残響ノクターン (平華 慶兆)
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第1話「怪異狩りの少女」

はじめまして。平華慶兆(ひらか けいちょう)といいます。
私は小説を書くのが初めてですので、「文がおかしい」など気になった所があれば遠慮せず、お叱り下さい。


「やっぱり……自転車はいいな。風も気持ちがいいし、そしてなにより、何も考えなくていい」

 

 道路の左端をマウンテンバイクで走り、深緑色のモッズコートと前髪長めのウルフカットのピンクの髪の毛をなびかせながら少女は呟いた。

 少女はモッズコートと同じ色のニット帽を被っており、日本人か? と疑うくらい綺麗な赤い目をしていた。

 ズボンはピチピチのダメージジーンズを履いており、1足2〜3万はするであろう有名スポーツブランドのスニーカーを履いていた。

 

「帰ったら何しようかな。自転車の整備は昨日したし……あ。新しいピアスが届いてるはず。たしか新品のニードルがあったはずだから届いてたら付けよ」

 

 現在彼女の右耳にはインダストリアルピアスがふたつ、耳たぶに3つのピアスがぶら下がっている。ピアスを風に揺らしながら新しいピアスをどこに開けようか悩んでいた。

 

「え。ここのコンビニって潰れたんだ。学校行くの久しぶりだから知らなかった。ここが1番家から近いコンビニなのに、残念」

 

 元コンビニの横の坂道を降り、居酒屋、美容室、塾、と横切っていった。外を歩く人が多くなってきたのでペダルを漕ぐ足を加速させ、スピードを出していく──はずが

 

「あ」

 

 スピードが乗ってきたと思ったら赤信号に捕まった。

 

「赤信号、三重から和歌山に帰ってきてからなんか知らんけど赤信号にめっちゃ捕まるんだよな……」

 

 ──ここは和歌山県。少女が住んでいるのは市内の方ではなく、有畑川町(ありはたがわちょう)という、そこには何がある? と聞かれたらみかん畑しかないとしか言えない所である。他には? と聞かれたら、強いて言うのであれば焼肉店が3つあるくらいだ。

 

「車通り少ないのにすっごい長いんだよな、ここの信号。この前測ったら1分あったぞ」

 

 左右を見ても車が来る気配はない。その代わり、右の方から異様な存在(・・・・・)の気配がする。

 自転車を止め、背負っていた長細いカバンをおろし、中身を取り出す。

 

「なんと偶然……さてと。金儲けの時間だ」

 

 彼女はポケットからタバコを取り出し火をつけ口にくわえた。タバコを吸い、煙を吐く。

 カバンを下ろし、中身を取り出した。カバンから出てきたのは『L96 AWS』という狙撃銃だった。ボルトアクション式のスナイパーであり重さもそんなに重くない。

 その場でしゃがみ、右足のかかとの上に座り左足を伸ばし狙いを定める。この独特な姿勢は彼女特有の狙いの定め方だ。

 

「気配は近づいてきてる。このまま待っておけば……」

 

「お姉ちゃん何してるの?」

 

 何かを待ち伏せしている彼女に小さい男の子が駆け寄っていき話しかけた。普通の人なら集中している時に突然話しかけられたことにより驚き銃を撃ってしまうが彼女は話しかけられても微動だにしなかった。しかも

 

「もうすぐ怪異が現れるの。姿を現した怪異を撃つために待ち伏せしてるんだよ」

 

 と小さい男の子の質問に答えた。

 

「それより僕、気配を消すのが上手いね。お姉ちゃん気づかなか」

 

「なんでタバコ吸ってるの? 怪異ってなに? その銃スナイパーだよね? なんでスコープつけてないの?」

 

 彼女の言葉をさえぎり男の子は質問を浴びせた。

 

「タバコを吸うと落ち着くんだ。そして何故か知らないけどタバコの煙が私の弾を導いてくれる気がするんだ。スコープは覗くより、自分の目で撃つ方があたるからだよ。それと怪異なんだけどすこし難しい話になるけど僕にわかるかな?」

 

「うん! 僕賢いもん!」

 

「怪異ってのは簡単に言うと、人の噂話などから生まれた言霊が言魂になり、その魂が具現化したのが怪異なんだ。えーっと……わかるかな?」

 

「僕……賢いのに……わかんないっ!」

 

「いずれ分かるよ。わかった時は、君は世界一賢い人だと思ったらいいと思うよ。それと」

 

 男の子の質問に丁寧に答えながらも彼女の独特な姿勢は崩れず、視線も変わらず道の奥を見ている。

 

「僕、耳塞いどきな」

 

 彼女は男の子が耳を塞いだのを確認しトリガーに指をかけ、銃を撃った。

 何も無いところに撃ったかと思われたが、弾が交差点を通過する直前、高速道路の柱の影から、髪の長い女性の顔が現れ、球が女性の頭に当たった。

 

「……え、お姉ちゃん、人……撃ったの?」

 

「よく見な僕。頭は人間みたいだけど、よく見るとほら。下半身が蜘蛛の体だ」

 

「本当だ! お姉ちゃん! あれが怪異ってやつ!?」

 

「そう。あれが怪異。あれが人に害を与えるんだ」

 

 彼女は携帯灰皿をカバンから取り出し、半分以上残っているのにもかかわらず、火を消し、灰皿の中に入れ、片付けた。

 

「僕、ここを離れた方がいいよ。もうすぐ怪異の関係者の人が来て、色々と質問攻めされて、自分の時間奪われるよ。せっかくの遊び時間、邪魔されたら嫌でしょ? 私だって嫌だもん」

 

 男の子に話しながらスナイパーライフルをカバンにしまい、背負い、自転車に股がった。そしてポケットからスマホを取りだし倒した怪異の写真を撮った。

 

「私はこれから家に帰って可愛い可愛いピアスを開けるんだ。僕もいつかピアスの良さに気づくと思うよ」

 

 男の子にピアスをチラつかせながらペダルを漕ごうとすると

 

「お姉ちゃんって……何者なの?」

 

 と、最後の質問をされた。

 

「……私の名前は『(とどろき)エルシア』ただの女子高生だよ。多分」

 

 ◆◇◆◇◆

 

「わぁ……写真で見るより可愛い……」

 

 家に帰るなりエルシアはポストの中に入っていたピアスを眺めていた。家に入り、靴を脱ぎながら、ピアスを袋から取り出していた。

 新しいピアスは黒のリングで等間隔に白い線が入っているデザインだった。

 

「どうしよっかなぁ〜。どこにつけよっかなぁ〜」

 

 ご機嫌なのか鼻歌を歌い出した。鼻歌を歌いながらカバンの中からポケット灰皿を取り出し、中の掃除を始めた。静まりかえる部屋の中、彼女の鼻歌だけが部屋の中に響いていた。

 ポケット灰皿を掃除し終えると、今度はカバンの中から『L96 AWS』を取り出した。

 新聞紙をさらに広げ、タンスからクリーニングセットを取り出し、箱の中からビニール手袋を引っ張り出し、装着して銃を分解し、掃除を始めた。

 彼女の鼻歌に交えて銃を掃除する音が彼女の部屋に響き出す。彼女はこの時間が大好きなようで表情はすごく幸せそうだ。

 掃除をし終わり、用具などをタンスへ片付けた。やることが無くなった彼女はソファに座り、怪異討伐以来をSNSで探っていた。

 

「う〜ん……やっぱり天人限定が多いな……」

 

 SNSを見ていると依頼の条件として「天人限定」というのがある。

『天人』というは、『天力使いで怪異専門の会社に属している人の事』をいう。

 また、『天力』というのは、人が怪異を取り込むと能力が使えるようになる。なぜ『天力』なのかと言うと、全ての始まりは『天使』からと言われており、それに基づいて『天力』と言われている。

 彼女は『天人』でも無ければ『天力』も使えないので条件に満たせず、依頼探しに苦労している。

 

「天人になればいいだけの話なんだけど私まだ学生だし、なにより怪異を取り込むとか生理的に無理!!」

 

 足をバタバタさせながらSNSで依頼を探す。が、やはり大体の以来に条件があり、「天人限定」や「天力持ち限定」が多い。

 そんななか、1つの依頼に目をつけた。

 

「『由良トンネルを調べ、夜でも安全に通れるようにして欲しい:条件 なし』……か。いいじゃん!」

 

 由良トンネル、そこは和歌山県でもかなり有名な心霊スポット、噂ではそのトンネル内で何人もが行方不明になってるらしい。

 

「これこそ天人とかに頼めばいいのにまさか条件なしだとは。これは『エルシア様! どうか由良トンネルに安全を!』って言ってるようなもんじゃん!!」

 

 彼女はウキウキしながら出かける準備をした。

 

「さっき倒した怪異の討伐写真を市役所に持っていけば15万は貰えるかな? んで、由良トンネルの謎を解きつつ、絶対中に怪異がいるからそいつを倒す。んで! 由良トンネルの怪異だから絶対お金も多く貰えるから……うん! 私の中の計算機では合計50万は貰えると出た!」

 

 怪異は倒し、自分が倒したという証拠を持っていけば、その怪異の強さによって応じた金額が貰える。彼女はその方法でお金を儲け、生活をしている。なので水道代や電気代、また学校もこのお金を使って通っている。

 

「よし、それじゃあ由良トンネルに出発しますか!」

 

◆◇◆◇◆

 

「坂道きっつ……結構遠かった……すっかり遅くなっちゃったな」

 

日は沈みかけ、周りは赤く光っていた。

 

「ここが由良トンネル……17年、和歌山に住んでるけど始めて来たな」

 

トンネルの中は蛍光灯が僅かな光を灯し、非常口の緑の光が光っているだけでなにもない。

……だが、なにかがいることは確実だと思えるくらい寒い風がトンネルから吹いている。その風は彼女を振るい立たせ、山を降りていった。

 

「……ちょっと…怖いな……。もっと明るい時にくるべきだった……かな?」

 

鳥肌を立たせつつ、彼女は仕事の準備をはじめた。カバンから銃を取りだし弾を一発ずつ丁寧に入れていく。弾を入れ終わった銃を背負い、コートの内側に手を入れ、彼女のもうひとつの愛銃、『キアッパ・ライノ』を取りだした。

 

「室内戦ではこいつを使うのが私の決まり。室内で銃よりナイフが強いって言うけれど、それは普通の人だから。私は違う。室内でも完璧にこのライノを使いこなし、ナイフ相手でもなんなく倒す。エルシア!いざ、由良トンネル内へ!」

 

普段このようなことを言わない彼女がなぜ言ったのか。理由は一つ。

彼女は今、怖がっているからだ。

ここで何人もの人が死んだ。10人以上?100人以上?真相は分からないけれど彼女は、はこのトンネル内で多くの人が死んだことを実感しているのだろう。彼女の手を見ている限り、手汗がものすごく出ているのだ。

 

「手汗すご……進むか…」

 

『キアッパ・ライノ』を握りしめ、1歩1歩とトンネルに向かい、足を進めた。

 

トンネルの真ん中をを進んでいくと、端の方から話し声が聞こえてきたり、後ろの方で何かが走ってる音がしたりと様々な現象が起こっていた。

「安全に通れるようにしてほしい」との依頼ことだが全部の怪異を倒せとは言われてないので今自分に悪さをしてこない怪異は倒さず、そのまま本命へと向かっていく。

ここのトンネルで人を襲っているのはもっと強く、おぞましく、そしてあまりの不気味さに顔が引つるくらいだ。

 

「結構進んだけど、何も出てこない。出口見えちゃってるよ」

 

出口が見えるところまで進んだ彼女に殺意を向ける怪異は未だにおらず、街中を歩くような感じで歩けていた。

 

「私が何もしなかったら、相手も何もしてこないのかな……っていうのはちょっと安全すぎる考えかな!」

 

彼女は背後からの殺意を感知し、前にジャンプすることで殺意満点の攻撃を避けた。その攻撃はコンクリートの地面をえぐるほど強く、避けていなかったら死んでいた。

 

「出たな本命!……ってなんで私の一番嫌いな映画の化け物がいるんだよ」

 

彼女を襲った怪異は有名ホラー映画にでてくる複数の人間が繋がった化け物。

「ヤスデ人間」だった。

 

 




改めまして、はじめまして。平華慶兆(ひらか けいちょう)といいます。
スナイパーライフルを持ったキャラを主人公にした物語を書きたかったので書いてみました。
スナイパー女子って……いいですよね


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第2話「由良トンネル」

『キアッパ・ライノ』の弾は確実に頭に命中しているのにこの「ヤスデ人間」は倒れる気配がない。読めない動きで攻撃をしてくるので気が気でない。

 

「気持ち悪い動きで先は読めないけど弾はあたる……でも死なない……認知されすぎか、噂話のされすぎかのどっちかだな」

 

攻撃を避けつつシリンダー内に弾をいれ撃つ。もちろん弾は全弾ヒット。

ヤスデ人間は弾に当たるともがき、叫び、苦しむが倒れはしない。体をうねり、突進をしてくる。そしてコンクリートの壁や地面をえぐり、エルシアのことを「殺す」と言わんばかりの雄叫びをあげる。

 

「おいおい!このままじゃトンネル崩れちゃうよ!」

 

怪異に向かって注意する。それでもヤスデ人間は止まりません。

 

「崩れたら私もだし、あんたも死ぬんだよ!?」

 

それでもやっぱりヤスデ人間は止まりません。

 

「……ダメだ。埒が明かない……考えろエルシア。ここにいる怪異の正体が分かったんだ。未知に飛び込む恐怖は消えたんだ。もう怖くないだろエルシア!考えろ!あいつを倒す方法を!」

 

避けては撃って、弾がなくなればまた弾を補充してを繰り返して役1時間が経った。幸いここを通る人はおらず、長時間戦えているが、そろそろ残りの弾が少なくなってきた。それと同時にエルシアの体力も無くなってきた。

 

「こいつ……よく見るとあの映画と違って複数の人間が繋がってる訳ではなく、上半身が連続して繋がってるだけの一体だけなんだよな……てことはこの繋がってる上半身の真ん中を狙えば死ぬのかな」

 

そんな仮説を立ててみた。もしこの仮説通りに胸を撃ち、倒せればお金が貰える。倒せなければ弾がなくなり出口まで走るしかない。

 

「……実行あるのみ!!」

 

キアッパ・ライノを握りしめ、ヤスデ人間に立ち向かった。

 

結果、エルシアの仮説は正しく、ヤスデ人間は動かなくなった。

 

「ハァ……ハァ……ちょー長かった……」

 

その場でしゃがみこみ、手のひらに乗った2発の弾を眺めながら息を整える。

残り弾数が2発だったことから、エルシアにとってこの戦いはかなりギリギリだったことがわかる。

今日の戦いで、頭だけ撃っとけば勝てるというエルシアなりの考えが外れ、すこし落ち込んでるようだ。何はともあれ勝てたことに変わりはなく、あとは写真を撮り、依頼主に連絡をするだけ。

 

「スマホスマホ……」

 

スマホをポケットから取り出しカメラアプリを起動する。設定をいじり、フラッシュを焚くようにする。

 

「なんで由良トンネルに映画に出てくるヤスデ人間がいるんだろう……何か繋がりとかでもあるのかな?っていうかこいつ倒してもこの不気味な感じ、消えないな……まぁ、いいか」

 

ヤスデ人間にカメラを向け、ピントを合わし、シャッターボタンを押す。フラッシュが焚き、一瞬エルシアの周りは光に包まれる。

 

 

何かがいた。

 

 

フラッシュの光が周りを明るくするのと同時にエルシアの顔を横から白く巨大な顔が覗いていた。

エルシアはそれに気づき、咄嗟にその場から離れた。

 

「何……?今の……やばい気がする。逃げよう」

 

スマホをポケットにしまい、全速力で出口に向かった。

 

何事もなく、由良トンネルの外に置いてある自分の自転車にたどり着いた。由良トンネル内で感じたあの不気味な気配はなく、ただただ山の綺麗な空気が流れてるだけだった。

 

「ハァ……ハァ……ヤスデ人間じゃなかった……あれがこのトンネルの主だ……」

 

エルシアは座り込み、震える足を抑えた。

ヤスデ人間と長時間戦い、さらには謎の怪異から逃げたので、足は生まれた子鹿のように震えていた。

そこに1台のバイクが走ってきた。

 

「よぉ姉ちゃん!あんたもしかしてSNSで俺の依頼受けてくれた人?」

 

バイクはエルシアの前で止まり、エルシアに話しかけた。

 

「どうも」

 

バイクの持ち主はチンピラみたいな格好をしており、その見た目通りの話し方でエルシアに質問をした。それに対しエルシアは若干うざったらしく思っており、話すだけでも疲れると判断したのかたった3文字で返事をした。

 

「どう?中の怪異倒した?どう?どう?もう安全?ねぇ?」

 

「倒しましたよ。中に死体があると思うので気になるなら見に行ってみては?それより依頼達成料を貰いたいのですが」

 

SNS依頼達成料制度、それはSNSで依頼を受け、その依頼を達成すればお金を請求できるというもの。

エルシアはヤスデ人間を倒したが、フラッシュ時にいたあの謎の怪異は倒してないのでこのチンピラに対しお金を請求できるのかどうか怪しいが、請求してみた。

 

「今ちょっと手持ちないんだわ」

 

「は?」

 

「それにちょっと俺の女がまってるんでね。俺の女の家、この由良トンネル通ると近道なのよ。だからお願いしたんだ!」

 

小指を立てながら由良トンネルを近道だと言う男に対しエルシアは嫌悪感を抱いていた。

 

「そゆことで〜、俺には手持ちが今ないので請求はしてもらっちゃあ困る!また今度払っとくよ〜……てか姉ちゃんめっちゃ可愛いね!乗ってくかい?」

 

「結構」

 

「そうかい。まぁあんがとさんよ!」

 

男はバイクのエンジンをかけ直し、由良トンネルに入っていった。

エルシアは「あのタイプはお金を払わないタイプ」と怒りを顕にしながら自転車に跨り、山を降りていった。

 

「ぎゃあああああああああ……」

 

山の上の方から男の叫び声が聞こえた。それはヤスデ人間の死体を見て驚いた拍子に出る悲鳴か、もしくは別の何かに襲われての悲鳴なのか、エルシアには関係がなかった。なぜなら男はエルシアに金を払わなかったのだからだ。払わなかった時点で、男はエルシアの敵とみなされたのだった

 

◆◇◆◇◆

 

家に着くなりエルシアは帽子とモッズコートをソファに脱ぎ捨てトンネル内での出来事を思い出していた。

まずはヤスデ人間について思い出した。気持ち悪く、動きが読めず、弾を何発も無駄にした相手。倒した時に残っていた弾があと2発だったのを思い出すとゾッとする。倒せてよかったと心の底から思った。

次にフラッシュを焚いた時にいた謎の怪異。一瞬の事だったのであまり詳しくは思い出せないが巨大な顔だけが帰っている最中ずっと脳裏に焼き付いていた。バイクの男はそいつにやられたのだろうか。それならばエルシアはかなり危なかったかもしれない。

 

油を引いたフライパンに卵をいれ、ほんの少し固まったらご飯を入れる。そしてそのご飯にごま油とコショウをかけ、ネギを振りまく。卵とご飯とネギが混ざってきたら醤油を入れ、さらに炒める。そうすることで、エルシアの得意料理の1つ、チャーハンが完成した。

 

「いただきます」

 

スプーンですくったチャーハンを小さい口に運んでいく。

 

「……うん!我ながらに美味しい!」

 

スプーンは止まらず、チャーハンはあっという間に無くなった。

浴槽に湯が溜まるまで、皿洗いなどをして、時間を有効活用している。自転車に乗っている時間が好きな彼女だが、この時間もどうやら好きそうだ。その証拠に安らぎを感じ、口角が上がっている。

 

浴槽に湯が溜まったので、脱衣所で服を脱ぎ、歯ブラシと歯磨き粉を持って浴場に入る。扉を開けると、いい匂いの湯気がエルシアを包み込み、そこで深呼吸をする。

 

「うん。いい匂い」

 

浴場の椅子に腰をかけ、シャワーを頭から流す。髪の毛全体が濡れたらシャンプーボトルを3プッシュし、手のひらで泡立て頭に持っていく。全体的に洗えたら、泡は流さず、体を洗う様のタオルを手に取りボディーソープボトルをシャンプーボトルと同じ、3プッシュ。タオルで泡立て体を泡で包んでいく。体も洗えたら、シャワーで一気に頭から流し、泡を落としていく。

全ての泡を洗い流したら次はリンスを手に取り、髪の毛に馴染ませ、浴槽に浸かる。

幸せそうな顔で溜息をつきながら足を伸ばし、肩まで浸かると体の疲れが取れる感覚が分かり、思わず笑みが盛れる。

 

「お風呂最高〜……あー、温泉行きたいなぁ……」

 

などと言いながら、考え事を10分近くする。

のぼせないうちに浴槽から上がり、髪の毛に馴染みこんだリンスを洗い流していく。

洗い流しが終わると歯磨きをする。歯を磨き終わるとシャワーの水でうがいをし、浴場を出る。

体をバスタオルで拭き、ヘアオイルをつけてからドライヤーで髪の毛を乾かしていく。

 

体の温度が逃げないうちにパジャマに着替え、マグカップに牛乳を入れ、レンジで2分温める。

レンジで牛乳を温めている間に顔に潤いクリームを塗っていく。最初はクリームをのばし、ある程度のばしたら指先で叩いて馴染ませる。

馴染ませ終わる頃にはレンジの温めが完了している。中身を取りだし、角砂糖を入れ、混ぜ、ソファーに座ってから飲む。

スマホでSNSを見ながらホットミルクを飲み干し、シンクの中に置きに行く。そこで軽くもう1回歯磨きをし、ベッドへ向かう。

 

電気を消し、布団をかぶり、今日あった出来事などを整理しながら眠りにつく。

 

「おやすみ。私」

 

こうしてエルシアの一日が終わった。

 




今回は思った以上早く怪異を倒してしまったので後半はほとんどエルシアの家でのルーティーンとなりました。


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第3話「天人の男」






「ふぅ……結構余裕で勝てたな」

 

エルシアはトラック並みにでかい怪異の死体の上でタバコを吸っていた。

先日の由良トンネルで戦ったヤスデ人間に比べると、今回戦った怪異は大きさはヤスデ人間の約3倍だったが弱かったらしい。

 

「……今思えば由良トンネルの時、銃撃つ時タバコ吸うの忘れてたな。久しぶりのライノでの戦いだったからなぁ……タバコ吸ってたらもっと楽に勝てたかも」

 

人差し指でタバコをトントンと振動を与え灰を落とし、また口に持っていく。

 

「前までは倒したらまだまだ吸えても捨ててたけど、最近値上がりしたしなぁ。全部吸わないともったいないんだよなぁ。」

 

最後まで吸うことに慣れていないのか軽く咳き込みながらタバコを短くしていく。中心にタコ型の遊具がある公園で倒したのでタバコを吸っても大丈夫なようだ。

怪異の遺体の処分は基本、町がやるのだが、町に処分を頼むと一日はかかる。道路の真ん中などで倒すと通行止めになるだけで済むが、今回倒したのは公園だ。なので公園で遊びたい子供たちのため、急がなければならない。急ぎで死体の処分をする時は「天人」に連絡する。「天人」なら3時間あれば片付けてくれるが彼らも忙しいのでなかなか来てくれない。

となれば自分が片付けるしかないか。でも自分がやったところで早く終わるのか、とエルシアは悩んでいる。

タバコを吸いながらこの死体をどうしようかと考えていると

 

「ほぉー……先を越されたか」

 

声をかけれた。

声の方を見ると、そこには1人の男が立っており、ニヤニヤしていた。

男はフードはグレー、それ以外は檸檬色の猫耳フードを被っており、サングラスをかけていた。

 

「……天人さんですか?」

 

先程の「先を越された」という言葉から相手を天人だと思い質問する。その質問に対し男はニッコリと笑った。

 

「そうだよ。天人だよ。このタコ公園に怪異が出たって言う通報があってね、急いできてみたら、君がいた」

 

指を刺されたエルシアは死体から飛び降り、出口向かって歩き、出口前に立つ男に下から目線で言葉をかけた。

 

「なるほど。誰か通報してくれてたんだ。でも今回は私が倒したから、当たり前だけど私がお金を貰うよ。天人さんならこの死体を処理しといて。子供たちが遊びに来るんで」

 

そう言いながら男の横を通り過ぎようとすると

 

「こいつの処理を……俺が?まさか。やだね。他のやつに任せるよ」

 

エルシアの背中に「他のやつに任せる」という言葉をぶつけてきた。少しその言葉に驚いた。なにせ天人というのは怪異を倒し、死体を処分するまでが仕事だからだ。

彼女が天人にならない理由は「怪異を取り込むのが生理的に無理」の他にこうゆうのがあるからだ。

 

「あなた天人だよね?何を面倒くさがってるの?さっさとやんないとその他のやつ(・・・・)に怒られるよ?」

 

「真面目だねぇ。それより君、臭うよ。すっごく」

 

「さっきまで死体の上に座ってたからね。匂いくらいつくよ」

 

「ちがうね。もっと中に匂いがある。きて。会社でその匂い落とすから」

 

「会社……?天人の?」

 

「そう。天人の」

 

「……無料で匂いを落としてくれるなら、行くけど」

 

「もちろん無料だ」

 

「じゃあいく。言質とったからね。お金とったらぶっ〇す」

 

匂いを落とすのを無料にしくれるとの事なので、天人の男について行くことにした。

遺体の処理は男が歩いている最中電話をしていたので別の天人がするだろう。

 

◆◇◆◇◆

 

「ちなみに君は会社の存在については知ってる?」

 

男について行ってる最中、そんな質問を突然してきた。もちろん答えは

 

「知ってるよ」

 

天人が集まる会社があるというのは1+1=2と言うくらい世間では当たり前だからだ。

 

「じゃあ会社名は?」

 

「それは……知らない」

 

だが会社名までは話題になっていない。エルシアのように知らない人も多くいる。

 

「会社名は『デーモンカンパニー』って言うんだ」

 

「なぜにデーモン…」

 

「君は『始まりの怪異』を知ってるかい?」

 

「……いえ」

 

「じゃあ教えるね。怪異ってのは人の噂話などが言霊になり、さらに言魂になってそれが具現化したものってのは知ってるよね?」

 

「うん」

 

「この地球上で生まれて初めて言魂が具現化した存在ってのが2人いるんだ」

 

「初めてなのに2人なの?」

 

「そう。その怪異は『天使』と『悪魔』だ。この2人は同時にこの世に生まれ、とてつもなく強い力を手に入れたんだ」

 

「『天使』と『悪魔』ねぇ……。なんで悪魔の名前を入れたの?天使の方がよくない?」

 

「『エンジェルカンパニー』じゃなく『デーモンカンパニー』になった理由は勿論ある」

 

「理由?」

 

「なんと天使と悪魔が殺し合いをするんだ」

 

「殺し合い……」

 

「殺し合いをする前に悪魔が不意打ちで天使の体を『トリアイナ』というフォークみたいな武器で串刺しにしたんだ」

 

「さすが悪魔」

 

「でも悪魔より天使の方が強かったから、結局引き分けになって、お互い息絶えた」

 

「不意打ちしても引き分けになったんだ。天使どんだけ強いんだ。で、会社名に悪魔が入ってる理由は?」

 

「『不意打ち』ってのが俺は好きでね。悪魔が天使にしたことが俺にはすごく刺さったからこの名前にした」

 

「……え?この名前にしたってあなたただの社員でーー」

 

「じゃーん!ついたよ!『デーモンカンパニー』」

 

男と話していて気づかなかったが、有畑川町の中で1番でかいビルの前に立っていた。

 

「たまに知性を持つ怪異がいる。そいつに攻撃されないようこの会社の存在を分かりにくくしている。君が目の前まで来ても会社に近づいているというのに気づかなかったのはそういうことだ」

 

自動ドアが開き、中には大勢の社員、いや、天人であろう人達がそれぞれ自由に過ごしていた。

電話をしながら歩いている人やコーヒーらしきものを飲んでいる人。なにかの書類を見つめて頭を抱えている人もいた。

 

 

「お帰りなさいませ。社長」

 

「お帰り!社長!!」

 

「戻ったか。後で話があるからよろしく社長」

 

 

ビル内に入ると数名の天人が近寄ってきて男のことを『社長』と呼んだ。

 

「『社長』……『社長』!?」

 

驚きの声が社内に響いてしまい、エルシアは頬を赤く染めた。

無理もない。猫耳パーカー着てサングラスしてる男が社長だなんて誰が思うか。

 

「……天人のこと、なにもしらないんだね。とりあえず社長室行くよ。なに、取って食おうとかじゃないから安心してね」

 

驚きの余韻を残しながら天人の会社の社長だった男と一緒にエレベーターに乗った。

エレベーターが上がっている感覚を感じながらも沈黙が続いていた。

 

「……エレベーターに乗ると、黙っちゃうよね。この現象に名前とかないのかな」

 

「…………」

 

「ないなら名付けようか。そうだなぁ……『エレベーターオンシャラップ現象』」

 

「…………」

 

彼の独り言を聞いているうちに目的の階についた。エレベーターの扉が開き、廊下を挟んだ前に扉があった。

 

「ようこそ。この扉の奥が社長室だよ」

 

エレベーターを降りた男、デビルカンパニーの社長は扉を開けエルシアに中に入るよう手招きをした。

中に入ったエルシアは目の前の光景に驚きを隠せなかった。

社長に案内された社長室は、想像していたオシャレな部屋ではなく……

 

ただのゴミ部屋だった。

 

◇◆◇◆◇

 

「悪いね。俺……掃除が苦手でね」

 

「だから公園での怪異の処理をサボったんだ」

 

「サボってない。社員に仕事を与えただけだ。てか俺が社長だと分かったんだから敬語使えよ!」

 

「絶対やだ」

 

なぜか分からないがエルシアは社長室の掃除を手伝わされていた。

赤と白で有名なメーカーの缶ジュースや先週発売された漫画雑誌、チェーン店の紙袋など、普通社長室にはないような代物が沢山積まれていた。

 

「この部屋が綺麗になったら君の体に染み付いた怪異の匂いを落としてあげるよ」

 

「……ねぇ、無料でって言ったよね?これ、働いてるよね?」

 

「えーっと……何が言いたいんだ?」

 

「給料出してね」

 

「君はどんだけがめついんだ!」

 

「嘘をついたのはあんたじゃん!この汚社長!」

 

「汚……汚社長!?」

 

「無料だから来たのになんでこのくっそ汚い部屋を片付けなきゃいけないの!お金払わなかったら〇す!」

 

エルシアの言葉に後退りをした社長は何か言い返そうとしたが、反撃の言葉が思い浮かばなかったのか、肩を落とし、悲しそうな顔でゴミを捨てていた。

 

約3時間後、部屋が綺麗になった。エルシアは体に染み付いた匂いを落としてもらい、そしてお金を貰えて喜んでいた。その時、扉をノックされ、一人の男が入ってきた。

 

「失礼します、社長。あれ?部屋掃除されたんですね」

 

エルシアはその男の頬に目がいった。なぜなら頬から鼻に向かって1本の傷があったからだ。

男は前髪をチラつかせたオールバックをしており丸メガネをしている。それだけなら普通の一般男性と変わらないただのサラリーマンだが頬の傷が普通じゃないことを語っている。

 

「君が手伝ってくれないから、この子がやってくれたんだよ?」

 

「へぇ……君が……。なるほど。では、これからよろしく」

 

「え?よろしくってどういうこと?」

 

入ってきた男に握手しろと言わんばかりの手を差し伸べてきた。エルシアは困惑して立ち止まっていた。それと同時に握手を返してきてくれないエルシアに対し困惑する男。両方の頭の上にはハテナが効果音を立てて増えているだろう。

 

「どういうことって……社長、この子、うちに入るんですよね?」

 

「え」

 

男の言葉にエルシアは酷く驚いた。彼女は特別な匂いを落としてもらうべくここまできただけなのに、なぜかこの男には会社に入ってもらうということになっている。

 

「いやいやいやいや、入らないですよ!入社しません!というか、ここに入社できるのは、怪異を取り込んでいる人達だけと聞いたんですが」

 

「え、誰情報?それ」

 

さっきまでエルシアと男の行動を見てニヤニヤしていた社長が目を見開いて聞いてきた。

 

「誰情報と言われましても……そういう噂というか……」

 

「うちにはそんなきまりないよ。現に怪異を取り込んでない人も働いてるしね。というか君……」

 

社長は私の方を指さした。

 

「怪異、取り込んでるよ?」



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第4話「初仕事」

「というか君、怪異、取り込んでるよ」

 

 社長が彼女、エルシアに向けて放った言葉。この言葉を聞いた彼女は少し固まっていた。

 

「……ふっ……そんなわけないじゃん。だって私、怪異を取り込んだっていう記憶が全くもってないからね!」

 

『怪異を取り込む方法』

 取り込みたい怪異を弱らせた後、体に傷をつけ、血を出す。次に自分の体にも傷をつけ、血を出す。自分の傷と怪異の傷にあて、血を交わらせる。すると弱った怪異は傷の中に吸い込まれ、取り込み成功となる。

 

 彼女は生まれて17年。この動作をしたことがなかった。なので、自分が怪異を取り込んでいることという社長のセリフを鼻で笑い、否定した。

 

「怪異を取り込んだ記憶が全くない……と。でも君は怪異を取り込んでいる。となると……君のお父さんかお母さん、おじいちゃんがおばあちゃん。誰か天人じゃなかったかい?」

 

「なんでそんなこと……」

 

「怪異は遺伝する」

 

 彼女は言葉を失った。

 

「または怪異が死ぬ瞬間と君に命が宿る瞬間がタイミングよく合えば奇跡的に取り込むことがある。まぁ後者はありえないだろうな」

 

 エルシアの祖父母はエルシアが生まれてすぐに亡くなり、両親は彼女が4歳の時に交通事故で亡くなっている。なので彼女は祖父母と両親がどんな人だったのかを知らずに生きてきた。

 両親が死んだあと、親戚に引き取られそこで育ったが、その親戚も3年前に亡くなった。

 

「とりあえず、君が取り込んでいる怪異は今の所わからない。他人が何の怪異を取り込んでいるかわかるやつがいるが、そいつは今沖縄にいるから今すぐ知ることが出来ない。残念だ」

 

「……私はあまり両親や祖父母のことをよく知らない。だから遺伝だとか突然言われてもよくわからない。取り込んでるなら取り込んでるでそれはもう仕方の無いことだ。でも一つだけ確認させて。ここに、この会社に、今までいたの天人の記録とかある? あるなら見せて欲しい」

 

 彼女は社長を見つめた。遺伝と言うのであれば、もしかしたら自分の両親か祖父母の事が記録され、保管されているかもしれないと思ったからだ。今まで両親や祖父母のことを考えずに生きていた彼女だが、遺伝によって怪異が取り込んでいると言うのならば、話は変わってくる。

 エルシアは初めて、自分はどのような血統から生まれたのか、知りたくなった。

 

「……いいねその目……すごく素敵だ……。気に入った! 君もそう思わないか? アストロ君」

 

「そうですね」

 

「ア……アストロ……?」

 

「彼のニックネームさ。ほら、自己紹介」

 

露崎(ろざき)アストです。社長からは『アストロ』と呼ばれてます。先程は突然握手の要求をしてしまい申し訳なかった」

 

「あ、いえいえ。そんな……あ、轟エルシアです」

 

「轟……?」

 

 彼女の苗字を聞いた社長はなにか思い当たるような顔をした。

 

「どうかしました?」

 

「いや……別になにもないよ……社長の猫乃目(ねこのめ)スムノだ。よろしく」

 

 2人と握手した彼女はひさしぶりの人の温もりを感じ、握手した手を見つめ、2人にバレぬよう微笑んだ。

 

「さて、エルシアちゃん……と言ったね? 君はお金大好きだろう?」

 

「はい」

 

「そんな君にいい話がある。君は今、月に何体の怪異を倒せているのかな?」

 

「えーっと……4、5体くらいかな……」

 

「少ないね」

 

 エルシアの回答に社長、スムノは即答した。後から部屋に入ってきた男、アスト、通称アストロもスムノの「少ない」という言葉に対し頷いていた。

 

「この会社に入れば少なくとも15体は怪異を狩れるよ。お金はもちろん、怪異を倒した証拠を持ってる人のもので、それプラス、月に1回、銀行か手渡しで給料が──

 

「ここで働かせてください」

 

 エルシアの目は輝いていた。

 彼女の輝いている目を見てアストロは少し引いていたし、スムノも固まっていた。

 お金のことだけでここまで目を輝かせられるのは全世界で彼女だけだ。

 

「少なくて15体とか最高じゃん。何? 多くて2倍の30体とか? はぁ……通帳が光る未来が見える……」

 

「あの……この会社に入ってくれるってことでいいんだよね?」

 

「はい!」

 

「元気のいい返事だね。んじゃあこれを渡しておくよ」

 

 スムノがエルシアに渡したものは小さな黒いスイッチだった。

 

「そのスイッチは人口怪異の『出勤スイッチ』というものだよ」

 

『人口怪異』

 それは怪異は人の噂話などが具現化する性質を利用し、「こんなものがあればいいな」というものを怪異で作ったもの。作るのはかなり難しい

 

「人口怪異って……作るのすごく難しいんじゃない?」

 

「1人ならな。エルシアちゃん、君はこの会社に何人がいると思う?」

 

「えっと……100人くらい?」

 

「残念。200人」

 

「200人……それだけいれば人口怪異を作るのも難しくは無いね」

 

「んで、この『出勤スイッチ』なんだけど説明……アストロよろしく」

 

「はい。分かりました」

 

 スムノの右斜め後ろに立っていたアストロがポケットから「出勤スイッチ」を取り出しエルシアに近づいた。

 

「このスイッチを押すとあなたの位置情報が会社内のモニターに表示され、同時にあなたの健康状態などが表示されます。タイムカードも押されます。ですのでこれを押して、再び押すまでがあなたの仕事です」

 

「健康状態……なるほど。その健康状態には感情とかも入ってるの?」

 

「感情……まぁそれに似たようなものもは入ってますね。サボりに対する罪悪感、サボりに対する背徳感がそんな感じですね」

 

「つまりサボれないと」

 

「そういうことです」

 

「要するに! スイッチを押している間にどれだけ怪異を狩れるかだね。そして近くに怪異が出現したらそれをしらせる通話機能もついてるよ」

 

「なるほど。いつもは目視でしか確認できなかった怪異が近くにいるだけでわかるようになると。だから怪異を会社に入る前より多く狩れるってことね」

 

「そういうこと!」

 

 スムノに手渡された「出勤スイッチ」をポケットにいれた。

 

「で、私の初出勤はいつから?」

 

「明日からだよ」

 

 ◇◆◇◆◇

 

 今日が初出勤のエルシアは早起きすることも無く、いつもどうりの朝をすごしいつもどうりの身支度をした。

 深緑の帽子、帽子と同じ色のモッズコート、ダメージ多めのダメージジーンズ。そしてネットでしか売っていないバンクと言われる値段が高めの靴をはいて外に出かけた。

 家の鍵を閉め、スムノに貰った「出勤スイッチ」を押した。

 

 /////

 

「轟エルシア、出勤スイッチを押しました」

 

「了解。初出勤、初仕事、君の強さ、見せてもらおうかね」

 

「デビルカンパニー」の2階。そこには巨大なモニターの前に約50名の会社員がパソコンと向かい合っていた。巨大なモニターには有畑川町全体の地図が映っており、「出勤スイッチ」を押した天人が写真付きでどこにいるのかがわかった。もちろんその中にエルシアも含まれている。

 

「さて、エルシアちゃんの監視、任せたよ。アストロ」

 

 /////

 

「はい。わかりました」

 

 エルシアの後方10メートルからアストロが壁を背にしエルシアの行く末を監視していた。

 エルシアが歩くとアストロも歩く。決して見つからないように、エルシアとの差、10メートルを崩さぬように歩いていく。

 歩いていくと人も段々と多くなり、建物も多くなってきた。彼女の中ではパトロールのつもりなのだろう。辺りを見渡しながら歩いている。

 

(そういえば……彼女……学校とか大丈夫なのか?)

 

 朝9時。普通なら学校では1時間目の授業をしている所。彼女は学校に行ってないのだろうか、もしくは行けない理由でもあるのだろうか、などと考える。

 悲しいことながら、正解である。

 正解したことをしらずにアストロはただひたすらエルシアを監視し続けるのであった。

 

 ◇◆◇◆◇

 

 12時。さらに人が多くなり飲食店も忙しくなる時間だ。

 エルシアはスーパーで買った黒と赤で有名な炭酸飲料を飲み歩きをしながら怪異探しをしていた。

 

「固形物とか食べても良かったけど、お金もったいないし、炭酸飲料でおなかいっぱいになるんだったらそれでいいもんね」

 

 後方のアストロはスーパーで買った栄養食を片手にエルシアの監視を続けていた。

 

 /////

 

「昼飯がジュースだけって……昼飯食えるくらいの金はあるだろうに……」

 

 スムノは牛丼を片手にモニターでエルシアをモニタリングしていた。

 他の社員は一足先に昼食を済ませ、パソコンとにらめっこをしている。

 

「今日は平和だな……。なんにも現れやし」

 

「社長! 魔人が現れました!」

 

 1人の社員が叫んだ。スムノは叫んだ社員の横にいき、社員のパソコンの画面と巨大モニターみた。

 

「どこに現れた」

 

「くらぶり丁商店街の南側です!」

 

『魔人』

 怪異を取り込み、得た力で犯罪をする人のこと。

 

「近くにいる天人は」

 

「露崎アストと轟エルシアです」

 

「普通の怪異なら良かったんだが……魔人と来たか……。初仕事のエルシアに任せるのはちょっとしんどいな。過去に魔人を相手にしてきたかもしれないが、アストロに任す。アストロに電話を繋げ……いやいい。アストロの方からかかってきた。もしもし」

 

 /////

 

「社長……エルシアが……廃墟ビルの中に入って行きました。負いますか?」

 

 /////

 

「廃墟ビルに……一体なぜ」

 

「社長!」

 

 また別の社員が叫び、スムノはその社員の方へ体を向けた。

 

「今度はなんだ!? また何か現れたのか!?」

 

「轟エルシアが……廃墟ビルの屋上で喫煙を」

 

「うそ……だろ」

 




平華慶兆です。投稿がかなり遅れました。その理由と言ってはなんですが、書いている途中、どのようにして書けばいいのかわからなくなってしまい、無理やり話を殴り書きに書き続けた結果、このような文になりました。
この話はまだ書き足したいというか手入れをしたい部分が出てくると思いますので後書きをかかせていただきます。


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第5話「魔人」

「しかたない、アストロ。被害が少ないうちにあの炎の魔人をなんとかするんだ」

 

 /////

 

「はい」

 

 突如商店街に現れた魔人。その魔人は体に炎をまとっており宙に浮いている。

 

「手斧よし」

 

 手斧をベルトから取り外し、魔人に向ける。

 目をつぶると髪の毛が若干逆立つ。

 一瞬の沈黙を挟み、目を見開きその場でジャンプする。そのまま地面に落ちるかと思いきやアストロの体は横に引っ張られたかのように移動した。移動すると言うよりかは横に落ちている(・・・・・・・)ようだった。落ちる速度は段々と加速していき、体制を変えることで地面スレスレだった体が徐々に上に上がった。

 魔人との距離が縮んできたところで体制を整え手斧を構えた。魔人は未だアストロの存在に気づかないでいた。

 

「御免」

 

 呟きながら手斧を振りかざし、速度を維持しながら魔人の首を掻っ切った。

 ……と思ったがアストロの手斧は魔人の首を空ぶった。と同時に魔人は体にまとっていた炎を消し、地上に落ちていった。

 

「な、なんで……」

 

 アストロはその場で維持しながら落ちていく魔人を見ながら疑問に襲われていた。

 息を飲んでゆっくりと地上に向かい降下していく。

 地面に足がつき、魔人の元に駆け寄り、魔人の顔を見たことによりようやく分かった。

 

 魔人は自分が手斧で首を掻っ切る前に何者かに頭を撃ち抜かれ死んだのだと

 

 /////

 

「魔人の反応が消えました」

 

「よし、よくやったアストロ! 今すぐアストロに電話を繋げろ。これからの指示を出す」

 

 /////

 

 スムノからの着信にアストロは出た。スムノはアストロを褒め、これからの指示を出そうとしたがアストロはそれを遮った。

 

「社長……私は殺ってません」

 

 /////

 

「……は?」

 

 アストロの思いもよらない返答にスムノと社員たちは困惑した。

 

「殺ってないって……アストロお前が魔人に飛んでって手斧で首を掻っ切ったんだろ? モニターでもお前の位置と魔人の位置が重なり合った途端に魔人の生命反応は消えたぞ?」

 

 /////

 

「私は空ぶっただけです。私が掻っ切る前にこの魔人に何者かが撃ち抜いたのです」

 

 /////

 

「何者かに……」

 

 アストロの報告によりモニター室に困惑の空気が流れる。そこに、アストロの元に向かう1つの生命反応があった。

 

「この天人は?」

 

「えっと……轟……エルシアです」

 

「……もしかして」

 

 /////

 

「あれ? アストロさん? やっぱり! 弾当たるかと思ってヒヤヒヤしたよ!」

 

「弾……だと……?」

 

「これ、私が倒した怪異ですからね! 横取りしないで下さいよ? って……この怪異めっちゃ人間に近い……というか人間……」

 

 死んだ魔人を未だ人型の怪異と思いまじまじと死体を見つめるエルシアを見てアストロは驚きと同時に悩んでいた。

 魔人とはいえエルシアは人を殺してしまったのだから、それを伝えるべきか伝えないべきか。

 アストロ自身は魔人を殺すことに慣れているが、この幼き少女が人を殺したという事実を知ったらショックを受けるんじゃないかと冷や汗を垂らした。

 

「エルシア……そいつはだな……」

 

「あ、スムノから着信だ」

 

 /////

 

「エルシア、アストロと共に、会社に戻ってきてくれ。色々と説明したいことがある」

 

 ◇◆◇◆◇

 

「この会社、地下もあるんですね」

 

 会社に戻ってきたエルシアとアストロは地下に向かうエレベーターの中にいた。

 地下一階に着き、エレベーターの扉が開く。扉の向こう側は何も無いただだだっ広い部屋の真ん中には先程エルシアが撃ち殺した魔人の死体があり、それを囲むように4、5人の白衣を着た研究員らしき人が書類を手に色々と話し合っていた。

 

「あ! さっきの怪異の死体もう運ばれてる! 私たち一直線で会社に戻りましたよね? いつ抜かされたのかな」

 

「このデビルカンパニーには俺らのようなパトロール、討伐班や死体の周りにいる研究班などがいる。魔人や怪異の死体の除去をするのも研究班だ」

 

「あの……アストロさん……。魔人ってなんですか?」

 

「魔人というのは電力を使って悪さをする人のこと」

 

 なるほどと魔人の説明に納得したかのように頷くエルシア。その説明を聞いての上で死体に目をやった。

 

「……じゃあもしかしてあれ魔人?」

 

「初めて人を殺した感想は?」

 

「……普通に怪異を殺した時と変わらないですね」

 

 意地悪な質問をしたアストロはエルシアの回答に対し目を見開いた。普通の子なら震えて吐き気などを催すが、このエルシアという少女は表情をピクリとも変えず、しかも人間とは違う怪異を殺したのと「変わらない」ときた。

 

「変わってるね」

 

「そう? 普通ですけど」

 

 そんなこんなで死体を観察している研究班達を遠くから見ていると後ろのエレベーターの扉が開いた。

 

「待たせた」

 

 エレベーターから手をポケットに入れたスムノが気だるそうに出てきた。

 

「おそい」

 

 文句を言うエルシア。それに対しニヤッと返すスムノ。そして死体に指を指した。

 

「あれは魔人だエルシア。アストロに聞いたか?」

 

「聞いた。あんたが来るかなり前に」

 

「はは……で、どう? 殺した感想は」

 

「別に……普通の怪異を殺したのと変わらない……ってか私これさっきも言った! アストロさんにさっきも言った!」

 

「変わらない……か。やっぱり君、天人の才能あるよ」

 

「……は?」

 

「天人の才能、それはいかに人を殺すことに躊躇がないか、だ。アストロも昔は魔人を殺すのに結構躊躇ってたんだぜ? 足もガタガタ震えてたしな」

 

「昔の話です」

 

 死体の方に向かって歩きながらスムノは語っていた。

 スムノが死体に近づくと同時に研究班が死体から離れていった。

 

「……頭に穴が空いてるね。君がやったの?」

 

「私がやった」

 

「何で?」

 

「銃で」

 

「銃……か……」

 

 顎に手を当て上を見るスムノ。

 くるっとエルシアとアストロの方に体を向け腕を伸ばし親指と人差し指をピンと立て左手で銃の形を作った。

 

「カチャッ……バンッ!」

 

 スムノが声に合わせて左手で撃つ真似をした。するとエルシアとアストロの間に何かが通り2人の髪の毛を風邪で靡かせ後ろのエレベーターの扉に何かが当たるような音がした。

 振り返るとエレベーターの扉にはまるで弾丸が当たったような跡があった。

 

「君の言う銃ってのは……こんな感じ? 違う?」

 

 左手をプラプラさせながら話すスムノに対しエルシアは驚きと鳥肌を隠せずにいた。

 

「とりあえず、初のお仕事の相手は魔人ってことで君の記録に記入しておくね。ここに来てもらったのは魔人がどんなやつかってのと、君がどうやってこの魔人を殺したのかを直接聞きたかっただけ。ごめんね? 仕事の邪魔をして」

 

 凄いだろと言わんばかりのドヤ顔をしながら二人の間を通り、エレベーターの開くボタンを押し中に入った。

 

「もうすぐ天人界隈の中で凄いやつがくるからそいつに君が怪異を取り込んだ、あるいは自分の中に怪異が取り込まれた際に会得した能力を教えてもらいな」

 

 言い終わると同時に扉が閉じ、スムノを乗せたエレベーターは上に向かった。

 

「……はぁ……。社長は新人に対してはいつもああなんだ。新人の驚く顔が好きなんだと」

 

「……まんまと驚かされましたよ。アストロさんもあんなことできるんです?」

 

「いや、俺はできない」

 

「あ、そうなんですね……」

 

 気まずい空気の中、研究班が仕事している様を2人で見ていた。

 アストロはいかにも見なれていると言った感じだがエルシアにとっては初めての光景で興味津々なようだった。

 研究班の1人が部屋の隅にある机の上から刃渡り30cmくらいの包丁を手に取り死体に近づくやいなや解剖を始めた。

 

「メスとかでやらないんですね」

 

「メスだと楽しくないそうだ」

 

「あ、そういう……」

 

「……俺に社長のようなことは出来ないのか、という君の質問について少し話そうか」

 

「取り込んでる怪異が違うからとかですか?」

 

「それもあるが、俺と社長ではまず『天力の量』が違うんだ」

 

「『天力の量』?」

 

「例えば俺が500ミリリットルのペットボトルだとする。すると俺は天力を500ミリリットルまでしか持てない」

 

「そうですね。当たり前のことです」

 

「俺が500ミリリットルのペットボトルに対して社長は100リットルのペットボトルなんだ」

 

「なにその聞いたことないペットボトル」

 

「つまり社長はめちゃくちゃ天力があるということ」

 

「見た目弱そうなのに……」

 

「人は怪異を1つしか取り込めないって言われている。2つ取り込むと体が天力に耐えられなくなり爆発するそうだ。だがスムノは怪異を5体取り込んでるそうだ」

 

「……え」

 

「社長のように特別な天人は今の所社長入れて日本に3人しかいない」

 

「日本に3人……」

 

「天人には甲、乙、丙の3つのランク的なものがある。甲が1番上で丙が一番下だ」

 

「じゃあスムノはその『甲』ってこと……?」

 

「違う」

 

「あ、違うんだ 」

 

「社長は甲のさらに上『特殊天人物』というのに分類されている。その『特殊天人物』が日本に3人しかいない」

 

「なんか……かっこいいな」

 

「そのうち1人が多分だがここに来る……あ、ほらきた」

 

 エレベーターのモニターが下に降りている表記に代わった。数秒後、モーター音が止まりエレベーターの扉が開く。

 中から出てきたのは、茶色のロングコートに体のラインが丸見えな黒いシャツと黒いピチピチのズボンを履いた眼鏡をかけたポニーテールの小柄な女性だった。

 

「……君がエルシアだね」

 

 その人の目はとても黒く、そして深く、エルシアは目を離すことは出来なかった。

 

「どぉも。ドイロ・アローシカです」



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