絶対不可避の異世界更生 (浅葱 沼)
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プロローグ

思いつきでのんびり書いて行くので、拙い文章で読みづらいかも知れませんが読んだ方の暇つぶし程度になれば幸いです。


 7月、蒸し暑い部屋の中でデスクトップPCのファンの音だけが響く。

 

「今頃、みんなは学校か」

 

 PCのゲーム画面を眺めながら、ふと、そんな独り言を呟いた。

 

 いつから学校に行かなくなったか、別にいじめられたというわけではないし、友達がいなかったというわけでもない。

 

 端的に言うなら興味が湧かなかった。

 

 元より興味がある事には寝食も忘れて没頭できるが、興味がないものは全く集中してできない性格だった。

 

 勉強はできるとも言わないしできないとも言わないが、やる価値を見出せなかった。

 

 人付き合いも誰かに常に気を遣わなければいけないのが疲れる。仲のいい奴とは家でも一緒にゲームはできるし、むこうが休みの日に一緒に外に遊びに行けばいい。

 

 

 

 そんな風に思っているうちに高校1年の秋頃には学校に行かなくなった。

 それからもう半年ほど経つ、最近エアコンが故障したせいで部屋の中は異常に暑い、全く、こんな時期に壊れるなんてタイミングが悪いな、などと思いつつ、そういえば、いつからゲームをしていたんだったか、ずっと家にいるせいで時間の感覚が

狂っている。

 

 最後に何か飲んだのはいつだったか、さすがに何か飲まなければと、ふと椅子から立ち上がった瞬間。

 

 

 目の前が真っ暗になった。

 

 

 目が覚めると辺り一面真っ白な空間にいた。どこまで続いていそうな空間で、光源がどこにあるか分からないがどこまでも明るく、上下左右の感覚が無くなりそうだ。

 「どこだここ?」

 確か自室でゲームをしてて、飲み物を取りに行こうとして、と今までの状況を頭で整理していると。

 

 「なにボーっとしとんねん、こっちやこっち」

 

 背後から声がした。

 振り返るとそこには女の子がいた。歳は俺の少し上ぐらいだろうか。

 真っ赤な髪のショートヘアだが、癖っ毛なのかパーマなのか全体的に軽く巻いている。

 

 目は少し垂れ目で瞳は吸い込まれそうな金色をしている。

 服も赤を基調とし、ところどころに金色の模様で装飾されているドレスを着ていた。今いる場所が真っ白なせいか、赤色が一際目立つ。

 

 めちゃくちゃ美人な人だなぁ

「なにジロジロ見とんねん、ええからこっちきんさい」

 ずいぶんキツイ関西弁だ。女性の方に歩きながら質問してみる。

「あのー、お姉さんここがどこだか分かります?」

 そう言われると女性は一つため息をつくと。

「それを今から説明したる言うとんねん

                 ツガヤマ コウイチ君」

 

 突然、自分の名前を呼ばれ驚いた。

「何で名前…」

「ええか?単刀直入に教えたるけど、あんたは現世で死んでん」

 

 そう言いながら彼女はその場にあったのであろう椅子に腰掛けた。座った椅子も白い色らしく、背景と溶け込んで認識がしづらい。

 

「死んだ?俺が?」

 

「そういうこと、ほんでここは、この世とあの世の間みたいな場所や」

 

 彼女は人差し指を立てて振りながら、得意げな顔で話始めた。

 

「そういえばまだ名乗ってなかったな、うちの名前はクレナ、あんたら人間でいうところの女神みたいなもんや」

 

「いや、ここがどことかあなたがクレナさんって事は分かりましたけど、死んだの?俺」

 まだ、現状に追いついていけない。

 

「そうやで、急に立ったから立ちくらみで意識を無くして転倒、両親は仕事に出ていて家には誰もいなく、気づかれる事なく放置、そのまま、既に出ていた脱水症が悪化して死亡」

 

 自分でも呆れる死因に言葉を失っていると、目の前の女神を語る女の子はだっさいよなぁ、などと言いながら笑いを堪えて続ける。

「でも、わざわざそんな事教える為に、ここに呼んだわけちゃうねんで」

 

 そんなに笑われると余計に恥ずかしくなる。しかし―

 

 「そうですか、まぁ、死んじゃったならしょうがないですね」

 

「なんや、ずいぶん飲み込み早いな。普通はもうしばらく狼狽えるんやけど、からかい甲斐ないなぁ」

 

 人の死をからかうなよ。ほんとに女神か?という言葉は口に出さず。

「それで、何で俺はこんなとこに呼ばれたんです?」

 

「まぁそう怒りなや、別に死んだ事教える為に呼んだ訳ちゃう言うたやろ」

 

 どうやら、口には出していないが顔には出ていたらしい。

 

「言ってしまえば、現世で死んだダメ人間を、更生の意味も込めて異世界に送って、人生をもう一度やり直せる機会をあげようっていう事を伝える為に呼んでん」

 

「人生をやり直す?」

 

 クレナはこくりと頷き。

 

「そ、まぁ機会っていうか強制的に異世界に送るから頑張ってねって話なんやけど」

「ちょっと待て、強制?なんで俺がそんな事させられるんだ?」

 

 問いかけるとクレナはキョトンとした顔で答える。

「だって、あんた日がな一日、寝て起きてゲームして、ご飯を食べて、眠くなったらまた寝るっていう生産性ゼロの生活しか送ってこなかったやん?」

 

 ふむ

 

「そんな奴にもう一度チャンスあげるって言うてんねんから、断る権利なんか持ってる訳ないやろ」

 

 ぐうの音も出ないな。

 改めて、今までの自堕落な生活を第三者に指摘されると、自分がどうしようもない人間に聞こえる。

 

 しかし、このまま言われっぱなしも癪だ。少し引っかかる部分もあるし、なんとか言いくるめられんだろうか。

 

 

「確かに、ずいぶん生産性のない生活を送ってきた事は認めよう」

「せやろ?」

「しかしだ!とは言ってもそれはある一方から見た側面でしかないとは言えないか?」

 クレナは、少し驚いた顔をした後、微笑を浮かべながら試すように俺に問う。

 

「というと?」

 

 よしきた。

 

「ゲームばかりして、なんて言い方をすれば遊んでばかりの

ダメ人間のように聞こえるかも知れないが、今ではプロゲーマーなんてものは常識として、世に浸透している訳だ」

 

「ほうほう」

 

 我ながら苦しい言い分だ。しかし、始めてしまった事だし、とりあえず行けるとこまで行くか。

 

「それでいうと、俺はゲームをして遊んでいただけ、というのではなくプロゲーマーになる為の努力をしていた、とは考えられないか?」

 

 クレナは何も言わずに話を聞いている。

 

「それを考慮せず、一方的に生産性がない、なんて一言でまとめ、ダメ人間とまで言いい、異世界に行って更生してこいなんて横暴じゃないか?」

 

 言い切るだけ言い切った。現状の沈黙は少し心にくるが、これで押し切れたなら万々歳だろう。

 

 沈黙を破ったのはクレナだった。彼女は、ケタケタと笑いながら話し始める。

「咄嗟に出た言い訳にしては、ようできとるな」

 

 見透かせれているようだが、ここは表情に出さず気丈に対応しなければ。

「俺は心からの言葉で伝えたつもりなんだが」

 

 クレナは俺の顔を見ながらニヤニヤしながら続ける。

「ま、人間相手なら言いくるめられたかもしらんけど、相手が悪かったなぁ、最初にも言ったけど、うち女神やから、あんたの思考なんかぜーんぶ筒抜けやで。」

 

 ……………とんだ茶番じゃないか。

 

「せやで」

 

ふざけるなよこの女神、性格悪くないか?

 

 クレナは笑いながら、

「まぁそう怒りなや、でも咄嗟にあそこまでの言い訳できる頭もあるみたいやし、異世界行ってもなんとかなるやろ」

 

「ずいぶんテキトーだな」

 どうせ思考が読まれるなら、もはや気遣いなど不要だろう。

 

「テキトーいうても、いきなり異世界に放り込む訳ちゃうから安心しい。あと気遣いもいらんから、楽にしてええで」

 

 思考を読まれるのは初めての体験だが、なんだかそわそわしてしまうな。

「じゃあ、いきなり異世界に行く前になにしてくれるんだ?」

 

 するとクレナは椅子からスッと立ち上がり、得意げな顔で話し出した。

「よう聞いてくれた!ここが一番大事やからよう聞いときや、いきなり異世界に放り出すのは、いくら更生の為とはいえ、うちら神様も忍びない。そこでや、まずは異世界の人と会話できる為の言語能力と識字能力は与えてあげよう。」

 

クレナはセールスマンの様に身振り手振りをつけながら説明を続ける。

 

「さらにさらに、なんと一つ、誰も持っていない様な特殊能力を授けてあげちゃうって訳や」

「特殊能力か、なんか異世界っぽくて、ちょっとワクワクしてきたな」

 

 クレナは、俺の反応が良かったのか嬉しそうな顔をしている。この女神ノリノリだな。

「せやろせやろ、でもただ何度も言うとるけど、あくまで更生の為に異世界に行ってもらうから、うちから与えられる使命を人生を賭して達成してもらうで」

「使命?それってどんな使命なんだ?」

 

 その質問を遮る様に手を前に出し静止される。

 

「まあそう慌てなや。その使命はあんたに授ける特殊能力によって決まんねん」

 

 クレナは足を整え、両腕を広げ、目を閉じ、改まった口調で、

「汝、ツガヤマ コウイチ、あなたに授ける特殊能力を教えましょう。」

 

 丁寧な言葉遣いで話し始めたクレナを見て不覚にも綺麗だと思ってしまった。この人、それっぽくしておけば美人なのになぁ。

 

「あなたに授ける特殊能力、それは、<絶対不可避>です」

 

 絶対不可避、俺の攻撃が全部相手に当たるとかか?だとしたら結構強そうだな。

 

「そして、<絶対不可避>の能力を授かった者に与えられる使命は、」

 

 この使命の方が大事だ、せっかく異世界に行くんだ。できる限り厄介事に巻き込まれずに、ほどほどの使命でお願いしたい。更生とは言われている手前、真面目には生きていくから!

 

 

「親しい人達に見守られながら、天寿を全うする事です」

 

 ………へ?

 

 天寿を全うする?それだけ?

 つまり、ただ死ぬまで生きればいいって事?そんな簡単な事でいいのか?

 

「簡単やろ?じゃあ今から<絶対不可避>について説明しよか」

 

 クレナは使命についてはあっさりと流し淡々と説明を始める。

 

「一つ、自分の射程圏内でくり出す攻撃は必ず相手に命中する」

 

これは想定通り。

 

「二つ、敵対者の射程圏内であなたに対して、くり出す攻撃も必ず命中する」

 

「ちょっと待て」

 

「ん?どしたん?」

「どうしたもこうしたもあるか!相手の攻撃も必ず当たるって、とんだ欠陥能力じゃねーか!」

「まぁそのぐらいのリスクは背負わなあかんやろ」

「それは特別な能力と言えるのか?」

「まだ説明は終わってないから最後まで聞きんしゃい」

 

 クレナはノリノリで説明を続ける。

 

「三つ、この能力は生きている間、常に発動し続けるパッシブスキルです」

 

「最後に、<絶対不可避>の能力の所有者はこの世のあらゆる運命に巻き込まれる、これもまた絶対不可避である」

 

「それってつまりどういう事?」

「つまりは身の回りで起こる、幸不幸、大なり小なりに関わらず、あらゆる事件や問題にことごとく巻き込まれるってことやな」

 

 

「ふざんな!」

 

 

 そんな俺を見てクレナは腹を抱えて笑っている。笑いすぎて出てきた涙を指で拭きながら、

「やから使命は天寿を全うするだけっていう、簡単なのにしてるやろ?」

「それってつまり大層な使命を与えなくても、俺が生きてる間厄介事に巻き込まれ続けるから、使命なんて与えなくてもいいだけじゃねーかよ!」

「さすが、飲み込みが早くて助かるわ」

「やかましい!」

「ナイスツッコミ、笑いのセンスもあるやん」

 

 こいつ俺が苦しむの見て楽しみたいだけの自称女神の悪魔かなにかなんじゃないだろうか。

 

「女神や言うとるやろ!疑いなや!」

 

 困った。実に困った。こんな能力、一番のハズレ枠じゃないのか?平穏に暮らしていこうにも、問題の方から俺の所に来るんじゃどうしようもないじゃないか。

 

「ほな、説明も終わったし、そろそろ異世界に行ってもらおか」

 クレナの突然の宣告に、動揺が隠しきれない。

「ちょっと待ってくれ!まだ心の整理が…」

「ちょくちょく更生の経過観察しに行くから、頑張りや〜」

 

 突然新しい情報を出すな!余計、頭がこんがらがって…

 

「行ってらっしゃーい!」

 

 クレナの言葉と同時に視界が眩い光でみちてゆく。

 

 

 

 

 こうして、俺の異世界更生が始まった。

 

 

 

 



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第一村人発見

 

 目を開けると、目の前には一面緑の平原が広がっていた。

 空は顔を上げると眩しくて、思わず目を細めてしまう程の快晴である。

 背後には青々とした森が広がっている。

 何もなければ、ピクニックでもしようかと思える程のロケーションである。

 

 しかし、今は散歩などしている場合ではない。俺は、ついさっきまで、女神を語る関西弁の女の子に異世界に行って更生してこいと言われて今ここにいる。

 

 という事はつまり、ここは我が愛しの故郷、日本ではなく、全く知りもしない異世界であるということだ。

 

 そんな未知の世界に、部屋着の半袖に薄いジャージの長ズボンだけを身につけた、男が一人ポツンと佇んでいる。

 

「さて、これからどうするか」

 

 説明不足の女神に対して、沸々と湧く怒りをどこにぶつけてよいか分からず、一旦、そこに女神がいるかも分からない、曇りひとつない空に向かって、目を瞑り、伸びをする形で両手を天高く突き上げ、中指を立てる事にした。

                  ……少し気が晴れた。

 

 その時、背後の森から葉が揺れる音が聞こえた。

 

「こんなとこで何してるんだ?」

 

 突然、後ろからの野太い声に驚き、中指を立てたまま振り返ると、そこには屈強そうな、ガッシリとした体つきで髭がよく似合う、見た目30歳ぐらいの男が立っていた。

 ………………血がべったりと付いたナイフを手に持って。

 

「なんでもしますから、命だけは勘弁してください。」

 

 流れるように膝をつき土下座へと移行。

 

 怖い!怖いよ異世界!

 

 男は俺の突然の懇願に驚いたように、

「すまんすまん、驚かせるつもりはなかったんだ。」

 と、手に持っているモノを俺に見せてきた。

「俺はコイツを森で狩ってただけだ。随分と暴れたから返り血で汚れちまったが、人殺しなんかじゃないから、安心しろ。」

 

 顔を上げて男の手元を見てみると、ウサギがいた。

 しかし、俺の知っているウサギとは明らかに違う。大きさがそもそも1.5m程ある。毛の色も鮮やかな紫色をしていた。

 

 俺が初めてみる異世界の動物に言葉を失っていると、男が話しかけてきた。

 

「大丈夫か?つい同じクレナ教徒が祈りを捧げているように見て、声をかけてしまったが」

 

「すいません、驚いてしまって、もう大丈夫です」

 これ以上、黙っているのも相手に悪いので返事をする。

 

 ………………今この人、すごい事さらっと言わなかった?

 

「あのー、今クレナ教徒って言いました?」

 そう、あろうことか異世界で初めて会った人間から、俺を異世界に送りつけた女神と同じ名前の宗教を聞かされた。

 

「ああ、言ったが、

    あんたもクレナ教徒だろ?さっき祈りを捧げてたし」

「祈り?」

 俺の気の抜けた返事に、男は笑いながら、

「おいおいしっかりしてくれよ!あんな風に両手を上げて中指を立てるのは、クレナ様が生誕した時にされたとされるポーズで、クレナ教の祈りのポーズじゃないか。びっくりして記憶を無くしちまったか?」

 

 

 ………………言葉が出てこない。

 俺は立ち上がって顔を両手で覆い、天を仰いだ。

 

 そんなふざけた祈りのポーズがある宗教は、十中八九、俺を異世界に送りこんだ女神、あのクレナを信仰しているのだろう。

 

 

 ツッコミどころが多すぎる!

 

 

 その間も男が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

 

 考えるのも疲れた。もうどうにでもなれ!

 

「いやー、すいません。僕、田舎からやってきたもんなんで、同じクレナ教徒の方と会えて感激しちゃいました。」

 

 俺が突然、元気になって喋り出したので、男は少し驚いたようだが、すぐに気を取り直した。

「そうかそうか、この出会いもクレナ様のお導きかもな!何かの縁だ、すぐ近くのタートス村に俺の家があるから、このジブウサギでも食べて、ゆっくりしていくといい」

 

 ジブウサギとはあのデカいウサギの名前だろうか。

                 そのウサギ食えるの?

 

 しかし、村に連れていってくれるのはありがたい。

 

 俺はクレナ教徒の男に着いていくことにした。



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情報収集と実感

 

 タートス村へ向かう道中

 

「そういえばまだ名乗ってなかったな、俺の名前はゴートだ。よろしくな!」

「俺はツガヤマ コウイチです。よろしくお願いします」

「おいおい、敬語なんていらないぞ。同じクレナ教徒じゃないか」

 

 一緒にしないで欲しい。

 

「じゃあ、改めてよろしくゴートさん」

「さんもいらねぇよ!コウイチは随分と礼儀正しいな」

 

 ゴートはそう言いながら豪快にがははと笑う。

 いい人なのは分かるのになぁ。なんでクレナ教なんぞに…

 

「ならゴート、俺田舎から出てきて世間の事に疎くてさ。色々質問してもいいかな?」

「おうよ。俺が答えられる事ならなんでも聞いてくれ」

 

 異世界に来て初めて会った人がいい人で助かった。とにかく俺はこの世界のことを知らなさすぎる。まずは情報収集だ。

 

 だがとりあえず今一番知りたいことは…

 

「クレナ様ってどんな神様なの?」

 俺の質問にガジは顔をしかめた。

「そんな事、クレナ教徒のお前さんなら知ってるだろ」

 まあそう思いますよね。

「いやぁ、うちの親がクレナ教徒だったから俺もクレナ教なんだけど、俺が小さい頃に両親とも死んじゃってさ。村に他のクレナ教徒もいなかったから、さっきの祈りのポーズしか知らないんだよね」

 

 もちろん嘘だが。

 

「そうだったのか。大変だったんだな」

 俺の話を聞いて、ガジは少し涙ぐんでいた。

 この人、俺でも壺かなんか売りつけられそうだな。

「よし!俺がクレナ教がなんたるかを教えてやる」

 

 ゴートの熱心な話は長かったので割愛するが、まとめると、クレナ教は極東から伝来した宗教で、信仰している人が少ないマイナーな宗教らしく、クレナは武の神様として崇められているらしい。(そのため武闘家などが多く信仰している)

 

 その後は、ここがクエス王国という国の西の端に位置する場所だという事を教えてもらった所でタートス村に到着した。

 

 村は高さ2メートル程はある、丸太を立てて縄で縛った壁に囲まれているようで、同じぐらいの高さの木製の門から中に入るらしい。門の前には門番らしき若い男が立っていた。

 

「おかえりゴートさん。狩りはどうだった?」

「おう、今日はいいジブウサギが獲れたぞ。しかも今日は珍しく、客人もいるぞ!」

 

 どうも、獲物のコウイチです。と一礼。

 

「あはは、俺は門番のサクだ。なんにもない所だけど歓迎するよ。」

 

 柵の中は思ったよりも広く、今入ってきた所の反対の柵は目を凝らしても見えず、緑の野原と小麦?と思われる物を育てている畑が広がっている中に、家がぽつぽつと建っている。

 

「なんで村にこんな柵に門番までいるんだ?」

 畑と野原に挟まれた、土の道を歩きながらゴートに聞いてみる。

「まあこの辺はまだ平和だが、近くに森もあるし、いつ魔獣が出てくるか分からんからなぁ」

「魔獣!?」

 

 俺の驚きの声にゴートも驚いた様子で、

「なんだ急に大声出して、魔獣ぐらい大なり小なりどこの森にもいるだろう」

 

 魔獣って俺の想像しているような怪物で合ってるんだろうか。

「いやごめん、俺のいた所では魔獣なんて出てこなかったから」

「コウイチ、お前本当にどっから来たんだ?魔獣も出てこないなんて所、聞いたことないぞ」

 

 日本っていう所なんですけど、知るわけないよな。

 

 俺が黙っていると、

「まぁ無理に詮索したりはしないさ。誰にでも知られたくない事の一つや二つ、あるもんだしな。さあ着いたぞ」

 

 前を見ると小さな木造の家が立っていた。家の隣に木が一本立っていて、少し離れたところに、小屋が一つ立っているが、それ以外は特に目立つものは何もない。なんというか…

 

「今飾りっ気のない家だと思っただろう」

「い、いや?そんな事全然思わなかったよ?シンプルな感じでいいじゃないか」

「嘘つけ、顔に出てたぞ」

「………すいません」

「あっはっは、まぁこの辺のじゃ一番簡素な家なのは確かだから間違ってないがな。まぁ寝れさえすればどこも同じよ」

 ゴートはそう言いながらドアを開けて中に入るように勧めた。

 

「おお」

 

 家の中に入ってみると思ってみたよりいい家だと感じた。木造だからなのか、どこか暖かさが感じられて安心する。物は外と同じで生活するのに最低限の物しかないが、そこもまた味があるというか。

 

「案外いい家だろう?」

「だね」

「やっぱりお前は分かりやすくて面白いな」

 

 すぐに飯を作るからくつろいでてくれと言い、ゴートはキッチンに向かった。

 

 

 やっと一息つける。異世界に来たばかりで右も左も分からなかったが、人のいる村にこれて良かった。これからどうしていくか考えなければ。俺はボーッと外を眺めながら現状や将来についてぼんやりと思案する。

 

 

 てか俺、無一文じゃね?

 

 

 着てる服しか服もないし、そもそも家もないし、職もなし。これは俗に言う浮浪者という事では?

 

 俺がお先真っ暗な事に絶望して、うんうん悩んでいると、声がかけられる。

「コウイチ、飯ができたぞ、食おう」

 勧められるまま、テーブルにつき、出てきた料理を見る。シチュー?のようなクリーム色のスープとパンが置かれていた。このスープに入ってるのってさっきのデカいウサギの肉か?

 

「ほら、冷めちまうぞ、早く食え」

 ゴートは先にシチューとパンを食べ始める。

 少し抵抗があるが、シチューにスプーンを入れて一口啜る。

 

 ………美味い。めちゃくちゃ美味い。

 

 俺は腹が減ってたこともあってか夢中でご飯を流し込む。

「おいおい、あんまり急いで食べると喉に詰まるぞ」

 ガジは少し嬉しそうに笑いながら俺が食うところを見ていた。

 

「これ美味いよ、すげー美味い」

 気づくと、目から涙が流れていた。

 

「おい、大丈夫か?」

「あれ、なんで泣いてんだろ俺

             ごめん、俺、なんで」

 俺は自分がなぜ泣いているのか説明できず、言葉もうまく出てこないことに困惑した。

 

「心配するな、お前さんにも色々あったんだろう。ここは安全だし、いたけりゃいつまでもゆっくりしてていいんだぞ」

 ゴートが優しく声をかけながら俺の肩を叩いてくれた。

 

 俺は泣いた。

 声を出しながら泣いたのなんて何年ぶりだろう。

 

 俺は死んで、何も知らない世界に飛ばされて、これからどうすればいいかも分からないし、知り合いもいないこの世界で生きていく事に対しての不安が込み上げてきたんだと思う。

 

 その日は泣き疲れていつのまにか寝てしまった。

 



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仕事を探そう

 

 朝、窓から差し込む光で目が覚めた。どうやらゴートはベッドのある二階まで俺を運んでくれたらしい。一階に降りてみるがゴートの姿は見当たらない。

 辺りを見渡していると、外から物音が聞こえる。

 

 外に出てみると、ゴートが斧で薪割りをしていた。

「おお、起きたかコウイチ。おはよう」

 ゴートは昨日の事は無かったように話しかけてくれた。

「おはようゴート、昨日は急に泣いたりしてごめん」

「気にするな、その若さで知らない土地に一人で出てきて不安だったんだろう。気持ちは分かる。すぐに朝飯にしよう」

「なにか手伝う事ある?」

「薪割りはしたことあるか?」

「ないけど、やってみてもいい?」

「おお、じゃあ手伝ってもらおうかな」

 その後は、薪割りのコツを教えてもらいながらやってみたり、朝ご飯の用意を手伝ったりして時間を過ごした。俺のおぼつかない手つきで、きっと手伝いにもなってないし、時間的にはロスになっているはずなのに、そんな俺にゴートは優しく教えながら朝ごはんを作った。

 

「うん、美味く作れたな!」

 ゴートは俺が作った、ほぼスクランブルエッグになってしまった目玉焼きを食べながら褒めてくれた。

 

 食事が終わり、ゆっくりとした時間が過ぎた後、ゴートが尋ねてきた。

 

「コウイチ、お前さんこれからどうするかあてはあるのか?」

「実は俺無一文でさ、仕事を探そうと思うんだけどこの村で何か仕事あるかな?」

「そうか、そいつはいい、しかしこの村は基本みんな農家だし、人は今足りてるだろうなぁ。王都なら仕事もあるだろうが。」

 

 どうやらこの村は日本と違い、少子化の波がきていないらしく、人手が十分だそうだ。

 

「ゴートさえ良ければ、俺に狩りの手伝いをさせてくれない?」

 

 

 俺の提案はゴートの顔を曇らせた。

「ふむ、確かに俺は一人でやってるし、手伝いがいればいくらか助かる部分はあるが、狩りは森に入ることになるし、命を落とす危険だってあるぞ?」

 

 昨日、デカいウサギを見たり、魔獣の話を聞いたことで、この世界は危険が多い事は薄々気づいていた。しかし、それならなおのこと生き残る術を身に付けなければならない。

 

 そしてなにより、俺みたいな人間に優しくしてくれたゴートに少しでも恩返しがしたい。

 

「危険なのは分かってるつもりだよ。でもせめて一宿一飯の恩は返したいし、これから生き残る術を覚えたいんだ」

 

 ゴートは黙り込んでしまった。やはり甘い考えだったか。

 

 

「分かった」

 

 

 まさかの了承に俺は驚いた。

「ほんとにいいの?」

「ああ、男の言葉だ、嘘はない。」

 しかし、一瞬間を置いて、

「ただし!一宿一飯の恩なんていらん。俺が勝手に泊めて飯を食わせただけだ。俺の為に働くなんて理由はいらん、生き残る術を身につけたいっていう、お前さん自身の為にやるんだ。」

 

 嬉しくてまた泣きそうになってしまった。涙腺が弱くなってしまっているな。

「ありがとう!」

 俺は頭を机にぶつけるぐらいの勢いで下げた。

「よし!そうと決まれば今日から忙しくなるぞ!容赦なくこき使うから覚悟しろよコウイチ!」

「分かった!なんでもやるから任せてよ!」

 

 

 こうして俺はゴートの狩りの手伝いをすることになった。

 

 

     ―そしてあっという間に1年と半年の時が過ぎた。

 

 



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途中経過

 

 吐く息は白く、辺りは白銀の雪に覆われ、木は葉を散らし、殺風景な景色が広がっている。そんな森の中を俺は今、息を切らしながら走っていた。

 

「はぁ…はぁ…、あと少し」

 

 走るのを一旦やめ、木影に隠れながら独り言を呟く。

 

 その数瞬後…

 

 ズシン、と木を挟んだ背後から重たい音が聞こえる。

 息を整え、覚悟を決めて木から飛び出して走り出す。

 木から飛び出した瞬間、背後から低く重い、身体に響くような大きな音が鳴る。

 後ろをちらりとみると、そこには音の主である体長3メートルはあると思われる熊のような見た目の魔獣が自分に向かって6本の手足を使って走ってきている。

 

「怖い怖い怖い!死ぬって!」

 

 降り積もった雪に足を取られながらも全力で走る。

 すぐに目印の為に✖︎印に置いた木の枝が見えた。踏まないようにその上を飛び越えてから魔獣に向き直す。

 熊のような魔獣は依然こちらに向かって走ってきている。

 俺は腰に差している牛刀より一回りほど大きいナイフを抜き臨戦体制を取る。

 魔獣との距離がどんどん縮まっていく。

 

 

 10メートル…7メートル…5メートル

 

 

 魔獣が目印の木の枝を踏み抜く。すると雪の下に仕掛けていたロープが魔獣の足を縛り付ける。

 魔獣は急に足を取られた事で体勢を崩す。それを見計らい声を上げる。

 

 

「今だ!ゴート!」

 

 

 俺の声に反応し、ゴートがすぐそばの木陰から両手剣を構えて走ってくる。

 魔獣はゴートに気づき、体勢崩しながらも鋭い爪のついた手を払うように振る。

 ゴートは魔獣の攻撃を剣でガードするも、耐えきれず少し後ろに吹き飛ぶ。

 俺はふと魔獣の足のロープを見ると今にも切れそうになっていることに気づく。

 すかさず俺は持っていたナイフを魔獣に投げつける。

 ナイフは見事に魔獣の肩に突き刺さり、怯ませることに成功した。

 その一瞬の隙を逃さず、ゴートは魔獣の首に剣を振り抜く。

 

 雪の上にどさりと魔獣の首が落ちる。

 少し遅れて首のなくなった胴体も地面に倒れる。

 

「うおおおおおおおおおおお!!」

 

 ゴートの咆哮が森に響く。

「やったなコウイチ!」

「死ぬかと思ったけどね」

 

 ゴートは笑いながらソリを取ってくると言って場を離れた。

 俺は安心からほっと一息つく。

 

 ゴートの仕事を手伝うようになってから1年半が過ぎた。

 今回は冬になりタートス村の近くに熊型の魔獣が出たという情報が入ったのでゴートと一緒に森に入って討伐に来たというわけだが、こんな大型の魔獣との戦闘は初めてだったので緊張からかひどく疲れた。

 

 しばらくするとゴートが戻ってきて、二人で魔獣をソリに乗せて村への帰路に着く。

 

 村の門の前には相変わらずサクの姿があった。

「ゴートさん、コウイチおかえり!」

 挨拶をしながら俺たちの後ろの荷物を見てサクは驚く。

「それってもしかして…」

 

「ああ、俺とコウイチで倒してきたぞ」

「俺の見事な活躍をサクにも見せてあげたかったよ」

 

 俺のドヤ顔を見てサクが訝しみながら、

「どうせコウイチは囮になるぐらいしかしてないだろ?」

「そんな事ないわ!まぁ囮は合ってるけど…、ナイフを投げて隙を作ったりしたわ!」

「ははは、悪い悪い冗談だよ」

 

 サクは俺たち二人に労いの言葉をかけて村長のところに報告に行くと行ってその場を後にした。

 

 

 家に着き、魔獣の解体を一通り終えた後、ゴートと剣術の訓練を始める。

 お互いに打ち合いながらもゴートにはしゃべる余裕がある実力差だが、

「最近は随分動きが良くなってきたなコウイチ」

 すでに狩りでヘトヘトの体を動かしながらも答える。

「そう?なら攻撃当たってくれてもいいんだよ?」

 ゴートは笑いながら喋り続ける。

「お前さんの<絶対不可避>の能力に始めは驚いたが、避けれんだけでガードはできるからな」

 

 この一年半でゴートに剣術の訓練をつけてもらって分かったことがいくつかある。

 俺の<絶対不可避>の能力は攻撃は当たるが、ガードはされてしまうという事、それは相手も自分も同じらしい。仮に避けようとしても相手が何故か動けなかったり、自分の攻撃の軌道が逸れたりして、必ず相手に当たるという事。

 後、俺には少しだけだが剣術の才があるらしいという事。これは俺がゴートに勝てたことが無いのであまり自信はないが。

 これも後から知ったのだがどうやらガジは王国の騎士団に所属している騎士らしい。そんな人がなんでこんな村にいるんだと聞いたら、色々あって長期休暇を貰っているらしい。色々の事は教えてくれなかったが…。

 

 剣術の訓練を終え、風呂に入り、ご飯を終え、眠りにつこうと、かつて客間だった自室に戻ると部屋の中に人が立っていた。明かりがないので顔が分からない。

「え、誰?」

 謎の人物が俺の声で振り返ると同時に窓の外の雲の切れ目から月明かりが差す。

 

 そこには真っ赤な髪に真っ赤なドレスを着た、俺を異世界に送り込んだ張本人クレナが立っていた。

 

「久しぶりやな、ツガヤマ コウイチ 

          クレナちゃんが経過観察に来たったで」

 



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外の世界へ

 

「元気しとったか?まぁちょくちょく見とったから大体知ってんねんけどな」

 

 俺は無言でゆっくりとクレナに近づく。

 

「ん?どした?感動の再会で言葉も出んか?ハグでもしたろか?」

 ふふんと鼻を鳴らし、得意げな顔で腕を広げるクレナ 

 

  

「…ちょっ、いたっ、いたいって、なにすんねん!」

 

 俺はクレナの頭に連続チョップを入れていた。

「あ、ごめん。次会ったらぶん殴ろうと思ってたからつい。次はグーで殴っていいか?」

 クレナは頭をさすりながら頬を膨らませる。

「いい訳ないやろ!こんなかわいい女の子に手上げなや!」

 

 自分でかわいいって言うなよ

 

「かわいいのは事実やからしゃーないやろ?でも案外異世界の生活にも慣れて楽しんでるやん」

 

 人の心が読めるクレナは俺の脳内のツッコミにも反応してくる。

 

「そうカリカリしなや、今日は途中経過を見に来たんやから」

「その途中経過も何か教えてもらってないけど」

 

 クレナは今から説明するからと自分は椅子に腰かけ、俺をベッドの方に座るよう促すので渋々座る。どこからか手帳を取り出し、中身を眺めながら足を組んで話し始める。

 

「ふむふむ、まあ概ね経過良好みたいやな。でも生活に変化がなくておもんないなぁ」

「面白いかどうかはどうでもいいだろ。まともな人間になって天寿を全うするのが俺の使命とやらなんだろ?」

「まぁせやねんけど?ほんまにずっとこんな辺鄙な村で一生を終えるつもりなん?せっかくの異世界やで?」

 

 クレナは組んでいた足を入れ替え、髪の毛をくるくるといじりながら口を尖らせぶーぶーとぼやく。

 

「関係あるか、それに俺はゴートに恩があるし、この恩は返さなくちゃならない」

「ふーん恩返しねぇ、ほんまにできるかなぁ?」

 

 クレナの妙に含みのある言い方に違和感を覚える。

「なんだよ何か問題でもあるのか?」

「うーんまぁ恩返しをしようとするのはいい事やけど?あんた自分の能力のこと忘れてない?」

「能力って<絶対不可避>のことか?」

 

 クレナはうんうんと頷く。

 

「あんたのその能力は問題なり事件なりを引き寄せてまう事忘れたん?こんな平和な田舎にあんな大型の魔獣が出たのはなんでやろなぁ」

 

 確かにタートス村の近くで凶暴な魔獣が出たのは初めてだと村の人には聞いたが、

「まさか俺のせいなのか?」

「そういう能力やって言うたやろ?」

 

 それじゃあ俺は恩を返すどころか、仇で返しまくりのやべー奴じゃないか。俺は頭を抱えた。

 

「せやから、ある程度この世界に慣れてきたみたいやし、そろそろ外の世界に出ることをおすすめしに来たって訳やで。」

 

 どうしたものか。突然の通告に動揺が隠せない。確かにこの一年半である程度体は鍛えられたし、剣術も様になってきていると言われてはいるが。いざ外の世界に出ていくとなると心の準備が…、しかし、このまま村に居続けても村のみんなに迷惑がかかってしまう。

 

 

 

 

 

 俺は、村を出る決意を決めた。

 

「心が決まったみたいでよかったよかった」

 

 お前が出てけって言ったんじゃん。

「外の世界は外の世界で楽しいこといっぱいやから期待しとき」

 悪戯っぽい顔をして笑うクレナ。

 

 楽しみより不安の方が圧倒的に勝っているが…

「それよりクレナ、お前ゴートに会ってやれよ。あいつクレナ教徒なんだぜ」

「いやいや、うちって女神やん?貴い存在な訳ですよ。いくら自分の教徒とて、下界の人間に接触する事は神界の法により禁止されてるわけよ」

 

 下界の人間に女神が会うと厳しく罰せられるだとか、俺にもペナルティーが科せられる等、物騒な事を説明するクレナ

 

「だからあんたに会いに来る時は結界を張って近くの人に気づかれんように…」

 そこまで話すと、クレナは固まってしまった。

 

「どうした?」

 

 クレナの顔を覗き込みながら尋ねた時、

「コウイチ〜、なんだか騒がしいが大丈夫か?」

 階下からゴートの声が聞こえる。

 

 クレナの方を振り返り、

「おい」

「なに?」

「結界とやらを張ってるんだよな?」

「忘れてた」

 片手を頭に乗せ、舌を少し出しておどけるクレナ

「おいふざけんな!お前さっきバレたら俺にもペナルティーあるとか言ってなかったか!?」

 なるべく小さな声でクレナに詰め寄る。

 

「コウイチ?誰かいるのか?」

 ゴートが階段を登ってくる音が聞こえる。

 

「早く帰れお前!」

「そんな怒りなや、ほなまた来るから」

「もう来るなお前は」

 

 はいはいと言いながらクレナの姿が半透明になって消えていく。

「あ、そういえばあんたの事正式にクレナ教徒にしといてあげたから」

「だから別れ際に新情報を出すな!」

 クレナはいつの間にか部屋から消えていた。その場に冬の冷たい空気だけが残る。

 

「何やってんだ?」

 ゴートが心配そうに部屋に入ってくる。

「いや?何もしてないよ?」

 思わず声が上ずってしまった。

「ふん?まぁ何もないならよかったが、人の気配がしたんだがなぁ」

 辺りを見渡しながら頭を掻くゴート。

 

 鋭いな。

 

「そんなことよりゴート、ちょっと話があるんだけど…」

 俺はゴートに村を出る話をし始めた。

 

 ゴートはしばらく黙って話を聞いてくれた。

 俺の<絶対不可避>が問題なんかも寄せ付けてしまう事、そのせいで、今日討伐した魔獣が現れたかもしれない事、だからみんなに迷惑をかけない為にも、そろそろ村を出ようと思う旨を伝えた。

 

 

「そうか、分かった。だが村を出るのは雪が溶けて暖かくなってからにしろ。冬は寒さが厳しいし、王都へ向かう馬車も出てないからな」

「怒らないの?」

 正直、村のみんなやゴートを危険に晒したのだから、殴られるのだって覚悟していたのだが。

 

「怒る?なんで怒る必要があるんだ?コウイチの<絶対不可避>は生まれ持ったもんだろ。そんなことで怒ったってなんにもならんだろ」

 

 ゴートは怒ることなく、明日も朝から剣術の訓練だから早く寝ろとだけ言って、自室に戻っていった。

 

 

 

 

 ―そして数ヶ月経ち、王都へ向かう日がやってきた。

 

 



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いざ王都

 

 王都へ出発する日の早朝、俺はゴートと最後の訓練をしていた。

 

「ふっ!」

 ゴートの素早い一振りが、脇腹に滑るように入ってくる。それを体を少し捩らせて木剣で受け流す。これは最近覚えた技だが、俺の<絶対不可避>は回避はできないが、一旦攻撃を受けてから避けるようにいなす事はできるようだ。

 

「せい!」

 今度は俺の上から叩きつける様に振る一撃が、ゴートの脳天に落ちる。しかし、これはあっさりと躱され反撃の突きが飛んでくる。

 

 鋭い突きは見事に俺の額に直撃し、後ろに吹き飛ばされる。

 

「いだぁぁぁ!!」

「はっはっは、まだまだだなコウイチ」

 

 倒れた俺に手を差し伸ばしてゴートは言う。

「だがさっきの受け流しは良かったぞ。最近は反射で避けようとしてしまう事も少なくなってきたし、後は実践経験を積むだけだな」

「ありがとう。でも最後ぐらい勝たせてくれても良かったんだよ?」

 

 差し出された手に起こし上げてもらいながらヒリヒリと痛む額をさする。結局最後までゴートには勝てなかったな、流石だよとゴートを褒める。

 ゴートは鼻の下を人差し指で擦って自慢げに笑う。これはゴートの癖だ。誉められたりすると照れ隠しで鼻の下を指で擦る。つまりその瞬間は片手がお留守な訳だが…

 

「隙あり!」

 ガラ空きの胴に一閃。最後ぐらい不意打ちでもいいから一撃食らわせてやる!

 

 次の瞬間、ガンッ!っという音と共に俺の木剣は宙に舞っていた。

「いい攻撃だが、まだまだ鋭さが足りんな」

 

 ゴートは完全に不意を突いたはずの俺の攻撃に反応して、剣を振り上げる形で弾いていた。

 

 

 不意打ちしても当てれないなら勝てねぇよ。化け物かこのおっさん。

 

「不意打ちでもいいから攻撃を当てようとする気概はいい事だぞ」

 そろそろ終わるかと言ってゴートは家へと歩き出した。

 

 王都への馬車はもう少しで来る。家へ戻り、身支度をし終えるとガジは俺を居間に呼んだ。

 

「これは今までの仕事を手伝ってくれた礼だ」

 そう言ってゴートはお金の入った皮袋を俺の前に置いた。俺は今まで特にお金を使う理由がなかったので生活費を差し引いてもらって、お金はゴートに預かってもらっていた。

「ありがとう」

 俺は皮袋を受け取りながら感謝を伝える。

 

「本当に行くのか?俺はいつか王都に戻るが、お前さえよければこの家は使ってもいいんだぞ?」

「そこまでしてもらうわけにはいかないよ。それにあまり長く一つ所に留まるのも良くないと思うから」

「そうか」

 

 ゴートは少し待ってろと言い席を立つ。

「これを持ってけ。餞別だ」

 

 そう言うとゴートはテーブルの上に短剣を置いた。

「こんなの貰っていいの?」

「御守りみたいなもんだ。王都に行ったら武具屋に行って自分に合う武器を調達すればいい」

 

 できれば剣を使う様な仕事には就きたくないのだが…

 

 短剣を抜いて見てみるとよく手入れされている様で、刀身は光を反射する程綺麗で、重さも軽すぎず重すぎず、手に馴染む様に感じた。

 

「ありがとう、ゴートには世話になってばっかりだな」

「そんな事はない、俺もお前には色々と世話になった。特にコウイチの料理はうまいからな。これから食えなくなると少し残念だ」

「俺でもそこそこ作れる様になったんだからゴートも料理の練習しろよ」

 笑いながら他愛無い話をして馬車をが来る時間を待った。

 

 しばらくすると外から馬車の音が聞こえてきた。

 

 御者に王都までの運賃を払い、荷台の前でゴートに別れを告げる。

 

「じゃあ、そろそろ行くよ」

「ああ、元気にしてろよ。俺もじきに王都へ戻る。その時はまた飯でも食おう。できれば恋人ぐらい作っておけよ」

「親か!俺より先にゴートが恋人作れよな」

「お前みたいな若造に心配されんでも大丈夫だわ!」

 

 お互いに笑いながら俺は荷台に乗り込み、馬車が動き出す。

 

「コウイチ!剣の鍛錬は怠るなよ!」

 ゴートは見えなくなるまで俺を見送ってくれた。

 

 それから半日ほど馬車に揺られ、王都の入り口に着いた。



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一休み

 

「お客さん、王都に着きたしたぜ」

 馬車が止まり、御者に声をかけられる。

 

 尻が痛い。馬車がこんなに揺れるとは。まぁ舗装もされてない道ならこうなるか。尻をさすりながら荷台から降りる。

 

「おお!」

 顔を上げると、目の前には高さ10mはありそうな、石でできた壁と木を鉄の留め具で加工した大きな門が現れた。

 

「でけー」

 感心しながら門の方へと歩を進める。壁といい、開いている門から見える街並みといい、まさに西洋って感じがして少しワクワクする。

 

「そこで止まれい!」

 門の前に着くと、甲冑を着込んだ門兵らしい人に止められる。門兵は近づいてきて俺の顔をじっくり見ると、

「よし。手配書などには載ってない様だな、では通行料を」

 と銅貨20枚を要求してきた。

 

 俺が異世界に送られた時に与えられた情報では銅貨1枚は日本円にして約100円、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金

貨1枚といった換算らしい。ちなみに大人1人が1日過ごす分には銅貨30枚ほどあれば十分といった程度だ。

 

 俺は門兵に皮袋から出した銅貨20枚を渡すと門をくぐって王都の中へと入っていった。

 

 とりあえずは今日の宿を探さなくては…王都の街を歩きながら宿を探す。それにしても、さすがは都会といった所か活気に溢れている。石畳で舗装された道の脇には所々に屋台があり、装飾品や食べ物が売っている。

 人の量もタートス村とは比べるまでもなく、剣や弓を携えた若者や、豪華な装飾品を身に付け、荷物持ちだと思われる人と護衛を引き連れた商人の様な人等、様々だ。

 

 その中でも一際目についたのは、ロッドの様なものを持ち、鍔広のとんがり帽子をかぶった人を何人か見かけた。

 

 魔法使いだよな、あれ。この世界って魔法あるのか、ファンタジーって感じでいいねぇ。俺も使えたりするんだろうか。もし俺が使えたら絶対に回避できない魔法使いになれて、この世界で無双とかできるのでは?

 

 などと考えながら屋台に売っていた串焼きを頬張っていた。

 

「なあおっちゃん」

 串焼きの屋台の店主に話しかけてみる。

「なんだ坊主、もう一本か?」

「いや、これはめちゃくちゃ美味しいけど、聞きたいことがあってさ」

 俺はこの辺の宿の場所を店主に聞いてみた。一番近い宿はこのまま王都の中心に向かっていく道を少し行けばあるらしい。俺は礼を言ってもう一本串焼きを買って宿に向かう。

 

 宿の外観は街に並ぶ家々と大した変わりはなく玄関の上に[コルト亭]とだけ書かれている看板をつけているだけだ。中に入ってみると、一階が食堂になっているらしく、すでに何人かがテーブルにつきご飯を食べていた。

 

 店員はどこかと入り口で店内を見渡していると、

「いらっしゃい!お泊まりですか?お食事ですか?」

 よく通る大きな声で俺と同じ歳ぐらいの金髪の可愛らしい女の子が話しかけてきた。

「泊まりたいんだけど、部屋あるかな?」

「お泊まりですね!おばあちゃーん、泊まりのお客さんだよー」

 女の子が呼ぶと厨房らしき所から両手を腰の後ろで組んだ小さいお婆さんが出てきた。

 

「じゃあ私戻るね。お客さん、ぜひ食堂もご利用して下さいね」

 そう言って女の子は食堂の方へと戻っていった。

 

 その場には俺とお婆さんが残された。

「お泊まりでしたね、素泊まりなら銅貨15枚、三食の食事付きなら銅貨40枚ですが、どうされますか?」

 どこか落ち着く声で尋ねられる。

「えっと、じゃあ食事付きでお願いします」

 相場は分からないが、多分安い方だろうと思い、銅貨40枚をお婆さんに渡す。

 

「それじゃあお部屋に案内しますね」

 お婆さんは二階へと続く階段を登っていく。通された部屋は二階の三部屋並んでいるうちの階段から一番離れた奥の部屋で、中はベッドと机と椅子だけが置かれたシンプルな造りになっていた。

 

「お食事は朝、昼、晩でお好きなタイミングで来て下さい」

 それでは、とペコリと礼をして戻っていった。

「ありがとうございます」

 

 ポツリと部屋に残された俺は、とりあえず今の所持金を確認しようと机の上に皮袋の中身を出してみる。

 

銅貨 13枚

銀貨 7枚

金貨 5枚

 

 なんか多くね?こんだけあればしばらく遊んで暮らせるぞ?

ゴートの手伝いをしていたとはいえ、こんなにあるのは明らかにおかしい。多分だが、ゴートがいくらか足してくれているのは間違いない。

 

「あの人は聖人か?」

 ゴートに感謝しつつ、無駄遣いしないように慎ましく生きようと決めた。

 

「飯の前に風呂入るか」

 大衆浴場の場所を聞こうと思い、荷物を置いて、部屋に鍵をかけて下に降りると、さっきの女の子がいた。

「あ、ご飯ですか?」

「いや、その前に風呂に行こうと思うんだけど、どこかな?」

 女の子は懇切丁寧に大衆浴場への道を教えてくれた。

「ありがとう。えーとっ…」

「シャロットです」

「ありがとうシャロット。俺はコウイチ。しばらく泊めさせてもらうつもりだから、よろしく頼むよ」

 

 シャロットと別れて風呂に入り、帰ってからご飯を食べてその日は寝ることにした。

 

 明日はいよいよ仕事探しだ。

 



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測定

 

 王都で迎える初めての朝、コルト亭の裏庭で朝の鍛錬を行なってから、井戸の水を浴び、朝ご飯を食べに食堂へ向かう。

 

「おはようコウイチ!随分早いね」

「おはようシャロット。そうかな?」

 狩りを手伝っていた時は朝日と共に起きていたし、夜はすることもないし疲れて寝ていたので、確かに健康的な生活だとは思うが。確かに食堂には俺以外に人の姿は見当たらない。とりあえずシャロットに朝ご飯をお願いする。

 

「はい。どうぞ」

 少し待つとシャロットは俺の前に焼いたパンとスープを出してくれた。

 

「それとこれは朝早い人に特別サービス」

 と言ってリンゴを一つくれた。聞くと朝の市場でサービスで多くもらったそうだ。まぁこんなに可愛い子ならサービスの一つや二つされるだろうなと思いながらスープを啜る。

 

 このスープ美味いな。野菜とミルクで作っているであろうスープは野菜の旨味が染み出しており、パンとの相性もいい。また今度作る機会があれば作ってみようと考えながら、ご飯を堪能していると、そういえばシャロットに聞いてみようと思っていたことを思い出した。

 

 

「シャロット、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「なあに?」

 

 食堂の客はまだ俺一人なので、シャロットを呼んで仕事を探しに王都に来た旨を説明して紹介所の様な所はないか聞いてみる。

 

「なるほどね、ちなみになんだけどコウイチのステータスと適正ってどんな感じなの?」

「ステータスと適正?」

 初めて聞く話でついキョトンとした顔で聞き返す。

 

「え!?コウイチ測定してもらってないの?」

 聞くところによるとこの世界では全ての人にステータスと適正があるらしく、調べる事によってその人に向いている仕事がある程度分かるらしい。

 

「でも私、てっきりコウイチは出稼ぎで探索者になりに王都に来た人だと思ったよ」

「探索者?」

 

 またもや知らない単語。

 

「探索者も知らないの!?コウイチって本当にどこから来たの?」

 こんな会話ガジとも前にしたなぁ。俺はとんでもない田舎から出てきて世の中の事もよく知らないと適当に嘘をついて説明して、探索者とは何か聞いてみる。

 

「探索者っていえば世界の未知の部分を解明したり、ドラゴンとかグリフォンとかを討伐する、世界を股にかけるすごい人達の事だよ〜」

 

 詳しく聞くとシャロットの言った説明は探索者の中でも一握りの上位の人の事で、大半の探索者は街の便利屋さんの様な存在で、街の外に薬草採取や魔獣討伐に出て、それで得た報酬で暮らしているらしい。

 

 外に出る危険を冒すぐらいなら手に職をつけて街の中にいた方がいいから、俺には関係ない話だなと聞きながらスープの皿にスプーンを入れる。いつのまにかスープは空になっていた。俺はデザートのリンゴに手を伸ばす。

 

「それにしても、なんで俺が探索者になりにきたと思ったんだ?」

「だってさっき、裏庭で剣振ったりしてたでしょ?」

「見てたの!?」

「あ、いや?たまたま見かけたっていうかなんていうか…」

 

 シャロットはモジモジしながら恥ずかしそうに答える。

 大した実力もない人間の鍛錬を見られて恥ずかしいのは俺の方なんだが。

 

「出稼ぎに来たってのは間違えてないけど、剣は自衛手段としてちょっとかじった程度だから探索者なんかにはなれないと思うよ」

「そっかー、うちの宿屋からすごい探索者の人が出たら宣伝して人気出るかと思ったのになー」

 

 この子案外強かだな。

 

「それで、そのステータスと適正はどこで調べられるの?」

「それなら探索者ギルドで調べてもらえるよ」

 

 なるほど、ならとりあえず今日はそのギルドでステータスと適正を調べてもらって、雇ってもらえるところを探しにいくか。

 

 俺はリンゴを食べ終えるとシャロットに礼を言い。ギルドのある程度の場所を聞いて、そこに向かった。

 

 

 

 途中で道を聞きながら、コルト亭から歩いて15分ほど歩いたところにギルドはあり、他の建物より一回り程大きい、しっかりとした造りの建物だった。

 

 早速中に入ってみると、すぐ前に受付らしき所が五箇所あり、その一つずつに人が立っている。受付の奥は日本の役所の様に広い空間が広がっており、職員らしき人たちが書類を運んだり何かを書き込んだりしている。

 

「どうぞー」

 受付のうちの一つに立っていたおっとりしてそうな女性に呼ばれたのでそこに向かう。女性の胸には名札らしきものが付いており、[ロゼル]と書かれている。

 

「本日はどうされましたか?」

「あのー、ステータスと適正を調べて欲しいんですけど」

「はい、ステータス測定ですね。では発行手数料として銀貨一枚いただきますがよろしいですか?」

 

 そこそこの値段するな。まぁ自分に合った仕事が分かるなら安いもんか。俺は皮袋から銀貨一枚を取り出し、ロゼルさんに渡す。

 

「ありがとうございます!では測定器をお持ちしますので少々お待ちください」

 

 今から俺のステータスとやらが分かるのか、ゲームみたいでちょっと興奮してきたな。とんでもないステータスを持ってたら、シャロットの言う通りに探索者になって世界を股にかけるのも悪くないかもなと妄想を膨らませていると、ロゼルさんが戻ってきた。

 

 測定器といわれて目の前に置かれたそれはただの箱にしか見えない。木製の箱は全体的に黒色で塗られており、箱の上部に丸い穴が一つ開いているだけの、抽選箱にしか見えなかった。

 

「ではこちらの穴に手を入れてください。紙を掴んだ感覚があれば手を抜いてもらって大丈夫ですので」

「はぁ」

 

 促されて手を穴の中に入れようとした時、

「お客様、紙を掴む感覚があるまでは、絶対に手を抜かないでくださいね。怪我をしたりすることはないので」

 

 えらく慎重な物言いだなと思いながら改めて箱に手を入れる。

 

「ヒョエッ!」

 

 思わず変な声が漏れた。箱に手を入れた瞬間何かが手をヌメッとした何かがまとわりついてきた。

 

「お、お姉さん!?これなんですか!?」

「大丈夫ですよー、そのままでお願いしますねー、途中で抜くともう一度手数料を頂きますので」

 眩しいほどの笑顔で告げるロゼルさん。その間も何かが俺の手に絡みついてくる。

 

「そんなこと言ったって…これマジでなんなんですか」

「精霊ですよ、有名な話じゃないですか。知らないんですか?それにしても判定結果が出るの遅いですね、いつもなら一分ぐらいで終わるんですけど」

 

 

 そんな事を話されながら三分程、手を精霊とやらに弄られた所で紙を掴む感覚があったので素早く箱から手を抜く。

 

「なかなかいい反応でしたよー。私、測定に来た人のあの反応見るの好きなんですよねー」

 

 このお姉さん見た目に反してめちゃくちゃドSなお姉さんだ!

 

「それでは、改めてそちらがステータスカードになりますので確認して下さい」

 

 測定は気持ち悪かったが、自分のステータスを見れる事に少し期待をしながらカードを覗いてみる。

 



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ステータスと適正と仕事

 

 ロゼルさんに促されるままステータスカードを覗いてみる。

 

 

 …いいのか悪いのか分からん。

 

 

「あのー、俺仕事を探してるんですけど、ステータスによってどんなのがおすすめとかありますか?」

「そうですね、基本的に成人の方だと数値が40あれば平均といった所ですね。筋力、敏捷が高ければ力仕事が向いてますし、知力、魔力が高ければ事務仕事や魔道具などの取り扱いに長けているのでそちら系の仕事がおすすめですね。運は高ければ仕事が上手く行きやすい傾向がありますね。」

 

 

 よろしければ拝見してみましょうか?と言われたのでロゼルさんにステータスカードを渡して見てもらうことにした。

 

 

「では失礼しますねー」

 

 ロゼルさんはカードを受け取ると眺め始める。

「ツガヤマ様ですか、珍しいお名前ですね。筋力と俊敏はなかなか高めですね、しっかり鍛えられてるんですねー、でも知力が一際高めですね、魔力と運は……ん?うん!?」

 

 

 ロゼルさんが顔をしかめて止まってしまう。

 

「なに、これ?しかもこのスキル…」

 

 小さい声でなにか呟きながらロゼルさんの顔はどんどん険しくなっていく。

 

「しょ、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」

「え、はい大丈夫ですよ」

 

 

 しばらく受付の前で待っていると、ロゼルさんとモノクルをかけた鋭い目つきの初老の女性が戻ってきた。

 

「あんたかい、ツガヤマってのは」

「はい、そうですけど」

 

 これってあれなんじゃないんですか?俺って実はすごい潜在能力を持っててみたいな?これからみんなにちやほやされちゃうみたいな?やつじゃないの?

 

 

「あたしゃ、ブランってんだ。一応ここのギルドマスターをやらせてもらってる。単刀直入に聞くよ……あんた何やらかしたんだい?」

 

「はい?」

「悪事かなんか働いたんだろって聞いてるのさ」

 

 ほんとに何言ってんの?この人。

「悪事って言われても、身に覚えがないんですけど、なんでそんな事になるんですか?」

「測定の精霊は滅多な事で測定ミスしないんだよ。それなのにこのステータス…どう考えても異常さね」

 

 そう言ってブランは俺の前にステータスカードを突き出す。

ステータスカードにはこのように表示されていた。

 

 

<ツガヤマ コウイチ>

 

レベル 3

 

職業 無職 

 

信仰 クレナ教

 

<ステータス>

筋力:53

敏捷:58

持久力:57

知力:65

魔力:なし

運:なし

 

<適正>

武術S

剣術C

 

 

<スキル>

絶対不可避

料理

 

 

 

「これのどの辺が異常なんですか?」

 

 俺の返事にブランは顔を鼻がつきそうなほど近づけて、声を荒げる。

「すっとぼけるんじゃないよ。まず魔力、普通はどれだけ少ない人でも1はあるはずなのに0ってなんだい0って、あんた魔力器官どうなってんだい」

 

 魔力器官ってなんだ。この世界の人はみんな付いてんのか?

 

 

 俺が聞いたことのない単語に頭を悩ましていると、ブランは続けて話し続ける。…というかブランが大きい声を出すせいでギルドにいる人の注目が集まりだしてるんだが。

 

「一番問題なのは運のステータスだよ。いいかい?運ってのはその人がどれだけ世界に愛されているかという数値でもあるんだよ」

 

 ブランは一息ついて、

「その数値がなしってのはもう意味不明だよ。世界に嫌われてるというより最早、認知されてないとかってレベルの話だよ」

 

 

 俺はこの世界にとって路傍の石みたいなもんって事?

 

「こんな事はありえないのさ、だからあんた世界から拒絶される程の事やらかしたんじゃないのかい?」

 

 

 そんなこと言われたって何もしてないのになぁ。まぁ強いて言うなら異世界から更生しに来たって事になるかのだけど、そんなこと言って変なやつに思われるわけにもいかんしな。

 

 

 俺がしばらくなんと説明しようか思い詰めているとブランが、

「しかし、あんたまだレベルも低いし、悪人がわざわざ測定しに探索者ギルドなんぞに来る理由もないしねぇ」

 

 ブランは少し考えるように顎に手を当てて俯くと、

「あんた、しばらくウチで探索者として働きな」

「はい!?」

「聞くとあんた仕事探すためにウチに来たみたいじゃないか、こんなステータスで雇ってくれるとこなんか、どこにも無いよ。それを様子見って事で探索者にしてやるってんだからありがたく思いな」

「そんな横暴な!」

 

 ブランは鼻を鳴らして、

「まぁ働きたくないなら別に構わないよ。職無し文無しになって野垂れ死ぬのが関の山だろうがねぇ」

 

 

 くそ、人の足元見やがってこのババア。

 

 

 俺は口から出そうな言葉をぐっと飲み込み答える。

「分かりました。ここで働けばいいんですね」

「そう構えなくたっていいよ。探索者になった所でブロンズランクからスタートだから、簡単な魔獣の討伐や薬草なんかの採取しか受けれないし、しばらく働いてまともな人間って分かれば仕事の斡旋ぐらいしてやろうじゃないか」

 

 

 言われるだけ言われて探索者としてギルドに登録されてその日は帰された。

 

 結局、王都まで来てもタートス村とやる事が変わらないな。

 

 

 しかし、落胆するのはまだ早い。しばらく探索者として働いて、ブランに認められれば仕事は斡旋して貰えるみたいだし、さっさと認めてもらえるように一生懸命働くとしよう。

 

 

 その日のコルト亭のご飯はいつもより優しい味のような気がした。



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ジャック山のシズク草

 

「ふわぁー」

 大きな欠伸をしながらコルト亭の階段を下りる。

 

 最近暑くなってきたな。

 

 探索者として働き始めて2ヶ月程経ち、季節はもう夏に差し掛かろうかというところである。

 

 危ない討伐の依頼は極力避けて、採取の依頼を日々こなし、採取の時に時に遭遇した弱い魔獣などを倒して、その皮や牙を売って稼ぎの足しにしている。

 

 働き始めて分かった事だが、自分のレベルは魔獣を倒す事で経験値が手に入り上がるらしく、今の俺のレベルは5になっていた。

 

 他にも日々の鍛錬でもステータスは上昇するが、レベルアップによって上がるステータスの方が圧倒的に高いという事など、まだまだ俺はこの世界で知らない事が多すぎる事を痛感させられる毎日を過ごしている。

 

 

「おはようコウイチ」

 一階に降りると、シャロットがいつものように挨拶をしてくれるが挨拶の後に手をこまねいて近くに呼ばれた。

 

 近づいてみるとシャロットは顔をしかめて小さい声で俺に囁く。

 

「コウイチ、またあの人来てるんだけど」

 

 シャロットがチラリと視線を向ける先に目をやると、食堂の隅のテーブルに腰掛けている男と目が合う。

 

「やあやあコウイチ君、おはよう。いい朝だねぇ」

 

 俺に手を振ってくる男を一旦無視して、シャロットに一言謝り、朝ご飯と酒を一杯頼む。

 

「なんか脅されてたりするんなら私があいつぶっ飛ばしてあげるからね」

「そんなんじゃないから大丈夫だって」

 

 長髪で無精髭を生やし、着古した服を着た見るからに怪しい男の方を睨みながら袖を捲っているシャロットを制止して、男が座っているテーブルの方へ向かう。

 

 

「コウイチ君、今朝も早いねぇ、剣の鍛錬かい?真面目なのはいい事だよ。僕も見習わないとねぇ」

 

 この調子のいいことを言っている男の名前はサルビア。以前コルト亭の前で行き倒れていた所を助けたのだが、懐かれてしまったようで、たまにコルト亭に来ては俺に酒をせがみにくるようになった。

 

「サルビアさんさぁ、いつも飲んでるけど働いてんのか?」

「心配してくれてるのかい?大丈夫だよ。こうやってコウイチ君がお酒を奢ってくれるしね。僕は酒さえ飲めれば他は何もいらないのさ」

 

 目の前の酒に取り憑かれた男を見ながら呆れていると、シャロットがご飯と酒を持ってきてくれた。

 

「ありがとうシャロットちゃん。相変わらずかわいいねぇ」

「どうも」

 

 サルビアの軽口をさらりと流し、料理を置くとすぐに踵を返し厨房に戻っていくシャロット。

 

「サルビアさん胡散臭すぎるんだよ。せめてもうちょっと身なり整えて来てくれよ」

「僕はありのままで生きていたいんだよ。自由が一番」

 

 そう言いながら置かれた酒に手を伸ばすサルビア。

 

「ちょっと待った」

 

 俺は素早く酒を自分の手元に寄せる。

 

「まずは情報を聞いてからだろ?」

「ちぇっ、イジワルだなぁコウイチ君、心配しなくてもちゃんと教えるよ」

 

 なぜ俺がサルビアに酒を奢るのか、それはサルビアが俺に儲け話の情報をくれるからである。

 

 行き倒れていたサルビアを助けた時、俺がいつも薬草採取に行っている森のある場所に、ツノの生えた珍しいジブウサギ、ツノジブウサギが出るという情報を教えられ、半信半疑のまま薬草採取のついでに教えられた場所に行くと、見事にツノジブウサギを見つけ、俺はありがたい臨時収入を得る事ができた。

 

 それ以来、サルビアが俺に儲け話の情報を教える代わりに、その情報で得た報酬の一部をサルビアの酒代として支払う約束をしているという訳だ。

 

 

「んー、そうだねぇ。今持ってる情報でコウイチ君におすすめなのはジャック山にあるシズク草の話かな」

「シズク草?」

 

 ここクエス王国は周辺に大小12個の山々に囲まれている国で、ジャック山は王都から西に半日ほど歩いたところにある緑豊かな比較的標高の低い山で、魔獣も小型のジブウサギなどが大半で、稀に中型のローウルフなどがいる程度だが滅多に会うことはなく、探索者にとってもいわゆる『初心者向け』の山である。

 かくいう俺もジャック山には採取クエストで頻繁に行くのでお世話になっているが、シズク草という名前は初めて聞く。

 

「知らないかい?シズク草は薬にすると風邪とかの体調不良全般に効く万能薬になるんだよ。一部では呪いなんかにも効くって噂のね」

 

 話し始めたのでサルビアに酒を渡す。サルビアは幸せそうに酒を一口飲むと話を続ける。

 

「少し問題があるとすれば、ジャック山に最近とっても強そうな魔獣が出たって噂があることぐらいかなぁ」

「だったら俺あんまり行きたくないな、危険はできるだけ冒したくないし」

 前にあるご飯をスプーンでつつきながらサルビアの話を聞く。

「大丈夫さ、僕はその人が問題なくこなせる情報しか教えないよ。じゃないと報酬でお酒が飲めないからね」

「確かにサルビアさんの情報は信じてるけど…」

「心配なのは分かるけど、このシズク草はコウイチ君なら取ってこれると僕は思うがね」

 サルビアは飲み切った木のグラスをテーブルに叩きつけるように置きながら勢いよく息を吐く。

 

 俺はしばし考え込んだあとサルビアの仕事を受けることにした。人としては怪しいが情報屋としては俺はサルビアを信用している。

 

「ならシズク草のある場所を教えるとしようか…その前にもう一杯もらえるかな?」

 

 

 

 門番に探索者カードを見せる。門番が探索者カードとクエストの確認をすると、通っていいぞとだけ無愛想に言われ門をくぐり外に出る。

 

 探索者はクエストを受注していれば通行料を免除される仕組みになっている。ジャック山に行って今日中に帰るのは厳しいので、今日は山で野宿をし、帰るのは明日になるだろう。

 

 俺は歩きながらサルビアに言われたシズク草の場所を思い出してみる。どうやらシズク草は決まった群生地がない特殊な薬草らしく世界中どこにでも自生する事ができるが数が極端に少なく、見つけることが困難らしい。

 

 ジャック山にあるシズク草は山の中腹にある湖の程近い洞窟にあるらしい。そこまで詳しい場所が分かるならサルビアが自分で取りに行けばいいのにと思いつつ、道中金になりそうな薬草や小型の魔獣を狩りつつ、のんびり目的地へと歩を進める。

 

 

 ジャック山に入る頃には夜がそこまで迫ってきており、辺りが暗くなり始めていた。

 

「ちょっとのんびり来すぎたな」

 今日はここで一泊して、明日の朝にシズク草を取って帰ろうと考えながら火を焚いて道中に狩った魔獣の肉を焼きながら小型のテントの準備をする。

 

 小型のテントは泊まりでクエストに行く事が多いので買ったものだ。値段は銀貨6枚、痛い出費だが必要なので仕方がない。

 

 今回取りに来たシズク草は量にもよるが、サルビアの情報によると金貨一枚の儲けは堅いらしい。俺は何を買おうかと妄想を膨らませながら、その日は眠りについた。



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噂の魔獣の正体

 

 朝、辺りに魔獣がいないか注意を払いながらテントから顔を出す。ジャック山は危険な魔獣も少なく、安全な場所なのは知っているが、サルビアから聞いた魔獣のこともある、慎重になって損なことはない。

 

「大丈夫かな」

 

 焚き火は消えており、少し肌寒く感じるが、気持ちのいい朝だ。テントを畳み、後片付けをしてから湖へと歩き出す。

 

 一時間ほど山を登ると開けた場所にでた、そこは大きな湖が広がっており、サルビアが言っていた場所だとすぐに分かった。ただ一つ違和感があるとすれば俺の視線の先、湖のほとりに先客が一人いる事だ。

 

 フードを被っていて性別は分からないが、背丈から見るにどうやら子供らしい。いくらこの辺りが安全とはいえ子供が一人で来るには危なすぎる。

 

 俺はふと異世界に来たばかりの頃を思い出した、あの時俺はこの世界の右も左も分からない子供のようなものだった。運よくゴートと出会ったから今俺は生きていると言っても過言ではない。

 

 ゴートならこんな所に一人でいる子供は放っておかないだろうと、俺は声をかける事にした。

 

「なぁ君、迷子か?」

「ぴひぃ!?」

 

 突然声をかけられた事に驚いたようで、フードの子は変な声を出して、その拍子にフードが取れた。

 

 肩まで伸びた薄い銀色の髪に丸くて大きな瞳は驚いた事で潤んでおり、透き通るような青をより強調させる。どうやら女の子らしい。しかもよく見ると耳が少し尖っていて長い、ファンタジー世界でよく見るエルフってやつかな?

 

「お、オバケさん?」

 

 身を縮めて震えながら俺を見上げるエルフの少女。はたから見れば俺が犯罪者に見えそうな状況だが…、身をかがめて話し続ける。

「驚かせてごめんよ、オバケなんかじゃないから安心して。君が一人でいるように見えたから心配で話しかけただけなんだ。誰か大人と一緒だったりする?」

 

 少女はまだ怯えているようだが、俺の顔を見て小さい声で喋り出した。

 

「私が人に見えるんですか?」

 急に当たり前のことを聞かれて思わず首を傾げる。

「そりゃ人以外にはとても見えないな。それがどうかした?」

 

 変な質問に笑いながら答えると少女は目にいっぱいの涙を浮かべて泣き始めた。

「やっど、わだしがびえる人に会えました〜」

 少女の瞳からは大粒の涙がボロボロとこぼれる。

「え!?なんて?俺なんかした?だとしたらごめん!」

 

 突然、女の子に泣かれた事でどうしていいか分からず、バッグに入っていた食料なんかを出してみて食べるか?とか聞いてみたり、しばらくあたふたしてその場を行ったり来たりしていると、

 

「ふふっ」

 少女は声を上げて笑い出した、そして涙を拭いた後もくつくつと笑いながら

どうしてお兄さんの方ががそんなに慌ててるんですか?」

 

 どうやら俺の慌てようは笑えるほど酷かったらしい。ちょっと恥ずかしいがひとまず泣き止んでくれたからいいか。

 

 

 しばらくしてお互い落ち着いてからは湖で顔を洗い、俺が持っていた食べ物を食べながら自己紹介をする事にした。

 

「すいません急に泣いたりしてしまって。私の名前はクゥです。 クゥ・ネルと言います」

「俺の方こそ驚かせちゃったみたいでごめんな。俺はコウイチ。ツガヤマ コウイチだ」

「いえいえ!私は誰かと久しぶりに話せてとっても嬉しいです」

 ちょっとずつ俺のあげた干し肉を頬張っている。小動物のようで可愛らしい。

 

 俺も一口、干し肉をかじり質問する。

「それにしても、クゥはなんでこんな所に一人でいたんだ?」

「そのことなんですが…」

 

 クゥは俺の質問に顔色を暗くし、俯いて干し肉を眺めた後、勢いよく俺の方を見上げて、

「お願いします!私を助けていただけないでしょうか?」

 クゥはまた涙目になっている。

「実は私、呪いをかけられているんです!」

 

 

 話をよく聞くと、どうやらサルビアの言っていた強そうな魔獣というのはクゥのことらしい、クゥは一週間程前、エルフの里から出てきたらしいのだが、出てすぐに何者かに呪いをかけられたらしい。しかもクゥにかけられた呪いは強力なものらしく、魔力を持っている者には魔獣に見えるとのこと。

 

 そのせいでジャック山にいる魔獣も恐れてクゥを避け、山に来た探索者に助けを求めようとしても初心者向けのジャック山に来るような探索者にもクゥは強そうな魔獣に見えるため、逃げられてしまうので途方に暮れていた所に俺が現れたらしい。

 

「でもなんで俺はクゥが魔獣に見えないんだ?」

「あの、その事なんですが、私は魔力感知のスキルを持っているんですけど、コウイチさんからは一切の魔力を感じないんです。全ての生物には魔力器官があるので少なくても魔力があるはずなのに…」

 

 うーん、身に覚えしかないな。

「それなら多分、俺には魔力器官ってのが無いからだと思うよ」

「魔力器官が無い!?ほんとにオバケさんですか?」

 俺のカミングアウトにクゥはまた少し怯えた様子を見せた。

 

「いやいやオバケじゃないって、説明は難しいけど、色々あってさ」

「なるほど、でも魔力が無くて生きている人は初めて見ました。やっぱり里を出て正解でした。世界は不思議でいっぱいです」

 クゥは小声で何やら呟いているが、どうやら喜んでいるらしい。

 

「そんなことよりクゥ。助けて欲しいのは分かったけど、具体的にはどうすればいいんだ?」

「無茶なお願いなのは自分でも分かってるんですが、呪いを解く為の解呪の札が欲しいんです」

 

 解呪の札か、初めて聞くな。

「それってどこで手に入るんだ?」

「王都にある教会で売っていると思うんですが…その…ちょっと高いらしいんです」

 クゥの声はどんどん小さくなっていく。

「どうした?買ってくるぐらいならお安い御用さ。ところでその解呪の札っていくらなんだ?」

 

 

「金貨15枚ぐらいだったと思います…」

 

 

 なるほど金貨15枚か…

 

 

「金貨15枚!?そんな高いのか!?」

 俺の声にびっくりして謝りだすクゥ。

「ごめんなさいごめんなさい!やっぱり無理ですよね、最近は食べられる植物も見分けられるようになりましたし、コウイチさんに貰った干し肉のおかげで元気が出ましたから」

 

 また今にも泣き出しそうなクゥ。どうしたものか、助けてあげたいが俺の手持ちじゃ解呪の札なんて到底買えない。

 

 

 待てよ。そういえば…

 

「なぁクゥ」

「はい、なんですか?」

「俺がここに来たのはシズク草を取りに来たからなんだ」

「はぁ」

 気の抜けた返事だけ返ってくる。

「知ってる?」

「知っているのは知ってますが、貴重な薬草ってことを文献で見たことがある程度ですね」

「ああ、そのシズク草がどうやらこの近くの洞窟にあるらしいんだ」

「それは凄いことですが、どうかしたんですか?」

 

 どうやらクゥはシズク草の噂は知らないらしい。

「そのシズク草って呪いも解呪できるって噂なんだけど、試してみる?」

「本当ですか!?」

 クゥは耳をぴくりと動かして顔が明るくなる。表情豊かで見ていて面白いな。

 

「そうと決まれば早速取りに行くとしよう!」

 

 お互いその場を立ち上がり、シズク草を求めて洞窟へ向かった。



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帰路

 

 クゥと二人で岩壁に沿って洞窟を探すと案外あっさり見つけることができた。

 

「ここっぽいな」

「結構奥まで続いてそうですけど、入るんですか?」

 外の明るさと対照的にどこまで続いているか分からない暗く湿っている洞窟を二人で覗き込む。

 

「クゥはここで待ってていいぞ。俺が中に入って取ってくるよ」

 身の回りの装備を確認しながら大きい荷物を置いてクゥに待つように言う。

「え?…はい」

 

 クゥは一瞬驚いたような顔をした。そんなに驚かなくてもわざわざ危ない洞窟の中にこんな小さな女の子連れて行く訳には行かないからな。

 

「じゃあ行ってくるよ」

「ちょっと待って下さい」

 洞窟に足を踏み入れようとするとすぐに呼び止められた。

 

「どうした?心配しなくてもすぐ帰ってくるから安心しなよ」

「そうじゃなくてですね」

 顔を赤らめながら否定された。大人ぶりたい年頃なのかな、などと思いつつクゥの顔を見ていると、クゥは暖を取るような形で両手を前に出し、なにやら呟いている。

 

『筋力強化』

『敏捷強化』

『持久力強化』

『視力強化』

 

 このような事を呟くと、クゥの周りがほのかに光りだしたと同時に俺の体がみるみる軽くなり、力が漲ってくる感覚を感じた。

 

「これで少しは戦いやすくなると思います」

「これって支援魔法ってやつか?」

「はい。私、支援魔法だけは得意なので」

 にっこりと笑いながら照れ臭そうに頬を掻く。

 

「ありがとう。なんかすげー調子いい感じがするよ」

「気をつけて下さいね。危なかったら逃げて下さいね。私なんかの為にここまでしていただいて、本当にすみません」

 また申し訳なさそうに頭を下げられる。

 

「気にしなくていいって、じゃあ行ってくるよ」

 そう言いながら笑ってみせて、俺は洞窟へと足を踏み入れていった。

 

 

 

 洞窟内は暗い……はずなのだが、クゥの『視力強化』のおかげか全体的にほんのりと光が差しているような明るさに感じる。

 

 慎重に奥に進んでいると、視界の端の岩陰で何かが動いた。短剣を構えてそこを覗き込むと何かが飛びかかってきた。

 

 普段より軽い体は飛びかかってきたモノに瞬時に反応し、上半身を捻って身を躱しながら短剣を横薙ぎに振るう。何かを切りつけた感覚が短剣を伝って腕に感じる。

 

 切りつけた何かは、べちゃりという音と共に地面の落ちる。振り向きながら正体を確かめようと目を凝らす。

 

 そこにいたのは半透明で全身がゲル状の液体で構成されている スライム だった。

 

「うわー、話には聞いてたけど本物は初めて見るな」

 

 ギルドで聞いた話によると、こいつは中心にある核を破壊しない限り再生し続けるらしい。強くはないが素早く、攻撃を受けるたびに全身にスライムのゲルが付き汚れるしで初心者探索者泣かせの魔獣だそうだ。洗濯代も馬鹿にならないのでスライムのいそうな所には近づかないようにしていたが、今はそんな事を言ってる場合ではない。

 

 すぐさま俺は短剣を構え直して剣先をスライムの核に狙いを定める。足を擦りながらじりじりとスライムに近づき、射程圏内に入った瞬間、鋭く突き刺す。狙い通り、短剣は核を貫き、スライムは形を保てなくなりドロドロと崩れていく。

 

「うげぇ、噂通りベトベトだな」

 腕に付いたスライムの粘液を振り払いながら奥へと進む。

 

 その後すぐに洞窟の終点に突き当たった。周りを見渡すと壁の下に植物が生えているのを見つけた。それは、その辺にあるような花と同じような形をしているが、一つだけ明らかに違う場所がある。それは茎から伸びた花の部分が雫の形をした透明な実をつけている所だ。十中八九これがシズク草で間違い無いだろうが、

 

「スライム見た後に見たくなかったな」

 

 シズク草を根本から優しく摘み取り、それを持って洞窟の入り口へと急いで戻る。

 

 外に出ると、クゥが膝を抱えて小さく座っていた。

「コウイチさん!おかえりなさい。大丈夫でしたか?」

「なんてことないさ、スライムが一匹出ただけだよ」

 

 粘液で汚れた服のそでを振りながら茶化してみせる。

 

「そんなことより、ほらこれ」

 俺は手に持っているシズク草をクゥに見せる。

 

「ほんとに見つかったんですね!すごいですコウイチさん!」

 顔を輝かせて喜ぶクゥ。こんな匂い喜んでくれるなら頑張った甲斐があるというものだ。

 

「お礼は呪いが解けてからでいいよ」

 シズク草を渡して、使うように勧める。

 

「では、いただきます」

 クゥは、ぱくりと一口で雫の部分を口に含む。すると…

 

「ゔっ」

 クゥは突然、苦しそうにその場にしゃがみ込む。

「大丈夫か!?」

 

 うずくまりながら大丈夫だと言わんばかりに頷くクゥ。

 

「苦いです」

 少し舌を出しながら顔を歪ませたクゥ。

 

「それって苦いんだ。で、どう?呪いは消えた?」

「あ、はい。確認してみます」

 

 そう言うとクゥは目を閉じて黙り込む。

 

「完全に消えてはない、みたいですけど…大分弱まってます。これなら他の人達にはちょっと変な感じのする人ぐらいに見えると思います!」

「じゃあそれなら街に出ても大丈夫か?」

「はい!大丈夫だと思います!」

「やったな!」

 俺達二人は手を繋いで飛び跳ねながら喜びを分かち合う。

 

「じゃあ俺が今住んでる王都に行こうぜ。そこで完全に呪いを消す方法を探そう。俺も手伝うからさ」

 俺が明るく話しかけると、クゥは押し黙ってしまった。

 

「どうした?さっきのシズク草で具合でも悪くなったのか?」

「いえ、そうじゃないんですけど…」

 なんだか歯切れの悪い返事だ。

 

「じゃあ、どうしたんだ?」

「自分から頼んでおいてなんですが、どうしてそこまでしてくれるのかなって。見ず知らずの私なんかに…」

 

 あー、そういえば理由を言ってなかったっけ。

 

「クゥ、実は俺も2年ぐらい前に自分の田舎からこの辺に出てきたんだよ」

 俺はゴートに助けてもらったことや、生きる術を教えてもらったことをクゥに説明した。

 

「だから俺はその人みたいになりたいから困ってる人がいたら助けてあげようって決めたんだよ。だからクゥを助けるのも俺の自己満足みたいなもんさ」

「でも、コウイチさんの自己満足だとしても私はとっても助かりましたし、すごく…嬉しかったです!」

 

 クゥは俺の目を真っ直ぐに見据えて感謝の言葉を伝えてくれた。

 

「そう言ってくれると俺も嬉しいよ。じゃあ王都に行こうか」

「はい!」

 

 こうして俺達は王都への帰路についた。王都に着いたのは、もう日が沈もうかといった時分だった。

 

 

 

 

 ――王都探索者ギルドにて

「あ、お疲れ様コウイチ君」

 いつものようにロゼルさんはにこやかに笑いながら労いの言葉をかけてくれる。

 

「お疲れ様です。これお願いします」

 俺は袋に入れた薬草と魔獣の素材を受付に出す。

「はい、じゃあ査定させていただきますね。…あれ?」

 ロゼルさんは俺の後ろのフードを被ったクゥに目を向ける。

「コウイチ君、そちらは?」

「ああ、この子は最近ジャック山で噂になってた魔獣の正体です」

「どうも、クゥと申します。ご迷惑をおかけしてすいません」

 俺の背中から顔を覗かせ、ぺこりとお辞儀する。

 

「はい!?こんな小さな子がですか?いや、でも確かにこの子から漠然とですが不穏な雰囲気が伝わってくる気がしますけど」

 ロゼルさんは眉をひそめながらクゥをじっと見つめる。

 

「この子呪いをかけられちゃってたみたいで、他の人には魔獣に見えてたらしいんですよね。偶然ジャック山にシズク草があったんで、使ったら呪いは大分弱まったらしいんですけど、完全に呪いを解く方法とか分かります?」

「シズク草!?…ちょっと情報量が多すぎてついていけないです」

 ロゼルは頭に手を押さえて困惑しているが、すぐに気を取り直し、

「まぁ今日はもう遅いですし、明日また来てもらえますか?報酬も明日には用意しておきますので」

「了解です。じゃあまた明日」

 ロゼルさんに挨拶をして、俺とクゥはギルドの外に出る。

 

「さて、クゥ今日泊まるところのあてはある?」

 クゥはかぶりを振って、

「いえ、ここには初めて来たので」

「じゃあ俺が泊まってるコルト亭に来なよ。部屋も空いてたはずだし」

「本当ですか!助かります」

 こうして、クゥと二人でコルト亭に泊まることになった。

 

 コルト亭に着くとシャロットに俺がクゥをどこからか誘拐してきたと勘違いされたりしたが、なんとか誤解を解くことができ、クゥは俺の隣の部屋に泊まることになった。

 

 明日はギルドに行ってクゥの呪いを解く方法を詳しく聞かなければと考えながら、その日は眠りについた。



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パーティー結成?

 

 朝、ドアをノックされる音で目が覚めた。

「起きてますか?コウイチさん」

 

 ドアの向こうから小さな女の子の声が聞こえる。一瞬誰かと思ったが寝ぼけた頭でクゥの事を思い出し、昨日の疲れからか重たい体を起こしながら返事をする。

「ああ、おはようクゥ。すぐ出るからちょっと待って」

 手早く着替えを済ませてドアを開ける。

 

「ごめんごめん、なんか疲れちゃってたみたいで、ぐっすり寝ちゃってたよ」

 そういえば、朝の鍛錬に起きれないほど寝たのは初めてかもしれない。

 

「それ多分私の支援魔法のせいかもです」

 クゥは支援魔法は身体能力などを向上させて、その人の持つ以上の力を出せるようになる代わりに体にはそれ相応の負担がかかる為、疲労したのだろうと説明してくれた。

 

「なるほどなぁ、まぁ流石になんのリスクも無く強くなるなんてズルみたいなもんだもんな」

 バフ系のスキルってゲームとかじゃノーリスクでただ強くなるもんだと思ってたけど、現実で考えたらそりゃそうなるよなと一人で納得する。

 

「お疲れでしたら、私一人で行ってきますよ?ギルドへの道も覚えましたし」

「いや、大丈夫だよ。寝たらスッキリしたし、まだクゥの呪いが完全に消えてるわけじゃないから心配だし」

「ありがとうございます」

 

 クゥの幸の薄そうな感じを見てると保護欲というか、父性というか、そういう感情が湧いてくる。妹とか娘とかがいたらこんな感じなのかなぁ。俺には姉貴しかいなかったから分からんが。

 

「とりあえず下で飯食べてからギルドに行こう」

「はい!」

 

 一階に下りてサルビアがいたらシズク草の説明をどうしようか考えていたが、今は来ていないらしかった。

 

「あ、ロリコンの誘拐犯が起きてきた」

 疑いの目を向けながら話しかけてくるシャロット。

「だから違うって昨日説明したじゃん!」

「クゥちゃんいい?もし変なことされそうになったら叫んで助けを求めるのよ?」

 シャロットは心配そうにクゥを優しく抱きしめる。

「しねーよそんな事!」

 

 俺がロリコンって噂が立ったらどうしてくれるんだ。ただでさえ探索者仲間の奴らからも変な奴だと思われてんのに。

「もういいから、朝ごはん二人分くれ」

 やや諦め気味にシャロットに話す。

「はいはい。テキトーなとこ座って待っててー」

 

 俺とクゥは手近なテーブルに着き食事を待つ。

「クゥ。シャロットの言うことは間に受けるなよ?」

「はい。コウイチさんはそんな事しない人だと分かってますから」

 優しく微笑んでくれるクゥ。俺のこと信用し過ぎで逆に心配になるな。俺が神様にクズ認定されて、更生の為に生きているとは口が裂けても言えん。

 

 などと考えているとシャロットが食事を持ってきてくれる。

「はいお待ちどうさま」

「サンキュー」

「ありがとうございます」

 

 二人で食事を始めると空いているテーブルの席にシャロットが座り話し始める。

「ねぇねぇ、クゥちゃんはエルフの里から出てきたんでしょ?お仕事はどうするの?」

 また藪から棒に聞くなぁ。

「そうですねぇ。まずは私にかかっている呪いをなんとかしないとですけど…もし解呪できたら、コウイチさんにシズク草の代金も払いたいので働ければなんでもいいですね」

 もぐもぐと食事を口にしながら返事をするクゥ。

 

「おいクゥ、だから気にすることないって言っただろ?俺の勝手で助けただけなんだから礼なんていらないよ」

 俺がそう言いながらスープを啜ると、隣のシャロットがにやけた顔で、

「まーたかっこつけちゃってコウイチったら。あんた、そんなこと言って探索者の仕事でほぼその日暮らしのくせに」

「ねぇなんでそんなこと言うの?かっこぐらいつけさせてくれよ」

 ちょっとかっこいいとこ見せようとしてる男がいるのに台無しだよ。

 

 俺とシャロットが言い合っていると、突然シャロットがクゥに向き直って、

「じゃあさ、クゥちゃんも探索者になりなよ。コウイチに聞いたけど支援魔法使えるんでしょ?絶対将来有望だよ!クゥちゃんかわいいし男共に守ってもらいながら安全に働けるって!」

 目を輝かせながらクゥに詰め寄る。

「またすぐ人を探索者にしようとするな!大体こんな小さい子が探索者なんて危ないだろうが!クゥ、相手にしなくていいぞ。シャロットは探索者に変な憧れを抱いている変な人だから…」

 そう言いながらクゥの方を見ると。

 

「探索者…確かに…それはそれでありかもですね」

 と、顎に手をかけながらぶつぶつと呟いている。

 

 本気にしないでくれよ。

「もうこの話はおしまい!ほら、ギルド行くぞ」

 立ち上がりながらクゥに呼びかける。

「あ、はい。そうですね」

「シャロットもサボってないで働けよ」

 シャロットに捨て台詞を吐きながらコルト亭を出る。後ろから何やらうるさい声が聞こえるが気にしないでおこう。

 

 

 

 ギルドに着くとロゼルさんの受付が空いていたのですぐに話ができた。

「お二人ともおはようございます。昨日は取り乱してしまってすいません」

 いつものように優しく微笑みながら挨拶をするロゼルさん。

「おはようございます」

「クゥさんの話の真偽は確認できました。そのことでギルドマスターからもお話があるそうなので、こちらへどうぞ」

 そう言って受付の奥の職員スペースに招かれる。

 

 案内されるままロゼルさんについて行くと一つの部屋の前で止められる。

 

「それではギルドマスターの部屋に入りますが、コウイチさん」

 突然俺の方を向き直るロゼルさん。

「はい?」

「くれぐれも失礼のないようにしてくださいね?」

 顔は優しい笑顔を浮かべているが、明らかに圧を感じる言い方をされる。

「はぁ、まぁあっちが失礼じゃなければこっちから失礼なことはしませんよ」

「それがダメなんですよ!」

「コウイチさん、ギルドマスターさんと仲が悪いんですか?」

 クゥが心配そうに聞いてくる。

 

「そうなんだよ。ここのギルドマスター、やな婆さんでさぁ」

 俺はどうもギルドマスターのブランと相性が悪いらしい。ほぼ無理矢理探索者として働かされているし、文句しかないから仕方がないことだが。

「はぁ、もう知りませんからね?」

 ロゼルはもう観念したのかドアをノックして開ける。

 

 

 ギルドマスターの部屋は壁に本棚が並べられており、入り口から奥にある窓の前の机には、書類が山のようにつまれており、そこに座り片眼鏡の奥から覗く鋭い目で俺を睨むブランがそこにはいた。

「やな婆さんで悪かったね」

 

 聞かれてるじゃん。壁薄すぎるんじゃないの?そんな俺の隣ではクゥが小動物のように小さくなっていた。

「まぁいいさね、そこ座んな」

 ブランは自分の机の前にある長机とソファを指差す。

 

「で?わざわざ部屋まで呼び出してなんですか?」

 俺はソファに腰かけながら質問する。隣にはクゥが何も言わずに座った。

 

「その子がジャック山で最近問題になってた魔獣の正体だってことは調べて確認済みさ。ほんとは大々的にクエストにして討伐隊を組もうかとしてたんだが、あんたが解決してくれたおかげでその必要がなくなったから感謝してやろうって訳さ」

「どう考えても感謝する側の態度じゃねーじゃん」

 

 俺のツッコミに焦ったようで俺を睨むロゼルさん。

 

「かっかっか、言葉だけの感謝なんてあんたもいらないだろう?だから特別報酬をくれてやるって言ってんだよ」

 高笑いをしながら話すブラン。

 

 それにしても特別報酬って言った?なんていい響きの言葉だろう。

「マジで?サンキュー婆ちゃん」

「誰が婆ちゃんだい!あたしゃまだ若いわ!」

 そう言いながらブランは机の引き出しから何かを取り出す。

 

「こいつが特別報酬さね」

 何かをロゼルさんに渡して俺の所に持って来させる。渡されたものは何やら呪文のような文字が書かれた紙だった。

「なにこれ?」

 俺がぽかんとして渡された紙を見ていると横にいるクゥが、

「あっ」

 と声を出す。

 

「うちのギルドはそんなに裕福じゃないから現物で支給させてもらうことにしたよ。そいつが解呪の札さ、その子に使ってやんな」

「おお!マジか!?これが解呪の札なのか。どうやって使うんだ?」

「その子に紙を付けるだけで発動するよ」

 

 言われるままクゥに解呪の札を触れさせてみる。解呪の札はクゥに触れた途端、光を放ち消え去ってしまった。

 

「どうだ?クゥ、呪いは消えたか?」

 クゥはまた目をつぶって少し待つと、

「はい!完全に消えてます!」

 

「おー!良かったなクゥ。それにして婆ちゃん、これって教会で買ったら結構な値段するんじゃねーの?」

 

 俺とクゥが呪いが消えたことに喜んでいるとブランがにっこりと笑って、

「よく知ってるじゃないか。そうだよ解呪の札は高価なものだよ」

 この婆さんが笑ってる所初めて見たかも。

 

 

 なんか嫌な予感がする。

 

 

「今回の特別報酬じゃ全然足りないくらいにね」

 

 

「はい?足りないってなに?」

 俺はしらばっくれようと思い聞くと、ブランは気味の悪い笑顔を崩さず続ける。

 

「だから足りない分は働いて返してもらうことにしたのさ。あんたら二人にね」

 そう言って俺とクゥの二人を指差すブラン。

 

 

「はぁ!?」

「はい!?」

 俺とクゥはほぼ同時に驚きの声を上げた。そんな俺たちを無視してブランは話し続ける。

 

「聞くと小さい方のあんた。クゥって言ったっけかい?あんた支援魔法が使えるらしいじゃないか。ちょうどいいからコウイチとパーティー組んで探索者やりな」

「おいババア!何言い出すかと思えばめちゃくちゃ横暴じゃねーか」

「ギルドマスターが横暴して何が悪いんだい!?」

 

 このババア開き直りやがった…。その頃ロゼルさんはというと、もう色々諦めたのか部屋の隅で自分はいないもののように息を潜めている。

 

「大体その子のおかげで新人の探索者たちがしばらくジャック山に行けなくて商売あがったりだったんだよ?本来なら騎士団にでも突き出してもやってもいい所を肉体労働で許してやるって言ってんだから感謝しな!」

 

 このままでは俺が探索者にされた時の二の舞だ。クゥに探索者なんて危ない仕事をさせるわけには…

「だったら俺が働いて足りない分を払えばいいだろうが!わざわざこんな小さい子を探索者なんかにさせなくてもいいだろ!」

 

 俺の抗議にブランは鼻を鳴らしながら、

「あんたその子の保護者でもなんでもないんだから黙ってな。クゥ、あんたはどうなんだい?」

 クゥの方に目を向けるブラン。

 

 

 クゥは自分に注目が集まったので少し動転したようだが、深呼吸をすると、

 

「私…探索者やります!いえ、やらせてください!」

 

「よし、決まりだね!じゃあロゼルに着いて行って測定してもらってきな。特別に測定の代金はまけてやるよ」

 ブランはそれだけ言って手を一回叩くと、俺とクゥを部屋の外に追い出した。

 

 

 

 

 こうして半ば強制的にクゥは探索者にされ、俺とパーティーを組むこととなった。

 



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初仕事へむけて

 

「ほんとに良かったのか?」

 ギルドの受付に戻りながら俺は心配でクゥに念を押す。

「私は大丈夫です。お役に立てるよう努力しますから」

 両腕でガッツポーズをしてやる気を見せるクゥ。

 

「ほんとに申し訳ないとは思ってるんですが、ブランさんには誰も逆らえないので…」

 俺達の横でロゼルさんが謝りながら歩く。

 

「たしかに…あの人には逆らえなさそうですね」

 クゥは真剣な顔で頷く。

 

「なんで二人ともそんなに怯えてるんだ?ただの婆さんじゃん」

 何気なく呟くと二人とも目を見開いて俺を見る。

「な、なに?」

 

「あれを見て平気でいられるコウイチさんがおかしいんですよ!?」

 ロゼルさんはまるで恐ろしいものでも見たように大声を出す。

 

 その時、隣でクゥが考え込むように呟く。

「もしかして…コウイチさんには魔力器官がないから感じられないんじゃないですか?」

 それを聞いてロゼルさんも頷き、

「確かに、魔力を感じられないなら納得がいくかもですね」

 

 魔力を感じられたらブランってどんな風に見えるんだろ。

 

 気になって聞いてみると、魔力器官は人間なら全身に張り巡らされていて、一般人でもとても強い魔力なら感じることができるらしい、そこにブランは凄まじい量の魔力を発していたらしく、魔力器官を持っている者ならその魔力だけでとんでもない圧力を感じるということらしい。

 

 しかも、俺は魔力がないので魔力感知というスキルを持っている人には感知されず、そこにいるのにいないような奇妙な存在に感じるらしい。クゥは魔力感知のスキルを持っているらしく、そのため俺と初めて会った時ひどく驚いたらしい。

 

「じゃあ、あの婆さんってすごい人ってこと?」

「すごいなんてもんじゃないですよ、ブランさんはかつて高名な魔法使いだったんですよ」

 ロゼルはなぜか誇らしそうに話している。

 

「さ、そんなことより気を取り直してクゥさんの測定を済ませて探索者登録をしましょー」

 ロゼルさんはブランと会う緊張から解放されたからか、いつも通りのロゼルさんに戻っていた。

 

「ではクゥさん、こちらの測定器に手を入れて下さい。何か紙のようなものを掴む感覚があれば、手を引き抜いて下さいねー」

 ロゼルさんはそう言いながら俺の方を見ながら意味ありげに薄笑いを浮かべている。

 

 この人ほんと好きだよなー。

 

 あの測定器には嫌な思い出がある。そして、かくいうロゼルさんは測定される人を見るのが大好きな隠れサディストである。

 

 俺が探索者になってからも何人かが測定を受けるところを見たが、いつもその傍らには恍惚の表情を浮かべたロゼルさんがいて、俺も測定を受ける人たちの苦悶の表情を見ることにハマっていた。そしていつからか、俺とロゼルさんは測定を受ける人を見るのが密かな共通の趣味になっていた。

 

「いいかぁクゥ、絶対途中で手を抜いたりしたら駄目だぞ?」

「なんでそんな悪そうな顔してるんですか?」

  

 そんな悪い顔なんてしてないよ?

 

「まぁ測定はしないとだし、とりあえず手ぇ入れてみなって」

 俺は優しく測定器に手を入れるように勧める。横には最早何も語らず、ただ笑顔を浮かべているだけのロゼルさん。

 

「はぁ、まぁどうせ測定はしないと駄目ですし、じゃあ入れますね」

 そっと測定器の穴の中に手を入れるクゥ。そして次の瞬間、

 

「うぴゃああああああああ」

 

 絶叫しながら手を弄られているであろうクゥ。

 

 初めて会った時も思ったけどクゥって驚いた時面白い声出すよなぁ。

 

「こ、これ…ヒェッ!、な、なんなんですか〜」

 目に涙を浮かべながらも言われたことを守って必死で手を抜きたい衝動を我慢している。

 

「なんだかこの絵面、俺達悪いことしてるみたいじゃないですか?」

 そっと隣のロゼルさんに耳打ちする。

 

「何言ってるんですかコウイチさん!最高ですよ〜!ここ最近はむさい男ばかりでしたが、こんないたいけな少女のリアクションはなかなか見れませんよ〜!」

 目を輝かせながら涎でも垂れてきそうなほど興奮しているロゼルさん。

 

 この人マジもんだな。

 

 と思いつつ俺もちょっと楽しんでるけど。

 

 一分程、測定器とクゥの格闘を見物したところでクゥが勢いよく手を引き抜いた。

 

「はぁ、はぁ…なんだったんですかアレ!?」

 身震いしながら肩で息をして、測定器から距離を取るクゥ。

 

「なんなんだろうな〜」

「なんなんでしょうね〜」

「二人してとぼけないでください!」

 

 俺とロゼルさんは謝ってから、測定器の説明をする。

 

「二人ともイジワルしたんですね?もう嫌いです」

「ごめんってクゥ。ちょっとした遊びだよ。探索者になるやつはみんな通る道だよ」

 ふてくされた顔で怒ったクゥもまた可愛らしいが、今はこれ以上からかうのは良くないかな。

 

「そんなことより、ステータスはどんな感じだ?」

「なんかはぐらかされてる気がしますけど…そうですね見てみましょう」

 クゥはステータスカードを少し眺めてから小首を傾げて、ロゼルさんに、

「基準が分からないので教えていただけますか?」

 

「そうでしたね、すいません。では説明させていただきますね〜」

 

 ロゼルさんによるステータスの説明がされる。

 

 まず、基本ステータスの筋力、敏捷、持久力、知力、魔力、運は、レベル1の一般の成人なら平均50程度、

 100〜500ならレベルを上げた探索者なら届くと言ったところ、

 501〜999は探索者の中でも才能がある部類に入り、ここが人間の限界値と言われているらしいが、稀に1000を超えるような人も存在するらしい。

 

 次に適正だが、ランクはS〜Dまで存在し、

 Dが触ったことがある程度でほぼ才能なし。

 Cが少し心得がある。

 Bが修練を積めばある程度はできるようになる。

 Aは才能があり、基本から応用までを短期間で習得できる。

 Sは天賦の才の持ち主で、スキルの習得、威力などに大きく補正がかかる。

 

 最後にスキル、スキルには誰でも修練や条件を満たせば習得できる汎用スキルと、世界でその人しか持たない特殊なスキルのユニークスキルの二通りがあり、俺の<絶対不可避>は後者に当てはまる、ユニークスキルだからといって強いとは限らないが…

 

「ざっとこんな所ですかね〜、以上を踏まえてどうですか?」

「えっと、そうですね、魔力はそこそこ高くて、支援魔法や、ちょっとした魔法なら使えるので役には立てると思います」

 

 なんだか、ふんわりした言い方だな。

「よかったら見てもいいか?」

「えっ、は、はい」

 クゥは少し恥ずかしそうにステータスカードを渡してきた。

 

「どれどれ?」

 何気に他人のステータスを見るのは初めてだなと思いつつカードを見てみる。

 

 <クゥ・ネル>

 

 レベル2

 

 職業 無職

 

 <ステータス>

 筋力:24

 敏捷:33

 持久力:28

 知力:312

 魔力:2164

 

 <適正>

 魔法:S

 

 <スキル>

 全魔法適正

 魔力感知

 魔力強化

 

 

「なんだこれ!?」

 思わず叫んでしまい、周囲にいた人の視線が集まる。

 

「ロゼルさん、これってめちゃくちゃすごいんじゃないの?」

 周りに聞かれないように顔を近づけて小声で聞く。

 

 ロゼルさんもステータスを見て目を大きくして、小声で叫ぶ。

「すごいなんてもんじゃないですよ!このステータスとスキルなら、あっという間にゴールドランク…それどころかプラチナランクにまでなれるほど優秀なステータスですよ!?」

 

「クゥ、お前すごい子だったんだな」

 俺は感心しながらステータスカードを返し、無意識でクゥの頭をなでる。

 

「私なんて大したことないですから、恥ずかしいのでやめて下さい」

 どんどん声を小さくしながらフードで顔を隠して否定するクゥ。

 

 すごい上に謙虚だなんて、よくできた子だなぁ。

 

「将来有望な方が探索者になってくれるなんて、ギルドとしては嬉しい限りですよ〜。では私はクゥさんを探索者登録してきますね〜」

 

 それからはクゥの探索者登録を済ませ、解呪の札の代金、金貨10枚の請求書を渡されて、一旦コルト亭に帰ることにした。

 

「どうしたもんかなぁ。解呪ができたのはいいけど、金貨10枚は中々厳しい問題だな」

 コルト亭への帰り道、これからどうやって金を稼ぐか悩んでいた。

 

「私も頑張って働きます!巻き込んでしまったには本当に申し訳ないですけど…」

 

 気合を入れているクゥとは反対に俺は不安だった。確かにクゥのステータスは素晴らしいが、クゥを守りながら魔獣と戦える程、俺は強いわけではない。したがって、今まで通り討伐クエストなど受けれるわけもなく、採取クエストを受けることになるだろうが…それではその日暮らしがやっとで借金返済など不可能だ。

 

 どこかに俺とクゥの二人でもこなせられて、大金を手に入れられる都合のいいクエストがあったりしないだろうか。

 

 

 

 

 

「ちょうどいい依頼があるよ」

 コルト亭の食堂で酒とつまみを楽しみながら、そんな都合のいい依頼の話をしだすサルビアが、そこにはいた。

 



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依頼内容

 

 時間は少し遡り、俺とクゥがコルト亭に帰ってきた時。

 

「やぁやぁ、コウイチ君。おかえり」

 食堂には髪が長いせいで目元が隠れている怪しい男、サルビアが座っていた。

 

「あー、サルビアさん。元気してた?」

 

 俺はサルビアの情報でジャック山にシズク草を取りに行って。報酬を山分けする約束をしていたわけだが、肝心のシズク草はクゥに使ってしまったため、報酬は入ってきていない。

 

 どう説明したものか。とりあえずしばらくタダで酒を奢らなければならないのは確定だろうな。

 

「僕はいつも通りさ。ところでどうだった?シズク草は」

「えーっと、そのことなんだけど、ちょっと色々あってさ」

 報酬がないことを報告しようと思い席につき、シャロットにサルビアに酒を持ってくるよう頼む。

 

「おや?その子はどうしたんだい?コウイチ君」

 俺の後ろに隠れているクゥの方を見て聞いてきたサルビア。

 

「あぁ、この子がジャック山にいるって言ってた例の魔獣でさ」

 俺はクゥに視線をやり、挨拶するよう促す。

 

「どうも、クゥと申します」

 小さくお辞儀をして、人見知りなのか俺の服を掴んでいるクゥ。

 

「あー、なるほどなるほど」

 何かに納得したように頷くサルビア。

 

「つまりシズク草はその子に使っちゃったわけだね?」

 

「なんで分かんの?ちょっと怖いんだけど」

「やだなぁ〜、ちょっと予想しただけさ。ようはその子が困ってたから助けてあげたんだろう?良いことじゃないか。そして探索者ギルドのマスターに上手いこと丸め込まれて金に困ってるって所だろう?」

 

 どこから情報を手に入れてるんだこの人は。

 

「まぁ知ってるなら話が早いや、稼ぎのいい仕事とかないかな、もちろんシズク草の分の報酬は俺が払うからさ」

 

 サルビアは届いた酒を一気に飲み干して、

「あるよ、そんな都合のいい仕事。しかも君達二人でやるのにぴったりな仕事がね」

 

「ほんと!?助かるよサルビアさん。お酒おかわりお願い!」

 金が手に入る目処さえ立てばクゥは探索者をやらなくてすむし、ちょうどいい。

 

「で?どういう内容の仕事なんだ?」

「誘拐犯を捕まえるって依頼だよ」

 

 誘拐犯ときたか、相手が人ならまだ危なくないかな。

 

 俺はサルビアの話を聞いてみることにした。

 

 誘拐犯の捕獲依頼は以下の通りだ。

 

 誘拐されたのは貴族の娘でカミラという子で、誘拐犯はこの前サルビアさんが話したクエス王国の裏で暗躍していると噂の秘密結社の一員らしいのだが、相当腕が立つらしい。貴族の家の警備を担当していた衛兵をあっという間に蹴散らしてカミラを攫って行き、身代金を要求。王国騎士団や探索者ギルドに通報すれば即刻娘は殺すとのこと。 

 

 前言撤回。めちゃくちゃやばそうな事件じゃん。

 

「そんな誘拐犯に俺らで太刀打ちできるの?」

「前にも言ったけど、僕はその人ができると思った仕事しか勧めないよ」

 二杯目の酒を飲みながらあっけらかんとした態度で話すサルビア。

 

 どうしたものか、危ない事にクゥを巻き込むわけには…

「私はやれます。コウイチさんには助けられてばかりですし、早く借金も返して、お役に立ちたいです!」

 俺が悩んでいると横のクゥは依頼に乗り気らしい。

 

「ほんとに大丈夫か?相手は衛兵だって倒したって話だし、危険かもしれないぞ?」

「大丈夫です!危なかったら逃げますし、コウイチさんのことも守って見せます!」

 

 こんな小さな女の子に守るって言われるとなんだか男として情けない気もするが…

 

 俺の慎重過ぎる態度を見かねてか、サルビアが俺に後押しをするように、

「シズク草を取る時も彼女のおかげで魔獣と戦わずに済んだろ?」

「なんのことだ?シズク草を取るときはスライムがいたぞ?」

 

 俺の返事にサルビアは不思議そうに顔を傾げて、

「彼女は呪いのせいで魔獣を寄せ付けないから、一緒にいれば戦闘になることはないだろう?」

 

 俺はクゥの方に振り返って、

「………そうだったの?」

 

「えっと、あの、……はい」

 クゥは気まずそうに目を逸らして答える。

「コウイチさん、とっても張り切ってたので、言いづらくて…」

 

 

「俺ってカッコつけようとすると失敗する呪いでもかかってんのかな」

「私は、そんなところも素敵だと思いますよ?」

「クゥ、それフォローになってないよ?」

 

 気を遣われて少し泣きそうになった所で、サルビアが咳払いをして話を続ける。

 

「コウイチ君の失敗談は置いておいて、どうだい?やる気になったかな?彼女の支援魔法があればコウイチ君でも誘拐犯にも対抗できると僕は思うんだが…」

 

 

 ここまできたらしょうがないか。

「分かった。やるよ。でも危険だと思ったらすぐ逃げるし、身の安全を優先するぞ。失敗しても文句言わないでくれよ?」

 

 俺の答えにサルビア満足そうに頷き、

「あぁもちろんだとも。いつも通り成功したら分け前をくれる契約でいいとも。さぁ契約成立祝いだ!酒を頼もう!」

 

 

 その後はベロベロに酔っ払ったサルビアと店にいた連中に絡まれたり、場の空気に酔ったのかテンションが上がったクゥに絡まれたりで気付けば日が沈もうかという時間になっていた。

 

 

 コルト亭の裏で酔い潰れたサルビアを介抱しながら、自分は何をしてるんだろうと思いながら井戸の水を汲む。

 

「悪いねぇコウイチ君。うっぷ、今日は楽しい日だ」

 吐きそうになりながらも喋り続けるサルビア。

「分かったからじっとしてなって。ほら、水飲みな」

 

 桶から水を飲むサルビアを見ながら、俺の隣の部屋に連れて行って寝かしたクゥを心配していると。

 

「はいこれ」

 サルビアがポケットから出した紙を渡してきた。

「これは?」

「依頼者の貴族の家の場所と紹介状だよ。明日行くといい」

「分かった。でも上手くいくとは思わないけど…」

 

 俺が紙を受け取りながらぼやくと、サルビアは俺の肩に手を置いて、

「大丈夫だって言ってるだろ?コウイチ君。僕は君にとっても期待してるんだ。君は面白いし、将来きっと……」

 

 急に黙り込むサルビア。

「どうした?」

 俺が顔を覗いた瞬間。

 

「おろろろろろろろ」

「うぎゃあああ!!」

 大リバースで大惨事である。

 

 その日は、潰れたサルビアの為の部屋をコルト亭で借りて、そこにサルビアを放り込んでから眠りについた。

 



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違和感

 

 ここは、クエス王都から少し離れたクイン山の麓にある廃れた館。かつては人が生活したであろう館の中は壁にヒビが入り、窓も割れている箇所の方が目立つ。外壁は野放図に伸びた植物が覆っており、最早かつての栄華は感じられない。

 

 そんな館の中に、長い黒髪を後ろで束ね、暗い室内で妖しく光る琥珀色の目を持つ女性。秘密結社『宵の手』のメンバーであるプリム・ロッシュはいた。

 彼女は貴族の娘、キーラ・セルンを誘拐した犯人である。

 

 プリムは気絶したキーラを横目で見ながら椅子に座り肘をつき、ため息をつく。

 「まったく、さっさとこんなこと終わらせて帰って酒でも飲みたいわね。しっかし、随分変わったお嬢様だね」

 

 床に寝かされている彼女はお嬢様らしいドレスを着てはいるが、明らかにその服に似合わない剣を腰に差していた。誘拐する時、剣を抜こうとしたので咄嗟に攻撃して気絶させてしまったわけだが。

 

 ま、こんな子に負ける程、やわな鍛え方してないから放置でいいけど。

 

 プリムは割れた窓から夜の空を見ながら、まだ届かない身代金を待つ。彼女の目は、月の光のせいか、より一層輝きを増したように見える。

 

 遠くで館のドアが開く音が聞こえる。身代金を持ってきたのだろうか、そうでなければ人質を奪還しにきたか、どちらにせよ痛い目にはあってもらうが…

 プリムは椅子から立ち上がり、客を迎える事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓から目元に差す陽の光と鳥のさえずりで目を覚ます。少し頭が痛い。机に置いておいた水を一杯飲み、出かける用意をして部屋を出る。まったく、昨日は酷い目にあった。

 

 ポケットからサルビアに貰った紙を出しながらクゥの部屋をノックする。

「おーいクゥ、起きてるかー?」

「は、はひ!今出ますね」

 部屋の中から慌てた声が聞こえる。

 

 少し待つと、フードを深くかぶったクゥが出てきた。

「お待たせしました」

「どうした?体調でも悪いのか?」

「あ、いえ、あのですね」

 もじもじとフードをいじりながら、

「昨日は、大変お見苦しいところを見せてしまい、すみません」

 

 なんだそんなことか。昨日、場の空気に酔ったクゥにも絡まれたのだが、それはそれで心を開いてくれたように感じて嬉しかったぐらいである。

 

「サルビアさんなんかもっと酷かったんだぜ?それに、クゥと仲良くなれたみたいで俺は嬉しかったよ」

「は、はい!私もです!」

 顔を明るくしてフードを外すクゥ。

 

「そんなことより、サルビアさんに依頼主の住所を教えてもらったから、飯食って行くとしよう」

 

 俺とクゥは食堂で朝食を済まし、サルビアさんに貰った紙に書かれている住所に向かうことにした。

 コルト亭を出る時ふと思ったのだが、貴族の娘が誘拐されてるのに昨日の晩に宴会まがいのことなんてしててよかったのか?

 俺の疑問は娘が誘拐されたはずの貴族、セルン家の前で更に深まることになる。

 

 

 

 

「誘拐?なんのことだ?」

 門の前に立っている門番に「何のことを言ってるのか分からないぞ」と胡乱な目で睨まれる。

 ここは紙に書かれた住所で合ってるよな?何度も確認してみるが、やっぱりここで合っているはずだが…。

 

「ここは貴様らのような平民が来ていい所じゃないぞ。帰った帰った」

 飛んでいた虫でも払うように手であっちに行けと仕草で語る門番。

 

 貴族様がそんなに偉いってのかよ。身分制度のことはよく分からないけど同じ人間だろうが。

 

 どうしたものかと業を煮やしていると横からクゥが門番に話しかける。

 

「あの、私達、キーラさんって方が誘拐されたって聞いたんですが、誘拐されてないなら別にいいんです。確認していただけませんか?」

 

 門番の返答はさっきと変わらず、

「だからキーラお嬢様なら誘拐されてないんだって、今朝見たばかりだ。それにあの方を誘拐したところで…」

 門番はなにやら含みのある笑みを浮かべて話す。

 

「そのキーラって子、なんかあんの?」

 

(わたし)がどうかしたの?」

 

 俺が門番に質問しようとした時、突然どこからか女の子の声が聞こえた。

 

 門番含め三人で周囲をキョロキョロと見回す。

「ここよここ!」

 上から聞こえた声に顔を上げると、門の向こう側に植えられた木の樹冠の隙間から顔を覗かせている女の子と目が合う。

 

「よっと」

 掛け声と同時に木の上から飛び降りてきた女の子は俺とクゥの前にすたりと降り立つ。

 

「私がキーラ・セルンよ。何か用かしら?」

 髪を手でなびかせながらそう話す彼女は、綺麗なブロンドの髪によく似合う高そうなドレスを着ているが、そのどこかしこに木の葉や木の枝が付いていた。

 

 それに、特に気になるのは彼女がドレスにあまりにも似合わない剣を腰に携えている事だ。とりあえず、お嬢様イコールお淑やかという俺の勝手な思い込みは改めることにしよう。

 

「キーラお嬢様!危ない事はおやめ下さい!」

 門番が青い顔をしながらキーラに注意する。

 

「大丈夫よ、どこも怪我してないから。それよりさっきの話の続きをしてみなさいよ。私を誘拐したところで…の続きを」

「それは、その」

 キーラの強い口調に門番はもごもごと口ごもり後ろに下がっていく。

 

「それで?さっき私が誘拐されたって話してたけど、あれどういうことなの?」

 俺とクゥの方に向き直り質問してくるキーラ。

「あ、いや、そういう情報を聞いたんですけど。本人がここにいるみたいですし、勘違いみたいですね。それじゃあ」

 

 

「なんだ騒がしい。人の家の前で何をやっている。」

 俺は状況がさっぱり分からないので帰ってサルビアに問いただそうと思いその場を後にしようとすると、門の中から男の声が聞こえた。次から次へと今度は誰だよ。

 

「これはパゴス様!大変失礼しました!」

 門番が頭を下げる先には小太りで髭を蓄え、見るからに高そうな服を着た男が両脇に使用人と思われる女性を二人連れて立っていた。

 

「あらお父様、おはようございます」

 ぺこりと挨拶するキーラ。

「キーラ!またお前は服も髪もそんなに汚してどういうつもりだ!」

「…ごめんなさい」

 パゴスが叱ると、肩をすくませて謝る。

 

「まぁいい、で?そいつらはなんだ?」

 俺とクゥを怪しむように見ながら門番に問うパゴス。

「はっ!この者どもがキーラお嬢様が誘拐されたと聞いたなどと話しておりまして…」

 パゴスはキーラの方をちらと見てから、

「キーラならここにいるではないか」と言う。

 

 どうしたものか、横ではクゥが俺の方を見ながら、「どうしましょう?」と小声で囁く。どうするもなにも誘拐がないんじゃどうしようもないしな。適当に誤魔化して帰るとするか。

 

 少し気になることもできたし。

 

 俺は一歩前に出てパゴスの目を見て話し始める。

「大変失礼しました。私は探索者をやっているツガヤマ コウイチという者です。貴族であられるパゴス様のご息女が誘拐されたという情報を耳にしまして、クエス王国に住む者として、いても立ってもいられず何かお役に立てればと思い来たのですが、どうやら私達の勘違いだったようです。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 それではと一礼をしてクゥを引き連れて今度こそその場を後にする。

 

 

「コウイチさん凄いですね。よく咄嗟にあんなに喋れましたね」

 コルト亭に帰りながらクゥが誉めてくれた。

「まぁ咄嗟の言い訳は俺の唯一の特技みたいなもんだからな。誉められたことじゃないけど」

 こんなことで誉められたことに少しむず痒く、頬を掻く。

 

「しかし、なーんかあのパゴスっておっさん怪しくなかったか?」

「え?どうかしたんですか?」

 思いもよらぬ発言だったらしく首を傾げるクゥ。

 

「だってあの人、門番が『誘拐』って単語話した時明らかに反応がおかしかった気がするんだよな」

「そうだったんですか?私、人がいっぱいで怖くてそれどころじゃなかったです」

 

 確かに誘拐されたって突拍子もないこと言われたにしても、目の前にキーラがいるのは分かってたことだし、なんか引っかかるんだよな。まぁ俺の考えすぎな気もするし、とりあえずサルビアさんに聞いてみることにしよう。

 

 

「それにしてもあのメイドさん達すっげー美人だったよな?メイドってみんなあんな人ばっかなのか?」

 俺が独り言を呟くと、

「コウイチさんはああいう大人の女性が好きなんですか?」

 とクゥが俺の方を何故か睨むようにして聞いてくる。

 

「いやいや、俺の好みかどうかなんて話じゃなくてだな、一般論だよ一般論。クゥだって美人だと思ったろ?」

「まぁ、確かに美人だと思いますが…私だっていつかは…」

 聞こえないほど小さい声でぶつぶつと何か呟いている。

 

 でも実際美人だったしなぁ。特にあの黒髪のメイドさん。長くて綺麗な黒髪で目は琥珀っぽい色してて映えてたな。あんな黒髪美人はなかなかお目にかかれんだろうし、眼福眼福。

 俺は手を合わせて天に感謝しておく。

 

 

 そんなことをしているうちにコルト亭に着いた。とにかくまずはサルビアに確認だな。俺はドアを開けて店の中に入っていった。



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真相

 

 コルト亭の中に入ると食堂ではサルビアが既に酒盛りを始めているところだった。

 

「おや、帰ってきたね、お二人さん。おかえり」

 長い髪のせいで目元が隠れて表情は分からないが、いつも通りの呑気な調子で話しかけてくる。

 

「おかえりじゃないよ。キーラって子は誘拐なんてされてなかったぞ?」

 呆れながらため息をつき、サルビアのいるテーブルにクゥと一緒に座る。

 

「そうだろうね」

 サルビアは分かりきったことのように答え、酒を飲む。その口元は笑っているように見えた。

 

「そうだろうねって、どういうことだよ?俺達、不審者かなんかで通報されてもおかしくなかったぞ?」

 少し怒気を込めながら話し、横に座っているクゥに同意を求める。

 

「ハラハラでした」

 さっきの状況を思い出してか胸に手を当てながら、おもちゃの人形みたいに首を縦に振って肯定するクゥ。

 

「まあまあ、ちょっと訳ありでね」

 サルビアは俺達をなだめるように両手を上下させる。

 

「誘拐はされるんだよ。まぁそれは今夜なんだけどね」

 話しながら飲み干したジョッキを置くサルビア。

「はぁ?」

 

 俺はどうゆうことか状況を飲み込めず、ただただ困惑することしかできなかった。横にいるクゥも同じらしく、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えてきそうである。

 

 

 サルビアはそれじゃあと言って手を組んで話し始める。情報によると、キーラは今夜に秘密結社『宵の手』によって誘拐されるらしいのだが、問題は誘拐を頼んだ依頼主らしい。

 

 どうやらその誘拐を依頼したのは、キーラの父親であるパゴス・セルンその人らしいのだ。

 

「なんで父親が娘の誘拐を依頼するんだよ?」

「その説明をするにはまず、君達が会ったキーラ嬢や貴族について話さないといけないね」

 

 続けてキーラの事についての説明を聞いた。

 

 セルン家には二人の子供がいるらしく、キーラともう一人の幼い弟がいるらしい。ここで貴族の話になるが、この国では貴族は世襲制らしく、特別な例外を除けば男女問わず第一子が世襲することになっているらしい。

 パゴスは次期当主であるキーラを有力な貴族に嫁がせることでセルン家を大きくしようと考えたらしいのだが、いかんせん当のキーラは俺達が見た通りのあのお転婆ぶりでお堅い貴族達に貰い手などおらず、悩みの種になっているらしい。

 

 このままではキーラは結婚せずに当主になり、その代でセルン家が途絶えてしまい、今のパゴスの代にもこれ以上権力を大きくすることができないと…。

 

 そこでパゴスは、キーラを消して弟を次期当主にする算段を立てたのだと、そのための誘拐ということらしい。しかもただの誘拐ではなく、身代金を報酬として相手に渡すことで殺害まで依頼しているというのだ。

 

 こうすれば後に残るのは、身代金を払ったのにもかかわらず、娘を殺害されて身代金まで奪われた可哀想なセルン家の人々…という結末になる。

 

 

「それは…なんていうか…」

 俺はあまりにも自分の常識から外れたその話にどう答えていいか戸惑っていた。すると、

「酷すぎます!そんなの許せません!」

 普段からは想像もつかない勢いで、声を荒げながら机を叩いて立ち上がるクゥ。

「血の繋がった家族なのに…殺すなんて。」

 

 その言葉を聞きサルビアはにこりと笑い、

「そうなんだよ。自分の生きたいように生きる無垢な少女が殺されるなんて非道いことだと思わないかい?」

 

 わざとらしい言い方で話すサルビアの髪で隠れた目元の隙間か僅かに見えた彼の目は不思議な光りを発しているように見えた。

 

「確かに可哀想だとは思うけど、前にも言ったけど俺達が危ないと思ったら逃げるからな」

「コウイチさん!」

 クゥは諭すように俺に目を向けてくる。

 

 そんな目で見られたって悪いけど俺はリアリストなんでね。

 

 確かに会ったことある人が殺されると聞いたら助けてあげたい気持ちも湧くが、俺やもしかするとクゥが命の危険に晒されるってんならそっちを守るのを優先する。

 

「それにこの仕事って誰が報酬くれるんだよ。俺は慈善事業なんてごめんだぜ?」

 溜息混じりの現実的な質問にクゥは「お金の問題なんて」などと横で言っているが、仕事を受けるにしてもお金がもらえないんじゃ骨折り損もいいとこだ。

 

「報酬なら貰えるよ。この誘拐を阻止したい人を知ってるからね」

 サルビアはのらりくらりと返答する。もうすでに酒は五杯目を飲み終えようかといったところ。何杯飲む気だ昼間から。

「誰が?いくらで?」

 酔っ払いに詰めるように質問する。

「誰かは言えない。けど報酬は金貨20枚ってとこだね」

 

 金貨20枚もあれば解呪の札の借金を返してもお釣りがくるな。

 

「どうだい?やる気になったかな?」

 酒をまた一口飲んで改めて聞いてくるサルビア。

 

 どうしたものか。話だけ聞いてりゃどっかの貴族のお嬢様が自分勝手な親父の自分勝手な尊厳の維持と権力欲しさに巻き込まれて殺された悲劇ってだけだが、キーラ本人とは会ってしまってるし…でも俺は死ぬ訳にはいかないし…

 

「受けます!」

 俺が悩んでいるとクゥが前のめりで返事をする。

「ちょちょ、待てってクゥ」

「なんですか?」

 そんな怖い顔で見ないでくれ。

「こっちの命だって危ないかもしれないんだぞ?」

「それがどうしたんですか?」

「それがどうしたんですかって…」

「コウイチさんがやらないなら私一人でもやります!私はコウイチさんに助けてもらいました。私も誰かを助ける力になれるなら喜んでなります!」

「やらないとは言ってないけど…」

 俺がクゥに叱られるように話されている間もサルビアはにやにやしながら俺達を眺めている。少しは助けようとか思ってくれよ。

 

 

「んーーったく、分かったよ!やる!俺もやるよ!」

「ありがとうございます!」

 さっき怒ってたのは嘘みたいに明るい笑顔を見せるクゥ。……もしかして上手くのせられた?

「ただし!危なかったらほんとに逃げるからな!」

「はい。もちろんです!」

 クゥ。きみのその笑顔を俺はもう素直に信じられないよ。

 

「よし!決まりだね。じゃあ今夜の真夜中にクイン山の麓にある古びた館に行くといい。誘拐犯の潜伏場所だ」

 サルビアは嬉しそうに酒を飲む。もう何杯目か分からない。

それになんで毎回そんな詳しい事まで知ってんだよ。

 

「コウイチさん!頑張りましょうね!」

 やる気に満ちた目で俺を見て意気込むクゥ。

「おー」

 力無い拳を天に突き上げ返事をする。

 

 もうどうにでもなれってんだ。

 

 そして夜は更け、俺とクゥはクイン山に向かった。



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『宵の手』

 

「うわー、映画なら幽霊でも出てきそうな見た目だな…」

 

 俺とクゥは今、誘拐犯がいるという館を少し離れた茂みに身を潜めながら様子を伺っている。

 

「エイガってなんです?」

 クゥは少女らしい可愛らしい顔を傾けて、初めて聞く言葉を不思議そうに聞き返してきたが、すぐに我に返り頭を振りながら、

「今はそんなことより。呑気な事言わないでください。今から私達、あそこに行くんですからね!」

 

「行くのは分かってるけど、作戦ぐらい立てとかないと駄目だろ?無策で行って全滅は洒落にならんぞ」

 

 声を殺しながらも、鼻息を荒くして今にも館に突入しそうなクゥを抑える。しかし、なんでこんなにやる気なんだろうか。キーラになにか思うところでもあるのか?

 

「そうですね、コウイチさんは、なにかいい作戦ありますか?」

 クゥは冷静さを取り戻して聞いてくる。

 

「……それを今から考える。とりあえず敵の数だ。クゥは探知系のスキル持ってたりするか?」

「魔力感知で館の中の人数ぐらいなら分かると思います」

「よし。じゃあ調べてみてくれ」

 

 クゥは少しの間、館をじっと見つめながら、

「館の中には二人、いるみたいですね。二人とも二階にいるみたいです」

「多分片方はキーラだろうから、相手は一人みたいだな」

 

 相手が一人なら…なんとかなるか?

「クゥ、お互いにスキルや出来ることの確認しとこう」

 俺はステータスカードをクゥに見せることにした。

「コウイチさん、武術適正Sってすごいですね!」

「あー、それは…無いものと思っててくれ」

 俺の言葉の詰まった返答にクゥは顔をしかめる。

「クエス王国に武術を学べる場所がないんだよ」

 

 

 そう、ここクエス王国は、王国騎士団があるだけのことはあり、剣術がとても発展している国である。俺も自分のステータスに武術Sがある事を見た時、すぐに武術を学ぼうと思いギルドで聞いてみたのだが…結果は前述の通りである。

 

「だから、この適正は宝の持ち腐れってわけ」

「でもこの【正拳突き】って武術スキルじゃないですか?」

 クゥは俺のスキルの欄を指差しながら聞いてくる。

「あぁ、それは偶然身についたスキルだな」

 

 実は少し前の朝、鍛錬の時に見様見真似で空手の正拳突きをやっていたら、いつの間にかスキルの欄に追加されていたのだが。

「普通のパンチよりちょっと威力が出る程度のパンチだと思ってくれ」

「そうですか…、でもこの【絶対不可避】ってユニークスキ…」

「そっちはもっと話にならないから期待しないでくれ」

 クゥの言葉を遮るように否定し、そのまま【絶対不可避】について説明することにした。

 

 

 

 

「それは…なんというか、大変ですね…でもでも、ユニークスキルは持ってるだけで凄いことですし、きっといつかコウイチさんの役に立ちますよ!」

 俺の説明を聞いたクゥは、険しい顔をしながらも必死に慰めようとしているのが伝わってくる。まぁ普通はそういう反応になるよね。適正といいスキルといい、なんか絶妙に噛み合ってないよな。

「ありがとう、じゃあ次はクゥが使える魔法を教えてくれ」

 一瞬、自分の不甲斐なさに泣きたくなったが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 

 

 その後クゥの使える魔法を一通り教えてもらい、それを元に作戦を立てて館に入ることにした。

 

「よし。じゃあ頼む」

 館の玄関前でクゥの方を向き頷く。

「はい」

 両手を俺の方に向けて支援魔法を唱え始めるクゥ。

 

「これで一通りの支援魔法はかけ終わりました。効果は5分程で消えるので注意してくださいね」

 今度は互いに頷いて館のドアを開ける。

 

 館の中は異様なほど静かだった。壁や柱には所々ヒビが入っており、全体的に少し埃っぽい。当然明かりは無いが、クゥの支援魔法のおかげで少し明るく見える。支援魔法は自分にかけられない為、クゥは暗さに怖がってか、俺の服の裾を掴みながら付いてくる。

 これが誘拐犯に会いに行くためでなければ、妹とお化け屋敷にでも行ってる楽しいイベントなのだが。

 

 館を探索し始めてから程なくして階段を見つけることができた。音を立てないようゆっくりと登り、クゥにもう一度、魔力感知で誘拐犯の詳しい位置を探ってもらう。

 

 二階は階段を登って右に一本道になっており、左側に窓があり右側に等間隔でドアが付いているが、廊下の突き当たりにもドアがある。

 

「そこの突き当たりの部屋みたいです」

 クゥの指差す廊下の先には、他の部屋より一回り大きい両開きのドアが付けられている。

 俺とクゥは向かい合う形でドアの影に隠れ、少しだけ開けて覗き込む。中は随分広いようで隙間からでは全体は見渡せないが、床に横になっているキーラと思われる人影は見えた。顔は見えないが昼間に見た、ドレスに剣という目印のおかげで一目見てキーラだと分かる。

 

「キーラがいるのは分かったけど誘拐犯がどこにいるか分からないな。そっちからは見えるか?」

 クゥに聞いてみるが、かぶりを振って返される。

 それならともう少し隙間を広げようとドアに手をかけた瞬間ー

 

 

「コソコソしないで出てきたら?」

 声が聞こえた。しかもとても近くから…、そう、まるで俺の目の前の扉を隔てたすぐそこといったところの…

 

 

「クゥ!逃げ…」

 俺が退避を告げようとした瞬間、衝撃音と共にドアごと後ろに吹き飛ばされる。

 

「コウイチさん!」

 

「いってぇ…」

 攻撃をもらった肩を庇いながら、粉々になりただの木片になった元ドアを払って立ち上がる。さっきまで俺がいた場所を見ると、そこには人影が一つ立っていた。

 

「あんたが誘拐犯か?」

 俺が問いかけると同時に、窓から廊下に月明かりが差し、俺と人影が照らされる。

 

「あんたは…」

「あら?誰かと思えばあなた達、昼間の…」

 

 そこにいたのは、服装もそのままの昼間パゴスの隣にいた、琥珀色の目が輝いて見える黒髪美人の使用人だった。

 

「どうやら、身代金を持ってきたわけじゃないみたいね。まぁどのみち痛い目にはあってもらうけど…」

 俺を見てひどくつまらなそうに呟くと、クゥの方に目をやる。

 

「クゥ!」

 

「遅いよ」

 クゥは俺の声に反応して、何か唱えようとした瞬間、誘拐犯に素早い当て身で意識を奪われ、床に倒れ込む。

 

 

「宣伝の為に自己紹介しておかなくちゃね、私の名前はプリム・ロッシュ。秘密結社『宵の手』のメンバーよ。以後はないかもだけど、よろしくね」

 

 

 そう言いながら笑う彼女は、いやというほど美人である。

 

 

 



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vsプリム

 

「くそっ!」

 素早く腰に差した短刀を抜いて臨戦態勢をとる。

 

「あなた達、なんであの貴族の娘を助けようとするの?別に関係ないでしょ?」

 短刀を向けられてなお、顎に指を置きながらひどくつまらなそうに聞いてくるプリム。

 

「関係はないけど、こっちにも色々あるんでね。今なら人質さえ返してくれれば、あんたのこと見なかったことにするぜ?」

 

 俺の答えにプリムは口角を上げていたずらっぽく笑うと、

「そう言われるとなおさら返したくなくなっちゃうなぁ」

 

 プリムは横で気絶しているクゥを物のように片手で雑に掴むと、後ろの部屋の中に投げ入れた。

「ちょうど身代金が来るまで退屈してたとこだし、ちょっとお姉さんの相手してくれると嬉しいな」

 蠱惑的な笑顔を向けながら、片足を上げてプリムも臨戦態勢をとる。

 

 まったく、なんでこんなことに…もうどうにでもなれってんだ!

 

 短く息を吐き、プリムに向かって駆け出す。

 

 姿勢は低く、相手に対して体を横にして右手の短刀をプリムに向かって突き上げる。

 

『鞭蹴《ウィップ》』

 

 プリムの鋭くしなるような蹴りが短刀の側面を蹴り飛ばし、右手ごと弾かれる。

「つ〜〜〜ッ」

 なんとか短刀は手放さなかったが、衝撃で右手が痺れる。

 

「思ったより速くてびっくりしちゃった」

 プリムは余裕の笑顔を崩すことなく構え直す。

 

「ーはぁッ!」

 今度は横に振り抜くように短刀を振るおうとすると、

「あら危ない」

 プリムは瞬時に半歩下がり、躱そうとする。が、

「ん!?」

 驚愕の表情を浮かべて固まる。そのまま俺の短刀はプリムの長い髪の一部を断ち切る。

 

 

「何なの?今のは」

 プリムは困惑の表情を浮かべながら、断ち切られた髪を触る。

 

「さぁ?なんだろうな」

 本当は俺のスキル『絶対不可避』のおかげだが、わざわざ相手に教えてやる必要もないだろ。

 

 それにしても、さっき俺が攻撃する前に反応したように見えたけど…気のせいか?

 

 そんなことより、もうすぐクゥにかけてもらった支援魔法が消える。早いとこ決めないと…

 

「どうやら厄介なスキルか何かを持ってるみたいね」

 そう話すプリムの顔からは、さっきまでの笑顔が消え失せた。空気に肌を刺すような緊張感が走る。

 

 その空気に耐えきれず、がむしゃらに剣撃を繰り出すも、プリムはそのことごとくを素早い脚技で淡々と弾く。

「ーぐっ」

 プリムのつま先がみぞおちに刺さる。

「よっと」

 続け様に短刀を上に蹴り上げ、短刀は俺の右手を離れ天井に突き刺さる。

 

 あれはすぐには取れないだろうな。

 

「そこそこ筋はいいけど。相手が悪かったわね」

 確かに強い。それにしてもあまりにも歯が立たなすぎる。支援魔法で強化されてるはずなのに…まるで、

 

「まるで攻撃を読まれてるみたいでしょ?」

 俺が考えていたことをプリムに先を越されて言われ、ドキリとする。

 

「実は私、未来が見えるんだよねぇ」

 

「未来が、見える?」

 プリムは頷きながら自分の目を指差して、

「この目、綺麗でしょ?元々はこんな色じゃなかったのよ?魔眼になったからこんな色になっちゃったの」

 

「悪いけど、魔眼が何なのか知らん」

 拳を構えながら、自慢げに語る魔眼の事をあしらう。

 

「はぁ!?あなた探索者のくせに魔眼も知らないの?しょうがないわね、魔眼がいかにすごいか私が教えて…」

 プリムは呆れたような驚いたような声を出しながら、魔眼の説明をしはじめようとする。

 

 そんなこと言われても知らないものは知らないし、

「知らなくても生きていけるんでね!」

 悪態をつきながら、右ストレートを打ち込む。

 

『三日月蹴り《ムーンシュート》』

 

 俺の拳が届く前に、プリムは体を捻り、高速の後ろ回し蹴りが俺の側頭部を叩き、体を壁に打ち付けられる。

 

「ッ〜〜〜〜」

 激痛で声にならない音が口から漏れる。

「人が気持ちよく話してるんだからちゃんと聞きなさいよ」

 プリムは床に転がる俺の事など気にもとめず、悦に浸った表情で話し続ける。

 

「この魔眼は見た物の魔力の流れを見ることができるの、魔力の流れは力の動き。あなたが右手で殴ろうとすれば、動く前に右手の魔力にゆらぎが生じる。それが分かれば先回りして動けるって訳よ」

 

「わざわざ、ご丁寧に説明どうも」

 さっきの蹴りのせいで目眩を感じながらも、なんとか立ち上がる。

 

「でもそんなこと、敵に教えていいのかよ?」

 

 俺の指摘にプリムは(あざけ)るように笑いながら、。

「知ったところで、あなたにはどうしようもないでしょう?」

 

「そうでもないかも知れないぜ?」

 

 魔力の流れを見るって事なら…可能性はある。ただ、もう少し時間がいる。ほんの少しでもいい、時間が。

 

「そんなみえみえの強がりに騙されるわけないでしょ?さ、もう終わりにしましょうか。いい暇つぶしにはなったしね」

 プリムはそれだけ言うと、足を上げて構える。

 

 

 まだだ、もう少し。

 

 

「ビビってんのか?」

「は?」

 プリムの上げた足が、少し下がる。

 

 食いついたか?

 

「奥の手があるから出してやるって言ってんのに、さっさと終わらせようとしてるからビビってんのかなって、いや別にいいよ、さっさとやってくれていいぜ?」

 

 苦しい言い分だが、少しでも時間が稼げればなんでもいい。

 

「見苦しいわね。そんなのがあるなら、もっと早く出すべきだったわね」

 プリムは冷たく言い放ち、構え直そうとする。が、

 

 今度は足が完全に下がる。その顔からは、もう余裕など感じられないほどの焦りが伺える。

 

 

「あんた、それ、どういうことよ?」

 

 

 支援魔法が切れたせいの、全身の倦怠感を表に出さないようにしながら、精一杯のしたり顔を見せる。

 

 

 

「未来が見えるんだろ?だったら見てみやがれ!」

 

 

 魔力器官がないせいで、魔力を持たない人間の、渾身の一撃がプリムを襲う。

 

 

『正拳突き』!!

 

 

 



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決着

 

 プリム・ロッシュは目の前の光景が信じられなかった。本来、この世の全ての生物には魔力が流れている。彼女は自身の持つ『智覚の魔眼』によって、その機微を感じ取ることで、未来予測を可能にする…はずなのだが。

 今、目の前にいる少年からは、さっきまでは確かにあった一切の魔力を感じることができない。そんなことは、ありえないはずなのに。

 

 少年が何かしようとしている。多分、攻撃がくる。時間がゆっくりと過ぎていく感覚に襲われる。防御を、しなければ…

 

『正拳突き』!!

 

 プリムは両腕を前に構えて防御姿勢をとるが、腕ごと体は吹き飛ばされ、後ろの部屋へと転がっていく。

 

 

◇◇◇

 

 支援魔法の副作用で、全身が何倍にも重くなったように感じながらも、追撃を与えるためにプリムに向かって歩を進める。

 

「いてて…」

 

 さっきまでのダメージと筋肉痛が相まって、全身が痛い。いくら借金が返せるっつってもこんな目に合うって知ってたら、ちまちま薬草集めしてる方が数段マシだったな。帰ったらとりあえずサルビアを一発殴ろう。

 

 部屋に入るとプリムはすでに立ち上がっていたが、不意を突かれたせいもあってか、息を荒くしていた。

 

「あなた、一体何したの!?」

「何って?」

 弱っていることを相手に悟られないよう、余裕の表情を作って話す。少しでも休んで体力を回復しないと、今にも倒れそうだ。

「なんであなたからは魔力が感じられないのかって聞いてるのよ!」

 捲し立てるように話すプリム。

「なんでって言われても、俺生まれた時から魔力なんて持ってないし」

 

「……は?」

 

 俺のあっさりとしたカミングアウトに、プリムは口を開けたまま固まっている。

 

「ありえないでしょ、そんなこと。魔力は生命力そのものなのよ?あなた幽霊かなんかな訳?でもさっきまでは確かに魔力が…」

 今度は一人でぶつぶつ呟き出したプリム。

 

 その反応はみんなにされてきたからもういいよ。

「で?どうすんだ?ご自慢の魔眼とやらが意味ない相手と戦う術はあんのかよ?」

 

 あくまで余力があるように話すが、こっちがもうなす術なしだからビビって降参してくれ。頼む。

 

 心の中で祈りながら、プリムへと一歩近づく。すると、

 

「ふふ、大人しく降参しろですって?こっちは結社のルール破って、覚悟決めてまで来てるのよ」

 俯いて肩を震わせ始めるプリム。

 

 なんだか様子がおかしくないか?これって、もしかしなくてもやばい状況なんじゃ。

 

「おい、ちょっと話を…」

「もういいわ。こうなったら身代金はまた後日にすればいいしね」

 俺が気を逸らそうとするも、プリムは顔を上げると、床に寝ているキーラに向かって駆け出した。

 

 やっぱりなんか地雷踏んでるじゃねーか!まずいぞ、このままじゃキーラが殺される。何かあいつを止める方法は…。

 

 プリムとキーラの距離はどんどん近づいていく。走りながら、プリムは腰の辺りから小さなナイフを取り出す。

 

 くそっt、動け体!!

 

 

 もう二人の距離は3メートルほどしかない。その時、

 

 

『バインド』!!

 

「がぐっ!?」

 

 

 俺が目の前の光景をただ傍観することしかできない中、横から聞こえた声と同時に地面から光を発する鎖のようなものが、彼女をその場で縛り付けた。

 

「なんとか、間に合ったみたいで良かったです」

 声が聞こえた方を見ると、そこにはふらふらと力無く立つクゥの姿があった。

 

「大丈夫かクゥ!?」

「すいませんコウイチさん。肝心な時に…」

 クゥは申し訳なさそうに、目を伏せながら謝ってくる。

「いや、クゥが無事なら良かったよ」

「えへへ、ありがとうございます」

 照れながら笑うクゥ。なんというかわいさだ。思わず頭でも撫でてあげたくなるような笑顔である。いやでも、女の子の頭撫でるのって犯罪になったりしない?騎士団とかに言われたら捕まったりするんじゃ…

 

 

「いちゃついてんじゃないわよ!ロリコン!」

  

 クゥのあまりの可愛さに、ついどうでもいいことを考えてしまっていると、プリムの声で我にかえる。

 

「だ、誰がロリコンじゃい!」

「あんたに 決まってんでしょ!これ 外しな さいよ!」

 プリムは言葉の節々で語気を荒げながら拘束を解こうと体を捩って暴れている。

 

 なんかキャラ変わってないかこの人。

 

「人殺そうとしてたやつ解放する訳ねーだろ。ところでクゥ」

「なんですか?」

「あの拘束魔法って破られたりしないよね?」

 プリムに聞かれないよう、顔を近づけて小声で聞く。

「すぐにということはないと思いますが、そんなに長くも持たないと思います」

 なら助けをのんびり待ってる時間はなさそうだな。

 

「じゃあ俺に、もう一回支援魔法かけてくれ」

 今度はプリムに聞こえるような声で話す。

「なんでですか?」

「あいつ思いっきりぶん殴って気絶させるから」

「でも支援魔法が切れたらしばらく動けないぐらい疲れちゃうかもしれませんよ?」

「すぐ解いてくれれば、歩いて帰れはするだろ」

 動けない今なら魔眼で防ぐこともできないだろうし。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 俺の発言に目を開いて驚くプリム。

「待たないけど?」

 支援魔法をかけてもらいながら肩を回して準備する。

「こんな美人を殴るなんて男としてどうなのよ!」

 プリムは必死に俺を止めようともがきながら抗議する。

 

「俺は相手が誰だろうとやられたらやり返す主義なんでね」

 体が軽くなるのを感じ、プリムに向かって駆け出す。

「ちょっと寝ててもらうだけだから安心してくれ」

 俺の中で出来うる限りの笑顔を見せたつもりがプリムの顔は余計に青くなる。

 

 

「分かった!分かったから、もう何もせずに帰るからー!」

「もう遅いわ!くらえ『筋力増強《ドーピング》正拳突き』!!」

「ひぃぃぃ!!」

 

 

 ーーー「そこまでだ」

 振り抜いた拳はプリムに当たる直前で、何者かに止められた。

 顔を上げると、そこには身長2メートル以上はありそうな茶色い肌の大男が俺のパンチを片手で止めて立っていた。どっから湧いたこのおっさん!?

 

「あんた誰?」

 パンチを抑えられたままだが、あくまで冷静を装って男に話しかける。

 

「おっと、挨拶が遅れてしまったな。宣伝もしなければ」

 男は拳を抑えていた手を離し、戦う意志がないように手のひらをこちらに向け少しあげて続ける。

「私の名はグレゴリ。秘密結社『宵の手』のメンバーだ」

 

 『宵の手』って秘密結社なんだよな?どいつもこいつも自分からメンバーって宣伝するのなんなんだよ。

 

「プリムを助けにきたのか?」

 質問にグレゴリは首を横に振る。

「いや、助けではなく回収だ」

 グレゴリは短く話しながらプリムの方に目をやると、プリムは目を逸らして黙り込む。

「こいつが、ウチのルールの[殺しはやらない]を破って勝手なことをしてると情報が入ったんでな…色々迷惑をかけたみたいで、すまないな少年」

 そう言って頭を下げるグレゴリ。

 

「謝られても、そいつは俺が騎士団に突き出すから置いてってくれると助かるんだが」

「悪いがそれはできない。こんな奴でも仲間だからな 黙って見ていてくれればこちらも危害は加えない」

 そう話すグレゴリの目からは、一瞬恐ろしい程の寒気を感じた。

 

 無理矢理プリムを取り返すってのは無理そうだな。支援魔法付きの正拳突きを片手で止めるような奴だし。それに、これ以上危険を犯すことはできない。

 

「分かった」

 俺の了承にグレゴリはにこりと微笑み、

「賢い選択だ。君、名前は?」

「…ツガヤマ コウイチ」

「ツガヤマ コウイチか、いい名だ。君とはまた会えそうだ」

「俺は会いたくないかな」

「ははは、嫌われてしまったかな?」

 

 そう言ってグレゴリはプリムの首根っこを掴みひょいと持ち上げると、拘束魔法をいとも簡単に引きちぎって彼女を脇に抱える。

「ではまたなコウイチ」

 

『転移《テレポート》』

 

 そう唱えた次の瞬間、グレゴリとプリムの姿は忽然と消え、その場には夜の静けさだけが残っていた。

 

 

 

「……ぷはー!死ぬかと思った!」

 大きく息を吐き出しながらその場に座り込む。

「大丈夫だったか、クゥ?」

「心臓が止まるかと思いました」

 クゥも地面にぺたんと座り込みながら胸を撫で下ろしていた。

 

「全くだよ。さっさとそこのお嬢様連れて帰るとするか」

 クゥに支援魔法を解いてもらい、さっきよりも重くなった体を無理矢理動かしてキーラに近づく。

 

「おーい。大丈夫か?」

 呼びかけながらキーラの体を揺すってみると、

「んう……」

 キーラはゆっくりと目を開ける。

「お、起きたか?もう大丈夫だから安心…」

「いやあああ!」

 

 

 

 

 あまりに咄嗟の出来事で、反応が遅れたのはあったかもしれない。だが、致命的なのは、あろうことか避けようとしてしまったことだろう。

 キーラが怯えた顔で瞬時に剣を抜き、振り抜かれた剣筋を俺は動けない体で見ているしかできなかった。

 

「いってーー!?」

 

 キーラの剣は、見事に俺の胸を切り裂き、辺りに血が飛び散る。胸を触ると、手にはべったりと赤黒い血が付いていた。

「これ、全部俺の血か?」

 

 

 

 視界がぼやけていく。遠くでクゥの声が聞こえる中、俺の意識は途切れた。

 

 



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新しい仲間

 

 気がつくと、知らない部屋のベッドの上で目を覚ました。ぼんやりとした視界がだんだん明瞭になっていく。

 

「いでで」

 体を起こそうとすると、全身が少し痛む。体に目をやると上半身は包帯が巻かれていた。その時に、誘拐犯を撃退した後、自分が誘拐された貴族の娘キーラに誤解されて斬られたことを思い出す。

 

「酷い目にあったもんだな…で、ここどこだ?」

 部屋を見渡してみる。自分の住んでるコルト亭に比べると随分といい部屋だ。絨毯も敷かれてるし、そこそこの広さもある。ベッドの横にはテーブルと椅子が置かれており、誰かが座っていたのか少しずれている。窓の外を見るに今は昼ぐらいか。

 

「おや、気付かれましたかな?丸二日寝込んでおられたので心配しましたよ」

 動けない体でどうしたものかと思っていたら、扉が開けられ声をかけられる。

 声の主の方を見ると、そこには白髪頭に白い髭でスーツを着たやけに姿勢のいい老人が立っていた。

 

「えーっと、誰ですか?」

「私、セルン家の執事を務めております ジークと申します。ここは私の家でございますので、どうかご安心ください」

 そう言って綺麗なお辞儀をするジーク。

 

「なんで俺、そのジークさんの家にいるんですか?」

 

 気を失ってから何があったのか、さっぱり分からないので聞いてみると、ジークは「説明させていただきます」と言いながら俺にコップに入った水を俺に渡しながら話しだす。

 

「私はパゴス様にあの館へ身代金を持っていくよう仰せ付かったのですが行ってみるとびっくり、誘拐されたはずのお嬢様が剣を持ったまま固まっており、横には血溜まりに倒れたコウイチ様を抱えたクゥ様がいらっしゃいました」

 

 それはまた随分と、カオスな状況だなぁと聞いた話を脳内で映像化して苦笑する。

 

「クゥ様が回復魔法を持っていたおかげで一命は取り留めていましたが、危険な状態に変わりはないので私の家に一旦運んだ次第です。その後クゥ様からパゴス様が誘拐の首謀者だという話を聞きまして、皆様を私の家に匿わせていただきました」

 

 ということらしいのだが、

「よく信じてくれましたね」

 ジークは鼻から息を吹いて首を振るとベッドの横の椅子に座りこむ。

「以前からパゴス様はキーラ様のことで頭を悩ましていましたし、それに最近は怪しい者と話しているところも見たことがあったので…」

 

 なるほどね。パゴスの用心の甘さは置いといて、これからどうしようかと考えているとドアがノックされる。

 

「失礼します」

 可愛らしい声と共にドアが開いて、クゥが顔を覗かせた。

「やっほー」

 おどけながら腕を振って挨拶してみる。

「コウイチさん!」

 そう言いながら駆け寄って抱きつかれた。わお、積極的。

 

「起きたんですね!良かった、ほんとに良かったです!」

 

 そう話すクゥは今にも泣き出しそうに目を潤ませている。

 思ったより反応が激しくて動揺してしまう。俺ってそんなにやばい状態だったの?

 

「あら、起きたみたいね」

 また違う声がドアの方から聞こえたと思うと、キーラが立っていた。

 

「あ、殺人未遂お嬢様だ」

「わざとじゃないわよ!あの時は動揺してたの!」

 顔を真っ赤にして反論してくるキーラ。冗談の通じないお嬢様だな。

「その件は、本当に申し訳ないと思ってるわよ…」

 これからは間違っても人は斬らないで欲しいところだ。

 

「まぁ無事で良かったよ。それじゃあ誘拐犯は止めたし、帰るとするか」

 ジークに泊めてもらったことに感謝を伝えてベッドから起きあがろうとすると、

「それなんですが…」

 クゥが言い出しづらそうに話し始めた。

「キーラさんがセルン家に行ってパゴスさんと話がしたいそうなんです」

「はい?」

 

 親とはいえ、自分の暗殺を依頼した人に会いにいくのは危なすぎないか?と考えつつキーラの方を見てみる。

「お父様とは今回のことでちゃんと話がしたいの」

 あくまで気丈な態度でそう話すキーラ。その話に付け足すようにクゥが、

「その場に私達もついていくことになったんです」

 

「はい??」

 

 なんでそんなことになってるのかますます分からんぞ。

「だってキーラちゃんを一人で行かせるのは危ないですし」

 

 キーラちゃん?

 

「私は一人で行くって言ったけど、クゥが心配だから付いていくって言ってくれたのよ」

 そう言いながら目を合わせる二人。

 

 いつのまにそんなに仲良くなったんだ…俺が寝てる間に女子会でもしたのか?

 

「私からも、どうかお願い致します」

 そう言いながらジークも立ち上がって頭を下げられる。

 

「あー、まぁ付いていくぐらいなら、行きますけど…」

「じゃあ今から行くわよ」

「今から!?」

 キーラは高圧的な態度で俺に命令してくる。こいつ、自分が斬ったせいで俺がこうなったって分かってんのか?

「ったく、分かったよ」

 

  ◇

 

 それからは着替えを済ませ、あれよあれよという間にセルン家の前に到着した。

 

「キーラお嬢様!?誘拐されたと聞きましたが…」

「誘拐されたけど帰ってきたのよ。早く門を開けなさい」

 驚く門番など意に介さず門をくぐり、敷地の中へどんどん進んでいくキーラについて行く俺とクゥ。

 

 屋敷に入っても驚いている使用人達にパゴスの居場所を聞いたかと思うと早足でパゴスのいる書斎へと向かう。

 

「お父様!」

「キ、キーラ?」

 勢いよく扉を開け放ち、大声で話すキーラを見てひどく動揺している様子のパゴス。

 

「お、おお、よく無事で帰ってきてくれたね。大丈夫だったか?後ろの者はなんだね?」

「白々しい態度はやめて下さい。お父様が私を殺そうとしたのは知ってるんですよ?」

「何を言ってるんだ、私がそんな事するわけがないだろう?」

 

 そう話すパゴスの額には脂汗が滲んでいる。

 

「詳しく話していただけるんですよね?さもなくば…」

 腰の剣に手を伸ばし、相手が話すのを促すキーラ。このお嬢様は怒らせん方がいいな。

 

「ぐ、お前は昔からそうやって私に迷惑しかかけんな。黙って殺されていればよかったものを…」

 観念したのか、こちらを睨みながら話し始めるパゴス。

 

「お前のような外を走り回って剣ばかり振るっている者がこれからセルン家をどうやって存続させていくつもりなのだ!」

「それならアルに継がせればいいと言ってきたではありませんか!」

 アルとは多分彼女の弟のことだろう。

 

「それができれば苦労はしなかった!お前が死んでしまわん限りはな!だから結婚して婿養子でも迎えれば良かったのに、それもしないようなお前はいらないのだ!」

「そんな理由で私を殺そうと?」

「貴族は次の世代、次の世代へと脈々と受け継いでいくものだ、それを放棄するような者は私の子供ではない!」

 

 随分な言い草に俺も少し苛立ってきた時、キーラが居住まいを正しパゴスに向き合い、

「でしたら、私がこの家を出ていきます。正式には私は行方不明にでもなったことにしてくれて構いません。これからはキーラ・セルンではなく、ただのキーラとして生きていきますので」

 後ろからで見えずらいが、彼女の頬からきらりと光るものが床に落ちるのが見えた。

「ああ、そうしてくれるとこちらもありがたいよ」

 

 

 気がつくと、俺はパゴスを思い切りぶん殴っていた。

 

 

「あんた自分の娘をなんだと思ってんだクソ野郎!」

「貴様!誰に手を出していると思っている!?」

 

 殴られた頬を抑えながら怒声を上げるパゴス。

「知るかボケ!貴族なんてクソ食らえってんだよ!」

 

 

「よし、二人とも逃げるぞ!」

 踵を返してキーラとクゥを連れて帰ろうとすると後ろから「どうなっても知らんからな!」とか何やら負け惜しみが聞こえてくるがもう知ったことではない。

 

 セルン家を後にしながら一旦コルト亭に向かうことにした。外はすっかり赤くなり、日が沈もうとしていた。

 

「すまんキーラ。親父さん殴っちまって」

「私もスッキリしたわ。コウイチが殴ってなかったら私が殴ってたし」

 

 そう話す彼女の目は夕日のせいなのか少し赤く見える。

 

「これからどうするんだ?」

「そうね、これからは心置きなく剣を振るえるし、探索者か騎士団にでも入ろうかしら」

「それなら是非私とコウイチさんのパーティーに入って下さいよ!」

 パーティー加入を持ちかけるクゥ。あれ?俺の意見とかは…

 

「それいいわね!じゃ、これからよろしくねコウイチ。私のことはキーラって呼んでいいわよ」

 手を差し出して笑うキーラ。

 

 なんか勝手にパーティーに入ることになってるけど、もうこの際一人も二人も変わらないか。

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 こうして俺とクゥのパーティーに新しい仲間が加わったのだった。



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お買い物

 

「ふぅ…」

 朝の鍛錬を終えて部屋で一息つくこの時間は落ち着く。王都に来てから大変な目に遭ってばかりで心休まらない日々が続いていたが、汗をかいた体を水で流して部屋に戻り、水を飲みながら朝日を感じるこの時間だけは心が休まる。

 

 我ながらジジくさいなと思いながら、コップを口に運び水を飲もうとすると…

 

「コウイチ大変よ!起きなさい!」

 

 俺の癒しの時間の終焉を告げる声が聞こえてきた。思わずため息をついてしまいながら、コップを机に置く。

 

「ちょっと聞いてるの?起きなさいって!」

「起きてるよ!今開けるから、ちょっと待て!」

 

 ドアを叩きながら、がなる声を制止して椅子から立ち上がる。

 

「なんだよ朝っぱらから、今日は依頼(クエスト)受けないから休みって昨日言ったろ?」

 

「休みなのは知ってるわよ。今から市場に行くから着いてきてよ」

 

 今、目の前で突拍子もないことを言ってる金髪の女の子はキーラ。先日、誘拐されたところを助けた後、なんやかんやあって新たなパーティーメンバーとして加わった。

 

 その誘拐事件からもう1週間経つ、この1週間も随分と慌ただしい日々が続いた。

 

 誘拐首謀者のパゴスはキーラからの頼みで騎士団に突き出すようなことはしなかったが、キーラは公的に行方不明ということになっており、そのせいでギルドで探索者登録する時にも一悶着あったのだが、ギルド長(ブラン)がどうやってか、うやむやにしてくれたらしく登録できた。そのせいで手数料とか言って金貨5枚の借金が新しくできたわけだが…

 

 他にも、初めてキーラを連れて薬草採取クエストを受けたのだが、近くにいた魔獣を狩ろうと勝手に暴走して3人まとめてボロボロになって帰ってきたり。

 

 キーラが俺とクゥが宿で隣同士で住んでいると話すと、「私も住む!」とか言い出して本当に住みだしたり。今ではコルト亭の2階の3部屋は、奥から俺、クゥ、キーラの順で満室である。

 

 そんな毎日で疲れが溜まっていたので、今日は休みにして各自ゆっくり休養を取ろうという事になっているのだが…

 

「市場なんかになんの用があるんだよ?」

「シャロットが食材が足りないって話してたから、買いに行ってあげるって言ったのよ。私、市場って行ったことなかったから行ってみたかったのよね」

 

 この世間知らずの元お嬢様は好奇心旺盛なのはいいのだが、人まで巻き込むのはどうにかしてほしいものだな。

 

「まぁ、買い物ぐらいなら付き合うか。俺この後行くとこあるからさっさと終わらせよう」

「コウイチこそなんの用があるのよ?」

 

 俺に用事があっちゃいかんか。

 

「短刀だよ短刀。キーラが誘拐された館に忘れたままだから取りに行くんだ」 

 

 1週間バタバタしてたせいですっかり存在を忘れてたが、ゴートに貰った大事な短刀だから取りに行かなければ。あんな幽霊屋敷なら誰かに取られる心配はないと思うが、手元にないと不安だからな。

 

「それなら買い物終わったら付き合ってあげるから、さっさと用意しなさい」

「分かった分かった。じゃあ用意するからクゥも呼んでこいよ」

「クゥは今日、王立図書館に行くって言ってたからいないわよ」

「なるほど。じゃあ二人か」

 

 手短に用意を済ませて、何も買う予定はないが財布を持って市場に行くことにした。

 

 

  ◇

 

「ここが市場ね!、ほんとに色々売ってるのねー、あ!あれ何かしら?あれも!見たことない物ばっかりね」

 

 初めて見るものばかりらしく、目を輝かせて落ち着きのないキーラ。

 

「必要なものだけ買うんだぞ。いらないものは買わないからな」

「分かってるわよ」

 

 俺も市場は初めて来たが、確かに出てる店は多種多様で目を引かれる。食材を売っている露店だけで数えきれないほどあるし、他にもアクセサリーを売っている露店、日用品を売っている露店、見ただけじゃ何か分からない怪しい物を売ってる露店、見て回るだけでも中々楽しめそうだ。

 

 人も多いしさっさとシャロットの買い物を済ませて帰るとするか。

 

「おいキーラ、早くメモの店に…」

 

 周りを見渡すとキーラの姿が消えていた。

 

「ちょっと目を離したらこれかよ!ったく」

 

 

 キーラは一旦置いておいて、渡されたメモの店で買い物をしてキーラを探していると、人混みの中に知った顔を見かけた。

 

 

「こんなとこで会うなんて珍しいな。シェイク」

「ぎゃっ!ってなんだよコウイチかよ」

 

 どこから声を出したのか分からない目の前の男は、シェイクという探索者だ。ギルドで何度か話すうちに仲が良くなった数少ない同年代の男友達である。

 

「そんなにびっくりすることないだろ。何見てたんだ?」

 

 シェイクが覗いていた店を見てみると、なんだがよく分からない小瓶やら、何かの動物の干物だったりが置かれており、不思議な匂いを漂わせていた。

 

「なんの店だ?ここ」

「女の子に囲まれてるお前には必要のない店だよ」

 

 頭ごなしに否定し、どこかへ行けと目で語るシェイク。そんな風にされると余計に知りたくなるのが人間というものだ。

 

 シェイクの肩に腕を回し、

「そう言わずになんなのか言えよ」

 

 シェイクは観念したのか溜息をついてから話し出す。

「誰にも言うなよ?」

「言わない言わない」

 

 

「……惚れ薬だよ」

 

 

「惚れ薬!?」

「しー!、声がでかい声が!」

 

 俺の口を手で抑えながら小声で怒るシェイク。

 

「惚れ薬って、あの惚れ薬か?」

「そうだよ。飲ませた相手を虜にできるあの惚れ薬だ」

 

 そう話すシェイクは絵に描いたような悪い顔をしている。

 

「お前にはキーラちゃんやクゥちゃんがいるからいらないだろ?」

「待て待て、あの二人はそんなんじゃねーよ」

「信じられるか!ただでさえ貴重な女探索者を二人もパーティーに入れておいて何もないわけないだろ!」

 

 そんなすごい剣幕で言われてもほんとに何もないんですが…

 

「クゥは俺が犯罪者になるし、キーラに関しては美人かもしれないけど、一回殺されかけたんだぞ?何かあるわけないだろ」

「怪しいところだな」

 

 どうやらまだ疑惑は晴れていないらしく、じっとりとした目線を感じるが、話を変えよう。

 

「で?それ買うのかよシェイク」

「うーん。欲しい所だが、値段がなぁ」

 

 どれどれと惚れ薬の値札を見てみると、

「金貨1枚!?たっか!」

「だろ?こんなの買ったらしばらく生活がままならないぜ」

 

 肩をすくめて残念そうに話すシェイク。

 

 効くかも分からないこんな値段のものを買う物好きが世の中にいるんだな。などと考えていると、

「コウイチ、お前買えよ」

「俺が?」 

 さっきまでと打って変わって、急に薬を勧めてくるシェイク。

 

「お前、なんだかんだで金持ってるだろ?金貨1枚ぐらい安いもんだろ」

 

 確かに買っても生活には困らないが…

「効くか分かんないだろ?…これ」

「だから試してみてくれよ。値段の3割払うからテストしてきてくれ。効くと分かったら俺も買うから」

 

 俺で試そうとするなよ。

 

 けど、気になることは気になるな。

 

「親友を助けると思ってさ。な?」

 シェイクは祈るように上目遣いで懇願してくる。

 

 まぁ、そこまで言うなら?

 

「しょ、しょうがねえなぁ。俺は興味ないけど?そんなに気になるなら試してやってもいいけど?」

「さすがコウイチだぜ。それでこそ男だ」

 

 

 気がつくと、惚れ薬を買ってしまっていた。

 これは不可抗力というもの。友達の為に仕方なく買っただけだから。別にやましい気持ちとか一切ないから!

 

 惚れ薬の使い方は、惚れさせたい相手の飲み物に数滴垂らすだけらしいが…

 

 

「ちょっとコウイチ!どこ行ってたのよ?」

 どこか浮足立ったまま、市場をふらふらしていると後ろからキーラに声をかけられる。

 

「はい!ってなんだキーラか」

「なんだって何よ。探したんだからね?買い物済ませたの?」

「ああ、ほらこれ」

 

 シャロットのおつかいの品が入っている紙袋を見せる。

 

「そっちはなに?」

 キーラは惚れ薬の入った紙袋を指差して聞いてくる。

 

「これは、あれだ、俺の個人的な買い物だ」

「なんであんただけ欲しいもの買ってるのよ!ずるい!」

 明らかに動揺を隠せなかったが、キーラにとっては俺が個人的に買い物をしてる方が許せなかったらしい。

 

 そんなこと言われたって、俺のお金なんですけど。しかし、機嫌を損ねて紙袋の中身を詮索されるとまずいし、ここはご機嫌取っとくか。

 

「分かったよ。なんか好きなの一個買ってやるからそれで許してくれ」

「ほんと?じゃあまずは喉乾いたからどこかで飲み物買いましょ」

 

 ()()()って言葉が気になるが、惚れ薬がバレるよりましか。

 

 

 

 

 ちょっと待てよ?今飲み物って言った?

 これは惚れ薬の効果を確かめるチャンスってことなのでは?

 

 

 

 



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再会

 

「ほら、早く行くわよ」

 

 コウイチはキーラが照れながらも手を引いている事など全く気付かず私利私欲の思考を深めていく。

 

 

 問題は、どうやってバレずに飲み物に惚れ薬を混入させるかである。買ったその場で入れるなどまず不可能。愚策以外のなにものでもあるまい。どこかで気を逸らし、その隙に入れるとかか?いやしかし、こんなことをするのはさすがに罪悪感が…でもこれはシェイクの為にちょっと試してみるだけだし…

 

 そんな事がぐるぐると頭の中で堂々巡りをしていると、

「あそこの屋台、なんだか人だかりができてるわね、人気なのかしら?」

 キーラの言葉でふと我にかえり、彼女の目線の先を見てみると、確かに屋台の前でちょっとした人だかりができていた。

 

 その屋台は店の前にいくつかのテーブルとイスが並べられており、テラス席のように買ったものをすぐその場で座って飲み食いできるようになっている。

 

「あそこなら少し休めるかも、行ってみましょ!」

 

 キーラに手を引かれるがまま屋台の近くに行くと香ばしい良い匂いが鼻をくすぐる。こんな匂いがするなら確かに客が寄ってくるだろうなと思いつつ、近くの看板に目をやると『おいしい!タコヤキ』と書かれていた。

 

「タコヤキ!?」

「何?コウイチこのいい匂いの食べ物知ってるの?」

 キーラがこちらを見て興味津々で聞いてくる。知ってるも何も、この匂いとこの名前なら間違いなくあの『たこ焼き』で間違い無いだろうが…

 

 ここって異世界だよな?しかも西洋っぽい文化の国だし、なんでこんなとこにたこ焼きがあるんだ?

 

「?まぁとりあえず買ってみましょうよ」

 キーラは俺が困惑しているのを見て不思議そうにしながらも、俺の手を引いて屋台の列に並び始める。

 

 もう何が何やらと考えている内に列は進み、注文の番が回ってきた。

 

「えっと、このタコヤキっていうの一つと、ジュースを二つ下さい」

「はーい、かしこまりまし…げ!」

 キーラがメニューを見ながら注文した後に店員が急に声を上げたので、ふと顔を上げると、これまた知った顔がそこにいた。

 

「こんなとこでなにしてんすか?」

「それはこっちのセリフよ!」

 

 そこには、キーラを誘拐して殺そうとした張本人で秘密結社『宵の手』のメンバーである、プリム・ロッシュが、バンダナを頭に巻いた定員の姿で屋台の中に立っていた。

 

「おや、また会ったなコウイチ」

「げっ、あんたもかよ!」

 

 屋台の奥から顔を出したのは、これまた『宵の手』のメンバー、グレゴリだった。

 

「なに?コウイチこの人達と知り合いなの?」

 気の抜けた顔で首を傾げて聞いてくるキーラ。

 

「知ってるも何も、こいつらお前を誘拐した張本人だよ」

「え!?そうなの!?」

 

 そういえば誘拐された時は気を失ってたから顔を見てないんだったな。キーラが驚きながらプリム達の顔と俺とを行ったり来たりさせていると、

 

 

 

「おい!早く注文しろよ!」

 後ろに並んでいる人達から声が上がる。やばいなかなかの長蛇の列ができ始めてるぞ。

 

 

「みんなすまないが食材が切れたから今日はもう店じまいだ!また来てくれ!」

 グレゴリが、屋台から出て列の人に大声で呼びかける。店じまいと聞いて文句を言う人もいたが、次第に人が散らばっていく。

 

 

 

「まぁそこに座ってくれ。少し話したい事があったんだ」

 グレゴリが近くのテーブルを指差すので、キーラと二人で座る。

 

「これはサービスだ。もらってくれ」

 グレゴリがプリムとたこ焼きを持って来ると、俺達と同じテーブルに着き四人でたこ焼きをつつく。

 なんだこの空間は…気まずいぞ。

 

 

「キーラさん。その節は、本当にうちのキーラが迷惑をかけてしまい申し訳なかった」

「ちょっと痛いわよグレゴリ!」

 

 しばし黙々とたこ焼きを食べていると、最初に口を開いたグレゴリは、そう言ってプリムの頭を掴んで一緒に下げる。

 

「それならもう終わった事だし、気にしてないわ」

「え!?いいのか?」

「まぁ、あれはお父様と私の問題だし、今はコウイチ達と毎日楽しく過ごしてるから満足よ」

 

 案外あっさりと許したキーラに驚いて口を挟んでしまった。優しいというかお人好しというか、まぁ俺が口を出すことでもないし黙っておくか。

 

「話というのは、近々ボスがどうしても直接謝りに来たいと言っているんだが、その時に改めて謝罪の機会が欲しいという事を伝えたかったんだ」

「別に気にしてないってば、でもどうしてもって言ってるならいつでもいいわよ」

「本来なら我々は今ここで斬られても文句は言えない立場だが…キーラさんの優しさに感謝する」

 

 もう一度深く頭を下げながらプリムを睨みつけると横のプリムも「すいませんでした」と言って頭を下げる。

 随分と律儀な秘密結社だな。と思っていると、顔を上げたグレゴリは今度は俺の方に向き直り、

「コウイチにも先日の謝罪と、後これを」

 そう話しながらどこからか短刀を取り出して俺の前に置く。

 

「これってまさか!?」

 それは、間違いなく俺が館に忘れて来たゴートにもらった短刀だった。

 

「ああ、あの後また館に行った時に見つけたんだが、プリムが君の物だと言っていたので取っておいたんだ」

「サンキュー!今から取りに行こうと思ってたとこなんだよ」

 久しぶりに手に持った短刀を眺めながら感謝の言葉を伝える。

 

 

「そういえば、どこでたこ焼きなんて知ったんだよ」

 嬉しい気持ちそのままに疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

 

「粉もんは材料費が安くすんで儲けがいいんだ。いい商売だろう?『宵の手』は万年金欠の組織なもんでな」

 グレゴリはどこか自慢げに粉もんがいかに儲けがいいかという話をし始める。

 

「いや、そうじゃなくて。たこ焼きなんてこの辺じゃ見ない食べ物だし、どこで知ったのかなって」

「うちのボスが教えてくれたんだ。なんでもかつていた国じゃよく食べてたらしい」

 

 かつていた国?この異世界には粉もん文化がある国でもあったりするのか?それか、もしかすると、

 

 

「そのボスがいた国の名前って聞いたりしたか?」

 淡い期待を胸に聞いてみる。

 

 

「ああ、確か、()()()とか言ってたっけなぁ」

 

 

 俺が口に運ぼうと持っていたたこ焼きはべちゃりと音を立ててテーブルに落ちる。聞き間違いじゃなければ、今日本って言ったか?

 

 

 

 いるのか?俺以外にこの異世界に来てる日本人が…

 

 



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異世界更生者達

 

 グレゴリとプリムと会ってから数日が経ったある日のこと。

 

「結局、惚れ薬(これ)使うタイミング見失ったし、どうしたもんか」

 コウイチは探索ギルドに併設されている食堂にて、溜息混じりに惚れ薬の小瓶を眺めていた。

 

「びびってないで早く使って本物かどうか確かめてくれよ」

「うっせーな、分かってるって。使える時があったら使うって言ってんだろ?」

 

 横で軽口を叩いているのは、探索者仲間のシェイク。惚れ薬は、こいつの口車にいいように乗せられて買ってしまった訳だが…、あの日は『宵の手』の奴らに会ったせいでそれどころではなかったし。

 

 まぁ、会ってようが会ってなかろうがこれをキーラに使える度胸が俺にあったかどうかは自分でも疑問に思うが…

 

「それより今日はクゥちゃんとキーラちゃんいないのかよ。女の子がいないと空気に華やかさが足りないんだよぅ」

 

 こいゆほんと女好きだな。思ってること全部口にしちゃうタイプの人間だから嫌いじゃないが、

 

「じきに来ると思うけど。もうキーラを口説こうとするのやめろよ?」

「なんで?」

「なんでって、お前この間殺されかけてただろうが!?」

 

 つい先日、シェイクはキーラに会うと流れるような動きで彼女の前に(ひざまず)いたかと思うと、手の甲にキスをしてデートに誘ったのだが、キーラはそんな彼に無表情のまま剣を抜き、あわや団欒(だんらん)の場である食堂が殺伐とした殺人現場になるところであった。

 

「シェイクって顔はいいのに頭が残念だよな」

「いやー、美人を見ると体が勝手に動くんだよ」

 

 反省の色が全く見えんな。黙ってじっとしとけばただのイケメンなのにもったいない。

 

「でもキーラちゃんって剣の扱い上手いよなー。俺一応、ゴールドランクの探索者なのに本当に斬られるかと思ったよ」

キーラ(あいつ)剣術適正持ってるからな」

「マジで!?すげーじゃん」

 

 キーラの剣術適正はAなので、なかなかの使い手であることは確かだ。一度鍛錬に付き合ってもらったが、ボコボコにされたのは嫌な思い出である。

 

 なんでも、キーラは少し前まで騎士団長だった人物と幼い頃に出会い、その人に憧れて剣を独学で学び始めたんだとか。

 

 俺は(ゴート)に教えてもらったのに独学に負けるとは…これが才能の差か。

 

「美人で強いなんてもう最高じゃん。結婚するしかないじゃん」

 目を輝かせながら中空を眺めてバカなことを言うシェイク。

 

「……もう好きにしてくれ」

 

 シェイクに呆れながら惚れ薬を腰のポーチにしまい、自分の食事に手を伸ばそうとした時、

「コウイチさーん。お客さんですよー」

 後ろから受付嬢であるロゼルの声が聞こえたので振り返ると、ロゼルの横に男が一人立っていた。

 

 男は30代ぐらいで、サラリーマンのようなキッチリとしたスーツを着てトランクケースまで持っていた。

 

 誰?あの人?ていうかなんでスーツ?

 

 頭にいくつもの疑問符が浮かび上がっている中、スーツの男はつかつかとこちらに近づいてくると。

 

「はじめましてツガヤマ君、僕は ヤクモ と言います」

「はぁ」

 

 珍しく苗字で呼ばれた事にどこか新鮮さを覚えながら気のない返事をすると、温和な表情で笑うヤクモと名乗る男はちらとシェイクの方を一瞥(いちべつ)すると、

「一応、秘密結社『宵の手』のボスってことになってる者です。少し二人で話せますか?」

 俺に顔を近づけて小声で呟いた後、にこりと笑ってみせる。

 

 

 シェイクに一言謝ってから、ヤクモと周りに人がいないテーブルに移動する。

 

「こないだはプリムが迷惑かけたみたいで本当にすいません。『宵の手(うち)』は貧乏組織なので、あの子は良かれと思って依頼を受けちゃったみたいで」

 話しながらも彼は終始にこにこと優しい笑みを浮かべている。

 

 なんかすっげー胡散臭いと思うの俺だけ?

 

「俺は気にしてないですけど、そんなことより聞きたいことが…」

「僕が日本人かどうかってことですか?そういうことならツガヤマ君の予想は正しいですよ。僕も日本から来た異世界更生者なので」

 

 なんともあっさりとしたカミングアウトで、気が抜けてしまい言葉が出てこない。

 

「そんな事より、たこ焼きは美味しかったですか?あんまり異世界の知識を出すのは目立つからやりたくなかったんですが、プリムの事もあったし普通に働いて稼ぐやり方を教えてあげようと思いまして」

 

 あまつさえ、たこ焼きの話をし始めたヤクモ。

 

「今はたこ焼きの話重要じゃないだろ!?」

「そうですか?お客さんの感想を聞くチャンスだと思ったんですが、残念」

 

 この人なに考えてるかさっぱり分からん。

 

「ていうかヤクモさんも異世界更生者なら、こうして同じ日本人に会うなんて珍しい事でしょ?」

「確かにプリムの謝罪っていうのは建前で、異世界更生者である君に会いに来た、というのが本当の狙いです」

 

 だったらなおのこと、たこ焼きの話などしている場合ではないだろ。と考えているとヤクモは続けて、

 

「私達の他にもいますよ。異世界更生者」

「マジですか!?例えば?」

 

 ヤクモは俺の質問に少し考えるそぶりを見せて。

「教えてもいいですが、ツガヤマ君が『宵の手』に入ってくれるのが条件ですね」

 

「意味が分からないです」

 

 この人ほんとになに考えてんだろう。

 

「俺、おたくのプリムに殺されかけたんですけど…」

「その件は色々行き違いがあったんですよ」

「行き違いで殺されかけてたまるか!」

「じゃあ入ってくれませんか?」

「入らないですよ。大体、秘密結社って怪しすぎるでしょ。『宵の手』って何やってるんですか?」

「うちは秘密結社って言ってますが、中身はただの慈善団体ですよ。騎士団とかじゃ助けられない困ってる人を助けるのが僕達の目的です」

 

 かわらず、ニコニコとそんな事を話すヤクモ。

 

 いや怪しすぎるだろ!秘密結社で慈善団体ってなんだよ!

 

「きっと今、君は僕の事すっごく怪しい人間に見えてると思うんですが」

「はい。めちゃくちゃ見えてます」

「わぁ、とっても正直で助かります。でもその感情は僕の()()()の副作用というか、呪いみたいなもののせいなんですよ」

 

 スキルの呪いと聞いて、はっとする。俺にもあるじゃないか、異世界に来る時にもらったの呪いのようなスキルが…

 

「それって異世界に来る時に貰ったスキルの事ですか?」

「やっぱり同じ異世界更生者だと話が早い。つまりそういう事です」

 

 やっぱりこの人も貰ったのか、一体どんなスキルなのか気になったので、率直に聞いてみる事にした。

 

「それってどんなスキルなんですか?」

「ああ、それはですね…」

 

「失礼します!クエス王国騎士ですが、」

 

 ヤクモが話そうとした時、ギルドの入り口からよく通る声がして遮られる。

 声の方を見ると、俺と同じ年頃の青年が後ろに何人かの騎士を連れて立っていた。

 青年は端正な顔立ちをしており、後ろにいる騎士は重そうな装備をしているのに対し、彼は動きやすさを重視したような軽装のアーマーを着ている。

 

 騎士団がギルドに来るなんて珍しいな、何かあったのかと思い見ていると、ギルド内を睨み付けるように見回している青年がこちらの方に目をやると、

 

「そこにいたかヤクモ!」

「噂をすればですね…」

 

 青年に名指しで呼ばれたにも関わらず、ヤクモはやれやれといった感じに首を振っているところを見るに、どうやら二人は知り合いらしい。

 

「今日という今日は捕まえさせてもらうぞ!」

 

 前言撤回、剣を抜きながら近づいてくる彼を見るにどうやら知り合いみたいな優しい関係ではないらしい。

 

「ツガヤマ君。彼は スメラギ 君と言って、僕達と同じ異世界更生で現クエス王国騎士団長だよ」

「はい!?」

 

 呑気な調子で重大な情報を話すヤクモ。同じ異世界更生者で、しかも騎士団長!?なんだそのもりもり設定は…

 

「何をこそこそ話してる!」

 

 スメラギの剣先はヤクモの喉元に付くか付かないかといった所でぴたりと止められる。

 

 一方で表情ひとつ変えず椅子に座ったまま動かないヤクモ。

 

 なんだかやばい空気、これが修羅場ってやつですか?

 

 

 

 



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騎士団長

 

 クエス王国に住んでいれば、騎士団長の話はいやでも耳に入ってくる。彼は騎士団に入った時はいい人で皆に好かれてはいたが特に目立つ存在ではなかったらしい、しかし時間が経つにつれ剣士としての頭角を表してきたらしい。

 そして数年前、今まで一度も負けたことがないという無敗伝説を持った前任の騎士団長と対決、それに見事勝利。前任者は彼に騎士団長の座を譲った後、長期の休暇をとり消息不明。

 

 それからは名実ともに歴代最高の騎士団長として、大型魔獣の討伐から犯罪者を捕らえるなど、活躍は多岐にわたる。民に優しく、皆に好かれる彼はいつしか畏敬の念を込められてこう呼ばれるようになる。

 

 『全ての者のための剣(ソード・フォー・オール)

 

 そんな大層な二つ名を持ち、俺と同じ異世界更生者でもある騎士団長が今、目の前にいるわけだが…

 

 

「さぁ、付いてきてもらうぞ ヤクモ」

「僕、ただ人と話してただけですよ?」

 

 ギルドの食堂はピリついた空気が漂っていた。

 

「『宵の手』には今窃盗、強盗、誘拐等々、さまざまな嫌疑がかけられている。リーダーのお前には聞きたいことが山ほどある」

 

 淡々と話すスメラギの持つ剣は、ヤクモの喉元に突きつけられたまま微動だにせず、光を反射させてゆらりと濡れたように光る。

 

「君もこいつの仲間か?」

 

 目の前の出来事をただ見ているだけしかできなかった俺に、スメラギは目も向けず質問してくるが、なんと返していいか戸惑っていると、

 

「まだですよ、今勧誘してましたけど」

「違う!違います!ちょっと話してただけの一般人です!」

 

 ヤクモが勝手に返事をするので全力で否定する。もう変な事に巻き込まれるのはごめんだ。

 

「一般人ではないでしょう?スメラギ君、この子も僕達と同じ更生者ですよ」

 

 スメラギは更生者という言葉に反応してこちらを見る。

 

「そうなのか?」

「えぇ、まぁ日本出身ですけど…」

「名前は?」

「ツガヤマ コウイチです」

「そうか、ならツガヤマ、同じ更生者のよしみで教えてやるがヤクモ(こいつ)とはあまり関わらない方がいいぞ」

「ええー、ひどい言い方だなぁスメラギ君」

 

 剣を突きつけられているのに呑気に話に混ざってくるヤクモ。

 

「本当なら少し君とも話をしたいが、今はヤクモ(こいつ)を連れて行くのが優先なんでな。またいつかゆっくり話そう」

 

 スメラギはそれだけ言うと突きつけていた剣を納剣し、ヤクモに椅子から立つよう促す。

 

「コウイチ君、スメラギ君のスキルと呪いも面白いんですよ。聞きます?」

 

 ヤクモは立ち上がりながらそんな事を話すと、

「勝手に人の秘密をバラすな!」

 

 スメラギはさっき納めた剣を目にも止まらぬ速さでヤクモの首に振り抜く。

 

 

 あ、これ人死ぬやつでは?

 

 

 しかし、俺の思いとは反し、振り抜いたように見えた剣はヤクモの首を飛ばさずに首の皮に触れた所でぴたりと止まった、というより()()()()()ように見えた。

 

「相変わらず厄介なスキルだな」

 吐き捨てるように言ってまた剣をしまうスメラギに、

「冗談だよ。人の個人情報は勝手に漏らさないから」

 笑いながら頭を掻いて

 

 

 今何が起こったのか分からず口を開けたまま呆然としていると、

「コウイチさん、どうしたんですか!?」

 ギルドの入り口からクゥが駆け寄ってくる。

 

「なんといえばいいか…」

 俺がどう説明すればいいか悩んでいると、

「コウイチさんを困らせないであげて下さい!」

 クゥはキッと眉を寄せてスメラギ達を見据える。

 その姿たるや、小動物の精一杯の威嚇を見ているようで、かわいいという感想しか出てこない。

 

「この子達は君の仲間かい?」

 小動物のようなクゥを見て尋ねてくるスメラギ。

「はい、そうですけど」

 

「君がうらやま…」

「はい?」

「いや、なんでもない。それでは失礼するよ。行くぞヤクモ」

 

 何か小さい声で呟いた気がするけどよく聞こえなかった。そのままヤクモを連れて歩き出すスメラギ。

 

「じゃあツガヤマ君。邪魔が入ったけど実は君にはちょっとした頼み事があるんです、また追って伝えますね」

 

 ヤクモはすれ違いざまにスメラギに聞こえないような小さな声で俺に囁いてその場を後にする。

 

 俺、またなんか変な事に巻き込まれそうになってないか?これも全部『絶対不可避』のせいだとするなら、ヤクモの言う通りまさに呪いだな。

 

 ヤクモとスメラギが出ていくのをぼんやりと見送った後、キーラが来るのを待ってパーティーで仕事を受けることにした。

 

 

 

 

 

 

 



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お仕事を頑張ろう

 

「さっきの方達はお知り合いですか?」

 

 キーラが来るのを待ちながら、ギルドの掲示板で依頼を探しているとクゥに質問される。

 

「知り合いっていうか、出身が同じってだけであんまり知らないかな」

「出身というとニホンでしたっけ?この間、図書館に行って調べてみましたけど、どこの国か分かりませんでした」

 

 そういえば、この間の休みに王立図書館に行ってたっけ。

 

「わざわざ俺の国を調べに図書館に行ったのか?」

「い、いえ?ちょっとついでに調べて見ただけです。そ、そんなことよりこの依頼なんてどうです?」

 

 クゥはなぜか顔を赤くしながら慌てた様子で依頼の紙を見せてくる。

 

「なになに?エース山の山頂付近にてワイバーンが巣作りをしているとの情報が入ったので、偵察してきてほしい。ってこんな危なそうな依頼受けれるわけないだろう?」

「そうですよね〜」

 

 こんな怖い依頼、見せないでほしい。しかも紙の下の方に小さい文字で(命を落としても一切の責任は取れません)とか書いてるし、探索者の命軽すぎない?

 

「こんなのより、こっちの依頼なんてどうだ?」

 

 ワイバーンの依頼を掲示板に戻しながら別の依頼をクゥに渡す。

 

「ジブウサギの狩猟依頼、ですか?」

「ああ、ジブウサギ(こいつ)なら今まで山ほど狩ってきたからちょろいもんだよ。それに捨てるところがないからそこそこの金にもなるしな」

「ならこれにしましょか。私、受付に行ってきますね」

 

 にこりと笑って、小さな歩幅で受付へと駆けていくクゥ。その後ろ姿を見ているだけで癒される。騎士団だとか宵の手だとかの面倒くさそうな現実を忘れられる気がする。

 

「あんた何ニヤニヤしてるのよ。気持ち悪い」

「うわぉ!」

 

 クゥを眺めていると突然後ろから声をかけられたので思わず姿勢が良くなる。

 

「なんだ、キーラか。びっくりさせるなよ」

「あんたが犯罪者みたいな目でクゥを見てたからでしょ?」

「誰が犯罪者だよ!俺は妹のような存在としてクゥを温かく見守ってただけだ」

「はいはい、そんなことより、どう?これ」

 

 必死の講義をさらりと流して、着ている物を見せびらかすように脇腹に手を置いて胸を張る。

 

 キーラは最近まで、ただの村女といった服装だったのだが、今彼女が身につけているのはプレートアーマーを胸部に付け、ロングソードを腰に差している。

 

「おお、探索者っぽくなったな」

「なかなかいい出来でしょ?」

 

 ここ最近キーラは自分で稼いだお金で自分に合った装備を(あつら)えてもらっていたのだが、今日完成したらしく取りに行っていたのだ。

 

 

「あ、キーラちゃん!とっても似合ってますよ。その新しい装備」

「そうでしょう?ありがとクゥ」

 受付から帰ってきたクゥはキーラの装備を褒めると、キーラ自慢げに返事をする。

 

「じゃあキーラも来たし、仕事に行くとするか」

「今日の依頼はなんなの?」

「ジブウサギの狩猟依頼だよ」

「ジブウサギ?なんでそんな、よわっちそうなやつ狩りに行くのよ。せっかく装備も整えたんだし、そこの依頼のワイバーンでも狩りに行きましょうよ」

 

 こいつもか。

 

「ワイバーンなんて狩りに行きません!日々の生活で精一杯なんだから身の丈に合った仕事をするんです」

「え〜、せっかく探索者になったんだから私もドラゴンとかと戦ってみたいわ」

 

「キーラちゃんは戦うの好きですもんね」

 つまらなそうに文句を言うキーラを宥めるように話すクゥ。

 

 ドラゴンなんてとんでもない。そんなのと戦ってたら命がいくつあっても足りないっての。

 

「お前今日は変な魔獣にちょっかいかけて追いかけられるなんてことごめんだからな」

「大丈夫よ。コウイチは心配し過ぎなの」

 

 前回そう言ってデカい熊みたいな魔獣に追いかけられたの誰のせいだと思ってるんだ。

 

「だといいけど、じゃあ行くか」

 

 こうして三人で狩猟依頼をこなしに、ディエス山に向かった。…のだが。

 

「ふざけんなーー!」

「ごめんってばー!」

「二人とも早く走って下さい〜!」

 

 

 

 結局、キーラが謎の魔獣にちょっかいを出して追いかけられる羽目になり、その日は少しのジブウサギを狩って、全員泥だらけで帰ってくる事になった。



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夜の訪問

 

「まったく、何回言えば分かるんだよ!変な魔獣にちょっかい出すなって言ってるだろうが!」

 

 ギルドに帰ってきて、泥だらけの荷物を置きながらキーラを叱る。

 

「ごめんって言ってるでしょ?勝てると思ったのよ」

 まったく反省の色を見せないキーラは悪態を吐きながら自分の防具を外す。

 

「お前一人なら勝てるかもしれないけど、こっちはクゥだっているし、俺は攻撃されたら避けれないんだからな!」

「二人共、喧嘩は、あの、えっと…」

 クゥはあたふたして俺とキーラの間を行ったり来たりしている。いつもなら困った顔のクゥの頭でも撫でてあげたいと思う所だが、今はそんな気分ではない。

 

「まったく、迷惑しかかけられないのかお前は」

「だからさっきから謝ってるでしょ!?私だってね良かれと思って…もういいわよ先に帰るわ」

「キーラちゃん待って下さい!」

 

 キーラは一つ溜息をついた後にさっさとその場を後にして、その跡をクゥが追いかけていった。

 

「なんか俺が悪いみたいな感じじゃん」

 

 一人取り残された俺は受け取った報酬を持って大衆浴場に寄ってから、コルト亭へ帰る事にした。

 

 コルト亭に帰ってからは、なんだかいつもより味が薄く感じるご飯を食べた後、夜も更けてきたので自室へ戻ってベッドに腰掛けた時、ドアをノックする音が聞こえる。

 

「コウイチさん、いますか?」

 ドアの向こうからクゥの声が聞こえる。

「ああ、いるよ」

「入っても?」

 

 ベッドから立ち上がり、ドアを開けてクゥを中へ招く。

 

「どうしたんだ?こんな時間に」

「あの、今日の事で少しお話ししたくて」

 どこか物憂げな表情の彼女を椅子に座らせて話しを聞く事にする。

 

「キーラちゃんは時々、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ無鉄砲ですけど」

 ちょっとではない気がするが…

 

「でもでも、彼女は自分の装備の一部にコウイチさんがお金を出してくれたのを早く返したいと思って、稼ぎのいい魔獣を討伐しようとしただけなんです」

 

 確かに、装備を買うにあたって少しばかりお金は出したけど…

「だからって、クゥや俺が危ない目に合うのは違うだろ?」

「私なら大丈夫です。最近は、攻撃魔法も覚えようかと思ってたところですし」

 

 クゥはそう話しながら笑ってみせる。

 

「でもクゥ、攻撃魔法は覚えたくないんだろ?」

 

 そう、彼女は全ての魔法の適性を持っているのだが、誰かを傷つけるのが嫌で攻撃魔法は覚えないようにしているはずだが。

 

「いいんです。私が攻撃魔法を覚えるだけで今より稼げる魔獣討伐にも行けますし、二人の足を引っ張りたくないんです」

「クゥは足なんて引っ張ってないよ。それにキーラにも、もう怒ってないから大丈夫」

「ほんとですか?」

「あいつ、誰かが注意しないと暴走しそうで心配なんだよ。俺からもキーラには謝っておくからさ」

 

 今にも泣き出しそうなクゥを慰めるように頭を撫でて微笑みかける。こんな小さな子に気を使わせるなんて、自分が情けないな。

 

「今日はもう遅いから部屋に戻って寝るといい」

 クゥが落ち着くのを待ってから彼女の部屋に送る事にした。

 

「すいません。泣いちゃったりして」

「大丈夫だからさ。おやすみクゥ」

「おやすみなさい」

 

 クゥがドアが閉めるのを確認してから、一つ息を吐き自室へ戻る。

 

 

 

「やっほー ツガヤマ コウイチ あんたの大好きなクレナちゃんやで」

 

 ドアを開けると、ふざけた調子の赤髪の女がたこ焼きを口に運びながら、部屋の椅子に我が物顔で座っていた。

 

 その人は俺をこの異世界に送った、女神クレナその人である。

 

 言いたいことは山ほどあるが、ここは久しぶりの再会だし粋な挨拶でもしておこうではないか。

 

 

 

「間に合ってるんで、帰って下さい」

 

 俺は笑顔で言い捨てる。

 

 

 

 

 

 



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途中経過 その2

 

「出口はこちらなんで、どうぞ」

「うちの扱い酷すぎひん!?仮にも女神なんですけど!」

 

 クレナはたこ焼きの船皿を机に叩きつけるように置きながら大音声(だいおんじょう)で話す。

 

「でかいでかい、声がでけーよ!」

 口の前で指を立てながら声を抑えるように注意する。

 

「大丈夫やって、今日はちゃんと部屋に結界張ってるから中からの音は外に聞こえへんから」

 食べる?と言いながらたこ焼きを前に出して勧めてくるのせで一つもらう事にする。

 

「これ美味しいよな。かわいいねーちゃんとでっかいおっさんが売ってる店で買ってきてん」

 

 たこ焼き売っててその見た目の二人が定員の店なら十中八九『宵の手』の連中の店だろうな。確かにこの店のたこ焼き、美味いんだよな。

 

 いや、ちょっと待てよ?

 

「お前コレ自分で買ってきたのか!?」

「せやで?」

 

 何を呑気な顔して「せやで?」だよ。

 

「お前、下界の人に見られたら駄目なんだろ?」

「ちゃんと変装したから大丈夫やって」

 

 困るのは俺なんだけど、ほんとに危機感ないなこの女神。

 

「で、何しにきたんだよ?」

「途中経過を見に来たに決まってるやろ」

 クレナはたこ焼きを一つひょいと口に入れて続ける。

 

「最近頑張ってるみたいやん?かわいい仲間もできたし、別の異世界更生者とも会ったみたいやし」

「そうだよ、異世界更生者が他にもいるなら前もって言っといてくれよ!」

「あんたが会ったのは私の担当の子じゃないから知らんし、言ったところでどうにもならんやろ」

 クレナはまた一つたこ焼きを食べる。

 

「担当じゃない?」

「そ、更生者には各自に担当の神がついてるからな。それに他の更生者に会ったところで何にもならんやろ。結局個人個人の天命を遂げるだけやねんから」

 

 それはお前の決める事じゃないだろ。異世界の情報を聞けるかも知れないのに。こいつどうしてやろうかと考えていると。

 

「それに、教えたら分からないまま異世界生活に困惑するあんたを見られへんやん」

 

 あ、結局困ってる俺を見たいだけだなこいつ。

 

 俺が頭にチョップでもかましてやろうと手を上げたその時だった。

 

「コウイチ、いる?入るわよ?」

 

 ドアのノックと共にキーラの声が聞こえてきた。やばい、なんつータイミングで来るんだこのお嬢様は。今入られるとまずい。下界の人にクレナを見られると、内容不明のペナルティーが科せられるらしいので、この場を見られるわけにはいかない。

 

 ドアのノブが音を立てて回り、今にもキーラが入ってこようとしている。どうする、どうする。

 

「クレナ、俺の声が外に聞こえるようにしてくれ」

「なんで!?」

 

 いいからと俺が急かすと、クレナはパチンと指を鳴らすと喋らずに手を差し出して話すようにとジェスチャーをする。

 

「クレナ、今は入らないでくれ」

 ドアを抑えながらドア越しに話しかける。

「お、起きてたの?なら早く返事しなさいよ」

「ごめんごめん。今ちょっと考え事しててさ」

 

「どないするつもりやねん」

 クレナが小声で聞いてくる。

 

「誰か中にいるの?」

「いや!?誰もいないけど?」

 

 ちょっと黙ってろ小声でクレナに釘を刺す。

 

「今日の事で、ちょっと話があるんだけど」

「あー、それなら気にしてないから大丈夫だよ」

「ほんとに?」

「ほんとほんと」

 

 

 なんだか焦りすぎて今なんの話してるか頭に入ってこない。しかもクレナが話を聞こうとこちらに近づいてくる。

「なんてなんて?」

「お前ちょっとマジであっち行ってろ」

 こいつほんとに何考えてんだよ。

 

 

「ありがとうコウイチ、そ、それとなんだけど」

「なんだ?」

 

 

 話している最中だというのにクレナはたこ焼きを口に頬張りながらにやにやと俺に食べるよう勧めてくる。どう考えても今じゃねーだろ!

 

 

「今までちゃんと言ってこなかったけど、誘拐犯から助けてくれた事や、お父様と話すときに怒ってくれた事、すっごく嬉しかった」

「全然いいよー」

「あと、えっと、ほんとに感謝してるから!それだけ!じゃあおやすみ!」

 

 キーラはなんだか照れていそうな口ぶりで、言うだけ言ってトタトタと音を立てて部屋へと戻っていく。

 

 あんまりちゃんと聞いてなかったけど、今結構大事なイベント軽く流しちゃわなかった?

 

「あーん、青春してるやんかコウイチ!」

 クレナが酒でも飲んだ後の顔のように眉を寄せて俺を叩いてくる。

 

「お前のせいで、まったく頭に入ってこなかったんだが何の話してた?」

「今のちゃんと聞いてなかったん!?どうしようもない男やな」

「なんだよ、じゃあ教えてくれよ!」

「あ、もうこんな時間やん」

 クレナは腕時計もつけていないのに手首を見て話す。

 

「途中経過は良好って事でいいから、引き続き頑張ってなー」

「おい、マジで何の話してたか教えてくれないのかよ!?」

「他の異世界更生者ともよろしくやるんやで」

 

 クレナがまた指を一つ鳴らすと、彼女は霞のように消えてしまった。

 

 キーラに今日何の話したっけとか聞いたら怒られそうだし、どうしたものか…。

 

「もう、考えるの疲れた」

 

 俺は思考を放棄して、布団に入った。



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お誘い(物理)

 

「起きなさい ツガヤマ コウイチ」

 ぐっすりと寝ている中、命令口調の女性の声が耳に入ってくる。誰だよ、人が気持ちよく寝てるってのに、ただでさえ今日は夜に来客が多かったから疲れてるんだよ…

 

「起きろって、言ってるでしょーが!」

「いたー!!」

 

 頬に激しい痛みを覚えながら目が覚める。目を開けると大きな影が、俺に馬乗りになって顔を覗き込んでいた。

 

 え、なに?怖い怖い!

 

 目が闇に慣れてくると、ゆっくりと影の正体が姿を表す。

 

「お前…」

 

 そこには、月の光を長い黒髪にきらりと反射させる美人がいた。本来ならこんな美人が俺の上に跨っているなんて状況はありがたい事この上ないのだが…

 

 今、俺の上にいるのはどう考えても密かに俺に好意を寄せて夜這いに来たなどという女性ではなく、怒りの表情を顔いっぱいに滲ませている秘密結社『宵の手』のプリムがそこにはいた。

 

 

「やっと起きたね。じゃあすぐ行くから支度なさい」

 

 俺が起きたのを確認して、ベッドから降りて愛想なくそれだけ話すと、彼女は椅子に座り込む。

 

 あまりに慮外な出来事に、思考は見事ショートして金縛りにでもあったかのように固まってしまったが、今感じた思いを喉から言葉として絞り出す。

 

 

「また誘拐ですか?」

 

 

 彼女は椅子から立ち上がり、無言で近づいてきたかと思うともう一発、今度はさっき打たれた反対の頬に平手が飛んでくる。

 

「いてーよ!いちいち殴んな!ていうかどこ行くんだよ?」

「仕事よ仕事」

「は?」

 

 仕事ってなんだよ。何も身に覚えが無さすぎるぞ。

 

「どういう事か説明ぐらいしてくれ」

「あなた『宵の手』に入るんでしょ?そう聞いたから仕事手伝ってもらおうと思って」

 

 どこで誰にどう聞いたら俺が怪しい秘密結社なんぞに入るって事になるんだろう。

 

「俺、『宵の手』に入るつもりはないし、仕事も手伝わな…」

 

 断ろうと返事をしている途中、プリムの足先が俺の顎の数センチ手前で止められる。

 

「ボスからの返事を断るとかありえないわよね?いいから手伝いなさい。今ここで顎を砕いてあげてもいいのよ?」

 

 仕事の誘いじゃなくてただの脅しになってるじゃん…。仕事の誘いだとしても、こんな危ない子じゃなくて話の通じそうなグレゴリを寄越してくれよ。

 

「喜んで…行かせていただきます」

「それでいいのよ」

 

 プリムは足を下ろしながらとても満足そうに微笑む。

 こいついつか酷い目に合わせてやる。

 

「で?こんな夜中にどこ行くんだよ」

 

 コルト亭を出て、プリムの後について行きながら当然の疑問を投げかけてみる。空を見上げると、月はまだ天高く煌めいている時分なので、クレナが来た後に寝付いてからはそんなに時間が経っていないことが分かる。

 

「コウイチは『骸狩り』って名前聞いたことある?」

「なにそれ?」

「ここ最近、クエス王国で暗躍してる犯罪組織の名前よ。今から行くのはそのアジトの一つよ」

 

 そんな奴らと関わりたくないから名前なんて知るわけないだろ。

 

「ていうかクエス王国で暗躍してるのって『宵の手』何だろ?」

「それは騎士団の馬鹿どもが勝手に言ってるだけ。ボスが私達は困ってる人を助ける組織だって言ったでしょ?」

 

 だからその理念が胡散臭いんだって。とは口に出して言えるはずもなく、プリムの後を追いながらしばらく歩いているとある場所で彼女の足が止まる。

 

「情報だとここのはずよ」

 

 プリムの目線の先は、何の変哲もないレンガ造りの家が立ち並ぶ中の一つだった。

 

「こんなとこに犯罪組織のアジトなんかあんのか?」

「『宵の手(うち)』の情報網舐めないでよね。いい、今日は情報収集が目的だからバレないようにね」

 

 プリムは口を閉ざして、ついて来いと手だけで合図し二人で家の窓の死角へと隠れる。ちらりと覗くと、中にはいかにもガラの悪そうな男が三人で酒を片手に談笑していた。

 

「いやー、最近ウチの組織金回りいいっすよねー」

 一番若そうな金髪の男が口を開く。

 

「馬鹿、あんまりそういう話でかい声ですんな」

 金髪に注意するのはピアスを付けた茶髪の男。

 

「まぁいいじゃねえか、気持ちは分かるしな」

 今度は頬に傷跡のついた黒髪の男。口ぶりからみるにこの中で立場が一番上の人間なのだろう。

 

「そういえば、ここの地下ってなにやってるんすか?」

「そんなのも知らないで見張りやってんのかお前は、クスリだよクスリ」

 得意げな顔で答える黒髪に金髪はまだ理解してない顔をしている。

「クスリってなんすか?」

「お前ほんとに馬鹿だなぁ、麻薬だよ麻薬。最近金回りがいいのもそれで大金稼いでるからだよ」

「でも麻薬なんか売ってたらすぐに騎士団に目つけられるんじゃないんすか?」

「そこをうちのボスがうまい具合に『宵の手』とかいう馬鹿共になすりつけてくれてんだよ」

「なるほどっす」

 

 それからは三人で『宵の手』の事を散々にこき下ろして笑い合っていた。

 

 

 思ったよりやばそうな話だな。この王都で麻薬が蔓延しようとしているなんて話、騎士団に持っていけば動いてくれるだろ。

 

 そろそろ帰ろうかと言おうと思ってプリムの方を見ると、さっきまであった彼女の姿が消えていた。

 

 あいつどこ行った?

 

「誰だおめー!」

 

 消えたプリムを探していると家の中から男の怒声が聞こえる。

 

 

 嘘ですよね?

 

 

「よくも私の仲間の事を悪く言ってくれたわね!」

 

 家を覗くと、憤怒の相を浮かべたプリムが男達に囲まれていた。

 

 

 なにやっちゃってんの?あの子。

 

 



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vs.チンピラ

 

「おい嬢ちゃん、なにしに来た?」

 

 男たちは立ち上がり、プリムを威圧するように近づいて行く。

 

「なにしに来たですって?決まってるでしょ。あんたらをぶちのめ…むぐっ!?」

「いやー、すいませんすいません。ちょっとこの子酔っ払ってるんで勘弁してやって下さい」

 

 今にも啖呵を切って男共に襲いかかりそうなプリムの口を後ろから塞いで入れ替わるように会話に割って入る。

 

「じゃあこれで失礼しますね〜」

「ちょっと待て」

 

 そそくさと出ようとすると後ろから黒髪に肩を掴んで止められる。

 

「さっき、そこの嬢ちゃん、私の仲間…とか言ってなかったか?もしかしてお前ら、『宵の手』のメンバーだったりしねぇよな?」

 

 まずいまずい、はちゃめちゃに怪しまれてるって。情報収集だけって話だったのに、なぜこんなことに…

 

 なんて悔やんでる場合じゃないな、ここは適当に誤魔化して見逃してもらおう。

 

「なんですかその ヨイ、ノテ?劇団かなんかの名前ですか?」

 あくまで笑顔は崩さず、本当に心当たりがないよう取り繕って話す。

 

「なんか怪しいな、お前ら」

 黒髪はまだ疑惑の念が消えないらしく俺に顔を近づけてじっと見つめてくる。DQN怖いよぅ。

 

 どうしようかと目を泳がせていると、黒髪に後ろからわざとらしく口角を上げて話しかける茶髪。

 

「でも先輩、いくら『宵の手』の奴らがまぬけって言ってもこんな奴らじゃないでしょ?」

 

 いかん、両手で必死に押さえつけているプリムが怒りで小刻みに震えているのが伝わってくる。殺気を感じるとはこういうのを言うんだろうな。

 

「そんな事よりお姉さんなかなかの美人だね。どう?そんななよなよしてる男より俺達と遊ばね?」

 

 そう言ってプリムの方へと手を伸ばしてくる茶髪…の顔を前蹴りで豪快に蹴りつけるプリム。

 

「私にはもうボスっていう心に決めた人がいるのよ!あなた達みたいなゴミに興味ないわ!」

 予想もしない攻撃をもらった茶髪は、黒髪と金髪の間を抜けて頭から勢いよく壁に叩きつけられる。

 

 あれ死んでないよな?

 

「このアマ何しやがる!」

 部下がやられた事で当然殴り掛かってくる黒髪。

 

 プリムは勢いよく突き出された腕を側面から掴むと体を相手の方へ回転させながら勢いを殺さずに投げ飛ばす。

 

「ぐはっ!?クソ!」

 床に転がるように倒された黒髪はすぐに体勢を立て直すと今度は右足で蹴りを放つ。

 

「誰に足技を挑んでるのか分かってるの?」

 プリムは嘲笑うように言い放つと黒髪のキックに対して真正面からキックを合わせる。

 

 お互いの脛がぶつかる、ゴキンと鈍い音が響くと同時に黒髪の体が中空に舞う。

 

「ゴハァ!?」

 背中から受け身も取れず床に叩きつけられた黒髪は、息ができないのか過呼吸のように悶えている。そんな彼の右足は、本来足が向いている方ではない方に曲がっていた。

 

 絶対痛い!あれ絶対痛い!

 

「て、てめぇ!!」

 

 仲間がやられたのを目の当たりにして、何かに押し出されるように金髪がプリムの後ろから襲い掛かる。その手にはギラリと光るナイフが握られていた。

 

「プリム危ない!」

 

 咄嗟にプリムを庇うように前に出てしまった。どうする?短剣はあるが抜いてる暇はなさそうだ。『正拳突き』を撃っても拳がナイフと衝突しそうだし…

 

 もうどうにでもなれ!ここは一か八か、刺されたら刺された時考える!

 

 

三日月蹴り(ムーンシュート)』!

「ぐぶっ!?」

 

 咄嗟に放った俺の渾身の後ろ回し蹴りは、ナイフが刺さる前に見事側頭部とまではいかなかったが金髪の頬に直撃、金髪は錐揉み回転して床に伏す。

 

「で、出来た…よかったー」

「良くないわよ!」

 

 命の危機を乗り越え、安堵で胸を撫で下ろしているとプリムから横槍を入れられる。

 

「なにあなたが『三日月蹴り』使ってんのよ!?それは私が編み出したオリジナルスキルなのよ!」

「いや、まぁ一応掛け声みたいな感じで言ってみただけで、今のはただの後ろ回し蹴りだろ」

「パクリよパクリ!二度と使わないでね!」

「何がパクリだよ!元はといえばお前がこいつらに喧嘩売ったからだろうが!」

「はぁ!?あなた『宵の手』が馬鹿にされてるのに黙ってるメンバーがいる訳ないでしょ!」

 

 それに俺を巻き込むなって言ってんだよ…駄目だ、狂信者に何を言っても仕方ない。こいつはヤクモと『宵の手』が好きすぎてそれ以外が見えてないようだ。

 

「もういいよ。それより情報も手に入ったし、こいつらが起きる前にさっさと帰ろう」

「それもそうね、長居してたら見つかるかもだし。ほんとは他のアジトの場所も聞き出したかったけど」

 

 お前のせいで聞く前にこんなことになったんですよ?

 

 溜息をついてから、盲目的狂信者を連れて家を出ようとしたその時…

 

「君達、何してるのかな?」

 突然後ろから声をかけられる。振り返ると家の奥、おそらく地下へと続く扉の前に眼鏡をかけた痩せ男が一人立っていた。

 

「この状況を見るに、客人…というわけではなさそうだね」

 男は眼鏡のずれを直しながら床に倒れている男達を見て、おもむろに右手をこちらに向けてくる。

 

 

「コウイチ!避けなさい!」

「へ?」

 

 プリムの声とほぼ同時に轟音と共に玄関のドアとそれに接した壁が通りに弾け飛ぶ。



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レイドバトル vs.ゼルバート

 

「いってぇ、何だったんだ?今の…」

 自分の出している声のはずなのに水の中にでもいるように曇って聞こえる。

 激しい耳鳴りと舞う埃で、自分の身に何が起こったのかを理解する事ができたのは耳鳴りと埃がおさまりはじめた頃だった。

 

「コウイチ!大丈夫!?」

「ああ、なんとか…ってなんだこれ!?」

 

 声をかけてきたプリムに起き上がりながら返事をして、自分が座り込んでいる横を見るとさっきまで俺が立っていた傍の壁はなくなっており家の前の通りと繋がって辺りには壁やドアであったと思われる煉瓦や木片が散乱していた。

 

 爆発音の寸前、プリムに蹴飛ばされたおかげで目の前の壁の様に粉々にならずに済んだようだが、あんなの当たったらひとたまりもないぞ。

 

「おや、二人とも無事でしたか。殺す気で撃ったんですけど」

 

 痩せ男はつまらなさそうに呟くと、こちらに向かって歩き始める。

 

「そこで止まりなさい。蹴り飛ばすわよ」

 

 臨戦態勢は崩さず、痩せ男と俺の間に割って入って行く手を阻むプリム。

 

「おや、誰かと思えばプリムじゃないですか。今さら戻ってきても仕事はないですよ?」

「誰があなたみたいなクズの所に帰るのよ」

 

 あれ、もしかして知り合い?

 

「おいプリム、そいつは?」

「こいつは『骸狩り』の幹部の一人 ゼルバートよ。私は『宵の手』に入る前、こいつの下で働いてたの」

 

「碌に役に立たずに逃げ出したのは君だけど、生きていたとは驚きだよ。今日は何しに来たのかな?」

「あなたに教える義理はないわ」

「『宵の手』に拾われたと聞きましたが、どうせ向こうでも役に立たずに仲間に迷惑ばかりかけてるんだろう?」

 

 嘲笑混じりにプリムを挑発する様に話すゼルバートに、絶賛迷惑かけられ中の俺は激しく同意したい所だが、現状の物々しい雰囲気から口を開くのは憚られる。

 

「コウイチ、今日は引くわよ」

「俺は初めからそう言ってるんですけど」

「今はそんな毒吐いてる場合じゃないのよ!」

 視線はゼルバートから外さず、背中を向けたまま話すプリムに苦言を呈すと怒られる。どうやらこの言い方からするに余程やばい相手らしい。

 

「僕が今から逃げると言ってる人をはいそうですかと逃がすような奴に見えますか?」

 

 ゼルバートが話しながら、さっきのように右手を前に出そうとしたのとプリムが彼に蹴りかかったのはほぼ同時だった。

 

「あなたは先に逃げなさい!」

 

 俺に指示しながらゼルバートの右手を蹴り上げると、彼の右手から出た()()()は今度は家の天井を激しい音と共に吹き飛ばし、

 

「あんなの飛んできてたのかよ!?」

 立ち上がって通りに出ながら破壊力を目の当たりにしながら驚愕してしまう。

 

「おいプリム!お前も早くこっち来い!」

「分かってるわよ!」

 

 家に舞う埃の中から声色に少し怒りを含みながらプリムが飛び出してくる。

 

「まさかこんな所にあいつがいるとは思わなかったわ」

「どうすんだよ、あんな攻撃まともにくらったら死ぬぞ」

 

 しかも俺は狙われたら避けられないのだから余計に危ない。

 

「しょうがないわね。グレゴリを呼ぶからちょっと待ちなさい」

 

 そう言うとプリムは腰につけたポーチに中からビー玉より一回り大きいぐらいの丸い結晶を取り出すとそれを地面に叩きつけた。

 

 当然、結晶は粉々に砕け散り、飛び散った欠片は空気に溶けるようにスッと消えていく。

 

「何今の!?」

「はぁ?あなた仮にも探索者のなのに魔封晶も知らないの!?」

 

 俺が自然と口をついて出た驚愕に、プリムも驚きを隠せないように反応する。

 

「簡単にいうと魔法を封じ込めた結晶よ。これでグレゴリに連絡がいったはずだから数分後にはここに来るはずよ」

「で、その来るまでの数分はどうすんの?」

「それは…」

 

 当然の疑問ではあった。今は一分一秒一瞬が惜しい状況であるし、今にも目の前の家から俺達を殺そうとする奴が出てこようとしているのだから…それなのに目の前の無鉄砲で盲目的な狂信者は少し考えるように口をつぐんだ後、通りに響く程高らかに咆える。

 

 

「頑張るのよ!!」

 

「ふざけんな!」

 

 

「作戦会議は終わったかな?」

 俺がやられる前にこいつだけでも先にやってしまおうかと考えた時、家の中から舞っている埃に穴を空けるようにゼルバートの声と共に何かが空間を裂いて飛んでくる。

 

 それ(・・)は俺の足から僅か数センチの地面に激突し、石畳でできた道はアイスクリームディッシャーですくわれたかのように抉れる。

 

「あっぶねぇ!」

 

 地面に異変が生じるまで全く反応できなかった。あれが体に当たったらと考えるだけで背中に冷たい汗が滴れるのを感じる。

 

「コウイチ、よく聞きなさい。理屈は知らないけど、あなた攻撃が避けれない代わりに相手も攻撃を避けれなくできるでしょ?」

「お前、なんでそれ知って…」

「一回あなたとは戦ったことあるんだからなんとなく分かるわよそれぐらい」

 

 何を当たり前のことを…とでもいった顔で話すプリム。そんなの分かるもんなんですか?

 

「そんなことより、私がなんとかゼルバート(あいつ)の攻撃を防いで置くから、あなたは隙をみて一撃、なんでもいいからぶち込みなさい」

 

 そんな事急に言われても…俺は変なスキル持ってる以外は等しくパンピーなんですけど。

 

「それと、殺しは無しよ。『宵の手』は困っている人を助けるだけなんだからね」

 

 俺がどうしようかとふと腰の短剣に意識を向けた時、プリムは諭すように声をかけてきた。

 

 それに関しては俺も賛成だ。人を殺したりなんかは御免被りたい。しかし、それこそ素手なんてあのヤバそうな奴に近づかなきゃいけないし、そんな事できるのか?

 

「行くわよ!」

 

 俺の心の葛藤など露知らずといったようにゼルバートに向かって駆け出すプリム。

 

 

 まずいぞこれ、本格的にどうしたもんか…。

 



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レイドバトル vs.ゼルバート その2

 

 石畳が抉れ、弾ける音と、肉越しに骨がぶつかる鈍い音が、静かな夜の通りに響く。

 

 今、目の前では同じ人間が行っているとは思えないようなような光景が繰り広げられていた。

 

 プリムが地面を踏み込めば石畳はガラスのように簡単に割れ、二人はまるで殺陣でも行っているかのように流れる動きで攻撃を繰り出しては受け止め、また繰り出しては次は紙一重で躱す。

 

 それにしても、ゼルバートが手から放っていると思われるあの見えない攻撃はなんなんだ?

 

 あの中に入って一発打ち込むとか無理だろ!

 

「ちょっとコウイチ!早く入ってきなさいよ!」

 俺が二人の戦いを目の当たりにし、そこに入っていくことに二の足を踏んでいると、ゼルバートの攻撃を躱して俺の隣に戻ってきたプリムに怒鳴られる。

 

「無理ですけど!?」

「援護するから突っ込みなさいって言ってんのよ!私一人じゃこれ以上は…がっ!?」

 

 一瞬、俺に意識を向けたせいでゼルバートの放った見えない攻撃がプリムを直撃し、彼女を後ろへと吹き飛ばす。

 

「プリム!」

 すぐさま吹き飛ばされた彼女の元に駆け寄り安否を確かめる。

「私は大丈夫。ちゃんとガードしてたから」

 

「余所見とは舐められたものだね」

 満身創痍のプリムとは対照的に、かすり傷一つ負っていないゼルバートは、まるで痛ぶるのを楽しんでいるように悠々とした態度でこちらに近づいてくる。

 

「あいつがさっきから出してるあの見えない攻撃なんなんだよ?」

 プリムに肩を貸しながら正体不明の攻撃について聞いてみると、彼女は眉をひそめて言葉を返してくる。

「見えないって、何がよ?あいつがさっきから出してるのは魔力を圧縮して放つ魔法、『魔弾』よ」

 

 

 あーなるほど、道理で見えないわけか。

 俺には、魔力とか魔法とか、そういうファンタジーな物を見ることができない。支援魔法をかけられると強化されたりはできるので、魔力から生じる現象は感知できるが、『魔力』そのものを見たりすることは一切できない。

 

 となると俺は、ただでさえとんでもなく強そうな目の前の男に、魔法による攻撃が見えない、というハンデを負って戦わなければならないという訳なのだが…

 

 俺は、ちらりとプリムに目をやる。彼女の身体中には痣や傷ができているのに対して、俺は少しの擦り傷程度。一人だけ離れたところから女の子が傷ついていくのを見ているだけなど、流石に男以前に人として駄目な気がしてきた。

 

 

「プリム 俺が突っ込むから援護頼めるな」

「やっとやる気になったわけ?思ったよりヘタレだからどうしようかと思ったわ」

 

 そう話すと彼女は少し笑ってみせる。ヘタレで悪かったな。

 

「策はあるの?」

「策と呼べるほど大層な物じゃないけどな」

 

 こうなってしまった以上、もうどうにでもなれってんだ。

 

「よっしゃ行くぞ!」

 プリムに手短に作戦を伝えた後、自らを鼓舞するための声を発してから、ゼルバートへと駆け出す。

 

 

『正拳突き』!

 まずは挨拶がわりに相手の鳩尾(みぞおち)めがけて右拳を放つ……が、

 

「なんだい、この弱いパンチは?」

 俺の渾身の一撃は、子供でも抑えつけるようにあっさりと片手で止められてしまう。

「こんなんじゃ当たってもダメージにならないよ?」

 

 それはこっちが一番分かってるわ!

 

 心の中で突っ込んでいると、ゼルバートと触れ合っている右手から全身に悪寒が走る。

 

鞭蹴(ウィップ)』!

 

 魔弾が放たれる前に俺の後ろの影からしなるように振り下ろされるローキックがゼルバートの足を直撃する。

 

「ぐっ!?」

 

 ゼルバートはプリムの攻撃で体勢を崩し、俺の手を離れ後ずさる。

 

「小賢しいね」

 

 ゼルバートは片手ではなく、両手を前に出して攻撃の予備動作を始める。

 

 瞬時に前に出て、ゼルバートの腕ごと蹴り上げるプリムの左後ろから、今度は俺が低い姿勢から左手に握った短刀を彼の横腹にむかって僅かに切り上げるように薙ぐ。

 

「短刀だろうと結果は同じだよ!」

 

 蹴り上げられた腕を振り下ろして俺の手首を弾くゼルバート。骨の擦れるような鈍い音がすると、左手に激痛が走る。

 

 いってーーーーー!絶対折れた!

 

 左手の痛みを堪えながら右手を振りかぶるように上から相手の顔めがけて振り抜く。攻撃を下に集中させていた分、一瞬反応が遅れたゼルバートは咄嗟に避けようとして体を逸らせようとするも俺の『絶対不可避』で体が硬直する。

 

「な、なんだ?」

 

 焦りの表情を見せるゼルバートの口に、右手でポーチから出した小瓶をねじ込んだ後、すぐさまプリムと後ろに引く。

 

「何を飲ませた!」

 

 ゼルバートは小瓶の中を少し飲んでしまったからか、唾を吐きながら怒気を孕んだ声で問いただしてくる。

 

「さぁ、なんだろな?」

 

 俺のポーチに入っている小瓶は惚れ薬しかないが。毒とでも勘違いしてくれれば、ここは一旦引いてくれるかもしれない。

 

 

「そこで何をしてる!」

 

 

 俺達の間に一瞬の静寂が流れた時、意識の外から声がかけられたので、そちらを見てみると夜警の為、巡回して来たと思われる騎士が二人、数メートル離れたところに立っていた。

 

 それを見たゼルバートは短く舌打ちをして、騎士のいる方へ左手を向けたかと思うと、騎士の一人の鎧がぐしゃりと変形しながら吹き飛ばされる。

 

「悪いが、今日はここまでみたいだね。今度、君達を見かけたら確実に殺す」

 ゼルバートはこちらを睨みながら、先程プリムから聞いた魔封晶をどこからか取り出して、右手で握りつぶした。

 

 握りつぶされた魔封晶からは黒い霧のような物がたち上り始め、みるみるゼルバートの全身を覆ったかと思うと、霧が晴れると同時に彼の姿は跡形もなく消え去っていた。

 

「行ったのか?」

「……みたいね」

「助かったー……いっつ!?」

 息を吐きながら安堵した瞬間、左手の痛みが増す。

 

「何でこんな目に遭わにゃならねえんだ」

 左手を庇いながら、プリムと一緒に吹き飛ばされた騎士の方へと向かう。

 

「大丈夫か?」

「うぅ…」

 

 魔弾が直撃していたが、鎧を着ていたおかげで一命は取り留めているらしい。だとしても、まるで紙のようにひしゃげた鎧を見ると、直接体に当たったことを考えるだけで震えるな。

 

「君達、さっきのは誰だ?」

 倒れた騎士を介抱していた、もう一人の騎士が尋ねてくる。

「そんなことより、この人医者に連れて行こう。話はその後で…」

 

「その必要はない。今聞こう」

 騎士を立ち上がらせようとすると、後ろから声をかけられる。今度は誰だよ?

 

 振り返ると、顔の目の前に剣の切っ先が突きつけられていた。剣の持ち主を見上げると、そこにはプリムの首を右手で押さえながらこちらを見下ろす俺と同じ異世界更生者であり、クエス王国騎士団長のスメラギが立っていた。



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夜明け

 

 目の前に剣が突きつけられたまま、この間もこの人ヤクモさんにも剣を突き立ててたななどと思い出しながらも反論してみる。

「そんなことより今はこの人を医者かなんかに連れてかないと…」

「だからその必要はないと言ったんだ」

 

『ヒール』

 

 俺から目を離さずにスメラギが小さく呟くと、痛みに苦しんでいた騎士は段々と呼吸が落ち着いていき、自分で立ち上がった。

 

「ありがとう、ございます」

「大丈夫か?二人共今日はもう帰って他の人を呼んできてくれ。ここは俺一人で十分だ」

 

 少しふらつきながら立ち上がった騎士に、優しい口調で話しかけると、騎士達は一礼して夜の街へと消えていった。

 

「ぐっ、うぅ!」

 

 首を手で押さえられたままのプリムが苦しそうにしながらスメラギにむかってパンチやキックを闇雲に放つも、スメラギは一切効いていないようで微動だにしない。

 

「離してやってくれ!俺達は別にあんたの敵じゃねーよ!」

「それを決めるのは俺だが、まぁいい、女性を苦しめるのは胸が痛いしな」

 

 そう言ってプリムから手を離すと、解放されたプリムはすぐさま、スメラギの顔へハイキックを繰り出す…が、その足も片手であっさりと止められてしまう。

 

「おいおい、随分足癖の悪いお嬢さんだな。これじゃ話もできないぞ」

 

 プリムの足から手を離しながら呆れたように話すスメラギ。

 

 プリムのキックを片手で止めるって、こいつどんだけ力強いんだよ。流石に騎士団長やってるだけはあるな。しかも、さっきサラッと回復魔法使ってなかったか?俺は魔法使えないのに。

 

「それで?君達はここで何をしてたんだ?」

 

 『骸狩り』のアジトで盗み聞きしてて、バレちゃったんで戦ってましたなんて馬鹿正直には流石に言えないので、ほどよく誤魔化して喋ることにする。

 

「俺達、この辺を散歩しててさ」

「こんな人気の少ない通りを男女二人で?」

 

 いきなりめちゃくちゃ怪しまれてるな、これ。

 

「それで、偶然『骸狩り』って奴らに襲われて、戦ってただけで、俺達は被害者なんだよ」

 

 スメラギはまだ訝しむような目をしたまま話を聞いていると、

 

「プリム!コウイチ!大丈夫か!」

 

 その時、さっきまで俺とプリムがいた場所に『転移(テレポート)』で現れたグレゴリが、俺達を探すように声を上げていた。

 

「お、そこにいたか。無事みたいだな」 

 グレゴリはこちらに気付いて、安堵の表情を浮かべながら小走りで駆けてきたかと思うと、スメラギの姿を見た途端その顔は一変して険しくなる。

 

「何で騎士団長サマなんぞと一緒にいる?」

「色々あったのよ。そんなことより来るのが遅いわよ!」

 

 返事をしたのはプリムで、彼女は口では怒りつつもグレゴリの姿を見て安心したのか少し表情が緩んだように感じる。

 

 

「せっかくヤクモを釈放してやったのに、部下が早速怪しい事をしてるようじゃあ、また捕まえなくちゃならないか?」

 おもむろに腰の剣に手を伸ばすスメラギ。

 

「悪いがお前さんと話してる場合ではないんでな。それにボスが釈放されたのはお前さんら騎士が証拠を持ってないからだろう?今日は帰らせてもらうぞ」

 

 グレゴリは冷たく言い放つと、両手を俺とプリムのそれぞれの肩に置いてから、短く呟く。

転移(テレポート)

 

 

 次の瞬間、一瞬視界が暗闇に覆われたと思ったら、いつのまにか俺達はコルト亭の前に立っていた。

 

 

「おい!今の感じだと、俺がお前らの仲間と思われる逃げ方しちゃってるんですけど!?」

「だからもう仲間でしょ?何言ってんのよ」

 

 プリムは眉をひそめながら話す。

 無理矢理連れて行ったやつがよく言うな。

 

「そんな事よりコウイチ、お前さんその手は大丈夫なのか?」

 グレゴリが心配そうに俺の左手を指して言う。

「痛いよ!さっきからずっとめちゃくちゃ痛いよ!」

「じゃあ今日はさっさと帰って、あの小さい嬢ちゃんに治してもらうといい。じゃあまた連絡する」

 

 それだけ言って、プリムの肩に手を置くと、『転移』で消えてしまった。言いたいことだけ言って逃げやがった。こんな目に合うなら二度と来ないでほしい!

 

 などと誰も聞いていないのに言っても仕方がないので、大人しくコルト亭に入ってクゥの部屋へと向かう。

 

 夜中に起こされたクゥは、眠そうに瞼を擦りながら扉を開けて顔を出したが、俺の手を見るなり目を丸くして驚いていた。

 

 それからは何故こうなったかをあらかた説明しながら、治癒魔法をかけてもらうことにした。

 

 

 

「さっき部屋に行って話したと思ったら、いきなりこんな怪我して帰ってきたからビックリしましたよぅ」

「それに関しては、本人の俺も驚いてるから安心してくれ」

「全然安心できませんよ!」

 

 治癒魔法のおかげで痛みは徐々に薄れていき、手首が動かせるようになる。

 

「コウイチさんが、そういうのに巻き込まれるのは知ってますけど…そういう時は、私やキーラちゃんも頼って下さいね?」

 クゥは上目遣いで心配そうに話しかけてくる。

 

「クゥだけだよ。俺を心配してくれるの」

 すっかり元通りになった左手でクゥの頭を撫でながら、感謝の言葉を伝えていると、窓から朝日が差し込んでくる。

 

「もう朝か。悪いけど今日は仕事休んで寝るとするよ」

「ゆっくりして下さいね」

 優しくそう言ってくれるクゥに癒されながら部屋を出て、自室に戻ろうとすると、後ろから階段を上がる音が聞こえる。

 

「ツガヤマ コウイチさんですか?」

 

 呼ばれたので振り返ると、そこには茶色の髪を額が出るほど短く切り揃えた、美男子の騎士が立っていた。

 

「私はクエス王国騎士団の シャバラ と申します。昨晩の『骸狩り』アジト襲撃の件で話をお聞かせ願いたいのですが、付いてきていただけますか?」

 

 さっきの今で、もうこんなとこまで来たの?騎士団って優秀だなぁ、と頭の片隅で思いながら口からは全く別の言葉を紡ぐ。

 

「今から寝るので、おやすみなさい」

 できうる限りの笑顔でそう言って自室の扉をそっと閉めることにした。



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出頭

 

 ──コウイチ達がゼルバートと戦った後すぐ、『骸狩り』のアジトの一つにて、

 

「ゼルバート、お前鼠を殺し損ねたんだって?情けねぇなぁ」

 いたるところが破れたボロボロの服を着た大柄の男がその体躯に似合う豪快な笑い方と共に嫌味を言い放つ。彼の名は カリム、『骸狩り』の幹部である。

 

「えー、ゼルちゃんが獲物を殺し損ねるなんて珍しいねー、そんなに強かったの?」

 今度は、腰から大胆にスリットが入った体のラインがはっきりと分かるローブをを着た妖艶な女性が質問を投げかける。彼女は カシューム、こちらも『骸狩り』の幹部の一人。

 

「強いも何も、こいつの元部下とその辺のガキ一人らしいぜ」

 カリムが勝手に返事を返すとカシュームは「えー、そうなのー?」とわざとらしく驚いて口に手を当てる。

 

「勝手な事を言わないで下さい。あの時は騎士団の邪魔が入ったので、騎士団長が来ると思い撤退したまでです」

 

「そんなこと言って、実はかつての部下に情が湧いちゃったとかじゃないのー?」

「そんなものは湧きません。次は見かけ次第始末するつもりなので。特にあの少年は…」

「ガキがどうかしたのか?そっちに情が湧いたか?」

「ゼルちゃんのことだから、その子虐めるのが楽しみなだけじゃないの?」

 

 次から次へと湧いてくる二人からのからかいの言葉を冷たくあしらい「では」と一言だけ挨拶してその場を後にする。

 

 

 

 あの少年、私に何を飲ませたんだ?毒、ではないようだったが…。いかん、近頃あの少年の事ばかり考えてしまうな。いくら苛ついたからといっても、これでは仕事に支障が出てしまう。次会った時にゆっくりと痛ぶればいいだけだ…

 

 また会うのが楽しみになってきてしまうな。

 

 ゼルバートは邪悪な笑みを浮かべながら夜の街へと消えていく。

 

 

  ◇

 

 

 ──ゼルバートと戦った後、夜が明けてすぐのコルト亭にて、

 

 俺は今、突然押しかけてきた騎士 シャバラ が俺を連行しようとしてきたので、絶賛拒否中である。

 

「ツガヤマさん!?起きてください!騎士団に来て少しお話を聞くだけですから!」

「うっせー!今から寝るっつってんだろが!明日来い明日ぁ!」

「明日やろうは馬鹿野郎とも言いますし、そこをなんとかお願いしたいんです!」

 

 どこで知ったんだよそんな言葉。

 

「じゃあ俺、馬鹿野郎でいいから明日頼むわー」

「ちょちょ、困ります。来ていただかないと私が団長に怒られますから!」

「それこそ知ったこっちゃねーよ」

 

 

「ちょっと!朝からうるさい!」

 

 

 来てくれ、行かない、の押し問答が繰り広げられている所にキーラの声が割り込んでくる。

 

「なんでここに騎士がいるのよ?」

「お騒がせしてすいません、こちらの部屋の方に用がありまして…」

 

 寝起きであからさまに機嫌が悪いキーラに対して、おどおどとした様子で話すシャバラ。

 

「コウイチがどうかしたの?」

「いえ、昨晩起きた犯罪組織のアジト襲撃事件の重要参考人として、お話をお伺いしたくてですね」

「昨夜?」

「はい。騎士団長からツガヤマさんに会ったと聞いたので間違いありません。そこからここに住んでいると分かったので来た次第ですから」

「コウイチ、あんた何したの?」

 

 当然そういう反応になるよな。昨日はキーラと話したばっかりだし、よく考えてみれば昨日の夜は色んな事が起きすぎている気がする。

 

 クゥに諭された後、クレナが来て話してる最中にキーラが来て、そのせいで話の内容は全く頭に入ってこなかったし…、それから寝ようとしたらプリムに連れ出されてあんな事に巻き込まれた訳で、そりゃ疲れるわな。

 

「お二人はご友人ですか?でしたら一緒に来ていただいても構いませんよ?」

「だから行かねぇって言ってんだよ!」

「ちょっとコウイチ、あんた悪さしたなら謝りに行ったほうがいいわよ?なんなら私も一緒にいくし…」

 

 なんで俺が悪い事が前提なのかツッコミたい所だが、これ以上体力使うのも面倒になってきた。シャバラも俺が行くって言うまでここに居座るだろうし…

 

「分かったよ。行けばいいんだろ?」

「本当ですか!ありがとうございます!」

 

 ドアを開けると舌を出して尻尾をぶんぶん振っている犬のように目を爛々とさせて立っているシャバラと目が合う。

 

 まぁ、悪い奴ではないんだろうが、こいつ、馬鹿なんだろうなぁ。

 

 

 その後、「ホントについて行かなくていい?」と母親のような目で話しかけてくるキーラはコルト亭に置いて来て、騎士団の庁舎に向けてシャバラと二人で歩いて行く。

 

「騎士団の庁舎ってどこにあんの?」

「少し歩きますね。庁舎は王都の中央、王城のすぐそばにあるので」

 

 王城なんてなんの用もないから行ったことはないが、コルト亭のある地区からならざっと3〜40分ってとこだろうな。

 

「それにしても、事件の重要参考人を連れてくるのに一人で来るってどうなの?普通もっと大所帯でくるもんなんじゃね?」

 

 昔見たドラマとかでも、せめて数人で来てたと思うが…

 

「そうですね。普通はそうですが、なにぶん今は人手が足りなくて、副団長の私なら一人でいいだろうと団長に言われまして」

「ふーん、そっかー…」

 副団長ねぇ。

 

「副団長!?」

「わっ、びっくりした。急にどうしたんですか?」

 俺の突然の大声にびくついたこの男が、

「副団長?」

 シャバラを指差しながら改めて聞くと、

「はい。あれ?言いませんでしたっけ?」

 首を傾げられた。

 

 言ってません。

 

「舐めた態度取ってすいませんでした!」

 直立して90度に腰を曲げて頭を下げる。

 騎士団長があんなヤバい奴なら副団長も相当のはず。先に謝っとかないと後が怖いです。馬鹿とか思ってすんませんした!

 

「やだなぁ、そんな改まらなくても、気にしてないので大丈夫ですよ。むしろ今までの方がお互い話しやすくていいでしょう?」

 

 や、優しい。すぐに剣を人に突き立ててくるスメラギとはえらい違いである。副団長はこんなに優しい人だったなんて。騎士団ちょっと見直しちゃう。

 

 

 それからは他愛のない雑談を交わしながら庁舎へと向かうのだった。

 

「さぁ、着きました。ここがクエス王国の誇る騎士団の庁舎です」



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新しい依頼

 

「はー、流石に立派なもんだな」

 

 見上げる先には、白いレンガを基調とした荘厳な構えの騎士団の庁舎が(そび)え立っている。

 王都の探索者ギルドも大きい建物の部類だと思っていたが、比べるまでもないほどの大きさなのが一見するだけで分かる。

 

 これ何人ぐらい入れるんだろう。数百人、いや下手したら千人なんて軽く入りそうな大きさだぞ。

 

 シャバラの後を追う形で鉄格子でできた門を開けてもらい、それを潜って庁舎の中へと入って行く。

 庁舎の全体像は長方形の中をくり抜いたようになっており、中央には訓練所兼広場のようなスペースで、そこで騎士達は素振りの練習や雑談など、思い思いに過ごしているようである。その広場を囲うように五階建て程の建物は建っている。

 

「ツガヤマさん、こちらです」

 俺がお上りさんのように辺りを見渡していると、それに気付いたシャバラが少し先から声をかけてきた。

 

 誘われるがまま建物の中に入って行き、階段を一番上まで登った後、ある一室の前で止まるよう言われる。

 

「団長、ツガヤマさんをお連れしました」

 ドアをノックしてからよく通る声で呼びかける。

 

「入っていいぞ」

「失礼します」

 

 ドアの向こうから入室の許可の声が聞こえてくると、ドアを開いて中へ入るよう促されるのでシャバラと部屋に入る。

 

「来たかツガヤマ 遅かったな」

「いや、ちょっとは寝させてくれよ。ついさっき会ったばっかじゃん」

 

 もう来てしまったからいいけれど、これだけは言っておかないと気が済まないので椅子に座って書類にペンを走らせているスメラギに悪態を吐く。

 

「事態は急を要する、お前の睡眠を待っている時間などないし、逃げたのはお前だ」

 目線は変わらず書類に向けられたまま、淡々と言葉を返してくる。いやまぁ、逃げたのは確かにそうだけど…

 

 俺、この人苦手だ。

 

 スメラギは「ふぅ」と短く息を吐くと、ペンを置いてやっとこちらに目を向けたと思うと、昨晩の質問が始まった。

 

「ツガヤマ、『骸狩り』に襲われたと言っていたな?」

「だからそうだって言ったじゃん」

 喧嘩を吹っかけたのはプリムだが…黙っておこう。

 

「逃げた奴の名前は知ってるか?」

「確か、ゼルバートって言ったっけな」

「ふむ、ゼルバートか…」

 

 今思い返すと、よくあんなのと戦って骨折だけで済んだな、そこに関してはプリムに感謝だが。

 

「ツガヤマ、『骸狩り』についてどこまで知ってる?」

 ゼルバートとの戦いを思い出していると、不意にそんな事を聞かれた。どこまで知ってると言われても、さっき会ったのが初めてなんだけどな。

 

「その顔を見るに本当に何も知らないみたいだな」

 どうやら間抜けな顔をしていたらしく呆れられた。

 

「いいか、ゼルバートは『骸狩り』の幹部の一人だ。騎士団が知っている情報では幹部は三人、【魔弾】のゼルバート、【怪腕】のカリム、【妖香】のカシュームと言う。ボスはいないからその三人が実質のボスだな」

「へぇ」

 

 なんで急に『骸狩り』の話なんかしだしたんだ?それにその二つ名みたいなの何?ちょっとカッコいいって思っちゃったじゃん。

 

「最近急激に勢力を増してきている奴等なんだが、どうやら麻薬を売って稼いでるらしいんだ。こればかりは看過できない」

 

 そういえばそんな事言ってたな、そのおかげで最近金回りもいいってアジトにいたチンピラが言ってたな。

 

「そこでなんだが、お前とパーティーの仲間達で『骸狩り』のアジト捜索と幹部の捕獲を依頼したい」

「はぁ!?なんで?」

 

 本当になんでだよ。絶対嫌ですけど!

 

「それともお前は『宵の手』のメンバーだから騎士団には手を貸せないか?」

 

 こいつ、俺の事試してやがるな。暗にヤクモじゃなく俺の下に付いておけと言われている気がする。

 

「俺は『宵の手』のメンバーじゃないけど、そんな危ない仕事を受けるつもりはないって事だよ」

「ちなみに報酬は前払いで金貨10枚、後払いで30枚だ」

「やらせていただきます」

「それでいい」

 

 しまった。つい金に目が眩んで一瞬で了承してしまった。だってそんなにお金あったら向こう何年か働かなくていいんだもん。

 

「じゃあ決まりだな。俺は今から急ぎの用事でクエス王国をしばらく離れるから、帰るまでに終わらせておけ。シャバラもツガヤマを手伝ってやれ」

「はい!かしこまりました!」

 

 俺に随分と上からな物言いで命令した後、名を呼ばれたシャバラが元気よく返事をすると、スメラギは「後は頼んだ」とだけ言って部屋から出て行ってしまった。

 

 取り残された俺とシャバラ。

 

「ツガヤマさん。こちらが前払いの金貨10枚です」

 シャバラが巾着袋を渡してきたので、若干の後悔を覚えながら受け取った後、二人で部屋を出る。

 

「でもアジトの捜索と幹部の捕獲っつっても、騎士団も探して見つからないのに俺が見つけられるのか?」

 階段を降りながら至極当たり前の質問を聞いてみる。

 

「団長はツガヤマさんのことを評価してますから。なんでも同じ国の出身だそうですね?」

「まぁそうだけど…」

 

 変な期待をされても困る。というか多分転生する時に貰ったスキルに期待しているのかも知れないが、スメラギは俺の『絶対不可避』を知らないのに勝手に強いスキルを貰っていると思ってこの依頼出したんじゃあるまいな。

 

 まぁこんな事になったのも、俺を無理矢理連れ出したプリムのせいだからあいつにも手伝わせよう。

 

 

「シャバラさん!順位戦お願いします!」

 

 プリムをどうやって道連れにしようかと心の中で画策していると、一人の騎士が随分と真剣な眼差しで横にいるシャバラに何かを申し込んできた。

 

 順位戦ってなに?



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【鬼人】シャバラ

 

「シャバラさんが順位戦を申し込まれたらしいぞ」

「ほんとか!?相手は誰だ!」

「今三位のククリらしいぞ」

 

 先程、シャバラが騎士の一人に順位戦なるものを申し込まれてから庁舎が騒がしくなり、庁舎中央の広場にはあっという間に人だかりができていた。

 

「これ何が始まるの?」

「せっかくですしツガヤマさんも見ていって下さい」

 

 シャバラから話を聞いたところ、ここクエス王国騎士団ではその人の功績と順位戦の順位で序列を決めているらしく、全ての騎士に順位がつけられていて、自分より順位が上のものに木剣を用いた模擬戦で勝つと順位が繰り上がる仕組みになっている。それが順位戦と呼ばれていて一位が騎士団長、二位が副団長といった風らしい。

 

 めちゃめちゃ脳筋システムだな。

 

「団長はその順位戦でかつて無敗だった前騎士団長を倒して騎士団長になったんですよ」

 シャバラはどこか誇らしそうにスメラギの事を語る。すごい奴なのは分かるが、俺はあいつが好きになれん。

 

「じゃあ今からシャバラが負けたら、対戦相手の奴が新しい副団長って事になるのか?」

「そういうことですね。ツガヤマさんも騎士団に入った時の為に順位戦は見ていて損はないですよ」

 

 笑顔でなぜか俺が騎士団に入る前提で話すシャバラ。誰が入るかこんなとこ。

 

 しばらく広場で待っていると、全身に鎧を身に付けた対戦相手が周りの騎士達からの応援を背に受けながら現れる。しかし、対するシャバラは何も装備していない。

 

「おいシャバラ。鎧とか付けなくていいのか?」

「ええ、私はこのままで大丈夫ですよ」

 

 少し心配で聞いてみると、何も心配ないといった様子で木剣を握った片手を二、三回振ってみせる。

 

 

「よろしくお願いします!」

「よろしくね。ククリ君」

 

 お互いに一礼した後、ククリは剣を振り上げて一直線に駆け出す。そのまま前に出た推進力と体重を乗せた振り下ろしの一撃がシャバラを襲う。

 

「ふんっ!!」

 

 シャバラは攻撃を避けず、真正面から剣を振り上げて迎え撃つ。ガンっと木剣のぶつかる音が響いた後、両者は鍔迫り合いの形で睨み合う。

 

「いい踏み込みだね」

 

 余裕の口ぶりでまだ笑顔の崩れないシャバラに対して、ククリは徐々に押され始め、鎧で見えないが食いしばっていると思われる口から荒い息が漏れる。

 

「はぁ!!」

 

 鍔迫り合いに耐えきれなかったククリは一歩後ろに跳んでから体勢を立て直し、今度はシャバラの右胴を狙った鋭い横払いが飛ぶ。

 

 俺は、その時一瞬見えたシャバラの表情に背筋が冷えるのを感じた。

 

 笑っていた。

 

 しかし、さっきまで俺に向けられていた柔和な笑みでは無く、瞳はぎらりと鈍い光を持ち、歯を剥き出しにして上がりきった口角は邪悪(・・)ともいえる狂気を孕んだ笑顔になっている。さっきまで聖人だと思っていた人間は、一瞬にして悪鬼のようになっていた。

 

 シャバラの変貌ぶりに驚いていると、彼は飛んできた剣撃を木刀を持った左手一本で下から上へと斬りあげて弾いたかと思うと、体を回転させて相手の左胴に向けて一閃。

 

「ごふぅッ!?」

 

 剣を弾き上げられ、体勢を崩したせいで反応が遅れたククリは、鎧を着ているのにも関わらずシャバラの一振りで体がくの字に曲がり苦悶の声を出しながら宙に浮いて吹き飛ぶ。

 

「まだやるか?」

 

 うずくまっているククリに、少し恐怖を覚える程の真剣な表情で喋りかけるシャバラは口調まで変わっている。

 

「お、お願い…します」

「さっきのは胴狙いがバレバレだ。もっと意識を散らせ」 

 

 力無くよろよろと立ち上がるククリに、アドバイスをしながら構え直すシャバラ。

 

 

 そこから先は一方的だった。

 ククリの出す攻撃は悉く弾かれ、その度にカウンターをくらって吹っ飛ぶの繰り返し。鬼気迫るシャバラの攻撃が当たるたびに鎧にへこみができているのが、少し離れた所で見ても分かった。

 

「さすが【鬼人】シャバラさんだな」

 

 近くの騎士がぼそりと呟くのが耳に入った。そんな恐ろしい二つ名付けられてんのかよシャバラ。

 

 突っ込んではカウンターをくらって吹っ飛ぶ、突っ込んではカウンターをくらって吹っ飛ぶ、それが何度か繰り返された後、ククリはもう立ち上がる気力も無くしたのかへたり込んでしまった。

 

「ふぅ」

 

 汗ひとつかいていないまま、軽く息を吐いたシャバラは憑き物でも落ちたように爽やかな顔に戻っており、倒れ込むククリへと歩いていき手を差し伸べる。

 

「良かったよククリ君。日々熱心に鍛錬しているのが伝わってきた」

「ありがとうございます」

 

 周りの騎士達からの労いの言葉と拍手を受けて立ち上がったククリは足がおぼつかないまま他の騎士に支えられてその場を去って行った。

 

 

「どうでしたか?ツガヤマさん!こんなに心が昂ることはないですよね!」

 

 ククリを見送った後、首をぐるりとこちらに回して話しかけてくるシャバラの顔は光でも放っているかのように眩しい笑顔だったが、もうさっきまでの優しい笑顔と同じとは到底思えなかった。めっちゃ怖いですシャバラさん。

 

「っス。シャバラさんさすがっス」

「え!?なんでそんな距離取るんですかツガヤマさん!?」

「いえ、自分みたいなもんが近づくのは恐れ多くて」

「なんでそんな怯えた顔するんですか!」

 

 お互い無言のまま、俺が一歩下がってはシャバラが一歩近づく、まるで怯えた猫を手懐けようとするやり取りをしばらくした後、シャバラが口を開く。

 

「ツガヤマさん、今はこんな事してる場合じゃなく、パーティーメンバーの方にお話をしに行きましょう」

「確かに、そうだったな」

 

 冷静さを取り戻した所で、コルト亭に向かって庁舎を後にすることにした。



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準備

 

「と、いうことで。仕事が決まりました」

 

 コルト亭の食堂にて、クゥとキーラにシャバラと俺でテーブルを囲みながら昨日の晩に起きたゼルバートとの戦闘、そして『骸狩り』の捜索と捕獲の依頼について説明していた。

 

「なにが と、いうことでよ。なんであんたがそんな危ない事に首突っ込んでる訳?」

 

 少しばかり不満そうな顔をして目の前に置かれたパンケーキをフォークでつつくキーラ。それもそのはず、昨日危ない事はするなと言った本人が危ない事をしてしまっている訳で…。

 

「いや、俺が自分からそんな事する訳ないだろ?あれはプリ…」

 

 プリムの名を出しそうになった所で思いとどまる。ちらりと横のシャバラを見ると、シャバラも俺の視線に気付いてどうかしたのかという表情でこちらを見返してくる。

 

 スメラギにはプリムと偶然会ったと言ってるから連れ出されたとは言えないな。

 

「どうしたのよ?」

「ほんとに偶然で俺もびっくりだよ。でも『骸狩り』は世の為人の為、放っておく訳にもいかないだろう?」

「なんか嘘くさいわね」

 

 嘘くさいとは失礼な。

 

「まぁまぁ、キーラちゃんいいじゃないですか。コウイチさんがやるって言うなら私も頑張りますよ?」

 

 事情も知ってくれているクゥが、助け舟を出してくれる。流石クゥ、俺の味方はやはりお前だけだよ。

 

「私も別にやらないとは言ってないわよ?ただそんな危険な連中を相手したらコウイチなんてあっという間にやられちゃうんじゃないの?」

 

 最初に俺がやられるという発想になる辺り、どんだけ弱いと思われてるんだ俺は…まぁ弱いけども。そんなにはっきり言われるとそれはそれで傷つくぞ。

 

「まぁその辺は、このシャバラが付いてくれるから大丈夫だろ。なんたって副団長様だしな」

「なんであんたがそんなに威張ってんのよ」

 

「あははは」

 

 俺達のやりとりを見ていたシャバラが急に笑い出す。

 

「どうした?」

「いえ、とても仲が良さそうなのでつい」

 

 なんだそりゃ。

 

「ツガヤマさんはこんなかわいい人達に好かれてるなんて羨ましいですね」

「今の会話で好かれてる要素あった?」

「もちろんですよ。お二人ともツガヤマさんが心配でしょうがないって顔をされてますからね」

 

 心配というより、信用が無いの間違いではなかろうか。二人の方を見てみると、クゥは手をもじもじと動かせて照れた顔をしている。何やってもかわいいなこの子は。

 

 対してキーラは、「心配なんてこれっぽっちもしてないわよ」と強い口調で言い放った後そっぽを向いてしまった。こいつには愛嬌というものがないのか。

 

 

「でも依頼を受けて下さるのならありがたいです。そこでなんですが、まず手始めに各自の装備を整えるのなんてどうでしょうか?」

 

 相変わらずにこりと優しい笑みを浮かべて提案してきたシャバラの案に否と答える者はおらず、俺達は装備調達の為にシャバラのおすすめの武具屋へと向かう為、席を立つ事にした。

 

 

   ◇

 

「装備っつても何買えばいいんだ?」

 

 武具屋への道中、半ば独り言で呟いてみる。

 

「そうですね。やはりここは御三方の得意分野をより強める為の何かを買うのがおすすめですよ」

 俺の独り言にシャバラが返事をしたと思うと、続けて俺達一人一人におすすめを話しだした。

 

「キーラさんですと、見たところ剣士のようですし、より良い剣で攻撃の質を高めたり、もしくはアーマーなどで防御の底上げなどですかね」

「いいわね。フルプレートアーマーとか欲しい!」

「フルプレートとなると、そこそこの値段がしますよ?」

「おいおい、予算は依頼の前払いで貰った金貨10枚だぞ。お前のアーマーでほとんど持ってかれるじゃねーか」

 

 このままじゃほんとにアーマーを買われそうなので釘を刺しておかねば。

 

「クゥさんなら、魔術師なのでマジックロッドなどで魔法の威力を上げたりですかね」

 

 へー、ロッドで魔法の威力が上がったりすんのか。まんまRPGみたいだな。

 

「ツガヤマさんは、短刀を持っている所を見るに索敵や敵の撹乱なんかをされていると思うので、重い装備ではなくスモールシールドや籠手、弓矢なんかもいいかもしれませんね」

「なるほどなぁ」

「後はやはり、皆さんの適正やスキルに合わせて選ぶのがいいと思いますよ」

 

 籠手は確かにいいかもしれない。敵の攻撃を防げつつ、接近戦でのパンチの威力も上がるだろうからな。弓矢も適正があれば『絶対不可避』と相性がいいだろうし。

 

 少しばかりの期待と高揚感を胸に店に行って選ぶのを楽しみにしていると、シャバラが一つの店の前で立ち止まる。

 

「着きました。ここが【セルカの武具屋】です」

 

 そこにあったのは、外見は少し大きい程度のごく普通の民家の玄関先に、店の名前の書いた看板が置かれているだけの建物だった。



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セルカの武具屋

 

「いらっしゃい!【セルカの武具屋】にようこそ!」

 

 シャバラが店のドアを開けるとと活力に溢れた女性の声で迎え入れられる。

 

「ってなんじゃ。シャバラか」

「そんなあからさまに嫌そうな顔しないで下さいよセルカ」

 

 随分とサイズの大きいオーバーオールを着た女性はシャバラの顔を見るなり砕けた口調になり、あからさまにテンションが下げたが、

「ん?」

「ど、ども」

「お客さんじゃ!」

 

 シャバラの陰に隠れた俺と目が合ったので三人で挨拶すると、顔に花が咲いたように明るい笑顔でこっちに近寄ってきた。

 

「いらっしゃい!あたしは セルカ この店の店長兼鍛治師じゃ!ゆっくり見ていってくれ」

 

 セルカはそばかすの下の鼻を手袋で擦ると自慢げに胸を張る。確かに、歳の頃も俺とそう変わらなそうなのに自分の店を持ってるなんて大したもんだ。

 

「皆さん、こちらのセルカは僕の幼馴染でして…腕は確かなので信用して下さい」

 

 感心しているとシャバラはセルカの紹介をしながら一礼する。

 

「いやーシャバラ、ちゃんとお客さん連れてきてえらい!」

 

 わははと笑いながらシャバラの背中をバシバシ叩くセルカ。

 

「ほんとに…腕は確かなんです」

 

「で、お客さん今日は何をご所望じゃ?」

 

 申し訳なさそうな顔をしているシャバラの背中を叩き続けるセルカを見て、【鬼人】の背中をこんなに叩ける人なんて世の中にそんなにいないだろうなぁ、とつまらない考えを巡らせているとセルカが訊ねてくる。

 

「ああ、予算は金貨10枚程で俺達三人の装備を整えたいんだけど…できそうかな?」

「金貨10枚!?」

「やっぱ足りない?」

 三人分ともなるとちゃんとしたもの揃えたらやっぱり高くつくのかな。

 

「いやいや、とんでもない!久しぶりの大仕事でビックリしただけじゃ。安くて質もいいがモットーの【セルカの武具屋】にお任せあれ!」

 

 自信に満ちた表情で胸を一つ叩いたセルカは店の裏に入っていったかと思うと、両手に大量の荷物を抱えて戻ってきた。

 

「まずは、その人に合った武具を探すところからじゃ」

 

 そう言いながら店のカウンターに並べた武器や防具は様々な種類があり、一つ一つ見ていくだけでも丸一日かかりそうな量だ。

 

「じゃあまずは、そこの嬢ちゃんからじゃ。」

「私?」

 

 突然呼ばれたキーラは少し戸惑いの表情を見せながらもセルカの元へと近寄ると、セルカは何も言わずにキーラをじっと見つめ出した。

 

 

「これ、何されてるの?私」

「ふむふむ、なるほどじゃ」

 

 セルカはしばらくキーラの周りを歩きながら全身を舐めるように見たかと思うと、一人で何かに納得したように頷くとカウンターの武器から一つ選んで持ってくる。

 

「これなんかどうじゃ?持ってみ?」

「随分と細い剣ね」

 

 セルカが持って来たのはレイピアの様に細い刀身をした剣だが、刺突に特化している訳ではなく刃が付いているようであった。

 

 キーラは勧められるままその剣を握って感触を確かめてみる。

 

「意外と重いわねコレ」

「そうなんじゃ!これはマジスト鉱石を使って作った特別製でな、この細さだが重さは鉄の二倍はあり、魔法耐性もあるからなんと!魔法も切れる…かもしれんのじゃ。マジスト鉱石は加工が難しくてなぁ、ほんとは普通のレイピアを作るつもりだっ…たんじゃが、偶然刃ができてな」

 

 キーラの反応に食いついて、早口で説明を始めるセルカ。てか今サラッと、かもしれないとか偶然とか怪しい単語口走ってなかった?

 

「キーラ嬢は剣士としても優れとるみたいじゃが、魔法適正もそこそこのもんじゃろ?」

「え、なんで知ってるの?」

 

 キーラの適正を知っているかのように話すセルカだが、彼女の言っていることは的中している。キーラは剣術適正Aを持っていると同時に魔術適正もBある。これはなかなか珍しい事らしいのであまり人に言わないようにしていたのだが、あっさりと見抜かれたことに俺達も驚きを隠せない所に、シャバラが口を開く。

 

「彼女は魔眼保持者なんです」

「魔眼?」

 

 どっかで聞いたことあるなと考えていると、ふと思い出す。そういえば、プリムも魔眼を持ってるって言ってたな。彼女の魔眼は魔力の流れを察知する事に優れており、そのおかげで相手の攻撃を予知できるとか。

 

「じゃあセルカも魔力の流れとか分かるの?」

「魔力の流れ?なんじゃそれ?」

 

 俺の予想は外れたらしく、セルカは小首を傾げて自身の魔眼について説明を始める。

 

「あたしのは『真贋の魔眼』見たものの本質を見抜くことのできる魔眼なんじゃ」

 

 セルカの説明では、その魔眼で人の適正やポテンシャルなんかを見抜けるらしい。

 

「すげー便利じゃん」

「じゃろ?だからキーラ嬢にはこの武器がぴったりと見た訳じゃ」

 

「キーラはその武器どうだ?」

「確かに今まで持った事ない感じだけど、なんかしっくりくるわね」

 

 キーラは剣を何度か振りながらにこりと頷く。

 

「セルカ、この剣はいくらだ?」

「そうじゃなぁ、マジスト鉱石は高いから金貨3枚ってとこじゃな」

 

 武器を買ったことないから高いのか安いのか分からないが、予算から見ればちょうど三分の一だし、キーラも気に入ってるみたいだし、セルカが魔眼で見てこれがいいって言ってくれてるからな。

 

「じゃあこれ買うよ」

「まいどあり!」

 

 ついでにブレストアーマーと関節などに付ける防具を買って、セルカに金貨を渡すと、彼女は次のターゲットにクゥを選んだようである。

 

「じゃあ次はクゥ嬢じゃな」

 

 はたしてクゥに合った武具とはなにになるか。セルカはクゥの全身をまたじっと見つめ出した。



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漢のロマンのマジックロッド

 

「ふむ…」

 

 セルカはクゥをしばらく眺めた後、キーラの時と同じくカウンターに並べた数多ある武具の中から一つを取り出して戻ってくる。

 

「これなんかどうじゃ」

「これ、なんですか?」

 

 クゥが戸惑うのも無理はない、セルカが持ってきてクゥに渡したのは、何かの金属でできていると思われる手のひらサイズの立方体だった。

 

「こいつは、あたし特製マジックロッドじゃ」

「ロッド…ですか?」

 

 どう見ても杖には見えないが、どういうことだ?

 

「ふっふっふ、まぁ物は試しじゃ。クゥ嬢、このキューブに魔力を流してみ」

 

 キューブって言っちゃってるじゃん。というツッコミは口には出さず、クゥが言われた通り魔力を流し込むのを見守ることにすると。

 

「わっ!」

 

 クゥの驚く声と同時に、キューブがカタカタと小刻みに震えたかと思うと、ロボットアニメの変形シーンのようにみるみる形を変え、クゥの背丈と同じ程の長さの杖に変形したではないか。

 

「なにそれかっこいい!」

「じゃろ?」

 

 俺が思わず漏らした感嘆の声にセルカは満悦したようで、無邪気な笑顔で鼻高々である。

 

「す、すごいですねこれ」

 

 クゥもこの物珍しい物に感動したようで、杖を高く上げて眺めてみたり、少し振ってみたりして関心を示している。その姿は、子供用の魔法少女おもちゃで遊ぶ女児にしか見えないが、かわいいから黙っていよう。

 

「これはな、中に液体魔晶が入ってるんじゃ」

「液体魔晶?初めて聞きます」

 

 疑問の声に反応し、セルカは待ってましたと言わんばかりに早口で話し出す。

 

「よくぞ聞いてくれた!魔晶は本来マジックロッドの先に付けることで魔力の伝導率を高める効果があるんじゃが、いかんせんロッドの先にあるせいでロッドを通す時にいくらか魔力がロスしてしまうんじゃ、そこであたしが偶然発明したのがこの液体魔晶じゃ。こいつは普通の魔晶と魔力の伝導率は変わらいなに液体であるという優れものじゃ。それにより本来ロッドを伝って魔晶に魔力を注ぐ工程を無視し、てロッドの中にある液体魔晶に直接魔力を注ぐ事ができる奇跡の一品じゃ!それにな…」

 

 

 この子は、あれだな。武具のことになると話が止まらないタイプのオタクだな。というかあんなに勢いよく熱弁してるのに、それを真剣な顔で聞いてるクゥも真面目だなぁ。

 

「セルカ、また悪い癖出てますよ」

「おっと、すまんすまん」

 

 話が止まりそうにないのを傍から見ていると、またシャバラが助け舟を出してくれた。

 

「でもセルカ、凄いのは分かりましたが、なぜ初めからロッドの形をせずにキューブの形なんですか?」

 

 今度は単純に気になったらしく、シャバラが質問する。

 

「それはな…」

「それは?」

 

「かっこいいからに決まっとるじゃろ!」

 今日一番の渾身のキメ顔で言い放つセルカを呆れた顔で見るシャバラキーラ。

 だが、これに関しては申し訳ないのだが俺はセルカぬ全くの同感であった。いいじゃない、不必要な変形にこそロマンが詰まってるんじゃないか。

 

「そんな理由で一手間付けないでください。だからお客さん増えないんですよ?」

「でもでも、このキューブ状態から魔力を流すことによって、その人に合った長さのロッドに変形する様に設計するの大変だったんじゃぞ?」

 

 無駄にクオリティ高いな。

 

「そんな所にこだわるならもう少し、量産できるような武具を作れといつも言ってるでしょう?」

「……はい」

 

 叱られた犬のように落ち込むセルカに、心の中で「俺は分かるぞ」と同意の念を送りつつ、クゥの方に視線を向ける。

 

「私もこれ、なんだか気に入っちゃいました」

「お、クゥ嬢!分かってくれたか」

「でも、ちなみにこのロッド、おいくらなんですか?」

 

 値段は確かに大事だ、さっきのキーラの剣は金貨3枚の値段だったが、

「そうじゃな、金貨2枚ってとこじゃな」

「えっ!さっきの剣より安いの!?」

 

 俺とクゥの声が同時に出る。

 

「これってすごいものなんじゃ?」

「そうだよ、こんなにかっこいいのに」

「かっこいい?」 

 

 つい口から出た「かっこいい」に反応してキーラに冷ややかな目線が注がれる。そんな目で見るなよ。男の子はああいうの好きなんだよ。

 

「いやー、実はその武具は多分二度と作れないんじゃ」

「作れない?なんで?」

「いやー、それは、そのーなんというか」

「それについては私から説明します」

 

 歯切れの悪いセルカを見ていられなくなったのかシャバラが割って入ってくる。

 

「皆さんには説明が遅れてしまいましたが。この子(セルカ)は基本武具製作の過程でできる偶然の産物で武具を作ってるんです」

 

 なんだそれは、つまりは毎回奇跡的にこういう武具が作られる訳か?ギャンブルが過ぎねぇ?

 

「その為、性能はいいんですが、再現性のない一点物の武具ばかりが出来上がる訳です」

「それは、なんというか」

「はい、商売としては破滅的ですね」

 

 そうだろう、それが本当ならたとえいい商品ができたとして、複数の人が同じ武具が欲しいと言っても買えないのでは商売にはならない。

 

「ですが!本当に性能は確かなんです、その証拠に私の剣もセルカが作った物ですし…この子がポンコツなだけなんです」

「おい!誰がポンコツじゃ失礼な!」

 

「いや、別に疑ってる訳じゃないから大丈夫だよ」

 酷い言われように憤慨するセルカを片手で制止しながらも、彼女の事を思って弁明するシャバラを見て、これは幼馴染というよりお兄ちゃんみたいだなと思いつつ、心配する必要がない旨を伝える。

 

「それに、俺はセルカの作る武具結構好きだし」

「ほんとか!?コウイチは分かってくれると思っとったんじゃ!」

「あなたは社交辞令という言葉を知らないんですか」

 

 二人のコントのようなやり取りを見て和みつつ、クゥのマジックロッドの会計を済ませていよいよ俺の武具選びを始めようとセルカに体を見てもらっていると、

「ん?なんじゃこれ?」

「どうかしたか?」

 セルカが何やら気になったような声を出したので聞いてみる。

 

「コウイチ、変な事を聞くようじゃが…お前さん神様と知り合いだったりするか?」

「へぇ!?」

 

 心当たりしかない事を急に問われて思わず変な声がでてしまった。



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新装備

 

「その反応!本当にいるのか!?」

 

 予想外な質問に変な声を出してしまったせいでセルカに詰め寄られる、しかしクレナの事は誰かにバレちゃいけない筈だからな。どうにかして誤魔化さねば。

 

「いないいない!いる訳ないだろ?」

「うーむ、何かこう神の加護の的な神々しいものを感じたんじゃが」

 セルカはこめかみを人差し指で抑えながら口をへの字に曲げ、なんだか抽象的な言い方をする。

「そんなもの、あったら嬉しいぐらいだよ」

 

 本当にあったら嬉しいけど、俺が困るのを見て楽しむようなあのクレナがそんなものをくれる訳がないしな。

 

「というかコウイチは今まで見てきた人とはどこか根本的に違う感じがするんじゃよな」

 

 それはまぁ、そもそも生まれた世界が違いますし。

 

「そんなことより、俺に合う武具分かった?」

「それなんじゃが…」

 

 セルカは少し言いづらそうに言葉を溜めてから、

「分からん」

「なんで!?」

 

 『真贋の魔眼』とやらで見てくれるんじゃなかったんですか?

 

「いやー、なんか分からんがコウイチはあたしの魔眼で見てもよく見えないんじゃ」

「それは、どうなの?」

「あたしもこんなの初めてじゃからな〜。びっくりじゃ」

 

 ははは、ととぼけた笑いを飛ばしながら頭をかくセルカ。「びっくりじゃ」じゃねーだろ

 

「じゃあ俺の武具どうやって決めればいい?」

「コウイチの適正教えてくれ」

「普通に聞くんかい!」

 

 そんなわけで、魔眼で武具を決めるもクソも無いただ適正を教えておすすめの武具を持ってきてもらうという、普通の武具選びをする羽目になった。

 

「それじゃあ、これとかこれなんかどうじゃ?」

「お、これは…」

 

 セルカが持ってきたのは指の部分は動きやすくするためか布の様なもので覆われて、金属部分は青色に染められた籠手と俺の持っている短刀よりやや長めの刀身を持った短刀だった。

 そういえば、店に来る前シャバラにも籠手をおすすめされていいかもって思ってたんだよな。

 

「この籠手ってどういう特徴があるんだ?」

「普通の籠手じゃな。一応塗装で魔術耐性を少し高めてはいるが」

 

 俺の時だけ説明内容薄くねっ!?

 

「こいつはシャバラに言われて作った量産ができる籠手じゃからな」

 

 こいつ、自分が作りたくて作ってないからあからさまに愛着ねーじゃねーか。

 

「じゃ、じゃあもしかしてこっちも?」

 

 なんとなく嫌な予感を感じながら短刀の方を指差して聞いてみると、

「うむ、量産可能なやつじゃな。でも本来の短刀より刀身を少し長くすることで剣と短刀のハイブリッドって感じに仕上げた扱いやすいタイプじゃな」

 

 やっぱりか。さっきクゥのかっこいいマジックロッド見た後だからどうしても見劣りしちゃうけど、まぁ魔眼で見てもらえないんじゃしょうがないか。俺も自分に合った武具とか欲しかったけどなぁ。

 

「じゃあその籠手買うよ。後、この短刀の修理とかってできる?」

 

 籠手の代金は量産できるので銀貨5枚と比較的安かったので支払いをしつつ、自分の持っている短刀をセルカに見てもらうことにした。

 この短刀はゴートに貰った物だし大事にしたいのだが、ここ最近度重なる戦闘ですでにボロボロになってきていたので修理できるならしてもらいたい。

 

「ふむ なかなかいい短刀じゃな。これぐらいなら修理できるぞ」

「ほんとか!じゃあ頼んでもいい?」

「もちろんじゃ。修理代は銀貨2枚でいいじゃろ」

「それと、修理してる間はさっきの短刀を貸しといてやるから持ってっていいぞ。壊したら弁償じゃが」

 

 セルカにお礼を言いつつ修理代を支払い、短刀を借りることにした。壊したら弁償なので、できれば使いたくないが無いと心許ないから腰に差しておくだけになりそうだな。

 

「いやー、久しぶりにこんなにお客さんが来たし、今日はいい日じゃ。コウイチの短刀も腕によりをかけて修理しておくから楽しみにしとくんじゃぞ」

 

 今日の買い物で支払った金貨や銀貨をにやけた顔で見ながら喜びを隠せないセルカに別れを告げて、俺達は『骸狩り』の情報収集をするべく、探索者ギルドに足を運ぶことにした。



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捜索開始!

 

「う〜ん、『骸狩り』…ですか〜聞いたことないですね〜」

 

 受付嬢のロゼルさんに「力になれずすいません」と謝られたが、ダメもとで聞いたことなので気にしないでくださいという旨を伝えてから今度はギルドの食堂に顔を出すことにした。

 探索者仲間のシェイクに何か知っていたりしないか聞きたかったのだが…

 

「いないなぁ」

 

 どうやらタイミングが悪かったらしく不在らしい。普段なら昼間っから酒でも飲んでるのに。

 

「キーラとクゥは誰か探索者に知り合いいたりするか?」

「いないわね」

「いないですね。すいません」

 

 キーラに続いてクゥも知り合いはいないらしい。うーん、なんという人見知りパーティー。

 

「ていうかキーラはよく話しかけられるんだから普段からもうちょっと愛想よくしてろよ」

「なんであたしが言い寄ってくる有象無象に愛想良くしなきゃならないのよ」

「有象無象て…」

 

 なんともお高くとまった元お嬢様である。

 

「話しかけてももらえなくてすいません」

「いやいや、クゥは悪くないんだぞ?」

 

 申し訳なさそうに俯いて謝るクゥを宥める。クゥの場合、話しかける奴がいたらそいつはもれなくロリコン認定されるから誰も話しかけないだけどと思うが。

 

「あたしの時と全然態度違うじゃない!ロリコン!」

「ロリコンじゃねーよ!それに態度が違うのはあれだよ…」

「なによ?」

 

 キーラは今にも殴りかかりそうなほど目を吊り上げて俺に言葉の先を話すように促す。これは間違ったこと言ったら殺されるやつだな。よし、ここは覚悟を決めて。

 

「日頃の行い、とか?」

「あんた殺すわ」

「ちょっと待ってキーラさん!?僕は試し斬りをする為の道具じゃありませんよ!」

 

 さっき買ったばかりの剣に手を伸ばして襲いかかってくるキーラをシャバラとクゥが抑えてくれている間、椅子の影に隠れてガタガタと震えることしかできない自分が嫌になった。

 

 

「やはり足を使って聞き込むしかないですかね」

 

 キーラをなんとか落ち着かせた後、少し肩を落としながらそう呟くシャバラに同意しつつ、これからどうするか考えを巡らせていると…

 

「あの、コウイチさん。サルビアさんに聞いてみるのはどうですか?」

 

 クゥのその言葉で思わず膝を打つ。そういえばこういう情報を知ってそうな奴を俺は知っていることを思い出す、どこから仕入れてきているのか分からないが信用できる情報屋サルビアを。

 

「その手があった。さすがクゥ天才か?」

「えへへ」

 

 頭を掻きながら照れ隠しをするクゥを褒めちぎって、シャバラ、それとキーラも会ったことがないので二人に俺が個人的に情報を教えてもらっているサルビアの事を説明した。

 

「なるほど、その方なら期待できるかもしれませんね」

「ああ、だからもう一度コルト亭に戻ってサルビアが来てるか見に行こう」

 

 俺の提案にシャバラは「ですが」と横槍を入れて続ける。

 

「これ以上四人で行動して無駄足になるのも非効率ですし、ここは二手に分かれましょう」

「二手?」

「はい。コウイチさんとキーラさんでそのサルビアさんに会いに行っている間、私とクゥさんで街の方に聞き込みをしておけばいいかと」

 

 なるほど。それはいい考えである。しかし一つ気掛かりなのは、

「その分け方には何か意図が?」

「いえ別に、適当に決めました」

 

 まぁ、これ以上とやかく言うとまたキーラに襲いかかられんしな。

 

「分かった。じゃあその二手に分かれよう」

 

 ということで、サルビアに会いに行く俺・キーラ班と街で聞き込みのシャバラ・クゥ班で三時間後に探索者ギルド前集合と相なった。

 

「それじゃあ三時間後にな」

「あ、コウイチさん」

「ん?」

 

 シャバラ班に別れを告げようとした時、シャバラが近寄ってきて耳元で囁く。

 

「さっきは適当に決めたと言いましたが、あれは嘘です。キーラさんのご機嫌を取ってあげて下さいね」

 

 そう言って、爽やかにウインクまでして去っていくシャバラ。いらん気を使いおって、この元お嬢様は扱いが難しいからクゥに任せておいた方が丸く収まるのに、と内心毒づきながらキーラと二人コルト亭へと向かう。

 

 

 しかし、シャバラの言うことにも一理ある。ここは一つご機嫌取りしておくか。コルト亭への道中、キーラに話しかけてみる。

 

「キーラ、いやキーラ様」

「なによ。急に畏まって」

「怒ってます?」

「………怒ってないわよ」

 

 ホッ。良かった〜。なんだあんまり怒ってないじゃん。ただの取り越し苦労だったか。

 

「怒ってないけど、一つ約束しなさい」

「はっ!なんなりと」

「これからはあたしにもクゥと同じような態度で接しなさい」

 

 なんだそれは?よく分からんが、

「あれか?クゥにしてるみたいに頭なでなでとかして欲しいってこと?」

「あんたやっぱり死にたい?」

「嘘です嘘です!だから剣に手を伸ばすのやめてください!」

「もういいわ。あんたに期待したあたしが馬鹿だわ」

 

 キーラは少し抜いた剣を鞘に納めながらため息をつく。なんか俺勝手に失望されてる?

 

「あのー、結局私はどうしたらよいので?」

「どうもしなくていいわよ。馬鹿はいつも通り馬鹿でいればいいの」

 

 そう言うと彼女は呆れたように微笑を零す。

 

 女の子が考えてることは、よく分からんが機嫌は良くなったみたいで一安心だな。

 

 そうこうしているうちに、コルト亭はもう目の前に迫ってきていた。



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路地裏

 

 コウイチ達がコルト亭へ向かっている時、探索者ギルド前にて、

 

 

「さて、では我々も聞き込みに行くとしましょうか。クゥさん」

 

 コウイチさん達と別れた後シャバラさんに言われるまま、私達は街へ聞き込みをしに歩き始めた。

 

 いつもお話しはコウイチさんに頼りきっているせいで、あまり知らない人と行動するのは初めてで緊張するけど、頑張らなければ!

 

「どこから行きますか?」

「そうですね。まずは街の人に最近何かなかったか聞いてみますか」

 

 シャバラさんが言うには、どんな些細なことから事件に繋がるか分からないから、騎士団は普段から街の人と会話して情報を集めているらしい。

 

 そのおかげで街の方からあんなに慕われているんですね。素晴らしい取り組みです、きっと騎士団長さんはこの王都を大事に思ってらっしゃるのでしょう。この間ギルドで会った時は、少し怖い人かと思いましたが…

 

 

 騎士団の方達の日頃の行いに感心しつつ、シャバラさんについて行き街の方達に話を聞いて回ってみたが目ぼしい情報は手に入らなかった。

 

「やっぱり簡単には分からないですね」

 ため息混じりに悩むように中空を見つめるシャバラ。

「すみません。わたしも大した役に立たず」

「いえいえ、私もダメでしたし、クゥさんのせいではないですよ。こういうのは根気が大事ですし、何もないということは平和ということですからね」

 

 慰めるようにそう言ってくれるシャバラさんは、少し考えるように俯いた後、「あそこならもしかすると」と呟く。

 

「あそこってどこですか?」

「街の各所にある路地裏です。そこならよからぬ事を企む連中も集まりやすい場所なので、ですがあそこは…」

「何か問題があるんですか?」

「はい、言ったとおり不良の溜まり場となっているので、女の子が行くにはいささか危ない場所かと。我々騎士団も嫌われているので…」

 

 私の質問に、少し言いづらそうに危ない場所だと告げるシャバラさん。

 ここクエス王都には多くの民家や商店が建ち並ぶ、その為その建物の間だったりには路地裏が数多く存在する。

 だけど、私が一緒だから行けないなんて迷惑はかけられません!

 

「私なら大丈夫です!これでも探索者ですから危険は慣れっこです!」

 

 出来る限りの自信に満ち溢れた表情でシャバラさんに問題がない事を伝える。本当は普段、コウイチさんが私やキーラちゃんを心配して薬草採取しかしていないので危ない依頼なんてやった事ないですが…

 

「では行きましょうか、くれぐれも私の傍を離れないで下さいね」

「はい」

 

 私の言葉で納得してくれたのか、シャバラさんは「こっちです」と言って路地裏へと向かって歩き出す。おそらく人が屯している場所を把握しているだろうシャバラさんについて行くと、しばらく歩いた所でふと立ち止まる。

 

「ここから行ってみますか」

 

 シャバラさんが見る先には民家の間から入って行く路地裏へと続く入り口がひっそりとあった。ただ道を通って行くだけの人は目も向けない。そんな表の通りからは別世界へ繋がっているような感じがした。

 

「では、行きましょうか」

「…はい」

 

 路地を進んで行くと少し開けた空間に出た、どこを見ても家の裏側である壁に囲まれたその場所にはいくつかのグループがそれぞれ違う場所で話したり、何かを受け渡してお金を貰ったりと思い思いに過ごしているようである。

 

「おい、あいつ」

「騎士団様がこんな所に何のようだ?」

「なんだあのガキ?」

 

 そんなあからさまに怪しい人達が集まる所に騎士団の服を着た人物と子供が一人入ってこようものなら、彼らは当然警戒と疑いの色の濃い目を向けてくるわけで。

 

 すっごい見られてる。こ、怖い。

 

「おい、ここはおめーらみたいな奴らが来る所じゃねーぞ?道間違えたんなら帰んな」

 

 こちらを見ていた人の一人が、私達に敵意剥き出しに話しかけてくる。

 

「私達は何も君達を捕らえにきたわけじゃないですよ。そんなに邪険にしないで下さい」

「ああん?じゃあ何しにきたんだよ」

 

 ガタイのいい男はシャバラに鼻がつきそうになる程顔を近づけて詰め寄る。

 

「誰か『骸狩り』についての情報を持っている方がいたら教えていただきたいんです」

 

 笑顔を崩さずに淡々と喋り続けるシャバラさん。この人よく変えずにいられるんだろう。私は怖くてついシャバラさんの後ろに隠れてしまった。

 

「知らねえなあ『骸狩り』なんて、知ってたとしても騎士団なんかに教えるわけねえだろ。失せろ」

「まあまあそう言わずに、教えていただければ多少は何かお返しできると思うのですが…」

 

 シャバラはポケットから巾着袋を取り出して軽く振ってみせる。袋は動くたびにジャラジャラと音を鳴らして男に少なからずの金銭が入っている事を伝える。

 

「……で、何が知りたいんだ?」

 

 金の魔力に眩んだ男は鼻をならしてシャバラに質問を続けるよう促す。

 

「ありがとうございます。聞きたいのは『骸狩り』のアジトの場所と幹部が根城にしている場所なんですが…」

 

 

 

「たのもーーー!!!!!」

 

 シャバラが男に質問をしようとした時、突然路地裏の空間に透き通る高い声が響き渡る。

 

 誰もが突然の大きな声に驚き、声のした方に目を向ける。

 

 そこにいたのは、淡い紫の色をしたミディアムロングの髪をおさげにしてくりっとした目が特徴的な女の子が腰に手を当てて堂々と立っていた。

 

「なんだテメー!でけー声で喋ってんじゃねーぞ!」

 

 不良の一人が彼女に向かって近づいて啖呵を切る。

 

「やかましいのはお前だ!」

「げぇっ!」

 

 近づいてきた男の鳩尾に、彼女は迷う事なくパンチを打ち込み、男は腹を押さえてその場にうずくまってしまう。

 

「誰か『骸狩り』のカリムって奴に会いたいんだが、誰か知ってるかー?」

 

 紫髪の女の子は、路地裏にいる全員に聞こえるように大声で質問する。

 

 突如現れた女の子が私達と同じ『骸狩り』を探している事に驚きつつ、仲間がやられた事で路地裏全体に緊張感が増すのを感じた。

 

 これ、まずい雰囲気じゃないですか?



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スイレン

 

「さぁ、さっさとカリムの居場所を教えな」

 

 突如現れ『骸狩り』のカリムを探しているという謎の少女の出現に、路地裏にいた全員が動揺を隠せないでいた。

 

「テメー、よくも俺のダチを!!」

「当て身ッ!」

「ごほッ!?」

 

 先程、少女に殴り顔された男の友人らしい男が激昂して殴りかかるも、少女は涼しい顔のままパンチをひらりと躱しながら首に手刀を入れると男はそのまま地面に伏してしまう。

 

「あいつはあんたらの仲間か?」

 

 先程までの一連の騒動を見て私達が情報を聞こうとしていた男の人が敵意に満ちた目でこちらを見て聞いてくる。

 

「ちち、違います!知りません!」

「そんなに動揺してるところを見るにますます怪しいなぁ!?」

「待って下さい!私達は本当に彼女の事は知りません」

「おいお前ら!こいつらもその女のグルだぞ!」

「あわわわっ」

 

 私が取り乱したせいで、シャバラさんの説得虚しく私達もあの少女の仲間だと思われてしまったようで、あっという間に5人の不良に取り囲まれてしまう。

 

「これは、戦うしかないみたい、ですね」

「は、はい!」

 

 腹を括ったらしく、腰の剣を鞘に差したまま構えるシャバラさんの後ろに付いて、さっきコウイチさんに買ってもらったマジックロッドをキューブ状態から展開して私も構える。

 

 覚悟はしてたつもりですけど、やっぱり怖いです!私、実はまだ攻撃魔法覚えてる途中なんです!

 

「みんなやっちまえ!」

「はぁ!」

 

 一人目がナイフを取り出して走ってくるとシャバラの剣は滑るように相手の首を直撃して、男は空中で一回転して地面に落ちる。

 

「テメー!やりやがったな!」

「おらぁ!」

 今度は二人がかりでシャバラさんに襲い掛かる不良達。片方は鉄の棒を持ち、もう片方はナイフを持っている。

 

「ふっ!」

 シャバラは振り下ろされた鉄の棒を素早く受け止めると、もう一人に蹴りを入れて退かせた後鉄の棒を押し返して胴に横振りを入れる。

 

「チッ、先にこっちのガキやるぞ」

「ひっ!」

 

 シャバラを倒すのは厳しいと判断した不良二人ががクゥに標的を変え向かってくる。

 

 『バインド』!

「がっ!?何だこれ!」

 

 このマジックロッド凄い。今の『バインド』発動からほとんどタイムラグがなく出た。

 

「ガキが舐めやがって!」

 クゥがマジックロッドに関心している間、拘束魔法で一人は身動きが取れなくなりその場で止まるがもう一人はクゥに向かって猛然と駆け寄ってくる。

 

「とうっ!」

「ふん!」

 

「ごはぁ!?」

 

 クゥまで後一歩の所で紫髪の少女の飛び膝蹴りとシャバラの一閃が不良の顔と胴に直撃し、男は空中で数回転して落ちる。

 

「大丈夫ですかクゥさん!」

「はい。ちょっとびっくりしましたけど、それよりあの子…」

 心配そうに聞いてくるシャバラさんに返事をしながら少女の方に目をやる。

 

「あんたらはこいつらの仲間じゃないみたいだけど、なんなんだ?」

「なんなんだじゃないですよ。あなたのせいで貴重な情報を聞き損ねたでしょう!一般人も巻き込んで!」

 

 随分と気の抜けた言い方で話す少女に大人しそうだと思っていたシャバラさんも少し声を荒げる。

 

「うるせーなー。別に誰も怪我してないんだからいいだろ?なぁ?そこのガキンチョ」

「はい!?私ですか?」

 

 ガ、ガキンチョって言われた。見たところそんなに歳に差はなさそうなのに…やっぱりわたし子供っぽいのかなぁ、ショックです。

 

「怪我がなければいいというものじゃありません。それよりなんであなたは『骸狩り』を探してるんですか?」

「ああ、そういえば自己紹介もしてねーな。あたしは【スイレン】ロンシャ王国から来たんだ」

 

 ロンシャ王国というと確か大陸の東の端にある国で武術が盛んだと何かの本で読んだ気がする。

 

「ロンシャ王国なんて遠いところからどうしてクエス王国に?」

「師匠に言われてうちの流派の後継者探しで世界中旅してんだ。たまたまこの国で『怪腕』って二つ名で呼ばれてる強い奴がいるって聞いてさ。そいつを追ってたら『骸狩り』って組織に辿り着いたってわけよ」

 

 一人でそこまで調べるなんて、この子案外凄い子なんじゃ。

 

「どうやって調べたんです?」

 シャバラさんが当然の質問を投げると、スイレンは満面の笑みで答える。

「こういう路地裏片っ端から回って、全員ぶっ飛ばして聞いてきた」

 

 前言撤回です。この子危ない子です。その殺伐とした説明を笑顔でしているのが余計怖さを増幅させてます。

 

「今すぐにでも庁舎に引っ張って事情聴取したいところですが、今はあなたのような暴力犯にかまっている時間はありません」

「誰が暴力犯だよ!あたしが殴ってるのは先に殴ってきた奴だけだ!」

 

 それでも十分駄目だとは本人に言える筈もなく、ただ二人の口論を眺めることしかできない自分が嫌になります。

 

「それより、今はあいつです」

 

 シャバラは、突っかかってくるスイレンに黙るように言うと、拘束魔法を外そうともがく力も無くなったらしくぐったりとしたまま直立で縛り上げられている不良に目を向ける。

 

「たしかに、こいつならカリムの居場所も知ってそうだな」

「部外者は入ってこないで下さい」

 

「テメーらこんな事してタダで済むと思うなよ!」

 こちらが見ている事に気付き、また暴れ出した男を尋問という名の暴力を振るう気満々のスイレンにシャバラは厳しく告げると、男に近づいていき朝コウイチにした時とは全く別の、見る者に恐怖を覚えさせるほど嘘っぽい笑顔で話しかける。

 

「少しお話を聞きたいのでご同行願えますか?」

「………はい」

 

 シャバラの顔を見たクゥは、この人も怒らせないようにしようと思って震えていた。



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女王様

 

「サルビア?あぁ、あの怪しい人ね。今日はまだ見てないけど」

 

 コルト亭に戻ってシャロットにサルビアが来ているか質問してみて返ってきた返事である。

 

「うーん、…どうしたもんか」

「考えるふりして寝ようとしない!」

「いでっ」

 

 食堂のテーブルについて顔を伏せながら話すと寝ようとしていたのがバレたらしくキーラに後頭部を叩かれる。

 昨日の晩から、ろくに寝てないせいでいい加減に眠気が限界である。

 

「んな事言ったって、サルビアさんがいないんじゃ話にならないだろ?来るのを待つぐらいしかできないじゃん」

「それはそうだけど、サボろうとしないの」

 

 少しでも瞼を閉じようものならすぐにでも鉄拳が飛んできそうなので、大人しく座り直してからシャロットに料理を注文してサルビアを待つ事にした。

 

「あっちの二人、上手くやってるかしら。クゥって人見知りだしちょっと心配ね」

「大丈夫だろ クゥはああ見えてしっかりしてる子だし、シャバラも変な奴じゃないから」

 

 しばらくはクゥ達の心配をしながらご飯を食べて時間を潰していると、コルト亭の入り口が開いて髪の長い怪しい雰囲気を纏った男が一人入ってくる。

 

「いやー、待たせちゃったみたいだねコウイチ君」

 

 それは髪のせいで目元は見えないが、口元は笑みを浮かべてこちらに話しかけてくるサルビアだった。

 

「なんで待ってるって知ってたんだ?」

「なんとなくだよなんとなく」

 

 相変わらず何を考えているのか分からない様子ではぐらかすサルビアだったが、待っていたのを知っていたのなら話は早い。

 

「早速なんだけどサルビアさん。俺逹『骸狩り』のアジトと幹部の居場所を探してるんだけど、なんか知ってたりしない?」

「もちろん知ってるよ」

「じゃあ…」

 

 さすがというべきか、知っていると言うサルビアに情報を聞こうとすると手の平を突き出されて制止される。

 

「ただし、教えられるのは『妖香』の二つ名を持つカシュームの居場所だけだね」

「それ以外のやつの情報は?」

「残念ながら持ってないんだよ。すまないね」

 

 残念ながら『骸狩り』全ての情報は手に入らなかったが幹部の一人の居場所は知っているのでそれを聞く事にする。

 

「報酬はいつも通り、またお酒でもご馳走してくれればいいよ」

「いつも悪い」

「それじゃあ教えるけど、カシュームはもうじきどこかに移動してしまうと思うから場所を聞いてらすぐにでも向かったほうがいいよ」

 

 そう前置きしてから教えられたカシュームの潜伏場所は、ここからギルドとは反対側に位置する場所の路地裏らしい。

 確かに王都って入り組んでるから路地裏なんかは潜伏場所に向いてるかもなどと思いつつ、急いだ方がいいらしいのでサルビアに感謝をしながらキーラと一緒に足早にコルト亭を出た。

 

「聞いた感じだと、この辺りか」

「手分けして探すのも危ないし、一緒に路地裏回っていくわよ」

 

 サルビアに教えられた場所は路地が入り組んでおり、行きたい場所に行こうとしてもどこを通ればいいか分からない程だ。

 キーラと路地裏の迷路を探索していると、明らかに悪そうな人相をした連中が屯しているらしい広場を見つける。

 

「あそこか?」

「どうかしら カシュームって奴を見つけなきゃよね」

 

 少し離れた曲がり角から広場の様子を伺ってみると…

 

「うーん、みんなちょっと頑張り足りないんじゃなーい?」

「「「す、すみません!」」」

 

 男ばかりの溜まり場で珍しい女性の声がしたと思うと、その女が座って話しているのに対して五人ほどの男達は立ったまま全員頭を下げて謝罪していた。

 

「……なんだあれ」

「こっちが知りたいわよ」

 

 見たところ女王様と家来といった風に見えるが…

 

「あいつがカシュームか?」

 

 女王様風の女は体のラインが強調された服を着ており、正直目のやり場に困るが、歳は見たところ二十代後半と言ったところで大人の女性の雰囲気がでている。

 

「……エロいな」

「は!?あんた、あんなのがいいわけ!?」

「違う違う!ちょっと思っただけです!」

 

 キーラからの軽蔑の眼差しを感じながら、気を背けるように広場の方を見直すと…

 

「なにか匂うねー。私と違って美しくない匂いがするー」

 

 空中の匂いを嗅ぐ仕草をした後明らかに俺とキーラが隠れている方を向いてきた女と目が合ってしまう。

 

「見つけたー。みんなあの子達捕まえてきてー」

 

 女の一言で、男達はこちらに向かって一斉に駆け出してきた。

 

「なんかこっち来た!」

「逃げてどうすんのよ!」

 

 つい逃げ出そうとした所をキーラに襟首を掴まれて止められる。

 

「さっさとあいつら倒してあの女もとっ捕まえるわよ!」

 

 やる気満々で買ったばかりの剣を抜いて臨戦体勢をとるキーラを止められるわけもなく…

 

「やるしかねぇか」

 

 俺も拳を構えて走ってくる男達を相手することにした。

 もうどうにでもなれってんだ!



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vs.カシューム?

 

『正拳突き』!

 

「うぐっ!」

 人が横に二人並ぶので精一杯の狭さの路地で、一心不乱に突進してきた男の顔に真正面から拳を放つと、籠手を着けているおかげもあってか簡単に一人を殴り倒す。

 

「ヨクモ、仲間を!」

 

 一人を倒したせいで後ろに控えていた男達が声を上げながら細い路地に流れ込んでくる。それにしても全員目が血走ってて言葉遣いも片言で怖いんですけど!

 

「うらぁ!」

「キーラ!」

「分かってるわよ!」

 

 次に向かってきた男は握っていた剣を振り下ろす形で突進してきたので、すぐさま体勢を低くしてキーラに剣を受けてもらう。ガキンと刃同士のぶつかり合う音が聞こえてキーラと男の動きが止まったところで男の腹に低い姿勢からアッパー気味のパンチを打つ。

 

「ごっ!?」

 

 綺麗に鳩尾に入ったパンチで男は口から空気が漏れる声を出しながら膝から崩れ落ちる。

 残る暴漢は後三人。

「コロス!」

 

「任せなさい!」

 

 激昂している男達に向かって言葉と同時に駆け出したキーラは、素早い身のこなしであっという間に一人の男の懐に入り込み剣の柄で顎を下から突き上げると、続け様体を捻りながら回転させ後ろにいる男のどうに刀身を振り抜く。

 

「ぶっ!?」

「がぁ!?」

 

「こ、殺してないよな?」

「大丈夫よ。ちゃんと剣の腹で叩いたから」

 

 あっという間に男二人をのしてしまったキーラに少し怯えながら声をかけてみると俺の心配などどこ吹く風といった様子で剣を肩にかけながら余裕で話すキーラ。

 

「やっぱりこの剣いい感じね。気に入ったわ」

「ユルサン!」

 

 新しくした剣を眺めながら軽口を叩くキーラの背後から残った一人の男が短刀を振りかぶって襲いかかる。

 

「危ない!キーラ!」

 

 男とキーラの間に入って左の籠手で短刀を受け止めてから右で男の顔に一発。

 運良く相手の顎に当たった拳はゴッと鈍い音をさせたと思うと男は声も無く崩れ落ちる。

 

「余所見すんな!危ないだろ!」

「わ、分かってるわよ!」

 

 あいかわらず危なっかしい元お嬢様はさておき、これで取り巻きは倒したし後はあの女がカシュームかどうかの確認だけだ。

 

「あれー?もしかしてあの子達倒されちゃった?」

 

 広場に出ると、つまらなそうに欠伸をしていた女は俺達が路地から出てきたのを見て驚いた顔をする。

 

「あんたがカシュームか?」

「あれ?どこかで会ったことあるっけー?確かに私はカシュームだよ」

 

 随分と呑気な話し方で答える女はあっさりと自分がカシュームであると認めた。

 それにしても、この辺なんだかいい匂いがするな。

 

「だったら話が早いや。黙って捕まってくれないか?」

「えー?どうしよっかなー」

「コウイチ こんなふざけた女さっさとふん縛って連れていけばいいのよ」

 

 カシュームの話し方に痺れを切らしたらしいキーラは剣を構えてすぐにでも飛びかかりそうだ。

 

「いや、穏便に済ませられればそれでいいだろ」

「かわいい坊やの為に付いて行ってあげたいけど。お姉さん忙しいんだー。ごめんね?」

 

 唇の前で指を立ててウインクをするカシュームに、歯軋りをしながら苛立ちを隠しきれないキーラ。

 うーん。やはりこの人、どことなくエロいな。実は聞いてたほど悪い人じゃないんじゃ?

 

「一緒に来る気がないんなら無理にでも連れてくだけよ。行くわよコウイチ!」

「ああ、ウン」

「…コウイチ?」

 

 そうだよ。やっぱりこの人が悪い人だなんて思えない。俺が守らないと。

 

「ちょっ!?あんた、なんでその女の横に立ってんのよ!」

「カシュームサマ、オレガマモル」

「はぁ!?」

「あははっやっと効いたみたいねー」

 

 カシュームはコウイチとキーラを見ながら面白そうに高笑いをする。

 

「どういう事よあんた!コウイチに何したの!」

「さぁー?なんでしょうー?」

 

 カシュームは素知らぬ顔でとぼけてみせる。

 私の『妖香』の匂いを嗅いだ異性は精神操作の魔法にかけられるのよー。ま、このお嬢さんには分からないだろうけど。

 

「じゃあー、コウイチくん?この子倒しちゃってー」

「ハイ、ヨロコンデ」

「喜ぶなー!」

 

 コウイチが拳を構えるの見てすかさず剣を構えるキーラ。

 コウイチのバカ!敵の女に惑わされるなんて、斬られても文句言わないでよね!

 

 次の瞬間、操られたコウイチがキーラに向かって駆け出す。



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vs.コウイチ

 

「カシュームサマ、バンザイ!」

「知らない女に鼻の下伸ばしてんじゃないわよ!」

 

 心ここに在らずといった表情のまま次々と拳を繰り出すコウイチに声をかけながら攻撃をいなすことしかできないキーラは迷っていた。

 

 このバカ、意外に強いわね。気絶させるつもりで加減して斬りかかっても籠手で弾かれるし…どうしたもんかしら。

 

「カシュームサマ、チョウゼツビジン!

 カシュームサマ、エロカワイイ!」

 

 目から生気が失われ、半ばグールのように呻きながら殴りかかってくるコウイチ。

 あの台詞、あの女が言わせてるなら趣味悪いわね。

 

 しかし、ほんとにどうしようかしら。本気で斬ればスキルで攻撃避けれないコウイチは倒せるだろうけど、今はクゥがいないから治療できないし…

 

「あれー?、もしかして諦めてくれた?」

「諦めてないわよ!あんたなんかすぐとっ捕まえてやるから覚悟しなさい!」

 

 コウイチを相手に攻めあぐねているキーラを手近な木箱に腰掛け足を組んだ上に肘をつきながら恍惚の表情を浮かべているカシューム。

 

 

 はーーー。やっぱり私の『妖香(パフューム)』で男を操ってアベックの仲を引き裂くのはいつやっても気分がいいわぁー。

 

 カシュームは他人の幸せを容認できないタイプの人間だった。

 

 この後はどうしよっかなー。目の前で彼氏と私がキスしてあの小娘の精神をズタズタにしてやろっかなー。大体ついこの間産まれましたってぐらいのガキが一丁前に男作ってんじゃないわよねー。

 

 カシュームはどうしようもないほど他人の幸せを容認できない人間だった。

 

「戦わないんなら帰ればー?コウイチ君は私に夢中みたいだしー?コウイチくーん。私とキスしちゃおっかー」

「カシュームサマト、キス、シマス」

 

 コウイチはカシュームに言われるがまま彼女のそばに寄り、腕を伸ばして顔を近づけ……

 

「もうあんたに慈悲は必要ないわね」

 

 キーラはその一言と同時に一切の躊躇なくコウイチの顔に剣を振り下ろす。

 

「カシュームサマ、アブナイ!」

「甘いのよ色ボケコウイチ!」

 

 コウイチはキーラの攻撃に瞬時に反応し、籠手で受け止めようとするも、彼女の太刀筋は籠手に当たる直前で軌道を変え、コウイチの腕をすり抜けて肩から真下に向かって斬り下ろされる。

 

「ガァッ!?」

 

 その光景を目の当たりにして、カシュームは困惑を隠せずにいた。

 

 こんの小娘!ほんとに自分の彼氏斬りやがった!

 

「次はあんたよ!」

「ぐっ!」

 

 キーラは振り下ろした剣を切り返すようにすぐさまカシュームに向かって斬りあげるも寸前の所で短刀に防がれ鍔迫り合いの形になる。

 

「大事なボーイフレンドに手を上げるなんてどうかしてるんじゃない?」

「こんなの彼氏でもなんでもないわよ!」

「くっ!」

 

 語気を強めながらジリジリとカシュームを追い詰めるキーラだったが、押し切る直前に弾くように横っ跳びで鍔迫り合いから抜け出される。

 

「逃げんじゃないわよ。さっさと斬ってしょっぴくから」

「随分イカれた小娘だって事は分かったわー。でも私、忙しいから今日はここまでかなー」

 

 一歩、また一歩とゆっくりキーラから距離を取ったかと思うと、胸の谷間から手のひらサイズの水晶玉を取り出した。

 

 あれは、魔封晶?まずい!逃げられる!

 

 キーラが魔封晶に気付いてカシュームの動きを止めようと動き出した時には、彼女は魔封晶を地面に向かって投げつけようと振りかぶっていた。

 

 魔封晶はカシュームの手を離れ、地面に叩きつけられて音を立てて割れる……はずなのに、いつまで経っても魔封晶の割れる音はしない。

 

「あなた誰よ!?」

「悪いが、逃すわけにはいかんのでな」

 

 そこに現れたのは、地面に着く前に魔封晶をキャッチして、のそりと立ち上がる茶色い肌の大男、『宵の手』のメンバーのグレゴリだった。



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嵐の前

 

「さて、じゃあ『骸狩り』について知ってる事を全部吐いてもらいましょうか」

 

 ここは騎士団庁舎の取調室。机を挟んでシャバラと向き合う形で座らされているのは捕まった不良の男。

 

「それ、教えたらここから出してくれんのかよ?」

「そうですね。教えてくれたら私達を襲った事は不問にしましょう」

 

 目を逸らしながら僅かな抵抗とばかりに外へ出してくれと言う男は、悠然とした態度で笑うシャバラの瞳を見て背筋が凍るのを感じた。

 

 こいつ、目の奥が全然笑ってねーじゃねーか。

 

「どうかしましたか?」

「い、いや」

 

 目は笑っていないのに優しい口調で話すシャバラに、言いようのない恐怖を感じた男は口を開いて知っている事を話し出す。

 

   ◇

 

「いやー、それにしてもクゥ。お前かわいいなー。こんなかわいい子見たことないぞー?」

「へっ!?そ、そうですか?えと、ありがとうございます?スイレンさんも美人だと思いますよ」

「いいこと言ってくれんじゃん!よーしよし」

 

 取調室から少し離れた庁舎内の別室にて、シャバラにここで待つよう伝えられたスイレンとクゥだったが、次から次へと話しかけてくるスイレンにたじろぎながら頭をぐしゃぐしゃと荒く撫でられるクゥの姿がそこにあった。

 

「ところでスイレンさんは、武術の後継者を探してここまできたんですよね?」

「そうだぞ」

 

 ボサボサになった髪を少し整えながら、話を逸らすために逆にスイレンに質問することにしたクゥ。

 

「じゃあ、そのカリムって人が後継者の素質を持ってたらどうするつもりなんですか?」

「そりゃあ、ふん縛って国に連れてくだろ」

「でも、カリムはこの国で悪い事をしてる犯罪者なんですよ?」

「その辺は大丈夫!我らが武術【崩山拳(ほうざんけん)】の修行を積んでる内に身も心も鍛えられるから、マスターした頃にはあたしみたいな立派な真人間になってるよ!」

 

 情報を集めるために片っ端から殴って話を聞いているスイレンえお立派な真人間と言えるのか疑問に感じるクゥだったが、スイレンに直接は言えない。

 

「でも、騎士団の人達はカリムを捕まえたらスイレンさんには渡してくれないと思いますけど…」

「なに!?…でも言われてみれば確かにそうだな」

 

 スイレンは少し考える素振りをしたかと思うと、「よし!」と立ち上がり、

「じゃあ、あたしはあたしでカリムを捕まえるから早い者勝ちだな!」

「え!?」

 

 それだけ言って部屋から出て行ってしまい、部屋にはクゥだけが残った。

 

 い、行っちゃった。嵐みたいな人でしたけど、止めた方がよかったでしょうか。止める間もなく行っちゃったけど…。

 

「すいません。お待たせしました」

 

 部屋でスイレンが出て行ったドアを呆然と見ていると、そこからシャバラが戻ってきた。

 

「おや?スイレンはどこですか?」

 

 シャバラにスイレンが出て行った旨を伝えると、

「あの女も縄で縛っておくべきでしたね」

 

 片手で頭痛をがするように頭を抱えて呆れるシャバラだったが、気を取り直して取り調べの結果を伝え始めた。

 

「話を聞いたところ、いくつかのアジトの場所とカリムの居場所が分かりました。アジトには他の騎士を向かわせたので、我々はカリムの所に数人の騎士を連れて向かいましょう」

 

 シャバラがいうにはカリムは捕まるリスクを下げるため拠点を転々と移しているらしいのでコウイチ達を待つより、先に自分達で捕まえに行くのが先決とのこと。

 

「では行きましょう」

 

 簡潔に説明を終えると三人の甲冑を着込んだ騎士達と共にカリムが潜伏しているというクエス王国の南西部に位置する居住区へと向かうことにした。



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vs.カリム

 

「取調べた男に聞いた情報だとあそこの家ですね」

 

 シャバラの見る先は数多く建ち並ぶ普通の民家の一つだった。

 

「思ってたより普通ですね」

「まぁ目立ってたら逆に怪しいですから外見はあくまで普通の民家を装ってるんでしょう」

「どう攻め込みますか?」

 

「男ならやっぱ正面突破じゃねーか?」

 家から少し離れた所で様子を伺いながらシャバラに質問すると突然後ろから知らない声が聞こえた。

 振り返るとそこには見たことのない大男が立っていた。着ている服は至る所が破れており、そこから見える体には古傷が無数に付いているのが見てとれた。

 

「来るならアポ取ってもらわねーとなぁ?」

 

 大男は騎士二人の兜を両手で掴むと地面に向かって勢いよく叩きつける。

 叩きつけられた騎士は声も出さずに動かなくなってしまう。

 

 クゥはその一瞬の出来事に立ちすくむことしかできなかった。

 

「貴様!よくも!」

「よせ!」

 

 同僚をやられたことでパニックになり、闇雲に剣を抜き大男に斬りかかる騎士をシャバラが制止しようとするも時すでに遅く、感情的に振るった剣は簡単に躱され鎧をものともしないボディーブローをくらって吹っ飛んでしまう。

 

「おい、なんだ?」

「え、人が倒れてるわよ!」

 

 流石にここまでの出来事で周囲にいた通行人が異変に気付いて声を上げる。

 

「クエス王国が誇る騎士様がこの程度とはなぁ。ちょっと残念だぜ」

「君がカリムか?」

 

 シャバラは手でクゥを後ろに下げながら剣を構えて大男に問う。

 

「そうだけど、お前は誰だよ?」

「クエス王国副騎士団長のシャバラだ。大人しく投降してくれると助かるんだが」

「ぎゃっはは!それ言って付いてくやついんのか?」

 

 カリムはそういうと人の顔程はありそうな大きな拳をシャバラに打ち下ろす。

 

「はあ!」

 

 振り下ろされた拳を剣の腹でいなすとそのまま流れて地面についた拳は舗装された道路をいとも簡単に砕く。それに怯むことなく剣を振るうシャバラ。

 

「よっと」

 

 カリムは完全に体勢を崩した状態で振るわれた剣をいつの間にかバックステップで避ける。その巨体に似つかない身軽さに、シャバラも驚愕する。

 

「副騎士団長サマの剣もこの程度か?」

「少し驚きました、だけどそこまで騎士団を愚弄されたら黙ってはおけないかな」

 

 剣と拳を構え直し対峙する二人に一瞬の静寂が流れる。

 

  先に動いたのはシャバラ。滑るような大きな一歩でカリムとの距離を詰め剣の間合いに入る。

 

 居合の形で左の腰の鞘側から流れるように振り抜く。

 

硬腕(こうわん)

 

 カリムはその剣を生身の腕で受け止め、刃を皮膚すら傷つけず止めてしまう。驚きを隠せないシャバラを見てにやりと笑い、空いている左腕でシャバラを殴りつける。

 

「ぐっ!?」

 

 シャバラは間一髪腕を畳んでガードするもするも、あまりの力に体が浮いて吹き飛ぶ。

 

「はっはー!まだまだぁ!」

 

『バインド』

「む?」

 

 ここぞとばかりに追撃をかけに行くカリムを地面から伸びる光る縄が絡みつき動きを止める。

 

「大丈夫ですか!シャバラさん!」

 

 マジックロッドを掲げたクゥが呼びかける。

 

「助かりました」

 

 シャバラは大丈夫だと返事をするも、だらんと下に伸びた右腕を押さえながら立ち上がる。

 

(折れてはないようだが、しばらく使えないかもな...)

 

 自分の腕を触りながら感覚を確かめる。

 

「なんだかこの場に似つかわしくないガキがいると思ったら魔法使いか」

 

 カリムはクゥの方に目をやり首を一回鳴らす。

 

「先に潰しちまうかぁ?」

「ひっ」

 

 カリムに睨まれたクゥはその目から飛ばされた殺気に喉から空気を漏らす。クゥが一瞬怯んだのを見たカリムは巻きついた縄を力任せに引きちぎると、クゥに向かって勢いよく駆け出す。

 

『アゲインスト』!

「む!?」

 

 すぐさま気を取り直したクゥが放った魔法で、カリムに強烈な突風が吹き動きを鈍らせる。その間にシャバラがクゥに近づき守りを固める。

 

『ヒール』

 

 続け様シャバラに回復魔法をかけ痛めた腕を癒すと、シャバラはしばらくは動かせないと思っていた腕が感覚を取り戻すのを感じる。

 

「クゥさんが来てくれて正解でした。これ以上かっこ悪いところは見せられませんね」

 

 シャバラがそう言うと同時に、突風が途絶えたことで動けるようになったカリムが今度こそ勢いよく襲いかかってくる。

 

 先程と同じ形で相対するシャバラとカリム。同じように左から剣を振るうシャバラを見て、同じく右腕で受け止めようとするカリム。

 

「そいつはさっき見たぜぇ!『硬腕』!」

「さっきとは少し違うぞ」

 

 剣の刃は腕に止められるも、今回はカリムの腕から少し血が噴き出る。

 

「ぐぬっ!?」

「はああぁぁ!」

 

 焦りの表情を見せたカリムを気迫の込もった声と共に剣を振り抜いて吹き飛ばすシャバラ。

 

「鬼人と呼ばれる副騎士団長がチンピラごときに負ける訳にはいかんのでな」

 

 いつの間にか口調が変わり、顔からは笑顔の消えた冷たく相手を見据えるシャバラがそこにはいた。

 

 



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vs.カリム その2

 

「ってーなぁ!!やるじゃねーか!」

 

 怒りながらシャバラを称賛して立ち上がるカリム。そんな彼は内心不安に駆られていた。

 

 カリムが『怪腕』という二つ名で呼ばれる理由はその腕に関するスキルにある。

 一つは右腕の『硬腕』。これは右腕を硬化させることのできるスキルで、カリム程の使い手になると鋼鉄以上の硬さにすることができ、攻守共に扱いやすいスキルである。

 もう一つは左腕のスキルだが、こちらは攻撃特化のスキルで使い勝手が悪いのであまり使うことはない。

 

 なにより、カリムにとって戦闘で右腕に傷が付けられるというのははじめての経験で異常事態であった。

 

 シャバラ(あいつ)ただもんじゃねーな。流石はクエス王国副騎士団長サマか…認識を改めねぇとな。()を使う事も視野に入れねぇと。

 

「……ッつ!?」

 

 カリムが様子を伺いながらどう戦うか思案しているところに、一直線に突進してきたシャバラの渾身の振り下ろし攻撃が地面を抉る。

 

「どうした?『骸狩り』の幹部はこの程度か?」

「さっきまでのお上品な感じはどこいったよ兄ちゃん」

 

 明らかに威力の上がっているシャバラの剣撃と彼の明らかに変わった目つきを見てうっすらと冷や汗が出るのを感じる。

 

「言ったはずだぞ。さっきまでとは違うと」

 

(ガキの方は支援魔法やらで妨害してくるから先に潰したかったが、それどころじゃなさそうだな)

 

「どうした、びびって動けないか?ならこっちから行ってやるぞ」

「なめんなよ!!」

 

 挑発しながら、もう一度正面から突進してくるシャバラを迎え撃つ。

 

臘梅(ろうばい)斬り』!

『硬腕』!

 

「ぐっ!?」

 シャバラの放つ首目掛けて飛んでくる剣を右腕を出して防ごうとするも先ほど斬られた所と同じ場所に剣を当てられ傷が深くなるのを感じる。

 

「死ねや!!」

 

 カリムは傷を抉られるのを感じながら右腕ごと剣を押し退け左腕を突き出す。

 

『巨腕』!!

 

 スキルの発動と同時にカリムの左腕はみるみる大きくなり、一瞬のうちに拳だけで人一人分はある程の大きさにまで膨れ上がる。近くで見れば最早壁のようなそれは、吸い込まれるシャバラに向かって降り落ちる。

 

『アトラクト』

 

 クゥの唱えた言葉と同時にシャバラの体が何かに引っ張られるようにクゥのいる後ろに飛ぶ。標的を失った左腕はそのまま地面に激突し、小さい隕石でもぶつかったかのようにクレーターを作る。

 

「ガキがぁ!!邪魔しやがって!」

「はひっ、ごめんなさい!」

 

 完全に虚を衝く必殺の一撃を無駄にされた事で鬼気迫る形相で怒鳴るカリムについ謝りながら小さくなってしまうクゥを見て余計に苛立ちが増すカリム。

 

 こんなガキが一丁前に戦闘に割り込みやがって。うっとうしい。こうなったら…

 

「まとめて潰す!」

 

 地面に突き刺さった腕を引き抜いて二人に向かって走り出す。

 

「クゥさん逃げて下さい!」

「遅ぇよ!」

 

 大きくなった腕は物理的に距離を縮める。拳が二人に到達するのには一秒も要さない。

 

『スリップ』!

「ぐがぁ!?」

 

 クゥの咄嗟に出した魔法で足を滑らせて顔から地面にこけた事で拳は二人に届く前に勢いを無くす。

 

「さっきからうっとうしい魔法でちまちまちまちまとぉ!!」

「あっはっはっは。めちゃくちゃダサいじゃん!」

「あぁん!?」

「ここだよここ〜」

 

 どこからか聞こえる笑い声に怒りを露わにして立ち上がりながら声の主を探すカリムを嘲笑うように上から呼びかける人影。

 

「スイレンちゃん登場!!」

 

 屋根の上からジャンプしてクゥとシャバラの前に優しく着地する彼女はくるりとカリムの方に向き直り指を差す。

 

「あんたがカリムだろ?失望したぞ!」

「はぁ?誰だよおめぇは!」

「あたしは『崩山拳』伝承者の一人、スイレン様だ!」

「聞いても誰か知らねぇよ!」

「別にあんたにもう興味ないから知らなくていいよ」

 

 ふぅと息を吐きながらやる気無さげに首を振るスイレンに苛立ちが頂点に達したカリムは体をわなわなと震わせて巨大な左の拳に一層の力を込める。

 

「もうお前らまとめて死ねや」

 

 力強く地面を蹴って高く飛び上がったカリムは落ちる勢いそのままに更に一回り大きくなった左腕を三人目掛けて振り下ろす。

 

降石拳(メテオナックル)』!

 

「おいスイレン、ここにはクゥさんもいるんだぞ!?どうするつもりだあんなの!」

「まかせなって」

 

 クゥとシャバラに目もくれず、拳の親指だけを立てて返事をすると、飛んでくるカリムの拳に照準を合わせて構えるスイレン。

 

 崩山拳奥義『山嵐(やまあらし)』!

 

 腰を落とした姿勢から、回転を加えて放たれたスイレンの拳とカリムの拳が真正面から衝突する!



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謝罪

 

 クゥ達がカリムと戦っている丁度その頃、コウイチ達は…

 

 

「ねぇなんで!?また俺キーラに斬られてるんですけどなんで!?」

 

 

 カシュームの精神操作が解け、我に返ったコウイチは体に走る痛みに叫んでいた。

 

「おいおい、暴れるなコウイチ。傷が開く」

「元はと言えばあんたがあの女に操られるのが悪いんでしょうが」

「痛い痛い!死ぬ死ぬ!」

 

 騒ぐコウイチを落ち着かせようとするカシュームを脇に抱えたグレゴリと我関せずとそっぽを向いて冷たくあしらうキーラとでカオスな空間になっていた。

 

「これだけ騒いでれば大丈夫だろうが、一応これを飲め」

「んむっ!」

 

 グレゴリは空いた手で腰のポーチから取り出した小瓶の中身をコウイチの口に流し込むと体の傷がみるみる治っていく。

 

「治ったーー!生きてるーーー!」

「そのまま死んでも良かったのよ?」

「お前何回俺のこと斬れば気が済むんだよ!命いくつあっても足んねーよ!」

「まぁまぁ、二人ともそう騒ぐな。彼女はこれでも命に別状が無い程度に浅く斬ってくれてたんだぞ?」

「斬られてるんですけど!?浅い深いじゃなく!」

「まぁそれは事実だがな、今はそんなことよりこの女の話をしよう」

 

 コウイチの軽口を笑って流して脇に抱えたカシュームについて話を始めるグレゴリ。カシュームはグレゴリの攻撃で完全に伸びており、体は力無くだらんとグレゴリの腕に引っかかっている。

 

「どうするって言われても、騎士団に連れて行って捕まえてもらうだろ」

「そうなるだろうが、『宵の手』としては迷惑をかけられた相手だからなぁ、連れて帰ってちょいと痛い目を見てもらいたいんだが」

 

 頬をぽりぽりと掻きながら、さらりとカシュームを私刑にかけると言うグレゴリを見て、そういえばこの人優しい口調だから忘れそうになるけど馬鹿みたいに体の大きい秘密結社のメンバーだったと思い出すコウイチ。

 

「駄目に決まってるでしょ?」

 

 答えに困っているコウイチの横から声を出したのはキーラだった。体を一歩前に出してグレゴリを見上げたまま続けて、

 

「あんた達が私の事誘拐して殺そうとしたの許してあげたんだから今回は見逃しなさい。それでチャラよ」

 

 凛とした表情を変えず、グレゴリ相手に物怖じもせずそう言うキーラを見て、また一つ笑いを零すグレゴリ。

 

「それもそうだな、キーラお嬢さんが一枚上手だったか。この女は持っていくといい。じゃあ私はこれで失礼するとしよう。さっきのポーション代はいらんから気にするな」

 

 それだけ言った後コウイチの方に近づいて「彼女に謝っとけよ」と囁いた後、転移魔法で姿を消してしまった。

 

「なんかあっさり帰っていったな」

 

 取り残されたコウイチがさっきまでグレゴリがいた場所を見ながら呟く。

 

「借りを残しておきたくなかっただけでしょ?前に謝られた時からそんな感じだったし」

 

 吐き捨てるように言いながら、カシュームを縄で縛り始めるキーラの背中を見ながら、どこか機嫌が悪い感じがしてどうしようかと悩んだ末、

 

「あの、キーラさん?」

「なによ」

 

 こちらを振り返りもしないキーラの背中に話し続ける。

 

「さっきグレゴリが言ってたけど。死なないように加減して斬って下さったんですよね?」

「それが?」

「えーとですね、なんと言いますか、助かりました。ありがとうございます?」

「………」

 

 返事がない。しかばねではないからただの無視のようだ。近づいて顔色を伺おう。

 

「あのー。キーラさん?」

「うぅ…」

「えぇ!?」

 

 キーラの前に出て顔を覗くと、そこには目に涙をいっぱいに溜めて顔を歪めた彼女と目が合う。

 

「別にあたしだって斬りたくて斬ってるわけじゃないのにぃ」

「で、ですよね!もちろん存じておりますとも!」

「クゥもいないからどうしたらいいか分かんなかったから。でも斬らないとあんた止めれなかったからぁ」

 

 普段つんけんしているキーラがこんな表情をしているのを初めて見たせいか、女の子を泣かせた罪悪感からくるのか、どうしていいか分からずとりあえず全肯定することにする。

 

「だよね!でも死なない程度に斬ってくれたんだもんね!流石キーラだなぁ!俺、キーラになら何回斬られてもいいって思っちゃうなー!」

「斬りたくないって言ってんでしょー!うわーん!」

「斬りたくないよねー!だよねー!」

「嫌われたくてやってる訳じゃないのにー!」

 

 わんわん泣き出すキーラにどう言葉をかけていいか分からず泣いてる子供をあやすような言葉遣いになってしまう。

 

 

 

「…泣いたらすっきりした」

 

 しばらく泣いた後、目の周りを赤くして鼻をすすりながら呟いたキーラの言葉を聞いて少しホッとする。

 

「さっさとこの女連れて行きましょ。それと、さっき見た事聞いた事は記憶から消しなさい」

「はい」

「誰かに言ったら斬るから」

「はい」

 

 結局斬るんかい。などという言葉をぐっと飲み込み。泣き疲れたせいかいつもより弱々しい口調で釘を刺すキーラを見て、これ以上怒らせる訳にはいけないと軽口を挟まずただただ黙って首を縦に振るコウイチだった。

 

 その後、カシュームを騎士団に渡す為コウイチとキーラは集合場所のギルド前に行く前に庁舎へと向かった。



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合流

 

「ちょっと遅れるかもな」

「しょうがないでしょ。幹部を捕まえたんだし遅刻ぐらい許してくれるわよ」

 

 地理的な関係からカシュームを庁舎の騎士達に渡した後にギルドに向かうと集合時間には間に合わないと考えられる為、ぼやきながらずり落ちそうなカシュームを抱え直す。

 

「三人のうち一人が案外簡単に捕まえられたし、あっという間に三人捕まえれるかもね」

 

 さっきまで泣いていたのは無かったかの様に気持ちを切り替えたのか、すっかり普段通りに戻ったキーラは呑気なことを呟く。

 

 本当によく分からんやつだなぁと口に出さずに歩いていると、騎士団庁舎が見えてくる。

 

 騎士団の人に事情を説明してカシュームを預けた後、庁舎を出ようとした時、

 

「あ」

「おや?」

 

 庁舎前に着くとそこにはクゥとシャバラ、と知らない女の子と縄で縛られてシャバラに引き摺られている知らない大男が庁舎に入ろうとしている所に鉢合わせた。見るに大男の方は左腕が随分とボロボロに傷ついているようだが。

 

「コウイチさん!」

「なんでクゥ達もここにいるんだ?それにその人達…」

「こいつは『骸狩り』幹部のカリムです。捕らえれたので一旦庁舎に預けようと思いまして」

 

 状況が理解できていない俺に説明する為、話し始めたシャバラ。

 

「こっちはついでに捕まえた暴力犯です」

「まだあたしのこと犯罪者呼ばわりかよ!あたしはただの通りすがりの武闘家スイレン様だって」

 

 年齢は俺と変わらなさそうなのに随分と自信家な女の子らしい。でもシャバラに犯罪者って言われてるけどどういうこと?

 

「スイレンさんは凄いんですよコウイチさん。このおっきい男の人を一撃でやっつけちゃったんです」

「よせやいクゥ。照れちゃうじゃん」

 

 未だに理解できないままいると、スイレンという名前らしい女の子を褒めるクゥと仲が良さそうに返事をするスイレン。

 

「こいつがクゥの言ってたコウイチか?武術が得意そうには見えないが」

「え、はい?」

 

 顔が付きそうなほど近くまで寄って、ジロジロと品定めでもするように俺の顔を見つめるスイレンに照れておどおどとしてしまう。

 

 近い近い!女の子にこんなに近づかれると恥ずかしいって!

 

「ちょっと離れなさい」

 

 俺とスイレンの間に手を入れて、スイレンを押して引き剥がすキーラ。

 

「なにー?こいつの彼女か?」

「そんなんじゃないから」

 

 茶化すようににやけ顔で話すスイレンに冷たく一言で返すキーラだったがそんな彼女を見てスイレンはさっきより密着するように俺の腕に組み付いてくる。

 

「じゃああたしがもらおうかな」

「はぁ!?」

「えぇ!?」

 

 悪戯っぽく笑いながらそう言うスイレンにキーラとクゥが驚いたような声を上げる。

 

「だってもしこいつが武術得意なら婿として捕まえれば絶対逃げられないっしょ。そうすれば後継者問題も解決してあたしも結婚して幸せで一石二鳥じゃん?」

「絶対無理よ!」

「絶対無理です!」

 

 冗談であろうスイレンの言葉に全力で否定の言葉をかける二人。そこは無理じゃなくてダメとか言って欲しかったが…無理とか言われるとちょっと傷つくぞ。

 

「コウイチが結婚なんて無理に決まってるでしょ?大体自分から誘っておいて先にパーティー抜けるなんて許さないし」

「そうですよ!コウイチさんに結婚はまだ早過ぎます!しなくていいです!」

 

 スイレンは何も言ってないのに続ける二人。そんなに言われたら俺泣いちゃうかも。

 

「分かってるって。冗談よ冗談。君随分大事にされてるねぇ」

 

 俺の腕を離して二人に謝るスイレンは俺にそんな事を言って微笑む。今のは大事にされてると言うよりか蔑まれているように感じたんですが。

 

「まぁ冗談はさておき、カリムを牢屋に入れてくるので四人共私の仕事部屋で待っていてもらえますか?スイレンは捕まえはしませんが今度こそ大人しく待っていて下さいね。聞くことは山ほどあるんですから」

「へーい」

 

 俺達のやりとりに少し笑みを零すとカリムを縛っている縄を掴んで庁舎の中へと入っていくシャバラを見送り、クゥ達に案内されてシャバラの仕事部屋へと向かう。



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合流 その2

 

 『骸狩り』のアジトの一つ、居住区内のとある空き家にて───、

 

「ゼルバートさん!大変です!」

「アジトでは静かに喋れと言っているだろう」

「す、すいません」

 

 慌ててゼルバートの部屋に駆け込んできたチンピラは、叱責を受けて声のトーンを二つ落としてから続けて話す。

 

「今仲間から連絡がきたんですが、カリムさんとカシュームさんが騎士団に捕まったようです」

「なに?あの二人が?誰にだ」

「どうやら、副騎士団長と探索者が数人だそうです」

 

 ゼルバートは部下の口から伝えられた青天の霹靂に一瞬驚きの表情を見せるが、すぐさま落ち着きを取り戻し思考を巡らせる。

 

 昨晩の今日でもう二人も捕まるとは予想外だった。しかし、副騎士団長?騎士団長ではなく?こんな犯人逮捕なんて大事件、あの騎士団長(めだちたがり)が出てこない訳がないのに…

 

 いや、出てこないんじゃなく出てこれなかったのか?突発的な逮捕で報告している時間が無かった、あるいはこの街にいない?

 

 急に黙りこくった自分を前に、どうしたらよいか分からずそわそわとしている事しかできない部下を尻目にしばらく思考を継続した後、ふと立ち上がるゼルバート。

 

「目立たないように人を集めておけ。僕の予想が正しければ今夜にでも騎士団を潰せる」

「は、はい!」

 

 もし騎士団に致命的ダメージを与えられれば、しばらくの間警備も手薄になりこの国で好き勝手ができる。そうなれば、その間に国中に麻薬をばら撒いて国ごと支配できる。

 

 

 

    ◇◇

 

 

 そんな事など露知らぬコウイチ達はというと…

 

「おいコウイチ〜、あんた武術適正持ってるってほんとか?」

「え、まぁ一応は…」

「何できるか見せてみなよ」

 

 シャバラを待つ部屋にて、暇を持て余していたスイレンに肩を組まれてカツアゲでもされているように話しかけられるコウイチは、言われるがまましぶしぶ『正拳突き』を見せることにする。

 

『正拳突き』

 

「どう?」

「ふーん、まぁまぁかな」

 

 自分から見せろって言っといて随分な言い草だな。

 

「スイレンって防御系の武術とか知ってる?できれば教えて欲しいんだけど」

 

 折角出会えた武術家だ。強い技とかはいらないから、身を守るのに有用な武術があれば教えて欲しいのだが。

 

「うーん、うちの武術は攻撃的な武術だからなー。これといって防御の技はないんだけど…」

「じゃあカリムを倒した時の技見せてあげて下さい。あれとっても凄かったですし」

 

 横からクゥがそんな事を提案する。そういえばさっき見たあの大男を倒したって言ってたっけ。

 

「見せるのはいいけど、あの技は難しいぞ?あたしでも習得するのに半年はかかったんだぞ?」

 

 口では渋るように言いつつも、褒められたことでまんざらでもない様子で椅子から立ち上がり構え出すスイレン。

 

 この子も案外チョロいなぁ。

 

「見とけコウイチ!これが崩山拳奥義『山嵐』だ!」

 

 スイレンが構えた状態から拳を前に突き出すと、拳の回りの空気が震え、風が巻き起こる。風は突風となり拳の方向に吹き荒れて見事部屋の壁を打ち砕く。

 

「何やってるんですか!?」

 

 そこに血相を変えたシャバラが入ってくる。

 

「ごめーん。ちょっと威力強かったわー」

「建物を壊さないで下さい!どうするんですかこれ!?あぁ、団長に怒られる…」

 

 悪びれもしないスイレンに怒りをあらわにして、壊れた壁を見て団長(スメラギ)に怒られる事を危惧するシャバラ。

 

 

 

 一通りシャバラからのお叱りを受けた後、今日は一旦帰ろうかという話になった時のこと、何かが爆発したような突然の轟音が庁舎に響き渡る。

 

「あたしじゃないって!」

 

 反射でシャバラに睨みつけられたスイレンが抗議の声を上げると同時に、遠くから騎士の声が聞こえる。

 

「侵入者だー!全員捕らえろー!」

 

「皆さんは危ないのでここに隠れていてください!」

 

 俺達にそう言った後、部屋から出て行くシャバラを見送った後、何やらそわそわしていたスイレンが喋り出す。

 

「楽しそうな事になってきたなぁ!行くぞ!」

「ちょっと待て待て!」

 

 ずんずんと部屋から出て行こうとするスイレンの腕を掴んで止める。

 

「なんだコウイチ?武闘家ならこんな楽しそうな事見逃すなんてあり得ないだろ」

「武闘家じゃねーよ!危ないから大人しくしとけって言われたろ?」

 

 俺の制止など関係ないといった様子で笑顔で部屋から出て行こうとするスイレンを見てどこぞの戦闘民族かこいつはと考えていると…

 

「コウイチ!危ない!」

 

 キーラの声が聞こえたと同時に、俺とスイレンのいた部屋の床がひび割れたかと思うと、あっという間に崩れ落ちる。



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落下

 

 騎士団庁舎に襲撃事件が起きる少し前、庁舎内の牢屋にて──、

 

「ここで大人しくしていろ!」

「そんなに怖い言い方しないでもさっきから大人しくしてるだろ?」

 

 後ろ手に鎖で繋がった枷を付けられながら、牢屋の中に放り込まれたカリムは溜息混じりに悪態をつく。

 

「カリムも捕まったの?」

「ああん?って、なんでカシュームもいるんだよ」

 

 自分の名を呼ばれ振り返ると、牢屋の奥の影から顔を出したのはカリムと同じ『骸狩り』の幹部、カシュームだった。

 

「なんでお前も捕まってんだよ」

「それはこっちのセリフよ。カリムちゃんは戦闘要員でしょ〜?なんで負けてる訳?」

「腕の立つ武闘家と魔法使いがいてな、一人ずつならなんとかなりそうなもんだが、同時に相手は厄介だった」

「言い訳なんですけど〜」

「うるせぇな。次戦えば勝てる」

 

 そう話すカリムの目は、怒りに満ち鈍く光っていた。

 

「もう捕まってるから、次とかないと思うけど〜」

 

 カシュームが諦めたように中空を見つめながら呟いた時、遠くから爆発したような大きな音が牢屋に響く。

 

「なんだ!?」

 

牢屋から少し離れた場所にいた見張りの騎士が声を上げると甲冑を着込んだ男が走ってくる。

 

「大変だ!庁舎に侵入者が、それも何十人と!」

「なに!?」

「すぐ手を貸してくれ!」

「分かった。どこだ?」

「ここですよ」

「はがっ!?」

 

 見張りの騎士が加勢に向かおうと駆けつけた騎士に背を向けた瞬間、駆けつけた騎士の手から魔力の塊が放たれる。

 

「まったく、二人して捕まるなんて何事ですか」

 

 甲冑を脱ぎながら顔を出した『骸狩り』幹部のゼルバートは牢屋で枷に繋がれた二人を見て呆れたような声で話しかける。

 

「ちょっとヘマしちまってな」

「さすがゼルちゃん!助けに来てくれると思ったよ〜」

「さっきまで観念してたくせに調子のいい奴だな」

「じゃれあってる場合じゃないですよ」

 

 ゼルバートは二人の枷を小さな魔弾で壊しながら話を続ける。

 

「どうやら、今この国には騎士団長がいないらしいです。あなた達を助けるついでに騎士団に致命的なダメージを与える良い機会です。やってくれますね?」

「丁度むしゃくしゃしてた所だ、うっとうしい騎士団をぶっ飛ばせるなら、なお良しだぜ」

「そうね〜。ストレス発散は大事だし、いい男がいたら連れて帰ってもいいよね?」

 

「カリム、これを」

「お、悪いな」

 

 カリムはゼルバートから回復ポーションを受け取ると、それを一気に飲み干す。

 

「そのレベルの怪我なら完治はしないだろうが痛みはマシになるでしょう」

「これなら十分暴れられるぜ」

 

 『骸狩り』の三人は各々、甲冑を脱ぎ、枷を外し、言葉は交わさず別々の方向へと散らばって行く。

 

 

   ◇◇

 

 

 

「んぐっ〜〜〜!?」

 

 突然抜け落ちた床に反応できる訳もなく、尻から勢いよく階下に落下し声にならない悲痛の音が喉から漏れる。

 

「おっとっと、大丈夫かコウイチ?」

 

 隣には体操選手のように両足でぴたりと着地してこちらを心配するスイレンの姿があった。

 

 落ちた場所は物置か何かだろうか。明かりは無く、抜けた上の穴から微かに光が漏れるだけの薄暗い部屋だった。

 

「スイレンが暴れるから抜けたんじゃねーのかこれ?」

「違うって!これは絶対違うって!なんか下から気配したからそいつだってきっと」

「下から気配?、んなこと言われたって…」

 

 ふと周囲を見渡してみるも暗くて全容は分からず、人がいるかどうかなど確認できない。

 

「コウイチさん大丈夫ですか?」

 

 上の穴からクゥが心配そうに顔を覗かせる。

 

「おー、こっちはなんとか大丈夫だ。今からそっちに戻るから待っててくれ」

 

 出口を探そうともう一度辺りを調べると、一つの床辺りからうっすらと光が漏れているのを見つける。

 

「あそこにドアがあるみたいだし、とりあえず出るか」

「オッケー」

 

 スイレンを連れて明かりの側に近寄り、手で当たりをつけて周辺を探るとドアノブに触れる感触がする。

 

「お、あったあった」

 

 ガチャリという音と共にドアが開き、部屋の中に明かりが入ってくる。

 

 明かりが入ってきたのだが、大きな影も同時に視界に入ってきた。

 

「お前も騎士か?」

 

 大きな影の主を見上げると、そこにはグレゴリ程の明らかに人相の悪い大男が立っていた。

 

「失礼しましたー」

 

 何も見なかった事にしてドアを閉め直す。

 

「なんで閉めるんだよコウイチ。出るんだろ?」

 

 ドアの影にいたせいで大男を見ていないスイレンが不思議そうに聞いてくる。

 

「なんか居たんですけど!?」

 

「おーい、そう恥ずかしがるなよ」

 

 背後からドア越しに声が聞こえてくると、ドアが外から弾けてコウイチの体ごと吹き飛ばす。

 

「誰かと思えばあたしにぶっ飛ばされたダサい大男君じゃん」

「早速お前をぶっ飛ばせるなら機会がくるとはなぁ!」

 

 コウイチとドアが吹き飛んだ事で、カリムとスイレンが相見える。



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卑怯とは言うまいな?

 

 なんか今日痛い目にばっかり遭ってる気がするんだけど、俺そんなに悪いことしたかな?

 

 吹き飛ばされたドアの破片や元々そこにあった騎士団の備品らしき物に埋もれながら体の痛みを味わいながらそんな事を考えていると話し声が聞こえてくる。近くにいるはずなのに、物に隔たれたせいか遠くで話しているように感じる。

 

「丁度強いやつと戦い(やり)たいと思ってたとこだ。俺をぶっ飛ばしたお前なら最高だぜ!」

「うるさいなぁ、そんなでかい声出さなくても聞こえるっての」

 

 あたし、一回倒した相手はもう興味ないんだけどなぁ。

 

 嬉々として声を上げるカリムに対して、冷めた態度で頭をぽりぽりと掻くスイレンは突然思いついたように顔をはっとさせるとニヤリと笑ってから話し出す。

 

「戦ってあげてもいいけど、その前にあんたが吹っ飛ばしたあいつ倒せたら戦ってやるよ」

「何言ってんの!?」

 

 突飛な事を言い出したスイレンに驚いて瓦礫の中から飛び上がるコウイチ。

 

「お、やっぱり元気そうだなコウイチ」

「元気じゃねーよ!ボロボロだよ!」

「騒げてるから大丈夫だな」

 

「おい女、こいつぶっ飛ばせば俺と戦うんだな?」

「いいよー」

 

「良くないですけど!」

 

「ここだとやりづらいし外出てやろうよ」

「いいだろう」

 

「え、あの、俺の話…」

 

 コウイチの声など聞こえていないように振る舞って部屋を出て行く二人を眺めていると、スイレンに手招きされるまま彼女に近づく。

 側に寄るとスイレンは耳元に口を近づけてきて囁く。

 

「戦い始めた瞬間、さっきあたしが見せた『山嵐』打ってみてよ」

「え?でも一回見ただけで打てるか分かんないし…、ていうかもっと言えば戦いたくないし…」

「いいから、やれ」

 

 肩をがっしりと組まれ、有無を言わさぬ言葉と顔の圧力に負け、「はい」と返事せざるをえなかった。

 

 

「よし、ここならいいだろう」

 

 カリムが立ち止まった場所は庁舎のど真ん中、ロの字に建物で囲まれた庁舎の騎士達が鍛錬を行う場所で、シャバラが順位戦を行った場所でもあるが、今は誰一人人はおらず正門の方からガヤガヤと騎士達の声が聞こえる。

 

「じゃあ、早速始めるか」

 

 首を左右に動かして、指の骨を鳴らしながらやる気に満ち溢れているカリムを見て、あんな大男と今から戦うのかという恐怖で少し震えるコウイチ。

 

 じりじりと距離を縮めていくカリムとコウイチ。

 

 先に動きを見せたのはカリム。一撃で終わらせるつもりで右腕の『硬腕』を発動させる。

 

 

 『山嵐』

 

「なに!?」

 

 危険を察知したコウイチは咄嗟にスイレンに言われるがまま、さっき見ただけの『山嵐』を放つ。それを見たカリムはスイレンとの戦闘がフラッシュバックした事で攻撃の動作を止めて顔の前に両腕を構えてガードする。

 

 コウイチの拳がカリムの腕に当たると、拳からは弱々しい風が吹いてカリム髪を揺らす。

 

 コウイチはやはりこうなるかと絶望したのか固まってしまう。

 

「なんだァ?今のは?」

 

 あ、これ俺死んだな。

 

 ガードを解いて眉間に皺を寄せたカリムと目が合って自分の未来を予見したコウイチは全身の血の気が引くのを感じる。

 

「こんなのは俺がくらった技じゃ…」

 

「『山嵐』ぃぃーー!!」

 

 カリムが喋っている途中で、横からスイレンの全力の『山嵐』が彼の横っ面に直撃する。

 

 さっきコウイチが放ったそれとは別格のスイレンの『山嵐』は、横にいたコウイチですら吹き飛ばされそうになるほどの風圧を発する。

 

 一方でそんな威力の攻撃を不意にくらったカリムははるか遠くで完全に気を失っているようである。

 

 えーーーーーー。

 

 コウイチは目の前で何が起きているのか理解できずに思考が停止してしまう。

 

「私は手を出さないとは言ってないからな!」

 

 はははと笑いながらそんな事を言うスイレンを見て言葉も出てこない。

 

「おま、俺のこと囮に使ったの?」

「うん。その方がさっさと倒せそうだったし」

 

 泣きそうになりながら、やっとのことで出た質問に何の悪びれもせずに答えるスイレン。

 

「あいつが逃げ出してるなら、コウイチ達が捕まえてきた奴も逃げ出してるかもな。よし、全員ぶっ飛ばしに行くぞコウイチ!」

 

 新しいおもちゃでも見つけた子供のように目を輝かせているスイレンを尻目に、へたりとその場に座り込んでしまうコウイチ。

 

「どうした?コウイチ」

「腰抜けた…」

 

 コウイチは激しく後悔する。

 

 スイレン(こいつ)はアレだ、今まで出会ってきた中で一番やばい奴かもしれん。絶対関わっちゃ駄目な子だ。

 

 先程、カリムから感じた殺意を思い出して。そんな危ない囮を何の説明もなくさせたスイレンを見ながらコウイチの目からは涙が一筋流れる。



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パニック

 

 騎士団庁舎の正門を少し入った敷地内は現在、押入ってきた『骸狩り』の構成員とそれを阻止する騎士とで、(せめ)ぎ合いになっていた。

 

 ギルバートの指示の下、準備をして攻め込んで来た『骸狩り』陣営と違い、急襲された騎士団がやや押され気味の戦況の中、族の侵入をあと一歩の所で抑え込めているのは騎士達の日々の鍛錬と駆けつけたシャバラの指揮によるものに他ならない。

 

「全員盾で壁を作り囲むように押し込め!これ以上の侵入を許すなよ!」

「「「はい!」」」

 

 シャバラが穏やかな普段と違う大きく通る声で号令を出すと、一糸乱れぬ動きで盾の壁が作られみるみる『骸狩り』を壁へと押し込んでいく。

 

「クッソ!押し返せ!」

 

 声を上げながら抵抗するも、じりじりと壁際へと追い込まれた族を一斉に捕らえようかといったその時、シャバラだけが背後からの殺気を感じた。

 

「ふん!!」

 

 さっきに気付くと同時に振り返り、飛んで来た魔力の塊に剣を叩きつけて相殺させる。

 

「まさか自分から捕まりに来てくれるとはな『魔弾』ゼルバート…。後ろの連中はお前の手下か?」

「まさかまだ自分達が有利な立場にいると思ってるんですか?本当に騎士団ってのは団長以外は愚図の集まりみたいですねぇ?」

「あ?」

 

『魔連弾』

 

 ゼルバートの言葉にシャバラが苛立ちを感じ踏み込もうと考えた瞬間、両手を前に出したゼルバートの手から無数の『魔弾』が放出される。

 

「クソっ!?」

 

 凄まじい勢いと数で飛んでくる魔弾を剣撃でいくつか潰すも一人で全て対処できず、いくつかの魔弾はシャバラの後方、つまりは『骸狩り』を抑え込んでいる部下達の方へと飛んでいく。

 

 シャバラの横を抜けていった魔弾は背を向けた騎士達に直撃して盾の壁が崩壊してしまう。

 

「ゼルバートさんが来てくれたぞ!俺らも続け!」

 

 活路が開けたことでそこから一斉に雪崩れ込む『骸狩り』の部下達を止めることが出来ず庁舎内への侵入を許してしまう。

 

「行かせるか!」

「こっちの台詞ですよ?」

 

 抜け出してきた『骸狩り』を阻止する為、部下達の方へと駆けつけようとするも、ゼルバートの魔弾に邪魔されてしまう。

 

「別に放っておいてくれてもいいんですが…」

 

 ゼルバートはそう呟くと、今度は両手を庁舎に向けて魔弾を放ち建物を破壊し始める。

 

「厄介極まりないな」

 

 再度対峙するシャバラとゼルバート、二人の間に静寂が流れる。

 

 

 

   ◇◇

 

 

 

「おー、遠くから見てもデカいですねー騎士団庁舎はー。盛り上がってるみたいだし、そろそろ行こっかなー」

 

 庁舎から少し離れた民家の屋根の上に、呑気な声を出しながら庁舎の様子を伺うスーツの男が一人いた。

 

 

 

   ◇◇

 

 

「さぁ、可愛い私の下僕達。あの小娘共をやっちゃってー」

 

「ちょっともー!なんなのよあいつら!」

「分かりませんが、とりあえず逃げるましょう!」

 

 息を切らしながら庁舎の廊下を走るキーラとクゥ。後ろからは目が虚な騎士達とカシュームが迫ってきていた。

 

 コウイチと会話をした直後のこと、シャバラの部屋で待機していた彼女たちの元に押し掛けてきた騎士達の様子がおかしかった事と後ろにキーラが対峙したカシュームがいた事でいち早く危険を察知したことで、スイレンが壊した壁から逃げ出せたのだが…

 

『スリップ』!

 

 クゥの魔術で床を滑らせることで騎士達を足止めして逃げる事で中々捕まらない彼女達に、カシュームは苛立ちを隠せずにいた。

 

「何やってるのよ小娘二人に!」

 

 カシュームのスキルにより、彼女の虜になっていく騎士達は増え続け、徐々に彼女たちの距離は狭まって行く。

 

 庁舎内は現在大混乱である。

 



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窮地

 

「しまった、行き止まりじゃない!」

「ど、どうしましょう!」

 

 カシュームの操る騎士達から逃げていたキーラとクゥは庁舎正門から反対に位置する廊下の袋小路に追い込まれていた。

 

「もう追いかけっこは終わりねー」

 

 庁舎を走り回りながら確実に数を増やしていったカシュームに操られた騎士は10人を超えていた。

 

「あんたは次見つけたら殺すって決めてたから丁度いいわ」

 

 キーラに目を向けながら騎士達を差し向けるカシューム。

 

『バインド』!

「うぅ!」

 

 呻き声と共にクゥの魔法で動きを封じられる騎士だが、

「一人止めたくらいじゃもう意味ないわよクゥ」

「で、ですよね〜」

 

「そこの剣士の女は殺さずに捕らえなさい。ガキの方は好きにしていいわよ」

 

 カシュームの一言で、操られた騎士達はじりじりと二人の方へとにじり寄っていく。

 

「こんな数捌ききれないわよ!」

 

 次々と襲い掛かる騎士達に、鞘を付けたままの剣で応戦するキーラとクゥだったが、逃げ場もなく狭い廊下での戦闘に加え、数の暴力で徐々に押されていく。

 

「このままじゃ、まずい。誰か…コウイチ…」 

 

 

「失礼しまーす」

 

 キーラ達が騎士達に服を掴まれるほどの距離まで追い詰められ打つ手が無くなったその時、彼女達から少し横にズレた背後の()が扉のように開きそこからスーツを着た男が顔を出す。男は薄い茶色のレンズが付いた眼鏡をかけており、髪も茶色でセンターで分けられたやや長めの髪型をしている。

 

 その場にいた全員が男の方を向き、一瞬の沈黙が流れる。

 

「お取り込み中みたいっすねー。失礼しましたー」

「待ちなさい待ちなさい!」

 

 キーラは不自然に開いた壁を閉めながら出て行こうとする男に助けを求めるため呼び止める。

 

「どう見ても襲われてるんだから助けなさいよ!」

「えー。なんかめんどくさそうなんすけど。まぁいいっすよー」

 

 男は見るからに嫌そうな顔をしつつも「えい」と一言発して手を振るうと騎士達の横の壁がみるみる形を変えキーラ達以外を包み込むようなドーム状になる。

 

「な、なんですか今の!?」

「ちょーっと壁をイジっただけっすよ」

 

 目の前で起きた不可解な現象に戸惑いを隠せず声が漏れるクゥ。

 

「ちょっとどういうことよ!あんた何者よ!」

 

 戸惑っているのはカシュームも同じようで、突然現れた男のせいで取り巻きがいなくなったことに声を上げる。

 

「あれー?誰かと思えばそこにいるのって『骸狩り』のカシュームじゃないっすかー?」

「私を知ってるみたいだけど、あんたは誰なのよ!」

 

 カシュームに問われると、男は歯を見せて笑みを浮かべた後、仰々しく挨拶を始める。

 

「これはこれは、申し遅れたっす。自分、秘密結社『宵の手』の財政担当メンバー【ガグマ】っす。以後お見知り置きを…」

「なっ、『宵の手』…ですって?…」

 

 自らをガグマと名乗る男が『宵の手』の名前を出したことでカシュームの表情が強張る。

 

「さっきは人がいっぱいで気付かなかったっすけど、都合良く『骸狩り』の幹部に出会えてラッキー」

 

 そう言うとガグマは開いた手を掬うように自分の前に差し出した後、その手を握り締める。するとカシュームの立っていた石でできた床が生き物のように蠢いて触手となって彼女にまとわりつき動きを封じる。

 

「ちょっ!?なんなのよこれ!?」

「すごいっしょ?俺のユニークスキル『即席工作』って言うんすよ」

 

 石でできた触手はカシュームに絡まった後、初めからそういう形だったように固まってしまう。

 

「じゃあうちの組織にちょっかい出してる奴を懲らしめるとしますかー」

 

 ガグマは笑ってカシュームの方へとゆっくり歩き出す。




この投稿とは全く関係ない短編を投稿したのでそちらも読んでいただけると幸いです。


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壁の中から

 

「さて、どうしますかねー?」

「ちょっと待って下さい!」

 

 

 ガグマがうっすらと笑いを浮かべながらゆっくりとカシュームへと歩を進めていると、後ろからのクゥの声に振り返る。

 

「なんすか?」

「その人、多分ですけど精神操作系の魔法で男性を意のままに操ることができるようです」

 

 クゥはカシュームや騎士から逃げながら、相手の魔法の気配を察知し、分析することでカシュームの魔法の本質を突き止めることに成功していた。

「…なるほどっすね。じゃあこいつは君達に任せて自分は他のとこ手伝ってきますねー」

「え?ちょ、ちょっと待って」

「じゃあ、お願いしまーっす」

 

 ガグマはクゥの返事も聞かず、来た時と同じように壁をドアのように開けて外へ出て行ってしまった。後にはただの壁が残った。

 

「なんだったのよ。あいつ」

「『宵の手』の方って不思議な人が多いですよね」

「ただの変人の集まりでしょ」

 

 キーラは呆れたようにさっきまでガグマがいた場所を見ながらため息を吐くと、身動きが取れないカシュームの方を向き直す。

 

「な、なによ!何見てんのよガキが!」

 

 目が合うと眉間に皺を寄せて睨みつけてくるカシュームにつかつかと歩いて近寄っていくキーラ。カシュームもなんとか石の触手から抜け出せないかともがいてみるが、やはり抜け出すことは不可能な様子。

 

「やっぱりあんた。結構なおばさんよね」

「あぁん!?」

 

 カシュームに近寄ったキーラは彼女の顔を見ながら挑発するとカシュームも癪に触ったようで、声を上げて怒りを露わにする。

 

「怒ったら余計小皺が目立つわよ?」

「ガキがぁ、絶対ぶっこ……きゅう」

 

 カシュームが喋り切る前に、彼女の脳天に鞘に差したままの剣を叩きつけて意識を刈り取る。

 

「さ、庁舎(ここ)は危なそうだし、コウイチを助けに行ってあげるとしましょう?」

「そうですね。私もコウイチさんが心配です。でもスイレンさんも一緒なので大丈夫だとは思いますが…」

「だといいんだけど」

 

 二人は来た道を戻ってコウイチを探しに向かう。

 

 

 

   ◇◇

 

 

 

「もう嫌です!動きたくありません!」

「そうグズるなよコウイチ!武闘家だろ?」

「武闘家じゃないー!なった覚えないー!」

 

 庁舎中央の広間の一角にて、精神にダメージを受け幼児退行したコウイチとそんな彼を無理矢理連れて行こうと腕を引っ張るスイレンの姿があった。

 

「ったく、どうすっかな」

 

 スイレンがグズるコウイチに困り果てている時、近くの壁が大きい音を立てて弾け飛ぶ。

 

「ふぅ。少し骨の折れる相手だったな」

 

 破壊された壁からは、『骸狩り』の幹部ゼルバートが出てきた。彼の体と服は傷ついている様子で、ついさっきまで誰かと戦闘していたことを物語っていた。

 

「お前も『骸狩り』の幹部かなんかか?」

 

 スイレンに声をかけられて人の存在に気付き振り向くゼルバートは、彼女の後ろの方に同じ幹部のカリムがぐったりと地面に倒れているのを見つける。

 

「あなたがカリムをやったんですか?…ん?」

 

 ゼルバートはスイレンを見据えると、すぐ近くにうずくまっていたコウイチを見つける。

 

「やっと会えましたね少年」

「へ?」

 

『魔弾』

 

「いきなり何すんだ!」

 

 コウイチを見つけるなり放ってきた『魔弾』を拳で撃ち落とすと声を上げて牽制するスイレンだったが、

 

「その割に嬉しそうな顔をしているが?」

「そうか?」

「待て待て!」

 

 強敵の登場に興奮を抑えられていない様子のスイレンの手を掴んで走り出すコウイチ。

 

「なんだコウイチ!今いいとこだったろ!?」

「それどころじゃねーよ!」

「なんだよ?元気になったかと思ったらまた逃げるのか?」

「あいつはやばいんだって!マジで!」

 

「せっかくの再会だ、逃げることないだろう?」

「めちゃくちゃ追ってきてるー!」

 

 駆けるコウイチ達に後ろから魔弾を放って追いかけてくるゼルバート。

 

「離せコウイチ!あたしはやるぞ!」

 

 コウイチの腕を払い再度ゼルバートと向き合うスイレン。

 

「君に用はないんですが…」

「あたしはあるんだよ。いいから戦おうぜ」

 

 その言葉だけを交わして一方は魔弾を放ち、一方は距離を詰めるために大きな一歩で踏み込む。




最近、短編も書いてみたので読んでない方はそちらも読んでいただけると嬉しいです!


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包囲

 

 庁舎内の広場に響く魔弾と拳の衝突する炸裂音。

 

「これじゃ近付けないぞ!」

 

 秒単位で飛んでくる数十の魔弾を処理するのにスイレンはその場で動きを封じられていた。

 

「これなら...どうだ!」

 

『山嵐』!!

 

 無数に飛び交う魔弾の一瞬の隙をついて放った一発の拳が、眼前の障害を全てかき消す。

 

 言葉も発さず踏み込みゼルバートとの距離を詰めようとするスイレンだったが、あと一歩進めば拳の届くところで急ブレーキをかける。

 

 次の瞬間、スイレンの目の前の地面が弾け飛ぶ。それに反応して身構えた彼女の隙をついてゼルバートは彼女から距離をとる。

 

「まさか今のを避けるとは、少し驚来ました」

 

「怪しい臭いがプンプンしてたぞ?」

 

 下から出てきた魔弾の跡は、一文字の形に地面を抉り、人に当たれば容易に二つに切れてしまう威力なのが見てとれる。

 スイレンは間近でそれを見た事でにやりと笑いながらも背中に汗が伝うのを感じた。

 

「手以外から出せるならそう言っとけよ」

 

「別に手からしか出さないとは言ってなかったと思いますけど?」

 

 ゼルバートの『魔弾』の真骨頂は範囲内ならどこからでも出せる事と、魔弾の形状変化による攻撃の属性変化による変幻自在な戦法にある。

 

 『魔弾』

 

 奇襲が失敗し、魔弾の手の内が看破されたと感じたゼルバートは、出し惜しみせずに全方向から球状の打撃特化の魔弾、薄く弧を描く形の斬撃特化の魔弾、先を細く尖らせた円錐形の刺突特化の魔弾を放つ。

 

「これは、やばいな…」

 

 さっきまでの前方からしか飛んでこない魔弾とは違い、スイレンを取り囲むように飛んでくる魔弾に、拳で応戦することは無意味であると察した彼女の顔から笑顔は消え、全力で回避することに集中した。

 

 彼女に当たらず地面に激突する魔弾は、地面を抉り、切りつけ、貫き破壊する。

 

「これでもまだ粘りますか」

 

 神経を張り巡らせ、紙一重の所で魔弾を躱し続けるスイレンを見てそう呟いたゼルバートは、魔弾により一層の魔力を込めると、魔弾はそれに反応し数を増やし、威力も増してスイレンに襲いかかる。

 

 

 躱す。

 弾く。

 受け流す。

 躱す。

 受け流す。

 

 波の様に押し寄せる種類の違う魔弾は、確実にスイレンの集中力をすり減らし…

 

「がっ…!?」

 

 ついに、処理しきれなかったスイレンの脇腹に球状の魔弾が直撃する。スイレンの体は、投げられた人形の様にぐるんと宙を舞うとコウイチの近くに落ちる。

 

「スイレン!?大丈夫か!」

「ちょっと…まずった」

 

 力無く声を発するスイレンは、糸が切れた様に気を失ってしまった。

 

「さて、邪魔者も消えた事ですし」

 

 離れたところからゼルバートがゆっくりとコウイチに近寄る。

 

 二人の戦いを間近で見ていたコウイチは、絶対に勝てないの悟りその場から動けなかった。

 

 まずい。俺、死ぬじゃん。

 

 コウイチに、ゆっくりとゼルバートの手が差し伸ばされる。



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なんでこうなった

 

「あれ、やばそうじゃない?」

「急ぎましょう!」

 

 コウイチを探していたキーラとクゥは庁舎の広場で起きているスイレンとゼルバートの戦いを廊下から目撃する。

 

「コウイチさんも一緒みたいです!」

 

 スイレンの後ろで地面に座り込んでいるコウイチを見つけて声を出すクゥ。

 

「なに腰抜かしてんのよ、あのバカ!」

 

 次の瞬間、ゼルバートの放った魔弾が直撃して宙に浮くスイレンが見える。

 

 ゼルバートがコウイチに近づいていくのが目に入る。ここからではどれだけ急いでも二人の元にたどり着くのに、あと数秒はかかる。後ろを付いてきていたクゥも庁舎を走り回っていたせいで息が上がり、どんどん速度を落としていく。

 

「なにやってんのコウイチ!早く逃げなさい!」

 

 駆けながら声をかけると、ゼルバートには聞こえたらしくこちらをちらと見たが不敵な笑みだけ浮かべてコウイチに向き直る。

 

 ダメ!間に合わない!

 

 

 

  ◇◇

 

 

 ゆっくりと伸びてくるゼルバートの手を、動くことすらできず眺めていることしかできない。

 

 今更逃げようとしたところで、俺はあの魔弾を視認することもできないし、避けることもできないのだ、もう、打つ手がない。

 

 遠くから俺の名を呼ぶ声が聞こえる。だが、ゼルバートの手から目を背けることができない。

 

 もうあと数歩で目の前にくる。近づいてくる。

 目の前に来た。手を伸ばしてくる。

 顔の目の前に手がある。今魔弾を撃てば俺の顔は消し飛ぶのだろう。

 もうなにも見たくない。目を瞑る。

 顔に手が触れる。

 

 そして、——

 

 

「んむっ!?」

 

 唇に何か柔らかい物が当たる感触がして、とっさに身を引く。

 

 何された?今、

 

 目を開けると、しゃがみこんだゼルバートと目があう。

 

「今更まだ逃げる気かい?」

 

 そう話す彼の顔はどことなく赤みを帯び、目はまぶたが下がって来てとろんとしている。

 

 

 

「な、なな、何やってんのよあんた!?」

 

 ふと近くから声がしたのでそちらを見ると、これまた顔を赤くしたキーラが立っていた。

 

「何って、キスだが?」

 

 何食わぬ顔でそう答えるゼルバート。

 

 

 は?キス?

 

 

 俺、今キスされたの?

 

 

「君と前に会った後、ずっとお菓子かったんだ。何をしようにも君の顔が思い浮かぶ。そして気付いたんだよ、これは恋だと...」

 

 何言ってんの、この人。

 

「さぁ、僕と結婚しよう」

 

「「はぁ!?」」

 

 キーラと俺の声が重なる。ちょっと理解が追いつかない。何を言ってるんだこいつは。

 

「ちょっとコウイチ!どういうことよこれは!」

 

「いや待ってくれ。本当に意味が分から......、あ、」

 

「どうかしたのかい?」

 

 目の前で本心から心配そうに俺の顔を覗くゼルバートを見て思い出す。

 

 そういえば俺は、こいつに市場で買った惚れ薬を飲ませた。しかも、本来飲み物に数滴垂らすだけで効果があると言われたものをひと瓶丸ごと。

 

「あんた、まさか心当たりあるの?」

 

「えっとですね...なんと言いますか。なぁゼルバート、さん?」

 

「なんだい?」

 

 真っ直ぐすぎるぐらいな眼差しで返事をするゼルバートはどこか上の空でぼーっとしている。そんな彼を見てなんと言っていいか分からず、次の言葉に迷っていると、

 

「あれー?もう終わっちゃったすか?」

 

 今度はまた別のところから男の声が聞こえる。振り返ると、見たことがないスーツ姿の男がいる。

 

「助けようと駆けつけたんすけど、さすがボスが認めるコウイチさん。『骸狩り』の幹部を籠絡してるとは、さすがっす!」

 

「そんなんじゃないから!?てか誰だよ」

 

「どうも、『宵の手』の財政担当のガグマっす。お見知り置きを」

 

「何?『宵の手』だと?」

 

 グリムの言葉に反応しゼルバートがゆらりと立ち上がり手を彼に向ける。

 

「ストップストップ!」

 

「大丈夫だよコウイチ。こんな奴はすぐに殺してしまうから」

 

 物騒なことを言い出す、薬のせいで俺に心酔しているゼルバートをなだめる。

 

「まあまあ、そんな物騒なことしないでくださいよ」

 

「ふむ、コウイチがそう言うのならやめておこう。じゃあさっきの続きを...」

 

「ちょっ、それもちょい待って!」

 

 やおらこちらに顔を近づけてくるゼルバートを止めて立ち上がる。

 

 ど、どうしようこの状況。

 

「じゃあ、こうゆうのはどうっすか?」

 

 ガグマが俺に耳打ちをしてくる。

 

「なぜ僕はダメでその男は近づいていいんだコウイチ」

 

 ガグマが俺に近寄るのに難色を示すゼルバート。

 

 もうあんたちょっと黙っててくれ。

 

 そんなことを考えながらガグマの声に意識を向けると、彼からまさかの提案をされる。

 

「は?そんな事できんの?」

 

「大丈夫っす!信じてください!」

 

 ニッコリと笑って親指を立てるガグマを見ながら、半信半疑でゼルバートの方へと一歩踏み出す。

 

 こんなの上手くいくかどうか、もうどうにでもなってくれ。

 

 ファーストキスを失った悲しみを背負いながら、ゼルバートにガグマに言われた通り話しかける。

 




短編も投稿したのでよければそちらも読んでいただければ嬉しいです!


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あっけない終幕と、

 

 コウイチはガグマの言葉を信じていいのかどうか半信半疑のままゼルバートに近づくと、意を決して話し出す。

 

「ゼルバート。お願いがあるんだけどいいかな?」

 

 コウイチ本人は気付いていないが、彼の顔は半分引きつっているし、喋り方も片言になっている。

 

「なにかな?」

 

「オレモ、ゼルバートガ、スキナンダー!」

 

「本当かい!?」

 

 あからさまに喜びの表情を表に出すゼルバートの事は見ない事にして続ける。横からキーラも「何言ってんのよあんた!」とか言ってる声も聞こえるが、それも無視。

 

「も、もちろん。でも、一つお願いがあるんだけど聞いてくれるか?」

 

「君の頼みならなんでも聞くとも!」

 

 前のめりに歩み寄りってきて、今にもまた唇を重ねそうな程の距離のゼルバートから半身を引きつつ、ガグマに言われた通りの要求を話す。

 

「俺もゼルバートと一緒に居たいのは山々なんだけど、犯罪者はちょっとさ…」

 

「そんな!?じゃあどうすればいいんだい?」

 

「だからさ、一回騎士団に捕まってもらって、ちゃんと罪を償ったら一緒になろう。俺、ずっと待ってるから」

 

 こんなの鵜呑みにして言うこと聞く奴がいるわけないだろ。

 

「分かった。捕まるよ」

 

「「マジで!?」」

 

 横で何を見せられているのやらと呆れていたキーラと声が被る。

 

「ああ、本当だよ。コウイチが待っていてくれるなら喜んで捕まろう」

 

 おいおい、あの惚れ薬やべーよ。本当に惚れ薬か疑い始めるわ。

 

「コウイチさん!大丈夫ですか!」

 

 惚れ薬の効き目に若干の恐怖を感じた頃、丁度いいところに身体中傷だらけのシャバラが現れた。

 

「いいところに来たな副騎士団長。さぁ、私を捕まえてくれ」

 

 ゼルバートはそう言いながら両手を前に出して拘束してくれとジェスチャーをとる。 

 

「はぁ!?」

 

 突拍子もない庁舎襲撃の首謀者による自首宣言に困惑の声を漏らすシャバラ。

 

「コ、コウイチさん。これは一体どういう状況ですか?」

 

 ボロボロの身体のまま剣を構えていたシャバラは目を丸くしてその場に固まる。当然の反応である。

 

 

   ◇◇

 

 

「待っていてくれコウイチ!罪を償ったら帰ってくるから!」

 

「大人しくついて来い!」

 

 騎士が五人がかりで抑えながら連れていかれるゼルバートは涙ながらにコウイチに叫ぶ。

 

「あの惚れ薬、何入ってたんだろ。怖いわ」

 

 建物の陰に消えていくゼルバートを見ながら、金貨一枚もした怪しい薬のせいで()()()()にファーストキスを奪われた事を嘆く。

 

「惚れ薬ってなんのことですか?」

 

 横にいたクゥがコウイチの言葉を聞き逃さず問うてくる。

 

「え!?なに?惚れ薬?なにが?」

 

「コウイチさんって分かりやすいですよね」

 

 若干呆れたような目で見られる。クゥに誤解されるのは辛い。惚れ薬はやましい気持ちで買ったから誤解も何もないが...

 

「いや、違うんだクゥ。これには深い訳があってだな、説明すると一晩で足りるかどうか」

 

「何の話してんの?」

 

 コウイチが慌てている姿を見て近寄ってきたキーラ。

 

 まずい。キーラと一緒に市場に行ったときに買ったなんて知られたら、なんて言われたか分かったもんじゃない。どうせ「あたしに飲ませようとしてたんでしょ!」とかなんとか面倒臭くなるのが目に見えてる。どうにか誤魔化さねば。

 

「なに黙ってんのよコウイチ」

 

 こんな時に限って、いい言い訳が出てこない。どうしよう。

 

「三人共、ここでしたか」

 

「シャバラ!」

 

 言い訳を考えて頭を抱えているところにシャバラが手を振りながらやってきてくれた。ナイスタイミング!

 

「皆さんのおかげで無事『骸狩り』の連中と幹部三人を捕らえることができました。感謝します」

 

 言葉の最後に、「約一名の情緒が不安定ですが」と言った気がするが聞かなかったことにしよう。

 

 こうして、騎士団長スメラギから依頼された『骸狩り』幹部の捕獲と、突如起こった騎士団庁舎襲撃事件は無事幕を閉じたのだった。

 

 

 

   ◇◇

 

 

 

 事件から数日後、スメラギが帰ってきたので騎士団に呼ばれた俺たちは騎士団長の執務室にいた。横にいるシャバラのさらに横をみると、スイレンの姿もある。ここ数日は庁舎を宿屋として使っていたらしい。相変わらずどういう神経してんだこいつは。

 

「お前らがなぜ呼ばれたか分かるか?」

 

 威圧的な声色で話すスメラギ。

 

「依頼の成功報酬渡すためだろ?」

 

 分かりきった事を聞いてきたので素っ気なく返事すると、

 

「そんな訳ないだろうが!なんだこの惨状は!」

 

 スメラギが指差す先にはなにもない。というより無くなっている。そこには壁が、天井があったはずなのだが、先日の襲撃により無くなったせいで、今や執務室は堅苦しい感じなど一切感じない青空執務室となっている。

 

「リ、リフォーム?」

 

「こんな劇的ビフォーアフターあってたまるか!」

 

 どうやら騎士団長には、この匠の技がわからないようである。



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後片付け

 

「あ、暑い」

 

 照り付ける恒星の光線を浴びながら瓦礫を集める。

 

「コウイチさん、頑張ってください、もうちょっとですよ!」

 

「へーい」

 

 コウイチは今、名も知らぬ騎士に励まされながら汗を流して、庁舎の後片づけを手伝っていた。

 

 スメラギから『骸狩り』の壊滅による報酬を受け取った後、さっさと帰ろうとしたところ「追加報酬を払うから庁舎の瓦礫除去作業を手伝え」と言われてしまった。当然、そんな面倒臭そうなことは断ろうとしたのだが、クゥに「困った時はお互い様ですし手伝ってあげましょうよ」とまっすぐな目で言われたので今に至るわけである。

 

「それにしたって暑すぎる!」

 

「泣き言言ってないで、これが最後だからさっさと持って行きなさい」

 

「へいへーい」

 

 隣で手押し一輪車に瓦礫を積み込んでいるキーラに注意され、動き出す。

 

 季節は夏真っ盛り。なにもしていなくとも汗が滲むというのに、この重労働である。泣き言の一つも出てくるというものだ。ここ数日間の瓦礫除去作業もいよいよ大詰めで、庁舎内に散らばっていた瓦礫はほとんど無くなって、それらは正門近くの空いたスペースに集められていた。

 

 瓦礫の山は文字通り山の様相を呈しており、騎士団総動員でやったとはいえよくここまで集められたものだと感心してしまうほどである。

 

「コウイチさん、お疲れ様です!」

 

「お疲れクゥ」

 

 瓦礫の山を『バインド』の魔法で崩れないように固定しているクゥは、山の近くにちょこんと座り込んでいる。

 

「コレで最後だってさ」

 

「やっと終わりましたね。すいません、私がもっと力持ちなら手伝えたんですが...」

 

 瓦礫を一輪車から落としていると申し訳なさそうにクゥに謝られた。クゥには『バインド』で瓦礫を一日中固定してもらっているし、謝ることはないと思うのだが...

 

「この仕事終わったらお金も入るし、みんなでゆっくりどっかに旅行してもいいかもな」

 

「ほんとですか!?是非行きましょう!」

 

 なんとなく言ってみた提案に思いの外食いついてきた。確かにこの国にきてからゆっくり過ごせた事ないし、たまにはみんなでどこか出かけるのも悪くないかな。お金はあるし。

 

「じゃあ、スメラギに報告してくるよ」

 

「はい、いってらっしゃいです」

 

 クゥと別れて、スメラギのいる青空執務室へと向かう事にした。

 

「コウイチ!」

 

 庁舎の広場を歩いていると、どこからか声をかけられたので周囲を見回すと、広場に接する廊下からスイレンが顔を出して手招きしている。彼女はここ数日、崩れた瓦礫の中でも大きすぎて運べないものを砕いて小さくする仕事をしていたのだが、瓦礫も無くなって暇をしているのだろう。

 

「どうした?」

 

「ちょっと話があんだけどいいか?」

 

 カリムの一件で彼女には恐怖心があるのだが、いきなり取って食われることもないだろうし話ぐらいは聞いてあげよう。

 

 

 

 

   ◇◇

 

 

 

「団長、瓦礫の撤去完了しました」

 

「ん、そうか。ご苦労だったな」

 

 青空執務室にて、シャバラから報告を受けるスメラギは国に提出する書類を書いていた。

 

「撤去の後は修繕だが、なかなか高くつきそうだな」

 

 撤去は騎士団の者たちで済ませたので実質タダだが、修繕となると騎士にそんな知識はないので外部に頼るしかない。スメラギは、いっそ自分でやってしまおうかとも考えたが、多忙を極める彼にそんな時間はなかった。この後もすぐに王城に行かねばならない用事がある。

 

 どうしたものかと、予算を見ながら考えていると執務室のドアがノックされる。

 

「入れ」

 

「どもーっす。こないだ振りっすねー」

 

 入れという言葉とほぼ同時にドアが開けられ、そこから顔を出したのは『宵の手』のガグマだった。

 

「なにしに来た?自首でもしに来たか?」

 

「まっさかー、お手伝いですよお手伝い」

 

「手伝い?」

 

 威圧的な声と目で話すスメラギを物ともせず、呑気な調子で続ける。

 

「自分のスキルなら、庁舎の修繕なんてあっという間にできちゃいますよ?どうですか?」

 

「......なにが狙いだ」

 

「やだなー、狙いなんてないですよ。もちろん修繕費なんていらないですよ?ただの慈善事業なんで」

 

 どこが慈善事業なものか。要は騎士団に借りを作りたいのであろうと横で聞いていたシャバラですら分かる。

 

「団長!こんな奴の話を聞く必要はありません!今すぐ捕まえましょう!」

 

「では、頼むとしよう」

 

「分かりました!」

 

「修繕の方だ」

 

「えぇ!?」

 

 腰の剣に手をかけていたシャバラは力が抜けてしまう。

 

「ですが団長!?」

 

「じゃあお前にはタダよりいい修繕方法があるのか?」

 

「そ、それは...」

 

「大丈夫だ。責任は俺が持つ」

 

 スメラギの言葉に負けて大人しく一歩引くシャバラは、ガグマを睥睨する。

 

「じゃあ、ちゃちゃっと終わらせちゃいますねー」

 

 その言葉通り、ガグマはクゥのいる瓦礫の山に向かいそれに触れると、瓦礫はたちまちドロドロと溶けて粘土のように一つの塊に姿を変える。それを次々と庁舎の壊れた部分を埋めるように合わせていくと、粘土は固まり、元の庁舎の姿へと戻っていく。庁舎が完全に修復するの要した時間は、ものの三十分程度だった。

 

「本当にあっという間だったな」

 

 つい感嘆の声を漏らすシャバラの横では、実際にガグマのスキルを目の当たりにしていたキーラとクゥも規模の大きさに驚きを隠せないでいた。

 

「こんなこともできたのね、あいつ」

 

「すごいスキルですね」

 

「どうっすか?すごいっしょ?」

 

 鼻高々に話すがガグマを尻目に、スメラギが近づいてくる。

 

「手伝ってもらって助かった。これは約束の報酬だが、コウイチはどこだ?」

 

「あれ?そういえば見てないわね」

 

 不思議そうに周りを見るキーラ。

 

「私はスメラギさんに報告しに行くって聞きましたが、来てませんか?」

 

「い、いや?来てないが」

 

 クゥに話しかけられると、なぜか少し緊張した様子で返事をするスメラギに遠くから騎士が声を上げながら駆けてくる。

 

「団長!探しました。さっき、スイレン殿からこちらを預かったのですが...」

 

 そう話す騎士の手には一枚の紙が握られていた。

 

「なんだ?どうせ逃げたのだろう。元より胃国民だし、ややこしいから放っておくつもりだったが、手紙を書くとは案外律儀だな」

 

 受け取った紙に目を通しながら話していたスメラギは、紙に書かれた内容を見て顔色を変えてキーラとクゥに向き直る。

 

「どうかしました?」

 

 キョトンとした顔でスメラギをみるクゥに「これを...」とだけ言って紙を渡す。

 

 キーラとクゥはなんだろうと思い手紙に目を通すと、そこにはお世辞にも綺麗とは言えない字でこう書かれていた。

 

 

(コウイチは貰ってくわ!短い間だったけど楽しかったぞ!)

 

 

「こ、これって...」

 

「誘拐、されたようだな」

 

 日も沈みかけた頃、まだ西日は強く照り付けていた。

 



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新天地へ

 

「うーん、むっ、もごっ!?」

 

 体に揺れを感じて目が覚めると、口に布をかまされていて喋れない。というか全身を縄で縛られているため動くこともできない。芋虫のように床に放置されている。

 

 明かりはなく薄暗いが天井から白い光が漏れているところを見るに

 

「お、起きたかコウイチ。よく寝てたな」

 

 頭上から声が聞こえたのでふと見上げると、何かの肉を焼いた串焼きを頬張りながらこちらを見下げているスイレンと目が合う。

 

「むー!むおー!!」

 

「コウイチも腹減ったのか?今取ってやるからちょっと待てよ」

 

 串焼きを口に咥えて俺の口に噛ませている布を解くスイレン。

 

 

「誰か助けて下さい!この人誘拐犯──、ぐふぅ!?」

 

 助けを求めようと声を出したコウイチは、高速で繰り出されるスイレンの拳により意識を刈り取られた。

 

 

   ◇◇

 

 

「もがっ!」

 

 再び目を開くと、また口に猿轡をかまされていた。

 先程目覚めた時とは違い、上から降ってきていた明かりもなく辺りは暗闇に包まれているので現在は夜らしい。揺れもないし、多分馬車も止まって休んでいるのだろう。

 

「んー!んんー!!」

 

「んぇ?あぁ、また起きたのか?」

 

 闇の中から寝ていたであろうスイレンの声が聞こえてくる。

 

「むがむがっ!」

 

「しょうがねぇなぁ──、フンっ!」

 

「ぶごっ!?」

 

 不条理な暴力がコウイチを襲い、意識を刈り取る。

 

 

 

   ◇◇

 

 

 

 次に目が覚めると、明かりが戻っており馬車も絶賛稼働しているらしく揺れも戻っていた。

 

「……もが」

 

「お、起きたか。寝過ぎだぞコウイチ。もう叫ばないなら解いてやるけど守れるか?」

 

 寝てたわけじゃねーよ。お前に無理矢理気絶させられただけだろうがと言ってやりたいがこの状態ではどうにもならないのでこくりと頷いて返事をすると、口の布を解かれる。

 

「夜に起きた時にはもう助けを呼ぶつもりなかったのになんで殴ったんだよ」

 

「え?夜起きたのか?寝ぼけてて気付かなかった」

 

 じゃあ俺は無意識で殴られたんですね。

 

「もうお前に従うから体の方も解いてくれると助かるんだが…あと何か食べ物を下さい」

 

 起きては気絶させられの繰り返しで1日以上飲まず食わずのせいか喉も乾いたし空腹もひどい。とりあえず何か口に含みたい。

 

「いいよー」

 

 気の抜けるような声で返事をしてコウイチの縄を解くスイレン。

 

「はいこれ」

 

 やっと縄から解放されて、久しぶりの自由を感じているとスイレンが荷台の中にあった箱の中からリンゴを一つ取り出して投げ渡してきた。

 

「……一応聞くけど、このリンゴはスイレンのだよな?」

 

「いや?ここにあったから貰った」

 

 誘拐だけに飽き足らず窃盗にまで手を染めた犯罪者が目の前にいますと叫びたいぐらいだが、もう殴られたくないので黙ってリンゴに口をつける。五臓六腑に染み渡るほどうまい。

 

「で?俺どこに連れてかれてんの?」

 

「そういえば言ってなかったな。これから行くのはあたしが生まれ育った武の都【ロンシャ王国】だ」

 

 お互いにリンゴを齧りながら一番気になっていた事を聞いてみると知らない国の名前が出てきた。

 

「それってどこにあんの?」

 

「クエス王国からなら、馬車を乗り継いで行ってニヶ月ぐらいってとこかな」

 

「遠っっ!!ていうかクゥは?キーラは?一緒じゃないの?」

 

「興味あるなら追いかけて来いって手紙置いてきたから大丈夫だろ」

 

「一緒でよかったじゃん!」

 

「だってコウイチのこと誘っても絶対断ると思ったから」

 

 変な所で勘のいいやつである。

 

「安心しろコウイチ。ロンシャ王国に来ればお前も立派な武闘家になれるから」

 

「なりたくねーよ!」

 

 俺の意志に反して、馬車は着々とロンシャ王国に向けて歩みを進めていく。

 

 ────ロンシャ王国到着まで、あと57日。



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カカマオの町にて

 

 降り立った街ごとで逃げ出そうとするもいつの間にか意識を刈り取られ気が付けば馬車の荷台というシチュエーションを繰り返すこと約一ヶ月、もう逃げようと考えるのも諦め始めた頃。今、俺とスイレンはロンシャ王国に入ってすぐの国境付近にあるカカマオという町の宿屋にいた。

 

「それにしたって暑いな」

 

「そうか?あたしにとってはまだ涼しいぐらいのもんだけど」

 

 肌を刺すようなジリジリとした熱光線と何もせずとも喉が乾く乾燥した空気に包まれているこの街はキャラメル色の砂漠に囲まれている。

 

「ここからロンシャ王国へは歩いてしか行けないから覚悟しとけよ。今日はここでゆっくり休んで準備を整えるから」

 

 今さらっと死刑宣告された気がするんだけど。この草すら生えそうにない不毛の土地を歩いて行くって?冗談ですよね?

 

「なんならまた気絶させて担いで行ってやろうか?」

 

「人を簡単に気絶させようとするのやめなさい!」

 

 自然と物騒な発言をするスイレンを見ているとため息も出るというもの。

 

「もういいよ、どうせ行くんだし。とりあえず飯でも食いに行こう」

 

「お、いいな!行こう行こう。コウイチの奢りで」

 

「お前が一文無しだからだろうが」

 

 急に誘拐されたとはいえ手元にいくらかのお金を持っていたのは唯一の救いだった。おかげで砂漠のど真ん中で野宿せずにすんだ。

 

 スイレンを連れて外へ出ると室内と違い太陽の眩しさが一段ときつく感じる。スイレンのオススメの店があるらしいのでそこへ向かって歩き出すとクエス王国とはまるで違う町並みに異国の地へ来たのだなという思いがより強くなる。

 

 クエス王国を英国とするなら、ここはエジプトと言ったところか白いレンガの街並みが印象的だったクエス王国と違い砂漠の色と似ている茶色いレンガで造られた建物が並び、そこら中にある屋台らしき店は屋根代わりに特徴的な模様が施された大きな絨毯のような布が掛けられている。風が吹けば砂埃が舞い、舗装された道路などはない。

 

「着いたぞここだ」

 

 周囲を見ながらスイレンについて行くと、彼女は一つの建物の前で立ち止まった。

 

「ここのランチは絶品だぞ!期待しとけ!」

 

「俺の金だけどな」

 

 俺の嫌味は耳に入らないらしく、何の反応もなく店内に入っていく。

 

「大将久しぶり!」

 

「おお!お嬢久しぶりだな!」

 

 スイレンが店に入りながら大声で呼ぶと、丁度皿を運んでいた髭をたくわえた男が返事をする。

 

 ていうかお嬢って何?コレ(スイレン)が?どこをどう見てお嬢になるというのか。

 

「ランチセット二つね!」

 

「あいよ!ちょいと待っててくれよ」

 

 そう言いながら厨房があるらしき裏へと入って行く大将を見送ると手近な席に着くスイレンを見て俺も同じテーブルに着く。

 

 店内を見ると、今いる客は俺たちだけらしい。この町に着いたのもつい先程のことだし、宿を探しているうちにランチと言うには少しばかり遅い時間になってしまったからだろう。

 

「はいおまち。特性ランチ二人前」

 

 スイレンとロンシャ王国に向かう行程を確認しながら待っていると大将が自ら料理を持ってきてくれた。

 

「いっただっきまーす!」

 

 むしゃむしゃと料理にがっつくスイレンを尻目に、出された料理に口をつける。

 

「ん!うまい!」

 

 出された料理は米らしき穀物を細かく刻んだ野菜とスパイスで炒めたシンプルな見た目の料理だったが、穀物の味も米に近く久しぶりに懐かしい味を食べた気がして感動した。

 

「そう言ってもらえると嬉しいねぇ」

 

 俺の反応を見て大将も満足そうに頷いている。

 

 

 

「お嬢、ちょっといいかい?」

 

「どした?」

 

 大将の料理を堪能した後、食休みも兼ねて一息ついていると、神妙な面持ちで大将が話しかけてきた。

 

「さっきちらっと聞いたが、今ロンシャ王国に帰るつもりなら、やめといたほうがいいぜ」

 

「何で?」

 

 大将は言い辛さからか少し間を置いて口を開く。

 

「ロンシャ王国内は今、内戦状態にあるらしいんだよ」

 

「「内戦!?」」

 

 

 どうもまた話がややこしくなりそうである。



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急行

 

「内乱といってもまだ小競り合いってとこで、激化はしてないみたいだけどな」

 

「内乱って、何でそんなことになってんだよ!?」

 

 スイレンは声を荒げて大将を問い詰める。

 

「俺も見てきたわけじないから詳しくは知らないが、どうも国王に反旗を翻した組があるらしいんだ」

 

「どこの組だよ?まさかクソ親父か?」

 

 まくし立てるように話すスイレンに気圧されて、大将は上体を反らして慌てて訂正する。

 

「違う違う!カエン組じゃないよ!」

 

「あの、ちょっといいか?組がどうとかカエンじゃないとか話に付いていけないんだけど...」

 

 スイレンもヒートアップしてきているので落ち着かせるためにも話に入って行くことにする。

 

「あぁ、コウイチにはまだロンシャ王国の詳しい説明してなかったな」

 

 俺に話しかけられて我に帰ったスイレンが大将に一言誤った後、ロンシャ王国について話し始めた。

 

「ロンシャ王国は、武と任侠の国だ。言ってしまえば強い奴が偉い、この一言に尽きる。国王を表のトップとしてその下で裏社会を支配している組がいくつか存在する。あたしの家もその一つだ」

 

「それがカエン組ってとこか?」

 

「そう。あたしのフルネームは カエン・スイレンっていうんだ」

 

 だからお嬢なんて言われてるわけか。

 

「なんとなく理解できたよ」

 

「それで、どこの馬鹿が内乱なんて引き起こしたんだよ?」

 

 スイレンは俺への説明が終わると、改まって大将に向き直り聞き直す。なぜか嬉しそうな顔をしているのは俺の見間違いだろうか?

 

「それが、最近力を付けてきてるロメロス組ってとこらしいんだ」

 

「聞いたことないとこだな」

 

 大将からロメロスという名前を聞いて考え込むように俯くと、急に立ち上がって俺の手を取ると、

 

「考えてても分かんねえから今からすぐ向かうぞ」

 

「は!?今から!?一ヶ月かかるんだろ?」

 

「もっと早く行く方法もある。いいから付いて来い」

 

「ちょちょっ!」

 

 急いで出て行こうとするスイレンを止めて、大将にお金を払ってから店を出る。

 

「それにしたって、どうやってロンシャ王国に行くつもりなんだよ」

 

 俺の手を引いたまま無言で歩みを進めるスイレンに質問する。

 

砂塵虎(サントラ)を使う」

 

「サントラって、何?」

 

「見れば分かるよ」

 

 一旦宿屋に戻って荷物を取ってから露店で軽い買い物を済ませてカカマオの町を出ると、砂漠をずんずん進んで行くスイレン。そんな彼女の後を付いて行くことしばらく、急に立ち止まったスイレンが周りを見渡しはじめた。

 

「どうした?」

 

「しっ、来るぞ」

 

 スイレンのその言葉の直後、少し離れた所の砂丘から何かが飛び出してきて砂埃が舞うと俺たちの近くに大きな影がドスンと音を立てて落ちてきた。

 

「ガルルルゥ」

 

 鋭く尖った牙をむき出して威嚇の声を出すそれは、まさに虎だった。今まで見たことがある虎と違いがあるとすれば、大きさは倍以上あり、体の模様も砂漠に合わせた保護色なのか砂色だが所々に色の濃い縞模様も付いている所だが、外見は虎である以上あれがスイレンの言っていた砂塵虎なのだろう。

 

「あれ、やばくないですかスイレンさん?」

 

「大丈夫だからコウイチはあたしの後ろに隠れてろ」

 

 のそりのそりと距離を測るように俺たちの周りを回る砂塵虎と、それに合わせて常に砂塵虎と正面の位置を取り続けるスイレン。

 

 勝負は一瞬で決まった。

 

 先に仕掛けたのは砂塵虎の方だった。少し屈んだと思った次の瞬間、猛スピードでこちらに飛び掛かってくる。

 

「はっ!」

 

 瞬時に反応し砂塵虎の飛びつきに合わせたスイレンは砂塵虎の横っ面に蹴りを入れると、砂塵虎は体勢を崩しながらも体を捻って地面にふわりと着地する。

 

 着地した砂塵虎が顔を上げると視界にはコウイチの姿しか入らなかった。今戦っていたスイレンの姿を探すため首を振ったほんの一瞬、その一瞬の隙を突いて上に飛んでいたスイレンが回転しながら砂塵虎に落下する。

 

『雪崩』!!

 

「ブニャ!?」

 

 脳天に上から落ちてくる勢いのついたかかと落としをくらって、砂塵虎はその場で倒れてしまった。

 

「す、すげぇ」

 

 一部始終を見ていた俺は詠嘆の声を漏らしてしまう。

 

「こいつは自分より強い奴にしか懐かない動物なんだ。だから一回しばけば言う事聞くようになる。こいつが起きたら乗って行こう。この大きさの砂塵虎ならロンシャ王国には三日もあれば着くだろ」

 

 話しながら砂塵虎の横に座り込んで、もたれかかるスイレンは端から見れば蛮族の女王とかの類いにしか見えないな。

 

 数分後、意識を取り戻した砂塵虎はさっきまでの態度が嘘のようにスイレンに擦り寄って懐いており、その巨体の背中に俺とスイレンを軽々と乗せて砂漠を駆け出したのだが...

 

「早い早い!落ちるって!」

 

「この早さで落ちたら無事じゃ済まないから、あたしにしっかり捕まるんだぞー。内乱なんて楽しそうなことやってんなら参加しない手は無いからな!」

 

 結局こいつ誰かと戦いたいだけの戦闘狂じゃねーか。店で見せた笑顔は見間違いじゃなかったようだ。

 

 早い。それもとんでもなく。

 スイレンが歩いて一ヶ月の行程を三日と言うのも納得するほどであるが、景色を楽しむ余裕すらない(どうせ周りは砂漠だから景色も何もないのだが)スイレンの腰にがっしりとしがみついて目を閉じる。

 夜が来たら野宿をして、また朝がきたら砂塵虎に乗って砂漠を爆走。

 

 そんなこんなで本当に三日後、俺たちはロンシャ王国の王都サランに辿り着いたのだった。



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王都サラン

 

「し、死ぬかと思った」

 

 もう二度と乗りたくないと思いながら砂塵虎から降りてロンシャ王国の王都サランの地に降り立つ。

 

「とりあえず、あたしの家に行くとするか」

 

 砂塵虎から降りたスイレンは砂塵虎を労うように撫でてから砂漠に逃すと夜の街を歩き出す。

 時間は夜で、街には一定間隔で置かれた石の台座に薪が焚べられており、暗い街をほんのりと照らしているが少し冷える。

 

「静かだな。内乱が起きてるって聞いたからちょっと身構えてたけど」

 

「いや、静かすぎるぐらいだな」

 

 スイレンの言う通り、静かすぎる街を歩いていると道の向こうからゆらゆらと揺れる火がこちらにやって来る。火が俺たちの前まで来ると、火に照らされた若いながらも風格を感じる眼鏡をかけた強面の男の顔が浮かび上がった。

 

「おいお前ら、夜は危ないから早く家に帰れよ。この辺は俺らカエン組が巡回してるから大丈夫だが」

 

「なんだよシジマ。随分と偉そうな口聞くようになったな?」

 

「ス、スイレンお嬢!?」

 

 シジマと呼ばれた男はスイレンの顔を見ると顔色を変えて驚きを隠せない様子だった。

 

「帰ってきたんですか。何か便りでも送ってくださればお迎えに上がったのに」

 

「急ぎで戻ってきたからな。なんか楽しいことやってるみたいじゃん?」

 

「内乱のことはもう知ってるんですね。なら早速親父に会いに行きましょう」

 

 シジマはそこまで話したところで横にいる俺の方に目をやる。

 

「ところでこちらの方はお嬢の知り合いですか?」

 

「こいつはコウイチ。崩山拳の後継者候補として連れてきたんだ」

 

「いや、ちょっ...」

 

 当然のように俺の意思と反する説明をするスイレンにツッコもうと思った時、予想外に驚いたのはシジマの方だった。

 

「見つかったんですか!?そいつはよかったですね!ではコウイチ殿も是非いらして下さい。大したもてなしもできませんが」

 

 こちらですとシジマに言われるまま彼の後について行く。

 

「あれなんだ?」

 

 道中、スイレンがクエス王国に行くまでの間にあった出来事なんかを面白おかしく話している時のこと、ぽうっと遠くから一際明るい光が発するのが見えた。光の色から炎だというのがなんとなく分かる。

 

「あれは…まさか!?」

 

 俺の言葉で火に気付いたシジマが神妙な面持ちになったのも束の間、先の道の角から何やら慌てた様子の若い男が現れた。

 

「シジマの兄貴、大変です!ササンカ組のアジトがやられました!」

 

「ササリ組長は無事か!?」

 

「それが、まだ部下達と一緒にアジトに取り残されたようで…」

 

「馬鹿野郎!ササンカ組長の命が最優先だろうが!」

 

 短い言葉で部下を叱りつけた後、こちらを向いて「すいませんが少し行ってきます」と言って火が上がっている方に駆け出すシジマをスイレンが呼び止める。

 

「人命救助なら人手は多い方がいいだろ?あたしらも行くぞコウイチ」

 

「今回ばかりはスイレンに同意だな。行こう!」

 

 まだあの燃え上がる火の中に人がいて、何か手伝える事があるというなら危ない事はしたくないなんて言ってられない。

 

「帰ってきて早々すいません。こっちです」

 

 感謝を述べる代わりに軽く頭を下げた後、改めてササンカ組のアジトへと駆け出すシジマの後を追う。

 

 

 

 

「こいつは酷いな」

 

 シジマの言葉通り、現場は凄惨だった。

 

「誰か医者を!」

「何やってんだ!早く水魔法が使える魔法使い呼んでこい!」

「この中にまだいるみたいだぞ!誰か手ぇ貸してくれ!」

 

 ササンカ組のアジトは木製の門をくぐった先にあり、とてつもなく大きな平家で家も木造で、日本家屋を彷彿とさせる障子に似たドアも取り付けられている。こんな状況でなければどこか日本を懐かしむ気持ちにもなっただろうが、今その美しいはずの平家は至る所で火の手が上がっていた。

 

 シジマが近くにいた煤だらけで座り込んでいる男を見つけて声をかける。

 

「ササンカ組長はまだ中にいるのか!?」

 

「そう、みたいです。すいません」

 

 謝る男に「大丈夫だ」と言って肩を叩いて立ち上がる。

 

「まだ中にいるようですね。どうしましょう?」

 

 さっき駆け回っていた男達の話を聞く限り、待っていれば水魔法を使える人が来てくれるかも知れない。しかし、そんなのを待っている時間があるだろうか。

 

「行くしかないだろ!」

 

 俺の思考を遮るようにシジマに返事をしたのはスイレンだった。彼女は近くで建物にバケツで水を掛けていた男達からバケツを半ば奪うようにもらってくると、頭から水を被った。

 

「これならなんもないよりマシだろ」

 

 三人で顔を合わせて頷くと、俺とシジマも水を被ってアジトの中へと踏み込んでいく。



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火中

 

ササンカ組のアジトの中に踏み込んだ瞬間、水を被っていても感じる肌が焼けそうな熱さに足が止まってしまう。天井付近には黒い煙が逃げ場を無くしたように溜まり、アジトの中はそこら中から上がっている火にあかあかと照らされている。息をすれば喉も焼けそうだ。

 

「ここは、別れた方がいいですね」

 

 服の袖を口に当てながら「危険を感じたらすぐに避難するように」と言うシジマの提案に賛成する言葉の代わりに頷いて各通路に別れた。

 

「誰かいますか!」

 

 呼び掛けに答える声はなく火が爆ぜるパチパチと言う音だけだ聞こえ木でできた扉が崩れる。このままではアジトの倒壊も時間の問題だろう。半ば叫ぶように呼び掛けを続けながら廊下を進む。

 

「うぅ...」

 

 歩いているうち一つの障子の向こうから呻き声が聞こえた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 火の付いている障子を蹴破って中に入ると、そこには二人の人がいた。

 一人は頭の横を刈り上げて柿渋色の肌をした若い男で、もう一人は恰幅の良い中年の男だった。中年の方がさっき聞いた呻き声を出した男だろうとすぐに分かった。と言うのもその男は今でも呻き声をあげているからであり、若い男に顔を鷲掴みにされて足が床から浮いているからである。

 

「ん?誰だ?」

 

 若い男が中年から手を離してこちらに向く。落とされた中年は力無くその場に倒れてしまった。よく見れば酷い怪我をしているようで、顔は脂肪だけのせいではない腫れようだった。

 

「何してんだ!ここは危ないから早く避難しろ!それにこの人、お前がやったのか?」

 

「そいつは俺がやったが、お前は...どうやら組の者じゃないみたいだな。火事を見つけて助けに来た民草か。殊勝な心掛けだな」

 

 問いかけに、男は俺の顔を品定めするように見た後、特に興味も無さげに返事をする。

 

「なんでこんなこと...」

 

 男から目を離さないようにしながら中年に近寄って抱き起す。

 

「そんなことは決まっている。こいつが悪で俺が正義だからだ」

 

 俺が抱き抱える男を軽蔑するような目で見下して話す男はこう続ける。

 

「名も知らぬ民草。よく覚えておけ、俺の名はロメロス。この腐敗した国、ロンシャ王国に革命を起こす者だ!」

 

 驚きについ目を見開いてしまった。この男がロメロス、ロンシャ王国で内乱を引き起こしている張本人だと言う。

 

「民草を巻き込むわけにはいかんし、今日は帰るとしよう。運が良かったなぁササンカ!」

 

 ロメロスの言葉で、自分が支えている相手がこのササンカ組の組長だという事の察しがつく。

 

「フン!」

 

 ロメロスは体を壁に向けた後、声と共に勢いよく壁を殴りつける。すると、壁は大きな音と火の粉を発しながら綺麗な円の形にくり抜かれた。壁の向こうはすぐに外なっており、眩しく燃え上がる室内と対照的に月に照らされた静かな夜が広がっていた。

 

「ではな民草。またいずれ会うかもしれん」

 

「ま、待て!」

 

「…なんだ?」

 

 つい呼び止めてしまった。こいつをこのまま行かせてはいけない気がしたから。

 

 だが、俺に何ができる?

 

「なんなら一緒に来るか?」

 

 俺が言い淀んでいたのを見かねて、歯を見せて笑いながらこちらに手を差し伸べてくるロメロス。そんな彼の顔はどこか優しげで、吸い込まれそうだった。

 

 はっと我に帰り首を振る。

 

「そうか。じゃあ今度こそさらばだ」

 

 ロメロスそう言うと、壁にできた穴からゆっくりと夜の闇へと消えていった。

 

 

 

「うぅ...う。ゴホッ」

 

 しまった。ササンカの事をすっかり忘れていた。俺も少し煙を吸いすぎたのか息が苦しい。全身を水で濡らして来た筈なのに全て乾いて熱を帯びているように感じる。

 

「早く出なきゃ...」

 

 辺りを見渡すが、もうどこも火の手が迫っており、逃げ出すことができなさそうだ。ロメロスが空けた穴以外は。

 

「ここしかないか...」

 

 火事を起こした張本人が空けた穴に助けられるとは皮肉なもんだが。

 

「重いっ!」

 

 ササンカの体は重く、力が入っていないせいで余計に重い。なんとか外に出たのと同時、さっきまでいた場所が天井から崩れた。

 

「大丈夫かー!」

 

「誰かいるのか!?」

 

 命からがら脱出したのも束の間、近くの壁から、木と火を吹き飛ばしながらスイレンとシジマがアクション映画顔負けのスタントのように飛び出して来た。

 

 もっと普通に出て来れんのか...。

 

「コウイチ!?」

 

「ササンカ組長!?」

 

 各々が俺とササンカに気が付いて駆け寄ってくる。あんな登場の仕方をしたせいか、心なしか二人の動きがスローモーションに見える。

 

 というより、動きも遅いしぼやけて見える。視界の端から夜のものとは違う闇が降りてくる。

 

 ––––ここで俺の意識は途切れた。

 



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夜は明けて

 

「うーん...」

 

 目が醒めると、どうやら布団に寝かされているらしかった。寝ている部屋は、い草に似た匂いのする草か何かで作られた畳が敷かれた和室のような部屋で、開けられた障子の向こうに見える庭先には眩しい日が射し込んでいる。

 

 体を起こしてみる。どこかに異常があるようには感じない。部屋から廊下に出てみるも人の気配も感じない。

 

「ここ、どこだ?」

 

 どこまでも続きそうに感じる長い廊下を歩いていると、突き当りで少し開けた場所に出た。どうやら中庭のようで庭には水の流れを(かたど)るように小石や大きな岩が置かれていた。こういうのは確か、枯山水とか言うんだっけ?

 

「あ...」

 

「ん?」

 

 そんな枯山水の一際大きな岩の上で胡座をかいて目を瞑っている人を見つける。他でもないスイレンだった。

 

「おー、コウイチやっと起きたか」

 

 俺に気付いたスイレンは綺麗に波紋の形に溝を作られた小石の上に豪快に飛び降りたかと思うと踏み荒らしながらこちらに歩いて来る。

 

「お前、それそんなに踏んでいいのか?」

 

「大丈夫だろ。ただの石だし」

 

 俺の心配など気にも留めず話す言葉の節々でざっざと石を踏みつけた後、俺のいる縁側に登って座り込む。

 

「お嬢!?何やってんですか!?」

 

 突然、後ろから声が聞こえてびっくりした。振り返るとシジマが顔を真っ青にしている。

 

「あーあ、おやっさんが大事にしてる庭なのに...。怒られるの俺なんですから勘弁してくださいよ」

 

 シジマは庭の惨状を見て絶望の表情を浮かべながら肩を落とす。

 

「スイレンちゅわーん。おっはよーん」

 

 今度は右の廊下から、随分気の抜けるような猫撫で声が聞こえる。声の方に目をやるとくすんだ紫の髪に作務衣のような服を着た中年男が目尻を下げながら近づいて来た。

 

「おやっさん、おはようございます!」

 

「親父おはよー」

 

 男を見かけるとシジマは頭を下げて挨拶して、スイレンは手を手を振って返事する。

 

「え、スイレンの親父さん!?」

 

 ということは、確かカエン組ってとこの組長だっけか。ヤクザだかマフィアだか知らないけど、そのボスに生きてる内に会うなんて考えもしなかったが、さっきの声を聞く限りただの子煩悩のおっさんにしか見えんな。

 

「君がコウイチくんか、娘から話は聞いたよ。わしはカエン・オニバスだ。随分煙を吸って気を失ってたようだが、もう大丈夫そうか?」

 

「あ、どうも。わざわざすいません。布団まで借りちゃったみたいで」

 

 感謝も込めて頭を下げると、「かまわんかまわん」と笑って返事をしながら庭を見るとスイレンが踏んだせいで綺麗に整備された枯山水の一部が荒れているのを見つけてしまう。

 

「わしの自慢の庭が!?誰だこんなことしたのは!?」

 

「あ、ごめん。あたし」

 

 悪びれもしない様子でスイレンが返事をする。

 

「スイレンちゃん...この庭作るの大変なんだよ?いいだけど...いいんだけどね?」

 

「おやっさん、後で若い衆に元に戻すよう言っておきますから、気を落とさず」

 

 荒れた庭を悲しい目をして見ながら愛娘に強く言えないのか、もごもごとした口調になっているオニバスに、シジマが心配そうに声をかけている。

 

「そんなことより飯食おう!飯!コウイチも起きたし腹減っただろ」

 

 呑気な調子で立ち上がって廊下を歩き出すスイレンの後について行くと、後ろからしゅんとした表情で付いてくるオニバスとそれに付き添って歩くシジマ。

 

 どうやらこいつ(スイレン)に振り回されてるのは俺だけではないようで少し安心してしまった。

 

 

 スイレンの向かった先は随分と大きな広間で、四十畳はありそうな広々とした空間の真ん中に、数十人は座れそうな脚の短い長テーブルが置かれている。

 

「よっこいしょっと。コウイチもこっち座れ」

 

 手近な場所に座り込んだスイレンに呼ばれるまま、彼女の横に座る。オニバスは床の間を背負う形で、シジマは俺達が各々席に着くのを確認すると部屋を出て行って閉まった。

 

 

「失礼します」

 

 シジマが出てから数分もしないうちに、声と共に広間の襖が開けられて数人の女性は表れた。彼女達は各自お盆の上に食器を載せており、座っている人の近くに寄ったかと思うと、机に食事を並べ出す。

 

「では食べるとしようか」

 

「いっただっきまーす」

 

「…いただきます」

 

 女性達が配膳を終えて部屋を出て行ったのを確認すると、オニバスの一声でスイレンが食事にがっつき始めたので、俺も続いて箸を取る。

 

 出された食事は日本食に似た見た目で、おかずも三品ほどあり見事に一汁三菜の形になっていて、随分と懐かしい見た目なので内心期待しながら口に運ぶ。

 

 うん、めちゃくちゃ美味い。味も濃すぎず薄すぎず自然と箸が進む。

 

 

「ところでスイレンちゃん。今日はどうするんだい?」

 

 食事に舌鼓を打っているとオニバスがスイレンに問いかける。

 

「ん、今日はヨン老師のとこにコウイチを連れてくつもりだよ」

 

「そうか、せっかく帰ってきたんだから、もうちょっとゆっくりしてもいいんじゃないか?」

 

「親父があたしと一緒にいたいだけだろ?ヤダ」

 

「そ、そっか…」

 

 ばっさりと振られて先程よりしょぼくれた顔をしているオニバスが少し不憫に思えてしまう。…

 

 ところでスイレンがユン老師って言ってたけど、誰なんだろその人?なんだか訳も分からないまま話がどんどん進んでいる気がする。

 

 俺の考えを読んだのか、スイレンがこちらに振り向いて笑いかける。

 

「コウイチ、今日から楽しくなるぞ」

 

 分からない事だらけだが、こいつが楽しいと言ってる事は俺にとっては楽しくないということだけは分かる。

 

 その予想は見事的中するわけなのだが...

 

 

 

 

 

 



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密会

 

「はぁ、気が重いなぁ」

 

 ロンシャ王国王宮にある一室の前にて、肩を落としながらため息をついているオニバスの姿があった。

 

 せっかく愛娘が家に帰ってきたというのに、内乱なんぞが起きているせいでおちおち一緒に過ごすこともできないまま、国王に呼び出されて今に至る。

 

 覚悟を決めて部屋をノックする。

 

「入れ」

 

 一瞬の間があった後、中から返事が聞こえて扉を開ける。

 

「来たかオニバス」

 

 部屋の真ん中には丸テーブルが置かれており、三人の男が座っていた。一人はさっきの声の主でもあるロンシャ王国国王のバルクラヤだったが、他の二人は剣を携えた男とこの国ではあまり見ないスーツを着た男で、オニバスは見たことがない人間だった。

 

「バルクラヤ様、そちらの二人は?」

 

「この二人は俺の知り合いだ。今回の内乱の件で来てくれた」

 

 やはり内乱のことで呼び出されたのは間違いないよようだが、

 

「見たところこの国の者ではないようですが...大丈夫ですか?」

 

 部外者にそんな話をして外部に情報が漏れたりなどしたら取り返しがつかないことだってあり得るが。

 

「安心しろ。この二人は情報を流したりしないし、何より俺より強い」

 

 オニバスは驚いた。このロンシャ王国は何よりも強さを重要視する国である。そのため、この国の王は必然的に国内で最も強い者だ。その王が自分より強いとさらりと言ってしまったことに驚きを隠せなかった。

 

「紹介しないとな、スメラギとヤクモだ」

 

 その言葉と共に剣を携えた男が立ち上がる。

 

「どうも、スメラギです。今回はバルクラヤ様に無理を言って首を突っ込む形になってしまい申し訳ありません」

 

 随分と礼儀正しい男だと感じた。それと同時にスメラギと正面で対峙して分かる。おそらく自分ではこの男に手も足も出せずに負けるだろう。それほどの強者のオーラを感じた。

 

「ヤクモです。どうぞよろしく」

 

 スーツの男の方は立ち上がらず、こちらを向いてその場で頭を少し下げて挨拶する。その笑顔からはどこか胡散臭い感じられた。しかし、もっと気になるのはヤクモからは強者の雰囲気が感じられないことだ。王が言うのだから自分より強いのだろうとは頭では理解しているが、この男になら勝てそうだと長年の戦闘経験から感じられてしまう。

 

「まぁ座れオニバス」

 

 オニバスの警戒を感じてか、席に座るよう促すバルクラヤの指示に従って四人でテーブルを囲むように着席する。

 

「今からする話は他言無用だ。いいか?」

 

 バルクラヤの念押しの言葉と共に密談は始まった。

 

 

 

   ◇◇

 

 

 

「コウイチ。せっかくだし、ちょっとこの辺見て回っていくか?」

 

「お前が行きたいだけじゃないだろうな?」

 

「違うって。サランの雰囲気をコウイチに見せたいんだよ」

 

 ヨン老師なる謎の人物に会いに行く為、サランの街に出た俺とスイレンだったが彼女のその言葉で道草を食うことが確定した。

 

「で、どこ行くんだ?」

 

「特に決めてないな。歩いてれば分かると思うし」

 

 サランの雰囲気って言ったって、ここに来る時に寄ったカカマオの町と特段大した差はないように感じながら歩いていると、一つの店の中から何やら騒がしい声が聞こえてくる。

 

「表出ろやゴラァ!」

 

「なんだぁ?やんのか?」

 

「喧嘩だ喧嘩だ!」

「お、いいぞぉ!やれやれ!」

「お前どっちに賭けるよ?」

 

 酒場らしい店の中からそんな声と共に睨み合った屈強な男が二人と、それを煽るように声を出す他の客がぞろぞろと外に出てきた。

 

「喧嘩か。危なそうだし避けようぜ」

 

 わざわざピリついた場所に近寄ろうと思うはずもなく、違う道を探そうかとスイレンに話しながら踵を返そうとすると服の襟を掴まれた。そのせいで少しえづいてしまう。

 

「何すんだよ!?」

 

「それはこっちのセリフだぞ。まさに探してたのがアレだよ!」

 

 目を輝かせながら話すスイレン。

 

「見せたいものって...喧嘩のことか?」

 

「そうだよ?」

 

 なんで喧嘩なんぞ見ねばいけないのか理解ができない。大体喧嘩なんてクエス王国でも見たことぐらいある。酒が入って気が大きくなった連中が突っかかって暴れ回るなんて大なり小なりどこでも起きることだ。

 

「分かってねぇなぁコウイチ。ここは武の都ロンシャ王国だぜ?」

 

「だからなんだよ?」

 

「その辺で見る喧嘩とは訳が違うってことだよ」

 

 含みのある笑顔でそう話すスイレンに手を引かれるまま、喧嘩がよく見えるように近くまで移動してみると目を疑う光景が飛び込んできた。

 

 



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喧嘩と啖呵はロンシャの華

 

「お前んとこのちっこい流派の名前なんて聞いたことねーなぁ!健康のために始めたのか?」

 

 がっしりとした筋肉質で体格の大きい男が語気を強めて話す。

 

「言ってくれるじゃねーか!有名だから強いって勘違いしてるお前みたいなやつ見てると笑っちまうぜ」

 

 すらりとした体格の細い男は嘲笑うように返す。

 

 睨み合っている二人は、お互いに啖呵を切ったかと思うと明らかに素人とは思えない構えをとる。

 

「いいねぇいいねぇ。見とけよコウイチ。今から始まるのが武術を修めた者同士のガチ喧嘩だ」

 

 スイレンの言葉に合わせるように男たちはお互いに飛びかかる。

 

「オラァ!」

 

 体格の大きい方が振り下ろす拳は、細い男が体を反らして避けたことで地面に突き刺さると鉄球でも落ちてきたかのように地面を抉る。それは、つい最近見たカリムの拳の破壊力に匹敵するほどなのに、速さはカリムの比ではなかった。それを避けた細い男も良い眼と度胸を持っているのだと思うが、それにしても大きい男の拳の破壊力が目に付いてしまう。

 

 

「コウイチはどっちが勝つと思う?」

 

 その様子を見て、スイレンがニコニコ笑いながら訊いてくる。

 

「そりゃあ、あのパンチ見たら細い方のやつが不利なんじゃないか?」

 

 重量で考えれば明らかに階級が違う。体術だけの接近戦なら重量はそのまま強さに変換されるのだから。

 

「あたしはその細い方が勝つと思うぞ。まぁ見とけ」

 

 何か確信があるのか、スイレンはさらりと言い切ってしまう。

 

 

 地面を叩きつけて舞い上がった土埃が晴れ、男達は再び構えをとる。

 

「避けてるだけじゃ勝てねーぞ?」

 

 大きい方が肩を回しながら歩き、相手との距離を縮める。次々と振り抜く素早く重い拳を紙一重で躱され続け、フラストレーションが溜まっていき腕の振りはどんどん大きくなっていく。

 

 決着は一瞬だった。

 

 大きい男が痺れを切らし、一際大振りになった拳を細い男がひらりと避けたかと思うと、振り抜いた腕に自分の腕を巻きつけて関節を極めることで動きを封じると同時にしゃがみ込む。

 

 関節を極められていることで、細い男の動きに合わせるように大きい男の体勢も低くなる。

 

 大きい男がしゃがみ込むのを確認した瞬間、細い男が起き上がり関節を極めたまま腕を上に振り上げて後ろに回すと、大きい男は重さが無くなったかのように宙に浮き、背中から地面に勢いよく叩きつけられる。

 

「がっ!?」

 

 受け身も取れず地面に激突した大きい男は息苦しそうに声を上げるが腕が離された事で自由になったのですぐさま起き上がるが、細い男にすぐに距離を詰められ懐に潜られる。

 

「ぐぅっ!」

 

 大きい男が呼吸が困難になりつつもなんとか放った拳は相手に届くより先に自分の顎に肘鉄を入れられた事で力無く空を切る。

 

 ドサリという音と共に大きい男は膝から地面に倒れ込み勝負は決した。

 

「おおー!」

「かーっ!負けたかー」

「なかなか面白かったぞー」

「兄ちゃんも中々やるな!」

 

 周りで見ていた男達は各々自分の感想を述べながら大きい男を担いで細い男と店の中に戻っていった。店の前はまるで何も起きていなかったかのように人気が無くなる。

 

「な!細い方が勝っただろ?」

 

 それ見た事かと何故か鼻を高くしながら話すスイレンだが、

 

「いや、確かにそうだけど何今の!?みんなあっさりしすぎじゃない!?」

 

 あんなに本気の喧嘩が起きていたというのに笑いながら店に戻っていく男達には違和感しか感じない。

 

「あんな喧嘩はこの街じゃ日常茶飯事だからな」

 

「あんなのが日常茶飯事って…」

 

「喧嘩と啖呵はロンシャの華って言うからな。ビビりのコウイチに見て欲しかったんだ」

 

「これ見て俺にどうしろって言うんだよ」

 

「これから『崩山拳』を習得するまでこの街で暮らすんだからああいうことに巻き込まれることを覚悟しとけよって話だ」

 

「覚悟でどうこうできる話じゃなくない?」

 

 俺の返事に笑いながら歩き出すスイレンの姿を見ながら、もし喧嘩に巻き込まれたら回れ右してダッシュで逃げようと固く決心した。

 

 

 



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ヨン老師

 

 ──ロンシャ王国内某所、ロメロス組の潜伏地にて。

 

「ごほっ、、はぁ」

 

 ほぼ閉め切った窓から漏れるわずかな光だけが部屋をほのかに照らす中、体調が悪そうに咳き込みながら椅子にもたれかかるロメロスの姿がそこにはあった。

 

「苦しそうだね。大丈夫かい?」

 

 そんな彼の近くの一際陰の濃い場所から、心配しているのか嘲笑っているのか分からない曖昧な色の声がする。声の主の姿は見えない。

 

「お前か、何しに来た」

 

 相手を知っているらしいロメロスは鼻を鳴らした後、不愉快そうに話す。

 

「いやなに、ちょっと革命家様の様子を見にきただけさ」

 

「そんな大層なものじゃない。俺は自分のやるべきことをやるだけだ」

 

「それは大変結構なことだけど。()()はちゃんと飲んでる?」

 

「結局それが心配で来ただけだろ。言われなくても分かっている」

 

 ロメロスは素っ気なく返事をすると、ズボンのポケットの中から小さな麻袋を取り出すと、その中から何か小さな錠剤のような物を一つつまみ上げると口に放り込み飲み込んだ。

 

「これで満足か?」

 

「急かすつもりはなかったんだけど、ちゃんと二日に一回は飲むようにしてね」

 

「分かってる。それよりお前...」

 

 ロメロスが何か話しかけようとした時、すでに影の向こうにあった気配は消えていた。

 

「自分勝手なやつだ」

 

 まぁ、あんな奴はどうだっていい。俺には使命がある。この国の腐った連中を倒し、新たなロンシャ王国を創り上げる。だが、ササンカの所で少し派手に暴れすぎた。しばらくは警戒も厳しいだろうし、身を潜めていた方がいいだろう。

 

「ごほっごほっ、チッ」

 

 椅子から立ち上がりながら咳き込むと、口に当てた手には血がついていた。

 

 

 

 

  ◇◇

 

 

 

 

「着いたぞここだ」

 

 激しい喧嘩を見た後、スイレンの行くまま後を付いていくこと十分ほど歩くと、一つの門の前で立ち止まったスイレンがそう言った。門は赤く塗られており、人が通るには大きすぎるぐらいの立派な造りだ。

 

「で?もう聞くのも面倒だったから聞いてなかったけど、そのヨン老師って誰なんだ?」

 

「ヨン老師は『崩山拳』の師範だよ」

 

「じゃあ俺は今からその人に『崩山拳』を教わるわけね」

 

「そんな簡単にいくかは分かんないけどね」

 

 教える為に誘拐してきたというのに、そんな簡単にいくか分からないとはどういうことだと思いつつ、古さからか軋む音を上げながら開く門をくぐり中に入る。

 

 門の中に入ると綺麗に舗装されている石畳の奥に三重の屋根が付いている塔が(そび)え立っており、その下に杖をついて立っている老人が見えた。

 

「ヨンのじいちゃん久しぶりー」

 

「ん、スイレンか、久しぶりじゃな。最近見なかったが何しとった。ちゃんと鍛錬はしとるんじゃろな?」

 

 スイレンの呼びかけに半ば閉じかけている眼を少し開いて答える老人。どうやらこの人がスイレンの言うヨン老師で間違いないようだが、随分と年配だな。頭は剃っているのか抜けたのか分からないが綺麗なスキンヘッドで、肉付きが良いとは言えない細い体に布を巻き付けただけのような服を着ている。まさに仙人って感じはするけど、ほんとに大丈夫なのかこの人。急に倒れられても納得がいくような虚弱さすら感じるが。

 

「『崩山拳』の新しい弟子探しに行って来いって言ったのヨンのじいちゃんだろ?今日は見つけたから連れてきたんだよ」

 

「そういえばそんなことも言ったっけかな」

 

 ほんとに大丈夫かこの爺さん。

 

「お前がそうか?」

 

 ヨンはスイレンの横に立つ俺に視線を向けて話しかけてくる。

 

「どうも、コウイチです。半ば無理矢理ですが連れてこられました」

 

「ふむ...」

 

 挨拶をすると、ヨンはしばらく俺の事をじっと見つめてきた。数秒間、何を見られているのか分からず眺められるままじっとしていると、ヨンが口を開く。

 

「素質はあるな。だが精神が全くもって話にならんな。小心者で度胸が足りん」

 

 随分な言われようである。数秒見ただけで何が分かるというのかと言ってやりたい所だが、言われた内容が間違っていないだけに言い返せない。

 

「どう?修行つけてくれる?」

 

 スイレンの問いにしばらく考える素振りを見せた後、ヨンが答える。

 

「まぁいいじゃろう。ギリギリ及第点じゃ」

 

「良かったなコウイチ!」

 

 何故か嬉しそうに俺の肩を叩くスイレン。

 

 これって教えてやらないって言われたらどうなったんだろうと気になったので後々スイレンに聞いてみると、どうやらその場で帰っていいと言われただろうと教えられた。誘拐されて連れてこられたのに勝手に見定められて帰っていいと言われる側の気持ちにもなれよと思ったが、後になって考えれば帰っていいと言われた方がどれだけ良かっただろうか。

 

 

「じゃあ早速始めるとするか」

 

「え?何を?━━って、へぶっ!?」

 

 おもむろに構えだすヨンに困惑していると、目にも止まらぬ速さの突きでヨンに顔を殴り飛ばされた。

 

「いってぇなぁ!何すんだ急に!?」

 

「おいおい、こんなのも避けれんようじゃ話にならんぞ?」

 

「こんのジジイ...」

 

 避けないんじゃなくて避けられないんだっつーの!そういえばスイレンにも『絶対不可避』のことは説明してなかったっけ。早めに教えとかないとこのままじゃボコボコにされる。

 

「あのな、俺は実は...」

 

 スキルの説明をしようとしたコウイチの口がパクパクと音を出さず動いた後、止まる。

 

 なんか、いつもいつも俺ばっかり痛い目に遭ってんのおかしくないか?『崩山拳』の師範だかなんだか知らないが、いきなりぶん殴られてるのに殴られっぱなしってのも癪だし、たまにはこっちからやってやろうじゃねーか。

 

「どうしたコウイチ?」

 

 その様子を見ていたスイレンが不思議そうに声を掛ける。

 

「いや、なんでもない。ところでヨンの爺さん」

 

「なんじゃ?」

 

「今度は俺の攻撃避けてくれよ」

 

「...構わんぞ」

 

 コウイチの顔には、明らかに何かある笑みが浮かんでいる。ヨンはそれを承知でコウイチの提案を受けて立った。

 

「よーっし言ったな?避けろよ?絶対避けろよ?」

 

「そんなに念を押さずとも貴様のような未熟者の攻撃ぐらい目を瞑っても避けれるわい」

 

「絶対だぞ?絶対ぜーったい避けろよ?」

 

 自信満々で話すコウイチの姿を見て、ますます不思議そうに顔を傾げるスイレン。

 

 コウイチの自信はどこからきているんだ?確かに一度『正拳突き』のスキルは見せてもらったが、筋は良いなと思った程度でまだまだ発展途上なのが否めない代物だった。これといって突きの速度が速かったわけでもなく、かといって当たったら恐ろしいと思えるほどの威力があったようにも感じない。それなのにこの男はヨン老師に自分の攻撃を当てるつもりでいるらしい。

 

 どうやって?

 

 スイレンの疑念は拭えないまま、コウイチはヨンに向かって拳を振り抜く。

 

「よっしゃくらえや!『正拳突き』!!」

 

 しかし、彼女の疑念はすぐに吹き飛び驚愕に変わった。

 

 正確に言えば、結果的にコウイチのパンチを避けれず受けたヨンが後ろに十メートルほど吹っ飛んだ瞬間に。

 

 

 



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『絶対不可避』とは

 

 コウイチがヨンに放った『正拳突き』はなんの変哲もないただのパンチだった。近くで見ていたスイレンにはそれがよく分かった。だからこそ、その拳をヨンが避けれなかったことに対する一連の動きの違和感は到底理解できるものではなかった。

 

 走り出したコウイチの動きは単調で分かりやすく、そのうえヨンはコウイチの拳のスピードも軌道もタイミングも把握していたはずだ。それを分かった上で確実に回避するように体を動かし始めた...はずなのだが。

 

 なぜか、動き始めたヨンの体はその瞬間に強張ったように固まってしまい、結果コウイチの拳をモロに受けてしまった。

 

「ほんとに当たった...」

 

 後ろに吹っ飛びながら宙を舞うヨンの姿を口を開けて見ているスイレンと、

 

「あれ?そんなに吹っ飛ぶ?」

 

 そして、何故か自分のやったことに驚いているコウイチの姿があった。

 

 そんな二人が見守る中、吹っ飛んでいるヨンが空中でくるりと一回転したかと思うと音もなく地面に優しく着地した。

 

「これは驚いた。なにしたんじゃ?」

 

 顔の前に手をかざしながらゆっくりと姿勢を正すヨンを見て、直撃を免れて手で受けた後に威力を殺すために自分から後ろに飛んだのだとスイレンはすぐに気づいたが、

 

「はっはっは!どうだ見たか!」

 

 そんな事は露知らずのコウイチは当てたことが嬉しいらしく呑気に笑っている。

 

「どうやったんだよコウイチ!ヨンのじいちゃんに当てるなんてお前案外すごい奴なのか!?」

 

「あったりまえよ!誰だと思ってんだ俺を!」

 

「見直したぞー。ただのもやし男かと思ってたのに」

 

「誰がもやし男だよまったくこの暴力女はー」

 

「誰が暴力女だよこのー」

 

 

「一回当てたぐらいで、そんなに騒ぐなアホ共!」

 

「いでっ!?」

 

「あたっ!?」

 

 はははと笑い合うスイレンとコウイチはいつの間にか近づいたヨンに拳骨を入れられ悶絶してうずくまる。

 

 

 

「さて、落ち着いたか?」

 

「「はい、すいませんでした」」

 

 地面に横並びに正座させられて大人しくなった二人を見て、一つ咳払いをしてから話し出すヨン。

 

「で、小僧。さっきなにをしたか教えてくれるか?」

 

 スイレンも思ったのと同じように、ヨンもまた自分の身に起こったことが不思議でならなかった。確かに自分は避けようとした、それなのに避けようとした途端、何故か体が動かなくなってしまった。咄嗟の判断で受け止めて威力を殺すようにしたが、今までの長い武闘家人生の中でも初めての経験だった。

 

「あぁ、それなら俺の『絶対不可避』ってスキルのせいだと思うよ」

 

 その言葉を聞いたヨンとスイレンは目を見開いて固まってしまう。

 

「え、どうかした?」

 

「今、『絶対不可避』と言ったか?」

 

「う、うん知ってるのか?」

 

 その言葉に返事をしたのはスイレンだった。

 

「知ってるなんてもんじゃないぞ!なんでコウイチがそのスキルを持ってんだよ!?」

 

 おぉ、なんだか新鮮な反応だな。今まで珍しいスキルだから知ってる人なんていなかったのに。

 

「そんなに凄いスキルなのか?使いづらいだけだぞ?」

 

「なんということを言うんじゃお前は!」

 

 なぜかヨンに怒られてしまって戸惑う。

 

「一体『絶対不可避』ってなんなんだよ?なんでそんなに騒いでんだ?」

 

 コウイチの質問に答えたヨンの答えは予想外のものだった。

 

「小僧、お前の持っとる『絶対不可避』のスキルは、このロンシャ王国の国教としているクレナ教が崇める武神クレナ様が持っていたとされるスキルの一つじゃ」

 

「はぁ」

 

「リアクション薄くない?」

 

 クレナってあのクレナのことだよな。その本人からもらったスキルだし、驚きはしないけど。そう聞かされた上でも、この使いづらいスキルがそんなに凄いものだとは到底思えないし、第一スキルを与えたクレナ自体が『絶対不可避』で事件に巻き込まれて困ってる俺を見て楽しんでるなんて事は言えないが...

 

 ただ一つ分かったのは、この国がそんなおかしな女神を崇めた宗教を国教にしているヤバい国だということだ。

 

「まだ今ひとつ凄さを分かっとらんようじゃな。武術を教える前に、その『絶対不可避』がいかに凄いものなのかしっかり教えてやらねばいかんようじゃな」

 

 その言葉とともに、ヤバい宗教をやっている人によるヤバい女神の説明会が始まったのだった。

 

 

 

 



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武の女神

 

「まず大前提として、女神クレナについて説明しなければならんのだが…」

 

 そこまで話したところで、ヨンはふと上を見上げる。見上げる先には雲一つない空に眩いばかりの太陽が輝いている。立っているだけで汗が垂れてくるほど暑いほどに。

 

「ここではなんじゃから中に入るか。ついてこい」

 

 ヨンは振り返って塔に向かって歩き出す。

 

 塔の中は板張りの床で内装はほとんど手が入れられておらず簡素な造りになっていた。冷房なんてものはあるはずもなく、まだ暑さは残るが日陰になっているため外にいるよりははるかに過ごしやすい。

 

「それじゃ始めるとするかの」

 

 壁に掛けてある黒板の前に立ち、その前に俺を座らせたヨンの講義が始まる。スイレンは話が長くなるのを察したのか散歩に行ってくるなどと抜かしてそそくさといなくなってしまった。

 

「まず女神クレナ様とは遥か昔に我々と同じロンシャ王国に生まれた普通の人間だった方が神となった存在な訳じゃが…」

 

「すいません。もう付いていけません」

 

 開始5秒で手を上げてヨンの講義を遮る。

 

「あいつ元々人間だったの?」

 

「あいつとはなんじゃ!クレナ様を友達みたいに呼ぶな!」

 

「ッ〜〜!!」

 

 私怨からつい口をついて出てしまった為、再び拳骨が飛んできて頭を抱えてその場にうずくまる。

 

 痛みに悶える俺を放置してヨンの講義は再開される。

 

「クレナ様はロンシャ王国の建国者にして初代国王として民を導き、この枯れ果てた砂漠の土地に人の住めるように水源を掘って街を作ったんじゃ」

 

 あんなヤバい女についていった民がいたことが信じられんが、言葉にするとまた拳骨が飛んできそうだし黙って聞いておくことにする。

 

「彼女はロンシャ王国の代名詞でもある武と義に重きを置き、武術の発展と自ら自警団として悪を挫く活動をされて民にも大層慕われていたという。そんな彼女はとても清廉な方で困っている人がいたら必ず助けたらしい」

 

「ダウト!!」

 

 今度は言葉もなく殴られた。ちょっとツッコんだだけなのに...。

 てかその逸話多少どころではない脚色がされているとしか思えない、だって俺の知るクレナは人が困っているのを見てケラケラと笑っているような奴なのだから。

 

「そんなクレナ様はロンシャ国王にふさわしく、様々なスキルと武術を習得しており、その数ある内の一つが...」

 

 言葉を区切り俺に目を向けるヨン。

 

「俺の持つ『絶対不可避』だと」

 

「その通りじゃ。クレナ様の持っていたとされるスキルを習得している者は過去の歴史の中でもロンシャ王国で生まれた者しか持っていないはずなんじゃが...、そこに現れたのがお前じゃコウイチ」

 

 なんとなく話は分かった。この国の人たちが信仰してる女神クレナ様の持っていたスキルを俺みたいな余所者が持っているから不思議に思ったのだろう。

 

 だが、俺は今の話を聞いてそんなことよりもっと気になることができた。それについて聞かねば気が済まない。

 

「それは分かったんだけどさ、そのクレナ様が持ってたスキルって他にはどんなのがあんの?」

 

 その質問にヨンは、俺がクレナに興味を持ったのだと勘違いしたのか嬉しそうに答えてくれた。

 

「そうじゃな。有名なものだと、あらゆるものを破壊するという拳の『灰燼撃(かいじんげき)』、目にも止まらぬ速さで移動する『閃脚(せんきゃく)』、風と雷の力を纏う『風雷坊(ふうらいぼう)』、など様々じゃな」

 

「......ふーん」

 

 

 

 

 そっちよこせや!!!!!!!

 

 なんで、そんな数ある強そうなスキルの内の『絶対不可避』やねん!

 

 

「どうかしたのか?」

 

「...いや、なんでもないです」

 

 黙り込んでしまった俺に不思議そうに問いかけてくるヨンには特に何も言わず返事をする。心の中でとはいえ、つい使ったこともない関西弁でツッコんでしまった。

 

「じゃがクレナ様はスキルだけで強かったわけではないんじゃぞ。さっきも言った通り彼女はあらゆる武術を習得していたからスキル無しでも一人の武術家としてとんでもなく強かったらしいからのぅ」

 

 心からクレナを尊敬しているらしいヨンは、何故か自分のことのように自慢げに話す。そしてふと俺の方に視線を戻すと、藪から棒に「ところでコウイチ。お前クレナ教徒か?」と聞いてきた。

 

「あぁ、まぁ......一応、そうみたい」

 

「なんじゃその煮え切らん返事は!」

 

 またポカリと殴られる。

 

「クレナ教徒だけど、それがどうしたんだよ!?つかいちいち殴んな!痛いんだよ拳骨(それ)!」

 

 実は、スキルのせいとはいえ避けると言ってコウイチに拳を当てられたことを地味に根に持っているヨンは、そんなことを本人に言うはずもなく拳骨でちょっと嫌がらせをしていただけなのだが、コウイチにはこの老人はすぐに手を出すヤベー奴だと認識されていた。

 

「クレナ様の神聖なスキル頂いたことに感謝を込めて一緒にクレナ様に祈りを捧げるぞ」

 

 ヨンはそう言うと、目を閉じて両手の中指だけを立てて天に掲げる。

 

 それを見てコウイチは、あぁ、そういえばクレナ教の祈りはこんなんだったなぁと思い出しつつ、やっぱりこんな祈りのポーズをしている宗教が崇めている女神はろくなもんじゃないと確信したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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仕組み

 

 ヨンにお前もやれと言われるまま、不本意ながらクレナに祈りを捧げた後、いよいよ『崩山拳』の修行が始まろうとしていたが、

 

「せっかくじゃし、スイレンもたるんどらんかチェックせんとな」

 

 とのことなので散歩という名の逃走をしたスイレンが帰ってくることを待つことになった。

 

「そういえば俺はあんまり知らないんだけど、スイレンの実家のカエン組ってこの国じゃすごいとこなのか?」

 

 ただ待っているだけも暇なので、時間潰しにヨンに質問をしてみることにする。その質問にヨンは、「ほんとになんも知らん奴じゃな」という顔をしながらも答えてくれる。

 

「カエン組はロンシャ王国の中で名実ともに一番の組じゃな。現ロンシャ国王のバルクラヤが元カエン組の組長じゃしな」

 

「え!?じゃあスイレンって国王と親戚かなんかだったりするの?」

 

「いや、血は繋がっていない。バルクラヤがカエン組の組長だった時の右腕がオニバスだったんじゃ。バルクラヤが国王になった事で空位になった組長の座にオニバスが入った形じゃな」

 

「じゃあ、そのバルクラヤ様ってのは元々王族だったのにヤクザなんかやってたのか?」

 

 俺の問いはどうやら的を射ていなかったらしく、溜息混じりに回答が返ってくる。

 

「いいかコウイチ。この国がどういう国か忘れたか?」

 

「どういう国って、さっき言ってた武と義に重きを置く国ってやつか?」

 

「そうじゃ。この国は強い奴が偉い。これは絶対不変じゃ。それの意味するところは、いくら国王の血族だろうと弱ければ国王にはなれんという事じゃ」

 

 それって、国として大丈夫なのか不安になるんだけど。

 

「心配になるのも分かるがそれなら大丈夫じゃ。さっき言った通りその規模と実力から、ここ数百年はカエン組の組長が国王に就任しているから安定しておる」

 

 心でも読んだのか、俺の気がかりに答えるようにヨンは話す。

 

「よいか?この国は強い奴が上に立つ。そのシステム上、もし強い奴が現れたら国王になろうと国王に挑戦しようと思うじゃろ?」

 

「そうなるな」

 

「そうなると国王は日々やってくる挑戦者の相手をしなければいけなくなる。そのために裏を仕切るヤクザがいるんじゃ。

 トップに国王がいて、その下に各ヤクザがいる。そのヤクザはもし国王に挑戦しようなどと考える輩にまずは俺たちを倒してからにしろといったふうに阻止する訳じゃ。そうすれば国王より弱いヤクザも倒せんようでは話にならんと言えるからの。そうすれば国王も国の運営に集中できるんじゃ。

 最近はなにやらヤクザ相手に暴れ回っとるイキのいいのがいるみたいじゃし...」

 

 聞いてみるとなるほど、思ったよりしっかりしてるなと感心してしまう。

 

「じゃが、バルクラヤのやつは自分で戦いたがっておるじゃろうなぁ」

 

 国王の話をするヨンはどこか楽しそうに見える。

 

「え、そうなの?」

 

「そりゃそうじゃろ。自分の腕だけで国王になったんじゃから、この国で一番喧嘩が好きなのはあいつじゃろうな」

 

「ヨンのじいさんって国王と知り合いなの?」

 

「知り合いも何も、あいつに『崩山拳』を教えたのはわしじゃからな」

 

「ヨンのじいさんって実はすごい人なの?」

 

「当たり前じゃろが!ただの超絶イケメン老人じゃないんじゃぞわしは」

 

 誰もイケメンなんて言ってないが…どうやらただの変な老人ではないことは確からしい。

 

「あいつは不完全ではあるがクレナ様が持っていたスキルであり、彼女が作った『崩山拳』の奥義でもある『灰燼撃』を使えるからのぉ」

 

「それすごくね?」

 

「確かに今まででの『崩山拳』の使い手でも使えたのは数人と聞くしな」

 

 流石に武術家が多くいるこの国のトップにもなる人だけあるんだな。俺が仮にも神であるクレナに貰ったようなスキルを自力で身に付けるなんて。

 

「そんなに驚かんでもコウイチもそのうち『灰燼撃』を見ることになる」

 

「え?それってどういう──、」

 

 

「ただいまー。話終わったかー?」

 

 ヨンの言葉の真意が分からず、聞こうとしたところでスイレンが帰ってきた。

 

「話はまた今度じゃな」

 

 手を振りながら戻ってきたスイレンを迎えたヨンは、門の前で俺と「なんであたしまで…」と愚痴るスイレンを横に並べると、

 

「それじゃあさっそく修行を始めるとするかの、覚悟はいいか?」

 

 自称超絶イケメンの顔に不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 

 



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修行開始と

 

「じゃあスイレン。コウイチといつもの外周に行ってこい」

 

 ヨンの指示にスイレンは「へーい」と明らかに嫌悪の色を滲ませた返事をしながら俺を連れて門の外へと向かっていく。

 

「じゃあコウイチは初めてだし、ゆっくり行くからしっかり付いてこいよ」

 

 言葉通りジョギング程度の速さで走り出したスイレンと並走する。

 

「ところで外周って何周ぐらいするんだ?」

 

「え?なんだよコウイチ結構やる気あるんだな」

 

 俺の言葉をどう受け取ったのか思っていた反応と違う言葉が返ってくる。確かにここの道場は結構な大きさだけど外周一周程度なら軽い運動程度だろうと思ったから何周か聞いただけなんだが。

 

「何周でもいけど、まずは一周できるかどうか心配した方がいいぞ」

 

「え?だってこの建物の周り一周するだけだろ?」

 

「あははっ、そんなわけないだろ。外周ってのは道場の外周じゃなくて、この王都サランの外周のことだよ」

 

「はぁ!?この街一周ってどんだけかかるんだよ!」

 

「このペースで行ってたら日は暮れるだろうな。てことで徐々にペース上げてくからしっかり付いてくるように」

 

 そう言うと、スイレンのペースがグッと上がり隣り合っていた俺との距離が開く。

 

「待って待って!」

 

「ちなみに外周してるときは、この間の砂塵虎(サントラ)までとは言わないが危険な生物もいるから、私と一緒じゃなきゃ食べられるぞー」

 

 話しながらも、どんどん俺との距離を離していくスイレン。死なないためにも体力の温存はやめて全力で走るしかないようだ。照りつける太陽と乾燥した空気で体力はどんどん失われていくのに、このままでは倒れて死ぬか何かに食われて死ぬかの二択である。

 

 そんな絶望を感じながら、『崩山拳』の修行が始まったのだった。

 

 

 

   ◇◇

 

 

 

「あっっっついわね、ここ」

 

「で、ですね。頭がクラクラしちゃいます」

 

 ここはロンシャ王国の砂漠に散らばる街の一つ、テサボンにある通りの一角にて、日差しから身を守るための布を頭から体全体にゆったりと巻きつけた服を着たキーラと、同じ服装のはずだが、体の小ささから布が余って側から見ると布のお化けみたいになりながら、ふらふらと今にも倒れそうなクゥの姿がそこにはあった。

 

「ちゃんとこまめに水飲みなさいよクゥ。倒れちゃうから」

 

「あ、はい」

 

 キーラから渡された水筒に口をつけてごくごくと喉を潤わせるクゥは、飲み終わった口を拭いながら人で賑わうテサボンの街を眺める。そこには露店が立ち並び、キーラと同じように布を巻いた服を着た人たちが大きなかごを頭の上に抱えて歩いていたり、日陰にあるテーブルに座って談笑したりしている。

 

「コウイチさん、どこにいるんでしょう?」

 

 そんな人混みの中に誘拐されたコウイチを探しながら呟くクゥ。

 

「そうね、でもこのロンシャ王国のどこかにはいるみたいだし、とりあえず王都のサランってとこに行くのがいいと思うけど...」

 

 二人はスイレンが騎士団に渡した手紙を読んだ後、大した準備もせずにクエス王国を飛び出したのだが、

 

「もう、お金もあんまり残ってませんもんね...」

 

 二人の所持金は、ここまでの移動費や食料費などで、ここテサボンの街で底をつきかけていた。

 

「みんな普通に過ごしてるけど、この国今内乱を起こしてる奴もいるっていうし」

 

「コウイチさんが巻き込まれてなければいいですが」

 

 二人はコウイチの『絶対不可避』のスキルのことを思い出しながら、しばらく悩んだ後、考え出した結論は同じだった。

 

「絶対に、巻き込まれるから、その前に捕まえるわよ!」

「絶対に、巻き込まれるので、その前に助けましょう!」

 

 顔を見合わせて頷き合うと、まずは資金問題を解決するために動き出すことにした二人は、仕事を探すためにロンシャ王国の探索者ギルドへと向かうのだった。



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途中経過 その3

 

「はぁ──、はぁ──。」

 

 暑い。暑すぎる陽の光のせいで汗は止まらず、その吹きこぼれる汗が口に入ってこようとするのを、口を(すぼ)めて息を吹き出すことで防ぐ。

 

 もう何時間走ったのだろう。代わり映えのしないはずの辺り一面の砂漠の景色は、疲れからか、それとも陽炎のせいか、ぼやけて歪んで見える。

 

「大丈夫かコウイチー」

 

 前を走るスイレンの足取りは、一切の疲れを感じさせず、まるで近所でジョギングでもするかのようである。

 

「大丈夫なわけっ!──、あるかっ!──ぜぇっ」

 

 

 

 

 二人がサランの外周を走り終わり、道場に戻ってきたのは、日もどっぷりと暮れた頃だった。

 

「今日はなんにも出てこなくてよかったな」

 

 そう話すスイレンは一人になれば危険だから頑張ってついて来いと言いながらも、ギリギリのところでコウイチとの距離を離さないように走っていたのだが、コウイチ本人は自分の事で手一杯だったため気付いていないようである。

 

「帰ってきたか。随分かかったのぅ」

 

 塔の中からあくびをしながら出てきたヨンは、地面に倒れこんでいるコウイチを見ながらかかかと笑った。

 実際のところ、ヨンの予想で今日は途中で倒れてスイレンに抱えられて帰ってくると思っていたので、少し驚いていた。

 

「さっき見た時になんとなく分かっていたが、普段から多少は鍛錬を積んどるようじゃが、なにかやっておったのか?」

 

「暇な時は剣の素振りとかしてたよ。一時は山の中で狩りとかしてたから多少は体力あると思うけど」

 

「なるほどの。今日は動けなさそうじゃしここまでにするか。それからコウイチ。今日からここで寝泊まりしていけ。その方が寝ても起きても稽古できるからな」

 

「えっ!?」

 

 疲労は限界を超えて身動きが取れないコウイチは突然の逃さない発言に震える。

 

「この塔はわし一人で住むにはちと持て余すしな、タダで住ませてやるんじゃから感謝せいよ」

 

 なんとも身勝手な言い草に言い返したい所だったが、そんな余力もなく今はもうどうせここに住むならもう寝てしまおうと目を瞑ってしまったコウイチはそのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 ふと目を覚ますと、スイレンかヨンが運んだのか塔の中の一室らしい布団で横になっていた。近くにある木の格子でできた窓から見える空はまだ暗く、月と星の明るさだけが空を覆っていた。

 

「あ、起きた」

 

 近くから声が聞こえた。その声はヨンでもスイレンのものでもなかったが、コウイチはその声を知っている。

 

「なにしに来たんだよ」

 

「そんなこと言うてほんまは会えて嬉しいくせに〜。様子見に来たってんで?」

 

 にやりと笑いながら話かけてくる声の主は、つい先程ヨンが熱心に話していた人物、女神クレナが布団から起き上がった俺の右側の少し離れた所に座り込んでこちらを見ていた。

 

 こいつの姿見たらヨンのじいさん腰抜かすんじゃないかな。仮にも熱心に信仰してる宗教の神だし。

 

「まさかロンシャ王国に来るなんてな、うちも久しぶりに来たわ」

 

 立ち上がったクレナは窓にからサランの街を眺めながらこちらを見もせず話す。その横顔は故郷を見て何か思うことでもあるのか、どこか優しく見える。

 

「で、今日はまた途中経過を見に来たのか?」

 

 俺の言葉にクレナはくるりとこちらに向き直ると、にこりと笑う。

 

「察しが良くて大変よろしい。でも、今日はそれともう一つあんねん」

 

「もう一つ?」

 

「最近、更生も順調に進んでるみたいやし、頑張ってるコウイチにこの女神クレナ様がありがたい助言をしに来てあげたんや」

 

「助言ねぇ。ほんとに役立つのかそれ?」

 

「神様のありがたい助言にケチつけるようなこと言いなや!あんたは黙って有り難く受け取ればええねん!」

 

 そんな押し売りみたいな助言聞いたことないが。まぁここは黙って聞いてやるとしようかと思いながら先を話すように手を出して促す。

 

「コウイチ。どれだけ時間がかかっても、あんたはここで『崩山拳』を習得しなさい。強くなることがこの先のあんたの為になるから」

 

「はぁ?なんで俺が『崩山拳』なんて習得しないとだめなんだよ?」

 

「あんたの魂胆は分かってんで?さっさと自分に才能がないことを認めさせてこの国から出ようとしてるやろ?」

 

 クレナの指摘に驚いて、一瞬言葉が返せなかった。彼女が言ったことは、まさにコウイチが実行しようとしていたことだった。このままでは本当に『崩山拳』を習得するための本格的な修行が始まってしまう。そんなものは望んでいないし、さっさと帰ってキーラとクゥとのんびり薬草採取でもしたかった。

 

「あんたが愛しのキーラとクゥに会いたいのはよう分かるけど、一生会われへんわけちゃうし、しばらくの我慢やな」

 

「いや、別にあいつらに会いたいわけじゃねーし!自分からやりたいとも言ってない『崩山拳』の修行を受けたくないだけだよ!」

 

 あまりにも的確な言葉に照れ隠しで声を大きくしながらも、『崩山拳』の修行は本当にしたくないことを伝える。

 

 そんなコウイチとは対照的に、クレナはいたって真剣な表情で話を続ける。普段からは考えらえない真面目な顔をしたクレナから発せられた予想外の言葉に、コウイチはまた言葉を失うことになる。

 

 

「別に修行を受けへんのはええけど。このままやと、あんた天寿を全うする前に死ぬで?」

 



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覚悟

 

「近いうちに死ぬって、なんでだよ?」

 

 普段のおちゃらけた調子とは違い、真剣に話すクレナに少し圧倒されて聞き返してしまう。

 

「ほんまはあんたも薄々気づいてるやろ?」

 

 確かに以前からなんとなく自覚はある。

 

 そんな俺の心当たりがあるのを見抜いてか、クレナが話だす。

 

「問題はコウイチ、あんたの弱さや。プリムと戦った時も、ゼルバートと戦った時も、カリムとの時も、全部が全部ただ運が良かっただけ、あんたの強さで勝てたことなんて一回も無かった、そうやろ?」

 

 クレナの言うことはなにも間違っていない。押し黙る俺を見て、反論してこないのを肯定したとみなしてた話を続ける。

 

「プリムの時はクゥの支援魔法と相手が油断してたの、そんでもってグレゴリが割り込んできてくれたからだし、ゼルバートの時は惚れ薬を飲ませる機転が利いた所は評価するけど、その場にプリムがいてくれたから実行できただけ、カリムの時に関しては意にも介されてなかったし、スイレンが不意打ちしようと思ってたから助かっただけ。もし、ちゃんと戦わされてたらあんた数秒も持たへんかったやろうし...」

 

 全くもってその通りである。今までの何度かの戦闘で、俺一人で何かを成し遂げたことは一つもない。

 

「だから俺に『崩山拳』を学べと?」

 

「そろそろ覚悟決めろってことや。あんたが『絶対不可避』を持ってる限り今までみたいなことに巻き込まれるのは避けられへん。これから先も、今までみたいに運だけでどうにかやっていけるとは思わん方がええってことや。もし、一緒におるキーラやクゥに危害が加わるような事態に巻き込まれた時、なんもできひんかったらどないするん?」

 

 確かに、俺には今ひとつ覚悟が足りていなかったのかもしれない。運だけで助かってきたが、クレナの言うように俺なんかと一緒にいるせいでキーラやクゥに危険が迫った時、なにもできないのは、嫌だ。

 

「分かった...お前の言う通り覚悟を決める」

 

 その言葉を口にしながら、自分の中で何かが吹っ切れたような気がした。このままじゃだめだ。降りかかってくる火の粉をのらりくらりと避け続けることはできない。振り払う術を覚えなければ。

 

 この()()()()()()()()()()()()()()をゴートに教えを乞うた時とは違う、()()()()()()()()()を身につける為に『崩山拳』を学ぶ。

 

 コウイチの顔を見たクレナは満足したように笑みを零すと、

 

「ほな今日はこれぐらいにして帰るとするわ。次会う時はもっとええ男になってることを期待しとくで」

 

 そう言い残して、景色に溶けるように姿を消してしまった。

 

 窓から見える東の空には、降りていた夜を押し上げるようにほのかに青い空が昇ってきていた。

 

 

 

   ◇◇

 

 

 

 

 コウイチがヨンの元で修行を始めてから、あっという間に三ヶ月の時が過ぎようとしていた。

 

「おっすー。おはよー」

 

 まだ外は少し暗い時間、ヨンの道場に軽い調子で入ってきたスイレンは迷わずに台所へと向かう。そこには、美味しそうな匂いを漂わせながら火の様子を見ているコウイチの姿がそこにはあった。

 

「おお、スイレン。おはよ。もうできるからヨンのじいさんも起こしてきて」

 

 修行が始まってから住んでいるこの道場も、随分と住み慣れたものになりつつある。右から三番目にある戸棚を開けて、調味料を鍋に入れながら少しだけスプーンに取ってスープの味を確かめる。

 

「うん。今日もうまいな。俺天才」

 

 朝ごはんの出来に満足していると、起きてきたヨンとスイレンをちゃぶ台に座らせて料理を運ぶ。

 

「う〜ん。やっぱりコウイチの料理は美味いよなー。最近は家の朝ごはん食べずにこっちで食べること増えたし」

 

「そのせいで食費が(かさ)むんじゃからちょっとは遠慮せんか」

 

 並べられたご飯を満足そうに頬張りながら賑やかな朝食を済ませた後、軽い準備運動をしてからまだ人気の少ないサランの街をスイレンと一緒に走り出す。

 

「随分走るのも慣れてきたんじゃないかコウイチ?」

 

「来る日も来る日も外周させられてたら流石に慣れてもらわんと困る」

 

 軽口を挟みながらもスイレンに離されることはなく付いていく。クレナとの話の後、真面目に修行を始めようと思ったはいいものの、ヨンからの修行の内容はただひたすらに外周をすること。だけだった。

 

 それからというもの、最初の一ヶ月は丸一日をかけて外周を一周。二ヶ月目は日が暮れる前に帰ってこれるようになり、三ヶ月目の最近では朝に出て、昼過ぎには帰ってこれるようになっていた。外周以外の時間はただひたすらヨンに命令された家の雑用をこなす日々。

 

「今日から新しい修行を始めるぞ」

 

 外周を終えて帰ってきたので、昼食の用意でもするかと考えていたらヨンに呼び出されて塔の外の広場にやってくると、軽い感じで外周以外の修行が始まることを告げられた。

 

「で、なにするんだ?」

 

 ただ走るだけのマラソン選手のような日々から解放され、やっと始まる本格的な修行に少しの期待を覚えながらヨンに訊いてみる。

 

「とりあえず今からスイレンにお前のことをボコボコにしてもらう。話はそれからじゃ」

 

 修行を楽しみにしていた俺の淡い期待は、一瞬にして絶望に変わったのだった。



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殺気

 

 ボコボコにしてもらうというヨンの言葉通り、一人で鍛錬をしていたスイレンを呼び出して、向かい合った状態で広場に立たされる二人だったが。

 

「え、ほんとにボコボコにされちゃうの俺?」

 

いまだに、自分の置かれている状況が飲み込めず呆然と立ち尽くすままのコウイチと、何故か理解が早くぴょんぴょんとその場で跳ねてやる気十分のスイレン。

 

「別にただやられとは言わんぞ。やり返せるならやり返していいからの」

 

 やれるもんならやってみろと言わんばかりの笑いを漏らしながら言い放つヨンに苛立ちを覚えつつ、構えるように言われるまま正面に立つスイレンと相対する。

 

「恨むなよコウイチ〜」

 

 スイレンは、そんなに俺を殴れることが嬉しいのか邪悪な笑みを浮かべながら構えを取ったままジリジリと距離を縮めてくる。

 

「ぐっ、くそっ!」

 

 こうなったら、せめて一発でも当ててやる!

 

 決心して思いっきり一歩踏み出して正拳突きを放つ。

 

 避けられないことが分かっているスイレンは落ち着いた様子で拳の横から尺骨を当てて受け流すと、すぐさま空いている腕でコウイチの鳩尾にアッパー気味のパンチを返す。

 

「ゲェッ!?」

 

 攻撃が来ることは分かっていたので、咄嗟に腹筋に力を入れて堪えたが、それでも一瞬息ができなくなってしまうほどの威力。だが、このまま止まってしまえば追撃がくる。出ていくばかりの息を止めて反撃に出ようと拳を振りかざすと、目の前にいたはずのスイレンが視界から消えていることに気付く。

 

「ど、どこいった?」

 

 消えたスイレンを探して首を振ってみるも、彼女の姿は捉えらえない。

 

「ちぇいっ!」

 

「あがっ!?」

 

 突如聞こえた気の抜けるような声と共に後頭部に衝撃が走り、前に向かって吹っ飛ばされる。

 

「ちゃんとガードしろよコウイチ」

 

 スイレンは変わらず悪戯な笑みを浮かべたまま、蹴ったのだと思われる振り上げた足を下ろしながら話かけてくる。

 

「できるわけねーだろ死角から蹴り飛ばされて!」

 

 まだ痛みが残る頭を押さえながら大声で返すと、

 

「それを分かるようになれってことだよっ!」

 

 言葉と同時、またスイレンの姿が再び消える。今回はしっかり見ていたので、彼女が地面を蹴ったのだけは分かった。分かったのだが...

 

「見えん...」

 

 凄まじい速さで地面を蹴る音だけが聞こえるが、一向に視認することができない。

 

「どこ見てんだ?」

 

 音を追うように目を動かしていると、どこからともなく目の前に拳を構えたスイレンが現れた。

 

(まずいっ!)

 

 顔の前に腕を出してガードの姿勢を取るも、甘いガードもろとも強烈なパンチをくらい宙に浮く。

 

「クッソォ、好き放題しやがって...」

 

 ガードした腕が鼻に当たったことで鼻血が地面にポタリ、ポタリと地面に二、三滴落ちる。

 

 鼻を啜り、垂れる血を親指で拭いながら止まったことを確認してスイレンに向き直る。

 

 

 

 それからと言うものは、なんとかこちらも攻撃を当てようとやたらめったら腕を振るってみるも、そのことごとくをいなされ、殴られては倒れ、蹴られては倒れを繰り返すこと数十回。最初こそは一発当ててやろうと思っていたが、終盤はどこから飛んでくるか分からない攻撃をどうにかガードすることに必死だった。

 

 反撃する気力も、立っている体力も無くなった頃には、日はとうに沈み、地面に寝転がる俺とその真上にある半分ほど雲に隠れた月と目が合った。

 

「どうじゃった?」

 

 疲れ果てたコウイチに近づいてきたヨンが問いかける。

 

「どうって、なにが?」

 

 宣言通りただボコボコにされただけで、それ以上でもそれ以下でもないと思うのだが。

 

「今のスイレンとの戦いで、何故自分が一方的にやられたか分かるか?」

 

「なんでって、そりゃあ俺とスイレンじゃスピードが違いすぎるし、パワーだって━━、」

 

 そこまで話したところで、手を顔の前に出されて中断させられる。

 

「違う違う。全く見当違いじゃよ」

 

「なんだよ。勿体ぶってないで早く教えてくれ。意味もなく殴られたわけじゃないんだろ?」

 

 業を煮やしたコウイチの質問に、やっと本題に入る気になったらしいヨンはにこりと笑った後、口を開く。

 

「殺気じゃよ『殺気』」

 

「殺気?」

 

「あらゆるものが攻撃の瞬間に無意識で発する気、それが『殺気』じゃ。それを感じ取ることができればいち早く相手の攻撃に気付き、対処したり、先手を取ることができる。それゆえ、コウイチがスイレンに攻撃をしても受け止められたり、受け流されたりして反撃を受けとったんじゃ。もっとも、最後の方はただやられるがままじゃったがな」

 

 俺のやられっぷりは大層面白かったらしく、最後の方はただ馬鹿にされただけの気がするが...。

 

「その『殺気』を感じ取れるようになれってことか?」

 

「そう言うことじゃ。明日からは午前中は外周、帰ってきたら殺気を感じ取る修行を追加する。さっさと感じ取れるようにならんと体の傷は増えるばかりじゃから死んでくれるなよ?」

 

 もう死に体になっている人間にそんなことを言われてもと思いながら、ついに始まった本格的な修行にやはりどこか嬉しさを感じて、起き上がることもできないほど疲れたコウイチは、そのまま眠りについた。

 



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ダンジョンアタック

 

 時は遡り、テサボンの街にてお金が無くなり途方にくれていたキーラとクゥは、ロンシャ王国にもあるという探索者ギルドに訪れていたのだが...。

 

「仕事はないですって!?」

 

「はい。採取依頼はそもそもこの不毛の土地に採取するようなものが無いですし、討伐依頼は出ている時もあるのですが、出てもすぐに街の腕自慢の武闘家たちが倒してしまったりするので、探索者の方に依頼するものはない。と言うのが探索者ロンシャ王国支部の現状です」

 

 信じられないと言った表情のキーラに淡々と状況を説明する受付嬢パジルトは、このがらんとしたギルドにいるただ一人の職員である。

 

「探索者本部でも、この国に置く支部は必要ないと判断を下し、近々このギルドは引き払う予定です」

 

 言い切ったところで決めポーズのように眼鏡をくいと掛け直す。ピンでぴっちりと抑えられた前髪から出た白い額。真面目を絵に描いたような見た目のパジルトだが、何故こんな仕事の無いような国に来たのか分からない少女二人を前に困惑しているのは彼女も同じだった。

 

「あ、あの、じゃあこの国でお金を稼ぐ方法って何かありませんか?」

 

 最後の望みを断たれたかのように焦っていたキーラの横からパリスに声をかけたのはクゥだった。

 

「お金を稼ぐ方法━━、ですか」

 

 この国でお金を稼ぐ方法と言われてパジルトが思い浮かぶものは一つしかなかった。

 

「そうなるとやはり迷宮攻略(ダンジョンアタック)━━、ですかね」

 

「ダンジョンアタック、ってなに?」

 

 初めて聞く単語を不思議そうに聞き返すキーラに、パジルトは説明を始めてくれる。

 

「迷宮攻略とは、人工的や自然的に作られた迷宮などを探索することです。ここロンシャ王国の資金源は、この広い砂漠の大地に数多くある大小様々な迷宮から得られる財宝などによるものです」

 

 パジルトの言う通り、このロンシャ王国には、遠い過去から存在するダンジョンが数百とある。その中にはロンシャ王国の歴代国王たちの墓も含まれる。その全てのダンジョンにあるとされる金銀財宝の総額は、金貨にして約一億枚以上あると言われている。

 その中で、現在見つかっている内容はその半分にも満たず、まだ残り半分が各地にあるダンジョンに眠っているとされ、国中のヤクザや一攫千金を狙う者たちがダンジョンアタックを繰り返し、未だ日の目を見ない財宝を探している。

 

「そ、そんな大金が眠ってるんですか」

 

 王都まで行くお金さえ手に入ればと思っていたところに、予想以上の儲け話に驚いてしまうキーラとクゥ。

 

「とは言っても、めぼしいダンジョンはもう探し尽くされてますし、ダンジョンは見つかているものの財宝が見つかっていない場所は我先にと財宝を探す競合相手がいますから、その方々と衝突してしまうかもしれませんのでおすすめはできませんよ?」

 

 提案してみたはいいものの、目の前にいるのは女性二人、しかも片方は見たところ年端もいかぬ少女。そんな人を金を稼ぎたいなら荒くれ者達がいるダンジョンに行けと言うのはあまりにも酷だとパジルトは後悔した。

 

「じゃあ、そこに行くから場所教えてちょうだいよ」

 

「ちょ、私の話聞いてましたか!?」

 

 何がダメなの?と言った顔で場所を聞いてくるキーラに驚きを隠せないパジルトは、助けを求めるようにクゥに目をやるも、その幼い少女までも教えてくれと言った顔で頷くだけだった。パジルトがその二人の瞳から感じたのは、何かの決意満ちた光だった。

 

「〜〜〜ッ!......分かりました。教えます。教えますが、どうなっても知りませんからね!」

 

 こうして、二人の圧に負けたパジルトの口からダンジョンの場所が伝えられる。

 

 探索者ギルドの受付嬢としてのプライドで、探索者を無駄死にさせないためにも、教えたダンジョンは比較的に小さめで危険の少ない場所にしたが。

 

「ありがと。じゃあ今から行くとしましょうかクゥ」

 

「はい!パジルトさんもありがとうございました」

 

 ダンジョンがテサボンの街から歩いて行ける距離にあると知るやいなや、すぐさまギルドから出て行ってしまった二人を見送って、あの二人が無事に帰ってくるかどうか確認するまではこの国を離れるわけにはいかないと心に決めたパジルトだった。

 



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ガマラダンジョン

 

 キーラとクゥの向かうダンジョン。テサボンの街から砂漠を歩くこと半日の場所にあるその場所は【ガマラダンジョン】と呼ばれている。

 

 

「ここがガマラダンジョンね」

 

 ダンジョンに辿り着いたキーラが、地下へと続く階段を覗き込む。

 

「暗いですね」

 

 クゥは、その入り口が二人を飲み込もうとする大きな口に見え、少し身震いをする。

 

「じゃあ、行くわよ」

 

「...はい」

 

 意を決した二人は、ガマラダンジョンへと足を踏み入れていく。

 

光球(ライト)

 

 キューブ状態だった杖を展開したクゥの言葉と共に小さな光の球が宙に浮き、辺りを照らす。

 

「やっぱり魔法って便利よね」

 

「未だに攻撃魔法は使えませんが、こういうのならたくさん使えますよ」

 

 キーラに褒められたのに嬉しさ半分、情けなさ半分といった反応で微笑するクゥを後ろで歩かせながらダンジョンを進むキーラは道の途中で、石の壁をくり抜いたような部屋を見つける。

 

「ここは...、特に何もないみたいね。流石にこんな分かりやすい所の宝なんてとっくに誰かに見つけられてるだろうし」

 

 部屋をある程度探った後、落胆していたキーラにクゥが語りかける。

 

「あの、私、宝探せるかも、です」

 

「え!?ほんとに!?どうやって!?」

 

 思いもよらぬ発言に目を丸くしてクゥに詰め寄るキーラ。

 

「えっと、私の習得している魔法の中に『探知(サーチ)』と『果報(ラック)』っていうのがあるんです。『探知』は何か物を探すときに便利なんですがなんでもいいから探したい時は精度が落ちて、石ころのような物にも反応しちゃうんですが、『果報』を使って私自身の運をあげれば宝に反応してくれる可能性が上がります。そうすれを使えば隠された宝を見つけられるかもしれません」

 

 浮かぶ光球によってか彼女自身によってか、キーラの顔がパァっと明るくなる。

 

「さっすがクゥ!天才!かわいい!」

 

「えへへ、、」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でられ表情が緩むクゥは、杖を構えて早速『果報』と『探知』を発動する。

 

「あっちの方から何か感じますね」

 

「よーし、じゃあ早速行くわよ!」

 

 クゥの感じる先に向かって意気揚々と歩いていく二人の姿が、ダンジョンの奥へと消えていく。

 

 

 

  ◇◇

 

 

 

━━キーラとクゥの向かうガマラダンジョンの奥深くにて、

 

「うぅ...」

 

「いてぇよぉ」

 

「ここはロメロス組の縄張りって言ったよなー?聞いてなかったー?」

 

 ダンジョンアタックをしにきた腕自慢の数人の男達が皆うずくまるのを笑い、悠然と歩きながら話す面長で垂れ目の男が一人。身長は二メートル近くあり、気に触るような言葉の伸ばし方で喋るのが特徴的である。

 

 男の名はラキズン。ロメロス組幹部の一人である。

 

「お前ら、こいつらの所持品かっぱらった後はテキトーにその辺でお宝探してこーい」

 

「「「はい!」」」

 

 ラキズンの抜けた声に返事をする部下たちは、言われるまま倒れている男たちの体を弄り始める。

 

「ふ、ふざけるなぁ!」

 

 倒れていた男の一人。バンが、最後の気力を振り絞ってラキズンの部下を払い飛ばす。

 

「ん?何か言ったかー?」

 

 垂れた目をギョロリと見開いて、声を出したバンを睨みつける。

 

「ロメロス組だかなんだか知らないが、ダンジョンは誰のものでもない!好き勝手やるのも大概にしろ!」

 

 バンは近くに落ちていた槍を手に取り、まるで自分の手足の如く振り回すとラキズンに向かって構える。

 

「長物使えば勝てると思ったのかー?甘いねー」

 

 大きい体をくねくねと動かしながら挑発するラキズンに隙ありと見たバンは目にも止まらぬ突きを繰り出すも、いつの間にか動いていたラキズンは槍の柄を踏みつけて穂を地面に叩きつけるとあっさりと折ってしまう。

 

「なに!?」

 

 バンは確実に捉えたはずのラキズンの動きが見えなかったことに驚いていた。

 

「そんなに驚いてどうしたよー?なんか不思議なことでもあったかーい?」

 

 驚いていたのも束の間、次の瞬間にはいつの間にか懐に入り込み目の前に聳え立つラキズンに目を見開く。全く目で追えなかった。まるで、瞬間移動でもしたかのように。

 

「遅いおそーい」

 

「ぐっ!?」

 

 そのまま顎を蹴り上げられたバンは高さ四メートルはある天井に吹っ飛び頭がめり込む、そのままだらりと力を無くしたように宙ぶらりんになってしまう。

 

「我らがロメロス様は次期国王だよー?そのロメロス様に認められた俺に楯突くなんて、死に値するよねー?」

 

 蹴り上げた足を下ろすと同時、壊れた天井と共に地面に落ちてきたバンを高笑うラキズンの声がダンジョン内に響きわたる。

 



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深層

 

「結構奥まで来たわね」

 

 ダンジョンの暗さも、クゥの光球の明るさも変わらないはずだが、長くダンジョン内を探索して心なしか暗さがより一層ましたように感じながらも歩みを進めるキーラ。

 

「そろそろ反応があった場所です。頑張りましょう!」

 

 しばらく魔法は使わないと思ったクゥは、杖をキューブに戻してポーチにしまったことで空いた両手を体の前に構えてキーラを鼓舞しながら彼女の後ろをトコトコと付いて行く。

 

「あ、そこの左の部屋です!」

 

 キーラは、後ろから聞こえるクゥの声に従い真っ直ぐ続く道の途中にある部屋の中へと足を向ける。

 

「ここが?」

 

 部屋へ入ったキーラは首を傾げる。それもそのはず、クゥが言った部屋の中はもぬけの殻で、空間だけを切り抜いて煉瓦で囲っただけのようなその部屋に宝などと呼べるものは見当たらず、静寂の中に土埃だけが舞っているだけだった。

 

「ここの...はずなんですが...」

 

 何も見当たらない部屋をキーラの背中から顔を覗かせたクゥは尻すぼみに声が小さくなっていく。

 

「やっぱり私の魔法なんかじゃ当てにならなかったみたいです」

 

 そう話すクゥのただでさえ小さい姿は、萎んだ風船のようにより小さく縮んでいくようにも見えた。

 

「そ、そんなことないわよ。クゥが言うんだからこの部屋に絶対あるわ!一緒に探してみましょ?」

 

「......はぃ」

 

 なんとかクゥを励ますために探してみようとは言ってみたものの、どうしたものかと困り果てるキーラ。探すと言っても光球が放つ光で部屋全体は隅まで見える程明るく照らされ、何かを探そうにも何もないことは明白であった。

 

(でもクゥを悲しませるわけにはいかないし、隠し部屋があったりしないか、虱潰(しらみつぶ)しに壁でもなんでも調べてみるしかないわね)

 

 足取り重く壁や地面をペタペタと触って調べるクゥの悲壮感を纏った後ろ姿を見ながら、真剣な眼差しで部屋を調べるキーラ。

 

「...?これって...」

 

 十分ほどなんの変哲もない壁と格闘していたところ、キーラの目線の高さにある煉瓦の一つに違和感を感じる。

 

「どうかしましたか?」

 

 キーラの零した呟きに、相変わらずしょんぼりとした顔で振り返るクゥ。

 

「ここの煉瓦、なんか変なのよ。ていうか」

 

 煉瓦を触りながら話すキーラが煉瓦を少し押してみると、「ガコン!」という音と共に煉瓦が壁の奥へと消えていった。

 

「やっぱり!クゥ!こっちこっち!」

 

「ほんとにあったんですか!?」

 

 ほぼ諦めて探していたクゥは、目を開きながらキーラに近寄る。

 

「ちょっとこの中照らしてみてくれない?」

 

 クゥに頼んで煉瓦一つ分の隙間から光球を覗かせて中に光を入れてみると、確かにそこに空間があることが分かった。

 

「やっぱり隠し部屋よ!ほんとにあったんだわ!」

 

「わ、私も見たい!見たいです!」

 

 煉瓦の位置が高いせいで背を伸ばしながらその場で跳ねるクゥの脇の下を持ち煉瓦の奥を見せてあげる。

 

「ほ、ほんとにあった。よがっだでず〜」

 

 安堵からか涙を流して喜ぶクゥを下ろして頭を撫でてあげる。

 

「でも安心するのはまだ早いわよクゥ。問題はどうやってこの中に入るかなんだけど...」

 

 煉瓦一つの隙間では、流石に人は通れない。あの煉瓦がキーとなって扉のように開く気配もないので、見つけれたのは偶然と建造物の劣化による物だろう。となると、

 

「この壁を壊すしかないわね...」

 

「こ、壊す。ですか?」

 

「ちょうど試してみたいこともあるし、クゥはちょっと下がってて」

 

「は、はい!」

 

 壁を破壊するという提案に驚きつつ、後ろに二、三歩下がって様子を伺うクゥを確認して剣を抜くキーラ。

 

(さて、あんまり派手に壊しすぎると中の宝を傷つけちゃうかもだから威力は抑えめで、でも人は通れる程度の穴を開けるとなると、)

 

「このぐらいかな...」

 

 その言葉と同時、キーラの剣の刀身が紅く輝き出す。

v

「いくわよ。纏剣(てんけん)火種(バースト)』!!」

 

 勢いよく振るった刀身が壁に激突すると同時、ドンという大きな音と共に爆発が起こる。

 

 爆ぜた壁と土埃が落ち着いた頃、さっきまで煉瓦の壁があった場所には大人が屈めば通れそうな程の穴が空いていた。

 

「す、すごいです!キーラちゃん!」

 

「クゥに魔法教えてもらっといて正解だったわね」

 

 ロンシャ王国に来るまでの道中、馬車に揺られるだけでは暇だったのでクゥに魔法を教えてもらっていたキーラは、ふんと息を出して自慢げである。

 

 実際のところ、本来なら数ヶ月をかけて習得する魔法をわずか二ヶ月足らずでここまで習得するだけに留まらず、威力に調整をしながら剣に纏わせるまでの発展を見せるのはキーラの天賦の才によるものであり、クゥも素直に驚いていた。

 

「さ、宝をいただいて王都に向かいましょ」

 

 涼しげな顔をしながら隠し部屋へと入って行くキーラの後ろ姿を見ながら、自分も頑張らねばと気合を入れるクゥだった。

 



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遭遇

 

 隠し部屋への抜け穴を通り中に入ったキーラとクゥの二人は、光球の明かりを頼りに部屋を捜索し始める。

 

「これ、なんでしょう?」

 

 始めてすぐ、クゥが部屋の奥にあった台座の上に置かれているのを発見した。それはどうやら(さかずき)のような何かだった。

 杯は楕円形を半分に切ったような形に足を付けた様な形をしており、大きさは人が飲むには少し大きすぎるようで、クゥが手に持つと少し抱えるようになってしまうほどである。しかし、その全体は錆のような汚れで覆われて黒ずんでおり、宝とは言い難い代物だった。

 

「これは...宝なのかしら?」

 

 クゥの持つ杯を見たキーラも疑問の言葉を呟く。

 

「と、とりあえず持って帰りましょうか」

 

 クゥは怪しみつつもポーチの中へ杯をしまうと、他にも何かないか部屋の中をまた物色し始める。

 

 

 

 

「...何もないわね」

 

「...ですね」

 

 しばらく部屋を物色してみたものの、杯以外のものは見当たらず思わずため息が漏れてしまう二人。

 

「ま、まぁもっと奥に行けば何かあるかもだし、さっきのが見つかっただけでも良しとしましょ?」

 

「そうですね。先に行きましょうか」

 

 二人がダンジョンに入ってから数時間が経過した中、見つかったのがガラクタにしか見えない杯だったため、どっと疲労感が出てきたが、まだ見ぬ宝を見つけるため再び『果報』と『探知』を発動し反応があった方へと歩み始めるのだった。

 

 

 

  ◇◇

 

 

 

「ちょっと、何よこれ!」

 

 しばらくダンジョンの奥へと歩いた後、少し開けた場所で二人が目にしたのは傷だらけの半裸の男が四人、地面に突っ伏している惨状だった。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「あ、うぅ…」

 

「ひどい怪我…」

 

「こっちもよ。でもみんな息はあるみたい!クゥお願い!」

 

「はい!すぐ治します!」

 

 なんとか一命を取り留めている負傷者達にすぐさま治癒魔法をかけて回ることで最悪の結果には至らなかった。

 

「ほ、ほんとに治ってる」

 

「助かったー」

 

「助かったよ。君たちが来なければどうなっていたか」

 

 傷を治してもらったことで安堵の声を漏らす男達の中で、一際ひどい怪我をしていた男が感謝を述べた。

 

「俺はバン。ロンシャの男として、この恩は必ず返す。本当にありがとう」

 

「そんなそんな!頭を上げてください!ほんとに大した事はしてませんから!」

 

 座ったままとはいえ、いかにも屈強そうな男が地面に付くほど深々と頭を下げたことにクゥは戸惑う。

 

「でもなんであんた達こんなところで倒れてたわけ?」

 

 キーラの質問を聞いたバンは、顔をハッとさせて近くに落ちていた自分のものらしき槍を拾って他の男達に目配せすると、突然慌ただしく動き始めた男達。

 

「ちょっと、どうしたのよ急に」

 

「君たちも早くここを離れたほうがいい、ここは危険だ」

 

「危険って何がよ?」

 

「説明は後で、とにかくダンジョンの出口へ急がないと...」

 

 

「急がないとどうしたのかなー?」

 

 バンがキーラ達を連れてこの場を後にしようとしたその時、ダンジョンの奥へと続く通路から妙に語尾を伸ばした口調の声が聞こえた。

 

「ラキズンッ!」

 

「おやー?殺したと思ってたのに、随分元気になってるねー?」

 

 通路の影の中から頭をかがめて出てきたバンがラキズンと呼ぶその大男は、薄ら笑いを浮かべながらバンの前に立つ。その大きさはキーラよりも大きいバンが小さく見えるほど大きい。

 

「ダンジョンなんて探索するの面倒臭くなったから先に戻ってきてみれば、おかしなことになってるねー」

 

「そいつがあんた達をあんな目に合わせたの?」

 

「おやー?おやおやー?」

 

 キーラの声を聞いたラキズンが、バンの頭の上から目を見開いて彼女の姿を捉える。そのなんとも言えない不気味な表情にキーラは身の毛がよだつ感じがして二、三歩後ろに下がる。

 

「さっきはいなかった女がいるねー。しかも二人も」

 

 クゥの存在にも気付いたラキズンが首を回して彼女を見ると、クゥは短い悲鳴を上げてキーラの後ろに隠れる。

 

「なんなのよあんた!」

 

 キーラの怒声にラキズンは「おっと失礼ー」と言って自己紹介を始める。

 

「俺は次期国王ロメロス様の部下のラキズンだよー。よろしくねー。いやー、それにしてもツイてるなー。あるかも分からないお宝を探すより、女を捕まえたほうがよっぽど確実に金になるしー。一人は小さすぎるかもだけど、それはそれでマニアが買うだろうしねー」

 

 ラキズンはそう言うと、おもむろに片足を上げて構え始めた。

 

「どうやら相当ヤバイ奴なのは分かったわ」

 

 槍を構えたバン達と共に剣を抜いて迎撃する構えを取るキーラと、後ろで杖を展開するクゥ。

 

 薄暗いダンジョンの中で、戦闘が始まろうとしていた。



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成長

 

「ふむ、これは...」

 

 時は戻り、コウイチが殺気感知の修行を始めてから一ヶ月の時が経とうという頃、ヨンはコウイチの成長に目を見開いていた。

 

「はっ!」

 

「あぶねっ!そこか!」

 

 今、ヨンの前では素早い動きでコウイチを翻弄しながら次々と攻撃を繰り出すスイレンの姿がある。ほんの一ヶ月前までは、どこから飛んでくるかも分からない攻撃にただ防御を固めるだけだったコウイチだが、今では確実にどこから狙われているか把握し、しっかりと攻撃に合わせてガードをした後、反撃にまで打って出ている。

 

 元より適性があるのは理解していたヨンだが、それでも殺気感知を習得するにはもっと時間が掛かると踏んでいた。しかし、今のコウイチを見る限り彼はほぼ完全に殺気感知を習得しかけている。

 

「そこまで!」

 

 ヨンの一声で二人の動きはぴたりと止まる。

 

「なんだよヨンのじいさん。今いいとこだったのに」

 

「そうだよじいちゃん。最近のコウイチいい感じじゃん」

 

 急に止められたことに不満を漏らすコウイチとスイレン。

 

「口の利き方がなっとらんから拳骨を入れたいところじゃが、もう何時間やっとると思っとるんじゃ。さっさと晩飯の支度してくれんとわしが飢え死にしてしまうわい」

 

 ヨンの言葉で、コウイチとスイレンは夕日もとっくに沈むほど暗い時間になっていることに気付く。

 

「ほんとだ。もうそんな時間か」

 

「言われてみればお腹減ったな。コウイチの料理早く食べたい!」

 

 時間の経過に気付いたことで自分の疲れを感じた二人は少し重い足取りで塔へと歩き出す。

 

「それにしてもコウイチあっという間に殺気感知習得しちゃったよなー」

 

「普通はもっと時間掛かるもんなのか?」

 

「そりゃそうだよ!コウイチに武術適正があるとはいえ、この速さは中々のもんだぞ!なんかあったの?」

 

 コウイチの急成長に驚きを隠さないスイレンの言葉に、コウイチ自身も自己分析も兼ねて考えてみる。

 

「元々、興味があるものはとことんやり込んじゃう人間だったけど、案外やってみたら武術の修行って結構楽しかったんだろうな」

 

 きっかけこそクレナの言葉だったが、実際コウイチは修行を始めてから寝食以外の時間はほとんど全てを武術に使っていた。ヨンとスイレンによる稽古が終わった後の一人の時間もイメージトレーニングやその日にやった組手の反省をするほどである。

 

「ふーん。まぁなんにせよ、あたしとしては初めはイヤイヤやってたコウイチがやる気になってくれたのは嬉しいけどな」

 

 そんな会話をしながら塔に戻り、お互いに風呂に入ってからヨンと共に食卓についた。

 

 

 

「そういえば、最近ロメロスの話って聞かないけどどうなったんだ?」

 

 外周をする時に外に出る以外、道場に籠りっきりのコウイチは食事中の雑談がてらスイレンに聞いてみた。

 

「うーん。それなんだけど、あんまり派手には動き回ってないみたいだな。サランで起こった事件もコウイチが来た時にあった一件だけだし、他の街でも時々ロメロスの部下を名乗る奴が組を襲撃したりしてるみたいだけど、ロメロス自身は現れてないみたい」

 

「じゃあまだ捕まってないのか」

 

 ロメロスと初めて会った時の事を思い出しながら食事を口に運ぶコウイチ。

 

「いろんな組が潰されてロンシャ王国のヤクザ達は血眼で追ってるらしいけど、中々足取りが掴めなくて親父達も参ってるみたいだよ」

 

 スイレンの親父達というとカエン組の人たちの事だろう。ロンシャ王国一のヤクザが総動員で探しても見つからないとなると、捕まるのはまだ時間がかかりそうだな。

 

「あ!そう言えば...」

 

 机をばんと叩いて何かを思い出したかのような声を漏らすスイレン。

 

「どうしたんだよ急に大声出して」

 

「ごめんごめん。一つ思い出してさ。ロメロスの部下達にヤクザの組が次々壊されていく中、テサボンの街は唯一ロメロスの部下を追っ払ったっていうらしいんだよ」

 

「へー。そのテサボンには強い人がいたのか?」

 

「いや。テサボンはそんなに大きな街じゃないし、いる連中もサランに比べれば大したことない」

 

「じゃあなんで追っ払えたんだよ?」

 

「なんでも、異国の地から来た二人組が大立ち回りしたらしいんだよ。しかもその二人、女らしいんだ。同じ女として鼻が高い話だから印象に残ってたんだよなー」

 

「なるほどね」

 

 スイレンの話を聞いてコウイチは料理を口に放り込みながら、こんな国に来る女なんてとんでもなく腕に自信があるような奴等なんだろうなぁと勝手なイメージを膨らませる。

 

 それと同時に、女二人組と聞いてキーラとクゥの事を思い出していた。

 

 二人は今どうしてんだろうなぁ。早いとこ『崩山拳』を覚えて強くなって二人のところに帰りたいもんだ。コルト亭のご飯だってしばらく食べてないし、なんだかホームシックの気分だな。

 

 

 

 コウイチがキーラとクゥに再会するのはまだまだ先のことである。

 



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意外な再会

 

「今日は休んでいいぞ」

 

 いつも通り朝ごはんを済ませた後、スイレンと外周を終えてから組手の稽古に取り組もうとした時のこと、ヨンから突然そんなことを言われた。ロンシャ王国に来てからと言うもの、一日も休まず稽古を続けてきていたので、どうしたんだと聞いてみると、どうやらこの後来客があるのだと言う。要は邪魔だから出ていけとのことらしい。

 

「休みって言われてもなぁ」

 

 スイレンと共に道場を出て、サランの街をこの後の予定を考えながら歩く。

 

「嬉しくないのか?」

 

「いや、まぁ嬉しいのは嬉しいけど...」

 

 この四ヶ月間、休みなく稽古に明け暮れていたのと武術にハマっていたこともあるので、急に休みと言われても稽古ぐらいしかやりたいことが思い浮かばないのは俺も随分毒されているのだろうと苦笑する。

 

「だったら今日はサランの観光でもしてみるか!」

 

 スイレンの提案を拒否する理由もないので、彼女に街を案内してもらうことにする。思い返してみれば外周を走りに行く意外でサランの街並みをゆっくり見たこともないし、ちょうどいいかもしれないな。

 

「ゆっくり見て回ると、案外道場っていっぱいあるんだな」

 

 まだ日も高い時間なので、先に腹ごしらえをしようと言うスイレンに付いて人で賑わう街を歩いていると、至る所に道場と書かれた看板を掲げる場所が目に入る。

 

「武の国って言われるのも納得だろ?」

 

 誇らしそうに話すスイレンに同意しつつ、数多ある道場の看板達に目をむけると、武術に剣術、槍術、棒術、弓術とその種類も流派も様々で、こんなに道場があったら潰れないかと心配になるほどだが、どこの道場も子供から大人まで多くの人が出入りをしているのを見る限り、どこの道場も繁盛しているらしい。

 

「そう言えば、『崩山拳』を習いにきてる人見たことないんだけど、いるのか?」

 

「今はあたしとコウイチ以外いないぞ」

 

 スイレン行きつけだと言う店に入り、注文した料理を食べながら街を見て思った疑問を投げかけてみると、予想外の返事が帰ってきた。

 

「なんで!?仮にも女神が使ってた武術なんだろ?みんな習いたいもんなんじゃないのか?それにあんな馬鹿でかい道場があるのに誰も門下生がいないって、道場が潰れるんじゃ...」

 

「確かにクレナ様の武術だから習いたいって人はいっぱいいるんだけど、そもそも道場に入れてもらえないだけだぞ。じいちゃんが入りたい奴をテストして認められた奴しか入れないからな」

 

「え!?そうなの!?」

 

「そうだよ!じいちゃんに会うとき言っただろ?簡単に入れるか分かんないって」

 

 そう言われればヨンのじいさんに会う時にそんな含みのあることを言ってた気もするが...。

 

「それはいいとしても、人がいないんじゃ道場が潰れるだろ」

 

「その辺も大丈夫だ。『崩山拳』はクレナ様が作った武術なのと、現国王の使う武術でもあるから国によって保護されてるんだよ」

 

「なるほどな」

 

 どうやら無駄な心配だったらしい。

 

「それにしても国王も『崩山拳』の使い手なんだな」

 

 たしかヨンがクレナの持ってたスキルで『崩山拳』の奥義を使えるとか言ってた気がするがそういうことか。

 

「そうだ!なんなら会いに行ってみるか?」

 

「誰に?」

 

「誰って国王だよ国王。今の話の流れ的にそうだろ?」

 

「はい!?」

 

 何をそんな軽いノリで言ってるんだこいつは。

 

「だって今の国王って前カエン組の組長だし、親父とも仲良いからあたしとしては親戚のおじさんみたいなもんだよ

 

「それは別にそうかも知れないけど、会ってどうするんだよ?」

 

 クエス王国にいた時なんて国王って存在がいるのは知ってたけど会うようなことは絶対になかった。それを本当に親戚に会いに行くような感じで誘われてもなんと答えていいか分からない。

 

「最近真面目に修行してるみたいだし、バルクラヤのおじさんに会えば何か『崩山拳』のヒントを教えてくれるかもよ?」

 

「いや、まぁ、それはそうかもだけど...」

 

「迷ってても仕方ないし、とりあえず行ってみようぜ!」

 

「ちょ、心の準備が...!」

 

「そんなのいらないいらない、せっかくの休みなんだし。さ、レッツゴー!」

 

 話しながら食べていた料理はもうなくなっていたため、さっさと勘定を済ませたスイレンは俺の腕を掴んで王宮のある方へとズンズンと歩き始めた。国王ってこんな勢いで会っていいのか?

 

 

 

 スイレンの言っていたことが嘘とは思わなかったが、王宮の前にある屋敷が丸々一個通りそうなほど大きな門の横に立っていた警備と一言二言彼女が話すと警備員が通る用らしい小さなドアから中に入っていいと言われて王宮の中へと足を踏み入れていく。

 

「ほんとに来ちゃったよ...」

 

「そんな緊張しなくても大丈夫だって。バルクラヤおじさん優しいから」

 

 そんなこと言われても一国の主と会うことなんて普通に生きていたらまず無いのだから、緊張するなという方が無理な話である。

 

 そんなことなど毛ほども察しないスイレンは自分の家でも歩くように王宮の中を進み続ける。

 

 王宮内はどこを見ても高そうな調度品に溢れており、働いている使用人らしき人達からもどこか気品さを感じてしまうほどである。

 

「おや、コウイチ君じゃないですか。久しぶりですね」

 

 しばらく王宮内を歩いていた時のこと、近くのドアが開き中から人が出てくる。その男は横を通り過ぎたコウイチの姿を見つけると陽気に話しかけてきた。

 

 アウェーの地で少し顔を下げながら歩いていたコウイチが顔を上げて振り返ると、そこには胡散臭い笑みをこぼしながらこちらに手をひらひらと振っているスーツ姿の男が立っていた。

 

 その男は、秘密結社『宵の手』のリーダーであり、コウイチと同じ異世界更生者でもあるヤクモだった。

 

「え、ヤ、ヤクモさん!?」

 

 異国の地で初めて会った知っている顔がヤクモだったことに驚きを隠せずその場に固まってしまった。

 



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対峙

 

 王宮内闘技場にて──、

 

「ヴァッハッハ、さぁコウイチ!殺す気でかかってこーい!」

 

 目を爛々と輝かせながら両手を広げてコウイチを誘う、がっしりとした体つきの中にそれ以上の質量を感じさせるオーラを放つこの男は、ロンシャ王国国王のバルクラヤその人である。

 

「なんでこんなことに...」

 

 コウイチは、笑いながらこちらを見つめてくるバルクラヤと対峙しながらほんの数十分前のヤクモと再会した時のことを思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりですねツガヤマ君」

 

 世間話でも話すような軽いノリで話しかけてくるヤクモに対し、コウイチはいまだに何が起きているのか理解できなかった。

 

「なんでヤクモさんがここに?」

 

「んー。話せば長くなりますし、ちょうど彼もいますしこちらで話しませんか?お連れの方もご一緒に」

 

 そう話しながら今自分が出てきたドアを開けて入るように促してくるヤクモ。

 

 彼とは誰のことだろう?と考えながら部屋に入ると、すぐに誰のことを言っているのか分かった。

 

「ん?ツガヤマじゃないか。それにスイレンも。なんでお前らがこんなところにいるんだ」

 

「それはこっちのセリフだろ!スメラギこそなんでこんなところにいるんだよ!?」

 

 部屋の中はテーブルと椅子だけが置かれたシンプルな空間でテーブルを囲むように椅子が五つ置かれており、その一つに座ったままこちらに話しかけてきたのはクエス王国騎士団長にして異世界更生者であるスメラギだった。

 

「俺は仕事だ。それより、誘拐されたみたいだったが、案外元気そうにやってるじゃないか。誘拐犯とも仲が良さそうだしな」

 

「その説はどうもだな」

 

 返事をしたのはスイレンだった。

 

「あたしが誘拐してあげたおかげでコウイチも立派になったぞ」

 

「なんでお前が誇らしそうにしてんだよ...。それにスメラギも俺が誘拐されたって知ってたんなら助けに来てくれよ。あんた仮にも騎士だろ?」

 

「俺は忙しい身なんでな。それにお前の誘拐は危険性が少ないと分かっていたし、お仲間が息巻いて追いかけていったから大丈夫だろうと判断したまでだ」

 

 スメラギの言葉でコウイチの顔つきが変わる。

 

「キーラとクゥが!?あいつら今どこにいるんだ?」

 

「どこにいるかまでは知らん。順調に来れていればロンシャ王国にはとっくに着いてるはずだとは思うが...そんなに揺するな!」

 

「そっか...すまん」

 

 スメラギが肩を掴んで強く揺すってくるコウイチを払いながらため息まじりに返すと、コウイチはがっかりしたように肩を落とした。

 

「挨拶は済んだようですし、そろそろ本題に入りましょうか」

 

 先に着席したヤクモに促されてコウイチとスイレンも椅子に腰掛ける。

 

「まさかツガヤマ君がカエン組のお嬢様と一緒だとは思いませんでしたが、これも好都合かも知れませんね」

 

「ヤクモさん知ってたの?」

 

 スイレンの素性を知っているらしいヤクモに驚いた。

 

「ロンシャ王国一の組であるカエン組の一人娘といえば知りたくなくとも耳に入ってくるほど有名ですからね」

 

「あたしってそんな有名だったっけ?」

 

 ヤクモの発言に首を傾げながら反応するスイレンにスメラギが答える。

 

「気にするな。こいつの発言は八割適当だ。いちいち真に受けてたら話が進まん」

 

「あはは、まぁ冗談はこのぐらいで。本題というのは現在この国で起こっているロメロス一派による内乱についてです」

 

 ヤクモの口から内乱が出てくるとは思わなかった。

 

「僕とスメラギ君はバルクラヤ王とはちょっとした知り合いでして、今回の一件に首を突っ込ませてもらっています」

 

 一国の主とちょっとした知り合いという部分も気になるが、話の続きを聞くことに専念する。

 

「今回の一件。どうやら外部の何者かが関わっていると僕とスメラギ君は睨んでいます。そこで、コウイチ君とスイレンさんにも是非我々に力を貸して欲しいのですが、どうでしょう?」

 

「どうでしょうって。いきなりそんな事言われても...それに外部の何者かって誰なんです?」

 

「それはまだ確かなことは言えないのでなんとも...、それを調べるためにも二人に協力していただきたいんです」

 

 突然の誘いにどう返答しようか悩んでいると、

 

「あたしはやってもいいよ」

 

 横にいたスイレンがあっさりと返事をしてしまった。

 

「お前、そんな簡単に返事していいのかよ?」

 

「だって暇だし。修行ばっかじゃ飽きてきちゃうしさ。たまには実践形式でやた方がいいこともあるぞ」

 

 随分と悠長な考え方だな。スイレンはロンシャ王国の人間でカエン組の関係者でもあるから内乱に首を突っ込むのも理解できる。が、俺は言ってしまえば全くの無関係な第三者なわけだし、そんな簡単には返事できない。

 

 そんな思いで考え込んでいたその時、突然ドアが開け放たれて明朗快活な声が部屋に響き渡った。

 

「ここか!スイレン久しぶりだなぁ!」

 

「バルクラヤのおっちゃん!久しぶり!」

 

 その人を見るなり顔を明るくし、駆け寄っていき頭を撫でられているスイレンがおっちゃんと言う相手の想像は容易にできた。

 

 この身長こそ俺と同じぐらいだが、体の肉付きや纏う雰囲気は比べ物にならないほどの存在感を放つ、少し長めの髪を頭の上らへんでくくって小さな(まげ)を生やし、口周りには立派な髭を蓄えているこの人こそ、ロンシャ王国国王であるバルクラヤなのだろうと。

 

「聞いたぞスイレン。最近ヨン先生んとこで修行してるらしいな!」

 

「そうなんだよ。そこにいるコウイチと一緒にな!」

 

 スイレンがコウイチを指差すと、バルクラヤの視線はコウイチに移る。

 

「おぉ、君がコウイチか!オニバスから話は聞いてるぞ。ヨン先生が認めたのだから相当有望なんだろうな!」

 

「ど、どうも」

 

 ハキハキとした声で話すバルクラヤに圧倒されながらも会釈を交えながら返事をする。

 

「ちょうどいいところに来られましたねバルクラヤ様。僕たちもコウイチ君とは知り合いでして、我々の仕事を手伝ってもらおうかと話していたところです」

 

「なるほど。詳しい話はヤクモ殿たちに一任しておるし、好きにしてくれ」

 

 ヤクモの言葉には思ったより淡白な返事をしたバルクラヤはすぐさまコウイチに向き直り、

 

「せっかくここまで来たんだ。コウイチ、どうだ?一戦?」

 

「へ?」

 

 一瞬、子供のような眼差しで話すバルクラヤが、何を言っているのか理解できなかった。

 

「さぁ()ろう!疾く戦ろう!」

 

 そんなバルクラヤに素早く腕を掴まれ、引っ張られるがまま王宮内の闘技場へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「ヴァッハッハ!さぁ喧嘩じゃ喧嘩じゃ!」

 

 嬉々とした表情のバルクラヤを見ながら王宮に来たことを後悔する。

 

「ほんとになんでこんなことに...」

 



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vs.バルクラヤ

 

「なぁ、あの人本気で言ってんのか?」

 

 後ろにいるスイレンに否定してほしい気持ちを込めながら話しかけてみるが、

 

「うーん。まぁ、死なない程度には加減してくれると思うから...頑張れ!」

 

 なんの解決にもなっていない返事だけが返ってきたのでバルクラヤに向き直る。

 

「まずはコウイチから来ていいぞ!思いっきり打ってこい!」

 

 俺の気持ちなど一切感じていないバルクラヤは、依然両手を広げて俺を待っている。最後の希望を求めてバルクラヤの後ろにいるヤクモとスメラギにも視線を送ってみるも、二人も「もう諦めろ」とでも言いたそうな顔で首を横に振るばかりである。

 

「どいつもこいつも当てになんねぇ...」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「いや、なんでもないです。じゃあ......行きます!」

 

 これ以上バルクラヤを待たせる訳にもいかないので、覚悟を決めて走り出す。

 

 いきなりのことで動揺はしたが、この数ヶ月間スイレンとしか戦っていなかったので自分がどの程度成長したのか試したい気持ちも無くは無かった。こうなったら胸を借りるつもりで思いっきりやってみよう。

 

 コウイチが駆け出した瞬間、その踏み込みの速さにバルクラヤとヤクモ、スメラギもが驚いた。

 

 ロンシャ王国に来てからの四ヶ月間、毎日のように走りにくい砂漠を走り込んだコウイチの脚力は別人のように成長しており、十メートルは離れていたバルクラヤとの距離を一瞬にしてゼロにまで詰め寄った。

 

 素早く距離を詰めたコウイチに対し、バルクラヤは未だ両手を広げたまま動こうとしない。

 

(動かないつもりか?殺気も感じないから打ってくる気配もない。なら、お言葉に甘えて打たせて貰うまで!)

 

山颪(やまおろし)』!!

 

 深く踏み込んだことによりバルクラヤよりも低い位置から放たれたコウイチの拳は、下から突き上げるようにバルクラヤの腹部に直撃する。

 

「ん〜、『山颪』まで使えるとは驚いたぞ!ヨン先生が教えているだけはあるな!」

 

 コウイチ渾身の一撃を真正面から受けたはずのバルクラヤは、その場から身じろぎもせず、拳を腹に止められたコウイチを見下ろしながら満足そうに賞賛の言葉を送る。

 

 一方、打ち込んだ側のコウイチはバルクラヤの体を見ながら目を見開いていた。

 

(どんな体してんだよこのおっさん。岩にでも打ち込んだみたいに固いぞ)

 

「さぁて、今度はこっちからかな?」

 

 バルクラヤの言葉で、すぐさま後ろに飛び退いてバルクラヤとの距離を取るコウイチにバルクラヤは悠然と動き始める。

 

「一発で終わるなんてのはやめてくれ?まだまだ楽しみは始まったばかりだからな」

 

 そう話しながらこちらに近づいてくるバルクラヤの右手から殺気が漏れている事にいち早く気付いたコウイチはすぐさま身構える。

 

「ほっ!」

 

 コウイチに手が届く距離まで近付いたバルクラヤが放った右の拳は来ることが分かっていても反応するのがギリギリになってしまう程の速さでコウイチ向かって飛んできた。

 

 しかし、だだ漏れの殺気のおかげで身構えていたコウイチは飛んでくる拳を横から腕で弾くことで受け流しに成功するもバルクラヤの攻撃の早さに反応が一瞬遅れたことで拳が頬を掠める。しかし、それに臆することなくすぐさまカウンターの体勢をとる。

 

「やった!」

 

 その様子を見ていたスイレンから喜びの声が漏れる。

 

 この一ヶ月、毎日のようにスイレンからの雨のような攻撃を浴び続けたコウイチは、殺気感知も物にするだけでなく、攻撃を受け流し反撃する技術も凄まじい速度で向上させていた。それが自分以外にも通じている所を目の当たりにし、修行を共にした仲としては感じるものが彼女にはあった。

 

山翡翠(やませみ)』!

 

 拳を弾いた左腕と連動させて体を開く形で右腕を引いて溜めを作り放ったコウイチがの拳はアッパー気味の放つ『山颪』と異なり、真っ直ぐで鋭く相手に向かって最短距離を走る一撃だった。

 

「やりおる!...むっ!?」

 

 コウイチがカウンターに転じるのを察知したバルクラヤは、今回は引いて躱そうと体を動かそうとしたその時、自分の体が謎の硬直により動けなくなったことに気付く。

 

 気付いた時にはもうすでに遅く、無防備な状態のバルクラヤにコウイチの『山翡翠』が直撃し、地面を滑るように後ろへ二メートルほど吹き飛ばされる。

 

「どうだ!」

 

「ああ、今のは驚いたぞ」

 

 バルクラヤは全くダメージを感じさせない元気な表情を見せながら素直にコウイチを褒めつつ、今自分の身に起こったことについて考えていた。

 

(今攻撃を避けようとした瞬間、まるでその場に打ち付けられたような感触があった。あれはまるでクレナ様が持っていたと言われるスキルの一つのような...それにコウイチはどうやらアレも覚えているらしいな)

 

 そこまで思案を巡らせたところでバルクラヤは口角を上げて歯がしっかりと見えるほどの今日一番の笑顔を見せる。

 

「コウイチ!貴様、殺気感知も覚えているな?」

 

「はい、一応」

 

「なら面白いものを見せてやろう」

 

 コウイチに確認を取ったバルクラヤは、両の拳を握りしめ初めてしっかりとした戦闘体勢をとる。

 

 空気が変わったことはすぐさまコウイチにも伝わり、より一層の警戒でバルクラヤと対峙する。

 

「行くぞコウイチ!」

 

 バルクラヤから、さっきのものとは比べ物にならないほど強烈な殺気が放たれ、コウイチの体に緊張が走る。

 

(これ...俺、死ぬやつでは?)

 



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vs .バルクラヤ

 

 殺気感知のスキルを習得して修行を続けていく内に徐々に掴んできたことがある。

 初めの頃は、自分に向けられた殺気に対してどこからどう攻撃されるかまではわからないものの危険を察知することができるようになった。

 

 次に、その殺気が相手のどこから漏れているのかが分かるようになった。例えば相手の右手から漏れているのなら右の拳で攻撃するんだろうなといった風に。それに伴い攻撃してくる位置も予想が付けやすくなりガードの成功率も上がる。

 

 そして最近では、相手の狙っている位置に寒気のようなものを覚えるようになった。左の脇腹なら左の脇腹が、右頬なら右頬に寒気が走るといったように。そうなればガードの成功率ではなく反撃の仕方も考えられるようになってくる。

 

 

 この一ヶ月スイレンにボコボコにされながらも努力してきたおかげで手に入れかけていた自信のようなものが、今なくなりかけていることを感じていた。

 

「いくぞ〜?」

 

 目の前で狂喜の笑みを浮かべながらこちらに近付いてくるバルクラヤから漏れ出ている殺気は体のどの部分から漏れているとかいう次元では無かった。

 

 全身から漏れている。そう言うしかないほどの呑み込まれそうなほど殺気。そして何より、全身に走る寒気。頭が、腹が、背中が、足が、その全てに寒気が走っている。これではどこからどこを攻撃されるのか全く分からない。

 

(全身凶器かよ...)

 

 感じていた寒気が一層強くなる。

 

(来る...!!)

 

 腕を体の前でガッチリと固めて反撃など考えない完全防御の体勢を取る。悲しいかな、これでは殺気の修行を始めたばかりのボコボコにされていた頃に逆戻りだ。

 

 そんなことを考えていた直後、体の前面に衝撃が走る。しかし、不思議なことにその瞬間に痛みは無かった。すぐにそれは勘違いだと分かったが。

 

 次の瞬間、背中に強い衝撃がきた。まるですごい勢いで壁にでも当たったかのような。ではなく、本当に勢いよく壁に当たったことによる衝撃。

 

「がっ...くっ...」

 

 受け身も取れず背中から壁に当たったせいで息ができない。ふと顔を上げるとさっきまで近くにいたはずのバルクラヤが十メートルは離れた所に立っているのが見える。殴られたのか蹴られたのかは分からないが、俺はあそこから吹っ飛ばされて壁に激突したのだろう。

 

「うっ...!」

 

 息も絶え絶えにそう理解した途端、今度はガードしていた腕に痛みが込み上げてきた。まるででかい鉄の棒で殴られたかのように腕の一部とかではなく腕全体が痺れるように痛い。

 

「いってーーーー!」

 

 ようやく息ができるようになり、初めに発した言葉はそれだった。腕が痛いのか背中が痛いのか、もう自分でもどこが痛くて言った言葉なのか分からず、ただその場でゴロゴロとのたうち回るしかできなかった。

 

「はいそこまでー!」

 

 見かねたスイレンが割って入り模擬戦の終了を告げる。

 

「ええ!もう終わり!?まだこれからだろう!?」

 

「やりすぎだよおっちゃん」

 

「むーん。始まったばっかりなのに...」

 

 不完全燃焼と言った面持ちで残念がるバルクラヤをよそに、コウイチの元へ駆け寄るスイレン。

 

「大丈夫かコウイチ?」

 

「痛いよー。死んじゃうよー。助けてー」

 

「よし、大丈夫そうだな」

 

「どこがだよ!もっと労ってくれ!優しくしてくれ!」

 

「そうやって泣き言が出せてる間は大丈夫ってもうしてるからな」

 

 俺を知りすぎた奴め。もっと優しくしてもバチは当たらんと思うが。

 

「元からだとは思ってたけど、この一ヶ月あたしに殴られ続けたおかげでより一層打たれ強くなってるから心配してないよ」

 

 恨めしそうに見てくるコウイチに気づいたスイレンはそう言ってあははと笑うだけだった。

 

「大丈夫だったかコウイチ?」

 

 バルクラヤは、まだやりきれない表情は抜けきっていないながらもコウイチを心配しながら話しかけてきた。

 

「はい。なんとか無事です」

 

「さっきのは避けてくれると思ったんだがな...まさか正面から受けるとは」

 

「あはは...」

 

「コウイチは避けなかったんじゃなくて避けれないんだよ」

 

 そんな危ない攻撃してくるなよ心で思いつつ笑い返していると、横のスイレンが反論した。

 

「コウイチはあの『絶対不可避』の持ち主なんだぜ」

 

「なに!?女神クレナ様のか!?どうりでさっき攻撃が避けれなかったのか。すごいなコウイチ!」

 

 スイレンからスキルのことを聞いたバルクラヤに何故か褒められて困惑していると、ヤクモとスメラギが近寄ってきた。

 

「気は済みましたか?」

 

「うーん、『絶対不可避』のスキルを持っていると聞いたらまだやり足りないが、これ以上やらせるのもちと酷だし、今日はこのぐらいでいいかな!またやろうなコウイチ!楽しかったぞ!」

 

 ヤクモの言葉にもまだ不服そうながら、満足した様子で笑いながら去っていってしまったバルクラヤ。

 

(嵐みたいな人だったな)

 

「災難でしたねツガヤマ君。バルクラヤ様は初めて会った人はとりあえず喧嘩しないと気が済まない人なんすよ」

 

「そんな蛮族みたいな人が王なのが不思議だよ。いてて」

 

「この国だからこそでしょうね。今日はもう体も疲れているでしょうし、家まで送りますよ。スメラギ君も来ますか?」

 

「いや、俺はやることがある」

 

 スメラギとはその場で別れ、王宮を後にしスイレンとヤクモと道場へと帰ることにした。

 



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進行度 40%

 

 ━━━ロンシャ王国内某所、ロメロス組の根城にて、

 

「最近の兄貴、顔も出さなくなっちまったな」

 

 机に突っ伏しながら顔だけをロメロスがいる部屋に向けてぼやいている赤髪の少年。彼の名前はテラス。ロメロスを兄貴と慕うロメロス組の幹部である。

 

「この間なんか部屋の中から苦しそうな呻き声が聞こえたよー?心配だから声かけたけど、大丈夫だしか帰ってこなかったし...大丈夫かなー?」

 

 少年に同調したのはラキズン、その大きすぎる体のせいで椅子が小さく見えてしまうため、遠くから見たら錯覚を起こしそうなほどである。

 

「人の心配をしてる場合かラキズン?テサボンの件はどうなってる。何回も行っているのに毎回負けて帰ってきていると聞いているが?」

 

「そ、それはー...」

 

 ロメロスの事ばかりの二人に釘を刺すような冷たい口調の男 フォルト に睨まれて言葉を詰まらせるラキズン。

 

「魔法を使う奴がいるんだよねー。そいつが周りの奴らを強化してくるせいで厄介なんだよー。あの魔法使いさえいなければあんな奴ら全員踏み殺してやるのにねー」

 

「言葉だけならなんとでも言える。さっさとテサボンを落としてから言え。ロメロス様がバルクラヤとの戦いに集中できるようにするのが我々の役目だろう」

 

「わ、分かってるよー。すぐにすませるから怒らないでよフォルトー」

 

「ははっ、ラキズン怒られてやんのー」

 

 ラキズンとフォルトのやりとりを見て無邪気に笑うテラスは椅子から立ち上がるとラキズンに近寄る。

 

「なんなら僕が手伝おっか?」

 

「テラスが来たら手伝うじゃなくて全部テラスがやっちゃうからダメだよー。俺がいく意味無くなっちゃうだろー?」

 

「ちぇっ、僕の方は歯応えある奴いなくてつまんないんだよなぁ」

 

「それはいいことだろう。その調子で組を潰して回れば国王が出てこらざるを得ない状況になるからな」

 

 フォルトがつまらなさそうにぼやくテラスを睨みつけるように注意していると、突然部屋の中に気配が一人増えたことに気付く三人。

 

「誰だ!」

 

「やぁやぁ、三人ともご機嫌いかがかな?」

 

 フォルトの声で陰から姿を表したのは全身をローブで覆った姿の人影が姿を表した。

 

「なんだ先生か」

 

 ローブ姿の者の素性は三人も知らない。声を聞いても男なのか女なのかも分からないしローブのせいで身体的特徴も見ることはできない。何やらロメロスと二人で何かをしているらしいが、その事についてはロメロスも教えてくれない。

 

「ロメロスの調子は良くなりつつあるよ」

 

「ほんと!?」

 

「それはよかったよー」

 

 そんな医者の口からロメロスの容体を聞かされほっとする三人。

 

「あ、それと今日は三人に話があって来たんだ」

 

 わざとらしく何かを思い出したように手を叩いた医者はゴソゴソとローブの中から手袋をした手を出して三人の前に出す。

 

「これはなんだ?」

 

 フォルトの言葉の通り、医者の手には紫色の丸い小さな固形物が三つあるだけだった。

 

「ロンシャ王国攻略の助けになるかと思って作ったんだ。名前はないけど、つけるなら身体強化薬ってとこかな」

 

「そんなものが作れるのー?」

 

「もちろんだよラキズン君。実際これはロメロスに投与している薬を改良して作った薬だからね」

 

「兄貴も飲んでるならっ」

 

「おいテラス!」

 

 テラスはそう言うと、医者の手から薬を一つ摘んで口に投げ入れた。

 

「うっ...」

 

「大丈夫か!」

 

 薬を飲んだ途端、苦しそうにかがみ込むテラスに駆け寄るラキズンとフォルト。

 

「何を飲ませた!」

 

 すごい剣幕で医者を睨みつけるフォルトだが、医者は意に介さない様子で話す。

 

「大丈夫だよ。副作用とかないから」

 

「くそッ、テラス!大丈夫か!?」

 

「にっがーーー」

 

 顔を上げたテラスは舌を出しながら顔を歪ませていた。

 

「兄貴こんな苦いの飲んでるなんてすげーなぁ。いてっ!」

 

 ロメロスに感心していたテラスの頭にフォルトの拳骨が落ちる。

 

「変な反応をするな!」

 

「ごめんごめん。でもすげー苦かったからさ......ん?」

 

 テラスは話の途中で何かに気づいたように自分の手を確認し出す。

 

「今度はなんだ?」

 

「いや、なんか、すげー力が湧いてきたっていうか。俺、ちょっと出かけてくる!」

 

 突然走り出して部屋を出て行ってしまったテラスを見て、何が起きているのか分からなかったラキズンとフォルトは振り返って医者に話を聞こうと思ったが、そこに医者はもうおらず机の上に二つの薬が置かれているだけだった。

 



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帰り道にて

 

 王宮からの帰り道、陽は赤く光りジリジリとした暑さが体を刺すロンシャ王国いつもの夕暮れ時の中、ヤクモを横に連れながらヨンのいる道場への道を歩きながら世間話のつもりで気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「それにしても意外でしたよ」

 

「何がだい?」

 

「ヤクモさんとスメラギって仲悪いと思ってたんで、一緒にいることに驚きました」

 

 二人と初めて会ったのはクエス王国の探索者ギルドだったが、その時ヤクモさんはスメラギに剣を突き立てられていた。しかし、さっきのスメラギの口ぶりからするにヤクモさんの事をよく知っているようだった。

 

「あぁ、そういえば初めて会ってから中々会えなかったから説明もしてなかったね。僕とスメラギ君はそれはもうとーーーっても仲良しだよ」

 

 本人がいたら「そんなことはない」とか言いそうな口ぶりだが...

 

「そうなんですか?じゃあなんで前に剣なんか突き立てられてたんです?」

 

「僕とスメラギ君の目的は似てるから協力関係を築いてるんだが、クエス王国では僕は犯罪者だと思われているからね。あの国では表向きは敵対関係という体を取ってるんだよ」

 

 確かに、国の英雄とまで言われてる騎士団長と秘密組織のボスが繋がっているとなるとスメラギに謂れのない嫌疑がかけられてもおかしくない。

 

「二人の目的って?」

 

 その質問にヤクモは後ろで空を眺めながらあくびをして歩いているスイレンをチラリと見た後、少し小さい声で話す。

 

「それはもちろん。この世界で更生するにあたって科せられた使命だよ。ツガヤマ君も与えられているだろう?」

 

 ......そういえばそんなのもあったなぁ。なまじ自分の使命が天寿をまっとうしろとかいう漠然と生きろと言われているだけの内容なだけにその存在すら忘れていた。

 

「それで、二人の使命ってなんなんです?」

 

 自分のが雑な内容なだけに二人の使命は気になる。

 

「僕の使命は一人でも多くの助けを求める人を救うことで、スメラギ君の使命は世界平和だよ」

 

「へー」

 

 

 

 ............めちゃめちゃ壮大な使命きたーーー。え?この二人そんなとんでもない使命受けてんの?じゃあ俺の天寿全うしろとかいうふざけた使命何?

 

「ツガヤマ君の使命はなんだい?」

 

「え?俺の?」

 

「何か手伝えそうなことなら、僕でよければ力を貸すよ?」

 

 ......い、言えねーー!こんなすごい使命与えられてる人に「あ、自分はただ生きてれば大丈夫って使命です」っとか言えねーー!

 

「ま、まぁ二人と似たような感じですよ?」

 

 つ、つい見栄を張ってしまった。

 

「ならまた助けて欲しいことがあったらいつでも言ってきてくれていいからね」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 絶対ないと思います。すいません。

 

「ところでヤクモさんとかスメラギってどんなスキルもらったんですか?俺は『絶対不可避』って奴なんですけど、明らかなデメリットも付いてきたんですよ、二人はどうなんです?」

 

 話題を変えようという思いからスキルについても聞いてみることにした。このまま話し続けてはいつボロが出るか分からん。

 

「僕のスキルはあんまり使えないと言うか。でも、スメラギ君のは面白いよ。勝手に話したら怒られるだろうけど、ツガヤマ君なら大丈夫かな」

 

 ヤクモさんのスキルも聞きたいが、スメラギのも気になるのでとりあえずは聞いてみよう。

 

「彼のスキルは『輿望(よぼう)の器』というスキルでね」

 

「よぼうのうつわ?」

 

「言ってしまえば彼の事を慕っている人や期待や信頼している人。彼に対してなんらかのプラスの感情を持っている者のステータス、スキル、適正なんかが彼のステータス、スキル、適正に上乗せされるスキルなんだ」

 

「は!?なんだそれ!?」

 

「そういう反応になるよね。僕も初めて知った時は何かの間違いかと思ったよ」

 

 はははと笑いながら話すヤクモの言葉は信用できるか怪しいところだが、本当にそんなスキルならそりゃあ世界平和なんて無茶苦茶な使命を科せられるわけだ。

 

「でも、もしそんなすごいスキルならとんでもないデメリットを受けてるんじゃ」

 

 俺が当然の疑問を口にすると、ヤクモは笑いを堪えるように体を震わせた。そう言えば初めてギルドで会った時もスメラギのスキルのことについて話そうとして斬られていた事を思い出す。

 

「そこが面白いんだよ。彼の受けたデメリットはね...」

 

 そこで言葉を切ったヤクモは今一度後ろのスイレンを気にする素振りを見せたあと、コウイチに近づいてボソボソと耳打ちする。

 

「あっはっはっはっは!なんだそれ!」

 

 コウイチは、ヤクモからスメラギのデメリットを聞かされた途端、大声で笑ってしまった。

 

「どうしたコウイチ?」

 

 急に笑い出したコウイチに問いかけてくるスイレンだったが、コウイチはただ「なんでもないなんでもない」と言いながら腹を抱えて笑いを堪えている様子だった。

 

「ひーっひーっ。それはなんていうか可哀想だな。くっくっく」

 

「そうだろう?これを聞くと普段あんなに偉そうな態度を取られても許してあげようって気にならないかい?」

 

「確かに」

 

 笑いすぎて腹が痛いがいい事を聞いた。今度会ったらこのことについてちょっかいでも出してやろう。

 

 スメラギの話で笑いを堪えているうちに道場に到着してしまった。

 

「ここが『崩山拳』の道場か。立派なものだね」

 

 中には老人が一人住んでいるだけなのだが、その見た目にヤクモが感嘆の声を漏らしている時だった。

 

「お兄さん達、『崩山拳』の人?」

 

 不意に後ろから声をかけられた。振り返るとそこには真っ赤な髪が印象的な少年が立っていた。

 

「そうだけど?」

 

「そっか。ならとりあえず痛い目にあってもらうけど勘弁な」

 

 そう笑顔で話す少年が地面を蹴った次の瞬間、コウイチの隣にいたヤクモの顔に少年の飛び蹴りが炸裂し、門を突き破って吹き飛ばされた。

 

「ヤクモさん!?」

 

「まず一人っと」

 

「何すんだお前!?」

 

 空中でくるりと回転して地面に着地した少年はニヤリと笑って続ける。

 

「僕はロメロス組のテラス。『崩山拳』のヨンって人に会いにきたんだけど、会わせてくれる?」

 



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vs.テラス

 

「ヤクモさん!」

 

 ヤクモが吹き飛ばされた門からは土煙が立ち、彼の安否は分からない。

 

「もろに当たったからね。あれは立てないでしょ」

 

「スイレン!ヤクモさんを頼む!」

 

「分かった!」

 

 門の方に呼びかけるも返答はなく、テラスの返事だけが帰ってくるだけなのでスイレンに見に行かせる。

 

「降参してヨンって人に会わせてくれるなら殴ったりしないけど、どうする?」

 

 一歩こちらに近づいて話しかけてくるステラと連動するように一歩下がる。

 

「だいたいロメロス組の奴がヨンのじいさんに何の用があんだよ?」

 

「うーん。ヨンって国王の師匠なんだろ?人質にできれば国王も動いてくれるかもだし、ついでに『崩山拳』でも教えてもらおうかと思ってさ」

 

「お前みたいなやつに教えるとは思えないし、そもそもヨンのじいさんにも勝てないと思うぞ」

 

 修行中に何度か手合わせしたからこそ分かる。ヨンはスイレンなんかとは比べ物にならないほど強い。

 

「『崩山拳』ってヨンが認めた奴しか入門を許してもらえないんだろ?こっちから言わせてもらえばお前みたいな弱そうな奴が入門できてるんだから、僕は十分な資格があると思うけど?」

 

 そう言われてはなんとも言い返せないが、こういう時の為に今まで修行してきたんだ。

 

「そんなこと、やってみなくちゃ分かんねぇだろ」

 

 反論しつつ構えを取って攻撃に備える。

 

「へぇ、やる気なんだ?」

 

 コウイチの構えを見て開戦の合図と察したテラスは、自分も腰を少し落として拳を構えた。

 

 二人の間に一瞬の静寂が流れ、コウイチが先に踏み込もうかと前に出していた右足を少し動かした直後、

 

「おそくない?」

 

 テラスの残像が目の前に見えたかと思うと、顔に衝撃を受けて体が宙に浮かぶのを感じた。

 

 自分が何をされたのかも分からず背中から地面に落下し、痛みを認識することで自分は顔を殴られて吹っ飛んだのだと理解する。

 

(何だ今の?一瞬テラスの拳に殺気は感じた。...けど、それを見てどうこうする前にもう殴られてた。いつ踏み込んだのかも、拳を振り抜いた所も見えなかった。)

 

 コウイチは、その時初めて自分の目の前にいる敵がとんでもない実力者なのではないかと気付いた。

 

「どうした?殴られて怖くなっちゃった?」

 

 自分より背の低いテラスに見下ろされながら、少年が大きく見えてしまう。

 

「じゃあ、二人目だね」

 

 テラスが拳をかざし、最後の一撃を振り下ろそうとした時、

 

「いやー、びっくりしちゃった」

 

 壊れた門の中から呑気な声を出しながら出てきたのは、蹴られたはずの顔にも、体にすら傷一つないヤクモだった。

 

「あれ、僕に喧嘩をふっかけてきたと思ったのに、もう目移りしちゃったのかい?寂しいなぁ」

 

「なんで生きてんのお前?」

 

 拳を止めて、一瞬驚いた顔を見せたテラスは、すぐさまヤクモをぎろりと睨みつけて問う。

 

「そりゃあ君のキックが全くもって力を感じさせない軟弱なキックだったからじゃないかなぁ?」

 

「へー、言うじゃん」

 

 ヤクモのあからさまな安い挑発に乗ってやろうと標的をヤクモに切り替えて彼の前に歩き出すテラス。

 

「僕今すっごい調子いいから殺しても殴るのやめないよ?」

 

「なら君の全力を受け止められるように努力するよ」

 

 正面で向き合う二人がにこりと笑い合った直後、テラスの拳に殺気が宿るのを感じる。

 

「ヤクモさん!避け...」

 

 コウイチの呼びかけが言い終わる前に三回の炸裂音が鳴り、ヤクモの姿が門の奥へと消え、それを追うようにテラスも中へと駆けていく。

 

「コウイチ大丈夫か!?」

 

 テラスを追いかけようと門の方へ近寄ると、スイレンが声をかけてきた。

 

「俺は大丈夫。でもヤクモさんが...」

 

 自分では敵わないのがはっきりと分かってしまった以上、スイレンにヤクモさんの加勢を頼むしかないと考えた時、先にスイレンが喋り出す。

 

「なんか大丈夫みたいだぞ?」

 

「何が?」

 

「いや、さっきコウイチに言われてヤクモを助けに行ったら、「ここは僕一人で何とかするんで見ててくれ」って言われてさ」

 

 どう考えても一人でどうにかできるとは思えない。現にさっきから一方的に攻撃されて反撃の一つもしてないのに。

 

 なんとか助ける方法はないかとヤクモの方に目をやると、

 

「ツガヤマ君。そういえばさっき僕のスキルについても聞いてくれたよね?」

 

 そこには、またも傷一つなくけろりとした態度でコウイチに話しかけてくるヤクモの姿と、確実に攻撃を当てたはずなのに元気にしているヤクモを目の当たりにして、今度こそ動揺を隠せないテラスの姿があった。

 

「何でピンピンしてんだ...あの人...」

 

 

「今から見せてあげるよ。僕のスキル...」

 

 それだけ言うと、テラスの方へと向き直り歩き出した。

 

 

 



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vs.テラス 2

 

「見せてあげるよ。僕のスキルを...」

 

 そう言ったヤクモは改めてテラスと向き直り彼に向かってゆっくりと歩き出す。

 

 あっという間に二人の手が届くほどの距離に近づきヤクモが片手をテラスに向かって伸ばす。

 

 ヤクモの手が相手に届く前にさっきと同じように音だけなら心地いいほどの炸裂音が三回鳴ったかと思うとヤクモの体が後ろに滑る。しかし、今回は先ほどと違い大きく吹き飛ばず後ろに状態が仰け反る程度だった。

 

「しっかり踏ん張ってれば後ろに吹き飛ぶことはないかな」

 

 仰け反った上体を起こしながら、どこか冗談ぽく話すヤクモに驚いていたのはテラス以上にコウイチとスイレンだった。

 

「スイレン。今のあいつのパンチ見えたか?」

 

「全く。ていうか、その前のヤクモの動きおかしくなかった?」

 

「ああ、ヤクモさんから一切の殺気が感じれなかった」

 

 (そう、先に動いたはずのヤクモさんからは殺気が感じ取れなかった。そして、その後にテラスの拳に殺気を感じた瞬間にはヤクモさんは仰け反ってた。ヤクモさんの殺気が感じ取れなかっただけか?それとも...)

 

 

「僕の攻撃は効いてないかもしれないけど、速さが違いすぎるよ。そっちからの攻撃が当たらないんだからお前が倒れるまで殴り続けるだけだし」

 

 自分の攻撃が通じていないのに驚いてはいるが、それ以上に自分の優位が動くものではないことを感じているテラスは強がりではなく本心からそう話すと、

 

「だろうね。なら僕は君がいくら攻撃しても僕に通用することはないと悟るまで殴られ続けるよ」

 

 それに対し、ヤクモはそれだけ呟くとまたテラスに向かって歩き出した。

 

 二人の距離はまた先程と同じ距離になり、同じようにヤクモが手を伸ばす。

 

「無駄だって!!」

 

 今回はさっきより数の多い五回の炸裂音が鳴り響きヤクモとテラスの間に距離が生まれる。

 

「うん。ちょっとずついい踏ん張り方が分かってきた気がするよ」

 

 今回は体をくの字に曲げた状態で後ろに押し退けられたヤクモは、笑顔で顔を上げて体を戻してまた歩き始める。

 

「...もういいや」

 

 どこか気怠げに呟いたのはテラスだった。

 

「おや?じゃあ大人しく捕まってくれるかい?」

 

「そうじゃない。そっちがサンドバックになりたいって言うならこっちから行ってやるって言ってんだよ」

 

 その言葉と同時、テラスがヤクモの懐に踏み込むと、今度は八回の炸裂音が鳴り響きヤクモを後ろへと押す。

 

「言ったと思うけど僕、今調子がいいんだよね。どこまでいけるか自分でも試してみたかったから、そっちが殴ってこないならとことん付き合ってもらうよ!!」

 

 その言葉通り、テラスの攻撃は止まることなくヤクモに襲いかかり炸裂音の数は増え続け、いつしか攻撃の切れ目が分からなくなっていった。

 

 最初は後ろに押されていたヤクモの体も、テラスの軽快なフットワークから繰り出される前からの、横からの、そして後ろからの攻撃により、もはや動くことなくその場に釘付けにされていた。

 

 絶え間なくなり続ける炸裂音と、その場から動くことすらできずに殴られ続けるヤクモを見ながら、テラスの気持ちは昂っていた。

 

(すごい。すごいや!あの薬を飲んでから体の内から力が溢れて止まらない。まだいける。もっと。もっと速く!もっと強く!)

 

 もはやテラスの腕は見えなくなるほど高速で動いているため、コウイチもスイレンも、そして最も近くにいるヤクモですら彼の腕を視認することができない中、テラスの腕全体に亀裂が走り、その中が淡く紫に光り輝いているのに気付く者はいない。

 

「コウイチ。あれは流石に助けに行った方がよくない?」

 

「あの中に!?無理だろ死ぬわ!」

 

「でもどうすんだよ!あのままじゃヤクモ死んじゃうぞ!」

 

「そうは言っても...」

 

 ヤクモは一人で大丈夫とは言っていたが、現状を見るにどうすればいいか分からないまま渦中の二人を眺めることしかできない中、テラスの攻撃の速度はさらに増していく。

 

「そろそろ終わりにしよっか!!」

 

 動きを止めたテラスは拳を大きく振りかぶるモーションを取る。

 

「なんだあれ?」

 

 その一瞬、コウイチの目にテラスのひび割れた腕が目に入る。

 

「爆ぜろ!『発火拳』!!」

 

 テラスの大きく振りかぶった拳はその速度から拳に炎を纏い、ヤクモに当たると同時に爆裂音と共に炎が弾ける。

 

「あははっ!焼け死んだかな!?」

 

 爆煙が立ち込める中、高らかに笑い勝利を確信していたテラスに、煙の中から声がかけられる。

 

「速すぎて見えなかったけど、やっと大きい一撃打ってくれたおかげで捕まえられたよ」

 

 煙が晴れながら姿を表したのは、服はボロボロになりながらも体は無傷のままテラスの手首をしっかりと掴んだヤクモの姿だった。

 

「さぁ、気も済んだみたいだし、終わりにしようか」

 



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千緇盤硬

 

「離せっ!クソッ!」

 

 テラスはヤクモに握られた手を振り解こうと腕を振るうも、しっかりと掴まれた手は手首から離れることはない。

 

「あんなに殴られた末にやっと捕まえたんだから離さないよ」

 

 ヤクモはいつも通りの笑みを見せながら一段と強くテラスの手首を左手で握り込むと、空いている右手でテラスの左手を掴もうと手を伸ばす。

 

「やめろ!!」

 

 ヤクモの動きに気付いたテラスは目にも止まらぬ速さで拳を打ち込んでヤクモの動きを止めようとするも、拳の当たった音がするだけでヤクモの動きが止まることはなく、あっさりと左手も捕まってしまう。

 

「なんなのお前!?何でなにも効いてないんだよ!?降ろせ!」

 

 両手を掴まれながら持ち上げられたことで足が地面から離れ宙吊り状態になっているテラスは、見た目通りの年齢の子供のように浮いた足をバタバタと振りながらヤクモを蹴り続けていた。

 

「よし。もう出てきていいよ」

 

 ヤクモのその一言で、誰もいなかったはずの彼の横に突然大男が姿を表す。大男は手に持っていた布を素早くテラスの口元に当てると、テラスは糸を切られた操り人形のように力を無くし頭を垂れてしまった。

 

 その姿を見たコウイチは思わず声を漏らしてしまう。ヤクモの横に現れたのは『宵の手』のメンバーの一人、グレゴリだった。

 

「グレゴリ!?」

 

「久しぶりだなコウイチ」

 

 ヤクモの手を離れ意識を失ったテラスを担ぎながら話しかけてきた。

 

「いや、久しぶりだけど、それ...」

 

 コウイチがテラスを指差しながら聞いてくるのにグレゴリは、「あぁ」と何かを察したように、

 

「心配しなくていい。シトネ草を染み込ませた布を嗅がせて眠らせただけだ。殺したりはしてないぞ」

 

 そう言いながら笑った。

 

「そっか、それなら安心......じゃなくて!いたなら早く助けてくれよ!」

 

「それについては僕がそうするように言ったんだよ」

 

 コウイチがグレゴリに突っ掛かるのを割って入ってきたのはヤクモだった。

 

「ヤクモさんが?」

 

「僕以外がこの子を捕まえようとするとどうしても誰かが怪我をするだろうからね。誰も傷付かずに捕まえれるならそうしたほうがいいだろう?」

 

「そうだ!ヤクモさん怪我は!?」

 

「この通り無傷だよ。服はボロボロになっちゃったけどね」

 

 コウイチが心配そうに尋ねると、ヤクモは自分の胸をポンと叩きながら無事なことをアピールして笑う。

 

「これが僕のスキル『千緇盤硬(せんしばんこう)』だよ。それと、デメリットについては言う必要もないかな?」

 

 ヤクモの言葉通り、コウイチはさっきの戦いを見て一つ気になることがあった。

 

「ヤクモさんは攻撃ができない、もしくは攻撃するのに制限があるとかですか?」

 

「さすが。察しがいいね。正解だよ。僕の『千緇盤硬』はあらゆるダメージを通さない防御スキルなんだけど、僕は攻撃することができないスキルなんだ」

 

 どうりでテラスに手を伸ばす度に殺気が感じられないわけだ。

 

「だから僕は誰と戦っても勝てないけど負けないんだ」

 

「それはなんとも...」

 

「微妙だろう?」

 

 スキルを聞いて思ったことをあっさり自分から口にして苦笑するヤクモは「でも...」と続ける。

 

「そのおかげで誰も傷付けることはないから案外気に入ってるんだよ。僕は血が苦手だからね」

 

 ヤクモは、はははと自嘲気味な笑い声を上げた後、グレゴリに向き直る。

 

「じゃあグレゴリ。その子について色々調べてきてくれるかな。特にその腕に関しては重点的にお願いするよ」

 

「はい。ではしばらくお側を離れさせていただきます」

 

 そんな短い会話だけ交わすとグレゴリはまた『転移』を使って消えてしまった。

 

「さて、何だか急な事件に巻き込まれちゃったけど、思わぬ収穫も得れたし今日は帰るとするよ」

 

 巻き込まれたのは自分のスキルのせいかもしれないと思いつき、自責の念に駆られるも口には出さずに黙っていることを選択したコウイチのことは露知らぬヤクモは軽く挨拶をしてその場を後にしようとした時、何かを思い出したように振り返る。

 

「あ、ツガヤマ君。今日言ってた僕の仕事を手伝って欲しいって話だけど」

 

「あぁ、それなら...」

 

「それなんだけど、やっぱり忘れてくれるかい?」

 

「え?いいんですか?」

 

 あの感じだと、いつもみたいになんだかんだ巻き込まれるものだとばかり思っていただけにヤクモの思わぬ提案に驚いた。

 

「さっき捕まえたテラス君から色々わかりそうだし、ツガヤマ君には『崩山拳』の修行を続けてもらった方が良さそうだからね。もし力を借りたくなったらまた頼みにきていいかい?」

 

「あ、あぁ。俺なんかで手伝えそうなことなら手伝いますよ」

 

「ありがとう。じゃあまたね」

 

 やっぱり胡散臭く見えてしまう笑顔を見せた後、あっさりと帰ってしまったヤクモを見送り、コウイチとスイレンは『崩山拳』の道場へと帰ることにした。

 



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波及

 

 コウイチ達がテラスと対峙してから数日後━━━、

 

「何だか道場が少し壊れている気もするが、まぁまた直せば良かろう」

 

 『崩山拳』の道場にて、いつも通り修行が始まるのかと思っていたが、どうやら雰囲気が違うようだった。

 

「コウイチも基本はしっかりできるようになってきておるし。そろそろ発展系の修行を始めようと思う」

 

「発展系?」

 

「そうじゃ。言っておらんかったが『崩山拳』は基本の型にすぎん。そこからどう発展させていくかは本人のスキルや得意分野によって様々じゃ」

 

「なるほどね」

 

「例を上げるならバルクラヤは一撃の威力に特化させた型。オニバスは自分のスキルと組み合わせたテクニカルな型だったりじゃな」

 

「スイレンは?」

 

「あたし?あたしはー...」

 

 話の流れで気になったのでスイレンに振ってみたが、どうにもはっきりとした返事が帰ってこない。

 

「スイレンはコウイチと同じでまだ自分の型が決まっとらん」

 

「え?そうなの?」

 

「実はそうなんだよねー。なかなかいいのが考えらんなくてさ」

 

「そんな難しいのか?発展系の習得って」

 

「難しいと言うことはないが、自分でこれだと思ったものを極めていく訳じゃからしっかり考えなければいけないのは事実じゃな」

 

 なるほどな。確かにこれからどういう風に鍛えていくか考えないといけないなら慎重にならざるを得ないか。

 

「と言う訳じゃから。今日からは今までの修行をしながら各自これから自分の発展系についても考えるように。それが決まればそれに特化した修行をつけてやろう」

 

 こうして『崩山拳』の発展系について考える日々が始まった。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 時を同じくして━━━、

 

「すいませーん。これの査定お願いしていいっすか?」

 

「この依頼受けたいんだけどー」

 

「新しい依頼持ってきましたー」

 

 テサボンの街にある引き上げ予定だったはずの探索者ギルドの中は人で溢れかえっていた。

 

「ちょっと待って下さい!順番に伺いますから!」

 

 本来ならギルド職員が横に並んで受付をするカウンターの中には現在ここの職員として一人で働いているパジルトが慌ただしく動いていた。

 

「わぁ、今日も大盛況ですね」

 

「パジルトも忙しくなって嬉しいんじゃない?」

 

 そこに現れたのはクゥとその後ろで眠そうにしているキーラである。

 

「お、二人共おはよう」

 

「あ、おはようございますバンさん」

 

 人混みの中から二人を見つけた男が一人駆け寄ってくる。彼の名はバン。槍術に長けた武術家である。キーラとクゥがダンジョンアタックに向かった時、ダンジョンに先に入っていたところ、偶然居合わせたロメロス組のラキズンに襲われて負傷していたところを二人に助けられ、協力してラキズンを撃退したことから彼女達を命の恩人として慕っている。

 

「それにしても賑わってるわね」

 

「ええ、二人が探索者だと聞いた後、ロンシャ王国支部のここが潰れそうだと分かったからみんなに言って仕事を回すようにしてもらって探索者としての登録もさせたからな。これで潰れる心配は無くなるだろう」

 

「限度ってものがあるんですよ!限度ってものが!」

 

 三人が会話をしているところに山積みの書類を抱えて今にも倒れそうになっているパジルトが通りかかる。

 

「探索者と依頼を増やしていただくのは助かりますが、職員は私一人しかいないんですからねっ!」

 

「よかったじゃない。パジルト暇だったでしょ?」

 

「そりゃあギルドとしては仕事が増えてありがたい話ですけど、如何せん人手が足りなさすぎてこのままじゃ私が死んじゃいますよ」

 

 複雑な気持ちのままとぼとぼとした足取りで仕事に戻るパジルトを見送った後、キーラとクゥが食事でも取りに行こうかと考えていたところ、息を切らせた青年が一人ギルドに駆け込んできた。

 

「はぁ、あっキーラの姉さんっ!クゥお嬢にバンの兄貴もっ!大変です!またラキズンがやってきました!」

 

「その姉さんってやつやめてって言ってるでしょ。はぁ、また来たのあいつ?」

 

 ラキズンが攻め込んできたと言われているのに、大きく息を吐きながら体を動かす準備を始めるキーラの落ち着いた態度には訳がある。バン達と共にラキズンと対峙して撃退した後、ラキズンは度々テサボンの街に襲撃を仕掛けてきているのだが、そのことごとくをキーラやクゥ達の助けによって返り討ちにしている。その頻度は徐々に数を増し、今では二日に一回は襲撃を受けている状況のため街の人間ですら見慣れた光景になりつつあった。

 

「それにしても今日はえらく焦っているようだがどうした?」

 

 いつもと雰囲気の違う報告に違和感を感じたバンが問いかけると、やっと息を整えた青年は話だす。

 

「それが、ラキズンの様子がいつもと違うんです。何だか足も変に光ってるみたいで...」

 

「足が光ってる?なんだそりゃ?」

 

 話を聞いてもよく分からないが事態が切迫していることは伝わってきたので、三人は現場へと急ぐことにした。

 



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痕跡

 

 キーラとクゥ達が青年に道案内してもらって来た場所はテサボンの街を取り仕切っているシアンコ組の本部だった。

 

 キーラとクゥはシアンコ組の人とはラキズン撃退の件でよくしてもらっており、彼女達が一文無しと知ってからはしばらくの生活費も出してもらった。その恩から二人はラキズンを捕らえるまではコウイチを追うのをやめてこの街に留まることにしたのだが...

 

「なにがあったのよ...これ」

 

「...ひどい」

 

 現場に到着した彼女達が目にしたのは家だったものの残骸が散らばり、瓦礫の山ができている惨状だった。

 

「とにかく、誰かいないかみんなで探すわよ!」

 

 キーラの一声でその場にいた全員で生存者の捜索を始めて30分が経った頃、

 

「いたぞ!シアンコさんだ!」

 

 数名の生存者を見つけつつ、瓦礫の中からシアンコ組の頭領であるシアンコをバンが見つけた。

 

「ひどい怪我だが、まだ息はある!」

 

「任せて下さい!」

 

 クゥがすぐさま駆け寄り回復魔法の詠唱を始めると、シアンコの身体中にある傷がみるみる塞がっていく。

 

「う、うぅ」

 

 呻き声を上げながらも、体の傷が癒されたことで眉間に皺が寄っていたシアンコの表情は和らぎ、眠るように意識を失った。

 

「生存者は見つけ次第ギルドに運んで安静にさせて!残ってる人は捜索を続行!」

 

「私も、手伝います」

 

「クゥ、あんたも一旦ギルドに戻って休みなさい。さっきから回復魔法の使い過ぎで顔色悪いわよ」

 

 キーラの言う通りクゥの顔は血の気が引いており、元々白かった肌は生気を感じないほどの白さになっていた。

 

「クゥさんはギルドに戻ってポーションを貰うといい。それで多少の魔力は回復するだろうし、生存者は見つけ次第ギルドに運ぶからそこで看病してやってくれ。君まで倒れたら誰も回復魔法なんて使えないからな」

 

「は、はい...じゃあバンさんの言う通り、ここは一旦お任せします」

 

 バンに諭されることで納得したクゥは捜索を手伝っていた一人におんぶされて生存者たちと共にギルドへと戻っていった。

 

「しかし酷いな」

 

「そうね。今までは街に来ても他の人たちで足止めぐらいはできてたし、あたし達が到着すれば撃退できたのに...、ラキズンってほんとはこんなに強かったってことなの?」

 

「いや、確かにラキズンは強いがシアンコ組全員を相手取って勝てるほどではないはずだ、だからこそあいつが一人でやったと言うのが信じられん。突然とんでもなく強くなりでもしない限りは...」

 

「報告に来た子が言ってた足が光ってたって言うのと関係あるのかしら。でも今はそんなことより一人でも多く生存者を見つけて助けましょ」

 

 キーラとバン達による捜索は夜まで続き、明かりが無くなったことで捜索を打ち切った全員が帰ってくる頃、ギルドの食堂には50人ほどの怪我人が横になって治療を受けていた。

 

「怪我のひどい方はクゥさんの回復魔法で治療してもらって、軽症の方には薬草で作った塗り薬や飲み薬でひとまず様子をみています」

 

 街の一大事とあって、ギルドの食堂にあった机や椅子を退けて、簡易的な治療所に作り替えた張本人であるパジルトが帰ってきたキーラ達に説明をする。

 

「ありがとうパジルト」

 

「ほんとですよ。仕事ばかり増やさないでください。それと、シアンコさんが目を覚まされました。今はあちらでクゥさんと一緒です」

 

 ぼやきつつもみんなの為に動いてくれるパジルトにどこかコウイチの姿を重ねながら、パジルトの指す方に目をやると、食堂の隅に追いやられた机と椅子に腰掛ける中年の男とクゥの姿が目に入る。

 

「よかった。シアンコさん大丈夫?それにクゥも」

 

「あ、おかえりなさいキーラちゃん。今シアンコさんに何があったか聞いていた所なんです」

 

 クゥがそう言って、シアンコに目を向けると、彼はすぐさま彼女達に深々と頭を下げた。

 

「さっきクゥ殿にも言ったが、この度は我々を助けていただき本当にありがとう。礼を言っても言い尽くせぬほどの恩を受けてしまった」

 

「いいっていいって。ヤクザの頭領が頭なんか下げないでよ」

 

 キーラの言葉で顔を上げたシアンコは白髪混じりの黒髪で、年齢は40ほどと聞いているがもっと年上だと言われても納得してしまいそうな落ち着いた雰囲気の持ち主である。

 

「で、何があったか聞かせてくれる?」

 

「ああ、勿論だ」

 

 それからシアンコに事件について聞いた内容は次のようだった。

 

 シアンコ組の本部に堂々と正面から入ってきたラキズンは目にも止まらぬ速さで動き回り、次々と組の人間を打ち倒していき、怪しく紫に光る足だけで本部の建物を粉々に破壊してしまったという。勿論止めようとしたが、止めにかかった者は簡単にあしらわれ、シアンコ本人ですら手も足も出ずに一瞬でやられてしまったという。

 

「そして、奴は去り際に君達に伝言を残していった」

 

「なんて?」

 

「奴が言うに、『もうすぐ王都で大仕事がある。だからお前達に構ってる暇は無くなった。仕事が終わり次第必ず殺しにきてやるから待っておけ』と」

 

「そっちからちょっかいかけてきといてどういう言い草よ。そんなことより王都で大仕事って一体?」

 

「多分、国王に殴り込みをかける気だろう。ラキズンはロメロス組と言っているし、奴らの目的は国王を倒して自分たちがこの国を統治することだからな」

 

「じゃあそれって...」

 

「ああ、近々王都で暴動が起きる。しかも奴らはヤクザでない人間も関係なく襲う。このままでは王都は大混乱になるだろう」

 

 シアンコは憂うように鼻から大きく息を出し、話を聞いた二人も黙り込んでしまう。

 

 

「行きましょう」

 

 沈黙を破ったのは、クゥだった。

 

「そんなことになるなら放っておけません。私たちも王都に行ってラキズンを止めましょう!」

 

「......そうね。行きましょう」

 

「待ってくれ。これ以上君達を巻き込むわけには行かない。私が行く」

 

 二人が王都へ行こうとするのを止めるため、立ち上がろうとしたシアンコをキーラが片手を前に出して制する。

 

「元々あたし達は王都に用があってこの国に来たの。それにシアンコがこの街出ちゃったら誰がこの街仕切っていくのよ。ここはあたし達に任せなさいって」

 

「しかし...」

 

 シアンコが渋るのを予想していたキーラは言葉を続ける。

 

「どうしてもって言うならせめて王都までのお金と足を用意して。それで貸し借り無しってことにしてあげるから」

 

 それだけでは割りに合わないとまだ渋っていたシアンコだが、それならお金も足もいらないと言い出したキーラに負けて、彼女の案で納得したのだった。

 

 

 

 

 夜が明けて、早速王都への用意を済ませたキーラとクゥは荷物を背負った三頭のラクダとテサボンの街を発とうとしていた。

 

「本当にありがとう。危険になったらすぐに逃げてくれ。私も街が落ち着いたらすぐに王都へ向かう」

 

 そう言ってまた深々と頭を下げるシアンコ。

 

「大丈夫です。王都には私たちが信頼してる頼れる人がいるはずですから。もしその人に会えたら文句を言いつつ助けてくれるはずです」

 

 クゥはしばらく会えていない青年を頭に思い浮かべながら頭を上げるようにシアンコに話す。

 

「それじゃあ行くとしましょうか。いざ、王都へしゅっぱーつ!」

 

 キーラの声と共に、ラクダは広大な砂漠へと足を進め始めた。

 

 



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散策

 

 キーラとクゥがテサボンの街を出て王都サランに到着するまでおよそ一ヶ月━━、

 

 王都サランの街にて、

 

「今日はここまで。あとは各々でやりたいことをするように」

 

 ヨンの一言で修行は昼過ぎに終わってしまった。朝一でやる外周も、今ではスイレンとどちらが早くゴールできるか全力で戦える程になっていたため2時間ほどで終わってしまう。

 

「スイレーン、組手してくんない?」

 

 ヨンから言い渡された『崩山拳』の発展について、いまだ自分の中で答えが出ない悶々とした気分を忘れようとスイレンを組手に誘ってみるも、首を横に振られてしまう。

 

「ごめんコウイチ。今日はちょっと親父の所行こうと思っててさ...」

 

「なんか用事か?」

 

「うるさくなるだろうから出来れば聞きたくなかったんだけど、親父に『崩山拳』の発展について聞きに行こうと思ってさ...。あんなのでも一応頼りにはなるから」

 

 静かにしていれば綺麗な顔の眉間に皺を寄せ、歪んだ顔をしながら返事をする所を見るに、本当に出来れば聞きたくなかったのだろう。

 

「コウイチも一緒に来るか?」

 

「うーん......。いや、俺はもう少し自分で考えてみるよ。何かヒントになりそうなこと教えてもらったら俺にも教えてくれよ」

 

 まだヨンに発展系について聞いてから数日しか経っていないし、スイレンは悩んだ末に親父さんに聞きに行くのだから俺はもう少し自分で考えるべきだろう。

 

「オッケー。明日にはまた帰ってくるから。それじゃ!」

 

 手を振りながら門へと小走りで駆けていくスイレンを見送った後、塔の中にある自室へと戻りながら思考を巡らせることにした。

 

 

 (『絶対不可避』に合わせた発展系か......一撃の威力を高めれば避けられない強力な攻撃になるだろうし、テクニカルな動きで完封できるような戦いもできそうではある......けど、やっぱりこっちも避けられないとなるとリスクがでかいよなぁ。

 てかそもそも、ヨンは基本はできるようになってきたって言うけど、この間のテラスの動きだって目ですら追えなかったし...。これから先、もしあんなのと戦うってなったらいくら発展系を極めたところで意味ない気もするし...。)

 

 

 頭の中でそんなことをぶつぶつと考えながら、中々発展系が決まらない苛つきを抑えるために体を動かしていると、気がつけば日もとっくに沈み空には日本にいた頃には見たこともないような大きく綺麗な月が輝いていた。

 

「もうこんな時間か...」

 

「気分転換に散歩でもしに行かへん?いい場所知ってるんやけど」

 

 部屋の中でボソリと呟いた独り言に背後から返事が返ってきたことに一瞬驚いてしまったが、その口調から誰なのかはすぐに理解できたので、驚いてしまった動揺を隠しながらも振り返る。

 

「何しにきたんだよ。途中経過はこの間見に来たばっかりだろ?」

 

「今ビクッ!ってしたやろ?急に声かけられてビクッ!ってしてるー」

 

 人が何事も無かったように話しているのに、わざわざ指摘して笑ってくるクレナに一発ぶち込んでやろうかと拳に力を込めながらもグッと堪える。

 何をしに来たのかは知らないが、正直なところクレナには会いたいと思っていた。こんな奴に会いたいなんて思うのはどうかしているのかもしれないが、仮にもこいつは『崩山拳』を作った張本人で俺に『絶対不可避』のスキルを与えた人物でもある。発展系について何かきっかけになるようなことを聞けるのはこいつぐらいなものだろうし。

 

「今日はえらいおとなしいやん。よっぽど発展系について煮詰まってるみたいやなぁ」

 

「そういえば心が読めるんだっけか、なら話が早いな。『絶対不可避』を応用した発展系について...」

 

「まぁまぁそう急ぎなや。せっかちな男はモテへんで?女の子が散歩がしたいって言ってんねんから黙って付いてくればええねん」

 

 随分と好き放題言ってくれるが、散歩に付き合えば何か教えてくれると言うことなのだろう。

 

「で?どこ行くんだよ?確かクレナって人に見られちゃだめだったろ?」

 

「こうすれば絶対バレへんやろ」

 

 そう言ってクレナは俺のベッドに敷かれているシーツを取ると、頭の上からすっぽりと被り子供が幽霊の真似事をしているようにしか見えないチープな変装をしてみせた。

 

「それでバレないなら今までも苦労しなかったと思うけど...」

 

 

 

   ◇◇

 

 

 

「とうちゃーく!」

 

「なんでほんとにバレないんだよ!?」

 

 あっさりと目的地についてしまったことでつい大きな声が出てしまった。

 

 いくら夜で人が少ないとはいえ、あまりにもスムーズに来れてしまったことに遺憾の念が絶えない。

 

「まぁもういいけど。ここは?」

 

 そこは段々に作られた居住用の建物が並ぶ少し小高い街の一角で、眼科にはサランの街並みが一望でき、上を見るとさっき見た時より高い位置にいる月が遠くなったはずなのに大きく見えるほど余計なものが視界に入ってこないほど開けた場所だった。

 

「ここはウチがこの国に住んでた時によく来た場所でな。こんな機会でもないとこられへんから久しぶりに来たかってん」

 

「...ふーん」

 

 一瞬、サランの街を見つめながら話すクレナに見惚れてしまいそうになったが、自分にしっかりしろと言い聞かせて持ち堪える。見た目が美人で絵になるだけで中身は人の不幸を見て喜ぶような奴だぞ、しっかりしろ。

 

 しかし、こんなやつでも望郷の思いがあったりするものなのだなと、どこか親近感を覚えた。

 

「気も済んだろ?なんか教えてくれよ」

 

「あぁ、『崩山拳』の発展系な。それやったらあんたに教えることはなんもないから自分でなんとかしぃ」

 

 俺は、意地悪な顔で微笑みながら答えるクレナに今度こそ力強く握りしめた拳を振り下ろした。

 



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暗雲

 

「痛ったいなー!どつくことないやろ!?」

 

 制裁の拳を喰らってその場でうずくまりながらこちらを睨んでくるクレナだが、睨みたいのはこっちである。

 

「教えることないってなんだよ!?参考になるもんがないんだからちょっとぐらい教えてくれたっていいだろ!」

 

「そんなこと言うたってほんまに教えることないねんて」

 

 頭をさすりながら起き上がるクレナの言い方はどうやら本当に何もないらしく聞こえる。

 

「何にもないことないだろ。俺に与えた『絶対不可避』だって元々お前のスキルなんだろ?」

 

「うーん。確かに『絶対不可避』自体はウチが持ってたスキルではあるけど、別にそれだけしか持ってなかった訳ちゃうからなぁ...」

 

「つまり?」

 

「それ以外のスキルとの組み合わせを駆使して戦ってたから『絶対不可避』だけで戦うなんて考えたことないわ。ていうかそのスキル単体やとほぼ使い道ないやろ?......痛ったい!」

 

 他人事のようにあははと笑うクレナにもう一度拳を振り下ろす。

 

「使い道のないもの渡すな!」

 

「更生の為なんやから使えるもん渡したら意味ないやろ?」

 

「うっ…そう言われればそうだな」

 

 特に目的も無いせいですっかり更生のことを忘れていた。

 

「じゃあしょうがないか。でも今頃スイレンはなんか掴めてたりするのかな」

 

「スイレンってコウイチと一緒に修行してる子か?」

 

 クレナはスイレンの名に何故か興味深そうに反応した。

 

「ん?ああ、そうだけど。それがどうかしたのか?」

 

「あの子は中々の逸材やで。発展系をしっかり身に付ければウチほどとは言わんけど『崩山拳』の歴史の中でも5本指に入るレベルにはなるかもな」

 

「スイレンがか?」

 

 確かにスイレンは強いと思うけど、それでもバルクラヤと対峙した時やテラスの戦いを見ている時程の圧倒的な差を感じた事はない。

 

「まだ発展系も定まってないひよっ子やねんからそう感じるのもしゃーないけど、将来が楽しみやな」

 

 武術の神と言われているクレナにここまで言わせるのだから相当なのだろうな。

 

「そんな事より俺は自分の発展系をどうにかしないとだな」

 

 クレナに聞けば何か掴めると思っていたのに収穫無しだった事に落胆しながら空を見ると、遠くに大きな黒雲が立ち込めているのが見えた。

 

「なんだあれ?」

 

「お、珍しいな。一雨くるで」

 

 クレナの言葉は正しく、数分も経たないうちにポツポツと石畳を濡らし始めた雨雲は、あっという間に数メートル先が見えないほどの豪雨をもたらした。

 

 

 

  ◇◇

 

 

 

「結局、思い付かなかったなぁ…」

 

 時間は少し戻りコウイチと別れたスイレンは、すっかり夜が更ける時間になるというのにカエン組のアジトへと戻らずにいた。

 

(発展系を考えるようにって言われてからもう何年にもなるし、何か刺激があればと思って後継者探しのついでに旅に出たけど、特にこれといった収穫も無し。親父に聞くのは最終手段にしたかったけど…)

 

「はぁ…。親父絶対喜んでめちゃくちゃ喋るだろうな〜。殴らないように気を付けないと」

 

 オニバスのスイレンに対しての溺愛具合はスイレン本人ですらうんざりするほどである為、スイレンはオニバスに教えを乞うのに躊躇していたのだった。

 

「ん?あれって」

 

 夜の街でふと空を見上げたスイレンの目に大きな黒雲が迫って来ているのが目に入る。

 

「【滝雲】だ。初めて見たな」

 

 周囲を砂漠で囲まれている乾いた土地であるロンシャ王国だが、雨が全く降らないと言うわけではない。【滝雲】と呼ばれる数十年に一度訪れるというその雲はその名の通り滝のような雨をもたらし、国の地下に張り巡らされた貯水槽を満たす程の量の雨が降ると言われている。

 

 スイレンは産まれてから一度も体験した事はないが、周りの人に小さい頃から【滝雲】を見たらすぐに家に帰って来いと口酸っぱく言われたのを思い出す。

 

「急いで帰ってみんなに知らせなきゃ!」

 

 スイレンは、オニバスに会うのが億劫だったことも忘れ走り出す。

 

 

 

  ◇◇

 

 

 

「天も俺を味方してくれているらしいな」

 

 時刻を同じくして、王都サランから少し離れた砂漠にて遠くにある【滝雲】を見つめながら呟く男がいた──、

 

「もう体は大丈夫なんですか?ロメロス様?」

 

「十全だ。むしろ気分がいいほどにな」

 

 心配そうにロメロスの顔を覗きながら話しかけるのはフォルテ。そしてその隣にはラキズンがいた。

 

「テラスはどうやら捕まってしまったようです。申し訳ございません」

 

「構わん。お前達二人がいれば今回の作戦もうまくいくだろう。テラスは事が終わり次第助ければいい。今はテラスを助け出す事に気を取られて作戦が失敗するのが一番まずいからな」

 

「「はい!」」

 

 ロメロスは二人の顔を一瞥すると、すぐにサランの方へと向き直り言葉を続ける。

 

「それじゃあお前達は街にいる部下と合流して各自ヤクザのアジトを潰して回れ。俺はカエン組を潰す。バルクラヤと戦る前の前哨戦といったところだな」

 

「かしこまりました」

 

「雨に乗じればスムーズに事が運ぶだろう。各自終わり次第アジトに戻るように」

 

 ロメロスの言葉に、二人は無言で頷く。

 

「それでは行くとするか。今日でロンシャ王国は大きく動く!」

 

 雨がサランの街を包み込んでゆく。



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襲撃

(流石にちと風がきついなぁ)

 

「大変ですおやっさん!ロメロスの連中がサランの各アジトに襲撃を始めたと連絡が!」

 

 屋敷の中庭に面する縁側にて、夜風に当たりながら涼んでいたオニバスの元に組の若い衆が駆け込んでくる。

 

「ん...来たか。まぁよりによって『滝雲』の出てきた日に来るとは()()()()()()()()()()()()()()

 

「ど、どうしますか?」

 

 若い衆は想像以上に落ち着いた様子のオニバスに驚いた。

 

「お前らは全員他の組の助けに行ってやれ。わたしはここでお客さんを待つとするよ」

 

「は、はい!」

 

 口調こそ優しいものの、オニバスから放たれる重い空気感に居ても立っても居られず慌ただしくその場を後にする。

 

 若い衆には気づけなかったが、その時オニバスの体からは恐ろしいほどの殺気が放たれていた。殺気感知のスキルを持たない若い衆が異変を感じてしまう程の殺気が...。

 

 

 しばらくしてオニバス以外いなくなったカエン組のアジトには『滝雲』が近づいてきた事による強い風の音と乾燥したロンシャ王国には珍しい湿気が漂っていた。

 

「そろそろかな」

 

 オニバスが呟くとほぼ同時、アジトの玄関から何かが破壊された音が響き渡る。

 

「邪魔するぞ」

 

「お前がロメロスかい?(つら)は初めて見るな」

 

 オニバスの待つ中庭に姿を現したロメロスは座り込むオニバスの隣に立ちゆっくりと周りを見渡しながらオニバスに視線を戻す。

 

「お仲間はいなくていいのか?」

 

「はっはっはっ!先に言われちゃったなぁ」

 

 笑いながら立ち上がるオニバスからはつい先程まで放たれていた重苦しい殺気どころか一切の殺気が出ていなかった。そのせいで拳が放たれるその瞬間まで殺気感知を持つロメロスですら気付くことができなかった。

 

「お前のせいでここ最近ほんとに大変だったからなぁ。......しっかり落とし前はつけてもらうぞ?」

 

 ドカンという轟音と共に屋敷を破壊しながら後ろへ吹っ飛んでいき見えなくなったロメロスに今度ははっきりと全身に殺気を纏ったオニバスが話しかける。

 

「いいぞ。やはりバルクラヤと戦る前のいい前哨戦になりそうだ」

 

 笑いながら自分が吹き飛んだことで破壊した場所を戻ってきたロメロスはゆっくりと構えをとる。

 

 睨み合う二人の間に静寂が流れ始めた時、ピカリと空に光った雷と同時にザアアと中庭が見えなくなるほどの雨が降り始めた。

 

「お前は今回の襲撃のタイミング、『滝雲』も相まって都合がいいと思っているかもしれないが......」

 

 突然話し出すオニバスを注意をそらさずに見ていたはずのロメロスだったが、オニバスの体の周りで一瞬火花がチカリと光ったのが見えた次の瞬間に彼が視界から消えて自分の懐にまで潜り込んできたことに反応できなかった。

 

「がっ!?」

 

 再び鳴り響く轟音と共に今度は雨が降り続ける中庭に吹き飛ばされる。

 

「悪いけど、わたしにとっても最高のタイミングなんだよ」

 

 庭にあった岩に激突して地面に座り込むロメロスを縁側から降りて見下しながら話すオニバスは雨に打たれながらも続ける。

 

「バルクラヤ様は女神クレナ様と同じ『灰燼撃(かいじんげき)』の使い手だが、その前に同じく女神クレナと同じ『風雷坊(ふうらいぼう)』の使い手であるわたしを倒せないようでは、革命なんて冗談にもなりはしない。お前の革命とやらがカタギの人間にも危害を加えることが入っているなら、悪いがここで殺すしかないよ」

 

 オニバスの言葉に、ロメロスは何も返さず座ったまま黙り込んでいる。

 

「話したいことは話せたか?随分と長ったらしい話だったもんだから寝るかと思ったぞ」

 

 やっと口を開いたロメロスから放たれた言葉を聞いたオニバスは、もう何も語ることはないと『風雷坊』のスキルを発動すると共に一瞬でロメロスに近づいてトドメの一撃を打ち込んだ。......はずだった。

 

(当たった感触がない。どこに行った?)

 

「ロンシャ王国のNo.2がこの程度か?」

 

 雨と岩が破壊されたことで出た粉塵のせいで視界が悪く、ロメロスを探すために顔を上げたオニバスのすぐ後ろから声をかけられると同時に脇腹に衝撃を感じて横に吹き飛ぶオニバス。

 

 凄まじい雨の量のせいで地面はくるぶし程度の高さまで水が張っており、バシャバシャと音を立てながら水切りのように地面を転がったオニバスはすぐさま体勢を立て直しロメロスに向き直る。

 

「お前......ほんとに人間か?」

 

 ロメロスの方へ向き直ったオニバスは見た。雨のせいで数メートル先の景色すら見ることはできないが、その雨の先にロメロスのものらしき紫色に光る腕と脚、そしてこちらを見つめる眼が...。その()()はこちらが見えているように話し出す。

 

「王にナルのに人間である必要ハあるのカ?」

 



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風雷坊

 

(冗談のつもりだったんだけど、口調まで変わっちゃったように聞こえたけど。ほんとに人間じゃないのか?)

 

 さっき受けた傷の具合を確かめながらもロメロスから視線は外さず、構えをとりなおす。

 

(あの光がなんなのか分からん内は迂闊に近づけないな。ならまずは...)

 

 オニバスが牽制の一撃として稲妻の如く速く相手に踏み込み、まだ光っていない腹部に対して鋭いパンチを打ち込んですぐさまバックステップで引くというシンプルなヒットアンドアウェイだが、一連の動きの速さとインパクトの瞬間の音を聞いたら常人なら一発でノックダウンするだろうというのは明白だった。

 

 実際オニバスが打ち込んだ拳には『風雷坊』のスキルにより電撃が付加されており、例えではなく本当に雷が落ちたようだった。

 

「どうした。怖気付いたか?もっと打ち込んでもよかったものを」

 

 電撃により痺れたのか少しの間が空いてから話し出したロメロスは、一瞬おかしかった口調も元通りの落ち着いたものに戻っており、さっき立っていた場所から少し後ろに押されているもののパンチが打ち込まれた腹をさすりながら余裕の表情で話しかけてくる。

 

「お望みとあらば打ち込んであげよう」

 

 その言葉を皮切りに目にも止まらぬ速さでロメロスの周りでステップを踏むことで翻弄し、打ち込んでは離れを繰り返すオニバス。

 

 その様子はまるで至近距離で雷が閃き、ロメロスに向かって落ち続けるようだった。ロメロスも打ち込まれるままその場を動けないように見えた。

 

(よし。このまま隙を見て決める!)

 

 反撃の素振りを見せないロメロスを見て、オニバスがそう考えた瞬間、

 

「まどろっこしい」

 

 ロメロスがそう呟いて右手を上に振り上げたと同時、その拳に凄まじい殺気が込められたのを感じたオニバスは一瞬攻撃を躊躇して相手との距離を取ることを選んだ。

 

『魔拳』

 

 その言葉と共に水の張った地面に振り下ろされた拳は轟音と共に衝撃波を放ち、くるぶしまで溜まっていた水は弾け飛びその下にあった地面が顔を出す。その地面もロメロスを中心に全方向にひび割れ一部の地面は隆起するほどであった。距離を置いたはずのオニバスの足元の地面も突然隆起したことによってオニバスの体が空中に投げ出される。

 

(これはまともにくらったらマズいな...)

 

 オニバスが衝撃波のせいで直接触れていない建物までもが深刻なダメージを受けているのを見て肝を冷やしていると、背後から殺気を感じる。

 

「空中では避けれるかな?」

 

 振り返るとロメロスがこちらに向かって駆け出してきており、その拳には今しがた放った攻撃の、もしくはそれ以上の殺気が込められていた。

 

(マズい!!)

 

回風(つむじかぜ)』!

 

 拳が当たる寸前、空中にいたオニバスの手から炸裂した風の爆発により、二人とも弾かれたように後方に吹き飛んだ。

 

 ロメロスは両足でしっかりと地面に着地したものの、空中にいたオニバスは投げ飛ばされるように地面に転がって着地した。

 

「危ない危ない」

 

「女神様のスキルだかなんだか知らないが、『風雷坊』ってのはちょこまか戦うのが好きなようだな」

 

 口元についた泥を手で擦りながら息を吐くオニバスに対し、ロメロスはそんな彼を鼻で笑いながら話しかける。

 

「煽っているつもりかな?そんなことしなくてもそろそろ全力で行かせてもらうよ」

 

「ほう。ぜひ見せてもらいたいな。全力のカエン組組長を倒さないと、こっちも国王と戦う前哨戦とは言えんからな」

 

 オニバスの言葉を信じていない様子のロメロスは見下すような視線を送りながら言葉を返す。

 

「わたしもロンシャの人間だから、やっぱり喧嘩が好きみたいだ。久しぶりに全力を出せる相手と出会えてワクワクしているよ」

 

 笑みを浮かべながら立ち上がり、構え直したオニバスの右手からは不規則なリズムで電撃が迸り、左手からは雨を弾くように風が蠢いているのが見えた。

 

「それじゃあ、ここからが本番だね」

 

 今一度、地面をしっかりと踏み込んだ両者が激突する。

 



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嵐の龍

 

 カエン組アジトにロメロスが襲撃する数分前──、

 

「なんだってこんな時に限って遠い所まで来ちゃったかな」

 

 息を切らしながら坂道を駆け降りるコウイチは、豪雨と夜の闇のせいで見えないものの、どこからか聞こえる誰かの叫び声や、時々鳴る何かが破壊されたような爆発音で、下のサランの街に何か只事ではない事が起きているのは理解できた。

 

(確かスイレンは実家に帰ってるんだっけか、俺もカエン組に行けば何か起きても誰かいるから安全かな)

 

「ほんと都合よくあの性悪女神はいなくなるし」

 

 数分前、遠くに見えた『滝雲』はあっという間にサランに迫り、少し先すら見えなくなるほどの大雨を降らせ始めた。それと同時に今も聞こえている声や爆発音が鳴り響き始めたのでクレナなら何か分かるかと思い振り返るとさっきまでそこにいた彼女の姿は綺麗さっぱりなくなっていた。

 

(頼むからカエン組に着くまでに変な事に巻き込まれないでくれよ!)

 

 

 

  ◇◇

 

 

 

 そんなコウイチが向かうカエン組のアジトでは今もなおロメロスとオニバスの戦いが続いていた。

 

『地雷』

 

 地に右手を付けたオニバスから割れた地面を縫うように電撃が流れロメロスを痺れさせて動きを封じると、今度は左手を自分の後ろに向けそこから放つ風の後押しで一気に距離を詰める。

 

「くっ...魔け...がはっ!?」

 

 反撃しようと拳を振りかぶるロメロスだったが、電撃のせいで一瞬行動が遅れたことにより無防備な状態でオニバスからの乱打を浴びてしまう。

 

(『風雷坊』、想像以上に厄介だな...だが勝機はあるはずだ。隙をついて確実に殺す。.........そういえば何故俺はこいつと戦ってるんだったか?)

 

「どうだい?わたしに苦戦しているようじゃ革命なんてやる気が失せちゃったんじゃないか?」

 

 ふと話したオニバスの言葉で自分の目的を思い出す。

 

(そうだ。俺はこの国を変えるんだ。その為に戦う。邪魔するものは殺してでも...!!)

 

 しかし、今の戦況は厳しいものだった。ロメロスの『魔拳』はその威力の高さから殺気でバレやすいという欠点がある。そのためオニバスは先程の高速移動で撹乱してから行うヒットアンドアウェイではなく、濡れた地面を利用した電撃による動きを封じる動きからの攻撃という確実性の高い戦法により着実にダメージを与えてきている。

 

(このままではジリ貧だな。どうにか攻撃を当てなければ...)

 

 ロメロスが逆転の作戦を立てる時間すら与えないと言わんばかりに、オニバスの手の先から地面を伝って電撃が向かってくる。

 

「ふんっ!」

 

 ロメロスはすぐさま拳を振り下ろすと、地面を目の前で盾のように立てることで電撃を分散させて防ぐ。

 

(『魔拳』では殺気が出過ぎて感づかれる。極限まで殺気を抑えて放つ!)

 

 意を決したロメロスは岩の影からオニバスに向かって全力で駆け出す。

 

 が、それと同時に視界に入ったオニバスの手から全身を刺すような殺気が放たれているのが目に入った。

 

「これ、なんだと思う?」

 

 右手と左手を体の前で近づけているオニバスは悪戯っぽい笑いを浮かべながら話しかけてきた。その手の間には雷と風が激しく混ざり蠢いている。まさに嵐が彼の手の中に生み出されていた。

 

(あれは、やばい!)

 

 だが、もう引くことはできない。ここで引いてしまっては防御するにも反撃するにも中途半端になってしまう。ここまできたら相打ち覚悟で突っ込むのみ。

 

 ロメロスの脳内で思考が瞬時に処理され、スピードを落とすことなくオニバスへと突き進む。

 

「見せてあげよう。これが『風雷坊』の奥義!」

 

(こんなトコロで、オワってたまるカーーー!!!!)

 

 オニバスから攻撃が放たれるのを感じた瞬間、ロメロスも右手に目一杯力を込める。それに呼応するように右腕全体のひび割れから漏れていた淡い紫の輝きが増す。

 

嵐亟龍(らんきりゅう)』!!!

 

『魔拳』!!!

 

 オニバスの手の中で今か今かとその時を待っていた龍が勢いよく飛び出しロメロスに向かって真っ直ぐ翔んでいくと、彼の突き出していた拳に直撃した。

 



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決着

 

 もう目の前に家が見えてきたというところで、地を揺らすような音と夜が昼にでもなったかのように感じるほどの眩い閃光共に今まで立っていた家がガラガラと崩れていく光景がスイレンの目に飛び込んできた。

 

 今のは親父の奥義、『嵐亟龍』だ。あれを使ったということは決着は近い。急がないと。

 

 中で親父が戦っている。それは少し前から放たれていた殺気で分かっていた、しかし、それと同時に親父のものとは違う殺気の異常さに不安を感じていた。今まで戦ってきたどんな相手よりも重く圧のある殺気。今親父はとんでもない敵と戦っているのは明白だった。

 

「親父!どこだ!」

 

 やっとの思いで着いた崩れた家を踏み越えながら奥へと進みどこかにいる親父へ声をかける。

 

「...スイレンちゃん......」

 

 ほとんど霧のように視界を隠す大雨の中、少し離れたところに膝を付いた親父が目に入った。もしやと思っていた最悪の事態は起こっていないことに安堵し表情が緩む。そんなあたしを見た親父も同じことを考えたのか優しい笑顔を浮かべていた。

 

 全く心配をかけさせて、きつく言ってやらねばと思い近づこうと思ったその時、

 

 

「すまん」

 

 

 親父が笑顔のまま呟いたと思えば、親父の後ろの雨の中から大きな腕が現れ親父の頭を思いきり殴り飛ばした。

 

 無防備に膝を付いていた親父は体ごと家が崩れて出来た瓦礫の中へと吹き飛ばされ、姿が見えなくなってしまった。

 

「ふぅ、お互い死にかけたが俺の勝ちだな」

 

 親父を殴り飛ばした張本人はふぅと息を吐きながら首を押さえて姿を表した。

 

 柿渋色の肌に横を刈り上げた金色の髪、袖のないぴっちりとした黒の服を着ており、その鍛えられた体がはっきりと分かるが、今はその体の至る所がボロボロになり出血もひどい。腕や脚、目が怪しく紫に光っているのを差し置いても、一目見てこいつがロメロスなのだと分かった。

 

「ん?なんだお前は?」

 

「親父に何してくれてんだ!」

 

 相手がロメロスだと理解した瞬間、他のことは何も考えず飛びかかるスイレンだったが、

 

 向かってくるスイレンに対し、少し腰を落として構えたロメロスの右手から目にも止まらぬ速さの三連撃が繰り出されスイレンに直撃する。

 

「あぁ、思い出したぞ。オニバスの娘か」

 

 いとも簡単に殴り飛ばされ瓦礫に埋もれたスイレンはすぐに起き上がろうとするも体が痺れて動けないことに気付いた。

 

「なん...で、お前が...親父の技を...」

 

(今のは親父の『風雷坊』のスキルがあって使える技のはず。なんでこいつがそれを使える?)

 

「流石に分かるか。教えてもらったんだよ。お前の親父殿にな」

 

 ロメロスはスイレンの方を見向きもせずに自分の手首を二、三度曲げながら感触を確かめているようだった。

 

「親父がお前なんかに教えるわけないだろ...」

 

(まだ痺れが取れない。なんとか時間を稼いで動けるようになったら、今度こそぶん殴ってやる!)

 

「確かに懇切丁寧に教えてもらったわけではないが、見せてはくれた。俺にはそれで十分だ」

 

 ロメロスは話しながら紫に光る目の横のこめかみをトントンと叩く。

 

「この眼はどうやら武術に関するスキルなら一度見ただけで原理を理解し行使できるようになるらしくてな。こういうのを魔眼というのだろう?オニバスの『風雷坊』も要は雷と風を扱えるスキルなだけだ。基本の属性魔法さえ使えれば似たようなことはできる」

 

 そこまで話すと、ロメロスは左手を握りしめて力を込めると、その周りに風が巻き起こり始める。

 

「こんなふうにな!」

 

 言葉と共に風を纏った拳を天に突き上げると、竜巻のように舞い上がった風は空を覆う厚い『滝雲』に直撃し、かき分けるように雲を払いのけてしまった。

 

 確かにロメロスの言っていることは論理的には可能である。しかし、その属性魔法を手に纏い『風雷坊』と同等のクオリティーで扱うとなると、とんでもない技量が必要になってくる。

 

(そんなことが出来るの?でも現にこいつは今やってのけた。嘘を言ってるとは思えない)

 

 ロメロスの実力に少しの恐怖を覚えつつも、体の痺れが取れてきていることを確認したスイレンはいつ反撃に出るか機を伺っていると、ロメロスから声をかけられる。

 

「どうした、もう痺れは取れただろう?時間稼ぎに乗ってやったんだ。かかってこないなら帰るぞ」

 

 もう諦めるべきだと感じた。なんとか時間を稼いだつもりなのに、それすらも理解された上で待たれていたという事実に、それが分かっているのに止めを刺しにこなかったのは確実に勝てるとわかっているから。最初の一撃ですでに勝敗は決していた。それほどに圧倒的実力差のある相手。

 

(でも...)

 

 引くわけにはいかない。こいつはここで倒さねばならない相手。野放しにするわけにはいかない。

 

 スイレンは立ち上がり、ゆっくりと構えをとる。

 

 たとえ勝てなくとも、たとえ死んだとしても、少しでも傷を負わせればこの後こいつと戦う誰かの助けになるかもしれない。

 

 目に覚悟の炎を灯したスイレンは、もう一度ロメロスに立ち向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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兆しと反撃

 

「さっきの()()、なんだったのかしらね」

 

「すっごい大きい雲でしたね。私達と同じサランの街の方へ向かって行ってたみたいですけど」

 

 王都サランにはまだ少し遠い砂漠のど真ん中にて、今日はここで野宿をすると決めたキーラとクゥはテントを張って焚き火の火に当たりながら遠くの空を眺めていた。

 

「コウイチさん、今頃どうしてますかね?」

 

 クゥは、コップに入った温かいお茶を一口啜る。

 

「あいつのことだし、どうせまた変な事にでも巻き込まれてんじゃないの?」

 

「だ、大丈夫ですかね」

 

 クゥはコウイチのスキルのこともあるため、あながち間違えていなさそうなキーラの予想に心配そうに焚き火を覗く。

 

「さっさとサランに行って捕まえて帰らないとね」

 

「ですね。キーラちゃんも寝言でコウイチさんの事呼んで心配してましたし」

 

「あつっ!!」

 

 クゥのこぼした一言に動揺したキーラは注いでいたお茶を手にかけてしまう。

 

「あ、あたしがそんな事言うわけないでしょ!?」

 

「え、でも昨日言ってましたよ?」

 

「クゥの聞き間違いよ!あたしがあいつのこと心配なんかするわけないでしょっ!」

 

 キーラは、クゥの言葉を否定しながら隠れるように毛布を被って小さくなってしまった。

 

「あのバカはあたし達がいないと何もできないんだから、しょうがなく行ってあげてるだけなんだから…」

 

「ふふっ、そうですね。早く会いたいですね」

 

「だから、そういうわけじゃ……」

 

 もぞもぞと動く毛布の塊となったキーラが抗議してくるのを見ながら、クゥも毛布にくるまって目を閉じた。

 

(コウイチさん。どうか無事でいてくださいね)

 

 

 

 

 

  ◇◇

 

 

 

「はぁっ!!」

 

「…ちっ、鬱陶しい!」

 

「ゔっ!?」

 

 スイレンの息もつかせぬ激しい攻撃がロメロスに襲いかかるも、一瞬の隙を突いて反撃を受け吹き飛ばされる。そんな攻防が続く中、スイレンはロメロスがまだ自分を殺しきれていない現状に勝機を見出していた。

 

(反撃は受けるけど、攻撃にどこかキレがない。親父との戦いで満身創痍なのは間違いない。これなら今のあたしでもなんとかなるかもしれないけど、決定打がない。普通の『崩山拳』の技じゃ仕留めきれない。何か、今のあたしにもできることは...)

 

 倒れた体を起こそうと地面に手をついた時、彼女の手にある物が触れた。

 

(これ...これならもしかして。でも、あたしにできるのか?......いや、やるんだ。やってみせる!)

 

 

 

「くそっ。しぶとい娘だな」

 

 ロメロスは痛む左の脇腹を押さえながら中々致命傷を与えられないでいることに悪態をつく。スイレンにも予測されている通り、ロメロスの体はオニバスとの戦闘で限界を迎えていた。かろうじて勝利したものの、全身に風でできた切り傷に電撃によるダメージが残っており体の動きが鈍い。特に最後の『嵐亟龍(らんきりゅう)』で受けた脇腹の傷は今もなお血が流れ出ていた。

 

(薬の効果が弱まってきたか?魔力ももうほとんど残っていない。長引けば増援が来るかもしれんしな。)

 

 ゆっくりと起き上がるスイレンを見据えながら次に来るタイミングで残る力を全て使いきる一撃を放つ覚悟を決めたロメロスは右手に魔力を集中させる。

 

(......来るっ!)

 

 ロメロスの予想通りスイレンが弾かれたようにこちらに走ってくる。しかし、真っ直ぐは向かって来ず、まだお互いの拳が届かない距離でロメロスの左側に移動するようにステップを踏む。

 

(体を横に向けて拳の出所を隠したつもりか?だが、左に飛んだ時点で脇腹を狙いにきているのは明白。射程距離に入った瞬間こちらからいかせてもらうぞ!)

 

 ロメロスの予想に反し、まだ拳が届かない距離でスイレンが隠していた右腕を全力で振るった。

 

「......がっ!?」

 

 直後、ロメロス向かって何かが飛んできて彼の脇腹を貫いた。

 

(なんだ!?攻撃?どうやって?何を使った?武器は持っていなかったはず...)

 

 痛みに表情を歪めながらスイレンの方を見るとこちらに向かって振り切った彼女の手が()()()()()ことに気付いた。

 

(水?そうか、俺がやって見せたように魔法を使って......)

 

「生意気なぁ!!」

 

 怒りにより生まれた力によってスイレンに一瞬で近付いたロメロスは握りしめた拳にさらに力を込める。

 

 その時に発せられた殺気に、スイレンは心の底から恐怖し、それと同時に死を覚悟した。

 

 

 

「ちょっと待てゴラーーー!」

 

 今にも電撃を纏った拳がスイレンに襲い掛かろうとしたその時、ロメロスの背後から大きな声が聞こえた。

 

 不意にかけられた声に一瞬動作が止まり振り返ろうとしたロメロスは側頭部から体ごと横に吹き飛んだ。

 

 

「......コウイチ?」

 

 ロメロスに勢いよく飛び蹴りを決めた青年は、すたりと綺麗に着地するとスイレンに振り返る。

 

「絶対こんなこと言うべきじゃないけど、やっぱり来なきゃよかったかも」

 

 そこには、今にも泣き出しそうな顔のコウイチがいた。

 

 



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救世主

今日から新しい連載小説を投稿し始めたのでそちらも是非読んでください!


 

 勢いで蹴りかかってみたものの、その後のことを考えていなかったコウイチはその場でフリーズしていた。

 

(どうする?スイレンが危なそうだったからつい飛びかかったけど、あれってロメロスだよな?なんか腕とか脚ぼんやり光ってなかった?そんなことよりこれからどうする?とりあえずスイレンと一緒にどこかへ逃げる?...でもロメロスは放置でいいのか?あんな蹴り一発でやられるわけないし、ここはスイレンだけでも逃がして時間を稼ぐか?)

 

 「......イチ......コウイチ!」

 

 固まったまま様々な思考が頭を巡る中、スイレンに呼びかけられてはっと我に返る。

 

「はっ!すまん。よしスイレン、俺があいつを引きつけてるうちに一緒に逃げよう!」

 

「落ち着けって。それだとコウイチが二人いることになってるぞ」

 

「......すまん、忘れてくれ」

 

 変なことを口走ったせいで熱くなった頬を両手で叩いて一旦落ち着く。

 

「今どういう状況なんだ?」

 

「あたしもゆっくり説明したいけど、そんな暇ないみたいだな」

 

 スイレンが話しながら目線を移した先を見ると、手をついて今にも起きあがろうとしているロメロスが目に入った。

 

「どこの誰かは知らんが、俺の邪魔をするなら覚悟はできてるんだろうな?」

 

 隠す気もない怒りの表情をしているロメロスは、見るからに満身創痍だが自分がこいつと戦えるイメージはこれっぽっちも浮かんでこなかった。

 

「スイレン。お前だけでも逃げろ。そして急いで助けを呼んでくれ。じゃないと確実に俺が死ぬ」

 

 ロメロスと目が合っただけで膝が笑い出している中、スイレンに命懸けの願いを伝えると、

 

「すまんコウイチ......あたし...もう立てないかも...」

 

 スイレンの力無い言葉に後ろを振り返ると、スイレンは、ぐったりとうなだれたまま動かなくなってしまった。

 

「スイレン!」

 

「余所見とは余裕だなぁ!」

 

「しまっ...!」

 

 ここぞとばかりにこちらに襲いかかってきたロメロスに、反応が遅れて避けられないと悟り、両腕でガードを固めて力の限り踏ん張る。

 

 

 

 

「......ん?」

 

 いつまで経っても飛んでこないロメロスの攻撃に、ふと目を開けて前を見ると、

 

「ぐぅっ......!」

 

 目の前には苦悶の表情を浮かべたロメロスと、その彼の鳩尾に拳を突き刺しているツルリと光る頭の老人の後ろ姿があった。

 

「なんとか間に合ったようじゃの」

 

「ヨンのじいさん!?」

 

「よう耐えた。もう安心せい」

 

 俺とスイレンの師匠として、今まで見てきた中で一番頼りになる後ろ姿と、その言葉に安堵の息を漏らしてしまう。

 

「次から次へと、鬱陶しい...」

 

 後退りしながら腹を押さえるロメロスだったが、その体から発せられる殺気を見るに、未だ闘志は消えていないらしい。

 

「今回は見逃してやろう。さっさと行け」

 

 ヨンから出た予想外の言葉にロメロスは驚いたが、それ以上に驚いていたのはコウイチだった。

 

「何言ってんだよヨンのじいさん!そいつ、この国に喧嘩売ってるようなやつなんだろ!?スイレンの家もスイレンもこんなにされてるのに!」

 

「コウイチ。少し黙っとれ」

 

 小さく落ち着いた声だった。しかし、その背から放たれた言葉自体に殺気が込められているようで言葉を失ってしまう。

 

「わしだってむかついとるよ。だからもし、お前さんが戦うというなら相手をしよう」

 

 ヨンは、その声のままロメロスに話しかけると、ロメロスは考えるようにしばらく黙り込むと口を開いた。

 

「見逃してくれるというなら、お言葉に甘えさせてもらうか」

 

 そう言い残して、その場から背を向けて足を引き摺るように去っていくロメロスを見ていることしかできなかった。

 

 

 

「ヨンのじいさん。なんで見逃したんだよ」

 

 ロメロスの姿が見えなくなり、ヨンに今の説明を求めてみる。

 

「奴はオニバスを倒した。この国のNo.2を倒したということは、国王に決闘を申し込む正当な権利を有したことになる。ならばわしらはもう出しゃばるべきではないんじゃよ」

 

 話しながらスイレンの元まで歩くヨンの顔は見えない。

 

「でも、ここまで酷いことされてるのに......」

 

「悔しい気持ちは分かる。だが、それがこの国のルールなんじゃよ。余所者のお前さんの出る幕ではない」

 

 突き放すような一言で、それ以上は何も言い返せるはずもなく、スイレンを抱えたヨンが彼女を開けた場所に寝かせた後、オニバスを救出した。

 

 

 その間、俺とヨンはお互い言葉を交わすことはなかった。

 

 

 気付くと、東の空に太陽が昇り始めていた。

 



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