焔の軌跡 (神宮藍)
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序章-惜別の約束-

 この小説は日本ファルコムさんが出しているゲームソフト、「英雄伝説 閃の軌跡」を原作としたものです。閃の軌跡あの衝撃的なクライマックスからの続きと言う事になります。オリジナル設定もありまして、またこれが初作品なこともあり、色々と拙い所もあると思います。それでも宜しければ皆様、宜しくお付き合い下さい。


――ヒュウゥゥゥン……――

 

ヴァリマールは飛び続けていた。争いの地からとにかく遠くへと。

 

「う……」

「あら、気が付いた?」

「セリーヌ! い、今はどういう状況なんだ!?」

 

 疲労からか、リィンは眠ってしまっていたらしい。その間もヴァリマールは飛び続けていたのだ。そして、セリーヌの口から自身が置かれている状況を告げられる。

 

「今は帝国北西部に向かって飛び続けているところよ。あれから大体三時間位が経ってるわ。飛び続けていたわ。出来るだけ目立たないように飛んでいたから時間が掛かっているわ。そろそろ身を隠せるところに降りないとね……」

 

「そうじゃなくて! アリサや! ユーシスや! エリオット、ガイウス、ミリアム、フィー、エマ、ラウラ、マキアス、他にもサラ教官、ナイトハルト教官、シャロンさん、トワ会長、ジョルジュ先輩、トールズの皆は!それに……何より、クロウ……なんで、あそこで勝手に! 動かしたんだ! 俺が……残っていれば! オレはともかく、皆は!」

 

 リィンの主張は彼の立場に立っていれば、最もなものだろう。『彼の立場』ならば。それまで黙ってリィンの発言を聞いていたセリーヌが口を開いた。

 

「……甘ったれた事を言うんじゃない!思い上がるのも甚だしいわ!あの状況で残ると言うのはありとあらゆる選択肢の中で最悪のものだわ。あの場で捕まれば本当に八方ふさがり、再起なんて望むべくもないと思うわ。本当にジ・エンドね。

 ……勝手にヴァリマールに命令を下してあの戦域から離脱、逃走させたのは悪かったわ。謝るわ。(セリーヌ、頭を垂れる)ただ……これだけは分かって欲しい。私だって好き好んで逃げたわけじゃない。見捨てたくなかった。でも……あのエマが、はっきり自分の意志を露わにして、他のメンバーがあそこまで言ったら、こうするしかないと思ったの。ごめんなさい……」

 

(そうか……セリーヌは士官学校に入学する前からエマと一緒だったはずだ。そのエマと離れる事はセリーヌにとっても苦渋の決断だっただろうな……)

 

「……ごめん、セリーヌ。俺、周りが見えなくなっていたな。こんなんじゃ、また師匠に小突かれちまうな」

「あら……あの『S』の操る機甲兵との戦いでも言ってたけど……貴方に凄く影響を与えたみたいね、その先生」

「はは……分かっちゃうか……まぁ、その話はまたいつかするよ。それより、これからどうするかが問題だな」

「そうね……ヴァリマール! 周辺の地図を表示できる!?」

 

 ヴァリマールがセリーヌの呼びかけに応える。

 

「了解……周辺地域ノ地理情報ヲ表示スル……」

 

 『ヴォン……』リィンとセリーヌの目の前に地図が表示される。それを見てセリーヌが発する。

 

「この近くに帝国でも有数の森林帯があるわね……そこならこのヴァリマールの巨体も隠せて好都合だと思うわ。」

「カイダル森林か……そこに降りるとするか」

 

 セリーヌがヴァリマールにそこに降りるように命じる。

 

「了解……コレヨリカイダル森林に着陸スル……」

 森林の中心から南寄りの少し開けた場所に着陸する。

 

――ヒュゥゥ……ズシャン……――

 

 上手く着陸した。リィンとセリーヌはヴァリマールに搭乗した時と同じように光となって機体外へと出る。「わっ……と……」慣れない着地でよろけるリィン。セリーヌは綺麗なポーズで着地する。そして辺りを見回し、一言。

 

「……随分と遠くへ来たもんだな……」

 

「そうね……。でも、感傷に浸ってる時間はないわよ。勝手に動かした私が言うのもなんだけど……貴方達がオリヴァルト皇子が言った第三の道、それを選んだ時点で苦難の道が待ち受けているわよ。いいえ、苦難じゃ甘いかもしれなわね、地獄、煉獄を行くが如くの道かもね」

「分かってはいたけど、実際その道を選んだらどうなるかなんて予想できなかったよ。まさかそのスタートが仲間と離れ離れになり、親友の裏切りだなんてな……」

 

 大きなため息をつき、木にもたれかかる。

 

「心中お察しする、とも言えないわね……とにかく、まだ迂闊には動けないわ。少し大人しくして、明日辺りになったらさっきの地図で見えたカイダル森林から近くにあるロダイ村に行ってみましょう。そこで情報を収集して、今後どうするかを決めましょう」

 

 リィン、弱弱しく頷く。そして何かを思い出したような表情になり、口を開く。

 

「なぁ、セリーヌ、前から気になっていたんだが、エマとはどういった関係なんだ?」

 

 セリーヌ、悪戯っぽく微笑み返す。

 

「そうね……教えてあげてもいいのだけれど、どうせならエマの口から聴いた方が良いんじゃない? ただ……そうね、ヒント位はあげようかしら。リィン、貴方は『帝国に伝わる伝承』を読んだことはあるかしら?」

「あ、あぁ……読んだことはある。吸血鬼や魔女とかについて書かれた古い伝承をまとめた本だろ?」

「ふふ、ヒントはその中にあるわ。最も……もう気付いていただろうけど」

「まぁ、大体は……」

 

 リィンは少し考え込む。

 

(……ローエングリン城での事、薬草、他のマニアックな事柄、そして、昨日、ミスティもといクロチルダさんに対しての「私の身内」発言……魔女か、それに連なる存在であるのは間違いない。ただ、本当に気になるのは、『何故試し、そして起動者や騎神についての事を知っていたのか』と言う事だ。クロウの騎神についてもセリーヌ自身が「あの女が導き手を務めたのか」と言っていた。魔女にも何か役目があるようだな……。

 もう一つ、何故『旧校舎最深層にヴァリマールがあった』のか。今まで疑問に思わなかったけど、よくよく考えれば可笑しいことだよな……少なくとも士官学校が創設されたドライケルス大帝の時代からあるのは確実だ。……伝承を調べ直す必要があるな……)

 

 そこまで行ったところで頭がついて行かなくなったようで、叫んだ。

 

「あーっっ!! もう駄目だ! 頭がパンクする!」

 

 その様子を見たセリーヌが珍しく声を上げて笑った。

 

「ふふ……まぁ、精々頑張りなさいな。思う所は色々あるだろうけど……まずは腹拵えね。腹が減っては何とやらね。」

 

 そう言うとセリーヌは森の方へと歩いて行った。

 

(セリーヌが喋っている事の方が一番の疑問かもしれない……)

 

 口元まで出かかったその言葉を呑み込み、リィンもその後をついて森の中へ入って行く。

 その夜。セリーヌとリィンは森で拾ってきた薪を使って火を起こして暖を取っていた。

 

「ふぅ……それにしてもリィン、食べられるものと食べられないものの区別が付くなんて凄いわね。それに罠まで。お蔭で兎とか茸とかが手に入ったけど。」

「はは……ここで役に立つなんてな。これも全て父さんのお蔭だな。狩りが趣味で、野山で叩き込まれた事が生きたよ」

「芸は人を助ける、ね。父さんと言うと……テオ・シュバルツァー男爵の事ね?以前、ユミルの温泉郷に行った時に見たけど、厳しくも温かい人柄ね。」

「ああ……覚えていないけど、孤児だった俺を拾ってくれて、ここまで育ててくれた。士官学校の皆も尊敬する人物だけど……俺にとっては一生、頭が上がらなくて、最も尊敬する人であり、親さ。母さんもだ。血の繋がりの無い子供なのにな。一生をかけて恩を返していくつもりさ。」

「……家は、継がないつもり?」

「あぁ。血の繋がりが無い俺より、エリゼとエリゼの夫となる人が継ぐのが良いと思っている。以前、それで事件になったけどな……」

「旧校舎の第一の試しの事ね。今でもその考えは変わらないのね。最も、お兄さんが簡単に結婚させ無さそうだけど」

「そんな事は無いぞ! 相応しい奴が現れたら当然、認めるさ!」

「ふぅ……あの娘も大変ね」

「?どういう事だ?」

「何でも無いわ」

 

〈ガサッ……〉

 

「!!」「!!」

 

 リィン・セリーヌ共に気配を感じ、迎撃態勢に入る。鯉口を切り、全身を逆立てる。気を張り詰める。

 

「……」「……」

 

 何分経っただろうか。そんなに永くは無かっただろう。だが、二人にとっては永く感じただろう。

 

「行った、か……?」

 

 気配が遠ざかり、少々余裕が出たリィンは気を少し緩める。セリーヌも警戒を解く。

 

「こんな夜中に村人が来るとも思えないし……おおかた森の動物か何かじゃないかしら」

「かもな……やっぱり逃げていると言う立場上、敏感になっちまうな」

「まぁ、仕方のないことかもしれないわね。……そうね、明日村に入る時には、制服は脱いで行った方が良いのかもしれないけど、そうもいかないものね。せめて袖のエンブレムは外した方が良いかもしれないわね」

「それもそうだな……仕方がないな」

 

 少し顔を歪めつつ袖から学院のワッペンを取り外す。そして大事そうにスラックスのポケットに収めた。

 

「また堂々と着けたいよな」

「その為には修羅の道を行くしかないわね。さぁ、そろそろ火を消して、寝ましょうか。ヴァリマールの中で、だけど」

「俺は少し素振りをしてから寝るよ。先に休んでてくれ」

「そう? くれぐれも気を付けてね。それじゃお先」

 

 光に包まれ、セリーヌがヴァリマールの中に戻って行った。それを見届けたリィンは、空き地から少し離れた木々の中に入って行き、そこで何回か素振りをした後、素手で近くの木を殴り始めた。しかも泣きながら、だ。

 

「(ガンッ、ガンッ)……俺に……力が……あれば皆を失う事だって……ザクゼン鉱山の時だって! アンゼリカ先輩が退学にさせられる事も無かったかもしれない! 俺に……力が無いからこうなったんじゃないか! うわあぁぁぁぁぁぁ!!(泣き、嗚咽を漏らしながら殴り続ける)」

 

 リィンは気づいていなかったが、セリーヌがその様子をヴァリマールから見ていた。

 

――これ以上見るのは野暮ってもんね……生きてさえいれば、まだチャンスもある。這い上がれる。かつての、ドライケルス大帝の様に……リィン、強くなりなさい……そして、この未曾有の混沌の時代を駆け抜けなさい!

 

 数十分後、リィンがヴァリマール内に戻って来た。座ったと思うと、直ぐにも寝息を立て始めた。よほど疲れていたようだ。セリーヌ、リィンの頬を少し舐めてから体を丸めて、寝始めた。

 

 どれだけ疲れていても、どれだけ落ち込んでいても、明けない夜は来ない。ここ、カイダル森林にも晩秋特有の冷気を含んだ空気が張り詰め、少しの靄がかかった朝が来た。

 

「ふぅ……美味い空気だなぁ」

 

 ヴァリマールの肩に乗ったリィンは胸一杯に新鮮な空気を吸い込んだ。その空気は体を巡り、頭を覚醒させる。

 

「ふふ……そうね。トールズの町とは違うわね。」

 

 いつの間に来たのか、セリーヌがリィンの傍らにいる。

 

「そうだな……飯も食ったし、少ししたら、ロダイ村に向かうか」

「そうね、ロダイ村は少し距離があるし、今からでも良いかもしれないわね。」

 

 リィンとセリーヌはヴァリマールのあるシステムを起動し、ロダイ村へと向かう。セリーヌの言った通り、距離があった。太陽が中空に近くなる頃にロダイ村に着いた。距離にして12ラジュほどだった。(1ラジュ=1,000メートル)

 

「ここがロダイ村か……」

 

 見た所、牧歌的な雰囲気が漂う村だった。リィンはあのノルドの村に近いものを感じていた。導力機械はあるようだが、完璧には頼っていない……昔ながらの面影を残す村だった。

 

「中々良い感じね……」

「そうだな……それにしても流石に腹が減ったな。と、その前に情報収集だな」

「そうね……導力ラジオとか帝国時報の号外とかあるか調べないとね……」

 

 2人は村の店を探しつつ、村の中心へと入って行った。村の中心には広場があった。そこには広場のシンボルでもあろう石造りの井戸が鎮座していた。誰でも汲めるらしく、滑車と桶があった。リィンとセリーヌは水を汲み、喉を潤した。

 

「ぷはぁっ! 生き返った!」

「全くね。水が美味しいわね」

 

 リィンは頭部から水を被り、髪と顔を濡らした。そして、顔を腕で拭う。セリーヌはその様子を見て、

 

――水も滴るイイ男って、こういう感じなのかしらね……それでいて本人は全くの無自覚なんだから……はぁ、先が思いやられる……ますます妹さんや、他の娘達が哀れだわ……

 

 セリーヌが溜息をついたのに気が付いたのか、リィンは水を差し出しつつ、

 

「どうした? 何か悩んでるのか? 役に立たないかもしれないけど、俺で良かったら、相談に乗るよ」

 

 そんなリィンの反応を見てさらに溜息をつきつつ、「何でも無いわよ」と返し、リィンは更に困惑するのだった。

 

 人心地ついた二人は情報収集を再開する。広場から離れ、歩いていると、店らしき建物が見えてきた。看板には『マクガイア工房』とあった。どうやらオーブメント工房らしく、覗いてみると中には生活に必要な導力機器が並んでいた。だが、オーブメント工房にしては店舗の半分が食料品や雑貨で占められていた。カウンターには初老の男性が座っており、2人が入店すると、ゆっくりと頭を上げた。

 

「おや、いらっしゃい。ここらでは見ない顔じゃな……あまりないが、ゆっくり見て行ってくれ。オーブメントの調整も一通りは出来るし、ここでは食料品や数は少ないが雑誌や新聞も取り扱っておる。村で唯一の店でな。調整の際はそこの工房に担当者がおるでな」

 

 ゆっくりと、だが芯の通った声だった。

 

「分かりました。すみませんが、帝国時報はありますか? 出来れば最新号が良いんですが」

「おぅ、今朝届いたばっかりでな、ほれ、いつもは売れ残るんじゃが、村の者が今日に限って買いに来よってな……全部売り切れてしもうたんじゃ」

 

 その言葉にリィンは希望を打ち砕かれた表情になった。「そうですか」と言葉を残し、去りかけた。

 

「あいや、待ちなさい。まだ話は終わっとらんぞい。売り切れはしたが、儂の分は手元にある。買っていくのは無理じゃが、店内のみで良ければ構わんよ」

「! 本当ですか!」

「うむ。じゃが……その代わりと言っては何じゃが……君の腰にある刀とオーブメントを見せてはもらえんじゃろうか?」

「え? ……分かりました。こちらはお願いしている立場です。どうぞ」

 

 アークスと刀を取り外し、店主に渡す。その時に帝国時報を受け取る。通常の帝国時報と比べ、薄かった。リィンとセリーヌは店内にあった椅子をカウンターの端に寄せ、覗き込む。そこにはこう書いてあった。

 

『10月30日、帝国政府代表ギリアス・オズボーン宰相が声明発表の途中、凶弾に倒れられ、帝国内は今や未曾有の混乱にある。倒れられた後に謎の巨大艦が帝都上空に出現、そして機動力のある人型兵器が降下し帝都を襲撃、帝都守備隊と交戦し、これを殲滅せしめた。

 本誌独自の情報筋によると、人型兵器は「機甲兵(パンツァー・ゾルダ)」と呼ばれるものであり、貴族派が持つ兵器であると目される。帝国軍機甲部隊の機動力を凌駕し、容易く屠る攻撃力を有している。帝国上空に現れた巨大艦は「パンタグリュエル」と呼ばれる貴族派が有するものとされる。全長250アージュはあろうかと言う巨大戦艦だ。これはまだ推測の域を出ないが、宰相を撃ったのも貴族派の刺客ではないかと噂される。

 また、帝都が襲撃されたのとほぼ時を同じくして帝都にほど近いトールズ士官学院がある郊外都市トリスタも襲撃されたとの情報が入っている。幸い士官学院の尽力により人的被害は奇跡と言ってもいいほど出ていない。現在この町は「保護」の名目で占領されている。しかも驚いたことに占領しているのは数か月前まで帝国を騒がせた「帝国解放戦線」だと言うのだ。消滅したはずの組織が何故今出て来たのか。疑問は尽きない。リーダーと目される《C》と言う人物からの声明が出されているが、それについては別紙をご覧頂きたい。

 現在、帝国は貴族派と革新派の二大勢力による内戦中と言っても良い。帝都、トリスタ以外では大きな争いは起こってはいないが、各地で主に領邦軍と正規軍による小競り合いは起きている。これはまるでかのドライケルス大帝が治めたと言われる獅子戦役の再現ではないか。いつ、争いが起こるか分からない状況にある今は読者諸氏、帝国に住まわれるすべての国民の皆さんには十分に注意して巻き込まれることの無いよう、切に願う所存である。

 クロスベルの問題もある中、これからエレボニアは何処へ向かって行こうとしているのか。出来る限り続報をお届けしたいと思う。』

 

 読み終わったリィンとセリーヌは何も言えなかった。1日置いて帝国内で動いた事が余りにも大きすぎたのだ。

 

「そうか……クロチルダさんの術で帝国でのことは垣間見れて、守備隊があの兵器に敵わなかったのは知っていたけど、戦艦については分からなかったな。それより、トリスタの保護を名目にした占拠……別紙の《C》の声明……」

「そうね……とりあえず、学院の皆はひとまず無事であると判断して良さそうね。正規軍も全滅したと言うわけでは無く、主力部隊はまだ健在でしょう。逃げる時、フィーちゃんが言ってたけど……正規軍は精鋭揃い。恐らく機甲兵に対する対策も立てるでしょう。そして、今までの戦争の流れからして、そう遠くない未来、必ず大きな戦いがあるでしょうね……正規軍の今後の主力になるのは第四機甲師団あたりでしょう」

「グレイグ中将が指揮する部隊か……ナイトハルト教官もいたな。俺、今まで特別実習で各地を回って、改革派や貴族派の対立とか問題を見て来たけど、どこも危うくて、少し触れたら爆発する……そんな感じだったんだ……でも……まさか今……」

 

 それ以上は言葉を紡げないらしく、口を閉じる。

 

「ふぅ……そうね。ただこれからはその実習で得たものが必要になる筈よ。心しなさい。さて、別紙の方を読みますか」

 

 そう言うと別紙をリィンの方に追いやった。

 

「どうせ気になって気になって仕方がないんでしょう? 先に読ませてあげるわ」

 無言で頷き、別紙を取り、広げる。読み始めて、5分は経っただろうか。眼球が忙しなく動く。2回は読み返しているのだろう。そして、読み始める前と比べ、顔色が蒼白になっているのは目の錯覚ではないだろう。カウンター上に置く。セリーヌが読み始める。紙面にはこうあった。

 

『帝国各地の皆様、御機嫌よう。こちらは帝国解放戦線である。この文はリーダーである《C》が書いている。

 まず、始めに言っておこう。今我々は近郊都市トリスタを保護している。理由は皆様もご存じの通り、ギリアス・オズボーン宰相が凶弾に倒れた。よって、我々の悲願である宰相に鉄槌を下すことは達せられた。しかし、それによってご存知の様に帝都が謎の勢力によって占領せしめられた。この分では謎の勢力が帝都にほど近く、トールズ士官学院を擁する都市であるトリスタを襲撃するとも限らない。我々はその認識に立ち、身勝手ではあるが、保護させて頂いた。学院の生徒は勿論、トリスタの住民の方々は傷一つ付けてはいない。その点はご安心頂きたい。

 帝国がこのような状況では保護者の方々もさぞ心を痛めている事だろう。我々が責任を持って無事に帰らせることをここに約束しよう。他意は無い。目的が達せられた今、未来ある若者を守る、その一心だけだ。拙い文章ではあるが、ご容赦願いたい。帝国を取り巻く状況が少しでも改善されることを願ってこの声明の結びとしたい。

 

 追伸

 

 我々の懸命な保護活動にも限界があり、残念ながら何人かの行方が分からない状況となっている。分からないのは、何名かの特科クラスⅦ組の生徒と学院の講師である。それ以外のクラスは無事だ。ここにその行方が分からない者の名前を載せる事とする。次の通りである。括弧内は年齢である。

 

 リィン・シュバルツァー(17)

 フィー・クラウゼル  (15)

 ミリアム・オライオン (13)

 サラ・バレスタイン  (25)

 

 この4名である。この四名については、今も捜索中である。』

 

 文はそこで終わっていた。セリーヌは読み終えるとリィンの前に移動した。

 

「色々と気に病むところはあるかもしれないけど……皆は一応は無事の様ね。今はそれで良しとするしかないわ」

「そうだな。でも、何故か安心した。あいつが……クロウがちゃんとしてて、さ」

「……ま、いいわ。さて、問題はこれからの事ね」

 

 リィンは読み終わった帝国時報を店の主人に返した。その少し後に主人がリィンに刀とアークスを返した。

 

「いやぁ、良いものを見せてもろうた! 新型のオーブメントがあるというのは噂で聞いとったが……それが例の物じゃな? 今までの物には無い機構が取り付けられているのが良く分かったわい。そして、より戦闘に特化した、ということがな……。それよりも、その刀じゃ! 数える位しか見た事が無かったが……極東の国より伝わった形状じゃな。斬る……その動作に特化した鋭さじゃな。それから良く手入れされておるのが良く伝わってきたわい。その刀は幸せ者じゃな。持ち手に恵まれておるようでな。しかし……いくつかガタが来とる。ここ最近、何か硬いもの相手にした感じじゃな」

 

 リィンはそれを聞いて、嬉しく思ったが、同時にドキリとした。店の主人が思いの外、鋭かったからである。

 

「はは……」

 

 苦笑いをせざるを得なかった。

 

「ふはは……深くは聞かんよ。どうやら事情がありそうだしのぅ。どれ、そのオーブメント共々ここで調整して行くと良い。お代は要らんよ。良いものを見せてもらった礼じゃ。この奥の工房に孫がおる。心配せんでも腕は良い。どれ、儂は用意をしてくるかの……」

 

 そう言うと、主人は近くの階段を昇り、2階に消えて行った。リィンとセリーヌは顔を突き合わせ、相談した。

 

「まぁ、折角だから見て貰ったら? その刀も心配だし。あの機甲兵相手に戦ったんだから」

「それもそうだな……よし、見てもらうとするか」

 

 リィンは刀を左手に、アークスを右手に持って奥の扉の前に立ち、ノックをした。

 

コンコンコンコン――

 

 少し待ったが、返事がない。もう一度ノックをする。

 

コンコンコンコン――

 

だが、またもや返事がない。

 

「何かに夢中なのかな……それとも単に居ないのかな?」

「ご主人の許可はあるわけだし、入ってみたら?」

 

 セリーヌのその言葉を聞き、リィンは「すいませーん、お邪魔しますー」と声を掛けながら扉を開いた。その瞬間、

 

ヒュンッ。

 

 何かが飛んできた。ドライバーだ。自分の顔の数セン横を通過して行き、店の壁に突き刺さった。その攻撃に対し瞬時で戦闘態勢に入り、飛んできた方角を見る。すると、そこに居たのは自分より少し年下であろう女の子であった。髪は紫に近い黒のストレートボブ。瞳の色は焦げ茶色だ。女の子は顔を赤くし、震えている。何故かは分からなかったが、一秒後、把握できた。着替え中だったのだ。まだ着ていない服で自分の体の前面を隠している。その為、肩などの隠し切れない肌が見て取れた。

 

「あ、いやこれは……」

 

 必死に弁解の言葉を紡ぐが、女の子はそれに意をかさず、また近くにあった工具を手当たり次第に掴み、投げてくる。ペンチ、ドライバー、ハンマー、釘。

さすがのリィンも即時にドアを閉める。

 

ドガガカカッ

 

 ドアに工具が突き刺さる音がする。それを聞いてドアに背を預けて座り込む。

 

「ふはぁ~っ……何なんだ、今のは!?」

「まぁ、あたしもびっくりしたけど……今のは私達が全面的に悪いわね……」

「いるんなら返事の一つぐらいしてくれてもいいじゃないか!」

 

 そんな事を言い合っていると、二階から音がする。主人が降りてくるようだ。

 

「何じゃ、今の音は!?」

 

 さっきのドライバーが突き刺さる音を聞いて降りて来たらしい。ドアの前にへたり込むリィンの姿をみて、全てを悟ったように掌を目にやって溜息をついた。

 

「すまん、忘れておったわい。ちょっとそこをどいてくれるかのう?」

 

 そう言われてリィンはドアの前から立ち上がった。そして主人がドアの前に立ち、ドアの右側の縁にある小さなボタンを押す。すると、ドアについていた擦りガラスの向こうが黄色く光った。そしてドアの向こうから気配が近づいて来る。ドアが開く。さっきの女の子が出て来た。まだ怒っているようで、額に皺が寄っている。

 主人は女の子に手を合わせ、謝り、女の子と会話をしているらしい。が、声は聞こえない。どうやって会話をしているのか。リィンはそれが分からなかった。ただ、腕が忙しなく動いていた。

 

「すまんかったの。説明するのを忘れておった。紹介する。こちらが儂の孫のファベルじゃ。ほれ、ファベル、挨拶は?」

 

 主人はファベルと呼ばれた女の子に手を差し出し、指を動かす。だが、ファベルはそっぽを向いたまま何も話さない。

 

「……すまんの。臍を曲げてしまっているようじゃ。そうそう、儂の名前も言うのを忘れて

おったな。わしの名前はシュミットじゃ。ファベルはベルと呼ぶと良い。どれ、もうお昼時じゃ。お前さん達も一緒に食べると良い。見てもらうのは後でもよかろう?」

 

 「ぐぅ~っ」ファベルのお腹から響いてきた。顔を真っ赤にしながら早々と2階に上がって行った。それを見ていた2人と1匹は笑った。

 

「それじゃ、遠慮なく。後で謝らないとな~」

「ほっほ、どれ、上がりなさい。こちらの猫にはミルクで良いかな? それとも焼き魚が良いかな?」

「あぁ、すみません。まず、ミルクをお願いします」

 それを聞くと、シュミット老人は上に上がって行った。なるほど、2階からは焼き魚の匂いがする。

「リィン、私はミルクと焼き魚の身だけ頂戴」

「分かったよ」

 

 そんな会話をしながらリィンとセリーヌは階段を昇って行った。昇って行った先には美味しそうな豆のスープ、焼き魚、ご飯が並んでいた。どれも作りたてらしく、湯気を湛えていた。シュミット老人がテーブルの近くにミルクを入れた皿を置いてくれた。セリーヌはその皿の近くに移動し、食事が始まるのを待った。

 

「どれ、そこに座りなされ」

 

 リィンはシュミット老人に薦められて、老人と対面になる席に座った。老人の隣にはファベルが座っている。まだ顔を合わせてくれない。それを見て、

 

(こんなことが前にもあったような……あぁ、入学したての時のアリサの反応と同じなんだ……)

 

 そんなことを思いつつ、シュミット老人が掌と指を絡め合わせたのにつられて掌を絡め合わせた。ファベルも同様だ。セリーヌは目を閉じた。

 

「我らをお見守り下さるエイドスよ、今日も無事に昼食を食せる事に感謝いたします」

 

 そう言うと、頭を垂れ、感謝を捧げた。リィンもセリーヌもそれに習った。そして、食事が始まった。スープを口にすると、

 

「! う、旨い! このほんのり効いた塩味、癖になりそうだ! それにこの焼き魚、これはカサギンですね! シンプルに焼き上げて、ちょっと分からないですが、少し掛けられている液体が風味と旨さを引き上げている! 米も丁度いい硬さで美味しい!」

 

 そんな風に興奮したリィンをニコニコと子供、孫を見るかのような笑顔でシュミット老人が見ている。それに気づいたリィンは気恥ずかしくなった。

 

「あ……すみません、思いがけなくはしゃいでしまいました」

「ほっほ、良いんじゃよ。そんな風に言ってくれると嬉しいのぅ。いつもは二人での食事じゃからの。賑やかなのは久々じゃ。先ほど君が言った液体は醤油と言ってな、東方で使われる調味料らしい。ちなみにそのスープはファベルが作った物じゃよ」

「東方の……そうでしたか。昔、これと同じものを口にした記憶があります。(ファベルの方を向いて)このスープ、君が作った物なんだって? とっても美味しいよ!」

 

 リィンにそう言われたファベルだが、何故か困惑した様子になり、シュミット老人の方に向き直り、手を動かしている。何かの意志表示なのか。それよりもリィンはまだ嫌われているのか、と肩を落とした。それを見たシュミット老人はこう言った。

 

「すまん、まだ言うて無かったのぅ。配慮が足りておらんかった。このファベルはな……実は耳が聞こえんのじゃよ。声を用いての会話は難しいのじゃ。じゃからさっきも君が見た通り、会話にはハンドサインと言うてな、手や指、腕に決まった動きをさせて、それに意味を持たせて自分の意志を伝える方法を取っておる。これは習得期間が必要じゃから、君には難しいかもしれん。もしも会話をするのであれば、紙に文章を書いてやり取りをすると良い。」

 

 そう言うと、キッチンの一角にある食材の棚に置いていたメモ帳とペンを持ってきた。それをリィンの方に差し出した。それを受け取ったリィンは先ほど自分が言った事を紙に書いて千切り、ファベルに差し出した。それを読んだファベルは俯いてリィンとは目を合わせずに黙々と食べ始めた。リィンはそれにさっきよりも強い危機感を感じたが、

 

「ははは、心配せんでも大丈夫じゃよ。このファベルはとても嬉しくて顔を合わせられんだけじゃよ。後で武器とオーブメントを見てもらうんじゃろう? その時に大いに語らうと良いじゃろ」

 

 その言葉にリィンは少し安堵した。だが、『耳が聞こえない』その今までの人生の中で関わった事もない存在を前に少し混乱していた。紙に書けば通じると言われたとはいえ、相手が書いたところを見てもいないのだ。本当に通じるのだろうか。そんな不安を抱えつつも食を進める。食後の茶を啜っていると、シュミット老人が声をかけて来た。

 

「どれ、今の内に見せてやってはくれんかね?」

 

 アークスと刀をファベルに見せてやってくれ、と言う事だろう。不安を感じつつもファベルの目の前にアークスと刀をメモと一緒に差し出す。そのメモには

 

『さっきは済まなかった。俺が軽率だった。その上で俺の武装を見てもらうのは心苦しいけれども、宜しくお願いします。』

 

 こう書いてあった。まず、ファベルはそのメモを読むと、ポケットに入れた。そして、刀を抜く。刀が鞘走る音がする。刀身が完全に引き抜かれた。通常、刀は見た目に反して重い。しかも東方伝来の形状ともなると重心が先端に近くなるので、手首がふらつくものだ。だが、それが無かった。しっかりとした動作だった。そして柄、峰、刃と順に見ていく。何故かは分からないが、迫力があって何も言葉を発せなかった。

 しかし、これだけは言える。少しずつ顔が明るくなってきているのだ。何故だかリィンにはその顔がエリゼと重なった。大好物のスウィーツを目にした時と同じなのだ。

 検分を終えたのか、刀を鞘に仕舞う。そして紙にペンを走らせる。とても速い。書き慣れているのだろう。書き終わるとリィンの方に差し出す。

 

『直接話すのは初めてですね。着替えを覗かれたのはまだ怒ってます。でも、この刀を見たので、少し許します。とてもいい刀ですね。本当に大事に使われてる、そんな想いが分かります。

 申し遅れました。もうご存知とは思いますが、私の名前はファベルと申します。この刀をどうか整備させてもらえませんか?』

 

 紙面にはこう書いてあった。綺麗な字だ。その文章を見たリィンは即座に返事を書く。

 

『それはこちらからお願いしたい事です。存分にやって下さい。』

 それを見たファベルは笑顔になった。嬉々として鞘や柄を見回す。その様子を見ていたシュミット老人が言葉を漏らす。

 

「ベルがこんな顔になるなんてなぁ。久し振りだ」

 

 ファベルが刀を机の上に戻す。アークスの番らしい。アークスを手にしたファベルは恐る恐るアークスの蓋を開ける。そこには、見事な景色があった。クォーツが嵌められ、僅かながらも導力が通っており、時折ラインが煌めいた。ファベルは涙を流した。此処までの完成度を持ったオーブメントが目の前にあるのだ。一流の芸術作品を見て流す涙と等しい。

 そうとは知らないリィンは焦りまくる。「どっ、どうした!? まさか、そこまで悪いのか!?」などと呟いている。流石に助けてやろうと思ったのか、シュミット老人が声を発した。

 

「心配は要らんよ、リィン君。あれは嬉しくて涙を流しておるのじゃ。ベルは、良いものに巡り合うと、涙を流す癖があるのじゃ。まぁ、武器、機械限定なんじゃがな……両親の育て方が間違っとったのかのぅ……」

 

 そう言いつつもベルの傍に行き、頭を撫でる。その顔はとても嬉しそうだ。

 

「そ、そうなんですかー。はぁー、びっくりしました。……ん? えっと、シュミットさん、何で俺の名を……? 一度も名乗った覚えはないですが?」

 

「ほっほ? それを分かっててアークスを儂に見せたと思ったのじゃが? ほれ、アークスに所有者の氏名が刻まれとったわい」

「え!?」

 

 シュミット老人はファベルからアークスを受け取ると、リィンに手渡す。受け取ったリィンはアークスを開き、まじまじと見る。だが、名前らしきものは無い。

「そこじゃなくて、カバーの方じゃ。カバーのエンブレムの上にプレートがあるじゃろ? そこに刻まれとるよ」

 

 そう言われ、開いていたカバーを閉じ、カバーの表面にある獅子のエンブレムの上にあるプレートに目をやる。確かにそこに名前が刻まれていた。

 

――そういえば、気にした事が無かった。これからはちゃんと気を配ろう……

 

自分にそういう自戒を込め、再びファベルにアークスを手渡す。ファベルはアークスのチェック作業に入る。目が凄く輝いている。音楽を前にしたエリオットのようだ。

 

「……今まで名を名乗らず、申し訳ありません。俺は故あって、名を気軽に名乗れない状況にあります。もはや察しはついているでしょうが、俺はあのトールズ士官学院の特科クラスⅦ組に在籍している、リィン・シュバルツァーと申します」

 

 リィンはそう言うと深々と頭を下げる。正体を隠していたことに対する謝罪と、それを分かった上でもてなしてくれたことに対する感謝の念であった。

 

「んんー? 今、何か言ったかの? 儂にはリィン君と言う所しか聞こえんかったのぉ。すまんの、年を取って耳が遠くなってなぁ」

 

 そう言うと、何もなかったかのように椅子に座って茶を飲み始めた。場にはファベルがアークスをチェックする際に立てる小さな金属音しか響いていない。

 

「シュミットさん……」

 

 先ほどの老人の発言の意図を汲み取ったのだろう、その上で出た言葉だった。

 

「いつまで立っとる気かね? 飲みなさい、折角の茶が冷める。」

 

 そう老人に薦められ、席に着き、茶を飲む。

 

「ふふ……それにしても君がのぅ。まぁ、さっき聞こえんかったと言うのは冗談じゃがな、一つだけ聞かせて欲しいことがあるんじゃが」

「……何なりと。答えられるのであれば」

「うむ……トールズ士官学院と言うたな? 事件に巻き込まれた当事者の口から聴きたいのじゃ。今、学院はあの帝国解放戦線に占領されとるようじゃが、生徒、教師の安否はどう考えるね?」

「はい、実はクロ……いえ、Cとは憚りながら面識があり、敵ながら信用はおけると自分は考えております。恐らく、無事ではないかと」

「そうか……」

「あの、すみませんが、何故、俺がここに来た時から正体が分かっていたなら領邦軍に通報するなりなんなり出来たと思うのですが、何故しなかったのですか?」

「ふふ……『トールズ士官学院特科クラスⅦ組』、その噂はこの遠く離れた地までも伝わっておるよ。特に……先のザクセン鉱山の事件は見事な活躍だったそうじゃないか。面識はなくとも、信用は出来るのでは、と以前から思ってはおったのじゃ。とはいえ、まさかいきなり現れるとは思いもせんがったがの。それから……儂はな、領邦軍は好かんのじゃ。」

「そうですか……すみません。助かりました。それから、表の看板に書いてあったマクガイアと言う名……何か聞き覚えがあるのですが、過去に軍などに所属されていたことは?」

「んん……気のせいではないかの? マクガイアと言う名自体、良くある名じゃからの……」

 

 老人がそこまで言い終わったとほぼ同時にそれまでアークスに集中していたファベルが顔を上げ、老人にハンドサインを示し、アークスと刀を持って、下に降りて行った。

 

「ふむ、今から本格的な調整をやるそうじゃ。恐らく、あの入れ込みようでは5時間はかかるのではないかの……」

「えぇ!? 5時間!?」

 

 柱に掛けてあった時計を見る。この時代には珍しく導力式ではなく、手巻き式の時計らしい。年代を感じさせる雰囲気を醸し出している。見ると2時を指しかけているところだ。

 

「今1時だから、少なく見積もっても6時! だ、大丈夫かな……」

「ははは……少なくとも今は時間に縛られる身分ではなかろう? 2~3日位なら問題は無い。ゆっくりして行きなさい。どれ、ベルの様子でも見てくるかの……ふむ、リィン君、君はグエンの言う通りの人柄じゃな……」

 

 そう言い終わると、飲み終わった器を持って台所に置き、下に降りて行った。

 

「…え?」

 

 予想外の人物の名が出て、声をかける以前に思考回路がスパークした。

 

――グ、グエンさん? そ、それってアリサの……いやいや、まさか……でもなんで?

 

 そこまで考えたところで、それまで口を閉じていたセリーヌが声を発した。

 

「ふぅ……どうなるか肝を冷やしたわよ……色々と驚愕の事実が飛び出て来たけど、何はともあれ、良かったじゃない?」

「いやいや! これが落ち着いていられるか!」

「全く……余裕がないわねぇ。それも当然か。まぁ、良いわ。それにしてもマクガイア……私も耳にしたことがあるんだけど、思い出せないわね。とりあえず、私たちも下に降りましょう。」

 

 セリーヌが階段を降りていく。トントンとリズミカルな音だ。

 

――……なんか滅茶苦茶な事になってないか? 助けてくれ……アリサ……Ⅶ組の皆……

 

 心の中で突っ込みを入れつつ、残っていたお茶を飲み干す。そして台所に持っていく。セリーヌが舐めていたミルクの皿も一緒に。置いた時、台所の窓から村の通りが見えた。少し先にさっき水を飲んだ井戸が見える。人通りは少ない。帝都での混乱が影響しているのだろうか。そんな事を考えつつ、心を落ち着かせた。そして、階段を降りて1階に向かった。1階に降りると、シュミット老人がカウンターに座って店番をしていた。その背にある作業室では、ファベルが腕を振るっている筈だ。

 

「そう言えば、ファベルさんってどこであんな腕を身に付けたんですか? やはりシュミットさんがご指導を?」

「む……儂はほんの少し、武器に関する知識と技術を伝えただけじゃ。導力機器に関しても少しは伝えたが、大部分はラインフォルト社で修行していた。と言ってもルーレ工科大学での研修が大半じゃったがな。」

「!? ラインフォルト社……!? そ、それって、ルーレにある……?」

「そうじゃ。あそこでは儂の息子夫婦が働いとるでな……そういえば、少し前に話題になっとったアルセイユ型2番艦、カレイジャスの合同建造の基礎もやっとったな」

 

 開いた口がふさがらないとこの事を言うのだろう。まさかあの娘がそんな凄い所で修行していたなんて。

 

「元々息子はラインフォルト社で働いとったのじゃが、その時にルーレ工科大学におった女学生に一目ぼれしてな……」

「なるほど、そういう訳でしたか……何ともすごいですね」

「まだまだひょっこじゃ。じゃが、人並みには腕はあると思っとる」

 

 ひょっこと言いながら、その顔は何処と無く嬉しそうであった。恐らく、贔屓も入ってるのかもしれないが、自慢の孫なのだろう。

 

「分かりました。終わるまで時間が掛かりそうですね。何もせず御厄介になるのは肩身が狭いです。何かお役にたてることはありませんか?」

「ほ、遠慮せんでもいいに……そうじゃな、そろそろ薪が残り少なくなってたところじゃ、もし良かったら蒔割りでもお願い出来るかね」

「どうぞ、喜んで」

 

 老人に家の裏に木と斧と作業場があると言われ、家の裏手に移動し、蒔割りを始める。

 

――カン、コン、カン、コン、カン……

 

 リズムよく、薪を割って行く。その手つきは慣れたものだ。

 

「へぇ? 上手いじゃない」

「実家で良くやっていたからな……晩秋からは蒔割りが日課みたいなものだったよ。」

 セリーヌとそんな会話を交わし、作業に没頭する。

 

――やっぱり何かに没頭するっていいな……余計な事を考えずに済む……そう言えば、ユミルもそろそろ雪の季節だな……

 

 ある程度薪を割った所で小休止を入れる。額に出来た汗を拭う。その時だ。近くの草むらから何か音がする。人間が草をかき分けて進んでくる音だ。此処からは視認できない。当然、戦闘態勢に入る。斧は得手ではないが、無いよりはましだろう。そして相手を待ち構える。その相手は出てきた。だが……子どもだった。予想外の相手に意表を突かれ、気が緩むが、直ぐに立て直す。

 

「何の用だい?」

 

 そう聞くと、子どもが口を開いた。

 

「げ……誰かが居るなんて……爺さんは店番してたからいないと思ったのに……兄ちゃん、

誰?」

 

――そうか、ここでは俺は余所者だった。

 

「あぁ、俺は色々あってお世話になってるのさ。今は蒔割りをしていた所だよ」

「ふーん……ならいいか……俺はライルって言うんだ。宜しくな!」

 その目上にも関わらず口調が生意気なのはこの際、置いておくことにした。

「あぁ、ライル君、宜しく。ところで……何しに来たのかな?」

「そ、そんな事……言えるわけないじゃないか……」

 

 少し顔を赤らめている。

 

――この反応、何回も見た事がある。だが……何の反応だったかな……

 

 そんな事を考えていると、ライルは走って蒔割り台の横を通過して、そこまで大きいとは言えない窓を覗き込む。リィンも駆け寄る。その窓は、作業室を覗き込める窓だった。そのガラスの向こうではベルが一心不乱に作業をしていた。刀を槌で叩いている。歪みを取る作業の様だ。

 

「はぁぁ~っ、やっぱすげーなー! 武器とか導力機械の調整が出来るとか……マジかっけ~」

 

――ふ……ん? 言葉に淀みがあるな……おそらく本心じゃないだろうな。本当の目的は他にありそうだ

 

 リィンはライルの嘘を見抜きつつも口には出さず、ライルの発言に答えた。

 

「そうだな。かっこいいな。でもやっぱりあの女の子の方がもっとかっこいいよな」

「おおっ、兄ちゃん、分かる!? そうなんだよな、ベル姉ちゃん、綺麗だよな……」

 

 一瞬の後、ライルは自分が自爆した事に気づいた。語るに落ちる。まさかここまで引っかかるとは……

 

「ず、ずるいぞ! 今のはゆーどーじんもんだ! 無効だ!」

 

 少し笑みを作って、

 

「何の事かな? 俺は何も言ってないよ? 君が勝手に言ったんじゃないか……」

「う、うるさいな! !まさか、兄ちゃんもベル姉ちゃんを……? そ、そうはさせないぞ!」

 

 かわいらしいパンチをリィンに浴びせてくる。何故パンチされるのか分からなかったが、付き合ってやる事にした。

 当然力の差があるから完全にライルは遊ばれてる。体捌きでライルの足を少し引っかけて前のめりに倒れさせる。そして素早く前に回り込み、ライルの両脇を支える。

 それで差があると悟ったのか、それ以上は抵抗しなかった。

 

「兄ちゃん、強いな……」

「はは、今のはたまたまだよ。……何が目的なのか話してもらえるかな?」

「うっ……俺、前にベル姉ちゃんに助けてもらった事があるんだ。父ちゃんが大事にしていた導力ラジオを落として壊しちゃってさ……んで、怒られたくないと思ってそのラジオを持って家出したんだ。でも、結局どうにもならなくてさ、そこにあの姉ちゃんが来たんだよ。多分、この村に帰ってきたんだろうな。でかいキャリーケースを持っててさ……。俺を見て近づいてきたんだ。

 んで、紙に書いて、どうして泣いてるのか、聞いてきたんだ。なんで紙に書くのか分からなかったけど、大人しく理由を書いて渡したら、少し考え込んで、私と一緒に来ないか、って言ってくれたんだ。実家は工房だから力になれるかもしれない、ってさ。でも、お金がないって言ったら、そんなのは要らないよ。君がこの村での初めてのお客さんだから! って。

 ついて行って、工房でラジオを渡したら爺さんと何かやり取りをしてこの作業場に入って行って、ほんの三十分後位にはラジオが直ってて、渡してくれたんだ。そのお陰で心配事が無くなって家に帰れたんだ。

 でも、結局ラジオの音が以前より良くなっててさ、親にはばれちゃったんだ。親には正直に話したよ。でも、何でか分からないけど親は何故かベル姉ちゃんとはもう会うな、って釘を刺されてさ。……だから、こうやってこっそり見に来るしかないんだ」

「そうか……君は、彼女が好きなんだな?」

「な、なな何を言うんだよっ!? そんな事、無いよッ!」

 

 ライルの顔が赤くなる。その顔を見て、リィンはやっと思い出した。

 

――あぁ、そうか。「好きな人はいないのかい?」とエリゼに聞いた時の顔」だ……。と言う事はエリゼにも好きな男がいるってことだな!? きっちり聞き出さないと……

 

 そんな遥か彼方にとんだ意識を強制的に引き戻す。

 

「君は彼女が聞こえないって事を知ってるのかい?」

「もちろん知ってるさ! だから親はもう会うなって……何でだよ!? 可笑しいだろ!」

 

――俺も今まで彼女の様に耳が聞こえない人に会った事は無かった。自分達とは違うと言う事で恐れているのか? 貴族派と革新派の対立だけじゃない、まだまだこう言った偏見に満ちた問題が残されているじゃないか……

 

 そう思うと、何故か自然と次の言葉が口から飛び出した。

 

「ライル、君は……彼女を護りたいと思うかい?」

「当ったり前さ! でも……親の反対を乗り越えられる程強くないよ」

「……なら、少しだけでも教えてあげようか? ……武術を、さ」

 

 そう言った途端、ライルの目が俄然輝きだした。

 

「まじで!? 頼む! ……いや、お願いします!」

「本当に良いのかい? 本当にほんの少しだけど、さ」

「もちろん!」

「分かった」

 

 その時、リィンの心の中に師匠の言葉が浮かび上がった。

 

――こりゃ、リィン! お前は他者に教えを与えられる程の力を持っとるのか!?教えると言うのは軽々しく口にすることではない! 教えると言うのは、相応の責任を負う事になる事ぞ。お前に八葉の名を背負う、その覚悟はあるのか?

 

 目前に師匠が居て、直に言われた様な心境だった。だが。

 

――……師匠、俺は……ライルに教えたい。例え少しだけでも、誰かを護る力を与えられる

なら……責任云々の事は分かります。それでも!

 

 しばしの間、そんな問答が続いたが、やっと決まった。ライルの一言があったからである。

 

「兄ちゃん、お願いします!」

 

 その一言が肚を括らせた。もう吹っ切れた。

 

「よし! じゃあ、まずは型を少し覚えようか。俺の真似をしてついてきてくれ」

「はい!」

 

 暫くの間、稽古が始まった。教えるのは八の型、無手の型であった。だが、リィンはその事を口にしなかった。そしてその様子を見ていた者がいた。ファベルである。ライルの気配がしなくなったのを不思議に思って窓に近づいていたのである。稽古をしている内に、陽が落ち、空にはもう一番星が輝いていた。ひんやりとした風が頬を撫でた。

 

「あっ、やっべぇ! 俺、そろそろ帰らないと!」

「ああ、そうか。もう暗いから気を付けてお帰り。反復練習は大事だぞ!」

「うん、分かった! あ、そう言えば兄ちゃんの名前聞いてねぇ!」

「言ってなかったか。俺はリィンだよ」

「リィン兄ちゃん、またな! あと、ベル姉ちゃんにはさっきの事言うなよ!」

「あぁ」

 

 そう言うとライルは走って表通りへと出て行った。リィンは近くにあった蒔割りの斧と台を片付け、割った薪を纏めて店の中に入って行った。セリーヌはリィンの足の間からスルッと店内に入って行った。

 

「あぁ、お疲れさん。遅かったね。すまないが、薪は纏めて2階に置いてくれるかな」

「分かりました」

 

 割った薪を2階に持って行き、少量の薪が積みあがっていた所に置く。そして、もう夕飯時と言う事を思い出し、食卓とキッチンを見る。まだ夕飯の支度は出来ていないようだ。一階に向かって声を出す。

 

「すみませーん、もし迷惑でなかったら俺が夕飯を作りましょうかー?」

「ほう、そろそろ準備しようと思っとったが……それなら甘えるとしようかの。食材は有る物を使って構わんよ。因みに今夜はパンの予定だ」

「分かりました! 出来そうになったらお呼びします!」

 

 そう言って夕飯の料理に取り掛かったが、改めて考えると、自分にそこまでのレパートリーが無かったのを思い出した。

 

「あぁ……士官学校では男子は料理の実習が無かったからなぁ……どうしようか……」

 

 そんな事を考えていると、ふと昔の事を思い出した。

 

――そう言えば、料理を作ったと言えば、士官学校に入る前に家でした切りだな……そうだ、エリゼと作った料理があった……

 

 回想を終えると、早速準備に取り掛かった。材料を揃える。じゃが芋、ニンジン、玉ねぎ、長ネギ、アスパラガス等。材料を揃えると、それぞれの材料を必要な大きさに切って行く。

 

トントントントン……

 

 リズミカルな音が奏でられる。その音にシュミット老人は目を細め、その心地よい音に耳を預ける。セリーヌも同様である。

 具材を切り終えると、鍋に火をかける。水を投入し、具材も投入する。コンソメ、塩、胡椒等の調味料で味を調える。また、使っていなかったもう片方のコンロにもフライパンを乗せ、火にかける。そちらには油をひき、ほうれん草、ベーコンを投入。炒め、胡椒で味を調え、良い焼き加減になったら火を中火にし、溶いた卵を落とす。上手くほうれん草とベーコンをとじる。そのタイミングで下の2人を呼ぶ。

 

「すいませーん! そろそろ出来ると思います!」

 

 そう言った直後、カウンターの椅子が動く音がし、工房のドアを開ける音がする。今回は工具は飛んでこなかったようだ。そして階段を昇ってくる音がする。先に上って来たのはシュミット老人だった。

 

「おぉ、良い匂いがするのぅ。どれ、皿を出さねばならんな。」

 

 老人が皿を出し、テーブルに並べる。そのタイミングでファベルが階段から顔を出した。厨房に立つリィンを見て、その風景が見慣れないのか目をパチクリさせている。状況が掴めたようで、上がってくるとスプーン、フォーク、コップと言った食器を出してテーブルに並べ始めた。そこへ老人が細長いパンを切った物を籠に入れてテーブルの端に置いた。中央には鍋敷きを置いた。つまり鍋はそこに置いてくれと言う事なのだろう。

 リィンは既に出来上がった鍋の味見をしてから鍋敷きの上に運ぶ。ほうれん草とベーコンの卵とじも各自の皿に載せる。そして全ての準備が終わり、リィンも席に着く。昼食の時と同じく、空の女神に祈りを捧げる。祈りが終わると、老人が待ち切れんと言った面持ちで鍋の蓋を取る。

 

『ふわぁ~っ。』

 

 まさにそんな言葉が聞こえるように湯気がもうもうと立った。

 

「おお、こりゃ旨そうじゃのう。リィン君、これは一体何じゃ?」

「ええ、これは俺が実家で良く作っていた料理でして、ポトフと言います。材料を切って鍋にぶち込んで煮れば完成、という至極簡単な料理です。それでいて体が温まるので今日みたいな日には丁度良いかと思いまして。」

「ほう、それはますます美味しそうじゃ」

 

 そう言うと、シュミット老人はファベルの方を向いて今話した内容を伝える。それを理解したファベルは羨望の瞳をリィンに向けてくる。

 

「ほっほっほ、ベルは料理が下手でのう。目玉焼きとかスープとかそう言った簡単な物しか作れんのじゃよ……」

 

 そう言うと肩をすくめる。今の会話の内容は聞こえていないはずだが、老人の型を叩く。

 

「おぅおぅ……今のは見えてしもうたか。まぁ、こう言うのは読めるじゃろうしの……」

 

 老人がそう言ったのをリィンは見逃さなかった。

 

「あの、今のは? 読めるって?」

「おおぅ、その事については追々話すとしよう。それより鍋が冷める。食べようではないか」

 

 そう言うと老人はお玉で自分の皿にポトフを移していく。その後にファベル、リィンと続く。リィンは自分の分を移すと、次に小さめの皿にポトフを移し、セリーヌの近くに置かれたミルクの隣に置いた。スプーンを持つとそれぞれ一斉にスプーンを突っ込み、口に運ぶ。

 

「! 旨くて温かいのぅ!」

「はふぅ~っ」

「我ながら上手く出来た!」

 

 三者三様にコメントは違いつつも恍惚の表情を浮かべる。しかしその中でもファベルの表情は元々が美少女なものだから余計にエロチックで艶めかしいものだった。それを見たリィンは一瞬とは言え、心奪われてしまった。しかし、

 

――いやいや! 何やってるんだ俺は! しっかりしろ、リィン・シュバルツァー!!

 

 自分にそう活を入れ、強制的に平常心に戻した。そんなリィンの様子を見ていたのか、ファベルが微笑みを浮かべる。勿論、リィンがそれに気づく事は無かった。

ほうれん草とベーコンの卵とじソテーも好評を得、食事は和やかに進んだ。そして食べ始めてからおよそ四十分後、食事が終わった。ポトフは余ったので、次の日に持ち越す事となった。食べ終わった後の食器はシュミット老人が洗っている。「儂は良いから二人で話をしなさい」と強制的にリィンからその役目を奪ったのだ。そこまで言われてしまっては何も話さないわけには行かない。話し始めたのはファベルだった。昼と同じように紙でのやり取りである。

 

『今日は有難う。貴方が作ってくれたポトフ、とっても美味しかったわ。貴方、料理が上手いのね。私はスープとか簡単なものしか作れないから尊敬するわ』

『上手いと言ってもまだまだだよ。妹の方がもっと上手いからさ……ベルの方こそ武器や導力製品の調整や製造が出来るだろ? 俺は出来ないから逆に凄いと思うよ。お互いさまじゃないかな』

 

 読み終わると、ファベルは顔を少し曇らせて書いた。

 

『機械いじりとかは好きでやってるから良いんだけど……やっぱり女の子なんだから、もっと料理が上手かったらな……って思う事があるわ』

『ごめん、無神経な事を言っちゃったな』

『ううん、いいの。分かってるから』

 

 そう返って来た時、リィンはあっちゃーという顔をした。アリサ相手だったらグーパンも

のである。そんな事を考えてる内にファベルが続きを書いて寄越した。

 

『さっき、貴方の刀とアークスを整備させてもらったのだけれども、とても丁寧に使われているのが改めて分かったわ。ただ……申し訳ないのだけれども、一つ警告しなければならない事があるわ。それは、刀の事よ。あの刀はあの形状からして東方伝来の物と思ったわ。あれは刀身は薄いけど、それを補って余りあるしなやかさと鋭さ、切れ味があるわ。だからこそ、よ。貴方がどんな戦いをして来たのかは分からないけど、とてつもなく硬い相手もしくは武器を相手に戦ってきた代償として刀の耐久力が著しく低くなってるわ。もしも今までと同じような戦いをするなら、そう遠くない未来、死ぬわ。』

 

 ファベルの返事を見たリィンは衝撃を受けた。結びに使われた「死ぬ」と言う言葉もそうだし、なによりユン老師に師事してから今まで使い続けた自分の分身とも言うべき刀の寿命宣告をされたようなものだったからだ。とは言え、今の状況では戦いを避けることなど、出来ないだろう。

 

――だが、それでも知らずにいるよりはまだいいはずだ。感謝しなければならないな……

 

 そう思い、ファベルに返事を書いた。

 

『そうか、分かった。有難う。』

 

 それのみだった。それを読んだファベルは肩を震わせながら書いた。

 

『死ぬとか言ってごめんなさい。ただ、私はどんな武器でも、導力製品でもただの物として扱うことが出来ないの。人間の様に生きてる物と思っちゃうの。ごめんなさい。』

『その方が有り難いよ。どうでもいいと思われるよりもその方がこっちとしても安心できる。』

 

 感極まったのか、ファベルは本格的に泣き出した。泣き止むのに 5分近い時間を要した。いつの間にかセリーヌも老人も場に居なかった。ハメられたのか、偶然なのか。それは置いといて、リィンはファベルが泣き出したのにオロオロするしかなかったのだった。

 泣き止んだ後、二人は下の工房へと入って行き、そこでファベルからアークスと刀を受け取った。確かに見ると刀は刀身が以前より鋭く、漆黒の輝きが増しているように見えた。アークスもちょっと前はカバーと本体の接合部がカタッという微妙なグラつきがあったが、今は完璧にない。それどころか開閉もものすごくスムーズになっている。誰が見ても素晴らしい仕事ぶりだ。恐らく分解し、パーツレベルでチューニングが施されているのだろう。

 

――ジョルジュ先輩の整備も凄かったけど、ファベルのはもう超えているかも……なぁ……何で此処に居るんだろう……

 

 そう思った時にはもう紙にペンを走らせていた。

 

『この整備、ものすごいよ! 以前とは比べるくもないさ! ベルさん、何で此処までの腕があって、この村に……? 貴女の力ならもっと大きな工房でも活躍できると思うけど。』

 

 それを読んだファベルはさっきよりも一層険しい顔をした。しばらくの間、考え込んで、ペンを走らせた。

 

『私は、そこまでの者じゃないの。貴方には話してなかったけど、ラインフォルト社で修行していた事があるわ。それで分かったのよ。私の様な者は無理よ。いくら頑張ったって、無理なの……』

 

 そう書いて紙をリィンに押し付けると、工房を出て二階に上がって行った。リィンはその姿を見送る事しかできなかった。リィンには窺い知れない、余程の事があったのだろう……。工房を見廻し、部屋を出た。すると、カウンターの椅子にシュミット老人が座っていた。誰もいないと思っていたので少し驚いたが、直ぐに冷静になった。

 

「あの……すみません……」

 

 その声を聴いた老人が読んでいた帝国時報を机に置いた。

 

「ふむ、何に対してかな? さっきベルが泣いて2階に上がって行ったことに対してなら、儂ではなく、ベルに謝るべきじゃないかね?」

 

 正論だ。まごうことなき正論。

 

「それでも……貴方に対しても謝らなくてはと思って……」

 

 そう言いながら先ほどの会話を見せる。シュミット老人は読み終えると、眼鏡を外し、額を抱え、溜息をついた。

 

「……ベルはな……知っての通り聞こえん。これは儂もベル自身からではなく、両親……息子夫婦から聞いたきりじゃ。能力はあった。しかし、そういうやつほど疎まれやすい。君も分かるじゃろ? それが聞こえないとなると尚更だ。いじめなどがあったらしい。それでもう耐えられない、と息子夫婦に嘆願して、儂の所に来ることになった、と言う事じゃ。勿論、この村でもそう言った偏見は全くない、とは言い切れん、じゃが、ルーレに居るよりはよっぽど良いじゃろう……」

 

 それを聞いて、リィンは己を恥じた。良く考えれば、そこまでは分かったはずなのに。軽々しく書いた自分を責めた。

 

「そうでしたか。ならば尚更申し訳ありません。今日はもう無理だろうとは思いますが、明日の朝、もう一度ベルに謝ろうと思います。」

「うむ……それが良いじゃろ。どれ、そろそろ寝たらどうかね。」

「それではお言葉に甘えさせて頂きます。それから、僕は明日この村を立とうと思います。」

「もうかの? そこまで焦らんでもいいと言うのに。じゃが、もう決めたならもう言わんよ。その時までゆっくりして行くと良い。」

「重ね重ねのご厚意、有難うございます。」

 

 そう言うと、リィンは2階の寝室に向かった。それを見届けると、シュミット老人は口に咥えたパイプを燻らした。そして目を細め、カウンターの下に置いていた絵に目を走らせた。絵には30代前後らしき二人の男が描かれていた。写真と見紛うほどリアルなものだ。そして、その後ろにはほど大きい建物が建っている。

 

「グエン……儂は、どうするべきかね……?」

 

 返事など来ないのを知っていても、言わなければならない、そんな雰囲気だった。

 

「そうじゃな……」

 

 何かを決意したような面持ちで呟いた。そしてここロダイ村の夜も更けて行った。

 

 朝が来た。チチチと言う鳥の心地よい囀り。リィンはうーん、と腕を大きく伸ばし、ベッドから抜け出した。部屋を出ると、昨日作ったポトフの香ばしい匂いが食卓を占めていた。台所に立っていたのはファベルであった。リィンが起きて来たのに気付いたのか、ファベルがこちらを振り向いて、小さく手を振った。その挨拶にリィンも手を振り返す。そこにシュミット老人が階段を昇って来た。

 

「おお、起きたかね。もうすぐで朝食の用意が出来る。顔を洗って寝癖を直してきなさい」

 

 そう言われて自分の髪がどんな状態にあるかを理解した。足早に洗面台に向かう。顔を洗って髪を水で整えて戻って来たら食卓にはもう完璧に用意が出来ていた。セリーヌ用のミルクとポトフも完璧だ。

 

「さて、食べるかの」

 

 そうシュミット老人が言うと、全員が手を合わせ、祈りを捧げた。そして終わると食べ始める。

 

「うむ、昨日と比べても味も落ちていない。それに朝の胃に優しいのぅ」

 

 そう言われて図らずも顔が緩む。多分、事情を知らない人が見たら全員が「何でこいつ笑ってんだ、キモい」と思っただろう。ファベルは声を発せず、ただ柔和な笑顔を見せつつ食べている。穏やかな食事風景だ。――と、そこにその空気を裂くような音が響いた。店のドアからである。

 

――ドンドン! ドンドン!

 

 何度も叩いている。シュミット老人が一階に降りていく。リィンは二階の窓からドアの外を覗き込む。そこに居たのは……領邦軍であった。

 

――!?!? 何故だ!? 何で今領邦軍が? くそっ! 俺が此処に居る事がばれたら迷

惑を掛けちまう! どうすればいい? 考えろ!

 

 そう考えていた時に肩に手が置かれた。見ると、ファベルの手だった。怖がっている表情でシュミット老人と自分を交互に目を動かしていた。分からない、という目だ。

 

――そうか! なんでシュミットさんが下に行ったのか分からないのか!

 

 表情の意味を汲み取ったリィンは今の状況を素早く、メモした。

 

『ドアの前に領邦軍が居る。恐らく目的は俺だ。もし見つかったら貴方達に迷惑がかかる。俺は刀とアークスを持ってこの家から抜け出す。このメモをシュミットさんに見せれば分かってくれる! とりあえず、席に座っていてくれるか?』

 

 そう書いた紙をファベルに渡すと同時に寝ていた部屋に走る。刀とアークスは枕元の近くに置いていたのだ。アークスをスラックスのポケットに、刀を腰に吊るすと二階の窓から身を乗り出した。飛び降りて外に出るつもりなのだ。踏み出そうとした、その時。肩に手が当てられた。振り向くとファベルが立っていた。紙をこちらに寄越す。

 

『もう行っちゃうの? まだ話せていないことが一杯あるのに……! 私だって馬鹿じゃないわ! 貴方の正体については薄々感づいてた。それでも、言っちゃうと貴方が去って行くような気がして……! これでお別れなんて、そんなの嫌よ!』

 

 そう言われて溜息をついた。一瞬考え、紙に返事を書いた。

 

『これでお別れなんかじゃないよ。絶対にまた会えるさ。だって、この刀とアークスの整備をまた頼むつもりだからさ。今は行かなきゃならないんだ。それでも納得しないなら……これを預かっててくれ。』

 

 紙を渡すのと一緒にスラックスのポケットから獅子のワッペンを取り出してファベルに渡した。それを見て瞳に涙を湛えつつ、頷いたファベルを見て、窓から身を躍らせた。地面が迫る。草が生えてるとは言え、このまま衝突したら大ダメージだろう。しかし顔にその心配など一寸もなかった。

 

「エアリアル!」

 

 風系アーツを唱え、アークスが煌めく。真下の地面から風を発生させた。それによって体が地面すれすれの所で浮き上がり、けがの一つもなく着陸した。そして二階の窓を見上げると、セリーヌが飛び降りて来た。見事な着地である。アーツなど使う必要もない程だ。そしてファベルを見る。ファベルに対してこの一日だけで何とか覚えたハンドサインを使う。それを見たファベルは泣き崩れた。そのハンドサインの意味は……『また』『会おう』と言うものだったからである。

 それを見届けたリィンはセリーヌに続いて隣の囲いを飛び越え、逃げる。2軒ほどの家の庭を過ぎた辺りで大通りに向かう。そして様子を窺う。まだ領邦軍は店の前に居る。そしてここまで怒号が聞こえる。シュミット老人の声だ。

 

「なんじゃ、あんたらは! いきなり朝食の一時を邪魔しおってからに……はぁ? 不審人物の捜索? んなもん知るわけなかろう! 知ってたとしてもこんな礼儀のなってないお前たちに教える義理などないわ!」

「それは確かに申し訳有りませんでした。しかしこの村から行方不明者が居るかもしれないとの通報を受けまして……我々も任務なのです。手荒くはしたくない。家探しをさせて頂けませんか? ほんの5分で済みます」

 

 責任者らしき男と老人のやり取りが続く。それを聞いてリィンは感謝の気持ちと同時に申し訳なさを感じていた。そして大通りに出る前に起動者としての力を発揮した。心の中で唱える。

 

『ヴァリマールよ、来い――!』

 

 しかし、今いる路地にヴァリマールを呼び寄せるわけにもいかない。ある程度開けたところに行かなければならないだろう。そう考えたリィンは井戸広場に行くことを決めた。様子を窺った後、井戸広場に向かってダッシュした。当然、領邦軍にも見つかった。

 

「おい、いたぞ!」

「何!? 何故あそこに!?」

「追え! 銃火器の使用は極力控えろ!」

 

 物騒な言葉が飛ぶ。後ろを振り返ると兵士が追いかけてきた。規模からして班レベルだろう。大体2班か。そう判断すると、背後を振り返って、アーツ起動。幻属性アーツ、「シルバーソーン」だ。突然道のド真ん中に現れた陣に驚き、止まる暇は無かったようで、5人ほどがかかった。混乱して動けないようだ。それを確認すると、また走り出す。井戸まで50アージュ。シルバーソーンにかからなかった他の兵が追いかけてくる。4人。井戸に辿り着いた。

 もう逃げる必要もなくなった事で、振り向く。1人が混乱から回復したようで5人が追いかけてきていた。もう1発アーツをブチかまそうと思い、詠唱を始める。しかし詠唱が打ち切られた。敵がアーツを撃ってきたからだ。火属性アーツの「ファイアボルト」。避けるので精一杯だ。なんとか撃って来た2発は避けたが、その間に兵が追い付いてきた。井戸を背にしているお蔭で完璧に囲まれた訳ではないが、包囲された。

 

――やばいかな……

 

 こう思い、刀を抜く。兵は筒のようなものを取り出し、伸ばす。伸縮式のロッドのようだ。殺しまではしないらしい。リィンは兵を見渡し、誰が襲い掛かって来るか注意した。動いたのは右と左の兵だ。一瞬で判断し、右の兵の方にダッシュし、まだ両手で持って居た棒に対し刀を下から切り上げて切って捨て、肩からタックルをブチかます。吹っ飛ばされた兵は頭を農耕車のボディに打ち付けたらしく、気絶する。左の兵が迫ってくる。棒を突きだしてくる。流石に軍隊だ。的確に体を狙ってきた。だが、遅い。ガイウスの方がもっと鋭くて迅い。刀の側面で流し、慣性でこちらに向かってきた兵の腹を柄の先で突く。鳩尾に勢いのついた突きを喰らい、倒れる。残り、3人。先ほどの戦闘を見て怖気付いたのか襲ってこない。

 

「来ないならこちらから行きますよ?」

 

 そう言うと、左に居た新兵であろう初々しさが見て取れる兵に向かっていく。その兵は実戦慣れしていないのだろう、棒を持つ手が震えている。そして無暗に振り回して向かって来る。他の兵が「あっ、バカっ……待て!」と言ってるにも関わらずだ。そういう相手ほどやり易い。振り回していた棒の先端に突きを加える。すると新兵は足が後ろにふら付いて、腕が上がって体ががら空きになっている。そこに隙を逃さず蹴りをお見舞いする。心の中で謝りながら。蹴られた新兵は体が吹っ飛んでいく。だが、吹っ飛んでいく途中で誰かが受け止めた。良く見ると先ほどシュミット老人と言い合いをしていた隊長らしき人物だ。

 

「ほう……一人でここまでやるとは……お前たち、下がれ。お前たちでは返り討ちになるかもしん」

 

 上官にそう言われた残り2人の兵は命令通り上官の後ろに下がる。

 

「さて、リィン君かな。私の可愛い部下が世話になった。君は何か勘違いをしているようだ。我々は君を保護しに来たのだよ」

「……そうですか。でも、俺は大人しく保護される気はありません」

「やれやれ……こうなっては仕方あるまい。気絶も止むなしと言うものだろう」

 

 そういうと腰に下げた剣を抜き放つ。軍用サーベルらしい。上官だからだろうか、少しの装飾が施されている。構えるとかなりの速さで突っ込んできた。

 

――突き技か!

 

 迫ってくる剣先を集中して避けると同時に思わぬ攻撃が飛んできた。左手でのパンチだ。頬に命中する。衝撃で体が吹っ飛ぶ。

 

「かはっ……」

 

――予想外だった。パンチを繰り出してくるなんて。

 

 少し口が切れて血の味が広がる。その血を唾液と共に吐き出す。

 

「おっと、口を切ったようだな。だが、すまないね。これも任務なのでね。悪く思わんでくれ」

 

 言い終わると今度は剣を青眼に構え、迫ってくる。思わす刀を防御に回す。すると剣を刀に当て、胴ががら空きの状態にする。そこに蹴りを喰らわす。

 

「ぐうっ……」

 

 一アージュ前後は吹っ飛んだだろう。

 

――強い。剣の攻撃がメインなのか拳や蹴りがメインなのか分からない。

 

 それでも刀を杖代わりに立ち上がる。そして構える。

 

「ほう……まだやるか。その根性、ウチの兵にも見習わせたいものだな」

「褒め言葉と受け取っておきます……」

 

 とはいえ、どうすればいいのか。そう思ったその時、音がした。

 

――来た。

 

ズズズズズズズズズズズ……。

 

 隊長を含め、3人の兵が突然の音に戸惑う。

 

「な、何だ!?」

 

 森の方を見ると、1つの影が此方に近づいて来る。ヴァリマールだ。そうこうしている内に井戸広場に着陸する。3人とも何も言葉が出ないようだ。ここでヴァリマールに飛び乗って逃げたいところだが、生憎ヴァリマールとリィンの間に隊長が居る。隊長を突破する必要がある。まだ状況がつかめていないこのチャンスを逃す事は無い。

 

「せいやあああぁぁぁぁっ!」

 

 掛け声を出して自分に発破を掛けて隊長に向かっていく。ヴァリマールに気を取られていたが、さすがは隊長を務めるだけあって切り替えも速い。こちらが振り降ろした刀を受け止める。そしてがら空きになった胴体にすかさず蹴りをお見舞いしてくる。だが、それはもう織り込み済みだ。蹴りだしてきた右足を左足で受け止め、円の動きで自分の右側にいなす。そうやってバランスを崩したところに突進する。隊長の体が地面に倒れる。

 隊長を突破した後は2人の兵だ。2人とも相手にする必要もない。ヴァリマールの直線方向に立ち塞がっていた左の兵に刀の峰での一撃を右わき腹にお見舞いする。倒れこんだ兵の左側を通り抜けてヴァリマールへとひた走る。と、そこで背後から気を感じた。一瞬で振り向くとそこには倒れた兵の棒を持った隊長が迫っていた。予想もしない攻撃に混乱する。リーチのある棒を水平に振ってきて、頭に一撃もらう。そこでもう気絶しそうな所だったが、追撃が来た。背中を勢いよく突かれたのだ。前のめりに倒れこみ、意識が薄くなる。

 

――くそ……あと少しなのに……

 

 そこに思わぬ援軍が来た。

 

ズ、ズ、ズ……

 

 空属性のアーツ、「ダークマター」。隊長と部下が重力の球の引力に引かれて行く。そのせいでリィンから遠ざかる事となる。その隙にセリーヌが口でリィンの制服の襟を引っ張ってヴァリマールへ近づかせた。そこで2人は光となり、ヴァリマールの中に吸い込まれた。操縦席に座ったリィンはおぼろげながらもセリーヌの姿を確認した。

 

「ふぅ……どうなる事かと……ダークマターが間に合ってよかったわ。」

「ピピ……起動者ノ搭乗ヲ確認……起動者の身体ニ危険アリ……早急ニ飛ビ立チ、治療スル必要アリト判断……」

 

 そこまで聴いたところでリィンは視界が少しずつ暗くなっていくのを感じた。

 

「そう……リマール! と……く飛んで! 行先は……州……部の……」

 

 もう聴き取るのも難しかった。

 

「了解……全……ブ……」

 

キュウゥゥゥ……ゴゥン!

 

 ヴァリマールが離陸した。と同時に完全にリィンは意識を失った。ヴァリマールは地表から少し離れると方向を変え、大通りの上を飛び去った。そしてその様子をファベルとシュミット老人の2人だけが領邦兵とは違う目つきで見送っていた。いつまでも、いつまでも……ヴァリマールが黒い点になって、見え無くなっても……。

 

~序章「惜別の約束」END~




こんばんは、初投稿させて頂きます、神宮藍です。今後、宜しくお願いします。


ピクシブの小説にも同じ内容を投稿しておりますが、今後はハーメルンのみで書こうと考えております。


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第1話 -青天の霹靂-

 実は章ごとにまとめて投稿しちゃおうかな、と思っていたのですが、そこまで長いものを書くと、途中でモチベーションが下がって投稿しなくなるので、章ごとではなく、章の中の話を区切りが良い所まで書けたら投稿すると言うスタンスにしようと思います。
 その為、文字数は短くなったり、長くなったりとなります。極端に短く、長くなったりはしないと思います。ご承知下さい。また、サブタイトルですが、「第〇話」という風につけて行きたいと思います。宜しくお願いします。


「と、父さん!?」

「気が付いたか、リィン」

 

 そこはノルティア州北部の山間の深い所にある、リィンの故郷ユミルの実家の自室だった。

 

「俺はっ……ぐうっ」

「まだ体は回復していない。大人しく寝ていなさい」

「で、でも……」

「状況は知っている。しかし、その前に今は体を治す事が最優先だ」

「……分かった。……今日は何日?」

「11月3日だ」

 

 リィンはその言葉に衝撃を受けた。

 

――ばかな。こんな非常時に丸1日もぶっ続けで寝ていたなんて

 

「ともかく、休め。今の所どこかで大規模戦闘が起こったとか、トリスタが攻撃された、という情報は無い」

「そう、か……」

 

 それを聞いて、今まで起こしていた頭を枕に預けた。

 

「ふぅ……」

「もう一眠りして目が覚めたら母さんの所に行ってやれ。今日の明け方まで看病して、疲れていたからな」

「分かった」

「それじゃお休み」

 

シュバルツァー男爵はそう言い、リィンの頭に手を置くと、部屋から出て行った。

 

「こうなったら仕方ない……もう少し眠るか」

 

 そうひとりごちると、眼を瞑った。しかし、寝れない。瞼の裏に色んな光景が浮かんでは消えていくからだ。

 入学式の日、不慮の事故(?)でアリサに頬を叩かれた事、ガイウスの故郷のノルドを馬で駆けた事、夜、アリサと満天の星の下で語った事、ラウラの故郷レグラムでローエングリン城の探索をした事、ガレリア要塞の帝国解放戦線の襲撃に立ち向かった事、アンゼリカ先輩とアリサの故郷であるルーレでザクゼン鉱山襲撃事件を様々な人々の協力で解決できた事、皇帝陛下からお褒めの言葉を頂き、恩賜で皆とユミルへ小旅行に来た事、学院祭でステージを成功させる為にいつもの様子からは考えられない程のエリオットの地獄でさえ生温いと思えるほどのしごきを乗り切った事、そして旧校舎の最下層で見たあの巨大な歯車が数多く回る異世界のような光景、その終端で巨大な影を力を合わせて漸く討てたこと、学院祭のステージを成功させて1位を取獲った事。どれも大事な思い出だ。

 しかし、後半の部分には全てクロウが傍らに居た。リンクを結んでいた期間はクロウよりもⅦ組メンバーの方が長いだろう。しかし、リンクの深さは誰よりも深かったのではないか。そう思う。また涙が溢れてくる。

 

「クロウ……っ、なんで……」

 

 今まで信じていた相棒に裏切られた。まだ信じられない。ちゃんぽらんで、勉強には身を入れない、でも戦闘やイベントとかでは抜群のリーダーシップを発揮して皆を引っ張って……そんな事を考え、泣いているといつしか眠りに落ちていた。目が覚めると、外は見事な夕焼け空だった。

 

「もう夕方か……結構寝ていたな」

 

 顔を洗う為に洗面所に行くと、鏡を見て。自分の涙の跡が残っているのが分かった。

 

「ハハ……情けないな……」

 

 そう言うと水で顔を洗い、目を覚ました。

 

――気晴らしに外に行くか

 

 そう思うと自室に戻り、パジャマからラフな格好に着替える。何故パジャマ姿なのか。まさか母さんが……ふと脳裏を過ったものを振り払う。だが、母さんじゃなかったら良いけれどもな……とも思った。そして服に袖を通す。去年の物だが、きつい感じがする。やはり成長したのか。それを嬉しく感じつつ着替えると、出る前に母の部屋を訪ねた。

 

コンコン

 

「ええ、開いてますよ」

「母さん、入るよ」

 

 そういうとドアを開け、母の部屋に踏み入れる。

 

「リィン! 起きて大丈夫なの!?」

「大丈夫だよ。もう歩き回れるくらいまでには回復したし、体調は万全とは言えないけど、元気だよ。父さんから聞いたけど、今日の朝まで看病してくれてたって」

「そう、良かったわ。子供の為にならそれ位は当然よ。これからどこか行くの?」

「うん、ずっと寝てたから体を動かしたくて。少しユミルの中を歩いて来るよ」

「そう、気を付けて行ってらっしゃい。無理はしないでよ?」

「分かってるよ。じゃ行って来る」

 

 そういうと部屋を出ようとしたが、立ち止まる。

 

「……母さん、有難う」

 

 それだけ言い残すと出て行った。

 

ガチャ

 

ドアを開け、外に出る。晩秋特有のひんやりとした空気が肌を撫でる。前に小旅行で来た時とは違う。まだ1ヶ月くらいしか経ってないのにここまで変わるか。

 

「冬が近づいてくるな……冬、か。フィー、サラ教官、ミリアムは行方不明ってなってたけど、大丈夫なのかな……」

 

 そう考えつつ、里の中を歩く。途中、里人から声を掛けられた。皆知っている顔だ。どうやら帝国時報などで情報を知っていたらしく、気を使ってくれた。それがとても嬉しかった。里人の呼びかけに応えつつ、歩き続けると里の入り口でもあるケーブルカーの発着場の近くまで来た。そして太陽が沈む方向を見た。もはや薄暗く、一番星だけでなく、二番星も輝いていた。街灯が少しずつ灯り始めてきている。この発着場ももうすぐ点くだろう。

 

「そろそろ戻るか」

 

 そう思い、踵を返そうと思ったその時。

 

ガタガタ、ガタン。

 

 発着場の方から音がした。振り返らなくても分かる、この音はケーブルカーが着いた音だ。確か次に来る便が今日最後の便のはずだ。

 

プシュー

 

 ケーブルカーの扉が開く。薄暗くて分かり辛いが、どうやら乗っていたのは女性1人の様だ。降りてきた。結構大きい鞄を持っている。旅行者か? しかし今の帝国の状況で旅行に来る者がそういるとは思えない。見ていると女性は鞄を持ち上げて歩くのに四苦八苦している。大変そうだ。女性と自分との距離が7アージュ位になった時に発着場の灯りが灯った。完璧に日が暮れた。そして、灯りが灯った事で女性が誰だか分かった。驚きで声が出た。

 

「エリ……ゼ……?」

「兄……様……?」

 

 お互いの声が重なった。ケーブルカーに乗っていたのは自分の義妹だったのだ。何故、今ここに。帝都は? アストライア女学院は? 貴族派は? そんな事を考えているとエリゼは持っていた鞄を足元に放り出し、兄の下に駆け寄った。そして。

 

「兄様……兄様!!! 私……私……本当に心配して……! トリスタが襲撃されたと聞いて……! まさかとは思いましたが……兄様はその性格ですから……絶対に戦いに出撃されると思って……更に行方不明だと言われて……! 無事で……本当に良かったです……っ!」

 

 そう言うとリィンの胸に拳を軽く叩きつけた。導力灯に照らされたその顔は涙を流している。今まで抑えていたのだろう。ものすごく泣きじゃくっている。リィンはそんなエリゼを見て、頭に右手を優しく乗せ、撫でた。

 

「……ごめん。物凄く心配させちゃったな」

 

 少しするとエリゼは泣き止んだ。そして今の状況を把握したのか、慌てて軽く咳払いをし、

 

「申し訳有りません。取り乱してしまいました。あと……その手を退けてはもらえませんか? もう大丈夫なので……」

 

 リィンはエリゼを落ち着かせる為に頭に置いていた手を慌てて引っ込める。

 

「すまない、なんとなく昔からの癖で……」

「ふふ……兄様は変わりませんね」

 

 やっと泣き止んで顔を見せてくれた。

 

「いろいろ聞きたい事があるけど、まずは家に帰ってからだな。その鞄は重いだろう? 持って行くよ」

「に、兄様、わざわざ持っていただかなくても」

「良いから、頼ってくれよ」

 

 その言葉でエリゼは答えを決めたようだ。

 

「では、お願いします」

「ああ。お安い御用だ」

 

 そう言うと鞄を持ち上げ、2人揃って歩き出した。行きと同じく、里人に声を掛けられたが、対象が違った。ほとんどがエリゼに対してだ。

 

「いつ帰って来たの」

「おお、珍しいな」

「兄妹で歩いてるのを見るのは久し振りだね」

「どうだ、これでも持って行くか」

 

 色々声を掛けられ、様々な物をもらった。この兄弟は昔からユミルでは有名で、シュバルツァー男爵は民に寄り添う領主であり、ユミルの民から慕われていた。当然その子供も慕われる。とりわけエリゼは幼い頃から可愛らしく、だれが言い出したのか分からないが、「ユミルの聖女」「ユミルの宝」などと呼ばれた。年頃になり、そう呼ばれるのを恥ずかしく思うようになったエリゼがそう呼ぶのを止めて欲しいと言い、里人はそれを受け入れたが、本人が居ないところでは未だにそう呼ばれている。

 里人から色々話し掛けられ、様々な物を頂いている内にシュバルツァー邸に着いた。玄関をリィンが開ける。

 

「ただいま!」

 

 それにエリゼも習う。

 

「只今戻りました、父様、母様」

 

 その声を聴いたのか、キッチンから女性が走り寄ってくる。2人の母、ルシア夫人だ。夫人はエリゼの元に駆け寄り、腕を回して抱き締める。

 

「エリゼ……! 良く無事で……! 本当に良かった! ああ……エイドスよ、感謝致します!」

 

 そして階段上から声がする。男爵だ。

 

「エリゼ、無事に戻って来てくれた! 何も怪我もないようで何よりだ」

「母様、苦しいです……父様、只今戻りました。駅で兄様にお会いしたので、一緒に帰って参りました」

 

 階段を降りながら話す。

 

「そうか、そうか。ん、何やら頂き物が多いようだな」

 

 夫人がようやく離れる。

 

「あら本当。また頂いたの?」

「ええ。皆さん本当に親切で。兄様も頂いていました」

 

 リィンはエリゼの鞄を持つ反対側の手を見せる。袋一杯に詰め込まれている。

 

「そうか、後で礼をせんとな……ルシア、夕飯はあとどれ位かな?」

「そうね、あと30分と言ったところかしら。それまでエリゼは自分の部屋に荷物を置いて、少しゆっくりすると良いわ。あなた、手伝って下さる?」

「うむ、引き受けた」

 

 そう言うと男爵はキッチンへと向かう。

 

「あ、じゃ母さん、俺も……」

 

 リィンはそう言いかけたが、夫人が遮った。

 

「駄目よ、まだ体が治り切って無いじゃない。あなたもゆっくりしなさい」

 

 その言葉にエリゼの顔が蒼白になる。

 

「に、兄様! 治り切ってないって!? 何かお怪我を!? ああ! 私の馬鹿! そんな状態とは露知らず、荷物持ちを……! 兄様、今すぐ荷物を下ろして下さい!」

「ま、待てエリゼ、怪我と言っても昨日丸一日寝てたんだから荷物運び位なら全く問題は無い! むしろ体を動かしたかったんだから丁度良かったさ」

 

 それでもエリゼは兄の手から鞄を奪おうとする。

 

「あらあら、仲がいいわね。そうね、エリゼ、リィンが無茶をしないように見張っててくれる? エリゼの部屋はまだ暖かくないからリィンの部屋でゆっくりすると良いわ」

 

 そう言うとキッチンへ戻って行った。

 

「ええ!? か、母様!?」

 

 しかしその声はもう届きはしない。

 

「えっと、じゃあとりあえずエリゼの部屋まで荷物を運んで、その後に俺の部屋に来るか?」

 

 何故か顔を赤らめて答える。

 

「ええ、そうですね。宜しくお願い致します、兄様」

 

トントン。階段を上がってエリゼの部屋の前まで来る。流石に妹とは言え、年頃の女の子の部屋には入れない。エリゼにバッグを渡して自室に向かう。バッグを受け取ったエリゼは部屋に入って、中身を取り出し、その中から適当な服を見繕い、着る。だが、途中で気付く。

 

――……これで良いのかしら……いえ、兄妹なんだし、これで良いはず……

 

少し考えた後、最初に選んだものよりも少し飾りがついて、色合いも可愛いものに変えた。

 

――いえ、これは兄様だからって訳じゃ……淑女! 淑女の嗜みです!

 

 そう自分を納得させ、姿見の前に立って髪の毛を手櫛で鋤く。そして兄の部屋に向かう。部屋の前に立ち、1回深呼吸する。

 

コンコンコンコン。

 

「兄様、入ってもいいでしょうか?」

「ああ、良いぞ」

「失礼します」

 

 そう言って部屋の中に入る。久し振りの兄の部屋。最後に入ったのはいつだったか。そうだ、父様と母様に兄様の事を聞かされて以来だ……それ以来兄妹の交流も減り、私はアストライア女学院に入ってしまった。何年か振りに入る兄の部屋は新鮮だった。棚の本が増えた位か。男性の部屋は父以外に知らないので、年頃の男子の部屋の標準が分からなかったが、それでもシンプルなものだと思う。ベッド、本棚、机、椅子、上着掛け、箪笥。それだけだ。他の小物や必要な物はトールズ士官学院の学生寮に置いているのだから当然か。

 

「エリゼ、その服可愛いな。うん、似合ってるぞ」

「!?」

 

 兄からの不意打ちのマッハパンチを喰らい、一瞬混乱した。が、立て直す。

 

「有難うございます。兄様は……相変わらずですね」

「? 何の事だ?」

 

――やはり……まだ治ってないのか……この分では兄様のクラスの方々も恐らく……

 

「? どうした? 何か悩んでるみたいだが」

「いえ……何でも無いので、ご心配なく。それよりも兄様、私に何かお聞きになりたい事があるのでは?」

「! そうだな。いや、正直助かった。お前の方から話を振ってくれたから。まぁ、とりあえずここに座ってくれ」

 

 リィンはそう言うと自分が座ってるベッドの隣を手で軽く叩いた。だが、誰よりも長く兄妹としてリィンと共に過ごしてきた者はその未来を読んでいた。

 

「いえ、兄様お構いなく。私はこちらの椅子に座りますから。それに隣に座っていますと話しにくいでしょう?」

 

 そう言うと椅子をベッドの近くまで持って来て兄と対面の形にした。流石の対応である。リィンの特性を見通し、それによってもたらされるであろう未来を相手の心証を害することなく回避したのである。

 

「それもそうだな。さすがエリゼ。気が利いてるな。自慢の妹だよ」

「!」

 

 顔を瞬時に背け、赤面している顔を見せずに済んだ。

 

――に、兄様ったらもう……

 

何とか平常心にし、再び兄に顔を向ける。

 

「この位、当然です。高い教育を受けた淑女たるもの、この位できなくてはいけませんから」

「そうなのか。アストライア女学院も厳しいんだな」

「まぁ、全てではないのですが。さて、兄様、私が此処に戻って来た訳をお聞かせしましょう」

「うん、頼むよ」

 

 では――と軽く咳払いをしてからエリゼは話し始めた。

 

「今日から4日前、ギリアス・オズボーン宰相の演説を私達も聞いておりました。アストライア女学院の各自の教室で、です。トールズ士官学院学院祭の夜、ガレリア要塞消滅の報を受け、今の内に、と故郷に帰られた方々も多かったのですが、それでも学院内にはまだ何人か残っておりました。全体の4分の1位でしょうか。

 導力ラジオの放送を校内放送で聞いておりました。演説が佳境に入った時、突然演説が途切れました。そしてその数秒後、人々の悲鳴が聞こえてきました。おそらく途切れた時、銃撃されたのでしょう。そこでラジオは途切れました。しかし少しすると戦車の砲撃音が聞こえてきました。それで私達は窓を見ました。すると空には巨大な艦が浮かんでいました。銀色の艦です。以前お見かけしたオリヴァルト殿下が建造を主導したと言うカレイジャスと言われる紅い船よりも遥かに巨大に見えました。そして皇宮近くから黒煙が何本も昇っておりました。そして定かではないですが、何やら蒼い物体が空を飛んでトリスタ方面の方に飛んで行くのを見かけました。私の見間違いではと思うのですが、何やら胸騒ぎがしまして。その日は先生方の指示で全員が講堂に集まり、夜を明かしました。そしてその次の日、何が起こったのかを知りました。演説の途中で宰相が銃撃された事、それをきっかけに宰相に反対する勢力が攻撃を仕掛け、帝都を占領した事、そしてトリスタが襲撃された事。もう私はその時から不安で、不安で……本当に良かった……」

 

 少し泣いた。リィンは黙って待っていた。

 

「申し訳ありません、少し取り乱してしまって。さて続きです。その日はもう当然授業にはならず、講堂ではなく女子寮で自宅学習になりました。アルフィン様は……その日にバルフレイム宮にお戻りになりました。どうやら迎えの者が来たらしく。そして次の日、11月1日ですね。その日の午後、ある女性が学院にお出でになり、全員が講堂に集められました。その女性は誰だかお分かりになりますか、兄様?」

 

 突然質問をされ、戸惑った。

 

「え? 女性? うーん……俺も知ってるのか? サラ教官……は無いな。まさかアルフィン皇女? いや、違うな……まさかシャロンさん? うーん、誰なんだ?」

「ふふ、今の答えの中に半分正解の方がいらっしゃいますね。学院にいらっしゃった女性はクレア大尉です。」

「……」

 

 一瞬止まった。

 

「えええええええ!!!????? ク、クレア大尉!?」

「はい。そうです。そして半分正解と言うのがアルフィン様です。」

「どういう事なんだ?」

「はい、それがクレア大尉がいらっしゃいまして、私達アストライア女学院の生徒を責任持って家まで送り届けるとおっしゃいました。護衛には鉄道憲兵隊の方々が付いてきてくれました。そのお陰で無事に帰れたのですが」

「鉄道憲兵隊が!? 一体どうして……」

「クレア大尉が私に話してくれましたが、どうやらアルフィン様が皇帝陛下に掛け合ってくれたらしいのです」

「アルフィン皇女が!? 何て方だ……」

「ええ。帰る順番は決まっていました。今日が私の番だったのです」

「そう……だったのか……」

「はい。こうして会えて嬉しいです」

「俺もだよ、エリゼ」

 

 そうやって話していると、様々な状況が分かった。帝都は領邦兵が占拠した形になっているが、帝都民に危害を加えるようなことはしていない事、帝都では10月30日以来大きな戦闘も小さな戦闘も起こっていない事、帝都上空に現れた大きな戦艦は10月31日には居なくなっていた事。リィンが知り得なかった事を教えてくれた。

 

「そうか、色々な事を教えてくれて有難う。本当に助かったよ」

「ふふ、お役に立てたなら良かったです。……」

「? どうした? エリゼ?」

「兄様、兄様の方も何があったのか、教えて頂けませんか!?」

「……っ、それは……」

「帝国がこうなった以上、兄様は絶対にこの状況をどうにかしようと思い、動くと思っています。ならばこそ、せめて、兄様が今どんな状況にあって、これからどうしようと思っているのか……聞かせてもらえませんか? 引き留めると言うようなことはしません。ですから……」

「……分かった、俺の負けだ。……強くなったな、エリゼ」

「それでは……」

「ああ、話すよ」

 

 貴族派が帝都を占拠した日、トリスタを貴族派が攻撃しに来たこと、それを教官達が防ぎ、Ⅶ組はもう一方の街道からの襲撃者を迎え撃ち、戦いの最中痣が疼き、灰の騎神と呼ばれる人型兵器を呼び出し、戦った事、Cが自分と同じ人型兵器に乗っており、習熟度があちらが遥かに上でやられそうになったが、Ⅶ組の皆が盾になって自分を逃がしてくれたこと、ロダイ村で世話になった事、そこでまた領邦兵との戦いになり、満身創痍になりながらも命からがらこのユミルに戻って来れた事。エリゼはこんなに想像もつかないようなことを話されても表情を変えずに真剣に聞いてくれた。そして話し終わると少し考えて口を開いた。

 

「兄様は、その士官学院に囚われたⅦ組、いいえ、学院にいらっしゃる方々を助け出したい、とお思いなのですね?」

「……ああ。その通りだ。だが、今の俺じゃあ全く歯が立たない。せめて、俺にもっと力があれば、倒せないまでも追い返す位は出来たかもしれないのに……」

「兄様、御自分を責める事はありませんわ。その状況ではそれしかなかったのでしょうし。兄様、また悪い癖がお出になっていますよ? 全ての結果は自分にあると思い込んでしまうその癖が。もう少し、周りの方々をお頼りになさっては如何ですか?」

「……そうだな。エリゼの言う通りだ」

「あの、兄様、実は……」

 

 その時。階下から声がした。

 

「リィン、エリゼ、もうすぐ出来るから降りてらっしゃい」

「あっ……分かりました、母様。只今参ります」

 

 そう言うとエリゼは座っていた椅子を元の位置に戻し、部屋を出ようとした。

 

「兄様、食事です。行きましょう?」

「あ、ああ。行こう」――エリゼは何を言いかけたんだ……?

 

 やっとベッドから腰を上げた。部屋の電気を消し、ドアを閉めて階下に向かった。その時、リィンは気付かなかったが、窓の向こうで光る2つの目があった。

 久々の実家の食事は美味しかった。特にシチューが。やはり母の作る料理は美味しい。そう思いながら料理を口に運んだ。

 

「母様、このシチュー、また何か隠し味がありますね?」

「ふふっ、分かる? コクを出すためにチーズを少し溶かしいれたのよ。ふふ、気付いてくれて嬉しいわ」

 

 その言葉に男爵が委縮する。

 

「いやぁ……毎日食べている私よりエリゼの方が分かってしまうとは……面目ないものだ」

「ふふ、毎日美味しいと言って食べてくれてるだけで十分よ。嬉しいわ」

「いや、それでもなぁ……少しは気付かんと悪いと言うものだ。もう少し気を配らねばならんな」

「どう? リィン、美味しいかしら? それとも味付けが薄かったかしら?」

 

 そう話を振られて慌てる。上の空ではなかったが。

 

「ううん、やっぱり美味しいよ。母さんの料理は最高だ。寮の食事よりも美味しいよ」

「あら、うふふ、有難う。寮ではどんな物を食べているの?」

「ああ、それは――」

 

 寮の話、毎日美味しい料理を作ってくれる管理人さんの話、学院での話、学院祭。様々な事を話した。食卓は楽しく、ゆったりしたものだった。食後は母がブレンドしたハーブティーを啜った。男爵が口を開いた。

 

「学院祭か……エリゼはどうだった?」

「ええ、本当に楽しかったです。色々な催し物がありまして、茶道、プラネタリウム、みっしぃ叩きなど……本当に充実した日でした」

「まぁ、それは楽しそうね。ここからは遠いから行けなかったのだけれども。残念だわ」

「ふむ……」

 

 男爵が考え込む。エリゼはそれには構わず話し続ける。

 

「やはり兄様達Ⅶ組の方々によるステージは鳥肌が立ちました。アンコールの曲の時などはもう本当に……会場全てが一体になった感じでした」

「まぁ、前にユミルに来ていた時に準備していたことね? ふぅ、聴きたかったわ」

「む……」

 

 男爵が険しい顔になる。

 

「ふふ、あなた、別に責めるわけじゃありませんから」

「うーん、しかしそれは惜しいことをしたかもしれん……。話によれば、ルーファス君やレーグニッツ知事閣下、アルゼイド子爵殿も来ていたのだろう? 良い機会だったかもしれん……」

「父さん、これからいつでも会うチャンスはあります。大丈夫です」

「ふむ、それもそうだ。アルゼイド子爵殿と言えば、この前いらっしゃったしな」

「!? 子爵が!?」

「ああ。あれは8月頃だったか。色々と奔走しているように見えた。確か各地の貴族派にも革新派にも属さぬ所謂中立である有力者や貴族の方々を取りまとめるとか言っていたな」

「そう、か……」

 

 その後は母の食事の片付けをエリゼが手伝い、リィンと男爵はリビングでくつろぐこととなった。

 

「ウォン!」

「! バド! 元気か!?」

 

 先ほどまで寝ていた、家で飼っている猟犬のバドがリィンが座っている椅子に近づいてきた。あごを優しくさすってやると足元に座り込んだ。

 

「はは、相変わらずそこが好きだな」

 

 さすっていると新聞を読んでいた男爵が声をかけて来た。

 

「バドはもうそろそろ狩りには連れて行けんかもしれん。ゆっくり過ごしてもらおうかと思っている」

「! やっぱり。うーん、前にも年だと言う事を言っていたし、それが良いのかもな」

「うーん、仕方がないか」

「うん、今まで良く働いてくれたし、これからはゆっくりさせようと思ってる」

「そっか、バド、お疲れさん」

「もし間に合うなら私の孫たちとも遊んでもらいたいものだがな……」

「……父さん? それは……」

「まぁ、今のは私の独り言だ。気にしないで良い」

 

 そう言うと男爵は飲みかけだったハーブティーを一気に飲み干し、キッチンへ持って行き、その後書斎に戻った。そこに皿洗いが終わったらしいエリゼと母、ルシア夫人が入れ変わるようにリビングに来た。

 

「あら? 今お父さんと何を話していたの?」

「いやぁ、大したことじゃないよ。バドはそろそろ引退かなって言ってただけさ」

「そうですか、バド、今までご苦労様です」

 

 エリゼはそう言うとバドの頭を優しく撫でてあげた。バドは嬉しそうに「ウォン」と鳴いた。夫人とエリゼも椅子に座り、ハーブティーを飲み始めた。ハーブティーと一緒に持ってきたクッキーもある。リィンはそのクッキーの内1枚をつまんだ。サクッと歯ごたえも良く、味も申し分ない。昔から慣れ親しんだ味だ。

 

「うん、やっぱりうまいな!」

「ふふふ、有難う」

 

 そうやって何分か団欒を楽しんだが、唐突にエリゼが切り出した。

 

「兄様、先程お話しした内容ですが、実はまだ話していない重要な事があります」

「え……?」

「実は私も知らなかったのですが、クレア大尉に教えてもらって知ったのです」

「な……何だ?」

「……兄様、気を強く持って聞いて下さい。兄様の通うトールズ士官学院は――……昨日の12:00をもって無期限休校となりました」

「えっ……?」

 

 

 

第1章Part1 -青天の霹靂- END

 




 こんばんは、神宮藍です。今回は色々とやり方の変更もあり、戸惑われた方々もいらっしゃるかもしれませんが、お付き合い頂けましたら幸いです。下手な部分もありますが、そこはご容赦下さい。
 今週のゲーム雑誌で新キャラ、劫炎のマクバーンとかが発表されていましたね。クロチルダさんのスクリーンショットで写っていた赤メッシュのキャラはこの方だったんですね。執行者序列第1位……そのポジジョンは何を意味するのか。なにやら噂ではアリアンロード並の強さとか言われてますが、どうなんでしょうか。焔を操る、と言う事で注目のキャラです。
 あとはアリアンロード様の配下のデュバリィさん。どのような役回りになるのか。ラウラに対抗心を燃やしてるとか書いてあって、カワイイと思ってしまいました。
 私の小説はオリジナルの流れなので、出るかどうかは分かりません。

小説への評価、感想などお待ちしております。


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第2話 -再会と出立-

前回の投稿から大幅に時間が経ち、申し訳ありません。学業の方が忙しかったのが理由です。すみません。さて、今は夏休みの為、少しは進められるかな、と思っております。皆様、どうか宜しくお付き合い下さいませ。


 その時、俺は妹が、エリゼが何を言ってるのかが良く分からなかった。――士官学院が無期限休校……? 一瞬だが、確実に目の前が真っ暗になった。だが、しっかりと意識を保って聴き返した。

 

「ど、どういう事だ……?」

「……私も詳しくは分からないのですが、ただ、クレア大尉はこう言っていました。3人いらっしゃる常任理事の方々がこのような事になってしまった以上、一時的な休校は止むを得ない……とのことでこの様な措置を決定した模様です。オリヴァルト殿下もそれを承諾した、とのことです」

「え……? そ、それじゃ、Ⅶ組の皆は……? 他のクラスの生徒は……?」

「そこまでは聞けませんでした。ただ休校・解散になる、と聞かされただけなので」

「……そうか……」

 

 リィンはそれだけ言い残すとおぼつかない足取りでリビングを後にし、自室へと向かった。父が自分の脇と通り抜けたように思えたが、全く視界に入らなかった。部屋に着くと電気もつけずにベッドにダイブし、寝っ転がった。両目の上に腕を交差させて置く。

 

「アリサ……ユーシス……エリオット……ラウラ……ガイウス……フィー……エマ……マキアス……ミリアム……」

 

 そこで一拍おいて呼んだ。

 

「クロウ……」

 

――士官学院が休校・解散? 理事会が決定? オリヴァルト皇子も承諾? 一体何が……

 

 その時。

 

コンコン。コンコン。

 

 何かが窓を叩いているようだ。その方に目をやる。

 

「!? セリーヌ!?」

 

 窓の外にはセリーヌが居た。リィンは慌てて窓を開けてセリーヌを部屋の中に迎え入れる。それと一緒に外のひんやりとした空気が入って来た。

 

「今までどこに居たんだ!?」

「ユミルの路地裏とかにいたわよ。今日の夕方、貴方が外に出るのを見たから、そろそろ接触しても良い頃合いかな、と思ったのよ。もしかして心配かけちゃった?」

「そうか、ハハ、無事でよかった」

「そう思ってくれてたなら嬉しいわ。さて、リィン、何か情報はあった?」

 

 リィンはセリーヌにエリゼ帰郷の訳、トールズ士官学院の現状を伝えた。

 

「そう、クレア大尉が……それに士官学院の休校、ね……」

「ああ。何が何だかさっぱりで……」

「……確か3人いる常任理事の内の1名は革新派、1名は貴族派、そして最後の1名はどちらとも言えない立場ね。想像でしかないけれど、おそらくこの休校の決定は内戦が始まってから決まったものではないと思うわ。予め決められていた事かもしれないわ」

「えっ!?」

「だってそうでしょう。ガレリア要塞の事件、ザクゼン鉱山の事件、帝国はいつ今の様な状況に陥ってもおかしくない状況だったわ。あんなに先を読む力がある人々が揃っていて、今回のような事態を予測できなかったと思う?」

「た、確かに……」

「休校になったことでこれからの方針が決めにくくなったわね」

「学院に居る皆がどうなったか知りたいところだよなぁ……」

「そうね……」

 

コンコンコンコン

 

「兄様? いらっしゃいますか?」

「あぁ、エリゼか、少し待っててくれ」

 

 セリーヌは咄嗟にリィンのベッドの下に隠れる。

 

「いいぞ、入って来てくれ」

「失礼します」

 

 エリゼが入って来た。

 

「先ほどの話をした事で兄様が酷く混乱されたように見えたので、ホットミルクでも飲んで気分を落ちつけられては、と思ったのですが」

「ああ、有難う。有り難く頂くよ」

 

 リィンはエリゼからホットミルクの入ったマグカップを受け取って一口口に運ぶ。

 

「うん……砂糖も入ってて美味いよ」

「良かったです」

 

 そういうとさっきのように椅子を持って来て座った。

 

「兄様、実は先ほどお父様も下に降りていらっしゃいまして、勝手とは思いますが、トールズ士官学院が休校になった事をお伝えしました」

「うん、そうか……俺の代わりに言ってくれて有難う」

「いえ、……それでは失礼します」

 

 何か言いたそうだったが、去って行った。バタン。ドアが閉まった。

 

「ふぅ……さて、どうしたもんかな……」

 

 解散と言う事は生徒全員とは言わなくとも、帰郷させられることになる筈だ。ただ、Ⅶ組の場合、どうなるか分からない。ユーシスはバリアハートに戻るかもしれないが、マキアスやアリサ、ラウラあたりはどうなのか……士官学院に引き留められているかもしれない。セリーヌがベッドの下から這い出してきた。

 

「リィン、あの娘、前よりもよそよそしさが無くなって来たわね」

「ああ。それで、セリーヌ、これからどうする?」

「そうね、今は細かく決められないわ。リィン、貴方の体もまだ回復しきってないのだから、詳しくはまた明日相談するとしましょう」

「ああ。分かった。それじゃお休み」

 

 セリーヌは窓を開けるとユミルの村中に消えて行った。そして空を見上げると今までは気付かなかった星、そして月が美しく輝いていた。

 

「皆、無事でいてくれよ……!」

 

 そう願いつつ眠りに落ちた。

 

チチチ。チチチ。

 

 朝は鳥の囀りで目が覚めた。外を見ると霧がかかっている。レグラム程ではないがうっすらと霧がかかっているレベルだ。時間を見ると6時を少し過ぎた辺りだ。この時間だと家族もまだ目覚めてはいないだろう。朝食まで時間があるだろうし、散歩でもするか。そう思い、着替えをし、ジャケットを羽織った。

外に出ると早朝の爽やかな空気が肺を満たしてくれた。良い気持ちだ。そう思いながらユミルを探索する。昔よくお世話になった教会、商店、本屋。そして他の街には無いであろう、その昔シュバルツァー家が時の皇帝陛下から恩賜されたという温泉施設、鳳凰館。ここには何度もお世話になった。昔は家族で入ったり、鳳凰館の従業員の方に遊んでもらったり。一番記憶に新しいのは小旅行の時だ。色々な思い出がある。そんな事を考えながら歩いていると、昨日と同じくケーブルカーの乗車所に着いた。此処まで来るともうこの先には何もない。帰るか、と思い踵を返したその瞬間。ケーブルカーが着いた。

 

「え……?」

 

 ――いや、なんでこの時間に? 確かケーブルカーは早くても8時を過ぎないと運行しないはずだ。まさか……敵!? 

 

そう思うとケーブルカーの降車場からは死角になる所に身を隠した。迂闊だった。こんな時に限って刀を持っていない。ならば八の型で対応するしかないか……? ケーブルカーから人が降りてきた。霧ではっきりとは分からないが、2人だ。どうやら男女の2人組の様だ。拳を握り、気を高め、呼吸を整える。それでいて出来る限り覇気を出さないようにする。至難の業だが、今は何とかできる。4月の時点では無理だっただろう。男女が近づいて来る。改札を通った。もう少し。10アージュ。9,8,7,6……3アージュを切った所で打って出た。

 

「はああぁっ!」

 

 八の型、嵐空。右手で殴り、流れるように右足で蹴り、その反動を使って回転し、左足の踵蹴りをお見舞いする。だが、それは躱された。右手の拳は空を切り、右足はひらりと上半身を曲げられて不発。最後の踵蹴りは左手で止められた。そして女性が攻撃してくる。銃の様な物だ。やられる――! そう思ったが、何も起こらなかった。銃は額にピッタリつけられている。

 

「ふふ、警戒心と即時の対応は良いけど……まだまだね」

 

 その声は聴きなれた、女性の声。

 

「サ、サラ教官!?」

 

「俺もいるぜ」

 

 ひょこっとサラの背から現れたのは、リィンがレグラムでの実習でお世話になった、今や帝国では数少ない遊撃士、トヴァル・ランドナーだった。

 

「ど、どうして……!?」

「蛇の道は蛇、ってね。ロダイ村にいたでしょ?」

「なんでそれを!?」

「あの村には元遊撃士の人が居てね、色々と分かったのよ。アンタ、領邦軍とイザコザ起こして逃げたでしょ。その方角から考えて、逃げ込む先は此処しかないと思ったのよ」

「い、色々と規格外ですね……」

「あら、これ位できなくて最年少でA級遊撃士になれると思う?」

「そ、そう言われれば……」

「ハイハイ、そこまでにしとけや、サラ。なーにをさも自分の手柄の様に語ってんだ」

「あー、もう分かったわよ」

「……つまり、本当に情報を入手したのはサラ教官じゃなくて、トヴァルさんだった、ってことですか?」

「まぁ、正確に言えば完璧に、じゃねぇけどな。」

「俺の居場所を予測できたところまでは納得できるとして、何でこの時間にケーブルカーが動いてるんですか?」

「ああ、それはアタシよ」

「え?」

「ほら、前に小旅行でここに来た時にケーブルカーを使ったでしょ? その時に運転手の人と親しくなってね。あとはコレ、ね」

 

 そう言うとサラは羽織っているロングジャケットの胸元を指す。そこにはあるエンブレムがぶら下がっていた。

 

「それは……遊撃士のエンブレム!?」

「そうよ。このエンブレムを見せて、事情を話したら特別に動かしてくれたわ。いやー、本当に助かったわ」

 

 そう言うと、サラはケーブルカーの運転席に向けて手を振った。トヴァルも頭を下げる。運転手は手を振り返して、

 

「いいってことよ、リィンぼっちゃんが関わってるとなれば行かねぇ訳にはいかねぇしな!」

 

 べらんめぇ口調でそう言うとケーブルカーを動かして麓に帰って行く。リィンも頭を下げて見送る。

 

「さて……と。とりあえず無事は確認できたわけだ。本当に良かったぜ」

「そうね。ま、簡単に死ぬような鍛え方をした覚えはないし、そこまで心配はしてなかったけど」

「いや、むしろ教官よりも特別実習に鍛えられたって感じが……」

「何か文句あるの?」

「イエ」

 

 そこで諦めた。さて、これからどうするか。

 

「教官、トヴァルさん、とりあえずウチに来ますか?」

「その必要はないわ。もう凰翼館に部屋を取ってあるから」

 

 3人で凰翼館に行くと、確かに部屋が取られていた。昨日の内に電話をしたらしく、そつがない。

 

「ってな訳で、アタシ達はここにいるわ。多分10時くらいにお邪魔するかもしれないからお父さんにそう伝えてくれる?」

「分かりました。それは良いんですが、今すぐには帰れません。お2人の部屋にお邪魔しても良いですか?」

「ちょ、ちょっ、何を……ハッ、そう言う事!? で、でもトヴァルもいるし、アタシの趣味は……」

「コラ。んーなことじゃねぇだろ。しっかりしろよ紫電」

「何よ、もー。ノッてくれたっていいでしょーに」

 

 そんなやり取りをしつつ、部屋に3人で入る。すると途端にサラが座布団を枕に畳の上に寝っ転がる。するとそのまま寝息を立て始めた。勢いをつけて寝っ転がったものだから、着ているひとつなぎのスカートの裾が捲れてその美しい太ももが露出する。健全な男子には目の毒だ。

サラはいつも酒をかっ喰らって寮の1Fや3F、時には男子学生が住む2Fのソファや食堂の机に突っ伏して寝ていたり、自室で酒瓶を抱いて寝るという、様するにダメな大人の見本なので、エロさなど感じる事は無い。酔っ払いの相手をしている感じだった。だが、こうして素面の時に真面目に向き合うと美人なのだ。ルックスも良い、容姿端麗。いつもはスルーされてばっかりだが、実は胸も大きい。エマを超えているのでは、と思える位だ。だからこそ余計にタチが悪い。

 

「やーれやれ、コイツは……」

 

 そう言いながらトヴァルは素早く押入れから掛布団を引き出し、サラに掛ける。衣服の乱れたサラを見ても全然動じていない。リィンはそんなトヴァルを見て、尊敬値がまた上がった。

 

「悪かったな、コイツがぶっ倒れて。っていつも通りか」

 

 そう苦笑しながら座椅子に座って茶を入れる。リィンの分も入れ、薦めてくれた。素直に受け取り、一口、運ぶ。お互いに落ち着いたところでトヴァルが切り出した。

 

「さて、と。お前がここに来たのは“情報”が聞きたかったからだろ?」

「はい。士官学院が本当に休校になったのか、それから皆はどうなったのか聴きたいです」

「ほう、もう休校になった事は聞いたか。なら話は早いな」

 

 トヴァルは詳しい経緯を話してくれた。10月30日、士官学院が襲撃されたその日。帝国解放戦線は一旦軍を引き、トールズ士官学院に猶予を与えた。すなわち、学院に居る全員での意志の統一をし、学院としてどうするか決める猶予だった。期限は31日午後3時まで。ヴァンダイク学院長やトワ会長をはじめとして教員、各クラス代表が学院長室の隣の会議室で話し合い、相手が条件を受け入れてくれるならば降参することになった。その条件とは。

 

1.士官学院生及び関係者、トリスタの住民を傷つけない事

2.建造物を破壊しない事

 

 帝国解放戦線はこの条件を受け入れた。そして学生は寮において軟禁されることとなった。貴族生徒は第1学生寮、平民生徒は第2学生寮。Ⅶ組は第3学生寮。教師陣は第1学生寮、第2学生寮にて軟禁。貴族生徒の中で何人かは実家に帰らされた者も居るらしい。

 そして10月31日夜、理事長であるオリヴァルト皇子及び常任理事からの連絡が入り、士官学院は休校になった。それにより生徒達は実家に帰らねばならない事となった。帝国解放戦線は渋っていたが、従わないわけには行かなく、最終的にこれを了承。どうやらオリヴァルト殿下直々の命令であることと、常任理事からの連絡が効いたようだ。それによりほとんどは実家へ帰ったようだが、帰れない、または自分の意志で帰らない生徒もいると言う。そして今はトリスタには住民とほんの僅かの生徒以外にはいないと言う。

 

「と、まぁ、これが今の現状だ。この情報はあの爺さんからだから信用は出来ると思うぜ」

 あの爺さん……つまり、ミヒュトの事である。その情報が正しいとして、これから自分達はどう動くべきか。それを決めなければならない。

「まぁ、俺とサラは今日はここに泊まるつもりだ。なにしろここ4日ほど寝てないんでな」

「えっ?」

「あぁ、俺は30日、あの宰相が銃撃された時から各方面とのやり取り、ヴィクター子爵と今後の話し合い、加えて色々と根回しを……な。その後、サラから連絡が入って、此処まで来たってことだ。いやぁ、大変だったぜ。ガレリア要塞消滅の件で止まっていた大陸横断鉄道が運行を再開したとはいえ、本数もまだ本調子じゃねぇし、チェックは厳しいし、所々では領邦軍と鉄道憲兵隊が衝突してるしよ。その疲れもあるし、サラも4日間は寝てないらしい。お前の事が心配で心配で眠れんかったらしいぜ。遊撃士やってた時からは想像できんなぁ」

「えっ!?」

 

 4日。それはつまりトリスタが襲われてからずっと起きている、と言う事だ。

 

「まぁ、いつものサラからは想像できねぇだろうけどな」

「はは……そうですね。でも、そうですか、サラ教官が……」

 

 そろそろトヴァルも眠たそうな顔をしていたので、暇することにした。「サラは10時と言ったが、無理だろう」と言う事で、2人は12時頃、リィンの実家にお邪魔するとのことだ。リィンは出て行く直前、呟いた。

 

「サラ教官、有難うございます」

 

そう言うと照れくさいのか、足早に出て行った。パタン。ふすまが閉まる。

 

「……オイ、起きてんだろ? ったく、お前も素直じゃねぇな」

「うっさいわね」

 

 サラが声を上げる。寝ていなかったのだ。いや、寝てはいたが、会話が分かるくらいには意識が覚醒していたと言うべきか。

 

「ずるくねぇ? 狸寝入りなんてよ」

「ちゃんと寝てたわよ。にしても有難うだなんてね……何気に初めてかも」

「お前レベルだとそうじゃねぇだろうが……どんだけだらしないんだよ……寝るわ」

 

 そう言うとトヴァルは寝息を立て始めた。遊撃士と言う職業柄、寝れるときは寝ておくのだ。遊撃士は皆この技術を持っていると言って過言ではない。更に誰かが近づけば一瞬で目が覚めるというテクも併用だ。これがプロ。

 

「ふー……でもまぁ、無事でよかったわ……」

 

 

 そう零す。そしてまた横になる。柱の時計は7時半前を指している。

 

 

 リィンは実家に戻り、朝食時に家族に2人が来たこと、家に来ることを伝えた。最初はびっくりしたが、受け入れてくれた。母は「腕が鳴るわ~」と言っている。料理を振る舞うつもりなのだろう。エリゼも「母様、私もお手伝いします!」発言。食材は山の様にある。おそらく母の独自料理のフルコースになるのではないか。それを想像したら涎が落ちそうになる。朝食の豆のスープがスプーンから零れそうになる。エリゼが「兄様……」と言って来た。

 

「じゅるり……おっと、危ない危ない。父さん、構わないですか?」

「もちろん大歓迎だ。どれ、私も行って来るか……」

 

 そう言うと猟銃を担いで山の方に消えて行った。この季節だと鴨だろうか。シュバルツァー家の本気料理が出そうだ。

 朝食後はリィンは力仕事になる洗濯物干しをしようと思ったのだが、エリゼに取られてしまった。母にそのことをぼやくと、「あ、なるほどね、うふふ」と言っただけでそれ以上は何も言ってくれなかった。皿洗いの後はバドと遊んだ。母は料理の下ごしらえをしている。随分と念入りだ。10時を少し回った頃、父が帰って来た。鴨を仕留めてきていた。4羽だ。いつもながら見事な腕前だ。そして12時近くになった時。ドアがノックされた。リィンが開ける。

 

「どうぞ、サラ教官、トヴァルさん」

 

 2人ともお邪魔しますと言い、家に入った。キッチンからは美味しそうなにおいが漂ってくる。

 

「……しまった、もう少し時間をずらせば良かったか」

 

 トヴァルがそう言う。しかしリィンは全然大丈夫です、と言う。華やかだが、華美過ぎない服を身に纏ったエリゼが出てきて2人をリビングに通す。すると父が1人用ソファに腰掛けていた。読んでいたらしい地方紙を置く。

 

「遠い所からわざわざ訪ねてきて下さり、感激しています。サラさん、トヴァルくん、ようこそ、我が家へ」

「いえ、こちらこそお昼時に申し訳ありません」

 

 そうトヴァルが言うと、

 

「いえ、むしろ歓迎です。妻も作り甲斐があるようで、嬉々としています」

「それでしたら良いんですが……」

「さて、改めまして、此処ユミルを治める、テオ・シュバルツァーと申します」

「帝国遊撃士協会レグラム支部長、トヴァル・ランドナーです」

「同じく、サラ。バレスタインです。今は教官職は休業中と言う事になります」

「これはご丁寧に……トヴァル殿は8月以来でしたな」

「そうですね。ヴィクター氏のお手伝いと言う形で来ましたね」

「それから……サラ教官。先月は世話になりました」

「いえ、小旅行中の事件の事でしたら、私よりも生徒達に言って下さい。事件を解決したのは彼らです」

 

 そう言うとリィンに向かってウィンクした。

 

「いや、それでもあの非常時での指揮力はさすがの物でした。さすがはトールズ士官学院の戦術教官と言ったところですな」

「褒めてもなにも出ませんが……有り難く受け取っておきます」

 その後は、たわいもない話をして、ルシアの「そろそろ出来ますわ。いらして下さい」という声で全員が食堂に向かった。

 

 食事の前の拝礼をして、食事が始まった。

 

「! この鴨肉、とても柔らかくて美味い!」

「ここまで美味しい手作りパン、食べた事無いです!」

 

 トヴァルは鴨肉のソテー、サラは手作りパンが気に入ったようだ。2人はそれぞれに舌鼓を打つ。ルシア夫人はそれがとても嬉しかったらしく、より上機嫌になる。

 

「そこまで言って頂いて嬉しいですわ。さぁ、どんどんどうぞ!」

 

 2人の子供も大絶賛。

 

「本当に母様の料理はすごいです。何年も食べてますが、毎回毎回より美味しくなって行ってます」

「確かにな。シャロンさんには悪いけど、俺はやっぱりこっちの方が良いな」

 

 あのスーパーメイド、シャロンさんも母の味にはかてなかったようだ。6人で美味しい食卓を囲み、話をしているとあっという間に時間が過ぎて行った。デザートを食べたあとは夫人特製のハーブティーを飲んでリラックスする。

 

「本当においしかったわ。私もあれぐらいのものが作れたらいいのに」

「母さんも初めからあそこまでじゃなかったらしいです。やっぱり慣れと経験、練習の積み重ねだそうです」

「うっ、やっぱりアタシには無理かも。キッチンに立つだけでも駄目かも」

「確かにな。お前は結婚したとしても旦那に料理させるタイプだよなぁ」

「うるさいわねぇ」

「ハハハ……バレスタイン教官に弱点がおありとは」

「ホホホ、イケないところをお見せしまして……料理は昔からからっきしなんですわ。いつも外か、買って来る事が多いものですから」

 

 エリゼがサラに対して話し掛ける。

 

「お母様とご一緒に料理を作った事はないのでしょうか?」

 

 その一言に少し、表情が硬くなる。だが、気付いた者は2人のみだった。事情を知っているトヴァル、それから教官から昔の話を少し聞いていたリィンのみだった。

 

「いえ、残念ながら私の両親は私が幼い頃、早逝したらしく。その後も色々あって、結局そう言うのは出来なかったわ」

「も、申し訳ありません! そんなご事情とは露知らず……」

「ふふっ、良いのよ。でも、そうね、貴方のお蔭で少し里心がついたかもしれないわね。いつか行こうかしら」

「……」「……」

 

 トヴァルは頭を軽く掻き、リィンは目を瞑っている。そして思いを巡らせた。

 

(サラ教官は以前、俺に話してくれた。彼女には戦友と言える人物がいて、その人物はもう亡くなっている、と。それから少し前にサラ教官が夜、寮の食堂で酔いつぶれて机に突っ伏して寝ていて、毛布を掛けようと思ったら、寝言かうわ言でこんなことを言っていた。「う……ん……イオ……なんで……」と。おそらく、そのイオ、と言う人が戦友なのかと思うのだが)

 

「……これは娘が失礼を……おや、妻が特製のクッキーとハーブティーのおかわりを持ってきたようだ。サラさん、トヴァル君、そろそろ、話してはくれないかな」

「……そうですね。我々がこうして早朝からユミル入りをした訳をお話ししましょう。奥様、ご息女の方も心の準備は如何ですか?」

 

 トヴァルのその言葉に女性2人は大丈夫、という意思表示の様に頷いた。

 

「では、お話しします。今日から4日前、帝都が襲撃されました。それとほぼ同時刻にトリスタも攻撃されました。そして士官学院は一昨日、無期限休校に入りました。この事はご存じで?」

 

 4人は頷いた。そこにサラが質問した。

 

「失礼ですが、その情報はどこから?」

 エリゼがクレア大尉から聞かされたことを話す。

「そうですか、鉄道憲兵隊が……失礼しました」

 

 トヴァルが話を続ける。

 

「では続けます。それにより、ほとんどの学生は帰省した模様です。教官陣はまだ学院に居る様です。僅かですが、生徒も残っているようです。確実なのはトワ・ハーシェル生徒会長、技術部長ジョルジュ・ノームです。他にもいるようですが、まだ詳細は掴めていません」

「すみません、Ⅶ組の皆は、どうなったんでしょうか?」

「どうやらユーシス君はバリアハート、ガイウス君はノルドへ、ラウラ君はレグラムへ。アリサ君はルーレだろう。エリオット君、マキアス君、エマ君、ミリアム君、フィー君は分からない」

「そうですか、分かりました」

「さて、トリスタ及び士官学院の現状はこのようなところです。そして、我々が此処に来たのは、Ⅶ組のメンバーにリィン君が騎神に乗って北の方角に行った、と言う事と、我々独自の情報網によって、ロダイ村と言う所から巨大な人型が飛び去ると言うものを入手しまして。その方向からユミルだと判断し、確認にやって来た、と言う事です」

「なるほど。そう言う事でしたか。ですが、それだけではないようですな?」

「さすが男爵、鋭いですね。そうです。ただ確認しに来るだけなら1人で十分。我々2人がこうして来たのはオリヴァルト皇子の任務でもあります」

 

 流石にびっくりした様子で声を発するリィン。

 

「オリヴァルト皇子……!? 理事長が……!?」

「そうです。今回、我々は士官学院の休校の決定の時に休校通知とは別に任務を仰せつかって来たのです」

「トヴァル君、その任務とやらは我々に話してしまっても大丈夫なのか?」

「ご家族の方になら問題ないと思っています。むしろ協力して頂く為には任務を言わなくてはならないと思っています」

「そうか、分かった。続けてくれ」

「はい。その任務の内容は、『Ⅶ組の諸君を保護し、結集させよ』というものでした。おそらく、オリヴァルト皇子はこの内戦を終わらせる為に尽力する心積もりだと思われます」

 

 リィンはその言葉を聞いて、ある事を思い出していた。

 

「第3の道……そしてカレイジャスという翼……」

 その言葉に一同が反応した。

「リィン、それは……?」

 

 父の問いかけに以前、帝都での実習でアストライア女学院で非公式であるがオリヴァルト皇子と会食をし、そこで自分達Ⅶ組の創設、その理由、そしてオリヴァルト皇子が持つ信念を聞かされたことを話した。それを受けてトヴァルが言葉を紡いだ。

 

「そうです。貴族派でも無く、革新派でもなく、別の第3の道……オリヴァルト皇子はそれを実現するために努力されています。その象徴があの紅き翼、カレイジャスなのでしょう。さて、リィン君、君に聞きたい。恐らく俺達はこれからは激戦の中に身を投じる事になると思う。君はどうする?俺達と一緒に行くか、それとも……」

 

 トヴァルがその先を言うよりも早く、リィンは答えた。

 

「行きます」

 

 ガタン! その言葉にエリゼが音を立てて立ち上がる。

 

「に、兄様……! 正気ですか!? あんな……正規軍の守備隊も歯が立たなかった貴族派の軍勢に……立ち向かうおつもりですか!? 私はっ! 嫌ですッ! 死ぬ可能性だってある……! 兄様を失うのは……嫌です!」

 

 エリゼはそう言うとルシア夫人に抱かれて席に戻った。

 

「……エリゼ、すまない。だが、俺は……」

 

 そこに男爵から言葉が降って来た。

 

「リィン、今エリゼが言った通り、戦地に赴くと言う事は死ぬ可能性がある。無論、私も出来る事ならば行かせたくはない。家族の制止を上回るだけの覚悟があっての事か?」

 

 厳しい。今まで見た事の無い鋭い眼光。本気だ。ならばこちらも本気で返さねばならない。

 

「はい。……俺は士官学院に入ってからの7か月間、実習で帝国各地を見ました。問題もあり、だがその一方で良い面もある……特にその地に住まう人々。俺は、その人々、土地を守りたい。そして……何より仲間たちの為に。それが、俺が士官学院に入って思った事です。その仲間、土地、人々が危険に晒されている、自分には力が多少なりともある。ならば、ここで立たないで一生後悔するよりも立って行動して、その結果がどうなっても後悔しない。他の人の気持ちを考えないで我が儘な様ですが、貫き通したい、それが俺の信念です。」

 

 それを聞いて、男爵は軽く息を吐いた。

 

「これはもう止められんな……分かった。お前の思う通り、行動すると良い。ただ、絶対戻って来てほしい」

「父さん……分かりました」

 

 リィンはトヴァル、サラの方に向き直る。

 

「お2人の腕前には及ばず、ご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが……俺も連れて行って下さい」

「分かった。出発は今日の夕方だ。それまでに準備は済ませておいてほしい」

「はい」

 

 そこで黙っていたエリゼが声を上げた。

 

「すみませんッ! あの、私も連れて行って下さらないでしょうか!?」

「エリゼ!?」

 

 流石に驚く。妹が混迷極まる地に行くと言ってるのだ。止めない兄はいないだろう。

 

「何を言っているんだ! お前はここに居た方が安全だ!」

「兄様。お言葉ですが、私はもう待つのは疲れました。兄様と一緒に居て、護りたいと前々から思っていました。兄様は本当に無茶ばかりで……! 私が、いいえ、父様も母様もどれだけ心を痛めているか! 戦闘の面ならば気遣い無用です。これでも武術は嗜んでおりますので」

「しかし……!」

「それに兄様、私が居れば、そこまで無茶はなさいませんでしょう?」

「うっ」

「アルフィン様の御身も心配です。直接、助けに行きたいと言う想いもあります」

「……」

 

 ついに何も言えなくなった。そこでサラから助け舟が出された。

 

「ふぅ、まさか妹さんがねぇ……ご両親はどうお考えですか?」

 

 シュバルツァー男爵、ルシア夫人共に悩んだ様子もなく、即答した。

 

「ふむ、確かに可愛い娘が危険な所に行くと言っているのは頂けないが、娘の決意はもう固いようで」

「実は昨夜、夕飯の後、エリゼが私達に大事な話があると言って、もしもリィンがここを出て、仲間を助けに行く時が来たら、その時は自分も行きたい、と。じっくり話しましたが、どうも思い付きからの言葉ではないようで」

 

 つまり、エリゼがリィンと共に行くことに大反対、と言うわけではないようだ。

 

「どうする? これでも反対する? 確かに私達がいつも守ってあげられると言う訳でもないし、同行を薦める気もないわ」

 

 それを聞いて、リィンは息を吐いた。

 

「仕方がない。でも条件がある。さっき、武術の腕を磨いている、と言ったな? それを見て、連れて行くかどうかを判断しよう」

「! 兄様……! 分かりました」

「じゃあ、直ぐで悪いんだが、広場に行こう。あそこなら十分なスペースがあるからな」

 

 その一言で決まった。エリゼはいつも使っている武器を取りに自室に戻った。リィンは一足先に広場へ向かった。途中でサラとトヴァルと話す。

 

「まさか予想もしていなかったわね。まぁ、見張っていたい、と言うのは分かる気もするけど」

「はぁ……なんで……」

「ま、あそこまで言ったらキッチリ相手してやらにゃな。どれほどの腕かは分からないが、お前さんはどうだ? 彼女の腕はどの位か分からんのか?」

「まぁ、一応知ってはいるんですが……でも最後にエリゼの腕を見てから2年以上経ってますし……どの位の腕なのか分からないんですよね」

「使ってる武器は何なの?」

「ええ……変わっていなければ、おそらく、レイピアの筈です」

「レイピア……そう言えば結構有名な使い手がいるよな。中ではリベール軍の中でも実力者と言われるユリア・シュバルツ大尉とかな。王太女のクローディア姫もレイピアの腕はピカイチだそうだ」

「ユリア大尉ですか……いや、まさか……」

 

 そう言ってると広場に着いた。周りにはあまり人がいないようで、好都合だ。少し待つとエリゼが両親と一緒に来た。その左手にはレイピアが握られている。

 

「兄様、くれぐれも手加減などされませぬよう……」

「ああ……」

 

 お互いに武器を抜く。リィンの刀、エリゼのレイピア。レイピアは持ち手に質のいい金色の意匠が施されている。その意匠が薄紫の下地に映えている。刀身は一般的なレイピアのそれだ。だが、手入れが念入りにされているらしく、少しの曇りもない。2人が間合いを取り、向き合う。

 

「審判は私がするわ。危なくなったら容赦なく、安全に介入するからそのつもりで。2人とも良いわね?」

 

 2人が頷く。リィンは刀を右下段に構えた。エリゼは半身になり、レイピアを胸のあたりの高さに保ち、刀身をリィンに向ける。

 

 その異様な状況に里人が集まってくる。両親が事情を説明し、手出しせず、見ていてほしい、と言っている。

 

「準備は良いわね?」

 

 その言葉に2人の緊張が高まる。辺りの空気が張り詰める。エリゼが緊張から唾を呑み込んだその時。

 

「……では、両者構えて! ……始めッ!」

 

 サラが空に向かって挙げていた右手を勢いよく振り降ろした。そして、先に仕掛

けたのはエリゼだった。

 

「シュッ!」

 レイピアが良い動きでリィンの体に迫ってくる。

――なんだ、この速さは。前とは比べるくもないな。だが、まだまだ!

「はぁっ!」

 刀を振り上げ、レイピアの剣先と衝突させる。

「くっ……」

 力の差からエリゼが少したたらを踏むが、即座に反撃する。

「まだ、です! ニードルティア!」

 全ての力を剣先に集中し、高速で迫る。目標はリィンの腹部。しかし。

「良い突き技だと思う。だが、まだまだ!」

 足を動かし、安全圏に移動する。エリゼの渾身の突きを全力でなくても避ける。それぐらいの力の差がある。

「ではこれはどうですか!?」

 突き技を止め、レイピアを思い切り振り、真空波を発生させる。

ギギギンッ!

 その真空波を受け止める。

――なんと。真空波まで。2年前には見なかったぞ……

「長引いては不利、では私の持ち得る全てを注ぎ込みます!」

 エリゼのオーラがレイピアの刀身に流れ込む。そのオーラはオレンジ色に輝いている。そのオーラが凝縮して行く。

「行きます! スターダストフラッシング!」

 素早い動きで円環状に突きが繰り出される。だが、その突き自体はリィンには届かない。だが、代わりに刃のようになったオーラが次々に放出される。あたかも恒星から降ってくる隕石のようだ。軌道もそれぞれ違う。速い。

「くっ! 簡単には避けれないな! こうなったら!」

 刀を鞘に納め、居合の体勢に入る。オーラが迫る。初撃が当たりそうになるその時。

「はっ!」

 抜刀。5の型、弧影斬。自らも刀身にオーラを乗せ、放った。オーラの力も違うため、エリゼが放ったオーラを全て撃破する。だが、まだ攻撃は続いていた。無数のオーラに隠れていつの間にかエリゼが迫って来ていた。

「はああぁぁぁぁっ!」

 必死の表情で懸命の突きを放つ。刀身にオーラがある為、さっきみたいに簡単には打ち返せない。ならば。焔を刀身に宿し、迎え撃つ。スターダスト・フラッシングと焔の太刀の真っ向からのぶつかり合い。

「ハアアァァァァァァッ!」「うおおおおぉぉぉ!!」

 ギィンッ。

 2人が交差した。そして。

 

 

「……そこまでね」

 

 

 2人の間にサラが割って入っていた。エリゼのレイピアはサラの銃のグリップの底で防がれ、リィンの刀はブレードの根元で受け止められていた。2人はその現実を確認してから武器を鞘に仕舞った。

 

「さて……どう思った、リィン?」

「……少なくとも、4月の時点での俺よりは強い」

「それは確かね。ただ、女学院だから当然なのでしょうけど、戦闘経験が少なさ過ぎてそれが如実に表れたわね」

「……はい。やはり兄様は強いです。ついて行くことができなくとも、兄様と久しぶりに剣を交えることが出来て良かったです」

「あら? ついて行けない? 誰もそんなことまだ言ってないわよ?」

「え――」

「嬢ちゃん、リィンの上着の襟を見てみな」

「えっ? あ――」

 

 そこには僅かではあるが、レイピアの物である傷があった。

 

「ま、そう言う事ね。あの傷がついたのは私が止めに入ってオーラがリィンから見えなくて喰らってしまったのでしょうけど……それでも立派な物よ」

「全く、面目ない。避けて当然のものなのに喰らってしまったのは俺の不覚のせいだ。修行がまだまだ足らないな……」

 

 そう言いつつ、落ち込みながらエリゼに伝える。

 

「分かった。俺の負けだ。エリゼ、一緒に行こう。なぁに、多少の事があっても守ってやれるさ」

「……! 兄様!」

 

 エリゼの顔が先ほどの悲壮な顔から歓喜の顔に変わった。

 

「父さん、母さん……良いでしょうか?」

 それを聞いた男爵はこう答えた。

「フフ……お前が決めたならばもう私達に言う事は無い。エリゼを守ってやってくれ」

「そうね、リィン、頑張ってよ」

 

 両親の激励を聞いたリィンはより決意を新たにした。そして気が付くと周りは拍手に包まれていた。里人がさっきの激闘を称えてくれているのだ。

 

「エリゼちゃん、よくやった!」

「よく一撃入れられたなぁ!」

「兄さん、しっかりしろよ!」

 

 など、叱咤激励の言葉が飛んでくる。

 

「よし、これで決まりね。エリゼちゃんも連れて行く。良いわね、トヴァル?」

「まぁ女の子1人位なら助けてやれんだろ。宜しくな」

「は、はい。お2人共宜しくお願いします」

 

 その後、シュバルツァー家は子ども2人が準備をし、教官2人はそれぞれ今後の方針を話し合っていた。そしてその日の夕方5時。ついにユミルを発つ時が来た。男爵、夫人、リィン、エリゼ、サラ、トヴァルの6人はアイゼンガルド連峰に連なるユミルに程近い山の麓にいた。ヴァリマールが留まっているところだ。

 

「こ、これがヴァリマール……私も旧校舎の地下で見た事はあったけど、ここまで大きいものだなんて……」

「なんつーか……言い伝えにある巨大な騎士みてーだな」

「に、兄様、本当に乗るのでしょうか?」

 

 ヴァリマールを始めて見るトヴァルとエリゼは初めてリィン達が見た時と同じく驚いている。当然だろう。男爵は驚かず、ルシア夫人は驚いている。

 

「父さん、どうやら知っていたようだね?」

「ああ。お前が倒れていた所を里の者に聞いてな。恐らく近くに何かあると思ったのだ。そして来てみたら、森の深い所にこれがあってな。まず普通には見つかるまい」

「はは、父さんだから見つけられたんだね。さて、じゃあまずは俺が乗ります」

 リィンが心の中で念じると、ヴァリマールの眼に光が灯った。そしてリィンの体が光となって吸い込まれていく。

「に、兄様!?」

「ほう……」

「あ、あなた! リィンが!」

「なるほど……こうやって乗るのね」

「実に合理的だな。古代の技術がつかわれてんのかな、やっぱ。アイツもこの巨大な人形の事知ってるのかね?」

 

 上からエリゼ、男爵、ルシア夫人、サラ、トヴァルである。そして間もなく、

 

「皆、今1回降ります」

 

 そう声が聞こえると、また胸から光が現れて、リィンが降りてきた。

 

「兄様! 大丈夫ですか!?」

「ああ。問題ないさ。さて、セリーヌ! 出てきても大丈夫だと思うぞ」

 そう言うと、木々の間からクロネコが這い出て来た。

「全く……私の事を忘れて行ってしまうのかと思ったわよ。まぁ、幸い、貴方が準備を終えて部屋を出る前に窓に紙を貼って行ったから良かったのだけれど」

 

 リィンは部屋を出る前にセリーヌの名を呼んで、窓に何時に出る、と言う事を書いた紙を貼って行ったのだった。そのお陰でセリーヌは置いて行かれることなくこの場に居るのだった。

 

「えっと……? 兄様……? 今、その猫が喋ったように思ったのですが」

 

 エリゼの口がひくひくしている。驚きを乗り越して理解できない、と言った様子だ。どうやら男爵、夫人、トヴァルも同じ表情の様だが、唯一サラは違った。

 

「あら、セリーヌじゃない。やっぱアンタ喋れたのね」

「ふふ、やっぱりばれてたようね。さすがは紫電の名を持つ実力者と言ったところかしら?」

「褒めてもらえるとは思ってなかったわ。エマと一緒に居る所をよく見たし、演説の日、ヴィータの術を見て、『姉さん』と言った事、鳥のような使い魔を使役していた所を目の辺りにしていたからね。でも、貴方とエマは主人と使い魔と言った関係ではなさそうね」

「正解よ。あの女が使っていた鳥は確かに使い魔。でも私は違う。私はあの子のお目付け役よ」

「そう。まぁ、その辺りも後々教えてもらおうかしら」

「機会が来ればね。さて……言いたい事も沢山あると思うけど、まずは自己紹介をして置くわ。私の名はセリーヌ。そこにいるリィンのクラスメートのエマ・ミルスティンという女の子のお目付け役よ。そして……士官学院襲撃の時、リィンを戦地から脱出させた者でもあるわ」

「「「「……」」」」

 

 サラ、リィン以外はまだ言葉を失っているらしいが、その状態からいち早く回復したのは男爵だった。

 

「これはご丁寧に……ということは息子を助けてくれた、ということですな? その事についてはお礼を言いたい。出来る事ならば実家に寄ってもらって妻の美味しい料理を味わってもらいたいところではありましたが、残念ながら時間もない模様。今後こちらに来ることがあればぜひ立ち寄って欲しい」

「これは有難うございます。もしも機会があればそうさせて頂きますわ」

 

 その会話を聞いて、ルシア夫人が復活した。

 

「あ、む、息子を助けていただいて有難うございます! 危なっかしい所もありますが、どうか宜しくお願いします」

「私にとっても彼は大きな切り札だと思ってますので。そんなに固くならなくとも……」

「せ、セリーヌさん! 兄の妹、エリゼと申します!」

「ふふ、宜しくね、妹さん。さっきの決闘、見てたわよ。未熟な所も確かにあるけれどもあなたにはキラリと光る所があるわ。絶対役に立つ時が来ると思うわ。それから……もしも、貴方にその気があればだけれども、確かな師について修行すれば、もしかしたらこの帝国でも指折りの剣士になれる可能性があるわ。ともかく、宜しくね」

 

 それからセリーヌはトヴァルの方に直った。

 

「まさかここで魔法使い(ウィザード)の異名を取る、帝国でも3指に入るアーツ使いに出会うとは思わなかったわ。同行することになるわけだけれども、よろしくお願いするわ」

「っはぁ~……その名で呼ばれるとは思っちゃいなかったな。ギルドが壊滅して2年も経ってるからもう呼ばれることは無いと思ってたがな……一応名乗っとくぜ。遊撃士協会レグラム支部長、トヴァル・ランドナーだ。よろしくな」

 

 そうやって全員のセリーヌとの顔合わせが終わった所でリィンが話し始めた。

 

「皆、今聞いた通りで、俺は学院が襲撃された時、このヴァリマールとセリーヌのお蔭でここまで来た。そして彼女のお蔭でこうして僅かだけれども状況を改善できる場面にある。セリーヌは本当に恩人だよ」

 

 そう言うとリィンはセリーヌの頭を撫でた。そしたら学院で見かけて、ミルクをあげた時のように「フンッ」と言ってリィンの手から逃れた。

 

「はは……さて、これから俺達は……どうするんでしたっけ? サラ教官?」

「……ああ、まだ言ってなかったわね、ゴメンゴメン。私達はこれから来る夜の闇に紛れて、トリスタを目指します。どうやら今は領邦軍も帝国解放戦線もトリスタには居ない様子です。恐らくは正規軍との戦いに掛かり切りなのでしょう。リィンはヴァリマールで、私達はここから主要な路線が走っている駅までヴァリマールに乗せてもらい、列車に乗ります。生徒達の殆どが実家に帰り、そして教官もわずかしかいません。ですが、ヴァンダイク学院長などの重要人物がいる限り、何人かの見張り位は要ると思うべきでしょう。トリスタに戻る理由の一つとしては、何かの情報があるかもしれないからです。私がⅦ組の子たちに教えたものの中に敵が襲撃してきて、止む無く拠点などを脱出しなくてはならない状況になったときの連絡方法などもあります。なんらかの方法での残している可能性が大きいです。それからトリスタに残っていると言うトワ会長ならば、何か情報を持っていると思います。危険はありますが、今後の予定を決める要素が沢山あの学院には残っています」

 

 それを聞いた男爵が聞いた。

 

「なるほど……して、サラ教官、一つ、お考えをお聞かせ願いたい。貴方はこの内戦、どれ程で終わると思いで?」

「そうですね。実はザクセン鉱山の事件の前にルーレで軍需工場の襲撃事件があったそうです。その事件はⅦ組と鉄道憲兵隊が解決したそうなんですが、その時に正規軍、そして領邦軍に渡されていたと思われる兵器はその時点で供給がストップしている筈です。その後、ザクセン鉱山の事件が起こり、ルーレは今も皇族、政府の管理下に置かれています。つまり両方とも持ち得る兵器には限りがあり、限りがあるためにそこまで長く続くことは無いと思われます」

「そうですか。サラ教官、我々に出来る事があったら遠慮なく仰って欲しい。出来る範囲での援助は惜しみません」

「有難うございます、男爵閣下」

 

 リィンはその後、両親をヴァリマールに乗せ、安全だと言う事を説明した。そして時計の針がもうそろそろ5時半を指しそうになり、ユミルの空に夕闇が迫りつつある頃、出発することになった。出発する時にルシア夫人がそれまで持っていたバスケットを開けて、リィン達にサンドイッチを差し入れた。

 

「お腹が空き始める頃に出ると聞いたから、あまり荷物にならない軽食を、と思ったの。エリゼにお茶も渡してますから、皆さんで召し上がってください」

 との事だった。もちろんリィン達はその好意を有り難く受け取るのだった。そしてリィンは光となってヴァリマールに搭乗した。

 

「父さん母さん、有難う。絶対戻って来るよ」

 

 両親が用意してくれた紅いジャケットを翻して。そしてヴァリマールが動き、手を差し出す。

 

「父様、母様、行って参ります。兄様達の言う事をきちんと聞いて、無理はしないように致します」

 

 エリゼはスカートの裾を持ち上げ、挨拶すると手の平に乗った。そして2名の保護者は。

 

「お世話になりました。ご子息、ご息女は出来る限りお守りします」

「美味しい食事を有難うございました。リィン達はこちらにまた帰せるよう最大限努力します。遊撃士の紋章にかけて」

 

 トヴァル、サラの順に挨拶し、手の平に。そして最後に残ったセリーヌは。

 

「またこの地に来れたらその時は美味しいご飯を期待するわ。あの子たちは良い方に行くよう導く。心配しなくても大丈夫よ。それに……おそらく、この旅でリィンは自分の正体に近づくと思うわ。でも、それであの子が色々と悩み、抱えるかもしれない。そうなっても優しく、支えてあげて欲しい」

 

 そう言うと小さな光となって吸い込まれた。そして、ヴァリマールが離陸体勢に入る。

 

「それじゃあ……父さん、母さん、そしてユミルの皆、行ってきます!」

 

 大きく膝を曲げ、背中のスラスターを起動し、宙に飛び上がった。そして少しの間滞空し、トリスタの有る南西方面に飛び去った。男爵、夫人はそれを見届けた。

 

「それにしてもなぁ……12年前、拾ったあの子があそこまで逞しくなるなんて……」

「本当に……。エリゼも。貴方が拾ってきて、私がエリゼと人形で遊んでいた時に『すまん! 温かい飯はあるか!?』って家に帰って来たんでしたね」

「そう言えばそうだったな。危険な事も多いだろうが……あの子たちの旅路に幸多からんことを祈るしかないな」

 

 そう言うと、男爵は夫人の肩を逞しい手で自分の方に抱き寄せた。夫人の肩は震えている。

 

「大丈夫……大丈夫だ……あの子たちは……絶対無事に戻って来る……」

「ええ……そうね。信じましょう、エイドスの加護を……」

 

 

続く




久々の投稿をお読み下さり、有難うございます。もしも宜しければ感想・評価・間違いの指摘などがありましたらお願い致します。適宜対応して行きたいと思います。

閃の軌跡Ⅱの発売まで1ヶ月と10日ほど。色々情報が出てきました。特にムービーには圧倒されました。続編と言う事で盛り上がりそうです。ソフトの予約をすることでランクが上がって行って、特典が凄くなって行くシステムもあるそうで。

遂にオリビエの紹介がされましたね!今回は理事長自ら戦闘に参加するのでしょうか、それよりもミュラーさんとの掛け合いを見てみたいと思ってしまいます。ミュラーさんの戦闘シーンも見たいなぁ「はああぁぁっ! 破邪顕正!」


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第3話 -潜入、そして-

初めての短時間での投稿です。急な投稿で申し訳ありません。文字数は短いですが、お付き合い下さいませ。


同時刻、アルテリア法国七耀教会聖杯騎士団本部、大会議室――

 

「状況はどうなってる?」

 

 歳は40代に入っていると見られる男性がなりたての雰囲気をまだ残す若い従騎士に聞いた。

 

「はい、クロスベル方面には第五位『千の護り手』が応援に行きました。2年前から潜入している第九位『蒼の聖典』からクロスベルが結界に覆われている、という報告が入っています。他には蛇の使徒が何人かいる、とのこと。なんでも聖女がいるそうです」

「そうか。帝国は?」

「そちらは第八位『哮天獅子』と第七位『黄金の風』が担当しています」

「2人だけか?」

「いえ――第三位がどうしても行きたいらしく」

「何!? あの気分屋の第三位が!? どういう風の吹き回しだ!?」

「いえ……どうやら、なにか縁のある者がいるらしく」

「なるほど……」

 

 会議室は円卓のように座席が並んでおり、背後に聖杯の紋章のタペストリーが掲げられている席に座っていた女性が笑った。

 

「ククク……ハハハハ! 何とも予想しないことが起こるものだな!! だからこそ面白い!」

 

 プハーッ。口に含んでいたタバコの煙を吐き出す。

 

「クロスベルの方はケビンとワジに任せて大丈夫だろう。それよりも問題は帝国だな。黄金の風の報告にあった通り、蛇の連中の幻焔計画の第二楽章とやらが始まる。つまり、クロスベルの次は帝国と言う事と捉えて良かろう。むしろ帝国がメインだろうな。クロスベルの地にあった幻の至宝はもう失われている。それに引き替え、帝国の至宝はまだ生きている。おそらく蛇の連中も惜しみなく人員を投入して来るだろう。場合によっては聖女が出てくるかもしれんな。彼の地には聖女関連の地もある。むしろ来ない方が可笑しいだろうな。もしかしたらあいつらには荷が重いかもしれんなぁ……」

「そ、総長の読み通りだったとするならば、これ以上蛇の連中の好きにさせる事は出来ません!」

 

 総長と呼ばれた女性がゆっくりと煙をくゆらす。

 

「……そうだな。もう既に2つの地とは言え、5人も騎士を動かしているのだ。これ以上増えても同じか……それにトビーも頑張ってるようだし……仕方ない、私も出よう」

「滅多に任務に赴かれない総長が!?」

「さっきも言った通り、蛇に好きにさせるわけにもいかん。分水嶺はまだこの先もあるだろうが、ここは今までと比べると一際大きな分水嶺だ。ここでの結果如何では歴史的にも、国家的にもどうなるか分からん」

「し、しかし……」

「ガタガタ言うな。ケビンとワジにはクロスベルが片付いて戻って来たら、報告書作成と少しの休息を与えた後、いつ指令が来てもいいようにしてろと言っとけ」

「は、はい!」

「私のメルカバはもう動かせるか?」

「はっ! 定期整備点検はあと2時間もあれば終わる見込みとなっています!」

「よし。今回は戦闘任務で行くわけではない。おそらく蛇の連中はクロスベルの件が終わるまで帝国では大きく動かないだろう。今の内に帝国を見ておく」

「分かりました!」

 そう言うと総長は正騎士らしき女性と共に会議室を出て行った。

「いつものことだが、あの人には気圧されてばっかりだな……」

「まぁ、そう言うなよ。聖杯騎士団序列第一位、アイン・セルナート。あのクセ者揃いの騎士団を取りまとめる総長の役目を負っているんだからな。生半可な人には勤まらないだろうよ」

「『紅耀石(カーネリア)』ですか。一体いつからここに居るんですか?」

「さぁな。ただ、騎士団の中でも古参の人しか分からないだろう。ただ、10年やそこらじゃないのは確かだな」

 その時、扉が開かれた。

「おっと、いかんいかん、忘れ物をしていた」

 そういうと先ほどまで座っていた席にあったマッチらしきものを拾い上げた。そして確認して部屋を出て行く。ドアノブに手を掛ける時、

「おっと、それから君達、女性の年の話をするのはこの世のタブーの1つだと思うぞ、フフ」

 そう言い残すと今度こそ完璧に出て行った。

「……何か術を使ったんですか?」

「お前……使ったなら少なからず痕跡があるだろ。んなもんないだろうが」

「……化け……」

「おっと、それ以上言わん方が良いと思うぜ?」

 「化け……」と言いかけた従騎士らしき男は思わず手を口にやった。

「ま、それがあの人だよ。俺達は聖騎士の方々を何も言わず、サポートすりゃいいのさ。信頼関係はあった方がいいだろうがな」

「信頼だなんて……僕、従騎士になる前の見習いの時、あの人に声を掛けられたことがあるんです。法術の勉強が上手く行かなくて、このままじゃ従騎士になれない……って思ってた時、夜、廊下を歩いていた時、あの人が声をかけてきてくれたんです。その時、『術は全て七耀に遍くものを使役してその効果を顕現させるもの。効果だけを追い求めていても思う通りにはいかん。まずは術の効果をイメージして、それに対応する火、風、水、地、時、光、幻のエネルギーを足元から吸収して、手の平から放出するイメージを大事にすると良い』と言ってくれたんです。そしたら少しずつ出来る様になって。いち見習いにも声をかけてくれるのも信じられなかったし、あの言葉のお蔭で僕は此処に居るんです」

「まァ、ここであの人に信頼を置いてない人なんていないだろうな。さて、俺達も出来る事をやっとくか」

「そうですね! 先輩!」

 そう言うと先輩・後輩の関係にある男性2人も会議室を出て行った。

 

「へっくしゅん!」

トヴァルがくしゃみをした。

「トヴァルさん、大丈夫ですか?」

「あー、問題ねぇ。誰かが噂でもしてたんだろうさ」

 そう言うとエリゼは頷いて前を向いた。

 

――……くしゃみ、ねぇ。この感じは良い感じじゃねぇなぁ……

 

 そう思うと、列車の車窓の外を見た。もうケルディックは通過した。残り10分もかからずにトリスタに着くだろう。

「そろそろってところだな。リィンはもう着いてる頃合いだろうな」

「そうですね。ユミルを出発してから3時間以上です。確かに着いてるのではないかと」

 サラが起きた。

「んん~っ、着きそうなの?」

「ええ。残り10分もないと思います」

「そう。それにしてもこんな深夜に列車に乗るのは久しぶりね」

 

『皆様、長らくお待たせいたしました。次はトリスタ、トリスタ。お忘れ物、落し物の御座いませぬよう、御注意下さい、繰り返します、次はトリスタ――』

 

 車内アナウンスが流れた。

 

「よし、着くな。一応警戒態勢は敷いておくか」

「エリゼちゃんは私達の後ろに居て。いいわね?」

「は、はい。」

 

 その時、サラのアークスが鳴った。

 

「はい、こちらバレスタイン――ええ、リィン、無事に着いたのね? 今はミヒュトさんの所に居るのね? それで見張りは? ええ、領邦軍、解放戦線共に居ない。駅に見張りはいない。学院には? 入り口に見張りが2名、か。少し厄介ね。ええ、後で合流しましょう。場所は駅の改札前の待合スペースで」

 

 そう言うと通話を切った。

 

「うーん、学院前に見張りか……ちと厳しいな」

「どうにかするしかないわね。制圧するだけなら簡単だけど、定時連絡とかがある筈。それに町の皆に迷惑はかけられない」

「うーん……」

 

 そうこうしている内に列車はトリスタ駅に入った。さすがに緊張状態だからか、深夜だからか、乗客は少なかった。降りて改札を通ると駅員に少し驚かれた顔をされたが、口に人差し指を当てるジェスチャーをしたら、意を察したようで笑顔で頷いてくれた。

 待合スペースに目をやるとリィンが居た。こちらに気付いたようで近づいて来る。

 

「お疲れ様です。どうでしたか、途中は?」

「まぁ領邦軍の列車チェックが厳しかったけどな。なんとか切り抜けられたよ」

「そうでしたか。皆さん、腹の具合はどうですか?」

「さすがにお腹がくっつきそうね。深夜の食事は美容の敵って言うけど、構ってられないわ」

「俺もだな」

 エリゼは言い出しにくいのか、黙ってたが、お腹は空いてるようだ。

「キルシェにさっき寄ったらフレッドさんが御馳走してくれるらしいです。行きましょう」

「あら、ラッキーね」

 

 一同はキルシェに移動してマスターのフレッドさんが用意してくれてた軽食をごちそうになる。

 

「いやぁ、大変だったね」

「ほんとよ。全くとんでもないもんしでかしてくれたもんだわ」

「うーん、それにしても……まさかここに戻って来るとは思わなかったよ」

「まぁ、イロイロあってねぇ~。それよりフレッドさん、なにか変った事は無いかしら?」

「そうだなぁ……変わった事と言ったら、領邦軍が引き上げた位かな。あっ……でも、一つだけあったな。はっきりとは聞こえたかどうか分からないんだけど、学院の方から鐘の音が聞こえてきた気がしたなぁ」

「!? それっていつ!?」

「え、ええと、確か一昨日の筈だよ」

「一昨日……11月2日ね? ……誰か学院に残ってる人から話を聞ければいいんだけど」

 

フレッドに食事のお礼をして、喫茶・キルシェを出る。一同は第3学生寮に向かう。何かを残していると考えるならば、この寮か学院の可能性が高い。リィンは玄関近くの草むらに隠されていた寮の鍵を開けた。3人が続く。寮内は灯りが無く、暗い。時刻は午後11時を過ぎている。

 

「灯りをつけることも出来ないわね。何かの拍子に気付かれるとも限らないし」

 

 しかし見えなくては探索もままならない。そこで食堂に忍び込み、蝋燭と、光が漏れにくいよう、厚紙で保護することになった。しかし、そこで待っていた光景は一同の予想を超えるものだった。テーブルの上にあるものが置かれていたのだ。それはラインフォルト社製の光量を細かく調整できるつまみのついたライトが3つ用意されていたのだ。しかも光線が拡散しないようにも出来る仕様である。同時に手紙も用意されている。

 

『おそらくサラ様たちはこちらに戻って来ることがあるかと思います。お役に立てるかどうかは分かりませんが、置いてゆきます。もしも使う時があれば遠慮なくどうぞ ――シャロン』

 

 どこまで読んでいるのか。この分では部屋にも何かあるのではないか。そう考えずには居られない。

 

「ま、折角だから使いましょう。光量は……この位なら気付かれないでしょう。使う時は部屋に入ってから。窓よりも低い位置で使うように。基本、光線は拡散させないように」

 

 ライトはリィン、トヴァル、サラが持った。エリゼはサラと同時行動だ。1階の探索はトヴァル、2階の男子フロアはリィン、3階の女子フロアはサラとエリゼ。それぞれに別れて探索を始めた。リィンはエリオット、ユーシス、ガイウス、マキアスの順に回った。ガイウスとマキアスの部屋から手かがりが出た。ガイウスの部屋には机の引き出しの裏にメモが貼ってあった。そこにはこうあった。

 

『リィンへ。思う所があり、故郷に戻る。心配するな』

 

 それだけだった。ガイウスらしい簡潔な文章だった。マキアスの部屋の棚にはチェスの駒が並んでいた。リィンはその中の駒の1つ、白のキングを手に取った。底は何故か一体感が無かった。ネジを緩める方向(左回り)に回すと、底が取れた。中は空洞になっており、巻かれた紙が入っていた。それを広げると。

 

『音楽好きの友人が僕を遊びに誘ってくれた。彼はあそこに行くのは5月以来だと言っていた。なかなかいい所らしい。』

 

 間違いない。エリオットとマキアスはケルディックにいる。何故ケルディックに居るのかは分からないが、とりあえずこの情報は大事だ。他の部屋には何もなかった。1階に行くとトヴァルがソファに座っていた。その顔を見ると、何もなかったようだ。少し待つとサラ教官とエリゼが出て来た。情報は2つしかなかった。まず、ミリアム。

 

『ボクは一旦情報部に戻るね。何かあればこっちから接触するよ。バイバイ』

 

 ミリアムらしい。とにかく情報部に戻ったのは確からしい。さて、次はエマだ。

 

『私はラウラさんと一緒にレグラムに行きます。今の私には身を寄せる所はないので、ラウラさんの言葉は有り難かったです』

 

 ラウラとエマは一緒にレグラムに居るらしい。手に入った情報はこれだけだった。

 

「さて、ここは一通り探したわね。次は士官学院に向かうとしますか」

「サラ教官、見張りは……」

「そうだったわ。それがあったわね」

 

 見張りをどうするか。それが問題だった。エリゼが発言した。

 

「でしたら、町の誰かに頼んで、見張りに『あっちで不審者を見かけた』とかいって見張りを移動させるのはどうでしょう?」

 

 その案は中々に良い案だった。しかし、誰に頼むのか。考えたあげく、フレッドさんに頼むことにした。フレッドさんは快諾してくれた。

 

「いやぁ、実はここの所あいつらのせいで色々窮屈な思いをしてたんでな。協力させてもらうぜ」

 

 とのことだった。更には、1人じゃ信用されないと思い、トリスタのラジオ局《トリスタ放送》のディレクター、マイケルさんも巻き込んだ。マイケルさんも快諾。いかに士官学院生及び関係者が日頃から信頼されているかが分かる。

 シナリオとしては、トリスタの東街道で不審な人物を見かけた、ということになった。リィン達は士官学院途中の礼拝堂で隠れ、見張りが通り過ぎて行ってから礼拝堂を出て、学院に潜入することになった。危険ではあったが、エリゼの要望もあり、同行することになった。教会まで一緒に行き、そこで別れた。フレッドさんとマイケルさんが小走りで学院の正門に向かう。礼拝堂の扉は閉まっていなかったようで、すんなり入れた。

 

「後は見張りが居なくなるのを待つだけだな」

 

 トヴァルがそう言い、全員は司祭が立つ主祭壇に近づいた。月明りでステンドグラスが照らされ、幻想的だった。その中に佇む女神像は何とも言えないものがあった。するとシスターが内陣(神父・司祭が儀式を行う所)に跪いていた。その人物は誰かが近づいてきたのを感じ取ったらしく、立って振り向いた。

 

「何者ですか!?」

 

 小さく、だが、鋭い声。

 

「俺だ。Ⅶ組のリィン・シュバルツァーだ。驚かせちゃったらしいな。すまない」

 

 それを聞くと、シスターは安心したらしく、息を吐いた。

 

「本当にびっくりしました……御無事の様で良かったです、リィンさん」

「ああ、君もみたいだな、ロジーヌさん。」

 

 シスターはリィンと同じ学年のロジーヌだった。どうやら話を聞くところによると、彼女は家に帰る事は止め、ここトリスタの方々を支えたいと思い、休校になった後はずっと礼拝堂の手伝いをしていたのだと言う。

 

「ロジーヌさん、紹介するよ。こちらは妹のエリゼだ。それからこちらは遊撃士のトヴァル・ランドナーさん。今回、色々助けてもらってるんだ」

「そうですか、エリゼさん、初めまして。それから、トヴァルさんでしたか。宜しくお願い致します」

「いえ、どうやら兄様とご知り合いの様子。こちらこそお願いいたします」

「ああ、丁寧にすまないな。俺達は直ぐ出て行くから。悪かったな」

 

 会話をしていると、外から声が聞こえた。どうやら見張りが行ったようだ。

 

「それじゃ、ロジーヌさん。俺達はそろそろ行かないと。気を付けて」

「皆様に女神の幸運と加護がありますよう……武運を祈っています」

 

 その言葉に頷き、リィンを先頭に一行は礼拝堂を出て行った。そして第1・第2学生寮に通じる広場を抜けて学院に行く途中の最難関の坂を登り切る。フレッドさんとマイケルさんが上手く連れて行ってくれたようで見張りはいない。その隙を有効活用出来る様、スムーズに忍びこんだ。サラとエリゼはスカートだったが、男性陣はもう学院しか目になかったらしく、パンツが! みたいな心配は無かった。




ここまで読んで頂き、有難うございます。もしも宜しければ感想・評価などお願いいたします


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第4話 -学院長の回想-

 こんばんは。神宮藍です。今回、タイトルの書き方を変えました。変更に次ぐ変更で本当に申し訳ありません……今回は前回から2週間空いてからの投稿となります。遅筆過ぎて申し訳ありません。では今回もよろしくお付き合い下さいませ。 


「よし、じゃあ、まずは何処に行くかだな」

「そうね……まずは学院長室でしょう」

 

 サラの発言で行先が決まった。目指すは学院長室。幸いにも玄関は閉まっていなかった。そして学院長室に行く途中、保健室を覗いたが、ベアトリクス先生はいなかった。何か情報を得れれば、と思ったのだが、残念だった。教官室からは灯りが漏れ出ていたが、今行くべきは学院長室。後ろ髪を引かれる思いで通り過ぎ、学院長室に辿り着く。サラが先頭に立って、ノックした。

 

「……学院長、失礼します、バレスタインです」

 

 すると中から声がした。

 

「おぉ、バレスタイン君か。開いとるぞ。何人か同行者がいるようじゃな。入るといい」

「「「「失礼します」」」」

 

 ガチャ。4人が声を上げて入った。そこにはいつもと何ら変わりなく、椅子に座っている学院長が居た。しかし、いつも立派でつやのある髭は少しばかり輝きを失っているように見える。

 

「うむ……よく来てくれた。そちらは……トヴァル殿に、シュバルツァー君の妹御かな?」

 

 エリゼが挨拶をする。

 

「はい。リィン・シュバルツァーが妹、エリゼ・シュバルツァーです」

「確か学院祭の時にいらして下さってましたな? あの時は楽しんで頂けたようでなによりでした」

「はい、あの学院祭は忘れられそうにありません」

「さて、バレスタイン君。君たちが此処に来たと言う事は表の見張りを突破して来たと言う事じゃな?」

「はい。喫茶キルシェのマスターのフレッドさん、トリスタ放送のディレクターのマイケルさんが協力してくれまして。お2人のお蔭で潜入できました」

「そうか……フフ、トリスタの方々にお世話になってしもうたな」

 

 ギィッ。学院長が椅子から腰を上げ、窓際に移動し、自由行動日の時に学院長室を訪れた時と同じような威圧感のある姿で立つ。

 

「正直言って、サラ君、君が学院を出る時に当初の予定で一度トリスタに戻る可能性も話し合ってはおったが、君らがここに帰って来るとは思わんかった。しかし、君らは無事に戻って来て、此処に立っている」

 

「はい」

 

 サラがそう言った時、学院長は窓に顔を向けていたが、何かが反射して窓がきらりと光った気がした。涙か、単なる光の反射か。それは誰にも分からなかった。そして学院長は導力器をズボンのポケットから取り出し、会話を始めた。

 

「儂じゃ。まだ部屋に居るのじゃな? 来ると良い。うむ。それではな」

 

 リィンはそれを不思議に思い、尋ねた。

 

「あの、学院長、今の相手は?」

「フフ、まぁ待っておれ。直ぐに来る筈じゃ」

 

 その時、学院長室からも見える生徒会室の灯りが消えた。

 

「ま、まさか……」

「そのまさかじゃろう」

 

 それから3分後位に学院長室の扉がノックされた。

 

「トワ・ハーシェルです。失礼します」

 

 ガチャ。そう言うと入って来た。その人物はこちらを見ると予想できない、という顔をしてびっくりした。だが直ぐに表情が変わった。涙が出ている。そしてリィンの傍に駆け寄った。そしてリィンの両手をぎゅっと握って、

 

「リィン……君っ……! 私っ! 私……本当に心配したんだからね! 君が……あの日、ロボットに乗って行方不明になったって……Ⅶ組の皆に聞いて……!」

 

 トワ会長はそこまで言うともう声を出せないのか、自分の手の甲で涙を拭っている。

 

「会長……すみませんでした」

「えへへ……いいの。君がこうして無事でいる所を見れたから……」

「えーっと、感動の再会と言う所に悪いんだけど、そろそろいいかな?」

 

 学院長室のドアの方から声がした。目を向けるとそこに立っていたのは技術部長、ジョルジュ・ノームだった。

 

「はっ、はわっ、ご、ごめんなさい! こんな沢山の人がいる前で!」

 

 そう言うとリィンの傍から離れる生徒会長。そしてリィンの背後では誰も分からなかったが、エリゼが怖いオーラを発していた。

 

――うふふ、兄様……ご学友の方々のみならず、年上の方まで……おっと、いけませんわ

 

 シュンッ。オーラが鳴りを潜めた。それに気付けたものはいなかった。帝国広しとはいえ、今のオーラを感知できるのは片手で数えられる程しかいないだろう。

 

「やぁ、リィン君。元気なようで良かったよ」

「ジョルジュ先輩も……無事なようで……」

「うん。それで……良いかな? 聴きたい事があるんだけれども」

「……はい。」

 

 その言葉を聞いた時から分かっていた。ジョルジュ先輩が何を言いたいのか。

 

「彼と刃を交えた君の口から聴きたい。……《C》は……本当にクロウだったのかい?」

 

 答えるのに少し時間が掛かった。

 

「……はい。間違いなく、クロウでした」

 

「……そうか」「……うん、そっかぁ……」

 

 ジョルジュ先輩とトワ会長の言葉が完璧に重なった。

 

「でも、俺はクロウを絶対に連れ戻すと決めました。いつになるか分かりませんが、待って居て下さい」

「リィン君……」

 

 トワが言った。その言葉には希望が込められていた。

 

「うん、君ならそう言うと思っていたよ。さて……学院長、これをその机に一旦置かせてもらっても構いませんか?」

「おお? 構わんよ」

 

 ジョルジュはそう言うと手に持っていたケースを机に置いた。そしてケースを開くと、中はスポンジに覆われていた。精密機械を持ち運びする際に用いられるケースだ。そこから真ん中に置かれていた何かを取り出した。周りに幾つか同じものが置かれていたと思われるスペースがあった。

 

「……ラインフォルト社が今までの君たちの特別実習、そして戦闘経験を元に新たに開発したアークスの後継機、アークスⅡだ。役立ててくれ」

 

 そのオーブメントはライン数、クォーツ数は変わらなかった。だが、見慣れないボタンなどが追加されている。

 

「見た目的に変わった所は少ししかないだろう? だが、色んな機能が追加されている。その内の1つが……これだ」

 

 ジョルジュはアークスの右脇に新しく追加されたボタンを押した。1秒くらい押し続けた。

 

「さて、何か喋ってみてくれるかい」

「じゃあ、俺は特科クラスⅦ組、リィン・シュバルツァーっと」

「よし、OK」

 

 ジョルジュはまたボタンを1秒くらい押した。

 

「よし、じゃあ再生するよ」

 

 同じボタンを今度は長押しせず、普通にボタンを押した。すると音声が再生された。

 

『さて、何か喋ってみてくれるかい』

『じゃあ、俺は特科クラスⅦ組、リィン・シュバルツァーっと』

『よし、OK』

 

それを見ていたトヴァルが溜息をついた。

 

「地味な様だがこりゃまた凄い機能だな」

「そうね。ラインフォルト社、良い仕事をするわね」

 

 アークスⅡは遊撃士のお墨付きをもらえたようだ。

 

「長押しすると録音を開始する。もう一度長押しすれば録音停止。そして普通に押せば再生さ。便利だろう? ただし、難点があってね。それは録音したものは1つしか保存できない、ということだ。つまり、録音がある状態で長押しをすれば消去されて新しいものが入るのさ。上手く使ってくれ。このアークスⅡは君とミリアム君とクロウを除くⅦ組の皆には渡してある。勿論説明書もね」

「はい、これがアークスⅡの機能説明を追加した学生手帳だよ」

 

 トワから手帳を渡される。そこまでページ数が変わったようには思えないが、アークスⅡ説明の欄を開くと、確かに新機能の説明がある。しかも出来る限り簡潔に、分かり易くなっている。さすがトワ会長。有能過ぎる。

 帝国政府の各省庁から卒業後の就職先として勧誘されているのも頷ける。更には教官がすべき仕事も頼まれればやり、学院の各種イベントのまとめ、また多種多様な雑務もこなす。その上で自由行動日の自分への依頼も寝る前の僅かな時間で纏めている。

 トワ会長と一緒に仕事をする生徒会役員の話によると、「会長はいつ寝ているのか分からない程働いています。常に会長室、寮の会長の部屋の灯りは途切れたと言うような話はあまり聞かないです」と言うトワ会長伝説には枚挙に暇がない。

 

「うん、これで大丈夫かな。リィン君、今までのアークスには使えたクォーツは使えなくなるから注意してほしい。ただ、これからの戦闘で困るだろうからこれは渡しておくよ」

 

 そう言うとジョルジュはリィンにHP1、攻撃1、回避1、行動力1のクォーツを渡してくれた。

 

「既存のクォーツ生成器で少し手順が違うだけで作れるからセピスを集めてどんどん作って欲しい。それから……トワ、あれは?」

「あっ、そうだ、はい、リィン君これっ」

 

 そう言うとトワ会長はリィンにマスタークォーツを渡した。

 

「うん、それがないと困るもんね。今まで使えたマスタークォーツも使えなくなっちゃうからこれ使って。そのマスタークォーツの名前はバーストっていう火属性のものだよ。大事に使ってね」

 

 リィンはその場で手渡されたクォーツ類を手早くアークスⅡにセットして行く。するとアークスⅡのラインが煌めき、駆動を開始した。

 

「会長、ジョルジュ先輩、有難うございます。大事に使います」

 

 ジョルジュと会長は笑顔で頷いてくれた。リィンは右手に握ったアークスⅡの駆動の熱なのか、それとも導力がもたらしてくれるエネルギーなのか分からないが、アークスⅡが自分を鼓舞してくれるように感じた。

 

「そうそう、新しいアーツも使えるようになっているらしい。そしてこれはまだあまり知られていないんだけど、ある条件を満たすと、今ではもう失われた強力なアーツが使えるようになっているらしい。発動条件もまだはっきりしているわけではないから、なんとも言えないんだけどね」

「……失われたアーツ……ロスト・アーツですか」

「うん。それから、もう一つ、面白い理論が出てね、今までのアーツは火属性は火属性、水属性は水属性のアーツしか使えなかっただろう?だが、その理論のお蔭で、1種類だけではなく、2種類のアーツを同時に扱う事も可能になったらしいんだ。今の研究の段階では2種類が限界だが、もしかしたら3種類も出来るのでは、と言われている」

「……2種類のアーツを同時に……ジョルジュ先輩、その理論の名は?」

「ああ、確か『オーバルアーツ融合の為の導力力場形成理論』……だったかな。まぁ、今はここまでにしておくよ」

 

 その言葉にトヴァルが反応した。そして小声で話した。

 

「アーツ融合……導力魔法の融合か」

 

ジョルジュによるアークスⅡの説明が終わったタイミングで学院長が今後の事について話し始めた。

 

「さて、バレスタイン君、トヴァル君、シュバルツァー君。これからどうするつもりかね?」

 

 その質問にサラが答えた。

 

「まだ決めてはいません。ですが、先程第3学生寮に潜入し、各々の行方について情報を入手しましたので、それを手かがりにメンバーを集めて行こうかと思っています」

 

 そう言うと第3学生寮で入手した情報を話す。

 

「そうか、うむ……メンバーは各地に散らばっておる、か。それで、どう行くのじゃ?」

 

 リィンがそこでジョルジュに言った。

 

「ジョルジュ先輩、バイクはどうなっていますか?」

「ああ、今は技術棟でブルーシートをかけて保管しているけど……アンの置き土産、活かせるようだね?」

「はい。確かサイドカーもありましたよね?」

「うん、それも完璧さ。この前の依頼でデータも集まって、完成させれたよ。」

「……サラ教官、学院長、俺は導力バイクでケルディックに行きます。そこにマキアスとエリオットがいるようです。ヴァリマールでは目立ちすぎますし、そこまで遠くはありません。鉄道でも1時間でしたし、問題ないと思います」

「その導力バイクってのは良く分からないが、速いのか?」

 

 導力バイクを知らなければ最もな意見である。その意見にジョルジュが対応する。

 

「平均で、80アージュ/時は出せると思います。その気になれば120アージュ/時も。理論上、最高で180アージュ/時は出せる設計です。ただ、危険すぎるので、150までが限度でしょう。小回りも効きますし、確かに移動手段としては良いでしょう。ただ、導力を使い切ったらチャージに時間が掛かりますが」

 

 その説明を聞いたトヴァルは溜息をついた。

 

「とんでもないな。導力車並みのスピードか。それでいて小回りが利く……軍が飛びつきそうなもんだな。それで、リィン? 誰と行く気だ?」

「俺1人で行こうと思います。もしもエリオット達を乗せる事を考えると、サイドカーに1人、運転者の後ろに1人の計3人ですから」

「うーん、そうか……じゃあ仕方がないな」

「はい。それから出発は明日の早朝にします。出来るだけ人目につかないように」

「じゃあアタシ達はどうしようかしら」

「そうだな……俺は帝都に行こうかと思う。実は内乱が起こってからオリヴァルト殿下やヴィクターさんと連絡が取れなくてな。なんとかして連絡を取りたい」

「うーん、あの人たちに関しては全く心配はないけれどもね。実力のある人達だし、殿下にはミュラーさんが付いてるし。行方が分からないのは連携を取る上で少し不安があるけれども」

「うむ……ミュラー君、オリヴァルト君はこの学校で学び、優秀な成績を修めておる。もちろん武術においてもな。心配は要らんじゃろう。さて……もう疲れているだろう。今日はこのトリスタで夜を明かすつもりじゃろう?」

「そのつもりですが、体を休められるところはありますか?」

「ふむ……保健室にベッドが簡易ベッドの分も含めて6つはあるはずじゃ。そこで寝ればいいじゃろう」

「学院長、感謝します」

 

 エリゼが何か言いたそうな表情をしていたのをサラが見つけた。

 

「すみません、ギムナジウムのシャワーって使えますか?」

「おお? 当然使える。遠慮なく使ってくれ」

 

 その言葉にエリゼの顔が明るくなった。サラはエリゼにコソッと耳打ちした。

 

「ふふ、女にとって1日の終わりにシャワーを浴びないなんて有り得ないものね。使い方を教える為にアタシも一緒に行くわ」

「! あ、有難うございます!」

 

 サラとエリゼがシャワーを浴びる為に出て行った。トワはもう既に浴びていたそうで、辞退した。ジョルジュは技術棟に戻り、トワも学生会室に戻った。2人共学院に寝泊まりしているそうだ。トワはもう業務は無いはずだが、学院を離れる気にならないのだろう。ジョルジュも似たような思いだそうだ。トヴァルは少し夜風に当たりたい、と言ってグラウンドの方に行った。学院長室にはヴァンダイクとリィンだけが残された。ヴァンダイクは窓の前に立ち、何か考えているらしい。そろそろリィンもお邪魔しようとした時、ヴァンダイクがリィンに声を掛けた。

 

「シュバルツァー君、すまんのだが少し話を聞いてくれんか。何、年寄りの独り言と思ってもらってくれて良い」

「は、はぁ」

 

 そこからは少しと言うには長いヴァンダイクの話が続いた。話し始める前は顔を伏して床に向けていたが、考えがまとまったのか、面を上げた。窓ガラスに映るヴァンダイクの表情は真剣そのものである。

 

「……儂が軍に入ったのは今から52年前。まだ導力革命も起こっておらず、今では考えられぬほど生活もそこまで豊かな物ではなかった。そして、この国は貴族が支配しておった。今ほど帝国の版図も広くなかった。入隊した時は19の若造じゃった。儂は此処とは違うが、士官学校を卒業しておった。じゃが、色々と交流があっての、此処の旧校舎が現役じゃった頃も知っとる。もう使われないようになって久しいが、今でもあの頃は鮮明に思い出せる。今は亡き戦友の学生の時の顔もな……。

 前置きが長くなってしもうたの。さて、あ奴……オズボーンは儂が36の時に軍に入って来た。今でも覚えておる……新入隊員の中で一際他の者とは違う、という雰囲気を纏っておった。その通りあ奴は如何なく才能を発揮させていった。奴の同期の中では一番出世が早かったじゃろう。じゃが、奴は何を思ったか入隊して10年が立とうと言う頃、軍を辞めた。そして軍部時代に培った人脈を生かし、政治家として帝国政界に進出して行った。そして今から12年前、遂に奴は宰相の座まで上り詰めた。丁度儂は元帥になったばかりじゃった。宰相になった時、奴は儂の所に来た。そしてこれから自分がどうするのかを語ってくれた。それを聞いた時、既に危うい、と思った。じゃが、儂は結局止めれなんだ……。

 そして、奴は自分の味方を増やし、遂にそれまで強大な力を持っていた貴族派と渡り合えるまでの勢力を作り上げおった。それが革新派じゃな。奴はこう言っとった。『古い体制を打破し、この国を真の強国とする』、と。じゃが、儂にはそれが奴の真の目的とは思えなかった。そして奴は自分が撃たれることで今、この状況を作り上げた。この内戦がどう終ろうと、この国は前と同じにはならんじゃろう。それも織り込み済みなのじゃろうな。

 ……奴はもう撃たれた。もう止める意味は無い。ならば、この状況をどう収め、この国の行く末をどうするか。本来ならば儂のような老兵は変えようとする者達の支援をするべきなのじゃろうが、それも出来んかもしれん……誰とは言わんが、真に今の状況を憂い、収めようとする者はいる。今はその者に希望を託すことしか出来ん……どうか、あの馬鹿の作り出したこの状況…を打ち破り……この国に再び平穏を取り戻してくれんか……」

 

 ヴァンダイクの話はそこで終わった。しばしの間続いた沈黙の後、リィンは学院長に頭を下げ、学院長室から出て行った。学院長室を出て屋上に向かおうと思った時、中庭に面したドアからベアトリクス先生が入って来た。軽く礼をしてすれ違った。その様子をベアトリクスは不思議に思ったが、引き留めず、向かうべき所に向かった。

 

コンコン

 

「失礼します。ベアトリクスです」

「おお、貴女か。入って下され」

 

ベアトリクスは学院長室に入った。

 

「何かおありになりましたか?」

「フフ……貴女には敵わない。今しがた出て行ったシュバルツァー君にの……オズボーンの馬鹿の事を話し、希望を託してしもうたんじゃ。……のう、儂に出来る事は……まだあるかのう……」

「うふふ……ヴァンダイク名誉元帥ともあろう人がそんな弱気でどうしますか。無いわけないでしょう。まだ出来る事はありますよ。きっと。それにこの学院の理念……『若者よ、世の礎たれ』……その礎を支える事が私達の責務でしょう」

「そうだな……そうじゃったな。いやはや、貴女には頭の下がる思いじゃな」

「そこまで持ち上げられても困りますよ。……学院長、次が最後の戦場になるでしょうか」

「……ふむ、そうじゃな。儂等にとっては最後になるやもしれんのぅ……」

 

 窓の外で月と星がこの国が今内乱にあると言う事を忘れさせる程美しく輝いていた。

 




 やっとユミルからトリスタまでの移動、そして学院潜入までの話が終わりそうです。アーツ融合の話にトヴァルが滅茶苦茶興味を示していました。夜風に当たるだけなら屋上や中庭でもいいのに、グラウンドに向かったのには訳があります。

 さて、次回からは場所がやっと変わりそうです。この時点で11月4日。未だに話が大きく動くのは11月下旬以降からです。理由はクロスベル側の事件が収束するのがその時期と推測されるからです。クロチルダ、マクバーン、デュバリィ、ブルブラン以外の結社サイドはそれまでは大きく動かないでしょう。彼らとどこで出会い、仲間をどのペースで集めて行くのか。それが大きな鍵になって来ると思われます。パッパと集めて話を大きく盛り上げて行ける様、努力します。

感想、評価など御座いましたらお願いいたします。


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第5話 -昨日の友は敵-

 こんばんは。前回投稿から1週間過ぎて9日目の投稿となります。遅くなりましてすみません。今回の文字量は5千字台です。この話でやっとあのキャラが登場します。宜しくお付き合い下さい。


 次の日の早朝、技術棟前。そこは早朝にもかかわらず人が集まっていた。

「お早うございます」

「おはよう」

「兄様、お早うございます」

 リィンの挨拶にサラとエリゼが挨拶を返す。バイクはもう既に動かせる状況だが、まだ見張りの問題がある為、コネクションレバーは回せない。(導力バイクはバイク内部にある蓄導力を機関部に流し込むことで駆動する設計になっている。その為、導力バイクのエンジンを入れるということは機関部と蓄導力部を接続するということになるのだ。)

 そこに眠たそうな顔をしたトヴァルが技術棟から出て来た。

「ふわぁぁ……悪いな、こんな状況で。で、そろそろ行くのか?」

 トヴァルは本気で眠たそうだが、なんとか意識は覚醒しつつあるらしい。

「はい。今7時頃なので、少なくとも9時までにはケルディックに着いて、情報収集して、マキアス達と接触したいと思います」

 欠伸を噛み殺したトヴァルが「ん、そうか」と返す。その後に「で、」を付け加えた。

「見張りはどうする?」

「アタシとアンタでどうにか出来ないものかしらね」

「おいおい、そりゃあの壁を越えて背後から奇襲ってことか? 出来なくはないだろうが、リスクはあるんじゃないか?」

「そうよねぇ……あの見張り達は昨日トワからの話で朝7時と正午と夜6時に連絡を入れてるらしいから、今、行動不能にしても正午になればあちらさんも何かあったと気づくでしょうし……交代は正午の様ね」

 一同がうーんと唸っている時、校門の方で何か音がした。耳を澄ますと、「だから通せって」「待て」「うるせぇな」……というやり取りが聞こえる。何者かが見張りとやりあってるらしい。

「待て……この声……お前ら、ちょっとそこで見てろ。俺が行って来る」

 トヴァルはそう言うとリィン達を校舎の角に残し、自分は校門の方に向かう。その手にはオーブメントが握られている。

 

「やっぱアンタか……ミヒュトの爺さん」

「なんだ、貴様は!?」

「ええい、ここに近づくな!」

 見張りが近づいてきたトヴァルに向かって叫ぶ。ミヒュトの方は放っておいて良いと判断したのだろう。だが、それは間違いだった。

「……隙を見せ過ぎたな」

 ミヒュトがそう呟いたのを、見張りの1人が「えっ?」と言い、その意図を探る為にミヒュトの方を向きかけた、その時。ミヒュトの手刀と膝蹴りを喰らった。

「がはっ……ぐうっ」

 まともに膝蹴りを鳩尾に喰らった為、崩れ落ちた。もう一人は反応良く振り向き、

「この……民間人風情がぁっ!」

 そう言うとミヒュトに殴り掛かった。恐らく、同僚は不意打ちを食らった為に倒れたと思い、ならば正面切ってやればこの50歳は超えていると思われる一般人位、屠れると思ったのだろう。まぁ、反応は良かった。だが、次は背後のトヴァルから注意が逸れた。

「あー、止めとけ止めとけ、その爺さんにはアンタじゃ勝てねぇ」

 トヴァルはオーブメントを駆動し、アーツを発動した。空中から6本の剣が出現し、見張り2人の周囲を六芒星の陣で囲み、その陣の中が光で包まれた。幻属性アーツ、「シルバーソーン」。見張りはそのアーツをまともに喰らい、混乱し、地面に倒れた。その様子を確認したトヴァルはミヒュトに話し掛ける。

「ったく、爺さん、何で来たんだ? こちとらこの見張りをどうするか悩んでたってのによ」

「話は後だ、トビー。とりあえずこの門を開けてくれや」

「やれやれ人使いの荒い……」

 そう言いつつも素直に門を開く。見張り2人は縛り、校門近くの植え込みに寝かせる。少なくとも1時間やそこらでは目覚めないだろう。正面玄関前に全員が集まる。

「で、何の用だ?」

「まぁ、そう急かすな。実はな、今日の明け方、こんな連絡が入って来てな……」

 そう言うと、ミヒュトは紙を見せた。その紙をトヴァルが広げ、中身を読む。しばらく読んだ後、「んなぁっ……!?」と叫び声を上げた。いつも冷静沈着なトヴァルからは考えられない。

「何々~?」

 サラはそう言うとトヴァルから紙をひったくろうとしたが、それは叶わなかった。

「なによー、いいじゃないのよ」

 リィンとエリゼは何も分からず、はてなマークを頭の上に浮かべている。それを見たミヒュトが説明する。

「ああ、これはな、あそこで蹲ってるトヴァルのやつの昔からの知り合いからの物でな、まぁ、驚くだろうよ」

「悪夢だ……」トヴァルはそう呟き続けながら体育座りを続けている。

「まぁ、大体の予想は付くけど。大方、この前のアルスターで会ったシスターさんからでしょ?」

 トヴァルは「何で分かった?」ではなく、「何でその事を知っている?」と言ったニュアンスの表情を向けた。

「トヴァル、アタシをあんまり甘く見ないでほしいわね。そりゃ人間関係はアンタ程じゃなくても、遊撃士のコミュニティに隠し事は出来ないわよ」

 それを言われて、トヴァルは「あー……」という全て納得はしていないが、呑み込めた、という顔をした。

「あの町の情報網か……まぁ、いいか。……お前ら、俺は少し用事が出来ちまった。俺は帝都には行けん。ちょいと人に会って来る。何か有力な情報を持ってるかもしれないからな……」

「用事、って……分かりました。サラ教官、エリゼは……」

「アタシ達はここに残るわ。何かあればアークスで連絡してくれればいいし。エリゼちゃんはちゃんと守るわ」

 それを聞いたリィンは「分かりました」と呟き、バイクに跨る。そして乗り心地と調子を確認した後、生徒会館の方からトワ会長とジョルジュが出て来た。

「あ、リィン君、今から行くんだ。間に合ってよかったよ~」

 会長はそう言いながらこちらに近づいて来る。しかし、校門が開けられ、そして植え込みの近くの芝生に見張りらしき2人の男が倒れているのを見ると、一瞬で顔が蒼白になる。

「ふぇっ!? こ、ここ校門が!? それに見張りの人がっ!?」

 会長にトヴァルとサラが説明する。

「そ、そうでしたか。でもこれは……」

 おそらくこれから事態がどうなるのか、シュミレーションしているのだろう。実務モードに入ったトワにミヒュトが近づき、何やら紙を渡す。それを見たトワは一瞬驚愕の表情を浮かべたが、直ぐに冷静になり、ミヒュトに何か耳打ちをして、その紙を制服の胸ポケットに仕舞った。リィンはそれを不審に思ったが、トワ会長がこの場のメンバーに対して言わないと言う事はそうしない方が良いと判断しての事だろう。そう思ったので、口には出さなかった。

「では、行ってきます」

 

 ドルン! ドッドドドドド!

 

 バイクのコネクションレバーを廻し、導力が機関部に流れ込み、エンジンが駆動する。これは聞いた事のあるトワ、ジョルジュ以外は初体験の為、少し耳を塞いでいる。

「リィン君、気を付けてね!」

「一応安全運転でね。何か気付いた事とかあったら言ってくれ」

「まぁ、飛ばし過ぎて事故らないようにね」

「兄様、お気をつけて……!」

 トワ、ジョルジュ、サラ、エリゼの順に出発前の激励を送った。そしてリィンは保健室からベアトリクス先生、ヴァンダイク学院長が見送ってくれているのに気が付いた。そちらに向かって会釈した。

「あー、すまん、俺もトリスタ駅の方に用事があるんだが、乗せてくれても構わないか?」

 トヴァルの申し出にリィンは笑顔で応えた。トヴァルはサイドカーに乗り込む。それを確認した後、クラッチをちゃんと握り込んだ状態で見送りの人々に挨拶した。

「何かあれば、ちゃんと連絡します。エリゼ、くれぐれも教官の言うことを聞いてな……?」

 兄の言葉にエリゼは力強く頷いた。学院長以外の皆も手を振ってくれている。それを見て、リィンはゆっくりとクラッチレバーを離し、バイクを前進させていった。そして、坂を下り、見えなくなって行った。

 

 リィンはトヴァルを降ろした後、トリスタ放送局を通り過ぎて、単身ケルディックに向かった。鉄路に沿い、風を切る。こんな非常時に不謹慎だとは思うが、思いっきり飛ばせることに爽快感を覚えていた。

 

 リィンが帝国、いや大陸で唯一と言ってもいい2輪車を駆ってケルディックへと向かっている時、帝国南方の都市、オルディスにほど近い洋上にあの日、帝都を混乱の渦に巻き込んだ艦、パンタグリュエルが浮かんでいた。その船の艦橋の1つ上のvipルームのガラスから1人の男が外界を見下ろし、口の端を歪めていた。装いは豪奢、まさに大貴族です、という風。なにより目を引くのは右の肩掛け。誰が見ても高級品だと言うだろう。そして左胸の青い3本の羽根。上品に口の上に蓄えたオレンジの髭もその男の格を示していた。

「遥かな高みから地上を見下ろすと言うのは愉快な物だな……我ら四大名門の力があってこそ初めて叶えることが出来る景色だ」

「誠にその通りでございます、閣下――」

 窓際でパンタグリュエルから見える景色を評価していた男に向かい、vipルームの中央付近に居た、緑の色調で揃えた服を優雅に着こなした男が言葉を返した。

「ふふふ、君にそう言って貰えるとこれを造った甲斐があると言うものだ、ルーファス君」

「は――恐悦至極です、カイエン公爵閣下」

 この部屋に居たのは四大名門の中でもトップと言われるカイエン公爵と、当主ではないが、同じ四大名門の長子であるルーファスが居た。

「我ら貴族派の総参謀を引き受けてくれて喜ばしい限りだ。あの社交界の貴公子、帝国最高峰のベルリム大学を首席、しかも歴代最高の成績で卒業したと言う君がね」

「過分のお褒めを頂き、恐縮です。此度の戦、帝国を真っ二つに割り、この国の行く末を占うものとなりましょう。未熟な身ではありますが、主宰たる閣下の期待に沿える働きをさせてもらう所存です」

「君1人だけで100万の味方を得た思いだ。宜しく頼むよ、ルーファス君」

「はっ」

 2人の会話がそこまで進んだ時、vipルームの扉が開いた。どうやらvipルームの前に立っていたボディガードらしい。

「お話し中の所失礼致します。実はC、と名乗る者が此方にいらっしゃる公爵閣下にお目通りしたいと言ってきているのですが」

 公爵はその名を聞いて、覚えがあるようで通すように命じた。すると1人の男が部屋に入って来た。上半身の服を斜めに通るベルトが特徴的な黒を基調とした服を着た、銀髪赤眼の男。帝国解放戦線リーダー、クロウ・アームブラストその人だった――

「帝国解放戦線リーダー〈C〉改め、クロウ・アームブラスト。お見知りおきを」

 カイエン公の近くまで移動すると、そう挨拶した。少しカイエン公の眉が動いたのは気のせいではないだろう。だが、そこは四大名門のリーダー、そう簡単には気取らせなかった。

「君があの帝国解放戦線の……ここに来てくれたということは我らの味方をしてくれる、ということだね? 君の事は聞いている。あの氷の乙女を出し抜き、帝国をも欺き、そして最終的に目的を果たした真に国を憂える集団、だとね。会う事が叶って光栄だよ」

 その台詞を聞いたクロウが笑った。

「フッ、芝居は止めようぜ。俺達……帝国解放戦線はアンタ等貴族派からの援助があったからこそ、あそこまで出来た。その事は感謝している。俺がアンタ等に協力するのはその恩もあるからだ」

「やれやれ、何を言うかと思えば……そんな事は初耳だな。君は我々に協力してくれる……その事実だけで十分だろう?」

「ハッ、あくまで認めないか。流石に腹に一物を隠し持ってるだけある。まぁいい。こちらとしてもそれで不満は無いからな」

「ふっ、古代文明の結晶ともいえるあの騎神という力……存分に振る舞ってもらおう」

「そのつもりだ。……だが、強力だが騎神とは言え、万能じゃない。それは覚えておいてくれ」

「そうかね。そうそう、君に紹介しよう。こっちは……」

 カイエン公がそこまで言ったところでルーファスが遮った。

「閣下、申し訳ありませんが、自己紹介は自分でするお許しを」

 それを聞いたカイエン公は何も言わなかった。代わりに軽く頷いただけだった。

「有難うございます……君と顔を合わせたのは学院祭以来、かな? あの時はただの学生としてだったが。紹介が遅れた。この度、貴族派総参謀の任を仰せつかった。アルバレア家が長子、ルーファス・アルバレアだ。今後とも宜しく頼むよ」

 ルーファスは友好の証として右手を差し出した。クロウはその手をしっかりと握り返した。

「……お互い、力を尽くすとしようぜ?」

 お互いの紹介が終わった。そしてクロウが1つ疑問をカイエン公にぶつけた。

「1つ聴きたい事があるんだが、いいか?」

「何だね? 何でも聴いてくれたまえ」

「それじゃ遠慮なく。……俺がオズボーンを撃ったのは自分自身の復讐の為だ。しかし、アンタ等は何の為に革新派相手にここまで大規模な喧嘩を売った? オズボーンが倒れれば革新派の弱体化は免れない。むしろ弱体化した所を貴族派の力でつけこめば喧嘩を売るより安全だったんじゃねぇのか?」

「フフフ、確かに君の言う通りだ。君は頭が良いな……我々が此処まで大規模な戦闘を起こしたのは、あの男が倒れた今が武力で侵攻する一番の好機だと思ったからだ。それが、今のこの帝国で起きている、貴族派と革新派との悲しい対立を解消できる最短の近道だと思っている。無論、我らの勝利でね」

「……そうか」

「うむ。混乱に喘ぐ民の為にも、我々は力を結集し、迅速に戦を終結に導かなければなるまい。その為にも宜しく頼むぞ、ルーファス君、アームブラスト君」

「はっ」「ああ」

 そう言い残すとカイエン公はvipルームを出て行った。部屋にはクロウとルーファスが残された。ルーファスも部屋を出ようとした時、思い出したように言った。

「そうそう、もし良かったら君の名を教えてもらえないかな? 君の『本当の名』を、ね――」

 ルーファスに背を向けた状態でクロウはこう答えた。

「へっ、何言ってやがんだ? 俺の名はクロウ・アームブラストだ。それ以上でも、それ以下でもねぇ」

「フフフ、そうだったな。すまない、変な質問をしてしまった。忘れてくれ」

 そう言い残すと、優雅に右手を振って出て行った。

「本当の名、ねぇ……」

 そう言いながらクロウは眼下に広がるオルディスの海に差す太陽の煌めく光を見つめていた。

 




こんばんは。今回も読んで頂き、有難うございます。遂にクロウが出ました。ルーファスも出ました。カイエン公も出ました。え?カイエン公は待ってない?そうですか……コホン。脱線しました。すみません。3人の服装は公式サイトのキャラ紹介を元にしています。よろしければそちらでもご確認ください。伝えきれないものがあると思いますので。クロウはご覧の通り、貴族派に協力します。つまり、リィン達とも敵対します。彼らがいつ、どこで相対するのか。この時点では作者の私も知りません。楽しみに待って頂ければ、と思います。

遂に閃の軌跡の発売まで12日となりましたね。予約はお済みでしょうか?私は未だに迷っています。アマゾンにするか、ファル通にするか……そんな事を悩んでいたらファル通はもう在庫切れとの事。嗚呼……迅速に事を運ばなければいけませんね。

さて、この小説ですが、元々閃の軌跡Ⅱの発売まで、と思って書いていたのですが、発売された後も続けるかどうか悩んでいます。閃Ⅱをプレイしたら絶対その印象が創作を邪魔する可能性が高いのもありますが。続けるか、止めるか……どうするかは次回の更新ではっきりしたいと思います。

最近、「魔法科高校の劣等生」というラノベを読んでいるのですが、読んでて、登場キャラの内2人がどうしても閃のキャラと被って困っています。まぁ、大した被害は出ていないのでいいのですが。因みにそのキャラは司波深雪と北山雫です。深雪がエリゼに、雫がフィーと被るんですね。2人共見た目も似てて、性格も中々似通ってます。少し違う所もありますが。

話が長くなってしまいまして申し訳ありません。ご感想、評価などございましたらお願いいたします。


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