無職転生-魔術を極める- (魔術師見習いa)
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プロローグ

 私、エルシア・グレイラットには双子の弟がいる。

 弟の名前はルーデウス・グレイラット。

 ルディは天才だった。

 

 ルディは二歳の時、家に置いてあった魔術教本を読み、初級魔術を行使し、二回目を無詠唱で行使した。

 

 私はルディが発動させた魔術を見た時、魔術の魅力に取りつかれた。

 

 私はルディのように魔術教本を読めなかったけど、それでもルディの真似をして魔術を行使することが出来た。

 私は生まれつき魔力眼を持っていたため、詠唱関係なく魔力の流れを再現できれば魔術が使えることを何となく理解出来た。

 ただ、魔力が見え、操れても、ルディのように新しい魔術が使えるわけではない。

 私はいつもルディの真似をしているだけ、二歳の私はそれが悔しくて文字を教えてとお母さんに泣きついたほどだ。

 ルディと一緒に初級魔術の練習を毎日魔力が無くなるまで続け、空いた時間に文字の勉強をした。

 

 私が魔術教本を読めるようになった頃、ルディは中級魔術を行使して家の壁を盛大に破壊した。

 またしても先を越された私は、お父さんとお母さんにルディが犯人だと言った。

 しかし、ルディは怒られることなく、お母さんは魔術の教師を雇おうと言い出した。

 その言葉に、私はまたお母さんに泣きつき、魔術を習わせてもらえるようになった。

 

 家庭教師は長年魔術師として研鑽を積んだ中年か老人で、髭をたくわえたまさに魔術師って感じのが来るだろうといっていた。

 

「ロキシー・ミグルディアです。よろしくお願いします」

 

 実際に来たのは少女だった。

 私やルディよりは年上だけど、お父さんやお母さんより若く見える少女。

 お父さんとお母さんも驚いたようで、少しの間何も言わずに少女を見ていた。

 

「ああ、君が、その、家庭教師の?」

「そのー、ず、随分とそのー」

「小さいんですね」

「あなたに言われたくありません」

 

 何か言いにくそうにしている両親の代わりに、お父さんに抱っこされたルディが言った。

 少女はルディに対してすぐに言い返す。

 確かに、私やルディよりは小さくない。

 

「それで、私が教える生徒はどちらに?」

 

 少女は周囲を見渡して聞いてくる。

 

「ああ、それがこの子達なの」

 

 お母さんは抱きかかえている私をルディに近づけ、私達二人が生徒だという。

 それを聞いて少女は目を見開いた後、ため息をついた。

 

「はぁ、たまにいるんですよねぇ。ちょっと成長が早いだけで自分の子供に才能があると思い込んじゃうバカ親……」

 

 ぼそりと呟くような言葉だけど、しっかりと聞こえた。

 

「何か」

「いえ。しかし、そちらのお子様方には魔術の理論を理解できるとは思いませんが?」

「大丈夫よ、うちの子達はとっても優秀なんだから!」

 

 自信を持って宣言するお母さんに、少女はまたため息をついた。

 

「分かりました。やれるだけの事はやってみましょう」

 

 少女、ロキシー先生は荷物を持って庭に向かう。

 

「外でやるんですか?」

「当たり前じゃないですか」

 

 ルディは外が怖いのか不安そうな顔をして庭に出る。

 そういえば、ルディが家の外に出たこと無かったな。

 

 

 

 庭でロキシー先生が簡単に魔術の説明をする。

 

「では、お二人がどれほど魔術を使えるか試してみましょう。まずは、お手本を詠唱するので真似してみて下さい」

「詠唱が必要なんですか?」

「当たり前じゃないですか」

 

 詠唱、最後に唱えたのいつだろう……

 

「汝の求める所に大いなる水の加護あらん、清涼なるせせらぎの流れを今ここに、ウォーターボール」

 

 ロキシー先生は水弾を庭木の一つに向かって飛ばし、簡単にへし折った。

 

「どうですか?」

「その木は母さまが大事に育ててきたものですので、母さまが怒るとおもいます」

「え?それはまずいですね」

 

 ロキシー先生は慌てて木に近づくと、倒れた幹を支えたまま詠唱する。

 

「神なる力は芳醇なる糧、力失いしかの者に再び立ち上がる力を与えん、ヒーリング」

 

 ロキシー先生の魔術により、木の幹は倒れる前へと戻った。

 治癒魔術、初めて見た。

 

「治癒魔術も使えるんですね!」

「すごい!すごい!」

「いいえ、きちんと訓練すればこのぐらいは誰にでも出来ますよ」

 

 私とルディがすごいすごいと褒めると、ロキシー先生は嬉しそうに顔を背けた。

 

「では、ルディ。やってみてください」

「はい」

 

 まずはルディからやってみることになった。

 

「汝の求める所に大いなる水の加護あらん……」

 

 ルディの詠唱中に風が吹き、ロキシー先生のスカートがめくれた。

 ルディは詠唱を続けず、ロキシー先生のスカートを覗き込む。

 詠唱の途中だった魔術はいつも通り発動し、水弾が飛んでいった。

 スカートの中を覗き込むことに夢中になっているルディの頭に水弾を叩きつける。

 

「ルディ、授業に集中しないとだめでしょ!」

「だからって、姉さま。いきなり、水弾を後頭部に叩き付けないでくださいよ」

「ルディがよそ見するから、ああなるのよ」

 

 私は水弾が飛んでいった方を指差してルディに言う。

 ルディとロキシー先生の視線が私の指さした方に向いた。

 そこにはルディの水弾によって、先ほどロキシー先生が治した庭木が倒れかけていた。

 

「全く、次はちゃんと集中してやるのよ」

「はい、ごめんなさい」

 

 ルディの謝罪を聞きいて庭木に走って近づく。

 何とか庭木が倒れる前にたどり着き、先ほどロキシー先生がやったように治癒魔術で庭木を治す。

 

「これでよし」

 

 庭木を治してロキシー先生のところに戻ると、驚いた顔で私を見る。

 

「治癒魔術、使えたんですか?」

「?いえ、ロキシー先生が使っているのを見て真似しただけです」

「けど、詠唱してませんでしたよね」

「私もルディもいつもしてませんよ」

「……そう。いつもはしてない。なるほど、疲れは感じていますか?」

 

 かなり驚いているようだけど、ロキシー先生は私の状態を確認してくる。

 

「全然大丈夫です」

「ルディは?」

「僕も大丈夫です」

 

 私達の返事を聞いてロキシー先生は微笑んだ。

 

「……これは鍛えがいがありそうですね」

 

 ロキシー先生が何か呟いていると、お母さんが家から出て来た。

 どうやらロキシー先生の歓迎会をするそうだ。

 

 

 

 次の日からルディだけ、午後からはお父さんと剣術の鍛錬を始めた。

 私は一人で午前中に習ったことの復習や魔術の複雑な制御を練習した。

 最近は魔力総量がかなり増えたので、今までより細かく複雑な制御を行い。

 複雑な制御に慣れてきたら魔力量を増やしていく。

 少量で複雑な制御が出来るだけでは意味がない、目標は最大出力で出来るようになること。

 

 ロキシー先生が来てから一年経った。

 魔術の授業は順調で、全ての系統の上級魔術まで扱えるようになった。

 上級魔術は範囲が広いため、家の周りで範囲と威力を制御して練習した。

 そして剣術をルディに教える時、お父さんがやっている魔力の使い方を真似してみた。

 どうやら身体能力を上げることが出来るようで、重たいものでも軽々と持てるようになった。

 楽しい毎日を送っていたある日、ロキシー先生が魔術学校の話をしてきた。

 

「見てください。あそこに薄っすらと山が見えるでしょう」

「赤竜山脈ですよね」

「正解です。よく勉強していますね」

 

 ルディはロキシー先生に褒められて嬉しそうに笑う。

 

「ここからずーっと北の方、あの山脈の向こうにラノアという国があります」

「どんな国なんですか?」

「冬はとても寒くて物凄く雪が積もるんです」

 

 私の問いにロキシー先生が答えて話を続けた。

 

「そこにはラノア魔法大学という。世界一の魔術学校があるんです。近代的で高度な講義を受けることが出来ます」

 

 ロキシー先生の説明に私は赤竜山脈に視線を向ける。

 ここから赤竜山脈でもかなりの距離がある。

 さらに向こう側となれば、物凄く遠いことになる。

 

「魔法大学には変な格式やプライドがありません。様々な種族を受け入れ、真面目に魔術を研究しています」

 

 私が赤竜山脈をじっと見ていると、ロキシー先生は私達に目線を合わせて続ける。

 

「もし、このままお二人が魔術の道を進みたいというのなら、ラノアに行くことをお勧めします」

 

 ラノア魔法大学、私が行きたいと言えばお父さんとお母さんは許してくれるだろうか。

 もし、ラノアに行けばこの家には簡単には帰って来れない。

 

「そんなところに行かなくても、僕はロキシー師匠が居ればそれでいいです」

「その呼び方はやめてください。貴方は私を簡単に超えてしまうでしょうし、自分より劣る者を師匠と呼ぶのは嫌でしょう」

「嫌じゃないですよ」

「ルディにもその内分かるようになりますよ」

 

 ロキシー先生はそういうと家の中に入っていった。

 私は視線をもう一度赤竜山脈に向ける。

 

 ロキシー先生が来て一年半が経った。

 私とルディは五歳になり、皆に祝ってもらった。

 ルディはお父さんから剣を、お母さんから本を、ロキシー先生から杖を貰った。

 私はお父さんから髪を縛るリボンを、お母さんから本を、ロキシー先生から杖を貰った。

 ロキシー先生の話では、師匠は初級魔術が使えるようになった弟子に杖を作るそうらしい。

 

「ルディ、エル。明日、卒業試験を行います」

 

 ロキシー先生の言葉に、私とルディは何も言えなかった。

 魔術を学ぶ楽しい日々が、明日終わる。

 

 翌日、卒業試験の為に村の外に行くことになったのだけど、ルディが怖がった。

 何がそんなに怖いのか分からないけど、ルディは昔から外に出ることを怖がる。

 怯えているルディをロキシー先生は馬に乗せた。

 私はルディの後ろに乗り、ルディが少しでも落ち着けるように優しく抱きしめる。

 ロキシー先生が馬の手綱を握り、村の外に向かう。

 最初は庭から出た後もルディは怯えていたが、途中から怯える必要が無いと分かったのか村の人に元気に挨拶していた。

 ルディが何が怖かったのか、何も分からないまま解決した。

 

 昔からそうだった。

 私がルディにしてあげられることは何もない。

 

 卒業試験は水聖級攻撃魔術『豪雷積層雲(キュムロニンバス)』だった。

 結果は合格だった。

 私は無詠唱で行い、ルディは私やロキシー先生より大きなものを作った。

 初めて魔術を使った日から、私はルディに負けないように必死に練習して来た。

 魔術の制御だって負けてないはずだし、魔力量は私の方が多いのに、ルディに勝てない。

 

 卒業試験に合格し、水聖級魔術師になった私はルディには内緒でお父さんとお母さんにお願いに行った。

 

「お父さん、お母さん。ラノア魔法大学に通わせてください」

 

 二人は真剣な顔の私にお互い顔を見合って問いかけて来た。

 

「どうしたんだ急に?」

「今以上にもっと魔術の勉強がしたいんです。今のままだとルディに追いつけなくなりそうで……」

「エルもルディと同じで水聖級魔術師になれたじゃないか。追いつけないなんてことは無いだろう……」

「そうよ。エルが心配し過ぎなだけよ」

 

 二人が励ましてくれるのは嬉しいけど、二人は私とルディの差を分かってない。

 

「違います。ルディは魔術だけじゃなく剣術も習いながら水聖級になりました。私は一日中魔術の勉強をしてたのに、水聖級の魔術も私よりルディの方がすごかった。最初に魔術を使えるようになったのも、文字を読めるようになったのもルディ。今、魔術で差をつけられたら、私は何一つルディに勝てなくなる。大好きな魔術でも負けるなんて嫌!だから、ラノアに行かせてください!」

 

 私は泣きながら頭を下げた。

 お母さんに泣きついたのは、これで三回目。

 ルディは一度もわがままなことは言ってないのに……でも、魔術だけはルディに負けたくない。

 

「エルの気持ちは分かったが……水聖級魔術師とは言え五歳の娘を一人旅させるのは……」

「でしたら、私がエルをラノア魔法大学まで送りますよ」

 

 私が声が聞こえた方に視線を向けると、ロキシー先生が立っていた。

 

「良いんですか?先生」

「ええ、エルにラノア魔法大学を勧めたのは私ですから」

「ありがとうございます、先生」

 

 お父さんが先ほどあげた問題が解決したので、満面の笑みでお父さんを見る。

 お父さんは苦笑して渋々、私がラノアへ行くことを許してくれた。

 

「エル、ここはお前の家なんだから好きな時に帰ってきていいんだからな」

「たまにで良いから手紙も送ってね」

「はい」

 

 両親の許可が出たので私は急いで準備を終わらせた。

 そして次の日、ロキシー先生が家を出た後、ルディに気づかれないように私も家を出た。

 家から見えない距離まで離れたところでロキシー先生と合流し、ラノアへ一緒に向かう。

 ルディに手紙は残してきたけど、次会った時に抜け駆けしたことを怒られそうだな。



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ラノア魔法大学

 私はロキシー先生のおかげで無事にラノア魔法大学に到着した。

 ロキシー先生の推薦もあり、特別生として入学することが出来た。

 無事にラノアについたこと、魔法大学に入学できたことを手紙でお父さんとお母さんに報告する。

 魔法大学に入学して半年、私は治療、解毒、召喚の授業を受け、治療と解毒を上級まで覚えた。

 召喚は専門の先生がいない為、初級と中級だけ覚えた。

 神撃と結界は教えられないそうなので、先生にどんなものか見てみたいですと上級まで見せてもらい覚えた。

 教えることがだめなだけで、一目見て覚えるのなら問題ないでしょ。

 先生にそういうと、かなり微妙な顔をしていた。

 後、火、風、土の聖級魔術を習得した。

 

 半年間で解毒魔術が一番大変だった。

 中級や上級の種類が多すぎる上に、詠唱が物凄く長い。

 詠唱を覚えるのはすぐに諦めて、魔術を発動させ効果を覚えることを頑張った。

 解毒魔術に関しては魔力の流れなどを研修し、症状に合わせて治療できるようになりたいな。

 

 まあ、他の生徒に引かれるような速度で、私は魔術を習得していった。

 夜は寮で魔力が切れるまで魔術を使い続け、魔力の流れのパターンの研究を行った。

 そんな生活を半年もしていたこともあり、魔法大学で習うことがあっという間になくなった。

 習うことが無くなった私は、図書館の本を読み漁り、集めた情報を研究室を借りて朝から晩まで研究している。

 たまに不良に絡まれることがあったけど、魔力で身体能力を強化して全員殴り倒した。

 最近は懲りたのか絡まれることも無くなり、落ち着いて魔術の研究が出来ている。

 

 そんな魔術の研究に没頭する日々を送っていると、家族から手紙が届いた。

 ルディは私が抜け駆けしたことを知り、お父さんに入学したいと頼んだそうだが剣術の修行があるからと断られたらしい。

 抜け駆けしたことは不満みたいだけど、そこまで怒っているわけではないみたいで、村で出来た友達の自慢をして来た。

 名前はシルフという少年らしい。

 

 そういえば、私魔術の研究してて友達いないな。

 それに魔術の話以外出来ないしな。

 魔術に関しては最近は先生も理解してくれないほど詳しくなってしまっているらしく、魔術についての話が出来る相手もいない。

 先生曰く、私の扱う攻撃魔術はすでに帝級らしく、逆に教えて欲しいレベルらしい。

 残念ながら、魔力の流れを研究して様々な魔術を引き起こしているため、元の詠唱がないため教えることが出来ない。

 最近は、音、光、雷、重さを扱う魔術も完成した。

 詠唱を作ることは出来ないけれど、魔法陣は大量に研究したこともあり書けた。

 簡単な音、光、雷、重さに関する魔術のスクロールを作成して魔術ギルドに売った。

 音で作成したスクロールは周りの音を集めることで、離れた場所から魔物の呼吸音や足音が聞こえるようになるものや、魔力を込めた数秒後に爆音を発するもの。

 光は目くらましや、スクロールの上にあるものを込めた魔力が切れるまで光らせるもの。

 雷は雷を放てる杖状の魔道具で込める魔力によって威力が変わるもの、魔力を込めた数秒後に雷をまき散らすスクロール。

 重さはスクロールの上にあるものを軽くするものと重くするものくらい。

 

 単純な物ばかりだけど、音のスクロールや重さのスクロールはそれなりに人気があるようで、それなりの収入になっている。

 そして気づけば私も六歳になり、解毒、神撃を聖級、治療、結界、召喚を帝級まで習得した。

 ただ、私の場合はそれくらいの効果があるだけで、独学で習得したため他に扱える人と同じ効果ではない。

 召喚魔術に関しては研究の結果、魔獣の召喚と精霊の召喚は違うものだと分かった。

 魔獣は実際に召喚しているが、精霊に関しては召喚というよりは魔力で作っているという方が正しい感じがする。

 まあ、精霊は無の世界から呼び出しているという認識があるため、その認識を変えるのはかなり大変なので特に公表することはしなかった。

 そもそも私以外に誰も召喚魔術を研究している人がいないのだから、どちらでも関係がない。

 

 そして私は魔術の研究で初めて壁に直面した。

 神級の魔術を扱うために魔力の制御と出力を鍛えていたのだけど、限界が来た。

 制御の限界ではなく出力の限界、正確に言うのであれば肉体の方だ。

 魔力の出力を上げることに肉体が耐えられないのだ。

 未だに魔力量を増やすために、毎日魔力を使い切っている。

 実験として大量の魔術を使い、余った魔力を魔術の制御の訓練で使い切っていた。

 しかし、魔力が増えるたびに消費するのに時間が掛かる。

 私の魔力量はラノア魔法大学の生徒や先生達と比べても桁違いに多い。

 魔力量を増やすためとは言え、無駄に消費するのも勿体ない気がしたので、魔石の生成実験を行っている。

 上手くいけば、魔道具を作るための魔石を買わなくて良くなるしね。

 

 話が少しそれたけど、現状の問題は魔力の出力を上げるにはどうすればいいか。

 

 

 魔力で肉体の強度を上げることで、耐えようと考えたけど、神級魔術を使うたびに強化するのは非効率ということで却下。

 ルディやお父さんみたいに体を鍛えて耐えることも考えた、けど、どう鍛えれば耐えれるようになるか分からなかったので却下。

 

 いろいろと方法を考えて一つの可能性に行きついた。

 昔、疲れるまで走ったりすると何で足が速くなったりするのか、ルディに聞いたことがあった。

 ルディによると、「筋肉に負荷を掛けて壊し、より強い筋肉に作り直している」みたいなことを言っていた気がする。

 治療魔術で傷を治すのは簡単に出来る。

 けれど、傷を負う前より丈夫になるかと聞かれれば……分からない。

 試しに私は身体能力を確認して、お父さんとルディがやっていた体作りを全力で真似してみた。

 次の日、無茶な運動で筋肉痛になり全身が痛かったので、治療魔術で直す。

 その後、身体能力を確認してみると、僅かだけど昨日よりは筋力がついていた。

 治療魔術は魔力を使い体の治癒力を高めていることで治しているのなら、傷を治す際に以前より丈夫に作り直しているみたい。

 なら、魔術による治療の際に魔力を使い更に丈夫に作り直せば、魔力の出力に耐えられるようになるかもしれない。

 

 思いついた可能性を試すために、魔力の出力を身体が耐えられる限界まであげて身体を痛めつける。

 そして治療魔術を身体を丈夫に作り替えることを意識して使う。

 最初は上手くいかなかった。

 正確に言えば、多少は魔力の出力に耐えられるようになっていた、本当に多少程度。

 だからこそ、私は毎日何度も身体を痛めつけ、治しを繰り返した。

 そして七歳になる頃、漸く身体を丈夫に作り替える治療魔術が完成した。

 

 

 そして次の問題がある。

 それは魔力の出力に耐えられる肉体を作るため、毎日倒れるまで魔法を使いたいのだけど、倒れた私の面倒を見てくれる人がいない。

 そもそも私、未だに友達がいないのだから仕方が無い。

 色々と考えた私は、奴隷を買い従者になって貰うことにした。

 魔石の生成が成功したおかげで、魔石を大量に売ることでお金を稼いだ。

 そのお金で奴隷を買いに行く。

 

 まず、お金を払って寮の広い部屋に移動し、従者を住ませる許可を貰った。

 面倒な手続きがあるかと思ったけど、教頭に相談するとすぐに許可が出た。

 次に、魔術ギルドに行きお金を下し、奴隷商について教えて貰った。

 魔術ギルドで教えて貰った場所に行くと、土と石材を組み合わせた、ここらでよく見る建物の扉の上に『リウム商会 奴隷販売所』と書かれていた。

 中に入ると、なかなか盛況なようで人混みが出来ていた。

 人が集まっているところは売り場の様で、裸の奴隷が並べられている。

 見た感じだと並べられているのは大人の奴隷が基本だった。

 折角だから私と同じか一つ下くらいの子が欲しい。

 私は『相談所』と書かれた場所に移動して、受付の男に話しかけた。

 

「あの、すみません」

「ん?なんだ嬢ちゃん。何か要望があるのか?」

 

 男は少し面倒くさそうな顔を私に向けて来る。

 まあ、私は身なりは整っているとはいえ、魔術師のような恰好をしているし、まだ七歳だからお金持ってないとでも思ってるんでしょうね。

 なので、男に顔を近づけるように手で合図する。

 

「ん?なんだ?」

 

 男が顔を近づけて来たので、金貨を十枚ほど取り出して見せる。

 

「六歳くらいの女の子を二人紹介してください。気に入る子が居たらこちらを差し上げますよ」

「本当ですかい?」

「ええ、何なら一枚上げますので、急いでくれると嬉しいですね」

「了解しやした。少々お待ちください」

 

 男が急いでどこかに行くと、一人の男を連れて帰って来た。

 どうやらリウム商会の傘下の商人らしい。

 商人に案内されて奴隷の倉庫へ移動する。

 商人は奴隷が入れられている鉄格子の箱から数人の少女を連れて来る。

 見た目的に長耳族?いや、半長耳族かな。

 

「こちらが条件に合った中のオススメの商品です。全員人族と長耳族のハーフで、人間語も話せるので意思疎通は取りやすいでしょう。容姿も整っているので、そこそこお高いですがいかがですか?」

 

 確かに、商人の言う通り容姿も整っている。

 私も整っているとは思うけど、左の横髪にお父さんから貰った白いリボンを付けている以外おしゃれとかしてないからなぁ。

 髪だって膝裏くらいあるけど、特に何もせずに下ろしているだけだし。

 奴隷で何も着せられていない彼女達と変わらないって問題かな?

 まあ、おしゃれに興味ないしいいか。

 取り敢えず、彼女達の中で魔力が強い二人を購入しよう。

 二人でアスラ金貨十枚だった。

 二人を洗うために洗い場へ案内してもらっている間に、紹介してくれた相談所の男に金貨を九枚渡した。

 二人を洗った後は、商業区で二人の服など必要なものを買い、飯屋に入った。

 私が適当に料理を注文し、料理が来るまでの間に二人に話す。

 

「これからあなた達にやって貰いたいことを説明する前に、二人の名前を教えて」

「アリシアです」

「エミリー」

「アリシアとエミリーね」

 

 アリシアは私より色が薄い金髪が肩くらいまである、綺麗な緑色の瞳の半長耳族。

 エミリーは私より茶髪よりの金髪を背中辺りまである、アリシアと同じ色の瞳をした半長耳族。

 

「二人には私の従者になって貰うわ。働いた分だけお金もしっかり払うし、私が魔術も教えてあげる。従者の仕事に慣れたら、ラノア魔法大学にも通わせてあげるわ」

 

 私が二人にこれからについて説明すると、二人はお互いに顔を見合わせる。

 私にこき使われるとでも思っていたのかしら?

 

「あの、良いのですか?」

「ええ、そのくらいのことはしてあげるわ。これから研究も忙しくなるから身の回りの世話をしてくれる人が必要なのよ。流石に、信用も出来ない相手には任せられないからね。貴方達にとっても悪くない話だと思うわよ。私の世話をするだけで魔術とお金、知識が手に入るんだから」

「むしろ、条件が良すぎるというか……」

「言ったでしょう。信用できる相手じゃないと意味が無いの。だから、私があげられるものはあげる。その代わりに、貴方達には私を裏切らずに働いて欲しいわけ」

「……では、これからよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 二人は少し考えた後、すぐに私へ頭を下げた。

 

「ええ、よろしくね」

 

 まだ信用もないし、従者になったばかりで友達なんて呼べない。

 それでもこれからしばらく一緒に居れば友達のように気軽に話せるようになるかな……

 

 

 その後、一か月で二人は無詠唱を使えるようになり、私の身の回りの世話もある程度慣れてくれた。

 まだ使える魔術は少ないけど、それは徐々に増やしていけばいい。

 二人にも魔力を増やすために、寝る前に魔力を使い切るように言ってあるため、増えてきている。

 私は神級並みの魔術を撃つため、毎日魔法都市シャリーアから少し離れたところに行き、フラフラになって帰ってくる。

 二人はフラフラで半分意識がない私の身体を洗い服を着替えさせてベッドに運んでくれる。

 一か月しっかりと働いてくれた彼女達に金貨を一枚あげると、かなり驚いていた。

 使える魔術の数と魔力量が増え、従者として出来る仕事も増えれば、お金も増やすと伝えると二人は嬉しそうにお礼を言ってくれた。

 

 そして家族から手紙が届いた。

 内容は、妹が二人生まれたこと。

 お父さんがリーリャに手を出して家族崩壊の危機が起きていたこと。

 ルディの友達のシルフが少年ではなく、シルフィエットという少女だったこと。

 

 取り敢えず、お父さんとルディが最低だということは分かった。

 自慢して来た友達の性別を間違えるなんて酷い話よ。

 そしてメイドに手を出して妊娠させるとは、お父さんは何を考えているのだろう。

 むしろ、お母さんがよく許したものだ。

 

 まあ、アリシアとエミリーがある程度魔術を使えるようになったら、魔法大学に入学させて家に帰ろう。

 半年くらいあれば往復できるだろうし、一週間くらいなら家で簡単な訓練をするくらいでも大丈夫でしょう。

 帰るのは来年くらいかな。

 

 私はアリシアとエミリーに魔術を教え、それ以外の時間は研究と魔力出力に耐えられる体作りに励んだ。

 そんな生活が一年も続けば、アリシアとエミリーは火、水、風、土、治療の上級と解毒の初級を無詠唱で使えるようになった。

 私は神級の魔力出力に身体が耐えられるようになったため、神級魔術師になれた。

 出力を上げるだけでなく魔力制御も鍛えてきたこともあり、無詠唱による神級魔術を扱える魔術師になり、魔法大学の先生達や魔術ギルドのギルド員に魔導神と呼ばれるようになった。

 今までの研究による貢献もあり、S級のギルド員として幹部クラスの権力は貰えた。

 基本的に研究しかする気はないから、ほとんど意味はない肩書だけど貰えるものは貰っておいた。

 折角なので、杖などに使う用の魔石生成の魔法陣を魔術ギルドに売り、生成した魔石の売り上げや印税は七割を魔術ギルドやラノア魔法大学が好きに使っていいと言っておいた。

 まあ、研究するための資料や最初の魔術の知識を貰ったのだから、多少の恩返しはしておかないとね。

 

 後、高い魔力の出力に耐えられるようになった副産物として、素の状態での身体能力がかなり高くなった。

 魔力で強化しなくても金属を握り潰したり、ねじ切ったり、パン生地のようにこねることが出来る。

 もしかしたら、身体を鍛えても魔力出力に耐えられたのではないだろうか。

 いや、普通に鍛えた程度だとここまでの怪力にはならないか。

 

「それでは、アリシア、エミリー。私は一度故郷に帰ってきます。半年ほどで戻るので、それまでに算術と読み書きを出来るようになっておいてね。折角、お金を上げているのに、私がいないと買い物も出来ないんじゃ意味が無いからね」

「それはいいのですが、一年くらい休まれて故郷でゆっくりしても良いのですよ」

「そういう訳にもいかないのよ。魔力量も出力も上げれるうちに上げておきたいし、本格的な研究はラノアに居た方が良いしね」

「まだ魔力量を増やすつもりなんですね……」

 

 エミリーは私の返答に呆れて苦笑しながら呟く。

 アリシアもから笑いをしている。

 

「魔術の研究にはいくらあっても困らないからね。まあ、最近は室内でも出来るような方法を試していたから旅の間も鍛えられるでしょう」

「何を言ってるんですか。旅の間に魔力切れで気絶している間に襲われたらどうするつもりですか?」

「……もちろん、移動中は出力を上げる訓練だけで、魔力は残しておくわよ」

「今、完全に忘れていましたよね」

「うっ……」

 

 最近、二人が居るのが当たり前すぎてうっかりしてたわ。

 

「まあ、何とかなるわよ」

「はあ、移動中の魔力訓練は出来るだけ控えてくださいね」

「くれぐれも魔力切れで気絶することはないように」

「馬鹿じゃないんだから、移動中に気絶するまで訓練なんてしないわよ!」

「「お気をつけて」」

「うん、行ってきます」

 

 二人に見送られて私は旅立つ。



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妹と弟の友達

 魔法都市シャリーアからブエナ村に移動する。

 一人での馬車の旅は初めてだったけど、無事にブエナ村に着いた。

 何も変わらない村を見渡し、見かけた人に挨拶をしながら家を目指す。

 家が見えてくると、お父さんが庭で剣を振っていた。

 お父さんはまだ気づいていないみたいなので、庭に入ってから声を掛ける。

 

「お父さん、ただいま」

「エル!?」

 

 お父さんは私を見て驚いた顔で名前を呼ぶ。

 その声が聞こえたのか、窓からお母さんが顔を出してくる。

 

「あら、エル。おかえりなさい」

「ただいま、お母さん」

 

 お母さんが窓から見えなくなると、お父さんが近づいて来る。

 

「エル、おかえり。急に帰ってくるから驚いたぞ」

「好きな時に帰ってきていいと言っていたじゃないですか」

「帰ってくるのは良いんだがな。連絡してくれたら、お祝いの準備も出来たんだぞ」

「お祝いは明日以降で大丈夫だよ。あんまり長く居られないけど、一週間くらいは居られるから」

 

 まあ、変に連絡して着くのが遅れたら心配かけそうだったしね。

 特に、今回が初めての一人旅だし。

 

「あら、もう少し長くいられないの?」

 

 お母さんの声が聞こえた方に視線を向けると、女の子を抱いて家から出て来ていた。

 お母さんに似た金髪ということは、この子がノルンかな。

 お母さんの後ろからリーリャも女の子を抱いて出て来る。

 リーリャが抱いているのが、アイシャね。

 

「ええ、魔法大学を半年ほど休校して帰って来たので、移動の時間を考えると一週間が限界かな」

「そうなの、残念ね」

「転移魔術は実在しているけど、禁術だから家に帰るために使うのもね」

「流石のエルでも、禁術には手を出さなかったか」

 

 お父さんは私を何だと思っているのだろうか。

 いくら私でも禁術を使って変に敵を増やすつもりはない。

 

「そもそも禁術は資料がほとんど無いから研究も難しいし、仮にできても色んな所を敵に回すことになるのに、するわけないでしょ」

「まあ、してないならいいんだ」

 

 お父さんは笑いながら私の頭を撫でて来る。

 私はお父さんに頭を撫でられながら、ノルンとアイシャに視線を向ける。

 

「ところで、その子達がノルンとアイシャ?」

「ええ、この子がノルンで、こっちがアイシャよ」

 

 私の言葉にお母さんとリーリャが二人が見やすいように近づいて来る。

 アイシャは私のことを不思議そうな目で見て来るが、ノルンは知らない人が怖いのかお母さんに抱き着いて顔が見えない。

 私は二人の頭を優しく撫でながら、アイシャに視線を向けて口を開く。

 

「なるほど、この子が家族崩壊の危機を作った原因ですか」

「うっ!」

 

 お父さんに視線を向けると、焦っていることがよく分かる顔で言い訳を考えていそうだ。

 

「手紙で知った時はびっくりしたよ。まあ、ルディのおかげで崩壊せず、家族が増えたみたいだね」

「はい。ルーデウス様のおかげでこの子も無事に生むことが出来ました」

「そういえば、ルディは?遊びに行ってるの?」

 

 お母さんたちが出て来たのに出てこないので、聞いてみる。

 

「ああ、ルディは十二歳になるまで帰って来ない」

「え?」

 

 どういうことだろうか?

 私と同じようにどこかで魔術か剣術を習っているのだろうか?

 いや、魔術ならラノアに来てるはずだから、剣術の方かな?

 けど、そんな話聞いてないけど。

 

「色々あってな。まあ、詳しい事情は後で説明するが、ちょっと住み込みで家庭教師していてな」

「ルディ、家庭教師も出来るんだ……」

「ああ、わがままで乱暴なお嬢様相手に一年近く家庭教師やってる」

「大変そうな仕事だね」

 

 アリシアとエミリーは聞き分けの良い子で良かった。

 まあ、ルディの事情は後でゆっくりと聞こう。

 

「取り敢えず、荷物を部屋に置いて来るね」

「お昼過ぎてるけど、何か食べた?」

「まだ食べてない」

「じゃあ、すぐに用意するわ」

 

 お母さん達と家に入り、三年前に使っていた部屋に行く。

 三年間帰ってきてないけど、しっかりと掃除されていて綺麗だった。

 荷物を置いて部屋を一通り確認した後、一階に降りる。

 一階ではお母さんとリーリャが、私のお昼を用意している最中だった。

 ノルンとアイシャは外でお父さんが相手をしているみたい。

 

「エル、もうすぐ出来るからね」

「分かった」

 

 椅子に座って少し待つと、パンと温められたスープをお母さんとリーリャが用意してくれた。

 私はパンとスープの懐かしい味をよく味わって食べる。

 最近、お金の把握をしていないけど、かなりの大金を持っているから、美味しいものならいくらでも食べれるけど、お母さんやリーリャの料理の味が食べていて一番落ち着きそうね。

 まあ、一日中魔術の研究してるから、美味しいものを食べに行ったことなんて無いけどね。

 

「美味しかった」

 

 食器をリーリャに預けて、庭に出る。

 庭でお父さんと遊んでいるノルンとアイシャに近づく。

 

「ノルン、アイシャ。お姉ちゃんだよ~」

 

 視線を合わせ両手を広げて微笑みながら、ゆっくりと近づいたがノルンはお父さんの後ろに隠れてしまった。

 アイシャは近づいてきてくれたので、優しく抱きしめて抱きかかえる。

 

「ノルンには怖がられるわね」

「まあ、その内慣れるさ」

「むしろ、慣れてくれないと私が泣きそう」

 

 妹が生まれたというから帰って来たのに、その妹に怖がられて仲良くなれませんでしたわ、凄く悲しい。

 一週間で仲良くなれるかな……

 アイシャの頭を撫でながらそんなことを考えていると、お父さんが話しかけて来る。

 

「そういえば、ロキシーちゃんは水王級になったそうだが、エルは今何級なんだ?」

「私は神級魔術師になったよ。基本全属性使えるから、属性では呼ばれてないけどね」

「神級って、まじか……」

 

 お父さんがかなり驚いているので、胸を張って威張っておこう。

 

「あら、天才だとは思っていたけど、神級になるなんて……」

 

 お母さんの声に振り返ってみると、お父さんと同じように驚いて顔で固まっている。

 アイシャとノルンは神級魔術師がどう凄いのか分かってないのだろう。

 いや、アイシャは凄いことくらいには、お父さんとお母さんの反応から理解しているみたいね。

 ノルンは分からずにお父さんとお母さんの顔を不安そうに見ているから、理解してないのか。

 この感じだとアイシャは天才なんでしょうね。

 まさか、一年後には無詠唱で魔術を使っているなんてことは無いよね。

 ルディっていう前例があるからありそうで怖い。

 それに対してノルンは普通の子なのかな。

 アイシャと自分を比べて性格が歪まないと良いんだけど……

 

「ん?神級なのに魔法大学で学ぶことがあるのか?」

「魔法大学の先生から学ぶことはないけど、魔術の研究をするなら、魔法大学に居た方がね」

「はあ、エルは本当に魔術の研究が好きだな」

「もっと、頻繫に帰ってきても良いのよ」

「少なくとも二、三年に一回は帰るよ。妹達に忘れられたら嫌だしね」

 

 ノルンに視線を合わせて頭を撫でようと、手を伸ばすが怖がられる。

 妹にこうも怖がられると、本当に泣きたくなる。

 涙目の私をアイシャが慰めようとしてくれる。

 

「一週間で仲良くなれるかな……」

 

 アイシャを撫でながら呟いていると、知らない声が聞こえて来た。

 

「こんにちは……えっと……」

 

 声のした方を振り向くと、緑色の髪をした長耳族の少女が立っていた。

 お母さん達には普通に挨拶しているけど、私のことを見て困っているようね。

 

「こんにちは、貴方がシルフィエット?」

「え?あっ、は、はい。えっと……」

「私はルディの双子のお姉ちゃんよ。エルって呼んでね」

「ルディのお姉ちゃん!」

 

 あれ?ルディ、私のこと話してないのかな?

 

「あの、ルディが今どこにいるか知ってますか?」

「え?ん?ごめんね、私今日帰って来たばかりだから、ルディがどこにいるか知らないの」

「そうですか……」

 

 シルフィエットはしょんぼりした顔で家の中に入っていった。

 リーリャさんに用があるのかな?

 取り敢えず、私も分からないことを聞いておいた方がいいかな。

 

「彼女にルディのこと教えてないの?」

「ええ、シルフィちゃんがルディに依存しちゃってね。ルディもシルフィちゃんに依存し始めたから、引き離すことになったのよ」

「なるほど」

 

 お母さんが家の方を気にしながら事情を簡単に教えてくれる。

 

「今の感じだと、明日以降、お前にルディの居場所を聞いて来るかもしれないから、ルディの居場所は教えないがいいか?」

「良いよ。あっ、ルディやあの子に私が神級になったことは言わないでね。ルディは直接会った時に驚かせたいから」

「シルフィちゃんは?」

「私より先にあの子が再会したら、私の事言われそうだから」

「まあ、エルが言うなって言うなら言わねえよ」

「ええ、秘密にしておくわ」

 

 まあ、シルフィエットに関してはあまり関わらないでおこう。

 お父さん達の考えもあるだろうし、私が余計なことをしても良くならないでしょう。

 それよりも私は、アイシャを下ろしてノルンとアイシャの前で魔術を使う。

 アイシャはともかく、ノルンに少しでも気に入られるために頑張らなければ。

 まずは、手から手に虹の橋を掛けて見せる。

 

「ほら、ノルン、アイシャ、見て見て」

 

 アイシャは分かりやすく喜んでくれる。

 ノルンも気になるようでじっとこちらを見ている。

 興味は引けたようなので、虹の橋を掛けたまま手のひらから七色の光の球を出して周りに漂わせる。

 

「おお、すごいな」

「きれいね」

 

 お父さんとお母さんも見惚れるくらいには綺麗な光景みたい。

 七色の光は雪のようにゆっくりと落ちて来る。

 地面に落ちた光の球は、光の花を咲かせて庭に七色の花畑を作る。

 ノルンもアイシャも七色の光の花に見惚れているみたいね。

 二人が気を取られている間に、手の中で花の形をした四色の色と透明な部分が綺麗に混じった魔石を作る。

 それをアイシャとノルンに渡してやる。

 ノルンには怖がられるかと思ったが、怯えることなく受け取ってくれた。

 そのままの勢いでノルンとアイシャを抱きかかえる。

 

「よし、ノルンも抱けた」

「妹の気を引くためにここまでするか、普通」

「エル、これどれくらいで消えるの」

 

 お父さんは呆れているようだけど、お母さんは庭を彩っている光の花を見ながら聞いて来る。

 

「あんまり魔力を込めてないから、数分で消えるよ」

「そう。こんなに綺麗なのに勿体ないわね」

「魔力で作ってるから仕方ないよ」

「その花も時間で消えるのか」

 

 お父さんは、ノルンとアイシャが持つ魔石の花を指差して聞いて来る。

 二人とも気に入っているようで、色んな角度から見ている。

 

「いや、こっちは魔石だから消えないよ」

「何!?魔石だと!?」

「こんな綺麗な魔石もあるのね」

 

 お父さんとお母さんも二人が持つ魔石を見つめる。

 

「この魔石は私が今作った奴だよ」

「魔石を作るって……いや、考えるのはやめよう。神級のやることに驚いてたら体が持たねえ」

 

 そんなに驚くことでもないと思うけどね。

 魔石だって魔力であることに変わりはないんだから、魔石になる条件を特定して再現するだけだし。

 

「まあ、これが魔石だってバレたら盗もうとする人も現れると思うから気を付けてね」

「ああ、家の外には持ち出さないようにしておく」

 

 この村だと盗めるような人はいないと思うけどね。

 さて、私は夜まで妹二人と遊んでいよう。

 

 

 二人に魔術を見せて遊んでいると、夜になりお母さんに呼ばれた。

 二人を抱きかかえて家の中に入ると、御馳走が用意されていた。

 あまり用意する時間も無かったから、明日だと思ってたけど急いで準備してくれたみたい。

 お母さん達にお礼を言って美味しく食べながら、魔法大学でのことを話した。

 アリシアとエミリーのことや、ラノアのことを話した。

 食事が終わり、寝る時間になったので、私は自分の部屋で魔力を使い切って寝る。

 次の日も同じように妹達と遊んでいると、シルフィエットが話しかけて来た。

 

「あの……」

「ん?ああ、ルディのことは知らないわよ」

「そうですか。……えっと、エルさんも無詠唱で魔術使えるんですよね」

「ええ、使えるけど」

「その……私に魔術教えてください」

 

 どうしようかな。

 魔術を教えることに関しては、別に問題はないのだけど……

 妹と遊びたいんだよねぇ。

 まあ、少しくらいなら良いか。

 

「教えるのは良いけど、私一週間でラノア魔法大学に戻るから、あんまり時間ないよ」

「知ってる。昨日、リーリャさんに聞いたから」

「なるほど、少し待ってね。妹達をお母さんに任せて来るから」

「分かった」

 

 家の中に入り、ノルンとアイシャをお母さん達に任せて家を出る。

 

「じゃあ、行こっか」

「うん」

 

 村の中を歩きながらシルフィエットに問いかける。

 

「シルフィエットは魔術が使えるの?」

「無詠唱魔術をルディに教えて貰った」

「普段はどんな練習をしてるの?」

「えっと、毎日魔術を使って、感覚を研ぎ澄ませてる」

「私には新しい魔術を教えて欲しいの?」

「ううん、魔術の練習方法とかを教えて」

 

 私が居なくなった後でも練習できるようにってことかな。

 確かに、新しい魔術を一週間で習っても限界があるものね。

 

「分かったわ。練習できそうな場所に行きましょうか」

「じゃあ、私が練習してるところに案内するね」

「お願い」

 

 シルフィエットの案内で丘の上の木の下に移動した。

 さて、どういう練習を教えようかな。

 やっぱり、私が居なくても練習できる基本を教えた方が良いわね。

 

「得意系統ある?」

「風と水が得意かな」

「じゃあ、その二つで制御の練習をしましょうか」

「制御の練習ってどういうことするの?」

「こんな感じの事」

 

 私は水魔術で丘に氷の花畑を作り出す。

 一つ一つの花の形を少しずつ変え、本物の花畑が凍っているのではっと思うほどの完成度で作り出した。

 シルフィエットは驚いた顔をして氷の花畑に近づいてまじかで見ている。

 

「すごい……」

「水ならこんな感じで氷で何か作るのが良い練習になるわ。風なら、こんな感じ」

 

 落ちている木の葉を一枚を風で浮かせ、一定の高さに保つ。

 

「浮かすものは何でも良いけど、最初は軽いもので慣れた方が良いわよ」

「こんなことも出来るんだ」

「ええ、土は水と同じように彫像、火なら温度を調節して絵を描いたり」

「絵?」

「そう。焼けぐあいを調節して絵を描くの、こんな感じね」

 

 風で浮かせていた木の葉を手に取り、焼いて花の絵を描く。

 

「黒い部分と茶色い部分、薄茶色、元の色で絵にするんだけど、火加減がかなり難しいわよ」

「エルは何でも出来るんだね」

「何でもは出来ないよ。まあ、なんにせよ、細かい制御が出来るようになれば、魔術は格段に上達するわ」

「えっと、私は風と水を練習すればいいの?」

「どっちでもいいわよ。制御に慣れたらもっと難しい制御の練習をする。これの繰り返しで無詠唱は確実に上達するから、さっそくやってみて」

「は、はい」

 

 シルフィエットは風の練習から始めた。

 木の葉を風で浮かせようとするが、浮き上がって落ちて来る。

 まあ、木の葉を一定の高さで安定させるのは難しいからね。

 

「最初は自分が決めた高さに持ち上げることね。そこから少しずつ安定させていけばいいわ」

 

 シルフィエットは何度何度も木の葉を巻き上げ、高さは安定し始めた。

 それでも同じ高さで留めることはまだ無理そうね。

 

「安定のさせかたとかは何も教えないから、自分で工夫しなさい。無詠唱は自分で思いついたことを実行できる制御能力がないと、詠唱するより速いだけよ」

「工夫……」

「そう。細かい調整が出来る無詠唱で、何の工夫もしないのは勿体ないわ」

「……頑張ってみる」

 

 シルフィエットは氷の花畑を見て返事をした後、練習を再開する。

 私も見ているだけだと暇なので、ノルンとアイシャに喜んで貰う魔術を考えて試す。

 魔術で何らかの現象を起こすのは得意なのだけど、形がある物として残すことはあまり出来ないのよね。

 氷も光も込めた魔力が尽きれば消える。

 土で作った彫像は消えないけど、魔石で作った物ほど綺麗なものは作れない。

 しかし、魔石で色々作り過ぎると、狙われる可能性が増すのでだめ。

 子供を喜ばせるのって大変だなぁ。

 

 

 そんなこんなであっという間に一週間が過ぎた。

 ノルンやアイシャには初日にあげた魔石の花以外何も作ってあげられなかったけど、仲良くなれたので良しとしよう。

 シルフィの練習は三回くらいしか見ていないけど、少しずつ上達しているようなので大丈夫でしょう。

 楽しい一週間だったけど、シャリーアに戻るために旅立った。

 移動に三か月もかかるのは面倒だなぁ。



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神級装備と客と事件

気が付いたらお気に入りが150を超えてる。
お気に入り登録ありがとうございます。


 魔法大学に戻って来た私をアリシアとエミリーが迎えてくれた。

 

「ただいま」

「「おかえりなさいませ」」

 

 荷物を二人に預けてソファに座り、二人が戻って来たところで問いかける。

 

「二人とも読み書きと算術は出来るようになった」

「はい、私もエミリーも出来るようになりました」

「そう。じゃあ……次は、聖級魔術を教えましょうか」

 

 取り敢えず、攻撃魔術と治療魔術の聖級を教えて後は自力で習得させましょうか。

 魔法大学でも教えるのは聖級までだしね。

 解毒に関しては教える量が多いから面倒だし、結界と神撃は教えられないからね。

 召喚術に関しても彼女達が習得したいなら自分で習得するでしょう。

 

「とは言っても、貴方達が半年の間練習をサボってないなら、すぐに終わるわね」

「エルシア様、聖級を簡単に習得できる者はごく一部ですよ」

「エルシア様にはもう少し常識を学んで欲しいですね」

「知っているわよ。貴方達の実力を考えて言ってるの」

 

 この二人、たまに失礼なことを言うわよね。

 まあ、崇拝してとか、尊敬して欲しいわけではないからいいけどね。

 

「明日の内に全部教えるから、しばらくはシャリーア郊外で無詠唱での練習しなさい」

「分かりました」

 

 二人の今後の予定を決めたので、私は魔術の練習をして眠る。

 翌日の午前中に二人に聖級を詠唱してお手本を見せる。

 その後、二人に詠唱で一度やらせた後、無詠唱で発動させる。

 二人とも無事に無詠唱で聖級魔術を発動させることが出来た。

 

「じゃあ、魔力が無くなるまで練習ね」

「分かりました」

「エルシア様は帰られるのですか?」

 

 二人の練習を見ずに帰ろうとしたところをエミリーに問いかけられた。

 私は二人に視線を向けて返す。

 

「ええ、私もやることがあるから」

「やることですか?」

「私、初心者用の杖しか持ってないし、ローブも購買で売ってる奴だから、そろそろ本格的な装備作ろうかなって」

「……その杖とローブに拘りがあるのかと思ってました」

「杖はともかく、ローブは身近で手に入るから買ってただけよ」

「お金はあるのですから、いくらでも良いものが買えるでしょうに……」

 

 確かにお金はあるけれど、別にローブとか興味なかったのよ。

 基本的に研究室に引きこもって研究してるだけだしね。

 杖もロキシー先生に貰ったものがあったし、魔力を増幅させなくても神級を一万以上連発出来る魔力があるから必要なかったしね。

 

「それにしても、どうして作ろうと思われたのですか?」

「そうですね。興味が無かったのですよね」

「最近、成長の限界が近いのか魔力の伸びが悪いのよ。そろそろ魔力を効率化するために、杖を作ろうかなって」

「初心者用の杖ではだめなのですか?」

 

 私は掌に拳大の魔石を作る。

 適当に作ったから透明度はそこまで高くないけど、杖に使うなら十分効果が高い魔石。

 それを二人に見えるように手に持った状態で、私の全力の魔力を込めて水球を作って見せる。

 莫大な量の魔力を込められた魔石は私の手の上で粉々に砕け散る。

 

「このサイズの魔石で砕けるのに、初心者用の杖で耐えられるわけないでしょ」

「……杖は分かりましたが、ローブは?」

「ついでよ」

「まあ、エルシア様ならそうですよね」

 

 二人は呆れた顔をして私がシャリーアに帰るのを見送る。

 二人が聖級を使いこなすのに、それほど時間は掛からないでしょう。

 私の杖もそうだけど、あの二人にも杖を作ってあげないとね。

 従者として仕えて貰っているし、良い杖を送らないとね。

 

 

 私が普段借りている研究室に戻り、杖を作るのに万が一失敗した時に大変なことにならないように全力で結界を張る。

 結界が機能しているのを確認して杖作りを始める。

 魔石を生成する魔術に膨大な魔力を注いでいく。

 魔力を注ぎながら魔術を通して複数に分割し、それぞれに属性を持たせていく。

 様々な属性を持たせた魔力を反発しないように丁寧に混ぜて調和させる。

 複数の属性を混ぜて調和させた魔力を極限まで圧縮して魔石化して杖を形作っていく。

 少しでも制御を誤れば魔力が反発して大事故になりかねない。

 全神経を集中させて慎重に魔力を制御する。

 杖の柄を作り終え、杖の核となる魔石には属性を持たせず、ただひたすらに魔力を圧縮して作る。

 柄の部分とは比較にならない量の魔力を圧縮して人の頭くらいの球状の魔石を作り出す。

 柄に三割、核に五割の魔力を使ったことで疲労感に襲われながらも魔術に集中する。

 残った魔力を使い、柄と同じように属性を持たせて核を柄に固定する。

 核を三つの輪で固定し、六つある交点の一つと柄を繋げて固定する。

 魔石化が終わり、杖が完成したと同時に魔力切れにより気絶した。

 

 

 杖作成の前に張っておいた結界が解けた後、聖級魔術の練習から戻ったアリシアとエミリーに見つけられて寮まで運ばれた。

 私の全魔力を使った高純度の魔石だけで作られた杖を見て二人は呆れていた。

 

「拳大の魔石でダメなのは見せてもらいましたが、魔石で杖を作るとは思いませんでした」

「それに、その白い魔石は何属性なんですか?」

「ああ、これは複数の属性を混ぜ合わせてるのよ。こんな綺麗に真っ白になるとは思わなかったけどね」

「核の魔石は透明なのに、柄や固定部には属性を持たせたんですね」

「魔力が足りないから仕方ないのよ。柄とかに属性を持たせなかったら、さらに大量の魔力がないと性能が落ちるから、制御が格段に難しくなるけど、複数の属性を混ぜることで全属性を強化出来るようにしたの」

「……そうですか」

「杖のことは分かりました。ただ、次からは倒れそうなら前もって言っておいてください。寮に戻ってもエルシア様が居ないので、探しましたよ」

「ああ、そういえば、言ってなかったわね」

 

 まあ、本当は気絶する予定は無かったしね。

 いつも魔力切れしてるから魔力切れても多少は動けるから大丈夫だと思ったんだけど、予想以上に精神的に疲れたのが原因よね。

 魔力の限界が近いなら、制御を意識して鍛えて魔力と出力はついでくらいにしようかな……

 まあ、今後の練習内容は置いておいて、今日はローブを作りましょう。

 朝食を食べて外出の準備を整える。

 

「じゃあ、私はローブを買いに行ってくるわ」

「ローブは買うんですか?」

「ええ、買ったローブを魔道具にするのよ」

「そういうことですか」

「そう。じゃあ、行ってくるわね」

「「いってらっしゃいませ」」

 

 二人に見送られて私は商業区で高級な服屋に入り、店主に魔術師用のローブを見せてもらう。

 細かい刺繍が入っているものが多いな。

 あまり刺繍の入っていない、シンプルなデザインの黒色のローブを選んだ。

 ついでに、ローブの下に着るスカートの丈が膝下まである白を基調とした服を三着くらい買っておく。

 服を寮に置いて買って来たローブを持って研究室に移動する。

 杖の時とは違い、ローブの内側に見えないように魔法陣を描き込むだけだから簡単なんだけどね。

 書き込むのは、私のオリジナルの結界魔術の魔法陣。

 小さな正六角形状の結界を隙間なく並べた物理、魔術、熱を遮断する結界を張る魔術。

 小さな正六角形状の結界は特殊な結界魔術で強く繋げられ、物理、魔術、熱を伝達させて分散させて力が一点に加わらないようにすることで結界の強度を高めている。

 普段は周囲の魔力や私の余分な魔力を使って結界を張り、攻撃を受けた際には受けきるのに必要な魔力を自動的に吸い上げる。

 魔道具の作り方は頭の中に入っているけど、時間は掛かるのよね。

 

 

 魔道具を作り終えた頃には日が暮れ始めていた。

 私が寮に戻って少しすると、アリシアとエミリーの二人が戻って来た。

 ローブの説明をすると、エミリーが問いかけて来る。

 

「ローブで守れないところはどうするんですか?」

「戦闘時は、これと同じ結界を球状と身体を覆う形で二枚張るから、ローブで守れない場所でも二枚破られない限り大丈夫」

「本当にローブ必要だったんですか?」

「戦闘する機会があるかは分からないけど、準備しておくに越したことはないわ」

「何と戦うつもりなんですか?」

 

 いつものように呆れた顔をする二人に私は少し考える。

 神級魔術師になったとはいえ、私は戦闘技術が高いわけではない。

 剣術で神級になった者と比べれば、確実に弱い。

 準備する理由としてはおかしくないはずだよね。

 

「私から戦いを仕掛けることはなくても神級の相手に襲われる可能性はあるのだから、準備は必要でしょう」

「神級なんて世界でも数えるほどしかいませんよ。そこまで警戒する必要性はないでしょう」

「まあ、戦いにならないなら、それで良いのよ」

 

 戦わないといけない理由があるならともかく、基本的には研究して過ごしたいしね。

 次は魔力付与品の作り方でも研究しようかしら、それとも闘気の研究がいいかな。

 まあ、その前にアリシアとエミリーの杖を作らないといけないわね。

 翌日、二人が練習に出た後、商業区で最も良い木材を購入して研究室に向かう。

 アリシアは風、エミリーは水の魔石を作り、杖を作る。

 私の杖と違って魔力に余裕はあるけど、凝ったデザインの杖なんて作れないからシンプルなので許してもらおう。

 その代わり、性能はかなり高いものにしておくからね。

 杖のデザインに拘らずに急いで作ったこともあり、一日で作成することが出来た。

 寮に戻り、二人がしばらくして二人が帰って来た。

 

「二人とも、おかえり」

「「ただいま戻りました」」

「二人に渡すものがあるわ」

 

 私の言葉に二人は顔を合わせて首を傾げる。

 不思議そうな顔をしながらも私の前に来る。

 私が作った杖を取り出すと、二人とも少し驚いたような顔になる。

 

「師匠の話では、初級魔術が使える弟子に杖を作るものだそうですが、忘れていました。なので、今回私の杖も作ったので、貴方達の杖も作りました。私の杖と比べれば性能は低いけど、一般的な杖と比べればかなり高い性能があるわよ」

 

 二人は私が渡した杖をじっと見つめる。

 少し杖を見つめた後、二人は一度顔を合わせて私に頭を下げて来る。

 

「「ありがとうございます、師匠」」

「大切に使ってね」

 

 翌日は三人でそれぞれの杖の性能を調べる。

 私の杖は、魔術の効率化は全魔術三十倍くらいかな。

 ただ、最大出力は神級魔術の三倍くらいが限界かな。

 魔術の効率化は出来たけど、出力を上げるのは簡単じゃないわね。

 アリシア達の杖は相性が良い魔術が五倍、悪い魔術が二倍、それ以外が三倍くらいかな。

 二人の杖もっと強化しても良かったかな?

 まあ、二人は嬉しそうだし良いか。

 

 

 

 杖を作ってから一年近く、私は魔力付与品の研究を進めた。

 研究の結果としてはある程度の魔道具は作成が可能というくらいの成果は出た。

 作り方は持たせたい能力の魔術を生成し、発動させてない状態の魔力を物品に馴染ませる。

 馴染ませるのに魔力の密度が高いほど短い時間で済む。

 ただし、効果は普通に魔術を発動させたものと比べれば低い。

 効果を高めるには高密度の魔力に長時間馴染ませる必要がある。

 馴染ませた魔力がすぐに霧散することはないけど、魔力付与品として安定するまでは少しずつ霧散していく。

 一日置いたくらいではほとんど霧散しないからいいけど、何日も魔術を発動前の状態で何時間も維持し続けないといけない。

 試しに神級魔術の魔力付与品を作ろうとしたけど、一ヶ月かけて漸く帝級が限界だった。

 私の使っている神級の結界と治癒魔術を所有者の危機など魔力付与品専用の発動条件を設定して作った。

 時間が掛かる上に効果が弱い、その上、作れる人間は魔術の生成プロセスを熟知している上に、膨大な魔力を持っている必要がある。

 これはどうしても必要な物以外は作る価値無いわね。

 

 

 魔力付与品の研究を切り上げて数日後、魔法大学の校長に呼ばれて会いに行くと、手紙を渡された。

 何でも七大列強の二位龍神オルステッドが私に会いたいそうだが、向こう側の事情により郊外で話したいとのことらしい。

 場所はシャリーアの北に少し行ったところにある森の入り口で待っているそうだ。

 校長の話と手紙の内容を確認して間違いなさそうだ。

 七大列強の二位が私に何の用があるのだろうか?

 手紙によれば確認したいことがあるそうだから、戦闘にはならないと思うけど……

 念のために多少は警戒して行こうかな。

 

 

 一応、シャリーアから出た後は闘気を纏い結界も身に纏うように張って、手紙で書かれていた場所を目指す。

 目的の場所が見えてくると、明らかに強い魔力を持つ何かがいることだけは分かった。

 魔力を持つ何かに近づいていくと、向こうも私のことに気づいているようでこちらを見ている。

 銀髪に金色の三白眼の男が私のことを警戒して見ている。

 ただ、私が気になったのはそんなことではなく、彼が纏う闘気だ。

 通常の闘気ではない、明らかに特殊な闘気を纏っている。

 呼び出された理由などこの際どうでもいいから、闘気について教えてくれないだろうか。

 まあ、先に彼の用事を終わらせて聞いてみよう。

 

「貴方が龍神オルステッドですか?」

「ああ、何人か仲間を引き連れて来るかと思っていたが、一人か」

「ええ、変な誘い出しで警戒はしましたが、もし七大列強の二位と本気で戦うことになれば、神級以下は連れて来るだけ意味がないでしょう」

「ふん、まあいいか。目を逸らさないな」

 

 目を逸らさない?なるほど、恐怖か何かを与える呪いでも持っているんでしょうね。

 

「呪いのことを言っているなら、私には効いてないみたいね。効かない理由は分からないけど、色々と研究させてくれるなら効かない理由を突き止められるわよ」

「いや、いい」

「そう。それで、手紙に書いてあった確認したいことって言うのは何?」

「まず、名を聞きたい」

「私の名前知らないの?」

「魔導神エルシアと呼ばれる神級魔術師ということしか知らない」

 

 私に聞きたいことがあるって言うから、魔術関連だと思ったけど、違うかな?

 

「エルシア・グレイラットよ」

「ふむ、グレイラットか。親の名は?」

「パウロとゼニス」

「ふむ?パウロには娘が二人きりのはず……」

 

 それは一体どこの情報よ。

 仮にアイシャを覗いてノルンと私だとしてもルディが入ってないじゃない。

 

「どこで聞いた情報か知らないけど、ルーデウスっていう私と双子の弟も居るわよ」

「……人神という単語に聞き覚えはあるか?」

「人神?…………ん~」

 

 私と同じような神級魔術師とかかな?

 けど、そんな人知らないし、聞いたことない。

 剣術の場合は剣神、水神、北神よね。

 種族の長ということなら、聞いたことが無いのがおかしい。

 

「知らないわね。その人の居場所を探して私の所に来たの?」

「いや、関りがないのならいい。呼び出して悪かったな」

 

 人神とかいう人を知っているかの確認のためだけに来たのは本当のようね。

 帰ろうとする彼を呼び止める。

 

「ちょっと待って」

「なんだ?」

「貴方の闘気、普通の闘気ではないわよね」

「それがどうした?」

「研究したいから闘気の詳細教えてくれない」

「……悪いが、手の内を明かすほど信用していない」

「そう、引き留めて悪かったわね」

 

 教えてくれないなら仕方ない。

 いつも通り自分で研究して調べればいいよね。

 彼も少し私のことを見ていたけど、すぐに去っていった。

 私も研究をするためにシャリーアに少し急いで戻る。

 目標は闘気でも神級の結界に近い防御力と最高効率の身体強化ね。

 

 

 

 龍神が来てから数か月で闘気の研究は格段に進んだ。

 体の表面を覆う魔力量を増やし、結界と同じ構造を作ることで防御力を高められるようになった。

 身体強化に関しては使わない場所の魔力を減らし、使う場所の魔力を増やすことで効率を上げた。

 使っている魔力量もあって神級の結界並みの防御力はあるでしょう。

 ただ、研究に夢中で気づいたら十歳。

 三か月前に十歳の誕生日に帰れないと手紙を出したが、次に帰った時に怒られそうね。

 まあ、ルディも十歳で帰らないらしいから、もしかしたら怒られないかも……

 まあ、研究を優先したのだから、大人しく怒られよう。

 

「エルシア様、アスラ王国の方の様子がおかしいです」

「ん?」

 

 研究室の扉を開けてアリシアが慌てた様子で入って来た。

 よく分からないまま、アリシアにつられて外に出る。

 外ではエミリーがアスラ王国の方角を見ていた。

 私もアスラ王国の方角を見ると、空の色が明かにおかしい。

 

「凄い魔力。あれは召喚術?けど、あの規模の魔力で何を召喚する気なのかしら……」

「エルシア様はアスラ王国の出身ですよね。何か事件が起きている可能性もありますし、急いで向かわれた方が良いのでは」

 

 確かに、何が召喚されるか分からないけど、アスラ王国を滅亡させるために危険な魔獣を召喚しようとしている可能性もある。

 けど、馬車で向かったんじゃ、急いでも三か月はかかる。

 

「二人とも商業区で一人分の旅の準備をしてきて、私は半年間の休校申請と魔術ギルドでお金を少し下ろしてくる」

「一人分ですか?」

「私達もついて行きますよ」

「悪いけど最短距離でいくから、貴方達は連れて行けないわ」

「最短距離ということは……」

「ええ、赤竜山脈を超えるわ」

「……分かりました」

「後、向こうについて必要な物が出来たら手紙を召喚魔術を使って送るから、私が用意した魔法陣に手紙が来ていたら用意して魔法陣に置くのよ。手紙を送った次の日に召喚魔術で回収するから、なるべく魔法陣を監視しておくように」

「分かりました」

「じゃあ、準備よろしくね」

「「はい」」

 

 二人は私の言葉に頷いて商業区へ向かう。

 二人を見送り、視線をアスラ王国の方角に向けると、空が白く染まる。

 私も急いで校長に会いに行く。



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魔力災害

前回の投稿時150くらいだったのに、お気に入り登録が550を超えてる!?
お気に入り登録していただき、ありがとうございます。
これからも読んでいただけると嬉しいです。


 アリシアとエミリーに商業区で旅の準備をしてもらっている間に、私は校長に事情を話して休校の許可を貰い魔術ギルドに向かう。

 魔術ギルドでお金を下ろしたついでに、私の代わりにアリシアかエミリーがお金を下ろしに来させるかもしれないことを伝えておいた。

 魔術ギルドから帰ってすぐに、研究室へ行き召喚術で手紙や物資の召喚時の目印用の魔法陣を描き上げる。

 魔法陣は魔石と魔力結晶を使用して消費魔力量を減らし、周囲の魔力を吸収する程度で長時間活性化出来るようにしておく。

 

 一通りの準備を終えた頃には真夜中になっていたので、寮に戻り仮眠を取るためにベッドに入る。

 あまりゆっくりしている時間はないけど、赤竜山脈は出来るだけ万全な状態で挑みたい。

 赤竜山脈内で休むのは無理でしょうし、赤竜山脈までに体力をどれだけ温存できるかね。

 何があったか分からないから早くブエナ村に行きたいけど、移動に時間が掛かるのはどうしようもない。

 こんなことなら移動用の魔獣か精霊を作っておけば良かった。

 いや、そもそも十歳の誕生日に帰っておけば、慌てて帰らないといけないと悩まなくて済んだんだ。

 お父さん達は大丈夫なのかな?

 いや、お父さんとお母さんは元冒険者らしいし、余程のことが無い限りは大丈夫なはず……

 けど、あれは余程の事よね。

 ルディが居れば少しは安心できるんだけど、ルディはどこにいるか分からないし……

 そもそもフィットア領に居るのかも分からない。

 まさか、ルディがあれをやったなんてことはないわよね。

 いや、流石にそれはないわよね。

 仮眠を取らないといけないのに、目を瞑ると色々と考えて全然寝れない。

 熟睡できる魔術でも作っておけば良かったわ。

 

 ベットに入って目を瞑ったのは良いものの、色々と考えている間に外が薄っすらと明るくなり始めた。

 外が明るくなり始めたのに気付いて寝ることを諦めて起きる。

 すぐに服を着替え、アリシアが用意しておいてくれた朝食のパンを食べていると、アリシアとエミリーが起きて来た。

 

「貴方達は寝ていても良いのよ」

「エルシア様を見送った後に寝させていただきます」

「そう」

「魔法陣には、私達のどちらかが常についていますので、いつでもご連絡ください」

「別に常にはついてなくていいんだけど……」

「私達がお役に立てるのはこのくらいですので、お気になさらず」

 

 なんでこういう時だけ、こんなに忠実なのかしら?

 まあ、今回は助かるからいいか。

 

「分かったわ。貴方達もしっかりと休みなさいよ」

「分かっています」

「なら、いいわ」

 

 パンを食べ終えて水を飲むと、エミリーが荷物を持って近づいて来る。

 エミリーから荷物を受け取り背負う。

 荷物を背負っている途中でアリシアが杖を持って来る。

 アリシアから杖を受け取り、部屋の出口に向かう。

 扉の前で振り返ると、二人は並んで私を見ている。

 いつもと違い、少し心配そうな顔で私の目を見て来る。

 

「「どうか、お気をつけて」」

 

 普段とは少しだけ違う二人の態度に戸惑い、頭を下げる二人をじっと見つめる。

 たまに私に向けて来る呆れた態度や心配とは違う。

 二人とも私のことを本気で心配しているのか。

 赤竜山脈とその先に居るかもしれない何か、私でも無事で帰って来れるか分からない。

 私の力を知っている二人でも予想が出来ないから、本気で心配しているのか。

 

「貴方達、昨日はちゃんと寝た?」

「……いいえ、少し考え事をしていて寝ていません」

「……私もです」

 

 私が家族の心配をして寝れなかったように、この二人も私のことを心配してたのね。

 それが忠誠心からなのか、友情からなのかは分からないけど、今は素直に喜んでおこう。

 

「心配してくれてありがとうね。けど、私は大丈夫だから、二人ともしっかり寝なよ」

「「……はい」」

「じゃあ、行ってくるね」

「「いってらっしゃいませ」」

 

 二人に見送られて寮の自室を出る。

 

「私も少しはお父さん達を信じて休まないとだめよね」

 

 寮の出口に早足で向かいながら声が漏れる。

 頭では分かっているけど、冷静に判断して行動するのは難しいわね。

 取り敢えず、赤竜山脈の手前ではゆっくり休もう。

 

 寮を出た後、周りに迷惑が掛からない程度の速度で走り、南からシャリーアを出る。

 シャリーアを出てからは闘気も使い走る。

 全力疾走はせず、出来るだけ長い間走れる速度で走り続ける。

 街では全力で走れない為、街を避けて進む。

 森は避けず、簡単に避けられる木は避け、避けるのが大変な木は魔法で斬り裂いて道を作る。

 目の前に現れた魔物は凍らせて岩砲弾で砕く。

 

 馬を超える速度で街だけを避けて走り、疲れては休憩をして走る。

 夜は近くに街があれば宿で休み、街が無ければ土壁で周囲を囲み結界を張って休む。

 朝は薄っすらと明るくなり始めた頃に移動を開始する。

 かなり急いだが、赤竜山脈まで十日もかかった。

 

 身体能力は高くても体力がないせいで、走っては休んでを繰り返した結果、予想以上に時間が掛かった。

 もう少ししっかりと考えれば、もっと早く着く移動手段もあったかもしれないけど、もう遅い。

 連絡手段を残してきただけで、今は良しとしよう。

 

 今は夕方だけど、今日はゆっくりと休もう。

 起きる時間は、変わらず早かったけど、ゆっくと休んだことで大分体力が回復した。

 何日も走り続けた疲れも大分取れたし、大丈夫でしょう。

 

 重さを操る魔術で体重を十分の一にし、神級の結界を張って闘気を纏い赤竜山脈に入る。

 体重を軽くして闘気を纏ったことで、山をかなり楽に登れる。

 登っている途中、どうやって察知したのか分からないけど、赤竜の群れが襲い掛かって来る。

 

「邪魔」

 

 絶対零度で襲い掛かって来る赤竜の群れをまとめて凍らせる。

 凍った赤竜が地面に落ちて砕けるのを横目に見ながら山を登る。

 赤竜の群れがいつ来てもいいように警戒しながら登るが襲ってくる気配がない。

 上空を見ればかなりの数の赤竜が飛んでいる。

 

 赤竜は賢いって聞いたことがあるけど、本当に賢いのね。

 何匹で襲い掛かっても意味がないってさっきので理解したわけね。

 次は私が魔法を撃てない隙を見て攻めてきそうね。

 まあ、攻めてこないなら急いで山を越えよう。

 

 山を登るのに体重を軽くしたけど、来る途中も体重を軽くして走ればもっと早くこれたんじゃ……

 いや、森の中だと速すぎると木にぶつかるし、使わなくて良かったのかな?

 ……やめよ、過ぎたことを考えても時間は戻らないし、今は先を急ごう。

 

「はあ」

 

 無駄な考え事をしてため息をついた隙に、背後から炎が襲い掛かって来た。

 

「びっくりした」

 

 振り向いて炎の発生源を探すと、高度を落として近づいて来た赤竜が吐いたみたい。

 炎を吐いた赤竜を大火球で塵も残さず蒸発させる。

 何か思いついたら考えるのやめた方がいいわね。

 特に今は余計なことしか思いつかないし……

 まあ、これからは考え事をせずに登れば大丈夫でしょう。

 

 それからも何度か赤竜が襲って来たけど、そのたびに一撃で倒す。

 山頂に着いた頃には、真っ暗で魔術で光源を作らないとまともに周りが見えない。

 魔術で周りを照らして座れる岩を作り、座って休憩する。

 

 いくら魔術で体重を軽くし、闘気で身体能力を上げても、一日中山を登ったせいで足が痛い。

 痛みは治癒魔術で治せるから良いけど、体力は回復しない。

 

 治療魔術を掛けて足の痛みが消えたのを確認して遅めの夕食を食べ始める。

 私が座って食事を始めたのを見てか、数体の赤竜が襲い掛かって来る。

 夕食を食べながら絶対零度を発動させ、襲い掛かって来た赤竜を凍らせる。

 地面に落ちて砕ける赤竜を無視しながら夕食を食べ続ける。

 食べ終えて少し休んだ後、寝ずに山を越えるために歩く。

 三日間食事の時以外は歩き続けて、赤竜山脈を越える。

 

「はあ、疲れた……」

 

 赤竜の群れを相手にすることは問題なかったが、赤竜山脈を寝ずに越えるのは本当に疲れた。

 まだ、昼過ぎくらいだったけど、土壁で周りを囲み結界を張って安全を確保してゆっくりと眠る。

 翌日は薄っすらと明るくなった頃に起きて朝食を食べて移動を開始する。

 赤竜山脈での反省を生かして体重を軽くして走る。

 

 三日ほど走って移動したが何もない。

 草原が広がっているだけで何もない。

 すでにフィットア領に入っているはずなのに、何もない。

 

 嫌な予感がした。

 それが何なのか、考えるのが怖くてとにかく真っ直ぐに走る。

 頭のどこかで何となく予想はついていても、受け入れられずに否定して走った。

 

 アスラ王国が整備した石畳の道が途切れていた。

 草原との境界線のように綺麗に途切れている。

 それが嫌な予想に現実味を帯びさせる。

 

 それでも嫌な予想を否定するために走った。

 体力の限界はとうに来ている。

 息苦しくて辛いことも気にせず、必死に町か村を探して街道を走る。

 限界を超えて痛む体を治しもせずに必死に走る。

 かなりの時間を走った気がしたが、町が見つかった。

 私は町中を歩く女性を見つけて駆け寄る。

 

「あの!」

「だ、大丈夫?」

 

 体力の限界を超えて息苦しい中、何とか呼吸を整えて問いかける。

 

「フィットア領、で、何が、ありましたか?」

「!?」

 

 女性は私の問いにかなり気まずそうな顔をして言いよどむ。

 それが、嫌な予想が正しいのだと、言われているようで膝をつく。

 涙が込み上げるのを必死に抑え、体力の限界で吐きそうになるのを堪えて問いかける。

 

「消えたんですか?」

「えぇ……」

 

 言いづらそうな顔で女性は頷いた。

 嫌な予想が肯定されたことで、私の意識が途切れた。

 

 

 目を覚ますと、私が話しかけた女性が家に運んでくれたようで、目を覚ますと女性がベッドの傍に座っていた。

 

「起きたのね」

「すみません……ご迷惑をかけました」

「気にしなくていいわよ。貴女、フィットア領の出身でしょう」

「はい」

 

 女性の言葉を肯定すると、女性は言いにくそうな顔で何があったか説明してくれた。

 あの日、フィットア領で大規模な転移事件が起こり、フィットア領の人々や魔物が世界中に転移したらしい。

 突如として人や魔物が出現したため、転移事件で間違いないそうだ。

 

「つまり、転移しただけなんですよね」

「ええ、詳しい情報を知ってる訳じゃないけど、転移しているだけらしいわ」

「そうですか」

 

 その話が本当なら、お父さんやルディ達は生きている可能性が高い。

 問題はノルンやアイシャ、リーリャね。

 お父さん達と一緒に転移していれば無事だろうけど、一人で転移してたら……

 

「ありがとうございます。これお礼です」

「え?」

 

 私は荷物からアスラ金貨を一枚女性に渡して荷物を背負う。

 女性は驚いて固まっていたが、私が部屋を出ようとすると止められた。

 

「どこ行くの?それにこんな大金」

「取り敢えず、この辺りで情報を集めます。後、お金はお礼なので気にしないでください。お世話になりました」

 

 私は女性にもう一度お礼を言って家を出る。

 町の人に話を聞いて情報を集めてみるけど、家族の情報も有力な情報も何も集まらなかった。

 転移事件が起きて一月も経っていないから、王都に情報が届いているかも分からない。

 仮に届いていたとしても復興の準備などは始まっていないでしょう。

 取り敢えず、宿で部屋を借りて手紙を書く。

 アリシアとエミリー宛の手紙と魔術ギルド、魔法三大国に転移事件の被害者の保護と捜索依頼の手紙を書いて、召喚術でアリシア達に送る。

 魔導神としての立場がどこまで通じるか分からないけど、最悪の場合でも被害者の保護はしてくれるはずだ。

 魔法三大国の東の方にも保護と捜索の依頼を呼び掛けるように頼んだけど、あまり期待出来ない。

 

「最悪、脅せばいいか」

 

 今日はこの町で休むのは確定として、明日からの行動を考えないといけないわね。

 ここに来るまで真っ直ぐ進んで三週間くらい掛かってる。

 私の体力が予想以上に無かったのもあるけど、それを抜きにしても世界を回って人を探すのには時間が掛かり過ぎる。

 移動速度がいくらあっても、どこにいるか分からない人を探すなんて無理。

 人探しの魔術なんてないし、作ろうにも参考になりそうな魔術もないから、一から作り出さないといけない。

 一から作るとなれば何年掛かるか分からない。

 いや、召喚術なら参考になるかもしれない。

 魔獣召喚は、こちらが定めた条件に合う魔獣を世界から探して召喚する。

 魔獣や精霊を召喚する際の条件については研究したことがある。

 召喚術で人を召喚することは出来ないけど、術式の詳細を解明すれば人も召喚出来るようになる。

 人の召喚まで解明できなくても、条件から魔獣を探す方法を解明して場所を特定する魔術は作れるはず。

 ついでに、移動用の精霊を作ればお父さん達を見つけることも出来る。

 

 問題は、何年で研究が終わるか。

 召喚魔術の細部まで解明するとなればかなりの時間が掛かる。

 研究している間に手遅れになる可能性の方が高い。

 自分で世界を探して回るべきなのかな?

 それとも研究して見つけ出した方が良いのかな?

 

 取り敢えず、この町で移動用の精霊を作りながら、自力で戻って来た人達の情報を集めよう。

 魔法三大国や魔術ギルドの協力を得られるかも分からないし、アリシア達から情報が来てから動こう。

 場合によっては私が直接交渉に行かないといけないかもしれないしね。

 

 

 私は転移事件に巻き込まれた人の情報を集めながら、移動用の精霊を組み上げて一週間が過ぎた。

 精霊の組み上げは順調に進んだけど、転移に巻き込まれた人の情報にお父さん達の情報はなかった。

 その代わり、アルフォンスという老人が接触して来た。

 

 彼はフィットア領の領主をしていたボレアス・グレイラット家に仕えていた執事の一人らしい。

 グレイラット家ということで、お父さん達のことを知っているのか聞いてみると、知っているようだ。

 というより、ルディが家庭教師をしていたわがままで乱暴なお嬢様がボレアス家のお嬢様らしい。

 私がルディやお父さん達の情報を集めていたから、私がルディの姉なのか確認するために接触して来たみたい。

 アルフォンスさんは、自分の財産を使って難民キャンプの設営をしようとしているようで、その手伝いを私にして欲しいそうだ。

 アルフォンスさんの申し出は私としてもありがたかった。

 私は権力の使い方なんて知らないし、資金の有効運用なんて出来ない。

 ただ、アルフォンスさんに任せれば有効活用してくれそうだ。

 私の魔導神としての立場と、必要な資金も用意できる範囲は用意することを伝え、協力を承諾した。

 

 アルフォンスさんだけでなく、魔法三大国と魔術ギルドの協力も得られた。

 魔法三大国と魔術ギルドも出来るだけ多くの国に呼び掛けてくれるそうで、被害者の保護と捜索も協力してくれるらしい。

 たくさんの協力を得られたおかげで、私も召喚術の研究に集中できるようになった。

 

 

 アルフォンスさんと協力して一か月で、難民キャンプの設営がほとんど終わった。

 転移事件の後、フィットア領の管理をすることになった貴族が保身に走って災害の対応を後回しにしたりと問題があったが、魔導神の名前で脅したこともあり、復興資金は送られてくるようになったそうだ。

 

 そんな中、嬉しい情報が入った。

 お父さんとノルンが見つかった。

 その情報を聞いて私は急いで向かった。

 情報の場所に急いで向かうと、ノルンを抱えたお父さんが居た。

 

「エル!?」

 

 お父さんも私に気づいたようで、驚いた顔で私を見る。

 私はお父さんに何も返さずに駆け寄り、お父さんとノルンに抱き着く。

 お父さんもノルンも驚いてるけど、抱きしめる力を強める。

 

「良かった……無事で、良かった」

「エル……く、苦しい」

「い、いたい……」

「あっ!?ご、ごめん」

 

 嬉しくて力を入れ過ぎたみたい。

 慌てて力を緩めて離れる。

 

「!?エル、泣いてるのか?」

「え?」

 

 お父さんに言われ、目元に手を当てて初めて気づいた。

 なんで?なんで、泣いてるんだろ……

 よく分からないけど、涙が止まらない……

 私が溢れて来る涙を手で拭っていると、お父さんに抱きしめられた。

 

「心配かけたな」

 

 お父さんの言葉で涙が込み上げて来る。

 抑えることも出来ずに、お父さんに抱きしめられながら涙が枯れるまで泣いた。

 

 泣き止んだ後は、恥ずかしくて俯いてお父さん達と宿に戻った。

 宿に戻った後、お父さんに色々と聞かれた。

 

「エルはどうやってここまで来たんだ?」

「シャリーアから空の異変が見えて、アスラ王国で何かあったんじゃないかと思って、急いで来た」

「それにしても早すぎないか?まだ、転移事件から二か月くらいだろう」

「赤竜山脈を突っ切って来たから」

「赤竜山脈ってまじかよ」

 

 お父さんの顔が引きつっているが、気にせずにこっちに来てからの一か月のことを話した。

 アルフォンスさんのこと、難民キャンプの設営のこと、魔法三大国や魔術ギルドの協力が得られたことを話した。

 難民キャンプのことを褒められたり、赤竜山脈を突破するという無茶を怒られたり、たくさん話した。

 ノルンは長旅で疲れていたのか、すぐに寝てしまったので、二人でゆっくりと話した。

 ノルンはお父さんと一緒に飛ばされたことで無事だったけど、お母さん達とはバラバラに飛ばされてどこにいるか分からないそうだ。

 

 今までのことを話した後、これからのことも話し合った。

 お父さんは、集まって来た人を集めて難民と化した人々を救いながらお母さん達を探すそうだ。

 アスラ王国はアルフォンスさんが対処してくれるみたいだから、お父さんはミリス神聖国で難民を探すそうと考えているらしい。

 私も召喚術の応用による探索、もしくは召喚をするために研究しようと考えていることを伝えた。

 中央大陸の北部なら私の立場を使えば、ある程度融通が利くことがこの一か月で分かった。

 中央大陸北部の情報を集めながら、召喚術の研究をする方がお母さん達を見つけられる可能性が高い。

 それに私魔術が出来ても旅に慣れていないから、魔大陸やベガリット大陸を探すのは無理だと思う。

 ゆっくりと話し合ってこれからの予定を決め、最後にノルンをどうするかという話になった。

 

「ノルンはエルと一緒に居た方が良いんじゃないか?」

「私は、お父さんと一緒の方が良いと思うよ」

「どうしてだ?俺と一緒にミリスに行くより、エルと一緒の方が安全だろう?」

「確かに、私と一緒の方が安全だろうけど……何が起きたか分からない状況で、お父さんとも離れ離れになって、一度しか会ったことの無い姉と知らない土地で暮らすのは、不安なんじゃない」

「ん……確かにな」

 

 それに、お父さんも心配だ。

 ミリス大陸でもお母さん達が見つからなければ、一人で無理して魔大陸やベガリット大陸を探しに行きかねない。

 ノルンが一緒なら、お父さんも無理はしないだろうし。

 

「だから、お父さんがノルンと一緒に居てあげて」

「まあ、仕方ないか」

 

 お父さんも納得してくれたので、ノルンはお父さんと一緒にミリス神聖国に行くことになった。

 話がまとまり、その日はゆっくりと眠った。

 

 それから一ヶ月、お父さんが「フィットア領捜索団」を組織している間、ノルンの遊び相手になる。

 難民キャンプの設営は、私がやることはほとんどなくなっていたので、アルフォンスさんに任せきりでノルンの遊び相手と精霊の組み上げ以外することが無かった。

 「フィットア領捜索団」を結成したお父さんは、難民キャンプにメモを残してミリス神聖国へ向かう日が来た。

 

「ノルン」

「なに?おねえちゃん」

 

 私はお父さん達が旅立つ前に、ノルンに声を掛ける。

 お父さんに内容を聞かれないように、ノルンを抱きしめて話す。

 

「私は一緒に行けないから、お父さんのことよろしくね」

「?うん」

「後、お姉ちゃんが、お守りあげるね」

「お守り?」

「そう。ノルンが危ない時に守ってくれる、お守り」

 

 ノルンに花形の魔石の飾りがついた首飾りをつける。

 不思議そうな顔で首飾りについている花を見えるノルンの頭を撫でながら説明する。

 

「肌身離さずつけておくのよ。後、服の中に入れて見えないようにしておくのよ」

「みられたらだめなの?」

「悪い人に見られたら取られちゃうかもしれないからね。常につけておくのよ」

「わかった」

「ノルンは良い子ね。じゃあ、お父さんのことよろしくね」

「うん」

 

 元気よく返事をするノルンの頭を微笑みながら撫でる。

 ノルンにお守りを渡した後、お父さんとノルンを見送る。

 その後、私も馬車で三か月かけてシャリーアに戻る。




エルの魔術に関して少し説明。

エルは基本的に術の生成から発動までのプロセスを1から3秒程度で行っています。
神級の魔術でも使い慣れたものは1秒くらいで発動でき、慣れてないものは3秒を超えることもあります。
基本的には術の生成に時間が掛かっているだけで、魔力を注ぐのは一瞬です。

基本的に魔術の構成は、術の生成、魔力を注いで威力を決定、魔力を注いで射出速度の決定、発射だそうです。
詠唱では、威力などの設定に時間の制限があるけど、無詠唱は無いため、時間を掛ければ高い威力が出せるそうです。

そして1秒に込められる魔力は訓練次第で増えるそうで、エルが上げた魔力出力はこれのことです。

まあ、魔術師としてのエルは化け物ということで間違いないでしょう。


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獣族の姫達と新しい家

漸く投稿出来た。


 転移事件から半年、私はシャリーアに戻って来た。

 最初に魔術ギルドの総帥に転移事件に巻き込まれたフィットア領の住民の捜索と保護の協力に対してお礼を言いに行った。

 総帥に私の家族の名前を伝え、家族が見つかった場合は私の元に案内して欲しいこと、他の住人はフィットア領の難民キャンプへ送るように頼んでおいた。

 

 総帥がS級で幹部クラスでしかない私に対して異様に遠慮がちな振る舞いだったのは気になった。

 神級魔術師とは言え、まだ魔法大学を卒業していない学生なのだから、遠慮しなくて良いと伝えたのに態度は最後まで変わらなかった。

 なんでも、私の提出した研究成果や魔術ギルドや魔法大学への寄付金など、貢献度は他の幹部や総帥と比べ物にならないらしい。

 本来なら私が総帥になるはずだったらしいが、研究時間が減るからと断ったらしい。

 

 そんなことすっかり忘れていたけど……

 

 まあ、魔術ギルドの総帥になってくれと、改めて言われても断ることに変わりはないかな。

 総帥や他の幹部がどんな仕事をしているか知らないけど、面倒そうだし。

 

 

 魔術ギルドや校長へのお礼と復学することを伝え終えて寮の自室に戻る。

 半年ぶりに戻って来た自室は、かなり落ち着く。

 前に家に戻る時も半年ぶりだったけど、ここまで落ち着くことはなかった。

 

 そういえば、もう私の家無くなったのか……

 

 私も今年で六年だし、卒業後の家どうしようかな?

 流石に、卒業後も寮に居座り続けるのは嫌だしなぁ。

 けど、お父さんとノルンが居るミリス神聖国に行くより、こっちで研修していたいのよね。

 魔法大学の近くに新しい家を買った方が良いわよね。

 難民キャンプの設営でお金結構使ったけど、まだ大量にあるし大丈夫でしょう。

 

「アリシア、エミリー」

「どうかしましたか?」

 

 二人を呼ぶとすぐにアリシアが近づいて用件を聞いて来る。

 

「エミリーと一緒に土地管理斡旋所に行って家を買って来てくれない」

「家、ですか?」

「そう。私もそろそろ卒業だし、魔法大学の近くに家を買おうかなって」

「それは構いませんが、なぜ私達に行かせるのですか?」

「家の管理は基本的に貴方達がするんだから、二人で選んだ方が良いでしょう。私は大きくて快適に過ごせるなら問題ないからね。お金は気にしなくていいから、好きに決めていいわよ」

「……分かりました。では、明日二人で行ってきますね」

「うん、よろしくね」

 

 

 

 アリシアとエミリーに家の購入を頼んでから半年が経った。

 何でも二人が土地管理斡旋所に行って、私が出した条件を基に二人が職員と話し合った結果、空き家の購入ではなく新しい家を建てるらしい。

 アリシアとエミリーがたまに様子を見に行って細かいところを建築士と話し合って建てている。

 私は魔法大学の近くに建てていることしか知らない。

 まあ、家のことはあの二人に任せておけば大丈夫でしょう。

 

 それより、今は違う別に問題に巻き込まれている。

 そう、現在進行形で巻き込まれている。

 私を取り囲む三十名近い不良生徒を見てため息が出る。

 

 どうしてこうなっているのかしら……

 確かに、魔法大学に入った頃は不良生徒に絡まれることもあった。

 けど、絡まれていたのは一、二年の頃だし、たまに絡まれるくらいだった。

 こんな風に取り囲まれて襲撃された経験なんてない。

 

「お前が魔導神エルシアかニャ?」

「ええ、そうですが……貴女達は?」

 

 私を取り囲む不良生徒のリーダーらしき二人の内一人が問いかけて来たので、私も問いかける。

 

「あちしはリニア・デドルディア。大森林ドルディアの里の戦士長ギュエスの娘だニャ。そのうち族長にニャる」

「プルセナなの。リニアと大体同じなの」

 

 ドルディアの族長ということは、獣族の姫よね。

 

「獣族の姫様が私に何か用?」

「お前がここで一番強いなの」

「まあ……魔法大学の中では、私が一番強いでしょうね」

「だから、お前を倒して私達がここのボスにニャるニャ」

 

 ボスになるのに私を倒す必要があるのだろうか?

 一番強い私を倒したからボスという理屈なのだろうか?

 

「よく分からないけど、まあ、遊び相手くらいにはなってあげるわよ」

「むか、気に食わニャい態度ニャ」

「ファックなの」

「お前達、やれニャ」

 

 リニアの合図で私を囲っていた不良生徒達は詠唱を始める。

 無詠唱魔術師相手に詠唱するのはどうなのだろうか?

 まあ、彼らの魔術を気にする必要性はないか。

 

 不良生徒達の詠唱が終わり、大火球や岩砲弾などの中級魔術が三十近い数が私を狙って撃たれる。

 不良とは言え、魔法大学の生徒なだけあってしっかりと発動している。

 魔力の制御や威力も一般的なレベルには達している。

 

 ただ、私を相手にするには魔力の制御が下手過ぎる。

 

 私に向かって飛んでくる魔術に対して、魔力を送り術を解体して魔術を消し去る。

 私を包囲した状態で放たれた三十近い中級魔術は、私に届く前に全てが霧散する。

 全員が何が起きたか分からず、呆然と立ち尽くす。

 

「私に魔術で攻撃するなら、もっと魔力制御を鍛えることね」

「ニャ、ニャにしたニャ!」

「魔術を解体しただけよ」

「!?」

 

 そこまで驚くことではないと思うのだけど……。

 実際に吸魔眼のように魔力を吸い取ったりすれば、魔術を無効化出来る。

 魔力制御と魔術の魔力の流れを理解出来ていれば、完成した魔術を解体して無力化するくらいは簡単に出来る。

 

「それで、もう終わり?」

 

 私が問いかけると、プルセナが口元に手を当てて咆哮する。

 それに合わせて魔力の乗った声が私に向かって迫って来る。

 

 ドルディア族の吠魔術ね。

 

 吠魔術に魔力を送り、声に乗った魔力を霧散させる。

 

「!?」

「吠魔術も魔術に変わりはないのよ。無効化出来ないわけないでしょう」

「!?お前ら、素手でやるニャ!」

 

 リニアが不良生徒に指示を出すと、身体能力の高い獣族を中心に襲い掛かって来る。

 獣族の身体能力なら私を倒せると思っているのだろうか?

 殴り掛かって来た不良生徒の腕を掴み、襲い掛かって来た他の不良に叩きつけて吹き飛ばす。

 人を木の棒のように振り回し、不良生徒をなぎ倒す私に彼らは後ずさる。

 不良が近づいて来なくなったので、振り回していた不良を地面に落とす。

 武器代わりに振り回した不良と吹き飛ばされた不良に治癒魔術を掛けて怪我を治しておく。

 

 今の私の身体能力は闘気を使わなくても獣族より高い。

 剣術の達人でもない不良なんて私の相手にならない。

 

 私を恐れて近づいて来ない不良達を一瞥し、リニアとプルセナに視線を向ける。

 

「貴方達、獣族の姫だからってあんまりヤンチャしてるといつか痛い目に遭うわよ。優等生になれとは言わないけど、ある程度勉強もした方が良いわよ」

 

 不良生徒達にそれだけ伝えて私は寮に戻る。

 彼らに絡まれたから少し帰りが遅くなったけど、大丈夫でしょう。

 

 

 リニア達のことをアリシアとエミリーに話したら、教師に報告して彼女達を退学にしようとしていたので止めておいた。

 彼女達が私を襲った理由は、私が一番強いからと言っていた。

 なら、彼女達をわざわざ退学させる理由はない。

 身を守る力が無い生徒を守るために退学させるのなら分かるけど、そうでないなら注意するだけで十分でしょう。

 退学させない代わりに、彼女達が大きな問題を起こした際は私が対処することを教師達に伝え、教師から彼女達に伝えられたそうだ。

 それからは調子に乗った生徒や不良生徒以外に対しての被害は無くなったらしいので、大丈夫でしょう。

 

 

 もうすぐ七年になる頃に、漸く家が完成したとアリシアとエミリーに聞かされた。

 三人で新居を見に行くため、二人に案内されて新居に向かう。

 魔法大学の近くという希望を出していたから、近いだろうと思っていたけど……

 

「魔法大学の目の前じゃない……」

「ええ、近くが良いと伝えたら、ここになりました」

「そう……まあ、そこはいいわ。ただ……大きすぎない?」

「大きい方が良いと言ってたじゃないですか」

「うん、確かに言ったよ、言ったけどね」

 

 外観からして貴族の豪邸より大きいんだけど……

 

「私達、三人が住むには大きすぎない?私の家族が一緒に住むにしても大きすぎるよね」

「ご安心ください。住居スペース以外にも、魔道具工房、書庫、魔道具保管庫、魔術実験場、魔術訓練室など、色んな部屋がありますので」

「……それは家って言っていいの?」

 

 エミリーの言葉に呆れながらも入り口に近づく。

 遠目からは分からなかったけど、この扉の木材、耐魔レンガと同じように魔力に耐性があるのね。

 いや、魔力だけじゃなくて熱にも耐性があるみたい。

 壁は耐魔レンガで出来ているみたいだけど、熱への耐性はなさそうね。

 

「それでは中に入りましょうか」

「ええ……」

 

 私が、壁や扉の材質について見ていると、アリシアが扉を開く。

 アリシアが開けてくれたので、中に入るとロビーだった。

 ロビーの壁は木製で玄関の扉と同じように熱への耐性がある。

 

「壁に使われている木材は全て熱を通さないように魔術的に加工されている物を使用しています」

「熱を全く通さないわけではないですが、窓や扉を開けない限り、冬場でもほとんど冷えないそうですよ」

「それだけ熱を通さないと、逆に熱がこもって熱そうね」

「はい。普通の家で同じことをすれば、そうなるでしょう」

「普通の家ね……」

 

 それじゃあ、ここが普通の家じゃないってことね。

 私、大きくて快適な普通の家で良かったんだけど……

 そんな私の考えなど知らないとばかりに、エミリーがロビーの奥の壁にある何かに近づいた。

 

「こちらを見てください」

 

 私は言われるがままにエミリーに近づいて、何かを見る。

 

「これは家全体の室温を一定に保つ魔道具です」

「なるほどね。温度の調整も出来るみたいね」

「はい。魔力に関しては大量の魔石で効率化していますが、家もかなり広いので大量の魔力が必要です」

「聖級以上の魔術師が居なければ、まともに動かすことも出来ないでしょう」

「それで、魔力を限界まで込めたらどれくらいもつの?」

「この家なら基本的に二か月くらいです」

 

 なるほど、室温の変化を極力なくすことで、魔力の消費を抑えているわけね。

 それにしても力を入れ過ぎじゃない?

 快適な家が良いとは言ったけど、ここまでする必要ある?

 

「では、順番に部屋を見ていきましょう」

「ええ……」

 

 基本的に使うだろうリビングなどの大部屋には快適に過ごすための家具が揃えられていた。

 どれも高級な物だということは一目見れば分かる。

 この際、家具が高級なことはどうでもいい、問題は……

 

「これらの家具全てに魔術で防汚が施されていて、泥を叩きつけても拭き取れば綺麗になります」

「……そう」

 

 この家に入ってから魔術的な処理を施されてない物を見ていない。

 今のところ目に入る物全てに何らかの魔術的処理が施されている。

 

「では、次に行きましょう」

「……」

 

 二人に案内された部屋に入る。

 そこは大きな籠がいくつか置かれ、収納スペースが多少ある部屋。

 おかしなものと言えば、見慣れない二つの魔道具があるだけだ。

 

「あの魔導具は?」

「あれは、基本的に私達が使う魔道具ですね」

「片方が洗濯用の魔道具で、汚れを落として水で流す魔道具です」

「もう片方は、洗った物を乾かす魔道具です。生地を傷めず、急速に乾かすことが出来るので、かなり便利ですよ」

「そう……まあ、貴方達が便利なら、良いわ」

 

 この二つは二人が必要な物なものみたいだし、気にすることではないわよね。

 ただ、さっきから違和感があるんだけど……何かしら?

 何か、忘れているような……気のせい?

 

「それでは次に行きましょう」

 

 アリシアはそのまま部屋の中に入り、扉を開ける。

 中を覗いてみると、お風呂場の様だ。

 かなり広いことは良いが、五、六人が余裕で入れる浴槽に魔法陣が描かれている。

 それにどこかで見たことがある気ような……

 

「浴槽の魔法陣は、水を媒介して疲労や怪我を癒す治療魔術のものです」

「水を媒介に、治療…………あっ、私が開発した魔術」

「はい。エルシア様が開発された魔術を基に魔術ギルドの魔道具製作者が作成したものです」

「まさか……」

「ええ、この家に使われている技術は、エルシア様がこれまでに魔術ギルドに提供した研究成果を基にして作られているものです」

 

 なるほど、何か気になると思えば、私が開発した魔術の応用だったからか。

 言われてみれば、作ったような覚えがある。

 そもそも魔力の流れによる作用を研究する過程で、使える使えない関係なく大量の魔術を開発したせいで何を開発したかなんて覚えてないわよ。

 

「そもそもなんで、この家はこんなに魔道具があるわけ?」

 

 私の問いに二人は顔を見合わせて頷いた後、説明を始める。

 

「土地管理斡旋所にエルシア様が家を購入することを伝えに行った時、責任者の方が出てきまして」

「魔法大学の近くで、大きくて快適な家という条件を伝えた結果」

「魔法三大国と魔術ギルドの力で最高の家が建てられたわけです」

「え?ごめん、よく分からない。なんで魔法三大国と魔術ギルドが出て来るの?家を買いに行ったんだよね?」

 

 家を買いに行ったら、魔法三大国と魔術ギルドが最高の家を用意するってなんで?

 私、変な条件だしてないよね?なんで、最高の家になるの?おかしくない?

 

「魔法三大国と魔術ギルドに対して、それだけの貢献をしたということです」

「エルシア様の為ならと、全面的な協力してくださいましたよ」

「お金に関しても、今までの寄付や研究成果によって得られた利益のお返しにと全額負担してくださいました」

「…………」

 

 おかしい、そんなに貢献をした覚えがない。

 確かに、使えるかも分からない魔術のスクロール用の魔法陣や理論を大量に提供した。

 魔石生成みたいな有用な研究成果もあったかもしれないけど、こんな家を贈るほどとは思えない……

 

「エルシア様が気づいていないだけで、エルシア様の貢献はかなり大きいですよ」

「この家にある魔道具に使われているものや、それ以外にも使われる場所が限られていても有用な魔術を数多く開発して来られたのですから」

「それぞれ魔法三大国で有効活用出来る場所、職業に魔道具や魔力付与品として提供されています」

「エルシア様は魔術の事しか考えてないから気づけないんですよ」

 

 魔術の事しか考えてないのは……否定できないけど…………

 

「だからって、ここまでする?」

「確かに、ここまで凄い家になるとは、私達も思っていませんでした」

「まあ、魔導神の名に恥じない凄い家を貰えたのですから、喜びましょう」

「私は、普通に大きくて快適な家が欲しかったの!」



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王女と護衛

 新居に引っ越して数日経った。

 魔法三大国と魔術ギルドの技術の粋を集めて作られただけあり、物凄く快適に過ごしている。

 家具の全てが高級品な上に、何らかの魔術が施されている。

 研究室の椅子は、長い時間座っていても疲れが溜まらないし。

 リビングのソファーは、柔らかくて横になればぐっすり眠れそう。

 ベッドは、私一人が寝るにしては異常に大きく五人くらいは余裕で寝れる上に、疲労を取る治療魔術が施されているため、気絶するほどの疲労も次の日には綺麗に消えるほどに快適に眠れる。

 その中で一番快適に過ごせるのは、お風呂ね。

 

「あぁ~~、気持ちい~」

 

 アリシアとエミリーに身体と髪を洗われて湯船に浸かる。

 お湯で身体が温まるだけでも十分に気持ちいが、浴槽に描かれた魔法陣の治療魔術の効果で、疲労がお湯に溶けるように抜けていく。

 今まで倒れるまで研究することで疲労が抜けないのが当たり前だった。

 お風呂も意識が無いような状態で、アリシアとエミリーに身体を洗ってもらうことが日常的にあった。

 新居に引っ越してからは、お風呂に入るだけで疲労が全て取れる。

 おかげで研究がはかどる。

 

「凄く気持ちよさそうですね」

「ええ、このまま熟睡出来そうなくらい気持ちいいわ」

「普通の家が良かったのでは?」

「まあ、普通の家で良かったんだけどね。実際に住んでみると、恐ろしいくらい快適だわ。もう普通の家には住めそうにないわ」

 

 こんな贅沢な生活を止めるのは無理そうね。

 まあ、贅沢な生活を送るためにかなりの魔力が要求されているけどね。

 このお風呂だって、中級魔術並みの魔力量が必要になる。

 アリシアとエミリーは普通に家事をしているが、家事の道具も全て魔道具のために家事をするだけで魔力が必要になる。

 この家を二人で管理できているのも魔道具のおかげではあるけど、消費する魔力量はそこそこ多い。

 私達だから問題なく快適に過ごせているだけで、普通は快適に過ごせないとエミリーが言っていた。

 魔法大学内でもずば抜けて高い魔力量の私達が特別なのでしょう。

 

「まあ、私達二人で管理するのにも、この家の方が助かりますしね」

「魔力で楽に管理できるのは本当に助かるわよね」

「本当に、楽してこんな良い暮らしが出来てお金も貰えるんだから、最高よね」

「まあ、魔術師としてかなり鍛えられたからね」

「別に、基本的なことしか教えてないわよ。魔術師として一人前になりたいなら、自分なりに魔術を研究することね」

「あれで基本なんですね……」

 

 私の言葉に二人は苦笑しながら呟くように返してくる。

 そもそも私は二人を魔術師として育てた覚えはない。

 魔術は教えたけど、それは私が教えられる自衛の手段なだけだしね。

 一人前の魔術師になりたいなら、多少の協力はするけれど、二人にはこのまま従者で居て欲しい。

 

「自分なりの魔術の研究というのは、エルシア様みたいな研究ですか?」

「あんな研究しないと一人前になれないのはおかしいでしょう」

「私みたいな研究をしなくてもいいわよ。得意な魔術を自分なりに改変したり、混合魔術を考えたりすればいいわよ。無詠唱なら改変もしやすいでしょう」

「自分なりの改変ですか……」

「混合魔術を作るとなると大変なのでは……」

「どう改変するか、どんな魔術を組み合わせるか、それが一般的な魔術の研究だと思うわよ。私みたいに魔力の流れを研究してる人みたことないしね」

 

 もっと魔力の流れについて研究すれば、神級魔術師も増えると思うんだけどね。

 いや、出力の課題をどうにかしないと、私みたいな神級魔術師にはなれないのか。

 それでも魔力を注ぐ時間を長くすれば誰だって使えるわよね。

 

「まあ、研究するのはいいけど、従者としての仕事はちゃんとやってね」

「分かってますよ」

「魔術師よりエルシア様の従者の方が何倍も楽ですからね」

「そう。従者として働いてくれるなら、何の文句も無いわ」

「今まで通り、暇な時間にしますよ」

「設備は揃ってますしね」

 

 二人が魔術に興味を持ってくれるのは嬉しいわね。

 研究をするなら魔力の流れを研究して欲しいけど、膨大な時間が掛かるから無理よね。

 まあ、得意な系統だけでも十分よね。

 私も早く召喚魔術の研究を終わらせないといけないわね。

 

 

アリエルside

 

 

 紆余曲折を経て魔法都市シャリーアに着き、無事に魔法大学に入学出来た。

 特別生の扱いを断り、一般生徒に交ることで、他生徒達との交流を得ることを選んだ。

 この地で権力を得るために、様々な策は講じている。

 そして何としても協力を得たい相手がいる。

 

「魔導神エルシアの協力を得るいい策はありますか?」

 

 私の問いに対して四人の従者は何も言わずに黙ってしまう。

 魔法大学に入学して一か月の間、魔導神に関する情報を優先して集めた。

 しかし、集まったのは魔導神が如何に規格外の存在かということのみ。

 

 曰く、魔導神は人族ではない。

 曰く、魔導神は無詠唱で神級魔術を操る。

 曰く、魔導神は全ての魔術を無効化出来る。

 曰く、魔導神は魔石や魔力結晶を作り出せる。

 曰く、魔導神はあらゆる魔力付与品を作り出せる。

 曰く、魔導神には無詠唱で帝級魔術を扱う従者が二人いる。

 

 嘘か本当か判断が出来ない情報が大量に集まった。

 明らかに嘘ではないかという情報も『魔導神なら』の一言で信じられてしまう。

 有力な情報と言えば、魔導神の本名がエルシア・グレイラットということと、フィットア領のブエナ村出身だということのみ。

 

「シルフィは彼女の事何か知らないの?」

「多分、ルディのお姉さんだと思う」

「ルディというのは、貴方に魔術を教えたというルーデウスの事ですよね」

「はい」

 

 ルーデウス・グレイラット、フィットア領ブエナ村出身。

 三歳の時に、水王級魔術師ロキシー・ミグルディアに弟子入り。

 五歳にして水聖級魔術師となる。

 七歳の時にフィットア領城塞都市ロアの町長の娘、エリス・ボレアス・グレイラットの家庭教師となる。

 話によると、手の付けられない暴れん坊だったエリスを、きちんと教育して立派なレディにしたそう。

 作り話のような経歴。

 

 だけど、魔導神と同じブエナ村出身のグレイラット家で、無詠唱魔術を扱う天才少年。

 シルフィの話ではルーデウスには、エルと名乗る双子の姉が居るらしい。

 その姉は、緻密に制御された魔術を息をするように操っていたという。

 その姉が魔導神と考えればおかしな話ではない。

 

「確か、シルフィは数回しか会ったことが無いのよね」

「四年くらい前に一度、ブエナ村に帰って来た時に会ったよ」

「そうですか」

 

 ほとんど面識がないのなら、シルフィを通して協力を得るのは無理そうね。

 噂では従者は授業でよく見かけるらしいけど、本人は研究室に籠っていることが多いため出会うことが稀とのこと。

 従者の方にお願いすれば、魔導神と会うことは出来るでしょうか?

 

「ルーク、魔導神の従者の方と話は出来ましたか?」

「はい。一応、話すことは出来ました」

「何か問題がありましたか?」

「……従者の二人は、俺達のことを知らなかったようです。アスラ王国の姫が入学した程度の認識で、アリエル様の護衛だと名乗っても、そうなんだくらいの反応でした」

「魔導神の従者は、アスラ王国の王族や護衛には興味すら持たないのですね」

 

 従者にも興味を持たれないとなれば、魔導神も我々に興味は持っていないでしょうね。

 

「それで、魔導神について何か聞けましたか?」

「基本的に魔術以外に興味が無い天才とのことです」

「私達に興味を持つ可能性はありますか?」

「あるかもしれないけど、ほぼないそうです」

「……彼女達と同じ無詠唱魔術を扱うシルフィでもですか?」

「はい。シルフィがオリジナルの魔術を開発していれば、可能性はあるそうですが……」

「流石に無理だよ」

「……そうですか」

 

 私達の視線がシルフィに集まるが、シルフィは困った顔で首を横に振りながら返す。

 本来なら無詠唱魔術を扱える時点で、興味を引くには十分なはずなのに……

 いくら考えても良い案が思い浮かびませんね。

 

「明日、私とルーク、シルフィの三人で従者に会いに行きましょう」

「もしかして、従者をこちらに引き込むの?」

「いいえ。一度、魔導神に直接会って話してみます」

「会ってくれますかね?」

「おそらく、シルフィの話をすれば会うことは出来るでしょう」

 

 シルフィに魔術の練習方法を教えたという話ですから、会ってはくれるでしょう。

 魔術にしか興味が無いとなれば、明確に敵対しない限りは敵と認識されることは無いでしょう。

 言い換えれば、簡単に味方になってくれないということですが……

 

「シルフィ、魔導神はどういう人でしたか?」

「えっと、優しい人だったよ。短い家族との時間を削って、ボクの魔術の練習に付き合ってくれたし……」

「優しい人ですか……」

 

 本当に、優しい人であるなら事情を話せば協力してくれる可能性も多少はありそうですね。

 

 

 翌日の放課後、帰宅途中の魔導神の従者二人に声を掛けた。

 

「すこしよろしいでしょうか?」

 

 従者の二人は足を止めて私と、私の背後に居るルークとシルフィを一瞥する。

 

「貴方が噂のアスラ王国の姫様ですか?」

「はい。アリエル・アネモイ・アスラです」

「私達に何か御用でしょうか?」

 

 思った以上に私達に対して興味が無さそうですね。

 

「魔導神エルシア様にお会いしたいのですが、会わせていただけないでしょうか?」

「大丈夫ですよ」

「エルシア様は家に居ますので、付いてきてください」

「……分かりました」

 

 シルフィの事情を説明する必要もありませんでしたね。

 簡単には会えないと思っていましたが、そうでもないのでしょうか?

 

「あのエルシア様には、こんな簡単に会えるものなのですか?」

「一般生徒が相手なら断っていますが、王族が相手なら問題ないでしょう」

「エルシア様に危害を加える可能性は考えないのですか?」

「考える必要性がありませんね」

「エルシア様を害することが出来ると思えませんから」

 

 無詠唱魔術を扱う二人にこれほど信頼されているということは、かなりの実力があることは確かなのでしょう。

 彼女達の実力は分かりませんが、魔力付与品で武装したシルフィ以上でしょう。

 

 二人について魔法大学を出てすぐに、目的の場所にたどり着いた。

 貴族の豪邸より大きい豪邸の扉を二人は開けて中に入るように促されました。

 豪邸の中は快適な室温に保たれ、広いロビーも隅々まで綺麗に掃除されている。

 大部屋に案内され、ソファーに座って待つように言われた。

 言われた通りにソファーに座って待っていると、従者の一人は飲み物を持って戻って来た。

 少し待つと、もう一人が一人の少女を連れて戻って来た。

 

 綺麗な金髪を膝裏辺りまで伸ばし、左の横髪を白いリボンで纏めている。

 瞳は綺麗な深紅と薄茶の色彩をしている。

 顔立ちも整っているけど、従者の二人の方が美人ね。

 何とも言えない神秘的な雰囲気で人の視線を集める美少女ね。

 

「待たせてごめんなさい」

「いえ。こちらこそ、突然の訪問申し訳ありません」

「別に気にしなくていいわよ。それで、アスラ王国の姫様が私に何か用?」

「エルシア様は、ルーデウス・グレイラットをご存知でしょうか?」

「知っているわよ。私の双子の弟だもの」

 

 シルフィの言っていた通りで間違いないみたいね。

 私がシルフィに視線を向けて話しかけるように促す。

 

「エルシア様、ボクのこと覚えていますか?」

「?」

 

 エルシア様はシルフィの問いに首を傾げ、シルフィの顔をじっと見つめる。

 シルフィもサングラスを外して黙ってエルシア様の返答を待っている。

 

「貴女、名前は?」

「今はフィッツと名乗っていますが、エルシア様に名乗った名前はシルフィエットです」

「シルフィエット……ああ、ルディの友達ね」

 

 エルシア様がシルフィのことを覚えていたようで安心しました。

 

「あのルディは……」

「残念だけど、まだ見つかってないわ。けど、ルディのことだから無事だとは思うわよ」

「そうですか」

 

 ルーデウスはまだ見つかってないみたいですね。

 シルフィは見つかってないと聞いて俯いてしまいました。

 

「貴方達が、彼女を保護してくれたのね」

「私達も危ないところを彼女に助けて貰いました」

「そう。それで、用はそれだけ?」

 

 ここからが本番ですね。

 

「いえ。今日、お伺いしたのは、エルシア様にお願いがあったからです」

「お願い?」

「エルシア様、私達に力を貸していただけないでしょうか」

「詳しく話してくれる」

 

 エルシア様に言われるがままに私達の目的と現状を話した。

 私達に協力してもエルシア様に対して得はない。

 エルシア様が欲するものも分からない。

 何もかも正直に話した上で、協力してくれる条件を聞く以外に方法はないでしょう。

 

「なるほどね……無理ね」

「私達に出来ることなら何でもします。御助力いただけないでしょうか」

「ボクからもお願いします」

「どうかお願いします」

「……悪いけど、無理よ」

 

 エルシア様は何とも気まずそうな顔で私達の頼みを断る。

 

「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「貴方達勘違いしているようだけど、私にはそんな力ないわよ」

「それは、どういう……」

「確かに、魔導神としての影響力は大きいでしょう。だけど、影響力があるだけで、私個人はまともな戦力を持ってないのよ。だから、私に協力を求めるんじゃなくて、魔法三大国や魔術ギルドに協力してもらった方が良いわよ」

「……従者の御二人はかなりの実力者と聞いていますが、戦力に入らないのですか?」

「?アリシアとエミリーは、私のメイドですよ。自衛手段として魔術を教えてるだけで、戦力ではないわよ」

「「「え?」」」

 

 彼女達がただのメイド?

 

「彼女達は、エルシア様の護衛ではないのですか?」

「全然違うわよ」

 

 シルフィ以上の実力を持つ彼女達でも戦力に入らないなんて……

 

「まあ、そういう訳だから、協力は出来ないわ」

「……そうですか。分かりました」

「力になれなくてごめんなさい。一応、魔法三大国と魔術ギルドに協力要請の手紙を書いてあげるけど、協力を得られるかは貴女次第ね」

「……………………え?」

 

 協力は出来ないのでは…………

 

「手紙は明日、アリシアとエミリーに持って行かせるわ」

「あの……協力出来ないのではないのですか?」

「ええ、私は協力できないわよ。だから、魔法三大国と魔術ギルドを頼りなさい。私からもお願いしてみるけど、説得は頑張ってね」

 

 それは、協力してくれているのではないのでしょうか?

 それともその程度は協力しているに入らないのでしょうか?

 

「その……ありがとうござまいます」

「じゃあ、頑張ってね」

「はい」

「アリシア、エミリー、玄関まで送ってあげて」

 

 従者の二人に先導されて玄関まで移動する。

 シルフィとルークも状況はよく分かってないようですが、一応上手く行ったのでしょう。

 エルシア様が声を掛けてくれるだけとは言え、魔法三大国と魔術ギルドの協力を得られる可能性が上がったのは間違いないでしょう。

 …………しかし、なぜ、上手く行ったのでしょう?

 

 

エルシアside

 

 

 アスラ王国の姫様が復権の協力を求めて訪ねて来た。

 正直、政治のことなんて私に言われても分からない。

 私に協力を求めること事態が間違いでしょう。

 戦争するにしても戦力はないし、政権争いに関してもアスラ王国に影響力なんてない。

 魔導神の名前を出して脅すことは出来るけど、私が殴り込みに行くのはしばらく出来ない。

 アリエルには悪いけど、家族を探すことの方が重要だから、私が直接力を貸すことは無理。

 アリシアとエミリーは、ただの従者で戦力として不十分。

 

 本当に、何で私に協力をお願いしに来たのかな?

 魔導神だからって期待し過ぎじゃないかな?

 

「本当に、魔導神を何だと思ってるのかしら?」

「エルシア様を知らない人からしたら、凄い人くらいの認識なのでしょう」

「魔法三大国では、エルシア様の後ろ盾があればかなり優遇されますけどね」

「そうなの?」

「エルシア様が知らないだけで、かなり優遇されていますよ」

「エルシア様の従者というだけで、良くしてくれますしね」

「そうなんだ」

 

 全然知らなかった。

 私ってそんなに優遇されてたんだ。

 最近は、ほとんど町で買い物とかしないし。

 

「まあ、別にどうでもいいか。アリシア、夕食どのくらいで出来る?」

「三十分程度で出来ますよ」

「じゃあ、出来たら呼びに来てね」

「分かりました」

 

 アリシアとエミリーに夕食の準備を頼んで研究室に戻る。




エルシア以外の視点で書くのが難しい……


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異世界人と龍神

 アリエル王女と会った日から数か月経ち、私の卒業の日が近づいて来た。

 正直、卒業してもこれまでと何も変わらず、研究の日々が続くだけなのでそこまで興味はない。

 いつも通り研究の日々を過ごしていたある日、校長に呼び出された。

 校長に呼ばれるようなことは、龍神オルステッドから呼び出された時以来かな。

 卒業後に関することかなっと予想しながら、校長室に行けば手紙を渡された。

 

 予想とは違ったけど、前と同じようにオルステッドに呼び出されたようだ。

 手紙の中を確認すると、話したい事があるので前回と同じ場所で待つとのこと。

 わざわざ郊外まで行かないといけないのは面倒だけど、彼の呪いを考えれば仕方が無い。

 私は小さくため息をついて前回と同じ場所に向かう。

 遠目にオルステッドが見えた時、傍にもう一人を見て目を見開く。

 見間違いかと思い魔眼を凝らして見てみるが、結果は変わらなかった。

 

 魔力を全く持たない人間が実在するなんて……

 まさか、彼女について何か聞きに来たのかしら?

 

 オルステッドの傍にいる少女について考えながらオルステッドに近づく。

 

「久しぶりね。話って言うのはその子の事?」

「ああ、そのこともあるが、お前の弟についてだ」

「ルディについてということは、会ったの?」

「ああ、赤竜の下顎で会った」

「いつ頃会ったの?」

「数か月前だ」

 

 ということは、アスラ王国の辺りには居るのね。

 ん?それだとオルステッドの移動が早すぎるような?

 何か特殊な移動手段があるのかしら?

 まあ、今はそれはいいわ。

 

「それで、ルディがどうしたの?」

「少し事情があって、殺した……」

 

 オルステッドが「殺した」と言い終えたのと同時に、氷撃、衝撃波、火球弾、岩砲弾、雷撃の五つの魔法を叩きこむ。

 魔力を込める時間を短くして一瞬で五つも放ったのに、ほぼ全てに対処された。

 傍にいた少女が巻き込まれないように、氷撃、火球弾、岩砲弾ははじかれた。

 雷撃を受けて動きが一瞬鈍ったせいで、衝撃波は受け流せなかったようで森の中に吹っ飛んでいったが、ダメージはなさそうね。

 ギリギリ帝級あるか程度の威力とは言え、五つの魔術を撃ちこんで無傷って嘘でしょ……

 こんな化け物が二位って、一位はとんでもない化け物ね。

 

「どんな事情か知らないけど、弟を殺されて私が怒らないと思ったの?」

「待て、話を最後まで聞け」

 

 木々をへし折りながら飛ばされたはずのオルステッドは、何でもないように立ち上がり私に声を掛けて来る。

 攻撃されてなお、戦う気が無いのか構えてすらいない。

 

「話って言うのは、ルディを殺した理由について?」

「ああ、ルーデウスはヒトガミの使徒だった」

「ヒトガミ?」

 

 そういえば、前に会った時もヒトガミがどうのって言ってたわね。

 ヒトガミの使徒だからなんだっていうの?

 

「ヒトガミの使徒だか、何だか知らないけど、家族が殺されて納得する理由なんてあるわけないでしょ!」

 

 先ほどとは違い、魔力をしっかりと込めた神級の魔術を十発撃つ。

 使った魔術は一種類で、私が作り出した特殊な魔術。

 オルステッドは、先ほどと同じように素手で魔術をはじこうとする。

 しかし、両手が魔術に触れた瞬間に手が凍り付いたことで、動きが止まり十発の魔術が当たった場所が凍る。

 魔力を見る限り、骨までは凍ってないのね。

 複雑な術式と大量の魔力を使う割に、大した威力が出ないわね。

 

「何をした?」

「貴方の魔力を使って凍らせたのよ」

「何!?」

「闘気で防御力を上げてる相手には有効だと思ったんだけどね。相手の制御された魔力を奪って魔術を発動させるのは、簡単じゃないわね。魔力が少ない相手には意味がないし、貴方ほど魔力制御が優れてると、効果が薄いみたいだし」

 

 使い勝手が悪いわね。

 普通に魔力を込めて撃ち込んだ方が効率が良さそうね。

 威力を上げても手数が少ないとはじかれるか、避けられるだけよね。

 手数を増やせば、直撃してもダメージが入らない。

 

 周りへの被害を考えなければ、やりようはあるけど……

 アリシアとエミリーも巻き込みかねないし……

 シャリーアにはルディの友達もいるし……

 

「待って!貴女の弟は生きているわ!」

 

 オルステッドと一緒に居た少女が仲裁に入って来たので土の鎖で拘束する。

 オルステッドを警戒しながら少女に問いかける。

 

「オルステッドはルディを殺したって言ったわよ。それなのに生きてるってどういう意味?命乞いならしなくていいわよ。貴方を殺す気は最初から無いから」

「命乞いじゃないわ。オルステッドが貴女の弟を殺そうとしたのは事実だけど、殺してはいないわ」

 

 彼女が言っていることが本当の可能性もあるけど、オルステッドがわざわざ殺したという意味が分からない。

 それに彼女がわざわざ嘘をつく理由も分からない。

 ああ、腹の探り合いは苦手なのよ……

 

 少女の首に金属の首輪と作り出し、少女の頭上に大木のような土の大剣を作る。

 オルステッドが大剣を破壊しないように神級の結界で私達の周りを守る。

 オルステッドなら破ることは出来るだろうけど、大剣が落ちるまでの時間稼ぎくらいにはなるでしょう。

 

「その首輪は私が作った魔術で嘘を判別出来るわ。もし、貴女が嘘をつけば頭上の剣が落ちるようになってるわ。慎重に答えなさい、ルディは生きているの?」

「……生きているわ」

「……」

 

 少女が答えたを聞いてオルステッドが動く様子もないし、少女も死んでいないことを驚いてるようにも見えない。

 嘘を判別する魔術が無いってバレているのかな?

 ルディが本当は死んだと言った場合、私がやっぱり嘘じゃないかと怒って殺すと思っている可能性もある。 

 オルステッドが何とかすると思っている可能性もあるかな。

 けど、そのオルステッドは動こうとしなかった。

 ん~、分からない。

 

 はあ、いくら考えても分からないし、彼女の言葉を信じるしかないか。

 

 少女を拘束していた鎖と首輪と頭上の大剣を消す。

 

「詳しく説明してくれる?」

「ああ、最初からそのつもりだ」

 

 オルステッドに声を掛けると、ゆっくりと近づいて来た。

 先ほどの魔術で凍った傷はすでに治されているわね。

 大した傷では無かったけど、無詠唱で治療魔術も扱えるのね

 

 土魔術で作った椅子に座り、ゆっくりと話を聞く。

 結局二人とも言ってることは間違いではないそうで、ルディは確かに殺したがすぐに治療したらしい。

 ルディを治療した理由は、少女・ナナホシの方にあるみたいで、オルステッドは治す気はなかったみたいだし。

 話を聞いた限り、ルディがヒトガミの使徒だということだけで殺している。

 

「なんで使徒ってだけで殺すのよ」

「ヒトガミの使徒はほうっておくと強大になるから、早めに叩いておく必要がある」

「ヒトガミの関係者ってだけで、敵確定なのね……。ヒトガミに何をされたのよ?」

「ヒトガミは……父の仇だ」

「……そう、ヒトガミを恨む理由は分かったわ」

 

 ヒトガミを恨むせいで、自分も恨まれてたら意味がないでしょうに……

 まあ、私も人のことは言えないんだけどね…………

 

「これ以降、ルーデウスが何かして来ない限り、俺がルーデウスを狙うことは無い」

「そう」

「ルーデウスがこれからどうなるか分からないが、ヒトガミが利用していることは確かだろう」

「その結果、ルディが不幸になると?」

「それは分からんが、ロクな結果にはならないだろうな」

「……分かったわ。私に何か出来るか分からないけど、気にかけておくわ」

 

 取り敢えず、ルディの話は終わった。

 次は、ナナホシの話ね。

 

「それで、彼女は何なの?」

「フィットア領で起きた転移事件の際に召喚された異世界の人間だ」

「なるほどね」

 

 やっぱり、あれは召喚術であっていたわけね。

 違和感があったのは、通常の召喚術とは違う異世界から召喚するからだったからかしら?

 まあ、何となく転移事件のことは理解出来た。

 真実が何だったのか分からないけど、大体の仮説は立てられそうね。

 

「それで私に何を聞きたいの?」

「異世界から人間を召喚する魔術やそれを扱う人に心辺りはない?」

「残念ながら無いわね。異世界があることも初めて知ったわ」

「そう……異世界に人を送り返す魔術は作れる?」

 

 ナナホシはあまり期待してないような声で問いかけて来る。

 これまで、いろんな人に聞いてダメだったのでしょうね。

 

「作れるわよ」

「そ、え?つ、作れるの?」

「すぐには無理だけど、時間があれば作れるわよ」

「お願い!私に出来ることなら何でもするから、協力してください!」

 

 やっと見つかった元の世界に帰れる可能性だからか、必死に頭を下げて頼み込んでくる。

 

「……悪いけど、協力してあげられないわ」

「ど、どうして……」

 

 縋るように、私に理由を問いかけて来る彼女には悪いけど、今は無理なのだ。

 二人の話が本当であれば、彼女はルディの命の恩人だけれど、協力は出来ない。

 

「転移事件に巻き込まれた私の家族は、まだ見つかっていないわ。私は、家族を見つけるための魔術の研究で忙しいのよ」

「その魔術は、いつ出来るの?」

「どんなに遅くても一年くらいで出来るわ。その後は、どうなるか分からないわ」

「じゃあ、二、三年後には、協力してくれるの?」

「……約束は出来ないわ」

 

 私の言葉にナナホシは俯く。

 ルディの恩人でも、私は彼女を元の世界に返す魔術を作ることは出来ない。

 私の仮説が正しければ、私が作っては意味がない。

 彼女が何かしなければ、彼女が帰ることは無理でしょう。

 

「ただ、異世界転移魔術の研究に必要な知識も提供してあげるわ」

「それって、私が自分で研究しろってこと?」

「ええ、私が研究した魔術の理論を理解出来れば、貴女にも作れるはずよ。それと貴方はルディの恩人だから、身の安全は私が保証するわ」

「分かったわ」

 

 ごめんなさいね。

 ナナホシには本当に申し訳ないが、私がどうにか出来ることではない。

 彼女に私の仮説を話したところで納得なんてしないでしょう。

 むしろ、話してしまえば、心が折れる可能性もある。

 

 召喚魔術で紙とペンを召喚し、土魔術で机を作る。

 紙に校長宛に手紙を書く。

 彼女の特別生待遇での入学させ、彼女の研究に必要な資料を用意し、魔術ギルドにも資料を提供するように伝えるよう書いて、ナナホシに渡す。

 

「この手紙を持って魔法大学に行けば、研究の環境を整えてくれるわ」

「貴女は一緒に来ないの?」

「少し、オルステッドと二人で話すことがあるのよ」

「そう」

 

 ナナホシは少し不思議そうに首を傾げ、オルステッドに少し話した後、シャリーアの方へ歩いて行った。

 ナナホシの後ろ姿を見送り、声が聞こえないくらい離れたのを確認してオルステッドに視線を向ける。

 

「それで、話とはなんだ?」

「ナナホシと転移事件についてよ」

「なぜ、ナナホシに話さなかった?」

「彼女が絶望するかもしれないからよ」

「どういうことだ?」

 

 ナナホシの歩いて行った方を一瞥し、ほとんど見えないことを確認して説明する。

 

「私の仮説が正しければ、彼女は帰れない可能性が高いわ」

「転移事件について何か知っているのか?」

「特別な情報は持ってないわ。知っている情報は貴方より少ないかもね」

「なら、どうしてナナホシが帰れないと思うんだ?」

 

 オルステッドも少し考える素振りを見せたけど、分からないようで説明を求めて来た。

 目つきが悪いせいで、睨んでいるようにも見える顔で問いかけて来る。

 呪いが無くても怖がられそうな顔してるわよね。

 まあ、今は転移事件について説明した方が良いわね。

 

「まず、転移事件についてだけど、原因はナナホシを召喚する魔力の確保でしょうね」

「魔力を周囲から集めて発動させたわけか。お前も似たような魔術を使っていたが、可能なのか?」

「人には無理でしょうね。そもそもあれは人が起こした魔術ではないわよ」

「ん?召喚術の権威は『何者かの手によって、この世界に召喚されたのではないか』と言っていたが」

 

 誰がそんなことを言ったのかしら?

 

「まあ、間違いではないでしょうね。何者かの影響で召喚されたのは間違いないわけだし」

「だが、人が起こしたものではないのだろ」

「ええ。分かりやすいように、人が起こしてない根拠から話していきましょうか」

 

 オルステッドに視線を向ければ、頷いて続きを促してくる。

 

「まず、人が起こしたと仮定した場合、術者はとんでもない化け物ね」

「お前がそこまで言うほどか……」

「ええ。あれを人が起こす場合、無詠唱で神級魔術を扱えることが最低条件ね。その上で、術者を特定させない隠蔽力、自然界の魔力を緻密に扱う制御力、フィットア領が消滅するほどの範囲外から制御する遠隔制御力、それだけの能力が揃っても出来るか分からないわ」

「なるほど。確かに、異常だな」

「一番異常なのは、魔術との繋がりを完全に断ち切っていることよ」

「どういう意味だ?」

「魔力が枯渇した状態で、魔術を使えば髪が白くなるでしょう」

「ああ」

「あれは、髪の色素を魔力に変換してるのよ。人体の必要のないものから削られていき、最終的には重要な臓器が削られて死ぬことになるでしょうね」

 

 私の説明にオルステッドが考え始めた。

 少し待っていると、私が言いたいことを理解したようで目を見開いて私を見る。

 

「つまり、足りない魔力を自分から奪われないように、繋がりを断ち切ったということか」

「ええ。魔力が足りなくても、何の代償も無く好き放題魔術が使えることになるわ」

「お前の言う通りなら、人が起こせるとは思えないな。だが、術者が転移事件に巻き込まれて消滅しているとすれば、不可能とは思えないが」

「そうね。術者が巻き込まれていれば、必要な条件はかなり減るわ」

 

 まあ、それでも異常な技術が居るのは確かだけれどね。

 オルステッドが言うように、術者が巻き込まれないということは不可能としか思えないけど、巻き込まれていいのなら、出来そうにも思える。

 

「巻き込まれていたなら、おかしなところがまた出て来るわ」

「おかしなところ?」

「場所よ」

「……なるほど、魔力量か」

「ええ。周囲の魔力を利用するのなら、アスラ王国は魔力量が少なすぎるわ」

「周囲の魔力を利用するのであれば、魔大陸かベガリット大陸で行っているという訳だな」

「自分が巻き込まれない自信があるのなら、アスラ王国でもおかしくはないけど、魔力を集めきれなければ自分が巻き込まれる以上、少しでも魔力が多い土地を選ぶでしょうね。最適なのはベガリット大陸かしらね。魔力量も高いし、魔力結晶も手に入りやすいでしょうしね」

 

 そもそもアスラ王国であれだけの魔力が集まったのがおかしいのよ。

 それだけの技術があるのなら、もっと魔力が多い土地で魔石や魔力結晶を利用すれば楽に行えたはずだし。

 

「なら、転移事件はなぜ起きた?」

「ここからは根拠がない私の予想だけど、構わないかしら?」

「ああ、問題ない」

「おそらく、運命を捻じ曲げたことによって起こされた災害だと思うわ」

「どういうことだ?」

「何らかの結果を起こすために、過去を捻じ曲げているのよ」

「過去を捻じ曲げるということは、未来から干渉しているということか?」

「私の仮説ではね。あれほどの災害が起きたということは、元の魔術はそれ以上に強力でなければならない。あの規模の魔術を完全に隠蔽することは不可能でしょう。だから、未来で発動した魔術である可能性が高いわ」

「確かに、あの規模の魔術に心当たりはないな」

 

 分からないのは、異世界から人を呼ばなければならない程、強い運命。

 それって、この世界だけでは絶対に起きると決められているってことよね。

 気に食わないわね……

 どんなに努力しても変わらないなんて、酷すぎる。

 

「ナナホシは、強い運命を覆すために召喚されたんでしょうから、運命が覆らない限り戻れないでしょうね」

「お前の力でもか?」

「分からないわ。膨大な魔力で無理矢理にナナホシを元の世界に送り返せば、どんな反動があるか予想できない以上、下手なことはするべきではないでしょうね」

「異世界転移魔術が完成しても帰れるわけではないのだな」

「彼女が独力で異世界転移魔術を作成する間に運命が覆ればいいんだけどね」

 

 最悪でも彼女が絶望して死を選ばないことを祈るしかないわね。

 

「全部私の仮説でしかないから、私の予想を遥かに超える術者が居れば話は変わるのだけどね」

「お前が想定した以上の魔術師には俺も心当たりがない」

「……そう。なら、今の仮説を基に有力そうな情報を集めてくれる?家族が見つかれば、私も彼女が帰れるように協力するから」

「分かった。有力そうな情報が集まれば、また来る」

「それと、私の家族が見つかれば保護してくれると助かるわ」

「分かった」

 

 座っていた土の椅子を砂に変えながら立ち上がり、オルステッドに視線を向ける。

 

「後、私の家族がヒトガミの使徒になった場合も殺さないでくれる。貴方と戦うのは勘弁してほしいわ」

「ああ、俺もお前と戦うのは避けたい。穏便に解決できそうならそうしよう」

「はあ、無事は約束してくれないんですね。まあ、よろしくお願いします」

「ナナホシを頼む」

「ええ、出来る限りのことはします」

「じゃあ、またな」

「ええ、また」

 

 オルステッドに背中を向けてシャリーアに戻る。



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天才少年と怪力の神子

漸く書き終わった。


 ナナホシが魔法大学に入学してから一年近く経つ。

 無事に召喚魔術の解析は終わり、条件指定した対象の居場所を知る魔術は作れた。

 オルステッドに殺され、生き返らされたルーデウスの居場所をすぐに調べた結果、ネリス公国の辺りにいるみたい。

 お父さんの伝言が伝わっているのなら、中央大陸北部を探しているはずだから、おかしくないわね。

 魔法三大国を一通り探してから私のところに来るなら、もう少しかかるかな?

 まあ、魔法大学の近くに来れば、会いに来るでしょう。

 

 次に、アイシャの居場所を調べたけど、リーリャと一緒にお父さんやノルンと一緒に居るようなので安心した。

 ただ、お母さんの居場所が正確に分からなかった。

 ベガリット大陸辺りに居ることは間違いないのだけど、正確な場所がルーデウス達と違い分からない。

 生きていることは間違いないので、魔力の濃い迷宮内にいるのかな?

 お父さんには、私が分かる範囲の情報をまとめて手紙で送る。

 

 お母さんが迷宮内に居るのであれば、私では助けに行くことは難しい。

 迷宮内の魔物なら簡単に倒せるけど、迷宮内を迷わずに進むことも、トラップを回避することも出来ない。

 正直、お父さんはSランクの冒険者らしいので、お母さんの救出は任せて大丈夫でしょう。

 

 ルーデウスは……まあ、私に会いに来た時に伝えればいいかな。

 

 

 ナナホシは、一年経ったのに何も私に聞きに来ない。

 まあ、全然協力的な態度を見せていないので、当然と言えば当然かな。

 来られてもなんて言えばいいか分からないので、本当に困るけど……

 本当に、何て伝えたらいいのかしら……

 

「エルシア様、少しよろしいでしょうか?」

 

 私がナナホシのことで困っていると、アリシアが話しかけて来た。

 

「どうかした?」

「今、風の帝級魔術で行き詰っているので、エルシア様の魔術を参考にしようかと思ったのですが、何かお悩みですか?」

「まあね。私が推薦したサイレントって子がいたでしょう」

「ええ、学園に色々と口出ししているそうですね。彼女が何か問題を起こしたのですか?」

「問題は起こしてないわよ。ただ、あの子、面倒な運命に囚われているみたいなのよね」

「面倒な運命、ですか……それは、占命魔術で占ったのですか?」

「……いいえ。そもそも私、占命魔術だけは使えないのよ」

「え?」

 

 私の言葉に、アリシアは意外そうに目を見開く。

 魔導神なんて呼ばれているから占命魔術も使えると思っていたのでしょう。

 まあ、私も占命魔術を学びはしたけど、全く使えなかった。

 魔法大学の先生にも聞いてみたけど、詳しい理由については分からなかった。

 未来を占うことにあまり興味も無かったから、使えなくても別に構わないのだけど、時間に干渉する魔術は解明したいから、時間があれば研究をしようと思っていたけど、全然時間が無かったのよね。

 

「エルシア様にも使えない魔術があるのですね」

「魔導神なんて呼ばれていても、所詮は人間よ。占命魔術は使えないし、解毒魔術も得意じゃないわ」

「魔術は全て得意だと思っていたので、意外でした」

 

 まあ、普段使わない魔術だから、アリシア達が知らないのもの当然よね。

 

「話を戻しますが、面倒な運命とは何なのですか?」

「詳細は分からないわ。ただ、かなり面倒な運命に巻き込まれているのは間違いないわ」

「エルシア様は、彼女を助けるつもりなのですか?」

「ええ、弟の命の恩人だからね。ただ、詳しい事情は本人には話せないのよ」

「それは……色々と大変そうですね」

「本当にね」

 

 アリシアは私がかなり面倒なことに巻き込まれているのだと察してくれたみたい。

 

「まあ、今すぐどうにかなるわけじゃないから、ゆっくり考えるわ」

「そうですか」

「それで、私の帝級魔術を参考に見せて欲しいのよね」

「いえ、どのような魔術か教えていただければ十分です。後、どういう工夫をすればいいか教えていただければ、自分で頑張ります」

「そう。私の風の帝級は、風裂と衝撃波が吹き荒れて高速回転する風のドームを作る魔術よ。ドームを風槍竜巻のように撃ちだすことも出来るわ」

「なるほど、風裂、衝撃波、風槍竜巻のですか」

「ええ」

 

 まあ、帝級魔術と言っても聖級以下の応用だしね。

 混合魔術を一つの魔術に出来れば、王級以上の魔術を作ることは難しくないしね。

 

「参考になったかしら?」

「エルシア様の風の神級魔術も教えて貰えますか?」

「まあ……教えるのは良いけど、参考にはならないわよ」

「分かっています。風の魔術でどこまで出来るのかを知りたいだけです」

 

 使えないことが分かっているのなら、私の神級を変に真似たりはしないかな。

 

「風の神級は、空気を一、二秒で山より高い位置まで持ち上げて、一瞬で地面に叩きつけるだけよ」

「……それが神級の風魔術なんですか?」

「ええ、私達が気づいてないだけで、かなりの重さの空気が私達の上に乗っているわ。それを持ち上げて叩きつけるだけで、かなりの破壊力があるわ」

「重い空気の塊を叩きつけるわけですか」

「まあ、規模が大きいだけで、簡単に言えばそうね」

 

 持ち上げる範囲によっては暴風発生するし、叩きつけた時の衝撃で街の一つ程度なら簡単に吹き飛ぶでしょうけどね。

 やっていることは、本当に単純なのよね。

 

「ああ、それと空気は圧縮すると温度が上がって、拡散させると温度が下がる性質があるみたいよ」

「そんな性質があったんですね。……とても参考になりました」

「そう、参考になったなら良かったわ」

 

 圧縮や拡散で空気の温度が変わることが、何の参考になったんだろう?

 まあ、何か思いついたなら良いかな。

 

 

 

 アリシアが魔術のことを聞いて来てから数か月経ち、アリシア達も七年になった。

 アリシアとエミリーは、帝級魔術を習得して風帝級魔術師と水帝級魔術師になった。

 アリシアは空気を圧縮して火魔術の応用で、温度を上げた超高温高密度の空気弾を撃ちだす魔術。

 エミリーは絶対零度を習得していた。

 

 そして珍しく魔術ギルドから連絡があった。

 内容は、シーローン王国の怪力の神子ザノバ・シーローンが、祝福の研究に協力する代わりに魔法大学に特別生として入学したため、祝福に興味があるのならあってみたらどうかというものだった。

 祝福や呪いに関しては、魔力付与品と同じということは分かっている。

 けれど、神子の力には興味があるわね。

 特別生として入学しているということだし、会いに行ってみましょう。

 

 

 怪力の神子を探して魔法大学の中を歩いていると、知らない男子生徒に声を掛けられた。

 

「お前が、魔導神エルシアか?」

「ええ、そうだけど、貴女は?」

「クリフ・グリモル。天才魔術師だ」

「そう。それで、私に何か用?」

 

 自分で天才魔術師なんて名乗るなんて凄い自信ね。

 見た感じだとそんなに凄い才能があるとは思えないのだけど……

 ルディがおかしいだけで、これが普通の天才なのかしら?

 

「僕に無詠唱魔術を教えてくれ」

「…………」

 

 本当に天才とは、この程度のものなのかしら?

 ルディが異常だとしても、アリシアやエミリーもすぐに無詠唱魔術を使えるようになっていたし。

 詠唱無しで魔力の流れを再現するように言っただけで、特に何も教えてないけど出来るようになったわよね。

 アリシアとエミリーも天才だったのかしら?

 そもそも、無詠唱魔術ってどうやって教えればいいのかしら?

 

「詠唱しないで魔力の流れを再現すれば、簡単に出来るわよ」

「……それだけか?何か練習方法とかないのか?」

「練習方法って言われても……私は初めから見た魔術は無詠唱で扱えたから、練習方法なんて知らないわよ」

「なっ!?」

 

 クリフは私の言葉に目を見開いて信じられないと言いたげな目で私を見て来る。

 別に、私は魔力が生まれつき見えたから出来ただけで、魔眼が無ければ出来なかったでしょうね。

 本当に信じられないのは、二歳で文字を読み魔術を無詠唱で扱ったルディだ。

 私は二歳から必死に勉強して一年近くかかって漸く本が読めるようになったというのに、特に勉強もせずよく読めるようになったわよね。

 

「まあ、貴方が天才魔術師だというなら、魔力の流れを意識すればすぐに出来るようになるわよ」

 

 

 何か悔しそうな顔をしている彼を放置して私は、怪力の神子に会うために教師に居場所を聞くために職員室に向かった。

 職員室で教師に居場所を聞けば、今はちょうど土魔術の授業を受けているだろうとのことだった。

 なんでも怪力の神子ザノバは、土系統の魔術を熱心に勉強しているらしい。

 熱心に勉強をしているのを邪魔しては悪いので、授業が終わるのを教室の近くで待つことにした。

 

 教師に案内してもらった教室の近くで、教師と話して時間を潰した。

 授業が終わり教室から生徒が出始めると、教師が一人の男子生徒に声を掛けに行った。

 教師が事情を説明したようで、二人で戻って来る。

 

「お初にお目にかかります、シーローン王国第三王子、ザノバ・シーローンと申します。以後、お見知り置きを、魔導神殿」

「それでは、エルシア様。私はこの辺りで失礼します」

 

 ザノバが挨拶したのを見て、教師は私に一礼して職員室に戻っていった。

 私は、教師からザノバに視線を移す。

 

「魔導神殿、本日はどのようなご用件で?」

「貴方の怪力の神子としての力を見せて欲しいのよ。色々と試したいこともあるから、研究棟まで付いてきてくれるかしら?」

「はい、問題ございません」

「では、行きましょうか」

 

 ザノバの許可を貰ったので、研究棟の以前まで私が使っていた研究室に移動する。

 研究室についてすぐに、土魔術で彼の身長と同じくらいの岩を作り彼に渡す。

 

「その岩、重い?」

「いえ、このくらいなら問題ありません」

「そう。少しずつ重くするから、限界が来たら言ってね」

「分かりました」

 

 ザノバが持つ岩に手を当てて魔術で少しずつ重くしていく。

 彼の限界で止められた岩を魔術の結界で張った床に降ろしてもらった。

 彼と違い神子として怪力があるわけではないけど、私も力には自信がある。

 魔力の出力を上げるために、魔術で肉体を作り替えたことでかなりの力が付いた私と神子としての力、どちらが強いのかしら?

 

「重い……」

「!?怪力の神子と同じくらいの力があるとは、驚きました」

「いえ、私も力には自信があったんだけど、流石は神子ね」

 

 ほんの少し持ち上げるのが精一杯だった。

 闘気を纏えば軽く持ち上げられるだろうけど、素の力では無理ね。

 素の力は彼の方が強いけど、闘気を纏えば私の方が強そうね。

 

「神子としての力は、他に何かありますか?」

「強いて言うなら、体が頑丈なくらいですね。魔術や熱に対しては弱いですが、物理的な攻撃はほとんど効きません」

「なるほど」

 

 怪力の神子の力は、強化が偏った強力な闘気という感じみたいね。

 彼の体内に内包された大量の魔力が、闘気と似た役割を果たしているのでしょう。

 

 ん?彼とは少し質が違うけれど、私にも彼と似たように何かの性質を持った魔力が流れてる?

 魔力量が多すぎで気づかなかったけれど、私も神子ということなのかしら?

 ……いけないわね。

 用事が済んだのだから、彼を先に帰さないとだめよね。

 

「ありがとう。助かったわ」

「お役に立てたようで何よりです」

「また何か手伝ってもらうことがあれば、声を掛けるわね」

「分かりました。では、私はこれで」

「ええ、お疲れ様」

 

 研究室から出ていく彼を見送って私は、自分の身体に流れる魔力に意識を向ける。

 今まで当たり前のように扱っていたせいで、身体の中を流れる魔力に意識を集中させたこと無かったな。

 ……三種類かな?

 普段魔術や闘気に使っている思い通りに操れる魔力、それと操ることの出来ない魔力が二種類。

 恐らく、操れない魔力の一つは性質的に、私の肉体を強靭にしている魔力よね。

 覚えのある性質だから、間違いないでしょう。

 

 ただ、もう一種類の魔力は全く覚えがないし、性質からどんな効果があるのかも分からない。

 もしかして、私も何らかの神子という事なのかしら?

 けれど、それらしい力に心当たりが全くない。

 そもそも身体の中の魔力に意識を集中させて漸く気づけたわけだし、目立った力はなさそうね。

 どんな力か調べたいところだけど、性質から予測が出来ない以上、何か手掛かりが見つかるまでは調べられないわね。

 

 オルステッドのように他人に恐れられるような能力ではないし……オルステッド?

 そういえば、私はオルステッドの呪いが効かなかったわね。

 呪いや祝福の影響を受け付けない能力とかなのかしら?

 ザノバは物理的な影響だから調べられないわよね。

 ……オルステッドのように、他者に影響を与える呪いや祝福持ちが現れるのを待つしかないわね。




エルシアの風の神級魔術ついて。

まず、大気についてはナナホシが普通に生活しているので、地球とあまり変わらないということにしてあります。
空気の重さは、一平方メートルの上にある空気の重さは約十トンだそうです。

直径一キロの円を範囲とした場合、約八百万トンの空気を大体一キロメートルくらいの高さに持ち上げて、秒速ニ十キロメートルくらいの速度で地面に叩きつける魔法です。

ざっくりとネットで計算したら、ツァーリ・ボンバの三、四倍のエネルギーがあるみたいです。

やっぱり、エルシア化け物だ。


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泥沼と入試と再会

お気に入り登録が千を超えた!!
お気に入り登録してくださった方、ありがとうございます。
これからも読んでいただけると嬉しいです。


 私が神子であることは分かった後、手掛かりになりそうなものを調べてみたけど、何もなかった。

 魔法大学で調べられる範囲には、手掛かりになりそうなものもない。

 やっぱり、祝福や呪い持ちが現れるのを待つ以外に選択肢はないわね。

 

 召喚魔術の研究が終わってから、研究の対象になる魔術が見つからなくて暇……

 召喚魔術を解析したことで、空間にも干渉出来るようになったし、次は時間に干渉する魔術の研究でもしようかな?

 魔術だと占命魔術のように未来を見るくらいで、時間に干渉するものはないし、簡単には終わらないでしょうから楽しめそう。

 

「エルシア様」

「ん?どうかした?」

 

 私が次の研究内容について考えていると、アリシアとエミリーが研究室に入って来た。

 二人揃ってこの時間に戻って来るなんて珍しいわね。

 

「ルーデウス・グレイラットという名前の冒険者が、推薦を受けて魔法大学に来ています」

「確か、エルシア様の双子の弟もルーデウス・グレイラットという名前でしたよね」

「ルディが魔法大学に来てるの!?」

 

 私が立ち上がり二人に問いかけると、二人とも苦笑しながらエミリーが答えた。

 

「おそらくはエルシア様の弟で間違いないかと」

「そう、すぐに行くわよ。案内して」

「かしこまりました」

 

 アリシアとエミリーの案内で修練棟の訓練室に案内された。

 何でもルディが、噂通り無詠唱で魔術を扱えるのかの試験をするためらしい。

 訓練室に着くと、フィッツとルディが摸擬戦用の魔法陣の上で向かい合っていた。

 無詠唱魔術の確認のために、同じ無詠唱魔術師のフィッツと摸擬戦させることにしたのかしら?

 

「では、はじめ!」

「『乱魔』!!」

 

 号令と同時に、杖を構えたフィッツに対して、ルディが魔力を送り始めた。

 ルディの送った魔力が、フィッツの魔術の発動を阻害されているみたいね。

 あんな魔術聞いたことがないけど、どこで覚えたのかしら?

 

 ルディが『乱魔』と呼んだ魔術をよく見るために、フィッツの後ろに移動する。

 私がフィッツの後ろに移動した直後、ルディの岩砲弾がキュインという音を立てて飛んで来た。

 フィッツの顔の横を通り過ぎ、上級の結界を貫いて私の方に飛んで来る。

 

 まあ、ルディの魔術が上級の結界で止められるわけないわよね。

 全く、手加減というものを知らないのかしら?

 

 飛んで来た岩砲弾を左掌で受け止めて握りつぶす。

 ルディは私が岩砲弾を握りつぶすのを見て目を見開いて驚いている。

 フィッツもこちらを見てその場で尻餅をついた。

 

「姉、さま?」

「久しぶりね、ルディ。それにしても……貴方、手加減ってものを知らないの?」

「……やり過ぎた自覚は少しあります」

 

 フィッツを一瞥してルディに問いかけると、ルディもフィッツの顔を見て目を逸らした。

 やる前に分かって欲しかったわ。

 

「はあ。まあ、いいわ。取り敢えず、用事を済ませなさい。待ってるから」

「分かりました」

 

 私が二人から離れて教頭の近くに戻る。

 

「エルシア様、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 私のことを心配して問いかけて来る教頭に左拳を見せながら返す。

 闘気を纏っていたからかすり傷も出来ていない。

 私の掌を見て教頭と知らない女性が目を見開いて驚いているが、気にせずにルディへ視線を向ける。

 

「い、今の……どうやってやったの?」

「乱魔という魔術です。知りませんか?」

 

 問いに対するルディの答えにフィッツは首を振って返す。

 隣の教頭が私に視線を向け、「知っていますか?」と言いたげな顔をしていたので、フィッツと同じように首を横に振る。

 私も同じことをやれと言われれば出来るけど、魔術として使われていることは知らなかった。

 ルディはどこで学んできたのかしら?

 

「ありがとうございます先輩!新入生である僕に花を持たせてくださったんですね!」

「えっ?」

「はあ……」

 

 急に馬鹿みたいなことを言い出したルディに呆れてため息をつく。

 よく分からない魔術を使って一方的に叩きのめして置いて、それはどうなのでしょう。

 余程の馬鹿でもない限り、実力差は一目瞭然でしょうに……

 まさか、今の摸擬戦で実力差が分からないのが、普通なのかしら?

 いや、それは無いわね。

 

 

 ルディは試験に無事合格し、教頭から特別生の説明を受けた。

 ルディと一緒に来ていた女性は、お金を一括払いして入学した。

 ルディの用事が済んだ後は、私の家に集まりアリシアとエミリーが用意したお茶とお菓子を食べながら話すことになった。

 本当はルディの話を聞きたかったのだけれど、知らない女性も一緒について来た。

 ルディ曰く、彼女も関係があるらしいけど、ルディの恋人か何かしら?

 

「それじゃあ、彼女の紹介をしてくれる?」

「お願いします、エリナリーゼさん」

「わたくしの名前は、エリナリーゼ・ドラゴンロード。貴女とルーデウスの父、パウロの元パーティメンバーで、ロキシーの友人ですわ」

 

 エリナリーゼさんの言葉に私は目を見開いて、彼女を見る。

 ルディの恋人かと思ったら、お父さんとロキシー先生の関係者だった。

 

「え、えっと……エルシアです。よろしく、お願いします?」

「何故、疑問形ですの?」

「い、いえ……なんて言えばいいのか、よく分からなかったから……」

 

 エリナリーゼさんに対する態度をどうすればいいのか。

 本当に誰か教えてくれないかしら?

 

「意外ですわね」

「意外ですか?」

「もっと調子に乗っていると思っている、とんでも超人だと思っていましたのに、案外普通なんですのね」

「?」

 

 エリナリーゼさんの言っていることがよく分からず、首を傾げてアリシアとエミリーを見る。

 二人は納得したような顔で、自分たちが用意したお茶を飲みながら黙っている。

 

「魔導神エルシアの噂は聞きましたわ。魔法三大国史上最高の天才魔術師、全系統の神級魔術を習得していて、新しい魔術をいくつも生み出した。誰よりも魔力に愛され、息をするように魔力を操る。魔力を導く神エルシア」

「随分と大袈裟な噂ね。私、そんな大した存在じゃないんだけど……」

「つまり、噂は嘘だということですの?」

「えっと……才能で言えば、過去に私以上に優れた人はいただろうし、使えない系統もあるから全系統は嘘ね。新しい魔術は作ったけれど、実用的なものか分からないから何とも言えないわね。息をするように魔力を操れるけど、それなりの訓練をすれば身に着くわよ」

「……貴女、本気で言ってますの?」

「?」

 

 本気も何も事実を言っただけなのだけど。

 何か変なことを言ったかな?

 ルディに視線を向ければ、エリナリーゼさんと同じように信じられないという顔を向けて来る。

 アリシアとエミリーは、ため息をついて呆れたような表情をしている。

 

「お気になさらず、エルシア様は自分の評価に興味がないだけなので」

「細かいことを気にしていては、身が持ちませんよ」

「従者の私に対する扱いが雑な気がするんだけど……」

「「気のせいです」」

「えぇ……」

 

 やっぱり、この二人、私の扱いがたまに雑になるわよね。

 これでも少しは自分の評価を自覚しているつもりなんだけど……

 現状、魔法三大国で唯一の神級魔術師で、占命魔術以外は全て扱えるわけだし。

 魔道具に必要な魔石や魔力結晶の生成魔術は、かなり実用的な魔術だしね。

 魔術だけで見れば、かなり功績は残していると思うけれど……基本的にそれだけだしね。

 魔人殺しの三英雄のような人類を救ったような英雄ではない。

 多くの人に称えられる英雄とは違い、魔術に関わる者にしか認知されない功績。

 それもほとんどが趣味でやっていることだし、調子に乗りようがない。

 

「えっと、姉様。実は、母様の居場所が分かったんです」

「知ってるわよ」

「「え?」」

 

 気まずい空気を変えるためか、ルディが話題を無理矢理変えたので、話に乗るように返すと、二人とも目を見開く。

 そもそもお父さんに手紙を出したのは私だしね。

 

「どうして知っているんですの?」

「まさか……」

「四年も掛かったけど、指定した対象の居場所を調べる魔術を作ったのよ」

「……無茶苦茶ですわね」

「あれは大変だったわ」

 

 本当に、昔の人はよくあんな魔術を作ったなと思うよ。

 扱うのは難しくないけど、詳細な理論を完全に理解するのは、本当に大変だった。

 

「では、どうして助けに行きませんでしたの?」

「お父さんに任せた方が良いと思ったからよ。呼ばれたら行くけど、私が一人で行っても何も出来ないから」

「何も出来ないということはないでしょう」

「多分、迷子になるから……」

「旅の経験はありませんの?」

「フィットア領とシャリーアの往復ならしたことがあるわよ」

「魔物に関する知識は?」

「まあ……少しは」

「確かに、貴女一人ではベガリット大陸の横断は難しそうですわね」

 

 エリナリーゼさんは助けに行かなかったことに納得してくれたようね。

 ルディは特に何も言ってないから、納得しているのかな。

 

「そういえば、ルディ。貴方が使っていた乱魔はどこで覚えたの?」

「姉様は乱魔を知っているのですか?」

「私もあんな魔術は知らないわよ」

「そうですか。あれは龍神が使っていた魔術を真似しただけです」

「ああ、オルステッドが使っていたのね」

 

 確かに、彼なら使えてもおかしくないわね。

 あの時は戦う気が無かったようだけど、彼が殺す気で来ていたらどうなっていたのかしら。

 本当に、出来れば戦いたくないわね。

 

「姉様は、オルステッドを知っているのですか?」

「ええ、知ってるわよ。貴方が殺されかけたことも聞いたわ」

「お、オルステッドが、シャリーアに、いるんですか?」

「居ないから安心しなさい」

 

 青い顔をして震える声で問いかけて来るルディに出来るだけ優しい口調で返す。

 殺されかけたわけだし、やっぱり怖いわよね。

 

「後、今後はオルステッドから襲ってくることは無いはずだから、安心しなさい」

「ほ、本当ですか?」

「ええ、ルディが喧嘩を売らない限りは大丈夫よ」

「そうですか」

 

 ルディも少しは安心したようだし、大丈夫でしょう。

 見たところかなり怯えているし、自分から喧嘩を売るようなこともしないでしょう。

 

「貴女、七大列強相手に交渉したんですの?」

「こう……しょう……?まあ……交渉なのかしら?」

「随分と曖昧な反応ですわね」

「まあ、色々あったから」

 

 交渉と言えば交渉だと思うけど、交渉じゃないと言われたら交渉じゃないようなことやってるしね。

 あれは、何と言えばいいのかしら?

 

「まあ、無いとは思うけど、オルステッドに喧嘩は売らないことね。正直、私も彼とは戦いたくないから」

「分かっていますよ」

「七大列強に喧嘩を売るほど、死にたがりではありませんわ」

「二人もよ」

 

 アリシアとエミリーに視線を向けて言うと、ケーキを食べる手を止めて真剣な顔で私を見る。

 

「分かっています」

「エルシア様が戦いたくない相手に喧嘩なんて売りませんよ」

「なら、良いわ」

 

 皆、馬鹿じゃないし、余程のことが無い限りは大丈夫でしょう。

 ルディがシャリーアに来るまでのことは、またゆっくりと聞けばいいしね。

 

「そういえば、二人ともどこに住むの?」

「寮に住む予定ですが、適当な宿に泊まる予定です」

「わたくしも同じですわ」

「寮に入るまで、ここに住んでも良いわよ。部屋なら余っているし」

「わたくしは遠慮しますわ」

「僕も遠慮しておきます」

「そう……遠慮しなくてもいいんだけど……」

 

 エリナリーゼさんを見れば、魔力の流れが少しおかしいから呪い子かな。

 呪い関係で遠慮している可能性もあるし、無理に引き留めるのも悪いわね。

 ルディに関しても何か事情があるのでしょう。

 

「なら、宿代くらい出すわよ」

「お金に困ってないので、大丈夫ですわ」

「僕も冒険者としてそれなりに稼いでいるので、大丈夫です」

「そう……ならいいけど、困ったことがあればすぐに言うのよ」

「姉様、もう子供じゃないんですから……」

 

 少し過保護だったのか、四人が呆れたような顔で私を見て来る。

 そんなに変かな?

 

「ああ、姉様。精神的な病を治す魔術を知りませんか?」

「あるにはあるわね」

「あるんですか!?」

「ええ、治療魔術のように一度で治せるようなものではないけれど、治すことは出来るわよ」

「どのような魔術ですか?」

「解毒魔術よ」

「ん?解毒魔術で精神的な病を治せるんですか?」

「わたくしも聞いたことがありませんわ」

 

 私の返答にルディは首を傾げてエリナリーゼさんを見る。

 エリナリーゼさんも初耳だったようで、首を振って返した。

 

「原理としては、解毒魔術で精神的な病の逆の症状を引き起こす薬を作るのよ。心が沈んでいる相手には、精神が高揚する効果の解毒魔術掛けれる感じね。これで一時的には治せるわ。後は、魔術が効いているうちに、根本的原因を解決出来れば、完全に治るでしょ」

「なるほど……ちなみに、その治療が出来る方は、どれくらいいるのですか?」

「原理は魔術ギルドに提出してはいるけど、使える人はかなり限られると思うわよ。私なら半年か一年で大体の症状に対応できるわよ」

「い、いえ。あ、あの、冒険者仲間が、人には相談しにくい内容で悩んでいたので、聞いただけですので、お気になさらず」

「そう。まあ、治して欲しいなら連れてきなさい」

「わ、分かりました」

 

 何か言いにくそうだったけど、私に話しにくい内容なのかしら?

 まあ、精神的な病の内容や原因なんて初対面の相手には話せないわよね。

 その後は、ルディとエリナリーゼさんを含めた五人で夕食を食べ、二人は宿に戻っていった。




エルシアのステータスについて

素の腕力はザノバ以下オルステッド以上、闘気を纏えばザノバ以上。
基本的な身体能力もオルステッド以上だけど、技術がないため十全には扱えない。
物理防御力もザノバより少し低い程度で、闘気を纏えばザノバ以上。
魔術的な防御力は異常に高く、王級以下は闘気を纏わなくても無傷で防げる。
闘気を纏えば、帝級魔術も無傷で受けきれる。

戦闘時は、身体の表面を覆う結界と球状の結界の二つがあるので、神刀ありのオルステッドでも突破が難しい防御力。

魔力量はルーデウスと比べてもかなり多い。
まあ、ステータスだけなら世界最強です。
戦闘技術はクリフよりないかもしれない。

エルシアの最高火力の魔術は、準備中に逃げなければオルステッドも確実に死にます。
まあ、人や魔物相手に使っていい魔術ではないので、使う場面は多分ない。


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師匠?と弟子?

 私は久しぶりに魔法大学の入学式に顔を出した。

 校長に出てくれないかと言われたことはあったけれど、一度も受けたことは無かったわね。

 アリシアとエミリーが入学した時は顔を出したけど、ただ見に行っただけだしね。

 今回は校長から演説か挨拶を出来ればして欲しいと頼まれたけど、面倒だから断った。

 私としてはルディの入学式を見に来ただけなので、面倒なことはしたくない。

 校長が演説しているのを聞き流して終わるのを待つ。

 

「風魔法を使い過ぎると禿げるって噂、本当なんですかね?」

「デマに決まっているでしょう。ねえ、エルシア様」

 

 校長が必死にカツラが飛ばないように抑えているのを見てエミリーが、アリシアに視線を向けて問いかけて来る。

 そんなエミリーにアリシアはジトっとした目を向けて返し、私に同意を求めて来る。

 

「まあ、デマでしょうね」

「ほらね」

「そうですか」

 

 エミリーも信じてはいないのでしょうけど、アリシアをからかうために聞いたのかしら?

 二人とも暇なら遊びに行っても良かったのだけれど……まあ、いいか。

 それにしてもナナホシ発案の制服、皆が同じ服装をしていると統一感があるわね。

 同じ服装をしていると、仲間意識が湧くのかしら?

 

「エルシア様、制服に興味があるのですか?」

「そういう訳じゃないけど、統一感が出る以外に制服に意味があるのかなって」

「さあ、私も着たことはないので、分かりません」

「魔法大学の生徒だと一目で分かるとかじゃないですか」

「制服を手に入れられたら、誰でも簡単に侵入出来るようになりそうね」

「まあ、教師陣もそこは理解しているのでは、ありませんか?」

「かもしれないけど、一応警戒するように言っておいて」

「分かりました」

 

 私達が制服について話していると、校長の話が終わった。

 校長の次は、アリエル達が壇上に登る。

 彼女達が壇上に上がると、生徒達がざわざわとし始める。

 アリエル達って人気なのね。

 アリエルの話も聞き流していると、入学式が終わりルディは特別生の教室に移動した。

 ルディと昼食の約束はしたので、私は図書館に向かった。

 アリシアとエミリーは、入学式を見に来ただけの様で街へ買い物に行った。

 図書館で読んだことがない魔術の本を見つけ、椅子に座って読んでいるとルディがやって来た。

 

「姉様、ここにいたんですね」

「ええ。魔法大学で時間を潰すなら、ここがちょうどいいもの」

「そうですか」

 

 ルディは、何か考えるような顔をした後、真剣な顔で私を見て問いかけて来る。

 

「姉様は、転移事件について何か知っていますか?」

「…………」

 

 何て答えようかしら?

 大まかには知っているけれど、詳細は知らないのよね。

 仮説はあるけれど、正しいことも証明できてないし、下手に話してナナホシに伝わって欲しくない。

 彼女はルディの命の恩人だし、下手なことを教えたらルディから彼女に伝わる可能性が高いのよねぇ。

 まあ、家族の無事は確認できているし、話さなくても良いわね。

 

「悪いけど、実際に巻き込まれたルディが知っている以上のことは知らないと思うわ」

「そうですか。では、転移について調べたいのですが、何かいい本はありませんか?」

「転移魔術が禁術だって分かって言っているの?」

「はい。また、転移事件のような災害に巻き込まれた時に対応できるようになりたいですから」

「……そう」

 

 正直、転移魔術について調べたところで、魔力災害に対応できるとは思えないけれど、ルディなら何か対策を思いつくのでしょうね。

 さて、転移魔術について知るために、参考になる本は何かあったかしら?

 

「あっ!」

 

 ルディの背後から小さな叫び声が上がり、そちらに視線を向ける。

 フィッツが数冊の本と巻物を抱えて立っていました。

 フィッツを見てすぐに、ルディは慌てて姿勢を整え頭を下げました。

 

「先日は申し訳ありませんでした。僕の浅はかな行動で先輩の顔を潰すような事になってしまいました。いずれ菓子折りでも持って挨拶にでも出向こうと思っていましたが、何分新入生ゆえ、あれこれと忙しく……」

「うぇぁ!?……い、いいよ、頭を上げて」

 

 ルディはフィッツが困るような勢いで謝り始めました。

 礼儀作法について詳しくないけれど、王族の護衛に対する対応って、こういうものなのかしら?

 ルディの反応的にフィッツはルディに友達だということを話してないのかしら?

 まあ、正体を隠しているわけだし、余程のことが無い限り話すことが出来ないのかな?

 

「ルデ……えっと、ルーデウス君?君はここで何を?」

「少々調べ物を」

「何について?」

「転移事件です」

「転移事件を?なんで?」

「僕もアスラ王国のフィットア領に住んでいましてね。例の転移事件では魔大陸まで飛ばされました」

「魔大陸!?」

 

 魔大陸まで飛ばされていたのね。

 ロキシー先生が過酷な土地と言っていたから、帰ってくるのはかなり大変だったのでしょうね。

 転移事件の時に赤竜山脈を通った時は大したことは無かったけれど、警戒してほとんど休まずに越えたのが間違いだったわね。

 神級魔術で結界を張れば、寝る時間くらい確保できたはずなのに、無理して超えたせいでかなり疲れたのよね。

 あの時は真っ直ぐだったから良かったけど、道が分からなかったら危なかったわよね。

 やっぱり、多少は旅の経験を積んでおいた方が良いかな?

 

「ええ、かえってくるのに三年も掛かりました。その間に家族は見つかったようですが、まだ知り合いの一人も見つかりませんし、いい機会だから、詳しく調べてみようと思いましてね」

「もしかして、それを調べるためにこの学校に?」

「そうです」

 

 魔大陸から三年って早いわよね?

 転移事件で飛ばされたってことは、旅の準備なんてしていないだろうし、最悪武器すら持っていない状態だった可能性もある。

 転移事件で魔力を吸われてるはずなのに、魔大陸からよく帰って来れたわね。

 ただ運が良いだけじゃ無理、魔術や剣術の才能があっても無理。

 どれだけの才能と運が味方をすれば、魔力がほとんどない状態で魔大陸から帰って来れるのよ。

 

 本当に、ルディは呆れるほどの天才ね。

 

「先輩はここで何をしてるんですか?」

「あっと、そうだ。資料を運ぶところだったんだ。ボクはもう行くよ。ルーデウス君、またね」

「あ、はい、また」

 

 フィッツは慌てた様子で言うと、踵を返して司書の方に行こうとする。

 

「あ、そうだ。転移についてならアニマス著の『転移の迷宮探索記』を読むと良いよ。物語形式だけど、分かりやすく書いてあるから」

 

 最後にそう言い残し、去っていった。

 

「姉様、『転移の迷宮探索記』の場所分かりますか?」

「ええ、わかるわよ」

 

 ルディにフィッツが進めた本の場所に案内して渡す。

 彼女、なかなか良い本を選ぶわね。

 転移について調べるなら、確かにこの本が一番いいかもしれないわ。

 

「じゃあ、昼食までゆっくり本を読みましょうか」

「そうですね」

 

 

 ルディと一緒に本を読んでいると、昼食の前にルディは読み終わったようね。

 まあ、ページ数は少ないから、そんなに読むのに時間は掛からないか。

 

「姉様、この本に書いてあることは事実だと思いますか?」

「ええ、その本に書いてあることは全て本当のことだと思うわよ」

「どうしてですか?」

「それに描かれている魔法陣と書かれている効果が一致するからよ。著者は転移魔術に詳しければ、冒険の話は嘘かもしれないけどね」

「魔法陣を見て効果が分かるんですか!?」

「まあ、十年も魔術の研究をしてれば分かるようになるわよ」

「そういうものですか」

 

 まあ、転移魔法陣に描かれた効果が正確に分かるのは、召喚魔術を解明したからなんだけどね。

 占命魔術の魔法陣を見せられても何となくの効果しか分からないし。

 まあ、嘘ではないし、少しくらい見栄を張っても良いでしょう。

 

 ルディとそんなことを話していると、正午の鐘が鳴った。

 

「もう時間ね。食堂に行きましょうか」

「そうですね。本を片付けてきます」

 

 私は読みかけの本を閉じ、本を返しに行ったルディが帰ってくるのを待つ。

 本を片付けて帰って来たルディと一緒に司書に会いに行く。

 司書を見つけて私は司書に本を渡す。

 

「これ、貰うね」

「ね、姉様!?」

「かしこまりました。少々お待ちください」

「えっ!?」

 

 司書は驚いているルディのことは気にせず、本を持って書庫に向かった。

 ルディが驚いているようだし、簡単に説明をしておこう。

 

「気に入った本を司書に言えば写本を貰えるのよ」

「……普通、貰えないと思いますよ」

 

 ルディは私の説明に苦笑しながら返してくる。

 

「そうなの?」

「……姉様、本の値段をご存知ですか?」

「知らないけど……アスラ銀貨五枚くらい?」

「……知らないのなら、いいです」

「?」

 

 ルディは何が言いたいのかな?

 私達がそんな話してをしていると、司書が写本を持って戻って来た。

 書庫に置いてあった予備のようで、先ほど渡したものより綺麗な本を受け取る。

 

「ありがとうね」

「いえ、またのご利用お待ちしております」

 

 本を受け取った後、ルディと一緒に食堂に移動する。

 

 

 途中で怪力の神子ザノバと合流して食堂に向かう。

 

「まさか、エルシア殿が師匠と御姉弟だったとは、思いもしませんでした」

「私としては、貴方達の関係の方がよく分からないけどね」

「魔大陸から帰る途中で知り合いまして、その時に色々あったんです」

「まあ、詳しいことは食べながら聞くわ」

「分かりました」

 

 三人で食堂に入り、カウンターでザノバのオススメの定食を受け取る。

 食堂は三階建てになっていて、階層によって生徒の住み分けが出来ているそう。

 

 三階は、人族の王族や貴族。

 二階は、人族の平民と獣族。

 一階は、冒険者と魔族。

 

 何で分かれているかよく分からないけど、誰も文句が無いなら良いのでしょう。

 私達はザノバと一緒に三階へ移動する。

 私とルディは平民だけど、彼は王族だから三階の方が良いのでしょう。

 私達が階段から姿を現すと、三階にいた生徒達の視線が一気に集まる。

 まあ、私やルディのようなローブを着た生徒は誰もいないから目立つのでしょうね。

 特にルディは、かなりボロボロのローブを着ているから、余計に目立つでしょう。

 

「ザノバ、ちょっとここの空気は僕と合わないと思うので、せめて二階で食べませんか?」

「二階はいけません。リニアとプルセナがおりますゆえ」

「じゃあ、一階は?」

「一階はテーブルマナーも知らぬ粗野な者が多く、仮にも王族たる余が混じるべきではありませんゆえ」

「じゃあ、もう別々に食べましょうよ」

「そんな殺生な。余がいままで師匠に会えず、どれだけ我慢してきたと思っているのですか。せめて食事くらいは……」

「師匠に我慢させないでくださいよ」

 

 階段の近くで押し問答している二人を見ていると、階下から黄色い声が近づいて来る。

 

「キャー、ルーク様よ!」

「ルーク様、次はあたしとー」

「いやん、ルーク様のいけず」

「ねえルーク様、今度のデート、あたしもいってもいいですか?」

 

 階下に視線を向けると、女に囲まれて登って来るのは一人の男。

 

「いやー、ごめんね。デートは一度に二人までって決めてるんだ。ほら、腕は二本しかないし、三人以上連れて歩いたらあぶれる子が出ちゃうだろ?」

「えー、残念ですぅー」

「フフッ、悪いね、ほら僕って人気者だから。また次の機会にデートしよう。確か、来月なら左側があいているからさ」

 

 よく分からないことを言っている男子生徒が現れた。

 確か、アリエルの従者だったかな?

 彼女、凄い変な従者連れているのね。

 

「お前……」

 

 彼がルディを見て目を細め、ヘラヘラとした顔が険しくなる。

 

「確か、フィッツの……」

 

 彼の言葉に、ルディはすぐに頭を下げた。

 

「はじめまして、ルーデウス・グレイラットです。本日からこの学校でお世話になります、よろしくお願いします、先輩」

「ああ、知ってるよ。フィッツから聞いた」

 

 彼はルディを不機嫌そうに見ている。

 まあ、ルディがフィッツを一方的に倒したから、ルディのことが気に入らないのでしょう。

 

「で、お前は俺の名前、知ってるのか?」

「いえ……」

「そうか、眼中に無いか、そうだよな」

「す、すいません。よろしければお名前を聞かせて貰えますか?」

 

 失礼だとは思うけど、私も知らないわ。

 アリエルの従者の一人くらいの認識しかなかったわ。

 

「ルーク・ノトス・グレイラットだ」

 

 ルークはそれだけ言うと、女子生徒と一緒に私に一礼して行った。

 

「師匠、厄介な奴に目を付けられましたな」

「やっぱり、今ので目を付けられてしまったことになりますか」

「奴はルーク、アスラ王国の上級貴族で、一応は生徒ですが、アリエル王女の護衛ですな」

「……何にせよ、ここで食べるのはやめておきましょう」

「仕方ありませんな」

「私はどこでも良いわよ」

 

 その後、妥協案として外で食べることになり、私とルディが土魔術で椅子とテーブルを作り出す。

 天気が良いとは言え、外は少し寒いみたいなので、火魔術で快適な温度にする。

 私はローブや闘気があるから、シャリーアの冬でも寒くは無いけど、ルディやザノバは寒いでしょうしね。

 その後、ザノバからアリエル達の話を聞きながら食事を済ませる。

 話にはザノバの推測も含まれているそうなので、全てが真実ではないみたい。

 

「まあ、アリエル達のことは気にしなくて大丈夫よ」

「どうしてですか?」

「アリエルはルディが私の弟って知ってるからよ。アスラ王国ならともかく、シャリーアで私に喧嘩を売るようなことはしないでしょう」

「そうなのですか?」

 

 私の言葉だけでは信じられないようで、ルディはザノバに問いかける。

 私、そんなにルディからの信用無いの?

 

「ええ。魔導神に喧嘩を売れば、シャリーアでまともな生活を送ることは出来なくなるはずですからな。例え、アスラ王国の王族でも魔導神に喧嘩を売れば同じでしょう」

「……姉様、これまでシャリーアで何をして来たのですか?」

「普通に魔術の研究だけど?」

「「……」」

 

 ルディの問いに答えただけなのに、なぜかジトっとした目を向けられた。

 そんな二人に私は少し不満そうに問いかけた。

 

「そんなことより、二人はどういう関係なの?」

「そういえば、食事中に話すという話でしたな」

「アリエル王女たちのことを話していましたからね。簡単に話しましょうか」

「そうですな」

 

 二人は、ルディが魔大陸から帰る途中で通ったシーローン王国での話をしてくれた。

 

 シーローン王国でルディが捕まり、ザノバに助けられたこと。

 ザノバはルディが土魔術で作った人形を気に入り、弟子入りしたこと。

 魔法大学に着て土魔術を真剣に学んでいるのは、自分でも人形を作れるようになるためということ。

 

 ルディが捕まった理由や助けられた理由が信じられないような内容だったけど。

 まあ、ザノバの人形に対する熱意だけはよく分かったわ。

 私で言う魔術が、ザノバにとっての人形だったのでしょうね。

 

「取り敢えず、ルディを助けてくれてありがとう」

「いえいえ、お気になさらず。私は師匠の弟子になるためにやったことですから」

「そうですか」

 

 ザノバにお礼を言った後、私は帰るために席を立ちながらザノバに悲しい現実を話す。

 

「それとザノバ。残念な話だけど、貴方に土魔術で人形を作ることは出来ないわよ」

「な、何故ですか?」

 

 私は机の上に机と椅子を作った時と同じように、土魔術で石の花を作り出して続ける。

 

「こんな風に土魔術で、石を好きな形に変えることは詠唱魔術では無理よ。これをするには無詠唱が使えることが前提条件として、かなり緻密な魔力制御と大量の魔力が必要になるわ」

「そ、そんな……」

「人形を作る方法は土魔術だけじゃないでしょ。それでも土魔術で作ることに拘るなら、魔法陣の勉強をすると良いわ。魔法陣なら緻密な制御や魔力が少なくても作ることは出来るはずよ。まあ、その辺はルディと話し合って決めなさい」

「ご助言感謝します、エルシア殿」

「別に気にするほどの事じゃないわよ。じゃあ、私は帰るわね」

 

 丁寧に頭を下げるザノバと椅子に座ったままのルディに手を振って家に帰る。



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人形作りと奴隷の少女

漸く書き終わった。
投稿が遅くてすみません。
これからも読んでいただけると嬉しいです。


 ルディの話では、ザノバはあれから魔法陣を学び始めたらしい。

 ルディは魔法陣について詳しくない為、ほぼ独学で頑張っているらしいわ。

 一応、ザノバも無詠唱で作れないか試してみたようだけど、私の予想通り出来なかったそう。

 その後、他のやり方も試したそうだけど、神子の力である怪力の影響で繊細な作業が出来ない為ダメだったそう。

 ルディがどんな人形を作っているか知らないけど、かなり繊細な作業が要求されるのね。

 

 私がザノバとルディについて考えていると、研究室の扉がノックされる。

 

「エルシア様、ルーデウス様がいらっしゃいました」

「ルディが?入っていいわよ」

「失礼します」

 

 エミリーに許可を出すと、扉を開いてルディが部屋に入ってくる。

 エミリーは一礼して扉を閉める。

 

「どうしたの?」

「実は奴隷を買おうと思っているのですが、おすすめのお店を知りませんか?」

 

 ルディが奴隷を買う?

 どうして?

 ………………まさか!?

 

「ルディ。女遊びが好きなのはお父さんに似たんだろうけど、流石に奴隷を買うのは……」

「姉様、勘違いです」

「あら?そうなの?」

「実はですね」

 

 

ルーデウスside

 

 

 姉様に言われた通り、ザノバが無詠唱で人形を作れないと分かった後、粘土を削って作る方法に変えた。

 しかし、ザノバは手先が器用で無かったために、上手く作ることが出来なかった。

 姉様に相談してみたが、良い案は出てこなかった。

 次に俺はフィッツ先輩に相談してみることにした。

 

「という事があったのです」

「人形を作るの?」

 

 フィッツ先輩は、やや理解できてない様子だった。

 図書館の椅子に並んで座りつつ、俺の話を聞いて首を傾げている。

 

「はい、こんな感じです」

 

 俺は土魔術を使い、簡単な人形を作って見せる。

 

「す、すごい……」

 

 フィッツ先輩は俺の手元をまじまじと見つめ、出来上がった人形をしげしげと見ていた。

 そして、自分でも出来るかと指先に魔力を集中させて、グネグネと不定形のスライムのような土塊を作り出す。

 人型に見えなくもないが、人形と言えるほどの出来ではない。

 彼の望む形にはならなかったらしい。

 最終的にフィッツ先輩はため息をついて諦めた。

 

「できないや」

 

 まあ、フィギュアを作るという事は、俺が昔からコツコツと研鑽を積み重ねてきた技術だ。

 姉様のように見ただけで簡単にコピーされたら心が折れる。

 むしろ、姉様なら俺より精巧な人形を作れそうだ。

 流石、魔導神と呼ばれているだけあって、魔術に関しては何でもありだ。

 

「これは普通の人には真似できないよ」

「そうですね。何でもないように簡単に真似する姉様は、普通ではないですよね」

「ま、まあ、世界最高の魔術師だからね……」

 

 フィッツ先輩は苦笑しながら賛同してくれる。

 本当に、十年でどれほどの研鑽を積めば、あれほどの魔力制御が得られるのだろうか。

 おっと、今はザノバのことを相談に来ているのでした。

 

「話を戻しますが、別の方法として土の塊から削り出す方法がいいかと思っていたのですが……」

「手先が不器用だから出来ない、と」

 

 フィッツ先輩は、うーんと唸り、顎に手をやって考える。

 考える時は顎に手を当てるのが、彼の癖であるらしい。

 サングラスのせいか、そのポーズがやけにキマって見える。

 ちなみに照れたり困ったりすると頬とか耳の後ろを掻く。

 その動作が年相応っぽくて、なかなか親近感が湧く。

 

「うーん、そうだね。参考になるかわからないけど、アスラの王都にも、似たような人がいたよ」

「似たような人、ですか?」

「うん、自分でやりたいけど、能力も技能も無いって人がね」

「その人はどうしていたんですか?」

 

 フィッツ先輩はやや答えにくそうに、耳の後ろをポリポリと掻いた。

 

「えっと、その、奴隷にやらせていたんだ」

「ほう」

 

 フィッツ先輩の話によると、王都のその人物とやらは、知識はあったが技術は無かった。

 なので、奴隷を購入して教え込んで、自分の望むものを作らせていたそうだ。

 

「聞いた話によると、その、ザノバ君はルーデウス君の作る人形が好きで、もっと欲しいから自分でも作りたいって言ってるんだよね?」

「……あれ?そういう話でしたっけ?」

「えっと、ボクにはそう聞こえたよ?」

 

 そうなのだろうか。

 でもまあ、普通のフィギュア好きは、塗装や改造ぐらいはしても、自分で一から作ろうなんて考えないしな。

 俺だって生前は、せいぜい魔改造を楽しんだ程度だ。

 

「ザノバ君は、きっとルーデウス君に専属の人形師になって欲しいんだろうけど、無理だって分かってるから、そういう風に言ってるんじゃないかな?」

「別に無理じゃないと思いますがね」

 

 シーローン王宮にて、ザノバに雇われて毎日フィギュアを作って暮らす。

 最終的には、そういう生活も悪くないだろう。

 王宮勤めなら、給金も安定してるだろうし。

 そういえば、フィッツ先輩はアリエル王女に月どんなもん貰っているのだろうか。

 ……聞くのは失礼な気がするな。

 

「まあ、一度、そういう提案をザノバにもしてみますよ。ありがとうございます」

「うん、どういたしまして」

 

 奴隷を購入して技術を伝授し、作らせる。

 そんな話をザノバにしてみた所、彼はのってきた。

 我が意を得たりと、大喜びで奴隷購入の計画を立て始めた。

 

 

エルシアside

 

 

「なるほど、ザノバの人形を作る奴隷を買いに行くのね」

「はい。そこで姉様におすすめのお店を聞きに来たわけです」

「私が奴隷を買い漁ってるように見えるの?」

 

 本当にそう見えているなら、失礼にもほどがある。

 確かに、アリシアとエミリーは買ったけど、それ以来奴隷何て買っていない。

 まさか、奴隷商の間でアリシアとエミリーを買ったことに関する噂でも流れているのかな?

 

「いえ。そういうイメージはありませんが、シャリーアの生活が長いので、噂とか知らないかなっと」

「なるほど、奴隷商ならリウム商会が良いわよ」

「分かりました。行ってみます」

 

 ルディは一礼して研究室から出て行こうとする。

 背中を向けて扉に向かうルディに声を掛けて呼び止める。

 

「待ちなさい。私も一緒に行くわ」

「!?姉様も一緒にですか?」

「私が一緒じゃあだめなの?」

「ダメではありませんが、予想外だったので」

「まあ、気まぐれだからね」

「……そうですか」

 

 特に深い理由なんてないし、奴隷を必要としているわけでもない。

 本当に気まぐれでついて行くだけ。

 強いて理由を上げるなら、ルディの普段の様子が気になるから、かな?

 いや、時間に干渉する魔術の研究が停滞してるから、息抜きしたいって方が正しいのかしら?

 まあ、なんにしても気まぐれで深い理由はないんだけどね。

 

「もし気になる子が居たら、弟子として買うのもありかな」

「……まあ、常識の範囲で育ててあげてください」

「ん?何当たり前のこと言ってるの?」

「…………いえ、お気になさらず。では、日付が決まりましたら、また伝えに来ます」

「分かったわ」

 

 今度こそルディを見送り、魔術の研究を再開する。

 

 

 ルディ達と合流する場所に行くと、フィッツが緊張した様子でザノバと顔合わせしていた。

 ルディとフィッツ、ザノバの三人がすでに揃っているから、私が最後みたいね。

 

「ごめんなさい。待たせたみたいね」

「いえ、あまり待っていないので大丈夫ですよ、姉様」

「そう。なら良かったわ」

「では、姉様も合流しましたし、行きましょうか」

 

 ルディの号令で、移動する。

 

 商業街にある五つの奴隷市場の一つ『リウム商会 奴隷販売所』に着くと、ザノバとフィッツがそれぞれ感想を口にする。

 

「ふむ、余の祖国のものとはだいぶ違うようであるな」

「外じゃないんだね……」

 

 土と石材を組み合わせた、よく見る建築物よね。

 シーローンでは、こんな感じではないのね。

 フィッツ、シャリーアの気温で外に奴隷を出してたら死ぬわよ。

 

「中に入りましょう」

 

 建物の中では至る所で火が焚かれている。

 八ヶ所ほどあるお立ち台の上で、裸になった奴隷が並べられている。

 昔来た時と変わってないわね。

 

「ふむ、売り場が多いですな。師匠、どうするのですか?」

「僕も買うのは初めてですので、まずは適当に見て回りましょう」

「適当に見るのも良いけど、条件が決まってるなら相談所で聞いてみる方が早いわよ」

「……姉様、買ったことがるのですか?」

「一度だけね」

 

 私の言葉に三人は意外そうな顔をして私を見る。

 三人とも気になるようなので、私は歩きながら話す。

 

「アリシアとエミリーは、ここで買った元奴隷なのよ」

「「!?」」

「そ、そうだったんですか……」

「まあ、買ってすぐに従者として扱ってたから、誰も奴隷だったなんて知らないけどね」

 

 まあ、どこかで噂程度にはなっているかもしれないけどね。

 

「従者として扱っていたというのは?」

「二人には、最初から賃金を払っているからよ。最初は一ヶ月でアスラ金貨一枚だったわね」

「え!?」

「!?」

「しょ、正気ですか?姉様」

「何が?」

 

 三人とも口を開いて信じられないと言いたげな顔をしているけど、どうかしたのかしら?

 信じられないという顔のフィッツが、私に問いかけて来る。

 

「最初でアスラ金貨一枚なら、今は何枚なんですか?」

「今は一万枚よ。というより、これ以上上げなくていいって言われたから、一万以上上げてないんだけどね」

「姉様……もう少し金銭感覚をどうにかした方がいいですよ」

「え?」

「節約しろとは言いませんが、物の価値を知らな過ぎるのは問題ですよ」

「……私の金銭感覚って、そんなに酷い?」

「酷すぎます」

 

 まさかの即答!?

 ルディ以外の二人に視線を向けると、視線を逸らされた。

 え?そんなに酷いの?

 

「…………今度、アリシア達と買い物一緒に行ってみる」

「そうした方が良いでしょうね」

 

 確かに、最近は二人に買い物任せきりで、魔道具の素材くらいをたまに買いに行くくらいだったな。

 

「気を取り直して、適当に見て条件を決めた後、相談所に行きましょう」

「そうですな」

 

 話がまとまり、四人で適当に売り場を見て回る。

 適当に見た感じでは戦士系の奴隷が多く、魔術で人形を作るのに適している人は居ない。

 

「師匠、戦士には用はないでしょう。我々が探すのは魔術の使える手先の器用な種族でしょう」

「手先の器用な種族というと、やっぱり炭鉱族ですかね?」

「そうですな。土魔術の使える炭鉱族が一番でしょう。もっとも、種族にこだわる必要は無いかと思いますが」

「えっと、ルーデウス君が魔術を教えるなら、魔術が使えない幼い子の方が良いと思うよ」

 

 炭鉱族を探していると、フィッツがアドバイスをする。

 確かに、一から魔術を教えるのなら、子供の方が良いかもね。

 

「なぜですか?」

「無詠唱魔術って、小さい頃の方が覚えやすいんだ」

「あ、そうなんですか?」

「うん、十歳くらいになっちゃうと、ほとんど覚えられないと思う」

 

 そうだったんだ。

 

「年齢が関係しているんですか?」

「うん。ボクの実体験と、師匠と、学校の先生の言葉を総合して判断したことだから間違ってるかもしれないけど……」

 

 フィッツが私に確認するように視線を向けて来る。

 

「悪いけど、私も分からないわ。アリシアとエミリー以外だと、誰にも魔術を教えたこと無いから」

「そ、そうなんだ……」

「まあ、アリシアとエミリーも六歳の頃から無詠唱魔術を使わせてるから、多分間違ってないわよ」

「あ、後、五歳くらいから魔術を使い始めると、魔力総量が爆発的に増えるんだ。ルーデウス君の方法で人形を作るなら、魔力総量は多い方がいいよね」

「生まれつき魔力総量は決まっていると聞いていますが」

「それは間違いね。十歳くらいまでは魔力は増えるけど、十歳を超えるとほとんど増えなくなるのよ」

「そうなのですな」

 

 私の説明にザノバは納得したような顔をする。

 まあ、十歳までしか増えないのなら、勘違いするのも仕方ないわよね。

 

「やっぱり、小さい頃から魔術を使っていた方が良い感じですかね」

「そうじゃない。私もルディも二歳から魔術使ってるし、アリシアとエミリーも六歳から魔術を使ってるもの」

「フィッツ先輩は?」

「ボクも五歳の頃に師匠に教えて貰ったよ」

「なら、五歳くらいの子供の方が良さそうですね」

 

 話し合いの結果何となく条件が決まって来た。

 

「五歳前後で、炭鉱族で、可愛らしい女の子」

「女の子?」

「女ですか?余はどちらでも構いませんが、師匠、目的を間違えてはいませんか?」

「ルーデウス君……」

「あっれぇ?」

 

 まさか、五歳前後の子供にまで手を出そうとしてるのかしら?

 いや、流石にそんなことは無いわよね。

 妹みたいに可愛がりたいという事でしょう。

 ノルンとアイシャ元気にしてるかな?

 

「しかし、五歳となると、教育は期待できませんな。言語が分からない場合もありますぞ。獣神語しか喋れないとなると、魔術を教えるどころの話ではないですからな」

「僕は獣神語もできますので、その場合は僕が教育しますよ」

「なんと、師匠は獣神語も操れたのですか、流石ですな」

「流石、ルディね」

 

 私は人間語以外は読める程度で、話せないのよね。

 そもそもが魔術関連の本を解読していて身に着いただけだし……

 

「条件も決まったことですし、商人の方に聞いてみましょう」

「そうね」

 

 条件が決まり、『相談所』と書かれた場所に移動する。

 受付の男性は、スキンヘッドで口ひげを蓄えた男。

 ルディとフィッツを見て怪訝そうな顔をし、ザノバを見て納得したように頷いた後、最後尾に居た私に気づいて目を限界まで見開いて固まる。

 

「ま……ま、まま魔導神様!?ど、どうして、このようなところに!?」

 

 私を見てかなり慌てている男にため息をついて質問に答える。

 

「弟とその友達の付き添いよ。弟の話を話を聞いてあげて」

「お、弟様」

 

 私がルディを見ながら言うと、男もルディに視線を向けて信じられないという顔をしている。

 ルディは特に気にして無いのか、苦笑しながら話し始めた。

 

 私は男が魔導神と叫んだことで、警備や客だけでなく奴隷にまで視線を向けられている。

 正直、居心地が一気に悪くなったわ。

 

「お、いた、一人いました」

 

 男に視線を向けると、目録の一部をポンと指で叩いた。

 

「炭鉱族、六歳の女児で、親の借金で一族揃って奴隷落ちだそうです。健康状態はちと悪いな。栄養失調か、まぁ食わせりゃすぐ元通りになるでしょう。人間語は喋れねえ、文字も読めません」

「なるほど、親の方はどうなってるんです?」

「親の方は両方とも売れちまってますな」

「取り敢えず、会ってみましょうか」

 

 男の呼び出しで、しばらくした後、一人の商品が顔を出す。

 

「どうも、わたくしリウム商会傘下・ドメーニ商店の支店長フェブリートです」

 

 商人はそう名乗り、私に向かって手を差し伸べる。

 

「はあ、貴方に用があるのは、私じゃなくて弟よ」

「弟?」

「どうも、泥沼のルーデウスです」

「おお、あなたが泥沼でしたか!聞いておりますよ、冬に入る前にはぐれ竜を仕留めたとか。魔導神様の弟だったとは、驚きですな」

「運が良かっただけですよ、相手も弱ってましたしね」

 

 はぐれ竜って、赤竜よね。

 強いって言われてるけど、そんなに強かったイメージはないんだけど……

 まあ、ルディは昔から謙遜することがあったし、今回もそうでしょう。

 

「本日は炭鉱族をお求めという事ですが……?」

「はい、こちらの方々に出資してもらい事業を始めるのです。幼い頃から技術を叩きこめる子を探していましてね」

 

 急にルディが適当なことを言い出した。

 別に買いに来た理由なんて説明しなくても良いでしょうに……

 

「なるほど、そういう事ですか……あまりオススメの商品というわけではないのですが……とにかく見てください。こちらです」

 

 商人の男に従い、私達は市場の裏側から隣の奴隷の倉庫へ移動する。

 男は一つの鉄格子の箱の前で止まる。

 中には、うつろな目をした少女が、体育座りで座っていた。

 

「こいつですね。……おい、出せ」

「うす」

 

 男の部下が鉄格子を開け、中にいる子供を引きずり出す。

 鉄の首輪と足かせをはめられた子供。

 ガリガリに痩せた身体を、申し分程度のボロキレで隠している。

 髪はボサボサの赤橙で、白髪が混じっている。

 顔色も悪い。

 

 彼女は身体を抱くようにして、カタカタと震えている。

 ここは倉庫の奥の方の為か、少し寒いのかな。

 私達を見る目が完全に虚ろだし。

 

 部下の男は、そんなこと気にせずに、少女のボロキレをあっさりと取り払う。

 その姿を見てフィッツが顔をしかめた。

 

「見ての通りです。炭鉱族の子供です。六歳ですので、技能は特にありません。両親共に炭鉱族です。父親は鍛冶師、母親は装飾品を作っていました。手先の器用さについては、遺伝さえしていれば望めると思います。ただ、言語を獣神語しか解しません。我々としても売れると思っていなかったので、健康状態もあまりよくありません。その分は値引き致しましょう」

 

 フィッツが難しい顔をしつつ、少女に近寄り、頬に触れた。

 フィッツが少女に治療魔術を掛けたことで、顔色が幾分かよくなった。

 取り敢えず、寒いだろうし暖めるくらいはしてあげようかな。

 少女の周りの空気を暖めてあげると、震えが止まる。

 

「当然ながら処女です。疫病等の心配はありませんが、見ての通り、少々病弱かもしれません。ご購入の際にはこちらで解毒を掛けさせて頂きますが、あまりオススメの商品とはいえませんね」

 

 正直、多少の問題なら私が魔術で何とか出来るから心配はしてない。

 問題は、彼女の精神状態の方だ。

 アリシアとエミリーは、こんなに酷い状態ではなかったから良かったけど、この子は生きる気力があるのか妖しい程酷い。

 

『こんちには、お嬢さん』

 

 ルディがしゃがみこんで、おそらく獣神語で話しかける。

 何を言っているのか全く分からないが、少女に何か話している。

 

「師匠、どうしました?」

「かなり絶望してますね。希望も何にもなくて死にたい奴の顔です」

「……師匠は、そんな者を見たことがあると」

「昔、何度もね」

 

 魔大陸から帰るのは、かなり大変だったのね。

 何があればそんな顔を何度も見ることになるのかしら?

 

 ルディは少女としばらく見つめ合う。

 そしてまた何か少女に話しかける。

 すると、少女の目が、ゆっくりとルディを捉えた。

 少ししてルディの問いに、少女が何か答えた。

 

「買います」

 

 ルディが持っていたローブを彼女にかぶせて魔術を使おうとしたので、ルディの肩に手を置いて止める。

 

「私がするわ」

「お願いします」

 

 ルディは私に任せると、商人に値段を聞いていた。

 私は少女に解毒魔術と治療魔術を掛ける。

 特に病気は大丈夫そうね。

 栄養失調も治療魔術で不足していた栄養を全て補い、ひび割れていた唇や荒れていた肌も健康な六歳児のように潤う。

 魔術で身体を綺麗にしてやれば、かなり痩せていることを除けば健康な六歳の女の子ね。

 体力は回復してあげられないから、美味しいものでも食べさせてあげましょう。

 

 ルディ達は、先ほどまで明らかに不健康だった少女が、瞬く間に健康な少女になったことで驚いているようだけど、今は気にしない。

 

 

 その後、商業区で少女の服等、必要な物を買い、適当な喫茶店に入った。

 少女は、一心不乱に料理を食べている。

 精神面が心配だったけど、元気にご飯を食べてるし大丈夫そうね。

 

「ところでルーデウス君、この子の名前はなんていうの?」

 

 ルディが少女に獣神語で問いかけると、少女は不思議そうな顔でルディを見る。

 よく分からないけど、上手く伝わってないみたいね。

 

「聖鉄のバザルと美しき雪稜のリリテッラの子と呼ばれていたそうです」

「あ、そうか」

 

 ルディの言葉にフィッツは納得したように頷いた。

 

「炭鉱族は七歳になるまで正式な名前を付けて貰えないんだ」

「正式な名前?」

「うん。炭鉱族は七歳になるまでは名前を貰えなくて、七歳になった時に、好きな物とか憧れている物、得意な物から名前を貰うんだ」

 

 へぇ、炭鉱族にはそんな習慣があるのね。

 

「なるほど、名前が無いと不便ですね」

「親はもういないんだし、ボクらで付けてあげるしかないよ」

 

 ルディが少女に何か聞いているが、少女は首を傾げて返す。

 

「女の子だし、可愛い名前にしてあげよう」

「ザノバ、君の意見を聞こう!」

「うん?余が決めてよろしいのですか?」

「金を出したのは、僕じゃありませんしね」

「では、ジュリアスと」

 

 ザノバは考える素振りも無く静かに返した。

 

「それ、男の名前じゃない?」

「はい、かつて余が力加減を誤って殺してしまった、可哀想な弟の名前です」

 

 まあ、ザノバがそれで良いなら、私が何か言う事じゃないわね。

 

「その子は余の部屋に置くのでしょう?ならば、余の親近感の湧く名前が良いでしょう」

「まあ、こだわりがあるなら僕はそれでいいと思いますけど、せめて女の子だし、ジュリエットくらいにしときましょう」

「余はそれで構いません。ジュリエットにしましょう」

「ジュリエット、ふふっ、良い名前だね」

 

 無事に少女の名前も決まり、今日の用事は終わった。

 私だけ、後日に金銭感覚を学ぶために、アリシアとエミリーの二人と買い物に行くことが決定した。

 二人にそのことを伝えれば、私の金銭感覚がおかしいことが当たり前のように受け止められ、定期的に一緒に商業区を見て回ることになった。

 

 もう少し魔術以外のことも学ぼうかな……




エルシアの金銭感覚が改善されるかもしれない。
下手すると、アスラ王国の王族であるアリエルより酷いですからね。

月に二万枚のアスラ金貨を払っても余るだけお金が十歳の頃からあればそうなるのかな?
アスラ金貨が十万円くらいの価値らしいので、日本で考えれば月の収入が二十億以上になるのか。
まあ、壊れそう。


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弟の暴走と魔王襲来

投稿遅くなり申し訳ありません。


 ルディがジュリに魔術を教え始めて一ヶ月が経った。

 ジュリは、漸く土弾を無詠唱で作れるようになったらしい。

 ジュリに才能が無かったのか、エミリー達に才能があったのか分からないけど、ルディが教えている割に遅いなとは思っていた。

 

「ねえ、エミリー。ジュリの無詠唱習得が遅いのは、ジュリの才能が原因だと思う?」

「いえ、普通はあんなものだと思いますよ」

 

 ちょうど研究室に飲み物を持って来てくれたエミリーに問いかければ、特に表情を変えずに答える。

 

「けど、エミリーとアリシアは、一ヶ月で初級魔術は無詠唱で使えるようになったじゃない」

 

 私の言葉にエミリーはジトっとした目を向けて来る。

 

「エルシア様が教えたからに決まってるじゃないですか。才能の差もあるでしょうが、私達とジュリでは大した差は出来ないでしょう」

「私とルディでも差はないと思うけど……?」

「はあ。エルシア様、ルーデウス様は魔力が見えないのではないですか?」

「……あぁ、そういえば、そうだったわね」

 

 ルディは魔力が見えないんだったわね。

 なら、差が出るのも仕方ないのかな。

 ルディの弟子を取るわけにはいかないし、大人しく見守りましょうか。

 

 ジュリのことを見守ると決めて研究を再開すると、今度はアリシアが入ってきた。

 しかも少し慌てた様子で、言いにくそうな顔で話し始めた。

 

「エルシア様、その、ルーデウス様が……獣族の姫達を襲撃して自室に監禁しているそうです」

「………………え?」

 

 ルディが?え?ん?どうして?

 

「えっと、どういうこと?」

「詳細は不明ですが、ザノバ様と協力して襲撃したそうです」

「………………間違いないのね?」

「はい……昨晩から二人の目撃情報がないので、間違いないかと」

「……はあ、分かったわ。理由とかはルディに聞きましょうか」

 

 全く、ルディは何を考えているのか。

 弟子とは言え、ザノバがやられたことに関する復讐とは思えない。

 あれに関してはザノバにも責任がある。

 くだらない理由でないことを祈るしかないか。

 

 私が男子寮に行けば、すれ違った生徒達に驚かれたが全て無視する。

 ルディの部屋を寮生の一人に聞き、ルディの部屋に向かう。

 声を掛けることもなく扉を開けて中に入れば、ルディとフィッツの二人とふざけた刺繍が顔に描かれたリニアとプルセナが正座していた。

 突然部屋に乗り込んできた私に四人とも驚いた顔を向け、リニアとプルセナは絶望したような顔になる。

 取り敢えず、部屋から誰も出さず、誰も入れないために結界を張り、音が外に漏れないように防音の効果も付けて置く。

 

「さて。ルディ、これはどういうことか、詳しく説明してくれますか?」

「こ、これは……」

「見たところかなり酷いことをしているのですから、しっかりとした理由があるのでしょう。それを聞いているのです」

「じ、実は、この二人が、僕がザノバに上げた大切な物を壊したんです」

 

 ルディの話を聞いて私はリニアとプルセナに視線を向ける。

 

「本当ですか?」

「ち、違うの」

「どう違うんですか?」

「あれは、決闘の賭けで貰った物ニャ」

「去年の決闘ですか?」

 

 私の問いに二人は必死に頷いて答える。

 ルディも特に否定してないし、間違いないでしょう。

 

「決闘の賭けで貰ったとはいえ、大切な物を壊すのは良くないわね」

「そ、そうですよね」

 

 私の言葉に、ルディは少し安心したような顔をして、リニアとプルセナは今にも泣きだしそうな顔になる。

 

「でも、どう考えてもやり過ぎでしょう。それに話を聞く感じだと、決闘にそんな大切な物を賭けたザノバにも責任があるでしょう。二人だけを責めるのは、間違っているでしょう」

「そ、それは……」

「他にも理由があるのかしら?」

「……」

 

 ルディが何も言わなくなったので、リニアとプルセナに視線を向けて問いかける。

 

「二人は何か聞いてる?」

「か、神をかたどった人形って言ってたニャ」

「神?」

 

 まさか、ヒトガミのこと?

 二人が視線をよく分からない棚に向けているので、その中に神に関する何かがあるのだろう。

 オルステッドのこともあるし、調べておいた方がいいかな。

 私が棚に視線を向けると、ルディが棚と私の間に入り、棚を開けられないように塞ぐ。

 

「なぜ隠すの?」

「えっと、ですね……」

 

 ルディはかなり目を泳がせて言い訳を考えているようね。

 リニアとプルセナが棚を見てたってことは、二人には見せたってことよね。

 ヒトガミに関わることなら、知っておかないと面倒なことになるわよね。

 

「ルディ、悪いけど見させてもらうわよ」

「!?」

 

 ルディを魔法で拘束して椅子に座らせる。

 フィッツはルディを心配して近寄るが、土魔術で拘束しているだけだから心配することは無い。

 さっそく棚を開けてみれば、どこかで見たことがある女性の下着が入っていた。

 

「え?」

 

 私は棚を閉じてルディの前に椅子を作りだして座り、ルディに問いかける。

 

「あれはどういうこと?」

「えっと、その……」

「ロキシー先生のよね」

「は、はい」

「やっぱり」

 

 見覚えがあるはずだ。

 昔、ロキシー先生が家に居た頃に盗んだのだろう。

 まあ、先にリニアとプルセナの問題を終わらせようか。

 

「つまり、二人が壊したのは、ロキシー先生の人形というわけね」

「はい」

「二人にしたことはやり過ぎだけど、今回はもういいわ」

「あ、ありがとうございます」

 

 私は視線をルディからリニアとプルセナに移す。

 

「二人も知らなかっただろうから許すけど、次師匠をかたどった人形を壊したら許さないわよ」

「に、二度としないニャ」

「しないの」

「じゃあ、もういいわよ」

 

 二人の変な刺青を消してやり、結界も解いて三人を帰らせる。

 フィッツはかなりルディのことを心配していたけど、追い出すように帰らせた。

 

「さて、ロキシー先生の下着を盗んだことについて話しましょうか」

「……はい」

 

 ルディが諦めたことで、床に正座させ姿勢を正した状態を土魔術で固定する。

 そのまま真夜中まで説教を続け、最後にロキシー先生の人形を一つ作って貰う約束をして家に帰った。

 

 

 あれからしばらく経ち、秋になった。

 そして獣族の発情期らしい。

 アリエルの頼みで、アリシアとエミリーは交代で毎日警備に参加している。

 発情期とかどうでもいいけど、周りに迷惑はかけないで欲しいわよね。

 

 そんな季節など関係もなく、いつも通り研究室に籠っていると警備に行っているはずのアリシアがかなり慌てた様子で駆け込んできた。

 仮にも風帝級魔術師のアリシアが、かなり慌てて戻ってきただけで嫌な予感しかしない。

 

「何かあったの?」

「魔王の襲来です」

「え?」

「理由は不明ですが、魔法大学に魔王が襲撃してきました。現在、シャリーアに居る少ない兵力で魔法大学を包囲している状態です」

「……私にどうしろと?」

「魔王の撃退あるいは事情をきいてほしいとのことです」

「つまり、私に魔王の対処をしろってことね」

「はい」

 

 どうして私が対処しないといけないんでしょうね。

 

「アリシアとエミリーが協力すれば、魔王の撃退くらいは出来るでしょう」

「出来るかもしれませんが、魔法大学とシャリーアに大きな被害が出ると思います」

「……分かったわ」

 

 研究を中断し、アリシアとエミリーに連れられて魔法大学に向かう。

 向かった先は上級魔術用演習場。

 どうしてこんなところに居るのだろうか?

 そして生徒と教師が大量に集まっている。

 魔王の襲撃を受けているんじゃないの?

 

「おお、エルシア様こちらです」

「校長、この集まりは何?」

「ただのやじ馬です。魔王が現在ルーデウス様と睨み合っている状態で、動きはありません」

「ルディが?」

 

 生徒達が道を開いたことで演習場の中央でルディと六本腕の漆黒の肌をした大男が向かい合っているのが見えた。

 あれが魔王ね。

 魔力が見えない。

 魔力が無いわけじゃなさそうだし、何か特殊な方法で魔眼を無力化してるのかな?

 

「校長、あの魔王とオルステッドどっちが強いの?」

「あの魔王は七大列強ではありませんから、七大列強二位の龍神の方が強いでしょうが、それがどうしたのですか?」

「いや、どのくらい強いか確認しただけよ」

 

 オルステッドより弱いなら問題ないでしょう。

 

「じゃあ、話を聞いて来るわ」

「え?あ、よろしくお願いします」

 

 校長とアリシア達を置いてルディ達に近づいていく。

 二人とも私に気づいたようで視線を向けて来る。

 ある程度近づいて魔王に話しかける。

 

「魔王、名前は?」

「我輩はバーディガーディだ。そなたの名は?」

「私は魔導神エルシア。そこにいるルディの双子の姉よ」

「なんと、そうであったか」

 

 普通に話せるわね。

 

「少し聞きたいんだけど、魔力が見えないんだけど、魔眼対策でもしてるの?」

「我輩に魔眼は効かぬのでな。ふむ、高位の魔力眼を持っておるのか」

「高位かは知らないけど、魔力眼はあるわ」

「それで、聞きたいのはそれだけか?」

「もう一つあるわ」

「何が聞きたい」

「何しにここに来たの?」

 

 バーディガーディは腕の一本でルディを指差して口を開いた。

 

「そなたの弟のルーデウスと決闘をするためだ」

「ルディを殺さないって約束できる?」

「うむ、構わぬぞ。殺すことが目的ではないのでな」

「そう。ならいいわ。ルディ、頑張ってね、応援してるわ」

「え?」

 

 ルディに手を振ってアリシア達のところに戻る。

 

「魔王は何と言っておりましたか?」

「ルディと決闘しに来たそうよ。まあ、ルディに任せておけば大丈夫でしょう」

「エルシア様がそう仰るなら……」

 

 校長は渋々といった様子でルディ達に視線を向ける。

 少しすると、フィッツがルディの杖をルディに届けに行った。

 フィッツから杖を受け取り、決闘が始まった。

 バーディガーディは一撃受けるつもりなのか、何もせずにルディの魔法を待っている。

 ルディの魔術は岩砲弾ね。

 だけど、なぜか岩砲弾を高速回転させてるわね。

 魔術の訓練をサボっていたのか、魔力を込めるのが遅いわね。

 杖はアリシア達と同じくらいの魔力効率かな。

 威力は帝級並みね。

 

 ルディが撃った岩砲弾がバーディガーディの上半身を爆散させる。

 少しすると、サイズが小さくなったバーディガーディが立ち上がった。

 そして何か話した後、ルディの杖を持つ手を掴み上へ持ち上げる。

 

「勝ったどぉぉおおおお!」

 

 決着がついたみたいなので、二人に近づく。

 その途中、なぜかルディが殴り飛ばされて気絶した。

 

「決闘は終わったんじゃないの?」

 

 気絶しているルディを治療してバーディガーディに問いかける。

 

「うむ、終わったぞ。もう戦う気はない」

 

 やっぱり話が通じないのかな?

 

 その後バーディガーディは、校長達がどこかに連れて行った。

 特に何もしていないのだが、全員私に一礼してバーディガーディと一緒にどこかに行った。

 何か話があるのだろう。

 その後、気絶しているルディを起こすと、教頭に連れられ教員等の一室で歓待を受けることになった。

 紅茶と茶菓子を貰い、教頭の話を聞き流す。

 

 教頭に解放された後部屋を出ると、ザノバが走り寄って来た。

 

「おお、師匠、見ていましたぞ。流石ですな。いや、当然というべきですか」

 

 ザノバはそう褒めたが、ルディは首を振った。

 

「胸を貸してもらっただけですよ」

「そうね。殺し合いなら死んでたわよ」

「分かっています」

「そう。なら、もっと早く魔力を込められるように訓練しておいた方がいいわよ」

「分かりました」

 

 バーディガーディに勝って慢心してたら、どうしようかと思ったけど、そんなことはなさそうね。

 確かにルディなら簡単には負けないだろうけど、バーディガーディが殺す気だったら間違いなく殺されていたでしょうね。

 まあ、ルディもしっかりと分かっているようだから、わざわざ言わなくても大丈夫でしょう。

 

「そういえば、どうして岩砲弾を回転させてたの?」

「その方が貫通力が上がるんですよ」

「そうなんだ。けど、貫通させるより、速度を上げて威力を強めた方が良くない?」

「威力だけならそうですが、それだと衝撃が分散して硬い魔物の皮膚を貫きにくいんですよ。だから、急所を一撃で破壊できるように貫通力を上げたわけです」

「なるほど」

 

 急所だけを的確に破壊するために貫通力を上げてるわけね。

 冒険者的にはそっちの方が正しいのかな。

 私だと思いつかない考えね。

 そもそも殺すつもりで撃った魔術を受けて生きてるのは、オルステッドだけだしね。

 それにしても高速回転させて貫通力を上げるね。

 防御力の高い相手には使えそうだし、今度研究してみようかしら。




クリフ、すまない。
どうしてもエルシアと絡む展開がイメージ出来なかったんだ。

チートは戦闘描写楽になるけど、物語の展開が死ぬほど難しいですね。


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仮面の少女と転移事件

 いつものように研究室に引きこもっていると、ルディが訪ねてきた。

 

「それで、私に聞きたい事って言うのは?」

「その魔法大学で召喚魔術を習おうとしたのですが、専門的に教えている教師がおらず、魔術ギルドにも中級が使える程度の人しかいないと言われまして」

「つまり、私に召喚魔術を教えて欲しいってわけね」

「はい。姉様なら召喚魔術も使えますよね」

「まあね」

 

 四年もかけて解析したからね。

 私以上に召喚魔術に詳しい人はいないでしょうね。

 

「けど、どうして召喚魔術を習おうと思ったの?」

「転移と召喚が似通っていることが分かったので、召喚魔術を学べば転移事件について何か分かるかと思いまして」

「なるほどね……」

 

 さて、どうしようかな。

 正直、ナナホシのこともあるから下手なことを教えられないのよね。

 それにナナホシが魔力結晶を買い集めているらしいし、魔力がないから研究が思ったように進んでないみたいなのよね。

 うん、ちょうどいいわね。

 

「悪いけど、ルディ。ちょっと事情があって私から教えることは出来ないわ」

「そうですか」

「代わりに、魔法大学で召喚魔術を専門的に研究している子を知ってるから、その子に教えて貰いなさい。あの子、魔力が無くて困ってるそうだから、ルディが魔力を貸してあげれば教えてくれると思うわよ」

「そんな人がいるんですね」

「ええ、特別生だからルディも知ってるんじゃない。サイレントっていう子よ。教員の誰かに聞けば場所を教えてくれると思うわ」

「分かりました。ありがとうございます」

「まあ、私が教えて上げられれば良かったんだけどね」

「何か事情があるなら仕方ないですよ。それでは、僕はこれで」

 

 用事が終わると、ルディはさっさと帰って行ってしまった。

 なんだか、私から魔術を教われないと聞いても残念そうに見えなかったんだけど、どうしてかしら?

 

「良かったんですか?」

「まあね。下手に私が干渉してナナホシに迷惑かけるのも悪いからね」

 

 ルディが部屋から出ていった後、話しかけてきたアリシアに返して気になったことを聞いてみる。

 

「ねえ、なんでルディは残念そうじゃなかったのか、わかる?」

「エルシア様のきつい授業を受けなくて良かったからじゃないですか」

「私の教え方ってそんなにきついかな?」

「きついですよ。とてつもなく」

「……そ、そうなんだ」

 

 無表情でジッと睨みながら言ってくるアリシアから目を逸らして研究室に逃げる。

 今度誰かに教えることがあれば、もっとゆるく教えた方がいいかも。

 

 

ルーデウスside

 

 

 姉様に断られた後、姉様が紹介してくれたサイレントのことをフィッツ先輩に話し、ジーナス教頭に居場所を聞いて向かった。

 研究棟の三階、最奥の三つの部屋へ一人で行き、サイレントの予想外の正体に色々あって気絶した。

 そして気が付けば、フィッツ先輩とサイレントと一緒に医務室に居た。

 サイレントはオルステッドと一緒に居た仮面を付けた女だった。

 オルステッドがここに居ないと言われて多少落ち着いた。

 それからサイレントと少し話、サイレントの名前がナナホシ・シズカだと聞いた。

 ナナホシは転移者で、元の世界に戻るために研究しているらしい。

 

 召喚魔術の研究。

 それには、まず魔法陣の基礎について習う必要があった。

 この世界の召喚魔術は、基本的に魔法陣を利用して行われる。

 攻撃や治癒といった動的な魔術を詠唱主体とするなら、召喚や結界といった静的な魔術は魔法陣が主体なのだそうだ。

 姉様の研究資料から魔法陣とはどういうものかを学び、知識を得たらしい。

 

「あなたの姉、絶対におかしいよ。元の世界に帰るために研究資料を見たけど、彼女の魔術に関する知識や技術は、確実にこの世界の常識を超えてるわ。あなたの姉も転生者なんじゃないの?」

「姉様は転生者じゃないと思いますよ」

「どうして?」

「昔、僕も姉様が転生者じゃないとか疑ったことがあります。けど、姉様は幼少の頃に算術の勉強をいやいややっていました。転生者なら算術は問題なく出来るはずなのに、小学生レベルの計算も出来てませんでした。魔術の勉強を食事や睡眠より優先したがっていた姉様が、計算が出来ないふりをするとは思えないので、転生者の可能性は低いでしょう」

「つまり、ただの天才ってこと?」

「ええ、転生者だとおかしな点が他にもあるので、転生者の可能性はないと思います」

 

 姉様が転生者である可能性はまずない。

 それからナナホシと話し、ナナホシは魔力が全くないことや歳を取らないこと、姉様の研究資料から魔法陣の法則性を学び独自魔術の開発に成功した話を聞いた。

 そしてナナホシは取引を持ち掛けてきた。

 

「あなたには、私の実験を手伝ってもらう。そしてあなたが知りたいことを、私が教える。知らないことなら、調べるわ。あなたの姉ほどじゃないけど、私も顔が広いし、調べ物には自信があるのよ。他にも、何かあったら手伝うわ」

「分かりました。というより、もともと実験に協力するつもりで来たんですよ」

「どういうこと?」

 

 俺の言葉にナナホシは首を傾げて問いかける。

 

「姉様に召喚魔術を教えて欲しいと頼んだら、ナナホシを紹介されました。魔力が無くて困ってるから協力してあげて欲しいと言われてきたんです。協力すれば、召喚魔術に関しても教えてくれるだろうからと」

「そう……あの人がね……」

 

 ナナホシは何か思うところがあるのか俯いて何か呟く。

 姉様と何かあったのかな?

 ナナホシは椅子に座り直し、ポケットから指輪を三つ取り出して身に着ける。

 コホンと咳ばらいをして、問いかけてきた。

 

「じゃあ、さしあたって、何か知りたいことはある?転移事件について調べていると聞いたのだけど」

「えっと、誰から聞いたんですか?」

 

 ちらりと目線を送ると、俺達の会話に混じれず、ちょっとムッとしているフィッツ先輩。

 なるほど、俺が気絶している間に、彼と少し話をしたのか。

 いきなり視線を向けられて、彼は不安そうに首を傾げる。

 ナナホシに人間語で話すようにお願いして、事件について問いかける。

 

「例の事件の仕組みについてはわからないわ。けど、五年前、ちょうど私がこの世界に来た時と合致するわね」

 

 ナナホシはやや言いにくそうにしていた。

 この時点で、いくら鈍い俺でも、予想はつく。

 

「つまり?」

「おそらくあの事件は、私がこの世界にきた時の反動で起こったものね。つまり……」

 

 ナナホシはそこで一旦、言葉を切った。

 

「つまり、私が原因という事になるのかしらね」

 

 やはりか。

 半ば予想していた答えだった。

 召喚と転移がよく似ていること。

 そして、ナナホシが召喚されたこと。

 いくら俺がバカでも、これだけ条件が揃えばわかる。

 むしろ、俺が原因じゃなくてほっとしているぐらいだ。

 が、フィッツ先輩はそうではなかった。

 

「おまえがぁぁぁ!!」

 

 普段聞いたことのないような大声で叫ぶと、ナナホシに向かって手を振り上げた。

 

「そっち!?」

 

 ナナホシが指輪をつけた手を上げる。

 指輪が光ると、フィッツ先輩の魔術が発動しない。

 

「ボクが、ボク達がどれだけあの災害で!お父さんも、お母さんも……お前のせいかぁ!!」

 

 魔術が発動できないと分かった瞬間、フィッツ先輩はナナホシに飛び掛かった。

 しかし、二つ目の指輪が光ると、その拳が空中でガツンと何かにぶち当たる。

 

「ちょっと、ルーデウス・グレイラット。見てないで助けなさいよ!」

 

 ナナホシの焦る声を聞いて、フィッツ先輩を止めて落ち着かせる。

 ナナホシも被害者であると告げれば、フィッツ先輩も止まった。

 

「ごめんなさい。ちょっと配慮に欠ける言い方だったわね。謝罪するわ」

「いや、いいよ。ボクの方こそ、いきなりごめん」

 

 フィッツ先輩が落ち着いたところで、ナナホシが話を続ける。

 

「とにかく、例の事件については、私もよく分かっていないわ。あの事件によって私が召喚されたわけだけど、誰が、どんな目的で、そしてどうしてあんな災害になったのか。そのへんは、誰もわかっていないのよ」

「オルステッド……さんは、何も言ってなかったんですか?」

「ええ、こんなことは初めてだ、としか言ってなかったわね」

 

 そうか、わからないか。

 まあ、神と名の付く連中がわからないのなら、そう簡単には解明しないだろう。

 

「いや、一人だけ知っていそうな人に心辺りはあるわ……」

「そうなの!?」

「ええ、確証はないけど、何か知っているのは間違いないと思うわ」

「それは誰ですか?」

 

 ナナホシの呟きにフィッツ先輩が食いつき、俺が問いかけると、ナナホシが俺を見ながら言いにくそうに答える。

 

「魔導神エルシア。あなたの姉よ」

「!?」

「姉様が……本当なんですか?」

「ええ、転移事件を起こした犯人ではないみたいだけど、私達が知らない何かを知っているのは間違いないと思うわ」

 

 姉様が何か知っている可能性があるわけですか。

 そういえば、転移事件について聞いた時や召喚魔術を教わりに行った時、何か言いにくそうにしてたな。

 

「何かあるんですね」

「ええ。あの人、私が転移事件で召喚されたと聞いても驚かなかったのわ。それにあの人、私を元の世界に戻す魔術を作れるって断言したのよ」

「え?」

 

 それならなぜ、ナナホシは自分で召喚魔術の研究をしているのだろう?

 

「けど、協力は出来ないと断られたわ。代わりに、元の世界に帰るための魔術の研究に必要な物を提供してくれたけど、協力してくれない理由を教えてくれないのよね」

「そういえば、召喚魔術を教えられない事情があると言ってました」

「え?エルシア様が転移事件に関わってる可能性があるってこと?」

「分からないわ。彼女がどこまで転移事件について知っているのかも、教えてくれないから」

「……そうですか。わかりました。僕から姉様に聞いてみます」

「ええ、お願い」

「それじゃあ、今日のところは帰ります。具体的な手伝いの内容は後日伺います」

「分かったわ。それじゃ」

 

 最後に短く言葉を交わし、俺はフィッツ先輩を連れて、その場を離れた。

 

 ナナホシと話した次の日、姉様に話を聞くために家を訪れる。

 

「それで今日はどうしたの?」

 

 いつも通り、リビングでソファに座り向かい合う。

 

「転移事件について聞きたいことがあります」

「そう。ナナホシに何か言われたのね」

 

 姉様は一般常識をほとんど知らないとは言え馬鹿ではない。

 俺が転移事件のことで姉様を疑っていることくらい分かっているはずだ。

 なのに、全く表情が変わらない。

 

「姉様が転移事件について何か知っていると聞きました」

「はぁ……困ったわね」

 

 ため息を吐き、年相応の困った表情で呟く。

 あの事件の容疑者になってるにしては、あまりにも反応が薄い。

 ナナホシの言っていた通り、犯人ではないから焦る必要が無いからか?

 だとしたら、何を隠している?何を隠す必要がある?

 姉様も直接的ではないにしろ転移事件の被害者のはずだ。

 転移事件について知られて困ることなんてあるのか?

 

「一体、姉様は何を知っているんですか?」

「……前にも言ったでしょ。転移事件に関して知っていることは、ルディとたいして変わらないわよ」

「……本当なんですね」

「ええ、本当よ」

 

 こんな明らかに疑われている状態で嘘をつく必要性が姉様にあるのか?

 姉様が本当に俺以上のことを知らないのだとしたら、何か他に事情があるのか?

 そもそも姉様はどうしてナナホシの研究に協力しない。

 姉様なら異世界転移の魔術に興味が無いわけがない。

 なのに、協力していない。

 なぜだ?

 

「では、どうしてナナホシが召喚されていたことに驚かなかったんですか?どうしてナナホシに協力しないんですか?」

「……ルディ。私が転移事件について知っているのは、ナナホシが召喚された事とフィットア領が消滅し、住民が世界の各地に放り出されたことだけよ」

「……それが何だって言うんですか?」

 

 確かに、姉様の言っている通りなら、俺の知っていることとほとんど変わらない。

 

「けどね。ルディは冒険者だけど、私は魔術の研究者よ。それだけの情報があれば、転移事件の真相を予想することは出来るわ」

「なっ!?」

 

 たったそれだけの情報で、転移事件の真相を予想する?

 そんなこと無理だ。

 オルステッドと一緒に一年かけて世界を回ったナナホシも真相を全く知らなかった。

 召喚術の世界的な権威にも話を聞いているナナホシが、全く分からないと言ってたのに、そんな少ない情報で真相を突き止めるなんて不可能だ。

 

「言っておくけど、真相が予想出来るだけで、真相の解明をするには情報が足りないから出来ないわよ」

「いえ、真相の予想に関しても情報が少なすぎる気がするのですが……」

「ただ、私の仮説に関しては話せないわ。これからナナホシの傍で研究を手伝うルディにはね」

「どうしてですか?」

「あの子の為よ」

 

 あの子の為って、真相を知るとナナホシに良くないことでもあるのか?

 もし良くないことがあるのなら、早く教えてあげた方が良いんじゃ。

 

「ナナホシのことを思うなら、教えてあげた方が良いんじゃないですか?」

「教えたところでどうにもならないわよ。どうにか出来るなら私とオルステッドがどうにかしてるわ」

 

 姉様とオルステッドの二人でもどうにもならない問題。

 確かに、知ったところでどうにもならないかもしれない。

 

「こっちの問題は、私が何とかするわ。だから、ルディはナナホシを支えてあげて」

「支えてと言われても、僕は大したことできませんよ」

「ルディなら出来るわよ」

「まあ、出来るだけのことはしてみます」

「ええ、よろしくね」

 

 姉様の言っていることが、どこまで本当か分からない。

 けど、優しい口調で、ナナホシを気遣うような態度を信じてみよう。

 姉様が人を騙して陥れるような人だとは思えないし、余程の事情があるんだろう。

 しかし、そうなるとかなり複雑な事情をナナホシが抱えているということになるのか。

 あいつも大変そうだな。




やっぱり、エルシア以外の視点って難しい。

エルとオルステッドの二人が、どうにもならないものをどうにか出来る人なんてあの世界にいるのだろうか?


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魔導神の功績

魔道具色々書こうかなっと思ったけど、あまり思いつかなかった。


 ルディが魔法大学に入学して一年くらいたった。

 いつものように研究していると、アリシアが木の箱を持って入ってきた。

 

「エルシア様、魔道具工房から荷物が届きました」

「ああ、頼んでたの出来たんだ」

 

 アリシアが持って来た木の箱を開ければ、大きい魔石が付いた腕輪が三つと指輪が二つ入っていた。

 一緒に箱の中を確認したアリシアは、首を傾げて問いかけて来る。

 

「これは何ですか?」

「予備の杖、かな?」

「どうして疑問形なんですか?」

「普通の魔術師って杖二つ同時に使えないから、予備か持ち運びが楽な杖くらいの認識なのかなって」

「まあ、普通は無詠唱で魔術を使えませんからね」

 

 子供の頃に慣れてないと、無詠唱で魔術を使うのは難しいみたいだしね。

 だから、この腕輪型の杖は予備か身に着けられる杖くらいの認識しかされないでしょうね。

 

「一応、アリシアとエミリーの分も作って貰ったけど、二人も持ち歩きやすい以上の意味はほとんどないわよね」

「同時に二つも魔術を使うことは少ないですからね」

「同時に使える魔術の数も問題だけど、私の場は出力の方が大きい問題ね」

「……出力ですか?」

 

 アリシアにジトっとした視線を向けられながら問いかけられた。

 そんな目で見られても困るんだけどなぁ。

 

「私の杖、魔力効率は三十倍だけど、最大出力は神級の三倍でしょ。杖無しの出力が神級より多少高い程度だから、杖使ってると出力に余裕が結構あるのよ」

「それで出力の余力を使うための杖を作ったという事ですか?」

「そう。私の限界七つで神級魔術を同時に使うのは、流石に無理だけど五つくらいなら使えるようになるわ」

「世界を滅ぼすつもりですか?」

「そんな物騒なことしないわよ」

 

 全く、アリシアは私のことを何だと思ってるのかしら?

 世界を滅ぼしても、私に何の得もないでしょうに。

 

「これは自衛の為よ」

「一体何と戦うことを想定すれば、神級魔術を五つも同時に使う必要性が出るんですか?」

「七大列強とか、かな。実際に、オルステッドとは戦いそうになったしね」

「そうですか(世界が崩壊する方が、早そうな気がするのは私だけでしょうか)」

 

 アリシアはため息をついて箱に視線を戻す。

 そして箱に入っている二つの指輪を見て私に問いかけて来る。

 

「この指輪も杖なんですか?」

「これはアリシアとエミリーの為の魔道具よ」

「私達の為の魔道具ですか?」

 

 アリシアが風の魔石と同じ色の柄が入った指輪の一つを取り、魔法陣を見ている。

 

「ちょうどいいから、指輪をはめて部屋の真ん中で魔力流してみて」

「はあ、分かりました」

「ああ、指輪を付けた手を前に出した状態で、魔力流してね」

「?分かりました」

 

 アリシアは不思議そうな顔で部屋の真ん中に移動し、言われた通りに手を前に出して指輪に魔力を流した。

 魔力を流して魔道具が発動して、少しするとアリシアが出していた手の少し前に、アリシアが普段使っている杖が召喚された。

 アリシアが驚いて目を見開きながらも、杖を手に取ると私を杖を交互に見て問いかけて来る。

 

「えっと、これは?」

「見ての通り、杖を召喚する魔道具よ」

「まあ、それは分かるのですが、どうしてこれを?」

「前にルディと魔王が決闘したでしょ。あの時、ルディの杖をフィッツが持って来るまで結構時間が掛かってたじゃない。あの時は魔王が待ってくれたからいいけど、緊急時に杖が無いと困るだろうから、召喚できる魔道具を作って貰ったの」

「エルシア様のものはないようですが?」

「私は魔道具無くても召喚できるからね」

「ああ、そうですね」

 

 魔術ギルドに魔法陣を刻んだ対象を召喚する魔術と、杖を召喚する指輪のことは伝えてあるから、杖製作師にも技術は伝わるでしょう。

 魔術に関しても活用法は魔術ギルドの方で考えるでしょうしね。

 

「それにしても、私の魔道具専門の工房があるとは思わなかったなぁ」

「エルシア様が大量に魔術を作るからですよ。魔石の生成も工房でやっているようですよ」

「そうなんだ」

 

 まあ、私だと分からない活用法がある魔術もあるみたいだし、その辺は工房の人達に任せよう。

 

「それにしても、この腕輪と指輪魔力の通りが良いですが、特殊な金属を使ってるんですか?」

「特殊って程じゃないよ。私が生成した高純度の魔石を粉々にして金属に練り込んだだけだから」

「……そうですか」

 

 アリシアはジトっとした目で私を見て、呆れたようにため息をついた。

 そんなに呆れられるほど特殊な物ではない。

 魔法陣に使用する塗料と似たようなもので、単に魔力の通りを良くしているだけだ。

 魔力結晶を粉々にして作る塗料と違うのは、魔力を流しても蒸発して消えないことくらい。

 魔力の効率を上げるなら、かなり純度の高いものを練り込む必要があるでしょうけど、魔力の通りを良くするだけなら普通の魔石でも十分でしょう。

 

「そんな風に次から次に色んなものを作るから、専門の工房が作られたんですよ」

 

 アリシアは呆れたように言うと、何か考えるような素振りを見せる。

 それから何か思いついたのか、私に視線を向けて口を開く。

 

「エルシア様、これから出かけられますか?」

「え?大丈夫だけど、どこに行くの?」

「普段行かない西の工房街です」

「工房街に?」

「はい。エミリーを呼んでくるので、準備してリビングで待っていてください」

「ええ、分かったわ」

 

 私が了承するなり、アリシアは部屋から出て行った。

 言われた通りに出かける準備をしてリビングで二人を待つ。

 少し待てば二人がリビングに入って来たので、三人で出かける。

 

「それで工房街のどこに行くの?」

「先ほど話していたエルシア様専門の魔道具工房です」

「どうして?」

「エルシア様、魔道具工房で何を作ってるか知りませんよね。折角だから、自分が作った魔術がどう使われているか知ってもらおうかと」

「魔道具を見るだけなら、商業街の魔道具売ってる店に行けばいいんじゃない?」

 

 商業街で売られないような素人の作品とかならともかく、工房で量産されている物なら普通に売っているでしょうし。

 

「商業街には一般向けの物しか売ってないんですよ」

「?」

「騎士団や魔術ギルド専用の魔道具を商業街では売られていませんから」

「ああ、流通したらまずい魔道具ね」

「はい。悪用されたらまずいものも結構ありますからね」

 

 どう悪用するんだろう?

 攻撃魔術以上に悪用されてまずいような魔術は作ってないはずだけど……

 転移魔術みたいに暗殺とかに利用されそうな明らかにまずい魔術は作ってないし、組み合わせまでは考えてないから、組み合わせることで悪用できるものがあったのかな?

 

「工房に行けば、ほとんどの魔道具は揃っているので、どういう使われ方をしているか分かると思いますよ」

「そう」

 

 三人で工房街の目的の工房を目指した。

 移動中にどんな魔術を作成したか考えるが、大体思いつくものは作っていることしか分からない。

 一応、私の収入源ではあるけど、数が多すぎてどれがどのくらいの収入になっているかなど、把握する気にもなれない。

 どんな魔道具を作っているのか考えながら歩けば、あっという間に工房に着いた。

 工房に入れば、職員の一人が私に気づき近くにいた他の職員に声を掛けた後、私の方に近づいて来た。

 

「エルシア様。工房長を呼びましたので、応接室で少々お待ちください。私がご案内します」

 

 腕輪と指輪の作成を頼んだ時と同じように、応接室に案内されて工房長を待つ。

 少し待てば、すぐに工房長が応接室に入ってくる。

 

「エルシア様。本日はどのようなご用件でしょうか?お送りした魔道具に不備がございましたか?」

「魔道具は問題なかったわよ。今日来た用件は、私よりアリシアが説明した方が早いと思うから、説明よろしく」

 

 私がアリシアに説明を頼めば、工房長がアリシアに視線を向けた。

 

「今日はエルシア様の魔術で作られた魔道具を見て貰おうと思って連れてきました。エルシア様は魔術の開発はともかく、活用方法を考えるのは得意ではないですから、実際に見て貰うのが早いと思ったのです」

「活用方法を見て魔術開発の参考にしようということですか?」

「まあ、そんなところです」

「分かりました。それでは工房で保管している魔道具を出来るだけ持って来させます」

 

 それだけ言うと、工房長は応接室から出て行った。

 

「魔術開発の参考なんて話だっけ?」

「まあ、実際に参考になるでしょうから、間違ってはいません。それにただ見に来ただけというのも説明が大変ですから」

「私は何でもいいけどね」

 

 そんなことを言っていると、工房長が戻ってきた。

 工房長が応接室にある道具で紅茶を淹れようとすると、アリシアとエミリーが止めて代わりに紅茶を淹れて茶菓子を出してくれた。

 茶菓子を食べて紅茶を飲みながら待っていると、工房の職員が大量の木箱を持って応接室に入ってきた。

 運び終わると、職員の人達は応接室から出て行った。

 

「すぐに用意できる魔道具は、これくらいですね」

「これくらい?」

 

 一つの木箱に何個魔道具が入っているか分からないけど、一つに一個だけだとしても明らかに木箱の数が多い。

 十数個という話じゃない、数十個と木箱だけでも数えるのが面倒な量ある。

 

「では、一つずつ説明させてもらいますね」

「ええ、よろしく」

 

 工房長は手近な木箱を開いて中から魔道具を二つ取り出した。

 掌サイズの透明なガラス玉が付いた台座に魔石と魔法陣が刻まれている。

 見たところ同じものにしか見えない二つの魔道具を机の上に置いて工房長は説明を始める。

 

「これは離れた相手に合図を送る魔道具です。片方の魔道具に魔力を流せば、紐づけられている魔道具のガラス玉が光るようになっているんです。光色を何種類か用意して、光らせる色の順番や組み合わせで、離れた相手と連絡を取れるようになっています」

「ああ、関連付けの魔法陣と光の魔法陣で作ったのか」

「その通りです」

 

 七大列強の石碑を参考に作った関連付けの魔法陣。

 予め決められた条件を満たした時に、魔法陣で関連付けられた別の魔法陣を起動させるだけの単純なもの。

 関連付けられた対象の魔法陣も合図があるまで、起動状態を維持して待機する必要があるけど、大気中の魔力を吸収して補える。

 石碑のように本体に書いた文字をそのまま書き込むようなものと違って、予め込められた魔力を使って魔法陣を起動させる合図を出すだけだから、待機中に要求される魔力は少ないから魔力が濃い土地以外でも普通に使える。

 それに足りなければ込められた魔力の一部を利用して待機状態を維持するようにできているのかな。

 その場合、魔力を込める頻度が多少増えそうだけど、光のに必要な魔力量も少なそうだし、一度込めれば何回かは光りそうね。

 

「お気づきかもしれませんが、こちらの魔道具は一度魔力を込めれば十回程度は光らせることが出来ます」

「しかし、随分と単純なもので連絡を取るんだね。七大列強の石碑のように文字でやり取りできるものを作ればもっと複雑な連絡も取れるでしょうに」

「確かに、文字でやり取りが出来た方がよいでしょうが、複雑で量産には向きませんし、必要な魔力量も増えます。それに比べてこちらは単純な構造で関連付けられていれば、どちらからでも光らせるように作れる」

 

 工房長はそういうと、先ほどとは違う方の魔道具に魔力を流して先ほど魔力を流していた方を光らせる。

 確かに、七大列強の石碑は一方通行だったわね。

 あれと同じものを作ると、連絡を受ける用と送る用の二つがいるわけね。

 それに持ち運びも難しそうだし、単純でも量産出来て持ち運びが楽なこっちの方が良いのかな。

 

「単純なものでも使いようってことね」

「ええ。では次の魔道具の紹介に移りますね」

「ええ、お願い……」

 

 工房長は先ほどの魔道具を木箱に片付け、別の木箱から魔道具を取り出して説明を始める。

 今度はローブのようだ。

 

「こちらのローブは熱を通さない魔術的加工をしてあります。エルシア様の家の木材と同じ処理をしています。寒い場所では熱をほとんど逃がさないので暖かく、熱い場所では熱を通さないで熱くなりにくいように出来ています」

「周囲の影響を受けにくいのは分かったけど、受けにくいだけで熱くなったり寒くなったりはするわよね」

「ええ、普通のローブよりは優れていますが、外部の気温の影響を僅かには受けます。ローブ内の温度が快適でなくなった場合に使うのがこちらです」

 

 工房長がローブを木箱に戻すと、すぐに違う木箱から二つの魔道具を取り出した。

 金属の棒状の魔道具で、それぞれ水の魔石と火の魔石が付いている。

 

「こちらは魔力を込めれば周囲の気温を下げる魔道具と上げる魔道具です。魔術師以外でも使えるように効果はかなり落としてあります。これでローブ内の温度を調節するんです」

「その魔導具は私の魔術関係ないよね」

「そうですね。魔法陣の方はエルシア様にあまり関係ないですが、魔石の方はエルシア様の魔石生成の魔術で作成したものですよ」

「ああ、魔石の方ね」

「はい。品質が安定した各属性の魔石を確保できるようになったので、こういった物も量産できるようになりました」

 

 確かに、天然の魔石だと安定した品質を求めるのは厳しいものね。

 迷宮や魔物から取れるものだけだと、大量に量産する物には向かなそうね。

 大きい魔石を作るのは流石に難しいみたいだけど、ある程度の品質の物なら量産出来ているのね。

 それからも似たように、魔石を生成できるようになったからこそ量産できるようになった魔道具をいくつも紹介された。

 他にも私が開発した魔術を利用した魔道具も紹介された。

 基本的には、音、光、重さに関する魔道具がほとんどで、特殊な魔術を利用したものは少なかった。

 まあ、特殊な魔術に関しては複雑で必要な魔力量も多いものが大半だから、あまり魔道具にしても使うものがいないのでしょう。

 結界魔術もミリス教団が権利を持っている為、魔道具の製作や販売が出来ないらしい。

 魔術の権利を主張するとは、変な教団よね。

 

 そんなことを思っていれば、魔道具の紹介が終わった。

 

「これで終わりです。エルシア様が関わっている魔道具はまだまだたくさんあるのですが、今見せられるのはこれだけですね」

「もう十分よ」

 

 私と関係が深いものから浅いものまで、少しでも関係していれば紹介してるんじゃないかってくらい量があった。

 私との関係が一番深いのは量産が難しい特注品の魔道具らしいけど、それは工房には無いため紹介されなかった。

 工房には魔石生成用の魔道具や魔力付与品を生成するための魔道具があるらしい。

 むしろ、そちらの方が私との関りが深い。

 魔導神としての私の立場を考えてか、少しでも関りがあれば関わったことにされている気がする。

 

「ちなみに、それらの収益でどのくらい私に入ってるの?」

「そうですね。一番多いものでも一割あるかないか程度です。本来ならもう少し多いのですが、エルシア様が大部分を魔術ギルドなどに寄付していますので、多いものでも一割を超えないのです」

「そういえば、収益のいくつかは何割か寄付してたような」

「そういう重要なことは覚えておいてください」

 

 工房長の言葉に私が呟くと、アリシアが呆れたようにため息交じりに言葉を挟む。

 工房長も苦笑して反応に困っているような顔をして話を続ける。

 

「そ、それでも数が数なので、魔道具だけでもかなりの収益になっているはずですよ」

「そう」

 

 正直、収入に関しては十分すぎる程あるから気にしては無いのだけど、これ以上増えることがあるのだろうか?

 まあ、ある程度広まれば売れなくなる魔道具も出て来るだろうし、増えても収入は変わらないかな。

 工房長にお礼を言って家に帰る。

 

 その日は、家の魔術訓練室で結界を張り、三人で腕輪型の杖を使う練習をする。

 アリシアとエミリーは、指輪を使って杖を召喚する練習もしてある程度慣れたら、普段通り従者としての仕事に戻った。

 二人が訓練室からいなくなった後、私は周囲に被害が出ない神級魔術を五つ同時に扱う練習をする。

 帝級以下なら七つ同時に術を生成できるけど、神級はそこまで簡単ではないわね。

 一応五つ同時に生成できるけど、慣れた魔術以外だと少し時間が掛かる。

 腕輪は結界と治療だけに絞った方がいいかな。

 腕輪と杖でそれぞれの役割を決め、夕食の時間まで練習を続けた。




エルの性能がおかしすぎて自衛が何なのか分からなくなる。
武装的には自分の身を守る程度のものだけど、本人の性能が広範囲殲滅兵器に変えるのはどうにもならない。
ルーデウスの魔導鎧のような敵を倒すことを目的とした武装を作らせたら、どうなるか本当に分からなくて怖い。


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