千年を喰らう者 (ゲガント)
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プロローグ

グラブルの新規イベントを見て衝動的に書いてしまいました。ぼちぼち続けて行きたいです。





それでは、どうぞ


ひた  ひた

 

「………………痛い。」

 

暗い石造りの部屋、幼い子供の声が響く。それはひどく弱々しく、生気が感じられない。そこへ隠していた雲が離れた月の光が僅かに差し込み、部屋の一部を照らし出す。

 

  ぽた    ぽた

 

「あぁ………………。」

 

壁に体を預けてぼんやりと宙を見る少年は、床を照らす月明かりへと視線を向ける。ひどく虚ろで伽藍土な左目(・・)は赤く染まった床を捉えた。

 

「死にたくないなぁ…。」

 

そう寂しそうに呟く少年。やがて、月の光は彼の姿をぼんやりと見えるぐらいにまで増した。

 

「…………出来損ない、か……。」

 

無気力に座る狐の耳と尻尾を生やした薄い金色の少年の姿は、着ているものこそ上質な物だが見るからに健康とは程遠い。やせ形と言うには筋肉が付いてなさすぎる腕、身体中にある治療の形跡の無い傷跡、乾いたばかりらしい血。余程悪い扱いを受けてきたのが見て取れる。

 

「勝手に期待して、勝手に失望して…………何様なんだろ。」

『さあね、少なくとも君よりも上だとは思っているんじゃないかな。』

 

吐き出すような呟きだったが、それに答える声が一つ。少年は自分以外の存在がこの空間に居る事が信じられない様子で、ビクリと体を震わせて恐れながら声がした方向へと問いかける。

 

「だ、誰かいるんですか?」

『ふぅむ、いると言えばいるが居ないと言えば居ないかもしれないな。まぁいずれにせよ今は別にどうでも良い事柄だね。それよりも君に一つ聞きたいことがあるんだ。』

 

恐怖で声が震える少年とは対照的に闇の中の声の主は怪しいぐらいに優しげである。

 

『あの舞を見せてくれないかい?』

「舞?……僕はまだ出来ないんです、不完全なんです。あの人達にも」

『心配いらない、私は君の舞が見たいんだ。』

「でも、あの神器が無ければ……。」

『これの事かい?』ポイッ

 

軽い感じで闇の中から投げ出されたのは、血にも負けないほどに赤い真っ直ぐな刃を持った刀だった。それを認識した途端、少年は目を見開いた。

 

「っ!?どうやってそれを!?」

『管理が杜撰だったから直ぐに潜り込めたよ。まぁこの程度なら転移するのとあんまり変わんないからどうでも良いけどね。さぁ準備はしたんだ、やってくれるだろう?』

「は、はい。」

 

恐る恐ると言った様子で床に突き刺さった刀に触れる。一瞬、バチンッと音を立て電気のようなものが舞い、少年は咄嗟に目を強く閉じて痛みに備える。

 

「………?」

 

しかし、身構えていても予想していたいつもの痛みが来ない。不思議に思った少年が目を開けると、自らが柄を握る直刀は妖しく赤色に光輝いていた。

 

「何で……僕に適合してる?」

『ん?あぁ、生意気にも私を消そうとしてきたものでね、ちょちょいと弄くったんだよ。別にいらないし、君に従順になるように改変しといたよ。』

「神器を?」

『それと、神の名を冠するにしてはちっぽけだったからそれに見合った力を刻んでおいたから。いいもんでしょ?』

「……………………ます。」

『ん?』

「ありがとう……ございます。」

『……あっはっは!まさかこの程度でお礼を言われるとはね!礼儀正しいのは嫌いじゃない。これで君がちゃんとした格好なら満足なんだがなぁ……まぁその姿も趣があるね。さぁ、君の舞を見せてくれ。』

「はい………。」

 

シャリンッ

 

痛む体に鞭を打ち、刀を構える。初めて痛め付けられる事なく「お願い」といった形で舞を行う少年の心は、喜びの感情が少しばかり渦巻いていた。いつものような重苦しさも、失敗に対する罰への恐怖もなく舞うその表情は妖艶で、儚げな姿は人の目を引き付けて離さない魅力を孕んでいる。やがて刀から吹き出した黒い炎を伴い、部屋を妖しく照らし始める。

 

『あぁ………美しいな、自由気ままに異世界を観測していたらこんな掘り出し物があるとは。これが高々数万人殺した程度の獣畜生の為に捧げられるとはね………うん、勿体無いな。どうせならこの子自身にやらせるか。』

 

その呟きは舞に集中する少年まで届かなかった。それどころか今この状況の明らかにおかしい違和感にさえ気付いていない。暫くの間舞い続けた少年は黒い炎を掻き消しながら舞を締めると、肩で息をし始めた。

 

「はぁっ………はぁっ………。」

『素晴らしい!今まで見てきた物の中でも上位に入る見世物だったよ!』パチパチパチパチ

「あ、ありがとうございます。」

 

褒められた事に対し恥ずかしげに答える少年の表情は久しぶりに浮かんだ笑みだった。

 

『君にご褒美の一つでもあげなくちゃね………そうだ、君は自由になりたいかい?』

「……ど、どうやって!?」

『はは、その様子だと肯定のようだね。じゃあ君に力を授けてあげるよ、代償は高く付くけど。』

「え?」

 

少年が言葉の意味を理解する前に、声の主は事を起こす。

 

「がぁっ!?」

『うわぁ、苦悶の表情も色っぽいしかわいいなこの子、欲しい。もっと見たくなる。』

 

突如体内を駆け巡る激痛。少年は異物感と痛みに思わず地面に踞りえずきだした。血を吐き出し、苦悶の表情を浮かべている。

 

「がほっ!?ゴホッ!?……いぎゃあっ。」

『ほらー頑張れ頑張れ、男の子なら我慢だぞー。』

「いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいッ!?」

 

軽いノリで話しかけてくる声の主は目の前の光景を楽しんでいるようで、救いを求めて叫ぶ少年を観察し続ける。が、まだ満足はしていないようだった。

 

『少し物足りないから追加しちゃえ。代償は………うん、

左耳でいっか。』

 

ブチッ

 

「あ?あ、あ、あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あッ!?

『あぁ、あぁ!美しい!痛みに悶えるその姿、かき鳴らされる絶叫!舞も良かったがなんとも心踊る!』

 

呆気なく体の一部が潰れ、血が飛び散る。少しだけ空白が生まれるが脳が痛みを理解した瞬間、倒れたままのたうち回り辺りに新しく血を撒き散らす。一向に引くことの無い体内の激痛と耳の喪失感、突如襲ってきたそれらへの困惑が思考を埋めていき、やがてキャパシティを越えたのか意識も朦朧としていく。

 

「あ、ぁがっ……コヒュッ……。」

『あーらら、気絶しちゃった。まだ説明もしてないってのに。ほら、起きて~。』パンッ

「ぎッ!?」ビクンッ!

 

声の主が再び手をたたくと、それに呼応するように少年の体が跳ねる。一際大きい痛みによって意識が覚醒した少年は震える体を押さえつけ、耐えるように虚空を見つめる。

 

「はぁッ……はぁッ………はぁッ……はぁッ!」

 

未だに引く様子の無い全身の痛みで呼吸も覚束ない様子だが、原因がこの何処からか聞こえていた声の主だということは本能で理解したのか、必死の表情で部屋の外へ続く扉へと体を引きずる。向こうはひたすらに観察し続けており、今の所手を出す様子はない。少年は普段鍵がかけられている筈の扉がいとも簡単に開いたことにも気付かず助けを求めて這いずっていく。廊下に出た所で麻痺してきたのか痛みによろめきながらも壁を伝って立ち上がると、そのまま嫌に静かな屋敷の中を進みだした。

 

「いたい……いたいよ。なんで、なんで?」

『全く…まだ話しは終わってないんだけどなぁ。』

「ひぃッ!?」

 

逃げた筈なのに何でもないかのように声の主は追い付いている。そこでようやく、少年は声の主の姿が何処なもない事を理解する。

 

「どこ、どこに。」

『私はこの次元にいないから見えないよ。まぁ逃げたいのなら逃げれば良いさ。』

「ひぅッ……。」トボ トボ

 

急いで逃げたしたくても体がゆっくりとしか動かない。何処からともなく降り注ぐ視線に恐怖しながら、助けを求めて屋敷を彷徨う少年はやがて人が居る筈の部屋の前まで辿り着いた。今まで自分を拷問紛いの教育をしてきた相手でも、現在進行形の恐怖を解消する為ならば頼ろうとしているようだ。もたれ掛かるように部屋の中へ転がり込んだ。

 

「た、助けてくだ……………あ。」

 

顔を上げ、口を開くが出てきた声は次第に萎れていき、表情を絶望一色に染め上げる。

 

「「「………。」」」

 

そこにあったのは物言わぬ骸ばかりであった。苦しみながら死んだようで目を見開いたまま絶命している。呆然と膝を付き、腰をおろした少年へ、声の主は愉しげに話しかけた。

 

『びっくりしたかな?望んだ通り、自由になれるよう君を虐げる奴らの命を全員吸いとってみた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)んだ。たしか何とかの家だっけ?その殆どだね。君とは無関係な奴らまでは流石に面倒だったからしなかったけど。』

「ぇ……おとうさんは?おかあさんは?」

『ん?勿論死んでるよ。君を生け贄にする計画に賛同してたみたいだし、どうやら君に対する愛なんて無かったみたいだね。』

「あ……………あ………。」

『ちなみに吸いとった力は全部私から君への祝福(呪い)にしておいたから!ずっと痛いだろうけど我慢してね!あの赤い刀と一緒に使うと制御しやすいかもよ。それと、君の左耳が機能ごと無くなった代わりに他の部分がブースト出来るようにもしといたよ。上手く使ってね!』

 

心底愉しげに語る声の主は興奮冷めやらぬといった様子だった。

 

「おまえは……だれ?」

『私は………うーん、まぁ強いて言うなら這い寄る混沌だなんて呼ばれてる別世界の神様かな?多分この世界にも似たようなのが居ると思うけど………あ、そろそろ仕事の時間だ、多分またこの世界を探すのは面倒だからもう会えないと思うけどまたねー。』

 

その言葉を最後に、声の主………這い寄る混沌は一切少年に語りかけることは無かった。一晩にして辛い環境から解放され、対価として自分の中に常に激痛が走る呪い(祝福)が巡るようになり、心の拠り所として信じていた親の愛が偽りだったと知ってしまった少年は、齢が10にも満たない幼子の心はぐちゃぐちゃに壊れてしまった。

 

「…………。」

 

パサッ

 

絶望にうちひしがれていた少年の前に一束の資料が落ちてきた。落下の衝撃で広がったそれには、自分の境遇の理由が綴られていた。その中でも一際目を引いたのは最終目的である。

 

「九、尾。」

 

幼いながらも死ぬ程の教育を受けたことが皮肉にも幸いし、文字の読み書きに不自由は無かった。やがて全てを読み解いた少年は、自分がただの器としてしか見られていなかったこと、拷問紛いの教育も九尾の復活の礎にするための物だったということをも知ってしまった。未だに体には激痛が走るが、それよりも心は目的を欲していた。

 

「僕が、苦しんだ、原因。」

 

少年の手には意図せず不本意に手に入れた力があった。それを振るう事が何よりも一番分かりやすい。少年は光を失って虚無が漂う目に強い憎しみを宿す。呼応するように身体に渦巻く力はより一層激しく暴れ始めるが、それに伴う痛みを抑えつけながら少年は立ち上がり、部屋を出る。向かうのは自分が閉じ込められていた場所だった。

 

ぺた    ぺた

 

一部が無くなった事によりバランスが取りにくくなった身体を無理矢理動かし、耳から垂れ流されていた血を辿って最初の部屋へと入る。中には主の元から離れてもなお未だに妖しく光る刀が存在を主張している。

 

「ころす。」

 

側に膝を付いて拾い上げ、柄を壊してしまいそうなほどの力で握り締める。視線の先には、這い寄る混沌からの手紙らしきものが置かれていた。

 

「ころしてやる。」

 

 

「まずは九尾からだ。」

 

 

「それが終われば絶対にお前もころしてやる。」

 

 

少年は執念とも言えるような覚悟を胸に抱き、歩き出した。その道が困難極まりない事も彼にとっては些事なのだろう。

 

 

 

 

「そのあとは………どうしよう?」




グラブルの男の子って可愛いですよね。


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出会い 或いは依頼

のんびりと続けていきます。文章がおかしい事もあると思いますが、優しく指摘していただければ幸いです。




それでは、どうぞ。


「………ということは、今回は目的の物は無かった訳ですね~。」

「まぁそういうことになりますね。」

「むむむ~……申し訳ありません、もう少し信憑性のある情報がお渡しできれば良いのですが~。」

「気にしないでください、シェロカルテさんには調査依頼という形で仕事を斡旋していただいてますし、実際一つは見つけられたんですから。」

 

とある昼下がり、人で賑わう街の一角の店前で背丈が100cmにも満たないような少女……シェロカルテが申し訳なさそうに頭を下げ、肌を隠すような服とシルクハットのような帽子を被るこれまた幼げな少年がそれを押し留めている。会話の内容から、依頼の仲介を行っているようだがその関係に険悪そうな気配は一切無い。落ち着いた所で少年は話を続けた。

 

「それに、報告する場所をアウギュステにしたのも理由が有るのでしょう?」

「えぇ、お察しの通りです~。何でも最近、海の一部が汚染されているらしいんですよね~。地元の漁師の皆さんも対処のしようが無く、ほとほと困っているとの事です~。」

「公害等ではないんですか?」

「それも考えたのですが、この周辺ではバルツのように金属加工等が盛んでは無いのでその可能性は低いと思われます~……あ、ですが一つ気になることが~。」

「ほう?」

 

ふと思い出したかのような仕草に少年は首をかしげる。

 

「エルステ帝国はご存知でしょうか~?」

「えぇ、行ったことはありませんがこの空域の中でもかなり強大な国だと伺ってます。」

「はい~、実は今現在アウギュステとエルステ帝国は戦争状態でして~。」

「あぁ、通りで警備が厳重だったんですか。一応不法侵入に該当する方法ですし、少し手間がかかりました。そんな状態の場所を指定しないでください。」

「ガッチガチの警戒体制を少し手間がかかったの一言で済ませる君も相当だと思います~。」

 

気の抜けるような話し方のシェロカルテと穏やかな口調の少年だが、内容は中々に物騒である。そんな会話の最中、一人の男がそこへ声を掛けてきた。

 

「おーう、来たぞシェロの嬢ちゃん。」

「あ、オイゲンさん丁度良い所に~。」

 

マスケット銃を担いだダンディな男……オイゲンは男らしい笑みを浮かべながら手を振りながら歩み寄り、二人の前で立ち止まる。少年よりも二回りも大きく筋肉質のがっしりとしているため、必然的に見上げる形である。

 

「こちらが今回依頼を受けてくださる方です~。」

「ほぉ……っておいおい、まだガキじゃねぇか。流石に多分10も行ってねぇ子供を危険な場所に連れてくわけにゃ行かねぇぞ?」

 

そう言ってオイゲンは怪訝な顔をする。しかし、シェロカルテはふんわりとした笑顔のまま

 

「ご心配はいりません、彼の実力は私が保証させていただきます~。」

「コウと申します。若輩者ではありますが、依頼はしっかりと取り組ませていただきますのでどうかよろしくお願いします。」

「お、おうオイゲンだ……坊主、ガキにしちゃ随分と礼儀正しいな。どっか良いとこの出だったりすんのか?」

「いえ、そんなことは無いですよ。暫くの間旅をしてるんですから、外面を良くしておくべきというのは学んでいます。」

 

精神年齢が幼い見た目とは噛み合わないほどに大人びているコウと名乗った少年に、若干のやりにくさを感じるのか微妙な表情を浮かべているが一先ずシェロカルテを信用することにしたのか話を仕切り直す。

 

「まぁなんだ、仕事が出来んなら問題ねぇな。じゃ早速、ここから西の方角にある海岸辺りの調査を頼めるか?俺は一旦傭兵仲間にお前の事を知らせに行って来るからよ。」

「承知しました、情報が集まり次第報告致します。では。」

 

ボウッ!

 

「うぉっ!?」

 

ペコリとお辞儀をしたコウは黒い炎に包まれたかと思うと、そのまま姿を消してしまった。突然の出来事に後退ったオイゲンが目を見開いて驚いていると、シェロカルテは笑いを堪えながら口を開いた。

 

「うぷぷ~、驚かれましたか~?実は彼、とても優秀な魔導師さんなんですよ~。数年前から依頼をよくこなしてくださるので助かってます~。」

「……最近の魔術師ってのは子供でも瞬間移動も軽々と出来んのか?なんともまぁ末恐ろしい時代になったもんだな。」

「さぁ~、どうなんでしょうね~?それだったら騎空艇いらずなんですが~。」

 

曖昧だが、暗にコウが例外なのだと冗談混じりに答えられ更に問い掛けようとしたが、そこへオイゲンを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「隊長、港に不審な騎空艇を発見しました!現在近場の傭兵を動員して包囲しています!」

「おぉ了解、直ぐに行く。じゃあまたなシェロの嬢ちゃん。」

「はい~、次回のご用命もシェロちゃんにお任せあれ~。」

 

 

 

 

 

 

 

 

ボウッ!

 

「さて、ここ辺りですか。」

 

人気の無い海岸に突如渦巻いた黒い炎が消えると代わりにコウが現れ、砂浜を足で踏みしめた。降りしきる太陽の光を反射し輝いており、景色だけ見るととても美しい物であった。しかし、それを台無しにする要因が一つ。

 

「……酷い腐敗臭、あの洞窟でしょうか?」

 

そう言いながら鼻と口を袖で覆い、顔を僅かにしかめる。若干漂う程度ではあるものの、コウの嗅覚は何かが腐敗したような臭いを捉えていた。早速掴んだ調査対象の手がかりではある為、仕方なしにコウは洞窟へと歩く。

 

「いや本当にきつい…………っと。」タッ

 

更に強くなった腐敗臭にげんなりとしながら洞窟に向かう最中、コウは軽く後ろに下がる。直後、先程まで立っていた場所に牙を持った魚が噛みついた。

 

「キシャァッ!」

「……こちらを喰らおうと、そうですか。衣服が破れるのは勘弁ですね。」

 

攻撃をはずしても直ぐに鋭い牙をならして威嚇する魚の魔物だが、それを前にしたコウは特に気にしていない様子で再び歩き出した。それを隙だと感じたのか即座に躍りかかる魔物だったが、

 

「邪魔です。」ガシッ

 

グチャッ!

 

口の上辺りを掴まれ、そのまま握り潰される。声を上げる暇もなく絶命した魔物を手にしたコウは、それの肉を少しだけ千切ると口元へ運び入れた。

 

「…………。」モグモグ

ゴクン

「…………大した魔力もありませんが、まぁ腹の足しにはなるでしょう。朝から何も食べて無いので丁度良かった。」

 

魔物を調理どころか処理も無しに食べ進めながら探索するコウ。道中、先程のような魚に加え蟹、海月の魔物等も遅いかかって来たがその殆どを片手一本で仕留めている。残骸は黒い炎で跡形も無く燃やされており、一部は他の魔物の餌になるように遠くへ放り投げていた。やがて一匹を骨や牙ごと丸々食べ終え、指をハンカチで拭っていると洞窟の中に広間のようになっている明るく開けた空間を見つける。中に入り上を見上げると青い空が視界に映った。

 

「深呼吸の一つでもしたいんですがね……一先ず、報告だけでもしておきますか。」

 

本来であれば神秘的な風景が見られるような雰囲気だが、辺りに放置された機械類や金属の残骸がその景観を無惨な物へと仕立て上げている。するとコウは徐に何処からか取り出した紙に走り書きをしそれを丸めて紐で括り、徐に指を鳴らす。

 

ボウッ!

『ふにゃーん』

 

すると、指先から黒い炎が吹き出し一瞬で黒猫の形をとり、俗にいうお座りの姿勢となって主の命令を今か今かと待ち静かに佇んでいた。使い魔を形成したコウは括った紙を咥えさせる。

 

「これを依頼主の元まで……よし、行きなさい。」

『ーーーーー』コクッ ダッ!

 

命令を受けた使い魔は即座に駆け出し、外へ一直線に走って行った。それを見送ったコウは腰に差していた杖を抜くとそれをだらんと構えながら振り返る。

 

ガシャン  ガシャン

「………………。」

 

突如辺りに金属同士がぶつかる音が鳴り響く。音の源を見れば、明らかに人工物らしき巨人のような機械人形がコウへと近付いて来ていた。

 

「ここにこんな機械じみた物があると違和感がありますね……目的はこの警護ですか。」

「………………………。」ガシャンガシャン

 

呆れを隠さず顔に出すコウだったが、感情等を持たない機械がそれを知る由もなくただ自分に刻まれたプログラムに従い目の前の侵入者を排除しようと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くして、コウが瞬間移動で飛んできた海岸へオイゲンが哨戒の為に訪れていた。しかし先程と違い、若い男女の一団を引き連れている。その内の一匹である赤い蜥蜴のような生物……ビィは一向と同じ速度で飛びながらオイゲンに尋ねた。

 

「それで?その調査をしてる魔導師ってのはどんな奴なんだ?」

「詳しくは俺も知らねぇよラカム、調査の人手が足りなかったからよろず屋の嬢ちゃん経由で雇っただけだからな。」

「んあ?よろず屋?」

「もしかして、シェロカルテさんですか?」

 

綺麗な水色髪を持つ少女……ルリアはオイゲンの言った人物に思い当たる節があったようで、ポツリと言葉を漏らした。

 

「なんだ、知り合いだったか。」

「ポート・ブリーズで少しばかり世話になったものでな、ここにも彼女の拠点があるのか。」

 

そう答えるのは凛とした佇まいの女騎士……カタリナだった。納得する彼女を他所に褐色肌の活発そうな少女……イオは率直に話の続きが聞きたいようだった。

 

「ねーねーその魔導師の人、どんな魔法使えるの?」

「さぁな。少なくともシェロの嬢ちゃんが腕が立つつってた事は確かだ。分かることがあるといえば………あぁ、そういやお前さんも魔導師だったな。一応一つ聞きてぇ事があるんだ。」

「なにを?」

「目的地まで瞬間移動する魔法ってのは今はなんの準備も無しに軽ーく使えるもんなのか?」

「そんなわけ無いじゃない、姿を隠すだけとかそういう特殊な道具があるとかなら兎も角自力でワープするっていうのはかなり難しいのよ?私だって出来ないし。」

「成る程な、じゃあやっぱりあのガキが特殊なのか。」

 

一人で納得していると、訝しげな顔をする煙草を咥えた男……ラカムが続けざまに問いかける。

 

「その言い方からすると、そいつは瞬間移動みたいな事が出来るのか?」

「多分な、俺の話を聞いてお辞儀したかと思ったら黒い炎に包まれて消えちまった。イオの嬢ちゃんよか年下ぽいヒューマンだったんだがそれにしちゃ随分と礼儀正しかったな。」

「え、ウソ!?私より年下!?」

 

イオが驚きの声を上げる。カタリナやラカムもそこまで若いとは思って居なかったようで少しばかり目を見開いていた。そんな会話繰り広げているとそれを興味深そうに聞きながら辺りを見回していた兄妹二人……グランとジータが何かの違和感を感じとった。

 

「……ジータ、何かおかしくないか?」

「言われてみれば……オイゲンさん、ここら辺ってこんなに魔物いなかったりするの?」

「いや、普段ならもっとわんさか居る筈だが………これもあのガキの仕業かねぇ。」

『ーーーーー』

「「「!」」」

 

会話の最中、何処からともなく一匹の黒猫が現れる。普通であれば気にしない所だが、その姿が陽炎のように揺れている所を見て認識を切り替える。その直後、その猫もどきはその場から駆け出した。

 

「ッ!魔物かッ!」パンッ!

『ーーーーー』ボウッ!

「うぇ!?今当たっただろ!?」

「せあッ!」ブォンッ!

『ーーーーー』ヒョイッ

「へ?うわぁっ!?」

 

ラカムの放った銃弾は眉間に当たりそのまま貫通したが、何事もなかったかのように元に戻り、グランの一閃も軽く避けて足場にした黒い猫のような何かは勢い良くオイゲンめがけて飛び込んだ。

 

「俺が狙いがッ!?」モフッ

「は、はわわ~!猫さんみたいな魔物がオイゲンさんの顔に張り付きました~!?」

「な、なんて羨ま……いや、大丈夫か!?」

 

黒猫もどきに飛び付かれたオイゲンは急いで首元を掴み自分の顔から引き剥がす。黒猫もどきは特に抵抗する事なくぶら下がっているが、むしろそれが逆に不気味に感じる。

 

「全く一体何がしてぇんだこの猫……。」

「ねぇ、コイツなんか咥えてない?」

『ーーーーー』ペッ

 

怪訝な顔のオイゲンに掴まれてぶら下がっている猫もどきを注視していたイオが丸められた紙に気付くと同時に、猫もどきはそれを吐き出した。丁度直線上にいたジータがそれを受け止めるとそのまま紙を開き始める。

 

『にゃーお』

「これ、何か書かれてる。」

「何々………?《研究設備の形跡、汚染の原因らしき物体を発見しました。案内はこの黒猫に。》だって。もしかして、さっき言ってた魔術師からの連絡じゃないか?」

「おいおい、調査頼んで一時間位しか経ってねぇぞ?随分と速いじゃねぇか。」

『ふにゃー』バタバタ

「うわ、ちょ、待て待て放してやるから落ち着け。」

 

オイゲンの手から逃れた猫もどきは砂浜に着地すると少し離れたところで立ち止まり、オイゲンを真っ直ぐ見つめ始めた。

 

「着いてこいって事か?」

「……………?」

「ルリア~、どうかしたのか?」

「お腹空いた?」

「い、いえ、さっきジータと一緒におやつを食べたので大丈夫です!ただ、何かがぶつかり合う音が聞こえたような気がして……。」

「ぶつかり合う音?」

 

ガキンッ! バキッ!

 

「な、何なのこの音。」

「取り敢えず良くないものが暴れているっぽいな。気ぃ引き締めろよお前ら。」

「言われなくとも分かってるわよ!」

 

耳を澄ませると金属同士がぶつかり合うような音と、固いものが砕けるような音が入って来る。そちらに意識が向いた瞬間、猫もどきはその場から駆け出した。

 

『みゃーん』ダッ!

「あ、猫ちゃんが音が鳴っている方向に!」

「この先で件の魔術師が帝国の兵と交戦している可能性がある、急ぐぞ!」

「オイゲンさん、この先に何かある?」

「確か結構でかい洞窟がある筈だが……成る程、隠れ家にするには丁度良いな。」

 

猫もどきを先頭に走る一行は砂浜を駆け抜ける。次第に足元がゴツゴツとした岩になり始めた頃、前方に目を凝らしていたビィが口を開く。

 

「おーい、あそこじゃねぇか?」

 

ビィがそう言った直後だった。

 

 

ガシャンッ!!!

 

洞窟から巨大な機械人形が共に出てきた黒い炎に吹き飛ばされ、仰向けに砂浜へ沈む。脚部はぐずぐずに熔解し、頭部は原型が留めていない程に歪み四肢部は無惨にも強い力でネジ切られたような形で失われ、胸部にクレーターのような跡が残っていた。まだ動力源が壊れきっていないのかギギギギギと音を鳴らしながら起き上がろうと動く機械人形だが、既に四肢の部分はその機能を停止させている為、微妙に蠢く程度しか出来ない。やがて完全に停止した機械を前に、一行は驚きの表情を浮かべて固まった。

 

「帝国の所有する戦闘用機械兵……の筈なんだが。」

「でももうボロボロだぜ?動けねぇみてぇだし、何があったんだ?」

 

「オイゲンさん、早いお着きですね。お待ちしてました。」

 

壊れきった機械兵を囲んでいたうちの一人であるオイゲンに、洞窟から手をはたきながらコウが現れた。

 

「やっぱお前さんか、あの猫もどきもっと大人しくさせられねぇのか?」

「猫は気まぐれなので……所でそちらの皆様は?」

 

不思議そうにグラン達の方を見るコウにオイゲンは頭を掻きながら答えた。

 

「俺の顔見知りとその仲間の騎空団だ、気にするこたぁねぇよ。それよりさっき受け取った伝言の事を詳しく聞きたい。」

「まぁそうですね。この周辺の海水を汚染する魔石を使用した装置とそれを守るように機械人形が5体ほど配置されていまして、人は居ませんでした。一先ず原因となっていた装置は粉砕して、魔石は何かの参考になればと思い取っておいてあります。これですね。」

 

そう言ってコウは懐から一つの布の塊を取り出す。徐にその布を解くとその中身、毒々しい紫色の石が姿を現した。

 

「カタリナ、コイツに見覚えは?」

「……確か、帝国の技術部が魔石を使用した兵器の開発に取りかかっていると聞いたことはある。あくまでも噂だから実物を見た訳じゃないが、恐らくそれに関連する事だろうな。」

「海水汚染ねぇ、海を使った事業が盛んなアウギュステにとっちゃ大打撃だろうな。」

「確認しに向かわれますか?」

「いや大丈夫だ。お前さんが確認した限りだともう汚染の原因は無いんだろ?そんなら時間をかけりゃリヴァイアサンが浄化してくれる。取り敢えずあんたの依頼は達成だな、いやぁ楽が出来て助かった。」

「そうですか、では僕はお暇させていただきますね。」

「あ!ちょっと待ってください!」

 

オイゲンに頭を下げ、そのまま踵を返そうとするコウをルリアは呼び止めた。

 

「はい?なんでしょうか。」

「え、えと、あの、ちょっとお話しませんか?」

「…?僕はただ皆様の邪魔にならぬよう退散させていただこうかと思っていたのですが……何か失礼な事でもしてしまいましたか?」

「そ、そうじゃなくて………。」

「純粋に君のことが知りたいだけだよ。」

 

止められた理由がわからないといった様子のコウとまだ世界に触れたばかりでまごまごしているルリアのやり取りに、グランが入って来る。その瞳の輝きは純粋に興味があると物語っていた。

 

「初めまして、俺はグラン。こっちは妹と相棒の……。」

「ジータでーす!よろしくね!」

「オイラはビィだ!」

「俺達、最近旅を始めたばかりで知らないことも多いんだ。もし良かったら君の話を聞かせてもらえないかな?」

 

元気の良い二人と一匹にキョトンとした顔をするコウであったがその後の言葉で納得したのか、グラン達の方へと向き直る。

 

「そういうことですか、この後の予定も無いですし僕は構いませんよ。

 

改めまして、コウと申します。短い間ですがどうぞお見知り置きを。」

 

礼をして顔を上げた10歳にも満たないような見た目の少年は、クスリと幼げかつ妖艶に笑うのであった。




この小説の主人公はコウ君ですが、経歴や能力がかなり複雑となっています。一つ言えるのは、確実に曇るキャラクターが何人もいるということですかね。


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交流 或いは支度

書きたい事は多いのに中々文章に出来ません。






それでは、どうぞ。


「へぇ、イスタルシアを目指す旅、ですか。それはまた面白そうですね。」

「まだ始まったばっかりだけどね、色々と大変な事もあるし。」

「でも、初めての事が沢山あって、毎日楽しいです!」

 

騎空団のメンバーにコウ、オイゲンを含めた一行は言葉を交わしながら舗装された道を歩いていた。道すがら今までの旅路の話になり、ジータは話をコウに振ってくる。

 

「ねぇねぇ、コウくんも旅をしてるんだよね。」

「そうですね。皆様に比べたら、まぁ下らない事ではありますが少々探し物がありまして路銀を稼ぎながら様々な場所を回ってます。」

「へぇ、一緒に旅してる人とかはいるの?」

「いえ、旅を始めてから………時々こうして交流する事はありますが、基本的にずっと一人ですよ。」

「えぇ!?そうなんですか!?」

 

ジータからの問いの答えに思わず声を上げて驚くルリア。同じく驚嘆の表情を浮かべているビィは疑問を口にする。

 

「どれぐらい続けてんだ?」

「僕が8歳の時からなので……大体4年程ですかね。」

「8歳!?というか、貴方私より年上なの!?」

「諸事情であまり体が成長しないんです。」

「いや、12歳でも一人で旅をするには十分幼い部類に入るだろ。俺がそんぐらいだった時はまだ人に世話になってたぞ。」

「幸い最初は貯蓄がありましたし、今はこうして依頼をこなして金銭を稼げますから問題はありませんよ?一応犯罪はしてないと思いますし。」

「そういう問題じゃねぇんだが……。」

 

 

 

「頑丈な筈の機械兵をあんな風に出来るんだ、確かな実力はあるのだろう。」

「そうそう!カタリナのおかげで思い出したけど、どんな魔法使ったらあんな風になるのよ。」

「どんな……と言われましても、機動力と攻撃性を削ぐために差し向けてきたパーツを溶かしたりねじり切っただけですよ?一応特殊な炎を使っていますが理由としては微妙かと。」

「ねじり切った?」

「はい、腕等を差し向けられた時にこう、強化を自分にかけて横から掴んで前後に引くように………。」

「あ、魔法で歪ませるとかじゃなくてそんな物理的な感じなんだ。」

 

両手でなにかを掴んで前後に離すジェスチャーをしながらあたかも何でもないといった様子で話すコウに向けられる視線は様々であるが共通してるのは一様に疑問を抱いている事だろう。そもそもゆったりとしたローブからチラリと見える首や手は細く貧弱そうな印象を受ける上、体の大きさ自体この中で最年少であるイオよりも劣っている。肉弾戦を難なく出来ると言ったコウに対し、イオは怪訝そうな顔で尋ねた。

 

「あんた魔導師じゃないの?オイゲンからはそう伝えられたんだけど。」

「魔法使いが近接戦闘をしてはならない道理など無いでしょう。むしろ近付かれた時の対策の一つや二つ持っていないとすぐに殺されてしましますよ。」

「離れたら鉄も溶かせる炎、近付いたら握りつぶされる………確かに敵に回したら厄介なことこの上ないな。」

 

笑みを浮かべたまま物騒な事を宣うコウ。ボロボロになった機械兵の壊され方からもその言葉の信憑性は高くなっており、想像したラカムの顔はひきつっている。

 

「み、見かけによらず好戦的なんですね。」

「旅をしているなかで起きるアクシデントの半分位は暴力でなんとかなります。問題はそれを何に向けるかですから。」

「「成る程!」」

「団長と副団長がその理論を納得すんなよ。」

 

スッキリと納得した表情で手をポンと叩く二人。ビィが呆れ顔で二人の頭を叩いてツッコむまで一連の流れは茶番のようだった。そんな中、先頭を歩いていたオイゲンが振り向いた。

 

「おーいお前らそろそろ街に着くが……あぁ、確か帝国兵を捕えたっつう連絡が入ったから俺はそっちに向かうが、お前らはどうするよ?」

「あ、行きます。少しでも情報は欲しいので。」

「ふむ、でしたら僕は此処でお別れですね。」

「おう、お疲れさん。報酬はシェロの嬢ちゃんに渡してあっから受け取ってくれ。」

 

そのままコウだけ街に向かう流れになった時、

 

「えっ、まだ魔法の事詳しく聞きたかったんだけど……転移魔法の事もまだ分かんないし。」

「帝国兵がこの島にいる以上、離れて行動するのは得策じゃない。かといって我々の事情で彼を拘束するわけにはいかないからな……イオ、今回は我慢してくれないか?」

「えー…………。」

 

幼いながらも一魔導師として知識が欲しいと感じるのかイオは少しばかり嫌そうな顔をする。

 

「まだ少しここに滞在すると思いますし、旅をしていればまた会う時もあるでしょう。機会があればお教えしますよ。」

「ホント!?わーい!」

「おーい、イオちゃーん。置いてくよー?」

「あ!ちょっと待って~!」

 

コウが取り成して機嫌を戻したイオはそのまま自分を呼んでいるジータ達の元へと走って追いかける。

 

「やっぱり子供だなアイツも。あんがとよ、フォローしてくれて助かったぜ。」

「いえいえ、純粋な興味であれば別に拒む理由も無いですし。ではまた機会があれば。」

「おう、じゃあな。」

 

そう言うとラカムも他のメンバーの元へと歩いていく。段々と離れていく途中、グランとジータ、ルリアが振り返ると手を大きく振りながら声を出した。

 

「それじゃあまた!」

「コウくーん!またねー!」

「次に会うときはあの猫ちゃんについて教えてくださいね~!」

 

遠くからの別れの挨拶に控えめに手を振り返し、やがて互いが見えないぐらいになるといつの間にか現れていた黒猫もどきが自分の主を見上げながら鳴いた。

 

『みゃーん』

「ふふ、貴方のことがが気になるようですね…って、とと、どうされましたか?」

『ふにゃーみゃう』ポフッ

「あぁ、貴方の事を紹介しなかった事がご不満でしたか。すいません、少しばかり話し込んでしまって機会を逃してしまいましたね。もし次会う時にまた紹介しますよ。」

『みうみう』

ボウッ!

 

肩に飛び乗って頭に肉球を置いた黒猫もどきは謝罪と提案を聞き入れると黒い炎となって消えてしまった。どうやら満足のいく答えが得られたらしい。それを仕方がなさそうに見送ったコウはそのまま踵を返し街へと歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シェロさんがもう行ってしまった?」

「そうだね、他の店の様子を見に行くってついさっき。あ、勿論依頼の話は聞いてるよ。報酬を持ってくるから少し待っていてくれ。」

 

そう言うとよろず屋の店員は店の奥へと引っ込むと金貨らしき物が入った袋と肩掛け鞄を持って帰って来る。

 

「預かっていた鞄と25万ルピ、確認を頼むよ。」

「………はい、確かに受け取りました。ついでと言ってはなんですか良質なナイフが買える場所等はありますか?今まで使っていた物が魔物の血で劣化してしまいまして。」

「それなら向こうの通りにある刃物屋に行くと良い。アウギュステは魚を捌く為によくナイフを使ってるから頑丈な物もある筈だ。」

「そうなんですか、ありがとうございます。あ、蜂蜜と塩買わせてください。」

「蜂蜜好きなのかい?毎度あり、また来てくれよ。」

 

梱包された蜂蜜の入った瓶と塩の入った袋を調査の際によろず屋へ預けていた鞄へいそいそと入れるとそのまま肩に掛けて店を出る。戦争中だとは言うが人の往来は未だに盛んであり、活気に溢れている。コウはその小さな体で人混みの中をするすると進んで行く。

 

「まだ解読が完全に終わった訳ではありませんし、どこか腰を落ち着ける場所があれば良いのですが………。」

 

そう今後の予定を呟きながら歩いているといつの間にか食品市場のような場所へと辿り着いており、辺りを見回すと所狭しと店が並んでいた。目的の刃物屋はまだ見えないが時間は有り余っている為一先ずこの場の探索を続けることにしたようで、目を引くものがないか改めて辺りを見回し始める。暫くして干し魚が軒先に吊るされた店を見つけ保存食の補給も兼ねフラリと立ち寄った。

 

「いらっしゃい……あら、ここらじゃ見ない顔ね。貴方、親御さんは一緒じゃないの?」

「えぇ、一人で旅をしているものでして。なにか保存の利く物を見繕っていただいても?」

「まぁ、まだ幼いのに立派な子ね、それならこれなんてどうかしら?調味料に漬けた後に天日干ししたアジ。生魚だと早く傷んじゃうけど、これなら一週間以上は持つし焼いたら美味しいのよ。」

「そうですね……ならそれを三匹分下さい。あと缶詰もあればそれも。」

「じゃあそっちはおまけにしてあげる。おばちゃんのおおすめ入れてあげるわね。」

 

店番をしていた老婆は人当たりの良さそうな笑みを浮かべながら商品を袋に入れていく。やがて少し膨らんだ様子の買い物袋の口を閉じるとコウに差し出した。

 

「はい、1500ルピね。」

「あの、明らかに3000ルピ分位ありますけど。流石にこれは……。」

「いいのよ。見たところ貴方痩せてるし、もっと食べて肉をつけなさいな。」

「そーそー、ばぁちゃんの優しさは素直に受け取るのがジョーシキッしょ。」

 

申し訳なさそうに商品を返そうとするコウへ遠慮しないよう答える老婆。そこへ、かなり軽い調子の青年の声がかかる。何事かとコウが声がした方を見ると、そこには色黒で金髪のエルーンの青年が立っていた。

 

「よっすばぁちゃん、イイカンジのやつ入荷してるー?」

「あらあらローアインちゃん、また買いに来てくれたのね。おばちゃん嬉しいわ。」

「ここの魚のオイル漬けとかマジパネーッすから。パスタとかバゲットとか、可能性と旨さがマジパーリナイしてるっすわ。」

 

青年……ローアインはあまり聞いたことの無い口調で老婆と話している。軽そうな外見はあるが、言葉の内容は単純に店の事を褒めているだけのようで、嫌な雰囲気は感じない。

 

「どちら様でしょうか?」

「どもども、ローアインでっす。いまギュステの店でバイトキメちゃってる系イケメンやらせてもらってマース。」

「あぁ、料理人の方でしたか。申し遅れました、僕はコウと申します。」

 

特に警戒する必要も無いと感じたのか、ローアインの挨拶に丁寧な礼と共に自己紹介をすると向こうも軽い感じで返答してくる。

 

「OK、コウっちね。そのカッコマジイケてるわー、ザ・ミステリアスってカンジ?俺も一回その路線にキャラ変お試しやっちゃおっかなー。」

「よく分かりませんが、貴方は今の状態が一番似合ってると思いますよ?」

「お?マジ?今の俺、マブいって感じちゃう?」

「どうあがいてもミステリアスになれない程には陽気だと感じましたね。」

「あ、褒めてない系ね。ガックシだわー。」

 

そうローアインが肩を落とした所で店番の老婆が紙袋を持って戻って来た。こちらも先程コウが受け取った時と同じように明らかに払う値段よりも商品が多いのが分かる。

 

「はい、ローアインちゃん。最近ね、新しく燻製を卸したのよ。おまけしてあげるから良かったら味の感想を聞かせてもらえないかしら。」

「アザーッス!ばぁちゃん最高ッ!マジリスペクトっすわー!んじゃ、ありがたくイタダキマース。」

 

悩むコウを他所にローアインは喜びながら商品がパンパンに入った袋を受け取り、代金を支払う。しばらく思考を巡らせるコウだったがやがて何かを思い付いたようたいそいそと肩掛け鞄の中から一つの瓶を取り出した。中には黄金色に透き通る球体が詰まっている。

 

「…………じゃあこれでもどうぞ。」

「あら、これは飴玉かしら?」

「僕が作った蜂蜜飴です、流石にこれだけのおまけを無償で貰うのは申し訳無いので。薬草を風味付けに使っているので癖はあると思いますが、よろしければ。」

「おやまぁありがとね、早速いただくわ。」

 

瓶から取り出された蜂蜜飴を口に放り込んだ店主の老婆は、口の中で転がしながら味わう。

 

「美味しいわねぇ。」

「それは良かったです、缶詰ありがとうございました。あ、ローアインさんもお一つどうです?」

「マジ?俺にもくれんの?」

「切らさないよう頻繁に作ってるので。」

「アザース、それじゃ遠慮なく。」

 

気になっていたのか、視線をチラチラと寄越していたローアインも蜂蜜飴にありつく。口に含んでしばらくして、ローアインは眉をひそめながら感想を呟いた。

 

「んー?食ったことねぇ味~。蜂蜜ってのはバリバリ感じるしスースーする薬草の香りもあっけど、後から来る苦味がわっかんねぇ~。ちょい疑問だわ。」

「少々作り方が特殊でして……。」

 

「調子こいてんじゃねぇぞこのアマァッ!」

 

首をかしげるローアインに蜂蜜飴の作り方を教えようとしたその時、近くで怒号が鳴り響く。

 

「んえ?なんか事件起こっちゃった系?」

「最近物騒ねぇ………何事もなければ良いのだけど。」

「おばあさん、あそこもしかして刃物屋ですか?」

「えぇ、そうよ。頑丈で錆びにくいから漁師達がよく利用してるわ。海水にも耐えられるし、値段も普通の刃物とそう変わらないから人気なのよ。」

「それならちょうど良かった、じゃあ僕は行きますね。」

 

視界の端に映ったのは目的地、騒動が起きている場所のすぐ側である。店主の老婆から情報を聞いたコウは食料の入った袋を明らかに入る体積ではない肩掛け鞄に押し込み、何故かすっぽりと入れきるとそのまま歩きだそうとす。それを見たローアインは

 

「ちょいちょいちょーい!わざわざトラブルの渦中に行くとかマジ?」

「そもそもここには旅用の新しい刃物を見繕いに来た寄り道ですし、目的地を見つけたのなら行かない理由は無いですよね?」

「もう少し順序ってもんがあるでしょーよ。例えばもうすぐ来る俺のダチと一緒にクールに行くとか……。」

「ローアインちゃん、もうあの子行っちゃったわよ。」

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……だからあんたみたいな男は願い下げだって言ってるでしょ?分かったんならさっさと失せなさい、しつこい男は嫌われるわよ?」

「うるせぇ!」

(面倒ね、翔んで逃げてもしつこく追って来そうだし………あーあ、ここでカッコいいオトコが割って入ってくれたら楽だしなんだけど。)

 

激昂したならず者に詰められ、げんなりとした表情を隠しもしないエルーンの女はそろそろ強行手段に出そうな男をどう対処するか思考を巡らせる。辺りの通行人はその様子を遠巻きに見ており、

 

「すいません、退いて貰えますか?」

 

すると男に対して幼げな声がかかる。反射的にそちらを見るとシルクハットを被りローブを着た儚げな少年がちょこんと立っていた。

 

(あら、子供なのに中々……ちょっと将来有望過ぎない?粉かけとこうかしら。)

「あぁ?何だこのガキ。」

「店に入りたいので、そこを退いて貰えますか?」

「すっこんでろこのチビ!邪魔すんな!」

「邪魔なのはそちらでしょう?特に意味の無い事をして店前に陣取って人をこの店に寄り付かせていないのが邪魔でないなら何なのですか?ほら、早く退いてください。」

 

ならず者が怒鳴り散らかしても全く怯む様子も見せず、更にはナチュラルに馬鹿にしながらジェスチャーで退くように示す少年。いつの間にか辺りの通行人はその様子を足を止めて眺めており、

 

「なめてんのかこの糞ガキがァッ!」

「っ!ちょっと!子供相手に何を!」

 

煽られてすぐに頭に来たのか、下から見上げる少年目掛けて拳を構えるならず者。流石に子供相手へ手を出すのは見過ごせなかったのか、エルーンの女が止めに入ろうとしたその時だった。

 

『ーーーーー』。」ボソッ

「あピュッ!?」ガクッ

 

少年が誰にも内容が聞き取れないようなレベルの小声で何かを呟くと突如ならず者は膝から崩れ落ち、そのまま白目をむいて意識を失う。そして地面と顔面が衝突しようとしたところで、顔面を鷲掴まれて引き摺られ始めたのだった。

 

ポイっ  ドサッ!

 

「………さてと、ごめんください。」カランカラン

 

気絶したならず者を近くにあったごみ捨て場に雑に投げ入れた少年は何事も無かったかのように目的地である刃物屋の扉を開け中へと入って行く。予想外の展開に辺りで様子を伺っていた通行人達は呆然とその様子を見送っている。一番近くにいたエルーンの女はいち早く正気を取り戻すとそのまま追うように店内へと足を踏み入れた。

 

「表が騒がしかったが何かあったのか?」

「少し揉め事があった位でしたよ。それより、ナイフを見せていただけますか?使っていたものが魔物の血で駄目になってしまって。数万ルピで買えるものは……。」

「だったらそっちの棚から選んでくれ。特別な細工とかがない限り高くなることはないからな。」

「分かりました、ありがとうございます。」

 

中では鉢巻をした店主らしきドラフの男性と少年が呑気に言葉を交わしていた。その後商品を見ようと動き出したところへ、エルーンの女は話しかける

 

「ねぇ、君……。」

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、君……いまさっき何をしたの?」

「……失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「どちらも何も、絡まれてる所を助けてくれたじゃない。」

「……………………………あぁ、そうでしたか、ご無事でなによりです。」

 

エルーンの女から話しかけられ少し思考を巡らせた後に相手がが自分が気絶させた男に絡まれていた女性だと気づいたコウは、ペコリと頭を下げるとそのままナイフが立て掛けられた棚へと視線の先を戻す。それに面食らったのは女の方であった。

 

「ちょっと、そこまで私に興味ないの?」

「まぁ、はい。僕はただ刃物を買いに来ただけですし、その途中邪魔な方を蹴散らしただけでしかないので………あ、これ良さそう、鞘はどのタイプにしましょうか。」

「少しは話を聞きなさいよ……!え、何、私を見て何とも感じないの?」

「……?まぁ綺麗な方だなとしか。」

「リアクションが薄すぎるのよ貴方、普通の男の子なら顔を赤くする所よ?」

 

自分の容姿に絶対の自信のある女は全くと言って良いほど興味を示さないコウに呆れたような目線を向ける。事実、女の姿は露出こそ多いがその肢体や顔は確実に美しいと言える物である。その感情に気がついたのか、ナイフから顔を上げたコウは可愛らしい困り顔を浮かべた。

 

「生憎普通とは程遠い人生でしたので。でも今まで会った人の中でも貴女はとても魅力的だと思いますよ。所でお名前は?」

「あら、そういえば言ってなかったわね。」

 

嘘偽りの無さそうな誉め言葉が効いたのか、少しばかり機嫌の良さそうな声色で名前を告げる

 

「私はメーテラよ。ちゃんと覚えていえ頂戴ね、不思議で可愛らしい魔法使いくん?」




諸事情でコウ君の見た目は原作よりも一回り幼いヒューマンとなっています。年齢こそ原作通りですが、身長は130cm程のイオが「自分より年下かと思っていた」位には低いですし、痩せているのでより体が小さく見えます。ハーヴィンか余程幼い子供以外は大抵見上げる形で会話しています。常時上目遣いです。




ただし色気は原作より増しているものとする。子供達どころか十代の男女の性癖を歪ませてそう。


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魔法 或いは呪文

ゆっくりと投稿していくので気長にお待ちください。






それでは、どうぞ。


「………何故着いてくるんです?」

「別に良いじゃない、この後暇なんでしょ?お姉さんに付き合ってよ。そ・れ・に、貴方みたいな可愛い子だったら、イイコトしてあげても良いんだけど♥️」

「遠慮しておきます。」

「え~、つれないわねぇ。」

「自分の体を大切にしてください、僕なんかが触れてはいけない位に綺麗なんですから。」

 

二人で街中を歩くコウとメーテラ……正しくはコウに興味を持ったメーテラが着いて来ている状態ではあるが、特に拒絶することもなく言葉を交わしている。だが、メーテラは誘惑に反応した様子が一切見られない事に不満げなようであった。

 

「自然に誉めるのは高得点だけど、自分を下げるような発言はいただけないわね。ほら、普通に誉めてみなさい。」

「本心を言っただけなんですが………んんっ……人を惹き付けてやまない色香を纏いながらも凛とした佇まいはとても美しいですね。」

「そうそう、その調子よ。」

「その綺麗な声も、宝石のように透き通る瞳も、全てが貴女を輝かせる要素となってとても魅力的です。」

「なぁんだ、やれば出来るじゃないの。」

 

息を整え、少し思考した後に口を開くとスラスラと誉める言葉が出てくる。それに満足げに頷いていたメーテラだったが、ふとコウがこちらを真っ直ぐに見つめてきていることに気がつきからかい混じりに問い掛けた。

 

「何?もしかして見惚れちゃった?」

「………そうかもしれませんね。」

 

返答されたと同時に顔を見ると妖しい光の宿る瞳とかち合った。そしてゆっくりと笑みを浮かべるとメーテラにのみ聞こえるように艶やかな声で囁き始める。

 

「もしメーテラさんを独り占め出来るなら、貴女の意識を一瞬でも僕へ向けられるなら、どれだけ好きにされても構わない、そう思います。」

 

そこまで小悪魔的な笑みを浮かべながら言いきると首をコテンとかしげ

 

「こんな感じですか?」

 

と軽い感じで尋ねた。純粋な誉め言葉から唐突に独占欲増し増しの口説き文句を食らったメーテラはそれに思考の整理が終わっていないのか、そのまま固まってしまっている。

 

「…………………………。」

「メーテラさん?」

「………異性に興味ありませんって顔してよくもまぁそんなキザな台詞ポンポン吐けるわねアンタ………ホントは結構遊んでんじゃないの?」

「最後のはどこかで読んだ本からの流用ですが、殆どは僕の本音ですよ?貴女の事は間違いなく綺麗だと思ってますし。」

 

その表情からもそれが嘘偽りの無い言葉だというのがありありと伝わってくる。本人からしたら「褒めろ」と言われたからやっただけで嘘をつく必要もないと思っているのだろうが、下心も無しに褒めちぎられるのに慣れていないメーテラからしたら十分な破壊力があったのだろうか、少しばかり頬を赤らめていた。

 

「私をからかおうなんて良い度胸してるじゃない。」

「そう言われましても、先輩から「こうしたら良い」と教わった事をやっているだけですので。」

「余程愉快な性格してるのねソイツ。」

「悪戯好きで好奇心の塊みたいな人ではありますけど、遠くへ行ってしまった友人と会うために先生と一緒に旅をしている強い方ですよ。」

 

そう話すコウの姿は楽しげで、先程までの人を誘惑する気配は微塵もない。その事に恐ろしさすら感じたメーテラであったが、下手に藪をつつくと蛇よりも危険な何かが牙を剥くと言うことも経験から察しているため、その話に乗っかるように話題を吹っ掛ける。

 

「ふーん……その先生ってのからさっきのを教わったの?」

「いえ、そこら辺は全部書物を読み解いて取得した物です。教わったのは『門』についてですかね。」

「あら、随分と軽い感じで教えるのね。」

 

ここでようやくメーテラが尋ねようとした話題へと切り替わる。

 

「お世辞にも使い勝手が良いとは言えない代物だからですよ。見て学ぶなんて事は出来ないでしょうし、『門』に関しては真似出来るはずも無いでしょうから。」

「へぇ………。」

 

話を聞いて、メーテラはその美しい顔に挑戦的な笑みを浮かべる。どうやら「出来ない」という言葉がメーテラの何かを刺激したようで、何やらやる気に満ち溢れていた。

 

「ちょっと教えなさいよそれ。」

「はい?」

「あぁ、秘伝の魔術だって言うんだったらなら他人の耳が入らない所の方が良いわね。」ガシッ!

「いえ、そう言うことでは無くて。」

「口閉じてなさい、舌噛むわよ!」

 

コウが抵抗を始める前にメーテラは有無を言わさず捕まえる。身長差が約50cm程あり同年代よりも一際小さくて細い相手であるため、難なく担ぎ上げるとそのまま得意の飛翔術を使いその場から飛び上がる。人を抱えながら空を飛ぶという常人では到底真似出来ないような事をこなしているが、その難易度は推し量れない物である。しかしそれが彼女にとっての当たり前のようで、目を丸くする周囲の人間を置いてそのまま人気の少ない森林目掛けて空を駆けるのだった。

 

 

 

 

「………?」

「どうかしたの?」

「いえ、さっき空にコウさんみたいな人がいた気がして……気のせいでしょうか。」

「空だぁ?流石に空まで飛べやしねぇだろ。何かの見間違いじゃねーのかよ。」

「そうなんですかね………あ!こっちから美味しそうな匂いが!」

「あ!おい!オイラ達を置いてくんじゃねぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とうちゃ~く、ここなら誰も来ないでしょ。」

 

数分後、街を見下ろせるような場所にある森に降り立ったメーテラは押さえてもいないのに何故か一切動いた様子のないシルクハットを不思議そうに眺めながら担いでいたコウを離す。

 

「それにしても軽すぎよアンタ。体付きも細いし、もっと筋肉付けたら女の子達が放って置かないイイ男になるに違いないわよ?」

「多分死ぬまでこのままですから無理ですよ。」

 

解放されたコウは特に気分を悪くした様子もなく着地すると、風圧によってはだけた衣服をいそいそと直し始め、メーテラはその姿を鑑賞している。

 

「……ま、アンタの魅力は男らしからぬ色気だから問題無いのかしらね。男も誘惑出来るんじゃない?」

「まぁ何故かそういう目線を向けられる事は男女問わずありましたが別に興味無いので………僕なんかに情欲を抱くなんてよっぽど欲求不満だったんでしょうか。」

「やっぱあるにはあるのね。で、本題なんだけど。」

 

一応の納得を得られたメーテラは続けざまに尋ねる。

 

「さっきのしつこいナンパ男に何したのか教えて貰えるかしら?私の予想としては見えない衝撃波か何かを魔法でかましたと思ってるんだけと。」

「……まぁその程度ならお答えしますよ。」

 

渋々といった様子で腰に差した杖を手に取ったコウは森の中を見回す。注意深く観察するその目はまるで獲物を探す狩人のようだった。

 

「本当は対人用なんですが………『ーーーーー』。」

「ギシャァァァァァァッ!?」

 

バッと手を上げ、真横に杖を向けたコウがこの世の物とは思えない程複雑そうに聞こえる呪文を唱えると木の影で虎視眈々と二人を狙っていた蟷螂のような魔物が金切り声を上げて暴れだした。

 

「これです。」

「……いきなり暴れだしたようにしか見えないんだけど。外傷も無さそうだし。」

「物理攻撃じゃないですからね。」

「ギシャァァァァァァッ!?」

「うっさい。」ヒュンッ!

「ギシャッ!?」ザシュッ!

 

哀れにも理由も分からぬまま発狂した魔物は金切り声声を上げつつける事に腹立てたメーテラが何処からか取り出した弓の一射で脳天を吹き飛ばされて絶命した。それを見ていたコウはパチパチと拍手をしながら口を開いた。

 

「すごいですね、魔法の弓ですか。」

「魔導弓よ、魔力さえあれば矢を産み出せる私のお気に入り。それで?アンタが使ったのはどういう呪文?」

「……"精神衝撃(マインド・ブラスト)"、差し向けた相手を強制的に発狂させ様々な症状を引き出す呪文です。基本的に気絶するか金切り声を上げるかその場で暴れ始めますが、時折厄介な事になることもあります。」

「精神に干渉する魔術………珍しいけど発狂させるのは私の趣味とは合いそうに無いわね。他に無いの?」

「一応言って置きますけど教えませんよ?」

 

あからさまに乗り気ではないコウとは対照的にメーテラは興味津々であるという表情を隠そうともしない。

 

「見て盗むから大丈夫よ。希望としては……そうね、貴方がさっきやったみたいに一瞬で相手の無力化が出来るのが良いわ。勿論、相手が醜い感じになるのは無しね♪」

「いえ、だから……はぁ……………ありますけど、真似出来なくても文句は受け付けませんよ。」

「上等上等。さーて、丁度良い獲物は……。」

「貴様ら!ここで何をしている!」

 

押しに負けて溜め息をつきながら了承したコウ。それをよそにウキウキで辺りを見回し始めたメーテラだったが、そこへ怒鳴るような声が入ってくる。

 

「只のデートよデート。空気を読めない奴は帰ってくれない?折角良かった気分が台無しよ。」

「そのような言い訳が通じると思うか!」

「……もしかしなくとも、帝国の兵士ですか。」

 

自然とは程遠い金属製の鎧を身に纏った兵士の乱入に、メーテラの機嫌は急激に下降し、雑に追い払おうとする。しかし、

 

「帝国?」

「エルステ帝国ですよ。アウギュステと戦争状態とは聞いていましたが、こちらが拠点でしたか。海を汚染する機械はブラフですか?」

「っ!何故その事をッ……!」

「予想を語っただけですがその様子では図星のようですね。どの道逃がしたら厄介な事になりそうですし、一応仕留めますか。」

 

仕方がないといった様子のコウは腰に差した杖の柄を持つと先端を向ける。剣を抜いている自分を脅威とも思っていないその余裕の表情に、兵士はプライドを傷つけられたのか激昂し始めた。

 

「嘗めるなっ!子供と女一人程度、我々帝国兵の敵じゃ「『ーーーーー』。」ゴッハァッ!?」ドムッ!

 

威勢良く叫んだのも束の間、見えない力に殴り付けられたかのように吹っ飛ばされ地面へと叩きつけられる。そのまま気絶したのか倒れたまま動かない兵士に、メーテラは呆れを含んだ目線をむける。

 

「敵前で悠長に話をしてたらこうなるわよね。何がしたかったのかしら。」

「さぁ……暫くしたら起きると思うので今のうちに拘束してしまいましょう。」

「別に放置で良いんじゃない?多分そこまで位の高い奴でもないでしょ。」

「この島にいる筈の帝国の上層部の方に個人的に聞きたいことがあるんですよ。なのでこの人から居場所を聞き出します。」

 

そう言っておもむろに肩掛け鞄の中からロープを取り出したコウは宣言通り兵士を縛り始める。その数分後、完全に動けないように近くの木にくくりつけられた兵士が完成した。鎧は脱がされ、少し離れたところに雑に放り出されている。

 

「やけに手慣れてるわね。」

「盗賊から見たら子供一人の旅なんて格好の獲物でしょう?そういう輩を殴って縛って突き出してたら出来るようになってました。」

「アンタ魔導師みたいな格好しておきながら結構アグレッシブよね。それも旅で培った物?」

「えぇ、時たまに賞金首だったりするのでそう言うときは旅の資金にさせて貰ってます。」

 

一仕事終え、手に付いた砂埃を叩いて落としたコウは兵士の前にしゃがみこむと手を額の辺りまで持っていき、

 

「起きてくださーい。」

バチンッ!

「あだっ!?」

 

デコピンを繰り出した。額から重い音を鳴り響かせ、痛みによって意識を半覚醒させた兵士はまだ明確な思考が取り戻せていないのかぼんやりとした様子で顔を前に向ける。

 

「グッ……!?一体何が。」

「質問、良いですか?」

 

段々と正常な状態に戻って来た兵士へ有無を言わさない笑顔を向けながら問いかける。なまじ美人とも言える位に顔が整っているせいでその圧は常人には出せないものだろう。問いを投げ掛けられた兵士はその場から離れようとするも体が動かず、そこでようやく自分が拘束されていることに気がつく。

 

「な、何が目的だ!」

「貴方達帝国兵の拠点、もしくは帝国の兵士を統率する立場の人間の場所を答えてください。」

 

動揺しながらも吠える兵士に対し、コウは単刀直入に質問を行う。しかしそんな簡単にいく筈もなく抵抗し始めた。

 

「そんな事答える筈無いだろう!貴様に教えることなんぞ何もな「『ーーーーー』。」

 

拒否された瞬間、ノータイムで杖を向けたコウは即座に呪文を使う。

 

「ひい"ッ!?」ドクンッ!

「答えてください、次は一秒です。」

「く、屈するものか!」

『ーーーーー』。」

「あ"ッがぁッ!?」ドクンッ!

 

呪文を唱えられる度に苦しみ悶える兵士の顔から段々と気迫が無くなり始める。表情を一切変えず淡々と尋問し続けるコウに、その様子を後ろから見ていたメーテラは尋ねる。

 

「そいつ何が原因で苦しんでるの?魔法でなんかしてるってのは分かるけど。」

「心臓を縛り付けてます。あくまでも情報が聞きたいだけであって殺したいわけではないので加減はしてますが、本来であれば遠隔で心臓麻痺で相手を殺すニョグ……"不浄の締め付け"という呪文を使ってます。ちなみにさっきのは魔力に応じて力の増す見えない打撃で………あー、ヨグパンチって呼んでるものです。」

 

所々言葉を濁すような素振りはあるものの丁寧に答えていくコウ。それに対し、メーテラは微妙な表情で口を動かしていた。

 

「あすたぁ…………ダメね、発音が出来ない。どうやんのよこれ。」

「だから言ったじゃないですか、魔導書を読んで直接頭に刻まれないと僕だって出来ませんし。まぁ理解しようとしたり使おうとすると余程の事がないと精神力が削れていくのでおすすめしませんよ。」

「………ちょっと待って他もそんな習得の仕方とか仕様の奴ばっかなの?」

「自前のものもありますがそれは本当に僕の体質云々の話ですし、僕が修める呪文は殆どそうですね。教えることは不可能ではないにしろ危険なのは確かですし、貴女には既に呪文を凌駕する力をお持ちなのですから諦めてもらえませんか?」 

 

お願いをするように首をかしげられ、思わず頭を押さえるメーテラは暫く思考に入り込んだ。

 

「……それが書かれた魔導書を読むデメリットは?」

「最悪発狂して自害します。僕が持っている物は余計な情報まで入って来るので特に精神を削る傾向が強いです。僕が紙に書いてそれを読んで覚えるという方法もあるにはありますが………まぁ非効率的ですし、慣れないと魔力の消費が無駄に増えるので貴女が先程使ってた弓で撃ち抜いた方が速いですよ?」

「あーもー!そんなんだったら最初っから諦めてたわよ、時間無駄にしちゃったじゃない。」

「………なんか、すいません?」

 

勝手に連れてこられはしたが特に腹を立ててないコウは取り敢えず謝罪をして、放置されていた兵士に顔を向ける。

 

「で、話してくださる気になりました?」

「ひ、ひぃ……。」

「次は………そうですね、足の方から溶かしてしまい「分かった!話す、話すから許してくれ!」

「その言葉が聞きたかったです。」

 

ニッコリと笑ったコウは、目の前で顔面蒼白の状態で焦燥しきっている兵士へと質問し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………まぁこんなところですか。じゃあもう一回寝てて下さい。」バキィッ!

「ぐべらっ!?」

 

十数分後、粗方情報を引き出してメモを取ったコウは疲労困憊といった様子の兵士の頭を一瞥することもなく殴り付ける。精神的にも身体的にも限界だったのか、呆気なく気絶した兵士をよそにメモ帳を鞄に仕舞うとそのまま縄を解きにかかった。

 

「容赦ないわね。」

「敵対してくる相手に容赦なんて必要無いでしょう。殺したら面倒な事になりかねないのでやってないだけで、必要であれば躊躇はしませんよ。」

「気持ちは分からなくもないけどそこまでいかないわよ。どんな人生歩んだらそんな物騒な思考を身に付けるのやら………。」

「世間一般がどんなものなのか知らないのでなんとも言えませんね。教育と言って殴り付けてくるのは一般に入りますか?」

「んなわけないでしょ。」

 

そんな会話をしながらも作業を進めていき、最終的には気絶した兵士に鎧を着せた状態まで戻す。明らかに質量のあるそれをなんでもないかのように片手でつかみ上げたコウは鞄から懐中時計を取り出してボタンを押す。

 

カチャッ ヒュイッヒュイッ

 

すると時計の中から大小様々な水晶の板が連なるように飛び出し、まるで元からそこにあったかのように空中に留まった。端からみれば日光を中で反射させて輝く水晶の原石に見える。魔法仕掛けの芸術品だと思ったのか、メーテラはコウの後ろからもたれ掛かるようにしながら覗き込んだ。瞳には光の屈折で歪んだ空の青色が映る。

 

「綺麗ね、これもアンタの魔法関係?」

「先程言った『門』に関する物です。明確な名称はありませんが僕は観測機と呼んでますね。」

 

そう言って水晶部分を見つめ続けるコウの瞳には、メーテラが見ている物とは異なる景色が映っていた。メーテラからの質問に簡潔に答えると再度ボタンを押して元の懐中時計に戻して鞄に仕舞うコウは杖に手を掛けた。先端に赤色の石が埋め込まれた金属のグリップと石突にかけてまで幾何学模様の入ったシャフトが特徴的なそれを先程兵士に使った時とは違い剣を持つように構えると石突きで空中に円を描くように動かした。

 

シャリンッ  ボウッ!

 

その軌道は瞬く間に燃え上がり、紫色の火の輪が構築されていく。完全な円となったそれの内側の空間静かに歪み始め、数秒も経たない内に全く別の場所の景色を写し出した。空の青とはまた違う、このアウギュステに存在する海である。

 

「あとは記憶を曇らせて………っと。」ポイっ

 

気絶する兵士の頭辺りに淡い緑色の光を発する杖をかざすした後、そのまま目の前の『門』に投げ捨てる。抵抗もなく真横に落ちていくように見えるその姿は事情を知らなければ異様に映るだろう。事実、コウを後ろから軽く抱き締めながらその様子をずっと見ていたメーテラは眉をひそめている。

 

「………これが門ねぇ。」

「何かおかしい事でも?」

「何でもないかのようにやってるけど異なる場所をつなぐゲートを軽々と産み出せるとか、貴方も十分天才の部類に入るんじゃないの?」

「先生や先輩に比べればまだまだですよ。自分一人の転移なら兎も角、こうして他人を移動させるにはこうして『門』を描くというプロセスを踏む必要がありますし。」

「その先生と先輩ってのはどうなの?」

「先輩は……例えるなら異世界への転移や召喚を得意とするタイプですね。強制的に相手を夢の世界に引きずり込むとかもできた筈ですし。先生に関しては時間も当然のように移動してました。」

「そんな冗談………………マジ?」

 

想定していた物よりもスケールの大きい話になりメーテラはその美しい顔を少しだけひきつらせる。嘘だと一蹴できるレベルではあるが、目の前でこちらを見つめてくる可愛らしい少年の顔を見ても、嘘を言っているようには見えない。

 

「お二人が居なければ僕は死んでたでしょうし、さっき言った能力が無ければ僕が捕らえられていた場所に来れるわけ無いですし。」

「どんな場所よ。」

「月…………本当ですよ、だからそんな顔しないでください、メーテラさん。」

 

怪訝そうな目線を向けてくるメーテラに困ったように笑いかける。真実であるかどうかを確かめる術はこの場には無いためどうすることも出来ない。

 

「さて、僕はそろそろ行きますね。貴女はどうされますか?」

「………正直アンタへの興味が尽きないんだけど、いざこざに巻き込まれるのは御免だし街に戻るわ。」

「でしたらこちらからどうぞ。」シャリンッ

 

開いていた『門』を杖でなぞると海の青から街の一部へと景色が変わる。

 

「港街の外れに繋がってます。歩いて数分位でショッピング街に入れると思いますよ。」

「あら、気が利くじゃない。そうだ、今度はアンタをコーディネートしていろんな場所連れ回してあげるわ。中性的なので攻めてみたら面白そうだし、いっそのこと女装してみる?」

「…………いずれ、縁があれば。」

「そう遠くない内になるかも知れないわよ?」

「………程々でお願いしますね?」

「どうしようかしら♪」

 

獲物を捉えるように見られている状況に少しだけ目をそらすコウだったが、そんな様子もメーテラにとっては興味をそそられるだけのようでニヤリと擬音が付きそうな悪い笑みを浮かべる。

 

「それじゃあまたね、可愛くて強い魔導師くん♪」

 

上機嫌で『門』を通りこちらに手を振るメーテラにペコリと礼をした後、コウは杖を振るい『門』を消した。




どのみち二人ともグランとジータの騎空団に所属することになるので女装は逃れられません。その時は団のお姉様達に全力で着せかえ人形にされることでしょう。


話は変わりますがこの世界「クトゥルフ神話」が存在しません。もっと言えば、それを知っているのはコウくん一人です。言語系統云々も違うので、もしクトゥルフ神話の魔導書の言葉をそのまま書き写しても解読できる人は殆どいません。魔導書そのものを読んで強制的に理解しない限りは呪文を聞いても真似も出来ません。


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調査 或いは合流

もうすぐ年末ですね。皆様はゆく年くる年キャンペーンのガチャで何を狙いますか?自分は狐エルーン組とリッチが欲しいです。




それでは、どうぞ。


「ふぁ~あ………。」

「気を抜くな、魔物が襲ってきたらどうする。」

「昨日の時点でここらの魔物の排除は終わってるだろ。一部は飼い慣らしてるわけだし、少しぐらい休んでも良いんじゃないか?」

「なんのための哨戒だと思っているんだお前は。」

「へいへい……というかアイツどこ行きやがった。一番張り切ってた癖にサボりか?」

 

森の中、二人の帝国兵が辺りを散策しながら歩いている。やる気なくあくびをした兵士はもう片方からの苦言を流しながらこの場にいない同僚への文句を垂れ流している。

 

「……もしかしたら何かトラブルに遭遇したかもしれん、探しに行くぞ。」

「…………………。」

「おい、何とか言ったらどう………。」

 

ドサッ

 

「っ!?おい!」

 

声も上げずに倒れ伏した同僚に駆け寄り、揺すり起こそうとする帝国兵。しかし死んではいないが完全に気絶している為、反応がない。こうなった原因を探る為に立ち上がろうとしたその時だった。

 

シュルッ  ギヂッ!

 

「かはッ!?」

 

突如として現れた機械染みた模様が青白く光る帯が帝国兵の首に巻き付き、そのまま絞め始めた。何とか抜け出そうと帯に指を掛けようにも鎧の隙間から入ってしまっているため手を出すことが出来ない。その後も逃れようともがく帝国兵だったが、抵抗しきれずそのまま意識を落とし、膝から崩れ落ちて倒れた。

 

「…………よし、っと。」

 

そのすぐ背後に手に先程まで帝国兵の首を絞めていた帯と繋がっている杖を持っているコウが姿を現す。光る帯はシュルシュルと杖のシャフト部分へ溶け込むように戻っていき、最後には完全に一体化した。後に残った気絶した帝国兵達を獣道から外れた茂みの中に放り投げると彼らが歩いてきた方向へと向かう。

 

(さて………まず聞き出した将軍が居るかですね。かなりの癇癪持ちらしいので居るのであればすぐに見つけられそうですが。)

 

杖を握り直し森を進んでいると、やがて開けた場所が視界に入る。その広場を囲むように設置された白い幕を見つけたコウは近くの木の上に飛び乗って様子を伺い始めた。

 

「…………どうやらガセネタを掴まされてはいなかったようですね、良かった良かった。」

 

そう言ったコウの目には、野営地で何やら忙しそうにしている帝国兵達が映っている。

 

(ここでやろうとしてることだけでも分かれば十分。本音を言えば僕の望む情報があれば良いんですが………あの魔石関連が出てくればラッキー程度に考えますか。)

 

一通り観察と思考を終えたコウは木の上で呪文を唱え、文字通り(・・・・)姿を消しながら地面に降りる。端から見れば透明になっている自分の姿を確認して一つ頷くと帽子をとり、ローブのフードを深く被って音を立てないように野営地の入り口へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ聞いたか?そろそろ計画を進めるらしいぞ。」

「聞いたも何もさっきフュリアス将軍が作戦テントで高笑いしながら話してたの聞こえたぞ。開発したばかりの新兵器を使うつってたな。」

 

(本当に戦争中……いや、帝国がちょっかいかけてる形ですかね。シェロカルテさんも人が悪い……最悪どちらかに捕まる可能性もありましたよ。まぁ今堂々と潜入してる自分が言えた義理では無いですが。)

 

真っ正面から陣地の中に入ったコウは姿を消したまま細心の注意を払って移動していた。心の中で自分をアウギュステに招いたシェロカルテに文句を溢しながらも周りの帝国兵達の会話に耳を傾ける。誰も近くに部外者が潜んでいるとは思っていないのか、機密事項であろう事を会話の話題として出しており、コウはそれと先程の拷問で手に入れた情報とを照らし合わせながら隠密行動を続けていると、。

 

「そこの君達、与えられた仕事はどうなったのですかネェ?」

「ポ、ポンメルン大尉!」

「は!戦闘の準備は滞りなく進んでおります!一時間もあれば完全に終了するかと!」

「ふむ、よろしい。適度に休息を挟みながら作業を進めるように。いいですネェ?」

「「了解しました!」」

 

ポンメルンと呼ばれたちょび髭の男が兵士達と言葉を交わしているのを見届け、コウはそのままその場を離れて動き出す。途中、帝国兵と接触しそうになった場面はあるが姿を消している為気付かれない。暫く散策し続けて、最終的にたどり着いた他よりも一際大きいテントへとふらりと入る。丁度無人となったそこは話にあった作戦テントだったようで机の上には資料が散乱していた。

 

「おっと………件の新兵器とやらの資料ですかね。さて、何が書かれているのやら………。」

 

目的からは逸れているものの、興味本位で資料を手に取り目を通す。自分にかけた隠蔽の魔法を解き、代わりにテント入り口に人避けの結界を張ったコウは資料の内容に眉をひそめる。

 

「星晶兵器『アドウェルサ』、島をも滅ぼす大砲…………なんともまぁ仰々しいですね。本当にそんな威力があるのでしょうか?」

 

新兵器と称されたそれのカタログスペックに疑問を持って首をかしげるコウはテントの前まで近づいて来た足音に気が付き、ゆっくりと振り向く。そこには、物々しい黒い鎧を身に纏う存在が佇んでいた。その事に少しだけ同様しながらもコウはごく自然に話しかけた。

 

「どうも、初めまして。」

「……妙な薄い気配がすると思っていたが、ネズミが一匹入り込んでいたか。兵士の錬度も落ちたものだな。」

 

にこやかな挨拶を無視して部下である筈の兵士に呆れ気味の黒騎士にコウは警戒しながらも話を続ける。

 

「突然で失礼ですがこの資料に載っている魔晶という物を詳しく教えていただけませんか?」

「答える義理などない。」

「おや、そうですか……残念です。」

 

とりつく島もない態度に、目を伏せて首を横に振るコウ。その様子に今度は黒騎士が引っ掛かりを覚えたようで、威圧的な声で問いかけた。

 

「随分と余裕だな、貴様がここで私に殺される事は想定していないのか?子供といえど敵であるなら容赦するつもりは微塵も無いが。」

「まぁ正直、軽い人避けの呪文が効果を成してない時点で相当な実力者だってことは分かってますよ。勝てるかどうかも怪しいですし。」ガシッ

 

そう言うとコウはおもむろに机の端に置いてあった分厚い本を手に取り

 

「なのでこうします。」ブォンッ!

 

紫の炎を纏わせて黒騎士の頭に向けて投げつけた。黒騎士は難なくそれを叩き斬るが、一瞬だけ視界が埋まってしまいコウの姿が捉えられなくなる。斬り裂かれた本が完全に燃え尽きる頃には既に気配すらも感じ取れなくなっていた。

 

「………チッ、逃げたか。」

 

ほんの少しだけ残った紫色の火の粉が舞い散って消えていくのを視界の端で捉えた黒騎士は腹立たしげに舌打ちをするとそのまま踵を返して去っていった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、危ない危ない。流石に駆り立てる恐怖を軽く超えそうな実力者とやり合うのは遠慮願いたい……直接聞き出せはしませんでしたが、これだけでも十分な成果でしょう。」

 

黒騎士から逃げるために陣地の外へ転移し、安全を確保したコウは一先ず物色した物を確認するためにその場から離れた。森の中を暫く進み、太い木を見つけるとそれに寄りかかる。久々に出会う実力者に内心少々焦っていたコウであったが、追われてはない事を察すると一息ついて持ってきた資料に改めて目を向けた。

 

「魔晶魔晶……………なんだ、星晶獣関係でしたか。海岸の兵器製造所にあったのは出涸らしですかね。」

 

どうやら期待していた物ではなかったようで肩を落とす。それでも扱えれば有益になりそうな情報ではあるため再び資料を見るととある場所に目が留まる。

 

「………『被験体 ルリア』?」

 

昼前、依頼の帰りに言葉を交わした一団の中にいた少女の名前が資料の中に見つける。

 

(あの人らは帝国の関係者………いや、それだとアウギュステ側に雇われているオイゲンさんとは敵対関係になる筈。スパイも考えられますが一番可能性があるのは………)

「………帝国からの離反、ですかね。」

 

思考をめぐらせ、至った結論を口に出す。誰にも聞かせる物でもなくただ考えを纏める為だけに吐き出された言葉であったが、妙な納得感をもたらした。

 

「いや、単純に同じ名前なだけ……まぁ僕が気にすることでも無いですね。これ渡したら追加報酬貰えたりするんでしょうか。」

 

そのまま没頭しようかというところで頭を振って背中を預けていた木から離れる。空腹感を感じながらも取り敢えず街を目指そうとした時、不意に誰かの声が聞こえてきた。

 

「ふぅん、こいつだけ?」

「は、周辺の魔物と競わせた結果、一部の個体が他を凌駕するように成長しまして……数は少ないですが、それでも強さは十分かと。」

 

息を殺し声のする方へと静かに向かうと、青い軍服のような物を身に纏った短気そうなハーヴィンの男が帝国兵と共に一体の魔物の前で言葉を交わしていた。鱗が岩になっている蜥蜴のような魔物は少しばかり様子がおかしく、まるで何かが欠けているかのようだった。

 

「チッ、そこまでやるんだったらもっと数を増やしなよ、役に立たないな。調教は済んでるんだろうな?」

「滞りなく、フュリアス将軍に従うようにしております!」

「ならいいんだよ……いいか?お前はポチだ!僕の言うことは絶対だからな!」

「グルルルルルッ。」ガシャガシャッ

「あっはっは!いいねぇ、いかにも凶暴そうだ!こいつをけしかけたらどんな風に死んでくれるんだろう!」

 

鎖に繋がれた魔物が唸るその姿をみてケラケラと笑うフュリアスと呼ばれた男はそのまま満足そうに踵を返して行った。後に残った魔物は今にも暴れだしそうな程に興奮しているようで拘束具をガチャガチャとかき鳴らして動こうとしているが、紫色に怪しく光る石が繋がれた鎖は何かの干渉を受けているのか壊れる様子はない。その様子を木の後ろから覗いていたコウは残念そうな顔でそこから動いた。

 

「あれが例の少将ですか………話が通じそうにありませんね。仕方ない、諦めましょう。」

「グルルルルラァッ!」ガシャガシャッ!

 

コウの存在に気が付いた魔物が威嚇をしているがそれを意にも介さずフュリアスと帝国兵が帰って行った方向を見つめる。情報を聞き出すために捕えることも考えてはいたが想像以上に問題のある人物であることを察したコウが今後の予定を立て始めたところで

 

グ~

 

と、腹の虫が鳴き始めた。音の主であるコウは腹をさすりながら今日食べたのが海岸にいた小さな魚型の魔物のみであることを思い出す。辺りに店などあるわけもなく、街まで行こうにもあまり魔法をひけらかしたくない為目立つところに転移することも出来ない。もう帝国軍の備蓄を拝借してしまおうかと考えいたその時、ふと近くの魔物と目が合った。

 

「…………………。」

「…………………。」

「…………………。」ニコッ

「ッ!!」ビクッ

 

暫く見つめ合い、不意にコウが笑うと魔物は体を跳ねさせる。本能的に危険が迫っていることを察したのか脱兎の如くその場から逃げ出そうとするが、体に掛かった鎖がほどけることはなくその場に縫い止められた。コツコツと、靴の音が近づいて来る。ゆっくりと振り返った魔物が最後に見たのは

 

ブォンッ! 

 

笑顔のままのコウが何処からか取り出した青白く光る大斧を小さい体を器用に使って振りかぶり、自分の頭をかち割ろうとしている姿だった。

 

       グチャッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グラン、ジータ……やっぱり、あの人何か変です。星晶に似た不気味な力を感じる………。」

 

数時間後、アウギュステのザニス高原の一角にて、グランとジータ達一行は、帝国兵を率いる黒騎士とフュリアスと対峙していた。支離滅裂な癇癪を繰り広げるフュリアスに困惑となんとも言えない怖さを感じ取ったルリアは少し震えており、カタリナはルリアを庇うように前に出た。他の面々も武器を構えて戦闘に備え、黒騎士は傍観を続ける中、フュリアスは腹立たしげに口を開いた。

 

「ああクソっ、うるさいんだよ……もういいや、いい加減うざったいし。さぁおいでポチ!こいつらを餌にしてやれ!」

 

声高らかに帝国が飼い慣らした魔物を呼ぶ。しかし、応答して出てくる存在は居らず、声は空しく周辺へと響き渡って消えていった。

 

「…………………?」

「なによ、何も出てこないじゃない。」

「はぁ?おい、何してるんだよポチ!さっさと出てこい!」

 

腹立たしげに引き続き呼び掛けるフュリアス以外は頭に疑問符を浮かべている。しかし、いくら周りを見ようとポチらしき生物の影は無い。グランとジータがもう気にせず戦おうとしたその時、フュリアスが呼び掛けた方向の木の影からコウが出てきた。何故か手には骨付き肉が握られており、それを食べながらなんでもないかのように挨拶してくる。

 

「あ、どうも今朝方ぶりですね。」モグモグ

「………えーっと、コウくん?」

「はい、コウです。」モグモグ

「あー……一応聞いとくが、お前さん今ここで何やってんだ?」

「旅のための保存食作りです。一応魚の干物とか缶詰もありますけど、それだけだと心許ないので。今は休憩がてら遅めの昼食を食べてます。」モグモグ

「食べるか話すかどっちかにしなさいよ。」

「……………………。」モグモグ

「って、食べる方を選ぶんじゃ無いわよ!」

 

イオにツッコまれるが、それでも

 

「おいそこのガキ、何で死んでないんだよ!そっちにはポチがいた筈だろ!」

「何を仰ってるんですか?貴方の仰るポチならここにいるじゃないですか。」

 

首をかしげなから手に持った

 

「はぁ?目が腐ってんの?どこにあのでっかい魔物がいるって言うんだよ。馬鹿にしてるなら殺すぞ!」

「だからここに。」

「……それもしかして魔物の肉?」

「はい、丁度拘束されていたので遠慮無く。何やらけしかけるとか言ってましたが人を食べた個体を食べたくないので先に仕留めて加工してます。あ、お一ついりますか?」

「え!いいんですか!?」

「要らないわよ!ルリアも受け取ろうとしないの!」

 

一瞬目を輝かせるルリアをイオが抑えているなか、ずっと静観を貫いてきた黒騎士が口を開く。

 

「茶番劇は終わったか?」

「ああ、黒騎士さん。先程はどうも。」

「またこうして私の前にノコノコと出てくるとは……いや、帝国の陣地に単独で侵入した時点で命知らずではあったか。取り敢えず、貴様は捕えておくべきだな。」

「もしかしてこれですか?」

 

そう言ってコウはテントで手に入れた資料の束を見せるように顔の横に掲げた。

 

「やはり持ち逃げしていたか。」

「目的の情報は載ってなかったので僕としてはどうでもいい事柄なんですが………まぁ機密情報を漏らされてはそちら側としてはたまったものじゃないですよね。」

「話が速いな、では大人しく捕えられろ。」

「遠慮します、『ーーーーー』。」

ボフッ!

「「「きゃあっ!?」」」

「「「うおっ!?」」」

「こ、これはッ!?」

「な、なんdグエッ!?」

 

黒騎士が剣を引き抜いたと同時にコウの足元を起点に突如として濃霧が現れる。あっという間に辺りを包み込んだ霧は近くに人がいるのかすらも曖昧にする。

 

ブォンッ!

 

「……チッ、また逃がしたか。逃げ足が速いというのは厄介なものだな。」

 

即座に前方を一閃し邪魔な霧を払うと共にコウを叩き斬ろうとした黒騎士であったが、既にそこに対象は居らずそれどころかグランとジータ、ルリア達も跡形もなく消えていた。

 

「おい!何やってるんだよ、さっさと追いかけろ!」

「今追っても面倒なだけだ。アウギュステ軍もすぐそこまで迫っているだろう、優先順位もわからないか?」

「あ"ぁ?………チッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドサドサッ!

 

「よっと。」シュタッ

「おい!いきなり掴むんじゃねぇ!ビックリすんじゃねぇかよぉ!」

「すいませんビィさん、貴方だけ飛んでいたのでこうでもしないと置いていってしまったかと。」

 

地面に咄嗟に『門』を開いたコウは周りにいた者達ごと先程の場所から少しはなれた地点へと転移していた。繋いだ先が少し高い場所だったこともあってか、ビィを抱えたコウ以外は着地し損ねている。

 

「皆さんご無事ですか?」

「う、うん……。」

「お、おいグラン、ジータ、早く降りてくれッ……。」

「「あ、ごめんラカム。」」

 

ラカムが団長副団長に下敷きにされているなか、立ち上がったオイゲンは腰をさすりながら口を開く。

 

「いってて………おい坊主、もう少しどうにかなんなかったのか?ちと高すぎて腰打っちまった。」

「まぁまぁ、助かったから良いじゃないかオイゲン殿。君もすまないな、一人であの場から逃れることも出来ただろうに。」

「流石に危機が迫っている顔見知りを放っておくほど薄情じゃないですよ。ですが、まぁ……。」ヨロッ

「はわわっ!?大丈夫ですか!?」

 

一瞬だけ力が抜けたように倒れかけるが何とか踏み留まる。

 

「印も書かず魔力が回復しきっていない状態で『門』の強行はッ……ちょっと、疲れますね……朝の調査の際にもっと貯めておけば良かった………。」

「おいおい、そんな状態であの黒騎士に真っ正面から話しかけたのかよ………。」

「堂々としてれば、案外相手は隙を晒してくれるものですよ。特に黒騎士さんみたいな人は相手が弱っていても油断せず確実に仕留めに来るタイプでしょうし、もう一人の………フュリアスでしたっけ、あの人は弱った相手をいたぶって殺そうとしてくると踏んだので、最善だとは思ってますよ。」

 

そう言いながら肩掛け鞄に手を突っ込むと何かを掴んでそれを躊躇い無く飲み込む。少しばかり青かった顔色が元に戻った。

 

「ふぅ………それより、皆さん帝国とはどういったご関係で?最高顧問と少将から追われるなんてただ事では無いと思うのですが。」

「……詳しい事は伏せるが向こうから追われる身ではある。私に関しては特にな……。」

「で、でも、カタリナは私を助ける為に「あぁ、カタリナさんがルリアさんを連れて帝国軍から離反したんですね。そして……グランさんとジータさんの騎空団に身を寄せているといった感じですか。」ふぇ!?」

「違いました?」

「い、いや、概ねその通りなんだが……何故君はその事を知っている?ルリアが帝国にいたなんて事、早々に知り得ないだろう?」

「僕の旅の目的に関する情報が無いかと思って帝国軍の拠点に入り込んで盗った資料に被験者としてルリアさんの名前が入っていたので。ほら、ここに。」

 

差し出された紙の束をグランとジータが覗き込む。開かれていたのは魔晶のページで、その一角にルリアの名前が書かれている。

 

「あっほんとだ。」

「うーん……でも名前だけか。」

「いやもっと突っ込むべきところがあるでしょ!?帝国軍の拠点に入り込むって何やってんのよあんた!」

「黒騎士さんには効きませんでしたがそれ以外の兵士の方々は隠蔽魔術に気付いていませんでしたし、大丈夫ですよ。」

「そういう問題じゃなーい!」

 

斜め上の答えにイオは声を上げてツッコミを入れる。しかし、コウはそれを意に介さず話題を変える。

 

「まぁまぁ、今は僕の事はどうでもいいじゃないですか、言ってしまえば僕は完全なる部外者ですし。それよりはオイゲンさんや皆さんの事情の方が大切なのでは?」

「……坊主、どっから聞いてた?」

「最初から隠れながら、五感を鋭くする方法はいくらでもあるんですよ。」

 

ニコッと微笑むがオイゲンは訝しげな目線を返している。

 

「確かに、知り合いっぽい感じだったよね。オイゲンも何か帝国と因縁が?」

「そうなのか?オイゲン。」

「……すまねぇが、オレにゃ言えねぇ事が多すぎる……ホントに悪ぃな。というか、グラン達も何かしら関係があんのか?坊主が出てきたからターゲットをそっちに変えたとは言え、黒騎士のやつはルリアの嬢ちゃんだけじゃなくオメェらも捕えようとしてただろ。」

「あぁ、その事についてはね…………。」

 

そうしてジータの口から今までの旅路の事が語られる。故郷のザンクティンゼル、ポート・ブリーズ、バルツで起きた帝国とのいざこざ、そしてきっかけとなったルリアの能力を聞いたオイゲンは納得の表情を見せた。

 

「なる程なぁ、それが坊主が言ってたように被験体として囚われていた理由ってわけか。」

「え、エヘヘ……。」

「そんな怯えきった顔をすんじゃねぇや、別取って食いやしねぇからよ。」

「へぇ、驚かねぇんだなおっさん。」

「バカ言うんじゃねぇ、テメェらよかよっぽど長生きしてんだ。ちょっと大食いの小娘じゃあ驚いたりしねぇよ。それに素手で鉄捻切ったり、いきなり目の前で燃えて消えたりする奴に比べりゃ可愛いもんだろ。」

「僕の事言ってます?」

「そりゃあオメェ、少なくとも普通じゃねぇだろ。」

「……………まぁそうですね。」

 

ビィの言葉を否定出来ない辺り、自分が普通とはかけはなれているのは自覚しているようで口を挟まないように大人しく静観を続ける。

 

(ここから先は僕はお邪魔ですかね。)

 

深刻そうな話に差し掛かった辺りでコウは意識を周囲に向ける。既に帝国が拠点にしていた場所からは外れているため、魔物の気配がちらほらと感じ取れる。そのうちの一つがこちらにゆっくりと近付いている事に気が付くと、コウはそのまま気配を消してそちらの方向へ向かうのであった。

 




コウくんが介入したのはあくまでも「顔見知りが死んだら目覚めが悪い」程度の理由なので騎空団に入るとかは本人は考えてなかったりします。

今回から後書きにコウくんの使う呪文や道具の詳細を書いていこうと思います。クトゥルフ神話TRPGルールブック等を参考にしているのでご了承下さい。


◯精神衝撃(マインド・ブラスト)

対象の精神に恐ろしい衝撃を与え、正気を失わせ一時的狂気に陥らせる魔術。狂気と言えどその症状は様々であり、気絶や硬直、金切り声など多岐にわたる。精神が弱かったり本能が強い相手ほど効きやすいが、逆にメンタルが強かったり元から狂っていたりする相手には効果が薄い。


◯ニョグタのわしづかみ(別名:不浄の締め付け)

対象の心臓をわしづかみにし、痛みを与え続ける魔術。強さの調整が可能であり、最大まで魔力を込めると心臓を握り潰せるが、基本的に拷問に使われる事が多い。


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