ホラーエロ漫画の巻き込まれ主人公ですが、陵辱されたくないので魔法少女始めます。 (クルスロット)
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第一話 魔法少女と悪魔と緑の部屋

よろしくお願いします


 

 

 トーキョーメガフロートは、その新しい都市に不似合いな、都市伝説とか七不思議とか心霊スポットとかのオカルトが大流行中。

 海面上昇で沈みきった東京の上にトーキョーメガフロートは浮かんでいて、古き良き東京の姿と新しい東京が入り交じった奇妙な姿をしている。この海に浮かぶ人工の東京を作るのに、世界各国から技術を提供してもらって作ったんだから間違いなく人類のテクノロジーの結晶だ。

 そんな由来があって、都市伝説とかそういうオカルトとかけ離れたイメージのある都市なのに、実際そんなのが流行ってる。

 ネットでも、教室でも、街角でも。

 どこにいってもそこらかしこに。

 私も何故の答えが最近まで出せなかった。不思議でしょうがなかった。

 でも、つい最近答えが出た。

 

「この緑の部屋、どこまで続いてるの……?」

 

 ――そのオカルトが実在するからに他ならない。

 私の通う学校七不思議の一つ、緑の教室(他の学校には、赤とか青とかがあるらしい。そういうものなの?)。

 

 とある空き教室のロッカーが真夜中になると緑色の部屋に続いていて、そこには、よくわからないものが住んでいる。という話。

 よくわからないものというのは、よくわからないからよくわからない。出会って何かあるってのは、特に聞いてない。他の学校だと願いを叶えてもらえたり、同じよくわからないものにされたりするらしい。

 

「うむ。実際に見ると想定していたよりも随分と広いな」

 

 とある教室を特定してからその緑の部屋に入って、探索を始めてからそれなりに経つ。

 一面緑。同じ緑。グリーンバックみたいな緑。目が痛くなりそうな部屋。そんな部屋がいくつも繋がっている。広さとか天井の高さは不均等。床に凹凸、突然穴。明かりもあったりなかったり。ランダム生成されたみたい。

 入ったら入り口が消えてしまったので、こうして見て回ってるんだけどすぐにどこから入ったのか分からなくなった。似たような部屋が多すぎる。

 

「感心してる場合じゃないよ。ベリアル。私、明日も学校」

 

 もういい時間だし、早く帰りたい。ちょっと眠くなってきた。普段飲まないエナジードリンクとか入れてるけど効きは微妙。あれ、あんまり美味しくないと思う。

 

「そうだな。さっさと済ませよう。そのよくわからないものとやらがそろそろ出てくるはずだ」

 

 私の隣でふわふわしているナスみたいな色をしているぽてっとしたのがベリアル。悪魔という自己申告を受けてる。だからきっと悪魔。

 

「そうなの? よくわからないとしか言ってないけどいつもどおりにいけるんだよね?」

 

 いつもどおりにいけないと困る。ベリアルもよくわからないってしか言わない。原作(・・)がよくわからないらしいからとか。意味分かんないよね。

 

「いける。特に心配しなくていい」

 

「信じてr『ウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!!!!』ひっ……」

 

「む、来たか」

 

「来たか、じゃないんだけど!?」

 

 サイレンみたいな叫び声が突然、聞こえてきた。後ろ、振り返る――突進してくる、よくわからないぐちゃぐちゃしたものが迫ってきていた。

 

「はっや!」

 

 急いで、ほとんど反射で横に跳ぶと私の居たところをダンプカーみたいな速度で通り過ぎて、壁にぶつかった。床が揺れた。ばきばきっと衝撃が伝播して、壁に亀裂が入った。

 

「……ほんとによく分かんないね」

 

 例えるなら、2歳くらいの子供が鉛筆でらくがき帳に書きなぐった馬? みたいな? 

 細かいディテールを排除した、鉛筆の線が複雑にからんだ四足歩行の化け物ってところ。

 

「だろう? 原作が悪い」

 

 遠回しに私もディスられてる気がする。まあいいや。さっさとやっちゃおう。いつもの通り……いつも……。

 

「ねえ、ベリアル」

 

「なんだ、ミハ」

 

「いつものやつでいけるんだよね?」

 

「当たり前だ」

 

 当然とベリアルが低音セクシーボイスで答える。くっ、頭に響くぅ……。

 

「もし……もしだけど……だめだったら?」

 

「もしはないが……■■■■が■■で■■■■■されて――「あ、大丈夫。うん大丈夫」――うむ、そうか」

 

 やる気が湧いてきた。やるぞー。絶対やるぞー。エイエイオー!

 

「だめはない。なぜなら原作改変のために、俺がいるからだ。もしもない。ミハもホラーエロ漫画路線は嫌だろう」

 

「そりゃそれは嫌だよ……。嫌だしやってやるぞってなるけど。やっぱ怖いんだよ……」

 

 この前の殺人鬼の時は、それはもう激おこだったし、とんでたから勢いでいけたけど。冷静になると殺人鬼(あれ)も怖いし、よくわからないの(これ)も怖い。 

 

「ぐちゃぐちゃ言ってる時間はないぞ、ミハ」

 

 時間というものは冷徹で、そこのよくわからないのが私たちの方へ振り返りつつあった。悠長しすぎた。覚悟決めるかぁ……。

 

「……やろう、ベリアル」

 

「流石だ、俺の推し」

 

「それ恥ずかしいからやめてよ……」

 

「やめない。俺の存在意義だ」

 

「そっか……」

 

 ベリアルの説得が無意味なのは分かりきってた。そんなことより大切なことがある。既に、よくわからないものが私を見てる。

 

 『ウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――!!!!』

 

 そして、叫んだ。

 

「後悔させてあげる」

 

 ベリアルが私のかざした掌に、形を変えて収まる。掌の中で、デフォルメされたベリアルの瞳が黄金色に輝いた。

 

「私と出会ったこと」

 

 同時に、腰に現れたバックルの空白へ、ベリアルを押し込む。

 

無秩序(シックス)! 無意味(シックス)! 無価値(シックス)!』

 

 するといつもどおりにベリアルが低い声を、地を這うような声を上げる。ついでにドラムとベースの効いたヘヴィなBGMが鳴る。相変わらず音源が分からない。どこからともなく聞こえてくる。

 ベリアルが言うに、これをやると気合が入るらしい。恥ずかしいけど誰も見てないのでいいとする。誰かの目の前でやる日が来ないといいんだけどな。

 

()のトリプルエレメンツ!』

 

 青と黒の炎が、空間にひび割れを入れながら円を作っていく。円の中には、6を3つ重ねたものとよくわからない言語が所狭しと書き込まれていき、結果、魔法陣のようなものになった。完成した魔法陣は、私の周囲を周りながら炎を吹きかける。吹きかけられた炎が私の体にまとわりついて、一気に全身に伝播する。熱くはない。少し、冷たいくらい。

 

『悪徳の為の悪徳!』

 

『悪魔の中の悪魔!』

 

 やっぱり長いよこr――あ、私の番だ。

 

「――変身!」

 

 ……でもなんだかんだ気合が入るので馬鹿にはできないなって思う。

 

「魔拳少女 ベリ☆エル!」

 

 私を覆った炎が弾け跳ぶ。その中から現れた私は、制服の代わりにこの姿の正装をまとっている。

 白地に紫の花柄の着物、下は、黒のシンプルな袴風スカート、足は焦げ茶の編み上げロングブーツ。

 白髪もアップで編み込みながら後ろに流してすっきり。

 そして、両手には、黒と金の無骨で、ゴツゴツしてて痛そうなガントレット。

 

「この辺のセンスはいいのになぁ!!」

 

 突進してきたよくわからないものに、私は、カウンター気味に腹いせ混じりのアッパーを頭?の下辺りに叩き込んだ。いい手応え! 食らった勢いそのままに、どたんばたんとよくわからないものが部屋の反対側に転がっていく。

 

「ベリアル、さっさと決めよう」

 

 よくわからないものは、まだ立ち上がる。戦意を示すようにぶるんと頭を振った後、後ろ足で床を蹴って、加速の準備をしてる。すぐに突進してくるのは一目瞭然だった。

 よくわからないって言ってるけどやっぱり挙動が馬だよあれ。動画で見たことあるよあの動き。

 

「わかった。必ず当てろ」

 

「はいはい。必殺技だもんね」

 

 落ち着け私。漫画みたいに動けるんだから動けよ私。さっきもできたんだし。やれる。私はやれるー!

  

『価値無し! 意味無し! 等しく無価値!』

 

 必殺技には、前口上がいるらしい。分からなくもない。せっかく必殺技が使えるなら私だって考えるかもしれない。

 

『汝、ここに在るべき価値無し!』

 

 私たちの必殺技に気づいたのかダンっと緑の部屋が揺れそうなほどの衝撃を床に叩きつけて、よくわからないものが突進してくる。距離なんてあっという間に縮められる。きゅっと、高いところから見下ろすみたいな感覚が襲う。構えを解いて後ろに下がりそうになる足を押さえた。

 

「ホラーもエロも! みーんなまとめて無に還れ!!」

 

 代わりに叫んだ。

 青と黒の炎が両腕のガントレットから吹き出る。ブーツからもぼっと炎が吹く。よくわからないものに遅れて、私たちも加速した。部屋の床を大きく割る感触が足裏に伝わってきて、視界が急加速。

 正面衝突。ただし――。

 

「ベリアール――!!」

 

 ――私たちの方が強い。自動車が人を跳ね飛ばすみたいに、道端の空き缶を蹴り飛ばすみたいに、よくわからないものの頭を私の踵が床に叩き落とすのをスローモーションで見た。

 床に食い込むよくわからないもの、その上の空中に私。ぐっと握った右手がさらに強く炎を纏う。炎が変身の時と同じような魔法陣を右手の先に描く。

 

「「インッ、パクトォ!!」」

 

 自由落下と、炎の後押しを受けた右手を振り下ろすのと同時に、よくわからないものが悲鳴を上げて砕け散った。緑の部屋に大きな衝撃が走った後、床から柱、壁へと亀裂が入っていく。

 よくわからないものと一緒に緑の部屋も崩れていこうとしていた。

 

 

 ――これは、私が私を推す変な悪魔と一緒に、自分の未来を変える物語。

 

 

 ――これは、私の原作ジャンルをホラーエロ漫画からバトル漫画にする物語。

 

 

「誰がエロい目になんてあうものかーー!!」

 

 

 ――つまり、ホラーをぶん殴って分からせる!

 

 

 崩れ落ちる緑の部屋の中心で、私は、叫んでいた。

 同時に思い出したのは、私がこうやって戦うことになったきっかけ。手に残った爽快感が記憶を起こしてくる。

 それは、ほんの数日前のこと。

 私が殺人鬼に攫われた日のこと。

 

 



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第二話 ぼっちと悪魔と殺人鬼

 

 

「黒霧ミハ。俺と契約しろ。さもなくば死ぬぞ」

 

「なにこれ……」

 

「言ってる場合じゃない。伸るか反るか、選べ」

 

「なにこれ……」

 

 天井からロープでぶら下がって揺れる死体。床に染み込む形容できない何か。漂う腐臭、異臭、死臭。夢であってほしい。たちの悪い悪夢であればいい。

 そういう目を逸らしたくなる現実を前にした私は、幻覚を見て……幻覚……。

 

「全部幻覚にならないかなあ……」

 

「ならないから早く決めろ。俺は契約したい系の悪魔だぞ。悪いようにはしない」

 

「悪魔と契約って……」

 

 漫画と小説の読みすぎが幻覚になるなんて……。

 私の前でふよふよ浮いてる翼の生えた紫のナスみたいなやつは、自分を悪魔だと名乗った。ちょっと、可愛いかもしれない。

 がたがたばたばたと背もたれにしたドアの向こうの廊下から音が聞こえてくる。やばい。近づいてくる。

 

「早くしろ」

 

 低い声で急かされる。実際この幻覚は正しい。

 だって、この紫ナス以外は現実なんだ。周りの死体も、私がここにいる理由も。手と足に付いたロープの痕とか、すーすーする下半身とか。

 そういうのまとめて全部。

 

「この手をとれ。邪悪にして無価値、悪徳の為の悪徳、悪魔の中の悪魔、このベリアルと契約しろ。黒霧ミハ」

 

 小さな爪の生えた小さな手が私の前に差し出された。分かっている。これは幻覚じゃない。

 足音が迫ってきている。もうほど近い。見つかればただではすまない。

 ……どうしてこんなことになってるんだろう。

 私は、一瞬、現実逃避した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 嫌な予感はあった。

 行方不明者がここ最近近所で出ているというのを聞いた時。朝、ニュースで絞殺死体が発見されたというのを見かけた時。取材ドローンが飛んでいるのを通学路で見かけた時。スーパーによって買い物をしたせいで帰りが遅くなった時。後ろから足音が聞こえた時。

 その時からずっと予感があった。

 今となって逃げるべきだったと後悔している。後悔先に立たず。もう、何もかも遅かった。

 だって、私は今。

 

「…………かわいい」

 

 ──殺される。

 私は、身動ぎ一つとれずに、ひっと悲鳴をこぼすことしかできない。

 手首に沈み込むロープの感触。荒いロープが肌を擦っている。食い込んでいって、赤くなる。振り払おうとしても動かせない。天井近くからぴんと伸びたロープは少しも揺れない。

 足も同じ。壁の床近くの方から伸びているロープが私を捉えて離さない。

 もっとも不穏なのは、首元にかけられたロープ。今は緩く、輪っかがかかっているだけだけどちょっと力を込めれば私の首を締め上げてくる。

 私は、空中に浮いている。どこともしれない部屋で、バッテンに、私の体が空中で固定されている。傍から見れば滑稽に見えると思う。それくらいおかしな光景だ。

 いつの間にかこうなっていた。目を覚ますと私は、いつの間にか誰かの手でこんな風にされていた。

 私をこんな風にした誰かは、今、私の目の前にいる。 

 私を殺そうとしている。

 間違いなく、そうだ。

 

「かわいいなあ」

 

 男の人。ロウソク代わりに先端だけ赤く燃えるロープだけが照らす、仄暗い部屋。かさついた白髪交じりの髪、しわだらけの乾いた肌が作った顔の内側で、黄色の歯と、爛々と輝く真っ黄色の瞳が厭らしい。

 また男が顔を近づいてきて、同じ言葉を繰り返す。

 生温い息が臭い。どうしようもない嫌悪感がぶわりと鳥肌を立てる。顔を背ける。ぎゅっと目を瞑る。するとひひひと男の人が笑う。

 知らない人。見たことない人。気持ち悪い人。

 私が嫌いで、私のことが好きな人。

 今まで何度も見たことがあるタイプの人。何度も警察を呼んで、警察に突き出した人と同じに見えた。

 けど、確定的に違うところがある。私が警察に突き出したタイプと明らかに違うところがある。 

 

「かわいいねえ……」

 

 ずずっと男の体を覆う、床を引きずっていた長い黒布が持ち上げられた。

 その奥からロープが現れた。一本じゃなくて何本も。床を這って、空中を泳いで、私の方に伸びてくる。

 髪に絡みつく、撫で回す。嫌悪感を浮かべてしまう。毎晩毎朝丁寧に育てた。私のために育てた髪。去年、白く染まってしまった髪。

 胸に絡む。おもちゃのゴムボールを子供が遊ぶみたいな所作。深い谷間の合間に入り込んだり、ぎゅっぎゅと揉む。不快感しかない。気持ち悪い。

 そこで、嫌な予感がした。それはすぐに的中した。 

 

「………!?」

 

 制服のスカートの下から潜り込んだロープがふくらはぎに絡みついてきた。ただ絡みつくのではなくて、味わうように舐めあげるロープの感触に、息が詰まる。

 それだけでは満足できないとロープが奥へ奥へとやってくる。タイツを破いて、内側に入り込むと言い表せない感覚に襲われた。

 その後すぐに、大きくぶちりと下半身で嫌な音がして、すっと締め付けから開放されたのを感じる。さっと顔から血が引いた。ロープの一本に絡め取られた下着を見せつけてくる。

 黒とリボン。つい最近買ったばかりの、新しい下着が見るも無残になっている。

 そこから脳裏によぎる、すぐに来る現実……考えたくもない。夢なら醒めて欲しい。

 殺されるのも嫌。だけどこれも嫌。

 こんなぞんざいに、こんなものに奪われたくない。

 

「いや……!」

 

 おぞましさと恐怖。そういうこのが渾然一体になってやってきて、最終的に私の中で、別のものになった。

 

「やめて……!!」

 

 怒りだ。黒くて、赤い。熱くて、冷たい。そういう怒りだった。

 

「かわいいよぉ……」

 

 だけど、それが意味がないのも分かっている。私は、今、蜘蛛の巣の蝶。瞼をつぶって、歯を噛みしめるしかなかった。

 その時だった。

 すごい音がした。ばん!とかどん!とか大きな音。突然のことだから私ももちろん、この男の人のほうもびっくりしたみたいだ。同時に、私を縛っているロープが一気に緩んで、空中から落とされた。

 

「きゃっ……!」

 

 痛い……。けどチャンスだと思った。逃げよう。どこに? 部屋なんだから出入り口の一つや二つくらいあるでしょ。

 

「大丈夫か?」

 

 渋いバリトンボイス。酸いも甘いも噛み分けてきた味わい深い声がすぐ近くでしたと思うと、なんか小さくて丸っこい手が私の手を握っていた。

 

「え?」

 

「こっちだ」

 

 答えも聞かずに走り出す。普通なら無理な体格差なのに、私の体が浮くくらいの速度で移動した。

 ──それがこの自称悪魔との出会い。

 

「契約!」

 

 催促の声で、私は、現実逃避から戻ってきた。ベリアルと名乗った悪魔は、やはりそこにいる。

 

「契約するとどうなるの……?」

 

「今日を生きれる上、これから起こる悲劇を覆せる」

 

「……これから?」

 

「うむ」

 

 悪魔──ベリアルが見た目と裏腹な重々しさで頷いた。足音がかなり近い。ばたんとドアの開く音が聞こえた。どうやら他にも部屋があるらしい。まだ距離はあるけど部屋を漁る荒々しい、怒りに満ちた音がこの部屋まで響いてくる。私たちには、あまり時間が残されていないことがわかった。

 

「それは、どういう……?」

 

 でも聞かずにはいられなかった。

 

「……〈ダークプロヴィデンス 〜少女惨劇録〜〉を知っているか?」

 

 迷った風なベリアルの口から出てきたのは、とてもじゃないが信じられない話だった。

 

 



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第三話 魔法少女と悪魔と鉄拳制裁

 

 

 ベリアルが言うに、〈ダークプロヴィデンス 〜少女惨劇録〜〉は、いわゆるエロ漫画のタイトルとのことだ。

 ただのエロ漫画じゃなくて、ホラー漫画でもある。

 つまり、ホラーエロ漫画。女の子が悪霊とか殺人鬼とか魔物とかによって、こう……エロい目に会う。

 後、グロいシーンもあるし、登場人物はかなり痛い目と酷い目に会うらしい。

 私が、好きなタイプのジャンルじゃないのは確か。いや、怖いじゃん。

 

「それで……私が、それの?」

 

「ああ、主人公だ」

 

 らしい。そうらしい。

 ……すごく、非常に困ったことになった。

 ドアの向こうで響く足音、あの男の人もかなり困った存在だ。けどそれよりも困ったのは、この幻覚……幻覚というには喋りすぎる悪魔のベリアルだ。

 

「私は、その物語の主人公……?」

 

 自分が絵と文字と言われて困惑しないわけがない。いっそのこと夢であればいいなと私は思う。

 でも背中に響く足音と与えられた痛みが夢じゃないと言ってくる。

 

「高次元的にはそうなる」

 

「高次元」

 

「世界は、神の書いた漫画だ」

 

「神の書いた漫画」

 

「うむ、投稿サイトに掲載されてたんだが神のやつ、雑なオチというか実質的なエター宣言というか。とにかくファンとしては許せなかった。思わず低評価も入れてしまった。罵詈雑言感想もしとこうと思ったけどBANされたくなくてぐっと我慢したんだ」

 

「はあ……」

 

「ただ溜飲が下がらなかった」

 

「ああ……」

 

 覚えがある。SNSでお気持ち構文を何度も書いて、下書きに保存してきた。

 

「それが気に食わなかったので書き換えに来た」

 

「な、なるほど……」

 

 ベリアルがここに来た理由が分かってきた。ちょっと私にも覚えがある。

 

「つまり……二次創作しに来たってこと?」

 

「うむ。原作オチがあまりに無価値で受け入れられない。苦しい……ってなった俺は、二次創作しに来た」

 

「こんなダイナミックな二次創作許されるんだ……」

 

「悪魔だからな。神にできないこと、やらないことをやるのが悪魔の役割だ」

 

「でも所詮漫画なのに?」

 

 自分で言うのもあれだけど。でも私だって読んでる漫画が気に食わないから中に入って改造しようなんて思わない。

 

「神の漫画は、それ自体が世界を成している。神は、人で言う創作から世界を創造しているというわけだ。書いて字の如くだな」

 

「なるほど……。だから契約しろってこと?」

 

 一応、流れが分かった。ベリアルの言う契約。これを受け取れば私は、きっとその原作オチっていう運命から逃れられる。

 私には、いいことしか無い。エッチな目に合わずに済むし、酷い目も合わないで済む。いいことづくめだ。

 

「そうなる。だが契約だけでも不十分だ」

 

「……というと?」

 

「契約すれば力が得られる。その力で、事前に処理する必要がある」

 

 ……足音が近い。でもベリアルの話は、今聞いておく必要があると思った。

 

「黒霧ミハ、お前に降りかかる試練は数多ある。それは今回の殺人鬼ネックハンガーのように不意に襲いかかってくる。このままだと四六時中警戒することになる。それは人間にできることじゃない」

 

 ホラー漫画ということならたしかに。連載形式だとあの殺人鬼一人だと難しそう。警察も馬鹿じゃない。警察がどうにもできない化け物とか悪霊とかもこれから出現するというのは、筋が通っている。

 

「先制攻撃をしていく必要がある。ホラーの巣穴に体を突っ込んで、先に破壊しておかなければ平穏はやってこない。それを可能にするのが俺との契約であり、しばらくの平穏との別れでもある」

 

「いや、タイミングがずるくない?」

 

 こんなの契約するしか無いじゃない。

 

「悪魔だからな。悪魔らしくいく」

 

「くっ……悪魔らしい……」

 

「で、どうする?」

 

 そりゃ、どうするもこうするも無いじゃないの。

 

「……悪い悪魔」

 

「ククク、褒められても何も出ないぞ」

 

 毒ついたのに褒めてしまった。ややこしい。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 殺人鬼ネックハンガーは、ロープを操る異能を持ち、若い女性を襲い、強姦しながら絞殺することを生きがいにしている。

 元々は、ただの独身のサラリーマンであったがある日、この廃墟に迷い込んだ際、魔物に取り憑かれ、ロープを操る異能を得た。それと同時に、寄生した魔物の影響で殺戮衝動及び性癖の強化を受けた。

 その結果が殺人鬼ネックハンガーの誕生だった。

 誕生の方法自体は、今のトーキョーメガフロートではありふれている。

 その脅威度も、メガフロートの海面下や低階層に住まう魔物に比べればではあるが作中では比較的低く見られていた。

 だがしかし、この世界を生きる一般人にはどちらにせよ脅威だ。

 そんなネックハンガーは、今、一人の少女を探していた。

 

「どこだぁ……?」

 

 この廃墟から逃げ出すのは、あの少女にはできない。窓などの主な出入り口は、物理的に閉ざしている。通信などの電子的面も彼自身も不便だが捕まりたくはないので封鎖している。

 だから逃げ込めるのは、彼のコレクションルームくらいだ。作業部屋の隣に、その部屋はある。ドアは四つ。どれも個室。最近手狭になってきたので、処分か拡張を彼は考えていた。

 そして、たった今、最後の部屋に立っている。ドアの向こうから声が聞こえた。

 あの可愛い少女の声。唇の端が持ち上がるのを感じた。いつのまにか大きくなった口は、少女を味わうのに便利だとネックハンガーは考えている。

 ドアノブに手を掛け、中にいる少女の恐怖を煽るようにゆっくりと撚って開ける。

 

「みぃつけたぁ……♡」

 

 ご機嫌な笑みを浮かべてドアを開けたネックハンガーを出迎えたのは──拳だった。

 

「魔拳少女 ベリ☆エル!」

 

 途切れゆく意識の中、鼓膜を震わせる低い声と奇妙な格好をした少女を見て、ネックハンガーは笑った。

 

「かわぃいなぁ……」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 『ナイスパンチだ。黒霧ミハ』

 

 腰のバックルで、デフォルメされたベリアルが喋ってる。ちょっと可愛い。

 

「ありがと。あとミハでいいよ」

 

「分かった。ナイスパンチだ、ミハ」

 

「ありがと」

 

 わざわざ言い直すなんて律儀な悪魔。と思う私の心臓は、早鐘を打っていた。理由は、興奮と緊張。バクバクで死にそうだ。

 ほんとに吹っ飛ばせた。すごい。これは本当にすごい。手を見る。グーパーしてみる。殴った感触がある。けど痛くはない。心地のいい感覚だけが残ってる。

 今の私は、先までの私じゃない。

 ぼろぼろにされたセーラー服は、白地に紫の花柄の着物、下は、黒のシンプルな袴風スカート。ローファーも同じ焦げ茶の編み上げロングブーツに。床を叩いてみると頑丈なのがわかる。

 髪もアップで編み込みながら後ろに流してすっきり。

 そして、両手には、黒と金の無骨で、ゴツゴツしてて痛そうなガントレット。私の手、腕を肘まで完璧に覆い尽くしている。防具じゃなくて、殴るためのもの。

 威力はたった今、実証済み。

 

「ねえ、ベリアル」

 

「なんだ、ミハ」

 

「センス、めちゃくちゃいいね」

 

 普通にかわいくて、かっこいいと思う。かっこかわいい。素敵。

 

「ありがとう。オタク冥利に尽きる。ありがとう、アスモダイ。今だけは感謝する……。俺はお前のおかげで最高の幸せを噛み締めている……」

 

 オタクって言葉、悪魔も使うんだ……。いやでも二次創作はオタクしかしないよ。ていうかアスモダイって誰?

 まあ、そんなことよりもやることがある。

 ぶん殴った男の人、ネックハンガーだったね。そのネックハンガーは、廃墟の壁で勢いが止まらず、そのまま隣のビルの窓と壁を破ってその向こうに転がっていた。丁度、起き上がりつつある。

 ちらっと部屋の中にぶら下がっている人たちを見る。私とそう年齢の変わらない女の子、女の人。ぐつぐつとお腹の底で煮えたぎるものがある。

 二度とこんなことを考えられないようにしないといけない。

 

「後悔させてあげなきゃいけない、ね」

 

「そうだな。だがミハ」

 

「なに?」

 

「もう終わってる」

 

「…………へ?」

 

 起き上がろうとしたネックハンガーは、起き上がれずにそのまま倒れた。その後、ピクリともしない。転がっていた石を投げてみる。当たった。動かない。反応がない。

 ……よくよく見ると白目を剥いている。

 

「この盛り上がった私の心と握りしめた拳はどこに向ければいいの……?」

 

「……次回、だな」

 

それはそれで嫌だな……。しなっと私の心が萎える音がした。

 

 



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第四話 ぼっちと悪魔とお昼休み

 

 

「ふわ……」

 

 ぐぐっと体を伸ばすと背骨がぱきぱき鳴った。机で寝るとどうしても体が硬くなる。

 緑の部屋と部屋の主を倒した私は、普段どおりちゃんと通学していた。遅刻もしなかった。とっても偉いと思う。

 

「ミハ、眠そうだな」

 

「そりゃそうだよ。昨日というか今日、寝たの午前4時だよ? 起きてシャワー浴びて、着替えて学校来れたの褒めてほしいくらい」

 

「それは偉い」

 

 やった褒められた。 

 

「だが授業中爆睡だっただろう」

 

 それはそう。

 

「でも眠いの。眠いんだから仕方ないよ。それにどうせ先生も私のことは見てないしね」

 

「むぅ……」

 

 ここの購買のパン、初めて買ったけど結構美味しい。どうりで食堂が混んでるはずだ。混んでたけど私が行くだけで道ができるの面白すぎる。私はモーゼか。クロワッサンサンドを置いて、他のパンに手を伸ばす。

 

「うん、カレーパンも美味しい」

 

 朝もギリギリまで寝てたからお弁当が作れなくて、購買で買ったけどお腹が空いてていっぱい買ってしまった。寝る前まで怪物退治してたのもあると思う。

 

「なんにしても授業はちゃんと聞いたほうがいい。俺もやり方を改める。夜の活動は控えよう」

 

「……悪魔なのにそういうとこすごい気にするね」

 

 私の思うにあんまり悪魔らしくない。悪魔ってこういうのを推進する方だと思う。

 

「推しには勉学もちゃんと励んでほしいし、健康であって欲しいからな。それはそうとお昼が見た限りパンばかりだからサラダを作ってきた」

 

 すすっとどこからともなく小さめのタッパーに入れられたコールスローサラダが出てきた。

 

「え? そんな時間あった? というかどこで?」

 

「悪魔には悪魔的秘密が多いんだ」

 

 意味が分からない。とりあえず食べてみよう。

 

「美味しい……」

 

 しゃきしゃきの歯ごたえのする野菜に、マヨネーズのコクとすっぱさ。爽やかなのはさっとかけたレモンと刻んだパセリのおかげ? 水っぽくもないしパンの油をすっきりさせてくれる。シンプルに料理が上手い。

 

「わっ……推しの体を作れてる。……涙が出てきたな。アスモダイとニスロクに料理習っておいてよかった」

 

 反応が気持ち悪くて減点しそうになるのが本当にだめ。頑張ってダンディな雰囲気を保ってほしい。

 

「えっと七不思議は、緑の部屋で終わりでいいんだよね?」

 

「うむ。女子トイレ、階段の踊り場の鏡、緑の部屋は本物だ。他4つは付随物、ただの噂、怖い話に過ぎない」

 

「そっか」

 

 ベリアルが言うなら間違いないんだと思う。

 〈ダークプロヴィデンス 〜少女惨劇録〜〉、認めたくないけど私の原作では、無数の殺人鬼、悪霊、その原因の魔物に私とその他が襲われてエロい目とか痛い目とか死んだりとかする。

 ベリアルは私の原作ファン。だからこれから起こることが分かる。なのでそれが起こる前に私たちは原因を潰して回っている。どれだけ潰せばいいんだろ……。後で確認しよう。

 それはそうと直近で私が巻き込まれるのは、昨夜の緑の部屋。他2つは番外編。そこで犠牲になる人たちがいるとか。名前を聞いてもピンと来なかった。知らない人、ではあるけど……。

 

「まあ、気分はいいよね」

 

 ふふと笑みがこぼれてしまう。なんか良いことしたっていう達成感でパンが美味しい。また今度買おう。

 教室の窓より高い位置から眺めるトーキョーメガフロートの景色は結構良い。

 このメガフロートは、大きなプレートの上に一回り小さいプレートを重ねていくピラミッド型になっている。その中腹くらいに学校はあるから天気が良ければ高層ビルやモノレール、ハイウェイの向こうの海まで見える。

 

「風がきもちいい〜〜」

 

 そして、良いことをしたおかげで今日の屋上は気持ちのいい天気。夏の暑さも和らいで秋口の風は心地が良い。これも日頃の行い──というよりこれは悪魔様様って感じ。悪魔崇拝しちゃうかもしれない。

 ……いやもう信者なのかもしれない。

 ベリアルと出会うまではトイレか人気のない教室とかだけど、今は変身できるのでこうして鍵のかかってる屋上に不法侵入もできる。独り占めサイコー。

 

「ふっ……ミハ、写真一枚撮っていいか?」

 

「最悪だよ」

 

 ニヒルな微笑みから出力される仕草があまりにきもすぎる。せっかくいい感じなのに台無し。ほんと締まらないなあ。呆れてついデコピンを食らわせた。ふよふよ浮いてたベリアルが空中で軽く仰け反った。

 

「うご……永久保存」

 

「なにそれ」

 

 マスコット顔でも分かる恍惚とした表情を浮かべるベリアルは、流石に気持ち悪いなって思った。

 でもこんな風にお昼が楽しいのは久々。それだけでもベリアルがいてくれる価値はあると思う。

 コールスローサラダのタッパーを空にして、フィッシュバーガーの最後の一切れを噛み終わった口の中をオレンジジュースで流した。うん、満腹。午後もよく寝れそう。

 

「ごちそうさま。コールスローサラダ美味しかったよ。また作ってね」

 

「………っ!!!! ……それはよかった」

 

 すごい勢いでベリアルが私に背中を向けた。なぜか震えている。なんだろう? さっきまでと反応が違いすぎてちょっと戸惑ってしまう。

 

「……大丈夫?」

 

「大丈夫だ。問題ない。目に、埃が入っただけだ……雨も、降ってきたな」

 

 めっちゃ晴れてるけどね。まあいいや。適当に流そ。

 

「あ、そう? それで次はどうするの?」

 

 七不思議を壊滅させただけで私の受難が終わるとは思えない。七不思議だけしかないのは連載も持たないし。多分、この前のネックハンガーみたいなのだろうけど。そういえば悪霊はまだだね。

 

「うむ……」と重々しくベリアルは頷いて、「次は、ミハの通学路に巣食う殺人鬼たちを一掃しよう」

 

 予想は当たったけど”たち”ってなに? 

 

「……私の通学路の治安どうなってるの?」

 

「……神を恨んでくれ」

 

 原作者(かみさま)の馬鹿野郎──!!

 

 



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第五話 ぼっちと悪魔と魔法少女

 

 

 トーキョーメガフロートは、今の世界で有数に危険な都市だ。

 私たちの祖父や祖母の住んでいた頃の東京とは似てるのは一部の街並みくらいで、内容物はかけ離れている。難民の増加や武器の流入で犯罪も増えた。有名なテロ組織も潜伏してたり、ヤクザにマフィアがしのぎを削ってたり警察も大変。

 それよりもっと怖いのは、海の底からやってくる魔物たち。旧東京から生まれた魔物たち。基本的に魔物は見えなくて、人に寄生したり人の魂を取り込んで悪霊になったりする。それに力ある魔物は自らの力で怪物の姿を手に入れて海の底からやってくる。

 

「それでいうとあの悪魔が魔物なら近年稀に見る最悪の存在でしょうね」

 

 私の、白銀ココの覗き込んだ双眼鏡の先で、人間一人と悪魔が一体、屋上でのんびり昼食をとっている。

 真っ白な、雲よりも雪よりも白く輝く白髪と私と同じセーラー服姿の黒霧ミハ。

 彼女を私は監視している。あの悪魔が現れるよりも前から。

 

 先日、見失ったと思ったら翌朝、あの悪魔が彼女の隣に浮かんでいた。理解不能。幻覚や頭の病気を疑ったけどどうやらそうじゃないらしい。

 あの悪魔は実際に、黒霧ミハの隣に浮いている。

 

「不気味……」

 

 あの黒い体色、金色の目、鋭い牙。マスコットみたいな外見だけどどうみても異常。魔物……だとは思う。資料にもない。未確認の、海底からやってきた存在なのかもしれない。

 あの悪魔自体は、他の人、黒霧ミハと私以外には今の所視認できていないみたいだ。

 

 

 ──登校中、モノレールであの悪魔を見えているような人間は見当たらなかった。

 

 ──授業中、爆睡している黒霧ミハの隣に浮いている悪魔を気にしている人間もいなかった。

 

 

 見ないように見るのが大変だった。特に後者は、思わず凝視しそうになった。なにより意味不明だった。

 

「授業中、教室の隅でキャベツを刻み始めた時は何事かと思ったけどそういうことだったのね……」

 

 双眼鏡の向こうに答えはあった。悪魔が小さなタッパーを取り出している。中にはサラダらしきものが見えた。料理のできる悪魔。黒霧ミハの反応は芳しい。

 

「…………いいの。おにぎり、美味しいし。ちゃんと味噌汁もあるもの」

 

 別に負けてないんだから。傍で湯気をあげるカップから味噌汁をゆっくり啜る。うん、メーカーさんの努力が感じられる。おにぎりにも合う。パーフェクトなお昼ごはんだと思う。

 

「日本人たるものお米よ」

 

 それはそうと。

 

「そろそろ報告した方がいいよね」

 

 報告というのは、黒霧ミハを見張るように私に命令した上司への報告。

 私は、学業の傍ら、トウキョウ・メガフロートの環境維持保全委員会に所属している。表向きの業務内容は、都市環境維持システムの管理点検維持。他の業務に、魔物の対策、駆除、捜査、その他魔物への諸々がある。その一環で、私も黒霧ミハを見張っている。

 ある事件に巻き込まれ、一人だけ生き残った彼女を。

 だから上司に報告するのは当然の行動──というかちょっと遅いくらい。当然、義務がある。

 

「当然、なんだけど……」

 

 遅くなってるのは理由がある。正当な理由とはいえなくて、委員会の上司や同僚に面と向かって言えない理由が私の胸の中にある。

 報告を悩むのは初めてだ。

 私のこれまでの人生、委員会での活動が人生の一部になった時以降で初めての経験。

 あの悪魔を見てから何かが胸でざわついている。

 

「とりあえず、今は観察を──」

 

 その時、世界が緑に染まった(・・・・・・・・)

 

「え?」

 

 緑。緑。緑。薄く、濃く。黒霧ミハを監視するため、向かいの校舎の屋上に私は入り込んでいた。屋上のそこら中、空も床も壁もありえないほどの緑色だった。

 

「もしかして……」

 

 あまり考えたくないことが思い浮かぶ。

 

「ほんとに私、頭がおかしくなった……?」

 

 あの悪魔は、本当に私の幻覚だったの?

 

「いや、そんなわけがない。実際に緑なんだ。私の頭とか目がおかしいわけがない」

 

 私は、緑じゃない。服も肌も緑じゃない。おにぎりだって、味噌汁のカップだって緑じゃない。

 

「だったら、つまりこれは……」

 

 理解した。そうだ。この学校に七不思議があった。緑の部屋。あれは本物だったっていうことになる。部屋どころではなくなっているけど。

 本物。人間の作り出した情報に寄生した魔物、という意味での本物。

 魔物は、人間に寄生して、人間の世界に入り込んできている。

 時に人の頭、人の心、人の情報。あらゆる人という存在の紐づくものに魔物は寄生する。

 人の敵、人の社会の害虫。確実に相容れない存在。

 だから私たち環境維持保全委員会は、人の為に、都市の為に、トーキョーの為に魔物を駆除する。

 

「こんなの部屋どころじゃない……!?」

 

 でも実際この色は、七不思議の一つ、緑の部屋と同じに思える。

 

「ということは、つまり」

 

 部屋の主。よくわからないもの、というのがいて。

 

「襲ってくる──!!」

 

 太もものホルスターから拳銃を抜く。魔物には物理攻撃が有効な場合もあるからこうして私は拳銃の所持を許されている。魔物はまだ見えない。だけど抜けなくなるより抜いたほうがいい。

 周囲を見回す。屋上であることは変わらない。色だけが変わっている。まだ魔物らしき影はない。見通しはいいけど相手は魔物。どこから来るか分からない。警戒しなくちゃ。

 

「きゃっ!」

 

 後ろから腕を掴まれた。どこからともなく現れた手が私の腕を掴んだ。太くて、硬くて、大きい男の人の手。いや、それよりも後ろはついさっきまで何もいなかったのにどうして!? 

 思わず振り向いた私は、嘘……。と目を見開いてた。

 

『女だあ』

 

 なにかが床をすり抜けて現れてきていた。もう片手を床についたそれは、黒い線の集合体で、輪郭が人の形をしていた。

 太い指、大きな掌、太くて長い腕。大きな体。私の身長を遥かに越した男の体だ。

 多分、これが緑の部屋のよくわからないもの。すごい力。振りほどけない。銃口を向ける事もできない。

 

『女だあ』

 

「くそ、離せ……!!」

 

 同じことを繰り返す黒々とした口が、よくわからないものの顔面にあたる部分に開いている。床の中から足を引きずり出し近づいてくる。口端が持ち上がり、三日月形になる。

 笑っている。このよくわからないものは、私を前に笑っている。

 

「許さない」

 

 もう片方の拳銃を抜く。左手で太もものホルスターから引き抜いて、引き金を弾く。目標は顔面!

 

「くっ、そ!」

 

 腕ごと体を動かされたせいで弾丸が当たらなかった。頭とは別、肩に当たった。

 

『女だぁ』

 

 効いていない。ニタニタ笑いが取れない。痛みを感じてる様子がない。どうやらこのよくわからないものには、弾丸が通じないみたいだ。穴は開いている。弾丸が弾かれたわけじゃない。何度も当てれば倒せるかもしれない。

 でも、それができればの話。

 

「がっ……」

 

 両腕を掴まれてコンクリートの床に叩きつけられた。肺から酸素が吐き出される。背中に鈍痛が走る。頭がぼやける。声が出ない。手から拳銃が弾き飛ばされる。私の手が届かないところで空転して、からんと虚しく鳴った。

 

『女ぁ!!』

 

 首筋に生暖かい息がかかる。このよくわからないものは酷く興奮していた。何をする気?と疑問符が浮かんだ。

 

「……え?」

 

 びりりりと音がした。

 

『女ぁ!!』

 

 服を引き裂かれた!? 外気に晒されてすっとなった背部に、一瞬遅れて私は気づいた。羞恥に頬が熱くなる。それよりも怒りの方が強かった。

 

「やめっ『ひひひひ!!』──っ!」

 

 床に顔を押し付けられて声を出そうに出せなくなる。同時に、剥き出しになった尻を歪めるように硬いものが押し付けられた。

 嫌、嫌だ。それは絶対に嫌。嫌よ。何を押し付けられたか分かってしまう。硬くて熱くて。強い脈動を感じるもの。ふざけるな。許さない。殺す。やめて、やめてよ。

 もがいてもがいて、死ぬ気で振りほどこうとする。けどそれはやっぱり無駄で。

 

「やめて……!!」

 

『女ぁ!!!!』

 

 近づいてくる絶望に声を上げた──瞬間、何かの砕ける音した。

 

「痴漢撃滅!!」

 

『ぎぃ!?』

 

 悲鳴。同時に私の全身を抑え込んでいた圧力が無くなった。ゆっくり振り返り、私は思わず呟いた。

 

「黒霧、ミハ……?」

 

 そこには、知っている顔があった。黒霧ミハ。一度見て、この見事な白髪を忘れられるはずがない。私は、人混みでも彼女を一発で見つけられるくらいには目に焼き付けている。

 だからこそ気になるところがあった。

 

「え? あー……えっと……?」

 

 どなたという顔をしている黒霧ミハ。当たり前だけど私は話したこと無い。だからクラスメイトの振りをしておく。ごく普通に振る舞う。この異常に巻き込まれた一般人のように、自分を監視している人間であるなど欠片も悟られないように。

 

「黒霧さん? その、格好って……?」

 

「へ? あっ、あはははは……」

 

 着物と袴? 手にはガントレット? そんな謎めいた格好をした黒霧ミハは、苦笑いを浮かべた。

 

 

 




ポケモン楽しすぎますね


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第六話 魔法少女と悪魔と緑の部屋Part2

 

 

「ベリアル、これ……!?」

 

「……おかしいな」

 

「私、ちゃんと倒したんだよね?」

 

「倒したなあ……。おかしいな……。ちょっと原作読んでくる」

 

「そんな暇ないよね!?」

 

「む……。じゃあちらっとwikiを……」

 

「wikiあるの!?」

 

「うむ。もちろんだ。天使のやつらが管理している。やや潔癖症でなあ……。冗談が通じん。悪魔には大百科のほうが人気だ」

 

「そ、そう……」

 

 大百科? ベリアルの言うことはいつもちょくちょくよく分からない。だいたいベリアルの中で完結してるし、特に私も追求しようと思わない。分からないことが紐付いてやってくるだけだもの。

 

「……私たち、倒せてなかったってことでいい?」

 

「……そうなるな」

 

 苦虫を噛み潰したような声のベリアルが周囲を見回す。

 緑。一面緑。さっきまで青く晴れ渡っていた空も緑。輝いていた太陽も暗い緑色。屋上もやっぱり緑。涼しい風はどこにやらと生温い風が吹いている。

 ああ、どう見ても緑の部屋。私は、またここに戻ってきてしまった。

 

「またあのよくわからないものを倒せばいいのかな」

 

「おそらく、多分、きっと……そうなるといいよな」

 

「倒してこうなってるんだもんねえ……」

 

 なんとなく校舎を見下ろしてみる。この学校は、南北に3階建ての校舎が2つあって、そこを繋ぐ渡り廊下が4つ、校舎の両端にある。その下には中庭がある。昼休みだからベンチでお昼食べたり、軽い運動をしてる生徒が居たりするんだけど……。

 

「まあいないね」

 

 今の所、一面緑色の中に動くものはない。そうなると教室とかの方かな。

 

「ね、ベリアル。校舎の中を回ってみる?」

 

「そうだな。そうするか」

 

 やることが決まった。さっさと倒してお昼寝したい。

 

「──今の聞こえた?」

 

 きょろきょろと見回してみる。向かいの校舎だった気がする。

 

「ふむ。銃声だな」

 

「銃声?」

 

 それってつまり……。

 

「誰か居るって、こと?」

 

 え、どうしたらいいの? 助ける? でも銃を持ってるんだよね? 銃? どういうこと?

 

「どうする?」

 

「え、えーー……」

 

 見捨てるのも、ねえ……。少しの間、考え込んで。

 

「ベリアル、どの辺りか分かる?」

 

「うむ」

 

 ということで変身した私は、フェンスを突き破り、向かいの校舎の屋上まで走り幅跳び。誰かに覆いかぶさったよくわからないもの人型バージョンを殴り倒した──ところで、私を知ってる私が知らない人に出会った。

 初対面ならよかったのに……うーん……。

 

「黒霧さん? その、格好って……?」

 

「へ? あっ、あはははは……」

 

(どうしよう……)

 

 落ち着いて相手を観察しよう。服が破かれていても分かる。間違いなくうちのセーラー服。制服の胸元に垂れているタイの色は学年で変わる。赤が1年、紺が2年、白が3年。かろうじて引っかかってるタイは赤い。私と同じ一年だ。

 同じ学年、クラスは……どうだろう……。思い出せ私。だめ……クラスメイトの顔あやふやだ。

 入学して少し経ってから転入した口なのでクラスでも浮いてるし、何故か既に私への噂広まってるし。馴染むもなにも余所余所しいクラスメイト。すごく気を使ってくる教師。ほんと面倒くさい。

 ……愚痴がメインになってしまった。

 

(ベリアル。分かる?)

 

(うむ)

 

(やっぱり……。そうだよね……)

 

 ……………分かるの?

 

(分かるぞ。お前の斜め前の席だ)

 

 想定よりめちゃくちゃ近い。ちなみに私の席が窓際の一番隅。

 

(……ちなみに)

 

(名前は、白銀ココ。黒髪を首筋で切り揃えたボブカットの下を刈り上げている。猫のような淡い紫の瞳に、白い肌。身長166センチ、体重60キロ。バストサイズB──)

 

(いや、そこまで言わなくていいし、キモいよ流石に)

 

(くぅん……)

 

 全然可愛くない。

 

「こ、こほん……」

 

 めちゃくちゃわざとらしい咳をして。

 

「ええっとこれには色々あるんだけど説明すると長くなるし、今は省略するね?」

 

(すごいゴリ押しだな)

 

(うるさい)

 

「それよりもほら、大丈夫? 襲われてたみたいだし。制服も破かれてるし」

 

「え、ええ。大丈夫。ちょっと押さえられてたところが痛いけれど大丈夫」

 

「そっか。よかった……」

 

 しかし、痛々しい様子だ。制服を半分引き裂かれてる。何か羽織れるものとか……。

 

(これを使え)

 

(お、ありがと)

 

 ベリアルがどこからともなく取り出した私の着物と同じ白地で紫の花柄の布を白銀ココに渡した。

 

「ありがとう。助かる」 

 

 それからちらりとよくわからないもの人型バージョンを見る。頭を失ったそれは、徐々に細かく分解されてどこかに消えていこうとしていた。前に倒した馬みたいなのと同じ。でもあの時は部屋も一緒に消えていった。

 

(これは主ではないな)

 

(みたいだね。他の教室見てみようか)

 

(その子はどうする?)

 

(……置いていくのもちょっとね)

 

 私の渡した布を肩から羽織って不安げに周囲を見回す白銀ココを置いていくのは、流石に良心が咎める。

 

「私、この状況をどうにかしに行くんだけど君、どうする? ここで待ってる? それとも私と来る?」

 

 一瞬、迷うような素振りをしてみせて。

 

「……私も連れて行って」

 

「うん。分かった。離れず付いてきてね──えっと……」

 

「白銀ココ。クラスメイトなんだから覚えててよ。黒霧さん」

 

 弱々しく笑う白銀ココが手を差し出してくる。つい苦笑いがこぼしながら手を取った。柔らかな握手が返ってくる。指が少し硬い気がする。スポーツでもやってるのかな。

 

「はは、だったらなおさら私が覚えてないのも分かるでしょ……。まあありがとう。よろしく、白銀さん」

 

「それはそっか……。あとココでいい。クラスメイトでしょう?」

 

「じゃあ、私もミハでいいよ。ほら? 私だってクラスメイトだし」

 

「ふふ、分かった。よろしくね、ミハ」

 

「こちらこそ、ココ」

 

 自己紹介完了。うん、そつなくできた。別に人見知りをするわけじゃないけど、入学してしばらくまともな会話も自己紹介もやってなかったからちょっと不安だった。

 

「じゃ、行こうか」

 

 屋上のドアを引く。鍵は空いてる。ココがいるんだから当たり前か。でもなんでこんなところに?

 

「うん。……それで、その服ってなに?」

 

 そこは誤魔化せなかったかぁ……。

 

(ベリアル、どうしよう)

 

(ある程度正直に話そう。原作云々は抜きだ)

 

(それでも頭おかしくなったって思われるよ……)

 

 せっかく友達ができそうなのにそれは困る。頭のおかしい友達を許容してくれる人ってあんまりいない。

 

(大丈夫だ。問題ない)

 

 ……この感じ、そういうことだ。やけに詳しいと思ったよ。

 

(この人も、その、原作的に何かあるってこと?)

 

(ククク……)

 

 むっ、笑って誤魔化した。ああ、もう……。大きくため息を吐いた私は、言う。

 

「えっと……長くなるしおかしな話だよ?」

 

「もう既におかしなことになってるからいいよ」

 

 それもそっか。

 

 

 



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第七話 ぼっちと悪魔と秘密の話

ポケモンクリアしました。


 

 

「────ということです」

 

「…………なるほど」

 

 黒霧ミハの話が一区切り付いた時、私たちは教室棟の一階まで降りていた。既に実習棟は回ってる。問題なし。教室棟も今の所異常なし。魔物の姿もなく校舎が緑色なくらい。だからこうして雑談しても問題なかった。

 

「絶対変な人だと思われてる……」

 

「思ってないよ。助けてくれたじゃない」

 

 ちょっと嘘をついてしまった。

 でも悪魔の力で変身して、魔物と戦っているだなんて変だと思わないのが難しい。

 

「……優しい」

 

 想像の数倍チョロい。私はただのクラスメイトなのに、聞いてみれば簡単に話してくる。この辺、やっぱり素人。嘘をついてる様子もない。ド正直。

 だからこそ分かった。ほんとに何かに巻き込まれただけなんだ。

 多分、巻き込んだのは……。

 

「それで、その腰のが……」

 

「あ、そうそう。ベリアル、ベリアルも挨拶したら?」

 

 腰のベルトに引っ付いているマスコットをミハがぽんぽんと叩く。するとぽんっとマスコットがベルトから飛び出して、見慣れた紫ナスに姿を変える。

 

「俺は、悪魔の中の悪魔、悪徳の為の悪徳、地獄の悪魔にして二次創作の悪魔、ベリアルだ。よろしく頼むぞ、白銀ココ」

 

 ああ、なんか悪魔っぽ……二次創作の悪魔ってなに?

 

「は、はい……。よろしくお願いします……」

 

 突っ込まないでおこう。面倒くさそうだし。

 

(そんなに面倒くさがるなよ。寂しいな)

 

 っ! 頭の中に声!? それにこの声……!! 思わずベリアルを凝視する。するとクククと声を出さずに笑っている。

 

(色々バレたくないんだろう? 表情は押さえた方がいい)

 

 誤魔化す? しらばっくれる? いやこの言葉自体、確信があったからだ。それにこの思考自体読まれているに違いない。

 

「? どうかしたの?」

 

「い、いえ。なんでも無い」

 

「……ベリアル?」

 

 首を傾げる黒霧ミハは、私の問題ないという素振りを見るとベリアルを咎めるように目を細めた。面倒くさい……! 気にしなくていいのに!

 

「ほんとに大丈夫。私が少し驚いただけだから」

 

「そっか。じゃあ、先に行こう。あんまり離れずついてきてね」

 

 ふよふよとベリアルがミハの方へ戻っていった。そのまま私たちの歩みが再開する。ベリアルとの会話も一緒に途切れ……。

 

(ククク。庇ってもらって悪いな)

 

 途切れない。続いていた。

 わざわざこうやって内緒話をしてきたってことは何か用でもあるの? どうせ私の頭の中は筒抜けなんでしょ。

 

(うむ。一つお願いがある)

 

 お願い……? 嫌な予感がする。だって悪魔だし。

 

(悪魔差別だぞ)

 

 知らないわよ。悪魔にあったのなんて今日が初めてなんだから。事前にマニュアルでも配布しときなさいよ。

 

(むっ……。次回までに作っておこう)

 

 いらない。話進まないから早く本題に移って。

 

(分かった。では……)

 

 溜めもいらない。そう言いつつも自然と唾を呑んでしまう。一体どんな要求が……。

 

(ミハと友達になってほしい)

 

 …………。

 

(? 聞こえてなかったか。ではもう一度言うぞ。ミハと──)

 

 いや大丈夫。聞こえてる。え? 本当にそれが要求? 私のことをバラさない代わりの要求がそんなこと?

 

(誰もそんなバラすとかバラさないとかなどと言っていないが)

 

 それはそうだけど普通、こんな場面でそんな変なお願いは出てこない。悪魔っぽくない。

 

(白銀ココ。悪魔観に偏りがありすぎる。これからの時代の悪魔はもっと柔軟なんだ。人間側も柔軟に対応してほしい)

 

 ああ、そう……。努力する。

 

(助かる)

 

 それで? 

 

(うむ、俺は推しに幸せでいてもらいたい)

 

 推し? 推し……? ああ、好きってこと? 

 

(あまりストレートに言ってはいけない。デリケートな問題だ。とてもデリケートだ。軽率な発言は身を滅ぼす。気をつけたほうがいい)

 

 そ、そう……。声の調子は変わらないのに、一瞬圧が増した気がした。

 

(だから報告せずに、ミハと友だちになってくれ)

 

(友だち?)

 

 想定外過ぎて聞き返してしまった。なにそれ。それがあの子の幸せに繋がるの?

 

(ああ)

 

 ……従わなければ?

 

(ククク……)

 

 含みのある笑い声が返ってきた。

 ああもう……分かった。友達になれるかどうかは分からないけど報告はしない。黙っとく。これでいい?

 

(助かる。今後とも末永くよろしく……)

 

 え? 末永く?

 

「教室棟は外れっぽいね」

 

 どういうこと?とベリアルを問いただそうとした時、ミハの声で我に返った。しょうがない。今は、やるべきことに集中する。

 

 一階の端から端まで見て回り、グルっと回って正面のエントランスまでやってきた結果、教室棟も外れだった。結構時間掛かったのに。

 動いてるものが私たち以外居ない。教室も図書室も生徒会室も職員室も緑色なだけね。

 吹き抜けのエントランスを見上げると私たちが通ってきた廊下とその向こうの天井が見えた。緑なこと以外静かなもの。

 

「残ってるのは体育館だけだね」

 

 後、残っているのは、体育館。そこに緑の原因がいるはず。教室棟にいないんだからいてもらわないと困る。

 こういう魔物の作った世界って、ほとんどもう胃袋の中みたいなもの。だからすぐに襲って消化してしまえるし、なんなら早ければ早いほどリソースの消費も少ない。

 なのに何も起こらない。現れない。

 一回倒された影響か?

 ──倒した。あのガントレットで、私を襲ったのも殴って倒したのかな。見れなかったから断言はできない。ただ他に武器らしいものも見当たらない。そうなると黒霧ミハは、あれで殴って魔物を倒せる。

 恐るべき能力だ。私みたいな木っ端だと魔物を倒すなんて周到な準備がいる。銃も護身用に過ぎない。魔物を怯ませるのがせいぜい。

 ちゃんと準備して、武装して、作戦を練らないと倒せない。

 だから素直に羨ましい。私にもあの力があれば…………。

 

「ミハ、ココ」

 

「どうしたの、ベリアル」

 

 私が考えに耽っているほんの数秒の間に何か進展があったらしい。自分の中からミハとベリアルの方へ視線をやる。

 

「悩む必要は無さそうだ」

 

 ぷかぷかと浮かぶベリアルが指す方を見る。体育館へ向かう方の通路でいつの間にか跳ねているものがあった。さっきまで何もなかったのに……。

 

「バスケットボール……?」

 

 いつの間にか現れたバスケットボールは、誰もいないのに独りでにドリブルされている。バウンド、ストップ、バウンド、バウンド、バウンド……。       

 ドリブルを繰り返した後、私たちの視線に気づいたのかそれとも気づかせたのか。分からないけどバウンドしながら私たちの前から去っていった。

 不気味だ。なにより誘われているように感じる。明らかに罠の臭いがする。それでも目の前に現れた手がかりに食いつかずにはいられない。

 

「2人とも、追いかけろ。あのボールの先に居る。間違いない」

 

 ベリアルはどうやら私たちよりも先が見えているらしい。流石悪魔というところだろうか。言われたミハが私を見る。答えるように頷いた。

 そのままバスケットボールの消えていった方へ追いかけた私たちの前に広がっていたのは、体育館。

 

 運動施設として普段は生徒に解放されている。クラブ活動や授業でも使われるし、併設されてる講堂だと講演会とかあったりする。その広々とした体育館が私たちの前に広がっていた。

 

 ただやっぱり緑一色。

 

 その体育館の中心で、バスケットボールがドリブルされている。床を打つ衝撃が体育館中に伝播している。

 低く、重い音。

 私を襲ったのと同じ人型がドリブルしている。

 

「ほんとに罠じゃない」

 

 もう笑うしかない。だって10人もいる。それに体育館の応援席にも同じもの並んでいる。まるで試合中。そう普通に試合中であればよかった。

 ただ、全員がこっちを見てなければ。ゾッとしない。つい後ずさってしまう。演技でなく自然と。

 

「──ココ。大丈夫、私が居る。私が君を守るよ」

 

 私の前に、ミハが出てくる。私よりも少し低い背と背中。その肩はかすかに震えていた。

 なにそれ。なによそれ。私は、湧き上がってくるものを抑え込んで、オブラートでぐるぐる巻きにした言葉を放った。

 

「ありがと、ミハ」

 

 ──ああ、なんて眩しい。

 

(そうだろう。そうだろう。分かる……)

 

 うるさいよ……。

 

 



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第八話 魔法少女と悪魔と七不思議

 

 

 七不思議の一つに、『夜の体育館で何かが試合をしている。その試合を目撃してしまうとプレイヤーかあるいは観客になってしまい、次の誰かが来ないとそこから出ることができない』というのがある。

 緑の部屋と違ってどうなるかがはっきりしてていいと思う。いや、そんなことよりも。

 

「他の七不思議、ただの噂じゃなかったけ。ベリアル」

 

「偽物だった、だな。どうやら倒したはずの緑の部屋とこの七不思議が結びついたらしい。執念だな」

 

「執念? そういうのって魔物にあるの?」

 

「いや、魔物にはない。あくまで魔物は、人間に寄生する生命体。人間の精神活動の影響も受け続ける」

 

 人型バージョンの頭を蹴って壊した私は、回し蹴りともういっちょ蹴りを入れて吹っ飛ばす。

 この衣装を身に纏った私は、まるでアニメや漫画のキャラクターみたいに動ける。

 前に読んだ格闘マンガのように、週刊漫画の主人公のように、日曜朝の少女たちのように。

 ありえないくらい強く。ありえないくらい勇気が湧いてくる。

 だから私は立ち向かえるんだ。

 

「誰かの執念が結びつけた……? 誰の?」

 

「誰かのだ。そこに特定の個人はない」

 

 ……? よく分からない。

 

「七不思議などの『物語』を起点にした魔物は、不特定多数の精神活動の影響を継ぎ接ぎしてる。故に、根本がブレやすく形を変えやすい」

 

 ベリアルの言葉に耳を傾けながら右拳を叩きつければまとめて吹き飛ぶ。

 フィールドの人型バージョンは殴り倒したのを見るなり、観客席から代わりが飛び込んでくる。

 これじゃあ乱闘だ。

 

「そんなもの倒してしまった結果、欠けた部分を補完するために他の七不思議を取り込んだ。というところだろう」

 

「ちなみに原作にはあるの?」

 

「無い」

 

「そっかぁ……」

 

「緑の部屋で死ぬほど追いかけられた君は、偶然入り込んだ他の生徒と入れ替わりに部屋を脱出してなんとか生き残る。というのが原作の筋書きだ」

 

 ひっどい話が出てきた。他の生徒、か。

 

「それはやだなあ……」

 

「うむ。俺も推しにいかがわしい目には会って欲しく………ない。決して。ほんとに」

 

 変な間やめてよ。寄ってきたよくわからないもの人型バージョンの顔をぼこんと殴る吹っ飛ぶ。

 

「ココもいるし、それはやだな」

 

「では倒すしか無いな、ミハ」

 

「うん。やるよ、ベリアル」

 

 しかし、どれだけ倒せばいいんだろ。人型バージョンは、次々と観客席から飛び降りてきて、私たちの方に迫ってくる。どこにこんなに隠れてたの?

 

「やっぱり前と同じで元の魔物を倒さないとだめ?」

 

「恐らく」

 

「……どれか分かる?」

 

 同じ顔しか居なくてなんの見分けもつかな……あれ。

 

「……バスケットボール」

 

 襲ってくる人型バージョン後ろの方で、ドリブルしている個体がいる。ドリブルされているのは、私たちをここに連れてきたバスケットボール。

 

 ……怪しい。

 

 視界を遮ろうとする人型バージョンの頭を叩いてどける。どうやって距離を詰めよう。逃げられるのも困るし、パスを回されても困る。数が多いから紛れられると見つけるのも面倒くさそう。

 

「? あれ……」

 

 などと考えるとシュートを構えていた。スリーポイントだっけ。それくらいの距離だと思う。

 すぐに柔らかく足を曲げて、軽やかなシュートを放つ。しゅるしゅると回転しながらゴールへ向かっていって──あっ……バスケットボールは、ゴールリングに当たって弾かれた。それを見た人型バージョンは、表情が無くても分かるくらい残念そうに肩を落とした。なんであんなに落ち込んでるんだろ……。

 

「へっ?」

 

 そして、弾かれたバスケットボールは、くるくると回転しながらココの両手に収まった。

 

「あっ」

 

「ナイスキャッチだ。ココ」

 

「あ、うん。ありがとう」

 

「それでどうするの? これ」

 

 とココが私を見てくる。ていうかベリアルいつの間にか呼び捨てしてるじゃん。

 

「ミハ。それだ」

 

「ベリアルもそう思う?」

 

「うむ」

 

「え? 何? 何?」

 

「多分それがこの緑の部屋を作ってるってこと」

 

 要約するとそういうことになる。ココが持ったからか人型バージョンの動きが止まった。手をこまねいているっていうか近寄って来なくなった。じりじりと後ろに下がって、一定の距離を保っている。

 

「反応からして予測は間違ってないと思う」

 

「それで、どうするの? 潰してみる?」

 

 手慰みに、ボールを両手の間で投げ合う。壊すのは簡単だけど。

 

「どう思う?」

 

「……壊さないほうがいいかもしれんな。あれを見ろ、ミハ」

 

「……?」

 

 いつの間にか人型バージョンが私たちの周りから離れていっていた。ほとんどが観客席に戻っていって、残ったのは、5人。もしかして、これって。

 

「試合しろってこと?」

 

「恐らく。どうする? 従わず、ココの言う通りボールを潰すのも試してみる価値はある」

 

「潰すと試合はできないし、潰す前に試合したほうがいいと思う」

 

 ココの言う通り。

 

「……試合する? 人数足りないけど」

 

「じゃあ、はいパス」

 

「おっとっと……」

 

 軽く投げられてきたバスケットボールを受けとめる。ボール自体触るのは初めて。結構硬い。ダンダンとドリブルする。

 

「意外にいけるかも……?」

 

「おーすごい」 

 

 黒子読んでてよかった。思い出しながら適当にボールをダンダンとついたり、股を通したり、なんかこううろ覚えの記憶を引き出してやってみる。

 

「流石だ……俺の推し……バスケのシーンはなかったからな。レアだ」

 

「勝手に写真撮らないでよ」

 

「撮っていいか?」

 

「…………いいよ」

 

 大きな溜め息が古めかしいチェキのシャッター音に掻き消された。あの小さい手でどうやってシャッター押してるんだろ。

 

「まあ、試合しよっか。応援お願いね、ココ」

 

「ええ、頑張って。ミハ」

 

 互いに手を振りあい、私はバスケットコートに足を踏み入れる。既に、人型バージョンの視線?(目はないけどなんとなく見てるなってなる)が私に集中してる。

 でもそれよりもそんなことよりも私は、久々に普通の会話できて、私なんだか泣きそうになってきた。

 

「友だちがいるって最高だな〜」

 

 つい、感慨深げな言葉が出る。中学の頃を思い出した。あの頃は普通に友だちがいて、だべったり遊んだり、たまーにちょっと喧嘩したり、恋バナしたりしていた。

 懐かしい日々。もう戻れなくて、もう届かない。

 思い出の場所も、物も、人も皆無くなってしまった。

 

「うんうん……」

 

 私の事情を知っているからかベリアルが頷きながら泣き出した。ちょっと勘弁して欲しい。

 

「ベリアルー。気持ちは嬉しいけど泣かないでよ」

 

「ああ、すまない。感極まって……」

 

 本当に、もう。

 

「それじゃあ始めよっか、試合」

 

 宣言して、ドリブルする。うん、いける。漫画知識で勝つよ、私。

 

「後悔させてあげる」

 

 ボールを求めて手を伸ばしてくる人型バージョンに、笑ってみせた。

 

 



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第九話 ぼっちと魔法少女と初めての友だち

 

 

「手強い相手でしたね……」

 

 ふうといい運動したとばかりにミハが手の甲で額を拭った。もう片手の指先でバスケットボールが回転している。背後のバスケットコートには、人型バージョンたちが崩れ落ちたり、寝転がったり……ともかく、敗北に打ちひしがれている。

 

 なんていうかバスケットボールには、あんまり詳しく無いんだけど酷い試合だったのは間違いなかった。

 普通、コートの端から端までシュートは飛ばないし、端から端までひとっ飛びでダンクシュートは決まらない。途中消えてたのは、もう気配が薄いとかじゃなくて足が早すぎるからだよね?

 

「バスケットボール、得意なんだ」

 

「全然。漫画知識しか無いよ」

 

 ミハは無邪気な笑顔で首を横に振る。これは本当に、かなり酷いと心の底から私は思った。魔物のことを気の毒だと思うくらいには。

 

「えっと……とりあえず、出れそう?」

 

 周囲を見回しても特に変化はない。目に痛い緑一色の体育館に代わり映えはない。

 

「……ベリアル?」

 

「……確実とは言っていない」

 

 非難する視線から居心地悪気に目を逸らすベリアル。デフォルメされているけど感情の動きがよく伝わってくる。

 

「……そっかあ」

 

 私も委員会での仕事歴はそれなりになる。けれどここまで大きな魔物の攻撃を受けたことはない。そもそもこの規模の攻撃を受けたらそのまま死んでしまうのがほとんど。たまに脱出してくる凄腕もいるらしいけど私は会ったことがない。

 だから私も2人を頼りにするしかない。情けないなと自分でも分かってる。

 

『負けたく、ない……!!』

 

 だから何か他のアイディアでも出そうとした、その時だった。

 

『負け、なぁぁぁぁぁいいいいいいいいいいいいいいい!!!!』

 

 叫び声。心の底からの敗北の拒絶。現実を認められないアスリートの絶叫が体育館の中に響き渡った。鼓膜が揺れる。視界が揺れる。私は、立ってられなくなって、自分でも気づかないうちに膝をついていた。

 文字通り、体育館が揺れていた。

 

「なに、これ……」

 

 揺れすぎて気持ち悪い。それを堪えて見たものは、あまりに意味が分からなかった。

 理解を拒む形状。理解してしまうと心や精神が壊れてしまいそうな造形。神様が悪意を込めて練った泥の人形。

 それは手だった。絶叫する手。無数の人型の魔物が寄り合ってできた叫ぶ大きな手。手の輪郭をした無数の線の集合体。その中央に開いた口が叫んでいる。

 

『負けてない!! 負けてない!! 負けてない!! 負けてない!! 負けてない!!』

 

 諦めの悪さの権化だった。つまり、そういうことなんだ。

 誰かの負けたくない、負けていない、負けない。そういう気持ちに魔物は結びついた。

 そこまで限界。もう見たくない。もう考えられない。耳を両手で塞いで、私は床に転がっていた。

 塞いでも声は聞こえる。不十分。耳栓なんてない。鼓膜を破るしかない。とまで一瞬で決心した。多分、その時の私はおかしかった。

 あの声が、あの姿が私の頭を狂わせる。

 

「っ……! ベリアル!」

 

 ミハの声が聞こえる。体を倒して、そっちに目を向けた。どうやってこの状況を打開するのか気になった。

 

「承知した。そこのボールを使おう」

 

「使う?」

 

「返してやるのさ」

 

「なるほど」

 

「やり方は任せる」

 

「うん、分かった」

 

 短い言葉のやり取りで意見をまとめると、ミハのつま先がバスケットボールを蹴り上げた。当たり前だけどボールは一瞬で私の視界から消え失せた。見上げると天井すれすれで回ってる。

 

「価値無し! 意味無し! 等しく無価値!」

 

 低い声。ベリアルの声。あの魔物の声より低いせいかおかしくなりかけの私の耳にも届く。これ、なに? だけど私の疑問符を押しつぶすみたいに声が頭に響く。頭が割れてしまいそう。

 

「汝、ここに在るべき価値無し!」

 

 左の掌を前に、右手を腰だめに引き絞る。空手の正拳突きみたいな構えをミハがとる。

 

「ホラーも青春も! ついでにスポーツマンシップとか体育会系も! みーんなまとめて無に還れ!!」

 

 ぎゅっと引き絞ったミハの右のガントレットから青と黒の炎が吹き出た。

 このセリフってなんか言わなきゃいけないやつなの? 素朴な疑問が浮上する。ていうか青春は滅ぼさなくていいと思う。すごい私怨を感じた。

 

「ベリアール──!!」

 

 床にブーツが食い込む、ひび割れが広がる。ぐっと握った右手がさらに強く炎を纏って輝き──ボールが重力に引かれて落ちてきた。

 

「「インッ、パクトォ!!」」

 

 直後、爆音、衝撃波が私の体を打つ思わず私は、目を逸らしたというより見てられなかった。目が焼かれてしまいそうだった──背中越しでも分かる青と黒の瞬きの直後、叫び声が止んだ。反響していた声も徐々に消えていく。

 それを認識するのに十秒以上はかかった。

 耳に突っ込んだ指をゆっくり抜いて、床の次に見たのは、

 

「なるほど……」

 

 ぱすんと元気のない様子で転がってきた後、ぐしゃりと球体を保てなくなったバスケットボール。

 ミハは、これを殴って返したんだ。間違いない。

 だって魔物の大きな手に()が開いている。これでもう叫べない。口が無くなってしまったんだから。

 

「デタラメだよ、こんなの」

 

 頭痛い……。起き上がるのが億劫になって、私は床に転がった。冷たい床が心地いい。

 

「だ、大丈夫!? 私が早く止めなかったからっていうかちゃんと倒しておけば……。ああもうバスケだなんてやらなければ……!」

 

 床に転がった私の横に屈んだミハがアワアワとうろたえてる。

 

「大丈夫ぅ……。ちょっと頭痛いだけ……」

 

 どうにも力が入らない。さっきの叫び声の影響かな。

 

「……ありがとう」

 

「え? 何が?」

 

「助けてくれてってこと」

 

「それは当然だよ」

 

 その、ほら……。なにか判然としない風に、ミハは口をもごもごとさせると。

 

「私たち、友だち、だし?」

 

「……友だち」

 

「あ、気に障ったらごめんね? 急に友だちとかなんか変だよね。私もこういうの言ったこと無いし……。わざわざ言うのって……なんかちょっと気持ち悪いかな」

 

 ついさっき言われたことなのに頭から吹っ飛んでいたベリアルの言葉を思い出す。

 ──ミハと友だちになってほしい。

 

「そうね……」

 

 別に嫌なわけじゃない。でも私は、この子を監視している。委員会のために、この都市の為に。

 それでもいいとベリアルは言った。私は……。

 

「友だちだもんね」

 

 友だちになることにした。

 差し出された手を握る。近くにいるほうが監視するにも都合がいいと自分に言い聞かせながら。

 

「……嬉しい」

 

「……もしかして」

 

「もしかしなくても泣いてる」

 

「そんなに嬉しかったの?」

 

「嬉しいよ。ほんとに嬉しい。高校初めての友だちだもん」

 

 崩れ落ちる体育館の中心で、私たちは、向かい合っていた。

 天井が壁が細かく砕けて粒子のようになって闇に溶けていく。その光景がやけに幻想的で美しく見えた。

 人型の魔物たちも、その体も想いもすべて引き連れて緑の部屋が消えていく。

 もうこの七不思議は現れない気がした。

 

「これからよろしくね」

 

「ええ、よろしく」

 

 笑みに隠した友だちになる理由が私の胸で刺さって、微かに痛む。

 これも全部、都市の為、委員会の為、父さんの為、私の為。

 この子も、そこの悪魔も利用する。

 

「ところで放課後空いてる?」

 

「空いてるけど……?」

 

「……スタバいかない?」

 

 それはそうと、せっかく友だちができたからやりたいこともある。こっちとら委員会活動で万年ボッチなんだから!

 

「ふふ、下手なナンパみたい」

 

「……心外だ」

 

「うんうん……」

 

 ……この腕組みにこにこねっちゃり微笑んで、私らを見てる悪魔はなに?

 

「美しいなあ……ぱしゃり」

 

 ミハを撮ってたチェキをいつの間にか私らに向けていた。じーっと印刷されてきたチェキを見て、またうんうんと頷いてる。

 

「誰も撮っていいって言ってないんだけど?」

 

「お前の分もある」

 

「……今度は、撮る時言って」

 

 こっちだって色々準備したい。

 

「自然体でなくてはだめなんだ」

 

「なによそのこだわり……」

 

 



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第十話 魔法少女とゾンビとVRゲーム

 

 

 廃墟同然の病院の廊下は、当たり前だけど暗い。ヘッドライトが唯一、私の視界を照らしている。

 照らされてるのは、廊下の白っぽいリノリウム、ぼろぼろのソファ、誰かのカルテ……だけじゃない。

 

『オオオオオオ…………』

 

 歯を剥き出しにして、白目を剥いて、呻き声を上げるのはお医者さんだったり看護師さんだったり患者さんだったり。そういう人たちが群れを成して暗がりの向こうから迫ってきていた。

 ありていに言うと、ゾンビが襲ってきている……ので撃った。

 拳銃なんて慣れないけど今はそんなことを言ってる場合じゃない。ただ向けて引き金を弾くだけで撃てるのが拳銃のいいところ。

 ぱん、ぱんぱんと乾いた発砲音ともに反動が腕を伝ってくる──弾丸は、見事に命中した。

 

「げっ……ぐろいっ……」

 

 ぱんと弾けた頭からピンク色の脳みそが大げさに吹き出て、床とか壁とか天井にべちゃべちゃと張り付いた。迫ってきていた体の方は、力を失って手を伸ばしたままばたんと地面に倒れ込んだ。 

 

「ぐ、ぐろすぎる……!!」

 

 いくらなんでもぐろすぎる。そりゃ私だって殺人鬼と戦って殺人鬼の被害者の人とか見てきたけどやっぱり慣れない。慣れてたまるか。それにこれ過剰すぎる。こっちの反応を楽しむみたいな……いや楽しんでるんだ。

 こっちが変身できないからって! 好き放題して、もう! ベリアル!!

 

「叫んでないで撃つ!!」

 

「そ、そんなこと言われても〜〜!!」

 

 背後で頑張ってるココに怒鳴られて、私は他のゾンビに銃口を向け、引き金を弾いた。その後、隣でぼとんと音がした。

 

「ひっ」 

  

 心臓が止まりそうになる。予想通り天井に開いた穴からゾンビが落ちてきていた。下半身がないゾンビ。観察してる場合じゃない。

 ぱんぱんぱんっ! もう一発!

 

「ああ、もういや! なんでこんなことになってるの!!」

 

 泣きそう。びっくり要素きつい。

 

「知らないよ、私だって!!」

 

 喚き合いながら私はつい後退してしまう。ゾンビの圧が強すぎる。それでも撃ち続けてる。足が遅いゾンビでほんとによかった……。

 がしゃんとブローバックが止まる。焦りながらもマガジンを込め直す。残弾少ないよぉ。泣きそうになってしまう。

 

「ねえ! ココ!!」

 

「待って!!」

 

「まだ!?」

 

「もうちょっと!!」

 

「ていうかやっぱり逆だよこれ!!」

 

 絶対私より銃の扱いの上手いココがやるべきだ。リロード中にマガジンを手から滑らせてしまいそうな私じゃなくて! なんとか映画みたいにバンっと拳銃の尻を叩いてマガジンを押し込むのに成功する。

 

「ピッキングが私より上手かったらそうなってたね! もうちょっとだから頑張って! ただの病院の癖にセキュリティが硬すぎる!! クソゲーめ!」

 

 前半は応援。後半は独り言。私は構え直した拳銃で、近くに寄ってきていたゾンビの頭に銃弾を叩き込む。

 このゲームが始まって数時間……多分、数時間。時間の感覚がおかしくなりそう。片手間に開いたメニューウィンドウの時間をチラ見する。

 18時丁度。ゲームに入ったのが16時前くらいだから2時間くらいの経過。たったそれだけの時間なのに数時間も経っているような緊張感があった。

 

「ああもう……時間を意識したらお腹減ってきた……!」

 

 今日の晩御飯何にしよう。能天気なことを考えてしまう、現実逃避気味な私。

 

「開いた!」

 

 後ろから声がして、私が振り向きがちに見ると。

 

「いくよ! ミハ」

 

 と手を差し出すココの姿。硬く閉ざされていた観音開きのドアが開いていた。

 

「あ、うん!」

 

 振り向いて一気にダッシュ。ドアの中に滑り込むと構えていたココがドアの鍵をがちゃんと締めた。ついでに私は隣の本棚を……。

 

「重い!!」

 

 重すぎて倒れない!! 木製で大きくて本たっぷりでずっしりしてるせいだ! ああもう! と私がぐずぐずしてるのを見かねたココが隣にきて。

 

「一気にやるよ! せーの!」

 

 2人ならなんとかなった。一瞬、潰されそうになってヒヤッとしたけど、どーんと大きな音をたて、ぱらぱらと埃を撒き散らしながら本棚がドアの前に倒れ込んだ。これで時間稼ぎができる。

 ドアを向こう側から叩く音がする。あまり長くは持ちそうにない。

 

「……行き止まり?」

 

 振り返った私は、逃げ込んだ場所を見て呆然と呟いた。

 医院長室だと思う。頑丈そうで大きな執務机と革のソファの応接セットが部屋に鎮座している。大きな窓があるけど内側から板が打ち付けられてて、陽の光も差し込みそうにない。

 

「ホラゲーって大体一本道だからそれはないはずだよ」

 

「そうなの?」

 

 あんまりやらないから知らない。

 

「そういうものなんだ。ほらドアに鍵が掛かってたし、窓も鉄の柵で締め切られてる。普通に外に出ることができないじゃない? だったら……」

 

 きょろきょろと部屋を見回したココは、壁を叩いたり枯れかけの観葉植物を漁ってひっくり返すと最後に窓の前にある執務机の方に歩み寄って、引き出しを一つずつ引き出して、

 

「やっぱりあった!」

 

「なになに?」

 

 手持ち無沙汰部屋をうろついてた私が執務机に近寄ると、ココは、引き出しの奥に腕を突っ込んでいた。

 

「奥に紙でも落とした?」

 

「ふふ、見てて」

 

 がこんと音がした。横を見ると壁が天井から床まで長方形に線が入って、ごごっと動いた。

 

「うん。お約束よね」

 

「確かに……そんな気もする……。昔見たバイオの実況動画とかこんな感じだった」

 

「ああ、イーグルのエンブレムを取って、地下水道を通った後、戦車の模型を動かして、図書館の絵を並び替えるとやっと手術室に辿り着くってやつね」

 

「そうそう。あれ普段絶対不便だよね」

 

 そうこうしてると隠し通路の出来上がり。奥をヘッドライトで照らすと階段が下の方へと続いているのが見えた。仄かな緑色の光を放つ足元灯が階段の輪郭を浮かび上がらせている。

 

「この先、安全だと思う?」

 

「全然。というかそろそろボスの1体くらいきてもいい頃だと思う」

 

「ボスかぁ……」

 

「うん。医院長室の中の隠し通路を抜けた先がバイオハザードの原因の研究所とか? だからほらもっとすごいゾンビがいたりするかも」

 

「ご飯食べてからにしたい……」

 

「ほんとだよねえ……。そろそろデリバリー届いちゃうなあ」

 

 恨めしそうにココは、メニューウィンドウを見ている。時間は18時を過ぎている。

 

「え!? いつの間に……!」

  

「ふふ、内緒にしてたら驚くかなって。せっかくうち来たんだからご飯もほら? ……こんなになっちゃったけど」

 

「うう……ログアウトしたい〜〜……!!」

 

 呻きながら私は改めてメニューウィンドウを開いてみる。やっぱりない。在るべきところに在るべきものがない。

 そう、一番、目立つ場所にあるはずのログアウトボタンが消失していた。

 現在進行形で、私とココは、VRゲームに閉じ込められている。何アートオンラインだよ〜〜!! オフゲーだけど!

 

「ミハ! 早くクリアしよう! ね? 私もお腹減ってきた!」

 

 頭を抱えてヘドバンしてたのをココがなだめてくれて、なんとか私は戻ってこれた。危なかった……。

 

「ご、ごめん。取り乱してた……。うん、頑張る。頑張ってなんとかしよう」

 

 頑張るしか無い。だって、ベリアルも出てこない。こういう時に出てこないのどうなのよ。今こそ必要なのに! 怠慢よ怠慢。

 とりあえず、こんなことになった経緯を思い出すことにする。

 その記憶のどこかにこのゲームを脱出するヒントがあるかもしれない。

 階段は長そうだからそれくらいの時間はある。

 

 



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第十一話 魔法少女と銃とお昼休み

 

 

 

「お話があります」

 

 昼休み。屋上で、真剣な顔のココが会話を切り出した。

 

「は、はい。なんでしょう」

 

 口に運んだ箸の先の唐揚げが私を見てる。私もそっちが気になってしまう。けどじっとココが見てる。どうしよう。私は三角関係なんて望んでないのに……。

 

「……唐揚げ食べてからでいい」

 

「あ、ありがと」

 

 今日の唐揚げは昨日の晩ごはんの残りで、醤油味。私の料理スキルは全部お母さん仕込。味は……私としては美味しい。だいぶ近づけたかなって思う。思いたい。かなり忘れてきちゃってるのが辛いけど。ほとんど時間経ってないのに。やだな。

 お母さんの仕込みのからあげは冷めても美味しい。ご飯に合う。幸せ〜〜。辛さと幸せのバランスが釣り合って心もなんとかなってる。

 ──という風にひとしきり味わってから。

 

「……えっと、おまたせしました」

 

 ココのジト目に気づいた。しまったと私の頬を汗が一滴、流れ落ちた。

 

「はい。続けます……後で私のおかずと唐揚げ交換しない?」

 

「はい……え? ああ、うん。いいよ」

 

「ミハに言いたいことがあります」

 

 あ、シームレスに話が戻った。

 

「えっと……なんでしょう」

 

「私も夜の活動に連れて行ってほしいの」

 

「殺人鬼狩りに?」

 

 ベリアルと決めたタスク。私が幸せになるための方法その1、殺人鬼狩りを最近私は行っている。

 描写をすっ飛ばすくらいさくさくっと今の所倒せている。倒したのはふん縛って警察署の前に転がしている。もちろん、魔物は倒した時の余波で吹っ飛んでるからただの人だけど、殺人鬼は殺人鬼なので。

 その活動にココは同行したいという。普段から殺人鬼とか悪霊とか魔物の出現情報を調べてもらってる手前、これ以上付き合わせるのも悪いし、何より。 

 

「危ないよ?」

 

 出会い頭に殴り倒してるけど、それで倒れない殺人鬼もいる。軍用のパワードスーツを着込んだ殺人鬼とか。

 

「それは……そうだけど……」

 

「もぐもぐ……いいじゃないか、ミハ」

 

 私たちの会話なんて気にせず、私の作ったおにぎりを食べていたベリアルが言う。

 

「無責任だと思うけど」

 

「別に俺たちで守ればいいだろう。今のミハならそのへんの殺人鬼くらい余裕のはずだ」

 

「それでも危ないよ」

 

 想定外の事が起こったらどうするつもり。鋭く睨んで見るけどベリアルは、どこ吹く風とばかりに私の視線を受け流──いや違う。受け止めて気持ちよくなってる。

 

「私も自衛くらいできるよ」

 

「自衛?」

 

「例えばほら、これ」

 

 これ? と首をかしげた私の近くに寄ってくるとミハがスカートを捲くりあげた。眩しいくらいの、シミひとつない白い肌がスカートの外に晒された。

 

「……黒とレース」

 

「レース……? ああ、いやそっちはいいの。ていうかそっち見んな。エッチ」

 

「同性じゃん……」

 

「同性でも恥ずかしいの」

 

 見せてきたのそっちじゃん……。というのは口に出さなかった。話が進まないから。

 

「えっとそれで?」

 

「ああ、そうだった。これこれ」

 

「これって……拳銃じゃない!」

 

 ココの両手に拳銃が一丁ずつある。日差しを受けて黒く鈍く光っている。拳銃自体あまり詳しくないけどこれがオートマチック銃でリボルバーとかじゃないってことはわかった。ちょっと手慣れた風なのがかっこいい。

 

「どうやってこんなの……」

 

「普通に通販だけどこう……ネットの裏側的な? ややこしいから省くよ。ほら私もこうやって自衛の手段を手に入れたんだからミハの事を手伝えると思うんだよね?」

 

 ね? じゃないよ。けどここで突っぱねても……よし。

 

「……分かった」

 

「ほんと!?」

 

「分かったけど使えるかどうか見せてほしい」

 

 なんか偉そうなこと言ってるなって自分も思うけど、私みたいに変身できないんだからそれなりにちゃんとしててほしい。

 

「そういうと思ってたので、用意があります」

 

「用意?」

 

「そのとおり!」

 

 待ってましたと自身ありげな笑みを浮かべるココに、何を用意してるんだろうと首を傾げて考えてしまう。

 練習場でもあるのかな。でも未成年が無許可で持ってる銃を訓練できる場所ってなると下の階層? トーキョーの下層には無許可の居住区があったりするってのを聞いたことがある。だけどあっちはあっちで危ないって聞く。だとしたらなんだろう。知り合いにツテがあるとか? うーん……。

 というか魔物に銃って効くのかな。殺人鬼はちょっと効果あるかもしれないけど……。ベリアルは分かる?

 

(効く時は効くし、効かない時は効かない。場合による)

 

 そんな適当な……。

 

(一人より二人の方が柔軟に対応できる。俺のことを認識できる人間はほとんどいないからな。ココに同行してもらえると助かる。だから俺は推奨した)

 

 つまり、銃のことは特に気にしてないってこと?

 

(まあそりゃそうだ。あんまり効果はないだろう。七不思議にしろ魔物にしても弾丸は基本効果はない。人間を元にした殺人鬼でも拳銃ではトドメを刺すのは難しい)

 

 ふーんなるほどね。勉強になった。

 

(こういうこともあるだろう。都度説明する。ところでデザートはないか?)

 

 本当によく食べる悪魔だなあ……。後でね。

 

「────ってミハ、聞いてる?」

 

「……へ? ああ、ごめん。聞き逃してた。えっとなんだっけ?」

 

「もうしょうがないな……。今日の放課後、空いてる?」

 

「放課後? 空いてるけど」

 

「うちに来なよ」

 

「うち?」

 

 うち。うち……家ね。はいはい家。理解した。

 

「うん。見せたいものがあるって言ったでしょ」

 

「うん」

 

「だからほら……ね? それうちにあるの、だからほら……」

 

「あ、あー……はい、行きます。行かせていただきます」

 

「なんで敬語……?」

 

 

 



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第十二話 魔法少女とFPSオタクとデスゲーム

 

 

「お、お邪魔しまーす」

 

 学校からモノレールで10分。トウキョー・メガフロートの中層と上層の狭間にある世帯向けマンションの5号室にココの家がある。

 オートロックの自動ドアを抜けて、エレベーターに乗ってすぐ。ココの指紋と虹彩を読み取ったドアがロックを外したのに続いて、私は部屋の中に踏み入れた。

 

「適当にそのへんに座ってて」

 

 言われたまま案内されたリビングのソファに腰をかける。わ、ふかふか。大きいから寝転がって寝れちゃいそう。いや、寝れる。私のベッドより寝心地がいい気がする。

 

「あ、何飲む? オレンジジュースと烏龍茶、アイスコーヒーくらいだけど」

 

「えーと……オレンジジュースで。ベリアルは?」

 

「俺はコーヒーをもらおう」

 

 さっきまで黙っていたベリアルが私の呼びかけを受けて、にゅっと現れた。ベリアルは、私のオタクを自称するだけあって、基本的に呼ばないと出てこない。プライベートを尊重してるとかなんとか。

 

「おっけー」

 

 初めて来た友だちの家って緊張しちゃうよね。何をしてたらいいんだろってなる。手持ち無沙汰で、手持ちの端末を眺める気にもならずきょろきょろと部屋を見回した。

 広いリビング。私の部屋2つ分くらいありそう。白系の壁に、床は明る色の木目調。部屋の至るところに観葉植物がある。見たことあるような無いような植物。ココの趣味かな。

 

「そういうの好きなの?」

 

「あ、嫌いってわけじゃないけど、ちょっと気になっただけ。ココの趣味?」

 

「うちの親の趣味。ほぼ私が世話してるけどね。はいどうぞ」

 

 テーブルに、ストローの刺さったオレンジジュースと烏龍茶、アイスコーヒー。お茶請けのクッキーが盛られた皿が置かれた。それから私の隣にココが腰掛ける。加わった体重にソファがまた少し沈む。

 

「ありがと」

 

 ありがたくグラスを手にとってストローを口に運ぶ。乾いた喉に、冷えたオレンジジュースが気持ちいい。つい飲み過ぎて半分くらいくらいまで減らしてしまった。

 

「えっと、それで見せたいものって?」

 

「ああ、これこれ──ちょっと待って」

 

 ソファの横へ手を伸ばして……面倒くさそうな顔をした後、ぐっと上半身ごとソファの横へ伸ばした。横着せず立てばいいのに……。と遠慮なくクッキーを一ついただく。一口サイズのシンプルなバタークッキー。口の中でホロリと口の中で溶けて、優しい甘さ。

 

「よっと、お待たせしました」

 

 ココが取り出してきたのは、青い色の細長いサングラスとヘッドホンが合体したようなものが2つ。

 

「VRゲーム用のゲームハード?」

 

 VRゲーム自体は、何度か触ったことはある。ゲームは悪くないんだけどVRという都合どうしても自分が主人公という形になってしまう。没入感は凄いんだけど個人的には、主人公と自分は別のほうがいいというオタク心があるので、ゲーム機自体は買ったことがない。

 1つ手にとってみる。結構軽い。外装の質感もいいしクッションの感じとか手触りもいい。最新機種とかかな。

 

「正解。私が見せたいものはこの中にあるの」

 

「ああ……」

 

 ココが何をやりたいか読めてきた。

 

「なるほど」

 

「分かっちゃうよね。流石に」

 

「いいと思うよ。VRで練習。最近のVRってすごいんでしょう? リアルとほぼ変わらないらしいじゃん」

 

 ネットニュースで見たことがある。動画も見たことある。解像度高すぎて現実味の無いファンタジーな光景なのにもうそれは現実だった。

 

「そうそう。それでね。ネットで丁度いいのがあったからこれで訓練してみようと思うの。レビューも良かったし、一回試してみたんだけどかなりリアリティがあって訓練になると思うの」

 

「へえ、なんてタイトル?」

 

「これなんだけど」

 

 そう言って渡されたパッケージには、銃を構えて背中を合わせた男女と大きく『タイムクラッシャーズXX』とロゴがある。開くと中にはインストール用のデータチップが1枚。今時珍しいデータチップ。

 

「そんなにリアルなゲーム、初心者の私でもできるの?」

 

「大丈夫大丈夫。さっきも言ったとおり試したし、初心者モードもあったはず。だからさちょっとやってみようよ。驚くくらいリアルですごいんだ。私もこの手のゲーム色々やってきたけど今までどうしてこれを知らなかったのか不思議なくらいなの! これさえやってもらえればミハだって納得するから、ね?」

 

「ええ〜〜」

 

 すごい勢いでココがまくし立ててくる。目もキラキラ楽しそう。かなりやらせたいみたいだ。ここまで来たからには私としてもやってあげたい。

 けど、なんだか怪しい。テストしてるらしいから大丈夫だとは思うけれど、それでもぴこーんと第六感的なものがこのゲームに反応している。

 

「ミハ」

 

 お、ベリアル! 流石ね。何か感じるものが──。

 

「クッキーは俺が食べておく。任せろ」

 

「ベリアル……」

 

「俺は()に入らない主義だ」

 

「ベリアル……!!」

 

 そういう話じゃない。確実にそれは私が聞きたかった言葉じゃない!

 

「だめ?」

 

「……だめとは言ってないよ」

 

 思わず苦笑いがこぼれる。こんな小動物みたいな顔されたらもう仕方ないよ。渡されたVRゲームデバイスを手にとって、

 

「それでここでやるの?」

 

「あ、ここはだめ。私も普段は適当にソファでやってるけど流石にね。狭いし。危ないし。だから私の部屋でやろ」

 

 そうと決まれば早速準備を済ませた私たちは、クッキーとコーヒーに夢中なベリアルをリビングに置いて、ココの部屋にやってきていた。

 リビングから玄関への廊下の途中のドアを開ければ、ココの部屋はある。

 第一印象は、整った部屋。散らかってもないし目立ったゴミもない。リビングと同じ床には、白のふわふわした円形のラグ。上にはローテーブルとノートパソコン。部屋の隅にはラップトップと勉強机。クローゼット。観葉植物。

 クリーム色の壁には、いくつか家族写真が飾られている。写真は、多分家族写真。高身長のスキンヘッドでよく焼けた男の人とココに似た黒髪を長く伸ばした女の人。2人の間にいるのは、今より幼いココ。髪型は今とあんまり変わらない。小さくてかわいい。 

 

「ミハ、こっちでやろ」

 

 私が写真を眺めている間に、ベッドを軽く整えたココがぽんぽんと自分の隣を叩いて、座るように催促する。ココの部屋のベッドは、さして大きくはない。私たち2人で丁度くらいの大きさ。一緒に寝転がるとかなり密着するようになる。

 それはなんかちょっと流石に近すぎる気がする。

 

「私、床でいいよ? そこのクッションとか貸してもらえれば丁度良さそうだし」

 

「やめといたほうがいいよ。前、体バキバキになったし。だからほら、遠慮せずにさ」

 

 ぽんぽんとココがベッドを叩く。

 

「……それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

「じゃ、これ被って。そうそう、そんな感じ」

 

 リビングで見せてもらったVRゲームデバイスを手にとって、頭に被せる。バンドを調整して頭に合わせたりセットアップしたりが終わると2人並んでベッドの上で寝転んだ。

 

「それじゃ、始めるよ」

 

 せーのと呼吸を合わせて。

 

「「ゲームスタート」」

 

 ゲーム機のグラス越し、青く染まった天井が今度は黒く染まる。微かな浮遊感の後、私たちはどこかへ落ちていって。

 

「えっと……ここがゲームの中?」

 

 どことも知らない汚れて、荒れた廊下に立っていた。物や紙、色々と散乱してるけどこれは……病院の廊下? 緑色の足元灯や頭にいつの間にかついてたヘッドライトだけが私たちの視界を確保している。

 ヘッドライト? 頭にいつの間にかついていた。服装も……なんだろう特殊部隊?チックな紺色の防弾チョッキとかに切り替わってた。

 

「そのはずなんだけど……。あれーなんか前と違う……」

 

 ぶつぶつとココが何か呟いている。どうやら想定と違うみたいだ。

 

「前はちゃんとプロローグとチュートリアルがセットで、どこかの国の特殊部隊の隊員になったところからスタートだったよね……? おっかしいなあ」

 

「ココ?」

 

「うーん……ごめん。ゲーム間違えたかも」

 

「そうなの? 結構雰囲気あるけど。今にも怪物とか出てきそうな感じの。射撃訓練にはいいんじゃない?」

 

 昔は、顔面手前にまで迫ってくる怪物とかに怯んでVRゲームがやれなかったけど今は別。

 

「怪物が出る系統のゲームじゃないんだけどね……。ほんとに訓練用のやつだから。射撃場的なやつなんだけど。とりあえず一回、抜け出してやり直すそう。おっかしいなーー……あれ」

 

「どうかした?」

 

「いや、その……。ね、ミハ、メニュー開いてもらっていい?」

 

「メニューオープンだっけ。お、開いた開いた。何を見ればいいの?」

 

「……ログアウトボタン」

 

 ログアウトボタン? なんでま……。あれ? 上から見返してみよう。

 簡素な特にUIも凝っていないメニューには、上からステータス、装備、アイテム、ヘルプ……大体目立つところにあると思うけど……。

 

「……見当たらないね」

 

 無い。ありそうなところと無さそうなところの両方を開いてもどこにもない。

 

「やっぱり?」

 

 私たちの間に、嫌な沈黙が流れた。

 

「もう一回探すね」

 

『…………ァ』

 

「……今、何か聞こえた?」

 

「……ミハ、銃構えて」

 

「私、やったこと無いんだけど……」

 

 やけに手慣れた様子で、腰の拳銃を引き抜いたココを見てからそれに習って、とりあえず私も同じ拳銃を抜く。

 

「安全装置あるから外してね」

 

 凝ってるな。えっとこれ? ここね。はいはい。あ、このレバーを下ろせばいいのね。あ、装弾もいる? こう? 違う? へえ、そうやるんだ。と手早くココに指示されて撃てるようになった拳銃を闇の向こう、廊下の奥、声の聞こえた方に向ける。

 ひたひたと廊下を叩く音がして、それが増え続け、私たちの目の前に現れたものは、どう見ても生きてない目をして、色々欠損している顔をしたものだった。

 

「ふぇ!?」

 

 つまり、ゾンビの皆さんをシューティングするゲームって、こと!? しかもそれに閉じ込められた!?

 

「それってデスゲームじゃん!!!!」

 

「撃って!」

 

 先頭のゾンビが額を撃ち抜かれて、崩れ落ちたのを見てから私も急いで引き金を弾いて、今に至る。

 

「……やっぱりあの直感に従ってゲームをしなければよかったんじゃ?」

 

 階段を降りながら私は独りごちた。現実は難しい……。未来を予知したい……というかベリアル気づかなったのかな……。気づかなかったからこうなってるんだろうけど。

 思い返しても特にこの状況をどうにかするヒントは欠片も見当たらなかった。どうしたものかなあ。

 

「? 何か言った?」

 

「え? ああ、うんん、なんでもないよ。それよりほら」

 

 ココに首を振る。声が大きかったかな……。

 

「出口みたい、だよ」

 

 



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第十三話 FPSオタクと魔法少女とクソゲー

 

 

 ……気まずい。

 階段を降りる私たちの間には、気まずく重い沈黙も一緒に降りていた。響いているのは、階段を叩く私たちの足音くらい。

 何が気まずいかは言うまでもない。

 このデスゲームもどきに巻き込んでしまったこと。

 まさかウイルス入りのゲームだとは思わなかった。ログアウトボタンを消去して、ゲームに閉じ込めるなんて悪質すぎる。

 定期連絡が途絶えたので誰か気づいてくれるといいんだけど……。

 元々、私の銃の腕前を見せて、同行を許してもらうだけだったのに。なんでこんなことになるかなあ。

 

「ほんと、嫌になる」

 

 聞こえにように小さく毒づいて、先を行くミハの背中を見る。

 階段を降り始めてからミハは、口を噤んでいる。その背中で歩くテンポに合わせて毛先を揺らす白髪は、私のヘッドライトが照らされて、うるうるつやつやと天使の輪を作ってる。

 

「……現実と変わらずVRの中でも綺麗」

 

 VRが凄いのか、ミハの髪が綺麗なのかは兎も角。あの髪色は普通に脱色しただけではでない、純粋な白。元々は黒だったのにここまで真っ白になってる。

 

 ――黒霧ミハは、2年前の崩落事故から昏睡状態にあった。目覚めてみると知ってる人も友だちも、家族も原因の事故で全滅。髪は何故か真っ白になってた。さらに1年経ってた。酷い話だよね。

 その時、髪も真っ白になった。私は、ビフォーアフターを画像でしか見ていけど。

 

 事故というのは、トーキョーメガフロートのプレート崩落。建造後初だったらしい。その事故で当時建造に関わっていた企業とか当時の偉い人が首を切られたっていうのをニュースで見たことがある。

 ミハは、その事故唯一の生存者。おかげで大々的にニュースで取り上げられたり、ネットでも色々虚偽から真実、下らない噂まで広がって、結果、今のミハは学校で浮いている。

 その過程を私は、ミハが病院で起きた翌日から見続けてきた。一人ぼっちのこの子を見張り続けるのは、胸が痛んだけれど、彼女だけが生き残った理由を追求しなければいけないのも分かった。

 

 実際のところ、黒霧ミハが巻き込まれたのは事故じゃない。

 

 何か光の巨人のような魔物が顕現して、その余波で黒霧ミハの住んでいた区域は崩落した。

 当時の街中のドローンカメラのデータに残っていたのは、真昼でも眩しいほどの強烈な光とともに顕現する巨人めいた姿。その余波で崩れるビル、道、すべてを乗せたプレート。

 そこは今でも立入禁止で、癒えない傷になっている。

 光の巨人への手がかりが唯一生き残ったミハにあると私の上司たちは思っている。

 もちろん、父さんも。

 光の巨人に殺されて、一度死んだのに蘇ったミハには、なにかがあると信じて疑わない。

 

「────」

 

「? 何か言った?」

 

「え? ああ、うんん、なんでもないよ。それよりほら」

 

 ミハの指差す方を見る。金属のドアがあって、光が漏れている。どうやら階段も終わりみたい。

 

「出口みたい、だよ」

 

「うん。行ってみよう」

 

 前を歩いていたミハがドアノブに手をかけて……固まった。どうしたんだろ……あ、まさかドアノブに罠が?! と思っていたら振り向いたミハの顔は真っ青に青ざめていた。このゲーム、すごい再現度。そんなことを感心してる場合じゃない。

 

「……もしさ。ドアを開けたらゾンビが雪崩込んできたらどうしよう」

 

「……がんばる?」

 

 めちゃくちゃ生産性のない言葉しかでてこなかった。

 

「音とか気配的なのは?」

 

「ちょっと待って……何か向こうで機械が動いているような音は聞こえるけど特に足音とか呻き声は聞こえないね」

 

 聞き耳を立てたミハが首を振った。

 

「じゃあ、開けてみるしか無いね……」

 

「まあ、そうだよね……」

 

 当たり前だけどテンションが見て分かるくらいに下がった。地の底より更にした。

 理由は分かってる。どうもミハ、びっくり系にかなり弱い。さっきも廊下で突然出てきたゾンビにかなりビビってた。

 

「私が開けようか? さっき一人で頑張ってもらったし」

 

「……うんん。今は私の方がいいよ」

 

 だってとミハは、私に背中を向けた。

 

「もしゾンビが居てもココなら助けてくれるでしょ? 私だと多分無理」

 

「なにそれ。頑張ってよ」

 

「またの機会ということで……。というかココがちゃんと銃使えるか見に来たんだからちゃんと守ってよ」

 

「痛いなあ……」

 

「ふふ、……それじゃあ開けるよ」

 

 深呼吸したミハがドアノブを捻る音がした。ぎぎっという音がして、ゆっくり奥へドアが開いていく。光がドアの向こうから溢れてきて──。

 

『オオオオオオオオオオ──!!』

 

「……こういうのって意外にいなかったりしない?」

 

 居たけど……。トドメともう一発入れておく。うん、死んでる。ぴくりとも動かない。

 白衣を身に纏っていていい仕立てのスーツを着た男の人のゾンビ──首から下げてる名札に、医院長とある。なるほどね。逃げた先で死んじゃった。しかもゾンビになってる。ということは、ここにもちゃんといる。

 

「大丈夫?」

 

「…………腰抜けちゃった」

 

 驚きすぎて悲鳴も出なかったミハに手を差し出すと、すとんとお尻を床につけたまま、涙を浮かべて私に苦笑した。

 

「VRゲームでも腰って抜けるんだね。立てそう?」

 

「ちょ、ちょっとまってね」

 

「多分気持ちの問題だからこう……頑張って」

 

「うん……よっと……あ、立てた」

 

 照れた風に頬を赤らめてミハが笑う。最近のVRが現実みたいで良かったなって、VRゲーム初めてから一番実感した。

 

「それでここが階段の先なわけだけど、どうしようね。これ」

 

 階段の先、ドアを抜けた先の明かりが生きていた。

 助かるんだけど……そこら中で白い光を放つ電灯が照らす私たちの行き先を暗い。

 道は明るくなったのに、道行きは暗い。笑えない。

 

「どうしようね……」

 

 手すりに手を乗せた私とミハは、踊り場の先を見下ろしていた。

 踊り場から見下ろせたのは、深い深いコンクリートの大穴。大穴を沿うように下り階段がある。階段は、大穴の底まで続いていそう。

 そして、ゾンビがいる。穴の底で蠢いているのが見えるし、何よりさっきの銃声を聞きつけてか階段を上がってきているのが見えた。

 だからってもと来た道を戻ろうにも──呻き声と足音が聞こえる。

 

「どう見ても弾足りないね……」

 

 弾どころじゃないでしょ。ミハの苦笑いに、つい半笑いになる。もう笑うしか無い。いやまじでこれクソゲー、極まってるよ。

 

「あーあ……ほんと、嫌になる」

 

 作ったやつをぶっ殺したい。 

 

 

 



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第十四話 魔法少女と悪魔と宅配ピザ

 

 

「むっ……。いいものが届いたな」

 

 こんこんと窓を叩く音にベリアルは気づいた。音の方を見て、納得。頼んだのはココだろう。

 ベリアルが窓を開けると窓を叩いていた宅配ドローンが荷物──ココの頼んだピザ入りのケースを補助アームで差し出した。

 

「うむ、配達ご苦労」

 

『ありがとうございます。またのご利用を』

 

 合成音声の後、荷物の無くなったピザ屋の宅配ドローンがぶんと静かに上昇して、ベランダから飛び立っていった。

 

「最近の人間界は便利なものだな……」

 

 受け取ったピザのケースを片手にベリアルは、夕焼けの街に飛び去っていくドローンの後ろ姿を見ながら時代の変化、人間の進歩に感嘆していた。

 この世界の物語に、神の筋書きあれど進化自体は人間の力。種を植えたのは神であるけれど育てたのは人間だ。

 より高度に、より早く、より便利に。人間の知恵はかくも素晴らしい。悪魔的にとてもいい。もっと励んでほしい。人類最高。

 

「ピザの味も素晴らしい。うむ……美食は、人類の生んだ文化の極みだな。カヲル君も言っていたしな」

 

 器用にケースを一つ開けて、中のマルゲリータピザを一枚摘んだベリアルは、満足げな顔で次を口に運んだ。

 まあそれが同族の人間なり他の生き物なりにもっと強く、もっと硬く、もっと効率よく殺すため向くこともあるのが玉に瑕だが……そういう愚かしさもいいよね……。かわいらしい。悪魔的には良し! 悪魔は人類を肯定してます。悪魔に興味があれば積極的に問い合わせてほしい。

 

「おっと、2人を呼んでこなくてはな。注文しておいて出てこないとはそんなにゲームが楽しかったか。それとも……」

 

 ククク……と笑うベリアルの灰色の脳細胞に、電撃的な蠱惑的な桃色妄想が瞬く間に広がり、凄まじい速度で走り抜ける。しかし、こちらR18のため読者の諸君にお見せできないのが残念だ。頭の中で補完してもらいたい。

 

「まあ、無いか」

 

 そういう気配は感じなかった。ベリアルセンサーはそういうのに鋭く反応する。

 

「ゲームにでも夢中になっているのだろう。呼びに行くか」

 

 よっこらしょとピザケースをテーブルに置いたベリアルは、ピザをもぐつきながらふわふわと廊下を通って、ココの部屋のドアをノック。……返事なし。

 

「しょうがないな」

 

 ガチャッと小さな手で難なくドアを開いたベリアルは、そのままベッドに並んで寝ているミハとココの枕元に浮かんだ。

 顔がいい……。2人を見下ろして心のピクチャーフォルダに保存した、丁度その後。

 

「……しまった」

 

 そんなことしてる場合じゃなかったとベリアルは自分バカさ加減に怒りが湧いた。

 

「そんな場合ではないな。魔物の手より2人を助けなければ」

 

 ミハとココの頭の、VRゲームデバイスから魔物の気配がしていた。うっすらと小さく、しかし、ベリアルは確かな脅威だと認識した。先程まで全く感じなかったのに。魔物が一枚上手だった。

 

「ミハ。起きろ。ミハ」

 

 とりあえず声をかける。もちろん返事はない。魔物の力は、ミハの精神を捉えている。ベリアルも察してはいた。むうと唸る。

 

「ミハ。ピザが届いたぞ。残らず食べてしまうぞ」

 

 ぺちと顔を叩いてみる。

 

「このマルゲリータ、冷めてしまっては台無しだ。美味いぞ。食べたので分かる。これは美味い。焼き立て熱々だ。最近はピザ屋もハイテクだな。保温容器がしっかりできている。素晴らしい」

 

 ぺちぺちぺちと叩く。ベリアルの手の跡が赤く残るだけで変化はない。まるで眠っているかのような静かな呼吸が続く。声とこの程度の刺激では起きないか。ベリアルはぺちぺちとするのを諦めた。

 

「むう……しょうがない」

 

 あまり時間をかけても意味がない。なにより既に発見にかなり時間がかかっている。ミハとココの心拍や脳波、外見には異常はない。現状、特に問題ない。

 ただ、この魔物が何か分からない以上、それを理由に安心はできない。

 これ以上の時間の消費が彼女たちの命の危機になるかもしれないなら。

 

「強硬手段しかあるまい」

 

 ピザが冷めないうちに助け出してやらねばな。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……え?」

 

 知ってる声だった。そして今、もっとも必要な声だった。ああ、もう弾がない! 

 

「べ、ベリアル! どこにいるの?! 状況、すごくやばくて……!」

 

 なにせゾンビたちはもう数歩あるけばゾンビに掴まれる距離だ。ゾンビたちの本能に任せた挟撃に私たちは為す術もなく踊り場の隅に追い詰められていた。

 そして、たった今、銃声が止んだ。ココの拳銃がブローバックしたまま動かない。弾切れだ。私とココは、武器を失った。このままだと殺される。なすすべなくゾンビに押し倒され、食い殺される。

 そういえばゲームオーバーって、どうなるんだろう。

 

『オオオオ……』

 

 嫌にリアルな血と臓物の臭いが私の鼻を突く。醜悪なゾンビたちが私たちの新鮮な肉を求めて口を開く。同時に、湧き上がる強烈な恐怖が私の頭を支配しようと牙を剥く。

 

「変身するぞ」

 

 私の恐怖を切って落とすように、断固たる意思でベリアルが言った。

 

「え? わ、わかった……!」

 

 迷う暇はない。ベリアルに従う──するとバックルが腰に現れた。既にベリアルがデフォルメされて収まっている。

 

「諸々省略!」

 

「省略!?」

 

 ぼっ!とひび割れと魔法陣の展開が一瞬で行われた。早い早い。こんなに早送りできるならいつもいらないじゃん! 

 

「流石に俺も配慮した。ミハ、変身を」 

 

 そこは譲らないんだ!? ただ口答えをする暇もやっぱりない。

 

「へ、変身!!」

 

 と叫びながらダッシュして、ココに伸ばされたゾンビの手を横に払うと同時に変身完了。袴にスカート、ガントレットにブーツが装着された。

 勢い余って、ゾンビの腕が吹っ飛んだ。大丈夫。気にしない。人間じゃない。それにここは、

 

「ゲームだ!」

 

 ココを足からすくい上げるようにして両手で抱えると空いた足でゾンビの虚ろな顔に蹴りを入れてやる──想定よりも勢いよく吹っ飛んだゾンビはまるでボーリングのピンが倒れるみたい。階段の踊り場からドミノ倒しが如く、倒れていく。

 

 ちょっとやりすぎた。階段の入り口がゾンビで埋まっていたからドミノ倒しにしたおかげで正直に階段を通ることができなくなった。

 でも、それならそれでだ。普通ならやらないけど今ならできる。変身した私なら!

 

「ちょっと乱暴に行くよ」 

 

 



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第十五話 魔法少女と悪魔とラスボス

 

 

「ちょっと乱暴に行くよ」 

 

 ココの答えを待たず階段の手すりの上に飛び乗って、下へ向けて駆け抜ける。

 わっ、すごい。できてる。勝手に体がバランスをとって落ちないようになってる。自転車に補助輪をつけてるように安定している。自分の体なのに自分の体じゃない感覚。不安定な足場もアシストしてくれるなんて便利すぎる。

 

「答えを聞いてから走ってよ! きゃ! は、早い! こわ! もうちょっと遅く、ていうか手加──」

 

 ココの言葉をかき消す轟音、遅れてやってきて体を打つ衝撃波。上で何かが起こっている。

 

「──いやもっと早く!! 来てる!! 落ちてきてる(・・・・・・)!!」

 

 暗い影が私たちを覆ったのに、私も上に視線を向けて、

 

「え、嘘」

 

 足は止めていない。自動操縦されているみたいに走りながら上から来るものにぽかんと口を開けてしまう。

 もうもうと上がる白煙を引き裂いて落ちてきているものがあった。

 ゾンビだ。大きいゾンビが降ってきている。大きいゾンビといっても無数のゾンビが寄り集まってるできたゾンビの塊。ゾンビが手と手、手と足を互いに繋いで作った球体だ。

 

「大きいにもほどがあるよ!?」

 

 大穴を埋め尽くすほどに巨大だった。どこからこんな質量が──と何気なく階段の方を見るとゾンビがすごい勢いで上の方に引きずられていっていた。供給先は、あのゾンビだよね。間違いなく。

 一つ疑問が解決した。

 

「ええっと……なんだろうあれ」

 

「どうやらあれがこの空間を作っている魔物だな」

 

「あの巨大なゾンビが?」

 

「総じて見ればそうだが、どうやら核になっているものがある。ああ、あの真ん中に生えているのだな」

 

「……どれ?」

 

 いっぱい集まりすぎてどれか分からない。首を傾げているとバックルから離れたベリアルが顔の横にやってきて、指を指した。分からない。

 あれって言われても……。とベリアルに視線で伝えた。

 

「白衣を着ているのだ。ほら」

 

「あれって……」

 

「さっき私が撃ったやつじゃない?」

 

 丁度、階段を降りた時、私に襲ってきた上の病院の医院長だ。その人がゾンビ球体から生えている。し、しつこい。でもちゃんと頭を撃ったのになんで……。

 

「あ、そっか。あれがラスボスなんだ」

 

「なるほど。倒した後、安心しきった背中を……的な感じね」

 

 腑に落ちたと腕の中から聞こえたココの言葉に、ベリアルが補足する。

 

「うむ。先程の大群で殺しきれなかった際の処置だな。用意周到だ。このゲームに入った瞬間からここまでのシナリオを定めていたのだろう」

 

「撒き餌に引っかかってことかあ。嫌になるね」

 

「私のせいで……いや魔物が悪いよ」

 

「だよね。やっぱそうだよね。うん、魔物が悪い」

 

 それならやることは決まってる。走り続けた先、階段の終点。そこには円形の広場とどこかへ続くトンネル、そこへ続く列車の居ない線路があった。

 

「この階段何だったと思う?」

 

「……プレイヤーを殺すための階段?」

 

「なるほど……」

 

 途中ほんとに何もなかった。階段とゾンビだけ。この魔物、ステージのことを何も分かってない。上の病院で力尽きて手抜きにもほどがある。

 

「後悔させてあげる」

 

 こんなクソゲー作ったこと。

 

「……その前に、私を下ろしてもらえる?」

 

「あ、失礼しました……。離れててね。危ないし」

 

 抗議の声が腕の中から聞こえたから慌ててココを下ろす。

 

「そうする。気をつけてよね。私たちをピザが待ってるんだから」

 

「ああ、マルゲリータ美味かったぞ」

 

 バックルの方から聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。

 

「ちょっと! なにつまみ食いしてんの!!」

 

「ククク……悪魔すらも誘惑に抗えない、悪魔的なピザってことだ」

 

「上手いこと言ってないで、真面目にやるよ。もう……」

 

 ぷんすか怒ってるココと飄々とどこ吹く風なベリアルに呆れてから上を見上げる。相変わらずゾンビの塊が降ってきている。まだ距離はあるけど冷や汗が背中に浮く。

 

「……一撃、だよね」

 

「一撃だ」

 

 ちょっと自信無くなってきた。それくらいには威圧感がある。

 

「だめだった時は仕方がないが、あの程度俺たちの敵ではないと俺は思う。全力でぶちかますぞ」

 

「分かった。いつものようにやろう」

 

「ただし空中で仕留めるぞ。ココに被害が及ぶ可能性がある。推しを危険には晒せん」

 

 ……なんとなく察してはいたけどさ。

 

「それには賛成」

 

 ゾンビの塊を見上げて睨む。手に力を込めて、構える。

   

「やろう、ベリアル」

 

「うむ──価値無し! 意味無し! 等しく無価値!」

 

 いつもの必殺口上が巨大な縦穴に響き渡る。ゾンビの呻きも威圧も、壁を削る音もものともしない。それがとても心強く私は思う。ベリアルがいるからここに立っていられる。このゾンビも吹っ飛ばせる。

 

「汝、ここに在るべき価値無し!」

 

 両腕のガントレットから青と黒の、冷たい炎が吹き出るのを見て、跳ぶ! 届かない。距離があるでも、

 

「踏み込め!」

 

 ベリアルの声に合わせて、踏み込むと魔法陣が現れる。そしたら次の魔法陣。そのまた次の──魔法陣の階段がゾンビの塊へと私を導く。ただ導きのままに駆け抜ける。

 ……あっ、口上どうしよう。これ毎回考えるの骨なんだよね。そういうセンスないし。

 

「ミハ!」

 

「分かってる!」 

 

 うだうだ考えながら走ってるともう目の前にゾンビの顔がある。足が早すぎる。ゾンビが白濁した目で私を捉え、歯を剥き出しにする。血濡れた腕を伸ばして私を抱きしめるように空中を掻いてる。

 そんなことよりも口上! ええっと……どうしよえーっと! 口上! 口上どうしよう! ああもう!

 

「ゾンビにグロ! キモい奴らはみーんなまとめて無に還れ!!」

 

 いつものを適当にアレンジしたのを叫んで、ベリアルの魔法陣を足場にゾンビの塊の前に踏み込んで。

 

「「ベリアール!!」」

 

 叩き込む!!

 

「「インッパクトォォォオオオ!!!!」」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「おかえり、ミハ」

 

 目を開けると見慣れない天井と覗き込んでるベリアルの顔があった。心配してくれたのかな。嬉しいけど。

 

「……口、チーズ臭いよ」

 

「むっ……すまん」

 

「ふふ、ただいま」

 

 ベリアルが視界からすっと消えたのを見て、体を起こす。どうやら無事にゲームから出れたらしい。

 固まった体をぐぐっと伸ばしてほぐしていると、隣でココがぱちりと目を開けた。

 

「あ、おかえり」

 

「ん、ただいま……。戻ってこれたってことは倒せたでいいの?」

 

「もぐもぐ……。うむ、倒せている。後、念の為にデータチップは破棄しておけ」

 

「はいはい。って、ほんとに食べてんじゃん!! 馬鹿! エビとアボカドのトッピングは私のやつ!!!!」

 

「ククク……。いい趣味だ」

 

「クククじゃないし、引き続き食べてんじゃないよ!」

 

 ローテーブルに並べられたピザをひと足早く食べてるベリアルを見て悲鳴じみた叫びを上げて、ココが飛び起きた。ゾンビの時よりも絶望してるのなに?

 

「まあまあ色々頼んでるんでしょ?」

 

「それはそれ! これはこれ! 許さないからねこの馬鹿悪魔!」

 

 食べ物の恨みって、こわいねえーー……。ココに続いてベッドから降りた私は、ピザを見ながらそういえばと思い出す。

 

「ね、ベリアル」

 

「なんだ、ミハ」

 

「さっきのでゲームオーバーしたらどうなってたの?」

 

 今更ながらの素朴な疑問をベリアルにぶつけると。

 

「死んでいた。精神を魔物に食い殺されて死ぬ」

 

「……ゾッとしないなあ」

 

 今度から怪しいものには気をつけよう……。と心に留めて。

 

「どれから食べよう」

 

 すぐに私は、目の前に並ぶピザに目を奪われていた。だって、どれも美味しそうなんだもの。

 

 



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第十六話 魔法少女と悪魔と眠たい朝

 

 

「ミハ、起きろ。朝だぞ」

 

 ……瞼が重い。布団を引っ張り上げて潜り込む。ベリアルの声の方に背中をむける。やだー起きたくないー。

 今日の午前0時更新が熱すぎた。毎週水曜日は激アツで、毎回張り付いてるんだけどそれでも今日のエクソシスト面白すぎた。蝿の王最高。最悪だけど最高。

 これベリアルに言ったら怒られそうだから言わないでおこっと。

 それにしてもエクソシスト。微妙に身近になっちゃったのやだな。こういうの漫画だけにしてほしい。

 

「ミハ」

 

 まあベッドに潜り込んだ程度でベリアルは引き下がらない。せっかく背中を向けたのに顔の方にぱたぱたやってくる。

 

「起きろ」

 

「……OK ベリアル。後5分…………ぐう…………」

 

『了解しました。5分後にタイマーを設定します』

 

「……マンションの管理AIの呼称、紛らわしいから直しておけ。それに二度寝をするな。学校だろう?」

 

「大丈夫……ちゃんと起きるから……。……もうちょっと……もうちょっと」

 

「まったく……」

 

 ふよふよとベリアルが部屋から去っていった。これで朝のまどろみを味わえる……。昨日の更新を噛みしめる……。

 

『おはようございます。6時30分です』

 

「…………」

 

『おはようございます。おはようございます。おはようございます』

 

 しつこいくらいの管理AIの音声の後、穏やかなBGMと共に部屋の明かりがつく。ついでにカーテンも自動で開く。ついでとばかりにちゅんちゅんとどからか小鳥のさえずりまで聞こえてきた。

 

「ベリアルめ……!!」

 

 あの悪魔、最近うちの設備の扱いにも慣れてきている。おかげでこんなこともされる。現代社会に馴染みすぎでしょ。悪魔の癖に生意気だよ。

 

「分かった。分かったよ……起きるよ……」

 

 うー朝日が染みる〜〜。窓の向こうには青空。うん、今日は快晴。秋晴れ。

 

「いい天気」

 

 なんとかベッドの魔力を脱して、寝癖でうねる髪を整えて、顔を洗って、歯を磨いて。パジャマを脱ぎ捨てて制服に腕を通して、後は朝ごはん──今日はなんだろう。

 

「やっと出てきたな」

 

「ベリアル、すっかりこなれてきたね」

 

 とか思ってリビングに出ると食卓には、湯気をたてる白米、卵焼き、ウインナー、ほうれん草のおひたしとお味噌汁のできたて朝食セットがあった。うーんいい匂い。これにはお腹も思わずくうっと鳴る。

 

「悪魔だからな。推しの健康を支えたい。そういう一途な思いだ。料理を習っておいてよかった……」

 

「悪魔関係あるかなそれ。いただきます」

 

 椅子に腰掛けて手を合わせた。箸をとって、卵焼きを一切れ口に運ぶ。卵と砂糖の甘みと醤油とか出汁とかが渾然一体となって……。

 

「うん、美味しい」

 

 お母さんの味付けとは違う、ベリアルの味だけどそれはそれとして美味しいのは間違いない。

 

「光栄の極み。後、これ今日の弁当。忘れないようにな」

 

 いつの間にか私が使ってるお弁当箱が傍に置かれていた。いたれりつくせり。自分でも作るけど今日みたいな日とかはベリアルが作ってくれる。ありがたい〜〜。

 

「おかずはなに?」

 

「昼までのお楽しみだ。それよりも忘れるんじゃないぞ」

 

「ベリアルも一緒に来るんだから大丈夫だよ」

 

 あーご飯が美味しい。誰かが自分のためにご飯を作ってくれるってとっても幸せなことだよ。

 名残惜しいけど今日の朝食はこのお味噌汁で終了。お椀の底に残らないくらいに丁寧に啜ったら両手を合わせて。

 

「ご馳走様です」

 

「お粗末様。洗い物をさくってやっておくから出かける準備をしておけ」

 

「はいはい」

 

 もうお母さんだよこれ。ありがたくお弁当を巾着袋に入れて、通学用に使ってるリュックにノートと筆箱、タブレット端末を押し込んで準備完了。

 

「それじゃあ、行ってくるね。お母さん、お父さん」

 

 いつものようにリビングの2人に挨拶。唯一残った2人の存在保証。私の両親が存在した確かな記録。当時の事故で壊れた私の端末からなんとか取り出せた画像を印刷して飾ってる。これのおかげで私は忘れずにいられてる。忘れたくない。覚えていたいから。

 

「ベリアル!」

 

「うむ」

 

「行ってきます!」

 

『行ってらっしゃいませ』

 

 誰も居ない部屋に声をかけ、管理AIに見送られながらベリアルを連れた私は部屋を出た。こうして私の今日は始まる。 

 

「といってもモノレールで座ると眠たくなっちゃうな……」

 

 私のマンション前の駅から学校まではモノレールで30分。部屋を出たのが7時半。駅は学校の目の前だから朝のホームルームには余裕で間に合う。

 くあ……とあくびが出る。うー寝たり無い。SNSを眺めるとかサイト巡回とかそういうことをする気にならない。

 

「寝過ごさなければな」

 

「起こしてよ」

 

 ベリアルが意地悪なことを言うから小声で唇を尖らせた。

 

「問題ない」

 

「? 何が?」

 

「俺が起こさなくても問題ないということだ」

 

 浮かべた疑問符がブレーキの慣性に引っ張られて転がっていった。モノレールが駅に停車して、ドアが開くと見慣れた顔がモノレールに入ってきた。

 

「おはよう、ミハ」

 

「おはよ、ココ」

 

 丸い印象のあるショートボブの毛先を揺らしながら同じ制服姿のココは、隣に腰をかけると私の方を見て察したような顔をした。

 

「眠そうだね」

 

「あ、分かる?」

 

「まあ、顔を見れば。どうせ夜、漫画読んでたんでしょ?」

 

「0時更新なんだからしょうがない」

 

「……しょうがないの?」

 

「……推し活は止まらない。止められない。推しの健康を守りたいが推しの推し活も止められない……難しいな」

 

「推し活かあ……そっかあ……」

 

「ベリアル、ココに変な話しないでよ」

 

 神妙な顔してるベリアルはまあ言ってることはいつもと同じだけどココまで悟った顔してどうしたのよ。

 

「なんでもないよー。私は昨日、オンラインでぼっこぼこにされたから萎えて早く寝ちゃったからとっても目が冴えてるんだよね」

 

「うん、あっ……そういう?」

 

「そういうこと。肩貸してあげる」

 

「ありがたい〜〜」

 

 ぽすんとココの肩に頭を預ける。ココ、なんかいい匂いする。香水、シャンプー、リンス、なんだろ。まあいっか。暖かい。

 

「おやすみ」

 

「うん」

 

「尊い……」

 

 ……ベリアルうるさいよ。

 

 



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第十七話 魔法少女と悪魔とお昼ごはん

 

 

 授業風景は、旧東京の頃とあんまり変わらないらしい。

 昔のアニメとか漫画で見て、前に近代史の授業で聞いた。

 

 机を並べて、手元のタブレットに記述される板書を見ながら先生の説明、質問、他の生徒の回答に耳を傾ける。時折タッチペンで気になるところを重点に線を引く。配られる問題を回答する。 

 まあ授業自体はつまらないといえばつまらない。なんとなく窓の方を見る。秋晴れの下の太平洋はとっても綺麗。忙しなくモノレールがプレートの合間に上、等間隔に生えたビルの群れの隙間を動き回ってる。人の姿が豆粒みたい。 平和すぎて欠伸が出そう……出てきたのは腹の虫。くうくうと主張する。

 

「……お腹空いた」

 

 4限目。この授業を耐えればお昼の時間。今日のお弁当はなんだろう。ベリアルが作ってくれたお弁当。楽し……忘れてた。聞こうと思ってたことがあった。この前の緑の部屋騒動で忘れてしまっていた。

 

「ねえ、知ってる? 魔法少女の噂」

 

「最近そういうの多いよね。怪談話もだけど。流行ってるの?」

 

「魔法少女と怪物が戦ってるムービーは最近だとかなりマジなやつだよ? ちゃんとネット見なって」

 

「どういうこ「──ということでここの文章を……山田さん。ここの計算してみてください」は、はい!!」

 

 こうやってこそこそ話を見咎められて当てられたりもする。

 

「私たち、結構噂になってるんだ……」

 

 魔物や殺人鬼を倒す度に、派手に街を破壊してしまうことがある。目撃されちゃうこともあったりするからこうして広まったりする。

 

「そういえばさ、ベリアル」

 

「授業中だぞ、ミハ」

 

 ぷにっとした背中を小声で呼ぶとすぐに返事が返ってきた。授業中、ベリアルは大体私の机の上にいる。

 

「はっきりさせておきたいことがあったのを思い出したの。お昼は、ココと一緒だから今のうちに聞いておきたい」

 

「……聞こう」

 

「私のラスボスってどんなものなの?」

 

「……ラスボス?」

 

「うん。ベリアルは、結末が認められなかったから来て、私を戦えるようにしたんでしょ? だったら相応のラスボスがいるわけじゃない」

 

「まあ……いるが……」

 

 なんだか端切れが悪い。

 

「今、聞きたいか?」

 

「今だと駄目な感じなの?」

 

「今じゃなくてもちょっと……その、まだ早いっていうか……な?」

 

 な?って言われても……。そういう焦らされ方すると余計気になってくるんだけど。

 

「ベリアル。早い話、私がいつまで戦うことになるのかが気になってるの」

 

「中途半端な情報で不安にさせた俺も悪いがしかし……今か……」

 

 ここまで動揺するベリアルも珍しい。何より私の嫌な予感センサーがうるさい。そうなるとラスボスというのは……。

 

「勝てる見込みがないとか……?」

 

 最悪の可能性。そもそも雑な結末とベリアルに言わしめた辺りが怖い。デウスエクスマキナ。無理矢理な結論。絶対に倒せない敵。そういうものが浮かんでくる。

 

「…………まだ、始まったばかりだ」

 

 そのままベリアルは黙り込んでしまった。困った。空気がシリアスになった。どうしよう。

 

「では、ここまでで」

 

 そんなことをしているといつの間にかチャイムが鳴っていた。課題がタブレットに配られてくる。面倒くさい。それにそれどころじゃない。

 

「ミハ、お昼──何この空気」

 

 がやがやと昼休みに入ったのもあって教室が騒がしくなってきたところ、ココがコンビニの袋を片手にやってくると怪訝とした顔をしてた。なんて説明しよう。

 

「う、うんん、なんでもない。ちょっと授業中に寝てたらベリアルに怒られちゃって」

 

「そうなの? モノレールでしっかり寝たのに?」

 

「育ちざかりだからだね」

 

「……そうね」

 

 そう言うとココは、細めた目でじっと私を見る。どこ? 胸? いつもと変わらない胸元。

 

「確かに」

 

「結構邪魔だよ? これ」

 

 ちょっと手元が見にくいのよね。重いし。お風呂の時とかも厄介だし、下着も選びにくいし。

 

「そういうことじゃないっての。ほらさっさと行こうよ。昼休み短いんだから」

 

「ああ、ごめん。ちょっと待ってね。すぐに準備するから」 

 

『ミハ。声は出さなくていい。このまま聞いてくれ』

 

 巾着袋を手に取ろうとしてベリアルの声が頭に響いた。つい手が止まるけど、とりあえず言われたまま返事はせずにそのまま巾着袋を手に取る。

 

『今の話、言えない理由がある。まだ早い、まだ知るべきではないと思うからだ』

 

 ベリアルの話を聞きながらリュックに放り込んでいた端末を取り出して、スカートのポケットに入れる。

 

『いずれ必ず伝える。だから今は俺を信じてほしい。必ず君を生き残らせる』

 

「お待たせ。行こっか」

 

「いつものところでいい?」

 

「いつものところでいいよ」

 

「OK じゃあお願いね」

 

 席を立つ。連れ立って行くのは、いつもの場所。つまり屋上。秋が深まってくるとちょっと厳しいので他の場所を探さなきゃね。でもどこがいいかな。空き教室? いっそのこと食堂? でも視線が鬱陶しい。うるさいし。

 

『俺の一途さを信じてほしい』

 

 大丈夫。私は、私を推してくれるベリアルを信じてる。だからその時はお願い。

 

『分かった。ありがとう』

 

 それはそうと、とベリアルが続ける。なんだろう。また嫌な予感がする。

 

『今朝、モノレールで魔物の気配があった。人間と混ざっていた。間違いなく殺人鬼だ』

 

 ……そんな気はした。お昼食べながらお話し合いしましょう。

 

『ちなみにどんな殺人鬼か分かる?』

 

『原作でもモノレールに出現するものは限られる。シチュエーションかぶりは二番煎じになりかねないからな。そして殺人鬼となると──恐らくミートチョッパーだ』

 

 ミートチョッパー? 

 

『原作では、駅員だった。乗客を拉致、モノレール内に監禁してハンティングごっこを繰り返す殺人鬼だ』

 

 ね、ベリアル。

 

『なんだ、ミハ』

 

 ところでそのミートって?

 

『その殺人鬼の主食は、狩猟物だ』

 

 …………お昼に話すのやめよっか。

 

 



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第十八話 男と女とラブホテル

 

 

 雨が降っている。打ち付ける雨音は、エレベーターの中にも聞こえていた。

 安くて古いラブホテルだ。中層の繁華街の外れの奥まったところにあって、外観の白かった壁も薄汚れている。このエレベーターだって、内装が劣化している。敷かれたカーペットの感触も鮮やかさを失って久しい。こうして雨音だって聞こえる。

 

「ん……」

 

 それも仕方がない。彼女との関係自体、公にはできないんだから。こういう場所で無くてはならない。人が少なく、会計も掃除もあらゆる全てがオートメーションされているような場所。

 

「ぁ……んん……すき」

 

 我慢できず唇を合わせてきた年若い女の顔を薄めで見た。男は、答えるように唇を貪り、背伸びした細くも柔らかな体を優しく引き寄せて、ブロンドを優しく撫でる。空いた手で小さな尻を長めのスカート越しに味わうように手のひらで揉む。

 ……男自身、少女のことを棚上げにできないくらいに盛り上がっていた。

 そのすぐ後、エレベーターが到着の音をたてて、ドアが開く。

 

「続きは部屋だよ、ミーシャ」

 

 唇をやや強引に離した男は、頬を赤らめたミーシャに囁いた。

 

「うん。神……ハインツおじさま……」

 

 体を離すと今度は腕を絡ませてくるミーシャに、ハインツは微笑む。そのままエレベーターから薄暗い廊下に出て、古めかしい鍵にぶら下がった『402』の部屋番号を探す。

 その合間もハインツは、腕に伝わる年の割に大きな胸の柔らかさ、張りのある若い乳房を今すぐ弄びたくてしょうがなかった。

 2人の出会いは、日曜日の教会だ。

 ハインツは、その教会の神父で、ミーシャは、両親に連れられてやってきていた。

 つまらそうな彼女に何気なく話しかけたら思った以上に懐かれてしまった結果、人に言えない関係性の始まりだった。

 最初は教会。夜の教会に両親と喧嘩をしたミーシャがやってきて話し相手をしている内に、唇を奪われた。

 呆然とするハインツのことなど構わず強引に唇を割って入ってきたミーシャの稚拙な舌使い、胸板で潰れる年齢にそぐわない大人びた胸、伝わる高い体温──すべてがハインツのタガを外した。

 以来、彼は、夜の教会の出来事を忘れられなくなってしまった。それはミーシャも同じで、密会を重ね、今日もこうしてラブホテルにいた。

 

「ハインツおじさま、通り過ぎているわ」

 

「ああ、すまない。少しぼうっとしていた」

 

「早く入りましょう」

 

「……ああ」

 

 彼を見上げるミーシャの目は、これから起きることへの期待でいっぱいだった──そうして、数時間。

 

「ふう……」

 

 備え付けの冷蔵庫の中にあったミネラルウォーターを呷る。流石に若いとすごいな……。1周り以上離れていると流石に体力の差を感じずにはいられない。

 大学の頃は、これでも体格を生かして運動部で毎日練習漬けだった。おかげで今もある程度の筋力が保ているが……。

 

「少し運動したほうがいいかな……」

 

 脂肪もついた。筋力も落ちた。体力だって落ちた。

 

「汗でも……っと、どうしたんだい。ミーシャ」

 

「どこに行くの、ハインツおじさま」

 

 ベッドの上でシーツにくるまっていたミーシャが後ろから手を回してきた。汗ばんだ肌が張り付く。柔らかさと体温が先程の情事をハインツに思い出させた。

 

「なに、シャワーさ」

 

「いや。いやよ。もうちょっと」

 

 ぎゅっとミーシャの腕に力がこもる。背中と尻の合間で、乳が形を変える。

 

「一緒に居てほしいの。神父様、お願い」

 

「ミーシャ……」

 

 甘く媚びるような声に我慢できなかった。振り返り、ミーシャを見る。潤んだ青い瞳が情念を浮かべてハインツを見上げていた。

 

「ね、抱いて、ハインツおじさま」

 

「ミーシャ……!!」

 

 ベッドに押し倒し、唇を合わせようとした。

 

『ブ、ブブブブブブブブブ、ブブブブブブブ…………』

 

 その時、部屋のどこからか低く、大きな、蝿の羽音の様なノイズ音が流れてきた。

 動きが止まる。燃え上がる欲情がしなりと萎える。音がやまない。ハインツは、怪訝とミーシャの顔から音の方へ顔を向けた。

 天井に備え付けられたスピーカーが音源だった。

 

「どうやって止めるんだ……?」

 

 部屋に入って、すぐに始めたから部屋の機能については特に意識していない。古い内装とはいえ大体こういうもののコントロールは、ベッドのへッドボードにある操作パネルだ。

 

「……止まらない」

 

 ハインツの努力虚しく、ノイズ音は、スピーカーから流れ続ける。耳障りな音と止まらないことへの苛立ちに、流石のハインツも眉間に皺が寄る。

 

「管理人に聞いてみる?」

 

「そうだね。確かドアの辺りに番号が張ってあったはずだ」

 

 番号はすぐに見つかった。手元の端末に打ち込み、電話をかける……が。

 

「繋がらない……」

 

 というか電波が立ってない。ネットも繋がらない。ここに居てはいけない気がした。今すぐこの部屋から出なければいけないという警鐘がハインツを焦がした。

 

「ミーシャ、服を──」

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

 

 ──着て、外に出よう。という言葉は、ノイズ音の代わりに流れ始めた意味不明の何か言語めいたものに押し流された。

 おぞましい音声。この世のものとは思えない声。地獄の底の亡者たちの呻き声と言われれば納得しかねない。

 

「神よ……」

 

 思わず足を止めた。この音声だけじゃない。スピーカーの穴から何かが現れようとしていた。ブクブクと泡立つなにかがそこにある。

 あまりにリアリティがない光景に、既に服を着終えたミーシャもハインツも動きを止めていた。

 

 ──びちゃんと、それは落ちた。

 

 丁度、ハインツとミーシャを分断するように落ちた。灰色のカーペットが赤黒く染まる。

 それは一言で言ってしまえばスライムのようだった。赤黒い半固体状の物体。ゼリーのようにぷるりとしていて、大きさといえば190センチあるハインツと同じくらい。 

 それは、中に、人体のパーツを浮かべていた。どこかの誰か。男女二人の顔と手足。噛み砕かれるようにスライムの中で消えていった。

 明らかにおかしい。スライムは兎も角、そんなパーツが通り抜けられる幅も広さもスピーカーにはなかった。

 

「ひっ……」

 

 ミーシャが小さく悲鳴をこぼした。それに、ぴちゃりとそのスライムが確かに反応した。反応したら行動は

早い。ずるずるとベッドの方へスライムが動いていく。

 

「ミーシャ!!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 スピーカーの音声も止まらない。ハインツは、気が狂いそうだった。神よ。どうか我々を助けてくれ。祈りながら近くにあった椅子なり小物なりをとにかくスライムに投げた。ミーシャだけは、守らなければ。

 しかし、スライムに当たったものはじゅっと溶けた。一瞬で形を失った。あのスライムに触れられればもう終わりなのが見て分かった。

 だがハインツの行動には意味があった。彼の声には反応しなかったが、投げたもののスライムから外れて、ディスプレイを破壊する音には反応した。

 そちらにスライムの意識と動きが逸れる。その一瞬をハインツは見逃さなかった。忍び足でなるべく早くミーシャに駆け寄り、抱えてもと来た道を同じように戻る。

 

「逃げるよ……!!」

 

 腕の中で恐怖に固まったミーシャが小さく頷いた。

 スライムがディスプレイを溶かし、ベッドを溶かすのを横目になんとかドアの前に、ハインツはたどり着いた。

 

「なっ……!」

 

 今度はドアが開かない。何故か開かない。ドアノブをどちらに捻っても。押しても引いても。

 

「どうして……!」

 

「ハインツおじさま……!!」

 

 焦るハインツの耳に悲鳴混じりのミーシャの声が聞こえた。振り返るとスライムが迫ってきていた。ドアの音に気づいたのかミーシャがいないのに気づいたのか。

 どちらは分からないがどちらにせよ2人の命運は尽きようとしていた。

 なにせ逃げ場はもうない。

 唯一の出入り口のドアは何故か開かず、左右はとてもじゃないが突破できない硬い壁。前にはスライム。

 

「ミーシャ、後ろに隠れてなさい」

 

 腕に抱えていたミーシャの盾になるように、ハインツは、彼女とスライムの間に立った。

 

「あのスライムが襲いかかってきたらなんとかドアに押し付ける。それできっとドアが溶ける。そこから逃げ出すんだ」

 

 大人として、社会的にも世間的にも神父としても終わっているとしてもミーシャをみすみす殺させるわけにはいかない。ハインツの男としてのプライドがそうさせた。

 

「で、でも……!」

 

「ミーシャ、それしかない。それしかないんだ……!!」

 

 振り返らない。盾として死ぬ。なんとか彼女だけは救ってみせる! その気概だけでハインツは立ち向かう。

 

「────!!」

 

 立ち向かう、はずだった。

 スライムのいた丁度、横。他の部屋との仕切りになっている壁が破壊された。衝撃波。轟音と強烈な衝撃がスライムを捉えて反対側に吹き飛ばした。

 もうもうと立ち込める白色の煙。コンクリートの粉塵の中、出来上がった大穴をくぐり抜けてきた影が一つ。

 

「あ、ご、ごめんなさい。お邪魔してますぅ……」

 

 その影はハインツを見ると少女の声を発した。何が何だか分からない。ハインツはそういう気分だった。

 

「きゃっ……ええ、えっと、ごめんなさい……その何か……隠して……」

 

 少女の影が今度は悲鳴を発したそこでハインツは、思い出した。

 

「あ、ああ……こちらこそすまない……」

 

 そういえば全裸だった、と。

 

 




次回からはいつもどおりです


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第十九話 魔法少女とFPSオタクと初めてのラブホテル

 

 

「これがラブホテルかぁ……」

 

 中層、繁華街の外れ。人通りの少ない寂れた通りにぽつんと立ってるこれまた寂れたビルが、今日の放課後の私たちの目的地。

 ベリアルが言うに、今回の魔物の現れる場所。

 このラブホテルで色々としている皆さんに襲いかかる魔物たちによる殺戮劇場R18とかなんとか。定番な気はする。昔そんな映画を見たような……気がする。

 ただ私たちは、それ以前の問題で立ち往生していた。

 あいにくの雨だから早く中に入りたいんだけど。

 

「推しとラブホテル……晒されて、殺される……? 流石に今死ぬわけには……だがこの経験でマウントがとれるのでは……? しかしだな……倫理的にだね……」

 

 隣のベリアルは、すごく胡乱な事をぶつぶつ呟いている。気持ち悪い。でも私もネットを彷徨ってる時とかアニメとか見てる時こういうのあるからあんまり強く出れないんだよね。

 

「ら、ラブホくらいで、な、何キョドってるのよ。ラブホくらいで……」

 

 ベリアルを挟んで隣のココは、キョドってる。視線が泳ぎまくってるし、顔もちょっと赤い。肌が白いからよく目立つんだよね。そんなにキョドる要素ある?

 でも確かに緊張はする。ラブホテルなんてこう……するところだしね。私も自分の人生にラブホテルに行くというイベントが入るとは思わなかった。初めてはロマンティックな方がよかったなぁ。

 

「それでどうやって入るの? ラブホテルのシステムなんて知らないよ」

 

「入り口の近くにあるパネルを操作すればいい。支払いも全部済ませられる。あそこオートメーション化されてるみたいだし、店員とかには会わずに済むと思うよ」

 

「あ、そうなの? 詳しいね」

 

「し、下調べくらい普通だし……!! ほら! 早く行こ!!」

 

 道の反対側にあるラブホテルへ一直線のココについていく。歩きなのにやけに早い。置いてかないでよ。刈り上げた襟足を揺らして自動ドアをくぐったココに続いてラブホテルの中に入る。

 

「歩くの早いよー」

 

「そんなことないでしょ。ミハが運動不足なだけだよ」

 

「え〜。最近ちゃんと動いてるし」

 

 最近は、殺人鬼に追い回されたり追い回したりしてる。魔物相手にも同じことしてるし。おかげで最近ご飯も美味しい。だから前よりも運動不足を解消できてる……はず。

 

「……それもそっか。ごめん。私が悪かった」

 

「いいよ。それにしても結構部屋あるね」

 

  入ってすぐの壁一面を占める年季の入った大型ディスプレイには、1から4階各階の部屋の空き状態と内装サンプルが表示されてる。

 

「それでベリアル、どの部屋がいいの? 結構空いてるけど」

 

「401号室。そこを借りてくれ」

 

「了解。これが受付のやつね。支払いは……うちのでいいか」

 

「あっ、私も出すよ!」

 

 ディスプレイの前にある固定端末を操作し始めたココに、慌てて自分の端末を取り出す。流石にそれは悪い。

 

「いいのいいの。うちの経費で落とすから」

 

「けいひ?」

 

「……なんでもない。気にしないで。経費……経費でラブホ……!? え、時間設定? そっか。時間か……」

 

「休憩、3時間だ」 

 

「はいはい。よし。部屋取れたよ。さっさと行こ」

 

『401』というキーホルダーのぶら下がった鍵を見せて、そのままココはエレベーターに向かっていく。せっかちだなあ。お出迎えとばかりにエレベーターがやってきていた。ココの後に私も乗り込むとすぐに出発した。

 雑談をする間も無く、私たちを乗せたエレベーターが目的の階に到着する。

 

「『401』だったよね。どっちかな」

 

「こっちみたい」

 

 足早なココの後に続いて、エレベーターから私も出る。安っぽいカーペットのひかれた廊下は、薄暗い。既に何かが出そうな空気がある。怖いなあ……。魔物が出るって言われてるから気も抜けない。

 

「ミハ、まだ魔物は出ないから肩の力を抜いていい」

 

「そうなの?」

 

「うむ。じっくりラブホの空気を味わってくれ」

 

「いや、別にそういうのはいいんだけど」

 

「またまた。思春期の男女はこういうのに機敏と聞いた」

 

「セクハラで訴えるよ?」

 

 そもそも男いないじゃない。

 

「推しに訴えられる!? 前世でどれだけの徳を俺は積んだんだ……!?」

 

「悪魔に前世も何も無いと思うよ……」

 

 さっき倫理観で悩んでたのどうなったの?

 

「2人とも部屋あったよー」

 

「ごめんごめん」

 

『401』とプレートの貼られたドアを開けて、ココが一足先に中に入っていった。雑談に集中しすぎて、また先を越されてしまった。

 

「あんまり広くないね」

 

「安い部屋だからな」

 

 なるほど。いや、そうなんだ。

 ビジネスホテルよりちょっと広い感じ? ベッドは私たちなら余裕で並んで寝れる。体が大きいと窮屈かも。後は壁際にディスプレイとこれは……何気なく開けたドアは、トイレ。あとお風呂。あ、冷蔵庫もある。何入ってる──って、この自販機……うわ、すご。この下着やば……。え?! これ……入るの……?

 

「それで私たちはどうすればいいの、ベリアル」

 

 私と一緒に部屋を見回ってたベリアルに、ココが尋ねる。そう私たちは、重要なところをまだ聞かされていない。

 

「待機だな」

 

「待機?」

 

「うむ。魔物の出現には予兆がある。それまで待ちだ」

 

「そう……」

 

 溜息を吐いて、ベッドにぼふんとココが腰掛けた勢いで横になった。そうだよね。魔物の相手は命がけ。私と違ってココは特に。緊張もするよね。

 この前の緑の部屋、次はVRゲーム。そしてモノレールの殺人鬼。一緒に戦ったのもこれで4回目だけど、ココは別に変身できるわけじゃない。生身で魔物や殺人鬼と対決する恐怖は私も分かる。

 

「ね、ココ」

 

 私もココの隣に仰向けで寝転がる。スプリングがちゃんと効いてるしシーツも綺麗。気を抜くと一瞬で寝ちゃいそう。今日も学校疲れたし。

 

「なに?」

 

「お腹空かない? 私は空いてきた」

 

「うーん、ちょっと空いた」

 

「ここルームサービスあるみたいだよ」

 

 ほらほらと部屋を物色してた際に見つけたタブレットに表示したメニューをココの方に肩を寄せて見せる。ココは、少しの間メニューを見つめると。

 

「……頼んじゃおっか」

 

「そうこなくちゃ」

 

「何にする?」

 

「あっ、ハンバーグとかあるんだ……。ファミレスみたい」

 

 きゃっきゃとメニューをめくっていると空気が少し明るくなった。よかったなんとかなりそう。

 私がミートスパゲティ、ココがチーズエビグラタン、フライドポテトを注文した。後は待つだけ。

 待つ、だけなんだけど……。

 

「ひぎぃ♡!? だめ♡! だめ♡! イっちゃう♡! それ一緒にされるとだめ♡!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「だめ♡! だめなのぉ♡!! だめ♡! だめ♡! だめ♡! しゅきすぎて、だめになる♡!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

「しゅき♡! それしゅき♡!! イっちゃうから♡!! しゅきぃ♡!! いく♡! いくぅ♡!! あ”♡! あ”あ”♡!! あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ああああ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡!!!!」

 

 壁が薄すぎる。

 

 

 



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第二十話 魔法少女とスライムとラブホテル

 

 

「やっと声が収まった……」

 

 15分後。やっと隣の部屋から聞こえていた声が止まった。助かった……。やっと肩から力が抜ける。たまんないよ、ほんと。魔物と戦う前に力尽きちゃいそう。私が先に後悔させられそうになる。

 ラブホテル、なんて恐ろしい建物だ。

 

「ほんと、やれやれね。ココ」

 

「…………」

 

「ココ?」

 

 そういえば寝転がったまま動かない。寝ちゃったかな。寝ちゃうのは流石に困る。一人で残されるのは寂しい。という私の視線に気づいたのかココが体を起こして、耳からワイヤレスイヤホンを取り出した。

 

「ず、ずる……!!」

 

「声、止んだね……ごめん。イヤホンしていたから聞こえなかった」

 

「ず、ずる……!!!!」

 

「それは聞こえてる。仕方ないじゃない。あんなの聞いてられないもの」

 

 確かにそうなんだけど……! しかし、用意周到だなぁ。私も見習おう。

 

「……ふう、危なかった…………」

 

「? 何が?」

 

「なんでもないよ。気にしないで。ちょっと私お手洗い行ってくるね」

 

「あ、う、うん」

 

 すごい速度で早歩きしてトイレのドアをバタン!と閉めたココをぽかんと見送った。

 

「なんだったんだろ……」

 

 答えは誰からも返ってこない。顔赤かったけど大丈夫かな。

 暇なので、ベッドを端から端まで転がる……と何故かココの居た場所が一部ちょっと湿ってる。やだな。雨漏り? 天井を見上げても特にそれっぽい様子はない。首をかしげて端末を触ってるとぽーんと高い音が鳴った。部屋のチャイム?

 

「あれだ。ミハ」

 

「ああ、なるほど」

 

 ベリアルに言われるまで気づかなかったけど部屋の隅に配膳用のエレベーターがあった。ランプがちかちか光っている。こうやって届くんだ。感心しながら開閉ボタンを押して開くと頼んだ料理が乗っていた。

 

「手伝うよ」

 

「そこのテーブルに食べよっか」

 

 いつの間にかトイレから戻ってきていたココと一緒に、ぱぱっと料理を並べる。いい匂い。冷凍食品だろうけど、それでもお皿に乗せればちゃんとしてるし、スパゲッティもグラタンも美味しそう。くうくう鳴いてるお腹には十分ご馳走。

 

「それじゃあ早速いただ──「ブブブブブブブ、ブブ」────え?。

 

 ココと顔を見合わせる。蝿の羽音みたいなノイズ音。どこから? 

 

「ジジ、ジ────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

 上! 意味不明な言語が天井のスピーカーから流れ始めていて、スピーカーの穴から赤色の何か粘着質で液体のようなものが現れようとしていた。タイミング悪いよ! 

 

「ベリアル!」

 

 ハンバーグお預けだなあ……。と思いながらそそくさと料理を部屋の隅に運ぶ。運んでいると。

 

「来るぞ!」

 

 ──スピーカーから現れたのは、赤色の、巨大なスライム。

 私とココよりも30、40センチ近く大きい。だから私たちはスライムを見上げる形になる。

 

「変っ、身──!!」

 

 音声諸々省略! いつもの和装。いつものガントレット。いつものブーツ。靴底で床を軋ませ、拳を握る。何か仕掛けられる前に、倒す!! 

 

「ミハ、触れないようにしろ! 溶かされる!!」

 

「ええ!? じゃ、じゃあこれだ!」

 

 バックルから聞こえたベリアルの声にインターセプトされて、手を止める。ずるずるとスライムが来る。入り口までの通路を塞がれた。ココを庇って前に出る。どうしよう。どうする? 何か──よし! これで行こう!

 

「ココ! 離れてて!! 後伏せて!!」

 

 さっきまで寝転がっていたベッドを片手で掴んで、持ち上げて、スライムへ横薙ぎに叩きつける! びたんと欠片を飛び散らせながらスライムがディスプレイの方に飛んでいく。うわ、一瞬でディスプレイが蒸発した。これはやばいって。

 

「ベッドごといけ!」

 

「了解!」

 

 ベッドを盾みたいに構えて壁に押し付けて、殴る!──と、壁が耐えられなくてそのまま隣の、隣のそのまた隣の部屋まで吹っ飛んでいった。

 

「あっ……」

 

「あっ……」

 

 声が丸聞こえなほど壁が薄いのを忘れていた。やっちゃった……。もうもうと上がる白煙の中からこそっと覗いて、空いた穴をくぐる。するとびっくりした顔のおじさんと女の子に目が合う。

 

「あ、ご、ごめんなさい。お邪魔してます……」

 

 ──そして、おじさんの巨大なものを見てしまった。

 

「きゃっ……ええ、えっと、ごめんなさい……その何か……隠して……」

 

「あ、ああ……こちらこそすまない……」

 

「ハインツおじさま。私も一緒に探します」

 

「ありがとう、ミーシャ……」

 

 いそいそと隠すものを探すおじさんとそれを手伝う女の子の様子を見ていると肩を叩かれた。振り返るとココが拳銃を抜いて立っていた。表情は明るくない。真剣な顔に私も引き締まる。

 

「私、足手まといになりそうだし、この人達と避難するよ」

 

 ココの指差す方を見ると、奥の壁の穴から何事かと呆然とした顔が複数覗いた。さっきの2人以外にも無事な人がいた。よかった。無駄じゃなかったと胸を撫で下ろす。ただ……。

 

「足手まといだなんて……」

 

「実際そうよ。あれ銃弾効かなそうだし。さっさと逃げたほうが邪魔じゃないでしょ」

 

「ミハ。ココの言う通りにしたほうがいい。あの魔物は、厄介だぞ。見ろ」

 

 言われて足元を見ると私たちの部屋に散らばっていたスライムの破片がずるずると私の空けた穴の方へ這った後、バッタみたいに跳ねながらさらに穴の向こう、隣の部屋から向こうの部屋の方へと消えていった。それが一つじゃない。破片全てがそうしていた。

 

「予想しなかったというと嘘になるが、これは今まで通りにはいかないかもしれないぞ。覚悟しろ、ミハ」

 

「……わかったよ。ベリアル」

 

 確かに、ベリアルの言う通り、私一人の方がいいかもしれない。

 ただでさえあのスライムは、私が触れるのも危険なんだから。ココが触られるときっと生きていられない。

 

「それじゃあお願いね、ミハ」

 

「うん。気をつけて、ココ」

 

 ココにお客さんたちを託して、私はスライムを追う。次の穴を抜け、無人の部屋をいくつか抜け、そして。

 

「あっ……」

 

 男の人の死体があった。終点の部屋で死体を前に立ち尽くす。傷跡、というかもうバラバラになってるんだけどスライムに溶かされて殺されたみたいだ。

 

「馬鹿な……」

 

「ベリアル、これおかしいよね」

 

 おかしかった。何故ならこの人だけは、死んでいるはずがない。

 

「来る前にも伝えたが今回の元シナリオは、ミハは雨宿りで偶然このラブホテルにやってくる。雨の過ぎ去るのを待っていると各部屋に、スライムタイプの魔物が魔術師により召喚される。ミハは運良く脱出できたが、他の客たちは皆、スライムに殺されてしまう」

 

「その魔術師、この人だよね?」

 

 聞いていた特徴、スキンヘッドにタトゥー。異様なほど青ざめた肌。正反対のブラックスーツ。うん。間違いない。

 

「ああ……スライムの処理を済ませてから探せば問題ないとたかをくくっていたが、まさかスライムの制御に失敗して殺されているとは……。すまない」

 

 しょぼんとベリアルが落ち込む。

 

「まあ、仕方ないよ。誰だってミスはある。とりあえずスライム探そう。あれを処理すればもう終わりなんだから」

 

「うむ……」

 

 見落としがあったかもときびすを返す──足が掴まれた。柔らかく、そしてなにより熱い。

 

「え?」

 

 瞬間、視界がブレた。景色がぐにゃんと加速して、上に──背中が硬いものにぶつかり、硬いものが砕けて、耳を砕く轟音。気づけば空中にいた。

 痛みが遅れてやってくる。口の中で鉄の味が広がる。視界が涙でぼやける。焼けるように足が痛い。見下ろすと掴まれていた場所が赤く黒く爛れていた。

 

「ミハ! 大丈夫か!!

 

「だい、じょうぶ……!!」

 

 重力に足を掴まれるまでの束の間の空中浮遊、見下ろす先には、大穴が空いた屋上があって。

 

「嘘、でしょ!?」

 

 巨大な、先程より数十倍は巨大化した赤色のスライムがラブホテルを引き裂き、破壊しながら中から現れていた──スライムの触手が来る!! 

 私は、反射的に両手をクロスしてガードする――も意味をなさず、そのまま私の体はさらに空高く打ち上げられた。両腕が衝撃に痺れて、何より熱く痛んだ。

 

 ──やばい。

 

 衝撃に明滅する視界、痛みに揮発しそうな思考、それらを餌に恐怖を思い起こす心が同時に思った。

 

 このままだと殺される。

  

 

 



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第二十一話 FPSオタクとピンチと自称ファン

 

 

「うっそでしょ……!?」

 

 客たちを逃した私は、突如頭上から聞こえた轟音の後、降り注ぐラブホテルの瓦礫を避けて離れたところ、ようやく何が起こったか認識した。

 巨大なスライムがラブホテルの頭を引き裂き、現れていた。地上からでもはっきりと視認できる巨大さ。体色と状況から先程私たちを襲ったスライムであるのは間違いない。

 間違いないけどあまりに大きすぎる。私たちの部屋に現れたものよりもずっと。一体、何がどうなってるの?

 

「なんて思っても答えは出ないし……特にできることもないんだけど……」

 

 強いて言うならミハの無事を祈るとか、ミハの邪魔にならないようにするとか。どちらにしてもここから逃げ出すことになる。

 

「くそ……!」

 

 歯噛みするしかない。何を言っても何をしても無意味。あのスライムへの有効打を私はもちえない。というか、環境維持保全委員会の、私が知っている兵装であれを倒すのは不可能だと思う。

 スライムは、ラブホテルの中の時と違って私を見てもない。相手にもされていない。今こそ逃げるべきだ。

 

「……だけど」

 

 あの子が、ミハが一人になってしまう。

 誰かの為に頑張っているミハが一人になってしまう。誰にも見届けられることなく、ただ一人で戦うのはきっと虚しい。

 

「だったらなによ。ここで祈って見て何が起こるのよ」

 

 それで巻き込まれでもしたら心を痛めるのはミハだ。友だちの足手まといになりに来たわけじゃないでしょう。

 環境保全委員会の一員としている。この都市を守るために居る。

 友だちと都市、2つとも守りたい。 

 

「だけど……」

 

 そんな力はない。どこにもない。都合よく力はもたらされない。

 

「──そこの可憐な方、お困りですね?」

 

 ────そう。普通ならそうだ。私はどうやら幸運で、普通じゃなかったらしい。それはこの後知ることだけど。

 

「誰……!?」

 

 いやに甘い空気をまとった声に反応して振り返る。

 そこ居たのは、白い悪魔。ずんぐりとした真っ白いツノと羽のある生き物。

 悪魔と分かったのは、あまりにベリアルとそっくりだったから。ベリアルと違うのは色と片眼鏡(モノクル)をつけてるとこ。明らかにこの世の普通の生命体じゃない。

 

「ベリアルの友だち……?」

 

 魔物──と前なら思うところだけどよく似た存在を知っていたからまずその線から探ってみることにした。

 

「ベリアル? まあそうですねえ。友人ではあります。そして。私は、強いて言うならば……」

 

 考え込む素振りをした後。

 

「貴方のファン、でしょうか」

 

 悪魔って、ほんと……。ベリアルの同類だとすぐに分かった。

 

「それで自称ファンさんはなんのよう?」

 

「欲しい物があるのでしょう? 私のアイドル」

 

「普通に名前で読んでもらえない? 流石にその呼び方は辛い。というかきつい。キモい」

 

「うっ……ふふ……ならココ。君は、今、なによりも欲しい物があるのでしょう?」

 

 いや気持ち悪い。なんだろう。なんか気持ち悪い。

 

「……あるけど、それがなに」

 

 ……上空でミハがあらぬ方に弾き飛ばされた。大気の震えが地上の私まで伝わってきた。ビリヤードの玉のように空中を転がり、吹っ飛ぶミハを触手が追う。体勢を立て直したミハは、ビルを足場に、時に触手そのものを足場にしてミハは懸命に抗っている。しかし手数に差がありすぎる。なによりメインの打撃が通らない。防戦一方だ。

 

「それを私は与えてあげられると思うのです」

 

「……どうしたらいい?」

 

「求めてくれればいい」

 

「そんな、都合のいい……」

 

 まるで、いやこれは正しく。

 

「言ったでしょう? 私は、貴方のファンです──欲されれば与えずにはいられなのですよ」

 

 悪魔の誘惑。伸るか反るか。悪意か善意か。この胡散臭い存在は、信用できるのか。

 ……ミハもこういう気持ちだったのかな。

 ああ、私、こんなことも聞けていない。ここでなんとかしなきゃ、きっと多分永遠に聞けない。丁度、近くのビルの壁と窓を破壊しながらミハの体がビルの奥へと消えていった。

 スライムがラブホテルから這い出してくる。

 もう時間がない。こんなの、もう。

 

「ずるい……!」

 

「ファンと言えどあくまで、悪魔ですから」

 

 含みのある笑みを浮かべる悪魔は、どこまでもなによりも胡散臭い。

 

「わかった! 分かったから、私の欲しい物を頂戴!」

 

「具体的に、マイアイドル」

 

 ああ、もう調子に乗って!! 歯ぎしりして、しゃにむにに叫んだ。

 

「力を、私に力を寄こしなさい!!」

 

「了解しました、マイアイドル」

 

 悪魔がうやうやしくお辞儀をすると腰に、ミハと同じバックルが出現した。それから小さくなった悪魔がバックルに収まった。

 

「では、参りましょう」

 

「変──「おっと待ってください」──もうなに!? 急いでるんだけど!!」

 

「変身口上をお願いします」

 

 ああ、ミハがやってるあの恥ずかしいやつ……ってベリアルの同類は皆こんななの!?

 

「失礼ですが、大事なので繰り返します。変身口上を。なにより君は既に知っているはずです」

 

 あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”もう! ふざけるな!! と叫び出して苛立ちのまま地団駄を踏みたいのをなんとか堪えた。ただでさえ時間がない。大きな溜息を吐いてから大人しく口を開いて。

 

「お腹から声を出す感じで。後、可愛さを忘れてはいけません。キュートに、とってもキュートにお願いしますね。大事ですから。大事なんですよ? 私、この変身口上考えるのにとっても時間を費やしたんですよ」

 

 眉尻をひくつかせて。

 

「…………あんた、そういえば名前は?」

 

「ああ、失礼。私、名乗ってませんでしたね。とんだ失礼を」

 

 こほんと咳払いをした悪魔は、折り目正しく慎ましく。人間だったなら深々とお辞儀をするように名乗った。

 

「アスモダイと申します。今後ともよろしくお願いいたします。私のアイドル」

 

 そして、悪魔(アスモダイ)は、甘く胡散臭く微笑んだ。

 

「その呼び方やめてって……」

 

「おっと失礼。では今度こそ」

 

 言われなくても分かってる!

 

「──行くよ!」

 

 



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第二十二話 銃とメイクと魔砲少女

 

 

「いつつ……」

 

 衣装、ボロボロになっちゃったな……。スライムに溶かされた衣装の傷口は、痛々しい。その下の体もじくじくと至るところが痛む。青あざになっちゃってる。これ綺麗になるかな。

 

「ミハ! 大丈夫か!!」

 

「大丈夫。うん、大丈夫。まだいける」

 

 ……ぼんやりとしていた意識がベリアルの声に引き戻される。視界が赤い。手の甲で擦って拭う。ちくりと痛む。瞼の上を切っている。全身、見れないところも傷だらけだから誤差みたいなものだけど。

 

「いけるか? いや、無理はしなくていい。ここは……」

 

「だめだよ、ベリアル」

 

 どこかのオフィスの誰かが使っていたデスクを押しのけて、立ち上がる。体が重い。けどまだやれる。

 

「続けるんだ。ここで負けたら今まで努力がおじゃんだしね」

 

「…………」

 

「ベリアル?」

 

「推しが力強く育ってる……。感無量」

 

「気持ち悪いなあ……」

 

 思わず笑みがこぼれた。この悪魔は、いつだって平常運転だ。真剣に心配したと思えば、真剣に気持ち悪くなる。

 ズズズッ……。と音がした。ベリアルから音の方に視線を向ける。巨大な、赤いスライムがラブホテルから私たちの居るビルへと体を伸ばしてきていた。その触手や体が触れたものから煙が上がって溶けている。

 逃さない。必ず殺す。そういう意思をスライムに感じた。

 

「どうしよっか」

 

「俺の見込みが甘かった。まさかここまでの強度がある魔物とは……」

 

「反省会も今度だよ。倒す方法考えて。私も考えるから」

 

 言いながらもスライムの圧力に負けて、じりじりと後ろに下がる。下がるしか無い。

 

「ベリアルインパクトで吹き飛ばす?」

 

「だめだ。ばらばらにしてもすぐに固まってしまう。完全に消滅させるか核にあたるものを壊すしか無い」

 

「核? 脳とかそういう?」

 

「そういうものだ。スライムを制御しているものがどこかにあるはずだ。ラブホテルももう瓦礫の山。呼び出した魔術師も死んだ。ならば本体にしかなかろう」

 

「よしそれを探そう──って軽くいうのは簡単だけど……」

 

「この巨大なスライムのどこにあるか……」

 

 アイディアが出ない。触ることができない以上、攻撃を通すことができない。つまり削ることもできない。この巨大なスライムを掘削してとかそういうのもできない。状況は厳しかった。

 

「それは任せてもらいましょう」

 

 その時、どこからともなく甘い声がオフィスの中に響いた。ベリアルより高くて、どこか品の良さを感じる声。

 

「その声は……!」

 

「ベリアル、知ってる人?」

 

 私が尋ねる声を掻き消すように、重い金属音がビルを、空を、スライムを貫いた。

 

「何が!?」

 

 疑問の答えはすぐに。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「では、ミュージックスタート!」

 

 ぱちんと指を鳴らしたアスモダイの言葉の後、どこからともなく鳴り響くポップでテクノなサウンド。どこから流れてるのよ、これ。

 

(ワン)!」

 

 私を囲い込むように読めるような読めないような文字の刻まれた魔法陣が現れる。上に三角形の頂点に3つ。左右前後に1つ。

 

(トゥー)!」

 

 さらに、足の下に一際大きなもの。

 

(スリー)!」

 

 そして、魔法陣が回り始めた。

 

「──メイクアップタイム!」

 

 全ての魔法陣がスポットライトのように白い輝きを放ち私の手先から足先まで塗り潰していく。顔以外が真っ白なシルエットだけになった私を彩るように変わりの衣装が、武器がそれぞれ装着されていく。

 ちょっと甘可愛いすぎない? ふわふわしすぎだし、ふりふりしすぎ。もうちょっとしゅっとしてる方がいいよ。

 

「うう……いい感じです……。泣きそう」

 

 恍惚とした邪念が見えた。我慢我慢。我慢しよう。

 

「──変身(メタモルフォーゼ)!」

 

 同時に、私を覆っていた光が弾けて、その姿がはっきりと視認できるようになった。

 ロリータっぽいオフショルダーのフリフリした白いトップスに、下はフリルの多い真っ赤なフレアスカート。足の方にはガーターベルト付きストッキングに、高めの赤いヒール。いつの間にか両手には、真っ赤で重たげな大口径で、その上やけにバレルの長い拳銃が一丁ずつ。

 

「悪いやつをドカンと粛清! 魔砲少女 アデ♡マギ!」

 

 一応銃口を前に向ける決めポーズ。恥ずかしいし、何より背景で炸裂するハートは余計だと思う。誰も居なくてよかったと思うべきか、誰もいないのに決めてるのがきついのか。

 

「いや、何この尻尾?」

 

 正しく悪魔の尻尾なものが生えていた。私の意思に沿ってくねくね動く。

 それにこの衣装、肩出過ぎ……というか背中も結構もろじゃんこれ。防御力とか大丈夫なの?

 

「蠱惑な小悪魔、ロリータを添えてとなっております」

 

「やかましいわ」

 

 まさかと思って頭に手をやると小さな角が左右揃いである。お揃いなのがはらたつ。

 

「っと遊んでる場合じゃないんだった! やるよ、アスモダイ!」

 

「かしこまりました、マイアイドル」

 

 ツッコまないからね──頭上、ミハに襲いかかるスライムへ銃口を向ける。さっきと違う。今ならやれる。確信がある。

 

「喰らえ────!!!!」

 

 引き金を弾いた。引き続ける。とてもじゃないが拳銃とは思えない射撃音を上げて、高速でブローバックする。人の腕で使えば間違いなく脱臼では無事で済まない衝撃が体を打つ。

 まるでガトリング砲のような何かだった。しかも弾切れがない。

 私は自分の唇の端が持ち上がるのを感じた。歯を剥き出しにして笑う。笑いが止まらない。

 こんなの気持ちよすぎる。恍惚になる。まるでチートだ。

 吐き出される弾丸がスライムの体に大穴を空けていく。ビルに触っていた触手を弾丸が砕く。落ちてくる破片を避けて、さらに撃つ。ひたすらに撃つ。

 

「ココ!?」

 

「ミハ!!」

 

 スライムが堪らず離れたところ、ビルの隙間からミハが顔を覗かせた。よかった。無事だ。安堵の溜息を吐く私をそっちのけに目を見開いて、キラキラと。

 

「!! 可愛い!!」

 

「っ〜〜! そういうのは良いって!!」

 

 頬が熱い。この格好やっぱり可愛らしすぎる。

 

「でも思った時に伝えなきゃ!! 伝えたかったじゃだめな時がある!!」

 

「重いなあ!?」

 

 なんて含蓄のある……。っとスライムが私を見ると同時に触手がぎゅんと前動作無しに放ってきた。さっきまでいた場所の舗装を砕いて、クレーターを作る。跳ねて避けて、お返しと弾丸を見舞う。反射して来る触手を回って打点をずらし、避けてまた撃つ。

 躱して撃つ、を繰り返す。

 

「とりあえず私がスライム引き受ける! 引き受けてる間に──核を、見つけて!!」

 

 空けた穴も、砕けた破片もすぐに本体に戻っていくスライムに私は頬を引き攣らせながらそう叫んだ。

 アスモダイがベリアルから聞いた唯一無二のこのスライムの攻略方法。

 ミハが叩け無いなら、私が撃ち抜くしかない。

 

「できるのよね?」

 

「できますとも、マイアイドル」

 

 だったら。それなら。両手の二丁をスライム目掛けて構え直し。

 

「やってやるわよ……!」

 

 叫ぶように引き金を弾く。

 

「嫌になるほど撃ち込んであげる!」

 

「その意気です。マイアイドル。最高」

 

 ……先にこっちに撃ち込みたい。

 

 



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第二十三話 意地と拳と魔拳少女

 

 

 銃声がビルの谷間に鳴り響く。もう銃声っていうよりマシンガン、ガトリング、そういう感じだ。銃声と銃声が連なって一つに聞こえてしまうほどの連射音。

 音に弾丸をばら撒くココをスライムが縦横無尽に追っていくのが見えた。弾丸に貫かれながらも追いかけるのをやめない。ビルを壊し、街路樹を薙ぎ払い、道を壊しながら進んでいく。痛みなんて感じないんだろう。躊躇いがない。ただただ音を追っかけるみたいな、動いてるものを追いかけてるみたいに見えた。

  

「……そういえば人が全然いない」

 

 別に今はいなくていいけど。中層の、こんな寂れた区域だから人気がないってのはあるけど、ここまで居ないのは不自然だ。さっきラブホテルで助けた人たちくらいしか見ていない。

 

「魔物のシナリオによりけりだが、今回は、外部の助けを呼ばせないように離れさせているみたいだな。  元々ラブホテルからは誰も脱出できないシナリオだ。偶然人がいなくなっているという風に調整されている。だから電話も通じないし、ネットも繋がらない。

  これも魔物の能力と言えるだろう」

 

「そっか……。怪我の功名だね」

 

 逆に言えば人気が異様にない場所は、魔物がいる可能性があるってことか。覚えておこう。

 

「それでベリアル。どこが怪しいと思う」

 

「魔物の気配が強い場所。そして何よりスライムが攻撃を受けないように庇う場所」

 

「だとすると体の真ん中の方かな。体の厚みで攻撃をしのげるし」

 

「可能性は高いな。だが確証はない……むう……」

 

 ベリアルが考え込んでしまった。私もこれといって良いアイディア。確証のある言葉が作れない。

 時間がない。ココだって無限に引きつけられるわけじゃない。上から眺めているこの歯がゆい状況を早いところ終わらせて、駆けつけたい。ただ無策で衝動に走ってもココに迷惑をかけるだけ。

 どうする、私。考えろ、私。何か……何か……。

 

「…………あれ」

 

 着弾の衝撃と炸裂に飛び散るスライムの破片が目に映った。そういえば、あれって。考えている合間に、路上に落ちて、その反発力で跳ねながらスライムの元に戻っていく。

 

「……そっか。それならいけるかも」

 

「ミハ?」

 

「ベリアル。私、思いついたよ。ちょっと危ないことになるけどいい感じにカバーしてほしい」

 

「何をする気だ」

 

「なにって、もちろん」

 

 笑って、右の拳で左の掌を叩いて鳴らしてみせる。

 

「叩くのよ。いつもどおりね」

 

「あれに触れたらどうなるか──愚問だな。分かった。できる限りカバーする。少しだけ時間をくれ」

 

「お願い」

 

 とか言ってると左手のガントレットが消えて、代わりに右手のガントレットの外装に張り付いた。破損していた部分を補うように、攻撃力を高めるように。ただやっぱり2つを1つにした分、少し重い。若干のアンバランス。でもその違和感もすぐに消えた。

 

「──よし。これなら保つはずだ」

 

「うん、ありがと。私の言うこと、友だちに伝えてもらえる?」

 

「友だち……友だち……トモ、ダチ……?」

 

「怪物になって心を無くしていく過程? アスモダイさんだよ。さっきの丁寧な人……悪魔か」

 

「さんづけ……!?」

 

「そんなにショック受けるとこだったかな」

 

「やつなど呼び捨てでいい。興味なかったくせになぜ来たのかも分からん」

 

 一通りぐちぐちと言った後、ベリアルは、こほんと咳払い。

 

「とりあえず伝えるのは問題ない。言ってくれ、ミハ」

 

「それじゃあ────」

 

 簡潔に、できるだけ簡潔に伝えた。「なるほど」とベリアルが頷いて納得した。

 

「確かに、それをやるには殴るしか無い」

 

「私は、今できることがこれくらいしか思いつかなかった」

 

「いい案だと思う。……君が一番危険なところを除けばね」

 

「しょうがないよ。誰かがやらなきゃ。今この場にはそれができるのも思いついたのも私だけ。誰かにお願いはできないよ」

 

「…………ぐす」

 

「ベリアル?」

 

「立派に……なって……誇らしい……」

 

「泣かないでよ、もう」

 

 急に号泣しだしたベリアルに苦笑が浮かぶ。そこまでに感極まることかな。

 

「ほらベリアル、そろそろ行かなきゃ」

 

「ふぅ、すまない……。君の言葉はアスモダイのやつには伝えている。いつでもいいぞ」

 

「うん。それじゃあ行こう。後悔を届けに──!」

 

 跳ぶ。ビルに開いた大穴から身を投げるように、私は、加速して跳んだ。穴の開いたビルより低いビルに着地して、屋上から屋上に跳ぶ。目指す先には、ビルの谷間を埋めるスライムと戦うココの姿。

 

「価値無し! 意味無し! 等しく無価値!」

 

「汝、ここに在るべき価値無し!」

 

ベリアルの詠唱に合わせて、ビルの上から跳ぶ──直下には、スライムがある。

 

「一発目ぇ!!」

 

 右のガントレットから青と黒の炎、ベリアルの炎が唸りを上げて吹き上がる。いつもの倍はある。2つを1つにしたのだから当然とも言える。

 重く、強く。そして、早く。ガントレットから吹き出す炎が推進力となって、私の体を加速させた。

 視界の隅で、ココがスライムから走って離れていくのが見えた。

 よし、大丈夫。いける。やれる。私はやれる。問題ない! 息を吸って。

 

「ベリアール──」

 

 青と黒の火花が視界に散った。太陽みたいに熱く青く、私の意思に答えるように右のガントレットが輝いた。

 

「「──インパクトぉ!!」」

 

 激突──押し込む!! 強く、もっと強く! 強く!!

 

「行っけぇぇぇぇぇぇええええええ!!」

 

 ────私の意思を他所に、ガントレットが軋む音を聞いた。

 

「構うな、ミハっ!」

 

 ベリアルの言葉に背中を押され、私はガントレットを更に押し込んだ。

 

「もっと! もっと!!」

 

 強く、力を込めて。

 

 

 



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第二十四話 魔砲少女とスライムと必殺技

 

「すご……」

 

 思わず、感嘆の声が溢れていた。

 ミハの叫びと同時に、スライムが地面方向へぐしゃりとひしゃげたのを私は、離れたところから見ていた。

 もちろん、ただ見ているだけじゃない。観察している。

 ミハの立てた作戦の中で、もっとも危険なのはミハ自身。もっとも重要な役割は私に割り振られた。

 彼女の計画は至極単純明快。

 

『スライムを叩くから砕けた破片がどこに集まるかを見て欲しい。そして、その集まっているものが』

 

「あのスライムの核ってことね」

 

 視線の先で、スライムがミハのベリアルインパクトを受けてひしゃげていく。伝播する衝撃が体を砕き、吹き荒れる炎がスライムを焼いていく。

 あれだけでも倒せそうだな、と感じさせるほどにその光景は壮絶だった。

 ただ──、

 

「……だめだ。分からない」

 

 分からない。砕けた傍からスライムが結合していく。総量は減っているかもしれないけれど、目に見えて減っているようには見えない。

 どこに核があるのかまだ見極められない。

 

「っつ……」

 

 ミハが一旦、必殺技を叩きつけ直した反動で空中に戻った。仕切り直すつもりだ。拳銃を向けて、スライムがミハに伸ばした触手を撃ち抜く。

 たんっと軽いバックステップで、ミハが私の近くに来る。がしゃんと重々しい音をたてて、ミハの右手のガントレットからパーツが外れた。スライムに溶かされて脆くなったパーツを外して、ひと回り小さくなる。

 

「もう一回!」

 

「援護するよ」

 

 直後、だん!っと舗装にひび割れを作るほどの踏み込みでミハがスライムへと走り出す。

 その道を遮ろうとスライムも触手を打ち出す。巨木ほどに太い触手が柔らかそうな見た目を裏切るような暴力性を伴って打ち付けられていく。道もただじゃすまない。

 好き勝手破壊して……!! 撃って撃って撃ちまくる。弾いて弾いて弾きまくる。

 

「砕けろ、スライム野郎!」

 

「マイアイドル、テンションが上がると口調悪くなるんですね」

 

 しまったゲームやってるときの癖が出た。これで何か幻滅したりしないわよね……。もらってる力ではあるから悪魔の機嫌次第なところがある。それはちょっと怖い。

 

「素敵です……。新たな魅力発見ですね……」

 

「ああ、そう……」

 

 悪魔たちのことがよく分からない。今度、ミハに相談しよう。

 

「相談するならここを切り抜けなきゃね……!」

 

 そうこうしている内に、スライムの懐に大きく、ほとんど触れてしまいそうな距離まで潜り込んだミハが2回目のベリアルインパクトを発動した。

 

「ベリアーーーール!!」

 

 打ち上げるような姿勢、アッパーの構えだ。え、それ行けるの? ほんとに? ハラハラする私の前で、ミハが叫ぶ。

 

「インパクトォ!!!1」

 

「やった……」

 

 呆然とする私の前で、強烈な激突音と共にスライムが大きく浮いた。しかもそれだけじゃない。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ────!!」

 

 ベリアルインパクトの吹き出る炎を推進力に、そのままスライムを浮かせ続ける。それに僅かだけど高度も上がりつつある。この状況を実現させるために上昇した出力により吹き出る炎がスライムを焼き焦がす。今までにない攻撃に、スライムは悲鳴代わりに空中で体をよじらせていた。

 間違いない。今のミハは、全身全霊を振り絞っている。

 だったら、私だって答えなきゃいけない。

 

「!! あれだ!!」

 

 ベリアルインパクトに、大きく弾き飛ばされた大きな破片に元の本体が急いで触手を伸ばした。他の破片も釣られてそっちに向かっていく。

 小さな半透明の球体が中央に浮く破片、間違いない。あれこそ核だ。

 

「では、必殺技を!」

 

 高らかに、歌い上げるようにアスモダイが叫んだ。

 

「早く!」

 

 ミハの努力に報いるために、彼を急かす。

 

(ワン)! (トゥー)! (スリー)! 

 

 小さな指を1、2、3と刻んだ。直後、かざした2つの銃口それぞれの前に、変身の時と同じ魔法陣が3つ、三角形の頂点になるように現れた。

 

悪逆幻想(アスモ・エレメント)装填(セット)!」

 

 三角形が立体を作る。魔法陣から伸びた光が空中で交わって、三角錐になった。無数の三角錐がその表面から突き出して回る。

 

「汝ら、厚顔無恥の醜悪なるもの! 今すぐ我が愛の前より去るがいい!!」

 

 愛、愛かあ……。微妙な顔を浮かべそうになったのを堪えて、ふっと、まるで知っていたかのように浮かんだ言葉を放つ。 

 

悪逆弾頭(アスモダイ)群れなす牙(トライアングラー)!」

 

 私の声を合図に、悪逆弾頭(アスモダイ)群れなす牙(トライアングラー)は、まず三角錐から生えた小さな三角錐を射出していた。それがスライムの核を空中で捉えた。

 正二十面体が空中に浮かんだ。パチンパチンと内側でスライムが逃げ出そうと虫籠の中の虫のように無意味に跳ねている。

 

「──シュート!」

 

 一言で現すなら飛翔する鈍器。高速回転する三角錐は、自ら作った正二十面体と中に捕らえた核を貫く寸前で真っ二つに裂けた。裂けたんじゃない、まるで生き物みたいに口を開いた。三角錐は口の中の無数に生えた三角錐、つまり牙で正二十面体ごと喰らいつくとその場で咀嚼。断末魔すら放てず核は粉々、いやそれ以下になるまで粉砕された。

 

「ええ……」

 

 ドン引きする私の前で、最後にトドメとばかりに三角錐が白い光を放って、爆発した。後には欠片も残らない、完璧な消滅。文字通りの必殺技だった。

 私の必要に完璧に応えてるけど生き物には絶対使えないな……。

 なにより、これってほんとに魔法少女名の技? 夢も希望もないよ。

  

「……あっ、魔()少女だったっけ」

 

「マイアイドル……お見事……ブラボー……エクセレント……」

 

 アスモダイは、感極まってハンカチで目元を拭いてる。これでいいの? ほんと?

 

「ま、いっか」

 

 倒せたわけだし。

 

「ココ!」

 

 声の方を見ると手を振りながらミハが笑顔で走ってきていた。元気そうな姿にホッとする。

 ミハの背後で、力なく地面に広がったスライムが蒸発するみたいに徐々に体積を減らしていっていた。よかった。ちゃんと倒せてる。

 これで私も魔物を倒せるようになった。

 ……父さんの役に立てるかな。

 

「よかった!!」

 

 今は、それよりも。

 

「私のセリフよ」

 

 興奮で上気した顔で私を抱きしめるミハに、応えたい。

 

 



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第二十五話 魔法少女と決着と帰路

 

 

「ココの必殺技、すごかったね!!」

 

 興奮した私に、ココは照れたようにはにかんだ。

 

「ありがと。ちょっと……すごく? ともかくグロテスクだけどね」

 

「そうかな。かっこいいと思うよ。私は基本殴ってドーン!だけどココのはテクニカルさがあるっていうかさ」

 

「私なんてまだまだ。ミハのがかっこいいよ。連続必殺技かっこよかった。普段も必殺技口上も気合入ってるしさ。炎も綺麗だし、ガントレットも力強くていい」

 

「そ、そう? えへへ」

 

 謙遜した後、急にベタ褒めしてきたからちょっとどもっちゃった。ずるいな。普通に嬉しくなっちゃう。ちょっと舞い上がっちゃいそう。

 

「そうそう。やっぱり先輩は違うな」

 

「先輩!? おお……後輩ができたよ、ベリアル」

 

 先輩か〜〜。魔法少女の先輩。なんだかとってもいい響きだ。

 

「ふん……。分かっているじゃないか。あれじゃあ、まだまだだ。もっと魔法少女として洗練されなきゃな……」

 

 すごい上から目線するね、ベリアル。張り合っちゃって。

 

「その衣装だって──」

 

「やっぱりココの衣装、可愛いよね!? さっきは一瞬だったけど近くでちゃんと見ると更に可愛い!」

 

 そう、その話がしたかった。したくてウズウズしながら隙を狙ってたくらい。

 

「フリル満載なのはもちろんなんだけど、このスカートとガーターベルト! めちゃくちゃえっち可愛いよね……。足が細くて白いから赤と黒のコントラストが完璧っていうか。正直、私だけに見せておいてほしい。こんなの他の誰かに見せたらだめだよ? ね? 約束して」

 

 思わず手をとって、戸惑うココにお願いしていた。じーっと見つめる。

 

「ね?」

 

「え、ええ……? 別に見せびらかす気はないけど……」

 

「あ!? ミハの方が可愛いが!?」

 

「なんで急にベリアルがキレてるの?」

   

「だって……ミハのが可愛いもん……!!」

 

 今度はこっちがびっくりさせられる。急に幼児化されたら誰だってびっくりするでしょ。子どもみたいに駄々をこねるベリアルに視線も意識ももっていかれて、ココの手がすり抜けた。

 

「おっと、負け惜しみですか?」

 

「なんだぁ……てめぇ……」

 

 空中で不可視の火花が散った。

 

「後から人のところに割って入ってきて、大きな顔するんじゃあないぞ。恥を知れ恥を」

 

「別に貴方の所有物ではないではないですか。それに、貴方には貸しがあったはずです。私が料理に裁縫のスキルを教えたからこそ動画の再生数も伸びてるんでしょう?」

 

「ぐ、ぐう……!」

 

「喧嘩やめなよー。ほら同じ悪魔なんだから」

 

「ミハ、同じ人間なんだからって言って喧嘩やめると思うかな?」

 

 確かに。でも私としてもベリアルに是非是非聞いておきたいことがあるので怯まない。にっこり笑って、尋ねる。

 

「それはそうと動画ってなに?」

 

「…………………………あの、その…………」

 

「ああ、なんとミハ様に伝えてない? 嘆かわしいなぁベリアル……。それでも悪魔の中の悪魔かい? 契約の基本を忘れたのかい? まったく……」

 

「く、ぐぅ……」

 

 人って、自分の正当性の無さを煽られるとこんな顔になるんだ……。あっ、悪魔だった。

 

「詳しいことは、家に帰って聞こっか」

 

 私も矛を収める気はさらさら無いんだけど。

 もう夕暮れが終わって、夜が来つつある。魔物の影響も消えて、人の気配も戻りつつある。ここは話すにはあまり適さない。

 

「クゥン……」

 

 そういう顔してもだめです。可愛くないし。

 

「今日の晩御飯何にする?」

 

「あーー……。何にしよっか……。デリバリーの一覧見て決めようよ」

 

「いいね。そうしよう」

 

「いえいえ。是非、私に調理を。ベリアルの師匠として腕を振るわせていただきたい」

 

「あ”!? もう俺は、超えてるが!!」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 去りゆく2人と2体の背中を、物陰から見つめる熱い視線があった。

 うっとりと白い頬をほんのりと赤らめて、大きな青い瞳を潤ませる少女。歳は、ミハやココとそう変わらないように見える。繁華街には浮く、どこか上品さのある学校のブレザー。チェックのスカートは長く、膝の辺りまでを隠している。ブレザーを押し上げるのは、ミハよりも大きな胸、足元を見るのも大変だろう。絹糸のような艶のある金髪は、俗に言う姫カットで顔の周りで切り揃えられている。後ろ髪は背中を通り越して尻を覆い隠すほどに長い。

 

「…………ベリアル様」

 

 いや、その目が見ていたのは、ベリアルだけだった。

 ずんぐりむっくりな黒い背中をじっと見ている。他のものは何一つ入っていない。そういう熱量を秘めていた。

 

「ああ……、こんなに近くで見ていられるなんて……。動画で見た通りの神々しいお姿……」

 

 大きな瞳の端からほろりと一滴、涙が溢れて頬を伝った。

 

「モノレールから次にラブホテルに入られた時は、気が狂って、喉を掻きむしり、引き裂きそうになりましたが……」

 

 言葉の通り、細く白い喉には赤いミミズ腫れが十本あった。

 

「なるほど。なるほど。動画の撮影でしたか……浅ましいわたくしを許してください。ベリアル様……」

 

 膝をついて頭を垂れる。許しを請うように、少女は、涙で頬と道を濡らした。

 ……もちろん、ベリアルは彼女を認識していないので許しの言葉も何も無いが。

 

「俺が調理をする! ミハの体を作るのは俺の手料理だ!!」

 

 通りに響いた声に、びきりと少女の額に青筋が浮かんだ。

 

「───────ましい」

 

 何かしら呟くとゆらりゆらり少女の体が立ち上がる。まるで幽鬼のような足取り。金髪が顔の前にすだれのように垂れて表情を隠した。改めて桜色の唇が言葉を作る。

 

「──うらやましい」

 

 ねとりと、どろりと重たく粘着質な言葉がずるりと唇から落ちた。

 

「うらやましいですわねえ……」

 

 酷く甘い。なにより甘い。そして、なにより暗い。少女の中で熟成された嫉妬の念。実態があり質量でもあれば津波のようにベリアルを呑み込もうと押し寄せるだろう。

 

「うぐ!?」

 

 遠くでベリアルが背筋を震わせ振り向いた。

 

「ベリアル? どうかした? 風邪?」

 

「あ、いや、気のせいだ。後、悪魔は風邪を引かない」

 

 質量が無くともベリアルの背筋を震わせる事ができた……のだが嫉妬に燃える少女の視界、自身の髪で隠れていて気づかない。非情に間が悪かった。

 

「分かるよ、その気持ち」

 

「誰?!」

 

 少年の様な声がした。少女が振り返るとそこには路地がある。暗い路地には、人影はない。

 ──そう、人影はない。

 

「やあ。いい夜だね」

 

 夕日が消える。夜の時間が来る。夜の闇の中、ぽつんと浮かぶものがある。

 それは、黄色くずんぐりむっくりとしていて、翼と尾を持ち、宙に浮いている。

 そして、なによりベリアルとアスモダイに似ていた。

 

「貴方様は……!!」

 

「僕と契約しようよ、エミリア・サンダーソニア。君の願いを叶えるために」

 

 闇の中で、それは笑った。

 

 



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第二十六話 魔法少女と動画と原作

 

 

 ミハ家のリビングにある大型ディスプレイで、見覚えのある映像が流れていた。

 夜の街を駆けるベリ☆エルになったミハと、血飛沫を浴びた上半身裸のきりりとつり上がった凶悪な目付きをしてる殺人鬼。

 確かこれは殺人鬼の一体で、なんだっけ──あっ、そうだ。殺人鬼ホッパースタンプ。通りすがりの人を蹴り殺すことに執着する殺人鬼。これが普通の殺人鬼じゃなくて、何かと思えば体を義体(サイボーグ)化してたんだよね。特に、殺人に使う足にかなり金をかけてて、ミハ並みに早いし、バッタみたいに飛び跳ねて逃げ回るし、蹴りも凄いし。私も殺されかけるし。

 普通に魔物の影響を受けただけじゃないからほんとに危なかった。そのおかげでスピード感のある映像は、かなりスリリング。

 

「あっ」

 

 丁度、ディスプレイで私が悲鳴あげてる。ビビってるし、涙目。ここは映さないでよ。コメント盛り上がってるのムカつくな……。涙ぺろぺろじゃないし、ざまーじゃないのよ。まったく。野菜スティックのキュウリとってマヨネーズをつけて齧って苛立ちを抑える。

 

「ココスキポイント」

 

「アスモダイ?」

 

「けしからん動画ですね。削除依頼出しましょう。ええそれが良い。そもそも無許可ですしね」

 

「やめて! これ結構回ってるんだから! 再生回数!!」

 

 神妙な顔のアスモダイがどこからか取り出した端末を操作するのに、ベリアルが情けない悲鳴を上げた。おもしろ。キュウリの次……にんじんにしよう。

 というか無許可なんだから消されて当然じゃない?

 そうこうしてると動画が再生し終わって、自動再生が次の動画に向かう。へえ、お料理動画もあげてるんだ。普段と声が違う? 声真似してる?

 

「……それで、これをベリアルが投稿してるの?」

 

 ぼーっと見てるとミハが静かに言葉を作った。ひえ、こっわ……。

 

「ええ、ミハ様。デビチューブにて、ベリアルが運営するチャンネル、ベリ☆エルチャンネルでございます」

 

 ベリアルの代わりに、アスモダイが嬉々として語りだした。

 

「主なコンテンツは、魔拳少女ベリ☆エル、つまりミハ様の戦闘映像。次に声真似お料理動画。最後に一番回っていないゲーム実況になります」

 

「回ってないは余計だ、アスモダイ」

 

「失礼。私もチャンネルのおかげでマイアイドルに出会い、こうして会うこともできているので、チャンネルの存在自体には感謝していますよ」

 

「う、うむ……」

 

 不機嫌なベリアルも心のこもった感謝の言葉カウンターを食らうと戸惑ったような顔をした。

 

「しかし、事実は事実ですので」

 

「ぐ、ぐう……」

 

 今度は、ぐうの音も出なかった。

 

「……ねえベリアル?」

 

 ディスプレイに流れる動画を見つめながら言葉を作るミハの声は、とても冷たくクール。

 

「あっ、はい」

 

「……チャンネル名を私に名乗らせてるの?」

 

「…………あ、いえその……」

 

「ベリアル?」

 

「はい…………。そうです………」

 

 うわ、おもしろ。動画どころじゃなくなった。私たちの前で、「そう……」と呟いて、ゆっくり手元のグラスを傾けた。

 気まずい沈黙の中、ベリアルの声真似が響いてる。当事者だとしたら嫌すぎる。

 

「何か言うことがあると思うんだよね」

 

「……黙っててごめんなさい………」

 

「はい。よろしい」

 

 謝ったのと同時に、ミハが纏っていた怒りの空気が霧散した。ベリアルがほっと胸を撫で下ろした。

 

「ところで私のやつもチャンネル名とかじゃないわよね」

 

「もちろん違いますよ。私は見る専門ですから」

 

「じゃあよし」

 

 ……よしか? ほんとに? 首を捻って考える。いや、良くないよ。

 

「ところでこんな風に動画で私たちの活動公開しててもいいの?」

 

「むっ、ミハ。そこは問題ない。このデビチューブは、悪魔専用回線でしか接続できない。アカウント作成も必須だし、ダウンロードもできない。機密の保持は完璧だ。心配無用。絶対安全。完全無欠。だめだった時は桜の木の下に埋めてもらっていい」

 

「まあ、ベリアルがそこまで言うなら……」

 

 そこで、ミハの視線がすすっとアスモダイに移った。堅揚げポテトうまっ。

 

「見る専のアスモダイさんもそう思う?」

 

「ベリアルは兎も角、デビチューブのセキュリティは結構しっかりしてるので、不祥事はほとんど無いです」

 

「そっかな……ほとんど?」

 

 アスモダイ、さん付けなんだ。ぼーっとベリアルのゲーム実況を見流す。やってるのは、陣地を塗ったり相手を塗って倒すタイプのFPS。このシリーズも末永い。うーん、それにしても。

 

「下手だね」

 

 そこの角飛び出したらだめ……よしよし、よく見てね。ボムよく避けた。あ、そこは──あーあ、死んじゃった。

 

「手厳しいな……どうすればいい?」

 

「ふふ、知りたい?」

 

「ああ。原作でもココは、こういったゲームが得意だった。一度聞いてみたいと思っていた。渡りに船だな」

 

 授業料、高いよ? と言おうとして、引っかかる言葉が聞こえた。

 

「……原作?」

 

「……あっ」

 

「『あっ』てなんだ。原作ってなに?」

 

 しまったとベリアルの顔に、太く濃ゆく書いてある。これ絶対私が聞かされてないやつじゃん。

 そういえばさっきの動画にもちらほらあった気がする。原作とかけ離れてるとかほぼ原作陵辱じゃんとか。意味分かんないからスルーしてたけど。絶対聞いておいたほうがいい気がする。

 

「呆れた。伝えてなかったんですか?」

 

「ああ……。そっかもう隠す意味ないよね」

 

 って、知らないの私だけじゃない!! キッとベリアルを睨む。

 

「へへっ……」

 

「何笑ってんのよ」

 

「ッス……」

 

「詳しい話、聞かせてよ。うんん、聞かせてもらう。絶対ね」

 

 無理矢理にでも聞かせてもらうんだから。

 

 



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第二十七話 魔法少女と悪魔とお風呂時間

 

 

「頭が痛い……」

 

「分かる。分かるよ……」

 

 はあと溜息を吐いたココに苦笑いする。私は、頭が痛む暇がなかったけど。まるで遠い昔に感じるけどすごく直近の話。

 

「まあ、だいたい分かった。けど……神様の創作物が気に食わないから書き換えに来たって……」

 

「無茶苦茶だよね。分かる」

 

 二次創作しにきました! よろしくお願いします! じゃないんだよ。 

 

「……とりあえず、ミハが死なないように、つまり物語の結末をまともにするのがベリアルの目的ね」

 

「そうだね。私も今の所助けられてる」

 

 いなきゃ酷い目に何度あってるかわからない。

 

「結果、戦うことになっても?」

 

「戦えないよりいいよ。逃げてばっかは疲れちゃうよ。それに誰かが代わりに死んでいくのは見ていられない。ココだってあのままだと死んでた」

 

「……確かに。えっと……」

 

 シャワーを止めたココが壁にぶら下げたボトルの前で迷った。人の家とホテルで最初に迷うよね。

 

「シャンプーは左端。真ん中のやつがリンス。そして、右端がボディソープ。クレンジングと洗顔も使っていいからね?」

 

「ん、ありがとう」

 

 シャンプーを掌に出し始めたココから浴室の天井を見上げる。疲れた体に湯船の湯が染みる……。適当に買った入浴剤も悪くない。少し甘い、白濁としたお湯を掌で遊ばせて、また沈む。

 

「ごくらく〜〜」

 

「ふふ、おじいちゃんみたいね」

 

「分かってるけどしょうがないよ〜〜。あー溶けちゃう……。シャンプー早いね」

 

「短いからね。ミハと違って」

 

「そこの泡立てネット、使っていいからね」

 

「うん、ありがと。あ、凄い泡立つ。おもしろい」

 

 きゃっきゃと笑いながら泡まみれになっていくのはちょっと笑えた。

 

「こうやって誰かとお風呂に入るの久しぶりだなあ……」

 

 昔は、お母さんとか友だち。大昔はきっとお父さんとも。湯気で煙る浴室みたいにぼやけた記憶の向こう側で懐かしさが私に手を振る。手を伸ばしても空を切る。哀愁だけが胸に残った。

 

「私は初めて。思ったよりも楽しいね」

 

 まるでひつじみたいに顔以外泡でもこもこになったココを見ると自然と笑みが浮かんだ。

 

「ふふ、ココ、流してあげるよ」

  

「調子に乗ったらこうなるんだ。すごいね。この泡立てネット」

 

「通販で適当に買っただけなんだけどね。はい、ばんざいしてー」

 

「んっ……。これ、子どもの頃、思い出すね」

 

「分かる」

 

 頷くと曇っていた記憶が少しだけ輝きを取り戻した気がした。

 

「よし、流せたよ。湯船、好きに使ってね」

 

「え? 出ちゃうの?」

 

 残念そうに眉尻を下げたココに見上げられた。そんなに、残念がることも……。

 

「えっと、ほら湯船狭いから、一人の方がいいよ」

 

「いいよ。気にしない。もうちょっと話そうよ。私、ミハともうちょっと話してたい」

 

「……しょうがないな」

 

 そんなこと言われたら頷くしかないじゃない。

 

「やった」

 

 大人しく湯船に戻ると、後からココが私の前に入ってくる。やっぱりちょっと狭い。2人分の体重で嵩の増えた湯が溢れた。

 

「えっと……」

 

 いざ話すと言われても話題なんて。

 

「……ベリアルとミハが隠していたこと、教えてくれたじゃない」

 

「え、う、うん」」

 

 何を話すか迷った私を他所に、ココには元々話題があったらしい。呼び止めた理由がわかった。

 

「私も隠していたことがあるの」

 

「隠していたこと……?」

 

 見当もつかない。なんだろう。首を捻る。思いつかない。なんだろう。疑問符だけが浮かぶ。

 

「それを告白しようと思う。聞いてもらえる?」

 

 真剣な顔して、ココが言った。

 

「……うん」

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 丁度その頃。リビングで後片付けの皿洗いに勤しむ悪魔二匹は、ココの告白を盗み聞きしていた。

 

「……ベリアル」

 

「なんだ」

 

 ベリアルの洗った皿を丁寧に拭くアスモダイは、感慨深そうに言った。

 

「私は、心の底から貴方に料理を教えてよかったと思っています」

 

「……そうか」

 

「おかげでマイアイドル……ココ様に出会えた。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 そこで会話は途切れた。リビングには、ただ皿を洗う音と水がシンクに落ちる音だけが響く。

 

「アスモダイ」

 

「なんでしょう」

 

「本当のところ、どうしてここに来たんだ」

 

「マイアイドルをお救いしたいという気持ちは貴方と同じですよ」

 

 ただ、とアスモダイが続ける。

 

「1つ、警告にも参りました」

 

「警告?」

 

「ええ……」深く頷いて「バズりすぎましたね。貴方」

 

「? 何か問題があるか? 気持ちいいぞ」

 

「気持ちいいのは……そうでしょうね」

 

 複雑そうな顔をするアスモダイに、不思議そうな顔で、皿を洗い終わったベリアルが水を止めた。ぽたりと蛇口に残った雫がシンクを打つ。

 

「嫉妬深い連中というのはどこにでもいるのです」

 

「だろうな」

 

 ベリアルが遠い目をした。そのつぶらな瞳に過ぎったのは苦くて甘酸っぱい記憶。悪徳の中の悪徳を名乗る大悪魔であるベリアルにもそういう記憶はあるらしい。

 

「我々は悪魔ですし当然といえば当然ですね。ところで見ました? デビチューブランキングの掲載順位上がってましたよ?」

 

「まじ? やっば。激アツ。うお……まぶし……きくぅ……おっほ……」

 

 万年ランキングの底の底のどん底で蠢いている底辺デビチューバーのベリアルには、今の大バズリは刺激的すぎた。先のアスモダイと同じくどこからかとりだした端末の画面を見て、びくんびくんと空中で震えた。

 

「こほん。すまない。気持ちよくなりすぎた。それでそれがどうかしたのか? 下らない話だ」

 

「荒らしですよ。デビチューブは対策バッチリですがこちらに乗り込んでこられると面倒です」

 

「むぅ……。そこまでするのか……」

 

「暇人ならぬ暇悪魔は、腐るほど居ますからね。どうします?」

 

「どうするもなにも撃退するだけだろう」

 

 にやりとベリアルは、凄みのある笑みで答える。

 

「俺は、ベリアルだ」

 

 これで十分だろと言わんばかりだった。

 

「下らない下級悪魔如き、一捻りだ────ほらな?」

 

「……大人げないですね」

 

 ドヤ顔で上を指すベリアルに、天井を見上げたアスモダイがやれやれと呆れたように首を振った。

 ──空より高く、宇宙より遠く。深海の底よりも深く。そして、紙を一枚隔てるよりもこの世界と近い、また別の世界。そこでは今、青と黒の炎が吹き荒れて、下級悪魔たちを無慈悲に焼き払っていた。

 悲鳴も呻きも、絶叫も。何もかもを等しく炎は焼き焦がした。 

 

「……これも動画化したら受けるんじゃないか?」

 

「大悪魔マウントで炎上するだけですよ。やめときなさい」

 

「くぅん……」

 

 ベリアルの口から情けない声が出た。下級悪魔は燃やしても、自分の動画を燃やしたくはない。

 

「アスモダイ。それで、警告とは?」

 

「今みたいに真似をしてやってくるやつには気をつけなさい。私のように同担じゃないとは限らないのだから」

 

「……気をつける」

 

 ベリアルは同担拒否であった。自分の推しを見せびらかすために動画をやっていると言っても過言ではない。

 自己顕示欲と独占欲のモンスターであった。

 

 



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第二十八話 魔法少女と悪魔とダイヴトゥホール

 

 

「……ただいま」

 

 確か、ここでよかったと思う。私の前には瓦礫がある。後ろにも、横にも。この区画はあらゆるところに瓦礫が溢れている。だから見つけるのは大変かなと思った。

 けど忘れてなかった。私の体はここで生きていたことを覚えていた。

 

「お花とかお菓子とか持ってきたかったんだけど、誰かに見つかっても誰かが居たことを気付かれてもだめなんだよね。ごめんね」

 

 この区画は今でも立入禁止。だからこっそり裏技、ベリアルの力を借りて忍び込んだ。

 

「最近の話しするね。……色々ありすぎて困っちゃうな。整理しとくんだった。本当に色々あったんだよ? 信じてもらえないような話しばっかり。信じてくれる?」

 

 風が吹いた。冷たい秋の風。秋の終わりを感じさせる冷たい風。

 

「……お母さんとお父さんなら信じてくれるよね」

 

 それから私は、ベリアルに出会ったこと、ベリアルと一緒に何をしているかを話した。荒唐無稽で、漫画みたいな話し。信じてくれるかな。信じてくれるといいな。

 

「学校は……まだ慣れないけど。うん。頑張ってる。あっ、新しい友だちもできたよ。ココっていうの。色々あるのもココのおかげでなんとかなりそう」

 

「ミハ」

 

「あ、ごめん。もう時間?」

 

 離れていたベリアルがいつの間にか寄ってきていて、声をかけてきた。こうして私が実家のあった場所に帰って来ているのは本来の目的じゃない。

 

「いや、そうではない。ただその……ほら」

 

「? 何よ」 

 

 珍しく判然としないベリアルに、眉を顰めた。そうして、もごもごした後、ベリアルは囁くように言った。

 

「……俺が紹介されてない」

 

 推しにご両親を紹介してくださいはちょっと押し付けがましくない? でもお世話になってるのは間違いない。

 

「ふふ……。そうね。これから紹介するところだった」

 

 くすりと笑みが浮かぶ。

 

「ぬぅ……余計だったな」

 

「いいよ。お母さん、お父さん。もう一人、紹介させてね。私の──」

 

 友だち……友だちじゃなくて。もっと相応しい言葉がある。

 

「──相棒のベリアル。彼のおかげで生きていられてるんだ。すごく助けられてる」

 

「…………」

 

 どうだ言ってやったぞ、とどやっとした。反応を見るのがちょっと楽しみになってる私がいるのは間違いなかった。

 ……? 静か。さめざめ泣いたり。呻き声が聞こえてこない。そっとベリアルの方を見てみる。

 

「ベリアル?」

 

 空中に浮かんでる。呼んでも反応がないから顔の前で手を振ってみる。反応がない……というかこれ。

 

「……浮かんだまま気絶してる…………」

 

 刺激が強すぎたかなあ……。苦笑いが浮かぶ。催促してきたくせに、繊細なんだから。

 

「それじゃあ、また来るよ。今度は、色々持ってくる」

 

 気絶したままのベリアルを抱えて、踵を返す。少し離れたところで待ってるココと合流した。

 その間にベリアルをなんとか起こせないか試したけど意味無し。うーん困ったな。

 

「ごめん。待たせちゃったね」

 

「いいよ。大丈夫」

 

 瓦礫を椅子代わりにして、手持ち無沙汰に端末を触っていたココは、立ち上がってお尻を払うと私の方に向くと怪訝な顔で、腕の中のベリアルを指差した。

 

「大丈夫? それ」 

 

「多分……」

 

 ほんとに起きないな。ベリアル。大丈夫かちょっと心配になってきた。

 

「しょうがないですね。ベリアル。起きてください」

 

 ひょこりと現れたアスモダイがベリアルの顔の前で小さな両手をぱちんと打ち合わせると白い光がベリアルの鼻先で弾けた。

 

「────はっ!」

 

 ぶるぶるぶるぶると全身を手持ちマッサージ機みたいに震わせて、ベリアルが目を覚ました。おおすごい。揺らしても振ってもだめだったのに。すごい。

 

「あっ、気がついた。ありがとね、アスモダイさん」

 

「いえいえ。お役に立てて光栄です。ちょっとした気付け程度ですから」

 

 アスモダイさんは、謙虚だなあ。

 

「おはよ。ベリアル。よく寝れた?」

 

 腕の中から私を見上げたままのベリアルに声をかける。重量がまったくないのがなんだかちょっと違和感あるんだよね。

 

「…………お」

 

「お?」

 

「おぎゃ…………」

 

「おぎゃ……?」

 

 よく分からない擬音がベリアルの口から飛び出てきた。

 

「……あ、ああ。すまない。助かったよ、ミハ」

 

「? どういたしまして」

 

 はっと我に返ったようなベリアルがしゅばばばばと腕の中から浮かんだ。やけに素早い。

 

「ベリアル、貴方……」

 

「そんな目で俺を見るな……!!!!」

 

「いや、しかしですねえ……。流石に……それはちょっと……きもち……気持ち悪い……」

 

「う、うるさい! うるさい! うるさい!!」

 

「ほらほら。じゃれてないでそろそろ行こうよ。悪魔2人は見つからないけど私らは見つかるんだから」

 

 悪魔2人の諍いをココがぱんぱんと手を打って中断を促す。

 

「そうだね。暗くなる前に戻りたいし」

 

「……うむ」

 

「申し訳ありません、お二人とも」

 

「じゃあ、行こう」

 

 意見がまとまったのを見て、ココが歩き出す。後に続く私は、転がってる瓦礫や石に足を取られないように続く。

 もう1年以上経っているのにこの区画は、未だに復興していない。それどころか片付いてもいない。当時と違うのは犠牲になった人たちがいないってところだろうけど、規制が大掛かりにかかっていてその様子を見ることはもう叶わない。

 ココにも環境維持保全委員会の方にあたってもらったけど、ココの権限だと見れなかった。しょうがない。

 お風呂での告白は、少し衝撃があったけど腑にも落ちた。ベリアルが同行をするのを許したのもこれが関係していたから。

 そうなるとベリアルからまだ聞けてない話があるはずだ。

 

『ココは、原作のラストシーンで、ミハを庇って死ぬ』 

 

 確信して、お風呂から出たすぐ後、ベリアルを問い詰めると観念したように聞けてなかった事実が出てきた。

 

「……原作通りにはさせない」

 

「あまり思い詰めるなよ、ミハ」

 

「分かってる。けどあんなの知ったら……」

 

「だから言わなかった。現在が変わったといえど、未来なんて知っていても良くはない」

 

「どうして?」

 

「その情報に囚われるからだ。何をしていても思考に隅に引っかかって離れない。忘れようと努めてもだ」

 

「……うん」

 

「まあ、その辺りは──「私どもがサポートします」──人のセリフをとるな!!」

 

 話に頭を突っ込んできたアスモダイさんに、ベリアルが叫んだ。かっこよかったのにね。残念。でもおかげで少し緊張が取れた気がする。

 

「ミハ、こっち」

 

 ココに手招きされて、私はビルだったものの隙間から外を覗き込む。

 

「これが例の……」 

 

 私の住んでいた中層区画の一角、今も塞がれていない区画のほとんどを飲み込むような大穴がそこにあった。反対側まで行くならかなり一苦労しそうな直径。高い柵で大穴が囲われていて、中に入るには柵を破壊するか、よじ登って乗り越えるかくらいしかできなさそう。 柵の隙間からメガフロートの地面になってるプレートの分厚い断面が見える。滑らかで、熱したナイフでバターを切ったみたい。ただの崩落でないのはひと目で分かった。

 事前にココが調べてきた情報通り、武装ドローンや、犬型ロボットが巡回している。監視カメラの他にも柵には重量センサーなどの侵入者を拒むトラップが仕掛けられているらしい。

 

 「やけに厳重だね」

 

 ただの事故現場には似つかわしくない。

 

 「この先にはきっとなにかあるってことよ」

 

 ココの言葉に同意するように頷く。

 きっと、私の両親を、友だちを殺した魔物──光の巨人、2年前の崩落事件についての手がかりがある。

 

「それじゃあ、いこっか」

 

 まあ、私達がやることなんて決まってる。

 

「うん。行こう、ミハ」

 

 目と目を合わせて、互いに悪魔を従えて。

 

「「変身!」」

 

 



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第二十九話 魔法少女と悪魔とようこそ、山奥因習村

 

 

「……ねえ」

 

「……なんとなく何言われるか分かっちゃったな」

 

 大穴をしばらく落下し、着地した先にあった光景に私とココは、困惑していた。濃い霧が一面に立ち込めている。1メートル先ですら見通せない。空気もひんやりしていてどこか澄んでいる。美味しく感じるくらい。足元の地面に敷き詰められた草混じりの土は、足跡がくっきりと残るほどには水を含んでいる。

 

「ここどこ……?」

 

 ココの言う通り。大穴は中層から下に続いていた。物理的に考えて下層に降りることになるはずだけど……下層のようには思えない。どうしても思えない。そういう雰囲気じゃない。

 

「ベリアル、分かりますか」

 

「……確かにこの話はあった。あったが……それはここの、トーキョーメガフロートの話じゃない。なんでこうも何もかも上手くいかない……!!」

 

 イライラと空中でばたばたと手足を動かすベリアルの姿は、コミカルだけど困惑ともどかしさを感じた。私たちだってそう。困惑しっぱなし。説明してほしい。

 

「じゃあここはどこなの?」

 

「……日本だ」

 

「ここ日本だけど?」

 

「沈む前の日本だ」

 

 なるほど。それなら……それならじゃないんだけど!? 

 東京沈没と同時に、日本列島そのものほとんどが海の下に消えている。僅かに残った部分も今では小さな島で、人が住むには難しいからトーキョーよりは小さいけどメガフロートがあるって聞いてる。

 だからそれはおかしな話。だけどおかしな話だと否定できないのが悲しい。だって私たちが今、トーキョーメガフロートで一番おかしな存在だから。

  

「Y県M市の一角に、険しい山脈と森林により外界から切り離された、地図にも載らない閉鎖的な村が舞台となる」

 

 その時、吹いた風が霧をゆっくりと動かした。視界が晴れていく。

 

「タイトルは、『ようこそ、山奥因習村』」

 

 霧の向こうには、映像でしか見たことのないあまりに田舎然とした田舎風景が広がっていた。私たちは、田んぼのあぜ道に立っていて、後ろに前、左右ともにあぜ道が続いている。田んぼには植えられたばかりの稲が青い葉を微かに揺らしている。泥臭い臭いが私の鼻を突いた。

 遠くには山すら見える。家屋のようなものも見えた。

 

「ねえ、ミハ。空がある……」

 

 言われて見上げてみると分厚い灰色の曇り空がどこまでも広がっている。まるで外みたい。もちろん、降りてくる時に使った大穴は見当たらない。

 

「……やられたな。ここ自体が魔物の支配域だ」

 

「原作通りって感じじゃ無さそうだね」

 

 まあいつものことだけど。

 

「遺憾ながら……。そもそもあの大穴に突入するなんてイベントが無い。許してくれ」

 

 そりゃ普通、あの大穴に飛び込むのは自殺する時だもんね。魔法少女じゃない私が飛び込むとは到底思えない。

 

「ただ原作にあった場所を忠実に魔物が再現している。理屈は分からんがそうとしか考えられない」

 

 なるほど……。

 

「どういう魔物がやったの?」

 

「魔物というか……村人に気をつけろ。この村は、外から人間を招き入れ、特殊な儀式を行う」

 

「特殊な儀式?」

 

「村人総出で、再起不能になるまで輪姦し、神と呼んでいる謎の生命体に捧げる儀式だ」

 

「え!? 嫌すぎる!?」

 

 嫌とかそんな次元じゃない。犯されたくもないし捧げられたくもない。

 

「そんなシナリオがあるんですね……。やはり趣味が悪いですよ、原作者()

 

「いや、実はそれがめちゃくちゃえっち──なんでもないです」

 

 おいベリアル。冷ややかな視線の集中に、ベリアルが小さくなった。

 

「とりあえず、そんな村さっさと脱出し……あれ」

 

「これは……」

 

 気づくとココとベリアルがいなくなっていた。ほんの一瞬手前まで居たのに。残ったのは、私とアスモダイさん。

 急いで周囲を見渡すけど、2人は影も形もない。まるで煙のように消えてしまっていた。

 

「……アスモダイさん」

 

「……困ったことになりましたね」

 

 異様に静かな田園の中、立ち尽くす私の背中には、嫌な汗が浮かんだ。

 この状況、とてつもなくまずいんじゃないかな。

 

「アスモダイさんってこのシナリオ……」

 

「……私、二次創作勢というやつでして。ベリアルが初見なんですよね」

 

 だよねー。なんかそんな気はしてた。

 

「まずいな……。知ってるベリアルがいないと下手に動けない。何より変身も……」

 

「あらあら、外から来られた方かしら」

 

 静寂を破った声の方に振り向くと女の子がいた。

 日除けの傘に、黒髪ツインテール。大きな胸が押し上げるピンクのワンピースの裾から出た足には、先の細い黒のハイヒール。

 すごくこの田舎風景にそぐわない格好だった。別に風景に合わせる必要はないんだけど。

 そんな可愛い女の子がにこにこと笑っていた。何か違和感を感じさせる笑顔。偽物の笑顔、作り笑いを思わせた。ちゃんと笑っているのに。

 

「……ええ、まあ」

 

 アスモダイと一瞬目配せしてからとりあえず私は答えた。

 

「それは素敵! それじゃあもてなさなきゃ!」

 

「もてなす?」

 

「ええ! この村では外から来る人なんてほとんどいないからせっかく来てくれた人には、村をあげて楽しんでもらうようにしてるの!」

 

(どうします、ミハ様)

 

 どうもこうも……どうしようね。ベリアルの話を聞いてからだとついていく気にならない。そもそもここが普通じゃない以上、あの子も普通じゃない。

 

「ごめんね。そのお誘いはとても嬉しいんだけどちょっと今、友だちとはぐれちゃって。探してるところなの」

 

 題して、『友だちを探すのでまた後出会いましょう作戦』

 

「だからまた後で伺うね。どこに行けばいいの?」

 

(…………いいと思います)

 

 なによ。何かあるなら言っていいよ。

 

(いえ。いい切り抜け方かと。現状、相手が人と同じコミュニケーションをとってくるならそれで対応するのは間違いないと思います。現状、襲ってこられると対処しかねますしね)

 

「へえ。そうなんですね」

 

「うん。そうなの」

 

「それじゃあ、私もお手伝いしますよ。この村、なにもないくせに広いですから。私がいたほうがきっとすぐ見つかります」

 

 なんて善意満点の提案。絶対に逃さないつもりだ。どうしよう。どうしようもなにもどうせ魔物なんだから適当に振り払っても問題ない。人じゃないんだから。

 だけどそれで本性を剥き出しにされたらそれこそどうしようもない。

 

(ミハ様。遺憾ですがここは一度、提案を受けましょう)

 

 それしかないかあ……。

 

(変な場所に誘導されないように気をつけていただいくようにしてください。私もアドバイスします)

 

 分かった。私頑張る。

 

(ありがとうございます。……しかし、もしものことがあれば最終手段があります。その時は任せてください)

 

 最終手段? なにそれ。

 

(必要になったその時にお伝えします)

 

 ? まあ、分かった。じゃあとりあえず……。

 

「おおう、どうしたカオルちゃーん」

 

 振り返るとクワとかスコップなどの農具を持った農作業帰りのおばさんたちがいた。日に焼けていて、化粧のないシミのある肌、皺の寄った柔和な笑みを私に向けている。

 ……気配の一つもしなかった。まるでそこに突然現れたみたいな違和感。シンプルに嫌な予感がする。

 

「このへんで見ない子だねえ」

 

 視線が集中する。視線だけで穴だらけにされそう。舌舐めずりして、値踏みされているように感じた。

 

「カオルちゃん、どうしたんだい。この子」

 

「外から来られた方なんです。けどお友だちとはぐれちゃったみたいで……」

 

 私の隣を通り過ぎて、女の子――カオルが老人たちの方へ歩いていく。微かな、何かの花のような匂いが鼻を擽った。香水? うんん、どこか生々しい感じ。なんだろう。

 

(……おそらく、栗の花ですね)

 

 栗の花? なんでまた……。

 

(さあ……。見当もつかないです)

 

「へえ、そりゃあ大変ねえ」

 

「そうなの。大変なの。だから一緒に探してあげようと思って!」

 

 ちょっと、これは……。カオルと老人たちの会話が盛り上がっているのを他所に、私の喉はカラカラに干上がっていた。飲み込む唾もない。

 

(まずいですね)

 

 アスモダイの言う通り。ますい。すごくまずい。とってもまずい。

 

(……逃げましょう)

 

「あらあらそれはいいわね」

 

「わたしらも一緒に探してあげようか」

 

「え!? ほんと!? ありがとう!!」

 

 話がまとまりそうなのを聞いて、私は、後ずさって踵を返し――走った。あぜ道を蹴っ飛ばし、一心不乱に前に行く。どこに道が続いているか分からないけど、とにかくここにいたらだめだ。離れなきゃ。

 

「走った」

 

「走ってる」

 

「逃げた」

 

「逃げた」

 

「逃げた」

 

「――逃げた!!!!」

 

 その背中をさっきまでの穏やかな仮面を脱ぎ捨てた怒声が叩いた。いや怖い怖い怖い。久々に思い出す恐怖の感触。おぞましい手触り。伸ばされて、追いすがる怒り。足を止めたらだめだ。

 

「捕まえろ!!」

 

「捕まえろ!!!!」

 

「捕まえろ!!!!!!」

 

 全力疾走。あぜ道を蹴っ飛ばして、駆ける。

 

「ひいいいいいい!! 来ないでぇぇぇぇえええ!!!!」

 

「ファイトです! ミハ様」

 

「バカ!!」

 

 



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第三十話 魔法少女と悪魔とある日、森の中

 

 

 「どこ、だぁぁい」

 

 地面が揺れる。鈍く低く。ずしんずしんと何かが地面を踏み歩く音が耳に響く。草葉が揺れて、地面に転がる小石が跳ねる。それほど大きな何かが動いている。

 ”それ”は、私を探している。一瞬、視界に入っただけの私に狙いを定めて、執拗に探している”それ”を見上げていた。

 ”それ”は、高い木々の先端に頭を届かせるほど巨大で、体の幅もある。けれど木をなぎ倒さない精密さがあるから、今こうして私は隠れていられる。

 その顔は……暗くてよく見えない。ただ大きな目が2つ、鼻、口があるのは一瞬見えた。人と同じような顔つきをしているのは間違いない。ぎょろぎょろと黄色い目が動いている。

 ……私を探して見つけてどうする気だろう。

 

 「っ……!!」

 

 答えは、”それ”の体にあった。

 死体が埋め込まれている。ピアスみたいに人の体の部位を肉の中に埋めて、固定させている。アクセサリーのようだ。

 きっと私もああいう風にするんだ。恐ろしい。おぞましい。特に今、私はなんの抵抗もできない。

 私は、今、変身することができない。

 

「なによ、あれ……」

 

 思わずベリアルを抱える腕に力がこもる。ベリアルは動かない。返事もない。助けてくれない。立ち向かう力がない私は、ただ恐怖を噛み殺して、”それ”が去っていくのを待つしか無い。

 「私を見つけないで」と願いながら、今は待つ。

 

「──みぃつけたぁ……」

 

 声が降ってきた。私は、ただ待つことができなくなった。私の喉が干上がる――走った。転びそうになりながら前に、この先に何があるのかも分からないまま、ただひたすらにがむしゃらに。

 

「キャハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 迫る笑い声を、地面を揺らす足音を、振り切ろうとただ前に。

 

 

 どうして、こうなったかというと──ほんの少し前に遡る。

 

 

「……どこ、ここ」

 

「お、『ココ』と『ここ』をかけた激ウマ「それ以上言ったらしばくよ」ッス……」

 

「もう……。しょうもない話はやめてここがどこか教えてもらえる?」

 

「……どこだろうな、ここ」

 

「お手上げ……」

 

 気がつくと私とベリアルは、森の只中に立っていた。左右前後。どこを見ても木、木、木。草、時々石もしくは緑の苔むした岩。

 冷たい霧が薄っすらとかかった森の中は、木々の影に覆われていて薄暗い。見通しが効かないし、奥に何があるかも分からない。生き物気配もない、耳が痛いほどの静寂。

 この状況を一言で言い表すなら、

 

「最悪、だな」

 

 心読むな。まあ、そうとしか言いようがないよね……。

 

「どうする? 枝の倒れた方に進んで見る?」

 

 どの道、救助なんて来ない。ミハだって今きっと大変だ。私を探しに来る余裕なんてないと思う。アスモダイが向こうにはいると思うけどそれでも。なによりここがミハの居る場所とどれだけ離れているかも分からない。

 だとしたらこっちから合流できるように動かなきゃいけない。

 

「そうだな。行動するしか無いか……。だが闇雲というのもな」

 

 確かに。と言っても。

 

「こんなのもう森……樹海じゃん」

 

 深い、ふかーい森のど真ん中は、方向感覚どころではない。

 

「しかたないな」

 

「何か手段があるの?」

 

「ある。少し時間をもらいたい。その間、俺の体が無防備になるだろう。見ていてもらっていいか?」

 

 よく分からないけど……。

 

「ちゃんと打開してよね」

 

「ああ、約束する」

 

 力強く頷くとベリアルは近くの岩の上に座り込むと動かなくなった。つんと指でつついてみる。ぷにっと柔らかくて弾力がある。つんつん。動かない。本当に無防備だ。

 

「こうして動かないとほんとに人形みたい」

 

 独り言になっちゃった。

 

「さてどうしようかな」

 

 どうしようもないか。散歩して迷子になっても馬鹿みたいだし、でもただ待つのもなあ……うーん。

 

「あっそうだ」

 

 スカートのポケットから端末を取り出す、電波は圏外だけど中のアプリは使える。端末を横にして、ぽちっとな。ベリアルの隣に座って画面を覗き込む。

 

「オフラインのゲーム、入れておいてよかった」

 

 こういう時の時間つぶしにぴったりの積みゲーがあるんだよね。去年のウインターセールで買って、そのまま積んでたやつ。結構前のゲームをほぼそのまま移植したやつだけど侮れない。ベストセラーはいつだってベストセラー。

 イヤホンをつけて、音量を上げて、指の体操。うん、準備OK

 

「やるぞ〜」

 

 独り言もそこそこにして、意識がゲームに埋没する。このゲームはハクスラ系のFPSで──?。

 

「……なに?」

 

 怪訝と画面から顔を上げると……揺れた。私だけが揺れたんじゃない。地面が揺れてる。森が揺れている。木々がざわめいている。きょろきょろと見回すうちに、地面はまた揺れる。

 

「なにこれ……」

 

 ズン、と地響きがする。遠くない。おかげで方向が分かっ──!? 

 ベリアルを掴んで、近くの草むらに飛び込んだ。私とベリアルくらいなら隠してくれる丈がある。

 

「──にんげんだ」

 

 足音に隠れない声は、まるで地を這う雷鳴のようだった。

 

「ひひ、おいでえ」

 

 絶対に出ちゃいけない。見つかったらいけない。見て分かる事実。私は懸命に息を殺し、足音からどうにか遠ざかろうとして──結局見つかってしまった……!!

 

「ぎゃははははまてぇぇぇ」

 

 子どもみたいな声をあげて、楽しげな足音が迫ってくる。正直、歩幅や速度から考えてもう捕まってもおかしくない。

 

「遊ばれてる!」

 

 確実にそう。きっとこの巨人みたいなのは、人を見つけてはこうして追いかけて遊んでいる。あのアクセサリーも成果物だ。

 

「ベリアル! まだ!?」

 

 小脇に抱えたベリアルから反応はない。うんともすんとも言わない。

 

「ひひひひひひははははは!!」

 

 一際大きな音が後ろから聞こえた。目の前が一瞬前より暗くなる。嫌な予感、走りながら上を見上げるとそこに巨人がいた。うつ伏せで降ってくる。背の低い木とか枝をなぎ倒しながらのボディプレス。

 

「やば──!?」

 

 走って逃げる。いやもう逃げるしか無い。せっかく変身できるようになったのにこんなのあんまりだよ!! 必死に範囲から逃げようとして。

 

「うびゃ!」

 

巨人の落ちてきた衝撃に吹き飛ばされた。地面を転がる。膝も肘も擦りむいたし、制服もぼろぼろ。あーもう。散々だ。

 

「……潰されなかっただけマシっ……!!」

 

 巨人と目があった。うつ伏せになった巨人の目が私を見て――口が開かれた。生臭く、腐敗の臭いがする

 逃げる暇を与えられてない。逃げる暇がない。相手の方が早い。

 

 ────逃げられない。

 

 絶望は、すぐそこに。

 

「待たせたな」

 

 ──にあった(・・・)

 

 



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第三十一話 魔法少女と悪魔とおいでませ、トロールの森

 

 

「ベリアル!?」

 

「──緊急事態故に、諸々省略。契約執行!」

 

 牙がギロチンみたいに振り下ろされる、寸前。

 

「強制変身!!」

 

 光が巨人の顎を叩き上げた。光だけじゃない。これは、私の拳だ。頭上へいつの間にか拳を振り上げていた。黄ばんだ汚い歯の破片が跳ぶ。粘ついた唾液とか血の飛沫が散る。肉と骨を砕く衝撃が拳を伝ってきた。

 

「ぎゃああああああああ!!!!」

 

 巨人が痛みにのけぞり叫ぶ。ひっくり返って、バタバタと木をなぎ倒す。でも私はそれどころじゃない。

 

「これって!」

 

 ミハが変身した時の衣装だ。間違いない。私はずっと傍で見てきたから絶対間違いない。紫の花がらの和装に、袴とブーツ。腕にはもちろんごついガントレット。お〜〜。すごい。くるっと回ってみる。可愛い。

 

「遅くなってすまない。調べるのに時間がかかった」

 

「いいけど……これは?」

 

「簡易契約。緊急事態なため、一時的にココと契約させてもらった」

 

「一時的……」

 

「緊急的な処置だ。現状を切り抜ければ解消される。心配しなくていい」

 

「いやまあ別に心配してないけど」

 

「俺はNTR趣味はないからな……NTRなんて恐ろしい……」

 

「そう……」

 

 性癖の話はおいといて。

 

「それでだけど、倒せる?」

 

「うむ。これ一体なら問題ない」

 

……嫌な言葉が聞こえた。

 

「調べた結果?」

 

「おそらく原作でのタイトルは『おいでませ、トロールの森』。

 魔物に取り憑かれた富豪の殺人鬼マンハンターにより生成された怪物、通称トロールたち(・・)によるハンティングゲームがこの森では行われている。無辜の市民や借金まみれの人間、ワケアリの人間を放り込み、生き残ったものに賞金を与えるゲームを行っていた」

 

「それに私は巻き込まれたってこと?」

 

「おそらく。他に参加者がいるかどうかは分からないがな。ココ。それよりも」

 

「いたい、いたいぃぃ!!」

 

 逆上した巨人、もといトロールが起き上がる。私を見る目は血走っていて、怒り心頭なのが分かった。今にも襲いかかってきそう。だけど、私に歯を吹き飛ばされたのが効いてるのか様子を見てる。賢い。油断できない。

 

「ココ、やれるか」

 

「やれる。私、これでもミハの戦うとこ何度も見てきたんだから」

 

 見様見真似。ミハの構えを思い出す。これなら委員会で習った護身術も役に立つかな。

 

「俺が一番近くで見てたが!?」

 

 うるさいなあ……。アスモダイもこんな感じだし、悪魔ってみんなこうなの?

 

「はいはい、そうですね」

 

「うむ、よろしい」

 

 なんだこいつ。いやいや、どうでもいいよ。さっさとこのトロールを倒していこう。

 

「……待て、ココ」

 

「え?」

 

 踏み出そうとした足をベリアルの声が止めた。ベリアルの方を見ると森の奥の方を見ていた。

 

「逃げるぞ」

 

 なんで? と聞こうとして、私も気づいた。

 

「この足音って!」

 

「トロールの援軍だ」

 

 まだ距離はあるけどまっすぐこっちに迫ってきている。もう程なく到着するだろう。援軍なだけあって、一体じゃない。二体、三体はいる。

 

「他にもいるの!?」

 

「さっきトロールたち(・・)と言っただろ」

 

 言ったっけな……。

 

「でも変身してるなら──なんで顰めっ面してるの」

 

「……簡易契約と言っただろう。本契約に比べると出力がかなり低い。一体ならどうにかなったが流石にこの数はまずいな。だから早く」

 

「分かった。逃げよう」

 

 真剣なベリアルに私も頷く。そんな私たちを見て、トロールはにやにやと笑っている。こいつ……私たちの言ってることが分かってる。賢い。このまま置いとくときっと追いつかれる。

 ごめん。論理的なことよりも顔がむかつく。

 

「うん。ボコっておこう」

 

「怖いなあ……。でもそういところも素敵だ」

 

 散々追いかけ回してくれた恨みを晴らしておこう。

 

「それはありがとう」

 

 ばきんごかんがきんと手早く片付けて、ささっと脱兎のごとく足音の聞こえない方へ逃げ出した。

 道なき道を駆けて、岩を蹴って、頭上の木の頂上まで上る。

 その時、遠くから怒りに満ちた咆哮が聞こえてきた。おーこわ。

 

「それでこれからどうしたらいいの? ミハと合流できそう?」

 

「難しい。俺たちは他の魔物の領域に取り込まれている。領域空間も無限ではないから境がどこかにあるだろう。ただそれを探して領域を壊すよりも中心になっている存在であろう殺人鬼マンハンターを倒すほうが手っ取り早いだろう」

 

「了解。殺人鬼を先に倒そう……それでどこにいるの?」

 

「あの城だ」

 

「……え? あんな目立つとこに?」

 

 視界には入ってたけどまさかあんな分かりやすく豪華で大きな屋敷にいるとは思わなかった。

 木の上に登ったことで、私たちの視界はひらけていた。一面、木、木、木って感じで緑一色。

 だけどその一角に、城がそびえ立っている。そびえ立つ、というには小さめだけど古びた西洋の城で、歴史を感じさせた。トーキョーメガフロートではまず見れない。

 

「あれに辿り着ければゲームクリアというのが原作でのシナリオだった。だがその城に近づけばトロールの数も増え、更に罠も現れる。つまりはあの城自体が参加者への罠だ」

 

 趣味が悪いな……。

 

「とりあえず、行ってみようか」

 

 木から木に飛び移って移動する。下に降りるとまたあのトロールたちがいる。それに絶対迷う。

 

「うむ。気をつけてくれ。無事で居てくれないとミハにどんな目に合わされるか分からない」

 

「そんなことしないでしょ……」

 

「してほしい」

 

「キッッッッッッッショ…………」

 

 心の底からの本音が出てしまった

 

「うお……ココは普段から遠慮がないな。ミハと違う魅力だ。高めていこう」

 

「ミハ、大変だなあ」

 

「アスモダイも対して変わらないぞ、ココ」

 

「…………まあね」

 

 どうして悪魔ってのはこう……。

 

「しかし、何故また外伝シナリオが続いて現れる……?」

 

 首を捻るベリアルの言葉に、私は嫌な予感を禁じ得なかった。

 

「ミハ、無事だといいけど」

 

 

 



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第三十二話 魔法少女と悪魔と原作未履修二次創作

 

 

「……なんとか逃げ切った?」

 

「……そうですね。こちらには来ていません」

 

「はぁ〜〜……」

 

 廃屋に逃げ込んだ私は、外を見てきたアスモダイの言葉で、その場にへたり込んだ。

 

「もう走れないからね」

 

 そんなこと言ってる場合じゃないのは分かってるけど足が悲鳴を上げている。いくら殺人鬼を追いかけ回していても私は元々文化系。限界がある。喉乾いた。

 

「ミハ様。こちらを」

 

「へ? あ、ありがと」

 

「はい。おそらく喉が渇くと思って用意しておきました。どうぞお飲みください」

 

「では、遠慮なく」

 

 気が利くなあ。渡されたボトルを口につけると冷たい麦茶が一気に流れ込んできた。カラカラの喉に気持ちいい。半分は飲んでしまった。

 

「ぷは……ありがと……かなり助かったよ」

 

「お役に立てて恐悦至極……」

 

「ちなみにどこにしまってたの?」

 

「企業秘密……というのは冗談で、衣装や武装を召喚するのと同じで別の空間に保管してるのを取り出しただけですよ。お食事もありますけどいかがです?」

 

「なるほど。今は遠慮しとく」

 

 悪魔って便利、とまで思って引っかかったことがあった。

 

「……衣装とか武装みたいに?」

 

「はい」

 

「こんな静かに取り出せるの? ベリアルも?」

 

「もちろん。常にBGMを鳴らすのは風情がありません。単純に五月蝿いですからね」

 

「……ねえ」

 

「ミハ様」

 

「……なに?」

 

「言いたいことは分かります。しかしです。変身バンクは必要なのです」

 

「理由は?」

 

「可愛らしく美しい少女がかっこよく、時に愛らしくポーズを決めるのは見ていて気持ちいいからです。ばえます」

 

 聞いた私が馬鹿だった。だけど頷けるところはある。

 

「まあ確かに、ココの変身は可愛い」

 

 これだけは否定できない。変身バンクを大穴の中に飛び降りる前、ガン見したけどあれは可愛い。あのセンスだけは認めざる得ない。悔しいけど。非常に遺憾だけど。

 

「ふふん、でしょう?」

 

 胸を張るアスモダイ。今度、私のほうが可愛くできるってことを証明しないと。

 

「……はいはい。それでどうしよっか」

 

「そうですね……。どう致しましょうか」

 

「そんな困った顔されても私も困ってるんだけど」

 

 原作未履修で二次創作に頭を突っ込む。褒められたことじゃない、というのが世間一般の認識だと思う。私だってそう。二次創作に半端な覚悟で突っ込んでくるんじゃない!ってキレちゃうかも。

 だけどそれを恐れないのも一つの強さ……あ。

 

「申し訳ありません……。私もちゃんと履修しておくべきでした……」

 

「そうだ。それだよ」

 

「? それと言いますと……」

 

「今から履修するの。アスモダイ、今から原作読んできてよ。未履修卒業しちゃおう。そんでもってこの状況も解決しちゃえばココからの評価もうなぎのぼり!」

 

 かも。保証はしかねる。普段の動きが気持ち悪いのでプラマイゼロくらいかも。

 

「!! 確かに、名案です! 当たり前すぎて何故か思いつかなかった!!」

 

「それで履修できるの?」

 

「お時間を頂きますが問題ありません。かまいませんか?」

 

「なるはやでね。お茶とか置いてってもらえると助かります」

 

「もちろん! お菓子もありますのでどうぞ」

 

「ああ、これはご丁寧に……」

 

 渡された手提げ袋の中に、クッキーやらフィレンツェやらが詰まったタッパーが入ってる。容器越しにもバターのいい匂いがする。

 

「では、少々失礼いたします!」

 

「いってらっしゃい〜〜」

 

「そうそう。体は置いていくのでちょっと見ておいていただけますか?」

 

「え? あ、うん」

 

 そう言って廃屋の中心に座ったままアスモダイが動かなくなった。近くに寄ってじっと見てみる……動かない。つついてもやっぱり動かない。

 

「そういえばベリアルもたまに動かないことがあったな」

 

 こういうことだったんだ。悪魔の生態系なんて知らないからおかしくなったのかなってちょっと心配だったんだよね。

 

「とりあえずゆっくりしてようか。アスモダイがお菓子とお茶残していってくれたし」

 

 静かな廃屋で、タッパーに入れられていたクッキーを齧りながら時間を潰す。潰して、潰して。お菓子に飽きて、端末を触るのも飽きた頃。

 

「遅い……」

 

 廃屋に差し込む光も弱くなってきた。外も暗くなってきたらしい。時間の概念もしっかりしているこの空間はほんと不思議。ほんとどこなんだろう。

 それよりも、アスモダイだ。

 

「全然帰ってこない……」

 

 ここまで待ちぼうけ食らうことになるとは思わなかった。どうしよう。いや、どうしようもなにもアスモダイがいないとまともに外を動けない。そもそも迂闊に外に出……。

 

「……やば」

 

 生理的な危険信号が突然やってきた。我慢できなくはない。けどいずれ出さないと確実に決壊して、酷いことになる。

 

「……これは、まずい」

 

 ここで済ます……のは嫌。もしも最中にアスモダイが帰ってきたらってのを考えると嫌だし、帰ってこなくても帰ってきた後に色々と残っているのを察せられるのも嫌。他人に嗅がれるという現実に耐えられない。

 じゃあどうするかなんだけど。

 

「外に出るしか無い、か……」

 

 廃屋の出てすぐそこに茂みがあったはず。そこに隠れれば多分大丈夫だと思う。

 

「……大丈夫だよね?」

 

 自分に言い聞かせるように呟いて、廃屋の入ってきたところから外を覗き見る。

 ほぼ夜になっている。周りに人の気配はない。これなら問題ないはず。というかそろそろ限界だから早く行かないと大惨事になってしまう。主に私が。

 抜き足差し足忍び足。草を踏む音すら五月蝿く感じる。

 

「誰も来ませんように……」

 

 祈りながらそろりそろりと茂みの中にしゃがみこむ。

 

「なんとか間に合った……はぁ……」

 

 ついついほっと息が出る。危なかった。もう少しでちょろっと出てた。用を足せたし、早く戻ろう。腰を上げて、下着をあげようとして。

 

「こんばんわ」

 

 突然の声に体が凍りついた。聞いたことのある声。しかも、これって……。恐る恐る見上げるといつの間にか目の前に、さっきの女の子――カオルが居た。

 凍りついた私は、半笑いでオウム返しするしかなかった。

 

「…………こんばんわ」

 

 ……何故か知らないけど、スカートの全面が大きく持ち上がってる。手で持ち上げてない。何かが中にいる? でもそういう感じじゃない……。じゃあどうして? 

 というかどこから見られてた? 最初から? かっと頬どころじゃなくて顔全体が赤くなった気がする。

 

「ごめんね?」

 

 まったく謝罪の意志を感じない謝罪をされた後、私の意識は後ろからきた衝撃に飲み込まれた。

 

「我慢よ、私」

 

 獣の息遣いが意識を失う寸前、聞こえた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「ふう、おまたせしました。いやはやまさかサイトから削除済みの作品とは知らず、探すのに随分と時間が──ミハ様?」

 

 誰も居ない廃屋の中を見渡した後、アスモダイは、「おっと」と呟いた。

 

「これは、やられましたね」

 

 ベリアルに殺される前に見つけなくては。焦燥感に駆られたアスモダイは、廃屋を出た。

 無論、左右どちらを見てものどかな夕暮れの片田舎の風景だけで、ミハの姿はない。

 ミハの残り香を感じる。どうやらこの茂みで襲われたらしい。早く助け出さなければ……。焦燥がアスモダイを焼く。

 

「本体同士で殺し合いになるとベリアルに勝てませんからね……」

 

 運がいいことに、事前に自分の料理を食べさせている。これなら追跡も問題ない。

 

「待っててくださいね。必ず私がお助けいたしますから……!!」

 

 



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第三十三話 魔法少女と悪魔と殺人鬼マンハンター

 

 

「なんであんな立派な門が電動じゃなくて、手動で持ち上げなきゃ開けられないの? しかもめちゃくちゃ重いし」

 

「H×Hを見た影響だろう。当時、無料で読めたらしい」

 

「なにそれ……」

 

 私とベリアルが城に辿り着いて、最初にしたのは門を開けること。門を飛び越えても良かったけど一応、誰かが居たときの退路にしようと思った。思って開けようとしたら手動で持ち上げるタイプ。なんじゃこりゃって話。

 普通に考えて、こんな大きな門を持ち上げられるわけがない。というかそんな構造にしない。だって誰も出れないし入れない。

 魔法少女でよかったPart1。

 

「罠だ罠。なんとか辿り着いた人間に絶望を味合わせるためのな。無意味だったが」

 

「ふうん、趣味悪。それでこのトロールも?」

 

「まあ罠だな。あの門をなんとか抜けてきた人間をこれで殺す」

 

「なるほど。やっぱり趣味が悪い。殺意マシマシすぎる」

 

 魔法少女でよかったPart2。頭を破壊されて動かなくなったトロールから視線を城の方へ向ける。

 大きな城。この城のどこかにいる殺人鬼を倒せばいいんだよね。中庭を歩きながらベリアルに訊く。

 

「その殺人鬼マンハンターって、別に強くないんだよな」

 

「うむ。大した相手ではない。殴れば終わる。能力としてトロールの使役はあるが、本体はただの老いた男。杖どころか車椅子がないと動けない。武装はショットガン程度。余裕だ」

 

「んじゃあ……」

 

 城をぶっ壊して、燻り出そう。

 

「だが城を闇雲に破壊するのはやめたほうがいい」

 

「どうして?」

 

「言っていなかったがそろそろ契約ゲージが限界だ」

 

 ベリアルが差し出してきた端末の画面には、『簡易契約ステータス』とある。真っ赤な契約ゲージの八割が使用済みになってる。

 

「これ使い切ると変身できなくなる的な?」

 

「うむ」

 

「そんなに変身してから時間経ってないと思うけど」

 

「簡易契約だからな。そういうものだ。変身解除すると強制解約だし、しばらく契約も結べん」

 

「これってどうしたら減るの?」

 

「行動時間と行動回数だ。そのため、明確な数字は出せん」

 

 そんな曖昧な。という私の表情を察したのかしょぼんとした顔で言い訳めいたことを言う。

 

「俺の考えたシステムではないからな。申し訳ないがそういうことだ」

 

 しょうがないなぁ……。どうにかできるならどうにかしてるだろうし。

 

「ちなみに本契約なら?」

 

「ほぼ無制限で変身できる。変身者が力尽きない限りな。契約の重複ができないからこその簡易契約だ。抜け道みたいなものだから勘弁してほしい。悪魔は契約を蔑ろにできない。命よりも尊んでいる」

 

「そっか。じゃあ、仕方ないし中、入ってみようか。……正面玄関からでいい?」

 

「いや、裏口がある。そっちから行こう」

 

「流石♪」

 

 と、言いたいところだけど。

 

「向こうが我慢しきれなかったみたいだね」

 

 どかんと盛大な音をたてて、正面玄関のドアが弾け飛んだ。真っ直ぐに向かってくる両開きの片方を拳で払う。

 屋敷の中から重厚な足音と共に現れたのは──。

 

「……車椅子のおじいちゃん、じゃなかったっけ」

 

「……ここに俺たちが居ること自体がイレギュラーだ。こういうこともある」

 

「まあそういうことにしてあげる」

 

 ──シルクハットをかぶった老人の頭が生えたトロール。ただし、両手には無数の銃口が束ねられた変わった形のショットガンみたいなもの。あ、あれフルオートマチックのやつだ。珍しい。

 体には、大量の大きな弾倉を巻きつけている。これはなにかで見たことあるな。映画かな、多分。あれはショットガンの予備だろうね。

 

「それで、どうすれば?」

 

「……倒すしかあるまい。向こうも」

 

 がしゃりと笑う老人──マンハンターが私たちに銃口を向け、

 

「逃がす気はないらしい」

 

 引き金が弾かれた。

 

「させない!」

 

 のを見るやいなや、私は駆け出す。そもそも変身の制限時間だってない。だったらやることは一つ。

 

「速攻でぶち抜いてやる!!」

 

 弾丸みたいにまっすぐ、一直線に態勢を低くしてマンハンターの懐に踏み込んで、衝撃が私の全身に叩きつけられた。

 

「ココ!!」

 

 焦ったベリアルの声が遠くから聞こえる。耳がキーンとする。何? 何が起こった? 飛び込んだのに逆に吹き飛ばされてるのは分かった。ただ、どうやって私は吹き飛ばされた? 

 なんとか着地して、原因であろうマンハンターの方を見て、理解した。

 

「なる、ほど……!」

 

 マンハンターの巨体であるトロ―ルの体、腹の辺りを引き裂くように中から新たな銃口が姿を現していた。

 銃口、銃口というには、あまりに生々しい何か。戦車の砲身のような見た目のそれは脈動していて、太い血管のようなものが走っている。それがトロールの体から突き出ていた。

 マンハンターはそれを突き出し、おぞましい笑みを浮かべている。

 

「なによ、あれ」

 

 痛いけど耐えられた。お腹の辺りにこびりついてる白濁した液体は、粘つくし臭い。なにこれ? それよりもあれのことを理解しないと。なんだか見覚えがあるような気がしないでも……ああ、いやそんな誤魔化しても無駄だよね。答えは分かってる。でも口にしたくないだけ。

 

「男根だな」

 

 …………。

 

「ごめん。もう一回言ってもらえる?」

 

「む? 分かりにくかったか? もう一度言うぞ。男根、陰茎、男性器、つまりおちんちん」

 

 何度も言わなくていいんだよな。まったくもう……。溜息が出る。

 

「……うん、分かった。ありがとう。完全に理解した」

 

「うむ、役立ててよかった」

 

 あー画像で見たよりずっと大きいね。嫌になる。マンハンターのそれ……砲台が膨らんできた。棒の部分から先の方へと膨らみが移動していく。

 

「次弾、来るぞ!!」

 

「分かってるよ」

 

 直後、ショットガンの弾丸の嵐と粘つく砲弾が襲いかかってきた!!

 

 



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第三十四話 魔法少女と”それ”と貞操の危機

今年もよろしくお願いします


 

 

「…………ここ、どこ?」

 

 目を覚ますと見知らない天井だった。木目のある天井、ぶら下がっている電灯は、緋色の常夜灯がほんのりと部屋の中を照らしている。だから目を暗闇にならす必要がなかった。

 パッと見の印象は、旅館の一室。カーテンが窓を仕切っていて、外の様子は伺えない。私の寝かされていた布団もふかふかで寝心地が良い。畳もささくれ一つ無い。新品みたい。ほのかに甘い上品な香りが室内には漂っていた。安心する香り。部屋の隅で動いているアロマデュフューザーが元だと思う。

 安らぐ……。ぼんやりとする頭に襲いかかる睡魔に負けた後、そのままぐらぐらっと揺れた意識が布団に吸い込まれそうになって、

 

「……っとぉ、安心してる場合じゃなかった!」

 

 なんとか現実に帰ってきた。危ない。

 

「あれ、ていうか服……!?」

 

 よく見たら全裸だった。一瞬で、パニクりそうになる。だ、だめだ。落ち着かないと……落ち着け……落ち着け……。深呼吸、深呼吸。これでパニクったら相手の思う壺だ。

 

「……私、何もされてないよね……?」

 

 服を着ていないということは、誰かに脱がされたということ。寝てる間に服を脱ぐ癖とかはないし、自分で脱いだ覚えもない。だから誰かの仕業のはず。

 

「多分大丈夫……?」

 

 見える範囲をチェックしてみる。特に異常はないと思う。怪我とか、その色々。鏡とかで見たほうがいいかな……。いや、とりあえず、服とか何か着れるものを探そう。このままだと無防備すぎる。

 

『ピーンポーンパーンポーン』

 

「何……?」

 

 どこからともなく鳴り響く電子音。この前のラブホのこと思い出してちょっと嫌な予感。

 

『おはようございます。おはようございます。おはようございます』

 

 聞き覚えのない声だった。大人の女の人。しわがれた声。おばあちゃん? いっぱいいたけどあの中の人かな。判別はつかないけれど。

 

『朝の館内放送でございます』

 

 なるほど。そういうのね。でも私、朝こういうので起こされたらバチバチにキレちゃいそう。

 

『本日晴れ、時々精液になります』

 

 ……今おかしな単語聞こえなかった?

 

『これより朝食ビュッフェを食堂にて開始させていただきます。お申し込み頂いている方は、食堂にまで。ご希望の方は受付までお越しください。申し込み人数に限りがありますのでお急ぎください』

 

 ……特に申し込んでもないし、希望していないから関係ないね。いや、してても行かないけど。

 

『なお、黒霧ミハ様には、これより迎えのものを送ります』

 

 …………。

 

『ご準備の上、お待ち下さい』

 

 ぶつんとそこで館内放送は切れた。

 

「…………うわぁ」

 

 行きたくない。絶対行かない。というか逃げる。逃げなきゃ。

 

「服。服を探そう」

 

 全裸で逃げ出す度胸はない。何か無いかな……。

 

「なにもないとは……」

 

 服をちゃんと持っていってるんだからそりゃ無いよね。旅館でよくある浴衣とかも無い。しょうがないから寝ていた布団からシーツを剥ぎ取って体に巻き付けることにした。

 一応隠せているんだけどぺらぺらだからラインがもろ出てるし、下着もないから密着させるとかなり見える。だから三重くらいにしてみたんだけどそれだと動けない。だから二重で抑えてる。

 それでも結構見えてる。恥ずかしい。誰かに見られたら死んでしまうかも。

 

「恥ずかしさでは死なない」

 

 そう割り切るしか無いよね。と言い聞かせる。

 服探しついでに部屋の中を散策してみたけど外に出れそうなのは、窓と出入り口だけ。もちろん、窓は開かない。外も何故か見えない。まあそういうものなんだろう。

 出入り口は……まだ開けてない。場所だけ把握してる。

 正直開けたくない。

 

「誰か助けにきてくれないかなあ……」

 

 助けに来てくれるなら誰がいいだろう。ベリアル、アスモダイ。悪魔の顔が浮かんだ後、無いよそれは。となって。

 

「やっぱり、ココかな。うん、ココしか勝たん」

 

 ココは頼りになる。同じ魔法少女だからというだけじゃない。ゾンビの時も、スライムの時も、冷静に助けてくれた。

 

「でもココは友だちだしな……」

 

 こんなところまで着いてきてもらっちゃったけど。

 

「ま、あっちはあっちで目的があるから来たんだし、イーブンだよね」

 

 そうだ。こんなところで足踏みしてる場合じゃない。

 

「よし。行こう」

 

 覚悟が決まった。嘘。無理矢理動いてるだけ。でもやらなきゃいけないことがある。だから私は、部屋の外に出た。

 

「お待ちしてました」

 

「へ……」

 

 舌舐めずりされた。部屋から出て、いや出ようとして思わず固まった。これまた見覚えのある顔に出鼻をくじかれた。

 

「……ずいぶん早い、お出迎えですね」

 

 思わず踏み出そうとした足が引っ込んだ。つい、下がる。追い詰めるように、入れ替わりに踏み込まれる。なにかされているわけでもない、ただ彼女の圧が私を部屋の中に押し戻す。

 

「待ちきれなく、なってしまいまして……」

 

 まるで獣のように、カオルが異様なまでに長い舌をべろりと出して、舌舐めずりしていた。

 

「待ちきれない……?」

 

 よく見るとひどく薄着だった。バスローブ……よりも薄い。ほぼぺらっぺらの白い布で作ったものを羽織っている。私の比じゃないくらい体のラインが…………。

 

「…………あの」

 

 色々と頭の中で繋がってきた。

 例えば、栗の花の香りの正体とか。

 例えば、スカートを持ち上げていたものとか。

 それが今、私の前で、その姿を晒していた。

 腰の辺りから生えた”それ”は、カオルの豊かな胸や細い腰を覆う布を太い血管の走る長い体躯で持ち上げている。ぐぐっと上曲がりの”それ”は、大きくて真っ赤に張り詰めた頭を天井に向けて、先端を濡らしていた。

 あ、あれ、R18漫画で見たことある。

 それが何に使われているのかももちろん私は、知っている。

 

「高ぶりを、抑えられなくて……。みんな、最初を譲ってくれたんです。私が最初に会ったのでだから……」

 

「ひえ……」

 

 距離がまた詰められる。悲鳴が自然と出た。

 

「私、優しくするから」

 

「ひええ……」

 

 やばい。やられる。いつの間にか逃げ場がなかった。背中に壁が当たる。

 あまりに凶暴な”それ”に視線を釘付けにさせられた。お腹に触れるか触れないかのところなのに、異様な熱を感じた。熱い。熱した棒みたいな熱量をあるように錯覚するほど。

 両手が私の腕を抑える。振り払えないほどの力と熱が伝わる。

 

「ね?」

 

 カオルがそれらに負けずと劣らない狂熱を孕んだ瞳を大きく大きく、目玉が飛び出そうなほどに見開いて言う。

 ね? じゃない。こんなの、だめ。絶対に、だめ! こんなわけわからない状態で何も知らない相手に捧げるほど安くない。

 

「一番槍、頂きます」

 

 色欲に狂う、獣の息が鼻先を焼く。

 

 

 



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第三十五話 魔法少女と悪魔と新たな魔法少女

 

 

「い、いや……!!」

 

「いやと言われてももう我慢出来ないんです」

 

 私の拒否を聞き入れる素振りすら見せず、カオルは覆いかぶさるように迫ってきた。

 

「コ、コ……!」

 

 無意識に、口走った──その時。

 

「へ?」

 

 雷鳴が降ってきた。私の目の前に。

 同時に、カオルが居なくなっていた。私の両腕を抑えている手と腰にあった”それ”が床に転がっていて、確かにそこに居たのが分かる。

 ちょっと残酷に感じたけど、どうせ魔物だし気にしないことにした。

 

 ……魔物だよね?

 

 床も焼け焦げている。降ってきたのは雷鳴だけじゃない。確かに雷も降ってきた。私には、ただの瞬きにしか見えなかったけど。

 カオル──魔物の代わりに、人が一人。もちろんただの人じゃない。

 もしかして、という期待は、一瞬現れて、一瞬でかき消えた。

 

「誰……?」

 

 黄金と例えるべき髪を左右でぐるぐると縦ロールにしていて、体もまた、黄金の衣装を纏っている。

 第一印象は、黄金で、第二印象は、ドレス。金と白を配色していて、長くてふわりとしたスカート、ウエストから胸まで覆う華やかな装飾がある。どこかのご令嬢のような様相。

 そして、ドレスの胸元から覗く巨大な胸。

 って、胸でっっっっか。いやでっか。ちょっとまってでかすぎるでしょ。私も大きいほうだけどこれはもっと大きい。私史上最高のサイズかも知れない。女の私でも流石に慄くサイズ。

 

「……魔法少女?」

 

「ご無事で何よりだ。ミハ」

 

「へ? え、あ、う、うん……。ありがとう?」

 

 黄色い悪魔がいた。悪魔と分かったのは、ベリアルやアスモダイと瓜二つだったから。だけどこれなんていうか……。

 

「ピカチュ○?」

 

 国民的キャラクターを彷彿した。東京が沈んでも、文化が途絶えたわけじゃない。

 

「やはりそうですわよね。貴方に同意するのは誠に遺憾ですが、私もそう思います」

 

 仮称魔法少女の子に同意される。何故か敵意も感じるけど。

 

「まったくの偶然、というよりも多分そいつが僕をパクったんだね。許しがたい。僕のこの愛らしい姿を無断で真似るとは……」

 

「……まあツッコムの疲れたから聞いていい?」

 

「ええ、どうぞ」

 

「単刀直入に聞きます。君たちは何者?」

 

「僕は、悪魔フールフール。君の大大、大ファンさ!」

 

 黄色の悪魔、フールフールは胸を張った。ファンと聞いて真っ先に思い出したのは、アスモダイ。アスモダイ、早く来て。

 

「わたくしは、エミリア・サンダーソニア。かの大悪魔ベリアル様を崇拝させて頂いているものです」

 

 黄金の魔法少女、エミリア……さんは、微笑みながらスカートの端をつまんで持ち上げた。所作が様になっている。口調からして本当にそういうお嬢様なのかも。

 

「ベリアル様を貴方から解放すべく参上しました」

 

 そして、突き刺すような敵意。ヘドロのように粘つく嫉妬。

 目眩がしてきた。これ夢で済ませられない? 私は今もベッドの上で、ぐうぐう寝ている。ベリアルが起こしてくれて『あ、夢だったんだ。よかった〜〜』って感じになるの。

 それは無理があるけどさ。

 

「おっと、エミリア。だめだよ。そうはさせない」

 

 正しく雷撃のごとく。私の動体視力を遥かに超えた速度で突き出されようとしていたのは、細身の剣。寸前で止まっていた。

 事実に気づいたら冷や汗がぶわっと背中に浮かんでいた。これが魔法少女。魔法少女というものの脅威。生身で見て、これが恐ろしいものだというもをようやく理解できた気がした。

 

「エミリア、言ったろう。そういうのは、僕らの契約(・・・・・)を成し遂げてからだ」

 

「人の生死を勝手に契約内容に盛り込まないでよ」

 

「失礼。しかし許してほしい。それをしていないと今、君は確実に犯されていた」

 

「むっ……」

 

 まあ、確かに。……結果論だけど。

 

「それで君らは何しに来たの? 別に私を助けに来るのが目的じゃないでしょ」

 

「いえ、助けに参りましたわ」

 

 貴方はついでですけどね。と毒のあるセリフが付け加えられる。

 

「……というと?」

 

「君たちをつけてきたんだ。ただ大穴に入った時、ここと別の場所に送られたんだ」

 

「ほんと面倒なところですわよね。わたくしとベリアル様を引き裂くなんて、許しがたいですわ。醜い、見るも悍ましい化け物ばかりですし」

 

「……そんなに化け物居た?」

 

 見た限りは、まだ普通の田舎風景だったけど……。

 

「あらあら」

 

「何よ」

 

「いえ、その目は飾りなのですね」

 

「……私、喧嘩売られてる?」

 

 嘲るような響きと嘲笑った瞳が私に向けられた。つい、睨んでしまう。

 

「言わなきゃわかりませんか? どうやら耳も飾りのようです」

 

 普通に喧嘩売られてる。正直、喧嘩の売り買いなんてしたことない。どうしよう。漫画とかだとどうしてたっけ。

 

「はいはい。ストップストップ。ミハさん、ちょっと手を」

 

「? はい」

 

 割り込んできたフールフールに思考が遮られる。丁度良かった。言われたままに手を差し出す。

 

「ふふ、お体に触りますよ……」

 

 なんか気持ち悪いな……。

 

「事前に言っておくけど、少しばかりビリっとするからね」

 

「え? っつ……」

 

 先言ってよ! もう!! 指先からびりりと電撃めいたものが走る。思わぬ痛みに目をぎゅっと閉じてしまった。

 

「これがな……──」

 

 嘘、でしょ。

 

「なにこれ」

 

 呆然とした。目の前に広がる景色は、理解し難いというか、やばい。意識がぐらつく。なにこれ。

 

「──大丈夫? ミハ。ごめんね。ちょっと刺激が強かったかも」

 

「うんん、大丈夫。ちょっと衝撃が強くて……」

 

 いつの間にか折っていた膝を立たせてから改めて私は、部屋の中を見渡した。そして、率直な感想が零れた。

 

「グロテスクすぎる……」

 

 和の雰囲気はどこにやら。そこにあるのは、けばけばしいピンクと赤褐色。素足の裏に伝わる嫌に生々しく気色悪い。ブヨブヨグネグネとしたよく分からない生物的なものが部屋を形作っていた。

 転がっているカオルの腕や”それ”も同じように、元の形こそは保っているけど構成しているものは、部屋と同じブヨブヨグネグネとしたものになっていた。

 何よこれ……。

 

「幻覚を解かせてもらった。ここは、魔物の腹の中さ。おそらく、穴の中に待ち構えていたんだろう」

 

「つまりこの素材も……」

 

「魔物の肉だろうね」

 

「気持ち悪いったらありませんわよね。ほんと」

 

 見ると布団もやっぱりブヨブヨとしたものに置き換わってる。ってことは……うわ。

 

「これもか……」

 

 私が体を隠すのに使ったシーツも何か薄皮めいていた。キモい。でも脱ぐと……。

 

「脱いでしまっても構いませんわよ? そんな貧相な体、誰も気にしませんから」

 

 胸を持ち上げて見せつけるようにセシリアは、腕を組んで笑う。いちいち絡んでくるな、この子。

 しかし、これを着ているのも気持ちが悪い。ここは意を決して……。

 

「大変お待たせしました、ミハ様」

 

 と、私がそのシーツだったものを脱ごうと手をかけた時。聞き慣れた声が駆けつけた。

 

「もうやっときた! 遅いよ!」

 

「本当に、誠に申し訳ありません、ミハ様……。なんの申し開きもできません……。この愚図な下僕に罰をお与えください……」

 

部屋の中に入ってきたアスモダイが申し訳無さそうに深々と頭を下げていた。やっと知ってる人……もとい悪魔が来た。つい安堵の息が零れた。

 

「いいからさ、そんなことよりも他にお願いがあるんだけどいい?」

 

「なんなりとお申し付けください、ミハ様」

 

「じゃあ、服」

 

 私は自分を指して。

 

「服ってどうにかならない?」

 

 

 



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第三十六話 魔法少女と悪魔と作戦会議

 

 

「簡易契約。便利ね」

 

 ココの衣装、こんな感じかあ……。フリフリスカートは、可愛いけど流石に短い。スパッツあっても普段と比べると心もとない。太もも出すぎじゃない?。長さ調整できないのかな。

 

「ちなみに普段はスパッツ無いですよ」

 

「え、ほんと? マジ?」

 

 マジ?

 

「マジです」

 

 今度からもっとちゃんと見るようにしよう。

 

「是非そうしてください」

 

 心読まないで。

 

「顔に出ていましたよ」

 

 うっそ……。ついぺたぺた顔を触る。表情筋を鍛えなきゃ。

 

「それで、どうして貴方がここに? フールフール」

 

 急にアスモダイがギスり出す。悪魔同士もなんか色々あるらしい。

 

「居たらだめだったかな、アスモダイ先輩」

 

 悪魔にも先輩後輩ってあるんだなあ。となると……。

 

「……なんですか」

 

「いや、なんでもないです……」

 

 魔法少女にも先輩後輩って言いたかったけど、じろっと睨まれて簡単に萎縮してしまった。美人に睨まれるのってこんなに怖いんだね……。

 

「まあ、あまり居て欲しくありませんね。悪魔が2体も3体も居たら手狭ですし、天使が本気で殴り込んで来る可能性も出てきます。はっきり言って迷惑です」

 

「慎重だなあ、アスモダイ先輩は」

 

 いや、普通に出ていけって言われてると思う。こんな怒気を前にしてもフールフールは、飄々と受け流す。

 

「慎重にもなります。ベリアルはどうやって突破したんですか?」

 

「質問に質問を返して悪いんだけど、僕が何を司ってるか忘れちゃった……わけないよね? 先輩」

 

「覚えていますよ。なるほど。それなら誤魔化せるかもしれませんね」

 

「ついでに気に入らない他の先輩とか同級生も焼いてもらったりしてね。爽快だよ」

 

「貴方って本当に……。とりあえずいいでしょう」

 

「あ、尋問終わり?」

 

 物騒な話が終わったのかな? よく分からないけどベリアルが色々してるらしい。今度訊いてみよう。

 

「いえ、まだ訊くことがあります。どうしてこちらに?」

 

 全然終わってなかった。

 

「それは愚問だよ、先輩!」

 

 嘲笑が滲んだ声に、真顔のアスモダイの額がぴきりとした。

 

「ミハを助けるためさ!」

 

 にこりとフールフールは笑った。あー嫌な予感がする。

 

「……ベリアルが居るから不要ですよ。横入りなんて失礼ではありませんか?」

 

「はは。僕の方が相応しい、そう思ったまでだよ。なによりほら見てよ、アスモダイ先輩」

 

「誰より早く、ここに駆けつけたのは誰かな?」

 

「…………」

 

 アスモダイは答えない。それは、確かにそうだけど。

 

「そう! 僕たちさ!! ピンチに駆けつけ、颯爽と救ったのはこの僕とエミリア!」

 

 ばっと小さな両手を広げて、フールフールは、勝ち誇ったように声を張り上げる。

 

「ミハのピンチに、ベリアルはどこにいるんだい? どこで道草を食ってるんだい? 何を遊んでるんだい? 良くもまあそれで契約しているなんて言えるよ!!」

 

 確かに、本当に実際、ベリアルはここに居ない訳だけど。

 

「……そこまで言われる謂れはないんだよね」

 

 一応、契約者で、それにここまで戦ってこれたのも朝起きれてるのもベリアルのおかげ。後からやってきてちょっとしたミスをこんなに責められるのは、流石にイラッとする。

 

「フールフール。いい加減にしましょう。こんなところで、ベリアル様がいらっしゃらないのにぐちゃぐちゃ言い合っても無意味でしてよ。わたくし、そろそろこの不愉快な空間から出ていきたいですし」

 

 とかなんとかぼそっと言うと大きな溜息を溢したエミリアが口を挟んだ。

 

「……別に見るに耐えなかっただけです。それにベリアル様は貴方如き救いに来たりしません」

 

 私の視線に気づくと不機嫌な顔で、ぷいっと目を逸らした。

 ……私の中で、困惑が渦巻く。助け舟は嬉しいけど、代わりに飛んできた感情をどう処理したらいいんだろう。

 

「まっ、それもそうか。後で会った時にとっておこう」

 

 クックックとフールフールが笑う。

 

「それで、これからどうするの?」

 

「……どうしますの? フールフール」

 

「そりゃも──「元凶を叩きましょう。ミハ様のおっしゃる通りに履修した結果、答えが出ました」──くっ」

 

 人間2人の視線に答えようとした悪魔2体がそれぞれ口を開いて、アスモダイが勝った。

 勝ち誇ったアスモダイに、フールフールが苦々しい顔をする。このほとんどデフォルメ顔なのによくこんなに表情を作れるよ。

 

「ここは、ベリアルが最初言っていた儀式における神と呼ばれる謎の生命体、つまりは魔物の体内だったのです」

 

「さっき、フールフールが言ってた通り、その魔物があの大穴に罠を張っていた、ってこと?」

 

「ええ、どこから現れたのか、我々の突入を察知したかは不明ですが、間違いなくそうです。信頼できる情報もあります。こちらを御覧ください」

 

 アスモダイが空中を指差すと何やら映像が投影された。漫画?かな。

 

「ダークプロヴィデンス〜少女惨劇録〜の外伝集になります。緊急ですので、有志が収集していたのをお借りしています」

 

「……著作権的に大丈夫ですの?」

 

「悪魔ですので」

 

「その言い訳、便利すぎる」

 

「そして、こちらが該当のページです。強姦された少女が生贄の祭壇に運ばれる悲劇のシーン──R18どころではないので色々モザイク及びカットカット……ああこれです」

 

 そうして表示されたのは、祭壇に、無数の女達が担ぐ神輿で少女が一人運ばれている最中。

 

「これは、確かに……」

 

「そっくりですわね」

 

 感心したように私とエミリアは頷く。同じ反応をしたのが気に食わないのかはっとした顔をしてから睨んでくる。そんな目をされましても……。

 

「……まあ、そうなんだよ」

 

 フールフールは、苦虫を噛み潰したような顔。

 

「この前の話で、逃げ出すのに成功したのですが、これを見せつけることで最初からだめだった、村に踏み入れた時点で終わっていた、というのを認識させる非常に残酷なシーンです。

 急いで読んできたんですが中々心に来るシーンというか急いで履修するものではなかったのでこの後、もう一度読み直そうと思います……うう……」

 

「いや、急に泣かないでいただけますか? 結論です。結論。どれを叩けばいいんです?」

 

「むっ……」

 

 ツッコミを取られた。勝ち誇った顔で見られると流石の私も対抗心が湧く。

 

「この次のシーンですが、こちらの祭壇に少女を捧げるシーン。この話におけるクライマックスですね。はいはいこれです」

 

 人一人寝かせる事のできる、木製の台の上に少女が縛り付けられる──のと同時に。

 

「このように、魔物の本体が姿を現します。これを叩きましょう」

 

「なるほど。理解しましたわ」

 

「ふむふむ、なるほど……なるほど?」

 

 ちょっと引っかかった。捧げられると同時に? 捧げる。誰を?

 

「……もしかしてアスモダイ先輩」

 

 目尻を釣り上げたフールフールが怒りを滲ませて問いかける。答えないアスモダイは、じっと私を見ていた。

 

「……嘘でしょ」

 

 意図を察した私は、顔を引き攣らせた。

 

「囮になれって、こと?」

 

 

 

 

 

 

 

 



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