運命上の魔王 (a0o)
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運命との契約(上)

注意
・作者は、ssは素人です。
・この作品はご都合主義満載です。
・捏造ありです。
・主人公(魔王)慢性です。
・Fateと某ゲームとの時系列が合わないと思う方もいるでしょう。
・ハッピーエンドにするつもりも更々ありません。

以上のことが気に入らないと思う方は戻っていただいた方がいいかもしれません。
また注意に書いてあったことに対する批判も受け付けません。



 新しい年を向かえて一ヶ月、凍てつく風の当たりながら″魔王″は思いをはせた。

 魔王には宿願があった。実行されれば間違いなく、この国を震撼させる大きな計画が、だがそれを成功させるためには、準備が不十分であり、まだ時期ではない。

今は雌伏の時―――――戦いの時はまだ少し遠い。

 

 

×    ×    ×

 

-199:24:38

 

 日本、冬木市湾口、魔王は小さくなっていく船を見ながら一息ついた。あの船には魔王が扱っている合法的(・・・)でない商品が積んである。この取引が完了するのはもうしばらく先になるので、魔王は思案していた。

 

(そういえば)

 

 魔王は先日手懐けたある坊やから、『魔王様に献上します!!』と言って渡された古書を思い出した。内容は悪魔やら式神やらを呼び出し殺し合いをするだの願いがかなう杯など荒唐無稽な内容であり・・・

 

(いや、私のコードネームもう十分荒唐無稽だな。)

 

 フッと自嘲した。

 

(まぁ何の因果か、その霊脈の地とやらに来たんだ。悪魔が呼ばれた所を見に行くのも一興か。)

 

 と、暇潰しがてら古書に載っていた拠点跡に足を向けた。

 

×    ×    ×

 

 「ここで100年以上前に悪魔をねぇ」

 

 冬木市新都、新興住宅街そこが古書に書かれていた大まかな場所だった。魔王は呆れ気分で街を歩いて行った。そもそも信憑性の欠片もない。ただの暇潰し、適当に回って切り上げよう。そう思い少し散策していたら、市民会館の近くで数人の小学生が走り去って行った。それを見送った後、建物の裏に回るとそこには様々な落書きがあった。その中で一際大きなモノに目がいった。

 

「魔法陣というやつか?しかし偉く歪だな」

 

 そこにあったのは六望星の魔法陣だった。直ぐそばの窓ガラスに月が映っており神秘性が増していた。魔王は魔法陣に右手を置き古書に綴られていた一節を口にした。

 

「我は常世全ての善となる者、我は常世全ての悪を敷く者・・・・・抑止の輪より来たれ・・・だったかな」

 

 手を離し立ち去ろうとする魔王、その時猛烈な激痛が右手を走った。

 

「うがぁぁぁぁぁぁ!」

 

 手首を押さえながら掌を見ると一つの柱に二匹の蛇が交差しているような模様が刻まれていた。

 

「・・・・・・・・」

 

 痛みが引いた右手を見ながら、何が起きたかと考えを巡らせようとした。それも束の間突然旋風が巻き起こり、正面の魔法陣が光り始めた。凝視しながらも状況を把握しようと思考を止めなかった。

 眉唾物と一蹴した話が綴られていた古書、そんな非常識を認めなければならないと思う一方、早計は禁物もとい認めたくないという常識論がせめぎあっていた。

 そうこうしている内に風と光は激しさを増し、やがて光の粒子の中から紫色のローブを纏った何かが現れた。その瞬間、風は止み落書きだらけだった壁は焦げたように黒ずんでいた。

 

「問うわ」

 

 凛とした声、どうやら女性それなりに若いようだ。月明かりで見える肌は白く日本人ではないようだが、それでも日本語に違和感はない。

 

「キャスターの座を拠り代に私を召還したマスターはあなたかしら?」

 

 そこには静かな殺意が込められていた。この瞬間、魔王は非常識を認めたと同時に悟った。目の前に居るコレは自分がその世界の住人でないことを分かっている。返答を誤れば殺されるか、それに準ずる事をあっさりやると。

 

 そして、思考を切り替えて対応策を模索した。古書によるうろ覚えの知識は逆効果になりかねない。ならば使えるカードはただ一つ、それを切り出し話術で打開する。結論を出すのに一秒、魔王は意を決し右手を掲げた。

 

「そう私こそが貴殿を呼びし者。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 その瞬間、右手にあった紋様から閃光が生じ、三つあった紋様の一つ、柱の部分が消えていった。

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 全く付いていけない現象の連続でありながらも気を張る魔王の前に、小刻みに震えながらも跪くキャスターと名乗った女性があった。

 

 

 

-196:06:11

 

 

 冬木市新都――――――――

 繁華街に近いアパートに一室、魔王の複数ある隠れ家の一つに魔王とキャスターが向かい合っていた。

 

「つまり話を整理すると、君は過去に死んだ魔術師の幽霊で、聖杯と言う願いが叶う杯を求め、その力でこの世に舞い戻ってきた。そして俺は君をこの世に呼び出し、繋ぎとめるための魔術回路と言う物を持ち合わせていたので、マスターとやらに選ばれてしまった―――――これでいいかな?」

 

「概ねその通り。理解が得られたようで嬉しいわ」

 

 純粋な賞賛に聞こえたが、魔王はそっちのけで、ここまでを振り返り思案に暮れていた。

 数奇な出会いから透明(霊体)化したキャスターに背後霊に憑かれた気分で隠れ家に来て、自分の質問に淀みなく答えてくれた。

 

 七体のサーヴァントと呼ばれる過去の英霊とそれを使役する七人のマスターとの『聖杯戦争』と言う殺し合い、その勝者に与えられるどんな願いでも叶うという『聖杯』、そんなものに一切縁のない自分が選ばれた事については単なる人数あわせでないかと言う推論を、最後に何故すんなりと答えてくれるかについては掌にある紋様を指し、サーヴァントの意思を捻じ曲げても三回まで命令を強制させる『令呪』と言うものを使用したからと語った。

 

 自分の目、耳、頭の全てを疑いたくなるが、現実逃避しても意味はない。出会った時に感じた殺意と死の恐怖は本物だった。そこまでの優位があるにも関わらず(へりくだ)る態度をとる理由も非常識な嘘を付く必要性もない。つまりは全て真実であると消極的ながらも認めた。

 

 そして全てを慎重に吟味して出した魔王が結論は、

 

「君には申し訳ないが、俺はこの聖杯戦争(ゲーム)に乗るつもりはない」

 

 否定を受けたにも関わらず余裕の態度でキャスターは返した。

 

「一応、理由を聞いてもいいかしら。聖杯を手に入れればどんな願いも叶うのよ、すでに奇跡をその目にしたのに、あなたには何の願望もないとでも言うつもりかしら?」

 

「確かに奇跡は認めよう。だがそれでも何でも願いが叶うなどと言う話を鵜呑みにするほど俺は御めでたくない。仮に話通りの代物だとしても俺の宿願は俺自身の力で叶えてみせる」

 

 自信満々に答える魔王に対し、キャスターは不敵な笑みを浮かべた。

 

「それがあなたの意思だというなら残念だけど私には逆らうことはできない。そして私にはあなたをこの聖杯戦争(ゲーム)から完全に降ろすことが出来るのだけれど―――――――」

 

「見え透いた誘導は止せ。それはつまり貴様が今掛かっている縛りを解くと言うことだろう、命綱をわざわざ手放す馬鹿がいるか」

 

「これはとんだ失礼を。でも私も聖杯を求めこの世に降りた身、マスターはどうしても必要なの」

 

「それは理解できる。だから協力はしないが邪魔もしない、貴様がこの街で何を(・・)しようとだ。それが最大の譲歩だ」

 

 譲歩と言いながらも、英霊それも魔女と呼ばれた自分に対して一歩も引くことなく接する魔王にキャスターは愉快な心持ちで応じた。

 

「ええ、それで構わないわ。考えようによってはすこぶる好都合でもあることだし」

 

―――――聖遺物のない召還は似たもの同士を呼び出すと言う。魔王と魔女(キャスター)、この二人の間には奇妙な共感(シンパシー)があるのかもしれない。

 

「そういえばお互い自己紹介がまだだった・・・・いや必要ないわね。ただ私のことはキャスターでいいのだけど、あなたのことはマスターでいいかしら?」

 

 この問いに魔王は数秒考え、

 

「別にそれでもいいが、とりあえず″魔王″と名乗っておこう。好きなほうで呼べばいい」

 

 この名乗りにキャスターはより満足そうに微笑んだ。

 同時にこの瞬間に第七の契約は完了し、第四次聖杯戦争の幕が切って落とされた。

 だがこの時は ″魔王″とう名による奇妙な運命が大きな悪戯を引き起こすことになるとは誰も知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 




勝手ながら感想を頂けるとうれしいです。


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運命との契約(下)

 
 魔王、発つ


 -172:38:15

 

 

 契約から丸一日、夕刊の見出しやニュースではガス漏れや謎の昏睡事件といった話題で持ちきりだった。無論、下手人はキャスターである。竜牙兵と言う骨の兵士を使い市民を襲い魔力を溜め込んでいるのである。

 

 しかし、当のキャスターはそんな事は無関心に水晶より投影された映像を注視していた。ちなみにマスターである魔王は、我関せずといった感じでサンマの蒲焼を頬張っていた。

 

 映像の中では冬木市の名家である遠坂邸に骸骨の面をした男―――アサシンが黄金の鎧を纏った大層偉そうな男――――アーチャーに虐殺されているのが映されていた。

 

「うますぎるな」

 

 横目でチラリと見た魔王が呟き、キャスターが顔を向けた。

 

「この蒲焼の話だ。スーパーで安売りした割には中々に美味い」

 

 子供騙しな言い訳だが、あえて追及せずキャスターは思案した。

 

 魔王と名乗ったこの男が只者でない事は既に察している。出来ればその実力の程を見てみたいものだが、先ほどの呟きには落胆の色が含まれていた。聖杯戦争への興味がまた一つ失われたのなら本格的に腹を括り自分一人で戦わなければならない。

 

(なら更に大量の魔力が必要になるわね。)

 

 先ほどの映像は腑に落ちないところがあったが、何をするにしても魔力が多いに越した事はない。しからばもう少し大胆に動いてみようとキャスターは魔力集めを加速させようと決意した。

 

 

 

 

-154:09:25

 

 

 すっかり日が暮れた冬木市の倉庫街―――――

 

 そこに二本の槍を構えた男―――ランサーと対峙する銀の鎧を纏った金髪碧眼の少女―――セイバー、そしてその後方にいるカシミアのコートを着た銀髪の女性。

例によって水晶投影で見ていたキャスターは透き通った()()()()()()()で言った。

 

「一見するとこのお人形(ホムンクルス)がマスターだけど、これはダミーね」

 

 しかし、魔王には興味を示した様子はなくコーヒーをすする。そんな二人にお構い無しに戦いは始まっていく。

 セイバーが目に見えない剣を振るいランサーも二本の槍を縦横無尽に操り、獲物がぶつかる度に大気が振るえ火花が散る。拮抗した戦いを続ける二騎を観察しながら、キャスターは狙撃銃を構える一人の男を捕らえた。

 

「パスの流れからすると彼がセイバーのマスターのようね」

 

 そして、その男を映し出した瞬間、魔王は驚愕に目を開いた。

 

「・・・・・衛宮切嗣」

 

「お知り合いですか?」

 

 興味津々と尋ねてきたキャスターに魔王は努めて冷静に答えた。

 

「正確には知り合いの知り合いだ。一度は会ってみたかったがこんな形で会うことになるとはな――――――――――確認するが、あの銀髪の女はダミーでこの男、衛宮切嗣が本当のマスターなんだな?」

 

「ええ。彼がセイバーのマスターです」

 

「そうか」

 

 魔王は港の地図を思い出し、彼の意図を測った。

 

「キャスター、近くにデリッククレーン、港を監視できる高い機械がある。そこを映せ」

 

 瞬く間に映像が切り替わり、そこには先日消滅して果てたはずのアサシンが陣取っていた。ミスリードを疑っていた魔王はさして驚かなかった。キャスターも同様であり直ぐに戦場の方に映像を切り替えた。

 

 セイバーとランサーの拮抗した戦いを見ながら魔王が口を開いた。

 

「キャスター、お前はこれからどうするつもりだ?」

 

「今はまだ打って出る時ではありません。魔力の貯蔵も不十分ですし今回は様子見に―――」

 

「温いな」

 

「コーヒーの話ですか?」

 

 言葉を切り捨てた魔王にワザとらしく言った。しかし当人は然して気にした風でもなく、

 

「相手が二流三流(アマチュア)ならともかく、あの男は超一流(プロ中のプロ)だぞ、そんな消極策を取っていては勝てない」

 

「それほどまでに脅威だと?」

 

「聞いた通りならと言う注釈付だが、真ならリスクを承知して攻めに転じるべきだ」

 

「真偽が定かでないなら慎重を期するべきでは、幸い私には陣地作製と言うスキルがあります。こと防戦においてはアドバンテージが ――――――」

 

「つまらん!そんな情報、敵も知っているだろう。なら対応策を練って来るのも必然、大した強味にならない。いいか我々(・・)は最初から圧倒的不利にある。魔術師でない俺は魔力の供給も敵のマスターを調べるコネもない。あらゆる物が不足している、悠長に構えてる余裕など微塵もないのだ」

 

 一度ならず二度も発言を切られ流石にムッとなるが魔王は構わず続ける。

 

「確かに物事にはそれを成すタイミングがあり、それを見定める事は重要だ。しかしそれと同様に優先順位を常に念頭に置いておく事も重要なのだ。お前の目的はこのゲ-ムに勝利して聖杯とやらを手に入れることなんだろう?」

 

「ええ、その通りです」

 

「ならば目の前の事に呑まれ優先順位の低いほうに固執し、高いほうを蔑ろにしては足元を掬われるぞ。勝ちたいなら詰まらないプライドに拘るはやめろ」

 

「魔術師の面目を捨てろと?」

 

 些か棘のある言葉にも魔王は臆さない。

 

「大事を成すなら小事に目を瞑るのは当たり前のことだ。まさか何も犠牲にせず全てを手に入れるなんてメルヘンを口にするのではあるまいな」

 

「あなたなら必ず勝てると?」

 

「それはお前の持つ情報次第だ。現段階では答えようがない」

 

 正直な魔王の言い分に少し溜飲を下げたキャスターに更に畳み掛けた。

 

「ああ。それと言っておくが、このゲームでの俺の目的は生きてこの冬木市を出ることだ。だから基本的にはここを動かず采配を振るうだけ、ぶっちゃけ言えば安全な所から指示するだけだ。まず、それを了承してもらう」

 

 元よりこの二人には共感はあっても仲間意識はない。共に命を賭け戦うなどと言うより遥に納得できるので、そこには反駁せずに慎重に言葉を選んだ。

 

「その為には、いくつか確認したいことがあります」

 

 水晶投影が再び衛宮切嗣を映し出す。

 

「あなたが態度を180度変えた理由は、この男と戦いたいからですか?それともこの男をそのままにしておいたら自分の命が危ないと考えたからですか?」

 

「両方だ。付け加えるならどちらも建前であり本音でもあるな」

 

 清々しいほどの即答、それを聞いたキャスターの心は決まった。

 

マスター(・・・・)、あなたも戦闘のプロであることは疑いません。しかしそれだけで無条件に従えるほど私はお人好しじゃない。従うのならそれに見合うメリットも求めさせて頂きます。もし見合わないと判断したときは・・・・・」

 

 言葉と共に殺気がこもるが魔王の態度は一向に変わらない。

 

「だから、きっちり値踏みさせていただきますよ」

 

「フッ、上等だ」

 

『我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争ではライダーのクラスを得て現界した』

 

 戦場の方では新たなサーヴァントとそのマスターらしき少年が乱入して、おかしな展開になっていった。

 

「では早速情報の開示を始めよう」

 

 それを見つつもキッチリ話し合いを続ける。何とも器用な限りである。

 

「まずは君自身の事についてだ。現在までに集めた魔力で俺の指定する人間を操ったり周りに気付かれないよう工作するのをメインに使うとして、どの位の余裕がある?」

 

「その前提なら一週間は大丈夫ですが、戦闘は行わないので?」

 

「極力は避けるつもりだ。それでも不測の事態が起こり戦闘になった場合、どの様に対応する?」

 

 キャスターは歪な短剣を取り出し自らの宝具と魔術について、それらを組み合わせた戦術について説明した。

 

「では次に敵のマスター達について、どこまで分かっている?」

 

 キャスターは竜牙兵や探査魔術、今起こっている戦場、現界した時に得た聖杯戦争の知識から集まった情報を簡潔に説明した。

 

 セイバーのマスターは言うまでもなくライフルを構えた男―――衛宮切嗣であり、セイバーの後ろに居る女はダミー、また別所に潜んでいる同じくライフルを構えている小柄なボーイフィッシュな女も協力者であると思われる。彼らの拠点は冬木市郊外の森にある古城で森そのものが結界である。

 アーチャーのマスターは冬木の名家である遠坂の現当主であり、窓際に立っている映像を別に出した。現在、邸に居るのは彼一人であり、ずっと穴熊を決め込んでいる。

 ランサーのマスターは倉庫の屋根の上に居るデコの広い踏ん反り返った男。拠点は冬木ハイアット・ホテルの最上階で協力者と思われる女魔術師も滞在している。尚、この女性ランサーの魅了に掛かっており、本人も抵抗する意思が感じられないと言う。

 ライダーのマスターは、ついさっきサーヴァントと共に現れた少年。拠点は不明だが姿を現した以上すぐに突き止められる。現在、その少年はランサーのマスターに威圧されており、名をウェイバー・ベルベットと言うようだ。協力者が居るかどうかは不明。

 バーサーカーのマスターは、消去法から遠坂と同じく冬木の名家、間桐邸に出入りしているフードを被った今にも死にそうな男であることになる。邸には彼の他に二人と後一つ何かが居るようだが詳細は不明。

 最後にアサシンのマスターはガタイのいい神父で、サーヴァント脱落により冬木教会に保護されていることになっている。

 

 魔王が保護の(くだり)について質問すると、聖杯戦争には本来部外者である聖堂教会という組織が監督役を派遣し、戦闘の痕跡の隠匿やサーヴァントを失ったマスターが殺されないように保護しているのだと言う。

 マスターを失ったサーヴァントと再契約し戦線に復帰をする可能性があるから無力化だけでなく殺そうとするからだ。

 

 戦場の方ではライダーに続き、アーチャーがその直ぐ後に黒いオーラとフルプレートアーマーを纏ったサーヴァント――――バーサーカーが加わり一層張り詰めた空気が伺えた。

 

 それを見ながら、キャスターからの情報を検証しながら、魔王は現在時刻を確認し携帯電話とパソコンを取り出して指示を出した。

 

「キャスター、これから俺が指定する人間たちに暗示をかけに行け」

 

「戦いはまだ終わってないのに、何を始めるつもりで?」

 

「何度も言うが我々は圧倒的に不利な状況にある。この形成から逆転する為に主導権を手に入れる。だから行動は迅速でなければならない」

 

 そう言いながらパソコンからある資料を取り出し、携帯で人を呼び出していた。

 

 

 

 




 
 原作レイプはここから始まる。


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誇りとは・・・・?(上)

 原作レイプが始まります。




 

 

-151:17:55

 

 ケイネスは神童であり天才であることを当たり前として生きてきた。自らの歩む道は、栄光を約束されているとそう信じて疑っていなかった。故に〝目論見が外れる〟と言う事態にかなりの苛立ちを感じながら彼はホテルのエレベーターを登っていた。

 

 エレベーターの表示が32で止まった。ホテルの最上階、金に物を言わせフロアごと借り切り改装した工房だ。そこには許婚であるソラウがいるだけ、苛立ちながらも気を緩めドアが開いた瞬間に無数の釘が一斉に襲い掛かった。

 

「主!」

 

 咄嗟にランサーが釘を打ち払い、そしてすかさず襲撃者に槍を突き立てた。

 隙を突かれたこと、庇われたことを理解し苛立ちながらも状況を確認しようとフロアに足を踏み入れたケイネスは更なる怒りと驚愕に思考が一時止まった。

 

「わ、私の工房が・・・・・・・・・い、一体誰が・・・・・・・・・・・」

 

 そこは港に向かう前に出たときとは全くの『別物』に様変わりしていた。空間そのものが万華鏡の様に捩れ歪んでいて用意していた結界や悪霊、魔力炉の波動は感知できない。完璧に整えた工房の変わり果てた姿に、さっきまでとは比でない怒りが湧き上がった。

 

「おのれぇ、何者か知らないが舐めたまねをぉぉぉぉ!!!」

 

 叫びながらも礼装を起動させ戦闘態勢に入り、同時に術式の中枢を読み取りそこにサーヴァントが居ない事を確認するとランサーに向きなおる。

 

「ランサー!!!今すぐソラウの元に向かえ、私はこの愚かな襲撃者にたっぷりとロード・エルメロイの恐ろしさを理解させに行く!!」

 

「ハッ、ソラウ様の安全を確認したら即座に戻りますので無茶をなさらないよう」

 

 そう言って消えるランサー、それを無用な気遣いをと鼻を鳴らし中枢に歩いていく。フロアは視覚的にも実質的にも迷路のようになっていたが、ケイネスの知識と直感は難なく最短のルートを読み取り、瞬く間に襲撃者の下へと辿りついた。

 

 そして鉢合わせた瞬間、襲撃者は武器を構え先程同様に無数の釘が放たれた。しかし今度は強力な強化魔術が掛けられ先の物とは比にならない硬度を持ち合わせていた。

 

月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)!!」

 

 だが、ただ硬くなっただけの鉄の塊がロード・エルメロイに通じるはずものなく、自律防御であっさりと凌がれ、その勢いのまま鞭の様にうねり、あっさりと襲撃者を斬り裂いた。次の瞬間には空間の捩れはなくなり何の変哲もない(・・・・・・・)部屋に戻っていった。

 

 このあまりにも呆気なさ過ぎる結果にケイネスの熱は急速に冷め、改めて状況を把握しようとしたが、

 

「きゃあーーーーー!!!!!」

 

 背後からの女性の悲鳴に振り向き再び思考を止めた。

 

 聖杯戦争は人目に晒してはならないし、それでなくても魔術は秘匿するもの。礼装を壷に戻し、記憶を改竄する魔術的暗示を発動させる。

 

「だっ、誰か!!警察をーー!!」

 

 にも関わらず背中を向けて逃げていく女性、悲鳴を聞きつけ他の客達(・・・・)も飛び起きてくる。理解不能な事態により強力な暗示を発するがまるで効果が表れず、騒ぎの勢いが増していく。

 

 このままでは不味いと実力行使に踏み切ろうとした時、窓から強力な光が差し込む。そこにはヘリコプターが停止してケイネスを照らしていた。

 次の瞬間には本格的な武装を纏った警官達が突入し、ケイネスを包囲した。

 

「大人しく投降しろ!!」

 

 見下していた日本人からの高圧的な言葉を侮辱と感じ相応の意趣返しとして、再び礼装を起動させ誅伐をくわえようとする。

 

(止めなさいケイネス)

 

 許婚の声が頭に響かなければ----------

 

(ソラウ、無事だったか。一体何処に?)

 

 ケイネスはランサーの令呪と魔力供給のパスを分割すると言う荒業を行使し二人で一組のマスターとして行動していた。その為、ランサーを中継器として魔力供給をしているもう一方のマスター即ちソラウと、ある程度の近距離なら念話が可能だった。

 

 許婚の無事に安堵し所在を確かめようと顔を天井(・・)に向けた事で彼は状況の全てを悟った。

 つまりここは自分の工房として改装した32階ではなく、すぐ下の31階であり、野次馬になっている客と警官達は既に強力な暗示にかかっている。即ち拙い罠に嵌ってしまったと。

 

(状況は理解できたかしら?この場は抵抗せずに大人しくしてなさい)

 

(ソラウ、一体何を言っているんだ?)

 

 自らの心を虜にしている女性の言葉とは言え、この物言いには男のプライドが反駁しよとする。

 

(外にはマスコミも来ている。最悪、魔術をテレビ中継する羽目になるわよ)

 

(!!?)

 

 その言葉に絶句するケイネス。魔術を秘匿する以上、人払いは当たり前以前の計らいである。これも罠の一環であるのは疑いようがないが、その全く真逆な行為の意図がまるで理解できなかったのだ。

 しかし最悪と言える状況は待ってくれない。誇り高き魔術師である彼は屈辱に煮えたぎりながらも警官たちの前に出て両手を差し出し、逮捕された。

 そして、数人の警官が倒れている少年の死体の近くを捜索し、白い粉が詰まった袋を発見した。

 ケイネスは何かを叫びそうになるが、

 

(大丈夫よ。聖堂教会のスタッフは優秀だし、何より誤解なんだから、直ぐに事はおさまるわ。それよりもここに居るのは、もう駄目だし少しして貴方の礼装を回収したら予備の拠点に行くからそこで落ち合いましょう)

 

 ソラウの聡明さと分析眼には一目をおいている。その彼女の諌言に憤りを抑え連行されて行く。

 

 

 

-149:47:12

 

 

 深夜テレビでは緊急特番としてハイアット・ホテルの様子を映していた。その中にはフードを被ってパトカーに乗るケイネスもあったが、名誉やプライドを重んじる輩なら晒し者にされるなどと言う屈辱は計り知れないだろう。

 

 それを見ながら魔王は目論見が成功したことにほくそ笑んだ。

 

「明日の朝刊とニュースが楽しみだ」

 

『上手くいった用で何よりですね』

 

 キャスターの声が掛かる。彼女は今、ホテルを見張れる空中でテレビとは別の角度で状況を伝えていた。無論、アサシンを警戒して隠蔽魔術は入念にして更に見つかりにくいように隠れながら。

 

『しかし、いくら役人の上役を操ったとは言え、この短時間にこれだけ早く動くとは』

 

「既にキナ臭い物が、あのホテルにあったとしたら?」

 

 キャスターの疑問に魔王が種明かしを始める。

 

『と、言うと?』

 

「公にはされてないが、あのホテルのバックには総和連合と言うヤクザの元締めが経営に一枚かんでいる。勿論、尻尾を掴ませないようにな。そして、今回ようやくその尻尾が掴めるかもしれない事件が起こったんだ。優秀で正義感の強い、この国の警察には格好の餌だろう」

 

 皮肉が込められた物言いに苦笑するキャスター。

 

『しかし、確かに一時は騒がれるでしょうが、先の港の工作からするに聖堂教会の隠蔽工作も中々のもの。この件も直ぐに沈静化されてしまうのでは?』

 

「確かに警察やマスコミを動かしただけでは不十分だろうが、魔術師と言う輩も常識からは外れていても社会システムから外れて生きているわけではあるまい。いや、外れていたとしても無視は出来まい」

 

 どうやら魔王の仕掛けはまだ終わってないようだ。キャスターは愉快な気持ちで魔王の話を聞いていた。

 

「とにかく、聖杯戦争そのものに揺さぶりを掛けるには十分だし、私の予想では事態の収拾は少なくとも丸二日は掛かるはずだ。追って監督役から一時停戦の通達が来るだろう。キャスター、魔力集めもそこでお終いにしろ、そこから先は・・・・・・・」

 

 突然話が切れ、訝しげに思ったキャスターは魔王の様子を確認しようとパスを繋ぎ直した。魔王はテレビには目もくれず、キャスターが映していた映像を凝視していた。

 

「キャスター、右下を慎重にズームしろ。いいか、慎重にだぞ」

 

 首を傾げたくなりながらも言われた通りにする。ホテルよりやや離れた位置で、近くにはホテルを一望できそうな大きな建物がある。そこにはそこで野次馬が集まってきていたが、その中に神父服の大柄の男が居た。アサシンのマスター、言峰綺礼である。

 

『これはこれは、彼もまたランサーを襲いに?』

 

「いや、それにしては今居る位置は変だ。襲撃と言うより襲撃者を待ち伏せようとしていたとした方がしっくり来る」

 

 そうなると誰を標的(ターゲット)に定めていたのか。ランサーを最も早く排除したいのは誰か、加えて諜報員を探すような網の張り方を考えれば答えは明白。しかし、あんな真似をしてまで身を隠したのに、わざわざ姿を現す合理的理由が見当たらない。

 

(或いはそんなものがないとしたら・・・・・)

 

「調べたいことと、試したいことが増えたな。予想通りに進めば完全勝利も可能かもしれないな」

 

 不遜ともとれ、それでいて頼もしい魔王の台詞を聞きながら、キャスターもまた不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 




 蛇足かもしれませんが、ホテルの経営うんぬんは捏造です。



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誇りとは・・・・?(下)

 先に言いますが、これは魔王にとって行き当たりバッタリの云わばギャンブルみたいなものです。


-144:09:25

 

 

  一夜の騒動が明け、東の空に黎明が差す。騒ぎが本格的な山に差し掛かるだろうが、今頃は父を始めとする聖堂教会のスタッフたちが隠蔽やケイネスの釈放、その事後処理に追われているはずだ。言峰綺礼は、表向きには聖杯戦争の敗退者として保護されている身、教会にあてがわれた私室に戻り、昨夜の空振りの反省とこれからどの様に衛宮切嗣に接触しようかを思案するつもりでいた。

 

 しかし、ドアを開けた途端にその考えは霧散した。何故なら部屋は華やいだ雅な気配を醸しだし、その源であるアーチャーが我が物顔でくつろいでいたからだ。更によく見ると極上の美酒と聞いて購入したワインがずらりと飲み散らかっていた。

 無論、このような酔漢に対して上機嫌で振舞えるはずもなく。

 

「一体、何のようだ?」

 

 感情を押し殺し、されど歓迎してないとニュアンスを込めて問うた。

 

「なにやら一際賑やかな祭りがあった様子だったのでな」

 

「祭り?」

 

 まず昨夜のホテルでの騒動だろう。そしてこの英霊、昨夜の綺礼がその現場に居たことを知っている。

 

「あのつまらん男の差配に退屈を持て余していたが、なにやら面白そうな予感が沸いてくる」

 

 一つ間違えれば聖杯戦争が根底から瓦解すると言うのに、ほとほと愉快そうに口にするアーチャーに呆れつつ綺礼はその存在を容認しかかっていた。

 

「・・・・それは英霊としての勘か?」

 

「この世の全て贅と快楽を貪り尽くした王としての見解だ」

 

 アーチャーは不適に笑ってグラスを空にし、話を続けた。

 

「此度の犯人は聖杯には興味がない。でなければあの祭りの盛り上げ方に説明が付かん。時臣あたりはアサシンより性質の悪い毒蜘蛛の仕業と考えるだろうが、我の見立てではそれよりも魔術に縁遠い部外者だ。そして求めているのは愉悦や興だろう」

 

 グラスに新しい酒を注ぎながら綺礼を見る。それを疑いと受け取り憮然と反論する。

 

「確かに私は部外者であり、聖杯に託すような理想も悲願も持ち合わせていない。だが神に仕える者として、愉悦などと言う罪深い堕落に手を染めるなどありえない!」

 

 綺礼の声を荒げた様子にアーチャーは底意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「愉悦が罪とぬかすとは――――――言峰綺礼、お前はお前で中々に面白そうな男だな」

 

「・・・どういう意味だ?」

 

「大した意味はない。それよりも綺礼、お前は他の五人のマスターに間諜を放つのが役目なのだろう?」

 

「その通りだが」

 

「であれば、今回の件の犯人探しも当て嵌まるな。ならば連中の動機についても調べ上げるのだ。そうすれば誰が犯人かは直ぐ解るだろう。そして我に語り聞かせよ。上手くいけば疑いを晴らすと同時に我に一矢報いることが出来るかも知れんぞ」

 

 とりあえず理に適っているようだが、根底にあるのは娯楽、つまりは面白がっているだけなのが見え見えである。そんな物にわざわざ応じてやる義理もないが、断るだけの理由もない。機嫌を取るような形になるのは癪だが、この奔放なサーヴァントに影響力を与えるかもしれない事を考慮すれば少なくとも損にはならない提案である。

 

「・・・・・まだ捕捉出来てないマスターもいる。相応に時間はかかるがそれでも構わないか?」

 

「ああ、別に急ぐ訳でもない。それで十分だ」

 

 再びグラスを空にし、許諾を得られもしたので席を立つアーチャー。部屋を後にしようとドアに近づいた所で綺礼の方に振り向いた。

 

「ちなみに、捕捉出来てない()とは誰のことだ?」

 

 この問いに衛宮切嗣が頭に浮かんだが、それをあえて表に出さず綺礼は仏頂面のまま答えた。

 

「キャスターの陣営だ」

 

 この答えにアーチャーは満悦な笑みを浮かべながら去っていく。

 

 ようやく独りになれた綺礼だが、何やら心の奥底を見透かされたような感覚が付きまとって来る。真偽は確かめようがないし、仮にそうだったとしても絶対に立ち入らせるつもりはない。

 そう誓いながらアーチャーが飲み散らかした酒瓶を片付けに入った。

 

 

 

-142:28:33

 

 

 テレビでは全チャンネルがあらゆる新聞の一面では、昨夜のホテルの事件を大々的に報道している。その勢いはキャスターのガス漏れや昏睡の扱いの比ではない。足が付かないよう魔王が何重ものコネを介し、裏で糸を引いたのである。

 

 そして当の魔王は、次の仕掛けを打つべく二人の男『遠坂時臣』と『言峰綺礼』の資料に目を通していた。まぁ、資料と言っても一晩で集めた簡略的なもので、表向きの経歴と簡単な家族構成が記載された物である。

 

 遠坂時臣は表向き不動産や土地運用を主とした個人投資家で、彼と取引した企業は必ず成功すると言う風評もあり、かなりの財を稼いでいる〝やり手〟に見えるが、その風評の元の根底に魔術的要素があるなら(表現は適切ではないかもしれないが)イカサマで稼いでいることになる。それを自らの実力と思っている自信家もしくはケイネスや初めて会った時のキャスター同様に一般人を見下すエリート気質を持っている可能性は高い。宝石商との取引もあるとの事だが、ビジネス関連ではなさそうで、その先は自分ではおそらく与り知れないだろう。

 家族は妻と小学生の娘が一人いて、現在は冬木市の親戚の家にいる。聖杯戦争に備えて非難させたと考えるのが妥当だろう。

 これらの情報と先の狂言も考慮してみると頭の良いバカ、つまりは自惚れ屋のイメージが伺え、戦闘に関しては事前の準備はよくやるが所詮は二流(アマチュア)であると思われる。

 言峰綺礼は外国の神学校を卒業し以降、神父として世界中を渡り歩いている。渡航記録からすると、かなり物騒な処に行った事もあり、殺し合い(こんなこと)に参加している事を考えると寧ろそちらの方が多いと推察でき、実際は―――自分や『ある男』と同様に―――表に出せない仕事に手を染めていたと思われる。

 家族は父親が冬木教会におり、監督役共々グルである疑惑が一つ補強されたことになる。

 

 無論、これらは心象であり確証はない。故に魔王はこれらの裏付けと昨夜、浮かんだ仮説を検証するための策を組み立てキャスター(・・・・・)に実行させる為に指示を出した。

 

「キャスター、アーチャーのマスターである遠坂の娘を誘拐しろ。時間は下校途中に周囲の目撃者は勿論、アサシンにも十分警戒するのを怠るな。監禁場所は第三アジト、間違ってもここに戻ってくるなよ。それから終わったら母親の方も監視しろ、俺はしばらく仮眠するので指示があるまでは待機していろ」

 

 返事も待たずに通信を切り、ベッドに横たわりそのまま眠りに付く。

 

 

 

×    ×    ×

 

 

 一方キャスターは無言のまま、目標を捕らえ水晶に映し出していた。幸い情報は即座に共有していたので現住所や容姿は簡単に確認できたが、それでもこのまま黙って従うのはやはり面白くない。指定された時間まで猶予もあるので、やり方はマスターに倣って迂遠な方法でも用いようかと思案し始めた。

 

 

 

-135:06:52

 

 

 遠坂凛には覚悟があった。

 父親を尊敬し、その跡を継ぎたいと常に願い、そうでありたいと覚悟だけは人一倍と自負していた。

 だから、小学校の教室まで波及した昨夜の大ニュースやここ最近の冬木市で起きている出来事についてもそれなりに知っていた。

 今この街の夜に怪異が犇く戦争をしていることもその当事者の一人に父親がいることも。

 面白半分で噂話をしている者もいれば、友達のコトネのように不安に苛まれている者もいる。両親からは邪魔をしてはいけないと厳命されているものの、せめて自分の手の届く者達だけでも何とか出来ないかと凛の心は幼い責任感に苛まれていた。

 

 そんな事を考えながら現在身を寄せている禅城の家に帰宅しよう駅に向かっていた時、それを見た。

 まだ夕刻にも関わらず夢遊病の様な足取りで自宅とは全く違う方向に向かうコトネの姿を、この時凛は直感した友達が『戦争』に巻き込まれようとしていると、両親の言に従えば深追いせずに父に報告するのが筋であろう。しかしコトネを助けるのは何時だって自分であり、誇り高き遠坂の一員として『常に余裕を持って優雅たれ』を実践している身、一分にも満たない葛藤の末、遠坂凛は家訓に則り禁を破った。

 

 言うまでもなく、この時の凛は子供だった。周りが不自然なくらいに普通過ぎる出来すぎた状況の中に自分がいることも友達を助けると言う大儀の前に気が付かなかった。

 

 

 流石に駅前の人通りの多い場所で魔術を使うわけにはいかないので、様子見の意味も含めて尾行を開始した。少し歩くと人気は少なくなっていき、裏道に入る路地にコトネが入った所で見失わないように走って自分も路地に入ったがそこにコトネの姿はなく、焦燥に駆られそうになった時、凛の意識は闇に落ちていった。

 

 

 

×    ×    ×

 

 

 意識を失った凛を抱え、キャスターはゆるやかに魔術を解いていく、餌に使った少女も三十分もすれば解放され帰路に着く。本当はその三十分間、凛が右往左往するのを見ていたかった。子供とは言え魔術の恩恵を受けていたのは一目見て解っていたし、少しは張りがあると期待したのだが、はっきり言って拍子抜けである。

 そんな事を思っていた時、どん、と言う魔力のパルスを感じた。方角は冬木教会、昨夜マスターの言っていたこと思い出し、どうやら策が効果を表したようだ。

 

 やはり心理的要素で人を操るのは魔王(マスター)の方が上、と言ってもその片鱗しかまだ見ていない。ならばと、これからの展開を期待しながら監禁場所に向かった。

 

 

 

-133:44:37

 

 

 マスターの召集信号から一時間、息子とケイネス以外の使い魔五体が揃ったのを確認して老神父、言峰璃正は語り始めた。

 

「時間がないので単刀直入に言う。昨夜の騒動は皆知っていると思うが、その際に事件の当事者として二人の少年が死んだ。そして、その少年達はこの国の政治家と官僚の隠し子であることが分かった」

 

 神父として、いつものように説法じみた口調だが、そこには焦りと疲れが感じられた。

 

「そして彼らは魔術とは一切無関係な立場にあるため、このスキャンダルを我々の意図とは真逆の方法で揉み消そうとしている」

 

 つまりは事の責任と世間の矛先をケイネスに向けさせようと工作しているのだろう。老神父の疲れの色やこの様な招集を掛けたのを考えれば相当高い地位にいる者達を相手にしているのは想像に難しくない。

 

「勿論、これで聖杯戦争を躓かせる様なことにはしないし、聖堂教会として彼らとは納得の行く形で折り合いをつける。

 だが聖杯戦争を続けながら、それをすることはかなり厳しい。よって監督役の権限として聖杯戦争の一時休戦を勧告する。すべてのマスターは直ちに戦闘行為、間諜などの工作を中断せよ。コレに違反した者は、更なる監督権限で残るマスター全てに討伐を厳命する」

 

 言っている事は職権乱用のようだが厳しさと真剣さは伝わってくる。おそらく今回の下手人に向けて言っているのだろう。名指ししないのは確証がないからか、もしかしたら手掛かりすら掴めていないのかも知れない。

 

「では私はこれより対応の検討に戻られねばならない。諸君らにも質問があるかもしれないが、この重大事項の処理を誤ればどんな結果になるかは説明するまでもあるまい」

 

 使い魔を通じて聞いているマスター達もまとも(・・・)な魔術師なら理解できるだろう。

 

「諸君らの悲願に至る聖杯戦争とその大儀を思い出し、どうか自重してくれ、事態が収束したら改めて正常な聖杯戦争を再開する」

 

 そう宣言し教会を後にしようとする。

 この一件の黒幕、裏切り者については気掛かりだが、ここには自慢の息子が残る。息子なら最悪が起きても上手くやるだろう。そう信じ自分も父親として、聖堂教会の者として、亡き友との約束の為、この予期せぬ出来事を必ず収束させると決意するのであった。

 

 

 

―132:50:07

 

 

 父が教会を後にして一時間も経たないうちから、言峰綺礼は重苦しい雰囲気の中にいた。目の前には魔道通信機があり向こう側には師であり、共犯者である遠坂時臣がいる。

 

「それで凛が誘拐されたと言うのは間違いないのですか?」

 

『ああ、〝一億円をダイヤに換えて用意しろ〟とう脅迫状と一緒に髪が同封されていた。魔術で調べてみたら凛と一致した。葵の方にも帰ってこないと確認が取れた』

 

「奥様のほうは?」

 

『かなり動揺していたが心配するなと言い含めておいた。あれは出来た妻だ、学校への対応は任せて問題ないだろう』

 

「脅迫状そのものや送られ方には魔術的なものは無かったのですよね?」

 

『ああ、一切無い。だからと言ってこんな偶然がある筈も無い。先のホテルの一件といい子供を誘拐するなどと言う下劣な手段を用いることと言い、この様な魔術師としての誇りを辱める輩は一人しか思いつかない』

 

 間違いなく衛宮切嗣の事を言っている。しかし彼を騙った第三者、消去法から言うとキャスターのマスターが犯人である可能性も無きにしも非ず、であるのだが時臣はその可能性を端から観ていない。と言うよりも他にこんなことをする輩が参加しているなど信じたくないのだろう。

 

(いや、私もアーチャーと話さなければ時臣師の考えに乗って、この可能性を考えなかっただろうな)

 

 顔が観えないこといいことに綺礼は堂々と苦笑した。その間にも時臣の話は続く。

 

『私は魔術の秘匿に責任を持つものとして、この様な事は断じて赦せない。心情的には直ぐにでも討伐に出向きたいが、璃正神父からは自重しろと厳命されたばかり、遠坂の悲願のために協力してくれている方に泥を塗るようなこともまた恥』

 

 どうやら板挟みになって寸での所で冷静さを保っているようである。ならばこのまま軽はずみな行動は避けさせるように説得する。それでなくてもこの人物は楽観的で足元を見ない癖がある。そういう部分に気を配るのが自分の役目だと綺礼は考えていたので、声を上げて言った。

 

 

 

「我らは今すぐに討って出るべきです!」

 

 考えていたことと正反対なことを言いながらも綺礼の言葉に淀みは無かった。

 

「そもそもルール違反を犯したのは向こう側、ましてやこのような外道に屈するなど誇りの意義を履き違えていると言うもの!」

 

『!!』

 

 通信機越しでも時臣が瞠目したのが伝わって来る。

 

「魔道の誇りを尊ぶ導師なら答えは明白なはず。凛もまたその道を歩むことを志しています。ならば何れの背中を見せることが真の魔術師でありましょうか!」

 

 数秒のとても深い沈黙の後、通信機から小さな笑い声が響いた。

 

『ふっふふ、これは一本取られたようだ綺礼』

 

 どうやら時臣の腹は決まったようである。同時に綺礼も立ち上がり覚悟を決めていた。

 

(任務や父の信頼に反することは解っている。だが神が与えてくれたかのようなこのチャンス、逃すことなど出来ん!)

 

 もとより綺礼の聖杯戦争参加の意義は衛宮切嗣である。その強い目的意識の前には、代行者としての責任もお門違いな信頼も全て霞む。故にこの決断に一片の悔いは無かった。

 

 

 

 




 今回は言峰綺礼の回ですかね・・・・


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祭りの熱気(上)

 今回、戦闘描写があります。楽しんで頂けると幸いです。


 

-131:14:03

 

 

 冬木市市外より、直線距離にして西に三十キロ余り。

 そこには外観的にも実質的にも人を寄せ付けない深い森がある。正式名称『アインツベルンの森』その森の結界の奥にはセイバー陣営の拠点である巨大な城があった。

 

 

 ×    ×    ×

 

 憂鬱顔のアイリスフィールが溜息を我慢していた。

 現在、城のサロンでは切嗣と弟子である久宇舞弥、そして自分とセイバーとで会議をしていた。だが切嗣は頑としてセイバーを拒絶し、セイバーも言葉にはしないものの傍から見て実に不服そうしていた。

 会議の内容は魔術的地理と現状の確認だが、空気を換える意味も込めてアイリスフィールは今後の事に話を進めようとした。

 

「これからのことだけど・・・最優先すべきランサーを倒しにいくのは色々な意味でリスクが高いし、万全の状態を整えるためにも、やはり監督役の言うとおりにしばらく事態を静観したほうが良いじゃないかしら?」

 

 妻の正論に切嗣は己が見解を述べた。

 

「アイリ、全てのマスターが監督役の勧告を守るとは限らない。いや確実に動く輩が出て来るのは、ほぼ間違いない」

 

「それって今回の犯人?けど監督役の提示した罰則はかなりのものよ。最悪、五対一になるかも知れないのに、それでも動くなんて馬鹿な真似するかしら?」

 

「証拠を残さず、尻尾も掴ませなければ成立しないよ。実際に僕も独自のルートから犯人探しをしてみたが、何一つ成果が上がらなかった。犯人は間違いなく情報戦のプロだ、更に戦略にも精通している。もう動いているかもしれない」

 

 確信めいた口調で言った後、切嗣は昨夜の事を思い出していた。

 

 セイバーの呪いを解くため、ケイネスを拠点ごと葬り去ろうと爆薬を準備しホテルに向かったが、既に先客が仕掛けを施していたようで舞弥からも傍受した警察無線から不穏な動きがあると聞いて即座に撤退し様子見に徹していたのだが、あの結果は予想外だった。

 仕掛けに直に加担した者達は簡単に分かったが、そこから背後を探っていくと魔術的操作を受けた者の他に何人もの人間を介し、果ては海外のメールサーバから経由して指示を受けていた者もいた。それでも少し時間を掛ければ割り出しは可能だろうが、今はその時間が無く、仮に割り出せたとしてもダミーである可能性が高く効率的観点から別の方向から探ることにした。

 

「ライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットの追加調査で得たものも含め、現行分かっているマスターのプロファイリングに犯人と合致する人物はいない。となると残るはキャスターのマスターとなるが、確たる証拠も無く素性そのものも掴めない。手掛かりを一つも与えない辺り、かなりの切れ者だと考えた方がいい」

 

 ここまでにアイリスフィールもセイバーも異論を挟まなかった。

 残る四人のマスター、被害者であるケイネスや港でのウェイバーの有様、何の戦略も無くバーサーカーを投入した間桐、遠坂にしても穴熊を決め込んでいる中であれだけの事を気付かれずにやるのは無理がある。何より切嗣から逃れられる者が只者であるはずが無い。

 

「今、他のマスター達の警戒は緩くなっている筈だ。その隙を突くか、揺さぶりを掛けて潰し合わせるか。とにかく何かが起こるはず、この城に居たら僕らが標的にされても不思議じゃない。早急に放棄して拠点を移そう」

 

「深山町に用意した新しい拠点ね」

 

 アイリスフィールの声が弾む。個人的な期待があるようだと察し、セイバーは呆れた。少し注意しようと声を掛けようとした時、アイリスフィールの顔が強張った。

 

「―――――もう来たのかい?」

 

「ええ、森の結界から警報が届いたわ」

 

 切嗣の問いに皆が戦闘態勢に入った。

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 遠見の水晶玉を用意し侵入者の姿を映し出す。

 赤いスーツにルビーの柄が付いたステッキを持つあご髭の男が堂々と歩いていた。

 

「遠坂時臣、なんでこの男が?」

 

 ずっと沈黙を守ってきた者が、休戦状態であるこのタイミングで敵陣に来るなど実に不可解である。しかも水晶越しでも怒っているのが明白に分かる。その怒りを含んだ声を高々に響かせたからだ。

 

『遠坂家現頭首、冬木市の管理者(セカンドオーナー)遠坂時臣が、かつての盟友アインツベルンに一度だけ警告する。

 我が娘、凛をすみやかに解放し、魔術師の誇りを汚すものを差し出せ。そして古の矜持に従い聖杯戦争を継続すると盟約を立てるなら、監督役の顔を立てて事を荒立てんと誓おう。これを無視すると言うのなら相応の覚悟をもって貰う』

 

「切嗣、彼は一体何を言っているのか分かる?」

 

 妻の問いに切嗣は首を横に振る。

 

「まさか、さっぱりだよ。だが言っていた事を吟味すれば大体の検討は付く。どうやら既に先手を打たれていたようだ」

 

 娘を誘拐され犯人を切嗣だと考え乗り込んできたのだろう。無論、切嗣には全く身に覚えが無い。真犯人はキャスターのマスターと見て間違いない。

 ここまで大胆な行動に出てきたと言うことは―――――――事前に切嗣の情報を持っていたかはともかく―――――――真犯人にそう誘導されるような何かをされたと言う事になる。

 

 遠坂時臣は宣言した後、真っ直ぐに城に向かって歩いて来ている。当然、背後にはアーチャーが付いているだろう。

 ならばここは大人しく招き入れて誤解を解き、情報を得るために共闘を旨とした交渉をするのが順当だろうが、上手くいくとは限らないし直観がこの男とは組めないと告げている。何より、これほど早く仕掛けてくる真の敵に対し消極的に取り組んでいては、敵はガンガン攻めて来るだろう。

 そして、時臣の今の状態は切嗣にとっては『好都合』でもある。考えを纏めた切嗣は意を決し指示を出した。

 

「アイリ、エリア・エフェクトを発動させ遠坂とアーチャーを分断、セイバーを足止めに向わせてくれ、遠坂はこの城で僕が迎え撃つ。舞弥はアイリを連れて城から逃げてくれ。新手には十分気をつけて」

 

 セイバーには直接声を掛けず拒絶を崩さない指示に本人は憤りが沸くが、今はそんな事を言っている場合ではない。頭を切り替え、すみやかに武装し戦場に向った。

 一方、港でアサシンの真実を知っていた舞弥は切嗣の意図を理解し、逃走ルートを二番目、三番目に使用することを考えていた。

 そして案の定、言峰綺礼が一番目の逃走ルートから向ってくることを感知していたアイリスフィールは、彼を危険視する切嗣を思い出し、ある決意を固め、城を出たら舞弥に切り出そうと決めた。

 

 

-130:46:01

 

 

 

 遠坂時臣がアインツベルンの城を目指す中、突如森がざわめき出し、辺り一面の景色が歪んでいく。森に施されていた幻惑魔術が倍増した、つまりは相手側も戦闘を受けるつもりなのだろう。背後のサーヴァントの気配は無く、これ見よがしに出口らしきモノも見える。

 

「時臣、セイバーが近づいてくるぞ。さっさと用向きを済ませてこい」

 

 どこからかアーチャーの声が響き、この激励に最大限の敬意で返礼する。

 

「ご武運を」

 

 礼装の杖を握りしめ、時臣は迷うことなく駆けて行った。

 

「これまでずっと退屈させてきたのだ。少しは我を愉しませる見所を見せろよ」

 

 幻惑を消し去り、邪悪な笑みで見送った後、疾風のごとくやって来たセイバーに王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を展開し臨戦態勢を取った。

 一方、セイバーは宝具を使えない上に敵の得体の知れなさも合わさり、こちらからは攻め込まず守りに徹する構えを取った。

 睨み合いが続く張り詰めた空気の中、アーチャーは戦意も覇気も無く余裕で城を視界に収め、セイバーは全く余裕の無い焦りすら感じる中で敵の意図を測りかねていた。

 そして、緊張がピークに達した時、アーチャーが出現させていた宝具を四廷投擲した。しかし、よそ見しながら放ったような攻撃がセイバーに通じる筈も無く、あっさりかわされて、その勢いのまま斬りかかってくるが、間合いに入る前に再び投擲した宝具に阻まれ、また睨み合いが続く、このループが何度も何度も繰り返される。

 

 

-130:36:55

 

 視界を阻む木々と幻惑の術を抜け、時臣の眼前に古城が現れる。娘が監禁されている可能性も考慮に居れ、破壊は極力避けようと決め正面の扉を炎の魔術で破壊する。

 

 城内に入るとシャンデリアが輝く広いホールが外界との空気を一変させる。だが時臣は感慨に耽ることなく気を引き締める。

 

(相手は手段を選ばない外道だ。セオリー通り魔術のみで戦うわけが無い)

 

 魔術感知と同時に通常兵器の警戒も必要と熱探知の応用で怪しい所を探す。するとやはりホールの四隅にある花瓶に不自然なものがあるのが分かった。

 すかさず炎の魔術で吹き飛ばし無力化する。他に怪しい所はなかったのが警戒を解くことなく足を進める。

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 ホールの小型カメラから一部始終を見ていた切嗣は時臣を冷静に分析していた。

 事の経緯は不明だが敵は自分の事をそれなりに調べ上げている。魔術の腕も噂どおり一流であり、それなりに用心深くもあるようだ。そう、それなりに―――――――これまで集めた情報と今目にした事を重ね合わせるとマニュアル通りに動く、戦闘経験の乏しい御し易い相手(アマチュア)であると判断した。

 最悪、他の新手が来た場合も含め、かなりの難敵なら城ごと爆破することも考慮にいれていたが、杞憂に終わりそうだ。ならば確実に仕留めるべく〝狩り〟のプランを検証し始めた。

 

 そうして考えが纏まったとき、サロンのドアが静かに吹っ飛び、遠坂時臣が怒りのオーラをまとい踏み込んできた。

 

「散れ」

 

 もはや問答無用と切嗣に向かい火球を放つ。

 

「固有時制御――二倍速」

 

 しかし、切嗣も既に魔術を発動させる準備を済ませていたので、目にも留まらぬ速さで火球をかわし、時臣の背後を通り廊下へと躍り出た。

 

「ぬぅう」

 

 予想範囲内とは言え、魔術を収めた者があんな外道に堕ちた事実は、魔道の誇りを尊ぶ者として許せるものではなかった。

 より一層の殺意を強め、その後を追いかけた。

 

 

 

 切嗣は頭に叩き込んだ城の見取り図を検討し、待ち伏せに最適な場所に息を潜めながら魔術の反動による苦痛に耐えていた。だが、そんな事はお構い無しに警戒を高めて反撃のタイミングを窺う。

 時臣の攻撃魔術、索敵、行動はオーソドックスなもので一流ではあるが至極読み易い。いくら魔術以外のものも警戒していると言っても自分の『切り札』までは知らないはず、陽動と挑発を繰り返し我慢の限界を超えさせれば確実に狩れる。

 

 そして、敵の気配を察知しリモコンで罠を起動させる。時臣は炎陣を展開し防御、注意が逸れた一瞬を突き左手のマシンガンを連射する。

 それでも時臣はしっかり対応し、弾丸が止んだ瞬間に火球を放とうとするが、カウンターを合わせるように右手のコンテンダーを発砲し脇腹を抉った。

 

 致命傷には至らなかったものの悲鳴を押し殺し苦悶の表情を浮かべる時臣に目も暮れず切嗣は踵を返し逃走、追ってくる気配は無いので物陰に隠れコンテンダーの薬莢を抜いて魔弾(切り札)を装填、仕留める手筈は順調に進んでいる。

 

 

 

-130:21:37

 

 

 冬木市新都――――――――

 繁華街に近いアパートに一室で魔王は三つ(・・)の戦闘を注意深く観察していた。

 

 一つはサーヴァント戦、アーチャーは牽制のみ終始しセイバーをまともに相手するつもりは無いようだ。興味は完全に城の方にあるがマスターを案じている様には見えず、もう見限っているのかもしれない。――――――そうなると新しいマスターの宛てがあるのか?

 次にマスター戦、遠坂時臣は止血した脇腹を押さえながらも正々堂々と行った感じで戦っているが、衛宮切嗣は死角からのヒット・アンド・ウェイを繰り返し、明らかに何か狙っている。右手にある銃を使おうとしないのに、その何かを感じる。

 最後に森の西側で行われているセイバー陣営の協力者である二人の女性とアサシンのマスター言峰綺礼との戦闘、それ自体は予想内だが、わざわざ侵入者に鉢合わせるように出向くとは意外だった。綺礼が先に行くために交渉をしようとしたが二人は頑として聞き入れず戦闘が始まった。そして、そのやり取りで魔王はある確信に至った。

 

(やはり、この男の標的(ターゲット)は衛宮切嗣だ。どんな因縁があるかは知らないが、これはかなり有効に使える)

 

 戦闘自体はあっさりと決着がついた。銃器と魔術を駆使した女二人を黒鍵と拳法の体技だけで倒した。

 だがここで完全な予想外が起こる。満身創痍の二人を差し置き先に行くかと思いきや銀髪の女に近づき、髪を掴み上げて『誰の意思で戦ったのか?』詰問した。その表情は至極真剣であった。

 

(何故、捨て駒をそこまで気にかける?いや、捨て駒にすること自体が解せないと言う口振りだったな)

 

 キャスターに拠れば銀髪の女は人間でなく人形(ホムンクルス)、それが聖杯戦争に参加している事実と今見たものを照らし合わせると、アレも聖杯戦争に置ける重要な役割を担うと言う結論に達した。

 

「キャスター、予定変更だ。今すぐに森の西側に向ってあの男を追っ払え、他に見られても構わん。そのあと女達に今から言う処置をしろ」

 

 

 

-130:12:09

 

 

 煮えたぎる怒りと焦りが時臣の中で沸きあがり、沸騰しそうな血液がどんどん頭に上っていく。敵は上の階に逃げ行き一見すれば追い詰めているようだが、そこに凛が居て盾にでもされたら、いよいよ魔術師の責任と遠坂の家訓に従い最悪を覚悟しなければならない。

 そうならない為にも早急に決着を付けなければならない。時臣は次の一撃に全てをかけると決め、少々強引な手段を取る事にした。

 

 

 

 三階の廊下を曲がろうとした時、炎の壁に阻まれ敵もいよいよ勝負に出たと切嗣は、ほくそ笑んだ。時臣はすぐそこまで来ている、ならば座して待ちこちらも最後の仕上げをするまでだ。

 

 

 

 程なくして対面する二人、語る言葉は一切無いと出会い頭に最大限の魔力を込めた火球いや炎弾を放つ時臣、それにワンテンポ遅れて切嗣の右手のコンテンダーから魔弾が放たれる。互いに最強の攻撃がぶつかった瞬間、戦いに終止符が打たれた。

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 いかな単独スキルのあるアーチャーと言え、マスターが絶命しかかっているとなれば察することは出来る。まして今のアーチャーは目の前のセイバーなどお構い無しに城に灯った火の手や轟音に想像を巡らせていた。そして、その結果がダイレクトに伝わって来た時、満悦に微笑んだ。それはこの場に居ない誰かに向けられたものだった―――――お前の狙いは、お見通しだ――――――と。

 

 これで用件は済んだとばかりに消えていくアーチャー、その様子に足止めされ居ていたのは自分の方なのだったのかとセイバーは歯痒い疑問に囚われる。

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 切嗣の切り札である魔弾、『起源弾』それは魔術回路を電子回路に置き換えると水滴のような役割を果たす。つまり迸る電流の如く魔力をより発揮させ魔術回路を行使するほど、その魔術師は自らの魔力で破壊される。

 

 時臣は魔術回路が暴走し、神経系と臓器が破壊され大量の吐血と共に床に倒れた。放った炎弾は切嗣に到達する前に霧散し、炎の壁も魔力が途絶え瞬く間に消失した。窓はおろか壁まで壊れていたので風通しがよく酸素には困らないが、熱気と煙による息苦しさはまだ少し残るだろう。

 

 しかし、その程度の事気にする切嗣でもなく確実に止めを刺すために左手のマシンガンを単射に切り替え近づいていくと、背後から奇妙な気配を感じた。

 振り替える間もなく煙から紫色の骨の兵士―――竜牙兵―――が現れ、令呪のある時臣の右手を切り落とした。そのまま右腕を持って去っていく竜牙兵に照準を合わせ発砲するが、届く前に空間が捩れ文字通りに消えた。

 

 空間転移なんてものは始めて見るが、今感じているのは驚きでなく納得であった。

 こんな芸当は魔道の英霊であるキャスター以外は不可能、つまり一連の真犯人はキャスターのマスターであると言う確信を得られたのだ。そして、キャスターなら奪った令呪でアーチャーを始末することも可能だろう。虫の息である時臣はそのまま絶命するのを待つ方が良いようだ。丁度よさそうな瓦礫に腰掛けながら切嗣は煙草を口に咥え火をつけた。

 

 いいように利用され勝利を横取りされたことに何の感慨も無い。寧ろ此れだけのことを仕組んだマスターとそれに進んで協力しているキャスターに感嘆する。セイバーに同じ事を課せば溝が深まる所か決裂しても可笑しくない。―――――自分が組むサーヴァントはおろか立ち位置まで向こう側の方がずっと自分好みだと深い溜息と共に紫煙を吐き出した。

 

 

 




 遠坂時臣、脱落です。


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祭りの熱気(下)

 今宵も人が死にます。


 

-130:11:41

 

 

 魔王(マスター)の指示通り、言峰綺礼を退却させたあと倒れている一人と一体の女性に応急処置と記憶の改竄を行う。いくら双方とも魔力に耐性があると言っても瀕死の状態なら造作も無い。

 

 しばらくして竜牙兵からアーチャーのマスターの右腕を受け取る。令呪については、ついさっきマスターから支持を受けたのでその通りにする。

 その時、キャスターはこれまでを顧みていた。アサシンのマスターがセイバーのマスターを狙っている可能性は自分も考えていたが、まさかこの様なやり方で立証してみせると予想だにしなかった。

 勿論そうでない可能性、アーチャーのマスターが単独で乗り込んでくる場合や一旦、言う通りにして戻ってきた監督役と慎重に対応する場合のことも示唆されていたが、秘匿しなければならないアサシンのマスターがここに現れたと言うことは、命令無視か逆に彼がこの状況を焚き付けたのか、どちらにせよマスターが正しかったことに他ならない。先の女達とのやりとりも合わせれば、それ以外考えられない。

 つくづく恐ろしいマスターに引かれたものだと愉快な気分になってくる。とその時、膨大な魔力を感知し空を見上げると、()()()()セイバーがこちらに落下しながら斬りかかってきた。飛び退くことでかわし、これでマスターの指示は全て完了したので実体化を解いてさっさと撤退する。

 あとは倒れている彼女らが目を覚ませば言峰綺礼のことは忘れ、キャスターにやられたと証言するだろう。特に人間の方には念入り(・・・)に処置をしておいた。これがどんな仕掛けに至るのかキャスターは期待で胸を躍らせていた。

 

 

 

 

-116:12:48

 

 

 すっかり日が高くなった頃、魔王はキャスターの探査魔術や考察、竜牙兵を監視カメラ代わりにして集めた情報と自らのコネによって得た情報を並べ、どう組み立てて活用するか思索していた。

 

 セイバー陣営は黒髪の女の回復を待ちながら篭城しているようだが、あの衛宮切嗣があんな不便で、その上分かり易い拠点にいつまでも留まる訳が無い。そう思い不動産関連の情報を探ってみると、なんと衛宮の名義で古い和風建築の物件を入手していた。

 本人は意表を突いたつもりだろうが完全に裏目に出た形だ。こちら側にも既に監視の手筈は指示しているが、どう使うかはまだ保留だ。

 ライダー陣営は監督役の勧告通りに自粛しているが、煎餅齧って兵器のビデオを観ているライダーにマスターの少年がズボンをどうだのと言って、聖杯戦争が再開したら未遠川に水汲みに行かせる事を承諾させていた。キャスターによると初歩的な錬金術で水の中の魔力残量を調査しようとしているのではないかとのこと。

 あらゆる意味でド素人のイメージがある少年だが、こういう地道な調査を怠らないのは誉めるべきところだろう。

 バーサーカー陣営、と言っても死に掛けのマスターが夜の街を徘徊しているだけで、ほっといても良さそうだが、遠坂の妻――――葵と会い娘、凛についての話を聞いた時の顔は興味深かった。恋慕を抱いているは見え見えだが、あんな一見穏やかそうでボケたような女では気付いてもいないだろう。実際に誘拐された娘の事は、既に死んだ夫の言いつけに従い学校には適当に誤魔化した、夫に嫌われることを何よりも恐れる芯のない人間だ。    

 どこに魅力を感じたのかは理解できないが、こう言う者達はある意味もっとも扱い易い駒になりそうだ。

 アサシン陣営、言峰綺礼は教会に戻り沈黙している。流石に教会の中の様子は探れないが諦めずに衛宮切嗣を狙う算段をしているか、二回も邪魔した自分たちに怒りの矛先を向けているか?

どちらにせよ使い道は決めているので、その要となる人物に思考を切り替える。

 ランサー陣営、キャスターによるとケイネスは冬木に集まったマスターの中で一番優秀な魔術師なので、その気になれば簡単に警察から出てこられるのだが、聖堂教会ばかりか彼の実家まで大人しくしている様にと通達されているので、檻の中で怒りを押し殺しストレスにさらされている。一緒に居た女は郊外の廃工場で待機していた。

 しかし、その甲斐もあって今夜には釈放されるようだ。予想していたとは言え本当に二日で片を付けた監督役の手腕に感嘆する。

 

 魔王はじっくりと時間をかけ、全ての情報を重ね合わせ自らに完全勝利をもたらす最良の戦略を構築した。あとはキャスターに実行させるだけ、直ぐに必要なものは、もう出来て第二アジトに運び入れてある。そこから先の準備も十分間に合うので、これまでとは打って変わって魔王はキャスターに丁寧に説明し、慎重に行動するよう言い含めた。

 

 準備は今日中には終わるはず、自分は夜に備えて寝ていればいい。しばらく昼に寝るのが癖になりそうだと苦笑しながら魔王は瞼を閉じた。

 

 

 

-107:55:27

 

 

 ケイネスは生まれながらの貴族であることを自負していた。極東の島国やそこに住む者達など情緒も慎ましさもない醜悪な国、贅を履き違えた愚か者と見下していた。故にそんな輩に逆に高圧的な態度を取られ、あまつさえ牢屋に入れられて二日も過ごすなど彼のプライドは、それまでの人生とは全く無縁の屈辱を限界まで味わっていた。

 有体に言えば、自分をこんな目に合わせた犯人に何倍もの苦しみを持って報復するつもりであり、そうでなくても今、目の前に敵が居れば八つ裂きにしてしまいたいほど血に飢えていた。

 

 監督役からは事後処理が残っているので聖杯戦争再開は明晩となると伝えられた。それまでに犯人に繋がる情報を検証し、突き止められなかったとしても拠点がはっきりしている御三家のいずれかを再開の合図と共に襲撃する。そんな事を考えながらも目的地に向う。

 

 どしどし歩きながら仮の拠点である廃工場に入りながらも愛する許婚であるソラウに醜態を見せぬよう深呼吸を繰り返す。ソラウは直ぐに出迎えて彼に礼装を返す。彼に劣らずお嬢様育ちの彼女は不機嫌な面持ちで、この二日間の不満と犯人への憤りを騙る。顔を見るだけでも大きな癒しになるが、珍しく二人の考えが一致した事でケイネスは今までに無く彼女と会話が弾む。そうしてお互いの心情を確かめった後、今後のことを話す。

 背後に控えているランサーも主達に配慮し、少し離れようかと声を掛けようとした時、サーヴァント()の気配を察知し実体化して前に出た。

 

「ケイネス様!ソラウ様!」

 

 槍を構えて戦闘態勢を取るランサーの先に紫色のローブを着た女が車椅子を押し、それに乗ったスーツ姿に笑顔を浮かべた仮面をつけた男が現れる。

 

(女の方はキャスターのサーヴァントで間違いない。となると車椅子のほうはマスターか?)

 

 何故、白兵戦に向かないキャスターがマスター共々姿を現しに来たのか?敵の意図が全く測れずランサーは主である二人を庇いながら慎重に出方を窺う。ケイネスのほうも礼装を起動させソラウに下がらせようとしていた。

 

 張り詰めた緊張感が漂い、腹を探る睨み合いがしばらく続くと思われたのが不意に車椅子の男から声が響いた。

 

「ブタ箱の感想はどうだった?」

 

 その一言でケイネスは全てを理解した。

 目の前の男が自分に屈辱を味合わせた犯人だ。今の安すぎる挑発も、また何か企んでいるのは見え見えだが、ぶり返して来た屈辱と怒りは彼の我慢を易々と突破し、例えどんな罠であろうと打ち破って見せるとロード・エルメロイのプライドも相まって魔力を全開にして高々と叫んだ。

 

月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)!!!」

 

 次の瞬間、背後の水銀は形を変え()()()()()()()に襲い掛かった。

 

 

 

 

 ランサーは絶句して、おびただしく吐血し全身から流れるように出血する『ケイネス()』を凝視した。水銀は剣山のような形状に変化し体のありとあらゆる所を貫いている。

 破魔の紅薔薇(ゲイジャルグ)で水銀を貫き魔力を断ち切るとケイネスは白目を剥いて倒れた。辛うじてまだ息はあるようだが出血量から見て、最早絶望的な状態だ。

 

「主の魔術を自ら破壊するなんて、実に貴方らしいわね。ディルムッド・オディナ」

 

 嬉々と言葉を発するキャスターにランサーは激情に駆られ槍を振るう。しかし、キャスターは車椅子を前に突き出し飛び退いた。槍は仮面の男に直撃するが血が流れることなくバラバラになる。どうやらこれは人形であり、胸元からは携帯電話が露出し声が発する。

 

「キャスターが教えてくれたよ。そいつはマスターの中で一番優秀な魔術師だと。だが、()()()()()()最も優秀な魔術師は誰だろうな?」

 

「主の礼装に細工をしたというのか!バカな!!礼装はソラウ様が・・・・・・・」

 

 振り返りソラウを見た時、ランサーの激情は絶望に変わった。

 そこには、かつて愛した女グラニア姫と同じ顔をしたソラウが自分を見つめていた。その熱い陶酔の視線を認識したとき全てを悟った。

 彼女が共犯者(グル)であると。思い返せば、ホテルでの罠も聡明な魔術師である彼女が真下の階を魔術で改造されているのに気付かないのは不自然だ。加えてケイネスが捕まる際も絶妙なタイミングで嗜めた事、彼の実家に連絡して自重を促すよう要請した手際のよさも全てが今に直結している。

 

「ランサー、これで邪魔者は居なくなったわ。これからは私がただ一人のマスターよ、共に戦い一緒に聖杯を獲りましょう」

 

 恋焦がれる乙女として近づいてくるソラウと血と水銀の水溜りに横たわるケイネスを再度認識したのがトドメだった。

 己の魔貌がかつての悲運を超える最悪の結果を齎してしまった。否、こうなる可能性は予想できたのに忠義を尽くすことを免罪符に何もしなかった自分に騎士を名乗る資格すらないと、ランサーは深くて暗い絶望と後悔に呑まれた。

 

「・・・・ラ・・ン・サ・・ァー、じ・・・け・・・・・つ・・・し・・・・・ろ」

 

 その時、意識の無いはずのケイネスから出た言葉は『令呪』を通じランサーに流れ込んだ。彼はそれに逆らうことなく寧ろ積極的に従った。

 

「きゃぁぁぁーーーーー!!!!」

 

 ソラウの悲鳴が響き、人形を通じて説明する。

 

「言い忘れていたが細工した命令(コード)は一つじゃない。発動するかは疑問だったが体内に入った魔力までは無効化されなかったようだな」

 

「つ・・・づ・・け・て、めぇ・・・ず・・・・そ・・ら・う・・を・・・・こ・・ろ・・せ」

 

 最後の令呪が消え、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)でソラウの心臓を貫き、ランサーも消え、ケイネスも絶命した。無念に散った男たちを他所にソラウの死に顔は幸せそうだった。

 

 

 

「恋は盲目とも言うが、流石にここまですんなり行くとは思わなかったな」

 

 電話越しからの魔王の言葉、それは女の裏切りに最後まで気付かなかったケイネス()と実らぬ恋に溺れたソラウ()どちらに向けられたのか。後者であるなら聞き流せない。

 

「愛する男の手にかかって死ぬ。堪らなく甘美な思いを抱いて逝けたのですから良いんじゃありません?」

 

「単に魅惑(チャーム)とやらを強化しただけだろう?言い換えれば洗脳だ、それでも本望だと?」

 

「それがどうかしましたか?」

 

 愛に溺れ己を破滅させた魔女からすれば、それが何であろうとソラウの死に顔にケチを付ける様なことはされたくもしたくも無かった。

 同時にこれ以上は素性の開示にも繋がるので話題を移すことにした。

 

「それともこんな悪辣なことを仕組んだ張本人が今更、良心だの正しいだのと言うことに目覚めたとでも?」

 

「まさか、この程度の事で揺らぐような繊細さは持ち合わせていないさ。何よりこれから成す我が宿願を思えば些事も同然だ」

 

 魔王もキャスターの意図を汲んで話を先に進めることにした。

 

「この国に未だかつて無い地獄絵図を描き出す。でしたか?」

 

「そうだ。私がこれから成す悪は、こんな狭い了見しかない連中の戦争ごっことは訳が違う。国を通り越して世界規模の巨悪になるだろう。より多くの人間の負の感情が沸きあがる地獄を作る。こんな所で小さな障害に躓いてなどいられんのだ」

 

 魔王の言う障害とは今転がっている連中ではないだろう。しかし、それならそれで疑問が出る。

 

「それはセイバーのマスターの事ですよね。それならいっそアーチャーたち同様、彼らもぶつける方がよかったのでは?」

 

「そいつらには勝つ見込みが見当たらない。マスターにしろサーヴァントにしろな、特にマスターの方は裏をかかれて殺られるのが落ちだろう。ならば別のことに有効に使ったほうがよっぽどいい」

 

「残ったマスター達ははっきり言ってザルですよ。それともマスター自身が出向いて始末すると?」

 

「私も含め、衛宮切嗣に勝てるマスターはいない。だが、マスターに勝てるカードが無いならサーヴァントのほうで攻めるまで。

 ライダーもバーサーカーも期待するには十分なモノを感じるし、都合のいいことに双方ともセイバーに執着してるようだしな。それでも駄目なら最後の手段を使うまでだ」

 

 この答えに満足し、これからの確認に移る。指示されたことは済ませてあるがライダーとバーサーカー、まずどちらを使うつもりなのかいい加減聞いておきたかった。

 

「聖杯戦争の再開は明晩だったな。そうなればライダー達が動くだろうが準備はできているか?」

 

 下水に魔力残滓を流せと言っていたことだろう。あの場所にセイバーもおびき寄せるつもりなのだろうか?否、魔王(この男)がそんな単純な手を使うわけが無い。また何か迂遠な策を弄しているのだろうが、楽しみはとって置こう聞き返すのは止めておいた。

 

「ええ、ご心配なく。それでこちらの方も予定通りに?」

 

「ああ。死体も人形もそのまま置いていけ、再開したら直ぐに監督役に連絡しろ。処理しに来たら御退場いただく」

 

「しかし、監督役が居なくなったら聖杯戦争に致命的な支障がでてしまうのでは?」

 

「シナリオは出来ている。四日もすれば片は付くさ、その為にもあの監督役は邪魔だ。さっさと排除するに越したことは無い」

 

 それから幾つかの確認を済ませた後、携帯の通話が切れる。キャスターは魔王の言ったことを反復した。

 つまり四日後には聖杯を我が手にできる。明確な期限も宣言され胸が高鳴るのを抑えながら、この場での最後の仕掛けに取り掛かった。

 

 

 

 




 ランサー陣営全滅。


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おっさんたち・・・

 今回は魔王未登場


―97:03:18

 

 

 言峰綺礼は後悔していた。

 アサシンを通じて観たキャスター陣営によるランサー陣営の謀殺劇は鮮明に脳裏に焼き付いている。また、時臣を嵌めたのもキャスター達である言質も取れた。

 ならば事後処理を終え休んでいる父に今すぐ報告して、自分も含め全てのマスターをキャスター討伐に向わせるのが急務だ。だが、その後の会話にあった一言が綺礼にブレーキをかけていた。

 

(衛宮切嗣に勝つカード)

 

 キャスターのマスターは衛宮切嗣と何らかの関わりがあり、生き残っている者の中にあの男を倒せる者が居ないと言っていた。

 

 彼等と自分の利害は、これ以上ないほど一致している。しかし、アインツベルンの森でキャスターと接触したにも関わらず、自分の名前が挙がらなかったのはアサシンを失ったものだと思われていると考えるのが妥当だろう。必勝を期した時臣の策が裏目に出てしまった。

 時臣の部下の役目を放棄し、逆に彼を使い捨てる形でアインツベルンに挑んでいったのだが、こんな事ならもっと慎重に事を運んで接触を試み、手を組むよう交渉するのが一番良かったのだ。結果論とは言え綺礼は後悔していた。

 

 だが、いつまでも無意味な事に耽ってはいられない。自ら動くことなく時臣とケイネス、二人のマスターを謀殺してみせた。このままいけば残りのマスターも餌食になるのは目に見えている。

 彼の者は衛宮切嗣を障害と言いながらも武器として使おうとしているのは解り切っている。次はライダーをぶつけると言っていたが、同時に切嗣に潰させようともしている。

 最悪を考えると、その前にどうにか自分も売り込み決戦の場を整えて貰うのがいいが、空間転移でマスターはおろかサーヴァントの現在位置も特定できない上、主導権も向こう側にあったままでは埒が明かない。

 

 少なくとも彼等の計画、ライダーとセイバーの一戦を遅らせる必要はある。その為に綺礼はもう一人生贄を出すことにした。

 

 

 ×    ×    ×

 

「それは本当なのか!?綺礼」

 

 教会の執務室で第四次聖杯戦争監督役、言峰璃正は狼狽を隠し切れず息子の話を聞いていた。

 

「はい、昨夜の内にランサーはマスター共々討ち果たされました。下手人はキャスターとそのマスターで、しかもこの者達、先のホテル騒動の下手人でもあると示唆することも言っていました」

 

 相手が相手だけに一筋縄では行かず、多額の献金と相手側も納得できる形での隠蔽工作をすることで疲弊きわまる交渉がやっと纏まり、漸く一息つけた矢先に最も聞きたくない報告である。

 

「再開の合図はまだ出していない。とことん嘗めた真似をしてくれるな」

 

 怒りが混じった声を聞きながら綺礼は淡々と続けた。

 

「父上、お怒りは御もっともですが、彼らは何の隠蔽工作もすることなく去っていきました。直ぐに発見されることはないでしょうが、万が一を考えて早急に現場に向ったほうがいいかと。お疲れなら私が指揮を取り-----」

 

「お前は表向き保護されている身だ。運用可能なスタッフを連れて私が直接出向く」

 

 そして戻ってきたら予定通り聖杯戦争を再開し、警告通りにキャスターに全勢力を傾けるつもりなのだろう。

 しかし、それをする前にキャスターの罠が発動し、言峰璃正は帰らぬ人となるだろう。今生の別れとなるのは理解しているのに綺礼は何一つ言葉をかけず、時臣同様切り捨てる形で父を死地に送り込むことに奇妙な感覚を覚えながら見送った。

 

 

 

-94:37:26

 

 

 郊外の廃工場に車を止めた時、璃正は死の気配を察知した。

 年老いているが代行者であった感覚はそこまで衰えていない。疲労は抜けていないが、それでも慎重に足を運び二つの死体を発見する。かなり時間が経っているが血臭はまだ残っている。そして近くにはバラバラになった人形と壊れた車椅子があり、笑顔を浮かべた仮面を付けた首がこちらを向いていた。

 

 そして、璃正と顔を合わせた瞬間、仮面の目が見開き瞬く間に強烈な閃光が辺り一体を包んだ。

 

 

 

-86:51:09

 

 

 礼拝堂の前で綺礼は、今日一日の中で何か見落としはないか?これから何かが起こる兆しはないかと自問自答していた。

 

 朝方、廃工場が爆発し父と隠蔽工作のスタッフ数名は命を落とした。アサシンを通じて確認した後、休息中のスタッフを伴い現場に急行、爆発を偶発的事故として情報工作し、そこにあった死体と人形を回収した。他の痕跡はまとめて吹き飛んでくれたので取り立てて難しくない作業であり、父の右腕に蓄積されていた過去の令呪も共に回収することが出来た。

 

 しかし、綺礼にとって重要なのはここからであり、回収された人形から手掛かりを求め調べてみると仮面の付いた頭部に簡易魔術の形跡と腹部辺りに爆弾が仕掛けられた形跡があった。爆弾自体は魔術的痕跡が一切なく、キャスターの魔術は発動と隠蔽のみに留めていたのだろう。ならば爆弾の入手経路からマスターを辿ろうとしたが結局徒労に終わった。

 

 アサシン達に監視させている他のマスターもライダーとバーサーカーは相変わらず変化なし、セイバーも拠点を森の城から深山町の古い武家屋敷に移っただけで肝心の衛宮切嗣は捉えられず進展はない。

 

 キャスター達とて監督役の死亡は把握しているはず、今夜の再開の合図はないと察し計画の修正をするなら何か動きがあるはずだ。

 それとも自分は過大評価でもしていたのか。若干の苛立ちを感じ始めた時、礼拝堂の扉が勢いよく開いた。振り返ると長方形の大きな箱を抱えた顔面蒼白の遠坂葵がそこに居た。

 

「言峰さん・・・・あ、あ、あの人が・・・・り、凛が・・・・」

 

 その様子は半狂乱に近くまともに話を出来る状態ではない。とりあえず治癒魔術の応用で落ち着かせ、箱の中身を見ると人間の右腕が入っており、遠坂の魔術刻印と令呪の痕跡があったことから遠坂時臣のもので間違いない。中には携帯電話と手紙が同封されており―――――――身代金を三億に値上げする。今度無視したら娘の一部を送る――――――と書かれていた。

 全く予想外の所から来たアプローチに、綺礼は今度こそ衛宮切嗣(ターゲット)と相対できるかもしれないと内心で笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

-75:29:39

 

 

 冬木市新都――――――――

 駅前にある安ホテルの一室で、衛宮切嗣はハンバーガーを片手に集めた情報を並べ聖杯戦争の現状を把握しようとしていた。

 

 アーチャー、マスターである遠坂時臣の死体は処理し、あれだけ狡猾に立ち回るキャスター達が令呪を腕ごと持ち去って行ったのだから脱落は間違いないだろう。

 アサシン、遠坂の斥候役を務めていると睨んでいるが、主を失った現在は教会に仕掛けたフェイクの監視を潰し穴熊を決め込んでいる。何を考えているのか解らない『異物』なだけに警戒は怠らないほうが良いだろう。

 ランサー、一昨日の夜にセイバーの呪いが突然解けたことから、既に殺られているか、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)が破壊されたか。前者であるならキャスターが動いた可能性が濃厚だ。新たな隠れ家を探し出し真偽を確かめる必要性がある。

 キャスター、手掛かりなし。あらゆる方法で調べても調べても何一つ確かなことが解らない。

 ライダー、同じく手掛かりなし。豪放そうに振る舞うも追跡不可能な移動手段を活用する隙のない難敵だ。

 バーサーカー、間桐邸を出入りするマスターらしき無防備な人影を使い魔が確認したが、キャスター達が遠坂同様に接触(利用)する可能性もあるので泳がせておくのがいいか。

 

 アーチャーとランサー、後者は推測にすぎないがキャスターとそのマスターが罠に嵌め(策を練り)始末したなら、もはや情報戦や計略では勝機は薄いと見たほうがいい。ならばいっそ開き直って力技で全ての罠をぶち破り続けて、痺れを切らせて来た所を仕留めるのも手ではある。聖杯の器は自分の手元にあるのだから守りに徹する戦略自体は変わらない。完全に後手に回っているが先手を打てる要素がない以上、最善を尽くす為に思考を切り替えるのもプロの仕事だ。

 己に繋がる証拠を一切与えない切れ者であり、他人をどんなに上手く操って策略を巡らそうと、その全てが破られれば無理をしてミスを誘うことは可能なはずだ。敵が同じく戦闘のプロであっても敵の狙いを把握し弱点を突く〝相手の裏を掻く〟と言う己の戦術は変わらない。その時の為に万全のコンディションを維持する、獲物を狩る為に情報を集めることも必要なら待つことも必要だ。大局を見失わず反撃の機を掴むのだ。

 そうして食事を終えた切嗣は夢も観ない眠りに付いた。

 

 

 

 

-62:11:39

 

 

 アインツベルンの森に、雷鳴を迸りながら駆ける戦車(チャリオット)が降り立つ。手綱を握るライダーの後ろには憂鬱そうな顔のウェイバーと人一人入りそうな大きな樽があった。

 

「なんだこの森は?見晴らしが悪い上に迷子になりそうで不便極まりない」

 

 辛気くさい顔で辺りを見回すライダーにウェイバーがマントを揺すりながら訴えた。

 

「だったら早く帰ろう!!こんな所、もし監督役に見つかって変な誤解されたら・・・・・」

 

 聖杯戦争休止から三日、部屋でゴロゴロしているのも昼の街を散策するのも飽きたと言って、セイバーと酒盛りをしようと言い出し、ウェイバーは言った傍から大反対していた。

 しかしライダーは『これは戦闘でも懐柔でもなく一献交わしながら互いの格を問う、いわば問答、何の問題も無い』と一蹴しここまで来たが、面倒になって森の結界を破壊でもしようものなら、何と言い繕えばいいのか考えただけで胃が痛くなる。

 

 そんなウェイバーを他所に森を観ていたライダーは辛気くさい顔から一転、澄ました顔で予想する中での最悪の事態が起きていた事を推察していた。

 

「坊主、誤解ではなくそのままの意味で先駆けした者がいるようだぞ」

 

 そう言って森の東側に戦車を進める。そこには広範囲によって破壊された木や抉られた地面、それらは新しく、つい最近戦闘があった痕跡があった。

 

「もしかしたら此度より前の聖杯戦争の名残かと思ったが、そうではないらしいな」

 

 戦車から降りて木や地面を確かめながら語るライダーにウェイバーも遅れてはならないと御者台から降りて手掛かりを探そうとした。

 

「この攻撃範囲と傷痕からすると、おそらくアーチャーだな」

 

「足跡の形からするとあと二人いたみたいだぞ」

 

 ライダーの考察にウェイバーも負けじと張り合う。

 

「うち一つはセイバーだろうな。襲ってきた賊に対し正々堂々と迎え撃ったと言った感じだな」

 

「だったらもう一つはアーチャーのマスターか?」

 

「そうなるだろうな。セイバーが来る前にこの場を離脱、行き先は――――――坊主、戦車に戻れ」

 

 立ち上がり遠くを見据えるライダー、今宵来たそもそもの目的地がそこにあるのだろう。ウェイバーも固唾を呑んでそれに従った。

 

 

 

 綻びた森の結界を抜けアインツベルンの城の前に出る二人、予想通り正門は破壊されており、外側から見える壁や窓も同じような箇所が少なくなかった。

 意を決しホールに足を進め、更に戦闘の痕跡を辿っていくと今度は予想外の光景があった。二階の廊下に飛び散った血飛沫と機関銃の薬莢が転がっていた。

 

「扉の破壊具合や傷跡の一部から見て炎の魔術の使い手が居たのは間違いないが、そやつの相手は魔術でなく現代の武器を使用しているようだな」

 

 この前まで見ていた兵器ビデオの知識と合致することから、ライダーの口調は確信めいていた。

 

「ちょっと待て、その相手ってアインツベルンだろ。魔道の名門がそんな手段を使うなんて------」

 

「ああ、セイバーの後ろに居た銀髪の女ではないだろうから傭兵でも雇ったのだろう」

 

 ライダーの妥当な見解もウェイバーは未だに信じられないといった顔だ。

 それでも進んでいくと終着点の三階の廊下まで辿り付く。そこには血の匂いが残っており、大量の血痕がぶちまけられていた。そこらか数メートル先は床、壁、天井に焦げ痕があった。

 

「なるほど、城の傭兵がアーチャーのマスターの放つ炎の魔術をかわし、逃げながらも応戦するがここに来て追い詰められた」

 

 ウェイバーはライダーの説明を聞きながら興奮しているのか恐縮しているのか判らない感覚が身を包む。

 

「傭兵の前に炎の壁を造り逃げ道を塞ぐ、そして止めを刺そうと渾身の一撃を放つが、予期せぬ何かが起こりアーチャーのマスターは敗れた。まぁ、戦況はこんなところかのう」

 

「じゃあ、アーチャーも聖杯戦争から脱落したのか?」

 

 ウェイバーの順当な結論に、されどライダーは納得がいかないとばかりに唸りながら考え込んでいた。

 その直ぐ後である。三日前にも感じたドン、という魔力のパルスが東の空に上がる。その意味は聖堂教会から聖杯戦争再開の合図がでたのだ。

 

「合図が出たって事は・・・・・」

 

 ケイネスが釈放され聖杯戦争に再起したと言うことである。マスター達の中で唯一、ウェイバーと縁故はあるだけに複雑な心境であったが、ライダーがいかつい手でぐりぐりと掴み撫でたため憮然と振り払う。何だか色々台無しにされた気分である。

 

「解らんことをうだうだ考えていても仕方あるまい。戦を続ければ、いずれ答えは出るというもの」

 

 そう言ってライダーは酒樽を豪快に呑む。あまりの酒臭さに気分が悪くなるウェイバーだがサーヴァントに弱みを見せまいと威勢を張り、これから起こる戦いに思いを馳せた。

 

 

 

 




 聖杯問答、未開催


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哀ゆえに(上)

 今回(一応)王と王の会話があります。


 

 

―47:01:55

 

 

 冬木大橋新都方面―――――――

 明朝にも関わらず遠坂葵の顔は憔悴していた。聖堂教会の力も借り、三億の身代金をダイヤに換えて用意するのは一日で出来た。その直後に犯人から連絡あり、この場所まで来た。指定されたのは午前中、明確な時間が分からず葵の心中は言表せないほどの恐怖と娘への心配で一杯だった。

 

 そこにピロピロと携帯電話の着信音が鳴った。慌てふためながらも通話ボタンを押し耳に当てる。

 

「もしもし・・・・?」

 

『良き母親だな、貴方は』

 

「え?」

 

『午前中と指定しただけで、夜明け前からそこで待っていた』

 

 その言葉が理解できなかった、ただ一人残った娘の命が掛かっているのだ。当たり前の事だろう。

 

『では、そこから歩いて駅に向って貰おう。電車に乗って今から言う駅のロッカーにダイヤのケースを入れろ』

 

 指定された行き先は隣の県との県境にある駅だった。駅まで行く時間を考えても急いで二時間は掛かる。葵は通話状態のままダッシュで走り出そうとした。

 

『ああ、言っておくが先程のように慌てながらの素振りは目立つから控えるように、あくまで自然にゆっくりと行け。駅に着いたら連絡する』

 

 解り切っていた事だがこちらの様子は筒抜けのようだ。不安、焦り、恐怖、怒り、様々な感情が沸き起こり激しい動悸が襲ってくるが、娘を助けたい、その一心で気持ちを持ち直し駅に向った。

 

 

 

 

-45:55:24

 

 冬木市新都――――――――

 魔王は隠れ家から電車に乗って移動する遠坂葵を見ながら、同時に仕掛けの進行が順調に行っているか、イレギュラーは起こっていないかを確かめていた。

 

 ライダーは予定通りに未遠川で水汲みをし、バーサーカーのマスターは常に位置を把握している。セイバーは昼間出歩くつもりがないのか新たな拠点に居るが、マスターである衛宮切嗣の所在はつかめない。それさえ判れば葵を県境ではなく隣の県まで行かせるのだが、自分達が掴めていないと言う事はアサシンも掴めていないと見ていいだろう。

 

 そうであるなら平行して準備した仕掛けも作動するはず、それが成れば今の仕掛けの為に連れてきた(誘拐した)お嬢ちゃんに会いに行くのもいいかもしれない。

 

 

 

―43:03:14

 

 

 指定された駅のロッカーにケースを居れ、葵は改札の近くに居た。犯人の言う通りに落ち着いた雰囲気を装うとしていたが、内心は言表せないほど乱れ、よく見ると冷や汗が出ていた。

 

 もう一時間近く待たされている。駅の職員からは『大丈夫ですかと?』と声を掛けられたが待ち合わせをしていると言って何とか誤魔化した。しかしこのままでは警察に連絡されることはないかもしれないが、悪目立ち過ぎる。負のイメージばかりが頭を回る中で突然、携帯電話が鳴った。

 

「もしもし!」

 

 はち切れんばかりの勢いで電話に出て叫ぶが、相手は不機嫌な声で返してきた。

 

『・・・・騒がしいぞ、大声を出すな』

 

「す、すみません・・・・それで、この後どうすれば・・・?」

 

『予定変更だ。戻ってこい』

 

「え?」

 

『ロッカーからケースを取り出して戻ってこい』

 

「それは・・・どうして・・・・?」

 

『聞き返すな。とにかく冬木に戻って来たらタクシーに乗って今から指定する場所に向え』

 

 葵は反論もせず犯人から指定された場所を頭の中で反復しながら手首に書き留めた。

 

『何度も言うが目立たないよう慌てずにな』

 

「そこに行けば凛を返してもらえるんですね?」

 

『それは貴女しだいだ』

 

 必死に不安を押し殺しながらの声に犯人は嘲笑うように言った。

 

『もし、返さなかったら?』

 

「許さない!!」

 

 その荒々しい返答に、犯人は静かに呆れたように言った。

 

『その気迫、もっと別の事に向ければ遥かに有意義なのだろうにな』

 

 その言葉の意味は不明だが通話はもう切れていた。

 

 叫んだことで周囲から些か注目を浴びたが気に留める余裕など無く、改めて切符を買って電車に乗り込んだ。

 

 

 

-38:11:52

 

 

「AAAALaLaLaLaLaLae!!」

 

 未遠川からの術式残留の調査により手掛かりを掴み、ライダーとウェイバーは下水管のトンネルを駆けていった。行く先には竜牙兵が立ちはだかるが、雷を放つ戦車の前に蹂躙される。

 しかし数だけ揃えてある雑兵は道案内でもするかのように配置されており、ライダーは拍子抜けを通り越して疑念が沸きがっていた。

 

「なぁ坊主、魔術師の工房攻めとはこんなものなのか?なんだか妙ではないか?」

 

「明らかに変だって。無防備に廃棄物を垂れ流して事といい、やっぱり罠だと考えるほうが自然だ」

 

「フッ、面白い。ではその罠ごと蹂躙するとしようかの」

 

 ウェイバーは引き返して慎重を期するべきと主張したかったが、その前にトンネルは終着点を向え、広い空間に踊りでる。光源の無い暗闇の中、暗視の術を発動させ罠に気を配ろうと辺りを見回す。

 

「貯水槽か何かか?ん、あれは・・・・」

 

 閉ざされた狭い空間の中、静かで殺風景が当たり前そうな場所に『それ』はひたすら目を引いた。

 

「なんだ、アレが罠か?」

 

 ライダーの怪訝そうな声にウェイバーも反応に困っていた。『それ』は安物のテーブルの上に見付けて下さいと言わんばかりに無造作に置いてある現代では差して珍しくも無い『携帯電話』だった。魔術的な偽装やトラップの気配は全く無く、しかし他に目ぼしい物も無く手ぶらでは帰れないと近づこうとした瞬間、ピピピピピピと大音量で携帯の電子音が鳴った。閉鎖空間の為の反響もあって相当にうるさい。

 

「・・・・・坊主、とりあえず出てみたらどうだ」

 

 不快感をあらわに急かすライダーに憮然としながらも着信ボタンを押し耳に当てる。

 

「もしもし?」

 

『ライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットだな』

 

「いや、あの・・・」

 

『とりあえずライダーにも自己紹介するからスピーカー音にして電話をテーブルの上に置け』

 

 若くそれでいながら自信に満ちた声にウェイバーは少し狼狽しながらも言う通りにし、気を取り直して問い返した。

 

「それでアンタは一体誰なんだ?」

 

『キャスターのマスター、魔王だ』

 

「ほう、ここに来てまた新たな王が出てくるとは。しかも魔王とな」

 

 不快感から一転、顎に手をやり上機嫌で声を発すライダーにウェイバーは怒りと呆れの入り交ざった視線を向ける。

 

「しかし王を名乗るなら姿をさらし堂々と名乗りを上げたらどうだ」

 

『魔王だからな。悪の権化たる者、その様な方法は取れん』

 

 ライダーの安い挑発をサラッとかわす。そのやり取りを観てすっかり毒気が抜けてしまいウェイバーは気安い口調で話しに入った。

 

「お前、こんな事がしたくて、あんな回りくどいやり方でボク等をここに誘い込んだのか?」

 

『無論、違う。聖杯戦争に必勝を期すために来てもらったのだ』

 

「なんだ、余と同盟でも結びたいのか?」

 

『まさか。ギブ・アンド・テイク、そちら求めるものを与える代わりにこちらの要望を聞いて貰いたい』

 

「要望?魔王だけに魂でも所望か?しかし例え万の魂があっても生粋の魂喰らい(ソウルイーター)である余は他にくれてやるマネは出来んぞ」

 

『それも悪くないが、今回は止しておこう。ライダー、君はセイバーにご執心のようだな。昨夜も郊外の城に酒を持って出向いたほどだ』

 

 この時、ライダーは魔王の意図を悟った。

 

「成る程な。罠は罠でもそういう罠か、王たる余を使おうとは」

 

『されど悪くは無かろう。お誂え向きにランサーは既に始末したからセイバーとは十全の状態で戦える。征服王の沽券も障りあるまい』

 

 さりげなく言った魔王の発言はウェイバーの予想を超えていた。事実なら再開から一日も立たずケイネスは敗退したという事になる。どんなに嫌いでも実力の確かさを知っている身としては信じられなかった。

 

「その話、信じる証拠はあるのか?」

 

『ないな、死体も綺麗に処理したからな』

 

 ウェイバーの問いに即答したのにライダーは眉をひそめた。

 

「解せぬな。何故己に不利になる発言をする?貴様の誘いに乗らずセイバーと共闘し貴様の首を獲りにいく場合もあるのだぞ」

 

『もとより信ずるに足る身ではないからな。それに若干、勘違いがあるようだが私の要望は君達にセイバーの元に行って貰いたいだけだ』

 

「余とセイバーが戦うかどうかは二の次だと申すか。しかし行ったら何があると言うのだ?」

 

『それを今話すのは面白くないな。行ってからのお楽しみでどうだ』

 

 魔王のちゃらけた台詞にライダーは目を閉じて検討していた。

 昨夜の城で見たものや魔王の言葉から戦いは中盤どころか終盤に入っている可能性は低くない。ここで手を拱いていては、また魔王は迂遠な策で自分たちを絡めとろうとして来るだろう、それは面白くない。逆に誘いに乗ればセイバーの情報が手に入り、油断を誘発し付け入る隙があるのかもしれない。また、罠だとしても食い破れる切り札はある。

 

「面白い。行こうではないか!」

 

「ちょっとまて!ライダー――――――」

 

『では住所を伝える。戦いたいなら急いだほうがいいぞ』

 

 ウェイバーを無視して話を進める二人、伝えられた住所は現在位置から一時間も掛からない所にあり、ライダーの戦車なら遥か短時間で着くだろう。必要なことを伝え携帯電話の通話が切れる。

 

「一体、何考えてんだよ!この馬鹿はああ!!これ、どう見ても罠だろ、セイバーとお前を潰し合わせて漁夫の利を得ようって魂胆が見え見えじゃないか―――――――って聞いてんのかライダー!!」

 

「いやなぁ、今はそれ所でないわい。なんせ余のマスターが殺されかかっとるんだからな」

 

 腰の鞘からキュプリオトの剣を抜きウェイバーを庇うように構えを取る。

 それで奇襲は無理だと悟ったのか、闇の中から髑髏の仮面が次々と多種多様なアサシン達が中に居る二人を包囲するように姿を現した。

 

 ライダーの監視役に配されたアサシンの一人は彼らの行動を逐一、綺礼に報告していた。今回も綺礼の指示に照らせば何もしないのが正しいが、自分好みの環境に獲物が飛び込んでいった魅力的な状況を前にして欲に取り憑かれていた。

 そんな歯痒い心境の中、マスターである綺礼から『全力でライダーに勝利せよ』と令呪を持って命令が下された。これはアサシンにとって願ったり適ったりの展開、ここでライダーを倒しキャスターの策略に相乗りすれば、残るのは自分とキャスターのみ、最弱のサーヴァント相手ならマスターが謀略に優れていようとも勝機は十分にある。聖杯を手にして願いが成就する可能性が見えてきた事でアサシン達全員の戦意は高まっていた。

 

「無茶苦茶だ。なんでこんなアサシンばっかり・・・・・」

 

「なんでもへったくれもなかろう。坊主、少し落ち着け」

 

 ライダーの態度にウェイバーが逆上しそうになるが、余裕を崩さない様に口を噤む。

 

「どうやら相当の覚悟いや勝算を持って出てきたようだが、やはり余の与り知らぬ所で何かが起きているのか?」

 

 ライダーの問いに答えずアサシン達はクスクスと忍び笑いを漏らすだけ。

 

「まぁ、お主らが全力でくるならこちらも相応のモノで向えなくてはいかんな」

 

 次の瞬間、狭く薄暗い空間が一変し、容赦なく照りつける太陽と延々と続く砂漠が現れる。包囲していたアサシンも一群となってライダーと対峙する位置に追いやられる。

 

「固有結界って・・・なんで魔術師でもないお前が?」

 

 狼狽するウェイバーにライダーは誇らしげな笑みを浮かべる。

 

「それはこれが我ら(・・)全員の心象だからだ」

 

 その言葉に呼応するように後ろから多くの足音が聞こえてくる。振り返るとそこには辺りを覆いつくす軍勢がやってきた。ウェイバーはマスターの透視力で軍勢の全てがサーヴァントであると見抜いた。

 

「時空を超え我が召還に応じるかつて余と轡を並べた勇者達、彼らとの絆こそ至高の宝、我が最強宝具、『王の軍勢(アイオニオン・ヘタエロイ)』なり!!」

 

 もはや多勢に無勢どころの話ではない、アサシン達は令呪も夢見た勝利も忘れ立ち尽くし、逃走し烏合の衆へと成り果てた。

 

 

「色々と話したいこともあったが、如何せん時間が無さそうなのでな。早々に決めさせてもらうぞ」

 

 乗り手の居なかった黒馬に跨り号令を出すライダー、戦いとも掃除とも呼べない一方的な展開にアサシン達は成す術も無く消えていった。

 しかしライダーは勝ち鬨の声も上げずに結界を解除して、戦車へと乗り込んだ。

 

「坊主、あの小さな機械は持っているな。さっさと乗り込め」

 

「お、おい。何そんなに慌ててるんだよ?」

 

 ウェイバーも慌てて後に乗り込み、瞬く間に出発する。

 

「当然よ。早く行かねば、もう終わっているかも知れんからな」

 

「終わっているって、魔王はお前とセイバーを戦わせよと―――――――」

 

「いや、奴の狙いは余に〝行く〟と言わせることだ。実際、そう言った際にアサシン達の殺気が漏れ出したからな」

 

「アサシンの事を気付いていて始末させるのが目的だって言うのか!?」

 

 そうだとしたら恐ろしいにも程がある、ケイネスを倒したというのも信憑性が増す。

 

「そう考えるのが妥当だろう。となればセイバーの方にも何か仕掛けている可能性は高い。踊らされているようで癪だが、これ以上後手に回らないためにも現状の全てを把握する必要がある。魔王の策が成就する前にな」

 

 そう言って手綱を握りしめ速度を上げていくライダーにウェイバーも負けじと自らを奮い立たせた。

 

 

 




 アサシンは短い夢見て、逝きました。


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哀ゆえに(下)

 新しい注意事項
 間桐雁夜は救われませんので、彼のファンの人は戻ったほうがいいかも知れません。
 そのことに対する批判も受け付けません。あしからず。


-37:59:52

 

 

 冬木市深見町―――――――

 すっかり日が落ちた。葵は新都に戻った後も犯人の指示で市内を走り回らされた。タクシーに続き、バス、電車、徒歩と移動手段も様々な物を使った。

 

 そして、ついさっき犯人からやっと明確な場所が提示された。目的地である()()()()()()()は 目の前だ。あとは指示通りにインターホンを押して身代金を差し出せば娘が返ってくる。不安と疲労で思考がおぼつかない葵は、その希望に縋るしかなかった。

 

 何度もインターホンを押し、扉をたたき早く出てくるよう呼びかける。しばらくして中から銀髪と金髪の外国人が出てきた。葵はアタッシュケースを差し出し狂乱気味に叫んだ。

 

「ダイヤはここにあります!娘を!!凛を返して下さい!!!」

 

 開口一番の葵の剣幕に面食らうも、つい先日似たような訪問を受けた二人は顔を見合わせた。

 

「アイリスフィール、このご婦人は・・・・」

 

「私も同じことを考えていたわ。セイバー、結界を強化するから辺りを警戒していて、私はこの人を落ち着かせるから」

 

 例え敵の妻であっても、罠であろうとも、同じ娘を持つ母親としてアイリスフィールは目の前の人物を捨て置けなかった。そうして遠坂葵に手を伸ばそうとした時――――――

 

「彼女に触るなーーーーー!!!」

 

 突然の怒鳴り声にその方向に顔を向けるとフードを被った今にも死にそうな、それでいながら物凄い怨嗟いや怨念に満ちた目をした男が彼女らを捉えていた。

 

「どうやら時臣は本当に殺られたようだな・・・・・だが魔術師なんてのは、どいつもこいつもみんな同じだ・・・・俺はお前らを赦さないッ!皆殺しにしてやる!!」

 

 次の瞬間、男の影から黒い何かかが姿を現した。男に劣らない凶悪な殺意を撒き散らす存在、バーサーカーである。その手には三又の槍が握られており顕現がなった瞬間、マスターの命令も無くセイバーに襲い掛かった。

 

「■■■■■■■■■■!!」

 

 バーサーカーが手にしたことにより槍は黒く染まり宝具の域に達していた。その槍を跳躍と共に振り下ろし縦横無尽に一撃を繰り出す。セイバーも受け、往なし、隙を見ては反撃の斬撃を放つが巧みな槍捌きで防御する。

 

 港で戦った時は左手が利かず敵の猛連撃に凌ぐのが精一杯だったが、ハンデが無くなり敵が狂化されてもなお達人の技量を有すると判っていたので心身共に余裕を持って対応が出来た。

 

 そんなセイバーが今抱いているのは必勝の気迫ではなく疑念にも似た違和感だった。

 

(この太刀筋、どこかで?)

 

 一進一退の攻防を続けながらセイバーは更にバーサーカーの相手に情報を与えない全身を纏った黒いオーラ、手にした全てを宝具として使用する能力を間近で受けて違和感が焦燥へと変わっていった。

 

(まさか・・・・奴は?・・・・・・いや、そんなバカな事が・・・・・・)

 

 それは振るう剣にも如実に現れ剣閃の切れが鈍り、反対にバーサーカーはどんどん勢いが増した槍捌きを持ってセイバーを押し始めた。先の港と同等かそれ以上のピンチに陥ろうとした中、遂に致命的な隙を見せたセイバーにバーサーカーが一撃を放つ。

 

「セイバー!勝って!!」

 

 その時、アイリスフィールの声がセイバーの耳に綺麗に響いた。

 

「!!ハァァァァァーーー!!!」

 

 その激励に応えるようにカウンターを合わせ、バーサーカーを槍ごと両断しかねない一撃を放つ。しかしバーサーカーは透かさず獲物を手放して飛び退き、剣は兜を掠めるに留まった。

 

 しかし、それは反撃の狼煙にはならずセイバー自身の心を叩き折る結果に繋がった。

 バーサーカーの兜は間合いを取る最中に割れ落ち、黒髪の素顔が露になった。その瞬間、黒いオーラは消え去り右手には怜悧な刃の剣が握られていた。それ(・・)を認識した瞬間、セイバーは完全に戦意喪失し不可視の剣が地面に落ちた。

 

「・・・・Ar・・・アー・・・・サー・・・・・・」

 

 

 

 

 

「貴方は・・・・・・サー・ランスロット・・・・・」

 

 この時、最優のサーヴァントたる少女は完膚なきまでに敗北した。

 もう守ると誓ったアイリスフィールの言葉も届かず、ただ死を待つだけの木偶でしかなく、その死は数秒先に迫っていた。

 

「殺せーーーー!!!!バーサー・・・・・」

 

 目の前にある勝利に令呪を発しそうな声で叫ぼうとした間桐雁夜は最後まで言う事無く絶命した。

倒れた背後からは銃を構えた久宇舞弥が立っていた。しかし幾らバーサーカーとは言えマスターを失っても十秒は現界できる、セイバーの危機はまだ去っていない。

 しかし、セイバーに迫ろうとするバーサーカーとは違う方向から三又の槍が投擲される。投擲点には衛宮切嗣が固有時制御の状態で投げた状態で構えており、同時に右手を掲げ叫んだ。

 

「令呪を持って我が傀儡に命ずる!セイバー、何も考えず敵を討て!!」

 

 バーサーカーより一瞬早くセイバーの元に届いた槍を持って、意識すら定かでない形相で槍を突き出した。その刃は黒い甲冑を貫通し、この戦いに決着が付いた。

 

 

 

 

「私は聖杯を獲る・・・・でなければ誰にも何も償えない・・・・・」

 

 令呪の縛りが消え震える声で言うセイバーに、狂化の呪いが解けたバーサーカーが応じる。

 

「・・・王よ・・・・・私は貴方自身の怒りで・・・・・・・裁かれ・・た・かった」

 

 そして、湖の騎士は報われること無く消えていった。

 

 

 

-37:20:23

 

 

 アイリスフィールはセイバーに掛ける言葉が見つからず、切嗣は一瞥もせずに遠坂葵に近づいて行く。戦闘の余波で吹っ飛んだ彼女は意識を失っているが返って好都合だ。魔術的暗示を掛けて、どういう経緯でこうなったのか有体に言えば背後で糸を引いているだろうキャスターとマスターの手掛かりを得ようとしていた。

 

 仮に魔術に対する備えがあったとしても拷問でも何でもして聞きだす。やっと巡ってきた手掛かりに切嗣は一切容赦するつもりはなかった―――――――響いて来る雷鳴が無ければ―――――――

 

 雷電に乗って駆けて来る戦車は一直線にこちらに向っている、言うまでも無くライダーだ。十中八九、キャスター達の策略だろう。

 切嗣に焦燥が浮かんだ。セイバーは心身ともに、かなりのダメージを抱えている状態、令呪を使って戦わせることは可能だろうが時間稼ぎにしかならないだろう。マスターであるウェイバーは戦車に同乗しているだろうから、そちらを狙う事はまず不可能、無謀に見えて隙の無い敵を打破する術も逃げる時間もない。

 

 絶望的な状況の中、それでも終わるまいと切嗣は頭を巡らせるもライダーはお構い無しに降り立った。

 

「ぬぅ。どうやら一足遅かったようだな」

 

 膝を突き、打ちひしがれているセイバーを見たライダーは、辺りを見回し大声で叫んだ。

 

「どうせ見ているのだろう!これも貴様の計画通りか?!魔王!!」

 

 魔王と言う一言に切嗣は内心どころか目を見開いて驚愕する。

 

(なんで今、その名前が出てくる!?)

 

 

 

 ウェイバーは息を呑み携帯電話を握りしめ、ついさっき殺し合いがあったばかりの現場を見ている。程なくして携帯の電子音が鳴り、着信及びスピーカーボタンを押す。

 

『それは買いかぶりだよライダー、騎士王の仮面の下がただの少女だなんて見抜けるほど、私は彼女の事を知らない。

 私が使おうと計画したのは、そこに転がっている死体と寝ている女のほうだ』

 

 その説明に全員の注目は俯せになって死んでいる雁夜とアタッシュケースを抱いている葵に集まる。

 

『そこの男が女のほうに恋慕を抱いているのは見え見えだったからな。女が虐められている場面に出くわせば保身もそっちのけでブチ切れると思ってな』

 

「その為に母親の情まで利用したって言うの!」

 

 アイリスフィールの怒りのこもった剣幕に携帯を持っていたウェイバーが怯む。

 

『実際にあれだけ身を隠すことを最優先していたバーサーカーのマスターが上手く釣り上がっただろう』

 

 ここで興奮する妻を制し切嗣が口を開いた。

 

「ではアタッシュケースの身代金は?」

 

『演出をより効果的にする為の小道具』

 

「今日一日、彼女に市内を走り回らせたのは?」

 

『バーサーカーのマスターとそれを監視している者の目に晒して、その家に誘導する為』

 

「全ての動きに意味、いや罠が含まれているわけか」

 

『貴方ほどの男に褒めていただくとは、光栄だな』

 

 切嗣の皮肉めいた言葉を賞賛と返すやり取りは顔見知りであるかのニュアンスが伺える。その場の空気が変わり、各々が身構える。

 

『では、そろそろ本題に入ろう。先程、バーサーカー、アサシンが倒され、残るのは我々三組だけだ』

 

 アサシンの健在を既知だったセイバー陣営は始まりから動揺した。しかし、フェイクの可能性もあり魔王の言葉に警戒を強めようとしたが、続くライダーの発言で疑う余地がなくなった。

 

「なにを抜けぬけと、余に始末させたアサシンに限らず脱落した輩は全て貴様が罠にかけて潰させたのだろうが」

 

『ライダー、文句は話が終わった後にしてくれ。とにかく残りが三組で今戦うのは君達には望むところでは無いはずだ。ならば全員が一同に会し決着を付けるのが最善だ。よって私は柳洞寺に陣を構え、決戦の場と聖杯降臨の儀式の準備を執り行おうと思う』

 

「わざわざ場所を指定するという事は余程の罠が待ち受けているのだろうな」

 

 ライダーの胡散臭そうな発言に、その場に居る全員が同様の感想を抱く。

 

『ご想像にお任せする。なんならセイバーと一緒に乗り込んできても構わないぞ』

 

「フン、こんな腑抜けた小娘と肩を並べて共闘など考えられんわ。が、このままダラダラと振り回されるのも敵わん。いいだろう、まとめてケリを付けてくれよう」

 

『豪胆なことだ。それでセイバー達はどうする?私からの提案、受けるか否か?』

 

 アイリスフィールは逡巡するも切嗣は直ぐに前に出て答えた。

 

「受けよう。その提案」

 

『よし決まりだな。決戦は明日の夜、合図は空に魔力の信号を上げる。これが聖杯戦争の終わりを告げる戦いになる。では、その時に逢い見舞えよう』

 

 通話が切れ不通音がなる。ウェイバーは電源を切ってポケットにしまうと改めてセイバー達を見る。

 港で会ったセイバーのマスターだろう銀髪の女と目付きの悪い女と魔術らしからぬ風体の男、ライダーが言っていた傭兵だろう。彼らもこちらを見て臨戦態勢を解いておらず、なんとも嫌な空気が流れるがライダーが手綱を引いて帰路に着こうする。

 

「そう、身構えるな、さっき言ったとおり今宵は戦うつもりは無い。ただ、セイバーのマスターと傭兵よ。明日までには、そこの小娘(・・)を戦わせられる状態にしておけ、でなければ後味が悪すぎるだろうからな」

 

 言いたいことだけ言って去っていく。本当に戦うことはもう無いようだが、色々な思いが錯綜するひと時が過ぎていく夜は安堵とは程遠いものになっていった。

 

 

 

 




 上記にも書きましたが、間桐雁夜の扱いに関しての批判は受けませんので、ご容赦のほどを・・・・


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魔王の名を持つ者(上)

これより語られる魔王と切嗣の因縁は捏造です。


-32:09:00

 

 

 もう直ぐ日付が変わろうとする時、間桐雁夜の死体を処理し遠坂葵を県外の病院に移送した切嗣は拠点である武家屋敷に戻って来た。本来なら聖堂教会に任せるのが筋だが、アサシンが完全に脱落したとはいえ『異物』である言峰綺礼と関わりを持つのは避けたかった。

 そして玄関をくぐるとアイリスフィールと舞弥が待っていて出迎えてくれたが、その表情はとても喜べるようなものでは無かった。

 

「眠れないのかい?セイバーの側に居ないとかなり辛い状態の筈だが?」

 

 聖杯の器であるアイリスフィールは『聖剣の鞘』を埋め込むことで彼女自身を保っている。本来の持ち主であるセイバーの側に居なければ辛いなどと言うレベルでは無いはずだ。そんな夫からの不器用な仮初の気遣いも素直に受け取る余裕は彼女には無かった。

 

「今は、それ以上に心がざわつくのよ。切嗣、貴方、キャスターのマスター『魔王』のこと知っているじゃない?そうであるなら私達にも話してちょうだい」

 

 一人で抱え込むなと言う妻の声と同意見だという弟子の視線を受け溜息をつきながらも答える。

 

「別に隠すつもりは無い。ただ少し込み入った話になるから、居間に移ろう近くにセイバーも待機させて置いてくれ」

 

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 

 現代日本の一家団欒の場のイメージが似合う居間に重苦しい空気を醸しながら切嗣は『魔王』について語り始めた。

 

「アイリ、僕が魔術師としてだけでなく傭兵としても世界を渡り歩いていたことは知っているだろう」

 

「ええ、舞弥さんともそういう戦場で知り合ったのでしょう」

 

「ああ、その前の事だ。当時、僕は西側の紛争でイギリスの特殊部隊の軍人と作戦を共にした。そして、そいつがあだ名されていたのが『魔王』だ」

 

「じゃあ、その軍人が――――――」

 

 切嗣は首を振って否定を示す。

 

「いや、僕がアインツベルンに招かれた頃には既に退役して、スイスの民間軍事学校で教官になっていた。それに数年前には人知れず他界したと確かな筋から聞いた」

 

「じゃあ、その人の教え子に魔術師が居て、それが聖杯戦争に?」

 

「その確率は天文学的だが・・・キャスターのマスターが僕の知っている『魔王』の名を貰った者であるは間違い無いだろう」

 

「じゃあ、その線から調べれば・・・・は無理よね」

 

「ああ、それでなくとも守秘義務は徹底しているし、そんな簡単に足が付くような痕跡を残すなんてことは程遠い奴だろう」

 

「ねぇ。切嗣が知っている方の『魔王』はどんな人だったの?」

 

 アイリスフィールの問いに切嗣は目を閉じ回想したことを簡潔に話す。

 

「当初、会った時は『魔王』なんてあだ名が似合わないと言う印象だった。兵士でありながら、イギリスの紳士道なる美徳を説く優男だと、しかし一皮向けば高度な技術と冷酷さと、どこまでも個人で生きている・・・・・今まで会ったどんな魔術師以上に恐ろしい男だった」

 

「今の魔王はどうなのかしら?」

 

「確かなのは、何らかの偶然でサーヴァントと契約した部外者で魔術師ではないという事だ。これまでの経緯を見れば明らかだし、それ故に戦術や戦略もより実戦を下地にした本物のプロと言う事。

それ以上のことは判らないが、魔術師としてではなく兵士としての思考で戦っているなら、それはそれで遣りようはある。明日の最終決戦で一気に逆転させる」

 

 切嗣の目には確かな勝算があった。聖杯に繋がる由縁は見えないままだが、魔王が完璧な勝利を求めていることは間違いない。本来、倒すべき敵すらも思うままに操り、全ての状況を支配下に置いてみせた。策士としては自分よりも上だろうが、聖杯戦争は魔術師の戦い、今まで倒してきた魔術師達とは逆の方向を持って排除するのを意図する。それを可能にするカードも直ぐ側にある。殺人機械としての機能は今、本領を発揮しつつあった。

 

 

 

-23:33:48

 

 冬木市深見町――――――

 一晩の休息を経てセイバー陣営は夜に訪れる決戦に向けての最終会議をしていた。傍らには幾分か精神を持ち直したセイバーも控えている。屋敷の結界は幾重にも強化しキャスターであろうとも情報漏洩の心配はないだろう。

 居間のテーブルには冬木市の地図が広がっており、切嗣が考え纏めた事を説明していた。

 

「魔王は柳洞寺にライダーを誘き寄せ、僕達が背後から挟み撃ちにするとう戦法を建てているはずだ。その後、互いのアドバンテージを活かし決着を付けるつもりだろう」

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 冬木市新都――――――――

 同じ頃、魔王もキャスターと向かい合い地図を広げ、今夜の決戦のための確認をしていた。

 

「衛宮切嗣は、我々がライダーを誘い込んで挟撃、その後で片を付けようとしていると読むはずだ」

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 切嗣は地図から顔を上げ、皆を見る。

 

「だが、それには乗らない。僕等の本当のアドバンテージ、聖杯の器の存在を奴らは知らない。こちらはそれを活かした戦略を取る」

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 魔王はアインツベルンの森での言峰綺礼の行動と、その直後にキャスターの調べによって得た情報を思い浮かべる。

 

「奴はこの聖杯戦争(ゲーム)に優位なカードを持っている事に、俺が気付いていることに気付いていない。更にこちらには向うの知らない情報(カード)もある」

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 切嗣はアイリスフィールに視線を合わせて説明を続ける。

 

「ライダーとキャスターはそのまま潰し合わせ、僕等は別の霊脈の地で聖杯降臨の儀式を行う」

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 魔王はキャスターと顔を合わせる。

 

「決戦の場所は柳洞寺でなく別の場所になる。そこに奴らの知らないカードも含め、全てを使い切り勝ちに行く」

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 

 切嗣は再び地図に目を落とし、ある場所を指差す。

 

「その霊脈の地は、ここが最適だ」

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 魔王は地図のある一点を示しながら皮肉な笑みを浮かべる。

 

「お前には奇妙に感じるだろうが、奴らはここに現れるはずだ」

 

 

 

 

 

 双方が指差した場所は、キャスター召還の地である『冬木市民会館』と書かれていた。

 

 

 

-18:42:11

 

 

 遠坂葵の無事を確認し、その他に聖杯戦争に支障が出ていない事を確認した言峰綺礼は、昨夜の出来事の帰結をスタッフたちに説明し戦争終結が近いと言って解散させた。

 私室に戻り一息つくのが望ましいのだが、今の綺礼にそんなゆとりはなかった。綺礼の展望では貯水槽でライダーを始末し、バーサーカーを倒した直後に現れるのは自分であり、その場で衛宮切嗣と戦うのが理想だった。しかし結果は漸く目的が叶う期待とライダーを行かせてはならないという焦りでミスを犯し、サーヴァントを失い完全な脱落者となり、今夜起こる決戦にも、どう付け入ればいいのかも浮かばず最悪の一言に尽きた。

 

 そんな不機嫌ばかりが増す思考の中、私室の扉を開けると思わぬモノが目に飛び込んだ。

 

「今日は随分と不機嫌な顔だな。綺礼」

 

 我が物顔でワインを煽りながら、〝それ〟は綺礼の心境をずばり言い当てた。

 

「アーチャー・・・・・」

 

 予想外すぎる相手に思考が一瞬止まってしまったが、直ぐに持ち直して問いかける。

 

「何故、お前が―――――――」

 

「まだ現界している、か?魔王(・・)にやられたとでも思っていたか。まぁ我もそうなる事も考え、色々と対応策を講じていたが結局は杞憂に終わった」

 

 不穏な笑みを浮かべ綺礼の疑問に先に答えていく。そのまま綺礼はアーチャーの話を黙って聞く。

 

「奴は確かに時臣から令呪を奪ったが、使用した内容は『聖杯戦争の最終局面近くまで霊体化して潜伏』と『その間、自分達を探すことはするな』の二つだ。それが今朝解かれたのだから、今宵辺り決着を付けるのだろう?」

 

 余りにも意外すぎる展開なれど、綺礼は冷静に事態を把握した。魔王と言う言葉が出た以上、アーチャーは昨夜の顛末をどこかで見ていたことに成る。わざわざ聞いて来たのは自分もその事を知っているかを確認するためだろう。

 そして、この英雄王(サーヴァント)は決戦に参じ魔王に挑む気満々であり、現在の彼に必要なものを考えれば何しにここに居るのかも察しが付く。

 それは綺礼にとって渡りに船なだけに、そのまま乗ることに決めた。

 

「その通りだ。そして私も貴様同様に参戦するつもりだ、無意味な腹の探りあいは抜きだ。早々に必要なことを済ませ夜に備えたのだが」

 

「おいおい、性急過ぎるぞ。そう焦らなくともまだ時間はある、のんびり話をしていても別に何も逃げはせんぞ」

 

 そう言って優雅にワインを飲むアーチャーに綺礼は苛立ちを募らせる。

 

「悠長に構えるなら、する事を済ませてからだ」

 

「粋がるな雑種、王の言葉を卑下するなど言語道断だぞ。そもそも選択権は我にあるのを忘れるな」

 

 傲岸な物言いに押し黙る綺礼。それでいいとグラスに新たにワインを注ぎ、芳醇な香りを嗅ぎ笑みを浮かべる。

 

「やはりここの酒は僧侶如きの蔵で腐らせるのは惜しい物ばかり、逸品の酒には相応のつまみが欲しい所だ」

 

「つまみ?」

 

 アーチャーが言っているのは文字通りのつまみではないだろう。

 そういえば、と以前この部屋に来たときに受けた依頼を思い出し、嘆息しながらも説明した。アーチャーに聞かせるだけの材料は揃っているし、不本意に受けたとはいえ隠すことに意味もないからだ。

 ランサーとライダーのマスターは魔術師としての名誉の為。

 バーサーカーは自身の青臭い贖罪とその内容。

 セイバーのマスターはアインツベルンの悲願成就の為と言う捏造。

 キャスターのマスターは、何でも『この国に未だかつて無い地獄絵図を描き出す』との事だが詳細は不明、ただこれまでの経緯や魔王などと名乗っていることから相当途方も無いことを計画しているのは想像に難しくない。そして言うまでも無くホテル事件の犯人はこの魔王である。

 

「未だかつて無い地獄、仮にも王を名乗るだけあって中々に面白い見のありそうだな」

 

 不穏な笑みを浮かべるアーチャーに綺礼は言いようの無い視線を送る。

 

「フン、悪趣味だと言いたげだな綺礼。だが、それはお前とて同じだろう」

 

「どういう意味だ?」

 

「この世の最たる娯楽は〝ヒト〟だ。そして、他のマスターは端的な事実しか述べなかったお前が魔王については想像を語った。つまりは、その願いにお前の無自覚な興味が惹きつけられたということだ」

 

「一度しか聞くチャンスが無かったので考察で補っただけだ」

 

「違うな。お前は一度聞いただけで、それがどういうものになるかと益体の無い妄想に耽ってしまったのだ」

 

「馬鹿を言うな!!貴様等のようなヒトならざる魔性共ならともかく、私の生きる信仰の道において、それは罪人の魂だ」

 

「だから愉悦が罪とぬかしていたのか。だが綺礼よ、もう一人お前が多くを語ったバーサーカーのマスターについても、お前の魂の所在を示しているぞ」

 

 ここに来て綺礼は漸く反撃の糸を掴んだと思った。

 

「その男は昨夜死んだが、私は何の感慨も無かった。見当はずれの甚だしい」

 

「だからこそだ。その男の苦悶と絶望の生き様は、魔王が作ろうとしている地獄が齎しそうではないか。更なる期待があったからこそ用済みとしたのではないか」

 

 憮然と言い返そうとする綺礼だが、実の所は間桐雁夜が死んだ事を知ったとき奇妙な興奮と更なる何かを感じさせた。そして、その時に思い浮かんだのが魔王の話だった。

 

「これは我の勘に過ぎんが、魔王が作る地獄には狂気も付け足される。奴はそういうのを煽るのが得意そうだ。お前自身もいい証拠だろ」

 

 まるで理解できないアーチャーの言に綺礼は訝る。

 

「魔王はお前の自覚ある関心、さっき伏せた人物についても気付いているぞ。アサシンを失ったようだが、知らない間にそう誘導されたのではないか?」

 

 この指摘に今度こそ綺礼は驚愕した。思い返せばアサシンの事だけでなく、時臣も父も葵も全て魔王の行動と言葉が決定打となって起こった。だとすれば今アーチャーが居るのも魔王の計画に含まれているのか。

 

「やっと其処に辿りついたか」

 

 出来の悪い生徒を見るような目でアーチャーは封筒を綺礼に投げ渡した。遠坂葵が持っていた物と同様の物だ。―――――今夜、衛宮切嗣は冬木市民会館に現れる。二度目の花火が上がれば対峙可能―――――

 中身を確認した綺礼は呆然とアーチャーを見る。

 

「礼拝堂の扉に挟まっていたぞ。王を名乗る輩が全て集まる以上は我も遅れるわけにはいかん。

魔王は既に終局が見えているようだが、早々思い通りにはさせん。綺礼よ、お前も踊らされるだけでなく、最後は神でなく魔王に問うてみてはどうだ?それでも満足できんのなら、聖杯を獲って己の魂の在り方でも問え」

 

 ワインを飲み干し立ち上がる英雄王、その示した道に綺礼は袖を捲くり腕に刻まれた令呪を示し、全力で戦うと無言のまま示した。

 

 

 

-06:59:59

 

 

 

 日付が変わり静まり返った夜に遠坂凛は、その人物と対峙していた。

 彼女は深見町のマンションの一室に軟禁されており、その部屋には大量のお菓子やジュース、テレビゲームや小学生向けの玩具や少女漫画が揃っていたが、余り手を付けられた形跡は無い。

 

 そして自分を誘拐した魔王と名乗る仮面を付けた男は自然な口調で尋ねた。

 

「こういうので遊ぶのは嫌いかな?」

 

 凛は、ほんの一瞬テレビゲームに目をやり憮然としながら答えた。

 

「私はこんな低俗な遊びには興味ないわ」

 

「もしかして、遊び方が分からないとかは言わないよな?」

 

 その一瞬を見逃さなかった魔王は〝まさか〟と言う口調で聞き返した。

 その反応に凛は子供ながらの反発で怒鳴り散らした。

 

「大きなお世話よ!!」

 

 それでハチ切れたのか凛の勢いは止まらず、それまで我慢していた感情を爆発させた。

 

「大体、私はお父様の様な立派な魔術師になるの!お前みたいな卑怯者と馴れ合う気はないわ!!」

 

「お父様が大好きなのだな」

 

「そうよ!お前なんかいずれお父様がやっつけるわ。私を人質にしようたって無駄なんだから!!」

 

「そのお父様、残念ながら既に敗れて死んでいるぞ。間接的に私が殺した」

 

「嘘よ!!」

 

 魔王の言葉に身を乗り出し即答する凛、その目は絶対に騙されないと反抗精神に満ちていた。

 

「まぁ、私もそうである事を少し期待したのだがな」

 

「どういう意味よ?」

 

「今となっては意味のない仮定さ」

 

 そう前置きして魔王は語った。

 魔王は最大の障害であるセイバー陣営(正確にはそのマスター)を始末する為、凛を誘拐しアーチャー陣営が襲撃する様に仕掛けた。そのまま、アーチャーが勝利すれば彼らを狙っているバーサーカーをけしかけ、同時にランサーを使い監督役を退場させ、最後にライダーを戦うよう誘導するつもりだった。

 アーチャーが続けて勝ち、ライダーと決戦をさせて残った方のマスターの背後をキャスターに襲わせて聖杯を得ると言うのが、魔王が考えていた一番楽なシナリオだった。アサシンも何処かの過程で使い潰されるだろうから、その時に凛も解放するつもりだった。

 もしもバーサーカーが勝ち、ライダーと戦う事になったなら、どちらが残ろうと更に楽に勝てただろう。

 

 説明を聞いていた凛は呆れ顔で、それでいながらハッキリと魔王に宣言した。

 

「まんま他人任せじゃない。そんな方法で聖杯を手に入れたって勝ちとは言わないわ。少なくとも私は認めない」

 

「だから言っただろう、つまらない仮定の話だ。実際は君のお父様は敗れ、私の最大の障害は放った駒を全て打ち破った。予想通りの順当な展開になって今に至るわけだ」

 

 つまらないと言いつつも口元は愉快な笑みを浮かべており、凛はそれが方便であることを悟った。ならば父が死んだと言うのも怒らせる為にワザと言った可能性があると希望的観測によって頭が冷えていった。

 

「自慢してるの?それだって人任せじゃない。聖杯を目指すマスターなら魔術で勝負しなさいよ」

 

「誤解があるようだが私は魔術師ではない。偶然によってマスターになってしまっただけで本来は部外者だ」

 

 この告白に凛は驚き、透かさず反撃に出ようとするが、魔力が上手く練ることが出来無い所か視界がぼやけフラフラと目眩がしてきた。

 

「私は魔術師でないがキャスターは英霊にまでなった魔術師だ。当然、この部屋にも対策は施してある」

 

 凛を眺めながら説明する魔王は余裕で仮面を取った。

 

「だったら此処を出て警察に突き出してやるわ!」

 

「心にもないことを言うものではないぞ。被害届は出されていないし、聖杯戦争の一端であるなら、あらゆる事は黙認されるのがルールなのだろう。仮に君が騒いだとしても信用のある大人が肯定しなければ意味はないぞ」

 

 凛は自分の中にある魔術師の誇りを見抜かれ、弄られていることを感じ取るも遠坂の家訓を思い出し、倒れそうになるのも我慢してそれに則った対応を取った。

 

「一つ聞くわ。お父様が死んだって言うなら貴方は私を――――――」

 

「死んで行く者に話などしないさ。ただ今夜、どんな形になろうと聖杯戦争が終結するのは、ほぼ間違いない」

 

 魔王は封筒を取り出し凛に差し出す。

 

「君の母親が入院している病院までの交通費だ。私が出て行けばタクシーが来ることになっているから、そのまま向ってやれ話はもう通してあるから病院に着けばスタッフが案内してくれる」

 

 凛は意外な申し出に目を丸くする。

 

「入院って・・・・」

 

「勿論、私が巻き込んだからだ。詳しいことは共犯者(グル)だった神父にでも聞け、そいつが全て知っている」

 

 そう言って立ち上がり部屋を出て行く魔王に目眩が治まってきた凛は、慌てて靴を履き追いかけた。エレベーターに乗って降りていく相手に全力で階段を駆け下りて行くが、魔道の恩恵を受けたとは言え小学生の体力で追いつくはずもなく、遥か遠くに行ってしまった魔王に凛は全力で叫んだ。

 

「あんたは、私が絶対倒すんだから!!!」

 

 魔王は振り返り不敵な笑みを浮かべた。まるで〝その言葉が聞きたかったぞ〟と言わんばかりに、遠目ながらもその顔をハッキリと焼き付けた凛は悔しいのか恨めしいのか分からない複雑な気持ちであった。

 そしてその直後にタクシーが到着し、凛は母親が居る病院に向った。

 

 




補足説明、切嗣がアーチャーに気付かなかったのは、キャスターによる記憶操作で意識障害があったのと、聖剣の鞘の効果もあってその程度ですんだと誤認したからです。




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魔王の名を持つ者(下)

 今回で千秋楽です。


 

 

 

-03:42:50

 

 

 冬木市民会館、駅前センタービルと並んで冬木市のシンボルとして建設されている施設である。その中でも一際広いコンサートホールにアイリスフィールは横たわっており、既に儀式の準備は済んでいる。裏方には舞弥が待機しており施設周辺を使い魔で見張っており、セイバーもホールだけでなく、あらゆる場所に駆け付けられる位置に待機している。

 そして、司令塔である切嗣は屋上で煙草を吸い潰しながら決戦の合図を待っていた。魔王の宣言から丸一日以上経過しているが、冬の夜の空は澄み切っていて信号が上がれば一目で分かるが未だその気配は無い。暗殺者である切嗣には待つことは慣れているので至極落ち着いているが、何度か目にしたウェイバーの有様からすると物凄い緊張(プレッシャー)に苛まれているのは想像し易く、やはり戦うのは魔王になるかと想定する中でも最悪の展開を思案していた。

 

 そして、遂に柳洞寺から魔術師にしか判らない信号が上がった。されどそれは切嗣の想定する最悪を遥かに超えた物だった。

 

――――戦場の変更、決戦の場は冬木市民会館、場所は第二の信号の下―――――

 

 切嗣は固有時制御を発動しコンサートホールに向った。どうしても解せない疑問を抱えながら。

 

(聖杯の器の情報を知らなければ、僕の裏を掻くなんてことは不可能、一体どこらから情報を?)

 

 しかし、答えなど出るはずも無くホール裏方に居る舞弥を視認し指示を出そうと魔術を解除しようとするが、その目は明らかに正気ではなかった。舞弥の右手には拳銃が握られており左手には彼女には不釣合いな熊の人形があり、切嗣を見た瞬間に人形を投げつけ撃ち抜いた。

 

 その瞬間に人形は爆発、その威力はホールを吹き飛ばした。切嗣は固有時制御を限界まで引き上げ、地下の階段に身を投げ転がり落ちていった。魔術の反動、落下の際の打撲等の怪我も事前にアイリスフィールから譲り受けた『聖剣の鞘』で回復し、すぐさま上の階に戻ろうとするが切嗣の眼前にはある『異物』が映し出されていた。

 

「言峰、綺礼・・・・」

 

 殺意をたぎらせ黒鍵を構え切嗣の前に立ちはだかる代行者。

 

(そうか、そういうことか)

 

 この時、切嗣は全てを悟った。

 この男(言峰綺礼)は遠坂時臣でなく魔王の部下であり、城での襲撃も武家屋敷での一戦も聖杯の器の情報も全てこいつが手を貸していたのだと。

 正確には、そうなるように誘導し聖杯の器の情報も彼の不可解な行動から類推したのだが、切嗣にとっては知る由もない些事な事であり、今重要なのは目の前の〝状況〟だった。これが魔王の計略なら力技でブチ破るまで、その覚悟を再認識し障害を排除するため武装を解き放ち、何一つ交わす言葉もなく決戦が始まった。

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 

「アイリスフィール!!」

 

 一方その頃、爆発で吹き飛んだコンサートホールにセイバーは駆けつけアイリスフィールを探していた。炎と煙で視界はすこぶる悪いが風王結界(インビジブル・エア)の風圧で吹き飛ばし、瓦礫が散乱する中で倒れているアイリスフィールを発見し抱き起こした。

 

 アイリスフィールはセイバーの胸元に倒れこみ、その時、グサリと何かが刺さる。

 セイバーが自らの胸元を見ると歪な短剣を突き刺し、口元を吊り上げたアイリスフィ-ルがあった。

 

 

「ア、アイリスフィール・・・いや!」

 

 セイバーはそれがアイリスフィールでないことに気付き、突き飛ばすが、短剣が離れた瞬間に赤紫の光が発した。アイリスフィールだった者は紫のローブの魔術師『キャスター』へと姿を変える。その右手の甲には切嗣の手にあった二画の令呪があった。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)、あらゆる契約を断ち切る裏切りの宝具。アーチャーがこちらに来ていれば出番はまだ先になる筈だったけど、そうならなくて良かったわ」

 

 愉悦とも妖艶とも取れる笑みを浮かべるキャスター、その顔は勝利に酔っている様でありセイバーは透かさず反撃に出ようと剣を振り上げた。

 

「貴様!!」

 

「セイバー、私に従いなさい」

 

 キャスターの右手から令呪の一画が消える。その機能により自分の意思とは関係ない無情の縛りが襲い掛かるが、セイバーとしての対魔力でせき止めた。しかし、相反する二つの力のせめぎ合いはセイバーを思考も覚束無い金縛りの状態にする。

 

(森で仕込んだ暗示がこんな形で実を結ぶなんてね)

 

 アインツベルンの森で瀕死の舞弥に命令(コード)を仕込んだ時は、彼女を人間爆弾にでもするのかと思っていたが、終わりを見据えセイバーを手駒にする為の布石だったとは、説明を受けたときには随分驚いたものだ。

 

 悶え苦しんでいるセイバーを予定通りに見ていたキャスターは愉快に笑いながら水晶で、もう一つの戦場を確認していた。

 

 

 

-03:33:45

 

 

「AAAALaLaLaLaLaLae!!」

 

 空を駆ける戦車で新都方面を目指すライダー、火の手の上がった場所は完全に狼煙ではなく戦闘が始まったことを示していた。予想外にも程がある展開に一刻も早く戦場に向おうと手綱を繰り出す。

 

 だがしかし、突然空中から幾つもの鎖が出現し戦車を引く牡牛を拘束した。直後に宝具の雨が降り『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』を破壊した。

 

 ライダーはウェイバーを抱えて透かさず飛び降りた。

 そした着地点には黄金のサーヴァント、アーチャーが腕を組んで立っていた。

 

「ア、アーチャー!!なんで!?」

 

 脱落したと思っていたウェイバーは狼狽し戦慄した。

 

「やはりまだ残っておったか。お主があれで脱落するなど、どうにも腑に落ちなかったからな」

 

 一方ライダーは得心が言ったとばかりに頷いた。

 

「しかし、それでも解せんな?よもや魔王と手を組んだと言うわけではあるまい。何を考えておる?」

 

「確かにこれは魔王の望む展開だろう。だからこそ、それに乗った上で打ち負かす、それが我が決めた決定だ」

 

 威圧を込めて応えるアーチャーにライダーは怖じる事無く口元を歪め微笑した。

 

「流石は万夫不当の英雄王、敵の土俵を征しようとする心意気は余も通じるゆえよく判る。なればもう言葉は不要、敵の前に立ちはだかる障害となるなら全力を持って排除するまで」

 

 ライダーは剣を抜き放つ同時に熱砂の旋風が巻き起こる。

 

「来るがいい征服王、魔王の前に真の王たる者の格を見せてやろう」

 

 不適に囁く英雄王は旋風に巻き込まれ、そこに居た一同は跡形もなく消えていった。

 

 

 

-03:23:01

 

 

 キャスターを通じ、アーチャーとライダーの決戦が始まったことを確認した魔王は、自分のやる事はもう無いとスーツケースに腰掛け、目の前に居るアイリフィールと話をしようと彼女が横たわっている魔法陣を起動させる合図を送った。

 

「目が覚めたか」

 

「・・・・・あなたは・・・まさか・・・・魔王・・?」

 

 魔法陣から供給された魔力によりアイリスフィールは意識を取り戻し、目の前に居る男を見る。年齢は30はいってない20代の青年の様に見え、風体や流暢な言葉からは日本人だと思われる。

 

「会話が出来る程度の意識は安定したようだが、無用な雑談をする余裕は無さそうなので早速本題に入る。

 問おう。衛宮切嗣は何を思って、この聖杯戦争に身を投じたのだ?」

 

「なんで・・お前が・・・そんな事を・・・・気にする?」

 

 まるで理解できない問いにアイリスフィールは全身で息をしながら問い返す。

 

「あえて言うなら、それが私の参戦の理由だからだ。全てはこの会話の為、奴の本心を確かめる為にこの聖杯戦争(ゲーム)に乗ったと言ってもいい」

 

 魔王は一度言葉を切り、目を閉じて『魔王』と一緒に写った仏頂面の衛宮切嗣の写真と彼を指差しながら愉快そうに聞かされた話を思い出した。

 

「私にこのコードネーム()をくれた『魔王』は、昔戦った戦友の一人として語った。

 奴は機械のようにあらゆる感情を殺し、あらゆる敵を時には味方をも殺す決断と行動力、高度な戦闘技術を持っていたと、『より多くの人間を救う』と言う正義を成す為に・・・・その果てに自らの落差に打ちひしがれていた子供のような奴だと。

 それだけでも理解できんのに、こんな詐欺まがいな殺し合いに挑む思考、益々もってさっぱり理解できん。だから知りたくなったのさ」

 

「詐欺まがいですって・・・・」

 

「旨い話を掲げて金を巻き上げる。この聖杯戦争の謳い文句自体、まんま詐欺そのものではないか。

 その理論からすると、これは何でも願いが叶う宝物を巡っての殺し合いじゃなく、殺し合いをさせた果てに何かを成そうとする、魔術師(お前たち)風に言う儀式が聖杯戦争の本質ではないのか?」

 

 魔王の説明にアイリスフィールは絶句する。

 

「その顔は図星か。余裕がないのか素なのか知らんがポーカーフェイスの重要性は学ぶんだな」

 

「本当に大した男のようね・・・・それなら教えてあげるわ。確かに聖杯戦争の真意は別の事ところにあるわ。でも願望機としての機能も備わっているのも事実よ、切嗣はその力で奇跡を起こし恒久的平和を実現させるのよ」

 

 アイリスフィールの説明に今度は魔王が面を食らう。

 

「つまり争いのない平和な世の中を実現させると、まさに正義の味方だな。魔王たる私が立ちはだかることになるのは必然だったのかもしれないな」

 

 魔王の白けたように言う態度はアイリスフィールの神経を逆撫でした。それに構う事無く魔王は右の掌を見る。

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 魔王同様、アーチャーとライダーの戦いが始まったことを確認したキャスターは苦しんでいるセイバーを見ながら微笑んだ。

 双方とも規格外のサーヴァント、それがぶつかり合えば損傷、消耗は免れまい。そこに最後の令呪でセイバーをぶつければ、あわよくば相打ち、セイバーが敗れても空間転移で敵マスターの背後を突いて令呪を奪う時間くらいは取れるはずだ。

 完全に勝利を確信したキャスターはセイバーの顎に手をやり語り掛けた。

 

「セイバー、この戦いはもう私の勝ちよ。でも貴方が自ら私に従うというなら、共に聖杯を分かち合ってもいいわよ。幸い私のマスターは聖杯に興味がないどころか、未だに疑念を抱いているようだけど、私ならどうとでも出来るわよ」

 

 セイバーは渾身の殺意を込めた視線で睨むが、キャスターは愉快そうに更に指を這わせようとした。

 

「たわけが。それは王である我の物だ」

 

 上空からの突然の声に顔を上げると、空飛ぶ船の船先に立ったアーチャーが見下ろしていた。

 

 この想定外にキャスターは驚愕する。

戦いが始まったのは、ついさっきだ。移動距離を計算しても一瞬で片を付けなければありえない。しかし、全く消耗すらしていないアーチャーがここに居ることが結論を物語っている。直ぐに令呪を発動させようとするが―――――――

 

「王の宝に手を出す賊は、失せろ雑種」

 

 既に展開されていた王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)により、それよりも早く放たれた宝具によりキャスターは悲鳴を上げる間もなく串刺しにされ消失した。

 

 

 

-03:21:54

 

 

 

 掌に残っていた二画の令呪が消えるのを確認した魔王はつぶやいた。

 

「敗れたか、キャスター」

 

 それを聞いたアイリスフィールは勝ち誇ったように叫んだ。

 

「ざまぁみなさい!ハァハァ・・・聖杯を手にして奇跡を・・成すのは・・・・・」

 

「悪いが願いの是非について論ずるつもりはない。それこそ不毛だ。衛宮切嗣は人間の(さが)を自分好みに洗脳して、めでたし、めでたしを成そうとする。根底は一般人を見下す魔術師でしかなかった。それが判ったから、もういいさ」

 

 魔王は立ち上がり背を向ける。その先には扉があり逃走経路に繋がっているようだ。

 

「用意周到ね・・・・ハァハァ、でも逃げたって・・ハァハァ・もう・・お前の・・・ハァハァ・ような奴が・ハァハァ・・のさばる・・世は・ハァハァ・・なくなってるわよ」

 

 魔王は時間切れが近づいている人形を一瞥し語る。

 

「最後に、お前たちに見誤りを指摘する。これは第四次聖杯戦争なのだろう、つまり過去三回において儀式は失敗したということだ。ならば儀式か聖杯そのものに欠陥か落とし穴が存在すると言う考えには至らないのか?

 と言うか、お前自身もう落とし穴に嵌っているんじゃないのか?」

 

 そう言って歩こうとする魔王にアイリスフィールとは違う声が応えた。

 

「よく解ったね」

 

 ハッと振り返るとアイリスフィールだった物はなく黄金の杯からドス黒い泥のような〝何か〟が溢れ出ていた。

 

『お前じゃない』

 

 何処からともなく聞こえてくる声に魔王は構わず出口に向って駆け出した。

 

『お前は敗れた。それ以前に戦うことを放棄した。相応しいのはお前じゃない』

 

 だが間に合わず魔王は泥に呑まれ、泥は〝ある場所〟に向っていった。

 

 

 

 ×    ×    ×

 

 

 

 従うべきマスター()が消え、縛りが解けたセイバーは殺気の篭った視線のままアーチャーを見据えた。だが、アーチャーは微笑し舐め回すように彼女を見ていた。

 

「己が器を越える願いを抱いて身を焦がし、地を這う愚か者。だからこそ儚く眩く美しい」

 

 アーチャーの言葉の意図がまるで理解できずセイバーの警戒心を高めていった。

 

「我妻となり、我が腕に抱かれるがいい。それが万象の王である我が下した決定だ」

 

「ふざけるな!!!!」

 

 憤慨し光る聖剣を振り下ろすが当たる事無く空を切る。

 

「現界にも相当支障が来ているようだな。返答を誤れば―――――――」

 

 その時、黒い泥がアーチャーの背後の壁からな垂れ込み飲み込んだ。そのままセイバーも飲み込みそうな勢いだが、泥の一端が僅かに被ったところで限界を向えセイバーは無念の内に消えていった。

 

 

 

-03:20:47

 

 

 

(大きな勘違いだった!)

 

 言峰綺礼は胸から流れる血を押えながら俯せに倒され、背後にはコンテンダーを構えた衛宮切嗣が居た。

 

 切嗣との戦いで綺礼は長年追い求めてきた答えが得られると期待していた。だが、武装や技を応酬し伝わってきたのは、自分のような空虚な迷いを抱いていた心でなく、価値あるものを全て押し潰す歪んだ信念だった。綺礼は始まりから履き違えたことを悟り、同時に自分自身を貶められたと深い怒りが沸きあがっていた。

 

(こんな男に殺されて終わるなど冗談ではない!)

 

 追い詰められた綺礼は、目晦ましでもなんでもいい、この場に居る人間が消えればいいと目前の危機から脱する思いを頭に巡らせていた。

 

 一方、切嗣は令呪が消えたことにも動じず、目の前の男に止めを刺し魔王も倒して残ったサーヴァントと再契約して勝利を得ると闘争本能を滾らせ、先の戦いのことを考えていた。

 

 故に二人は気付かなかった。天井から黒き泥が落ちてきたことに、その泥は最後に残ったマスター、言峰綺礼に接触すると彼の考えていたことをそのまま〝願い〟として実行した。

 

 

 泥は強大とも言える閃光となり、その後に辺り一面どころかその先まで焼き尽くす炎となった。

 

 

 

 

-03:19:23

 

 

 

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 

 

この世全ての悪(アンリ・マユ)』あらゆる生命を殺戮し、あらゆる物を破滅させる為、生れ落ちた究極の呪い。

 

 故に、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね

 

『馬鹿の一つ覚えのように煩いぞ。その程度がなんだと言うのだ』

 

 呪いは認識する。認識してしまった。否定しか有り得ないモノの中で『是』と謳う声を――――

 

 そして呪いは問う。何を持って是とすると?

 

『愚問だな。王が認め王が許すからだ』

 

 この消化できない異物に呪いは再度問うた。王とは何かと?

 

『この英雄王、ギルガメッシュに他ならぬ!』

 

 とうとう呪いは異物を吐き出そうとする。そこに更なる声が響く。

 

〝フハハッハハハ。ハーッハッハッハ!!〟

 

 新たに現れた異物に呪いは恐怖する。

 

〝滑稽だ。実に滑稽だぞ。この世全ての悪(アンリ・マユ)

 

 

 怨嗟と憎悪の嵐の中で消化し切れない新たな自我に呪いは逃れようともがく。

 

〝なにが嵐だ。こんなもの俺に言わせれば、心地良いそよ風でしかない〟

 

 呪いは思いだす。この声は自らが拒絶した『人間』のものだ。そして、こいつも魔『王』を名乗っていたと。

 

〝しかし、お前は本当に仕方のない『坊や』だな。この世全ての悪だの究極の呪いだと大口叩いときながら、我が身に許容できない存在に出くわした途端、尻尾を巻く〟

 

 呪いただ萎縮しながら魔王の言葉を聞き入るしか出来なかった。

 

〝お前、最高に格好悪いぞ〟

 

 そうして下れた言葉で呪いは完全に敗北を喫した。

 

 その間に、英雄王は呪いを飲み込み文字通りの意味で自らの血肉としていた。その右手には三つの円柱が連なった剣が握られていた。

 

「見つけたぞ!魔王!!」

 

 受肉を果たし、完璧な生命となった英雄王(ギルガメッシュ)は円柱を回転させ、獲物を仕留めようとした。

 だが、再び泥がギルガメッシュを押しつぶし阻もうとする。

 

「邪魔をするな!!この出来損ないがっ!!!」

 

 ギルガメッシュが泥を振り払っている間に魔王は踵返し、手を振りながら去っていく。

 それを感知したギルガメッシュは不十分な魔力で宝具を解放する。

 

「待てぇい!天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!」

 

 その威力は泥を一掃するだけに留まり、そこには魔王は影も形もなく、仕留めそこなった憤怒が残っただけだった。

 

「結局、魔王とは会えずじまいか。しかし、あの泥を支配して見せるとは、この時代もまだ捨てたものではないようだな」

 

 そう吐き捨てた後、瓦礫の中に居たマスター、言峰綺礼を見つけ出し安全な所まで引きずっていった。

 

 

 

 

-00:03:21

 

 

 

 

 

 県外にある高速バスの停留所で魔王は、来る途中で見た昨夜の冬木新都の大火災のニュースを思い出していた。

 

「やはり落とし穴があったか。あんな物のどこが万能の願望機だというのだ」

 

―――――ザー・・・ザーザー・・・ザーザーザー・・・―――――

 

 瞬間、感じたことの無い頭痛が襲う。

 

「イタチの最後っ屁か。何処までも仕方のない奴だ」

 

 この世全ての悪(アンリ・マユ)の泥を受けた影響だろうが、魔王はそれ以上に愉快なモノを見つけた事にほくそ笑んでいた。

 

「魔術師。取るに足らない輩だと言う評価は変わらんが、中にはいい『坊や』が居るのかも知れないな」

 

 そうしている間に乗車するバスがやって来た。荷物の入ったスーツケースは灰になってしまったので、懐に入っていたチケットを取り出しバスに乗り込む。

 

「まぁ、本番前の余興としては十分楽しめた。俺の本当の戦いはこれからだ」

 

クラクションを鳴らし発射するバス、行き先を示すヘッドマークには『富万別市』と表示されていた。

 

 

 

 0:00:00

 

 

 

 

 運命上の魔王・了

 

 

 




 短い間でしたが、ご愛読ありがとうございました。
 余談ですが、魔王はこの『数年後』勇者と本当の戦いを繰り広げます。


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