エヴリン。今からちょっとしたゲームをやろう (三柱 努)
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愛を知ったエヴリン

「マーガレット。開けてくれ」

嵐の夜だった。沼地の家、ベイカー家はその日1人の少女を救助していた。

「ゾイ。ランドリーからキレイな服を取ってきてちょうだい。きっと船のオイルか何かで汚れちゃったのね。着替えさせて、あたたかいベッドで寝かせてあげて。ルーカスの昔の部屋がいいわ」

油まみれで汚れた服と体。見ず知らずの子供。介抱するには服も家も汚れる。身元を探すのも手間だろう。関わりたくない。他の誰かが助けてくれるだろうと見捨てる者もいるかもしれない。

それでも一家の主は躊躇なく彼女に手を差し伸べた。民宿をやるのが夢だった。その夢が叶ったと笑いながら。

その少女の名はエヴリン。

E+型特異菌被検体エヴリン。

 

 

 

E型特異菌。感染者の身体能力、再生力の向上。幻覚・幻聴を伴う人格の狂暴化といった影響力を持つカビの一種である。

数々の変異を起こし、この悪魔的能力に至ったわけであるが・・・それは幾千幾万の変異ルートによって至った偶然の産物。

その中には例えば『身体能力・再生能力は向上するものの人格は保たれたまま』という変異に至る菌もある。そういうものは大概、他の変異に淘汰されてしまうものだ。

 

 

偶然というものは恐ろしい。

最強の菌が生まれてしまった。

E+型特異菌。

感染者への身体能力・再生能力に変化を与えず。精神や記憶の取り込みや保存も行わず。感染者の性格を変貌させるだけの菌。

 

 

「寝ちゃってたみたい」

翌朝。長女ゾイは食卓のテーブルでうたた寝をしていた。

「おやおやおや。ようやく起きたみたいだな」

「美味いコーヒーの匂いで目を覚ませよ」

「大丈夫かい? 昨日の夜は嵐でみんな大騒ぎだったからね」

寝起きのゾイに優しく言葉をかける家族たち。

だが何か様子がおかしい。

兄のルーカスが食事中にスマホで遊んでいるのを父ジャックが注意しないのだ。いつもであれば鉄拳制裁が飛んでもおかしくないのに。

いや、それ以前にルーカスの様子が変だ。いつもであれば家族に反発する彼が、ゾイに優しい言葉でコーヒーを勧めてきた。母のマーガレットが淹れてくれたコーヒーであり、彼が作ったわけでもないのだが。

しかもよく聞けば、そのコーヒーを『美味い』と言っている。いつもならマズイと悪態をつくはずなのに。

 

おかしい。そう思わずにいられない最も不可解な点がある。

食卓に並んでいる食器の数が足りないのだ。

「どうしたの? お姉ちゃん」

10歳くらいの少女がゾイに声をかけた。昨日ジャックが助けた少女だ。いや、そうじゃない。

「何でもないわエヴリン」

ゾイは違和感を覚えながらも納得した。エヴリンは妹じゃないか。ずっと前からゾイの妹のエヴリン。そのはずだ。

「朝食を食べ終わったら、ルーカスを連れていって外の様子を確認してくる。お前達も家の周囲を見ておいてくれ」

「それはいいアイデアね。前に嵐の後に雨が降ったら大変だったもの。それが終わったらルーカス、ゾイ。エヴリンと遊んであげて」

「ああ分かったよ、お袋」

「そうね。遊びましょうエヴリン」

快諾するルーカスとゾイ。エヴリンは元気よく「うん」と答えた。

 

 

 

E+型特異菌。

感染力はE型特異菌を遥かに上回り、その精神汚染に抗う術はない。

そしてその汚染は被検体エヴリンの精神にも波及する。彼女の望みを叶えるように。

少女は愛に飢えていた。

嵐の夜、初めて知った人の愛。ベイカー一家の博愛の精神。家族の愛。

その望みをE+型特異菌は叶えるため働いた。

 

 

 

簡単に言ってしまおう。

ベイカー一家は優しい性格に変貌した。

エヴリンもまた優しい性格に変貌していた。

ベイカー一家はエヴリンを自分たちの家族の一員だと認識するようになった。

エヴリンもまた生まれた時から自分がベイカー一家の家族だと認識するようになっていた。

 

 

「それじゃあ、今からちょっとしたゲームをやろう。カードは好きか? 好きだよな」

「好きだよ。ねーエヴリン」

「ねー」

ゾイとエヴリンが待つリビングルームに、箱を手にしたルーカスが機嫌よく入ってきた。

「それじゃさっそくゲーム内容を説明しちゃうぞ」

「待ってました」

「ました」

ゾイの拍手を真似しながら、つたないペチペチ拍手を送るエヴリン。

鼻歌混じりに箱を開け、ルーカスが中から取り出したのは変わった絵柄のカードたち。

「ごきぶりポーカーのルールは知ってるか?」

 

 

愛を知ったエヴリンが次に知るもの。それは喜びと楽しさ。

遊びに精通したルーカスが教えるゲームの数々。みんなで遊べるボードゲーム。

これはエヴリンの物語である。

これはエヴリンがボードゲームを楽しむ物語である。

 



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ごきぶりポーカー

ルーカスがテーブルの上に置いたのは様々な絵柄が描かれたカードであった。

「こいつは『ごきぶりポーカー』っつう楽しいカードゲームだぜ」

ごきぶりポーカーという名に抵抗感があったゾイとエヴリン。だがその絵柄はどれも愛嬌のあるゴキブリたち。

いや、ゴキブリだけではない。ハエやサソリにクモにカメムシ。ネズミやカエル、コウモリといった絵が描かれている。

「かわいい絵だね」

「どれも嫌われ者って感じだね。ルーカスみたい」

「うるせぇゾイ。クモ様をナメるな。嫌な虫を掃除してくれる益虫だぞ」

口喧嘩ではない。冗談交じりは仲の良い証拠。エヴリンはニコニコしながら兄妹の戯れに耳を傾けた。

口も動かし手も動かす。ルーカスはカードを何枚か手札のようにして並べた。

「これはな、相手が嘘を言っているか本当の事を言っているかを当てるゲームだ。手札を1枚裏向きのまま出して、こん時に相手を指名する。『ゾイ、このカードは○○だぞ』ってな。指名された相手はそのカードが本当に○○なのかを当てる」

「なるほど。当たったら相手のポイント。外れたらこっちのポイントってことね」

「逆だ。勝負はその通りだがポイント制じゃない。そのカードを負けた方がもらうことになる。例えばエヴリン、俺が今から出すカードを『そうだよ』って言ってくれ」

そう言ってルーカスはエヴリンに向かってカードを1枚出した。

「エヴリン、これはゴキブリだぞ」

「えっと。そうだよ。これはゴキブリだよ」

エヴリンの答えを待ってから、ルーカスはカードを表にした。そこに描かれていたのはゴキブリであった。

「あ~俺の負けだ。このゴキブリは俺のカードになっちまったってことだ」

「じゃあ、もしルーカスが『これはネズミだ』って言ってゴキブリを出して、エヴリンが『これはネズミだよ』って答えたら」

「ハズレだからエヴリンの負けだな。ゴキブリがエヴリンのカードになる」

そう言ってゴキブリをエヴリンの前に並べるルーカス。エヴリンは「わかったよ」とルールを理解した。

「こうやって何回も勝負をしていく。しばらくするとゴキブリやネズミが何枚も並んでいくよな? 負けの条件は3つだ」

そう言って指を3本立てるルーカス。

「1つは『同じカードが4枚揃う』だ。ゴキブリ4枚とかな。わかるか?」

「嫌だなぁ。ゴキブリが4匹も出てきたら」

「大丈夫。エヴリンの部屋に出てきたらお姉ちゃんがやっつけてあげる」

そう言ってルーカスの頭にチョップをするゾイ。

「じゃあ2つ目は『8種類全部揃う』だ。これも分かるよな?」

「うわぁ」

「そん時はルーカスにどうにかしてもらおうね」

仲睦まじく笑い合うエヴリンとゾイ。ルーカスも笑いながら3つ目の指を動かした。

「3つ目は『手札が全部なくなる』だ。まぁあんまり気にしなくていい。大抵そうなるまでに勝負がつくからな。これでルールは全部だ。分かったか? 大丈夫か?」

「うん分かったよ」

「もし分からなくなったらいつでも言いな。それじゃ神様に祈り終わったら、とっとと始めるぞ」

そう言ってカードを配るルーカス。もらった手札を他の兄姉妹に見られないように3人は手の中で並べた。

「ゲーム・スタート!」

 

こうして始まったごきぶりポーカー。最初の手番はレディーファーストということでエヴリンからだ。

「じゃあ、お兄ちゃん。これはサソリです」

そう言ってカードをルーカスの前に出すエヴリン。

「まぁ最初のうちは考えなしにいっても問題ねぇからな。とりあえず妹を信用して、こいつはサソリだ」

ルーカスが表にしたカードに描かれていたのはサソリであった。

エヴリンの負け。サソリはエヴリンの1枚目のカードになった。

「あ~あ、ルーカスがイジメた」

「俺が!?」

「でも私はお兄ちゃんに嘘つかなかったし、お兄ちゃんも私の事を信じてくれたんだから。私は嬉しいよ」

エヴリンの好意的解釈に涙目っぽく目を潤ませるゾイとルーカス。

「良い妹を持ったぜ俺は。じゃあ負けた奴がそのまま次の手番だぜエヴリン」

「じゃあ今度はお姉ちゃん。これはサソリです」

目の前に出されたカードにゾイは悩んだ。この流れ、ここでルーカスと同じように答えてしまえば先程の二の舞。エヴリンを負かせてしまう。かといって信頼しないという話にもなるのは・・・

「悩んでるようだなゾイ。そんなお前に朗報だ。この勝負、エヴリンとの一騎打ちを放棄できるぞ」

「放棄?」

「放棄っつうか、俺との勝負に切り替えるんだ。今エヴリンが出したカードを確認していい。確認した上で俺に対して『このカードは○○だ』って言っていい。ちなみにエヴリンが宣言したのと別のカードだって言ってもいいぜ。『このカードは△△だ』ってな」

ルーカスの説明にゾイは少しの間考え込んだ。そして静かにエヴリンから貰ったカードを自分だけが見えるようにめくって確認し、ルーカスの前に裏向きで出した。

「ルーカス、このカードは・・・ネズミよ」

「馬鹿だなお前。エヴリンが嘘つくわけねぇだろ? このカードはネズミじゃねぇ」

即答したルーカスは迷わずカードを表にした。カードはサソリだった。

「うぅ。サソリが来た」

「お姉ちゃん、それだと私が嘘つきだってことになっちゃうよ」

「あっ」

「馬~鹿」

 

こうして勝負は進んでいき、いよいよ終盤。

ルーカス:ゴキブリ3枚、ネズミ1枚、サソリ2枚、ハエ1枚、カメムシ2枚、カエル3枚

ゾイ:ゴキブリ1枚、サソリ1枚、ハエ1枚、クモ3枚、カメムシ2枚、カエル2枚

エヴリン:ネズミ1枚、サソリ3枚、クモ3枚、カメムシ1枚、カエル1枚、コウモリ2枚

この状況で次はエヴリンの手番となった。

「え~っと。お兄ちゃん、これは・・・カエルです」

この場合、もし中身がカエルでルーカスが負ければ、ルーカスのカエルが4枚となりルーカスの負けが決まる。

「へ~、そうかい」

遠慮がちにエヴリンが提出したカードを、ルーカスはニヤニヤしながら受け取った。

そしてルーカスは迷わずカードをめくり確認してからゾイの前に出した。

「ゾイ。こいつはカエルだ」

いやにニヤニヤするルーカスにゾイは手を止めた。

『エヴリンがカエルって言った。その通りならルーカスは負け。だけど実は他のだった? でも今のところエヴリンのことを信じるって言ってきてるしやっぱりカエル? どっちにしてもすぐに負けるわけじゃない。ここはカエルだった可能性に賭けてルーカスを負かせるのが正解かな』

熟考した結果、ゾイの結論は「それはカエルね」。そして開いて表にしたカードに描かれていたのは・・・

「へぇ、クモ・・・ってクモ!?」

ゾイの負け。クモがゾイの元に。そしてゾイのクモが4枚目に到達した。

「このゲームに負けたのは ゾイ~!!」

ルーカスの高らかな宣言にエヴリンが拍手を送る。そんな光景にゾイは「待った!おかしいでしょ」と異論を唱えた。

「だっ、だって、え? クモ? それがどうしてカエル?」

ゾイの疑問は尤もだ。このクモのカードを出したのはエヴリンであり、彼女もまたクモのカードで負ける可能性があった。そのリスクを負ってまでブラフを張る高等テクを繰り広げたことになる。

が、ルーカスはわかっていた。

「馬鹿だなゾイ。エヴリンは初心者だぜ? そんな駆け引きできるかよ」

「うん。どうすればいいか分からないからテキトーに出したの」

「だ、だからって。それにしてもルーカス、よく気付いたわねその機転に」

「ゾイ。こいつは遊びだぜ? 読み合いとか言ってる時点でズレてんだよ。遊んだ奴が勝つんだよ」

つまりルーカスもテキトーだったのだ。

 

「どうだったエヴリン?」

「おもしろかったよ」

「サイコーのゲームだったな。またやろうぜ」

こうして、ごきぶりポーカーをエンジョイしたエヴリンたち。

だが彼女たちは知らなかった。

ベイカー一家に迫る足音があることに。

それは家の外。近くにあるトレーラーハウスから迫っていた。

 



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あいうえおバトル

ミア・ウィンターズ。

彼女は見知らぬトレーラーハウスで目を覚ました。寝ぼけているのか頭がハッキリとしていない。おぼろげな記憶を辿るが、どこか重要な点が抜け落ちているように要領を得ない考えばかりが頭をよぎっていた。

「ここは?」

昨夜、嵐の中でとある一家に保護されたことは覚えている。ベイカーと名乗っていたことも。

「思い出せない。けどお礼を言いにいかなきゃ」

良識に照らしても社会人として、人間として常識だ。助けてもらったらお礼をするべき。

ミアはハウスを出てベイカー邸へと足を踏み入れた。

沼地にポツンと佇む大きな家。こんな家を見たことがないミアだったが、この家にはどこか懐かしさとアットホームな雰囲気を感じていた。

「失礼します。ベイカーさん」

「は~い」

玄関のチャイムを鳴らすミア。するとすぐに元気のいい女の子の声が返ってきた。

「あれ? ママじゃん」

扉が開き、目に入った光景にミアの思考は一瞬固まった。

そこにいたのは10歳くらいの女の子。名前はエヴリン。ミアはその子の名前を知っていた。ベイカー家の一員ではないことも知っていた。ずっと昔から知っていた。

「そうよエヴリン。私はあなたのママ」

何の疑問にも思わなかった。そもそも疑問に思うという考え自体が疑問モノだ。

ずっと前から母の子供のエヴリン。そう、私はママだ。

 

「あらミア、いらっしゃい」

「ようやく起きたの寝ぼすけさん。昼食の時間だよ」

「よかったなエヴリン。昼飯食ったらママと一緒に遊べるぜ」

ベイカー一家は当たり前のようにミアを迎え入れた。ベイカー家の末娘にしてミアの娘のエヴリン。ミアの一人娘でありルーカスとゾイの妹であるエヴリン。この矛盾を誰も何の不思議にも思わない。

 

「じゃあよぉエヴリン。ダブルママと4人でゲームをしようぜ」

「そりゃいい。楽しみだねエヴリン」

「うん」

ミアとエヴリン、そしてマーガレットが座るリビング。ルーカスが持ってきたのは文字の表と小さなカード立て、そしてペンであった。

「あいうえおバトルっていうゲームだ。ひらがなは全部書けるよな?」

「分かるのエヴリン?」

「うん。大丈夫だよ」

ひらがな。日本語の文字である。

ちなみにここはルイジアナ州。だが誰も疑問にも思わない。

「お題に対して7文字以内で言葉を決めるんだ。例えば『甘いもの』ってお題に『チョコレート』みたいにな。その言葉を1文字ずつカードにひらがなで書いて、そいつを相手に見えないようにしながら順番に並べる。余った分もそのまま並べる。チョコレートなら『ちょこれーと□』ってな具合にな」

ルーカスは説明しながらカード立てに1文字ずつひらがなを書いていった。

そして4人の間にひらがなの50音順の表を置いた。このあたりからエヴリンたちもルールを察し始める。

「それぞれの手番に1文字ずつ指名するんだ。指名された文字が自分の言葉の中に入っていたらカードを表にして相手に見えるようにする。『と』を指名されたら『□□□□□と□』、次に『よ』を指名されたら『□ょ□□□と□』ってな。濁点とか小さい文字もこんな感じだ。ちょっとずつ言葉が穴抜けに見えてくるだろ? 全部の文字をオープンさせられたら負け。最後まで残ったやつが優勝だ」

「なるほどね。文字が少なくてもカードが7枚だから、相手の答えが2文字なのか7文字なのかも考えなきゃいけないんだね」

マーガレットの指摘にルーカスは「さすがお袋」と指をパチンと鳴らした。

「あんまり難しい言葉にしないでね。エヴリンが分からないと可哀想でしょ。みんなが知ってる名前にしないと」

「大丈夫だよママ。わたし物知りだから」

「そうだな。エヴリンは下手なゾイよりか博識だ。それじゃあ始めようぜ」

 

ルーカス、エヴリン、ミア、マーガレットは各々にペンを手にした。

「お題は・・・『暑いところ』だ」

ペンとカード立てを手にシンキングタイムに入る4人。

「暑いところ暑いところ」

「エヴリンも知ってる暑いところかぁ」

「大喜利みたいに捻った答えはひんしゅくものだからね。あんまり変なことを書くんじゃないよルーカス」

「わかってるよお袋」

それぞれのタイミングで「これだ」とペンを走らせていく。最後のマーガレットが書き終わり、いよいよスタートだ。

「じゃあまずはエヴリンからな」

「うん。じゃあママの『ま』から」

ま。だがその文字に誰もカードを反転させなかった。

「ハズレだな。惜しいな。じゃあ次は俺。文字っつうのは頻出度ってのがあるんだよ。よく使われる文字。『い』だ」

い。この言葉にマーガレットとミアが「あ~あ」と言いカードを反転させた。

 マーガレット:□□い□□□□

 ミア:□い□□□□□

「ちなみに正解したらもう一文字いけるぜ。『は』だ」

ルーカスの指名に苦い顔をするマーガレット。

 マーガレット:は□い□□□□

「まったくルーカスったら。でも私には分かるよ。ルーカスがやりそうな手口。ちょっと捻って『つ』でしょ。小さい『っ』を入れそう」

「うぅ、アタリだよ」

そう言ってルーカスもカードを反転させた。ガッツポーズを見せるマーガレット。

 ルーカス:□□□つ□□□

「やったわ。次も『と』」

マーガレットの追撃。そこにルーカスだけでなくミアも「あー」と唸った。

 ルーカス:□□□つと□□

 ミア:□いと□□□□

「次は私ね。う~ん、エヴリンに誤爆したくないなぁ。『う』で」

ミアの指名には誰も反応しなかった。残念がりながらもエヴリンの無事を喜ぶミア。

「私の2回目だね。じゃあママの『み』だよ」

エヴリンの指名に「かわいいな」とトロける3人。そんな中、ルーカスが「って、あ!」と遅れて気付いてカードを反転させた。

 ルーカス:□□みつと□□

「□□みつと□□? なんだろうね」

「へっへ~、分かるかな。だが俺ばっか当てられるのはキツいぜ。そろそろエヴリンにも一撃。入れねぇと」

「でもまだ私の番だよ。次は『ろ』」

ろ。その指名にミアが「まぁ」とカードを反転させる。「やったー」と喜ぶエヴリンだが、少しして気付いて自分のカードも反転させた。自爆である。

 ミア:□いと□ろ□□

 エヴリン:□□ろ□□□□

「あ~あ」

「ルーカスのせいで」

「まったくだよ馬鹿息子」

「俺のせい!? んなこと言う悪い口どもは封印してやるぜ。『た』だ!」

ルーカスの指名に項垂れるミア。

 ミア:たいと□ろ□□

「俺には分かってるんだぜ。やられる前にやれ。鉄則だな。『こ』だ!」

ミアは「うわぁ」と言いながら全てのカード立てを反転させた。残るマスは空欄で

「だいどころ。台所よ。お料理してると暑いのよね」

「よっしゃ!」

「ミアの仇は私が討つよ。といってもルーカスの文字が全然わからないわね」

「何だろうね」

「俺はお袋の、なんとなく分かるけどな」

「う~ん。じゃあ『お』よ」

勢いのまま指名したマーガレット。だが無情にも反転するのはエヴリンのカード。

 エヴリン:お□ろ□□□□

「ごっめんなさい!」

「いいよ」

「はっは~。まだお袋のターンだぜ」

「え、そうだね。エヴリンのはなんとなく分かっちゃったし。ルーカスの、ルーカスの。とりあえず『ら』!」

正解。ルーカスのカードが反転された。

 ルーカス:□らみつと□□

「あ」

「あ」

「え?」

「ダブルママは気付いたようだな。だけど答えを教えちゃダメだぜ。さぁエヴリン。次はお前の番だ」

ルーカスの促しに頭を抱えるエヴリン。

「え、何を選べばいいんだろう。『は』?」

マーガレットのカードが反転してしまった。

「はわい。常夏のハワイ。一度でいいから行ってみたいね」

「わざわざ観光で暑いところに行くやつの気がしれねぇぜ」

観光。この一言にマーガレットは気付いた。口を大きく横に開けてエヴリンに口パクでヒントを与えようとする。ミアはマーガレットとエヴリンを指さしてヒントを与えようとする。

「おいおいダブルママ。反則ギリギリだぞ」

「え? え?」

だがエヴリンには通じない。

「何だろう。‥らみつと‥‥。『く』!」

残念。ハズレ。ルーカスのターンになり、彼は『ふ』と宣言した。

「おふろ。いいよねお風呂」

「ちなみに俺の最後の文字は『ひ』な。ピラミッド」

「ルーカス。それは微妙じゃないの?」

負けてブーと頬を膨らませるマーガレット。エヴリンは首を傾げながらミアに尋ねた。

「ピラミッドって?」

「エジプトっていう砂漠の国にある世界遺産よ。大きなお墓で・・・遺産? ・・いさん」

突然、呆然と手を止めたミア。

小さく呟き始めたかと思うと、ハッとなったように顔を上げた。

 



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適当なカンケイ

「イーサン。あなたに。わたし嘘をつくかも。ごめんなさい。このメッセージをもし、見てるなら。私を探して」

妻からのビデオメッセージを再生しながら、イーサン・ウィンターズは車を走らせていた。

ルイジアナ州ダルウェイの道を進み、沼と森へと続く道に入る。

「こんなところに本当にミアがいるのか?」

疑問を口にしながら森の中を進むイーサン。続く道は獣道ではない。人の通った気配がある。だが昼間でも寒気を覚えるほどに深い森。何か出てきそうな雰囲気。むしろ何も出て来ないほうが不思議なくらいだ。

そんな中、イーサンは洋館にたどり着いた。森の中にポツンと建つ不気味さもあるが、手入れが行き届いているのか見た目の古さの割に綺麗な印象を受ける。

「お邪魔します。誰かいませんか?」

イーサンはチャイムを鳴らした。電気が通っているし誰か住んでいるようだ。

家の中から明るい声も聞こえる。女性や子供、大人の声だ。家族で住んでいるのだろうか。

すると玄関が開き、中からイーサンの良く知る顔が現れた。

「あらイーサン。お帰りなさい」

そこにいたのはイーサンの妻・ミア。久しぶりの再会であるが、その懐かしく愛らしい表情はイーサンの記憶を鮮明に呼び起こした。

「ミア。どうしてこんなところに?」

「え? 何言ってるの? またまたイーサンったら、ジョークが好きね」

そう言ってイーサンの手を握るミア。冷え性なのか少し手が冷たいが、温かみのある手の感触にイーサンは安堵を覚えた。

「エヴリン。パパが帰ってきたわよ」

家の奥に向かって呼びかけるミア。だがその言葉にイーサンは首を傾げた。

「パパ?」

イーサンとミアの間に子供はいない。養子を迎えた覚えもない。

「あっ、パパだ。お帰り」

家の奥から元気よく現れた10歳くらいの女の子。走って向かってきた彼女をイーサンは笑顔で抱きかかえた。

「ただいまエヴリン」

ずっと前から父の子供のエヴリン。当たり前じゃないか。

 

「じゃあ今日はイーサンの兄貴も帰ってきたことだし。『適当なカンケイ』をやっていこうか」

リビングで卓を囲む幸せな家族。イーサンとミア、そしてエヴリン。その元にルーカスは元気よくカードを持って現れた。

それぞれのカードには様々な写真と、他に1から11の数字が書かれたカードがある。

「これはな。俺たちそれぞれの感性が合うかを試すゲームだ。やることは簡単、共通点を探すだけ」

そう言って写真を並べ、それぞれに1から11の数字を割り振るルーカス。そしてイーサンたちに1から11のカードをそれぞれに渡した。

写真にはそれぞれ

1:イチゴ

2:サイコロ

3:ひまわり

4:ネコ

5:大砲

6:CD

7:鳩時計

8:羅針盤

9:コンセント

10:草原

11:サンタクロース

が写っている。

「この1から11の写真でペアを作ってもらう。何でもいいから共通点を探していくんだ。例えばこの中だとイチゴとひまわりは植物だから同じ。っつうことで1と3、とかな。まぁ最後の方になると残り物同士で無理矢理に共通点を探すことになるな。ペアの数字はカードで揃えてくれればいい。で、カードが1枚残る。でもって最後に答え合わせだ」

「なるほど。互いにどのペアを作ったかを確かめ合って、どのくらい他の人と同じペアを作ったかを競うわけか」

「その通り。さすが兄貴。当然、別のペアを作って他の奴と気が合わなくても最後に救済措置。残った1枚のカードが一致してもポイントになる」

「エヴリン、大丈夫? ルールわかった?」

「うん。お兄ちゃんは説明が上手だから分かったよ」

元気よく答えたエヴリン。

「それじゃあ実験だな。価値観はどこに現れるのか。夫婦の愛か? 兄弟の絆か? 親子の繋がりか? さぁ、開始だ」

 

※本作をお読みの皆様も是非チャレンジして、誰と価値観が近いかをお試しください

 

ルーカスの合図で写真を見ながら、手札の数字をペアにしていく4人。

およそ5分でそれぞれがペアを決め終わった。

「じゃあ答え合わせだ。まずは1のイチゴをどれとペアにした?」

一斉にカードを開示する4人。当然、例えに使ったように1と3。4人ともイチゴとひまわりのペアだ。

「まぁこの並びなら当然か。次は・・・エヴリン、選んでいいぞ」

「じゃあネコさんの4。私は2のサイコロにしたよ」

エヴリンは猫とサイコロのペア。しかし他の3人は違った。

「す、すまないエヴリン。パパはサンタの11だ」

「俺もだ。哺乳類だからな」

「私は鳩時計の7。そうかぁ、哺乳類ね。でも動物。でも、うん」

「え~? だって可愛いのってネコさんとサイコロでしょ?」

早速意見の分かれた4人。

「じゃあ他の奴らはサイコロと何をペアにしたんだ? ちなみに俺は6のCD」

「え? 私は・・・余っちゃったのがCDよ」

「俺もだ。余ったのは2のCD」

「パパとママ、気が合うんだね」

「だな。さすが夫婦」

ヒューヒューと口笛を吹いて冷やかすエヴリンとルーカス。ミアとイーサンは「大人をからかうんじゃありません」と口を揃えて顔を赤らめた。

「じゃあエヴリンはCDと何をペアにしたんだ?」

「私は8の時計みたいなのだよ。どっちも丸いでしょ?」

「8は羅針盤ね。エヴリンにはちょっと難しかったわね」

「らしんばん?」

「コンパスみたいな物だよ。俺は針があるから時計とペアにしたな。7と8だ」

「俺もだぜ兄貴」

「私は羅針盤のペアは大砲ね。どっちも昔の船で海賊とかが使ったって感じじゃない? 5と8」

徐々にペアが出そろっていく。残るペアはそれぞれ2組ずつ。

「じゃあ大砲の5とペア、どれにした? 俺は9のコンセントだぜ」

「え? ルーカス、なんでそのペア?」

「これは・・・残り物で苦し紛れって感じだな」

「俺は10の草原だな。なんか広いところでぶっぱなすってイメージだ」

「そうかぁ。パパ、私は余っちゃったよ。草原ってフサフサしてるから、私はサンタさんの11だよ」

「あっ、エヴリン。ママもよ。10と11でペア」

4人のペアも残るは1枚。それぞれがカードを出し合った。

「パパの残りは6と9。CDとコンセント。どっちも電気関係だろ?」

「私もよイーサン」

「私は時計とコンセント。7よ9」

「そうかエヴリン。鳩時計は電気いらねぇんだよ。でもって俺はサイコロとコンセントで2と6だ。日頃の使用頻度で決めた感じだな」

こうして出そろった4人のペア一覧。

イーサン:1.3 4.11 7.8 6.9 5.10 余2

エヴリン:1.3 2.4 6.8 7.9 10.11 余5

ミア  :1.3 4.7 6.9 8.5 10.11 余2

ルーカス:1.3 4.11 7.8 2.6 5.9 余10

 

「っつうわけで、一番気が合うのは・・・俺と兄貴!」

「へぇ意外。そうなのイーサン?」

「いやいや待ってくれミア」

「私はママと合ってたから嬉しいな」

「つってもこれは4回やるからな。まだまだ序盤だぜ」

そう言って他の写真を並べていくルーカス。まだまだ楽しい時間は終わらない。

 

「にしてもうらやましいな。仲良し夫婦にカワイイ娘。テレビで特集できるくらいだぜ」

「駄目よ。イーサンにファンクラブができちゃうわ」

「ママだって。美人だから男の人がこの家に押しかけてきちゃうよ」

「エヴリンにも男の子が・・・いや、誰とも知らん奴に娘は嫁にやらん!」

鼻を鳴らすイーサンに、エヴリンとミアは「気が早いよ~」と笑い合った。

 



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ゲットスイートラブ

ルイジアナ州ダルウェイの沼地にその森はあった。

狂暴なワニが棲み、危険と隣り合わせの森の中にひっそりと建つ古い館。

時は11時。

夜の闇の中、不気味な雰囲気を醸し出すその館の前に3人の男たちがいた。

1人はカメラを手に。1人はプロデューサーのように偉そうに。1人は司会進行のように明るく2人を導いていた。

 

「今宵の『スーワ・ゲーターズ』は、こちらベイカー邸で皆さんと遊戯に浸りたいと思います!」

「どうも~」

「ようこそいらっしゃい」

MCのピートが盛り上げる中、館から顔を出したのはルーカスとイーサン。

闇夜を明るく照らす笑顔で3人のテレビクルーを迎え入れた一家の男衆。

「すまない。妻や娘はもう寝ているんだ。ここからは静かに頼むよ」

「お袋もゾイもな」

「そうだな。今夜は男だけ、ということで、ちょっとゲスいゲームでもやっていきましょうか」

家の中に静かにお邪魔していくスーワ・ゲーターズ。

リビングの薄明りの中、男たちは円を作って座った。

「なぁちょっといいか? 男だけでゲスいゲームっていうと?」

「そりゃもちろん、そういう系だろ」

ゲスい顔で笑うのはプロデューサーのアンドレ。ルーカスはニヤニヤと笑い、イーサンは少し気まずそうに笑った。

 

「ほぉ、ゲスいゲームか」

 

その時、家の奥の闇から老人がヌッと姿を現した。

一家の主であるジャックだ。

「親父!?」

「お義父さん!?」

腰を抜かすほど驚くルーカスとジャック。

「あの子たちを放っておいて男だけで。ほぉ」

ジャックのドスの利いた声にスーワ・ゲーターズも戦慄する。

「なぜ俺にも声をかけなかった? 水臭いじゃないか」

ジャック・ベイカー参戦決定。

 

こうして始まった男たちの宴。参加者はジャック、ルーカス、イーサン。そしてカメラマンのクランシーだ。

「今日のゲームは『ゲット・スイート・ラブ』。略して『ゲスラブ』だ」

そう言って4人の前にカードを置いていくピート。

そのカードには可愛らしい女の子のイラストが描かれていた。

「皆には今から、この4人の女の子のハートを射止めてもらう。そういうゲームだ」

「俺には妻がいるんだぞ」

「俺にもミアとエヴリンがいる」

「俺にはいねぇ」

「「「だが、いいじゃないか」」」

声を合わせるベイカー&ウィンターズ。

そんな彼らの前にピートは何か文章が書かれたカードを配っていく。

「これは性格カード。これを順番にこの女の子たちにつけていく。どんどん性格が変わっていく感じだな」

「へぇ。それぞれ点数が書いてあるな。マイナスのもある」

「そう。例えば『ロマンティスト』は1点プラス。『メシマズ』でマイナス3点。ロマンティストだけどメシマズな娘っていう属性をどんどん付け加えていく感じだ」

そう言って女の子の周りに4枚のカードを置いていくピート。

「属性は合計8つ、つけ終わったらゲーム終了だな。ちなみにそのうち4枚は裏側で正確カードを置くこと。終わってから初めてその娘の隠れた性格が分かるっていうことだ」

「なるほど。女の本性が隠れているというわけか」

ジャックの本質を突いた指摘にニヤッと笑い合う男たち。

「あと性格カードを置くのと一緒に、愛チップも置いてもらう。それぞれ点数が違うチップを裏側でな。その娘をどのくらい愛しているかのチップだ。ゲーム終了時に誰がどのくらいの合計点でチップを置いたかで、どの娘がプレイヤーの彼女になるかが決まる」

「つまり、プラスの性格のカードとチップを置いて好きな子をキープしながら、他の対戦相手がキープしてる子にマイナスの点数のカードを置いていくっていうことか」

「飲み込みが早くて助かるぜ若旦那」

おおよそのルールを把握した4人。彼らは同じことを思った。

『このゲーム、ゲスい。これは妻や娘、妹たちに見せられんな』と。

 

こうして始まった『ゲスラブ』。

置かれた女の子カードたち。それぞれ「モエ」「サクラ」「ミドリ」「アカネ」といった可愛らしい名前がつき、男たちの告白イメージがより鮮明になっていく演出付きだ。

「俺はモエちゃんに『賢い』属性を付与。高得点な子になるぜ」

「そのモエちゃんに『地雷』。地雷属性に隣接した性格カードはマイナスになる!」

「くっ。俺も狙ってたのにその娘。じゃあミドリちゃんに裏側で属性を付与する。さぁこのカードはプラスかな? マイナスかな?」

「俺はアカネちゃんに『特殊性癖』。このカードは一見マイナスだが、『やさしい』と組み合わせることでプラス3点になる。そしてチップもアカネちゃんに。というか俺しかアカネちゃんを狙ってないな」

 

ゲスい盛り上がりをみせるゲスラブ。

ついにゲーム終了となり、女の子たちのパートナーが決まっていく。

結果だけで言えばイーサンが無難に優勝したわけだが・・・このゲーム、ほとんどの場合は合計点が低空飛行になることが多い。

「勝ったには勝ったが。美人でやさしくて、特殊性癖で嘘つきで、家庭的で不思議な子。なんか面白みのない組み合わせになったな」

「ミアみたいじゃないか。お前さんらしいよ」

「それよかクランシーが悲惨すぎて逆に優勝だな」

「ああ。高身長で爆乳で色白で、高慢で切れやすくて、金持ちだけど万年金欠な犯罪者だったな」

どんな女だよ!と笑い合う男たち。

彼らは気付いていなかった。

その背後にヒッソリと立ち、軽蔑した目で彼らを見下ろす娘や妻たちがいたことを。

 

 

 

「以上がE型被験体第1号『エヴリン』の消息が途絶えたエリアで撮影された映像になります」

「報告はわかった。同エリアに潜入したエージェントの消息もわかっていない。そういう話だったな?」

「ええ。当初はエージェントの手に負えない脅威へと成長し、付近の生命体を侵食しているのだと思われていたのですが」

「この民間人は地元の放送局に生還しているということか」

「はい。しかしエージェントの後方支援部隊も消息を絶っています。いえ、任務を放棄しているとも言えますが・・・」

「部隊の最終位置は?」

「ダルウェイの市街地です。そして部隊の最後の通信は『ウノって言ってない』だそうです」

 



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ゴリラ人狼

かつてウイルス兵器により多大な被害をもたらした企業アンブレラ。

現在では贖罪としてアンブレラの負の遺産や新たな生物兵器災害を防ぐ対バイオテロ組織として活躍している。

クリス・レッドフィールド。かつてアンブレラと敵対し、組織を壊滅へと追い込んだメンバーの1人。現在はアンブレラの組織の一員として、犯罪組織コネクションの暗躍を追っている。

「それで。コネクションの秘密通信を傍受したというのは本当か?」

「ええ。正直私も困惑しているわ」

「困惑?」

「あっさり傍受できちゃって」

「あっさり?」

オペレーターの言葉の意味を理解できず、クリスは首を傾げた。

「流れを言うわ。コネクションがアモングアスっていうアプリケーションをインストールした形跡が見つかったの」

「アモングアス? 聞いたこともないが、新しい生物兵器か?」

「いいえ。ゲームのアプリよ」

「?」

ゲーム。そう聞いてクリスは苦い顔をした。

「奴ら。なんとおぞましい」

「クリス、多分アナタが想像してるデスゲーム的な何かとは違うわよ。普通に一般人用のPCゲームだから」

「そうなのか? 何? 一般人用のゲーム?」

「ええ。その後にトンデモないことが起きたの」

トンデモないこと。そう言いながらオペレーターは苦笑いをした。報告としていいニュースでも悪いニュースでもない、なんとも複雑な感情が生まれているような顔だ。

「コネクションの通信が全てディスコードに置き換わっていたの」

「ディスコード?」

「これも一般人向けのボイスチャットのサービスよ。しかも初心者向けの」

ようは長年突き止めることができなかったコネクションの秘密通信が、ちょっとその気になればハッキング可能な駄々洩れ状態になってしまったというのだ。

「もうね、聞こえてくる声がてんやわんやの大騒ぎ。おかげで奴らの拠点もボロボロ出てくるわ出てくるわ」

「・・・そうか。いい話じゃないか」

苦笑いするクリスだったが、オペレーターは険しい表情を見せた。

「奴ら、新たな生物兵器を開発していたの。その名も『E型特異菌』」

 

数日後、クリスの姿はルイジアナ州ダルウェイにあった。

先遣隊からの連絡が途絶え、何かが起きていることが予想される暗黒の地に。

当初、与えられた情報によるとダルウェイにはコネクションのエージェントも潜入しているらしい。そして先遣隊はこのエージェントと接触しているのだという。

「平和だ」

ダルウェイの町は平和そのものであった。情報の通り、人々は平和な日常を謳歌している。

街の傍らで、クリスは見覚えのある顔と出くわした。

BSAAの先遣隊と、情報のあったコネクションのエージェントだ。

「やあクリス。どうだい? 一緒にブラックジャックでもやらないか?」

「すまないな。先約があるんだ」

クリスは迷うことなく、ダルウェイの沼地にある森の洋館へと足を進めていった。

その手にした通信機からは『聞いてクリス! E型特異菌には強力な精神汚染の性質があることが分かったの。一定の距離に近づいただけで強制的に洗脳されてしまうみたい。しかもその範囲は徐々に拡大している可能性があるの。ねぇ、聞いてる?』と慌ただしい声が聞こえている。だがクリスは電話に応じることはなかった。

そしてクリスは沼の館にたどり着き、まるで毎日のルーティーンのように館のチャイムを鳴らし、中から出て来た少女を抱き上げた。

「いらっしゃ~い」

「元気にしてたかエヴリン? クリスおじさんが遊びに来たぞ!」

 

居間に案内されたクリスを出迎えるエヴリンとベイカー一家とウィンターズ一家。

「今日は『ゴリラ人狼』をやっていくぞ!」

「「ゴリラ人狼?」」

エヴリンを膝の上に乗せ、彼女と顔を見合わせるクリス。そんな2人にルーカスは笑いながら説明を始めた。

「人狼のルールは知ってるか? 早い話がそいつのゴリラバージョンだ」

そう言ってルーカスはいくつかの役職カードを見せた。

「村人がゴリラ、人狼が密猟者ってな具合だ。でもって夜のターンに1人を指名して密猟者かどうかを知ることができる『占いゴリラ』、追放されたプレイヤーが密猟者かどうかを知ることができる『霊媒ゴリラ』、夜のターンに1人のプレイヤーを守ることができる『護衛ゴリラ』っていう役職がある」

誰もが人狼ゲームを知っている前提で説明するルーカス。当然、ボードゲームというものに初めて触れるはずのクリスも何故か全てを知っていた。

なお人狼ゲームとは、参加者同士で議論し合い、その中にいる仲間外れを探すゲームである。話し合いターンで仲間外れを除外し、もう1つのターンで仲間外れの人物は他の人物を1人除外するのが大まかな流れ。仲間外れを除外するか、仲間外れが最後まで生き残るかを競う。様々な能力を持つ役職が存在し、推理力が非常に大事なゲームとなっている。

 

「そしてこのゲーム、一番重要なポイントがある」

勿体ぶりながらルーカスは最後にこう告げた。

 

「ゴリラだからな。全員、ウホしか言えない」

 

 

 

ゲーム開始。

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

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「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

「ウホウホウホウホウホウホウホ」

 

 

初日にイーサン死亡。ミアが追放された。

2日目にジャック死亡。ゾイが追放された。

3日目にルーカス死亡。マーガレットが追放され・・・

 

密猟者はエヴリンであった。

 



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人生ゲーム

4月5日

街にずっと前からベイカー家の子供のエヴリンと名乗る少女がやってきた

森のそばに住む住人全員と、人生ゲームで遊びたいのだと言う。

あいつらは、我々の親の世代の者からの知り合いで、あの沼で暮らしている。

その付き合いがあるのだろう。

ことあるごとに町に顔を出してくれる。

 

沼の行き来に不自由してはいない。そもそも行き来なんてしていない。

時には外国の珍しいゲームを紹介してくれることもある。

今回もそういうことなのだろう。

 

町の人たちは喜んで申し出を受けたが、俺は断った。

別に、はっきりとした理由があったわけじゃない。

町に来た家族の目つきは気に入った。

なんとなく。ただ、それだけだ。

 

 

4月8日

人生ゲームの説明を受けるため、町の者たちは、全員沼へと出かけていった。

いつも騒がしい街が静かだ。

こういう日は、ゆっくりと昼寝をするに限る。

 

 

4月9日

昼寝をしすぎたせいか、なかなか寝付けないでいると外が騒がしい。

広場で、皆が真剣な様子で話し合っている。

なんでも、子供が職業選択で苦しんでいるのだと言う。

それも一人ではない。全員が、である。

 

母親達は、「弁護士や医者なら安定よ」と子供達の将来設計のハードルを高めているが、いっこうに現実的な職業選択との線引きをしている気配がない。

明け方、全員がフリーターの選択を取った。

朝になり、町長が沼へと出かけた。

皆、子供たちのチョイスが、ルーカスの生き方と関係あるのではないかと思っていた。

 

戻ってきた町長は、子供たちの選択は人格形成の初期段階かも知れないので、もう一度ゲームを通してコミュニケーション能力を高めようと皆に告げた。

俺は今回も拒否したが、初めて体験するゲームの説明の仕方のコツを覚えることも大事だ。皆に無理やり連れて行かれ、ボードゲーム説明を受けさせられた。

 

 

4月10日

村で喧嘩が起こる。

男達は全員殺気立っている。

株券を買い忘れたばかりだからと思うが、どうも違うような気もする。

反対に、女性は用心していて元気がある。

すでに残りの生命保険での勝ちを確信し始めているのか?

 

 

4月11日

今日は、なぜか落ち着かない。

ピンの芯がどこかに無くなったようで、じっとしていられない。

仕方がなく、外へ出て体を動かすことにした。

外に出ると、奇妙な格好をしている奴がいた。

黒い服を着て武器を手にし、通信機を片手に電話をしている。

祭りの日ならともかく、なんて格好しているんだ。

 

一言いってやろうと声をかけたが、振り向いたその顔を見て何も言えなくなってしまった。

約束手形をもらいすぎたせいで泣きはらした目になっていて、大人とは思えない顔つきになっていた。

一体、どうなっている!?

 

 

4月12日

昨日から、歓声がたえない。

おとこたちは、人生最後の賭けに負けて、昔にもどったかのような開拓地に留まりつづけている。

おんなたちは、ほとんどが子供に恵まれたか、ピンが刺さらないくらい増えて困ったようだ。

 

 

4月13日

アタマぼーっとしている。

熱はない。

かんがえまとまらない。

今、ルーレットのまわる向き、反対にまわった。

ジャララララララのはずだ。針がぐにゃあってなった。

幻覚?

 

 

4月14日

いい気ぶん……

 

ギャンブル……おち着く……

 

たのしい……

 

オレも……1か2……出したい……

 



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ワーリングウィッチクラフト

「まったく。マザーミランダの命令とはいえ、どうして私がこんなアメリカの田舎に行かなければならないなんて・・・チョー楽しみ♡」

長身の女性がスキップしながらルイジアナ州ダルウェイの森に続く道を進んでいた。

夜は深くないとはいえ、街頭の無い道の中は危険と隣り合わせである。

だが野生の動物たちは本能で察知していた。この女性のほうが危険であると。

森の闇に溶け込む真っ白なドレスと帽子。動きにくい服装に似つかわしくない軽やかさで木々をかき分けていく女性。

豊満なボディだが、その身長は身長290cm。サイズ感がバグっている。

手にした飲みものをゴクゴク飲みながら。そこには、若い男の体液を連想させる名前が書かれていた。

そう。体液。汗。スエット。

ポカリスエットである。

「さ~て着いたわね」

森の館にたどり着いた女性は細長い爪で器用にチャイムを鳴らした。

家の中から出迎えた少女に、女性は元気よく挨拶した。

「あらエヴリン。こんドミ~」

「こんばんは。いらっしゃいドミトお姉さん」

彼女の名はオルチーナ・ドミトレスク。ヨーロッパの地方にある立派な城の城主であり、とある用事でベイカー邸に訪れていた。

無論、ボードゲームで遊ぶためである。そうに違いない。彼女自身も心から確信していた。

 

 

「じゃあ今日はドミトお姉さんを入れて3人でコイツをやっていくぜ。その名もワーリングウィッチクラフト」

そう言ってルーカスは別館の大広間にゲームを並べていった。

各プレイヤー用のプレイマット。魔女の鍋のような小皿。赤青緑に白黒、5色の小さな木のチップ。そして何種類かのカード。

「お兄ちゃん、これってどんなゲームなの?」

「ウィッチクラフトってことは、魔女が何か調合するのかしら?」

「その通り。こいつは自分の手元の材料を調合して別の材料に変えて、その出来上がった材料を相手に渡していくゲームさ」

「緑と青を混ぜると毒が治るとか?」

「治らない」

「緑と赤と青のおハーブを混ぜると」

「混ぜんな。っつうかハーブじゃねえよ。話の腰を折らねぇでくれよドミト姉さん。そこに5種類の材料があるだろ? そいつを調合カードで色んな素材に変換していくんだ。例えば赤1個が青2個になったり、赤2個が青1個になったり」

そう言って調合カードを見せるルーカス。そこには上下の段に矢印が描かれ、その上下に赤と青の絵が描かれていた。

「1個を2個に増やすのはわかるけど、2個を1個に減らすのって意味あるの?」

「勿論だぜ。手元にどんどん材料が残っていって、溢れたら負けだからな。敵に渡すために1つの材料を2つにしてもよし。逆に敵から貰いすぎた材料を減らすために2つの材料を1つに減らすのも大事なんだ」

そう言って調合カードを4枚ずつ配るルーカス。

「基本的に調合カードは手札だ。4枚の内1枚の調合カードを出して、次のターンに相手に渡す。相手は貰った3枚の手札に、山札から1枚追加して4枚にして自分のターンを迎えることになる」

「ってことは相手が次に何を出してくるか予想しながら遊ぶんだね」

「そういうこと。さすがエヴリン、理解が早いぜ」

そう言ってエヴリンの頭を撫でるルーカス。

「ちなみに調合カードは出したらずっと有効だぜ。次のターンも同じ調合ができて、追加で別の調合ができるようになる。どんどん色んな調合ができるようになる」

そしてルーカスは最後に役職カードを配った。

「今配ったカードに、お前らの特殊能力が書かれている。一人一人違う能力だ。例えば『フェイに祝福されし者』は何も無いところから白と緑を1個ずつ調合できたり。他のカードにも色々な能力がある」

「ライターが使えたり?」

「使わない」

「鍵を開けたり?」

「開けない」

話の腰を折られても何度でも立ち上がる男ルーカス。何度でも折る少女エヴリンと老・・・ゲフンゲフン、淑女ドミトレスク。

「まぁこういう感じで、素材を上手く動かして魔法を唱えて、相手にたくさん押し付けて破産させる。いわゆる『ぷよぷよ』みたいなゲームだな」

「ファイヤー アイスストーム ダイアキュート?」

「ブレインダムド ジュゲム ばよえ~ん?」

「お二人さんが息ピッタリなのを確認したところで、さっそく始めようぜ!」

配り直されるカードを、エヴリンとドミトレスクは楽しそうに眺めた。

そんな中、カードを配るルーカスはふと口を開いた。

「っつうかエヴリン。お前このネタ知ってるのか。歳、誤魔化してねぇか?」

その時、ドミトレスクの爪が鋭く長く伸び、ルーカスの腕を叩いた。

叩いた。ザンッと叩いた。

「その口をお閉じ、坊や。お前は女性のデリケートな部分を全く理解できていないようね」

悪いのはルーカスである。とエヴリンも頬を膨らませた。

「ったく勘弁しろよ姉さん」

 

 

こうして和気あいあいと始まったワーリングウィッチクラフト。

少ない材料からたくさんの材料を調合する攻撃的なスタイルのドミトレスク。

逆にたくさんの材料を処理する方に特化した手堅い陣営を揃えるルーカス。

 

結果、勝利したのは赤1個と緑1個を黒1個に。青1個と緑1個を白1個に。というように、白と黒だけに調合先を特化させるように立ち回ったエヴリンであった。

 

 



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エバーデール

ベイカー邸洋館の大広間。テーブルの上に大きなボードと木のオブジェを乗せながらルーカスはワクワクしていた。

「今日はエバーデールをやっていくぜ」

「ポケモンみたいなゲーム? それとも100万円が当たるの?」

そんなわけがないと分かっていながらのエヴリンのボケに「言うと思った」と苦笑いするルーカス。

「テイルじゃねぇ。エバーデールな」

そう言ってカードや小さなチップを並べていくルーカス。

「こいつは素材を集めて村人や建物を集めて、自分だけの村を作るゲームだ」

「ほぉ、俺だけの村か。いいじゃねえか」

「ハイゼンさんなら、きっとカッコいい村が作れるね」

エヴリンはサングラスをかけたダンディーなおじ様、カール・ハイゼンベルクと微笑みあった。

「しかも村人はカワイイ動物たちだぜ」

そう言ってルーカスはカードの中から何枚かを開いて見せた。

「うわぁ本当にカワイイなぁ。ハイゼンさんも可愛いところあるんだね」

「そこどいてよブサイク! アタシが見えないでしょ!」

カードを覗き込もうとする巨体な男に、辛辣な言葉を投げつける人形。その人形と声の主はその後ろにいて、角度的にはちゃんと見えている。

そんな騒がしいサルヴァトーレ・モロウとドナ・ベネヴィエントに怒鳴りつけるハイゼンベルク。

「テメェらうるせえぞ! エヴリンの前だ。もっとお行儀よくしゃべりやがれ!」

「ハイゼンさんのほうがお口悪いよ」

エヴリンに指摘され、ハイゼンベルクは「うっ、こいつは失敬したな」と帽子を脱いだ。先程までの威勢も形無しである。その様にクスクスと笑うモロウとドナ。

「おいおい身内同士で喧嘩はよせ。こっからはメルヘンとラブ&ピースなゲームだぜ」

ルーカスの言葉に素直になった3者は静かに着席した。

 

「エバーデールは自分のターンに何か1つのことをする。労働か、村人か建物を増やす、もしくは何もできなくなったから次のシーズンに移行するか」

そう言ってルーカスは指を3本立てた。

「シーズンっつうのは4つだ。今が冬。春、夏、そして秋だ。秋のシーズンまで来て何もやることがなくなったらゲーム終了。ゲームが終わった時点でどんな村ができあがったか、得点を競うことになる」

「タイムリミットつきなのね。チクタク」

「ターンリミットだな今回は。だが理解が早くて助かるぜアンジー」

親指を上げるルーカスに、ドナは器用にアンジー人形の親指を上げさせて応えた。

「さて大事な大事な労働の話だ。まぁこういうテーブルゲームには『労働者コマ』っつうのが定番だ。まぁテレビゲームにもある、1ターンに何回行動できるかっつう行動ポイントみたいなもんだな。このエバーデールだと、資源を集めたり、村人や建物に役割を果たしてもらったり、追加ポイントをゲットする時に使う。コマ1つで1行動分な」

「その例え分かりやすいね」

モロウとサムズアップで応え合うルーカス。

「あとは一番大事な『村人』と『建物』だ。それぞれカードに効果と必要素材数が書かれている。素材を払って村人や建物を村に迎え入れるんだ」

「そうやって村を開拓するんだね」

「ほぉ、難しい言葉をよく知ってるな」

ハイゼンベルクに頭を撫でられ「えへへ。私だってもうすぐお姉さんになるんだもん」と微笑むエヴリン。

「ちなみに建物や村人にはそれぞれ対応する村人や建物がある。例えば学校と教師、とかな。学校を先に建てておくと、なんと教師のカードは素材を払わなくても村に迎え入れることができるんだぜ。まぁ逆は無理だし、建物の方が建てにくいけどな」

「マジか? お得じゃねぇか」

「そうさ。だがそう上手くカードが揃うことが無い。基本的に手札と広場っつう2か所のエリアからカードを取っていく形だが、欲しいカードほど相手の手札に置かれていたり、プレイヤーの誰もが使える広場にあると、先に他の奴に取られちまったりするんだ」

そう言ってルーカスはエヴリンたちにカードを配り、ボードの上にもカードを並べていった。そして余ったカードを山札にして重ねて置いた。

「村は建物と村人合わせて15枚まで。その中でうまく自分の欲しい村人や建物を集めて、理想的な村を作り上げようぜ!」

そう言ってルーカスは手をパンと叩いた。

「あと分からないことがあったらいつでも聞いてくれ。まぁ分からないことだらけだからな。というわけで4人に楽しんでもらうために俺は今回ゲームマスターだ」

 

こうして始まったエバーデール。

「じゃあ僕は『農場』にいる『旦那』に『夫人』を合わせるね。やっぱりお父さんとお母さんは一緒にいなきゃ。あぁ、ママ」

「俺は『鉱山』があるから『鉱夫』を発動! その効果で相手の村のカード効果をコピーする。というわけだモロウ、お前のフィールドの『倉庫』の効果を発動! お前の倉庫に眠る『丸太』と同じ数の丸太を得る。さらに俺のフィールドには樹液精製所が存在する。次のターン、『掃除屋』を発動することで『鉱夫』の効果を再利用。そしてお前の丸太を再び得ることができる!」

「(ハイゼンさんノリノリだなぁ)じゃあ私のターン。私は『郵便局』から『伝書バト』を発動。デッキからカードを2枚ドローし、勝利点3点以下のカードをコストを無視してフィールドに特殊召喚することができる。ドロー! やったわ! 私は『劇場』を選択。ゲーム終了時にフィールドに存在する『特殊な建物』1枚につき勝利点が1点追加されるわ!」

「(アンジーちゃんもハイゼンさんに影響されてるなぁ。それにフィールドじゃなくて村だよぉ。ドローじゃないしデッキでもないのに)私は村に建てた『クレーン』で、『永遠の樹』っていうのを出すね」

 

和気藹々と進行していくエバーデール。ガチガチのガチで長考するハイゼンベルクと、デュエル脳が感染してしまいついにはアンジー人形を忘れて両手にカードと素材を握りしめてしまったドナ。カードのかわいらしさを優先して楽しむモロウに、綺麗で暮らしやすい村を目指すエヴリン。

4者の開発が進んでいく中・・・

 

 

その計画は着々と進行しつつあった。

 

 

 

 

「ついに突き止めたぞ。辛うじて生き残った衛星画像から解析したのがコレだ」

「例の特異菌の運搬が失敗に終わったエリアか?」

「ああ。エージェントたちの連絡も次々に途絶え、組織内の情報もリークされて大変だったが、その元凶をようやく突き止めることができた」

「エージェントの発信機を辿り、被検体がこの建物に棲みついているところまで判明したわけだな」

「我々に甚大な被害をもたらしたカビだが、BSAAや他の奴らに奪われてしまえば厄介なことになる。その前に始末する」

「ああ。この改良したE-ネクロトキシンでな」

「奴を殺処分できるってわけだな」

「おそらくな。あとはヤツに打ち込むだけだ」

 



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はらぺこバハムート

その日、ベイカー邸には来訪者があった。

背丈や体格は普通だろう。だが身に着けているものが厚めのアーリージャケット。迷彩柄で服の下に何かを仕込んでいるような気配もある。

田舎町の人間には似つかわしくない仰々しい重装備。

だがこの町ではよくある光景だ。何かの通信機がピーガーうるさく鳴っているけれども、それを無視してゲームに興じる。よくある住民の光景だ。

「おや? アランじゃないか、久しぶりだな」

「パパだぁ」

その男、アラン・ドロニィも例に漏れない。その胸に何かビデオカメラのレンズのようなものが光り、服の下から何かの配線が露骨に伸びている。

「よぉエヴリン久しぶり。すみません、ちょっと出張先でゴタゴタが続いてしまいまして」

「構わんよ。今日はちょうどニアも帰ってくる日だ。今、イーサンが迎えに行っているよ」

ジャックとエヴリンに笑顔で迎え入れられ、アランは微笑みながら家の中へと入っていった。

「よぉアラン兄ぃ。おひさ」

「よぉルーカス」

そう言って拳を合わせるルーカスとアラン。ゾイもマーガレットもアランを温かく迎え入れた。

「それじゃあエヴリンのママとパパたちが帰ってくるまで。『はらぺこバハムート』でもやろうぜ」

「そうだな。やろうやろう」

「わーい」

机を囲むルーカスとエヴリンとアラン。そのアランの胸でレンズが怪しく光を放っている。

 

「はらぺこバハムート。簡単に言えば遊戯王みたいなカードゲームだ」

目をキラキラさせるルーカスに、エヴリンは「また?」とジトーッとした視線を送る。

とはいえエヴリンのこのリアクションは演技。対戦型カードゲームはエヴリンの大好物だ。そもそも嫌いなジャンルのゲームというものが彼女には存在しない。

「カードの枚数は少ないが、モンスターや魔法カードを使って相手のライフをゼロにしたら勝ちだ」

そう言ってカードを何枚か広げて見せるルーカス。そこには可愛らしい絵が描かれ、「はらぺこバハムート」や「オワカーレ」と、どこか可愛らしさのあるネーミングと共にカード効果の説明が書かれていた。

「例えばコイツは『はらぺこバハムート』呪文カードの効果でのみ召喚できて、召喚された次のターンに相手のライフをゼロにできる」

「それ召喚したら勝ち確じゃねぇか?」

アランの指摘にルーカスは指をチッチと振ってみせた。

「だが『オワカーレ』は場のモンスターを墓地に送る効果がある。他にもカードには色んな効果があるぜ。デッキからカードを3枚引いて2枚捨てる、とか。カード名を宣言してそのカードが相手の手札にあったら奪う、とかな」

「へぇ、面白そう」

エヴリンの反応以上に、ルーカスは目を輝かせて説明した。

「あとはちょっと本家と違うのが、1ターンにプレイできるカードは2枚まで。デッキと墓地は共有。デッキが無くなったら墓地のカードをシャッフルして全てデッキに戻す。あと、大事なルールがあるぜ」

そう言ってルーカスは小さなチップを取り出した。

「このゲーム、好きな時に神の宣告が使える。しかも2枚」

エヴリンが「神の宣告?」と首をかしげると、アランは「相手のカード効果の発動を無効化できるんだよ」と教えた。

「その通り。ようは好きなタイミングで相手のカードを邪魔できるのさ。ただしこの神宣は2回まで。そして相手の神宣を自分の神宣2枚で防ぐことができる」

「神宣返し、か」と呟くアラン。エヴリンは少し首を傾げながらも、大体のルールを理解した。

 

「っつうことでゲーム開始だ。最初の決闘はエヴリンとアランパパ。だいたい5分もしないうちに決着がつくからな、負けた方が次に俺と交代な」

そう言ってカードを配るルーカス。エヴリンとアランは向かい合って座り、ワクワクしながらカードを受け取った。

 

だがその時

アランの胸で光るレンズの向こう側でエヴリンたちの耳に届かない密話が交わされていた。

 

 

【今だ】

 

 

その瞬間

アランの上半身が弾けたことを

エヴリンが知覚する前に

彼女の身体に無数の銃弾が撃ち込まれた

その一発一発は小さな注射器

アランの意思ではない。彼の知らない機器による遠隔操作。機械的。非生物的故に、特異菌の保護機能が間に合うことなく

 

「あ゛あああああああああああああああああああああ」

 

脳を刺すほどの激痛がエヴリンの体を走った。

喉の奥から悲鳴が上がるも、意識を保つことすらできない。

だが彼女の急変を心配する家族はいない。

ルーカスもまた意識が途絶し、糸が切れた人形のように机に倒れ込んでいた。

ゾイも。ジャックも。マーガレットも。

そしてそれは同時に、町の人々も。

エヴリンを家族として想う人々の全てが・・・

 

 

「ほぉ、これは想定外の結果だ。被検体の細胞を死滅させるものと思っていたが」

「特異菌の反応は消失している。本体の細胞を優先して守り、人形として残したか」

「息はあるようだな。そして見ろ、爆破させたサンプルAの体を」

「再生しているな。サンプルの脳に埋め込んだセンサーが生きているな。バイタルは精神支配を脱している数値を示している」

「お優しいな。消失する前に種を守ったか」

「失敗作だと思っていたが利用価値も見いだせる」

「部隊に急いで追加命令を出せ。被検体Eの生体サンプルを確保せよ」

「サンプル群Bの保存状態は可能な限り現状維持で確保だ」

 

 

 

5分後、爆音と共に3機の輸送機がルイジアナ州ダルウェイの空を切り裂いた。

 



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将棋

ルイジアナ州ダルウェイの広大な湿地帯に建つ館。ベイカー邸上空に無数の輸送機が旋回していた。

プロペラの轟音の中、ロープが次々に垂れ下がり、館に黒い影が降り立っていく。

「ポイントDクリア。サンプルV確認。休眠状態を確認」

「ポイントRクリア。サンプルM、同じく休眠状態」

「ポイントGクリア。サンプルA、サンプルL確認。だが標的Eの存在を確認できない。本当にこのエリアにいるのか?」

「本部の最終確認は10分前だ。休眠から覚醒した可能性もある。だが特異菌再活性の兆候はない」

「ようは普通のガキに戻ったってことだ。目覚めて俺らに気付いて逃げたか。そう遠くには行っていないはずだ。探せ!」

ベイカー邸を捜索するエージェントたち。

住民のベイカー一家は糸が切れた人形のように無造作に倒れ込み、侵入してきた者たちの乱暴狼藉にも目を覚ます気配はない。

侵入者たちの目的はエヴリンだ。一家にはお構いなしに家具や扉を破壊しながら踏み荒らしていく。

破壊音と無数の足音が鳴り響く館の地下にエヴリンはいた。

『・・・逃げなきゃ』

館の地下に広い通路があることをエヴリンは初めて知った。暗闇の中を逃げる少女の心は不安に押し潰されそうになっている。

だが彼女は逃げなければならない。侵入者の目的は彼女と家族を生け捕りにすること。それは侵入者たちの会話から察することができた。

だがどうやらエヴリンを捕らえなければベイカー一家を捕らえる意味は無い様子。

彼女自身が逃げのびることが家族を救う唯一の手段。

『どうして。ずっと幸せだったのに。またあの悪い人たちに捕まったら・・・』

エヴリンは侵入者のことを知っていた。

古い。それでいて新しい記憶。

彼女は深く暗い穴で育てられた。

決して外に出してもらえることはない。

奴らは彼女を閉じ込め、魂を奪った。

エヴリンは助けを求めていた。ひたすらに手を伸ばしていた。

誰も助けてくれなかった。ニアもアランも。

だが彼女は自分で手を伸ばす能力を得た。誰も彼女を傷つけることはない。このままずっと暮らしていけるハズだった。

幸せだった。ベイカー一家や街の人たちと暮らした日々は。

そこに奴らは現れた。

もう幸せな日々は戻ってこない。

捕まってしまったら。

でも捕まらなかったら?

幸せな日々は戻ってこない。

それでもベイカー一家や町の人たちは、もしかしたら戻れるかもしれない。

『私が助けるんだ。逃げて、助けるんだ』

かすかな希望がエヴリンの心の隅で根を張っていた。

恐怖と不安の中でも。わずかな光が彼女の足を支えていた。

 

地下道は長くなかった。うっすらと刺す弱い光。月明かりだろうか。何時間、地下を彷徨っていたのかエヴリンには分からなかった。

「ジョーおじさんのところなら・・・隠れられるかも・・・」

冷たい沼の水に足を入れたエヴリン。

だがその時、彼女の身体に鋭い痛みと共に電撃が走った。

「あああああああああああああああああ」

脳の奥まで裂けるほどの痛みに彼女は叫び声を上げた。

幸せな思い出が一瞬で吹き飛ぶほどの電流。目の奥がチカチカと火に焼かれている。

「見つけたぜ。手間かけさせやがって」

エヴリンは侵入者たちに取り囲まれていた。捕獲用の電気銃の一撃が炸裂したのだろう。

「どうする? 念の為にもう一発食らわせておくか?」

一人の男が銃のスイッチを入れると、充電のモーター音が夜の静寂の中で嫌に大きく鳴り響いた。

「いやだ」

エヴリンのか細い声が沼の土に沈む。

あの痛みをもう一度でも喰らったら死んでしまうかもしれない。そんな不安が彼女の心を裂く。

「いやだ! いやだ! いやだ!」

精一杯の声が男たちの耳にも届いた。だがそれでも侵入者たちは構う様子を見せない。

男の一人がエヴリンに電気銃を突きつけ、引き金に指をかけた。

 

「どうしてみんな私を嫌うの」

 

エヴリンは涙を流し、ギュッと目を閉じた。

覚悟したとしても耐えられる痛みではない。それでも体に力が入る。

1秒もしないうちに自分の意識は消えてしまうだろう。絶望まで待つその1秒が長く感じられた。

だが彼女に届いたのは痛みでも電流でもなかった。

誰かの声だ。

 

「娘から離れろ!」

 

鈍い音が聞こえて来た。声の主が侵入者に殴りかかったのだろう。

エヴリンが静かに目を開くと、彼女を囲むように数人の男女が周りに飛び込んできた。

「そんな・・・パ、イーサン? ベイカーさん?」

エヴリンを囲んだのはベイカー一家。ジャック、マーガレット、ゾイ、ルーカス。そして侵入者たちを前に鉄パイプを構えるイーサンとミアであった。

「待て、撃つな!」

銃を構える侵入者たち。だが何か通信が入ったように彼らは手を止めた。

その間隙の無事にベイカー一家はエヴリンと向き合った。

「大丈夫かエヴリン。お兄ちゃんたちが来てやったぜ」

「ルーカス・・・お兄ちゃん」

「といっても状況最悪だけどね。でも私の妹に手ぇ出したら噛みついてやるから」

「お姉ちゃん?」

手に泥と石を持ち侵入者たちを威嚇するゾイとルーカス。その膝は震えながらも声には覇気がこもっていた。

「ごめんなさい。わたしのせいで」

「エヴリン。私たちはわかっていたのよ。アナタが心に入り込んだ日から。たしかに抵抗できなかったわ。でも自分の感情が抑えられて、その後からアナタが本当に家族を欲していたのが分かったわ」

「・・・でも本当の家族じゃない。支配してただけ。ままごとより酷いことを私はしたの」

「なら、ままごとをこれから始めよう。イーサン、家族を守ってくれ」

エヴリンを抱きしめるマーガレット。ジャックは2人を守るように覆いかぶさりながら懇願した。

「ああ」「もちろんよ!」

原始的な攻撃手段しかないイーサンとミア。それでも強引に突破すれば侵入者たちの装備を砕くこともできる。

そんな状況下で侵入者たちは本部からの命令を受け取っていた。

「・・・了解。支配を脱した人間の反応サンプル収集完了。次のステージに移行する」

そう言って男たちは銃を構えた。電気銃ではない。実弾の銃だ。

「サンプルを1体、殺処分する。その反応を見る」

男たちは迷いなく引き金を引いた。あまりにもあっさりと決断された暴力に、イーサンは反応できなかった。ベイカー一家も。エヴリンですらも。

唯一、反応したのはミアであった。

両手を広げイーサンの前に立つミア。

飛び交う銃弾が全て、彼女の身体に次々と叩きこまれた。

「ミア!」「そんなっ」「ママ!」

醜い火花が夜の闇の中でエヴリンたちの目に飛び込んでいく。

人型の塊が倒れ込む。

その塊をイーサンは咄嗟に抱きかかえた。エヴリンもまた飛び出し、ミアの元に駆け寄った。

「ママ!」

「よかった・・・アナタが無事なら」

口から血を吐き出しながら、ミアはエヴリンに微笑みかけた。イーサンも、ベイカー一家も絶望に顔をしかめながら唇を噛んでいる。

「ママ・・・私のせいで・・・ごめんなさい・・・」

「ああ、泣かないでエヴァ。大丈夫よ。もう、大丈夫です」

 

ミアの口元がニヤリと笑った。そう感じたのはエヴリンだけではない。侵入者たちもまたその異様な雰囲気に目を見張った。

その場にいた全員の意識がそちらに向いたことで、彼らに忍び寄る“蠢き”の存在に誰も気づかなかった。

気付いた時にはもう遅い。

 

「ぐわっ、何だコレは!」

男たちの中からうめき声が上った。

蟲だ。蟲が男たちに襲い掛かったのだ。

それだけではない。

次は沼の奥から轟音が上り、何か巨大な魚のようなものが侵入者たちに衝突した。

「なっ!」

理屈と現象が分からない。男たちは混乱した。エヴリンたちですら何が起きているのか分からなかった。

だが蟲も魚のようなものも、エヴリンたちに危害を加えないような軌道を見せている。

「何がどうなって・・・って、銃が!」

今度は侵入者たちの銃が、何か不思議な力に引き寄せられるように浮かび始めた。

その動きは何か磁石で引かれていくように男たちには感じられた。

「何がどうなって・・・っておい何をする!」

今度は侵入者たちの中で仲間を殴り始める者が現れた。

誰もが混乱の中で叫ぶ中、その中から甲高い少女の声が響いた。

「テメエふざけんな! 可愛いお人形ちゃんに何しやがんだよ!」

 

その声にエヴリンたちは聞き覚えがあった。

まさか・・・そうエヴリンたちが目を見張る中、蟲と銃が沼の中に立つ男女の元へと吸い寄せられていった。

男女・・・といえば普通は男性のほうが背が高い様子を思い浮かべるだろう。

だが今回は逆だ。というより女性のほうが背が高い。高すぎる。色々とデカすぎる。

「まったく香味の薄い男はどうしようもない」

「はっ、その意見には全く同意だぜ」

男女の姿にエヴリンたちは叫んだ。嬉しい叫びだ。

「ドミトお姉さん!」「マジか、ハイゼンさん?」「さっきの声、アンジー?」「ってことはモローくんも!?」

歓喜するエヴリンたちの元に、その4人の影が優しく降り立った。

人・・・のはずだ。シルエット的にまともなのはハイゼンベルクくらいだが・・・

「間に合いましたね」

それはイーサンの腕の中から聞こえてきた。先程までの弱々しい声ではない。ハッキリとした口調で、その声の主はエヴリンに微笑みかけた。

そして、その声に呼応するようにドミトレスク、モロー、ハイゼンベルク、ドナは跪いた。

「え? あの、え? ミ、ミア?」

静かにイーサンの腕から立ち上がったミア。

銃弾に体中を貫かれた彼女が何事も無かったかのようにスッと立ち上がる姿に驚愕するエヴリンたち。

その反応に構うことなくドミトレスクたちは静かに祈り始めた。

「大いなる者よ 聞き入れたまえ」

「畏敬の念と共に捧げん」

「深夜の月が黒き翼で舞い上がるとき 我らは自らを犠牲とし 最後の灯りを待つのみ」

「生にも 死にも マザー・ミランダに栄光を捧ぐ」

その瞬間、ミアは腕をバサッと広げた。

黒い羽が舞う。

そしてミアの姿もまた黒い羽に覆われ、別人の者へと変貌した。

「ミア?」

「ではない。我が名はミランダ。マザー・ミランダ」

エヴリンたちの思考は停止していた。辛うじて動く脳の回路は「いや、名前はさっき聞いたけど」と呟いている。

「え? ミアじゃない。入れ替わ・・・いや、いつから」

どうにか回るイーサンの口。今聞くべきことはそんなことじゃない。侵入者たちの阿鼻叫喚の中、知りたい情報はそんなことではない。

「ずっと。今まであなたたちのことを見ていました」

サラッと言ってのけるミランダ。

「エヴリン。あなたの菌根の力は素晴らしい。この母の心すらも支配した。母はその力を欲していました」

静かに語りかけ、エヴリンの頭を撫でるミランダ。力を欲していた。そう言い放ったミランダの立場を理解できないエヴリンではない。だがその声にエヴリンは安らぎと心地よさを覚えた。

「私は娘を取り戻したかった。ですがあなたと遊ぶ日々の中で思い出しました。娘を蘇らせて何をしたかったのか。娘の幸せな姿を見たかった。我が娘、エヴァの。私の心はいつしか幸せを望む温かさに染まっていました。あなたのお陰です、エヴリン」

そう言うとミランダは向き直り、侵入者たちに向けて声を荒げた。

「お前たちは、少々やりすぎた。皆仲良く暮らしている娘たちを。怖がらせてはいけません。私の今度の怒りは、許しがたい のです!」

そう言い放つと同時に、再び侵入者たちに襲い掛かるドミトレスクたち。

阿鼻叫喚の地獄絵図が広がる中、ミランダは侵入者たちが落とした通信機を拾い上げた。

「聞こえていますね? これは宣戦布告です。あなた達は私たちを敵に回した。え? そんなことも分からないのですか? では教えてあげましょう。これは将棋です。このゲームは面白い特徴があるのですよ。取った相手の駒を自分の駒として使うことができるのです」

そう言い放ち、通信機を握りつぶしたミランダ。

彼女は静かにしゃがみこみ、エヴリンに優しく話しかけた。

「エヴリン。本物のミアは病院にいます。一つ教えてあげましょう。赤ちゃんは3か月程度では生まれません。いくら支配されていたからといって、私も『この入れ替わりに気付かないの?』と思いましたよ」

「そうだったんだ」

ホッとして膝の力が抜けたエヴリンを、ミランダは優しく抱き上げた。

「さぁ、新しいゲームを始めましょう。誰が1番かを当てるゲームですよ。オルチーナ・ドミトレスク、カール・ハイゼンベルク、サルヴァトーレ・モロー、ドナ・ベネヴィエント。そして私。誰が一番最初に仕事を終えて帰ってくるかをね」

「どうやらこの襲撃の混乱の最中、奴らは隙を見せたようですマザー」

「ミランダ母さん。今、BSAAから連絡があったよ。奴らの拠点が分かったって」

「あのゴリラ野郎。随分遅かったじゃねぇか」

「奴らの息の根も秒読みだ! チクタクッ」

テンション高く浮足立つミランダたち。

「ほんの少し。少しの間だけ待っているのですエヴリン。帰ったら一緒にバックギャモンやマンカラで遊びましょう」

そう言ってニコリと笑うミランダ。エヴリンも屈託のない笑顔で微笑み返した。

そこに微塵の恐怖も不安も無い。

彼女が長く待ち望んだ本当の幸せ。

その気配が温かく漂っていた。

 

もう大丈夫。

これからのエヴリンの幸せに

血の色が現れることは

絶対にないのだ。

 

 

 

 





「にしてもミランダさんのチョイスよぉ、さすがに古すぎじゃね? 加齢臭がするレベル・・・」

訂正。少しだけ血の色は現れた。

「ったく勘弁しろよママさん」


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