飽きない確率 (臓物暗刻)
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1話

 

以下が苦手な人は閲覧を控えるようお願い致します。

 

・男主人公(名前なし)が登場する

 それに伴う作者の設定

 

・版権キャラクターの口調の若干の捏造

 

申し訳ありませんが閲覧後の苦情は聞きかねますので、何卒ご了承下さい。

その他の権利に関わるようなご意見ご指摘は受けますので、コメント欄からお願いいたします。

 

以上が許せる方、またはなんでもいける方のみ読んでいただけると幸いです。

 

 

 

 

 

人生における確率とはいろいろある。

例えば交通事故に遭わない確率は5%だとか、宝くじで一億円が当たる確率は1000万分の一だとか。

では、親が借金地獄になる確率は?そしてその子供が迷惑を被る確率もどれほどだろう?俗に言う「親ガチャ」でハズレを引く確率だ。

俺の両親はいわゆる「ハズレ」だ。父親は飲んだくれでギャンブル、母親はその父に感化されて両親共々パチンコ、競輪、ボートに明け暮れる日々だ。

両親はわかりやすい人間だった。ギャンブルで勝った日は上機嫌で帰ってきて俺を殴らない。負けた日はとても荒れる。帰って来なきゃいいのにと何度も思った。

 

中学を出た後は、中卒でも住み込みで雇わせてくれる仕事を探した。他の皆が進学を視野に入れて、大学まで考えている中で、俺はあの両親から離れられることだけを考えていた。担任の教師もアテにはならない。

家庭事情に首を挟むのは公務員としてご法度、給料以上のことをしたくない。そんな心情が見え透いている。おまけに定年退職間近の教師だった。俺の進路先の届出を見た時に、俺の目を見ることもなく、曇ったレンズ越しに「大学行かんのか。まあ、頑張れよ」とだけ言った。

中学の頃から備えを全くしなかったわけじゃあなかった。とはいえ学生の身分で稼げる金額はたかが知れている。それでも早朝の新聞配達で稼いだ8万円は、中学卒業と同時にこれからへの準備資金にするつもりだった。

 

忘れもしない、卒業式の前夜だ。

その日帰ってきた両親は機嫌が悪かった。

寝室で眠っていた俺を起こして、どこに金を隠したかと血走った目で両親に問い質される。俺は知らないと答えた。しかし酒で頭が壊れた両親は、自分達がギャンブルをして消えた金は、全て俺が使い込んでいると思っていたのだ。そんな両親の俺を見る目は、もはや息子ではなく、金を奪い取った泥棒に向けるそれだった。

明日は卒業式だと言うのに、俺の通学鞄の中に入っていたのは、少ない着替えと金だけだった。父親は俺の私物を片っ端から漁った。やめろと抑えようとする俺を一向に無視した。封筒に入れた俺の唯一の、ここから逃げ出すチャンスを、もはや両親と呼ぶことすら嫌になる大人が奪った。「やっぱり隠してたな」と言いながら。

 

両親は俺の金を盗んで、そのままその足できっとまた懲りずにギャンブルへ溶かすのだろうと思っていた。しかしその日は違った。両親は珍しく震えていた。酒が切れて震えているのかと思ったが、それも違う。両親は震える手で、封筒に皺が寄るほど縋るようにそれを強く握りしめていた。まるでこれから、何かが起きるみたいに。

俺は父親に殴られてしばらく動けなかった。床に伏したまま、震える両親の背中を眺めた。

 

築何年かも分からないほど古くて汚いアパートの、薄い玄関の扉を、誰かが蹴り飛ばした。

初めて知らない大人を見た。

どう見ても普通じゃない人だった。先が銀色に尖った革靴が古い電球の光を鈍く反射させる。母親がその光に怯えるように頭を抱えた。

 

「………やな、……………が!」

 

聞いたことのない大人の声がかすかに遠くで聞こえた。両親じゃない。一体誰だ?その姿を見る前に、俺は意識を手放した。

 

 

 

何かが強く揺れた衝撃で目を覚ました。揺れたのは俺自身の頭だった。そしてその揺れは車が勢いよくウインカーを上げて曲がったせいだった。

床よりは柔らかいが布団よりは硬い車のシーツに頰を落としていた俺は、反射的に上半身を起こす。俺は後部座席に寝かされていたようだ。

車から外の景色は見えないようになっている。一体いま何時ぐらいなのか、場所はどこか?全く分からないようになっていた。

そもそもどうしてこうなったのか、運転席と助手席に座るのは一体誰なのか、そんなことを思い返して考え出すよりも先に、バックミラー越しに運転席の人間と目が合ってしまう。

 

「親父、起きたみたいですよ」

「お…?」

 

運転席の男が、隣に座る男を親父と呼び、おそらく俺の様子を伝えた。すると助手席の親父と呼ばれて反応を返した男は、首だけで後ろを振り返る。

 

「お〜、やっと目ぇ覚めたんかぁ?俺は寝坊には厳しい方やでぇ?」

 

片目だけでこちらを値踏みするような視線を送りながらも、口調は穏やかでどこか冗談っぽさを滲ませている。だからといって安心していい理由にはならない。

その独特なイントネーションと低音でありながら明るい声音に、気を失う前に家で聞いた誰かの声を思い出す。もしかして、いま目の前に座る男は、両親が怯えていた対象なのではないかと思った。

だとすると、今この場に両親の姿が見えないことに、頭の中が一瞬にして不安の色で過った。

 

「お前の親はなぁ…ろくでもない奴やった」

 

まるでこちらを見透かしたように、同じ声が話しかける。そしてらそのまま言葉を続けた。

 

「あぁ、親として〜っちゅう意味やないで。お前の父親、友達騙して金盗んだんや。それも会社の金をな。

ほんでなぁ、その友達が建設会社の社長やって、…で、俺の下請けでもあった。そこの社長が俺に泣きついてきよった」

 

ハァ、とため息を挟む。

 

「しかしなぁ…友達騙してその上横領までやるような奴らや。どこでそんなもん身に付けたんか知らんが、悪知恵だけはよう働いとった。住所も身分も何もかも偽造しとった。散々逃げ回りよって」

 

俺の知らない両親の話を、簡潔で手短に済まされる。どこか遠いところに住む知らない人間の話でも聞かされているように、現実味が湧かない話だった。

 

「だが……その尻尾がようやく捕まった」

 

助手席に座る男は、今までで一番声音を低くしてそう言った。車が静かにブレーキをかけて、車体を停める。赤信号だ。外は雨が降っているようで、僅かな沈黙を雨音が代わりにうるさく占めた。

しかしすぐに、助手席の男は「お前のおかげでなぁ」と今度は身体ごと捻って後ろを振り返る。

男は片目だけだった。白い何か模様が縫われた眼帯と、鋭く吊り上がった目がこちらを睨んだ。

 

「まさか息子がおるとはのう。お前、就職先に廣田建設…っちゅうとこ、選んだな?」

 

有無を言わさない圧倒感と、肝を抜かれるような感覚がある。眼帯に縫われた白い模様が蛇であることに気付いた。まさに蛇に睨まれた蛙の気分だ。

いまの今まで何も声を発せられなかったが、問われている以上、何か返事をしなくてはならない。

しかし喉が恐怖と緊張で引き攣っているのが分かる。俺は黙って頷くしかできなかった。

 

「廣田建設に送った履歴書に、お前が丁寧に学校やら住所やら書いてくれとった。そこからささ〜っと特定して、しまい、っちゅうこっちゃ」

 

車が緩やかに動き出す。

また車内が微かに揺れた。その揺れで父親に殴られた後頭部がじんと響く。

まるでろくでもないあの父親が、“お前のせいで!”と俺をまた殴りつけてきたかのようだ。

眼帯の男は、そこまで言うと区切りのいいところまで話し終わったと言わんばかりに、雨が打ちつけるフロントガラスへと視線を移した。

下請けだとか、横領だとか、偽造だとか。もう何の話をしているのか分からない。ただ俺の両親は、とてつもなくクズだったということだ。この世にいる人類のうちの、何パーセントといるクズのうちの一人だった。

“しまい”っちゅうこっちゃ、と切り上げた男の、話の最後の言葉が何度も頭を反芻する。“しまい”という言葉の意味が説明されなくとも容易に想像できた。

この場にいないことが何よりの証明だ。

だとすれば自分も確実に無事では済まされないのだろう。そう思うと、なんだか全てがどうでも良くなった。

 

「ぁ……あ、…あの…」

 

車内は静かだった。

 

「なんだ?」

 

運転席の男が答える。が、助手席の男が「なんや?」と合わせるように聞き返してくる。

 

「…こ……これから、こ…殺される…んです…よね?」

「殺される?何が?誰に?」

「…ぉ、俺…?」

「は?一緒に死にたいんか?親父とお袋と。ならもっと早よ言えや!もう高速降りてもうたでぇ!」

 

眼帯の男は、シートベルトも何も無視をして、後部座席に身を乗り出すようにして振り返った。派手な柄のジャケットの下は素肌で、その素肌には刺青が入っていた。

 

「だ、だって、父さんも母さんのことも、もう…」

「そりゃアイツらはそうなってもしゃあないもんや。せやけど、お前はなんもしてへんやろ」

「な………え…?でも…」

「お前がそこまで望むなら同じようにしてやってもええが、後処理が死ぬほど面倒や。俺らとは関係ないとこで勝手にやれや」

 

でもヤクザだったら、家族だろうがなんだろうが揃って始末するものじゃないのか、と思っていた俺は思いもよらない男の言動と態度にどうしていいか分からなくなる。

 

「親父…どうしますか?」

「…あとどんぐらいで着くんや?」

「次の信号を曲がれば着きます」

 

何か本来の予定と違い始めたのか、運転席の男が心配そうに聞いた。俺の方こそどうすれば良いのだろう。両親と同じように殺されると思っていたから聞いてみたのに、死にたいなら勝手に死ねと突き放されてしまう。それならこの車の行き先はいったいどこなのか?色んな考えが蛇口から出る水のように止めどなく溢れたところで──

 

グゥゥゥ…

 

腹の虫が鳴った。

 

 

 

「え…あの…」

「ええから食え。腹減ったんやろ」

 

車の行き先は牛丼屋だった。

俺の腹が鳴ったタイミングと、車の目的地が着くタイミングが全く同じで、始めから牛丼屋に寄るつもりだったらしい。

一日一食だとか、給食のパンを夜食にするとか、そんな生活をしていたせいでメニュー表に載る牛丼が架空のものではないかと疑い始める。

 

「じ…じゃぁ…その…これ、…」

「特盛か?特盛いっちよ!」

「え?いや俺、並…」

「あと味噌汁もつけといてや」

 

有無を言わさない圧は未だに男から出ている。俺はメニュー表の並盛りを指さしたはずなのに、特盛牛丼を勝手に頼まれた。そしてそのままカウンター席に肩を並べて座る羽目になる。男が奥に座って眼帯を嵌めていない方に俺が座った。

外はまだ暗い。まだ深夜なのか、残業終わりのくたびれたサラリーマンたちが牛丼を食いながら、器越しにこちらを──主に隣の男に視線を寄越していた。

 

しかし注文を待つ暇もなく、すぐに牛丼の特盛と味噌汁が目の前にドスっと鈍い音を立てて置かれる。店員がどちらに置こうか迷っているところを、眼帯の男が「コイツんや」と顎で示したので、俺の前に置かれてしまった。

湯気のたった味噌汁も隣に置かれてしまう。空腹のところに、牛丼の匂いだけでも涎がすぐに口内を占めた。

 

「ぁ…あの、これ…」

「あ?早よ食えや」

 

投げやりにそう言うと隣で煙草を吸い始めた。

彼は食べないつもりだ。なら余計にこれは奢ってもらっている形になる。両親に端金を盗まれたせいでいまポケットには一銭すらない。食べてしまって良いのだろうか?

しかし背に腹は変えられなかった。箸をおそるおそる掴んで、一口食べた。そして二口目は勢いのままに米と肉を口に入れた。炊き置きした米なのに、ただ温かい飯というだけで食欲がそそられる。

 

「おお、ええ食いっぷりやのう」

 

若い頃思い出すわ、と煙草を片手で持て余しながら、こっちを見てそう言う。

豚や鶏のように食わせるだけ食わせて後から殺すつもりなのだろうか、でも今はなんでも良い。箸を持つ手を止めることはできない。

しかし特盛牛丼、流石にすぐに食べ切れることはなく、残り五口ぐらいを残してゆっくりと食べようと思った頃だった。

 

隣でひたすら煙草を吸っていた男が唐突に自らの話をし始めた。名前は“真島”と言っていた。

真島は建設会社をやる傍ら、社会に反したことにも手を染めていることを仄めかした。そちらの方が本業だいうことも、分かりたくもなかったが、そんなことはもっと早々に察しがついていた。

牛丼の最後の一口を口に入れたところで、真島はとんでもない一言をごく普通にこぼした。

 

「お前、高校行かんと働くつもりやったんか」

「…高校行くお金がないので…」

「ふーん」

「……」

「ほな、俺の“子”にしたるわ」

「…え?…コ?」

 

真島はニヒヒと笑った。何を言っているのか、何が起きているのか分からないが、もう戻れないところにまできていることだけが分かった。

 

 

 

 

 

それから二ヶ月が経った。

鏡の前で真新しい制服に身を包んではいるものの、気分は一向に晴れない。

すると後ろから音もなく近寄ってきた誰かが、背後から首元に指を這わせてきた。

 

「ネクタイ、歪んでるで」

 

耳元で声が響くと、咄嗟に恐怖心が働いて全身が強張る上に、心臓がバクバクと早鐘を打つ。未だにというより、もはや一生慣れることはないだろう。

 

「ぁ…ありがとう、ございます…真島さん…」

 

そう言うと僅かに眉を顰めた。

 

「全然抜けんのう、“真島さん”」

「ぁ…あの、…すみません…」

 

俺の肩に顎を置きながら不満を漏らした。

 

結局初めて会ったあの日から、俺は真島という男の養子のような扱いを受けている。男から素っ頓狂な要望を(“父さん”と呼べだとか敬語はやめろだとか)言われたものの、未だそれを完全に慣れ切ることはできない。

あまりに俺が緊張しきった態度を続けるものだから、一度だけ「ええ加減にせえ!」と理不尽だと思わざるを得ないことで叱られたこともあった。

 

「…ま、ええわ。急ぎや。遅れるで」

 

真島はひどくゆっくりと離れると、俺の頭を二回叩いて外へと出て行った。それを催促と受け取って、俺は通学鞄の中に入れた必要なものを再度確認した。

そう、俺はなんと高校に行っているのだ。編入という形は取っているものの、真島は受験をさせてくれた上に高校入学の手続きを取ってくれた。

どうしてそこまでしてくれるのか、聞きたいのはやまやまだが、聞いてしまうとどうなるかを考えると怖くて動き出せない。

このイカれたごっこ遊びのような真似事も、本人が飽きればすぐに終わるだろう。そうなれば俺は用済みになるかもしれない。

 

そうやって毎日不安を積みながら、ギリギリの状態で生活していた。

外に出ると、大きな黒い車の後部座席が開いていた。そこには真島も座っている。

恐る恐る真島の隣に座ると、ドアは勢いよく閉まって発進する。

これは学校までの送り迎えだ。毎日必ず行きと帰りに車がやってくる。そして学校はどうだったという他愛もない話を真島にしなくてはならない。

学校に行っている間が唯一の解放された時間だった。

 

「お、着いたで。あんまり無茶すなや?変なことしてきたやつおったらすぐに言うんやで?」

「は…はい、大丈夫です…い…行ってきます」

「おう、行ってらっしゃい」

 

父親の真似事なんて悪趣味だ。そう思うのに、世間的に言う一般的な父親はきっとこれが普通なのだということを痛感させられる。それを感じる度に、このごっこ遊びで何か勘違いしてしまいかねなくなる。

校門を潜るまで真島はこちらを見送ってくれていた。

勘違いするなと思いながら、受けたことのないそれを受け続けると麻痺してしまいそうになる。

今みたいにまるで、俺は振り返って、彼に手を振り返していたのだから。

 

 

 

真島が外で見送っているのを、車内から部下二人がその背中を眺めていた。

 

「…それにしてもさぁ」

「あん?」

「まあ…真島の親父って、父親だったらいい父親かもしんないよな?」

「お前マジで言ってんの?」

「身内には甘いのかもよ?」

「まあでも、あの拾ってきたガキのことはえらく気に入ってるよな」

「桐生さんは子供から好かれるけど、自分は避けられる方だから、そういうところでも負けたくなかったんだってさ」

「それであのガキたらしこんでんのか?それって光源氏?ってやつ?」

「知らねー……ま、でも…そのうち飽きるだろ」

「まあな…親父のことだしな…」

 

勢いよく運転席側のドアが開かれると、次の瞬間、運転席に座っていた男の襟は真島に掴まれていた。ぐらんぐらんと、力任せに振られる。

 

「おい見とったか?!いまアイツ、手振ってきたでぇ!」

「見てました!振ってました!」

「そうやろ?!おい!お前はどうやねん!ちゃんと見とったか!?」

「み…、っ…み、で、…ましっ…た…」

 

助手席側の男が力強く同意して、襟を掴まれた男は舌を噛みながらなんとか答えた。

この真島の暇つぶしはすぐに終わるだろうと誰もが思っている。それでも本人が飽きる姿を未だ見せないたころに、もしや本気ではないかと疑い始めた組員もいる。真島の別の意味での狂気を垣間見せられてる気がして、誰も真島にこの件について触れられないのであった。

 

 



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