前夜 (さわらΩ)
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前夜 前編

アニナルと新作ゲームPVのシスイさんのかっこよさにカッとなって書きあげました。

!注意!
模造の嵐です。原作とかみ合わない箇所もあるかもしれませんが、ご容赦ください。


うちはユキセにとって、『あのひと』は兄にも等しい存在だった。

記憶の中の『あのひと』はいつも屈託ない笑みを浮かべ、ユキセの頭をなで、時には手をひいて遊んでくれた。

 

その笑顔の裏で、一族の中で思い悩み、苦しんでいたことをユキセは知っていた。…そしてからりと竹を割ったような性分の裏に、繊細なこころを隠していたことも。

 

……大好きだったのに。

誰よりも幸せになってほしかったのに。

『あのひと』は、もう、居ない。

ーーーもう、どこにも。

 

 

 

ー前夜ー

 

 

 

アカデミーが終わり、一族の居住地をのんびりと歩いていたユキセは、前を歩く見慣れた姿にぱっと顔を輝かせた。

 

「シスイ兄さんっ!」

「……ユキセ?」

 

黙々と考え込みながら歩いていた青年ーーーうちはシスイは振り返り、こちらへ駆け寄るユキセに目を見開いた。

ユキセは満面の笑みで、大好きないとこの胸に飛び込む。

シスイは少女の軽いからだを難なく受け止めた後、目をふせーーー少女と目を合わせたときには、先程まで瞳に浮かんでいた、どこか仄暗い色が消えていた。

 

「久しぶりだなあ。…元気だったか?ユキセ」

「うん!アカデミーも楽しいよ。…兄さんは任務、忙しいんでしょう?」

 

ユキセはシスイの胸から顔を離し、尋ねた。

夕焼けが重なるシスイの顔には、どこか、疲労の色が残っている。

シスイは元気ないとこの返事に頬を緩めたが、ふと眉をさげ、ユキセの頭をなでた。

 

「ああ。…でも、ユキセの修業、暫く見れてなかったな。…ごめんな」

「ううん、任務があったんだもの。しょうがないよ!」

 

ユキセは慌てて顔の前で手を勢いよくふりーーー自身に注がれる視線に手を止め、

 

「た、たしかにちょっと寂しかったけど…でも、こうして会えたから、嬉しいな」

 

はにかみながら、頭に乗ったシスイの手に触れた。

 

****

 

シスイは、右手に重ねられた手をじっと見つめた。

やわらかい子どもの手だ。

それは、彼の予想を上回り、大きくなっていた。

むろん、シスイ自身の手よりは小さいーーーだがシスイは、実際にふれあい、時が残酷なまでに流れていることを再認識した。

少年の頃、幼いユキセの手をひき、親友とその弟とふざけあった。

戦争で両親を亡くし、祖母のもとで育てられたユキセの面倒を見ることをシスイは当然のことと捉えていたし、彼自身、年下のいとこに構うことが楽しくて仕方がなかった。

 

ーーーあの頃から、随分と遠いところに来てしまった。

自分も。

ユキセも。

そして、一族の在り方も。

 

シスイは、今続いている平穏と幸福が脆く、そして儚いものであることを誰よりも知っていた。

これから定められる一族の総意によっては、それが一瞬にして砕かれてしまうことも。

そして、そこで自分が仕損じてしまえば、亀裂が決定的になってしまうことも。

そんなことを、絶対に許すわけにはいかなった。

この里をーーーユキセを、不幸にしたくなかった。

 

****

 

ユキセは、困惑していた。

今日のシスイは、どこかおかしい。

 

「シスイにい…」

 

さん。ユキセの言葉は、顔に当たった布で塞がれた。

ユキセは、その感触に、シスイに腕をひかれ、抱きしめられていることにようやく気がついた。

ユキセの小さなからだは、シスイにすっぽりと包まれていた。

 

「どうしたの…?」

 

ユキセのささやき声に、シスイは腕の力を強めることで応えた。

ユキセは一瞬固まったが、からだに伝わる微かな震えに気付き、いとこの広い背中にそろりと腕を回した。

ますます強まる抱擁に、ユキセはおずおずと、自分からも抱きついた。

何故だかユキセには、シスイがそうして欲しいのではないかと感じられた。

 

そしてーーーどのくらい経っただろうか。

それは、ほんの数分のことだったかもしれないし、実際にはもっと経っていたかもしれない。

シスイは、ようやく力を抜き、抱擁を解いた。

ゆっくりとからだを離し、ユキセに目線を合わせたシスイの表情は、平素と変わりない、ユキセの知るものになっていた。

 

「もう大丈夫…?」

「ああ。…悪いなユキセ」

 

本日二回目の謝罪だった。

先ほどのことを聞きたくなり、唇を開きかけーーーだが、どこか吹っ切れた様子のシスイに、ユキセは詮索したい気持ちを抑えた。

代わりに、

 

「…兄さん」

「ん?」

「今日、これから帰るの?」

「ああ。今日はもう、何もないからな」

「それなら…うちに来ない?一緒にお夕飯食べよう?おばあちゃんも喜ぶよ」

 

ユキセの誘いに、シスイは目を瞬かせたが、やがてにっと笑った。

 

「そうだな。俺も、久しぶりにばあちゃんとユキセと話したいな」

「ほんと!?じゃあ、早く帰ろう」

 

シスイの快諾に、ユキセの胸はほんのりあたたかくなる。

そして、シスイの手をとり、軽い足取りで走り出す。

 

「ちょっ、ユキセ!」

 

急に走り出したユキセに、シスイは手をひかれながらも慌てて声をかけたが、彼女は止まらない。

 

「早く早く!」

 

ユキセは振り返りながら、シスイに笑いかけた。

シスイは無邪気なユキセの笑顔ーーー何にも代えられぬ、護るべきものーーーを見て、胸にあついものが込み上げたのを確かに感じた。

しかし、彼は、持ち前の自制心で慎重に感情を覆い隠した。

 

 

そうしなければ、顔がくしゃりと歪んでしまうのを知っていたから。

 

 

 

 

 

後編に続く

 



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前夜 後編

後篇です。
たいへんお待たせしました。


「楽しかったねえ!もう遅くなっちゃった…」

「うん。俺も、楽しかったぞ」

 

寝床に入ったユキセは、シスイを見上げてため息を漏らした。

 

夜はもう、深まっていた。

シスイは食事の後、まだまだ彼と話したがったユキセに付き合って彼女と祖母の家に留まっていた。

風呂を済ませた後にユキセを寝床に入れ、彼女の傍らで胡座をかきながら、ユキセの話に付き合っていた。

 

アカデミーの授業は少し退屈だが、友達と遊ぶのは楽しいこと。

この前、一族のせんべい屋夫婦を手伝ったら、お礼にどっさりせんべいを貰ったこと。

幼馴染達の母・ミコトにおさがりの着物を渡されたこと。

修業で少し上達したこと…。

ユキセの口からこぼれる近況の数々に、シスイはわらい、相槌を打っていた。

 

少し眠たそうな眼をしながら出たユキセの言葉を聞くと、彼女の興奮で紅くなった頬をつつき、笑顔のままシスイはいとこの頭をわしわしとかき回した。

ああっ、とユキセは不満げな声を出す。

 

「もうっせっかく整えたのにっ」

 

ユキセはぱっと上半身を起こし、枕元におかれた櫛に手を伸ばした。

就寝前に背の中ほどまで伸びた髪をきれいにとかすのが習慣だった。

ーーーとかさないで放置すると、寝ている間に緩くうねる癖っ毛が絡まるのだ。

この髪に苦戦してきたユキセにとって、幼馴染のきょうだいの、兄の癖のない髪の毛が羨ましくて仕方がなかった。

 

櫛を持ち、髪を梳かそうとしたら、横から伸びてきた手がユキセの腕を掴んだ。

ユキセが目線を上げると、シスイはそっと櫛を取り上げて、ユキセの背後に回り、座り直す。

 

「俺がやってやるぞ」

「え!?いいよお」

「やらせて欲しいんだ。嫌かあ?」

 

ユキセは慌てたが、シスイの心なしか眉の下がった表情を見て、うっと詰まる。

 

「…じゃあ、お願いします」

 

顔を正面に戻し、肩の力を抜く。

すると、いつも自分でするのとは異なる力加減で櫛が髪を通りはじめた。

シスイの手つきは壊れ物を触るように、とまでは行かないが、常のユキセの手入れよりは格段に丁寧なものだった。

 

沈黙が、ふたりを包む。

だが、ユキセはこの沈黙は嫌いではなかった。

そっと、眼を閉じてみる。

視界は黒く染まり、シスイの手の動きが、より強く意識された。

 

「…ユキセ」

「なあに?」

 

シスイはユキセの髪の毛から櫛を抜き去ると、ユキセのからだを自分にもたれかけさせた。

自然に、ユキセはシスイに背後からゆるく拘束されている状態になる。

 

「シスイ兄さん?」

「………なあ、覚えてるか?昔、四人で紅葉狩りに行っただろう?」

「え?うん。兄さんとイタチさんのお気に入りの場所に、わたしとサスケが初めて行ったときでしょう?」

 

ユキセはシスイにからだを預け、思い出す。

そこは、シスイとイタチの気に入りの場所だったらしい。

滝から聞こえる水の音と相まって、鮮やかな紅葉は、ユキセにとっては宝石よりもうつくしいものに見えた。

地面を敷き詰める紅葉のじゅうたんは、ユキセのこころを騒がせた。

 

「きれいだったよね。あの時見た紅葉ぐらい、きれいなものは無かった」

 

その後、シスイもイタチも任務が多忙になり、四人で遊ぶ機会は減っていったのだ。

 

「ああ」

 

シスイは頷き、ユキセの頭に頬をそっとつけた。

あたたかさが、じわりと伝わる。

 

「あの時な…俺は眩暈がするくらい幸せで…逆に怖くなったんだ」

「…どうして?」

「幸せすぎたから。だからかな…この幸せはどこまで続くんだろうって思ったんだ」

 

ユキセには―――幼いユキセには、シスイのこころの内を読み取ることは出来なかった。

だがこの年上の、頼りになるいとこがいつになく悩み、苦しんでいるのは朧気ながらに察した。

 

少し考え、ユキセは、そっとからだの向きを変えると頬をぎゅっとシスイの胸に押し付けた。

 

「…わたし、今も幸せだよ」

「………」

「おかあさんとおとうさんはもういないけど。…おばあちゃんがいて、兄さんがいて、イタチさんやサスケがいるもの。それにーーーそれに、わたしは一族のみんなが大好きよ」

「………」

「だから…」

 

そんなに悲しそうな顔をしないで。

 

ユキセの口からこぼれた言葉に、シスイのすべての動作が止まった。

 

 

****

 

シスイは、この年下のいとこの前では、自制心が簡単に崩れ去ってしまうことにようやく気が付いた。

ユキセはもともと物事をよく見ている子だが、自身の揺らぎをも悟られてしまったことに密かに驚く。

 

だが、事情は分からぬだろうに、自分を元気づけようと必死に紡がれたユキセの言葉はあたたかいものだった。

 

幸せなのだと言ったユキセ。

一族が大好きなのだと言ったユキセ。

それは、何の含みも、打算もない純粋な言葉だった。

 

そしてそれは、里と一族の間で奔走していたシスイにとっては、救いに近い言葉だった。

 

(俺たちは、この幸せを壊してはならない―――)

 

ユキセの言う幸せとは、凡庸で、ごくありふれたものなのかもしれない。

それでも、うちはが長年抱えてきた業の犠牲になる。

そのようなことが許されるはずがなかった。

 

里を、一族を、家族を守りたい。

シスイの中には、この願いしかなかった。

 

(…やはり、『あれ』を使うしかない)

 

かつて、里のために尽くしたうちはカガミのように。

自分と思いを同じくしている親友のために。

己がやらなければならないことを、果たす。

シスイは、胸の内に生まれた決意を静かに再認識した。

 

 

****

 

 

ユキセは、黙り込んでしまったシスイを見る。

そして、シスイの閉じられていた目がひらかれた時、ユキセは、彼の眼にやどる『何か』を垣間見た。

それが何なのかはユキセには分からなかったが、数分前の彼に比べて、今のシスイからは何かが吹っ切れたようであった。

 

(もう、大丈夫なのかな)

 

ユキセがひそかに安心した時、口からふわあっとあくびが出る。

いつもの就寝時間からはやや遅い時間になっていた。

それを、いとこが見逃すはずもなかった。

 

「おまえはもう寝なきゃな」

「うん…」

 

そう言われた途端に眠くなるから不思議だった。

ユキセは目をこすりながら、背に添えられた手に従って大人しく寝床に入る。

まぶたが、重い。

明かりを落としに行ったシスイが枕元に戻ったのを目で追い、ユキセは布団から手を抜き、シスイの膝に置かれた手を握った。

こちらに視線が注がれたのをユキセは感じたが、シスイは振り払ったりせずに黙って手をつなぎ直してくれた。

仲の良いふたりが肌の触れ合うような距離で接するのは珍しいことではなかった。

 

「シスイ兄さん」

「なんだ?」

「あのね、眠るまで、ここに居てくれる…?」

 

閉じようとするまぶたを無理やりひらき、ユキセはねだる。

 

「…もちろん。おまえが寝るまで、側についてるよ」

 

声量の落とされたシスイのやさしい言葉に、ユキセはにっこりわらった。

 

「ありがと。…あのね…またイタチさんたちと一緒に遊びに行きたいね。そしたら―――四人でまたかくれんぼとかして、帰りは兄さんにおぶってもらうの。それからおばあちゃんのお夕飯を食べて―――」

 

段々と、ユキセは眠りに落ちていった。

やがてその黒々とした、未だ瞳力のやどらない瞳はまぶたに隠され、癖のある髪の毛が額に影を落としていた。

シスイはじっと、いとこの寝顔を見つめた。

ユキセによく似たその顔には、大切な家族への、言葉には言い表せない深いいとしみが浮かんでいた。

 

ユキセを起こさぬよう慎重に手を外したシスイは、静かに立ち上がり、僅かに灯っていた明かりをすべて落とす。

部屋には、月明かりのみが差しこむ。

足音を立てずに襖をあけ、廊下へ出ようとしたシスイは、最後に振り返る。

 

「…おやすみ、ユキセ」

 

どこまでもやさしい声だけが最後に残った。

 

 

 

 

―――ユキセがまだ、今日から明日へ、その次の日へ、幸せであたたかな日々が続いていくものだと―――何の疑いもなく過ごせた、最後の夜の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

********

 

 

 

 

 

………墜ちていく。

光が閉ざされ、闇の中に包まれている『彼』は視覚ではなく、どこか超越した感覚で実感していた。

しかし、不思議と『彼』は穏やかな心地だった。

戦場に身を置いてきた『彼』にとって、死はどこかこころの片隅に潜むものであったし、身を投じる前に、会うべきひとに会い、渡さなければならない物も渡すことができた。

 

………墜ちていく。

ただ、心残りがあるとすればーーー

 

 

 

そのとき『彼』は闇の中に浮かぶ、仄かな光を感じた。

それは緩やかに、だが確実に広がり、『彼』をやわらかく包んでゆく。

 

 

ーーーおまえが来てくれたのか。

 

『彼』は微かにわらい、右手を光の中心に伸ばす。

光は、『彼』に応えるようにやさしく瞬いた。

 

ーーー…?ああ。そうだな…

ーーーこんな人生だったけれど。

 

 

ーーーそれでも…不幸では、なかったさ…

 

『彼』の手に、あたたかさが伝わる。

 

『彼』のからだを、光が、あたたかさが覆ってゆくーーー。

 

 

 

 




あとがき


新作ゲームPVで、シスイの「家族ってのはいいものだなあ」というセリフを聞いて思いついたお話でした。面倒見の良いお兄さんなシスイさんを書きたかった。

『前夜』はクーデターのことを何も知らないひとりの女の子の目線と、事情を知るシスイの目線を交互にして語られたお話になりました。
シスイ事件を発端に、うちは一族は崩壊していく。
このお話では、最後の平穏な夜を描きました。
最後の『彼』のもとへ誰が来たのかは読み手の読み方次第ということで。

作中の紅葉狩りの場所は、アニナルでシスイとイタチが語っていた滝の近くの場所をイメージしています。

紅葉狩りのエピソードやうちはカガミに焦点を置いた話も書いてみたいですね。


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小話)ユキセの日々・1

『前夜』で消化不良になったエピソードを小話として投稿しました。
今回は主人公ユキセの、なんともない平穏な日常話withフガクさんです。

活動報告の方で『前夜』の番外編で今後読みたいお話のアンケートをのせたので、ご希望があればコメントをお願いします。


【うちはフガクの場合】

 

腕がつってきた気がして、ユキセはちょっと眉を寄せた。

まだ十歳にもならない子供が持つには、重い袋を両手で持っていたからだ。

アカデミーから帰り、夕飯の支度をしようと冷蔵庫を覗いたら、食材がすっかり無くなってしまっていた。

今朝、朝食を準備したときには買い物をしなければと考えていたのに、頭から抜け落ちていた。

幸い、まだいつもの夕食の時間までは間があったから、ユキセは居間にいる祖母に声をかけ、買い物袋をつかんで家を出た。

うちはの集落を走っていたら、任務帰りの大人たちとすれ違った。

もちろん、一族の大人達とは全員顔見知りだったのだから、挨拶も忘れない。

何人かは、手を振ってくれた。

 

せんべい屋のおばちゃんにはどこへ行くか聞かれたが、時間を気にしていたから、今回は「お買い物!」とだけ返して、歩調を緩めなかった。

里の商店街に着くと、がやがやと賑わっていた。

ユキセは肉屋、八百屋、…と順繰り回り、無事に食材を手に入れた後にほっと息をついた。

(はやく、帰らなきゃ…)

そう思うと、急激に腕がずっしりと重たく感じてきた。

子供がまとめて持つには少々重い量の買い物をしてしまっていた。

いつも、買いこむときはいとこのシスイやイタチにお願いして付き合ってもらっていたから、限度を忘れかけていたらしい。

そうは思っても、帰らないわけにはいかなかったから、袋を持ち直して、歩き出す。

 

商店街を出て、しばらくおぼつかない足取りで歩いていたら、不意に後ろから声がした。

「…ユキセか?」

「えっ…。あ、フガクさん!」

振り返ると、警務部隊の隊服をまとったうちはフガクが立っていた。

勤めを終えて、帰る途中だったのかもしれない。

「どうした、…随分たくさん買い物をしたんだな」

フガクは、言いながら、ユキセの買い物袋を見て納得したようだった。

「はい…買い過ぎちゃいました」

何とも言い辛くて、ユキセは苦笑いをしてごまかした。

「…そうか、…かしなさい。俺が持とう」

フガクは特に表情を変えることなく、ユキセが反応する前にさっと袋を取り上げてしまう。

「え。―――え!?でも…」

慌てて仰ぎ見るがフガクは、帰るぞ、と付け加えてスタスタ歩き出してしまう。

「フガクさん!」

自分よりも歩幅があるフガクに追いつくために、小走りになる。

なんだ、という風にこちらを見返したフガクに、ユキセは躊躇したが、ありがとうございます、と小さく言った。

「…構わん。当然のことだ」

フガクはそれ以上言わず、だが、歩く速度をゆるめてくれた。

ユキセの歩幅に合わせてくれたらしい。

言葉でも示さなくても、気遣ってくれるフガクのやさしさを感じて、素直に嬉しかった。

一族をまとめ上げるフガクは、幼馴染達の父ではあっても、普段気軽に口を利くような仲ではなかった。

それでも両親を亡くしたユキセと祖母の、細々とした暮らしを影から支えてくれていたのは薄々気づいていたし、彼の家族は、皆ユキセにやさしかった。

胸がぽかぽかとあたたかくなるのを感じながら、ユキセはフガクの一歩後ろについて、集落へ向かった。

 

 

 

 

 



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