なんかよくある話 (天和)
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少女について来られた話

 

 

「嬢ちゃんよぉ、いい加減離してくれねぇか?」

 

 

裾を掴む小さな手、小汚い格好、意志の薄い瞳。

ぎゅうと音が聞こえそうなほどに力強く服を握り締め、何を考えているか分からない瞳でこちらを見上げる少女。

 

さっきから何度か声を掛けているが、一向に離す様子はない。

 

どうすっかなぁと、男は途方に暮れる。

 

憎たらしいほどの青い空と、足元のちびを交互に見ながら盛大にため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

そこそこな規模がある都市の大通り。

店の呼び込みや屋台が並び、それなりに賑わっている。

 

 

そんなところを男はふらふらと歩いていた。

 

 

見た目はそれほど目立つような男ではない。

平均的な身長よりやや高い程度で、無精髭が目立つ顔は人混みにあれば大して気に留めないだろう。

 

しかし、その光を呑み込むような暗い瞳は、近寄り難い何かを発していた。

 

ほんの少し距離を取られながらも男は気にしない。

それは男にとっていつものことだから。

 

男はちょっとした思いつきで、ぶらぶらと散歩をしていた。

 

せっかく新しい都市に来たために、たまにはちゃんとしたものを食おうと思ったのだ。

風来坊の如く旅をしている男は、何も保存食に飽きていたとか、文句があるわけではない。

 

ただなんとなく、干し肉を齧ろうとしたときになんとなく思ったのだ。

たまにはちゃんとしたものを食おうと。

 

宿屋で何か頼んでも良かった。

ただ、そうではないような気がして、ふらりと宿屋を出た。

自分でも分からぬままに男は歩く。

 

とりあえず、あそこで売っている串焼きでも食おうか、と。

 

そうして串焼きを一つだけ買い、道の端でしゃがみ込み、ぼぅっと通りを眺めていた。

 

男、女、老人に子供、武器を持つ者持たない者。

 

そんな中、裏通りに続く薄暗い道にボロ切れを被った少女が見えた。

 

やっぱそれなりにデカイ都市だといるもんだな、などと思う。

 

それなりの収入を得て、それなりの家に住み、当たり前のように家族と過ごす者たちがいる一方で、何らかの事情で親を亡くしたり、捨てられる子供がいる。

 

自分も似たようなものだった。

 

ふと、少女と目が合う。

少女の何かを呟いた気がするが、それより気になる少女の後ろの怪しい男。

 

いかにもな風体の男は素早く少女に麻袋を被せ、裏の闇に消えていった。

 

一連を見ていた男は思う。

よくある話だなと。

鬱憤を晴らすためか売り物にするためか、はたまた性のはけ口か。

幼い少女が好きな奴なぞ当然いる。

 

男もよく知っていることだった。

よく知っていることだったが、どうにもあの少女が気に掛かる。

男は勢いよく駆け出していた。

 

 

 

消えていった姿は直ぐに見つけた。

追ってくる者なんかいないと思っていたのであろう。

人攫いは男の姿を見てギョッとしている。

 

「どうしたんですかい兄さん、これを買いたいんですかい?」

 

直ぐに表情を取り繕い、薄笑いを浮かべながら人攫いは言った。

 

男は気に食わなかった。

何が、と言われても分からないが、とにかく気に食わなかった。

 

「いや、まぁなんだ。虫の居所ってやつが悪いんだ。」

 

男はそう言いつつ一気に踏み込み、人攫いをぶん殴り、ついでに袋を掴み取った。

 

加減もしたし、死にはせんだろうと願いつつ、袋から少女を出してやる。

 

思ったより幼く、軽い。

 

 

「おい嬢ちゃん、痛いとこねぇか?」

 

男は少女の前にしゃがみ込み上から下まで観察する。

怪我はなさそうだが、こんな状況でも顔色一つ変化がない。

 

少女は何も答えずに男を見ている。

 

「怪我やらはなさそうだな。まぁ運が良かったな。」

 

少女はなにも答えず、じっと男を見ている。

男はそんな視線に怪訝な顔。

 

「嬢ちゃん?」

 

少女答えない。

なんだかジリジリと近づいて来ている気がする。

 

「…」

 

男は立ち上がって一歩下がる。

少女は同じだけ寄って来る。

 

 

「あー、嬢ちゃん、次からは気をつけろよ。じゃ…」

 

ぐわしっと力強く掴まれ、男の言葉が止まる。

 

少女、無言。男も言葉が出ない。

やんわりと引き剥がそうとするが、離さない。

手を掴んで離させようとする…思いのほか力が強い。

手を脇に入れ持ち上げてみる…離した。

男はさっと少女を降ろして踵を返す。

 

ガバッと、飛びつくように服を掴まれる。

 

「…あー分かった分かったから。置いてったりしない。」

 

少女はじぃっと見上げてくる。

絶対に離さないと言わんばかりに力がこもっている。

 

「嬢ちゃん、親はいんのか?」

 

少女は小さく首を横に振る。

 

そりゃそうだよな、なんて思う男。

 

「そうか…とりあえず表通りに出るぞ。」

 

男は歩き始める。

少女はそんな男の服をギュッと掴んでいる。

 

「嬢ちゃん、手をな」

「や」

「今喋った?」

 

首を横に振っている。

今一言言ったろと男は言いながら歩く。

 

なんだかふんわりした空気。

二人を見つめる空は憎たらしいほど青かった。

 

 

 

 

 

 

 



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色々整える話





 

“あぁ、ここまで来ちまった”

 

昼頃に借りたばっかりの宿屋の前で男は思った。

本当に、どうしよう、と。しかし時刻はもう夕刻。

 

下を向き、目が合う。

服の裾はしっかりと握られている。

 

「とりあえず嬢ちゃん、腹減ってるだろ?なんか食おう。」

 

じーっと感じる視線をなんとか振り切り、意を決して扉を開ける。

開けた先には恰幅の良い女性がおり、掃除をしているところだった。

 

「いらっしゃい!ってあんたか。どうし…」

 

女将、絶句。男、冷や汗。なんとか言葉を絞り出す。

 

「い、色々あってな。ちび一人分追加しといてくれ。飯も頼む。」

「攫って来たわけじゃ、ないのかい?」

「断じて違う。なんと言うか…そう、成り行き。」

「そうはならんでしょ。」

 

なってんだよっと心の内で男はぼやきつつ席に座る。

少女はまだ服を離さないため、横に座らせる。

 

「とりあえず飯二人分、このちんちくりんでも食べれそうなの頼めるか?」

 

先払いだよっと言う声に硬貨を用意しつつ少女を見る。

薄汚れた肌、髪、襤褸切れのような服。

 

“飯食ったら適当に服買って身体も洗わんとな”

 

そんなことを考え、あれっと男は思った。

男は自然と世話のことを考えていた。

首を捻っていると、お待ちっと女将の声。

 

簡素なスープと硬いパン、ちょっとした肉と野菜。

 

「うし、食うか。嬢ちゃんも遠慮はいらんからな。」

 

考えごとを隅にやりまずは腹拵え。

少女は黙ってこっちを見ている。

 

「なんだ?もしかして腹減ってないか?」

 

くぅっと可愛らしい音が鳴る。腹は減ってるらしい。

スープを掬って口元に近づける。食べた。

どうやら食器よりも服の裾を持ちたいらしい。

 

「嬢ちゃん、もう逃げねぇからよ…服じゃなくてこっちを持ってくれ。」

「や」

「…そうですかい。」

 

色々と諦めて餌付けを進める。肉も野菜もしっかり食べる。

頬を膨らませて食べる様子になんか楽しくなってきた。

口元に近づけた肉を食べる瞬間に引いてみる。

 

空振る少女、一瞬不思議そうな顔。

それから少女はじぃっとこっちを見てくる。

 

笑いを噛み殺しながら続きを食べさせる。

また食べさせる。

引いてみる。空振り。少しだけ目を細めている気がする。

食べさせる。

引いてみる。がぶりっ。噛みつかれた!

 

「あいたたたっ、悪かった!もうしない!」

 

心なしかじとっとした目で見てくる。

速やかに次の一口を用意する。

 

「なんだい、仲いいねぇあんたたち。」

 

女将が呆れたように言ってくる。

うるせぇなどと思いつつ、無視して我儘姫の機嫌取りを続ける。

 

…お腹いっぱいになったらしい。

 

小さく欠伸して目を擦っている。と思えば膝の上に乗ってきて抱きつくように眠り始めた。

 

…なんで?

 

「なぁ女将さん、これおかしくないか?」

「悪い気持ちにはならんでしょ。拾ってきたんならちゃんと世話しなよ。」

「えっ」

「ほら部屋まで連れてってやりなよ!これ持ってってあげるから!」

 

追い立てられるように部屋へ移動する。後ろから水桶と服を持った女将。

 

「女将さん、それは?」

「古着だよ。うちの子らの昔のやつやるから着せてあげな。」

「ありがとう、助かる…俺がやんのか?」

「当たり前でしょ。さっさとしてやんな!」

 

女将に問答無用で部屋に押し込まれる。

男、呆然。仕方なし。

 

とはいえこうなればやるしかない。

 

「おい嬢ちゃん起きろ、寝る前に汚れ落とせ。」

「ん」

 

少女ようやく離れるも座り込んだままこちらに手を伸ばしている。

 

…襤褸切れを剥ぎ取るとこからやれと?

 

「自分で」

「や」

「……」

「ん」

 

男は長いため息を吐く。この我儘姫め、と。

 

襤褸切れみたいな服を引っぺがす。

頭の上には丸っこい耳。

痩せて貧相な身体付きだが、傷や痣等は見当たらない。

 

「嬢ちゃん、獣人かい。力が強いのも納得だな。」

 

それはともかくせっせと汚れを落としていく。

 

油やら垢やら、色んなもので酷い汚れだ。

身体が終われば髪もできるだけ。

こちらも酷く汚れている。

 

何度か女将に水を交換して貰いつつ、大方の汚れを落とすことが出来た。

 

男は思う。

 

冷たい水ではなく、お湯を用意してくれた女将には感謝しなければ。

肌も随分白くなったし、髪も煤やらが取れてきれいな茶色になった。

 

半分夢の中にいる我儘姫に服を着せてベッドに放り込もうとするが、がっちりと服を握られる。

寝かけのくせして離す気配がない。

 

寝るには少し早いが、諦めて一緒に横になる。すり寄ってきた。なんだかなぁと思っていると、やたらと暖かくて直ぐに眠気が襲ってきた。

くぅくぅと無防備に眠る少女を見て、僅かに抱き寄せる。

するとほんの少しだが、腕の中の少女が笑った気がする。

 

女将が言っていたように、確かに悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 



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お出かけする話

 

…暑い、それからちょっと苦しい。

 

目が覚めて見えたものは宿屋の天井…と、少女の頭。

こいつすり寄るだけじゃなくて乗り込んできやがった。

しかもよだれ垂らしてやがる。ため息。

 

「お嬢、起きろ。起きてだらしねぇ顔洗え。」

「…んや」

 

ぎゅぅっと服が握りこまれる。まだ寝足りないらしい。

ため息を吐いて起き上がる。

少女はしがみついてくる。

 

…仕方なし。

 

大きなナマモノを抱いたまま、部屋を出る。

 

「おはようさん。…あんたら親子だったっけ?」

「…とりあえず水くれ。目ぇ覚まさせる。」

 

女将は朝から元気いっぱいのようだ。

対して男はため息が止まらない。

水を貰って部屋に戻る。絞った布切れを少女に渡そうとする。

 

「こいつ寝てやがる…!」  

 

少女は抱かれたまま眠っていた。安らかな寝息が聞こえる。

今までどうやって生きてきたんだ。

男はそう思いつつ、呆れたまま少女の顔に布を押し付ける。

 

「おら、さっさと起きろっての。」

「ん、や、あぅ…」

 

わしゃわしゃと顔を拭き上げ、よだれも拭き取る。

なんとなく不機嫌そうな少女の視線を流しつつ自分も顔を拭く。

 

「うし、飯だ、飯食うぞ。」

 

じとっとした視線を感じつつ、部屋を出る。

女将に食事を頼み、自分で食べようとしない少女に餌付けしつつ今後について考える。

 

…考える、が。

 

どうにも少女をそこらに置いていくつもりになれない。

この警戒心やら危機感が全くなさそうな少女を。

 

“今までなんとかなったし、なんかちょっと楽しいし、まぁいいか”

 

男は考えるのは苦手であった。そこで今を楽しもうと思った。

とりあえず少女をからかおうと、口元に差し出したパンを引く。

少女は素晴らしい反応でパンに食いついた。

 

「お、いい反応じゃねぇあいたたた!」

「むー!」

 

少女はパンをしっかり飲み込むと間髪入れずに男の手に噛み付く。

昨日よりちょっと強い!

平謝りする男。既に尻に敷かれている。

女は強い。年齢に関係なく。男は一つ賢くなった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「さて、と。嬢ちゃん、ちょっと出かけんぞ。」

 

ワチャワチャしながら食事を済ませ、男は言った。

胸元にナマモノを抱っこしたまま外に出る。いい天気だ。

 

「どこ、行くの?」

 

小さいが、確かに少女の声。男は感激した。

 

「嬢ちゃん、お前話できるんだなぁ…!俺は嬉しい…!」

「む、あぅ」

 

感激のあまり頭を撫で回していると、ぺしっと手を叩かれる。

 

「おお、悪いな。感動のあまりに…今から行くのは金物屋と依頼屋のとこだよ。」

「かなものや?いらいや?」

「あー、金物屋は武器やら防具やら色々置いてるとこだよ。依頼屋は、あー、困ってる人達を助けるとこだな、うん。」

 

ぽやんとしている少女。男は困る。

 

「まぁ、見てたら分かる…多分。」

 

 

 

暫く歩いて。

 

 

 

「ここが金物屋だ。」

 

言いつつ男は中に入る。

そこそこ広い中には様々な物が置かれている。

少女の目は心なしか輝いている。

 

「お、良いのあんじゃねぇか。」

 

男の言葉に反応して少女が男の顔を見る。

視線を辿る。

顔を見る。

男がそれを手に取ったとき、少女の心なし輝いた目は曇った。

 

「ちょっと軽い…もうちょい重いほうが…でもなぁ…」

 

男は‘それ’を手に取りブツブツ言っている。

少女は流石に違うだろうと、‘それ’の横に置いてある剣だろうと思っていた。だって、そっちのがカッコいいから。

 

男が手にとった‘それ’は、強いて言うなら棒であった。

 

持ち手は握り易い太さに加工され、長さは男の半分以上あり、持ち手以外は太くなっていて、棘のような出っ張りがいくつもついている。

少女は一度目を擦り、もう一度男の持っているものを見る。

 

 

 

金属製の棒、だった。

 

 

 

「かっこわるい…」

 

少女はつい口に出してしまった。

でも隣の剣の方が間違いなくカッコいいもん。

 

ふと、男が静かになっていることに気付く。男の顔を見る。

…なんと言っていいか分からない顔をしている。

 

「こ、ここ!これだってなぁ!す、すごいんだからな!剣とか槍とかなんかより良いもんなんだよぉ!」

 

男は動揺している。子供だからこそ、その言葉は真っ直ぐなもの。

今までも色々と言われてきたが、一番心を抉る一言だった。

 

「でもかっこわるい。こっちのがいい。」

 

少女の指差す方は、剣。男、言葉なく撃沈。暫くは帰ってこないだろう。南無。

棍棒は優しく棚に戻されている。少女はさらっと男の手から降り、男をつついている。

 

「んっはっはっは!お嬢ちゃん、そんぐらいで勘弁してやりな!」

 

店の奥より髭面の男が大笑いしながら歩いてくる。

 

「ん?もしかしてあんた、“猪”か?」

「いのしし?」

「ん?あぁお嬢ちゃん。この男の渾名だよ、多分だが…ところでお嬢ちゃん、こいつの子供か?」

「ちがうよ?」

 

そうなのかと、髭面。男が再起動する。

 

「これを買いたい。いくらだ?」

 

男は少女の言葉を忘れることにした。あまりにも辛いので。

少女は男たちのやり取りを尻目に他の品物を見ることにした。

 

…かっこいいのがたくさん!

 

なお金棒等は除く。

 

 

 

うきうきしている男をじとっと見つめながら少女は歩く。

その手はしっかりと男の手を握っている。男はじとっとした目線には気付いていない。

 

 

 

少女は思う。

 

 

“やっぱりかっこわるい”

 

 

金棒は少女のお気に召していないようだった。

 

 

 

 

 

 



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ちょろい男と天然少女の話

 

「ここが依頼屋だな。」

 

男は少女の手を引き扉を開ける。そこそこ騒々しい。

少女は男の手を強く握る。男は軽く頭を撫でる。

 

入って正面には受付がある。年配の男女が数人ほど書類の処理やそこに並んだ人の対応をしている。

奥には食事処が見える。大半の人はそちらにいるようで、朝から酒を飲み騒いでいるようだ。

受付の隣の壁には色々と張り紙がある。男はそれらを眺めている。

少女も見るが、なんと書いてあるか分からない。

 

「ん」

 

少女はそれが何なのか気になり、男の手を引く。

男はあぁっと声に出しながら少女を抱き上げる。

 

「これにな、色々なお願い事が書いてあんだよ。」

 

例えばこれにはなっと男が指差しながら少女に言う。

男は頭が良くないが、少女に少しでも分かりやすいよう言葉を選んで説明をしている。

少女は抱っこに満足しているのか、黙って聞いている。

普段では見られない光景に、受付にいるおっちゃんおばちゃんもほっこりとしている。

 

そんな温かな光景に歩み寄る男がいた。

 

「おい兄ちゃん、ここは子守するとこじゃねぇぞ。」

 

後ろから声を掛けられる。振り向くとニヤニヤと柄の悪そうな男。少女は男の肩越しに視線をやり、興味なさそうに視線を戻す。

男は男で、そんなことに構うなら少女に何か教える方が良いと思い流すことにした。

 

「そうかい、忠告ありがとよ。」

 

男はそれだけ言って一枚手に取る。それを持って受付へ。

受付にいるおばちゃんにカードと紙を渡している。流れるような動きだ。

おばちゃんはにこにこと何かにカードを差し込んでいる。

 

「なにしてるの?」

「あぁ、これはな」

「おい!無視すんじゃねぇよ!」

 

大きな声と同時に肩を掴まれる。男、小さく舌打ち。

 

「まだなんか用があんのかよ。」

「てめぇみてぇに舐めてるやつは久しぶりだよ…!子守しながら今の依頼するつもりか!?」

「そりゃあんた、当たり前だろ。」

「てめぇ…!」

 

不穏な空気が広がっていく。受付から近くの人に視線が飛ぶ。

視線を受けた者の少数が直ぐに抑えられるように動き始める。

少女の目が柄の悪い男に向く。

 

「ねぇ」

 

少女の声。不思議と皆の耳に入った小さな声に全員の動きが止まる。

 

「しんぱいしてくれてるの?」

 

真っ直ぐな視線を受けた柄の悪い男がたじろぐ。

 

「そりゃよぅお嬢ちゃん、心配するに決まってんだろう?わざわざ危ないことせんでも…」

 

この柄の悪い男は本気で少女を心配していた。確かに少女を抱えるこの男は腕が立ちそうだ。しかし絶対に安全などとは言えない。男に何かあっても少女に傷が残るだろう。

 

男が手にとった依頼は危険度の高い魔獣の討伐。

柄の悪い男はもっと安全な依頼を受けさせようとしていた。

 

言葉や態度と裏腹に。

 

 

「だいじょうぶ」

 

再び少女の声。

 

「にぃはぜったいまもってくれるもん。」

 

瞬間、男に衝撃が奔る。

 

俺が、お兄ちゃん…?

俺はお兄ちゃんだった…?

 

「あ、あぁ…俺が、俺が兄ちゃんだ…兄ちゃんが守ってやるからな…!」

 

衝撃の余波が男の瞳から溢れ出す。

いつの間にか兄になった男は少女をこれでもかと撫で回し、抱きしめている。

 

男はかなりちょろかった。少女もなんだか嬉しげである。

 

年配の方々も貰い泣きしている。手拭いが足りていない。

近くにいた者もなんだかよく分からないが拍手をしていた。

感動的なようでとても混沌としている。突っ込む者は誰もいない。

 

 

「…あぁ!分かったよ、たくっ。だがな!この依頼、俺もついていく。お嬢ちゃんがどんだけ信頼していようと俺は納得できねぇ!」

 

柄の悪い男は目の前のやり取りに完全に毒気を抜かれていた。

が、それはそれ、これはこれ。ついていって、何かあった際には守る、と決意を固めていた。

 

 

意気投合し始めた男達が依頼について話し合っている。

少女は満足気に男の胸元に収まったまま。お気に入りの場所となっている。

 

 

食事処から一連を眺めていた者たちが話している。

 

「なぁ、あいつあんな子供好きだったか?」

「いや、少女嗜好じゃねぇか?」

「えっまじか…5,6歳くらいじゃねぇの?あの子…」

 

 

 

柄の悪い男はこの日から‘子供好き’の渾名を付けられた。

良いように聞こえるがそういうことである。

 

これが良い意味になるかは、今後の行い次第となる。

 

 

 



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名前と依頼の話

 

都市を出て暫く、踏み固められた道と森が続いている。

その道を2人の男が歩いている。

 

一人は動きやすそうな服、頑丈そうな靴、重そうな金棒を持った男、自称?お兄ちゃん。背中には少女がくっついている。

もう一人は革の胸当てや篭手、臑当てなどを身に着け、槍を担いだ男、子供好きであった。

また少女も古着だけでなく、真新しいフード付きの外套を着ていた。ご満悦である。

 

「そういやよぉ、あんたら名前なんて言うんだ?」

 

何気なく聞く子供好き。

ぴたりと石像のように固まる男。後ろから不思議そうに少女がつんつんしている。

 

「……」

「おい、どうした?」

 

突然動きを止めた男に怪訝に思う子供好き。

今この瞬間、男は何気ない質問に大きな衝撃が受けている。

 

名前?名前とは?

 

「お、俺は…俺はぁ…!」

 

崩れ落ちる男、狼狽える子供好き、突っつく少女。

 

「お兄ちゃん…失格だ…!!」

 

天を仰ぎながら涙を流す、自称お兄ちゃん。

 

「お、おいおい、なんだってんだ。」

「お嬢、ごめんなぁ…!俺ぁ名前も聞かないで…」

 

混乱する子供好き。少女を抱きしめる失格お兄ちゃん。

抱きしめられるのは嬉しそうながら、よく分からず首を傾げる少女。

 

混沌であった。

 

 

 

 

暫くしてから。

 

 

 

「で、だ。落ち着いたか?」

「ああ、もう大丈夫だ…」

 

なんとかかんとか場を落ち着けた後、男と子供好きは話し合っていた。

 

「つまりは会ったばかりで名前を知らねぇってことか。」

「…そうだ。」

「てかよぉ、昨日の今日でどんだけ仲良しなんだよ…そっちのが驚いたぜ…」

 

子供好きは素直に驚いている。少女は男にすり寄っている。男は無意識に少女を撫でている。

 

 

「まぁ、いい機会じゃねぇか、今名前聞いとけよ。」

「そうだな…お嬢、名前は?」

「しらない」

 

衝撃、再び。

 

「名前ねぇのか…」

「お兄ちゃんとして良い名前送るからな…!」

 

悲しげに呟く子供好き。

迸る愛が目から溢れているお兄ちゃん。

抱きしめられ、頬ずりされて満足気な少女。

 

ふと子供好きが尋ねる。

 

「お嬢ちゃんは分かったが兄ちゃんの名前は?」

「知らん。猪とか金棒のって呼ばれていた。」

 

子供好き、閃く。こいつヤベーやつで有名な‘猪’か、と。しかもこいつも名前ねぇのかよ、と。

 

「…兄ちゃん、あんた暴れ猪とかって呼ばれてなかったか?」

「暴れ猪?いや、知らねぇな…猪ってだけだ。そんなことより、お嬢の名前だ…最優先、だ。」

 

多分合ってるな、と子供好き。今、少女に向けている関心が全て暴力に向かってたんだろう、と。

 

「…じゃあ、にぃになまえつけてあげる。」

 

少女より一言。男の目からは嬉しさが溢れ出している。

 

「…あんなぁお嬢、お嬢の名前は」

「まって。」

 

遮る少女の声。どうしたのかと抱きしめている少女を見る。

 

「にぃのなまえもいいたいの、いっしょに。」

 

愛おしい過ぎて壊れてしまいそうな男、即座に了承。

子供好きは尊すぎる光景を前に浄化され、真っ白に。

 

 

少ししてから。

 

 

せーので名前を呼び合うことにした男と少女。

 

「「せーの」」

 

「ウル」

「ブル」

 

男は少女に“ウル”と。 

少女は男に“ブル”と。

 

「っ、ははっ」

「えへへ」

 

ウルとブルが笑い合っている。

子供好きはその光景に新世界を見た。尊さのあまり土に還りかけているがゆえの幻覚である。ふと我に返る子供好き。

 

「あ、依頼…」

 

声を掛けるのは少し後にしようと、子供好きは思った。

この尊さを余すことなく記憶してからだ、と。

 

 

 

 

記憶に焼き付けて少ししてから。

 

「そろそろ行くか。ブル、ウルちゃん。」

「くくっ、ハスタァ…今の俺なら城塞ですら相手にならねぇぜ…!」

 

さらりと名前が出た子供好き、改めハスタは少女を愛でる馬鹿を流し見て、依頼について考える。

 

依頼の魔獣、鼠を巨大化させたような姿だという。それが家ほどの大きさだとも。

正直、ハスタ一人では少々厳しい。2人だと言っても少女がいる。

 

「ブルよぉ、お前依頼ちゃんと読んだか?」

「当たり前だろ、俺はお兄ちゃんだぞ。なぁウル。」

「ん」

 

こんの、おばかはよぉ…!

 

きゃっきゃっと戯れてる馬鹿兄妹、正確には馬鹿兄に青筋をたてるハスタ。大きく深呼吸。

 

「ふぅー…じゃあそれでも楽にいけると思ったんだな?」

「まぁな。だが今ならもっと余裕だ…なんたってお兄…」

 

言葉を止めて背中のウルを抱え直す。不思議そうなウル。

様子が変わったことに周囲の警戒を強めるハスタ。

 

「確か…ここら辺でも見かけたんだよな?」

「あ?あぁそうだな。…近くにいんのか?」

 

問いかけるブル。周囲を確認しつつ、返事をするハスタ。

 

「いや、多分遠い。こっちだな。」

「お、おい待て!」

 

 

 

暫く森の中を進みブルは足を止めた。

 

「あれだな。」

「マジかよ、おめぇなんなんだ…?」

 

視線の先には急斜面、と大きな穴。

 

「うし、ちょっと行ってくる。」

「待て待て待て待て!」

 

さらりと入ろうとするブル、必死に止めるハスタ。楽しそうなウル。

こいつ、マジでイカれてやがる、とハスタは思った。止めるために言葉を繋ぐ。

 

「このイカレポンチめ…いいか?」

 

ハスタは鼻息荒く説明をする。視認性も悪い、崩落の危険もある、空気が毒気を帯びているかも、と説明中にふと気が付いた。

 

「つまりだ…ウルちゃんが危ない」

「俺はぜってぇ入ったりしねぇ…!」

 

このド腐れ妹馬鹿がよぉ…!

 

喉元までせり上がる罵倒を飲み込んだハスタ。

とりあえずブルの説得は出来たことに安堵のため息。

 

「で、だな。おびき出すにはこいつを使おう。」

 

ハスタが取り出したのは紐のついた拳ほどの丸っこい玉。火を着けると獣が嫌がる煙が吹き出す。つまりは煙玉。

 

「これを放り込んだら大体出てくる。」

「違う場所から出たりしねぇのか?」

 

ハスタはブルを見る。見て、目を逸らした。

 

「まぁいけんだろ…ってことでそーらよ!」

 

ブルは思った。多分こいつもあんま頭良くないな、と。

 

 

 

 

 

 

反応は早かった。放り込んで数分で魔獣の吠える声が響き渡り、地鳴りのような音が近づいてくる。

 

三人は少し離れた木立に身を隠し、戦闘に備えていた。

家ほどありそうなんか大きな魔獣が姿を現す。

 

「さぁて、ぶっ潰してやっか!」

「ぶっつぶせー」

「はぁ…お前ら油断はすんなよ?」

 

 

 

 



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依頼と帰り道の話

 

姿を表した魔獣は形は確かに巨大な鼠だが、あまりに醜悪だった。

 

大きさも場所も不規則な多数の目、てらてらと液体に塗れた身体、体中にある大小様々なイボのようなもの。

イボは時折脈動するように蠢いている。

 

「うぇぇ…」

 

その姿にウルが小さく呻く。劇的な反応を起こすブル。

 

「ウル、兄ちゃんがあのキモいの一瞬でぶっ潰してやるからな。ほんの少しだけ離れてくれるか?」

「ほんとにすこしだけ?」

「あぁ、ほんの少しだけだ。」

 

渋々と背中から降りるウル。優しく頭を撫でるブル。

 

ちょっと時と場合を考えろよ、とハスタは思う。わざわざ距離を置いて隠れてんだぞ、とも。

 

「さて、と。」

 

どう攻めるかとハスタはブルの方を見る。ウルしかいない。ギョッとして魔獣の方を見る。

 

 「てめぇウルを怖がらせやがってぶっ潰してやる!!」

 

凄まじい速さでかっ飛びながら叫ぶブルがいた。

一直線に魔獣へ近づき金棒を振り上げ

 

「死に晒せクソ害獣がぁ!!」

 

響き渡る轟音、衝撃。びちゃびちゃぱらぱらと何かが降る音。

とっさにウルを庇うように動いていたハスタは目を疑った。

 

魔獣、半分くらい吹き飛んでない…?

 

ウルはキラキラとした目でブルを見ている。

ハスタは遠い空の彼方を見始めた。

 

確かに城塞くらいなら吹き飛ばしそう、とハスタは目の前の出来事から目を背けていた。

 

 

 

 

現実逃避中

 

 

 

 

 

現実に嫌々帰って来たハスタはノロノロ動き始めた。キャーキャーはしゃぐ非常識兄妹を尻目に。

 

魔獣に含まれる魔核と呼ばれる玉を探し、倒しましたと証明するために尻尾を切り取り、やっぱり我慢できずにはしゃぐ兄妹、ブルの方に仕事しろと雷を落とした。

 

 

 

男2人、間に少女。3人並んでの帰り道。少女は2人と手を繋ぎ、ぶら下がって遊んでいる。

 

「こんな常識外れなやつ初めて見たぜ…」

「言っただろ?城塞でも相手になんねぇって。」

「ちょーかっこよかった…!」

 

ウルの兄ちゃんはすげぇだろ?ちょーすごい!きゃいきゃいと騒ぐ兄妹。

 

“とりあえずウルちゃんを味方につけよう、そうすりゃこの猛獣も害はないだろ、物理的な”と考えるハスタ。大体合ってる。

 

「おいブル。」

「あぁ。ウル、離れんなよ?」

「ん」

 

ゾロリと森から出てくる人影、3人を取り囲む。

 

おもむろに1人進み出る。包帯だらけの顔面。

 

「よう、クソ野郎。昨日のお高い一発のお礼に来たぜ。」

「こんにちは、あんたのお陰で運命に会えたんだ。心から感謝させてくれ。」

 

ブルの澄みきった瞳を見て、ハスタは慄いた。

 

このイカレ野郎、本気で感謝してやがる。意図せず高度な煽り方をしている、と。

 

ウルはなんとなくブルの背中によじ登った。多分、ここが安全だと。

 

「てんめぇ…訳の分からんことを…!」

 

人攫いは憤っている。そして

 

「てめぇを半殺しにして、目の前でその糞ガキ犯して殺してやる!」

 

言ってしまった。ハスタはそろりとブルを見る。無表情。

先程の澄みきった瞳は濁りきり、何も映してないように見える。

 

ハスタは天を仰いだ。

 

あぁ神よ、俺はそんなに悪いことをしましたか…?

 

ハスタが神に問いかけていると、ブルが話しだした。

 

「ウル、しっかり抱きついて、いいって言うまで目ぇ閉じとけ。音は…我慢してくれ。」

「ん」

「ハスタ、出来ればここからちょっと離れてくれ。」

 

あぁ、あんな表情でも、あんなに優しい声が出るんだな、とハスタは思った。思いつつ全力で駆け出す。

ウルの心配はしていない。アレの背中は何よりも安全だから。

 

「了解!」

 

ハスタはするりと風のように囲みの間を抜けて行った。一瞬呆然とした人攫い達は直ぐに気を取り直し、ニヤニヤと笑い出す。

 

「おい包帯。」

「あ?なんだぁ?今更命乞いかぁ?」

 「お前、今から俺の武器な。」

 

 

 

 

 

ハスタはある程度離れたところから様子を見ていた。流石に砂粒程度には心配があったのだ。

 

が、瞬きのうちに心配は消え去った。

 

ハスタは震える体でどうにか見ていた。

包帯の男がまるで武器のように振り回される様を。盾のように扱われる様を。

悲鳴と断末魔が重なり、数回呼吸する間に減っていく。

 

絶対にウルちゃんを味方につけよう。

 

そう決意を固めているうちに、残りは1人になっていた。

 

 

残された最後の一人は恐怖のあまりへたり込んでいる。声も出ないほどに。

 

ブルがゆっくり近づいていく。一歩、一歩と。

その手には変わり果てた包帯の男。

 

男は弾かれたように悲鳴をあげ、駆け出す。

 

もう絶対にこんなことしない!泥水啜ってでも!

 

そう考えた男が駆けながら振り返ると、もはや原型を留めていない包帯の男を振りかぶる男が見え、瞬きの間にぐちゃぐちゃになった包帯の男が目の前にいた。

 

 

 

 

 

お互いが砕けるほどの熱烈な抱擁を見届け、ブルはウルに声をかける。

 

「ウル、ちょっと周りがばっちぃからまだ目ぇ閉じといてくれな?」

「ねぇ、にぃ」

「どうした?」

「ありがと」

「あぁ、どういたしまして。」

 



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依頼の終わりと男の話

 

「どっと疲れたぜ…」

 

街が見えたハスタはため息とともに言葉を吐き出した。

この1日で100年分の感情を使い果たしたぜ、と思うハスタ。とても澄んだ瞳で遠くを見ている。

 

「ほらウル、こいつは食いごたえだけは抜群だぞ」

「や!」

「案外旨いかもしれねぇぞ?…あいだぁ!」

「あぐあぐ」

 

コイツらもなんか100年分くらい仲良くなってねぇかと、ハスタは横目に兄妹を見る。

歩き疲れたウルはブルに背負われている。くるくるとお腹を鳴らして。ブルは穀物を固めた携帯食料をちらつかせるが、姫のお気に召していないよう。首筋に噛みつかれている。

 

いや、あれは神様が間違えて生み出したんだろう、相性とか距離感とか…強さとか。

 

ハスタはそう思うことにした。そうでなきゃ1日であんなふうにならんだろう、と。

 

 

 

 

街に戻り、魔獣の情報やおおよその討伐位置等の報告を終え、採取した素材も売却した後、3人は一緒に食事を取ろうとしていた。

 

「ハスタ、今日はありがとな。」

「ありがとー」

「いや、むしろ俺の方こそ助かった。無理矢理ついて行ったくせにな…それよりこんなに貰っていいのか?」

 

ハスタは心配している。討伐の際、ハスタはほとんど何もしていない。素材の売却で得た金銭も含め、きっちり三等分で分配されている。当然のように為されたために、せめて理由を聞きたかった。

大丈夫だろうとは思っているが、ハスタはブルの極まった暴力を見て、正直怖いのだった。

ウルにも分けられているが、これは癒やし枠とブルの能力強化要員としてである。功績は絶大。

 

「あぁ、勿論構わねぇ。あんた良いやつだからよ、悪印象はあんまり与えたくねぇんだ。」

 

えっなんか怖い、とハスタは思った。良い印象はあんまりないです、とも。

 

「なら、せめてここの払いは任せてくれや。ウルちゃん、好きなだけ頼んでいいんだぜ!」

 

勿論内心を声に出すことはない。そしてちょろっと少女へ媚を売る。いくら稼いでも困るものではない。むしろ稼がないと困る。

 

「じゃあ、これたべたい」

「そこの!大至急だ!早く出してくれ!」

「少々お待ちくださいねー」

 

楽しそうに騒ぐ兄妹、主に兄のやり取りを見る。その姿からは想像出来ない圧倒的な暴力。

 

ちょっとは媚売れてるといいな、などと考えながら一杯呷るハスタだった。

 

 

 

 

 

 

こくりこくりと舟を漕ぎ始めたウルを見て、2人は解散することにした。心なし小さな声で別れの挨拶を交わし、それぞれの帰路につく。背負っているお姫様は既にすやすやと寝ており、少々のことでは起きそうもない。よだれまで垂れている。

ブルは出来るだけ揺れがないようゆっくりと歩いている。

 

「あぁ、なんかすげぇ…楽しい。」

 

夜空を見上げて独り言。この街に入る前、空を見上げることがあっただろうか。今のように穏やかな気持ちでいたことは、あっただろうか。ずっと何かに苛立っていて、魔獣や野盗相手に暴れて、あまりの脆さに余計に怒りが積み重なっていた。

 

背中から寝息が聞こえる。

 

この街に来て良かった。元々この街に入るつもりはなかった。

岩のような魔獣をかち割った際に金棒が折れてしまい、最寄りだったこの街に来ただけだった。目についた宿をとり、屋台を冷やかしていた。

 

そして、出会った。

 

そういえば、とブルは思い出す。

あの時、攫われる直前、この子は小さく呟いていた。

聞こえていたわけではない。ないのだが、不思議と確信がある。

 

“やっと会えた”

 

あの瞬間からウルとの繋がりを感じる。

互いに名付けしてからは特に強くなっている気がする。

 

多分だが‘ギフト’だろう。天からの贈り物。全ての人が生まれ持った何か。

 

まぁなんだっていい。こんなにも良い気分なんだから。

 

 

 

宿屋につく。女将に声を掛ける。部屋に入る。

ウルをベットに寝かせる。自分も横になる。すり寄って来ない。

ほんの少し寂しく感じる。

よほど疲れたのかと考えつつ目を瞑る。

 

ふと気付く。

魔獣も野盗も、何であれぶっ飛ばした後、決まって空を見上げていた。その時の空はいつだって色褪せて見えた。

 

ウルを見る。熟睡。少し笑ってしまう。

 

この子に会ってからの空は何とも色鮮やかで、それが記憶の空とは別物に感じたために思い出せなかったのだ。

 

ウルの頭を軽く撫で、少しだけ抱き寄せる。

 

 

よく眠れそうだ。



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買い物と勉強の話

 

目が覚めた。外はまだ暗い。腕が痺れている。

…いつの間にか左腕を枕にされてる。

そろそろと腕と枕を入れ替える。唸っているが起きない、良し。

 

ちゃちゃっと用を足すことにしよう、ブルは急いだ。

 

戻り際、なんだかざわざわと心が波打つ。

なんとなく分かる。ウルが起きたな、と。早足で部屋まで。

 

そろっと中を覗くと、淡い緑色のぱっちりとした目がこちらを見ていた。

…視線に縫い付けられそうだ。目で殺すとでも言うのだろうか。

 

すすっと何でもないようにベットに近づく。瞬きもせずに視線が追ってくる。手の届く範囲まで来た途端、わしっと掴まれベットに引き倒される。見事な身のこなし、素晴らしい。ウルはいそいそと毛布を被り、ブルの腕の位置を調整し、枕にしてすやすやと寝始めた。

ブルは考える。寝る前には用を足しておこうと。心臓に悪い。

 

 

 

 

 

「んやぅ、む、むぅ」

 

起床後、ウルの顔をわしわしと拭きながら、ブルは今日は何をするか考えていた。

昨日の依頼でそれなりの額は稼げている。以前であれば依頼を受けに行くか、宿で寝ているかが多かった。

んー、と悩んでいるとぺしぺしと腕を叩かれる。もう十分のようだ。じとっとした目がこっちを見ている。

古着に身を包んだ姿。

 

閃いた。

 

ウルになんか買ってあげよう。

 

 

 

大きめの服飾店に入り、ウルと見て回る。男は服の良し悪しなど分からない。手を繋いだウルに聞いてみる。

 

「ウル、どうだ?着たいもんとかあるか?」

「ん?…わかんない。」

 

ウルも分からなかった。今は古着を着ているが、つい数日前まで襤褸切れを被って服にしていたのだ。寒さを凌げればいい。その程度の認識。

 

「そうかぁ…」

 

どうすっかなぁと悩んでいると、仕事の出来そうな女と目が合う。互いに頷く。

 

「この子にいくつか選んでやって欲しい。下着の方も。動きやすいのもひと揃い頼みたい。これだけあれば足りるか?」

「問題ありません。まとめて購入していただくのであれば、こちらも勉強させていただきますので。」

「え?」

 

頷きあう。そっとウルの背を押す。ウルは困惑している。

 

「え、にぃ?」

「さぁ、こちらへどうぞ。もっと可愛くなって、お兄さんを魅了しましょう。」

「はわわわ…」

「楽しみに待ってるからな。」

 

流れるように案内されるウルに手を振る。長くなりそうだし、装飾品でも見ることにしよう。

 

 

 

「お待たせいたしました。」

 

その言葉に振り返る。衝撃。とても良い意味で。

薄い茶色のキャスケット、服は白を基調とした上下一体のもの。

 

大きめの茶色い襟、胸元にはリボンが付いている。腕は長袖、ひらひらふわふわとしている。腰元の帯がいい味を出している。足元は膝丈で、こちらも裾にひらひらが付いている。白色と茶色のふんわりとした衣服は、絶妙にウルに合っている。靴下も膝上まであるのだろうか。長いものを履いている。靴は黒、ストラップで足に固定するようだ。

 

ブルは思う。ただ素晴らしい、と。語彙力はどこかに走り去っていった。

静かに膝をつくと、一言。よく似合っている、と。

ウルは少しきょとんとしていたが、やがて顔を綻ばせた。

 

 

「その他はこちらに纏めております。」

「ありがとう。最高の仕事だった。」

「いえ、当然のことですよ。またのご利用をお待ちしています。」

 

店を出る。ウルは女に小さく手を振っている。ブルは堪らず笑みが溢れた。

荷物を置くため宿屋へ。ついでに昼食を済ませる。ウルは隣に座って食べている。距離は近いが。

 

「なぁ、ウル。なんかしたいもんとかってあるか?」

「まほう」

 

即答だった。魔法とは誰もが使える技である。使うにはある程度練習も必要だが、それだけ。

 

「魔法かぁ、なんでだ?」

「まほうで、にぃのおてつだいしたい」

 

可愛いじゃねぇか。無意識に撫でまくる。ウルは手に擦りつく。しかし、困った。ブルは自分の強化しか出来ない。教えようにもどうすれば…困る?

 

「あ、依頼出そう。」

 

 

 

早速二人は依頼屋へやって来た。まっすぐに受付へ。

 

「依頼を出したい。この子に魔法の指導をしてもらいたいんだが、初めてのことで相場が分からん。それも聞きたい。」

「珍しい依頼だね。大抵は自分らでやるもんだけど、そうだね…1日でこれくらいかね。」

「それで頼む。」

 

教えて貰いつつ依頼書を作成し、提出。

まだ日は高くにある。何かないか。依頼屋を出て、歩きながら考える。そういえば、あった。

 

「ウル、一緒に」

「する」

「…」

「にぃといっしょならなんでもたのしい」

 

抱き上げ、ぎゅっと抱きしめる。

全世界にウルの素晴らしさを布教しなければ、などとブルは考えている。

皆さん、これがうちの子ですよ、と。

 

 

筆記具やらを買い揃え、宿に戻る。お勉強の時間。最低限の読み書き程度は教えられる。ブルのやる気は天井知らずだった。

 

 

 

 

勉強も一段落し、食事も終え、清拭や着替えも終えた。後は寝るだけ。

ベットでうつらうつらとしているウルを見る。

 

ウルは恐ろしい程に物覚えが良かった。近いうちに簡単な書物は一人で読めるだろう。なんとなくだが、魔法も直ぐに習得するだろう。身内贔屓だろうが、将来は人類上位の強さを得る、そんな気がしてならなかった。

 

しかしまぁ、ウルはウルだ、とブルは思う。

健やかに育ってほしい、と願う。寝る子は育つと言うし。

 

 

限界なのかベットに沈み始めたウルを見て、自分も寝るかとベットに潜り込んだ。



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ウルと魔法の話







 

朝、ひっつく少女からそろっと離れ、窓を開ける。良い風が入ってくる。少女は小さく唸りながら毛布の下に消えていく。男は少女を見ながら小さく笑う。今日も良い日になるように、と。

 

 

半分寝ている少女を男はわしゃわしゃと拭き上げる。

辞めてと言わんばかりに唸りながら手を叩いている少女はウル。瞬く間に男を陥落させた猛者。

叩かれやや苦戦している男はブル。瞬く間に陥落したちょろい男。

二人は今日も、わちゃわちゃとじゃれ合っている。

 

 

暫くして、依頼屋に来た二人。誰か受けてくれただろうか。ウルは少しそわそわとしている。男はちらりとウルを見る。

 

“誰も受けてなかったら受けてもらえるよう、少しお話をしようか。そうだ、ハスタ辺りに。”

 

ブルは物騒なことを考えながら受付へ向かう。

 

「昨日の依頼だね?貼り付けて直ぐに受けた子がいるよ。そろそろ来るはずだよ。」

 

そっちで待ってな、と併設された食事処を指さされる。

ウルにミルクを注文し、席につく。ウルは美味しそうに飲んでいる。ニッコリとブル。

 

「あなた達が魔法を教えてほしいって人?」

 

声が掛かる。年若い女性に見える。いかにもなローブと大きな杖を背負っている。耳が長い。自然の民か。

 

「おねぇちゃんがおしえてくれるの?」

 

ウルが言う。口元に白いヒゲがついている。

 

「ふふっ、そうよ。私達は魔法が得意なの。安心してね。」

 

手拭いで優しくウルの口元を拭う女性。堪らず笑みを溢している。

 

長い耳と、透き通るような白い肌が特徴の自然の民は、確かに獣人や人間より魔法が上手いと聞く。

 

魔法の素養が高いが身体能力はあまり伸びない自然の民。

身体のどこかに獣の特徴を持った獣人は、自然の民とは逆に身体能力は高くなりやすいが、魔法の素養は低いと聞く。

特徴なく、能力も二種の中間程度の人間は、まさに人の‘間’になる。

ただし人間は他に比べ、突然変異のような者が多く生まれる傾向がある。ブルはこれであった。

 

 

拭き終わった手拭いをしまうと、女性は言った。

 

「私はルサルナよ。あなた達は?」

「俺がブル、この子はウルだ。よろしく頼む。」

「ブルに、ウルちゃんね。分かったわ、しっかりと教えてあげる。」

 

 

 

 

 

 

 

街の外、やや拓けた場所。三人は立っていた。

 

「じゃあまずは、軽くお手本を見せるわね。」

 

ウルはそわそわしている。ルサルナはそれを見て微笑んでる。

おもむろに地面に手をつけるルサルナ。

 

“土よ”と言葉を発した直後、十歩ほど離れた位置が勢いよく盛り上がる。棘のような形。大人ほど大きさ。

 

 

「おー…!」

「…」

 

ウルもブルも感心している。しかしまだ序の口。

 

“炎よ”の言葉とともに伸ばした腕の先に、小さな火が現れ、瞬く間に頭ほどの大きさに膨れ上がる。ルサルナが“飛べ”と言葉を発すれば先の土棘に勢いよく飛んでいく。どんっと破裂した後には半ばから折れた土棘。ウルの目が輝きを増している。

 

“水よ”の言葉。続けて“槍のように凍れ”と。

炎と同じように現れた水の玉が細長くなりながら凍っていく。

同じく“飛べ”と発しながら振った腕に連動し、勢いよく飛び土棘に突き刺さる。

 

「すごい…!かっこいい…!」

「マジですげぇな…」

 

二人は感心しきっている。

 

「ふふっ、これでも加減はしてるのよ?分かりやすく発声もしてね。習熟すれば例えば…こんなこともね。」

 

ルサルナは言いつつ、軽く足を上げ、振り下ろした。足が地面に付いた直後、先程と同じように土棘が生える。

 

「ふぁ〜…!」

 

ウルはあまりの感心にため息のような声が漏れ出る。

ブルと繋いだ手がぶんぶんと振られる。

 

「ここまで出来るやつはそんなにいねぇよ…」

 

ブルがため息を吐く。魔法を放つまでが速すぎる。今まで見た連中の大半は、同じ規模でも放つまでに十秒は掛かっていた。ルサルナは発生から放つまで数秒、土棘など一呼吸ほどしか掛かってない。

 

「あんた程のが何だってこんな依頼を?」

「ふふっ、だって面白そうじゃない?あの猪が子供の面倒見ているなんて。」

「あんたそれ」

「ね、ね!はやくおしえて!」

 

ブルとルサルナが意味深に会話しかけると、興奮したウルが割り込む。今までで一番の声量、それでも普通くらいの声量だが。

 

「あらっ、待ちきれないのかしら?ふふっ、じゃあ始めましょうか。」

 

ウルの様子が微笑ましく、頭を撫でながらルサルナは言う。

 

“それじゃあまずはね”とルサルナが教えるのを聞きながら、ブルは思った。

 

魔法に関しては間違いなさそうだし、運がいいな、と。

 

 

 

なんだが的外れなような気がする。



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魔法と物理の話

 

「それじゃあまずはね、私と手を繋ぎましょう。両手でね?」

「て?…ん」

 

にこやかに少女に話しかける女性、ルサルナ。魔法の教官。

困惑しながら渋々と男の手を離す少女、ウル。獣耳のついた生徒。

苦笑いし手を離した男、ブル。保護者及び依頼主。

 

「はい、じゃあ何で両手を繋ぐのかって言うと……」

「あ、んぅ…なんかへんなかんじ…」

「そう。その変な感じは魔力っていうの。魔法を使うための力ね。…ちょっと止めるわね。それで今の感覚を思い出して、身体の内側に集中して、自分の魔力を見つけるの。」

 

意識しないとなかなか自覚するのって難しいのよ、とルサルナ。

んー?と目を瞑り、首を傾げるウル。

 

「ふふっ、一度で出来る子なんてほとんどいないの。大抵何日かかかっちゃう。だから今みたいに魔力を流して、探してって何度も繰り返す。因みに、ここら辺から魔力が生まれ出るのよ?魔力を感じるときに意識してみたらいいかもね?」

 

優しくウルの胸の真ん中を突くルサルナ。

まんなか…と呟きながら探すウル。

煩くしては邪魔になると石像のように直立不動のブル。

 

「そういえば、あなたは使えるの?魔法。」

 

んぅぅと唸るウルをにこにこと見ながらルサルナ、ブルに聞く。

 

「あー、全くって言っていいな。どんだけやっても何も起きねぇんだ…自分を強化するのはなんとなく出来んだが…」

 

だから教え方も分かんねぇ、とブル、困り顔。

わかんない…と首を傾げるウルに魔力を流してやりながら返事をするルサルナ。

 

「珍しいわね。そんなの初めて聞いたわ。んー、そうねぇ…っと。ちょっとあれを全力で攻撃してみて。興味が湧いちゃったわ。」

 

言いながら離れた位置に土棘を生やすルサルナ。先程のより倍ほど大きい。

急に生えてきた土棘に、ウルは耳をピンと立てて驚いている。

 

「全力…ちょいと待ってくれ…」

 

金棒を持ち、目を閉じ集中するブル。じっとその背中を見るウルとルサルナ。

ざわざわと草木が揺れる。ブルからは奇妙なほどに何も感じ取れない。

 

「え」

 

瞬きせずに見つめていた背中が消え、思わずルサルナは声を漏らした。その声をかき消すような轟音。遅れて強い風が吹き付ける。とっさにウルを抱きしめたルサルナは呆然とする。

 

土棘は元よりなかったかのように消えていた。生えていたであろう場所は大きく抉れている。

 

「これが…猪の…」

 

ルサルナはかつて似たような跡を何度か見たことがあった。

“猪”が暴れたとされる場所。

大穴が空いていたり、吹き飛んだように抉れている跡を見て、どんな魔法を使ったのだと考え込んだものだ。

そして、街で“猪”らしき人物を見つけ、依頼を出しているのを見たルサルナは飛びついた。絶好の機会だと。

 

らしき、というのは聞いた話と違い随分と柔らかい雰囲気だったためだ。

ついでに金を払って入手した人相書とも若干違う。

もう少し凶悪な面構えだったのだ。

 

そのため本物なのか確信は得れず、鎌をかけたのだが。

ブルの反応から恐らく本物だろうと考えた。

 

 

呆然とするルサルナは、くいくいと引っ張られる感触にハッとする。

引っ張っている少女を見る。とてもきらきらとした目。

 

「わたしにもできる?」

「あれはやめとこうね。」

「えっ…」

 

つい本音が溢れるルサルナ。だめなの…?と悲しげなウル。

駄目だこんな子にあんなものは目指させたくない、とルサルナは思う。

 

しかしウルを見て、考えてみる。こんな少女が金棒の一撃で、魔獣を消し飛ばす様を。…ちょっと良いかも。

 

いやいや駄目よ血迷うな私、と惑う思考を落ち着ける。深呼吸。

 

「ウルちゃんは魔法の方で目指そうね。」

 

私がしっかり教えるから、とルサルナ。後で全身全霊の魔法を見せて、先程の印象を上書きしようと画策する。

 

「ん、がんばる」

 

そう言って続きを始めるウル。ルサルナ、まず矛先を変えれたことにに安堵する。

ちらりとブルの方を見る。手を見つめて首を傾げている…?

もしやまだ全力ではなかったのでは、という考えが浮かぶが、慌てて思考の隅にやる。ウルちゃんに集中しよう、そうしよう。

 

 

 

 

 

ブルは違和感に頭を悩ませていた。

明らかに出力が上がっている。少々ではないほどに。

 

“前の魔獣が8割、今のは感覚的に9割って感じか…?”

 

んー…と悩むブル。ふと、思う。

強くなって困ることはないな、良し!

 

そう考え、ウルを見守ることに戻る。頑張れ、と小さく応援しながら。



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贈り物の話


ちょびっとだけ出たウルの見た目を5,6歳に変更しています。


 

「ん?んー…みつけた、かも」

 

日もそろそろ暮れようかというところで、ウルは魔力を感じることが出来た。ルサルナは驚いている。ブルは流石はうちの子と言わんばかりに頷いている。

 

「驚いたわね、とっても早いわ。けど残念ね…次の段階って言いたいけど、今日はここまでにしておきましょう。」

「…ん」

 

物足りなさそうなウルも仕方なく了承する。慣れないことで疲れたのか、ブルに手を伸ばして無言の催促。ブルは抗えずウルを抱き上げる。ウルは満足気。ルサルナは苦笑している。

 

「甘やかし過ぎは駄目よ?」

「違う、これは…そう、頑張ったご褒美。」

 

それは自分自身に対するご褒美では?とルサルナは思うが、口をつぐむ。ブルがそう思っているなら、そうなんだろう、ブルの中では。

 

「明日は実際に魔法を使う訓練をするわ。人によるけど、今日の感じなら明日中には使えるでしょう。」

「がんばるぅ…」

 

ウルは抱っこされて直ぐに眠気と熾烈な争い。敗色濃厚。ルサルナは思わず笑う。ブルは揺れを極力抑えるよう歩いている。やはり甘い。

 

「依頼、受けてくれてありがとうな。あんたみたいな凄腕が教えてくれて良かった。」

「魔法の上手さと教え方の上手さは別物よ?まぁ褒め言葉として受け取るわ。どういたしまして。」

 

寝息が聞こえる。ウルは早々に屈したようだ。

 

「そういえば、その子ってどこで会ったの?以前はずっと一人だって聞いてたんだけど…」

「この街だ。たまたま人攫いにあったのを助けてな。まだ出会ってから…今日が四日目か、たったのな。もう何年も一緒にいるような感覚だがな。」

「嘘でしょ…信じられないんだけど…」

 

ルサルナは耳を疑う。一日見ていたが、何か太い繋がりがあるような信頼関係があった。

 

「事実だ。…そうだ、聞きたいことがある。情報料も払う。ギフトについてだ」

「別にお金には困ってないわ。ギフトね…私もそこまで詳しくないわよ?」

「それでもいい、聞きたいのは…他者に精神的な影響を及ぼすギフトがあるかどうか、あるならそれも出来るだけ詳しく聞きたい。」

「あなた、それって…いや、何でもない。…そうね、」

 

ギフトの能力に明確な呼称はない。そもそも不明瞭なのだ。本人にすら、はっきりとは分からない。ギフトごとに長所と短所がある、ということだけ知られている。

 

「ギフトの中には、大多数の扇動だったり、少人数だけど思考を望むままに変えるものがあるとは昔から言われているわ。ただ実際に、それだと言われるような人が見つかった話はないの。」

「…」

 

ルサルナは続ける。

 

「これも昔からのなんだけど、ギフトの共鳴の話。ギフトには相性が合って、それが噛み合う人同士が会ったとき、まるで運命の出会いのように感じるそうよ。簡単に言ったら一目惚れよね。どう?ウルを見たときそんな感じだった?」

「いや、なんか違う気がする…」

 

そう、とルサルナ。

 

「後は…なんだったか。何かあったんだけど…そうだ、あなたがウルちゃんに初めての会ったとき、何か感じなかった?」

「あぁ、そうだな。初めて会ったときっていうより、後で思い返したときに感じたことなんだけどよ…繋がりが、出来たような気がしたんだ。」

「繋がり?」

「そうだ。初めて会ったあの瞬間に繋がりが出来た。そう感じた。」

 

繋がりと聞いて、ルサルナは思い出した。小さい頃、爺様が話してくれたことを。

 

「そう、そうよ。思い出した。昔に爺様から聞いた話なんだけど、あるギフトには自分の守護者を選ぶものがあるって。」

「守護者を?」

「そう。守護者とは絆が結ばれるって。ただ守護者は、必ずギフトの保持者を守る訳ではないらしいのよ。絆が弱ければ、守護者も裏切ったり、逃げ出したりする。守護者を選ぶのはギフトじゃなく、その保持者だから…人を見る目がないといけないみたい。人柄をしっかり見極めろって教訓みたいよね。」

「いや、そうか…かなりありがたい情報だった。ありがとう。」

「どういたしまして。ちなみにさっき言った中だと、どれになりそう?」

「最後の守護者の話だな。繋がりはどんどん強くなっている気がするし、初めて会ったときに、やっと会えたって言ってた気がしててな。」

 

ルサルナと会話続ける。

 

腕の中でぐっすりと眠るウルを見る。守護者か、悪くない。

そう思うと、より一層繋がりが太くなった気がした。

ブルは腕にかかる確かな重みと温もりを感じながら、笑みを浮かべる。

 

今日も良い日だ。



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初めての魔法の話

 

昨日と同じ拓けた場所に三人。早く早く、とウルの目は言っている。微笑ましい。

 

「じゃあ、始めましょうか。」

「ん…!」

 

小さな握りこぶし。ウルは気合満々。

 

「まずは説明からね。」

「…ん」

 

ルサルナは言う。

へなっ…と解かれる握りこぶし。空振る気合。

 

「ふふっ、そう焦らないの。今から魔法を使うために必要なことを教えます。いい?」

 

コクコクと頷くウル。気合再充填。

 

「よろしい。魔法を使うためには大きく分けて、自覚、操作、放出の三つが必要になります。自覚は昨日できた魔力を自分で感じられること。ウルちゃんはこれから操作と放出、つまり自分で魔力を動かすことと、動かした魔力を自分の外に出すっていうことを練習してもらいます。」

 

分かる?とルサルナ。若干頷く勢いが弱くなっているウル。

 

「ふふっ、まずは一つずつ。ウルちゃん、自分の魔力はどう感じる?」

「んと、ここから…こんなふうに…ふわってながれてる?」

 

ウルは拙いながら身振り手振り説明する。

うむ、可愛い。石像のように静かなブルは思っている。

 

「うん、良く分かっているわ。それじゃあ、その流れてる魔力に集中して、手の先に集まるように動かせるかな?」

 

んー?とウル。手を前に突き出すようにして唸る。

 

“ちゃんとできているかなっと”

 

ルサルナは魔力を目に集中させる。

こうすることで観る力を強化し、魔力そのものを見ることが出来る。

 

“徐々にだけど動いているわね。直感が良いのね。それだけじゃない気もするけど。”

 

「んぅ?…できてる?こんなかんじ?」

「そう、上手よ、しっかり出来ているわ…そしたら、次は目の方に集めてみて?」

 

め?め…とうにうに言いながら実行するウル。

その可愛さに石像のようなものはにこにことしている。

この男、ウルに関して一切飽きる様子がない。

 

「ん…ぅん?ぁ…ぉお?」

 

うにゃうにゃ言うウルの様子が変わる。

 

「ふわぁ…なにこれ!…あ」

 

一気に興奮した様子のウル。ブルとルサルナの方を見てはしゃぐ。集中が切れたのか集まった魔力が霧散する。魔力が見えなくなり残念そうな様子。

 

「ふふっ、最後は残念だったわね。今ウルちゃんが見えていたのは魔力よ。どんなふうに見えたかしら?」

「あのね、ここがいちばんきらきらしてて、それがふわってまわりにひろがってた!」

 

おねぇちゃんはめもきらきらしてた!とウル。言葉が止まらない。微笑ましそうにルサルナ。

こんなにしっかり喋れるようになって…とズレた感動のブル。

 

「すごいわ、とっても。ウルちゃんは魔法の素質が高いのね。」

 

優しく撫でるルサルナ。実際、すごい。本来であれば、自覚も操作もそれぞれ数日はかかる。それを一日と、たったの数十分でやったウルは間違いなく魔法の才がある。

 

「じゃあウルちゃん、さっきみたいに目に魔力を集めてみて。」

「ん…んぅぅ…」

「できた?もうコツを掴んだのかしら。やっぱりすごいわね…今からやることを良く観てて?」

 

ウルは観ていた。ルサルナが掲げた手にゆっくりと集まる魔力を。集まった魔力がじわりと手の外に漏れ出し、何かを形作っていく様子を。

それがぐっと収縮するように動いた瞬間、ルサルナの掲げた手の先には拳ほどの火が揺らめいていた。

 

「すごい…」

「ウルちゃんにも出来るわ。魔力を外に出す感覚は人それぞれだけど、例えばここに火が欲しい、ここに火が出ろって強く想像してあげたりすると良いかもね。」

 

ルサルナは一度火を消し去り、胸の前に両手を掲げる。

この両手の上ね、と言いながら新しく火を生み出す。

 

「最初はなかなか難しいけど、大事なのは想像力。強く思うことよ。もし、火が想像しにくいのなら、水だったり、光とかも良いわね。さぁ、やってみましょうか?」

「ん、がんばる…」

 

首を傾げ、頭を抱え、うんうん唸るウル。

私はここまででウルちゃんの十倍は苦労したなぁ、と思い返すルサルナ。

ブルは上手くいくよう何かに祈っている。

 

なかなか上手くできず、気分転換におやつを食べたり、ルサルナが色んなお手本を見せたり、ブルがぬっと現れた魔獣を消し飛ばしたりした。

 

そうして暫く。

 

「あ…」

 

思わず呟くウルの手の先には、小さな火が現れていた。

 

「にぃ!にぃみて!やった!できた!」

 

うちの子は稀代の天才で何よりも尊い、と思うブル。

視線の先では、はしゃいだために火が消えてしょんぼりとするウル。

 

「しっかり観てたぞ!ウルはすごい、最高だ!」

「わぁ!」

 

飛びつくように抱き上げ、頬ずりし、わっしゃわっしゃと撫でまわす。通常の3割増し。

んぇぇ、と声を漏らしながら嬉しさを隠しきれないウル。尊い。

ドン引くルサルナ。

 

「あー、うん。こほん。すごいわ、ウルちゃん。今の感覚を思い出して、何回か繰り返してみましょう?」

 

ドン引きながらも、仕事を果たすルサルナ。しっしとブルを追い払う。

成功から気合が限界突破したウル。鼻息荒く握りこぶし。

そんなぁ…と聞こえてきそうな顔のブル。

 

「さぁ、どんどんやっていきましょう?」

「ん!」

 

 

 

 

気合の入ったウルは、途轍もない集中力で取り組んでいた。

 

そして帰り際、案の定ウルは寝てしまっていた。

ブルの背中でよだれを垂らしている。

ルサルナには暫く頼みたいと伝えている。ルサルナも覚えがいいウルを気に入ったのか快く了承していた。

 

「にぃ…おてつだぃ」

 

背中から声が聞こえる。寝言のようだ。穏やかな寝息。

ウルの存在を讃える組織を立ち上げようか、と悩むブル。色々と悪化している。

 

うにゃうにゃ寝言を発するウルの温もりを感じながら、夜空を見上げる。

 

 

今日もよく寝れそうだ。



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魔法と魔性の話

 

「んぅぅ…みずぅ…」

 

うんうんと唸る少女、ウル。魔法少女見習い。

今日もウルは魔法を練習している。

 

「みぃずぅぅ…」

 

ぱしゃんと音を立てて落ちる水。概ねコップ一杯分。

 

「んー…ひぃもえてぇ…」

 

ゆらゆらと手の先に現れる火。ろうそく程度。

 

「にぃぃ」

 

瞬時に現れる召喚獣、ブル。戦闘力、城を落とす程度。

 

「よしよし、すげぇ上手くなってんぞ。ほれ、これ舐めてちょっと休憩しよう。」

 

流れるように抱き上げ、頭を撫で、飴を渡す。

 

「甘やかし過ぎでしょ。」

 

すぱんっとブルの頭を叩く女性、ルサルナ。魔女。

本日も三人は通常運転である。

 

「むずかしい…」

「他の人と比べたらとっても上手よ?それに、あんまり焦っても上手くいかないわ。」

 

ブルを背もたれ代わりに休むウル。口には追加の飴が入っている。

実際、ウルは尋常でない早さで習得している。通常であれば今頃、魔力を自覚する段階か、魔力を動かす段階だろう。しかし、ウルは他を知らない。早くブルの力になりたいと考えている。それらが焦りとなって現れている。

 

訓練を再開しても変わらない。早く上手くなりたいと肩に力が入っている。

 

「ほら、ウルちゃん、肩に力が入っているわ。もっと楽にやりましょう?」

「ん…」

 

しょんぼりが加速するウル。ここでブル、迷案。

するっとウルに近づき、さっと抱き上げる。ウルびっくり。

ルサルナはどうするのか気になっている様子。

 

「にぃ?」

「このまま魔法の練習しよう。俺がついてる。」

 

そう言って優しく頭を撫でるブル。なんだがよく分からないが嬉しげなウル。程よく力が抜けている。目を閉じ、大きく深呼吸。

 

「すー…はー…」

 

吐ききった息をまた少し吸い込み、腕を伸ばすウル。

 

「みず!」

 

ごぽりと現れる水の玉、頭ほどあるだろうか。

 

「とんでって!」

 

勢いよく的代わりの土棘に飛んでいき、ばしゃんと弾ける。

 

「あ…でき」

「うおぉぉお!流石ウル!すげぇ!最高!」

 

今までにない会心の出来にやや呆然と声を漏らすウル…を遮って男の咆哮が響き渡る。

びくりとウル。頭の丸い耳を抑える。じとっとした目をウルに向ける。

とても嬉しいはずだが、わしゃわしゃと己を撫で回しながら喜びの声をあげる男にすん、と気持ちが落ち着く。がぶり。

 

「あいたぁー!なんで!?」

「うれしいけど、にぃちょっとうるさい…」

 

さらさらと砂のように崩れるブル、ウルはするりと降り立つ。

膝を付き、嘆く男にふわりと抱きつく。

 

「でも、ありがと。だいすき」

 

一連を眺めてたルサルナはその手腕に慄く。

落としたところに致死の一撃、これは魔性。効果は抜群。

言葉なく意識を飛ばした男に手を合わせる。どうか安らかに。

 

 

 

暫くして、気が済んだのか男から離れて練習を再開するウル。その姿は生き生きとしており、魔法の完成度も先程とは比べ物にならない。あまりに早い習熟に冷や汗を垂らすルサルナ。教師役としてはまだ威厳を見せたい。

 

「ウルちゃん、ちょっといい?」

 

ウルを呼ぶルサルナ。なんとかして出来るお姉さんを見せつけたい。

 

「ウルちゃんすっごく上手だから、後は魔力を無駄なく使う使う練習をしましょう。ちょっと観ててね。」

 

そう言ったルサルナは、すっと水を生み出す。それを様々な形に変え始める。ウルの目はきらきら。

最後は花の形にした水を氷に変えてウルに手渡した。花は精巧に出来ている。ウルはぱぁっと顔を綻ばせる。

 

「分かったかな?ちゃんと魔力を操作すれば、あれだけ動かしても無駄に漏れ出すことはないの。これはちょっと難しいから、常日頃から意識して練習することが大事なの。根気よく頑張ってね。」

「がんばる…!」

 

まだお姉さんとして威厳を保てる、と思うルサルナ。少女には見栄を張りたい。

因みに、ちょっと難しいと言ったが、実際はちょっとどころではない。先達として、教師役としての意地だった。

 

 

 

ウルが魔力を使い果たし疲れ果て、ブルがようやく再起動したために帰路につく。くぅくぅと眠るウル、揺れなく歩くブル。見慣れた光景。

 

本日分の報酬を受け取り別れた後、ルサルナは考える。上には上がいるが、魔法には自信があった。自らより才ある者はそうそうにいないと。しかし明らかに自分より才の溢れる少女を見て、このままではいけないと考える。久しぶりに心に火が付いた。思わず溢れ出す魔力。吊り上がる口角。

 

ルサルナは燃える心を抑えながら歩いていった。

 

なお、傍から見ればよく分からない圧迫感のある、ギラついた顔のヤバい女である。

 

ルサルナは気付かない。



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成長する話

 

珍しく男は一人歩いていた。

少しは仕事をしておこうと考えたのだ。ウルもルサルナに懐いている。任せても大丈夫だろうと。それはそうと男は爆速で依頼を終わらせていた。ウルをルサルナに預け、姿が見えなくなって暫くしてから全力を持って駆け出した。

街の石畳が一部犠牲になったが、些細なこと。

 

後日、いきなり罅割れる石畳と直後に吹き抜ける強風、あまりの早さに影しか見えないその姿は、化け物だとか呪いだとか噂されたが、男は努めて知らない振りを貫いた。

 

 

 

離れた木陰から二人の少女と女性を覗く不審者、ブル。

爆速で依頼を終わらせ、爆速でいつもの場所に駆けつけた男。

まだ昼を過ぎたぐらいである。早い。

 

小さな少女はぺたんと座り込み、目を閉じている。瞑想をしている様子。時折こくりと頭を上下させている。

もう一人の女性は苦笑しながら少女を優しく揺すり起こしている。

 

男は穏やかな表情でその様子を見ていた。木陰から。

何故、こんな状況になっているのか。

発端は男の思い付きから始まった。

 

 

 

 

起床後、いつも通りウルの身支度や食事やと世話を焼いていたブルは思う。

少しずつウルも自分と別に行動させてみるか、と。

自分で思いついたことだが、非常に辛い。自分が。

しかしこれもウルの為になるはずと、内心血を吐きながら決意する。

 

「いっしょにいく」

「ウル、あのな」

「や!いっしょにいくの!」

 

朝、依頼屋にてルサルナと合流した際に別行動をする旨を言った直後だった。

ウルは繋いだ手にぎゅぅっと抱きつき、駄々をこね始めた。

男、決意が揺らぐ。あまりに辛い。

聞く耳を持たないウルにルサルナが優しく声を掛ける。

 

「ウルちゃん、聞いてくれる?」

「…」

 

さらに力強く腕を抱き締めるウル。優しく頭を撫でながら続けるルサルナ。

 

「ブルが離れている間に、もっと魔法が上手になったら、帰ってきたブルはどう思うかな?頑張ったウルちゃんのこと一杯褒めてくれるんじゃないかな?離れた分すっごく、ね。それに、これもウルちゃんの成長に必要なこと。ブルだって離れたくないのをすっごく我慢してるの。ウルちゃんのことを思ってね。」

 

今日だけでも頑張ってみない?とルサルナ。

ウルの耳がぴくぴくとしている。ちょっとずつ締め付けが弱まっている。

 

ブルも黙ってウルの頭を撫でる。今口を開くと、離れたくないと叫びだしそうなのだ。子離れできそうにない男、ブル。

 

暫くして、ウルは抱きついた腕から離れる。とても渋々。

 

「…がんばってみる、けど」

 

呟くウルは男の手を取る。がぶりっ。

 

「あいたぁ!なんで?!」

「いきなりへんなこといったもん。しかえし。」

 

嫌わないでくれぇ…とウルに縋るブル。

そっぽを向くウル。立場は逆転している。

はいはいとブルを引き剥がすルサルナ。

依頼屋の中は混沌としていた。

 

 

 

落ち着いて、依頼屋の外に出た三人。ウルは数歩前を歩いている。ちょっとご立腹。

そんな姿を見ながらブルはルサルナに耳打ちする。

 

「ルサルナ、ちょっといいか?」

「どうしたの?」

 

徐ろに落ちている小石を拾うブル。手に収まる大きさ。訝しむルサルナ。

拾った小石を握り込みながら、ブルは言う。

 

「もし、俺がいない間にウルが怪我をしたら…こうだ。」

 

開かれる手。さらさらとこぼれ落ちる小石だったもの。

 

「ひぇっ…」

 

この男、マジだ。自分で決めたくせに。と、ルサルナは思った。

壊れたように首を振るルサルナを見てブルは頷く。肩に手を置き、一言。

 

「頼んだぞ。」

「ぴっあ、はぃ…」

 

命を懸けて守らねば、命を刈られる。

願わくば、何も起きませんように。

 

 

 

そして今に至る。

 

ウルは瞑想、時折夢の中。

 

ルサルナはいつも通りに見せかけつつ、死に物狂いで警戒していた。魔力を広範囲にばら撒き、近づくものを感知している。自分を中心に複歩で三十歩ほどの広さである。

初めての試みであったが、自分の人生が掛かっていることもあり、思いついたままに実行し、成功させている。

実のところ、これは魔力操作の奥義とも言える。ただばら撒くだけだと片っ端から霧散していき、感知も大して出来ず、魔力も湯水のように消費してしまう。広範囲の魔力を霧散させず操作しきるなど人の域の極みと言える。ルサルナは今までの限界を超えた。

人の域を超えるまで、あと一歩。

 

因みにあと一歩を踏み出せれば、今の感知範囲内で瞬きの間に魔法を行使できるようになる。隠れても無駄だ。

 

ブルが来たことも実は感知していた。咄嗟に魔法を放とうとして、ヒトガタであったために止めていた。賢明である。

 

 

そろそろ夕方かというとこで、ブルは我慢できなくなり姿を表した。ウル、一目散。ブルに飛びつき顔を擦り付けている。

 

「にぃ、あのね、さっきまでね」

 

一生懸命に話すウル。今朝のご立腹はまるで嘘のよう。

そうかそうかと相槌を打つブル。ぎゅっと抱きしめ、優しく撫でている。

命の危険が去ったルサルナ、安堵のため息。疲労度は並ではない。

街で買ってきたであろうお菓子を山盛り出し始めるブルを見て、呆れながらも止めに入る。

 

特に代わり映えしない平和な光景がそこにあった。

 

 

 

訓連中にちょくちょく寝ていたためか、ウルは最後まで起きていた。頭には三日月をかたどった髪飾りを着けている。時折髪飾りに手を触れ、にこにことしている。ブルが山盛りのお菓子とともに買ったものだ。

たまにはこういうのもありかもしれないと、ブルとウルは思っていた。

ルサルナは二度とごめんだと思っている。思っているが、自分の実力が飛躍的に上昇したこともあり、少し複雑な気分である。

 

 

ずっと一緒もいいが、たまには離れてみるのも良いかもしれない。

そんな一日だった。




規約違反とのことで設定は削除しました。
報告ありがとうございます。


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少女を怒らせる話

 

今日も魔法の訓練を行う少女、ウル。なんだか不貞腐れた様子。

そんなウルを見守る男女。ルサルナとブル…ではなくハスタ。

本日は依頼のため、ブルは不在である。どうせ爆速で終わらせてくるが。

 

今日は前回の別行動から七日後である。

そして、断腸の思いでブルは決断する。もう一度、と。 

前回の失敗を全く活かせず、またもや依頼屋でそのことを告げ、ウルに盛大に泣かれている。

たまたま居合わせたハスタを巻き込む形で宥めすかし撫で回し、何でもお願いを聞くことを条件にお許しをいただいたのだった。

ハスタはルサルナに引きずられ同行していた。

 

なお別れる際には道端の小石がまたもや犠牲となった。

死なばもろとも、とルサルナはハスタを巻き込んでいる。

ハスタは神につばを吐きつけた。

 

そして今、死んだ目でウルを見ている。

 

 

「俺が知ってるウルちゃんはよぉ、ブルにベッタリのただの子供だったんだ…俺ぁあの時、この子を守ってやらねばって思ったんだ…」

「そう…多分、見間違えたんじゃない?」

 

冷たいルサルナ。

天を仰ぐハスタ。数秒で視線を戻す。

 

「ぅぅうっ!」

 

叩きつけるように踏み鳴らす足。数秒後、十歩程先に大人ほどの大きさの土棘が生える。

 

「にぃの…!」

 

両手を上に、頭ほどの水玉。ゆっくりと槍のようになり、凍りついていく。

 

「ばかぁ!」

 

勢いよく振り下ろされる両手。勢いよく突き刺さる氷の槍。

勢いそのままに両手をまた上に。今度は火球、これも頭ほど。

 

「おおばかぁ!」

 

振り下ろされる両手、弾ける火球。土棘、怒りを一身に受け、爆散。

 

「うぅぅ…!」

 

バチバチと弾ける音、髪がざわざわと浮き上がっている。手を前に掲げる。

ぴしゃんと大きな音。雷のようだ。

 

ウルは十日ほどで並の魔法使いを超えていた。

 

 

「はいウルちゃん、もう三回目だし、ちょっと休憩ね。スッキリした?」

「…ちょっとだけ」

 

死んだ目のハスタは置いといて、ルサルナはウルに声を掛ける。

優しく頭を撫で、用意した焼き菓子と飲み物を出す。

 

「ほら、どうせ買ってくるだろうけど、ちょっと甘いもの一緒に食べよ?」

「…ん」

 

ちまちまと食べ始めるウル。再起動したハスタ、ようやく近づいてくる。

 

「いやぁウルちゃん、随分すごくなったなぁ、俺ぁ見違えたよ。」

「ん、そう?」

「自信もって大丈夫よ。こんなに早く上手になる子なんて、他にいないわよ?」

「そう、かな?…えへへ」

 

はにかむウル。顔を見合わせるハスタとルサルナ。

即興の甘いものと煽てる作戦は上手くいっている。

ふわぁと大きなあくび。眠くなってきたウル。膝へ誘導するルサルナ。

 

「ふふっ、寝ても大丈夫よ?ブルが帰ってきた起こしてあげる。」

「あぁ、ちょっとくれぇ大丈夫だ。寝ちまいな。」

「…ん」

 

暖かな感触に抗えずウル、就寝。

二人は可愛らしい寝顔に笑みを浮かべつつ、安堵。

 

「あの馬鹿、帰ってきたらぶん殴ってやるわ。」

「俺もだ…いや、大丈夫か?あの小石みてぇにされねぇか?」

 

ハスタの言葉に揃って沈黙。さらさらと手からこぼれ落ちる砂を思い出す。

 

「さ、流石に大丈夫でしょ?まぁ、ここは男のあなたからするべきよね。」

「いや、言い出しっぺがやるべきだろう。」

 

醜いなすり付け。

一発は一発だよな!と殴りかかってくる姿が二人の脳内に映されている。殴られた相手は死ぬ。弾けて。

 

見るに堪えない争いは暫く続いていた。

 

 

不毛な争いが終わり暫くして、風が吹き付ける。振り向けば息の荒いブルがいた。まだ日は真上ほどにある。あまりに早い。

 

「終わらせて、ごほっはぁ、きた…」

 

息も絶え絶えな様子。ウルを起こす前に息を整えさせる。

早すぎだろ、と二人は思ったが、まぁこれだし、とも思っていた。

 

「ふぅー…もう大丈夫だ。助かったぜ、二人とも。」

「問題ないわ。ただ、一発殴らせろってハスタが」

「ちょ、てめっ」

「いや、流石に今回は俺が悪い。甘んじて受けよう。」

 

おっマジか。二人は思った。ルサルナはそろっと自分の膝と外套を入れ替えた。よく眠っている。

 

「じゃ、一発な。…一発は一発とか言って殴り返さねぇよな…?」

「…俺はどんなふうに見られてんだ?」

 

そんなふうにだよ、と二人は思う。

 

「どらぁ!」

 

ハスタは腹をぶん殴る。積み上げた土のうのような感触。なんという重量感。

 

ハスタ、言葉なくルサルナへ交代。

 

「やぁ!」

 

気合満点の拳。腹に打ち当たる。ルサルナ拳を抑え崩れ落ちる。

ニヤニヤとハスタ。悪辣。

 

「良し、済んだか。さぁウルだウル。」

 

生半可な物理は聞かないブル、さっさとウルのもとへ。

ハスタはニヤニヤとルサルナを見下ろしている。

 

なぁどんな気分だ?などと聞いているハスタを尻目に、ブルは寝ているウルの隣に座り、優しく頭を撫でる。

寝ながらも察知したのか、ウルはブルにしがみつく。

ばかぁ…と寝言にやや傷つくも甘んじて受け入れるブル。自業自得。

 

復活したルサルナとハスタのぎゃいぎゃいと騒ぐ声で、ウルは目を覚ます。寝ぼけ眼をブルに向け、言い争う二人に向け、もう一度ブルに向ける。

はっとした様子で少し離れるウル。やや恥ずかしげにむくれている。苦笑いのブル。後ろから持ち上げ、膝の上に運ぶ。

 

「次は事前に伝えるから。ごめんな。」

「…ぎゅってして」

「仰せのままに。」

「あたまも」

「はいよ。」

 

 

お姫様の機嫌は暫く直りそうもない。

それはそれとして、むくれるウルは可愛いなぁとブルは思っていた。反省の色、あんまりなし。



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旅の準備をする話

 

とある日、男と少女は部屋の中で向かい合っていた。外は叩きつけるような雨が振っている。

 

「なぁウル。ちょっと遠出してみたくないか?」

「とおで?」

 

流石に本日は休日とした男、ブル。ブルは目の前で読み書きを頑張る少女に言う。

うにうにと悩む声を上げながら頑張る少女、ウル。ウルは心なししんなりとした耳をピンと立たせる。

 

「どこいくの?」

「ここからずっと東にポールンって港町が合ってな。三日後にそこまでの護衛の依頼が出てたんだ。海だぞ海。」

「うみ…!みてみたい…!」

 

おぉー、と目を輝かせるウル。うみうみと紙にまで書き始める。

皆さん、これがうちの子ですよ、讃えよ。とどこかに思念を飛ばすブル。

雨も吹き飛ばすようなほんわかとした空気がここには合った。

 

そうと決まれば、とブルは立ち上がった。今までの反省を活かし、いきなり動くことはない。ちょっと出かけるからなーと、動く前にウルを撫で回し、目の前にそっと焼き菓子を置いて機嫌を取っている。良し。

行ってきます。ブルは風になった。

 

ルサルナのいる宿に行き事情を説明して、依頼屋に行き手続きを行い、またルサルナのとこに行き野営の相談をした。買いに行くぞと引っ張り出そうとして雷を落とされる。魔法で実際に。

怒られたブルは一旦、少し痺れる体を引きずりながらウルのもとへ帰っていった。

 

次の日、怪しい天気ながら雨は降っていない。ブルはウルを連れてルサルナのもとへと向かった。ウルは弾むように歩いている。もちろん手はぎゅっと繋いでいる。

 

「いやぁ、助かるぜ。俺ぁ大体飯と水さえあればなんとかなったからよ。」

 

ブル、あまりに無頓着。ルサルナは呆れる。ウルはあっちこっちに目をやっている。屋台から美味しそうな匂いがする。

 

「これからはウルちゃんもいるんだから、しっかりしてよね。馬鹿なことしたら雷落とすわよ?」

 

無論、実際に。ルサルナは流れるようにウルに商品を買うブルを見て言った。

二人が戻ってくる。ウルは口いっぱいに串焼きを頬張り幸せそうな様子を振りまいている。

 

「おう、勿論だ。今日は頼んだ。」

「ひぇっ…」

 

肩をぽんっと叩かれるルサルナ。砂になった小石が思い出される。条件反射。

 

「まままかせななさい」

「お、おう。どした?」

「へんなの」

 

口がうまく回らないルサルナ。戸惑うブル。無垢なウル。

ブルの行いのせいだが、本人は分かっていない。無自覚の恐喝。

 

ギクシャクしたルサルナについて回りながら必要なものを買い集める。ウルは楽しげ。その手には焼き菓子。

 

「へぇ、こんな便利な物もあんのか。ずっと一人だったし、魔法具なんざ使えねぇから知らなかったぜ…」

「まぁ仕方ないわよ。それに結構高いからね。今ならウルちゃんが使えるし、持ってても良いんじゃない?」

「そうだな…」

 

ブルが見ている魔法具は肩掛けの鞄だった。それは見かけによらない大容量をしまうことが出来るらしい。また、重量も変わらない。とても便利。ただし、中の時間は普通に経過する。

 

おぉ…と、目を輝かせるウルを見る。買った。

 

 

ウルは鞄をにこにこと抱きしめている。物を入れて出してと遊んでいる。

 

「さて、その鞄もあるなら、あったら便利なのも色々買っときましょうか。ウルちゃんも女の子だし、服の予備も多めにあった方がいいでしょ?」

「そうだな!では早速…」

「あなたはお留守番よ。ウルちゃん、行きましょ?」

 

そこで待ってなさい、とルサルナ。そんなぁ…とブル。

ウルは鞄をにこにこと抱きしめている。

そんな姿に、ウルも成長しているんだなぁ、と感慨深いブル。ウルに対しては全肯定お兄さんである。

 

少し経って、ウルとルサルナは戻ってきた。ウルはブルに飛びつく。ブルは甘んじて体当たりを受け止める。

 

「良いの買えたか?」

「ん!にぃみて!」

 

鞄からにゅっと大きな袋を取り出すウル。あれこれ広げようとするのを慌てて止めるルサルナ。にこにこのブル。

 

「はぁ…全くもう。後は食料くらいかしらね。まぁ今買ってもなんだし、これはもういいかな。良し、こんなものでしょ。」

「いやぁ、本当に助かった。こんな色々と必要なんだな。」

「まぁ、その鞄があるからちょっと多くなっているけど、普通は必要なの。皆があなたみたいに頑丈じゃないのよ。」

 

ルサルナ、ここでふと思う。このままこの男と少女を二人で旅させていいのか、と。戦闘力、イカれている。生活力、底辺。

砂になった小石が思い浮かぶ。同時に、ひと月ほど魔法を教えた少女との思い出。

 

“この二人だけで野に解き放つのは、人としていいことなのか?”と。

 

ルサルナは思う。いや、ヤバいでしょ。

 

一瞬、廃墟になった町並みに立ち尽くす少女が思い浮かんだ。あり得る。

 

ルサルナは決断した。少女の心を守るため、この化け物のブレーキになってやろう、と。大きく深呼吸。

 

「。」

 

やっぱりちょっと怖かった。か細い吐息が漏れた。やり直し。

 

「ああのあのあの…」

「えぇ…?」

「おねぇちゃん、だいじょうぶ?」

 

ブル、困惑。ウル、心配。

 

ウルの顔を見る。深呼吸。

 

「ふぅ…私もあなた達についていくわ。だってなんだかウルちゃんが心配だし…」

「いっしょ?とおでもいっしょなの?」

 

嬉しそうにはしゃぐウル。

 

「そりゃこっちとしても助かるんだが…いいのか?」

「ええ、勿論。腹は括ったわ。」

「そうか…いや、ありがとな。」

「ぴっ」 

 

ぽんと頭に置かれる手。怖いものは怖かった。

 

 

宿に戻った後、ちょっとだけルサルナは後悔していた。

しかし少女の嬉しげな様子を思い出し心を奮い立たせる。

男の手は努めて思い出さないようにする。怖いので。

 

 

寝れそうにない。ルサルナはそう思った。

 



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護衛と旅の話

 

護衛当日、ウルはなんだか眠たげだった。

遠出が楽しみでなかなか寝付けなかったのだ。珍しくブルの方が早く寝ていた。

ウルはブルにすり寄ったり、ブルの腕を枕にしたり、ブルの身体の上に乗ったりしたが、なかなか眠れなかった。

 

「おはよう。なんだか眠そうね。」

「楽しみで寝付けなかったみたいだ。」

 

ウルはぼんやりしている。荷馬車が近づいてくる。

 

「あなた達が依頼を受けてくれた方ですか?」

 

近くまできた荷馬車から男が降りてくる。全体的に細長く、糸目の男。

 

「あぁ、そうだ。俺はブル、この子はウル、こっちはルサルナだ。よろしく頼む。」

「私はヘンドラーといいます。こちらこそよろしくお願いします。…ところでそちらの子は、護衛…なんですか?」

「この子はこう見えて凄腕の魔法使いよ。そこらへんのやつじゃ相手にならないわ。」

 

そうなんですか、とヘンドラーは言うも、不満そうな様子。

 

「おい、もし役立たずだと思ったのなら、この子の分の依頼料はいらねぇ。そうじゃなかったらきっちりと払えばいい。それで文句はねぇな?」

 

肩に手を置き詰め寄るブル。ちょっと青い顔のヘンドラー。

肩を握り潰すのかと冷や汗をかいたルサルナ。眠いウル。

 

恐らく良い出発ではない。

 

 

「そうなんですね…てっきり夫婦かと思っちゃいましたよ。」

「あ?夫婦?そんなふうに見てたのかよ。」

「これが夫…?」

 

ブルの背中で寝始めたウルはそのままに、三人は話しながら歩く。左右にブルとルサルナが分かれ、きっちりと警戒している。

 

「俺ぁそんなことより、こんな少人数しか護衛を依頼しなかったのかが気になるんだがよ。」

「それはその、色々ありまして…」

「単に依頼料渋っただけじゃないの?ねぇ?」

 

すいっと顔を背けるヘンドラー。素直な反応。商人としては良くなさそう。演技でなければ。

 

「なんかきてるな…こっちの方向に移動してきてるぞ。」

 

ブルが警告を発する。見える範囲にはおらず、森の方も静か。

 

「えっと、ブルさん…ほんとに来てるんですか?音も何もありませんが…」

「間違いない、五、六匹だな。」

 

ルサルナはいつでも魔法を放てるよう魔力を練っている。

ウルはよだれを垂らしている。

 

「そろそろだ。一旦止まれ。」

「本当かなぁ…」

 

荷馬車を止める。ルサルナに荷馬車の前に出るように指示する。

 

「ルサルナ、二時の方向だ。出てくるぞ。」

「っ!そこ!」

 

ルサルナが氷の槍を打ち込む。木の上から現れた猿のような魔獣に突き刺さる。一匹。

ブルも拾い上げていた小石を投げ放つ。ニ、三匹。

躍りかかってくる魔獣に金棒の振り下ろし。四匹。

逃げ出そうとした魔獣が地面から生える土棘に串刺しにされる。五匹。

 

「今ので最後だな…お疲れさん。」

「あっけなかったわね。」

「お、おぉ…凄まじいですね…」

 

僅かな時間で仕留めきった二人にヘンドラーは感嘆する。

驚異的な感知能力。強力な魔法。圧倒的身体能力。

背中で起きる様子のない圧倒的睡眠保持能力。…。

 

「あの、その子全然起きないですけど、大丈夫ですか?」

「あの背中はあの子にとって一、ニを争う安心な場所なの。仕方ないわね。」

「あぁ、仕方ないよな。なんたってお兄ちゃんの背中だからな。」

 

ヘンドラーは思う。ちゃんと話し通じてる?

手際よく魔核だけ取り出す姿を見る。

まぁ守ってくれるならいいか。

 

 

暫く経ってウルの目がうっすら開く。うにうに言いながらブルの背中にすり付いている。完全覚醒までもう少し。

 

 

昼時になり、一度休息を取ることに。

 

「にぃ、なんでおこしてくれなかったの…?」

 

悲しげに問うウル。上目遣い。ブルは堪らず目を逸らす。手はしっかりと頭を撫でている。

 

「にぃのおてつだい…」

 

ブル、早くも陥落。堪らず抱き上げる。

 

「悪かった、次は頼むぞ。兄ちゃんはウルを頼りにしてるからな…」

「ん…ほんと?」

 

勿論だ!などと言う声を聞きながらヘンドラー、やや不安。

あんな幼子が本当に役に立つのか、などと思っている。

 

「頼りにならなそうって顔してるわね。」

「あ、いや、そんなことは…」

 

この商人、素直がすぎる。

 

「魔獣が出れば手っ取り早いけど、なんなら今見せてもらえば?」

「いや、無駄に疲れる必要はないですし、必要ありませんよ。」

 

嘘である。しかし、他の二人が力を見せつけているので、それで十分とも考えている。役に立たなければ金は払わなくていいと言われているし…

 

「さて、そろそろ再開しましょうか。野営予定の位置までさっさと移動しときましょう。」

 

 

 

野営予定地まで何事もなく移動することが出来た。

歩き疲れ、ブルに抱っこされているウル。お手伝い出来ずやや不満。ルサルナが気を利かせ、一緒に天幕を張る。ブルは天幕を張り終え、黙々と枯れ木を拾っている。

ヘンドラーは早々に荷馬車で休んでいる。

 

食事を終え、焚き火を囲み一息つく。不寝番にウルも立候補していたが、ブルの腕の中で既におねむの様子。二人は顔を合わせ忍び笑う。そうこうしている間に、ウルは半分、夢の世界。

 

見張りをルサルナに任せ、ブルはウルを寝かしつけるため、天幕へ入った。

 

明日も楽しみでしょうがない、そう思った。



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少女が頑張る話

 

ヘンドラーは呆然としていた。

 

夜に襲われることもなく、問題なく移動していた。和やかに会話をし、そろそろ休息を取ろうかと良い地形を探しながら進んでいた。その時、ブルが警告を出したのだ。空から来るぞ、と。

 

確かに前方の空に黒い影が見える。だんだんと大きくなってくる。そろそろ迎撃するのかとブルを見たとき、背中に背負われたウルが手をかざすのを見た。その先には水球ができ、無数に分かれ、見る間に氷の矢が作られ放たれていく。作られた矢が放ち切られる前に新しい矢が作られ、途切れることなく放たれている。

影、大きな鳥は躱しつつ近づくも、連射される矢に距離を詰めきれない。

そのうち避けそこねた矢が一発、二発と数を増やし、しまいに鳥を穴だらけにしてしまった。

ヘンドラーは呆然としていた。

 

褒めて!と全身で表現する少女と褒めちぎる男女を見て、ヘンドラーはようやく乾いた笑い声を上げた。

 

 

 

「正直、侮っていました申し訳ない。」

 

休息中、ヘンドラーは三人へ頭を下げた。出発前の男とのやり取りで少し不安になったのだ。ブルは世話に夢中、ウルは首を傾げている。口元に焼き菓子の欠片。ブルに拭われている。

 

「仕方ないんじゃない?小さな女の子だし、こんな甘えん坊な子が強いなんて言われても無理があるでしょ。」

 

ヘンドラーは少女を見る。男の膝に乗り、焼き菓子のお代わりを催促している。ずっと男にベッタリな姿。

 

「そうですね。私は悪くない。」

「いや、取り繕いなさいよ。」

「失礼。頼りにしています。」

「ちょっと遅いのよねぇ。」

 

全員が凄腕、ちょっとケチって不安なところも合ったが、これなら全く問題無い。

 

やはり私は運がいいな、とヘンドラーは考えている。図太い。

 

 

 

二日目が終わる。道程は問題なければ残り半分ほど。

 

焚き火の音が響く、静かな夜。

ブルは静かに座っていた。拾い集めた拳ほどの石を積み重ねている。

 

ふと、一人だった頃を思い出す。その時も夜は、焚き火の前で過ごしていた。魔獣の襲撃に備えるため浅い眠りしかとれず、度々起きては焚き火を眺めていた。気配を感知する能力はそれで鍛えられたものだった。

 

今考えりゃあのときは大変だったし、しかもつまらん生き方だったな、と思う。

 

徐ろに立ち上がり、持った石を勢いをつけ投げる。そのまま積み上げた石を拾い、もう一度。

ブルは何事もなかったかのように座り、また石を積み上げる。

 

少し離れた場所では魔獣が事切れていた。

 

 

 

「あなたねぇ、せめて私は起こしなさいよ。」

「馬鹿が、ウルが起きちまうだろうが。」

「あぁんもう!常識外れにも程があるわよ!ウルちゃんはあなたと違ってまだまともなの!普通は魔獣が近づいたら皆起こして対処するのよ!」

 

不寝番の交代のために起きたルサルナ。ブルと少し抑えめの声で言い争う。

知らないうちに二度の襲撃を受けていたが、原始的な方法で全て撃退されていた。この男、投石能力までイカれている。

 

「はぁ…おかげですっかり目が冴えたわ。」

「おう、どういたしまして。」

「馬鹿にしてる…?」

 

早く寝なさいとルサルナはブルを追い払う。るんるんとウルのもとへ向かう姿を見送る。

 

「はぁ…頭が痛いわ…」

 

ため息が止まらない。

 

 

 

三日目は出発早々に魔獣の襲撃があった。

 

「やぁ!えーい!」

「流石ねウルちゃん。私も負けてられないわっ!」

 

張り切るウル、張り合うルサルナ。飛び交う魔法、時々に石。

 

「いやぁなんと言いますか…凄まじいですね…」

 

ヘンドラーは最早何一つ心配していない。のんびり眺めながら干した果物を齧っている。

 

「にぃ、しっかりやっつけたよ!」

「はぁー…天使か?天使だったわ。」

「馬鹿言ってないで魔核取り出すの手伝ってよ。」

 

 

まるで散歩しているかのような気楽さで魔獣を駆逐する二人と一生懸命な少女。護衛は問題なく出来ている。

予定では明日には港町へ到着する。

 

 

依頼は残すところ、あと少し。



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初めての海とお母様の話

 

「あ、あ、あ…」

 

少し小高い丘の上。少女はそこからの光景に言葉を失い、男の背をペシペシと叩いていた。

視線の先にはそこそこの規模の都市と海。

初めて見る海、地平の彼方まで続く青い景色に、少女の興奮は暫く収まりそうになかった。

 

 

 

「皆さん本当にありがとうございました。これは依頼料の残りと、私からのちょっとした気持ちです。後は好きに過ごしてもらって大丈夫です。あ、依頼屋にはどこの宿に泊まっているか伝えておいてくださいね。」

 

ヘンドラーが小袋を二つ手渡してくる。それぞれお金と、少しお高い焼き菓子である。明らかにウルに対するものだ。ヘンドラーは商品だけでなく媚まで売っている。

 

「ん、確かに受け取ったわ。」

「わぁ…へんどらーさん、ありがとっ」

「良かったなぁウル。わざわざありがとよ。」

 

きっちりとお金の確認をするルサルナ。すぐさまウルにお菓子を渡すブル。可愛いウル。

 

三者三様の反応を見ながら、ヘンドラーは言う。

帰りもまたお願いします、と。

世辞ではない。依頼料をケチれるならいくらでもお願いしたいヘンドラーだった。

 

 

別れた一行は依頼屋へ報告を済ませ、ついでにおすすめの宿も聞いていた。早めに宿を確保し、早くウルを遊ばせたいブルの意向だった。

 

「にぃ!あれいいにおい!」

「あれは焼いた魚だな。ちょっと食べるか?」

「たべる!」

 

屋台に駆け寄るウル。最近はブルから離れることも増えてきた。離れる距離はほんのちょっとだけ。

 

「あの!これください!」

「親父さん、一つ頼む。」

 

ぴょいぴょい跳ねる少女に屋台の親父は顔を緩ませる。一番良い焼き上がりの魚を手渡す。

 

「あいよ、熱いから気をつけなさい。多かったらお父さんかお母さんと分けるんだよ?」

 

お金を男から受け取り、言う。キャスケットを被るウルの耳は見えない。一緒にいる若い男女の子どもだと思っていた。

 

「うん!」

 

ルサルナにも懐いているウルは嬉しそうに返事をしていた。ちょっと複雑な顔をしているルサルナは見えていない。

 

「…そんなに夫婦に見えるかしら?」

「知らねぇよ。」

 

都合よく空いていた長椅子に座りながら話す二人。

複雑なルサルナとそんなに興味のないブルである。

二人の間には口いっぱいに魚を頬張るウル。顔が蕩けている。

 

「夫婦だなんだは何でもいいが、俺ぁルサルナが居てくれて助かってる。これからも一緒にいてほしい。」

「な、何よ急に…そんなこと、いきなり言われても…」

 

ブル、無自覚に会心の一撃を繰り出す。

突然の言葉に動揺するルサルナ。顔が赤くなる。身体が熱を持つ。髪をいじいじと触る。

ギャップにどきどきとしている。普段は恐怖でどきどきしている。吊り橋効果のようなものか。

 

「まぁ、その…一緒にいてあげないこともないけど…」

 

初々しい恋人のような雰囲気を醸し出すルサルナ。いじいじ。

それなりに見た目もいいし、私よりずっと強いし、暴走したりするけど面倒見もいいし…あれ?優良では?

ルサルナは迷い始めている。

実はこの女、交際経験はない。それっぽい言葉に耐性がなく、弱かった。案外ちょろい。

ブルはそんな様子に気付かず続ける。

この男、ウルしか見ていない。

 

「俺からは是非頼みたい。」

 

 

ルサルナ、痛恨の一撃を受ける。ルサルナは目の前が真っ白になりかけた。どきどきが止まらない。

 

「ぴぇ!あ、はいぃ…こちらこそよろしくお願いします…

 

優しい表情を浮かべる男はウルを見ている。

赤い顔をした女はぼぅっと男を見ている。

幸せそうに頬張る少女は魚を見ている。

 

ちょろい男女と少女が並ぶ光景は、傍から見れば若い夫婦のようだった。

噛み合ってはいない。

 

 

「おっきい!きれぇ!すごい!」

「ははっ、そうだなぁ。」

「足元に気を付けてね。」

 

近くで見たいとはしゃぐウルに引っ張られ、三人で浜辺に来ている。ウルの興奮は天井知らず。

二人は笑顔で眺めている。

いつもよりブルに近いルサルナ。

私がお母様よ…!などとは、ちょっとしか考えていない。

 

「きゃぁ!…あははっ、にぃ!おねぇちゃん!たのしい!」

 

少し大きな波に驚きながらも笑う少女を、二人はずっと眺めていた。



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そういうこともあるという話

 

奴隷というものがある。ほとんどは戦争での捕虜、その他に借金や犯罪での奴隷落ちがある。奴隷には特殊な手枷、もしくは足枷を着ける。この手枷は魔力に反応し、装着者へ苦痛を与える。

 

良からぬことを考えるものは多い。

騙して莫大な借金を負わせ、奴隷に落とそうとするものや、か弱そうなものを攫い、売りつけるもの。

 

ここは港町ポールン。

港には様々な商品が集まる。海産物を中心に、食料品、服飾雑貨、武器道具類。

当然、表に出せるものばかりではない。日向があれば影もある。

表に出せないものには勿論、人が含まれる。

 

 

 

 

 

港町ポールン、その市場にはたくさんの人が集まる。

 

「ふぁ…!にぃあれみて!きれぇ!」

「おお、確かにキレイだな!」

「すぐにお金出すんじゃないわよ!全く…」

 

市場には三人、まるで若い親子。

目を輝かせはしゃぐ娘に、娘にとても甘い父親。

それをたしなめる母親。

 

周りからとても微笑ましく思われていた。

 

「はぁぁ…何でもかんでも買おうとしないでよ、馬鹿。」

「いや、そのなぁ…あんなに喜ばれるとな…」

 

たしなめる母親のような女はルサルナ。早くも妻のような面構え。

尻に敷かれる父親のような男はブル。以前から甘々な父親、いやお兄ちゃんのような面構え。

二人はにこにこする娘のような少女、ウルを見る。

 

ルサルナは思う。この男に任せていると、将来ウルが超絶我儘娘になってしまう、と。

 

「とにかく、買うのはいいけどある程度絞らせてもらいます。いいわね?」

「仕方ねぇな…」

「はーい」

 

渋々なブル、素直に聞くウル。

普通、逆じゃない?とルサルナは思う。しかし悪いことではないので突っ込みはしない。

 

「はぁ、なんかお腹がすいた。一旦ご飯にしない?」

「ごはん?おさかなたべたい!」

「決まりだ。魚を、最高の魚料理を食おう。」

「全肯定しかできないの?まぁいいけど。」

 

可愛らしい提案をする少女と全肯定男。

ルサルナは呆れつつも魚料理が美味しいお店を探す。

 

 

 

「これすごい…!」

「こりゃ初めて食うな…」

「海が近いとこしか食べれないからね。」

 

思わずよだれを垂らすウル。目の前には生のまま盛り付けられた魚。脂が乗り、てらてらと輝いている。とても美味しそう。

 

「ね、ね!もうたべていい?」

「おう、しっかり味わえよ?」

 

飛びつくように食べ始めるウル。一口食べて全身で美味しいと表現している。

これには料理人もにっこり。これはおまけだ、持ってけ。

 

さらりと机に置かれる少なめの料理。子供用である。勿論、無料。

 

「ほぉ、こりゃウメェな。」

「そうね。当たりだわ。」

 

ガツガツと食べるブル。なんだか上品に食べるルサルナ。

それぞれ食べ方は違うも美味しそうに食べることは変わらなかった。

 

 

食事を終え、市場巡りを再開する三人。

同じような人が多いのか、先程よりも人が多い。

 

品物に興味が湧いたのか、ふらりと離れるウル。

ちょうどそのタイミングでブルは人にぶつかられる。ブルは強靭な体幹で弾き飛ばしてしまい、市場の品物が一部散らばる。

えらいこっちゃ、とルサルナは慌てて事態の収拾に動いていた。

 

 

一方のウル。離れたあとで人混みに流され、痛恨の迷子。

涙目で二人を探すも、いつの間にか人が少ない道に迷い込んでいた。

 

裏の住人は見ていた。見た目、良し。年は幼いが、好き者には高く売れる。

住人は最近、金に困っていた。好機。

住人は後ろから音もなく近づき、目隠しと猿轡を手際良く着け、薄暗い道へ入っていった。

 

 

ウルが道に迷い込んでいた頃、ブルとルサルナは事態を収拾しウルを探していた。

 

「ウル…?ウルが怖がってる…あっちだ!」

「あっち?分かったわ!」

 

ルサルナは迷わない。恐らくブルの言うことは合っている。

魔獣とウルについてこの男が言うことは間違いないだろうと、ルサルナはブルと一緒に人混みを縫うように駆けていた。

 

ウルと二人の距離は急速に縮んでいた。

 

 

 

「もうちょっと高くなんねぇのか?」

「あ?文句あんなら他を探せよ。」

 

ウルは驚きと恐怖に身がすくみ、魔力も上手く練ることが出来なかった。

しかし、ウルにはある予感がしている。にぃが近くにいる、と。

 

 

 

 

二人は建物の前に立っている。何でもないような普通の建物だ。

 

「ここ…ここだ、こん中だ。」

 

ブルは確信している。ルサルナはそれを信じている。

扉の前に座り込んだ男が立ち上がる。

 

「兄ちゃんここぅおわぁ!」

「死なない程度にね。」

 

全て言い切る前に、男は胸ぐらを捕まれ宙に浮いていた。

ルサルナの言葉にブルは頷く。

 

「おい、何すんだ離せ!」

 

暴れる男にブルは一言。

 

「邪魔だよ。」

 

言うやいなや地面に叩きつける。石畳に罅が入る。

ルサルナのため息。

 

「息はある。」

 

ブルの一言。

死んでないだけでは…?そうルサルナは思った。

 

ドアを蹴破り、檻に入れられたウルを見る。

金棒をゆっくりと構える。

青褪めるルサルナ、先んじて魔法を放つ。

男達、腰まで凍結。止まるブル。

 

ブルはため息を吐いて檻へ向かう。

檻を飴細工のように捻じ曲げて、ウルの拘束を解いていく。

 

「ぷはっ…ぅ、うあぁぁ…にぃぃ!」

「もう大丈夫だ…ウル、帰ろうな。」

「よかったわ…本当に…」

「そうだ、帰る前に後片付けをしないと駄目だな。」

「…え?」

 

その後、建物内の人員は片っ端から凍結され、捕らえられていた人が開放され、建物は瓦礫の山となった。ルサルナは渾身の拳骨をブルに放ち、拳を痛めていた。

衛兵が騒ぎに駆けつけたとき、そこにはえらいことになった現場だけ残っていた。大捕物である。

 

 

 

ウルはこの街にいる間、ブルの背中か腕の中から離れなかった。

ブルは不謹慎ながらも機嫌が良かった。

ルサルナは仕方ないと諦めた。



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絆と思い出と幸せの話

 

 

ウルは港町での出来事が怖かったのか、街に帰ってきてからも暫くはブルかルサルナの近くから離れなかった。

その間、どちらかが依頼へ出て、残ったほうがウルに勉強や魔法を教えるようになっていた。

怖い記憶を忘れるように没頭したウルは随分と成長した。

簡単な本なら読めるようになり、魔法はルサルナに迫るものとなっていた。概ね本の虫。

心を鬼にして他人と交流させようと画策した二人だったが、ウルが放った“嫌い”という言葉に一撃で鬼を討ち取られ、無理は駄目だよね、とのんびりすることに決めていた。

二人の意志はパンケーキよりも甘く柔らかい意志だった。

 

近くにいれば一人で寝れるようになったウルを見ながら、ルサルナとブルは向かい合っていた。

 

「なんとかしないと、駄目よね。」

「俺としてはいいんだが…ウルの為だしな…」

 

帰ってきて早々に同じ宿を取ったルサルナ。やや深刻な表情。

ウルに嫌われたくなくて消極的なブル。同じような表情。

 

二人は狭い世界に閉じこもろうとするウルを心配していた。

 

「出るか?街。」

「荒療治よね…」

 

はぁ…と二人してため息。

一ヶ月前に起こった事件を思い出していた。

 

街に帰ってきて三ヶ月が経つ。帰ってきてからウルとべったり過ごして、丁度二ヶ月経ったとき、ルサルナの言葉に納得したブルは、二人で頑張ろうとした。

 

“いじわるなにぃもおねぇちゃんも、きらい!”

 

そのまま布団に潜り込んだウルを呆然と見送ってから、二人はようやく言葉を理解した。 

ブルはベットに縋りついて啜り泣き、ルサルナはあまりの衝撃に静かにその場へ横になった。ウルの悲しき偉業である。

宿屋の女将がおかしな様子に気付かなければ、恐らくもっと悲惨なことになっていただろう。

女将は二人を無理矢理正座させ、ウルに聞こえるように事情を聞き、懇懇と諭した。

ウルが少し気になり、布団から覗いたものはあまりに悲しいものだった。

大の大人が涙を流しながら正座し、説教されていたのだ。

なんだかとても耐えられなかったウルは布団から出て、二人に抱きついた。

嫌いになんかにならない、本当は大好きだと繰り返し伝え、結局三人仲良く泣き崩れていた。

女将の気遣いにより、泣きながらご飯をつついた三人は仲直りしたのだった。女将には足を向けて寝れない。

 

「でも、このままだとあまりにも狭くなるわ…ウルちゃんの世界が。」

「確かに…色んなものを見てもらいたいな。良いも悪いも。」

 

はぁぁ…と大きなため息。

逃げるはずの幸せはベットでうにうに寝言を発している。補給はいつでも大丈夫。

 

「あ、旅か。そうよ、私達が今までに行った所とかだと、ウルちゃんも知りたくなるんじゃない?」

「なるほど、それは有りだな…いつ言う?」

「…ちょっと時間が欲しくない?」

「…そうだな。」

 

二人してあのときの絶望が色濃く残っていた。

怖気付いている?いえ、時機を見ているだけです。

 

なんだかんだで先延ばしにして、二人は就寝することにした。ルサルナは別の部屋である。そちらも一歩踏み出せなかった。

 

そして数日後。

二人は今までの思い出として、さり気なく旅の話をすることにした。そうしてウルに少しでも興味を持たせようとした。

やはり怖気付いている。

 

実のところ早い段階で気付いていたウルは、あえて自分から言い出さないことにした。

二人の話を聞くのが楽しかったし、いつ言い出すのかちょっと楽しみにしていたのだ。

 

そこから一週間。ウルが眠った後のこと。

 

「俺には、もう話せるような思い出がない…!」

「嘘でしょ…?あなた何年旅してるのよ…?」

「十年は、旅をしていた…けどな?あの子に会うまでほとんど…!魔獣か野盗をぶち殺してばっかりだった…!」

 

ルサルナは思った。

そういえば力が全てみたいなやつだったな、と。

 

「なんとか萎びた野菜みてぇな思い出を美化して語っていたが…もう、限界だ…!」

 

あぁ…あまりにも哀れ。ルサルナの心は悲しみで満ちていた。

 

 

「ねぇ、にぃ、おねぇちゃん。」

 

寝ているはずのウルの声。二人は驚いてベットを見る。

少しだけ顔を上げてこちらを伺うウルと目が合う。

しまった!と思う二人。再びウルは口を開く。

 

「あのね、わたししってたの。ふたりがいろいろかんがえてるの。」

 

二人は気不味く、言葉が出ない。

 

「いついうのかなって、まってたけど、わたしからいうね?…にぃとおねぇちゃんがみたものを、わたしもみたいの。」

 

―つれてってくれる?

 

「あぁ…あぁ!もちろんだ!俺は二人が一緒なら、今度こそ良い思い出になると…そう思うんだ!」

「私も、そう思う。二人が一緒なら、きっと素晴らしい思い出になるわ!」

「えへへ、うれしい…ほんとはね、きになってたの。だから、ありがと。」

 

ベットに座るウルを二人は挟み、抱き締める。

ウルがあくびを漏らすまで暫く、三人は抱き合っていた。 

 

 

その後、三人では狭いベットに川の字になり、仲良く就寝した。

案の定ルサルナは途中で蹴落とされたが、好機とばかりにウルを挟んでブルに抱きついた。

挟まれたウルは少し苦しそうだったが、その顔には笑みが浮かんでいた。



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思い出を振り返る話

 

朝、珍しく最初に起きたウルは二人に挟まれ動けなかった。

それほど早く起きたわけではない。むしろいつも起こされる時間より遅かった。ブルとルサルナは様々なことで疲れて起きれなかったのだった。

ウルは二人に挟まれているのが嬉しくてそのままになっていたが、二人の温かさに、またつい寝入ってしまった。

三人は昼近くまで眠り続け、やがて心配になって様子を見に来た女将に叩き起こされた。

三人とも女将には頭が上がらなかった。

 

それから、三人は旅支度について話し合おうとしたが、以前買ったものがあり、保存食程度しか必要がないことに気付いた。

念のために荷物を漁るも、やはり必要なものはなかった。

 

 

なんだかおかしくなり、三人で笑いながら保存食を買いに行った。

 

ハスタは前方から歩いてくる三人組に気が付いた。

小石を砂に変えて脅してくるヤベぇ男。

可愛いの皮を被ったヤベぇ少女。

一緒に少女を慰めただけの知らないやつを冥府への道連れに引きずり込んだヤベぇ女。

 

ハスタは何事もなく通り過ぎようとした。

 

「あ、おじさん、こんにちは。」

「っ、」

 

流れるように。

 

「ウルが挨拶してんだろぉ…?」 

「ひぇっ」

 

不意打ちのように発せられた挨拶に返答が出来なかったハスタ。

通り過ぎかけたハスタは肩を掴まれる。ハスタが悪かった。

挨拶は大事、例え関わりたくないものでも。

ハスタは学んだのだった。

 

 

 

「で、そこは大量に手に入ったらしくて、干し肉が安くなってんだ。」

「へぇ、良いことが聞けた。」

「そうね、節約出来るならしときたいものね。」

「おじさん、ものしりなんだね。」

 

ハスタは最近のお得な情報を話していた。早めに開放されたかっただけで、恐喝された訳ではない。ちょっと怖かったが。

 

「まぁ、そんなもんだな。」

「助かるぜ、ありがとよ。」

「私からも。ありがとう。」

「ありがと。」

 

礼を言う三人に手を振り、別れるハスタ。安堵のため息。

実は依頼を受けており、巻き込まれれば時間が掛かりそうだったために関わりたくなかったのだ。

依頼のことも言いづらかった。

ウルと依頼どっちが大事なんだ、とか言われそうと思っていた。

因みに依頼と答えれば握り潰されると思っている。

 

 

 

ある程度の保存食を買い込んだ三人は宿に戻っていた。

 

「じゃあ、準備できたし明日にでも出発しましょうか。」

「いや、明日はちょっと待ってくれないか?」

「にぃ、ようじ?」

「あぁ、この街でウルに会った。ここから始める。だから、最後にもう一度、しっかりと見て回りたい。」

「それなら、にぃがたすけてくれたところいきたい。」

「私とも会ったわよね?」

「そうだな、ウルと会った場所も見に行こう。」

「うん!」

「私との場所は?ねぇってば!」

 

騒ぐルサルナを尻目に二人は笑い合う。何気にウルも酷い。

涙目になってきたルサルナを慰めている間に夜は更けていった。

 

その翌日、三人は今度はしっかりと目を覚ましていた。

正確には二人。ウルは今日もわしゃわしゃ顔を拭かれ、ようやく目を覚ましていた。

 

 

三人は歩く。普段は行くことがない場所を。

 

中央から離れた場所。

貧しいながらも笑顔の人々がいた。

一生懸命お手伝いをする子どもたちや、それを優しく見守る人たち。

柄の悪い人もいて、怒鳴りつけたりしているところを見た。

 

少し中央に近くなれば、家が少し綺麗になり、屋台などの店も増え始めた。人にも余裕が見え始める。

それとは逆に物乞いなども増えていた。

余裕があるところから貰うのだろう。

 

中央から少し離れた場所、見慣れた景色がある。

いつもの宿屋や市場、たまに行く店もある。

 

ブルたちは屋台が並ぶ大通りで立ち止まる。

 

「ここで、ここからウルを見た。」

「うん…あそこからにぃをみつけた。」

 

二人は思い返している。

ルサルナはそこをじっと目に焼き付ける。

 

「あっち、いこ?」

「そうだな…」

 

二人は歩きだす。少し薄暗く細い道へ。

 

「ウルが攫われたのを見て、どうしても放っておけなかった。」

 

薄暗い道を歩きながら、ブルは話す。

 

「自分でも何でか分からんかったけどな…」

 

二人は静かに聞いている。

 

「ここで追いついたんだ。」

 

特に何かあるわけでもない、ただの薄暗く細い道。

そこでブルは立ち止まった。

 

「ここで、にぃがたすけてくれたの」

 

ウルもブルも、とある一点を見つめている。

 

「ここが…始まり…」

「助けたウルがずっと引っ付いてきてな。変なガキだと思ったよ。」

「にぃ、ひどい!」

 

じゃれつくウルをあやすブルを横目に、ルサルナは何でもない道を眺めていた。

始まりの場所。これがなければ誰も関わることはなかった。

 

「ははっ着替えも身体拭くのも、ご飯だって全部俺がやったからな。」

「ひとりでもできるもん。」

「あら?朝のねぼすけさんはやってもらってたけど?」

「たまにご飯とか身体拭くのもな。」

 

もー!と怒りながらも二人の手を離さないウルを見て、二人は顔を見合わせて笑う。

それを見たウルが一緒に笑い始め、薄暗い道を明るい雰囲気で満たしていた。

 

 

旅に出るまで、時間はあと少し。

 



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経験と学びの話

 

ウルとブルが出会った町の名はアルヒ。

森林を半ば開拓して作られた町。

元々は大都市間の中継地として発展した町だった。

特に特産物はなく、強いて言うなら昔ながらの果樹園がある。

現在は街道の整備が進み、中継地としての強みはあまりない。

 

 

 

 

鼻歌交じりに歩く少女、ウル。

どこで拾ったのか、いい感じに真っ直ぐな棒を振りながら歩いている。棍棒ではない。

旅は始まったばかり、意気衝天。

キラキラした目で弾むように歩いている。

 

それをにこにこと眺めながら歩く男女、ブルとルサルナ。

夫婦のように寄り添い歩いている。

ブルが特に何も言わないことをいいことに、ルサルナは順調に距離を詰めていた。

 

まるで年若い夫婦のように見える三人。

目的地はスメイル。出発した町であるアルヒに比べれば、小さな町である。

 

 

 

 

 

それなりの距離を歩いた頃。

 

 

「うぅ…つかれた」

 

上機嫌に歩いていたウルは疲れていた。

ウルは幼いために、どうしても体力が少ない。

棒が鞄に放り込まれ、鼻歌が止まり、跳ねるような歩き方は既にない。とぼとぼしている。

 

ギリギリまで見守っているブルとルサルナ。

ブルが抱き上げようとするのをルサルナは止めている。

 

複数人で旅をするとなると、助け合いが大切だとルサルナは考える。

そのために助けられるのではなく、自分の弱さを認め、助けを求めることをしてほしい。

甘えすぎるのも問題になるため、鋼の意志でその辺りの調整していくことをルサルナは決めていた。

隣から聞こえる歯を食いしばる音を聞こえないふりして。

 

 

「にぃ、おねぇちゃん…」

 

疲れたウルは迷っている。

休憩を言い出して言いのか、それとももう少し頑張るべきか。

聡明なウルは理解している。

自分の体力に合わせると、旅が全く進まなくなること。

長く続ければそれなりに体力はつくだろうが、それでも二人からすれば、まだまだ足りない。

自分のために考えてくれて、自分も望んだ旅であるために、なおさら自分からは言い出し辛い。

 

もう甘えたい、でも頑張りたい。でも、でも…

 

 

そうして思考の板挟みになったウルは静かに泣き出した。

 

 

 

ブルとルサルナは首を傾げる。

俯いてとぼとぼと歩くウルが小さく震えたのだ。

様子が気になり、隣まで足を進める。

 

そして二人してぎょっとした。

ウルは声も出さずに涙を流していた。

 

「ウ、ウル!どうしたんた!?」

「どうしたの!?」

 

思わず抱き上げるブル、覗き込むルサルナ。

小さく嗚咽を漏らすウルは言葉が出ない。

 

慌てるブルはウルとルサルナを交互に見る。

ルサルナもまさか泣き出すとは思わず、わたわたしている。

暫く二人してあわあわとしていたが、ウルがつっかえながら話し出すのを聞き、静かにする。

 

「わ、わたしが…っく、あしをひっ…ひっぱるから、っ…がんばろうって…おもっ、おもったのにっ…」

 

 

泣きながら話す言葉は酷く聞きづらい。

聞きづらいが、ウルがこの短時間でとても悩んだことがよく伝わってくる。

ブルはそっと抱き締め、ルサルナは優しく撫でた。

 

「ごめんね、ウルちゃん。私が言い出したの。早いうちに助けを求められることも大事だからって。」

「俺も確かにって思ったんだ。俺は何も分からなくて、甘やかすことしか頭になかった。」

「ひっく…」

 

ウルは黙って聞いていた。

申し訳ない気持ちと嬉しいという気持ちが、ぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。

 

 

「疲れたら言っても大丈夫なの。甘えすぎるのは駄目だけどね。

その辺りは…お互い少しずつ学べはいいから。」

「そうだな…俺もなるべく我慢する。だから遠慮せずに言ってくれ。」

「うん…!」

 

二人が自分を想っていることが嬉しくて、気遣わせるのが申し訳なくて、ウルは涙を流しながら笑ってみせた。

 

 

 

 

ウルは疲れから、そのままブルの腕の中で眠っている。

二人はそんなウルを見ながら微笑んでいる。

 

 

旅はまだ始まったばかりだった。



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美男美女の話

 

美人というものは得を得やすい。

美人だけでなく美男、美少女、美少年も。

それは人が得る情報のほとんどを視覚から得るためにある。

初めての人に会ったとき、顔つきや目つき、仕草、色、距離といったものは全て視覚によって得られる。

見た目が美しかったり、可愛かったり、格好いいと言うのは、それだけで好意を得やすかったりする。

 

勿論他の要素もある。

それぞれの匂いであったり、声であったり、温度もある。

初見でなければ人柄や地位なども含まれるだろう。

 

しかし何でも得をするかといえば、そんなことはない。

 

美男美女であるから起こるものもあるという話

 

 

 

 

 

 

 

 

「みえたー!」

 

ウルはようやく見えてきた町に興奮している。

先程までブルの背中でお昼寝をしていた少女は元気いっぱい。

 

遠目に見えるのは小さな町、スメイル。

特に何か強みがある町ではない。

魔獣もあまり出ず、そのために衛兵は練度が低く、傭兵は少ない。

 

強いて言えば、とても料理の美味い小さな店があるということ。

とても美人な看板娘付きで。

 

 

 

「おぉ…」

 

 

見えてから思ったよりも歩いて疲れているウルは声を漏らす。

なんだか嬉しさよりも、やっと着いたという気持ちが多い気がする。

そんなウルを見て、つい失笑してしまう二人。

 

思わず吹き出してしまった二人を見て、少し恥ずかしくなったウルは二人を急かす。

 

なんとも和やかな雰囲気であった。

 

 

 

「そういえば、確かすっごく美味しい料理屋があったわね。」

「おいしい…」

「へぇ、よく知ってるな。」

「この近隣じゃ結構有名なのよ。」

 

以前に寄った際は保存食だけ買って出たブル。

ルサルナはブルほど悲しい旅路ではないために、細かな情報を知ってる。

ウルはちょっとよだれを垂らしている。

 

 

「まぁいつも行列が出来るって言うし、早めに行きましょう。」

「ウルも食べたそうだしな。」

「っ!たべたい!」

 

手拭いでよだれをさっと拭きながらルサルナ。出来る女。

袖で拭こうとしたブル。細かな物は持っていない。

ほんのり頬を赤くウル。

 

 

周囲に人がいれば、この会話に待ったをかけたかもしれない。

しかし、幸か不幸か周囲に誰もいなかった。

 

 

 

 

 

とても美味いと評判の料理屋エストロ、その店の前。

なんだか柄の悪い男達が屯していた。

 

 

「…ルサルナ、あれ客だと思うか?」

「…もしかしたら並んでるかもしれないじゃない」

「ちがうとおもう」

 

困惑するブル。

予想外に頭を抱えるルサルナ。

二人にじとっとした目を向けるウル。

 

努めてウルの目を見ないようにしている二人。

その手は誤魔化すようにウルの頭を撫でている。

 

「よし、行くか!」

「そうね!」

 

ウルのしっとりした視線に耐えられない二人は歩き出した。

ウルは二人がいれば大丈夫と思っているので、特に何も言わず手を引かれるままについていった。

 

 

 

「よぉ、そこのあんたら。この店は閉店中だ。他を当たんな。」

 

 

柄の悪い男の一人が声をかけてくる。

しかし、店内からは会話が聞こえてくる。

怒鳴りつける声、抗っているような男性の声、悲鳴を上げる女性の声。

 

明らかに悪意をもって事を為しているのが分かる。

 

 

三人は顔を見合わせる。

ウルの二人と繋ぐ手がぎゅっと握られる。

ブルはそっとウルの頭を撫でて前へ出る。

 

「お兄さんらよぉ、店はしっかりとやってるみたいなんだが?」

「閉店だっつってんだろ。可愛い嫁と娘の前で情けねぇ姿を見せたいのか?」

 

ブルが振り返る。

ルサルナは首をかっ切るような仕草を見せる。

首を傾げるウル。知らなくていい世界。

 

それを見たブルがにこやかに男に近づく。

 

「うちの嫁と娘がお腹減ったって言ってんだよ。並んでねぇなら退いてくれや。」

「ははは!旦那、俺には下品な仕草した嫁さんしか見えなかったぜ?」

 

振り向く。とてもいい笑顔のルサルナ。青筋が浮かんでいる。

ウルはその笑顔を見て固まっている。

 

「とっても腹が減ってるらしい。残念なことだ。」

 

ブルは言うやいなや顔を鷲掴みにし持ち上げる。

 

驚愕と痛みに叫ぶ男。

周りにいた男達もいきりたつ。

 

叩きつけ。

とても重たいものが叩きつけられる音が響き、沈黙が流れる。

 

 

「安心してくれ…俺はいい感じに手加減するのが得意なんだ。」

 

 

ブルの足元にいる男はびくっ、びくっと震えている。

 

あれは死んでないか…?

ぞっとする男達だが、一人が喚くように言う。

 

「囲め!嫁や娘ともどもやっちまえ!」

 

 

男が数人、ルサルナとウルのもとへ向かう。

 

ルサルナが軽くつま先で地面を突く。

地面から先の丸い土の棒が伸び、男達を突き上げる。

なんとも痛ましいことに、突いた位置は腹ではなく、股。

 

 

声にならない叫びを上げ地面に沈む男達。

ブルは縮み上がる感覚を覚えながら、ルサルナの恐ろしさを知った。

 

願わくば、ウルに教えませんように…

 

 

沈黙が包む場へ、店より男が三人出てくる。

 

「うるせぇんだよ!おちおち話し合」

 

ごっ、と鈍い音。続いて二度同じような音が鳴り、倒れる音。

出てきた男は地面に叩きつけられ、隣にいた二人は両腕の裏拳によりぶん殴られ、吹っ飛んでいた。

 

「じゃあ、ご飯にしましょうか。」

「そ、そうだな…」

「?」

 

何もなかったように言うルサルナ。

ちょっとルサルナを怖がるブル。

そんなブルを不思議がるウル。

 

 

三人はそれぞれの心境で店内に入っていった。

 

 

 

「あんたらに頼みがある…」

 

 

殴られた跡のある店主の男は三人に言う。

 

少し前から先程の男達が娘に言いより、娘が拒否したことで、腹いせに営業を妨害するようになったこと。

男達はこの町で幅を利かせており、衛兵も見てみぬふりをしていること。

このままいけば娘は無理矢理手篭めにされてしまうであろうこと。

 

涙ながらに話す店主。

 

ウルは手籠めと言うのは分からなかったが、無理矢理ブルとルサルナから引き離されるようなことだと説明されて悲しくなっている。

 

ルサルナは女として許せないものがあった。

ブルは娘を守ろうとする店主に共感していた。

 

 

つまり、三人はなんとかすることに決めた。

とても美味しい料理に舌鼓を打ちながら。

 



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ヤバいのに交わればヤバくなる話

 

料理屋エストロ、その店内。

 

三人は食事を取っていた。

 

 

「さて、どうする?」

「あなたが全部ぶっ殺せばいいじゃない。」

「正気か?」

 

至極真面目な顔で言うルサルナ。若干本気。

胡乱な目つきでルサルナを見るブル。

頬を膨らませて食べているウル。我、関せず。

 

「あなたは案があるの?」

「ルサルナが股間に土の棒ぶち込んだらどうだ?」

「まずあなたにぶち込んでやろうかしら。」

 

ブル、沈黙する。お前が言い出したくせに、とか思ってる。

ルサルナはにこやかに見つめている。次からこうやって脅そうと思っている。

ウルは食べている。聞こえない聞こえない。

 

「そういや、表に捨てたままの奴らはどうするか…」

「逃げられないように埋めとくわ。」

 

そう言って席を立つルサルナ。

扉を開けて一歩踏み出し、そのまま戻ってきた。

 

「埋めておいたわ。」

「やっぱお前やべぇよ。」

「あなたには言われたくないわね。」

 

ルサルナは先程の一歩で地面に干渉し、全ての男を埋めていた。

店前に生首が生える料理店。

 

自分のことを棚に上げ始めるブル。

同じく上げ始めるルサルナ。

ウルは薄々どちらも常人とは違うことに気が付いているが、大好きな二人のために言わない。

自分も既に逸脱していることは気が付いていない。

 

「俺がウルを抱っこして、ルサルナが突っ込んで全部肥料にする…」

「私がウルと遊んでる間に、ブルが全部蹴散らす…」

 

ブルとルサルナが同時に呟く。

 

ルサルナは今の自分なら出来ると思ってしまった。

ブルも同じく余裕で出来ると思っている。

 

つまりは、全部ぶっ飛ばして解決するか、全部肥料にして解決するかである。

 

協力することは考えていない。

それは、どちらもウルを一人にさせるつもりがないからだ。

 

ルサルナはウルが大事だというのと、何かあった際にいくつ町がなくなるか分からないから。

ブルはウルに構いたいから。

 

考えることは大分違うが、結論は同じである。

 

 

 

「というより、ぶっ飛ばしたところで解決しないじゃない。」

「あ?何でだ?」

「私達がやったところで、いなくなったら報復するでしょ?」

「牢屋にぶち込めばいいんじゃないか?」

「死ぬまでなんか入れてられないわよ…重犯罪者でもないのに。」

 

二人とも皆殺しにするつもりはない。

ウルの教育に悪いからである。

 

二人して犯罪者として追われることには何も思っていない。

全てぶっ飛ばせると思っているから。大体ブルが。

 

 

うーん、と二人して悩む。

ウルは差し出されたおやつに目を輝かせている。

 

「店主さん、この町にこだわりはあるかしら?」

 

ふと、ルサルナが聞く。

逃した方が後々も含め楽なことに思い至ったのだ。

 

「亡き妻も眠るこの町にこだわる気持ちもありますが…娘の為ならどうということはありません。娘も説得いたします。」

 

意味を察して、覚悟が決めている店主。

なにがなんでも娘を守りたい気持ちを持つ親は強い。

 

 

「ブル、やりましょう。」

「どこに逃がすんだ?」

「ウルには悪いけど、アルヒに逃しましょう。」

「…まぁ、あそこなら頼める奴もいるしな…」

 

二人の頭にはハスタが浮かんでいる。

善人であるが故に苦労させられるのだ。

 

ウルは満足そうにお腹を擦っている。

 

「ウルは…それでも大丈夫そうだな…」

「…そうね」

 

ちょっと駄々を捏ねる姿も見てみたかったが、平然とお腹を擦っている様子を見て二人は呟く。

 

ウルはとても賢く、優しかった。

 

 

 

「じゃ、とりあえずやることがあるな。」

「そうね、ウルは待っていてね?」

「わかった」

 

ウルは察する。

見ては駄目なやつだ、と。

 

店主はさり気なく果実水をウルの前に置いている。

 

 

 

 

 

 

店を出た二人は悪漢どもを拘束したまま少しだけ離れる。

動けない悪漢達の前にブルが立ち、ルサルナが小石を数個渡している。

 

「お前がこいつらの首魁なのか?」

「はっ!そうだと言ったら?」

「お前らのねぐらを教えな。」

「馬鹿が!誰がそう簡単に教えるかよ!死んでも言わねぇ!」

「そうか、聞き方を変えるとするよ。」

 

 

かろ、ころ、と鳴らしていた小石を握り潰す。

手から零れる砂。

ちょっと青褪める悪漢達だが、口を開く様子はない。

 

「ルサルナ、手。」

「はいはい」

 

土の拘束が動き、悪漢達の手だけ開放される。

 

「なにを…?」

「お前、どの指が一番大事か知ってるか?」

 

悪漢が何かを理解し強く手を握りしめる。

ブルは意にも介さず手を開かせる。

 

「やめろ!」

「俺が思うに大事なのは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親指だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

徐々に強く握られ、軋み始める親指。

増していく痛みに堪らず悪漢は言う。

 

 

「分かった!止めてくれ!もうあそこを襲ったりしねぇ!だから離してくれ!」

 

ブルは一旦強めるのを止めて、一言。

 

 

「聞いてんのはねぐらの位置だよ」

 

 

ブルの手は中に何もないように握り締められ、絶叫が響き渡る。

小枝の折れるような音や湿った音が鳴り、ブルの指の隙間から血が滴る。

ルサルナが煩いとばかりに土を操り、口を塞ぐ。

 

ブルは手の中に残った残骸を捨て、隣の男の前に行き、指を握る。

 

 

「お前らのねぐらはどこだ?」

「ぁ、ああぁ…」

 

目を疑うような光景に、尋ねられた男は声が出ない。

ブルはそのまま握り潰し、次へ。

 

ルサルナは潰された指を火で炙り止血している。

 

 

 

男達は思う。

 

これは同じ人じゃない。

人の皮を被った悪魔だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

「汚れちまった…水頼めるか?」

「千切れるまで握るからよ、全く。やりすぎじゃない?」

「あんだけすりゃ、多分やり返しも考えんだろ。というか、ルサルナも大概だろ…」

「あれは止血するためよ。」

 

ブルとルサルナは何事もなかったように会話する。

後ろには叫ぶ気力もなくなった男達。

 

 

「とりあえず、こいつらのねぐらに行くか。」

「そうね。嘘ついてるかもだし、確認しないとね。」

「…ルサルナ、行ってくれないか?」

「あなたが行きなさいよ。そっちのが速いでしょ?」

 

わーわー言い合う二人の姿は後ろの光景にはまるで合っていないものだった。

 

皆殺しにするよりも、教育に悪いかもしれないということを二人は考えていない。

命あっての物種だから。



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教育には悪い話

 

あの場所、見たか?

あぁ…ありゃ人間業じゃねぇ…

 

建物が一瞬で瓦礫の山に…

人がゴミのように吹き飛んだって…

 

ごろつき達、昨日のうちに皆逃げたんだって…

えぇ!動けたの?それもすごいね…

 

おい、あいつらってまさか…

やめろ!指取られんぞ!

 

 

 

 

宿屋から出て料理屋に向かう三人。

住民は昨日の話題で持ちきりのようだった。

 

「にぃ、ゆびとられるって」

「あぁ…怖いよな、何なんだろうな?」

「そうね、恐ろしい話もあるものね」

 

ブル、渾身の知らないふり。引きつった笑みと冷や汗が止まらない。

もう少し加減すれば良かったと思っている。

 

ルサルナはウルと留守番する権利を勝ち取ったので知らんぷり。

指についても私はやってないという態度。これは有罪。

 

ウルは大体は察している。

指についても、聞こえてくる話についても本当にやったんだろうと。

 

 

とことん教育には悪い二人である。

 

いくらかは誤魔化せていると思っている二人と、ほとんど察している少女は進む。

 

 

 

おい、“指取り”と“玉取り”だ…

しっ!取られんぞ!

 

 

 

「…にぃ、おねぇちゃん、おなかへったー」

「お、おう…早く行こうか!」

「そ、そうね…」

 

ウル、渾身の気遣い。空気の読める優しい少女。

後は棒読みを何とかするだけ。

 

便乗する二人。気を遣わせたのは流石に気が付いた。

ウルの成長は嬉しいが複雑な心境。

 

ひそひそぼそぼそと色々聞こえる中、三人は料理屋へ急いだ。

 

 

 

 

「貴方がたのおかけで、助かりました。ありがとうございます」

「ありがとうございます!あなた達のお陰で助かりました!」

 

料理屋に入った直後、店主とその娘から感謝を受ける。

 

「俺は評判の飯が食いたかっただけだ」

「気に食わないっていうのもあったしね」

 

返事を返しつつ、三人は席へ座る。

ウルのお腹から可愛らしい鳴き声が聞こえている。

 

店主も娘も笑みを浮かべ、料理を作り始める。

 

 

「そういや、連中逃げたんだってな」

「まぁ、本当か分からないけどね」

 

歩いている最中に聞こえた話だが、信憑性は薄い。

 

「確かめるか?何日かくらいだが」

「そうねぇ…いないことが分かれば、それでいっか」

 

移転するかは店主たちに聞くことにした二人。

とりあえずはごろつきの所在だけ確認することにした。

 

ウルは料理を待ってそわそわしている。

娘が料理を運んでくる。

 

「どうぞ、うちの自慢の煮込みです。」

「いいにおい…!」

「先に食べていいからな」

「ちゃんと冷ましてね」

 

言われるや否や食べ始めるウル。熱かったのか急いで水を飲んでいる。

 

それを見て二人は微笑みつつ、娘に話しかける。

 

「で、あんたはこれからどうする?」

「ここに残る?それとも移る?」

「それなんですが…出来れば残りたいと…」

「しっかりと話し合ったんだな?」

「昨日、父と話し合いました。それで…せっかく提案して頂いたんですが…」

「いいのよ。私達もあなた達が決めたことに文句はないわ」

「連中がいなくなったかどうかは確認しといてやるよ」

「ありがとう…ございます…!」

 

目を潤ませ礼を言う娘を見て、二人は笑う。

ウルは邪魔にならないよう静かに食べている。おいしい。

 

「お待たせしました、自慢の品です。…見回りも含め、本当にありがとうございます…」

 

店主が料理を持ってくる。

話は聞いていたようだ。

 

二人は礼を受け取り、出来立ての料理を食べ始める。

ウルはちゃっかり追加を貰っている。

 

「そうだ、店主。もし他所へ移るならアルヒに行けばいい。依頼屋に行って、ハスタって男に俺らのことを話せば力になってくれるはずだ。」

「なんと…何から何までありがとうございます…!」

 

哀れハスタ、三人がどこかに行こうと巻き込まれる。

これには怒ってもいいはず。

 

「ふぅ…やっぱりうめぇな」

「うめー」

「駄目よウル、女の子がそんな言葉真似してはいけません。ブルも気をつけなさい!」

「あいよ」

「あいよー」

「それも駄目!」

 

 

ウルとブルは顔を見合わせ笑っている。

なんとなく怒りにくい雰囲気になったルサルナはため息を吐いている。

 

指取りだ玉取りだと言われているが、今のこの光景だけを見れば誰もそんな人物には見えないだろう。

 

 

 

三人は数日ほどこの町で過ごし、悪漢が本当に逃げたのか確かめることになった。

 

ウルは美味しいご飯が食べれることをとても喜んでいる。



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背を見て育つという話

 

「おい旦那!良かったら寄っていきな!」

「嫁や娘に贈り物なんてどうだい?」

「悪者ぶっ飛ばした話聞かせておくれよ!」

「娘さん、うちの息子の嫁にどうだ?」

 

「ちょっとやることが…おい、いい度胸してるやつがいるじゃねぇか…!」

 

 

「あんた美人なんだから、もっと着飾りなさいな」

「ほれ、これなんかどうだい?旦那も惚れ直すよ」

「娘さんも可愛らしいねぇ…」

「これはねぇ、食べれば夜にすごいことになるから…」

 

「旦那…夜…ひゃぁぁ…」

 

小さな町であることも関係するのか、三人…正確には二人のやったことは誰もが知るものとなっていた。

三人は出歩けばたちまちに囲まれ、悪漢を探すことが出来ていなかった。

ブルもルサルナも、流石に善意からくるものを邪険には出来なかった。

ブルは悪鬼のような表情をしているが。

 

ルサルナは町の婦人たちに捕まり、あれこれ言われて壊れかけている。

 

次から次へ、わちゃわちゃと町民達に揉まれた三人は

「おいお前!おれとつきあえ!」

「にぃにかてたらかんがえてあげるね」

 

ウルも何やら絡まれているが、その返しが酷い。

そのままブルに飛びつき抱っこされている。

少年はウルが飛びついた阿修羅を見て無言になった。

 

ウルは自分に勝てたらと言おうと思ったが、それよりも効果的だと考えブルを出した。

ウルに勝つのも既に不可能であるのだが、より難易度を上げるウルは直接否定するより酷いことをしている。

 

強くなければ相手にされない。

少年は少しの学びを得た。

 

因みに、もしブルを打ち倒せたとしても、それはそれでウルの好感度が下がる。

残念ながら、何をしても無駄なことになる。

 

次から次へ、わちゃわちゃと町民達に揉まれた三人は、疲れた顔で料理屋にやって来た。

 

ごろつき達が居なくなったためか、店はとても繁盛している。

店の客が歓声を上げているが、三人の顔を見た店主はそっと奥の部屋へ誘導した。

客用の部屋ではないが、三人の状況を察した店主の計らいだった。

 

三人は歓声に軽く反応を返して奥の部屋に入り、ため息を吐いた。

 

「店主…助かるぜ…」

「見回りも全く出来ないわね…」

「ありがとー」 

「いえ、これくらいはさせてください。ごろつき達もいれば誰かが教えてくれますよ」

 

店主の言葉に二人はそれもそうかと納得する。

絡まれるのが面倒というのも多大にあるが。

 

「ごはんたべよ?」

「おお…そうだな」

 

疲れている二人に気を遣い、ウルが料理の催促をする。

お腹の獣が鳴いているが、決してお腹が減っているだけではないはず。

 

「気遣われてばかりだな」

「そうねぇ…成長が早いわよね」

 

二人がウルを見ると、店主の差し出したつまみに飛びついている。

 

「食べなきゃ大きくならんからな」

「…そうね」

 

美味しそうに食べるウルを見ながら話す。

勘違いしたかもとか思っていない。

 

「…旨いのいっぱい食べて大きくなるんだぞ」

「?うん!」

 

可愛いし、何でもいいかもしれない、そんな事を二人は考えていた。

 

 

 

翌朝、囲まれたりもありつつ、様子を見回る三人。

その三人を建物の影から伺う人影がある。

 

 

「好き勝手しやがって…」

「あのガキがいればあいつらも…」

 

 

小さな町とはいえ、そこに住む人数は数百人程度ではない。

その全てがブル達を賞賛や尊敬といった感情を向けるだろうか?

いや、あり得ない。

 

ブル達が叩きのめした悪漢達のような存在からすれば、気に食わないと思うのも多いだろう。

何らかのお零れを貰っていたり、利用していた者も少なからず存在した。

 

それらの者は子供をずっと連れ歩くとこに目を付けていた。

 

子供さえ捕まえれば、人質に取れれば、後は抵抗できない二人を痛めつけるだけ。

嫁の方は美人であるから、旦那の前で見せつけるように楽しむのも面白い。

 

そんなことを考えているが、素人がこそこそする程度では二人を出し抜けない。

 

全く意識が逸れていればなんとかなるが、二人はウルを構いつつも、見回りの為の警戒を解いていない。

 

ルサルナは以前も行っていた魔力の探知、しかも以前よりも練度が増し、範囲も広がっている。

 

ブルは直感。正しく化け物の類。

 

二人はつけられていることにとっくに気付いていた。

そしてウルに構いつつも様子を見ていたのだ。

離れるなら追い、最後までついてくるなら潰す。

 

そして、ブルもルサルナも気づいていないが、ウルも実は気づいていた。

二人が後ろを少しだけ警戒していたのに気づいて、抱っこしているブルの肩越しに後ろを見ていた。

コソコソと隠れる何かの魔力を感知し、場所も把握していた。

 

ウルは悪意を感じるのは慣れている。

悪意が分からなければ生きていけなかったからだ。

 

ここで二人から受けた影響が出た。

二人、特にブルだが、悪意ある相手に容赦しなかった。

 

つまり、それをやれば喜んでくれるのでは?

最近二人の真似をしているウルはそう思った。

 

ブルに抱えられながら腕を掲げる。

 

「ん?」

「あ」

 

ちっ、と指が擦れる音。鳴るほど上手く出来ていない。

しかし、起きた現象は劇的だった。

 

ルサルナほど早くはないが、物陰にいる者達の足元が盛り上がり、棒が形成される。

 

異変に気づき声を上げかけるも既に遅かった。

それぞれの股に、そそり立つように伸びた土の棒が直撃する。

 

絶叫が響き、ブルとルサルナは絶句する。

ウルは首を傾げて指を鳴らそうとしている。

 

「おいルサルナ…お前、やったな…?」

「ち、違うわよ!?それよりあなたの影響でしょ!とりあえず全部ぶっ飛ばすんだから!」

 

ブルは戦慄いている。ルサルナが使った無慈悲な攻撃をウルが真似している。これは許せない。

 

ルサルナは必死に否定している。

確かにやったが、教えてはいない。

それよりも見敵必殺とでも言わんばかりのウルの行動が、ブルのせいだと言っている。

 

どちらにせよ教育には良くなかった。

親の背を見て育つとは、よく言ったものである。

 

喜んでくれるかと思ったウルは少し困惑していた。

指は上手く鳴らなかったが、敵っぽいのは倒せた。

しかし二人は言い合いをしている。

 

「ね、わたしえらい?」

 

ブルとルサルナははっとした。

褒めたい、しかし…と悩む気持ちもある、が

 

「流石はウルだ!良くやった!」

「魔法、良かったわ!すごく上手よ!」

 

結局は褒めるのだ。

褒めたときにウルが嬉しそうにするから、なおさら言えなくなる。

自分がやっているだけに、言えない。

 

 

 

 

 

二人はウルが眠った後、自分達が蒔いた種をどうするか悩むことになる。

 

 



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蛙の子は蛙という話

 

夜、時折酔っ払いの声が響くが、それ以外は静かなもの。

 

 

多くの人が寝静まる中、とある宿屋の一室には薄ぼんやりとした明かりがついていた。

その中からは男女の小さな声が聞こえてくる。

 

夜遅く、男女の声。

大抵はそういうものかもしれない。

 

 

しかしそれは艶声ではない。

ため息混じりに吐き出すような重たい声だった。

 

「で、どうしようか…」

「やってしまったことはどうしようもないじゃない…」

 

ウルの可愛らしい寝息を聞きながら、二人は日中に起きてしまった事を話していた。

 

ウルが無邪気で無慈悲な屠殺者になりかけていることだ。

 

「いや、ヤるのはいい。敵に容赦しないのは良いことだと思う…だけどな…あれは、流石にないだろ?」

「あ、あれは…その……反省してます…でも!とりあえずぶっ飛ばすみたいな考えは、あなたが何でもかんでも褒めて甘やかすからでしょ!」

「お前も褒めたじゃねぇか!」

「あんなの叱れないわよ!」

 

器用に小声で怒鳴り合う二人。どっちもどっちである。

 

 

物心ついた頃から親も友もおらず、生きるために魔獣やら野盗やらをぶっ殺し続けてきたブル。

 

親も友もいたが全て放り投げ旅に出て、美人で一人だったこともあり絡まれるのが多かったルサルナ。

 

ぶっ飛ばすまでの時間や過程が違っていても、結局はどちらもぶっ飛ばしていた。

 

自分の今までの行いを間違っているとは思わない。

 

しかし、妹や娘のように可愛がっている幼い子供が、自分達と同じようにぶっ飛ばすのを見ると、ちょっと違うと思う。

 

自分達とは違い、もうちょっとこう…花や小鳥達と遊ぶような…

 

断じて魔獣や悪漢をきゃっきゃうふふと叩きのめすものではないと思うのだ。

 

既に魔獣を容赦なく屠っており、二人してべた褒めしたことについては記憶の隅に追いやっている。

その時には…いや、それ以前であるが、もう修正の余地がないことに二人は気づいていない。

 

後はもう見つけて即ぶっ飛ばすか、様子を見てからぶっ飛ばすかくらいしか変わらない。

 

 

ため息。机に突っ伏す二人。

少し煩かったのか、うにうにと寝言が聞こえてくる。

 

「とりあえずヤッちゃう前に、ちゃんと考えるように教えましょう?私もあなたも…」

「そうだな…そうしよう…」

 

結局二人は考えるのを止めた。

二人の頑張り次第で、無邪気で無慈悲なウルになるか、ただの無慈悲なウルになるか決まる。

 

 

どちらもヤバいことには変わりない。

蛙の子は蛙、つまりはそういうこと。

 

 

 

 

「嬢ちゃんすごいんだってな!」

「旦那と嫁さんの賜物ってか!」

「こんなに可愛らしいのにすごいのねぇ」

「ほれ!これ食べな!」

 

「えへへ…ありがと」

 

 

翌日の昼頃、どこから見ていたのか、既にウルが凄腕の魔法使いだということがバレていた。

ブルの背中で照れくさそうにして笑みを浮かべている。

ブルの手はウルへの貢物でいっぱいになっていた。

 

昨日偉そうにウルに付き合えといった男の子は、遠くから青褪めた顔で見ている。さもありなん。

三人とも見ていないが。

 

悪党達は幼い子供でさえヤバいことを知り、手を出すのを諦めた。正しい判断である。

 

見回りは相変わらずやりにくい。

最終手段としてブルが道も屋根も関係なく走り回ることにした。

ウルを背中に乗っけて。

 

昨日の件で発覚したが、ルサルナが長年の知識や経験で身に着けた魔力操作の奥義というべき感知を、ウルはなんとなくで使っていた。

ルサルナは泣いていい。

 

ともかく獣よりも鋭い直感と、魔獣よりヤバい身体能力を持つブルと、ルサルナには劣るが魔力を感知し、居場所を特定出来るウルの恐ろしい組み合わせの爆誕である。

 

しかしブルとルサルナは気づいていない。

 

褒めて欲しさに悪意ある相手を問答無用でぶっ飛ばしたウルが、二人に頼られて張り切らないはずがない。

そしてブルだけではそれを止めることは出来ない事を。

 

二人はウルの殺る気が衝天していることに気付かぬまま、宿に貰ったものを置いて行動を開始した。

 

そして…

 

 

 

「なんだてめぇ!ここはがっ…」

「へへ…にぃ褒めて?」

 

 

「クソッタレが!なんで、っひきゅ…」

「んふふ…にぃ、やったよ?」

 

 

「あわわ…はうっ」

「あ…にぃ、このひとやってだいじょうぶだった?」

「あぁ…うん…よくやったな…」

「…えへへ」

 

次々と股間に叩き込まれる一撃。

ブルのそれは縮み上がっている。

 

ブルはウルを撫でながら、溢れる冷や汗を止められない。

 

どうして…?

なんで俺もルサルナも気づかなかった?

戻ったらなんて言い訳をすれば…?

 

昨日ルサルナと決めたことが頭に浮かぶ。

せめて考えてからぶっ飛ばすようにしようと。

 

だが、今のこの状況はなんだ?

 

目の前には疑わしきは全て処す魔法兵器のような可愛らしい少女。

花が開くような無邪気な笑顔。

 

 

 

どうしてこうなった…?

 

ブルは考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 

夜、外は何やらお祭りのように賑わっている。

 

先程まで揉みくちゃにされていた三人は、ウルがおねむになったために宿屋へ戻っていた。

 

ウルがぐっすり眠るのを仏のような笑顔で見守っていた二人は、完全に寝入ったのを確認すると椅子に座り、頭を抱えた。

 

「…して……どうして…?」

「何がいけなかったというの…?」

 

全てである。

 

 

高機動に高い感知能力、さらには圧倒的殲滅力まで備えた悪夢のような組み合わせは、町の隅々まで回り全てを掃除した。

 

飛び回り悪者を叩きのめすそれらを見ていた住人はお祭り騒ぎを引き起こした。

 

ブルに褒められ、しかも住人まで喜んでいるのを見たウルは、さらに気合が入った。

ブルもウルが嬉々としているのを止められず、住人まで喜び騒ぎ始めたので足を止めることが出来なかった。

 

ルサルナは騒ぎに気付き、何が起きているか理解してしまった。

そして悟りを開いたかのような穏やかな気持ちで全てを見送った。

 

そして、今に至る。

全て後の祭りである。お祭りは続いているが。

お祭りの騒ぎを耳にしながら頭を抱える二人は、まるで呪詛のように何故、どうして、と呟いていた。

 

何故もどうしてもない。もはや運命である。

 

ふと二人は顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべる。

これが“諦め”というものである。

 

最終的に二人は穏やかな表情で眠りについた。

まるで孫に囲まれて大往生するかのような安らかな眠りだった。



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好みはそれぞれという話

ブルの武器を棍棒と表記していましたが、金棒に変えています。
イメージは鬼が持っているやつです。


 

小さな町スメイル。

 

そこは特産品などなく、魔獣に襲われやすかったり、犯罪者が跋扈しているようなこともない、ただの平和な町。

 

しかし町にはとびきりの美人が看板娘をしている料理屋があり、そこの料理もとても旨いと言う。

 

それと、この町にはある噂がある。

この町の美人を無理矢理手籠めにしようとすると、罰が当たるのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「また来てくれよな!」

「いつでも歓迎するぜー!」

「旦那と上手くヤりなさいよー!」

「本当にお世話になりました!」

「ありがとうございました!」

 

声援やら余計な世話やら感謝やらを受けながら、三人は旅を再開した。

 

元々ウルが持っている魔法の鞄は土産でいっぱいになっているが、町の人達が感謝の品として新しい鞄を渡している。

 

真新しい背負う型の鞄を抱えながら、ウルはるんるんと歩いている。

その鞄には店主が作った弁当だけが入っている。

 

ふんふんと鼻歌交じりに歩くウルと手を繋ぐ男女の顔はとても、とても穏やかだ。

 

何一つ悩みも心配もなさそうな顔で歩く男女はブルとルサルナ。

無垢な少女を広範囲殲滅型に育成している罪人である。

 

二人は昨夜、穏やかな顔で眠り、そして清々しい顔で朝を迎えていた。

波一つ立たない心でウルを愛で、歓声を受け、そして歩いている。

二人は、なるようにしかならないということが分かったのだ。

 

無論、ぶっ飛ばす前に考える事は教えるが、自分達の背を見て育つのだ。

本当に駄目なことを真似したら叱ろうと考えた。

 

ある意味での悟りであった。

 

 

そんな三人に近づく影。

魔獣である。

 

ブルとルサルナはいち早く気付いており、迎撃の態勢を既に取っている。

 

ウルは後ろに庇われながらも小石を拾っている。

 

その行動に疑問を抱いた二人だが、ものすごく嫌な予感がしていた。

 

ウルはそのまま大きく腕を振りかぶり、勢いそのままに小石を投げ放った。

投げられた小石は凄まじい速度で魔獣に突き刺さる。

 

 

なんてことはなく、へろへろと飛んで二人の少し前で転がった。

 

「にぃみたいにできない…」

 

ポツリと呟くウル。

もしや出来てしまうのかと凄まじい緊張感から開放された二人。

 

八つ当たりのように魔法を撃たれ、金棒を振るわれた魔獣は魔核すらも残らなかった。

 

昼頃になり、貰った弁当を食べたウルは疲れもあり、お昼寝に入っている。

 

そんなウルを背負いながら、ブルは呟く。

 

「敢えて聞いてなかったが…ウルの身体能力はどうだ?」

「多分、魔法に特化してると思うから…そこまで強くならないはず…獣人だからそこそこあるとは思うけど」

「…俺の真似が出来る可能性は?」

「…ないとは、言えない」

 

そっと二人して眠るウルを伺う。

ウルはブルの背中によだれを垂らしている。

 

 

「…やらしてみるか?」

「ウルが自分の身を守るためだもんね…仕方ないわよね…」

 

二人は決断する。

少しだけ楽しげに見えるのは間違っていない。

 

「ちゃんと常識も教えるわよ」

「…それは頼んだ」

 

ブルは目を背ける。

ルサルナは呆れてため息を吐く。

 

なんだかんだで相性の良い二人だった。

 

 

 

 

「ウルは武器を持つなら何がいい?」

「大きくなったらだけどね」

「ぶき…?」

 

ウルが起きてから暫くして、二人はウルに問いかける。

 

 

ウルは自分が武器を持つ姿があまり想像出来なかった。

出来なかったが、分かることはある。

 

 

「よくわかんないけど、にぃのそれはやだ」

「ぁ…ぇ…?」

「あはははは!」

 

金棒を指差し断言するウル。だってかっこわるいもん。

声にならない声を漏らして立ち尽くすブル。今にも崩れ去りそう。

弾けたように笑うルサルナ。腹を抑えての爆笑。

 

「なんで…?」

 

つい口から零れた言葉とともにブルは思い出した。

ウルと出会ってすぐのこと。

 

いや、言わないでくれ…頼む…!

 

「にぃはかっこいいけど、それはかっこわるいもん」

「っ」

「っふ!けほっあは!ごほっこほ」

 

さらりと崩れ去るブル。波打ち際の砂山よりも脆い。

既に呼吸が怪しくなっているルサルナ。畳み掛けるような連撃に膝をついている。

 

ウルは遥か格上を纏めて撃沈する偉業を成した。

 

 

 

「もう…このことに触れるのは辞めよう…いいな?」

「あ、はい」

 

暫くして幽鬼のように立ち上がったブルは言った。

あまりの哀れさに頷くルサルナ。

ウルは空気を読んで黙っていた。

 

言うべき意見ははっきりと言い、余計な事は口にしない。

ウルは優しく、そして賢かった。 

 

ウルはそっとブルの手を握りながら見上げ、笑いかける。

なんの悪気もないが、それは追撃であった。

 

 

ブルが顔を背け、少し涙を零したとき、ルサルナはそっと手拭いを手渡し、言った。

 

「好みは人それぞれだから」

 

ブルは小さく頷いた。

いつも大きな背中が、なんだか小さく、そして煤けて見える。

 

ここまでくると、笑えないくらい哀れなものね

 

そんなことをルサルナは思った。

 

 

 

あまりにも動揺が大きいのか、やや覚束ない足取りのブルとそれを引っ張るように歩くウル。

二人を眺めながら歩くルサルナ。

 

三人は次の町を目指す。

 

 

行き先は大都市間の中継を担う都市、リロイ。

 

商人の力が強い都市である。



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道に迷うと出会いがある話

 

大都市間の中継となる都市リロイ。

 

様々な品が集まるため、人が多く各地の情報も得やすい。

華やかである反面、貧富の差が大きく、都市の一部に貧民街が形成されている。

 

また、貿易により急速に発展したせいか、大部分が好き勝手に増設され迷路のようになっている。

貧民街や迷路のような造りを利用し潜伏する者も多く、力ないものがあちこちをうろつくのは推薦されない。

 

相応の者であれば、迷路のような町から様々な物や情報を得られるだろう。 

 

 

 

 

「迷った」

「まよった?」

 

ブルは途方に暮れていた。

以前暫く滞在したことがあったために、自信満々で案内役を買って出たのだ。

なお、実際はあまり記憶に残ってない。

思い出すだろうと高を括ったのだ。

嫌な予感がしたルサルナだが、とりあえず従った。

 

そして早々にブルと、その背中に貼り付いたウルはルサルナとはぐれた。

揚々と歩くブルと、好奇心で目をきらきらさせたウルは、はぐれたことに気付かず進み続け、やがて迷った。

 

宿屋の目星をつけていただけ、まだ良かった。

そうでなければ合流が面倒なことになっただろう。

 

「めいろみたい」

「みたいというか、迷路だな。考えなしに建てるからだな」

「にぃみたいだね」 

 

ウルにもそう思われてるのか、と衝撃を受けるブル。

物理には強くとも精神はそれより脆い。特にウル関係。

 

賢くなってきたウルはからかって遊びたい年頃。

ブルの反応がよく、とても楽しんでいる。

 

二人はまだ抜け出せそうにない。

 

 

一方、二人が彷徨っている頃ルサルナは既に目星をつけた宿についていた。

 

暫く待っても来ないことから、迷子になったのだろうと推測している。

 

「……休も」

 

町に詳しくない自分が闇雲に探したところで、すれ違いお互いに疲れるだけ。

ならば先に宿を取っておき、のんびりと待つのが良い。

 

ルサルナのいつもの凛とした姿はない。

なんだか猫背で、目もじとりとしており、大きなため息を何度も吐いている。

 

決して面倒だ、とか思った訳ではないはず。

 

 

 

 

「にぃ、あっちは?」

「いや、さっき行った道だ…こっちは?」

「いったよ」

 

未だに迷っている二人。

ウルの好奇心で晴れ渡る空のような目は、既に曇天のよう。

ブルの背中で溶けかけている。

 

 

二人の周囲、その建物や路地の角から迷う二人を伺う無数の人影。

ここの住人からすればよくあることだ。

間抜けにも迷い込んだなら少しばかり脅して金を無心する。

迷い込んだ場所が悪ければ何もかも失う。

今回もカモがやってきたとばかりに集まってきている。

 

しかし多くの者は、迷い込んだただの子連れかと思ったが、男から何とも言えない危険そうな気配を感じており、見るだけに留まっていた。

 

ブルもウルも気がついていた。

何かしてくる様子がなく放置していたが。

 

今回はウルも我慢している。

この町へ来るまでに、とても穏やかな表情で静かに諭されたのだ。

 

たとえ相手に悪意あっても、問答無用にぶっ飛ばすのはやめましょう、と。

 

その時の二人は夜空の向こう側を考えるような、よく分からない怖さのようなものもあり、ウルは頷くことしか出来なかった。

 

 

しかし、そろそろなんとかしたいとブルは思った。

 

ウルのお腹から鳴き声が聞こえ始めている。

きらきらなお目々もどんよりしている。

 

まともな料理屋も見当たらず、同じ景色ばかり。

都市に来てまで保存食を食べさせるのは忍びない。

 

ブルは決心した。

 

「聞こうか、道」

「うん…おなかへった…」

 

背中でヘタれるウルも賛成する。

まともに聞こうとしても逃げられるだろう。

では、親切な間抜けを釣りだそうとブルは考えた。

そしてブルはしっかりとウルを背負い、駆け出した。

 

様子を伺っていた者も驚く。

うろうろと彷徨い歩いていた奴がいきなり走り出したのだ。

 

危険だという直感に従い動かないもの、追うべきか迷って動きの遅れたもの、わざわざ追うほどに切羽詰まっていないもの。

 

そして、焦って追いかけるものもいた。

 

 

二人、追いかけてくる。

簡単に釣れたことにブルはほくそ笑んだ。

 

すいと路地の影に身を滑り込ませ、大跳躍。

建物を蹴りつつ、屋根に上がる。

 

「ウル、奴らが路地に入ったら後ろに降りる。そしたら逃げられんよう壁を作ってほしい」

「っ…!やる!」

 

背中にへばりついていたウルのやる気が漲る。もしくは殺る気。

 

焦って追いかけてきた二人が路地に入り、見失ったことを悔しがる。

その後ろにブルが降り立つ。

物音にびくりとした二人はブルの姿を見て驚き、逃げようとするも土壁に阻まれる。

 

「ウル、完璧だ」

「んへへ…」

 

ウルは褒められ上機嫌。

ブルはそのままゆっくりと歩み寄る。

震え上がる小柄な二人。

少年と少女らしい。

 

 

「さて…親切なお前らに聞きたいことがある。」

「くそっ!」

 

少年が投げた石をブルは掴み取る。

あわよくば怯んだ隙に逃げようと考えた二人だが、逃げられそうもない。

 

「親切な、お前らに聞きたいことがあるんだ。」

 

親切という言葉を強調して、ブルが言う。

 

石を掴み取ったはずの手が握り込まれる。

ヤバい音が聞こえて二人は息を呑む。

開かれた手からは砂のように細かくなった石だったもの。

 

「ひゅ…」

「ひぇ…」

 

ゆっくりと二人の目の前まできたブルはそれぞれの頭に手を乗せ、話し出す。

 

「大通りまでの道を…教えてくれないか?」

 

壊れたように頷く二人にブルはにっこり。

二人は固まる。蛇に睨まれた蛙。

 

「案内料だ…さぁ、行こうか」

 

二人に小銭を握らせ、肩に手を置き直してブルは言う。逃がすことなどない。

錆びついた道具のようなぎこちない動きで二人は歩き出した。

 

一連を見ていたウルはまた賢くなった。

道を聞くときはこういうやり方も有り。ウル学んだ。

 

ちょっと叱られようと、特殊な知識を身に着ける強かさをウルは持っていた。

 

 

 

いつの間にかかなり離れていたようで、大通りまではかなりの距離があるらしい。

のんびりと歩いていると、不意に子供たちが口を開く。

 

「今更かもしれないけどお兄さん、気をつけてね」

「見つかったらボコボコにされちゃうから」

「あ?どういうことだ?」

 

子供たちは警戒はしているが、最初ほど怯えたりはしていない。

理不尽な暴力を振るわれることがないと分かったからだ。

 

そんな子供たちにブルは疑問を持つ。

 

「私たちの姉さん、怖いのよ」

「僕らの姉さんは有名だから」

「そりゃあ…ご忠告ありがとよ」

 

よく分からないがとりあえず返事する。

ウルはお腹が減って話す力もない。

 

「多分、問答無用だから」

「ふんっ」

 

申し訳なさそうな少女と生意気な少年。

ブルはなんとなく質問する。

 

「お前ら、その姉さんもだが…血の繋がりあんのか?」

「いえ…私とこの子はこの町で拾われたの」

「僕とこいつも別だよ」

「なんとなく気が合いそうだ」

 

ブルは背中で力なくへばりつくウルに意識をやる。

歳の近い知り合いや友達がいてもいいだろう。

そんなことをつらつらと考えていると、纏わりつくような敵意を感じた。後ろからだ。

 

 

振り向くと物々しい様子の少女。

メイスを腰に差し、独特な形の短剣と針のような武器をそれぞれの手に持っている。

 

「あ、姉さん!違うの!」

「あはっ、待っててね…そいつ、ぶっ殺すから…」

「やっぱ駄目だよ!離れよう!」

 

 

少女が声をかけるも聞く耳を持たない様子。

少年は堪らず離脱を提案する。

 

「やっぱ気が合いそうだな…」

「にぃみたいだね」

 

のほほんとしたブルとウル。危機感がない。

少年少女から離れ、物々しい少女と対峙する。

 

年の頃はルサルナより下に見える。

灰色の髪、焼けた肌、鋭い赤い瞳。

スラムの人間にしては身綺麗で、武器もなかなかに良いものを使っている。

 

 

 

「私の家族に手を出す奴は、死ねばいいのよ」

 

少女は目にも止まらぬ速さで襲いかかってきた。



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修羅場の話

 

 

「あはは!上手く避けるんだね!」

 

 

「おぉ…なんつぅ動きだよ」

「お、おちそう…」

 

まるで獣のような動きから繰り出される猛攻。

 

ずり下がるウルをなんとか前に抱え直し、一息つく。

 

「はぁ…その子邪魔じゃない?どっかやりなよ。そっちの方が楽しめるでしょ?」

「はなれる?」

「いや、そのままで大丈夫だろ…酔ったりしないか?」

「へいき」

 

のほほんとウルを抱えたまま話す二人に少女は苛立つ。

 

「その余裕、どこまで保てるか楽しみね」

「お前じゃ力不足だな」

「あはっ!うざったいおじさんだわ!」

「まほう…!」

 

ウルは魔力が渦巻くのがはっきりと見えた。

少女が地面を強く踏みしめ、飛び出す。

 

這うような姿勢からの払い斬りをブルは足を上げ回避する。

そのまま刺突を狙う少女への踏みつけるような蹴り。

 

当たるかと思われた蹴りをぬるりと躱す少女、距離をとり針の投擲。

ブルは余裕をもって躱し、その間にメイスに持ち替えた少女が頭上より一撃。

 

ばちっ!と鋭い音とともにメイスを素手で受け止めるブル。

ブルはそのまま少女ごとメイスを振り回す。

 

堪らず少女は手を離し、受け身を取って地面に転がる。

 

ブルがメイスを放り投げる音が響く。

 

 

「…おじさん舐めてるよね」

「そっちこそだろ?なんで魔法使わねぇんだ?」

 

ウルの呟きは聞こえていた。

ならば間違いなくこの少女は魔法が使えるはず。

 

「子供ごと死にたいの?」

「ははっ、お遊び程度の実力で何言ってんだ?」

 

苛立つ様子を見てブルは続ける。

 

「ほら嬢ちゃん、おままごとに付き合ってやるよ」

「舐めやがって…!」

 

少女の頭上に火球が浮かび上がる。

ブルが金棒を抜く。構えず、だらりと下ろしたまま。

 

火球が放たれ、ブルの直前まで迫る。

少女が短剣を振り抜く。

 

一閃、下ろされた金棒が振り上げられ、たったそれだけで火球は掻き消される。

 

「にぃ!」

 

ウルの声に反応したブルが身を翻す。

庇うように動いたブルから血が流れる。

 

「おままごとって舐めて…?直撃してた、よね?」

「見えねぇのか?服が切れてるだろ?」

「ぁ、にぃ…だいじょうぶ…?」

 

ウルは見えていないが明らかに直撃したブルを心配する。

 

「薄皮一枚程度だ、唾つけりゃ治るよ」

「普通の人は大怪我なんですケド」

 

実際、既に血は流れていない。

少女は困惑した表情でブルを見ている。

 

気を取り直した少女がしゃがみこみ、手を地面につける。

 

「さっきのじゃ駄目ならこれでどう!?」

 

ブルの足元が盛り上がる。

ほんの数瞬待てば土棘が生えたであろうそれは、一歩分下がって振り下ろされた金棒に叩き潰される。

 

地面が揺れ、土埃が舞い上がる。

土埃が晴れたとき、そこには大きな穴だけ空いていた。

 

「はぁ!?なんて馬鹿力なの!?」

「お遊び、続けるか?」

 

少女が呟いたと同時、頭に手を置かれる。

動けず、言葉を発せない少女をそのまま撫でる。

 

「まぁ、並の冒険者よりずっと強い。魔法だってお前さんくらいにしちゃ上出来だ…ウルには及ばんがな」

「……」

「とりあえず行っていいか?案内料まで払ってんだ」

「…勘違い、してた…ごめん」

「大したことじゃない」

「にぃいこうよ」

 

少女を撫でるブルにやや膨れたウルが言う。

 

姫様の機嫌を取るため撫でつつ、そのまま脇を通り歩き始めるブルを少女はじっと見て、後ろを追い始めた。

 

 

ブルは恐る恐る顔を出した少年少女を捕まえ、無事に大通りまで辿り着いた。

が、問題がまた一つ。

 

「宿の場所、どこだ…?」

「おなかとせなかがくっつきそう…」

 

宿の場所が分からないのだ。

ウルのお腹も遠吠えをしている。

 

「宿屋なら、私が教えてあげる」

 

後ろをついてきた少女の声。

ばっと振り向いたブルは少女の手を握り、そっとお金を渡す。

危ない絵面。

 

「頼む…出来れば早めで」

「ん、貰うもん貰ってるしちゃんと案内するよ」

「むぅ…」

「ウル、ウル?ちょっと苦しいんだが…」

 

ブルはウルを抱え、少女に手を引かれ、服の裾を少年少女に掴まれた何とも目を引く状態になって歩き出した。

 

なんだかブルが少女に甘いと感じてウルは面白くない。

暫くブルはグイグイと締めつけてくるウルに困惑することになる。

 

 

 

「誰よ、その子」

「いや、案内を頼んでだな…」

「腕を絡める必要ある?」

「それは…」

 

少女たちの案内もあり、ようやく宿屋へついたブルとウル。

辿り着いたブルを待っていたのは仁王立ちする修羅だった。

可視化するほどの濃密な魔力が眼から溢れている。

ブルは自然と膝を折っていた。

 

いつの間にかウルはルサルナの横でふんぞり返っている。

可愛らしい姿だが、横の修羅の存在感が圧倒的過ぎて目立っていない。

 

 

 

 

少しだけ時は戻り、ブル一行が案内され始めた頃。

 

ルサルナは宿屋の一室でそわそわとしていた。

 

一休みして、一息ついて、まだ二人は来ない。

 

やっぱり探すべきか…いや、すれ違いになったら…いやでも…

 

そんな事を考え、部屋をうろうろ歩き回り、結局宿屋の前で行ったり来たりとしていた。

 

そして入り口の前に立ち止まり、やっぱり探そうと気合を入れたルサルナは見た。

 

 

 

ん、んん?

私が知らない小娘と手を繋いでいる…楽しそうに話しながら。

 

……は?

 

 

 

得体のしれない圧に周囲の人がぎょっとする。

俯き加減に立つルサルナの周囲が心なしか歪んで見える。

思わず足を止め、遠巻きに眺める人達を割るように近づくブル一行。

 

手を繋ぐ少女は面白そうに笑みを浮かべ、ブルの腕に抱きつく。

これ見よがしに、ルサルナを見つめながら。

ブルはルサルナに気付かず、また少女のやることに抵抗しない。

ウルは面白くなさそうにブルを叩いている。

 

ルサルナの圧…溢れ出した魔力が一層強くなる。

体内の荒れ狂う魔力が可視化するほど濃密になり、それが眼に現れる。

 

ブル達がルサルナの前まで来る。

 

「誰よ、その子」

 

 

時は今に戻る。

 

「どうしたのぉ?おばさんお兄さんと知り合い?」

 

にやにやとしながら腕に抱きついたままの少女。

ブルに合わせて隣に座り込んでいる。

 

こっ…こっ…とルサルナの足音だけ響く。

 

周囲の人も物音を発せない。

音を立てたが最後になる気がしたのだ。

すわ修羅場かなどと面白半分に立ち止まった人も石像のように微動だにしない。

 

君子危うきに近寄らず

 

明らかな危険に足を止めてしまった時点で駄目なのだ。

 

ルサルナが近づく一歩ごとに場の緊張感が増していく。

 

「口に気をつけなさい小娘。私はこの馬鹿の妻よ。」

「……」

 

正確には違うがあまりの圧に訂正できないブル。

益々笑みを深める少女。

 

「えー?そうなんだぁ、ごめんねぇ?私が魅力的だったみたいだから」

 

ルサルナの目がブルに向く。

あまりの眼圧に魔力が光線として放たれそう。

これこそ、目で殺すと言わんばかり。

 

ブルは必死に首を振る。

 

悪いことはしていないはず…どうして?

 

首を振りつつ、ウルに助けを求める。

ぷいっとそっぽを向かれ、救いがないことを悟る。

 

 

「まぁお兄さんも若いほうが良いもんねぇ?もっと瑞々しい身体を味わいたいもんねぇ?」

「……ブル?」

 

誰か助けてくれと、溢れる冷や汗の数だけ願うブル。

数え切れないほどの願いは届く。ガタガタと震える少年少女に。

 

「あ、あぁ…ぁの、すいません…」

「ぃ、いい、いいですか…?」

 

ブルの背に隠れた少年少女が僅かに顔を出す。

ルサルナの眼圧に涙が零れそう。

これ幸いとブルも声をあげる。

 

「ルサルナ、あの」

「あなたは黙ってなさい」

「はぃ…」

 

情けない男は口をしっかりと閉じた。

容赦なさと哀れさに涙が零れる少年少女だが、勇気を振り絞る。

 

 

そして始まる物語。

要はカモだと思ったら捕まえられて案内に雇われただけ。

 

あまりの内容の薄さにルサルナも沈黙する。

腕に抱きつく少女はつまらなさそうな顔。

 

「つまりは…この馬鹿が悪いのね…」

「からかったのは悪いと思うけど、そうだよねー」

 

お前が余計なことをしたからだ!

などとブルは言えない。面倒なことになりそうだから。

 

 

救いなどあらず。こういう場合男が悪くなる。

 

ブルは学んだ。そして尻に敷かれていることを自覚した。

 

 

 

どれだけ腕っぷしがあろうとも、強さには種類がある。

 

女の強さは時に全てを凌駕する。

 

勘違いされる方が悪いのだ、今後は気をつけよう。

 

萎れたブルはなんだかご機嫌なウルを抱っこしながら思った。



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腕試しをする話

 

翌日、起きた途端に直感からの警報が鳴り響くブルは、冷や汗を流しながらもウルを起こしていた。

そして、最近少なくなった甘え全開のウルの行動に直感を全て捨て去っていた。

 

「よしよし…俺が全部やってやるからな…」

「うみ、む…みゅぅ」

 

最近のウルは朝の支度は自分ですることが増えていた。

しかし今日は起こしたらブルに向けて手を広げ、抱っこの催促をしたのだ。

ブルは刹那すらも長いと思える時間で陥落した。

 

ウルの腕が伸びきる前に抱き上げ、ついでに頬ずりして朝の支度に取り掛かった。

と言っても、ルサルナも同じくらいに起きるため、準備は大抵ルサルナがやっている。

ルサルナから水桶と手拭いを受け取り、ウルの顔を拭く。

恐ろしく丁寧な手付き。

これなら繊細な彫刻でも完璧に磨き上げられるだろう。

 

ぴかぴかに顔を磨かれてもウルはちょっと眠たいふり。

そのままブルの腕の中で丸まっている。

 

これは…甘えの姿勢…!

 

ブルは思う。

最近はご飯を食べさせることもない。

もしや今、またとない好機なのでは?と。

 

弾むように部屋から出るブルを、呆れた目で見ながらルサルナも追いかけた。

 

ブルは完全に、起きたとき直感で感じた警報を忘れ去っていた。

ウルを愛でながら降りてきたブルにかけられる元気な声。

 

「お兄さん!おはよぉ!」

 

あ、駄目な気がする。

ブルは思った。そして諦めた。

 

ウルのあまりの可愛さにやられて忘れていた。

ルサルナから圧を感じる…

振り向けない、足が前に出ない。

 

石像のごとく固まったブルを突っつくウル。

それを横目にルサルナは少女の前の席に座る。

 

「あらあらおはよう、悪い虫さん?」

「あ、いたんだ。おはよぉ、怖ぁいお姉さん?」

 

うふふ、あははと笑う二人は絵になるほど可憐であった。

どちらも目は笑っていないが。

 

突っつかれるブルが再起動を果たす。

そろりそろりとルサルナの横に座る。

 

この男、椅子を引く動作でさえ音を立てていない。

いつもの豪快な様子は微塵もない。

ウルを膝の上に置き抱きしめる様子は、ただ哀れみを誘う姿であった。

 

「お兄さん、会いに来ちゃった!」

「は、ははっ…そうかぁ…」

 

ルサルナの目が細まる。

ブルの背中は冷たい汗で濡れている。

 

「ねっ嬉しい?私はお兄さんに会えて嬉しいなぁ」

「ははは…」

「楽しいお喋りの途中ごめんなさいね?食事を頼みましょう?」

「おなかへったー」

「お、おう!そうだな!腹減ったなぁ!」

 

やたらギスギスした朝である。

周りも宿屋の主人も決して目を向けないようにしている。

新手の営業妨害かもしれない。

 

「ごはんがおいしくなくなっちゃう」

 

ウルの一言にはっとするルサルナ。

確かに大人気なかった。

ウルを優しく撫で謝っている。

ホッとするブル。

面白くなさそうな少女。

 

「そういや、お前何て言うんだ?名前も聞いてねぇ」

「そういえばそうね…私はルサルナ。この子はウル。そっちがブルよ」

「ふーん、ご丁寧ねぇ。私はクレア、よろしくねー」

「おう」

「クレア?聞いたことあるわね…」

「思い出せないなら良いじゃない。ほら、ご飯もきたよ」

「ごはん!」

 

手早く並べられる料理に、目を輝かせるウル。

しかし食べない。

ウルはブルと料理を交互に見てよだれを垂らしかけている。

 

思わず笑みを浮かべながらウルの口元へ料理を運ぶブル。

逃避するのにも最高の選択だった。

 

「あー…んむ」

「いっぱい食べるんだぞ」

 

微笑ましい光景の隣にはルサルナとクレア。

二人の間に流れる空気はどうか。

 

「で、なんでここに?」

「お兄さんに会いたかったから」

「建前は要らないのよ」

 

やはり良くない。

視線がかち合えば火花が飛んでいるようにも見える。

 

「はぁ…腕試しというか、稽古かな?つけてほしくて」

「そういうこと…昨日実力差を見せつけられたんじゃないの?」

「そうだけどねー。お姉さんの実力も見たいかな?」

「ふふっ、泣かせないようにしなきゃね」

「あはっ、お兄さんに無様な姿見せてあげようか?」

 

ヘドロのような空気に包まれている。

 

ブルとウルはいつの間にか席を移動していた。

食事が不味くなるのは良くないこと、移動もやむなし。

 

特に被害を受けたのは宿屋の店主と他の客だった。

いい加減にしてくれと皆が思っている。

 

 

食事を終え、一行は郊外へ移動した。

クレアの腕試しに付き合うためだ。

 

「魔法薬も用意してあるけど、高いんだから使わないに越したことはないからね」

「ウルに当たりそうなのは全部弾くから任せとけ」

 

クレアと対峙するは、なんとウル。

 

腕試しと聞き、やるやるとジタバタしてブルとルサルナを説き?伏せたのだ。

 

「んー、本当に魔法なら私より上なの?」

「魔法の扱いは並じゃないわよ」

「わたしつよい」

 

胸を張るウル。背伸びにしか見えない。

ブルは既に金棒を構えている。

 

「じゃあ魔法のみ、銅貨が落ちたら開始ね」

 

ルサルナが銅貨を弾く。

打ち上がった銅貨が落ちていく。

 

きんっ、と音がなったと同時、クレアが飛ぶように移動する。

ウルは動かず、魔力を練り上げる。

 

「いくよ!」

 

クレアはウルに火球を放つ。

 

ウルは腕を掲げ、指を鳴らす。

ぺちっという可愛らしい音とともに水球が放たれる。

 

火球と相殺したのを確認したウルは続けて指を鳴らす。

クレアの周囲に次々と土柱が立ち上がる。

 

思わず足を止めるクレア。

ウルは追撃として氷の礫を幾つも形成し、放つ。

 

クレアは土柱を器用に利用して礫を躱すが、礫の連射が止まらない。

魔法を放とうか考えるも、その一瞬で滅多打ちにされかねない。

クレアは走り回り、時にメイスで打ち落としながら逃げ回ることになる。

 

「む、むむむ…!」

 

連射を尽く躱され弾かれるウルに焦りが出てくる。

別の手に切り替えようとしたその一瞬を狙い、クレアが短剣を振るう。

 

ウルは虚を突かれ動けない。

 

クレアの短剣に合わせるように射出された風の刃がウルに届く直前、ブルがウルの前に出て金棒を振るう。

 

武器を振ったとは思えない音とともに強烈な風が巻き起こり、クレアの放った風刃をなぎ払った。

 

「そこまで!」

 

ルサルナの鋭い声。

ウルもクレアも呆気に取られていたが、終了の声を聞きその場へ座り込む。

 

「うぅぅ…まけ…」

「なによ…おかしいでしょ…」

 

ウルは負けたことを悔しがり、クレアはウルの異常な腕前に驚きを隠せないでいた。

 

ブルはウルに駆け寄り撫で回している。

ルサルナは座り込んだクレアに近づき話しかける。

 

「ウルが実践経験少なくて良かったわね」

「……」

「まぁあなたも及第点よ。身のこなしも魔法もやるじゃない」

 

クレアは分かっていた。

ウルが焦らず連射を続けていれば、負けていた可能性が高いことを。

自分の半分も生きていない幼子に負けかけた。

それは十分な衝撃をもたらしている。

 

「休憩したら、私かブルとやる?」

「……お姉さんとやる…今からでも」

「そ。ブルに合図お願いしてくるわ」

 

手も足も出ないかもしれない。

しかし、やられっぱなしは癪に障る。

 

一矢報いてやる、と気合の入るクレア。

 

 

「合図はさっきと一緒、今度は近接攻撃も有りだ」

「…お姉さん、それでもいいの?」

「ふふっ、そうじゃなきゃ勝ち目なんてないわよ?」

「言ったわね…!」

 

 

「どっちもいいか?…始めだ」

 

ブルが銅貨を弾く。

 

 

 

ルサルナとクレアの心境はほとんど同じ。

 

 

こいつ、絶対泣かす。

 

 

銅貨が落ち、両者が動き出す。

 



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追い打ちをする話

 

きんっと銅貨の落ちる音。

 

先に動いたのはクレアだった。

魔力を練り上げながら稲妻のように駆ける。

 

ルサルナはその場から動かず、ただ静かに今まで使うことのなかった杖を地面へ突き立てる。

 

クレアが横に大きく跳ねる。

瞬間、クレアが進んでいた先に土柱が伸びる。

 

クレアは不規則に跳ね続け、時折牽制に風刃を放つ。

ルサルナは牽制を防ぎつつ、一瞬でも止まれば穿つと言わんばかりに土柱を生やしていく。

 

しかしクレアを捉えられない。

徐々にルサルナに近づくクレアは汗を流しながら冷静に機を待っていた。

 

まだ遠い…まだ…もう少し…後僅か。

 

一息で飛び掛かれる位置まで近づいていく。

ウルよりも速く鋭いが、連射はない。

舐めているのか、それとも出来ないのか。

あくまで焦らず、追い詰めていく。

 

……っ!ここ!

 

これまでより速く飛び出したクレアは瞬く間にルサルナへ肉薄し、鞘付きの短剣を突き立てる。

 

やれる!と確信した瞬間、思ってもみない速度で土柱が立ち上がり、短剣を大きく弾いた。

 

クレアは弾かれた衝撃を上手く利用し、後ろへ飛び下がる。

動揺が残るままに着地しようとしたその時、地面がほんの少し陥没する。

 

足を取られ体勢が崩れたクレアは咄嗟に転がり体勢を整えようとするが、既に遅い。

 

止まったかどうか怪しい程の僅かな間へ、差し込むように土柱が伸びていた。

 

顔面や胴体を掠めるように土柱が伸び、それはクレアを絡め取るように囲い込む。

当たるかどうかのところで伸びた土柱は、間違いなく絶技であった。

 

動きが鈍ったとはいえ、後出しで捉えきる速度。

動いている相手にぎりぎり当てない緻密な操作。

 

当てようと思えば駆け回るクレアにも当てられたのだろう。

わざわざ近接を許し、防いだ上での攻撃。

 

 

クレアは、相手にとって遊びにしかならなかったことを理解した。

勝ったとはいえ幼子にしてやられ、今もこうして遊ばれた。

悔しさと情けなさが一気に吹き出してくる。

 

クレアは静かに涙を零した。

 

 

 

ルサルナはクレアの動きを止め、とてもすっきりとしていた。

 

手を抜いたのはあるが、その中で全力を出せた。

自分の実力も概ね把握できた。

 

ルサルナはここ最近で実力が大きく増している。

元々高い腕前を持ったルサルナは、何かしらの刺激があればそれをさらに伸ばすことができる状態だった。

 

積み重ねた知識と実績はブル達と関わったことで一気に開花した。

 

しかし発揮する場所がなかったのだ。

魔獣相手に確認しようともブルが消し飛ばすので。

 

煽られたのもあるが渡りに船だったとも言える。

若干消化不良なのは否めないが。

 

 

もうちょっと付き合ってもらおうかしら。

 

 

そんなことを思いながら、爽やかな笑顔を浮かべたルサルナが見たのは静かに涙を流すクレアだった。

 

 

「……え?ちょ、え!?なんで!?」

 

全く想像していなかった状況に慌てるルサルナ。

魔力が乱れ、土柱が崩れる。

クレアはどっさりと土を被った。

 

遠巻きに眺めていたブルの言葉が耳に入る。

 

「うわぁ…追い打ちかよ」

「ち、ちち違うわよ!?」

 

ぶわりと汗が吹き出す。

おろおろとしながら駆け寄り、クレアの横にしゃがみ込み土を払う。

 

「や、あの…そのね?…ご、ごめんね…?」

 

それは傷口に塩を塗る行為だった。

思わず涙を流したところ土を被せられ、その後で謝られる。

 

内心嘲笑ってるのだ、この女は。

そう思っても無理はないだろう。

 

追い打ちに追い打ちを重ねられたクレアは、遂にしゃくりを上げ始める。

 

一層おろおろとするルサルナ。

 

「ウル、あれが死体蹴りっていう行為だ。敵にもやっちゃいけない下劣な行為だよ」

「げれつ…」

 

ルサルナの助けてという視線を見ないようにしながら、ウルに教えるブル。

ウルもしみじみと呟きながら頷いている。

 

悪くないのに怒られた事をしっかりと根に持っている。

ウルはご飯の時間を邪魔されたことを少し怒っている。

 

二人は暫くの間、なんとか慰めようとするルサルナを眺めていた。

 

 

 

ルサルナは俯き震えながら、正座をしていた。

 

目の前には幼子のように泣くクレア。

 

おろおろしながら慰めようとしたが、傷口に塩を塗りに塗ることになってしまった。

結果、余計に惨めな気持ちになったクレアは大泣きした。

 

そしてウルも下手に触れられず、ブルが慰めることになった。

とりあえず頭を撫でたブルは縋りつかれ困り果て、文句を言いたそうにルサルナをじっと見つめていた。

 

ウルはルサルナの横に立っている。

 

 

「死体蹴り…」

「したいげり…」

 

ボソボソと繰り出される言葉はルサルナの心に刺さっている。

 

これも死体蹴りのようなものだが、あえてブルはウルに言わない。

ここぞとばかりにやり返していた。大人げなし。

 

ルサルナは俯くことしかできなかった。

大人げなかったとか、恥ずかしいとか、申し訳ないとか様々な感情が渦巻いていた。

そこにブルとウルの言葉が突き刺さった。

 

ルサルナは震えながら泣き始めた。

 

 

ぎょっとするブルとウル。

二人ともどうしたらいいか分からない。

 

もしかして自分のせいなのかと、ウルは思った。

自分が言った言葉のせいで泣いたのかと。

ルサルナが大好きなウルは酷く動揺した。

 

何か言うべきか、何をすべきか。

 

何も分からなくなったウルは立ち尽くし、嗚咽を漏らしながら泣き出した。

 

 

ブルの思考は完全に止まった。

ルサルナにここぞとやり返したら泣いてしまい、しまいにウルまで泣き出した。

 

固まったブルは、何を思ったか宿屋に戻ろうと考えた。

 

金棒に座れるようにしてルサルナを背負い、両の手でウルとクレアを抱え上げた。

 

嗚咽やら鼻を啜る音やらを聞きながら、ブルは歩き出した。

思考が追いつかないのか、その表情からは感情が全く見えない。

 

 

町につく頃には、皆泣き疲れて眠っていた。

ブルは宿屋の前で立ち尽くしていたが、異様な雰囲気に宿屋の主人が気付き、慌てて中へ引き込んだ。

 

ブルは三人仲良くベットに寝かせ、優しく布団を被せた。

 

それから窓際まで椅子を静かに持っていき、空を見上げながら座りこんだ。

 

ブルは思考が未だに追いついていない。

ただ窓から空を見上げている。

 

やがて脳か精神かが過負荷に耐えられなかったのか、糸が切れたかのように眠りに落ちた。

 



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仲直りと一歩踏み出す話。

 

ブルは意識を取り戻した。

 

いつの間に宿に帰ってきたんだ?

何かを忘れている気がする…

 

そんな事が頭を過る。

そのまま空を見上げていると、寝息や身動きする音が耳に入る。

 

何気なく音の方向を見る。

仲睦まじく、抱き合うように眠る三人。

 

ブルは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 

 

尊いにすぎる…

 

 

ウルを真ん中に向かい合うルサルナとクレアの姿は、それはもう素晴らしいものだった。

ブルは何かを思い出す前に尊さの前にひれ伏した。

 

ありがたやありがたや…

 

拝むブルに何かを感じたのか、ルサルナとクレアが目を覚ます。

目を覚まして、頭一個分しかない距離で目が合い、びくりとして固まった。

 

目を見開いて固まる二人だったが、間のウルが不満そうにうにゃうにゃ寝言を発するのを聞いて視線を下げる。

 

二人してウルを抱くように寝ていた事に気付くと、ぽかんとして目を合わせ、どちらともなく笑い出した。

 

くすくすと笑う二人は再びウルが唸るのを聞いて、慌てて声と動きを止める。

寝ているのを確認しホッとした二人は目を合わせくすりと笑う。

 

口の動きだけで、後でと伝え合う姿は、似てはいないが仲の良い姉妹のようだった。

 

ブルは終始拝んでいた。

それに気付いたルサルナが水球をぶち当てるまで、あと少し。

 

 

 

起きたウルは不思議そうな顔で周りを見ていた。

口を半分開き、目も起きたばかりのためか半開きだ。

 

隣にはくすくすと笑い合うルサルナとクレア。

それに、なんでかびしょ濡れで椅子に座っているブル。

 

なんだかよく分からなかったが、楽しそうに笑う二人を見てどうでも良くなった。

 

ウルはとりあえずルサルナの胸に飛び込んで、嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

「あの、ごめんなさい…色々と…」

「私も…大人げなかったわ。ごめんなさい」

「ひどいこといってごめんなさい…」

 

落ち着いてから、三人は互いに謝った。

謝って、顔を見合わせて、また笑った。

 

楽しそうな三人を横目にしつつ、水を滴らせるブルは寂しそうに夕日を眺めていた。

 

 

 

「そろそろ飯でも食ってきたらどうだ?」

 

きゃっきゃと話し始めた三人にブルが言う。

 

「あ、確かにいい時間ね。」

「おなかへった」

「そういえば、昼も食べてなかったねー」

 

ブルの言葉で思い出した三人は食堂へ向かう。

 

話しながら出ていく三人を見送り、ブルは着替え始めた。

流石に水を滴らせながら食事をする気は起きない。

ついでに服も絞り、飛び散った水を拭く。

 

水桶に溜まった水を裏に流して一息つく。

疲れて飯を食う気にならねぇ、そうブルは思った。

 

そのまま散歩がてらに夜風にでも当たろうと歩き出す。

 

一人で行動するのは久しぶりだった。

思えばウルと出会ってからほとんど一人になったことがない。

以前は時々酒を飲んでいたが、それもなくなっていた。

 

強い寂しさと、少しだけ開放感がある。

ルサルナとクレアがウルと一緒にいるし、たまには酒でも飲むかと思いつく。

 

酒を飲んで馬鹿騒ぎする奴らを思い出す。

ウルと出会う前、酒は飲んでも旨いと思うだけで、別に楽しくはなかった。

今ならもしかして楽しいんじゃないかと思ったのだ。

 

ブルは寂しさを紛らわすように早足で歩いていった。

 

 

 

 

ブルが夜の町に消えていった頃。

 

「にぃがこない…」

「遅いわね」

「食べないこともあるんじゃないの?」

 

宿屋にいる三人は不思議に思っていた。

食事が運ばれてきても、まだブルが来ないのだ。

 

「いえ、ブルは自分が食べなくても来るわ…ウルの為に」

「そうなの?でもまぁ冷めちゃうし、食べながら待てばいいんじゃない?」

「そうね…ウル?食べながら待とうね」

「……うん」

 

ルサルナとクレアに促され、ウルも渋々食べ始める。

普段の倍ほど時間をかけて食べた三人だったが、最後までブルが来ることはなかった。

 

流石におかしいと思った三人は部屋に戻った。

 

「鍵が掛かってない…?」

「…何も無くなってないわね」

 

鍵は掛かっておらず、ブルはいない。

荷物が無くなっている様子もなく、水などが拭き取られている為、ブルが掃除したであろうことは分かった。

 

荷物と言っても、全て魔法の鞄に入っているが。

 

念のため鞄を持ち出し、宿の周辺を探すが見当たらない。

 

「どこに行ったのかしら?」 

「お兄さんも男だし…そういうのだったり?」

「私というものがいながら!?」

「そういう…?」

「男の人はねぇ」

「ちょっと!まだウルには早いわよ!」

「?」

 

ルサルナは焦る。

確かに妻だ嫁だと言いながらそういうことはしていない。

未だ手を繋ぐのが精一杯だった。

 

クレアは冗談で場を明るくしようとしたが、ルサルナの反応でなんとなく察する。

ルサルナに向ける視線が少しだけ哀れみを帯びている。

 

ウルは気になるが、ブルが近くにいない不安が勝っている。

 

「…一応、探してみましょう」

「そういう場所?」

「そういう?」

「……そうよ」

 

もしかしたらが捨てきれないルサルナ、苦渋の決断。

クレアは確信しているが、あまり突っつくのは可哀想だと思い、余計なことは口に出さない。

ウルはブルが見つかるならいいかと思っている。

 

「…行きましょう」

「にぃ、いるかな…?」

「いないほうがいいかもね…」

 

ルサルナは苦虫を噛み締めたような表情で歩き出す。

ウルは不安そうな顔。普段より強く手を握っている。

クレアはどうか見つかりませんようにと祈っている。

 

一行は重苦しい雰囲気で歩き出した。

 

その時ブルは酒を飲んでいた。

旨いが、楽しくはなっていない。

 

 

ルサルナ一行は遊郭へ来ていた。

子連れで、しかも三人とも女。

とても目立っていた。

 

好奇の眼差しを受けながらブルを探すが、いるのは着崩した格好の女性か、それを見て鼻の下を伸ばす男ばかり。

 

「すごいかっこう…」

「あれで男を悩殺するの」

「クレア!」

「にぃものうさつ?できるかな?」

「は、ぁ…!」

 

ウルの一言がルサルナに刺さる。

そういう格好をしてみるべきか…

 

クレアはその辺りしっかりと教えといた方がいいんじゃないかと思っている。

ルサルナはあんまり知識もなさそうだし。

 

ウルは意味は分からないが、男を悩殺すると聞いてブルを思い浮かべた。

可愛いとか褒めてくれるのかと思っている。

 

 

一通り見て回るも姿は見えない。

もし店に入っていれば分からないが、流石に中まで見て回ることは出来ない。

 

宿屋で待つことにして、とぼとぼと戻っていった。

 

 

 

 

 

酒を飲むブルは思った。

旨いが、やはり楽しいかと言えばそんなことはない。

寂しさだけが募り、ウルやルサルナの顔が思い浮かぶ。

 

もう戻ってウルに癒やされよう。

そう思い、金を払い店を出る。

 

はぁ…とため息。

旨いのは旨いが結局楽しくはなかった。

これなら宿屋の外で風に当たっているか、部屋で待っていたほうが良かった。

 

そうしてとぼとぼと歩いていると、後ろから走る音。

慌ててんなぁと思っていると、声が聞こえた。

 

「にぃ!」

 

聞こえた時には既に振り返り、受け止める姿勢になっていた。

そのまま飛び付いてくる小さな少女を受け止め、抱き上げる。

 

「えへへ…」

「もしかして探してたのか?ごめんなウル」

「すごくさがした…すてられたとおもった…」

「そんなこと絶対にしない!何があっても離さんからな…!」

 

頬ずりされ撫で回されるウルはものすごく嬉しそう。

きゃっきゃと笑いながらされるがまま。

 

「はぁ、どこ行ってたのよ?」

「お兄さん、探したんだよ?」

「ん?おう、ちょっと酒を飲みにな。もう戻るとこだったんだが」

「遊郭とか…行ってない?」

「行くわけないだろ」

 

ブルの言葉にホッとするルサルナ。

にやにやとそれを見るクレア。

 

何はともあれ合流したために宿屋へ戻ることになった。

クレアは途中で明日もまた来ると言い残して、自分の寝床へ帰っていった。

 

不安と探し回った疲れがあったウルは、一番安心できる場所に帰れた為か、早々に寝てしまった。

離れないとばかりに服を握りしめている。

 

ルサルナはこのままだとブルが他に靡くかもしれないことに気がついた。

ウルが離れることを嫌がるだろうが、ウルが懐いていれば、ブルは一緒にいても嫌がらない。

要するにクレアにブルを奪われるかもしれないのだ。

 

勢いで妻だ嫁だと言って否定されていないが、やはり夫婦っぽいことをするべきだろう。

ルサルナは恥ずかしさを捨てる覚悟を固めた。

 

宿屋に戻り、ウルが離れないためブルはそのままベッドに入ろうとしている。

ルサルナは勇気を振り絞り、行動に移した。

 

「ん゛っ゛!いったぁ…!」

「痛え!…え、なんで?」

 

甘い空気が欠片もない。あるのは困惑と痛みのみ。

勢い余ったルサルナはぶつけ合う事になり痛がっている。

ブルは突拍子もない行動に困惑している。

 

初めてのキスは痛みだけで甘酸っぱくない。

なんだか悲しくて情けないことになったとルサルナは思った。

 

「ルサルナ」

「なによぉ…ぁ、ん」

 

涙目で俯くルサルナは顔を上げられない。

 

すると片手でウルを抱いたブルに顎を上げられ、驚く間もなくキスを返される。

優しく行われたそれは、ルサルナに柔らかな感触と酒の苦味を残していった。

.

ブルは顔を背けている。

耳が赤く見えるのは気のせいだろうか。

 

「…おやすみ」

「え…あ、おやすみ…」

 

ブルは顔を背けたままベッドに横になる。

ぼんやりと返したルサルナは徐ろに唇を触る。

 

ゆっくりと撫でる間に頭の整理がつき、沸騰したように顔が赤くなる。

心臓が痛いほどに鳴っている。

 

ちょっとベッドに入れそうにない。

椅子に座り、手で顔を覆う。

 

 

ルサルナはもう眠れそうになかった。



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曇り空と雨の話

 

天気はやや曇り。雨に注意するべきだろう。

そんな天気よりもどんよりとした顔の少女、クレア。

朝一番から重たい足取りで歩いている。

原因はこの二日間のことだ。

 

昨日、家に戻った際にものすごい勢いで弟妹に飛び付かれた。

涙と鼻水で見ていられない。

 

大半言葉になっていなかったが、どうやら腕試しの後、ブルにまとめて連れ帰られたことが色んな噂となっているらしい。

 

それは、幼子と少女と女性という年齢層の違う三人が、それぞれ泣き腫らした顔で眠ったまま男に連れて行かれたという話から派生した噂である。

その時の男の表情には何の感情も見えず、まるで人形が動いているようで不気味だったことも大きく関係する。

 

そして、そういった噂が一気に広がった原因として、前々日の修羅場が大きく影響していたらしい。

 

 

前々日、クレアはルサルナをからかった。

別にブルを異性として好きという訳ではなく、面白いものが見れそうという好奇心だった。

 

そしたら明らかに異常な圧力を掛けてきたために、クレアの戦闘意欲が刺激されてしまった。

それでさらに挑発すれば、ルサルナと戦えるのでは?と思ったのだ。

 

それら一連をブルを介して行ったために、傍から見れば少女との不貞が原因で起きた修羅場に見えてしまった。

 

この話はそこそこに広まっていたが、表立って話すものはあまりいなかった。

大体はルサルナに多大な恐怖を抱いていたので、その男女関係に首を突っ込むと命の危険に晒されると考えた為だ。

 

しかし前日、朝から刺すような雰囲気を垂れ流しにしながら歩く一行を多くの人が見ており、男を殺るのか、それとも女同士の凄絶な殺し合いかなどと話が広がった。

 

後は連れ帰ってきたブルを見た人達が好き放題に触れ回った。

 

曰く、全員泣き喚くまで暴力を振るい、調教した。

曰く、傷が見えないために、全員壊れるまで犯した。

曰く、全員を捨てたが、最後の情けで連れ帰った。

曰く、曰く…

 

こういった噂を弟妹は聞いた。

本当の姉のように慕っているクレアが渦中の為に、知っている者たちが不安を煽るように弟妹に伝えたらしい。

 

後でぶっ殺す。

 

そう思いながら泣いて喚いての弟妹を宥めすかし寝かしつけ、朝一からちゃんと説明して納得させた。

修羅場の一件は弟妹もいたために、その後の説明だけで済んだのはせめてもの救いだった。

 

そして、ブル達のいる宿屋に向かう途中、ボソボソと聞こえる会話。

 

あいつがやり捨てられたって…

俺は暴力で屈服されられたって…

いやいやまるごと面倒になった男に捨てられたって…

 

 

こいつら全員ぶっ殺してやろうかな。

 

そんなことを思うクレア。

しかし噂されるのも仕方ないかとは思う。

 

 

クレアは少し有名な存在だった。

 

クレアが容姿端麗であること。

年齢にそぐわない実力があること。

その上、気に食わないものに噛み付く凶暴さ。

 

主にこれらが有名な要因で、問題だった。

 

その容姿の為にクレアを狙う男は実は多い。

しかし無理に迫るものは叩き伏せられる。

そこにいきなり現れた男。

しかも美人な女と可愛らしい幼子を連れている。

 

しつこく狙っていた者は男を妬み、クレアの容姿や実力に嫉妬する者はこれ幸いと悪評を流す。

 

はぁ…とため息を吐くクレア。

どんよりとした雰囲気が、噂の信憑性を増していることに気づかない。

 

碌でもないことになりそう。

 

そんなことを考えながら宿屋へ続く道を歩いていった。

 

 

 

 

 

「はっ!クレアよぉ…てめぇこんな情けなさそうな男に身体許したのか?俺の方がよっぽどてめぇを気持ちよくさせてやれるぜぇ?」

 

やっぱり碌でもない。

 

湧き上がる苛立ちを感じながら、クレアは思った。

 

 

 

少し時は遡る。

 

宿屋へ着いたクレアは食堂へ向かう。 

弟妹へ説明していたことで昨日よりも着く時間が遅かった。 

既に食堂にいると思っていた。

 

「あれ?ねぇおじさーん?お兄さん達まだ降りてきてないのー?」

「まだだよ。というかまた来たのか…これ以上要らんことしたら叩き出すからな」

「はぁーい、気をつけまーす」

「ちっ…たくよぉ」

 

既に迷惑客認定されている。是非も無し。

聞いているのかいないのか、間延びした返事をするクレア。

舌打ちはもう聞いていない。

 

とりあえず待つかと先に食べることにした。

そして食べ始めた頃、ようやく一行は起きてきた。

 

……?

お兄さんとお姉さんの様子が変…?

もしかして…やっちゃった!?

 

ひゃぁーと顔を赤らめ、にやにやするクレア。

ルサルナは気付き、少し赤かった顔を真っ赤に染めあげる。

 

ブルは何もなかったように振る舞っているが、動きが固い。

ウルは半分寝ながらブルにしがみついている。

 

後でほじくり返して聞いてやる。

 

クレアはそんなことを考えながら、やらしい顔でルサルナを見ていた。

 

 

食事を済ませた一行は宿屋の外に出る。

クレアがブルに鍛練をお願いしたのだ。

 

ブルとしては恥ずかしさを紛らわせるのに丁度良く、ルサルナも気持ちの整理をするために、ほんの少しだけ距離を開けたかった。

後はブルの格好良い姿を見たかったのもある。

 

そうして町の外へ向かっていたが、柄の悪そうなのがぞろぞろとついてくる。

クレアは見覚えがある奴が多いことにため息を吐いて、外に出るまで何もしないでほしいとブル達にお願いした。

 

何もしてこないなら、こちらも手を出さないと返事を貰い、頼むから出るまで我慢してくれとクレアは祈った。

 

祈りが届いたのか、町を出て少し経つまで両者とも何もしなかった。

 

町から十分離れたとみて、男達へ向き直るブル一行。

 

こうして現在に至る。

 

 

 

「はっ!クレアよぉ…てめぇこんな情けなさそうな男に身体許したのか?俺の方がよっぽどてめぇを気持ちよくさせてやれるぜぇ?」

「あはっ!どうせ粗チンでしょ?か弱い女の子に何回も叩きのめされる情けない男だもん。それ相応のものしかないくせによく自慢気に言えるね?あはは!」

 

ブルとルサルナ、ドン引きである。

ウルは煩いのか、不満そうにブルの胸に顔を埋めている。

なんと可愛らしい。

 

ブルは早々にウルを愛でることに切り替えた。

 

「おいおい、そんなヘニャヘニャな顔した男の何がいいんだ?今からでも一発やってやろうか?夢中になっちまうだろうがなぁ!」

「あんたあれだよねー、私をものにできないから妹達人質に取ろうとした奴よねぇ?人質取った上でボコボコにされてぴーぴー泣いてた奴!あはは!情けない面でさぁ、許してくださいぃ…なんて!しかも全裸で!!あはっあははは!駄目…!ふふっ思い出したら笑っちゃう…!」

 

ルサルナもウルに構い出した。

二人は座り込みウルの頬を突っついたりして遊んでいる。

ブルが突こうとして噛みつかれ悲鳴を上げている。

 

「この人数見て分かんねぇか!?てめぇは俺らのおもちゃになんだよ!!」

「んふふ…あー、はぁ…雁首揃えてご苦労さま。あんたは前にゴミ山に捨ててやったのに元気だねぇ。もしかしてぇ…三歩歩いたら忘れちゃうんですかぁ?あはっ!トサカみたいな髪型してるしそうだよねぇ!可哀想な人…くふっ」

 

 

なんとか噛みつきから抜け出したブルと、耐えきれずにくすくす笑っていたルサルナの目が合う。

とぅんく…とかいう音が聞こえそう。

お互い見つめたままに顔を赤くしている。

すぐ前との温度差がありすぎる。

 

ウルは反撃に満足して夢の中に帰っていった。

 

 

「すぐ後ろでいちゃついてんじゃねーぞ!」

「ブッ殺すぞコラァ!」

「後ろで何してんのよ!」

 

堪らず男達とクレアも突っ込む。

ブルとルサルナははっとして目を逸らすも、邪魔されたことには苛立った。

 

「ルサルナ、ちょっと待ってろ…片付けてくる」

「もう…私だって苛立ってるのに…」

「悪いな、ウルを頼む」

「はいはい」

 

眠るウルをそっと手渡し、さらっとルサルナの頭を撫でるブル。 

 

 

まだいちゃつくのかよ…

 

 

この時、クレアと男達の気持ちは一つだった。

 

ウルを抱いたルサルナがゆっくり離れていく。

苛立ちが頂点に達した男達はそれぞれの武器を抜き放つ。

ブルも金棒を引き抜き、そのままだらりと下げる。

 

 

男達が飛びかかる。

ブルはのらりくらりといなしている。

 

入れ代わり立ち代わり男達が襲いかかる。

そんな中、男達に隠れ吹き矢を構える小柄な男。

毒が仕込まれ、人なら受ければたちまち痺れて動けなくなる特製だ。

 

上手い具合に隠れてブル達には何も見えていない。

 

人の隙間を縫うように小さな針が飛ぶ。

小柄な男はブルの死角から見事な精度で狙い撃った。

 

確実にやった。

そう思う小柄な男の前で、囲んでいた男達が軒並み吹き飛んだ。

 

理解の追いつかない男だったが、針は刺さったはずだ。

そう思った男は、針を指で挟み止めたブルと目があった。

 

ブルが男に一歩踏み出す。

 

「俺はよぉ…」

 

どっどっど、と痛いほどに心臓が鳴る。

 

「ウルに汚ぇもん見せたくねぇし、あいつが止めるから殺さねぇだけなんだ」

 

金棒が持ち上がる。

 

「ウルは寝てるし、その上あいつももうかなり離れた」

 

震える手でニ本目の吹き矢を構える。

 

「じゃあ…面倒だし皆殺しでいいよな?」

 

ごっと振り下ろされる金棒。

横っ飛びでなんとか避ける男。

 

吹き矢を撃とうとして、既にブルが金棒を構えているのに気付く。

猛烈な風が吹く。

 

男は避けきった。

距離を取ろうとしたとき既に吹き矢を持つ手を掴まれていた。

 

「二発も避けられたのは久しぶりだよ」

 

手を握力だけで千切られたと同時、金棒を手放した手に頭を掴まれる。

 

「地獄で自慢してこい」

 

男がその言葉を耳にした瞬間には、ブルは頭を握り潰した。

 

 

男達は動けなかった。

ブルが地面を踏みつけた衝撃で吹っ飛ばされ、受け身を取っている間に、別世界に来たかのように空気が変わっていた。

 

目の前で一瞬の内に行われた攻防。

頭を握り潰された小柄な男は、町でかなりの実力者だった。

高い金を払って雇った助っ人だった。

 

「ひ…ひぃやあぁあぁ!!」

 

一人、穴という穴から垂れ流しながら逃げる。

 

ぼっ、という聞き慣れない音が聞こえた時には、逃げ出した男は弾け飛んでいた。

 

何をしたか分からない。

分からないが、逃げられないことは分かった。

 

恐怖のあまりケタケタと笑い始める者、同じように垂れ流しながら逃げる者、悲鳴を上げながらブルに向かって走る者。

 

それぞれが動き出したが、攻撃をした時点で手遅れなのだ。

 

 

クレアは憧憬を抱いてその光景を見つめる。

暴力の化身、力を極めた先にある存在。

 

文字通りの血の雨が降る中、クレアは熱のこもる目でそれを追っていた。



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出会いがあれば別れもある、かもしれない話

この作品を見てくださる方々に感謝を


 

 

ねぇ、あの人達って…

弱みでも握られてるのかしら…

 

あれが噂の…

暴力で無理矢理って話が…

 

浮気して暴力なんて…

子供が可愛そうよね…

 

 

ひそひそ、ボソボソと囁く声が聞こえてくる。 

 

なんだか既視感を感じる。

最近も同じようなことがあった。

その時はまだ畏怖とか、称賛のようなものがあった。

ついでに相手の自業自得だと言うのも。

 

今回は哀れみだとか侮蔑とか、恐怖だった。

 

「やっぱり腹が立つわね…」

「私もー。…暴れたい」

「放っとけ」

 

ルサルナやクレアは不満そうにしている。

一度否定したのだ。

否定したらしたで余計に暴力説が強くなった。

暴力で脅して無理矢理否定させてるのだと。

 

二人はちょっと暴れてやろうかなとか思ったが、ブルが気にしてないようだったので止めていた。

それにウルのこともある。

 

ウルだが、そこそこ気にしていた。

大好きな人が悪意に晒されているのだ。

そうなるのも仕方ないと割り切れるほど、精神も大人ではない。

 

知ったような顔でウルのことを可哀想だとか言うのも腹が立った。

初めてその声を聞いたとき、ウルは思わず声を上げた。

 

勿論聞いたものは信じない。

そうやって教え込んでいると考えた。

 

そうしてカッとなって魔法を使いかけて三人に止められた。

 

なんで止めるのか、なんで我慢しなくちゃならないのか。

何も分からず涙を零してウルは言った。

 

こんな町なんて嫌いだと。

 

その言葉に、ブルとルサルナは早めに出発することを決めた。

それに焦ったのがクレアだった。

 

僅か数日ではあるが、濃密な時間を過ごした。

 

喧嘩を売ってボコボコにされ、仲直りして凄まじい実力を見た。

それに憧れて腕試しを申し出てボコボコにされ、仲良くなったルサルナに魔法の練習として、またボコボコにされた。

 

なんか凹まされてばっかりな気もするが、それでもまだ出ていってほしくなかった。

 

ついて行くのか、でも妹や弟のように想う子達を置いて行きたくない。

 

クレアは悩む気持ちをブルやルサルナに向けて、またボコボコにされていた。

 

 

 

 

「そろそろ出るか…」

「そうねぇ」

「しゅっぱつ?」

「っ!」

 

数日経って、いよいよ出発の話になった。

クレアも引き止めるのは限界かと思っていた。

 

「まぁ金も問題ねぇし、保存食くらいか?」

「んー…保存食も十分かと思うけどね」

「ぁ…」

 

ブルとルサルナが話し合っている。

ウルは早く出発したいのだろう、そわそわとしている。

 

まだ一緒にいたい、一緒に行きたい…

 

クレアはそう思うが、どうしても弟妹の顔がちらつく。

 

ブルとルサルナはクレアの様子に気付いている。

気付いているが、長居するのはウルの負担が大きい。

ルサルナ自身も少し疲れ始めていた。

 

「…明日は最後に見て回ろうか」

「…そうね」

「あしたいかないの?」

「そうだな…嫌な思い出にはしたくないからな」

「ん…わかった…」

「……」

 

ウルを撫でながらブルは思う。

状況が違えばクレアやその弟妹は、ウルの良い友達になっただろう。

偶然、間が悪かっただけだ。

 

もしかしたらウルが別れを惜しんで、長くこの町で暮らしていた、なんてこともあったかもしれない。

 

今更な話だが。

 

 

 

その翌日、宿屋にはブル達三人とクレア、その弟妹━━弟はコン、妹はソラ━━がいた。

 

 

最初に会ったときから、時たまコンとソラも一緒に過ごしていた。

あまり悪目立ちさせないように少しだけになってしまったが。

 

ウルに一番歳が近く、陰口から気を紛らわせるのにも良いだろうとクレアが連れてきていた。

 

しかし、その表情は明るくない。

二人はクレアが悩んでいることが分かっている。

それの原因が自分達なのだろうと。

 

二人もクレアと離れたくない。

だが、自分達の我儘でクレアを縛るのも嫌だと思うのだ。

 

 

 

「ね、ウルちゃん。これとかいいんじゃない?」

「ぼ、ぼうとくてき…」

「いつの間にそんな言葉を…」

「姉さん…」

「酷いね…」

 

思い出だと言ってクレアは様々なところへ案内している。

今は大通りから外れた位置にある雑貨屋で品物を見ている。

 

なんとも名伏し難い木彫りの何かをウルに見せている。

ウルは何かを削られるような感覚に陥っている。

コンとソラも姉の美的感覚を疑っている。

 

二人とも最初は少し暗い顔だったが随分マシになっている。

ウルは何か危ない気もするが。

 

「えー?じゃあこれは?」

「きのこ?」

「クレア!?だだ、駄目よそれは!?」

 

少し反り返ったアレのような物をウルに突きだすクレア。

しげしげと見つめるウル。それ以上はいけない。

 

微笑ましく見ていたルサルナが慌てて取り上げる。

 

「過保護すぎだってー」

「まだ早いわよ!」

「あれれ?ルナ姉にも早かったかな?」

「こ、この…!ひゃあ!」

「あははは!」

 

怒りかけたルサルナに突き出されるニ本目。

一本目よりも凶悪。

 

堪らず悲鳴を上げるルサルナ。

ケラケラと笑うクレア。

きゃいきゃいと混ざりに行くコンとソラ。

 

それを見るブルにも笑みが浮かんでいた。

 

 

 

日が沈み、辺りは既に真っ暗となっていた。

食事を終えたブル達は一服していた。

 

「飯も食ったし、そろそろ帰るか」

 

ブルの一言に、クレアの顔が少し歪む。

 

「そうだね…じゃあ私達も帰ろうか!」

「姉さん…そうだね」

「…うん」

「またねー!」

 

コンとソラはそれぞれ気遣わしそうにクレアを見る。

少しだけぎこちない笑顔を作るクレアは勢いよく立ち上がり、二人を引き連れ、薄闇へ紛れていった。

 

ブルとルサルナはやはり気になるものの、特に何も言わない。

三人は手を振って見送り、宿へ戻って行った。

 

 

 

そして、翌朝。

 

ブル達は町の入口まで来ていた。

 

既に挨拶は交わした。

後は出ていくだけ。

 

 

歩き出すブルとルサルナ。

腕の中のウルが不思議そうにする。

 

「くぅねえ?くぅねえはこないの?」

「…あぁ」

 

肩越しに後ろを見たウルはクレアと目が合う。

クレアは笑って見送ることが出来なかった。

 

「まって…にぃまって!くぅねえもいっしょがいい!いっしょじゃなきゃやだぁ!」

 

大きな声に思わず足が止まる。

ここまで懐いてたのか、そんな驚きもあった。

 

「なぁウル、聞いてくれ」

「やぁ!やだ!くぅねえはいやなの!?」

「ウル…」

 

ブルはルサルナを見る。

ルサルナは首を振り、ブルも頷く。

 

出会いがあれば別れがある。

少し嫌われようがウルのいい経験になるだろう。

 

「くぅね「煩い!」…ぇ?」

 

泣きながら呼ぶウルを遮る叫び声。

 

「わた、私は…私だって……」

 

クレアはもう我慢できなかった。

そのまま行ってくれれば泣き顔なんて見せなかったのに。

 

「私はこのま「「この馬鹿姉!!」」い゛っ゛、たぁ!!」

 

絞り出すように声をあげようとしたクレアは、強烈な二つの張り手によって悲鳴を上げ、倒れ込んだ。

 

「姉さん!うじうじうじうじ鬱陶しいですよ!」

「一昨日からジメジメしっぱなしなんだよ!カビ生えちゃうよ!」

「え…え?」

 

コンとソラから放たれる言葉に理解が追いつかないクレア。

続けられる言葉。

 

「私達だって姉さんがいなくとも生きていけるんだから!」

「僕達は姉さんの重りになるなんて真っ平ごめんだよ!」

「ぅ……」

 

はらはらと零れる涙を拭こうともせず、コンとソラは言う、

 

「私達は…いつまでも守られるだけじゃないんだよ…?」

「僕達だって、姉さんに会う前は二人で生きてきたんだ」

 

“だから、姉さんの好きにしてほしい”

 

「う…ぁ……」

「くぅねえ!」

 

ブルの腕から飛び降りたウルがクレアに飛び付く。

ぎゅっと抱き合い涙を流す。

 

「なんか…良い感じに纏まったのか…?」

「馬鹿!静かにしてなさい」

 

やや温度差はあるものの、良い感じにはなっている。

 

 

「くぅねえ…」

「っく…なに?ウルちゃん」

 

抱き合った話す二人。

 

「くぅねえのおむね、かたいね…」

 

ばっちりと全員聞こえてしまった。

 

 

「ち、ちょっとはあるわよ!!」

 

 

思わず今日一番の大声を出したクレア。

涙も引っ込むほどに酷い言葉だった。



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情報は大切という話

 

都市リロイの迷路のような道の奥深く。

そこにはあらゆる情報が入るのだと言われる。

 

しかしその噂は間違いである。

並ぶ民家、そこらの店、果ては変哲もない道端。

 

至るところに耳があり、目があり…口があるのだ。

 

辿り着くのは容易ではない。

都市の住人でさえがほとんど知らない。

 

知りたければ金を積めばいい。

金を積んで、積んで、積み続けた先に見つけることが出来るだろう。

 

 

ここは奇しくもブル達が利用した宿屋、その地下。

宿屋の店主を含めた数人が机を囲み座っていた。

 

「俺ぁまだ疑ってんだ…本当に“猪”だって言うのか?顔つきも、性格もまるっきり違うじゃねぇか」

「それはそうね。でも、あいつらを追って町を出た奴らが誰も戻って来ない。“鼠”の弟子もいたのよ?」

 

疑う男、淡々とした女性。

 

“鼠”とは名が広がっているが、名前も顔も知られていない。

暗殺や諜報を生業とする者の頂点である。

 

「“鼠”の弟子ったってピンキリだろう?どれが本物な弟子かも分からんのに」

「それもそうだが“猪”だけじゃない。連れの女子供も相当ヤバい。スメイルでの話、ありゃマジだ。確かな筋だよ」

「大暴れしたのがあの子供?女じゃないんだ?」

「んんっ!」

 

話し合う男女達は、店主の咳払いにはっとして静かになる。

 

「ここに集まってもらったのは、あれが“猪”だとして、大都市に“寅”の野郎が滞在していることに対する危険だ。“寅”は“猪”への敵意が高すぎる。

あの都市は闘技場があるが、もし違う場所で鉢合わせてみろ……前回は都市から離れた森が半分無くなるだけで済んだ。

しかし、今回は大都市…大都市でやられた日には俺達も被害を受ける。それをどうにかするための話だろう?」

 

店主は語る。

自ら見た訳では無いが、以前“寅”が“猪”に突っかかり起きた戦闘は、もはや災害と言って良い被害が撒き散らされた。

 

広大な森林の半分が無惨な程に荒れ果て、住むところを追われた動物やそれを食う魔獣が各所で被害を齎した。

 

それがもし、大都市内で起これば…被害を考えるのが恐ろしい。

闘技場内でも正直怪しいものだ。

 

この都市が大都市から受ける恩恵はあまりにも大きい。

理想は衝突させないことだが、都市の外でやるなら構わない。

 

 

店主…“鼠”は、ブルが“猪”と呼ばれた男であるのは確信している。

その変わりように驚いたが、それで騙されるほど間抜けじゃない。

 

いっそ暗殺をと考えたが、どうしても殺せる気がしない。

女子供であれば人質にも取れるし、殺すことも出来る。

 

ただ…女子供に手を出すことは、考えるだけで震えるほどの怖気が走る。

 

昔から嫌な予感は良く当たる。

恐らく女子供に手を出せば自分だけでなく、都市ごと潰されるだろう。

そんな予感がした。

 

最悪の事態だけは避ける。

 

そう考え、店主は会議を進めていった。

 

 

 

 

都市リロイでの別れ際、ウルの一言で皆の涙が引っ込んだが、笑顔で見送られ、笑顔で出発できたのは良いことだろう。

 

それから暫く。

急ぐものでもない旅である。

ブル一行はのんびりと歩いていた。

 

「ね、ウルちゃん…抱っこしてあげよっか?」

「くぅねえかたいからいや」

「お、お兄さんも硬いじゃない!」

 

クレアは自分で言った事に少し傷付いている。

 

「にぃはとくべつ。さいこうきゅー」

「私は!?」

「……やすもの?」

「ルナ姉ぇぇ!!」

 

ウルにやられたクレアが、ルサルナに飛び付いている。

ブルに抱っこされているウルは勝利にご満悦。

 

なんとも賑やかになったもんだ。

ご機嫌に擦りついてくるウルを撫でながら、ブルは思う。

 

「うふふっ、よしよし泣かないの」

「お、大きい…柔らかい…」

 

わなわなと震えるクレアを撫でるルサルナ。

ルサルナからは見えていないが、クレアは泣いていない。

つい勢いで飛び込んだところ、とても心地よい弾力に迎えられ呆然としているだけだった。

 

撫でるついでにぎゅっと抱きしめるルサルナ。

小枝を折るような軽い音がクレアから聞こえた気がする。

 

「お、お兄さん…」

 

ルサルナの胸に心を折られたクレアから助けを求める声。

ブルはそっと顔を逸してあげた。

 

 

 

一行の次の目的地は都市ナシク。

大都市ナシクとも呼ばれ、特に屈強な兵士が多いらしい。

 

また腕試しをする場として闘技場があり、日々戦士達が血と汗と涙を流している。

なかなかな賭けになるらしく、都市に着いたらそこで稼ぐのも有りかと、ブルは考えている。

 

だが一行は知らない。

闘技場には“寅”と呼ばれる恐ろしいほどの実力者がいること。

そしてブルにものすごい対抗心を燃やしていることを。

 

リロイの情報屋からナシクの情報屋へブル達の情報が売られていること。

 

裏ではどのように“猪”と“寅”を回避させるか、ぶつけさせるかで悲鳴が上がっていること。

 

ブル達も“寅”も、まだ誰も知らない。

 



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大都市に入る話

 

狼や猿、大きな鳥のような魔獣がそれぞれ襲いかかる。

 

クレアがいの一番に飛び込み、それをウルとルサルナが支援するように魔法を放つ。

 

ブルはウルの後ろで腕を組んで頷いている。

 

「あはっ!楽しいねー!」

「あーもう!突っ込みすぎないでよ!」

「むむ…」

 

クレアがその機動力を活かし過ぎてはいるが、ルサルナは上手く魔法を使い分け支援している。

ウルはまだ難しいらしく、機会がなかなか掴めていない。

 

ブルは未だ腕を組み佇んでいる。

 

「ほっ、やっ、っとぉ!」

「えい!」

「おお!いいぞウル!」

「あなたも働きなさい!」

 

クレアが跳ね回り、ウルがなんとか魔法を放つ。

ブルはそれを見て歓声を上げている。

ルサルナは我慢できなくなって叱りつけた。

 

渋々といった様子で石を拾い上げるブル。

 

「んー…クレアー、当たんなよー?」

「え゛っ」

「え?ちょっと!?」

「おらっ」

 

クレアはかけられた言葉に自分の耳を疑う。

ルサルナは洒落にならないと止めようとするが、遅かった。

 

ぼっ、というよく分からない音とともに投げ放たれた石は、クレアを掠めるように飛んで魔獣へ突き刺さった。

 

へたり込むクレア。

その隙に食らいつこうとする魔獣は、全てブルの投石によって葬られた。

 

「こ、この馬鹿!!」

「おっ…なにすんだよ?」

 

ルサルナは思い切り拳骨を落とした。

落とした手と落とされた頭のどちらが痛いかは言うまでもない。

ルサルナは落とした手を軽く痛めている。

 

「くぅぅ…石頭ぁ…」

「流石に俺も当てねぇよ、多分

「た、多分!?当たるかもしんなかったの!?」

 

少しばかり小声になったが、確実に聞き取った。

言葉に反応して直ぐに顔の横を掠めていったのだ。

ほんの少しずれていれば魔獣の変わりにクレアが並んでいた。

 

クレアは堪らず涙目でルサルナへ抱きつきにいった。

 

「ルナ姉ぇ…」

「いたた…あーよしよし怖かったわね…」

「ふぁ…この弾力…癖になるぅ…」

 

以前折られた心と今回の恐怖心は早々に何処かへ去ったようで、クレアは感触に夢中になっている。

ルサルナはその様子よりも拳の痛みに気を取られている。

 

「にぃ、うまくできてた?」

「おお、勿論ばっちりだったぞ!」

「えへへ、もっとがんばるね」

「ウルは偉いなぁ!」

 

わしゃわしゃと撫で始めるブルとくすぐったそうなウル。

どちらとも微笑ましいはずなのだが、クレアは何か怪しい気配を醸し出している。

 

「ところで、魔獣がなんだか多くないかしら?」

「あー、まぁそうだな…分かる範囲にはもういないが…」

 

ルサルナは疑問に思う。

普段の旅よりも襲撃が少し多い。

ブルはなんとも思ってなさそうだが。

 

「んー、まぁナシクで情報収集してもいいかもね」

「お前が言うならそうするか」

 

若干の違和感を感じつつ、まずは旅を進めることにする二人。

 

真面目な話をしている間、クレアはルサルナの胸を堪能していた。

既に母性というものに魅了されている。

ウルは早くに抱っこされ満足げ。

 

 

時々足を休めながらも、一行は順調に大都市ナシクへ近づいていた。

 

 

 

 

 

「うぁ…!おっきい…!」

 

時折魔獣が襲撃してくるのを返り討ちにしつつ、一行はナシクが見える距離まで来ていた。

ウルは都市を囲む壁や、その向こうに見える塔などに目を奪われている。

 

「あれが大都市ナシクよ。そこらの都市とは比べ物にならないわね」

「久しぶりだー!一度だけ見たことあるんだよねー!」

「とはいえ、まだ案外歩かないと駄目だけどね」

 

大きさ故に、見えてからの距離が遠い。

のんびりと歩いていれば日が暮れてしまうだろう。

 

「さっさと行こうか」

「おー」

 

ブルの言葉にウルが手を上げ反応する。

一行はそれから何もなく巨大な門の前にたどり着いた。

 

門の前には商人などの人達だろうか。

少し列が出来ている。

 

荒くれのような連中もいるが、衛兵も目を光らせている。

流石に難癖などつける輩はいないだろう。

 

とはいえ、美人に美少女、可愛らしい幼子まで連れているブルはもの凄い視線を受けている。

のろのろとしていれば衛兵がいても突っ掛かる連中が出てきそうな雰囲気だ。

いくら来られても丸ごと吹き飛ばせそうだが、都市に入れなくなる可能性が否定できない。

 

ルサルナやクレアも周りと目を合わさず直ぐに列へ並ぶようにした。

 

 

 

「へへっ、いい嫁さんだなぁ旦那?」

「夜もお盛んなんじゃないか?」

「ははは!ちげぇねぇ!でなきゃこんな大きな娘おらんだろうに!」

 

 

衛兵も見ているため大丈夫だというのは甘かったらしい。

手は出してこないが、舐めるように身体を見回し、げらげら笑いながら話しかけてくる。

 

そのうちルサルナやクレアの堪忍袋が破裂しそうだ。

ブルは行動に出ることにした。

 

「あぁ、そうだな。こんないい女なんだ、分かるだろ?」

 

ルサルナの肩に手を回し、抱き寄せながらの一言。

ウルは片手に抱いたままで、クレアはルサルナの腕に抱きついている。

 

「ひゃぁぁ…」

「お母さんは美人だからねー。あんたたちじゃ高嶺の花じゃない?」

「いつまで経っても初々しい反応でなぁ…いつでも最高なんだ。ははっ、羨ましいか?」

 

ルサルナは痛恨の一撃を受けた。

クレアはブルに乗っかり嫌味を言っている。

 

ウルは見るのも嫌なのか胸に顔を押し付けている。

 

 

「ちっ…」

「口の悪ぃガキが…」

「はん!そんだけ自慢するなら俺にも味わわせろや!」

 

口々に悪態を吐きながら詰め寄る荒くれ。

ブル達は衛兵をちらりと見るが動く様子はない。

 

「あれー?衛兵さんは動かないんだねー?あくまで都市の外だっていうつもりなのかなー?」

 

クレアが衛兵に聞こえるように嫌味を吐くが、衛兵は動かない。

 

つまりは多少ボコボコにしても問題ない訳だ。

ブルはそう考えた。

ウルをルサルナに預け、肩を回す。

クレアもルサルナから離れ、楽しそうに笑っている。

 

「あんたら、呑気に詰め寄ってきてるが…やるつもりでいいのか?」

「あはっ!玉無しだからびびってんじゃない?負け組って臭いがぷんぷんするもん」

「んだとガキぁ!」

 

クレアの挑発に堪らず掴みかかるも、それより速く股間に蹴り上げが決まる。

声も出せず蹲る男。

 

「あ、ごめーん。玉あったんだ。なくなったかもだけど。」

 

容赦のない一撃に場の動きが止まる。

ルサルナとウルで慣れたブルはいち早く動き出す。

とある男の胸ぐらを掴み上げ、持ち上げる。

 

「よぉ、てめぇ味わわせろとか言ったよなぁ」

「ぐっ、離せクソ野郎!」

 

ジタバタと足掻く男だが、ブルはびくともしない。

 

「てめぇごときがなぁ、手を出せる女じゃねぇ…ぞ!」

 

ブルは男をそのまま地面に叩きつける。

 

…少しヤバい音がなったかもしれない。

呼吸は…弱いがある。

 

「危ねぇ…貧弱過ぎて殺しちまうとこだった…」

「えー?向こうからやってきたし、良くない?」

「馬鹿、ウルの教育に良くないだろ」

「え…今更言うの…?」

 

クレアは別に良いだろうと思ったが、殺さない理由に聞いて呆れる。

数人殺した程度今更じゃないのかと。

 

挑発した男達は既に逃げ始めている。

容赦なく去勢する少女に、かなり手加減した上でなお殺しかける脳筋。

 

流石に相手していられなかった。

 

ともあれ障害は全てなくなった。

やや引き気味の衛兵たちに笑顔を返しながら、一行は都市内へ入っていった。



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危険物の取り扱いの話

 

「ここ、すごいね…」

「まぁ前のとことは比べもんにならんな」

 

ウルは圧倒されている。

 

人で言えば都市リロイも、港町ポールンも多かった。

ここでも同じように多いが、家屋の作りや並び、道の舗装などはより洗練されている。

まるで違う世界に入り込んだように感じるかもしれない。

 

ウルは次第に好奇心が膨れ上がっていた。

 

「宿屋とったら情報収集でもしとくか?」

「そうねぇ、早いうちから始めましょう」

「えー?まずは休みたいなー」

「いろんなとこみたい…」

 

真面目に話し合う二人と子供らしい二人。

お子様たちはそわそわとしている。

 

「…別れて行動するか?」

「そこまで急ぐつもりはないしね…」

「じゃ、今日はゆっくりしとくか?俺はウル連れて少し見て回るが」

「迷子になるんじゃないの?」

「区画も分けられてるし大丈夫だろ…多分」

 

ウルとクレアがじっとルサルナを見る。

ため息を吐くルサルナ。

 

「はぁ…もう。宿屋とってからね」

「やったー!」

「やったー」

 

二人の視線に耐えられなかったルサルナは許可を出す。

ウルにブルがついていれば大丈夫だろうし、自分とクレアが一緒なら大抵のことはなんとかできる自信がある。

 

ウルについてもそこらの暴漢なら一人で撃退は容易いのだ。

ウルは悪意ある人へ対する攻撃に躊躇はしない。

流石に殺しはしないが、それぞれの町や都市での経験が活きてきている。

 

悪いことも相応に。

 

 

 

「ふぁぁ…もうやめらんないぃ…」

「この子、いつの間にこんな甘えん坊に…?」

「くぅねえのとくべつ、ふにふに」

 

運良く空いていてそこそこ良い宿屋を取ることが出来た一行。

部屋に入った途端、クレアはルサルナをベッドに座らせ胸元に飛び込んでいた。

 

多分お前がクレアの何かをへし折ってからだよ。

そんなふうにブルは思うが口には出さない。

 

「わたしのとくべつはにぃだもんね」

 

そんなことよりウルを愛でねばならないから。

 

 

 

「えへへ…にぃそろそろいきたい」

「よし!行くか!」

 

撫でくり回していたブルがウルの言葉で正気に戻る。

腕は撫で続けているため戻りきってないが。

 

「気をつけてね」

「おう」

「はーい」

「んふへへ…」

 

クレアを抱えて寝転んだルサルナから一言。

抱えられたクレアは夢と愛に包まれ眠っていた。

 

宿屋を出て、特に目的もないため歩き回ることにした二人。

装飾品を冷やかし、ウルのお腹が鳴くために焼き菓子を買い、首が痛くなるほど見上げなければならない時計塔の近くまで移動した。

時計塔の周囲は広場になっており、噴水や長椅子が設置されていた。

そこでブルとウルは少し休憩を取ることにした。

 

両手で焼菓子を持ち、美味しそうに頬張っているウル。

それを嬉しそうに、にこにこと眺めるブル。

 

穏やかな時間が流れていたが、そこに一人歩み寄る者がいた。

 

「あんたずっと見てた奴だよな?なんか用でもあんのか?」

「気づかれておったか。流石は“猪”といったとこかのぅ」

「そう呼ばれんのは懐かしいんだが…何かしてくるならぶっ飛ばすぞ」

 

ブルは気づいていた。

都市に入ってから遠巻きに監視されていた。

恐らくルサルナとクレアにも監視がついているだろう。

どちらにしても危害を加えるつもりなら容赦はしない。

 

ウルはぶっ飛ばすと聞いてそわそわしていた。

美味しい焼き菓子を食べてる途中なのだ。

ちょっと腹が立ったし、嫌なことしてくるなら倒す。

 

ウルは見事にブルのように成長していた。

 

 

「あぁいや…こちらから手を出すようなことは早々ないはずじゃ。儂からまず聞きたいことがあるんじゃが…」

 

やや腰の曲がった老齢の男は、幼子からも危ない空気を感じ、少し慌てて話し出す。

ちょっと残念そうに耳が垂れるウル。

 

「なんだ?言ってみろ」

「お主、“寅”を覚えておるか?」

 

老齢の男の緊張感が高まる。

ブルは少し黙った後に口にした。

 

「誰だそれ?」

「と、“寅”を覚えておらんのか!?お主ら何度か戦っとるじゃろう!?」

 

ブルは覚えていなかった。

いちいち戦った奴の事なんて覚えていない。

特にウルと出会う前なんかは尚更に。

 

「なんと……お主大森林を半分吹き飛ばした事を覚えておるか?」

「大森林…?ぁ、あー…なんかやったような気がする…」

「その時戦った奴が“寅”じゃ。思い出せんか?」

「なんかでっかい奴だった気が…」

 

必死に思い出そうとするもぼんやりとしか浮かばない。

…こちらを見上げるウルのほっぺに焼き菓子がついている。

 

そんなのより天使を見ている方がよっぽど有意義だな。

 

秒で思い出すことをやめウルの世話を焼き始めることにしたブル。

その姿を見て関心の欠片も無い事を悟った老齢の男は、それならばと誘導することにする。

 

「そいつはのぅ、お主に強い敵対心を持っていての。もしかするとお主らを狙ってくるかもしれん」

「あ?埋めるか」

「待て待て…今のところお主らは知られていない。条件付きじゃがお主に奴の居場所を教えよう」

 

ブルはお主らと聞いて殺すことを決めたが、老齢の男の言葉に動きを止める。

ウルは早く終わらないかと待っている。

 

「…条件は?」

「奴を殺さないこと。勿論出来ることなら五体満足でじゃ。しかし、お主が殺されるのであれば別。殺さなければ危ないなら殺して良い…どうじゃ?」

「……受けよう」

 

ホッとする老齢の男。

叩きのめしても来るようなら殺そうと、殺る気満々のブル。

 

「破ったならば、お主らは二度と都市に入れんと思いなさい。」

「ああ」

「よろしい…場所は、都市の闘技場じゃ。そこ以外で戦うのであれば都市から離れてもらわんといかんからのぅ」

 

ブルは静かに頷いた。

ウルは退屈してブルの足へ倒れ込んでいる。

お腹も良い感じに膨れて眠くなっている。

 

「いつでもいいか?」

「闘技場が使われてる時間ならの」

「分かった。連れにも話しておく」

 

ブルはウトウトし始めたウルを抱き上げ、歩き始めた。

 

 

幼子を優しく抱き上げ去って行く背を見送る。

老齢の男は最悪は避けれるかとため息を吐いた。

 

まるで眠る獅子。

起こさなければ良いが、起こせば終わり。

 

今の様子では、とても“猪”と呼ばれるほど暴れ回ったとは信じられない。

 

とりあえず情報共有のため、戻らなければならない。

しかし…

 

「少し休ませて貰おうか…」

 

老齢の男は緊張のあまり疲れ切っていた。

しばし長椅子へ腰掛け震えそうな足を休ませていた。



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決闘の話



誤字報告ありがとうございます。
誤字がないよう注意しますが、あればまたお願いします。


 

おねむのウルを抱えながら、ブルは宿屋へ戻ってきた。

出掛けてからそこまで時間が経っていない。

 

起きているだろうかと覗き見ると、ルサルナもクレアを抱きながら良く眠っていた。

 

日が落ちるまではまだ時間がある。

少し出ようかと思い、ウルをベットに寝かせようとしたが、服を握りしめ離れる様子がない。

 

まぁ急ぐ必要もないし、さっきのことも後で問題ないだろう。

 

ウルと一緒に布団へ潜り込みつつ、ブルはそう考えていた。

 

 

 

日がどっぷりと沈んでから、ブル達は同じくらいに目を覚ました。

 

実は大分前から起きていたクレアは寝たふりを続けていたが、ルサルナに起こされ渋々寝たふりを辞めた。

 

ウルは半分くらい寝たままである。

時折こっくりと頭が振られ、はっとしたように目を開いている。

 

「帰って来たなら起こしてくれて良かったのよ?」

「あぁ…まぁウルも眠そうだったし良いかと思ってな」

「まぁ何かあるわけでもないものね…んー、ご飯でも食べに行きましょ?」

「ごはん!」

「ウルちゃんいきなり起きたね」

 

うとうとしていたウルがご飯に反応してぱっちりと目を覚ます。

それを見てくすくす笑う三人。

 

一先ず食堂へと向かえば数人ほど食事を取っており、その中には老齢の男もいた。

その周囲は狙ったように空いている。

 

「あ…そういやそうだった」

「え?何かあったの?」

「あー…とりあえずあの爺さんのとこ座ろう」

 

後回しにして寝たために頭から抜け落ちていたブル。

説明のためにも席へ皆を誘導する。

 

「ほほ…よく休めたかの?」

「たっぷりな…悪いが爺さん、まだ説明してねぇんだ。寝て忘れてた」

「それは困るのぅ。いつ頃に闘技場へ向かうのか確認しに来たのでな」

「あぁ、ちょっと先に説明しとくわ」

 

そう言ってブルは疑問を浮かべている二人に説明する。

説明すると言っても、とても大雑把なものだ。

頭が痛そうにルサルナが話す。

 

「つまり昔の因縁のある奴が襲ってくるかもしれないと。それにあなた達が化け物すぎて、せめて闘技場でやって欲しいってことでいい?」

「ほほほ、そういうことじゃの。それで、やるならば何時にするのか聞きに来たのじゃ」

 

クレアは強者同士の戦いが見れるとあって興奮している。

何時やるのとキラキラとした目でブルを見ている。

ウルはしれっと料理を頼んでいた。

 

「あーまぁ、早いほうがいいだろ。明日の昼で良いんじゃないか?」

「あなたが良いのならね…」

 

正直なところやる気のないブル。

クレアの視線に耐えかね重い腰をあげている。

ルサルナはまた厄介事だと頭を抱えている。

 

「では、こちらから昼頃と伝えておくとしようかの。なに、戦えると分かればいきなり襲いかかってくることはないはずじゃ」

 

にこにこと話す老齢の男。

何時やるかなど聞くのも訳がある。

 

やはり住民が多いほどに、娯楽に飢えている者が増えるのだ。

死んでも自己責任だと周知しても見に来るものは多いだろう。

 

そうするとやはり金が動く。

どうせ幾らかは闘技場も破壊されるのだ。

金を集めるだけ集めないと損が増えるだけとなる。

 

ある程度事情を知っている者たちは、どうせ死にはしないと思ってる馬鹿どもから金を絞ることにしたのだ。

 

「監視は継続か?」

「それは少し我慢なされよ」

「監視ついてたの…?」

「部屋まで覗いておらんよ」

 

初耳だと眉間に皺を寄せるルサルナ。

覗いていたら去勢してやるつもりだった。

 

ウルは一人届いた料理を美味しそうに食べ始めている。

 

「では…儂はこれで帰らせてもらおうかの」

「ああ、じゃあな爺さん」

「ばいばいお爺ちゃん!」

「はぁ…」

 

ブルは平然と挨拶を交わしているが、ルサルナはそんな気分になれなかった。

クレアは面白いものが見られそうと上機嫌。

弾むような声でさよならを言っている。

 

「とりあえずご飯食べましょ?」

「そうだな」

「あれ!?ウルちゃんもう食べてる!」

 

各々注文し、食事を食べ始める。

ウルはぽっこりしたお腹を抱えながらブルの膝に座っている。

 

「ブル、大丈夫なの?」

「いけんだろ…多分」

「全力でぶっ飛ばしてね!」

 

ルサルナは心配そうにしており、クレアは楽しんでいる。

一方ブルはとても面倒そうな顔をしている。

 

「そうじゃなくて、怪我とか…心配なのよ?」

「あぁ、そうか。そうだな…多分怪我ぐらいはするかもな…」

「お兄さんが怪我…?」

「クレア?これも一応人なのよ?怪我ぐらいするわよ…恐らくね」

「すっごい疑わしいんですケド」

「お前の魔法で切り傷出来てたんだが…」

 

自分で言っておいて疑わしくなるルサルナ。

クレアはブルが怪我をする事が想像出来ない。

一応ブルの言う通り切り傷はつけたことがあるが、それでも疑わしかった。

ウルはあんまり心配していない。

 

ルサルナもクレアも、森の半分が吹き飛んだと聞いても実感が湧かない。

流石にある程度誇張されたものだろうと思っていた。

 

 

そして翌日、いつも通り起きて食事を取る一行には、緊張感も心配も見られない。

ルサルナもなんだかブルの心配をするのが馬鹿らしく思えていたのだ。

 

そのままのんびりと店を見て回ったりして過ごした一行は、闘技場へ向かっていく。

進むにつれ人が多くなり、闘技場の前は人の壁が出来上がるほどに住民が集まっていた。

 

どうするかと足を止める一行に、またも老齢の男が近づいてきた。

 

「ほっほっほ、すごい人集りじゃのぅ。ほれ、お主らは儂についてきなさい」

 

言うだけ言って歩いていく老齢の男。

ブル達は顔を見合わせ、ついて行くことに。

 

ついていった先には警備兵に守られた扉。

 

「ここから入れば特別な部屋まで行くことが出来るのじゃ。連れのおなごはそちらに案内しようぞ」

「俺はどうする?」

「お主もまずは同じとこじゃ。後から控室に案内するから安心なさいな」

 

そうして老齢の男は警備兵に何かを見せる。

警備兵はそれを確認し、頭を下げてから扉を開ける。

 

「お爺ちゃん偉い人なのかなー」

「まぁ最低でもそれなりの立場でしょうね」

 

少しばかり警戒しながらもついて行く一行。

案内された部屋は質の良さそうな調度品が数点置かれ、質素ではあるが居心地の良さそうな部屋だった。

闘技場内もよく見渡せる位置に作られている。

ついでに壁際には使用人と思われる人員もいる。

 

「お偉いさん専用の部屋じゃよ。飲み物や食べ物は壁際におるものに一声かければ良い」

「成金みたいな部屋じゃなくて良かったわ」

「いい感じだね!」

 

早速クレアは食べ物と飲み物を頼んでいる。

なかなかに図太い。

 

「ありがとよ、爺さん。ところで俺はいつ行けばいい?」

「今からでも良いぞ?相手はいつでもいけるようじゃからのぅ」

「なら行くか…ルサルナ、ウルを頼む」

「…気をつけてね」

「にぃ、かんばって?」

「頑張ってねー!」

「おう、見とけ兄ちゃんの勇姿を」

「ほほ、期待しとるぞ…そこの、案内してやれ」

 

 

 

使用人の一人がブルを案内する。

控室にも入らずそのまま舞台へ向かう。

 

ブルに気負いはない。

とはいえやる気はそこまでない。

殺しはなし、五体満足でとなると手加減が必要だろうとおもっている。

 

使用人に見送られ、廊下を歩いていくと舞台が見える。

舞台上には大男が一人。

 

「やっと…やっと会えたね?猪さん…」

 

 

はちきれんばかりの筋肉。

常人の男より頭二つは大きいかという身長。

鉄板をそのまま剣に加工したような荒々しい武器。

見た目にそぐわぬ高めの声。

 

「僕の憧れ、僕の夢、僕の…大好きな人」

「……ケツがぞわぞわしやがる…」

 

目の前の大男は体に似合わぬ童顔を紅潮させ、服の上から分かるほどに勃たせていた。

 

ブルはあまりに濃い見た目と発言に完全に引いていた。

戦意もかなり削られている。

 

「あ、は…あはっあはは!今日こそ僕が勝って、飼ってあげるよぉ!!」

 

地面が砕けるほどの踏み込み。

遠目に見る観客には一筋の線が走ったように見えるほどの速度。

 

ブルは咄嗟に金棒を振りかざし鉄板を受けるが、不十分な姿勢もあって踏ん張れずに吹き飛ばされる。

数秒滑空し、壁に罅が入るほどの勢いで叩きつけられる。

 

が、“寅”の猛攻は止まらない。

吹き飛ばした後直ぐに追撃し、膝を付くブルに勢いを乗せた振り下ろし。

後ろの壁ごと粉砕する一撃により粉塵が巻き起こり、観客からは全く見えない。

しかし凄まじい轟音のみ響き渡る。

 

何度目か響き渡った轟音とともに、舞台の中央まで吹き飛ばされる人影。

 

 

 

「え?にぃ…?」

「嘘でしょ…」

「お兄さん!?」

 

 

 

舞台の中央には血を流すブルが倒れていた。

 



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決闘の決着の話

 

ウルの目が見開く。

その先には血を流し倒れるブル。

 

ぽつりと声が漏れる。

 

ウルの中ではブルは無敵だった。

 

家ほどある魔獣もただの一撃で叩き潰し、大勢の悪者もバッタバッタとなぎ倒す。

攫われてもあっという間に探し出し助けてくれる。

クレアとの戦いのときも片手に自分を抱えながら、連撃を躱し魔法を打ち消し、容易く勝利していた。

 

誰よりも強く優しくて、一番信頼するお兄さんだった。

 

 

 

ルサルナは今見ているものが信じられなかった。

 

思わず立ち上がり、呆然と呟く。

 

ルサルナはブルを容易く倒せる相手などいないと思っていた。

 

石を熟れた果物のように握り潰し、金棒を振れば地面に大穴を開ける。

旅の途中ではあり得ない距離から魔獣や人を感知し、そこらの石を投げるだけでそれらを葬る。

身のこなしも常人のそれではない。

魔法すら察知して、金棒を振り回すことでかき消してしまう。

 

人という枠に収まるか怪しいほどに強い男だった。

 

 

 

クレアは純粋に驚いた。

 

驚きために悲鳴のような声を上げる。

 

クレアはブルと会って間もない。

しかし、その力は身に沁みて分かっていたつもりだった。

最初に会ったとき、クレアはウルを庇いながら戦うブルに手も足も出なかった。

唯一当たった風刃は殺傷力が高く、視認も出来ないクレア自慢の魔法だった。

それが直撃しても薄皮一枚切れた程度。

素の防御力も異常に高いのだ。

その上怪力で機動力もあり、獣より鋭い感知能力を備えている。

その後も腕試しでボコボコにされている。

 

正直に言って化け物だった。

 

 

 

三人が呆然とする中、粉塵の中から現れる大男。

その顔は酷く歪み、耐え難い何かを耐えているようだ。

 

あまりに早い展開に、観客がようやく追いつく。

 

「おいおい!ふざけんなよ!」

「こんなしょっぱいの見に来たわけじゃねぇぞ!」

「金返せよおらぁ!」

「何が死んでも自己責任じゃ!」

 

観客の罵声と手に持ったゴミが舞台へ降り注ぐ。

大男はそれらに気が付かないように俯いている。

ぎちぎちと握り締められる両手。

 

 

「巫山戯るなぁ!!」

 

 

ビリビリと空間そのものが揺れるような大声。

あまりの絶叫に観客の動きが止まる。

 

「僕…僕の、憧れは…夢はこんなんじゃない!」

 

「腑抜けたのか…?あそこの奴らか?あなたをこんなつまらない男にしたのは…」

 

大男とウルの目が合う。

 

「お前…お前なのか?お前みたいなガキのためなのか!?」

「ひぅ…」

 

ウルはその狂気じみた瞳に見られ、縛り付けられたように動けなくなる。

 

ウル達がいる場所は飛びかかれる高さではない。

しかし今すぐにでも窓から乗り込んできそうな恐ろしさがある。

ルサルナとクレアは恐怖に駆られながらもウルを庇うように動く。

 

 

「こ、殺してやる…肉片一つ残らず消してやる…!」

 

ずん、と大男が踏み出した、その後ろ。

ブルが音もなく身体を起こしている。

 

「良い感じの連打じゃねぇの」

 

ばっと振り向く大男。

その顔は先程と違い、喜色に染まっている。

ブルはゆっくり立ち上がる。

 

「あぁ…!猪さん…!終わっちゃったかと思ったよ!」

 

ブルは聞いてないのか金棒を地面に突き刺す。

どん、と大きな音が鳴り、突き刺すなど出来ないはずの金棒が地面に突き立てられる。

ブルはそのまま身体を解すかのように首や肩を回し、乱雑に流れる血を拭う。

 

「ん、あー…まぁ肩こりがちょっと解れる程度には良かったかもな」

「へぇ…そんななりでよく言うね」

 

軽く調子を確かめ突き刺した金棒を抜き、構える。

 

「てめぇそういえばさっき俺の妹になんて言った?」

「あのガキ、妹なの?あんな貧弱そうなのが?」

「……」

 

ブルの目が細まる。

 

「殺してやるって言ったよ。猪さんには毒でしょ?」

「あ、そう…ふぅん」

 

金棒を担ぐ。前のめり。

防御など欠片も考えていない姿勢。

 

「じゃあ腑抜けた俺が遊んでやるよ…腑抜けてもお前にゃ遊ぶ程度で十分だろ」

「あはぁ…!いい…すごくいい…!それでこそ飼い甲斐があるよぉ!」

 

ブルの姿が消え、大男が武器を振り上げる。

がぉん!と大きな音。

武器がかち合った瞬間には、ブルの蹴りが大男に炸裂していた。

大男は先程のブルのように吹き飛び、壁を砕いて止まる。

その時には音すら置き去りにする振り下ろしが炸裂していた。

大男は間一髪避けたが、振り下ろしは壁を粉砕し、なお勢い衰えず地面に叩き込まれる。

 

轟音とともに崩れる壁、地面に作られる大穴。

 

「球遊びってやったことあるか?」

 

不思議と大男の耳に届く声。

 

ブルは間髪入れず、大男へ横薙ぎを放つ。

避けられないと大男が武器で受けるも、まるで玩具のように跳ね飛ばされ観客席に落ちる。

数人ほど押し潰され周囲も悲鳴を上げているが、二人とも知ったことではない。

 

既にブルは大男の頭上に迫っていた。

 

「お前が“球”な」

 

落下の勢いまで使った渾身の振り下ろし。

それは観客席の一部を崩落させるには十分すぎる一撃だった。

 

観客を悲鳴もろともに飲み込み崩れさる足元。

それらの瓦礫が落ちきる前に、大男は壁を粉砕しながら吹き飛んでいた。

 

 

「ひゅー!やれやれー!」

 

上から眺めるウル達の表情は先程と全く違う。

ウルは安心して泣きそうな顔で見ており、ルサルナはなんだか呆れた顔。

あーこうなるよねと、そんな顔をしている。

クレアはとても楽しげ。

安全そうなのを良いことに焚き付けるように応援している。

 

「やっちゃえー!」

 

クレアにつられてウルも声援を送る。

なんだか動きが激しくなった気がする。

 

大男が空を舞い、叩きつけられ、また空を舞う。

瞬く間に崩壊していく闘技場。

あまりの激しさに徐々に声が小さくなるクレアとウル。

 

 

「これじゃ。これこそ“猪”たる所以じゃよ」

 

老齢の男は呟く。

ただ只管に相手に真っ直ぐ飛び出し、叩く。

猪突猛進という言葉がこれほど似合う者はいないだろう。

 

しかしそんなことより…

 

「そろそろ逃げねば危ないかのぅ」

「…あ!確かにそうね!」

「だいじょうぶ」

「ウルちゃん?」

「にぃはわたしをまもってくれるもん」

 

ウルは断言する。

ブルはずっと守ってくれた。

今までも、これからも。

ならば、ここにいて大丈夫だと。

 

「ふふっ、まだまだウルには敵わないわね」

「えぇ…?ほんとに…?」

「ぜったいだいじょうぶ」

 

ルサルナはウルを抱きかかえ椅子に座りなおす。

クレアは半信半疑だが自分だけ逃げるのは、とルサルナに引っ付くように座る。

 

「なら儂もここにおろうかの」

 

そう老齢の男が言った瞬間、砕けた石が窓を割り、調度品の一つを粉砕する。

幸い窓や調度品の破片が誰かを傷つけることはなかったが…

 

使用人含め全員が言葉なく窓を見て、調度品だったものを見る。

 

「…ウル?」

「ウルちゃん?」

「お嬢ちゃん?」

「……だ、だいじょぶ」

 

誰もが冷や汗を流している。

 

ウルのブルに対する信頼が、ほんの少し揺らいだ瞬間だった。

 

 

 

未だに大男を蹴鞠でもするかのように飛ばし続けているブルは嫌な予感がした。

 

なんだかウルが怒っているような…

 

思わず手を止め、ぶるりと身を震わす。

改めて周りを見てみるとそこは地獄絵図だった。

 

既に闘技場の大半は崩れている。

無事なのはウル達がいる場所とその周囲のみ。

 

観客は瓦礫の下敷きになったり、ブルの攻撃による破片などを受けたりしており、死人は数え切れないほどだった。

ちらりとウル達がいる場所を見ると窓が割れている。

 

「あ、やっべ…」

 

あれが怒りの原因だと直感が囁きかけてくる。

割れてない窓越しにウルと目が合う。

じとりとした目。

 

ルサルナ達がいるから大丈夫だろうと早々に目を逸らし、大男の方を向く。

 

大男は既に全身血塗れになっていた。

 

「はぁ…猪、さん…や、やっぱり、はぁ…僕の、憧れだ…!」

 

武器を杖代わりにしながら、しかし倒れそうな様子はない。

これ以上壊す前にぶっ倒すかと、ブルは考える。

 

しぶとい野郎を手早く処理するには、締め技。

ブルは直ぐに行動に移した。

 

同じように飛び出し、今度は武器を狙い全力で金棒を振り抜いた。

 

がぎぃん!と凄まじい速度で飛んでいく大男の武器。

流石に大男も弱っているのか、動きに精彩を欠き、手には先程までの力もない。

 

ブルは流れるように首を掴む。

抵抗を受けるも、潰さぬ程度に締め上げながら大男を振り回し、地面や壁、瓦礫に叩きつける。

 

五回、十回、二十回と繰り返すうちに、いつの間にやら大男の抵抗がなくなっていた。

念のため追加で十回叩きつけてから、最後にもう一度、今度は渾身の力で足元に叩きつける。

 

「我ながら完璧な締め技だな…」

 

締め技とは…?と突っ込むものは誰もいない。

皆それどころではない。

 

ブルは足元の男を見る。

大男はぴくりともしない。

 

恐る恐る口元に手をかざす。

 

…呼吸はあるし、とりあえず生きてる。良し。

 

これでこいつも満足しただろうと思い、ブルはウル達を迎えに行くことにする。

ウルに勇姿を見せれたのでは?などと考えているその足取りは軽い。

 

 

 

 

 

迎えに行った先で、とってもご立腹なウルに思わず正座して許しを請うことになるとは思ってもいない。



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先を見据える話






 

るんるんと機嫌良くブルがウル達の元へ向かっている頃、ウル達は決闘が終わったことに安堵し、ぐったりと背もたれに身を任せていた。

 

「お兄さんってほんとに人なの…?」

「ちょっと断言出来ないわね」

 

クレアが疑うのも無理はない。

眼下に広がる光景は、普通なら目を背けるほど悲惨な光景だった。

 

大半が瓦礫の山となった闘技場。

混乱し逃げ惑う人や、なんとか近くの人を助けようとする人。

言葉を失う光景とはこういうものだろう。

 

「…あ!ウル?大丈夫?気分悪くなったりしてない?」

 

我に返ったルサルナがウルを気遣う。

ウルはじっと下に広がる光景を見ていた。

 

ルサルナはウルの前で人を殺すのを避けていた。

勿論ブルにも言っている。

今回はどうしようもなさそうだったが。

 

それは、ウルに平気で人を殺すような事をしてほしくないというのがある。

それ以外にも心に傷が残るのではないか、ということもある。

 

魔獣を何度も殺しているが、それは置いておいて。

自分と同じような姿で、同じ言葉を話す生き物を殺すというのは大変なことである。

 

「え?うん、へいきだよ?」

 

ウルはルサルナに平然と返す。

よく知らない人がたくさん死のうが、正直どうでも良い。

自分にとって大切でなければ良いのだ。

 

「あははっ、ルナ姉ったら心配しすぎ!」

「うるさいわね!見せないようにしてたんだから心配するでしょ!」

 

笑うクレア。

暴力が物を言うの世界で生きてきたクレアには、それは可笑しいものだった。

暴力の化身のようなブルにべったりなウルが、眼下の光景に心を痛めることがあるのだろうか?

 

いやないでしょ。

そうクレアは思った。

 

「にぃはあってすぐにいっぱいころしてたよ?」

 

ウルの脳裏にはルサルナと出会う前、ハスタと依頼に行ったときのことが浮かぶ。

 

あの時目を瞑るように言われたが、実は薄目で見ていた。

ブルが人を振り回して何人も殺すのをしっかりと見ていたため、今見ている光景も特に何も思わない。

 

そもそもブルに会う前にも、そこらで野垂れ死ぬ人を見ているのだ。

気にかけてくれるのが嬉しいので何も言わなかったが、別に目の前で人が死んでも気にしない。

 

ウルは立派?に育っていた。

 

「あの馬鹿…」

「あははは!お兄さんやってるねー!」

 

腹を抱えて笑うクレア。抱腹絶倒。

遠い目でどこかを見るルサルナ。茫然自失。

 

ブルが戻ってきたら叱らなきゃ。

そうルサルナは考えた。

 

 

 

そんな話をしてからまもなく、ブルが部屋に現れた。

見た目はそこそこ酷いもので、乾きかけの血液がそこら中についている。

これは既に自然と止血されているとも言える。化け物。

 

自慢の金棒もボロボロだった。

至るところに凹みがあり、凄まじい力で打ち合ったことが伺える。化け物。

 

「ウル!見てたか俺の勇姿!」

 

ブルはそれはそれは嬉しそうに言う。

対するウルはぷいっと顔を背ける。

少し口角が上がっているのはご愛嬌。

 

そしてルサルナは無表情。

横にいるクレアは口を手で隠しながらにやにやしている。

 

「ウ、ウル?どうした?」

「ウルちゃん怖かったねぇ?窓も割れて危なかったもんねー?」

 

ブルはそんな反応に戸惑っている。

クレアはそんな様子を見て、わざとらしくウルに声をかける。

 

「わたしおこってるもん」

「あ、あれは…」

「にぃもあぶなかったし、そこのまどもわれたし…」

 

ウルは確かに怒ってもいる。

吹き飛ばされたブルを見て心配したし、ブルなら大丈夫だと言った途端に窓が割れて危なかった。

 

特に言って直ぐに窓が割れた事。

割れて直ぐは冷や汗をかいていたが、その直後にもの凄く恥ずかしくなったのだ。

 

正直今すぐ飛びつきたい。

でも辱めを受けた分ちょっと反省してほしかった。

 

八つ当たりの気もするが、そこは全肯定お兄さん。

ブルは直ぐ様その場に正座した。

 

ブルが謝罪と言い訳を始めて直ぐ、ウルはとても良いことを思いついた。

飛びつきたいという気持ちと、反省させたい気持ちをどちらも満たす方法だ。

 

するりとルサルナの膝から降りたウルは密かに準備をする。

皆は直ぐに飛びつくと思ったが、そうしないウルに疑問を覚える。

ルサルナだけは何かに気づいたように、僅かに顔を引き攣らせる。

 

数秒で準備を終えたウルは目の前のブルに飛び込んだ。

ブルは一瞬戸惑いを覚えたが、そんなことよりもと、飛び込んでくるウルを抱きしめる。

そのままウルを撫で回そうとした手に違和感。

 

 

なんかばちっとしたような…?

 

 

そうブルが思った瞬間、バチバチとウルが放電し、ブルは悲鳴を上げた。

 

 

暫く抱きつき満足したウルは、次はそのままルサルナとクレアに抱きついた。

まだ若干放電したままであったため、二人仲良く悲鳴を上げることは置いておく。

 

 

 

ぱちぱちと弾ける感触に苦戦しながら、ルサルナはウルの髪の毛を整えていた。

ウルの肩辺りまで伸びた髪は、放電の影響かそこら中に跳ね回っていたのだ。

 

なお、ルサルナとクレアも大変なことになっているが、それは後回し。

 

暫く頑張るものの、直ぐにふわふわと浮き上がる髪にルサルナも降参する。

 

クレアは椅子に沈み込むようにして動かない。

ブルは大の字に伸びている。

 

老人や使用人は遠巻きに見ている。

なんかもう処理が追いつかないのだ。

 

 

 

 

静電気まで全て落ち着いた頃、ようやく全員再起動した。

髪も整えられたウルはブルの膝の上に収まっている。

 

「お爺さん、今更だけどこんなことして大丈夫なの?」

 

ルサルナが口火を切る。

 

先程の決闘に巻き込まれ死んだ者は多い。

こんなことすれば問題しかないはず。

 

そんなことをルサルナは考えている。

既に遅いが自分達にも不利益になることも。

 

「ほほほ、お主らは気にせんでもよい。お主ら何か要求することもなし、儂らは儂らで動いとる」

 

とても楽しそうな老人にルサルナは閉口する。

 

確実に碌でもない。

変に首を突っ込む事ではないし、突っ込んだら厄介事になりそう。

 

何かしら突っついてくるなら相応にやり返そう。

そうすることにしようとルサルナは思った。

 

 

先程の暴れっぷりを見て手を出す者はいない。

いるとすれば情弱な者のために、間引くならば間引いてほしい。

 

そんなふうに思われているとはブル達は誰も知らない。

 

突き抜けた特技を持つ者は歓迎される。

たとえ一部の弱者を犠牲にしても。

 

現在のブルは比較的扱いやすい力である。

連れに手を出さず、便宜を図るだけである程度力になってくれる。

 

“寅”もその点、扱いやすいものだ。

ブルをあてがえば、それである程度満足する。

 

老人は先を見据え、“猪”のツテを得るために動いていた。

 

それが得となるか損になるかは、まだ誰も分からない。



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日常の話

 

ブルが闘技場めちゃくちゃにしてから数日。

 

ウルは非常に機嫌が良かった。

今は珍しく肩車をしてもらい、ブルの頭をここぞとばかりにわしゃわしゃとして遊んでいる。

 

驚くことに、出歩いていてもこそこそと何かを言われることがなかった。

闘技場をぶち壊し、そこそこの死者が出ているにも関わらず、都市リロイの時のような事になっていない。

 

ここまでくると逆に怖くなってきたと、ルサルナは思っている。

ブルは恐らく何も考えていない。

クレアはある程度分かっていて気にしていないのだろう。

 

何にせよ過ごしやすいことは良いことだと思うようにするルサルナだった。

 

 

 

 

「新しいの探さないとな」

 

頭に降り積もる焼き菓子の欠片を払いながら、ブルが呟く。

 

一応使えないことはないが、また同じような戦闘が起きてしまえば耐えられないだろう。

本気で使うことは少ないとはいえ、念のために持っておきたかった。

 

「お兄さん、また金棒にするの?」

「そりゃな…あれが一番強くて頑丈なんだよ」

「えー…かっこわるむぐ…」

「ひぐっ…」

 

背伸びしてウルの口を塞ぐルサルナ。

流石にブルが可哀想な気がした。

だが、若干間に合っていない。ブルの心の傷が少し開いている。

 

「あ、あれよブル、他の武器とか使ったことないの?」

「んむぅ…」

 

可哀想なので意識を逸らそうとするルサルナ。

ウルが少し唸っている。

 

「あ、あぁ…一通りは使ったことはあるはずだ」

「ぷはっ、けんとかつかわないの?」

 

ルサルナの手を剥がしたウルは言う。

格好良い武器を使ってほしいのだ。

剣とか槍とか、金棒以外で。

 

「剣か…剣は直ぐ折れるし、というより刃物類は綺麗に振れないんだ。どうしても刃筋をたてられないんだよな…槍は直ぐにひん曲がるか折れる。鎚も細い部分が耐えられん。」

「のうきん?」

「あーウル?どこでそんな言葉覚えたんだ?」

 

ブルは少し動揺する。

ウルの語彙力が上がるのはいいが、何だか偏っている気がする。

 

「くぅねえがいってた」

「ウルちゃん!?内緒だよって言ったよね!?」

「くぅねえわたしのおかしとったもん」

 

食い物の恨みは大抵強い。特にウルは。

クレアの目線はあらぬとこを彷徨っている。

 

「クレア、後で訓練に付き合ってやるよ」

「私もね」

「わぁ」

 

クレアの目の光が消える。

ガッツリと可愛がりを受けることが確定していた。

 

「とりあえず先に見に行きましょ?クレアのはいつでもできるから」

「そうだな、そうしよう」

「くぅねえよかったね」

「わぁい…」

 

肉にされる家畜のような雰囲気漂うクレア。

ウルは可愛らしく笑っている。いい気味だと。

 

ウルは三人を見て成長している。

良いところも悪いところもしっかりと吸収していた。

 

 

そんなこんなで金物屋へ来た一行。

 

ルサルナは特に買うものはないとブルについている。

クレアは予備や面白そうな物を探している。

ウルは器用にブルから降りて、クレアに引っ付いている。

 

「軽いんだよな…」

「これが…?」

 

残念なことに今使用しているような金棒がない。

全体的に細めで、甲羅のような段差があるものや、輪のような装飾が連なるものが置いてある。

 

「今使ってるのって金砕棒とか言うんだっけ?」

「あー、分からん。でもこういうのがいいんだよな」

「特注で作ってもらうしかないんじゃない?」

「そうなるよなぁ」

 

話す二人。

 

「特注にすんなら棘をいっぱいつけてほしいな」

「あなたの場合、棘なんてあってもなくても同じでしょ。どうせなら単純に太くて長いだけにしておけば?」

「ルナ姉、太くて長いのがいいんだ!」

 

クレアがルサルナの後ろからにょっきりと顔を出す。

にやにやと悪い顔。

ルサルナは顔が赤くなる。

 

「く、クレア!そういうことじゃないわよ!」

「んー?どうしたのルナ姉ぇ?金棒の話だよねぇ?」

「あ、いやそれはぁ…」

「ねぇねぇどうしたの?何を想像したのか教えてほしいなぁ?」

 

顔を真っ赤に染め上げあわあわするルサルナ。

もの凄く楽しそうなクレア。

 

「るぅねえとくぅねえはなにいってるの?」

「さぁ何だろうなぁ」

 

ブルは素早くウルを抱き上げ離れていた。

ウルは首を傾げてブルに聞いているが、誤魔化されている。

むっとする前に撫で回され、きゃいきゃい笑っている。

 

そのままブルは店主に特注をお願いしたのであった。

 

ちなみにお代は別から払われるらしい。

ブルは儲けたと思っているが、ルサルナはさらに怖くなった。

 

 

武器代が浮いたとはいえ、武器が出来上がるまで暫くかかる。

その間一行はいくつか依頼を受けて資金を貯めることにした。

 

とはいっても、食料や装飾品、衣服なども全て割引価格で提供されることになっており、都市にいる間不自由はなさそうだった。

 

しかしこの都市には、あの大男がいる。

現在は怪我の治療もあり動けないようだが、動けるようにようになればまた襲ってくる可能性が高い。

 

大男が場所を選ばなければ大きな被害が出るため、いつでも都市を離れられるようにしておかねばならない。

 

ブルが勢い余って殺りかけたので暫くは大丈夫だろうが。

 

後になって焦るのも馬鹿らしいので、先に準備を済ませて後はのんびり過ごすと決めた一行。

 

 

なんだか久し振りに穏やかな日々を送れていた。



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武器の話


1話から順に、少しずつ修正しています。
大筋は変わらないと思います。


 

「こ、これは…!」

 

目の前に置かれた物を見て戦慄くブル。

ブルの前には数日前に依頼した金棒が置かれている。

 

ブルは震える手で金棒を持ち上げる。

 

程よい重量、ブルの半分ほどの長さ、丁寧に巻かれた滑り止めの皮は手に吸い付くように馴染む。

そして棘や輪のような飾りなど一切ない無骨な見た目。

 

有り余る力で敵を粉砕、圧倒するためだけの目的で作られた打撃武器。

 

 

とても簡単に説明するなら棒状の金属である。

 

 

「ふふふ…どうだ?気に入ったか?」

 

筋骨隆々の禿げ親父、名前をギャガという。

腕を組み、不敵な笑みを浮かべている。

 

「あぁ!俺は正直武器の良し悪しや金属の違いは分からんが…これは、良いものだ」

 

今にも振り回しそうな雰囲気を醸し出しながらブルは言う。

 

「そいつは今発見されている中で、一番重くて強靭な鉱石のみを使って作ったんだ。」

 

現在ブルは片手で軽々と持っているが、先程運ばれてきたときはギャガが重そうに抱えてきていた。

金棒を置かれた勘定台もみしみしと軋んでいるほどだった。

 

ひょいと片手で持ち上げたブルを見て、ギャガは同じ人類か一瞬悩んでいた。

 

「その分加工の難易度も段違いの鉱石だったんだが…クソつまらん仕事をありがとうよ」

 

よく見るとギャガの目には光がない。

 

なかなか使う機会がない鉱石をただの棒に仕上げたからだろうか。

それとも、加工の難しい鉱石をただの棒にしなければいけなかったからだろうか。

 

何にせよ恐らくは心底楽しくなかったのだろう。

 

ルサルナはなんだか申し訳なくなり、そっと視線を逸した。

ブルは気にも止めずにはしゃいでいる。

 

少しだけ距離を置いたウルは冷たい目。

なんか前のよりもっと格好悪くなったと思っている。

 

「私も持ってみたい!」

「待て!…頼むからそういうことは裏でやってくれ。武器を試し切りとか出来る場所があるからそっちでな」

 

興味本位でクレアが持ちたいと言うも、ギャガが焦ったように制止する。

華奢な少女に持てるとは微塵も思わなかった。

 

支えきれずに床に落としたら穴が空く。

 

見目麗しい少女が怪我するのもどうかと思ったが、店を壊される方が正直嫌だった。

 

 

店の裏は、確かに武器を振る程度は問題ない広さがあった。

 

しかし武器を振るうのはブルだ。

生半端な広さでは足りないと、ルサルナは思う。

 

ブルから手渡されたクレアは、あまりの重さに案の定落としてしまい、その重さで地面にめり込む金棒を見て冷や汗を流していた。

 

笑いながら金棒を拾い上げるブル。

見ている分には、まるで薪でも拾っているかのように見える。

 

あ、これヤバい。

クレアは思った。

 

「おう、そこの丸太に思いっきり降ってみな!」

「お、いいのか?じゃあ遠慮なく」

「振り下ろしだけにしなさいよ!」

「あいよー」

 

ギャガとブルのやり取りに嫌な予感しかしないルサルナ。

横薙ぎなどやられたらエライことになりそうなため、せめてと振り下ろしを指示する。

 

ブルは軽く金棒を振って、藁を巻いた丸太に向かって構える。

 

「…ギャガさん、もっと下がったほうが良いと思うわ」

 

ルサルナはウルとクレアを抱き寄せ、かなり後ろに下がっていた。

ギャガはもしかしたらとんでもない提案をしてしまったのではと焦る。

 

しかし今更辞めてくれなど言えない。

急いで距離を取るように下がり、ブルの方を見る。

 

 

肩に担ぐように構えるブルが不自然に大きく見える。

ブルが大きく一歩踏み出す。

 

強烈すぎる踏み込みによって揺れたように感じた瞬間、形容し難い奇妙で、大きな音が鳴り響いた。

 

ギャガは目を疑う。

 

踏み込んだ足元は大きく沈み、その周囲を割っている。

金棒の太さに合わせて裂かれたような丸太。

途中で止めたのか、金棒は丸太の根本近くで止まっている。

 

「いい…いいぞコイツは!今までで一番だ!」

「にぃすごいね!」

 

一層はしゃぐブルの姿。

いつの間にかウルがその足元で喜んでいる。

武器は格好悪くても、にぃは凄いのだ。

 

 

はしゃぐ二人を尻目に、ルサルナとクレア、ギャガが丸太に近づく。

 

「……多分だが、潰れて埋まってやがる」

「何をどうしたら、こんなことになるのよ…?」

「お兄さんって…やっぱおかしいよね」

 

丸太は金棒の幅の分だけ抉り取るように裂かれている。

幾らか細かい破片が散っているが、明らかに少ない。

 

その根本は穴になっており、棒を突っ込んでみたところ、奥に硬い何かがある。

恐らくは圧縮されてめり込んだ丸太が埋まっているのだろう。

 

三人はウルを抱き上げ嬉しそうに話すブルを見る。

ヤバい奴にヤバい物を与えてしまったとルサルナとクレアは思った。

 

ギャガはゴテゴテと棘だの輪だのつけなくて良かったと思った。

どれだけ強靭だと言っても、なんか簡単に折られそうと思ったのだ。

 

 

 

「にぃ…わたしもぶきほしい」

 

ある程度はしゃいだ後、ウルは言った。

ブルは金棒、ルサルナは身の丈ほどの大きな杖、クレアはメイスに短剣に針にと、やたらいっぱい。

 

三人を見ていたら自分も欲しくなったのだ。

 

「ウル!もしかして金棒が」

「ださいのやだ」

 

今のを見てもしかして、と思ったブルは一撃で膝を付く。

懲りない男である。

 

「ウルが使えそうなのだと…杖くらいかしら?」

「あんまりお高いのは狙われるよねー」

 

ウルは獣人のために、幼い割に力は強い。

幼い割に、というものなので金属製だとどうしても小さいものでないと扱いきれない。

一番重要なのは失敗して怪我するのが怖い。

 

そういうことで、ウルは魔法の補助となる杖が良いだろうと二人は考える。

 

しかしあまり良いものを持たせるのも気が引ける。

大抵ブルかルサルナがべったりではあるが、以前のように逸れることもある。

 

そうなったとき、高価な物を持たせていると余計に悪い虫が寄ってくるだろう。

 

頭を悩ます二人の耳に可愛らしい音が聞こえる。

目を向けるとお腹を抑えたウルの姿。

 

「先に美味しいお店を探さないとね」

「そだね!私もお腹減ったー」

「んぅ…ぶき…」

 

武器も欲しいが、食いしん坊のウルはご飯の方が魅力的に思える。

僅かに迷うも直ぐにご飯に天秤が傾くのだった。

 

 

動かないブルに、ウルが怒りの体当たりを決行するまであと少し。





ブルの武器のイメージは金属バットです。


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少しずつ成長している話

 

 

「ゔぅん…」

 

宿屋の一室、夜が明けるにはまだ早い時間。

小さいが、苦しそうに呻く男の声が聞こえてくる。

 

暑い、それになんだかとても苦しい。

腹の上に重石でも乗せられているようだ。

なんか似たような事があったような…?

 

呻いていた男、ブルは目を覚ます。

宿屋の天井と、ふわふわとした茶色の頭。

 

人の体をベッド代わりに熟睡している少女はウル。

盛大に涎が垂れている。

その姿に笑いが漏れるが起きる様子はない。

 

とりあえず涎は拭いてあげることにして、感慨にふける。

 

ウルと出会って直ぐにも、こうして寝ている間に乗られていることがあった。

その時も確かに苦しさは感じたが、その時よりずっと重い。

 

そういえばちょっと丸っこくなった気もするし、抱っこしたときぷにぷにしてる気がする。

最初の頃の骨が浮いてる体よりかは、ずっと健康的になったと思う。

 

多少寝苦しくても、ウルの成長が実感できていいかと、そのままブルは寝ることにした。

 

なかなか寝付けず寝坊したブルは、ウルの腹への飛び込みによって叩き起こされることになる。

攻撃力は確実に増していた。

 

 

ブルからすいすいと運ばれるご飯を上機嫌に頬張るウル。

なんだか今日のブルは機嫌がいい。

 

首を傾げるルサルナとクレアは、まぁ大体いつものことよねと流すことにする。

 

ブルは気づいたのだ。

ウルの身長が良い感じに伸びていることに。

 

しっかり食べさせ、よく運動させ、ぐっすり眠らせる。

やはり子供にはこれが一番必要なんだと。

 

もちもちになってきたウルの頬で時折遊びながら、ブルはめちゃくちゃ甘やかしていた。

 

 

 

本日も絶好調なウルは焼き菓子をぱくついている。

ブルの頭に欠片を撒きながら。

 

昨日武器を欲しがったことは、もう頭にない。

そんなことより食欲が勝っている。

 

んまんまと食べる姿は可愛らしい。

周囲もほんわりと温かい視線を向けている気がする。

 

そんな一行にするりと近づく人影。

なんだか偉そうな、あの老人だった。

 

「ほほ…楽しんでおるのぅ」

「おぉ、爺さんか。見ての通りだよ」

 

老人はにこやかにウルを見ている。

ウルは指についた欠片を舐めている。

 

「何かありましたか?」

 

やや警戒の色が見えるルサルナが尋ねる。

ただの世間話だけではないだろうと。

 

「ほ、そう警戒するでない。お主らのためにもなることじゃ」

 

にこにこと老人は話す。

視線の先では、ウルがクレアに呼ばれてブルから飛び降りている。

 

「爺さん、話は聞くがここでもいいのか?」

 

頭に積もった食べこぼしを払いながらブルは言う。

その目は頬やら手やらを掃除されているウルに固定されている。

 

「ほほ…構わん、これに書いておる。明日の朝に返事を聞かせておくれ」

 

どこからか手紙を取り出した老人はルサルナへそれを手渡す。

ブルの方に差し出しても無視されそうだったのだ。

 

ほほほ、と老人は笑いながら雑踏に紛れ見えなくなる。

ルサルナはため息を吐き、体の力を抜く。

 

「一旦戻りましょうか…」

 

老人の渡したものを確認するためにルサルナは言う。

振り返り皆の方を向く。

 

「かたいぃ…」

「ちょっとはあるって!ほら!」

 

ウルを抱きしめるクレア。

平野に顔をうずめ、嬉しそうながら少し不満げなウル。

それをにこにこと眺めるブル。

 

「……」

 

ルサルナの額に青筋が浮かび、自然と杖に手が伸びる。

 

 

 

ブルに杖での殴打、勢いでクレアに拳骨、ウルに抱っことそれぞれに対応を行ったルサルナは、二人を引き連れ宿屋に向かい歩いていた。

 

ブルはいつもの表情、クレアは涙目である。

ブルにも効く打撃武器の検討をしながらルサルナは歩く。

胸元ではウルがふわふわを堪能している。

 

「なんで私まで殴られたの…?」

「いや、まぁ…子供枠じゃねぇんだろ」

 

ちょっとだけクレアを甘やかしとこうかと、ルサルナは思った。

 

 

 

宿屋へ戻った一行は老人から渡された手紙を開く。

 

手紙の内容は討伐の依頼であった。

元々大男に依頼していたものだが、今の状況では動けないためにブル達に回ってきたらしい。

 

「大都市の近くにある野党の集団ね…」

「どうする?誰か留守番か?」

「私参加ね!」

 

とても行きたそうなクレア。

最近は負け続きのために暴れたいのだろう。

 

「とすると」

「いく」

 

三人の視線がウルに向く。

 

「だいじょうぶ。ぜったいついてくの」

「ウルちゃんもこう言ってるし皆で行こーよ!」

 

ブルとルサルナは目を合わせ、ため息を吐く。

 

先日の大暴れで全部見ているのだ。

それに留守番で追いかけて来られるのも困る。

 

「ウル、ルサルナから離れるなよ。俺とクレアは動き回るからな…」

「そうね、私から絶対離れないでね?」

「っ!うん!くぅねえもありがと!」

 

ウルの少し強張った顔が笑顔に変わる。

援護してくれたクレアに飛びつき感謝をしている。

 

その様子を見ながらブルとルサルナは話す。

 

「私達と一緒にいたら遠からず経験するわよね…」

「そうだな…俺はそういうのばかりだったから、そうさせるしかないか」

「背を見て育つとはよく言ったものよね」

「そりゃあ、そうなるか…」

「まぁ力に溺れないようにしっかり見ていれば大丈夫かな…」

「ウルは賢いから大丈夫だろう」

 

二人はクレアにじゃれつくウルを見る。

 

「クレアに余計なことを教えないよう釘を刺さないと」

「それは俺に任せとけ」

 

哀れクレアはとばっちりを受けることが決まる。

余計なことを教えるつもりがなくとも釘は刺される。

 

ウルの健全な成長のためには致し方ない犠牲である。



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野党討伐の話


誤字報告ありがとうございます。

少し体調が崩れ気味で更新が遅れています。


 

翌日、ブル一行は野党が拠点としているであろう場所まで来ていた。

正確には拠点をある程度監視できる位置だが。

 

そこそこの人数がいるようで、ざっと偵察しただけでも数十はいる。

簡易的な櫓や丸太の防壁も作られており、多少の戦力であれば簡単に防衛出来るだろう。

 

 

「さて、どうする?」

 

ブルが口を開く。

ぶっちゃけ正面から叩き潰すのが一番早いと思っている。

 

「ぶっちゃけ正面から叩き潰せるよね」

 

クレアが心を読んだかのような一言。

正直ブルもルサルナもそう思っている。

 

「もやしちゃだめ?」

 

ここにきてウルの無垢な一言。

木で出来てるし、燃やしたら簡単だよね、と。

 

ブルとルサルナの視線がクレアに突き刺さる。

要らんことを教えたな、と。

 

クレアは必死に首を横に振っている。

 

「ウル、あのね?こういう場所で火を使うのは良くないの。もし、人質がいたり、飛び火したりで周りに燃え広がったら無駄に被害が出ちゃうからね」

「それにせっかくの物資まで燃えちまうのは勿体ない」

「そーなんだ…」

 

ちょっと落ち込むウル。

耳もなんだか垂れている。

それを見て、すかさず伸びる二本の手。

 

「今回は違う方法でやるけどな、そうやって意見を出してくれることは嬉しい。」

「そうよ。そしたらもっといい方法が出るかもしれないから、遠慮せずにどんどん言ってね?」

「…うん!」

 

優しく撫でる二人。

萎れた耳も俯いた顔もあっという間に元気になる。

 

クレアはちょっと面白くない。

面白くないからウルを巻き込みつつ、ブルとルサルナに抱きついた。

 

町中なら絵になる光景も、この場所では場違いなのは間違いない。

ほんわかとした空気が広がっている。

 

 

暫くして。

 

 

「ぱっと見出入り口は一つ。隠し通路やらは分からんな…」

「櫓を潰して、ブルとクレアが中に侵入して、私とウルが出入り口を固めるわ」

「迅速に制圧して、逃げ道がないか探せばいいってことね?任せて!」

「るぅねえといっしょ」

 

結局、力業に持ち込む一行。

何事も単純なのが一番である。

 

「奥の櫓は俺が潰す。後は建物内の制圧を中心にやる」

「私はそこらをプチプチ潰せばいいのねー」

「ウル、手前側の櫓は任せるわ。大丈夫、もし難しいなら手伝うわ」

「がんばる…!」

「そんじゃま、手前の櫓を潰したら突入する。クレア、ちゃちな門は吹き飛ばしてやるから俺に続け」

「はいはーい!お願いね、お兄さん!」

 

 

 

ぴしっ、ぱきっと凍りつき、罅割れる音。

集中するウルの頭上には円錐形の大きな氷。

 

ウルがカッと目を見開いた直後、勢いよく射出される氷。

それは櫓を支える柱を大きく抉りとった。

 

「て、敵襲だ!あ、うおあぁぁ!」

 

逃げること叶わず櫓とともに落ちていく野党を見送る。

ウルはそれを見ても特に思うことはない。

当てる自信があれば直接人を狙おうとしていたほどだったが、遠距離では自信がないため、櫓本体を狙ったのだ。

 

崩れた櫓が地面に落ちた直後、拠点の門が吹き飛ばされる。

金棒すら使わない、ブルのブチかましである。

 

ブルは勢いそのままに拠点の奥へ駆けていく。

混乱で動けずにいた野党の背後には、笑顔のクレア。

 

「な、あ…ぇ?」

 

野党は痛みを感じて視線を下げると、胸を貫く針がある。

体から力が抜けて倒れる男の目には、可憐な少女が容赦なく仲間を殺す姿が映っていた。

 

 

 

「あはっあははは!楽しいねぇ!ほらぁ!もっと頑張ってよ!」

 

逃げ惑う野党をクレアが追い回している。

ここ最近の鬱憤を存分に晴らしているようだ。

 

魔法が飛び、針が飛び、クレア自身が飛んでくる。

入り口の方に逃げようとした男たちは女と幼子の変な二人組の魔法で倒されている。

 

この場にいれば暴れ回る少女に殺される。

建物に逃げ込もうにも建物ごと粉砕している化け物がいる。

出入り口は近づく前に魔法で吹き飛ばされる。

 

野党たちは武器を投げ出し、膝をついた。

 

ブル達が生き残りを全員縛り物資やらを集め終えた頃、出入り口に兵士たちが集まってきた。

どうやらあの老人が手配したらしい。

 

「後はこちらに任せてください。後ほどまた伺わせて頂きますので」

「なら頼む。正直面倒だったんだ」

「いえ、仕事ですので。…討伐ありがとうございます」

「こっちも仕事だ。たがまぁ、どういたしまして」

 

後片付けを兵士たちに任せ、ブル一行は帰路につく。

 

規模は大きかったが、敵の練度は高くなかったために楽な仕事だった。

そこそこに溜め込んだものもあったため、臨時収入としても悪くない。

 

ブルは抱っこしているウルを見る。

いつの間にかお菓子を取り出して美味しそうに食べている。

 

ウルは櫓にいた者や、出入り口に逃げてきた者を魔法で迎撃している。

それは容赦のないもので、ちらりと見ただけだが恐らく数人は殺している。

初めて人を殺したときは多少は精神的にクるものがあるはずだが、この様子を見ると全くなさそうだ。

 

なんとなくクレアと並んで笑いながら殲滅するウルが思い浮かぶ。

悪くはないように思えるのだが、最初に思い描いたものとはかなり違う。

 

やはりクレアには釘を刺さねば。

 

そんなことを考えるブルだった。

 

その時、ルサルナも同じことを考えており、クレアは謎の悪寒に襲われていた。



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少女の話

 

ウルの朝は早い。

 

「んむぅ…」

「ウルちゃーん…あはっ!またよだれ垂らしてる、お兄さんに」

「あー、盛大ね。でも、うふふ…幸せそうよね」

「そうだねー…お兄さんは毎度のように苦しんでそうだけど」

「ゔゔん…」

 

この世界で一番安全であろう場所をベッドにするのが、最近のお気に入りである。

 

朝の日差しが眩しく、周りもちょっと煩い。

そんなときは体を丸め、毛布に潜り込むのが一番なのだ。

ついでに、ブルの腕を枕代わりに引き寄せつつ…

 

 

ウルの朝は優しい人達に起こされて始まる。

 

「ほら、そろそろ起きなさい」

「ウルちゃん意地でも起きようとしないよねぇ」

 

毛布を剥がされ、ベッド代わりのブルが起きれば、夢の中にいるのもそこまで。

しかしブルに抱っこされて揺られるのも、また良いものである。

 

 

「あぁ乾いてカピカピになってるじゃねぇか…こら逃げるな逃げるな」

「むんぃぅぅ…」

 

でもガッチリと捕まえられて、わしわしと顔を拭かれるのはちょっと嫌なものだ。

されることは嬉しいが、もうちょっと微睡みの中に揺られていたい。

 

それが終わればご飯である。

これは欠いてはいけない。

 

「ほらウル、朝ご飯だぞー」

「熱いから気をつけてね」

「んふふ、可愛いなー…あいたぁ!」

 

ぱっちりと目が覚めたものの、やっぱりもうちょっと微睡みにいたかった。

そんなときはブルかルサルナの膝の上で食べさせてもらうに限る。

大体はやっぱりブルだ。ここが一番安全なのだ。

 

頬を突いてくる不埒者には噛み付きで返事をしておく。

 

自分で食べれるものの、食べさせて貰うご飯の味は別格である。

干し肉でさえ上質なお肉のよう。言い過ぎた。

 

「ウル?肉だぞー」

「はむっ」

「ウル、野菜もよ」

「んむむ…」

「私にはー?」

「仕方ないわね…」

「わぁい」

 

ウルに今のところ好き嫌いはない。

今このように食べられる事がありがたい。

 

それに食事の雰囲気もある。

そこまで騒がしくないが、静かでもない。

皆で食べている、そんな雰囲気がウルは好きで、またなによりもそれがご飯を美味しくさせるのだ。

 

 

ご飯を食べ終えれば、どう動くか分かれてくる。

 

依頼を受ける、もしくは受けているならばそのために。

何もなければゴロゴロとしているか、散策に出かけるか。

 

 

まぁ本日は何もない日である。

 

 

お腹いっぱいのウルは、ブルの腕の中で早々に目を閉じた。

 

「ウルちゃん?ウールちゃーん?あ、もう寝てるし…」

「おお、早いな…もうよだれが…」

「ほらブル、手拭い」

「ありがとな」

「私が拭いてあげるよー!…い゛っ゛!!」

「最近寝ててもクレアには噛みつくな」

「ちょっかい出し過ぎじゃない?」

「仲良いじゃねぇか」

「離すの手伝ってよぉ!!」

 

何よりも安全な場所でウルは微睡む。

 

なんだか変な串焼きの夢を見ていた。固いし煩いしなんか逃げる。

 

逃さないようにしっかりと捕まえつつ、ウルは夢の中へ旅立っていった。

 

「めっちゃ噛まれてる!と、とられる!!」

 

変な串焼き…

 

 

 

散策する日であれば、特に目的なくぶらつく事が多い。

必要な物はほとんど先に購入しており、後は気に入った物や保存食くらいしか買うものがないからである。

 

 

ウルは優しく頬を撫でる感覚と、甘い匂いに誘われ起きる。

寝ぼけ眼で周りを見ると、どうやら時計塔の付近らしい。

 

近くのお店から焼き菓子の良い匂いが漂ってくる。

ウルのお腹の魔獣が鳴き始める…

 

「お?起きたか」

「あはっ!分かりやすいね!」

「ふふ、何か食べよっか」

「にぃ…かたのりたい」

 

バッチリ目を覚ましたウルの、これまた最近のお気に入りは肩車だ。

とても高く、それでいて安全安定な場所なのだ。

 

そこで周りを見渡しつつ頬張る焼き菓子が美味しいのだ。

ポロポロとブルの頭に落ちる欠片には目を背けている。

 

「最近そこ好きよね」

「いっぱい落ちてるけどね」

「いいんだ…いいんだよ…」

「ふぉいひい…」

 

口いっぱいに頬張る焼き菓子のなんと贅沢なことか。

今日もウルは満喫している。

 

 

お菓子を食べるが、ご飯も欠かせない。

変わらない幸せを満喫して、お昼ご飯もしっかり食べる。

 

「ほんとよく食べるねー」

「良いことじゃない」

「成長に必要だからな」

 

午前中存分に甘えたときは、自分で食べるようにしている。

ルサルナに甘やかし過ぎだとブルが叱られていたのも、ちょっとある。

 

それはそれとしてお昼が終われば、また甘えるが。

 

「食べ過ぎてもちもちになってるけどねー」

「そうやって突っつくから」

「危なっ!」

「ちっ、惜しいな…」

 

結局甘えてなくても雰囲気は変わらない。

それが楽しく、また美味しく感じるのだ。

 

まぁ甘えた方が美味しく感じるのだが。

 

 

ちょっかいを出してくるクレアに時折反撃をしながら、午後も散策したり、そのまま宿屋へ帰ってゆっくりする。

 

大抵はお腹いっぱいになったウルが眠気に負けるため、宿屋へ帰ることになる。

本日もウルは、ブルを揺り籠代わりに眠っていた。

 

「こうやってよく食べて、よく寝るから大きくなるんだよな」

「最初より随分大きくなったものね」

「横にもね」

 

そうして宿屋へ戻り、ある程度寝かせた後にお勉強を行う。

ウルは勉強することに前向きだった。

 

「これなんてよむの?」

「これはね…」

 

お勉強は様々だが、本日は本を読んでいる。

本は本でも魔法に関するもので、それもウルのような幼子が読むものではない。

 

ウルは砂漠に水を垂らすように知識を吸収していた。

 

 

「おやすみぃ…」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

「おやすみー!」

 

勉強が終われば晩ごはんを食べ、体を清めればあっという間に眠気に負ける。

ウルが眠りにつくのはいつも早めだ。

 

今日もブルをベッドまで引っ張り、一緒に毛布に潜り込んで眠る。

 

ブルもそれには慣れたもので、直ぐに眠りにつく。

 

 

 

ウルの毎日は温かさに溢れている。



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贈り物と再開する話

 

「うぅ…?」

 

いつもよりなんか安心感が薄い。ついでに平たい。

ふと起きたウルはクレアに絡みつかれていた。

 

「むむ…むぅ…」

「んー…んふふ…」

 

逃げ出そうとするも良い感じに抱きしめられ抜け出せない。

ゴソゴソと動いているうちにクレアにもっとぎゅっと抱きしめられ、どんどん動けなくなる。

 

暫く続けていたが、そのうちウルは諦めて寝ることにした。

寝心地はあまり良くない。

 

 

 

「なんか苦しそうだな…」

「まぁ…寝心地は悪そうよね」

「ぅぅ…」

 

ブルとルサルナが起きると、なんだか苦しそうな声が聞こえた。

そちらへ目を向けると、幸せそうに絡みつくクレアと、なんとも言えない表情で絡みつかれるウルがいた。

 

「…起こすか?」

「自分達で起きてアレに気づいてほしいのだけど…」

 

二人が寝ているそばには、手紙と箱が置かれている。

手紙にはウルとクレアの名前が書かれている。

 

つまりは贈り物だった。

 

どうせなら自分達で起きて気づいてほしい。

ここで起こして気づく…というのはなんとも座りが悪い。

ウルには悪いが、なんて考えつつ、二人はそっと部屋を出ていった。

 

 

「にぃ!みてみて!」

「ルナ姉!見て!」

 

ブルとルサルナが食堂でのんびりとご飯を食べていると、ドタバタと慌ただしい足音が響き、ウルとクレアが飛び込んでくる。

 

それぞれ大事そうに持っているものがある。

 

ウルは魔法の補助のための杖。

短剣と言うには長く、全体に装飾が掘られている。

ルサルナに助言を頂きながら、ブルが購入したもの。

 

クレアは髪飾りだった。

ウルと対になるような太陽の装飾。

先日ルサルナがこっそりと買ったものだった。

 

「えへへ…にぃありがとー」

「ふへへ…ありがとルナ姉」

 

ルサルナの胸に顔をうずめるクレアから、なんだか怪しげな笑い声。

無垢っぽいウルの様子とはかなり違う。

 

それぞれきゃっきゃとはしゃぎ、食事もとった後で、ブルとルサルナが切り出す。

 

「そろそろここを出発しようと思う」

「結構長居してるからね」

 

ウルがなかなかに気に入っていたため、住み続けてもいいのではないかと、二人も考えていた。

しかしせっかくなので、もっと色んなところを見せてあげたいと考えたのだ。

その上でやはりこの都市が良いと思うのなら、ここに戻ってくればいい。

 

ブルとルサルナは最終的にそう考えた。

もちろん強く反対が出るようならば、このまま暫く滞在することにする。

 

それに大男も回復したようなので、いつまた現れるか心配なのもある。

あの老人が上手いこと手を回しているようではあるが…

 

 

「わすれてた…」

「私はどっちでも大丈夫!」

 

ウルは今が楽しくて旅を忘れていた模様。

なんとなく耳を垂れさせながらブルをちらりちらりと見ている。

ブルはすぐさま撫で回した。

 

クレアはルサルナに抱きついたまま。

やんわりと引き剥がされることに抵抗している。

 

「たび…たのしみ、だよ?」

「ウル…!なんて偉い子なんだ…!」

 

ウルの言葉にブルは感動を滲ませる。前がよく見えない。

いつも通りの光景に見つつ、クレアを引き剥がすルサルナ。

クレアは別の意味で涙を滲ませている。

 

 

「では寅に見つからぬよう、上手く抜け出せるように手引きせねばならんのう」

「爺さん、そういうことだ。頼むわ」

 

平然と返すブルだが、他の三人は驚き固まっている。

老人は気づけばいつも近くにいるのだ。

それにはまだ慣れる事ができていない。

 

「ほっほっほ…お主は驚かぬからつまらんのぅ」

「もっと上手くやれば驚くかもな」

「ほほ、爺に無茶を言うでない。保存食など買っておったな?いつ出るのかのぅ?」

「今からだな…そういう予定だった」

「そうかそうか…ではついてきなさい。なぁに、焼き菓子もしっかりと買えるから心配はなさんな」

 

三人が驚いている間に話は進む。

そうして老人が席を立ち、ブルもウルを抱えて立ち上がる。

ルサルナもはっとして、クレアを引っ張り後をついていく。

 

 

焼き菓子を幾らか購入し、すいすいと裏通りを進んでいくと、何事もなく都市の出入り口に到着した。

何かしら待ち受けているかと思いきや、拍子抜けであった。

 

振り向いた老人が話し始める。

 

「最近魔獣が多いと各地で報告があっての。この周辺でもやはり目撃や被害が増えておる。お主らも気をつけなさい」

「各地で、ねぇ。急にそんな話をしてどうしたの?」

「ほほ…旅のついでに、原因があるかないかを探してほしいのじゃよ。旅のついでに、のぅ」

「うわぁ」

「うぅ…?」

 

面倒そうな予感のしたルサルナは案の定だと思う。

クレアも世話になった分、断りにくい上に、ついでと念押ししてくることに顔を引き攣らせる。

ウルはあんまり良く分かっていない。

 

「何かあれば依頼屋に連絡を頼むの。猪からであれば分かるからのぅ」

「爺さん、あくまでついでだからな。分かったときは連絡する」

「それで十分じゃよ…では、気を付けてな」

 

老人はいつものように雑踏へ消えていく。

その姿を見ながら、ルサルナとクレアはほっと息を吐く。

 

「はぁ、出発前から疲れるわ…」

「全くだよねー。あのお爺さん怖すぎだよ」

「まぁ出発しよう。さっさと出ねぇと“アレ”がきても困る」

「早く行きましょうか」

「“アレ”は勘弁だねー」

 

ブルの一言で歩き始める一行。

流石に大男まで相手にしたくはなかった。

 

少しずつ遠ざかっていく大都市ナシク。

離れてもまるですぐそこに思えるほど大きな都市。

 

 

いつか、またいきたい。

 

ウルはブルの肩の上から、その光景を目に焼き付けていた。

 



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ほのぼの旅する話

 

耳はしなだれ、背は曲がり、足には鉛がついたよう。

端的に言うと、ウルは疲れていた。

 

「にぃー…つかれちゃった…」

「おぉよしよし…兄ちゃんが抱っこしてやるからな」

 

ぷよぷよなウルは疲れやすい。

 

甘やかし過ぎじゃないかと問われたブルは、年齢もあるだろと声高に主張した。

もちろんウルだって頑張っている。

 

ただ暫くの都市生活で、もちもちぷよぷよになってしまっているだけである。

魔法とお勉強と食事は頑張ったが、運動は頑張らなかっただけなのだ。

もちろん肥え太っているわけではなく、健康的な身体つきになっている。

 

「くぅ…」

「…寝たな」

「ルナ姉私も疲れたー!ふぎゃっ!」

「あなたもちょっと甘えすぎよ」

  

抱っこされて瞬く間に旅立つウル。

きっと夢の中でも抱っこされている。

 

便乗して甘えようとしたクレアは素っ気なくあしらわれている。さもありなん。

 

「しっかし、魔獣が多いらしいが…そんな感じはないな」

「まぁどこもかしこもって訳でもないし、もし多ければ調査するくらいでいいでしょ?」

「そーだよ。わざわざ調べる必要ないじゃん」

 

都市を出発してからは平和そのものだ。

時折ブルが石を投げる程度で撃退出来ている。

都市に入る直前に群れと遭遇しているため、また世話になった老人が言っていたために、ブルはそこそこ気にしていた。

 

ルサルナとクレアは出来れば面倒事には関わりたくないので、そもそも群れなどに遭遇したくないのではあるが。

 

「そうだな…ない方がそりゃいいよな」

「そうよ」

「そうそう!」

「んみゅ…」

 

もぞもぞとウルが動き、寝やすい位置を探す。

いい位置があったのか、ふにゃりとした顔でまたすやすやと眠り始めた。

その様子をじっと見ていたブルが口を開く。

 

「わざわざ危ないとこに行く必要はない。このまま平和にいこう」

「ブル…」

「お兄さん…」

 

最近またウルに甘くなってきている、そう二人は思う。

確かにウルをわざわざ危ない場所に連れて行く必要はないし、面倒事に首を突っ込む必要はない。

ないのだが、なんとなく納得できない。

 

残念なことにブルはウル至上主義のため、二人の様子など気にしていない。

ウルが良ければ全ていいのだ。

 

はぁ…とため息を漏らすルサルナ。

好機とばかりに擦り寄るクレア。

 

今日も一行は平常運転である。

 

 

 

 

「ふんふんふーん」

「るーるーるーん」

 

少し眠って回復したのか、上機嫌なウル。

真新しい杖をぶんぶんと振り回している。

 

隣ではしれっと手を繋いだクレアがメイスを振り回している。

可愛らしい姿と裏腹に、なんだか血生臭い感じが振り払えない。

実際拭ききれていない魔獣の血がメイスに付着したままである。

 

きらきらとぎとぎとが混ざり合う、不思議な光景を作り出している。

 

「可愛いのに…なんでかしらね」

「暴力の申し子なんじゃねぇの?」

「それはあなたでしょ」

「人のこと言えねぇだろ」

 

暴力を人型に固めたような男と、躊躇なく急所を狙う女が話している。

会話の殴り合い。

 

後ろの保護者っぽい二人は、間違いなく暴力の申し子である。

投げたものが倍ほどになって返ってきているとは思ってもいない。

既にウルも足を踏み入れているが、贔屓目しかないブルとルサルナには見えていない。

 

「お、これは…魔獣だな。数は二匹か」

「はいこれ」

 

ブルの感覚が魔獣を捉える。

流れるように石を渡すルサルナ。

 

「助かる…おらっ!」

「はいもう一つ」

 

ぶん投げた石の行く先を聞く前に、またも流れるように石を渡すルサルナ。

常識はとうに石と一緒に投げ捨てている。

 

「よし、ありがとな…おらぁ!」

「最低限だけ素材の確保しましょうか」

 

当たったかは聞く必要もない。恐らく当たっている。

剥ぎ取り用の小刀の点検を早々に行っているルサルナには何の感慨もない。

 

前方の二人も特に驚いたりしていない。

初めのうちこそ、ほとんど視認も出来ない殺傷力抜群の投石にびびっていたクレアだが、今ではスレスレでもなければ慣れたものだ。

ちなみにウルは初めからびびってなどいなかった。

いつか自分もやってみたいとは考えている。

実はたまに練習しているが、今でも変わらずにヘロヘロとした投石である。

 

クレアは牽制くらいには使える程度の力量である。

色んな物を投げてきた経験があり、投げ物にはそこそこ強い。

 

ルサルナはやはりというべきか、そこまでの威力はない。

そこらのチンピラであれば使える程度である。

一応頭脳派のため、身体能力的なものはそこまで高くない。

飛ばすのは魔法で間に合っている。

 

「ウルちゃん、一緒にやろっか?」

「っ!やる!やりたい!」

 

むん、と気合の握り拳。

ふんすふんすと鼻息荒く進むウルは、微笑ましさに溢れている。

くすくすと笑うクレアも、今は血生臭くはない。

後ろの二人もこれにはにっこりである。

 

 

「んむ!うぅぅん…!」

「あはっ!ちょっと力が足りないねー」

 

顔を真っ赤にして頑張るウルだが、如何せん力が足りない。

教えてもらいながら、なんとか解体しようとするも進まない。

 

「にぃたすけて…」

「よし任せろ」

 

ずっと後ろでそわそわしていたブルが参戦する。

痛くないように手を添えつつ、手早く解体していく。

ウルが手掛けたところは、お察しである。

 

「ありがと」

「どういたしまして。もうちょい力がついてからだな」

 

ぷぅと頬を膨らませるウル。

寄ってたかって突っつきに来る三人。

 

ウルが帯電するまで後少しである。

 



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技術よりも力づくという話


急に伸びてびっくりしてます…
作品を読んで頂きありがとうございます。
誤字報告も助かっています。

よろしければ感想などもお願いします。


 

気持ち覚束ない足取りで歩く二人と、しっかりとした足取りで進む男。

まだちょっと頬を膨らましたまま男の背中に張り付く少女。

 

未だにちょっとビリビリしている少女はウル。

最近仕返しに雷魔法を使い始めている。

 

張り付かれたまま電気を流されている男はブル。

既に耐性が付いたのか、多少の電気では意にも介さない。

 

ぎこちなく歩く二人はそれぞれルサルナとクレア。

電気の影響で跳ね回った髪の毛をなんとかしようと頑張っている。

 

 

四人は今、旅をしている。

 

 

 

「ウル、ほら焼き菓子だぞー。」

「むぅぅ…」

 

ご機嫌取りに出された焼き菓子に、ウルの目は釘付けとなっている。

まだ少し怒っているためにギリギリ受け取るには至らない。

 

左右に振られる焼き菓子に連動して顔が動いていく。ついでによだれも垂れかけている。

 

「ウルちゃんが要らないなら私が食べよっかなー?」

「ぅぅぅ…」

 

ウルは美味しいものを食べれば、とりあえず機嫌が回復する。

そのためにクレアもわざとらしく挑発している。

 

「いいのかなー?食べちゃうからねー!」

 

挑発ではなく、本当に食べたかったらしい。

素早い身のこなしでブルから焼き菓子を奪おうとする。

しかし、そう簡単にブルが渡す訳がない。

 

「あ、ちょ、お兄さんガチじゃん!」

「これはウルのだ。お前にはやらん」

 

一切焼き菓子を崩すことなく守り続けるブル。やたら高い技術を変なことに使っている。

そしてクレアが頑張る姿を見て思わず口角が上がるウル。によによしている。

 

「ちょっと!ウルちゃん笑ってるじゃん!」

「なにっ!」

「隙あり!って何で取れないのよ!」

 

ブルがウルを見ようと顔を背けた瞬間、クレアは飛び掛かるも容易く躱される。やはり無駄な高等技術。

ウルはブルが振り向く前に、ブルの背中に顔を埋めている。

 

「はいはいクレアもそこまでにしなさい。これ食べていいから」

「くぅぅ…なんか悔しい…!」

「ウル?顔見せてくれよ」

「や」

 

一連の様子を見て、ウルの怒りが収まったことに気づいたルサルナが動く。

とりあえず不憫なクレアに焼き菓子を、と。

 

ブルはブルで再度焼き菓子で釣ろうと試みている。

ウルの耳が頻りに動いている。ついでによだれも。

 

「ほんと、緊張感ないわよね…」

 

ルサルナはぼやく。

焼き菓子を頬張るクレアに片腕を絡め取られながら。

ため息を吐いていると、ご機嫌取り中のブルが何かに感づく。

 

「…近づいてきてるな、魔獣」

「数は?」

「多分一匹、そこそこ速いな…ほとんど真っ直ぐ走ってきてるぞ」

 

ブルは動きを止めたまま何かの動きを探っている。

その警告にルサルナとクレアは警戒を強めている。

ウルは好機とばかりにそろそろと焼き菓子に手を伸ばしている。

 

「…全然分かんない。ほんとお兄さんヤバイよね」

「まぁブルだから…たまに人かどうか疑わしいけど…」

 

気配もまだ分からず、何かしらの音も聞こえてこない。

クレア自身鋭い方だと思うが、ブルの感知力は群を抜いている。

ルサルナはそういうものだと思うことにしている。

ウルはそろりとブルの手から焼き菓子を取り上げていた。

どこから取り出したのか、ブルの手には新たな焼き菓子がある。

 

「あぁ…ウルは可愛らしいなぁ…」

「ほんとヤバイよね」

「さっきのヤバいと意味が違うわよ、全然」

 

ブルは焼き菓子に夢中になっているウルを、これまたいつ取り出したのか鏡で見ている。

ドン引くクレア。目から光がなくなったルサルナ。

 

戦意がみるみる萎んでいくルサルナとクレアだが、二人の感覚が魔獣を捉えた途端、意識が切り替わる。

 

ひとまずアレを殺らねばならない、と。

 

それぞれの獲物を構え、魔力を練り上げる。

いつでも、どこからでも対応出来ると言わんばかり。

ウルはおかわりを頬張っている。

 

「っ!クレア!」

「合点だよルナ姉!」

 

現れた魔獣は人の背丈ほどある巨大な猪のよう。

それは脇目も振らず突っ込んでくる。

 

ルサルナが杖で地面を突く。迫り上がる無数の土棘。

クレアはいくつもの風刃を猪に放っていく。

 

猪は風刃を気にも留めず、そして躊躇なく土棘に突撃する。

まるで飴細工のように粉砕される土棘。

猪の足は鈍らない。若干の出血が見られる程度

 

「嘘でしょ!?」

「クレア!次よ!」

 

驚愕に思わず動きを止めるクレア。

ルサルナはクレアに声を掛けつつ、火球を放っていく。

 

高熱や爆破の衝撃を受け、身を焦がしつつも猪にブレはない。

散開しているルサルナやクレアを無視し、向かう先はウルとブル。

 

「ブル!ごめんなさい!」

「止まんない!」

 

いつの間にかウルは背中からブルの胸元に移っている。

ウルを愛でていたブルは面倒そうに突っ込んでくる猪に視線を向ける。

 

猪は既に目と鼻の先。

放たれた矢より鋭い動きで超重量が迫る。

ブルは金棒すら構えず、ウルを片手に自然体で佇んでいる。

 

直撃する、そうルサルナとクレアは思った。

思った瞬間には、猪がブルの後ろに叩きつけられたのを見て脳が混乱した。

 

「え…クレア、何が起こったか分かる?」

「わたしわかんない」

 

混乱する二人を尻目に、ブルは仰向けに倒れて痙攣する猪の頭を踏みつける。

 

どん、と鈍い音が響き、猪の頭が地面にめり込む。おかわり。

 

「クレア?ブルに踏まれて潰れないみたいよ?」

「そんな生き物が存在するんだね」

 

どん、と二度目の音を聞きながら話す二人。

今回の魔獣はヤバかったが、それを虫を払うように排除したブルはやっぱりヤバい。

 

ウルを守るとき天井知らずに強くなる男、それがブルだった。

 

 

 

 

 

「お兄さん、さっきのどうやったの?魔獣を後ろ側に叩きつけたやつ」

「あれ、あれは…なんというかこう、相手の勢いをこう、グイッと曲げてだな…」

「あ、やっぱ言葉の説明はいいです」

 

匂い立つ感覚派の説明にクレアは早めに諦めた。

グイッとしてグワッといってバーンと叩きつけるんだね、と。

ウルは眠そうに目を擦っている。

 

「鍛錬のときに教えて!」

「それはいいんだが、死ぬなよ?」

「やっぱりいいです」

「冗談だ。加減くらいできる」

「欠片も信用出来ないんですケド」

 

実際受けて確かめようとしたらこの発言。

クレアは叩きつけられて飛び散る自分を想像した。

加減と言われても、飛び散るのがなんとか原型を保つ程度の違いにしか思えない。

 

「ブルもああいう技って言えばいいのかしら?そういうことも出来るのね」

「力づくで叩き潰すのが楽なんだがな。ウルに万が一があっても困るだろ」

「脳筋じゃん…」

「くぅ…」

 

人は圧倒的な筋力があれば、小手先の技術など無意味であることをクレアは知った。

それは魔獣の戦い方と何ら違いがないが。

 

クレアは目指すものが魔獣と同類であるように感じ、ちょっと後悔し始めた。

ウルはそれらを尻目におやすみしている。

 

実力者であろうともすり潰されるような魔獣と出会っても、一行は変わらない。

 

ちょっと怪しい天気の中、旅はまだ続いていく。



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言葉の話

 

「そういやぁ、変な魔獣が増えてる感じしねぇか?」

 

猪っぽい魔獣を解体し、焼肉祭りを開催するかと準備に勤しんでいると、ブルが唐突に切り出した。

ウルは新鮮なお肉に釘付けになっている。

 

「変なって…さっきの妙に強い魔獣みたいなのこと?」

 

ルサルナが返事する。

 

魔獣は既存の動物を模した姿をしており、大抵は元になった動物より凶暴になり、強く大きい。

強いといっても手に負えないものではない。

ほとんどは剣や槍で傷付けられるし、弱いものだと子供でも勝てる。

元になった動物が大きなものは相応に巨大化するが、鼠が成人を超えるほど大きくなることは基本的にない。

 

しかし極稀にそれらから外れた個体が現れる。

尋常ではない巨大化だったり、明らかにおかしな姿になっていたり、並外れた能力を身につけていたり。

 

先程の魔獣も、普通では考えられない程に頑丈だった。

脳筋は投げと踏みつけだけで始末していたが。

 

「あぁ、あれは硬かったな」

「硬いどころじゃなかったんですケド」

「おにく…」

 

 

ルサルナの放つ土魔法は並ではないと言えるほどに強力である。

それを大した傷を負うことなく、体当たりで正面から粉砕するのは異常である。

クレアの魔法など傷一つ付かなかった。

異常なブルでも流石に出来ない。

硬いで済ませるブルにクレアは呆れる。

ウルは切なげに呟いている。

 

「一緒に行動するようになってからは、さっきのが初めてだったけど」

 

魔獣の大群を除けば、とルサルナ。

明確におかしなことはそれ以外にない。

返事をしながらテキパキと肉を焼き始めている。

ウルはじっと焼ける様子を見つめている。

 

「最近のはルサルナに会う前に二回だ。都市に入る少し前と、ウルに出会ってすぐの依頼の時だな」

「多いけど、でもブルだし…元々魔獣を殺し尽くす勢いで暴れてた奴だし…」

 

ルサルナは悩んでいる。

異常な個体は数が少なく、滅多に出会うことはない。ルサルナも先程の魔獣を除けば一度だけである。

 

しかし相手はブルである。

十二支の猪を冠するこの男は、なかなかにイカれた野郎である。

ある程度詳しい者達の中では有名な話だった。

 

ウルに会う前まではただ只管に魔獣と野盗を殺す男であったために、そのくらい遭遇していてもおかしくはなかった。

 

焼けた肉をウルとクレアがくすねている。

 

「美味しいねー」

「かみごたえばつぐん」

「順調に語彙力がついてるな…」

 

悩むルサルナを尻目に美味しいそうに肉を食べるクレア。

噛み切るのにやや苦戦しているウル。

知識面でも成長を実感しているブル。

 

「一応報告しておきましょうか。次の都市に着いたらだけど」

「そうだな…とりあえずそうするか」

 

今は連絡手段がないために後回しにする二人。

焼けた肉は片っ端から食われていくため、またせっせと焼き始める。

二人が食べられるようになるのは、まだまだ掛かりそうだった。

 

 

 

 

「むふー」

「おぉ…なんか弾けそうだな」

「随分食べたわね」

「丸くなったねー」

 

日が落ちかけて、辺りが徐々に暗くなってきた。

思う存分肉を食べたウルは満足しきっており、今はブルを椅子代わりにデロンと伸びている。

三人から代わる代わるお腹を突かれても気にならない程緩みきっていた。

ウルのぽよぽよにクレアがだんだん夢中になってきている。

ルサルナがそのまま野営の準備を始めた。

 

「む、う、お」

「癖になる感触…」

「クレア、ウル頼むわ。片付ける」

「えっ」

「いいの?ふへへぇ…ウルちゃーん」

「うぇぇぇ…」

 

ルサルナだけに任せるわけにはいかず、すっとウルを差し出すブル。

ニンマリとウルを抱っこして撫で回すクレア。

まさかの生贄に大きな衝撃を受けるウル。

 

ブルに手を伸ばすも、それは届かない。

 

 

「ウルといても良かったのよ?」

「いや、流石にな…」

「ふふ、ありがとう」

 

ブルにルサルナが寄り添い、ほんのり甘い空気が流れる。

ウルからはジメジメした空気が流れている。

クレアはそんなもの意にも介さない。

 

ウルの目が何かを諦めたものに変わった。

 

 

 

「ウルちゃん機嫌直してよー」

「よしよし、悪かったよウル。ごめんな?」

「がるる…」

「すごく怒ってるわね…」

 

べっとりとブルの胸元に張り付くウル。ぎゅっと服を握り締め離す様子がない。

差し出したのはブルなのだが…

 

どうすっかなー、とブルは撫でながら考えている。

ウルに構おうとするクレアを押し退けながら。

 

そんなことをしていると胸元に違和感。

目を向けるとよだれを垂らして寝ているウル。

 

「これは……天使?」

「馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ」

「寝るの早すぎじゃん、おもしろ」

 

突然の天使降臨に打ち震えるブル。

対応する二人は慣れたものだ。

 

「ところでルナ姉、まだ次のとこ着かないの?」

「後三日くらいで着くはずよ…何もなければね」

「何もなければ、か」

「そういうこと言うと何か起きちゃうんだよね…」

 

 

 

 

 

言霊というものがある。

 

言葉には神秘的な力があり、発した言葉の通りに物事が起きるというのは、広く信じられていることだ。

魔法も出来ると強く信じ、念を込めて発した言葉により生まれたと考えられている。

 

実際、言葉にすることで無意識的に言葉に沿った行動を起こしたり、些細なことでも意識してしまうことになり、言葉通りになったと考えることがある。

 

言葉には何かを動かしたり、引き寄せる不思議な効果があるのだ。

 

 

翌日の日が真上に上がった頃、一行は魔獣に襲われる若い男女を助ける。

大袈裟なほどに感謝する男女は、お礼をさせてほしいと一行をとある村に案内した。

 

とても穏やかで、村人は皆笑顔を浮かべる、子供が一人もいない小さな村に。

 

 

 

 

柔らかい笑顔を浮かべた若い男女がブル達に声をかける。

 

「旅人さん、歓迎しますよ。名前もない小さな村ですが…どうぞゆっくり、していってください」

 

 



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宗教と暴力と教育の話

 

「絶対ヤバいじゃん。何かぷんぷん臭うって。これじゃそこらの悪人の匂いが花の香りに感じちゃうよ」

「俺には欠片も脅威を感じねぇが、ウルがこうだしな…」

「あなたの感覚は壊れてるのよ」

「……」

 

ブルとルサルナの手を引っ張り、入りたくないと駄々を捏ねるクレア。

何かしらの危険を一切感じ取れないブル。

漠然とした何かを感じているルサルナ。

ウルはブルに縋りつき、置物のように固まっている。

 

「皆さん、あちらの家を使ってください。あそこは客人用で綺麗にしていますから、すぐにでも休めますよ」

「夜にはおもてなしさせていただきますから、それまで自由にしてくださって大丈夫ですよ。小さな村ですけどね、ふふっ」

 

ブル達の会話がまるで聞こえていないのか、変わらない笑顔で案内をする男女。

クレアは足先から這い上がるような何かを感じた。

 

「まぁ、とりあえず休ませてもらおうか」

「そうね、せっかくだしゆっくりさせてもらいましょう」

「はぁー、やだなぁもう…」

「では、ごゆっくりどうぞ…」

 

笑顔の男女に見送られ、家に入る一行。

中は隅々まで清掃が行き届き、ざっと見たところ不審な点はない。

クレアは安心できないのか、棚や置物など目につく物全て点検し始めた。

 

「ウル、何か感じるのか?」

 

ベッドに腰掛けたブルはウルに話しかける。

ウルはずっと固まったように動かない。男女を助けた辺りから続いている。

ブルはこの様子から、クレアが言うことは正しいのだろうと感じていた。

自分は一切危険を感じていないが。

 

「…きもちわるいの」

「気持ち悪い?」

 

小さな声でウルが呟く。僅かな物音でもかき消されそうな小さな声。

ブルが聞き返す。

 

「いやなのがなにもないの。でもあたたかくない。きもちわるい…」

「嫌なの…温かくない…?」

 

嫌なものがないのなら悪いことじゃないのでは、とブルは思う。

しかし温かくないというのは分からない。

 

クレアが口を開く。

 

「そう、そうだよ…ちっとも敵意も、警戒も…何もないんだ。でもなんか、同じ人として見ていないような…」

「人として見ていないね…」

 

ゴソゴソとそこらを漁りながら、クレアが言う。

ルサルナは漠然と感じていた何かが、そういうことなのかと考える。

 

「警戒はきっちりしましょう。ブルの感覚は役に立たないわ。私とクレアがしっかりしないと」

「珍しく役立たずだね」

「お、おぉぅ…」

 

ルサルナとクレアの口撃に、ブルは横になった。

ウルをしっかり抱きしめて、もそもそと毛布の下へ潜り込んでいく。

 

「とりあえずおかしなものはないかなー。置いてあった食料とか怖いからまとめてあるよ」

「ありがとうクレア。警戒しておくから、先に休んでて」

「はぁーい」

 

ルサルナは目を閉じ、魔力による警戒を始める。

たまに警戒網に引っかかる者も何ら怪しい動きはなく、監視を受けているような感じもない。

おかしな点が見当たらないことが、余計に怪しく感じる。

 

そういえばと、ルサルナは思い出す。

 

数十人程度の小さな村だが、村人の年齢はそこそこ若い。

なのに一人として子供を見ていない。

旅人を警戒して家から出ないようにさせているのか、それとも…

それに村に案内するのであれば、長にも一言くらい挨拶はするだろうと思う。

絶対という訳ではないが、それすらも怪しく感じてしまう。

 

子供の姿が見えないことには特に不安を感じる。

ウルはもちろん、クレアもまだ成人していない子供だ。

 

戦闘はブルがいればなんとかなる。

そのためにルサルナは全力で警戒を行う。

ブルの感覚が機能しない現在、ルサルナの気合は漲っていた。

 

 

 

特に何もないまま時間は過ぎる。

 

「何も、なかったわ」

「うん…あの、ルナ姉?…お疲れ様」

 

ルサルナは肩を落として交代する。

なんだか気の毒な様子にクレアは言葉が詰まる。

 

絞り出された言葉にルサルナは横になった。ガッツリ寝始めたブル達にしれっと寄り添っている。

 

「あ…ゆ、ゆっくり、休んでね…?」

「うん…」

 

何もなかったし、何も分からなかったルサルナは気遣いですら傷を負う。

クレアはもそもそと毛布に潜り込んでいく姿を見送り、ため息を吐いた。

 

 

天井を見上げ、ぼやく。

 

「あぁもう、嫌だ嫌だ…」

 

クレアは良くないものを嗅ぎつけている。

裏側には臭う奴らはたくさんいたが、それらと違う異質な臭いがする。

 

「臭うなぁ…ほんと…」

 

こっそり外の様子を見る。

談笑する人、何か作業する人、どこへ行くのか歩いている人。

誰もが穏やかな顔をしている。

 

「何なのよ…気持ち悪いなぁ」

 

敵と考えれば、見た村人の誰も強そうには見えない。 

しかし得体の知れない何かが、ずっとある。

 

また、深いため息。

 

「お兄さんもルナ姉も化け物だし、なんとかなるよね…」

 

ルサルナのくしゃみが聞こえる。

クレアは時折外を覗き見ながら、ざわざわする気持ちを押さえつけていた。

 

 

 

 

「お兄さん、ルナ姉、起きて。迎えが来たみたい」

「あれ?私寝てた…?」

「んぁ…あぁ、ありがとな…」

「ふみゅ…」

 

クレアは熟睡していた三人、いや二人を起こした。

ウルはまぁいいかと寝かせておく。

 

コンコンと扉を叩く音。

 

クレアが警戒しつつ扉を開ける。

案内をしてくれた男女が笑顔で立っている。

 

「こんばんは、ゆっくり休めましたか?」

「おかげさまで」

「それは良かったです。お礼の準備が出来ましたので、案内しますね」

 

男女はそのまま振り返り、歩き出す。

ブル達は顔を見合わせ、その後についていく。

 

案内された先は村の広場。そこには机が並べられ、様々な料理が置かれていた。

その一番奥の席へ誘導される。

 

ウルの鼻がぴくぴくと動く。

 

「んぃ…ごはん…」

 

寝ぼけ眼を擦りながら、体ごと食事に吸い寄せられるウル。

ブルはウルの手が届かないように、そっと抱え直している。

 

それを見たルサルナは安堵のため息を漏らし、クレアの方を見る。

クレアは置かれている飲み物を口をつけている。

 

……飲んでる?

 

 

「クレア!あなたなんで!」

「ルナ姉、これやってるよ」

 

クレアは口に含んだ飲み物を吐き捨てる。

微かに混ざる匂いに覚えがあり、感じた味はそれを間違いないものだと確信させる。

 

「私って、薬とか毒とか詳しいんだよねー」

 

これは毒だ。体の自由を奪い、眠りに誘う毒だ。

 

「知らなかったなぁ。こんなお礼もあるんだねぇ」

 

柔らかな笑顔を浮かべる村人がいつの間にか増えている。

この状況で敵意も、害意もまるで感じない。

そうするのが当然とでも言わんばかり。

 

「あなた達の善行が、神様のお気に召したのです」

「神様に仕える事が出来るのです」

「何よりも光栄なことなのですよ」

 

「頭の螺子落としちゃったのかな?」

 

得体の知れない何かはヤバい宗教だった。

クレアは村に入ったことを心底後悔した。

 

ブルがおもむろに立ち上がる。

 

「お兄さん、やっちゃうの?」

「やり過ぎないでよね」

「いや待て…こいつらは勘違いしている」

 

ブルの発言にそこはかとない嫌な予感。

いや、曖昧なんかじゃない。はっきりと嫌な予感。

ろくでもないことを始めるのだろう。

 

「お前ら、この子を見て何か思わんか」

 

抱きかかえるウルを村人達に見せつけるブル。

ウルは睡魔と格闘している。

 

「その子がなにか…?」

「可愛らしいお子さんですね」

 

村人達に疑問が浮かぶ。

 

それがなんだ、と。

 

「そう、可愛い。しかしそんな一般常識なぞ聞いちゃいねぇんだよ。ウルが可愛いのは日が昇って沈むくらい当たり前のことだ。そうじゃない。そんなことじゃあ、ない」

 

始まった。そう思った。机の料理を端に追いやり、保存食と飲み物を取り出す。

 

ゆっくりとブルが村人達、最初の男女へと近づいていく。

 

「おいお前。何か述べろ」

「え、いや…何を…?」

 

問われた男は戸惑う。この男は何を言っているんだ?

 

ブルは躊躇なく胸ぐらを掴み、小石を扱うかのように軽い動作で放り投げる。

男は悲鳴とともに人垣の外へ消えていく。

戸惑いのない暴力に村人達から笑顔が消える。

 

女の方を見るブル。

 

「あなた何をっ!」

「次はお前だ。述べろ」

「ひっ、あ、ぁ…あああぁぁぁ!」

 

消えていく。苦痛に呻く声が増える。

同じ事がそれから三度。

後ずさる者、腰を抜かす者が現れる。

 

 

「おいおい、俺はただ聞いてんだよ。この子を見てどう思うかって」

「た、ただの少女じゃないですか!」

「それが何なんですか!」

 

村人の誰かが叫ぶ。

 

「ただの少女?違う…」

 

「天使だろうが」

 

一同、脳の処理が追いつかない。

本当にこの男は何を言っているのか。

 

「天使とは神の使い。神の心を人に伝えるために現れる。その天使が俺達とともにいるということは、わざわざ神のもとへ行く必要はない。おいお前、理解できるか?」

「いや…何を言ってひぶっ!」

 

容赦のない平手打ちが炸裂する。

首ごと持っていかれそうな衝撃。

鳴り響く音にウルがびっくりして目を覚ます。

 

「理解できるか?」

「ひ、はい!分かります!」

 

振り抜かれた平手が返ってくる。

予想外の衝撃に失神する村人。

ウルは煩いのでルサルナの膝の上に避難した。

 

「取り繕っても無駄だ。後、逃げようとしても無駄だ。ルサルナ」

「はいはい」

 

取り囲むように生える石壁。逃げ道はない。

村人達の目から希望が消える。

 

「お前らに大事なことを教えてやる」

 

平手打ちの構え。

 

「神様よりウルの方が尊い」

 

響く何かが破裂したかのような音。ついでに悲鳴。

それらを肴に保存食をもそもそ食べる三人。

 

「神の使いなのに神より尊いの?」

「何も考えてないわよ、ブルだから」

「かたい…ぱさぱさ…」

 

暫く悲鳴と破裂音は止まず、ルサルナとクレアはどうでもよくなり、家に戻った。

 

家を一応土壁で囲い、聞こえてくるあまり良くないものを子守唄に三人は横になった。

 

夢見はとても悪かった。

 

 



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解決には暴力が最適という話

 

 

多くの人が空を見上げている。

その全てに共通しているのは、祈っていることだろう。

 

膝を付き、棒立ちで、ひれ伏して。

思い思いの格好で、それぞれが祈りを捧げている。

 

空は分厚い雲で覆われているが、ある一点から光が差し込んでいる。

その光に乗るように何かが降りてくる。

 

近づいてくる姿に目を凝らす。

 

人、だろうか。

人のような形の何かが、何かを抱えて降りてきている。

祈りを捧げていた人々が歓呼の声を上げる。

 

「神が降臨なさるぞ!」

「あぁ…神よ…!」

「救われる、我々は救われるんだ!」

 

焦点の合ってないような目で、降りてくる何かに熱狂する人々はなんとも悍ましい。

 

ぞっとしつつ、降りてくる神やらに再度目を向ける。

いつの間にか随分と近くまで降りてきていた。

 

見覚えがある姿。毎日見ているような…

 

 

というかブルだった。

ご丁寧にウルを抱っこしている。

お眠なウルを見せつけるように空から降りてくる。

 

周りの熱狂と意味の分からない状況についていけず、気が遠くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで!?」

 

がばっと布団を跳ね除け、ルサルナが起き上がる。

自分の現状に混乱し硬直する。

 

「ぅぅぅ…」

「ふへへ…」

 

すぐ近くから唸る声とだらしない声。

ウルとクレアが眠っている。

いつぞやのようにウルを抱きしめて眠るクレア。

ウルは非常に寝心地が悪そう。

 

固いからか、急に布団を跳ね除けられたからか、唸るウルは明かりを避けるようにもぞもぞと体をくねらせている。

 

「はぁ…夢かぁ。……夢で良かったわ」

 

あんなのが崇められるようになれば、世界は暴力で満たされるだろう。

 

ウルを崇めなければ死ねとか普通に言いそう。いや、それは今もあんまり変わらないか。

 

この世の終わりのような夢を見たせいか、あんまり眠れた気がしない。

そうして改めて周りを見ると、ブルがいないことに気づく。

 

悲鳴も、平手打ちの音も聞こえない。

どうやら夜通しではなかったらしい。

 

そういえば家の周りを土壁で覆っていた。

高めに生やして、ついでにところどころ棘も生やした嫌らしさ満載の土壁だ。

 

もしやそれでブルも登れなかったのだろうか。

それはちょっと、ほんの少しだけ悪いことをした気がしないでもない。

 

ルサルナは外に出ることにした。

 

土壁の一部を元に戻し、ぐるりと周りを見て回る。ブルはいない。

 

そのままブルを探そうかと考え、僅かに声が聞こえることに気づく。

会話をしているような感じではない。

向かった先にはブルと村人達、それから家ほどある大きさの馬鹿デカいトカゲ。

 

「ブル…あなたそれ…」

 

少し震える声でルサルナが尋ねる。

 

「ルサルナ、起きたか。このトカゲがこいつらの神様のらしいぞ。トカゲ風情がウルより尊いなんて馬鹿らしいからぶち殺してやったが」

 

ブルは何でもないように語る。

村人達は啜り泣いている。

 

「ブル、あなたそれ…地竜じゃないの…?」

「地竜…?ただのトカゲじゃねぇか」

 

ルサルナは頭を抱える。

 

確かにデカいトカゲと言える見た目をしているが、格が違う。

竜と呼ばれる魔獣は数は少ないが、基本的に強い。

 

力強さも、しぶとさも随一である。

火を吐いたり、空を飛ぶものもいる。

 

地竜は空を飛んだり火を吹くことはないが、力としぶとさは尋常ではない。

 

「とりあえず、竜の素材は高く売れるから…解体しましょうか」

 

まぁブルだしそういうこともあるだろうと、ルサルナは思考を放棄した。

ルサルナの言葉に啜り泣くことすら止め、絶望する村人達。

 

「悪魔だ…悪魔がいる…」

「神様…!」

「お前ら、文句あんのか?」

 

ぼそぼそと口にする村人達にブルが一言。

 

「いえ、なんでもないですぅ…」

「ウル様万歳…」

 

腫れ上がった顔は、涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになっている。

口々にウルを讃えるその様子に、ルサルナはドン引きする。

 

「昨日はまともなもん食えてねぇし、早くバラして肉食うか」

 

村人達は思う。神様はいない。

あるのは理不尽な現実だけだと。

 

その後に振る舞われた肉は非常に美味だった。

 

 

 

 

 

「美味しそうなお肉!」

「にぃー…」

 

地竜を解体しつつ、村人に肉を焼かせていると、ウルとクレアが起きてきた。

 

クレアに抱きしめられているウルから救助を求める視線を感じる。

クレアにも解体を手伝わせることにすると、ウルはブルの背中に避難してきた。

 

「おはようクレア。こっち手伝ってね」

「えぇぇ…起きたばっかなのにぃ…」

「ウル、よく眠れたか?」

「びみょう…」

 

ウルはまだ眠そうにしている。やはり同じ固いでも寝心地は違うらしい。

 

「天使様、こちらをどうぞ」

 

腫れ上がった顔の村人から飲み物と焼いた肉が差し出される。

ウルはぷいっと顔を背ける。

 

「クレア、出番だ」

「待ってました!…んぐんぐ、ふぁいひょうふ!」

「飲み込んでから喋りなさいよ…」

 

ブルの言葉に飛びつくクレア。

毒見のはずが食べる手が止まらない。ついでに飲む手も。

腫れ上がった顔のために分からないが、村人は複雑な表情をしているはず。

 

大丈夫そうな様子にウルも物欲しそうな視線を向ける。

 

「ウルちゃん、あーん」

「あー、んむ…」

 

クレアから差し出されるお肉にたまらずぱくつくウル。

焼いただけのお肉が非常に美味。ほっぺが落ちそう。

 

結局クレアは食べることに夢中になったために、ウルと一緒に食べさせる。

ウルはブルの背中から離れないので、その横で。

 

そのうち解体も終わり、ブルとルサルナも食事を始める。

ウルはブルの膝の上、クレアはルサルナの隣で満足そうにお腹をさすっている。

 

「バラしたのはいいけどよ、こんな大量なのどうする?」

「荷台でも貰って運びましょ。生贄にしようとしたのよ、そのくらいしてもらいましょう。」

「なるほど、確かに。おい、聞いてたか?」

「は、はい!聞いてました!しかし、その…すぐに用意できるのは馬車だけでして…」

「馬なんかいなかったよねー?」

 

クレアの指摘に俯く村人。

非常に言いづらそうな村人にブルの視線が突き刺さる。

思い出される平手打ち。

 

「い、以前、村に来た行商が、その、神…魔獣に食べられてしまい…」

「で、馬車は貰ったと?」

「は、はぃ…」

 

恐らく生贄にしたのだろうが、まぁ過ぎたことはどうでもいい。

その馬車が使えるのならば貰うことにして、ブルは神様だったものを頬張った。

 

とても旨い。

 

 

 

首尾よく手に入れた馬車に乗り、一行は村を出る。

馬車の大半は地竜の素材でいっぱいになっているので、ルサルナとクレアは操縦席に座っている。

 

「やっぱり何か起こるんだよねー」

「まぁいい素材も手に入ったし、馬車も貰えたしいいんじゃない?棚ぼたよ、棚ぼた」

「お兄さんが馬になってるけどね…」

 

クレアは見る。

まるで荷車を引くように軽々と引っ張るブルを。

 

ウルは御者のようにブルの肩に座り、鼻歌を歌っている。

 

「でもまぁ、一つ勉強になったよ」

「勉強になること…?暴力しかなかったような…」

 

クレアの言葉に疑問しかないルサルナ。

 

今回はよく分からないままに、よく分からない解決をしてしまった。

圧倒的な暴力は全てを解決することを改めて学んだのだろうか。

 

「確かに暴力だけどさー。」

「暴力なのね」

 

そこを学ぶのは切実にやめて欲しい。

 

「今回みたいな訳の分からないこと言ってくるやつにはさ、こっちも訳の分からないこと言って、理不尽な暴力振るえばなんとかなるってこと」

「お願いだからそんなこと学ばないで…」

 

ルサルナは胃が痛くなった。

 

徐々に暴力的な思考が皆に広がっている。

自分も最近そんなふうに考えることもあるが、それは何か大切なものを捨ててしまうような気がするのだ。

 

クレアはもとよりブルに近い性質なのだが、ルサルナは思い出したくないらしい。

 

ルサルナは空を仰いだ後、静かに目を閉じた。

 

 

 

次の都市まで、後二日ほどである。



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見つける話

 

 

「お、見えてきたな」

 

馬車を片手で牽引する非常識な男、ブル。

もう片方の腕には日差しが気持ちいいのか、お昼寝するウルが抱えられている。

 

「んー…やっとついたぁ。いやぁ疲れたねー」

「存分にゴロゴロしてたじゃない」

「お前にもこれ、引かせてやろうか?」

「疲れたのは気のせいだったみたい」

 

思う存分だらけていたクレアは、大きく伸びながら寝言を言っている。

確かに長旅や野営とは疲れるものだが、目の前でひたすら馬車を引っ張っているのを見ると、そうも言えない。

 

ルサルナとブルの言葉に、物理的に寝かせられかねないと素早く掌を返している。

 

「あ、そ、そうだ!今回の都市は何が有名なの?」

 

とりあえず話題を変えなければ、何かされてしまう。

そう思ったクレアは都市について聞いた。

 

「あー、何だったか…」

「芸術よ、芸術。芸術の都アールって呼ばれているわね」

「え゛っ…」

「あぁそうだ。芸術だったな。」

 

クレアは思う。絶対つまんないじゃん、と。

ブルは興味がなさすぎて覚えていなかった。

ルサルナは二人の様子を見て、ため息を吐いている。

せめてウルは興味を持ってほしいなと思っている。

 

ウルはまだ起きる気配はない。

 

 

 

 

 

「おー。」

「あっちもこっちもそっちも絵画だとか、彫刻だとか…音楽もやけにお堅いのばっか…」

 

都市に入ってそうそう、クレアはげんなりとしている。

ウルは都市の喧騒で起き、暫くぼぅっとしていたが、物珍しさからかキョロキョロと辺りを見渡している。

 

この都市の人々はそこら中で絵を描いていたり、小さめの彫刻売ったり、何か演奏していたりしている。

 

「今なら、少しくらいは楽しめそうな気がする」

「あなたにもそんな感情があったのね…」

 

ブルもウルと同じく、辺りを見渡している。

以前は騒音とゴミに溢れているように感じたが、今では何か意味のあるものだと感じられる。

 

そんなブルに、ルサルナは思わず本音が漏れる。

ゴミとか騒音とか思っていそうだったので。

 

「全てウルのおかげだな」

「にぃ、どうしたの?」

「ウルに会ってから良いことばっかり起きるなって思ってな」

「えへへ、おんなじだね」

 

本当の親子よりも仲睦まじく見える二人。

周囲もなんだかほんわかとしている。

 

何を描こうか、何を彫ろうかと迷っていた一部の人は、その光景に閃きを得て猛烈な勢いで作業を始めた。

 

それらはまだ題名は決まっていないが、きっと愛の名が付くものになるだろう。

 

 

 

 

「あれ、なんだろ…すごくきになる」

 

そうして一行はまた散策を始めていたが、ウルがあるものを見つけ、それに強い興味を示した。

 

視線の先には建物と祠のようなもの。

 

その建物は他に比べて古びており、歴史を感じさせる。

祠のようなものの中には戦士を模した石像があり、同じく古びているように見える。

 

「見に行くか」

「あんな建物あったかしら…」

「はぁーい…」

 

ウルに全肯定のブルは欠片の迷いもなく向かう。

クレアは時間の経過とともに、ますます元気がなくなっている。

 

建物に近づいた一行は、古びた石像の土台に文字が刻まれているのに気づく。

 

「名もなき男、か。すげぇ雰囲気あるな」

「かつて恐るべき脅威に立ち向かった者…実話から作られているのかしら?」

 

土台にはその石像の名と、一文だけが刻まれている。

 

「のっぺらぼうじゃん。こんなに細かいところまで彫られてるのに」

「確かに…近くで見ると印象が全然違うわね」

 

石像は細かなところまで彫り込まれてが、顔だけがない。

武器や鎧の装飾まで彫られているため、より一層違和感を覚える。

 

ウルは感じるものがあるのか、じぃっと石像を見ている。

 

「気になりますか?」

「ひゃっ」

「あはっ、ルナ姉可愛い〜」

「う、うるさいわね」

 

建物から現れた男の低い声。

可愛らしい悲鳴。熱心に見ていたルサルナのもの。

クレアがとてもにやにやとしている。

 

「あなた方が熱心に見ているので気になりまして。良ければ中に入ってみませんか?その石像に関連したものもありますよ」

 

「ウル、どうする?」

「みたい!」

 

うずうずとしていたウルは即答する。

全ては大天使の心のままに。ブルは迷いなく一歩を踏み出した。

 

「行くよね…だと思った」

「全肯定よね、ほんと」

 

クレアもルサルナも慣れたもの。

興味をそそられないクレアは嫌そうな顔で呟く。

ルサルナはそれに返事しつつ、さらっと中へ入っていった。

クレアは一人待つのもなんだしと、重たい足取りで中へ入っていった。

 

 

 

「おー。思ったより面白そうかも」

 

遅れて中に入ったクレアから言葉が漏れる。

中には大事そうに飾られた様々な物が置かれている。

 

彫刻や絵画、本、武器防具。

どれもこれも古びているが、丁寧に手入れをしているのだろうことが分かる。

 

ウルはブルから降りて、興味深そうにそれらを眺めている。

ブルはその後方で腕を組み、うんうんと頷いている。親のような面構え。

ルサルナはちゃっかりブルに寄り添っている。妻面している。

 

よくある光景を無視して、飾られている武器に真っ先に近づいたクレアは気づく。

 

「これって、外の石像の武器に似てるね」

「それは実際に使っていたとされるものですよ。まぁ模したものでしょうが」

「ふぅん、こんな大きなのをね」

 

クレアの言葉に男が返事をする。

 

大きな剣だ。大の大人ほどの長さがあるだろう。

刀身の幅と厚さもかなりのもの。実際に使うとすれば尋常でない筋力を必要とするのが容易に想像できる。

 

「そんな昔話聞いたことないんだけど、ルナ姉は知ってる?」

「私も知らないわ。もしかしたら爺様が知っているかもしれないけど、聞いたことはないわね」

 

クレアはルサルナに聞くも、知らないよう。

ブルには期待していない。

 

「有名な話ではありませんから、知らなくても無理はないですよ」

「おじさんはどこでそんなの知ったの?」

「たまたま外の石像を見つけまして…興味が湧いたので調べて探したんですよ」

「もっとくわしいはなしきけるの?」

 

いつの間にか近寄っていたウルが話しかける。珍しく食べ物以外に興味津々。

 

「ええ、もちろんですよお嬢さん。といっても、まだまだ分からないことばかりですけどね」

 

やはり興味を持ってくれるのは嬉しいのか、一段とにこやかに対応する男。

 

「奥に私の作業場があります。よろしければそちらで話しましょう」

 

そう言って奥に歩いていく男。

ウルはカルガモの子供のようについていく。

その後ろをこれまた子供のようについていくブル。

それにしれっと寄り添って歩くルサルナ。

 

「なんか、うーん……いや、普通かぁ」

 

クレアはウルが前を歩く光景に違和感を覚えるが、よくよく考えれば子供が歩き回るのは普通だと思う。

 

常日頃から運ばれている方がおかしいのだ。

クレアは徐々に常識が侵食されていることに気づいていない。

 

首を捻りながら、クレアはついていった。

 



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昔の話

 

作品が飾られる部屋の隅、目立たない場所に扉がある。

室内はやや薄暗く、また大きめの作品が飾られているため、ざっと見ているだけでは見落としてしまうだろう。

 

男はその扉に鍵を差し込み、ゆっくりと開く。

 

「普段私以外入ることがないので散らかっていますが、まぁ気にしないで下さい」

 

その部屋は男が言うほど散らかってはいない。

大きめの机の上に何かを書いた紙や、分厚く難しそうな本が雑然と並べられている程度であった。

 

大きな本棚が目立つ部屋である。作業場というより書斎に近い感じがする。

一応来客用なのか、部屋の隅に簡易の椅子が置かれている。

 

「失礼、少し片付けますね。」

「そちらの椅子を使ってもいいのかしら?」

「もちろ…すいませんね、運んでもらって」

「まぁそのくらいなら」

 

ルサルナが聞いたとほぼ同時にブルは動いていた。

三つ椅子を運び、ウルを持ち上げ、膝の上に乗せた。

もちろん、並べた椅子の真ん中に座っている。

ウルが見やすい、聞きやすいだけを考慮した結果だ。

 

答えようとした男はあまりの早業に言葉を詰まらせるが、冷静に対応している。

クレアはさも当然かのように椅子に座った。

 

「あなたたちね…まぁいいわ」

「少しお待ち下さい。お茶を入れますので」

「ありがとう。ごめんなさい、こんな人達なの」

「いえいえ、構いません」

 

ルサルナだけ返事している。

ウルはそわそわしており、クレアはそんなウルのほっぺを突っついている。

ブルはにこにことウルを見ている。

 

 

お茶も用意され、一息つく。

ウルのそわそわが増している。

 

「待ちきれないようですね。先程も言いましたが、分からないことが多く……これから話すことは創作のように感じるでしょう」

 

男は続ける。

 

「しかし私はある程度本当の事だと思っています。時折見つかりますし、入り口にあった石像や武器防具、書物など…他にもありますが、まずはお話しましょう」

 

 

 

 

 

 

今よりずっと昔、魔獣が今より遥かに多かった頃。

 

ある村に男の子が生まれた。

大きな赤子で、小さい頃から大層力が強かった。

その体はどんどん大きくなり、十を数える頃には大人と変わらなかった。

 

持ち前の怪力で剣を振れば丸太を両断し、槍を突けば大岩に穴を、盾を翳せば何者をも通さぬ鉄壁を誇った。

 

男が成人する頃には、その身の丈はそこらの男より頭二つは大きく、鍛え上げられた筋肉はまるで鋼のようだった。

 

男は村に襲い来る魔獣や野党を全て退けていた。

 

それらが続くと、噂が徐々に広まってくる。

あまりにも強い巨人が住んでいるらしい、と。

 

それを一目見てやろうと、もしくは打倒し名を上げてやろうという人が現れ始める。

 

男は強さになど興味はなかったが、それら全てを受け入れ、打ち負かした。

 

噂がさらに広まると、男の強さに縋るものが現れる。

 

 

どうか、家族を襲った魔獣を殺してくれ、と。

 

 

男は迷ったが、村には男に挑戦しに来た者が多くいたため、村の守りを任せても大丈夫だろうと受けることにした。

 

そうして一つ頷いてしまえば、次から次へと男に頼る者が現れる。

男は一つ受けてしまったからにはと、次々に受けることになる。

 

幸い、村に定住する挑戦者もいたため、村の守りを気にすることはなかった。

 

男は魔獣を根絶やしにする勢いで狩っていった。

 

そういう生活を続けていると噂はより遠くまで伝わる。

どのような魔獣も頼めば殺してくれると。

 

そうして遠方に狩りに行くことも増え、村にいることの方が珍しくなった頃。

 

男が久しぶりに村に戻ると、そこには掘っ立て小屋のような粗末な家だけ。

正確には焼け残ったものも残っていたが。

 

 

男はただ呆然と膝を着いた。

粗末な小屋から人が出てくる。

男を見て驚き、涙を流し、話をした。

 

村にあった家など比べ物にならない巨大な魔獣が現れたこと。

空を自在に飛び回り、火を吹き、皆がなすすべなくやられてしまったと。

 

唯一の生き残りは涙ながらに語った。

 

 

粗末な小屋の中に大事に仕舞われた遺品。

村だった場所に残る巨大な足跡。

 

 

男の瞳に暗い火が灯る。

 

 

男は一晩小屋に泊まると、魔獣が飛び去った方向へ歩きだした。

 

時折見つかる魔獣の痕跡。

それらは大抵、焼き尽くされた村や町だった。

 

それぞれの生き残りに出会うたび、男の火は燃え上がっていく。

 

進むにつれ、男の武器も防具も巨大な魔獣を想定したものへと変わっていく。

 

 

 

そうしてついに、男は魔獣と相対した。

 

それは巨大な龍だった。

男をして首が痛くなるほど見上げねばならない大きさ。

 

男は全てを焼き尽くさんばかりの熱を持って、武器を構えた。

 

 

 

 

 

男は死闘を制した。

それは生死の狭間で踊るようなものだった。

 

男はボロボロの体を引きずり、なんとかある村に辿り着いた。

 

しかし、村人達の手厚い看病の甲斐なく亡くなる。

村人達は男の巨大な武器を墓標にし、男を埋葬した。

 

 

 

 

 

「とまぁ、物語風になりましたが、こんなところでしょうか」

「んー…なんかよくある話ね」

 

一通り聞いたクレアは思う。

よくある昔話じゃん、と。

ウルは終わり方に納得できないのか、なんとも言えない顔をしている。

 

「まぁ確かによくある話だが…」

「えぇ…あなたはこれが本当の話って言ったけど、物以外で調べたっていうこと?」

 

こういう話はいくらでもある。

が、ウルが気になったものであるし、男も何やら調べているようで気になる。

ウルが気になるようであれば、自分達も旅のついでに調べようと思っていた。

 

「もちろんです。この話に龍が出てきましたよね?この龍と思われる亡骸は今も残っています」

「おぉ…!」

「なにそれ面白そう!」

 

ウルとクレアが食いつく。目がきらきらし始めた。

 

「そんなのが残ってんのか?」

「えぇ、龍かは分かりませんが巨大な骨がそのまま。周辺は魔獣だらけなので危険ですがね。この地図を見て下さい」

 

男が地図を広げる。

 

「今、我々はこの町にいます。その亡骸は、概ねこの位置。ちなみに剣や防具を見つけたのが、ここ。ほとんど残っていませんが、過去に人が生活していたであろう痕跡も残っていました」

「これ、かなり遠いわね…」

 

昔に比べても、道は整備されており進みやすい。

それでもかなりの長旅になることは予想される。

 

「よくそんなの調べたね」

「気になって仕方がなかったものですから」

「ウル、危ないのは気にしなくていい。行きたいか?」

 

ブルがウルに聞く。答えはなんとなく分かっている。

 

「ん、いきたい!」

 

やっぱり。

皆そう思った。

 

「じゃ、当面の目的地はそこだな」

「そうね。まぁ急ぐことないし」

「この町は早く出たいんだけど…」

 

ウルの頭を撫でながら、ブルとルサルナが話す。

クレアはついでに町を出たい。

 

「そう言わないの。ちょっとは芸術にも関心持ちなさいな」

「やだなぁ…」

「とりあえず、宿に戻るか。あんた、ありがとうな」

「えぇ、構いませんよ。あ、私、グリンと言います。お時間ありがとうございました」

「またくるね」

「はい、お待ちしております」

 

軽く挨拶を交わし、男、グリンと別れる。

建物から出ると、日が沈みかけている。

 

「…あっ」

「あはっ!可愛い鳴き声じゃん!」

 

ウルのお腹が思い出したかのように鳴き始める。

クレアがウルをからかう。

 

「早く食べ物を探さねば…!」

「急がなくても死なないわよ…」

 

ブルが過剰に反応し、ルサルナが呆れたように言う。

 

すっかりいつも通りに戻った一行は早歩きで宿屋を目指す。

 

 

今、大事なのは旅ではない。

ご飯が最優先だった。

 

大抵優先されているが…



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必勝法の話

 

「うむむ…」

 

本日のウルはお勉強…ではなくちょっと難しい本を読んでいた。

グリンが製本したものだ。

この男、手広いにも程がある。

 

うにうに唸りながら絵本を読むウルに差し出される焼き菓子。

 

「うむぅ…ぅ?はむっ」

 

食いつくウル。もはや条件反射。

差し出したブルはにっこり。

 

「ひまぁ…ひまひまひまー…」

 

物憂げな表情で窓の外を見るクレア。

整った容姿もあいまり、どこぞのご令嬢のようにも見える。

その口からは呪詛のように同じ言葉を垂れ流しているが。

 

呪いを垂れ流す口元に差し出される焼き菓子。

 

「ひまひまひまひまぅぐっ」

「うるせぇ」

「むぐむぐ」

 

押し込まれる焼き菓子、強制的に黙らされるクレア。

ブルに押し込まれた焼き菓子を美味しそうに頬ぼっている。

 

「ちょっと雑すぎるわよ」

「見てみろ。喜んでる」

 

口いっぱいに焼き菓子を押し込まれたクレアはなんだか幸せそうに見える。

ため息を吐くルサルナ。

 

「一回目はウルと同じで、二回目は押し付けて、三回目は押し込んで…どんどん雑になってるのよ。次は投げつけでもするの?」

「そりゃ楽だな」

「あなたに聞いた私が馬鹿だったわ。まぁあの調子なら喜びそうだけど…」

 

食べ終わったばかりのクレアはニコニコしている。

口の中の余韻がなくなれば、また物憂げな表情で負の念を撒き散らすのだろう。

 

ウルはしっかり食い付きつつ、本とにらめっこし続けている。

 

「ねぇ、ちょっと気晴らし行ってきたら?」

「おう、そうだな。ちょっとそこらで魔獣でも狩ってこいよ」

「あなたも行くのよ」

「ぇ…」

 

この世の終わりだというのか。

小さな声を漏らし、呆然とルサルナを見るブル。

 

「あなたより私のほうが教えられるでしょう?ついでにクレアのこと鍛えてあげなさい」

「……はぃ」

 

ブル、撃沈。ブルの頭では返す言葉が見つけられなかった。

未練がましくウルをチラチラと見ているが、ウルは集中しているために気づかない。

 

「とっとと行きなさい」

「はぃ…」

「おわぁ!ちょっと!女の子を運ぶ持ち方じゃないって!あ、ちょ!?ぬ、脱げる!?」

 

襟首を掴まれて持ち上げられるクレア。流石に異議あり。

そのまま色々すっぽ抜けそうになりながら必死に抵抗する。

残念なことに、決死の抵抗は世の辛さを噛みしめるブルには届かない。

そんな光景を見送るルサルナ。

 

「無情よね」

「むぅ…」

 

ウルは我関せずだった。

 

 

 

 

「それで、出てきたのは良いけどどうするの?」

「どうやら魔獣の素材が楽器やら筆やら、そういう道具に加工するのが人気らしくてな。とりあえず依頼屋行って、なんか受けて狩ろう」

「へぇーいいね。可愛いだけじゃないとこ久しぶりに見せないと!」

「烏滸がましい」

「なんでそういうこと言うの?」

 

あんまりな即答にクレアも真顔になる。

ブルはさも当たり前かのように返す。

 

「可愛いとはウルだけに相応しい」

「言うと思ったよ…ちなみにルナ姉は?」

「あいつは…美人だろ」

 

若干照れくさそうに言うブル。

にやぁっとクレアの口角が上がる。

 

「ルナ姉は美人なんだぁ。じゃあ私は?」

「クソガキ」

「滅さなきゃ」

「おお、可愛がられたいらしいな」

「そんなふうに可愛がられたくないんだけど」

 

この即答にまたもクレアは真顔になる。

すぅっとメイスに手が伸びる。

が、ブルの一言に戦意がみるみる萎えていく。

町中でボコられたくはないかなぁ、と。

 

「待て!そこの男!」

 

クレアがブルと対峙しつつ、大人しく依頼屋に行こうかと考えたとき、クレアの前に躍り出る誰か。

 

「え」

「このような可憐な少女に何をするというのだ」

「あ?そりゃお前、可愛がりだろ」

 

それは捉えようによってはとんでもないのでは?

クレアは素直にそう思った。

 

「この下衆めが…性根叩き直してやる」

「あ、ちょっと待ってよ」

「可憐な少女よ、少しお待ちくだされ。こいつを更生させますのでな」

「あっ駄目だ聞いてくれないやつ」

 

クレアは早々に諦めた。

やり過ぎないようにブルに視線を送る。

 

「ん?あぁ、見取り稽古か。任せろ」

 

違う、そうじゃない。

何ひとつ安心できない勘違いした任せろという言葉に、激しく首を振るも止まりそうにない。

 

クレアはルサルナに怒られる事を覚悟した。

 

「参る…!」

 

そして男が動く。

滑るような動きでブルとの間合いを詰める。

流れるような拳打はクレアなら避けるのがやっとか。

ブルはスルスルと躱し、時折見事に捌いている。

 

思った以上にすごい。

男の実力も高いし、ブルがあんなにきれいに捌くとは。

思わず見惚れるクレアに、周囲の野次馬。

飛んでいた野次が瞬く間になくなり、固唾をのんで見守るようになる。

 

「貴様、その実力があれば皆に貢献出来るはず…なぜこのような下らんことに!」

「俺は俺の好きなようにする。いちいち知らねぇ誰かを助けてられるかよ」

「……そうか、仕方なし。本気で叩きのめしてやろう」

「なら、俺も見せてやろう。クレア、一対一での必勝法を見せてやるよ」

「…え?あ、うん。どうぞ」

 

話はいいから、早く続きを。

クレアだけでなく、野次馬全てが思っていた。

 

「すぅー…ふぅー…」

 

男とブルが互いに構える。

 

男は呼吸とともに力を練り上げている。

一方のブルは構えを解き、だらりと両手を垂らしている。

 

男の圧が強まる一方、ブルからは不自然な程に何も感じない。

 

野次馬もクレアも、音をたてられない。

この勝負を邪魔してはいけないという、奇妙な一体感があった。

 

静かな空間に誰かの生唾を飲む音が響く。

それを合図にしたかのように、男は目を見開き前に出る。

 

まるで消えたかのような速度。

しかしクレアの目は捉えていた。

 

ブルの懐に潜り込んだ男の、寒気がするほどの正拳突き。

クレアの目は確かに当たったように見えていた。

 

「な!?」

「え!?」

 

男とクレアの驚きの声が重なる。

確かに当たったように見えた拳はブルに掴まれ、脇に逸らされている。

 

「これが一対一の必勝法だ」

 

ブルは言うや否や、驚き硬直する男を()()()()()

 

まるで枝を振るように大の大人を振り上げたブルは、その勢いのままに地面に叩きつける。

 

「がっ!」

「これは多人数でも有効なんだ。今のこいつは俺の武器であり、盾だ」

 

抵抗する男をもう一度叩きつける。

案外元気で頑丈である。もう一度。

 

「ちょっ!止まって!お願いだから!!」

「おっと、すまんな。一、二回見せれば十分だよな」

「…?私の認識がおかしいの…?」

 

はっとしたクレアが慌てて止める。

ブルから返された言葉に、空の果てを眺めるような気分にされかけたが戻ってくる。

 

「はっ、そんな場合じゃない!あんた大丈夫!?」

「おぉ、天使が迎えに…吾輩は間違ってなかった…」

「大丈夫じゃん。心配して損した」

 

三回叩きつけられたにしては大した怪我もなく、元気だった。

クレアは唾を吐きかけたのをなんとか我慢した。

 

「とりあえず依頼屋行くか」

「一応これも持って行ってよ」

 

守ろうとした者をこれ扱いとは。

野次馬達はどっちもヤベェやつということを認識した。

 

 

それはそれとして、この後すぐ、今の戦いが脚色されたものが演劇にて人気になる。

 

既に巷では微笑ましい親子の絵が売られている。

 

 

 

ここの住民は、大概たくましいのであった。

 

 

 

 

 



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得意不得意は人によって違う話

 

「いやぁ!吾輩の勘違いであった!申し訳ない!」

「あー…まぁ気にすんなよ。俺は気にしてない」

「いや、というかもう大丈夫なの?本当に人?」

 

引きずるか、置いていくか。

言ったクレアが面倒になり、やっぱり置いていこうと決めるまでの短い時間で男は復活していた。

 

ブルとクレアの様子から、勘違いを悟った男はからからと笑いながら謝罪する。

ブルは気にせず、クレアはそんなことより、けろりとしている男を訝しんでいる。

 

「なはは!丈夫さが吾輩の取り柄でな!」

「声デカいよ、小さくできないなら黙ってて」

「失敬。あなたの美しさに、つい大きくなってしまった」

「うわわわわわあ」

「おい、どうした?」

 

にこぉ…と笑みを向ける男に、足先から頭の先まで鳥肌が駆け回るクレア。

大きくなったのは声だけだと思うも、一応見えないようにブルを盾にした。

あんまり聞いていなかったブルはよく分からず、困惑している。

 

クレアは見ないようにするだけでなく、出来るだけ見えないようにもすることにした。

実際そんなことなくとも、なんだか視線も声もねっとりしているように思ってしまったのだ。

 

 

 

 

「おらああぁぁ!」

「なんだか気合入ってんな…」

 

さらりと依頼を受け、ついて行きたそうな男を無視して町の外に出た二人。

ブルお得意の感知で魔獣を見つけると、クレアは雄たけびとともに襲いかかった。

何も知らないものが見れば、どちらが獣か分からない。

 

クレアは鬱憤が溜まりに溜まっていた。

旅で思う存分暴れられないことも若干ある。

 

町の雰囲気もそうだ。

芸術だのなんだの面白くない。音楽だってあんな堅いのばっかりでつまらない。

 

しかしそれ以上に、自分の自慢であった魔法が全く効かない魔獣との戦闘や、生理的にちょっと無理そうな男とブルの小競り合いのことだ。

 

自分の未熟さを、これでもかと叩きつけられた気持ちになった。

ついでにねっとりと何がが絡んでいる気がして、それを振り払いたいのもあるが。

 

とにかくクレアの鬱憤は八割、いや七割ほど悔しさからきていた。

 

「はぁ…はぁ…んぐっ、ふぅー…」

「うし、お疲れさん。水飲むか?」

「ふぅ…ありがと」

 

いつもと違う様子にブルも気遣う。

クレアはまだ少し息が乱れているが、水を受け取り一息つく。

 

「そういえばさぁ、あの男の一撃流したのってどうやったの?」

「あれか?まぁこうきたやつをこうやって」

「あ、ゆっくりでいいから分かりやすくお願い」

「えぇ…?」

 

分かりやすいと思うんだけどな、とか思いつつ、ブルは考える。

 

動きと言葉で説明する?自分でやったことを分かりやすく…やっぱり、これしかない。

 

「こう…殴りかかってきたのを横から掴んで曲げた」

「化け物じゃん」

 

ブルはだらりと垂らした腕をゆっくり動かし、何かを掴んで横に逸らすように動かす。

クレアの本音が零れ落ちた。

 

あの最後の攻防、クレアの目には当たったようにしか見えなかった。

この化け物のことを信じると、当たるか当たらないかの直前で腕を掴み、強引に逸したことになる。

この動きはクレアにも見えなかったし、対峙した男の反応的にも何が起こったのか分からなかっただろう。

 

技術の欠片もない圧倒的な身体能力によって行われたもの。

猪を受け流したのとは、まるで対極。

 

結局、有り余る力は技術を凌駕するのか。

そんなことをクレアは考えた。

 

これを目指すなら、ルナ姉に魔法を教わったほうが明らかに有意義。

それはそれとして盗めそうなものは頑張ろう。

 

クレアは前向きだった。

 

 

 

 

「おぉ!帰られたか!」

「ひぇ…」

 

そこそこに鬱憤を晴らし、必要な分を狩った二人は戻ってきた。

依頼屋に入った途端にかけられる声。

クレアから小さな悲鳴が出る。

 

「なんだ?お前ずっと待ってたのか?」

「いや!偶然である!たまたまこちらに寄ったところよ!」

 

また声が大きくなっている。

クレアはそっとブルの影に隠れた。

 

「可憐な少女よ、無事であるか?」

「ひぇぇぇ…」

 

覗き込むように見てくる男に、ゾワゾワと鳥肌が立つ。

やっぱりなんだか、ねっとりしているような気がする。

 

「すまんな、こいつは人見知りだからよ」

 

ブルがクレアの様子を見て気を遣う。

すっと男の視線から隠すように体を動かし、話す。

 

「む、そうであったか。それは申し訳ない。詫びに食事でも、と思っていたが…」

「無理無理無理無理生理的に無理…」

「悪いな、こいつはそういうの苦手なんだ。また縁があればな」

 

小刻みに震える体に、ブルにだけ聞こえる本気の拒否。

ブル、渾身の気遣いを発動する。

 

「仕方なし…縁が、あると良いな」

「あぁ、そういうことにしてくれ」

 

さっさと報告し、ウルとルサルナのもとに帰りたい。

ブルとクレアは過程は違えども、同じ事を思っていた。

 

 

「にぃ!」

「あら、どうしたの?まるでウルが二人になったみたい」

「いや、まぁ…なんて説明すりゃいいんだか…」

 

ブルは飛びついてきたウルを片手で抱き上げ、もう片手に顔色の悪いクレアを引っ付けている。

 

べったりなところだけを見れば、ルサルナの言ったようにも見える。顔色は悪いし、若干震えているが。

 

「や、ヤバい奴いたの…生理的に無理…」

「ブル、何があったの?」

 

ただ事ではない感じを受け、ブルに説明を求めるルサルナ。

ウルは様子のおかしなクレアを上から突っついている。

 

かくかくしかじか、ブルはあったことを説明する。

クレアは早々にルサルナに抱きついて無言。

 

「んー、まぁなんとなく?分かったような…とりあえずこの子がこんな調子だし…」

「俺には分からんが、何か感じるものがあったんだろう。とりあえずさっさと宿に戻って、飯食って休もう」

「ごはん!くぅねえもごはんたべたらげんきでるよ?」

 

ウルの言葉に小さく頷くクレア。

ルサルナに引っ付いたまま、ご飯を食べ、眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、宿屋にて。

 

「やぁ!奇遇であるな!」

「もういやぁ…」

 

 

 



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身内の為に怒る人は怖いという話


大体2000〜3000文字を目標で書いてますが、長くなった為に分割しています。



 

目が覚める。

隣のベッドには静かに眠るルサルナ、ちょっと魘されているクレア。

こちらにはデロンと寄りかかるようにウル。時折もそもそ動いている。

 

今日も良い日になりそうだ。

そうブルは思った。

 

 

 

 

「にぃー…てつだって…」

「仕方ないなぁ!」

 

やはり良いことがあった。

最近、ウルが朝に甘えることは少なくなっている。

たまにこうして甘えられると嬉々として飛びつくブルである。

 

「ぅぅ…」

「ほら、寝るのは良いけど離してね」

 

クレアは甘え気味というより弱り果てている。

夢の中でさえも追いかけられ、あまり寝れていなかった。

ルサルナもちょっと可哀想とは思いつつ引きはがしている。

よろよろと名残惜しげに伸びる手がなんと憐れなことか。

 

暫く宙を彷徨った手がポテリと落ちる。

それを見ていたウルが、すっと毛布を被せる。

 

「ぅぅぅぅ」

「……んふ」

 

毛布の中から響く声にウルが吹き出す。

ウルは時々クレアに対して辛辣である。

 

「…嘲笑った?今、嘲笑ったよね?」

「わらってない」

「気の所為…?」

「くふっ」

「笑ってんじゃん!」

「あ、あ、すいこまれる…!」

 

つい笑ってしまったウルを布団の悪魔が呑み込んでいく。

ウルもきゃーきゃー笑いながら抵抗するが、あまりに非力。

 

布団の下で暫くもぞもぞと動いていたが、やがて静かになる。

 

ウルを捕獲し、二度寝を決め込んだクレアと、逃げることを諦めたウルは仲良く寝始めた。

 

「今日も良い日だなぁ」

「可愛らしいじゃれ合いよね」

 

子供達のじゃれ合いを微笑ましく見守った二人は、飯でも食うかと部屋から出ていった。

 

 

「やぁおはよう!昨日ぶりであるな!」

 

宿屋の食堂に来た二人は揃って同じ事を考えた。

あ、こういうのあったな、と。

 

食堂には声のデカい男。その隣に見知らぬ女。

ルサルナは知らないが、男の方はきっとクレアの調子が悪い原因だと確信した。

ブルは以前味わった恐怖を思い出して軽く震えている。

 

「お、お前、なんでここにいるんだ?」

「偶然宿屋を変えただけである!偶然な!なはは!」

「ねぇブル。この人もしかしてヤバいんじゃない?」

 

明らかに偶然ではなさそうな様子にルサルナも一言。

クレアが起きてきたらどうなるか、それが心配である。

 

「とりあえず、座ったらどうだい?僕は君たちと初対面だからね。自己紹介でもしようじゃないか」

「そういえばお互い名前も知らぬな!なはは!」

 

見知らぬ女が言う。男もデカい声で言う。

ブルもルサルナも、ものすごく気が進まないが、断っても面倒そうなので二人は大人しく席につく。

 

「ごめんね。面倒だって顔に出てるよ」

「いえ、まぁ…」

「面倒に決まってんだろ」

「はっきり言いおる!なはは!」

 

言い淀むルサルナにきっぱりと言い切るブル。

女は苦笑いし、男はからからと笑う。

 

「はは…まぁここまではっきり言われると傷つくね」

「はっきりしている方が良いだろう!」

「てめぇはうるせぇよ」

「これは失敬」

 

ズバズバと言うブル。申し訳なさそうなルサルナ。

ただ二人とも朝一から面倒だとは思っている。

 

「僕はシャル。こっちはジェロ。見えないかもだけど兄妹なんだ」

「確かに見えねぇ」

「ブル!…ごめんね?私はルサルナ、こっちはブルよ。後は二人まだ寝てるわ」 

「まだ寝ているのか…」

 

男、ジェロは残念そう。クレアを早く見たいのだろう。

 

「後二人…その子がジェロの言ってた子ね」

「恐らく!ブルの連れなのであろう?」

「まぁ、そうだな」

「やはり!吾輩の天使…」

 

ルサルナはドン引きする。

ブルという身内も同じ事を言っているが、他人が同じ事を言っていると中々に気持ち悪い。

言われている本人の様子を知っていると尚更。

 

「ねぇ、ルサルナはブルとどういう関係なの?恋人?」

「夫婦よ」

「なんと、そうであったか。つまり彼女はそなたらの娘か?」

「娘というより妹が近いかしら。血の繋がりはないわ」

 

さらりと妻を自称するルサルナ。

 

ブルは何も言わない。

文句はないし、ウルの次くらいに大切思っている。クレアも同様に。

 

「へぇ、お似合いだね」

「ありがとう」

「血の繋がりはないが妹のようなもの…」

 

社交辞令を交わしつつ二人は話す。

ジェロはブツブツと何か言っている。

ブルは興味なさげに朝食を注文している。

 

「後二人は?」

「起きてきたら紹介するわ」

「名前だけでも教えてくれないか?」

「起きてきたらね」

 

先に教えると良くないことになる。クレアからの信頼的に。

そうルサルナは思った。

目線で教えてと訴えられるブルも見ないふりをしている。

 

男はまた残念そうにため息を吐いた。

 

 

「それで、この馬鹿兄ときたら…」

「そんなことが…」

 

朝食も食べ終え、ルサルナとシャルが話すだけとなっている。

ブルは時たま相槌を打つ程度、ジェロはまだかまだかとそわそわしている。

 

ブルが何かに反応し、立ち上がる。

シャルもジェロも何事かと反応するが、ルサルナは分かっている。

 

ウルが降りてきたのだ、と。

 

 

「ルナ姉!お兄さん!おはよー!…え?」

「おなかすいた…」

 

ウルを抱えながら元気よく挨拶するクレア。

お腹が空いて力がでないウル。

 

ウルのお陰で元気が出たはずのクレアは、目の前の光景に呆然とし、抱えるウルを力なく降ろす。

降ろされたウルはすぐにブルに抱え上げられている。

 

「やぁ!奇遇であるな!」

「もういやぁ…」

 

いつかの自分の行動を思い出す。

ルナ姉もきっと嫌だったんだな、と。

 

「そ、その子は…」

 

シャルの目がウルに釘付けになる。

視線に気づいたウルとシャルの目が合う。

 

「ルサルナ、教えてほしい。あの子は…?」

「え…えぇ、あの子はウルよ。もう一人がクレアね」

「クレアと言うのか!名前まで素晴らしい…!」

 

耳聡いジェロ、呆然とウルを見つめるシャル。

 

 

なんでこうも、面倒事が湧き出てくるんだろう。

ルサルナは思った。

 

 

ブルとルサルナの間にクレア、ブルの膝の上にウルが座る。

機嫌良くご飯を食べるウルに対し、中々手が進まないクレア。

 

そんな様子をじぃっと眺めるシャルとジェロ。

 

「そんなに見ないであげて。食べにくそうでしょ」

「む、申し訳ない。あまりの可憐さに目が離せなくてな」

「ぅぇ…」

 

ますます青くなるクレア。

聞こえないていないかのようにウルを眺め続けるシャル。

 

兄も兄だけど、妹もこうなのねと、ルサルナは思う。

 

「ところで、ウルは君たちの子供なのかい?」

「その通りだ」

「その通りよ」

 

即答するブル。いつの間にかパパ面になっている。

流れるように嘘を吐くルサルナ。

 

二人から生まれるならば獣人は有りえないのだが、帽子で獣耳が隠れている為、ぱっと見では分からない。

 

さらりと吐かれた嘘に気づかず、シャルは言う。

 

「娘さんを僕にください」

「ぶっ殺すぞ」

「寝言は寝て言いなさい」

 

机に頭を打ち付けて言うシャル。

反射的に辛辣な言葉を返す二人。

 

「あぁウル、びっくりしたな…よしよし」

 

ウルは頭を打ち付けた音にびっくりしていた。

ブルはすかさずウルを撫でている。

 

「吾輩もクレア殿を嫁に迎えたく」

「絶対嫌!」

 

便乗して声を上げたジェロにクレアが叫ぶ。

 

顔を上げ、二人をきっと睨みつけるように見るシャル。

あまりにはっきりとした拒絶に動揺するジェロ。

 

「そんな言い方はないんじゃないかな?」

「一目見ただけで幼い娘を下さいっていう人に、優しく言葉を返す必要があるかしら?」

「ウル、気にするな。これも旨かったぞ?」

 

「そんなに嫌なのか…?」

「嫌に決まってるでしょ!気持ち悪い!」

 

勃発する言い合い。

 

ウルは目を白黒させている。

ブルは気を逸らそうとウルに話しかけている。

 

やいのやいの言い合いが続く。

ウルはちょっと怖くなってしまい、食べる手を止めブルに抱きつく。

ウルが怖がっていることに苛立つブル。

 

「おい」

 

静かな、それでいて誰の耳にも入り込む声。

 

「ウルが怖がってるんだ。やるなら全員表に出ろ」

 

ルサルナ達だけでなく他の利用者も黙り込む。

 

文句を言えば問答無用で叩き出される。

この男は間違いなくそうする、そう誰もが思った。

 

「ちっ、飯食う雰囲気じゃなくなったな。ウルもクレアも外で食おう。ルサルナ、良いか?」

「…えぇ、問題ないわ。ウル、ごめんね?」

「私も…ごめんね…」

「ん、だいじょうぶ」

 

ウルを抱き上げ、席を立つブルは前に座る二人を睨みつける。

意気消沈した二人を連れ、外に出る。

 

「ルサルナ、クレア、すまんな」

「いえ、私もちょっと熱くなって…」

「私も…」

 

ウルを撫でながらブルは謝る。

あの場はそうなっても仕方ないと思う。

自分もウルがいたから一言で止めたものの、ウルがいなければ同じく熱くなっていただろう。

 

「まっ、とりあえず飯食って、グリンのとこに行こう。ウルもまだ知りたいことあるんだろう?」

「うん」

「そうね、そうしましょう」

 

そうして歩き出そうとした矢先、声がかかる。

 

「待ちなよ、希望通り表に出てきたよ」

「吾輩は傷心を癒やしたいのだが…」

 

シャルとジェロだ。

 

 

「なら出てこないでよ…」

 

はっきり拒否して、さらには罵倒を吐いたのにと、クレアがぼやく。

ブルが面倒臭そうに呟く。

 

「消えろって言うべきだったか」

「僕、欲しいものは何が何でも手に入れたい人なんだ」

「実力行使ってことかしら?」

「穏便に済むならそれに越したことはないね」

 

ルサルナとシャルの間でバチバチと火花が飛ぶ。

 

「クレア…朝飯買ってきてくれ。ウルと二人分」

「はぁい…」

 

気持ち的に疲れ果てたクレアがとぼとぼと歩いていく。

ジェロの顔が、より一層悲しみに染まる。

 

「で?実力行使だったか。出来るとでも?」

「出来る出来ないじゃないよ。やるんだ」

「ブル、私に任せて」

 

堂々と言い切るシャル。言葉はともかく内容は良くない。

ルサルナが前に出る。

 

「やるなら町の外に出ましょう」

「へぇ、言うね。ブルは有名なあの“猪”でしょ?それにくっついてるあなたも大層な実力なのかな?」

「さぁ?けど、娘に近づく悪い虫にはおっかなくなるかもね」

 

ブルはため息を吐く。

巫山戯たことを抜かすものだからブチのめそうと思っていたが、ルサルナが思いの外熱くなっている。

 

怒れるルサルナはおっかない。ブルは既に学んでいる。

 

いつもは釘を刺される側だが、今日は刺す側になりそうだとブルは思う。

 

クレアが戻り、ルサルナの怒気に以前と違って震え上がるまで、あと少し。



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怒りは時に物凄い力を発揮するという話


2話投稿しています。
この話は後編になりますので、一つ前から読むようお願いします。
最後消えていたので追加してます。


 

クレアは体が震えるのを止められないでいた。

以前、真正面から受けたときは平気だった。

ルサルナの実力を知らなかったこともあるし、自分は強い方だと思っていたからだ。

 

完膚無きまで叩きのめされることを繰り返した今、ルサルナの怒気は震えるほどに恐ろしいことを改めて実感している。

 

 

「随分と観客がいるんだね。まぁいい、さぁ始めようか」

 

町から出るまでに、決闘だなんだと野次馬がぞろぞろと集まってきている。

それを見渡し、シャルは待ち切れないといったように話しかける。

 

その手には細い刀身の剣。

突く事に特化したであろうそれを抜き放つ。

 

「心配しなくとも殺しはしないよ。そこまで野蛮じゃないからね」

「ふふっ、言われてるわよ?ブル?」

「うぐぅ…」

「にぃ?」

 

ブルに刺さる言葉。

確かにちょっとやり過ぎることもあるが、最近は自重出来ているはず。

 

ウルの野蛮でも大丈夫だよ、とでも言いたげな視線も刺さる。

ルサルナに釘を刺そうとしていたが、それらにブルは沈黙せざるを得ない。

 

「さて、と。いつでもいいわよ?」

「この距離で?随分と自信過剰なんじゃない?」

 

ルサルナは明らかに前衛には見えない。

いかにもな服装、大きな杖、そして魔法が得意な自然の民。

足元は見えないが、腕はとても筋力があるようには思えない。

 

二人の距離は現在十歩といったところ。

これは普通の魔法使いの間合いには明らかに近すぎる。

 

そもそも魔法とは強力ではあるものの、単体での戦闘はあまり考えられていない。

大抵の者は発動までに数秒は要するし、一歩間違えれば使い手ごと巻き込む。

 

ルサルナが熟練の魔法使いであり、近接戦闘もある程度こなせると仮定しても、シャルには舐めているとしか思えなかった。

 

こつん、と頭に何かが当たる。

落ちる前にシャルがそれを掴む。

 

 

それは小さな氷だった。

 

 

「な…いつの間に」

「一回目」

 

もしかして野次馬の誰かが、と辺りを見るシャルにルサルナが声をかける。

 

「…何だって?」

「私が殺すつもりなら、あなたは一度死んだっていうことよ」

「今のは、君がやったのか?」

 

シャルは知らない。

ルサルナは既に周囲一帯を魔力で包み込んでいる。

そしてその中で、今のルサルナは好きな魔法を一呼吸すら置かずに放てることを。

 

「分からない?そう…その程度で実力行使だとか言うのね」

「なんだって…!」

 

めっちゃ煽るじゃんと、クレアは思った。

ブルも思ってたが、クレアと同じく口には出さない。

ウルはもぐもぐとパンを頬張り、食べかすをブルの服に少しずつ落としている。

 

苛立つシャルの脳天に、また氷の欠片が落ちる。

 

「う…」

「二回目。あなた、本当にやる気あるの?」

 

シャルは思う。

目の前の女は何なんだ、と。

 

シャルの足元が動き、咄嗟に飛び跳ねる。

着地する瞬間、足元が陥没し、姿勢が崩れる。喉元に伸びる土の棘。

 

「三回目」

 

ルサルナはそれだけ呟き、土を元に戻す。

 

「う、うわあぁぁ!」

 

恐怖を誤魔化すような絶叫とともに、シャルは飛び出す。

シャルは殺すつもりでルサルナの心臓を狙う。

 

クレアはいつかの自分と同じような行動を見て、どうなるか予想がついた。

 

後、頭一つ分といったところで細剣が上向きに弾かれ、勢いのままにシャルはそれにぶつかる。

 

下から伸びた土の柱だ。

 

「四回目」

 

ルサルナが呟いたとき、シャルは土の柱に拘束されていた。

シャルは暴れるが、拘束はびくともしない。

 

土の柱が崩れ、頭から土を被るシャル。

 

「うわぁ…」

「懐かしいな…なぁクレア」

「思い出したくないんだけど」

 

クレアと同じ状況に懐かしむブル。ドン引きするクレア。

 

 

「へたり込んで、どうしたの?まだたったの四回よ?」

 

最初はやいのやいの騒いでいた野次馬も、今は静かだ。

ぽつりぽつりと悪魔やら、魔王やらと囁いている。

 

ルサルナがその方向に目を向けると、一斉に目を逸らす。

 

「ねぇ、反応も出来ないの?…これならクレアの方が強かったわね」

「いやあのそれはちょっと…」

 

クレアが小さく抗議する。

ちょっとあのときとは強さも違うし、容赦もない気がするんですけど。

そう思うも、ちょっと怖くて言えない。

 

クレアは躾けられていた。

 

 

 

きっ、と顔を上げたシャルは火球を放つ。

ルサルナは水球で迎撃する。

 

互いの魔法は水蒸気だけ残し、見事に相殺される。

水蒸気に紛れ、駆けるシャル。

 

一瞬でも見えなくなれば、その隙に殺れる。

そういうふうにシャルは考えた。

 

 

だが、ルサルナは見えずとも範囲内は魔力で感知出来る。

 

「五回目。発想はまぁ、良いかもね」

 

足元が陥没し転ぶシャル。

受け身を取る前に土に拘束され、悠々と近付いてきたルサルナに杖を突きつけられる。

 

「吾輩、妹が悪いと言ってもここまで晒し者にされるのは我慢が出来ん」

「この子は私を晒し者にするつもりだったみたいだけど?」

「非礼を詫びる。そこまでにしてやってはくれんか?」

 

ジェロがルサルナの背後に立つ。

ルサルナは杖を向けたまま。

 

「止めないとあなたが私を晒し者にするということかしら?」

「流石に、吾輩も黙っておれんよ」

「そう言うなら、俺も黙ってられんなぁ」

 

ウルをクレアに預けたブルがジェロの肩に手を置く。

 

速すぎる、そうジェロは思った。

昨日の戦いは、手加減に手加減を重ねていたことを知る。

 

「…まぁいいわ。私にすら勝てないようなら、ブルにはあなた達が束になっても勝てないもの。その程度で実力行使なんて、笑っちゃうわ」

 

そう言ってルサルナは拘束を解き、ウルとクレアのもとへ歩き出す。ブルもそれに続く。

 

さぁ…と割れる野次馬の壁。

そんなもの気にせず一行は町に戻る。

 

いやー怖かったなーなどとクレアは思っていたが、ふとあることに気づく。

 

「あれ?さっきのってウルちゃんの事で怒ってたよね?私って、そんなに心配されてない…?」

「え、あ。そんなことないわよ?」

「あ、あぁもちろん心配してた」

 

 

ブルはもちろんだが、ルサルナもウルに比重が偏っている。

 

ちょっとくらい怒ってほしかった。

鼻をすすりながら、クレアは思った。

 

 







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好意も受け取る人次第という話

 

どうだい!魔王様を描いた自信作!

こっちは魔王様の彫刻だよー!

魔王様の歌を聞いてくれー!

魔王様の演劇が近日公開予定でーす!

 

 

翌日、芸術の都は魔王の話題で溢れていた。

なんだか見覚えのある女性だ。見た目やら服装やら杖やら。

 

絵や彫刻は色んな種類があった。

跪く人々の前に佇むものだったり、魔獣を椅子代わりにしているものだったり、軍勢を率いているものだったり。

 

一日でよくここまでしたものである。

誰を描いたり彫ったりしたのかは知らないが。

 

にんまりしたクレアが出来の良い絵と彫刻を抱えている。

どちらも、とてもいい笑顔の見覚えのある女性だった。

 

ルサルナは白い肌を真っ赤にして俯いている。

 

「誰とは言わないけど、かっこいいよねーくふふっ」

「かっこいい…!」

「これは良いものだなぁ。誰とは言わんが」

 

誰とは言わないが、と言われるたびにルサルナが縮こまっていく。

 

「るぅねえ、かっこいいね!」

 

無垢なウルの口撃。純粋な気持ちからくる言葉は、時に単純な暴力に勝る。

ルサルナは顔を覆い、その場にしゃがみ込んだ。

 

「るぅねえ?どうしたの?」

「何でもないの…なんでも…」

 

暫くは再起不能だろう。

クレアは中々見ることの出来ないルサルナの姿に悦に浸っている。

 

「ウル、ルサルナは恥ずかしいんだ。怒っていたと言ってもやり過ぎたことを後悔しているんだ」

「…?よくわかんない」

「ブル…後で覚えときなさい…」

「ひぇ…」

 

一応ルサルナの擁護をしておこうとブル、図らずも追撃。

地の底から響くような声に小さく悲鳴を上げる。

 

そそくさと買ったものを鞄に詰めていくクレア、賢明な判断。

絵画や彫刻だけでなく、見たことのある杖を模した装飾具まで持っていた。

 

「クレア…今更隠しても遅いわよ…」

「ひきゅ…」

 

しかし遅かったらしい。

ルサルナは顔を覆う手の間からバッチリ見ていた。

恐ろしい見た目にクレアから鳥を絞めたかのような声が漏れる。

 

この光景をバッチリ見ていた住人は新たな発想を得た、かもしれない。

思いもよらず自ら新たな素材を提供するルサルナは、飢えた作家にとっての金の卵なのであろう。

 

 

 

 

あ、魔王様!

魔王様、お顔真っ赤にして可愛らしい…

お、見ろよ!魔王様御一行だ!

 

 

以前にも似たようなことがあったが、今回はルサルナ一人である。

なんとか立ち上がったルサルナだが、子鹿のように震えるその姿は、いつ膝をついてもおかしくはない。

 

「あー…その、なんだ?ほら、外套とか、買うか?顔を隠せるやつ」

 

恥ずかしさに泣き出しそうなルサルナを見かねてブルが言う。

からかったことも悪いとは思っている。ほんの少し。

 

「…お願い」

「じ、じゃあ私が買ってくるよ!急いで!」

 

消え入りそうな声にクレアが言う。

ほんのちょっと、さっきの事を帳消しにしてくれないかな、とか思っている。

 

風のように走り去るクレア。

昨日のこともありちょっと心配なブルだが、まぁいいかとルサルナに意識を向ける。

 

ウルも苦渋の決断か、焼き菓子をルサルナに差し出している。

 

「よくわかんないけど、これたべてげんきだして…?」

「…ありがとね」

 

もそもそと食べ始めるルサルナ。

ウルは心配そうにしている。

 

「見て!魔王様の義妹ってことでただで貰えた!…あ」

 

すぐにクレアは戻ってきた。余計な情報とともに。

その手には何やら凝った作りの外套がある。

黒地に金の刺繍が入ったもの。目立つこと間違いなし。

 

「もうやだぁ…」

 

クレアの発言とその手に持たれたものは、ルサルナに止めの一撃を与えた。

今にも零れそうな涙を湛え、ルサルナが再度しゃがみ込む。

 

「クレアお前…」

「そ、そんなつもりじゃ…」

 

犯人の言い草である。

そんなつもりはなかったと。

 

ウルが自分の小さな外套をそっと、ルサルナに被せる。

ルサルナから涙が零れ落ちた。

 

 

 

「おや、いらっしゃい。話題になっ、うわっちょっと!」

「馬鹿野郎、今それは駄目な話なんだ」

「それには触れちゃ駄目だから」

 

なんとかグリンの資料館に到着した一行。

知らずに禁忌に触れかけたグリンに、ブルとクレアが詰め寄る。

 

「はぁ、まぁ分かりました。ところで、まだ何か調べることがありますか?」

「あー、ウル?」

「あとちょっと」

「とのことだ」

「分かりました。ではごゆっくり」

 

ウルは読みかけの本の続きを読み始める。

ルサルナはその隣で机に突っ伏している。

 

互いに目配せするブルとクレア。

お前がお兄さんがと、慰める役を押し付けあっている。

 

「…外套」

「うっ…」

 

ボソッとブルが呟く。ルサルナには聞こえないように。

胸を抑え呻くクレア。

 

「嫁…旦那…」

「くっ…」

 

ボソボソ呟くクレア。

ほとんどルサルナが言っていることだが、ブル自身が否定していないところを突かれる。

流石にそれを言われては仕方がないと、ブルは諦める。

 

親指を立てるクレアに下向きにして返し、ルサルナの隣に座る。

 

 

座って、座って…なんて声をかければいい?

何を言っても逆効果な気がする。

 

クレアをちらりと見てみる。親指が下に向けられる。

使えねぇと自分を棚に上げてから悩み、閃く。

 

声をかけるのが逆効果なら、声をかけなければいいじゃないか、と。

 

ブルは閃きに従って寄り添い、軽く背中を擦る。

ルサルナに動きはない。

反応は特にないが、怒るよりはまぁマシだろうと思うことにする。

 

ブルの行動を見たクレアが、しれっと同じ事をし始める。

決して視線を合わせようとしない。

 

ブルはクレアをじろっと睨みながら誓う。

機会を見つけてボコってやろうと。

 

 

ウルはそれを横目に見ながら、黙々と資料を読んでいた。



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何かしら爪痕を残す話

 

そろそろお日様が現れようかという時間帯。

夜逃げかのようにこそこそと町を出ようとしている人達がいる。

全員が外套を羽織り、顔も出来るだけ隠して足早に歩いていた。

 

先頭は何やら大きな杖を背負った小柄な人物。

後ろにはちんまりした何かを背負いつつ馬車を引く人物と、ちんまりしたのよりかは大きい人物が追随している。

 

魔王様御一行であった。

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡り、二日前。

 

ウルとルサルナはグリンの資料を読み終えた。

そして行き道と同様、帰り道も恥ずかしい目にあったルサルナは宿屋に着くなり言った。

 

 

早く町から出ましょう、と。

 

 

白い肌を真っ赤に染め、涙目での発言はブルの心すらも揺さぶった。

クレアは言わずもがな、ウルは空腹でそれどころではなかったが。

 

すぐにでも出たいルサルナだったが、保存食等の購入を訴えたクレアにより一日は買い物、出発は二日後ということになった。

 

町を出たがっていたはずのクレアから出た提案は、ブルとルサルナからの株を上げることになった。

 

クレアも早く出たいだろうに、ちゃんと先を見据えているのだな、と。

 

しかしクレア自身そんなことは考えていなかった。

 

クレアはまだ買いたかったのだ。

魔王様関連の絵や彫刻、装飾具等を。

 

ルサルナの様子から恐らくお留守番するだろうと予測し、買い漁る好機だと考えた。

それを素直に言っても怒られるだろうから、保存食などと言ったのだ。

最悪、バレてもウルが気に入っているため、ウルのためといえばなんとかなりそうだが。

 

予測は的中し、ルサルナはお留守番を宣言する。

クレアはめちゃくちゃ良い笑顔になった。

 

 

とてもきれいな笑顔を見せるクレアは、悪知恵の働く少女だった。

 

 

翌日、ぐっすり眠り、朝食をたらふく食べたことで英気を養ったクレアは意気揚々と出発する。

 

ウルは珍しくブルではなく、クレアの背中にぶら下がっている。

あまりに元気な様子に惹かれたらしい。

 

ブルは寂しいながらも大人ぶって二人を見ている。

ウルの全てを肯定する男である。

 

ルサルナは宿屋から一歩も出ずに見送っていた。

 

 

ルサルナの目が届かない今、もはややりたい放題であることは確定している。

じっくりと品物を吟味しつつ、気に入った物を購入していくクレア。

もちろん戻ったときにやることはやりましたと証明するため、保存食の購入も忘れない。

ただ、それだけで長々買い物を続けるのも怪しく思われるだろう。

 

クレアには考えがあった。

 

 

買い物を提案した際、一人で行動するのは正直怖いとクレアは思っていた。

あれからシャルとジェロは見かけないが、どこから湧いてきてもおかしくはないのだ。

 

ブルとウルを連れ回してもおかしくない理由があれば、と考えるクレアの目にウルの鞄が映る。

 

 

魔法具もついでに見て回れば、時間が掛かっていても仕方ないよね。

 

 

使えるものは買えばいいし、何も買わなくても問題ない。

クレアの頭はかつてないほどに良く回った。

 

 

そして今、クレアの目の前には鞄の魔法具が二つ売られている。

 

ブル一行が所持する鞄の魔法具は二つ。

地竜の素材をある程度売ったためにお金はたんまりある。

 

保存食用、素材用、各人の物と分けても良いんじゃないか?と、クレアは思う。

そうすればルサルナにバレないように、大量に持っていられる。

 

欲望に忠実なクレアは二つとも買った。

ブルとウル用、自分とルサルナ用という体で。

 

当初はブルとルサルナ、ウルとクレアで分けようとしていた。

そうしなければクレアのお宝を隠しにくくなるために。

 

ウルがブルに頼られることが減ると思い、フグのように頬を膨らました結果、ブルは阿修羅となり、クレアは泣く泣く分け方を変えた。

 

せめてもとウルにお菓子を貢ぎ、お宝を預かってもらうクレアだった。

 

 

 

 

「帰ったよー!」

「お疲れ様。…遅かったのね」

「ま、魔法具も見てたからね…ほらこれ!せっかくお金あるしこういうのとか!」

 

ルサルナはウルを見ていた。

見覚えある杖の模造品を嬉しそうに持つウルを。

感情を何処かに落としてしまったのか、無表情である。

 

クレアはギョッとした。

お菓子を貢ぎ預かってもらったクレアだが、残念なことに口止めは忘れていた。

突っ込まれまいとクレアは強引に話題を変える。

これに突っ込まれると雪崩のようにボロが出てきそうなので。

 

なんとなく察したルサルナだが、自分の視界に入らなければまだ問題ない。

実際はボロボロと自分関連の品が出てくれば、理性を保てる自信がないというだけである。

 

クレアとルサルナの視界の端では、ウルが彫刻を取り出し嬉しそうにしている。

 

ルサルナの理性に罅が入り、クレアから冷や汗が溢れ出る。

 

「あ…あー、歩き回ったせいで腹減ったなー。片付けて飯食べるか」

「たべる!」

 

飛び火を恐れたブルの援護射撃。

ウルが間髪入れずに飛びつく。

 

そうかそうかと言いながらウルを抱き上げ出ていくブル。迅速な避難行動。

 

「……」

「あ、の…ルナ姉も食べよ…?」

「…そうね」

 

無表情のままのっそりと立ち上がるルサルナ。

顔面を引き攣らせしずしずと後ろについていくクレア。

 

なんとか食事を詰め込んだクレアだが、味はもう分からなかった。

 

 

 

 

「明日は日が出る前に出ましょう」

「はい」

「あ、ああ…」

 

部屋に戻っての第一声である。

ノソノソと布団に潜り込んでいくルサルナを見送る。

 

顔を見合わせる二人。ウルは既に眠そう。

そのまま無言で横になった。

 

 

そして今、外への門まで後少しというところ。

 

「あ、魔王様が来たぞ」

「お忍びでの姿も良い…」

「魔王様に劇を見て頂きたかった…!」

「なんて力だ…魔王様の腹心は…」

 

人がいた。わざわざ人目につかないようにしたのに、たくさん。

ルサルナがまさかの事態に固まる。

馬車を個人で引くような人物がいれば目立つだろう。

 

諦めろと言わんばかりにブルとクレアが背中を押す。

 

ルサルナはブル達を呆然と見た後、何かが振り切れたのか、それとも諦めたのか、堂々と歩き出した。

 

「これは…!描かざるをえない…!」

「あぁ…私達のために!ありがとうございますぅ…!」

「劇の最後に加えなければ…」

 

声が届く度に動きがぎこちなくなっていく。

背筋も心なしか曲がり始めている。

 

 

馬車の中に隠れていれば良かった。

そう思うも手遅れだった。

 

 

 

芸術の都アール。

様々な芸術に溢れた都市。

 

ここで起きた出来事は芸術とともに美化されて伝わっていく。

人の話など大抵は大袈裟に伝わるもの。ましてや売り物となると一層に。

 

 

ルサルナが悶絶する未来は近い。



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当たらなければ、という話

 

「こいつで終わりだな」

 

狼の魔獣を叩き潰したブルは返り血を拭う。

目の前にはブル達の物とは違う馬車があり、その周辺には数人が血塗れで倒れている。

 

「んー残念、間に合わなかったねー」

「助けられたのは一人、ね」

 

残念じゃなさそうなクレアは無視して、ルサルナが言う。

血塗れの亡骸の下敷きになり、気を失っている人物が一人。

 

「上手いこと隠れた感じになったのね」

「これがねウルちゃん…かくれんぼっていう遊びだよ」

「こ、これがかくれんぼ…」

「クレアてめぇ…」

 

ウルに変なことを教え込むクレア。すぐ後ろに鬼が迫っている。

あまりに危険な遊びに生唾を飲み込むウル。

 

「丁度いい、俺も一つ遊びを教えよう…鬼ごっこだ」

「ウ、ウルちゃん!助けて!」

「おにごっこもいのちがけ…」

「ウル、あれは嘘よ。後で本当の事を教えるわ。あぁもう、重たい…」

 

鬼気迫る表情で走り回るクレアの背後にピッタリ張り付き、たまに肩に手を置くブル。

時折、これがお前の未来だと言わんばかりに石を握り潰している。

本来は体に触れれば交代のはずだが、交代など言える雰囲気ではない。

 

ウルは捕まればただでは済まなさそうな様子にまたも生唾を飲む。

ルサルナはウルに言いながら、生存者を引きずり出そうと頑張っている。

 

ルサルナが魔法でやればいいと思いついたとき、クレアは顔面を鷲掴みにされ泣いて謝っていた。

 

 

 

 

 

 

「ちょっと跡になってない?大丈夫?」

「くふっ、かっこいいもようになってるよ?んふふ」

「大丈夫じゃない!?」

 

ちょっと悪い子のウルがクレアをからかっている。

ブルは跡を残さない程度の力加減でクレアを痛めつけていた。

 

鏡はどこだと探すクレアを眺めつつ、ブルとルサルナは話す。

 

「で、こいつどうしようか」

「そうねぇ…別に困るわけでもないし乗せても良いと思うけど」

「せめて馬とか残ってりゃ良かったのにな」

 

血塗れで気絶したままの人物を見る。

獣人らしく、三角のピンと立った耳と長めの尻尾が生えている。

中性的な顔立ちで厚めの服装を身に着けているために性別は不明。

 

「一応、縄とかあったか?」

「あの子がそういうのもいっぱい買ってるわよ。ほらこれ」

「助かる。そしたら…巻くか」

「あ、私がやるわ。あなただとちょっと力が…」

「ははっ、力加減ぐらい余裕だっての」

「待ってそれ食い込み過ぎじゃない?え、緩められない!?」

 

ぎゅうっと結ぶブル。明らかに過剰な出力。

尋常ではない力で締められた縄を緩めようとするも一般人並みの筋力では太刀打ち出来そうにない。

 

結局縄を切り、ルサルナが良い感じに結ぶことになった。

 

 

 

 

 

ブルが正座で怒られてから少し。

一行は少し離れた位置に移動していた。

なお、遺体はルサルナが一息の内に埋葬している。

 

「ぅぅ…」

「ウル、あんまつんつんするなよ。ばっちぃだろ」

「杖で突いてることを叱りなさいよ」

 

なかなか起きない獣人をウルが杖で突付いている。

獣人は顔をしかめているが、まだ起きない。

隣でにこにことクレアが笑っている。

 

乾いているとはいえ、血で汚れているために注意するブル。

そもそも気絶している人を突くなとルサルナ。

 

こしょこしょとウルに耳打ちするクレア。

ウルはくすぐったそうに聞いている。

 

「クレア、そんなに鬼ごっこがしたいのか?」

「ち、違うし!今のは寝ている人を起こす方法を…あっ」

 

クレアが気づいたときにはウルの頭上に大きな水球が浮かんでいた。

ウルは戸惑うことなく、勢い良く獣人の顔にぶつける。

 

「っ!?ぶっ、がはっごほ」

「おー、おきた」

「なるほど、そんな手があったか…」

 

大量の水をぶっかけられた獣人は激しく咳き込み、何がなんだか分からない様子。

 

ウルはクレアの言ったことが正しいことを知り、ブルは感心している。

 

ルサルナは捕まえた賊にでもするような仕打ちに絶句している。

 

「叩くよりよっぽど良いな。叩くと大体起きるんだが、下手すりゃ首がなぁ」

「お兄さん、加減って知ってる…?」

 

よほど感心しているのか、起こすためのビンタで首をへし折ることを漏らしてしまうブル。ウルをよしよしと撫でている。

 

ブルが次々と首をへし折っていく姿を想像してしまったクレア。

ブルにだけは起こされたくないと心底思う。

 

「ごほっ、はぁ…あ、あんたらは、一体…?」

「はぁ?見りゃ分かんだろ。天使だ」

「てん…は、え?」

「通りすがりにたまたま助けただけよ」

 

全く分からないが、容易く首をへし折る天使とか嫌だ。

獣人はそう思った。

 

ルサルナはこれ以上混乱させる前に口を挟む。

ウルもツンツンすることを再開しようとして、同じようにルサルナに止められた。

 

「ごめんなさい。うちの人は皆からかうのが好きなの」

「え…あ、はい…?」

 

水をぶっかけられ飛び起きれると体は縛られており、物騒な話をしている男は話が通じない。

獣人はまだどういうことが起きているのか理解出来ていなかった。

 

 

 

 

 

「気配も匂いも、何もなかったんだ…真っ黒で、気づいたときにはそこにいた。殴ろうにもすり抜けるしさ、そのうち一人が気が触れたようにおかしくなって…そこからはもう滅茶苦茶だよ」

 

暫くして、落ち着いた獣人から何があったのかをルサルナが聞き取っていた。

獣人を縛っていた縄は解かれている。

 

「聞いたことないわね。また新手の魔獣なのかしら?」

「どうだろうな…俺もそんなのには会ったことねぇが」

 

話が本当なら厄介そうな魔獣にため息が出そうになる二人。

殴ろうにも効かないのであれば、ブルに出来ることはない。

 

「お化けみたいだねぇ。ウルちゃんくらいの大きさなら頭からガブッといかれるかもよー?」

「くぅねぇのうしろにいるよ?」

「あはは!ベタ過ぎるよウルちゃん!」

「え?でもくろいのうしろにいるよ?」

「んふふ、お望み通り見てあげ…る?」

 

振り返ったクレアの目の前に黒い塊。

確かに真っ黒で、目の前にいるにも関わらず匂いも気配もない。

 

クレアは驚きのあまり固まる。

 

「クレア!」

 

叫ぶルサルナ、飛び出すブル。

横薙ぎに振られる金棒に手応えはない。

 

「マジかよ…!」

「ブル!離れて!」

 

ルサルナの言葉に即座に反応し、金棒を収納しウルとクレアを抱えあげる。

それを見たルサルナは大きな火球を黒い塊の位置に作り上げる。

 

「くぅねぇだいじょうぶ?」

「だいじょばない…」

「動けるか?」

「こ、こしがぬけて…」

 

距離を取り、ルサルナの大火球を見る三人、

クレアは予想外すぎる事態に完全に戦意が喪失している。

 

火球が消えると、黒い塊はいなくなっていた。

 

「た、倒した…のか?」

「そうね、とりあえず見つけ方と倒し方は多分分かったわ」

「あの一瞬で…あんたすごいな…」

 

ルサルナはため息を吐いた。

これに関してブルは太刀打ちできない。

さらに言うならブルでは視認が出来ても気配は感じ取れない。

 

 

情報の共有は大事だが、とりあえずすることがある。

 

少し漏らしてしまったらしいクレアの後始末である。



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人それぞれ役割が違う話

 

「さて、落ち着いたところでアレについて話しましょう」

「あの黒いのは初めて見たな」

「おばけ?」

「お化けって言っていいのかしら…?」

 

諸々の処理も終わり、一息ついたところでルサルナが切り出す。

クレアはよほど怖かったのか、それとも恥ずかしいのか、ルサルナにひっつくように毛布にくるまっている。

 

「アレ殴れなかったぞ?」

「殴れなくてもおかしくないわ。だってアレ、魔力の塊みたいなものだから」

「魔法は散らせるんだが」

「それは魔力を他のものに変換しているからよ。純粋な魔力そのものだと流石に出来ないはず…」

 

ルサルナは言いながら思った。

このお馬鹿にそんな常識が通じるのかと。

 

「じゃあお前はどうやったんだ?」

「私も偶然というか、普通に魔法を使っただけなんだけど…アレの近くで魔法を使うと、アレの魔力ごと魔法に変換されたのよね」

「つまり、魔法か?」

「魔法ね」

 

魔法使えねぇ…と落ち込むブル。天敵現る。

ブルが倒せないらしい敵にウルの目が輝く。

 

「にぃ、わたしがにぃのかわりにたおしてあげる!」

「うぉっ、ウルが眩しい…これが、後光か…!」

「恐らく魔法が使えれば倒せるからね。それにウルなら感知も出来るだろうし」

 

どやっとブルの膝の上で胸を張るウル。ブルが尊さに目をやられている。

ルサルナの言葉にもそもそと反応するクレア。

 

「魔法で倒せる…?」

「多分ね。感知は…頑張って練習なさい」

「お゛ぁ゛ぁ゛…」

 

クレアは魔力の操作が甘かった。

ある程度出来てしまっていたために、今更地味な魔力操作の訓練などやる気がなかった。

目の前に暴力の化身とも言える男がいたため、そちらに憧れたということもある。

 

しかしそんなことは言っていられない。

いつあの黒いのに襲われるか分からないのだ。

たまたま一体だけアレが生まれたとしても、既に会ってしまった。

感知できなければ、これからずっとあの黒いのに怯える事になってしまう。

 

クレアは真面目に訓練することを決意した。

 

「そういやよ、急におかしくなったって言ったよな?アレがそういうこと出来るのか?」

「それは…分からないわ。精神に関与する魔法なんて知らないから…」

「魔法は専門外だ…皆混乱してたから、一人おかしくなったんじゃなくて皆おかしかったのかもしれん」

 

獣人が話に入る。

恐怖心が消えないのか顔色は悪く、時折キョロキョロと辺り見回している。

 

「まぁ気づいたら近くにいて、殴ろうにもすり抜けるんじゃビビるわな」

「にぃもびびった?」

「にぃは最強だからな、あんなんじゃビビらねぇ」

「思いっきりマジかよって言ってビビってたじゃない」

「び、ビビってねぇし」

「にぃ…」

 

ちょっと見栄を張ったブルにルサルナが突っ込む。

毛布にくるまったクレアもビクリと体を震わせている。

 

ウルがちょっとだけ呆れた目を向けている。

 

「にぃがびびってても、わたしががんばるね」

「ふぐぅ…」

 

ウルの慈愛に満ちた眼差しと言葉に、ブルの目から汁が零れそうになる。

何よりも痛手となるのは無垢な言葉。

 

たまらずウルを抱きしめ誤魔化すブル。

 

それらを横目にルサルナが続ける。

 

「まぁ私かウルなら感知できるし、倒すのならブル以外でどうにか出来るし、とりあえず次の都市まで急ぎましょう。あなたはどうする?」

「すまないが連れて行ってほしい…金は払える分払う」

「そう、じゃあそうしましょ。一応、働いてももらうけど」

「助かる…」

 

獣人も少しホッとした様子。

ブルの身のこなしとルサルナの魔法は実際に見たので実力は疑うまでもない。

何とか安全を確保し少しだけ恐怖が和らぐ。

 

強そうな男は目の前で幼子に泣かされ、女の子は毛布にくるまったまま丸くなっているが、やるときはやるんだろうと。

 

 

とりあえず動かない二人に変わって馬車を引っ張らされ、野営の準備も大半やらされた獣人である。

 

 

 

翌日、ルサルナはげっそりしていた。

夜の見張りをウルに任せるわけにもいかず、一晩中見張りを続けていた。

魔力感知を用いた見張りのため、疲労度は増している。

 

黒いのに対して役立たずのブルは干した果物やらを渡し、少しでも機嫌を取ろうとしている。

 

ウルは日中であればと張り切っている。

 

 

「明るいとこなら目立つはず…明るければ…」

 

ブツブツ言っているクレアの後ろに忍び寄るウル。

 

「ウルちゃん!バレてるよ!」

「わぁ!」

 

バッと振り返るクレア、驚くウル。

ワチャワチャとはしゃぎ始める二人。

 

「…お願いね、本当に。そっちのあなたも」

「任せろ」

「あ、あぁ…」

 

大丈夫かちょっと不安なルサルナだが、やるときはやるだろうと少し休むことにした。

にこにことウルとクレアを眺めるブルにも不安を抱きながら。

 

獣人もキャッキャとはしゃぐ子供二人と、強いのだろうがなんか頼りない姿ばかり見せるブルに不安が湧き上がる。

 

一部不安を抱えながら、また進み始める。

 

 

 

 

 

 

 

「あはっ!やっぱり触れるっていいよね!」

「殴れることに感動するなんてな」

「えぇ…」

 

獣人の物理的な不安は案外すぐに解消した。

震えていた女の子もなかなかの実力で、男に至っては人か疑わしいほど。

 

素早い動きで敵を仕留める動きは感心するもので、もう少し年を重ねればかなりの実力者になるだろう。

 

男の方は…ちょっとよく分からない。

轟音が響けば魔獣は潰れ、地面に割れ目が走る。

 

速度と攻撃力に全ツッパしたその姿に、獣人は考えるのを止めた。

 

 

とりあえず、安全が保証されたことは理解できた。



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何が安全かという話


お気に入りや評価、感想ありがとうございます。

タグにちょっと付け足しました。


 

「んで、例えば魔獣の動きがこうだったとしてな」

「ふむむ」

 

馬車の後ろ側にいる獣人の男、その名をカニス。

暇潰しの会話からクレアが伸び悩んでいることを知り、お節介を焼いている。

 

馬車を何食わぬ顔で引く男にはもう慣れた。

 

実は戦闘において魔法も交えればクレアの方が一枚上手なのだが、近接のみとなるとカニスに分がある。

 

伸びしろがある美少女に、今のうちから恩を売っておこうとは少しだけしか考えていない。

 

そうして教え教わりながら、周囲の警戒も怠らずにいた二人は馬車が止まったことに気づく。

 

「どしたのー?」

「何かあったのか?」

 

魔獣などが襲撃してくる様子もなく、ウルが警戒しているために黒いのが近づいても分かる。

馬車に何かあったわけでもないのに止まったことに訝しむ二人。

 

「静かにしろ…緊急事態だ」

 

ブルから発せられた小さな声に緊張感が高まる。

身構え、周囲をより警戒する二人に続けてかけられる声。

 

 

「ウルがおねむだ」

「…マジ?」

「大マジだ」

 

冷や汗をかきながらクレアが聞き返す。

同じく冷や汗をかくカニス。

 

そろそろと警戒しながら前に回り込む二人。

その視界に、ブルに抱かれながらすやすやと眠るウル。

 

張り切って魔力での警戒をした結果、早々に疲れて眠ってしまったのである。

 

「お、おいおい…その嬢ちゃんと休んでる姉ちゃんだけだよな?アレに気づけるの」

「そうだな」

「寝かせてる場合じゃねぇ!起こさねぇとむぐっ」

 

たまらず声が大きくなるカニスの顔面を鷲掴みにするブル。

その表情はまるで鬼。

 

「声がでけぇ。ウルが起きたらどうすんだ」

「んん!」

「いいか?子供はよく食べ、よく遊び、よく寝るもんだ。寝る子は育つのに邪魔すんじゃねぇ。暫くは目視で、死に物狂いになって警戒しろ」

「お兄さん、それじゃ返事も出来ないよ」

「あ?あぁそうだな」

「かはっ、なんなんだよぉ…」

 

開放されたカニスは困惑している。さもあらん。

クレアはいつも通りウル最優先の姿に慣れたもの。

 

 

ここの序列はいつも、雲の上にウルがいるのだ。

 

 

 

「なんだってんだよ、あいつおかしくねぇか?」

「おかしいよねー。まーウルちゃんが一番だから」

 

後ろに戻り、小声でクレアに話しかけるカニス。

それにおざなりに対応するクレア。

 

クレアはふと思う。

 

ブルは猪の渾名を付けられていて、猪といえば相当にヤバいやつで有名である。

大体有名な人物はある程度の容姿も語られるものである。

 

クレアはそういうのに興味がないため知らなかったが。

 

とにかく、狩りや戦いに身を置く者であれば気づく人も多そうなのだが、ブルはあまり気づかれない。

少し不思議に思ったクレアはカニスに聞いてみる。

 

「ねぇ、話変わるけどさ…お兄さんのこと知ってる?」

「はぁ?知らねぇよ。ヤバいやつなのは分かるが」

「じゃあ猪は?」

「そいつは知ってる。ぶっちぎりのイカれ野郎だろ。なんでも味方だろうが女子供だろうが血祭りにあげて、町だろうが森だろうが全て荒野に仕立て上げる野郎だとか…」

「噂があんまり間違って無い…!」

 

クレアは戦慄する。

噂とは往々にして誇張されて伝わるもののはずなのに、あながち間違っていないことに。

 

実際に大きな闘技場の大半を瓦礫の山にしたのを見ているし、聞いた話ではクレアがついていく前にも町の一部を更地にしている。

老人の話では広大な森も半分ほど耕したとも。

 

女子供まで血祭りにはしていないが、邪教の村では男女平等にぶん投げぶっ叩いていた。微塵の容赦もなく。

 

恐らくウルに会う前であれば、とりあえず皆殺しにすっかと軽い感じでやっていたのだろうとは思う。

 

後、クレアは忘れていない。

顔面すれすれで投げられた石を。

もしかしたらクレアの頭を吹き飛ばしていた投石を、クレアは忘れていなかった。

 

「後はまぁ…見上げるほどの大男だとか、どんな赤子も泣き止む悪鬼のような見た目だとか…そんな感じか」

「い、いやまぁ、大きいけどね…赤子は下手したら泣き止むかも…」

 

もにょもにょとクレアは口籠る。

様子のおかしいクレアを訝しむカニス。

 

「というか急になんだよ。急に猪のはな、し…」

 

カニスは気づく。

猪の武器は主に鈍器であり、そして韋駄天の如き速さと鬼のような怪力を持っているという話がある。

 

ブルは目にも止まらぬ速さで駆け、片手に幼子を抱えながらもう片手で馬車を引っ張っている。

先程は魔獣を金棒で殴り殺しており、それも地面を裂くほどの一撃である。

 

そして先程自分の顔面を鷲掴みにしていた時の表情。

あの表情であれば、泣き叫ぶ赤子も身の程を知って泣き止むだろう。

 

つまり、前で馬車を引っ張る男が、あの噂のヤバいやつなのだろうと。

 

 

 

 

「あわ、あわわわ…」

「あぁ!大丈夫だから!」

 

 

途端に震え始めるカニス。

青くなり、ガチガチと歯の根が合わない。

 

慌てて宥めるクレア。

優しさというより、役立たずにしてしまうと自分の負担が増えるためである。

 

「いい?とりあえずあんたはウルちゃんの機嫌を取っておけば大丈夫だから。ウルちゃんに媚び売っとけば何とかなるから」

「は、はい…分かりました…」

 

カニスが借りてきた猫のように大人しくなり、何故かクレア相手にも下手に出始める。

 

「あ、でもウザがられたら、最悪コレかも」

 

ちょっと面白くなってきたクレアが首を斬るような動作をする。

さぁ…っと、また血の気が引くカニス。

 

「おい」

 

いつの間にか馬車が止まり、ブルが後ろ側にきていた。

腕に抱くウルは、いつの間にか毛布に包まれている。

 

「ひえっ…」

「はい!」

 

クレアから悲鳴が、カニスから良い返事が飛び出す。

 

「静かにしろようるせぇな。…もし、ウルの機嫌を損ねたら、こうなる」

 

おもむろに手に持っていた小石を握るブル。

形容し難い音がなった後、開いた手から粉々になった小石がさらさらと零れる。

 

「喋るにしても小声で、後は死に物狂いで警戒だ…いいな?」

「はぁい」

「はぃ…」

 

満足そうに頷いたブルが前に戻っていく。

 

「とりあえず、警戒しよっか」

「はぃ…」

 

クレアはまぁ死にはしないだろうと警戒に戻る。

カニスは恐らく本当に己の頭がそうなるのだろうと、冷や汗が止まらないままに警戒に戻った。

 

 

 

一人で何とか最寄りの都市まで行くか、一緒についていくか。

 

どちらの方が安全なのか、カニスには分からなくなっていた。

 



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実際と見た感じは違う話

 

カニスが一時的に一行に加わり、3日ほど。

 

ウルとルサルナがお休みの間、些細な失敗でそこらの虫より容易く握り潰される命を守りきったカニスは堪らず声を上げた。

 

「あぁ…!町、町だ…!俺はやった…生き残った!」

 

現序列最下位、カニス。

ヤバい奴ら以外の人の気配を感じ、感動に身を震わせている。

 

「あんなとこに町なんかあったか?」

「私は知らなーい。ルナ姉なら知ってんじゃない?」

 

元序列最下位のクレアと、序列概ね三位のブルの会話。

戦闘力と序列は若干異なっている。

 

「前はもう少し小さかったわね」

「起きたんだ。おはよールナ姉」

「はいはいおはよう」

 

馬車内から大きく伸びながら出てくる序列概ね二位のルサルナ。

ブルをある程度制御出来る恐ろしい女。

魔法の腕前も恐ろしい。

 

「ウル、町が見えたぞ?」

「ウルちゃーん、起きて起きて!」

「むぃ…ぅぅ」

 

ブルの背中で耳を伏せるおねむな幼子、ウル。序列不動の一位。

一帯を更地に出来る程の戦闘力と、韋駄天もかくやという機動力を備える守護者を侍らせる魔性の娘。

 

ブルの背中で、まだ寝ていたいと徹底抗戦の様相を醸し出している。

 

「町に入ったら飯でも食おうかと思ったんだが」

「たべるぅ…」

「あはっ、眠気より食い気が出てんじゃん」

 

飯という言葉に反応して、伏せられた丸っこい耳が立ち上がる。

キャスケットを被っているために周りから見えないのが残念である。

見えていればクレアがすかさず突っ込んでいるだろうが。

 

「結局あの一回だけだったわね」

「あの黒いのな。」

「あんなん出てこなくてもいいじゃん」

 

ルサルナ達の言葉を、膨れっ面のクレアがぶった切る。

よほど苦手意識がついたらしい。

 

「なんだ?お子様はお化けが怖ぇのか?」

「アレに対して役立たずのくせに…!」

「やくたたず…」

「かはっ」

 

ブルがむすっとしたクレアをからかおうとするが、クレアからの返しを寝ぼけたウルが繰り返したことにより撃沈される。

 

どれだけの戦闘力を誇ろうにも、心には柔らかい部分が存在する。

 

極太の刃を心に刺されたブルは沈黙し、大人しく馬車を引くことにした。

クレアは大層悪い顔をしているが、追撃はしない。

大抵の事は程々が良いのである。しっぺ返しが怖い訳では無い。

 

 

心なしか歩みが遅くなった馬車はなんとか町に到着する。

町には宿屋や屋台、馬小屋が目につく。

 

「宿場町って感じかなー」

「何でもいい…人がいれば…」

 

カニスの瞳は光を取り戻している。

この数日は恐らく人生で一番の山場だったのだろう。心労的な意味合いで。

 

「仲間を失い、ヤベェ奴らに拾われ…一時はどうなるかと…」

「全部聞こえてんぞ」

「私とルナ姉までヤバい奴になってない?」

「…えっ?私も?」

「ごはん…」

 

輝く瞳を再度濁らせ呟くカニス。万感の思いが目から滴る。

突っ込むブルとクレア、心外だと顔に出ているルサルナ、お腹ペコペコのウル。

 

やいのやいのと言い合う一行は傍から見れば仲の良い集団に見えるかもしれない。

実際は一人、哀れな子羊である。

 

「まぁカニ君は放っといて、まずはご飯だよねぇ」

「ごはん…!」

 

カニスに辛辣なクレアはある屋台に釘付けになっていた。

 

じゅうじゅうと肉の焼ける音、焼けた肉の香り、そして肉がなんとも大きいこと。

 

塩味の効きすぎた保存食の肉ではない。

熱々のデカい串焼き肉はそれはもう魅力的に見えた。

 

クレアの言葉に反応するウル。

その目はクレアと同じものを凝視している。

 

 

肉食系女子には抗えない魅力がそこには詰まっていた。

 

 

「ちょっと私、買ってきます」

「わ、わたしも!わたしも!」

 

真面目な顔してクレアが宣言する。便乗するウル。

両者口の端からよだれが見えている。

 

「せっかくだ。俺とウルの分も頼むわ」

「私もお願いしようかしら」

「俺も手伝いますね…」

 

ついでにお願いする保護者達。

自主的に使いに走るカニスは序列に相応しい動きであった。

 

 

 

 

「むぐぐぐ」

ふ、ふぁひひえはぃ(か、噛み切れない)…!」

「ウルはともかく、貧弱な顎だな」

「あなたと一緒にしないでよ」

「俺でも苦労するんだが…」

 

欲求に抗えず購入した肉は硬かった。

硬い上に妙な弾力まであり噛み切れない。

 

がじがじぐいぐいと悪戦苦闘するウル。

丸ごと頰張ってしまい、ひたすらに噛み切ろうと頑張っているクレア。

苦もなく噛み千切って食べるブル。

頑張って噛み千切るカニス。

 

ルサルナは真っ先にかぶり付いたウルとクレアを見て早々にブルに渡し、団子を買って食べている。

 

「嬢ちゃん、それこっちに置きな」

 

ウルの苦戦っぷりを見かねたのか、カニスが木の皿とナイフを取り出す。

一旦諦めたウルが皿の上に串焼きを置くと、手で触らないようにしつつも小さく切り分けていく。

 

「できるおとこ…!」

「おいクレア!また変な言葉を教えたのか!?」

「んぐっ!ん゛!!?」

「クレア!?ほら水飲んで!」

 

目を輝かせたウルの一言に、ブルがクレアを詰める。

クレアは焦って飲み込もうとして肉を喉に詰まらせている。

ルサルナが慌てている。

 

「はいよ嬢ちゃん」

「かにくん、ありがと」

 

それらを聞こえないふりして、カニスはウルに切り分けた肉を献上する。

変な言葉を覚えようと、食欲旺盛だろうと、ウルは感謝を忘れない。

にこにことお礼を言ってからお肉を頬張っている。

ずいっとカニスに近づくブル。

 

「おう、お前ウルに感謝されたからって調子に乗んじゃねぇぞ」

「嘘だろ…媚すら売れないのか…?」

「はぁ、はぁ…死ぬかと思った…こんなしょうもないことで…」

「ほら、切ってあげるからこっちに渡しなさい」

「うまうま」

 

善意と媚売りを試みたカニスはブルに詰め寄られる。

ブルはウルに感謝される新参者に、己の内なる暴が荒れ狂っている。

隣では危うく召されかけたクレアにルサルナが世話を焼き始めている。

ウルはご機嫌である。

 

 

子羊は哀れなまま、なんだかんだ一行はゆっくりと体を休めている。

わいわいと騒がしい集団ではあるが、周囲は微笑ましく思っていた。

 

 

 

 



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下剋上の話

 

「四人で頑張れば、お兄さんに一矢報いれるんじゃないかとこのクレア、思いついたのです」

 

ブルが用を足しに離れたのを見計らい、下剋上を狙うクレアが話し出す。

 

クレアは余裕がある時に行われる手合わせにて数え切れないほどボコボコにされていた。

 

せっかく一時的にでもカニスが加入したのだ。

遠近揃った四人がかりならば、少しくらい勝ち目があるだろうと思ったクレアである。

 

「にぃとけんかするの…?」

「違うよーウルちゃん。お兄さんに成長をお披露目するの。ウルちゃんの成長はお兄さんも喜んでくれるよ?」

「むぅ…それは、みりょくてきな…」

 

ものは言いようである。

難しそうな言葉を使いたい年頃のウル、言葉に惑わされ賛成に傾く。

 

「俺は拾った命を無為に散らさなきゃ駄目なのか…?」

「流石に模擬戦なんかで殺ったりしないよー。大丈夫大丈夫ウルちゃんいれば」

 

多分と心の中で付け足すクレア。

青い顔で震えるカニスを無理矢理にでも駆り出すつもりである。

 

「まぁ私はやったことないし、いい機会じゃない?」

 

ブルの化け物っぷりを再認識するのに、とは思っても口には出さないルサルナ。

 

「だよね!ルナ姉とウルちゃんが要だよ!」

 

案外乗り気のルサルナに喜ぶクレア。

ルサルナの内心までは読めていない。

 

「で、作戦会議は必要か?」

「もっちろん!お兄さんを上手いこと、ウルちゃんから…離して…」

「ほう…そこまで気合が入ってるとは…楽しみじゃねぇか」

 

いつの間にか背後を取られていたクレアから威勢が抜けていく。

クレアの頭をぽんぽんと叩くように撫でるブル。

 

「たまには気分転換もしねぇとな。ウルの成長も見れるとは、柄にもなく高揚しちまうな…」

 

ウルに関することはいつも高揚してんじゃん、とはクレアも口には出さない。

 

「にぃ、たのしみにしてて?」

「あぁ…!こんなに、立派になって…!」

「早いわよ。分かったから暫く食堂で待ってて」

 

ウルの言葉に泣き出すブル。

面倒そうにルサルナが追い出していく。

 

 

「さて、作戦と言っても…カニスも入るなら今更どうしようもないわね。私とクレアとウルなら即興でもいけそうだけど」

「ウルちゃんが好きに撃ちまくれば、私とカニ君が合わせるよ?」

「うちまくり…いいひびき!」

「それで私がそれらに合わせる感じね…もう駄目そうな感じしかしないけど?」

「まとめて屠られるんだ…俺は見せしめ…」

「決まった!作戦は…物量で押し込もう!」

 

悲観的なカニスは置いておいて、作戦と言えない作戦が決定した。

 

要は皆それぞれ、好きに攻めましょう。

 

 

 

 

「今日こそ大地を味あわせてやる!」

「いや早すぎるだろ。話し合いはどうした」

「察して」

 

何故か自信満々のクレアと、横にふんすと胸を張るウル。

あまりに短い作戦会議にブルが堪らず突っ込むが、ルサルナの呆れたような一言に納得するブル。

とりあえずウルの可愛らしい姿に拝んでおく。

 

「さぁ!町の外に出発!」

「おー!」

 

意気揚々と歩く後ろを拝みながらついていくブル。

ため息を吐きながらついていくのはルサルナ。

生きるか死ぬかと言わんばかりのカニス。

 

 

おい、聞いたか?なんかおもしれぇことするらしいぞ

なんだそれ?暇だし見に行くか

 

娯楽を求める野次馬がそれに続く。

なんだなんだと増えている。

 

 

 

 

 

今から何すんだ?

模擬戦だってよ。

魔法有りで近くじゃ危ないらしいぞ。

 

わらわら、とまではいかないもののそれなりの野次馬が集まっている。

 

それらが見る先には五人の姿。

 

「さぁ、いつでもいいぞ?」

「ウルちゃん、始まりは任せたよー」

「かしこまり!」

「また変な言葉覚えてる…」

 

締まらない言葉と裏腹に、ウルの激しい連射が始まる。

ウルお得意の氷の玉の連射である。

最近は機会がなかったものの、以前より速く鋭い連射にブルも頬を緩ませる。

 

「おお!いいぞウル!前より上手になった!」

 

連射を捌くブルを挟むようにクレアとカニスが迫る。

必要なさそうだが、刃物は念のため鞘付きである。

 

「おわあああ!」

「はぁ!」

 

なんだか悲壮感溢れるカニスの雄叫びと、クレアの短い気合の超え。

 

「おいおい、忘れたのかクレア?俺の必勝法をよぉ!」

「うおっ」

「いやそれタイマン用じゃ!?」

 

するりと受け流した勢いでカニスをウルの方へ投げ飛ばし、一瞬ウルの魔法が止まる。

その隙にクレアを掴もうとするブル。一対一の必勝法だったはず。

 

しかしクレアを掴む寸前にブルの足元が陥没し、空振りに終わる。

 

「ルナ姉!ありがと!」

「ほぉ…何回か見たが、これは厄介だな」

 

ついでに拘束しようと盛り上がる土を粉砕しつつ、ブルが感心する。

 

うねり飲み込もうとする地面と再び始まる氷の連射。

ついでにクレアの抜き身の投げナイフ。

すぅっと後ろに回り隙を窺うカニス。

 

「ふはっ、ははは!こりゃあ良い!厄介じゃねぇか!」

 

笑いながらも捌き躱していくブル。

徐々に体が温まってきている。

 

「あはっ!やっぱお兄さんヤバすぎ!」

 

クレアも高揚してきたのか、わらわらと武器が顔を覗かせていく。

メイスを片手に持ち、千本や投げナイフが外套の内側や袖の内、太ももとまるで手品のように現れては飛んでいく。

 

殺る気満々である。

 

 

「ここまで当たらないと、私もちょっと本気になるわ」

 

補助のみでは捉えられないことを、ルサルナは分かっていても悔しくなる。

どこまで余裕でいられるのか知りたくなってしまう。

 

魔王様、舞台へ上がる。

 

 

おや、とカニスは思う。

なんだか一気に模擬戦を飛び越えたな、と。

 

しかし一度目の接触を軽く流され、三人の猛攻によって隙を探すも見当たらない。

思えば命の恩人ではあるが、同時に命を脅かす存在である。

 

ここは、殺る気を全開にして己を守るべきだと、己の心が囁いている。

 

「…殺るしかねぇ」

 

ガンギマリの顔で呟くカニス。

 

一人、覚悟の桁が違う。

 

 

「はは、いいねぇ…昂るぜ」

 

前方に全身に武器を仕込んだクレア、その後ろに杖を構えたウルとルサルナ。

後ろにガンギマリで隙を窺うカニス。

 

本気を感じ取り、腹の底から笑い出したくなる。

 

ブル、己を暴を開放す。

 

 

一瞬、ブルの姿がブレ、地面が爆ぜる。

ブレた後、ブルは既にカニスの首と腕を掴んでいた。

 

「う、ぐっ」

「死亡な」

 

ブレた瞬間に放たれた魔法は置いてきぼりにされている。

 

「速すぎでしょ…!」

 

ルサルナが悪態をつき、持ち上げられたカニスが手放され、尻もちをつく。

どん、と地面を蹴りつける音。

 

「死亡だ」

 

ごぅ、と巻き起こる風がルサルナの髪を揺らしたと同時の死亡宣告。

 

「ほぅれウル。すごい頑張ったなぁ」

「きゃあ!あはは!」

 

ルサルナがため息を吐いたときには、既にウルを高い高いとしていた。

驚きつつもキャッキャと嬉しそうなウル。

 

ウルを下ろしたブルの姿がまたブレる。

 

「せりゃあ!」

「おお?」

 

クレアの反撃。

梅干しの構えをしたブルは若干驚くも、さらりと回避。

 

「よく躱したな」

「いや躱したっていうより反撃だし。…ところでその構えは何?」

「これは相手の頭を拳でグリグリ挟むやつだ。子供の躾にするらしい」

「百歩譲って躾にするとして…お兄さんがやったら割れちゃうんだけど、頭。あ、待って待って降参!」

 

じりっ、と近づくブルの圧力に虫のように爆ぜる自らを幻視したクレア。

全力の命乞いである。

 

「やっぱ化け物だー」

「改めて思うけど、やっぱり人としての螺子が飛んでるわね」

「あれは人っぽい何かだろ…」

 

ウルを抱き上げ撫で回す姿は先程の姿とは違い、娘を溺愛する父のよう。

 

「最初からクレアとカニを巻き込むつもりでいけば良かったわね」

「姉御…俺はカニじゃなくてカニスです…」

 

本気で行こうとした矢先に潰されたルサルナは不完全燃焼ではある。

 

あるが、すぐに再戦したいとはちょっと思えなかった。

 

 

 

ヤバいのは改めて分かったし、今日はもうゆっくり休もう。

ルサルナはあまりのハチャメチャっぷりに少し疲れていた。

 



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行いは自分に返ってくるという話


お気に入りや評価、誤字報告感謝です


 

どよどよとざわめきが収まらぬ野次馬を引き連れ、一行は町へと戻った。

ざわめきの内容は称賛と疑問。

 

つまり、すげぇやべぇといったものと、本当に人なのかという声。

ちらりとブルが目を向けるとたちまち静かになる。

 

 

「あーあー結局やられるだけかー」

「最後ちゃんと反応できてたじゃねぇか」

 

やはり連携以前に個人としての力量が…などと真面目に考えるクレアにブルの声がかかる。

 

「確かに、最後しっかり反応してたものね。すごいわ」

「ふふん、まぁ?私にかかればあの程度」

「じゃあ次からあの程度で手合わせな?」

「すいませんでした…」

 

ルサルナに褒められ調子に乗るクレアだが、伸びた鼻は数秒でへし折られる。

 

「ルサルナのも厄介だったが…やっぱりウルだな!流石ウルだ!」

「ふふん、まぁわたしにかかればあのていど」

「くぅ…!食っちゃ寝ばっかのくせにぃ…!」

 

ブルがウルを褒めながら高い高いとする。

伸び盛りのウルは鼻高々。クレアの真似をしている。

 

「俺は良いとこなしですわ…」

 

巻き込まれた男、カニス。

半ば強引に巻き込まれた上に大した活躍できず。

 

「カニ君は…まぁ頑張ってたよ」

「カニはそうね…頑張ってたわ」

「そういう気遣いは一番辛いんですよ…あと俺はカニスです」

 

初撃を受け流され投げられて、後ろに回り込むも隙はなく、そのまま反応できずに掴まれた。

 

褒めるところをあげるのならば、後ろで圧をかけたくらいだろうか。

 

「あー、まぁカス君は」

「カス…?」

「悪い、強さ的にカス君は」

「ここまで悪びれない人は初めてっすよ」

 

大して役に立たないままウルに媚びを売る男を許さないみみっちい男、ブル。

平然と吐かれた悪態に流石に突っ込むカニス。

 

「後ろで虫みてぇにウザったかったのは評価するわ」

「そんなに俺のことが嫌いか…?」

 

口の悪い男からウルを取り上げるルサルナ。

あぁ…とブルが伸ばす手を払い落としている。

 

ウルはさよならを告げるように手を振っている。

 

「ウル、あんなふうに人を貶したら駄目だからね」

「けなし…?」

「ウルちゃんはあんな悪口言ったら駄目だよーってこと」

「なるほど…うるはまたひとつかしこくなってしまった」

「本当にどこで覚えてくるのかしら…」

「くぅね」

「そこら辺の人の会話じゃないかなぁ?」

 

ウルが暴露する前に口を塞ぐクレア。そして視線は明後日の方向。

隙間を縫うようにして、ウルに変なことを教えるのが楽しくて止められない。

 

なお、ブルもルサルナも直接見ていないだけで大体分かっている。

もし現行犯で捕まろうものなら、暫くブルによる’可愛がり‘が行われるだろう。

 

 

焼き菓子をそっと手渡し口止めし、ウルを引っ張りそそくさと先に歩き始めるクレア。

 

「あぁ…」

 

後ろから聞こえるものすごく切なげな声を聞き流しながら。

 

この世の終わりのような顔をしたブルの肩をルサルナが叩く。

カニスもその場の雰囲気で叩いている。

 

がっ、とブルがカニスを捕まえる。

 

「ひぇ!調子こいてましたすいません!」

「カニスぅ……飲むぞ」

「…はぇ?」

 

悪鬼のような姿に謝るカニス。

続くブルの言葉に理解が追いつかない。

 

「辛いとき、悲しいときは…酒を飲むんだろ」

「え、いや…それだけじゃないですけど」

「飲むんだろ」

「その通りデス」

「まぁ…好きにしたらいいけど…やらかさないでよ?」

 

ウルを取り上げた手前、ちょっと止めにくいルサルナ。

何かやらかしてくるだろうという確信はある。

正直あれだけでこうなるとは思っていなかったが。

 

「行くぞカニス」

「助けて…あぁ…」

 

伸ばされる手はルサルナに払い落とされる。

先と同じような姿なのに絶望感があまりに違う。

巻き込まれたくないために払い落としたが、なんだかすごい罪悪感があった。

 

「…いつでも逃げれるようにしなきゃ」

 

 

罪悪感か、それとも更地になった町からか。

更地だけは勘弁してほしいなと、ルサルナは思った。

 

 

 

 

 

 

とろとろと歩きクレア達に追いつく。

ウルがクレアに何かしらを吹き込まれている。

ため息を吐きながらクレアに声をかける。

 

「また変なこと教えてるの?」

「そ、そんなんじゃないよー?ね、ウルちゃん?」

「むぐむぐ…ばれないうそのつきかた…あれ?にぃは?」

「口止めしたのに…!」

 

さらりと教えられたことを暴露するウル。

今、腹の中に収まった口止め料はさっきの分である。

ウルはお高い女なので、口止め料はその都度必要であった。

 

軽い拳骨を落としつつ、ルサルナはウルに返す。

 

「カニとお酒飲みに行ったわ」

「おさけ」

「痛ぁ…お酒なんて飲むんだね」

 

ルサルナは素直に伝える。

そうしたほうがウルが納得するだろうと。

 

「わたしもおさけのみたい」

「子供のうちに飲むと体に良くないのよ。ウルが体を壊したら…ブルが悲しむわ」

 

一瞬言い淀むルサルナ。悲しむだけで済むはずがない。

ブルが悲しむと聞いて諦めるウル。優しく素直。

ぽんぽんと頭を撫でるクレア。

 

「お子様にはちょぉっと早いかなー?」

「くぅねぇもおこさまたいけい?だもんね」

「かはっ」

「変なことばかり教えるからよ」

 

からかうクレアをウルが切り捨てる。切れ味は鋭くなるばかり。

鋭すぎる切り返しに平野を抑えて苦しむクレア。

 

「まだ…まだ余地は残ってるもん」

「そうね、そうだといいわね…」

「わたしとおそろい」

 

残酷な未来から目を背けるルサルナ。

似たような体型が嬉しいのか、にこにこのウル。

 

気遣いが刺さり、無垢な喜びが心を撫で切りにしていく。

 

「そんな、酷い…うぅ…」

 

ほろりと零れる雫。少しわざとらしい。

 

「なみだはおんなのぶき、ってくぅねぇいってた」

「同情の余地は残ってないわね」

 

またしても行われた暴露。この状況では致命的であった。

 

 

自らの行いは自らに返ってくるという。

良いこと悪いことそれぞれに。

 

 

しかしそれにしても、返ってきた行いが強くなりすぎている。

こういうのは同じくらいで返ってくるはずじゃなかったのか。

 

ちょっとした悪戯が…ウルも楽しんでいたのに、どうして?

 

 

クレアの目から、本心からの一雫が零れ落ちた。

 

 



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表裏一体の話

 

夜が深まり、良い子はとっくにねんねの時間となっている。

 

「ぅぅぅ…」

「もっちりすべすべ…癖になるぅ」

 

珍しく睡魔と戦っているウル。

ブルが帰るまで起きていると言ったが、敗北は既にウルと肩を組んでいる。

 

そんなウルの頬を捏ねくり回すクレア。

ウルが寝ないためという大義名分のもと、好き放題している。

 

それを眺めながらそわそわとしているルサルナ。

 

「やっぱりついていくべきだったかしら…でもウルとクレアも心配だし…でも更地…瓦礫の山…うぅん…」

 

うろうろ、そわそわと落ち着きがない。

それをウルを撫でながら呆れた様子で盗み見るクレア。

 

やがて決心したようにパチンと頬を叩き、一言。

 

「迎えに行くわ」

「いってらっしゃーい」

「うにゅ…」

 

おざなりに返事しながらウルを布団に寝かせるクレア。

少し遅かったらしい。

 

 

 

一方その頃とある酒場。

 

普段はギャーギャーと騒がしいこの場所も、今は誰もが口を噤み、あるものを見守っている。

 

 

「ごほっ、なんて、男…」

 

がしゃん、と人が机に倒れ込む音。

その向かいには空になった杯を静かに置く男。

 

「うおぉぉ!底無しマリーに底をつかせたぁ!こいつが真に底無しだ!」

 

おおぉぉ!と盛り上がる呑んべぇ。

盛り上がる周りと対照的に、空になった杯を悲しげに見る男。

 

「酔えねぇ…これっぽっちも…」

 

静かに飲み続け、カニスを潰し、目を付け勝負を挑んできた酔っ払い共を尽く返り討ちにした上で、まだ足りない。

 

酒の力では辛さを忘れ去ることの出来ない、悲しき怪物である。

もそもそとつまみを頬張る姿が一層哀れ。

 

「あんちゃん、いつまで湿気た面してんだ、カビが生えちまう。なんだ?酒が不味いか?それとも女にでも逃げられたか?」

 

いつまでもジメジメと湿気るブルに店主が問う。

のろのろと顔を上げたブルはボソリと返す。

 

「いや…酒は美味い」

「不味いなんか言ったらぶん殴ってたぜ。女、ねぇ」

 

遠い目をする店主。これは自分語りしたい雰囲気。

酔っ払い共は経験済みか、騒ぎながらも距離を取る。

 

「俺も若い頃によぉ」

 

長々とした旅路が始まると誰もが思ったとき、酒場の入り口が勢いよく開く。

 

絹糸のようにさらさらとした髪、ぱっちりと開いた目、薄桃色の唇。

体型は残念なことに、大きめの衣服で隠れている。

 

慌てていたのか、急いでいたのか。

白い肌を赤らめ、息を乱すその姿はなんとも艶めかしい。

 

紛うことなき自然の民、ルサルナである。

 

悲鳴や破壊音が聞こえないことに、安堵ではなく不安と焦燥を募らせていたルサルナ。

宿屋から普段は見せない全力で駆け回り、怪しいところを片っ端から探し、遂に探し当てた。

 

突然の現れたちょっと良い感じのお姉さんに酔っ払い共が色めき立つ。

ざっと中を見渡したルサルナは覇気のない湿気た背中を見つけ、大きくため息。

 

軽く息を整えそれに近づき、湿気た背中に気合の一撃。

 

ばちんと響く鋭い音は受ければ酔いなど全て吹き飛ぶだろう一撃だった。

残念なことに、ブルは欠片も酔っていないが。

 

「いつまでウジウジしてるのよ。ほら、ウルも待ってるから」

「ルサルナ…あぁ、ウル…ウルが待ってるのか…」

 

自然と腕を絡めるルサルナに、それを当然のように受け入れるブル。

店の隅に放置されているカニス。

 

「店主さん、代金はこれで足りる?」

「あ、あぁ勿論…釣りは」

「お釣りは要らないわ。じゃあ連れて帰るから」

 

嵐のように現れ、連れ去っていった状況に皆がぽかんとしている。

 

「逃げられてねぇじゃねぇか…」

 

店主のなんだかすごく悲しげな一言に、皆は何も言わずに酒を呷った。

 

 

 

 

部屋に近づいてくる足音、二人分。軽めの音と重めの音。

 

クレアはウルを湯たんぽにぬくぬくとしながら、それを聞き取った。

カニスは別の場所で宿でも取ったんだろうと思っている。

 

「ウルちゃん?ウールー!ほら、帰ってきたよ?」

「ぅう?ね、ねてない…ちょっと、めをとじてた…だけ…」

「あぁよだれまで…めっちゃぐっすりじゃん」

 

手ぬぐいでわしわしとよだれを拭いて、膝の上にしっかりと抱える。

ちょっと目を閉じて、またよだれを垂らすウル。

 

扉がゆっくり開き、ブルとルサルナが部屋に入ってくる。

 

「う、酒臭いなぁ…」

「ぅぅ」

 

どれだけ飲んだのか、ぷんぷんと臭ってくる。

ウルが顔をしかめ、ゆっくりと目を開く。 

 

「にぃ…?おかえりぃ…?」

「あぁウル…帰ったぞ…!」

 

すんすん、くんくんと臭いを嗅ぐウル。

あまりいい匂いではなかったのか、じとっとした目をブルに向ける。

 

「にぃ…くさい…」

「ぇ…?くさ、い…?俺が…くさい…?」

 

三文字、たった三文字の言葉だが、ブルの脳は理解を拒んでいた。

耐え難い苦痛から無意識に身を守る防衛本能であった。

 

ルサルナを見るブル。

視線を合わせないようにして、ルサルナが一言。

 

「…ごめんなさい」

 

たたらを踏み、後ろによろよろと後ずさるブル。

ウルとクレアを見る。

 

「いや、あの…うん」

「…くさい」

 

クレアもブルと視線を合わせず、もごもごしている。

ウルはクレアに顔を埋め、再度一言。

 

「あ゜っ…」

 

ブルの脳は耐え難い苦痛に耐えられなかった。

どこから出したのか短い断末魔のような声を上げ、壁に背を預け、ずるずると床に沈んだ。

 

あまりにも酷い仕打ちにルサルナもクレアも声が出ない。

ウルは既に夢の国へ帰っている。

 

ルサルナは枯れ木に思えるほど萎びたブルに毛布をかけ、白目を向いたブルの目をそっと閉じた。

そのままベッドに向かい、何も言わず横になった。

それを見たクレアもウルを抱きしめ横になった。

 

 

 

クレアは思う。

 

幸せと不幸せは表裏一体なんだと。

お兄さんは普段から幸せで一杯だけど、表だけでは釣り合いが取れない。

だから時折反動のように来るんだろうと。

 

先程の光景を思い出す。

あまりにも可哀想な光景だった。

 

 

 

お兄さんに幸があらんことを。

 

それだけは祈ってから眠ることにした。



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お酒はほどほどにという話


誤字報告感謝です。


 

翌朝、ルサルナは起きぬけに酒の臭いが部屋に充満していることに気づいた。

 

臭いのせいか酷く寝苦しそうなウルが目に付き、慌てて窓を開ける。

少し冷たい空気が流れ込み、換気されるとともにウルとクレアが仲良く毛布の下に消えていく。

 

「さて…とりあえずこれをなんとかしなきゃ」

 

ルサルナの視線の先には、生気をまるで感じないブル。

呼吸していなければ生きているのか疑わしくなるほど。

閉じたはずの目が開き、再び白目を露わにしていることが怖気を誘う。

 

ため息を吐き、大きく体を伸ばしてから、ルサルナは動き出した。

 

 

「俺の全てに…命より大事なものに…酒のせいで…」

「はいはい、一時的なものだから落ち込まない。それに次からお酒を飲まないだけで済む話でしょ」

「酒なんぞを生み出した愚かな人類にあらん限りの絶望を与えて根絶やしにしてくれる…」

「ボソボソと怖い事言わないでよ。自業自得でしょ」

 

ルサルナに手を引かれるがままに歩くブル。

この世の何もかもを呪っている。

 

呆れ顔のルサルナは洒落にならないと思いつつ、町の外にグイグイと引っ張っている。

 

 

 

「はい、じゃあ環境を壊さない程度に動き回って汗をかきなさい。それからしっかり体を洗えば臭いはずっとマシになるはずだから。水もしっかり飲むのよ?」

「はぃ…」

「よろしい。じゃあ頑張って。私はウルとクレアの面倒見ておくから、早めに戻ってきてね」

「はぃ…」

 

言うだけ言ってゆっくりと去っていくルサルナを見送るブル。

 

しばしルサルナの後ろ姿を眺め、

 

「汗…とりあえず汗をかけばいいのか……狩るか」

 

先の発言からして不穏な言葉を呟くブル。

 

汗をかくだけならば町の周りを走らせれば良かった。

何も魔獣相手に暴れさせる必要はない。

 

ルサルナはひと暴れすればスッキリするだろうと考えたが、それがどう出るか。

 

 

金棒を引きずり、猫背で、まるで輝きのない瞳で辺りを見渡し動き出したブル。

 

魔獣など可愛く見えるほどに恐ろしいものが、解き放たれた。

 

 

 

そんなものを解き放った飼い主(ルサルナ)は一仕事終えたとでも言うような顔で歩いている。

 

チラホラと商売の準備だろうか、品物を並べる人が出始めている。

 

何か良いものはないかと、宿に戻るついでに見て回ることにしたルサルナ。

その視界の端に乱雑に酒場から放り出された人達が映る。

 

「何してるのよ…」

 

その中に土やら何やらで汚れたカニス。 

ルサルナはその存在を今やっと思い出した。

 

どうするか思索するも、ものの数秒で見なかったことにした。

自分では引き摺れないし、何よりちょっと汚かったから。

 

 

 

そうしてルサルナが見て見ぬふりをしている頃。

がりがりと金棒を引きずる幽鬼のような男、ブルは獲物を感知した。

 

ゆっくりとその方向に向き直ったブルは、これまたゆっくりと歩き始めた。

その歩みは迷いなく、真っ直ぐに魔獣へ向かう。

 

木があればへし折り、茂みを引き裂き、岩を粉砕し、その度に速度が増していくのはもはや悪夢か。

 

魔獣すらもあまりのヤバさに正反対へ駆け出そうとするも、既に遅い。

魔獣の半身を叩き潰すように振り下ろされた金棒は、抵抗などないように地面ごと割り裂いた。

 

ふしゅぅ…と息を吐いたブルは返り血などをそのままに、また歩き出す。

がりがりと金棒を引きずりながら。

 

 

 

 

「にぃかえってこない…」

「まぁ…もう少しかしらね」

 

ウルのお腹の鳴き声が昼飯時を告げている。

今日も今日とて可愛らしい鳴き声である。

 

昨日の発言は夢とともに忘却しているウルは、ルサルナの膝の上でブルがいつ返ってくるのかそわそわとしている。

 

ルサルナもクレアもウルが臭いと言ったからだ、とは言えない。

寝ぼけていたとして、それを馬鹿正直に伝えれば泣き出しそうなために。

それに恐らくブルが戻ってくれば謝るだろうことは容易に想像できる。

それは多分、ブルの傷を抉ることになってしまう。

 

言わないほうが良いこともある、そう二人して思っていた。

 

「ほら、とりあえず何か食べましょう?」

「じゃーお肉かな!」

「却下よ」

「わたしも」

「えぇー!?いいじゃん食べようよー!」

 

ウルと手を繋ぎ、クレアに纏わりつかれている姿は見た目も相まって非常に華やか。

周囲の人の目を引き寄せながら、三人は町を歩く。

 

 

 

ずちゃ…っと粘りっぽい音をたて、金棒が引き上げられる。

周囲には小動物の一匹も存在しない。

 

あまりに悍ましい存在感に、全ての動物が接触すればこの世から送りされてしまうと感じた結果だった。

風すらも恐れ慄いたか、そよりとも吹かない。

 

 

既に体は燃えるような熱量を発している。

汗か返り血か…もはやよく分からないが、そろそろ良いかもしれない。

が、帰るにも軽く流しておいたほうが良いかもしれない。

 

ブルはそう思い、金棒を肩に担ぎ上げ、水場を探して歩き始めた。

ぽた、ぽた、と金棒から血を滴らせながら。

 

 

ブルが去って少しして、近くの茂みががさりと揺れる。

出てきたのはシャルとジェロ。

 

二人とも雨に振られたかのように濡れている。

全て冷や汗と脂汗である。

 

「ぷはぁ…ちょっとあれヤバい。魔獣よりヤバイよ、あれ。あんなのと対峙して良く生きてたね」

「うむ…吾輩、命あることに感謝しておる…」

 

ブル一行が移動したことを知り、追いかけるように動いた二人はちょっと後悔していた。

 

「どうする?あれに娘が欲しくば俺を倒してみろ、とか言われたら」

「…吾輩はその程度で怯まぬ。そういうシャルこそどうなのだ?」

「声震えてるよ。まぁ…私もウルちゃんのためなら、余裕でいけるけど?」

「膝が震えておるぞ」

 

取っ組み合いを始める二人。恐怖の余韻か、二人とも上手く体が動いていない。

 

「とりあえず、町に行くか?吾輩は足が進まぬ…」

「いや、僕もだよ。でもしっかり休みたい。鉢合わせしないようにしようよ」

「そうであるな」

 

不毛すぎると互いに手を止めた二人は、震える体に鞭打ち歩き出す。

これからどうするか、悩み時である。

 

 

ちなみにブルは誰かが隠れていることは勿論分かっていた。

一応、人を襲わない程度の理性は残っていたために何もしなかっただけである。

 

もし敵意や害意があればその限りではないが。

 

 

 

日が暮れ始めた頃、宿屋。

 

「あ!にぃ!」

「やっと帰ってきたね」

「おかえりなさい」

 

飛び付くウル、感極まり声も出ないブル。

まるで生き別れた家族との再会のよう。

 

少しして、洗ったとはいえ汚れているためにウルを引き離された。

 

 

ブルの慟哭は町中に響き渡り、新種の魔獣やら、恋人を殺された亡霊の叫びだといった噂話が広がることになった。



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動物と戯れる話

 

ウルを取り上げられ失意に暮れたブルだったが、なんてことはない。

着替えなどを済ませ、またにこにことウルを構い始めた。

 

ウルもそれが嬉しいのかにこにこではあるが、もうどちらが子供かも分からない。

 

慣れっこのルサルナとクレアはさらりと流し、就寝となった。

 

 

 

そして翌朝。

 

「この世は…素晴らしいな、とても」

「起きぬけから馬鹿なこと言わないでよ」

「おはようの代わりにはちょっと重たいよね…」

 

穏やかな顔で起きぬけに一発カマしているブル。その目にはウルしか映っていない。

ブルをベッド代わりにしているウルはぐっすりのまま。

 

一発カマされているルサルナとクレアは眠気も吹き飛ぶ。

挨拶には重すぎる一撃である。

 

そうして存分にウルの寝顔を堪能したブルは念入りに身支度している。

恐らくウルの寝ぼけながらの一言が尾を引いている。

 

「めっちゃ効いてるじゃん。臭いって言われたの」

「効いてるわね、何よりも」

「ウルちゃんに反抗期とかあったらどうなるんだろ」

「腹を切るか、更地が増えるか…言ってなんだけどあり得るわね…」

 

ルサルナもクレアも、しみじみと思う。

 

人類の敵とはこうして生まれるのか。

昔話にあるような魔王の始まりは、こういうちょっとおかしな奴から始まるのだろう、と。

 

笑い事ではなかった。

 

 

 

「ねーせっかく馬車あるんだし馬買うか借りるかしようよー。お金も大丈夫でしょー?」

「うま…」

「そうすると野盗に襲われやすくなりそうだけど」

 

だらだらと日当たりの良い窓際で垂れているクレアが言う。

馬という言葉に耳をぴくぴくさせるウル。

そしてそれに反論するルサルナ。

 

それもそうだろう。

誰が好き好んで馬車を片手で引くような男を襲うというのか。

 

「でも馬がいればいざってときに皆動けるよ?」

「御者の経験なんてある?私はないけど」

「うま…」

「いけるいける。私にかかればその程度」

「すごいわ。ここまで安く感じる言葉なんて」

 

根拠のない自信を滲ませるクレア。

自信満々の姿に不安しかないルサルナ。

 

ブルはそわそわしているウルを柔らかな笑みで見守っている。

 

「うまかうの…?」

「買おう」

 

そわそわと、興味を隠しきれないウルが口を開く。

途端にものすごく真剣な表情で食い気味に言うブル。

 

相変わらずの最優先。

考えなしの発言にルサルナが返す。

 

「あのねぇ…変なことしたら馬車が横転するし、馬用の水も餌もいるのよ?生き物だからお世話は勿論、ブルと違って休憩も必要。そういうこともちゃんと考えてる?」

「うぅ…」

「むー…」

「俺も休憩は必要なんだが…」

 

ルサルナの言葉に押され、唸る二人。

 

さらりと生き物扱いされていないブルについては流されている。

自律稼働型汎用兵器ブル。

お世話から運搬、整地や破壊殺戮までお手のもの。

 

 

 

「はぁ…まぁお試しにはいいかもね」

 

露骨に落ち込む二人を見てため息を吐いたルサルナ。

甘いブルに代わり厳しく接さねばとは思っているが、根っこは甘い。

ついつい許可を出してしまっている。

そんな言葉を受け、ぱぁっと顔を輝かせる二人。

 

「やったね!」 

「やった…!」

 

はしゃぐ二人に腕を組んでうんうんと頷くブル。

どうしても緩む頬を引き締めながら、ルサルナは釘を刺す。

 

「ただし!駄目そうなら逃がすなり、次の町で売るなりするからね」

「まっかせてー!」

「がんばる!」

 

威勢は満点のお子様。

苦労するのは母か、それとももしかして父なのか。

 

あいも変わらず、仲良く過ごしている一団である。

なおカニスについては頭にない。

 

 

 

 

 

「むむむ…」

「ふむぅ」

 

柵越しに馬とにらめっこしているウル、品定めするように見るクレア。

少し離れて、後ろではブルが心配そうに眺めている。

 

ブルは事前にルサルナから言いつけられていた。

もしウルが馬に小突かれても手を出しては駄目だと。

ちょっと転ぶ程度ならば許してあげろと。

 

そういう経験も成長には必要だと、こんこんと話されてはブルも頷く他ない。

噛まれたり蹴られたりは危ないので助けるが。

 

そしてルサルナは今、馬主と話している。

 

 

おっかなびっくりのちっこいのが気になるのか、馬はウルにジリジリ詰め寄っている。

 

「あわわ…」

 

馬の顔が近づけば、近づいた分慌てて下がるウル。

 

ウルの前にいるのは普通の馬だが、人と比べれば大きなもの。

ウルから見れば山のようにも見えてしまう。

思った以上の圧にびくびくするウルへ、クレアが声をかける。

 

「ウルちゃん馬はねー、案外賢いし人の感情に敏感なんだよ?怖がってたら馬も悲しくなっちゃうんだから」

 

そう言ってよしよしと撫でようとするクレア。

馬はすっと身を引き、クレアの手を躱す。

 

ついでに小馬鹿にしたように鼻を鳴らしている。

 

「う、馬ごときが…!」

「なるほど…かしこい」

 

内心見下していた気持ちを見抜かれたクレア。零れる悪態。

身をもって示したクレアにウルは感心する。

 

そして馬とクレアを交互に見てから、恐る恐る馬に手を伸ばす。

ブルはハラハラしている。

 

「わっ、ぁ…!すごい、つやつや!」

「うぬれぇ…」

 

純粋で無垢な幼子の手には頭を擦り付けるように動く馬。

不純と煩悩に塗れた人は駄目らしい。

 

「んふふ、ぶにぶにしてる」

 

悔しがるクレアを尻目に鼻なども触っているが嫌がる様子がない。

ウルは色んな感触に夢中になって気づいていないが、わらわらと他の馬も集まってきている。

 

「おー…スッゴ…」

「う?…わわ!」

 

わらわら群れてくる馬にクレアが感嘆する。

クレアの声に反応したウルのいる柵の前は、いつの間にかみっちりと馬の列。

思わぬ光景に固まるウルは伸びてくる鼻先に突き回されている。

 

「少し面白そうじゃねぇか」

 

ちょっと心配ではあるが、それはそれとして楽しそう。

すっとウルの横に進み出るブル。

蜘蛛の子を散らすように逃げる馬達。

 

例え害意がなくとも危ないものは危ない。

馬達は賢かった。

 

ブルのちょっとだけ上がった手が寂しそうに揺れている。

 

「にぃ…」

 

流石に可哀想に思ったのか、揺れる手を握るウル。

 

「いいんだ…俺はウルがいれば…」

 

ここまで露骨に避けられると傷つくらしい。

案外柔らかい心を持つ男である。

 

ウルの小さな手を両手で包み、優しさを噛み締めている。

クレアは離れた場所で撫でようとして、またも避けられている。

 

 

挑戦する気持ちは強いが邪念が振り払えない少女と、生物としての格が高くなり過ぎた男である。

 

どちらも動物とあまり相性は良くなかった。

 

 

 

 



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弱肉強食の話

 

死んだように横たわる数頭の馬。

それをなんとも言えない表情で見下ろすブル。

腹を抱えて大笑いしているクレアに、馬とブルの間であわあわしているウル。

 

ルサルナが馬主と話を終え戻って来たとき、目の前に広がっていた光景である。

 

「何がどうなってるの…?」

 

どのようにして目の前の光景になったのか、ルサルナにはまるで想像ができない。

良く見れば馬は死んだ訳ではないようなので、それだけは安堵のため息が漏れる。

 

最悪はウルに何かあったとして、挽肉か馬刺しの大安売りが開催されることであった。

その一歩手前なのかもしれないが、とりあえず最悪は回避できている。

 

しかし理解が追いつかない。

まさか圧倒的捕食者を前にして、仲間のために自らを差し出した訳ではないだろう。

 

とりあえず隣でぽかんとしている馬主と、自分の精神衛生のために話を聞かなくては。

 

ルサルナは鉛のように重たい一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

なんだか濁った瞳をこちらに向けて歩いてくるルサルナを見た瞬間、ブルは美しさすら感じる所作で正座した。

 

クレアは変わらず笑い転げている。

ウルはおろおろしている。

 

正座するブルの前に来たルサルナが迷うように視線を彷徨わせ、口を開く。

 

「あの…なんで?」

「いや…俺にも何がどうなってるのか…」

 

二人とも混乱の渦中にいる。

 

ブルも分からず説明が出来ない。

ウルやクレアを追って柵の中に入っただけで、何もしていないのだ。

 

ウルがルサルナの袖を引っ張る。

 

「にぃはわるくないよ?」

 

ちょっと判断がつかないルサルナは、曖昧な笑みでウルの頭を優しく撫でる。

 

「…クレア?」

「あはっあはは!けほっくふふあ゛い゛だぁ!?」

 

涙が出るほど笑うクレアに杖による振り下ろし。

涙の理由が変わった瞬間である。

 

「クレア…何があったの?」

「いったぁ…何があったって言っても、くふっ…柵の中に入って近付いたら、ふふっ…倒れ込んだだけだよー」

 

痛む頭を抑えながら、それでも笑いがこみ上げるクレア。

意図的に説明は省いている。面白いので。

 

意味が分からなさすぎて頭を抱えるルサルナ。

倒れていた馬達がそろそろと起き上がり、こそこそと離れていく。

 

それを見たルサルナは混乱する頭を何とか働かせ、考えた。

 

 

これはもしかして、死んだふり…?

 

 

「ブル、ちょっと馬に近づいてみて?」

「あ、あぁ…」

 

試しにブルに馬達に近づいてもらう。

脱兎のごとく逃げ回る馬達。

 

追い続けてもらうと次第に角に追い詰められ、逃げ道のなくなる数頭の馬。

 

忙しなく辺りを見回していた馬達は、いよいよ近づいてきたブルに何か悟ったのか、静かにその場に身を横たえた。

 

ルサルナに雷撃を受けた如き衝撃が走る。

クレアはまた、弾かれたように笑い転げる。

 

これは強大な捕食者を前に、なんとかして生き延びようとした結果、結局美味しく頂かれてしまう無駄な行為だ。

 

ルサルナは少し気が遠くなった。

 

倒れ込んだ馬をそっと撫でるブルの手にびくびくと反応する様が、まるでせめて安らかにやって欲しいと言っているかのよう。

 

知らなければ単に動物と戯れているように見えるが、ブルの背中越しにありありと感じる哀愁。

 

あまりにもあまりな光景に、ルサルナは哀れみを感じずにいられない。

浮かぶ涙をそっと拭い去った。

 

 

 

 

 

「そう…つまりクレアが中に入って、ウルがそれを追いかけたからついて行って、ああなった訳ね」

「そうだな…」

 

どこか煤けたようなブルとルサルナが話している。

その先にはやたらデカい馬にちょっかいをかけるクレアと、危ないから止めようとする馬主。

ウルは少し離れてはらはらしている。

 

ちょっかいの度が過ぎたのか、馬がクレアを追い回し始めた。

馬主の悲鳴が響き、ウルが慌ててこちらに逃げ込んでくる。

 

しかし魔獣でもないただの動物ではクレアを捉えられず、けらけらと笑いながら逃げ回られている。

 

「にぃー!」

「おおよしよし!怖かったなぁ!」

 

クレアの心配など欠片もなく、飛びついてきたウルをしっかりと受け止め、優しく撫でるブル。

ウルに飛びつかれたからか、声色には心配ではなく喜びしかない。

ウルにじとっとした目を向けられているが、気にせず撫で回している。

 

「あ!やっば、やり過ぎた…?」

 

そうこうしていると、よほど頭に血が上ったのか馬が無差別に暴れ始めた。

クレアはブル達に向けて舌をペロッと出している。あざとい。

 

ブルとルサルナはにこりと笑顔を返す。

勿論、目は全く笑っていない。

ウルはブルにしがみついている。

 

「こっちくる…!」

 

ウルが言うように暴れ馬はこちらに向かってきている。

クレアに向けられるルサルナの笑みは深まり、ブルの顔から笑顔が消えた。

 

クレアは流れるような動きで地に額を叩きつけた。

 

「活きのいい食材だな」

「流石に止めて」

「馬肉は旨いらしい」

「うまい…?」

「ウル!?」

 

ウルをしっかりと抱え、ブルはゆっくりと立ち上がる。

例え触れ合いを求めていたものであっても、ウルを傷つけるつもりなら許さない。

強かなウルは先程まで触れ合っていたにも関わらず、既に食べ物を見る目になっている。

ルサルナが信じられないものを見たような顔。

 

 

ブルが馬を睨み、ウルがゴクリと喉を鳴らした途端、何かを感じ取ったのか暴れ馬の勢いが弱まる。

 

視線の先はブルか、それともウルか。

どちらにしても、デカい馬ごときに勝てる存在ではない。

 

弱まり、立ち止まった位置はよりにもよって捕食者達の前。

馬の方が圧倒的に高い位置から見下ろすが、立場的には地に這いずる虫けらのように低い。

 

ブルが一歩踏み出す。

ウルがよだれを垂らす。

 

蛇に睨まれた蛙とはこういうものだろうか。

尻尾を揺らすこともなく固まる馬。

 

伸ばされたブルとウルの手が届く寸前、馬は失神したのか、横倒しにどうと倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

「あ、ありがとう、ござ、ございました…」

 

何か恐ろしいものを見たかのような様子の馬主は、少しどもりながらも言い切った。

もう来ないでほしいと願いを込めて。

 

「良い買い物が出来たわね」

「全くだな」

 

ブルが手に持つ綱の先にはデカい馬。

まるで屠殺される寸前の家畜のような悲壮感を醸し出している。

 

元々手がつけられない凶暴な馬であったこともあり、格安で購入することが出来ていた。

 

馬の背にはウルと、許されたらしいクレア。

初めての経験にはしゃいでいる。

 

ウルがその背に乗る前、振り落としたら晩飯にすると言われたことを、言語は分からずとも本能で理解しているのだろう。

馬体の揺れを最小限に抑えて歩いている。

 

「うーんいい景色!流石はヒジョウショクだね」

「さすがひじょーしょく」

 

早速名付けられたその名には、ウルの多大な期待が詰まっている。

 

 

その行き先は一体どこなのか。

それは徒歩で行けるものだろうか。

果たして五体満足でいられるのだろうか。

 

時折ひぃんと情けない鳴き声が漏れている。

 

 

 

筋骨たくましい馬、ヒジョウショク。

長生き出来るかどうかは、賢さによる。

 



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縁の話

 

馬を購入した翌日、一行は町を出ることにした。

 

 

「とまぁ、こんな感じでさぁ」

「…よし。よく分からんが、多分イケるだろう」

「大丈夫よ、きっと」

「ねーまだー?」

 

カニスが馬具の装着方法を一通り見せている。

 

広く浅く知識を持っている男。

しれっと雲隠れしようとしたが、ものの見事に捕まっていた。

 

ブルとルサルナは不穏な会話。

恐らく大丈夫だろうという希望的観測である。

クレアは動かしてみたくて御者台でうずうずしている。

 

馬具を着けられている非常に大人しい馬は、ヒジョウショク。

何がきっかけで食卓に並ぶか分からない元暴れ馬。

本能的に危うい立場を理解している。

 

ブルとはまた違う感覚が気に入ったのか、その背にはウルがよじ登っている。

時折思い出したようによだれを啜る音がするのは、きっと気の所為。

 

「まぁ、やってるうちに分かるだろ。クレア、いいぞ」

「軽くよ?軽く」

「はぁい軽くねー…それ行けヒジョウショク!」

 

クレアの勢いのいい合図に、ひんひん鳴きながら歩き出すヒジョウショク。

ウルが背に乗っているからか、とてもゆっくり。

 

「うぅん…上下関係が出来ていれば、しっかりした良い子よね」

「非常食にするには勿体ないな」

「可哀想だし名前変えたら?名付けたばかりだけど」

「うむ…ウル、どうする?」

 

既に格付けは済んでおり、捕食者達の前にひれ伏すことになったヒジョウショク。

ちっこいのが動く際、格が違う何かがものすごく見てくるので非常に気を遣っていた。

それが功を奏したのか、ブル達からの評価は悪くない。

 

改名までされれば、さらに長生きの兆しが見えてくるだろう。

 

ブルに問いかけられたウルはヒジョウショクの首筋を撫でながら、クレアに教えてもらったことを思い出した。

 

「じゃあ…ばさし」

「どうして捌いちゃったの…?」

「おいクレア」

「た、食べ方を教えただけ…」

 

じゅるり、とよだれを啜る音が聞こえてくる。

ひぃんひぃんと訴えかけるような鳴き声。

 

馬の名前と言うには非常食と変わらず、残酷である。

首筋を優しく撫でる姿に、何かしらの欲望を感じてしまう。

 

「んふふ…さばきかたもばっちり」

 

よだれを啜り首筋を撫でながら、ウルが恐ろしいことを言っている。

 

「クレア、あなた…」

「これもお前なのか…?」

「あああ…違うの、ウルちゃんが楽しそうだったから…」

 

二人から問い詰められるクレアは苦し紛れの言い訳。

ウルが楽しんでいたのは間違いないが、クレアはその倍ほど楽しんでいる。

 

「くぅねえのおはなし、おもしろいからすき」

「仕方ないなぁ!」

「このお馬鹿…」

 

仕方ないとでもいうようにウルからの援護射撃。

その目にはクレアがこっそり取り出した焼き菓子が映っている。

勿論、ブルとルサルナの視線を掻い潜って行われている。

 

ブルは目にも止まらぬ手のひら返しを実行した。

その甘さは焼き菓子に蜂蜜をたっぷりかけても到底足りない。

ウルの慈悲深さに気を取られ、密かに行われている取引を見落としている。

クレアに対するウルの慈悲深さは有料であった。

 

ルサルナもあまり変なことは教えてほしくないのだが、やはり甘っちょろいので許している。

現在進行形で行われる賄賂に気づけば流石に怒るだろうが、残念なことに気がついていない。

 

ウルはとても順調に学習している。

 

なんだかんだで、ヒジョウショクはバサシに改名された。

変わったことは呼びやすさと、ウルの唾液量が増えたことくらいである。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、首尾よく抜けれたなぁ」

 

しれっとブル達を見送った男、カニス。

仲間を失い、運良く生き残ったところを助け出された、悪運の強い男である。

 

馬の名前に非常食と名付けるヤバい奴らから無事に開放され、清々しい気分であった。

 

こちらもいつ、カニスから肉壁とかに改名されるか分かったもんじゃないと恐れていた。

まぁ、肉壁として運用はされかけたが。

 

しかし開放された今、そうなることは恐らくない。

 

もしかしたら戻ってきて捕獲される可能性も考えられるが、恐らくそこまではしないはず。

少しの間隠れ潜んで、後はテキトーに小銭でも稼いでいればいいだろう。

 

暫くは旅も危険もごめんだと思いながら町を歩く。

 

「まぁ、とりあえずは飯でも食うか」

 

一人になったが、軽くなった気分で呟く。

 

そうして何を食おうかと考えていると肩を叩かれる。

振り向くとそこそこにデカい男と華奢な女。

立ち振舞は戦士のそれ。

 

「ねぇお兄さん、食事なら僕達と一緒に食べようよ」

「我輩の奢りでな」

「あ、いえ宗教的に知らない人と食べちゃ駄目なんで。俺マジ半端ない信者なんで。母ちゃんも父ちゃんも言ってるんで。じゃあそういうことでー!」

 

カニスは思った。

 

臭う。それはもうぷんぷん臭う。

ブル達に負けず劣らずのヤバい奴の臭いがする。

 

カニスは迅速に決断し、実行した。

 

 

 

即ち、全力疾走。

 

 

 

「厄い!何でこんなに厄いんだ!俺が何したってんだ!」

 

人の間を素晴らしい速度で縫うように走りつつ、恨み言を垂れ流す。

自らの能力の限界を叩き出している。

 

 

裏も表も走り回り、ときに屋根の上も駆け抜けて、追跡されていないか入念に確認し、それから寂れた酒場に身を潜めた。

 

 

ここまでやれば並大抵の奴はついてこれまい。

 

そう思って酒を頼み、一気に呷る。

火照った体に染み渡る旨さ。

 

全て飲み干し、勢いよくコップを叩きつける。

 

「くぅー…!たまんねぇ!やっぱ酒だよなぁ!」

「はい、おかわりどうぞ」

「おっ気が利くねぇ…ん?おあ!?」

「おっと危ない、溢れてしまうぞ」

 

すかさず注がれたことに気を良くしたカニスだが、ものすごく聞き覚えのある声。

具体的にはつい先程聞いたばかり。

 

隣を見ると椅子に座ろうとしている先程の女。

驚いてコップを放り投げそうになったが、腕を抑えられ一滴も溢れることはなかった。

 

恐る恐る反対を見ると、先程の男。

腕はガッチリ掴まれたままである。

 

「は、ははっ…ちくしょう

 

乾いた笑いを漏らすカニス。

逃げられないことを理解し、小さくぼやいている。

 

 

 

ヤバい奴を引き寄せる男、カニス。

上手いこと逃げたつもりだが、運命は彼を離さないつもりらしい。

 

ある意味、神に愛されているといっても過言ではないかもしれない。

愛してくる神が真っ当な神であるかは、不明である。

 

 

 



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それぞれの話

 

多少の変化があったとはいえ、いつも通りの旅路。

いつも通りに魔獣に襲われ、いつも通りにぶち殺すはずであったが、今回は若干異なる。

主な原因はクレアの発言である。

 

 

バサシが魔獣にビビらないように慣れさせるため、あえて馬車付近での戦闘を行っていたブル一行。

 

ルサルナが守り、クレアが喜々として突撃し、ブルが後ろで偉そうに腕を組んで頷く。

ウルもブルの真似をしてうむうむと頷いていた。

 

ルサルナに雷を落とされたブルはしっかり働くことになり、戦闘に釣られてやってきた大物を相手にすることになったのだが…

 

「その魔獣って、ウルちゃんと似たような耳だよねー」

 

自分の相手をさっさと針鼠にしたクレア。

デカい体に似合わない、小さく丸っこい耳を持った大物に、つい口が滑る。

 

魔獣ごとぶち殺されるか、魔獣をぶち殺した後に可愛がりを受けそうな発言なのだが、ブルの金棒がびたりと止まる。

 

前衛的な芸術作品の創作を中断し、一旦魔獣を投げ飛ばしたブルがゆっくりと振り返る。

クレアは失言を自覚し、帽子をとったウルを盾のように掲げている。

 

「にてる?」

 

こてんと首をかしげるウル。

ブルは体制を立て直した魔獣をあしらいながら、じっくりと観察する。

 

ウルの丸っこく小さな可愛らしい耳。素晴らしい。

この魔獣の耳も、丸っこく小さい。

 

ウルの守りたくなるような、可愛らしい姿。天使か。

中々に獣臭く血なまぐさい、雄々しい立ち姿の魔獣。

 

ウルはブルを見ると飛びついてくる。愛が我慢できない。

魔獣もお前を喰らってやろうと言わんばかりに飛びついてくる。

 

差異は中々に大きい。

しかし馬と違って魔獣は逃げない。

 

「一部目をつぶれば…有り、か…?」

「無しに決まってるじゃない…え、本気なの?」

 

血迷うブル、正気を疑うルサルナ。

 

逃げない動物であることも、ブルの判断を迷わせている。

 

ルサルナからすると、何をどう考えたところで無しにしかならない。

 

血走り、殺意に塗れた理性の感じられない目。

殺傷することに特化した血なまぐさい鋭い爪や歯。

多少の障害を叩き潰せる体格や筋力。

ある程度の防御力を有したゴワゴワした毛を持つ、汚く獣臭い姿。

 

これを有りというのは、まともな理性を持った人類では理解し難い解釈である。

 

視線の先ではブルが魔獣との交流を図り始めている。

 

「暴れんな、暴れんなよ…」

 

諭すように話しかける姿に怖気が走る。

よく分からないが、あれを好きにさせるのは非常に不味い気がする。

 

全力で、目一杯、あらん限りの力で阻止せねば。

 

ルサルナは粟立つ心を奮い立たせるように少し前に出て、全身全霊で魔法を解き放った。

 

「偉大なる大地よ!全てを受け止め抱擁せよ!」

 

莫大な魔力が解放され、空間ごと震えるような感覚。

ついで実際に揺れ始める大地。

 

久方ぶりに身の危険を感じたブルは慌てて逃げる。

ウルとクレアの横に滑り込んだブルは、目の前の光景に絶句した。

 

 

大地が波打ち、割れ、立ち上がる。

 

 

波打つ大地に足を取られた魔獣は、割れた大地に飲み込まれ、津波のように被さる土砂の下に消えた。

 

残ったのは広範囲にわたり草の一本もない、整備されたような地面だけであった。

 

突き立てた杖を引き抜き、ゆらりと振り返るルサルナ。

びくつく二人と一頭。

ウルは丸いお目々をきらきらさせている。

 

可視化されるほどに濃密な魔力が瞳から漏れるその姿は、これ以上ないほど魔王的であった。

 

 

「…どうしたの?怖いものでも見たような顔して」

 

優しげな笑みを浮かべるルサルナ。

ブルごと肥料にしかねない魔法を撃ったとは思えないほど美しい微笑みである。

 

抱擁ではなく喰らい尽くせでは、とは口が裂けても言えない。

言葉なく首を振る三人。

 

「そう…何も()()()()()ことだし、早く進みましょう?」

「了解!」

「分かりました!」

 

威勢よく返事するブルとクレア。

ウルは興奮からか声も出せず、ぶんぶんと腕を振り回している。

 

ルサルナが馬車に乗ると自発的に動き始めるバサシ。

このお方こそが真の支配者であると言わんばかり。

 

大人しく付き従うブルとクレアがそれを助長させている。

ウルは興奮を隠せず、ルサルナに纏わりついてぱたぱたしている。

 

何もかもを許すような穏やかな笑みを浮かべるルサルナと、ぱたぱたと賑やかなウル。

蛇を前にした蛙のようなブルとクレア。

 

一行は概ね穏やかに旅を続ける。

 

 

 

 

 

「やべぇなこりゃぁ…」

「恐ろしさを超えて感動すら覚えるね…これは」

「ううむ…」

 

数日後、通りがかったとある三人。

シャルとジェロ、拉致られたカニスである。

 

逃げること叶わぬと諦めたカニスは、ブル一行を追跡する二人の仲間として加えられていた。

 

三人の前には、整地されたような景色が広がっている。

 

「ルサルナの姉御だな…もし人がやったと仮定すればだが…」

「確かに地魔法を良く使っていたけど、こんなの一人で出来る?」

 

広範囲にわたり草の一本もない平坦な大地。

明らかに他と違い浮いている景色である。

 

自らも魔法が得意とはいえ、ちょっと常識を疑うシャル。

 

「相手を人類と考えるなよ。胸張って人類って言えるのクレアぐらいだぞ?ウルちゃんもちょっと怪しいのに」

 

大変失礼なことを言うカニス。

本人達がいないからへりくだる必要もない。

 

「流石クレア殿…吾輩の姫様であるな」

「ウルちゃんは天使だから人類じゃないよね」

「お前らも人類じゃねぇよ。頭の構造が」

 

二人の返事に思わず突っ込むカニス。

ちょっと失礼なことを言っても、命の心配も可愛がりもされることはないと理解しているためである。

 

ため息の尽きない旅路である。カニスだけが。

 

時折現れる、恐らくはブルが作ったであろう破壊痕を辿りながら三人はブル達を追いかけている。

 

カニスの心労を除けば、こちらも実に穏やかな旅路である。

 

 



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知らない方が良いこともある話

 

数日ほど旅を続けた一行は、とある都市に着いていた。

都市を前に魔獣の群れに襲われているが、特筆することはない。

全て肥料として大地にお返ししている。

 

目の前にあるのは、監視塔や高い壁を擁するやや物々しい都市。

 

 

傭兵都市ゼルドナー。

 

 

過去に魔獣の大発生が起きた際に作られた要塞が元となった都市である。

大発生後もその周囲に魔獣が多く存在し、そのため大勢の傭兵が残り、良い商機と捉えた商人達が集まり拡大された結果、都市と呼ぶほどに大きくなった場所である。

都市の中心には古びた要塞が残されており、象徴になっている。

 

現在はただの町民も数多くいるが、やはり魔獣狩りを主とする傭兵が多く、荒っぽい者は多い。

 

一般市民にはほとんど手は出さない理性はあるが、舐められたり馬鹿にされるのであれば、その限りではない。

 

都市では毎日、どこかで乱闘が起こっている。

 

 

傭兵都市ゼルドナー。

 

基本的に強さこそがものを言う、そこそこ危険な都市である。

 

 

 

 

るんるんと弾むように歩く、揉め事大歓迎なクレア。

因縁でもつけられないかとうずうずしている。

 

そんな姿にため息を吐くルサルナと、どうでも良さそうなブル。

ウルは色々な装備をした人達に興奮している。

 

子供を肩車し、見目の良い女性を連れ、しかも立派な馬までいる一行はものすごく目立っている。

目立っているが、じろじろと見られるだけで特に動きはない。

 

 

一行はまずは宿を確保し、見たい見たいと興奮するウルのため散策することにした。

 

ルサルナは依頼屋に魔物の情報を伝えに行っている。

ウル優先のブルでは、あの老人からの依頼をする気配がなかったためである。

 

何度も遭遇した群れも、猪のような特異個体も、地竜や影の様な個体も報告していない。

 

特に影の様な個体。

せめて対処法を広めなければ、いたずらに被害が増えてしまうだろう。

 

基本ウルしか目にないブルと違い、ルサルナはしっかりしていた。

 

そして、ある程度危機感を持ったルサルナと違って、お子様二人連れのブルはのんびりしていた。

 

買った果実水を片手に、きゃーきゃーはしゃぐウルとクレアを眺めている。

 

勿論、なんだこのガキどもは、と邪魔そうにする傭兵もいる。

 

そういう輩は直ぐに、子供らの後ろに控える悪鬼に睨まれ退散しているが。

どれほど恐ろしい表情で睨んでいようとも、ウルが振り向けば穏やかな笑顔を浮かべる為、その表情の変化に二度見三度見する者が続出している。

 

二度見か三度見する頃には穏やかな笑顔なので、疲れているのかと首をかしげているが。

 

 

ブル達が遊んでいる中、ルサルナはきっちりと報告を終えた。

大都市ナシク、あの老人がいる都市に報告が行くように依頼もした。

 

頼まれたことなのに、なんでこちらがお金を払っているんだろうとは思ったが、面倒なことに巻き込まれたくないので大人しく依頼料を出している。

 

若干もやっとした気分のまま、合流する予定の広場に向かうことにするルサルナ。

 

「あぁー!!魔王だ!噂の魔王!」

 

依頼屋を出た途端、甲高い声が響く。

知らないふりをしようとしたが、あからさまにこちらを指差している。

周囲の人達もこちらと何か喚いている少女に注目している。

 

「ねぇ!お姉さん魔王ですよね!?」

「いいえ知らないわね。他人の空似じゃない?」

「そうなの!?ごめんなさい!」

 

グイグイ詰め寄ってくる少女に素知らぬ顔で嘘を吐くルサルナ。

少女は素直なのか、ただの馬鹿なのか、間違えたことを謝罪する。

 

「いいのよ。間違いは誰にでもあることだから。今後は気をつけることね」

「ありがとうお姉さん!」

 

大人の対応である。ただし、腹は真っ黒。

足早に去ろうとしたルサルナの服を掴む少女。

 

「まだ何か?」

「あの、間違えたお詫びにご飯奢ります!」

「残念だけど、もう食べたの。気にしなくていいから、それじゃあ」

 

当然、食事はまだである。

嘘に嘘を被せていくルサルナ。

おろおろとし始める少女。服の端は離さない。

 

「あ…え、えと…あのあの…」

「悪いけど、少し急いでるの。気を遣ってくれてありがとう。それじゃあ」

 

ついてきてもらうのにいい方法は、と考えるも案が何も思い浮かばない少女。少し涙目。

別に急いでいなかったが、たった今急ぐ理由が出来たルサルナ。

やんわり手を離させ、頭を優しく一撫でして歩き出す。

 

「あ…」

 

悲しげな声が聞こえるが、努めて聞こえないふり。

嘘に嘘を重ね、聞こえないふりまでして純粋そうな少女を騙すのは少し心が痛む。

しかし自らの汚点を曝け出したくないという気持ちの方が強い。

歩く速度はぐんぐん上がり、もはや駆け足。

 

合流する前に外套も新しく購入し、目立つ杖を鞄に放り込み、出来るだけ顔を隠すルサルナ。

どれだけ嫌なのかがそれだけで理解できる。

 

 

「戻ったわ」

「おう…どうした?杖は?外套も買ったのか?」

「私の噂が流れてるらしくて…」

「そ、そうか…仕方ないな…」

「あれ?ルナ姉どうしたの?」

「きがえたの?」

「噂が…流れてるのよ…」

「うわさ?」

「ウル、宿屋に戻ったら教えるからな」

 

ルサルナが戻り、ウルとクレアも近づいてくる。

ブルとクレアは噂と聞いてピンとくる。

ウルは首をかしげているが、ブルに後でと言われとりあえず納得している。

 

一行は素早く宿へ戻っていった。

 

 

 

「もうこっちまで届いてるんだねー」

「俺等はのんびり進んでるから、そんなもんか」

「むぅ…」

 

ルサルナから何があったかを聞き、案外広まるのが早いと感心していた。

ウルは魔王様の品々を取り出そうとしてクレアに取り押さえられていた。

不満気な顔でクレアに抱えられている。

 

「ということで、名前も知られていると嫌だから、ちょっと変えましょう」

「ルナ姉じゃ駄目?」

「確かに。ルナで良いんじゃないか?」

「ブル、もう一度呼んでみて?」

「ん?…ルナ」

 

なんだか鼓動が高鳴るルサルナ。

 

安直ではあるが、ブルにそう呼ばれるのは新鮮だし特別感があってとても良い。

名前を短くしただけなのでこれ以降も使える。

 

ルサルナはその魅力に抗えなかった。

 

付き合いたての恋人かよ、などとクレアは思ったが口にはしない。

誰も好き好んで馬に蹴られたくはないのだ。

 

とりあえず簡易ではあるが、幾らかは誤魔化せるだろうと呼び名はルナに決まった。

 

 

ブル達は知らない。

ルサルナ含め、認識が甘いことを。

ブル達全員に言えることだが、情報に疎い。

 

 

魔獣を狩る者たちは多い。

そうした者たちはゼルドナーに拠点を置いているものも少なからずいる。

腕っぷしに自信がある者も集まる。

 

そうすると、各地の噂が自然と集まってくる。

噂の中で特に人気となるのは、魔獣と同業者についてだ。

 

魔獣は勿論、真実ならば名を上げるために倒したいから。

同業者はヤバい奴らの動向であったり、新たに出てきた強者について知りたい。

ヤバい奴らには手を出したくないし、ヤバくないなら手合わせをしてみたりしたい。

 

傭兵が多い分、そういった話は他の都市よりよく広まるのだ。

 

当然のように、ブル達が仕出かしたことは噂になっている。

大抵は確度の低い噂話の類に漏れないが、ある程度の情報通であったり、噂の発信源を追う者もいる。

 

どのような容姿で、獲物は何か、何人で動いているのか。

当然、知っている者は知っている。

 

ブルはもとより有名であった。

当初こそ、過去とのあまりの差異に同一人物と見做されなかったが、時折バチクソにキレるため同一人物で間違いないとの見解である。

 

そしてルサルナもまた、絵や彫刻にまでなっているため、かなり有名になっている。

 

ルサルナが素知らぬ顔で嘘を吐いていたのも、傭兵の多くは分かっていた。

 

 

では有名であるのに、何故あまり絡まれないのか。

勿論ブルの存在が大きいのだが、それだけではない。

 

 

ブル達は知らない。

 

ゼルドナーにおいての自分達の評価を。

ヤバい奴らの中でも、上澄みかどうかというほどヤバい奴らだと思われていることを。

 

ブル達はまだ知らない。

 




新キャラが増えちゃう…


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百聞は一見にしかずという話

 

噂であれこれ言われていようとも、結局は噂。

噂というのは、大抵元となった出来事に尾鰭が付いたものである。

 

しかし稀に、尾鰭も何もないものや、尾鰭を付けてやっと元の出来事に追い付く噂もある。

 

人は往々にして、聞いただけで分かったつもりになるが、時には自ら体験することも重要なことである。

 

 

 

青い空、爽やかな風。

 

きゃっきゃと笑い合う二人のお子様。

穏やかな笑顔で眺める男と、顔まですっぽり隠した人物。

 

はしゃぐお子様はウルとクレア。

眺める不審者気味の二人はブルとルサルナである。

 

聞いたことがない甘味品が売っており、それを買うためにウルとクレアが売り場の列に並んでいる。

 

ブルはウルに、買ってきてあげると言われて喜々として待っていた。

日々成長するウルに、感涙にむせんでいる。晴れやかな天気にも関わらず、穏やかな笑顔に雨が降っていた。

 

ルサルナは単に目立ちたくないからである。甘味品には興味津々。

 

そうして待っている二人に近づいてくる小柄な姿。

 

「やっぱり、あの人だよ。ほら、これそっくり」

「そうね!片方は顔が分からないけど、きっとそう!」

 

ルサルナは聞き覚えのある声に今すぐ逃げ出したくなった。

逃げ出したいが、ブル達を置いていくわけにもいかない。

 

「すいません、魔王の懐刀で合ってますか?」

「魔王の守護者ですよね!」

 

ずいっと近づいてきた二人。

金髪と紫石英のような瞳がそっくりな少年少女である。

 

魔王と聞いて何となく察したブルだが、懐刀と言われていることは知らない。守護者も。

 

「いや、知らねぇ。初めて聞いたんだが」

「え…でもこの絵そっくりなのに…」

 

少女は否定されて急激に勢いを失うも、手に持っていた額縁をブルに見せる。

 

そこにはルサルナが誰かを踏みつけ、その脇にブルが控える姿が描かれている。

 

「へぇ…見事なもんだな、そっくりだ」

「で、ですよね!」

「ぅ゛っ゛」

 

そっくりどころか本人なのだが、ブルは素知らぬ顔。

横ではまさかの絵画登場に精神の傷が開いたルサルナ。

 

「横の方は魔王ですよね!顔は隠しててもあなたがいるし!」

「ルナ、お前魔王だってよ」

「そそそうなん、なんだしし、知らなかったわぁ!」

「めっちゃ動揺してますね」

 

昨日は素知らぬ顔で対応していたルサルナ。

致命の一撃を受けて動揺を隠せない。

 

あまりの動揺っぷりに少年が思わず突っ込む。

 

「嬢ちゃん、良いこと教えてやろうか?」

「良いこと!?なんですか!?」

「話逸らされるよ?いいの?」

 

半端ではない動揺っぷりに、ブルが時間稼ぎを図る。

良いことと聞いて、とてもわくわくしている素直な少女。

少年はあまりの容易さに呆れている。

 

「知っていた方がいい、だが怖い話だ…それでも聞きたいか?」

「っ、し、知っていた方が良いなら…」

「はぁ…」

 

脅すような言葉に、ごくりと喉を鳴らす少女。チョロさが溢れている。

その姿にため息しか出ない少年。

 

「この世にはな、嬢ちゃん。自分を含めそっくりな人が三人いるんだ」

「さ、三人?三人もいるの?…でもそれが何なの…?」

 

どきどきしている少女。

おちょくりがいがあるなと思っているブル。

 

「そのそっくりさんは本物を探しているんだ」

「探す…?どうして?」

「自分が本物になるためだ」

「本物に…」

 

既に何となく先が読めている少年。

やたらとビビる少女を冷めた目で見ている。

 

「本物になるためには何が必要か、分かるか?」

「な、何が必要なの…?」

 

純にすぎる少女。

 

「それはな…お前を喰らうことだぁ!!

「ひぅ!?」

 

驚きすぎて、ぺたんと尻もちをつく少女。

大きな声で脅かす古典的な方法に、それはもう見事に引っ掛かっていた。

あまりにもチョロすぎる姿に天を仰ぐ少年。

 

「こんなに驚くとは…ウルには話せんな」

「ふぇぇ…こしがぬけちゃった…」

「大丈夫?その、悪いけど頭の方ね」

 

ウルに話そうと思っていたが、反応が良すぎて止めようと考えるブル。

もし話していたら冷めた目で見られるだろう、これは英断である。

 

涙目で立てない少女を心配する少年。ただし頭の方。

 

「まぁ脅かしたが何が言いたいかというとだな…教えてくれたお陰で、俺はそいつを警戒出来るわけだ。お前は命の恩人だ。これをやるから宿に戻って食べな」

「え?あれ?えっと…どう、いたしまして…?」

「僕は君が生きていけるのか心配になるよ」

 

焼き菓子を手渡され、よく分からないまま帰らされそうになっている少女。

頭の上には疑問符が飛び交っている。

本気で心配している少年。頭の方であるが。

 

「じゃあな嬢ちゃん。また今度」

「ちょっと!わざとこの子にぶつかったでしょ!」

「ああ!?知らねぇよ!小せぇのにウロチョロしてっからだろうが!」

 

少女が理解する前に帰らせようとしたブルだが、売り場の列の奥からいざこざの声が聞こえてきた。

クレアと男の声である。

 

ブルは一瞬で状況を把握した。

クレアがこの子と言っているのはウルのことだろう。

 

息苦しくなるような圧とともに立ち上がるブル。

少年少女は驚きの変化に顔が引き攣っている。

 

「悪いな、用事が出来た。ルナ、行くぞ」

「…えぇ」

 

背景と同化することに努めていたルサルナも、非常事態に気持ちを入れ替える。

ウルとクレアの身の危険というより、都市存続の危機である。

 

鬼の出現に人の波が割れる。

誰であろうと、バチクソにキレている奴には関わりを持ちたくないものである。

 

 

「誠心誠意真心込めて謝罪しないと、赤ん坊からやり直すことになるよ…!」

「誰がチョロチョロしてるガキに謝るってんだ?チビはチビなりに気をつけて…」

「ぁ…にぃ…」

「ぅ…鬼ぃ、さん」

 

赤い血が通っているのか心配になるほど青い顔になるクレア。

言葉の意味が違うように聞こえてしまう。

 

異変に気づいた男の声が止まる。

 

「どうした?続けてみろ」

「ぉ、あ…」

 

男は空間が歪んで見えるほどの圧迫感を感じていた。

立っているのか、倒れているのか分からなくなっていくほど。

 

よろめき、尻もちをついた男をブルが見下ろす。

 

「おいおい、随分とまぁ…小さくなったなぁ。小さすぎて踏み潰しても分かんねぇぞ?」

「あがっ…!」

 

胸元を軽く踏みつけ、地面に押し付けるブル。軽くの基準はブル本人である。

 

つまり、半端ではない。

 

「うちの子が世話になるなぁ。それで?チビはチビなりに…なんなんだ?」

 

痛みと恐ろしさで声も出せない男。

みしみしと軋む音が響き始める。

 

「ちっ…(じゃく)い。弱者にしか噛み付けねぇのか?今から来世に期待するか?」

「かはっ、やめ…」

 

一度足を上げるブル。足を下ろす位置は胸元から、頭へ。

 

「にぃやめて!」

「待ってー!!」

 

足を下ろす寸前、二つの小さい塊が勢い良くブルにぶつかりにくる。

ウルと先程の少女である。

 

少女はどうでも良いとして、ウルを避ける訳にはいかない。

ウルをしっかり抱きとめた結果、赤い花は咲くことなく、舗装された地面を砕くだけに留まった。

 

少女は片足のくせに根でも張ったようなブルに跳ね返されていた。

 

「にぃ、わたしだいじょうぶだから」

「ウル、でもな…いや、大丈夫なら良い」

 

ぎゅっと抱きしめる姿は感動的にすら思える光景だろう。

足元の泡を吹く男と砕けた地面がなければ。

 

目を回している少女は少年に介抱されている。

 

 

巻き込まれないように遠巻きに眺めていた傭兵達は、やはりヤバい奴であることを再認識した。

ウルを見るときの穏やかな笑顔は本心からのものであるため、実際に見ても判断が付かないところであった。

 

死にかけた奴は不幸だが、そのお陰でヤバいままだと確信を得れたのだ。

 

 

百聞は一見にしかず。

 

百回話を聞いたところで、一目見ることには及ばない。

大事なことは、やはり実体験である。

 



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ところにより嵐がくる話

 

「あのー、感動的?なところ申し訳ないんですけど…」

 

ウルをしっかり抱きしめるブルに声がかかる。

そちらに視線をやると、目を回した少女を介抱する少年。

 

「おう、気をつけて帰れよ。俺は今、愛が溢れて仕方ないんだ」

「常日頃よね」

「入れ物がお猪口じゃん」

「いやあの…」

「はっ…あれ?」

 

都市壊滅には至らないと分かった途端、余裕を取り戻したルサルナとクレア。

ため息を吐くように突っ込みを入れている。

 

お子様厳禁な場面になりかけたにも関わらず、平然とした様子に困惑している少年。

少女が混乱から抜け出し、きょろきょろと辺りを見渡し、その視線がブルに向く。

 

「…あ!そうよ!やっぱりあなた魔王の仲間じゃない!」

「ん?あぁまだいたのか。帰ってからゆっくり食べるんだぞ」

「あ、うん、ありがとう…じゃなくて!直ぐに手を出す暴力性!いとも簡単に手にかけようする残虐性!やっぱり魔王の仲間でしょ!」

「出したのは足だが」

「へ?…う、うるさーい!!」

 

雑にあしらうブルに、顔を真っ赤にして喚く少女。

 

 

止めとけ!そいつは女子供でも容赦はしないぞ!

息するように蹂躙する奴だ!止めときな嬢ちゃん!

女の子だろ!犯されるぞ!

 

 

わーわーと遠巻きに静止する傭兵達。

いつの間にか町民も傭兵もかなり距離を取っている。

 

ウルは以前のことを思い出したのか、むっとした顔。

じたばたと動き始め、ブルの手から逃れる。

 

「おお?ウル?」

「どうしたの?あいったぁ!

 

突然のウルの行動に困惑するブルと少女。

少女が思わず手を伸ばすが、バチっという音とともに弾かれる。

 

ウルの体から漏れ出るように流れた電気が原因である。

 

 

その様子を見て、以前も似たことがあったことをブル達は思い出した。

 

都市リロイでのことである。

色々あって都市にブルの悪い噂が広まり、ウルが激高し暴れかけたことがあった。

 

その時にはウルに触れるものがどんどんと凍っていき、爆発すれば氷の彫像がたくさん出来上がっていたことだろう。

 

ブルの燃え盛るような愛の前に抑え込まれたが。

 

 

今回は触れるのにも苦労するような状況になっている。

涙目で手を抱える少女が良い例である。

 

バチバチと音が激しくなってきた。

 

土の壁で隔離しようとしたルサルナだが、ブルと少女の位置が近すぎる。

薄い壁を作ったところで、暴走したウルに粉砕される未来しか見えない。

 

ルサルナもクレアも、多少の痛みは覚悟で飛びつこうと身構えたが、その前にブルが後ろから優しく抱きしめようとする。

 

「っ!…っ…!」

 

しかしウルの半端ではない出力に、ブルは筋肉が硬直し抱きしめることもままならない。

それでもなお、全てを受け入れるような穏やかな顔を維持している。

 

溢れる愛は電気をよく通すらしい。

が、同時に苦痛を我慢できるようにもなるらしい。

 

「と…止まった…?」

「快挙だわ…」

 

ブルですら止まる状況に、ルサルナとクレアはいっそ感動すら覚えている。

周囲の野次馬は怒れる幼子より、脳を殴りつけるような狂気じみた愛に目を奪われている。

 

 

今、この広場に動くものはいない。

激高したウルを除いて。

 

「ばかにするな…」

 

俯いた顔を上げるウル。

感情が高まり、目に涙を湛えている。

弾けるような音が最高潮に達する。

 

「にぃをばかにするなー!」

 

耳をつんざくような音とともに、溜まりに溜まった怒りが解放される。

雷が無差別に周辺を蹂躙し、ウルを中心に徐々に地面が凍りついていく。

 

「嘘っ!二種同時の魔法発動なんて…!」

「そんなこと、ひあっ!?言ってる場合じゃないって!!」

 

反射的に距離を取ったルサルナとクレア。

目にした光景にルサルナが驚嘆している横で、不格好な踊りを披露しているクレア。

 

うおぁあぁぁ!?

やめろ!盾にしないでくれ!?

あばば…

 

周囲は雷と悲鳴に満ちた阿鼻叫喚である。

本日の天気は快晴だが、ところにより大嵐であった。

 

数十秒の大嵐が過ぎ去り、雷の音が消える。

広場には代わりにうめき声が満ちている。

 

「…収まった?」

「とんだ天気雨ね」

「降ったのは雷だけど」

「あなたも、もう大丈夫よ」

 

ルサルナとクレアが軽口を叩く。

直ぐに土の壁を作り出し、あまり被害を受けなかったからこそである。

 

目ざとくそれを発見し、避難してきた少年にルサルナが声をかける。

 

「た、助かった…?本当にありがとうございました…」

「あなたの運が良かっただけよ」

「る、ルナ姉…あれ…」

「なに?あれって、うわっ…」

 

クレアが信じられないものを見たかのようにルサルナを呼ぶ。

クレアの視線を辿り、土の壁から覗いた先の光景にルサルナもドン引きする。

 

 

視線の先には、ところどころ焦げたようなブルがいた。

焦げ跡の他に服などの一部も凍っていた。

 

少女はそのすぐ後ろに倒れている。

こちらは遠目には焦げていたりする様子はない。

 

ブルは先程と変わらぬ姿勢、変わらぬ顔のまま、目を閉じていた。

おろおろして泣きそうなウルが向かい合っている。

 

まるで物語の一幕のような光景だ。

少し見なかった間に、ウルは恐ろしい怪物を打倒した勇者になっていたらしい。

 

「あれ、動かないけど…多分生きてるよね?」

「大丈夫でしょ。それに…死んでも愛に生きているわ」

「愛はそこまで万能じゃないよ…」

「アメリア…馬鹿で阿呆だけど良い子…いやただの馬鹿だったな」

 

死という概念があるか疑わしき男、ブル。

どんな状況においても死にそうにないという、厚い信頼を寄せられている。

 

隣では倒れ込む少女の冥福を祈るふりして罵倒する少年。なんだか開放されたような表情。

 

「るぅねぇぇ!くぅねぇぇ!たすけてぇぇ!」

 

限界に達したウルからの救援要請に、ルサルナとクレアが動く。

ついでに少年もついていってる。

 

ルサルナがウルを抱きしめ、あやす。まだちょっとびりびりしてる。

 

その間に、生存確認を行うクレア。

 

まず確認したのは、当然のように倒れ込む少女である。

少年も少女に近づく。

 

「おぉ…なんか気を失ってるけど、傷一つない」

「ちっ……無事で良かった」

「にぃは…?ねぇにぃはだいじょうぶ…?」

「お兄さんの修理はいらないかな」

「しゅうり…?」

 

傷一つない少女に舌打ちが漏れる少年。いい性格をしている。

 

ウルはブルを心配しない様子に、おずおずとクレアへ問いかけるも、帰ってきた言葉に首をかしげている。

 

ついつい口から本心が飛び出したクレア。

日頃からどう思っているかよく分かる発言である。

 

「…聞こえてんぞクレアァ」

「ひぇ!」

「にぃ!」

 

ぎぎぎ…と錆び付いた道具のように動き始めるブル。

聞かれていたことと、地獄から這い出てきたような様に悲鳴が漏れる。

 

ウルが飛びついてくるのを、ぎこちない動きで受け止めるブル。

流石のブルもボロボロである。

 

「ごめんなさい…いたかった…?」

「いい子守唄になったくらいだ。今度から気をつけてな」

「…っ!うん…ごめんなさい…」

 

広場は大惨事になっており、その原因にほぼ密着している状態で受けきった男、ブル。

 

意識を失う程の攻撃を受け、その影響で膝をついたまま動けない状態ではある。

 

しかし愛に生き、愛を以て大抵のことを実現させる男である。

 

 

愛する幼子の前で強がる程度、なんということはない。

 

 

 

 

 

「お兄さんって、意識が飛ぶこともあるんだ…」

「今なら勝てるんじゃない?」

「なんか理不尽に復活しそうだから嫌」

「それは…そうね」

 



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一応生き物という話


気持ち長めです。


 

「ウル、俺のことはいい…俺の屍を超えて強くなれ…!」

「そんな…にぃ…!」

「何してるの?これ」

「昔話ごっこじゃない?」

 

なんやかんや落ち着いた後、一行は宿屋に向かっていた。

荒れた光景やうめき声をないことにして。

 

ウルの手前、どうにか自分の足で歩いていたブルだったが、子鹿のような歩みは宿屋の少し前で終わりを見せた。

 

膝をついたブルだが、ウルを心配させまいとなんとか冗談のように済ませようとしている。

 

勿論ウルは気づいているが、口に出したりしない。

気遣いを無駄にはしまいとブルに付き合っている。

どちらが大人か分かったものではない。

 

「いいから…行くんだ…!」

「ほんとうにいくよ…?」

「…ぐぅぅ!行きなさい…!」

 

一瞬ものすごい葛藤があったが、なんとか飲み込みぽてりと倒れ込むブル。

心配しつつ、しっかりとブルを踏み付けて超えていくウル。

しかも一旦ブルの後ろに戻ってから踏み越える、悪魔的行為である。

 

「ぉふ…ちょっと違うんだよなぁ…」

「あちゃぁ…踏み越えちゃったのね」

「ウル…ちょっと惜しいわ…」

「…え?ちがうの…?」

 

がっつり踏んでいくウルに止めを刺されたブルが力尽きる。

基本的に全肯定の男の、最後の言葉である。

 

確実に止めを刺しにいくウルに、クレアとルサルナが天を仰ぐ。

口元は誤魔化しようのない笑み。

 

遠巻きにそれを見た人達からも笑い声が上がる。

 

屍にしてから超えていくウル。

悪魔的側面を併せ持つ、純粋無垢な幼子である。

 

 

本格的に力尽きたブルを二人がかりで引きずり、宿屋ヘ戻った一行。

 

「にぃのかんびょーするぅ…」

「じゃあ添い寝を頼んでもいいかしら?」

「流石に疲れてるよねー」

 

看病すると言い張るウルだが、戻ってきた安心感もあるのか、言葉と裏腹に目がとろんとしている。

ルサルナが言いながらウルをベッドへ乗せると、瞬く間に夢の中。

 

「こんなにキツイのは生まれて初めてだ…」

「見栄張らないで、ほら魔法薬」

「ウルちゃんも寝たしもういいでしょ」

 

すやすやなウルを見ながら、ブルがぼやく。

ルサルナは鞄の肥やしになっていたお高い魔法薬を取り出している。

 

飲めばたちまち…ということはないが、骨が折れたり、内臓がどうにかなったりしない限り、そこそこ効果のあるものである。

いつかの老人も愛飲している。腰痛で。

 

一息で飲み干すブル。ものすごく渋い顔。

 

「不味い。かつてないほど」

「そうなの?」

「良い薬は苦いものよ。とりあえず寝なさい。寝かせられたいの?」

「いいえ…」

 

なんやかんや心配しているルサルナの圧。

逆らえないブルはウルを抱き枕に、素直に眠ることにした。

たちまち聞こえてくる寝息。

 

「ウルちゃんって抱えてるとなんかすごく眠れるよねー」

「そうねぇ、なんでかしらね?温かいのかしら?」

 

最高級の寝具にも勝るウル枕。

欠点は時折寝ぼけて噛み付いてくること。

 

ブルとウルを休ませ、さてどうするかといったところ。

 

出歩く気になれないクレアは、わらわらと武器を取り出し整備し始めた。

ルサルナもそれを見て、杖やら外套やらを点検し始めた。

 

そうしてある程度の時間が経った頃、どたどたと騒がしい足音が近づいてくる。

 

「たの」

 

ばんっと勢い良く扉が開き、先程の少女が何か言いかけた瞬間、頬を掠めるように過ぎ去る投げナイフ。

後ろの壁に突き刺さり、惜しいとでも言うように音の余韻が聞こえてくる。

 

口を開いたまま固まる少女。

はらりと舞い落ちる少量の髪。

 

「んー良い感じ。あ、そうそうそのまま静かにしててね」

「忘れてた…暴力に抵抗のない子だった」

 

問答無用の投げナイフに頭を抱えるルサルナ。

都市リロイで誰彼構わず噛みつく娘で有名だったことを思い出していた。

 

ブルにもルサルナにもボコボコにされるため、鳴りを潜めていた暴力性である。

 

「た、たたた…たのもぅ…」

「すいません…本当に」

 

突然すぎる投げナイフに、膝も声も震わせながらやり直す少女。

少年もおずおずと顔を出している。

 

「何か用かしら?」

 

とりあえず要件を尋ねるルサルナ。

顔も杖も隠し忘れている。

 

「あのときの!ひぇ…!ごめんなさい静かに喋りますぅ…」

 

ルサルナの顔を見て勢いづく少女。

クレアが満面の笑みで構えたナイフを見て急減速している。

 

「あぁぁ…しまった…」

「話すのは良いけど、二人寝てるから静かにしてね?」

「はぃぃ…」

「ありがとうございます」

 

少女の反応を見て頭を抱えるルサルナを尻目に、ナイフをちらつかせながら話すクレア。

少女はすっかり怯えているが、少年は気を遣いながらも怯える様子はない。

 

「あんたの方が話し通じそうだねー。で、何の用?」

 

ナイフを手で弄びながら少年を問いただすクレア。

少女はナイフが気になり、それどころではなさそうなためである。

 

「あ、僕はヒースと言います。こっちはアメリア。僕としては要件はないんですけど…アメリアが」

「え?ヒースも同じゃないの?」

「…ふぅん?」

 

そう言って少女を売る少年、ヒース。

売られたことを理解してない少女、アメリア。

 

新しい玩具を見つけたように口角が上がるクレア。

 

「ねぇねぇ、なんで来たのか教えてよぅ」

「ひぇぇ…」

 

席を立ち、少女にしなだれかかるクレア。

ねっとりとした言葉に、ぺちぺちと頬にナイフを当てるおまけ付き。

 

がたがたと震えるアメリアはそれどころではない。

ヒースは空気になるよう努めている。

 

「ほらぁ、早くいたっ」

「いい加減にしなさい、全く」

 

すこんっと振り下ろされた杖が音をたてる。

頭を抱えていたルサルナだったが、悪ふざけがすぎるクレアを見ていられなかった。

 

「それで?何の用で来たの?」

「ま、まま、魔王かど、どうか…確認に…」

 

視線がやたら彷徨う青い顔で、どもりつつなんとか伝えるアメリア。

ルサルナの後ろで意味深にナイフを撫でるクレアをちらちら見ている。

 

優しげな顔から一転、魔王という言葉に顔が引き攣るルサルナ。

 

「ええそうよ私が魔王だなんだ言われてる女よ文句ある!?」

「ひっ」

「ルナ姉、声声」

 

清々しいほどの開き直りと八つ当たりである。

急激な変化に怯えが加速するアメリア。

 

「こほん、失礼したわ。で…私が、魔王だったら、なんなの?」

 

机に肘を付き、口元を隠すように手を組んだルサルナ。圧がすごい。

怯えに怯えていたアメリアだが、覚悟を決めたように真っ直ぐルサルナを見つめ返す。

 

「残虐非道にゃ」

「にゃ?」

「アメリア…大事なとこだよ…」

 

クレアとヒースに突っ込まれ、かぁっと顔を赤く染めるアメリア。

 

やり直し。

 

 

「残虐非道な魔王を、打倒するために来ました」

「僕は止めたんですけどね」

「…へぇ?私を倒すつもり?」

「残虐非道にゃルニャ姉を倒せるつもりかにゃ?」

「クレア」

「ごめんなさい」

 

ますます顔が赤くなる少女。

話が進まなくなるため釘を刺すルサルニャ。

 

「芸術の都と、その近くの名前もない村で話を聞きました」

「最悪だわ…」

「うっわ…よりにもよってそこなの?」

 

顔は赤いままだが、落ち着いたのかしっかりと話す少女。

 

名前もない村とは神様で焼肉を作り、ウルを信仰させた村だろう。

殺ったのもやったのも全部ブルだが、美味しかったのは間違いない。

 

「祀っている神を破壊し冒涜し、芸術の都で行った、決闘という名の辱め…その他の噂も非道なものばかり!強さにものを言わせて他人を貶めるなんてこと、私は我慢できません!!」

 

話す言葉に熱が灯り、ついには机を叩いて立ち上がるアメリア。

 

「私は!この、アメリアは!魔王に決闘を挑みます!!」

「うるせぇ」

 

ずばっとルサルナを指差し、高らかに宣言する少女、アメリア。

鼻息荒く宣言した途端、鷲掴みにされる頭。

 

ダルそうに立っているブルである。

ルサルナとクレアはブルが起きたのに気を取られて、アメリアの話を半分程度しか聞いていなかった。

 

とりあえず決闘らしいが、その前に命の危機である。

 

「ウルが気持ちよく寝てるときに、ピーピー囀りやがって。安眠してんのがそんなに羨ましいか?安眠させてやろうか?」

「はわ、はわわ…」

「…お墓は僕が作るから安心してね、アメリア」

「てめぇも同罪だクソガキが」

「あわわ…」

「無理しない。寝てなさい」

 

ごっ、と鈍い音。

ルサルナが容赦なく杖をブルの頭に振り下ろした音。

 

普段であれば問題ないが、今は話が違う。

少年少女から手を離し、ふらふらとベッドへ倒れ込むブル。

 

ルサルナ、初めての有効打である。

 

「な、仲間を…殺した…?」

「悪い魔女だ…」

「永眠しかねない一撃だったね」

 

アメリアとヒースが青い顔で呟く。

うんうんと追従するクレア。

青筋を浮かべるルサルナ。

 

「今ここで夢の国に行きたくないなら…今日は帰りなさい」

「ひぇ…」

「は、はぃぃ…」

 

ルサルナの言葉に、青い顔で出ていく二人。

悪い噂がまた増えそう。

 

「クレアも今日は、特別に寝かしつけてあげるわ」

「ひぇ…」

「逃さない…!」

 

部屋から飛び出すクレア。

猛追するルサルナ。

 

部屋を出たばかりの二人も巻き込まれ、訳の分からないまま一緒に逃げ始める。

 

 

子供を攫う魔王の話が噂に追加される日も近い、かもしれない。



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開き直れば無敵になれる話


なんだか長くなりがち…


 

アメリアはとてもどきどきしていた。

何故か自分と同じベッドで、さも当然かのようにクレアが寝ている。

 

一緒にルサルナから逃げ回った末に、帰りにくいから泊まっていくなどと言い出した結果である。

 

アメリアには友達がいない。

生まれ育った村には子供がいなかったのだ。

老人ばかりの村の少し外れに、ヒースとともに捨てられていたのだと聞いている。

 

寂しいと感じることはなかった。

ヒースがいたし、村の爺ちゃん婆ちゃんは皆家族のように可愛がってくれた。

 

爺ちゃん婆ちゃんは畑仕事も、剣や盾の使い方も、魔法や勉強なんでも教えてくれた。

それはとても役立っているし、それだけでなんとかなるだろうとも思っていた。

 

しかし現実はそう甘くはない。

 

爺ちゃん婆ちゃんは友達の作り方とか、接し方などは教えてくれなかった。

 

ヒースと同じようでいいんだよ、などと言われても姉弟と友達は違うと思う。

そう言ったら、その時がくれば存分に悩みなさいと言っていたので、ふーんというくらいで流していた。

 

今思えばちょっとくらい、爪の先程度は教えてくれても良かったんじゃないかと思う。

 

肌が触れ合う程の距離で、すやすやと寝息をたてるクレア。

同世代くらいの、ちょっと怖いところがあるけど、逃げるときに助けてくれた優しい面もある女の子。

 

帰りにくいからこっちに泊まるねー、という言葉に、ちょっと舞い上がったのは確かだけども。

 

 

でも一つしかないからって言って、同じベッドで寝るのはちょっと飛び越え過ぎじゃない!?

友達、ていうよりもう親友よね!?心の友…よね!?

 

 

常人の理解の外側を三段飛ばしで爆走する少女、アメリア。

交流のほとんどが村の爺ちゃん婆ちゃんしかいない、交友関係に難がある少女である。

 

もんもんとして眠れそうになかったが、直ぐ側の人肌がなんだかとても温かくて、気がつけばぐっすりと眠っていた。

 

 

 

翌朝、早くからこそこそと動く二人。

しれっと戻ろうとしているクレアと、クレアを既に親友認定したアメリアである。

 

そろりそろりと部屋の前まで忍んできた二人。

不気味な程の静けさが、なんとも嫌な予感をかき立てている。

 

「…一緒に入る?」

「も、勿論よ!」

 

お互いに小声で話し合う二人。

クレアが扉に手をかけ、ゆっくりと開く。

 

きぃ、と小さく軋む音。クレアがそっと覗き込む。

 

「あ…ぁ、ああぁぁ…」

「どうしたのクレア!?え、なに…これ…?」

 

覗き込んだ途端、目を見開き呆然と声を漏らすクレア。

クレアの異変に驚き、覗き込んだ部屋の中は異界であった。

 

壁には一面、机や床にも所狭しと並べられた様々な品。

全てクレアが買い集めた、魔王の品々である。

 

「ふふ…どうしたの?そんなところで突っ立って。早く入りなさい?」

 

奥から聞こえてくる、嫌に優しげな声。

ベッドに腰掛け足を組み、微笑みを浮かべたルサルナである。

横にはウルがちょこんと座って何かを頬張っている。

ブルはその後ろで、まだ寝込んでいる。

 

アメリアは警戒しながら、呆然と立ち尽くすクレアを引っ張り中に入る。

 

「すごく仲良くなったのね。とっても、良いことだわ」

「な、何が…言いたいんですか…?」

 

微笑むルサルナに、言い知れぬ不安を感じるアメリア。

緊張で口の中がからからに乾いていく。

 

「うふふ…別に?ただ…誰彼構わず噛みつく、行儀の悪いワンちゃんの躾をしなくちゃいけないのよねぇ」

 

ルサルナの意味深な発言。

ウルの視線が、すぅっと逸れていく。

ルサルナの発言と、ウルの動きにクレアが察する。

 

「っ…ウルちゃん…バラしたな…!?あああ…!」

「ク、クレア?大丈夫、大丈夫だから…」

 

頭を抱えるクレアの背中をアメリアが優しく擦る。

 

それらを優しげな笑みで眺めて、ルサルナが口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ…決闘をしましょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

都市の郊外に人が集まっている。

決闘の話が広まり、怖い物知らず達が見に来ていた。

 

「私は魔王らしく、ギリギリまで手を出さないようにしましょうか」

「か…かっこいい…」

「本調子じゃねぇってのに」

 

どうしてこんなことになっているんだろう。

クレアは空を見上げながら考えた。

 

目の前には、仁王立ちのブル。

その後ろに優雅に杖を構えるルサルナと、ふんすと胸を張るウル。

 

対してこちらは剣と盾を構えたアメリアと、自分。

ものすごく後ろの方で、ものすごく嫌そうに弓を構えるヒース。

 

「私、悪い事した…?」

「それなりに。まぁお前には悪いが…これもルナの頼みなんでな」

 

ぽろりと溢れた言葉にブルが即答している。

悪いと言いつつ、戦意はしっかりあるらしい。

 

救いがあるとすれば、本調子ではないことだろう。

 

「やるわよクレア!私達の力見せつけてやりましょう!」

「眩しい…この世の理不尽が目の前に詰まってるのに…」

 

ぱっと見で溢れ出る自信が分かるほど、理由なき確信に満ち溢れているアメリア。

 

クレアは腹を決めた。

 

「やらなきゃやられる…やってやる…殺ってやる…!」

 

悲壮感に溢れる自己暗示をかけ始めるクレア。

その瞳には光がない。

 

クレアに躾は本当に必要なのか。

世の不条理を煮詰めた存在達を前に、アメリアのきらきらがいつまで保つのか。

 

緊張感が高まる。

 

 

開始の合図となったのは、ウルの魔法。

おもむろに手を掲げたウルが、特大の氷塊を作り上げていく。

 

アメリアがブルに、クレアがウルに飛び込む。

 

破壊されたかのように砕けて降り注ぐ氷塊はクレアに狙いを定めたらしく、恐ろしい程の弾幕がクレアを襲う。

初めて手合わせした時が児戯に思えるほどの密度であった。

 

 

「やあぁぁぁ!!」

 

一方、アメリアは気合とともにブルに斬り込んでいる。

ヒースの狙撃が、少々荒いアメリアの攻撃を上手く支えている。

 

ブルは動きに精彩を欠き、アメリアの猛攻とヒースの狙撃に最初から防戦一方。

 

ルサルナが手を出さないために、アメリア達の優勢である。

さらに状況は動く。

 

 

「ぐっ…」

 

思うように体が動かず、早くもブルが押され始める。

アメリアの猛攻の隙に差し込むように飛来する矢と魔法が、ブルを掠めている。

 

「にぃ!…あっ」

 

ブルに気を取られたウルの魔法制御が緩む。

密度が甘くなった氷の雨の中を、猛然と突っ込んだクレアがウルを掻っ攫う。

 

「ウルは退場ね」

「むぅ…」

 

まだ何もせずにクレアを見送るルサルナ。

ウルをそっと置いたクレアは、ルサルナを警戒しながらアメリアの援護へ向かう。

 

ルサルナに言われ不満そうなウルが、自分のせいで本調子ではないブルに、最後の置き土産。

 

「にぃ!がんばって!」

「しまった…!」

「きゃあ!?」

 

いきなり力が増したブルにアメリアが弾き飛ばされる。

飛来した矢も掴み取り、へし折っている。

 

「終わった…何もかも…」

 

欠片ほどしかなかった希望が口から零れ落ちるクレア。

視線の先に、だらんと脱力し空を見上げるブル。

 

隙だらけな姿ではあるが、不気味な圧にアメリアもヒースも手が出せない。

空を見上げたまま、ブルが呟く。

 

 

 「愛が高まる…溢れるぅ…」

 

 

桁違いの威圧感が漏れ始める。

離れていても、圧迫されるような愛が周囲を満たしていく。

 

手に持つ金棒をゆっくりと掲げる。

 

 

 「うおぉおぁあぁぁ!!」

 

 

溢れる愛を込めた振り下ろし。

爆発したかのような音とともに全身を押されるような衝撃が伝わる。

 

もうもうと土煙が上がり、聞こえてくる笑い声。

 

 

 「くはっ…ははははっ!」

 

 

その土煙を金棒で振り払い、真の魔王が姿を現す。

 

 

 「さぁ…始めようか…」

 

 

「降参します」

「クレア!?ズルい…じゃなくて何言ってるのよ!?」

「だって復活どころか、絶対強くなってるもん。誇りだとか自負だとか全部肥溜めに捨てるべきだよ。物語では化け物は人に倒されるけどさ、所詮物語だよ?現実見ないと。命大事にしよ?今一番大事なのは、何もかも捨てた命乞い。ほら、ヒースもあんなに遠くで白旗振ってるよ?必死に」

「意気地無しー!!卑怯者めー!!」

 

大魔王の復活に心をへし折られたクレアは、孫に囲まれ大往生するかのような穏やかな顔で降参した。

遠くの方で全身全霊で白旗を振るうヒースは、恐らく死物狂いの顔である。

 

死ぬときは皆一緒という考えが頭を過ぎったアメリア。

必死に喚き散らしている。

 

ずしゃ…ずしゃ…と重たい足音が近づいてくる。

冷や汗の量が秒ごとに倍増するアメリア。

真後ろで足音が止まる。 

 

「は、話し合いましょう?人類は言葉という素晴らしいものが」

「そうだな…話し合おうか」

 

希望が見えたことに、ぱぁっと笑顔になるアメリア。

 

「このでなぁ…」

「や、いやだ…やだやだやだぁ!」

 

数秒で失われた希望に、幼子のように首を振って拒否し始める。

クレアは既に額を地に擦りつけている。

 

「じゃあ私と話し合いましょうか」

「あ…」

「ルナ姉…」

 

ようやく腰を上げたルサルナに慈悲を請うように視線を向ける二人。

微笑むルサルナ。

 

「魔法でね」

 

そういったルサルナが杖を振るうと、遠くの方で悲鳴が上がる。

ヒースが大地に飲み込まれていくのを見てしまうアメリア。

 

ついでにご立派な椅子を土で作り上げるルサルナ。

足を組み、即席とはいえ玉座から見下ろす姿が様になりすぎている。

 

「勘弁してください…」

「許してください…」

 

慈悲はない。クレアは悟った。

希望はない。アメリアは悟った。

 

遠くからヒースの命乞いが聞こえてくる。

ルサルナの気分次第で、収穫はいつでも出来る。

 

「爺ちゃん婆ちゃんより先には死ねないんです…命、命だけは…」

 

物理も魔法も勝ち目がないことを理解したアメリアは涙ながらに許しを請う。

神に祈るかのように膝を突き手を組む姿は、場所が場所なら神聖な姿に映るだろう。

 

「ふぅん?随分と頭が高いのね。それが許しを請う姿なの?」

 

しかし、開き直ったルサルナは無敵である。

ウルがきらきらした目でルサルナを見ている。

ブルがウルの目を隠そうか迷っている。

 

アメリアがクレアを見る。

額を地につけ、微動だにしない。

 

「申し訳ありませんでした…」

「ふふ…あはっ、あははは!」

 

玉座から、二人の少女の土下座を見下ろすルサルナ。

邪悪に過ぎる高笑いが響く。

 

楽しそうに笑う姿と裏腹に、涙を流す姿が幻視されるのは気のせいか。

 

高笑いする姿に怖い物知らず達も恐怖に震えるが、同時にどうしてか、涙なくして見ていられない。

 

恐怖と悲しみの魔王、ルサルナ。

遥か未来まで語り継がれる、悲しき魔王が生まれた瞬間だった。

 





「にぃ…?なんでかくすの?みえないよ?」

「これ以上見ないでやってくれ…」


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大喝采とその後の話

 

ルサルナは一頻り少女達の土下座を見下ろし高笑いし、気が済んだのか、それとも虚しさや悲しさに耐えられなくなったのか、空虚な笑い声を響かせながら去っていった。

 

歩く先では野次馬達が訳も分からず涙を流しながら、道を開け平伏し、たった一人の大名行列を作り上げている。

 

そしてルサルナの姿が見えなくなっても、少女達と野次馬達は顔を上げようとしない。

 

 

もぞもぞと動き、ブルの目隠しから逃れたウルが杖を振るう。

そうすると、見る間に先程ルサルナが座っていたような玉座が出来上がる。

 

よくよく見なくとも作りは甘く、拙い感じが全面に出ているが、作ったウルは非常に満足気。

 

ぴょんと飛び乗り、得意満面の顔でちょこんと座る。

足がつかずにぷらぷらしているのはご愛嬌。

 

えと…そう!…つらをみせろ!」

 

記憶を探り、こういう場面で言う言葉を思い出すウル。

思い出したのか、手をばっと前に突き出し、威勢よく言い放つ。

どうだと言わんばかりの顔だが、感想を強請るようにちらりちらりとブルを見ている。

 

「素晴ら…んん!意味は合ってるけどな…(おもて)だ、(おもて)を上げよ

 

これ以上ない微笑ましさに、いつも通り褒めかけるブルだったが、ウルの成長のためにも訂正は必要である。

ギリギリで踏み止まり、正しいものを教えている。

 

「……おもてをあげよ!」

 

ウルは作りの甘い玉座の脇に控えたブルにこそこそと耳打ちされ、ちょっと恥ずかしそうに言い直している。

 

うろ覚えの物語の、偉い人の言葉を思い出したはずのウル。

その言葉の間違い方は、恐らく身近な人物に問題がある。

 

ウルの目の前の二人は体を震わせる以外、微動だにしない。

直ぐに顔を上げると、反省の色がないとか言われて処されると思っているから。

 

「…あれ?にぃどうしよ…?くぅねぇもあのひともかおあげない」

「大丈夫、何度でも言えばいい。ウルの言葉を無視できねぇように、顔を上げたくてしょうがないようにしてやるからな」

「う、うん」

 

微動だにしない二人に首を傾げるウル。

二人が考えているようなことは思いつかない、優しい子。

 

なんとなく理解したが、ウルを無視したように見える二人に、これでもかと圧をかけながら、ウルには優しく言うブル。

 

体の戦慄きが一層激しくなるクレアとアメリア。

 

 

「おもてをあげよ!」

 

弾かれたように顔を上げる二人。

上げすぎると処されるとでも思っているのか、視線は伏せたまま。

その素晴らしい反応速度に、ブルも及第点を与えている。

採点基準は非常に厳しい。

 

「えと、その…にぃ…なんていえばいいの…?

え?あーそうだな…汝らの罪を全て許そう…とか言えばいいな。多分

か、かっこいい…!

 

場を和ませたいのもあるが、概ねとりあえず言ってみたかっただけのウル。

言ってみたかったことは既に終わったため、続きは何も考えていなかった。

 

困ったときのにぃ頼みとばかりにブルに聞き、その返答が琴線を掻き鳴らすものであったことに顔を輝かせている。

 

「なんじらのつみをすべてゆるそう!」

「ありがたきお言葉…!」

「無上の喜び…!」

「にへへ…」

 

ばばん、とでも聞こえてきそうなドヤ顔で言い切るウル。

ウルの発言を受け、再び頭を下げ感謝を述べるクレアとアメリア。

ウルはクレアとアメリアの返しもまた琴線に触れ、顔がゆるゆるになっている。

 

ブルはウルの緩みきった笑顔を脳に焼き付けている。

 

 

女神、いや幼すぎる…天使だ…

申し子だろ、広場見たか?大嵐だってあそこまで破壊できねぇよ

雷神様の申し子か…

あのヤバい奴らの子だぞ?暴威に決まってんだろ

馬鹿言え、あの小さくも愛らしい、無垢な姿。天使以外ねぇだろ

 

 

平伏したものも、そうでないものもウルの方を見て好き勝手に言っている。

時折聞こえるウルへの褒め言葉に、抑えようにもつい口角が上がるブル。にちゃり。

 

当然、見たものによって意味合いの理解は異なった。

 

ブルは分かってるじゃねぇかと思っているが、クレアとアメリアには死刑宣告にしか思えない。

不幸にも見てしまった野次馬は、夜道に気をつけろとでも言われたように感じている。

 

土下座から顔を上げたまま、発火しそうな程に体を震わせる二人。

瞳からきらきらとしたものが伝い落ちている。

 

「あ、え…な、なかないで…?わたしはこわくないから…」

 

あわあわと玉座から飛び降り、よしよしと二人の頭を撫でるウル。

無意識か意識的にか、私は、というところに力が入っているような言い方。

 

「ごめんね…ウルちゃんじゃないの…ウルちゃんは大好きだから…」

「…ぁ、お母ちゃん…?」

 

あまりにも温かく、思いやりの塊のようなウルにクレアは涙が止まらない。

アメリアも見たことのない母親の姿をウルに見つけ、止めどなく涙が溢れている。

 

二人は縋りつくようにして、小さな体に安心を求めた。

 

あまりに尊い光景にブルは召されかけ、空を仰ぎ一粒の涙を零している。

 

よく分からないままに感動した野次馬が一人、また一人と拍手を始める。

音の津波は緩やかに広がり、やがてウル達を包み込む大喝采となった。

 

 

止め役不在の混沌は暫く続き、最後はお腹を鳴らしたウルによってようやく幕を閉じた。

 

縋りついて離れない二人を引き剥がそうとしたブルだが、ウルにめっ、とされて忠犬のごとく言う事を聞いている。

 

ウルごと二人を背負ったブルは静かに歩き去る。

その後ろをわらわらと野次馬達が追いかけ、ルサルナとはまた違った行列を作り上げている。

 

 

皆が去り、静寂が訪れた郊外。

 

ウル達が小芝居をしていた位置から離れた場所に、取り残される生首。

 

ルサルナに埋められたヒースである。

 

ヒースは命を握り締められた恐怖に抗えず、意識を飛ばしたまま放置されていた。

そんな泡を拭き、白目を向いた哀れな生首に近づく三人。

 

「うんうん、良いんじゃないかな。弓は中々、魔法もこんな距離で針を通すような精確さ。決まりだね」

「うぅむ…どうにも誘拐だとか、拉致のように思えるのだが…」

「違う違う、これは心に傷を負った少年の保護だよ。決してヤバい奴らに対する戦力としてではないから。もしかすると手伝ってくれるかもしれないけど、飽くまで保護だから」

「これはもう先祖に顔向けできねぇ…帰りてぇ…」

「煩いよ。ほら、早く掘り返して」

 

気の進まない男二人の尻を蹴飛ばし、少年を掘り返させる女。

渋々少年を掘り返し始める男達。

 

皆が去っていった郊外では、土を掘り返す音と、時折混じる悪態だけが響いていた。

 






「お母ちゃん…」
「えへ、わたしおかーさんだよー」

「いつかウルにも……試さねば…」



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お子様達の大冒険の話

 

「体が…動かねぇ…!無尽蔵の愛に縛られてやがる…!」

「にぃだいじょうぶ?」

「このまま愛に溺れて果てたらいいのに…ね、アメリア?」

「素敵な終止符よね…」

 

ウルに心配されても、ベッドから降りることさえままならないブル。

ボロボロの体に愛という劇薬をキメ過ぎた結果、限界を迎えた体に反逆されていた。

 

死んだ目でそれを見るクレアとアメリア。

体は未だ安心を求めているのか、二人してウルにべったり張り付いている。

依存性の強い幼子である。

 

ルサルナは開き直り、先走った心に現実が追いついたのか、毛布の奥底で丸まって動かない。

 

 

動ける者はいない。

ウルの両隣でくっつく二人も、この様子だと役には立たないだろう。

 

ウルは決心した。

いつも優しい兄姉達へのささやかな恩返しを。

 

 

 

 

「えと、にぃもねぇもうごけなくて、おへやにごはんもっていきたくて」

「おやまぁ可愛らしいお手伝いさんだね。どうぞどうぞ。量が多いから、隣のお姉ちゃん達にも持ってもらいなさい」

「ありがと!…くぅねえもりあねぇもはなして?」

「もう少し…」

「後ちょっと…!」

 

まずは何においてもご飯しかない。

美味しいものをお腹いっぱい食べると、誰だって幸せになれるのだ。

両手に絡みつく二人に、なんとか離れてもらい料理を運ぶ。

 

「にぃ、あーん」

「あー…んぐんぐ。なんだこれは…旨すぎる…!隠し味は…慈しみ…?」

「毎日が幸せでいっぱいだね」

「幸せを過剰摂取すると頭もぱーになるのね」

「るぅねぇもでてきて!んぐぐ…!かたいまもり…!」

 

ブルに食べさせ、ルサルナを天の岩戸から出そうと奮戦するウル。

賑やかさは足りてそうだが、癒やし手が足りてないのが原因だろう。

ルサルナは引き籠もったまま動かない。

奮戦するウルには、クレアとアメリアがせっせと食べさせている。

 

「こ、ここまでにしといてやる…けぷ」

「ほら口元」

「はいお水も」

 

守りを突破できなかったウルは、汗を拭い捨て台詞。

奮戦中にたらふく食べさせてもらい、お腹もいっぱいである。

 

そっとルサルナの分を置いたウルは、次にすることを考える。

 

ウルはクレアとアメリアに挟まれながら、幸せに溺れて眠りについたブルと、毛布玉になっているルサルナを見て悩む。

 

 

ふと、いつも身に着けている髪飾りに意識が向く。

月のような装飾が施された、大事な一品。

 

ウルは決めた。

お次は大切な二人への贈り物だ。

都市を散策して、二人に似合いそうなものを探しに行こう。

 

ついでに昨日食べ損なった見たことのない甘味品が食べたい。

決して食べることが目的では無いが…たまたま、そうたまたま贈り物を探すときにお腹が空くかもしれない。

 

ブルもルサルナもいないのはちょっと怖いが、感謝の気持ちとちょっとした好奇心、それに旺盛な食欲に負け、行動を開始した。

 

「うごけない…!はなしてぇ…!」

「もう少し…もう少しだけ…!」

「後ちょっとでいいからぁ…!」

 

…行動を開始した。

 

 

やや煤けたようなウルと、少しだけ生気を取り戻したクレアとアメリア。

ウルを真ん中に、仲良く手を繋いだ三人は荒れた広場へ向かっていた。

 

 

うぉ、“申し子”に“狂犬”と…ありゃ誰だ?

おいおい、“勇者”だよ。魔王夫妻に立ち向かった娘だ

しかしあの様子を見てみろ。”堕ちた勇者“じゃねぇか

”勇者“すらも手駒にしたのか…

 

 

好き勝手言われているが、クレアもアメリアもそれに反論する元気はまだない。

ウルは甘味品のことで頭がいっぱいである。

 

 

 

 

 

 

 

「おみせ…ないなった…」

「で、出店だから、本店があるはず…」

「ほ、ほら元気出して?」

 

昨日合ったはずの店がない。

これ以上ないほどの絶望感がウルを襲っている。

恐らくは偶然、嵐の被害を受けたのだろう。

 

クレアとアメリアは、自分達の安心が絶望へと変化し始めたことに気がついた。

なんとか元気づけようと努力している。

 

「もうぜんぶ…ほろびちゃえば…」

 

努力の甲斐はなく、ウルの優しい心が反転し、憎悪の化身と成りかけている。

酒によって失敗したブルと同じようなことを言っている。

やはり順調に背中を見て育っている。

 

徐々に冷え始める空気にクレアとアメリアにも焦りが募る。

何かないかと辺りを見回していると、かけられる声。

 

「おやおや…こんなところで奇遇だね」

「ふむ…朝一にクレア嬢を見られるとは…素晴らしい一日になりそうであるな」

「アメリア…闇落ちしたんだね…」

「ははっ、あー、どうも…」

 

シャル、ジェロ、ヒース、そしてカニス。

カニスとヒースは別にしても、会いたくはない人物である。

 

「うわっ…それどころじゃないっていうのに…」

「ヒース!生きてたのね!」

 

クレアはウルを抑えることに必死である。

始まったら止められない以上、始まる前に止めるしかないのだ。

アメリアはウルから離れずに、ヒースが生きていることを喜んでいる。

 

聞き覚えのある声に、ゆっくりと顔を向けるウル。

 

「やぁそんな顔してどうしたんだい?ブルやルサルナに虐められた?それなら僕のところへ」

「ふっとんじゃえ」

 

にこにことウルに話しかけるシャル。

 

しかし残念ながら、今のウルは爆発寸前である。

しかもブル達と離そうとするようなことは、上機嫌でも爆発する可能性がある。

 

両方に油を注がれたウルの反応は劇的であり、問答無用で魔法を解き放った。

 

ウルの気持ちを表しているのか、爆発したかのように吹き荒れる風。

ヤバそうと感じていたヒースが咄嗟に作り上げた壁にぶつかり、余波を撒き散らしている。

なお、壁は見事に砕かれている。

 

咄嗟で作ったとはいえ、攻撃力に劣る風で土の壁を破壊する威力に冷や汗を垂らすシャル一行。

 

「あーあ…私、もう知ーらない」

「あわわ…ウルちゃん抑えよ?ね?良い子だから…」

「がるる」

 

お目当てを失った絶望と、大好きな人達から引き離されようとする苛立ちに、見たこともないほどに怒るウル。

もうどうにもならないと諦めたクレアに、なんとか宥めようとするアメリア。

 

「そ、そんなに怒らなくても」

「つぶれちゃえ!」

「やべぇ離れろ!」

「ぎゃあああ!?」

 

シャルが宥めようと口を開いて直ぐ、ウルは特大の氷塊を作り上げた。

砕いた破片で狙うこともない、巨大な質量による押し潰し。

 

 

技術も何もない、ただ重く大きいだけのそれは躱す以外に方法はない。

物理と魔法の違いはあれど、キレたウルのやることはブルにそっくりである。

 

誰よりも大好きなお兄ちゃんの背を見続け、ルサルナに魔法を教わったウルは、なるほど確かに破壊や暴力の申し子と言えるだろう。

 

今はまだ幼い故に、逃げる敵を追う足はない。

成長したウルがどうなるか、誰にもまだ分からない。

 

 

 

 

「あら、おかえりなさい。甘いものでも食べに行ってたの?」

「うん!…あ」

「どうしたの?」

「う、ううん…なんでも、ない!」

「う゛っ゛」

 

動き始めたばかりなのか、冷めたご飯をもそもそ食べていたルサルナ。

何はともあれ動き出したルサルナに、にぱっと笑いかけたウルは、直ぐにしまったとでも言うような顔になる。

ルサルナの疑問を誤魔化すように、寝ているブルのお腹に飛び込んだ。

 

幸せそうな顔から一転、苦悶の表情に変わるブル。

その苦しみは幸せの必要経費。

 

「はぁー良かったね…本店が見つかって」

「なかったら一帯が凍土になってたものね…」

 

 

ウルの様子や、こそこそと話すクレアとアメリアに不穏な気配を感じるが、まぁそれはいいとすることにしたルサルナ。

再びもそもそとご飯を食べ進めている。

 

 

贈り物もお土産もなかったことにし、苦しげに唸るブルのお腹の上で小さく丸くなるウルだった。。

 

 



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自分本位の嘘は大体良くないという話

 

ウルは今、とても心配している。

ブルが倒れて数日経過したが、未だ回復する様子がない。

 

ウルがせっせと運ぶ食事はしっかり食べている。

というより、いつもより煩い。

一口ごとに溢れる所感が止まらない。

 

それだけ見れば元気が有り余るほどなのだが、ベッドから降りるような動きはない。

 

思った以上に重たい負傷だったのか、ボロボロの体を押してウルの声援に応えたのが駄目押しだったのか…

 

 

ウルはそろそろ、自責の念に耐えられなくなってきている。

 

 

 

 

 

 

ぱたん、と軽い音を立てて扉が閉まる。

きゃいきゃい騒ぎながら甘いものでも食べようと、三人娘が出ていったところである。

 

暫く耳を澄ませているブル。

足音も声も聞こえなくなり、十分離れただろうといったところ。

 

「ふぅ…これが、俺の求めていたものか…」

「阿呆なこと言ってないで、そろそろ演技止めたら?ウルに世話された次の日には動けたでしょ?」

「そうだな」

 

軽やかな動きで立ち上がるブル。

その動きは負傷していたことを微塵も感じさせない。

 

実は、ウルが頑張ってお世話した翌日には動ける程度にはなっていた。

 

「そんなにウルに世話されるのが嬉しいの?」

「俺はこのために今まで生きてきたんだ…」

「すっごくウルが心配しているけど…泣いたらどうするの?」

「……どうしよう」

 

ウルにお世話されるのが嬉しすぎて仮病を使い倒す男、ブル。

後のことを欠片も考えていなかった。

 

「なぁルナ…俺はもしかして…とんでもないことをしてるんじゃないか?」

「仮病のこと一通り吐いて、暫く嫌われなさい」

「きらわれる…?きら、われる…」

 

ようやく事態が理解出来始めたブルをしょっぱい態度で突き放すルサルナ。

 

嫌われるという意味を理解したくないのか、ブルの思考能力が極端に落ちる。

しかし如何に思考を落としたところで、脳に染み渡るように言葉が入ってくる。

 

 

嫌われる。

 

つまりはウルに避けられる。

いつものようにブルの体をベッド代わりにすることもなく、おんぶや抱っこ、肩車もすることはない。

 

ルサルナやクレア、ぽっと出のきんきら娘にウルを奪われるのだ。

そのうち同じ水で洗濯しないでとか、別の部屋で寝てとか言われてしまうのだ。

 

 

ブルに脳内に、存在しないはずの記憶が溢れ出してくる。

 

話すこともなくなり、もはや隔離されたように過ごす日々。

自分には相談もなく、見知らぬ軽そうな男と式をあげるウル。

幸せそうに子供を抱くウルを、バレないように遠くから眺めている…

 

 

 

「うぎぎぃぃ…!!」

「ひぇ…!?顔中の穴から血が…!?…ぅ…」

 

瞬きの間にブルの脳内に展開された未来予想は、八大地獄を巡るかのような苦痛をブルに与えた。

 

食いしばった唇は裂け、頭に上った血が出口を求めて鼻から流れる。

涙が流れる瞳は、白などなかったように真っ赤に染まっていた。

 

 

この世で最も悍ましいものを見てしまったルサルナが気を失う。

優雅に飲んでいたお茶が撒き散らされ、机も勢い余って倒れる。

 

空気を求めるように足掻いていたブルもまた、倒れる。

想像を絶する苦しみのあまり、脳が耐えきれないと判断し意識を飛ばしていた。

 

 

どたんばたんがしゃんと聞こえてきた音に、宿屋の主人も利用者も戦々恐々としている。

 

なんせ音が聞こえる部屋の主は魔王御一行である。

 

果敢に立ち向かった勇敢な少年少女を、仲間のはずの少女ごと土下座させて高笑いしていた女。

その前に立ちはだかり、愛という名の悍ましい何かを力の源とする男。

 

下手に首を突っ込めば何が出てくるか分からない。

地獄への道筋をこの世に開放する訳にはいかないのだ。

 

震える手で食器を拭く店主。

既に数枚失っている。

 

震える手で食事を進める利用者達。

大半は服が平らげてしまっている。

 

ごく短い時間だけ暴れる音が聞こえ、その後にどれだけ耳を済ませても音一つしないのが不気味である。

 

 

先日の勝負の手応えが無さすぎて、死神に喧嘩を売りに行ったとか、地獄へ手下や舎弟を探しに行っただとか、ぼそぼそと語られている。

 

認識としてブル達は人類側ではないのだろう。

交わされる会話のほとんどが人類を制圧支配するためか、滅ぼすためかの二択である。さもあらん。

 

 

 

 

宿屋で起こっている惨劇を知らないウル達は、両手に一杯の甘味品を抱えて早々に戻っているところ。

 

「じゅるり…はっ、いけない。これはおみやげ…にぃとるぅねぇのやつ…」

「さっき山盛り食べたのにねー」

「はい口元」

「むぐ…おいしすぎるのがわるい…」

 

食欲が留まるところを知らない幼子、ウル。

アメリアに甲斐甲斐しくお世話されている。

 

なお、ウルのお世話をしたいという理由で、アメリアはクレアに荷物を全て押し付けている。

クレアもこの程度ならと、山積みになった甘味の箱を器用に運んでいた。

 

箱の中には様々な氷菓が入っている。

食に関することには右に出るものがいないウルが、溶けないように氷漬けにして万全を期している。

 

ここ数日で虜になっており、毎回手が止まらず頭痛に悶えていた。

 

 

ウル達が帰ってきた途端、何事もなかったように談笑する利用者達。

 

なんか震えているし、やたら食器が割れていたり服が汚れていたりするのだが、ここの人達は大体そうなのだ。

ウルはいつものことと流し、クレアとアメリアはまだ現実から目を背けていたりするので気が付かない。

 

三人娘はるんるんと部屋まで来ると、アメリアが元気よく扉を開ける。

 

「帰りまし、た…いやぁ!?

「し、死んでる…?」

 

叫ぶアメリアに思わず箱を取り落とすクレア。

ばさっ…とウルの手から落ちる袋。

 

ベッドの側に倒れ伏す、口から鼻からと血が流れた跡のあるブル。

ついでに滂沱の如く流れていたであろう涙の跡。

 

机やら椅子やら割れたコップやらの中に倒れるルサルナ。

こちらには目に見える外傷はない。

 

「んー…見た目は壮絶だけど生きてる。二人に何があったらこんなことに…?」

「い、生きてるのね…」

 

駆け寄ったクレアが生存を確認する。

目立って争ったような形跡はないのが、余計にこの状況を不気味にしている。

 

「ウルちゃんが石像みたいに固まってる…」

「これはちょっと人生単位のトラウマだわ…」

 

一言も発さず固まるウル。

 

まだまだ短い生涯だが、恐らくは墓に入るまでずっと覚えているだろう。

 

クレアとアメリアが二人がかりで、なんとかブルとルサルナをベッドへ戻す。

血や涙の跡も拭き取り、棒のように突っ立っているウルを二人の間に安置し毛布をかける。

 

クレアがウルの目にすっと手を翳すと、そのまま目を閉じて眠り始めた。

机や椅子、割れたコップやらも全て片付け一息つく二人。

 

「疲れた…気持ちが…」

「心が疲れちゃったね…」

 

 

 

二人して壁に背を預け、互いの肩を寄り添わせる姿は仲の良さを物語るよう。

死んだ魚のような目をしていなければ。

 

微笑ましさと真逆の、戦場で最後の時を一緒に迎えるような雰囲気のクレアとアメリアは、同時に目を閉じて現実から逃避した。

 



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争いの話

 

争いというものは、立場や力関係の近しいものでしか起きない。

あまりにその差が大きいと、弱いものだけが一方的に叩かれるものだ。

 

ただ、立場や力関係とは腕っぷしだけで決まるものではない。

つまりどれだけ強かろうと、それは特定の状況下では糞の役にも立たないということである。

 

 

 

 

 

「あぐあぐあぐ」

「はむっ…んーおいし!」

 

風船のように頬を膨らましているウル。

両手それぞれにお菓子を持って詰め込むように食べ進めている。

 

椅子代わりに座っているものは、土下座しているブル。

 

若干勘違いしそうではあるが、特殊な性癖という訳ではない。

 

目が覚め、同じく起きたウルに誠心誠意を謝罪し土下座を披露したところ、自然と椅子にされたのだ。

許しを得ていない以上、動くに動けずそのままの姿勢で許しを請い続けていた。

 

ウルは無言で椅子代わりをげしげしと蹴りつけている。

 

クレアはよくある日常のように、ウルの隣で同じように焼菓子を食べている。

流石に普通の椅子に座っているが、躾の影響から抜け出したのか、既に通常営業だった。

 

アメリアははらはらしている。

ブルが逆上するのではないか、ということではない。

ウルが喉に詰まらせやしないかという心配からである。

 

ルサルナは未だ悪夢の中。

 

 

「ウルちゃんもこーんなにほっぺた膨らましちゃって、可愛いねー、って危な!」

「ぐるる…」

 

今のウルは何にでも噛みつく怒りん坊である。

生意気にも噛みつきを躱した、つんつんしてきた不埒者に威嚇している。

 

ウルの鼻先に焼菓子を差し出すクレア。

 

 

「ほっ、そう言えば、危なっ…ヒース?だったっけ?ほとんどこっちに、いるけど!迎えに行かなくていいの?ふふん、甘い甘い!」

「がるるる!」

 

指ごと持っていかれそうになるのを躱しながら、器用に焼菓子だけウルの口に差し込むクレアが聞く。

 

聞かれたアメリアは少し暗い顔。

 

「旅に出ます、探さないでって書き置きが…」

「あはっ、おもしろ!今どきそんな面倒くさいことする奴いるんだ!」

「面倒な身内でごめんなさい…」

 

 

無言で椅子になり続けているブルが少し震える。

許してもらえないときは少しの間一人旅でもをしようかと、ほんの少し考えていた。

ちゃんと椅子になりなさいとでも言うように、ウルがぺしぺし叩いている。

 

アメリアは落ち込みながらもウルへのお世話が止まらない。

意識すらせずにウルの口元を綺麗に拭いている。

 

「あとさー、しれっといるけど怖くないの?この二人にバチバチにヤラれたのに」

「それは……笑いながら去っていく背中があまりにも憐れで…」

「あの状況で盗み見るなんて大概図太いね」

 

実は歩き去っていくルサルナをこっそり見ていたアメリア。

涙が勝手に溢れるような、そんな背中を見て憐れんでいた。

 

「それにこの人…人?……この人が怖かったのは最後だけだし」

「あー…うん、まぁそうかー。それに一応、多分?…恐らく人で間違いないと思うよ。知らないけど」

 

幼子に土下座して謝り、許して貰えずに椅子にされているブルを見るアメリア。

愛の深さは感じていたが、その深さ故に何かを失った姿を憐れみを持って見ている。。

 

クレアも大分怪しいながら人であるとは思っている。

理由は生き物と同じように食べて寝て、尚且つ人語を話すから。

 

「爺ちゃん婆ちゃんに教わったの。寂しい人、悲しい人を助けてあげなさいって…」

「ふぅん…爺ちゃんらはしっかりした人なんだね。アメリアの頭ん中は愉快だけど」

「そうなの!爺ちゃん婆ちゃん達はほんとにスゴくて!」

「あれ?褒め言葉しか聞こえないのかな?」

「もうかなりの年齢なのに強いし優しいし良い人達なの!」

「あーこれは駄目だぁ…」

 

いい感じに熱が入ったアメリアを流しつつ、新しい菓子を漁るクレア。

隣の幼い狩り人に狙われていることは完全に忘れていた。

 

クレアが手に持った焼き菓子に大口を開けるウル。

 

「あぐっ」

「あいったぁ!!」

「それで、この剣と盾の使い方だって教えてもらったし魔法も全部教えてもらって」

 

ここぞとばかりに指ごと齧りつくウル。

不意打ちに悲鳴を上げるクレア。

聞く耳を持たないアメリア。

 

三人寄ればなんちゃらとも言うが、恐らくこの三人では姦しいにしかならないだろう。

 

椅子と魘される者は放っといて、三人娘は今日も騒いでいる。

 

 

 

 

 

「まぁ、報告はこんなもんか…」

「ご苦労さん、後はこちらから伝えておくよ」

 

傭兵都市ゼルドナーの、とある酒場。

酒の勢いで時たま殴り合いが始まる中、場に溶け込むように酒を飲む二人。

 

人間と獣人の男二人である。

 

 

「つーか、お前よく生きてたなぁ。というか厄介事ばっか引き込んでないか?」

「俺じゃない…俺の周りなんだ…」

「じゃあ引きずり込まれてんだな。楽しそうで何よりだわ」

「そう思うなら俺と交代しろ…!」

「くぅー!不幸をつまみ代わりに飲む酒は旨いなぁ!」

「こいつ…!」

 

旨そうに酒を飲む男を睨みつける男、カニス。

厄介事につま先から頭まで愛されている悪運の強い男である。

 

 

「商隊に紛れて接触しようとしてよく分からん魔獣に襲われ、離れられたと思えばまたヤバい奴らに捕まって…最高に面白いわ」

「クソが!やってらんねぇお代わりだ!」

 

並々に注がれた酒を自棄気味に呷るカニス。

いい娯楽を見つけたとでも言わんばかりの男。

 

「せめて報酬は色を着けるように言っといてやるよ」

「色より自由が欲しい…」

「諦めろ。先生達は楽しみにしてるぞ?じゃあ、また今度な」

「クソッタレめ…」

 

男は金を置いて立ち去っていく。

 

残られた酒を呑み干し突っ伏すカニス。

突っ伏した途端、殴られた傭兵がカニス諸共巻き込み倒れ込む。

 

「うるぁ!!良い度胸じゃねぇか!!どいつもこいつもぶん殴ってやる!!」

 

勇ましく吠え近場の者からぶん殴るカニス。

ちょっとした小競り合いが大乱闘になった瞬間である。

 

なお、暫く経ってから残った者全員が迎えに来たシャルとジェロにしばき倒されることになった。

 

一番遠慮なくしばかれたのは勿論カニスである。

お一人様になることのない、厄介事に愛される男である。

 

 



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仲良しな話

 

ぷりぷり怒っていたウルはすやすやと寝始めた。

たっぷりの焼き菓子を食べてお腹いっぱいになったのだろう。

 

寝ている場所は勿論、土下座するブルの上。

 

クレアに対する仕返しも済んだウルは、それはもうよく食べた。

いつもの倍は可愛らしいぽんぽんを膨らまし、でろんとブルの上で伸びている。

 

噛み付かれたクレアは床に転がって動かなくなっていた。

 

アメリアはウルがうとうとし始めた頃からソワソワしていたが、その辺りからウルがブルの服を握り締め始めたので、運ぶことを躊躇していた。

 

完全にウルが寝付いたことを背中越しに認識するブル。

ほんの少しだけ体を浮かし、カサカサとでも聞こえてきそうな動きでベッドへ向かう。

 

「うわぁ…」

 

ドン引きするアメミア。

ゴミなどに群がる黒い虫を見るような目。

 

音も振動も微塵も感じさせない気遣い溢れる動きなのだが、嫌悪感だけは溢れるほどに感じさせる。

 

カサカサとベッドへ乗り込んでいくブル。

そのままベッドへ同化するように体を伸ばし横になっていく。

面積が大きくなり良い感じに寝やすくなったのか、ウルがますますでろんと伸びていく。

アメリアは顔の引き攣りが増している。

 

横になり、そろそろと毛布に手を伸ばしたブルは気づく。

 

「しまった…!手が届かねぇ…!」

「…はいどうぞ」

 

ウルの姿勢的に体制も変えづらく、クレアやルサルナも頼れない、そんな状況。

救いの手はすぐ側から差し出された。

 

どことなく引いた顔で毛布をかけてくれる、ここ何日かよく見る少女。

ウルを愛でるのに忙しく、名前も覚えていない金髪の少女。

 

「きんきら娘」

「…きんきらって私のこと!?アメリアと言います覚えてください!!」

 

何日も入り浸っているのに、名前も覚えていないブルに思わず声が大きくなるアメリア。

声を上げてからウルが寝ていることを思い出し、はっと口を抑えている。

うにうに言いながら起きる様子はない。非常に可愛い。

 

「てめぇ今ウルが起き…いや、まぁいい。助かる」

「起き…?いえ、お礼なら名前を覚えてください。アメリアと言いますから」

「気が向いたらな」

「それは覚えるつもりがないのでは…?え?もう寝たの?」

 

聞こえてくる、二人分の穏やかな寝息。

そろっと顔を覗き込むと、二人揃って良い夢を見ていそうな顔。

 

「はわわ…微笑ましぃ…」

「寝てるときは優しそうだよねー」

「ひゃわ!」

 

縁側で寄り添って眠る爺ちゃん婆ちゃんを連想させる、穏やかに眠る二人。

幾らか前までよく見ていたものだったが、村を出てからあまり見れなかった光景にアメリアもほんわかしている。

 

直後ににゅっと出て来たクレアに悲鳴を上げているが。

 

「もう!驚かさないでよ」

「驚かしたつもりなんてないもーん。勝手に驚いたんでしょー」

「あー!そんなこと言うんだ!このー!」

「きゃー!襲われるー!」

 

ぱたぱた、ぺちぺちとじゃれ始める二人。声量も動きも控えめ。

ただ覚醒が近かったのか、静かめに行われるそれに反応し目覚めるルサルナ。

 

「………」

 

夢見でも悪かったのだろうか。目付きの悪さが半端ではない。

垂れ下がった髪の間から覗く瞳。その姿は山姥も逃げ出すだろう。

数秒、ぼうっと手元を眺めていたルサルナは視線を動かす。

 

動いた先には、起き上がったルサルナに気づかずじゃれる二人。

 

「…ねぇ」

「あ、起き、ひぇ…!」

「あわわ…」

 

かけられた声にクレアが振り返ると、そこには幽鬼のようなルサルナ。

思わずアメリアに抱きつくクレア。

アメリアもまた、クレアにしがみつくように抱きついた。

 

「少しだけ、静かにしてくれないかしら」

「はい…」

「すいませんでした…」

 

普段より低い声で話すルサルナはぱっと見で非常に機嫌が悪い。

夢の中で穴という穴から血を垂れ流す化け物に付け回されていたためである。

 

その迫力、魔王の面目躍如と言ったところか。

震え上がったまま返事するクレアとアメリア。

 

ぽすんと枕に沈み込んだルサルナを見た後、抱き合ったまま顔を見合わせる。

 

「…クレアが驚かすから」

「その後はアメリアからやってきたじゃん」

「クレアだってむしろ煽ってきたもん」

「おー?」

「なによー?」

 

仲良く抱き合ったまま小声で言い合う二人。

とある視線がまたこちらに向いていることに気づいていない。

 

「おい…」

「はい!?」

「ひゃあ!?」

 

小さくも自然と耳に入ってくる低い声。

びくっと反応した二人とブルの視線がかち合う。

 

「仲が良いのは結構だが…今はウルがお休みなんだ。分かるな?」

「はいモチロン」

「理解してます…」

「仏の顔も三度まで、だ。いいな?」

「はぃ…」

「分かりました…」

 

音もなくまたベッドに徹し始めたブルを暫く眺める二人。

また抱き合ったまま顔を見合わせる。

 

「外、出よっか…」

「そうしましょ…」

 

ささっと準備を済ませて出ていく二人。

これ以上は誰を起こしても碌なことにならない。

 

 

「というか、仏の顔も三度までって…お兄さんが仏ならこの世は終わりだよねー」

「もーまたそんなこと言って。…まぁウルちゃんが絡むと異常に怖いよね」

「ウル第一主義だからね。ウルに出会う前とか見てみたかったなー」

「出会う前?妹さんか娘さんかと思ってたんだけど」

「あーそう言えばアメリアは何も知らないよねー。よっし、じゃあ私が教えて進ぜよう!まぁ私も途中からだけど。まずはー…」

 

 

波長が合うのか、何なのか。

キャッキャと仲良く話しながら歩く二人。

 

ご機嫌取りのお土産もバッチリであった。

 

 

 



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行動派の話

 

「うわぁ…!立派な馬車に、立派な馬ね!とっても賢そう!」

「名前はバサシだよー」

「へぇー!ばさっ……え?馬刺し?」

「おいしくそだててる。じゅるり…」

「そういう目的!?」

 

によによと笑うクレア、ついよだれを垂らすウル。

勿論冗談、のはずである。

 

バサシは食べないでと懇願するように嘶いている。

予想だにしない目的にアメリアは戦いていた。

 

「だ、駄目よそんなの!こんな立派な子を食用だなんて…」

「馬がいなくてもいけちゃうからねー」

「さばきかたもばっちりだよ?」

 

「なんか、どんどん増えるな…」

「いいじゃない。私はあの娘が付いてくるのは賛成よ?」

 

ウルの面倒しか見ないくせに面倒臭そうな男、ブル。

お子様兼危険物達の取り扱いを一手に引き受ける、自身も危険物になり得る女、ルサルナ。

 

今日も今日とて姦しい三人娘を見守る、保護者のような二人である。

 

「いやまぁ俺も文句はないが…賛成なのか?」

「そうね、あの娘はそう…私達が何処かに置き忘れた…大切なものを持っているわ」

 

一つ一つの出来事に驚き、感心し、コロコロと表情が変化する感情豊かな少女。

素直で優しく、簡単に壺でも買わされそうな少女である。

また正義感も強く、汚れた大人にはその善性が眩しいほど。

 

昔を懐かしむような顔でルサルナは話している。

汚れてしまった悲しみに瞳を濁らせながら。

 

他の理由としてはここ数日、ウル共々献身的にお世話され絆されたことが挙げられるだろう。

 

「そうか…ところで置き忘れたものってなんだ?」

「ごめんなさい、貴方はそもそも持っていなかったわ。私が置き忘れたの間違いね」

「そうか…」

 

その生き方からか、置き忘れに心当たりがないブル。

優しさや正義感など、物心つく頃には何かの肉片とともに大地へ返していた。

優しさはウルと出会い、また生えてきているが。非常に限定的なものではあるが。

 

なお、抱えるものは置き忘れた方がいいものがたくさん。暴力性とか。

 

ルサルナに真顔で否定され、少しだけ悲しい。

 

「あぁ別に悪いことじゃないのよ?普通とか常識を守ってくれればそれで…」

 

まともな人ぶっているルサルナ。

ヤベェ奴らの中で最も勢いのあるヤベェ女である。

本人はそのことから必死に目を背けている。

 

「最近俺よりその常識ってやつ」

「さぁ出発しましょう!」

「おい聞けよ」

 

痛い腹を探られるどころか、ぶん殴られそうなルサルナは迅速に避難した。

精神的に持ち直して間もないのだ。

直ぐに殴られては簡単に崩れてしまう。

お前にだけは言われたくないという気持ちも、勿論ある。

 

「しゅっぱつ?」

「出発だー!」

「出発ね!」

 

ルサルナの声を聞いた三人娘がきゃっきゃとはしゃぎだす。

ウルとクレアはバサシに乗って、いけー!と笑っている。

 

アメリアは御者台にて華麗に手綱を捌いている。

村の爺ちゃん婆ちゃん直伝の手綱捌きは見事なもの。

 

何食わぬ顔でその隣に腰掛けるルサルナ。

 

「…まぁいいか。楽しそうだし」

 

思考を放棄したブルの目に映るのは、はしゃぐウル。

ウルが楽しそうならそれで良しと、ブルも歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かんかん、かんかんと鐘が鳴り響いている。

そろそろ都市を出るというところでにわかに騒がしくなり、直ぐに見張り台の鐘が打ち鳴らされていた。

 

「またなってる」

「だねー」

「あー、寝てたときにも鳴ってたな」

 

一行は非常に呑気なものである。

恐らく魔獣の襲撃なのだろうが、都市にいる傭兵が片を付けると考えていた。

 

なんせここは傭兵都市。

質はピンキリだが、数は掃いて捨てるほど存在する。

 

「でもこれ、私達が進む方向じゃないです?待ちますか?」

「そうね。概ね収まってから出ましょう。都市の中なら大丈夫だろうし」

「ルナ姉、そういうこと言ったら」

 

クレアが言いかけた言葉を飲み込むように、どぉん、と凄まじい轟音が響く。

 

「きゃあ!」

「うわぁほんとに起きたー!?」

 

口に出せば本当に起こると軽口を言おうとしたクレア。

言い切る前に起きてしまい、ひっくり返りそうになっている。

 

音のした方角では砂煙が立ち昇り、少し遅れてばらばらと外壁の欠片などが降る音も聞こえてくる。

 

「すごいおと…いたっ」

「ウル!?」

「ウルちゃん!」

 

音の方角に顔を向けていたウルの頭に、小さな外壁の欠片が降ってくる。

それはこつんと軽い音を立てて当たり、急に走った痛みにウルが思わず声を上げた。

 

ブルがどえらい速さでウルをバサシから降ろし、怪我がないか確認している。

同じように反応したアメリアもくまなく確認している。

 

 

飛んできた欠片は大きい訳でもなく、また帽子の上に落ちたためか出血など見られない。

もしかすれば後から少し腫れるかもしれないが。

 

涙目になったウルを、ブルとアメリアがホッとした様子で撫でている。

それを青褪めた顔で見るルサルナ。

 

「不味い、不味いわ…この状況、どこまで都市が破壊されるか分からない…」

「いっそ暴れちゃお?不慮の事故だよ?どうせ壊れるなら壊しちゃおうよぉ」

 

どうすべきか悩むルサルナ。

これまでの経験上、ウルに何らかの危害を与えた者とその周辺が壊れることは不可避である。

 

いつの間に移動したのか、隣には悪い顔のクレア。

ルサルナの耳元にねっとりとした声をお届け中。

 

「いっそ、暴れる…?不慮の事故…ん?」

 

魔王に堕ちかけるルサルナの膝に軽い重み。

ブルによるウルのお届けである。

 

「あ、ウル大丈夫?」

「ちょっといたい…」

「そのくらいで済んで良かった…え?ウル?…あ!」

 

ハッとして顔を上げたルサルナの周りには、既に涙目のウルしかいない。

 

ちょっと危ないお祭りは既に始まったらしい。

 

「ふ、ふふ…」

「るぅねぇ?」

 

ウルを撫でながら笑いを堪えきれないルサルナ。

得体の知れない圧が吹き出ている。

 

「ウル、あの馬鹿どもを追うわよ!女は座して待つだけじゃないのよ!バサシ!走りなさい!」

「おお…!これがおとなのおんな…!」

 

気炎を上げるルサルナと、その勢いに涙も引っ込むウル。

高らかに嘶いたバサシが二人を乗せた馬車を引き、走り始める。

速度はそこまで速くない。

 

 

そこまで遠い距離ではないが、着いた頃には文字通り後の祭りになっている可能性が高いことにルサルナは気づいていない。

 

勢いそのままに後の祭りごと吹き飛ばしそうなことに突っ込む者も、いなかった。

 

 



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暴れる話

 

ウルをルサルナの膝元にそっと置いたブルは現在、空を駆けていた。

正確には屋根から屋根への跳躍だが、その尋常ではない一歩毎の距離と速度は空中を駆けているとしか思えない。

 

己が感覚に従い、最短距離を最速にてぶっ飛んでいく。

 

 

 

 

 

「何あれぇ…本当に人類なの?」

「食べるし寝るし喋るし人類でしょ。そんなことより早く行かないと獲物が全部なくなっちゃう!」

 

かっ飛んでいったブルを呆然と見送ったアメリアは、その数瞬後にはクレアにかっ攫われていた。

直ぐに正気を取り戻し、クレアと並走を始めたアメリアだが、増々疑念が深まっている。

 

クレアはそんなことより暴れる好機を逃したくないため、軽く流している。

 

騒動は少し離れた二人の位置まで聞こえている。

罵声や悲鳴が飛び交うお祭り騒ぎである。

 

ブルほどではないが、二人も中々の速度で駆けていた。

 

 

 

 

 

一方、ブル一行が目指す場所では死闘が繰り広げられている。

様々な傭兵、魔獣が入り乱れる中、一際巨大な魔獣が猛威を振るっていた。

 

大きさはもはや建物。

二足歩行で、手足は異様に長く、全身が毛に覆われている。

猿をこれでもかと巨大にしたような姿である。

 

知能は低いのか、腕や足を振り回してばかりだが、デカい生き物というのはそれだけで強い。

質量に任せた振り回しやブチかましというのは、ただ単純に強力なのだ。

 

そして今また、足元で動き回る邪魔者へ向けての踏みつけを行っている。

まるで思い通りにいかない幼子の癇癪のような行動であるが、効果は大きい。

 

地は揺れ罅割れて、足を取られた傭兵を魔獣ごと踏み潰すだろう。

 

しかし運の悪い傭兵を踏み潰したかに見えた瞬間、不自然に足の行き先を逸らされ、巨大な魔獣はたたらを踏んだ。

何が起こったのか理解できないのか、足元を見て確かめるように踏みしめている。

 

「ふぅー……デカく、重い。だが所詮はそれだけである。技術の欠片もない癇癪の如き動きでは、吾輩を仕留めるなど出来んわ!」

「でもちょっと、攻撃力が足りないね。さてどうしようか」

 

うははっと笑い声を上げるジェロ。

両手それぞれには身の丈に近いほどの大きな盾を持っている。

その隣には細剣を携えたシャル。

 

自分に対して言われたことを理解しているのか、その声に魔獣が反応し向き直る。

そしてそのまま、迷いなく腕を振り上げ叩きつけようとするが、今度は顔や目に向かって飛来する無数の矢や投げナイフ。

咄嗟に防いだところ、足元を寄ってたかって攻撃され、よろめく巨体。

 

「お手本のような妨害だな、ヒース」

「カニスさんもお見事です」

 

倒れる巨体を建物の上から見下ろす二人。

投げナイフを掌で遊ばせるカニスと、油断なく新たな矢をつがえるヒースであった。

 

シャル達一行と傭兵による即席の連携は非常に上手く行われていた。

 

しかし、決定打には些か足りない。

倒れ込んだ魔獣に追撃が入っているが、その巨体を考えれば微々たるもの。

魔法による攻撃も、規模や威力に欠けていた。

 

だが足りない、欠けていると言っても、痛くない、鬱陶しくないかと言われれば別の話。

癇癪なような動きが一層激しさを増し、無差別に手足を振るわれ始めると傭兵側は体制を立て直せざるを得ない。

 

 

戦闘の行われる場所が建造物のない広場であれば、巨獣が空けた穴から魔獣が次々に入り込んでなければ、このまま少しずつ弱らせることも可能だったかもしれない。

 

が、ここは広めの通りこそあるものの、その左右には建物が立ち並んでいる。

人にとってこの状況では障害物になり得るし、飛んでくれば恐ろしい弾丸になり得る。

さらには別の魔獣の対処に人手を割かなければならない。

 

完璧に巨獣の動きを止める事が出来ない以上、建物ごと吹き飛ばすように腕や足を振るわれれば、その連携は容易く瓦解する。

 

「シャル!吾輩の後ろへ!」

「頼んだよ!」

「おいヒース!離れんぞ!」

「うわわ!」

 

各々が倒壊する建物や、その瓦礫から身を守るように動く。

その隙に巨獣は再び立ち上がり、より鋭い殺意を身に纏う。

 

耳が張り裂けそうな咆哮から、大振りの一閃。

建物や瓦礫、人や魔獣関係なく消し去ってやると言わんばかりの暴力。

 

たった数手で瞬く間に劣勢に陥るシャル達や傭兵。

 

どうすれば仕留めることが出来るのか、誰もが必死に頭を働かせる中、嘲笑うように再度大振りを仕掛けようとした巨獣の動きが止まる。

巨獣はそのまま振りかぶった腕を守るように頭へ被せた。

 

直後、凄まじい轟音とともに巨獣が倒れ込み、その足元に人が降り立つ。

 

その降り立ったものを認識した瞬間、人も魔獣達も動きを止める。

本能的に叩き込まれる、凄まじい怒気。

 

 

「危ねぇ…うっかり殺しちまうとこだった」

 

 

隕石のように飛来した人影と、素早く体を起こした巨獣が相対する。

何ら傷を負っていなさそうな人影と対象的に、巨獣の片腕は誰が見ても分かるほどにへし折れていた。

 

 

「お前には是非、万回死んでも足りねぇくらいの苦痛を味わって欲しいんでな…」

 

 

痛みからか、それとも怒りからか。

絶叫のような咆哮で答える巨獣。

 

何であろうと押し潰すと言わんばかりに、無事な腕を振り下ろした。

 

巨獣の攻撃を合図にしたように、止まっていた戦場が動き出す。

 

 

 

「わぁ…!ちょっと遅かったけど、まだまだ食べ放題じゃん!」

「うわぁ……うわぁ…」

 

怪獣大戦争と人魔大戦を見下ろし、楽しそうに笑うクレア。

横にはドン引きで怪獣大戦争を見つめるアメリア。

 

「ねぇクレア…やっぱりあれ人じゃないよ…!」

「人でなしだよね」

「そうだけどそうじゃないの!」

「そんなことより突撃だー!」

「あ、ちょっと待ってよ!」

 

姦しい二人も争いの渦中へ飛び込んでいく。勿論、人魔大戦の方へ。

 

怪獣側には人は誰も近寄らない。

巨獣の攻撃範囲が広いこともあるが、それよりも怖いものがあった。

 

最初の激突で折った巨獣の腕を、足りないと言うように入念に、徹底的に破壊しているブルである。

 

指の一本まで無事には済ませぬという、怨念のような重たい感情と、まるでそういう道具であるかのような、人ならざる精密さを発揮している。

 

近づけばついでと言わんばかりに破壊されかねない。

 

 

徐々に体を破壊されていく巨獣の悲鳴と、何処からか響き渡る少女の楽しそうな笑い声が、一層戦場を混沌とさせていった。

 

 



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大暴れしている話

 

「あはっあはは!たまんなぁい!見てこれアメリア!」

「なんでクレアもぱーになっちゃうのよ!血に当てられちゃったの!?」

「普段通りだ、よっと!」

 

執拗な投げナイフにより、針鼠のようになった魔獣を嘲笑うクレア。

アメリアは魔獣を切り捨てながら、残虐な行為に物申している。

 

残念なことに通常運転なクレアは、メイスで頭を粉砕する音を添えて返事した。

 

「ねーこれも見て!新兵器!」

 

続いて見せびらかすように構えるのは、腕に装着した小型の機械弓。

アメリアの反応を待たずして、ぱすぱすと狙いやすそうな魔獣に打ち込み始める。

 

「うーん…精度は良いけど連射性と威力はイマイチ…」

「そんなことしてる場合!?」

「カッコいいんだけどなぁー」

 

首を傾げながらも、向かってくる魔獣を丁寧に処理しているクレア。

明確な格上でもない相手に対して緊張感が全く見られない。

元からの気質もあるだろうが、恐らくはおかしなものを間近で見続けていることが原因か。

 

油断なく魔獣を相手取るアメリアが思わず苦言を呈する。

 

殺伐とした殺し合いの中、二人を中心に少しズレている光景が出来上がっていた。

 

 

 

 

 

 

一方、怪獣大戦争側。

 

「あー…まさかとは思うが、死にかけてんのか?まだ膝より下が無事だろうが」

 

こちらはこちらで目を疑う光景が広がっていた。

 

虫の息で仰向けになっている巨獣を前に佇むブル。

巨獣は四肢全てがおかしな方向に曲がっていた。

特に両腕など丁寧に叩いたのか、骨など存在しないかのように曲がりくねっている。

 

「こんなんじゃ万死には届かねぇぞ。千死にすら届いてねぇ」

 

振り上げた金棒を、まだ骨は無事であろう下腿部に振り下ろすブル。

軽い見た目以上に力が込められたそれは、容易く巨獣の骨をへし折っている。

 

もはや絶叫を上げるほどの力もない巨獣が、か細い悲鳴を垂れ流している。

 

「情けねぇゴミが…ウルが味わった痛みはこんなもんじゃねぇぞ」

 

そう言いながら再度金棒を振り下ろすブル。

 

耳を疑うような過言である。

これだけ聞けば、ウルが死んでしまったかのようにも聞こえてしまうが、実際はちょっと涙目になる程度。

しかもその涙も不意打ちによるもの。

 

恐らくウルの味わった痛みを万回分足して味わえば、巨獣が受けた数発程度の痛みにはなるだろう。

 

ブルの中では、ウルの涙目と巨獣の瀕死に比べようもない壁があった。

 

 

 

「はぁー、やっぱおっかねぇ…なぁヒース?」

「あれ本当に同じ人類ですか?人型の何かじゃないです?」

 

巨獣から避難し、良い感じにサボっているカニスとヒース。

時折矢を射かけるヒースは付き合いの長いアメリアと同じ疑問を抱いていた。

 

何をどうしたらこの短時間で瀕死になるまで追い込めるのか。

というか何故そこまで執拗に痛めつけられるのか。

 

考えるほどに理解が遠ざかっていた。

 

 

「わぁお…もう終わったみたい」

「やはりあれは一つの極みであるな」

 

シャルとジェロも、淡々と目の前の魔獣を処理しつつ、ため息を漏らしている。

巨体から繰り出される圧倒的な力を、さらに強大な力で捻じ伏せる様にいっそ感動すら覚えていた。

以前に見た、血塗れで理性の理の字もない姿とはまた違う。

 

ある種の極致とは、見るものに対して感動も、畏怖も、恐怖も与えるものである。

弱き者は心折れ、畏怖や恐怖に溺れ、強き者は折れず感動、発奮し、そこに道を見る。

 

戦っている傭兵達の心には様々な気持ちが浮かび上がっていた。

 

壁を破壊した、見上げるほどの巨体への恐れ。

果敢に突撃し、一時的にでも足止めした者達への称賛。

楽しそうに笑いながら、日常会話のような掛け合いをしながら魔獣を屠る少女達への、なんとも言えない気持ち。

前線で傭兵達を鼓舞する、大盾使いや細剣使いに対する負けん気。

 

突如として現れた、巨獣を容易く嬲る破壊者への畏怖や感動。

 

 

 

そこらかしこから熱が噴き上がっている。

 

 

俺だって、私だってやれる。

巨獣やあの男に比べてしまえば、眼前の魔獣のなんて可愛いこと。

こんな程度軽くぶっ潰してやる、と。

 

 

にわかに勢いづいた傭兵達が魔獣を次々に狩り取っていく。

魔獣も押し込まれてはいるが、巨獣の空けた穴からは追加が入ってきている。

 

「あはっ!おかわりだぁ…!」

「もー!真面目にしなさい!」

「はいはーい、アメリアお母さーん」

「こんな子供やだよぉ!」

 

心底楽しそうに笑う少女と、気の抜けるような言葉と裏腹にしっかりと武器を構える少女。

 

「お、そろそろ休憩は終わりだな」

「カニスさん…さっきから僕しか働いてないんですけど」

「馬鹿お前、投げナイフじゃこの距離届かねぇだろ」

「……降りては?」

「俺はお前のお守りだからな!」

「いやこの距離…やっぱいいです」

 

屋根の上でしれっと腰を下ろしたままの男と、その隣でため息を吐きながら矢をつがえる少年。

 

「我々も負けていられないね!ジェロ、守りは任せたから」

「おうとも!吾輩の守りを突破出来るものはおらんぞ!」

「それブルに言ってみてよ」

「吾輩の守りはあんまり突破出来んぞ!」

 

ものすごく不安なことを言う大盾の男と、不敵に笑い魔獣を見据える女。

 

 

戦意は未だ衰えず、お祭り騒ぎはまだ終わりそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「るぅねぇ…おもったよりとおいね」

「……そうね」

 

ぱかぱか、がらがらと、軽く走る程度の速度で馬車が進んでいる。

騒ぎの音は近づいているが、まだあと少し。

 

ウルは痛みも治まり、少しだけ暇そうにルサルナの膝の上で足をぷらぷらと遊ばせている。

 

気を遣われているルサルナの顔は赤い。

 

威勢のいい啖呵を切った割に非常にのんびりであるが、これには訳があった。

 

普通に人がいるのだ。

外壁が崩れたことで避難するだろうと考えていたが、不安そうにする人もいるが避難まではしていない。

それどころか普通に商売をしているまである。

 

「お?“申し子”とその御母堂じゃねぇか!ほら!これ食いねぇ!出来立てだ!」

「できたて…!」

「感謝するわ」

 

ちょくちょく投げ渡される焼き菓子等にも原因があった。

賢いバサシは投げ渡される度に少しずつ速度を落としているのだ。

より多く、より投げ渡しやすくするために。

 

ルサルナは勿論気づいているが、速度を出しても危ないし、ウルも嬉しそうだしなんとも言えない。

 

理由は様々になるが、媚を売るのは人も獣も共通であるらしい。

売った媚に気づいてもらえるかは別にして。

 

はふはふと熱々の焼き菓子を食べるウルはご機嫌である。

ルサルナはポロポロ落ちる食べかすを払ってあげたり、口元を拭ったりと、お世話することで羞恥心を誤魔化している。

 

ウルとルサルナが到着するまで、まだまだである。



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いい感じに争っている話

 

人と魔獣の大乱闘は続いている。

生死を賭けた戦いの緊張感が一帯に蔓延しているが、一部はまた違った何かが蔓延している。

 

 

「んー…んふふっ…無様だねぇ、あはっ」

 

その一角、磔のように手足を刺し抜かれ、身動きの取れない魔獣の前で嗤う少女。

血の滴るメイスがなんともいい味を出している。

その後ろには、また別の返り血に汚れた少女が剣を振りかぶっている。

 

「せいやぁ!」

 

磔にされた魔獣に気合一閃、首を跳ね飛ばすアメリア。

そろそろクレアの悪い趣味に我慢が出来なくなっている。

 

「あー!?なにすんのよ馬鹿アメリア!!」

「馬鹿クレア!真面目にしなさいって言ったでしょ!それにいくらなんでも悪趣味よ!」

「じゃーお兄さんにも言いなよ!馬鹿リア!」

「あれはちょっと…馬鹿リアって言った!?」

 

ぎゃあぎゃあと言い合いながらも連携は非常によろしい。

互いの隙を上手く埋め合い、巫山戯ているように見えて隙がない。

 

クレアが遊ぶ以外、手早く処理していく姿は見た目によらず頼もしいのだが、なんとも言い難い空気はこの二人を中心に生み出されていた。

 

 

また別の一角。

人も魔獣も一定の距離を置いている、その場所。

 

仰向けに倒れた瀕死の巨獣の周りをウロウロしている男がいる。

 

「うん、うん…これ以上潰すところはねぇな…頭も胴体も潰せば死ぬだろうし…よし」

 

所々折れた骨が肉を突き破り、じわじわと血の海に沈んでいく巨獣を前にブルは頷いている。

至極当たり前のことを言っているが、目の前の光景を見てしまうと誰もが首を傾げざるを得ない。

 

四肢を切断もせずにここまで壊すとなると、途中で痛みに堪えきれずに死んでしまうか、出血によって死ぬことになるだろう。

まだ生きている巨獣の生命力が凄まじいのか、殺さずに壊しきったブルの執念がおかしいのか。

 

どちらにせよヤバい事には変わりない。

 

 

「生まれたことを後悔しながら、余生を過ごすんだな」

 

余生を過ごす、という言葉を深く考えさせる使い方をしたブルは、視線を移す。

その先に見えるものは、大乱闘の会場である。

 

血の滴る金棒を肩に担ぎ、散歩でもするかのように歩き始めた。

 

「さて…ウルの安全のためにも、掃除でもするかぁ」

 

倫理や道徳といったものの大半を捨て去っている男、ブル。

ゴミとしてその目に映っているのは、何なのか。

 

 

ヤベェ奴が本格的に、大乱闘へと参戦する。

 

 

 

 

「あ、あ…あれ見てアメリア。時間切れかも」

「もう!クレア、また何か悪いことを…あ」

 

くるくると、互いの位置を入れ替えながら巧みに戦うクレアとアメリア。

 

入れ替わった際に、ふとクレアの目に入ったそれは、お祭りの終わりが近いことを知らせる合図であった。

魔獣を盾でぶん殴り怯ませながら返答したアメリアも、位置を入れ替えた際に見てしまった。

 

暇だから来たとでも言うような、つまらなさそうな表情で歩くブル。

後ろに見える血の海に沈む巨獣と、少しだけ付いている返り血や血の滴る金棒があまりにもそぐわない。

 

そんなブルは悠々とクレアとアメリアに近づいてきている。非常に怖い。

 

「く、クレア…?’処理が遅い、死ね’とか言われたりしない、よね…?」

「あはは、流石にそんなこと言わないよー…言わないよね?」

「や、やめてよ…ほんとにやめて…」

 

そんなことはないだろうと思いつつ、バチクソに怒っていることを思い出すクレア。

唐突に魔獣への対処に、遊ぶような動きがなくなる。

 

クレアの豹変に悪いことをしていないにも関わらず、悪いことをしている感覚に陥るアメリア。

そんな中視界の端で、一匹を金棒で千切り飛ばし、もう一匹の頭を素手で握り潰すブルが見えてしまう。

 

二人とも鬼気迫る表情で無駄口すら全くなくなり、処理速度は非常に高まっていた。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ…片付いた…」

「私…限界…超えちゃった」

 

一気に片付けた二人の前までブルが来る。

血塗れの手から、血やら何やらが滴り落ちている。

 

「あ、あはっ…どうしたのお兄さん?わざわざこっち来て…」

「そ、そうそう…こっちは終わっちゃいましたよ…?」

「いや…きんきらは知らねぇが、クレアはいつもよりなんか真面目に戦ってんなと思ってな。俺が歩き始めたくらいから」

「全部見られてた…!?」

「はい!私ちゃんとやってました!それにちゃんとやるように注意してました!」

「あ、あ、待って待って…それ卑怯じゃん…ねぇぇ!」

「…はあ?」

 

愕然とするクレアを迷いなく裏切るアメリア。

親友?言っていることが分かりかねます。

 

戸惑いなく売るアメリアに、悪い子クレアも動揺を隠せない。

駄々っ子のようにアメリアへ縋りついている。

 

 

そんな二人を前に、ブルは困惑していた。

ほんのちょっと、僅かながら、少しくらいは褒めようかと、思いつきではあるが考えていたのだ。

 

遊んでいても動きは良くなっているし、攻撃の引き出しも増えている。

イタズラ娘だがまぁ、いいお姉ちゃんのようにウルも懐いている。

あまりない機会に思いつきだが褒めようとしたら、何なのだろうか。

軽く撫でて褒めようとした自分を、まるで恐ろしい化け物のように扱うではないか。

 

などと思っているブル。

これまでどのような立ち振舞をしてきたか、それは考えていない。

 

ウルを愛でるため以外、あんまり過去を振り返らないブルの行き場を失った手が宙を彷徨う。

しっかりと血に塗れていない方の手であるが、両の手を赤く染めてやろうという意思表示にしか思われていない。

 

ブルの手がゆっくりと下に降りる。

 

「そうかそうか…偶には褒めようかと思ったんだが…そういうふうに思えるんだな…ははっ、そうかそうか…」

「えっ」

「えっ」

 

手を降ろし、ついでに少し俯いたブルから乾いた笑いが漏れる。

クレアもアメリアも、信じられないような目を向けている。

 

「そんなに怖い俺がお望みなら、お望み通りにしてやろうか…」

「あ、アメリアが!必要以上に怖がるから!」

「え、ちょ!?怖がらせるようなこと言ったのクレアでしょ!?」

「私最初は否定したもん!」

「あやふやだったじゃない!」

 

再度始まる見苦しいなすりつけ。

ぎゃいぎゃい喚きあう二人にため息しか出ないブル。

 

おもむろに手を伸ばす。

 

「ぴっ!」

「ひぃっ…!」

 

わしりと掴んだのはクレアの頭。

掴まれたクレアも掴まれていないアメリアも悲鳴を漏らす。

アメリアは儚く散る命を見たくないのか、顔を手で隠すおまけ付き。

 

もう一度ため息を吐きつつ、とりあえず雑にではあるが、わしゃわしゃと撫でるブル。

 

クレアの頭は人形のように揺さぶられている。

 

「よくやってる」

「う゛ぉ゛、お゛、ぉ゛ぉ゛……世界が…回るぅ…」

 

開放されたクレアはふらふらになっている。

せっかくの褒め言葉は回る世界とともに飛び立っていった。

 

ブルにとっては若干の照れ隠しである。

せっかくだしと、勢いでアメリアの頭も鷲掴みにするブル。

 

「ひぐっ…」

「きんきらも…まぁよく知らねぇが…頑張ったんじゃねぇか?」

「あわ、あうぉ、う、なが、な、ながいぃぃ」

 

言葉に詰まったせいで時間が五割増ほどの揺れ。

開放されたままにふらつき、地に伏せるアメリア。

 

「うし、行くぞお前ら」

「ちょ、ちょっと待って…」

「記憶が…記憶が飛ぶ…」

 

照れからか早々に歩き始めたブル。

後ろの二人は立つこともやっとである。

 

 

二人がなんとか立ち直ったのは、足早に歩いていったブルが血で彩られた道を作り上げた後であった。

 

 



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上がるものは何かという話

 

ぱっかぱっかとバサシが歩く。

日差しが気持ち良く、優しく伝わる馬車の振動が眠気を誘う。

少し先はそこそこ騒がしいが、傭兵達が頑張っているのか、魔獣の姿は全くない。

聞こえないふりをすれば非常に良いお昼寝日和であった。

 

「ふあぁ…んー、はぁ…」

 

御者台にて、ついついあくびが出ている女はルサルナ。

最初こそ威勢よく追いかけたのはいいものの、なんだか色々あって、のんびりと進んでいる。

 

ルサルナの膝を枕にすやすやと寝ている幼子はウル。

いっぱい食べ、いっぱい眠る健康優良児である。

少し眩しかったのか、ルサルナのお腹に顔を埋めて熟睡中。

 

「なんかもう、どうでもいいわね…」

 

ぼやきつつ、山盛りになっている差し入れから一つつまみ出し、齧りつくルサルナ。

 

「あ、美味しい…」

 

 

実に平和である。

 

 

 

 

 

 

 

「ヤバいヤバいヤバい!早く離れろ!」

「無理に決まってんだろうが!こちとら戦闘中やぞ!」

 

大乱闘の中の一部。

人も魔獣も揉みくちゃになる混沌とした場所だが、その中でも逃げ回る者達がいた。

 

逃げ回る者達の中心にいるのは、やっぱりブル。

金棒でも素手でもぶん殴り、振り回し、投げ飛ばしと、一人だけもはやなんか違うことをしている。

 

逃げ回っている者は二次災害を恐れてのこと。

千切れてもそれなりに重量のある肉片やら、果ては魔獣そのものが飛んでくるのだ。

 

飛んでくるものは身動きの出来ない程の瀕死か、もしくは死んでいるために、飛んできた魔獣に殺される者はいない。

 

しかし、意気軒昂に戦っている時に、隣もしくは自分がいきなり吹っ飛ばされたらどう思うか、それに戦闘中に吹っ飛ばされればどうなるか。

 

それが今の状況である。

 

 

「あ、これ無理いぃぃ!」

「うひっ…!?ちょっとアメリア!!」

「あんな丸ごと受けれないよ!」

 

ブルがかっ飛ばした魔獣を横っ飛びで避けているアメリア。

魔獣は運良くクレアの体を掠めるだけだったが、さらっと一人逃げたアメリアに文句をぶつけている。

 

少し離れておけばいいのに、しっかり追いかけて来た二人の少女。

被害の少なそうなブルの真後ろを、アメリアが飛来物や魔獣からの防御、クレアが迎撃と役割を分けて追っていた。

が、常に真後ろを取ることは難しいので、出来るだけ。

 

ついていく理由は単純なこと。

 

珍しすぎるブルの行動に、仕方ないとはいえ、思いっきり怖がってしまった事にちょっと申し訳無さを感じたのだ。

 

それに、このまま離れていたら、この先()()()()ブルになってしまうかもしれないことが考えられた。

ついて行くことはまぁまぁヤバいが、怖がられていると確信され、偶にでも優しいブルが消えてしまうことは避けなければならない。

 

僅かなりとも、他者を褒めたり、気遣う人間性は保ってほしいのだ。

 

一方で大暴れするブル。

似合わないことをしたと、恥ずかしい気持ちが湧き上がっている。

それはやたら滅多に吹き飛ばし、投げ飛ばしたりしているところに現れている。

 

普段もさほど変わらないように思えるが、実はある程度は気を遣うようにしていた。

最低限、敵味方の区別程度はしているブル。

少々は仕方ないとして、吹っ飛ばす方向には少し気をつけているのだ。

 

今回の大暴れは照れ隠し的なものもあり、非常に雑になっている。

今も投げられた魔獣に、数人ほど纏めて薙ぎ倒されていたが、手練の補助を受けて立て直している。

 

照れ隠しで被害を拡大させかねない、傍迷惑な存在であった。

 

 

飛びかかってくる魔獣を叩き潰し、ついでに一匹掴み取って首をへし折る。

何匹か掴み取った()()()ぶん殴り、用済みになったものを放り投げる。

 

「あぁ、くそっ…無駄に恥ずかしい…次だ次」

「うっ!血が、顔に…!」

「クレア大丈夫!?ってうわぁ降ってくる!?」

「わひゃ!?あ、ありがと、潰されるとこだった…」

 

聞こえてくる声的には危なかったらしいが、なんだかんだ言ってしぶとそうなので大丈夫だろう。

そのまま掃除を続けていくブル。

 

「おらぁ!消えろゴミクズが!」

「おかわりだぁぁ!?」

「クレアさっき嬉しそうにおかわりって言ってたよね!?お望みでしょ!?」

「私が言ったのは活きが良いやつだっての!」

「飛んでくるぐらい活きが良いじゃない!!」

「自発的に飛んでないじゃん!!ふっ飛ばされんのに活きは関係ないよ!!」

 

甲高い声できゃんきゃん吠える声は聞こえないふり。

若干、ざまぁみろとか思っていたり。

きゃんきゃん吠える余裕があるならと、より一層、掃除を進める手が荒ぶっていく。

尚も元気よく吠える声に、いよいよ遠慮は要らないかと思い始めていた。

 

「あ゛あ゛あ゛!!わざと!?ねぇお兄さんわざとでしょ!?」

「的あてじゃないんですよ!?止めてくだ、止め、止めてぇぇ!?」

 

きゃんきゃん吠える声がぴーぴー泣く声に変わっていく。

勿論、無視である。

 

なお、他の傭兵達のことは考えていない。

 

的を当てる側ではなく、当てられる側となる、体を張った的あては悲鳴に満ちた大盛況となっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……」

「ぅぅ…むぅ…」

 

いよいよ騒動の場が近くなってきたルサルナは嫌なものを見たような顔。

その手は安らぎを求めて、ウルの頭を撫で回している。

ウルは撫で回される勢いに、起きてはいないが、ちょっとしかめっ面になっている。

 

ウルは置いておいて、ルサルナが見たもの、それはぽこぽこと打ち上げられる魔獣の姿である。

 

近くなるにつれ、聞こえてくる声が勇ましいものから困惑と悲鳴に変わっていったことから、ブルが暴れ回っているのだろうと予想はついていた。

 

建物が倒壊するような音や、破壊されるような音は初めの方しか聞こえなかったために、理性はぎりぎり残っているとは思っていたが。

 

なんというか今見ている光景は、非常に、それはもうものすごく、予想外のものであった。

 

 

甲高い少女達の叫び声が聞こえてくる。

 

 

「あぁ、なんだ。元気いっぱいね…」

 

最初にあった勢いは既になく、少し離れた場所で見守りの姿勢に入ったルサルナ。

 

 

打ち上がる魔獣を眺めつつ、ちょっと嫌がってルサルナの手をてしてし叩き始めたウルとの攻防に熱を入れ始めた。

 

 



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一番強い者はという話


3/18 ウルの台詞 りぁねぇ→りあねぇに変更してます。


 

 

外壁内に侵入していた最後の魔獣が討ち取られ、少し静まり返った後、爆発したように勝鬨が上がる。

 

都市を守り抜いたこと、単純に生き残れたこと。

各々理由は違えど、疲労がにじむ顔をほころばせ、肩を組んで喜んでいる。

 

「ふぅ…お疲れ様。いやぁ激戦だったね…特に最後の方は色々飛んでくるし」

「なぁに、結局は当たらずに済んだであろう?それに鬼神の如き働きっぷりで、吾輩達も結局は楽だったであろう?」

「それはそうだけどね…」

 

笑いながら話し合うシャルとジェロはブルの方を見る。

 

ブルは頭から血を被ったように返り血にまみれ、少し荒くなった息を整えている。

無茶苦茶に暴れ回ったことが伺える出で立ちであった。

 

「…どうやったら勝てると思う?」

「息が乱れているところをみるに…物量で攻めるか、持久戦か」

「物量は文字通り消し飛ばしているし、持久戦に持っていく前にこっちが持ちそうにないね…」

 

底が見えないほどの力を見せつけられても、ウルを諦めきれないシャル。

もはや意地になっている。

 

クレアに関してブルは過剰に反応しないだろう、と予想するジェロはそこまで深刻に考えてはいない。

それに実は、いつの間にかブル側に付いているアメリアのことも気になっている。

 

ジェロの好みは、大人と言うには幼い程度の美少女であるのだ。

 

 

 

「なんかすごく嫌な感じがした」

「奇遇ねクレア、私もよ」

 

折り重なって地面に伸びているクレアとアメリア。

どこかねっとりとしたような、生理的に厳しい何かを感じ取っていた。

 

「生理的に駄目そうな感じが…」

「ね。なんかねっちょりした感じ…」

 

起き上がる気力もないまま話す二人にかかる影。

顔を上げた二人の目の前には、返り血まみれのブル。

 

「あー…こういうのじゃないんだよねー」

「分かる。もっとこう、付け回されてるような感じ」

「…何言ってんだ?まぁいい、行くぞ」

 

ブルは疲れ切った二人の会話に困惑している。

動けなさそうな二人の様子を見て、とりあえずそれぞれ小脇に抱えて搬送することにした。

ルサルナとウルが格闘している馬車は、遠目に確認済みである。

 

「お兄さんが…置いていかない、だと?」

「でも運び方に文句しかないです…」

「捨てんぞ、クソガキ共」

「またまたぁ、優しいお兄さんはなんだかんだ運んで…あ、ごめんなさい投げないで」

「とっても良い運び方です文句なんてないです」

 

今ならイケるんじゃないかと軽口を叩いたクレアとアメリア。

諸共振りかぶられ、両者とも早々に白旗を振っている。

 

ため息を吐きながら抱え直すブル。

以前であれば、投げるまでいかなくとも落としていたかもしれないが、動物との触れ合いを試みてから、急激に人間性が育っていた。

 

「ウルちゃん以外にも優しくできるのね、この人」

「お兄さんから人の温もりが…あ、あ、投げないでぇ…アメリアも言ったじゃんかぁ…!」

「ちょ、あ、やめ…もう言いませんからぁ…!」

 

ブルは本気で放り投げてやろうかと振りかぶったが、先程よりも必死な懇願に迷いに迷って止めている。

以前よりもずっと、身内認定を下した者には甘くなっている。

 

それはそうと、三度目は容赦なくぶん投げるつもり満々である。

 

流石にこれ以上はヤバいと感じたのか、二人は大人しく垂れ下がっていた。

 

 

 

 

少し離れて、馬車の位置。

 

「あいたた…ごめんねウル、もう許して?」

「むぅぅ…!」

 

ぷっくりと膨れたウルにぽこぽこと叩かれているルサルナ。

すやすやなウルを構い尽くし起こしてしまい、結果抗議の拳を全面的に受け入れている。

なお、拳の威力はお察しである。

 

「むぅ…?あ、にぃ!にぃー!」

 

ぽこぽこ叩いていたウルが歩いてくるブル達を察知する。

ぴょこんと御者台を飛び出し一直線。

 

「ウル!ウルー!」

「あいだぁ!」

「へぶっ!」

 

ブルは堪らず手を広げ、受け止める姿勢。

その際、抱えたものが地面にびたんと落ちたが気にしない。

 

「にぃー!ぃ、ぅ?」

「ど、どうしたウル?」

 

ウルがブルに近づくにつれ急減速していき、飛び込む少し手前にて完全に足が止まる。

飛びついてくると待ち構えていたブルは困惑している。

 

ウルはブルを上から下までじっくりと見ている。

 

「…にぃ、きたないからだっこはあとにするね?」

「きたない…?き、汚い…だと…」

 

すいっとブルの横を抜けていくウル。

ブルはあまりの衝撃に既に膝を付き、体を震わせ呆然としている。

何かを抱きしめるように閉じられた腕が物悲しい。

 

ブルの横を抜けたウルは、痛みに転げ回るクレアの前に立っていた。

つんつんと杖でクレアを突っつきながら、呟く。

 

「くぅねぇ…もなんかこぎたない…」

「あんまりだ…こんな、酷い…」

「くぅねぇ?あれ?うごかなくなっちゃった…」

 

落とされて地面に叩きつけられた自分を慰めたり、心配してくれるのかと思いきやこの仕打ち。

クレアは自らの心を守るために丸くなり、動かなくなった。

 

何度かクレアを突っついたウルは、そのまま放置してアメリアのもとへ進む。

痛みに悶えながらも無垢で残酷な所業を目の当たりにしたアメリアは震えている。

もう戦いは終わったというのに冷や汗が止まらない。

 

「りあねぇ…はまだだいじょう、ぶ!」

「いや待っ、ふぐぅ…!」

 

ウルの検査を合格し、ほっとしかけたアメリアの目に映る、飛び込んでくるウル。

言葉が飛び出すのとほぼ同時、ウルの空中殺法がアメリアに炸裂した。

アメリアの口から、何か出てはいけないものが出ているように感じてしまう程の見事な技であった。

 

追い打ちをかけて回ったように見えるウルの行動だが、ウルもしっかりと考えて行ったものだ。

少しばかり泣いてしまい心配をかけたと考え、もう大丈夫ということを伝えるために行ったのだ。

 

実行しようとした際、ブルとクレアが思った以上に血みどろだったために、まだマシなアメリアへと矛先が向かっただけである。

決して悪意ある行動ではないのだが、悪意がないからこそ、強烈な一撃になり得る。

 

ルサルナは小言を浴びせてやろうかと考えていたが、わざわざ死体蹴りをするような趣味はない。

地面を操り、ブルとクレアをウルから見えないように馬車の影へ運んでいた。

そうして動かない二人に思いっきり水を浴びせかけ、大まかな汚れを流し、馬車内に運んで着替えを用意しと、せっせとお世話し始めている。

 

 

「やっぱり、くぅねぇよりもふわふわしてる」

 

ウルはアメリアの胸元やお腹をぺたぺた触り、その柔らかさの評価中である。

今のところ間違いなく、クレアよりも高評価。

 

 

 



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捕食者と被食者の話

 

 

控えめなふわふわ(アメリア)を堪能したウルは、ふわふわ(アメリア)ごと運び込まれた馬車内にて立ち上がった。

そろそろ一番の居場所が恋しくなったのだ。

 

そんな一番の居場所であるブルは、手を伸ばしても絶妙に届かない位置に膝を抱えて蹲っている。

隣にはそっくりな姿勢でクレアも蹲っている。

 

両者ともに、呼吸による僅かな動きがなければ、まるで植物のような雰囲気を醸し出している。

 

膝に顔を埋めて丸まる、その飛びつき難い姿勢にどう対応するか。

ウルの素晴らしい頭脳は、瞬時に二通りの対応を思いついた。

 

 

すなわち、乗るか潜るか。

 

「むぅ…もぐっていっぱいぎゅってしてもらう…みりょくがすごい…」

 

その片方、自らの頭脳が叩き出したあまりにも魅力的に過ぎる考えに、ふらりと足が前に出る。

それはまるで明かりに誘われる羽虫のよう。

 

 

ルサルナは動きのないブルとクレア、それに誘われるように近づくウルを見て、ふと頭に過ぎるものがあった。

 

それは焚き火などに誘われ、自ら飛び込み燃え尽きていく虫であったり、擬態し隠れている捕食者にのこのこ近づく被食者であった。

 

 

捕食者というのは、なにも真正面から襲いかかるだけではない。

 

巧妙に隠れ潜み、隙を晒した獲物に襲い掛かりもすれば、様々な手法にて誘引し、罠に陥れたりもする。

 

そういったものは獲物を食らうために、ただひたすらに機を待ち望むものである。

 

 

 

哀れな獲物が如何ともし難い魅力に誘われ、手を伸ばしていく。がばり。

 

「わぁ!……え?」

 

その伸ばした手がブルに触れるか否かというところで、大口を開くかのようにブルが体を伸ばす。

急な素早い動作に驚いたウルは、気づけば体の向きを正反対に変えられて座らされ、後ろからぎゅっと抱きしめられていた。

しれっとウルのお腹にクレアも飛びついている。

行動力に溢れる捕食にも程がある。

 

「……あれ?」

 

あまりの早業に脳の処理が追いつかず、ブルとクレアを交互に見ているウル。

その間にもブルとクレアはウル吸いに勤しんでいる。

 

「すぅー…ふぅー…」

「すんすんすん…」

 

なんかものすごく吸われているが、混乱の最中にいるウルは気づいていない。

 

目の前の光景に今すぐに衛兵を呼びたくなったルサルナだが、それはそれでエライ事になりそうな予感がするため、目を背けている。

 

「私…私も…」

「収拾がつかないし、絵面も酷いから止めて」

「あ、あぁぁ…!」

 

亡者の如く呻くアメリアを取り押さえながら。

 

やがて思考が現状に追いついてきたウルは、やたらと匂いを嗅がれていることに気づき、それがこしょばくて仕方がない。

 

「うぬっ!に゛っ!」

「すぅぅーー…ふぅー…」

「すん、すん…すやぁ…」

 

しかし動こうにもブルにもクレアにもがっちりと掴まれ、ほとんど動けない。

暫くもぞもぞと抵抗したウルだが、拘束から抜け出せず、挙げ句抱きついたまま寝始めたクレアを見て完全に抵抗を諦めた。

 

当初考えていた感じとは違ったが、とりあえず同じ様な結果には収まったので、満足だと思い込むようにしたウル。

 

結局、暫くして我慢できなくなり、ひんやりばちばちし始めるのだった。

 

 

 

 

 

馬車内にて正座しているブルとクレア。

その正面にはルサルナと、ルサルナの膝の上に乗るふくれっ面のウル。

ついでに澄まし顔のアメリア。

 

「さっきのアレ、アレは流石に駄目よ?ウルも嫌がってたし、傍から見てると…正直気持ち悪いもの」

「うす…」

「はぃ…」

 

ウルを撫でながら二人に説教するルサルナ。

ウルはそんなルサルナをじとりとした目で見ていた。

そう思うなら止めてほしかったと思っている。

 

ブルとクレアはどこまでも正論であるために、反論など出来ずに素直な態度。

 

しれっと私関係ありませんというような面をしているアメリア。

時折ルサルナから向けられるなんとも言えない視線を鮮やかに受け流している。

その毅然とした態度の理由は、未遂であるから。

 

「…まぁ、ウルがいいって言うなら、私もしてみたいけど…ちょっとだけ」

「えっ」

 

ルサルナから溢れた本音に、信じられないと言うような顔を向けるウル。

ルサルナの顔は明後日の方向へ。

 

「ですよね」

「だよな」

「うんうん」

「えっ」

 

次々に寄せられる賛同に驚愕し、そおっとルサルナの膝から離れる。

ウルはそのままそれぞれを見渡し、ゆっくりと距離を取っていく。

 

なんだかじりじりと距離を詰められているような…

 

「よ、よくないよ?こしょばいし、その…ね?」

 

ゆっくりと後ずさるウルだが、ここは馬車の中。

すぐに壁際に辿り着いた。

 

気がつけばウル以外の全員がウルと向かい合っている。

 

あからさまににじり寄っているのはアメリア。

滲み出る欲望を隠しきれない。

 

「ぅ…うぅ…わぁー!ばさしー!」

 

伸びる手を隠そうともしないアメリアと、見間違いかと思うほど静かににじり寄るそれぞれに、ウルは堪らず馬車を飛び出した。

 

 

 

飛び出したウルはすぐさまバサシの背中に飛び乗っていた。

 

「ねぇばさし、みんなひどいとおもうよね?ねぇちゃんときいてる?」

 

バサシの背中に張り付き、ぺちぺちと首筋を叩きながら恨み言を垂れ流しているウル。

あまり一人で離れたくないという賢くも可愛らしい考えと、バサシには流石に吸われないだろうとの判断である。

 

バサシは捕食者にいつ首を取られるのか戦々恐々としている。

戦々恐々とするのはそれだけではなく、後ろから纏わりつくようなねちっこい視線にもよる。

 

バサシの後ろ、やたら薄暗く感じる馬車内からは怪しく光る四対の瞳。

よく分からないが、良くない欲望が出ているのは確か。

 

良くない視線と、捕食者に張り付かれている恐怖に晒され、食べないでと言う気持ちが小さな嘶きとなって漏れ出る。

 

「うんうん…そうだよね、ひどいよね…ばさしはいいこ…」

 

都合よく、バサシによる助命の嘶きを肯定の嘶きに捉えているウル。

バサシの嘆願は結果的には成功しているらしい。

 

ただバサシの耳には、意味は分からずとも負の念を孕んだでいることは分かる言葉が聞こえてきている。

 

馬肉になんちゃらだとか、バラしてなんちゃらだとか、と。

 

 

まだいつ食われてしまうのか分からない。

そんな不安の中、バサシは今日も生きている。

 

 



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痺れる話

 

ばっちばちに放電しているウルが、まるで抱きしめてと言わんばかりに手を広げている。

じとりとした目がブルを捉えて離さない。

 

相対するブルの背中には冷や汗が流れている。

 

ウルに背を向けることなどあり得ない。

ブルの愛が、大事な大事な幼子から逃げ出すことを許さない。

 

「いけ!そこだ!抱きしめろ!」

「今抱きしめないでどうするんですか!」

 

そこそこ近い場所から、そよ風にも消されそうな声量の野次が飛んできている。

全てをブルになすりつけたクレアとアメリアが、馬車の陰から顔だけ出して煽っている。

 

 

あいつら、後で絶対締める。

 

内心そんなことを考えながら、ブルはどうにか穏便に済ませる方法を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

少しだけ時間は戻る。

 

じめじめと湿気ているウルは飽きもせずにバサシに語りかけていた。

暫くじっと見つめていたブル達四人だが、誰よりもウル離れ出来ないブルが限界を迎えていた。

 

ブルにとってウル吸いは確かに抗いがたい魅力があるが、それよりもバサシに立場を奪われることが許せなかったのだ。

 

今すぐにでも、馬刺しどころか挽肉にしてやりたい気持ちを抑え込み、ブルは馬車から飛び出した。

 

飛び出して何をするのか。

それは当然、土下座である。

 

飛び出した勢いそのままに空中で土下座の姿勢を作り、着弾。

僅かたりともブレることのない、美しい姿勢であった。

 

飛び込み土下座をバサシの上から見下ろすウルの目は冷めたもの。

黙したまま土下座を続けるブルに、それを見下ろすウル。

 

唐突に飛び出してきた自尊心や誇りを投げ捨てたその姿に、ざわざわとしていた喧騒が静まり返る。

 

 

「にぃは、なにかいうことないの?」

 

バサシの上から見下ろし、口を開くウル。

ぷっくり膨れた顔は可愛らしいが、今だけは魔王をも凌ぐ貫禄。

 

土下座したままのブルが返答する。

 

「絶対にまたやるが、悪かった。後出来るならもうちょっと…」

「にぃ…」

 

見惚れるほど綺麗な土下座をかましておきながら、初手から欲望が顔を出している。

しかも延長希望まで付け足し、反省の色が欠片もない。

 

これにはウルも呆れ顔。

 

 

謝罪と言うには無理のある欲望丸出しの言葉に、謝罪を向けられるウルがどのように返すのか。

ルサルナ達も周囲で見守る人々も、固唾を呑んで続きを待っている。

 

たった数秒が何倍にも感じられる緊張感の中、ウルがバサシからぴょんと飛び降りた。

 

後ろ手を組み、ゆっくりとした動作でブルを覗き込むウルに視線が集まる。

 

「ふぅん…また、やるんだ?」

 

堂々たる圧の掛け方である。出処は恐らくクレア。

 

しかし、今回に限り相手が悪かったのかもしれない。

ウルの言葉に顔を上げ、真摯な眼差しをウルに向けたブルが口を開く。

 

「俺の愛がそうさせる」

「んふっ」

 

愛を免罪符にした最低な返しである。

 

どこまでも真っ直ぐな愛が嬉しいやら、おかしな返答が面白いやら。

笑いを堪えられなかったウルが顔を背ける。

 

「こほん、そういうのいいから」

「はい…」

 

頑張って済まし顔を作り直したウルがぴしゃりと返す。

ちょっとイケるかと思ったブルだが、またしても地に額をつけることになった。

 

 

「わたし、ちゃんとわかってる」

 

 

後ろ手を組んだまま、ゆっくりとブルの周りを歩き始めるウル。

緩んだ緊張感が再び高まっていく。

 

 

「にぃがわたしのことだいすきなのはわかってる」

 

 

ゆっくりと歩いていたウルがブルの真後ろで止まる。

 

 

「わたしだってにぃのことだいすき」

 

 

そのままほんの少し、ブルから離れるように歩く。

 

 

「だからね?そんなにしたいなら…いいよ?」

「ウル…!!」

 

ウルの言葉に機敏に反応したブルが振り向き、そのまま固まる。

 

 

「……にぃはぎゅってしてくれるよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

振り向いた先にいるウルは雷を纏っていた。

 

 

 

 

なんとか穏便に済ませようと、ばっちばちに放電するウルを宥めようと声をかける。

 

「どうどう…ウル、いいこだから…な?」

「ぎゅってしてくれないの…?」

「ぎゅってするわ、今すぐ」

 

腕を伸ばしたまま、こてんと首を傾げるウルの返答。

あざとい反応だが、ブルに対して効果は抜群である。

ブルは穏便という言葉を捨て去り、反射的に答えていた。

 

こいつマジか、とでも言うような視線がブルに集まる。

 

「抱け!抱けー!」

「愛を示してくださーい!」

 

あいつら泣きわめくまでボコボコにしてやる。

そうブルは思った。

 

考えていることと真逆の優しい笑顔で、ブルは一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

倒れ込んだブルに抱きついていたウルが体を起こす。

ブルは未練などないような清々しい顔である。

 

ゆっくりと立ちあがったウルがまた腕を伸ばす。

伸ばした腕の方向にいるのは、ルサルナ。

 

「るぅねぇもしたいんだよね…?」

「う、ウル…あのね?したくないと言ったら嘘になるわ?けど…」

「じゃあぎゅってしてくれるよね…?」

「今すぐしてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

クレアとアメリアは、この状況をどう切り抜けるか考えていた。

 

 

ルサルナとウルはしっかりと抱き合っている。

ばちばちという不穏な音とともに。

 

考える時間は残り少ない。

ブルの時よりも控えめな放電は徐々に収まってきていた。 

 

逃げることは選択肢にない。

可愛らしい妹分に背を向けて逃げるような、そんな駄目な人にはなりたくない。

かと言って何もしなければ餌食になる。

 

 

放電が収まり、ルサルナの体がゆっくりと倒れていく。

にこにこと笑みを浮かべたウルが倒れゆく姿を見送っている。

 

 

「ウル、私ウルに良いこといっぱい教えてあげたよね?」

「ウルちゃん!私いっぱいウルちゃんのお手伝いしてあげたよね?」

「くぅねぇ、りあねぇ」

 

とりあえず色々と畳み掛けて有耶無耶にしようとしたクレアとアメリアだが、今のウルには通用しない。

 

三度腕を伸ばしたウルに遮られる。

 

「いっぱいおしえてくれるくぅねぇだいすきだよ?」

「私も…大好きだよ…!」

「りあねぇはあったばかりだけど…すきだよ?」

「大好きじゃないのね…!私は大好き…!!」

「じゃあ、はい」

 

早く早くと腕を揺らすウル。

勿論ばっちばちに放電している。

 

「お前らの愛はその程度か?…残念だよ」

「ふ、ふふ…片腹…痛いわね…」

 

何食わぬ顔でウルの後ろから煽るブル。

誰よりも受け止め続けた結果か、復帰までが非常に早くなっていた。

ルサルナも満身創痍ながら根性にて煽っている。

受けた電撃こそブルより弱いが、それは比較対象がおかしいだけである。

ただの一般人であれば耐えきれない。

 

 

まだ躊躇している二人の姿に、ウルの腕が寂しげに降りていく。

 

「くぅねぇもりあねぇも…くちだけなんだね…」

「クレア逝きまーす!」

「アメリア突貫します…!」

 

中々踏み出せないクレアとアメリアに、ウルからの強烈な煽り。

 

堪らず走り出す二人。表情は決死。

 

対するウルはどこか悪い笑み。

クレアから教えられたことを、そのままクレアに叩きつける百点満点の実践である。

 

ウルの顔を見て嵌められたことを悟ったクレアだが、今更足は止められない。

騙されているなど思ってもいないアメリアは止まらない。

 

 

青空のもとに二人の悲鳴と、堪らえきれず笑い始めたウルの声が響き渡った。

 



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食べ物の話

 

ウルがなんだか萎れている。

思う存分吸われた際に生気も一緒に吸い取られたのだろう。

他の女性陣は肌がつやつやしているように見える。

 

「なんだか肌が瑞々しくなったような気がするわ」

「今ならなんでもできる気がする!」

「心が軽くなりました!」

 

順にルサルナ、クレア、アメリアの発言。

怪しい品物を宣伝しているような、胡散臭さしかない発言だった。

 

一方、ブルは萎れていくウルを見て思いとどまっていた。

心に湧き上がる何かを感じていたのだ。

 

これでもかと言うほど吸われて解放されたウルの瞳には光がない。

光の消えた目をブルに向け、どうぞと言うように腕を伸ばした姿を見たとき、ブルは自分の心がいかに穢れているのかを自覚した。

 

「ウル…ごめん、ごめんな…こんな自分勝手なにぃで…」

「みんなのこと、だいすきだから…へいきだよ?」

「ヴル゛ぅ゛…」

 

ブルは静かに泣き崩れ、ウルはそんなブルを優しく撫でた。

 

目に光がない幼子に、泣き崩れている大の大人が縋り付く。

なんとも危ない絵面だが、それを見ていた誰もが心に感じるものがあった。

 

幾人もの人の目から涙が溢れ、一人二人と拍手した。

やがてそれらは伝播し、至るところから拍手と嗚咽が巻き起こっていた。

 

「うっ、ぐす…ごめんなさいぃ…」

「なにこれ?」

「雰囲気に酔ってるんじゃないかしら」

 

雰囲気に飲まれ、泣き出すアメリア。

雰囲気に乗り切れず困惑するルサルナとクレア。

 

大規模な戦いに勝利したことによる高揚感と、なんとなく感動的な雰囲気。

さらには大勢の人。

 

貰い泣きに貰い泣きが重なり、一人拍手すれば誰かが続く。

要は乗りに乗ったのである。

 

「ごめんなさいぃぃ!」

 

アメリアが泣きながら走っていき、ブルとウルに飛び込んでいく。

 

「一番堪能してたくせに…手のひらくるっくるじゃん」

「あの子、結構その場の乗りで生きているわね」

 

良いように言えば素直なのだ。

ブル達の周りはアメリアの大号泣がさらなる感動を呼び、やたらと盛り上がっていた。

 

視線の先では三人纏めて胴上げが始まっている。

見ているにも関わらず、場の進行が早すぎて付いていける気がしない。

 

騒ぎに便乗したのか、いそいそと屋台の準備をしている人が現れている。

ルサルナとクレアが困惑する中、大歓声とともにお祭りが始まっていた。

 

 

 

 

 

「ウル、これもどうだ?旨いぞ?」

「んぐんぐ…んまぃ」

「もう…あんまり食べすぎないようにね?」

 

幸せそうな表情で口いっぱいに頬張るウル。

吸われた生気を順調に取り戻している。

 

定期的に馬鹿みたいにウルを甘やかす守護者、ブル。

今はウル専用の乗り物と化している。

 

隣で軽く注意をしているのは最近特にやらかしの多い保護者、ルサルナ。

大体真面目な分、誰よりも弾ける女である。

 

クレアとアメリアの姿はない。

ブルと同じく、ウルを甘やかそうとしたアメリアをクレアが引きずっていった。

 

二人に好きにさせると、ウルの顔やお腹がもちぷよになってしまいそうだからである。

それは連れ去られる直前、両手に抱えきれないほどの食べ物を持っていたことから容易に推測できた。

 

ブルもブルで、次から次へとウルに貢いでいるが、そこはルサルナの腕の見せ所。

 

「ほら口元、汚れてるわよ?…これでよし」

「ありがと、るぅねぇ」

「全く甘えん坊なんだから……これも食べる?」

「たべる!」

 

ルサルナの言葉に、にぱっと笑うウル。

ルサルナは済まし顔で対応しているが、その口元はかなり怪しい。

気を抜けばすぐに口角が上がるようなでれでれ具合だった。

 

腕の見せ所のはずだったが、既に立派な甘やかし勢の一員である。

ウルが甘え上手なのか、それとも甘えん坊に育てているのか。

 

性質がどんどんブルに似てきているルサルナ。

当初、ブルに任せておけないなどと思っていたのはどこの誰なのか。

 

このことに関して、ブル達の中で一番まともなのは、案外クレアなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

そうしてどんちゃん騒ぎを楽しみ、ついでに外壁や建物の修繕や瓦礫の撤去を手伝い、時折ちょっかいを出してくるシャル達や傭兵達を可愛がって何日か経った頃。

 

 

残念なことに、ウルがなんかもちぷよになり始めていた。

知識や技術の吸収力のみならず、栄養の吸収力も随一であったらしい。

 

もちぷよの主な理由は甘やかされたことである。

 

が、それだけならばウルはとっくに団子の様に丸々している。

原因はこの都市がとあることに熱を注いでいたことだった。

 

 

この都市には、大都市から僻地まで、商人も行かない様々な場所に赴いた傭兵が多数存在する。

 

そして、そうして赴いた先には当然、独自の物があったりもする。

 

都市の住人はそれらを積極的に取り入れた。

傭兵達は様々なもの持ち帰ったが、その中で特に住人が目をつけたもの。

 

それは食べ物や飲み物であった。

大いに食べ、大いに呑んで騒ぐ傭兵にとって、食の質は士気に影響する。

 

傭兵達は命懸けで魔獣が斃し、その報酬の一部で呑んで騒ぐ。

 

 

その際に飲み食いするものが不味ければ?

 

 

当然、士気は下がる。

それは逆に、美味ければ士気が上がるということ。

 

飯は美味いほうが良いに決まっている。

飯が美味いだけで人は集まるのだから。

 

そのことを考えついた住人達は傭兵達の胃袋を掴むことに情熱を燃やした。

美味不味関係なく、どこぞの料理を真似し、改良し、自分達に合うよう発展させていった。

 

そうして現在、食べきれないほどの創作料理が都市に溢れていた。

完成度や味については置いておいて。

 

探せば探すほどに出てくる初見の料理に、ウルの目はもうきらっきら。

ブルとアメリアが甘やかし、ウルも飽きもせずにあれこれと食べ尽くした。

 

ルサルナとクレアは静止していたが、自分達も見たことのない料理は気になる。

それを美味そうに食べる姿を見れば尚更。

 

分け合って食べようなどと対策を講じても、新たな料理が次々に出てくるために、結局は満腹まで食べてしまう。

食べるのを止めればいいのだが、好奇心に負けてウルとともに食べてしまったのだ。

 

もちぷよウルの出来上がりである。

ついでにルサルナとアメリアも。

 

クレアはすらりとした体のままだった。

 

 

一行、特にルサルナとアメリアは出発を急がなければならないと決意した。

ウルは少しばかり不満そうだったが、こればかりは譲れない。

 

これ以上横に大きくなる前に、誘惑を断ち切らねばならないのだ。

 

 

一行は今度こそ、出発のための準備を始めた。

 

 



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わちゃわちゃする話

 

「さぁリア!きりきり歩くわよ!」

「はい!ルナさん!…あ、ウルちゃんもおいでー?」

「はーい」

 

やたらと気合の入っているルサルナとアメリア。

短期間にぷにっとしてきたことに危機感を覚えている。

 

普段であれば、いざという時の体力を温存するため馬車に乗るが、いざという時は今なのだ。

 

乙女には譲れないものがある。

それが例え、にぶちんには分からないものであっても。

 

己の誇りに賭けて、譲れない。

 

 

 

やけに気合の入った二人の後ろを追従するブル達。

バサシの隣を歩くブルは、御者台に座ってのんびりとしているクレアを見る。

 

「…お前は歩かなくていいのか?」

「えぇー?だって私太ってないし、太らないもん」

 

ルサルナとアメリアに聞かれていれば恐らく有罪。

即刻処断されていてもおかしくない言葉である。

 

ブルはその言葉に深く納得した。

とある部位を見ながら。

 

「あぁ、アレってそういう…確かにお前は太らなさそうだよな…」

「ぶっ殺」

 

あからさまに胸部に向けられた視線にクレアは激高した。

 

容易く乙女の禁忌を踏み躙る男は処さねばならない。

メイスを両手で握り締め、クレアはブルに飛びかかった。

 

 

 

「急にどうしたのかしら?」

「さぁ…?なんででしょう?」

 

がいんごいんと獲物のかち合う音が響いてくる。

クレアが何やら殺意に満ち溢れているが、軽くあしらわれる様はまるでじゃれているよう。

巻き込まれそうなバサシがひんひん鳴いているが、それはよくあること。

特に気にするものではない。

 

前触れなく始まったじゃれ合いに、ルサルナとアメリアは首を傾げていた。

自分達とある意味同じ、乙女の尊厳を賭けた聖戦に臨んでいるとは思っていない。

 

ウルは気にせず、視線を避けるようにこっそり取り出した焼き菓子を食べている。

 

「うがあぁぁ!」

「やっぱおもしれぇ動きだな」

 

ブルは歩きながら、獣のような動きで暴れるクレアをいなしている。

 

足も止めないのならば気にしなくてもいいだろうとルサルナ達も足を進める。

優先されるべきはじゃれ合いの観戦ではなく、とあるものを減らすこと。

 

美味しそうに焼き菓子を頬張るウルなんて見ていない。

ウルは黙々と歩いているはず。

 

見ていないったらない。

 

 

 

 

 

「うぅ…お腹が空きました…」

「わたしも」

「ウルちゃん…手に持ってるそれは何?」

「しまった…!」

 

暫く歩き、まだお昼には少し早いかという時間帯。

アメリアのお腹がぐぅぐぅ鳴っていた。

 

ウルも同意しているが、その手には焼き菓子。

こっそり食べているつもりのウルだが、バレバレである。

口元にも焼き菓子の欠片がくっついており、証拠を隠しきれていない。

 

アメリアはちょっとぷよった体を絞ろうとしている中、隣でもしゃもしゃと食べられて余計に腹が減ってしまっていた。

 

「んまんま」

「くうぅ…」

「仕方ないわね。少し休憩しましょう」

「ルナさん…!ありがとうございます…!」

 

開き直りやたらと美味そうに食べるウルを見て、アメリアからうめき声が漏れ出る。

 

流石に可哀想に思ったルサルナは一旦休みを取ることに。

ルサルナ自身もお腹が減っているということは関係ないはず。

 

「ブルもそれでいい?」

「問題ねぇな」

 

ブルはまたバサシの隣で歩いている。

バサシも慣れたのか、その程度ならもうビクつかない。

 

クレアはバサシの背に干されるように寝かされている。

怒りのままに暴れていたクレアだが、怒りにより動きが単調になっていたため、早々に飽きたブルに沈められていた。

 

残念ながら聖戦は敗北に終わったらしい。

敗北後、暫くは嗚咽が聞こえていたが、今は泣き疲れて眠っている。

 

「ウル、あー…なんだ、今はそっとしてやってくれ」

「そっとしとくの?」

「そうだな…ああそうだ、そのままだとアレだから馬車に寝かせよう」

 

干されるクレアを棒でつんつんしようとしたウルを止める。

ブルは少し言い過ぎたかと、若干罪悪感を感じていたのだ。

 

そそくさと馬車内に運び、毛布を敷いてやり、寝かせる。

 

ウルも敷かれた毛布に転がりお昼寝の体制。

既に眠そうな顔でクレアにすり寄っている。

 

思わず笑みを零すブルは毛布を掛けて見守りの姿勢。

馬車内は穏やかな空気が流れている。

 

 

一方、ルサルナとアメリア側。

 

「うぅん…やっぱり保存食だと物足りない…」

「料理が作れれば良いんだけどね」

「…?作ればいいんじゃないですか?」

「料理なんて出来ないわ」

「えっ」

「え…?」

 

さも当然かのように言い切るルサルナ。

清々しいほどに淀みない断言。

 

アメリアは聞き間違いかと困惑している。

 

「ええっと…出来ないんじゃなくて、しないんですよね?」

「出来ないわよ?」

「えっ」

「うん?」

「ルナさんが…?」

「そうよ?」

「嘘でしょ…」

 

アメリアがわなわなと震える。

 

ブルやクレアはなんとなく分かる。

血の滴る肉を貪っていてもそこまで違和感はない。

 

しかし何でも卒なく熟しそうなルサルナが料理出来ないなんて。

 

「ウルちゃんだけじゃない…私が支えなきゃ…」

「なんて?」

「私!作ります!料理!」

「え、あ、はい…お願い…?」

「待っててください!」

 

アメリアの庇護欲は燃え上がった。

ウルという世話したくなる可愛らしい幼子に、クレアという手のかかるいたずら娘。

それに大人だが、弱った時はお世話しがいのあるブルとルサルナ。

 

村でこれでもかと言うほど甘やかされ育ったアメリアは、ここにきてお世話したり甘やかす喜びに目覚めていた。

 

村の爺婆に教えてもらった野草の知識と料理の技術。

それらを総動員するべく、困惑するルサルナを置いてアメリアは走り出した。

 

 

 

 

 

「さぁ!食らうがいいです!」

「おぉ…うめぇな」

「うめー」

「温かい…沁みるねー」

「優しい味…リア、あなたすごいわ」

「ふふん、爺ちゃん婆ちゃんの教えは素晴らしいんです。後ウルちゃん、うめーなんて言葉言っちゃ駄目」

「んまぃ」

「…まぁよし!」

 

アメリアはそこらを駆け回り、野草やきのみを収穫し、自前の道具にて料理を作り上げた。

どうだと言わんばかりの顔からは自信が溢れている。

 

簡素ながら、妙にそそられる料理を早速食するブル達は、どこか長閑な光景を思い起こす味に感じ入っている。

 

「栄養たっぷりでウルちゃんの成長にもぴったし!乙女にも優しい料理!さぁどうですか!?」

「採用。ウルのために今後ともよろしく」

「同じく。料理担当として今後もお願いするわ」

「やったー!」

 

続くアメリアの言葉に、ブルとルサルナは完全に陥落。

それぞれの急所を突く、見事な一撃である。

 

アメリアはたった一食で不動の地位を有することになった。

このまま胃袋を掴みきれば、序列一位だって夢ではない。

 

「あれ…?私の立場、もしかして危うい…?」

 

そんな光景にそこはかとない不安を覚えるクレア。

自分の料理を平らげたウルが、こっそり手を伸ばしている事に気づいていない。

 

「…ん?全部食べたっけ…?」

「んぐんぐ…んまぃ」

「…ウルー?」

「し、しらないよ?」

「ふぅん…知らないってなんのことかなー?」

「あ、あるいていったの…たべられたくないって」

「歩いた先はこのお腹かー!このこのぉ!」

「きゃー!?あはは!く、くすぐったいぃ!」

「こら!ご飯中に暴れないの!」

 

心配せずとも、クレアはしっかりと貢献している。

主にウルに悪い事やいたずらを教えるお姉ちゃんとして。

 

それが良いことかどうか分からないが、なんだかんだ笑顔に溢れる光景は微笑ましい。

 

ばたばたと暴れるウルとクレア、注意するアメリア。

それを仕方ないというように笑いながら眺めるブルとルサルナ。

 

 

立場も年齢も関係なく、ブル達は変わらず仲良く旅をしている。

 

 

 

 

 



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進まない話

 

 

「あ、これ!このキノコ美味しいんだよねぇ。ねぇクレア…クレア?」

「毒キノコ……毒……閃いた!」

 

料理担当となったアメリアが道すがら食べられる野草やきのみ、キノコなどを取っていた。

きらきらした金の髪も後ろで纏め、活発な様子に磨きがかかっている。

 

逆にクレアは活発さが鳴りを潜め、毒キノコの前で後ろ暗い雰囲気で何か閃いている。

その閃きは恐らくは人でなしの閃き。

 

ウルはアメリアの目を盗み、きのみの味見の真っ最中。

とっくにバレているが、美味しいものを引き当てたのか夢中になって気づいていない。

 

 

「止めなければ…止めなければならないのに…可愛いが過ぎる…!」

「馬鹿言ってないでちゃんと注意しなさい。さっき自分で注意するって言ったでしょう?」

 

保護者側はいつも通りの平常運転である。

 

盗み食いに夢中になり、頬いっぱいに頬張るウルに骨抜きにされているブル。

出会って瞬く間に墜とされた男の貫禄である。

大体何をしてても可愛いのだ。

 

ルサルナはブルに比べれば堕ちきってはいない。

可愛いのは可愛いのが、悪いことはちゃんと叱るべきだと考えている。

ブルと違って躾の概念は持っている。

 

何だかんだ甘やかして許しているとは言ってはいけない。

身から出た錆が相応に多く、叱るに叱れない事も多いのだ。

 

「くっ、ぅぅぅ…ウル!ちょっとこっちきな!」

「…?」

 

歯を砕けんばかりに食いしばり、ブルがなんとかウルを呼ぶ。

 

ウルはてけてけと歩いてくる。

口の中がいっぱいで返事は出来ない。

 

口を手で抑え、もちゃもちゃと一生懸命に咀嚼しながら首を傾げてブルを見上げるウル。

そんなウルの姿にわなわなと震えるブル。

 

ルサルナが声をかけようとしたときにはもう遅かった。

既にブルは膝をついてウルを抱きしめ、撫で回していた。

 

「よーしよしよし!ウルはやっぱり可愛いなあ!」

「うんむむ…」

 

もごもごしつつ、ちょっと迷惑そうだが嬉しげなウル。

やっぱりこうなったとでも言うように天を仰ぐルサルナ。

骨の髄まで愛に侵されているブル。

 

ため息を吐くルサルナなどお構いなしに、ブルはウルを存分に撫で回していた。

 

 

 

 

 

 

鼻歌交じりでアメリアが機嫌良くご飯を作っている。

そんな声や音を背景に、ルサルナとブル、ウルは向かい合っていた。

 

「次からはしっかりと食べていいか聞いてから食べること。いいわね?」

「はぁい」

 

暫く経った後、ルサルナはウルに優しく注意していた。

ブルは既に説教された後である。

今は正座しながらウルを膝の上に乗せている。

 

痺れ始めた足に、痺れを切らしたブルが口を開く。

 

「そろそろ足を伸ばしてもいいか?」

「…反省は?」

「してるしてる」

「もう少しそのままでいなさい、この馬鹿」

 

表面上の反省も見られないブルは許されなかったらしい。

言われてしゅんとしているようなブルだが、ウルを撫でることは止めない。

恐らく意識を失う以外、ウルを愛でるのを止めないだろう。

 

ブルは痺れに、ウルはご飯に対しそわそわする中、アメリアの声が届く。

 

「もう少しでご飯できますよー!」

「ごはん!」

「よしきた!」

「あ、こら待ちなさい!」

 

ウルが待ってましたとばかりに飛び出し、ブルがそれに続く。

ルサルナが逃げるなと静止をかける。

 

ウルと同じく駆け出そうとしたブルはしかし、一、二歩踏み出したところで痺れた足が縺れ転倒した。

顔面から倒れ込むブルを唖然とした顔で見るルサルナ。

 

「うぉぉ…足、足が…」

「ブルって時々人類っぽいわよね…」

「俺はちゃんと人類だ…!」

 

染み染みと呟くルサルナ。

悶えながらもしっかりと返事をするブル。

その様子を目敏く見つけ、悪い顔をしているクレア。

 

「にぃー?」

「大丈夫だウル…!ちょっと痺れただけ…!」

「心配しなくても大丈夫よー」

 

少し心配しつつ、正直ご飯の出来上がりの方が気になるウル。

そんなウルに、いつの間にか近づいてきたクレアが耳打ちをする。

 

「もう少しだけ時間あるからさー…ちょっとお兄さんの足ツンツンしてみ?普段見れない反応が見れるかも?今だけだよ?」

「いまだけ…?きになる…」

「急がないと見れなくなっちゃうよー?」

「それはたいへん…!」

 

ぱたぱたとブルのもとへ戻ってくるウル。

ものすごくわくわくとした表情。

 

ウルとクレアのやり取りを見ていたブルは嫌な予感しかしない。

 

「ウル、待ってくれ…今はちょっと」

「えいえい」

「はっ!んおぉ…!」

「んふっ、んふふ…」

 

有無を言わさずつんつんし始めるウル。

思いの外反応が面白くてつんつんを止められない。

クレアは離れたところで腹を抱えて大笑いしている。

 

「てめっ、くっ…クレア覚えとけ、おぅ!」

「んへへ…しんかんかく…」

 

怒るに怒れないブルは悶えるしかない。

ウルは悶える姿を見て何か新たな扉を開きかけている。

 

 

悪いことと言うのは覚えやすいもの。

何故なら楽しかったり、自分に利があったりするものだから。

ウルも順調に悪いことを覚えている。

クレアは勿論、ブルとルサルナも相応にやらかすからだ。

 

英才教育を受けるウルの将来はどうなるか。

今のところ誰にも分からない。

 

 

 

 



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移動中の話

 

森の中に長年の往来によって踏み固められた道が続いている。

通る人は少ないが、雨垂れが岩を穿つように長い年月をかけて出来上がった道である。

 

その道中に立ち往生する馬車があり、少女の声が響いている。

 

「くっ!やぁ!」

 

魔獣二匹の攻撃を上手く盾で捌きつつ戦う少女、アメリア。

魔獣の襲撃に際し、やる気満々で飛び出していた。

 

なお三匹での襲来だったが、寒気がするほどの速度と精度の投石により、一匹は早々に爆散していた。

 

「ちゃっちゃと倒せー」

「腰の使い方が甘いんじゃないのー?」

「ちょっとは手伝ってよ!?」

 

堅実に戦闘を進めるアメリアに飛んでくる野次。

早々に一匹を爆散させたブルと、やる気が出ないと言って垂れているクレアからである。

 

ウルはアメリアの奮闘を尻目に近場の木に石を投げている。

投げた石はひょろひょろと何処かに飛んでいっている。

速度も精度も距離も今一つ。

 

ルサルナは何時でも手助けできるようには構えている。

構えているだけ、とも言うが。

 

「俺はちゃんと仕留めてんぞ」

「ブルさんじゃなくてそこの馬鹿たれです!!」

「ルナ姉、言われてるよー」

「何もかも埋めてやろうかしら」

「ちち違う違う違います!?あ!!…っぶない!」

「ほらほらー、余所見してる暇ないよー」

「口だけはよく動くよね…!!」

 

集中力を削がれ続けるアメリア。

緊張感の感じられない、ダラけた野次は一層アメリアから集中力を奪っている。

 

ちらほらと視界に入る、ひょろひょろと石を投げるウルの姿もそれを助長していた。

 

「ああもう!!これでも喰らいなさい!!」

 

叫ぶアメリアが飛び込んできた魔獣を盾でぶん殴る。

ただの打撃かと思われたそれは、激しい音と一瞬の閃光をもって魔獣を打ち据えた。

 

打ち据えられた魔獣は体を硬直させ、もう一匹は音と光に警戒して距離を取る。

 

その隙を見逃すアメリアではない。

すかさず硬直した魔獣を切り捨てる。

 

「お?なんだ今のすげぇな」

「“招雷撃”!私の必殺技です!」

「殺せてなかったが」

「…得意技です!!すごく疲れるからここぞというときだけの!!」

 

言うやいなや距離を取った魔獣へ突貫するアメリア。

魔獣の迎撃を躱し、僅かな隙に力を溜める。

 

剣から炎が溢れ出る。

 

「招炎撃!!」

 

気合の入った宣言とともに放たれた鋭い斬撃は盾の時とは違い、切り裂く音と焼けるような音のみを発して魔獣を両断した。

 

 

「……、ふぅ…決まりました…」

 

残心を解き、一息ついて剣を振り払い納刀するアメリア。

なかなかに様になっているその姿は普段の様子からは想像も出来ない。

 

ウルがなんか変な顔でアメリアを見ている。

 

「りあねぇがすごくかっこいい…なんかへん…」

「変じゃないよ!?ねぇちょっとウルちゃん!!」

 

格好良い騎士少女は消え失せ、ただの喚く少女へ成り下がるアメリア。

ウルはそそくさとブルの背中へ避難していく。

 

「こ、こら!そこは卑怯でしょ!?」

「アメリアぁ…何か文句でもあんのか…?」

「いえ!そんなことは!?」

「むふふ…」

 

凄むブル、小さくなるアメリア、勝ち誇るウル。

ウルは頼れるお兄ちゃんを悪用する術を身に付けていた。

 

そんな姿を横目に、ルサルナはアメリアが倒した魔獣を検分している。

クレアも若干やる気が戻ったのか、しげしげと魔獣の死体を調べていた。

 

「焼き斬った…って感じかしら。魔核まで真っ二つね…」

「こっちは普通に斬ってるけど、盾で殴ったときの感じはウルの魔法に似てたねー」

 

ルサルナが調べる魔獣からは焼けたような臭いが漂っている。

血液も両断したにしては量が少なく見える。

焼けたことで傷口が塞がったのだろうか。

 

それにしても見事なまでの両断である。

アメリアは確かに力は強いが、容易く骨ごと両断する程の力はない。

ぱっと見では分からないが、かなりの熱量をもっていたのだろう。

斬撃が通り過ぎる、その僅かな時間で断面が焼けていることからも察せられる。

 

「武器に魔法を纏わせる…面白い発想ね、考えたことなかったわ」

「距離を取ったり、意表を突くところが利点だもんねー。というか、近接戦闘が出来ないと意味がないし、ルナ姉くらいの腕前なら使うことなんてなさそうだけど」

「身に付けられれば、いざというの時の保険になるわ。武器しか使えない、なんて場面だってあるものよ」

「ルナ姉が言うと説得力がないんだよねー。お兄さんの力を魔法に全ツッパしたみたいな人じゃん」

「誰が暴力の化身だって?」

「言ってないけど…もしかして自覚なかった…?あ、やっば…」

 

口を滑らしたクレアが駆け出す。

惚れ惚れするような判断力と健脚である。

 

しかし、残念なことにルサルナに対して多少距離を取ったところで意味はない。

 

瞬く間に生き物のように蠢く大地に捕らえられている。

 

「みぎゃぁーー!?」

 

森の中に捕えられたクレアの悲鳴が響き渡る。

事件性の高そうな悲鳴だが、残念なことにブル達以外誰も聞く者はいない。

ルサルナは勿論、ブルとアメリアも助けはしない。

 

唯一ウルが近づこうとしたが、ブルから離れた瞬間にアメリアに捕獲されていた。

 

 

それから暫く、森の中には許しを乞う声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブル一行はまた、森の中を進んでいた。

歩いているのはブルとルサルナ、アメリアの三人。

 

クレアは折檻が効いたのか馬車の中で静かにうつ伏せになっている。

ウルはそんなクレアを下敷きにお休み中である。

 

「そういやそろそろ着くか?」

「そうね。このまま行けば明日には着くわね」

 

ブルとルサルナの会話に、アメリアが寄ってくる。

 

「あのー…次の都市ってどんな所なんですか?二人は行ったことあるみたいですけど…」

「俺はあんま覚えてねぇな」

「あなたって人は…まぁ自然と上手く共存しているところね。都市というより町のようなものかしら。後は…お楽しみね」

「うー…気になります…」

「近くなったら分かるわ」

「はぁい」

 

気になるものの、教えてはくれそうにないルサルナと本当に覚えてなさそうなブルである。

 

ブルの方に聞いても恐らく無駄。

アメリアは残念そうに引き下がった。

 

 

 

到着予定は明日、気になるもののすぐである。

アメリアはまだ見ぬ景色に胸を躍らせている。

 



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普段の行いは、という話

 

木々の切れ目から覗く、異質なほど巨大な一本の樹木。

まだそこそこの距離があるはずだが、周囲の木々より明らかに高く、太いことが分かる。

 

そんな巨木を口を開けて見る三人娘。

 

「わぁ…うわぁすごい!あんな大きな木初めて見た!」

「すっごいねー…」

「おっきい…」

 

きゃっきゃとはしゃぐ金髪娘、アメリア。

未知のものに興奮し飛び跳ねている。

動きに合わせて跳ね回る金の髪は、本人の活発さを写しているよう。

 

呆けた顔をして巨木を見る黒髪娘はクレア。

クレアの背中によじ登っている、同じく呆けた顔をした幼子はウル。

 

三人はそれぞれ、旅の醍醐味とも言える景色に見惚れていた。

 

 

「あぁ、そういや確かにでけぇ木があったな」

「うん…まぁあなたはそんな感じよね…」

 

見るだけで気持ちが引き締まるような厳かで、神秘的な巨木を見て出た感想である。

ブルにとって、巨木もそこらに生えている木とあまり変わらないらしい。

 

旅を続けるうちに少しずつ変化しているが、元々の感性がそうなのか、感動するような質ではないのかもしれない。

 

三人娘が興奮しているのか、足早に進み出す。

そんな様子を見てルサルナがくすくすと笑う。

ブルは少しそわそわしだしている。

 

「あらあら…まだ子供よね」

「置いて行かれる前に行くか」

 

優しく見守るルサルナ、そわそわしているブル。

 

「私はこの子とゆっくり行くわ。あなたは付いて行ってあげて?」

「ん、そうか…あいつらだけじゃ不安だからな。大丈夫だろうが気を付けて来いよ」

「はいはい、ありがとうね」

 

言うやいなやブルは駆け出した。

ウルへ向かって一直線である。

 

ルサルナはどこでも託せるほどの信頼があるが、クレアとアメリアはまだ実力不足。

都市や町でならいいが、野外においてはまだ足りない。

 

ルサルナの微笑む顔が困ったような顔へ変わる。

 

「子離れ出来るのかしら…」

 

 

 

恐らく出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉー!すっごい!でかぁい!」

 

木々の切れ目から覗くだけでなく、いよいよ根本が見え始めた頃、クレアが我慢出来ず近場の高い木によじ登っていった。

 

よじ登った頂上から見ても、首が痛くなるほど見上げなければならない程高く、大きな樹木に改めて興奮をしていた。

 

ウルも真似して登ろうとしたが、掴むところがなくブルの頭程度の高さで限界になり、ぷるぷるしてしがみつくのが精一杯になっていた。

 

ブルとアメリアは、勿論その愛らしい姿を脳内に焼き付けていた。

にぃー、にぃー、と助けを求め始めたウルに正気を取り戻し、救助はしたが。

 

「あぶない…しんじゃうとこだった…にぃありがと」

「どういたしましてだ」

「私も登ろうかな…でもウルちゃんを置いていく訳には…」

 

ブルの腕の中で額を拭うウル。

別段汗をかいたという訳ではないが、様式美というもの。

アメリアはウルを置いて登るかどうか葛藤している。

 

そうして遊んでいるうちにルサルナが追いついてきた。

 

「あんなとこに登って…全くもう」

「ウルも登りたいらしくてな。ちょっと連れてくわ」

「…!のぼってくれるの?」

「勿論。これ以上ないほど丁寧に運んでやるからな」

「ふぅん…大丈夫でしょうけど気をつけてね」

「おう、かすり傷も付けるつもりはねぇ。じゃ、行ってくる」

 

ブルは背中へウルを背負い直すといそいそと紐を結び始めた。

手早く結び、綻びがないか丁寧に確認し、するすると登り始める。

 

「なっ!?抜け駆け!?待ってー!!」

 

置いていかれたアメリアも急いで登っていくも容易く置いていかれている。

 

倍では足りないかもしれない程の速度差。

しかしアメリアが遅いということはない。

むしろアメリアもやたらと速いのだが、比較対象が悪すぎた。

 

「んー…野生児が二匹…いえ、先に登ったのと合わせて三匹ね…」

 

それを見てルサルナが失礼な事を呟いている。

 

ルサルナは純粋な身体能力では劣る。

といってもこちらも比較対象が悪いだけである。

でなければ旅も戦闘もついてはいけない。

 

「おー!おっきい!いえもひともあんなにちいさい!」

「ほんと!全部ちっちゃく見えちゃう!」

「すっごいよねー!人がゴミみたいだー!」

「あははっ!ごみごみー!」

 

見上げるルサルナの耳に良くない言葉が聞こえてくる。

発信者は勿論クレア。

 

ウルが真似しているのもばっちり聞こえている。

自然と寄った眉間の皺を解すように揉むルサルナ。

 

降りてきたらどうしてやろうかしら、などと考えつつ、ルサルナは杖で素振りをし始めた。

 

 

 

 

 

 

“悪いことを言うお口はこの口です”

 

 

なんとも言い難い表情をしたクレアの首に看板のようなものを掛けられている。

満足し降りてきたクレアを待っていたのは満面の笑みを浮かべたルサルナと、その手に持たれた首に下げられるような看板であった。

 

流石に打つのは可哀想かと思ったルサルナが手早く用意したものだった。

 

「くぅねぇのおくちはわるいくち…」

「悪いことばっかり言うと罰が当たるからね!ウルちゃんも気をつけるように!」

 

神妙な顔でクレアを見上げるウル。

見上げられるクレアはなんとなく居心地が悪い。

 

悪いことはあんまり言わない教えないアメリアがウルに注意している。

 

ふと、ウルに浮かんだ一つの疑問。

 

 

「にぃのおくちはどっち?いい?わるい?」

 

 

ぴしり、と固まるアメリア。

行動を共にするようになって短いが、認識的にブルの口は悪い。

頭がイカれているからだろうか。

 

固まるアメリアを見上げ、首を傾げるウル。

その視線を受け、何とか言葉を絞り出すアメリア。

 

「それは……ちょっと検討を重ねてから判断するね…」

「かさね…?」

「そこまで酷いことは言ってねぇだろ」

「お答えを差し控えさせていただきます…」

「おい…え?言ってんのか?俺…」

 

絞り出した先延ばしの言葉。

検討を重ねたところで結論を出すとは言っていない。

意外と悪いことは言ってないブルのお口なのだが、そうは思えないアメリアである。

 

ウルが難しい言葉に首を傾げている。

 

ブルはブルで言わないように注意しているものの、アメリアの反応に無意識に言っているのか少し心配になっている。

 

クレアもルサルナも何も言わない。

言っていないような気もするが、節々に見え隠れする暴力的な気配が言っているように錯覚させる。

 

 

ブルがそれぞれの顔を見ようとする。

すっと顔を逸らすルサルナとクレア。

視線を地面に固定しているアメリア。

 

目が合い、にぱっと笑うウル。

思わず抱き上げ撫で回す。

 

 

今後今まで以上に気をつけることにしよう。

ウルを愛でながら、そう思ったブルだった。

 

 

 



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遠目に見るのとは違う話

 

巨木の足元に広がる、素朴で長閑な町。

象徴でもある、ただただ巨大な樹木にあやかり“巨木の町”と呼ばれている。

 

巨木のうねる根っこを上手く活用し上へ下へと展開する町並みは、自然という超越的で神秘的なものを感じることが出来るだろう。

また、根本に相応に大きな樹洞のような穴があり、その中に広がる町並みは静かで、洞窟のようでいて木の温かみがある不思議な空間となっている。

 

その他、巨木が関係しているのか不明だが、この町にはほとんど魔獣が寄り付かない。

この場所に好んで近づくのは、人と小動物、それから虫くらいのものである。

 

 

安全で神秘的で不思議な町。

疲れた心身を癒やすなら、この町で過ごすのも良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、言うのは建前である。

建前だけ聞けば大きな樹木を中心とした長閑な田園風景や、巨大な木のうろに作られた童話のような町を思い起こされそうなものであるが、実際は少し違う。

 

その建前は疲れた人やのんびりとしたい人を呼び、あわよくば定住しないかと考えた住民達が流布しているものである。

 

規格外に巨大な樹木は、幹を太く成長させるついでに背を伸ばしたという感じで、さらについでに天を隠せと言うように枝葉を広げている。

その足元は薄暗く、薄暗くなった場所をまるで征服したと言わんばかりにお太い根っこが這い回る。

 

這い回るお太い根っこのせいでより薄暗く感じ、陽の光が当たらないためかじめりと湿気ている。

 

自生する植物は陽の光がなくても問題ない、湿気を好む植物。

集まる虫は湿気や暗闇を好むものばかり。

それらを食べる小動物も潜んでいるが、どこか小汚いものが多い。

 

そして根っこがそこら中に這い回るおかげで、虫も小動物も隠れる隙間に事欠かない。

 

湿気や暗い場所を好む生き物の天国である。

 

樹洞の中は確かに静かで木の温かみのある不思議な町になっている。

なっているがやはり暗く、外と地続きとなっているためか虫も多く湿気もある。

 

灯りはしっかりと設置されているものの、その明かりが生み出す陰影は良く言えば神秘的、悪く言えば不気味である。

 

 

良いことといえば魔獣以外では、木材に困らないことと、大規模な火災が起きないことだろうか。

 

時折落下してくる枝葉は大小様々であるが、全て質は非常に良い。

建材から薪まで大活躍である。

 

大規模な火災が起きないことについてだが、巨木自体は油をかけても何故か燃え広がることはない。

精々焦げる程度だが、その焦げ跡もあっという間に再生しなくなってしまう。

自然と落下してきた枝葉は燃えるのだが。

 

生命力に溢れすぎる巨木は、自然と落ちてくる枝葉以外折れず燃えず、多少の損傷は僅かな間に再生してしまう。

 

巨木の町の不思議の一つである。

 

 

因みに、魔獣に関連して“魔樹”と呼ぶ者もいたりする。

 

あまり良い呼び名ではないそれは、住民からは良い顔をされない。

不思議とそう呼ぶ者はすぐに姿を消すのだが、また現れると巨木を讃えるようになる。

 

それも町の不思議の一つである。

 

 

 

 

建前の話に戻るが、この町にも経済はある。

少しでも多く人を呼び、金を使わせ、町の発展に寄与させたいのだ。

 

呼び込むことである程度賑わいが出るのは仕方ない。

陰気な雰囲気を好むものが集まるとはいえ、人が来なければ町は発展しにくいし、経済も回らない。

 

それぞれが自分の世界に籠もるだけで生きていけるほど、世の中は甘くないのだ。

 

 

 

 

 

いよいよ町の入り口までやってきたブル一行。

 

巨木の堂々たる姿を間近に、それでいて何だか陰気な雰囲気にクレアとアメリアの口数が少なくなり、ため息を吐いている。

 

都市の裏側と言えるような場所にいたクレアは慣れていそうなものだが、この場所と都市の裏は違う。

 

裏でも日は当たるし、そこら中に虫がいることはない。

確かにゴミみたいなものや怪我人や偶に死体が落ちているが、そういったものは気づけば掃除されているのだ。

ゴミのようなものでも僅かなりとも金に変えたりできるし、汚れていない方が獲物が迷い込みやすくなるために。

 

 

アメリアは単に性質的なもの。

対人関係こそ少ないが、根っこは陽の者なのだ。

陰気な雰囲気はちょっと肌に合わない。

 

ルサルナはその雰囲気が肌に合うのか、中々に上機嫌である。

虫も気にせず、何もなくともにこにことしている。

 

ウルはブルの背中から肩へと移っていた。

薄暗い中をかさかさと蠢く虫から離れるよう動いた結果である。

 

「おーきなきーのーねーもとーにー」

 

虫の蠢く音を消すように、自分を奮い立たせるために。

どこかで聞いたものを変えているのか、自分で考えたのか、歌を歌っているウル。

時折びくつき声が震えるのはご愛嬌。

 

目を閉じ、頭に手をやり耳を塞ぐ徹底っぷりである。

 

 

それを聞きながら、ブルは何も話さず黙って歩いている。

ブルはウルの歌声に全神経を集中させていた。

 

どれだけ神秘的だろうが、陰気な雰囲気であろうが、ウルの一挙手一投足から溢れる素晴らしい何かには劣る。

 

ブルの中では、それは真理である。

 

他の面々は慣れたものだ。

歩いていなければ置物と間違う程に静かでも、特に気にすることはない。

ルサルナは良い感じの歌を聞きながら色濃く残る自然を楽しんでいる。

 

クレアとアメリアは虫の蠢く音を聞きたくないために、ウルの歌へ耳を傾けている。

 

「っ…足元に何か…」

「…いちいち気にしちゃ疲れちゃうよー」

「ふーしぎなーまーちーがあるー」

 

ブルとルサルナ以外、前途多難であった。

 

そうして歩く一行に近づく小柄な人影。

 

ぼさぼさに伸びた髪で目元が隠れ、見える口元はにやにやと嫌らしく笑っている。

ぶかぶかの衣服を重ねて着ており、体格も分からず何を隠し持っているのかも分からない。

 

周りが気になってしょうがないアメリアがいち早く気づき、それを見たクレアが一旦止まろうとブルの手を引く。

気づいていないように歩き続けるブル。

ルサルナも止めようと声をかけている。

 

「何か御用ですか?」

「いひひっ…旅人さんならねぇ…この町のことを教えてあげようかと…」

「え!?ありがたいです!出来れば虫除けが売ってるお店とかも教えて頂ければ…」

「あるよぉ?ひひっ…良い(ブツ)が置いてあるお店…」

 

にやにやと口元を歪め、高くもなく低くもない声でぼそぼそと話す怪しげな人物。

虫除けという名の怪しい薬を売っていそうな雰囲気。

 

買い物のはずがいつの間にか売り物にされそうなアメリアだが、そんなアメリアを尻目に悪戦苦闘しているルサルナとクレア。

 

「ちょちょ!?嘘じゃん止まらない!?」

「ブル!ブル!?どれだけ集中してるの!?ウルも聞いて!?」

「むーしさんーがぁたーくさーんー」

 

ルサルナとクレアは無心で歩くブルを止めようとして引きづられている。

ブルは歩くことと歌を聞くことだけに集中しきっている。

 

ウルは視覚聴覚を遮断し歌っているため、まだ気づいていない。

 

「あっ、あっ…聞きたいけど…」

 

置いて行かれそうであわあわとしながら、でも虫除けとか注意事項も聞きたいアメリア。

怪しげな人物の嫌らしい笑みが深まる。

 

「いひひ…仕方ないから僕も憑いて行ってあげようかぁ?勿論なぁんにも要らない…無料(ロハ)でねぇ…」

「そんな…悪いです」

「いいんだよぉ暇だから、ねぇ。それにぃ…案内役がいた方がいい…知らない町でしょぉ…?」

「それは、確かに…」

 

遠ざかるブルとウルに、引きづられるルサルナとクレア。

アメリアよりも、より上位者に静静と付いていくバサシ。

 

あわあわするアメリアにかけられる都合の良い言葉。

怪し気な言葉遣いであるが、アメリアは分からないし、分かっても気にしない。

 

アメリアは性善説を信じている。

 

 

そして快適に過ごしたいと思う気持ちに、そこまでしてもらうのは悪いと思う気持ちが負けた。

 

「お願いできますか…?」

「ふひっ、いひひっ!…お任せあれお嬢さん…ひひっ」

「ありがとうございます!じゃあ行きましょう!」

 

アメリアの言葉に怪しげな人物が耐えきれないように笑う。

その姿はいたいけな少女を騙す売人のよう。

 

売り物にされそうなアメリアは感謝を述べてブル達を追いかける。

その背をにやにやとしながら追う小柄な怪しい人物。

 

 

町に入って早々に不安になることばかりであった。



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連鎖する話

 

ウルは今、暗闇の中にいる。

そこら中で蠢く虫が怖くて目を閉じ、耳を塞いで、ブルの頭にぺったりくっついている。

それでもちょっと怖くて歌も歌って気を紛らわしていた。

 

そうしているうちにルサルナとクレアの声が聞こえた気がして、もしかしてそろそろ大丈夫なのかと思ったとき、それは起こった。

 

ウルの頭に、ブルの手のひらほどの大きさの何かが降ってきたのだ。

降ってきた何かはもぞもぞと動いている。

それに耳を塞ぐ手に当たる感覚は、なんだか毛が生えたようにもっさりしている。

 

ウルは帽子の上から耳を抑えたことを後悔し始めた。

せめて帽子の下に手を入れればよかったと。

 

頭の上で動くそれは、撫でられ慣れているウルでなくとも分かる。

 

 

これは誰かの手なんかじゃない、と。

 

 

 

 

ウルがびくりと動き、歌声が止まる。

ブルはその瞬間、現世に戻ってきた。

 

戻ってまず疑問に思ったのは、胴体にしがみつくようにして息を荒げるルサルナとクレアの存在だった。

 

「とま…止まった…やっと…」

「ようやく…ようやくなのね…」

「なんだ…?どうしてそんなに疲れているんだ…?」

 

ウルが歌い始めてからの記憶はウルの温もりと歌声がほぼ全てを占めているブル。

それ以外の記憶は何処かに捨て去っていた。

 

呆けたようなブルの問いかけに、疲れ切って怒りも湧かないルサルナとクレア。

 

「いや…うん…なんでもないよ…」

「止まったからもういいわ…」

「?…そうか」

 

よく分からないが、何でもないなら良しとブルは現状を受け入れた。

そんなことよりウルである。

 

「ウル、良い歌だったぞ。…ウル?どうした?」

 

声をかけてもぴくりとも動かないウル。

ブルは一瞬寝てしまったのかと思ったが、それにしては寝息も聞こえない。

 

ウルから聞こえる、普段よりやや浅い呼吸音にブルの頭は答えを弾き出した。

 

 

これは怖がっている、と。

 

 

そこら中で蠢く虫を怖がり、少しでも離れようと肩の上へ移動したのは分かっている。

 

ここはいっちょ、頼れるお兄ちゃんとしてどうにかウルを勇気づけようとブルは考えた。

 

 

 

 

ブルがそんなことを考えていたとき、ウルの頭の上の何かはウルの手の上に移っていた。

 

のそのそと手の上に移るそれの感触にウルは総毛立ったが、ふと虫がこんなにもさもさしているはずがないと思いついた。

 

 

大きな虫じゃなくて呑気なねずみとかかもしれない。

 

 

そんなふうに思いついたウルはなんだか急に怖くなくなり、怖がらせてくれた手の上の何かを見てやろうと手を動かした。

 

動かして、しまったのだ。

 

 

ウルは大事なことを見落としていた。

 

虫と呼ばれる生き物の多くは足が四本より多く存在していること。

そして虫にも毛深いものがいることである。

 

ウルの頭の上に乗ったそれは確かに毛深いが、のそりと動いた際の感触では明らかに脚の数が多かった。

残念なことに、恐怖で正常な判断が出来なくなっていたウルは、思いついたことを真実だと思い込んでしまっていた。

 

 

 

 

ウルとばっちり目が合っている真っ黒な毛深い生き物。

 

ウルの真ん丸なお目々に映る、なんかいっぱい生えた脚。

横一線に並ぶ、なんかいっぱいあるくりくりとしたお目々。

ウルのちっちゃな手からはみ出るほどの大きな身体。

 

 

クモである。それもドでかい。

 

 

ウルは思考が完全に停止し、ドでかいクモと見つめ合っていた。

数秒両者ともに静止していたが、クモ側に動きがあった。

 

おもむろに一番前の脚を上げるクモ。

まるで‘やぁ’と挨拶でもしているかのような動き。

 

思い出したように足先から頭の天辺まで鳥肌が立ち上がるウル。

 

ぞわぞわとして力の入らない体と、詰まったように声が出ない喉を必死に動かした。

 

 

 

 

 

ブルが声をかけようとしたその時、ウルが動いた。

 

「ゃ…やぁぁ…!はなれて、はなれてよぅ…!」

「な、なんだ!?どうしたウル!?」

「やぁぁ…!やぁだぁ…!」

 

絞り出したようなか細い声、力無く振られているらしい腕。

ブルはなんとなくウルの動きは分かるが、頭の上で起きているために詳細が分からない。

 

鋭い感知能力も虫相手には上手く働いておらず、泣きながら何かを嫌がっていることしか分からない。

ウルを肩から降ろそうにも、足元には今も虫が蠢いている。

 

八方塞がりであった。

 

 

 

ウルがいきなり泣き出したことにぎょっとしたのはルサルナとクレアも同じであった。

 

ルサルナは遅れてきたアメリアに声をかけに動いており、クレアはバサシに乗って休憩しようかと考えていたところであった。

 

泣き出したウルに向かって、二人が動き出す。

二人が動き出したのは、ウルがなけなしの力を振り絞り、大きく手を振ったのと同時だった。

 

一歩踏み出したクレアにふわりと飛んでくる、そこそこ大きめの何か。

 

反射的に手を差し出し受け止めたクレアの両手の上には、先程までウルの手の上にいたクモ。

 

視界に映る冒涜的なそれに脳の処理が追いつかないクレア。

そんなクレアに、まるで‘よっ’とでも言うように前脚を上げるクモ。

 

あまりにドでかく予想外のものに、クレアの思考は完全に停止した。

 

 

駆け出したルサルナの視界に映る、何かを受け止め動きを止めたクレア。

 

「え!?なに!?どうしたの!?」

 

ウルに向かうついでにクレアに近づきつつ声をかける。

声をかけられたクレアは、錆びついた道具のようなぎこちない動きで振り返る。

 

ルサルナと目が合った瞬間、ぽろりと零れる涙。

そろりと差し出される、手の上の黒いもの。

 

「るなねぇ…これ、とって…おねがい…」

「嘘でしょ…脚とかもいで笑ってそうなのに…」

「むりぃ…おっきすぎるよぅ…」

 

ルサルナは衝撃を受けた。

 

虫の羽や脚をもいで遊びそうなクレアが泣いている。

魔獣は甚振って遊んでいるくせに。

 

うっかり、そうじゃないでしょうと思ったことが漏れ出した。

クレアの目から零れる涙は増量する一方である。

 

ともかく、若干退行しているクレアを前に思考を切り替える。

 

クレアの両手の上で、ルサルナにも挨拶するように脚を上げているクモ。

ルサルナにとって見覚えのある種類のクモであった。

 

 

ルサルナは一瞬で考えた。

 

ブルは泣いているウルをあやそうとしている。

恐らくはそれに手一杯になり、ウルが落ち着くまで暴れることはないだろう。

逆に今近づけばウルを渡され、駆除という名の破壊活動に邁進するかもしれない。

 

クレアに対処してからの方が問題ないのでは?

 

 

ならば、とルサルナは動いた。

まずはクレアへの対処である。

 

 

「はい、こっちおいでー。うんうん、良い子ね」

「ひぃぃ…」

 

ルサルナは知っている。

 

やたらとデカくて危なそうだが、毒もなく人に噛み付くことなど滅多にないクモであることを。

ねずみなどの小動物や虫全般、毒虫でさえも食べ、しかもある程度人を識別出来るために、平気な者は家で飼っていたりするクモであることを。

 

ルサルナが差し出した手にのそのそと乗り込むクモ。

もっさりのそのそとした感触に鳥肌が止まらないクレア。

 

「この子達はね、自分よりずっと大きなものにはほとんど噛みつかないし、他の虫とかねずみくらいなら食べてくれるのよ?だからまぁ…見た目はアレだけど、怖がらないであげて?」

「ちょっといまはむりだよぉ…」

「でしょうね」

 

涙が止まらず、縋りつきたいほど足が震えているが、肝心のルサルナはクモを撫でている。

 

そんなクレアに救いの手。

 

「え、えぇ!?なんでウルちゃんもクレアも泣いてるの!?大丈夫!?」

「りあぁ…」

「え…何この子…可愛すぎ…?」

「リア、申し訳ないけどクレアを頼むわね」

「はぁい…もう大丈夫だからね?うふふ…可愛い…」

 

追いついたアメリアは状況を把握出来ないまま、縋りついてきたクレアをあやし始める。

クレアの弱った姿に、なんかぞくぞくするものを感じていた。

 

ルサルナはそれを見て見ぬふりをし、ブルとウルの方へ向かった。

なんだか危ない感じがしたのだ。

 

とりあえず距離を取ろうと、ブルとウルを抑えに行くルサルナ。

その手に乗っけたクモの存在を忘れて。

 

近づいてくるルサルナの手に乗るクモを見たウルが烈火の如く泣き出す。

 

「やぁ!くもやだぁ!!」

「え、あ!?ごめんねウル!」

「クモ…そうかクモか…ウル、にぃがついてるから…心配ないからな…」

「ごめんね…ごめんなさい…」

 

ブルとウル、クレアとアメリアの両方から少し距離を取り、項垂れるルサルナ。

クモがルサルナに向かって前脚を上げ下げしている。

 

言葉は通じず、意味も違うかもしれない。

しかしながら、やってしまったと落ち込むルサルナにはまるで励まされているように思えた。

 

「…ありがとうね…あなたは怖くなんかないってちゃんと教えるから…」

 

クモを撫でながら語りかけるルサルナの姿は、なんと言えばいいのか、言葉にし難いものだった。

 

 

大泣きする幼子と、それを必死にあやそうとしている男。

 

縋りついて泣く少女を、なんだか恍惚とした様子で抱き締める少女。

 

クモに語りかける落ち込んだ様子の女。

 

 

 

 

この状況を解決出来るものは、それはもう時間しかなかった。

 

 



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たまには喧嘩っぽい話

 

大騒ぎから暫くして。

 

剣呑な雰囲気で男女が向かい合っていた。

 

 

「どうしたよルナぁ…なんでそれを後ろに隠す…?」

「それを聞きたいなら、先ずはその金棒から手を離しなさい」

 

ブルとルサルナである。

 

何やら殺る気満々で金棒を握り締めるブルと、後ろ手に何かを隠しているルサルナ。

 

ブルの背中にはウルとクレアが張り付き、それぞれが肩から腫れた目元を覗かせている。

 

ルサルナ側にはアメリア。

流石に怖いのか、ルサルナの後ろから顔を出すようにしてブルを見ている。

 

 

固唾を呑んで成り行きを見守る人々の中。

一触即発の空気が漂うその場所は、町の入口から少し進んだただの道である。

 

迷惑行為もいいところだった。

 

 

 

「ははっ、離す必要なんざねぇな。今から害虫駆除すんだよ」

「へぇ…なら足元の駆除からしたらどうかしら?」

 

ばちばちに火花が散っている両者。

誰も彼もはらはらが止まらない。

 

ルサルナに隠れつつも、真正面からブルの圧を受けるアメリアの腰は引きに引けている。

ルサルナ側に付いたことを、正直ちょっと後悔しているアメリアである。

 

「分かんねぇかなぁ…ウルを泣かせた害虫をまず駆除しなきゃならんだろうが」

「ウルだけ?私は?」

「…んふっ」

 

あまりの怒気に、体の至る所に青筋が浮き出ているように見えるブル。

その矛先はルサルナの持つそれだが、余波はその周辺全てに撒き散らされている。

 

ルサルナは流石の貫禄にてブルの怒気にも抵抗出来ている。

しかしその貫禄は自分のみを守る盾である。

 

盾を持たないアメリアの引けた腰は遂に砕け、ルサルナの腰にしがみついてなんとか立っている有様。

 

ブルの背中に張り付くウルとクレアは大丈夫である。

他には聞こえないような声量で話す程度の余裕はある。

 

ルサルナの圧もないことはないのだが、ブルという何でも貫く矛は、その攻撃力をもって盾の役割をも果たしていた。

 

やられる前にやれば良かろうなのだ。

 

 

「ふっ…害虫、ね。あなたはウルに甘すぎるのよ。それじゃあウルの成長を邪魔するだけよ」

「なんだと…!?」

「私の成長は…?」

「くふっ…んふふ…」

 

まぁそんな矛と盾の話というよりは、単にクレアが怒られ慣れているということもある。

何故かウルに向かって呟かれる言葉は、沈んでいたウルの気持ちを瞬く間に引き上げている。

 

「確かに俺はウルに甘い。だが…ウルは立派に成長してる」

「それはウルの自主性に頼り過ぎじゃなくて?あなたも保護者の立場なら、もっと広く物事を見たらどうかしら?」

「甘くない…私には…」

「そ、んふっ…そんなこと、あるかも…くふふ…」

 

勢いのままに押し切ろうとしたブルに陰りが見える。

矛と盾の話で言うならば、矛は攻撃するためのものであり、守るものではない。

上手いこと攻撃を逸らされ反撃されれば弱いのだ。

 

「ウルに頼りすぎている…?俺が、邪魔しているのか…?」

「その通りよ。そして…この子に関することもその一つ」

 

ルサルナが見えるように両手を掲げる。

その手には、脚を畳み毛玉のように丸くなったクモ。

 

本能的な防御姿勢、死んだふりである。

 

みしり、と聞こえるように、ブルの体に力が入る。

何もかもを滅ぼさんとする破壊衝動を、ウルを想う気持ちで抑え込んでいるのだ。

 

「…っ、ふぅぅー……教えて、もらおうか…俺の理性がある間に…!」

「くぅねぇ、りせいってなに?」

「お兄さんにはあまりないものだよ」

 

ちょっと手がクレアに向きかけたが、それすらも抑え込んだブル。

今クレアにお仕置きすれば、歯止めが効かなくなるという判断だった。

 

その表情は地獄から這い出た悪鬼のようで、その全身は今にも弾けそうなほどに力が籠もっている。

 

一応、未だかつてない理性的な姿である。

 

「まず、確かに見た目は好みが分かれるわ。脚の数、目の数、それ以前に虫が苦手なのも多いわね。でも、あなたがさっき言った害虫なんかじゃない。この子は益虫よ」

「益虫…だと…?」

「えきちゅう?」

「良い虫だよ、信じらんないよね、虫ごときが」

 

若干早口になりつつあるルサルナ。

ブルは押し込まれつつある。

 

「そう、この子は他の虫やねずみ程度なら狩りの対象なの。この子がいるかいないかで、他の虫に悩まされることが減るくらいに大食らいでもある。この町で過ごすには必要不可欠、相棒と言っても過言ではないわ。この子自身に毒はないし、自分より大きなものには滅多に噛みつかない。それは見た目以外でウルに危害を加えることはないということ。そして何より相手を識別して懐くのよ。これがどういうことが分かる?つまりは懐かせれば今後私達が虫に悩まされることが減るの勿論この町にいる間もよ?ただの見た目で駆除しようなんてとんでもない!それは大きな損失なの勿体ないでしょ?別に飼おうだなんて言ってないのただこの子がいれば虫も減るしなんかちょっと可愛いしいてもいいんじゃないかなってそう思うわよね?」

 

恐ろしい早口で展開される、ルサルナによる説得。

徐々に息継ぎすらなくなる圧倒的速度。

最後の方は欲が覗くどころか挨拶しているまである。

 

口を挟む余地がない勢いで垂れ流される言葉に、ブルの怒気も流されてしまった。

 

「なるほど、分かった」

「くぅねぇ、わかった?」

「分かった!」

 

分かってない。

言葉の濁流に呑まれて分かった気になっているだけである。

 

なんとか納得したような面をするブル。

何も考えていなさそうな面でウルに答えるクレア。

訝しげにクレアを見るウル。

 

「あの!私もこの子がいて良いと思うんです!この子がいればクレアの泣きが…違う甘えて…でもない…色々役に立つと思うんです!」

 

ブルの怒気が薄れ、ここぞとばかりに主張するアメリア。

少しずつ刺激されてきた母性が臨界点を越えようとしている。

 

追加される言葉に、未だルサルナからの情報に溺れるブルは判断をクレアにぶん投げた。

 

「…らしいぞクレア」

「バラしてクモの餌にすればいいんじゃないかな」

「なんでそんなこと言うの…?」

 

今度こそ余すとこなく分かったクレアである。

先程の何も考えていなさそうな表情から一転し、汚物でも見るような表情。

たった一撃でアメリアは戦意喪失、地に膝をついた。

 

「それで、いいかしら?クモ達は駆除しないことで」

「あ、あぁ…そうだな」

「…よし!」

 

そして混乱している間に付け込み、ルサルナがブルから言質を取っていた。

稀に見るはしゃぎようで喜びを露わにしている。

 

そんなルサルナの様子をじっと見ていたウルがおもむろにブルから飛び降りる。

ウルの突然の行動に注目が集まる。

 

飛び降りたウルはかさかさと逃げる虫にびくつきながら、しっかりとした足取りで歩みを進めた。

その先には少し困惑するルサルナ。

 

ルサルナの目の前で止まったウルの視線は、毛玉のように丸くなったクモ。

 

意図を察したルサルナがゆっくりとクモをウルに差し出す。

 

 

まさかの挑戦に緊張が走る。

 

 

恐る恐る、伸ばしては引っ込めを繰り返しつつ、しかし確実に伸びていくウルの手。

 

誰かがごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。

 

 

そして遂に、意を決したウルが控えめにつんと突く。

 

 

それに反応したのか、のそぉっと脚を広げるクモに手を引っ込めたウルだが、またつんつんと突き始める。

 

クモもウルの指先にじゃれつくように動き、ウルの強張った顔が解け始める。

その光景にブルの目に光るものが湧き出てくる。

 

「あぁ…これが……こんなにも素晴らしいものが…」

 

やがて花が開くような笑顔になったウルを見て、ブルは涙を流した。

 

 

 

 

クレアも負けじとクモに構いに行き、ぴょんと跳ねてきたクモに絶叫していたが、心配するものはアメリアくらいであった。

 

 

 

 



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待ち構えられていた話

 

「くそぉ…虫ごときのくせに人様を驚かせやがってぇ…いつでも踏み潰せるんだぞちくしょうめぇ…」

「クレア…おいクレア。いつまで引っ付いてやがんだてめぇは」

「ふざけんなよちくしょうめぇ…絶対、絶対燃やしてやるぅ…」

「おい、おいって。クソっじめじめしやがって…カビが生えてきそうだ全く…」

 

ブルの背中に張り付き。負の念を垂れ流しにしている少女、クレア。

 

妹分が勇気を出してクモと交流するのを見て、何くそと挑戦してみたものの、秒殺されて泣き帰った哀れな少女である。

 

 

秒殺というと悪く聞こえるかもしれないが、クレアだって頑張っていた。

 

クレアは頑張ってクモの前まで行き、対面で見つめ合う姿勢になっても逃げなかったのだ。

 

へっぴり腰にはなっていたが。

 

ちょっと深呼吸をして、もう一回大きく深呼吸して、いややっぱりもうちょっと…ともじもじしていたクレア。

 

皆がそんな様子を微笑ましく眺めていた。

クモも今か今かと待ちわびるように、体を上下に揺すっていた。

 

意を決して最後にもう一度深呼吸をしようと、クレアが一瞬目を閉じた瞬間にそれは起きた。

 

クレアの顔面にクモがぴょんと跳ねたのだ。

 

女子にあるまじき、世界の裏まで聞こえるのではないかと思うほど大きく野太い悲鳴を上げたのも無理はないだろう。

数瞬目を閉じただけなのに、開いた目に映ったのは自身の顔目掛けて宙を泳ぐ巨大なクモなのだ。

 

紙一重で躱したものの、腰が抜けてぺたりと座り込んだクレアに、しめたとばかりにアメリアも飛び付いたのだが、一瞬早くクレアはブルの背まで這々の体で逃げ帰っていた。

 

虫にびびらされ、邪念が透けて見える仲間から運良く逃れ…このカビが生え散らかしそうなじめり具合である。

 

流石のブルも可哀想に感じて振り払うことができないでいる。

 

 

「おやぁ…?良い(ブツ)を持ってきたんだけど…ちょいと遅かったらしいねぇ…」

「あ!さっきの!すいません、ほったらかしにしてしまって…」

「あやしいひと…?」

 

クレアに逃げられ落ち込むアメリアへかかる、なんだか胡散臭い声。騒ぎを見て、いち早く虫除けを取りに行った怪しげな人物だった。

 

落ち込むアメリアにバレないよう、クモを乗せていたずらしようとしていたウルがそっと後退る。

 

怪しげな人物は大騒ぎしていたときと打って変わって和やかな様子ににやにやと笑みを見せていたが、ウルの言動にほんの少し口元を引き攣らせている。

 

「随分なご挨拶だねぇお嬢ちゃん。何をどーぅ見てもぉ…善良な一般人じゃあないかい…?」

「にぃー、るぅねぇー、あやしいひと!」

「あ、ちょ!」

「ちょ、ウルちゃん!見た目で判断しちゃ駄目だから!」

 

クレアによる教育の賜物により、ウルはいち早く大人に頼った。

まさかの救援要請にアメリアは慌てた。

 

よりにもよってヤバいお二人に声掛けするなど、特に冗談が通じるか怪しいブルへの声掛けなど致命的になりうる。

 

なんとかウルの認識を正そうとしたアメリアだが、既に遅い。

ウルが言い終わる前に、二人は動いているのだから。

 

「少しばかり様子見しようと思ったが…ウルに怪しい人呼ばわりされる奴は、その認識で間違いないよなぁ…?」

「あなた手に持ったそれ、良い(ブツ)とか言ってたけど…ちゃんと何なのか説明しなさいよね…?」

「駄目…何もかも遅かった…」

 

既にブルは金棒を抜き放ち、ルサルナは怪しげな人物に真後ろから、にこやかに声をかけている。

 

アメリアは手遅れであることを自覚し、せめて誰にも被害が起きないように祈り始めた。

 

「まっ、待ちなよぉご両人…自分はただの案内人なんでさぁ…ほらこれ…これも、虫除け…質の良いただの虫除けさね」

 

怪しげな人物は真後ろの得体の知れない圧と、目の前から迫りくる物理的に圧に早々に屈した。

わたわたと動き、手に持った液体入りの小瓶を見せつけるようにして話し始める。

 

「へぇ…虫除けねぇ。その液体が虫除けって言われても私達には分からないんだけど」

「虫除けという名の薬か?あ?ぶちのめすぞ?」

「ひぇぇ…!まっ、お待ちくだせぇ実演しますからぁ!」

 

背後から左肩、正面から右肩に手を置く二人。

その二人はそれぞれの獲物を携え、更にブルに至っては金棒をがつがつと地面に打ち付けている。

 

自称善良な一般人である怪しげな人物に抵抗する術はない。

 

傍から見れば根暗そうな住人を脅して金品を奪おうとする輩にしか見えないが、これでも愛する子を心配する親の姿である。

 

「こ、こういうふうにぃ、ちょいとばかり振り掛けてやれば…ほ、ほらぁ!どうですかぁご両人!ほら、ほらぁ!虫が逃げてい、いくでしょう!?」

「ふぅん…?虫除けというのはあながち間違いじゃないわね」

「そうか…じゃ、ちょっと飛んでみろよ。他にも怪しいもんあんじゃねぇのか?」

「は、はいぃ!」

 

愛する子を心配する親の姿である。

 

「おいおいおい…鳴ってるぜ…?怪しげな音がよぉ!」

「出しなさい、ありったけを。そして全てを説明なさい」

 

本当に親の姿か?これが?

あまりにも輩的対応に、じめじめしていたクレアもにっこり。

 

アメリアは静かに祈りを続け、ウルはちゃっかりブルによじ登り高みの見物へと洒落込んでいる。

順調に、少しずつ悪い子として成長しているウルである。

 

周囲の人々は巻き込み事故を恐れて止めるに止められない。

ウルとクレアはとっても楽しそう。

アメリアは一心不乱に祈っている。

 

どうしようもなく目立つ一行であった。

 

 

「おやまぁ…そろそろ来ると思ってたけど、久しぶりに見たら随分と大きくなってるじゃない」

「随分と丸くなったもんだな」

 

ブルの耳に届く、少しだけしゃがれた声。

思わず背筋が伸び、ばっと声の方向へ振り向いた。

 

振り向いた先に悪戯な笑みを浮かべる老婆と、仏頂面の老爺。

 

「じ、爺さん…婆さんまで…」

「じーさん?ばーさん?にぃの?」

「あ、あぁ…いや、なんていうのか…」

 

ブルの頬に冷や汗が伝う。

ウルの疑問にも答えを窮する動揺っぷり。

 

ブルの態度に困惑する一行。

アメリアだけは祈りが通じたとして、怪し気な人物を逃している。

 

そんなブルの様子に益々笑みが深まる老婆と、益々眉間に皺がよる老爺。

 

「久しぶりだね暴れん坊。元気かい?あたしは今でも最高だよ」

「なんだその馬鹿面。腑抜けになっちまったか?」

 

 



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老人達の話

 

 

「久しぶりだね暴れん坊。元気かい?あたしは今でも最高だよ」

「なんだその馬鹿面。腑抜けになっちまったか?」

 

二人の老人が近づいてくる。

ブルの背は益々伸びるばかり。

 

近づいてくる老人達は耳が長く、自然の民であるらしい。

その顔に刻み込まれた皺の深さは長い年月を生きてきたことが伺えるが、しゃんと伸びた姿勢は年齢を感じさせない。

 

ただ、それだけである。

身に纏う衣服は丈夫そうだが安っぽく、体躯もごく普通。

威圧感のようなものも何も感じない。

どこをどう見ても一般的な老人にしか見えず、何故ブルが畏まるのかが分からない。

 

ブルの様子を見て、老人達に得体の知れないものを感じたクレアがそっと離れていく。

 

「黙ったままか?」

「この子やそっちの子はなんだい?娘かい?」

「この子は…娘とか妹みたいなもんだ。そっちはその…ツレだ」

「おじいちゃん、おばあちゃん…だれ?」

 

他がたじたじになるブルを見て困惑する中、ブルの肩に乗ったウルが物怖じせずに尋ねる。

その声に老人達は揃って見上げ、顔を顰めた。

 

「ああ全く!図体ばかり大きくなって…首が痛いったらありゃしない」

「全くだな」

「にぃおっきいから。ふふん」

 

顔を顰めた老人達に対して優越感を得ているウル。

萎縮するブルを見て、とりあえずブルはすごいんだと勝ち誇りたくなったウルであった。

 

何故か勝ち誇る幼子を微笑ましく見上げる老人達。

老婆の方が口を開く。

 

「おやおや、可愛らしいねぇ。どれ、よく顔を見せておくれ?」

「うおっ!」

「わっ!」

 

老婆がそう言った途端、ウルとブルに襲いかかる浮遊感。

 

ブルは反応が遅れ、ウルを庇うように動くしかできない。

ウルはただただ驚いて目を閉じた。

 

ほんの一瞬だけの浮遊感の後、少しばかりの衝撃。

ウルが目を開けると、目の前には下にあったはずの老婆の顔。

 

「…え、あれ?おばあちゃん…おおきくなった…?」

 

ウルは状況を飲み込めず困惑している。

そんなウルの様子になんとも楽しそうに老婆が話す。

 

「そうさ、あたしは大きくなれるんだ。すごいだろう?」

「因みに儂もだ」

「おじいちゃんもおっきくなってる…すごい…」

 

ウルは素直に驚き、目をきらきらとさせた。

大きなため息を吐くブル。

 

「ウル、下だ下。下見てみろ」

「した?…っ、にぃうまってる!…あれ?うまって…?」

 

ブルの言葉に下を見るウル。

いつの間にか人一人すっぽり入るような穴が出来ており、その穴にブルは落ちていた。

ウルは埋まっていることに驚いたが、直前に聞いた老人達の言葉を思い出した。

 

何度か穴と老人達を見るうちに、段々と老人達を見る目が湿り気を帯びていく。

 

「……おっきくなってない…うそついた…」

「ありゃ、間違えた。相手を小さくできるのさ。」

「ちっちゃくもなってない…おじいちゃんもうそついた」

「なんぞ?最近耳が遠くてな」

「うそついた!」

「んー?いやぁ歳は取りたくないもんだ」

 

いけしゃあしゃあと嘘を重ねる老婆。

唐突に難聴に陥り、ウルの声が聞こえないふりをする老爺。

どちらもウルのじとっとした目もまるで意に介さない。

 

ウルが騒ぎ、老人達がのらりくらりと躱しながらからかっていく。

そんな様子に、ブルは薄ぼんやりとしていた昔の記憶が頭に過ぎる。めちゃくちゃに渋い表情であった。

 

 

 

一方、孫に構うのが楽しくてしょうがないような老人達を見ながらルサルナ達は目も口も開けて驚愕していた。

 

幸いというべきか、その顔は誰にも見られていない。

周囲の人も皆が騒ぐウルと老人達に注目しているために。

 

 

何故驚愕しているのか。

それは魔法を発動させるための‘起こり’を一切認識出来なかったことに起因する。

 

魔法というものは例外を除き誰もが使える技術であるが、当然その練度には差がある。

 

特に差が出るのは速度だ。

大規模な魔法は、確かな想像力をもってじっくりと魔力を練り集めれば放てるものも多い。

 

しかしそれを高速で行うとなると途端に規模が弱まったり、精度が甘くなったり、そもそも想像が甘く魔法そのものが放てなくなったりするものだ。

 

自らに流れる魔力を認識し、それらを集め、起こす事象を想像し、それから解き放つ。

認識は魔法を扱う者全てが意識せずともしているもので、これに時間をかけるものなどいない。

 

しかし魔力を集める、解き放つといった魔力操作、それから想像するという三つの工程はどうしても時間がかかるもの。

想像をより明確にするために言葉を紡いだり、解き放つ際の引き金として何かしらの動作を行う、というものは大抵の者が行っている。

ルサルナも解き放つ際は杖を掲げる、突き立てるといった動作や、足を踏み鳴らすという動作を行っている。

クレアやアメリアも技名や何かしらの動作を引き金としている。

 

しかしながら老婆のそれには何一つない。

呼吸をするように、手足を動かすように自然と魔法を放っていた。

 

そしてルサルナだけが気づいたのだが、魔力の動きも一切感じ取れなかった。

魔法に習熟した者や、ブルなどの勘が鋭い者であれば魔力の動きを感じ取れたりする。

 

が、ルサルナも気づけず、ブルも反応出来ないほどの高速かつ緻密な魔力操作。

 

このような芸当が可能な者は過去現在において極僅かであり、その極僅かにルサルナは心当たりがある。

 

“黄龍”とも呼ばれる、数多い魔法使い最強の存在である。

そして老婆が“黄龍”ならば、老爺は恐らく“麒麟”と呼ばれる実力者だ。

魔法の扱いでは“黄龍”に一歩劣るが、こちらは体術にも秀でた人物である。

 

因みにこの二人、何年も行方知れずであり、老齢であったために噂では既に亡くなったとされていた。

 

ルサルナはまさかの幸運に驚きと喜びを噛み締めた。

 

まさかこんなところで出会えるとは、しかもブルと何やら関係が深そうな様子。

是非魔法についてご教授願いたい、ついでにブルの昔話も。

 

 

ついでの割合が多そうだが、どちらも本心である。

 

ルサルナは未だウルをからかって遊んでいる老人達へ、緊張から震える足を一歩踏み出した。

 

 

 

 

 



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誘われる話


評価やお気に入りありがとうございます。


 

 

「がるる…!」

 

ブルの肩で威嚇している幼子、ウル。

老人達にからかいにからかわれてすっかり機嫌を損ねている様子。

 

「おやおやすっかり嫌われちまったかね」

「ほれ、飴ちゃんいるか?」

「…いる!」

 

そんな姿を見ても、全く悪びれずに老婆は笑い、老爺はおもむろに取り出した飴玉をちらつかせている。

 

ちらつかせたお菓子への食いつきは上々どころではない。

ウルはものの見事に見え透いたご機嫌取りに引っかかっていた。

これには老爺も笑いを隠せない。

 

そんなやり取りを横目に、ルサルナが緊張と興奮を隠しきれない様子で老人達へ声をかける。

 

「あの、私はルサルナと言います。その…もしかしてあなた方は…」

「あーあーそりゃ内緒にしといておくれ」

「その通りだ、娘。儂らはただの老いぼれよ」

「やはりそうなんですね…!」

 

茶目っ気たっぷりに片目を閉じて目配せし、ルサルナの言葉を遮る老婆。

老爺もまた、やや警戒しながら飴玉を受け取るウルを見ながら追随する。

 

その反応にルサルナは確信を得て、目をきらきらさせている。

ブルはなんだか怪訝な顔。

 

「爺さんと婆さんが…なんだ?」

「え?ブルあなたもしかして…知らないの?身内か知り合いじゃないの?」

「この爺婆が身内?やめてくれよ…クソ強ぇのは知ってるが」

「はいはいそういうのは人がいないとこで言いな。後小僧、後でお話だよ」

「あ、すいません…」

「うす…」

 

憧れの存在らしき人物を前に興奮を隠しきれないルサルナと、何やら昔に色々あった様子のブル。

どちらも老人達には強く出ることが出来ない。

 

一方、そんな珍しい光景など欠片も興味を持たないウル。

今はそんなことより飴玉だった。

 

損ねた機嫌はどこへやら。

口角が上がるのを抑えられないまま、緑色の包みをためつすがめつ眺めている。

 

そして緑色の包みを取り払い、現れた真っ白な飴玉をきらきらした目で見たが、見ていたのは一瞬。

辛抱たまらんといった様子で早速小さなお口に放り込んでいた。

 

にこにことしながら飴玉を口の中で転がしたウルの表情が困惑に変わる。

なんか思ってた味と全然違う。

 

老爺は対象的に、最初に見せていた仏頂面が嘘のようににんまりと笑った。

 

「すーすーする…へんなあじ…」

「くくっ、その味の良さが分からんとは…お子様よのぅ」

「むぅぅぅ…!」

 

薄荷味であった。

 

 

それらを遠巻きに見るクレアとアメリア。

 

「ほら大丈夫だって。お爺ちゃんもお婆ちゃんも悪い人じゃなさそうだよ?」

「いやいや、お兄さんがあんなになる異常性が分かんない?良い悪いとかじゃなくて絶対、絶対ヤバい人達だって。というかめっちゃウルに意地悪してるけど?」

「あれは子供が可愛くてしょうがないの。村の爺ちゃんも婆ちゃんも同じだった…この間のことなのに何だか懐かしいなぁ…」

「詳しいねー、語るなら後にしてよ?」

「だから一緒に行こ?」

「そこでだからは意味分かんないって。はぁもう…とりあえず肩のそれどっかやってから言って」

「肩?…ひゃわぁ!?」

 

クレアの指摘に、ようやくクモが肩で寛いているのを知るアメリア。

 

ウルのいたずらは非常に良い反応を引き出していた。

 

 

そして、そのわちゃわちゃを見ていた老婆が口を開く。

 

「あー…そうだね。長旅だったろうし、まずはあたしらの家に来な。ちょっと休もうじゃないか」

「うす…」

「良いんですか?」

「もちろんさね。ちびちゃんはどうだい?」

「えぇー…」

 

拒否すればさらに埋め立てられそうなブルは渋々と従う。

ルサルナは言うまでもなく乗り気。

 

しかしウルはなんだか乗り気ではない。

からかいにからかわれているのだから無理もないだろう。

 

にっこりと笑う老婆。

 

「美味しいご馳走作ったげるよ」

「いく!」

 

なんとも言えない顔で飴玉を舐めていたが、またしても見え透いた誘いに食い付くウル。

 

年の功かそれとも単に分かりやすいのか。

ウルの弱点は早々に看破され、そのあまりにも早すぎる変わり身に老婆は笑いを堪えられなかった。

 

「くくっ…そっちの小娘達も小僧の連れだろう?ほれ、あんたらもこっちいらっしゃい」

「馬と馬車も問題ないから連れてきな」

「あ、はーい!…だってさ、クレア」

「はぁい…」

 

老人達の言葉になんの疑いも気負いもなく元気よく返事するアメリアを見て、クレアは渋々長いものに巻かれることを決めた。

 

 

 

「話しながら行こうじゃないか。小僧、あんた今ブルと名乗っているらしいね?ないだとか知らねぇとか、挙句の果てに名前なんぞいらねぇって突っぱねたのにさ」

「この名はこの子…ウルが付けてくれたんだ」

「わたしのも!うるってにぃがつけてくれた!」

「そうかそうか、良い名だねぇ…小僧、いやブル。あんたも大事にするんだよ?」

「婆さんに言われるまでもねぇな」

「んふふ…いいなまえだって、にぃ」

「あぁ…俺もウルも最高の名前だ」

 

「ふぅむ…そこの小娘らは年齢の割に動けるようだな。それに魔法もそこそこ出来ると見える。娘も近頃見た中では魔力の練りが頭抜けておる。よく鍛え上げたものだな」

「あ、ありがとうございます…見ただけで分かるなんて流石ですね」

「えへへ、そんな出来るだなんてぇ」

「どーもー」

 

和やかそうに話す老婆側と、品定めするかのようにブル一行を見回す老爺。

ウルは名前を褒められ、ものすごく機嫌が良くなっている。

 

一方老爺は品定めの結果、それぞれを褒めていた。

憧れの存在に褒められたルサルナは照れを隠せず、アメリアは単に褒められるのが嬉しくて舞い上がっている。

 

バサシに乗ったままのクレアはなんだか訝しげ。

 

「くっく…ただの年の功だ」

 

嘘である、なんてことはない。

実力については事前に仕入れた情報からある程度把握していた。

そうでなくとも今までの経験に基づいた観察力は誤魔化せない。

 

老爺から見てもルサルナの魔力の練り込み具合は目を見張るものがある。

クレアとアメリアも歩行や姿勢、見える肌から見て取れる鍛え具合と、魔力の練り込み具合は年の割に素晴らしいものがあった。

 

 

老爺の心に火が灯る。

 

とっくの昔に燃え尽きたと思っていたが、そんなことはないらしい。

悪ガキの連れは皆、良い素質を持っている。

特に黒髪と金髪の小娘──クレアとアメリアとかいう小娘。

まだまだ磨き足りない原石だが磨き上げればどうなるか。

 

老いさばらえたこの身はのんびりと寿命を待つだけだと思っていたが、案外そうではないかもしれない。

 

 

裂けるように吊り上がる口元を髭を撫でるふりをして覆い隠す。

照れを隠しきれず舞い上がる二人を、微笑ましいとでも言うように。

 

このとき、クレアだけが気づいた。

 

憧れの存在相手に目が曇っているルサルナと、褒められて舞い上がっているアメリアは気づかない。

 

クレアだけがその猛る瞳に気づき、続いて手の隙間から覗く吊り上がる口元に気がついた。

 

 

そして、隠し切れない煮え滾る熱のような何かに。

 

 

血の気が引き、冷や汗が吹き出す。

これのどこがただの老いぼれだ。

 

逃げることは叶わない。

皆がついていく中、皆に絆された自分だけが逃げることは出来ないから。

 

 

震える体を誤魔化すように、バサシにぎゅっと押し付ける。

それを横目に、益々面白そうに嗤う老爺を見ないようにして。

 

 

 

 

 

「で、あんたは嫁をいつ紹介してくれるんだい?あんたの口からはっきりと聞きたいんだけどねぇ」

「なっ…!婆さん、勘弁してくれよ…」

「るぅねぇのこと?にぃ、いわないの?」

「ウルもちょっと待ってくれ…」



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お家の話

 

 

「さぁさ着いたよ」

 

 

通りから外れ、建物も人の往来もほとんどない陰気な雰囲気が蔓延する場所。

 

ブルが早く紹介しろという圧力に屈しかけ、クレアの服が冷や汗でずぶ濡れになり、ウルのお腹が獲物を寄越せと鳴き始めた頃、一行は老人達の家に着いた。

 

老婆が指し示す先にあるのは巨大な木の根。

遠目からでも分かるほどに苔生し、蔦が好き放題に這い回っているが、よくよく見ればその間には明かりの漏れる窓がある。

 

住居というより棲家と言うべき外見だが、どうやら本当に住んでいるらしい。

老人達の歩みに迷いはない。

 

「…わ、わぁすごい…すごくすごいお家ですね…」

「その、趣きがあるというか…歴史を感じますね…」

 

家と認識した瞬間絶句したルサルナとアメリアが、己の良心に従い精一杯の賛辞を送った。

 

あまりにも衝撃的な光景を前にアメリアは語彙力を失い、ルサルナはその明晰な頭脳からなんとか言葉を絞り出していた。

 

「あれが家だと?」

「ゆうれいやしき…」

 

こちらは基本的に取り繕わないウルとブルの言葉。

あまりにもあまりな外見にウルの腹の怪物も黙りこくり、ブルもウルを休ませるには不適じゃないかと顔を顰めている。

 

クレアは黙っているが、老爺の圧力から解放されたばかりでそれどころではないだけである。

 

「くくっ…文句は中を見てから言いな」

「それにあれは作ってそれほど経ってないぞ」

 

それぞれの反応を面白そうに受け止めた老人達の言葉。

老人達のからかいにまみれたウルはじとりとした目で見ている。

 

「黒髪娘、そこの馬小屋にそいつを放り込んでこい。馬車は…隣にでも置いておけ」

「……あれが馬小屋?木の根に空いた穴じゃん。申し訳程度の柵しかないし…」

「何ブツブツ言ってんだ、さっさと行け」

「…はぁい」

「あ、私も行くね」

 

文句を言えるほどに持ち直したクレアだが、逆らうほどの気力は残っていない。

億劫そうにバサシの首筋を叩くと、賢いバサシは自分から穴へと歩き始めた。

 

そそくさとそれに付いていくアメリア。

 

「賢いね…いい馬じゃないか。ほれ、あんたらは先に入りな。入ったら足元をきれいにするんだよ?そこら中に泥をつけられるのは堪らんからね」

「……中は大丈夫なのか?」

「ぴーぴーうるせぇぞ、小僧。さっさと入れ」

「ボロかったら出ていくからな…!」

 

老爺の言葉に悪態を吐くブル。

さらにその言葉に老婆が返す。

 

「昔は廃墟で死骸を枕に寝てた小僧が偉そうだね」

「にぃ、ほんと?」

 

聞く機会がなかったブルの過去にウルの目が煌めく。

うずうずわくわくとしたウルの気配にブルは旗色の悪さを悟った。

 

「さ、行くぞーウル」

「ねぇほんと?」

「ご馳走楽しみだな、ウル」

「うん!たのしみ!……ねぇほんと?」

 

すかさず話を変えようと試みたブルだが、残念なことにウルは誤魔化されなかった。

ほんと?ほんと?と無邪気にブルを追い詰めている。

 

何も言ってこないがルサルナの視線も突き刺さっている。

 

 

ブルがウルを相手に珍しく頑なだが、一応理由はある。

 

このまま過去を掘り返されれば、ウルには伝えたくない過去にぶち当たるのは容易に想像できた。

遅かれ早かれ爺婆から漏れる可能性が高いが、出来れば、出来ればブルは言いたくなかった。

 

ウルの前では過去現在未来最強の男でいたい。

そんなちょっとした見栄である。

 

 

 

ウルの無邪気な追撃とルサルナの聞きたいと訴えかける視線を流し続け、ブルは扉を開け放った。

 

カビや泥の臭いとは異なる、新しい木材の匂いがふんわり流れ出る。

扉の先は外見からは想像できないほどに広く明るく、また華美にならない程度に装飾品の置かれた室内。

 

明るい木の色、ほっとするような木の匂い、優しげながらも暗さを感じさせない明かりと、心安らぐ温かみのある空間が広がっていた。

 

ウルの表情がぱっと明るくなる。

 

「ひろい…!いいにおい…!」

「…及第点だな」

「素直に褒めれないの?…それにしても外見とは全く違うわね」

 

老人達がいたずらに成功したような顔でウルに話しかける。

 

「どうだい?良いところだろう?」

「びっくりしたか?」

「うん!いいにおいで、すごくひろくて、きれい!」

 

ぴょんとブルから飛び降りたウルがあっちこっち跳ね回る。

 

「なにこれ!ふかふか!これも!にぃー!これすごい!」

 

どうやら見た目だけではないらしく、毛布や座布団までも良い物らしい。

ふかふかふわふわにウルは虜になっている。

 

そんなウルの様子を見てブルの一言。

 

「満点だ…非の打ち所がない…」

「手のひら返すの早すぎない…?」

 

ウルのはしゃぎっぷりに一足飛びにて満点をつける男、ブル。

己のつまらない意地より愛し子の気に入りっぷりを採点基準としたらしい。

 

結局いつも通りの様子にルサルナは呆れている。

 

老人達はウルのはしゃぐ様子を眺めながら安楽椅子に座り一息つく様子。

 

「さぁて…次はご馳走だね」

「おばあちゃんのごちそう!」

「ふふ、作るのはあたしじゃないがね」

「え、じゃあ…おじいちゃんの…?」

 

露骨に嫌そうな顔で尋ねるウル。

脳裏に過るのは薄荷味。

 

「嫌そうな顔だな…作るのはうちのお手伝いだ」

「よかった!」

「こらウル、失礼よ?」

「構わん構わん。可愛らしいもんだ」

 

老爺は笑っている。

また何やら意地悪なことを考えていそうな顔である。

 

「うわぁ!外と全然違う!クレア!クレアほら!あ、お邪魔します!」

「ふふ…どうぞ、ゆっくりしていきな」

「失礼しますー。ほんとだ、虫はいなさそうで良かった…」

 

賑やかな場が一層賑やかになる。

はしゃぐウルにアメリアまで加わり勢いはとめどない。

 

きゃっきゃとはしゃぐウルとアメリア、それに引きずり回されるクレアを大人組は笑みを浮かべながら見守っていた。

 

 

 

 



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お喋りする話

 

きゃいきゃいとはしゃぐお子様組─クレアはぐったりと引きずられている─の鼻に届くなんとも芳しい香り。

 

いち早く反応したのは勿論ウル。

アメリアとともに引きずり回していたクレアを捨て去り、素早い身のこなしにて着席、待ちきれないとばかりにそわそわしている。

 

空腹には耐え難い食欲を誘う香りを垂れ流すのは、大皿にこれでもかと盛られた料理。

長い髪の毛を後ろに撫で付けた、なんとも胡散臭そうな男が運んでいる。

 

ルサルナとアメリアがその顔を見て首をひねるも、押し寄せる堪らない香りに考えがまとまらない様子。

思い出すのを諦め、待ちきれずにがたごとと椅子を揺らすウルを宥め始めた。

 

ブルはぐったりとしたクレアを椅子に放り投げ、自然な動作でウルを抱き上げ膝の上に乗せて料理を待つ。

 

その表情ははちきれんばかりの笑顔である。

 

勿論料理が待ち遠しいのではない。

ウルが可愛くて仕方ないのだ。

 

老人達が何かの深淵を覗いてしまったかのように固まっている。

 

固まる老人達を尻目に次々と並んでいく大皿。

ウルはあまりの絶景にそわそわが止まり、代わりにお腹の怪物が泣きわめいている。

 

 

良からぬものを見て固まる老人達に使用人が声をかける。

 

「旦那様、奥様」

「はっ…あ、あぁすまないね…」

「深淵を覗き見た気分だ…助かる、さぁ食べようか」

 

老人達の言葉に、いつもなら真っ先に飛びかかるウルは固まったまま。

 

「ウル?もう食べて大丈夫だぞ?」

「ここはてんごく…?」

「はは、ウルの天国は食べ放題か。ほらあーん」

「あむ…んむ、んまぃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな机いっぱいに広がっていた料理は綺麗さっぱりなくなり、それぞれが思い思いに寛いでいた。

 

「よはまんぞくじゃ…もううごけない…」

「ちょっとクレア?また変なこと教えたの?」

「教えたのは絵本だよー」

 

ブルの膝の上で食後の一時を過ごす幼子、ウル。

膨れ上がった見事なお腹はまるで玉のよう。

 

ブルがにこにこしながら優しくお腹を突っついている。

 

「ウルちゃんってほんとよく食べるね」

「お前もすげぇ量食ってたけどな」

「おいしいのがわるい…けぷっ」

 

玉突きに参戦するのはアメリア。

行儀良くしながらも大量にかっ喰らった隠れた女傑である。

しかしながらそのお腹は膨れ上がってなどいない。

鍛え上げられた腹筋の賜物である。

 

しれっとクレアも玉突きに参戦し始めたところで、老人達から声がかかる。

 

「さて…そろそろいいかね」

「あぁそうだな」

「何かするんですか?」

 

老人達にルサルナが尋ねる。

それに老人達はにやりと笑って返した。

 

「なに、少しばかりお話しようじゃないか」

「小僧の昔話、とかな」

 

この言葉が聞こえた瞬間、ブルは迅速に黙らせるために動こうとした。

反射並みの反応速度で飛び出しかけ、しかし何よりも大事なもののために動きを止めた。

 

 

瞬きほどの時間の中でブルは考える。

 

このまま動けば玉みたいになったウルに負担がかかる。

ならまずはクレアかアメリアにウルを預けるべきだ、と。

 

 

そうしていつものように素早く、それでいて優しく抱き上げようとして気づく。

 

話の邪魔をさせないという、直感的なものだろうか。

ウルはブルの服を離すまいと言わんばかりに握っていた。

 

これがもしクレアやアメリアだったのなら毟り取っていたが、相手はウル。

ブルには迷いが生まれ、その行動にはほんの僅かな空白が発生した。

 

 

世の中にはほんの一瞬、たった一呼吸分の時間ですら結果が分かれるものがある。

最終的な結果は変わらず、少しばかりの時間を得るだけだとしても、その得られた時間で変えられるものもあったりするが。

 

 

「ききたい!」

 

ウルのその声が聞こえた瞬間、ブルの敗北はほとんど決定づいた。

 

「えぇ…私も、とても興味があります」

 

続くルサルナのなんだかやたらと力強い声。

鬼気迫るといっても過言ではないほど。

 

「私もすごい気になるなー」

「あ、と…私も…ちょっと…」

 

ちんちくりん共の意見はブルの耳には入っていない。

 

「ふふ、悪いけどまずはあたしらが聞きたいね」

「お前らの旅路を聞かせてくれ。老いぼれにはそれが楽しみでしょうがないんだ」

「わたしにまかせて!」

 

やる気に満ち溢れるウルを止める術はブルにはない。

お腹が重いのか、のそのそとブルの膝から降りるウルを見送り、ブルは諦めから椅子に深く沈み込んだ。

 

 

沈み込んだブルを尻目に、ウルはどうやら老人達の隣に陣取るつもりらしい。

既に老人達の隣に居座るルサルナの膝に乗せてもらい、ふふんと胸を張っている。

なにやら自信有りげに胸を張っているが、張った胸よりお腹の方が張っているのはご愛嬌。

 

「わたしがいちばんにぃとつきあい、つきあい?…がながいから」

 

言葉の使い方が合っているのかルサルナに目をやり確認するのもご愛嬌である。

 

「そうかそうか、じゃあウルに任せようかね」

「頼んだぞ、ちびすけ」

「ふふん。まずはやまありたにあり、みんなとのであいをおしえてあげる!」

「順調に語彙力がついているわね。流石だわ」

「私の教育の賜物かなー」

「もー!いまわたしがしゃべってるの!」

 

話の腰を折られご立腹のウルに平謝りするルサルナとクレア。

また一つ賢くなっていると感動にうち震えるブル。

あわあわとウルを宥めるアメリア。

にこやかに見守る老人達。

 

ウルの数奇な出会いのお話は、なんともぐだぐだな始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でね、わるいひとがいっぱいきたんだけど、にぃがみんなやっつけたの!」

「解決方法は結局暴力か。おい小僧、ちょっとは頭を使わんか」

「その通りだよブル。聞いてるのかい?」

「うるせぇ…俺は今思い出に浸ってるんだ…」

「なんだこいつ…?」

「…これだけ見ると昔とはまるで別人だね」

 

ブルは思い出に沈み込み滂沱の涙を流している。

 

「るぅねぇはにぃがまほうのせんせいによんでくれたの。にぃもすごいけど、るぅねぇもすごい!ちょっとあしぶみしたらおまたにずどん!って!おうちもたいらにしちゃうんだよ!」

「ウル…それはちょっと…」

 

時折出てくるやらかしにルサルナが頭を抱える。

 

「くぅねぇはね、りろいってところであったの。くぅねぇもかっこよくて、つよくて、えと、その…いろいろ…いろいろおしえてくれるの」

「ウル!?なんで言い淀むの!?」

「色々…やっぱり根掘り葉掘り聞かないと駄目ね…」

 

誤魔化しきれないウルに、クレアがまたもや圧をかけられる。

 

「りあねぇは…りあねぇっていつのまについてきたの?」

「ウルちゃん!?それはあまりにも酷いよ!?」

「えへへ…うそだよ。りあねぇのつくるごはんとってもおいしいよ!」

 

ちょろっと悪いウルが顔を出し、アメリアが振り回される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね…それで……」

 

あっちこっちへ飛び回るウルの話をそれはもう楽しそうに聞いていた老人達だが、残念なことにウルが限界を迎えた。

 

泣いたり走り回ったりいっぱい食べたりして、その後に長々と話したのだ。

幼いウルは夢現の中、それでも何か話そうとしている。

ブルが割れ物を扱うようにルサルナからウルを抱き上げる。

 

「ふふ…なんとまぁ、愉快な子じゃないか」

「小僧、良い縁に巡り会えたな」

「うるせぇ…俺は今奇跡を愛でてるんだ…」

「なんだこいつ…?薄々感じていたが…ヤバくないか?」

「なんか駄目な方に振り切ったね…この子は」

 

奇跡(ウル)を愛でることに全ツッパしている男、ブル。

命のある限り残念な方向に全力疾走する男である。

 

老人達の呆れた視線にも動じることはない。

慣れきったルサルナ達も動じることはない。

 

「まぁいい。ウルも寝ちまったし、今日はお開きにしようじゃないか」

「寝床はそっちに用意してある。好きに使いな」

 

老人達の言葉にそれぞれが感謝を述べる。

ブルは何一つ反応せずにウルを撫でている。

 

「ほれ、あんたはさっさとウルを連れていきな」

「うるせぇ…俺は今運命に感謝してるんだ…」

「なんだこいつ…無敵か…?」

「…あたしゃちょいと怖くなってきたよ」

 

老人達は呆れを通り越し戦慄するが、ルサルナ達にとっては日常である。

慣れた様子で杖を振りかぶるルサルナ。

 

ごっ、と鈍い音が鳴り響く。

 

「ブル、感謝するのとウルのより質の良い睡眠、どちらが大事かしら?」

「質の良い睡眠だ、比べるまでもない。爺さん、婆さん、寝床借りるぜ」

「私も寝るー」

「あ、クレアが寝るなら私も。おやすみなさい」

「あ、あぁ…おやすみ」

「こいつらまじか…」

 

 

老人達は思った。

類は友を呼ぶのだ、と。

 

ブルは少しばかりまともになったと思ったが、そうでもないかもしれない。

ぶん殴ったルサルナは勿論、ブルについていった二人も何もなかったかのようだった。

 

 

その夜、ぐっすり眠るブル達とは真逆で、老人達はなんだか寝付きが悪かった。



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逆鱗に触れる話

 

 

強大で醜悪な魔獣がブルを吹き飛ばす。

吹き飛ばされるもなんとか体制を整え着地するが、既にブルは満身創痍。

 

膝をつき、荒い息を吐くブルの後ろには傷だらけで倒れ込むルサルナ、クレアとアメリア。

 

そして膝をつくブルにとどめを刺さんと迫りくる魔獣。

 

 

絶体絶命かと思われたその時、ブルの前に颯爽と姿を表す小さな影。

 

 

「これいじょうみんなにはてをださせない!」

 

 

小さな影、その正体はウルだ。

 

ウルが迫りくる魔獣に手を翳すと、嵐のような風が吹く。

暴風に体勢を崩され、隙を晒す魔獣。

 

続いてウルが天を指差すと、降り注ぐ氷と雷の雨。

鋭い氷は魔獣を穿ち、雷は巨大な体を駆け回り焼き尽くす。

 

そのあまりの激しさに、いくら強大な魔獣といえどひとたまりもない。

 

倒れ伏す魔獣。

いつの間にか起き上がりウルを褒め称えるブル達。

 

鼻高々なウルに届くなんとも芳しい香り。

気づけば強大な魔獣はご馳走の山になっている。

 

傷一つないブルがウルを優しく抱き上げる。

 

「ウル、朝飯出来たみたいだぞ?」

「やっぱり昨日は疲れちゃったのかしら」

「ウルちゃん!ご飯だよ!」

「ごはん!……あれ?」

 

 

ウルは思った。

なんかおかしい、と。

 

そう思ったウルの耳に届く、ちょっと意地悪な声。

それはウルには看過できない言葉だった。

 

「ウルが起きないならー…ウルの分も私が全部食べちゃおっかなー?」

「だ、だめっ!」

 

 

 

 

 

ウルがはっと顔を上げる。

目は半開きで、口元からはよだれ。

 

「あ、起きた」

「くふふ…やっぱウルにはこの手に限るねー」

 

ウルを覗き込む、ウルにとって意地悪だけど優しい姉と、小うるさいけど明るく元気な姉。

 

それに優しく頭を撫でてくる、母のように思う人。

 

小うるさい姉が優しくウルの口元を拭く。

 

寝ぼけてされるがままのウルは、ふわふわと現実味のない感覚に身を任せている。

 

そんな感覚の中でも、はっきりと分かるもの。

 

それはいつも(にぃ)と呼んでいる、実は父親のように思っている人の腕の中にいるということ。

 

ウルが何より安心するいつもの匂い、いつもの温もり。

 

 

「ぅ…ぁれ?…まじゅー…ぼーけん…ごはん…」

「ふふ、昨日のお話のせいかしら?」

「愛らしすぎる…天使か…?」

「ぅぅ…ごはんどこ…?」

 

ブルの腕の中でご飯を催促しながら丸まるウルに皆が笑う。

 

「ご飯強すぎでしょ」

「昨日あんなに食べたのにね」

「尊すぎる…やはり天使…」

「はいはい天使天使。さ、天使の催促もあるし行きましょ?」

「うみゅぅ……」

 

誰よりも不思議な出会いに満ちたウルの朝は、誰よりも愛されながら始まる。

 

 

 

 

ブル達が姿を見せると、老人達は思わず笑顔になった。

 

「おや…随分とまぁ可愛らしいねぼすけだね」

「大丈夫か?ちびすけの飯は取っとくか?」

「いや、大丈夫だ。こんなにも可愛いからな」

「お前の頭は大丈夫じゃなさそうだな」

「あんた言葉も不自由になったのかい?」

 

その笑顔はたった一度のやり取りで消え失せたが。

浮かぶ表情はなんとも形容し難い。

 

慣れすぎたルサルナはそのやり取りを流しそうになるものの、すんでのところで踏みとどまる。

 

「あ、その…よくあることなんです。この子、寝ぼけててもしっかり食べますし、大体食べる直前には起きますから」

「あ、あぁそうかい。ありがとうね、この馬鹿見ないうちに会話まで不自由になっちまって…」

「いえ!正直ちょっと…私達が慣れたせいか甘えているのもあるかと…」

「あまえ…甘え…?」

「最近の言葉か何かか…?」

 

昔を知る老人達には信じがたい言葉。

あまりの衝撃に老婆は言葉の意味を飲み込めず、老爺は若者言葉かと疑いを持つ。

 

「嘘、そこまでなの…昔のブルっていったい…?」

「なんかもう…人型の獣か何かだったんじゃ…」

 

老人達の様子にもはや恐れを感じるルサルナとアメリア。

 

無理もないだろう。

初見では既に概ね人だったのだ。

 

クレアが納得いったとばかりに手のひらを打つ。

 

「やっぱり昔は魔獣か何かだったんだよ。人を羨むあまりにいつしか言葉を覚え、人の形になり…」

「なるほど、面白い話だな。で、誰が魔獣か何かなんだ?」

 

クレアの頭にふわりと乗せられる大きな手のひら。

叩くわけでも、揺らすわけでもなく優しく乗せられた手は、しかしながら徐々に重みを増していく。

 

「あ、あはっ、やだなーそんな感じの絵本があったようなあああ!縮む!縮んじゃう!?」

「体型的に丁度良くなるんじゃねぇか?」

「あ゛!?胸か!?胸に相応しい身長ってこと!?おのれ乙女の禁忌にずかずかとぉ!!」

「お?なんだじゃらしてほしいのか?仕方ねぇなぁ、遊んでやるよ」

「埋まるか、もしくはぶち込まれるか…どっちが好きかしら?」

 

ルサルナの言葉に、じゃれていたのが嘘のように静まる二人。

無音の空間にウルの小さな唸り声だけが響く。

 

二人は僅かに動きを止めた後、すっと視線を合わせ、すすっと服装を整え、すすすっとお行儀よく着席した。

 

まるで躾を済ませた獣のようにブルを一言で操る姿に老人達は感心している。

先程のやり取りは処理しきれず記憶の片隅に追いやったらしい。

 

アメリアも巻き込まれないよう大人しく着席している。

寝ぼけたままブルに抱えられているウルがふらふらと料理に手を伸ばす。

 

「あはは…すいませんお待たせして。食べましょうか」

 

 

 

 

「これも旨いな…ほらウル」

「んぐんぐ…んまぃ」

「ウルちゃん、こっちも美味しいよ?はいあーん」

「あー」

 

流れるように甘やかされるウル。

その姿はなんとも堂に入っている。

 

「なんというか…少し甘やかしすぎじゃないか?」

「困ったことに甘え上手で…大体自分でやるんですけどね」

 

その甘やかしっぷりに微笑ましくも心配になる老婆が声をかける。

それに困り顔でルサルナが答えるも、その手は淀みなくウルのお世話に動いている。

普段から結局甘やかしてあることがよく分かる動きである。

 

「おい黒髪の…あー…クレア、だったか?お前は甘やかさなくていいのか?」

「私はたまにでいいから。そういうのに関しては私、結構まともなの」

 

耳を疑うような言葉ではあるが、それは事実である。

都市リロイでは誰にでも噛み付く“狂犬”と名高かったクレアであるが、子供には大層優しかった。

 

優しい、といってもただ甘やかすのではない。

甘やかす以外の優しさがある。

 

妹分や弟分に限らず、目につく子供に怪我することも、させることも厭わず─勿論取り返しのつく程度─生き残る術を教え、様々な知識を教えこんでいた。

 

ウルだって常日頃から、誰かと一緒にいれるとは限らない。

余計そうな知識であってもそこから何か閃くこともある。

 

ウルに悪いことや変な知識を教えているのもその一環である。

心の底から楽しんでいることには変わらないが。

 

老爺は美味しそうに料理を頬張るクレアを感心した様子で見る。

 

「お前ら皆似た者かと思ったが…案外考えとるんだな」

「普通だよ、私は。ただ、普通なだけ」

「その顔…お前…」

 

ほんの少し寂しそうに話すクレア。

その姿に老爺は、なんだか無性に腹がたった。

 

その表情をする者を、老爺はよく知っている。

 

自らの磨き方も分からずに、自分より光る原石を羨み燻る顔だ。

己はそれらより輝けないのだと諦めかけている、そんな顔だ。

 

 

ようやく歩き始めた赤子、未だ殻を払いきれていない雛鳥如きが。

 

歳を取り、いよいよ終点に近づいていることを自覚している老爺には、それは我慢出来ないことだった。

 

どんっ、と机を叩き立ち上がる。

鋭い視線をクレアに向けて。

 

驚きで目を白黒させるウルとアメリア。

何事かと僅かに構えるブルとルサルナ。

長年の付き合いから飛び出す言葉を察し、笑みを零す老婆。

 

「我慢ならん!自分は飛べないと甘えたことをほざく雛鳥が!誰かばかりを羨み自分を蔑む小娘が!」

「な、何さいきなり…」

 

狼狽えるクレアに老爺は詰め寄り、続ける。

 

「儂はなぁ、小娘。儂は詳しいんだ」

 

「馬鹿なガキでも、無駄に賢しいガキでも…その扱い方を儂はよぉく知っておる」

 

 

 

 

「表に出ろ小娘…!腐りかけたその心根に活を入れてやる…!」

 

 

 

 

 

 



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悩みの話

 

「この!離せ!離せってば!」

 

後ろ襟を掴まれずるずると引きずられて行くクレア。

じたばたと暴れるも、老爺の巧みな位置取りにより振り回す手足は空振り、姿勢もたちまちに崩されるのみ。

 

逃げるためにはあまりにも経験値が足らなかった。

爺婆からは逃げられない。

 

あわあわするウルとアメリア。

がちゃ、ばん、と扉を開閉する大きな音が聞こえてくる。

 

「に、にぃ…おじいちゃんすごくおこってた…?」

 

ウルがブルを見上げ小声で聞く。

ブルは神妙な顔つき。

 

「ウル、あの爺さんはな…本当に怒ったときはまず拳なんだ。その後…その後は…あ…あ、ああぁ…!」

「すごいふるえてる!?」

 

思い出してはいけないものを思い出したブルが震える。

膝の上のウルも巻き添えにして。

 

「ぅぁぁぁ…!」

「あわわわわ」

 

恐ろしさと微笑ましさが両立する、稀有な光景である。

 

その光景に暫し目を奪われていたルサルナだったが、はっとしたように首を振り立ち上がる。

 

「…ちょっと見てきます」

 

ブルの言葉が本当なら、ぶち切れてはいない。

例えぶち切れていても、老成円熟であろう老爺のこと。

痛めつけられども不幸な事故は起きないだろうと、ルサルナは信じている。

 

ブルの様子を見て不安が湧き上がっているが、それはさておき。

そんなことよりも悩んでいたらしいクレアのことだ。

 

老爺は短い間にその悩みを看破したのだろう。

それは長い人生での経験もあるだろうが、一緒にいながらも気付けなかった、そんな悔やみがルサルナにはあった。

 

思い返せば思い当たる節はある。

手合わせの数が減っていたり、新たな武器の調達や毒の研究。

度々目にするブルの圧倒的な力やウルの留まるところを知らない成長。

 

実力が伸び悩んでいるクレアにとって、かけ離れた強さや自分より小さな子の成長は毒になったのだろう。

だからこそ新たな戦闘方法であったり、実力に関係のない毒薬へ目をつけたのだろう。

 

今更動いたところで遅いかもしれない。

しかし動かないという選択はルサルナにはなかった。

 

未だあわあわしているアメリアも慌てて追従していく。

 

老婆はその姿を眩しそうに見送り、続いてものすごく震えているブルに呆れた目を向けた。

 

「皆行ったが、あんたはどうすんだい?」

「………」

「あうあうあ」

 

ブルからの返答はなく、ただ震えるのみ。

老婆はわざとらしい、大きなため息を吐く。

 

「十数年の前に叩きのめされこと、びびってんのかい?」

「……」

「ああああー…?とまっちゃった…」

 

老婆の言葉に震えが止まる。

不気味なほどに静まるブル。

 

楽しみ始めたウルは少し残念そう。

 

「まぁ何百何千と泥に塗れりゃ染み込むか。最後にゃ負け惜しみ吐き捨てて逃げ出してさ」

「十…数年…」

「にぃ…?」

 

ゆっくりと老婆へ顔を向けるブル。

その目に映るのは深く皺が刻まれた老婆の顔。

 

ウルが不思議そうにブルを見ている。

 

「言い返す言葉が浮かんだかい?」

「いや…」

 

ブルの視線が動く。

老婆の顔から頭へ、机に乗せられた手に。

 

髪は艶がなく銀と言うには白っぽく、肌はどこも水気を失い深い皺が走っている。

 

遠い遠い朧気な記憶の中では、まだ髪は艶のある銀髪で、皺はあったがもう少し少なかった。

 

この時、ブルはようやく目の前の“老婆”を見た。

 

「なぁ、婆さん」

「なんだい?」

「年…取ったな」

「はぁ?…は…ふふ、ふはは!今更実感が湧いたのかい?あたしゃもう自分の棺桶も準備済みさね」

 

ブルの言葉に目を丸くし、それから堪えられないと笑い出す老婆。

笑う老婆につられるように、ブルの口元が僅かに緩む。

 

なんだかいつもと違うブルの笑顔に、ウルが思わず手を伸ばしている。

 

「ふっ…婆さんが入る前に棺桶が寿命を迎えそうだ」

「くくっ、違いない!あんたらの尻が青いうちはおちおち眠ることも出来やしないからね」

「はっ、言ってろ」

 

ぺたぺたと触るウルの手を優しく取り、抱きかかえて立ち上がる。

 

「…行く気になったかい?」

「あぁ」

 

まだ不思議そうに見上げるウルの頭を一撫で。

 

「クレアの“今”を見届ける。後は…そうだな…」

「後は…なんだい?」

 

老婆が面白そうにブルを見やる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世代交代だ、婆さん。あんたと爺さんが棺桶で安眠出来るように」

 

 

 

 

家の裏手に引きずり出されたクレアは、その直後にぶん投げられていた。

 

廻る視界の中、器用に体勢を整え着地する。

湧き上がる怒りに身を任せ、仁王立ちする老爺を睨みつける。

 

今にも飛びかかってきそうなクレアを前に老爺は…構えない。

正面でも側面でも、後方や頭上でも、どこをどう見ても隙だらけな自然体でクレアを見据えている。

 

それはお前如き大したものではないと言うような姿。

腕を組んで見下ろすそれは、言葉ではなく態度で挑発する姿。

 

「あはっ…」

 

クレアの目の色が変わる。

腕に装備した機械弓を開き、メイスを掴もうとして空振る。

 

 

(そういえばメイスと短剣は置いたままだっけ。)

 

 

閉じていた外套を開く。

内側には夥しい数の投げナイフ。

 

それを手に取り、ついでに縫い付けた袋から硬貨を取り出し──投げた。

 

「あげるよ、お爺ちゃん。三途の渡し賃は必要でしょ?」

 

ふわりと飛ぶ硬貨を目で追う老爺。

その腕が霞むような速度で振られる。

 

振り終わったその手には、指に挟まれるように投げナイフが()()

防がれたことに舌打ちをするクレア。

 

「視線を誘導し、本命を通す。万一防がれた時には一本目の影に仕込んだ二本目で、か」

 

硬貨が落ちる。

老爺がナイフを捨て、両拳を打ち付ける。

 

「さぁ嫌ならもっと駄々を捏ねてみろ。馬鹿にも賢しいのにも、活を入れるには(これ)に限る」

「やってみろ…!死に損ないの老いぼれめ…!」

 

 

 

 

 

 

「これは…すごいわね…」

 

クレア達を追い、裏手に出たルサルナとアメリア。

その眼前に広がる景色は、まるで嵐だった。

 

「ぴえっ!?」

 

こん、と小気味良い音。

アメリアの足元から鳴った音の正体は、クレアの投げナイフである。

 

錆びた道具のような動きでルサルナの影に退避するアメリア。

さり気なくルサルナを盾にする形だが、ルサルナは二人の攻防に目を奪われている。

 

縦横無尽に駆け回り、飛び道具や魔法、時に直接と暴れ回るクレア。

暴風のような攻勢の中、僅かな動きで捌き距離を詰める老爺。

 

しかしその攻防は長くは続きそうにもない。

駆け回るクレアと老爺の距離が、見るからに縮まっているのだ。

 

老爺の足は決して速くはなく、力強いわけでもない。

 

 

ただひたすらに巧く、そして()()()()

 

 

「見事なり。その動き、判断、魔法。何より見えぬ風を刃とするその発想力。だが…」

 

老爺が拳を後ろに引く。

危険を感じたクレアが形振り構わない投擲を行う。

 

「それは何十年も前に通り過ぎた」

 

数十のナイフが迫る中、老爺は軽く拳を突き出した。

 

飛来するナイフが不自然に軌道を変える。

まるでクレアまでの道を作るように。

 

「あっ…」

 

クレアには見えた。

 

高速で迫りくる不可視の風の拳が。

それが自分の腹にめり込んでいく様も。

 

「がっ…!あぐ、ぅ…ごほっ…」

 

鈍い音とともにクレアの体がくの字に曲がる。

そしてそのまま崩れ落ち、立ち上がることは出来ず、ただ嘔吐することしか出来ない。

 

「クレアっ!あ、ぐぇっ…」

 

アメリアが悲鳴を上げる。

堪らず駆け出したが、一歩踏み出したところで窪みに足を取られ、見惚れるほどの見事な転倒をかましていた。

 

「な、何でこんなとこに穴が…」

「ふふ、もう少し我慢しな」

 

窪みを作った犯人は、いつの間にか現れていた老婆。

ルサルナの肩に手を置き、そちらの動きも封じている。

 

「はなしてにぃ!おじいちゃんぶっとばすんだから!」

「どうどう、ウル、後で好きなだけやっていいから」

 

隣にはこれまたいつの間にか現れていたブル。

クレアのもとへ行こうとじたばたするウルを抱きかかえている。

 

 

吐き出すものもなくなり、えづくクレアに老爺が近づく。

 

「なんだ、一発でか。昔の小僧でも五発は耐えていたぞ?」

「お兄、さんと…ぅ…はぁ…一緒にしないで…」

「確かにアレは力と耐久に特化しておるが、お前も負けては」

 

 

「煩い!物知り顔で何を、私の何を知ってるのよ!」

 

 

 

「私は…お兄さんみたいに力はないし、速くもない」

 

 

「ルナ姉みたいに魔法も出来ない」

 

 

「ウルみたいに成長出来ない」

 

 

「だから、戦い方も考えて…戦い以外でも、役に立つこと考えて…私は…」

 

クレアの声に湿り気が交じった。

 

 

 





「…あれ?私は?」
「小娘、今良いとこだから黙んな」


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そういう話


評価お気に入り等ありがとうございます。

良ければここすきもお願いします…
表現の迷路で彷徨っているので…


 

「だから、戦い方も考えて…戦い以外でも、役に立つこと考えて…私は…」

 

クレアの声に湿り気が交じる。

俯いた顔から光るものが零れている。

 

その声を聞いた老爺はほんの一瞬目を閉じ、それから屈み込む。

 

それを見るウルやルサルナ、アメリアの目にも少しばかり光るもの。

 

ブルも老婆も神妙な顔付き。

 

 

 

屈んだ老爺は、そっとクレアの頭の上に手をやり…何かに気づき、かざした手を握り込んで振り下ろした。

なんとも素晴らしい音色が響く。

 

「あいったぁ!!なんで!?今のは慰めるところでしょ!?」

「ふん、クソガキが…性格の悪さが隠し切れておらんわ!」

 

頭を抑えるクレアの手から、ぽろりと落ちる小さな袋。

中身はクレア特製の毒の粉である。

 

致死性のあるものではなく、痺れて動けなくなるものだが、動けなくなればどうなるか想像に難くない。

 

老婆も含め、唖然とした表情になる一行。

 

老爺はさらに一発、先程よりも重たい拳骨を見舞う。

同じ場所により強い一撃を食らったクレアがのたうち回る。

 

老爺はその痴態を見届け、ため息を吐いた。

 

「あまりにも性格は悪いが、勝ちを求める姿勢は悪くない。もしやお前、先程の表情も演技か?」

「ぬぅぅ…!割れちゃう…美少女の頭が…!」

「聞かんかクソガキ!」

「隙あり!」

 

いきり立った老爺に、さらに隠し持っていた袋を投げるクレア。

粉を撒きながら飛んだ袋は、しかし老爺が起こした風に吹き散らされる。

投げつけた姿勢でほんの少し固まったクレアだが、何事もなかったように再び頭を抑えて転がり始めた。

 

青筋の数が倍増する老爺と対象的に、老婆が腹を抱えて笑い出す。

 

「くくっ…くっくっく…」

 

俯きながら笑い始める老爺。

体が震えるのは笑いからか、それとも溢れ出る怒りからなのか。

 

クレアは瞬時に身を起こし、戸惑うことなく背を向けて走り出した。

 

「望み通りその頭かち割ってやらァ!!」

「ひぇ…!まじやばっ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい…最初はほんとにびびったけど、どうしても下剋上精神とか、作った毒薬の試験的なことがしたい気持ちがむくむくと……」

「おいこのクソガキ、反省の色が全く感じられんのだが?」

 

クレアの逃走劇は瞬く間に終わっていた。

拳骨のおかわりをもらい、隠し持った武器やら何やら全て没収されて正座中である。

涙目ですごく反省してそうな顔だが、内心は絶対にそんなことない。

 

老爺の青筋は浮かんだまま。

 

「本当にすいません…うちの子が…」

「全くだ、婆さんにちょっとかっこつけちまったじゃねぇか」

「あなたも頭を下げるのよ…!」

「はい…」

 

正座するクレアの隣にはぺこぺこと頭を下げるルサルナ。

 

ブルは老爺側に立ち、さも自分は関係ありませんとばかりの顔をしていたが、ルサルナの怒気に逆らえなかった。

 

渋々頭を下げるブル。

 

流石に二人にまで怒鳴り散らすほどではない老爺は、深い深いため息を吐いた。

 

「儂もお前らまで怒鳴り散らすほど気は短くない。先程も言ったが勝ちを求める姿勢は悪くない。むしろ良いと言っていいほどだからな…ところで、食事のときの表情も演技だったのか?」

 

ため息とともに怒りを吐き出した老爺がクレアに尋ねる。

クレアはきょとんとした顔。

 

「え?当たり前でしょ?騙されちゃった?あはっ」

「火に油を注いでどうするのよ、このお馬鹿!」

「どうどう、爺さん、あんたは昔俺に言った。騙される方が悪いって。そうだろ?」

 

老爺が無言で振り上げた拳をブルが降ろす。

その代わりにルサルナが拳を振り下ろしている。

 

一先ずそれに溜飲を下げた老爺は、またもため息。

 

「お前ら、旅は急ぎか?」

「そんなことはねぇが…」

「なら決まりだ。そこのクソガキを稽古につけてやる。しょうもない演技がもっと効果的になるよう、地力を伸ばすためにな」

 

にちゃぁ、と嗤う老爺。

稽古ついでにぼこぼこにしてやるという魂胆を隠しもしない。

にたぁ、と笑い返すクレア。

最後に笑うのは私だと言わんばかりの笑み。

 

殺る気に溢れる二人を見て、老婆も楽しそうに口を開く。

 

「ならあたしがルサルナとウルを鍛えてやろうかね」

「えぇ!?そんな…いいんですか?」

「わたしもいいの?」

「勿論さ。あたしゃ厳しいよ?」

 

盛り上がるその様子に置いてけぼりになっている二人。

 

「たく…勝手に決めやがって」

「あ、あれ?ブルさん、私…私はどうすれば?」

「あ?あー…爺さんにぼこられるか、俺にぼこられるか…」

「選択肢!?…あ、あはっ、そうだ私は料理の腕前でも…ほらあの、旅の途中美味しいもの食べたいですよね…?」

 

問いかけに提示されたものは、どちらにしても碌なものではない。

アメリアは顔を引き攣らせ、消極的逃避に走った。

 

強くはなりたいが、意味があるか分からない暴力には晒されたくないものである。

 

「金髪の小娘!お前も儂が鍛えてやるわ!」

「は、はいぃ!」

「くくっ…精々甚振られてこい」

 

が、逃避はクレアの逃走と同じく、瞬く間に終わった。

アメリアは思わず、老爺の言葉にきれいな‘気を付け’の姿勢で返答した。

 

ブルはなんとも楽しそうな顔になっている。

老爺はそんなブルにも鋭い目を向ける。

 

「小僧、勿論お前もだ。今度は逃げられると思うなよ?」

「へぇ…それは何だ、体も出来てねぇガキの頃のこと言ってんのか?今すぐ棺桶にぶち込んでやってもいいんだぜ?こっちはよぉ…!」

 

一瞬でばっちばちの臨戦態勢である。

両拳を打ち付けるブルに、笑いながら首を掻っ切る仕草をする老爺。

 

今にも因縁の対決が始まろうとしたとき、間抜けた音が鳴った。

 

「あ…ご、ごめんなさい…さっきウルちゃんにあげてばかりだったから…」

 

間抜けた音、それはアメリアの腹の音。

顔を真っ赤にして控えめに手を挙げるその姿に、ブルも老爺も気が削がれた。

 

「…そういや飯の途中だったな。どっかの死に損ないのせいで」

「どっかの弱虫が連れたクソガキのせいでな」

「お爺ちゃん、無理矢理引きずってったの忘れちゃった?ぼけちゃったの?」

 

一瞬の沈黙。

 

「老いぼれが…!」

「クソガキ共…!」

「クソジジイめ…!」

「そこまで」

 

またもばっちばちに火花が飛んだ瞬間、老婆の声が響く。

響いた途端に三人纏めて落ちるほどの穴が空き、落ちた後には水の玉。

 

逃げようのないそれに、三人は仲良く濡れ鼠となった。

 

雫を垂らしながら、穴の底で黙り込む三人に声がかかる。

 

「頭、冷えたかい?」

「うす…」

「あぁ…」

「はぁい…」

「ならさっさと着替えて、冷え切った飯でも食らってきな!」

「うす…」

「あぁ…」

「はぁい…」

 

ぽたぽたと雫を垂らし、のそのそと穴から這い出る姿は敗者のそれ。

 

ブル達の中でルサルナが強いように、老婆と老爺では老婆が強かった。

そしてそれは、この場にいる誰よりも強いことを示していた。

 

ウルとルサルナはきらきらした目で老婆を見て、アメリアは空腹を忘れるほどの戦慄とともに三人を見送った。

 

 

 

「…あんたも行きな?」

「え、あ!はいぃ!いただいてきます!」

 



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まったり?な話

 

冷えた食事を食べ終えた後、早速と言うように老爺による暴力が始まる。

 

なんてことはなく、まったりとした時間が流れていた。

 

 

「ごめんってウル…ねー機嫌直して?」

「つーん」

「許してよー…ほら、この通り!」

「つーん」

 

なんだかご機嫌斜めな幼子、ウル。

言葉でも分かるようにつんつんしている。

 

不機嫌なお姫様に手を合わせて謝る少女はクレア。

劇団であれば引っ張りだこの演技派少女である。

 

 

さて、ウルがつんつんしているのは他でもない。

クレアの見事な演技のせいである。

ウルはクレアが自分達も騙していたことに、少しばかり怒っているのだ。

 

クレアのせいで冷えた食事は関係ないはず。

 

「……おおっと!こんなとこに甘いものが…食後のおやつに食べようかなー」

 

埒が明かないと考えたクレアの次の一手。

何処からともなく取り出したお菓子を、そっぽを向いたウルにこれ見よがしに見せつけている。

 

ウルの耳がぴくんと動き、ちらりちらりと視線が彷徨う。

その反応に、我が意を得たりとクレア。

 

「あーでも食べたばっかだしなー…どこかに一緒に食べてくれる人いないかなー」

 

鼻がぴくぴく動き、そっぽを向きながらもそわそわし始めるウル。

そわそわするたびに体はお菓子に寄って行く。

 

「やっぱりいないよね…」

「ど、どうしてもというなら…たべてあげても…」

 

お菓子を持つ手を寂しそうに彷徨わせるクレアに、欲に抗いきれずにじり寄るウル。

ウルは仕方ないからとでも言うような言葉だが、彷徨うお菓子に視線が固定されつつある。

 

ウルの言葉を聞いたクレアがにこりと微笑む。

 

「乗り気じゃなさそうだし一人で食べよーっと」

「え!?ず、ずるい!」

 

優しげな笑みから繰り出される、意地悪な言葉。

ウル、陥落である。

 

「の、のりき!のりきある!」

「もうつんつんしない?」

「しない!しません!」

 

手のひらの上で転がされる、というべきか。

つんつんした姿は何処へやら、高々と掲げられたお菓子に手を伸ばし、ぴょんぴょんと跳ねるウル。

もはや食べたいという欲望を隠そうともしない。

 

保護欲と加虐心をそそられる姿にクレアもにっこり。

 

「あはっ!もぉー可愛いなーウルは!」

「わっ!」

 

しかしウルを虐めすぎれば世にも恐ろしいものが解き放たれる。

クレアはウルをからかうのもほどほどに、素早い動きでウルを掻っ攫い寝椅子へと運ぶ。

 

「はいあーん」

「わぁい!あー…」

 

ウルを膝に乗せて餌付けするクレア。

落とした後はしっかり上げる。

これで何もかも丸く収まるのだ。

 

収められたウルはまるで雛鳥のように機嫌良くお菓子を頰張っている。

 

 

「心配だわ…あのちょろさは一体誰に似たのかしら。ねぇブル?」

 

私はちょろくないと言外に主張している女、ルサルナ。

持ち前のちょろさは中々のもの。

 

「誰に似たんだろうな…」

 

ルサルナの皮肉に気づいていない男はブル。

その手と目は湿気った焼き菓子の選別に忙しい。

ウルの笑顔のために、ウルが大好きな男は今日も今日とて働いている。

 

「私達がしっかりしなきゃ駄目ですね!」

 

大変威勢のよろしい言葉を宣う少女はアメリア。

全体的なちょろさとしては間違いなくぶっちぎり。

 

「……」

「……」

「え、どうしたんですか?何か顔についてますか?」

 

ブルとルサルナが、お前が言うなよと無言の視線を向ける。

当の本人はその視線を受け、くしくしと洗うように顔を拭っている。

 

「なんでもねぇよ。ほら、少しばかり湿気ってるが食うか?」

「わぁい」

 

ブルから湿気った焼き菓子を渡され、誤魔化されるその姿はまさにちょろリア。

ルサルナがついアメリアの頭を撫でてしまうのも仕方ないだろう。

 

 

それぞれがちょろさに溢れるブル一行は、大同小異と言うべきか。

細部は異なろうとも、どこかしらちょろいのはそっくりである。

 

 

「まずは座学だね。知識を身に着けてから訓練することで、訓練はより効率的なものになる」

「いや、実戦形式からだ。知識なんぞ体に叩き込みながら馴染ませるべきだろう?習うより慣れろ、だ」

 

それらを尻目に、老人達は稽古の段取りを話している。

 

「何も実戦をいきなりやる必要はないさ。考えなしに暴れるのは無駄が増える。無駄っていうのは無意味な怪我と疲労のことだよ。時間は限られているんだから、それを最大限に使わないと勿体ないじゃないか」

「頭でっかちはこれだから困る。いくら机上であれこれしようが実際に動かねば分からんことなど多々あって、そこに無意味な怪我などない。痛みを伴うからこそ人は学習し、己の血肉としていくのだ。それに、怪我してから座学にすればいいだろう?」

 

なんだか老人達の議論に熱が籠もり始めている。

その様子を見て、懐かしそうにブルが口を開く。

 

「…そう、そうだった。昔もあんな感じから喧嘩に発展してな。何度死にかけたことか…」

 

ぼそりと呟かれた何気ない言葉に含まれる、危険。

 

遠い目をするブルをよそに、ルサルナやアメリア、クレアの顔から表情が抜け落ちた。

昔とはいえブルが死にかけるなど、冗談にも笑えない。

 

ルサルナがささっと出かける旨を書き置きに残し、立ち上がる。既にクレアはウルを抱えて飛び出し、ウルにつられてブルも飛び出している。

 

ほんの僅かな間に老人達の議論はさらに加熱しているようで、もはや内容の半分ほどは皮肉となっていた。

 

ルサルナは置いていくのは忍びなかったのか、涙目になりながら残っているアメリアを引っ張り、外聞など置き去りに飛び出していった。

 

 

 

 



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子供と大人の話

 

老人達の喧嘩に巻き込まれまいと脱兎の如く逃げ出したクレアと抱えられるウルだったが、飛び出して早々に問題に直面した。

 

問題とは、即ち虫。

 

老人達の家は勿論、裏手の広場までよく整備されており虫はほとんどいなかったのだが、他の場所はそんなことはない。

 

足元を駆けずり回る虫達に堪らず小さな悲鳴を漏らしているクレア。

老人達の家に戻ろうにも、下手をすれば二人がかりでけちょんけちょんにされてしまう。

恐らく抵抗も許されないほどに叩きのめされるのはクレアも望むところではない。

 

既に老爺にはぼこられているのだ。

それと同格か、もしくは格上の可能性もある老婆も同時に相手取ろうと考えるほど、クレアは蛮勇ではない。

 

ウルを抱えたまま、良い避難場所はないかと周囲を見渡したクレアは、すぐ後ろに立つ良い避難場所を見つけた。

 

ウルに釣られてついてきたブルである。

 

思わず飛びつきそうになったクレアだが、なんとか踏み止まり思考を巡らせる。

 

このまま飛びついたところで、ウルだけが保護され自分ははたき落とされるだろう、と。

 

そんな訳でぽしょぽしょとウルに耳打ちするクレア。

ウルはくすぐったそうに聞いている。

 

それからクレアがすっと何かをウルに手渡すと、ウルはなんだか厳かな感じで頷いた。

 

そしてクレアがぱっと振り返ると、二人して満面の笑みにてブルに飛びかかった。

 

「お兄さん!」

ふぃ(にぃ)!」

「な…!こいつ、ウルを盾に…!」

 

最強の鉾には最強の盾を、ということでウルを盾代わりに抱きかかえ突撃するクレア。

 

ウルはウルで両手を広げて抱っこを強請る構えである。

口に何かを詰め込んだような発音は気の所為か。

 

飛びかかられるブルはウルを前に抵抗するわけもいかず、棒立ちとなり遊ばれ放題になった。

遊具のようによじ登られ、きゃっきゃとはしゃぐお子様達にため息しか出ない。

 

もっとも、ため息の理由はそれぞれ異なる。

ウルに対しては可愛さや愛らしさ、尊さのあまり出るため息。

クレアに対してはクソガキに向けるため息である。

 

クレアはウルと離れた時点で毟り取れば良いと思うだろうが、そうは問屋が卸さない。

賄賂を受けたウルがそうはさせないと、ブルの両手をがっちり掴んでいるのだ。

クレア手から飛びついてきたウルを、ついつい両手で抱き締めたブルの失体だった。

 

ブルは必然的に、二人の乗り物になるしか道はなかったということである。

からころと口の中で何かを転がすウルをしっかり抱きかかえ、ブルは敗北の重みを甘んじて受け入れた。

 

 

 

ところ変わってルサルナとアメリア。

 

二人は書き置きを残す僅かな時間の間に、先に飛び出た三人を見失っていた。

いつもなら焦るところではあるが、今日のルサルナにはなんだか余裕が見られる。

 

「あの、ルナさん?ブルさん探さなくて大丈夫ですか…?」

 

命からがら逃げてきた割に、機嫌良く鼻歌混じりで歩くルサルナにアメリアが問いかける。

 

「え?あぁ、今回は大丈夫じゃないかしら。ご老人に会ってから大人しいし」

「それはそうですけど」

「今頃ウルとクレアに振り回されてるんじゃないかしら?私はせっかくだし羽根を伸ばすわ」

「あ、じゃあ買い物でもしてから、甘いものでも食べませんか?」

「いいわね!早速行きましょうか!」

「ですね!とりあえず買うのは虫除けに、香辛料…保存食は暫く大丈夫だから…」

「…あれ?この流れで買い出しとか正気…?」

 

まるで気にする様子のないルサルナを見て、不思議と安心感を覚えるアメリア。

買い物に甘いものと女の子らしい提案だったのだが、装飾品などにはまるで眼中にないらしい。

 

困惑するルサルナをよそに、いそいそと必要そうな物を書き出す姿は主婦そのもの。

 

ルサルナが羽を伸ばせるのはもう少し後になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

日はとうに暮れて、街灯がなければ目の前も見えなくなりそうな暗闇の中、ブル達とルサルナ、アメリアは老人の家の前で合流した。

 

「よぉ…なんか疲れてるじゃねぇか…」

「…あなたも萎びた野菜みたいな顔してるわよ…」

 

なんだか疲れきったルサルナと、萎びた野菜みたいになってしまったブルである。 

 

結局、ルサルナを引きずり回したアメリアは途中で力尽き、ルサルナの背中ですやすやとお休みしている。

ウルもはしゃいでおねむとなり、つられたのかクレアも眠ってしまっていた。

 

二人は言葉少なく、扉を開けて中に入る。

やや荒れた室内では、これまた疲れた様子の使用人が掃除をしている。

その奥には机に突っ伏し力尽きている老婆の姿。

 

裏手に繋がる通路から、老爺と思わしき足だけが見えている。

喧嘩は老婆の辛勝だったらしい。

 

残念なことに二人には反応するほどの元気はない。

 

勝手知ったるとばかりに寝台へ向かい、それぞれ背負った子供らを転がした。

 

クレアとアメリアがウルを挟み込むように寝返りをうっている。

ウルは寝苦しいのかしかめっ面。

 

保護者二人はようやく一息、といったところで、ルサルナがごそごそと鞄を漁る。

 

取り出したるは巨木の町の名産品。

という訳ではないが、美味しいと評判の果実酒。

 

「…飲む?」

「……臭ったりしないか…?」

「これくらいなら大丈夫よ」

 

多分、という言葉は胸の内にて呟かれている。

 

 

子供らの時間は終わり、後は大人の時間である。

夜はもう少しだけ続いていく。

 

 



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素質の話


評価やお気に入り、誤字報告ありがとうございます。

毎度励みになってます。



 

珍しく寝坊しているブルとルサルナに、こっそりこそこそと三つの影が近づいてきている。

 

ウルとクレア、それからアメリアである。

 

三人娘は、いつまでも起きてこない二人を叩き起こせと老人達に厳命されていた。

反発するほどでもないことに三人娘は了承し、お寝坊さんを起こすべく行動しているのだ。

 

しかし、ただ起こすだけというのも面白くない。

日頃からお世話になっている礼に、とびっきりの目覚ましを贈ろうと三人、というよりもクレアがとあることを提案していた。

 

その提案にウルは乗り気で、アメリアは渋ったものの二人に押し負け、さらに雰囲気に流されたのか今は既に乗り乗りである。

 

 

三人が配置につく。

ウルを真ん中に、左右にクレアとアメリアが並び、仲良く手を繋いでいる。

 

互いに顔を見合わせ、それからクレアが抑えめに掛け声を発した。

 

「じゃあいくよー?…せーのっ!」

 

クレアとアメリアがウルを引っ張り、打ち上げる。

絶妙な力加減で成されたそれは、天井すれすれまでウルの体を飛び上がらせていた。

 

重力に引かれ、落下を始めるウル。

その表情は満面の笑み。

 

「とーー!」

「ふぐっ…!」

「はっ!何事!?地震…!?」

 

威勢の良い元気な声とともに落下するウル。

その照準はぶれることなく、見事にブルのお腹に着弾した。 

 

可愛らしいお尻による一撃にブルの体がくの字を描き、それから力なく元の位置へぽてりと戻る。

大きな衝撃に、隣のルサルナも飛び起きている。

 

「…あれ?にぃー?……おきない」

 

ウルはブルが起きないことに首を傾げ、その顔をぺちぺち叩いている。

叩かれているブルはなんだか満足気な顔である。

 

実はこの男、ウルの高高度爆撃をもろともせず、夢の中にいるままウルを堪能していた。

 

恐ろしきはその耐久力と、意識がなくともウルの全てを受け入れる深い愛である。

 

 

クレアとアメリアは手を合わせて、きゃっきゃと笑っている。

ルサルナを飛び起きさせたことで大成功なのだ。

ブルは予想不可能のため反応は考慮していない。

 

ぼさぼさな髪をそのままに、現状を理解出来ていないルサルナは困惑を隠せずにいる。

 

「えぇ…?何なのよ…もぉ…」

 

 

 

 

 

 

 

「昨日、あんたらに稽古につけるといったね?早速だけど、あんたらにはいくつか“絵”を描いてもらう。ブルは…描いても描かなくてもいいがね」

「絵を描くとは…どうしてですか?」

 

食事を終えた一行に老婆が話しかける。

その言葉に、髪をあちこち跳ねさせたままのルサルナが疑問を口にした。

跳ねた髪の毛はアメリアが現在進行系でせっせと整えている。

 

「そりゃ描き終わった後に教えるさね。まずは描く、話はそれからさ」

 

使用人が手早く必要な物を各人の前に並べていく。

ウルはそれに早速飛びついている。

 

そんなウルを横目で見ながらクレアが手を挙げた。

 

「はいはーい。絵を描けって言ったけど、描くものは自由?何でもいいの?」

「いい質問だね。描くものは頭の中で想像したものか、難しければ記憶の中にあるものを思い出しながら描きな。ただし一つは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を描くように。模写、つまり人や景色を見たままに描くのは駄目だ」

 

 

からん、と軽い物が落ちる音。

 

 

音の方向に目を向ければ、そこには衝撃を受けたような表情で老婆を見つめるウル。

その手に握り締めていたはずの筆は、ころころと床を転がり逃げ出していた。

 

ウルの前にはなにやら格好良さ気な立ち姿のブル。

 

「……何枚描いてもいいから、一枚くらいは見たままを描いてもいいよ…」

 

その言葉に笑顔が戻り、逃げ出した筆をいそいそと捕まえに行くウル。

曾孫ほどの年の差がある子供に、老婆は強く出ることが出来ず折れたのだった。

 

 

 

 

 

「おばあちゃん!かけた!」

 

ウルが老婆向かってぱたぱたと駆け寄る。

勿体ぶるように隠した絵を、どやと言わんばかりに老婆に渡す。

 

「どれどれ…おぉ良く描けてる。ウルは上手だねぇ」

「んふふ、ありがとっ」

 

老婆はそれを見てウルを褒める。

その様子は曾孫に甘い老人そのもの。

 

拙いながらも一生懸命描いたことが伝わる作品である。

ついでに見たままだけでなく、武器も付け加えるなど加点要素が満載だった。

 

だが、残念なことに武器はブルの大好きな金棒ではない。

殴るというより斬ることを主とした武器だったのだ。

 

 

早い話が剣である。金棒は格好悪いのだ。

 

 

ブルは部屋の隅で崩れ落ちている。

ぶつぶつと聞こえてくる金棒を擁護する言葉。

 

老婆は勿論、誰もがあまりの憐れさに目を背けている。

 

「それじゃあ次は見たままじゃなくて、想像したのを描きな?それを描いたらまた好きなのを描くといい」

「うん!」

 

とてとてと上機嫌で歩くウルを見て老婆は思った。

 

無邪気故に何より無慈悲で、残酷だと。

 

 

「出来ました!」

「私も描けました」

 

お次に持ってきたのはルサルナとアメリア。

自信満々できらきらを振りまくアメリアと、やや自信なさ気なルサルナである。

 

「どぅれ、まずはアメリア…ふむ、これは故郷の絵かい?」

「はい!大好きな場所です!」

「ふむふむ…あんたの優しい心が伝わる、良い絵だねぇ…」

 

アメリアが提示した絵は長閑な田園風景だった。

その中に子供らしき二人の姿と、少しばかり腰の曲がった幾人かが描かれている。

 

上手だとは言えないが、どこか懐かしさを覚える優しい絵であった。

老婆の憐れみに重くなった心が癒やされていく。

 

「じゃあ次は記憶にもない、想像したものを描いておくれ。難しいだろうが頑張りな」

「頑張ります!」

 

ふんすと鼻息荒くアメリアが離れる。

 

「さて、ルサルナ。見せておくれ?」

「は、はい…どうぞ」

「これは…ふむ…」

 

老婆の目に映る絵には、圧倒的な自然。

 

空の上から眺めたような視点。

眼下に広がる広大な森に、断崖絶壁を擁する荒れ果てた岩山と、そこから流れ落ちる大きな滝。

 

「…これはどこかで見たものかい?」

「いえ、こんな景色があればいいなと思って…」

「ほう…素晴らしい…」

 

 

絵を描くには大事なものがある。

 

それは色彩や明暗、遠近など数多くの要素があるが、それらは数を熟せばある程度上達していくものである。

 

大事なものは──想像力。

 

自然と鍛えられるものではなく、そのために個々の素質が必要となる要素である。

 

老婆から見てルサルナは高得点であった。

 

「あんたは合格さね」

「あ、ありがとうございます!」

「そうそう、もし待つのが暇なら他にも描くといい」

「はい!」

 

綻ぶような笑顔を見せるルサルナ。

褒められた子供のようである。

跳ねるようにルサルナは戻っていく。

 

その姿をなんとも微笑ましい気持ちで老婆は見送る。

 

「さてさて…あのじゃじゃ馬は何を遊んでいるやら…」

 

視線の先にはクレアがあーでもないこーでもないと唸る姿。

その足元には何枚もの絵が散らばっている。

 

いつまで経っても持ってきそうにない様子に、老婆は重たい腰を上げた。

 

 

「うぅん…もっと絶望的な…救いがない感じを…」

「これはまた…あんたの性格が滲み出てるね…上手だけど…」

 

頭を抱えるクレアの後ろから、老婆は絵を覗き込んでいる。

 

見えたものは異様に完成度の高い絵。

なのだが、描かれているものがなんとも言えない。

 

この世の終わりかのような雰囲気の人々が跪き、天を仰ぐ絵であった。

想像力はともかく、非常に悪趣味な絵である。

 

「ん?お婆ちゃん?まだ未完成なんだけど」

「あぁ…うん、そうかい…」

「あ、これだけじゃあんまり分かんないよね。ちょっと待ってねー」

 

どん引きする老婆を気にもせず、クレアは散らばった絵を拾い集めて並べていく。

並べるごとに、老婆の顔が驚愕に変わっていく。

 

「こ、これは…!」

「じゃーん!超大作!魔王と怪物!…まだ未完成だけど」

 

クレアの絵はそれぞれが繋がるように描かれたものであった。

 

絶望的な雰囲気の人々の絵。

 

大きな虹に座り、何かを見下ろすルサルナらしき姿が描かれた絵。

 

その虹の根本を貪り食らう、ブルと思われる怪物の絵。

もはや金棒とその背にまたがるウル以外にブルの要素はない。

 

他にも虹に座るルサルナの顔を拡大した絵であろうか。

悪辣な笑みで見下ろすような絵もある。

 

恐らく本物はこんな顔をしたことなどあるまい。

ブルはなんとなく納得できるものがあるが。

 

 

複数枚を組み合わせる常識破り。

見慣れた人物を悪役と化け物に仕立て上げる、凄まじい想像力と発想力であった。

 

想像の遥か先へ行くクレアに老婆も言葉を失っている。

 

 

 

 

老婆が何故、わざわざ絵を描かせたのか。

それは想像力や発想力を見るためである。

 

魔法とは、魔力という不可視の力を用いる技術である。

火や水などを生み出し、大地さえも動かすこの技術は、何より想像力や発想力が大事となる。

 

勿論魔力の多少や、魔力を自在に操る能力も必要である。

だが、どれだけ魔力を自在に操れようとも、大火を、洪水を、大地のうねりを想像出来なければ何も生み出すことなど出来はしない。

 

天才、などといった陳腐な表現はしたくないが、これはそういう表現もしたくなる。

 

見て見てと絵を抱いて駆け寄るウルを撫でながら、老婆は楽しげに笑っていた。

 

 



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絵と他のちょっとした話

 

「とても…とっても素晴らしい出来ね」

「全く、素晴らしい作品だよなぁ」

 

とある絵を二人の男女が褒めている。

ただ、その声色は酷く平坦で、感心から出た言葉ではないことがよく分かる。

 

「可愛らしい子供や綺麗な虹との落差が、より化け物の悍ましさを引き立ててる……虹のかわりにお前の(はらわた)を食らってやろうか?化け物らしくよぉ」

「ねぇクレア?別に他意はないのだけど…見下される気分はどうかしら?他意はないけど」

「むんむぅぅー!」

「んふふ…びちびちしてる…」

 

笑顔で青筋を立てる二人の男女、ブルとルサルナ。

 

二人の前にあるものは超大作である『魔王と怪物』、と簀巻きにされ猿轡まで噛まされたクレア本人である。

 

抗議するかのようにびちびちと跳ねているクレア。

そんなクレアが面白いのか、ウルがにまにまと眺めている。

 

「ウルちゃん、心が汚れちゃうからあんまり見ちゃ駄目。あっちで私とお絵かきの続きしようね?」

「んむ!?むぅむ!んむんんむぅ!」

「びちびち…びちびち…」

 

流石に見かねたのかアメリアがウルを抱えて連れて行く。

助けてと言わんばかりに何かを言って跳ね回るクレアからは目を背けている。

 

なんとも名残惜しそうなウル。

 

 

ふと、ルサルナが良いことを思いついたような顔になる。

絵のような悪辣な顔ではないが、思いついたことは間違いなく悪辣なことである。

 

「そういえばクレアって泣くほどクモが好きだったわね。大丈夫、私は分かってるわ。あの涙も演技だったってことはね」

 

青筋さえなければ見惚れるほどの美しい笑みである。

 

「ん゛っ!?ん゛む゛ぅ゛ぅ゛!!」

「おーおーそんなに好きなのか。なら罰として触れねぇように、簀巻きのまま戯れてもらおうか。残念だなぁクレア」

「む゛む゛ぅ゛ぅ゛!!」

 

びったんばったんと、ものすごい勢いでクレアが暴れる。

その様子をブルは心底楽しそうな顔で眺め、ルサルナは一瞥してから何処かへ去っていく。

 

因みに、老婆は簀巻きの次点でやり過ぎだと止めようとしたが、老爺に阻まれていた。

今は家の裏手で絶賛喧嘩中である。

 

 

つまり、クレアを助ける者は誰もいない。

 

 

「お待たせクレア。あなたが泣くほど好きな子を連れてきたわよ?」

 

音もなく戻ってきたルサルナの両手の上には、大きな毛玉。

 

それは暫く丸まったままだったが、やがて蕾が開くように脚を開き──裏返ったまま起き上がれずにうぞうぞと藻掻いている。

 

クレアの顔から血の気が引いていく。

 

跳ね暴れていたのが嘘のように、嫌嫌と小さく首を振るだけになるクレア。

 

満面の笑みでクモを近づけていくルサルナと、同じく満面の笑みでそれを眺めるブル。

 

 

「あ、ち、ちょっと!大人しくしないと落ちる…あっ…!」

 

ある程度両者の距離が近くなったとき、クモがより一層大きく藻掻き始めた。

ルサルナは慌てて落ちないように蜘蛛を抑えたのだが、クモは好機とばかりにルサルナの手に脚を這わせ、するりと手の隙間から抜け出し飛び跳ねた。

 

大きな体に見合わず、ふわりと軽やかに宙を舞うクモ。

 

 

行き先は──クレアの顔。

 

 

一つだけ伝えるとすれば、ルサルナは近づけるだけで済ませるつもりだった。

泣くほど苦手なもの押し付けるほど鬼にはなれなかったのだ。

 

ブルは違うが。

 

 

 

「あっ」

「む゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!?!!?」

 

思わず漏れたルサルナの声を掻き消すように、大きなくぐもった悲鳴が家中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「すん…すん…」

「よしよし、もういないからねー大丈夫だよー…ふふっ、かぁいいなぁ…

 

子鹿のように震えるクレアをアメリアが優しくあやしている。

姉のような、母のような対応なのだが、恍惚とした表情と漏れ出る呟きのためになんだか怪しげな様子。

 

無垢で素直だった田舎村の少女は、綺麗な花を咲かせようとしていた。

 

何の花かは知るべきではないだろう。

 

ルサルナは泣かした手前、下手に声をかけられず遠巻きに見ている。

 

 

混沌とした空気の中、疲れた様子の老婆が口を開く。

 

「さて、色々あったけど本題に戻ろうじゃないか。あんたらもそのままでいいから聞いときな」

 

老婆にウルがちょこちょこと駆け寄り、居住まい正す。

準備万端ときらきらした目を向けている。

 

老婆がにこりと笑って褒め言葉の代わりとし、続きを話していく。

 

「…まず絵を描いてもらったのは、想像力や発想力を見るためさ」

「俺は描いてねぇけどな」

「黙らっしゃい。茶々入れるようなら叩きのめすよ」

「うす…」

 

要らぬ口を挟んだブルが一瞬で黙らされる。

ルサルナもたしなめるような視線を送っている。

 

「他にも方法があるだろうけど…あたしの趣味さ。楽しかっただろう?」

 

ぶんぶんと何度も首を振るウル。

一番多く描き上げ楽しんでいた幼子である。

 

描いた絵はブルが全て保管している。

 

「で、何故想像力や発想力を見るのかというと、魔法を扱う上で一番重要だと考えているからさ。新しいものを思いつく発想力、それらを具体的に思い描く想像力。それらをなくして魔法のさらなる発展は有り得ない」

「新しい…さらなる発展…」

 

真面目に話を聞くルサルナの隣で、ブルがなにやらうんうんと頷いている。

その通りと言わんばかりの頷きだが、正直よく分かってはいない。

 

「火を灯す、水や氷を生み出す、風や雷を身から放つ、大地を操る…偉大な先人が自然から見出した技さ。ルサルナ、あんたらが自然の民と呼ばれる所以さね」

「そうだったんですね…」

「俺は知らねぇけどお前は知っとけよ。ご先祖じゃねぇか。なぁウル?」

「よくわかんないけど、たぶんそう」

 

ルサルナの反応にブルが茶々を入れ、ついでとばかりにウルを構う。

小難しい話で頭がいっぱいのウルはあまり考えずに頷いた。

真似っ子ウルである。

 

 

ごん、と鈍い音。

ルサルナの一撃がブル頭を強かに打ち据えた音である。

 

「知らなくて悪かったわね…!」

「次、茶々いれたらあたしもやるよ」

「あわわ…」

 

二人から発される怒気と沈黙したブルを見て、ウルは口元をあわあわさせながら姿勢を正した。

 

よく分からずに頷くことは良くないこと。

ウルはまた一つ賢くなった。

 

 

「馬鹿のせいで話が止まっちまったね。つまりあたしらが扱う魔法のほとんどは、先人が編み出したものにあやかっているにすぎない。敷かれた道をさらに踏み固めたところで、新たな道なんて出来やしないのさ」

 

老婆の目がクレアに向けられる。

 

「その点、そこの泣き虫は柔らかな良い頭を持ってる。風という、見えないものを刃にして放つ……どんなことを考えたら風をそんなふうに思えるのやら」

「…大した威力じゃないけどね」

 

ようやく泣き止んだクレアがぼやいている。

自慢の魔法だったのだが、ここのところ牽制にしか使えていないのだ。

 

「そりゃ練度が甘いだけさね。確固たる像を心の中で思い描いて、しっかりと魔力を練り込めればもっと良くなる。くくっ…扱きかいがあるねぇ…」

 

よし、とでも言うように、老婆が一つ手を叩く。

 

「今どれくらいのことが出来るのか、次はそれを見ることにしよう。さぁひよっこ共、裏手に出な」

 

 



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今の全力の話

 

老婆に促され、ブル一行は裏手に移動していた。

喧嘩の結果だろうか、広場にはぼろぼろになった老爺が横たわっている。

 

「なんだ?座学とやらは終わりか?」

「どの程度出来るかちょっと見るだけだよ。ほら、喋る元気があるならさっさとどきな!」

「あいよぉ」

 

座学座学と言っていた割にすぐに出て来た老婆をからかう老爺。

にまにまと笑いながらのっそり移動する様がなんとも腹立たしい。

 

老爺を視界から努めて外しながら、老婆が的代わりの土柱を立ち上げる。

 

「…さて、とりあえず全力でなんかぶっ放しな。この先は人もいないはずだし、火なんかも燃え広がったりしない。時間がかかってもいいからデカいのを撃つんだ」

「ぜんりょく…!」

「デカいの!」

 

それを聞いて目を輝かせるウルとクレア。

 

なんだかヤバそうな気配しかない二人である。

二人はいそいそと準備を始めた。

 

そんな二人を横目で見ながらルサルナが口を開く。

大きな杖だけ持って、他よりほんの少し前に出ながら。

 

「まずは私からいきます」

 

ルサルナが大きな杖を掲げ、軽く目を閉じて魔力を練り上げる。

 

最大まで練り上げる時間は数秒程度。

慣れ親しんだ大地は、最早想像するまでもなく手足のようなもの。

 

風すらも沈黙するような静けさの中、ルサルナは緩やかに目を開け、触れるように優しく大地に杖を下ろす。

赤子を愛でるような優しさと裏腹に、起きた現象は劇的なものだった。

 

ルサルナの前方、杖の先が触れた地面が波打つ。

地鳴りのような音とともに大地のさざ波が広場いっぱいに広がっていく。

 

広がった波は本物の水のように何かにぶつかっては戻り、うねっては他の波とぶつかり、まるで荒れ狂う海原のように広場を満たしていく。

もし生物が波の範囲にいるならば、恐らく骨の欠片も残さずすり潰されるであろう荒波である。

 

やがて波は徐々に収まり、元に戻った広場に凪が訪れる。

 

息を吐くルサルナに一筋の汗が光る。

凄まじい現象に老人達は感心し、ウル達は開いた口が塞がらない。

 

「素晴らしい…規模も速度もそうだが、大地を海のようにしてしまう発想力。なんとも素晴らしいものさね」

「…ありがとうございます。地に足をつける生き物は皆、逃す訳にはいきませんからね…」

 

褒める老婆になにやら意味深な返事を返すルサルナ。

流し目を送る先にはウルを眺めるブル。

 

ブルが何かを感じ取ったのか身震いしている。

 

「次!私!」

 

ルサルナの凄まじい魔法に気後れするも、心を奮い立たせて前に出るクレア。

 

愛用の短剣を強く握り締め、現状の最大を放つために集中していく。

 

十数秒ほど経っただろうか。

かっと目を見開き、鋭い一閃を放つクレア。

 

余波が吹き荒れ、数瞬の後に土柱に深い切れ込みが走った。

 

「う…やっぱこんなもん…」

 

残心取っていたクレアがぼやく。

戦闘中では不可能なほど動きを止めて放っても、土柱を両断するほどの威力は出ない。

 

「甘いところはたくさんあるが…やはり良い。魔力を感知できなければ見えない刃。それだけで脅威になり得るからね」

 

不満げなクレアと違い、老婆は満足気である。

 

老人達は長い鍛錬と経験の末に、風を砲弾のように扱う魔法を発案していた。

練度はともかくとして、年若い少女であるクレアの柔軟な考え方に老人達は期待を寄せている。

 

「ウルは準備出来たかい?」

「ばっちり!」

 

やる気満々で準備していたウルに老婆が声をかける。

ルサルナの魔法で呆けてクレアに遅れを取ったが、既に準備万端のウルである。

 

二つ返事でぴょんと前に出る。

 

「おっきく…つよく…」

 

可愛らしい杖を真上に掲げ、目を閉じ集中していくウル。

杖の先に頭ほどの氷の球が形成されていく。

 

尚も集中を深めるウル。

ぱきぱきと音を立てながら、氷球は大きさを増していく。

 

「むぅ…これは…」

「ブル?どうしたの?」

 

深く深く集中するウルを見てブルが何か気づいたように呟く。

野生の獣すら凌駕する感覚を持つブルの言葉に、ルサルナが何か気づいたのかと声をかける。

 

老人達もクレアやアメリアも、ウルを見ながら続く言葉に耳をそばだてる。

 

真剣な顔でウルを見つめ続けるブルが口を開く。

 

 

「やはり可愛い…真剣な顔も…」

「可愛いのはお花畑なあなたの頭よ」

 

ものすごく真剣な表情で呟かれた頭がお花畑な発言。

ルサルナは聞いた自分が馬鹿だったと頭を抱える。

 

「こいつ何処に思考を落としてきたんだ…?」

「どこまでもぶっ飛んでるね…」

 

何一つとして益のない言葉に老人達が呆れ果てる。

クレアとアメリアはいつもの発作だと、意識をウルに戻している。

 

 

そうこうしているうちに、ウルが形成する氷球は巨大化を続けていた。

ウルが思い描くのは、ブルの何者をも一撃で屠る強大な力と、ルサルナの絶大な範囲と威力の魔法。

 

比率はブルの一撃が九割方であるが。

 

繊細だとか緻密などといったものからかけ離れた、ただひたすらに一撃で粉砕する強い意志を感じる、大雑把な暴力の発露であった。

 

「おいおい…」

「たまげたね…」

 

発想力も想像力もない、ただの巨大な力に老人達は圧倒される。

 

家を丸呑み出来るほどに大きくなった氷球は罅割れるような音を発し、さらに形状を変えていく。

 

姿を見せたのは、巨体に見合う大きな棘。

幼子に見合わぬ、殺意の具現化であった。

 

「っ…!やぁぁ!」

 

気合一閃。

 

振り下ろされた杖と連動するように、氷球は土柱へ向かう。

その様は飛ぶというより落下であった。

 

ずずんと重々しい音を立て、土柱などなかったように粉砕し氷球が地面へめり込む。

 

「やった!にぃみてた!?」

「余すとこなく見てたぞウル!ウルはすごいな!」

 

想像通りの結果にウルが飛び跳ねて喜んでいる。

気づけばブルも一緒になって飛び跳ねている。

 

大の大人が飛び跳ねるその様は、可愛い頭の出来と違ってあまりにも可愛くない見た目である。

 

「うぅん…あー、そうだね…その、すごく良いと思うよ、あたしは」

「あー…まぁそうだな…うむ、良いと思う」

「にぃほめられた!」

「流石ウルだ!」

 

どんな工夫を見せてくれるのかと思いきや、何もかもをぶち壊す力業を披露された老人達は評価に困る。

 

ただ、恐ろしいほどの力は賞賛に値するものであった。

 

きゃっきゃとはしゃぐ幼子と男から視線を逸らす老人達。

逸らした先にはおどおどするアメリア。

 

そこそこ礼儀正しく、素直で真面目な少女。

 

恐らく一番()()だろうと予想されるアメリアに少しばかり箸休めしたくなったのか、ここぞとばかりに老人達の意識が向いた。

 

「ほれ、何をおどおどしとるんだ」

「準備はどうだい?できそうかい?」

「あのぉ…えっと…」

 

もじもじそわそわとするアメリア

なんだか普通の少女のような反応に老人達は温かい気持ちになっている。

 

「何も考えずにどーんとやってもいいんだぞ?」

「今がどれくらいなのか見るだけさね。楽にやればいいんだよ」

 

微笑ましい、そんな気持ちでいっぱいな老人達である。

 

「その…私、撃てないんです」

「んん…?すまん、聞き取れなかった」

「歳を取ると耳が遠くなっていけないねぇ…すまないけどもう一度頼むよ」

 

アメリアの言葉に聞き間違いかと二人して首をひねる。

聞き間違いでなければこの小娘、もしや撃てないといったのかと。

 

「だからえっと…何かしら物を介さないと魔法が使えないんです…」

 

アメリアが剣を抜き少しばかり集中すると、剣自体がばちばちと音を立て始める。

 

アメリア自身には不思議なほど何も起きていない。

 

「揃いも揃って癖が強すぎる」

「問題児の寄せ集めかね?」

「ご、ごめんなさい…」

「ああいや、個性…そう個性が強いんだ」

「つまりはだね…可能性に満ち溢れているんだよきっと」

 

ついぽろりと本音が零れる老人達だが、申し訳無さそうなアメリアになんとか言い繕う。

 

「…とりあえずそれでいいから、全力は出せるかい?」

「剣が耐えられないので…」

「代わりのは……ないな。用意してやるから今日のところはやめとくか?」

「そうだねぇ…仕方ないか」

「本当にごめんなさい…」

 

涙目になるアメリア。

慌てて飴やら何やらで気を逸らし始める老人達。

 

なんとも締まらない一行であった。

 

 



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稽古と、の話


お気に入り評価感想等ありがとうございます。
すごく伸びて正直少しばかり怖くなってます…。



 

「魔力とは生命の力であり、それを操る術を魔法という」

 

こつこつと、静かな空間に足音が響く。

足音の主の視線の先には、形を変えながら浮かぶ火と氷。

 

火はルサルナとクレア、氷はウルから生み出されているものだ。

見事な鹿型の火が宙を駆け、それを何やら名状し難い形の火が追いかけるように蠢いており、人型の氷が立っている。

 

「魔法を扱う上で大事な要素は四つ。感知、操作、放出…それから具現化さね」

「だいじなのはさいしょのみっつだってるぅねぇが…」

「うっ…」

「こらそこっ!集中を乱すんじゃないよ」

 

ぼそりとウルが呟いた途端、鹿の姿が崩れる。

 

過去に教えたことであるが、決してルサルナは間違ってはいない。

重視していた部分が違っただけである。

 

「他の三人を見てみな?良い集中力じゃないか」

 

老婆の言葉に三人を見やるルサルナ。

 

目を閉じ魔力を循環させているアメリア、なんか良く分からないものを生み出しているクレア、それから何故か一緒になって瞑想しているブルの姿。

 

「…ブルに関してはウルを見ているだけだと思いますよ」

 

じとりとした目でブルを見るルサルナ。

そんなルサルナの言葉に老爺が口を挟む。

 

「何?こんなお手本のような姿で…ん?」

 

三人を見渡し違和感を感じた老爺。

違和感の源は、ブル。

 

「んん…?」

 

じっくりとブルを観察する老爺。

 

半分だけ閉じられた瞼、仏のように柔らかな笑み、きれいに伸びた姿勢。

既に違和感しかないものの、瞑想だと思えばどれをとっても素晴らしいものである。

 

が、僅かに体と顔の向きがずれている。

その顔が向けられる先を辿っていくと、また集中し始めたウルの姿。

 

迷わず拳を振り下ろす老爺。

 

「…俺の悟りを邪魔しやがって」

「お前…それは迷いしか生まねぇぞ」

「ウルは迷子の俺を照らす光なんだ…」

「なんだお前…え、本当になんなんだ…?」

 

老爺は知らぬ間に狂信者のように成り果てているブルに戦慄している。

やっぱり、と言わんばかりのルサルナ。

 

「邪魔にならないし置いときな。それはもうそういうものだよ」

 

一方老婆はそういうものとして処理することにしたらしい。

触らぬ神に祟りなし、ということである。

 

「さてさて、それじゃ…」

 

気を取り直して続きをと考えた老婆の目に映るもの。

それはウルとクレアのじゃれ合いであった。

 

「つ、つよい…!」

「あは、全部溶かしてあげるね…」

 

ウルの人型がうねうねした火に巻き付かれ溶かされている。

さながら蛇の捕食を眺めているよう。

 

「いやまぁ良い鍛錬にはなるんだろうけどねぇ…」

 

そう口にしながら火の粉を一つだけ飛ばす老婆。

火の粉はふわりと舞っていく。

 

じゃれ合いの直上まで舞った火の粉はぱっと弾け、風呂敷のように変化しウルとクレアの魔法を包み込む。

 

「わっ!」

「うわ何!?」

 

驚く二人の前で風呂敷が小さく丸まり、消える。

呆然とする二人に声がかかる。

 

「魔法の構成が甘ければ、より強固に構成された魔法に掻き消される。つまりウル、ウルが教えられたことも間違っちゃいない。魔力を良く練り上げ、無駄なく放出して形作る。そしたら今みたいなことが出来るのさ」

「が、がんばる…」

「努力しまーす…」

 

老婆は微笑み、それからため息を吐く。

 

「あんたらにはさっきみたいなのが合ってるのかもしれないね。座学は…まぁ大丈夫か」

「つまり、儂の出番ってことか?」

「あんたぼこぼこにするだけじゃないか。この子ら同士でだよ。アメリアは…後で考えるとして、やるならブルとやってな」

 

老婆の言葉に一瞬しゅんとする老爺だったが、最後の言葉ににやりと笑った。

 

「なるほど、久々に揉んでやるとするか…なぁ小僧?」

 

少しばかりの煽りを含み、ブルに声をかける老爺。

しかし一つ、老爺には忘れていることがあった。

 

「まだだ…俺はまだ迷子…」

「駄目じゃねぇか」

 

ブルの理性が未だ迷子なことであった。

この迷子の案内人はウルただ一人。

 

ただしウルを寄越したところで理性が帰ってくるとは限らないが。

 

 

老爺の鬱憤をよそに、少しばかり形を変えつつ稽古は続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

「にぃのむかしばなし…きいてない」

「そう言えばそうね。ブルはあんまり覚えてないとか言って教えてくれないから」

 

てんやわんやの稽古も、美味しい夕食も終えた後、ウルがふと呟いた。

教えてくれるはずだったが、何かしらどたばたしていたためにまだ何も聞かされていなかったのだ。

 

ルサルナがちくちくと言葉の棘を飛ばしている。

 

「そうだねぇ…とは言っても、あたしらも詳しい訳じゃあない。取り付く島もないやんちゃだったからね」

「野生の獣みたいなクソガキだったな」

 

当時相当手を焼いたのか、遠い目をする老人達。

その様子を見て、そっとウルを抱えたクレアが口を開く。

 

「今と大して変わんないじゃん」

「クレア、ちょっと話でもしようか」

「ウル盾!」

「てめぇ卑怯な…!」

「にぃじゃましないでね?」

「しないゾ」

 

ブルが立ち上がるも、盾のように掲げられたウルの前に手が出せず、そのままウルの一言にて静かに座り直した。

 

策略家クレアの一時的勝利である。

話が終わればどうなるかは分からない。

 

「あまりに暴れすぎて儂らに話がきたんだったな」

「一応人に襲いかかることはなかったけど、大人しくさせてほしいってね」

 

大人しくなってこれかと、ルサルナは思っている。

大人しくさせるほどの実力があることに、クレアとアメリアは感心している。

 

「おばあちゃんもおじいちゃんも…にぃよりつよいの…?」

「ふふ、安心しな?二人がかりだよ」

「ま、儂は一人でもぼこぼこに出来たがな」

「あんたもあたしも最初のうちだけじゃないか」

「あの、ブルは確かに強いですけど…昔でもあなた方が二人がかりに成る程なんですか?」

 

ルサルナは老人達の会話に疑問を持った。

 

昔でも恐らく、体力や純粋な力であればブルが上だろう。

しかしながら技術面であれば老人達に軍配が上がり、総合的な実力も格上となるはずである。

 

「そりゃ簡単な話さね。単純にブルが弱くなってるだけさ」

「情報を集めた上での推測だがな」

「ブルさんが…?」

 

その言葉を聞いたアメリアの脳裏に過るブルの戦闘風景。

見上げるほどの魔獣を嬲る姿や投石一つで魔獣を屠る姿。

 

決闘で対峙した際など死が人の形を模したのかと思うほどの格の差が合った。

 

「ああ、まぁ今でもそこそこ強いか…?」

「そりゃあ“虎”を一蹴するくらいだからね」

「しかしあれは少しばかり弱すぎるだろう」

「異名を持つには充分さ」

 

弱くなったということが信じられない一行をよそに、老人達は話している。

ウルが関係ない話にそわそわしている。

 

「あぁすまないねぇ。つい話が脱線してしまう…」

 

そんなウルを見て老人達は思わず笑う。

 

 

「さて、それらも含めて話そうかね…そこのお馬鹿との昔話を」

 

 



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昔話

 

 

わくわく、そわそわ。

 

 

そんな音が聞こえてきそうなほどうずうずしている幼子、ウル。

ウルは今か今かと老婆の話を待っている。

隣ではルサルナも同じように待っている。

 

ウルを膝に乗せぎゅっと抱きしめる少女はクレア。

時にはウルを盾にすることも辞さない狡猾な少女である。

 

後ろではブルが羨ましそうに歯軋りしている。

アメリアがそっとさり気なく硬い干し肉を差し出している。

 

「ふふ、話すから落ち着きな?…ありゃもう十と何年か昔のことさね」

「儂らも現役でぶいぶい言わせとった頃だな」

 

老人達が話し始めた。

いつの間にか山盛りにした焼き菓子をつまみ出すウルとクレア。

 

「自分で言うのもなんだが、当時あたしらはそこそこ有名でね。色んなところから依頼が舞い込んで来たもんだよ」

 

そこそこなんてものじゃなかったはず、そうルサルナは思っている。

 

「そん中の一つだったな。廃村に住み着いた悪魔の話だ」

「近づいた魔獣は皆殺し。人は例外はあるけど、基本的には手を出さない。そんな悪魔さ」

「例外っていうのは何なんですか?」

「人に手を出さないなら何でわざわざ?しかも廃村でしょ?」

 

老人達の話に、ルサルナとクレアが声を上げる。

 

「例外っていうのは…強ささね。ある程度の実力があれば襲いかかってきたんだ。依頼の理由は知らんね。闘技場で見世物にでもしたかったんじゃないか?大人しくさせて引き取りたかったんだろうね」

「まぁ儂らが掻っ攫ったんだけどな」

「痛めつけて大人しくさせろって話だったからね」

 

 

老人達は鮮明に覚えている。

 

幼さが残る顔つきに不釣り合いな、ぎらぎらと怪しげに光る瞳。

獣のような眼光と抑揚のない声に、背筋が凍ったのを良く覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

荒れた道を歩く二人の老人。

二人の前には原型を留めないほどに破壊された魔獣が打ち捨てられ、その先にはぼろぼろの家屋が見える。

 

「この死骸…廃屋らしき家屋。間違いないな」

「そうらしいね」

「……おい」

「分かってるよ」

 

ぴりぴりと肌を刺す雰囲気とともに、がりがりと金属が引き摺られる音が響いてくる。

 

前方からこちらへ、ゆらりと歩く少年が発している音だ。

 

「お前ら…強そうだな」

 

突き刺さるような鋭い視線と違い、何一つ感情の乗っていない声。

どこで拾ったのか、片手と背中に錆び付いた様々な武器を携帯している。

 

「ガキ…?」

「この子供が、悪魔…?」

 

屈強というほどでもない、少しばかり痩せた少年。

見ようによっては、錆びた武器を売って小遣い稼ぎをしているように見えなくもない。

 

ないが、どこか寒気がするほどの暴力性が垣間見える。

 

「なぁお前ら強いよな?」

 

がりがりと音を鳴らしながら少年が近づいてくる。

老爺が老婆の前に出る。

 

「お前のような浮浪児が千人集まろうが、物の数にならんわ」

「何言ってるのか分からんが…つまり、強いってことだな?」

 

老爺の言葉に引き摺っていた錆びた剣を肩に担ぐ少年。

少年は力を溜めるように前屈みになっていく。

 

「儂が相手取る」

「油断するんじゃないよ」

「お前も念のためにな」

 

老爺がさらに前に出て、老婆は少し距離を取る。

老人達は自らの感覚を信じ、油断の欠片もなく構えを取った。

 

訪れる束の間の静寂。

風も獣も虫さえも音一つ立てないでいる静けさの中、少年から錆びた金属の擦れる音だけが小さく響く。

 

ゆっくりと倒れ込むように、少年の体が傾く。

 

「ぬっ!?」

 

少年はそのまま地面を割り裂くような踏み込みとともに老爺へ急激に接近した。

地面を踏み砕いた音を置き去りにするような超加速、からの豪快な振り下ろし。

 

虚をつかれるも見事な受け流しを見せる老爺。

受け流された剣が地面に叩きつけられ、悲鳴のような音とともに砕け散る。

 

砕けた剣には見向きもせず、少年は既に錆びた斧に手伸ばしていた。

掴んだそのままに振り下ろすが、老爺にまた受け流される。

 

その二撃にて少年は距離を取り、手応えの少なさに首を傾げている。

 

 

たった二撃、されど二撃。

 

 

老爺は油断なく少年を分析する。

 

容姿からは想像できない速さと筋力だが、力任せで体の使い方がなっていない。

錆びついているとはいえ刃物を扱っているが、刃筋はめちゃくちゃで斬るというより殴りつけるかのよう。

 

どちらも技術の技の字も感じられない動きである。

 

 

少年はまた、前屈みになっている。

そこから倒れ込むような突撃も先の焼き増しのような光景だが、今度は二撃どころではない猛攻である。

 

が、老爺の虚を突くことも叶わない。

 

斧は粉砕し、剣はへし折れ、鎚はひん曲がり、次々と得物を持ち替える少年だが、尽くを老爺に流されていく。

背中に背負う武器が槍のみになったとき、少年は武器を掴み損ねた。

 

空振る手に、僅かな困惑。

 

それを見逃してやるほど、老爺は甘くはない。

腹に一撃を入れ、くの字に折れ曲がったところを掬い上げるような膝蹴り。

念入りな止めだと言わんばかりに、仰け反る少年に風の魔法を併用した掌底。

 

少年は勢い良くぶっ飛んでいき、崩れかけた家屋に直撃、粉塵の中へ姿を消した。

 

残心した老爺が一言。

 

「やっべ…やりすぎた」

「あんた…」

「いやよぅ、思った以上にやりおるから…」

 

少しばかりのお仕置きで済ますかと思いきや、常人ならば三度は死ぬ程の攻撃である。

 

老婆は唖然としている。

 

「あれだ…早めに処置すれば大丈夫かもしれん。それか逃げ出して姿を消したとでも言おう。もし生きてたら連れて行こう…生きてたら」

「あれは流石に…なっ!?」

「うおぉ!?」

 

咄嗟に倒れ込む老人達を掠めるように飛来する物。

高速で飛来したそれは、老人達の奥にあった木に深々と突き刺さり動きを止めた。

 

突き刺さったそれは、錆びた槍。

 

少年の最後の武器であった。

 

「おいおいおい…全力で打ち込んだんだぞ…?」

「よ、良かったじゃないか。連れて帰れるみたいだよ…」

 

ざり、ざり、とゆっくりだが確実に近づいてくる足音。

泥だらけで、擦り傷塗れで、口から少なくない血液が垂れる少年が歩いてくる。

 

ふらつくことも、足を引きずったりもせず、確かな歩様で近づいてくる。

何か呟いているが、声は小さく聞き取ることが出来ない。

 

「ありゃぁ…本当に人か?」

「さてね…本当に悪魔かも知れないね…」

 

驚愕と不安を誤魔化すように、老人達は軽口を交わし立ち上がる。

 

少年は徒歩から早足、駆け足と速度を上げ、しまいには先程よりも速くなって突撃してくる。

 

まるで猪のように真っ直ぐと。

 

「そぉら!!」

「っ!?」

 

その突撃を老爺が巧みにいなし、勢いそのままに地面へ叩きつける。

地面が罅割れるほど強く叩きつけられた少年の顔が驚きに歪む。

 

「せ、いやぁ!!」

 

老爺は弾む少年に容赦のない踏みつけを行い地面へめり込ませる。

堪らず血を吐く少年だが、闘志は衰えを見せない。

 

その姿勢のまま老爺の足を殴打しようとしたが、体が沈み込むのを感じ逃げようとした。

 

蹴り出した大地は泥のように柔らかく、少年の体を呑み込んでいく。

暴れようにも不思議な柔らかさが勢いを殺し、遂には首から下を呑み込んだ。

 

少年はぴたりと動きを止め、ゆっくりと近づく老人達を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「にぃしんじゃうの…?」

「ウル、ウル…俺はここにいるぞ…」

 

老人達の臨場感たっぷりの話に、ウルが涙目でブルの心配をする。

そんなウルに優しく語りかける男、ブル。

クレアを視線で殺すと言わんばかりに睨みつける男である。

 

まぁ殺しても生き返りそうな男ではある。

一度や二度ほど死んでいても不思議ではない、そんなふうにウルは思っているのだろうか。

 

「蘇りそうよね…」

「ブルさんなら…有り得そう…」

 

普通なら失礼なことを口にするルサルナとアメリア。

ウルとブル以外は思わず頷いている。

 

「いやしかし、こうも話すと喉が渇くね。少しばかり休憩しよう」

「続きはその後だな」

「そういえば…くちのなかがぱさぱさ…」

「私もー」

「あんたらは食い過ぎだよ」

 

休憩の提案に乗り気なウルとクレア。

山盛りだった焼き菓子は欠片も見当たらない。

 

老婆が真顔で注意している。

 

 

 

その後、喉を潤したウルは満腹感とともに幸せな夢の中へ旅立った。

 

昔話は一旦中止である。



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続、昔話


長くなりそうですね…


 

 

「つづき…つづきがききたい…つづき…」

 

大好きなご飯も、いつも頑張っている勉強や訓練もなんだか上の空のウル。

話の途中でねんねしてしまい続きが気になってしょうがない様子。

 

これには老人達も困り顔。

 

「あぁもうしょうがないね。終わってからと思っていたけど、これじゃやっても仕方ない」

「休憩がてら続きを話すか…」

 

そんな老人達の言葉を耳聡く聞きつけたのはウルだけではない。

クレアとアメリアがささっとお菓子を並べだし、ルサルナはそそくさとお茶の用意。

 

ウルはきらきらした目で、早く早くと言うように席についてそわそわしている。

席は勿論、特等席であるブルの膝の上。

 

待ち侘びたと態度で示す一行にため息が止まらない。

 

「確か…埋めたところだったかね」

「そうだな。その後からか」

 

 

 

 

 

 

 

「小僧、獣と変わらんお前にも分かるよう、一つ良いことを教えてやろう」

「……」

「この世は弱肉強食だ。敗者が得られるものは、勝者の慈悲のみ。慈悲を得られた場合に限り、経験を得て強くなることが許される」

「強く…」

「そうだ。儂らはお前に慈悲をくれてやる。」

 

少年が老爺を見上げたまま口を開く。

あいも変わらず感情の感じ取れない声。

 

「分からん、お前は何を言ってんだ?誰にでも分かるように話せねぇのか?」

「なるほど、慈悲はいらんらしい」

「いや、あんたが悪い。無駄に格好つけて難しいこと言うからだよ」

 

少年の物言いに牢屋の額に青筋が浮かぶ。

感情は感じ取れないが恐らく馬鹿にしている。

生首の分際で良くやるものである。

 

老婆の言葉に深く息を吐き、心を鎮める老爺。

 

「言いたいことは色々あるが…まず、儂のことはせめて爺さんとでも呼べ」

「クソジジイ」

 

びきり。

これは老爺に追加の青筋が浮かぶ音。

間髪入れぬ少年に老爺の青筋が増えに増えていく。

 

「このクソガキぶん殴ってもいいよな?」

「どうどう…この年頃は生意気なくらいが普通さね」

 

老婆は笑いを噛み殺しながら老爺を宥めている。

宥めつつ、今にも殴りつけそうな老爺の前に出て、少年へ優しく声をかけた。

 

「親はいないのかい?」

「知らん」

「名前は?」

「ない」

「そうか…名前が欲しいとは思わないのかい?」

「俺は俺だ。名前なんかいらねぇ」

 

取り付く島もない様子である。

 

親も名前も、恐らく仲間などもおらず、悪魔などと呼ばれるこの少年は、このまま何もかもを突っぱねて孤独に生きていくのだろうかと老婆は思う。

 

いやまぁ生きていくのだろう。

そのうち言葉もなくして獣に成り果て、その界隈の王者に君臨しそうである。

 

ひれ伏す獣達の前で雄叫びを上げている姿が見ているように想像できる。

 

「…あたしゃ決めたよ」

「引き取るつもりか?これを」

「文句あるかい?」

「いや、面白そうだ」

「決まりだね」

 

にぃっと、なんだか悪い顔で笑い合う二人。

少年は変わらず無表情で老人達を見上げている。

 

「暴れん坊、今からあたし達が親になる。いいね?」

「負けたお前に拒否権はないぞ」

 

意地悪な笑みを浮かべたまま少年へ声をかける老人達。

対する少年は無表情のままに口を開いた。

 

「皺くちゃのジジババが親とか何言ってんだ?皺を伸ばして出直して……」

 

とぷん、と言い終わる前に地の下へ消える少年。

下手人は老爺の倍ほど青筋を浮かべた老婆である。

 

「おぉい!?言ったそばからそれは洒落にならんぞ!?」

「これは躾だよ」

 

自分でなければ笑い話だが、自分のこととなるとそうはならない。

特に年齢や容姿ともなると人によっては逆鱗である。

 

下手な口を聞けぬよう、上下関係を刻み込みにかかる老婆。

躾と称しているが、生死は問わないと言わんばかり。

 

沈んだ少年を慌てて掘り出す老爺をよそに、老婆はとても良い笑顔であった。

 

 

 

 

 

 

 

ウルがブルの膝からぴょんと飛び降りる。

飛び降りて真っ先に行うのは、ブルの足がちゃんと先まで全部あるのか確認すること。

 

今しがたその上に座っていて、しかも毎日見ているはずなのだが、それはそれ。

 

「にぃ…ちゃんとあしある…」

 

ぺたぺたとブルの足を触るウル。

ほっと息をつくウルに、なんだか悪い顔のクレアがぼそりと呟く。

 

「お化けじゃなくて…もしかしたら死体が動いてるのかも…?」

「あわわ…た、たいへん…!」

 

目に見えてあわあわし始めるウルをブルが片手で優しく撫でる。

もう片方はクレアの顔を鷲掴みにしながら。

 

「痛い痛い!割れちゃう!!黄金比の顔が!!」

「よーしよし…俺はちゃんと生きてるからなー」

「聞いてよぉ!!」

 

あわあわばたばたと慌ただしい三人をルサルナは呆れて見ている。

 

まだ落ち着きがあるのはアメリアだけ。

そんなことを考え、やれやれとため息をついたルサルナがアメリアに話しかける。

 

「クレアも懲りないわよね。ねぇリア…リア?」

「………」

「嘘でしょ…失神してる…」

 

放っておけば、すぐに騙され借金を背負わされそうなほど素直な少女である。

クレアの言葉を真に受けたのか、アメリアは白目を剥いて失神していた。

 

「聞きたい聞きたいとせがむのに、これじゃ全く話が進まないじゃないか」

「落ち着きってもんがなさすぎるな」

「多分、話し始めたら嫌でも落ち着くと思います…。この子には後で話しますから…」

「そうするかね」

「聞かなかった方が悪いってことだな」

 

事あるごとに中断する話に、老人達も少しばかり頭が痛い様子。

そんな二人にルサルナが気を遣い、それに乗った老人達は構わず続きを話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

なんとか息のあるうちに少年を掘り出し、老人達は帰路へ着く。

 

そこから少しの間、二人は忙しない日々を送った。

少年を欲しがる輩が思いの外多かったのだ。

 

積まれた金を蹴り飛ばし、奪おうとする不埒者を文字通り埋めてやり、少年は自分達が保護すると力を持って示した。

 

そうすると元々有名な二人のこと。

手を出す者は瞬く間に減っていき、遂に諦め様子を見るだけとなっていった。

 

ようやく落ち着いたと思うのも束の間。

お次は少年のことである。

 

少年は老人達が慌ただしくしている間、不気味な程に大人しかった。

ただじぃっと、二人がやることを眺めていたのだった。

 

そして、老人達の問題が粗方片付いた頃、少年が動き出した。

 

 

「ジジイ、手が空いたなら勝負だ。俺は強くなっていいんだろう?」

 

少年の鳴りを潜めていた暴力性が前面に出る。

粗末な武器もなく、ただの素手であるのに、明らかに以前より恐ろしい。

 

「くっ、くくっ…受けてやる、小僧。儂が勝ったら暫く勉強漬けにしてやるからな」

 

少年は老爺の言葉に反応せず、脱力し、ただじっと老爺を見ている。

 

徹底した見の構えである。

少年は老人達が慌ただしくしている間考えていたのだ。

 

老爺と戦った時、振り回した武器があらぬ方向へ流れたのは何故か。

尋常ではない重い拳打を放てるのは何故か。

気づけば地面に叩きつけられたあの動きは何なのか。

 

少年には何一つとして分からなかった。

 

だから見る。見て、学ぶ。

 

少年が大人しくしていたように見えたのは、老人達の一挙手一投足を観察していた為だったのだ。

 

動かない少年を老爺が面白そうに見ている。

 

「なるほどなるほど…その姿勢、好ましい。が、簡単に盗めると思うなよ」

 

少年と老爺の距離、凡そ十歩。

その距離を詰めることなく、老爺は腰を落とし、拳を引く。

 

観察する少年もなんだか訝しげに見える。

 

「小僧、また一つ良いことを教えてやろう」

「……」

「ある程度戦える者にとってこの距離はな…射程内、だ!」

「っ!」

 

勢い良く突き出される老爺の拳に、ぞわりとした感覚が少年を襲う。

その感覚に従って横っ飛びに動こうとした少年だが、見に徹っしていたせいか回避が遅れる。

 

目に見えない‘何か’が少年に直撃する。

以前に受けた拳撃よりも遥かに重い‘何か’。

 

体制を崩す少年は老爺が二発目を放つ姿を捉えている。

だが、それを回避することは叶わない。

 

またも腹にめり込む‘何か’。

少年は全身に力を込めて耐え忍ぶ。

 

だが、それは悪手だと言うように間髪入れず三、四、五と続き、堪らず少年が膝をつく。

 

ごぼっ、と嘔吐する少年を見て、老爺は構えを解いた。

 

「小僧、これが魔法というものよ。少しばかり距離を取ったところで油断はするな。例え魔法でなくとも、飛び道具なんぞ山程ある」

「まだ終わってねぇ…」

「今日はこれで終いだ。並の奴なら死なずとも暫く飯は食えんようなのをぶち込んだんだ。ちゃんと飯が食えるまで手合わせはなし。代わりに机に齧りつかせて常識を叩き込んでやるから覚悟しておけ」

 

 

 

 

 

 

 

その後の食事にて。

 

「おかわりだクソジジイ、クソババア…!」

「こいつやべぇよ」

「骨の何本かヤッた方がいいのかもねぇ…」

 

老人達の心は一つ。

 

思ったよりなんかやべぇの拾っちまったな、と。

 



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長引いてる話

 

ここ数日、ウルは黙々とお勉強や稽古を受けている。

当初はお話お話とねだりにねだっていたウルが、こうも真面目にしていることには理由がある。

 

老人達からちょいとばかりお叱りを受けたのだ。

真面目に勉強や稽古を受けなければ話はしない、と。

 

賢いウルはそれを聞いた途端、澄ました顔で真面目に取り組み始めたのだ。

 

聞き分けの良い姿にブルは大いに感動した。

ルサルナやクレア、アメリアは思わず笑った。

老人達はほんのちょっと呆れた。

 

 

ブル以外、思うことは同じ。

なんとちょろいのだろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 

なんだかいつもよりぼろぼろな少年が、黙々と掃除をしている。

意外にもそれなりに丁寧で、力任せに何かを壊すことはない。

 

最初は少しばかりはらはらしていた老婆もにっこりである。

隣ではぐったりとした老爺が灰になりかけている。

 

「この儂に掛かればちょろいもんよ…」

「満身創痍で何を言ってんだい、たくっ」

 

満身創痍と言っても体ではない。

いや、体も疲労でぼろぼろなのだが、主に精神的なものである。

 

 

飯も食えないほどにぼこぼこにしたはずの少年だったが、少年は恐ろしい程の意地をもってお代わりを敢行し、完全喫食を果たしていた。

 

そうして迂闊な事を口にした老爺に迫ったのだ。

 

 

腹拵えに勝負だと。

 

 

勿論のこと、老爺は改めて少年をぼこぼこにした。

今度こそは飯を食えなくしてやる、と。

 

しかし少年の意地と耐久力はそんな老爺の思惑を軽々と超えていった。

幾度ずたぼろにしても、食いきれない程山盛りの飯を用意しようとも、少年は耐え、全てを食らい尽くした。

 

そうして一食を食らうたび、痩せた体に肉が付き、肉が付いた分耐久と食事量が増し、比例するように力と速度も増すという、常識に喧嘩を安売りする化け物が出来上がっていた。

 

 

そしてそんなことを繰り返す度に少しずつ伸びる勝負の時間。

少年の耐久力が増していることだけが原因ではない。

 

少年の動きに技術が混ざり始めたことも一因であった。

 

僅かずつ、しかし確実に強くなる少年に老人達は危機感を抱いた。

 

 

このままでは短期間のうちに自分達を超え、常識の欠片もないやばいものが世に解き放たれてしまう、と。

 

 

無茶を押し通して引き取った結果、世に混乱を齎すかもしれないことは老人達も本意ではない。

 

なんとかしなくては。

 

そんな事を考える老人達に浮かぶ妙案。

 

 

“飯の代わりに他のことをさせればいいんじゃないか?”

 

 

それを実行したのは、少年が動き始めてから一月以上経ってからのこと。

意地でも飯を食う少年に、同じく意地を張った老爺が折れるまでの期間だった。

 

まぁ心が折れようとも強いものは強い。

なんとか少年をぼこぼこにして、老爺は言った。

 

「小僧、お前に足りないものは何か分かるか?」

「強さ」

「違う、そうじゃない…そう言うと思ったが…」

 

地に伏せながら食い気味に返答する少年。

老爺は既に疲れ果て、若干おざなりな返答である。

 

「お前に足りないものは、ここと…ここにある」

 

そう言いながら頭と胸を指す老爺。

少年は首を傾げ、それからはっと何かに気づいたような顔。

 

「つまり…頭突きも使えということと、胸の筋肉が足りな」

 

言い切る前に少年がくの字になって吹き飛ぶ。

少年がいた位置には、足を振り上げた老爺の姿。

 

老爺はそのまま転がっていく少年に飛びかかり、馬乗りの姿勢へ。

 

「知能も!常識も!理性も!道徳も!獣としての強さ以外!お前は何もかも!足らんのだ!!」

 

一言ごとに拳を叩き込む老爺。

 

疲れ果てた人というのは、大抵の場合怒りも湧かないものである。

何故なら怒りというものは多大な体力を使うために。

 

が、時に爆発させる人もいる。

それが老爺だった。

 

この老爺の豹変と嵐のような暴力は、少年に僅かながら恐れを芽生えさせるのに充分な程に苛烈なものであった。

 

程なくして少年の抵抗が途絶える。

それを見て、いきなりの爆発に呆気に取られていた老婆が慌てて動く。

 

「ま、待ちな!それ以上は本当に洒落にならないよ!?」

「うるせぇ!!どうせけろっとした顔で起き上がるだろうがよ!!」

「この…落ち着けって言ってんだよ!!」

「おぅふ」

 

老婆が手に持つ杖を渾身の力で振り下ろす。

 

普段であれば躱すか、掴まれるか何かしらの方法で防がれるその一撃は、怒りで周りが見えない老爺には致命的なものだった。

 

ぎょっとするような音が響き、老爺がぽてりと倒れ込む。

 

老婆は倒れ込んだ老爺を脇に蹴り飛ばしてから、少年に息があるか確認し、ほっと安堵の息を吐く。

 

腫れ上がり見るも無惨な見た目ながら、息はしっかりとある。

老婆は一度伸びをし、それから手当てのため少年を家へ引きずっていった。

 

老爺は当然ながら放置である。

 

 

 

 

 

 

少年が目を開ける。

 

がばりと起き上がった少年は辺りを見渡し、編み物をしている老婆とぐったりとした老爺を見て飛び上がった。

 

普段ならば睡眠と飯時以外勝負勝負と宣うのだが、なんだか様子がおかしい。

 

そろりそろりとゆっくり距離を取っている。

 

警戒する猫のような動きに老婆は笑いを堪えられない。

老爺は笑う気力もないらしい。

 

「小僧、飯が食えたら、なんて言っていたが…飯の代わりに他のことをやってもらう。それがちゃんと出来たら、勝負を受けてやる。いいな?」

「……」

 

返事はないが、こくりと頷く少年。

素直に受け入れる少年に、少し首を傾げつつ老人達はほっと息をついた。

 

素直な理由は簡単なものである。

 

端的に言うとびびっているのだ。

少年はあまりの気迫と暴力の雨に晒され怖気づいていたのだ。

 

 

勝負と飯、睡眠で完結していた少年の日常が終わり、それらに勉強であったり、掃除などの奉仕活動が組み込まれた。

 

それらがどのような影響を齎すのか、このときの老人達はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

「やーん!お兄さんびびっちゃって可愛いー!あはっあはははんぐっ!?」

 

大口を開けて笑うクレアに投げられるもの。それは饅頭。

 

ブルの精密な動きにより投げ込まれたそれは、見事にクレアの喉を詰まらせた。

 

びちびちと暴れ転げ回るクレアを、あわあわしながらアメリアが助け起こしている。

 

ウルはまたクレアのびちびちが見られてなんだか嬉しげ。

 

「あのときああしていたのは…まぁ正解だったのかね…」

「今更な話だがな…」

「いえ、きっと正解だったんだと思います。でなければウルも私も、クレアやアメリアだって、出会うことはなかったはずですから」

 

なんとか饅頭を飲み込んだクレアがブルに文句を言うのを眺めながら、ルサルナが言う。

 

その表情はまるで、全てを包み込むかのような優しさに満ちている。

 

「…そうかい」

「それなら…良かった」

 

その表情を見た老人達がどのような顔をしたのか、それは当人達だけが知る。

 

 

一つ確かなことは、また今日も騒がしく一日が終わることだけである。

 



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誰にでも怖いものはある話

 

「ぅおらぁ!」

 

最近少年は手合わせの際に声を張り上げる。

心の奥底に生まれた、恐れを誤魔化すように。

 

ただ、恐れが生まれたからといって弱くなったということはない。

恐れに対抗するためか、強さを求める姿勢が強くなり、より動きが洗練され戦闘力は増す一方である。

 

「ぐっ…この馬鹿力めが…!」

 

少年の猛攻を受け流す老爺の腕に、鈍い痛みが積み重なる。

 

老人達が少年を保護し、三月ほど。

痩せた獣のような少年は、もういない。

 

いるのはがっしりとした体格の修羅である。

 

凄まじい筋力、規格外の耐久力、尋常ではない速力。

そして日を追うごとに磨かれていく技術力、底辺の上澄みほどにまで積み上げられた知力。

 

最後はちょっとアレなものだが、戦闘力に限れば青天井である。

 

 

隙をついた老爺の一撃が少年の腹に直撃する。

ざりざりと後方に滑っていく少年を見れば、如何に今の一撃が重いものなのか察せられるだろう。

 

だが、少年にとってその重みは慣れたもの。

ついでに追撃の魔法を食らっているが、表情に苦痛は見受けられず、動きも何一つ変わらない。

 

いや、なんだか閃いたような顔をしている。

心なしかなんだか誇らしげな表情にも見えないこともない。

 

「ジジイ、俺は良いことを思いついた」

 

そんなことを宣いつつ、足元の石を拾い上げる少年。

既に何をしようとしているのかは明らかである。

 

「投げればいいんだ。なんか固いやつをいっぱい。これならそこらに落ちてるからな」

「色々教えた成果が…それなのか…」

 

少年が今まさに行おうとしていること、それは投石。

人の持ち得る戦い方の中で、最も原始的な攻撃方法である。

 

色んな事を教えた結果、最古の攻撃方法に辿り着いた事をどや顔で誇る姿に、堪らず涙が零れそうになる老爺。

 

しかし侮ることなかれ。

人と言うのは元々、卓越した知能と投擲能力によって生き延びてきた生物である。

そこらの町民が行う投石であろうとも、そこそこの殺傷力を誇るのだ。

 

それを化け物じみた少年の筋力で行うとなると、どうなるか。

 

超高速、超高威力、超長射程かつ、連射もできる。

弓矢と違い、弾切れも望み薄。

 

 

つまり、最古でありながら最適解なのだ。

 

 

少年がぐっと力を込め、石を握る。

拳ほどの石が砕け、無数の弾丸へと生まれ変わる。

 

点での制圧ではなく、面での制圧。

学習するものに偏りが感じられるが、お勉強の成果はしっかりと出ているらしい。

 

「うぉお!?これは洒落にならんぞ!?」

 

そんなものを少年は遠慮なくばら撒いた。

老爺は躱し弾いて凌ぐものの、あまりの威力と物量に前へ出れず防戦一方となる。

 

初めて優位に立ち、気分が良くなった少年はそれはもう盛大にばら撒いた。

ばら撒いた一部が、これまた盛大に家に穴を空けていることを知らずに。

 

鬼も裸足で逃げ出すような形相の老婆が家から出てくる。

その視線は笑みを浮かべる少年を捉えている。

 

当然弾丸の一部が老婆に襲いかかっているが、不自然に軌道が逸れて当たることはない。

 

ぼそりと、老婆が何かを呟く。

 

それが聞こえた訳ではないだろうが、ふと少年の頭に過る、途方もなく嫌な予感。

咄嗟に飛び退いた少年を掠めるように土柱が立ち上がる。

 

躱した、そう思った少年の足が何かに引っ掛かる。

 

姿勢を崩し、地に転がる少年。

転がりながらもその目は、いつの間にか盛り上がった地面と、恐ろしい形相の老婆を捉えていた。

 

少年は体制を整え、間髪入れずに駆け出した。

初速で既に影すら置き去りにしそうな速度。

 

ただし老婆に背を向けて、だが。

 

 

「逃げんじゃないよこの悪ガキめ!!」

 

逃げるが勝ち、と言わんばかりの迷いない逃走。

恐れを知った少年は、命あっての物種と言うことをしっかりと学んでいた。

 

しかし悲しきかな。

いかに少年と言おうとも、小細工なしに愚直に走るだけで逃げられるほど甘くはない。

 

少年がまた姿勢を崩す。

今度は踏み込んだ足が沈み込んだのだ。

 

倒れ込んでいく少年を迎え撃つように土柱が生える。

自らの勢いがあるとはいえ、悶絶するような衝撃が少年を空へ打ち上げる。

 

それに合わせて、老婆が指揮者のように腕を動かしていく。

 

そうすると打ち上げられた少年の軌道が、殴りつけられたように直角に折れ曲がる。

 

老婆による風の砲弾である。

 

勿論一発では終わらない。

上下も、左右も、勿論前後からも襲い来る砲弾。

 

地面へ降り立つことも許されずに弄ばれ、悲鳴を上げる少年。

良い音色を奏でるじゃないか、とでも言うように小気味よく腕を振り続ける老婆。

 

もしこの演奏に銘打つとすれば、悪夢だとか地獄だとか、そんな感じの碌でもないものになるだろう。

 

 

少年の有り余る耐久力のせいで、この演奏は暫く続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、つまらないものですが…」

 

老婆の前に、そろりとお菓子が差し出される。

差し出したウルは、これまたそろりと距離を取る。

 

あまりの所業にちょっと怖くなってしまったのだ。

老爺も大概だが、生き埋めにしたり楽器にしたりとやることが恐ろしいのは老婆である。

 

既にクレアとアメリアは、老婆から一番離れた席についている。

そろそろりと、ウルが二人の間に挟まっていく。

 

「ありがとうねぇ。これはお礼だよ」

 

にこりと笑った老婆が指先にきらきらとしたものを生み出し、三人へ飛ばす。

 

小さくきらきらしたそれは、傍目には蛍のようにきれいなものだ。

だが残念なことに、きらきらしたものはよくよく見れば火の粉である。

 

ただの火の粉と侮ることなかれ。

老婆の火の粉は業火と同じである。

 

「がっきにされちゃう!?」

「燃やすなんてお兄さんのより悪質じゃん!!」

「ひゃあぁ!?使い捨てなんてやだよぉ!!」

 

わぁきゃぁと蜘蛛の子を散らすように逃げ出す三人。

そんな姿を大人組はほっこりとして眺めている。

 

「そういえば、ブルって投擲は一つずつよね。もしかしてお仕置きされたから止めちゃったの?……ブル?」

 

必死に火の粉から逃げ回る三人を眺めながら、ルサルナがブルに話しかけるも反応がない。

 

「し、失神してる…」

 

不思議に思ったルサルナがブルを見ると、眠るように意識を失っているブルの姿があった。

 

ものすごく冷や汗をかいていたことが見て取れる。

昔話は、奥底に眠っていた心的外傷を掘り起こしてしまったらしい。

 

少しばかり驚くも手早く汗を拭き、毛布をかけるルサルナ。

 

この程度の突発的な出来事には耐性がついている。

実際に血涙を流し苦しむ姿に比べれば可愛いものだから。

 

 

それが終われば後は眺めるだけ。

 

今日も今日とて騒がしい光景に、ルサルナは笑みを零している。

 

 



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超える話

 

今日もウルはとってもお利口さんである。

 

黙々と稽古に臨み、ぱくぱくとご飯とお菓子をたらふく食べて、クレアと一緒にちょろっと悪戯して、すやりとお昼寝に励んでいる。

 

お昼寝のするウルの隣でクレアが叱られている。

 

正座するクレアをよそに、ふにゃりとしたウルの寝顔をブルがにこにこして眺めている。

 

「おい小僧お前、日がな一日ちびを眺めてるがな…たまには体を動かしたらどうだ?」

 

それなりに日数が経っているのにも関わらず、未だブルと手合わせ出来ていない老人が苦言を呈する。

 

分かりやすく言うなら、はよ殺り合おうぜ、ということである。

 

老爺の言葉に、寝顔を脳に焼き付けていたブルがため息を吐く。

 

「はぁ…爺さんほどの奴が分かんねぇのか?俺は今この時も、己を鍛え上げていることを」

「どこにそんな要素があるんだ…」

 

また訳の分からんことを。

そんなことを老爺は思っている。

 

やれやれと言わんばかりのブルが口を開く。

 

「ウルを見ているとな、あまりの愛らしさや尊さによって動悸がして、時に息切れまで起きてしまう。これは激しく動いた直後と同じ…体に負荷がかかっているという証。つまりは鍛錬に他ならない。そうだろ?」

「あ、すぅー……そうだな!」

 

負荷がかかってんのは心だイカレ野郎め。

 

という言葉を深呼吸により抑え込み、心にもないことを老爺は吐き出した。

本心を口にすれば、恐らく面倒なことになるという直感であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手応えが少ない。

脱力や緊張、打点をずらすなどして衝撃を上手く逃している。

 

老爺の鋭い観察力は少年が防御にも、これまでに得た知識を還元したことを察した。

 

恐らく怒れる老婆の猛攻から、身を守ることの重要性を見出したのだろう。

 

少年はなんだか上機嫌である。

上手く実現できていることが嬉しいのだろうか。

 

にまっとした少年が口を開く。

 

「くくっ、くははっ!…やっぱりだ。爺さん、俺ぁ気づいちまったことがある」

「…だいたい分かるが、言ってみろ」

「こう、攻撃に合わせてなんか…良い感じにあれして…」

「語彙力…!」

 

素晴らしい成長速度に感心していた老爺は、しかし少年の残念な頭の出来に膝から崩れ落ちた。

老婆と二人、頑張って色々教えた結果がこれである。

 

さもありなん。

 

しかし言葉で説明出来なくとも、実際出来るものは出来る。

ただでさえ高い耐久力に、防御まで身に着けるとどうなるか。

 

答えは化け物具合が仕上がる、ということ。

 

 

気を取り直して殴って、蹴って、投げて。

それらに魔法を織り交ぜ叩きつけようと。

 

少年は倒れない。

 

 

 

そして遂に。

 

 

「ようやく捉えたぜ…爺さんよぉ!」

「ぐ、この馬鹿力が…!」

 

直撃ではない。

しかし確かに、少年は老爺の猛攻を掻い潜り、堅い守りを貫いた。

 

掠めるようにぶつかる拳。

圧倒的な筋力から繰り出されるその一撃は、掠めるといえども老爺にたたらを踏ませることなど容易いもの。

 

そして拳を引くついでと言うように老爺の腕を掴み、そのまま老爺ごと振り上げた。

 

「まずっ、がはっ…!」

 

成す術なく振り上げられた老爺が抵抗虚しく地面へ叩きつけられる。

肺の空気が全て押し出されるような衝撃に老爺の思考が止まる。

 

「俺の勝ちだ、爺さん」

 

少年の声が老爺の耳を打つ。

気づけば目と鼻の先で止められた拳。

 

少年を老人達が引き取り、たった四ヶ月ほど。

近接戦闘で敵無しとまで謳われた老爺は、まだあどけなさが残る少年に敗れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ばんっ、と何かが破裂したような音。

 

「ひゃわあぁあ!?」

 

と、同時に響き渡る少女の悲鳴。

 

「りあねぇすっごいころがってる…」

「これは新記録だねー」

「やっぱり並の武器じゃ駄目かねぇ」

 

吹っ飛んで転がっていくアメリアを見送る一行と老人達。

 

ここに来て何度も繰り返されている光景だった。

 

老人達はアメリアの特異な魔法を調べるため様々な武器を用意し、アメリアに使わせていた。

 

アメリアの何かを媒介としなければ発動出来ない魔法。

出力の上限は不明で、上げれば媒介としたものが耐えきれないと本人談。

 

今のところ結果は…見ての通りである。

 

様々な材料を用いて作らせた武器の数々はその全てが粉砕され、その度にアメリアはころころと転がっていた。

 

「やはり、刀身だけが…」

「いっそのこと刀身を無くして…」

 

やたら遠くで倒れているアメリアを無視し、老人達は壊れた武器を眺め話している。

 

明らかに心配よりも好奇心が勝っている姿であった。

 

ウルとクレアは何処からか拾ったらしい棒で、ぼろぼろになって転がるアメリアを突いている。

 

それをブルは注意もせずに眺めている。

 

追い打ちも甚だしい。

老人達と一緒に見聞していたルサルナが慌てて駆け出した。

 

 

基本的に良い子なアメリアだが、この仕打ちが続くとなればグレる日が来るのも近い、かもしれない。

 

そんな一幕であった。

 



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新しいことの話

 

「アメリア、今日使う武器は…これだよ」

 

なんとなく勿体ぶって差し出された物をアメリアが受け取る。

その顔はなんだか困惑している。

 

面白そうな予感を嗅ぎ取り、ちょろちょろと集まるウル達(やじうま)

 

「え、これが?」

「なにこれだっさっ…」

「へんなの…」

 

上からアメリア、クレア、ウルの発言である。

言葉にはしていないがブルとルサルナも怪訝な表情。

 

それぞれが変な反応を示す原因は、アメリアの手に収まったとある物である。

 

「そいつは…言うなれば魔剣。未だかつてない、新世代の剣。アメリア、あんた専用のだ」

「わ、私専用…?」

「しんせだい…せんよう…!」

「とりあえず使ってみろ、いつものようにな」

 

急にきらきらした目を向けてくるウルを置いといて、アメリアは手元にある‘それ’を見る。

 

柄はやや長く、お椀のような鍔があり…刀身がない。

 

本来刀身があるべき場所には、お椀に収まるようにやんわりと尖った握り拳ほどの石っぽい何かが付いている。

 

装飾もなく、柄には丈夫そうな皮が巻かれただけの良く分からない代物であった。

 

クレアがなんだか小馬鹿にしたような目で見ている。

 

「えっ…え?」

「使いな」

「はよ使え」

「えぇ…?」

 

困惑するアメリアに掛かる圧。

老人達だけでなく、ウルの視線も早く使えと言わんばかりである。

 

使う以外に道はない。

しかし感じる、そこはかとない不安。

いつも使うのは雷だが、なんとなく大変なことになりそうな気がしたのだ。

 

なのでとりあえず安全そうな風の魔法を使うことに。

 

お腹の前で構え、嫌な予感から練り上げる魔力もそこそこ、出力は半分程度にして。

 

「ひゃあ!?」

 

発動した瞬間、石っぽい何かの先から放出される凄まじい風。

勿論風の方向と逆に魔剣は押し出される。

半分程度の出力だし…などと考えていたアメリアはその勢いを抑えられない。

 

「ふぐぇ…!」

 

結果、魔剣はアメリアのしなやかなお腹に直撃。

魔剣の勢いは衰えず、蛙が潰されたような悲鳴とともにアメリアは飛んでいった。

 

 

敗因は筋力不足、ではなくただの油断であった。

 

空を隠すような巨木の下、吹っ飛んでいくアメリアに追いつくように、クレアの大笑いだけが響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし殴り合いだったなら、あたしゃとうに地に伏せているだろう。なんせか弱い乙女だからね」

 

杖をつき、ゆっくりと老婆は歩く。

その目の前には土で作られた大きな十字架が佇んでいる。

 

「だからあたしは一から十まで魔法を使うのさ。手足を動かすより早く魔法が出るほどに。あたしほど魔法に身を漬け込んだ奴はいないと断言できるね」

 

見上げるほどに大きな十字架の先には、磔にされた少年。

見た感じ意識は既にない。

 

「どれだけ屈強な戦士でも、どれだけデカい魔獣だろうと…近接戦闘に頼ってる奴なら、あたしにゃ鴨が葱を背負ってるようなもんさ」

 

そんなことを気にせず老婆は話し続ける。

 

今回の躾は済んだのだ。

後は自己満足の語りだけ。

 

「勝つつもりならあたしが反応出来ないほどの速度か、もしくは奇策を用意するんだね」

 

 

どうしてこうなったのか。

それはとても簡単なことである。

 

手合わせとはいえ老爺を破った少年は、勢いのままに老婆にも喧嘩を売った。

 

なんだかいける気がしたのだ。

あれだけ強い老爺を破り、気分が高揚した少年は全能感や無敵感にどっぷりと浸っていた。

 

その勢いのまま老婆を呼び付け、これまた勢いのままに突撃し、そしてもういっそ見事なまでにぼこぼこにされたのだ。

 

伸びに伸びた鼻は折られるどころか引っこ抜かれている。

そんな少年に追い打ちをかけるように、ぽつりぽつりと雨が振り始める。

 

空を見上げた老婆が踵を返す。

 

「さて、調子に乗った報いだ。暫くそこで頭を冷やしときな」

 

老婆の言葉に、勿論返事などない。

酷いと思うかもしれないが、これは喧嘩を売った少年に非がある。

 

全能感に支配された少年は皺くちゃだとか、老いぼれだとか、ババアだとか宣い喧嘩を売ったのだ。

そんなふうにして売られた喧嘩を、老婆はにこにこと笑って買い占めた。

 

完売御礼である。

再入荷はぼこぼこにされた少年の心の持ちようによる。

 

 

 

 

 

 

 

「そーいえば、お兄さんっていくつなの?婆ちゃん達に会ったのが今の私と同じくらい?」

「あ?…まぁそうじゃねぇか?」

 

年齢不明の男、ブル。

何気ないクレアの言葉に雑に返している。

 

人は寿命であれ病気であれ、いつかは死ぬ。

であればわざわざ数える必要などないと考えているのだ。

 

 

「え、じゃあおじさんじゃん」

 

これまたなかなかに失礼なことを言うクレア。

ちなみに年齢不明である。

 

「ならお前は…ふっ…幼子だな」

「おいどこ見て笑った?どこ見て判断した?」

 

それを何をやってるんだと眺めるルサルナ。

こちらは年齢不詳。

 

そしてルサルナの隣から、じゃれ始める年齢不明同士に近づく小さな影。

年齢不明の幼子、ウルである。

 

おずおずと近づいてきたウルが口を開く。

 

「にぃは…にぃじゃなくておじさんだったの…?」

「なっ…ぁ、え?いや俺、俺は…」

「あははは!!」

 

ウルからの口撃に半端ではない動揺を見せるブル。

隣で笑い転げるクレアを気にする余裕すらない。

 

おろおろわたわたと動揺したブルはやがて動きを止め、その場で静かに横になった。

脳があまりの負荷に耐えられなくなったのだ。

 

あまりに酷い仕打ちにルサルナと老爺は黙祷を捧げている。

 

あわあわしているウルはとりあえず毛布をブルにかけている。

おろおろするアメリアがとりあえず枕を持ってきている。

 

そんな姿を見てクレアと老婆が腹を抱えて笑っている。

 

 

若干一名ほど犠牲になってはいるが…今日も一行には笑顔が咲いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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新技の話

 

 

「婆さん。俺ぁあんたらと戦って、あんたらから学び、強さって言うのが何なのか分かった」

 

少年の言葉に、老婆が続きを言ってみろと顎でしゃくる。

 

すこぶる真面目な顔なのだ。

自分達から何を学び、思い立ったのか是非に聞きたいところ。

 

少年の真っ直ぐな視線が老婆を刺す。

 

「速さだ。後は筋力。反応出来ないような速さで動き、防御の上から叩きのめす。どうしたもんか…遂に真理に辿り着いちまった…」

「そうかぁ…もしかして聞いてたのかねぇ…」

 

老婆は頭を抱える。

もしや勢いに任せて言った言葉を聞かれていたのかと。

 

しかし確かに、速さというのは脅威である。

老婆もその口なのだ。

 

圧倒的な速度による魔法をもって敵を制圧する。

それを体現し、魔法使い最強を謳われるようになったのが老婆だった。

 

 

でもなんだか、この少年がそれを宣うとものすごく頭が悪そうに聞こえるのは何故なのか。

 

もう少し勉強を増やそう。

後そんなことを言うからには、手合わせの代わりに鍛錬の密度も濃くしてやろう。

 

そんなことを考える老婆に届く、少年の声。

 

「実はな、俺の速度にはまだ上がある」

 

老婆は思った。

 

何かしらの物語でも気に入ったのかな、と。

増やす勉強は空想的な物語を読ますのが良いかもしれない、と。

 

「…言うじゃないか。本気を出せばあたしの速さを超えられるとでも?」

 

まぁ、老婆は大人である。

可愛らしい…可愛らしい?子供の見栄に乗っかるのも大人の嗜みの一つである。

 

「いや、違う。今までも本気だったのは間違いない。()()()()()()()()()()()、っていうだけだ」

「でかい口を叩くようになったねぇ。言うなら見せな。言葉は大事だが、時には行動で示すことも大事なんだよ」

 

大して変わらないだろうが、という言葉を飲み込み、老婆は言う。

あんまり変わらなくとも褒めてやろう、とも考えている。

 

 

少年がとんとんと軽く跳び、それから片足を引いて半身になる。

瞬間、老婆の脳裏に警報が鳴る。

 

瞬時に壁を形成、その数、三。

一つでも並の突撃ならば容易く受け止め、並でなくとも勢いは削げる。

 

そんな壁を三つ。

 

そのような壁を作り出したにも関わらず、頭の中の警報は強くなるばかり。

老婆は形振り構わず横に飛んだ。

 

 

どかん、どしゃぁ。

 

音にすればそんな感じだろうか。

一連の動作を一息で行った老婆が、地面へ滑り込む前に聞こえた轟音である。

 

爆風のような風に煽られ、受け身も取れずに転がる老婆。

勢いが収まり、顔を上げる。

 

見ると、少年がいた位置は地面が大きく抉れている。

視線を動かしていくと、ものの見事に穴の空いた壁。

さらに動かすと遠くの方に転がっていく少年が。

 

「空想よりも空想的じゃないか…」

 

老婆の呟きは壁が崩れる音に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

「思ったんだけど、リアって空飛べるよね?魔剣でさ。ほら、あの時めっちゃ飛んでったし」

 

真面目そうな顔で呟く少女、クレア。

内心では飛んでったアメリアを思い出し笑っている。

 

「りあねぇとべるんだ!」

「…え?」

 

クレアの呟きに反応し無垢な瞳をアメリアに向ける幼子、ウル。

その瞳、まるで満天の星空の如き輝き。

頭の中では、既に自在に空を駆けるアメリアが描かれている様子。

 

「人が空を飛ぶ、か。見てみてぇな」

「確かに、あの感じなら…やってみる価値はあるわね」

「え…え?」

 

悪乗りするおじさんとお姉さんことブルとルサルナ。

悪乗りだが、いけるんじゃないかとは思っている。

 

そして逃げ道がなくなったアメリアを追い込む、既になんかわくわくしている老人達。

 

「その発想はなかったねぇ」

「ああ、素晴らしいな。じゃあやれ」

「そうだね、やりな」

「…ぁえ?」

 

 

 

 

 

 

「リア、集中しなさい」

「無様な姿をウルに見せるなよ?」

「……え?」

 

肩を叩かれた衝撃に、現実逃避していたアメリアが正気に戻る。

 

後ろを見ると、なんか保護者面したブルの姿。

その反対側にはこれまた保護者面したルサルナの姿。

 

二人は言うだけ言って、そそくさと離れていく。

向かう先には老人達と少女らの姿が。

 

「どきどき…」

「わくわく…」

「うっ…!」

 

見定めるような目の老人達と、きらっきらな瞳から送られる視線がアメリアに突き刺さる。

 

ウルは心の底からどきどきしている。

クレアは盛大に失敗しないかと心を踊らせている。

 

アメリアが逃げ出せば、その太陽のような瞳に分厚い雲がかかってしまうのだろう。片方だけ。

 

その前に理不尽を体現する四人から逃げられるのならば、という話だが。

 

アメリアは逃げ道などないことを自覚した。

すっと腰から魔剣を取り、そのまま後方やや下向きに構える。

 

「ふぅー…や、やるぞー…やってやるんだから…」

 

震えるか細い声で、震える体ごと鼓舞するアメリア。

その震えは武者震いだと信じたい。

 

 

指が白くなるほど魔剣を握り締め、アメリアは魔力を練り上げていく。

 

前回のように半分程度などではない。

弱すぎて飛べないとなると、無垢な輝きが失われてしまうからだ。

 

練って、練って、練り上げる。

魔剣から澄んだ高音が響き始める。

 

その音を聞き、ウルのわくわくが最高潮に達したとき。

 

 

アメリアは一筋の彗星と化した。

 

 

「すごい!はやい!とんだ!」

「おお…まじか…」

 

凄まじい速さで、緩い弧を描きながら上昇していくアメリア。

それを見てウルはきゃっきゃとはしゃいでいる。

ブルは珍しく驚いている。

 

老人達がそれを眺めながら、何かを話し合っている。

 

 

「…あれ、止まれるのかな?」

 

クレアも珍しく本心から目を輝かせていたが、ふと、とあることに気づく。

 

それは着地のこと。

 

「流石に止まれるでしょ」

 

飛べるなら着地も出来るだろうと思っているルサルナの言。

それはアメリアに対する信頼か、それともブルに影響された脳筋なのか。

 

「降りるにしてもさ、なんか勢いのまま地面の染みになりそうだけど」

 

着地するだけなら確かに出来るだろう。

クレアの言う通り無惨な姿になりそうではあるが。

 

顔を見合わせる二人。

そんな二人の遥か頭上に彗星が差し掛かる。

なんか甲高い悲鳴が聞こえるのは気の所為ではないだろう。

 

「あ、落ちてく」

「流れ星みたいね」

 

丁度真上か、というところで悲鳴は途切れ、彗星は瞬く間に流れ星に。

慣性に従い、頭上から過ぎ去る流れ星を見送る二人。

 

実に呑気なものであるが、その顔が徐々に青褪めていく。

 

「いや駄目じゃん!?」

「ブル!ブル!!ちょっとあの子捕まえて!?」

「大丈夫だろ…あ、うす、よーし行くぞー」

 

比類無き耐久力を持つ男、ブル。

自らを基準とすると慌てるようなものではない。

 

しかしながら、精神的な耐久力は相手によって変動するらしい。

二人の鬼気迫る表情の前に白旗を振り回し、ブルは駆けていった。



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励む話

 

「やるよ」

「行くぞ」

「やだやだ!!もうやりたくない!!助けてみんなぁ!!」

 

ずるずると老人達に引き摺られて泣き叫ぶ少女、アメリア。

魔法の新たな可能性を見た老人達に実験体にされている哀れな少女である。

 

可愛らしい少女が涙し抵抗する様は、言葉に出来ない犯罪臭が漂っている。

 

「用意してあげるから諦めなさい。墓穴をね…」

「なら俺は墓石でも用意するか」

「じゃー私お供えもの!ウルのおやつ!」

「だ、だめ!えと、おはな!いっしょにおはなつもう!」

「おやつ以下!?というか薄情者ー!!!」

 

ただしこの場に引き止める者など存在しない。

生贄がじたばたと抵抗するが、悲しいかな、抵抗虚しく引き摺られていく。

 

とはいえ流石に放置することはない。

ルサルナがさっとブルの手を取り引っ張っていく。

 

役割は勿論、救助要員である。

 

幾らか距離があっても追いつける健脚に、無駄に鍛えられた繊細な手つき。

恐らくかっ飛ぶであろうアメリアに対しての最適解だった。

 

ブルが名残惜しそうにウルを見つめながら引っ張られていく。

 

クレアはそれらを見送り、にこやかに手を振っていた。

ウルが不思議そうに見上げて口を開く。

 

「くぅねぇいかないの?」

「ん?んー、ふふ…ちょーっと良いこと閃いてね。知りたい?」

「こうきしんがくすぐられる…」

 

返ってきたのはウルの好奇心をくすぐる言葉。

どちらに付いていくか、今、ウルの天秤が揺れている。

 

「今ならなんと!」

「なんと?」

「おやつがついてきます」

「しょーばいじょうず!?」

 

決まり手、おやつ。

 

食欲旺盛なウルにとってその一言は、揺るがすどころか天秤そのものを破壊するに足り得た。

 

おやつおやつと機嫌よくクレアに張り付くウル。

現金と言えばいいのか、ちょろいと言えばいいのか。

 

 

ルサルナが見ればため息を、ブルが見れば愛らしさに震える光景が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、未知の速さってのを…経験したくないかい?」

「…儂の琴線が掻き鳴らされておるわ」

 

 

 

 

 

 

 

「ぬわぁあぁああ!?」

「あっはっはっはっは!!」

 

老婆から意味深な誘いを受けた老爺は空へとかち上げられていた。

原因は少年がただ、本気で駆けただけである。

 

老爺との手合わせで得た技術など欠片もない、力技の極み。

なんとか反応し受け流そうとした老爺だったが、あまりの速度の前に受け流しきれず、弾き飛ばされていた。

 

なお、轢き逃げ犯は例の如く足をもつれさせ転倒、盛大に跳ね転がっている。

 

老爺はふらつきながらも着地し、呆然と呟く。

 

「よもや…この儂が純粋な力に遅れをとるとは…」

「どうだい?未知の速さだったろう?」

 

そこに歩み寄ってくる老婆。

その顔は悪戯成功と言わんばかりの顔。

 

悪戯では済まされない域なのだが、それに口を挟む者などいない。

 

「あぁ…心底痺れたわ…」

「あたしは縮み上がったね、心底」

 

二人がくっくと笑い合う。

 

「で、提案なんだけど、先ずはあの速度に慣れさせようじゃないか。魔獣でも相手にさせてね。あたしゃあれの的になるのはごめんだよ」

「確かに。…しかし勝負勝負と煩いんじゃないか?」

「…たまには相手をしてやろう。二人がかりでね…」

「…儂に的になれと?」

「か弱い乙女に的になれって言うのかい?」

「か弱い…?妙だな……ん?待て来るぞ!?」

「うわぁ!?」

 

老人達が横っ飛びに避ける。

その間を高速で跳ね転がっていく少年。

 

少年はただ往復しただけで過去一番にぼろぼろである。

そのくせ何事もなかったように立ち上がるのだからたちが悪い。

 

老人達は言い合いを止め、少年に向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

「さて…私が閃いた良いこと。それは一点に集中させること」

「むぐむぐ」

 

机に両肘をつき、組んだ手元で口を隠すクレア。

 

人相が悪ければそれなりに様になる格好だが、生憎クレアは中身はさておき、見目の良い少女。

見た感じでは微笑ましさしか生まれないだろう。

 

ウルはおやつに夢中で話半分である。

 

「リアのを見て思いついたことだけど、例えば風を起こすのに団扇で仰ぐのと、穴を開けた竹筒に息を吹き込むのとでは勢いが違う」

「おかわり!」

「は、ありません。さっきのが最後ね」

「そんな…!?」

 

しおしおとへたれるウルを見ながら、クレアは続ける。

 

「私の風刃も想像的には風をぎゅっと押し固めたような感じだけど…それをさらに圧縮して、針のように想像してやればもっと威力が高まるんじゃないかなーってね」

 

へたれたウルが唸り声を上げる。

 

「むむぅ…よくわかんない」

「つまり一撃必殺!」

「みりょくてき!」

 

端的に好みを刺激する言葉にウルが復活を果たす。

大抵量で押し潰す戦いを見せるウルだが、本当に好きなのは量より質。

 

そんなウルに一撃必殺という言葉は、心のど真ん中に突き刺さるのだ。

やる気を燃え上がらせるウルに笑いかけるクレア。

 

「こっそり訓練して驚かせちゃおーね」

「おー!」

「大きな声だとばれちゃうよー?」

「おー…」

「あはっ、いいねー。それじゃ、秘密の訓練の始まり始まりー」

「おー…」

 

秘密、というよりもただの個別訓練なのだが、ころころ変わるウルの表情を見たいがためにそう言ってるだけである。

 

ぬきあし、さしあし…とこっそり歩こうとしているウルを見るクレアは、それはもう良い笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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今の話

 

勢い余った少年が転がってくる。

ここ最近であまりに見慣れた光景である。

 

それを眺める老人達にはもう呆れすらない。

そうしていつものように立ち上がる少年だが、いつもとはなんだか違う雰囲気。

 

「なるほど掴んだ。今の俺は五歩が限界…六歩目は安定せず、方向転換はなんとか一度。つまり四歩駆けて、五歩目に踏み込みぶん殴って止まる。これを繰り返せばいい訳だ」

 

何度も魔獣を轢き殺し、たまに老人達を轢き逃げしていた少年が、ようやく止まることを学んだらしい。

 

「なんだいあの子…急に頭の良さそうなこと言い出したよ」

「いや騙されるな、中身はぺらっぺらだ。しかもたったあれだけのことに何百と繰り返してようやく辿り着いた。思考力が低いにも程がある」

「大丈夫、皮肉だよ」

 

老人達はぼろくそに言っている。

手合わせの際は二人がかりといえども少年が速すぎて受けに回らざるを得ず、結果、大抵老爺が轢き逃げに遭っていた。

 

老婆もその余波を受けることもあり、鬱憤が溜まっていたのだ。

そんな二人を気にもせず少年は浅い考えに没頭していた。

 

「後は回数を熟し、染み込ませるのみ。と、なると……少しばかりこの辺りの魔獣を根絶やしにしてくる」

 

言うな否や風となった少年は二人の前から姿を消した。

口を開く隙もない圧倒的な速さ。

 

老人達は呆然とその方向を見つめ、ぼそりと呟いた。

 

「…あの子、帰り道分かるのかね」

「いや流石に…流石に……無理か…?」

「…仕方ない。この辺りとか言っていたし多分帰れるだろうさ」

「あぁ、まぁ…そうだな」

 

ちらちらりと少年が消えていった方向を振り返りながら家へ引っ込む二人。

その姿からは信のなさがこれでもかと溢れている。

 

そして一日経ち、二日も過ぎ、三日目になったとき老人達は確信した。

 

完全に迷子になったな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

「迷子を確信したとき、あたしは思ったよ。あぁ…やったな、ってさ」

「儂も似たようなことを思った。解き放っちまったとな」

 

老人達の言葉に深い納得を得て頷く三人。

大きい順にルサルナ、アメリア、クレアの三人である。

 

大きさは勿論、身長の順である。

 

山か丘か、それとも平原なのか。

残念なことにそちらでも順番は変わらないが。

 

「おいかけなかったの?」

 

と、問いかけるのはウル。

まだ何もかもちみっこい幼子。

 

「勿論追いかけたさ。ただ…移動が速い上に無軌道なもんだから追いきれなかったんだよ」

「最初のうちは暴れた跡がよく残ってたんだが、何年か経ったらそれすらもほとんど無くなってな…情報も途絶えて追うのを止めた、ということだ」

「まぁちょっとしでかしたくらいで良かったよ。幾らか地形が変わったくらいだからね」

 

 

ちょっとの規模が大きすぎる。

 

そんなことを思ったクレアとアメリアだが、よくよく考えれば隣に座るルサルナにも出来るだろうと考え真顔になった。

 

真顔にさせた本人は、まぁその程度なら、というように頷いている。

 

 

「そういえばブルさんは探そうとしなかったんですか?お世話になってたのに」

「ふっ…もう忘れちまったな…俺は過去を振り返らないんだ」

 

全部気にしていたらきりがない。

そう諦めをつけ、ブルに話しかけるアメリア。

 

対するブルはどこか遠くを見て、無駄に格好つけている。

 

様になりそうな姿だが、体を震わせウルをしっかり抱き締めているために全部台無しだった。

 

 

言えない。

 

数日夢中になってから落ち着いて帰ろうと考えた時に、二人してぶち切れてたらと考えて、足が止まってしまったなんて。

 

 

あ、びびったんだ。

と、全員が理解した。

 

しかしそれをわざわざ口に出すほど大人げない一行ではない。

一人を除いて、だが。

 

「えー?なになに?もしかしてびびっちゃってたのぉ?お兄さん可愛いねぇ!」

 

によによとした口元を手で隠し、目をちょっと細めて、下から覗き込むようにかがんだクレア。

 

他の追随を許さぬ煽りっぷりである。

ブルも思わず震えが止まるほど。

 

「あれ?あれあれぇ?もしかして図星ですかぁ?あはっ、飴細工みたいな心なんだね!よしよしいる?あ、壊れやすそうだし、優しくしてあげるよ!」

 

なおも止まらぬ煽り。

度々物理的に分からされているのだが、ここ暫くブルが大人しかったために増長しているらしい。

 

ウルがルサルナの手招きに気付き、ブルの腕から抜け出していく。

 

真面目な顔して老爺が止めに入る。

 

「そこまでにしといてやれ。昔のことをあまり突っつく必要はないだろう?…あぁ、今もびびりなのは変わりないか」

 

いや違った。

ここぞとばかりに煽って手合わせする気満々であった。

 

老婆が天を仰いでいる。

ブルが俯いたまま立ち上がる。

 

「上等だ…最近体を動かしてなかったからな…」

「にぃ、ちょっとぷにってしてきてたから…」

 

表に出ろ、と言おうとしたブルに届く、ウルの声。

そんな馬鹿な、と思いつつも腹や足回りの確認をせずにはいられない。

 

そそくさと一通り確認し、ウルに確認するブル。

 

「ウル…そんなにぷにってしてたか?」

「うん。ほっぺたとか」

 

思わず頬に手をやるブル。

確かに少しばかり丸くなったと思わなくもない。

 

山程出される食事が原因だろうか。

それともウルに貢ぐためのお菓子を探し、時には自作して、都度味見をしていることだが原因だろうか。

 

視線を巡らすと、不思議なことに皆が視線を逸らしている。

 

「あー…その、ブル?私は少しくらい肉付きが良くてもいいと思うわよ…?」

「そ、そうですよ!ね、ウルちゃん!」

 

いたたまれない空気にルサルナとアメリアが口を開く。

しかしながらその発言こそ、太ったことを認める発言に他ならない。

 

なんとかしようとアメリアがウルにも声をかける。

が、アメリアはウルに対する理解が足りていなかった。

 

「…かちかちのほうがすき」

 

最後の一刺しであった。

そう、ウルはぷにぷによりもかちかちが好きなのだ。

それも発達した筋肉による、弾力のある硬さが。

 

ブルは堪らず立ち上がり、叫んだ。

 

 

 

「運動だおらぁ!!表出ろ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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運動する話

 

「運動だおらぁ!!表出ろ!!」

 

叫ぶだけ叫び、ブルがいの一番に外へと飛び出していく。

きらきらと光るものが宙に舞っているのは、何かの見間違いだろう。

 

悲しき背を見送る一行の中、クレアがぽつりと呟いた。

 

「放っといたら戻ってくるかな?」

「可哀そうとか思わないの…?人の心ある…?」

 

アメリアがなんとも言えない目でクレアを見る。

最近よく助けてもらっているために、アメリアはブルの味方寄りだった。

 

えー、だってお兄さんだしー。

などと言ってけらけら笑っているクレア。

 

時折人としての心を置き忘れる少女、クレア。

基本的に自らの楽しみを第一に考える腹黒少女であった。

 

なお、後先は考えていないことなど多々ある。

 

 

 

 

 

「ぅわ……わぁ…」

「あいた!ちょっと!手を離すならもっと優しく……わぁお」

 

ずりずりとクレアを引き摺り外に出たアメリアを待っていたのは、ちょっと理解したくない光景だった。

思わず引き摺るクレアを取り落とすほどに。

 

落とされたクレアも言葉が見当たらないらしい。

 

 

 

ふしゅぅぅ…ふしゅるるる…

 

極まった呼吸音、俯き加減の姿勢、みしみしと聞こえるほど握られた金棒。

 

並の金属では変形するほどの力で金棒を握る右腕は、見て分かるほどに筋肉が盛り上がっている。

 

服は腰回りを除き、耐えきれずにはち切れ、惜しげもなくその筋肉を晒している。

少しとはいえ肉を纏い、全体的に太くなったために膨張に耐えきれなかったのだろう。

 

 

ブル。

それは時に、人としての姿すら失ってしまう悲しき男の名。

 

 

「…あれに人の心、あると思う?」

「心はね…生き物皆にあるんだよ。きっとそう…」

「心がどうとかより、人かどうかって大事だと思わない?」

 

ちょっとした仕返しだろうか。

先程問われたものをアメリアに返すクレア。

 

問われたアメリアは目を閉じて微笑んでいる。

見た目も発言も聖女かと思うほどに清らかなものだが、実態は理解を拒んだ末に行き着いた逃避の姿である。

 

「そ、そんなことより案外お肉ついてないよね!運動なんて必要ないんじゃないかなぁ!?」

 

逃避し、選択するは説得。

既に巻き込まれたと確信したアメリアの精一杯の抵抗であった。

 

残念なことに、届く言葉はある幼子しか持っていないのだが。

 

アメリアの呼びかけに反応し、重々しい一歩が踏み出される。

筋肉の壁が、ゆっくりと迫ってくる。

 

「肉の塊じゃん。ほとんど筋肉だけど」

「こっちが肉塊になりそうなこと理解してる!?経験上巻き込まれるんだよ私が!!」

「あはっ、うけるね!」

「巻き込む側のくせにぃ…!」

 

ぴーぴー囀る間にも状況は進む。

一歩一歩、壁は着実に迫ってきている。

 

そんな中、いつの間にかウルが筋肉の壁をよじ登っていた。

背中に張り付いて目を閉じ、なにやら満足気な顔。

 

ほんの少し感触が変わってもブルはブル。

ウルにとって至高であることに変わりない。

 

アメリアはその姿に、地獄に垂らされた蜘蛛糸のような希望を見出した。

 

「ウルちゃん!ウルちゃん!!お願いブルさん止めて!!」

「むふぅー」

「駄目だ浸ってる!悦に!!」

 

アメリアは掴んだ糸が最初から切れていたことを悟った。

ルサルナがそっと、ウルを回収していく。

 

ウルが安全圏に移動したからか、ブルが金棒を振り回し始める。

振り回された金棒が地面を叩き、耕していく。

 

時折、うんどぉ…うんどぉ…と聞こえてくるのは、僅かに人間性が残っているからだろうか。

 

「く、クレア…逃げよ?このままじゃ耕されちゃう……クレア?」

 

後ずさりながら話しかけるも返答がない。

思わずクレアに視線を向けたアメリアの目の前には、なんか出来の悪いクレアっぽい案山子。

小馬鹿にしたような顔が、思わずぶん殴りたくなるような良い味を出している。

 

身代わりであった。

それは本人の代わりになるよう、本人に似せて作られる偽物のこと。

 

ちなみに、本物は音もなく駆け出している。

 

 

アメリアは真顔になった。

 

 

 

 

 

 

死ぬなら一緒なんだからぁあぁあ!!

ちょ!?こっち来ないで!!ひゃぁあ!?

 

「逃げる速度に合わせておる…あの見た目で理性があるというのか…?」

「理性なんて欠片もありそうにないけどねぇ…」

「身内には案外優しいですから…」

「そう。にぃやさしいもん。ふふん」

 

戦慄する老人達に擁護するルサルナ、それからここぞとばかりに自慢するウル。

あまりの愛らしさに、ついついその頭へ手が伸びていく三人。

 

心が洗われるような穏やかな光景である。

 

 

一方、人の醜さを表すような光景を生み出している二人は、というと。

 

「ここはさぁ!二手に別れるところじゃん!」

「そんなこと言ってさぁ!押し付けたくせに!」

「意図を察してよ!親友でしょ!」

「親友かと思ったら案山子だった私の気持ちも察してよ!!」

 

走って飛んで言い争ってとわちゃわちゃしていた。

速度を合わせられていることを理解しているのか、どことなく余裕を感じられる。

 

それを察したのかブルの速度が上がっていく。

 

「ちょ!?言い争ってる場合じゃない!…リア!?」

 

クレアは視界の端で、アメリアが魔剣を取り出したのを捉えた。

華麗に二度見を決めたクレアは察した。

 

 

飛ぶ気だ。私に全てを押し付けて。

 

 

「リア…私達、親友…だよね…?裏切らない…よね…?」

 

涙を湛え、声を震わせながらクレアが問う。

 

「親友と思った案山子はもう耕されちゃったよ」

 

返答は冷ややか、視線は極寒。

アメリアは走りながらも淀みなく魔力を練り上げている。

 

クレアの涙が一瞬で引っ込んでいく。

 

「元気でね、クレア…また逢う日まで…!」

 

魔剣から風が吹き荒れ、アメリアの体がふわりと浮かぶ。

着地に少々難があるものの、アメリアは飛行技術を概ね習得出来ていた。

 

後は加速、そうすれば安全圏に脱出出来る。

そんな甘い考えのアメリアに絡みつく魔の手。

 

「絶対逃がしてなるもんか…!!」

「わっ!ちょ…!んん!!」

 

クレアである。

クレアは完璧な身体制御のもと吹き荒れる風を潜り抜け、アメリアの背に飛びついた。

 

飛びつかれた衝撃で姿勢が崩れたアメリアを、自らの重心を移動させることで補助していく。

アメリアもアメリアで、土壇場で出力を調整し墜落を免れていく。

 

結果、紙一重であるが飛行に成功した二人はブルの間合いから逃れることになった。

 

「ちょっともう!落ちちゃうと思ったじゃない!」

「いいじゃん!ほら、上手いこといったし。お兄さんも流石に手出し出来な……い…」

「なに?どうしたの?」

 

悔しがるブルの姿を見てやろうと思ったクレアは言葉に詰まる。

 

クレアは見てしまったのだ。

かがんだブルが、石を拾い上げようと手を伸ばしているのを。

 

投石だ。

尋常ではない射程距離でありながら、百発百中でぶち当てるブルの十八番である。

 

「か、加速!早く加速して!!投石がくる!!」

「嘘でしょ!?」

 

死んで堪るかと加速させるアメリア。

落ちないようしがみつくクレア。

 

ブルが手頃な石を拾い上げる。

それを振りかぶろうとしたとき、ブルの後ろから声がかけられた。

 

 

 

「交代だ。今度は儂と運動しようじゃないか」

 

 

 

 



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飛んで火にいる話

 

今まさに投石しようとしていたブルがゆるりと振り返る。

その先に佇むは、不敵な笑みを浮かべた老爺。

 

しばし動きを止めたブルだが、やがてその手を握り込む。

手に持っていた石が、まるで最初からそうであったように砂となり、指の間から零れ落ちる。

 

「ぉ、ぉお…ぉああぁぁ!!」

 

雄叫びがあがる。

いい運動相手を見つけたからか、それとも己を鼓舞するためか。

 

その姿、まるで獣。

 

理性はありそうですか?

いいえ。理性は恐らく、ウルにくっついて行ったに違いない。

 

 

獣が進撃を開始し、迎え撃つは一人の老人。

 

一歩ごと、地を割り裂くような強烈な踏み込みから、全てを押し潰すような振り下ろし。

踏み込み一つ取っても、当たれば終わりになるような苛烈な攻撃だが、全身に力を込め過ぎているのだろう、いかんせん動きが硬く、鈍い。

 

もしくは理性の残り滓が手心を残しているのだろうか。

 

どちらにせよ、そんな動きは老爺にとって児戯に等しい。

薙ぎ払いも、振り下ろしも、柳のように揺れる老爺に掠りもせず、反対に老爺の反撃は面白いほどに当たっていく。

 

相手の勢いも逆手に取る老爺の打撃は強烈である。

少年時代のブルなら、何度か受ければ膝を着くほどに。

 

が、しかし。

いくら受けようとも今のブルは小揺るぎもしない。

 

一回り、二回りも筋肉を膨張させたブルは、言うなれば防御形態。

速度と人としての何かを犠牲に、防御力と耐久力を得ているのだ。

 

 

老爺はその手応えに少し驚きつつ、まぁこいつだしなと謎の納得。

 

 

老爺は思う。

 

凄まじい防御力だが、恐らく体力の消耗は激しいはず。

無駄に全身に力を込めているのだ。

このままのらりくらりと避けていれば勝手に力尽きるだろう、と。

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

「さぁて…運動させてやるのもいいが、儂の運動にも付き合ってもらわんと、な!」

 

振り回される金棒を掻い潜り、鳩尾へ一撃。

───揺るぎなし。

 

振り切った一瞬を狙い、がら空きの脇腹。

───揺るぎなし。

 

振り下ろしの横をすり抜け大腿へと渾身の蹴り。

───揺るぎなし。

 

ならば、と金棒を握る指へと拳を叩きつける。

───損傷なし。

 

 

ふっ…と、老爺が思わず笑う。

 

「そこはもう筋肉関係ないだろ…」

 

鳩尾と足は納得出来る。

脇腹もちょっと悩むが、まぁ分かる。

 

指はちょっとおかしいだろ、と老爺は思った。

 

 

これは打撃でどうにかなる存在なのだろうか。

いや、まだやりようはある。

 

狙いは顔、それも顎へ横からの一撃。

 

いくら頑丈でもとりあえずは人類。

人類ならば頭を揺らされれば、一時的にでも動きは止まる。

 

止まらなければ、それはそれ。

止まれば後はお楽しみである。

 

 

連撃をまた潜り抜け、流れるように一回転。

流麗な動きから繰り出されるのは、高速の裏拳。

 

ごっ、と音がなり、ブルの顔が勢いよく傾く。

一瞬停滞し、ぐらつく身体。

 

なんとか踏み止まったブルが次に見たのは、目と鼻の先まで迫った老爺の拳だった。

 

 

 

 

 

 

「しゃあ!見たかこの筋肉だるまめ!ただの力など技術の前にひれ伏すだけだ!」

 

めちゃくちゃに嬉しそうな老爺が叫ぶ。

その前には、なんか萎んで大の字に倒れたブル。

 

実はこの老爺、ブルに轢き逃げされ続けたことを根に持っていた。

というよりも、昔話をしていくうちにその気持ちが蘇ったのだ。

 

そして今回、筋力を全面に押し出したブルを見て爆発。

雪辱戦を果たしたことで気分は上々である。

 

「く…くくっ、」

 

にっこにこで小躍りしそうな老爺に、くつくつと笑う声が聞こえる。

出処はもちろん、倒れ伏すブル。

 

「思い出した、思い出したぜ爺さん…」

 

ゆっくりとブルの上体が起き上がっていく。

 

「あの時、あんたらから離れた後、あんたらと違って魔獣も、人も、何もかも弱くて、脆かった」

 

「最初はまぁ良かった。そうだ、元はあれの練習だったからな。けどよ…」

 

ざりっ、と地面を擦る音が鳴る。

 

「あんたらと違って、反応出来る奴はいなかった。どっかの、喧嘩売ってきた奴は耐えていたが、結局反応も出来ずに受けるだけだった」

 

「つまらなかったよ。まるで一人遊びだ」

 

片膝を付き、顔を上げるブルの表情に、笑み。

 

「だから出来るだけ()()()()。最初は力を抑えた。次に身に着けた技術(もの)を使わなくなった」

 

「それでも足りなかった。そこまでしても足りなかった。けどまぁ、やらないよりマシだとやり続けて、抑えていることに馴染んで忘れちまってたよ」

 

ブルが立ち上がる。

ふらつきもなく、堂々と。

 

膨張した筋肉は戻り、瞳には理性的な光が灯る。

金棒を地面に突き刺し、構えるは拳。

 

「運動、しようぜ。こんなに体が軽いのは久しぶりだ」

「…小僧が。抜かしおって」

 

老爺も悪態をつきながら構える。

口元に笑みを浮かべながら。

 

二人の間に、ぴんと張り詰めた空気が漂う。

 

ぃゃぁぁぁぁ

 

離れた位置で、老婆がそれに真剣な眼差しを向け、ルサルナが固唾を呑み、ウルが格好良いときゃっきゃとはしゃいで見ている。

 

「あ…くぅねぇとりあねぇ」

 

だからだろうか。

真剣に見守る二人ではなく、ウルが真っ先にそれに気づいたのは。

 

何人も立ち入れない空気を漂わせる、ブルと老爺へ向けて高速で飛来する小さな姿。

 

 

「いやっほー!!殴り込みだぁ!!」

「ブルさぁぁん!!助けてぇぇ!!」

 

制御不能の悪戯娘、クレア。

不本意ながら制御不能の暴走娘、アメリア。

 

 

文字通りの飛び入り参加である。



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友情とは、という話

 

「いやっほー!!殴り込みだぁ!!」

「ブルさぁぁん!!助けてぇぇ!!」

 

緊迫した空気なんぞなんのその。

 

割り込んできた無粋な声に、ブルと老爺は思わず声の方を見上げた。

 

そして見たのは満面の笑みを浮かべたクレアと、なんか半泣きのアメリア。

 

お手本のような跳び蹴りの姿勢のクレアをよく見ると、アメリアの腕を思いっきり握っている。

どうやら制御は、クレアが物理的に握っているらしい。

 

半泣きのアメリアはへっぴり腰である。

 

「ふっ、馬鹿の一つ覚えみてぇに真っ直ぐ来やがって…躱す程度容易いものだ」

「いやその姿勢よ。というかお前がそれを言うな」

 

そんなことを言いつつ、おもむろに腕を広げるブル。

誰がどう見ても、全てを受け入れる姿勢である。

 

思わず老爺も物申さずにはいられない。

 

「しまった…!受け止める癖がついて…ぐぁ!!」

 

はっとするブルの顔面と胸に決まる飛び蹴り。

クレアは当然のこと、しれっとアメリアも蹴りを入れている。

 

クレアは確信犯だが、アメリアは生存本能に従った結果である。

五体満足の着地のために、ブルを肉の緩衝材としたのだ。

 

 

ふわりと舞ったクレアがくるくると回転し、軽い音をたて着地する。

僅かなブレもない見事な着地である。

 

その隣でアメリアが「い゛た゛ぁ゛っ!」となんか汚い声を出してべちゃりと墜落しているが。

 

痛そうなアメリアは見なかったことにして、見事な着地にぱちぱちてちてちとウル達が拍手を送っている。

 

「しゃおらー!ぼこぼこにされた今なら効いてるでしょ!ざまぁみろー!!」

 

拍手を送られるクレアは腕を振り上げはしゃいでいた。 

 

手応えのある一発をかまして非常に嬉しいのだろう。

その喜びようはどこかのお爺さんにそっくりである。

 

悶えるアメリアは当然のように無視されている。

 

 

ただ、残念なことにクレアは一つ勘違いをしていた。

 

クレアが見たのは、老爺の殴打によってブルが膝を付き、さらに殴り飛ばされたところからであった。

暴力の雨を受けてなお、揺るぎなく聳える山の如し姿は見ていない。

猛攻により蓄積されたものがブルに膝を付かせたのだと思い込んでいたのだ。

 

確かに一方的に攻撃されていたのは間違いない。

それが損害を与えていたのかは別問題なだけである。

 

 

背後で、すっと立ち上がる何者かの気配。

クレアの喜色満面の顔から、すんっと感情が抜け落ちる。

 

振り上げていた腕をそっと下ろして振り返ると、極めて穏やかな笑みを浮かべるブルが立っている。

 

顔と胸に残っている足跡が気になってしょうがないが、まるで損傷のない様子に冷や汗が一筋流れる。

 

「…どうした?ほら、もっと喜べよ。はしゃいでいいんだぞ?なぁ?」

 

 

やっべぇ。

クレアは心の中で呟いた。

 

左の頬を殴られたら右の頬も差し出しそうな顔に際立つ青筋。

もしや表情の制御も出来ないほどにぶちぎれているのでは、と思うほどに不自然な顔つきであった。

 

手遅れ。

そんな言葉が脳裏に過るも、諦めきれないクレアは口を回す。

 

「あ、お兄さん、良かったー。不慮の事故とはいえちょっと心配だったんだよー。いやーほんと、ね?リア?」

「クレアが戦犯でむぐぐ…」

 

流れるように親友を売ろうとした口を塞ぎ、クレアはにっこりと笑う。

 

巻き込まれたのはアメリアだが、互いを地獄へ落とそうする姿は見ていられない。

 

ルサルナがああなっちゃ駄目よとウルに教えている。

老人達はあまりに哀しい人間の性に天を仰いでいる。

 

心做しか青筋が増えているブルが口を開く。

 

「今際の言葉はそれで十分か?」

「こんなとこで死にたくない…!」

 

跳ねるように後ろへ飛び退り距離を取るクレア。

背中を向けるのは駄目だと本能が叫んでいる。

 

残されたアメリアは引きつった笑み。

 

「え…えへへ、そのぉ…いつもありがとうございますぅ」

 

知らずのうちに揉み手するアメリアは、ここぞとばかりに媚を売っている。

出来れば咄嗟に出た足のことを誤魔化せないものかと。

 

「あぁ、気にしなくて良い。可愛らしい判子を貰ったからな…」

「ごめんなさい。本当に」

 

とんとんと胸の足跡を叩くブル。

アメリアは背筋を正して正座し、両の手のひらを地面につけ、頭を地面に擦り付けた。

 

必要なのは媚でも誤魔化しでもなく、誠意である。

 

一瞬のうちに判断を下したアメリアが実行に踏み切ったもの、それは所謂土下座。

 

どげざ!っとウルがなんだか興奮しているが、そっとルサルナに目を隠されている。

老人達は美しすぎる土下座に胸一杯の哀しみを覚えている。

 

「いや、咄嗟のことっていうのは分かってる」

「そ、そうです!咄嗟になんです!わざとじゃないんです!」

 

穏やかな声色で告げられた言葉に、アメリアの顔が勢いよく上がる。

 

許された。

そう思ったアメリアは安堵から言葉が溢れる。

 

「だが一発は一発だよなぁ…?」

「どぉして…?」

 

しかし現実はそう甘くない。

無慈悲な判決に瞳から希望が流れ落ちていく。

 

「しかしまぁ、俺にも情はある」

 

続く言葉に、アメリアは光の失せた目を向ける。

クレアはその言い草に、実は朦朧としているのでは、と淡い期待を抱いている。

 

「あそこのクソガキを捕まえれば帳消しにしてやろう」

「やります…!殺ってみせます…!」

 

食いつくような即答。

捕まえていれば生死は問いませんよねと言わんばかりの気迫。

 

クレアはごそごそと色んな物を取り出している。

痺れ薬、眠り薬、煙玉。

 

自らの運命は自ら切り開くべしとばかりの品物である。

切り開く道は前ではなく後ろなのは言うまでもない。

 

「行け」

「はい…!ブルさん…!」

 

その様、放たれた猟犬の如し。

 

魔剣による風の放出で急加速したアメリアがクレアに肉薄する。

薬を撒き、動きを妨害しながらクレアが身を躱す。

 

 

「親友なら私のために死んで…!」

「親友なら道連れになってよ…!」

 

似たような言葉を発した二人。

大袈裟に思うかもしれないが、本人達は大真面目である。

 

 

 

風が舞い、薬が撒かれ、煙が辺りを覆う。

 

「これが…ゆうじょう…」

 

ルサルナの手からこそっと抜け出したウルが、そんな惨状を見て呟く。

 

えらく汚い友情もあったものである。

ルサルナと老婆が必死に訂正を始めている。

 

 

今日のウルの学びである。

 

友情は、時としてすごく汚い。

 



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予感の話

遅くなりました…


 

とてもウルには聞かせられないような言葉で罵り合うクレアとアメリア。

 

ルサルナはウルを捕獲し耳をしっかりと塞いでいる。

老婆はウルが逃げないようにお菓子を口元に運んでいる。

ウルは抗い難い魅力に敗北している。

 

ブルは何か考えるような仕草をしている。

 

「あれはもしやウルの教育に悪いのでは?」

「けしかけたくせに何をほざいてんだ?」

 

誰よりも子供の教育に悪そうな男、ブル。

けしかけた罪から目を逸らし、ウルが悪影響を受けるかもしれないことを心配している。

 

恐らく、手遅れである。

 

あまりにもあまりな言い草に老爺も突っ込まざるを得ない。

 

「起きたことは仕方ない…まずは黙らせるとしようか」

 

ブルはそう言って一歩踏み出す、前に老爺が肩を掴む。

 

「まぁ待て小僧。お前は何のために外に出た?喧嘩の仲裁じゃあないだろう?」

 

肩を掴む手に力がこもる。

老爺は言外にこう言っているのだ。

 

はよ戦おうぜ、と。

 

それらを受けたブルは振り返る。

口角が吊り上がったなんとも攻撃的な笑み。

 

無論、ウルに土砂降りのような愛を注ぐため

「運動だろうが。なんだその天災的な愛し方は…」

 

最早会話すらままならないのだろうか。

あまりにも都合良く記憶を改竄するブルにぼやく老爺。

 

それを聞いたブルは何故か納得したような顔でウルの方を見る。

視線の先では、欲張りなウルが頬をぱんぱんにしてお菓子を詰め込んでいる。

 

「天才か…確かにウルを愛することにかけて右に出る者はいないな…」

「災害の方だよ、このすっとこどっこい…」

 

荒波のように滅茶苦茶な会話の流れ。

乗りたくもない流れに乗せられる老爺は、なんだかもう老け始めている。

 

「ウルへの愛は何が何でも加減しねぇ…!」

「さよか…」

 

そんな老爺とは対象的に、気焔万丈といったブルである。

その目に映っているのは、差し出された牛乳を豪快に飲み、可愛らしくお髭を生やしたウルの姿。

 

ブルの心に尊い感情が漲ってくる。

 

「士気が上がるぜ…天井知らずになぁ!」

「……」

 

天井があってもぶち抜くだろうに、なんてことを老爺は思っている。

口に出してよく分からない理論を展開されるのは嫌なので思うだけだが。

 

老爺はそっと数歩下がった。

さっきまでは動き足りなかったというのに、今は無性に安楽椅子へ座って微睡みたい気分であった。

 

ブルが駆ける爆音と、間髪入れずに響き渡った甲高い悲鳴を背に、老爺はとぼとぼと歩き始める。

 

その足取りは悲しいことに、年齢相応のものであった。

 

 

 

 

 

 

 

「あいつら…元気にしてるかなぁ」

 

とある町中で、柄の悪い男が空を見上げ呟いている。

どうやら一仕事終えてきたようで、気の抜けたような姿は少々汚れている。

 

男の名はハスタ。

ちんぴらのような外見とは裏腹に心優しき男である。

 

彼の脳裏には今、三人の姿が映し出されている。

その内二人は、僅かな間ながら死ぬまで、いや死んでも忘れそうにもないほど強烈な印象を残していた。

 

「いや元気か…元気だよな元気に決まってる」

 

ちょっとおかしな戦闘力を有していたのだ。

並大抵の事ならば、幼子を愛でながら踏み潰しているだろう。

 

きっと今も、仲良くきゃっきゃとはしゃいでいるに違いない。

 

男と幼子がはしゃぎ回り、それを女が溜息を吐きながら止めようとしている姿を想像する。

 

「くくっ…あながち間違っちゃいねぇだろ」

 

容易に想像できる姿に、ハスタは笑う。

もしかしたら旅の共が増えているかもな、とも考えつつ。

 

その頃、ブルは啜り泣く少女二人を担いで意気揚々と歩いていた。

ウルはルサルナの膝の上でうとうととし、ルサルナはルサルナで母性を満開に咲かせていた。

 

 

ところで、第六感というものがある。

直感ともいうもので、理屈では説明しがたい感知能力のことである。

他には悪い予感として、虫の知らせと呼ばれたりもする。

 

人の脳は、常時莫大な情報を処理している。

所謂五感というもので、それらから得られる情報に優先順位をつけ、必要ないものを()()()()()()()()()

 

そうしなければ得られる情報の量に溺れてしまうからだ。

 

しかし、なかったことにしようとも、無意識下で感じとっているものである。

 

例えば、視界の端に映っているはずの見慣れない物や誰か。

気付けないほど僅かな匂い。

雑踏に紛れた声や音。

肌で感じているはずの湿度や温度。

 

それらを無意識下で処理した結果、予感として表出するものが第六感、直感である。

 

まぁとはいえ、正直そうとも言い切れない。

予知能力じみたものもあるために。

 

ただ、今回ハスタは何かを感じ取っていたのだろう。

さっさと帰ろうとした彼の背に投げかけられる声が一つ。

 

 

「あの、あなたがその…“子供好き”ですか…?」

 



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往生際の悪い話

 

厄介な事というのは、余程人が良くなければ大抵むこうからやって来るものである。

 

「あの、あなたがその…“子供好き”ですか…?」

 

少しばかり高い、少年もしくは少女のような中性的な声。

 

その声が聞こえた瞬間、ハスタは記憶の中ではしゃいでいたウルとブル(厄介事)がとても良い笑顔で駆け寄って来るのを幻視した。

 

来ないでほしい、と切実に思う。

 

 

幻視したように、この声に馬鹿正直に答えれば厄介事に見舞われるだろう。

聞こえないふりをしてさっさと立ち去るか、人違いだと嘘をついて逃げるか。

 

何はともあれ関わらないことが正解のはずである。

正解、のはずだが。

 

悪人面に似合わぬ優しい心を持ったハスタに、本当にそれで良いのかとルサルナ(やばい女)の声が幻聴として届く。

視界の端に無視されて泣きそうなウルと、それを見て鬼も泣いてひれ伏すほどの憤怒の表情を浮かべたブルの幻もちらついている。

 

ええい鬱陶しい疫病神共め。

 

 

「あれ…聞こえなかったのかな…もしかして人違い…?」

 

そんなことを思うハスタに追い打ちをかけるが如く聞こえてくる、困惑したような小さな声に罪悪感も湧き上がる。

 

正直なところ、野郎の声であれば無視一択であったのだが、子供、もしかすると女の子かもしれない声質に迷いが生まれているのだ。

 

ハスタは知らずとはいえ、子供を守るためにやばい奴(ブル)へと喧嘩を売った男である。

その優しい心は子供を見捨てきれず、人並みにある性欲は女の子を見捨てられない。

 

今の目標は、この街に孤児院を建てること。

時折娼館へ金を落としつつ、概ね堅実に貯蓄している男として、厄介事だとしても見て見ぬふりは出来ない。

 

と、いうことでハスタは振り返った。

少しばかり印象を良くするために笑みをたたえて。

 

決して幻の恐ろしさに負けた訳ではない。

幻であろうとも物理的に干渉してきそうなどと恐れた訳ではないのだ。

にぱっと笑うウルと、次はないとでも言いたげなブルの幻は捨て置いて。

 

 

幻を振り払い、振り返ってまず見えたのは、人の部位で言えば胸部、もしくは鳩尾付近。

それも服の上からでも分かるほどに筋骨隆々な図体であった。

 

穏やかな笑みを浮かべたまま、ハスタは目を擦った。

ちょっと最近疲れてるもんな、なんて思いながら。

 

それから視線を下げて子供を探してみる。

あるのは服の上からでも分かるお太いおみ足のみ。

 

ふぅ…と小さく息を吐き、ハスタはまたも目を擦った。

 

理解し難い、いや理解したくないがためのささやかな現実逃避である。

死んだ魚のように目が濁り始めたハスタに、目の前の筋肉から声がかかる。

 

「あ、良かった。その三下みたいなしょっぱい悪人面、“子供好き”で間違いないですよね?」

 

声は間違いなく、この筋肉の上の方から聞こえてくる。

なんか丁寧にものすごい罵倒をされたような気もするがそれどころではない。

 

いやこんなん…こんなん詐欺だろ。

なんて喉元まで出かかった言葉を飲み込み、ハスタは見上げた。

 

大きく、分厚く、見るからに逞しい。

そんな体に、最早積載されていると言ってもいいほど不似合いな幼さの残る小顔。

 

詐欺じゃねぇか

「……詐欺?」

 

あまりの衝撃に飲み込んだ言葉が飛び出した。

困惑する童顔の巨漢に、しまったと思いつつ言葉を紡ぐ。

 

「ああいや…昨日のことをちょっと思い出してな…」

「そう、なんですか」

 

出てきたのはなんとも苦しい言い訳だが、童顔の巨漢はなんとか納得している様子。

 

顔だけ見れば困り顔の少年だが、体は歴戦の猛者である。

あまりにも顔とそれ以外の釣り合いが悪すぎる。

 

ついでに声と口調も。

いや、顔には合っているが、どうしても歴戦過ぎる体と合っていない。

 

じっと見上げるハスタに、童顔の巨漢がはっとした様子で話し出す。

実際のところ、ハスタは失礼なことを考えていたために黙っていたのだが。

 

「あ、いきなりすいません。僕はメルと言います」

「あぁ、こっちもすまん。俺はブルっていうんだ。それから子供好きとか言うのは人違いだな」

 

顔に名前を合わせんなよ。

なんて、ぶん殴られてもおかしくないことは勿論口に出さない。

 

口に出すのは嘘八百である。

 

「へぇ…ブルって言うんですね」

「ああ。俺は最近こっちに来たばっかでな、さっき言った…“子供好き”?とかは悪いが知らねぇんだ」

「人違い…ですか。ごめんなさい、手間を取らせました」

 

その場しのぎの嘘を信じている姿に罪悪感など欠片も湧かない。

何故なら頭が下げられることで顔が近くなり、尋常ならざる違和感が強くなりすぎているためだ。

 

ハスタは心置きなく嘘を並べている。

 

「良いってことよ。…じゃ、俺はこの辺で失礼…」

「あ、まだちょっと聞きたいことがあるんですよ、()()()()()

「あぁ、まぁちょっとなら……え?」

 

並べた嘘を背に、そそくさと立ち去ろうとしたハスタは耳を疑う。

 

今、名乗ってもいない名を呼ばれなかったか?と。

 

「本名はハスタ。得物は槍。実力は一流…と言うには足りない。それに頭もそこまで良くないし、顔もしょっぱい」

「え、悪口…?」

 

調べられていることへの驚きよりも、なんだか悪意ある情報への悲しみが強く湧き上がる。

 

ぽろりと零れたハスタの悲しみは流され、メルの話は続く。

 

「性格は顔に似合わずお人好しで、問題事に首を突っ込むことが度々あるが解決率はそこまで高くなく、信頼度は低め。この辺りからも学習能力の無さが伺える。首を突っ込んだ一つが“猪さん”と、それにつきまとうガキの件。ちなみにその一件から“子供好き”と揶揄され、何を思ったか孤児院を建てるために粉骨砕身しているのが現状、と。合ってますか?」

 

メルの確信を持った眼差しを受け、ハスタはやれやれと言うように溜息を吐いた。

 

なんでこんな木端の情報を調べるんだとか、いちいち心を抉る情報だなとか、そんなどうでもいいことばかりハスタは考えていた。

 

しかしこうなると取れる選択肢など片手もない。

ハスタは顔を上げ、メルの目をしっかりと見て口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいえ違います人違いです」

 

ハスタはとことん往生際が悪かった。

 

 



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