には滲んでいた。

 

「……ブリーフィングルームに行こう、レイン」

「では、クレストの依頼を?」

「受ける。"フェーズ4"だか何だか知らないが、乗り越えてやる。レイヴンの底力、見せてやるよ」

「……はい」

 

ソラの言葉に、レインは力無く微笑んだ。

その表情は虚勢の笑顔ではなく、思わずこぼれ落ちたような、自然な笑顔だった。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

セクション422の防衛を依頼します。

 

ご存知の通り、同セクションは我がクレストが本社及び多くの重要施設を置く場所であり、ここが被害を受ければ、我々はまさに致命的なダメージを受けます。

クレスト存続のために、セクション422だけは他の全てを差し置いてでも守らなければなりません。

 

他のレイヴンと協働して市街地に広く展開し、管理者の部隊が現れればこれを速やかに排除してください。

 

我々も可能な限りの兵力をこのセクションに集め、警備を行っていますが、連日の実働部隊の各地襲撃やユニオン・他企業との抗争によって精鋭部隊の大半を失っており、管理者の超高性能MT部隊の前には心もとない戦力しか残っていません。

レイヴンの駆るACこそが、現状最大の戦力であると言わざるを得ない状況です。

 

貴方と我が社は、ユニオン・キサラギの殲滅やミラージュのアクセスプログラムを巡って対立を繰り返してきました。

しかし、その実力のほどは、よく理解しています。

 

報酬は可能な限りを約束します。

我々に、力を貸してください。

 

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………

……

 

 

第二層環境制御区セクション422。

クレストの御膝元として知られるセクションは、ひどく混沌としていた。

 

《スポット14地点、異常ありませんね。レイヴン、次はスポット15へ移動してください。そこで最後です》

「了解」

 

上空を無数のヘリと戦闘機が飛び交い、高層ビルが立ち並ぶ市街地の舗装路は多種多様なMT部隊が全て埋め尽くさんとばかりにひしめき合っている。

どこかで何か不審な動きがあれば、度を超えた一斉砲火が襲いかかるのは幼子でも想像できるほどの物量だった。

 

「レイン、ルート上に大きめのビルがある。乗り越えてたらチャージングしそうだ。少し迂回するぞ」

《分かりました》

 

ソラが今まで見て来た中でも、図抜けて大規模な高層ビル群は全て防弾シャッターを下ろして不気味な有様を晒している。

中でも特に威容を誇るのは、クレスト本社ビルだ。

通常のビルが十数本束になったような分厚さを持つ巨大な八角柱型の社屋は、セクション天井の人工気象システムをかすめるほどに高々とそびえ立ち、防弾シャッターが張り巡らされた壁面のそこかしこから図太い砲塔を大量に突き出させており、まるで肥え太ったハリネズミがセクション全体を見下ろしているかのような凄まじい威圧感があった。

 

「……デケぇなぁ」

 

もはや頂上付近が霞んですらいるほどの超高層建築を、通りがかったすぐ傍のビルの屋上から見上げながら、ソラはポツリと呟いた。

今ストレイクロウが降り立っているこのビルですら、ACの機動戦闘に耐えうるほどの広さの屋上を備える、そこらのセクションにあれば図抜けたサイズの建築物だ。

だが、それすら「ちっぽけである」と断言できるほどに、クレストの本社は大きく、分厚く、超然として高かった。

地下世界レイヤードに長年覇を唱えてきた二大企業、その片割れの本体ともなればこれほどのものになるのかと、ソラは唸らざるをえなかった。

まさに、"クレスト"という企業の力と歴史の象徴。

この建物は人類の最終戦争の到来を予見して建てられた最後の砦であると言われても納得してしまいそうなほどに、馬鹿げた仰々しさの塊だった。

 

「……こちらストレイクロウ。S地区のスポットを一周した。特に異常はなし」

《レッドアイだ。E-1地区クリア》

《えー、E-2地区のエコーヘッドだが……何も問題は起きていない。このまま任務を続行する》

《こちらエキドナです!W-1地区異常なしっ!2周目行きます!》

《こちらフレア、ACダイナモです。W-2地区、ちょっと哨戒が遅れています……ヘリが多過ぎて、目が疲れるわ》

《グナー了解。N地区も特に問題なしよ。各機、適度に休憩しつつ哨戒を継続してください。クレスト管制室には隊長の私から報告するから》

 

ソラのストレイクロウを含めて計6機ものACの通信が、グローバルコーテックス専用の緊急チャンネルに次々と入ってくる。

緊急チャンネルは本来、レイヤード全体の秩序に関わるほどの特別な緊急事態に遭遇した場合に限り、使用が許されるものだ。

管理者の張り巡らせている通信ネットワークを利用するもので、どんな場所であっても混線や電波妨害を無視して鮮明な通信ができる。

通常であれば使用は許されず、もし使用が発覚すればコーテックス本社から物々しい警告メールが飛んでくるような非常用回線であったが、今回の作戦においてはコーテックス直々に使用が許可されていた。

それには、単純に大規模部隊の通信網との混線を防止する以外の、特別な理由があった。

 

《こちらダイナモ。……ねぇ、本当に管理者の部隊が来たら、この緊急チャンネルが機能しなくなるの?》

《マジよ。あたしらユニオン防衛戦に参加した時に実際に体験してるもん。ね、ファナ先輩》

《ファナ先輩……まあ、エキドナの言う通りではあるが。もっと確実な根拠としては、コーテックスが各地で管理者の部隊と交戦した特定ACの戦闘ログから解析した結果だ。一部の高ランクレイヴンがこの緊急チャンネルを普段から常用していて、実働部隊とかち合った時に限って通信が乱れる例が何度もあったらしい。だから、逆に考えればこの緊急チャンネルは実働部隊に対する索敵に使える。……そうだな、グナー?》

《……そうよ。まあ、その一部の高ランクレイヴンってロイヤルミストのバカのことなんだけど。まったく、この前の全レイヴンへのメールといい、今回の依頼の押し付けといい、あいつって私のこと召使いか何かだと……》

《あー、分かった。しかし、実際に管理者の部隊が現れて、緊急チャンネルが使えなくなったら、その時はどうする?クレストのチャンネルと混線したら、まともな連携は取れないぞ》

《クレストがAC部隊用に他から完全に切り離されたチャンネルを1つ新設してるわ。それに繋ぎ直します。通信精度は落ちるけど、無いよりはマシよ》

「まあ、空振りに終わる可能性もあるんだろうけどな」

《んん、それだ》

 

ソラの発言に、AC"エコーヘッド"のE-6ランクレイヴン"ウェイクアップ"が乗っかってきた。

やたら神経質そうな口調で喋る男だった。

 

《えー、俺としては本音を言えば……空振りに終わってほしくは、ある。ただの哨戒任務で終わってくれれば、と》

《……私も同意。お金だけ貰ってさようならでいいわ》

《ちょっ!何それ、やる気なさすぎでしょ!エコーヘッド、ダイナモ、あんたらそれでもレイヴンなの!?》

 

AC"エキドナ"のレイヴンにしてソラの後輩"レジーナ"が年頃の少女らしい高音を裏返して通信機で叫んだ。

 

《管理者が攻めて来たらボッコボコのギッタギタにしてやる、くらい言ったらどうよ!クレスト本社のバカみたいな過剰戦力のバックアップだってあるのよ!》

《エキドナさん、あなたが有望なレイヴンなのは私もアリーナを見てたから分かるわよ?だけどね、管理者のMT部隊の強さだって知ってるでしょう?本気でこのセクションを攻め落とすつもりで管理者が来るなら、通常戦力なんて何のアテにもならないのよ》

《む、むむむ……!》

《んん、ダイナモの言う通りだ。現にキサラギの本社だって、たった一晩で落ちてる。あの時もレイヴンが複数名投入されたが、全員戦死した。管理者が本気なら、クレストが頭数を揃えたって同じことだ。だから、あー……まあ、何事もなく終わって帰還するのが一番、だろう》

《…………》

《何よこの敗北主義者どもは!!ワルキューレさん!何とか言ってやってよ!》

《……エキドナ、静かにして。作戦行動中よ》

《ひどっ、一刀両断!?》

《はぁ……グナーより各機へ。お喋りはそこそこにして哨戒に集中するように。特にクレストから提供されたスポットデータの地点、実働部隊が突破してくる可能性が高い場所よ。そこを何度もくまなく巡回すること》

《ぐぬぬ……》

 

ソラはうるさい通信機の音量を少し落としながら、次のスポットデータの地点を目指した。

高層ビル群の屋上から屋上へとブースタを吹かして次々に飛び移り、眼下に待機しているクレストのMT部隊の様子を時折確認しては、事前に決められた哨戒ルートを回っていく。

単調な任務だ。これを繰り返していれば通常の数倍近い額の報酬が貰えるのだというのだから、エコーヘッドやダイナモが後ろ向きになるのもある程度は理解できる。

だが、ソラの胸中は不穏に高鳴るばかりだった。

人工気象システムが映し出す偽物の空は、珍しくも快晴。

雲が少なく、青色のど真ん中で人工太陽が眩しく輝いている。

その空の下を忙しく飛び交う、ヘリと戦闘機の群れ。

航空部隊にぶつからないようにストレイクロウが飛び移ったビルの屋上にはちょうど、最新型空戦MTブルーオプスリーの小隊が待機していた。

頭部COMが「異常なしです」と呟くクレストのMTパイロットの声を拾う。

 

「……スポット3、通過。レイン、クレストの待機部隊とかち合った。ルートを一部修正してくれ」

《了解です》

 

レジーナの言う通り、通常ならば過剰戦力にもほどがある防衛網だった。

ここまで分厚い陣容に突っ込んでくるのは、仮に地下世界最大勢力のミラージュといえど絶対に御免被るだろう。

だが、だからこそ。

ソラはコクピットモニターのロックサイトを睨みつけ、レーダー表示をしきりに確認しながら、粛々と哨戒行動を繰り返した。

 

《……先輩、ちょっと》

 

ぶすっとした声のレジーナが通信機でソラに呼びかけてくる。

無視しようかとも思ったが、緊急チャンネルの異常に素早く気づくためには出来るだけ常時使用していた方が都合がいい。

なんだ、と短く聞き返した。

 

《レイヤードってここ最近やたらとドタバタしてるわよね?》

「そうだな」

《あたしも先輩もファナ先輩もワルキューレさんも、皆してユニオンにあんだけがっつり協力したのに、今度はクレストに呼ばれて本社防衛なんてしてるし、なんか変な気分》

「……傭兵ってそんなもんだろ」

《んでさ。あたし、メディアの報道とか企業のメールとか見ててずーーっと疑問なんだけどさ》

「何が」

《管理者って、何でこんなことしてるのかな》

「……は?」

 

少女の急な問いかけに、ソラは思わず頓狂な声をあげた。

 

《レイヴンになる前、学校で同じことしか言わないバカ教師に何度も言われたわ。管理者って超スゴいAIシステムで、レイヤードの全てを網羅してて、人類の生きる地下世界を適正に管理するために存在するって》

「…………」

《そんな超スゴいAIが、何で人類を攻撃するわけ?》

「何でって……それは。……何か異常を起こしたから、だろ」

《本当に?》

「お前、何が言いたいんだ?」

《いや、だって。おかしくない?》

「そうだよ、前にユニオンも言ってたろ。管理者は暴走しておかしくなっちまったから」

《バグって1回やらかした、なら分かるけど。ずっと人類を攻撃し続けてるの、変じゃない?》

「はぁ?何言ってんだ……」

《だからさ、超スゴいAIがずっとバグっておかしいままなのって、よく考えたら変でしょ。こんな大きな地下世界を丸ごと管理するような複雑なAIなら普通、自分で自分のバグや間違った行為に気付いて見直す補助システムくらいあるんじゃないの?本当は……》

「分かんねえな。さっさと結論を言えよ」

 

苛立ちながら、ソラは通信機に唾を飛ばした。

 

 

《管理者って本当は、何もおかしくなってないんじゃない?暴走なんてしてないんじゃない?》

 

 

目をしばたたかせた。

噛みしめていた顎が自然と開いた。

操縦桿を握る指から、力が抜けた。

ソラはACを次のスポットに向かわせるのも忘れて、通信機を見つめていた。

 

《……ずいぶんと面白いことを話しているな。エキドナ、ストレイクロウ》

《あ、ファナ先輩はどう思う?》

《私も毎日ずっと考えていた。どうして管理者はこんなことをしているのか。こんなことをして何になるのか。本当に狂ったのか、それとも……とな》

《うんうん、それでそれで?》

《1つだけ気づいた。管理者は人類全てに無差別攻撃をかけているようでいて、あからさまに攻撃や干渉を避けている……いやむしろ放置していると言ってもいい場所が一か所ある》

《えっ、どこそれ》

《セクション301。私達レイヴンの暮らす場所だ。ご丁寧に、グローバルコーテックスを人間主導の組織にしてくれてな》

「……どういうことだ、レッドアイ?何が言いたい?」

《エキドナ……いや、レジーナの着眼点は間違っていないかもしれない。管理者は何らかの明確な目的があってこの混乱を引き起こしている、ということだ》

 

ソラは思考を停止した。

頭が回らない。

周囲より少し高めの高層ビルの屋上にACを制止させ、じっと通信機を見ていた。

いや、実際には通信機を見ていたわけではなかった。

ぼんやりとした目に映っていたのは、あの日ユニオン副官の着信を受けた、携帯端末だった。

AI研究所の、フレデリカ・クリーデンス。

彼女が観測したという、フェーズ1。

ルグレン研究所の、フェース2移行。

ユニオン防衛戦の、フェーズ3移行。

そして次は、フェーズ4が始まる。

管理者へのアクセスプログラムを試みたミラージュは言った。

管理者は常に自己のプログラムを改修し続けている。

何かが、頭の中で繋がりそうだった。

だけど、上手く繋がらない。

 

「……っ」

 

ソラは苛立ちまぎれに、自分の側頭を拳で数度殴りつけた。

頭が痛い。だが、少しだけ思考が動き始める。

次は、フェーズ4。

今まで管理者が起こしたあらゆる事件は、何かの段階を踏むためのもの?

何の?

何らかの計画?プログラム?

管理者は狂った。

ユニオンはかつて、コーテックス本社の一室でそう宣言した。

ソラ自身、最初は半信半疑ながらいつの間にか、管理者が狂ったことを――少なくとも何らかの異常をきたしたことを前提に物事を考えていた。

だが、本当は管理者は狂っていないとすれば?

フェーズ1などと言い始めた時から管理者はずっと変わらず正常に作動していて、その結果が次のフェーズ4なのだとすれば?

だとしたら、これは――

 

《お、おい……全機、東の空を見ろ!何だあれは……!?》

 

E-2地区のエコーヘッドからの通信に、弾かれたようにソラは視線を上げた。

東の空の、青く染まった人工気象システム。

その一部に、ポツ、ポツと黒い点が浮かび上がっていく。

黒い点は見る見る内に増え始めた。

やがて点は帯となり、分厚く左右に広がっていった。

 

《……う、ウソでしょ?わた、私はただ報酬が良いから受けただけで……ああ、あぁあ……!》

 

W-2地区担当のダイナモの怯えた声にソラはぐるりと周囲を見渡して、息を呑んだ。

東の空から現れた黒い帯は、いつの間にか西、南、北の全方角から同様に発生し始めていた。

ストレイクロウの頭部COMが自動的に望遠機能を働かせ、黒い帯を拡大する。

映っていたのは――極めて簡素な作りの飛行メカだった。

ただ、大型ミサイルめいた外見をしているだけの。

 

《あれはまさか……"エクスファー"!?特攻兵器だわ!AC全……、……囲の……隊と……っ!?っ、まずい、チャンネ…………えて!早く!!》

 

緊急チャンネルが乱れ始める。

同時に、空の黒い帯は幾筋もの線を市街地に向けて伸ばし出した。

コクピットモニター上部のレーダーに敵性反応が大量に表示されていき、あっという間に表示しきれなくなって、エラーを吐いて固まった。

 

ズガ。ズガガ。ドン。ドン。ドンッ。

 

誰かが最初に発砲し、それにつられて戦闘ヘリも、戦闘機も、MT部隊も、次々に砲撃を始めた。

ライフル、ガトリング、バズーカ、ロケット、ミサイル、パルス。

あらゆる火器が偽物の空に向けて、夥しい弾幕を放つ。

だが、まるで足りなかった。

黒い特攻兵器の"雨"は迎撃の隙間を縫って次から次へと降り注ぎ。

 

《レイヴン!クレスト本社から緊急通信です!》

 

セクション422を、爆炎で染めていった。

 

 

 




続きます。このミッションの登場レイヴンをまとめておきます。

B-3ワルキューレ(グナー)
C-1ソラ(ストレイクロウ)
C-3ファナティック(レッドアイ)
D-2レジーナ(エキドナ)
D-5フレア(ダイナモ)
E-6ウェイクアップ(エコーヘッド)

これまでの話で死亡したレイヴンが多いため、ランク設定は必ずしもゲーム本編と同じではありません。


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管理者部隊迎撃・2

クレスト本社防衛後編です。主人公機のアセン詳細は前編をご参照ください。
レーザーライフル、ブレード、ロケット装備です。

AC6が発売して更新が滞ったらお許しください。


かつて、地下世界レイヤードにおけるMT開発とその運用には、管理者による設計図提供のもと、上策・中策・下策とも表現すべき3つの流れがあった。

 

上策。

"コア構想"を取り入れ、あらゆる局面にごく少数で対応する超高級MT、通称"アーマードコア"の流れ。

これは管理者の許可を得た直属の傭兵組織によってのみ独占的に運用され、今日に至るまでレイヤード最強の機動兵器の座を維持し続けている。

 

中策。

投入される戦場を予め具体的に想定し、限定的な性能に調整することで生産数と単体戦力のバランスを確保する、状況対応型MTの流れ。

これは昨今のMT開発におけるメインストリームであり、アーマードコアの所有を許可されない企業や武装勢力の軍事力の中枢を担う重要な存在となった。

 

そして、下策。

必要最小限の性能とコストによって最大限の戦果を上げることを目的とした、自律特攻兵器型MTの流れ。

これはより高効率の軍事力と簡易な経済戦争を望んだミラージュとクレストによって要求され、管理者がMT開発の最初期に提示したものである。

 

この下策こそが、特攻兵器"エクスファー"だった。

しかしこの管理者謹製の兵器を結局、企業は採用しなかった。

 

理由は単純である。

特攻兵器は、戦場へ運ぶ"キャリアー"の存在が別個に必要とされるからだ。

ゲートや連絡路によって小分けされた区画がそれぞれ独立した戦場となる地下世界の構造上、基地からセクションを跨いだ遠方の攻撃目標へと直接MTを出撃させることはできない。

攻撃目標の存在する現地までは、特攻兵器を何らかの手段で運搬しなければならなかったのである。

その上、運搬の最中に察知・妨害されても、特攻兵器に自衛能力はない。必然的に特攻兵器を守るための通常戦力の同行が要求される。

そして、そこまでの労力をかけて得られる成果は、未成熟なAI制御による精度の悪い自爆攻撃が一度のみ。

ならばその分、数を揃えればいいとも言われた。

しかし、特攻兵器は生産コストに比した破壊効率こそ平均的なミサイル兵器よりも優れているとされたが、ミサイルより大型なためにレーダー設備や偵察によって事前に察知されやすく、命中までに迎撃されるリスクが極めて高かった。

キャリアー型MTを開発し、戦場で攻撃目標の近くまで随伴させてから特攻兵器を発射する、という計画も考えられた。

だが、本来低コストで効率的に戦果を挙げるための代物を、専用の随伴機を開発してまで運用するというのはあまりにも本末転倒に過ぎた。

 

結果的に自律特攻兵器型MTは、管理者が企業の要求に応じて提案したにも関わらず、まさにMT開発における下策として位置づけられ、その後に続かなかった。

特攻兵器"エクスファー"は、人類には扱いきれなかったのだ。

 

だがそれは「人類には」の話だった。

 

区画を跨いで運搬するキャリアーが必要になる。

AI制御の精度が悪く、精密攻撃ができない。

大型故に隠密性がない。

だから大量に運用しても、敵に迎撃されやすくなる。

 

それらの欠陥はあくまで、地下世界に住まう人類の視点でこの特攻兵器を見た場合である。

 

エクスファーの真価は――

 

 

………

……

 

 

『今すぐ本社に来い』

 

クレスト本社からの緊急通信は、それだけだった。

その後は、うんともすんとも言わなかった。

 

「っ、こちら……こちらストレイクロウ!聞こえるか!?グナー!」

《聞こえてるわよ馬鹿!!ちょっと待ちなさい!!》

 

轟音と衝撃にコクピットを揺さぶられながら怒鳴ったソラに対して、通信機からさらに怒鳴るようにしてワルキューレの応答が返ってくる。

ソラはクレストの用意した専用チャンネルがしっかり繋がったことに安堵しながらも、すぐに眼前に意識を切り替えた。

EN容量レッドゾーン。オーバードブーストを切り、高層ビルの隙間へとストレイクロウが慣性に身を任せて落下する。

すぐ後ろに迫っていた特攻兵器の群れがそのままビルの壁面に激突し、大爆発を起こして、ACの上に瓦礫を降らせた。

もうもうと沸き立つ爆煙。だがその爆煙は、爆音と共にさらに膨れ上がっていき、ストレイクロウの立つ路地を覆った。

夥しい数の特攻兵器が次から次へとビルの同じ箇所にぶつかっては爆散しているのだ。

まるで見境などない。ただ真っ直ぐに突っ込んできて、何かにぶつかれば吹き飛ばす。

それだけをプログラムされたような、機械的な絨毯爆撃だ。

東西南北の上空を覆う黒い帯は、まるで薄まる気配がない。

ひたすらセクションの高層ビル街とそこに待機するクレストの大部隊に向け、無数の触手のように特攻兵器の群れを伸ばしてくる。

帯の真下は今ごろ、MT1機たりとて生き残ってはいないだろう。

南の空の黒い帯から距離を置くためにS地区をひたすらジグザグと北上し、"雨"のように斜め上空から降り注いでくる特攻兵器から死角となる場所を何とか見つけ、ソラはようやく一息ついた。

 

《レ、レイヴン!これはどうなっているんだ!?》

《本社が応答しないんだ!空から降ってくるアレは何だ!?あの帯は……!》

《なぁ、ここも危ないんじゃないか?俺達はどこに退避すればいいんだよ!?》

 

ビルの陰で耐え忍んでいたエピオルニス達と遭遇した途端、クレストの兵士達が次々に通信を繋いでくる。

うるさい黙ってろ、とソラが返そうとしたその時、MT部隊が盾にしていた高層ビルが何本も、めきめきと音を立てながら傾き始めた。

 

「逃げろ!」

 

それだけ叫び、ソラは反射的にオーバードブーストを起動する。

崩れ落ちてくる高層建築が行く手を完全に遮る前に高速移動ですり抜け、次のビル群を盾にするために通りを奔走する。

次に向かったビル群は――既に駄目だった。

ストレイクロウが近寄った瞬間、限界を迎えたようにビルというビルの横腹が片っ端から爆ぜ飛び、瓦礫を大量に撒き散らしながらまたも一斉にへし折れてくる。

そしてこじ開けられた隙間から煙を裂いて飛び込んでくる特攻兵器。

 

《レイヴン!次の交差点を2つ北へ行って左折してください!かなり大型のビルがあるはずです!》

 

操縦桿をこねくり回して特攻兵器を躱しながらレインの助言を聞き、息を止めてフットペダルを踏み込む。

交差点に出た。

空の黒い帯とストレイクロウの間に、遮るものは何もない。

当然、無数の特攻兵器がビュンビュンと飛来してくる。

 

「クソがぁぁ!」

 

今日何度目かも分からないオーバードブースト起動。大通りを一気に北上する。

クレスト本社ビルが少しずつ前方に迫ってきた。

だが、一息で到達できるほど、クレストの御膝元は手狭ではない。

レーダー上をじりじりと距離を詰めてくる赤い光点の群れを睨みながらも交差点を素早く左折して躱し、レインがスポットしたビルの陰へと向かう。

周辺でも一際分厚い超高層ビルの足元には既に、何機もののMT達が隠れていた。

 

《レイヴンか!?こ、ここには来ないでくれ!アレに狙われる!》

「心配すんな、無差別攻撃だよ!俺だけを狙ってるわけねえだろ!……こちらストレイクロウ!AC各機!みんな無事なのか!?」

 

ふざけたことを言ってきたMT部隊長に言い返し、ソラは専用チャンネルでもう一度呼びかけた。

 

《こちらエキドナ!なんとか無事だけど……何なのよあれは!?》

《レッドアイだ。特攻兵器"エクスファー"だな。おそらく人工気象システムの通気用ダクトを使って送り込んできている。欠陥兵器扱いで研究が中止された代物のはずだが、管理者が使うとこうまで変わるとはな》

《感心してる場合じゃないわよ!こちらグナー!私も何とか頑丈なビルを見つけたわ!……でも特攻兵器の物量が多過ぎる!迎撃は不可能だから無駄弾は撃たないこと!後詰めが来る可能性があるわ》

《はぁ、はぁ……ダイナモ、です!……ご、後詰めって何!?まだ何か来るって言うの!?もうAPが……!》

「ちょっと待て。……エコーヘッドはどうした?」

《……E-2地区の端、黒い帯の真下にいたようだ。つまり、そういうことだ》

 

レッドアイの言葉に、ダイナモが引きつったような呻き声を上げた。

 

「……俺にクレスト本社から緊急通信が入ってる。すぐに本社に来いってよ」

《何それ、先輩だけ?あたしには何もないけど》

《特務だろう?ストレイクロウは従うべきだ。それよりオペレーター、各機のオペレーティングシステムを繋いでくれ。全ACのAPを表示したい》

《互いのAPが分かっても、こんなに特攻兵器が降ってる状況じゃまともに合流はできないわよ?……っ。ごめんなさい、後で繋ぐから。そろそろここもまずい……!》

 

レッドアイの提案により、各機の残りAPがモニター上部に表示された。

ストレイクロウ、7200。

グナー、6500。

レッドアイ、6800。

エキドナ、5100。

ダイナモ、1200。

 

「……ダイナモ、大丈夫か?」

《はぁ、はぁ……こ、怖い……管理者、私は何も……はぁ、はぁ……っっうぐ、うぁ、び、ビルが……!?》

 

直後。ダイナモのレイヴン"フレア"は支離滅裂な悲鳴を発し、やがてAPが0になって沈黙した。

ソラがACを隠している巨大ビルも徐々に、振動が強くなってきた。

パラパラとこぼれ落ちてくる破片の量が増えている。

同じように隠れていたMT達が、あからさまに浮足立ち始める。

 

《……先輩。も、もしかしてこの状況、滅茶苦茶ヤバい?管理者って、先輩の言う通り本当に頭おかしくなって……》

「エキドナ、今は生き延びることだけ考えろ。盾にしてるビルが崩れたら次だ。……それを繰り返せ」

《ビルが全部無くなったらどうすんのよ!?》

《……管理者はこのままクレストにカタをつけるつもりか?だが、クレスト排除のためにセクション1つを丸ごと特攻兵器で更地にするとは。いくら管理者といえど、馬鹿にならない消費のはずだ。キサラギの時は本社ビルのみを攻撃していたはず。……ここまでして、その後はどうする?ミラージュも同じように始末をつけるのか?いや……しかしこの本社ビルだって、まだこの程度の物量の爆撃では中々……》

 

エキドナが狼狽え、レッドアイはこの期に及んで思索に耽る。

グナーはまだ通信に戻ってこない。APが先ほどより少しだけ減少している。

ソラが落ち着こうと深呼吸した時、陰に隠れていた巨大ビルがギギギィと断末魔を轟かせながら傾き始めた。

 

「悪い。また通信する。皆何とか生き残れよ。……じゃあな!」

 

通信を切り、ソラは操縦桿を強く握り直した。

クレストのMT部隊が動き出そうとしたストレイクロウを阻み、命乞いの声をあげて邪魔してきた。

ここにいてくれ。俺達を守ってくれ。一緒に逃げよう。

ソラは心を無にして聞き流し、ACを飛翔させ、またもオーバードブーストを吹かした。

 

「レイン、あと交差点いくつで本社ビルだ?」

《あと7つほどです……道中で盾に出来そうな大型ビルをいくつかスポットしています。参考にしてください》

「助かる。一気に通過は無理、か……くそったれ」

 

前方のビルが数本まとめて折れ傾き、隙間から殺到する特攻兵器がACの進行を遮ってくる。

ソラはACが通過できそうな大きめの路地に入った。

倒れかかっているビルをブースタで乗り越え、横合いから飛来する"雨"を間一髪かいくぐりながら、少しずつ北上していく。

レインが通信してきた。クレスト本社が「早く来い」と催促してきたらしい。

本社ビルに着くまでにAPは5000を下回るか、とソラが予測し、路地を抜けようとした時。

 

「……?止まった?」

 

ずっと鳴り響いていた爆撃の轟音が止んだ。

ビルの陰からそっとACを半身だけ出して、南の上空を窺う。

黒い帯から伸びていた特攻兵器の形成する何本もの触手が、ぷつりと切れていた。

だが、黒い帯はそのままだ。

そのまま、制止していた。

 

「……こちらストレイクロウ!S地区の爆撃が止まった!他はどうだ?」

《こちらグナー。N地区も止まったわ……これは》

《E-1地区、レッドアイ。無事だ。…………ん》

《W-1地区のエキドナです。何?何で止まったの?でも、空にまだあいつらは残って……》

「……いや、いいか。チャンスだ。俺はすぐに本社ビルに向かう!グナー、今のうちに3機で合流しておいた方がいい」

《……そうね。でも……いえ、けどこれで終わるはずがない。おそらくこの静けさは……》

 

珍しく歯切れの悪いグナーに構わず、ソラはこれ幸いと目抜き通りの交差点に飛び出し、本社ビルへ素早く迫った。

偽物の空の天井に届かんばかりの超高層建築は、大量の特攻兵器の爆撃を受けて膨大な量の瓦礫を周辺に撒き散らしていた。

ハリネズミのように尖らせていた砲塔も軒並みへし折れ、護衛に回っていたMT部隊はことごとく大破し、惨憺たる酷い有様だ。

だが、まだクレスト本社はしっかりとセクションの中央にそびえ立っていた。

管理者の理不尽な責め苦を受けてなお、その場で巨大企業の威光を示していた。

 

《レイヴン、ビルの東面へ!ACが通過できる地下へのゲートが開放されているはずです》

「……地下?こちらストレイクロウだ!グナーへ連絡!E地区のゲートから地下に入る!上は任せたぞ!」

 

レインの誘導の通り、本社ビルの東側玄関の近くにポツリと、分厚い機密ゲートが開いていた。

空の黒い帯が止まったままなのを確かめ、ソラはACをゲートの中に突入させた。

本社の真下に下っていくような通路はうっすらと照明が灯り、ACが2機ほど並んで走行できる程度の横幅があった。

奥へ奥へと進み、角を1つ、2つと曲がってさらに下るとやがて、投光器と思しき光がモニターに眩しく差し込んできた。

 

《C-1ランカー"ストレイクロウ"だな?》

「……そうだ」

 

ソラを待ち受けていたのは、黒いカラーリングが施された普及型MT"スクータム"の一団だった。

7機ほどか。通常の機体より長い砲身のバズーカと大型のシールドを構えている。

シールドに施されたラインマーキングはクレストのエンブレムを象っているようにも見えた。

明らかに、最精鋭部隊の特務仕様機である。

 

《随分と遅かったな》

「この上がどうなってるのか知ってるだろ。これでも全速力で来たつもりだ。……あんたらの同僚や部下を全部見捨ててな」

《…………》

 

通信相手が押し黙り、すっと機体を壁際に寄せた。

黒いスクータム部隊の奥に一機だけ、純白のスクータムが佇んでいた。

それに乗っているのが誰なのか、ソラは教えられずとも直感した。

 

「クレスト代表……か?」

《……そうだ。レイヴン、護衛を頼む》

 

厳かで落ち着いた、女性の声だった。

キサラギの代表のように、本能的に好感を覚えるタイプの声音だ。

地下世界に君臨する企業の代表ともなれば、皆同じようにある種のカリスマ性を帯びるのだろうか。

ソラのストレイクロウを最後尾に据え、クレスト代表を守りながら精鋭部隊は移動を開始した。

クレスト本社の地下通路は非常に複雑な構造をしていた。

分かれ道やコードキーを求めるゲートがいくつも連なり、決して侵入者を庇護する者の元へ辿り着かせまいとして作り込まれている。

 

「この通路を下っていったらどこに着くんだ」

《"地底"直上の機密シェルターだ》

「"地底"?セクション501のゴミ溜めのことか?」

《……今はな。だがレイヤード黎明の頃は違った。数百年前、人類が地下世界で生きていくことを、管理者の下で生きていくことを誓い合ったとされる、始まりの地だ》

 

ひたすら通路を深く潜っていきながら、クレスト代表が朗々と語る。

第三層第一都市区セクション501、市井の蔑称を"地底"。

レイヤード最古の基幹セクションの1つにして、地殻変動で崩壊して現在は産業廃棄物の集積場として用いられる場所である。

キサラギ代表も、"地底"の出身だと言っていた。

多くの組織と繋がる独自の文化を持つとも言われるそこはやはり、クレストとも特殊な繋がりがあるのだろうか。

 

《夥しい数の特攻兵器が空に現れたという報告を受けた時、私は悟った。もはや、管理者に抗することはできないと。クレストにその力は残っていないと》

「じゃあ、どうするんだ。セクション422にかき集めたクレストの兵士達は全部見殺しにするのかよ。あんたが側近達と生き延びるために?」

《……この通路は、クレストの前身となった組織の指導者が密かに作ったものだ。100年以上も前にな。来たるべき滅びの時の到来は、当時既に予見されていたのだろう》

「管理者が狂うことを、そんな昔に察知してたってことか?」

《真実を知る者はもういない。だが重要なのは、今こうしてこの通路が役に立っている、役に立つ時が来たということだ》

「……キサラギと同じか。今は潜って、ひたすら耐えて、いつか来る再起の時を待つって」

《そうだ》

「もし、管理者の暴走がいつまでも止まらなかったら?ずっと狂ったままだったら?」

《……覚悟はある》

「覚悟って何だよ。それはどういう意味の……」

 

ソラはクレスト代表を問い詰めようとして、不意に開いたゲートの先を見て思わず黙った。

それはここまで通ってきた機械的な通路とは違う、大きく開けた聖堂のような場所だった。

純白の壁面には複雑な宗教的模様がびっしりと刻まれ、鮮やかで美しいステンドグラスが埋め込まれ、床は真っ赤に塗られていて、見上げる天井には巨大な紋章。

"DOVE"のエンブレム。レイヤードに住まう誰もが知る、管理者を象徴する紋章だ。

 

《レイヴン"ソラ"。君は不遜にもユニオンに……あの異常者共に手を貸してきたな》

「…………」

《どういうつもりだ?》

「あんたこそ、どういうつもりだ」

 

ソラが睨みつける先で、クレスト代表の純白のスクータムが、特務仕様の黒いスクータム達が、一斉にバズーカを突きつけてきていた。

 

《管理者が狂った。だから止めなければならないと、奴らは君をそう唆したか?》

「…………」

《何と浅はかな連中だ。何も知らなかったから、何も考えていなかったから、何かを知った時に思い上がるのだ。自分達がやらねばならない、自分達は特別なのだと》

「……武器を下ろせ、クレスト代表。俺を殺すより先に、あんたが死ぬことになるぞ」

 

操縦桿のトリガーに指をかけて集中を高め、ソラは冷淡に告げた。

決して虚勢の脅しではなかった。

いくらクレストの最精鋭達に身を守らせているといえども、ACが機動するのに十分な広さのあるこの聖堂でたった1機のスクータムを仕留めるなど、今のソラには容易いことなのだ。

 

《管理者が狂った?異常が発生した?そんなこと、我々クレストはとうの昔に知っていた》

「……!?」

《いつからだったと思う?ユニオンが活動を始めたという15年前の、環境制御システムの暴走事件からか?……いいや。その遥か前から、管理者には少しずつ不可解な動きが見られていたのだ》

 

通信機の向こうで、代表が荒々しく息を吐いた。

 

《レイヴン。君は何故、クレストが長年に渡って管理者を崇拝してきたと思っている?》

「何……?」

《管理者は地下世界の支配者――神だ。疑いようもなく、な。そして、この聖堂こそが、我々クレストの総意》

 

その時。

AC全機に通信、と勢いよく通信が割り込んできた。

レイヴン達に割り当てられた、専用チャンネルからだ。

 

《こちらグナー!管制室から連絡よ!N地区最北端のゲートから管理者のMT部隊が大量に侵攻!クレストの残存部隊を蹂躙してるわ!レッドアイ、エキドナは今すぐN地区に合流して!》

「!?」

《ちょ、ちょっと待って!エキドナだけど!W地区の特攻兵器が爆撃再開!あと本社に向かってる物量も増えてる!やばいってば!》

《こちらレッドアイ。E地区も特攻兵器がまた動いた。……見た所S地区方面もだな。いよいよトドメか》

《っ……!特攻兵器の迎撃は不可能よ!とにかくN地区のMT部隊優先!こっちは特攻兵器は動いてないから!一刻も早く……っぁ!?》

 

モニター上部に表示されていたグナーのAPが、一瞬で3000以上消し飛んだ。

あまりの速さに、オペレーティングシステムの情報共有が大幅に遅れたのかと思うほどだった。

 

《ちょっ、ワルキューレさん!?今、APがごっそり減ったわよ!何があったの!?》

《やられた……!管理者の未登録AC……いえ、こいつは……!ステルス付きの、フロート……!?くっ……速過ぎる、ステルス起動!》

《ステルスフロートだと……?まさか"エグザイル"か!?グナーは退け!N地区の端、このスポット地点まで逃げて来い!ここが一番素早く合流できるはずだ!エキドナ!正念場だぞ、集中して臨め!》

《すー……よぉし、了解!》

「"エグザイル"?何だそりゃ、上で何が起きてる……!?」

 

慌ただしくなったレイヴン間の通信に耳を澄ませながら、ソラは困惑した。

分かったのは、N地区に管理者のMT部隊が出現したこと、N地区以外で特攻兵器が爆撃を再開したこと、本社ビルへの攻撃が激しくなったこと、そして、管理者のACと思しき謎の機体"エグザイル"の登場。

やがて、頭上の本社ビルの振動が、ソラ達のいる聖堂をも揺らし始めた。

地殻変動かと錯覚するほどの激しい揺れで、ストレイクロウを囲んでいたスクータム達がその場に跪くように膝を折ってバズーカを下ろした。

ぱらぱらと頭上から細かな破片が落ちてきて、天井に刻まれたDOVEのエンブレムに一筋の亀裂が走る。

 

《……"エグザイル"は、幾多の惨劇を引き起こしてきた伝説のアーマードコア。戦場にある者全てに死を告げるとされる、恐怖の象徴。……この場に現れるとは、やはり管理者の使徒だったか》

「実働部隊のACか……!クソッ、俺が上にいれば……!」

《無駄だ、レイヴン。エグザイルまで現れた以上、もう我々は終わりだ》

「あぁっ!?あんた何言って……ぁっ、おいっ!?」

 

ソラが声を裏返すその目の前で、信じられないことが始まった。

白いスクータムのコクピットが開き、パイロットが出てきたのだ。

眩しい白髪を結い上げた、だがしっかりと背筋が伸びた老齢の女性だった。

 

《ここまでだ。ここで終われてよかった。このクレスト・インダストリアルの聖地で》

「……!」

 

《レイヴン"ソラ"。私は今、こう考えている。たとえ狂ってしまおうと、神たる管理者が我々を本気で滅ぼすというのならば、それが我々の進むべき道だと。それが、レイヤードに生きる者の宿命だと》

 

どこか安堵したような、肩の荷が下りたような、悟りを得たような――そんな諦めの表情で、クレスト代表はストレイクロウを見上げてきた。

 

《くっ……何故だ、ステルスユニットが何故あんなにもつ……!?》

《何でロックできないの!?そこっ、当たれ、当たりなさいよ!》

《ロケットじゃ駄目だわ!スナイパーライフルをマニュアルでやるしか……!》

《化物か、こいつは……っ、しまっ……っっ!?》

《ファナ先輩っ!!この、このっ!あたしのグレネードがかすりもしないなんて!》

《くっ、当てられない……っ!怯えているの、私が……!?》

 

ソラの耳をつんざく、切迫したレイヴン達の通信。

エグザイルの相手をしているらしい3機のACのAPが、モニター上で減らされていく。

しぶとくAP3000台をキープしていたはずのレッドアイはそこから僅か一瞬の内に撃破され、グナーのAPはじわじわと削れつつ3桁の危険領域に入っている。

エキドナも、残り1500を切っていた。

 

ズズズン。ゴゴ。ズズズ。

 

聖堂を揺らす振動はやまない。

本社ビルも今ごろ、特攻兵器の集中砲火で炎上していることだろう。

もはや、原型を留めていないかもしれない。

 

《やばい、このままじゃ……っ!?えっ、何、あいつどこ行くの……!?》

《助かった?……いえ、違うわこれは……オペレーター!奴の進路を捕捉して、早く!》

 

通信チャンネルで騒ぐ2人のレイヴンの様子から、ソラは本能的に危機を感じ取った。

同じくストレイクロウの前で、聖堂の天井を見上げるクレスト代表が僅かに表情を硬くする。

 

《ストレイクロウ聞こえる!?こちらグナー!エグザイルがE地区の機密ゲートに侵入!そちらに向かってるわ!気を付けっ……空が……!?》

《ウソでしょ、N地区の特攻兵器がまた動き出して……まだMT部隊だって暴れてるのに!?ふしゅ、ぅぐっ……こなくそっ!こうなったら先輩達の分までやってやろうじゃないの!あたしのエキドナ舐めんなこらぁ!!》

 

都市部の戦況はまだ落ち着かないようだった。

グナーとエキドナは満身創痍で特攻兵器を躱しながら、侵攻してくる管理者の超高性能MT部隊とやり合わなければならなくなっている。

 

そして、ここにも来る。

エグザイルが、伝説のACが、管理者の使徒が。

この聖堂に、やってくる。

 

もし、敵ACが本当に管理者の手駒ならばここまでの複雑な道中など物ともしないだろう。

もはや時間の猶予は、ない。

 

「クレスト代表、MTのコクピットに戻れ」

《……何故だ?もうすぐ管理者の裁きがここにやってくる。抵抗など、無意味だ》

「代表、俺はレイヴンだ。あんたの護衛のためだって言われて、上の混乱や踏ん張ってる僚機を全部無視してこんな地下の迷路の奥の、悪趣味なカルトみてえな場所までついてきた」

《…………》

「今回の報酬額、前払い分だけでも俺が傭兵人生で受けてきた依頼の中で一番デカかったよ。本当なら、ただの哨戒任務で終わるはずだったのにな。随分とヤケクソでばら撒いたもんだよな。……だけど、あれだけ貰った分の仕事は、きっちりとやり遂げて帰りたい」

《やり遂げて帰りたい?……確かに君はあのテン・コマンドメンツにも競り勝った。キサラギの最後にも立ち会ったと聞いている。それでも、エグザイルには遠く及ばない。君もここで死ぬ。レイヴンならば、奴の数々の伝説くらい聞き知っているだろう?》

「知らねえよ。俺はまだ、レイヴンになって1年ちょっとの世間知らずだ。……もうウダウダ言わないでくれ。さっさとスクータムに乗って隠れろよ。それとも、管理者に殺される前に俺が殺してやろうか」

 

レーザーライフルを生身の代表に突きつけ、ソラは脅しの言葉を吐いた。

周囲の最精鋭のスクータム達が一斉に立ち上がり、警戒態勢に入る。

しかし代表はそれらを手ぶりで制し、ただ無表情に、向けられた砲口をまっすぐに見上げてきた。

ズズン、ズズンと聖堂が何度も揺れ、無差別爆撃を受け続けるセクション422の惨状が伝わってくる。

暴れているのは特攻兵器だけではない。例の如くMT部隊もN地区から襲来しているのだ。

コクピットモニターに情報共有されたグナーのAPは500。エキドナのAPは800。

もうクレストの守備部隊も本社ビルもレイヴン達も、全滅は必至だった。

 

《……どうして》

「あ?」

《何故君はそうまで抗おうとする?管理者は、地下世界の神だ。神のなすことに、何の異論がある?》

「あんただって、そうだろ?」

《何?》

「ここに降りてくる時に、認めたじゃねえか。潜って、耐えて、再起を待つって。管理者の攻撃からしぶとく生き延びるつもりだったから、ここまで逃げて来たんだろ」

《……だが、管理者の使徒が直々に我々を滅ぼしに来るというならば、話は別だ》

「うるせえな。じゃあ、その使徒って奴を俺が倒せば、また話は変わってくるってことだよな?」

《出来るわけがない》

「出来るさ」

《何を根拠に?》

「俺は、まだまだ高く飛ぶ。こんな所で死んで終わるつもりはない」

 

銃口を見つめていた代表の瞳が、ACの頭部へと――いや、ソラの方へと向けられた。

それは疲れきって褪せた、老人らしい灰色の瞳だった。

だが、まだ完全には輝きを失ってはいなかった。

 

《……分かった。そこまで言うのならば、君のあがきに付き合うことにする。我々はこの聖堂の一つ先の区画で待機しよう。……レイヴン、エグザイルの迎撃を頼む》

「了解。代表、あんたが死ぬのは、俺が奴に負けて死んだ後だ」

 

スクータム達が奥のゲートに消えていくのを見届けた後、ソラは息を大きく吐いて、吸い込んだ。

コンソールを叩いてグナーとエキドナのAP表示を消し、目の前の戦いのみに集中するために、意識を研ぎ澄ませる。

 

「レイン」

《はい、何か?》

「対AC戦闘が終わるまで、一切の情報伝達はしないでくれ」

《……了解しました》

「悪いな」

《いえ……頑張ってください、レイヴン》

 

専属補佐官の激励の言葉を聞き終えてすぐに、ソラはあらゆる余分な情報を脳内からシャットアウトし始めていた。

聖堂の中央に陣取り、自分達が入ってきたゲートに向けてレーザーライフルを構え、深呼吸を繰り返す。

操縦桿を握る指先に、フットペダルを踏む爪先に、意識が隅々まで通っていく。

度重なる激戦の中で掴んできた"全能の感覚"に自ら、足を踏み入れようとしているのだ。

残りAP6500。

ゲートが開いた。

マシンガンと高出力ブレードを装備した、黒いフロートACが静かに滑るように侵入してくる。

腕部側面には、ワルキューレのACグナーと同じステルスエクステンション。

そして、"DOVE"のエンブレム。

 

《――――》

 

通信機のスピーカーを震わせる、謎の音声。

これまで戦った管理者のACは、こんな真似はしてこなかった。

まるで自分だけは特別なのだと、主張しているようだった。

 

「うるせえよ。……消えろ」

 

ぽつりと呟き、ソラはトリガーを引いた。

試作型レーザーライフルが唸り、青白い火線を放つ。

直後、フロートAC"エグザイル"は残像を残してロックサイトから消えた。

極限まで研ぎ澄まされたソラの動体視力がそれを追う。右だ。

ストレイクロウは高機動型脚部を僅かに旋回させ、敵を再びロックサイトの中へ。

だが、ロックがかからない。

エクステンションのステルスユニットが、紫色の光を放っている。

僚機達の通信で分かっていたことだ。

マニュアル照準に切り替え、フロートの走行経路を予測して射撃する。

しかし。

 

「……っ!」

 

急制動からの急加速。右方向に残像を置き去りにして逃げていたはずのエグザイルは一瞬の内に、ストレイクロウに対して距離を詰めてきていた。

右腕のマシンガンが向けられる。

操縦桿を手前に引き倒し、フットペダルを踏み込んで、ソラはACを後ろに跳ばせた。

ひたすら押し付けられる弾幕。このマシンガンは集弾性が低い分、総弾数に優れるタイプの持久戦に向いた武装だ。

ストレイクロウは不規則に聖堂内を飛び跳ね、連射を躱してはエグザイルを捉えようと旋回運動を続ける。

捉えた。射撃。外れ。

動きを予測して放つ。外れ。

至近距離。今度こそ。外れ。

いつの間にか距離を詰めきったエグザイルが、マシンガンを構えたまま、左腕のレーザーブレードを発振させた。

見たことも無いほどに長く分厚いレーザー刃が形成され、発振器がバチバチと仰々しく滞電する。

グナーやレッドアイを大きく傷つけた、必殺の兵器だ。

咄嗟の判断で、ソラは自ら距離を詰めた。

馬鹿げた出力のブレードが振りきられるより先に機体を衝突させ、エグザイルの体勢を無理やり崩して薙ぎ払いの軌道を大きくブレさせる。

そして、即座にオーバードブーストで距離を稼いだ。

敵の脇をすり抜けるように高速移動し、マシンガンの執拗な追撃を振り切る。

そこから慣性に引きずられて聖堂の真紅の床を削りながらも強引に急旋回し、またロックサイト内にエグザイルを捕捉した。

 

「……駄目か!」

 

やはり、レーザーライフルのロックオンができない。

ステルスのせいでFCSが完全に死に、マニュアル射撃しかできない状態だった。

ACに搭載するステルスユニットは、かつてメカニックチーフから聞いたことのある特殊兵装だ。

異常な機体負荷と引き換えに僅か数秒間、あらゆるFCSやレーダーの追跡をやり過ごす電子装備。

だが、エグザイルのステルスは発動からとっくに1分以上経っている。

管理者の実働部隊ならではの特権だろう。

ソラはトリガーを引き絞ったままにして、とにかくレーザーライフルを連射した。

縦横無尽に急制動・急加速を連発しながら残像を描いて動き回るエグザイルを何とかマニュアル照準で捉えようと努め、当たってくれと祈るようにレーザーを撃ち放ち続ける。

しかし、奇跡はいっこうに起きなかった。

極限の集中状態による"全能の感覚"をもってしても、戦闘開始から一発たりともレーザーは命中していない。

高弾速のレーザーが中距離の撃ち合いで命中しない以上、肩に装備した中型ロケットも当然論外だろう。

一方で、相手のマシンガン連射は集弾性能の悪さが逆に回避を困難にしており、徐々にだが確実にストレイクロウを削り取ってくる。

そしてもしもまた距離を詰められれば、超高出力ブレードに狙われる。

二脚とフロートの運動性の差、そして通常のACと実働部隊のACの埋められない性能差がはっきりと出始めていた。

残りAP5000。高弾数マシンガンの途切れない弾幕が、遅効毒めいてストレイクロウを蝕んでくる。

研ぎ澄ませた集中を侵すように、じわじわと焦燥と恐怖がソラの心の内に広がっていく。

このままでは。

 

「考えろ、考えろ」

 

ソラはACを滅茶苦茶に振り回し、マシンガンを躱してはレーザーを垂れ流しながら、うわごとのように呟いた。

ロックオンできず、機動性と近接火力でこちらを遥かに上回る相手を仕留める方法。

自機の武装は、レーザーライフル、ロケット、そしてブレード。

相手はステルス、マシンガン、ブレード、そしてフロート脚部。

真綿で首をしめつけられるように追い詰められていく中で、しかしソラの思考回路がスパークし、一つの答えに辿りついた。

危険すぎる。だが、やらなければ――このまま撃ち合えば勝機は一切ない。

 

「はっ……やってやらぁっ!」

 

ソラは迷いを振り切るため、激しい気炎を口から吐いた。

再び集中力を高める。ここからは一度のミスが命取りだ。

それでも。

操縦桿横のレバーを握る。コアから内蔵の高出力ブースタがせり出した。

オーバードブースト。

猛烈な加速で一直線に向かう先は、敵AC"エグザイル"。

 

《――――》

 

思わぬソラの強襲に、エグザイルは一瞬立ち止まった。

だがすぐさま行動を起こす。

レーザーブレード発振。

極長・極太の刀身が奔流のように猛々しく生まれ、無謀な挑戦者を迎え撃とうとじっと待ち構える。

 

「行けえっ!」

 

敵のブレードの間合いに入る寸前、ソラは肩の中型ロケットを放った。

命中。大口径砲弾直撃の反動でフロートがバランスを崩し、横薙ぎが無様に斜めに乱れる。

空振った敵ACの頭部めがけて、ソラは中量脚部"MX/066"の鋭利な装甲で膝蹴りを放った。

オーバードブーストの突進力で放たれた蹴りによって、互いの防御スクリーンがばちばちと火花を散らして干渉し合い、だが加速の勢いの分ストレイクロウが競り勝った。

頭部を蹴り飛ばされて浮遊を維持できず、地面をギャリギャリと擦るフロートAC。

ソラはそのままの勢いで、レーザーブレードを振り下ろした。

緑色のレーザー刃がエグザイルのコアに直撃し、防御スクリーンを大いに乱す。

やった。一旦離れて再度の好機を――

という逃げの思考をソラは捨て去った。

 

「まだまだぁ!」

 

再度オーバードブーストを起動。

体勢を崩したままのエグザイルのコアに組みつくように突撃し、そのまま聖堂の絢爛な壁面まで強引に引きずって叩きつけた。

美しいステンドグラスが強い衝撃で叩き割れ、鮮やかなガラス片を周囲に飛び散らせる。

肩の中型ロケットをひたすら連射。

いくら速かろうとブレードが強力だろうとステルスが永続しようと、この零距離で立て直しもできない状態では意味があるまい。

このままロケットの砲身が焼けつくまで撃ち続ければ、こちらの勝ちだ――

 

「っ!?」

 

そう確信したソラのストレイクロウが、じわじわと押し戻され始めた。

敵ACが、フロートに内蔵されたブースタを吹かしている。

しかしそれは、オーバードブーストではない。

エグザイルは恐ろしくもただのブースタ噴射で、ストレイクロウのオーバードブーストの突進力を押し返してきているのだ。

ソラの視線が、モニターの左側に走る。EN残量、レッドゾーン。

あと数秒でチャージングする。

無謀な突撃を、停止するほかなかった。

 

「ぉぉ、く、くそぉっ!」

 

途端、先ほどの優勢が嘘のように、ストレイクロウが押し返される。

壁面にまで追い詰めていたはずが、一気に聖堂の中央付近まで逆に引きずられて、パワーの違いを見せつけられた。

同じ分類の戦闘メカとは思えないほどの出力差である。

それでもソラは、ロケット砲の零距離連射をやめなかった。

僅かながらでもダメージを稼いでおけば、その分勝機へと繋がるからだ。

しかし、エグザイルはそんなソラの努力を嘲笑うように、突如マシンガンを投げ捨てた。

そして空いた右手が、ストレイクロウの左腕をブレードの発振器ごと掴み上げる。

軽量腕とも思えぬ凄まじい握力で、ソラの愛機の左腕ががっちりと拘束された。

防御スクリーンがあまりにも激しく連続して干渉し合うせいで、APがじわじわと減り始める。

残りAP4300。4200。4100。4000。

 

「てめえ、離れろ!離れ……っ!!」

 

エグザイルが左腕を、聖堂の天井のエンブレムに向けて突き上げた。

黄金の発振器からレーザーブレードがこれまでで最も太く長く、ゆっくりと形成され始め、しかしながらあまりの高出力で刃の形状を保ちきれず、余剰エネルギーがプラズマのように周囲に迸る。

それはさながら処刑人が振り下ろす大剣のように、ソラに最期の時を告げていた。

負ける。終わる。死ぬ。

死ぬ。死ぬ。死ぬ――

 

「ふざ、けるな……俺は……俺は、まだ」

 

 

『皆さんの見ている空は、本物の空ではありません』

『本物の空が見たい、か。良い夢だな、ソラ』

『レイヴンとして生きた証を、儂はまだ残していない』

『この混乱を、お互い生き抜こう。見果てぬ"夢"のために』

『あなたには、困難に立ち向かう"意思"と"力"がある。違いますか?』

 

 

「俺はまだ、死ねないんだっ!!」

 

オーバードブースト再起動。通常ブースタ全開。

前方へではない。右方向へ。

エグザイルに押さえつけられていたACの左腕が莫大な加速に耐えきれずにちぎれ飛び、だがレーザーブレードの直撃を僅かコンマ数秒の差で回避に成功する。

振り下ろされた極超出力の一撃は聖堂の真っ赤な床を一文字に叩き割り、周囲に膨大な熱量を放射して、両ACの防御スクリーンを熱波で炙った。

AP、残り2500。

迷いはしなかった。

自らの巻き起こした熱波で浮遊バランスを崩したエグザイルに向け、ストレイクロウは炎の嵐の中を突進した。

ロケットを連射し、少しでもフロート脚部の動きを抑え、そしてまた機体ごとぶつかっていく。

エグザイルの右手が今度はコアの迎撃機銃を掴んできた。

もう遅い。

ソラは右腕のレーザーライフルを至近で一発ぶちこみ、即座に手放して、ロケットで撃ち貫いた。

内蔵のエネルギーセルが大爆発を起こし、2機のACを巻き込んで、聖堂の天井まで爆炎を噴き上げる。

 

《――、――――》

 

エグザイルが言葉にならない通信を送ってくる。

壁面への激突、度重なるロケットの直撃、自らのブレードの熱波、そしてレーザーライフルの至近距離での大爆発。

ACパーツの中でも特に繊細な機構を持つフロート脚部は激戦で完全に破損し、エグザイルはその場に崩れ落ちて黒煙を噴き上げていた。

ストレイクロウもまた、防御スクリーンがバチバチとショートし、左腕に続いて迎撃機銃ももぎ取れ、満身創痍の有様だった。

 

「……俺の、勝ちだ」

 

残った肩の中型ロケットを向け、ソラはエグザイルに宣言した。

マシンガンを消失したエグザイルは、今さらあがくようにコア内蔵のイクシードオービットを切り離す。

だが、オービットがレーザーを放つより先に、ストレイクロウのロケット砲弾がとどめを刺した。

完全に動きを止め、動かぬ残骸となり果てた伝説のAC。

まだ残り火を宿していたフロート内蔵の高出力ブースタに漏れ出したオイルが引火し、エグザイルは煌々と輝く炎の塊となって、クレストの聖堂に大きな影を形作った。

 

《……信じられない。まさか本当にエグザイルが、神の使徒が……》

 

聖堂奥のゲートから、クレスト代表の純白のスクータムが1機だけで姿を現す。

スクータムはよたよたと虚ろな足取りで燃え盛るエグザイルに近づいていき、そしてその場に崩れ落ちた。

 

「レイン、終わったぞ」

《……はい。ご無事で何よりです、レイヴン。本当に……》

「上はどうなった?」

《特攻兵器群は全て消失。MT部隊も姿を消しました。ですが……》

「……上に戻るぞ。報告は道中で聞く」

 

ソラは、項垂れる代表のスクータムを一瞥し、機体を旋回させた。

AP残り500。だが、何とか元来た道を戻れる程度には動けそうだった。

 

《……待て、レイヴン"ソラ"》

「何だよ。特別報酬でもくれるのか」

《自覚はあるのか?》

「何が」

《エグザイルすら退けた君はもう、ただのレイヴンではない。君の力は……》

「?」

《……いや。今は礼を言おう。我々は予定通り身を潜めながら力を蓄え、再起を図る。君の働きに、心より感謝する》

「いいよ。……悪かったな。この聖地とやらで死なせてやれなくて」

《…………》

「俺は上に戻るからな。セクション422が、あんたらクレストの御膝元がどうなったのか、この目で見届けて帰る」

 

ソラは通信を切り上げ、聖堂を後にして都市部へと戻っていった。

元来た道はコードキーが全て解除され、素通りが出来るようになっていた。

エグザイルが片っ端からゲートセキュリティを切断していたようだった。

 

 

《……イレギュラー。管理者を脅かす者め》

 

 

………

……

 

 

「何だ、これは……」

 

道中に聞いたレインの報告よりも、セクション422の現実は凄惨を極めていた。

あれだけ乱立していた高層ビル群はそのほとんどがへし折られ、あるいはドミノ倒しになり、中央部のクレスト本社ビルもまた、半ばほどから折れて周辺の建物を巻き込んで倒壊している。

瓦礫の山、MTの残骸、特攻兵器のものと思しき焼け焦げた金属片――ACの頭部カメラに映るものはそんなものばかりだった。

ストレイクロウは横倒しになっている分厚い本社ビルの上にブースタで着地し、周辺を索敵した。

そこかしこに立つ黒煙。ギギ、ギギギと鳴り止まぬ不快な音に合わせて、僅かに残存していたビルまでもが思い出したかのようにゆっくりとその場に崩れていく。

これほどの惨状にあっても、瓦礫の隙間には生き残った兵士の影がまばらながらに見えた。

だが、その誰もが救助活動のようなまとまった行動をするでもなく、ただ身じろぎもせずに棒立ちしているか、俯いて座り込んでいるかのどちらかである。

 

「……レイン、グナーの居場所は?」

 

ソラはオペレートに従い、APを200残して唯一健在している僚機の下へと向かった。

ただの分厚い棒状の塊になり果てたビルをいくつか乗り越えて、N地区のとある地点を目指す。

B-3ランカー"ワルキューレ"の白いAC"グナー"が、無数の瓦礫の中にひっそりと片膝を屈して待機していた。

そしてその足元で何かを燃やして焚火をしている、ミディアムショートの金髪の女性が1人。

 

「グナー……いや、ワルキューレ。無事だったんだな」

《…………。……ええ、あなたも。よくエグザイル相手に生き残ったわね》

 

周辺にエネルギー反応がないことをレインと共に何度も確認し、ソラは慎重にACから降りた。

ワルキューレは近寄ってきたソラに一瞥もくれず、乱れた金髪をそのままにして、疲れきった眼差しでじっと焚火を見つめていた。

 

「ファナティックとレジーナは?」

「……一瞬で0になったAPで分かったでしょう。ファナティックは死んだわ。エグザイルのレーザーブレードでコアを両断されて、即死よ」

「あいつが……そんな」

 

ファナティックが死んだという事実を聞かされ、ソラは少なからずの衝撃を受けた。

かつてソラを激励し、夢を認め、C-1という地位を譲って背中を押してくれた黒髪と赤い眼帯の似合う女傭兵。

そんな女性が死んだ、の一言で片づけられたのだ。

死と隣合わせの傭兵稼業だ。当然、そういうことは往々にしてある。

傭兵の師匠たるスパルタンにも、重々言われてきたことだ。

それに今まで失ってきた戦友は、ファナティックだけではない。

それでもソラは、眩暈がするようなショックを感じていた。

 

「それとレジーナは……そこ」

 

ワルキューレの指差した先では、赤毛の少女が平らな瓦礫の上に寝転がっていた。

額を真っ赤に滲んだ包帯できつく巻かれ、薄手の毛布に包まって焚火に暖められている。

堅く目を瞑った年齢相応の童顔にいつもの勝気さは無く、悪夢か激痛にうなされているかのように表情を歪めて、静かに涙を流していた。

 

「運のいい子だわ。管理者のMTにやられてACが爆散したのに、五体満足で生き残ってた。回収のヘリを呼んであるから、それでもっとマシな手当てを受けられるはずよ」

「そんなにひどかったのか、管理者のMT部隊の攻撃は」

「…………さあ?」

「さあって。あんただって戦ったんだろ」

「……戦ってない」

「は?」

「エグザイルが去った後、MT部隊とまともに戦ったレイヴンは、そこでうなされているレジーナだけよ」

 

ワルキューレは自分の膝をぎゅっと抱きしめてうずくまり、声を震わせて語り続けた。

 

「3桁のAPと、上空の特攻兵器の雨と、クレストを簡単に蹴散らして迫ってくるMT部隊を見た時、私は怖くなったわ。死ぬのが心の底から怖くなった。そんなの、初めてだった。殺しているのよ、だから殺されだってする。今までずっとその覚悟で戦場に立ってきたのに。ずっとその覚悟で、数え切れない命を奪ってきたはずなのに……」

「………」

「それでも怖かったのよ!グナーがこんなに頼りなく感じたことなんてなかった!敵の力を、こんなに恐ろしく思ったことなんてなかった!だから逃げたの!後輩の僚機を置き去りにして、ずっとビルの陰を逃げ回ってた!私はB-3なのに……ぅぐっ、レイヴンの模範であるべき上位ランカーなのに……!くっ、うぅ、うぐ、うっ……!」

 

歴戦の傭兵らしい気丈さをかなぐり捨て、幼子のように嗚咽するワルキューレを、ソラはかける言葉もなくただ見ているしかなかった。

視界の端でレジーナが身じろぎし、毛布をぎゅっと握りしめ、さらに強く丸まった。

ソラが何とか自分なりの言葉を絞り出そうとした、その時だった。

 

ポツ、ポツ。

 

「……え?」

 

ポツポツポツ。

 

"雨"だった。

特攻兵器ではない、水の"雨"。

偽物の空から、"雨"が降り始めた。

"雨"は、自然区のみで降るはずなのに。

"雨"は、都市区には降らないはずなのに。

初めは僅かに肩を濡らすだけだった"雨"の勢いは、あっという間に強まった。

夥しい水滴がまるでシャワーのような勢いで、いつの間にか人工気象システムから生み出されていた黒く分厚い雲からざぁざぁと降り続ける。

瓦礫が、金属片が、無数のMTの残骸が、2機のACが、そして生き残った者全てが、ずぶ濡れに濡らされていった。

セクション422で、"雨"に濡れないものなどなかった。

やがて、"雨"の音に混じって、空がちかちかと点滅し始め、ゴロゴロとした地獄の悪魔のような唸り声が聞こえ始める。

呆然と見上げるソラの視界を、一瞬眩しく照らした閃光。

耳を裂く鋭い轟音と共に、クレスト本社ビルの残骸を"雷"が撃ち貫いた。

 

「…………く、ふふっ、うふふ、そう。よく分かったわ」

「ワルキューレ?」

「ソラ……あなただって、分かったでしょう?」

「何が……」

「これが、管理者なのよ。これが、地下世界の神。企業もレイヴンも……人間なんて、神の前ではただのゴミなんだわ。神の、管理者の前では……うふふ、ぅくっ、ふ、ふふっ……!」

 

ワルキューレは立ち上がり、雷雨を降らせる偽物の空に向けて、大口を開けて笑い始めた。

狂ったような笑い声は、しかし決して長く続かず、すぐに世を呪うような慟哭へと変わっていった。

 

傭兵としての矜持の喪失。

無惨に死んでいった者たちへの憐憫と謝罪。

そして、管理者に対する恐怖と畏敬。

 

一羽のレイヴンの魂魄全てを吐き出し尽くすような鳴き声は、降り注ぐ雷雨よりも遥かに激しく、深々と、青年の心に突き刺さった。

 

どうすることも出来なかった。

自分の頬を濡らしているものが、"雨"なのか涙なのかすらも分からなかった。

 

ソラは戦友の絶叫を聞きながら、ただ無意識に、拳を強く、強く握りしめていた。

 

 

 




クレストはこれで終わりです。多分。
エグザイル(本来のAC名はアフターペイン)が管理者ACとして登場したのは、本作の独自解釈によるものです。
搭乗者が不明で、かつ管理者ACと同じ頭部というところから連想しています。
wikiなんかにもあるくらい有名な説なので、確かにそうだったら面白いなと思って書きました。

この終盤まで書いてこられたのは、皆様の感想や評価や誤字脱字修正のおかげです。
更新に時間がかかっていて申し訳ありませんが、最後まで頑張って書きますので、よろしくお願いします。


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巨大兵器撃破・1

ルビコンから帰ってきました。とても良い体験でした。
私も最後まで頑張ります。と言いつつ今回は戦闘無しです。



第一層第二都市区、基幹セクション301。

グローバルコーテックス本社ビル傍の総合病院。

レイヴン専用の病室。

 

ピ、ピ、ピ、ポー。

 

デデドン、デデドン、デデデドドン。

デデドン、デデドン、デデデドドン。

タララー、タッタラター。

 

《グッイブニン、皆様。今日も今日とてこのお時間がやってまいりました……さぁ!全能たる管理者へ真摯な祈りを捧げつつ、おっ始めましょう!もはや我が社の顔となったこの特番!人類滅亡の日は近い!"終末・管理者24時"ぃぃぃぃ!!!》

 

小さめの音量設定をぶち破るような大声を張り、白づくめの怪しげな太った司会者がテレビ画面の中で唾を飛ばして握り拳を突き上げた。

 

《今回は!えー、なんと今回は!!驚愕の衝撃映像を仕入れてまいりました!当番組がレイヤード最速、独占報道となります!地下世界を牛耳る悪辣非道の巨大企業クレストに、ついに神の裁きが!!?うぉ、うぉおぉぉっ、管理者ぁぁあぁっ!!!!》

 

ウーウー。ウウウー。ウォウウォウー。

雄叫ぶ司会者に合わせて奇怪なバックコーラスが流れ、スタジオ中央に設置された管理者のエンブレムのオブジェがライトアップされて、"DOVE"の金文字がピカピカと光り輝いた。

画面中央に躍り出る、『人類滅亡まであと???』の文字。

 

大げさな演出と共にスタジオから映像が切り替わり、倒壊するクレスト本社ビルが映ったその時。

レジーナは無表情でテレビの電源を切った。

 

「サイテーなヤツら」

 

低い声でつぶやき、リモコンをベッド横の机に放り投げる、包帯まみれの赤毛の少女。

そんな意識を取り戻したばかりの後輩の見舞いに訪れていたソラもまた、ソファに背をもたれて大きなため息をついた。

 

「不安の表れみたいなもんだろ。独立系メディアはこの手のアジテーションか、カルトめいた管理者崇拝放送のどっちかだ」

「じゃあもう見るものないじゃん。三大企業の番組は全部機械音声の支社案内リピートになっちゃったし。というかこんな煽り方してたらそりゃ不安にもなるでしょ」

「……まあ。もうテレビをのんびり自宅で見てる人間なんて、現実的にはかなり少ないだろうからな。メディアもヤケクソなんじゃないか」

「アホくさ」

 

ぼふんと枕に勢いよく頭を放り投げ、レジーナは不貞寝を始めた。

病室が途端に静かになり、2人のレイヴンの間に沈黙が流れる。

ソラは首をひねり、背中側の窓から肩越しに外の景色を眺めた。

本社ビルがあって、テスト場のガレージ群があって、だだ広い平野があってという、いつも目にしている光景だ。

グローバルコーテックスとレイヴンの拠点であるセクション301は、まだ依然として平穏を保っていた。

だが、外はそうではない。

 

クレスト崩壊は、つい昨日のことだ。

ソラ自身、身体の疲れがまだ取れきっていない。

それでも後輩レイヴンの見舞いにやって来たのは、目覚めたレジーナがそれを強く求めたからだった。

叩き出された彼女の父親らしきレイヴンとすれ違いに病室へ入ったソラが見たのは、包帯でグルグル巻きにされた足を吊り下げられた、少女の痛ましい姿だった。

 

「……先輩」

「ん、どうした」

「ワルキューレさんは?」

「……無事に帰還したよ。今ごろ自分の住居で休んでるさ」

「本当に?」

 

寝そべったまま顔を向け、レジーナは真剣な眼差しでソラに問いかけた。

 

「あたし意識あんまりしっかりしてなかったけど、雨の中であの人の声を聞いたわ。あたしなんかより、よっぽど重傷な声だった。痛がってた。苦しんでた。……本当に、あの人は無事なの?」

「……帰還した後に一応メールしたけどな。返信はまだない」

「そう……そうなんだ。あたしも、後でメールしないと」

「やめとけ」

「何で?」

「お前を1人残してMT部隊から逃げたのを、悔やんでたんだ。お前が声をかけたらきっと、心の傷はもっと深くなる」

「……分かんない。そんなこと、あたしは別に気にしてないのに。あたしだって怖かったもん。逃げたらよかったなって、自分のこの足見ながら今でも後悔してるわ」

 

レジーナは包帯を巻かれて吊り上げられた足をぱしぱしと憎らしげに叩いた。

しかしすぐに痛みに呻き、童顔を歪めて汗を滲ませる。

 

「1ヶ月だってさ」

「……1ヶ月か」

「汚染された重金属が大量に、折れた足の中へ入っちゃったんだって。手術で取り除いたけど、毒が抜けきらないのと神経が傷ついたのでまだマヒしたまま。高度医療でもまともに動かせるようになるまで、投薬とリハビリで1ヶ月かかるんだって」

「……なら、1ヶ月しっかり休んで治せよ。管理者の部隊とやり合ってばっかでお前も疲れてるだろ。吹き飛んだACは多分、コーテックスがある程度は補償を……」

「1ヶ月後、レイヤードはまだ残ってるの?私達のいる場所は、無事なの?」

 

ソラは気休めの慰めを吐いた口を開けたままにして、思わず固まった。

 

「クレスト本社はあれだけの部隊を集めてたのに、数時間で落ちたわ。レイヴンだって、ファナ先輩含めて一気に3人も死んじゃった。それで、三大企業は残りミラージュだけでしょ?もしミラージュがクレストの倍の戦力集めたとしても、特攻兵器を降らされたら結局いっしょじゃない。このセクションだってそうじゃん。本気の管理者に襲われたら、ひとたまりもない。そんな瀬戸際で、1ヶ月入院?あたし学校の成績良くなかったけど、今の状況くらい分かるわよ」

「…………」

「あたしは多分、ここまでだわ。少なくとも、管理者との戦いからは脱落しちゃったって感じてる。もう、間に合わないかもしれない。あと1ヶ月、人類が生き残ってる保証なんてないもん。今まで運だけで生き残ってきたあのクソ親父だって、もしかしたら……」

 

レジーナは枕に顔を埋めた。

重たい沈黙の中で、鼻をすする音だけがかすかに響く。

彼女の言うことは、正しかった。

ミラージュがここから1ヶ月もつかは、正直言ってかなり怪しいところだった。

管理者がその気になれば企業の本拠地すら容易くひねり潰せることは、クレスト本社防衛戦の失敗で証明されたのだから。

そして、このセクション301の平穏も、決して約束されたものではない。

既にレイヤード中のあらゆるセクションが被害を受けているのだ。

ミラージュとグローバルコーテックス――レイヤードにまとまった質と量の武力を有する人類の集団は、ついにこの2つだけになってしまった。

ここまで戦火に晒されずに何とかやってきたコーテックスが、管理者に目をつけられて攻撃される可能性は、日に日に高まっていると言えた。

ミラージュよりも先にコーテックスを、と管理者が少しでも考えれば、そこまでだ。

そうでなくても、この未成年の少女が退院を待たずにベッドの上で死ぬ可能性は、そして彼女の父親が激戦の中で死ぬ可能性は、いずれも非常に高くなっている。

レジーナの復帰まで、あと1ヶ月。

管理者の猛攻からあと1ヶ月、人類はもつのだろうか。

まさに彼女の言う通り、瀬戸際だった。

 

「ぐすっ、う、ぅ……」

 

ソラはかける言葉もなく、ただ静かに泣く少女を見守るほかなかった。

レジーナの無念が、痛いほどに伝わってきたから。

死への恐怖もあるだろう。親しい者を失う恐怖もあるだろう。

だがそれ以上にレイヴンとして戦えないことが悔しくて、レジーナは泣いていた。

ベッドの上で握りしめられた小さな拳の硬さが、それを物語っていた。

 

 

「先輩……ごめん。あたしの分まで、頑張って。管理者なんかに負けないでよ、絶対に」

 

 

………

……

 

 

病院でレジーナを見舞った翌日の昼過ぎ。

ソラは初めての場所に1人、造花の花束を持って足を踏み入れていた。

 

セクション301西部、レイヴン達の専用住居が僅かに点在する広大な平野の一角に、その敷地はあった。

黒く平らな重石が無数に設置された、共同墓地。

偽物の空を高く飛ぼうと羽ばたいた、レイヴン達の墓場だった。

 

別に、墓参りをする習慣などはない。

レジーナに頼まれたのだ。

彼女が個人的に親交を持って何度か世話になったという、ファナティックの墓に花を手向けてほしいと。

それはただの頼まれごとではなく、ソラ自身の意志による行動でもあった。

ソラにとって、人生で初めての墓参りだった。

 

『C-3ランカー"ファナティック"、AC"レッドアイ"』

 

目当ての墓石に刻まれている言葉はそれだけだった。

他の墓石も同じだ。

 

「……もう墓が出来てるなんてな。相変わらず仕事が早いな、コーテックスは。それとも、予め作られてるのか」

 

ソラは墓石を見下ろして、独り呟いた。

孤児院で育ち、学校を抜け出してそのまま傭兵の道を選んだ青年が墓という物を実際に見たのは、これが初めてである。

しかし、無骨な石造りの墓から分かるのは、ランクとレイヴンとしての名前と、ACの名前だけ。

本名も分からず、どんな華々しい経歴があって、どういう戦いで死んだのかも刻まれていない。

墓とはそういうものなのだろうか。

かつてはC-1という上位ランクに至った歴戦のレイヴンですら、こんな扱いで黒い石にされて終わりなのだろうか。

レインによれば、戦場で即死したレイヴンは当然骨すら埋葬されず、代わりに僅かばかりの形見の品を埋めるのだという。

ファナティックの場合は、ソラが出会った時に絵を描いていたスケッチブックだろうか。

そんなことを思いながら、ソラは石の前に花束を置いた。

死んだレイヴンに捧げる花は、造花でなければならないらしい。

それは、レイヴンが永遠に高みを目指して飛ぶべき存在だからだろうか。

だから、途中で枯れる生花ではいけないのだろうか。

専属オペレーターから教わった習わしに思いを馳せながら、ソラは墓石の前で膝を折った。

 

「……レジーナと、俺からだ。ファナティック」

 

それ以上墓前で何を言うべきか、ソラには分からなかった。

心を折りかけていたソラを立ち直らせてくれた彼女への感謝か、あるいは自分より長い戦歴への称賛か、それともあえなく死んだことへの同情か。

いずれの想いも、口にすれば何故だか安っぽくなるような気がして、ソラは黙って俯き、瞑目した。

今まで死者を弔うことはあっても、墓参りをしたことはなかった。

死んだ者はもう生き返らない、引きずったら今度は自分が死ぬ、だから前に進むしかない。

傭兵としての師であるスパルタンには、そう教わっていた。

しかし、今こうして骨すら埋められていない、組織の義務感で手際よく立てられた墓石に向き合っていると、人間にとっての死とは何かを改めて考えさせられるような気がした。

確かにこれは、どこか虚しいものだ。

その虚しさの塊の前に跪くことで、ソラの胸の内は強くざわめいた。

自分もいつか死ねば、こんな墓石になるのだろうか。

自分だけではない。スパルタンも、レジーナも、アップルボーイも、誰も彼も死ねばこうなってしまうのだろうか。

そして、死はもはや戦場にいなくとも、管理者の猛威という形で身近に実体化しつつある。

もうレイヤードに住む誰もが、死に忍び寄られているのだ。

そう考えると――

 

「若造、こんな時分に墓参りか」

 

不意にかけられた言葉にソラは慌てて立ち上がり、目を擦った。

杖を突いた、背の曲がった老人。

しかし、見つめる瞳は猛禽のように研ぎ澄まされ、異様な力強さに満ちている。

知っている人物だった。

 

「若い内から、墓参りなど覚えるもんじゃない。ましてやレイヴンがな。非業の死に引き寄せられるぞ」

「……あんたこそ。なんでここにいるんだ、BB」

 

A-2ランカーの"BB"。

アリーナを仕切る、レイヴンの中の重鎮だ。

 

「忘れられない友が、数人いてな。思い出すために、しばしば足を運んでいる」

「死に引き寄せられるんじゃなかったのかよ」

「儂はお前のような危うい若造とは違う。もう『ここで死ぬ』と決めた場所以外では死なん」

「何だそりゃ」

 

杖を突き、BBはソラが頭を垂れていた墓の前にやってきた。

 

「元C-1のレッドアイか……ついに逝ってしまったか。勿体ないことだ。頭が良く、物事を深く考え、レイヴンとしてただ戦うだけの存在以上のもので在り続けようとしていた」

「知ってるのか?」

「ああ。絵を描きながら考え事をするのが趣味だったろう。題材を求めて、よく301のそこかしこを歩き回っていた。わしも、一度モデルにされたことがある。変わり者だったが、どこか人を惹きつける女だった」

 

唇を綻ばせ、BBはソラに無言で杖を預けてきた。

ソラが素直に受け取ると、BBは供えられた造花の花束から1本だけ花を抜き、刻まれたACの名前の横へそっと添えた。

そしてすぐに立ち上がった。

 

「何かを得たか?」

「え?」

「彼女の生き様と死に様から、お前は何かを得たか?」

「……分からない。だけど、色々考えさせられた」

「ほう、色々とは?」

「……"意思"と"力"。それが、レイヴンがレイヴンである証。ファナティックは前に俺にそう言っていた。熱い目で、語ってくれた。……まあ、変な奴だったよ。あんな臭いこと真顔で言う女、初めてだった」

 

だけど、とソラは杖をBBに返して、続けた。

 

「だけどあんなこと言う変な奴でも、死んだら何も言わない石ころになるんだな。もう何も話してくれない。もうあの黒髪も赤い眼帯も、どこにも残っていない。死んだら本当にお終いなんだ。せっかくの"意思"と"力"も、消えてなくなっちまう」

「…………」

「そんなこと、ずっと昔に分かってたつもりだったさ。恩師が口を酸っぱくして教えてくれたし、戦友って間柄の奴が死んだのだって、これが初めてじゃないんだ。だけど今日初めて墓参りって奴をして、何故だかまるで初めて気づいたみたいに、ショックを受けたよ。皆死んだらこのくだらない石ころになるのかって思ったら、なんだか……」

「何だ?」

「死ぬのって、本当に怖いことなんだなって」

「……はっ。青いな、若造」

「うるせえな。分かってるよ、今さらになってこんな腑抜けたこと言って情けないってのは。それに、俺はむしろ散々殺してきた側の人間で……」

「そうではない」

「あ?」

 

曲がった背中を伸ばして、BBは鋭い視線をソラにぶつけてきた。

動揺する心の奥底まで見通すような、老練の目だった。

 

「レイヴンは生き様と死に様で価値が決まる。どれだけ力強く羽ばたき、どれだけ高く飛び、どれほどの物を後に残したかだ」

「……?」

「レッドアイはC-1という高みに上った。そして、生き様の1つとしてお前にそれを譲り、死をもってもう1つ貴重な物を残した」

「貴重な物……」

「噛みしめることだな。人に何かを考えさせる死は、貴い物だ」

 

BBは皺くちゃの顔に満足げな笑みを浮かべ、踵を返した。

向けられた背中は、やはり小さく、だが、しっかりと伸びていた。

 

「あの死は無駄ではない。無駄にはしない。そう胸を張って言えないのが、青いと言ったのだ」

「……!」

「今日中にコーテックスが非常招集をかけるだろう。その赤くなった目をしっかりと洗ってから出てくるように」

「BB、あんたは……」

「レッドアイ、見事なレイヴンだ。儂も、かくありたいものよ」

 

偽物の空を見上げて笑い、BBはしっかりとした足取りで帰っていった。

ソラはじっと、その背中が豆粒ほどに遠ざかるまで、じっと見ていた。

そして再び墓石に向き合い、BBと同じように造花を花束から1本だけ抜いて、戦友の名前の横へと添えた。

 

自分はまだ若造なのだと、痛感させられていた。

しかし、それを恥だとは思わなかった。

 

ソラは物言わぬ墓石に無言で誓って、その場を去った。

 

 

………

……

 

 

レイヴン達が非常招集を受けて集まったのは、その日の夜のことだった。

以前に新体制移行の発表があった本社ビル30階の中央講堂が再び開かれ、コーテックス所属の傭兵が一堂に会する。

 

「……ん」

 

職員から資料を受け取った講堂の出入口で、ソラは大きく内部を見渡した。

前回の招集よりも、確実にレイヴンの人数が減っている。

ランキングはあまり確認していないが、前回は30人はいた傭兵達が、20人余りにまで減ったか。

しかし、それは当然の話だ。

企業が管理者に圧倒されて衰退していくということは、レイヴンがそれだけ戦場で敗れ去っているということでもあるのだから。

 

「何入口でぼさっと突っ立ってやがる、グズ野郎」

 

入口傍の席でふんぞり返っていた大男が、例の如くソラを罵った。

A-3ランカー"ロイヤルミスト"だ。

もうこれで直に対面するのは3度目、刺すような威圧感を漂わせる風貌も既に見慣れたものであった。

その後ろには昼過ぎに共同墓地で出会ったA-2ランカー"BB"も座っており、ソラに向けて意味深な笑みを送ってきた。

しかし。

 

「…………」

「なんだよ、C-1」

「ワルキューレは?まだ来てないのか?」

「……あいつは欠席だ。柄にもなく、ミッション失敗が響いたらしい」

 

そんな情けねえ女じゃなかったはずだがなと吐き捨て、ロイヤルミストはしっしとソラを追い払うようなしぐさを見せた。

アリーナの暴君はいつもは恐ろしいその視線をぼんやりと机の上に彷徨わせ、苛立ちを隠しきれないように口の中で舌をもごつかせる。

ワルキューレとはやはり一定以上に深い繋がりがあるらしく、その様子を気にかけているらしかった。

 

「ソラさーん」

 

呼ぶ声にソラが目を向けると、講堂最前列の席の一番奥に、同期アップルボーイと恩師スパルタンが座っていた。

アップルボーイは前回の酷い怪我がすっかり完治したのか、万全な様子で若干赤みがかった容貌に柔和な笑みを浮かべ、ソラに隣の席に座るよう指さしてくる。

歴戦の新米レイヴンことスパルタンは今夜もいっぱいひっかけているようで少し頬が赤く、頬杖を突きながら大きな欠伸を発射していた。

男2人が揃って顔を赤らめているところになど行きたくないとソラは正直思ったが、他に見知った者もいないため、大人しくその並びに加わることにした。

 

「よぉボウズ、遅かったじゃねえか。……あの生意気な赤毛の嬢ちゃんはどした?」

「レジーナは入院中だ。復帰までだいぶかかる」

「……そうかぁ。まあ、あんな戦場で生き残っただけ大したもんだ。クレストのアレ、ニュースで見たぜ。本社ビルが豪快にへし折れるところ、何度もリピートされてやがったな」

「独立系のチャンネルだろ?よくあんなくだらない番組見られるな、旦那」

「ばっきゃろー。俺だって今さらウケ狙ってる連中の視聴率に貢献したかねえよ。けど、仕方ねえだろ。出回ってる情報がアレしかなかったんだからよ」

「ご無事で何よりです、ソラさん。凄かったらしいですね……管理者の特攻兵器」

「……ああ。この招集がまたあいつらの相手をしろって話じゃないことを祈ってる」

「それは全然違うみたいですよ?配られた資料に……ほら」

「おー、相変わらず真面目くんだなぁ、林檎少年は。こんな細かい字がびっしりの資料、配られたってお前……んん、こりゃ?」

 

アップルボーイに促されるまま、ソラは配布された資料に目をやった。

 

「……地下水の流入?」

 

ソラが資料の冒頭の語句に目を引かれ、内容を詳しく読み込もうとした時。

中央講堂の照明が落とされ、巨大スクリーンが天井からゆっくりと降りてきた。

 

「えー、お待たせしました。レイヴン各位はこの度の非常招集への参加、誠にありがとうございます。グローバルコーテックスです。……お世話になっております」

 

前回の新体制移行の話の時と同様、神経質そうな眼鏡の担当官がスクリーン脇にマイクとリモコンを持って現れた。

その声には疲労と焦燥の色が濃く混じっており、非常招集に至った事態の逼迫を感じさせた。

 

「新体制への移行からほどなくして2度目の緊急招集となった上、挨拶の言葉も短く、申し訳ございません。しかし、事態が事態ですので、早速ですが本題に移らせていただきます。スクリーンをご覧ください」

 

巨大スクリーンに、今回の非常招集が行われた原因が映し出された。

水溜まりだった。

自然区の、どこかの湖を拡大撮影したものか。

しかし、その水面からは本来ありえないものが頭を覗かせていた。

都市部にあるようなビルである。

それも、1本や2本ではない。

 

「正確な現状把握のために順を追ってお話いたしますが、まず2日前のクレスト本社失陥とほぼ同時刻。第一層第二都市区セクション311において、区画を管轄するミラージュの支社が異常事態を観測しました」

 

ため息めいた咳払いを1つし、担当官は言葉を繋げる。

 

「既に資料に目を通された方もいるでしょう。セクションに緊急時の生活用水として備蓄されている地下水が突如開放され、都市部に流入したのです」

 

スクリーンに映っていた映像が、大きく遠ざかっていく。

それは湖ではなかった。都市が丸々1つ、地下水の中に沈んでいた。

 

「流入原因は緊急偵察に派遣されたミラージュの部隊により、管理者権限で封鎖されているはずの各部機密ゲートからと断定されました。通常の制御装置からの操作では流入を抑制できず、セクション311は緊急事態発生からわずか1時間強で高層建築を含む都市の大部分が水没状態になって、現在もこの異常が継続しています」

「すまない、質問だ!居住する市民の避難は?」

「……えー、はい。このセクション311は、先日まで頻発していた管理者権限のセクション封鎖の一環で、都市機能の停止が完了していた区画でした。幸いなことに緊急の避難活動、救助活動の必要はなく、また、ミラージュに余力がなかったことや既存の循環システムで解決できるレベルを遥かに逸脱していたこともあり、非常事態ではあったものの、この2日間効果的な対処はされていませんでした。ですが……あー……」

「さらなる異常が、発生した?」

 

言い淀む言葉を引き継ぐようにソラが声を発すると、担当官は袖で汗を拭い、唇を噛みしめて頷いた。

 

「その通りです。すみません、スライドをいくつか飛ばします。……そして本日の昼過ぎ。隣接のセクション312でも同様の地下水流入事件が発生しました。こちらは以前に管理者の部隊の攻撃によって都市部に致命的なダメージを受け、半ば管理を放棄されたセクションです。市民の多くは既にセクション313へ強制退去済みで、それでも少なからず要救助者が出てはいますが……えー……とにかく。この連続する地下水の流入を重く見たミラージュは我々コーテックスと緊急会議を行い、レイヴンへの情報共有のためにこの度の非常招集が決定しました。……しかし、本非常招集の開会直前、さらに……その。また新たな異常が……」

「コーテックス、もういい。たらたら話しやがって。続きは俺達が仕切るから引っ込め。……おいエース!前に出ろ!」

 

憔悴しきって動揺した言動を続けるコーテックス担当官の様子に業を煮やしたロイヤルミストがストップをかけ、横の席に向けて鋭い一声を放った。

最前列中央に座っていた青年が求めに応じて席を立ち、ロイヤルミスト共々スクリーンに巨大な影を落としながら前へと歩み出てくる。

ソラはBBが座っている席へと視線を向けた。

最古参の老兵は背中を丸めたまま、2人の若きトップランカー達の様子を静かに注視していた。

 

「……申し訳ありません、エース」

「構わない。あくまで現場の当事者は私達レイヴンだ。そもそもこれは、レイヴンが一堂に会して話し合うための非常招集だ。後は任せて貰おう」

 

金髪碧眼の端正な容貌を持つ長身の青年は、担当官に後ろへ控えるように促し、マイクとリモコンを引き継いだ。

 

「レイヴン諸君、久しぶりだな。A-1ランカー"エース"だ。既にAランカー3名は今回の件について、コーテックスから話を聞いている。事態があまりにも深刻で逼迫しているため、ここからは実際に現場で指揮を執る私達が説明を行う」

「……んぁ?ちょっと待て。Aランカーサマが、現場で指揮?」

「そうだ、スパルタン。あなたの歴戦の腕前も、頼りにさせてもらわないといけない」

 

エースはスパルタンの横槍に律儀にも応じながらリモコンを使い、スクリーンに映し出されたスライドを数枚飛ばした。

 

「単刀直入に言う。今から約30分前、セクション311、312と同様の地下水の流入がセクション310においても発生。未だ市民が数多く生活する区画でも、水没が始まった」

「…………は?え、それって!?」

「すまないが、市民の避難及び救助はもはや不可能だ。避難指示を出しはしたが、ミラージュ、コーテックス共にそれ以上の対応をする人手も時間もない。……話を先に進めよう。我々にとって今回の事件最大の問題は、管理者の実働部隊がこの都市水没に合わせて多数、セクション310に出現したこと。そして、この部隊がセクション309へと続くゲートを攻撃し始めたことだ」

 

静まり返っていた中央講堂に、俄かに動揺が広がった。

レイヴン達が落ち着きなくざわつき始め、しかしロイヤルミストが静かにしろと一喝したことでなんとか収まった。

 

「呑み込めてねえ奴がいそうだから、俺がもっと分かりやすく言ってやる。管理者の手駒共がこのまま地下水の流入に合わせて各セクションのゲートをぶち抜いていけば、セクション309、308、307……最終的に到達するのはここ、俺達のいるセクション301だ。今俺達が立ってるこの区画が、地下水に沈む」

「ば、馬鹿言うなよ!非現実的だ!」

「そうだぜ!だいたい、いくら管理者直属の高性能MTでも分厚いセクションゲートを突破するなんて……」

「……管理者の部隊の中に、AC用輸送機を越えるサイズの大型水中兵器が存在していることをミラージュの偵察が確認している。その攻撃性能は未知数。だが、もはや人類に対して明確に害意を剥き出しにしている実働部隊が、無意味な攻撃行動をするだろうか?」

 

エースがそう言ってスクリーンへ映し出した画像は、暗い水面により暗く巨大な影を形作る何らかの兵器を撮影したものだった。

周辺の半ば水没した高層ビルとの比較からして、影だけでも確かにACやMTより遥かに大きい。

一度鎮まっていたレイヴン達の動揺が、再び大きくなり出した。

 

「……あ、あの!エースさん、ロイヤルミストさん、発言いいですか?D-4ランクのアップルボーイと言います」

「ああ、どうぞ。アップルボーイ」

「実働部隊の最終的な目標がこのセクション301だとして、どうして管理者はこんな遠回りな攻撃をしてくるんでしょうか?あまり詳しくないですけど、緊急用に備蓄された地下水って、どのセクションにもあるんですよね?この301までの都市を全部水に沈めるのが目的なら、一斉に全セクションの機密ゲートを開放すればいいだけでは?」

「……まあ、考える脳味噌があるなら当然の疑問だな。だが、それに対する答えは決まってる。『今うだうだ考えても無駄なことは考えるな』だ。分かったら黙ってろ」

「えぇっ、す、すいません……」

「ロイヤルミストの言い方は横暴だが、一理ある。管理者が何故こんな迂遠な攻撃方法を取るのか、は確かに考察する余地があるかもしれない。しかし、目下の問題はこの逼迫した現状に、我々がどう対処するかだ。そこで……何だ?」

 

続けようとしたエースに先ほどの担当官が歩み寄り、何事かを耳打ちした。

 

「懸念は当たった。セクションゲートがつい先ほど突破されたとのことだ。そして、セクション310は高層建築以外の全域が水没した。時を同じくして309でも各機密ゲートから地下水の流入が始まったらしい。つまり管理者の力をもってすれば、約30分強でセクションを1つ潰せるということだ。この侵攻ペースでいけば、夜明け前には私達のセクション301が水没し始めるだろう」

「……ははは。いや、そんなまさか」

「そもそも、地下水の備蓄がここまでの全セクションを沈めるほどあるわけがない。特に、この301は基幹セクションで面積も通常のセクションより大きい。ありえない、ありえないぞ」

「確かにな。少し様子を見た方がいいかもしれない、管理者の意図がまだ不明だ」

「そもそも、コーテックスの都合で非常招集を連発しすぎじゃないか?俺達レイヴンはコーテックスに所属はしていてもあくまで立場は独立傭兵で、大人数で馴れ合うべき間柄じゃない。こういった集会を頻繁に開くのは……」

「黙れ馬鹿共!!」

 

ロイヤルミストの怒声が、講堂全体に轟いた。

 

「今ちょうど0時だ!朝方にはこのセクション301も危ないっつってんだろうが!戦場に出るのか、出ねえのか!俺達が前に出てきて仕切ってるのは、それを聞くためだ!!出る奴は作戦会議に参加!出ねえ奴は今すぐここから失せろ!!」

「ロイヤルミスト、抑えろ」

「まったく嫌になるぜ……この期に及んで俺が声を張り上げねえといかないなんてな。……ちっ、ワルキューレの奴が来てれば、あいつにやらせたのによ」

「……まあ、そういうことだ。申し訳ないが今ここで、レイヴン諸君に依頼受諾の意思確認をさせてほしい。依頼主はグローバルコーテックス。戦場は夜の水没都市。目標は正体不明の大型兵器及び数十機の高機動型MTで構成された、管理者の実働部隊撃破だ。クレスト失陥を目の当たりにしたミラージュは、戦力温存のために防衛部隊の派遣を既に断念しており、少数の偵察支援のみで参加する。事実上、我々レイヴンのACしか戦力はない。報酬はコーテックスが支払えるだけ支払う。必要ならばACパーツも、可能な限り融通するとのことだ」

 

苛立つロイヤルミストを制しながら、エースが講堂をぐるりと見渡し、宣言する。

 

「これはあくまで、各レイヴンに対するコーテックスからの依頼だ。それを踏まえて、もう一度言おう。この戦場に出るのか、出ないのかだ」

 

数十秒に渡る長い沈黙が続き、1人、また1人とレイヴン達が席を立ち始めた。

そして、講堂の分厚い大扉から退出していく。

ある者は躊躇う素振りを見せながらも。ある者は頭を抱えつつ。ある者は全てを諦めた表情で。

中には、何食わぬ顔で去る者達もいた。

 

「ソラさん、どうしますか?」

「……そう言うお前は?アップルボーイ」

「僕は……出ます。こんな緊急事態なんだから、1人のレイヴンとして自分に出来ることをしないと。僕がやらないと皆死んでしまう……そう思って頑張ります」

「よーし、よく言った!それでこそ男だぜ、林檎少年。当然、俺も出るぜ。トップランカーサマに名指しで頼られちゃあ、受けないわけにはいかんわな。要はグローバルコーテックスの存亡がかかった一戦ってことだろ?やってやるってんだ」

「……あっ。でもよく考えれば、実働部隊を撃破しても、地下水の流入自体が止まらなければ結局終わりですね……」

「んあー、確かに……って、うぉいっ!嫌なこと気づかせるなっつーの!」

「いたっ、すいません!」

「ったく、せっかくテンションアゲてたのに……んで?ボウズはどうすんだ?ん?」

 

同期がすがるような表情で、恩師が全てを分かったような笑顔で、ソラを見つめてくる。

答えなんて、決まっていた。

昼間に、ファナティックの墓前に誓ってきたばかりなのだ。

 

「俺も依頼を受ける。まだ死にたくない、死ぬわけにはいかないんだ。……絶対に勝って、生き残る」

「……はい!頑張りましょう!」

「へっ、そうこなくっちゃな」

 

中央講堂に残ったレイヴンは、13人だった。

 

A-1、エース。

A-2、BB。

A-3、ロイヤルミスト。

B-1、グランドチーフ。

C-1、ソラ。

C-2、トルーパー。

C-4、OX。

D-3、パイソン。

D-4、アップルボーイ。

D-5、サバーバンキング。

E-1、ゲド。

E-5、ビルバオ。

E-6、スパルタン。

 

「……決まったな。半数以上が参加か。思っていたより多いぞ、ロイヤルミスト」

「いいや。雑魚はともかく、ファンファーレ、ノクターン、リップハンターがしれっと出ていきやがった。クソったれ共が……飼い主のミラージュに止められてやがるな」

「作戦への参加はあくまで自由だ。咎めはしない。それに、不測の事態に備えて301に残る戦力も必要ではある」

「はっ……ただの臆病者だ、あいつらは」

「いいさ、それでも。………諸君!」

 

エースが良く通る声を一際大きく張り上げる。

 

 

「この場に残ったレイヴン諸君に、敬意を表する!戦おう!そして、必ずや勝利しよう!高く飛ぶために!!」

 

 

クレスト陥落から、僅か2日後のことだった。

グローバルコーテックスの存亡を賭けた一戦が、始まろうとしていた。

 

 

 




ゲーム本編ではミラージュの依頼を受けて自然区の水没都市で戦う依頼でした。
ストーリーの都合上、大幅な改変が入っています。ご了承ください。


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巨大兵器撃破・2

久しぶりの更新になってすいません。
かなりゲーム本編と乖離したミッション内容になっています。
前話で話を盛り過ぎたせいです。

今回はバズーカ、ブレード、大型ロケット装備のフロートです。
ついに月光が登場します。

右腕部武装:CWG-BZ-50(50発バズーカ)
左腕部武装:MLB-MOONLIGHT(高出力ブレード)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:CWR-HECTO(18発大型ロケット)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAL-MARTE
脚部:MLR-SS/REM

ジェネレーター:CGP-ROZ
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:脚部に内蔵
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)


《……娘が世話になったらしいな》

 

着信を受けた専用端末から、落ち着いた中年男性の声がソラの耳へと流れ込んできた。

通話相手は、先ほどグローバルコーテックス本社の中央講堂で作戦会議に同席したレイヴン、C-2ランカー"トルーパー"だった。

 

「娘……ああ。確かあんた、レジーナの親父さんだったか」

 

ソラはかつて送られてきたメールを思い返していた。

レイヤードがまだどうにか日常を保っていた頃、あるいは管理者の異常がじわじわと表出し始める頃のことだったろうか。

レジーナが受けるレイヴン試験の妨害を阻止したことを、トルーパーに感謝された覚えがあった。

もう、1年ほど前のはずだ。

その後めでたくレイヴンになったレジーナは父親とこのセクション301で再会し、なぜか暴力沙汰を起こしてグローバルコーテックスから警告を受けた――この一件はそんな珍妙な顛末だったのを覚えている。

度重なるレイヤードの騒乱のせいで、わずか1年前の出来事がすっかり昔のことのように思えてしまう。

 

《俺が何かしてやろうとすると、娘はすぐに反発してきてな。まあ、半ば置き去りにするようにレイヴンになったんだ。それも、仕方のないことかもしれないが》

「年頃の娘ってそんなもんじゃないのか?よく分かんねえけど」

《……そうだな。そんなもん、というだけで終わっていればよかったものを。まさかレイヴンに選ばれるとは》

 

ソラは活発で騒々しい後輩の赤毛の少女を思い浮かべた。

確かなセンスを発揮し、傭兵として着実に実績を積んでいたレジーナ。

そんな彼女も管理者の猛威の前にあえなく敗れ去り、今は大人しく病室のベッドの上で窓の外を眺めるばかりだ。

 

《それでも、今日まで生き伸びてくれてよかった》

「……まだ分かんねえぞ。あの大型兵器の侵攻を食い止めなけりゃ、このセクション301だってじきに危ないんだぜ」

《ああ、分かっている。そのために、手を挙げたんだ》

 

携帯端末の向こう側のレイヴンの声は、どっしりと落ち着いていた。

声を聞くだけでも分かる。トルーパーというレイヴンは歴戦と呼ぶに相応しい男だ。

 

「……どうして俺にこんな電話を?」

《本当はもっと早くに君と話をするべきだった。娘は……レジーナは君によく懐いているようだ。もし俺に何かあった時は……》

「やめてくれ。俺とあいつは傭兵の間柄でしかない。たまたま敵対せずにつるんできただけだ。戦場で出会っていれば、殺し合ってた程度の関係だ」

《…………》

「レジーナは……しょっちゅうバカ親父バカ親父言ってたよ。だからこれからも、バカ親父って呼ばせてやれよ」

《……すまんな。この忙しい時に、情けない話に時間を取らせた。手前勝手だが、忘れてくれ》

「分かってるよ。……コーテックスの大一番だ。頼りにしてるぜ、C-2ランカー」

《了解だ、C-1ランカー。戦場で会おう》

 

話を終え、ソラは通路の上から眼下の光景を見下ろした。

専用住居に併設されたガレージ、そのハンガーに固定された黒い愛機"ストレイクロウ"の前を、見慣れた顔の整備士達が忙しなく行き交っている。

 

「よぉし、最終調整だぞ!気合入れてけ野郎共っ!!ミスったら死ぬと思えよ!!」

 

メカニックチーフのしわがれた怒鳴り声に対して、そこら中で野太い声が応じた。

深夜の緊急事態であってもいつも通り準備は万端、頼りになる裏方達であった。

出撃直前にソラがこうして気負わずリラックスしていられるのも、彼らの日々の尽力のおかげだ。

 

「…………。ん、もしもし。レインか?」

《レイヴン、出撃準備中にすいません。管理者の実働部隊が先ほど、セクション306に到達しました。侵攻速度は若干ながら低下。ですが、都市の水没は止まりません。実働部隊の到達に合わせて、地下水を貯蔵している機密ゲートが順次開放されています。……このままですとやはり作戦領域は、セクション303になる予定です》

 

専属オペレーターのレインの声は、普段より遥かに深刻そうで、重苦しいものだった。

迎撃に失敗すれば、大型兵器がこのセクション301に到達し、全てが地下水に沈むのだ。

緊張して当然の状況だった。

 

「303……クレストの協力は得られそうなのか?」

《はい。まだ最低限の機能を残していたクレスト支社より、都市管制システムの操作権限の委譲を何とか受けました。かなり強硬な交渉となりましたが……現在、オペレーションシステムのマッチング作業中です》

 

セクション303か、とソラは口の中で自分の言葉を転がした。

そこはソラが初めて、レイヴンの依頼を受けて出撃した場所だった。

都市部の再開発によって閉鎖が決定した、クレストの兵器開発工場を巡った戦いだった覚えがある。

結局、管理者が決定したあの再開発事業はどこまで遂行されたのだろうか。

あの頃は、まさか都市が管理者の手によって丸ごと水没する事態になるとは、クレストも予想していなかっただろう。

 

《レイヴン、それともう一つ報告が。先ほど水没したセクション307において高層建築に避難していた地下組織"ユニオン"の構成員を名乗る者より、大型兵器の情報が提供されました》

「ユニオンから?大型兵器の情報とは?」

《はい。携帯端末へ転送します》

 

ソラは通話を切らずに、レインから送られてきた動画データを開いた。

か細い非常照明しか残っていない、深夜の水没都市が映っている。

じっと映像を見つめていると、ビルを呑み込んでいる黒い水面が俄かに激しくスパークし、大量の水蒸気を噴き上げながら巨体が姿を現した。

そして四方に無造作に放たれる火球、激しく揺れる画面――動画はそこで終わった。

 

「大型兵器がビル街を攻撃したのか?」

《そのようです。ミラージュ支社の偵察部隊も、同様の発光現象を各セクションで遠方から確認していたようですが、随伴の高機動MTの妨害によって詳細な状況が把握できず、照明弾の類によるものだと推測されていました。今回ユニオン構成員の撮影した映像が最も距離が近く、鮮明なデータになります》

「……映像最後の火球はグレネードキャノンだろうが、スパークしたのは何だ?」

《それが……》

「おそらく、防御スクリーンじゃな」

 

ソラとレインの通話にぬっと割って入ってきたメカニックチーフのアンドレイが、白髭をしごきながら呟いた。

どうやらストレイクロウの調整作業が完了したらしい。

ベテランの整備士はそのままソラの手から携帯端末を奪い取り、端末を傾けては映像データを様々な角度から睨みつける。

 

「……間違いないわい。ヘタクソなレイヴンのせいでACが水中にドボンした時と、よく似た発光じゃ」

「ちょっと待てよチーフ。それじゃ、こいつは……」

《コーテックス本社も同様の見解です。大型兵器は、浮上時に防御スクリーンを展開する機能を有しています》

 

防御スクリーンは、本来アーマードコアのみに許された堅牢極まる防御機能だ。

高出力ジェネレーターによって生み出されるそれは、被弾によるダメージを許容範囲までシャットアウトする無敵の盾となる。

 

「防御スクリーンはACをレイヤード最強の機動兵器たらしめるものじゃが……まさかこんな大型兵器にも転用できるとはのう。流石は管理者サマと言わざるをえんな。どんなイカれた出力のジェネレーター積んどるんだか」

「感心してる場合かよ」

《事前のブリーフィングで決定された作戦プランの修正が必要かもしれません。今、各レイヴンに同様のデータが転送されていますが……》

 

水中を侵攻する大型兵器の撃破方法。

レイヴンが非常招集された本社中央講堂での作戦会議において、最も紛糾した話題だった。

ACはフロート脚部によって水上を走行することこそ可能なものの、水中の敵に対する攻撃手段を持たない。

何故ならば、地下世界における巨大な水場であるアビア湾が、これまで企業の経済戦争の舞台となってこなかったためである。

アビア湾にある施設といえば、破壊すればレイヤード全体に大きな損害を生む各企業の水浄化施設と、富裕層のリゾート地のみ。

奪い合うよりも、貴重な水源となる共同所有物として最低限の折衝で管理する方が合理的だったのだ。

 

そのため、機動兵器において水中攻撃が可能なのは、アビア湾のある自然区沿岸部に少数配備された"シーゴブリン"と呼ばれる稀少な水中用MTに限られていた。

とはいえ、そのMTを確保し、ACの武装に流用する時間もノウハウも、グローバルコーテックスにはなかった。

結局、大型兵器がACを迎撃するために水上に姿を現したところを一気に叩くという、ある種の希望的観測を前提とした作戦プランしかないと、結論づけられた。

唯一の判断材料のシーゴブリンがそうであるように、レイヤードにおける水中兵器の開発は甚だ未成熟であり、潜水時間には当然シビアな限界があると予想されたためである。

だが、その潜水時間の限界によって生じる隙すら、大型兵器は防御スクリーンで埋めることが可能であるというのだ。

ソラは眉間に皺をよせ、唇を噛みしめた。

これで一気に戦闘は難しいものになる。

 

「まあこの映像についてレイヴンに意見を求めたところで、冴えた解決策は出まい。じゃがこれは……ACにとってはむしろチャンスじゃないか?」

「……潜水時間には限りがあるっていう水中兵器の常識が、この大型兵器にもきっちり適用されるからか」

「そうじゃ。しかもご丁寧に、水上に姿を現すタイミングまで教えてくれるわけだしの。あとは、お前さん達の腕の見せ所ってわけよ。なあに、複数のACが束になってバカスカ撃ちまくれば、いかに大型兵器のスクリーンが硬かろうとどうにかなるわい」

《……しかし、敵の戦力は未知数です》

「分かっとる。だがな、オペ子ちゃん。やるべき時にきっちりやるのが、レイヴンの仕事というもんじゃ。のう?」

 

アンドレイはそう言って、ニカっとソラに笑いかけた。

屈託のない、しわくちゃの笑みだ。

ソラは老人に笑顔を返し、携帯端末の向こう側の専属オペレーターに、何とかするさと伝えた。

 

《……分かりました。私からの情報共有は以上です。既に輸送機の手配は完了しています。レイヴンには本社管制室の準備ができ次第、出撃していただきますので、あと少しだけ待機をお願いします》

「了解。レイン、踏ん張ろうぜ」

《……はい。ありがとうございます》

 

通話の終わり際、レインの声が少しだけ和らいだ。

 

「……ふぅ。それにしても、えらいことになったのう。本当に」

 

アンドレイが笑みを崩し、肩を落として大きくため息を吐いた。

 

「キサラギ、クレストと立て続けに潰されてきたんだ。コーテックスだけ平穏無事ってわけには行かなかったな、やっぱり」

「まあ、な。しかし、何だってこんなことをするんじゃ、管理者サマは」

「知るかよ。管理者にメールでも送って聞いてみりゃどうだ」

「もうやったわい。休憩中のお前さんの端末をこっそり拝借して、管理者からのメールに返信してみたことがある」

「やったのかよ……いつだよ爺さん。俺の端末勝手につつくなよ。ACで踏み潰すぞ」

「当然のように、無反応じゃった。子の心親知らずという奴かの」

「ちょっと違うんじゃねえかな」

「はぁ……まったく世も末じゃ」

 

アンドレイは頭をかきながらハンガーに固定されたストレイクロウに視線を向けた。

ストレイクロウは今回、フロート脚部"SS/REM"とバズーカ"BZ-50"を装備している。肩には大型ロケットの"HECTO"だ。

そしてもう一つ、左腕には超高出力レーザーブレード"MOONLIGHT"が新たに装備されていた。

これは本作戦の遂行にあたってコーテックス本社から運び込まれてきた大量の配給パーツに混ざっていたもので、本来ならばミラージュが一部のレイヴンに対して特注生産するパーツだ。

どういう経緯でコーテックスがこれを取得してこのタイミングでソラに供与できたのかは不明だが、ACの持ちうる武装としては最高峰の攻撃性能を誇ることは明白であり、この土壇場でも使い慣れた装備に混ぜて運用するだけの価値がある品だとソラは考えていた。

これらの装備を駆使して随伴のMT部隊を素早く蹴散らし、余力があれば水面に浮上してきた大型兵器への集中攻撃にも加わること。

それが、ソラに与えられた今回の作戦の役割だった。

 

「……つくづく悲しいわい」

「チーフ?」

「ワシらコーテックス職員は、管理者に選ばれてここにおる。それがある種の……誇りじゃった」

「…………」

「だというのに、このままいけば夜明け頃にはこの301は水没しておるとよ。他ならぬ、管理者の手で。なんとまぁ、理不尽なことだ」

 

アンドレイは、いつになく真剣な眼差しでACを見つめ続けていた。

この老人はグローバルコーテックスに所属して数十年だと、かつて言っていたはずだ。

まだ1年と少ししかセクション301に住んでいないソラとは、この現状に対する感情の重さは桁違いだろう。

 

「見てみぃ、若造」

 

アンドレイは身に着けていた作業用手袋を外し、ソラに手のひらを向けてきた。

皺くちゃの大きな手には無数のマメの痕があり、取れなくなったオイルの黒ずみが沁みついている。

 

「何機ものACを、戦場に送ってきた手だ。いくつもマメを潰した。何度も火傷した。爪は生えてきてもすぐグズグズになる。疲労で握力が死んで、工具や端末を握れなくなることなどしょっちゅうじゃ。指がもげそうになって、高度医療に高い金を払ったこともある」

「…………」

「ワシだけ特別なんじゃないぞ。整備士は皆、老いも若きも同じような手をしておる。……何が言いたいか、分かるか?」

 

老練の整備士は傷だらけの手で、通路の手すりを力強く握りしめた。

 

「朝には水に呑まれて、命を失っておるかもしれん。そんな非常事態でもワシらメカニックは、このボロボロの両手でACを整備することしか出来ん。当然じゃ。そのために、ここにおるんだからな。このガレージこそが、ワシらの戦場じゃ。ワシらだけじゃない。同じようにグローバルコーテックスの誰もが、今この難局を乗り越えるために懸命に自分の戦場で戦っておる」

「……ああ」

「機体はいつも通り……いや、いつも以上に万全にした。あとはお前さん次第よ。お前さんはお前さんの戦場で、今回もしっかりキメてこい。命は……預けたぞ」

 

ソラは、ガレージの天井を見上げた。

いつも思っていることだ。

自分はつくづく、周囲の人間に恵まれている。

 

「任せろ」

 

やることは決まっていた。

高く飛ぶ。困難を乗り越えて、少しでも高く。

背中を押してくれる人達に、報いるためにも。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ビルバオ

TITLE:お願いがあります

 

ソラさん、いよいよ実働部隊の迎撃作戦が始まりますね。

 

レイヤードにおいて不可逆的に深刻化しつつあった環境問題の最終的解決として人類の削減を図ろうとする管理者様の意図については、私達も理解しています。

ですが、管理者様は忘れているのです。

我々人類もまた、地下世界の環境の一部であるということを。

それを忘れてしまっては、環境保護という崇高な行いは決して成り立たないのです。

 

人類と自然の正しい調和こそが、環境保護団体"グリーンウィッチ"の理想です。

私と三度同じ戦場に立ったソラさんならば、きっと分かってくれると確信しています。

 

その上で、ソラさんに私からお願いがあります。

もしもこれからの戦いで私が力尽き、志半ばで倒れたその時は、団体の代表としてグリーンウィッチの後事をあなたに託したいのです。

 

ソラさんへの信頼の証として、AC用左腕武装パーツ"MOONLIGHT"を先んじてガレージにお送りしています。

これは以前にミラージュの重役様から私達に寄贈いただいた特注品です。

 

私のお願いに応えていただけるのでしたら、この素晴らしい武装を是非とも戦場でお役立てください。

グリーンウィッチとレイヤードの輝かしい未来を、よろしくお願いいたしますね。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

午前4時。

 

高高度のセクションゲートから、輸送ヘリの編隊が続々と第一層第二都市区セクション303へ突入した。

決戦場に選ばれたのは、セクション304へと通じる地上ゲートの間際に作られた、古めかしい大都市だ。

かなりの数の高層建築が立ち並ぶその都市には、未明にも関わらずまだそれなりの火が灯っていた。

 

「……避難が完了してるわけ、ないか」

 

ソラは輸送ヘリに吊るされた愛機のコクピットの中で、眼下を映したモニターを見つめて呟いた。

目抜き通りのそこかしこには、まるで無秩序な人だかりがある。

深夜の緊急放送を聞いてパニック状態になった市民が、目ぼしい高層ビルに殺到しているのだ。

あと数分の間に、地下水に呑まれるというのに。

 

《……レイヴン。隣接するセクション304の9割が水没したとの報告が。さらに、大型兵器がセクションゲートへと向かい始めたようです。これまでのセクションと同様に、304でも大型兵器の浮上と攻撃行動を確認。……しかし、303市民の避難はまだ》

「誰のせいでもない。それに、俺達がこの局面を乗り越えれば各セクションの生存者を救助できる可能性も出てくる。それよりもレイン、今は作戦に集中だ。ACの投下ポイントまで、あと600だな?」

《……はい。都市管制システムの掌握は完了しています。緊急時の上位操作権限により、各建造物の非常電源及び監視カメラが全て起動されます》

 

気持ちを切り替えたレインの通信から数十秒後、街並みが一斉に輝きを放ち始めた。

煌々とした照明の数々が夜の暗闇を追いやり、一気にソラの視界を開けさせる。

 

《ACを投下します》

「了解。……アルカディアへ。こちらストレイクロウ。指定ポイントに到着した」

 

ヘリから切り離された黒いACが重力に逆らうことなく、市街地のビル群の中に呑まれていく。

ストレイクロウはフロート脚部の浮遊機能によって大通りの中央へ滑らかに降り立ち、機体各部の投光器を起動しつつ、前方を頭部カメラで見つめた。

ACの出現に慌てた避難中の市民達が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うのを、ソラはあえて意識の外に追いやる。

コンソールを操作して市民の悲鳴を拾う傍受機能を弱め、事前にインストールされたマップデータをサブモニターへ映した。

マップ上に赤くスポットされているのは、水没した304から続くセクションゲートだ。

ソラがゆっくりと操縦桿を傾けてフットペダルを踏みしめると、慣れ親しんだ愛機がスポット地点めがけて動き始めた。

 

《こちらアルカディアだ。現在、都市部に異常はないようだ。前衛各機、打ち合わせ通りにセクションゲート手前の広場で合流しよう。移動中に戦場の地形を把握しておくようにな》

 

トップランカーのACから通信が帰ってくる。

ソラが大通りを進んでいると、モニター上部のレーダーに3つの反応があった。

いずれも本作戦において前衛を担当する、友軍のACである。

 

事前の作戦会議で、出撃する13機のACは3班に分けられた。

 

セクションゲート付近で侵入してきた敵MT部隊を素早く先制攻撃する、前衛部隊4機。

A-1エースのAC"アルカディア"。

C-1ソラのAC"ストレイクロウ"。

E-5ビルバオのAC"グリーンウィッチ"。

D-5サバーバンキングのAC"ガスト"。

 

市街地中心部で大型兵器の対処を行う、中衛部隊5機。

A-3ロイヤルミストのAC"カイザー"。

B-1グランドチーフのAC"ヘルハンマー"。

C-4OXのAC"パルテノン"。

D-3パイソンのAC"ガントレット"。

E-6スパルタンのAC"テンペスト"。

 

そして、302へのセクションゲート手前で状況に応じて行動する、後衛部隊4機。

A-2BBのAC"タイラント"。

C-2トルーパーのAC"ヴァイパー"。

D-4アップルボーイのAC"エスペランザ"。

E-1ゲドのAC"ゲルニカ"。

 

前衛はA-1のエースが、中衛はA-3のロイヤルミストが、後衛はA-2のBBが、それぞれ指揮することが決まっていた。

 

《ソラさん……始まりますね、決戦が》

 

ソラが合流地点の広場に着くと、一足先に到着していたビルバオがソラに通信を繋いできた。

 

「ビルバオ……」

《そのレーザーブレード、よくお似合いですね……うふふ》

「……違うからな?別にお前の組織を引き継ぐ気はないからな?このブレードはコーテックスからの補給品だと思って装備してきただけで……ていうかだいたいお前ら何なんだよ。何でミラージュの特注品なんて大層なもんを……ていうか違うわ、作戦に集中しろ作戦に」

《まあ……うふふ》

 

含みのあるビルバオの声にソラは少し狼狽えたが、レーダー上を高速で近づいてくる反応を見て、すぐに集中を取り戻した。

オーバードブーストで急接近してきたのは、ソラのストレイクロウと似たカラーリングの黒いAC、トップランカーのAC"アルカディア"だった。

 

《すまない、遅れたな》

「こっちも到着したばかりだ。まだ敵も現れてない。……ガストは?」

《ソラさん、来ましたよ》

《っとと、すんません先輩達!この街微妙に複雑で……》

 

少々軽薄そうな声音と共に、D-5サバーバンキングのフロートACガストも合流地点にやってきた。

中央講堂で少し話をしたが、レジーナの同期らしいこのレイヴンは年齢も彼女と同じくらいで、まだ幼さが抜けきっていなかった。

レイヴン試験妨害を阻止したソラのことを知っていたらしく、レジーナのようにソラを先輩と呼ぶ、人懐っこい少年だった。

フロートAC乗りがまとめて前衛に集められたのは、MT部隊の迎撃が一段落したらそのまま素早く中衛に合流し、大型兵器相手の火力支援に加わるためである。

 

《さて……各機分かっていると思うが、このセクションゲート付近での先制攻撃はあくまで、大型兵器に随伴するMTの数を減らすことが目的だ。……まあ、気楽にいこう》

《はい、お任せくださいエースさん》

《いや、気楽にって言いますけど、相手はあの実働部隊なんでしょ?それでもしんどい相手っすよ……》

「ガスト、無理する必要はないぞ。手に余ると思ったら後ろに逃がせ」

《えっ。だけど先輩、それじゃ……》

《ストレイクロウの言う通りだ。今回の戦闘は13機もACが参加するんだ。撃ち漏らしても、他の誰かが処理する。後ろを信用しろ》

《本命は大型兵器の撃破、ですものね。MT部隊にはセクションゲートの突破能力はないでしょうから、後回しでもいいわけですね》

《……うっす。了解です。あれ、ビルバオさんって俺の後輩っすよね?なんか妙に落ち着いててすげ……》

 

少し不安げなサバーバンキングを励ました直後のことだった。

304から続くセクションゲートが、ガン、ガンとつんざくような金属音を轟かせ始めた。

前衛班に、俄かに緊張が走る。

 

《き、来たんすか!?》

「……来たな。アルカディア、じきに地下水の流入が始まるはずだ。二脚はビルの上に」

《分かっているさ。……前衛各機、敵部隊の出鼻を挫いて一気に主導権を握るぞ。…………こちらアルカディア!AC全機へ伝達!これより作戦を開始する!!打ち合わせ通り、今後の通信はこのチャンネルでAC全機が共有する!管制室、敵部隊の動きを常に捕捉するようにな!》

 

トップランカーが号令し、ブースターを吹かして狙撃に適したビルの屋上へと向かう。

同時にオペレーターの補佐によって通信機が全レイヴンの共有チャンネルへと繋がり、モニターの左上部に僚機全員のAPが表示された。

ソラを筆頭とした3機のフロートACは同士撃ちを防ぐためにそれぞれ距離を取り、実働部隊のゲート突破を待ち構える。

 

ガン、ガン、ガン。ガン、ガン、ガン。

 

セクションゲートを攻撃する轟音が機械的に響き続ける。

それは何十回目のことだったろうか。

ひたすら続いていた不愉快な金属音が突如ぴたりと止み、セクション303を不気味な静寂が包んだ。

そして。

 

 

ドゴッ。

 

 

分厚い城門を、鋭い金属の大槍がぶち抜いた。

突き穿たれたゲートから、セクション304を満たしていた地下水が怒涛の勢いで流れ込んでくる。

さらに都市全体が地響きで震え、やがて大通りから水柱が続々と、半端なビルよりも高く噴き上がった。

そして駄目押しとばかりに、セクションの壁面からも滝の如く大量の水が流入し始める。

予想通り実働部隊の侵攻開始と合わせて、管理者管轄の機密ゲートが全開放されたのだった。

 

《……おいおい、地獄かよこりゃ》

《はっ、ならちょうどいいな。管理者の狗共をまとめて蹴落としてやれ》

 

通信チャンネルで真っ先にぼやいたのは、ソラの恩師スパルタンだ。

ロイヤルミストが好戦的に笑い、サバーバンキングを含む何人かのレイヴンがおお、と勇ましく吠えた。

操縦桿を握るソラの手にも、力が入る。

 

《……これが管理者様の力なのですね》

 

ビルバオが小さく呟いた。

セクション303の都市部は、前衛が敵の侵入を待ち構える数分の間に一面水浸しになった。

レインからの報告。セクションのあらゆる方角、あらゆる箇所から流入する水量が膨大過ぎるせいで、市街地の各所で大渦が発生しているという。

ストレイクロウがフロート脚部でなければ、脚部が浸かってとっくに身動きが取れなくなっていただろう。

フロート以外のACは皆、ビルの屋上で待機しているはずだ。

市民は、どれほどの数がこの激流に呑まれたか分からない。

だが、無辜の犠牲者達に想いを馳せる暇もなく、ついに敵対者がゲートの奥からその姿を現した。

 

「……!?」

 

報告で聞いていた通りだが、実働部隊の出現は極めて奇妙なものだった。

水面に、無数の卵状の金属塊が浮かんできたのだ。

 

《攻撃開始!!》

 

奇怪な光景に惑わされることなく、アルカディアがビルの上よりスナイパーライフルを発砲。

一撃で卵の1つを撃ち貫いたのを合図に、残る前衛部隊も攻撃を開始した。

ストレイクロウのバズーカが、グリーンウィッチのパルスライフルが、ガストのENショットガンと投擲銃が、分厚い弾幕を形成し、次々に浮上してくる敵機を破壊していく。

しかし。

 

《レイヴン!敵の反応、まだ増えます!》

《ちょっ、数多過ぎだろ!》

 

実働部隊の物量は、想定以上だった。

50を優に越える卵が水面に浮かび、4機のACの攻撃も虚しく、一斉に"孵化"し始める。

丸みを帯びた表面装甲がガチャガチャと複雑で高度な変形を行い、ほんの数秒の内に形を大きく変えていった。

卵の姿から、フロート型高機動MT"カバルリー"へと。

生まれたカバルリー達はすぐさま、目についたソラ達前衛フロート部隊へ攻撃を開始した。

あっという間に密度を増していく分厚い放火の前に、ACは皆卵を狙い撃つ暇もなく、回避行動を余儀なくされる。

ソラはそれでも何とか回避の合間に砲撃して敵を叩き落としていたが、低ランクのビルバオとサバーバンキングはそれも叶わず、必死に逃げ惑うのみとなった。

 

《8機のMTが広場を突破!中衛部隊が迎撃に回ります!》

「ちっ……グリーンウィッチ!ガスト!一旦下がれ!」

《で、ですがソラさん!》

「よく見ろ!こいつらは雑魚だ!冷静に対処できる数だけ相手にすればいい!」

 

真っ直ぐ突っ込んできたカバルリーをバズーカで容易く破壊しつつ、ソラは僚機の撤退を促した。

報復のプラズマキャノンが複数機から乱射され、コクピットモニターに赤い閃光が何度も瞬く。

だがブースタを一気に吹かして大きく動いたストレイクロウは激しい弾幕を上手くやりすごし、返す刀でMT部隊を的確に撃ち落としていった。

どうやら事前に観測された以上の数の敵がいるようだが、幸いだったのはその質だ。

管理者直属の実働部隊にしては、今回の敵MTは性能が高いとは言えなかった。

ソラの体感では、企業が運用する通常のカバルリーと同程度の機動性と火力しかない。

おそらく、潜航機能と変形機能を持たせたせいで大幅に基本性能が低下しているのだろう。

それでも企業MT並の性能を担保しているのは流石に管理者の実働部隊であるが、今のソラにとってはさほど脅威ではなかった。

それにこの決戦に志願するような意識の高いレイヴンにとっては当然、カバルリー程度は冷静になれば数が揃っていようとどうにでもなる相手だ。

だからこそ、浮足立った者達は一度落ち着く必要があった。

 

《ストレイクロウ、やるぞ!》

「アルカディア?水上戦闘だぞ!」

 

大人しく一時後退したグリーンウィッチとガストの代わりに、エースのACアルカディアが最前線に躍り出てくる。

自分よりも前に出たトップランカーのACを見て、ソラは一瞬泡を食った。

二脚型ACが水上戦をやるなど、あまりにも無謀なのだ。

もしも被弾して安定性を失えば、そのまま水中に没してしまう。

下がれ、と言おうとするより先にアルカディアがチェインガンを起こした。

そして驚くことにそのまま空中で、徹甲弾による射撃を開始する。

 

「あれはテン・コマンドメンツと同じ……!?」

 

エースの戦法はあまりにも鮮烈だった。

敵MT部隊のプラズマキャノンの嵐を、通常ブースタとオーバードブーストを駆使して舞うように躱しながら、チェインガンを撃ち鳴らす。

それも、トリガーを引きっ放すような雑な乱射ではない。

狙いすましたような精密射撃が徹甲弾の1発ごとに1機、着実に敵を捉えていくのだ。

さらに被弾でバランスを崩したカバルリーの上に飛び乗り、一瞬ジェネレーターを休めて武器を切り替え、再び空へ舞い上がると同時に今度は軽量グレネードキャノンの爆風で密集していた数機をまとめて吹き飛ばした。

二脚にも関わらず、空中で複数種の高火力な肩武器を使い分けるその技量はまさに、トップランカーに相応しいものである。

 

「やるな……流石はA-1!」

 

ソラは思わず感嘆の息を吐き、しかし見惚れないように自身も眼前の脅威に集中することにした。

意識のギアを1つ上げ、バズーカのトリガーを引く。

大口径砲弾がカバルリーの胴体を的確に抉って爆散させ、さらに反撃の弾幕をオーバードブーストで横滑りにまとめて回避しつつ、追いすがってきた敵機のうち、先頭のフロート機構をマニュアル照準で狙い撃った。

一瞬で失速した先頭を数機の後続が躱せず、そのまま激突してもつれた所に大型ロケットを砲撃、敵をまとめて吹き飛ばした。

ソラは攻撃の手を緩めなかった。水位の上がり続ける水上をフロートで縦横無尽に滑り、今度は高出力ブレード"MOONLIGHT"を展開してすれ違いざまにカバルリーの胴体を薙いでいく。

エースも同様だ。スナイパーライフルで砲身を潰して無力化したカバルリーの群れを即席の足場代わりにして、次から次へとライフルやブレードを振るい、敵の数を減らし続ける。

アルカディアとストレイクロウ――2機の上位ランカーACの働きはMT部隊を一気に押し返し、そこに冷静さを取り戻して合流してきたグリーンウィッチとガストが加わって、形勢は逆転した。

 

《卵だ!浮上してくる卵を狙え!カバルリーになった敵は後回しでいい!》

 

ジェネレーターを休めるために一旦ビルへと戻ったエースが指示を飛ばす。

ソラ達フロート部隊は射撃やブレードで、広場に次から次へと沸いてくる敵MTを、"孵化"する前に撃破し続けた。

何割かは市街地の中央へと逃がしたが、ロイヤルミストが率いる中衛部隊が危なげなく処理する様子が通信で逐一報告されてくる。

浮上してくる敵MTの数は目に見えて減っていき、やがて途絶えた。

 

《よし、終わり!へへっ……ソラ先輩、これもしかしてこのまま行くんですかね?あとは大型兵器だけだし、思ったよりも楽勝じゃ……》

 

調子に乗った声色で、サバーバンキングがソラに呼びかけてくる。

まだこれからだぞと応じつつ、ソラもこっそりと一息ついた。

後方を振り返ると、いつの間にか都市部はもう大半が水没し、残るは一部の高層建築のみとなっていた。

どれほどの莫大な水量が流し込まれれば、こんなことになるのだろう。

たったの十数分で、1つのセクションがこの有様なのだ。

管理者が人類を滅ぼすなど、赤子の手をひねるよりも容易いことなのかもしれない。

 

《これが本当に、管理者様の望みなのでしょうか?》

「……ビルバオ」

 

気づかぬ内に、ビルバオのACグリーンウィッチがストレイクロウの傍へとやってきていた。

そのAPは残り5000。遠くで佇んでいるガストも同程度だ。

激しい前哨戦の中で、よく粘ったと言えるだろう。

ソラとビルバオ、2人のACが肩を並べ、水中に沈みゆく大都市を頭部カメラで見つめ続ける。

都市管制システムにより強制的に非常照明を稼働させられている眩しい建造物の数々が物も言わずに地下水の中に消えていくのは、あまりに非現実的で異様な光景だった。

 

《こうして現地で惨状を目の当たりにして、改めて感じました。これは決して、自然環境の保護が目的というわけではありません。水浄化施設が襲われた時よりも遥かに悪意に満ちた、ただの蹂躙……に思えます。あるいは、この世界そのものを捨て去ろうとしているかのような》

「……そうだな」

《……私達人類は管理者様の庇護の下、地下世界で数百年を生きてきました。その時間は、AIシステムを自分達にとっての神であると認識するのに充分な時間でした》

「…………」

《だからこそ、私はまだ信じられないのです。それほど長い間人類を見守り、自然を正しく育み続けてきた管理者様が、今になってレイヤードを滅ぼそうとしていることが。一体何故でしょうか?何のために、このような恐ろしいことを……?》

 

ビルバオの言葉は真摯なものだった。

これまでの常軌を逸した環境狂いとはまた違う想いが、ソラには確かに感じられた。

ソラが関わってきた人々と同様にビルバオもまた、管理者の行動に何らかの裏があると思っているのだろうか。

誰も彼もが、管理者の行動に違和感を覚えている。

その感覚は、もっと掘り下げていくべきものだ。

ソラがビルバオに言葉を返そうとした――その時だった。

 

セクションゲート付近の水面が、大爆発を起こして水しぶきを撒き散らした。

 

《レイヴン、ゲートが完全に破壊されました!大型兵器が303内部に侵入してきます!》

 

本命の仰々しい登場に、ソラは自身の体温がグンと跳ね上がるのを感じていた。




巨大兵器撃破・3に続きます。
もう書き終わっているので明日の夜にあげます。


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巨大兵器撃破・3

大型兵器戦です。エビだかザリガニだか。
参加人数を盛り過ぎたので、敵の性能も大幅に変更されています。ご了承ください。
本ミッションは登場機体がとにかく多いので、改めて記載します。

◆前衛部隊
A-1エース(アルカディア)
C-1ソラ(ストレイクロウ)
E-5ビルバオ(グリーンウィッチ)
D-5サバーバンキング(ガスト)

◆中衛部隊
A-3ロイヤルミスト(カイザー)
B-1グランドチーフ(ヘルハンマー)
C-4OX(パルテノン)
D-3パイソン(ガントレット)
E-6スパルタン(テンペスト)

◆後衛部隊
A-2BB(タイラント)
C-2トルーパー(ヴァイパー)
D-4アップルボーイ(エスペランザ)
E-1ゲド(ゲルニカ)


《レイヴン、ゲートが完全に破壊されました!大型兵器が303内部に侵入してきます!》

 

《本命のご登場か……カイザー、中衛部隊の攻撃準備は?》

《問題ねえよアルカディア。準備運動も済んだ。さっさと来やがれ。…タイラント!》

《分かっている。後衛は全機散開。戦況次第で中衛に合流させるぞ》

 

ソラはAランカー達の通信が、あまり耳に入らなかった。

ストレイクロウの足元を潜水したまますり抜けていく巨大な機影に、意識を奪われていたからだ。

 

「なんだ、こいつは……!?」

 

大型兵器はゆっくりとゲート周辺の広場を抜け、ビル街に入っていく。

前衛隊長機のアルカディアはビルを飛び移りながら、ストレイクロウを筆頭とする3機のフロートAC達は水上を滑りながら、そのすぐ後方に続いた。

中衛部隊もまた、攻撃に適した高度を持つビルへと移動して、一斉攻撃の準備を整える。

もう周囲を固めるMT部隊はいない。あとは、大型兵器に集中すればいいだけの状況だった。

しかし、敵は銃口を向け続けているACの群れなどまるで意に介さずに水中を進み続ける。

その影はやがて、地下水に呑まれていくビル群の眩しい灯りに照らされた。

赤い。

夜の黒い水面に不釣り合いな、鮮血のような赤さだ。

そして、あたかも水中を羽ばたこうとしているかのような、羽にも似た大型ユニットが2基。

羽を生やした赤い魚。そう形容するのが正しいだろうか。

いずれにせよそれは、既存の機動兵器の枠組みを超越した存在だった。

 

「魚型の兵器、か……」

《ちげーよボウズ。こりゃ"エビ"だ》

「えび?スパルタンの旦那、こいつを知ってるのか?」

《超高級だから俺も一回しか食ったことねえがな……尻尾の部分がなかなかウマ……》

《レイヴン、コーテックスによる大型兵器の予測侵攻ルートを送信します!》

 

ACのサブモニターへ表示されたマップデータ上に、十数本のラインが浮き出る。

しかし。

 

《え、エスペランザです!これってつまり、どこを守れば……?》

《……管制室、ACゲルニカだ。もっとルートを絞ってくれ。これほど広範囲ではカバーできんぞ》

《こちらヴァイパー。先ほど確認したが、地下水の流入に耐えきれずに一部の建物は損壊して押し流されたはずだ。それは計算に入っているのか?》

《水位の上昇が緩やかになってきているぞ。最後まで足場に出来そうなビルのスポットもほしいが……出来るか管制室?》

《おいAランカーサマ!中衛の攻撃許可はまだかよ!?奴さん、もうすぐ射程に入るぜ!》

 

共有チャンネルから、次々にレイヴン達の声が上がる。

レインと個別のチャンネルが繋がっているソラの通信機に、管制室の動揺が伝わってきた。

 

「レイン、今どうなってるんだ?」

《……はい。コーテックス管制室のルート予測は、平常時の都市管制システムのマップデータを参考にしています。つまり……》

「水没都市では役に立たない、か」

《…………申し訳ありません、このような時に。足場に使えるビルのデータはすぐにまとめさせます》

 

了解、とだけ返してソラは前方を進む大型兵器を睨みつけた。

赤い機影は、迎撃側の混乱など素知らぬ顔で悠然と水中を侵攻している。

もうじき都市の中央部、302に通じるセクションゲートへと続く大通りだ。

幸か不幸か、ここまで深く入り込まれればもはやルート予測も何もあったものではない。

 

《チッ……おい、中衛はもうしかけるぞ!前衛部隊、支援寄越せ!》

《こちらアルカディア!前衛中衛は攻撃開始!水中でも構うな!とにかく動きを止めるんだ!》

 

ドンッ。

 

口火を切ったトップランカーのグレネードに続き、前衛4機、後衛5機のACが大型兵器を取り囲み、一斉に砲撃を開始する。

マシンガン、バズーカ、ショットガン、パルスライフル、投擲銃、ミサイル。

水中の敵に対してどれほど有効かなど誰一人気にせず、目標の敵機めがけて散々に火線が降り注いだ。

地上の通常兵器ならば破片すら消し飛ぶ量の弾幕が水面を叩き続け、爆炎と水柱を夥しく発生させる。

しかし、残弾を気にしたのか、あるいはリロードの隙間か、分厚い弾幕が不意に途切れた。

大型兵器は、その場に動きを止めていた。

 

《先輩……やったんすかね?》

 

サバーバンキングがソラに呼びかけた瞬間。

水中から勢いよく何かが放たれた。

連続して、何度も。

煙を吐いて、無数の飛翔体がビルより高く舞い上がる。

 

「っ!垂直ミサイ……違うっ!!」

 

ソラの生存本能が警鐘を鳴らし、ストレイクロウを全速後退させる。

飛翔体が一斉に爆散し、暗い天井から破壊の鉄槍が降り注いだ。

 

《きゃああああっ!》

《うわああっ!!》

 

細く小さな槍の雨が、ストレイクロウの鼻先をかすめて水面を激しく刺し貫いていく。

何とか躱せた。

しかし、多くのレイヴンはそうではなかったらしい。

コクピットモニターの端に表示されている各機のAPが軒並み少しずつ減少している。

大型兵器の近くを追跡しており、槍の雨のほぼ中心にいたグリーンウィッチとガストは特に深刻だ。

APにはまだ若干の余裕があるものの、頭部や腕部が被弾によってスパークしている。

 

《い、一体どうして……!?APはまだあるのに……まさか、防御スクリーンを貫かれた!?》

「ビルバオ、分析は後にしろ!……っ、フロートは下がれ!」

 

悪寒に従って発せられたソラの言葉、その直後。

水面が激しく発光し、水蒸気が噴き上がった。

大型兵器の真っ赤な装甲が、水上に現出する。

 

《出やがったぞ!撃ちまくれっ!!》

 

気炎を上げたロイヤルミストを制するように、大型兵器の尾から再び飛翔体が大量に放たれる。

しかしその攻撃は、2つの群れを作っていた。

1つは、先ほどと同じように上空へと打ち上がる鉄槍の雨。

もう1つは――

 

《えっ!?ちょ、待てって……!?》

 

低空を浮遊する大型の自律砲台複数機が、不意打ちのハイレーザーでガストを焼き尽くした。

断末魔すらなく沈黙し、そのまま水中に没するソラの後輩。

続けて手負いのグリーンウィッチを追おうとしたそれらを、ソラはバズーカで叩き落とした。

 

《あ、ありがとうございます、ソラさん!》

「その損傷じゃ戦闘続行は無理だ!ビルバオは離脱しろ!」

《……!すいません、そういたします……!》》

「他は!?」

 

上空で爆散した徹甲槍の雨は、ビルの屋上に陣取る中衛部隊に襲いかかっていた。

中衛はB-1ヘルハンマー、D-3ガントレット、E-6テンペストと、3機もタンクACを抱えている。

当然大きく被害を受けたのは、彼らだった。

 

《クソったれ!!コンテナミサイルが1つ持ってかれたぞおい!》

《ガントレットもマシンガンを潰された!武装がやられたらどうしようもない!タンク以外は少しでも弾幕の分厚い場所から遠ざかってくれ!》

《ヘルハンマー、頭部小破……!守勢に回っている場合じゃないな……各隊長機!ここは攻め続けるしかないぞ!》

《こちらタイラント……ヘルハンマーの言う通りだ。戦力を温存せずに大火力で一気に決着をつけた方がいい。後衛部隊も全機攻撃に加わる》

 

たった二度の攻撃でAC部隊は圧倒され、攻撃能力を削られてしまっていた。

トップランカーのエースが呻くような声で再度の総攻撃を告げる。

後衛部隊からの補充要員のおかげで先ほど以上の分厚さを形成した弾幕が、水面に浮かぶ赤い怪魚に襲いかかった。

 

「この手応え……やっぱり防御スクリーンか!」

 

適度な距離から敵に大型ロケットを撃ち込むソラ。

いくら大型兵器といえど、装甲自体の防御力はたかが知れているはずである。

複数のACに撃たれて火を噴かないその強度は、まぎれもなくACと同じ防御スクリーンによるものだった。

だが、防御スクリーンとて無敵ではない。

こうして攻撃を加え続ければ、やがては。

そう戦場の誰しもが思ったはずだった。

 

 

大型兵器が、水面から離れた。

 

 

《え?》

 

誰かの声が、通信機からぽつりと漏れ出た。

ACより遥かに大きな図体が水滴を撒き散らしながら、両翼のブースタを爆発させて、空へと駆け上がる。

信じられない異様に、レイヴンは皆、息を止めて見惚れていた。

白い噴射炎は天使の羽の如く、ビルの灯りに照らされた胴体は、暗い夜空に赤々と映えて。

高々と舞い上がった赤い天使は空中にしばし留まり、ゆっくりと旋回する。

罰すべき相手を探すかのように。

やがてそれは、降下を始めた。

ビルの上の、ACめがけて。

 

ゴッ。

 

中衛部隊の1機、C-4ランカーACのパルテノンが上空から敵の突進を受け、逃れることもできずに、そのまま諸共に水中へ引きずり込まれた。

 

《ぐわあああぁぁっ!!》

 

耳をつんざくような絶叫と共に、たちまちパルテノンのAPが0になり、水面が破裂。

パルテノンを構成していたはずの金属片が、浮かび上がってきた。

 

《パルテノンの機体反応が消失……しました。お、おそらく水中で何らかの攻撃を受けたようです》

《す、すごい……ACを一瞬で……》

 

アップルボーイが軽率にも、敵を称賛するような声を上げる。

しかし誰も、それを咎める余裕はなかった。

 

《切り替えろ!次の攻撃でしとめるぞ!》

《AC複数に殴られて無傷なわけはねえ!顔出したところを叩き潰してやれ!》

 

エースとロイヤルミストが、AC部隊の士気を上げようと檄を飛ばす。

だが、共有チャンネルから聞こえてくるレイヴン達の応答は皆、上ずったものだった。

戦場で一定の無敵が保証されているはずのACが、槍で容易く防御スクリーンを抜かれ、突進攻撃で瞬殺されるのである。

圧倒的な格上との死闘。それはレイヴン達が久しく感じたことのない種類の恐怖と言えた。

そうして三度、水中から飛翔体が放たれた。

何らかの仕掛けで防御スクリーンを貫通する、細かな鉄槍の雨だ。

水上を軽快に滑るソラのフロートACは速やかに範囲外へ逃げることが出来たが、ビルの屋上で構えるAC部隊は、逃げ場のないどしゃ降りに削られていく。

それは、上位ランカー達であっても例外ではない。

 

《くそっ……!早く水面に上がってこい!早く!!》

 

焦れたD-3ランカーのパイソンが喚いた。

上空からの槍は、パイソンの駆るタンクACガントレットでは回避困難なのだ。

二脚や四脚ならば機動力で雨の激しい範囲から逃れることはできても、タンク型の場合は甘んじて受け止めることしかできない。

防御スクリーンを貫通する攻撃は、機体の各部を少しずつズタズタに切り裂きながら、搭乗者の神経すらも削り取る。。

そして、レイヴン達が満足に立て直せぬ間にまたも、飛翔体が上空に打ち上げられた。

じわじわと忍び寄る死の気配。

その恐怖に負けないようにしたのか、パイソンはオーバードブーストで大きく雨の外に逃げようとした。

だが、それは失敗だった。

 

「落ちるぞ!ブースタを吹かせ!」

 

上空で起きた悲劇を目の当たりにして、ソラはコクピットモニターに向けて思わず叫んだ。

運悪く空中で槍に大型ブースタを撃ち抜かれたガントレットが失速し、隣のビルに届かず落下を始めたのである。

受け止めてやれる者など誰もいない。

猛牛の如き赤いタンクACはそのまま水面に叩きつけられ、沈み、絶叫して、APが消し飛んだ。

 

《が、ガントレットの機体反応消失……》

 

レインの呆然とした報告が、ソラの耳に入る。

OXのパルテノンも、パイソンのガントレットも、ソラが一度はアリーナで相対した強敵である。

その彼らが、まるで為す術なく散ったのだ。

そのあっけなさは、レイヤード最強の戦力たるレイヴンの死に様ではなかった。

いや、レイヤード最強の戦力という定義そのものが間違っていたのか。

そう感じるほどに、大型兵器は強大だった。

 

《パイソンの野郎、あっさりやられやがって!ばっきゃろーっ!!》

《す、スパルタンさん落ち着きましょう。そうだ、落ち着いて、何とかしないと……ソラさん、まだ無事ですよね?》

「AP見りゃ分かるだろ、エスペランザ。攻撃はビルの上の奴らに対してが中心だ。俺はまだ余裕がある……だが、いよいよマズいぞ」

 

ソラはアップルボーイに応答しながら、各機のAPを確認する。

全員が何かしらのダメージを負っている。

比較的損害が軽微なのは、ソラとAランカーの3人だけだった。

 

《ケッ、これで3機撃墜に1機離脱か。そろそろ頭使わねえとまずいな……おいどうする、トップランカー》

《攻撃のタイミングはあるんだ、カイザー。水面への浮上に、上空での滞空。上空からの突進に巻き込まれて水没すればACでも即死だが、もしもビルの上で受け止めきれれば……大きなチャンスになる》

《ならば、決まりだ。突進をあえて受ける。頑丈で重い、腕利きの囮役がな》

 

またも発射された徹甲槍の雨を範囲外に逃げてやり過ごしながら、Aランカーの3人が素早く対策を練って、レイヴン達に共有した。

B-1グランドチーフのACヘルハンマーと、ソラの恩師スパルタンのACテンペストがオーバードブーストで動き出す。

さらに後衛のACタイラントとヴァイパーがそれに続き、即席の囮部隊を結成した。

4機のACは一際分厚く高いビルの屋上によじ登り、「その時」を待ち構え始めた。

 

《ストレイクロウ、私達前衛部隊の出番だ。何としても再び、水上に奴を引きずり出す!》

「了解だアルカディア!」

 

ソラのストレイクロウは、エースのアルカディアと共に、水中の赤い影へと近づいた。

大型兵器は接近を拒むかのように、今度は大型自律砲台を撃ち上げてくる。

だが、鈍いハイレーザーに被弾する2機ではない。

容易く躱して撃ち落とし、水中の敵を煽るように執拗に砲撃を加えた。

アルカディアはチェインガンで、ストレイクロウはバズーカで。

どちらも水面下にダメージが通る攻撃ではない。

しかしながら、挑発するような2機の攻撃はやがて功を奏し、再び大型兵器が浮上してきた。

防御スクリーンの展開で水面が発光し、非常照明の照らす大通りを、さらに明るく輝かせる。

 

《出てきたぞ、カイザー!》

《ぶっ殺せ!!》

 

またも多数の砲弾が敵めがけて殺到した。

三度目の正直がついに戦果を上げるかと誰もが歯を食いしばる中、現れた大型兵器は被弾をものともせず、再び羽のブースタで大仰に飛翔を始める。

 

《各機砲撃中止!囮部隊に任せるんだ!……これで終わらせる!》

 

ビル街の上空で先ほどと同様に滞空を始めた赤い天使に対して、タイラントの指揮の下、4機のACが火力をぶつける。

それを受けて天使の矛先が、まんまと囮に向いた。

タイラントとヴァイパーがその場を離脱した直後、再び降下が始まる。

 

《へっ。逃げてもいいぜ、B-1》

《Eランカーを置いてか?馬鹿を言うな》

 

軽口を叩き合うタンクAC2機がオーバードブースト及び通常ブースタを同時に起動、最大推力で大型兵器と真っ向からぶつかり合った。

もちこたえたのは一瞬。

しかし、その一瞬の間に、敵は巨大な爆炎に包まれた。

ヘルハンマーの大型ミサイルと、テンペストのコンテナミサイルがそれぞれ撃ち放たれ、零距離で炸裂したのだ。

夜空を明からせる大爆発によって大型兵器は突進の勢いを削がれ、ブースタの噴射も途切れ、装甲をギャリギャリと擦りながら、ビルの屋上に横たわった。

それはわずかな間だったかもしれない。

だが、歴戦の強者達は千載一遇の好機を見逃さなかった。

ある者はフットペダルを踏み込み、ある者は両手のトリガーを引き絞り、そしてある者は大きく弾き飛ばされながら喝采を上げた。

もはや前衛も中衛も後衛もない。

渡り鴉の群れが、獲物に殺到した。

 

勝った。

 

誰もがそう思った。

 

まばゆい閃光が、それを否定するまでは。

 

 

ズアッ。

 

 

ビルの屋上で、光が爆ぜた。

水上からエース達の総攻撃を見上げていたソラにとっては、見覚えがある光だった。

かつて下水溝で相対した、大蜘蛛が放っていた大熱波。

掴みかけた勝利を否定し、嘲笑う、悪魔の輝き。

複数のビルが光の渦に呑まれ、たちまちに蒸発した。

ソラの視線が反射的に、僚機のAP表示に向かう。

 

アルカディア、タイラント、カイザーはいずれもAP1000以下。

ヴァイパー、ゲルニカはAP0。

突進を受け止めたヘルハンマーとテンペストもまた、瀕死の状態で既に水没している。

何とか無事と言えたのは、控えめな気性ゆえに突撃しなかったアップルボーイのエスペランザと、水上に待機していたソラのストレイクロウだけだった。

 

《……っ、ヴァイパー及びゲルニカの反応消失!各機の被害……甚大です!》

 

レインの通信に少し遅れるように、光が収まっていく。

ソラはビルを消し飛ばしたまばゆい残光を見上げながら、歯を食いしばった。

ヴァイパーに乗るトルーパーとは、作戦開始前にレジーナの話をした。

ゲルニカに乗るゲドとは、これまで何度も協働した仲だ。

腕利きの傭兵達が何人も何人も、理不尽な力の前に消えていく。

ソラの胸の内にあるのは、悲しみより怒りだった。

 

「くそっ、くそが……ただの、無人兵器の分際で……」

 

赤い天使は、消滅したビルの上に陣取り、装甲表面の防御スクリーンを激しく明滅させながら、ブースタを噴射して滞空していた。

羽型のユニットから白い噴射炎の火の粉が飛び散る様は、荘厳ですらあった。

しかし、どれほどの威容を誇ろうとも、ソラにとってやはりこの大型兵器は実働部隊のAC達と同じだった。

無機質で、人間を一方的に滅ぼそうとする、血の通わぬ兵器。

神たる管理者の使徒に相応しい、おぞましい化物。

高く飛ぼうともがく自分を阻む、排除すべき障害。

ソラの目には、そう映っていた。

 

「っ、舐めやがって……」

 

頭が熱い。耳鳴りがする。

多くのレイヴンを退けた強敵を前にして、操縦桿を握る指先に力が満ち満ちていく。

これまで、多くの理不尽を乗り越えてきた。

だから、簡単なことだ。

今回だって、乗り越えればいいだけだ。

ソラの思考は、耳鳴りの中で鋭く研ぎ澄まされていった。

 

《……ラさん!ソラさん!!エースさんの通信聞こえなかったんですか!?一度撤退して、立て直さないと!》

「ああ。お前は退けよ、アップルボーイ。後は俺がやる」

《!?何を言って……》

《撤退すべきです、レイヴン!現在、コーテックスが残る全レイヴンに緊急出撃要請を行っています。それで何とか戦力が集まりさえすれば……》

「間に合わねえし、集まらねえよ。この場に来なかった奴らが、もっと切羽詰まった状況で来るわけねえだろ」

《で、でもあの敵は普通じゃないですよ!》

《防御スクリーンの影響で、目標にどれだけのダメージが通っているかも把握できません!そのような状況で……!》

「アップルボーイ、レイン、止めないでくれよ。ここまで追い詰めたんだ。あれだけバカスカ撃ちまくって、効いてないわけがない。あと一歩で終わるかもしれない。それに、ここで逃げてセクション301が沈んだら、死んでいった奴らが虚しすぎるだろ」

 

ソラは通信機の電源を落とした。

これで僚機のレイヴン達の声も、オペレーターの声も、一切の雑音が入ることはない。

静かだった。ACの振動と駆動音だけが、伝わってくる。

感情的になっているのは分かっていた。

撃破されたレイヴンは皆、知己だ。

それが間違いなく影響している。

だが、もっと深いところで、これを乗り越えられないようではとレイヴンの本能が叫んでいた。

AP残り5500。

バズーカ残弾15。大型ロケットは8。

レーダー上に残存していた味方の光点は、範囲外へと消えていった。

滞空する敵に対して、フロートAC一機でやれることは、ごく限られている。

 

ソラは荒く息を吐き、サブモニターのマップデータに視線をやった。

管制室がピックアップした、充分な足場を持つ未水没のビルがスポットされている。

どうやら水位の上昇は止まったようだ。

残っているビルは、もう僅かしかない。

セクション303は、死んだも同然だ。

ここで食い止めなければ、隣の302も、コーテックス本社のある301も、こうなってしまう。

 

――やらせるか。

 

ソラは歯を食いしばり、操縦桿横の赤いレバーを引いた。

ストレイクロウの頭部カメラが大型兵器を見据え、コアからせり上がった大型ブースタが唸る。

猛烈な急加速が、強敵めがけてソラの身体を暗い偽物の空へと運んでいった。

 

「行くぞ……俺が相手だ!!」

 

バズーカが吠え、大口径砲弾が大型兵器の羽型ユニットにぶち当たる。

敵は多少揺れただけで特に支障もなさそうに、羽をストレイクロウに向けてきた。

これまで見せなかった行動。

だが羽の下部から砲塔が露出した瞬間、ソラは操縦桿を思いきり横に捻った。

紅蓮の火球が両翼から放たれ、ストレイクロウの後方のビルに直撃して大爆発を起こした。

かなり強力なグレネードキャノンだ。

この戦いでは今まで使っていなかったが、ユニオンの映像で事前に確認していた武装である。

 

「っ、まだまだぁ!」

 

空中をオーバードブーストの推力で大きく横にスライドするストレイクロウは、細身のビルの上に降り立った。

再びトリガーを引き絞り、バズーカで何度も砲撃を加える。

的が大きすぎて、FCSの精密捕捉を待つ必要もない。

砲撃の合間にソラは、上空に伸びる白い噴煙を視認した。

もう一度オーバードブーストを起動し、今度はより高く、大型兵器により近いビルにまで高速飛行していく。

直前まで陣取っていたビルは、徹甲槍の雨を受けてたちまち穴だらけになってしまった。

 

「…………!」

 

次のビルへとフロート脚部を乗せた瞬間、ソラは大型兵器からの"視線"めいたものを感じた。

大型兵器は完全にソラに注意を向けたらしく、尾の部分から自律砲台を複数切り離していく。

だが、それらの自律砲台は接近してこず、大型兵器の周辺に滞空した。

守りを固めるかのような敵の挙動は、先ほどまでとは明らかに異なるものだ。

防御スクリーンの明滅も、いっこうに収まる気配がない。

相手もかなり消耗しているのだろうか。

 

「ビビってるなよ……デカい図体して!」

 

武装を大型ロケットに切り替え、敵の胴体の中心に数発浴びせつつ、ソラは視線を左右に走らせた。

――思った通りだ。ここからさらに斜め右前方の大きなビルに飛び乗れば、一息つきつつブレードで斬り込める間合いに入る。

こちらの部隊をまとめて薙ぎ払ったあの大熱波も、今の疲弊具合ならば容易く連打もできまい。

まだチャンスはある。

 

ドウンッ。

 

そこまで思考したところに敵の大火力攻撃が再度放たれる。

巨大な火球を、ソラはフロートの内蔵ブースタを全開にしてビルから飛び降りるように躱し、予め起こしてあったオーバードブーストで一気に上昇した。

次の目標、足場となる右前方のビルへ。

 

「っっ!?」

 

だが敵大型兵器は、ソラの狙いを察知していた。

グレネードを目隠しにして、自律砲台の群れを目標のビルの上に移動させていたのだ。

迎撃のハイレーザーがばら撒かれ、圧力をかけてくる。

ビルの周囲を旋回して弾幕を避けたソラが、舌打ちしつつもバズーカで砲台を片づけようとした瞬間。

 

コクピットモニターに映っていたバズーカが、上空からの槍の雨に貫かれて爆散した。

 

ソラの思考が一瞬止まり、すぐさま最高速で動き出す。

グレネードから自律砲台、そして徹甲槍に繋がる緻密な連続攻撃だ。

残る武装はロケット3発とレーザーブレード。

空中で槍を浴び続ければ、オーバードブーストが破損する恐れがある。

今は逃げるしかない。

いや、再度近づこうとしてもこの連続攻撃で防がれるならば?

フロート脚部はそもそも空中戦に向いていない。

接近するチャンスはもうないかもしれない。

今は、少しでもダメージを与えなければ。

勝てない。攻撃しなければ。

勝てない。勝てない――

 

「……クソがぁぁっ!!」

 

降り注ぐ槍を何とか無理やり突破したストレイクロウは、そのまま残りのロケットを撃ち尽くしながら大型兵器に直接迫った。

迎撃のグレネードを躱して高出力ブレードを発振し、頭部と思しき部位に横合いから斬りかかる。

明滅する防御スクリーンに青白いレーザー刃が干渉し、激しく稲妻を飛び散らせた。

やぶれかぶれだった。

これで落ちてくれと願っての突撃だった。

下がりそうになる高度をブースタで無理やり維持しながら、ジェネレーター容量のもつ限りレーザーブレードを当て続ける。

大熱波を放つ隙もあるまい。

防御スクリーンを一瞬でも解除すれば、頭部を"MOONLIGHT"が斬り潰すのだ。

それを分かっているのか、大型兵器は不用意な迎撃はせずにずっと耐え続ける姿勢を見せた。

 

ズガガガガ。バチバチ。ガガガ。

 

斬撃をしかけて、何秒経っただろうか。

5秒か。まだ3秒か。

ジェネレーターの容量がレッドゾーンに入る――入った。

今すぐ攻撃をやめなければチャージングで防御スクリーンが消え去る。

そうなれば死ぬだけだ。

だが諦めきれなかった。

あと1秒こらえれば勝てるかもしれない。

あと1秒。いや0.1秒でも長く――

 

 

 

 

 

しかし、勝利は訪れなかった。

 

レーザーブレードが無情にもかき消えたのだ。

コクピット中にアラートが鳴り響いて、機体の自由落下が始まる。

大型兵器が静かに身じろぎして、力尽きたストレイクロウを弾き飛ばした。

 

「……嘘だろ」

 

グレネードキャノンが、こちらに向いていた。

APは残っていても、チャージングで防御スクリーンがパワーダウンしている。

大火力を受け止める余力は、ない。

 

届かなかった。

負けた。

負けたのか。

ソラは事実を受け止めきれずに、操縦桿を握りしめて、向けられた砲口を呆然と見つめていた。

そして、グレネードが唸りを上げて。

ACの脇をすり抜けていった。

 

「!?」

 

大型兵器の羽にミサイル弾幕がぶち当たったのである。

続けてグレネードが数発飛来し、これも命中した。

援軍。

違う、戻ってきたのだった。

撤退したはずのAランカー3人とアップルボーイが、戦闘領域まで戻ってきたのだ。

ソラが重力に引かれて水上まで落ちていく中、激しい火器の応酬が上空で行われ始めた。

 

「皆、どうして……」

 

水面に降りたソラのストレイクロウの前に、緑色のフロートACが物言わず滑り寄ってくる。

やることは決まっていた。

ソラは己の頬を拳でぶん殴り、通信機の電源を入れた。

 

 

「ビルバオ!パルスライフルを貸してくれ!」

 

 

ジェネレーターの回復を待ち、ストレイクロウは再びオーバードブーストで空へと舞った。

レイヴン達が敵対者と激しく撃ち合う空に、地下世界の偽物の空に。

ソラの復活を察知した天使が視線を向けてくる。

そして、降下し始めた。

空中からの突進攻撃だ。

ストレイクロウを轢き潰し、そのまま水中へと逃げるつもりなのだ。

 

「勝負だ化物ぉ!!」

 

足しになるかも分からないパルスライフルを撃ちっ放し、ソラは吠え猛った。

大型兵器がストレイクロウめがけ、真っ直ぐに突っ込んでくる。

ぶつかる。

ぶつかれば、そのまま死だ。

だがソラの心に迷いはなかった。

左腕の操縦桿を操り、高出力ブレード"MOONLIGHT"を発振させる。

そして迫る巨体を真っ直ぐ見つめて、フットペダルを僅かに強く、踏み込んだ。

 

「あああぁあぁっ!!!」

 

突進を紙一重で躱し、すれ違いざまに大型兵器の頭部から尻尾までを、ブレードで思いきり斬り裂く。

防御スクリーンが弾けて失せ、真紅の装甲にレーザー刃がついに届いた。

両断された大型兵器は水しぶきを盛大に跳ね上げながら、水中へと消えていった。

そして、二度と浮き上がってこなかった。

槍の雨も、自律砲台の群れも、グレネードキャノンも。

赤い天使の猛威は二度と、レイヴン達を脅かさなかった。

 

 

人工太陽が東に上った時。

セクション301とグローバルコーテックス本社はいつものように、地下世界の静かな夜明けを迎えていた。

 

平穏に、無事に。

 

 

 




ゲーム本編だと案外ステージが狭いし離れたら攻撃が痛いしで、とにかく突っ込んで鼻先を火炎放射器で炙る感じになるミッションです。
別に飛びませんし、ミサイルも普通の垂直ミサイルです。
本作でこうなったのは、話の流れで参加レイヴンを増やしすぎたのでバランスを取るためです。
かなり反省しています。

今回の顛末は、今後の話にも影響していく予定です。
次回は年明け以降になります。

◆死亡者
C-2トルーパー(ヴァイパー)
C-4OX(パルテノン)
D-3パイソン(ガントレット)
D-5サバーバンキング(ガスト)
E-1ゲド(ゲルニカ)


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侵入路探索・1

お久しぶりです。更新が滞っていてすいません。
ペースは多分上がりませんが、あと少しですので、頑張って完結まで続けます。
侵入路探索・2は明日更新予定です。


セクション301西部、レイヴン共同墓地。

 

「クソ親父、死んじゃった」

 

灰色の空に、ぽつりと声が上がった。

ただ事実を復唱しているだけの、少女の小さな声だった。

 

その場に居合わせた誰もが黙して俯く中、車椅子に腰かけた赤毛の少女は、父の墓の前で小さく嗚咽した。

 

 

………

……

 

 

「……レイヴン。レジーナさんは、立ち直れるでしょうか?」

 

専属補佐官に連れられてレジーナが帰った後、ソラはレインと一緒に墓地のベンチに座っていた。

先の大型兵器との戦闘で死亡したトルーパーの墓参りに来たのは、何も娘のレジーナに求められたわけではない。

ただ、同じ瀬戸際の戦場に立った者として、腹を割って言葉を交わした者として、最低限の義理は果たしておこうと思ったのである。

この後は、他のレイヴン達の墓も見て回る予定だった。

既に散った者達に何かをしてやれるというものでもないが、そういう機会があっていいとソラは考えていた。

 

見上げる空の雲は、いつも通りの分厚さだ。

何の面白みもない、息が詰まるような作り物の景色。

 

「俺は物心つく前から孤児院で育った。親を亡くすってことの痛みが本当の意味では分からない。悲しいことだとは思うけど、心の底から共感してはやれない。レインはどうだ?」

「私は……」

 

レインは携えてきた分厚い封筒を強く抱きしめた。

 

「今でも連絡を取り合っている両親がいます。まだ、無事なようですが」

「そうか」

「……ですが、レイヤードがこんなことになってしまった以上、いつまで無事でいられるかと思うと……」

 

重たい沈黙がベンチの上を包んだ。

第二都市区で有数の人口を誇っていたセクション群が、管理者の力の前にたった半日で地下水に沈んだのだ。

そしてこのセクション301すら、存亡の危機に立たされた。

もはや地下世界に、安全な場所など存在しなかった。

 

「それでも、レジーナはレイヴンだ。自分で望んでなったわけじゃなくても、管理者に適性を認められて、これまでその力を磨いてきた。レイヴンに相応しい実績を上げ続けてきた。これからのことを思えば……トルーパーの死は乗り越えないとやっていけない」

「……はい」

 

レインは沈痛な表情を隠しきれていなかった。

目を伏せ、何かに耐えるようにじっとしている。

同じ様子を、ソラはこれまで日常的に見てきた。

ガレージに詰めている整備士達も、こういった仕草をするようになっているのである。

誰もが、自分自身や大切な人の命を奪われる危機に立たされている以上、それも仕方のないことかもしれない。

彼らに対してソラは、何もしてやれることがなかった。

 

「…………急に黙ってしまいすいません、レイヴン。これからの話をしましょう。本来はブリーフィングルームで話すべきことですが、資料を持参してきましたので」

「急ぎの報告事項があるのか?」

「ええ」

 

レインが封筒から取り出したファイルを受けとり、ソラはその中身を改めた。

先日撃破した大型兵器に関する報告書のようだ。

確かに本来は専用住居で話す内容だが、レイン自身も気分を変えたいのだろうと思い、そのまま話を続けることにした。

 

「まず先の戦闘の事後報告からです。戦闘中、大型兵器がACの防御スクリーンを貫通する攻撃をしかけてきたのを覚えていますか?」

「ああ、垂直ミサイルから徹甲槍が降り注ぐ攻撃だな。あれで一気に俺達は態勢を崩された」

「戦闘終了後にビルの残骸から敵の使用した弾薬を採取できたのですが、レイヤードに普及している兵器と明らかに異なる点がありました」

「……ん」

 

ソラはレインのつけている付箋のページをめくった。

 

「……未確認の重金属粉?」

「はい。今まで確認されたことのない金属粉で、徹甲槍全体がコーティングされていたようです。組成はまったく未知の物ですが、放射性物質とも異なる強い毒性を持つ可能性があるらしく」

「これが防御スクリーンに干渉して、そのまま貫通するような効力を発揮するのか?」

「まだ確実な検証結果は得られていませんが、他に目立った特徴がない弾薬でしたので、その可能性が高いと思われます」

 

防御スクリーンによる強靭な防御力は、戦場におけるアーマードコアの優位性を支える大きな要素だ。

だが、管理者がこれを強引に突破する方法を備えているのであれば、これほどの脅威はなかった。

もっとも、ACの設計図や運用思想は元々、管理者が作り上げて人類に提供したものだ。

創造主が自分の創造物を破壊する方法を知り尽くしていたとして、何ら不思議はない。

 

「今回戦闘をズルけた腰抜け連中が、ますます戦場に出てこなくなるな」

「……そうですね。今回のような特殊な機動兵器だけでなく、通常の実働部隊MTに搭載される可能性もあるわけですから」

「逆にこの徹甲槍をかき集めて、ACの兵器として応用することはできないのか?」

「採取できた絶対数が足りませんし、この金属粉がどういう作用によって貫通効果を生んでいたのか、それも分かっていません。再現して武装に転用するのは、ほぼ不可能でしょう」

「……結局、管理者サマはすごいってことを再認識しただけか」

「はい。また、水中に没した大型兵器の残骸を回収するプランもありましたが、ミラージュ支社からの妨害によって回収作業はできていません」

「ミラージュが?何でだよ。戦闘のあったセクション303は元々クレストの管轄だろ」

「分かりません。コーテックスが管理者の大型兵器を保有するのを危惧したためでしょうか?……ただ不可解なのは、今回被害のあった各セクションにおける市民の救助活動への協力についても、ミラージュは拒んでいるという点です」

「……何でそんな」

「さらには、このセクション301に対する物資の流通協力を打ち切るという通達までありました」

 

ソラは大きくため息をつき、頬を擦った。

ここに来てミラージュがグローバルコーテックスの妨害をするのは、何故だろう。

コーテックスの影響力増大を恐れたのか、あるいは救助活動や大型兵器の検証によって管理者の怒りに触れることを恐れたのか。

それとも、もう他者の面倒を見る余裕すら無くし、ただ息を潜めるだけになってしまったのか。

いずれにせよ、今回の戦闘がもたらした影響は計り知れなかった。

 

「……俺達は、やっていけるのか?」

「セクション301の物資確保ルートはミラージュ以外にもあります。管理者が定めた緊急時用の備蓄もです。戦闘及び日常生活にただちに影響が出ることはありません。しかしながら……」

「このまま事態が改善せず悪化していけば、いずれ……か」

「……はい」

 

重苦しい空気が、ソラとレインの周囲に充満していた。

いや、重苦しいのはレイヤード全体と言っていいだろう。

もう、地下世界に住む人類全てに後がなくなりつつあるのだ。

ついに狙われたグローバルコーテックス。

クレストとキサラギは既に倒れ、ミラージュもまた存在感を失いつつある。

メディアは終末論めいた報道を垂れ流し、市民は明日死ぬかもしれない恐怖を抱えて生きている。

このままでは――

誰もがそう考える時期に来ていた。

 

「レイヴン。それと……それともう一つ。その……極めて重要な依頼が件のミラージュから……」

「……ソラ?こんなところにどうして?」

 

不意に横からかけられた声に、ソラは頭を上げた。

そこにいたのは、これまで何度も協働してきたB-3ランカー"ワルキューレ"だった。

 

「一度席を外しましょうか?」

「ああ。悪いな、レイン」

 

レインが遠方に去ったのを見届けた後、金髪がまぶしい妙齢の女レイヴンが入れ替わりにソラの隣に座ってきた。

ワルキューレと会うのは、クレスト本社の防衛戦以来だ。

雷雨の降る中、彼女が管理者の力の前に慟哭していたのをソラは覚えていた。

 

「ごめんなさい。話の途中に」

「ロイヤルミストが心配してたぜ。いや、怒ってたって言うべきかな」

「知ってるわ。四六時中メールが届いてたもの。何でも人に押し付ける面倒くさがりな癖に、メールをまめに打つのだけは飽きないんだから」

「ははは……」

 

ワルキューレは手提げ籠を携えていた。

花束を誰かの墓前に捧げていたのだろうか。

 

「あなた、こんな時にどうして共同墓地に?」

「墓に来るんだから墓参りに決まってるだろ?まあ、レジーナの奴の付き添いっていうか付き合いだけどな。それと、今回の大型兵器戦で死んだ連中には、馴染みの奴もいた」

「……そう。真面目なのね」

「あんたこそ」

「私は……言い訳に来ただけよ」

「言い訳?」

「そう、これからすることの言い訳」

「何だよ、これからすることって?」

 

隣で押し黙ったワルキューレに続けて声をかけようとして、ソラは息を呑んだ。

そのレイヴンはまるで絶対の窮地に立っているかのように虚ろな空気を漂わせていた。

死の気配、とでも言うべきだろうか。

茫洋とした瞳は墓石の群れを見ているのではなく、何かもっと遠くの、決して届かぬものを眺めているように思えた。

 

「あなたはこの世界のことを、どう思ってる?」

「この世界?」

「そう。管理者が作って、管理者が壊そうとしているこのレイヤードのこと」

「…………」

「クレスト本社があっという間に陥落したあの日からずっと、そんなことを考えていたわ。もしこのまま管理者が何もかも壊して終わりなら、私達の……いえ、私の人生に何の意味があったんだろうって。レイヴンとして誇りを持って生きてきたことに、何の価値があったんだろうって」

「……そんなこと」

「分かってるわ。意味のない問いであることくらい。でも、世界の終わりなんてものが現実味を帯びてきているのよ。考えたって、いいわよね」

 

ソラはワルキューレの言葉に答えられなかった。

あの日、雨の中で彼女が泣いていた時と同じだ。

レイヴンの存在意義を真摯に問うワルキューレの言葉は、彼女の心の表象である。

生半可な答えなど、出すべきではない。出せるわけがない。

 

「私は……全てが終わってしまう前に、私の人生に答えが欲しいのよ。レイヴンに選ばれて、これまでやってきたことの意味が、成果が、どうしても欲しい。どんな形でもいい。自分が納得できるならそれでいい。だから」

 

ワルキューレはふらふらと立ち上がった。

 

「……アリーナ。ロイヤルミストみたいなバカほどじゃないけど、私もアリーナが好きだった。レイヤードで最も高みを飛ぶ存在、トップランカーになりたいってずっと思ってた。Bランクまで来たんだもの。もうじき、Aになれたかもしれない。だから」

 

続く言葉を、ソラは待った。

だが、続く言葉はなかった。

ワルキューレは空っぽになった籠をベンチに置いたまま、共同墓地の出口へと歩き始めた。

 

「ワルキューレ?」

「ソラ。レイヴンの先輩として、最後におせっかいさせて。墓場に来るのはもうやめなさい。レイヴンたるもの、前だけを向いて飛ぶべきだわ。エグザイルに勝ったあなたなら、できるはずよ。……ロイヤルミストのこと、お願い。さよなら」

 

ワルキューレはそのまま、去っていった。

墓地の反対側から、レインがゆっくりとベンチに戻ってきている。

 

「……あんたはどうなんだ。墓場に来て、何の言い訳だよ」

 

その問いに答える者がいなくても、ソラには何となく彼女がどこに向かうのか分かっていた。

戦場だ。

レイヴンとして生きた証を残すための戦場に、彼女は向かったのだ。

 

最後の戦場に。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

レイヴン、我がミラージュ及びレイヤードの全市民を代表しての極秘の依頼だ。

第四層エネルギー生成区の東端に位置するマグナ遺跡へ向かってほしい。

 

このマグナ遺跡は、公にはレイヤード建設当初に稼働していたエネルギー生成施設の遺構ということになっているが、実際には遺跡の奥深くに、管理者の元へと続くゲートが存在する。

この侵入ルートはかつてミラージュが地下世界最初の"企業"として力を発揮し始める前、ミラージュの前身となる組織の指導者が、管理者より与えられた最重要機密だ。

実際に使用された例は未だかつてなかったが、ついにその封印を解く時が来た。

 

実働部隊の襲撃、人工気象システムの異常、そして先日起きた都市部への地下水の流入――管理者の暴走による地下世界の被害は、拡大する一方だ。

レヒト研究所からのアクセスプログラム実行も失敗に終わり、キサラギに続きクレストの本社も壊滅して力を失った今、もはや我々が管理者そのものを攻撃する以外、現状を打開する手は無いと考えている。

 

レイヴンへの依頼はただ一つ。

遺跡内部のゲートから続く侵入路を探索し、最奥の管理者を攻撃することだ。

 

報酬に関しては、そちらの言い値で支払おう。

金銭のみならず、どのような代価であっても、必ず用意することを約束する。

 

なお、万全を期すために今回の依頼にはこちらが選抜した僚機を同行させる。

協力して作戦にあたってくれ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

夕暮れ時。

専用住居に併設されたブリーフィングルームに一人、ソラは佇んでいた。

窓から差し込む人工太陽の夕焼けを横目に感じながら、じっと待っていた。

 

ピー。ピー。

 

「……もしもし」

《ご連絡ありがとうございます、レイヴン"ソラ"。私に何か?》

 

どこか機械的な態度の女性の声が、携帯端末のスピーカー越しに、ソラの鼓膜に届く。

 

「あんたに話があるんだ。ユニオン副官、フレデリカ・クリーデンス」

 

フレデリカ・クリーデンス。

グラン採掘所の戦闘以降関わりを持った、非合法の地下組織"ユニオン"の副官にして、管理者の補佐を行う"AI研究所"の職員。

ソラが知る限り、このレイヤードで最も管理者に近い人物である。

束の間の沈黙が一人きりの室内に満ちる。

静寂を破ったのは、ソラの唸り声だった。

 

「あー…………悪い。なんか気が抜けた」

《なぜですか?》

「いや、なんていうか、あんたの声を聞いたら……なんでかな」

《ごゆっくりどうぞ》

 

いつかどこかで聞いたような、けれども中々思い出せないフレデリカの声。

機械的ながら何となく落ち着く、しかしざわつきも覚える不思議な声を聞きながら、ソラは頭の中で渦巻いていた思考を一度整理するように努めた。

結局、言葉が喉から出るまでに十数秒かかってしまった。

 

「……まずは世間話、ってわけじゃないんだが。今、あんたらユニオンはどうしてる?」

《はい。ユニオンは現在、第一層第二都市区セクション302を拠点としています》

「セクション302って……俺達の301のすぐ隣のセクションじゃねえか。確かこのどたばた騒ぎの中で封鎖されたはずだが」

《ええ。所管のクレスト支社も実働部隊の襲撃を受けながら封鎖地区の哨戒を続行するわけにもいかないらしく、穏便に勢力を集結することができました。コーテックスの働きのおかげで地下水の流入被害も受けていません。キサラギの残党とは別行動を取っていますが》

「構成員が大型兵器の映像を提供してくれたから、まだ活動は続けていると思っていた。グラン採掘所での戦闘以降あんたらの動きがいまいち分からなくなっていたが、まさかこんな近くにいたとはな」

《その節はお世話になりました。ユニオンの指導者に代わり、改めてお礼を申し上げます》

 

別にいい、とソラは返した。

グラン採掘所の一件は、キサラギからの依頼を受けて遂行しただけのことなのだ。

キサラギから成功報酬をもらった時点で、決着がついた話である。

 

「今後、ユニオンはどうしていくつもりだ?」

《計りかねている、という表現が相応しいでしょう。主にミラージュの動向についてです》

「そうか……そうか」

 

ソラは携帯端末を手にしたまま、空いている方の手でブリーフィングルームの備え付け端末に触れた。

そこには、ミラージュから受けとった依頼メッセージが表示されている。

 

「……悪いけど、腹の探り合いをするのは苦手なんだ。率直に話させてもらう。ここからがあんたと話したかった本題だ。何ていうか……ユニオン副官としてのあんたじゃなくて、管理者に繋がる特務機関"AI研究所"職員のあんたと、なんだが。……ただ、これから話す内容をユニオンの指導者に情報共有するなとは言わない。あんたの判断に任せる」

《分かりました。どうぞ》

 

部外者に軽々しく話すべきではないかもしれない。

だが、この相手は信用できると、どこか頼りに感じているのも確かである。

ソラは一度息を大きく吸い込んだ。

 

「ミラージュから俺に対して、管理者を攻撃してほしいって依頼があった。第四層エネルギー生成区の東端、マグナ遺跡に秘密の侵入ルートがあるそうだ」

《…………》

「正直、俺には決心がつかない。理由は二つだ。まず一つ目だがミラージュは以前、アクセスプログラム実行の際に俺を消そうとしていた節がある。理由は分からないが、今回も同じことになるかもしれない。依頼自体が俺を誘き出すための嘘ってことも考えられる」

《…………》

「……二つ目。単純に、レイヤードに対する影響があまりにも大きすぎる。管理者そのものを脅かす行為だ。攻撃が成功しようが失敗しようが、恐ろしいことになるだろう」

 

フレデリカは黙ってソラの話を聞いていた。

そしてソラが話し終えてから数拍の間を置き、なるほどと小さく応答した。

 

《グローバルコーテックス上層部は本件について何と?》

「俺の自由意志を尊重する、だそうだ。……要は丸投げだな。逸脱行為なんて範疇を遥かに飛び越えた話だ。レイヤードの秩序に重大な影響があるとか何とか言って却下してくれればよかったんだが、管理者による依頼審査が停止している上に、このセクション301自体、先日の大型兵器の侵略で危険に晒された。このまま事態が改善せずに悪化していけば……って懸念もある。管理者への不信感もあって、是とも非とも決めづらいんだろうよ」

《そうでしょうね》

「部外者に意見を求める話じゃないのは、重々承知だ。だが、管理者の補佐を務めていたあんたなら、この件に関して何か助言をくれるんじゃないかと思った。情けない話だがな」

《話の趣旨は理解しました。まず、その依頼がミラージュの罠かどうかについてですが》

 

フレデリカが言い淀むことなく言葉を続けていく。

 

《ミラージュが管理者への侵入ルートを知っている、というのは事実だと思います。ミラージュとクレスト――古くからある二大企業の創始者達は、管理者からレイヤード中枢の所在地を聞かされているはずですので》

「あんたは知らないのか?」

《私にその情報は開示されていません。我々"AI研究所"はただでさえ管理者に近い立場にあります。管理者の居場所まで把握してしまえば、レイヤードの秩序維持に重大な影響が出る可能性があると懸念されたのでしょう》

「なるほど……少なくとも管理者に行きつく独自のアテは、ミラージュにはあるわけだ」

《ええ。以前ユニオンが依頼したクレスト中央データバンクへの侵入援護を覚えていますか?クレストがそうであるように、ミラージュもまた自社のデータバンクに管理者への侵入ルートを秘匿しているはずです》

「ああ、そういやそうだったな。……もう随分前の話に感じるな」

 

ソラは携帯端末を片手に、ブリーフィングルームの天井を仰いだ。

多数のレイヴンが入り乱れて戦った、クレストとユニオンの一大抗争。

あの戦闘の裏にフレデリカの情報提供があったことは、わざわざ問いただすまでもない。

ミラージュやクレストが管理者の居場所を知っていて、フレデリカはそれを知らないというのはあの一件からも分かる話である。

 

《また、ここ数日第四層エネルギー生成区の東部でミラージュの小規模な軍事行動が散発しているのを"AI研究所"では観測しています》

「マグナ遺跡に対する先行偵察か?実働部隊が居合わせたら激戦は必至だしな」

《クレスト本社の陥落以後、ミラージュの行動方針は明確です。本社に戦力を集中させて防衛網を張り巡らせたクレストとは裏腹に、ミラージュは各関連セクションに大きく戦力を分散させようとしています》

「本社への集中攻撃を懸念してのリスク管理ってところか。どれだけ数を揃えて固まっても、クレストの時みたく特攻兵器を降らされれば一貫の終わりだ。正しいようには思うが……」

《しかし、あまりに戦力を小分けにしたため、かえって各地で攻撃行動を取る実働部隊への抵抗力を失っています。すぐさま再起不能には陥らないにしても、今後徐々に勢力をすり減らしていくことでしょう》

「状況が悪化していってるのは、ミラージュも例外じゃないと。ならやっぱり、マグナ遺跡への侵入作戦は本気の賭けなのか?」

 

ソラはフレデリカの話に頭をひねった。

 

《しかしながら》

「ん?」

《ミラージュが指定したマグナ遺跡に、その侵入ルートが確かに存在している保証はありません。騙し討ちのためにあちらにとって都合のいい場所を指定してきた可能性はあります」

「……それかアクセスプログラムの時みたく、管理者への攻撃を成功させてから、その場で用済みの俺を消すか。ご丁寧に、僚機をつけてくれるらしいしな」

 

僚機の候補は既に分かっている。

D-1ランカー"リップハンター"かB-2ランカー"ファンファーレ"、あるいはその両方だ。

どちらもソラにとってはミラージュ派閥として馴染み深い、レイヤード屈指のレイヴンである。

フレデリカに相談するという体を取りつつも、ソラには彼らとの対峙はもはや避けられないという、ある種の確信めいたものがあった。

 

 

『この地下世界には、地下世界の神様が決めた、人間の限界がある。それが分からない人達だけが、いつまでも無駄なことをしている。そういうことよ』

 

 

管理者へのアクセスプログラムを巡った戦闘から帰還する道中、リップハンターがソラに語った言葉。

それがずっと、ミラージュの動向を考える度に、しこりのようにソラの中で引っかかるのだ。

 

《加えて、レイヤードの心臓部たるエネルギー生成区は紛争の経験が少なく、元々常駐する部隊の乏しい場所です。事前に管理者に察知されて何らかの迎撃を受けた場合、侵入作戦を強行できるほどの戦力は整っていないように思われます》

「確かにそこまで考えると、怪しい匂いはしてくるな。判断が難しいところだ」

 

フレデリカは、この依頼が真である可能性と偽である可能性の両方をソラに提示していた。

あとは、ソラが自分で考えろということだろう。

 

《レイヴン、依頼受諾の決心がつかない理由はもう一つありましたね。管理者への攻撃がレイヤードに及ぼす影響について、ですが》

「……ああ」

《管理者への攻撃が仮に本当であるとすれば、作戦が失敗した場合は、管理者から何らかの報復措置が取られるでしょうね。それがミラージュに対してなのか、グローバルコーテックスに対してなのか、あるいはレイヤード全市民に対してなのかは分かりませんが》

「レイヤード全市民に対して?どうしてそこまで……」

《そう判断する根拠は、管理者が現在レイヤード全体に対して無差別に攻撃を加えているからです。三大企業のみならず、実働部隊の攻撃対象には人類のあらゆる施設・居住区が含まれています。攻撃対象を限定していない以上、報復対象を限定するとは限りません》

「どんな報復が予想される?」

《現状の破壊活動以上の報復を、具体的に予測することはできません。単純に人類を殲滅する最適解を選ぶとすれば、酸素供給システムの停止になるでしょうが》

「……レイヤードの酸素が止まる?無茶苦茶なこと言うなよ」

 

ソラは自分の声が震えていることに気付いた。

フレデリカの発言はあくまで機械的だ。だからこそ、真に迫るものがあると言えた。

 

「……参ったな。じゃあ、作戦が成功した場合は?」

《分かりません》

「あんたの予測でいい」

《予測など、できようはずもありません。人類は地下に潜ってからずっと、管理者がいる世界を生きてきたのですから。管理者が機能を停止した場合、この世界がどうなるのか、誰にも見当がつきません》

「レイヤード全体の管理システムの大元だもんな。やっぱり酸素が止まるとか、レイヤードがいきなり爆発して消し飛ぶなんて馬鹿げたこともあるのか?」

《馬鹿げたこと、で終わらないかもしれないから、予測ができないのです。この件に関しては"AI研究所"の職員であっても、市井の一市民と同じ発想しか持てません》

「そんなもんか。あんたでも、分からないものは分からないか」

《はい。ですが、地下世界の支配者へ反逆するということは、そういうことではないですか?》

「……そうだな。きっとそうだ」

 

ソラは改めて、備え付け端末に表示されたミラージュの依頼メッセージを睨みつけた。

嘘か本当かも分からない、成功しても失敗してもレイヤードがどうなるか分からない依頼。

コーテックスはソラに任せると言った。

だが、ソラのような一傭兵が判断するにはあまりにも荷が重すぎる依頼だ。

自由意志と言われても、物事には限度がある。

これほどに誰かの意見が欲しい、と思ったことはなかった。

携帯端末の向こうには、フレデリカ・クリーデンスがいる。

現状において、これ以上の助言をくれる相手は他にいないだろう。

あとは、自分が決めなくてはならない。

あとは、自分が――

 

《レイヴン"ソラ"、判断するのはあなたです。いつだって、誰だってそうです。もし管理者がこの世界に君臨しているとしても、最後に自分の行動を決めるのは、自分自身であるべきですから》

「…………俺は」

 

ソラは自分の判断をぽつりぽつりと、顔も知らない相談相手に告げた。

 

 

………

……

 

 

その日の夜、ソラはグローバルコーテックス本社を訪れていた。

エレベーターで上がったのは最上階の展望フロア。

初めて来る場所だった。

眼下にはセクション301の平野が広がっており、本社周辺の施設群や点在するレイヴン達の専用住居が淡い光を放っている。

気まぐれでやって来たわけではない。

呼び出されたのだ。

 

「あら、いらっしゃい」

 

ガラス張りの傍のベンチに腰かけ、缶コーヒーを傾けていた長身の女性が振り返り、声をかけてくる。

夜だというのにサングラスをかけているその女性はレジーナのような赤毛で、あまり見ない派手な色合いの上着を纏っていた。

 

「何の用だ。こんな所に呼び出して」

「ご挨拶ね、ソラ。とりあえず座ったら?」

 

警戒を隠さないソラに対して、女性はベンチの背もたれに体重を預け、悠然とくつろいだ姿勢を見せる。

だが、ソラはその招きに応じなかった。

羽織ったジャケットの裏には、拳銃も隠し持っている。

そうせざるをえないほど、ソラにとって危険な相手だからだ。

D-1ランカーの"リップハンター"。

生身の彼女と対面するのは、初めてのことだった。

 

「……用件は手短に頼む。レイヴン同士の接触には制限があるからな」

「ああ、規約のことね。あんなもの、真面目に守っている人いるのかしら」

「少なくとも、あんたと俺の間柄なら守るべきだろう」

「ふふ、まあ当然の反応ね。その割にしっかり呼び出しには応じるあたり、律儀な子。……心配しなくても、この場では殺さないわ」

「この場では、かよ」

「そんなに不安なら、その胸元の銃をつきつけて話してもいいわよ?」

 

リップハンターは全てを見通していた。

その上で、一切余裕を崩さない。

レイヤード屈指の実力者として、MT乗りの時代から名の知れた歴戦の傭兵だ。

青年傭兵の一人くらい、どうとでも出来る自信があるのだろう。

ソラは腹をくくり、リップハンターのベンチに浅く座った。

 

「ここは私のお気に入りの場所なの」

「そうかい」

「ええ。本社に用事がある時は、いつも立ち寄るようにしているわ」

「どうしてこんな何もない場所に。301の平野なんて、見ても面白くないだろ」

「下の眺めは、ね。私が見に来ているのは、上の眺めよ」

 

リップハンターはそう言って、上方を指差した。

夜の偽物の空には、いつもの灰色の薄雲と、"天体"と呼ばれる照明がまばらに灯っていた。

 

「ミラージュの本社ほどじゃないけれど、ここは空が近い場所だわ」

「空が好きなのか」

「ふふふ、まさか。レイヤードの偽物の空が好きな人なんて、いないでしょ」

「…………」

「見ていても何も面白くない。ただの映像と水滴の塊が、決まったルールでただ浮かんでいるだけ。何十年も見続けていれば、飽き飽きする眺めだわ」

「そんな飽き飽きするものを、わざわざ暇があれば見に来るのかよ」

「そうよ?どうしてだと思う?」

 

知るかよ、とソラは低く呟いた。

 

「この空がまさに、人間の限界だからよ」

「何?」

「ミラージュもクレストもキサラギもそう。どれだけ社屋を高く築き上げても、レイヤードの天井を突き破ることはできない。最強の武力を与えられているレイヴンだって、高みを目指してどれだけ飛ぼうとも、いずれ天井に突き当たる。人間の限界を教えてくれるもの――それがこの偽物の空よ」

「……つまんねえ考え方だ」

「そうかしら。限界の存在を知って初めて、人間は本当の意味で世界を理解する。世界に対して、自分の立ち位置を考えるようになる。私はそう思うけれど」

「あんたはスパルタンに並ぶMT乗りの最高峰だったはずだ。レイヴンになってからも、それは変わってない」

「だからこそよ。前に言わなかったかしら。レイヴンになってからも、私はMT乗りの頃の駆け上がる充実感をやり直しているだけ。ミラージュ派閥であることも同じよ。別に、何か新しい体験をしているわけじゃない」

「あんたの考え方や生き方の問題だろ、それは。人間の限界なんて言葉で、一般化しないでくれよ」

「あなたは違うとでも?」

「……違う」

 

何故こんな場所で、こんな話を、こんな女としているのだろう。

ソラはそう思いながらも、回る自分の舌を止められなかった。

 

「俺はまだ、限界なんて感じていない。まだまだ先がある。そう思ってる」

「本当に?」

「あ?」

「先なんてものが、本当にあるとでも?レイヤードが、こんなことになっているのに。あなたはもう、地下世界屈指のレイヴンになっているのに」

 

リップハンターは余裕の笑みを崩さず、缶コーヒーに口をつけた。

真横から見ると、派手に着飾るに相応しい美貌の女性だ。

口元の黒子に、視線が自然と吸い寄せられてしまう。

だが、本質的に合わないと感じる何かが、ソラの神経を逆撫でしてきていた。

 

「まだ自分に先があると信じているなら、どうして管理者への攻撃依頼を断ったのかしら?」

「……何だよ。結局それを言いに来たのか。ミラージュの罠の可能性が高いと思ったからに決まってるだろ。レヒト研究所では、まんまと使い潰されそうになったからな。同じ手は食わない」

「あなたにとっての"先"は、誰かが与えてくれるものなの?」

「何度も言わせるなよ。ミラージュの誘き出しに乗ってやるほど、馬鹿じゃねえんだ」

「……そう。確かにね。あの依頼は罠だったわ」

 

リップハンターはそう言って、空になった缶コーヒーをソラと自身との間にそっと置いた。

 

「私とファンファーレが、依頼を受けてマグナ遺跡にやってきたあなたを二人がかりで殺す。そういう作戦だったの」

「わざわざ明かしてくれてありがとうよ。企画倒れに終わって残念だったな。それとも、ここで俺を殺してみるか?」

「それもいいけれどね。部屋の外にはファンファーレも待機していることだし」

 

ソラはちらりと、展望フロアの入口に目をやった。

気配はない。だが、彼女の言っていることが事実ならば――

 

「……私とあなたって、何度協働したかしら」

「急に何だよ」

「初めては確か、ナイアーブリッジの建設現場だったわね。高級MTの部隊を危なげなく片づけたのを見て、才能あるレイヴンだと思ったわ」

「…………」

「次はグラン採掘所の防衛戦。その次はガルナット軍事工場への襲撃。最後に……レヒト研究所。1年と少しの間に、あなたは瞬く間に実力をつけていった」

「……それが?」

「ミラージュから聞いたわ。クレスト本社でエグザイルを討ったのもあなた。大型兵器の侵攻阻止で、最後まで踏みとどまる姿勢を見せたのもあなた。……教えてちょうだい。どこからそれだけの力が沸いてくるの?何があなたを駆り立てているの?」

「……同じことを、キサラギの代表にも聞かれたよ」

 

ソラはガラス張りの向こう、偽物の夜空を見つめた。

 

「俺には……夢がある」

「夢?」

「あんたには、教えてやらない。偽物の空を見て、それを限界に感じているあんたみたいな奴には」

「…………ああ、そういうこと。分かったわ、何となく」

「何が分かったってんだよ」

「ふふっ、うふふ……く、くくく……」

 

勝手に肩を震わせ始めたリップハンター。

ソラは一瞬拳銃を取り出そうとして、だが息を荒く吐くだけにとどめた。

 

「ソラ。ミラージュにもう一度同じ依頼を出させるわ。今度こそ、依頼を受けなさい」

「……!?」

「今までのやりとりでよく分かったわ。あなたと私が相いれないってことが」

 

コーヒーの空き缶に、リップハンターの手が伸びた。

凄まじい握力が、硬い空き缶を握り潰す。

 

「……はっきり言うわ。人類の繁栄はもう終わり。ここからは衰退の時代よ」

「そんなこと、誰が決めた」

「管理者が、よ。人間の限界はここだって、他ならぬ管理者が宣言したの。私達は、従うしかない」

「俺はまだ、自分に限界なんて感じちゃいない」

「……はぁ。既にミラージュは、これまでとは別の道を探り始めているわ。狂った管理者の下で、それでも人類が細々と生き長らえる道を。だからもう、あなたは危険なのよ」

「何が"だから"なんだよ」

「あなた、ユニオンとは懇意なんでしょ?あの異常者達にその力を使われる可能性がある。これから先、ユニオンが本気でことを起こそうとするならば、その尖兵になるのはおそらくあなただものね」

 

ソラは黙りこくった。

今後、しびれを切らしたユニオンが管理者に真っ向から挑む可能性は、なくはない。

もしそうなれば彼らは確かに、管理者のACを数度退け、かつフレデリカ・クリーデンスと繋がりを持つ自分に声をかけてくるだろう。

その時どう応じるのか――それはソラ自身にもまだ判断がつかない。

ミラージュから見ればそれはまぎれもなく、管理者を脅かしかねない不確定要素ということだ。

 

「管理者がそんなに大事かよ。俺達を今、こんなにも苦しめてる管理者が」

「言うに事欠いて……そんなの当たり前じゃない。管理者あってこそのレイヤード、管理者あってこその人類よ」

「………それでも、俺は」

「それでも、それでも……ね。分かったわ、もういい。やっぱりあなたには依頼を受けてもらうわよ、ソラ」

「何でだよ」

「気に食わないの。あなたみたいにいつまでも自分の可能性を、世間知らずの子供みたいに信じている馬鹿が。なまじ大きな力を持っているから、余計にね」

 

立ち上がったリップハンター。

自信に満ちた確固たる足取りが、展望フロアの入口へと遠ざかっていく。

 

 

「あなたの夢を、終わらせてあげる。私がこの手で」

 

 

リップハンターを出迎えるように、ドアの陰から痩せぎすの男が姿を現した。

ただならぬ気配を纏ったその男は、彼女の言う通りB-2ランカーの"ファンファーレ"だろうか。

二人はそのままフロアの外に出て、戻ってこなかった。

眺めのいい場所に、ソラだけが一人残された。

 

「……ふざけんな。何もかも分かった風な口利きやがって。ただ諦めてるだけじゃねえか。何も偉くねえんだよ、てめえらは」

 

ソラは吐き捨てながら、ベンチの背もたれを殴りつけた。

見え透いた挑発だ。

乗ってやる義理などない。

だが。

 

「やってやるよ。全部返り討ちにしてやる」

 

だが、内心では心揺れていた。

リップハンターの挑発にだけではない。

ミラージュの依頼を、自分が一度は断ったという事実にも。

 

仮に罠だとしても、真正面から踏み潰せばいいのだ。

自分には、その力があると信じていた。

そう信じるだけの実績を、既に積み上げてきていた。

だからいつも通り、ただ依頼を受ければよかっただけなのだ。

 

そのはずだった。

しかし、選択を突きつけられ、恐れたのだ。

失敗を。管理者の怒りを。

あるいは成功を。管理者無き地下世界の行く末を。

どちらに転がっても、自分に背負えるものとは思えなかった。

 

「……くそったれ」

 

それが自分の限界だとは考えたくなくて、ソラは一人怒りに震えるのだった。

 

 

 




色々とミッション展開に独自性を持たせようとあがいてきた結果、いわゆる騙して悪いがではなくなってしまいました。
本作ではアクセスプログラム実行時に騙されかけてるので、またすんなりとしてやられるのはどうかなと思ったためです。
身から出た錆です。


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侵入路探索・2

VSミラージュ派閥2人です。ついにここまで来ました。
あと3ミッション分くらいで完結する予定です。いつも読んでくれてありがとう。
今回はレーザーライフル、ブレード、ミサイル装備です。

右腕部武装:MWG-XCW/90(90発レーザーライフル)
左腕部武装:MLB-MOONLIGHT(高出力ブレード)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:CWEM-R20(4発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAL-MARTE
脚部:CLM-03-SRVT

ジェネレーター:CGP-ROZ
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:MBT-OX/002
FCS:AOX-F/ST-6
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)、SP/E++(EN武器威力上昇)



―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ロイヤルミスト

TITLE:ワルキューレ

 

ワルキューレの奴がミラージュにそそのかされたらしい。

あいつが最後に送ってきたメールからして、狙いはエースだろう。

 

くだらねえ。

お前もせいぜい気をつけろ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:デュミナス

TITLE:ミラージュについて

 

レイヴン、久しぶりに君にメールを送る。

第二都市区の地下水流入事件をニュースで見た。

開示情報の限りでは、グローバルコーテックスも君も無事なようで何よりだ。

 

さて、君とは何度も協働した間柄だから、情報を提供させてもらう。

 

アクセスプログラムの実行失敗以降、ミラージュの部隊がレイヤードの異常に紛れて、着々と各地で破壊工作を行っている。

ターゲットは主に、クレスト・キサラギの残存施設及び対立関係にあった小規模組織の拠点だ。

それだけならまだよかったのだが、ミラージュは先日、私の拠点に対しても攻撃を加えてきた。

 

彼らとはそこそこ仲良くやってきたつもりだが、おそらくはアクセスプログラムに関する事情を知っていることが襲撃の理由だろう。

つまり、あの作戦に参加して生き残った君も、未だ狙われている可能性が高いということだ。

君の場合はあの作戦中に既に見捨てられそうになっていたのだから、なおさらかもしれない。

知りすぎたせいか、実力を危険視されているのか、あるいはその両方か。

 

ミラージュ代表が既にどこかへ雲隠れしたという情報もある。

地下世界最大の企業は、もうすぐ管理者に叩き潰されるだろうな。

 

私としては最後に一泡吹かせてやりたいところだが、君はどうだろうか。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

《レイヴン、もうすぐマグナ遺跡に到着します》

「分かった。輸送機は作戦領域から離脱。レイン、いつも通り作戦終了後に合流ポイントで拾ってくれ」

《……本当に降りるのですか?これは罠なのでしょう?》

「そうだな、罠だな。だから、蹴散らして帰るだけだ」

《やはり危険すぎます!作戦は中止した方が……》

「……ストレイクロウ、出るぞ!」

 

黒いACが専属補佐官の制止を振り切って輸送機から勢い良く飛び出し、エネルギー生成区へと降り立った。

前方には、寂びれたレイヤード黎明期の廃棄施設。目標のマグナ遺跡だ。

 

《レイヴン、こちらはミラージュ管制室だ。聞こえるか?》

「ああ」

《遺跡には複数の侵入ルートがあるのを偵察部隊が確認している。レイヴンはこちらが指定したルートを探索してくれ。他のルートには、ミラージュが選抜した僚機が回る。……遺跡の奥には、レイヤード中枢への侵入路があるはずだ。まずはそこを目指してほしい》

「了解」

 

管制室の指示に、ソラは生返事を適当に返した。

茶番もいいところだ。

おそらく遺跡の内部では既に、ミラージュの精鋭達が待ち伏せていることだろう。

肩部レーダーの表示範囲や索敵精度をコンソールで調整し、万全の状態にする。

フットペダルの踏み心地を今一度確認、操縦桿をしっかりと握り直した。

そして。

 

《っっ!?れ、レイヴン、何の真似だ!遺跡の入り口はこちらではないぞ!》

「悪いな、まずは外から掃除だ」

 

時間はかからなかった。

指揮官が搭乗していると思しき装甲車を蹴り飛ばし、護衛のMTを瞬く間に始末して、ソラは安全な退路を確保した。

 

《レイン、念のために輸送機のカメラで遺跡の外を見張らせてくれ》

《……了解しました。レイヴン、最大限注意してください》

「悪いな、いつも」

 

レインが若干ため息交じりに、応答を返した。

心配をかけていることは自覚している。

だがそれでも、これは譲れない戦いだった。

夢を笑われたのだ。これ以上の侮辱はない。

 

「ストレイクロウ、遺跡内部に突入する」

 

本格的な戦闘行動に入るよりも前に、ソラの感覚は研ぎ澄まされつつあった。

全身に意識がくまなく巡り、髪の毛の一本一本まで神経が通っているように感じるほどの集中状態に、早くも突入する。

 

油断も慢心もない。

ただ立ちはだかるものは冷徹に、全て薙ぎ倒すだけだった。

 

 

………

……

 

 

ザグンッ。

 

ステルスMT"フリューク"の胴体をレーザーブレードが刺し貫いた。

爆散することなく沈黙する敵機をその場に転がし、ソラは周辺を索敵する。

もうミラージュのMT部隊は残っていなさそうだった。

静寂に包まれた遺跡の大広間には、ストレイクロウが仕留めた無数の残骸と、戦闘の余波でへし折れた太い柱が散らばっているのみだ。

 

《……やはりこの程度では無理か》

《だから乗り慣れたスクータムを使わせましょうって進言したのに。最後の精鋭部隊が台無しだわ》

《しかし消耗はさせられた。あとは、我々の仕事だ》

 

遺跡のゲートが開き、奥から2機のACが現れる。

濃紺の重量二脚と白い中量二脚。

B-2"ファンファーレ"のAC"インターピッド"と、D-1"リップハンター"のAC"ルージュ"だ。

 

《ソラ、あなたって本当に馬鹿なのね。あんな安い挑発を真に受けるなんて》

「……リップハンター」

《コーテックスが見張ってるセクション301にいる限り、ミラージュでもそう簡単にあなたに手出しできなかったのに。こんな何もない場所にのこのこ出て来て、ご苦労様》

「管理者への侵入ルートがあるってのは、全部嘘か?」

《当たり前でしょ。そんな重要な場所に、あなたみたいな危険な人を呼び出すわけがないわ》

 

リップハンターの言葉を聞きながら、ソラは自機のAPを確認した。

AP7000。

ここまで20機近い高級MTを相手にしてきたのだ。必要な出血だった。

残るは、ACが2機のみ。

 

《イレギュラー要素は抹消する。ミラージュはそう判断した。……管理者を破壊するなど、あまりにも馬鹿げたことだ。まさか信じて出てくるとは》

「心配しなくても、信じてねえよ。今日ここに来たのは、俺をコケにしたあんたらを潰すためだ」

《……そうか》

《もう問答は終わりにしましょう?どうせいくら話しても分かってもらえないし、分かってあげられないもの》

 

ルージュが頭部の複眼カメラアイをぎらつかせ、一歩前に出た。

ブースターに火が灯り、開戦の瞬間を待ちわびている。

 

 

《この世界に、あなたは不要なのよ。消えなさい、イレギュラー》

 

 

戦闘が始まった。

インターピッドとストレイクロウがその場を飛び退り、ルージュが真っ直ぐ突っ込み始める。

ソラは肩部ミサイルと連動ミサイルを起こし、接近してくるルージュを素早くロックした。

7発ものミサイルが敵に殺到し、遺跡を揺るがす大爆発を巻き起こす。

しかし、予想より爆炎が大きく近い。迎撃ミサイルに相殺されたのだ。

そうソラが判断すると同時に、煙の中から自律子機が複数現れる。

オービットキャノンがストレイクロウを囲み、レーザーの嵐を降らし出した。

それをブースタ全開で大きく回避しようとしたソラに対して、予測していたかのように地を這うミサイルが回り込んでくる。

 

「ぐ……っ!」

 

被弾。若干バランスを崩したストレイクロウの正面には、既にルージュが迫っていた。

レーザーブレードが発振され、真っ直ぐ斬りかかってくる。

ソラは操縦桿を素早く繰り、横薙ぎの一閃をACの左腕で巧みに払いのけた。

だが、ルージュの突進は止まらない。そのままもつれ合うようにしながら激突してきて、イクシードオービットを展開してくる。

至近距離で、ソラはミサイルをめくら撃ちした。

迎撃の暇もなく炸裂した爆発にルージュの動きが一瞬止まり、これ幸いとストレイクロウがオーバードブーストを作動させながら蹴り飛ばす。

高出力ブースタが火を噴いてイクシードオービットの追撃を躱すと同時に、大型ロケット砲弾が肩をかすめた。

ソラは目を見開いた。

大きく緊急回避したはずが読まれていたのか、なぜか目の前にインターピッドがいるのだ。

 

《数的有利、活かさせてもらうぞ》

 

インターピッドから再び大型ロケットが放たれる。

ストレイクロウがオーバードブーストの莫大な慣性で広間の床に火花を散らしつつ何とか回避したところに、またもルージュのオービットキャノンが殺到してきた。

小レーザーの集中砲火は、大きく動かなければ避けられない。

だが、大きく動くということは、その分回避機動が単調になるということだ。

リップハンターもファンファーレも、それを見逃しはしないだろう。

そこまで考え、ソラはもう一度オーバードブーストを起こした。

そしてレーザーブレード"MOONLIGHT"を発振しながら、インターピッドに全力で突撃する。

インターピッドは、ソラの突撃を真っ向から受け止めてきた。

コア表面の防御スクリーンを焼く高出力レーザー刃にひるみもせず、拡散投擲銃とハンドロケットを接射してくる。

巻き起こった爆炎が追いついてきたオービットを呑み込み、上手く吹き飛ばしてくれた。

ソラはインターピッドのアンテナ型頭部に頭突きを食らわせ、離れざまにまたもブレードで斬りつけた。

 

《インターピッド、下がりなさい!》

 

レーザーライフルとイクシードオービットを唸らせながらルージュが援護に駆けつける。

オーバードブーストを持たない分、ストレイクロウに機動力で劣るルージュはしかし、形勢する弾幕は分厚い。

ソラは冷静だった。

イクシードオービットの射撃精度の甘さを計算に入れてレーザーライフルのみに集中し、同じくレーザーライフルでダメージを的確に交換していく。

そのまま斬りかかってきたルージュをブレードで迎え撃てば、その背後からまたも地を這うミサイル弾幕が回り込んできた。

インターピッドの魚雷ミサイルだ。

ストレイクロウはブースタで跳躍して回避し、しつこく撃ち込まれてくるルージュのライフルをジグザグに降下することでやり過ごしながら、ミサイルの束を放った。

迎撃ミサイルが反応し、遺跡にまたも大爆発が起きる。

示し合わせたように後退し、一呼吸の間をあける3機のAC。

ストレイクロウの残りAPは5500。

 

《……いい腕だ。敵でなければな》

《残念ながら敵よ、こいつは》

 

さきほどとは逆に今度はインターピッドが重オーバードブーストを起動し、高速で突っ込んでくる。

ハンドロケットと拡散投擲銃の斉射が、ストレイクロウを追い詰めるような爆炎を広範囲に巻き起こした。

それを援護するように撒き散らされる、ルージュのオービットキャノン。

ソラは意識のギアをさらに一つ上げた。

オーバードブーストを起動。回避方向は、あえての正面。

インターピッドとすれ違うように駆け抜け、後方のルージュを狙う。

"MOONLIGHT"の強烈な袈裟斬りをルージュは半身で躱し、反撃のブレードを向けてきた。

斬られる。いや、あえて避けさせたのだ。

勢いのままにタックルでルージュを突き飛ばしたストレイクロウは、準備していたミサイル弾幕をマニュアル射撃で早撃ちした。

迎撃ミサイルが自動で応じるも間に合わず、ルージュの至近で連鎖爆発が巻き起こる。

白いACはたまらず転げ、防御スクリーンに火花が散った。

 

《それ以上はやらせん!》

 

旋回して追いついてきたインターピッドが後方からソラに挑んでくる。

魚雷ミサイル及び拡散投擲銃の弾幕だ。

再び空に逃れたストレイクロウを、前方からレーザー、後方から砲弾が挟み撃つ。

 

「まずはてめえだ」

 

土壇場でソラは、無茶苦茶な機動を自機に強いた。

操縦桿を引きちぎるほどに倒し、フットペダルを交互に踏み込み、空中でストレイクロウの胴体を無理にねじらせながら、同時にオーバードブーストを使ったのだ。

勢いのままに180度反転した黒いACが濃紺の敵機の側面に降り立ち、ブレードとミサイルの零距離連撃を見舞う。

 

《おおっ!》

 

だが、インターピッドもやれるばかりではなかった。

ターンブースタで素早く向き直り、拡散投擲銃で距離を取ろうとして――左腕をストレイクロウに捕らえられた。

咄嗟にレーザーライフルを放して自由になっていた右腕が、突き出されたインターピッドの腕を絡め取っていた。

そして無茶苦茶に振るわれる"MOONLIGHT"。一撃、二撃、三撃、四撃。

重量級といえども、超高出力の青白いレーザー刃の前には安定性を失い、なすすべなく引き裂かれた。

 

《ふざ、けるなぁっ!!》

 

強引に点火された重オーバードブーストがこちらの拘束を押しのけ、前方に離脱しようともがく。

さらに体勢を立て直したルージュからの援護射撃。

ソラは素直にインターピッドを解放した。

抜け出したインターピッドは、そのまま高出力ブースタに真っ直ぐ押し流される。

すぐ前方の、柱の残骸に向けて。

 

《しまっ……!?》

 

ACよりも分厚い柱にまんまと衝突し、インターピッドが動きを止めた。

強い衝撃で停止した重量級ACの上に降り立ったのは、黒い迷い烏だった。

断末魔を上げる間もなく、明滅する防御スクリーンをレーザーブレードが刺し貫く。

敵はあと1機、不倶戴天のルージュのみだ。

残りAP、4000。

 

《さすがね……2対1でよくやるわ》

 

ソラは通信に応じなかった。

先ほど置き去りにしてきたレーザーライフルを拾うために、ただ無言でACを動かした。

だが、それを許すルージュではない。

撃ち込まれたレーザーがライフルを一撃で爆散させ、ソラから頼みとする武器を奪う。

 

《最後の勝負よ、イレギュラー!》

 

言うや否や、ルージュはオービットキャノンを射出し、イクシードオービットを起こし、レーザーライフルを構えつつ後退する。

的確な状況判断だ。

ストレイクロウに残された射撃武装は肩部ミサイルと連動ミサイルのみ。

迎撃ミサイルを備えるルージュからすれば、引き撃ちに徹していれば勝てるはずなのだ。

しかしそんな甘えた行動を許すソラではなかった。

ミサイルをわざと撃ちっ放して迎撃ミサイルの応戦を誘い、連続で沸き上がる爆煙を目くらまし代わりにブレードの間合いまで接近を試みる。

 

《見え見えだわ、そんな手は!》

 

レーザーライフルが正確な予測射撃を放ち、自律子機が周りを囲み、煙の中のストレイクロウを狙う。

たまらず煙から抜け出てオーバードブーストで突っ込んだストレイクロウをジャンプで飛び越え、ルージュは背後を取った。

脚部の旋回性能は、ルージュの方に分がある。

素早く向き直ったルージュが、全ての火器で一斉射撃をしかけてきた。

 

「まだまだぁっ!」

 

ソラは自機に旋回行動を取らせながらも、操縦桿を捏ね回した。

ランダムな回避機動がFCSの偏差射撃を上回り、その多くを躱して――

 

「っ!」

《遅い!》

 

素早く距離を詰めていたルージュが旋回中のストレイクロウの肩へと斬りかかってる。

側面から斬られれば、機体の安定性は大きく崩れる。

APが削れたこの状況では命取り。

ソラは必死だった。

半ば反射的に、フットペダルと操縦桿を片方だけ操作した。

機体のバランスがたちまち崩れてその場で膝を折り、ルージュの不意の一撃の回避に成功した。

 

《……!》

 

敵が驚嘆に息を呑む気配が、通信機から伝わってくる。

ソラは崩れたバランスのまま床を削って旋回を続け、まんまと敵機を正面に捉えることに成功する。

しかし、ルージュの立て直しは早い。

ストレイクロウが連続して放ったミサイル弾幕を後方に大きくブーストジャンプし、迎撃ミサイルだけでなく挙動に緩急をつけることで回避して、反撃のレーザーを降らせてきた。

 

「しぶといな、なんて奴だ……!」

《そっくりそのままお返しするわよ、その言葉》

 

距離が離れ、2機のACは再び膠着状態に入る。

2対1の時より、ルージュの動きが良くなっていることにソラは気づいていた。

レイヤード屈指と誰もが称賛する傭兵としての凄みが、今のリップハンターからは伝わってくる。

時間をかければ、場数で劣る分、自分が不利だろう。

ならば――

 

「勝負だ、リップハンター……!」

《来るなら来なさい……今度こそ終わらせてあげる》

 

ソラは集中力を限界まで研ぎ澄ませ、ACに己の意思を通わせた。

メインブースタを全開にして、距離を取ろうと動くルージュめがけてジグザグに突進する。

レーザーライフルとイクシードオービットの嵐がそれを迎え撃ち、しかしやがて、後退する相手を遺跡の壁際に追い詰めた。

 

「リップハンター!!」

 

ルージュが飛ぶ。

先ほどと同じだ。ジャンプでこちらの頭上を飛び越え、旋回戦に持ち込む気だ。

ソラは相手の跳躍に合わせて、オーバードブーストのレバーを引いた。

全ての推進機関が同時に爆発し、ストレイクロウが凄まじい勢いで空中のルージュに追いすがる。

瞬く間に距離を詰められたルージュは、レーザーライフルを投げつけてきた。

読めている。

ライフルのエネルギーセルを撃ち抜き、大爆発を起こさせる必殺の一撃。

イクシードオービットでやろうというのか。いや、彼女ならやれるのだろう。

一瞬が永遠に感じるほどにソラの思考時間が延長され、その上で本能が意識を超えて、最適解を導き出す。

 

《勝っ、……!?》

 

必勝の目論見は、投げつけられたライフルをいち早く月光の刃が串刺しにすることで潰えた。

一瞬のやり取りを終えた2機のACはそのまま激突し、遺跡のひび割れた床を転げ回った。

 

《この……ガキがぁっ!!》

 

もはやなりふり構わなくなったリップハンターが叫び、立ち上がりざまに脚部で膝蹴りを放つ。

もろにくらったストレイクロウは反撃に右拳を唸らせ、ルージュのコアを殴りつけた。

そして2本のレーザーブレードが、組み合った互いを至近で炙り始める。

防御スクリーン同士が激しく接触して迸り、なけなしのAPが瞬く間に減少していく。

 

《気に食わないのよ、あなたみたいな男は!》

「俺だって、てめえが大嫌いだ!」

 

レイヴン達が、命を削って吠え猛る。

ルージュの発振するブレードの色が桃色から出力を高めた白色に代わり、ストレイクロウの青白い刃と競り始めた。

互いのブースタが絶え間なく吹かされて押し合い、ジェネレーターのEN容量を憎しみの一撃へと変換していく。

 

《レイヤードはもう終わりが見えてるのよ!みんな来たるべき終わりに向けて動き出してるわ!どうしてそれが分からないの!》

「分かってるよそんなことは!分かってたら、従わないといけねえのかよ!」

《だからガキだって言ってるのよ!!管理者が全てなの、この世界は!》

「それでも俺はっ!俺は高く飛ぶんだ!本物の空に辿り着くために!負けてたまるかっ、管理者にもお前らにも!!」

《っ……なら、死になさいっ!!》

 

ルージュは退いた。

退いて、射撃しようとした。

最大の隙だった。

レッドゾーンにも関わらずソラは雄叫んでアクセルを踏み抜き、トリガーを引いた。

一閃。

最後の一撃が、ルージュのコアを大きく斬り裂いた。

 

《っ、がふ……クソッ……見事だ、わ……ソラ》

「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

《ふふ……た、楽しみね、あなたが私みたいに……ぐ、この、世界に……望する時が》

「何……!?」

 

リップハンターが、息も絶え絶えに嗤う。

 

 

《血まみれの天井に、怯えるといいわ》

 

 

ルージュはもう、向かってこなかった。

その場で機能を停止し、突っ伏して、二度とは動かなかった。

レインから合流ポイントに向かうよう、通信が入る。

ソラは応じ、静かにマグナ遺跡を後にした。

 

特攻兵器の襲来によってミラージュ本社が壊滅したという報告を受けたのは、帰りの輸送機の中でのことだった。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

FROM:ミラージュ代表

TITLE:管理者

 

我々は管理者を廃したかったわけではない。隷属させたかったわけでもない。

ただその大いなる力は、人類の繁栄のためにこそ存在するのだと思っていた。

もし狂ったというならば、それを正せば管理者は再び人類を適切に管理し、守護する存在に戻るのだと信じていた。

 

地下世界最大の企業の代表として、私は改めて言おう。

我々人類には、管理者が必要だ。

我々の生きる道は、レイヤードの全ては、管理者が決めるべきことなのだ。

 

グラン採掘所以降の戦闘を分析した結果、我々はお前ならばあるいは管理者を破壊できるかもしれないと危惧した。

だから排除しようとした。

あの狂ったユニオンの連中がお前を利用すれば、本当に管理者を滅ぼしかねないと考えたからだ。

 

レイヴン"ソラ"、お前は危険すぎる。

地下世界の道理も弁えない一傭兵がそれほどの力を持つなど、あってはならないことだ。

 

お前はこの世界を、管理者を、破滅へと導きかねない存在だ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 




ゲーム本編でリップハンターと対峙した理由って何だろう?という想いから彼女のキャラ造形が始まりました。

あえて言うなら、それが傭兵だから。傭兵なんてそんなもの。

それはそうなんですが、この長いお話を書く以上、もっとキャラクターとして踏み込んだものが欲しかったんです。
ともすればアンチ・ヘイト描写にも見えるし、このお話はあくまで主人公視点でしか描けないので結構悩みましたが、主人公との対比やミラージュの立ち位置から、こういうキャラは描きたかったところでした。

初見の私はスパルタンかリップハンターをよく雇っていた気がするので、当時そこそこ衝撃的だったと思います。
(スパルタンじゃなくてよかったというのが本音)


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エネルギー炉防衛

いよいよ終わりが近いですね。
本来はここでミラージュ施設侵入が入るのですが、このお話では調整されています。
ゲームだとシールドと大型砲台をせっせと抜けていくミッションですね。
今日はマシンガンと投擲銃とミサイルです。

右腕部武装:CWG-MG-500(500発マシンガン)
左腕部武装:KWG-HZL50(投擲銃)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:CWM-S60-10(10連小型ミサイル)
エクステンション:CWEM-R20(4発発射連動ミサイル)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAL-MARTE
脚部:MLM-MX/066

ジェネレーター:CGP-ROZ
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:MBT-OX/002
FCS:AOX-X/WS-3
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-S/STAB(被弾時反動軽減)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)


『レイヤードはもう終わりが見えてるのよ。どうしてそれが分からないの?』

 

『管理者が全てなの、この世界は』

 

『この世界に、あなたは不要なのよ』

 

『この世界に、あなたは不要なのよ』

 

『この世界に、あなたは不要なのよ』

「……うるせぇっ!!」

 

頭に響く声に、ソラは目を覚ました。

――いつもの見慣れた天井だ。

窓の外には、同じく見慣れた人工の夜空。

今日は天体照明も見えない。一面灰色の雲だ。

 

「はぁっ、はぁっ……くそっ」

 

誰に向けたでもない悪態が、思わず口から漏れる。

もう見飽きた夢を、また見ていた。

ミラージュの偽りの依頼を受けて、マグナ遺跡でリップハンター達と戦った時の夢。

あの戦闘がずっと、ソラの脳裏に引っかかっていた。

リップハンターもファンファーレも、既にこの世にいない。

ソラを陥れようとしたミラージュの企みは失敗に終わり、その本社は特攻兵器によって消えてなくなった。

デュミナスが言っていた奴らの各地での小細工も、尻すぼみに消えていくことだろう。

それで済んだ話なのだ。

だというのに、ソラの頭の中では、あの日の戦闘が延々と繰り返されていた。

 

「依頼がないせいだ、こんな風になるのは。企業が全部ぶっ潰れやがったから……」

 

台所まで行き、コップに注いだ水道水を喉へ流し込む。

今は真夜中だ。

だがこの瞬間にも、管理者の実働部隊によって虐げられている人はいるだろう。

しかしそれが分かっていても、ソラは傭兵だ。

依頼を請け負って遂行するのが生業の、グローバルコーテックスに登録された傭兵だ。

勝手に戦地まで飛んで行って、好き勝手に実働部隊を相手に暴れるわけにもいかない。

磨き上げてきた力が、築き上げてきた実績が、今こうして依頼を待っている間は何の役にも立たないのだ。

 

「依頼があれば、な……」

 

誰かの依頼がなければ、自分は戦場に出ることもできない。

そのことを無力に感じるのは、初めてだった。

戦場に出たいのだろうか、自分は。

誰かを救う、誰かのために役に立つ。

自分は決してそんなことを考えて生きるタイプの人間ではない。

それでも戦場に出て、管理者の部隊を相手に戦いたいのだろうか。

とはいえ、誰が今の自分に戦闘を依頼するというのだろう。

レイヤードの騒乱を先導してきた三大企業にもう、力はない。

あとは、ユニオンだけだ。

そして、情勢を見守り続けるユニオンがついに動く時。

それはきっと、このレイヤードにとっての正念場になるだろう。

もう後がない、正念場に。

 

ソラは寝室に戻った。

すぐには寝付けず、天井をベッドに寝転んだままぼんやりと見つめる。

 

マグナ遺跡の戦い、そしてミラージュ本社の陥落。

あれから瞬く間に2週間が過ぎた。

この2週間で、またレイヤードには多くの異変があった。

 

第一に、三大企業全ての本社が壊滅したことにより、あらゆるセクションの機能が本格的に麻痺したこと。

第二に、企業系メディアが活動を停止し、市民が正確な情報を入手できなくなったこと。

第三に、管理者の実働部隊がレイヤード中の主要施設の破壊を、あらかた完了したこと。

 

そして。

その現状を把握し、未だ活動を継続している組織が、独立した情報網と戦力を持つグローバルコーテックスと、"AI研究所"職員フレデリカ・クリーデンスを擁するユニオンのみになったこと。

企業の残党達はひたすら息を潜め、来たるべき再起のために先の見えない雌伏に入っていた。

しかし、その雌伏は本当に報われるのだろうか・

意味があることなのだろうか。

 

人類に残された時間は、もう――

レイヤードに住む誰しもが、そんなことを考え始めていることだろう。

そしてそれは、ソラ自身も例外ではなかった。

 

 

『血まみれの天井に、怯えるといいわ』

 

 

リップハンターの言葉がまたも脳裏をよぎり、ソラは天井を見つめるのをやめて横を向いた。

 

 

………

……

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

我々ユニオンより、レイヴンに緊急の依頼を頼みたい。

未登録AC1機を含む管理者の実働部隊が、第四層エネルギー生成区を中央動力施設"C-001-E"に向けて進軍している。

 

目的はおそらく、"C-001-E"の破壊だろう。

この動力施設は、レイヤード全域にエネルギーを供給する生成区の基幹施設だ。

破壊されれば第四層の動力施設の大半が連鎖的な機能停止を起こし、間違いなく壊滅的な被害が発生する。

攻撃は必ず阻止しなければならない。

 

今回出現した実働部隊は比較的少数だが、その進軍速度は驚異的だ。

本来それを食い止めるべき三大企業は、もはや頼りにならない。

今となっては、君達だけが頼りだ。

 

時間がない。

一刻も早く敵部隊を撃破してくれ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

………

……

 

 

《レイヴン、もうすぐ作戦領域に到達します》

「了解。レイン、今状況はどうなってる?」

《管理者の実働部隊は侵攻ルート上の施設群を破壊しつつ、既に中央動力施設の目前まで迫っています。各企業の残党に動きは無し。ユニオンからは、動力施設及び敵部隊についてのデータ提供がありました》

「まあ、例によって俺達がやる以外にない、か。それにしても、ついにユニオンが動き出すとはな。いや、ようやくか。……アルカディア、準備は?」

 

第四層エネルギー生成区の上空を飛ぶ、戦略輸送機のハンガーの中。

ソラは愛機ストレイクロウのコクピットで計器の最終調整を行いつつ、同乗している相方に声をかけた。

問題ない、とすぐに通信が返ってくる。

今回の僚機はこれ以上を望むべくもないトップランカー、A-1"エース"の"アルカディア"だ。

 

《ユニオンからの情報によれば、敵部隊はコーテックス未登録の四脚ACが率いる超高性能MT20機。機種はスクータムとカバルリー……侵攻ペースを考えれば、施設への侵入を阻止できるかどうかは微妙なところだろう》

「ああ。まずはACからか?」

《管理者が使役する未登録ACの性能は私も以前に戦場で体感している。……決着はつかなかったがな。こちらも2機がかりとはいえ、多数のMTの介入を受けながら排除するのは困難だ。優先すべきは高出力レーザーを持つカバルリーだな》

「分かった」

《"C-001-E"は特殊なエネルギーシールドによって守られるレイヤードで最も堅牢な施設。セキュリティシステムも完全に独立しているはずだ。さすがに取り巻きを失ったAC1機では易々と制圧できん、と思いたい。思いたいが……》

「……が?」

《敵は管理者の直属だ。我々の常識では計りきれないと思った方がいい》

 

トップランカーの言葉に、ソラは重々しく了解と返した。

輸送機のカメラが捉える遠方の映像が、ソラのACのモニターに転送されてくる。

中央動力施設の周辺では青白いレーザー光や赤い爆炎が瞬き、煙がいくつも上がっていた。

 

「……なぁ、エース。こんな時だけど、聞いていいか?」

《どうした?》

「開示情報から、ワルキューレの名前が消えていた。その下のノクターンも。……あんたがやったのか?」

《……ああ、ワルキューレは私がやった。ミラージュの仕組んだ戦場でのことだ。ノクターンの方は、土壇場で撤退したはずだがな。セクション301には戻っていないらしい》

 

状況が差し迫っている。

もうじき戦場に下りる時間だ。

こんな時にする話ではない。

そう分かっていながらも、ソラの口からは言葉が続けて漏れた。

 

「ワルキューレは……どんな最後だった?」

《彼女は味方が全て落ちようとも逃げようとも、私に向かってきた。私を、ACのライフルで狙い続けた》

 

エースはそれだけを言って、詳しく語ることはしなかった。

だが、クレスト本社やレイヴンの共同墓地でワルキューレと言葉を交わしたソラにはそれだけで十分だった。

彼女は最後まで、レイヴンであり続けたのだ。

一度羽を折ろうとも、最後まで高みを目指して飛び続けたのだ。

 

「トップランカー、あんたはよく言ってたよな。高く飛ぼうって。"高く飛ぶ"ってどういうことなんだ?レイヴンが飛んでった先には何があると思う?」

《今さらな疑問だな。君はもう、レイヴンとして十分な高みに至っているはずだが。それは、自分なりの答えを得た上でのことではないのか?》

 

ソラは鼻を擦った。

 

「……それが、よく分からねえんだよな。色んな奴らと戦って、知り合って話もして、その上で俺も自分なりの目標みたいなものを持ってやってきたとは思ってる。だけど、この前ミラージュのくだらない依頼を終えて、改めて思ったんだ。このまま戦い続けた先には、何があるんだろうって。俺の目指すものは、本当にこの先にあるんだろうかって。もしかしたらあの女の、リップハンターの言う通り――」

《目指すもの、か。その答えは、容易には見つからないのかもしれないな》

 

目標の部隊まで、距離1500。

カバルリーのレーザーキャノンの超長射程を考慮すれば、もう出撃しなければならない距離だ。

しかしオペレーターのレインは、ソラ達の会話を遮ろうとはしなかった。

 

《……それでも》

 

エースが、レイヴンのトップランカーが言う。

 

 

《それでも、戦わなければならない。何があろうが、誰に何と言われようが、私達は己の信念の為に戦って、戦って生きなければならない。それが、"高く飛ぶ"ということだ。目指すものは人によって違うかもしれない。だが、答えはいつだって、飛び続けた先にある。私はそう信じている》

 

 

エースの高潔で愚直な物言いにソラは何となく顔が熱くなって、生返事をして通信を切った。

レイヴンは協働するばかりではない。

むしろ平常時であれば、命を奪い合う敵同士になる方が多い間柄だ。

エースとだって、管理者が狂わないままにソラが実績を積み重ねていけば、いずれは相対したかもしれない。

だとしても。

 

「……ありがとう」

 

ソラは独り言を、ぽつりと呟いた。

いつか娯楽施設で話をしたファナティックのことを思い出す。

"意思"と"力"、レイヴンがレイヴンである証。

そう語った彼女はもういない。しかし受けとった物は、確かにソラの胸にある。

エースもまた、これまでの多くを背負って今ここに立っているのだろうか。

 

《アルカディア、出撃する!輸送機はすぐに旋回行動に移れ!カバルリーのレーザーに当たるなよ!》

「ストレイクロウもだ!出るぞ!」

 

2羽の渡り鴉が、偽物の空に舞った。

オーバードブーストを吹かして接近すると、すぐさまカバルリーの迎撃砲火が空を裂いて飛来する。

とはいえ、機械的な射撃に今さらたじろぐレイヴン達ではない。

激しい弾幕の中を巧みにくぐり抜け、煙を噴き上げる施設群に降り立った。

施設の破壊を行っていたMT部隊の群れが一斉にストレイクロウとアルカディアに向かってくる。

未登録ACの姿はない。

 

《レイヴン!カバルリー12、スクータム8です!》

「敵ACはもう中央動力施設に侵入したのか?」

《手筈通りだ。まずはカバルリーからやる。ついてこれるか?》

「当然!」

 

最初に突っ込んできたのはスクータムだ。

バズーカの3点バースト射撃が夥しく殺到し、しかし虚しく地面に着弾して爆ぜる。

跳躍して逃れた2機のACは、時速300㎞超で猛然と突っ込んでくる重装MT部隊をそのまま飛び越した。

 

《右をやれ!私は左だ!》

 

アルカディアのスナイパーライフルが合図のようにカバルリーを1機射抜く。

再び撃ち放たれたレーザーキャノンの束を躱し、ソラは右前方のカバルリーの群れにオーバードブーストで突っ込んだ。

残像が生じるほどの勢いで激しく左右に踊って、FCSの予測を攪乱し始めるフロート部隊。

だがソラは構わずそのど真ん中に割り込み、1機を体当たりで吹き飛ばして仕留めた。

 

「もう飽きてんだよ、お前らの相手は!」

 

距離を取ろうと下がる敵部隊に向け、マシンガンをあえてマニュアル照準で放つ。

薙ぎ払うような乱射に引っかかり、2機が転げて沈黙。

重装MTならばある程度は凌げる攻撃も、機動力に特化した脆いフロートMTでは容易く致命傷となるのだ。

ソラは追撃を目論むも、旋回して追いついてきたスクータム部隊が圧力をかけてきた。

大口径砲弾が雨のように降り注ぎ、カバルリー排除の邪魔をする。

しかしすぐさま横合いからグレネードキャノンの火球が放たれ、敵の一斉射撃を乱した。

 

《遅いぞ。スクータムは私が引き受ける》

 

いつの間に。

ソラが驚く間もなく、アルカディアがすれ違うようにしてスクータムの群れに勇ましく向かっていく。

僅かな間でカバルリーは、トップランカーによってその数を大きく減らしていた。

ソラに任されたのは、残り3機。

僚機の完璧な仕事ぶりに、ソラの中で闘争心が燃え上がる。

チャージを終えた超高出力レーザーキャノンが、またもストレイクロウめがけて一斉に火を噴いた。

だが、当たらない。

 

「失せろ!」

 

ACの投擲銃から発射された榴弾が、レーザーの反動で一瞬静止したカバルリーを吹き飛ばす。

最後の2機が砲身に稲妻を迸らせ、高速で突進してきた。

零距離射撃か。血の通わないAIなどに負けるものか。

ストレイクロウは地面を投擲銃で撃った。

コンクリート片を撒き散らして発生した爆風が敵の目をくらませ、足を鈍らせる。

突進の勢いが弱まった隙をついてソラがマシンガンを撃ち鳴らせば、2機のカバルリーは回避が間に合わずまとめてスクラップと化した。

 

「待たせたな、アルカディア」

《随分とスロースターターだな、ストレイクロウ。あとは仕上げだ》

 

生き残った5機のスクータムが後退して距離を稼ぎつつ、バーストバズーカでレイヴン達を狙う。

そこからは一方的だった。

いくら管理者の実働部隊が企業のMTとは一線を画す性能を誇るとしても、レイヤード有数の手練れ2人の相手にはならない。

マシンガンとチェインガンに装甲を引き裂かれ、その場に横たわって沈黙するのみだった。

 

《レイヴン、ユニオンより通信です。未登録ACが中央動力施設の内部に侵入。エネルギーシールドを含むセキュリティシステムが順次解除されているとのことです》

「やっぱり素通りかよ」

《当然だろう。管理者はレイヤードにおける最上位権限を持っているからな。その気になりさえすれば、セキュリティに阻まれるわけがない。……急ぐぞ》

「了解」

 

ソラとエースは解放されたメインゲートから動力施設の内部に入った。

レインが送信してきたマップデータを確認しつつ、進行する。

施設には第四層全域に動力を供給する大型エネルギー炉が2基と、超大型エネルギー炉が1基あるようだった。

それぞれの炉を繋ぐ通路にはシールド発生装置と固定砲台が無数に設置されており、侵入者を撃退する仕組みになっているらしい。

しかし、既にそれらのセキュリティは停止していた。

 

《手前2つの大型炉は、最後の超大型炉を補助しているようだ。最悪、2つ目までの破壊は許容できる》

「それでも、レイヤードには大きな被害が出るんだろ?」

《……間違いないな。何はともあれ、手早く始末して被害は最小に抑えるべきだろう》

「トップランカーとの2対1だ。余裕さ」

 

2人のレイヴンはセキュリティの切れた通路を素通りして、大型エネルギー炉のある開けた空間へと出る。

炉の前にはACが静かに佇んでいた。

それも、2機。

四脚型とタンク型だ。

 

「2機?四脚ACが1機じゃなかったのか?」

《タンクの方は施設内部の機密ブロックから出撃したんだろう。ここはレイヤードの急所だ。最初から管理者のACが配備されていても不思議じゃない。だが……》

 

ソラの頭の中に疑念が湧き起こる。

施設に最初からACが配備されているのであれば、それを使って手早く破壊活動を行えばいい話だ。

わざわざ人類の目を引くようにエネルギー生成区を進撃する必要はない。

言い淀んだエースも、同じことに思い当たったのだろう。

だが、それ以上を考える猶予は消え失せた。

管理者のAC達が、それぞれ武器を構えたからだ。

 

「トップランカー、どっちを取る?」

《タンクを貰う》

 

ブン、とアルカディアのレーザーブレードが一瞬閃く。

それが開戦の合図だった。

四脚の武器腕レーザーとタンクの武器腕マシンガンが、銃口を輝かせた。

レイヴン達は咄嗟に飛び退り、反撃に向けてロックサイトを睨みつける。

しかし。

 

「待て、何だその……!?」

 

四脚の武器腕が唸るのと同時に、肩のパルスキャノンと大型ロケットも連射された。

通常のACではありえない、全携行火器の同時使用だ。

形成される弾幕は非常に分厚く、回避以外の行動を強く拒む。

エースが相対するタンク型も同じようだった。

武器腕マシンガンと両肩のチェインガンを同時に起こし、とめどない攻撃を繰り出している。

 

《っ、……だが機動性はさほどではないぞ!反撃あるのみだ!》

「おおっ!」

 

トップランカーの発破に勇気づけられ、ソラは集中のギアを一つ上げる。

確かに先ほどから四脚もタンクも、これまで戦ってきた管理者ACほどの鋭い機動は見せず、ある程度常識的な速度で動きながら火器を連射してくるばかりだ。

とはいえ、立ち回りの良さは上位ランカーと比べても遜色のないレベルである。

射撃も正確で、集中を切らせば一気に持っていかれそうな威圧感を発していた。

それでもソラは何とか弾幕の隙を縫うように動き回り、マシンガンと投擲銃の火力を効果的に差し込んでいく。

敵のリロードのタイミングを見計らって、ミサイル弾幕でも圧力をかけていった。

不意にタンクACが目標を変えて攻撃をしかけてきても、アルカディアの的確なインターセプトがそれを阻んでくれる。

四脚の行動については、ソラが全て対応した。

僚機への横槍を防ぎつつ、少しでもエネルギー炉に近寄る素振りを見せたならば接近してプレッシャーをかけ、それをさせない。

 

《いけるぞ……!焦らず追い詰めていけ!》

 

アルカディアがオーバードブーストの機動性を駆使し、果敢にタンクの弾幕を抜けてブレードで切り込んで、素早く下がる。

ソラもエースも少しずつ敵ACの攻撃の激しさに順応し始めていた。

攻撃の物量に慣れさえすれば、これまでの管理者ACと比べてもイージーな部類だ。

火事場を任された2人のレイヴンは、何とか余力を残していた。

互いにAPは6000近くある。

このまま集中を切らさず、互いをフォローし合いながらじりじりとAPを削り取っていけばいい。

そう思ったのも束の間、敵ACのコアからイクシードオービットが分離した。

 

「!?やめろっ、何やってるてめえら!」

 

こちらを狙う通常火器の斉射とは別に自律砲台のオービットが、大型エネルギー炉に激しい砲撃を浴びせかける。

 

《レイヴン!第一エネルギー炉にダメージが蓄積しています!熱量増加中!このままでは爆発します!》

「分かってる!クソが!」

 

ソラは両手の火器を目いっぱい撃ち続けながら、強引に四脚の弾幕の中を猛進した。

敵ACが跳躍して逃げようとするところに、オーバードブーストで無理やり体当たりして、空中で組みつく。

だが、最接近しても一気に致命傷を与える手段がない。

仕方なしにマシンガンをコアに突きつけて、全力でトリガーを引き絞る。

 

「くっ、俺もブレードを持ってきてれば!」

 

激しい振動と轟音の中で、ソラは後悔の言葉を口にした。

拘束は結局、長くはもたなかった。

管理者ACは通常のACよりあらゆる出力で勝るのだ。

ストレイクロウはあっという間に振りほどかれて地に叩き落とされ、空中からレーザーとパルスの連射を返された。

そうこうしている内にも、敵のイクシードオービットはエネルギー炉に向けて砲撃を繰り返し続けている。

エースも同じ苦境にあるようだ。

何とかタンクAC本体は釘付けにできていても、炉を攻撃する自律砲台にまでは対処しきれていない。

 

《炉心が崩壊します!レイヴン、一時退避してください!》

 

レインからの警告に歯を食いしばり、ソラはエネルギー炉から大きく距離を取る。

炉はまばゆく禍々しく光輝き、施設全体を揺らすほどの莫大な閃光と爆風と熱波を放って、消滅した。

コクピットが大きく揺れ、シートベルトの締め付けがソラの上半身を軋ませた。

 

《そんな、これではレイヤードのエネルギー供給が……》

《まだだ、まだ炉はあと2つある!集中を保て、ストレイクロウ!》

「あぁ……!」

 

ソラとエースはすぐさまオーバードブーストのレバーを引き上げた。

向かうのは次の大型エネルギー炉に続く通路だ。

既に通路の入り口には、敵のタンクACが陣取っている。

四脚の姿は見えない。もう先に進んでいるのか。

管理者の実働部隊は炉心の大爆発の最中でも、迅速に最善手を打っていた。

 

《タンクは無視だ。飛び越えて四脚を追う!》

 

エースの指示に応じてソラがフットペダルを踏み込むと、オーバードブーストの高度がグンと上がった。

眼下ではタンクACが全武装をひたすら撃ちまくってくるが、この速度ならばかすったところで致命傷にはならない。

アルカディアとストレイクロウはタンクの頭上を通り過ぎ、通路に入った。

奥には、次のエネルギー炉に向かう四脚の背中が見える。

やはり機動性は、これまでの管理者ACに比べて劣るようだ。

 

「捉えた!このまま2人で一気に……!?」

 

異変が起きた。

通路のそこかしこから、固定砲台の群れが姿を現したのだ。

ラインレーザーの乱射と、それに紛れてハイレーザーがストレイクロウを的確に狙ってくる。

突如沸いた強烈な圧力に、ソラは反射的にオーバードブーストを切り、回避機動に入った。

結果、構わず直進したエースのみが通路の先に先行することとなってしまう。

そして見計らったように出口付近に発生したエネルギーシールドが、2人のレイヴンを完全に分断した。

 

「やられた……!アルカディア!」

《問題はない!四脚は私が仕留める!お前はタンクをやれ!》

 

後方から追いついてきたタンクが武器腕マシンガンと両肩のチェインガンをまとめて乱射してくる。

さらに大量の固定砲台の迎撃網。

通路は狭く、行く手はエネルギーシールドに阻まれ、回避機動も取りづらい。

必死に反撃を試みるも、圧倒的な攻撃の密度差に、ストレイクロウのAPが瞬く間に溶けていく。

 

「場所が悪すぎるっ……く、そぉっ!」

 

どれだけ集中して操縦桿を操っても、回避できる弾幕の量には限りがある。

特に厄介なのは、連射力と集弾性を両立するチェインガンだ。

それが2門とあっては――

進退窮まり、ソラはオーバードブーストを使って通路を一気に逆走した。

再びタンクの頭上を通り抜け、最初のエネルギー炉があった部屋に戻る。

ここでなら十全な回避ができ、なんとか互角の勝負ができると思ったからだ。

だが、それが致命的なミスだった。

 

《レイヴン、シールドが!?》

 

レインが声を裏返した。

通路の入口にまでエネルギーシールドが発生したのだ。

完全に孤立し、ソラは自分の判断の甘さを後悔した。

 

「アルカディア!そっちはどうなってる!?」

《優勢だ……!何とかな!》

「締め出しを食らっちまった!援護に行けない!」

《……!心配はいらん、どうとでもできる!》

 

通信機の先で、トップランカーが吼える。

それが薄氷の上の虚勢であることは、ストレイクロウのモニター上部に表示された僚機のAP表示で見て取れた。

アルカディアの残りAP4500。

 

《レイン!シールドを解除できないか!?》

「コーテックスではどうにも……!ユニオンに確認を取っています!少し待ってください!」

《くそっ、急いでくれ!フレデリカはどうしてる!?あいつなら……》

 

ソラが慌てふためき、オペレーターに怒鳴っている最中。

シールドを隔てた向こう側でタンクACが通路の奥に進み始めていた。

出口側のシールドが解除されるのが、ソラの位置からでも分かった。

 

「アルカディア、タンクが抜けちまう!一旦逃げろ!」

《いや……行く手にもシールドだ。だが、何とかしてみせる……!》

 

ソラは機体をシールドに衝突させた。

特殊な電磁場が形成されているのか、強い反発が生じ、ACが仰け反らされてしまう。

APもたった一度の接触で大きく削られていた。

強行突破は、できそうにない。

やがてシールドのその先――通路の奥、2つ目のエネルギー炉がある部屋で3機のACが入り混じって戦闘するのが垣間見えた。

アルカディアはよく耐えていた。

管理者の使徒相手の2対1で、常軌を逸した火力を誇るAC2機を相手に、長々とAPを維持し続けていた。

レーダー表示の上でめまぐるしく3つの光点が立ち回るのが、特に緑色の僚機が激しく縦横無尽に動き回るのが、呆然とモニターを見つめるソラにも分かった。

しかし、人間の集中力と対応力には限界がある。

アルカディアのAPが、大きく削れ始めた。

 

残りAP3500。

2500。

1500。

1000。

赤い光点が1つ減った。

700。

500。

300。

 

《ストレ……四脚は、……倒し……あと、は……》

 

砂嵐のような音に混じって、レイヴンの今際の息遣いが聞こえてくる。

 

《高く……よ、り、高く……》

 

それがレイヤード最高の戦士の、最後の言葉だった。

通路の奥で、激しい爆発が起きる。

残るは、最後の超大型エネルギー炉のみ。

生き残った敵のタンクは奥には進まず、大炎上する炉の前で泰然と待ち構えていた。

先に邪魔者を片づけるつもりなのだろう、獰猛な殺気を滾らせるソラがシールドの檻から解き放たれるのを、じっと待っていた。

 

《……ユニオンがシールドの解除に成功!レイヴン急いでください!最後のエネルギー炉が破壊される前に!》

 

レインが言い終わるより前に、ソラはオーバードブーストを起動する。

そのまま通常ブースタも吹かし、一本の矢となった迷い烏が細長い通路を激烈な速度で駆け抜けていく。

管理者ACが全火器をこちらに向け、激しい連射を開始した。

ソラは通路を抜けると同時に推進を休め、慣性に従って床を削りながら回避行動を取る。

モニターの端に、物言わぬ黒いACの残骸を見た。

だが、それも一瞬だけだ。

弔いは、敵の屍をもってすればいい。。

マシンガンと投擲銃、ストレイクロウの両腕の武装が唸りを上げ始める。

 

「おぉぉっ!」

 

ソラは猛りながらも相手の射撃を何とか凌ぎつつこちらの射撃を通せる距離を探り、撃ち合おうとした。

一方、敵ACは夥しい量の火線を形成しながらも、ストレイクロウから距離を置き始めていた。

臆したわけではない。

双方の武器構成を鑑みた場合、最長射程を誇るチェインガンが有効に機能する距離を作るべきだと考えたのだろう。

さらにこれまでエネルギー炉の破壊のみに用いていたイクシードオービットも展開し、こちらの武装の射程に入るのを強く拒む。

流石は管理者のACとしか形容できない最適な行動だ。

しかし、そんな理詰めの攻撃にそのまま黙ってやられるソラではなかった。

ならばと煮えたぎるような殺意を力に変え、オーバードブーストを轟かせる。

 

《レイヴン!?》

 

固唾を呑んで見守っていたレインが思わず声をあげるような、無謀とも言える戦法。

めくら撃ちしたミサイルを煙幕代わりに用いて、ソラは最接近距離にまで機体を近づけた。

尋常ならざる速度域のまま、ストレイクロウが敵ACの胴体向けて痛烈な蹴りを見舞う。

タンク脚部の安定性能は抜群だ。ただ蹴っただけでひっくり返ることはない。

とはいえ、ACほどの巨体が時速700kmを超える速度で蹴りつければその衝撃は大口径砲弾よりも大きく響く。

防御スクリーン同士が干渉して迸り、脚部に異常が発生するも敵のコアは大きく仰け反って、射撃の嵐が止まった。

その隙に最大火力を叩きつける。ミサイルと投擲銃の連打だ。

そして敵が体勢を立て直すかというところで、迷い烏は再び矢と化した。

 

ドギャァッ。

 

再度ブースト全開で蹴りつけて怯ませる。

怯めば、また最大火力を押し付ける。

敵が復帰する前に、もう一度蹴る。

三度目の蹴りを放った直後、相次ぐ大衝撃にAIが異常をきたしたのか最大級の防衛本能なのか、タンクACは全火器をめくらに四方八方へ放ち始めた。

滅茶苦茶な弾幕が広範囲に吹き荒れ、だが圧力は確実に弱まる。

まともにこちらを捉えているのはイクシードオービットだけだ。

ストレイクロウも各部の動作異常を告げるアラートを響かせ始めた。

エネルギーはレッドゾーン。

いや、もはや関係ない。チャンスは今しかない。

ミサイルユニット、マルチロック。最後の突撃。

 

「くたばれぇっ!!」

 

敵ACに正面から体当たりしながら、ソラはトドメのミサイルを放った。

8発ものミサイルが連続して突き刺さり、そして。

 

ごうごうと燃え盛るエネルギー炉のすぐ傍で、決着を告げる大爆発が起こった。

エースと連戦したタンクは、元々こちらに比べてAPをすり減らしていたのだろう。

捨て身の強引な猛攻を前にあえなく吹き飛んで、木っ端微塵になった。

 

《敵AC撃破!レイヴン、超大型エネルギー炉の防衛は成功です!》

「はぁ、はぁ……やった、やったぞ……エース……」

 

物言わぬ僚機の残骸の前に、ストレイクロウが各部を軋ませながら膝を折った。

AP残り1100。怒りに任せた、綱渡りの戦いだった。

最後にタンクACの挙動が狂わなければ、やられていたのは自分だったかもしれない。

やった、やったと声に出しながらもソラを包むのは、強敵に打ち勝った達成感ではなかった。

戦友を失った喪失感と、依頼を十全にはこなせなかったという無力感。

結局、中央動力施設はその機能を大きく失ってしまった。

今回の影響はじきに、レイヤード全土で出ることだろう。

それによってまた多くの人が死ぬことになるのは明白だ。

しかし、管理者の攻撃は、まだ続く。

ソラの本能がそう告げていた。

次はどこだ。何がやられる。誰が死ぬ。

 

「違う……!今はこれでいい、いいんだ……守り抜いたんだ、俺達は……!」

 

それでも、それでも何とか最後のエネルギー炉は守った。

最後の一線は、エースと自分が守り抜いた。

そう思うしかなかった。

 

『レイヤードはもう終わりが見えてるのよ。どうしてそれが分からないの?』

 

マグナ遺跡で蹴落とした、あの女の言葉が蘇る。

ソラは苛立ちを抑えきれずにサブモニターを殴りつけた。

 

「ちくしょう……いつまで続くんだよ、こんな戦いが……!ちくしょう……ちくしょうっっ!!」

 

天を仰ぎ、叫ぶ。

視線の先には、コクピットの天井があった。

 

すぐ間近の、天井が。

 

 

 




エースはゲーム本編だと死なないし、そもそもミッション中に登場しません。勝手に死なせたので、ファンの方には申し訳ありません。

ノクターンは一応出番ある予定です。忘れてないよ。


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機動兵器侵攻阻止・1

機動兵器侵攻阻止・2は明日更新予定です。


「コーテックス上層部がユニオンと会談?」

 

第四層エネルギー生成区から帰還した、翌日のことだった。

思うところあって久しぶりにACのテスト場に出てきていたソラの元に、専属補佐官のレインが直に訪れてきていた。

ストレイクロウを固定したハンガーの通路で、人を遠ざけて2人だけで話をする。

 

「ええ、レイヴンが中央動力施設の防衛を終えた直後のことです。閉鎖済みセクション302に潜伏していたユニオンの指導者からコンタクトがありました」

「ああ、そういやあいつら隣にいるんだったな……」

「ご存知でしたか?」

「ん、あー……まあな」

 

首を傾げる相方に対して、ソラは曖昧に返答した。

マグナ遺跡におけるミラージュの偽の依頼――管理者の攻撃依頼を受けるかどうかについて、ソラがフレデリカの意見を聞いたことはレインにも話していなかった。

専属補佐官である彼女には話してよかったかもしれないが、なんとなくそうする気にならなかったのだ。

 

「……それで、私を含む上位ランカーの専属補佐官には、ユニオンとの会談の内容がある程度伝えられています」

「どんな話をしたんだ?」

「一連の管理者の異常行動の総括と今後の展望について、です」

 

レインが形の良い眉をひそめ、手元の分厚いファイルを開いた。

 

「ユニオンはかなり以前から管理者の異常を察知し、広範囲の情報収集を行っていたようですが、その成果を改めてコーテックスに提供したいという申し出があったのです」

「データバンク侵入依頼を受けた時のブリーフィングみたいな内容か」

「はい。彼らによってまとめられた被害規模は、コーテックスの把握しているそれを遥かに超えていました。主に、三大企業の機密施設や第二層環境制御区、第四層エネルギー生成区といった、レイヤードの都市機能維持においてクリティカルな部分についてです」

 

手渡された資料に、ソラは軽く目を通す。

相変わらず几帳面に、精密にまとめられた資料には、レイヤード各所の被害状況が詳しく記載されていた。

 

「特に先の中央動力施設の損壊によるエネルギー供給低下の影響がすさまじいのです。企業が市民のライフラインの維持を最低限にして休眠状態に入ったこともあり、これ以上の被害が出続ければ……」

「人類滅亡、か」

「……現実味を帯びてきている状況にある、とユニオンは言います。まだ比較的無事なのは人工気象システム及び酸素供給システムですが、これらについても既に機能を停止したセクションは少数ながら確認されています」

「実働部隊は中央動力施設にまで攻撃をしかけたんだ。次は片っ端から酸素供給を狙うなんてのも、ありえないとは言えないよな」

「このセクション301においても、ついに深刻な影響が出始めました。エネルギー不足により、優先的に維持する施設機能を早急に選別すべき段階に入っています」

 

ソラは考える。

三大企業が各代表を逃がして雌伏に入ったのは、管理者の暴挙が一旦落ち着くのを待つためだろう。

今じっと耐え忍んでいる市民にしても、新体制を起こしたグローバルコーテックスにしても、そういったある種の楽観的な希望はあったはずだ。

しかし、その暴挙が終わらないとすれば?

このまま人類が滅びるその日まで、管理者が攻撃を続行し続けるとすれば?

レイヴンのトップランカーたるエースすら、管理者との戦いの中で死んだ。

残るレイヴンは、あと僅かだ。

もうじき人類は、管理者に抗う力すら失うかもしれない。

本当の"最悪の事態"が、すぐそこまで迫っているのをソラは感じていた。

 

「上層部はどうする気だ?」

「当面はユニオンと連携する方針です。管理者直属の傭兵斡旋組織が一勢力の肩を持つなど本来あってはならないことですが、この現状においては仕方ないという判断でしょう」

「連携って、具体的には?」

「ユニオン副官を務める、"AI研究所"職員フレデリカ・クリーデンス。彼女にコーテックスの組織運営へ参画してもらうそうです」

「フレデリカに……」

「先の中央エネルギー炉防衛において、迅速な襲撃察知やセキュリティシステムの奪還が出来たのは彼女のバックアップによるものです。これまでのユニオンの各種活動においてもかなりの辣腕を振るってきたようですが、今回の抜擢はやはり、彼女が実際に実力を示したことに加え、管理者の補佐役という経歴が大きかったように思います」

 

フレデリカ・クリーデンスのあらかたの素性について、ソラはレインを通じてグローバルコーテックスに既に報告していた。

"AI研究所"なる特務組織の存在、ユニオンの暗躍の原動力と各企業へのコネクション、そして"管理者の雛"と呼ばれるレイヤード管理プログラムのアーキタイプの存在についても。

これまではフレデリカの力に半信半疑だった上層部も、今回のレイヤードの存亡を揺るがした攻撃によって尻に火がつき、確かな実績を示した彼女へ協力を仰ぐことにしたのだろう。

 

「……レイヴン。その……」

「ん?」

 

ファイルから視線を上げたソラと対照的に、レインは視線をハンガーに落とした。

 

「ユニオンは、今後どうするつもりだと思いますか?グローバルコーテックスとの連携を持ちかけてきたのは、あちらです。フレデリカ・クリーデンスの力を我々に見せつけ、三大企業も去ったこの窮地に満を持したかのようにコーテックスへ接近してきました。何か、意図があるのではないでしょうか?」

「…………」

「例えば…………管理者への攻撃、とか」

 

あってはならない、恐ろしい企みをするかのように、レインは声をひそめる。

管理者への攻撃。

ミラージュすらなしえなかった、レイヤード最大の禁忌。

ソラは既にその話について、ユニオンのブレーンであるフレデリカ本人と言葉を交わしていた。

失敗と成功、そのどちらの影響も全く予測できない行為だと、言われていた。

 

「レイヴン、もしもユニオンが依頼をしてきたら……あなたは受けますか?」

「……レインなら、どうする?」

「私なら?」

「もしレインがユニオンに依頼される立場だとして、管理者を攻撃してくれって依頼を受けるか?」

「……それは」

 

真面目な専属補佐官はぐっと目をつぶり、数十秒に渡って思案していた。

 

「……分かりません」

「…………」

「管理者が今、私達を苦しめているのは事実だと思います。このまま異常が回復されなければ、人類は滅んでしまうかもしれません。ですが………」

 

分厚いファイルを抱きしめるレイン。

ソラを見上げる眼差しには、悲壮の色があった。

 

 

「それでも管理者は、管理者です。レイヤードが創設されてからの数百年、無数の人間が管理者に管理されて、見守られて生きてきました。不幸せになった人もいるかもしれません。でも、管理者のおかげで幸せになった人だってとても多いと思います。この世界には、管理者が必要だったはずです。私は……それだけは何があっても否定できません」

 

 

そうだな、とだけソラは答えた。

それは互いに、煙に巻いただけの会話だった。

だが、今はそれでよかった。

近い内にそれでは許されなくなるのだとしても、選択を迫られるのかもしれないとしても、今はまだ、結論を出さずにいたかった。

ソラは揺れていた。

戦場で管理者の力の数々を目の当たりにし、多くの悲惨な死に触れてきた。

管理者が許せない、という気持ちはある。

このままただ真綿で首を絞められるようにして死んでいくのは嫌だ、という気持ちもある。

一方で、レインの言うように管理者がこの地下世界に必要とされてきたというのも分かる。

それに、もしもユニオンが自分に依頼してきて、言われるがままに管理者を攻撃しても、その結果起きることに責任など到底持てはしない。

そもそも、本当に管理者を止められるかどうかも定かではないのだ。

誰だってそうだろう。

誰しもが管理者を攻撃した後のレイヤードがどうなるか分からず、そこに生ずるであろうあまりにも大きな責任から目を背けている。

だから、迷っているのだ。

きっとユニオンの指導者も、そうなのではないか?

不安で仕方ないから、自分達だけで抱え込むのが難しいから、グローバルコーテックスに近寄って来たのではないか?

 

「皆、何とかならないかって考えてると思う。自分以外の誰かが、何とかしてくれないかって思ってる。でも、今までこの世界を何とかしてきたのは、人間よりも管理者なんだよな。だから俺達は、こんな状況でも自分達で答えが出せないんだろうな」

「……ええ。私も、そう思います」

 

どんよりとした暗いものが、心の底に沈殿していた。

トップランカーのエースを、先の戦闘で死なせてしまったからか。

レイヤードのエネルギー供給を担う動力施設を、半壊させてしまったからか。

それもある。

だがこの暗さは、これまで徐々に時間をかけて積み重ねてきたものだった。

深い、染みわたるような無力感が、いつの間にかソラの奥底にはあった。

 

その後、ソラとレインは長い間無言で、ハンガーに佇むアーマードコアを見つめて過ごした。

 

 

………

……

 

 

翌朝。

グローバルコーテックス所属のレイヴン達は、本社ビル30階の中央講堂に呼び集められていた。

例によって、緊急事態発生による非常招集である。

 

「おう、今回は何だ。巨大エビの次はカニか?タコか?」

「スパルタンさん何ですかそれ?」

「何でぇ、知らねえのか林檎少年。両方とも酒に合ってうんめえんだぞ、特にカニな」

「へぇ……あ、でも僕まだお酒ダメで」

「あんま真に受けんなよアップルボーイ。旦那の馬鹿が移るぞ」

「何だとボウズこのばっきゃろー!よし、ボウズも林檎少年も、会議終わったら娯楽施設に行くぞ!俺がカニの美味さを教えてやる!」

「今は閉まってるってば。エネルギーも物資も不足してるっつってんだろ」

 

講堂の最前列で酒の匂いをプンプンさせる大男スパルタンを、左右に座るソラとアップルボーイが嗜める。

それを壇上から眺めていたA-2ランカー"ロイヤルミスト"が猛禽のような鋭い目を鬱陶しそうに細め、一言感想を述べた。

 

「つまらねえコントありがとよ、クソ酔っ払い」

「ああん!?」

 

立ち上がったスパルタンを無視して、ロイヤルミストは講堂に参集したレイヴン達をぐるりと見渡した。

杖を席に置いた老齢のA-1ランカー"BB"がそれに応じ、同じく壇上へ静かに上がっていく。

 

「けっ……ちょっと見ねえ間にレイヴンも随分と数が減ったな、BB」

「ああ、おかげさまでまたトップランカーだ。アルカディアには勝ち逃げされたな」

「……ふん」

「さて、よく集まってくれたな生き残ったレイヴン達。もう前置きはいらんだろう。ある映像を見てもらう」

 

BBが片手をあげ、講堂の照明が落ちると、前方の巨大スクリーンに光が灯った。

ソラにとってはつい先日、見覚えのある場所だった。

第四層エネルギー生成区に所狭しと並ぶ、動力施設群だ。

それに気付いた矢先、人工気象システムによって作られた偽物の空が一部ブラックアウトし、中から巨大な物体が現れた。

レイヤード全体に通じる大規模な動力炉の数々と比べても、かなり大きい。

以前水没都市で倒した赤い機動兵器よりも、さらに巨体だ。

全体的に形容しがたい仰々しい外見の中でも、特に象徴的なのは六枚の翼のようなユニットだ。

天使の似姿のつもりなのだろうか。

 

「おいおい、こりゃあ何だ……」

 

スパルタンの呟きに合わせるかのように、スクリーンの中の大型兵器は無数の飛翔体を撃ち上げ始める。

舞い上がった飛翔体は爆散し、黒い槍の雨が施設群に降り注いで、連鎖的な爆発が巻き起こった。

 

「ほんの1時間前の映像だ。人工気象システムを裂いて現れたこの兵器は、エネルギー生成区に対して突如大規模な破壊活動を開始した。攻撃対象は無差別だが、進軍経路からして、先にアルカディア達が迎撃した実働部隊と同様に中央動力施設が最終目標だと思われる。このまま放置すればどうなるか、まあ儂が改めて言わずとも分かるだろう」

 

BBがゆっくりと、各レイヴンと視線を合わせるように話す。

 

「これはグローバルコーテックス及びユニオン共同による、全レイヴンに対しての依頼だ。この大型兵器がエネルギー生成区を更地にする前に、速やかに撃破すること。なお、友軍としてユニオン……及び少数の義勇軍が同行する。以上だ」

 

講堂はしんと静まり返った。

その間も大型兵器の破壊活動の続きが、スクリーンには依然として映し出されていた。

降り注ぐのはかつてレイヴン達を苦しめた黒い槍の雨だけではない。

無数の機銃や強力なハイレーザー砲がひたすら連射され、その暴力的なまでの攻撃性能を誇示する。

 

「あー……ごめんだけど、質問いいかな」

 

講堂の後ろの方から、どこかひょうきんな声が響いた。

ソラが振り返ると、最後列から太った男が線のような細目を壇上のAランカー達に向けている。

 

「……ちっ。なんだ、C-2バッドブレイン」

「純粋に疑問なんだけどさ、この依頼遂行に対する報酬はどのくらいだろう?」

「ああ、それを言っていなかったなブラッディーホルン。前回の大型兵器戦と同様だ。グローバルコーテックスとユニオンの財政が許す範囲の金額に加え、ACパーツの全面的な融通が約束されている」

「ありがとう、BBさん。なるほどなるほど、ほぼこちらの言い値とACパーツ大量かぁ……ふーん、へー。それはすごいなぁ」

「阿呆の真似してないで、言いたいことがあるならはっきり言えデブ野郎。何が言いてぇ?」

 

人を小馬鹿にしたような口調で話すバッドブレインに、ロイヤルミストが苛立ち混じりに応じる。

 

「いやね、ロイヤルミスト。今のレイヤードの状況で、それらがレイヴンに対する正当な対価として成立するのかなってね。もう企業は虫の息で、この数週間は皆ほぼほぼ新しい依頼も受けてないわけでしょう?企業によって価値が保証される通貨や戦闘で使うパーツ貰って、それで大型兵器に命を賭けろってねぇ」

「すいません、僕はアップルボーイです!でも、今この状況で僕達が依頼を受けなければ、エネルギー生成区が全部破壊されて、どの道人類は終わりですよね……?」

「甘いなぁ、アップルボーイくん。僕ら人間の底力を舐めちゃいけない。企業がどうして本社を壊されたくらいで皆して黙り始めたか分かる?生き残る算段をつけてるからさ。レイヤードにはこういう緊急事態に備えて企業が作った無数の非常用設備がだね……」

「対価の話だったな、ブラッディーホルン。では傭兵として、何が望みだ?」

 

バッドブレインの得意げな話を断ち切り、BBが事務的に問いただした。

 

「……んー、そうだね。僕としては、この依頼の難易度に値する報酬はありえないと思うね。というか、もうここまで来たら事後のことを考えた方がいいでしょう?コーテックスがユニオンとつるみ始めたのは、ほんとはそのためじゃないの?」

「驚きだな。ガチで来てる管理者から尻尾巻いて逃げられる気でいるのか?このデブは」

「ふふふ!ロイヤルミストは相変わらずだなぁ。ていうかさ、僕らって、独立傭兵でしょ?今は亡きエースさんに言わせれば、一人ひとりが高みを目指して飛ぶ渡り鴉、なんじゃなかったっけ?困るんだよなぁ、こういう群れてばかりの……」

「さっきからうるせえよ。やる気がないなら出ていけ」

 

ふざけた喋り方とエースをダシにされたことにソラは黙っていられなくなり、思わず声を震わせて毒を吐いた。

太っちょの細目と、がっちり視線がぶつかり合う。

 

「前にも同じこと言ってた奴がいたが、そもそもこれは依頼だってBBが最初に断っただろ。命令じゃないんだ。気に食わないなら茶々入れずに、黙って抜ければいいだけじゃないのか」

「……ごめん。よく前に座ってるの見るけど、君って誰?」

「C-1のソラだ」

「ああ、君がソラかぁ……知ってる知ってる」

「は?」

「アリーナが停止したのって、実は君のせいなんでしょう?当時オペ子の間で噂だったらしいよ、うふふ」

 

突然の言い草に、ソラは思わず黙りこくる。

その横でスパルタンとアップルボーイが、並んで席を立った。

講堂の空気は俄かに殺気立ち、一触即発の気配が漂う。

 

「あのう、すいません。私共グリーンウィッチからも一点追加のお話がありまして……」

「ちょっ、ビルバオ。後にし……」

「あ、前に上がりますね。よいしょっと……ソラさんも一緒に行きますか?」

「い、いや……遠慮しとく」

「あら。じゃあ、私が一人で寂しく上がります、ね?」

 

荒んだ空気を蹴散らして立ち上がったビルバオが、すすすと壇上に向かう。

ロイヤルミストに呆れた顔で手渡された操作端末をこちょこちょ弄り、何やら巨大なキャノン砲の映像を映した。

 

「レイヤードの存亡がかかっている今回の依頼遂行にあたって、グリーンウィッチからもささやかながら支援をさせていただきます。こちらの映像は、私共が違法改造いたしました大口径超高エネルギー砲"CWX-LICX-3"です。現在普及しているACの最大火力兵装"CWX-LIC-10"をより高威力、より長射程となるように大幅な改良を加えた品です。本来は環境保護に役立てるためのものですが、緊急時ですので、こちらを5門提供させていただきます」

「あの、ビルバオさん?僕らの話がまだとちゅ……」

「大丈夫ですよ、バッドブレインさん。確かに逸脱行為に該当する改造品ではありますが、元ミラージュの技術者の方々にご協力いただいていますので、性能は保証いたします。テスト場での試射を行った際には、私の愛用するフロートACが一撃で破壊されてしまいました、うふふ。……ただ難点がありまして、外付けエネルギーパックの装備が必須な上、ACのジェネレーターをオーバードライブさせて使用する武装なため、一度の砲撃でチャージング状態になってしまうんです。それも、弾数はたったの3発。使用にあたっては、前衛後衛の連携は必須となります」

「いや、あのさぁ!やるわけないっつってるんだよ!もうレイヤードは縮小していく時期なの!管理者の暴走が収まるまでさぁ!」

「収まらなかったらどうするんだよ?次はいよいよ、酸素供給システムかもしれないだろ」

「……!そんなのさソラくん、今エネルギー炉守ろうが守るまいが一緒じゃん!僕らが命賭けてわざわざやりに行く意味有る!?だいたい、前の大型兵器相手にだってレイヴン部隊は半壊したんでしょ?報告読んだよ!今生き残ってる奴らでそれより大きいの相手に出来るわけないでしょうが!エースさんも死んだのに!」

「私はやれると思いますよ?今ここに残ってるのは、レイヤードを愛する同志の皆さんでしょう?やりましょう!グリーンウィッチも義勇軍として共に頑張ります!えいえい、おーです!」

「うるさいよ環境テロリストの電波女!ああ、もう!僕はやらないからね!じゃあね!」

「あら、まぁ……」

 

苛立ちまぎれに吐き捨て、どたどたと騒がしくバッドブレインは講堂から退出していった。

ロイヤルミストが机を蹴り、BBがため息をつき、だが会議はほどなく再開した。

 

「バッドブレインの言っていることは一理ある。レイヤードは先細りだ。企業保証通貨のC(コーム)もACパーツも、今となっては価値はないかもしれん。ここを止めたととて、管理者の次の手があるかもしれん。三大企業は独自に、生き残る道を模索しているのかもしれん。だがどの道、コーテックスとユニオンが今レイヤードのために出来ることは、これしかない。管理者の打つ手に対して、後手後手なのが現状だ。だとしても、止められるカタストロフは止めねばならない。そうだな?グローバルコーテックス」

 

BBの言葉に応じ、それまで講堂の左右に控えていた専属補佐官や担当官達が一斉に、その場で深々と頭を下げた。

その中には、レインもいた。

レイヴンを戦場に繋ぎとめるものの何とか細いことか、とソラは感じざるを得なかった。

だが、ある意味それは人類の現状を物語っていた。

ここに至ってはもはや、力ある者達の良心と使命感に訴えることによってしか、管理者に抵抗できないのだ。

あとは力ある者達、レイヤード最強の武力を持つレイヴン達の、気持ちの問題でしかない。

 

「前回と同じだ。無理に出ろとは言わん。応じられない者は、この場から退出してくれ」

 

数人が部屋から出ていき、残ったのは8人だった。

 

A-1、BB。

A-2、ロイヤルミスト。

B-1、グランドチーフ。

C-1、ソラ。

D-2、アップルボーイ。

E-3、ビルバオ。

E-4、スパルタン。

E-5、サンドヴァル。

 

「エースの野郎なら、格好のつく檄でも飛ばすんだろうがな。俺もBBも、あいにくそういうのはガラじゃねえ。まあレイヴンってのは、どこまでいっても鉄砲玉だ。鉄砲玉は肝心な時に撃てなきゃ何の価値もねえ。だから出ていった連中に比べれば、残ったお前らは上等な部類だ」

「へっ、何だその物言いはよぉ、A-2ランカーサマ!一言ありがとうございますとだけ頭を下げてくれりゃあいいんだぜ!」

「酔っ払いは黙ってろ」

「んだとぉ!」

 

相変わらずの調子で喧嘩するロイヤルミストとスパルタンを放置して、BBがスクリーン上に今回の戦闘領域を表示する。

 

「部隊編成の話をするぞ。超高エネルギー砲を撃つ後衛はタンクのヘルハンマー、テンペスト、バタイユ。及びグリーンウィッチとエスペランザだ。ユニオン部隊と環境団体グリーンウィッチの義勇軍も軒並み後方からの援護とする。だが戦力としてはあまり期待するな。敵の攻撃を引きつける前衛は儂を含む残る3人。いいな?カイザー、ストレイクロウ」

「いいや、あんたは後ろだ、BB」

「……何故だ?カイザー」

「あんたはレイヴンの長老だ。万が一の時は逃げてもらう」

「馬鹿を言うな。儂は前に出る。エース亡き今、そうするのがトップランカーの役目だ」

「そりゃ違うな」

「何?」

 

壇上でカイザーとBBが火花を散らし始める。

その陰でビルバオが端末を操作して、大まかな部隊配置を作っていった。

 

「戦闘映像は見たはずだな、カイザー。並の攻撃密度ではない。水没都市の大型兵器に勝るとも劣らない戦闘力が予想される。前衛がストレイクロウと2人では……」

「それ踏まえて言ってんだ。老いぼれは足手まといなんだよ」

「貴様、いつから儂に立てつけるように……」

「あ、あの!」

 

ぎろっと2人の猛禽の眼差しが、割って入った声の方に振り向いた。

手を挙げたのは赤面顔の少年、アップルボーイだった。

 

「ぼぼ、僕がBBさんの代わりに前衛をやります!」

「何だと小童」

「ガキが。何寝言ほざいてやがる」

「最近依頼がなかったから、テスト場でずっとスパルタンさんに鍛えてもらってました!ロイヤルミストさんにもソラさんにも、ついていく自信はあり、あります!多分……いえ、絶対!」

 

ソラがスパルタンを見ると、腕を組んでにんまりと満足そうに笑っていた。

 

「まあ、まだまだ粗削りだがよ林檎少年は!粗削りの林檎だが、確かな根性とセンスはあるぜ?そこは俺やボウズにも負けちゃいねえと言ってもいい、俺が保証する」

「お願いします!一皮剥けたいんです!り、林檎だけに!」

「真面目に冗談言う場面かよ、アップルボーイ……」

「がはは!がはははは!」

 

ロイヤルミストが最前列にやってきて、アップルボーイの胸倉を掴む。

少年はひっと引きつった声を上げながらも、唇を噛んで鋭い視線にしっかりと向き合った。

 

「お前ごときが、俺達についてこれると思ってんのか?」

「お、思ってましゅ!」

「死ぬ気か?」

「死にません!絶対に生き残ります!そしていつか、いつかあなたもBBさんもソラさんも追い越して、僕がトップランカーになります!」

「ほぉ……言うじゃないか、小童」

 

後ろから見物していたBBが感心したように笑う。

ロイヤルミストは舌打ちして手を離し、ビルバオに指示を送った。

ソラやロイヤルミストと並ぶ布陣図の最前衛にアップルボーイの名前が表示され、代わりにBBが後衛部隊の指揮に回された。

 

「あ、ありがとうございます!」

「うるせえよクソガキ。前に出る以上、最低限の仕事はしてもらうからな」

「はい!!」

 

後ろから見守っていたグランドチーフが、小さく拍手をした。

スパルタンはがははと笑いながら、大きく拍手した。

 

「依頼は受諾された。準備ができ次第、出撃とする。若きレイヴン達よ、その名に恥じない戦いをするとしよう」

 

緊急招集はそれで解散となった。

 

「ご立派でしたよ、アップルボーイさん」

「ありがとうございます、ええと……ビルバオさん」

「うふふ、よろしければあなたもソラさんのようにグリーンウィッチに……」

「やめろビルバオ。というか、俺はグリーンウィッチに入ったつもりねえからな?お前から組織引き継ぐ気もねえからな?」

「まぁ……ソラさんってば、照れてるんですね?」

「照れてねえよ」

「出撃までに一杯やろうぜボウズ!環境の姉ちゃんもどうだ!酌してくれよぃ!」

「旦那、そんな余裕ねえって」

 

ソラ達がわちゃわちゃと話しているところにそっと、スパルタンやロイヤルミスト以上の長身の男が寄ってきた。

今回の出撃メンバーで唯一前回の大型兵器戦にいなかった、E-5ランカー"サンドヴァル"だ。

 

「キャノン……」

「はい?私共のキャノンが何か?」

「すごいキャノンだな、あれは。後で俺に売ってくれ」

 

サンドヴァルは、大のキャノン好きとのことだった。

 

 

………

……

 

 

「何だよ、話って」

 

緊急招集の帰り、本社一階のロビーでソラはロイヤルミストに呼び止められていた。

 

「けっ……このロビーも変わったもんだ」

「は?」

「分からねえのか?節穴かお前は」

 

数秒眺めて、ソラは気付いた。

かつては無機質に磨き上げられていたロビーに、雑多な物が増えている。

それは運ばれる前の資材だったり、社内を鼓舞する手作りのポスターだったり、誰かが忙しさのあまり置き忘れたファイルだったり。

人のあたたかみを感じられなかった殺風景な場所が、今は少しばかり変わっていた。

 

「管理者はクソったれになっちまった。そのクソったれのせいでアリーナは止まって、レイヴンは片っ端から死んだ。馬鹿げた話だ。誰が俺達にレイヴン試験を受けさせて、ランクを与えて競わせてきたと思ってやがる」

 

新たに設置されたと思しき休憩用のソファにどかっとふんぞり返り、ロイヤルミストがぶっきらぼうに語る。

 

「……この騒乱には何か意味がある、そう感じる瞬間が俺にはあるんだ。管理者がやってることに何か意図みたいなものを感じる瞬間が」

「そんなの誰だってそうだろうが。よほどの馬鹿か能天気じゃなければ気づく」

 

ロイヤルミストはガラス張りの向こうの空を見上げながら、はっきりと言いきった。

 

「ファナティック、レジーナ、ビルバオ……エース。皆、管理者の暴挙を不審がっていた。皆、自分なりの視点で考えようとしていた。あんたは何でだと思ってるんだ?何で管理者はこんなことしてるんだと思う?」

「決まってる。俺達人間の力を試してんだよ。どこまで管理者に立ち向かえるか、な」

「何の為に?」

「知るか。どうでもいいだろ、そんなことは」

 

迷いなく言うA-2ランカーの傍若無人さに、ソラは半ば呆れた。

誰もが疑問に思い、答えを出せないでいるであろうことを、余りにも自信満々に言いきるその態度は、清々しさすらあった。

 

「力が足りない奴は、死ぬべくして死んだ。その辺うろついてたジジィも、あくせく働いてた社畜も、札束の風呂で泳いでた金持ちも。このドタバタで死んだのは全部てめえの責任だ。管理者の力に、負けを認めて屈しちまったのさ」

「初めて会った時から、あんたはそればっかだな。力力っていつも言ってる。じゃあエースやワルキューレが死んだのも、力が足りなかったからだって言うのかよ。あいつらは」

「当たり前だろ。でなきゃ、何で死んだってんだ?管理者がそう決めてたからか?生まれた時から、そうなるって決められてたからか?レイヤードはいずれこうなってたから、何やっても無駄だったってか?暴れる管理者に怯えて虫みたいにひそひそ隠れて生きるのが正解か?そんなのはクソだ。人生に何の意味もねえ」

 

ロイヤルミストはポケットを漁って硬貨を取り出し、ソラに投げて寄越した。

あごをしゃくる先には、自販機があった。

自分で行けよとソラが言っても、大男はソファにどっしりと構えたまま動かなかった。

 

「よくもパシりに行きやがらなかったな。お前、何で行かなかった」

「行くわけねえだろ。馬鹿かあんたは」

「お前は初めて会った時からそうだったな。ユニオンのつまらねえ依頼の話を聞きに行った時も、俺にひるまずにデカい口を叩いた」

「そんなやわな根性はしてねえんだ」

「じゃあ、林檎のクソガキならどうだった?」

 

何故そこでアップルボーイが引き合いに出されるのか分からず、ソラは首を傾げた。

 

「前にエビ退治をした頃のあいつなら、大人しくパシられたかもな」

「今はそんなことしねえよ。あいつはもう、一人前になった」

「そうだ、そういうことだ。今日のあいつなら、お前と同じように俺に言い返しただろうよ。それは、そうできるだけの力を手に入れたからだ。だから、我を通せるようになったってことだ」

 

ロイヤルミストはのっそりと立ち上がり、自販機まで歩いていく。

そしてだるそうにラインナップを見つめ、硬貨を入れてボタンを2つ押した。

 

 

「レイヴンだけじゃねえ。人間ってのは力が全てだ。だが、力は望めば鍛えることが出来る。そうして手に入れた力は、絶対に自分を裏切らねえ。極限にまで研ぎ澄ませれば、管理者のクソったれにだって負けはしねえ」

 

 

ぶん、と乱暴に投げつけられた缶コーヒーをソラはこともなげにキャッチした。

常人ならば慌てて取りこぼすだろうその渡され方も、レイヴンとして鍛え上げた動体視力をもってすれば容易く応じることができる。

 

「答えろ。トップでお高くとまってればいいものを、クール気取ってるくせに人一倍暑苦しい根性してるエースは、何で死んだ?」

「……俺が、肝心なところで判断ミスを」

「人のお節介ばかり焼いて、偉そうに場を仕切りたがる真面目な委員長みてえなワルキューレは、何で死んだ?」

「…………」

「全部、あいつらの力が足りなかったせいだ。他の誰のせいでもねえ。あいつらの死は、あいつらだけのものだ」

 

ロイヤルミストの率直な物言いに、ソラは黙って頷いた。

彼の言い分をそのまま全て肯定する気にはなれない。

しかし、アリーナの仕切り役として名高い男の不器用さが、そこには確かに感じられた。

 

「はっ。さっきは前で見ててイラっとしたぜ。お前、ボケてんのか?」

「ボケてねえよ」

「じゃあ挑発してきた相手の言葉にくらい、最後までしっかりと言い返しやがれ。ツレに助けてもらわなくてすむようにな」

「……分かってるさ。けど、思っちまったんだ。確かにその通りかもって。俺が妙な扱いされ始めてからアリーナは」

「ぐちぐちうるせえよ。ただのC-1風情が調子に乗るな」

 

ロイヤルミストの蹴りがソラを襲う。

ソラは難なく躱して、後ろ向きな言葉を吐くのをやめた。

 

「戦場でまだ腑抜けてやがったら、後ろから撃つからな。いいな?」

「ああ。俺も前のエビ野郎の時みたくあんたが逃げ出そうとしたら、ACで蹴飛ばしてやるよ」

「あ?」

「何だよ」

「…………クク、ははははは」

 

ロイヤルミストは、大きな声をあげて笑った。

ソラもつられて笑った。

 

「とっとと失せろ」

「そうする。また後でな、カイザー」

 

缶コーヒーを一気に煽るA-2ランカーを残し、ソラはその場を去った。

 

戦いへの熱が、極限まで高まっている。

心の底にあった暗さは、いくらか薄らいでいた。

 

 

 




最終盤なので、ここまで生き残ってきたレイヴン達を載せておきます。
全員の出番があるわけではありません。
ご了承ください。

A-1BB(タイラント)
A-2ロイヤルミスト(カイザー)

B-1グランドチーフ(ヘルハンマー)

C-1ソラ(ストレイクロウ)
C-2バッド・ブレイン(ブラッディーホルン)

D-1レジーナ(エキドナ)
D-2アップルボーイ(エスペランザ)
D-3パイロン(タワーオブウィンド)

E-1カスケード(シグナル)
E-2スネークウッド(ゲートウェイ)
E-3ビルバオ(グリーンウィッチ)
E-4スパルタン(テンペスト)
E-5サンドヴァル(バタイユ)

レジーナは怪我で離脱中です。
ノクターンは消息不明につきランクは抹消されています。


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機動兵器侵攻阻止・2

誰が呼んだか大仏戦です。個人的には大仏というより千手観音っぽいなと思ってます。
今回はマシンガン、ロケット、ブレード、デコイ装備です。

右腕部武装:CWG-MG-500(500発マシンガン)
左腕部武装:MLB-MOONLIGHT(高出力ブレード)
右肩部武装:MRL-RE/111(多機能型肩レーダー)
左肩部武装:CWR-HECTO(18発大型ロケット)
インサイド:MWI-DD/10(10発デコイ)

頭部:CHD-02-TIE
コア:CCM-00-STO
腕部:CAL-MARTE
脚部:CLM-03-SRVT

ジェネレーター:CGP-ROZ
ラジエーター:RMR-SA44
ブースタ:MBT-OX/002
FCS:AOX-X/WS-3
オプショナルパーツ:OP-S-SCR(実弾防御上昇)、OP-E/SCR(EN防御上昇)、OP-E/CND(ジェネ容量増設)、OP-L-AXL(ロックオン時間短縮)


第四層エネルギー生成区の偽物の空は、どす黒く染まっていた。

いつもの人工雲に覆われているからだけではない。

動力施設群から伸びる無数の太い煙が、空をくぐもらせているのだ。

煙の下では、赤い炎がごうごうと燃え盛り続けている。

 

「ひでえもんだな……」

 

ソラはコクピットモニターに転送されてきた輸送機のカメラ映像を見つめて呟いた。

まるで、かつての三大企業がコストもリスクも考えずに本気でやり合ったかのような、地獄の有様だ。

これほどの破壊を敵の大型兵器は単機で、しかもごく短時間で引き起こしたというのだ。

その性能は、戦うまでもなく感じられる。

 

《レイヴン、敵が煙の中から出てきます!》

 

来た。

僅かにシートから身を乗り出し、ソラはモニターに意識を集中する。

六枚の羽のようなユニットを発光させ、管理者の使徒たる大型兵器が煙を裂いて現れた。

まだ距離は2500以上ある。

だが敵は、立ち向かうレイヴン達を威嚇するかのように早々と弾幕を形勢し始めた。

全身から機銃が乱射され、中央部の2門の砲塔からはハイレーザーが撃ち出されて足元を焼き払う。

次いで打ち上げられた垂直ミサイルが破裂し、かつて水没都市でレイヴン達を苦しめた徹甲槍の雨が施設に降り注いだ。

まとまった量の大爆発が立て続けに起き、紅蓮の炎が一気に広がっていく。

 

《ふん。随分とご機嫌じゃねえか。どうやら俺達の到着を喜んでくれているらしいな、あのブサイクなオブジェは》

《こちらタイラント、作戦通りだ。敵から距離2000、中央動力施設から1000の距離で後衛部隊は輸送機から降下。超高エネルギー砲の発射準備を始める。……カイザー、ストレイクロウ、エスペランザは敵から距離1200で出撃だ。いいな?》

《エスペランザ了解です!》

《おう気張っていけよ、ボウズ!林檎少年!》

「分かってるよ。スパルタンの旦那も、レーザー外すなよ」

《ばっきゃろー!俺様を誰だと思ってやがる!》

 

高空で編隊を組んでいた輸送機の群れの内、後衛部隊が高度を落とし始めた。

やがて、戦闘モードに入ったAC達を示す光点がソラの眺めるレーダー上に出現し、素早く散開していく。

ロイヤルミスト、ソラ、アップルボーイの出撃はまだだ。

敵の射程範囲のギリギリまで、輸送機に乗ったまま接近する手はずになっていた。

 

《……ソラさん》

「何だよ、エスペランザ」

《僕、ようやく自分が一人前になれた気がします。こうやって重要な前衛を任されて、やっとソラさんと肩を並べられたっていうか》

「……何言ってんだ。同期だろ、俺達」

《そうですね。でも、僕にとってソラさんは憧れでした。いつも僕より先を行ってて……高く飛んでて》

「…………」

《でももう、憧れるのはやめます。僕はこれからもレイヴンであり続けますから。ソラさんも越えていくべき壁の一つに過ぎないんだって、そう思うようにしたいんです。最終目標は、トップランカー……ですので》

 

アップルボーイの言葉が、ソラに強く響いた。

少年は地下世界の命運がかかっている場にあってもなお、その先を見ていた。

それはまぎれもなく、少年の強さの証だった。

 

「……まったく。勝手に人様に憧れたり壁扱いしてくれり、忙しい奴だなお前は」

《ですよね、あはは》

「けど、上等だ。なら壁として、何度でも追い返してやるよ」

「はい!じゃなかった、ええと……こういう時なんて言うんですかね……」

「知るかバカ」

《ソラさん、こちらビルバオです。私にもしものことがあったらグリーンウィッチを……》

《急に通信に割り込んでくるなって。そもそもお前簡単に死ぬようなタマじゃないだろ!》

《まぁ。うふふ》

《こちらカイザー、楽しいお喋りはそこまでにしろ。ここからは仕事の時間だ》

《了解です!》

「ったく……了解」

 

前衛部隊長の言葉に思考のスイッチを切り替え、操縦桿を握る。

輸送機の操縦士が旋回を始めると通信してきた。

これ以上の接近は不可能だと判断したためだろう。

 

《レイヴン、目標の性能は底が知れません。……十分に注意してください》

「ああ。ストレイクロウ、出る!」

 

黒い迷い烏が、決戦の空に羽ばたいた。

同じように輸送機から出撃した機体が2機。

ロイヤルミストのAC"カイザー"と、アップルボーイのAC"エスペランザ"だ。

いずれもソラのACと同様にオーバードブーストを装備し、機動性能を高めている。

そして三者は、示し合わせたように加速を開始した。

沸き立つ煙や燃え上がる炎を高速で突っ切り、一気に大型兵器の膝元まで迫るべく猛進する。

 

《後衛各機、こちらタイラント。外付けエネルギーパック及びジェネレーターを超高エネルギー砲に接続。ジェネレーターオーバードライブ。エネルギー充填開始。……前衛は、後衛のチャージ完了まで粘れ》

《後ろの奴らに手柄をくれてやることはねえ!しかけるぞ!》

「おおぉっ!」

 

威勢のいいロイヤルミストの発破に応じ、ソラは引き金を引いた。

肩の大型ロケットユニットが大口径砲弾を吐き、敵向けて真っ直ぐに飛んでいく。

直撃。爆発。

しかし、いかほどのダメージも負わせられなかった。

やはりそうだ。

この敵も水没都市の大型兵器と同様に、防御スクリーンを展開している。

 

「っ!!」

 

お返しとばかりに、機銃とハイレーザーの群れが殺到。

ソラが操縦桿を捻れば、オーバードブーストが出力を維持したままACを弾幕から逃がした。

ストレイクロウは突進の勢いを弱め、半壊した施設の陰に入る。

三方向から攻め寄せた前衛部隊は、全員無事に一定距離まで近づけたようだった。

彼我の距離は、流石というべきかカイザーが最も近い。

敵の撃ち鳴らす激しい砲撃によって遮蔽物にした建物が破壊されていく轟音が、やかましく響いてくる。

 

《槍が来るぞ!》

 

ロイヤルミストの大声と共に打ち上がった飛翔体が爆散して、真上から徹甲槍が降ってきた。

ソラは素早く機体を物陰から出して、降る雨をさらに敵兵器へ接近することによって躱した。

炎上する施設を盾にしてロケットで砲撃しつつ、じりじりと相手との距離を詰めていく。

前衛部隊の3機は、まだダメージを受けていない。

気がかりだったアップルボーイも、かなり上手くやっているようだ。

 

《よし……これだけ近づけば、あの槍は撃てないはずです!自分にだってダメージが入ってしまいますから!》

《そんなお優しい敵サマだったら、ありがたいがな》

「後衛!チャージはまだか!」

《お待たせいたしました!撃てます!》

 

ビルバオからの通信。

ソラは上方を見上げて気づいた。

自分達の後方が、大げさに青白く光り輝いている。

 

《撃て》

 

BBの短い号令と共に、雷のような音が轟いた。

極太のレーザー光が5つ、空を裂いて飛来する。

光の束はそのまま、大型兵器の防御スクリーンにぶち当たって破裂した。

膨大な量の粒子が周辺に舞い散り、灰や火の粉と混ざってACのコアにも降りかかってくる。

 

《す、すごい。これほどの武装は初めてだ!》

《おお、何という撃ち心地……!》

 

ガガガと乱れる通信機から、グランドチーフとサンドヴァルのいまいち緊張感のない感想が聞こえてきた。

だが、大型兵器はひるまない。

攻撃を一瞬止めはしたが、すぐに立て直して侵攻を再開する。

 

《レイヴン、後衛部隊が全機チャージング状態に入りました!現在徒歩で後退中!大型兵器は後衛に距離1500まで接近!足止めしてください!》

「分かってる!」

 

徐々に近づいてくる巨体に向けて、ソラはロケットを連射した。

ジェネレーターのチャージング中、ACは防御スクリーンの機能が低下してほぼ無防備な状態に陥る。

超高エネルギー砲の弾数は残り2発。

後衛が撃ちきるまで、敵を近づけることは許されない。

前衛の腕の見せ所だった。

 

《行きます!!》

 

アップルボーイが気を吐き、一気にしかけ始めた。

エスペランザから大量の垂直ミサイルが、空に放たれる。

 

《ガキが……一人でやれると思うな!》

 

同じくロイヤルミストが、重量級ACカイザーの火力を発揮した。

両肩デュアルミサイルと4発連動ミサイル、そして拡散投擲銃が唸りを上げ、分厚い弾幕を形成する。

 

「よぉし!」

 

負けてはいられぬと、ソラも猛った。

機銃の掃射をやめない敵に向けて突っ込んでいき、度重なるハイレーザーの迎撃を回避しながら、ロケット砲を叩きつけていく。

戦意は極限まで高まっていた。

この戦場にいるのは、皆選りすぐりの戦士達だ。

生き残るべくして生き残ってきた者達だ。

だから、きっと――

 

そう思った矢先だった。

 

大型兵器が、脚部と思しき部分に装着されていたユニットから、何かの物体を撃ち上げた。

ACほどの大きさのそれはソラ達の上空で制止し、下部のハッチを開いた。

 

ボボボボボ。

 

降ってくるのは徹甲槍ではなかった。

大量のマイクロミサイルである。

打ち上げられたそれは、超大型のミサイルコンテナだったのだ。

戦場に小爆発が無数に発生し、前衛部隊の気勢を一気に削ぎ落とす。

 

「くっ……前が見えねぇ!」

 

あまりの爆発密度にモニターが乱れ、シートを揺らす激しい振動のせいで回避すらおぼつかなくなり、舞い上がる粉塵が行く手を遮る。

その間も撃ち放たれる機銃とハイレーザーの雨によって、APの減少が止まらない。

もしもの備えとして仕込んできたデコイを撃ち出しても一瞬で破壊され、気休めにもならない。

レーダーを見れば前衛の頭上を、大型兵器がゆっくりと通過しようとしていた。

 

《抜かれますよ!》

《いや構わねえ、抜かせろ!》

《先にこのミサイル弾幕の外に出るべき、ということですね!》

《そうだ!この中じゃ反撃も出来ねえ!……後衛部隊、もっと下がれ!》

 

ソラはロイヤルミスト達の通信を聞きながら、操縦桿横の赤いレバーをどうにか引き上げた。

展開された大型ブースタが一気に機体を引きずって、連鎖爆発の外へと運んでくれる。

他の2機も無事に抜けたようだった。

素早く体勢を立て直し、今度は後方から進軍を食い止めるべく、ソラはトリガーに指を当てた。

しかし。

 

《!?レイヴン、気を付けてください!敵の反応が増えています!》

 

レーダー上に輝いていた光点が、2つに増える。

ソラは己の目を疑った。

六枚羽の天使がもう一体、天使を産み落としたのだ。

 

「背面ユニットを分離させた!?何でもありかよ!」

 

産み落とされた子機は素早くソラ達に向き直り、ブースタを唸らせて高速で迫ってくる。

撃ち下ろされるのは、大火力のグレネードキャノンだ。それが何発も。

避けきれなかったエスペランザがもろに直撃を貰い、大きく吹っ飛ばされた。

グレネードとしてはかなりの連射速度である。

この横槍を受けながら親機を狙うのは、現実的ではなかった。

 

《ちっ、おいタイラント!》

《心配するなカイザー、これは好機でもある。ユニットの分離でジェネレーターの総出力が落ち、防御スクリーンの強度も低下するはずだ。各機、チャージは済ませたな?砲撃準備!》

 

再び後方の空が、青白く輝く。

 

《やるぞボウズ!巻き込まれんなよ!》

 

乱れる通信機から、スパルタンの声が聞こえた。

そして、稲妻のごとき破裂音。

5本の巨光がまたも戦場を駆け抜け、敵の本体に直撃した。

大型兵器が一瞬傾き、防御スクリーンがバチバチとスパークして確かなダメージを感じさせる。

だが、止まらなかった。

大型兵器は、再度超大型ミサイルコンテナを撃ち上げた。

凄まじい爆発の渦が天使の周囲に発生し、対峙する者達を慄かせる。

 

《凄い、前回よりも……これが管理者様の力……!》

《グリーンウィッチ、びびるな!ただの脅しだ!まだ距離は1000ある!少しでも後退して距離を稼ぐんだ!》

 

怯えるビルバオを勇気づけるグランドチーフの声が聞こえてくる。

ソラ達前衛は何とか追いつこうともがくも、周囲を高速で旋回しては砲撃をしかけてくる子機に阻まれ、思うようにいかない。

そうこうしている内に、大型兵器がにわかに加速し始めた。

ACとほぼ変わらぬ速度域で、ぐんぐん後衛に迫る。

そして、その後方の中央動力施設にも。

 

《くだらねえ、時間の無駄だ!エスペランザ、囮をやれ!子機を引きつけて遠くまですっ飛んで行け!》

《はいっ!》

 

アップルボーイのエスペランザが垂直ミサイルを撃ち出しながら、子機に向かっていく。

カイザーとストレイクロウは、オーバードブーストで大型兵器に一気に追いついた。

渦巻く爆炎を抜け、コンテナから乱射されるマイクロミサイルの中を突っ切って、敵のすぐ背面まで迫る。

 

「止まれ、この化物!」

《ぶっ殺せぇ!》

 

投擲銃が、連装ミサイルが、大型ロケットが唸る。

しかし、巨体はまるで揺るがない。

敵の主砲であるハイレーザーは既に、後衛に向けられていた。

 

《ユニオン及びグリーンウィッチMT部隊、援護射撃を開始する!AC部隊は気にせず下がれ!》

《助かる!この素晴らしいキャノンを、何とかもう一発撃たせてくれ!》

 

後方で待機していたMT部隊が、後衛部隊の援護のために前面に展開してきた。

スクータム、カバルリー、クアドルペッド、エピオルニス、モア。

まるで統一感のない有象無象だが、数の多さを生かして何とか敵の猛威を食い止めようとしてくれている。

それに勇気づけられ、レイヴン達も奮戦した。

戦場に膨大な量の火線が交錯し、砲声と爆発音が絶え間なく響いては消えていく。

 

《駄目です……!敵大型兵器、いっこうに止まりません!後衛部隊まで距離500!中央動力施設まで距離1500!》

《このばっきゃろーが!いい加減くたばりやがれ!どうするよ、タイラント隊長!》

《敵の速度が速すぎる……この長物を背負ったままでは、仕切り直しは出来ん。後衛各機、MT部隊を盾にしつつ砲撃準備!チャージは半端でも構わん!エネルギーパックを今すぐ使い切れ!》

 

黒い槍の雨が、マイクロミサイルが、ハイレーザーが、MTの群れを無惨に蹴散らす。

針山のような機銃の連射が、ソラ達の妨害を食い止める。

そして光が、三度矢となった。

 

「止まった……?」

 

三度目の超高エネルギー砲斉射を受け止めた大型兵器が、重力にとらわれて空中から落下した。

ズズン、と重たい音が周囲に響く。

山のような巨体が纏う防御スクリーンは激しく明滅し、迎撃作戦の成果を伝えている。

 

《やりましたよ皆さん!私達の勝利です!》

《うぉぉぉ、キャノン万歳!》

《落ち着け、まずこいつへのトドメだ。その次は子機を……》

「……!?」

 

ソラは謎の悪寒がした。

同じだ、あの時と。

水没都市で、皆我先に停止した大型兵器に群がろうとしていた、あの時と。

 

「全機下がれ!今すぐに!!」

 

悪寒がしたのはソラだけではなかったらしい。

BB、ロイヤルミスト、スパルタンが即座に動いた。

六枚羽が、大きく展開した。

 

ビィィィ。

 

ソラがオーバードブーストで離脱した直後。

羽から全方位に放たれた禍々しいレーザーが、無茶苦茶にエネルギー生成区を薙ぎ払った。

 

「っっ……!!」

 

暴れ狂う6本の超高出力レーザーが動力施設群をチーズのように斬り裂き、逃げ惑うMTを次々に呑み込んでいく。

ACも例外ではなかった。

ストレイクロウのモニター上に表示されていたヘルハンマー、グリーンウィッチ、バタイユのAPが一瞬で蒸発した。

 

《っ、ソラさん!?ビルバオさん達のAPが消えましたよ!?そっちで一体何が……うわっ!》

 

子機を引きつけているアップルボーイの通信に、応じる余裕もなかった。

ACやMTの残骸がひしめき合う戦場は、先ほどまで以上の地獄と化していたからだ。

 

「ビルバオ、死んだのか……?お前みたいな奴が……嘘だろ?」

《大型兵器のエネルギー反応が再び増大!浮上します!……レイヴン!!》

 

レインからの呼びかけに我に返り、ソラは操縦桿を握り直す。

そして状況を確認した。

生き残ったのは、AC5機とMT少数。

うち、タイラントとテンペストはチャージング中だったため回避しきれずにいくらかレーザーに被弾し、もうほぼAPは残っていない。

エスペランザは遠方で子機を相手に苦戦中だ。

満足に戦えるのは、カイザーとストレイクロウだけだった。

 

《タイラント、テンペスト。足手まといは撤退しろ。後は俺達がやる》

《あんだとこの……》

《やめろ、テンペスト。……すまんなカイザー、そうさせてもらう》

《俺に退けってのかよ!ボウズも林檎もまだ戦ってるのによ!》

「スパルタンの旦那、いいから下がれよ。後は任せろ」

《ぐぐぐ……!》

 

作戦領域から離れていく手負いの僚機をソラ達が見届ける暇もなく、大型兵器は侵攻を再開した。

機銃がばら撒かれ、ハイレーザー砲が追いすがる2機のACを的確に狙う。

そして、その進路は依然として中央動力施設だった。

 

《あんな大火力を十発以上くらって無事なわけがねえ。防御スクリーンでやせ我慢してるだけだ。攻めるぞ!》

「ああ、絶対止めてやる!」

 

ロイヤルミストに応答し、ソラはフットペダルを踏み込んだ。

撃ちきったロケットをパージし、武装をマシンガンに切り替える。

一発一発は豆鉄砲でも、スクリーンにかける負荷は大きい。

それで防御力が低下すれば一気に突撃し、左腕のブレードで致命傷を負わせることができるはずだ。

そこまで辿りつければ、だが。

 

「っ!」

《避けろ!》

 

相方の警告より先に、ソラは反射的に動いた。

敵の六枚羽が展開され、レーザーの束が後方のAC達向けて縦横無尽に薙ぎ払われる。

切り裂かれた地点は一瞬遅れて爆発炎上し、その異常な高火力を存分に見せつけてきた。

しかし、一度見た大技に被弾するほど、ソラもロイヤルミストも腑抜けてはいない。

吹き荒れる高出力レーザーの迎撃網をくぐり抜け、トリガーを引き絞りながら前進する大型兵器をひたすらに追いかける。

 

《中央動力施設まで、残り距離800!施設が敵の射程に入ります!もう時間がありません!》

《ストレイクロウ、もっと背中にはりつけ!プレッシャーをかけ続けろ!》

「やってるよ!けど……止まらねえ!」

 

いくら撃ちまくろうが、大型兵器は構わず最終目標の施設向けて進み続ける。

派手な大技は避けられても、その先に待ち構える弾幕の密度が凄まじい。

APがどんどん削られていく。

2500。2200。1900。

機銃の砲門はいくつあるのか。

ハイレーザーに冷却の隙はないのか。

レイヴン達の死で揺さぶられた心に焦りの感情が巣食い、圧倒的な敵の性能に有効な対抗策を思いつくこともできず、ソラはトリガーを引きっぱなしにした操縦桿をやたらめったらに振り回していた。

やがて近寄ることすらままなくなり、徐々にだが相手に離され始める。

もう中央動力施設は目と鼻の先だ。

時間が無い。全てが終わる。

 

そんな時、カイザーがオーバードブーストを使って大型兵器の前面に躍り出た。

 

「カイザー!?」

《来やがれクソったれ!ミサイルと槍で来い!!》

 

ロイヤルミストの挑発を受け取ったかのように、大型兵器が無数の飛翔体を撃ち上げる。

マイクロミサイルと徹甲槍が同時に敵の前方に降り注ぎ、嵐のような爆風と共にカイザーのAPをがりがりと抉り取っていった。

缶コーヒーを片手に笑う大男の姿がソラの脳裏に過り、その考えを悟った。

賭けたのだ。

大型兵器が自身の攻撃に巻き込まれないよう、進撃速度を緩めることに。

そしてその賭けは、見事成功した。

あとは、ソラが応えるだけだった。

 

「おおおおおぉぉっ!!」

 

オーバードブースト全開。

躊躇を捨て、弾幕に突っ込み、突き抜け、超高出力ブレード"MOONLIGHT"で本体を斬りつける。

防御スクリーンに青白い刃が干渉し、稲妻が巻き起こった。

手応えはある。それでも仕留めきれないかもしれない。

理性はそう告げていた。しかし、レイヴンとしての本能は別だ。

戦友が捨て身で作った、最後の好機。

活かさなければ、男じゃない。レイヴンじゃない。

エネルギーがレッドゾーンに達するのも構わず、ソラは吼えた。

 

「貫けぇぇぇっ!!!」

 

本能が、敵の盾をぶち破った。

ブレードが厚い装甲に食い込み、溶断していく。

そのまま縦一文字に、真っ二つに斬り裂いた。

大型兵器の装甲の亀裂から大量のエネルギー光が溢れ出て、赤い爆発に変わっていった。

大がかりなボディを駆動させるための動力機関がスクリーン消滅の過負荷と強力な一撃で暴走し、内部から一気に破裂したのだ。

 

《はっ、それで、いい……ぐ……何やってるんだ、俺は…………ワル、キューレ……》

 

カイザーのAPは、とっくに0になっていた。

 

「……!ロイヤルミスト、何で俺に……!!」

《そ、ソラさん……奴にとどめを……!》

 

ソラが勝利の余韻に浸る間もなく、息も絶え絶えのアップルボーイの声が聞こえた。

エスペランザのAP残り200。

そして、レーダー範囲に高速で入ってくる赤い光点。

子機だ。本体がやられて、すぐさま引き返してきたのだ。

もぎ取れたエスペランザの左腕が頭部に突き刺さったまま、最後の天使はソラに向かってくる。

防御スクリーンをばちばちと唸らせながら、グレネードキャノンの砲口を持ち上げた。

狙いはチャージング中のストレイクロウだ。

逃げられない。

ここまできて――

 

《ぐぉおぉぉっ!!》

「っ、旦那!?」

 

オーバードブーストで無理やり割り込んできたのは、スパルタンの赤いタンクAC"テンペスト"だった。

退いたはずなのに、ダメージを承知で戻ってきたのだ。

テンペストは子機の横っ腹に勢い良く特攻し、そのまま両腕のマシンガンと投擲銃を叩きつける。

 

《へっ、カイザーの野郎、かっこよかったじゃねえか!俺にもかっこつけさせろ!》

 

複雑な形状の装甲に無理やり機体を挟み込ませ、防御スクリーンをぶつけ合いながら零距離射撃を続けるテンペスト。

激しい乱射に、子機はのたうち回るようにしてバランスを崩した。

だがそれは同時に、もつれ合うテンペストの危険をも意味した。

ソラはモニターを睨みつける。チャージングは、まだ終わらない。

それに下手に攻撃すれば、テンペストまで巻き込んでしまう。

 

「旦那、無茶だ!離れろ!後は俺がやる!やるって言ってんだろ!」

《うるせえっ!弟子2人とA-2サマが奮戦してんのに、俺が指咥えて見てると思ったかよ!一度は逃げて廃った男のかっこつけ、見届けやがれ!!》

 

防御スクリーンの衝突が無くなった。

テンペストのAP、0。

それでもスパルタンは火器の連射を止めなかった。

戦士の雄叫びが、豪快な砲声と共に戦場に轟き渡る。

テンペスト、その名の通り暴風の如く。

 

《あばよボウズ!達者でやれよ!俺より強くなれよ!林檎少年もな!ああちくしょう、俺も美人のオペ子といちゃつきたかったな、ばっきゃ》

 

大爆発が起きた。

炎に包まれた天使が、瓦礫の上へと落下していく。

粉々のACパーツと共に。

 

《っ……目標、全機撃破……作戦は、成功です……》

 

レインが声を震わせて、死闘の終了を告げる。

戦場に、ついに静寂が訪れた。

後に残されたのは瓦礫と骸と、僅かばかりの生き残りと、守りきった中央動力施設だけである。

 

「……何だよそれ。……何だよ、バカ師匠……!何だよ、どいつもこいつも……!くそっ!!」

 

サイドモニターをぶっ叩いた拳が、じんじんと痛んだ。

身体の震えが止まらない。

涙がとめどなく溢れる。

戦場で泣いたのは、初陣以来だった。

男なら泣くなとスパルタンに殴られてから、一度も泣いたことはなかった。

大敵を退けた安堵と多くの戦友を失った悲しみで、張り詰めていたソラの心の堰が、ついに決壊したのだ。

 

「応答しろ、してくれよ……ビルバオ!ロイヤルミスト!スパルタン!!」

 

応える者は、誰一人としていなかった。

そして。

 

 

《フェーズ4、クリア。フェーズ5へ、移行》

 

 

ソラの慟哭に応じたのは、あの男女が入り混じった機械的な声だった。

 

《……っ!レイヴン、コーテックス上層部より緊急通信です!今回の戦闘と同じ大型兵器が、さきほど第三層産業区に出現!!市街地の蹂躙を始めたそうです!とにかく一度帰還してくだ……えっ……?》

 

ソラは涙に濡れた視線を上に上げた。

いつの間にか偽物の空が、真っ白になっていた。

そして、白い灰のような物が、とめどなく落ちてくる。

 

「何だ、これ……」

《これはまさか……"雪"?どういうこと……?どうして、こんなものが……》

 

フェーズ5。

レイヤードが、地下世界が、終わろうとしている。

ソラは誰に言われるでもなく、はっきりとそう感じた。

 

散っていった者達も、生き残った者達も。

無慈悲な純白の"雪"は、全てを覆い尽くしていった。

 

それが管理者の意思だと、言わんばかりに。

 

 

 




ゲーム本編だとロイヤルミストをここで雇えるのはとても熱かったですね。
アリーナの道中で何度も言及される存在ですしね。
でもってアップルボーイもレジーナも出られるし、戦闘方法を工夫することで色々な楽しみ方が出来るいいミッションです。

毎度死にまくりの重たい話ですいません。
あと更新は2,3回で終わりそうです。
ここまできたら最後までお付き合いくださいますよう、お願いします。


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